以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/29(月) 22:36:29.92 ID:bFsZ+F6g0<>前前作 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1495368262/
前作 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1495801740/
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1496064989
<>【モバマス時代劇】一ノ瀬志希「及川藩御家騒動」
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/29(月) 22:41:52.06 ID:bFsZ+F6g0<> 家老棟方愛海が悪政を敷いていた頃、及川藩には1人の天才がいた。
一ノ瀬志希。
彼女は上流武家の出身で、幼い頃から学識を得る機会に恵まれた。
しかし藩内で大成することはなかった。
出仕する前に家が取り潰しになったためである。
棟方の度を越した女色に諫言したことが、一ノ瀬家の仇となった。
志希はなんとか武士としての身分を保ったが、藩内で就ける仕事はなく、
自身の研究に没頭した。それを許すだけの財産は残されていた。
志希が主に興じたのは薬化学と数学。漢学や剣術などは、彼女の性には合わなかった。
志希はその才を生かし、あるいは商人や学者として成功できたかもしれぬ。
そうはならなかった。否、できなかった。
天才として生まれた因果か、それとも棟方による暴政の犠牲になったためか、
彼女には真っ当な社会倫理が備わらなかった。
病人に強心剤と称して火薬を飲ませたり、町の中で突然声をあげては、地面や屋敷の壁に
幾何学な落書きを残したり、奇行の例を挙げればきりがない。
しかし、彼女にとっては、それでよかったのやも。
藩内での成功は、すなわち棟方からの警戒につながるためである。
武家社会でも、町人社会のなかでも志希は孤立した。
当人はまったく気にもせず、孤高に研究を重ねた。
だが、その研究は程なくして棟方に目をつけられた。
志希が興じていたのが、あろうことか兵器開発に変わっていためである。
家に引き続き、この研究が仇となって志希は処刑された。
だが、その成果はひっそりと残された。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/29(月) 22:44:03.82 ID:bFsZ+F6g0<> 「して、その成果とはなんだったのじゃ」
及川藩主は家来に尋ねた。
歳はすでに60に近く、本来であれば藩主としての任をおりるべき年齢を過ぎている。
しかし後を継ぐべき娘の雫は、精神に異常を来しており、言葉がまともに話せぬ。
藩内の人間らは、雫のことを“牛女”と影で噂している。
「わかりませぬ。ですが、雷鳴が轟くが如き音を立て、
住民達を震え上がらせたといいます」
「それを見つけ出せば、あるいは…」
及川藩は御家騒動の真っ只中にあった。
藩主の娘である雫は心神喪失の身。
藩主としての仕事が真っ当に務まるはずもなく、また、他に姉妹もいない。
家老達は「分家である岡崎家の泰葉様を次期藩主に据えるべし」、と意見を纏めている。
その泰葉は気弱ではないが、自立の志が低く、滅多なことでは人の意見に逆らわない。
家老達が、彼女を傀儡として藩政を行おうとしているのは、明白であった。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/29(月) 22:48:39.64 ID:bFsZ+F6g0<> 現藩主である及川氏は、第二の棟方の誕生を許すわけにはいかない。
よって自分が死ぬまでには、雫の精神を回復させ、彼女に藩主の座を継がせねばならぬ。
雫か、泰葉か。
この議論は圧倒的に分が悪かった。そこで及川氏はお上に縋ることにした。
だが、ただで力を貸してくれるはずもない。
藩主が金銭でお上に取り入ったとなれば、後世の誹りを免れぬ。
かといって及川藩には、献上できるような資源も工芸品もない。
そこで今亡き天才、一ノ瀬志希の研究に白羽の矢が立った。
「それでは、その成果とやらを誰に探させるのじゃ」
及川氏は重々しく家来に問うた。
無論、藩内の人間に頼るわけにはいかない。
気が触れている女と、少々控えめな女。
どちらが次期藩主にふさわしいかは、火を見るより明らかなためである。
「藩外からふさわしい人物を呼んでおります。
物探し、刺客に打ち勝つ剣術、どちらにも優れた者達です」
無流野太刀、白坂小梅。
タイ捨流、星輝子。
巌流、輿水幸子。
及川藩に入るは、以上の3名。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/29(月) 22:50:43.86 ID:bFsZ+F6g0<> 「及川様にも困ったものですね…」
家老の三船美優は静かにため息をついた。
自身の娘を藩主に据えるため、お上に袖の下を渡そうとは。
やはり、朱に交われば赤くなるということか。
かつての棟方を思い出し、三船は再びため息をついた。
無論、この暴挙を家老陣としては見逃すわけにはいかない。
及川側…もし可能ならば雫の暗殺も行うつもりである。
御家老会議で挙げられた人物は以下の4名。
二天一流、南条光。
念流剣術、橘ありす、龍崎薫。
無流、赤城みりあ。
彼女達が剣術に長けているのは言うまでもないが、他にも共通点があった。
いずれも若く、純真で、非常に“ものわかりがいい”。
つまるところ、上の人間の言葉に従順であるということ。
いつの時代も汚れ仕事を行うのは、そういった人間達である。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/29(月) 22:51:31.75 ID:iFgOghDNo<> 岩手県じゃねぇか! <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/29(月) 23:05:53.64 ID:bFsZ+F6g0<>
時刻は夜。場所は及川藩領内、北西部の山。
「もう、カワイイボクが藩主になればいいんじゃないですかね!?」
山の木々をかきわけながら、輿水幸子は言った。
腰の長い刀が木々に引っかかって、非常に動きづらそうな様子である。
ほのかに菫がかった髪が、夜風に揺れる。
「私も…それが、いいと思う…フヒ」
「あの子も…それがいいって言ってる…よ」
返したのは輿水の友、星輝子と白坂小梅である。
輿水に比べれば温度の低い2人であるが、3人は昵懇の間である。
出身こそちがうが、浪人同士連立ち相立って、現在の稼業を営んでいた。
「い、いやいや、ダメですって!!
あと、一ノ瀬さんは私達より年上なんだから、“あの子”はダメですよ!」
輿水は、妙なところで真面目くさって白坂に指摘した。
「せっかくボク達を案内してくれてるんですから!」
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<><>2017/05/29(月) 23:07:32.61 ID:bFsZ+F6g0<> 白坂は霊媒師を生業にする家系に生まれた。そして、一族最初の霊媒師だった。
彼女の能力を使えば、一ノ瀬志希の成果を発見することなど
造作もないことである。
「あっ…ちょっと待って」
その白坂が声を上げ、輿水と星を手で制した。
「森に人が入ってきてる…3人と、遅れてもう1人」
家老達の差し金。一同はすぐに察した。
「それで、どうします?」
幸子が尋ねた。3対4なら勝機もある。迎え撃つか。
それとも振り切るか。
「4を1で割って…幸子ちゃん、全員倒してきておくれ…」
「えーっ!?
ま、まあカワイイボクなら、4人でも10人でも倒せますけど!!」
「フヒヒ…こいきな、冗談だ…」
星は刀を抜いた。すると、その瞬間彼女の人相が、すうと変わった。
「オレと幸子で2人ずつ。小梅は先に行け」
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 11:59:56.71 ID:KNm5BNRE0<> 「夜の山って、なんだか楽しー!」
「ああそうだな。
悪の秘密基地に乗り込むって感じだよな!!」
「2人とも、静かにしてください。
遠足じゃないんですから…」
橘ありすは、龍崎薫と南条光を諌めた。
「わかってまー!
かおるはせんせえの言いつけ通り、
ちゃんとわるいひと斬るよ!!」
「そうだぜ、ありす!
悪の手先は容赦しねぇ!!」
「橘です!
あと、位置がバレますから静かにしてください!!」
3人はきゃあきゃあ言いながら山を登っていく。
まるで子どもの遠足である。
橘は警戒していた。
気の触れている娘の雫を、
次期藩主に据えようという及川氏。
その及川氏が金で雇った、凄腕の剣客達。
無論正義はこちらにあるが、
意気込みだけでは勝てぬ。
叶うことなら、相手に気づかれる前に不意打ちをかけたい。
橘はそう思っていた。
しかし、その願いは裏切られた。
相手は、彼女達よりはるかに上手だった。
「ヒャッハー!!」
前方から飛び出してきたのは、光沢のある長い銀髪の女。
けだもののように目が見開かれ、口は大きく横に裂けている。
笑っているのだ。
楽しくて楽しくて仕方ないというように。
「わっ」
龍崎は驚きながらも刀を受けた。
だが体勢が悪かったのか、2人で斜面を転がり落ちていく。
「龍崎さん!」
橘は声を上げる。
だが、相手はもう1人迫っていた。
「なんだ、悪の手先め!」
南条が、菫がかった短髪の女を抑えている。
自分はどちらに加勢すべきか。
橘は一瞬で判断した。
南条は1人でも勝てる。そういう相手だ。
橘は斜面をかけ降りて、龍崎の加勢に行った。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:04:24.10 ID:KNm5BNRE0<> 「チビッコが出歩いていいような時間じゃあないぜ!
なあ!?」
星は2人を相手に怯むことなく、声を張り上げていた。
先ほどとはまるで様子が一変している。
刀を抜くと人が変わってしまう、そういう気質の女であった。
「貴方だってチビでしょうに!」
「そういやそうだった!!」
星は哄笑を上げる。
その様子に、橘と龍崎は圧倒されていた。
悪を討てという命を受けやってきたが、相手がここまで傾いているとは。
「貴方、名前と流派は?」
橘は尋ねた。
こういった形式を重んじ、社会の中で生きていこうとする少女である。
それゆえに、保身的な家老達にいいように使われる。
「星輝子、タイ捨流!
生きて帰ったら周りに広めとけよ?
ギャハハハハ!!」
星は短刀を抜いている。
構えはなく、手と足をぶらぶらさせている。
「念流剣術! 龍崎薫!」
「同じく念流、橘ありす。
私たちは正義の剣を振るいに来ました。
覚悟してください!」
自らを奮い立たせるため、2人は気勢を張った。
「正義…知らない言葉だな。
帰ったら辞書で引いておくぜ!
ギャハハハハ!!」
星はまた笑った。
橘と龍崎の対手にふさわしかろう姿であった。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:06:44.12 ID:KNm5BNRE0<> 「たった1人でボクと戦う。
その度胸だけは褒めてあげますよ。フフーン!」
「お前のよう悪の手先は、アタシ1人でも十分だ!
名前と流派を名乗れ!!」
南条は読み物のような台詞を吐きながら、相手に問うた。
「輿水幸子、巌流です!」
南条はふっと笑った。自分の予想が当たっていたからだ。
「アタシは南条光、二天一流だ!
お前はアタシに絶対勝てない!!」
「宮本武蔵気取りですか!
創作と現実の区別がつかないのは、子どもだから仕方ありませんね!
カワイイボクは、そんな南条さんを受け入れてあげますよ!!」
「いや、それだけじゃねえ」
南条は輿水の腰を指差した。
3尺の太刀。木々の中で振り回すには、あまりに長すぎる。
枝や幹にひっかかり、動きが止まり、相手への隙になる。
だが、輿水はその太刀の他には武器がない。
山道を歩くために置いてきてしまったのだ。
「なるほどなるほど、それはよく研究されますね。
“百戦危うからずや”というわけですね、フフーン!
でもまだ、ボク自身のカワイサには手が及んでいないようですね!」
輿水は、太刀を鞘からゆっくり抜いた。
その時点でガサガサと周りに引っかかり、音を立てていた。
「ふん、思い上がっていられるのも今のうちだ!
アタシが正義の鉄槌を下してやる!」
南条は2振りの小太刀を素早く、音もなく抜いた。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:08:09.76 ID:KNm5BNRE0<> 及川雫は、ぼんやりと月を眺めていた。
霞みがかった意識の中にくっきりと残る5人の女。
彼女を守るために命を賭した女達。
雫の記憶の底で、彼女達は怨嗟の声をあげていた。
及川氏は娘の発狂の原因が、棟方にあると考えている。
しかし、ひょっとすれば、雫が本当に壊れてしまったのは、
川島瑞樹が切腹した時であったかもしれない。
雫はその様子を見ることはなかった。いや、できようはずもない。
川島がどのような目で自分を見るのか、雫は知りたくなかった。
考えたくもなかった。だから、正気を手放した。
雫は低く呻いた。
神崎蘭子、高峯のあは地獄で呪っているだろうか。
高垣楓、依田芳乃は日本のどこぞやで恨んでいるのではないか。
及川藩と雫は、彼女達にそうされて然るべきことを犯した。
「ゔー、ゔー」
声にならぬ声を上げて、雫は涙を流した。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:11:39.94 ID:KNm5BNRE0<> 南条光は、木々を回り込みながら、輿水幸子を惑わそうとする。
その姿はさながら忍である。
「どうだ! 手が出せまい!!」
「ちょっとすばしっこい武蔵さんですね!」
肩に刀を担ぎながら、輿水は目で南条を捕まえていた。
南条はそれに気付きながらも、焦ることはない。
たとえ相手が自分を見ていたとしても、太刀を満足に振れまい。
南条は徐々に接近した。
すぐにでも勝負を決め、橘と龍崎に合流しなければ。
「ボクは燕返しを使えませんが…そこはボクの圧倒的カワイサで何とかしましょう!!」
輿水は太刀を八相に構えた。その姿は、まるで木こりのようだった。
腰を重く据え、相手を狙う。
だが、その目はもう南条から外れていた。
「世迷言を!!」
南条は輿水の背後に回り込み、斬りかかろうとした。
だが真横から、津波のように森が押し寄せて来た。
輿水が剣を振り、周囲の木々が根こそぎ薙ぎ倒されたのである。
輿水の辞書には難所という言葉がない。
屋内戦なら柱や鴨居ごと斬り、洞穴の中なら岩ごと斬る。
それが輿水の剣である。
木々に身体を挟まれ、南条は身動きがとれなくなった。
いや、それだけでない。
骨と内臓がいくつか擦り潰され、腹腔で混ざり合っていた。
「冥土の土産に教えてあげましょう!
実際の宮本武蔵は、とんでもない卑怯者として有名です!!」
そんな南条にとどめを刺すがごとく、輿水は南条に告げた。
南条は笑った。ひどく悲しげな表情であった。
「でも…後世の人が“英雄”って呼んでくれるんだろ…アタシはそれでいい…」
輿水は、無言で彼女の首を刎ねた。
感傷的になっている暇はない。
もう1人、分担が残っている。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:14:47.56 ID:KNm5BNRE0<> タイ捨の“タイ”には、好きな字を当ててよい。
星輝子の師匠はそう言った。
昔の星は臆病で、人を傷つけることができなかった。
しかし、それでは武家社会で生きていくことはできぬ。
星は、“体”の字をあてはめた。
身体を捨て、臆病な我を捨てる。
だから現在の星は、平気で残忍なことができる。
「いたい、いたい…せんせぇ…たすけて…」
龍崎薫は血まみれになって、地面を這っていた。
失血が深刻で、おそらく長くは保つまい。
橘ありすの身体は八つ裂きにされ、それぞれ木々に“ぶら下がって”いる。
「“せんせぇ”とやらは来ねぇぞ。
弱っちいお前より、もっと弱っちいから、お前がここにいるんだ。
ギャハハハハ!!」
星は、何度目かもわからない狂笑を上げた。
その背後には、新手が迫っていた。
「いまの剣術すごいね!
みりあもやるー!」
星の笑いが止まった。
天真爛漫そうに見える少女の腕には、輿水幸子の首があった。
「……やれるもんなら、やってみろ!!」
己を鼓舞するために星は叫んだ。
輿水は星より、はるかに強い剣士だった。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:16:30.85 ID:KNm5BNRE0<> 白坂は山の奥にある、大きな祠の中にいた。
冷たく、しっとりとした空気を吸い込みながら、彼女は泣いた。
白坂のそばには、輿水幸子と星輝子がいた。
今はもう、ふれることのできない姿となって。
白坂は霊と戯れることができる。
しかし、彼女は無感情になることはできなかった。
死に到るまでには苦痛がある。
死の間際には、深い穴に、無限に落ちていくような恐怖と不安がある。
白坂小梅は、能力によって死を間接的に体験しつづけている。
だからこそ、それがどんなにつらいものか知っているのだ。
「ごめんね…幸子ちゃん…輝子ちゃん…」
白坂は、袖で涙を拭って2人に詫びた。
彼女は一ノ瀬志希の研究を見つけ出した。
それは大きな千両箱の中にあった。
大きな千両箱いっぱいに詰まった、泥であった。
一ノ瀬志希の亡霊は、きゃっきゃっと笑っていた。
いたずらに引っかかった大人達を見る、童のように。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:17:15.70 ID:KNm5BNRE0<> 千両箱を抱えながら、白坂は及川家の離れ屋敷に戻った。
赤城みりあからの追跡は、輿水と星の協力によって免れることができた。
「私たちは…なんのために…」
ひどい無力感が残った。
気が触れている及川氏の娘のために、命を張る。
これはまだ耐えられる。
しかし、ただの泥塊のために親友2人が命を落とすとは。
「でも、まだ…」
白坂小梅にはまだやるべきことが残っている。
及川雫が正気を取り戻すまで、彼女を守らなければならない。
輿水幸子と星輝子を葬った、赤城みりあの手から。
「刀…新しく…」
白坂は誰にともなく言った。
部屋の中にただよう、3つの気配を感じながら。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:18:56.44 ID:KNm5BNRE0<> 2週間後。
夜。
及川家の離れ屋敷を取り囲んだのは、赤城みりあの他10人の手勢。
皆まだ幼く、純粋な目をしていた。
星輝子と輿水幸子の技量を知った家老らが、新しく見繕った少女達である。
「やっほーっ! みんなできちゃったよ!」
赤城は戸口を叩いて、住人を呼び出した。
「…こんばんわ…」
白坂小梅は千両箱を抱えて、屋敷から出てきた。
「一ノ瀬志希の研究は差し出す…だから…雫様は見逃してほしい…」
白坂は、千両箱をどさりと地面に下ろした。
赤城は2人に指示して、それを家老達のところまで運ばせた。
「やんないの?」
「やらない…」
白坂は戸口をぴしゃりと閉じて、屋敷の奥へと戻った
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:20:51.82 ID:KNm5BNRE0<> 「そっかー…やんないか…」
赤城は残る8名とともに屋敷に踏み入った。
目にしたのは、異様な空間であった。
奥の寝間で、及川雫がおびえた様子ですくんでいる。
その前にある座敷に白坂が立っている。
彼女を囲むように、五本の刀が畳に突き刺さってる。
4人がまず、別々の進路で白坂に近づいた。
だが部屋に入るやいなや、“障子ごと”身体をぶった斬られた。
その4人が倒れるのが見えた時、白坂は姿を消していた。
「ギャハハハハ!!」
白坂の劈くような哄笑が、屋敷中に響いた。
少女達の苦痛に歪む叫びが、障子紙を破いた。
白坂小梅は、家老達が言うような邪悪そのものだった。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:23:33.04 ID:KNm5BNRE0<> 力で相手を捻じ伏せ、不条理を押しつける。
どうしようもない現実を、顔をひっつかんで直視させてくる。
白坂は3人の中で最強の剣士だった。
8人やそこらでは、到底叶わぬ程の。
再び座敷には、血塗れになった白坂が立っている。
残されたのは赤城みりあ1人だった。
「すごいねー!本当に、すごいねぇ!! 」
赤城は白坂のもとに駆ける。
嬉しかった。
正義の信徒として、目を背けたくなるような暴力に立ち向かう。
彼女は初めてそうすることができた。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:24:23.58 ID:KNm5BNRE0<> 「あなたはだあれ? ひょっとして、おばけ?」
赤城は尋ねた。
白坂の剣術は、輿水幸子と星輝子だった。
巌流やタイ捨流ではなく、死んだはずの彼女達自身だった。
「我はここに在り!」
白坂の口調は一変していた。見れば、握る刀を変えている。
表情も全く別人のように見える。
白坂の構えは蜻蛉。それは、示現流の構えである。
「それ、みりあもやるー!」
赤城も同様に構える。そして、叫び声を上げて白坂に斬りかかる。
その攻めは苛烈。まさしく、示現流の動きだった。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:25:23.57 ID:KNm5BNRE0<> 相手の流派を鏡のように写し取る。
そして自分のものとする。
それが赤城みりあの持つ才であった。
ゆえに特定の流派を学ぶことはせず、真剣の舞台に身を置き続けた。
だが、もし相手が複数の流派を、高速で切り替えることができなたら。
「…なかなかの力ね…斬るのが惜しいわ…闇に飲まれよ!」
白坂小梅は刀を持ち替え、立ち替え、赤城に斬り返す。
分厚い剣戟の中に、鋭く刺すような一撃が交差する。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:26:41.77 ID:KNm5BNRE0<> 赤城は写すのをやめた。
そして、膨大な写生図の中からいくつかを取り出し、
破き、重ねて一枚の絵にした。
示現流をしのぐ一撃と、心眼流を超える身体さばき。
白坂の刀がそれぞれ弾かれる。そして、白坂が新しい刀を手にする。
「やるじゃない」
その刀は、布のようにはためき、赤城を斬り刻んだ。
刀の軌道をまったく読むことができない。
血塗れになりながら赤城は歓喜した。
「それ、みりあにはできないね!!」
赤城の思考、経験、直感の範疇外にある、白坂の剣術。
その姿は、羽衣を纏った天女のようであった。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:28:26.48 ID:KNm5BNRE0<> 「うー、」
音が止んだあと、雫はのろのろと寝間から這い出してきた。
戦いを見た。白坂小梅の動きを見た。
高峯のあ、神崎蘭子、川島瑞樹がいた。
「何回守ってやれば…私達のこと信じてくれるのよ…」
白坂は血の塊を吐きながら、雫に言った。
『羽衣』を使ってもなお、赤城みりあは白坂の動きについてきた。
そして死の間際で、白坂に致命傷を与えた。
白坂は荒い息をはいていた。
血を失いすぎて、元から白い肌が、さらに青白くなっていた。
「“私達”、怒ってないわ。そして後悔もしてない」
白坂自身は怒りと後悔でいっぱいになっていた。
どうして星輝子と、輿水幸子が死ななければならなかったのか。
だが白坂は雫に教えた。
そういう、あまりに優しすぎる女だった。
だからこそ亡霊達は、彼女を慕った。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:30:20.78 ID:KNm5BNRE0<> 一方その頃、家老達は旧棟方家に集まっていた。
かつての家老棟方愛海は、ため込んだ私財によって、
藩主のものよりも豪奢な屋敷を立てた。
棟方の死後も、壊すのが惜しい程の出来であったので、
家老の会合の場所として用いられていた。
家老達は、届けられた千両箱を検分していた。
「どこからどう見ても、泥ですね…」
三船は肩を落とした。
及川氏と自分達は、こんなもののために剣士を集め争っていたのか。
「…一ノ瀬の怨念かもしれませぬな」
家老の1人が呟いた。一同は静かに身を震わせた。
自分を放逐し、ついには殺した武家社会への怨念。
それが今回の騒動を生み、うら若き剣士達を祟り殺した。
「いや、彼女なりの復讐やも」
また別の家臣が言った。
たしかに、これを棟方が見つけていたとしたら、
自分達と同じでやるせない気持ちになっただろう。
こんなもののために自分は何をやっていたのか、と。
一同は苦笑した。
どちらにせよ、志希の掌の上で転がされていたというわけだ。
「それにしても、妙に甘い香りがしますな」
煙管をくわえた家老の1人が、千両箱に近づいて匂いをかぐ。
一ノ瀬志希の亡霊は、彼女達のそばでげらげら笑い転げていた。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:31:12.73 ID:KNm5BNRE0<> 及川藩の御家騒動は、雫が次期藩主になり決着がついた。
心神喪失であるというのは、根も葉もない噂。
次期藩主にふさわしいのは、私めに御座ります。
雫は、自身の口でお上に伝えた。
その剛毅で、見様によっては不遜な態度にお上は鼻白んだ。
だが雫が及川氏の直系であり、
また岡崎泰葉を推していた家老達が、謎の爆死を遂げたので、
彼女の藩主就任を阻む者はなかった。
ちなみに雫は、藩主となった後も、“牛女”と呼ばれ続けたそうである。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:32:08.37 ID:KNm5BNRE0<> 「同窓会の場所は通そうかい…ふふっ」
高垣楓と及川藩の関所の前に立った。
関所の門には、刀が深々と突きさっていた。
それはかつての楓の刀であった。
楓がそれを引き抜こうと苦心していると、
誰かに腰をぐいと引かれて、尻餅をついた。
その拍子に刀はぽっきり折れてしまった。
「お久しぶり、でしてー」
腰を引いたのは、依田芳乃であった。
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:33:32.03 ID:KNm5BNRE0<> おしまい <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 12:34:19.49 ID:KNm5BNRE0<> 家老達は人間の屑 <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/30(火) 12:39:05.39 ID:LOGXttDbo<> 志希の発明したのは火薬だったんか
爆発オチって元はこういう結末なのかな(違
乙! <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/30(火) 12:51:48.51 ID:uNdjjB9Uo<> 含水爆薬に自前で香水作って匂いつけたとかもありそうね <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/30(火) 13:48:45.18 ID:zySre2iCo<> 死んだ者たちはあの世でも殺し合いを続けているのだろうか <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/30(火) 14:46:44.34 ID:KT4BMAceo<> 乙
雫と芳乃、楓に救いがあったようで
志希の発明が某奪還に出ても違和感ないな、小梅とみりあは相打ちかな? <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/30(火) 15:09:35.56 ID:LOGXttDbo<> 最期まで霊媒師やってた小梅にちょっとうるっときた
kwsmさんと蘭子は亡霊として出演か。のあさんも喋ってないけどいたんだろうな…… <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/30(火) 19:21:39.38 ID:VokQ2fZwO<> >>29>>30
兵器かつ甘い匂いかつ心臓の薬とくればニトログリセリンでしょ <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 20:19:38.60 ID:KNm5BNRE0<> >>34
お美事 <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 20:20:35.70 ID:KNm5BNRE0<> https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1496137193/
あと新作ね。
原点(1週間前)に戻ってみた。
SS向けにもなったと思う。 <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/30(火) 20:29:53.48 ID:LOGXttDbo<> 憎悪剣はこれで終わり? <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/30(火) 20:41:55.03 ID:KNm5BNRE0<> 何も考えず勢いで書いちゃったからなぁー
続きは未定 <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/30(火) 21:14:35.12 ID:KT4BMAceo<> ダイナマイトの元作るとかやはり天才か…志希の誕生日に終わったのでお誕生日おめでとう(故人)
芳乃、楓、雫の物語が終わっても未央と凛もいるし、芳乃が教えた憎悪剣の弟子がいるしね
雫が藩主後も牛女は笑った、あの胸だからか <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/30(火) 21:19:37.96 ID:LOGXttDbo<> >>39
いや、凛はいないだろ……
ここで終わらせてもスッキリしてるけど、ラストに楓さんとよしのんが再会して
どうなるんだろうという気もする。奏の短編でちょっと話が逸れちゃったけど、
出来ればこの続きも読みたいな <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/30(火) 22:44:51.48 ID:+Ih4N30f0<> いやん小梅ちゃんめっちゃかっこいい
乙 <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/31(水) 00:21:12.70 ID:3uv3ojMy0<> 一体、この時代劇シリーズの中で
みんなはどれが一番好きなんだろう
個人的にはこれ(今のスレ)がちょうどよくまとまった。 <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/31(水) 00:24:26.34 ID:w6SnAqCJO<> スレを打ち切るような書き手とわかったからこのシリーズそのものが嫌いになった <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/31(水) 00:27:20.86 ID:bb3NuPpvo<> あっそ <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/31(水) 00:39:40.64 ID:hdxEVmEz0<> 単純過ぎて心配になるレベルだなwwww <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/31(水) 00:49:00.91 ID:3uv3ojMy0<> シリーズ整理
第1作 【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」
第2作 【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」_
第3作 ここ
読み切り 【デレマス時代劇】速水奏「狂愛剣 鬼蛭」
<>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2017/05/31(水) 05:58:01.34 ID:cjSAQbhA0<> 泥にしか見えないなら、黒色火薬とコールタール混ぜて、上から燐をふりかけたのでは?燐は空気で自然発火するしね。 <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2017/05/31(水) 12:59:43.57 ID:550JOpywO<> 醜悪剣 艶豹 <>