1<>saga<>2018/03/27(火) 20:57:10.45 ID:sgIwARlA0<>0.プロローグ
全てが原因で、全てが結果。
因果関係の絡み合う世界の中で、私はたった一つの原因を探し求めた。
これは私の我儘な、そして切実な最後の物語。
これは夢見がちな私のための、現実の物語。
私たちは終わり始める。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1522151830
<>唯「運命石のノスタルジア」
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:03:46.74 ID:sgIwARlA0<> けいおんクロスss「白金の空」第三部です。
第三部はSteins;Gateとのクロスオーバーです。
第一部はこちら https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1521297992/
第二部(サイドストーリー)はこちら https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1521546929/
ある程度残酷表現ありです。ご了承を。
よろしくお願いします。 <>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:04:16.72 ID:sgIwARlA0<> 1.唯side 第一部エピローグの5日後
灰色の空。今にも雨が降り出しそうな曇天模様。
電車は荒々しく駅に停車すると、私はおびただしい数の人にのまれながらなんとか車内から脱出し、人がいなくなるのを待ってから改札を出た。
『秋葉原駅』
私はふらふらと歩き回った後、やっと地図の掲示板を見つけた。東京のすごい人混みなんて体験したことがなかったので、30分くらいその場で立ち往生していた。
「どこに行きたいんですかニャ?」
振り返ると、メイド服を着た女性が立っていた。姿と少しだけミスマッチな普通に心配してくれている声を聞いて、優しい人なんだなと呑気に考えていた。
「どこか探してるのかニャン?」
私は数日間開いていなかった口で、
「……未来ガジェット研究所を、探しています」
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:06:54.58 ID:sgIwARlA0<> 2.前日 家
薄暗い部屋の中で、携帯電話の画面は眩しく光る。私は液晶に映る彼女をぼーっと眺めていた。
彼女、中野梓は4日前に心臓麻痺で命を落とした。あまりにも突然、そして私の目を盗んだようにだ。
眩しい彼女は笑っていた。彼女とツーショットで映る私が能天気にピースをしている。
私は妬む気力も起きなくて、ベッドの上で横になっていた。
「お姉ちゃん……入るよ」
背後から憂の声が聞こえてくる。部屋の電気がつけられた。
「ご飯、ここに置いとくね」
私が返事をせずにいると、抱きしめられたのだろうか、温かい感触がした。
「お願い……ご飯、食べてね」
食欲なんてもちろんなくて。彼女が亡くなってから今まで、何一つ口にすることはなかったのだった。
悲しくて。とてつもなく寂しくて。現実を受け入れきれずに、感情が壊れてしまいそうだ。
しばらくして、憂は部屋から出て行った。また部屋が静寂に包まれる。
私はこのままダメになるのかな。多分私は立ち直れない。
出会って半年の女の子。私が人生で初めてできた「後輩」。
彼女は私の特別で、代わりなどいない、時間なんかが癒してくれない傷を私は抱え込んでしまっていた。
しかし私は恵まれていた。私の人生は、手に持つ機械の小さな電子音によって再び動き始める。
『メール受信』
私はなんとなくメールを開く。
『未来ガジェット研究所に行け』
ただそれだけの本文。なんでだろう、私はたまたま気づいてしまった。
……そのメールは、送信日時が12年後になっていたのだ。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:07:21.76 ID:sgIwARlA0<> 3.
ネットのウェブサイトでは秋葉原にあるとしか分からなくて、散々迷った上で私は古い雑居ビルの前に辿り着いた。一階は昔に使われていたテレビが並べてある店のようだ。店は開いているみたいなのに、人が誰もいない。
本当にここで合っているのか、私は不気味な雰囲気にたじろいでいた。何度ももらった手書きの地図を確認する。
「あの……ウチに何か用ですか?」
不意に背後から声をかけられた。振り返ると赤い髪の知的な女性と、興味津々に私を眺める水色の服を着た高校生くらいの女の子が立っている。
「えっと……私は……」
急に視界がボヤける。バランスが取れなくなり、多分私はその場に倒れて意識を失った。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:08:28.33 ID:sgIwARlA0<> 4.5時間後
遠くから賑やかな声が聞こえる。私は徐々に意識を取り戻すと、自分がソファで寝ていることがわかった。
正面に座る女の子と目が合う。
「あ! オカリンオカリン」
「どうしたまゆりよ……お、目が覚めたようだな」
白衣を着た男性は仰々しく翻すと、
「俺はマーーッドサイエンティスト、鳳凰院キョーマだ!! ようこそ、我がラボへ!」
そう言い放つと、この場の空気は固まった。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:08:57.02 ID:sgIwARlA0<> 5.
その直後、買い出しから帰ってきた牧瀬さんを迎え、私はあの人たちに事情を説明する機会を得た。
「これはDメールで間違えないのか? 助手よ」
Dメールとはなんだろう。私は岡部さんの説明を聞いても、いまいち未来ガジェット研究所がどういう組織なのかが分からなかった。なぜ私がここに来たのかも、何をすればいいのかも。
「助手言うな。まあ恐らくDメールね。でもDメールかどうかは二の次だわ。今重要なのは『匿名の人物が平沢さんにこのラボに来るように指示した』ってこと」
「そうとも限らんぞ。この娘の問題には関係ないが、もしこれがDメールならば、12年後の未来には時間跳躍ができる技術があるってことになるだろう。このシュタインズゲート世界線で、だ」
「確かにそうね。でもDメールに関して言えば、私なら容易に再現できる。一回作ったし……。だから可能性で言えば、これは未来の私たちからのメッセージだっていうのが一番高いかしら」
「すると何か。12年後の未来で俺たちとこいつが深い仲にあって、しかもDメールを使ってまで解決しなければいけない問題ができたというのか」
「そう考えるのが妥当でしょうね。これは思っているより大変な出来事かもしれないわね。平沢さんからは詳しく話を聞かないと……」
とは言ったものの、と牧瀬さんは時計を見た。
「もう10時ね。平沢さんの親には連絡してあるとはいえ、今日のところはお開きにしましょう」
牧瀬さんはさっき、わざわざ電話に出て私の無事と泊まりの連絡をお母さんにしてくれた。ここから家に帰るには電車で2時間くらいかかるのだ。今夜は牧瀬さんのホテルでまゆりちゃんも含め3人で泊まることになっている。
「橋田、まゆりと平沢さんをホテルまで送ってあげてくれないかしら。私は岡部に話がある」
「イエッサー」
「サー言うな」
「イエスマム」
私はなすがままにまゆりちゃんに手を引っ張られ、ホテルへ向かうのだった。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:09:58.30 ID:sgIwARlA0<> 6.紅莉栖side
「それで……お前はどっちの側だ?」
ドアが閉まるや否や、岡部はいつものように中二くさく訊いてきた。
「どっちってなによ」
「賛成か反対かだ。あの娘がタイムリープマシンを使うのにな」
岡部の声は真剣で、なにか恐れているようでもあった。
「私は賛成寄りだけど保留よ。あんたはどうなの?」
「俺は反対だ」
即答だった。
「ここはシュタインズゲート世界線だ。未来が分からない、何が起こるか分からない危険で当たり前の世界線だ。俺はもう、今度こそタイムリープマシンを使うつもりはない」
「去年の夏……あんたの気持ちはよく分かったわ。タイムリープは確かに危険なものよ。岡部の言うことはほぼ全て正しいと思う。それでも……私はあの子を助けてあげたいって気持ちの方が強いわ」
なぜだ、そう岡部は詰め寄るように言った。
「なぜお前はあの娘を気にかける?」
あの目だ。別の世界線でのあの目を、私は覚えている。
「あの子が、昔のあんたと同じ目をしているからよ」
希望を絶たれ絶望に満ち、しかしそれを受け入れられない目を、2人はしていたのだった。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:10:26.96 ID:sgIwARlA0<> 7.唯side 1時間後 紅莉栖のホテル
「紅莉栖ちゃんお帰り♪」
まゆりちゃんは遅れてやってきた牧瀬さんを迎える。
「ただいま。平沢さん、具合は大丈夫?」
私が倒れたのは多分ただの睡眠不足と疲労だと思う。申し訳なく、小さく頷いた。
よかった、と牧瀬さんは優しそうに笑うと、コンビニの袋から肉まんを取り出した。
「ごめんね、これとカップ麺しか用意出来なかったわ」
「わーい♪ ありがとう紅莉栖ちゃん」
「どういたしまして。ほら、平沢さんもどうぞ?」
「ありがとう、ございます」
白黒なそれが美味しそうには見えなくて、どうしようもなく悲しくなる。
「……率直に言うわ」
牧瀬さんはベッドに座る私に目線を合わせ、
「もしかしたら、中野梓さんを助けられるかもしれないわ」
私は肉まんを手から溢れ落とした。
牧瀬さんは何と言った?
助ける。
助ける?
身体全体が震え出し、言葉を発することもできなくなった。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:11:01.33 ID:sgIwARlA0<> 8.紅莉栖side
あの後岡部と今の状況について話し合った。岡部は場慣れしているからか、私より理にかなった推理をしてみせた。
私はできるだけ平沢さんに分かりやすいように、ゆっくりと説明した。
「まず、Dメール……未来からのメールでの指示に込める意味。ラボに行けってことは、タイムリープマシンを使って中野梓さんを助けろって指示と考えていいと思う。バタフライエフェクトを使った未来改変って可能性……つまり、平沢さんが私たちに出会うことで未来がいい方向に偶然的に、必然的に変わるって可能性もあるけど、中野梓さんの事案のインパクトを考えると、それは低い」
未来からの指示があったってことは、つまりこの事案は解決可能だということ。そこで私たちは、ある仮説を立てた。
中野梓さんの死因は心臓麻痺。それもかなりいきなりで不自然なものだった。
「平沢さん、中野梓さんが死に至る9月13日前に、命に関わるような出来事が起きたりしなかった? 例えば……」
なんでもいい。女子高校生が巻き込まれるとしたら、
「交通事故に巻き込まれた、とか」
平沢さんは思い出したように顔を上げた。
「あずにゃんが、トラックに轢かれそうになりました」
「詳しく聞かせて」
「えと……あの日の前日、学校からの帰り道でトラックに轢かれかけたんです。私がぎりぎりで助けれたんですけど、ほんとに危なかったです」
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:11:36.55 ID:sgIwARlA0<> 岡部の推理通りだ。あいつが別の世界線で経験してきた通り、死という結果は単純なタイムリープでは解決できない。2年前の私の死を回避したのも、未来の岡部の力があってこそだった。
だから今回も、Dメールのことも考慮すると、未来的な力が参戦していると考えるのは自然なことだ。
あの心臓麻痺は、なにかしらの時間操作をして起こった『世界線の収束』の結果だ。まゆりも別の世界線で、直接的な死の原因がない時には心臓麻痺で命を落としていた。中野梓は、おそらく9月12日のトラック事故で亡くなるはずだったのだ。しかし何か過去の改変が起こり、トラックの事故死は回避された。
岡部がβ世界線でDメールを一つ消すごとに一日死がズレたように。
ここからが収束の悪夢だ。トラック事故で死ぬことは回避されても『中野梓が死ぬ』という結果に対応する原因は解決されていない。つまり、原因が残っているのだから結果は起こるってことだ。
「正直な話、タイムリープで死人を生き返らせるっていうのはかなり難しいわ。だからね、私たちだけの力ではどうにもならないと思う」
情けないが、私たちは定石通りに動くしかない。つまり、平沢さんにタイムリープをさせるということだ。
「私は過去に戻ってどうすれば……?」
「悪いけど、未来人からの接触を待つしか方法はない。私たちにできるのは、可能な限り過去に戻って中野梓さんの心臓麻痺が起こる前にラボを訪れ対策を立てることね」
この推論が正しければ、少なくとも一度は過去改変が行われたはず。ならば、未来人が接触をしてきてもおかしくないだろう。
Dメールを使って私の帰国を早めることもできるが、それは最後の手段だ。β世界線と同じことが起こるかもしれない。
電話レンジの修理に関してはもう橋田に頼んである。あとは岡部の説得だった。
と、その時。私にメールが届いた。
『From岡部倫太郎
タイムリープの件、了解した。
明日からタイムリープマシンの復旧に取り掛かれ。
タイムリープは明日の夕方。ラボに来るように伝えておいてくれ』
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:12:25.07 ID:sgIwARlA0<> 9.次の日
「どういう風の吹き回しかしら」
私は電話レンジの配線をいじりながら問いかけた。修理自体は1時間もかからない。1年前の岡部が消える事件が起こった時に作ったものをそのままにしてあったからだ。
「……Dメールだ」
岡部の声は強張っていた。
「昨日の夜、俺の携帯にも12年後からのDメールが届いた」
私は岡部に詰め寄り、携帯を奪い取った。メールを見る前に、岡部は口を開いた。
「このシュタインズゲート世界線では、2週間後に俺と紅莉栖が、1ヶ月後にはダルとるか子が……あの娘の妹、平沢憂に殺されることになっている」
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:12:51.59 ID:sgIwARlA0<> 10.
私たちの死は約束された。執拗に迫り来る死が、最早鬱陶しくなるくらいであった。
「なぜだ……! 神はシュタインズゲート世界線も許さないと言うのか……!」
「岡部、落ち着いて。何も終わってないし、これはむしろ始まりよ。これを知らせるDメールが来たってことは、この現状を打破しろっていう未来からのメッセージだわ」
「……そうだな。絶望している場合ではない! ……俺には、お前が付いているのだったな、紅莉栖」
よくもまあそんな恥ずかしいセリフを。
何度でも何度でも、私は抗ってみせる。
私は岡部の頬にキスをした。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:13:46.32 ID:sgIwARlA0<> 11.唯side 夕方
私は未だによくわかっていなかった。
これから過去に戻る? タイムリープ?
これからあずにゃんに会える……?
私はとにかく、よくわからないのに身体の震えが止まらなかった。嬉しくて、早く本当に会えるのか知りたくて。
私はあずにゃんの死を受け入れられない。受け入れたくない。あずにゃんに、死んでいてほしくない。
「平沢唯、これは戦いだ」
岡部さんは覚悟を決めたように語りかけた。私は息を飲む。
「先ほど教えたように、これはお前だけの問題ではなくなった。俺たちの命もかかっている。だから遠慮するな。お前が困れば助けを求めろ。代わりに俺たちにも、協力してもらう」
私は頷いた。牧瀬さんは私にヘッドホンをつける。
これは、私の現実逃避の物語。
私たちの、戦いの物語。
電子レンジは放電を始めた。私の不安を打ち砕くかのように眩しい光が、薄暗いこの部屋を満たしていた。
私はあずにゃんが事故に遭うはずだった日の3日前にタイムリープした。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:15:16.26 ID:sgIwARlA0<> 12.未来(シュタインズゲート世界線) 唯side
暑苦しく、厚苦しく広がる灰色の空。その世界はとてつもなくモノトーンで、私はそんな白黒な空に手を伸ばす。
「そんなとこで何やってるんだ? 唯」
腐りかけの屋上の柵に寄りかかる私を引っ張り、澪ちゃんは危ないだろ、と私の頭に軽く拳をぶつけた。
「……手が届かないかなぁって」
星に、月に。そして君に。
12年前に亡くなった君に。
ーー僕は君たちを諦めるよ。
昔に聞いた声を思い出す。
ここは、私たち……私や憂、ムギちゃん、あずにゃんが魔法少女にならなかった世界。
魔法少女になったことが原因で起こった私たちの死が、半ば自然に回避された世界。
つまりワルプルギスの夜が生まれなかった世界。
つまり暁美ほむらが魔法少女にならなかった世界。
つまり鹿目まどかという少女に因果が集まらなかった世界。
そして私が、あずにゃんを救えなかった世界。
私なりに、幸せになった世界。
「届くかな。届くといいな……」
私は空に、高く手を伸ばした。
救えなかった? 少し違うな。
私が毒を盛って、あずにゃんを殺したんだから。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:18:26.57 ID:sgIwARlA0<> 13.9月9日(事故3日前)
頭が揺れる。視界が歪み、若干の吐き気が襲ってきた。
落ち着いて息を整え目を開けると、ここは教室だった。クラスメートが驚いたように私を見ている。
「平沢さん、ホームルーム中に電話にでたらダメですよ」
私は注意してきた先生を見返す。 何を言っているのかと思えばそうだ、電話に出たからタイムリープが成功したのだ。
「唯ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
前の席のムギちゃんが私を心配そうに振り返る。私はムギちゃんに詰め寄った。
「ねえ、あずにゃんは?!」
「ゆーい! ホームルーム中だぞ!」
「ねえ、どこ?!」
りっちゃんが私の首根っこを捕まえる。私はムギちゃんを離さない。
「今は自分の教室にいるんじゃないかな……」
私はりっちゃんを振りほどいて走り出した。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:22:37.75 ID:sgIwARlA0<> 14.
ちょうどチャイムが鳴って休み時間になったようだ。私は2年生の教室を駆け抜ける。
「唯ちゃん!!」
足がもつれ階段の半ばで転び、踊り場に落ちて頭を打った。ふらふらし足に感覚がないけれど、私は立ち上がった。
ムギちゃんは私に肩を貸してくれる。何も言わずに早足で歩き出した。
1年生の教室に辿り着く。
沢山の人の中。
そんな中に、君を見つけた。
「あずにゃん!!!」
私はムギちゃんから離れ、あずにゃんに向かってぎこちなく走り出した。
「え、唯せんぱ」
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:23:22.27 ID:sgIwARlA0<> 15.梓side
何が起こったのか分からなかった。
憂とトイレに行くために廊下に出て、突然唯先輩がものすごい勢いで抱きついてきた。
私たちは2人して倒れこみ、周囲の注目を集めてしまっている。私は恥ずかしくて唯先輩を引き離そうとするも、びくともしなかった。
唯先輩は泣いていた。初めて見る本当の泣き姿だった。
「……唯先輩、どうしたんですか?」
私は唯先輩の背中を撫でた。あなたがとても、疲れているように見えたから。
倒れこむ時に私の頭を庇った唯先輩の手は赤く腫れていて、内出血を起こしているようだった。
私はしばらく、力弱く抱きしめてくる唯先輩をただただ抱き返してあげることしかできなかった。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:24:29.00 ID:sgIwARlA0<> 16.
「唯ちゃんのこと、お願いできるかな。先生には保健室に行ったって言っておくから」
ムギ先輩はそう言って教室に帰って行った。
「……唯先輩、ここじゃ目立ちますから移動しましょっか。立てます?」
まだ泣き止まない唯先輩に肩を貸して立ち上がる。
梓、そう後ろから声をかけられた。
「これ、ジャズ研の部室の鍵。この時間じゃ軽音部室とか屋上とかは鍵かかってるでしょ?」
「ありがとう、純」
「梓の方も保健室って言っとくから、話合わせなよ」
なんで鍵持ってるんだろう。こんな時だけは頼りになった、純であった。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:25:50.33 ID:sgIwARlA0<> 17.唯side ジャズ研部室
「あずにゃん……」
私はひたすらこの夢が現実であることに狂喜していた。ひょっとしたら今にでも目が覚めてしまうのではないかなんて考えて、私はあずにゃんにしがみつく。
どこにもいかないで。
これは私の、唯一の願いだから。
「私は」
優しく頭をなでられる。
「ここにいますよ、唯先輩。唯先輩を1人にするわけないじゃないですか」
君の声が聞きたくて。
君に触れたくて。
私は君のためなら、命をかけられる。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:29:36.34 ID:sgIwARlA0<> 18.梓side
10分ほど経って、やっと唯先輩の様子が落ち着いてきた。
片手で手を握ったまま離れると、私はティッシュで唯先輩の鼻水を拭いた。ヘアピンをさしなおす。
「……ごめんね、あずにゃん」
「いいんですよ。それより、どうしたんですか?」
唯先輩は急に現実に引き戻されたように言葉を失った。私は黙って唯先輩の言葉を待つ。
私に関することで、唯先輩にとってとても悲しいこと。そしてまだ未解決であること。
唯先輩の様子を観察すると、やはりそういうことになるだろう。唯先輩はとてもわかりやすい。
「あずにゃんは、不思議な話を信じる人じゃないもん」
言い訳だ。
「信じます。こんなに泣いてる唯先輩の言うことを信じないわけないじゃないですか」
言いにくいことなんだろう。私に気を遣ってくれているのかもしれない。
だから私は言おう。
「教えてくれないと、おしおきしますよ?」
やだー! と泣きついてくる唯先輩を受け止めて少し落ち着き、私たちは笑いあった。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:33:04.98 ID:sgIwARlA0<> 19.
「私が……3日後に?」
さすがに怖かった。唯先輩は私の死を目の前で見たらしい。そしてそれは、今のところ回避する算段がないとのことだ。
「大丈夫だよ、あずにゃん。私は何度失敗してもやり直すから」
「そんな……でも……!」
唯先輩は勢いよく立ち上がった。
「もういっぱい泣いた! 切り替えるよ! 私、戦うって約束したもん!」
そんな泣き腫らした目で見られても。
とてもいつも通りで、唯先輩だった。
「行くよ!」
唯先輩は私に手を差し出す。
「どこにですか?」
私の手を優しく引き寄せ、唯先輩は言った。
「未来ガジェット研究所だよっ」
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:39:40.43 ID:sgIwARlA0<> 20.梓side
秋葉原駅に着き、私たちは昼食を買うためにコンビニに入った。
「あずにゃん君にはこれを買ってあげよう」
「なんですかそれ」
「魚の缶詰だよ!」
「見たら分かりますけど……私猫じゃないんですが」
「あずキャット! お〜よしよし」
猫を撫でるみたいに首元に伸ばしてきた手を掴み、デコピンをかます。
「あずにゃんしどい……」
「恥ずかしいことしないで下さい」
「ここ、秋葉原だよ?」
「関係ないですって」
私は適当にサンドイッチやジュースを手に取り、唯先輩の分も持ってレジに並んだ。
会計が終わり、唯先輩を探す。
「……なにやってるんだろ」
唯先輩は雑誌コーナーで何かを凝視していた。私が隣に立つと、
「これなに?」
「これですか? Newtonって有名な科学系の雑誌ですよ。それがどうしたんですか?」
「この人。この牧瀬さんがラボにいるんだよ」
「ほんとですか?!」
牧瀬紅莉栖といえば有名だ。アメリカの研究室に勤める天才脳科学者。日本人の美人リケジョとして雑誌やテレビによく紹介されているのを見る。
「すごい人なの?」
もちろんですよ、と私はその雑誌をぱらぱらと開いて唯先輩に見せた。私にはワケが分からない文字が羅列されている。
「おもしろそうだねぇ」
「面白い?」
耳を疑った。唯先輩と目が合うが、唯先輩の方は何がおかしいのか分からずにキョトンとしている。
あれだろう。ギターをかわいいというあの感性だろう。
「なんでもないです」
「じゃー行こー? あ、その前にお昼食べよう。お腹減っちゃったよ〜」
近くの休憩所で昼食をとって、私たちはそのラボに向かった。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:41:01.12 ID:sgIwARlA0<> 21.1時間後
「迷ったよ」
「迷いましたねぇ」
私たちはラジオ会館という建物の前で立ち往生する。
「一度行ったことがあるって言ってましたよね……?」
「言ってました」
「さすが唯先輩ですね。あ、褒めてないですよ」
「うう、手慣れてらっしゃる……」
私が警察官にでも訊こうかと迷ってるうちに、
「あ、まゆりちゃんだー!」
唯先輩は人ごみの中を走って行った。
「ちょ、ちょっと! 急に走らないで下さいよっ」
唯先輩は青い服を着た高校生くらいの女の子に話しかける。私は唯先輩の後ろにこっそり隠れていた。
そしてすぐに、私の背後から声がする。
「まゆりー、探したぞ。ん、何者だ?」
そこに現れたのは、白衣を着た男性と、スーツケースを持った赤髪の女性。紛れもなく牧瀬紅莉栖さんだった。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:47:00.38 ID:sgIwARlA0<> 22.
「まゆりの知り合いか?」
一旦人の少ない裏道に移動し、岡部さんが話しかける。
「違うのです。まゆしい忘れっぽいから、昔会ったことあるかな?」
「あるよ。昨日お友達になったもん」
岡部さんも牧瀬さんもまゆりさんも、そろって首をかしげる。
「私ね、1週間とちょっと未来から来たんです」
「なっ……」
「えっと……ラボの、タイムマシン? でさっき今日に来たんだよ。それでね、協力してもらいたいんですけど……」
岡部さんは私の言葉を切って、強く言った。
「断る」
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:49:52.98 ID:sgIwARlA0<> 23.
「俺は二度とタイムリープマシンを使わんし使わせん。ハッタリだ。タイムリープマシンを誰から聞いた? フェイリスか?」
「フェイ、リス?」
「まあいい、とにかく立ち去れ。今ならそのハッタリも聞かなかったことにしてやる」
「おい岡部、話くらい聞いてあげても」
「メールが」
唯先輩はたどたどしく、
「メールが届いたんです。ラボに行けってメールが……12年後から。そのなんとかメールが、岡部さんのとこにも来て、それで、えっと……」
岡部さんは表情を固めた。
「今から3週間くらいで、岡部さんも牧瀬さんも、あとダルって人とルカ子って人が殺されるって、岡部さんは言ってました」
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:50:52.80 ID:sgIwARlA0<> 24.ラボ到着
先ほど私にしたのと同じような説明を、唯先輩はたどたどしくしてみせた。
「猶予は最大13日ね。あのリープマシンは10日くらいは飛べるはずだから、今日から10日前、つまりリミットから13日前まで戻れる。でもマシンは私にしか直せないし、アメリカから日本に戻るのが今日だから13日以上は遡れない」
「とりあえずはその13日前に戻ってみるのが先決ではないか? その未来人とやらがいつ現れるか分からん以上、限界まで遡るのがいいだろう。俺はリーディングシュタイナーを持っているから、この娘がタイムリープした瞬間に世界線移動を観測し、お前のことを知ることになるだろう。だから俺に接触するのは今日、9月9日でいい。それまでは出来事を変えないようにできるだけ普段通りに過ごし、未来人の接触を待て」
「それまでに何か起こる可能性もあるわよ」
「そうだな……その時はラボを訪れ、この俺、鳳凰院キョーマに言え。『世界をもう一度騙してみせろ』とな」
「厨二乙」
2人は息ぴったりに会話のキャッチボールをする。議論が流れるように進んでいった。互いに互いを信用し信頼しきっているようだった。
そこからしばらく雑談し、日が沈んだ頃だった。岡部さんは思い出したように、
「それと、忠告があるんだが「あれぇ?」
私たちはみんなしてまゆりさんを見た。まゆりさんは懐中時計だろうか、手に持つそれを覗き込んだ。
「……まゆしいの懐中、止まっちゃってる?」
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:53:30.45 ID:sgIwARlA0<> これはなんだろう。
これは多分、岡部さんの叫びだ。
これはなんだろう。
黒く赤い、深い暗闇だ。
これはなんだろう。
これは多分、どこかで嗅いだことのあるような、死の香りだった。
バァン!!
ラボのドアを突き破って中に入ってきたのは、軍隊のような格好をして武器を持った男たちだった。
<>
1<>saga<>2018/03/27(火) 21:54:19.36 ID:sgIwARlA0<> 25.岡部side
「動くな。動くと撃つ」
脳が停止した。あのセリフ。まゆりのあれは、俺の脳にこびりついて離れない死亡フラグだ。
俺たちは静かに手をあげる。
「お……落ち着け。俺たちの死はもっと後だ。今は誰も死なない」
そう、Dメールが正しければ、平沢唯の言うことが正しければ誰も死なない。
俺と紅莉栖は3週間後に、ダルとルカ子は5週間後に、中野梓は3日後に死ぬことになっていて、平沢唯は少なくとも1、2週間はそもそも死なない。
「岡部倫太郎、牧瀬紅莉栖、平沢唯、中野梓の4名は一緒に来てもらう」
誰か、忘れてないか。とても大切な人物を。忘れられていないだろうか。
「椎名まゆりは……」
先頭に立つ男は、片手で銃を構えた。
「必要ない」
その発砲音は残酷に冷酷に、俺たちの鼓膜を貫いた。
まゆりの頭を、銃弾が貫いた。
……to be continued
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1<>saga<>2018/03/27(火) 22:04:40.82 ID:sgIwARlA0<> 以上、前編です。
中編は明日投稿予定です。
よろしくお願いします。 <>
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/03/27(火) 23:36:33.99 ID:Q2FaGdPz0<> 乙 <>
1<>saga<>2018/03/28(水) 20:49:24.93 ID:l76HRqOU0<> 中編、投稿開始します <>
1<>saga<>2018/03/28(水) 20:56:26.72 ID:l76HRqOU0<> 第三部 中編
26.唯side
「起きろ」
私は定かでない視界の中に、あずにゃんを見つけた。立ち上がろうとする。
「動くな」
寝転んだままの私の頭に固い何かがあてられる。足には手錠がつけられていて、立ち上がろうにもうまく動けない。
「ゆい、せんぱい……」
彼女は椅子に手錠で固定されていた。教室くらいの大きさの薄暗い部屋の中に、私とあずにゃん、男2人がいた。
「今日は……何日ですか?」
私は訊いた。男は腕時計を私の目の前に持ってくる。
9月12日。
あずにゃんが死ぬ日だった。
「よく見てろよ」
私を抑えていた男は私に突きつけていた拳銃をもう1人に投げ渡すと、それはあずにゃんに突きつけられた。
「ゆ……い……せんぱ……」
あずにゃんの声は震えていた。
私は脳が麻痺していた。
うそ、だよね。
あずにゃんの体が震える。彼女の恐怖が恐ろしいくらいに伝わってくる。私は彼女の方に手を伸ばす。
「やだ……やだよ……!」
彼女はずっと私を見つめていた。動けない私を。助けられない私を。全身を強張らせ、必死に動かしていた。
やはり私の手は届かなくて。
ものすごい銃声と共に、弾丸はあずにゃんの頭を貫通した。
力を失った彼女の姿を見て、私は人生で初めて心の奥底から叫んだ。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 20:57:30.47 ID:l76HRqOU0<> 27.紅莉栖side
遠くから悲鳴が聞こえた。私は勘だけを頼りに施設の中を走った。
「岡部……」
明かりが見える。私がその部屋に近づくと、中から平沢さんの叫び声が聞こえてきた。
おののき、全てを察知した。中野さんが殺されたのだと。
私はドアの死角に隠れ、中の男が出てくる時に至近距離で発砲した。もう1人の男にも乱射し応戦。何とかこっちが無傷で絶命させた。
「平沢さん! 立てる?」
泣き叫ぶ平沢さんの視線の先にいるのは、血を流した中野さんだった。私は平沢さんを抱きしめる。
「落ち着いて……今からラボまで行って、タイムリープしましょう。まだ終わってないわ」
もう橋田に電話してタイムリープマシンが無事なのは確認済みだ。私は何とか平沢さんを起こした。
「急ぎましょう。人が来るわ」
平沢さんは肩で息をして、私は平沢さんの目を手で塞いだ。足が拘束されているのを見て、私は平沢さんを背負う。
それからGPSを使って迎えに来てくれた橋田は、誰のものとも知らない車で私たちをラボまで送ってくれた。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 20:58:50.00 ID:l76HRqOU0<> 28.
「……オカリンはどうしたん?」
ラボに向かう道中。橋田は恐る恐る訊いてきた。
「囮みたいなマネして撃たれたわ。……どうにか私を逃がしてくれた」
お前に託す、そう言ってくれた。私も命をかけよう。
私たちが監禁されていた施設は秋葉原からあまり離れていない廃墟だった。それからも、しっかりした組織でないことがわかる。ラウンダーである可能性は少し低い。
敵の目的はなんだ。中野さんを平沢さんの目の前で殺してみせた目的は? 敵の行動が謎すぎて、推理するのは困難だった。
何か理由がある。私たちがこうして脱走できたのだって、何か仕組まれている気がする。
私たちは何をしようとした?
まず平沢さんを今から13日前にタイムリープさせようとした。私個人としては平沢さんが中野さんの死を、昔の岡部みたいに見なくていいように死亡確定時間前にタイムリープするように仕向けようとした。
敵にとって何かが都合が悪かった。それは何か。敵は何をしてきた?
敵はまゆりを殺し、更に予定通りの時刻に、眠っていた平沢さんを起こしてまで中野さんを殺してみせた。そして私たちの脱走を「見逃した」。私にはそういう風にも見えた。つまり、強引に言うと平沢さんのタイムリープを許した。なぜ許す。いや敵にとってなんの得にもならない。これは私たちが逃げることができるという、敵にとって不都合な収束の結果の可能性もあるか。
タイムリープの時間か。
3日前のラボではなく、今日の今が出発点であることの敵の利点は?
敵の正体は? まさか未来人?
少なくとも「見逃した」という言い方が正しければ、敵はタイムリープに関与していることとなる。
敵? それは何の「敵」なんだ。私たちの目的の何が都合の悪いことなんだ。
敵はこの世界線にいて、前回の世界線にはいなかった。この世界線だけの出来事。
「まゆりの死」
この世界線だけの原因が起こしたと考えられる。これは敵にとって有利なのか不利なのか。
3日前と今の違いは? 敵にとって何が変わるんだ?
…………「敵」?
3日前今9月12日中野さんの死平沢さんのタイムリープ9月9日誘導何度も繰り返す未来人拉致目的成功失敗期待されていること牧瀬紅莉栖と岡部倫太郎の価値と役割脇役ストッパー企画立案者まゆりの死接触目撃計画……
予定通りの結末。
私の取るべき行動は、逆らわず拍車をかけること。
「平沢さん」
私はこう、言い放った。
「まゆりが死んだのは、あなたのせいよ」
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:04:26.74 ID:l76HRqOU0<> 29.唯side
「ちょ……牧瀬氏……」
ダルさんは慌ててハンドルを揺らし、車はふらふらと動く。
「あなたがもともといた世界線では、まゆりは生きていたんでしょ? ということは、この世界線だけで生じた出来事が原因となかって、結果としてこの世界線だけのまゆりの死が生まれてしまった。その原因はつまり、9月9日にあなたがラボを訪れたことよ」
どういうことだろう。
つまり、私がラボに行かなければまゆりちゃんは死ななかったのだろうか。
「そういえば、平沢さんにラボに来いって指示したのは岡部だったわね。でも岡部や私、橋田や漆原さんの死は間違いなくあなたが原因だわ。あなたがここを訪れたことで、私たちの死の原因は生まれた」
牧瀬さんは冷たく私を見た。
「難しくて分からないかしら。仕方ないわね。あなた、頭悪いんだっけ」
「牧瀬氏!」
ミラー越しに見えるダルさんの目は、明らかに諌めるようだった。牧瀬さんは黙ってしまう。
私が悪い。
そう、その通りだ。
「……着いたお」
私は10日前、9月2日にタイムリープした。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:07:39.29 ID:l76HRqOU0<> 30.唯side
到着した先は9月2日夜23時。私は1人自分の部屋にいた。
雲に隠れた月はぼんやりと夜空に光り、趣を感じるのには魅力がなかった。
まゆりちゃんが死んだのは、私のせい。
牧瀬さんの言葉が思い出された。
まゆりちゃんを殺したのは、私だ。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:08:21.98 ID:l76HRqOU0<> 31.9月12日夜
月日は流れ、時は訪れる。
私はドアを力なくノックした。
「平沢唯! 今までどこにいたっ!」
まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。
よかった。よかったよ。
「岡部さん」
私は言う。戦い続ける。
「タイムリープを、させてください」
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:12:49.81 ID:l76HRqOU0<> 32.9月12日夜
月日は流れ、時は訪れる。
私はドアを力なくノックした。
「平沢唯! 今までどこにいたっ!」
まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。
よかった。よかったよ。
「岡部さん」
私は言う。戦い続ける。
「タイムリープを、させてください」
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:13:38.99 ID:l76HRqOU0<> 33.
月日は流れ、時は訪れる。
私はドアを力なくノックした。
「平沢唯! 今までどこにいたっ!」
まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。
よかった。よかったよ。
「岡部さん」
私は言う。戦い続ける。
「タイムリープを、させてください」
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:15:05.32 ID:l76HRqOU0<> 34.
月日は流れ、時は訪れる。
私はドアを力なくノックした。
「平沢唯! 今までどこにいたっ!」
まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。
よかった。よかったよ。
「岡部さん」
私は言う。戦い続ける。
「タイムリープを、させてください」
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:15:34.57 ID:l76HRqOU0<> 35.
月日は流れ、時は訪れる。
私はドアを力なくノックした。
「平沢唯! 今までどこにいたっ!」
まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。
よかった。よかったよ。
「岡部さん」
私は言う。戦い続ける。
「タイムリープを、させてください」
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:16:12.48 ID:l76HRqOU0<> 36.
月日は流れ、時は訪れる。
私はドアを力なくノックした。
「平沢唯! 今までどこにいたっ!」
まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。
よかった。よかったよ。
「岡部さん」
私は言う。戦い続ける。
「タイムリープを、させてください」
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:16:53.12 ID:l76HRqOU0<> 37.
月日は流れ、時は訪れる。
私はドアを力なくノックした。
「平沢唯! 今までどこにいたっ!」
まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。
よかった。よかったよ。
「岡部さん」
私は言う。戦い続ける。
「タイムリープを、させてください」
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:20:15.44 ID:l76HRqOU0<> 38.39.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.
月日は流れ、時は訪れる。
私はドアを力なくノックした。
「平沢唯! 今までどこにいたっ!」
まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。
よかった。よかったよ。
「岡部さん」
私は言う。逃げ続ける。
「タイムリープを、させてください」
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:21:27.92 ID:l76HRqOU0<> 64.
月日は流れ、時は訪れる。
私はドアを力なくノックした。
「平沢唯! 今までどこにいたっ!」
まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。
よかった。よかったよ。
「岡部さん」
私は言う。逃げ続ける。
「タイムリープを、させてください」
岡部さんは、少し後ずさった。
「お前……これは何回目だ?」
回数なんて覚えていない。けどまあ、大体で答えてもいいよね。
「……30回目くらいです」
その時、携帯電話が鳴った。
『助けはこない』
ただそれだけの、Dメールだった。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:23:41.10 ID:l76HRqOU0<> 65.9月3日放課後
「なにかあったのか? 唯。今日はやけにだらしないぞ」
澪ちゃんは長椅子で寝転がる私の頬をぐにぐにとつねる。うーあーなんて覇気なく呻く。
「そうですよ、唯先輩。もうすぐ桜高祭なんですから、やる気出していかないと!」
知ってるよ。もう飽きるくらい準備してたもん。
「……唯ちゃん、本当になにかあったの?」
澪ちゃんが離れて行くと、私はため息をついた。鬱陶しく思ってるのを隠すのが、とてもめんどくさいからだ。
私がなんとなく見上げると、ムギちゃんと目があった。首をかしげる彼女に、私は手招きする。
「どうしたの? 唯ちゃん」
彼女はしゃがんで、私と目線を合わせてくれる。これは思えば失敗だった。
ムギちゃんなら気づくかもしれない。私の目の奥に、誰もいないことを。私は私の中から、逃げ出したことを。
心が壊されないように、崩れないように。そんな私という嘘に。
ぽか、とムギちゃんをなぐった。そんなに強くなく、でもそんなに弱くもなく。
え、とみんなが固まった。
ムギちゃんは目を見開いているけれど、すぐにまた優しくていたずらっぽい笑顔に戻る。
「やったなぁ〜!」
くすぐられて、私は口だけで笑った。ムギちゃんをなぐった右手が鈍く痛んだ。
と、ムギちゃんが動きを止めた。
「……唯、ちゃん。この傷は……?」
私はワンテンポ遅れて、みんなの視線の先に目を向ける。私の右腕のリストバンドが、触れた拍子に外れていた。
「お前それ、リストカッ……」
澪ちゃんはりっちゃんの口を塞いだ。
あーあと、私は思った。まためんどくさいと、私は思った。私はみんなに背を向ける。
でもみんなの反応は、思っていたのと全然違った。
みんなは私を囲んで、しゃがんでいた。後ずさりもせず、私を軽蔑したりしなかった。
後輩のあずにゃんは少し怯えていたけれど、私と目が合うとしっかりと見返してくれた。
私は手を伸ばす。
「えっと……なんですか?」
私はあずにゃんの頬を弱くつねる。目新しい反応が見たくて、私は意味もなくあずにゃんを困らせる。
目新しいこと。一つ行動してみようかな。
「あずにゃん、ちょっと2人で話そうよ」
私は重たい身体で起き上がって、あずにゃんの手を引っ張って音楽室を出た。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:26:18.15 ID:l76HRqOU0<> 66.
私はあの日のジャズ研部室の時のように、全てをあずにゃんに話した。今までの30回くらいにはしていなかったことだ。
「信じてくれるの?」
「……信じたくない話ですけど」
同じことの繰り返しに、私は投げやりになっていたのかもしれない。
あずにゃんのためなら何十回でも繰り返せると思っていたけれど、私はそんなに強くないのかもしれない。
大体三十回くらい、三百日の間に私は変わってしまったのかな。
「なにか……違う行動をしないと、ダメですよ。このままじゃ……唯先輩がダメになっちゃいます」
違う行動。私のしたい行動は、とても都合悪く制限されている。
9月12日よりも前に私がラボに行くと、必ずまゆりちゃんは殺されてしまう。繰り返した世界の中で、一度だけ期限前にラボを訪れた。やはりというかなんというか、日付をずらしても襲撃の日付もずれてしまって、全く同じ結果になってしまった。
「お願い。教えて、あずにゃん。私はどうしたらいいの?」
あずにゃんは驚いたように私を見る。一瞬だけ怯えたような表情を見せ、強がってそっぽを向いてしまった。
「……分かりません。手がかりが少なすぎます。その牧瀬さんが帰ってくる9日にラボに行って、襲撃に遭う前に急いでタイムリープしてしまえばいいんじゃ無いでしょうか。まだ9日の10日前……8月31日には戻ったことがないんですよね?」
確かに、そうだ。
「今日3日だよ、それまでの時間どうしよう」
それは、とあずにゃんは少し考えた後、
「遊んで過ごしましょう!」
そう言い放った。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:31:50.71 ID:l76HRqOU0<> 67.
私たちは学校をすっぽかして、毎日出掛けていた。
カラオケ、ゲームセンターのコインゲーム、少し寒くなった海岸、動物園、温水プール、昆虫博物館。
私たちはせわしなく騒ぐ携帯電話の電源を切って、遊んで過ごしていた。
あずにゃんが笑っている間だけは、私はこんな現実を忘れられた。一年振りに私は笑った。
「唯先輩! 明日どこに行きましょうか!」
公園のベンチに腰掛け、夕焼けに眼を細める。
「うーんと、思いつかないや。て、明日は9日だよ」
「そう、でしたね。あっという間でしたね!」
急に現実に引き戻されたように、私たちは黙ってしまった。そうだ、私はこの世界のあずにゃんとはお別れしなきゃいけないんだ。
「大丈夫だよ」
私はあずにゃんの手を握り、
「私がちゃんと、覚えてるから。あずにゃんが忘れちゃっても、またいつでも遊びにいけるような世界に連れてってあげるから」
これは終わりじゃない。私の戦いは、続き続ける。私は何度だって何度だって、絶対にやり直せる。
私はちゃんと私の中で、逃げずに戦い続ける。
傷つかないように空っぽにしていた心に、私はちゃんと生き返る。
その勇気を君がくれたから。小さな君の、身の丈に合わない勇気を。
あずにゃんの手を握っているとね、なんだか心があったかくなるんだ。自分でつけた傷が見えなくなってしまうくらい、とっても愛おしい。
この気持ちを何と言うんだろう。
この高揚感。愛しくてたまらない気持ち。
「私、あずにゃんのことが好き……なのかな」
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:32:43.48 ID:l76HRqOU0<> 68.
あずにゃんはちょっと驚いたように私を見た。気持ち悪かったかな。
「私も好きですよ、唯先輩」
あずにゃんは私を抱き寄せた。私はぽかんと身を任せる。
あずにゃんは少し考えて、
「でもこれは、恋愛じゃないですよ。唯先輩、今までに人を好きになったことってありますか?」
「え、ない……けど……。でもねあずにゃん、私、あずにゃんのこと独り占めしたいって思ってるし、ずっと一緒にいたいって思ってるもん。それにあずにゃんに触れてたら……ドキドキ……するし」
自分で言っていてすごい恥ずかしくなった。顔が真っ赤になるのが分かる。
「人に触れてドキドキするのは当たり前じゃないですか。唯先輩、私とキスしたいって思います?」
それは……
「思わない、けど」
「私もです」
じゃあこの感情はなんだろう。意味不明なこの気持ちを恋と呼ばないなら、私はなんと名付ければいいんだろう。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:34:03.93 ID:l76HRqOU0<> 「唯先輩のことはなんでもお見通しです。唯先輩のその気持ちは、俗に言う恋なんてものじゃないです。人はその気持ちを、何とも呼びません」
「何とも、呼ばない?」
特別な彼女は、私にとって唯一な彼女は笑って、
「辞書にも無い言葉、ですよ。自分で言うのはばかみたいですけどね」
辞書にも無い言葉。
ホッチキスの歌詞だ。私たちの恋は、ホッチキスのようにサッパリしてはいないけれど。
「……遊園地に行きましょう」
赤い光の中の君は、小さく呟いた。
「全てが終わったら、思いっきり遊びましょう。私、やっと気づきました。この日常は当たり前じゃないって。とっても贅沢な願いなんだって。だから頑張って、私たちでお祝いみたいな感じで行きましょう」
私は強く頷く。手に持つ溶けかけのアイスを勢いよく食べきった。
「あー!」
「ど、どうしたんですか?」
私はアイスの棒をあずにゃんに見せつける。
「当たり!!」
拍子抜けのようなあずにゃんの顔。私はにししと笑ってみせた。
「星は、私たちの頭上に輝くよ!」
薄く赤い空の中で、一等星が弱く強く光っていた。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:40:05.96 ID:l76HRqOU0<> 68.次の日 秋葉原
まゆりちゃんだ。私は意を決してラボ近くの通りを歩くまゆりちゃんに話しかけた。初対面の挨拶にも慣れたもので、簡潔に岡部さんに会いたい旨を伝えられた。
まゆりちゃんはアメリカ帰りの牧瀬さんを駅まで迎えに行くようで、私たちも同行することにした。
……私はなにか勘違いしていた。私ならあずにゃんを追い続けられると。どんなに苦しくても、逃げ続けられると。
あずにゃんが見せてくれたそんな夢は、しかしこんな現実には敵わなくて。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 21:46:53.23 ID:l76HRqOU0<> 前を歩くまゆりちゃん、後ろを歩くあずにゃん。
大きな工事の鉄鋼が私をわざわざ避けるように落下し、2人を叩きつける。
2人の真っ赤な血が、原形をとどめない2人が道路を染めた。
なぜ。なぜ。おかしい。二人が死ぬのは、今死ぬのは、間違っている。
死んでいた心を生き返らせてくれた彼女が、希望をくれた彼女が、とてつもない形に変形している。
彼女の笑顔がそれらと重なった。何十回と見てきたその光景は、しかし網膜を突き刺す。今までのように早く目を逸らさないと、私は死んでしまう。
私はもう死なんて見たくないだって心を生き返らせてしまったから私は今まで彼女の死を見ても壊れないように心を奥底に見えなくして何も感じないように壊れなくて済むようにそう逃げ続け希望なんて持たなければ良かったのに全てがうまく行くような気がしたのは
でもやッぱりわたしはもうシんでロようなものナノデでもあずにゃンは掬イたくてむりなきれいなのうみそあずにゃんのナイ臓なんてミアキタでしょう鳴れテココロナンテナイわチしなんてやバいきぼうがまぶシイチニクが赤るい
シんじゃえ
あたマガおかしイのはシ方ナクテ。
オカシクならないようにワタしは心をスてた。
しんじゃえ
死んじゃえ。
死ね。
全部死ねよ。
笑い声が聞こえた。私みたいな声がえへへと笑って、爆笑していた。なにが可笑しいのかも分からなくなって、そんな私はおかしくなった。
声が枯れるまで叫んだ後に、残ったものは何もなかった。私さえもいなくなって、とても静かな心の中。でも今の私にはちょうどよくて、心地いい。
顔の筋肉が動かなかった。足だけが前に動き、階段を登る。
不思議だけど他の人には私が映らないかのように、私は誰にも邪魔されなかった。
何をしたかっていうと、
世界を、どうでもよくした。
今までの何十回もの思い出が、放置していた最悪が、鮮明に私を襲った。
君の笑顔が、私の勇気が、私の中で崩れていった。最後の勇気は、ごめんね、無残に砕け切った。
私の心が、粉々になった。
もう、限界だよ。
私は学校の屋上から飛び降りた。
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1<>saga<>2018/03/28(水) 22:11:34.63 ID:l76HRqOU0<> 以上、中編です。
「白金の空」メインストーリー最終編、後編は明日投稿予定です。
よろしくお願いします。 <>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:20:51.97 ID:ovUOu2Ml0<> 後編投稿開始します <>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:23:34.46 ID:ovUOu2Ml0<> 第三部後編
69.唯side
唯先輩、そう呼ぶ声が頭に響く。
「ほら、しっかりしないと。ピンずれてますよ?」
あずにゃんが私のヘアピンをなおしてくれる。彼女は少し照れたように笑った。
唯先輩、そう呼ぶ声が頭に響く。
「もういいんですよ、唯先輩」
なにが? ぼけっと訊き返した。
「私にとらわれなくて、いいんですよ」
あずにゃんは私から少し離れた。寂しげな笑顔で、
「唯先輩が死んじゃうくらいなら、私が死にます。運命なんですよ。私が死ぬことは、決まっていたことなんです。1回死んだのに唯先輩に会えただけでも、私はとっても幸せ者です」
私も幸せだったよ。君に出会ってから、私は本当に何もかもが楽しかったんだ。
「半年、ですよね。信じられますか? まだ出会ってから半年しか経ってないんですよ。時が経つのって、ほんとはすごく遅いんですね」
あずにゃんは光に包まれる。
「私、唯先輩に出会えて幸せでした。素敵な夢を見せてくれて……ありがとうございました」
君はとても眩しくて、遠くへ行ってしまう君に手を伸ばした。
私の光に。私の君に。
なんでも掴めるような気のしたその手が触れたのは、なんでもない別れの言葉だった。
さよならだね、あずにゃん。
弱い私に今更気づく、現実の物語。
99%の夢と、1%の現実の物語。
長ったらしいその物語に、そろそろ終止符を打とう。
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1<>saga<>2018/03/29(木) 23:27:25.01 ID:ovUOu2Ml0<> 70.68の次の日の夜
病院のベッドの上だった。
私は両足と左手を骨折しつつも助かったようだった。
よく考えれば私は死なないことに収束するんだっけ。よく分からないけど。
「……唯ちゃん?」
ベッドの隣ではムギちゃんが椅子に座って本を読んでいた。起きた私に気づくとすぐ近づいてきて、私の右手を掴んだ。
「よかった……!」
ムギちゃんは泣いていた。私は何も言えずに、ただムギちゃんの手を握る。
「唯ちゃんまで死んじゃったら、どうするの! 梓ちゃんのことは辛いけど我慢するの! 強くならなきゃいけないの!」
病院内だからだろうね、ムギちゃんは小さな声で私を叱りつけてくれた。
「ごめん、なさい」
でもね、ムギちゃん。
私はちゃんと決意したから。あずにゃんとお別れする勇気を、彼女がくれたから。
これは、最後の我儘。
そして私のけじめ。
ムギちゃん、一生のお願いがあるんだ。
「……どうしても連れて行ってほしいところがあるんだけど、いいかな」
翌朝、私は無理を押してラボに向かった。岡部さんたちがいなかったので、私はラボのドアを壊して機械を操作し、タイムリープした。
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1<>saga<>2018/03/29(木) 23:29:33.49 ID:ovUOu2Ml0<> 71.9月1日
もうすっかり慣れた頭の揺れを感じ、私は辺りを見回した。ここは部室。4人が不思議そうに私を見ている。
「どうしたんだよ、唯。電話は?」
「あはは、出た途端にきれちゃったや」
はてなマークでも浮かべそうな表情をしているりっちゃんたちに見つめられながら、目の前に置いてあるモンブランを口の中に放り込む。
「練習しようよ!」
「何だよ突然。まだお茶始めたばっかりだぞー?」
「もうりっちゃん! 桜高祭まであとちょっとなんだから練習しなきゃだめなのです!」
ふんす、そう意気込んで席を立ちギー太を抱える。私は音楽準備室に向かい、前に見つけたあるものを持ってくる。
「唯ちゃん、それどうするの?」
「録音しようよ! 今までの曲、全部」
「全部っつったって、ふわふわカレーホッチキスふでぺんの4つだけだろ?」
「いいのいいの! さっ、やろ?」
私はりっちゃんと澪ちゃんの手を引っ張る。みんな調子狂わせをくらいながらも、演奏の準備をしてくれる。
「あずにゃん、準備いい?」
「え、はい。大丈夫です」
「なあ、唯」
これは私たちの宝物だ。かけがえのない日常が、ここにあった証。私が絶対に忘れないように、思い出にできるように、私はここに音楽を刻み込む。
「唯、なんで泣いてるんだよ」
私は録音ボタンを押した。
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1<>saga<>2018/03/29(木) 23:30:33.85 ID:ovUOu2Ml0<> 72.次の日
「はいこれ、唯ちゃんの分」
「えへへ、ありがとー♪」
ムギちゃんは昨日のレコーダーの音をCDにやいてくれた。私は丁寧にカバンにしまう。
「唯、ムギー! 早くしないと授業遅れるぞー!」
「あっ、待ってぇ」
私は普通に学校へ行き授業を受け、放課後にはお茶を飲んで練習して、帰りにはみんなでアイスなんかを食べて過ごしていた。
最後の日常。当たり前だった日々。
そんな夢は早々と時間が流れ。
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1<>saga<>2018/03/29(木) 23:33:27.75 ID:ovUOu2Ml0<> 73.9月11日部活後
「じゃあね〜!」
私は澪ちゃんやムギちゃん、りっちゃんと別れ、あずにゃんと2人になる。私たちはいつも通りの帰り道を歩く。
「唯先輩、最近ずっと笑ってますよね」
「えーそうかな?」
「怪しいです。なにがあったんですか?」
私は何も言わなかった。
私はあずにゃんの手を握る。あずにゃんはびっくりしたようだけど、何も言わずにいてくれた。
この温かい感触は、明日まで。
神様、この我儘は許してくれないかな。私、もう少しだけ夢を見ててもいいよね。
「明日、遊園地に行こうよ」
え、とあずにゃんは私を見た。
「明日、学校ですよ?」
「1日くらい休んでも平気だよ。ね、お願い」
あずにゃんは不審そうに不思議がって、
「いい、ですけど」
「ありがと〜、あずにゃん」
全てが終わったわけでもなく、お祝いって感じでもないけど。全てが終わるには変わりない。
あの交差点で、私たちは別れる。 <>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:36:28.31 ID:ovUOu2Ml0<> 「じゃあ、誘ってもらってあれですけど、詳しいことは後で私の方から連絡します。唯先輩計画とかできませんよね」
「ところがどっこい! もうチケットとバスの予約は取ってあるのです!」
「え! すごいですね唯先輩。あ、なるほど。憂にやってもらったんですね」
「違うもん! 自分でやったもん!」
そんなことをしゃべっている内に、信号が青になった。
「じゃあ唯先輩、楽しみにしてますね」
えへへ、あずにゃんはそう笑って会釈し、横断歩道を渡る。
右からトラックが走ってくるのが見える。それは赤信号で徐々に減速し、あずにゃんのすぐ横に止まった。
私たちは、美しく終わる。
74.次の日 朝
「おまたせ〜あずにゃんおはよう!」
「おはようございます。相変わらずギリギリですね〜。間に合ったからいいんですけど」
「えへへ〜、楽しみで眠れなくって」
「小学生ですか」
そんなことを言うあずにゃんもどこか浮き足立っている。楽しみにしててくれたんだ。私は嬉しくなって、あずにゃんの手を引いてバスに乗り込む。
片道1時間。私たちはどこに行こうかなんて計画を、パンフレットの紙を見ながら話し合っていた。
<>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:39:06.10 ID:ovUOu2Ml0<> 75.昼
遊園地はそこそこに人がいた。私たちは次々と絶叫マシンに乗っていく。
私が強がってあずにゃんが強がり、なんとなく後に引けなくなりながら。
「大丈夫? あずにゃん」
午前の最後に、と入ったお化け屋敷でダメージを受けたようだ。私は買ってきた2人分のサンドイッチとジュースをテーブルに置いた。
「心臓が止まるかと思いました。私はここで殺されるんだなと」
その言葉は本当に洒落にならないよ。
「これ、いくらでした? 小銭あるかな……」
「いいよいいよ〜。先輩の奢りです!」
「あ、それはどうも……」
どうかな、あずにゃん。私のこと先輩っぽいって思ってくれたかな。
「そういえば、いつものヘアピンどうしたんですか?」
え、私は髪をおさえる。確かにない。
「あれぇ? 朝つけ忘れちゃったや」
「唯先輩、ヘアピンないとちょっと大人っぽくなるんですね」
「えへへ、そうかな? じゃあ今日は私、大人バージョンだよ〜」
「何が変わるんですか?」
「力持ちになります!」
「意味不明ですよ」
あずにゃんは可笑しそうに笑う。
私たちは食べ終わると、また園内を散策した。
「あ、唯先輩、メリーゴーランド乗りたいです!」
「いいよ〜。あずにゃんったら、意外と乙女なんだね」
「う、意外とってなんですか……」
君の不満そうな顔を見て、私はいたずらっぽく笑った。
<>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:40:51.93 ID:ovUOu2Ml0<> 76.梓side
ずっと唯先輩と2人で遊びに行ってみたいとは思っていた。あまり外に遊びに行かない人だから、今までそんな機会に会うことはなかったのだ。
すごく楽しくて。ここ最近のなんとなく憂鬱な気分が晴れていった。
少しだけ大人っぽい唯先輩が時々見せる寂しげな表情。何かを覆い隠すように笑う唯先輩。
なんとなく、これが最後かもしれないと感じていた。
<>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:42:34.71 ID:ovUOu2Ml0<> 77.唯side 夕方
観覧車には夕日の赤い光が差し込み、海に沈み行く太陽に目を細めていた。私たちは向かい合って座る。
「すごい景色ですね……」
「……そだね」
心が軋む。震える。これが最後。
私たちはここで終わる。
少しの空白の後、
「私、死ぬんでしょうか」
そうあずにゃんは、夕日を眺めながら言った。
<>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:44:27.03 ID:ovUOu2Ml0<> 78.
「最近夢を見るんですよ。私は何回も何回もひどい目にあって、そしてその側にはいつも唯先輩がいるんです。唯先輩の辛そうな顔が、忘れられないんですよ」
あずにゃんは私の方を見た。
「ちょうど今も、唯先輩はそんな表情をしています。それに、今までよりもずっと辛そうで……」
辛い空白。私はどうしようもなく俯いた。
「私……死ぬんでしょうか」
<>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:47:39.81 ID:ovUOu2Ml0<> 79.
「あずにゃんはね、」
8分後に死んじゃうんだよ、なんてとても言えなくて。私はあずにゃんの隣に座り、彼女を抱きしめた。
「あずにゃん、は……」
何も言えなかった。必死にこらえようとするも、情けなく涙は溢れ出す。
「ごめんね…………ごめんね……!」
あずにゃんがとてもあったかくて。もうすぐ来る別れが際立ち、私の心は更に軋み続ける。
親友よりも大切な女の子。人生で初めてできた、世界にたった1人だけの後輩。
恋ではないこの気持ち。私は一生、これを忘れずに生きていく。
<>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:51:05.14 ID:ovUOu2Ml0<> 80.
「私の願いは、」
あずにゃんは少し震えた声で、
「私が唯先輩の特別になることでした。もしそれが叶ってたなら、ほんとに……嬉しいです。なんで律先輩でも澪先輩でもムギ先輩でもなく、唯先輩なんだろう。あはは、理由なんて分かりませんね」
私も分からないよ。でも私は、ずっとあずにゃんを見てきたよ。あずにゃんが軽音部に入ってきてくれてから、2人で喋るうちに無意識にあずにゃんを独り占めしたいって思うようになったと思う。最初のうちはみんながたった1人の後輩に夢中になってたけれど、私はそのうち無意識に競うようになってあずにゃんと仲良くなろうとしていたのかもしれない。
「一生のお願いです、唯先輩」
あずにゃんは私を見た。君の目にはいっぱいの涙が、そして瞳には同じような顔をした私が映っていた。
「私のこと、忘れないで下さい……!」
<>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:53:39.63 ID:ovUOu2Ml0<> 81.
忘れないよ。こんなに素敵で、そして残酷な今日を私は忘れない。
私は君を、思い出にする。
君は私の中で生き続ける。
ありがとう。
君は夢を見せてくれた。
私にとっての特別になってくれた。
私はいつまでも子供みたいだったけど
これは私が大人になるのに必要なことで
失うための強さを
私は教えてもらった
その強さは私を生かしてくれて
私の中で生き続ける。
「ありがとうございました。私、唯先輩に出会えて、本当に幸せでした……!」
ありがとう、あずにゃん。
「私と出会ってくれて、ありがとね」
私はあずにゃんの首筋にキスをした。
人生で最初で最後のキス。
私はポケットから小袋を取り出した。
「私が、君を殺してあげるね」
私は顔を上げて、あずにゃんを見た。
「……美しい」
君の目に、私が映る。
その狂気に浸かった目が、私の人間的な欲を掻き立てた。
「美しいです、唯先輩……」
笑えてたかな。
私は精一杯笑って見せた。
「飲んで?」
あずにゃんは私に抱かれながら、安らかに眠りについた。その薬は、あずにゃんの心臓をゆっくりと止めた。
大好きだよ、あずにゃん。
これは、終わりの物語。
私なりのパッピーエンド。
私たちは、終わり終えた。
<>
1<>saga<>2018/03/29(木) 23:55:02.70 ID:ovUOu2Ml0<> エピローグ
82.唯side 1週間後
あずにゃんが飲んだ薬は、私が東京の裏路地で手に入れたものだった。私は隠すことなくそれを話し、警察は私が、平沢唯が中野梓を殺した、と結論付けたようだった。
今は拘留期間ということで、私は小さな部屋に入れられてずっと窓から外を眺めていた。
私を襲っていたのはとてつもない空白だった。絶望感から解き放たれ、私には何もなくなる。
3年生になった私たちはまず新入生歓迎ライブ。そこであずにゃんの後輩を勧誘してあげるんだ。
そして夏になったら合宿。また海がいいな。あ、受験生だから勉強もしなきゃね。
それで学園祭ライブ。今年は出られなかったから、3年生の時は頑張らなきゃ。
冬には受験か。志望校早く決めないとね。
そんなことを考えながら。そんな夢を見ながら。私はまだあずにゃんの死を受け入れられてないんだな、と感じながら。
私は死ねない。
彼女が、私の中で生きているから。
それが彼女が私に望む、唯一の願いだから。
希望と絶望は足し引きゼロ。
そんなの嘘だ。
私に希望なんて、何もない。
夢を見るしかない。
夢とは願いで、それであって妄想で、非現実だった。
もういいけれど。
これは絶望の物語。
夢なんて、希望じゃない。
『奇跡も、魔法も、あるわけない』
「しっぱいした」
説得すればよかった。
「もう遅いけれど」
私も彼女と一緒に、死ねばよかった。
死ねば、幸せだった。
「あははっ、あずにゃん」
私はそこに手を伸ばす。
「それは死んじゃうよー」
私は魔法のステッキを手に入れた。
つまり、すごい薬を。
えと。それを、
ああそうか。
そんな風に私は、夢を見た。
……MainStory-end
<>
1<>saga<>2018/03/30(金) 00:01:48.90 ID:qWa6pgCK0<> 以上、第三章後編です。 <>
1<>saga<>2018/03/30(金) 00:15:35.13 ID:qWa6pgCK0<> カタカタカタカタ。
カチ、カタカタ。カチ。
カタ。カタカタカタ。
カタカタ、カタ、カチ。
カタカタカタ。
(振動音)
……。
<>
1<>saga<>2018/03/30(金) 00:16:09.45 ID:qWa6pgCK0<> カタカタ、カタカタ。
カチ。
(振動音)
不在着信2件。
<>
1<>saga<>2018/03/30(金) 00:16:40.22 ID:qWa6pgCK0<> 聡「んー?」
カタカタ、カチ。
(振動音)
聡「……姉ちゃん電話ー」
……。
<>
1<>saga<>2018/03/30(金) 00:17:10.79 ID:qWa6pgCK0<> 聡「ねーちゃん!」
律「……なんか用か?」
聡「電話。ケータイ」
律「はあ? 誰から」
聡「謎の番号から。うるさいし持ってってよ」
律「誰だろ……」
ピッ
<>
1<>saga<>2018/03/30(金) 00:17:36.86 ID:qWa6pgCK0<> next.
律「よお、唯」
文字通り、壁に穴が空いていた。
律「12年振りだな」
唯「りっ……ちゃん……?」
律「行くぞ」
りっちゃんは私の手を引き走り出した。
「TRUE ENDへ」
物語は、もう少しだけ続きそうだ。
終編に続く <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:08:04.65 ID:gpA1byc20<> 第三部 終編
82.未来(シュタインズゲート世界線)
墓地はいつの時代も静かに賑やかな街に居座り、孤独な気分をしていた。側の木々も、心なしか下向きだ。
彼女の前に立膝で座り、花を添える。
それから3時間くらい経ったらしい、私が立ち上がると、見知った顔を見つけた。
「まゆりちゃん」
まゆりちゃんは私に気付くと、笑顔で駆け寄ってきた。岡部さんたちに会いに来たのだろう。
何気ない会話を交わす。別れ際、
「明日だよね? 出発」
まゆりちゃんは少しそわそわしているようだった。無理もないし当たり前だ。私たちの12年間の集大成だ。
「成功……するかな」
分からない。本当に、ワンチャンスの希望的観測でしかない。
「……させるよ」
そう、成功する。
成功させる。成功させたい。
もうちょっと待っててね、あずにゃん。
連れて行ってあげるよ。
Steins;Gate Prime世界線に。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:09:12.99 ID:gpA1byc20<> 83.唯side
「腹減ってるだろ、どっかで食べてくか」
りっちゃんは私を車に詰め込み、警察の車から逃げ切った後、そう言って私の家の近くのラーメン屋に寄った。
私は席についても何となく周りが気になって、テレビをチラチラ見たり、とてもラーメンどころではなかった。
「もう大丈夫だって〜。私を信じろ!」
なんかりっちゃんが頼もしい。なんていうか、さっきから気になってたけど、
「ねえりっちゃん。なんか大人っぽくなった? 雰囲気が変だよ」
りっちゃんはラーメンを吹き出しそうになった。
「お前、もしかして今の状況理解してないのか?」
私はぽかんとりっちゃんの顔を見た。
「私はな、12年後の未来からタイムリープして来たんだよ」 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:10:51.30 ID:gpA1byc20<> undefined <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:19:42.67 ID:gpA1byc20<> 85.
もう一度だけあずにゃんに会える言い訳ができて嬉しかったのかな。私は自分の部屋で着替えて出かける準備をした。
あのCDを流す。最後に録音した、放課後ティータイムのアルバム。
かっこ悪いね。もう一度、君に会いに行くよ。
外から人の声がした。警察だ。
「どうしよう……」
家の電話がリリリと怖い音で鳴った。私は急いで受話器を取る。
『唯ちゃん、大丈夫よ、落ち着いて? 私が気をひくから、裏口から出てきて』
ムギちゃんの声だ。
うん、私が答えると、その時外でものすごい量の爆竹の破裂した様な音がした。私は玄関から靴を取ってきて裏口から出る。
「唯ちゃん、こっち!」
ムギちゃんは私の手を引き、家の裏に停めてあった黒くて高そうな車に乗り込んだ。2人とも後ろの席に座る。
「出して、斎藤」
「かしこまりました」
車はものすごいスピードで走り出した。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:31:16.48 ID:gpA1byc20<> 86.
「りっちゃんから連絡があったの。唯ちゃんを秋葉原まで送ってあげてって」
ムギちゃんはタイムリープとは無関係らしい。学校を抜け出してきてまで私を助けてくれた。
「ムギちゃん、ありがとう」
ムギちゃんはいつもみたいに優しく笑って頷くと、私を抱き寄せた。
「いいの。唯ちゃんのためだもの」
ムギちゃんはあったかかった。私の心は、凍りついていた心はだんだん溶けていく。
「梓ちゃんのことは訊かない。唯ちゃんが梓ちゃんのこと大好きなの、知ってるから」
ムギちゃんは私の頭を撫でた。
「これから、辛いことがたくさんあると思う。そんな時は、迷わず頼ってね。私は、私たちはずっと唯ちゃんのこと親友だと思ってるから。私もりっちゃんも澪ちゃんも、それに和ちゃんも憂ちゃんも、唯ちゃんのことが大好きだから」
私が……未来の私が、聞けなかった言葉。ひとりぼっちになった天才が、分からなかった気持ち。
「ありがとね……ムギちゃん」
未来ガジェット研究所に着くとやっぱりそこには誰もいなくて、私はタイムリープした。
そして最後の世界に、辿り着いた。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:32:54.65 ID:gpA1byc20<> 「あずにゃんどこにいる?」
私は部室にいた。りっちゃんたち3人はそれぞれ楽器の手入れをしていて、あずにゃんだけがこの部屋にいない。
平静を繕う。踏み出したくなる足を必死に抑える。
「あずにゃん?」
期待はしない。
期待はしてなかったけど……
辿り着いた。
「あずにゃんって、誰だ?」
あずにゃんのいない、最後の世界に。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:34:25.48 ID:gpA1byc20<> undefined <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:35:51.71 ID:gpA1byc20<> エラー出ました。次の2レスは上の挿入です
84.
「何しに、来たの?」
「何しにって、お前たちを助けに来たんだ」
りっちゃんは水をぐびぐびと飲み干し、
「唯はこれから、なんかに取り憑かれたみたいに勉強する。殺人だなんだって件で桜高から転校していったから、私が側で見てた訳じゃないけどな。そして今から12年後、唯は完全な電話レンジ……タイムリープマシンを開発した。好きなことも嫌いなものもない、機械仕掛けの天才物理学者。それが私の知ってるお前だ」
多分、りっちゃんの知ってる未来の私は、今こうしてタイムリープしてきたりっちゃんが、会いに来なかった世界の私なんだろう。警察の束縛から解放されて、12年間そんなことをしてたんだ。
「お前はな、まっったく諦められてないんだよ、梓のことを。思い出にしたつもりでいたか? 出来てないことを、未来のお前自身が証明してる」
「……あずにゃんは、助かるの?」
りっちゃんは苦い顔をして、
「……正直、可能性は低い。未知数だ。それに、チャンスは一回しかない」
でもな、りっちゃんはそう言うと、
「唯のこんな人生、梓が望むと思うか?」
「……あずにゃん、が……」
「話すやつは私や澪、ムギやまゆりしかおらず、その上ずっと物理のこと考えて孤立してる。お前が殺人者だってことが世間にバレてから……かなり酷いいじめにだってあった。お前の笑顔を、私は忘れちまったよ」
諦めきれない私の、崩壊の人生。
「だからな、唯。私はある意味、失敗してもいいんじゃないかと思ってる。いやもちろん、梓を助けたい気持ちがあるからこんな過去に来てるんだけど。でも、お前は精一杯頑張った。それにこれから12年間頑張り続けた。これで終わりにしよう。これでダメだったら、しっかり諦めてあげようぜ」
諦めの物語。諦めの悪い私のための、12年かけた最後のチャンスの物語。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:36:31.83 ID:gpA1byc20<> 「私は、どうすればいいの?」
りっちゃんはラーメンのスープを飲み干して、
「未来ガジェット研究所のタイムリープマシンで10日前に飛べ。私にはやることがあるから、ここでお別れだ」
千円札を二枚置き、立ち上がった。
「金持ってないだろ? 私の奢りだ。それとな、唯。伝言だ」
りっちゃんは私の頭に手を置くと、
「頑張ってね、だとさ。未来のお前からだ」
私は期待しない。何度も何度も何度も何度も、私は期待して裏切られてきて、何度も心を壊されてきたから。
でも、頑張るよ。
私の、自分の手で作った最後のチャンスなんだから。
失敗したら、諦められる。
これはきっと、とてもずるくて、幸せなことだった。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:45:20.60 ID:gpA1byc20<> 87.
「……何で泣いてるんだ?」
澪ちゃんは私の顔を覗き込む。私は必死に隠し、後ろを向いた。
しばらく声が出せなくて。
いろんな感情を適当に混ぜ込んだような震えが出て、でも私は強く在った。
大きく深呼吸し、私は言った。
「なんでもないよ」
私は3人の方を向いて、
「練習しよっ」
そうあずにゃんに、お別れした。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:48:08.83 ID:gpA1byc20<> 88.
桜高祭6日前。
私たちは4人で練習を始めた。
「じゃーホッチキスからな!」
りっちゃんが元気よく合図する。私もギターを構える。
その時。
何かが襲ってきた。
異常なまでに馴染んだ曲。圧倒的な曲の概念。楽譜が視覚的に溢れ出す。
「……唯?」
「……あ、はは、ぼーっとしてたや。もっかいお願い」
そして始まる演奏。私の指は思った通りに何でもかんでも動いてくれる。とてつもなく心地よくて。私の演奏はいつもと比べて全く別物になっていたと思う。
隣に君はいない。ギターは私1人。
ああまただ。
また私は君を探す。お別れしても、諦めきれない。
さみしいよ。私を1人にしないで。
大人になんかなりたくないよ。
我儘を言わせてよ。
我儘を叶えてよ。
私は想いをギターに込める。隣にいない君に、強がりもせず縋り付いた。
「辞書にもない言葉」
そんなフレーズを最後に、演奏を終えた。
「唯。あずにゃんってのは……」
3人は呆気にとられたように私を見た。
「……中野梓のことか?」 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 22:57:36.78 ID:gpA1byc20<> 89.夜 家
りっちゃんたちの話を聞く限り、この世界はかなり今までの世界とは違っているようだった。
タイムリープしてきたばかりの時は意識が元の世界のものになっていたけど、落ち着くとこの世界の私の記憶も、変な言い方かもしれないけど思い出してきた。
私はリビングに置いてあるグランドピアノを撫でた。
「ピアニスト、かぁ」
私はピアノを弾けた。それはもう、すごいって思うくらいに。
隣の棚に並べてある賞状やトロフィーを眺める。
『全国ピアノコンクール 優勝』
『東日本ピアノコンクール 優勝』
私はその頃の記憶も普通に持っていた。だからこの文字を見たとき、やはり思い出さざるを得なかった。
『全国バンドコンクール 第1位』
君と2人で写る写真。ぎこちない笑顔の君。興奮冷め止まないって感じだね。
「梓、ちゃん……」
私は君を、思い出す。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:09:34.54 ID:gpA1byc20<> 90.過去(第2部後編 コンクール直後)
「梓ちゃーん! 笑って〜!」
「ほら、ピースだよ。ピース!」
私は無理やり梓ちゃんの手をピースの形にして、カメラマンの憂に向かった。
「は、恥ずかしいですよ……」
梓ちゃんは茶化すような目で見る純ちゃんの方を気にしていた。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:10:16.91 ID:gpA1byc20<> 91.少し前 表彰式
『総合第1位、平沢唯、中野梓』
私たちは賞状と大きなトロフィーを受け取る。
『ピアノ部門1位、平沢唯。ギター部門3位、中野梓』
私たちが受け取り方に困っていると、係員の人が慌てて手伝ってくれた。そんな様子に、会場から笑いが起こる。
私たち以外には結構高校生も混じっていて、ちびっこい私たちは場違いな感じがしていた。
3人との出会いは、正にこの時だった。
『ピアノ部門4位、琴吹紬』
『ドラム部門4位、田井中律。ベース部門3位、秋山澪』
田井中さんが、私たちに駆け寄った。
「平沢さん中野さん! 私たち中学隣りらしいんだ! 高校どこ進むの?!」
私が戸惑っていると、秋山さんが顔を真っ赤にして田井中さんを引っ張って行った。
「表彰式の途中だぞ! 後にしろっ」
「えーケチィ」
「あの!」
私は思い切って声をかけた。なんて言うか迷っていると田井中さんが、
「私、2人の演奏聞いてほんと感動した! お願い、一緒にバンド組もうよ!」
「バンド……」
「私がドラムで澪がベース、中野さんがギターで……「すみません」
金髪の女の子が歩み寄ってきた。
「私もやりたいです!」
「いいぞよろしく! 琴吹さん、ピアノだよな。キーボード2人か、面白そうだな!」
「……私ね、」
ずっと思っていたことだ。いつか梓ちゃんと、隣り合って対等に演奏してみたいと。
「ギター、やってみたいな」 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:10:46.84 ID:gpA1byc20<> 92.
あずにゃんは3年前の誕生日、11月11日に行方不明になった。それから一度も連絡を取っていない。生きていたとしても、3日後に死んでしまうのは確定して逃れようがない。
6日後の桜高祭。
私はそこで、ちゃんと君を諦めよう。
私は携帯電話を取り出した。
「もしもし、ムギちゃん? 頼みたいことがあるんだけど」 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:11:38.28 ID:gpA1byc20<> 93.次の日 放課後
学校の鐘が鳴る。気持ちのいい日差しにやはり眠気も黙っていないようで、私はうとうと夢見心地だった。
「こーら唯! さっさと部室行くぞー」
りっちゃんは私をがくがくと振り回すと、いつもみたいにイタズラっぽく笑った。私もえへへと笑ってしまう。
「お前、今日寝通しだったな。昨日徹夜でもしてたのか?」
「お恥ずかしい限りで……」
「絶対思ってないだろ」
私はふらふらと部室に向かうのだった。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:12:17.69 ID:gpA1byc20<> 94.
「唯ちゃん、できた?」
先に部室に着いてお茶の準備をしていたムギちゃんが、私たちがドアを開けるや否や訊いてきた。
「うんっ。完成したよ!」
私がカバンを探っていると、
「ムギ、何のことだ?」
りっちゃんは私が取り出した紙を覗き込んだ。
「唯ちゃんに頼まれたのよ。新しい曲を作って、って」
「……おい、それを桜高祭で……とか言わないよな?」
「そのまさかだよ!」
とは言っても、演奏するのは私だけだ。あと5日しかないのに、みんなに迷惑はかけられない。
私は昨日、殆ど徹夜で歌詞を完成させた。私の想いを、精一杯詰め込んだ。
「私の方も完成したのよ。はい、楽譜も書きました」
「ほんとにありがとう、ムギちゃん」
ムギちゃんがくれたのは、ピアノの楽譜だった。
「唯ちゃん、この曲はピアノで演奏したらどうかな?」 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:12:51.84 ID:gpA1byc20<> 95.
「そんな……できないよ」
「お前、ピアノの練習も毎日してるって言ってただろ? ピアノの方が慣れてるんだしよくねーか?」
「で、でも……」
『大丈夫だよ』
頭の中に声が響く。
『私たち、最強だもん』
私たちは表現家。
3年経って心の整理が付いてしまった、そして感情が色褪せてしまった私に、生きた私が合わさり合う。
2人は強め合い、一つになる。
星は、私たちの頭上に輝くよ! <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:19:07.68 ID:gpA1byc20<> 96.当日
ーー続いては、『放課後ティータイム』によるバンド演奏です!
幕が上がる。私たち4人は互いに頷いて、前を向いた。
心地よい熱気。少し多いくらいの緊張。
私は、私たちは走り始める。
一曲目、私の恋はホッチキス! <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:19:48.59 ID:gpA1byc20<> 97.
りっちゃんも澪ちゃんもムギちゃんも、元の世界よりも格段に上手かった。私はみんなの呼吸を感じながら、道を切り開いていく。
3人の音が私を包んだ。呼吸は合い続ける。
あずにゃん、見ててくれてるかな。私はちゃんとやってるよ。
私の声は、ギュウギュウ詰めの会場内に響き渡った。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:21:13.98 ID:gpA1byc20<> 98.
『ありがとうございます、ふわふわ時間でした!』
5曲目のふわふわ時間が終わり、バンド演奏は終了した。りっちゃんたちはステージ袖に移動し、ピアノをセッティングする。
『今日は楽しんでもらえましたか? 私はすっごく楽しかったです!』
歓声が沸き起こる。私たちは少しだけ有名だそうで、テレビ局のカメラが数台正面に置いてあった。私はそれにピースする。
『……次は、最後の曲です』
私はピアノの椅子に座った。白黒な鍵盤が私を迎える。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:23:12.24 ID:gpA1byc20<> 99.
ピアノとギターだけの曲。そのうちギターは私が弾いた録音だ。だから私は1人で演奏する。
ここはどこだろう。私は1人だ。深く暗い海の底。私の視界は歪み始める。
君に会いたくて、君に聞かせたくて作った歌。君に、届くのかな。
「唯先輩」
私は顔を上げる。ギターを持った君は、私を見て少しだけ恥ずかしそうに笑った。
聞いていてくれるかな。
君に、届くのかな。
「行きますよ、唯先輩」
諦めの歌。私は君に頷いた。
3年ぶりに、私は君と語り合う。
『You&I』
<>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:24:14.08 ID:gpA1byc20<> 100.
君のギターはスキップするように、そして優しく私のピアノを支えた。君の言葉に応えよう、私も音に精一杯身を投げた。
私は歌う。君に聞かせたくて、でも気づいてくれるか自信がなくて。だから私は声でも歌う。
最後だろう。私は君を心に刻んだ。君の音を、宝物を、大切にしまいこんだ。
君に頼ってばかりだったね。先輩らしいこと、なにかしてあげられたかな。私はちょっと不安だよ。
あずにゃんは笑った。私もつられて笑ってしまう。
今更私は 君に伝える
君に届くこの言葉が 風に乗って君の元へ 風はやがて私の元へ 春を連れて帰ってくる
こんな日々をずっと私は 当たり前だと思ってた
忘れないよ あの日のことを 2人だけの 特別な日々を
君を思い出し 私は歌う
いなくなった君に 精一杯の手紙を送るよ
私たちだけの言葉で書き始めよう
ありがとうと <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:25:31.92 ID:gpA1byc20<> 101.
圧倒的余韻。私の視界は何かで霞んで何も見えなくなっていた。
届け。君に届け。
君と見た夢に、君と見た空に、私は精一杯手を伸ばした。
その手は、何かにふれた。
温かいそれは、私の手を握り返す。
「唯先輩」
君の声が。
すぐ側に。
私の隣に。
私のすぐ側に。
君の笑顔が……
「ただいま、帰りました。唯先輩」
あずにゃんは、私のことを優しく抱きしめた。
君の温もりが、君の香りが、とても幻覚ではなく現実として私を襲い、緊張感から解放されて力の抜けた手で、私の知っている君よりも少しだけ幼い目の前の君を、強く、しっかりと抱き返したのだった。
「おかえり…………!」 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:41:12.90 ID:gpA1byc20<> エピローグ
102.軽音部室
涙が枯れたようで、私はやっと落ち着いてあずにゃんに向き合った。
「大丈夫ですか? 唯先輩」
急には言葉が出てこなくて、私は笑って頷いた。
「ほんと凄かったよ……お前らの演奏は」
「……えへへ、ありがとう」
私は忘れない。今日という特別な日を。
特別な、大切な日を。
「……りっちゃんたちはこのこと、知ってたの?」
「……まあな。それがちょっとトラウマなんだが……」
私が首をかしげると、
「律は未来の自分に会ったんだよ。唯がタイムリープしてきた日の練習の後、大人の律が私たち3人の前に現れたんだ。その時にタイムマシンも見せてもらったし、すごい久しぶりに梓に会った。……そこで唯の今までの事情も教えてもらった」
澪ちゃんは絞り出すようにして言った。
「よく、頑張ったな……」
頑張った。そう、私は頑張っただけだ。
そしてこれからも、私は頑張り続ける。
もちろん、みんなと一緒に。
私はあずにゃんと向かい合った。
「あずにゃん」
「あずにゃん?」
君は首をかしげる。この世界では、梓ちゃんと呼んでいたんだっけ。
「梓ちゃんのあだ名だよ。……ねえあずにゃん」
私は君の手を握った。
「生きててくれて、ありがとう」 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:42:41.44 ID:gpA1byc20<> 103.2時間後 校舎裏
私はしばらくして、今回の一連の出来事の裏話を聞くことができた。あずにゃんが9月12日を過ぎた今日まで生きている理由について、それからかなり変わってしまったこの世界についてだ。
「まず礼を言っとくぞ、唯。お前のおかげだ。お前があれだけ……40回近くも戦い続けてくれたから、私たちも結論を出すことができたんだ」
未来からタイムマシンでやってきた大人版りっちゃんは、その辺で買ってきたたこ焼きを私に差し出した。
結果には必ず原因がある。そしてその原因があれば、必ず結果は起こる。つまり、原因がなければ、結果は起こらないってことになる。
その原因を突き止めたのが、元の世界、シュタインズゲート世界線の未来の私と澪ちゃん、そしてまゆりちゃんの3人だそうだ。
「唯に何回もタイムリープさせたのは、違った状況の結果を観測するためだ。……例えば、」
りっちゃんは木の枝で土に絵を描いた。
「どんな結果も、少しだけでも原因と繋がっている。40回の結果をもとに、梓の死の直接的な原因を突き止めたんだ」
その原因というのが『中野梓が3年前の冬あたりから今年の9月12日、つまり3日前の間に存在し続けること』だったという。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:43:21.60 ID:gpA1byc20<> 「たまたまだったんだよ。その原因が解決しようもないことだったら、そこで私たちは詰んでた」
存在し続けること。だからその間、あずにゃんは存在しなかった。
あずにゃんは、3年前の誕生日から3日前まで、りっちゃんの手によって未来に連れて行かれていた。
「唯には辛い思いさせちまったようだな……。特に、拉致のことは悪かった」
一回目のタイムリープの後のことだ。まゆりちゃんが殺されたこと。犯人はりっちゃんたち未来からタイムリープした人たちだったのだけれど、あれの目的もある意味とても理にかなったことだった。
私が、あずにゃんの死を観測しないままにタイムリープするのを防ぐためだ。そのために、私にあずにゃんが死んでしまう9月12日以前にラボに行くと、まゆりちゃんが死ぬという恐怖を植え付けた。
「でも、あれをしたのってりっちゃんじゃないんでしょ? あ、えっと、あれの犯人はシュタなんとか世界線の未来からきたりっちゃんであって、この世界線、シュタなんとかプライム世界線のりっちゃんではないんだよね?」
「その通りだけど、なんだお前、私の話理解出来るのか?」
「えへへ、勉強したんだよ」
あの漂流中に、私はタイムリープについて調べていた。だから多少は話についていける。
元の世界線のりっちゃんたちは、完全版タイムリープマシン(電話レンジ)を開発し、さらに世界線変化を観測する装置を作り出すことでさっき言ってた原因とは何かを探して、そしてプライム世界線に移動するためのキッカケをもたらした。
この世界線のりっちゃんたちは、あずにゃんを未来に避難させるため、未来と過去に行き来できる完全なタイムマシンを開発したってことだ。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:43:57.11 ID:gpA1byc20<> プライム世界に移動するためのキッカケについて、
「元の世界の唯はな、どうしてもタイムマシンが作れなかったんだ。力不足でな。タイムマシンが作れたんなら、梓の死に関してだけ言えばプライムに来なくても良かったんだ」
つまり、シュタインズゲートプライム世界線とは、私がタイムマシンを開発できた世界線のことだ。タイムマシンを開発できれば、あずにゃんを助けることができることは観測装置によって分かっていた。
シュタインズゲート世界線では、また別の世界でタイムマシンを開発した牧瀬さんやダルさん、岡部さんが死んでしまったから、タイムマシンについては開発できなかったんだ。
「プライムでは岡部さんたち未来ガジェット研究所勢も、それに梓も生きてるしタイムマシンを開発するのはそんなに時間がかからなかった。何年後かは言わんが私の見た目から判断しな」
りっちゃんは明らかに二十代だ。
「岡部さんたちは、大丈夫なの?」
「ああ。岡部さんたちの死の原因はすぐに分かった。『特定期間中に平沢唯、中野梓と接触すること』が原因だ。だからあと1ヶ月は彼らに会いに行くなよ」
あと、私がピアニストになってたこと。
「それは……私からしたらこじつけみたいな話なんだが、才能を開花させるため、だそうだ。ピアノだけでなく学問のもな。それと重要なのは、中学時代に唯と梓を出会わせるため。それによって梓は、未来に行った後も唯のために勉強できたんだ。この時代に戻ってきてすぐに桜高に転入できるように、中1から高1までの勉強をして、梓は1年でやりきったんだよ」
幼い頃の私にピアノが与えられるように、そして有馬先生の演奏を聴くように中学校の文化祭に行くよう仕向けた。そして、開花した私とバンドを組めるよう、りっちゃんたちにも幼い頃からドラムやベース、キーボードが与えられた。 <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:44:38.43 ID:gpA1byc20<> 「勘違いするなよ、唯。当事者はお前だ」
りっちゃんは私の髪をくしゃくしゃと撫でると、
「お前が梓を救うんだ。諦め? 思い出にする? そんなのお前には無理だよ」
りっちゃんの笑顔は、今も未来も変わらないようだった。
「分かってるよ。私は……」
「唯先輩!」
あずにゃんが呼んでる。私は走り出した。君の元へ。一度だけ、りっちゃんに振り返る。
「……私たち、最強だもん!」
君のために、もう一度無理をしよう。辛いことがたくさんあるだろうけど、私は前に進める。
これは、現実の物語。
素敵で残酷な、ただ一つの願いの物語。
旅に出よう。どこまでも幼くて我儘で諦めの悪い私たちだけど、君となら私は、どこにだって飛んで行ける。
私たちの物語は今、続き始めた。
……fin. <>
1<>saga<>2018/03/31(土) 23:49:34.33 ID:gpA1byc20<> 以上、第3部でした。
メインストーリーはこれで完結です。
ここまで読んでくださった方、いるか分かりませんがありがとうございました。
私自身書いていて、とても懐かしい気分になりました。
次に投稿する第4部は、けいおん単体のサイドストーリーです。この世界線での続き、大学編になっています。
後日談のつもりで書きましたが、分量は第1.2.3部と同程度あり、内容もあります。
ぜひお付き合いください。
続く第4部のタイトルは、
唯「プラチナム・スカイ」
です。よろしくお願いします。 <>