◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:33:59.93 ID:O0+7TRfs0<>
・ミリシタ・桜守歌織さんのSS
・ミリとデレのクロスです
・短い
・ゆっくり書きます
・お久しぶりです


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1526650439
<>【ミリ×デレ】桜守歌織「わたしのうた」
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:36:26.77 ID:O0+7TRfs0<>


「……ありがとうございました」

 赤くともるカメラのサイン。私は、深くお辞儀をしました。
 パチパチと、まばらな拍手の音。
 スタッフさんや共演の方々の視線に見守られ、私はひな壇へと戻るのです。

 ふう。

 テレビの歌番組でこうして歌を届けること。私は、未だ慣れずにいました。
 カメラの前、その先にたくさんのファンの方が待っている。それは理解しています。でも。
 熱気、視線、息遣い。
 それを想像し、自分に落とし込んで、ここで歌い上げることに難しさを感じているのです。
 それでも、多くの歌手の方や同じアイドルが共演している中、私は私の歌を、その先の見えない方々へ届けようとして。
 そして。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:37:26.49 ID:O0+7TRfs0<>
 今日もまた、届けられたでしょうか。
 次の方のインタビューが、続いています。私の身体は、浮いた感覚を残したまま。
 ひな壇で、時が過ぎます。

「それでは、お聴きください」

 司会の方が曲紹介をします。そしてイントロ。歌が始まりました。
 私は、ぼんやりした視界が急に戻ってくる、そんな錯覚に襲われました。
 それは。

 ああ。
 もし、一目惚れならぬ、「ひと耳惚れ」という言葉があるのなら……
 私はたぶん、その声色に囚われたのでしょう。
 圧倒的ななにかに、私は息をすることも忘れてしまうようでした。

 彼女の名は、高垣楓。
 346プロダクションのアイドルであり、そして。

 シンデレラガール。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇
<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:39:27.42 ID:O0+7TRfs0<>


「みなさん、お疲れさまでしたー!!」

 ADの方のお疲れさまでしたの声が、スタジオ内に広がります。
 生放送の本番が終わり、私は楽屋へと戻ります。

「歌織さん」
「あ」

 楽屋に向かう廊下で、私は声をかけられました。

「お疲れさまでした」
「ありがとうございます」

 それは、いつも傍にいてくださる声。プロデューサーさんが私を出迎えてくれました。
 楽屋までの短い時間、私たちふたりは今日の感想を語らいます。

「今日の私の歌、どうでした?」
「ええ、しっかり伝わってました」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:40:27.95 ID:O0+7TRfs0<>
 プロデューサーさんは「よかった」ではなく「伝わった」と、そうおっしゃいます。その言葉に、私は安堵を覚えるのです。
 私の歌は、画面の向こう側の皆さんのために。それを分かっているからこその「伝わった」
 この上ない賛辞です。

 楽屋に着くと、あるものが目に留まりました。
 ドレッサーの前に、水分補給の飲み物。それも、小さな紙コップに半分ほど。
 一気に水分と取りすぎないようにとの、プロデューサーさんの心遣い。その気持ちがすうっと、私の中に染みとおっていくようです。

「いつも、ありがとうございます」

 心遣いに、感謝を込めて。私は笑顔を贈ります。
 衣装がしわにならないようゆっくりと腰を掛け、まずは飲み物をひと口。そして、もうひと口。
 鏡の中には、安堵の表情の私。
 頑張ったねと心でつぶやき、私はメイクを落とす準備を始めました。

「じゃあ歌織さん、ちょっとスタッフさんに挨拶してきます」
「はい、いってらっしゃい」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:42:24.55 ID:O0+7TRfs0<>
 プロデューサーさんは私の様子をうかがうと、挨拶まわりに中座するのでした。
 私はコットンにクレンジングを含ませ、肌にあてます。ひやりとした感触。
 先ほどまでの照明の熱さと、スタジオの熱気。
 中てられた熱が洗い落とされるような、そんな気がします。

 ふう。
 ため息を、またひとつ。

 鳴り響く歌を、思い出します。
 その歌が、私の心を締め付けます。上手いとか素晴らしいとか、そんな、簡単に表現できることではなくて。
 なんと言えば、いいのでしょう。意図することなくただ、心を締め付けるのです。
 それは、表現力? 存在感? あるいは?
 いえ。そのどれでもなくて、でも、どれも当てはまって。

 考えるほどに、頭の中がかき混ぜられていくようです。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:43:57.30 ID:O0+7TRfs0<>
 照明の熱さでひりつく肌に、化粧水を与えて。
 鏡の中の私が、少しずつ変化していきます。
 ええ、そうですね、と。気持ちをリセット。
 そう、私は私のできることを。歌を皆さんに届けることを。それを嬉しく思えばよいのです。
 果たして、それは成功したのですから。

 今日のお仕事はこれで終わり。
 事務所にはまだ、小鳥さんがお仕事をこなしながら、私たちの帰りを待ってくれていることでしょう。
 保湿クリームをつけ、眉を整えれば、いつもの私に。

 これで、よし。
 そろそろ、着替えることにしましょう。

「おつかれさまです」

 ふと。
 背中越しに、声をかけられました。
 それは先ほど、スタジオで聞いた、声。そして心を締め付ける、声。

「あっ」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:45:01.61 ID:O0+7TRfs0<>
 私は慌てて振り向き、挨拶を返します。

「……高垣さん、おつかれさまです!」

 振り向いた先には、優しげな微笑み。高垣楓さんご本人。
 立ち姿は、高貴なお姫さまのようでした。

「ふふっ、どうぞ。お座りください」
「は、はい……」

 高垣さんは、あわてて立ち上がった私を、席へと促してくださいます。
 かああ、と。恥ずかしさに顔がほてります。

「……桜守、歌織さん、ですよね?」
「……はい」
「素敵な歌でした」
「あ……ありがとう、ございます」
「本当に、素敵でした……私、大好きです」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:45:49.55 ID:O0+7TRfs0<>
 そうおっしゃる高垣さん。その言葉に私は顔を上げました。
 目の前には先ほどと変わらぬ、柔らかい笑み。

「歌織さん?」
「……はい」
「今日は私この後もお仕事なので、ご挨拶だけですけど」

 私の目に映るは、吸い込まれそうな瞳。
 高垣さんは私に、こう、言葉を残したのです。

「また、お会いしましょう」

 と。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇
<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:47:12.98 ID:O0+7TRfs0<>


 ぽーん……
 ピアノの音が、レッスンスタジオに響きます。
 いつものように、星梨花ちゃん達と歌のレッスンを行って。そして。
 私はひとり、スタジオに残ったのです。

 あの歌が。
 高垣さんのあの歌が、今も耳に残ります。

 幼い頃から歌に親しんでいて、もちろん、私などよりはるかに上手な方の歌も、多く耳にしています。
 でも。彼女の歌は。
 言葉では表現し難い、なにか。そう……なにか。
 理由を探す心の澱が、私の中を駆け巡るのです。

 ぽーん……
 指先に感じる鍵盤の重み。
 ぽーん……
 ぽーん……

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:48:27.11 ID:O0+7TRfs0<>
 C(ツェー)の音に促され、私はピアノを弾き始めました。
『ローレライ』 ジルヒャーの曲です。
 小さいころから弾き慣れた曲を、紡いでいきます。
 一音、一音。私は、漂う音に身をゆだねるのでした。

 そして弾き終わると。
 ふう。
 私は、ため息を吐いていました。

 本当に、このところの私はため息ばかり。レッスンもお仕事も、楽しいと思う気持ちは間違いない、のに。
 鍵盤をさまよう、指先。定まらない視線。

「あら? 歌織ちゃん?」
「……あ」

 ふと、顔を上げると。

「……このみさん」

 このみさんがレッスンスタジオへ入ってきたのでした。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:49:23.59 ID:O0+7TRfs0<>
「どうしたの? そんな浮かない顔して」
「……え」

 ふいにこのみさんから出た言葉に、私は戸惑います。

「……あの、私。そんな顔、してました?」
「ええ、そりゃあもう。ね」

 このみさんはそばにあった椅子を持つと、にこりと微笑んで私のとなりへやってきました。

「なにか、悩みごと?」
「いえ……そんなんじゃなくて」
「ふーん……」

 椅子にまたがるように座り、このみさんは私の顔を伺います。

「ひょっとして」
「……」
「楓ちゃん……かな?」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:50:21.64 ID:O0+7TRfs0<>
 え?
 驚く私に、このみさんはくすりと笑います。

「んふふ、そっか……図星ね」
「……あ、あの」
「ん?」
「このみさん、高垣さんのことご存じなんですか?」

 そう私が尋ねると、このみさんはからからと笑いました。

「まあそりゃあ、ね。彼女、私のお友達だし」
「……」
「楓ちゃん、すごいわよねえ」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:51:10.21 ID:O0+7TRfs0<>
 このみさんは、語り始めます――

 楓ちゃん、あのとおり美人だし歌もうまいし、そんでもって気さくだし飾らないし。
 人気になるのもわかるわね。
 なるほど、シンデレラガールに、なるべくしてなったなあって、感じ。でも。

「セクシーなら私に敵わないけどね!」 このみさんはそう言って笑いました。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:52:12.87 ID:O0+7TRfs0<>
 楓さんの話は、続きます――

 楓ちゃんと初めて会ったのは、歌織ちゃんと一緒。歌番組だったなあ。
 なーんか浮世離れした雰囲気でね。つかみどころなくて、ちょっと違うアイドルだなって、思ったの。
 そこでお話もできなかったしね。彼女忙しそうだったし。
 ところが。
 そのあと、ばったり出会ってね。
 どこだと思う? 居酒屋よ、チェーンのとこの。

 ちょうど莉緒ちゃんと一緒に飲んでてね、そしたら。
 いたのよ。楓ちゃん。
 早苗さんと瑞樹さんと一緒に来てて、あ、瑞樹って言っても、うちの真壁の瑞希ちゃんじゃないわよ?
 川島瑞樹さん、あちらの事務所のね。

 ほら、私、早苗さんと同じセクシーが売りだから。なんか意気投合しちゃって。
 で、莉緒ちゃんと一緒に混ざったの。

「それが今じゃ、一緒に飲んで歩く仲って、わけ」

 このみさんはにこにこと、今までのいきさつを話してくれました。
<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:52:53.14 ID:O0+7TRfs0<>
 わあ……
 このみさんのコミュニケーション力はすごいなあ、と。
 私は感心せずにいられません。

「実は昨日ね。たまたま楓ちゃんと飲んでたのよ。そのとき、楓ちゃんが言ってたの」

 このみさんは私に「なんて言ったと思う?」と訊ねます。

「いえ……さすがに」
「このみさんのとこの、桜守歌織さん、でしたっけ……すごいですね。って」
「……」
「まったくもう。楓ちゃんにそう言わせるなんて。ほーんと歌織ちゃん」

 このみさんは、私の肩をぽん、と叩き。

「すっごいじゃない!」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:54:09.17 ID:O0+7TRfs0<>
 その言葉を聞いて、私はしばし呆けてしまいました。

 すごいのは高垣さん、貴女のほうです。
 私は貴女の歌に、惹かれているのです。何とは言えない、なにかに。

 好意を持った評価を受けたこと、大変喜ばしいことです。
 ただ、それ以上に、高垣さんの歌が耳に残って。いえ。
 記憶に、残って。

「……歌織ちゃん?」

 むにゅ……

「ひゃっ!」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:55:04.20 ID:O0+7TRfs0<>
 私の頬を、このみさんがつまみます。

「ほーら……変な顔しないの!」
「……あの……変な顔、してましたか?」

 私は頬をさすりながら、このみさんに尋ねました。

「うん、さっきみたいな……思案顔しちゃって、さ」

 このみさんはくすりと笑い、そう言います。

「歌織ちゃんがなにを思ったのか、私には判らないけど……」

 このみさんは椅子から立ち上がると伸びをして、「でも」と続けます。

「楓ちゃんは楓ちゃん。そして」

 私を指さして。

「歌織ちゃんは、歌織ちゃん。でしょ?」

 そう言ってウインクをひとつ、私に投げてくれました。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:55:53.46 ID:O0+7TRfs0<>
 私は、私。
 そう、ですね。はい。
 ひどく当たり前のことが、私の心に染みてきます。

「だいぶ遅くなったし、一緒に帰ろっか? 歌織ちゃん」

 外はもう、すっかり夜の帳。

「そうですね。よければご一緒に」

 ふたりでレッスンスタジオの後片付けをして、消灯。
 ぱちん。
 スタジオに静寂が訪れます。

「このみさん」
「ん?」
「……ありがとう、ございます」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:56:27.80 ID:O0+7TRfs0<>
 私の言葉に、このみさんはふわりと笑い。

「なーに水臭いこと言ってんだか」

 と、返してくれました。

 街の明かりに照らされて、床に伸びる影が、ふたつ。
 私は、温かい気持ちを、もらったのです。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇
<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/18(金) 22:57:44.88 ID:O0+7TRfs0<>
※ とりあえずここまで ※

ゆっくり書いていきます。よろしければゆっくりお付き合いください
次は来週あたりで

では ノシ <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/05/18(金) 23:48:01.69 ID:h1OuFY/Ao<> 楽しみに待ってます <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/05/19(土) 04:32:56.53 ID:5YpsbSV1o<> とりあえず乙
楓さんの方が年上なんだよな… <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/05/19(土) 08:04:27.29 ID:SFg6dPHco<> ミリのアイドルはみんな若いからな
デレは普通に三十路くらいのいるし <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/05/19(土) 08:18:36.89 ID:EQ/+VFnE0<> 容姿や雰囲気だけなら楓さんも年相応に落ち着いて見えるから <>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/26(土) 22:11:49.77 ID:ru/9Q1MX0<>
お待たせしました。投下します。

↓ ↓ ↓
<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/26(土) 22:12:53.69 ID:ru/9Q1MX0<>


 休日。
 久々のオフに、私は楽器屋へやってきました。

「……んーと」

 今日の目的はいくつかのピアノピース。劇場のみんなとレッスンするための教材です。
 みんなアイドルなのだから、と。私はできるだけ最新ヒット曲を選んでいました。
 ここ最近のヒット曲も、今やすぐにピアノアレンジされ、こうして手元に届けられるのです。本当に、すごいです。

 あれと、それからこれも、いいかな。
 みんな、喜んでくれるかしら。
 レッスン中のみんなの表情を想像してつい、私の顔もほころんでしまいます。
 私とみんなのいつもの練習風景に、ちょっとしたアレンジを。
 そんなことを考えながら、私は譜面を吟味していきます。

 中には。

「あっ」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/26(土) 22:13:49.33 ID:ru/9Q1MX0<>
 私の歌もあったりして。
 思わず、赤面してしまいます。でも。
 こうして、ファンの皆さんに届いている。そのことがとても、うれしく思うのです。

 決して安くない買い物。でも、私はずっと笑顔。
 そうして選んだ譜面を手に、楽器屋を後にしました。
 目的は果たしたけれど、せっかくのオフ。ちょっとウィンドウショッピングも、いいものです。
 表通りのショーウィンドウを眺めながら、ゆっくりと。

 天気もよくてほんと、気持ちいいなあ。

「……あら? 歌織、さん?」

 ふと。
 私は声をかけられました。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/26(土) 22:14:20.40 ID:ru/9Q1MX0<>
「え? あ、は、はい」

 私が振り向くと、そこには。

「お久しぶりです」

 高垣さんが、立っていたのでした。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/26(土) 22:15:14.80 ID:ru/9Q1MX0<>
「あ……あ! こ、こんにちは、高垣さん!」
「ああ、よかった。人違いだったらって、結構心配だったんです」

 高垣さんは、ロングブラウスにクロップドパンツと、だいぶラフな格好をされていました。
 その立ち姿は、ほんとうに綺麗で。
 見惚れてしまいます。

「歌織さんは、オフか何かで?」
「は、はい。そうです……ひょっとして、高垣さんも、ですか?」

 私がそんなふうに答えると、高垣さんは小首をかしげ。

「……楓、で」
「え?」
「名前で、呼んでください」
「……えっと」
「……ね?」

 そうおっしゃったのでした。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/26(土) 22:15:54.82 ID:ru/9Q1MX0<>
「あ、あの……じゃあ」
「……」
「……楓、さん……」
「……はい」

 私は頑張って楓さんの名前を呼び、そして。
 楓さんは、それはもう素敵な笑顔で返事を下さったのです。

「ところで、歌織さんは」
「あ、はい」
「ご用事、済んだのかしら」

 楓さんは私の手元を見て、そう言います。

「ええ、まあ」
「ひょっとして、譜面?」
「え?」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/26(土) 22:16:33.23 ID:ru/9Q1MX0<>
 なぜ、私の買い物が分かってしまったのでしょう?
 私が驚いていると。

「ほら。袋に楽器屋さんの名前が」
「……あ」

 すごい。本当に。
 楓さんは頭の回転が速い方なのだと、思いました。楓さんはまたもにこりと笑い、私に問いかけました。

「もしお時間があるのだったら」
「……」
「私にお付き合い、いただけません?」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/26(土) 22:17:05.49 ID:ru/9Q1MX0<>
 えっと……
 正直、緊張しています。でも。
 とても、気になるのです。

 今、こうしているときも、そして。あの時も。
 スタジオでの、一言が。

『また、お会いしましょう』

 ひょっとして、今この時が。それは私の直感。ですから、私は答えるのです。

「はい、ぜひ」

 と。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/05/26(土) 22:19:55.57 ID:ru/9Q1MX0<> ※ とりあえずここまで ※

誤字がありました。

>>15 1行目

×「楓さんの」 → 〇「高垣さんの」

では ノシ <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/05/27(日) 10:22:26.17 ID:TYQiuwK3o<> おつ <>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/03(日) 22:20:23.24 ID:WrstqN030<> 本当に少しですが。投下します。

↓ ↓ ↓
<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/03(日) 22:22:25.11 ID:WrstqN030<>


 女ふたり。ウィンドウショッピング。
 楓さんはメガネをかけているくらいで、あまり変装らしい格好をしていませんでした。
 かなり目立つのだろうなあと思っていました、けど。
 意外と。
 声をかけられることは少なくて、私たちはこうして、散策を楽しんでいたりします。

 それにしても。
 楓さんは、私が想像してたよりさらに、ユニークに思える方でした。
 例えば。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/03(日) 22:23:17.20 ID:WrstqN030<>
「うーん……」
「……どうしました?」

 楓さんは輸入食材のお店で、真剣に悩んでいます。

「ええ、実は」
「……」
「パッタイなら、シンハーが王道かと思うんですけど」
「……」
「青島(チンタオ)も捨てがたいなあ、と」
「……はい?」

 どうやら楓さんは、食材に合うビールで悩んでいたようでした。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/03(日) 22:24:41.57 ID:WrstqN030<>
 ユニークという言葉は決して、悪い言葉ではない、と。
 高校の時の先生に教わりました。
 一意的というか、唯一というか。ですから、楓さんのユニークさは私にとって、とても好ましかったのです。

 なんだか、素敵だなあ。
 スタジオでお会いした時の、少し近寄りがたい雰囲気も彼女なら。
 今こうしてウィンドウショッピングに興ずる彼女もまた、高垣楓本人。
 私はたちまち、楓さんのファンになった、気がしました。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/03(日) 22:25:34.59 ID:WrstqN030<>
「歌織さん?」
「……はい」

 和装小物の店で、楓さんは私に話しかけてきます。

「私、実は綺麗なものが好きなんです」

 気になったタオルハンカチを手に、彼女はそう言います。
 ああ。はい。
 それは、分かるような気がします。
 決して華美ではないけれど、ポイントをひとつ押さえた、シンプルな愛らしさ。
 私の気持ちにすとんと、落ちるものがありました。

 知り合えてよかった、と。実感するのです。

「楓さんのお選びになったもの、私も、好きです」
「ふふっ。それならよかった」

 そうしてショッピングを続けることしばし、夜の帳が、降りてきました。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/03(日) 22:26:22.20 ID:WrstqN030<>
「ところで、歌織さん」
「なんでしょう?」
「この後、もう少しお時間、頂戴できます?」
「え、ええ。特に用事はありませんけど、なにか?」

 私がそう答えると、楓さんはやさしく微笑み。

「ちょっとだけお酒、お付き合いください。ね?」

 と。
 私を誘ってくださったのでした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/03(日) 22:27:30.35 ID:WrstqN030<>
※ とりあえずここまで ※

もう少し書き溜められるように頑張ります。
では ノシ
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/06/04(月) 14:26:39.70 ID:n4eBhv0JO<> 乙乙
良いね

じっくり待つぜ <>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/24(日) 08:13:47.22 ID:u2t+T4dv0<> お待たせしました。投下します。

↓ ↓ ↓ <>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/24(日) 08:15:07.68 ID:u2t+T4dv0<>


「いらっしゃいませ」
「こんばんは」

 そこは、通りから少し入った、小さなワインバルでした。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/24(日) 08:15:47.12 ID:u2t+T4dv0<>
 お店に着くと、楓さんが店員さんに一言二言。
 私たちは、個室風にパーティションで区切られたボックスへ、案内されました。
 時間がまだ早いせいか、お客は私たちだけ。

 お酒と、料理を少々注文。
 しばらく店内を眺めていると、お酒が私たちのテーブルへ。
 楓さんは赤ワイン。私はスプリッツァー。

「では今日の良き日に……乾杯」
「乾杯」

 ちん。
 静かなお店に、グラスの音が響きます。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/24(日) 08:17:05.14 ID:u2t+T4dv0<>
「落ち着いたお店、ですね」
「ええ。ここには時々、お邪魔するんです」

 楓さんはそう答えました。

 料理が、運ばれてきます。
 鯛のカルパッチョと、キッシュ。

 キッシュにナイフを入れて。さくりとパイ生地を切れば、湯気がほのかに立ち上ります。
 卵がふわり。中のチーズがとろりと。
 おいしい。
 口福を噛みしめる私を、楓さんはにこやかに見つめていました。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/24(日) 08:17:57.06 ID:u2t+T4dv0<>
「気に入ってくれました?」
「あ……はい。とても」
「ふふっ、よかった」

 穏やかに静かに、時間が流れます。
 アルコールの心地よさを、感じつつ。

「実は私」
「はい」
「楓ちゃん、なんです」
「……はい?」

 突然。楓さんはそう言いました。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/24(日) 08:18:51.73 ID:u2t+T4dv0<>
「か、楓ちゃん……ですか?」
「はい。楓ちゃん、です」

 楓さんはマイペースに、語り始めました――

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/24(日) 08:20:30.35 ID:u2t+T4dv0<>
 ちょうど、私と瑞樹さんと早苗さん、三人で飲んでた時だったと思います。
 このみさんと莉緒さんと、初めて飲むことになったのは。
 最初に気づいたのは早苗さんで。「ちょっと! そこのセクシーコンビ!」って、声をかけて。
 おふたりとも驚いてたようでしたけど。でも、嬉しそうでした。

 後から伺ったら、「いきなりセクシーって言われて、ちょっと舞い上がっちゃったかな」なんて。
 このみさん、おっしゃってました。
 うちの事務所のセクシー担当ですから、早苗さんは。

 早苗さんと、このみさんと莉緒さん、打ち解けるのはすぐでした。
 瑞樹さんも「ふたりともピチピチでいいわー。うらやましい」って、ニコニコしてて。
 私もそんな姿を見てると、すごく幸せになれるんです。

 このみさんから声をかけてくれたんです。「楓さんは……」って。
 そうしたら、早苗さんが「あー、楓ちゃんにそんな気を遣うことないの! 彼女はね、うちのオヤジ担当だから!」って。
 このみさんも莉緒さんもきょとんとして。でも。
 これはもう、間違いなく早苗さんからのパスでしょう?

 ご挨拶、したんです。
「おふたりとも初めまして。ガンマGTP高垣、です」って。

 おふたりとも、呆気にとられて。そして――

「なにそれなにそれ! 信じらんない! こっちなんかめちゃくちゃ緊張してたのに!」って。おふたりとも笑ってくださって。
「そうね! 早苗さんの言うとおり! あなたは『楓ちゃん』だあ!」って――

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/24(日) 08:21:23.88 ID:u2t+T4dv0<>
「ですから、私。『楓ちゃん』なんですよ」
「……」

 驚きに、言葉が出てきません。
 楓さんの、超マイペースと。
 このみさん、莉緒さんの、コミュ力の高さと。

「そういう訳なので、歌織さんも」
「……あっ」

 私は、あまりの驚きから戻ってきました。

「ぜひ『楓ちゃん』と」
「……い……いえいえ! それはさすがに! 無理ですから!」
「……残念」

 必要にして十分。
 私と楓さんとの距離が、一足飛びに縮まるのを感じました。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/24(日) 08:22:14.68 ID:u2t+T4dv0<>
 楓さんの話す声が、耳に心地いいです。
 飲み会のこと。シンデレラガールのこと。

「あまり自分は、なにが変わったということも、ないんですけど」
「はい」
「お仕事を沢山いただけるようになって、皆さんに広く知ってもらえて、嬉しいです」

 お互いに、お酒も程よく廻り。
 私も、楓さんと同じ赤ワインをいただきながら、卵黄のみそ漬けを少しずつ口に。
 コクのある塩気が、ワインと馴染みます。

「ところで、歌織さん?」
「なんでしょう」
「歌は、お好きですか?」
「ええ。それはもう」

 楓さんは私の返答を聞くと、「よかった」と微笑み。

「私も、大好きです」
「幸せですよね。皆さんに聴いていただけること。本当に」
「ほんと、そうですよね……ですから、私は」

 楓さんの瞳が、私の瞳を捉えます。そして。

「歌織さん。あなたがとても、うらやましいです」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/06/24(日) 08:23:46.28 ID:u2t+T4dv0<>
※ とりあえずここまで ※

相変わらずの遅筆ですが。ゆっくりお付き合いください
では ノシ

<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/06/24(日) 10:51:38.80 ID:YLPJOU66o<> ええんやで <>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/07/15(日) 00:33:51.90 ID:IdCKPh0u0<> お待たせしました。投下します。

↓ ↓ ↓
<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/07/15(日) 00:34:46.35 ID:IdCKPh0u0<>
 えっ?
 歌が、好き。それは、とてもよく分かります。
 そして。
 私が、うらやましい。
 ふたつが結びつかず、ただ惑いの色を見せる、私。

「なぜ、ですか?」

 私は楓さんに問いかけるのでした。

「……そうですね」

 楓さんは困ったように、答えます。

「私がそう感じているから……では、ダメですか?」
「いえ、ダメとかそういうのではないですけど……なぜ、私なのだろう、って」
「……」
「……私も、楓さんがうらやましいと……思っているので」
「……歌織さんが?」
「はい」

 私の耳に、先日の歌が、甦ります。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/07/15(日) 00:35:26.29 ID:IdCKPh0u0<>
「先日、スタジオで共演させていただいて」
「はい」
「楓さんの歌を拝聴して」
「……はい」

 私の言葉が、止まりません。

「あの……魅せられてしまったんです」
「……」
「聞き惚れたんです! 楓さんの、歌に……」
「……まあ」

 楓さんは、驚いた表情を映し。私は……
 あの日のスタジオで感じた、込み上げるなにかを、覚えるのです。

「本当に……ひと耳惚れ、なんです」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/07/15(日) 00:36:13.56 ID:IdCKPh0u0<>
 私は、打ち明けました。
 楓さんは目を細め、にこりと微笑みます。

「……ありがとう、ございます。実は」
「……」

 お酒と恥ずかしさと。頬を赤くしうつむく私。そして、楓さんは。

「私も、ひと耳惚れ、だったんですよ?」

 そう、おっしゃったのでした。

 楓さんが?
 私の、歌を?

 望外の喜びです。
 それが妙に照れくさくて、嬉しくて。

「……あ、ありがとうございます」

 としか。
 私は、言えなかったのでした。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/07/15(日) 00:36:55.95 ID:IdCKPh0u0<>
 そして私たちは、互いの事務所のこと、同僚のアイドルのこと、いろいろと。
 いろいろと。
 ゆっくり語らいながら、お酒を嗜みます。

「私も赤、頼んでみたいですね」
「ええ、ぜひ。よかったら」

 楓さんに勧められ、私もバローロを頼みました。

 とても力強く、がつんとくる赤。
 仔羊のローストと、とても合います。

 ああ、おいしい。そして。
 楽しいな……

 なにかふわふわと。夢のようです。
 憧れの楓さんと、こうして美味しくお酒をいただき、いろいろと語らい。
 ただゆったりと、時間を過ごす。
 贅沢。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/07/15(日) 00:37:29.54 ID:IdCKPh0u0<>
 デザートのソルベをいただきながら、私は思います。
 ああ、終わってしまう。
 あと少し、もう少し。と。

「歌織さん」
「はい」

 楓さんが私に、語りかけます。

「まだお時間があるようでしたら、ちょっと」
「……」
「酔い覚まし、しません?」

 私に否は、ありませんでした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/07/15(日) 00:38:18.02 ID:IdCKPh0u0<>
※ とりあえずここまで ※

ゆっくりですが。余韻を楽しんでいただければ
では ノシ
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/07/20(金) 10:53:01.94 ID:u6rbAJpnO<> いいね
ゆっくり楽しむのも乙 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/07/27(金) 23:22:25.94 ID:dtJ/lAubo<> こういう雰囲気のss好き <>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/08/17(金) 00:16:50.89 ID:ip5iqoCH0<> お待たせしております。来週前半にはアップしたいと頑張っております。
今しばらくお待ちください ノシ <>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:26:55.65 ID:hYXGsH5LO<> 待たせたな!!!(コント赤信号)

投下します。

↓ ↓ ↓ <>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:29:06.66 ID:hYXGsH5LO<>


「ふう……気持ちいい……」

 夜の海浜公園。辺りに人はまばらで。
 楓さんは夜風にあたりながら、そうつぶやきました。

「歌織さん?」
「はい」
「今日は本当に」

 楓さんが私へと振り向き、にこりと微笑むと。

「ありがとうございました」

 お辞儀をひとつ、私へ向けたのでした。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:30:34.91 ID:hYXGsH5LO<>
「い、いえ! 私のほうこそ、とても楽しくて」

 私はあわてて、返事をするのです。

「楓さんとこんなにお話ができて、お酒もご一緒できるなんて……なんだか、夢のようです」

 偶然。ふいに。たまたま。
 私が今、この時間を過ごしているのは、本当に偶然で。でも、かけがえのないもので。

「私こそ、ありがとうございました」

 私は、お礼を返しました。

「私、思うんです」
「なにを、ですか?」
「私、まだ歌織さんに、ご縁のお礼、返せていないなあ、って」

 幾分かほろ酔いの楓さんが、ゆったりと言います。
 ご縁のお礼だなんて……私のほうこそ、お返ししたいのに。

「ですから、せめて」

 楓さんの瞳が、私を捉えます。

「歌で、お返ししますね」

 目を伏せて。すう、と。
 息の音。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:31:15.64 ID:hYXGsH5LO<>
   ――高鳴りに少し 戸惑いながら
   ――見上げてた 空の輝きを

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:32:05.50 ID:hYXGsH5LO<>
「え?」

 私の耳を打つ、その曲は。
『ハミングバード』 私の歌、でした。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:32:50.91 ID:hYXGsH5LO<>
   ――ああ どこまでも高く 雲をはらって
   ――風のように 飛んでいけるなら

 緩やかに、柔らかに。
 私が歌うテンポより少し遅めに、楓さんは歌い上げていきます。

「……そん、な」

 ……ああ。
 私は手で口元を押さえ、ただ聴き入るばかり。
 なぜ。何故。

 私の、歌なのでしょう?

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:33:57.63 ID:hYXGsH5LO<>
   ――知らない世界に 指先すくむけど
   ――知りたいこの気持が 翼に変わる

 私と楓さんの周りだけ、時が止まってしまった錯覚に囚われます。
 そこだけが、色めいて華やかで。
 私の中に、言いようのない感情が生まれました。

 悔しさ? いいえ。
 悲しさ? いいえ。
 感動? いいえ。

 そのどれもが正しくて、どれも当てはまらない。
 本当に、表現しがたい衝動。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:34:41.81 ID:hYXGsH5LO<>
   ――私が今 できること それは歌うこと

 その通りです。私がそうであり、楓さんがそうであるように。
 アイドルであること。私であること。それは、歌うこと。
 歌は、私そのものなのです。ですから。

「……!」

 悔しさも、悲しさも、感動も、驚きも、全て。
 私の中に、あるもの。
 私の目に涙があふれてくるのを、感じ取りました。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:35:41.63 ID:hYXGsH5LO<>
   ――奏でていく 明日の希望(ひかり)
   ――願うの 歌うの

 歌が、終わろうとしています。
 もっと聴いていたい、浸ってしまいたいと思う気持ちと。歌いたい、私の歌を届けたいという気持ちと。
 それは、私の歌ですという、渇望と。
 そんな私の想いとは裏腹に、彼女はあまりにも、美しく……

 歌が終わり。周りが再び、動き始めます。
 楓さんはこちらを見つめ、深くお辞儀をしました。そして、私へ歩むと。

「ありがとう」

 と、一言。

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:36:30.51 ID:hYXGsH5LO<>
 ……ああ。
 私はその場にしゃがみ込み、顔を伏せます。
 楓さんは私の肩に手をかけると、こう言ったのです。

「歌織さん……私は本当に、あなたがうらやましいんです。ですから」

 その言葉に顔を上げると、彼女はさらに、こう言うのでした。

「歌ってください……あなたの、歌を」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/11/17(土) 12:38:55.98 ID:hYXGsH5LO<>
※ とりあえずここまで ※

速報がしばらく落ちていて、他の掲示板に移動することも考えましたが、やはりここがいいので。
落ちてる間、モチベーションが著しく低下して、しばらく筆を休めておりました。
また、よろしくお願いします。

では ノシ <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/11/18(日) 06:41:23.71 ID:26H9hpo4o<> まってたで! <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/11/18(日) 21:59:36.22 ID:B7ar1fJao<> 待ってたぜ

楓さんは不器用…でいいのかな? <>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/12/27(木) 23:11:48.87 ID:5pCpTt5t0<>


 ぽーん……
 ぽーん……

 いつかの、ように。
 私はピアノの前に座っています。
 以前もそうであったように、私は楓さんのことを考えて、こうしてピアノを前に黄昏ているのでした。

 どう表現すればいいのでしょう。
 楓さんの歌は、最上と言えるものでした。しかし、その紡がれた歌は『ハミングバード』
 そして、楓さんから告げられた一言。
 歌ってください、と。私の歌を、と……
 あの日から、心は乱れたまま。私は私自身を、持て余していたのです。

 私の歌を楓さんが歌ってくださったこと、それはとても光栄なことで。
 その歌に私は、心を奪われました。
 そう思いながらなぜ、私の歌なのですか、と。嫉妬と呼ぶべきものなのでしょうか。
 そうかもしれません。
 それでも彼女の歌は、あまりに完璧だったのです。

「……」

<>
◆eBIiXi2191ZO<>saga<>2018/12/27(木) 23:14:50.80 ID:5pCpTt5t0<>
 涙があふれてきます。
 なぜ、私は。『楓さんではないのだろう?』

 思ったところで、詮方ないことです。私は、彼女ではないのだから。
 わかっています。
 彼女には、なれない。その事実が、肌に痛い。

 私が好きなこと。それは歌うこと。
 そのことにおいて、これほど心乱れることは、今までなかったのでした。
 私の歌、って? なに?
 考えるほどに、苦しくなるのです。

<>