◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:05:47.17 ID:I+Xf9OEw0<>注意
・地の文有り
・Pの経歴に設定追加
・ユニット越境につき、公式の設定が無い呼称が出てきます

また、モブ(演出家・王子役など)が数人出てきますが、しっかりと甜花・夏葉の話として進行しますので、その点ご容赦頂けると幸いです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1543932346
<>【シャニマスSS】甜花「シンデレラと」夏葉「サンドリヨン」
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:07:44.36 ID:I+Xf9OEw0<> 黎明の夢を見る。

祭囃子を思い出す。

まだ小さかった頃の、姉妹で行った縁日の思い出。

射的屋の奥にポツンと置かれた宝物。

二人とも同じように、心惹かれたヌイグルミ。

お小遣いを出し合って、重い銃に四苦八苦して、何度も挑戦して

結局、手に入らずに泣き出した。

取れないことが悲しくて

それ以上に、取ってあげられないことが悔しくて

帰るその時になるまで泣いていた。

それが1つの原風景。

心の奥底にしまい込んだ古い傷。

大崎甜花の、幼き日の挫折の記憶。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:09:31.43 ID:I+Xf9OEw0<> 「……なさい」

甜花(あれ……? ゆめ……?)

「……きなさい、もう朝よ」

甜花(うーん……まだ、眠い……)

「甜花、起きなさい。甜花」

甜花「ん……待って、なーちゃん……後30分……」

「……」

「私は、妹さんでは無いのだけど」

甜花(……?)

甜花(じゃあママ……でも無いよね。声違うし……)

甜花(えっと……? 夏休みだからお昼まで寝ててもいいはずで……だけど、夏休みだからお仕事もあって……)

甜花(……あ)



昨日までの事に思考が達すると同時に、羽織っていた毛布が宙を舞う。

引っ剥がされたのだ。

そこで完全に眼が覚めた。

甜花「な、な、な、夏葉さん……!」

夏葉「さあ準備しなさい! ランニングに行くわよ、甜花!」

そこにはジャージ姿で、やる気に満ち溢れた御方が立っている。

ここは、夏葉さんの家だった。



時間にして朝の五時半。

太陽は昇り始めたばかりで、空気はまだ涼しさを残している。

土手の傍らでは朝露が光り、見るものを爽快な気分にさせてくれる。

ランニングをするのには、まさにうってつけ。

そんな時間だった。

甜花「あ、あの……! 夏葉、さん……!」

夏葉「何かしら?」

甜花「な、なんで……! ラ、ランニング……? それも、朝から……!」

とはいえ、条件が良い事と、楽しめるかどうかはまた別の話。

早朝からの運動なんて、普段の自分には縁遠い話で、はっきり言ってかなり辛い。

甜花「夏葉さんの家には……その、仕事の……舞台の練習のためで……」

夏葉「だからこそよ。練習の前に、まずはしっかりと体を起こさないと」

こちらは息が切れ始めているが、夏葉さんは平然としている。

つまりそれは、ペースを合わせてくれていると言う事で。

夏葉さんが良い人なのは、よく分かっているんだけど……

夏葉「それとトレーニングよ。体力は必要だわ。演劇にも、それ以外のことにもね」

夏葉「体力、知力、精神力。そして、筋力があれば何だって出来るのよ!」

やっぱり甜花とは正反対の人だな、って思ってしまう。

甜花(……付いていけるように……甜花、頑張らなきゃ……)
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:12:03.60 ID:I+Xf9OEw0<>
千雪「甜花ちゃんに、舞台のお仕事ですか?」

それは、夏休みも終わりに近づいた、ある日の午前の事だった。

P「ちょっと急な話だが、そうだ」

P「二人は、夏葉……放クラの有栖川夏葉は知っているか?」

甜花「夏葉、さん……?」

アルストロメリア以外の、同じ事務所のアイドル。

一通り名前は知っているが、今の所はそれだけだ。

甜花「うん……事務所で見たことは、何度かあるよ……」

千雪「私も同じくです。お話してみたいとは、常々思っているんですけど」

P「その夏葉なんだがな。ある劇団の舞台で、主役の仕事をもらえたんだ」

千雪「まぁ、それは凄いことじゃないですか」

P「本人も大喜びしてたよ。それで、近頃は劇団で稽古に励んでるんだが……」

プロデューサーさんが、顔をしかめる。

P「困ったことが起こってな。何でも共演者の方が、大怪我をしてしまったらしい」

千雪「お、大怪我……」

P「あ、いや、命に別状は無いそうだぞ。交通事故に巻き込まれて、全治半年程との事だが」

甜花「でも、怪我したその人は……」

P「そうだな。気の毒な話だが、舞台には上がる事は出来なくなった」

つまり、自分の仕事は。

千雪「それでは……甜花ちゃんの仕事は、その人の代役という事ですか?」

P「ああ、そういうことになる。劇団としては、舞台の公演を取り止めにする気は無いみたいでな」

P「良ければ283プロから代役を立ててくれないか、と打診されたわけだ」

そこまで話して、プロデューサーさんが二冊の本を机に置いた。

P「それで肝心の舞台の内容だが……これは、見てもらった方が早いか」

P「これが、その台本になる」

置かれた台本を見る。

その表紙の絵から、なんの話なのかを想像するのは簡単だった。

千雪「カボチャの馬車? あ、このお話って……」

タイトルを読み上げる。

甜花「『シンデレラとサンドリヨン』?」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:15:38.97 ID:I+Xf9OEw0<>
P「題名、『シンデレラとサンドリヨン』。童話の『シンデレラ』をベースにした創作劇だ」

千雪「シンデレラ。それで、サンドリヨンというと……」

千雪「サンドリヨンってアレですよね。あのペローさんの……」

P「お、詳しいな。さすが千雪」

千雪「ぐ、偶然ですよ。童話とか御伽噺とかが好きで。それで、たまたまです」

甜花(ぺろーさん……?)

人名、だろうか。

しかし重要な話ではないようで、解説される事なく話は進む。

P「この創作劇だが、『サンドリヨン』という登場人物が出てきている」

P「本来の『シンデレラ』には登場しない人物だな」

P「この追加の登場人物である彼女が、話のキーパーソンになるわけだが……」

プロデューサーさんが、台本を持ち上げる。

思ったより重量がありそうだ。

P「長々と口で説明してもアレだしな。ともかく、目を通してみて欲しい」

P「二冊あるし、千雪もどうだ? 急ぎの用事があるなら、無理にとは言わないけど」

自分のお仕事の話なので、本来は千雪さんがいる必要はない。

たまたま、居合わせただけだ。

しかし自分としては、居てくれると安心できるので、とても有り難い。

千雪「それじゃあ、折角ですので」

千雪「はい、甜花ちゃん。意外と重いので、気をつけて下さいね」

千雪さんが軽く立ち上がって、二冊とも台本を受け取る。

それから、その片方を自分に渡してくれた。

甜花「ありがとう、千雪さん……」

台本の表紙に手をかける。

ページの1枚1枚は薄くて、まるで辞書みたいだと思った。

甜花(あ……)

薄いページが塊になって、左から右に流れていってしまう。

甜花(……ページ、余計にめくれちゃった……)

甜花(……分厚い本は、これだから……)

開けたのは、最後の方のページだった。

甜花(え……)

その端っこの文章が目に入る。



『たとえ灰被りでも良いのです』

『大切な人の隣で、笑っていられる自分で在りたいのです』

『だから、私は』



甜花「……」

P「どうした、甜花。そんな風に固まって」

甜花「え……?」

甜花「あ、うん……な、なんでも……ないよ……?」

P「……」

P「そうか」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:17:40.54 ID:I+Xf9OEw0<>
気を取り直して、最初の方から読む。

話の大筋は、よく知る『シンデレラ』とあまり変わらない。

特に基本的な流れは、本の話そのものだった。

継母や義理の姉たちに苛められている少女が、妖女の老婆と出会って助けてもらう話。

大きく異なる点は、やはりサンドリヨンだ。

主人公・シンデレラの、双子の姉であるサンドリヨン。

彼女は、シンデレラと対照的な人物として描かれている。

歌と踊りが得意なサンドリヨンと、それらに自信が持てないシンデレラ。

活動的なサンドリヨンと、引っ込み思案なシンデレラ。

そしてその極め付けに、継母達との関係性。

社交性が豊かで、馴染まず疎まれずの関係を築けるサンドリヨンと、虐められるだけのシンデレラ。

サンドリヨンは、なーちゃんみたいだな、と思った。



甜花「……プロデューサーさん……今更、なんだけど……」

P「なんだ?」

甜花「甜花、何の役をすればいいの……?」

P「ああ……そういえば伝えてなかったな。確かに今更だ、申し訳ない」

甜花「うん……」

甜花(急な代役を立てるくらいだし、そんなに重要な役じゃ無いとは思うけど……)

甜花(一番目立ったとしても、義理の姉くらいの……)

P「サンドリヨンだ」

甜花「え……」

P「主役・有栖川夏葉と、キーパーソン・大崎甜花。そういう風になるな」

甜花「え……それって、本当に……? なーちゃんの、お仕事じゃなくて……?」

P「こんな所で嘘ついてもしょうがないだろ。そもそも、甘奈には日程的に頼めないよ」

そう。

なーちゃんは地方に遠征中で、今は近くに居ない。

P「ま、キーパーソンどうのというのも、甜花が受けてくれればの話だが……」

P「どうだ、やってみないか? 必ずいい経験になると思うぞ」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:20:59.82 ID:I+Xf9OEw0<>
お芝居と聞いて、以前にやったお仕事の一つを思い出した。

甜花「学園ドラマのエキストラ……覚えてる……?」

甜花「前に、甜花がやった……」

あれは確か、甜花がソロの仕事を始めたばっかりの頃。

全然思うように出来なくて、プロデューサーさんに弱音を吐いた事を、よく覚えている。

P「もちろん忘れてないよ。あの事が、どうかしたのか?」

甜花「その、甜花……エキストラの役すら、ちゃんと出来なかったよね……」

甜花「それなのに……もっと大事な役なんて、出来るのかな……?」

あれ以来、お芝居の仕事はあまりやっていない。

しかしプロデューサーさんは、当然だと言わんばかりに断言した。

P「できるさ。あの時も言ったが、甜花は磨けば光る子だ」

P「あれから、色んな仕事をしただろ? だから、きっと大丈夫だよ」

甜花「でも、お芝居の仕事は……」

P「していなくても、他の経験はちゃんと積めている」

P「問題は、甜花がやりたいかどうかだ」

やりたいかどうか。

そういう話なら、勿論やってみたい。

やってみたいと思うけど……

甜花「……自信ない、です」

正直な気持ちだ。

素直に言葉にして、落胆されると思った。

そう思ってプロデューサーさんの方を見たが、その様子はない。

腕を組んで、考え込む仕草をしている。

その状態のまま、数十秒ほど経った。

P「そう、だな……」

P「やりたくないわけじゃ、無いんだよな」

甜花「うん……」

P「それならこうしよう。今日明日と舞台稽古に参加して、無理そうなら断る」

P「つまり、お試し期間だな。最終的にどうするかは明日の夜に決める」

甜花「そんなこと……できるの……?」

P「普通は絶対に無理だ。提案しただけで、間違いなく先方に怒られる」

P「だが、今回ばかりは何とかするよ。それでどうだ?」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:23:04.69 ID:I+Xf9OEw0<>
甜花「それなら……やってみたい、です」

甜花「あ、あと……その、ごめんなさい……」

P「……? 何で謝ってるんだ?」

甜花「プロデューサーさんに、また迷惑かけちゃったから……」

P「ああ、なるほど。気にしなくていいぞ。迷惑かけられるのも仕事だからな」

P「それでも何か言ってくれるなら……そうだな、こういう時は感謝の言葉の方が嬉しい」

甜花「あ、ありがとう……プロデューサーさん……」

P「どういたしまして、だ」

P「よし、それなら善は急げだ。十五分後には出るぞ」

甜花「う、うん……」

そう言って、プロデューサーさんはそそくさと準備に取り掛かる。

その背中を見ていると、申し訳なさが込み上げて来た。

ああは言ってくれたが、そう思ってしまうのは止められない。

なんというか、性分なのだろう。

それに加えて、これから知らない場所に行くと思うと、段々と緊張もしてきて……

千雪「甜花ちゃん、えい♪」

甜花「……わ……!」

千雪さんに、急に手を掴まれた。

掴まれたというより、包まれたと言った方が正確かもしれない。

手の平から千雪さんの暖かさが、ゆっくりと伝わってくる。

千雪「甜花ちゃん、少しでも『やりたい』って思えたなら……」

千雪「楽しむこと、忘れちゃダメですよ? 千雪さんとのお約束です」

千雪さんが、優しく微笑んだ。

P「千雪ー、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

千雪「あ、はい! 今行きます!」

千雪「それじゃあ甜花ちゃん、頑張って来てくださいね」

手が離される。

それでも両手はまだ、ほんのりと暖かい。

あまりに短い間の事だったのに、気分は不思議と落ち着いていた。

甜花(あ……)

甜花(……お礼、言い忘れちゃった……)
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:24:58.48 ID:I+Xf9OEw0<> P『俺は、お偉いさん達に挨拶してくるよ。演出家さんには話を通してあるから、稽古に参加していてくれ』

P『代役だから、あんまり気負わずにな。伸び伸びとやってくれていい』

P『あちらさんも、最初から無茶は言ってこないだろうさ』

甜花(……って、言ってたのに)

演出家「大崎ィ! 全然声出てねーぞ! 代役だからって甘えてんじゃねぇッ!」

甜花「ひんっ!」

甜花(プ、プロデューサーさんの、嘘つき……)



演出家「大崎、もう一回やってみろ」

甜花「わ、わかっ……分かり、ました……」

甜花「こ、これで、顔を拭きなさい、シンデレラ。そしたら……」

演出家「やり直し。声に張りがない」

甜花「これで顔を拭きなさい……シンデレラ。そしたら、礼拝に……」

演出家「視線を泳がせるな。やり直し」

甜花「これで顔を拭きなさい、シンデレラ。そしたら、礼拝に」

演出家「棒立ちで演じるつもりか。やり直し」

甜花「これで顔を拭きなさい、シンデレラ……! そしたら、礼拝に……!」

演出家「ここは叫ぶシーンじゃねぇだろ」

甜花「……あぅ……」



プロデューサーさんと別れた後、実力の程を確認する事になった。

台本を読み込む時間として30分を貰って、その後に演出家さん直々の演技指導。

時間内で台本を何度も読み返して、ちゃんと暗記して、自分としては頑張った方……だと思う。

それなのに、セリフの一つも満足に言えなかった。

演出家「……なるほど、な」

演出家「隅っこの方で、もう一回読み込んでこい」

演出家「それと見学だ。個人練をやっている奴らをよく見ておけ」

甜花「……はい……」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:26:52.00 ID:I+Xf9OEw0<> 言われた通り、他の人の演技を見ている。

王子役『君! そこの麗しの君よ! 名はなんと言うのだ!』

確かに違う。

王子役『明日だ! 明日こそ、私に名前を聞かせて欲しい!』

他の人の演技と自分の演技は、何もかもが違う。

違う所が多すぎて、何処から手をつければいいのか分からない。

甜花「シンデレラ、これで……」

もう一度、演じてみる。

やっぱりダメダメだ。

声も通ってないし、動きもぎこちない。

だけど、どうすればいいんだろう。

夏葉「ちょっといいかしら」

甜花「え……?」

遠くを見ていたせいか、近づいて来る人に気がつかなかった。

舞台の主役、有栖川夏葉さん。

夏葉「失礼するわ」

甜花「な、何……? え……」

夏葉さんは一切の躊躇いなく手を伸ばして、自分のお腹にしっかりと触れた。

というか、強く押した。

甜花「ひんっ……!」

夏葉「さっきのセリフ、もう一回読みなさい」

甜花「あの、でも……! な、なんで……お腹を……」

夏葉「いいから早く。動きの方はいいわ。声だけに集中して」

甜花「は、はい……!」

甜花「え、えっと……シンデレラ、これで顔を拭きなさい。そしたら、礼拝に行きましょう……」

夏葉「やっぱり、そうね。お腹に力が入ってないわ」

甜花「え……?」

夏葉「いい? 基本は腹式呼吸よ。日常の会話とは違う声の出し方をしなくてはいけないわ」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:28:10.39 ID:I+Xf9OEw0<> 甜花「腹式呼吸、って……」

夏葉「ボーカルレッスンで叩き込まれているはずよね。それを思い出して」

夏葉「ステージ上で歌う時みたいに。それでいて、叫ぶようにしない事を意識するのよ」

夏葉「さぁ、やるわよ。さん、はい……!」

甜花「シ……! 『シンデレラ、これで顔を拭きなさい。そしたら、礼拝に行きましょう』」

甜花「……あ、いい感じ……」

夏葉「悪くなかったわね。それじゃあ次は動きの方ね。こっちはダンスレッスンを思い出しなさい」

甜花「ダンス……?」

甜花「でも……このシーンの動きって、手を差し伸べるだけだよ……?」

甜花「だから、こう……」

特別な動きをせずに、夏葉さんに向かって手を差し伸べる。

夏葉「それだとダメよ。それは普段の動きの模倣であって、演技にはなっていないの」

夏葉「他人の目にどう映っているかを意識しなさい」

夏葉「どういう動きをしているのかを、観る人に伝えなくてはいけないのだから」

甜花「観る人……伝わる、様に……」

他人から見た自分、それは鏡に映った自分とも言えるわけで。

甜花(あ、だから……ダンスレッスンなんだね……)

頭の中での動きと、実際の身体の動きの擦り合わせ。

それを鏡を介して行う作業は、自分にとって慣れ親しんだものになっている。

甜花「こう……かな?」

背筋を伸ばして、腕を少し過剰なくらいピンと張る。

それでいて、指先を開いて柔らかく。

脳内鏡の中の自分が、しっかりとポーズを取って立っている。

夏葉「ええ、いい感じだったわ。少しぎこちない気もするけれど」

夏葉さんが満足げに頷いた。

夏葉「さて、これで発声と動作についての取っ掛かりは掴めたかしら?」

甜花「う、うん……分かりやすかった……です……」

夏葉「それなら良かった。まずは、この二つからしっかりと練習しなさい」

夏葉「なにごとも最初は一つずつ。どんなに複雑に見える問題も、そうすれば必ず解決できるものよ」

そこでようやく、夏葉さんが自分を見てくれていた事に気が付いた。

見兼ねて、助けてくれたのだ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:29:47.81 ID:I+Xf9OEw0<> 自分が演じようとしていた場面について、つい考えてしまう。

サンドリヨンが、妹のシンデレラを教会に行こうと誘うシーン。

行きたくないと駄々をこねるシンデレラを、姉のサンドリヨンが励ますシーン。

『シンデレラ、これで顔を拭きなさい。そしたら、礼拝に行きましょう』

『いや。いやよ、サンドリヨン。行きたくないわ』

『どうして? そのために二人掛かりで、すす掃除も終わらせたんじゃない』

『賛美歌を歌いたくないの。だって、サンドリヨンみたいに、上手には出来ないんだもの』

『歌うのは好きなんでしょう?』」

『それは、そうだけど……』

『それなら、行かなくちゃ』

……

それが今の状況と、少しだけ似ていると思った。

手を引こうとするサンドリヨンと、踏み出せないシンデレラ。

教え導いてくれる夏葉さんと、勝手が分からない自分。

ただし、配役は逆さま。

自分に近しいのは、シンデレラの方だ。

なーちゃんがサンドリヨンなら、自分は、この弱いシンデレラだ。

それも、姉妹が逆さまなのだけど。

つくづく思ってしまう。

こんな自分に、サンドリヨンが演じられるのだろうかと。

プロデューサーさんは、代役に立てるべき人を間違えたのではないのかと。

甜花(……あ、プロデューサーさん……)

頭で考えただけであるが、噂をすれば、という奴だろうか。

まさに、というタイミングで、プロデューサーさんが部屋に入ってきた。

P「あ……おーい、甜花!」

プロデューサーさんが近づいてくる。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:31:40.98 ID:I+Xf9OEw0<> undefined <> ◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:33:24.22 ID:I+Xf9OEw0<> 甜花「劇団にも、昼休みってあるんだね。学校みたい……」

P「人の集まりだからな。食事とか休息の時間を、取らないって訳には行かないさ」

P「それはそうと……今から演出家の人に挨拶するけど、心の準備は大丈夫か?」

甜花「お願いします、って言うだけなら……たぶん……」

甜花(怖い人だったから……本当は、かなり緊張してるけど……)

P「そう……か。そうだな。少しでも、演出家の人の事を知っておこうか」

甜花「演出家、さんの……」

P「この業界では名が知れている人だし、知っておいて損はない」

P「甜花は、名前くらい聞いたことあったか?」

甜花「ううん……」

甜花「あ、でも……行きの車で、この劇団のこと調べたら……」

P「真っ先に名前が出てきたか」

コクリと頷く。

P「脚本家としても高名な人だしな。今回の脚本だって、あの人が書いている」

P「多分……この劇団よりも、演出家さん個人の方が有名なんだろうさ」

プロデューサーさんの表情が、一瞬だけ寂しそうに見えた。

自分の、単なる気のせいかもしれないけど。

P「……加えて、突拍子もないことで有名だからな。ひょっとしたら脚本の事で何か聞かれるかも」

甜花「あ、えっと……」

甜花「その時は、甜花……どうすればいい……?」

P「正直に答えてしまって問題ない。分かりません、でもいい」

P「下手に取り繕うのは、多分最悪の手だな」

甜花「わ、わかった……甜花、頑張るね……」

P「よし、もう大丈夫そうだな」

甜花「え……? あ……」

P「それじゃあ、行こうか」

甜花「う、うん……!」

プロデューサーさんが、扉をノックする。

P「もしもし、283プロのPと言うものですが……」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:34:17.45 ID:I+Xf9OEw0<> undefined <> ◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:36:30.39 ID:I+Xf9OEw0<> undefined <> ◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:37:36.64 ID:I+Xf9OEw0<> 継母役「か・わ・い・い〜!!」

義姉1役「ホント、ホント! まじにフランス人形みたい!」

甜花「え、あ……あの……よ、よろしく、おねがい……」

義姉2役「うわ、髪もサラサラ。肌も綺麗だし、凄いよこれ。相当気を使ってるんだろうな……」

義姉1役「いやー、やっぱアイドルって違うわー。夏葉ちゃんも、相当の一品だったし」

甜花「そ、その……甜花、手入れは……じゃ、じゃなくて、あいさつ……」

王子役「髪そんな凄いの!? じゃあ俺も、ちょっと失礼して……うぇ?」

P「男性の方のタッチは御遠慮下さい」

P「というか止めろ。命が失われかねない」

王子役「こ、怖いっすよ……Pさん。じょ、冗談ですって」

P「分かってるけどさ。必死にもなるよ。死因・監督不行き届きは御免こうむるからな」

王子役「?」

P「こっちの話だ。というか、そろそろ甜花にも助け舟出さないとな……」

継母役「うーん……ちょっと気が早いけど、衣装着せちゃおっか。小道具さんに言えば、出してくれるわよね?」

甜花「あの、て、甜花……その前に……」

義姉1役「いいですね! 舞踏会の時のドレス着せたら、可愛すぎるの間違いなしです!」

義姉2役「大賛成。ちょっと聞いてくる」

P「はいはい、そこまそこまで。甜花が困ってる」

甜花「……あぅ……」

継母役「あら」

P「取り敢えず、挨拶だけはさせてくれ」

P「コホン……それでは、うちの大崎甜花のこと、よろしくお願します」

甜花「よろしく、お願いします……!」

甜花(やっと……言えた……)



義姉1役「いやー、283プロってレベル高すぎっしょー。Pさん、よりどりみどりでいいねー」

P「うちのアイドル達を、そういう目で見たことは有りません」

義姉1役「あーあ、私のことをバイトとかで雇ってくれないかな。いい目の保養になりそう……」

P「事務仕事に加えて、各種レッスンとアイドルのメイクが出来たら、社長も考えてくれますよ」

義姉1役「いやいや、そんなバイトいるわけないっしょー」

義姉1役「……え、いないよね?」

P(いるんだなこれが)
<>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/04(火) 23:44:14.36 ID:I+Xf9OEw0<> 行数制限に引っかかったみたいで、所々飛んでますね。
申し訳ありません
>>13の続きから再開します <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:47:21.50 ID:I+Xf9OEw0<>
P「ここで練習していたのか、甜花」

甜花「うん……演出家さんに、言われて……」

P「そうか。頑張ってるみたいだな」

プロデューサーさんが、夏葉さんの方に目を向ける。

P「夏葉もいたんだな。早速仲良くやってくれているようで、何よりだ」

夏葉「ええ、楽しくやらせて貰っているわ」

夏葉「アナタも来ていたのなら、声の一つでも掛けてくれれば良かったのに」

P「すまん。別の仕事があってな」

P「それに夏葉、練習の時にはあまり声を掛けられたくないかと思って」

夏葉「そういう心配は不要よ。そう易々と乱されるような集中はしていないもの」

夏葉「すぐ隣に雷が落ちたとしても、無反応で練習を続けていられる自信があるわ!」

P(それだと俺が声をかけても、無反応って事にならないか……?)

ドヤ顔の夏葉さんと、苦い顔のプロデューサーさん。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:48:23.90 ID:I+Xf9OEw0<>
P「……まぁ、それはそれとしてだ」

P「甜花、もう少しで昼の休みになるから、その時間は空けといてくれ」

甜花「うん……了解、だけど……」

P「共演者の方とか裏方の方達への、挨拶回りをしようと思っていてな」

P「直接お世話になる人達だから、甜花にも居て欲しいんだ」

甜花「挨拶回りって……甜花、何をすればいいの……?」

P「心配するような事はないよ。話は俺がするから、頭を下げる時だけ合わせてくれれば良い」

甜花「うん……それなら、安心……」

いつものように、大きい声と笑顔の心掛けさえ忘れなければ、大丈夫。

P「あ、そうだ。夏葉は昼休み……」

夏葉「……そう、ね。この場面はもっと縮こまる感じで……そうすると……」

夏葉「『いや。いやよ、サンドリヨン』……ううん、少し違う気がするわね」

二人で話している間に、夏葉さんは練習に戻っていた。

P「さすがは夏葉、と言うべきかな」

甜花「うん……」

そこで、ふと気付く。

甜花(あ……夏葉さんに、さっきのお礼……言ってない……)

演技の事を教えてもらったお礼を、まだ一言も言えていない。

それを言おうと夏葉さんの方を見て、今伝える事を諦めた。

夏葉「『行きたく、ないわ』……いえ、『行きたくないわ』……」

夏葉さんが、とても集中していたから。

甜花(今は、話しかけない方が良いよね……)

甜花(……また、言いそびれちゃったな……)
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:50:24.88 ID:I+Xf9OEw0<> 甜花「劇団にも、昼休みってあるんだね。学校みたい……」

P「人の集まりだからな。食事とか休息の時間を、取らないって訳には行かないさ」

P「それはそうと……今から演出家の人に挨拶するけど、心の準備は大丈夫か?」

甜花「お願いします、って言うだけなら……たぶん……」

甜花(怖い人だったから……本当は、かなり緊張してるけど……)

P「そう……か。そうだな。少しでも、演出家の人の事を知っておこうか」

甜花「演出家、さんの……」

P「この業界では名が知れている人だし、知っておいて損はない」

P「甜花は、名前くらい聞いたことあったか?」

甜花「ううん……」

甜花「あ、でも……行きの車で、この劇団のこと調べたら……」

P「真っ先に名前が出てきたか」

コクリと頷く。

P「脚本家としても高名な人だしな。今回の脚本だって、あの人が書いている」

P「多分……この劇団よりも、演出家さん個人の方が有名なんだろうさ」

プロデューサーさんの表情が、一瞬だけ寂しそうに見えた。

自分の、単なる気のせいかもしれないけど。

P「……加えて、突拍子もないことで有名だからな。ひょっとしたら脚本の事で何か聞かれるかも」

甜花「あ、えっと……」

甜花「その時は、甜花……どうすればいい……?」

P「正直に答えてしまって問題ない。分かりません、でもいい」

P「下手に取り繕うのは、多分最悪の手だな」

甜花「わ、わかった……甜花、頑張るね……」

P「よし、もう大丈夫そうだな」

甜花「え……? あ……」

P「それじゃあ、行こうか」

甜花「う、うん……!」

プロデューサーさんが、扉をノックする。

P「もしもし、283プロのPと言うものですが……」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:51:29.39 ID:I+Xf9OEw0<>
P「……それでは、よろしくお願いします」

甜花「よろしく、お願いします……」

演出家「ああ、こちらからもよろしく頼む」

演出家「急な話を聞いてくれた点については、感謝している」

P「いえ、こちらとしても有難い話です。舞台での経験は、今後に必ず生きてくるものですから」

演出家「そうかい。まぁ、何でもいいがな。引き受ける以上は、きちんと為すべきことは為してもらうぞ」

演出家「代役だから、途中参加だから……そういう甘えは一切認めない。いいな?」

P「はい。正式にお引き受けする際には、よく言い含めておきます」

演出家「正式に……ね。無駄な期間なんぞ設けやがって」

演出家「もう決まった事だし、今更文句は言わないけどよ」

その言っている事がすぐには理解できず、考え込んでしまう。

演出家さんがギョロリと自分を見たところで、ようやく思い当たった。

甜花(あ……プロデューサーさん、本当に作ってくれたんだ……『お試し期間』……)

甜花(でも……)

しかし、思い当たった事実かどうでもなるくらい、演出家さんの目付きが鋭くて怖い。

演出家「そうだな……じゃあ、最後に一つだけ質問をしようか。大崎」

甜花(き、きた……!)

演出家「大崎、お前は双子だそうだな」

甜花「は、はい……双子の妹が、います……」

演出家「今回の演劇は、童話『シンデレラ』の皮を被った全く別の話だ」

演出家「とある夢見る少女の話では無く、とある双子の姉妹の話になっている」

演出家「脚本を書いた者として、その姉妹を演じる人間に聞いておきたい」

演出家「大崎甜花、お前にとって姉妹とは何だ?」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:52:13.98 ID:I+Xf9OEw0<>
甜花(姉妹のこと……なーちゃんの、こと……?)

姉妹とは何か。

甜花にとって、なーちゃんとは何者であるのか。

正直、考えたことがない。

それは、考えるまでもないことだから。

甜花「家族で、大切な人……です」

演出家「……」

甜花「あ……! えっと、安心できるから、一緒に居たい人です……!」

演出家「……なるほど」

失敗した、と思った。

自分の言葉は、あまりにも普通すぎる。

家族に対する意見としては、一般論に近い。

つまるところ面白みに欠ける。

こういう凄い人達は、もっと深い意見を求めてるのではないだろうか。

演出家「質問は終わりだ。もう出て行ってくれ」

甜花(……や、やっぱり……)

P「それでは失礼致します……甜花、行こう」

甜花「し、失礼……します……」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:53:40.11 ID:I+Xf9OEw0<>
甜花「……もっと考えてから、言えばよかった……」

甜花「また、失敗……」

P「そんな事はない。俺は、良い受け答えだったと思うよ」

甜花「プロデューサーさん、優しいね……」

P「いやいや、慰めてるわけじゃ無いぞ。本当にそう思ってる」

P「あの人さ、気分が良くなると何故か、そっけない言い回しになるんだよ。だからアレで大正解だ」

甜花「そうなの……? 演出家さんのこと、よく知ってるんだね……」

P「え? あ、ああ……まあな」

P「それより次だ、次。裏方のスタッフさん達と、共演者さんの方達に挨拶に行くぞ、甜花」

甜花(……? 焦ってる……?)
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:54:41.08 ID:I+Xf9OEw0<> undefined <> ◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:56:56.40 ID:I+Xf9OEw0<>
大道具「大道具だ」

小道具「小道具です。よろしくね」

P「よろしくお願いします。こちらが、うちの大崎甜花です」

甜花「よろしく、お願いします……!」

大道具「……挨拶はこれでいいな? 俺は仕事に戻る。小道具、あとは頼む」

小道具「はいはーい! あ、もう行っちゃいましたね」

小道具「あーあ……相変わらず、ぶっきらぼうな人」

P「急に来てすみません。打ち合わせの途中でしたか?」

小道具「あ、いいのいいの。気にしないで。確かにそうだったけど、ちょうど終わったところだから」

小道具「甜花ちゃん、改めてよろしくね。はい、飴ちゃんあげるわ」

甜花「あ、ありがとう……ございます……」

小道具「うん、よろしい。劇団とか舞台のことでなら、いつでも私を頼ってくれていいからね」

小道具「これでも古参で、小道具班のリーダーをやらせて貰ってるから」

小道具「分からない事とかがあったら、気軽に聞いてちょうだい」

P「甜花、折角だし何か聞いてみたらどうだ?」

甜花「それなら……さっき言ってた『打ち合わせ』って……?」

小道具「打ち合わせね。うーんと、それだと……」

小道具「甜花ちゃん、小道具と大道具の違いってわかるかな?」

甜花「小道具が、アクセサリーとか手に持つ道具とかで……大道具が、セットとかの大きなもの……だよね?」

小道具「うん、大体その通り。とはいえ、小道具も大道具も同じ舞台上のものだからね。チグハグだとまずいのよ」

小道具「そこで、主に大道具と小道具のリーダー同士で、方向性とかの擦り合わせをするの。それが打ち合わせ」

小道具「……まぁ、さっきのはそう言うのじゃ無くて、これの打ち合わせだったんだけど」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/04(火) 23:57:46.10 ID:I+Xf9OEw0<>
甜花「……機械の、箱?」

P「スモークマシンだな。その名の通り、人工的に煙を発生させる装置だ」

小道具「ラストシーンの演出で使おうと思っててね。それで、その相談をしてたのよ」

小道具「台数の調整だったり、天井への取り付け方だったり、話すことが多くて多くて」

小道具「ああ、あと風船選びとか、それを割るための仕掛け作りとか……」

甜花「風船……? 割って、どうするの……?」

小道具「あ……あー、余計なことまで言っちゃった」

P「不都合がなるなら、もちろん口外しないようにしますが」

小道具「あ、いいのいいの。話されて困るものじゃないし」

小道具「本決まりじゃない部分は、まだ秘密にしておきたいってだけよ」

小道具「結構いい演出になると思うから。楽しみにしててね、甜花ちゃん」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:00:20.99 ID:eg1fP+qa0<> 継母役「か・わ・い・い〜!!」

義姉1役「ホント、ホント! まじにフランス人形みたい!」

甜花「え、あ……あの……よ、よろしく、おねがい……」

義姉2役「うわ、髪もサラサラ。肌も綺麗だし、凄いよこれ。相当気を使ってるんだろうな……」

義姉1役「いやー、やっぱアイドルって違うわー。夏葉ちゃんも、相当の一品だったし」

甜花「そ、その……甜花、手入れは……じゃ、じゃなくて、あいさつ……」

王子役「髪そんな凄いの!? じゃあ俺も、ちょっと失礼して……うぇ?」

P「男性の方のタッチは御遠慮下さい」

P「というか止めろ。命が失われかねない」

王子役「こ、怖いっすよ……Pさん。じょ、冗談ですって」

P「分かってるけどさ。必死にもなるよ。死因・監督不行き届きは御免こうむるからな」

王子役「?」

P「こっちの話だ。というか、そろそろ甜花にも助け舟出さないとな……」

継母役「うーん……ちょっと気が早いけど、衣装着せちゃおっか。小道具さんに言えば、出してくれるわよね?」

甜花「あの、て、甜花……その前に……」

義姉1役「いいですね! 舞踏会の時のドレス着せたら、可愛すぎるの間違いなしです!」

義姉2役「大賛成。ちょっと聞いてくる」

P「はいはい、そこまそこまで。甜花が困ってる」

甜花「……あぅ……」

継母役「あら」

P「取り敢えず、挨拶だけはさせてくれ」

P「コホン……それでは、うちの大崎甜花のこと、よろしくお願します」

甜花「よろしく、お願いします……!」

甜花(やっと……言えた……)



義姉1役「いやー、283プロってレベル高すぎっしょー。Pさん、よりどりみどりでいいねー」

P「うちのアイドル達を、そういう目で見たことは有りません」

義姉1役「あーあ、私のことをバイトとかで雇ってくれないかな。いい目の保養になりそう……」

P「事務仕事に加えて、各種レッスンとアイドルのメイクが出来たら、社長も考えてくれますよ」

義姉1役「いやいや、そんなバイトいるわけないっしょー」

義姉1役「……え、いないよね?」

P(いるんだなこれが) <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:02:07.27 ID:eg1fP+qa0<>
P「さて、挨拶回りはこんなもんかな。お疲れ、甜花」

甜花「結構、疲れた……」

P「甜花は、これからどうする? 俺は他のみんなの現場に顔出す予定なんだが……」

P「まだ昼休みの時間も残っているし、何か食べに行くか?」

甜花「お腹、まだあんまり空いてない。だから、その……夏葉さん……」

P「夏葉?」

甜花「お話したいんだけど、見当たらないから……どうしようかなって……」

義姉1役「ん、なになに? 夏葉ちゃんのこと、探してんの?」

甜花「知ってる、の……?」

義姉1役「もっちろん! 夏葉ちゃん、すごい努力家だもんねー」

義姉1役「この時間は間違いなく、一人で練習してるっしょ!」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:03:42.66 ID:eg1fP+qa0<> 夏葉さんに会いに、劇場の裏まで足を運ぶ。

一番の目的はもちろん、言いそびれた感謝の言葉を伝える事だ。

甜花(それに……夏葉さん、優しかったから……)

その目的以外に、期待してしまう事がある。

ひょっとしたら、夏葉さんとも仲良くなれるかもしれない。

なんていう期待だ。

お礼をして、ちょっとした会話をして、そういう事になれればいいと思う。

甜花(それで、甜花も……友達が増えるよね……)

自分は元々、友達が多い方ではない。

だけど最近は、自分の周りの人の輪が、少しずつ広がっていると感じてる。

アイドルを始めてからの変化だ。

そういう広がりを、楽しめるようになった事も含めて、いい方向に変わって来ている。

ふと、さっきのプロデューサーさんを思い出す。

共演者の人達相手に、少し言葉が砕けていた。

和やか空気を感じた。

あの人達とプロデューサーさんは、以前からの知り合いなのかな、と思った。

仕事を通じて、誰かと仲良くなれるといい。

あんな風になれれば嬉しい。

あんな風に、仲良くなって──



夏葉『ああ!』

甜花「……あ……」

夏葉さんの練習風景が、目に飛び込んでくる。

それは予想以上の何かで。

心がひしゃげる音が、聞こえた気がした。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:06:14.93 ID:eg1fP+qa0<>
誰かの目が怖かった。

失敗する事が恐ろしかった。

だから自分は、何にも真剣になる事が出来ない。

挑戦する前から、諦めの気持ちが混じる。

そうやって熱くなれない自分は、つまるところ冷たいのだ。

そんな冷たいものに、寄り添おうとする人間はいない。

家族でも、ないのならば決して。

夏葉『なんて素晴らしいのかしら! こんなこと、生まれてから一度も無かった!』

対して、夏葉さんは熱量の塊だった。

全力で練習をしている。

声を張り上げて、力強く体を動かしている。

誰が見てるとも知れないこの場所で。

誰に評価されるとも分からない、この場所で。

きっと、そういった事を気にせずに。

ただ真っ直ぐに。

夏葉『歌って踊れば、誰かが拍手をしてくれる! 微笑めば、誰かが笑みを返してくれる! 何て心地が良いの!』

演技の良し悪しは分からない。

分かるほど、自分は詳しくない。

夏葉『それなのに! 12時が来れば、終わってしまうわ! 魔法が解けてしまう……!』

それでも魅入ってしまう物が、そこにあった。

夏葉『でも明日になればいいの……! 明日になれば! 明日になれば、また……!』

それはきっと灼熱の太陽のようで。

今までの自分にとって、縁の無かった世界のものだ。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:07:23.51 ID:eg1fP+qa0<>
甜花(……違う……)

胸がチクリと痛む。

甜花(……本当は、そうじゃなくて……)

縁が無いなんて大嘘だ。

学校で、部活や委員会に精を出す人達。

休日の街中で、自分を磨こうといる人達。

そんな熱量を持った人達を、何度も見てきた。

その度に、羨ましく思っていた。

それでも踏み出せない。

自分には出来ないと決めつけて、交わろうとはしなかった。

それだけの話。

甜花(甜花が……避けてきた、だけだよね……)

自分は変われていない。

今までと変わらない。

結局、目の前の女性と自分は別の存在であると、そう結論づけてしまうのだ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:08:46.08 ID:eg1fP+qa0<>
夏葉「……あら?」

置いてあった水筒を取ろうとして、夏葉さんは初めてこちらに気がついた。

夏葉「私に、何か用かしら?」

甜花「あ……その……えっと、甜花は……」

言いたかった事があったはずなのに、上手く言葉が出てこない。

甜花「……な、なんでもない……です……」

夏葉「わざわざ、こんな場所まで来たのに?」

夏葉「……まあ、いいわ。私としてはちょうど良かった訳だし」

夏葉「さっき、言いそびれてしまった事があるの」

甜花「夏葉さんが、甜花に……?」

甜花「あ……演技で駄目な所、まだあったとか……?」

夏葉「いえ、そういうのでは無くて……」

夏葉「はい」

夏葉さんが、右手をこちらに差し出した。

夏葉「直接一緒に仕事をするのは初めてだから、こういう事は必要だと思ってね」

夏葉「有栖川夏葉よ。名も知らぬ仲では無いけれど、改めてよろしくお願いするわ」

そこでようやく、握手を求められている事を理解した。

甜花「大崎甜花……です。よろしく、お願いします……」

かろうじて挨拶だけは返せたが、夏葉さんの手を取る事は出来ない。

あの練習風景を見る前なら、躊躇う事なく手を取ることが出来たはずなのに。

夏葉「同じ仕事自体は、海の家の一件以来ね。あの時は、顔を合わせる事は無かったけど……」

夏葉「……どうしたの?」

夏葉さんが、自分の様子がおかしい事に気が付いた。

心配そうな顔を浮かべて、こちらを見ている。

そこで頭をよぎったのは、事務所を出る前の会話だった。

甜花「あ、あの……劇に出るかは、その……まだ分からないから……」

夏葉「どういうこと?」

プロデューサーさんと話した『お試し期間』の話。

自信の無さのせいで生み出された、都合の良い話。

夏葉「……詳しく説明してちょうだい」

夏葉さんが、手を下ろす。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:10:08.45 ID:eg1fP+qa0<>
夏葉「……そう。お試し期間、ね」

甜花「うん……」

夏葉「この事、他の誰かには話した?」

甜花「それは……ううん。プロデューサーさんと、だけ……」

甜花「演出家さんとかは……知ってると思う、けど……」

夏葉「それがいいわ。人の耳に入らない方が良い話よ。他の役者のかスタッフさんには、特にね」

甜花「……はい」

それは、よく分かっていた。

真剣にやってる人達からすれば、『お試し』という気分の人が混ざるのは嫌な事だ。

この事を聞かされた夏葉さんが、愉快な気持ちにならない事も分かってる。

甜花(……分かってる。そういうことは、甜花も分かってる……だけど……)

確かに『お試し期間』の話で、舞台に上がる事を決めた。

でもそれは、逃げ道が確保できたからという訳じゃない。

そんな無理を通してでも、プロデューサーさんが自分にやらせようとしてくれたからだ。

だから、今日を『お試し期間』にするつもりなんて無かった。

そのはずだったのに。

それを、言葉に出してしまった。



夏葉「甜花、アナタは何になりたいの?」

何気ない会話のように、夏葉さんはそう聞いてきた。

甜花「え……」

今日2度目の抽象的な質問で、考えたことのない質問。

しかし今度は、全く答えが見つからない。

考える糸口すら見えてこない。

夏葉「私は、トップアイドルになりたい」

だというのに、夏葉さんはハッキリと口にした。

夏葉「主役という大役を頂いた以上、余すことなく自分の糧にしたい」

夏葉「そう思って、この舞台に参加しているわ」

夏葉「他の人達だって変わらない。それぞれが、それぞれの強い目的を持って参加しているはずよ」

夏葉「だから……」

その淀みない物言いに、夏葉さんの言いたい事が分かってしまう。

これは通告だ。

夏葉「自分だけの目的が持てないのなら、やめておきなさい。アナタの為にもならないわ」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:11:13.59 ID:eg1fP+qa0<>
その後、どうやって家に帰ったのかは覚えていない。

午後の練習を終えてから、プロデューサーさんに事務所まで送ってもらった。

そういった事実は思い出せるけど、その繋がりがおぼろげで希薄になっている。

たった今ベッドに転がって、ようやく現実感と胸の痛みが戻ってきたところだった。

甜花「……やめといた方が、良いのかな……」

演技における技術と経験の差は、もちろん感じている。

でもそれ以上に、心の面での隔たりが深く横たわっていた。

夏葉さんの言うことは正しい。

それだけに、よく突き刺さる。

何のために舞台に立って、その先の何を目指すのか。

分からない。

甜花(そもそもアイドルだって、何のためにやってるんだろう……)

始めた理由は、なーちゃんに言われたから。

続いている理由は、楽しいから。

その先は、やっぱり分からない。

トップアイドルになりたい気持ちはあるけど、それだって憧れの域を出ない。

オリンピック選手だとか、ゲームの中のヒーローヒロインと同列のもの。

もっと大仰に言えば、空に浮かぶ星とか月みたいなもの。

自分と地続きの物だと思えないから、目指す姿をそもそも想像できない。

甜花「……分からないづくし、だね……」

気が滅入る。

こういう時、普段はどうやって気を紛らわしていたのだろう。

ゲームとかネットサーフィン……という気分にもなれない。

甜花「……あれ、着信……?」

ディスプレイに、『なーちゃん』と表示されていた。

そこで、一人で思い悩む経験など、まるで無かった事に思い至る。

思い返してみれば、辛い時はいつでも、励ましてくれる人が居てくれたのだ。

だから今のこの辛さは、アイドルになった事での初めてなのだろう。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:12:20.86 ID:eg1fP+qa0<>
甜花「もしもし、なーちゃん……?」

甘奈『あ、甜花ちゃん! 甜花ちゃんだよね!?』

甜花「そうだけど……」

甘奈『やっと繋がった! 甜花ちゃん大丈夫!? 怪我したりとか、誘拐されたりとかしてないよね!?』

甜花「……ちょっと、待ってね……」

通話状態を維持したまま履歴を確認する。

着信が三回。

SNSでのメッセージがパッと見で数えきれないほど。

甜花「……ごめんね、なーちゃん。連絡が来てるの、気が付かなかった」

甘奈『それならいいんだけど……本当に、何とも無いんだよね?』

甜花「……うん。怪我も病気もしてないよ」

嘘はついてない、はずだ。

甜花「それで、なーちゃん……何か緊急の用事?」

甘奈『ううん、そういうわけじゃないんだけど……』

甘奈『甜花ちゃんのこと考えてたら、声が聞きたくなっちゃって』

甜花「そう……なんだ。それじゃあ、その……お仕事の方は順調?」

甘奈『もっちろん☆ 歌うのは楽しいし、灯織ちゃんとも仲良くなれたし、良いことづくしだよ!』

甘奈『あ、あと食べ物が美味しい! 地産地消、って奴なのかな?』

甜花「そっか……なーちゃんが楽しめてるみたいで、甜花も嬉しい……」

甜花「にへへ……」

なーちゃんと話していると、自然と笑えた。

甘奈『て……甜花ちゃん……!』

甘奈『甜花ちゃん! 甜花ちゃんの方は? 何か変わったことあった?』

甜花「甜花は……うん、舞台のオファーが来たよ」

甘奈『舞台!?』

甜花「一応……準主役みたいな役」

甘奈『おー! さっすが甜花ちゃん☆』

甜花「でも甜花……代役で選ばれただけだよ……?」

甘奈『それでもだよ。それは誰かが、甜花ちゃんを評価してるってことだもん』

甘奈『うん。甜花ちゃん、劇の事もっと聞かせてよ。せっかくだし』

甜花「……」

甘奈『あれ、甜花ちゃん?』

甜花「あ、何でもないよ……劇のこと、だよね……」

甜花「えっとね……『シンデレラとサンドリヨン』って題名なんだけど……」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:13:58.03 ID:eg1fP+qa0<>
甜花「……みたいな感じ」

台本の筋書きだとか、劇場の雰囲気だとか、聞かれるままに答えた。

夏葉さんの事は話していない。

話したくなかった。

その意地っ張りが無意味なのは知っている。

こういう時のなーちゃんは、あっさりと見透かしてしまうのだ。

甘奈『……そっか。甜花ちゃん、悩んでるんだね』

甜花「やっぱり……分かっちゃうんだ」

甘奈『まぁ、ね。甜花ちゃんの事だもん。ある程度の事は分かるつもりだよ』

甜花「なーちゃんは、凄いよね……」

甘奈『甜花ちゃんも同じだよ。甘奈が落ち込んでたら、絶対に気づいてくれるでしょ?』

甜花「それは、そうかも……」

声色を聞けば、どんな気分なのかぐらいは分かる。

大切な家族だから。

甜花「その、聞かないんだね……」

甘奈『うん。甜花ちゃんが話したくないなら、聞かないよ』

甘奈『でも、悩んでることを誰かが知っていれば、心強いかなって。だから気が付いた事だけ伝えちゃった』

甜花「ありがとう、なーちゃん……」

甘奈『ううん、甜花ちゃんの為だもん。お礼なんて言わなくても……あ、待って待って!』

甜花「なーちゃん……?」

甘奈『その……ね、甜花ちゃん。ある人からの受け売りなんだけど……』

甘奈『感謝は言葉じゃなくて行動で示せ、って。この前聞いたんだ』

甘奈『それで甘奈ね、今とーっても見てみたい物があるの』

甜花「……? 甜花で用意できるものなら、頑張ってみるよ……」

甜花「その……今月は、ちょっとだけピンチだけど……」

甘奈『あ、お金がかかるものじゃなくて。甜花ちゃんが見せたいって思えば、見せられる物だよ」

甜花「……?」

甘奈『甘奈が見てみたいのは、舞台の上の綺麗な甜花ちゃん』

甘奈『同じステージの上からは何度も見てるけど、客席から見たことって無かったから』

甘奈『だから……ダメ、かな?』

甜花「なーちゃん、それって……」

甘奈『……なーんて、ちょっと露骨すぎかな』

甘奈『やっぱり、プロデューサーさんとか千雪さんみたいには、うまく出来ないね』

甘奈『こういうのって……とっても難しいよ』 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:16:05.33 ID:eg1fP+qa0<>
甜花「でも……伝わった、から……」

甘奈『甜花ちゃん……』

なーちゃんが背中を押そうとしてくれたこと、しっかりと伝わった。

そう、伝わっている。

それ以前の事だって、ちゃんと伝わっている。

プロデューサーさんが、無理を通してでも『お試し期間』を作ろうとした理由も。

千雪さんが、事務所を出る前に手を握ってくれた理由も。

そして、夏葉さんが手取り足取り教えてくれた理由も。

こんな自分に、色んな人が期待してくれていることは、ちゃんと伝わっているのだ。

その事実が、色んな物に覆い隠されて、見えなくなっていた。

甜花「……なーちゃんと話せて、良かった」

甘奈『甘奈もだよ! 甜花ちゃん成分大補給、って感じ!』

甜花「その……舞台、見に来てね」

甘奈『……! うん、勿論だよ☆』

甜花「もう、切るよ……やらなきゃいけないこと、出来たから」

甘奈『頑張ってね、甜花ちゃん』

甜花「うん……頑張って、みるよ……」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:17:17.88 ID:eg1fP+qa0<> 電話を切る。

気分はすっかり回復していた。

よく考えてみると、なーちゃんとの電話で、何が解決したわけでもない。

夏葉さんに言われた事の、その半分も解決できていない。

だけど、今はそれで良い。

それ以前に、やらなくちゃいけない事があるのを思い出した。

伝えられていない、この感謝を伝える。

もう随分と遅くなってしまったから、その分を言葉でなく行動で。

きっと自分は、そういう所から始めなくちゃいけないのだ。

甜花「あった……台本……!」

するべき行動は自然と決まっていた。

台本のページをめくって、その為に必要な、物語の一節を呼び出す。

甜花「きっと……大丈夫。このシーンなら、甜花にだって……」

甜花「あとは……」

もう一度端末を拾い上げて、電話をかける。

それは、二つ目のコール音を待たずに繋がった。

普段の自分なら、相手の反応を待つだろう。

でも今はそうしない。

何より先に、自分の要件を切り出していく。

甜花「プロデューサーさん。お願いが、あります……!」

その言葉は、いつになくハッキリと言えた。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:20:59.92 ID:eg1fP+qa0<>
夏葉「おはよう、プロデューサー」

P「ああ、おはよう。急な連絡だったのに、よく来てくれた」

夏葉「そうね。『いいランニングコースを見つけた。明日の朝から走ろう』……」

夏葉「こんな急なメール、無視されても仕方ないわよ?」

P「そうだな。今後は無いように気をつけるよ。急に悪かったな、夏葉」

夏葉「別に責めているわけじゃ無いのだけど……」

夏葉「その辺りのことは、走りながら聞かせてちょうだい」

P「了解した。じゃあ、行こうか」



P「……ふっ、ふっ、はっ……ふっ、ふっ、はっ……」

夏葉「ランニング、すっかり板についてきたわね」

P「最初に、夏葉と走った時に、比べればな。あれから、たまには、走るようにしてるし……」

夏葉「素晴らしいこと事だと思うわ」

P「おかげさま、でな」

夏葉「……それで、今朝は何のためのランニングなのかしら」

夏葉「何かあるんでしょう? アナタ、急な連絡なんて滅多にしないもの」

P「そう、だな。ええと、昨日の、事なんだが……」

夏葉「ペース、落とすわよ」

P「……助かる」

夏葉「昨日と言うと、甜花のことよね」

P「それも関係ある。あるんだが……まずは、俺の口から夏葉に謝罪がしたい」

夏葉「私に、謝罪?」

P「そうだ。『お試し期間』の事を提案したのは、俺だからな」

P「あの話を聞いて気分を害したなら、俺は夏葉に謝らないといけない」

夏葉「……」

P「甜花に何としても仕事を受けてもらいたくて、俺が言った事だ。その全責任は俺にある」

P「あの発言で、夏葉が怒るのも当たり前だ。だけど、その対象は甜花じゃなくて俺に……」

夏葉「ちょっと待って。私が怒ったって、なんの話かしら?」

P「あれ、違うのか。甜花から、『お試し期間』の話を聞いて、それで………」

夏葉「確かにいい気分がしなかったけど、それで怒ったりはしないわ」

P「……というと?」

夏葉「私は、全ての事情が分かっているわけでは無いもの」

夏葉「物事の一面だけを見て感情的になる事はしないわ。少なくとも、そう心掛けているつもりよ」

P「そう……だよな。夏葉なら、確かにそうか」

P「とすると、甜花は……」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:22:33.39 ID:eg1fP+qa0<>
朝の公園は閑散としていた。

時間のせいか、人通りは少ない。

発声練習をしている自分を、気に留める者はいなかった。

そんな静けさの中、女性が一人だけ近づいてくる。

服装は、自分と揃いの空色ジャージ。

甜花(夏葉さん……)

腹部に意識を集中させる。

頭の中に鏡をイメージする。

夏葉さんが、目の前に立つ。

気持ちを伝える為に、会話をする為に、色々な事を考えた。

でも、その収穫は全く無い。

もともと口下手なのだ。

気の利いた会話など、急に出来るようになるわけがない。

それなら、やれる事は一つ。

甜花「すぅ……」

息を深く吸い込んで、意識を切り替える。

立っているこの場所が、ステージの上であるかのように、自分を錯覚させる。

今の自分にできる事は、これだけなのだ。

当たって、砕ける事だけ。

甜花「『シンデレラ、これで顔を拭きなさい』」

手先を柔らかく、ピンと伸ばす。

無いはずの布切れを、そこに幻視させる。

一歩だけ距離を詰める。

甜花「『そしたら、礼拝に行きましょう』」

そして今度は、自分から手を差し出した。 <>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/05(水) 00:24:48.61 ID:eg1fP+qa0<> すみません、一つ飛びました。
>>40の続きからです <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:25:22.95 ID:eg1fP+qa0<>
夏葉「私は怒ってはいなかった。だけど、厳しい言葉をかけたのは事実よ」

夏葉「あの子……落ち込んでいた?」

P「ああ。帰りの車の中でも、茫然自失という感じだった」

夏葉「悪いことを、してしまったかもしれないわね」

夏葉「間違った事を言ったとは思っていないわ。でも、もう少し言葉を選ぶべきだった」

夏葉「傷つけるつもりは、無かったのだから」

P「ちなみに、どういう事を言ったんだ?」

夏葉「最初に目標を聞いて、答えが帰って来なかったから、まずは自分の事を話したの」

夏葉「それから、『目的意識に欠けるのは為にならない』という趣旨のことを言ったわ」

P(ここまでは、車の中で甜花から聞いたな)

夏葉「その上で『目標設定から始めなさい』とか『明日からもよろしく』……みたいな事を言ったはずよ」

P「……! それで、か」

夏葉「自信を失っているように見えたから、私なりに助言をしたつもりなのだけど……」

夏葉「裏目に出てしまったみたいね。事務所で会ったら、誠心誠意謝らせてもらうわ」

P「……勘違いだ」

夏葉「勘違い……?」

P「甜花から聞いた話と食い違っている。どちらかが嘘を吐いている訳でもない」

P「だから勘違いだ。おそらく途中までしか、甜花の耳に入ってない」

P「ショックのあまり、『為にならない』以降の言葉が聞こえてなかったんだろう」

P「ちなみに、その時の正確な発言は……」

夏葉「『やめておきなさい。アナタの為にもならないわ』」

夏葉「……」

P「……」

夏葉「……辞退を促している事に、ならないかしら?」

P「……なってるな」

夏葉「プロデューサー、彼女に連絡を……!」

P「それは、必要ない」

P「目的地に着いたからな」

夏葉「え……?」

P「ランニングの目的地だよ。事務所近くの公園だ」

P「ここに夏葉を呼び出すように、甜花に頼まれていたんだよ。ほら、あそこを」

夏葉「……あの子」

P「そういうことだ。行ってこい、夏葉」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:26:31.18 ID:eg1fP+qa0<>
朝の公園は閑散としていた。

時間のせいか、人通りは少ない。

発声練習をしている自分を、気に留める者はいなかった。

そんな静けさの中、女性が一人だけ近づいてくる。

服装は、自分と揃いの空色ジャージ。

甜花(夏葉さん……)

腹部に意識を集中させる。

頭の中に鏡をイメージする。

夏葉さんが、目の前に立つ。

気持ちを伝える為に、会話をする為に、色々な事を考えた。

でも、その収穫は全く無い。

もともと口下手なのだ。

気の利いた会話など、急に出来るようになるわけがない。

それなら、やれる事は一つ。

甜花「すぅ……」

息を深く吸い込んで、意識を切り替える。

立っているこの場所が、ステージの上であるかのように、自分を錯覚させる。

今の自分にできる事は、これだけなのだ。

当たって、砕ける事だけ。

甜花「『シンデレラ、これで顔を拭きなさい』」

手先を柔らかく、ピンと伸ばす。

無いはずの布切れを、そこに幻視させる。

一歩だけ距離を詰める。

甜花「『そしたら、礼拝に行きましょう』」

そして今度は、自分から手を差し出した。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:27:36.30 ID:eg1fP+qa0<>
夏葉「……!」

夏葉さんも、深く息を吸い込んだ。

夏葉「……『いや。いやよ、サンドリヨン。行きたくないわ』」

夏葉さんが、その場にうずくまる。

一瞬だけ驚いた顔をしたけど、そこからの躊躇は一切無い。

目の前に居るのはシンデレラで、自分はもうサンドリヨンなのだ。

甜花「『どうして? そのために二人掛かりで、すす掃除も終わらせたんじゃない』」

自分の演技に、夏葉さんがのって来てくれた。

嬉しくてたまらない事だけど、今はその気持ちをそっと切り離す。

夏葉「『賛美歌を、歌いたくないの』」

それで、満足するわけにはいかない。

ここはまだ、自分の目指すゴールではない。

夏葉「『だって、サンドリヨンみたいに、上手には出来ないんだもの』」

夏葉さんと正面から向き合えた、この場所こそがスタートなのだ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:28:49.99 ID:eg1fP+qa0<>
言葉では無く行動で。

その言葉で真っ先に思い付いたのは、演じる事だった。

演じる事を、助けてくれた人がいたから。

自分が演じる事に、背中を押してくれた人達がいたから。

その期待を形にする事が、感謝を伝える事になると、そう思えたのだ。

だから演じる。

一夜漬けの、付け焼き刃の演技になってしまうのは分かってる。

一場面ですら、まともに出来ないままなのかもしれない。

それでも、拙くても無様でも、示さなくちゃいけないのだ。

受け取った物が根付いている事を、示
してあげたいのだ。

それが自分にできる、最大の『ありがとう』なのだから。

これが、その為のワンシーン。

行きたくないと渋るシンデレラを、サンドリヨンが優しく励ますシーン。

このシーンなら、ちゃんと演じきれる。

このシーンなら、伝えることが出来る。

このシーンから始めないと、きっと自分は立ち上がれない。

だって── <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:30:06.04 ID:eg1fP+qa0<>
甜花(だって、この言葉は……! 甜花が甜花に、言いたかった言葉だから……!)

甜花「『歌うのは好きなんでしょう?』」

夏葉「『それは、そうだけど……』」

甜花「『それなら、行かなくちゃ』」

さらにもう一歩、シンデレラに近づく。

甜花(この話のシンデレラは、甜花だから……!)

甜花「『嫌なことならまだしも……好きなことから逃げるのは、もったいないわ』」

夏葉「『分かってる。分かってるの』」

甜花「『それなら』」

夏葉「『だけど、怖いの。好きなことでも、失敗するのは怖いの』」

夏葉「『また足を引っ張ってしまう事が、恐ろしいの』」

甜花(変わりたいって……! 震えながらも、ちゃんと思えてるから……!)

甜花「『私は……シンデレラと歌いたいわ』」

夏葉「『そう、言ってくれても……!』」

サンドリヨンも膝を折る。

シンデレラと、目の高さを合わせる。

甜花(それでいて、甜花は……! もう……!)

夏葉「『それでも、力が入らないのよ。頑張ろうって思うのに、頑張れないよ……!』」

甜花「『大丈夫よ、大丈夫』」

甜花「『困っている時はいつだって、私が手を貸してあげる』」

甜花(──もういっぱい……! お手本を魅せてもらったんだから……!)

シンデレラの手に、自分の手を伸ばす。

その手を取って、彼女を立ち上がらせるために。

しかし、それは決して掴むようなモノでは無く

暖かさが伝わるように、しっかりと、シンデレラの手を包み込んだ。

甜花「『行きましょう、シンデレラ。きっと何とでもなるわ』」

そして、シンデレラに微笑みかける。

自分はその手を、ようやく取ることができたのだった。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:31:26.18 ID:eg1fP+qa0<>
パチパチパチ、と拍手が聞こえる。

プロデューサーさんだ。

P「いい演技だった」

甜花「見て、たんだ……プロデューサーさんも……」

P「そりゃな。引き合わす段取りをしたんだ。すぐに帰るほど、薄情じゃないさ」

P「それで夏葉は、どう感じた?」

夏葉「そう、ね……」

夏葉「……驚いているわ。昨日と比べて、格段に素晴らしい演技になっていると思う」

夏葉「それでいて、全く別人の演技とは思えない。不思議な気分だわ」

P「そうだな。本当に、見違えた」

甜花「夏葉さんの、おかげ……です……」

夏葉「私の?」

甜花「夏葉さんが教えてくれたから……甜花、一人でも練習できた……」

甜花「お礼、言えなかったから……一人でも、頑張れた……」

甜花「どっちも……夏葉さんのおかげだから……」

甜花「本当に……ありがとう、ございました……」

夏葉「……何よ、それ。アナタが努力をした、というだけの話じゃない」

演技は終わっていて、もう手は離れている。

夏葉さんは、その手で髪をかきあげてから、嬉しそうに笑った。

甜花「プロデューサーさん……甜花、舞台に立ちたい、です……」

甜花「夏葉さんと……一緒に仕事をしたい、です……」

甜花「だ、だから……! よろしく、おねがい、しましゅ……!」

噛んでしまいながらも、頭を下げる。

やはり夏葉さんは、それを笑うことなく、同じように挨拶をしてくれた。

夏葉「ええ、甜花」

夏葉「これから、よろしくお願いします」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:32:33.57 ID:eg1fP+qa0<>
P「一件落着だな。これからは二人で、切磋琢磨して……」

甜花「あの……プロデューサーさん……そのこと、なんだけど……」

甜花「練習場所の、相談が……」

P「練習場所?」

甜花「昨晩ね……家で、練習してたんだけど……ママに、怒られちゃった……」

甜花「『夜中に大きな声を出すのはいけません!』って……」

P「あー……まぁ、そうだな」

甜花「昨晩だけは、何とか許してもらったんだけど……今日からは、家で練習できない……」

P「……なるほど」

P(さて、どうしたもんかな。なるだけ練習時間は確保してやりたいが……)

P(しかし、レッスンスタジオにも営業時間はあるし、夜中の公園とかで練習させるわけには……)

夏葉「私の家に、泊まればいいじゃない」

P「……あ」

甜花「……え」

夏葉「ええ、我ながらいい考えだわ。今日からうちの子になりなさい、甜花」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:35:31.14 ID:eg1fP+qa0<>
夏葉「いらっしゃい、遅かったわね」

甜花「その、泊まり支度に、時間かかっちゃって……」

甜花「それと、マ……お母さんの、説得に……」

夏葉「それは……そうね、時間が掛かる物よね」

甜花「プロデューサーさんに……また、お世話になっちゃった……」

ママに説明をするプロデューサーさんは、珍しく緊張していたように思う。

夏葉「玄関に立たせっぱなしも何だし、もう畏まってないで入りなさい」

甜花「お、お邪魔します……」

夏葉「ええ、いらっしゃい!」

自分は、ひどく萎縮していた。

夏葉さんの家が、想像以上の高級さを誇っていたからだ。

まず、都内のタワーマンションの高層階。

見たことのない大きさのテレビがあり、リビングから二階までの吹き抜け構造。

その上に、防音まで完璧とのことらしい。

聞いていた通り、夏葉さんは本物のお嬢様のようである。

甜花「夏葉さん……やっぱり、凄いね……」

夏葉「この家に関しては、凄いのは両親よ。私は関係ないわ。それより……」

カラン、と小気味良い音がして、高価そうなグラスが置かれる。

その隣には、ジュースの瓶が数本と、ラベルのないプラボトルが一本だけある。

夏葉「まずは涼むとしましょう。泊まるにあたってのお願いは、その後でね」

夏葉「飲み物、どれがいい?」

甜花「えっと、夏葉さんは……」

夏葉「私はプロテインジュースよ」

甜花「……て、甜花は、ブドウジュースにするね」

夏葉さんは頷いて、自分用の飲み物をグラスに注ぎ、こちらに手渡してくれる。

それから、プラボトルを持って立ち上がった。

夏葉「グラスを持って、付いて来て」

甜花「え……どこか、行くの……?」

夏葉「お気に入りの場所があるの」

夏葉「そこで、ちょっとだけ話をしましょう」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:37:05.15 ID:eg1fP+qa0<>
案内された場所は、ベランダだった。

高層階ゆえに風は涼しく、輝く夜の街を見渡せる。

景観が良くて、過ごしやすい。

夏葉さんがお気に入りだと言うのも、よくわかる場所だった。

夏葉「ここから、景色を見るのが好きなの。遠くの方を見るのも、空を見るのも……」

夏葉「だけど、今夜は曇っちゃったわね」

夏葉さんが空を仰ぐ。

あいにくの空模様で、月明かりが僅かに差してくる程度。

それも雲の動きによって、時たま陰ってしまう。

それでも涼むという目的は果たせているので、文句は出てこない。

チビチビと飲み物に口をつけながら、ただ景色を眺めていた。

夏葉「ねえ、甜花。アナタは、何のために舞台に上がるの?」

一、二分ほど経ってから不意に夏葉さんが、そう切り出した。

甜花「その、質問……」

夏葉「昨日と、同じ質問。あの時は誤解を与えてしまったけど……今なら別の答えが聞けると思って」

夏葉「もちろん、答えたくないなら答えないでいいわ。ただの興味本位だから」

興味本位という言葉は、何だか夏葉さんらしくないと思った。

そう断言できるほど、夏葉さんのことを知っているわけでは無いけれど。

甜花「甜花は……」

答えない理由はない。

むしろ、今はハッキリと言いたい。

昨日の夜に、しっかりと見つけてきたのだから。

甜花「……期待に、応えたいから」

甜花「なーちゃんに、千雪さんに、プロデューサーさん……」

甜花「甜花なんかに、なんで期待してくれるのか、分からないけど……」

甜花「期待してくれるなら、応えたいって……今は、そう思えるよ」

そう言葉にしてから、夏葉さんを横目で見る。

どういう反応をするのか、気になったからだ。

自分の理由は、他人が居ないと成り立たないもの。

それを、『悪し』と捉えるかもしれない。

夏葉さんは、自分とは違うから。

自身の力だけで歩いていける、強い人なのだろうから。

夏葉「期待に応えたい、か」

しかし、その一抹の不安に反して、夏葉さんは静かに微笑んでいた。

夏葉「……ふふ、良い理由じゃない」

その表情はどこか親しげで、嬉しそうだった。

それが不思議で、もっと話をしていたくなる。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:38:49.57 ID:eg1fP+qa0<>
甜花「夏葉さんは、なんで……今回の舞台に……?」

甜花「その……きっかけとか、聞かせて欲しい……」

夏葉「きっかけ、というと……?」

甜花「甜花は、だだの代役だけど……夏葉さんは、どうだったのかなって……」

夏葉「ああ、そういうこと」

ばつが悪そうに、目を細める。

夏葉「……私が『有栖川』だから、かしらね」

ちょうど影が差して、夏葉さんの表情が隠れた。

夏葉「少し前の話なんだけどね。『ロミオとジュリエット』をやったの。同じユニットの、樹里って子と一緒に」

夏葉「それが、私の初舞台だったのだけど……初回公演の時、父が見に来てくれたわ」

甜花「お父さん……? 社長さん、だよね。それで『有栖川』だからって……」

夏葉「ああ、そういう事じゃないの。紛らわしい言い方をして、ごめんなさい」

夏葉「父が誰かを動かした、と言うことでは無いわ」

夏葉「父も私も、そういう卑しい事は絶対にしない。父の預かり知らぬ所で、事が起こったという話よ」

夏葉「同席した、父の友人のそのまた友人が、偶然に今の劇団の人と繋がりがあったの」

夏葉「その友人さんが大の演劇好きで、私の演技を見て気に入ってくれて……」

夏葉「その話が劇団の人にいって、それでオファーが来た……私のきっかけは、そんな感じよ」

甜花「それだと夏葉さんの……実力、なんだよね……?」

どうあれ、友人の友人さんに気に入られたのは、夏葉さんの演技のはずだ。

夏葉「それは、どうかしらね」

語り口調は淡々としていて、夏葉さんの感情が読み取れない。

自身のきっかけをどう思っているのか、読み取るすべは無かった。

夏葉「オファーをくれた人は、私と父の関係を知らなかった。だから、誰かの悪意があったわけじゃない」

夏葉「それでも、私が『有栖川』じゃなければこの話はなかった。それは事実よ」

そこで再び、月明かりがその場を照らした。

ようやく、表情が見える。

夏葉「……ままならないものよね、家族って」

夏葉さんは、困ったように笑っていた。

その表情は確かな憂いを帯びていて、しかし、怒りや憎しみといった負の物が無い。

不思議な表情だった。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/05(水) 00:40:35.04 ID:eg1fP+qa0<>
それを見て、唐突に思ってしまう。

夏葉さんは、自分と似ているのかもしれないと。

夏葉「どうしたの、私の顔をじっと見つめて。何か付いているかしら?」

甜花「え、あ……何でも、ないよ……うん……」

言うべきでないと思って、誤魔化した。

自分と似ているなんて、失礼になると思ったから。

甜花(そんなわけ、無いよね……夏葉さんは……)

もう一度、夏葉さんを見た。

表情は既に、普段のそれに戻っている。

似ていると感じた理由は、もう分からなくなっていた。




甜花編・終わり <>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/05(水) 00:41:35.97 ID:eg1fP+qa0<> 取り敢えずここまで。続きは三日後に投下します <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/12/05(水) 06:05:06.99 ID:VDUT4gaDO<> 乙機体



演出とPが実は親子とかかいな? <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/12/05(水) 17:52:32.24 ID:ob74XqEsO<> めっちゃ期待
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:17:14.83 ID:FY/Mf+h+0<> undefined <> ◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:18:51.49 ID:FY/Mf+h+0<> undefined <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/12/07(金) 22:19:38.08 ID:wbf0p5bI0<> 本文が長いとそうなるよ <> ◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/07(金) 22:25:00.04 ID:FY/Mf+h+0<> >>59
ありがとうございます。
行数だけかと勝手に思い込んでました。
飛ばしだけはしないように、ゆっくり投下していきます <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:29:57.61 ID:FY/Mf+h+0<>
昔々、シンデレラという美しい娘がおりました。

早くに母親を亡くしたシンデレラは、父親の再婚相手の継母と、義理の姉達と暮らしておりました。

その暮らしぶりは、決して幸せと言えるものではありません。

その美しさ疎まれて、継母からは小間使いの様に扱われ、意地悪な義理の姉達からは虐めを受けていたのです。

しかし、シンデレラはどれだけ辛くとも、自分が不幸のどん底にいるとは思いません。

双子の姉である、サンドリヨンがいたからです。

サンドリヨンは気立てが良く、それでいて、とても聡い娘でした。

いつもシンデレラのことを気にかけていて、時に彼女を励まし、時に彼女を庇い、助けてくれます。

シンデレラにとっては、どんな時でも敬愛できる、良き姉でありました。

そんなサンドリヨンと、気が弱くも優しい父親を心の支えにしていて、彼女は日々を過ごしておりました。

そんな生活の中、ある時、国中に御触れが出されます。

それによると、二日間にわたって、国を挙げての舞踏会が開かれるとの事でした。

シンデレラは、舞踏会に参加したがりましたが、もちろん継母が許してくれません。

サンドリヨンに頼ろうとしても、彼女は彼女で、義姉達の準備に駆り出されて大忙しです。

シンデレラは悲しくなって、森の中にある湖のほとりで、とうとう泣き出してしまいした。

そこに、魔法の杖を持った、シンデレラの名付け親の老婆が現れます。

老婆がひとたび杖を振ると、見すぼらしい服は綺麗なドレスに、朽ちかけたカボチャは絢爛な馬車に変わりました。

老婆はガラスの靴をシンデレラに差し出して、忠告を与えます。

十二時を過ぎると魔法が解けてしまうから、それまでに帰ってくるように、と。

シンデレラは、何度もお礼を言ってから、舞踏会に向かいました。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:32:26.65 ID:FY/Mf+h+0<>
さて、舞踏会についたシンデレラは、たちまち皆の注目の的となりました。

この国の王子さえも、シンデレラに笑いかけます。

シンデレラは、生まれて始めての夢のようなひと時を、時が経つのも忘れて楽しみました。

そして十二時になる直前、ようやく老婆と約束を思い出します。

シンデレラは、名前を聞こうとする王子の問いに答えることなく、慌てて舞踏会を抜け出しました。



家に帰り着くと、心配そうな面持ちで、サンドリヨンが待っておりました。

シンデレラは姉に抱きつくと、その日に起きたことを、何一つ包み隠さずに話します。

魔法が解けた後にも残ったガラスの靴が、その言葉が真実であることを示しておりました。

シンデレラは全てを話し終えると、そのまま眠りこけてしまいます。

馴れぬことばかりだったので、疲れ果ててしまっていたのです。

サンドリヨンは、ガラスの靴をそっと、人目の付かぬ所に仕舞い込みました。



翌日、舞踏会に向かう時間になっても、まだ彼女は眠っておりました。

サンドリヨンが軽く揺すっても、起きる気配はありません。

無理やりにでもシンデレラを目覚めさせる方法は、幾つでもあったでしょう。

けれどサンドリヨンが、そうする事はありませんでした。

サンドリヨンは、仕舞い込んだガラスの靴を取り出して、話にあった湖のほとりに向かいます。

それは老婆に、今度は自分が魔法をかけてもらう為でした。

そして……
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:33:31.13 ID:FY/Mf+h+0<>
果穂「えーっ!! サンドリヨンさんが、舞踏会に行っちゃうんですか!?」

智代子「え、何で何で!? 今までのサンドリヨンちゃん、素敵なお姉さんしてたのに……!」

粗筋の語りが佳境に入り、思わず2人が立ち上がった。

隣に座っている凛世も、薄っすらと驚いた表情を浮かべている。

智代子「な、夏葉ちゃん! それから! それから、どうなるの!?」

夏葉「落ち着いて智代子。そう急かさなくても、ちゃんと話すわよ」

智代子「あ……うん、そうだよね」

果穂と智代子が、おずおずと席に座り直す。

話が遮られたとは言え、熱心に聞いてくるのは有り難い事だ。

相談する相手が正しかったのだと安心できる。

夏葉「それじゃあ、続けるわよ」

今日私は、ユニットメンバーに相談に来ていた。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:35:22.99 ID:FY/Mf+h+0<>
煌びやかなドレスに身を包み、サンドリヨンは、お城へと到着しました。

恐る恐る、といった様子のサンドリヨンを、多くの人たちが出迎えます。

そこにいる誰もが、サンドリヨンのことを、ゆうべに現れたシンデレラだと思ったからです。

そんな人々に、サンドリヨンは精一杯の優しさと、最大限の誠意を振り撒きました。

そして請われるがままに、よく踊ってみせました。

そうこうしている内に、魔法が解けてしまう時間が近づいて来ます。

十二時まで四半刻となったところで、サンドリヨンは、舞踏会の場を去ろうとしました。

そこで、またも王子が、帰るのを引き止めます。

今晩こそ名前を聞こうと、王子は躍起になっているのでした。

サンドリヨンは名を言うわけにもいかず、困ってしまいます。

結局、何も答えることなく、黙ってその場から走り去りました。

その時、急に走り出したせいか、右足に履いていたガラスの靴が、外れて落ちてしまいます。

拾い上げる時間があるわけもなく、サンドリヨンは片足だけ裸足のまま、走り去って行きました。

そして幸か不幸か、ガラスの靴の片方だけが、その場に残されました。



十二時を回り、サンドリヨンが家に帰ると、シンデレラは泣いておりました。

シンデレラは、帰ってきたサンドリヨンを責め立てます。

理由を問い詰め、悲しみをぶつけていきます。

サンドリヨンは何一つ言い返しません。

ただ一言謝り、ガラスの靴の片方を置いて、家を出て行きました。

そしてサンドリヨンは、その家に戻って来ませんでした。

シンデレラは、悲嘆にくれてしまいます。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:37:53.43 ID:FY/Mf+h+0<>
それから数日して、国中に再び御触れが出されました。

その御触れは、ガラスの靴がピタリとはまる娘を探し出して、お妃として迎え入れるというものです。

それを聞いて始めて、シンデレラは、サンドリヨンの本心を知りました。

シンデレラは急いで、片方だけのガラスの靴を持って湖のほとりに向かいます。

その場には、やはり老婆がいました。

湖のほとりに足を踏み入れると、またも服や持ち物が、綺麗な物に変わっていきます。

シンデレラはそれらに目もくれず、老婆に深く頭を下げてから、ガラスの靴を湖に投げ入れました。

すると魔法は立ち消えて、シンデレラは、いつもの見すぼらしい姿に戻っていました。

そうして、二度目の御触れは、空振りに終わりましたとさ。



夏葉「……というのが、大まかな粗
筋になるわけだけど」

智代子「う、うーん……? 分かるようなー、分からないようなー……」

果穂「むむむ、むつかしいです……」

凛世「王子様は、報われないのですね……」

場所は喫茶店の一角。

私の相談事の為に、この三人に集まってもらっている。

相談事いうのは、舞台劇『シンデレラとサンドリヨン』について。

私が悩んでいる姿を見かねた智代子が、この場を設けてくれたのだった。

とはいえ、皆が皆それぞれ忙しい身である。

多くの時間を割いて、一から台本を読んでもらう訳にもいかない。

そこで、物語の要所をかいつまんで語ったのだが……
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:42:07.86 ID:FY/Mf+h+0<> undefined <> ◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:43:51.21 ID:FY/Mf+h+0<> 果穂「えーと……最後にガラスの靴を返したのは、サンドリヨンさんに戻ってきて欲しかったから、ですよね?」

凛世「はい。その通りだと……思われます……」

果穂「そうすると、サンドリヨンさんが、ガラスの靴を置いていったのは……」

智代子「王子様が探しに来ると思ったから、じゃないかな」

智代子「それで、シンデレラが見つけてもらえるように……だと思う。多分」

果穂「……? じゃあ、そもそもサンドリヨンさんは、何で舞踏会に行ったんでしょう……?」

智代子「それは、その……なんでだろうね?」

当然の話だが、粗筋だけでは物語について十分な解釈は得られない。

解釈の話を深めるのは、絶対的に時間が足りないのだ。

なので、彼女達の力を借りるのは、別の部分である事が望ましい。

夏葉「それで相談というのは、役作りのことなんだけど……」

解釈の相談ではなく、役作りそのものの相談をする。

解釈と役作りは表裏一体の物だが、時間が足りない以上、相談の内容は絞らざるを得ない。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:45:18.08 ID:FY/Mf+h+0<>
智代子「そ、そうだった。あれ? 夏葉ちゃんの役ってたしか……」

凛世「シンデレラ様で……ございですね……」

智代子「あー……」

合点がいった、と言わんばかりに智代子がうなづく。

それから目をつぶり、何やらブツブツと呟き始めた。

これは彼女なりの、考えをまとめる為の奇妙な所作だ。

智代子「ズバリ! 夏葉ちゃんは、かなり切羽詰まっていると見ました!」

数秒の後、智代子がカッと目を見開く。

果穂「ど、どういうことですか! チョコ先輩!?」

智代子「ズバリズバリ! 夏葉ちゃんは、シンデレラのキャラが掴めずに悩んでいるのです!」

智代子「何故なら! 夏葉ちゃんとシンデレラで、キャラが違いすぎるからです!」

智代子がビシッと、探偵がするようなポーズを取った。

その推測は中々に的を得ていたので、私から見て、ポーズはかなり様になって見える。

凛世「切羽詰まっている、というのは……?」

智代子「夏葉ちゃんが素直に頼ってくれてるから、そういうことなのかなって。滅多にないことだし」

凛世「納得、致しました……」

文句なく名探偵のようだった。

しかし、いつにも増してテンションが高めなのは、一体何故なのだろう。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:46:22.90 ID:FY/Mf+h+0<>
夏葉「演出家の方曰く、『お前の演技は、ただキャラの輪郭をなぞっているだけ』……だそうよ」

夏葉「正直な所、舞台の練習が上手くいっているとは言い難いわ」

台本は空で言えるくらい、何度も何度も読み込んだ。

それに伴って、登場人物の心情解釈も問題なく出来ていると思っている。

しかし、いざ演じてみると、まるでしっくりこない。

シンデレラになりきる事が出来ず、演技に有栖川夏葉が混じってしまうのだ。

智代子「ううん……何かアドバイスできれば良いんだけど……うーん……」

果穂「樹里ちゃん、来れないのが残念です……」

智代子「そうだね。後は樹里ちゃんくらいだもん、舞台経験があるのって……」

智代子「あ、そうだ! はい、果穂先生!」

智代子が勢いよく挙手をする。

このユニットにおいて、時たま見られる光景だ。

果穂「なんでしょうか、園田さん」

智代子「『学ぶ』は『真似ぶ』ということで、シンデレラに似た人を観察してみるのはどうでしょう!」

夏葉「同じ事を、プロデューサーからも言われたわ」

智代子「あれ、そうなの? というか、プロデューサーさんにも相談してたんだ」

夏葉「ええ。六日ほど前だったかしら」

演じたい対象と似ているモノを肌で感じるのが一番手取り早いと、プロデューサーは言っていた。

つい最近、この方法の威力を知った身としては、同意しないわけにはいかない意見である。

夏葉「問題は、学ぶ対象が丁度よく居てくれるわけではない、という所よね」

智代子「あ……うん、そうだよね」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:47:44.15 ID:FY/Mf+h+0<>
凛世「では、次は私が……」

凛世が手の平を、顔の高さまで上げる。

果穂「はい、杜野さん!」

凛世「はい……」

凛世「夏葉さんは……シンデレラの話を、あまり好まれていないのでは……?」

夏葉「どういうことかしら?」

凛世「好きなものを語る時ほど……人の気持ちも……高まるもので、ございます……」

凛世「先ほどまでの、智代子さんの様に……」

智代子「え」

凛世「逆もまた然り……だと思います……」

凛世「今日の夏葉さんは、覇気がなく見えましたので……」

なるほど、と素直に思う。

自分の好みに関しては、考えたことがなかった。

シンデレラの童話は『良い心がけをしていたから、幸せになれた』という話だ。

しかし穿った見方をすれば、『良い心がけをしているだけで、幸せになれる』という話にもなる。

そう考えるならば、答えは明白だ。

夏葉「……たしかに、凛世の言う通りかもしれないわね。待っているだけなんて、性に合わないもの」

果穂「夏葉さんなら、悪い継母さん達なんてやっつけちゃいそうです!」

智代子「うんうん。お城に行くのだって、カボチャの馬車を使わずに徒歩で行っちゃいそう」

夏葉「そんなことは事はしないわよ」

智代子「あ、さすがに?」

時間的余裕があっても、ちゃんと走って行くに決まっている。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:49:11.94 ID:FY/Mf+h+0<>
夏葉「でも、そっか。好みじゃない、か……」

心が清らかだったから、誰かに救ってもらえる。

辛い現実に耐えてきたから、最後には幸福になれる。

私は、その在り方が気に入らないのだろう。

叶えたい願いがあるなら、努力をすればいい。

蹲っているくらいなら、立ち上がればいい。

そう考えてしまって、自分と役の中を重ね合わせることが出来ない。

感情や考えをなぞることが出来ても、奥底にあるものが理解できない。

表現できていない。

演じる者として、私は未熟だ。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:51:04.94 ID:FY/Mf+h+0<>
智代子「夏葉ちゃん、そういえば何だけど」

夏葉「何かしら?」

うって変わって、智代子は神妙な面持ちだった。

智代子「ここ数日、夏葉ちゃんの家に泊めてるよね。たしか、アルストロメリアの……」

夏葉「甜花ね。舞台練習の為よ」

智代子「それって、いつから?」

夏葉「……三日前からになるわ」

智代子「そっか。三日差かぁ……どうなんだろう。でも、勘違いだとなぁ……」

再び、ブツブツと呟きながら、智代子が考え込む。

思いついたことを言うべきかどうか、迷っているのだろう。

夏葉「言ってちょうだい、智代子」

少しでも多くの意見を欲して、智代子の言葉を促す。

チロリと、黒い予感が脳裏をかすめた。

智代子「あ、うん……さっきの『真似ぶ』の話に戻っちゃうんだけど」

智代子「プロデューサーに相談したのが五日前で、その数日後に、甜花ちゃんが来たんだよね?」

夏葉「……ええ」

そこで、智代子の言いたいことが分かってしまった。

元より、その事を考えなかったわけではない。

プロデューサーが代役に甜花を選んだ理由を、少しでも考えなかったはずがない。

それはつまり、プロデューサーもまた、私の行き詰まりを見兼ねたからで。

智代子「やっぱり、そういうこと……なんじゃないかな」

私の悪辣とも言える推測を、智代子名探偵が肯定した。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:52:15.63 ID:FY/Mf+h+0<>
劇中のシンデレラと大崎甜花は、よく似ている。

だだし、それは表面上の話だ。

確かに、どちらもよくへこたれているし、自分に自信が持てていない様子である。

だが不思議な事に、私は甜花に悪い印象を持っていない。

彼女自身を不愉快に思ったことなど、殆ど無いのだ。

たとえ今のように、目の前で見慣れぬ光景が展開されたとしても、決して。

甜花「て、甜花は……美味しくない……です……!」

カトレア「はっ! はっ!」

甜花「ひんっ!」

家に帰ると、客人と飼い犬が対峙していた。

夏葉「その……何をしているのかしら?」

甜花「あ! た、助けて……夏葉さん……!」

カトレア「ハゥッ! はっ! はっ!」

甜花「ひんっ!」

じゃれ付こうとするカトレアと、必要以上に怖がっている甜花、といった所だろうか。

犬が苦手なわけではない、と聞いていたが、じゃれつかれる経験が無ければ、怖がるのも無理はない。

夏葉「ステイ、カトレア」

一声かけて頭を撫でると、カトレアはすぐに大人しくなる。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:54:02.14 ID:FY/Mf+h+0<> 甜花「あ、ありがとう……夏葉さん」

夏葉「礼には及ばないわ。カトレアの方から、近寄って来たのでしょう?」

甜花「うん……練習してたら、急に。そんなこと今までなかったのに、何でだろう……」

夏葉「カトレアも、アナタに馴れてきたんじゃないかしら。もう三日目だしね」

甜花「そう、なのかな……?」

夏葉「少なくとも、もう警戒はされていないわよ」

甜花「そうだと……嬉しい」

夏葉「ほら、アナタからも撫でてあげて。カトレアも遊んで欲しかっただけだから」

甜花「や、やってみる……! えっと……よし、よし……」

カトレア「……くぅん」

甜花「可愛い、ね……にへへ……」

カトレアと戯れる姿を見ていると、自然と笑みがこぼれる。

そう、私は甜花を気に入っているのだ。

親近感を覚えていると言ってもいい。

彼女に感じているのは、ある一点を除いて、ほぼ全てがプラスの感情だ。

だからこそ、甜花とシンデレラもまた、重ね合わせられない。

彼女からシンデレラ像を『真似ぶ』ことが、出来るとは思えない。

夏葉(でも……あの推測が、まるで的外れだとも思えないのよね)

大崎甜花とシンデレラの間にある、印象の隔たり。

それを埋めることが出来れば、あるいは、今の停滞を打破し得るのかもしれない。

夏葉「……」

甜花の姿を、じっと見つめる。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:55:49.23 ID:FY/Mf+h+0<>
甜花「夏葉さん……? 甜花、何か変……?」

夏葉「いえ、変なところは無いわ。ただ……」

甜花を見ていて、改めて思ったことがある。

そして、新たな疑問点が一つ。

夏葉「アナタって、髪も肌も凄く綺麗よね」

甜花「え……あ、ありがとう……ございます……?」

夏葉「普段の手入れって、どういう風にやっているの?」

考えてみると、この三日間で、甜花がその手のことをしている姿を見たことがない。

せいぜい簡素な洗顔、ドライヤー、ブラッシングくらいだろうか。

他に彼女なりの秘訣があるというのなら、是非とも知りたいものだ。

甜花「甜花……そういうのしたこと、ない……」

夏葉「……! 特に何もせずに、これを保っていられるの……!?」

甜花「そ、その……なーちゃんが色々持ってて、よくやってくれる……」

甜花「えっと……だから、方法とかはよく分からない、です……」

夏葉「……納得したわ」

薄々感じていたことだが、ついに確信に至った。

甜花の妹さんは、かなり過保護だ。

夏葉「甜花、浴室に行くわよ」

甜花「い、今から……?」

夏葉「ええ、今すぐ」

そう話しながら、オイルや化粧水などの、必要なものを?き集める。

甜花の肌や髪との相性も考えて、一つの物につき数種類ずつ。

何だか、少しだけ楽しくなってきた。

夏葉「さ、行きましょう。基本の基から教えてあげるわ」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 22:57:35.25 ID:FY/Mf+h+0<>
甜花「夏葉さん、どう……?」

夏葉「気持ちいいわ。上手なのね、甜花」

説明を一通り終えた後、二人してシャワーを浴びていた。

実践も兼ねてということで、私が甜花の髪を洗ってから、今は甜花が私の髪を洗っている。

いわゆる洗いっこ、と言う物になるのだろうか。

甜花「なーちゃんと、時々してるから……」

なるほど。

それならば、この手付きの良さにも納得できる。

洗いっこの経験で言えば、私より遥かに上のようだ。

夏葉「本当に仲良しなのね、アナタたち」

甜花「うん。なーちゃんは……甜花にとって、自慢の家族だよ……」

甜花「何でもできるし……優しいし……」

甜花「……それに家族だから、仲良し」

その理由付けが、引っかかった。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:01:24.70 ID:FY/Mf+h+0<>
夏葉「家族だから……ね」

甜花「夏葉さん、家族仲は良くないの……? そうは見えないけど……」

夏葉「いたって良好よ。私は家族の事が好きだし、有栖川の家のことも誇りに思ってる」

夏葉「両親からだって、信頼を得れているわ」

その言葉に、偽りも含む所もない。

引っかかったのは、自分と家族の関係ではなく、彼女の発言そのもの。

仲が悪い家族だって、この世には沢山いるはずだ。

家族だから仲がいいのだと、当然のように言った事に、驚いたのだ。

夏葉「……大したことじゃないわ。さ、もう流してちょうだい」

そう思えるのは、間違いなく甜花の美徳だ。

だから、わざわざ指摘するような事はしない。

甜花「うん……分かった」

三十九度に設定された湯で、甜花が丁寧に泡を落としていく。

これが終われば、洗髪の実践は一区切りになる。

次は洗顔のレクチャーして、湯からあがったら乾かし方の話をして……と、やる事はまだまだあった。

夏葉「いっそのこと、服とかのコーディネートまでやってしまおうかしら」

そんな願望がつい口から溢れる。

夏葉「でも、ダメね。それは寄り道がすぎるわ」

甜花を泊めているのは、あくまでも舞台の練習のためだ。

緊急性が高いわけでもない限り、そこから逸脱した事はすべきではない。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:02:57.20 ID:FY/Mf+h+0<>
甜花「それじゃあ……またの機会、だね」

夏葉「いいの?」

甜花「甜花、そういうのも勉強中だから。見てくれると、嬉しい……」

夏葉「それなら大船に乗ったつもりでいなさい。私、人の服を見繕うのは得意なのよ」

甜花「特技の……トータルコーディネート、だよね……」

夏葉「あら」

283プロのホームページでは、所属アイドルのプロフィールが公開されている。

私は、自分のプロフィールの特技という欄に『トータルコーディネート』と書いていた。

夏葉「私のプロフィール、見てくれてたのね」

甜花「うん、気になっちゃって……」

夏葉「アナタは何を書いたの、特技のところ」

甜花「え、甜花……? 甜花は……」

急に、甜花が口ごもった。

甜花「その、えっと……自分の口からだと言いにくい、です……」

夏葉「……? それなら、後で自分で確認するのは……」

『問題ないか?』と問う前に、甜花がコクリと頷いた。

どうやら、よほど話したくないことのようだ。

夏葉(恥ずかしく思うような特技なのかしら……?)

好奇心がいっそう刺激されたが、問いただすことはしなかった。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:05:09.44 ID:FY/Mf+h+0<>
深夜、甜花が眠ったのを確認してから、PCを立ち上げる。

理由はもちろん、甜花のプロフィールを確認するためだ。

夏葉(自分のことながら、酷いうっかりね。もっと早くに見ておけばよかったわ)

甜花と特技の話をするまで、事務所のプロフィールのことなど完全に忘れていた。

体を鍛えるのにあたって、身長・体重は重要な情報である。

ここ数日、それを直接聞くのがはばかられて、目測でトレーニングメニューを立てていた自分が恥ずかしい。

少し考えれば、それらを確認する方法はあったのだ。

夏葉「見つけた。ええっと、身長159cmに体重が44kg……」

目測が大きく外れていなかったようで一安心。

そのまま、画面を下にスクロールさせていく。

夏葉「出身地・富山県……趣味・お昼寝、ネットサーフィン、アニメ、ゲーム……」

夏葉「特技……」

ピタリと、マウスを動かす手が止まる。

夏葉「特技……『特に無い』」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:07:25.67 ID:FY/Mf+h+0<>
何故だか、言いようのない悪寒が走った。

『特技なし』とは、どういうことなのだろう。

単純に考えれば、自信のなさの現れに過ぎない。

甜花を見ていれば、それで納得できなくもない。

夏葉(だけど……)

自信のなさの裏側に何かが在ると、そう直感した。

そして、その何かが私の心に影を落としている。

底が見えない暗い坂道を見下ろしているような、そんな気分だった。

夏葉(また、だわ……)

胸がざわつく。

この胸のざわつきは、甜花へと感じる、プラスの感情でない唯一のもの。

彼女を見ていると時折現れて、私の内部をチクリと刺す。

痛くもないし、苦しくもない。

かゆみが鈍く広がるだけ。

これがプラスの感情なのか、マイナスの感情なのかすら判別できない。

ただ、分かっている事もある。

このざわつきが、私にとって大切なものであるという奇妙な確信。

だからこそ私は、この情動の中身を知りたいと、強く願ってしまう。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:14:06.77 ID:FY/Mf+h+0<>
小道具「というわけでラストシーンは、当初に予定していた通りの演出となります」

小道具「再確認致しますと……ステップ1、シンデレラ役が舞台の池にガラスの靴を返す」

小道具「ステップ2、靴が沈んだのを確認した後、上部から煙を降らせて舞台を隠す」

小道具「ステップ3、煙で舞台が隠れている内に、総出で指定されたセットを撤収する」

小道具「以上の段取りもちまして、『魔法が解ける』という演出になりますが、何か質問はあるでしょうか」

継母役「ネックだった煙の量とか、降らせる方法は?」

継母役「スモークマシンだけだと、まばらな煙になるって話だったわよね」

小道具「その点を解決するために、特注の巨大二重構造バルーンを用意しました」

小道具「この特注バルーンは、内側バルーンの部分と外側バルーンに分けられて……」

小道具「内側バルーンに煙が溜められる様になっています」

小道具「外側バルーンには半径50ミリの穴が、既に等間隔で開けられています」

小道具「天井付近に設置したこの特注バルーンに煙を注入しておき、必要なタイミングで内側バルーンを割って煙を降らせます」

小道具「内側のバルーンで煙の量を確保して、外側のバルーンの穴によって、煙の出方を制御できる予定です」

小道具「デメリットして、公演ごと内側のバルーンの交換が必要となりますが……」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:15:03.31 ID:FY/Mf+h+0<>
夏葉「内側バルーンに、穴を開ける方法は?」

小道具「大道具さんに、既に作成してもらっています」

大道具「ボタン一つで割れる仕掛けを作ってある」

大道具「内側バルーンの一箇所にでも穴が開けばいいからな。簡単な仕事だ」

王子役「一気に大量の煙を……となると、お客さんは大丈夫なの?」

小道具「人体には無害なので健康被害はあり得ません。一応ですが、最前列を開けて、吸引機を設置することになっています」

義姉2役「ケムることを観客が知れるの? 一応の注意喚起とかをした方がいいんじゃない?」

小道具「ええっと、それは……」

演出家「ああ」

小道具「はい。採用の方向で、検討させてもらいます」

王子役「あ、そうそう! 例の脅迫じょ……」

演出家「その話は後にしろ」

継母役「? それじゃあ、ステージの……」

……
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:16:31.19 ID:FY/Mf+h+0<>
甜花「ラストシーンの打ち合わせ……みんな、気合いが入ってた……」

夏葉「一番大切なシーンだもの。自然な事だわ」

甜花「甜花も……このラストシーンは、好き……」

夏葉「私もよ」

老婆の魔法によって、シンデレラに与えられた綺麗な服や馬車達。

それらの代表であるガラス靴を返すと、ステージに白い煙の幕がかかる。

そして幕が上がると、それらが全て消え失せて、魔法の解けたシンデレラが立っている。

私は、この演出がとても気に入っていた。

甜花「……甜花、本当に何もしなくていいのかな?」

甜花が先ほど配れられた資料に目を落とす。

そこには、撤収の具体的な段取りや、物品ごとの担当者が記されていた。

そこに甜花の名前はない。

夏葉「仕方がないわよ。割り振りが決まったのは、代役を探してる時期だったから」

甜花「それは、そうなんだけど……でも……」

寂しげな表情で、甜花は置いてあるセットの前に立った。

ラストシーンで使う、装飾の施された大樹だ。

甜花「でも……みんな凄いよね。こんな大きいの……甜花の力じゃ、無理かな……」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:17:52.55 ID:FY/Mf+h+0<>
夏葉「動かせるわよ」

甜花「え……かなり重そう、だよ……?」

夏葉「見た目はそうだけどね。甜花、裏側を覗いてみなさい」

甜花「裏側……? あ……」

セットの裏側は詰まっておらず、数人くらいなら隠れていられる空間があった。

加えて、表側から見えないようにして滑車も取り付けてある。

夏葉「動かしやすくしているみたいよ。言い方が悪くなるけど、ハリボテみたいな物ね」

このセットに限らず、ラストシーン用に作られている物がいくつもある。

例えば、シンデレラの衣装。

シンデレラの服装も、短い時間で、素早く変化させなければならない。

そのために見すぼらしい服と、重ね着をしても違和感の無い、絢爛な服を用意してある。

その絢爛な服を着て舞台に立ち、煙がある間にそれを脱いで、回収してもらう手筈になっているのだ。

甜花「工夫、してるんだ……」

甜花「これなら甜花でも、役に立てそう……」

夏葉「撤収にも代役が必要になったら、その時はアナタの出番が来るかもしれないわね」

甜花「そうなったら、頑張る……」

そう言って、小さくガッツポーズ。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:19:33.24 ID:FY/Mf+h+0<>
夏葉「甜花だったら、どんなセットでも十分役に立てるわ」

甜花「そう、かな……?」

夏葉「ええ。筋トレ、頑張っているもの」

甜花「あ……うん……」

家に来た初日の夜、嬉しいことに甜花は『ビシバシ鍛えて欲しい』と言ってくれた。

なので、台本の読み合わせや発声練習の合間で、軽い筋トレをしている。

物を引き寄せる筋肉である、腕橈骨筋(わんとうこつきん)のトレーニングだって、もちろん忘れていない。

もっとも、長い期間が取れるわけではないので、あくまで主目的は精神鍛錬なのだが。

甜花「毎日、やってるもんね。筋トレ……」

夏葉「日々の筋トレは欠かせないわ。二人なら、出来るトレーニングの幅も広がるし」

甜花「筋肉って……そんなに、舞台の役に立つのかな……?」

夏葉「全てにおいて、筋トレは裏切らないものよ」

甜花「そ、そう……だよね……」

甜花「……甜花、夏葉さんのこと……わかってきたと思う……」

甜花が何故か、遠い目をしている。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:24:21.49 ID:FY/Mf+h+0<>
甜花との雑談の後、私は演出家さんの部屋の前まで来ていた。

渡したい物があるとの事で、呼び出されたのだが……

大道具「アンタには、人の気持ちなど分かるまい……!」

演出家「……」

大道具「不出来な弟の気持ちなど! 俺の気持ちなど……!」

大道具「優秀なアンタには……! 絶対に……!」

演出家「そうかもな」

大道具「……っ!」

演出家「なら、どうすればいい?」

大道具「もういい……!!」

怒声が聞こえたかと思うと、部屋から勢いよく大道具さんが出てくる。

よほどいきり立っていたのか、私には気づかずに、その場を去って行った。

まさしくそれは、修羅場であったようだ。

演出家「おい、いるんだろ? 入んな」

立ち尽くしていると、中から声が掛かった。

促されて、部屋に入る。

演出家「つまんねぇところ、見せちまったな」

夏葉「い、いえ……」

さすがに、大人の男性の修羅場に居合わせた経験など、殆どない。

少なからず動揺していた。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:25:27.03 ID:FY/Mf+h+0<>
夏葉「その、御兄弟だったんですね」

何と言うべきか迷った挙句、口に出たのは単なる事実確認だった。

演出家「そうだな。仲の悪い兄弟だよ」

この劇団は、演出家さんとその弟の二人で立ち上げられたと聞いた事がある。

その弟さんが、あの大道具の方とは知らなかった。

演出家「というか、Pの奴から聞いてないのか」

夏葉「P……?」

夏葉「うちのプロデューサーの、Pですか?」

『P』とは、私達のプロデューサーの下の名前だ。

置き所を失っていた気持ちが、少し落ち着いたのを感じる。

演出家「そうか……あの野郎、何も話してないんだな」

演出家「そりゃそうか。古巣の事なんて、そんなもんだ」

さらっと、衝撃の事実を口にされた。

彼の態度から、この劇団と繋がりがあるとは思っていた。

しかし、そこまでの関係者だとは思わなかった。

プロデューサーとして新米とは思えない彼の成熟さに、それなりの過去があるとは考えていたが。

演出家「まぁいい。呼び出した理由はこいつだ」

演出家「持って帰って、貴社のプロデューサー殿に渡してくれ」

机の上に数冊のボロボロのノートが置かれる。

表紙には力強い文字で、『P』と書かれていた。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:26:50.75 ID:FY/Mf+h+0<>
演出家「少し前に、古い倉庫でボヤ騒ぎがあったんだ」

演出家「それで倉庫の整理をしてたら、コイツが出て来たんだよ。捨てても良かったんだが、一応な」

中身をパラパラとめくると、演技に関する研究ノートだと分かる。

ページいっぱいの書き込みから、持ち主の当時の真剣さが、ヒシヒシと伝わって来た。

夏葉「……あの人は何故、この劇団を辞めたんですか?」

当然の疑問だった。

演出家「嫌気がさしたんだろうさ」

夏葉「嫌気……」

演出家「何かと鋭い奴だったからな。気づいてしまったんだろうさ、俺と弟の軋轢に」

演出家「あいつは、見て見ぬ振りだって出来たんだろうけどな」

演出家「知った顔で捨て台詞を吐いてから、この劇団を去って行ったよ」

上役に捨て台詞を言っている彼を、明確に想像する事が出来ない。

しかし、理解は出来る。

現在の彼が持っている、目下の私達への寛容さ。

そこに繋がっていると思えば、それが事実だと信じる事は出来た。

演出家「奴に言わせると……」

別れ話の最後が語られる。

それを聞いて、今の彼に関する思考が吹き飛んだ。

それほど、その捨て台詞が印象的だったのだ。

演出家「『優秀な身内というのは、苦しいものですよ』だとさ」

思い浮かんだのは、自分の両親と甜花の顔。

そして、プロデューサーのノートにあった走り書き。

シェイクスピア曰く

『避けることができないものは、抱擁してしまわなければならない』
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:28:47.78 ID:FY/Mf+h+0<>
甜花「夏葉さんは……甜花の『先輩』なのかな……?」

夕食の席に着く。

向かい側に座っている甜花が、首を傾げながら、そう言った。

夏葉「質問の意図が、よく分からないのだけど」

甜花「あ、そうだよね……えっと……」

皿の上のニンジンを、スプーンで二つに割る。

今晩の夕食は、私特製のカレーライスだ。

甜花「さっきまで、なーちゃんと電話してたんだけど……」

甜花「夏葉さんのこと……なーちゃんが知ってるか、分からなかったから……」

甜花「事務所の『先輩』って、言ったんだけど……変じゃ、なかったのかな……?」

夏葉「ああ、そういうこと。それだと、そうね……」

夏葉「……っ!」

カレーに似つかわしくない、シャッキリとした触感が広がった。

甜花「な、夏葉さん……? どうしたの……?」

夏葉「その……ジャガイモが一つ、生煮えだったわ」

大きく切り過ぎてしまったか、煮込み時間が足りなかったのか。

何にせよ、私のポカである。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:29:42.72 ID:FY/Mf+h+0<>
甜花「失敗すること……夏葉さんでも、あるんだね」

夏葉「私だってそれなりに……いえ、たまには失敗する事もあるわよ」

夏葉「最近までは、自分の力を過信することも多かったしね」

甜花「……そう、なの……?」

夏葉「でも! カレー作りに関しては、かなり上達しているのよ!」

夏葉「これでも!」

私の初めてのカレー作りは、ユニットメンバーと一緒だった。

その時は、随分と周りの足を引っ張ってしまった様に思う。

しかし、その経験のおかげで、失敗しつつも今現在はカレーが作れている。

弱さを知ることは、強くなるための第一歩なのだ。

夏葉「……カレーのことはともかく、話を戻すわよ」

甜花「うん……」

夏葉「芸能界における先輩後輩って、芸歴で決まるものじゃないかしら」

夏葉「とすると、デビューの時期は同じくらいだし……『先輩』とは違うと思うわ」

確かに同じ事務所の、年上の人間ではあるのだが。

甜花「やっぱり、そうだよね……」

夏葉「ちなみに、どういう話の流れでそう言ったの?」

甜花「なーちゃんに、今どこにいるのかを、聞かれた……」

夏葉「……え」

甜花「それで、先輩の家だよ……って」

それは、誤解を招く表現であるような。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:31:47.47 ID:FY/Mf+h+0<>
甘奈「そういえば、甜花ちゃん。今って、何処にいるの?」

甘奈「自分の部屋……じゃないよね?」

甜花『そうだけど……何で、分かるの……?』

甘奈「声の聞こえ方……かな。前の時みたいに、若干こもった風じゃなかったから」

甘奈「それで室内じゃなくて外にいるのかなって、思ったんだー」

甜花「やっぱり……なーちゃんは、さすが……」

甘奈「甜花ちゃんのことだもん。そのくらい、分かっちゃうよ☆」

甘奈「それで、帰る途中? それとも事務所近くの公園とかかな?」

甘奈「甘奈も、もうすぐ家に着くから……」

甜花『えっと……甜花が今いる場所は、な……』

甘奈「な?」

甜花『あ、その……(事務所の)先輩の家の、ベランダかな……』

甘奈「え……? (学校の)先輩の家!?」

甜花『うん』

甘奈(え、えっと……甜花ちゃんと仲のいい先輩の話なんて、聞いた事ないけど……)

甘奈(さすがに女の人……だよね? た、確かめなきゃ……!)

甘奈「……甜花ちゃん。その人って、どんな人なの?」

甜花『どんな、人……?』

甜花『背が高くて、カッコイイ人……かな』
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:32:44.77 ID:FY/Mf+h+0<>
甘奈「背が高くて! 格好いい(男の)人……!?」

甘奈「〜〜っ!」

甜花『な、なーちゃん……?』

甘奈「もう8時も回ってて……それで、甜花ちゃんが先輩の家にって……」

甘奈「だ、ダメだよ、甜花ちゃん! 甜花ちゃんには、まだ早いよ!」

甜花『ダメなの……? 何で……? それに、まだ早いって……』

甘奈「と、とにかくダメ! この時間に人の家なんて! まして、お泊まりなんてしたら……」

甜花『甜花、もう何泊かしてるけど……』

甘奈「え……」

甘奈「え……?」

甜花『あ、カレーが出来たって呼ばれてるから……もう切るね』

甘奈「……あ! 待って、甜花ちゃん! 待っ……!」

甘奈「……あ、切れちゃった……」

甘奈(……)

甘奈「〜〜〜〜〜〜っ!!」

甘奈(た、助けて……千雪さん……プロデューサーさん……!)
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:37:34.97 ID:FY/Mf+h+0<>
P「さて。落ち着いたか、甘奈?」

甘奈「うん……」

甘奈「ごめんね、プロデューサーさん。変なところ見せちゃって」

P「謝ることはないさ。直帰するって言ってから、急に来たことには驚いたけどな。それだけだよ」

P「紅茶だ。甘奈の分も淹れておいたぞ」

甘奈「……ありがとう、プロデューサーさん」

P「どういたしまして」

P「……それにしても、甜花も少しおっちょこちょいだな。泊まりの事、伝え忘れているだなんて」

甘奈「……忘れてただけ、だよね」

甘奈「伝えなくてもいいって思われたわけじゃ、ないんだよね?」

P「それは考えすぎだ。甜花がどういう子なのか、甘奈が一番知ってるだろ」

P「それに、甜花は集中力が高いからな」

甘奈「そ、そうだよね。それくらい甜花ちゃんが、真剣だってことで……」

甘奈「それは、間違いなく良い事のはずなんだけど……」

甘奈「でも……」

P「……」

甘奈「……」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:40:30.12 ID:FY/Mf+h+0<>
はづき「コホン」

P「あ、はづきさん」

はづき「『あ』とは何ですか。『あ』とは。ずっと居ましたよ」

はづき「甘奈さんと、一緒に戻ってきたんですからね」

P「それはそうなんですが、全く会話に入って来なかったものですから」

P「何にせよ、お疲れ様でした。地方遠征の引率は大変だったでしょう」

はづき「ええ、本当に」

はづき「そもそも社長は、人使いが荒すぎます」

はづき「普通なら、アルバイトの事務員に出張とか任せないですよね」

P「それほど信頼されてるってことじゃないですか。人間的にも、能力的にも」

P(事務員とは何ぞや、と思いますけどね)

はづき「まぁ……任せて頂いた以上は、ちゃんと責任持ってやりますけど」

P「そういう所ですよ」

はづき「……と、そういう話がしたいんじゃないんです」

はづき「プロデューサーさん、言ってましたよね。甘奈ちゃんが帰ってきたら、ぜひ見せたい物があるって」

P「ああ、そうでした。驚いたせいで、すっかり忘れてましたよ」

甘奈「甘奈に、見せたいもの?」

P「正確にいうなら『読ませたい物』かな。今は時間大丈夫か、甘奈?」

甘奈「うん。元々、家に帰るだけだったし……」

P「それなら、これを。はづきさんも読んで、意見お願いします」

はづき「はい、お願いされました〜」

甘奈「……あ、これって……」

P「ああ。『シンデレラとサンドリヨン』の舞台台本だ」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:43:41.48 ID:FY/Mf+h+0<>
はづき「むむむ……」

甘奈「……」

P「二人とも読み終わったみたいですね。どうでした?」

はづき「そうですね。なんというか、不思議なお話でした。元の話から結構変わっていて」

P「だけど、悪くない話じゃないですか?」

はづき「そうですね〜。私は好きかもしれません」

はづき「あ、でも……サンドリヨンさんが舞踏会に行った理由、よく分かりませんでした」

はづき「あ、単にお城に憧れたからでない事くらいは分かりますよ」

はづき「シンデレラに、思う所があったんですよね」

はづき「ただサンドリヨンの気持ちに、しっくり来る解釈が思いつかなくて……」

甘奈「……甘奈は、分かる気がする」

甘奈「きっとね……サンドリヨンも、置いて行かれたくなかったんだ」

はづき「甘奈さん?」

甘奈「姉妹から知らない世界の話を聞かされて、怖くなった」

甘奈「大好きな姉妹が見たものを、自分も見たくなった」

甘奈「それできっと、魔が差しちゃったんだ」

P「……その、根拠は?」

甘奈「ここだよ。サンドリヨンが、王宮を去るシーン」

P「サンドリヨンが王子に名を問われて、何も言えなくなった場面だな」

甘奈「うん。サンドリヨンは、どちらの名前も言わなかった」

甘奈「王宮での暮らしを夢見るなら、『サンドリヨン』だと」

甘奈「姉妹のことだけを思うのなら、『シンデレラ』だと」

甘奈「そう言えれば、よかったはずなのに……」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:44:48.69 ID:FY/Mf+h+0<>
P「そうだな」

P「姉妹が大好きだったからこそ、どうすべきか分からなったのだろう」

甘奈「……でもサンドリヨンは、最後にちゃんと答えを出したんだね」

P「ああ。ガラスの靴は、シンデレラの手元に残った」

甘奈「ねぇ、プロデューサーさん」

P「何だ?」

甘奈「なんで甜花ちゃんを、この舞台の代役に選んだの?」

P「……」

P「理由は二つ。一つは夏葉のため。甜花が、彼女の演技の助けになると思ったからだ」

P「そして、もう一つはもちろん、甜花のためだよ」

P「この舞台は間違いなく、甜花の成長に繋がると思ったんだ」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:45:50.22 ID:FY/Mf+h+0<>
P「……『サンドリヨン』というのは、『シンデレラ』のフランス語書きだ」

P「和名なら『灰かぶり姫』か」

P「言語の違いの他に、『サンドリヨン』と言う場合は、シャルル・ペロー版のシンデレラを指すことが多い」

はづき「まるまる版と言うと……」

はづき「ああ、シンデレラの話って色々ありますもんね」

P「元は民間伝承ですからね。まとめる人や媒体で、少しずつ話が異なってはきます」

P「まぁ、長々と講釈を垂れて、結局なにが言いたいのかと言うと……」

P「シンデレラもサンドリヨンも、元は同じ人物だって事ですよ」

P「この舞台の二人に関して言えば、コインの裏表みたいなもの」

P「サンドリヨンの強さも、シンデレラの弱さも、表裏一体のはずなんですよ」

P「だからこそ、この台本を初めて読んだ時に強く思いました」

P「甜花に、『シンデレラとサンドリヨン』を演じて欲しいと」

甘奈「……甜花ちゃん、この台本を何処まで読み解けたのかな?」

P「さあな。それは分からない。だけど、甜花が今一生懸命頑張っているのは確かだよ」

甘奈「そっか……」

甘奈「それなら……このお話なら……」

甘奈「ちょっとくらい忘れられても、仕方がないのかな……」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:47:18.57 ID:FY/Mf+h+0<> はづき「あ」

P「お」

甘奈「うぇ? ど、どうしたの、二人とも……?」

P「いや、やっと笑ってくれたなって」

はづき「事務所に着いてからの甘奈さん、ずっと沈んだ顔でしたからね〜」

甘奈「え、そうだったかな……」

はづき「はい♪ プロデューサーさん、これで一安心ですね〜」

P「ですね。それじゃあ、元気になったところで、家まで送っていきますかね」

甘奈「いいの?」

P「当たり前だ。この遅い時間に、一人で帰すことはしないさ」

P「あ、そうだ」

甘奈「どうしたの、プロデューサーさん?」

P「今日はもう無理だけど、時間を見つけて夏葉の所に遊びに行ったらどうだ?」

P「甜花はもちろんのこと、夏葉も喜ぶぞ」

甘奈「あ! それ、とっても楽しそうかも!」

甘奈「……あ、でも……」

甘奈「……でも、やめとくね」

P「何でだ? 遠慮する事でもないと思うぞ。俺が言うのも何だが」

甘奈「ううん、遠慮とかじゃなくて」

甘奈「甜花ちゃんが頑張ってるなら、甘奈もいっぱい頑張んなくちゃ」

甘奈「だから、そういう時間はレッスンとかいれてね。プロデューサーさん☆」

P「甘奈……」

甘奈「大丈夫だよ。仕事とかあるから、甜花ちゃんと全く会えなくなるわけじゃないし」

甘奈「それに、甜花ちゃんの初回公演は絶対見にいくからね!」

P「そう、か。そうだな……ああ」

P「……少し早くなってしまったが、地方遠征お疲れ様だな。甘奈」

甘奈「うん!」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:52:38.46 ID:FY/Mf+h+0<>
微睡みの中に、古い記憶を掘り起こす。

自分の底に強く焼きついた、幼少期の思い出。

今の自分を形作っている、始まりの感情の一つ。

忘却されながらも、無意識下に蓄えられている自己の基底部分。

それらをぼんやりと、まぶたの裏側に思い描いていた。

言うなれば、黎明の夢を見る。



有栖川の屋敷の一室にて。

私は自室の窓から、仕事に出る父親の姿を見ていた。

父に頭を下げる、黒いスーツの人達。

送迎のために、綺麗に磨かれた車。

そして何より、父の威厳と自信に満ちた顔つき。

私は、自分の父親がそういう人間であることを、その時はっきりと理解した。

暗転。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:56:11.19 ID:FY/Mf+h+0<>
再び父親の夢。

場所はやはり有栖川の屋敷。

父親の書斎で、私が泣いていた。

父が、私の頭を撫でている。

優しげな手付きで、柔和な笑みを浮かべて、父はそうしていた。

私はそれに、確かな親の愛情を感じていたのだと思う。

だからこそ。

大きな父の手のひらが、私には恐ろしい物に思えたのだった。

覚醒。



夏葉(……朝……)

枕元に置かれた時計に目をやる。

いつも通りの時間である事を確認して、五分後に鳴るはずのアラーム機能を切った。

その時点で既に、夢の内容は立ち消えている。

おぼろげに覚えているのは、昔の夢という事だけ。

夏葉(なぜ今更、そんな昔のことなんて……)

昨夜のカレーの失敗が尾を引いているのか、プロデューサーの過去の言葉が気にかかっているのか。

理由はいくつか考えられるが、その正解は求めないでおく。

夏葉(まぁ、そんな夢を見ることもあるわよね)

意識を切り替える。

今日は舞台練習こそ無いものの、私も甜花も、ユニットでの仕事が入っているのだ。

夢の理由など考察している暇があれば、そちらの事を考えていた方が、よっぽど有意義なのは間違いない。

夏葉「よし! 甜花を起こしてきましょうか」

声に出して気合いを入れる。

これでもう、普段と変わらぬ有栖川夏葉だ。

ただ、違う所を違う所があるとすれば、胸中にある微かな予感。

何かを見い出すような、或いは、何かを見出したような、好転の兆し。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/07(金) 23:57:51.95 ID:FY/Mf+h+0<>
予感が確信に変わったのは、その日の夕方のこと。

街中で偶然、甜花を見つけたのだ。

仕事が思いのほか早く終わり、私は事務所近くのブックカフェに向かっていた。

一応の目的は、色々なシンデレラの本に触れてみる事。

想定外の空き時間を、せめて有効活用しようと思っての行動だ。

元より、大きな成果など期待していない。

そんな望み薄な道行きの終点前で、私は甜花を見つけたのであった。

夏葉「甜……」

声をかけようとして、思いとどまる。

甜花がゲームセンターに入っていったからだ。

今が彼女なりの息抜きの時であるなら、無闇に声をかけるのは躊躇われる。

それに加えて、理由がもう一つ。

智代子『やっぱり、そういうこと……なんじゃないかな』

演技のためだ。

期待と予感と焦り、そして少しの後ろめたさ。

それらを抱えながら、甜花を見ている。

そこで、ふと気付く。

遊んでいる彼女の姿をまじまじと見るのは、これが初めてだ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:00:16.36 ID:IqdcIphC0<>
甜花がゲームの箱から、備え付けてある銃を引き抜いた。

少し驚いたが、銃型のコントローラでる事はすぐに分かる。

作りの細部がチープであるし、常識的に、街中の娯楽施設に実銃が置いてあるはずはない。

甜花がゲームの箱に向かって銃の引き金を引くと、モニターの映像が切り替わった。

大きく表示されてるのは『Easy』や『Very Hard』という英文字。

ゲームの設定をしているのだろうか。

それから、また数回ほど引き金を引くと、モニターが暗転する。

その暗転が、上映開始直前の映画のように思えた。

そして、ゲームが開始される。



その内容は直ぐに理解できた。

襲いかかってくるゾンビを、持っている銃で撃つという単純なものだ。

甜花は二丁の銃を器用に操って、次々と現れるゾンビを撃退している。

撃つ、撃つ、撃つ、妙な動作。

撃つ、撃つ、妙な動作、また撃つ。

甜花の動きに一切の淀みは無い。

その迷いの無い所作は、確かな練度を感じさせる。

甜花自身も生き生きとしていて、楽しげだ。

やがて、『Congratulations!!』の文字が画面に踊った。

甜花は銃の片方だけを、ゲームの箱の定位置に戻す。

そして一本の銃のみで、もう一度。

先程と同様に、いとも簡単そうにクリアして、甜花はゲームセンターを出て行った。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:01:45.21 ID:IqdcIphC0<>
私は一人、ゲームの箱の前に立っている。

狐につままれた様な気分だった。

さっきの甜花からは、紛れも無い自信が感じられた。

それが、ここ数日見てきた彼女と何処か繋がらない。

ゲームが上手である事自体には納得できる分、余計に違和感を覚えてしまう。

その正体を見極めようと、銃型コントローラを引き抜いた。

あれこれと考えるより、このゲームに私自身で触れてみた方が早い。

そう判断して、甜花がそうしたように、モニターに向けて引き金を一度引く。

夏葉(これだけでも、愉快な気分になれるものなのね……)

設定の画面が出てくるのを待つ。

その間、興が乗ったので、二丁拳銃で格好良いポーズなどを取ってみる。

しかし、何も起こらなかった。

夏葉(おかしいわ……)

もう二、三度引き金を引いてみる。

その途中、別の良いポーズを思いついたので、そのように銃を構えてみる。

やはり、何も起こらない。

これはこれで楽しいが、このゲームが出来ないのは困る。

「さっきから何してるんだよ、夏葉?」

背後から、救いの舟が現れてくれた。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:03:14.25 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「樹里じゃない。奇遇ね、こんな所で会うなんて」

樹里「それはアタシの台詞だよ。何で夏葉がゲーセンに居るんだ?」

夏葉「居たら、まずいのかしら」

樹里「え? いや、そういう意味じゃねぇけど……」

樹里「なんつーか、その……珍しいと思ったんだよ。うん」

その言葉に異論は無い。

現にこうして、不慣れで困っているという事実もある。

夏葉「樹里、手を貸してほしいわ」

樹里「は?」

夏葉「これで遊びたいのだけど、どうしてか動かないの。壊してしまったのかしら」

樹里「そりゃ、お金を入れないと動かねーよ」

そう言われて、銃が備え付けてある場所の真横を見ると、100円硬化を投入する穴があった。

しかし、またも問題発生だ。

運悪く、ちょうど硬貨を切らしてしまっている。

夏葉「キャッシュカードじゃ駄目なのかしら?」

樹里「いや、何処に読み取らせるんだよ」

夏葉「あ、ICカードはあるわよ! 最近作ったの」

樹里「それも同じ! 読み込む所が明らかにねーだろ!?」

夏葉「そ、そういう物なのね……」

自動販売機には使えたのだが、ICカードも万能では無いらしい。

樹里「あのな。小銭が無いなら、そこらへんにある両替機で……まぁ、いいか」

樹里が投入口に二人分の100円硬化をいれて、銃を持った。

樹里「アタシもやる。二人プレイできる奴だろ、これ」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:05:46.53 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「このゲーム、得意なの?」

樹里のプロフィールには、趣味『ゲーム』とあった事を思い出した。

樹里「操作方法は知ってるけど、やった事は無い。あんまし、やろうと思えなくて……」

樹里「というか! 夏葉は大丈夫なのかよ、このゲーム」

夏葉「何がよ?」

樹里「何がって、その……このゲーム、ゾンビ物じゃん」

夏葉「……」

私は、お化けの類が得意な方では無い。

甜花が遊んでいる時に、モニターから目を逸らしていて、彼女の様子ばかり見ていたのも事実だ。

だからといって、それをそのまま認めるのは癪に触る。

夏葉「大丈夫に決まっているじゃない。樹里、アナタこそ怖がっているのかしら」

樹里「ア、アタシだって全然平気だっての!」

夏葉「なら何の問題も無いわね。始めるわよ!」

甜花が選んでいた難易度と、同じ物を選択する。

樹里「お、おう! ……って、ちょっと待て夏葉! 今選んだの、最高難度じゃなかったか!?」

樹里「おい、夏葉? 夏葉!?」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:08:34.38 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「……」

樹里「なぁ、もう止めにしないか?」

夏葉「そう……ね。諦めることにするわ、さすがに」

少なくない回数挑戦して、一度もクリアする事は出来なかった。

ゾンビの一挙一動にすら驚いて、まともに遊べてなかった最初の方と比べれば、上達はしている。

しかし、クリアには程遠い。

明確な収穫といえば、両替機が使えるようになったくらいだ。

後は、あの妙な動作がリロードだと分かった事も、ぎりぎり収穫と言えるかもしれない。

夏葉「付き合わせちゃって、悪かったわね」

樹里「別にいいよ。アタシも楽しかったし」

夏葉「そう言ってくれると、ありがたいわ」

手伝ってくれた事を含め、素直に礼を言う。

どうやらそれが、樹里には落ちこんでいる様に映ったらしい。

樹里「無理もねえよ。このゲームの最高難度、クリアできない事でちょっと有名だしさ」

樹里「夏葉だって、やったの初めてなんだろ?」

夏葉「家にあるエアガンくらいなら、撃った事はあるんだけど……」

樹里「たぶん関係ねーぞ、それ」

エアガンを撃つ時のコツは役に立ったので、全くの無関係ではないと思う。

それはともかく、難しいと有名なのは納得できた。

だからこそ、甜花が遊んでいる時の姿が、一層不可思議に感じられる。

夏葉「これがクリアできたら、ゲームが特技って言えるのかしら」

樹里「特技? いや、どうだろう。人に寄るんじゃないか」

夏葉「じゃあ、これを片方の銃だけでクリアできたら?」

樹里「そんな奴、居ると思えねーけど……」

樹里「そんな事まで出来たら、胸張って良いと思うぞ」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:09:15.68 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「そう……そうよね」

この違和感の正体は、甜花のプロフィールだ。

自信を持てるような技術が有るのに、それを誇れない彼女。

大崎甜花という人間の、その一端に触れた気がした。

再び例のざわつきが、心の中を走り抜ける。

それを感じてしまうと、動かずにはいられない。

甜花と、話がしたい。

樹里「もう行くのかよ?」

夏葉「事務所に戻ってみようと思うの」

樹里「ふーん……」

樹里「その……込み入ったこと、聞いたりしないけどさ。根詰め過ぎないようにしろよな」

夏葉「ええ、ありがとう。樹里」

心からの礼を言って、その場を後にする。

急ごう。

事務所に、まだ彼女が居るかもしれない。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:12:26.82 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「甜……!」

夏葉(いない、わね……)

とんだ勇み足だった。

事務所のリビングルームに人影はない。

珍しく、プロデューサーとはづきさんの両者ともが不在である。

夏葉「何かしら、これ……?」

事務所の中において、見慣れていないものが、もう一組。

三つの髪飾りが、寄り添うように机の上に置かれている。

つまみ細工の施された華々しい物が一つと、織物で花をこしらえてある物が二つ。

この特徴的な織物の名を、私は知っていた。

記憶が正しければ、たしかタテニシキという名のはず。

千雪「綺麗ですよね、それ?」

不意に声をかけられる。

考えてみれば、事務所の明かりは点灯していたので、全くの無人というはずは無かった。

どうやら、給湯室の方に彼女は居たらしい。

彼女は、アルストロメリアの桑山千雪。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:14:57.37 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「えっと……千雪、でいいのよね?」

千雪「はい。唯一の成年同士ですから、そういうのは無しでいきましょう」

会話の最初に、敬語を禁じられた。

話やすくて有難いのだが、いきなり年上の人に平常語で話すのは、やや気後れする。

夏葉(でもプロデューサーには、最初から敬語を外していたわね)

自嘲気味に笑う。

今にして思えばあれは、私なりの過信と不安の表れだったのだろう。

千雪「これ……とっても美味しいわ。上手なのね、夏葉ちゃん」

敬語を外す代わりと言う訳ではないが、せめて二人分の紅茶くらいは淹れさせてもらった。

紅茶を置き、つまみ細工とタテニシキに話を戻す。

夏葉「千雪の言う通りね。その髪飾り、本当に可愛らしくて綺麗だわ」

夏葉「手入れでもしていたの?」

彼女のプロフィールは、趣味『雑貨作り』、特技『裁縫・道案内』だったはずだ。

千雪「そんなところです。たまに陰干ししてあげないと、痛んじゃいますから」

千雪「あ……でも、それは半分かな。何か理由を付けて、眺めたくなっちゃっただけなのかも」

千雪がつまみ細工の方を手に取って、柔らかく微笑む。

千雪「この髪飾り、アルストロメリアでの仕事で使った物なんです」

千雪「思い出の品かな。また使うかもって思って、事務所に置いているの」

夏葉「どんな仕事だったの?」

千雪「縁日の取材のお仕事です。浴衣を着て行く予定だったから、それに似合う髪飾りを用意したんだけど……」

千雪「結局、三人とも浴衣を用意できなくて、髪飾りだけを付けていく事になっちゃいました」

千雪「ああ、えっと……そうですね……」

髪飾りに秘められた話を、始まりから顛末まで嬉しそうに千雪が語る。

ちょっとした、賢者の贈り物。

それもまた、私の知らない甜花の話であった。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:27:09.55 ID:IqdcIphC0<>
アルストロメリアについて考える。

桑山千雪と大崎姉妹で構成される三人ユニット。

大崎甜花と大崎甘奈の繋がりは、傍から見てすぐ分かる程に強固だ。

危うさを感じてしまうくらいの、深い絆を持っている。

そんな二人に『他者』として寄り添って来たのが、目の前にいる桑山千雪だ。

時に大人として、時に仲間として、あの姉妹と真摯に接して来たはずだ。

それは、二人を語る彼女を見ればよく分かる。

そんな彼女ならば、私の心のざわつきの正体を知っているのかもしれない。

彼女から、もっと甜花の話を……

千雪「甜花ちゃんのこと、知りたいんですよね?」

夏葉「……驚いたわ。アナタ、人の心でも読めるのかしら?」

千雪「事務所に入って来た時、名前を呼びかけていたじゃないですか」

夏葉「……」

夏葉「それもそうだったわね」

千雪「それだけじゃないですけどね。甜花ちゃん、夏葉ちゃんの事をよく話してくれますから」

夏葉「甜花が、私のことを?」

千雪「ええ。舞台での事とか、家での事とか……」

千雪「最近はいつも、『夏葉さんは凄い』って言っていますよ」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:28:16.66 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「甜花は……他人の事を、褒めてばっかりね」

千雪「そうですね。ええ、確かにそう……」

私との会話でも、甜花はユニットの二人の事をよく話してくれる。

誹謗中傷など一度もなく、いつだって二人の事に微笑んでいた。

甜花は、他人を誇れる人間だ。

それでいて、その輪の中で、自分の事だけは決して誇る事はない。

誇る事が出来ない。

その感覚を、私はよく知っていたはずだ。

夏葉「……千雪。甜花について、聞きたい事があるの」

千雪「はい」

夏葉「彼女の、プロフィールの事なんだけど……」

話す。

プロフィール、家での生活、今日のゲームセンターで見た光景。

私が知る、彼女に関する事を順番に話していく。

そして問う。

夏葉「甜花には、出来ることがある」

夏葉「自信を持てない自分に、苦しんでいる」

夏葉「それなら何故……彼女は、自分を誇ってあげられないの?」

大崎甜花とは、どのような人物であるのかと。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:29:46.01 ID:IqdcIphC0<>
千雪「私には、答えられない……と思います」

千雪「夏葉ちゃんが望む答えを、私だと上手く言語に出来ないの」

千雪「でも……一つだけなら、話をしてあげられます」

タテニシキ付きの髪飾りを、千雪が愛おしそうに見つめる。

千雪「だからその前に、聞かせて下さい」

千雪「夏葉ちゃんは、何で甜花ちゃんの事を知りたいんですか?」

夏葉「何故……」

私が、甜花に惹かれる理由。

ざわつきの正体を確かめたい理由。

少し考えて、言うべき事は直ぐに見つかった。

夏葉「よく、分からないわ」

何故、甜花の事を知りたいのか。

それも含めて、私が知りたい事。

だから今、私が言うべき事は、私自身の気持ちだ。

夏葉「最初は、演技の為だったわ」

仕事の為、それは切っ掛けに過ぎない。

夏葉「それも、もちろん大事な理由よ。それは変わっていない」

夏葉「だけど今は、それだけじゃないの」

同じ屋根の下で、切磋琢磨し合った結果だ。

頑張っている甜花を見ると、嬉しくなる。

落ち込んでいる甜花を見ると、心が痛くなる。

そういう当たり前が、私の中には積み重なっているのだ。

夏葉「それらを、色々と引っくるめて、ちゃんと言葉にするのなら……」

力強く千雪を見つめる。

夏葉「私は甜花の、良き友人で在りたいわ」

彼女が、頷いた。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:31:04.23 ID:IqdcIphC0<>
「私から話して良いのか、本当は分からないけれど」と、そう前置きして千雪が話し始める。

それは、大崎姉妹の昔話だった。

幼い二人で行った縁日の話。

その縁日の射的屋に、二人が心惹かれたぬいぐるみがあった。

それを欲しがって、二人とも射的に挑戦する。

お金を出し合って、何度か挑戦して、でも結局、その景品を取る事は出来なかった。

そこで、甜花が泣き出してしまったらしい。

つられて妹さんも泣き出して、そこまででで縁日の話は終わり。

それから、二人で射的をする事は殆ど無くなったそうだ。

千雪「このお話はね、甘奈ちゃんから聞いた物なの」

千雪「甘奈ちゃんに取っては、甜花ちゃんをもっと好きになった話なんだけど……」

夏葉「甜花がどう思ってるかは……分からない」

千雪「そう。甜花ちゃんから、この話を聞いた事は無いの」

千雪「甜花ちゃんですから、そこまで深刻に引きずってはいないと思いますけど」

千雪「……少なくとも、表面上は」

よくある昔話と言えば、その通りの話だ。

甜花にこの話を尋ねても、彼女は至って普通に話してくれるだろう。

だけど、この話が今の彼女に取って、単なる過去であるとは思わない。

それを聞いて私は、今朝の夢を思い出せたのだから。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:32:06.07 ID:IqdcIphC0<>
夏葉(あれは小学生の頃)

夏葉(何かのコンクールの結果を、報告した時の……)

父の愛情を感じながらも、それに恐怖してしまった記憶。

あの時の私は、期待に応えられなかった。

コンクールの詳細は覚えていない。

はっきりしているのは、私が両親に金賞を見せたかった事。

銀賞止まりの賞状を握りしめていて、泣き出しそうだった事の二つだけ。

父が優秀な人間である事は、そのずっと前から理解していた。

そんな父親を誇りに思っていた。

だから、期待に応えられなかったと思い込んだ時、その大きさに恐怖を感じたのだ。

そしてそれ以上に、涙が溢れ出してしまうほどに悲しかった。

胸が張り裂けそうなほどに悔しかった。

その痛みは、今の私に繋がっている。

夏葉(甜花も、同じ痛みを感じたとしたなら……)

私が甜花を見て、心がざわついてしまう事に説明がつく。

彼女に親近感を感じてしまう理由が分かる。

簡単な話だったのだ。

甜花と、私は──



千雪「お役に立てたようで、良かったです」

私の顔を覗き込んで、千雪が言う。

彼女のプロフィールが、再び思い起こされた。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:33:33.07 ID:IqdcIphC0<>
帰り道の途中、プロデューサーが言ったであろう言葉を思い出す。

『優秀な身内というのは、苦しいものですよ』

この言葉は間違いではない。

だけど、本質というわけでもない。

どれだけ優秀な身内あっても、ただの他人に落とし込めれば苦しまずに済むのだから。

好きだからこそ、辛い。

愛しているからこそ、身悶える。

愛されてると感じるたびに、自分の弱さに苛まされるのだ。

並び立てないのだと分かった時、その現実に打ちのめされるのだ。

自分が弱くとも、見捨てるような人達ではないと分かっている。

それでも、優しければ優しいほど、鋭く胸の内に突き刺ささるのだ。



それはさながら、火山灰の坂道を登るようなものだ。

足場は悪くて、その場に立っているだけで精一杯。

何もしていなくても、ズブズブと沈んでいく。

それでも上を見上げることだけは出来るから、進まずにはいられない。

無理に登ろうとして、足を取られる。

掴める物など無くて、そのまま転んでしまう。

そして、ただ灰にまみれてしまうだけ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:34:59.47 ID:IqdcIphC0<>
夏葉(だから、私は……)

だから私は、杖を手にしたのだ。

支えを頼りに、立ち上がる事を決めたのだ。

私が杖とした物は、『有栖川』としての誇り。

有栖川の名に恥じぬ人間として在らねばならぬと

両親の期待に少しずつでも応えていくのだと

懸命に、遮二無二に、足掻き続けた。

そうして、私は変われた。

努力が報われる喜びを知り、夢ができた。

大きな事を成すのだという、自分の為だけの願いを手に入れた。

気が付くと私は、灰の坂道とは別の道を歩いていたのだ。

そこに至るまでの、自分が選んだ道に後悔はない。

自分の歩いて来た道は正しかったのだと、胸を張って言える。



だけど

だからといって、自分の選ばなかった道が間違いだったとは思わない。

甜花の道が間違いなどとは、決して思えるはずもない。

元より、人ひとりの力など取るに足らないもの。

杖であれ、靴であれ、ロープであれ

過信であれ、誇りであれ、強がりであれ、進むためには何かが必要なのだ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:35:46.86 ID:IqdcIphC0<>
それが、どんな物であってもいい。

どういう風に、折り合いを付けてきていても構わない。

あの灰の坂道の絶望が、今の彼女に繋がっていると言うのなら

私は絶対に、彼女が歩んできた道を、価値あるものだって思えるはずだ。

夏葉(だから、確かめなくちゃ)

彼女に問わねばならない。

彼女がどう向き合っているのか、その予測はついている。

恐らくそれは、私が選べなかった道。

その予測が合っているのかどうかを、確かめたい。

夏葉(明日の……早朝)

確かめる為の、準備が要る。

暗くなった今では出来ない。

となれば明日の早朝、日が出てから直ぐに。

夏葉(また、早朝ね)

彼女に対して、始めてあのざわつきを感じた時も早朝だった。

だとすればやはり、決着を付けるのも早朝が相応しいのだろう。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:37:01.61 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「起きて、甜花。着いたわよ」

甜花「ふぇ……? あ……うん……」

夏葉「悪いわね。朝早くから付き合わせちゃって」

甜花「ううん、大丈夫……車の中で寝れたから……」

甜花「甜花……その気になれば、何処でも寝れる……」

夏葉「それは便利でいいわね。さ、こっちよ」

鉄格子を開けて、裏門から中に入った。

それから、玄関とは逆方向にある庭に向かう。

甜花「な、夏葉さん……こ、ここ……どこなの……?」

夏葉「何処、と言われる難しいわね。だけど心配はいらないわ」

夏葉「有栖川家の管理してる土地で、ちゃんと許可は取っているから」

甜花「あ、そうなんだ……それじゃあ、甜花を連れてきたのは……」

夏葉「アレよ」

開けた場所にポツンと置いてある机を指差した。

厳密に言えば、その机に乗っている物と、その向こう側を指差している。

甜花「え……これって、エアガンと的……だよね……」

甜花「甜花、これ……撃ってみてもいいの……?」

夏葉「ええ、もちろん。その為に連れて来たのだもの」

夏葉「でも条件……というより、やって欲しい事があるわ」

夏葉「あの右から三番目の的、距離にして20メートル。アレに当てられるようになりなさい」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:37:56.44 ID:IqdcIphC0<> 用意したハンドガンタイプのエアガン、その有効射程ぎりぎりの距離だ。

夏葉「時間は30分。できそう?」

甜花「サイトとかの……調整は……?」

夏葉「好きに使ってもらっていいわ。道具は一通り揃えてあるはずよ」

甜花「それなら……うん、やってみる……」

夏葉「一応聞くけど、使い方の説明は必要?」

甜花「ううん、大丈夫……」

夏葉「……そうよね」

甜花がグローブをはめて、エアガンを握る。

銃を持つ手を伸ばして、しっかりと構える。

彼女の纏う空気が変わった。

一射。

その最初の一発は外れて、虚空に消える。

それに眉一つ動かすことなく、二発目を撃つ準備を整える。

集中していた。

もう私のことなど、目に入っていないのだろう。

顔付きは鋭く、普段から想像できない眼光を湛えている。

ピンと伸ばされた、銃を持つ彼女の手が、私には何かにすがる手の様に思えた。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:42:20.26 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「経ったわよ、30分」

甜花「え……? あれ、もう……?」

夏葉「ラスト五分の命中率が八割五分くらいかしら。なかなか良い成績じゃない」

甜花「そ、そうかな……にへへ……」

甜花「あ、でも……撃つのは初めてってわけじゃない……」

夏葉「エアガンも経験あったのね」

甜花「うん、ちょっとだけ……それに興味があって……色々調べたことあって……」

甜花「だから、甜花……大したことないよ……?」

甜花が困った顔で俯く。

私の心がまたざわついた。

この表情、この憂いだ。

このざわつきは、古傷の疼き。

彼女に昔の自分を見出して、私の心は掻き乱されるのだ。

夏葉「私が……今、やったとして」

声に心情が表れないように、慎重に口を開く。

夏葉「アナタの射撃精度には及ばないわ」

甜花「夏葉さん……? だけど……」

夏葉「聞いて、甜花。私はアナタに聞きたい事があるの」

夏葉「だから、今日この場所にアナタを呼んだの」

夏葉「見たわ、アナタのプロフィールと……その特技のところも」

特技『なし』と書かれたそれは、私の心に重くのしかかっている。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:43:41.13 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「でも、見たのはそれだけじゃないの」

夏葉「ゲームセンターでのアナタも、今ここで銃を撃つアナタも見たわ」

私は知っている。

甜花の真剣さも自信も、私は知っている。

夏葉「確かな技術をアナタは持っている。だけど、それを誇ることは決してない」

夏葉「誇ることなく、ただ自分を痛めつけている」

灰の坂道の苦しみを、確かに覚えている。

夏葉「教えて、甜花。アナタは……」

夏葉「アナタは何で……!」

感情が高ぶって、つい言葉が途切れてしまう。

たけど甜花はそれを読み取って、小さくも明瞭な声で答えた。

その表情を崩さないまま。

甜花「……甜花、誰かの役に立てるわけじゃないから……」

甜花が言葉を続ける。

その答えには、予測が付いていた。

私の考えている通りなら、きっと甜花は、あの名前を言うのだろう。

甜花「射撃じゃ……なーちゃんの役には、立てなかったから……」

胸が軋む。

やはり彼女は、杖も靴も持っていなかった。

持つ事を選ばなかったのだ。

彼女はまだ、灰の坂道に居る。

あの灰の坂道に居ながら、確かに家族を愛し続けている。

それはきっと、とても痛々しくて

とても美しい在り方なのだろう。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:44:21.25 ID:IqdcIphC0<>
甜花「質問、ちゃんと答えられてるかな……?」

夏葉「……ええ、これ以上ないくらいに」

私の道と彼女の道には、優劣も貴賎も無い。

私達はただ別の道を歩いている。

だからこそ、どちらかがどちらかを引っ張りあげる事も、ましてや助ける事もできない。

だとしたら私は

目の前の友人の為に、一体何をしてあげられるのだろう?

夏葉「甜花」

甜花「なに、夏葉さん……?」

夏葉「今日の舞台練習、私を見ていなさい」

何が出来るかは、分からない。

だけど今ならば、私はシンデレラを演じられる。

演じる事で、何かが理解できると思うのだ。

夏葉「瞬きすらさせないわ。だから私の姿を……」

夏葉「目に、焼き付けていて」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:45:32.97 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「『サンドリヨン……何処に、行ってしまったの……』」

夏葉「『私は、そんなつもりじゃなかった……』」

夏葉「『そんなつもりで、舞踏会に行ったのではないの……』」

シンデレラは、中間地点だ。

夏葉「『サンドリヨン……貴女が、羨ましかった』」

夏葉「『舞踏会に行けば、貴女に追いつけるのだと思った……』」

夏葉「『それだけ……それだけ、なの……』」

私とは別の道を行き、甜花とは同じ道を行っている。

昔の私より強くて、今の甜花より弱い。

そんな私達の中間地点。

夏葉「『私は……あの笑顔に、いつも心の中で震えていた……』」

夏葉「『その手のひらが、いつだって怖かった……』」

彼女達の道を、想う。

夏葉「『だけど……貴女の事が、好きだった……』」

曲げられても折れず

夏葉「『私は……! 貴女と自分を比べてしまって、苦しかった……!」』

夏葉「『それでも、貴女を憎めなかった……!』」

へこまされても歪まず

夏葉「『惨めな自分を……! 浮き彫りにされるのが、たまらなく嫌だった……!』」

夏葉「『それでも、貴女を嫌いになんてなれなかった……!』」

弱さも、惨めさも、拙さも、その原因と結果の全てを、ただ自分の中にだけ求める事が出来たなら

夏葉「『でも……苦しいのも、辛いのも……私が弱いからだって……本当は、知っている……』

誰をも恨まず、憎まず、依らず、ただ在り続けることが出来たなら

夏葉「『貴女に、悪いところなんて無い……どんな私でも愛してくれるって、分かっているわ……』」

それは…… <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:46:18.34 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「『貴女を、憎いと思った事なんてない……!』」

夏葉「『私達は露ほどだって、貴女を嫌いになったりしない……!』」

夏葉「『居なくなって欲しいなんて、一度だって思った事はないよ……!』」

夏葉「『だから笑いかけてよ……! 手を差し伸べてよ……』」

夏葉「『その恐ろしい両腕で、私を抱きしめて……』」

夏葉「『側に居てよ……離れて、いかないでよぅ……』」

夏葉「『……お姉ちゃん……』」

それは、一歩だって踏み出せなくなってしまうような、深い絶望なのかもしれない。



その在り方は、強さとは呼べないのだろう。

だけど、それは尊くて

そして紛れもなく、彼女の中に在る強さのカケラなのだ。

だから、彼女の未来を信じられる。

その誰にも負けない強さのカケラを、私は信じている。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:49:09.94 ID:IqdcIphC0<>
夜風に当たる。

今夜は比較的気温が低めで、ベランダに出て語らうには丁度良い。

甜花「今日の演技……よかった、と思う……」

甜花「その……なんて言うか、鬼気迫る……? みたいな……」

夏葉「褒めてくれて嬉しいわ。でも、まだまだ私は満足していないわよ」

夏葉「セリフだって、間違えてしまったし」

甜花「で、でも……!」

甜花「演出家さん……そこ以外は、褒めてくれてたよね……?」

夏葉「そうね。分かりにくかったけど、そうだと思うわ」

甜花「うん……あれは、分かりにくいと思う……」

二人で空を見上げる。

甜花が始めて来た日よりも雲が薄く、少しだけ星が見えた。

夏葉「ねえ、甜花」

演技の熱がまだ体にこもっているせいなのか、今は妙に語りたい気分だった。

夏葉「私、信じている事があるの」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:49:47.39 ID:IqdcIphC0<>
甜花「それって、神様とか……奇跡とか……?」

夏葉「ううん、そういうのじゃなくて。言うならそう……信条という奴ね」

甜花「……信条……」

夏葉「ずっと思っていた事だけど、最近やっと言葉になったの」

甜花を見て、昔の自分を思い出した。

そうして繋がって線になった、今の自分の想いがある。

夏葉「聞いてくれるかしら?」

甜花「うん……聞かせて、欲しい……」

甜花「夏葉さんが、信じてるものなら……聞きたい……」

夏葉「ふふ、ありがとう」

笑いかけて、言葉を探す。

灰の坂道、自分が杖としてきたもの、大切な家族。

プロデューサー、ユニットのメンバー、支えてくれているファンのみんな。

目を一瞬閉じて、それらをありったけ想う。

すると言葉は、私の中から自然に出てきた。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:50:29.41 ID:IqdcIphC0<>
夏葉「私は、信じてる」

弱い自分を肯定して

夏葉「どんなに現実に打ちのめされて、自分の弱さに苛まされたとしても……」

痛みも苦しみも抱きしめて

夏葉「歯を食いしばって、足を地に踏ん張って、前を向いて立っていられるのなら……」

それでも笑う。

夏葉「必ず人は、望んだものに成れるって……私は、そう信じているの」

夏葉「だから──」

甜花にも、そう在って欲しいと願う。

願うだけで口にはしない。

言葉にしてしまえば、それは傲慢になってしまうから。

甜花の道は、甜花だけのものなのだから。

結局、私達に出来ることは一つだけ。

夏葉「──だから、私は言うわ」

そこに有るはずの、星の海に手を伸ばす。

夏葉「私は絶対に、トップアイドルになるんだって……」

夏葉「有栖川夏葉は、きっと何処へだって行けるんだって……!」

夏葉「どんな時だって胸を張って、私はそう叫ぶのよ!」

私達に許されているのは、自分の生き方を見せつける事だけ。

甜花の在り方に、私が惹きつけられたように。

私も、自分の在り方を魅せていく事しか出来ない。

それが、彼女にしてあげられる唯一の事。

それだけが、私がこの尊い友人に寄り添える、唯一の方法なのだ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 00:51:50.81 ID:IqdcIphC0<>
甜花「甜花も……そう、なれるのかな……」

私の伸ばした手に、甜花が自らの手を重ねようとした。

彼女の体重が私にかかる。

甜花「甜花も、そんな風になりたよ……でも……」

甜花「そう出来るのは……夏葉さんみたいな、凄い人だけだって……」

甜花「そう……思っちゃうんだ……」

甜花のその弱気に、私は心から安堵した。

夏葉「『大丈夫よ、大丈夫』」

体重をかけ返す。

甜花はそれを、どっしりと支えてくれた。

夏葉「アナタが、私をそう思ってくれているなら……大丈夫」

そうだ。

私が甜花を信じていて、甜花が私を認めてくれているなら、大丈夫に決まっている。

私達は迷いながらも、自分の道を進んでいける。

苦しみながらも笑って、望んだ場所まで、しっかりと歩いて行けるはずなのだ。

だって

夏葉「だって私達、結構似た者同士なんだから」

二人の手が、重なる。





夏葉編・終わり <>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/08(土) 00:53:15.11 ID:IqdcIphC0<> とりあえずここまで。明日2レス投下して、その三日後(計四日後)に最後まで投下できると思います <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/12/08(土) 10:02:41.21 ID:VF/pi/7DO<> 乙

ガンバ。草場の影から「ばり卑しかー!」と応援してます <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 23:00:21.77 ID:IqdcIphC0<>
大道具「初回公演、本当にやるんだな」

演出家「変更はしない」

大道具「例の脅迫状はいいのか? この前に見せてもらった奴」

大道具「『公演を中止しないと不幸になるぞ』……だったか」

大道具「何回か、送られてきてるんだろう」

演出家「そんなベタベタな脅迫状なんて、気にする意味もねぇよ」

演出家「こういうの自体、初めてじゃないしな。それに……」

演出家「アレ書いたのはお前だろ、大道具」

大道具「何を……」

演出家「もっと言うなら、主演の奴の自動車事故も、倉庫のボヤ騒ぎもお前だ」

大道具「……何故、俺だと?」

大道具「優秀なアンタに恨みを抱いている奴なんて、ごまんといるだろうに」

演出家「ただの勘だよ」

演出家「証拠なんかねぇ。だから何も言わないし、何もしない」

演出家「だが初回公演は必ず行う。おまえの意見を聞くことはない」

大道具「……そうかよ」

大道具「そこまでして演りたいのかよ。あんな三文芝居を」

演出家「三文芝居、か」

大道具「そうだろ? あんな姉妹、この世の何処を探したって存在しない」

大道具「あんなもの、絵空事の滑稽劇だ」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 23:01:04.73 ID:IqdcIphC0<>
演出家「俺たちだって、昔は……」

大道具「昔の話だろ。今の俺はアンタの事が嫌いだ」

大道具「お情けで劇団に残っている、今のアンタには反吐がでる」

演出家「……」

大道具「それに」

大道具「アンタは人でなしだよ。なんでも平気で劇にしちまえる、人でなしだ」

大道具「そう言う所が、一番嫌いだ」

演出家「そう、かもな……」

演出家「確かに俺は、人でなしだろうさ」

大道具「……っ」

演出家「何だよ?」

大道具「……それなら俺は、好きなやらせてもらう」

大道具「アンタが何も言わないんだ。好きにやらせてもらうからな」

大道具「好きに、やらせてもらう……っ!」



演出家「……行っちまったか」

演出家「最後の最後まで、不出来な弟だったな」

演出家「……」

演出家「『シンデレラとサンドリヨン』……か」

演出家「書くのが、ちと遅かったのかね」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 23:01:42.55 ID:IqdcIphC0<>
はづき「初回公演、いよいよ明日ですね〜」

P「はい」

はづき「お二人の活躍、とっても楽しみですね〜」

P「はい」

はづき「舞踏会のシーンの衣装、どんな可愛い物なんでしょうね〜」

P「はい」

はづき「む……」

はづき「プロデューサーさんは、女の子が大好きですもんね〜?」

P「はい」

はづき「どんな女の子が好きなんですか〜?」

P「それは頑張っている……」

P「……って、何を言わせるんですか、はづきさん」

はづき「何って、ちゃんと答えないプロデューサーさんが悪いんですよ」

P「えっと……」

はづき「さっきから上の空でしたよ、プロデューサーさん」

P「……! すみません……! もしかして、適当に相槌を……」

はづき「もう……」

はづき「聞きましたよ、プロデューサーさん。今回の舞台の劇団に、以前は所属していたそうじゃないですか」

はづき「それも、前途有望な舞台役者さんだったとか」

はづき「さっきから仕事も受け答えも今ひとつなのは、そのせいですよね」

P「……そう、だと思います」

はづき「何で辞めちゃったんですか?」

はづき「思い入れ、あったんですよね。そんな風になってしまうくらいには」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/08(土) 23:02:51.34 ID:IqdcIphC0<>
P「……劇団って、家族みたいなものだと思うんですよ」

P「その家族が、いがみ合ってるのを見るのが嫌だったんです。だから辞めました」

P「嫌なものから逃げ出そうとしたのか、受け入れた上で先に進もうとしたのか……」

P「今となっては、それはもう分かりませんけど」

はづき「寝逃げたのか、受け入れたのか……」

P「気になっているのは、その事です」

P「明日……あの二人が、それがどっちだったのかを示してくれる気がして」

はづき「この舞台の仕事を受けた、本当の理由はそれなんですか?」

P「え……? ああ、それは無いですよ。仕事に私情は挟みません」

P「純粋に彼女達の今後を考えて、ベストだと思う選択をしたまでです」

P「個人的な感情で言うならむしろ、あの劇団には関わりたくなかったですよ」

P「理由はどうあれ、勝手に辞めた場所ですからね」

はづき「でも、参加させたと」

P「まぁ……今は、この仕事が一番ですから」

P「彼女達の事が、一番大切で優先すべき事柄ですよ」

P「はづきさんの言う通り、女の子が大好きらしいですから」

はづき「な……」

はづき「ふふふ、それって意趣返しのつもりですか〜?」

P「すみません、つい。ですけど……」

P「……そんなわけですから、単なる副産物ですよ。辞めた理由の答え合わせは」



P(そう。彼女達の事が一番だ)

P(だから俺は願えていて、祈っている)

P(彼女達の成長と、それと……)

P(誰かの悪意が、彼女達に降り掛かりませんように、という事を)



幕間・終わり <>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/12(水) 21:24:07.18 ID:/9TB6c6Z0<> 大幅に書き直していて、今日明日中の投下は難しそうです。申し訳ありません
エタらず今週末には投下したいと思います <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/12/14(金) 10:18:01.80 ID:6UwxXZbaO<> 待っとるよ <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:15:22.95 ID:VbCE5XXv0<>
照準器を覗き、息を止める。

ゆっくりと狙いを定めて、引き金を引く。

そうして発射された弾は、的のど真ん中に命中した。

銃を下ろす。

夏葉「甜花、今日も来ていたのね」

甜花「あ、夏葉さん……」

気が付くと、夏葉さんが後ろに立っていた。

甜花「うん……撃ってると、落ち着くから……」

甜花「色々と許可をくれて……ありがとう、夏葉さん……」

ここは、有栖川家管理の射撃場。

夏葉さんの家に泊まっている期間は、自由に使って良いと言われている。

夏葉「どういたしまして。言ってくれればまた、いつでも許可を取ってみるわよ?」

甜花「楽しそうだけど……」

甜花「ううん……ここに来るのは、今日までにする……」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:16:10.27 ID:VbCE5XXv0<>
夏葉「……そうね。分かったわ」

甜花「代わりにこれ……今日、借りて行っても良いかな……?」

さっきまで使っていたエアガンを、手元でかざす。

夏葉「構わないけど……それ、何に使うの?」

甜花「エアガンを……お守り代わりに、しようかと思って……」

夏葉「納得したわ」

夏葉「ふふ、ちゃんと弾が出ないようにしておきなさいよ?」

甜花「甜花……そこは、抜かりない……」

弾を別々にして、安全装置を下ろし、銃口を布で括ってから、ガンケースに収納する。

これで完璧。

甜花「準備、できた……」

エアガンをカバンに入れて、しっかりと手に持つ。

夏葉「それじゃあ、行きましょうか。迎えの車がもう来ているわ」

甜花「うん……」

去り際に、お世話になった射撃場を振り返る。

もう二度とに来ることはない。

今日は、初回公演の日だ。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:16:52.88 ID:VbCE5XXv0<>
車の中で、自分の手のひらを見つめる。

あの夜のベランダで、この手が重なったのはもう一週間以上前の事だ。

それなのに時折、こうして思い返してしまう。

『だって私達、結構似た者同士なんだから』

あの言葉が自分の中に、強く残っている。

甜花(『似ている』……)

似た者同士だと言われた。

似ているね、と言ってくれた。

その言葉自体は、自分にとって言われ慣れている言葉だ。

双子だから、いつも何回でも言われている。

なーちゃんと並んで、『似ているね』とよく言われてきている。

もちろん嬉しかった。

そして、嬉しいだけじゃなかった。

なーちゃんと似ているなんて、嬉しいし誇らしい。

だけど、似ているのに、と勝手に自分の心が囁いてしまう。

甜花(なのに……夏葉さんに、言われた時は……)

嬉しくはなかった。

痛くもなかった。

ただ、心に光が灯った気がした。

甜花(甜花は……)

重ねた手を握りしめる。

自分は感じていた。

あの日から、自分の中の何かが変わったのだと。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:17:32.75 ID:VbCE5XXv0<>
P「番号」

果穂「いちっ!」

樹里「2!」

凛世「参……です……」

智代子「4だよ!」

千雪「5です♪」

甘奈「ろーく☆」

P「よし、全員揃ってるな」

P「全員、揃えられちゃったな……」

甘奈「6人のオフを合わせるの、大変じゃなかった?」

甘奈「希望した甘奈が聞くのも、アレなんだけど……」

P「何とかなって正直驚いている」

凛世「壮観で……ございます……」

P「はづきさんに助けられた結果だな。何故か本人は、社長のせいで来れなくなってしまったが……」

P「帰ったらちゃんと、お礼を言わないとな」

果穂「はい! あたしも手伝いますっ!」

P「おお、ありがとう。やっぱり果穂は偉いな!」

果穂「えへへ」

P「しかし、現役アイドル6人か。こうして見ると……」

千雪「甜花ちゃん、随分とお世話になったみたいで……」

智代子「いえいえ! 夏葉ちゃんも、ああ見えて……」

千雪「いえいえ」

智代子「いえいえ」

P(お母さん同士の会話か!)
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:18:28.84 ID:VbCE5XXv0<>
P「座席番号は……よし、ここだな」

樹里「時間ギリギリになったよな。誰かさんのせいで」

P「すまん……まさか懇意にしてるディレクターさんが居るとは思わなくて」

樹里「別に責めてるわけじゃねーよ」

智代子「でも一言いいたくなるよね。樹里ちゃん、凄い楽しみにしてるもん」

樹里「な……!」

智代子「だって凄いソワソワしてるし。さっきから時計ばっかり見てるし……」

樹里「わ、悪いかよ! アタシが楽しみにしてたら!」

樹里「『ロミオとジュリエット』の時は一緒の舞台だったし、客席から夏葉を見るの初めてなんだよ」

甘奈「……」

樹里「だから、楽しみ! それだけだ!」

智代子「あはは、ごめんごめん」

樹里「……それに、アタシよりも楽しみにしてる奴が居るだろ」

智代子「あ、うん。プロデューサーさんだね」

P「俺?」

樹里「そうだよ。さっき6人のオフって言ったけど、本当は7人だよな」

智代子「今日はプロデューサーさんもオフなんですよね? スーツ着てますけど」

P「誰かが情報漏洩をしてくれているようだな」

樹里「社長から聞いたんだよ。オフ取るのが珍しい、なんて言ってたぜ」

樹里「だから……プロデューサーも、楽しみにしてるんだよな?」

P「楽しみ……」

智代子「プロデューサーさん?」

P「……ああ、そうだな。多分そうだ」

P「ここに来るのを、俺はずっと楽しみにしていたよ」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:19:18.47 ID:VbCE5XXv0<>
夏葉「もうすぐね」

甜花「うん……」

袖から舞台の上を眺める。

点いている照明は最低限で、目の前には大きな薄暗い空間が広がっていた。

観客席の方は幕が掛けられていて、見る事が出来ない。

夏葉「甜花って、意外と肝が座っているわよね」

夏葉「きちんと受け応えが出来ているし、落ち着いている様に見えるわ」

甜花「緊張して……何していいのか、分からないだけ……」

心臓が有り得ない速度で脈打っている。

気を抜けば足が震えてしまうことは確実だ。

ただ良い点としては、緊張のしすぎで逆に滑らかに喋れている気がする。

少なくとも、言葉をかむ気はまるでしない。

夏葉「緊張しても動揺せず。良い事じゃない」

甜花「ポジティブシンキング……夏葉さん、いつも通り……」

夏葉「私の場合は、これが2回目の初回公演だからね。平静を保つ事くらいは出来るわ」

夏葉「これでも一応、緊張はしているのよ?」

夏葉さんが髪をかきあげる。

全然緊張している様には見えないが、夏葉さんが言うならそうなのだろう。

『開幕まで後5分です』

伝令が飛ぶ。

甜花「夏葉さんは……前の公演の時も、そんな感じでいられたの……?」

夏葉「前は……そうね。樹里に緊張を悟られたくなくて、必死に隠していたわ」

甜花「うまく、隠せてた……?」

夏葉「樹里も緊張を隠そうとしてバレバレだったから、きっと私も同じね」

夏葉「今よりずっとずっと緊張していたわ。初めてだったから」

『開幕まで後4分です』 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:20:02.18 ID:VbCE5XXv0<>
夏葉「その靴は、もう慣れたかしら?」

自分の履いている靴を、夏葉さんが指差す。

自分と夏葉さんの間にある、9cmの身長差。

双子設定の為に、その9cm差を埋める厚底の靴だ。

シンデレラとサンドリヨンが、同時に舞台に居るシーンでは、これを履かなければならない。

甜花「うん……もう、違和感ないよ……」

最初の頃は、この靴のせいで転んでばかりだった。

だけど今は躓く事すら無くなった。

夏葉「今のアナタの演技力なら……」

夏葉「私としては、無くても誤魔化せると思うのだけど」

甜花「でも……まだ、必要だよ……」

夏葉「……まだ……」

夏葉「そうね。甜花が言うなら、そうよね」

『開幕まで後3分です』

3度目の伝令が来て、最後の照明が落ちる。

見えるのは目印である蛍光テープのみ。

心臓の鼓動が、さらに速度を増していく。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:20:41.93 ID:VbCE5XXv0<>
会話は続く。

身体中の熱は、静まる気配すらない。

夏葉「アナタの演技、上手になった」

夏葉「公園の時から上手だったけど、さらに磨きがかかっているわ」

甜花「そう……かな……?」

夏葉「ええ。通し稽古の時なんて、ビックリして目が離せなかったもの」

演技が上達してる自覚は無い。

だけど、思い当たる心境の変化はある。

甜花「それは、多分……」

甜花「サンドリヨンが、なーちゃんじゃないって分かったから……」

甜花「サンドリヨンは……甜花と地続きだって、分かったから……」

夏葉「なら甜花は、サンドリヨンみたいになりたい?」

なりたいもの。

夏葉さんに、劇団で初めて会った時にされた質問だ。

何のために舞台に上がるのか。

それは期待に応えたいから。

その日の夜に、そう見つけた。

舞台の先に何を見て、何になりたいのか。

その日には、それは分からなかった。

甜花「ううん……甜花がなりたいのは、サンドリヨンじゃないよ……」

だけど今は、不確かながらも、そう答えられる。

『開幕まで後2分です』

心臓を強く握りしめた。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:21:33.38 ID:VbCE5XXv0<>
会話を切り上げる。

4度目の伝令は、移動開始の合図でもあった。

最初のシーンの為に、定位置に着いておかなければならない。

甜花(ここ……)

音を立てない様に気をつけながら、目印を頼りに辿り着いた。

少ししか歩いていないのに、わずかに息が切れている。

夏葉さんが舞台の中心に立っている。

その夏葉さんから見て、自分は3メートルほど右に立ち、半歩下がる。

夏葉さんを挟んで自分と反対側、その舞台端に、継母役と二人の義姉役が既に待機していた。

甜花(もうすぐ、だよね……)

もう伝令はない。

幕が上がる10秒前に、開演のブザーが鳴るだけ。

甜花(夏葉さんは……)

舞台の中心を見る。

夏葉さんが自分の方を向いてた。

暗くとも、夏葉さんが頷いてくれたのが分かった。

だから、自分も頷き返しておく。

甜花(あ……れ……?)

そこで気づいた。

この瞬間に感じている緊張が、今までのモノとまるで質が違う事に。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:22:17.70 ID:VbCE5XXv0<>
それに気づくや否や、開演のブザーが鳴る。

幕が上がった。

そして、夏葉さんなスポットライトが当たる。

『昔々、シンデレラという美しい娘がおりました』

ナレーションが入る。

夏葉さんはシンデレラとして、自らの手を握り合っていた。

祈りのポーズだ。

セリフはまだ無い。

『シンデレラは、意地悪な継母と義姉達と共に暮らしております』

ナレーションに合わせて、スポットライトが登場人物に当てられていく。

継母、二人の義理の姉、そして

『ですがシンデレラは、自分が不幸のドン底に居るとは思いません』

サンドリヨン。

『シンデレラには、双子の姉であるサンドリヨンがいたからです』

自分の姿が、明るく照らし出された。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:23:36.37 ID:VbCE5XXv0<>
眩しい。

明るすぎて、未だに観客席は見えていない。

緊張が頂点に達している。

叫び出しそうになるくらいに心臓が熱い。

しかし不思議と気持ち悪さは感じていなかった。

今まで感じていた緊張は、心臓が熱くなるだけ。

体は冷たいままで、肺も脳も縮みあがっていた。

やめておけと、冷たく自分に囁いてきていた。

今は違う。

肺も、頭も、筋肉も暖かい。

爪先の一片に至るまで、全てが温まっている。

熱を持って、動き出せと叫んでいる。

甜花(これなら……大丈夫……)

甜花(『大丈夫よ、大丈夫』……)

自分で言って、言ってもらったセリフを噛みしめる。

それは時間にして、一瞬にも満たない思考だったのだろう。

自分の体は、自然と演技を開始した。

甜花「『……』」

やはりセリフはない。

シンデレラに笑いかけるだけ。

その動きのみに集中していて、もう舞台の上しか認識できない。

もうシンデレラしか見えていない。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:25:53.18 ID:VbCE5XXv0<>
夏葉「『サンドリヨン!』」

シンデレラが姉に呼びかける。

最初の言葉を口にする。

夏葉「『サンドリヨン! サンドリヨン! ねえったら……!』」

甜花「『なあに、シンデレラ?』」

自分の口から、半ば自動的に言葉が出てきた。

サンドリヨンが勝手に喋りだしたように。

甜花「『あらシンデレラ。また汚れているじゃない』」

夏葉「『あ、これは上のお姉様に掃除を頼まれて……』」

甜花「『ジッとしてなさいな。はたいて上げるから』」

脳内鏡を作り出す必要はない。

腹式呼吸を意識する必要もない。

もうそうしなくとも、最適な演技が可能になっていた。

甜花「『綺麗になったわ』」

夏葉「『あ、ありがとう。サンドリヨン』」

甜花「『それじゃあ、行きましょうか』」

夏葉「『ええ! 今日はワルツを教えてね!』」

甜花「『もちろん。約束だものね』」

シンデレラの手を取る。

そこで余計な事が脳裏によぎる。

演技の初日に夏葉さんの手を取れなかった事、学園ドラマのエキストラの事。

それらが浮かんできては、薄れて消えていく。

演技に影響する事なく、ぼやけて霞んでいった。

甜花「『ああ……今日も明日も、楽しくなりそうね』」

自分は今、演じられているという確信を持てている。
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:27:01.82 ID:VbCE5XXv0<>
……

甜花「『私はこれから姉様たちに、舞踏会用の服を見たてなくちゃいけないから……』」

義姉1役「『そうよ。貴方、服飾を見繕う腕だけは確かだもの』」

甜花「『そう言うわけだから……ごめんなさい、シンデレラ』」

夏葉「『あ、待って!』」

夏葉「『待って……! サンドリヨン……!』」

……



甜花「ふぅ……」

控え室で一息つく。

この後は舞踏会の初日のシーンになる。

自分の出番はしばらくないので、こうして休息に励んでいるのだ。

とはいえ備え付けのモニターで、舞台の進行はしっかりと確認している。

気は抜いていない。

主人公の夏葉さんは出突っ張りだ。

小道具「お疲れ様、甜花ちゃん。飴ちゃんいる?」

甜花「お疲れ様……です……」

甜花「飴ちゃんは……大丈夫、です……」

甘い物を口にしたら緊張が途切れてしまいそうなので、申し訳ないと思いつつも断っておく。

小道具さんが向かい席に座った。

小道具「さっきの演技、とっても良かったわ。通し練習の時よりもずっとね」

小道具「ひょっとして、通しの時は手を抜いてた?」

小道具「なーんて……」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:27:42.52 ID:VbCE5XXv0<>
甜花「え……? あ、えっと……!」

甜花「甜花、そんなことしてない……です……!」

小道具「分かってる分かってる。ゴメンね、冗談よ」

甜花「あ……はい……」

小道具「それほど、上達してたって事よ」

甜花「そう……なのかな……」

練習の時の演技と、さっきの演技を比べてみる。

思い当たる節はあった。

甜花「確かに……声もスッと出せてたし……感情も乗せられてた……と思う……」

甜花「あ、でも……動きはちょっと先走っちゃった部分が……」

良くなった部分も多かったが、逆に不安になった部分も少しあった。

小道具「へぇ……」

小道具さんが目を細める。

甜花「甜花……変なこと、言ったかな……?」

小道具「ううん、そんな事ないよ。それはそうと……」

小道具「甜花ちゃん、大道具さん見てない?」

甜花「大道具さん……?」

小道具「ずっと探してるんだけど、見当たらないのよ。昨日までは、間違いなく居たらしいんだけど」

小道具「あの人もベテランだから。何かあった時を考えると、居てくれないと不安で……」

甜花「甜花、分からない……ごめんなさい……」

考えてみると、自分も朝から大道具さんの姿を一度も見ていない。

小道具「特に連絡ないし……というか、連絡も何故かつかないし」

小道具「それなのに、演出家さんは探さなくて良いって言うし……もう訳が分からないのよ」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:28:30.65 ID:VbCE5XXv0<>
甜花「あの……」

小道具「あ、何か知ってるの?」

甜花「そういうわけじゃないけど……」

甜花「甜花、何か手伝えること……ないかな……?」

小道具「まあ……」

小道具さんは目を丸くしてから、再び先程の様に目を細めた。

小道具「気持ちだけ受け取っておくわね」

小道具「本番が始まった以上は、演者さんに裏方の手伝いなんてさせられないわ」

甜花「そう……?」

小道具「極力ね。甜花ちゃんには、演技に集中してもらいたいから」

小道具さんが席を立つ。

小道具「もう一度電話してみて、他の所も探してくるわね」

そして、去り際に言う。

小道具「甜花ちゃん、変わったわね」

小道具「何というか……視野が広くなって、遠くまで見えてる」

小道具「そんな感じよ」

聞き返そうとした時には、もう部屋を退出していた。

甜花(遠く……? それに『変わった』って……)

変わった。

変わりたい。

それは、自分が願い続けてきた事で。

甜花(……あ……)

ようやく自分は、あの夜に起きた自分の変化を自覚した。

夏葉さんの言葉で、自分に宿った物が分かったのだ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:29:08.54 ID:VbCE5XXv0<> ……

甜花「『このガラスの靴を持って、湖のほとりに行けば……いいのね』」

甜花「『そして私が、代わりに舞踏会に……』」

甜花「『代わり……シンデレラの、代わりに……? 本当に……?』」

甜花「『いいえ、嘘よ……本当は、本当に私がしたいのは……』」

甜花「『それは……』」

……



一度、幕が降りた。

舞台も折り返し地点に差し掛かり、これから20分の休憩に入る。

甜花「夏葉さん、もう幕は降りたよ……」

夏葉「分かっているわ。ありがとう」

夏葉さんがベッドの中から、静かな動きで出てくる。

先程のシーンでは、シンデレラは眠っていた。

夏葉「今のところは順調ね」

甜花「うん……」

夏葉「お互い集中できているみたいで、何よりだわ」

小声で話す。

幕が掛かっていて、観客席は休憩時間で騒がしくなっている。

とはいえ、音が漏れるのは余りよろしくない。

甜花「あ、そうだ……夏葉さん……」

観客席の事を考えていたせいか、気になる事ができた。

甜花「夏葉さんは……観客席って、見えてる……?」

甜花「甜花は、全然見る余裕なくて……」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:29:51.88 ID:VbCE5XXv0<>
夏葉「いえ、私もよ。舞台の事で手一杯ね。どうして?」

甜花「なーちゃんと千雪さん……来てくれてるから、どの辺りにいるのか気になって……」

夏葉「そうだったの。アルストロメリアの二人も来ているのね」

甜花「も……?」

夏葉「放クラの残りメンバーも来ているのよ」

甜花「プロデューサーさんも来てるから……ユニットのみんなは、全員集合だね……」

夏葉「事務所の半数が来ているって、結構なことよね」

夏葉「……悪い気はしないわ」

甜花「うん……」

夏葉「だから、もっと集中ね。そっちの方が大切よ。無理して見るものでもないし」

甜花「今日は、甜花達が見られる側……だもんね……」

舞台の上の自分を見せると、なーちゃんに約束した。

プロデューサーさんと、千雪さんの期待に応えると決めた。

今のところは手応えがある。

自分はよくやれていると、そう感じられている。

甜花(このまま、続けられれば……)

やっと3人にも、感謝を返せるかもしれない。

自分自身に期待してしまう。

期待して、自分の中から不安が溢れ出した。

甜花(劇場の裏で、夏葉さんと会った時も……)

甜花(その直前は……自分に、期待してたよね……)

自分自身に期待して裏切られる。

そんな経験を、幾度となく繰り返してきた事を思い出してしまう。

ふと、祭囃子が聞こえた気がした。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:30:34.65 ID:VbCE5XXv0<>
夏葉「これ……」

否、劇場の中で祭囃子など聞こえるはずがない。

聞こえたのは、練習中に何度か聞いた効果音だった。

ピンポンパンポンというアナウンス音。

甜花「館内放送……?」

夏葉「そのようね」

頭上を見上げる。

ラストシーンのための仕掛けが見えた。

『本日は当劇団に起こし頂き、誠に有難うございます』

『お客様にお知らせ致します。予定では15時10分から、劇の再開となっておりますが……』

『劇団側の都合により、再開を20分遅らせた15時30分からとさせて頂きます。15時30分からの再開とさせて頂きます』

『大変申し訳ありません。繰り返します……』

夏葉「休憩時間の延長ね。トラブルかしら?」

甜花「あ……」

夏葉「何か心当たりがあるの、甜花?」

甜花「ひょっとしたら、だけど……大道具さんが……」

小道具さんから聞いたことを伝える。

大道具さんの姿が見つからない事。

演出家さんが探さなくても良いと言った事。

夏葉さんの顔が、みるみる曇っていくのが分かった。

夏葉「……行きましょう、演出家さんの所に」

苦々しく、夏葉さんが言う。

自分の中で何故だか、幼い日の縁日の思い出が蘇っていた。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:31:13.63 ID:VbCE5XXv0<>
夏葉「ラストシーンの演出が出来なくなった……?」

小道具「そうなの、そうなのよ……」

ミーティング室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

夏葉さんは、憤りを隠せていない。

小道具さんは泣きそうな顔でオロオロしている。

他の人達は、その二人のどちらかに近い表情をしていたか、もしくは悔しそうに俯いていた。

自分は……分からない。

小道具「そ、その……気づいたらこうなってて……! 昨日までは、ちゃんとしてたのに……!」

机の上に置かれているのは、粉々に砕かれた手の平サイズの装置。

ラストシーンの仕掛け、その内側バルーンを割るためのスイッチだ。

演出家「破壊された上に丁寧に水にまで浸してある。それに加えて、巧妙に隠されていた」

演出家「今から修理するのは不可能。仕掛けを作動させるのも不可能だ」

演出家「よってラストシーンは、煙の演出は無しで行う」

義姉2役「そんな……!」

役者の一部が悲痛な叫びをあげる。

同じ気持ちだ。

それ以上の気持ちだ。

自分はシンデレラに、自分自身を重ねていた。

ラストシーンは、そのシンデレラが信念を得て、ガラスの靴を返す大事なシーンだ。

王宮に行く道を諦めて、姉との再会を願い、歩き始める為のシーンだ。

シンデレラが歩き始めれば、自分だって歩き出せる気がしているのだ。

だから、そのシーンが完璧に行われないのは、我が身が裂ける様に思えてしまう。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:32:12.45 ID:VbCE5XXv0<>
小道具「……装置の管理は、大道具さんの管轄でした」

小道具「あの人の姿が見えない以上……誰がこれをやったのかは、もう明白です」

小道具「そして演出家さんは……あの人を探すなと言いました……」

演出家「……そうだな」

小道具さんの目に暗い光が宿る。

小道具「アナタは知っていた……! 大道具さんが何かをするかもって……! こういう事をする人だって……!」

小道具「何で止めてくれなかったんですか!? 何で防げなかったんですか!?」

小道具「何で……! 何で……!!」

演出家さんに非難の目が向けられる。

自分もそうすべきかは、やはり分からない。

演出家「小道具の言う通り。全責任は俺にある。どんな非難も罰も受けよう」

演出家「だが舞台は舞台だ。何がしらかの完結に、必ず着地させなくてはならない」

演出家「それなら、お前達はどうしたい?」

演出家「どうすべきだと……思うんだ?」

演出家さんが、指針についての意見を求めるのは珍しいと思った。

この人なりに動揺しているのか、罪の意識を感じているのか……

その辺りの事は、今は関係ない事かもしれないけど、それも分からない。

甜花(……寒い、よ……)

体が冷えていくのを感じる。

この状況下において、どうしたいのか。

あるいは、どうするべきなのか、どうすればいいのか、何一つ分からない。

思考が混沌に沈んでいき、熱が失われていく。

前にもあった、分からないづくしだ。

自分には何も分からない。

何も、できない。

甜花(……助けて、なー……) <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:32:46.79 ID:VbCE5XXv0<>
『なにごとも最初は一つずつ』

混沌とした思考の中で、その言葉が最初に煌めいた。

『どんなに複雑に見える問題も、そうすれば必ず解決できるものよ』

夏葉さんの言葉だ。

それに呼応して、いくつもの言葉が蘇る。

『楽しむこと、忘れちゃダメですよ?』

この舞台は楽しい、自分は楽しんでる。

『甘奈が見てみたいのは、舞台の上の綺麗な甜花ちゃん』

『だから……ダメ、かな?』

なーちゃんとの約束がある。

『だが、今回ばかりは何とかするよ。それでどうだ?』

『期待してくれるなら、応えたいって……今は、そう思えるよ』

『遠くまで見えてる。そんな感じよ』

期待に応えたいという気持ちがあって。

今はその先の、遠くまで見えて来ている。

なら、どうしたい?

『甜花も……このラストシーンは、好き……』

『私もよ』

自分は、ラストシーンをやり通したい。

なら、どうするべき?

『そうなったら、頑張る……』

『歯を食いしばって、足を地に踏ん張って、前を向いて立っていられるのなら……』

『甜花も……そう、なれるのかな……』

自分にできることを、全力でやるべきだ。

なら、どうすればいい? <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:33:35.56 ID:VbCE5XXv0<> 『外側バルーンには半径50ミリの穴が、既に等間隔で開けられています』

『内側バルーンの一箇所にでも穴が開けばいいからな。簡単な仕事だ』

『……甜花、本当に何もしなくていいのかな?』

『仕方がないわよ。割り振りが決まったのは、代役を探してる時期だったから』

『裏側……? あ……』

『言い方が悪くなるけど、ハリボテみたいな物ね』

『アナタの射撃精度には及ばないわ』

『エアガンを……お守り代わりに、しようかと思って……』

ピースが順番に埋まっていく。

敷き詰められて、一枚の風景を描き出す。

それは、あの日の縁日だった。

幼いなーちゃんが自分の手を引いて、屋台の奥にある宝物を指差す。

そして言うのだ。

だからその前に、もう一度だけ自分に問おう。

それなら自分は、どうすればいい?

『あまなもね。あれがほしいの』

『だから、うって! あれにあてて、てんかちゃん!』



思考はクリアに。

視界は現実に戻って来た。

もう迷う必要はない。

自分はなーちゃんに、最高の舞台を見せるのだ。

甜花「甜花になら……」

甜花「甜花になら、出来ることがあります!」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:34:18.07 ID:VbCE5XXv0<>
王子役「現実的じゃない! セットの裏に隠れておいて、エアガンで穴を開けるなんて馬鹿げている!」

王子役「隠れるのは……まぁ、多分可能だろうとは思うよ」

王子役「だけど問題は射撃の方だ! 当たる保証はない! 当たったとして割れる保証は、もっと無いだろ!」

夏葉「当たるわ」

王子役「へ……?」

夏葉「命中に関しては、私が保証します。何を賭けたっていいです」

継母役「彼女の射撃精度は、プロ級だとも?」

夏葉「そう言うわけでは無いけれど……一定水準以上の腕はあります」

夏葉「今の彼女なら、必ず当てられます。そう私は信じています」

継母「つまり……精神論?」

夏葉「ええ」

夏葉「割れるかどうかに関しては……注入する煙の量を想定より多く、設計ギリギリにすれば割れ易くなると思います」

夏葉「バルーン自体をパンパンにするんです」

演出家「それは可能か、小道具?」

小道具「え……? え、ええ! 恐らく可能です。計算し直してみないことには確実には言えませんが……」

小道具「スモークマシンの遠隔操作機器は、壊されていませんから!」

演出家「だが……煙の量を増やせば、予期せぬタイミングで割れる事もある」

小道具「……あ」

演出家「関係ない場面で煙が出て仕舞えば、舞台は続行不可能。その時点で中止だ」

演出家「つまり、70点の舞台で満足するか、0点の可能性を孕みながら100点を目指すかだ」

演出家さんが、周囲に目で問いかける。

王子役「そりゃあ出来ることなら、100点狙いたいですよ! 俺だって!」

義姉2役「私もそう。でも……」

そこにいる全員が口々同じことを言い、そして自分に目を向ける。

博打だと判明して、それをうつ本人である自分に、意見を求めていた。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:34:55.21 ID:VbCE5XXv0<>
演出家「総意は決まった。後はお前さんの意見次第だ」

演出家「お前さんが、やりたいかどうかだ」

一段と、視線が強まった気がした。

そう問われて、縮んで俯くような仕草をする。

それは、最近気づいた自分の癖だ。

落ち込んだ時、辛くなった時、右腕を左腕で隠すような体勢を取ってしまう。

だけど今は違う。

この動作は、右腕が左腕の裏側に触れる。

少しだけ膨れた、左腕の腕橈骨筋に触れるのだ。

ほんのちょっぴりだけの筋トレの成果が、自分の努力を思い出させてくれる。

努力を始めた時の想いを、胸の内に蘇らせてくれる。

それが力をくれる。

失敗する事への恐れに対する力を。

自分の判断によって、不幸になってしまう事への怖さに対する力を。

そこに宿った想いが、恐怖と共にある勇気を与えてくれるのだ。

『問題は、甜花がやりたいかどうかだ』

最後に、プロデューサーさんの言葉が輝いた。

腕橈骨筋から右腕を離す。

そして、力強く頷いた。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:35:36.24 ID:VbCE5XXv0<>
P「あれ、まだ始まっていないのか?」

凛世「はい……休憩時間を20分の延長する……とのことです」

樹里「館内全体でかかってたみてーだぞ。聞いてないのか?」

P「いや、取引先と電話したり、さっきのディレクターの話し相手になってたりしたから……」

智代子「プロデューサーさん、一応オフなんですよね……?」

P「そうだが……いや、今は俺の事はどうでもいい」

P「それより延長の事だ。何が理由わ言ってなかったか?」

凛世「それは……ただ『劇団側の都合』とだけ……」

P(トラブルか。それも、かなり偶発的な)

P(……)

凛世「プロデューサー……さま……?」

智代子「プ、プロデューサーさんが……珍しく怖い顔してる……!」

P「……え、そうだったか? すまん、意識してやったわけじゃないんだ。ごめんな」

智代子「い、いえ……大丈夫です、はい」

P「とにかく事情を聞いてくるよ。あの二人のプロデューサーだから、関係者証はあるしな」

P「それじゃあ行ってくる。ああ、それと……」

P「多分時間までには戻れないから、俺の事は気にせず鑑賞していてくれ」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:36:35.85 ID:VbCE5XXv0<>
舞台が再開されている。

サンドリヨンは魔法をかけられて、舞踏会におもむいた。

夢の様な一時を過ごし、名前を問われるという責め苦を受けて、家に帰還した。

そして今はもう、サンドリヨンという意味でのラストシーン。

シンデレラに責められて、ガラスの靴を返して、彼女から離れていくシーン。

このシーンが終われば自分は、この劇の裏側での戦いに挑まなければならない。

その為に、このラストシーンの最後の最後を全力で演じるのだ。



甜花「『最後に……これ、返すわね』」

ガラスの靴を差し出す。

これは、シンデレラに置いていかれたくなかった彼女が、自分の為に持ち出したもの。

だから感情は悲痛に。

甜花「『それを……大事に持っておいて』」

それは、シンデレラの幸せのために、彼女の元に返そうとしているもの。

だから、悲痛さを必死に取り繕う様な表情で。

だけどそんな事は、まだシンデレラには分からない。

シンデレラは、声を上げるしかない。

夏葉「『貴女は……』」

夏葉「『貴女は……!』」

サンドリヨンに、悲しみをぶつけるしかないのだ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:37:16.72 ID:VbCE5XXv0<>
シンデレラが叫ぶ。

夏葉「『貴女は、何がしたいの……!?』」

ガラスの靴を使って、シンデレラに王宮で幸せになって欲しいと思う。

これは、サンドリヨンの気持ち。

サンドリヨンは、シンデレラの言葉に黙っているしかない。

夏葉「『貴女は何がしたかったの……!?』」

大好きな家族とずっと一緒に居たい。

ずっと一緒に居たかった。

これは、自分とサンドリヨンの気持ち。

夏葉「『貴女は……! サンドリヨンは……!』」

夏葉「『私は……! 私は、ただ……私は……』」

シンデレラが泣き崩れる。

それをサンドリヨンが抱き止める。

そして、別れの言葉を告げる。

大好きな家族に、最後の言葉を告げる。

甜花「『……ごめんなさい、さようなら』」

これは、サンドリヨンの言葉。

甜花「『……ずっとずっと、ありがとう』」

これは、自分とサンドリヨンの言葉。

でも自分は、なーちゃんに別れの言葉なんて言えない。

だから自分は、サンドリヨンになりたいわけじゃない。

同じなのは、大好きな人達と一緒に居たい事。

その為に必要な願い事は、もう分かっている。

自分がなりたいものは、もう見つけてある。

そうして、自分のラストシーンが終わった。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:39:03.31 ID:VbCE5XXv0<>
私服に着替えて、控室を飛び出す。

舞台のラストシーンがもうすぐ始まる。

その前に裏口から入って、セットの裏側に隠れていなくてはならない。

エアガンはあらかじめ、セットの裏側に置いてある。

弾も既に装填済み。

後は自分がそこに行くだけで良い。

辿り着くだけで良い。

だと言うのに。

その道を塞ぐかの様にして、人が立っていた。

それは、プロデューサーさん。

プロデューサーさんが、まるで最後の敵の様に、その場所に仁王立ちしていたのだ。

P「事情は聞いた」

P「それで俺は、甜花を止めに来たんだよ」

P「俺は283のプロデューサーとして、甜花を止めなくちゃいけない」

P「このまま甜花を……この先に、進ませるわけには行かないんだ」

明確な意思を持つ壁が立ち塞がる。

プロデューサーさんのことだ。

それはきっと、自分の為なのだろう。

だけど、自分は撃つと決めた。

プロデューサーさんが何を言おうと、自分が撃たなくてはいけない。

だったら、この壁を超える以外にはないのだ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:39:46.05 ID:VbCE5XXv0<>
P「単刀直入に言う」

P「エアガンは、俺が代わりに撃つ」

P「甜花が撃つ必然性はない。この劇団の人間の尻拭いを、甜花がする必要は無い」

おそらく、正論なのだろう。

最後の仕掛けの不備について、自分には責任はないはずだ。

甜花「甜花じゃ……当てられないと、思ってるの……?」

話題をわざと誤魔化す。

しかしそれは、無意味に終わった。

P「そういう話をしているんじゃない。個人としては、甜花を信じているよ」

P「だけど組織に属する人間としては、リスクを考慮しない訳にはいかない」

P「それを止めないという選択肢は無い」

甜花「で、でも……甜花がちゃんと当てれば……」

P「話が変わっていないが……リスクを度外視しても、許可はできない」

P「メリットがない。甜花が撃って当てたとして、得るものが無い。せいぜい劇団の人間に褒められるくらいだ」

P「はっきり言ってしまえば……甜花がやろうとしているのは、名誉なき戦いだよ」

甜花「あう……」

正論の、たったの二発でKOされてしまう。

つくづく自分の口下手さが恨めしい。

かと言って、プロデューサーさんの言葉には従えない。

だけど言い返す事が出来なくなって、プロデューサーを見つめている事しか出来ない。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:40:26.46 ID:VbCE5XXv0<>
視線をぶつけ合うこと数秒ほど、プロデューサーが先に目を逸らした。

P「やっぱり甜花は……意外と肝が据わってるんだよな」

甜花「そ、それじゃあ……」

P「それとこれは話が別だ。リスクとリターンが釣り合ってない以上は、許可できない」

甜花「そう……だよね……」

P「……だから、リターンを示してくれ」

甜花「え……?」

P「単純な話だよ。甜花か撃つ事で得られるものを、俺に教えて欲しい」

P「甜花の言葉で、俺を説得して欲しいんだ」

P「そうしたら……俺は、喜んでこの道を譲るさ」

プロデューサーさんがニコリと笑う。

その表情は、坂の上で子供が登り切るのを待つ親の様な、そんな柔らかさを持っていた。

不意に、涙が溢れてくる。

自分はきっと誰よりも、周囲の人にだけは恵まれていたのだろう。

こんな自分だけど。

周り人達が暖かかったからこそ、自分は今ここで、腐らずにいられるのだ。

甜花(ちゃんと……言葉に、しなきゃ……)

甜花(それで……これからは甜花の……自分だけの、力で……)

自分は口下手だ。

それでも、言葉が必要な時はある。

言葉はいつだって、誰かを変えてくれるものだから。

自分を変えてくれた言葉で、目の前の壁を越えてみせる。

その為に必要な言葉は、自分の心に火を灯してくれた、あの言葉だ。

自分の中に一杯あった言葉達に、意味を見出させてくれた、あの言葉だ。

今あの言葉に、想いをありったけ乗せて。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:41:08.81 ID:VbCE5XXv0<>
甜花「甜花ね……『似ているね』って、言われたんだ……」

甜花「夏葉さんが、甜花にね……『似ているね』って言ってくれたんだ……」

声が震える。

甜花「おかしい、よね……? 夏葉さんとは双子じゃないし……性格だって、全然違うし……」

甜花「好きな本も知らないし……趣味だって、きっと合っていないのに……それなのに……」

甜花「夏葉さんは『似ているね』って……こんな甜花に……そう、言ってくれたんだ……」

甜花「確信を持って……迷う事もなくて……『似ているね』って……!」

甜花「ちゃんと……『似ているね』って……甜花に、そう……言ってくれたよ……!」

重なった手の平を、心臓に当てる。

そうして心臓を握りしめる。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:42:21.27 ID:VbCE5XXv0<>
甜花「それが不思議で……甜花ね、たくさん考えたよ……」

甜花「そうしたら……思えたんだ……」

甜花「自分の中にあるものを……ちょっとぐらいは、信じて良いのかもって……」

声の震えは上ずりに変わった。

でも止まらない。

言葉が溢れてくる。

甜花「それで……ちょっとだけ信じてみたらね……」

甜花「すぐに……願い事が、できたよ……」

甜花「そして、甜花がなりたいもの……ちゃんと、見つけられた……」

甜花「やっと……やっと、見つけられたよ……!」

鼻をすすり、より強く心臓を握りしめる。

ここから先は決意表明だ。

それは、確かな声で言わなくてはならない。

甜花「だから……! 甜花は、もう逃げない……!」

甜花「きっと、甜花が撃たなくちゃダメ……!」

甜花「だって、甜花の願い事は……!」

甜花「甜花が、なりたい甜花は──!!」

俯きがちで言ってしまったけど、それでも言葉にした。

しっかりと宣言した。

プロデューサーさんの、息を飲む音が聞こえる。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:43:04.92 ID:VbCE5XXv0<>
P「それは、ささいで……ちっぽけな願い事だ」

甜花「うん……甜花も、そう思う……」

P「ありふれていて……だからこそ、誰もが心のどこかで願っていて……尊くて……」

P「それでいて……とても、難しい願いだ」

甜花「……強く、なるよ」

P「甜花……?」

甜花「なりたいもの、やっと分かったから……目指す場所が分かったから……それなら……」

甜花「甜花だって、強くなれるよ」

P「……甜花、お前は……」

甜花「……でも、甜花はまだ弱いから……」

甜花「これからもきっと、たくさん転んで……たくさん泣くと思う……」

甜花「だから見守ってて、プロデューサーさん」

甜花「見てくれてる人が居たら、甜花は何度だって、立ち上がるから……」

甜花「そして立ち上がったら……これからは、自分の足だけで歩いていけるから……」

なーちゃん、パパ、ママ、千雪さん、プロデューサーさん……

立ち上がる力はいつだって、周りの人が与えてくれていた。

そこから歩み出す勇気は、夏葉さんがくれた。

だからここから先は、自分の力で歩いていく番だ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:43:40.00 ID:VbCE5XXv0<>
P「ああ。ああ……」

P「分かったよ。ちゃんと見てる。見守ってる」

P「甜花がトップアイドルになる日まで、ちゃんと側に居るさ」

甜花「トップ、アイドル……?」

P「ああ、トップアイドルだ」

甜花「そう、だよね……甜花だって、目指していいんだよね……」

甜花「トップアイドル」

P「ははは、当たり前だろ」

プロデューサーさんが拳を突き出す。

包み込む手の平からは、もう卒業だ。

P「その願い事じゃ、甜花が撃たないわけにはいかないよな」

P「よし。行って来い、甜花」

拳の先だけを軽くぶつけ合う。

そして笑う。

甜花「行ってくるね、プロデューサーさん」

一言だけ告げる。

それから振り向いて、駆け出した。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:44:10.93 ID:VbCE5XXv0<>
王子役「あれ、Pさん? こんな所で何してるんすか?」

P「……」

P「曰く、『この世は舞台なり──誰もがそこでは、一役演じなくてはならぬ』」

王子役「シェイクスピアっすね」

P「ああ。そして俺たち役者にとって、いつだって舞台は戦場だ」

王子役「……? 急に、どうしたんです?」

P「いや、な……」

P「あいつは、演じるべき舞台と役を、自分の意思で選べるようになったんだな、って……」

P「そう、思ったんだよ」

P「それだけさ」 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:44:48.71 ID:VbCE5XXv0<>
セットの裏側は冷たくて暗かった。

同じステージの上、演劇のラストシーンは進んでいく。

そこではきっと、名誉と称賛に満ちているのだろう。

夏葉「『私は姉の心を見つけたのです。自分のすべき事を見つけたのです』」

置いてあったエアガンを拾う。

それは朝に撃った時より重く感じられた。

老婆「『だからガラスの靴を返すと? それがあれば、不自由のない世界に行けるというのに』」

老婆「『それが無ければ、灰にまみれるだけの生活に戻るだけだと言うのに』」

壁を隔てただけのステージが、とても遠く感じた。

それでいて、遠く離れたこの場所が、今の自分には丁度いいと感じる。

それも当然だ。

だって自分は誇りも自信も、まだ持ててはいないのだから。

夏葉『それは……違います』 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:45:25.28 ID:VbCE5XXv0<>
サンドリヨンが演じられるようになった。

遠くのマトに当てられるようになった。

それは嬉しいことだ。

少しずつ先に進めてると、感じる事が出来たから。

だけどまだ、自信に満ちた自分など描けない。

誰かに追いつけているとは、到底思えない。

それでも

夏葉『ガラスの靴が無くなっても、私が得たものは失われません』

それでも、強くなりたかった。

栄光を掴めるような強さはいらない。

誰かに認められるような強さもいらない。

夏葉『父を、姉を、貴女を──家族を愛しています』

夏葉『この気持ちが消えることは、決してありません』

ただ、一緒に歩いて行きたい人達がいるだけ。

その人達と肩を並べて、歩いて行きたいだけ。

夏葉『だから……』

だから自分は、その為だけに強くなりたいのだ。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:46:58.22 ID:VbCE5XXv0<>
「甜花は誇れるものなんて、何一つ持ってない」

歯を食いしばる。

「弱くて、何もできなくて、いつも助けて貰ってばっかりで」

足を地に踏ん張って、射撃体勢に入る。

「きっとこのままじゃ、笑っていられなくなるんだって……分かってるよ」

落としていた視線を前に向けて、それから、目標物を見上げる。

そして、言葉にする。

「だから、変わりたい」

それは願い。

「こんな甜花でも、強くなりたい」

それは、今描ける精一杯の幸福の形。

「自分の為に、強くならなくちゃいけない」

それは、あの縁日の日から燻り続けてた想い。

「誇れる自分なんて分からないけど……! だけど……! だからこそ……!」

「だから、甜花は甜花を……! 自分自身の事を……!」

「蔑まずにいられるような、甜花になりたい──!」

その叫びのような呟きは、誰にも届くことはなくて

それでも、自分の中では確かに木霊して

全身に力が漲った。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:47:26.42 ID:VbCE5XXv0<>
『たとえ灰被りでも良いのです』

『まずは大切な人の隣で、曇りなく笑える自分でいたいのです』

『だから』

『ガラスの靴でなく、自分の足で歩いて行きたいのです』
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/17(月) 04:48:21.24 ID:VbCE5XXv0<>
煙が舞台に満ちている。

何とか成功したらしい。

白いカーテンがかかって、何も見えないけれど。

その事が何よりの成功の証だ。

ステージの袖の方に移動して、観客席の方を見た。

煙が掛かっていても、方向は分かる。

拍手の音が耳に響いているから。

煙が晴れて、魔法が解けているのを見れば、万雷の拍手になるのだろうか。

そうでなくてもいいと思った。

もう祭囃子が聞こえなくなるくらいには、この音は大きいのだから。

煙が中央の方から晴れてきて、拍手がさらに大きくなる。

もう一度、観客席の方向に目を向ける。

袖の方だって、じきに煙が晴れていくだろう。

その瞬間を心待ちにする。

もう目を離すまいと決めて、一点だけを見つめ続ける。

(……)

ついに、目の前の煙のカーテンが切れた。

視界が開けて、観客席がよく見えるようになる。

そして

大好きな家族の、笑顔が見えた。 <>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/17(月) 04:51:44.99 ID:VbCE5XXv0<> 終わりです。長々とお目汚し失礼しました。

夏葉さんの良さはtrueコミュの「期待に応えるのは得意なのよ」というセリフに詰まってると思います。 <>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/17(月) 04:53:33.45 ID:VbCE5XXv0<> 途中でコメントを頂いた皆様には、心から感謝を述べたいと思います。本当に大きな励みになりました。ありがとうございます。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/12/17(月) 11:52:35.29 ID:XGDMHaMB0<> 乙
楽しく読ませてもらった <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/12/17(月) 12:52:16.35 ID:ErK6iUEDO<> 乙

最後だけちょっと物足りないかも……でもこういうのもアリなんだろうね


ちなみにエアガンだと、甜花も夏葉も発砲することは法律で禁止されてますからね <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/12/17(月) 15:23:21.06 ID:A04mfmrn0<> 乙 

泣いた <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<><>2018/12/18(火) 04:54:14.30 ID:Y/4B0vSv0<> 素晴らしかった。とても素晴らしかった。乙 <>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/18(火) 09:28:22.49 ID:0IyVLnTw0<> 皆さん、コメントありがとうございます。

エアガンは18禁と10禁の物があり、法律には一応抵触していません。
まぁ、10禁のエアガンのパワーで割れるの?と言われると限りなく怪しいですが……
その辺りは話の都合と思って貰えると助かります。
<>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/18(火) 09:31:28.83 ID:0IyVLnTw0<> おまけ(ギャグ)をふと思いついたので、近日中に投下します。HTML申請はその後で…… <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<><>2018/12/18(火) 14:18:48.34 ID:n8rRXNHo0<> 乙

素敵なお話をありがとう <>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/19(水) 02:37:12.67 ID:KYXmPgoJ0<>
以下おまけ(ギャグ)
本編の空気感などを完全にぶち壊しているので、その点を踏まえた上でお読み頂くか、ブラウザバックをお願いします。

シャニマス本編と4コマ時空くらいの差があると思って読んで頂けると幸いです。 <>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/19(水) 02:38:11.91 ID:KYXmPgoJ0<>
『うけつがれるちから』



甜花「じゅういち……じゅうに……じゅう……さん……」

甘奈「たっだいまー☆」

甜花「……あと、ちょっと……じゅう……よん……」

甘奈「うぇ……?」

甘奈(て、甜花ちゃんが……ダンベルを持ってる……!?)

甜花「……じゅう……ご……ふぅ……」

甜花「あ、なーちゃん……おかえり……」

甘奈「て、て、て、甜花ちゃん? そ、その……何してるの?」

甜花「……? 一応、筋トレのつもりなんだけど……」

甘奈(甜花ちゃんが、家で筋トレを……!?)

甜花「甜花、最近気がついた……」

甜花「筋肉って……凄いのよ……」

甘奈(これ絶対、誰かから変な影響受けてるー!)

甜花「なーちゃん……?」

甘奈(いや、いやいやいや……あわわわわわ……あわわ……)

甘奈(……で、でも……! 甜花ちゃんにしては変だけど、家で筋トレくらいは普通の範疇のはず……!)

甜花「筋肉がつくと……基礎代謝が増える……」

甜花「基礎代謝が増えれば……プリンもポテチも食べ放題……にへへ……」

甘奈(あ、やっぱり甜花ちゃんは甜花ちゃんかも……)

甜花「そういえば……プロテイン入りプリンってあるのかな……」

甘奈「やっぱりダメー!!」

甘奈(こ、このままじゃ甜花ちゃんがムキムキになっちゃう……!!)
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/19(水) 02:38:51.00 ID:KYXmPgoJ0<>
『みぎてにおもしを、ひだりてにほんを』



P「それでは、富山県出身のA・Oさんからのお便りです」

P「『突然ですが、私は甜花ちゃんの大ファンです! とにかく甜花ちゃんの事が大好きです』」

P「『いち早く甜花ちゃんの魅力に気が付いた事が私の自慢です! たぶん、世界で三番目です!』

甜花「これ……なーちゃん、だよね……?」

P「何を言う。富山県出身のA・Oさんだ」

P「えー……『最近甜花ちゃんが、筋肉トレーニングにハマっていると聞きました!』」

夏葉「そうなの?」

甜花「うん……まだ、家族しか知らないことだけど……」

P「『ですが私は心配です! 筋肉がつき過ぎると、甜花ちゃんの可愛さが損なわれ兼ねません!』」

P「『甜花ちゃんは今の時点でも、十分かわいくて、愛らしくて、良いお姉ちゃんで、それで』……」

P「……まぁ、この後はいいか」

P「とにかく! 事務所に届いたこの怪文書の事で甜花に話がある!」

夏葉「私が呼ばれたのは?」

P「夏葉も当事者だからだ。間違いなく」

P「……とは言え、別に説教する訳じゃないんだ。喫茶店で談笑するような気分でいい」

甜花「喫茶店で……」

夏葉「談笑を……」

甜花←カバンからダンベルを取り出す
夏葉←何処からともなく鉄アレイを取り出す

甜花←漫画本を出して左手に装備する
夏葉←君主論を開いて左手で持つ

甜花←丸まりながらも空いた手にダンベル
夏葉←足組みポーズで空いた手に鉄アレイ

P(アカン)
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/19(水) 02:39:36.01 ID:KYXmPgoJ0<>
『はんぱつかんせん』



P「言ったけど! 喫茶店で、って言ったけど!」

P「その何処でも努力する姿勢は見習いたいけど! 感心しているけどさ!」

P「甜花にまで感染ってるのは何でだー!?」

甜花「にへへ……」

P「可愛いけど誤魔化されないならな!」

夏葉「……そこまで言うのなら、よ。プロデューサー」

P「何だ?」

夏葉「アナタが普通の『喫茶店の過ごし方』を見せてくれるのよね?」

P「えっと、何故そうなるか分からないんだが……分かった」

P「注文を済ませたところから始めるぞ? まずは……そうだな、注文した物が来るまで空き時間になる」

P「ぼーっとしてるのも勿体無いので、手帳を取り出してスケジュールチェックやら何やらをするな」

P「しかし、本格的な仕事をするには半端な時間だ。だから過去の情報の再確認が中心になって……」

P「そうすると片手が淋しくなるから、カバンから水ダンベルを取り出して……」

P「周りに気をつけながら……いち、に、いち、に……と」

P「……はっ!!」

甜花「にへへ……プロデューサーさんも、一緒……」

夏葉「ええ、それでこそ私達のプロデューサーよ!」

P(俺にも感染ってるぅーッ!!)



夏葉「……真面目な話をすると、甜花がムキムキになるのはマズイわよね」

P「そうだな。アルストロメリアにもイメージがある」

夏葉「それなら、私に良い考えがあるわ」
<>
◆/rHuADhITI<>saga<>2018/12/19(水) 02:40:49.03 ID:KYXmPgoJ0<>
『みえるんだけど、みえないもの』



甜花「42……43……44……」

甘奈「たっだいまー☆」

甜花「……あと、15秒……46……47……」

甘奈「うぇ……?」

甘奈(て、甜花ちゃんが……変なポーズでプルプル震えてる……!?)

甜花「……50……51……おかえり、なーちゃん……54……55……」

甘奈「て、甜花ちゃん?」

甜花「58……59……60……終わり……」

甘奈「それ……何してるの?」

甜花「辛い姿勢を、長時間維持する……体幹トレーニングみたいな……」

甜花「インナーマッスルを鍛える、トレーニング……うん、もう一セット……」

甘奈「インナーマッスル……?」

甜花「体の内側の筋肉で……鍛えると、姿勢が良くなったりする……」

甜花「鍛えた成果は自分で分かるけど……見た目は、あんまり変わらない……」

甜花「つまり……見えるんだけど、見えないもの……!」

甘奈(わ……甜花ちゃん、凄いドヤ顔……これは……)

甜花「……? なーちゃん、今度はダメって言わないんだね……」

甘奈「う、うん……それは、だって……」

甘奈(ドヤ顔でプルプルしてる甜花ちゃん、メッチャ可愛いんだもん!!)



甘奈(……それに……)

甘奈(カッコいいよ、頑張ってる甜花ちゃんは)

甘奈(ムキムキ甜花ちゃんは、さすがに嫌だけどね☆) <>
◆/rHuADhITI<>sage saga<>2018/12/19(水) 02:41:36.97 ID:KYXmPgoJ0<> お目汚し失礼しました。HTML申請してきます <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/12/19(水) 06:16:36.01 ID:MmLorwpDO<> ムキムキなーちゃん……



是非見たいです。全裸で

乙でしたー <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2018/12/22(土) 16:54:44.47 ID:QWqwVODUo<> 乙乙

いや凄かった <>