以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:24:13.13 ID:nMXYXkpFO<>「今日から編入する生徒を紹介する」

地元にある女子校に通っている理由はなんとなくであり、強いて言うなら中学時代に仲の良かった友達が先に推薦でその女子校に進学することが決まっていたから自動的に自分もそこに決めたに過ぎなかった。

「どうも。皆さん、こんにちは」

毎日変わらない日々。退屈だけど、それ以上の安心感がその女子校にはあった。しかし、10代の若者はそれではいかんらしく、ある日突然、試練が訪れることとなる。編入生だ。

「この度は我々が通っていた男子校との統合ということでこの先お互いに気まずい思いをするかとは思いますが協調性を持って……」

聞いてない聞いてない聞いてない。男男男。

「……というわけで、みなさまどうぞ、これからよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる優男。謙虚な奴らしい。
顔を上げると困ったように微笑んだ。それは我々の遺伝子に刻まれて埃を被った『母性』に火をつける。認めたくない認めたくない。

「くっそ……所詮、あたしも女か」

寝耳に水。降って湧いたような話。それでも種の保存という観点から言えば我々女子高校生は目の前に良い男が居れば本能的に確保しようとしてしまうのだろう。当然、自分も。

これはそんな本能に抗って拗れてゆく物語。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1641129853
<>悪役令嬢「あんたはあたしみたいだね」腹黒王子「あはは。キミが僕なんだよ」 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:29:56.34 ID:nMXYXkpFO<> undefined <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<><>2022/01/02(日) 22:31:58.07 ID:nMXYXkpFO<> 「王子、今日もかっこかわいいね」
「ねー」

入学以来、毎朝毎朝、よそのクラスからも見学者が絶えない我がクラスの王子を横目で見やる。かっこいいかはともかく、かわいい。

「それでさー……」
「そうか」

彼は友達らしき男子生徒と談笑していて、その友達は王子と比べると華やかさには欠けるものの顔のパーツは整っており、所謂"隠れファン"(ガチ)が多いような奴で、あたしは勝手に家来と名づけている。王子の家来だから。

「ん?」
「なぁに? どったの?」

じっと観察していると家来と目が合った。立ち上がると彼の身長の高さが際立つ。元女子校の教室を進撃する巨人はあたしの机の前で立ち止まり不意にこんな耳打ちをしてきた。

「席、変わろうか?」
「っ……」

何を言ってるのかさっぱり理解出来ない。そんなことよりも耳が気持ち良かった。優しいバリトンが鼓膜を震わせて蕩けそうだった。
あたしはこいつが好きかも知れない。いや、好きなんだろう。それなのにこいつはあたしが王子を見つめていたと勘違いして余計な気を回したらしい。なんだそれは。許せない。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:34:23.05 ID:nMXYXkpFO<> 「勘違いしやがって……ざけんじゃねーぞ」
「お?」
「ストーップ!!」

グイッとタイを引っ張ると王子が席を立ち。

「喧嘩はやめときなよ」
「別に……そんなんじゃないし」
「そう? なーんだ。それなら僕は口出ししないから、どうぞご自由に」

怖かった。コロコロ変わる表情。我々女子以上に腹の底が伺い知れない。"王子"ではなく"王"の一面。そしてたぶん、その感情の発露の起因は"独占欲"。家来とあたしが話してるのが気に入らなかったのだ。絶対そうだ。

「尊い……」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん……ネクタイ、ごめんね」
「ああ。俺ねーちゃん居ていつも似たような扱いされてるから、だから気にすんなって」

優しい。やっぱり好きだ。家来には姉が居るらしい。羨ましい。王子サマとは幼馴染らしく小さい頃から仲良しだったようで、つまり家来のお姉さんは彼らが小さな頃から観察出来ていたわけで。是非、会ってお話したい。

「お姉さんのこと、紹介して」
「ねーちゃん? なんで?」
「なんとなく」
「またそれか。女ってその言葉好きだよな」

別に好きなわけではない。しかし打算や欲望をそのまま口に出す訳にはいかない。入学以来、彼ら"主従コンビ"は幾人もの女子から告白をされて、好きになった理由として『なんとなく』と言われてきたのだろう。無論、中には尤もらしい理由を考えて告白した同胞も居るかも知れないが本質的には本能に従ったまでなのでなんとなくという表現が正しい。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:36:08.42 ID:nMXYXkpFO<> 「弟の小さい頃の話?」
「はいっ是非っ」
「あいつはああ見えてかわいい奴でさ……」

後日、お姉さんとお会いしたあたしは根掘り葉掘り家来の過去を掘り下げた。やはりというか、なんとなくわかっていたことだが、この姉は弟のことが大好物……もとい、大好きらしく、実に興味深いエピソードが聞けた。

「ぶっちゃけ、高校生になった今でも一緒にお風呂に入ったり添い寝したいと思う」
「通報しますよ」
「じょ、冗談に決まってんじゃん」

目がマジだったので一応釘を刺しておいた。実の弟に手を出すことは許されない。手を出すなら、あの腹黒王子だけにして頂きたい。

「ま、そんくらい弟のことが大切ってこと」
「なるほど」
「だから出来れば取られたくないわけ」
「……な、なるほど」

お返しとばかりに釘を刺したお姉さんは勝ち誇った顔で伝票を強奪してあたしの分のコーヒーとケーキ代を支払って立ち去った。かっけー。つーかやっぱ顔が似てた。尊いなぁ。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:38:12.89 ID:nMXYXkpFO<> 「あ、居た」
「へ?」

しばらくぼけっと店内で余韻に浸っていると家来がやってきた。恐らくお姉さんが行けと命じたのだろう。敵に塩を送る味な真似を。

「ねーちゃんからなんか聞いた?」
「うん……いろいろ聞いた」
「そうか」

向かいの席に座った家来はそれっきり黙ってしまう。耳が赤い。照れているらしい。なんとなく、ここは揶揄うべきだと判断した。

「愛されてるね」
「……うるさい」
「お姉さんのこと、好き?」
「別に、ふつー」

ああ、好きなんだろうなと思う。もちろん、姉が抱いているような倒錯した想いとは異なるだろうが、それでも姉として家族として大切なのだろう。良いね。胸が温かくなった。

「あ、そう言えば」
「なんだよ、どうした?」

和んでいる場合ではない。せっかくこうして家来と話す機会を得られたのだから、前々から訊いてみたかったことをぶつけてみよう。

「もしかしていじめられてたりする?」
「は?」
「ほら、うちのクラスの王子サマに」

別に普段、そんな素振りは見受けられない。しかし、もしかしたら見えないところであの腹黒王子に折檻されているかも知れない。「僕をほったらかしにして女と喋った罰だ」とかなんとか難癖をつけられて。きゃー。

「きゃー!」
「女子って普段、そんな妄想してんのか」
「ぎゃあー!?」

薄汚い欲望が口から漏れていたらしく家来に呆れられて悲鳴を上げると、声を忍ばせて彼は肩を揺らした。くっそ。かっけーじゃん。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:39:38.50 ID:nMXYXkpFO<> 「こほん」
「今更取り繕っても無駄だぞ」
「お黙り」

逆に揶揄われて顔を赤くすると彼は不意に。

「あんたって時代劇の姫様みたいだよな」
「ほえ?」
「これからは"姫"って呼ぶことにするよ」

あたしが姫とか。どこにそんな要素がある。

「無理無理。絶対似合わないからやめて」
「謙遜すんなって。うちの王子もあんたが気になるみたいでさ、お似合いじゃね?」

こいつ。だから違うって。あたしはお前を。

「あたしは、あんたを……!」
「はい、喧嘩はやめましょー」
「うわっ!?」

またしても胸ぐらを掴もうとしたあたしの悪い手を掴んだのは、王子サマ。どっから湧いてきやがった。つーか、どこから聞いてた。

「たしかに姫なんて柄じゃないよね。ぷっ」
「お前……!」
「どっちかと言えば悪役令嬢、みたいな?」

上等じゃねーか。白黒つけっか、腹黒王子。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:43:25.88 ID:nMXYXkpFO<> 「やっぱり仲良いんだな、お前ら」
「どこがっ!?」

微笑ましそうに見守る家来に噛みつくと、彼は寂しそうに微笑んで席を立ってしまう。

「邪魔者はここらで退散するよ」
「待っ……」
「今日は姫と話せて、良かった」

あたしだって良かった。それなのに。くそ。

「で? なんで邪魔したわけ?」
「べっつにー。ただ、外堀から埋めていくようなセコイやり方が気に入らないってだけ」
「ただの独占欲でしょ?」
「あはは。なかなか興味深い感想だね」

図星を突かれても顔色ひとつ変えない王子。
家来が居なくなってもあたしの隣に座り続けているのはひとえに後を追えないように妨害してるだけ。女よりもずる賢い女狐みたいだ。

「ちょっとじっとしてて」
「なにしてんの?」
「ほーん。やっぱり、男なんだ……」

ぺたぺた胸を触って確認するも女ではなかった。ワンチャン性別を偽っている可能性というか願望が潰えてしまった。すると不意に。

「ぷーっくすくす……馬鹿みたいでウケる」
「あ?」
「ごめんごめん。真面目な顔をしてひとの胸を触って落ち込んでいたからさ……ついね」

こいつ。やっぱり性格最悪だ。謙虚な第一印象は猫を被っていただけで、こっちが本性。
自分の恥ずかしい言動を指摘されて赤面しているあたしのほっぺを楽しそうに突っつく。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:46:19.72 ID:nMXYXkpFO<> 「キミはさ、綺麗な顔してる癖に僕たちのことをを遠巻きに眺めるだけで近づいて来なかったよね。そういう俯瞰で客観的に物事を見ているところが気に入らなかったんだよね」
「あたしはあんたのことをもっと良い奴だと思ってたケド、見る目がなかったみたいね」
「僕は良い奴だよ。その証拠に、キミにとってより良い提案をしてあげようじゃないか」

いくら払い除けてもしつこくほっぺをつついてくる王子を睨みみつけるあたしに、底意地が悪そうな顔をしてこんな提案をしてきた。

「僕と付き合えば、キミが大好きなあいつのことをもっと近くで眺めることが出来るよ」
「……正気?」
「正気もなにもキミにはもう他に選択肢なんてないんだよね。嫌だけど、ごめんだけど」

嫌だ。王子もあたしなんかと付き合うのは嫌らしい。それでも選択肢がない。それはたぶんあたしにとっても王子にとってもそうだ。

「あんたは目を光らせていたいだけでしょ」
「そうだね。キミがあいつを傷つけないか常に目を光らせておきたい。何故だと思う?」
「性格が悪いから」
「違うよ。僕は性格が良い。だから友達のために嫌々キミと付き合う選択を取れるんだ」

倒錯して、歪みきってやがる。たぶんここでビンタしてもヘラヘラ微笑うのだろう。目だけは笑わずに、燃えるような嫉妬を宿して。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:49:25.71 ID:nMXYXkpFO<> 「そっちがその気なら、あたしはあんたがあの人を傷つけてないか目を光らせておくわ」
「では、契約成立ということで」
「は? それとこれとは話が……」
「あはは。初めての彼女がキミみたいな奴でも存外、ワクワクする。不思議だよね?」

すっかり彼氏面の王子にイライラしつつも、たしかにワクワクする自分が不思議だった。

「次に会う時にはせいぜい着飾ってくることだね。キミはもう僕の彼女なんだからさ」
「誰があんたなんかのために……」
「それと、僕のメロンソーダの代金はよろしくね。次は僕が仕方なく、ご馳走するから」

いつの間に注目してやがった。可愛くない。

「もっと可愛い顔すれば?」
「キミにだけは言われたくないね」

そう言って鼻で笑う王子サマをぎゃふんと言わせたくて次のデートであたしは着飾った。

「へえ。頑張ったじゃん」
「……頑張った」

あたしは頑張った。褒めて貰えて、嬉しい。

「そんな格好絶対あいつには見せないでね」
「……絶対見せてやる」
「あはは。ほんと面倒くさい女だねキミは」

焚き付けてる癖に。面倒くさい男だお前は。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:52:25.08 ID:nMXYXkpFO<> 「そもそもなんであいつが良いわけ?」
「なんでって……なんとなく」

美味しいランチをご馳走になって満腹のあたしが無防備なところを見計らうように、王子は好意の理由を詰問してきた。食い過ぎた。

「あいつは確かに良い奴だし、真面目だから女ウケも良いけど、キミみたいな知将タイプとはあんまり相性が良くないと思うよ?」
「大きなお世話」

とは言うものの、たしかに家来くんとあたしの相性が悪いことは事実であり、その自覚もあったので、むしろ王子はよく見ているもんだと感心してしまったのが本音であった。

「実を言うとさ、僕は付き合うならキミみたいなタイプだと最初から決めていたんだよ」
「自分に興味がない女だから?」
「そうそう。僕のことなんて好きでもなんでもないもんね、キミは。そこは悪くないよ」

そこが好きだとは言わないところが王子らしくて可愛くて、口にはしないが好きだった。

「隣に来たら?」
「うん。いま行く」

隣の席をぽんぽん叩いて促すと王子は素直に腰を下ろした。普段からこうやって素直なら無害なのに腹の中は真っ黒。それはまるで。

「あんたはあたしみたいだね」
「あはは。キミが僕なんだよ」

どちらにせよ、あたしたちは似ているのだ。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:54:00.42 ID:nMXYXkpFO<> 「そんなにあの人のことが大切なら、あの人みたいな女の子と付き合えば良いと思うな」
「そんな女の子は居ないよ。あいつは裏表がないからね。あいつと一緒に居ると、劣等感で苦しくなる。だから彼女にはしたくない」

そんなものだろうか。底抜けに良い人の近くに居ると、たしかに劣等感に付き纏われるのかも知れない。そう考えると、少し可哀想。

「よしよし。辛かったね」
「もっと撫でろ」
「口の利き方には気をつけな」

ふわふわにセットされた王子の髪をぐりぐりしながら悪態を吐き合うのは、楽しかった。
なんだかんだ言っても我々は合うのだろう。

「でもこの関係は生産的ではないよね」
「うん。それな」

あたしたちがどれだけいちゃこらしようが、後に残るのは虚しさだけ。虚無であり鬱だ。

「あの人に会いたいなぁ……」
「あいつが居てくれたら……」

肩にもたれながら、お互いにひとりごちた。
家来成分が足りない。恐らく王族同士の婚約とはこんな感じなのかも知れないと思った。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:57:10.06 ID:nMXYXkpFO<> 「ちょっとあたしの考えを訊いて欲しい」
「うん、いいよ。訊こうじゃないか」
「あたしもあんたも人としてどうしようもない部分がある。あの人はそういう嫌なところがない。でも、目を背けてはいけないんだ」
「よくもそんな大真面目な顔をして、少年漫画の主人公みたいなことを言えるものだね」

少年漫画は良い。友情、努力、勝利の美学。

「あんたという大きな壁を乗り越えて、あたしはいつか、あの人を手に入れてみせる」
「ひとをまるで悪役みたく……そういう自分勝手で自分本意なところだぞ。自覚しなよ」

自覚は当然。今や自己肯定までお手のもの。

「自分が欲しいものは、自分で手に入れる」
「キミらしいね。手段を選ぶ気はないの?」
「ない」
「やれやれ。それなら僕は、せめて悪役らしく悪役令嬢に立ち向かうまでさ」

まるで勇者のように。王子はあたしと戦う。

「今現在、お姉さんと接触して、親友の僕と付き合っているキミは、あいつにとってどうしたって気になる存在となっているだろう」
「つまり、勝機あり?」
「馬鹿が。あるわけないだろう。あいつは良い奴だから親友の僕を振ったキミと付き合うことは絶対にしない。最初から詰んでいる」

詰ませたのはお前だ。それが狙いだろうが。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 22:59:51.80 ID:nMXYXkpFO<> 「となると、あたしはあんたを振らず、捨てられた可哀想な女になる必要があるわけか」
「その発想がもう可哀想とは程遠いけどね」

発想は自由だ。口に出さなければ問題ない。

「あんたさ、ちょっと浮気してきなさいよ」
「……ついに彼女としてあるまじき言動を」

浮気はわかりやすい原因。経験はないケド。

「まあ、僕と話したい女の子は大勢居るからね。今度昼休みにでも他の子と話してみる」
「なんだ。随分と協力的じゃないの」
「まあね。僕ってほら、良い奴だからさ」

というわけで王子が昼休みに他の女子と仲良くしているのを見かけたあたしは、キレた。

「ちょっと来い」
「あ、怒った?」

ヘラヘラする王子を睨みながら家来に問う。

「どう思う?」
「こいつが悪い」
「だよね」
「ちょっ……理不尽すぎない!?」

その日、たとえ偽物の恋人だとしても浮気は絶対に許せないということをあたしは学んだ。自己中心的で、自分本意。それが人だ。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 23:02:17.80 ID:nMXYXkpFO<> 「まったく……自分から言い出した癖に」
「あんた、最初からわかってたでしょ?」

教室から連れ出して、人気のない階段の踊り場で詰問すると、王子サマは素直に答えた。

「もちろん予想はしていたよ。でもなにぶん、僕は誰かと付き合った経験がないから実際にどう感情が揺れるかはわからなかった」

何も、言えなかった。経験値が少なすぎる。

「なんとか制御しないといけないみたいね」
「それは無理無理。人はそうは出来てない」
「なによ……あんたもさっきみたいにあたしが他の男と話してたら嫌だって思うわけ?」

なんの気なしに訊ねると、王子は抱きつき。

「嫌だ……当たり前だろ」
「……そっか」

不覚にもときめいた。好きになってしまう。

「キミは本当に悪い奴だね」
「あたしも悪いケド、あんたも悪い」

どちらも悪党。だからものすごく心地よい。

「でも、駄目なんだ!」
「また少年漫画モード?」
「あんたといちゃこらしてても実りはない」

身も蓋もないことだ。しかしそれが現実だ。

「このままだとあたしの初チューも危うい」
「それは僕も御免だ」
「嫌がるあんたに唇を押しつけたい」
「もう捕まったほうがいいんじゃ……」

自首しようか。毎日差し入れに来て欲しい。

「ていうか、あんたはしたくないわけ?」
「え? したいよ。したいに決まってる」
「よし、離れろ。もう金輪際近づくな」

ちゃっかり抱きついたままの王子を引き剥がす。というか、あたしが拘束していたらしかった。いや、たぶん、連帯責任だとは思う。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 23:04:37.17 ID:nMXYXkpFO<> 「ところでさ」
「なによ、教室に戻らなきゃ……」
「教室まで、手、繋ぐ?」

手か。まあ手くらいなら。もう繋いでるし。

「なんだかんだ言っても、悪くないよね」
「うん……認めたくないケド」

こんなんじゃ駄目だと思いつつも、ズルズルいってしまう。堕ちていく自分を客観的に見て、悪くないとも思える。自業自得なのだ。

「仲直りしたのか?」
「まあ……うん」
「良かったな」

教室に戻ると心配していたらしき家来にそんな優しい言葉をかけられて死にたくなった。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 23:06:03.52 ID:nMXYXkpFO<> 「姫もどき」
「なによ、王子もどき」

この頃、そんな呼び方が定着してしまった。
お互いに否定出来ないので訂正することなく性悪コンビは継続している。なんだかなぁ。

「いい加減、あいつのこと諦めたら?」
「嫌」
「キミがあいつを諦めてくれたら、僕との関係も解消出来るよ。そのほうが良いでしょ」
「い・や!」

むずがるあたしをあやすように頬を突いて。

「それって僕と別れるのが嫌って意味?」
「だとしたら……あんたは嬉しいわけ?」
「うん……嬉しいよ」

ふうん。嬉しいんだ。ならあたしも嬉しい。

「ふふん。ニヤニヤするな、姫もどき」
「そっちこそ、勝ち誇るな王子もどき」

悪態を吐き合っていても周囲の目には仲睦まじくお似合いに映るらしく、この世の中に真実を訴えかけることがいかに難しいかをあたしたちは実感した。まったく不本意極まる。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 23:07:48.40 ID:nMXYXkpFO<> 「王子もどき。あたしは考えた。訊いて」
「訊こうじゃないか」

このままではいけないとは言うまい。あたしは高望みをしているのだろう。それでも手を伸ばすことに意味があると信じているから。

「……という作戦なんだけど」
「キミは本当に……いやもう何も言うまい」
「協力してくれるってこと?」
「当たり前だろ。僕は良い奴だからね」

というわけで、その日の昼休み、決行した。

「少し、席を外すわ」
「おや、うんこかい?」

席を立つあたし。予め用意してあった台詞を口にする王子。極めて自然且つ、完璧な演技で昼食に同席していた家来くんが面食らう。

「お、おい、女子にそういうことは……」

仲裁しようとする家来くんに構わず、進行。

「だとしたら何? ついてきたいの?」
「!?」
「彼女のお誘いとあらば、仕方ないね」
「!?!!」

絶句する家来。既に、賽は投げられたのだ。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 23:09:52.99 ID:nMXYXkpFO<> 「したかったのはあんたじゃないの?」
「余裕ぶって漏らしても知らないよ?」
「おい、お前ら! とにかく落ち着けって!」

挑発を続けつつ席を立ってトイレに向かうあたしたちを家来が必死に止めようと試みる。

「それぞれ黙ってすればいいだろ、なっ?」
「だってこの男は独りにするとぐずるから」
「だってこの女は独りで尻を拭けないから」
「あ?」
「あ?」
「やめろって! どんどん悪化するだろ!?」

残念ながらもう止まらない。我々は頷いた。

「もし良かったら一緒に来る?」
「はい?」
「もちろん、一緒に来るよな?」
「えっ? あっ……ちょっと!?」

あたしと王子に両手を引かれトイレの個室内に拉致監禁された家来くん。ゾクゾクする。

「よっこらせっと」
「きゃあっ!?」
「おまっ……少しは彼女らしくしろ!」
「あ、失敬」

あたしがスカートをたくし上げて下着を脱ぐと家来くんが悲鳴を上げて彼氏に叱られた。
家来くんの逃亡を防ぐために用意した策で、台本通りなのだが、やはり実践は難しいな。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 23:11:35.23 ID:nMXYXkpFO<> 「もう大丈夫。スカートあるし」
「まあ、それなら平気か」
「平気じゃねーよ……俺を巻き込むなよ」

スカートを下ろしてひと安心。彼氏も許してくれた。家来くんだけトイレの個室で蹲ってしまっている。とりあえず、便座に座った。

「ほら、あんたも座りなさいよ」
「狭い」
「贅沢言わないの」
「キミの尻が大きいのが悪い」
「うっさい。かわいくしろ」
「キミもね」

文句を言いつつも2人で仲良く便座を分かち合い、あたしたちは家来を見下ろし命じる。

「俯いてないでちゃんと見ろ」
「うん。あたしも見て欲しい」
「もう勘弁してくれ……俺を出してくれ」
「出すのはあたしたちなんだケド」
「キミはたまに面白いこと言うね」
「うるせーよ!? 何言ってんだ、お前ら!」

あたしたちの漫才を聞いてようやく顔を上げてくれた家来くんが、真っ赤な顔で呟いた。

「俺……お前たちに憧れてたんだ」
「いきなりどうした?」
「それどういう意味?」
「美男美女で、お似合いで、仲良しで……近くで見てるだけでも、俺は嬉しかったんだ」

それは真実ではない。しかし彼には事実だ。

「だから、そういうことをしないで欲しい」
「うんこをするなと言われても困るぞ」
「うん。あたしたちだって生きてるし」

我々は人形ではない。飯を食えば糞もする。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 23:13:21.55 ID:nMXYXkpFO<> 「なら、せめて俺の見てないところで……」
「待てよ。逃げんなよ」

あたしは何も言えない。男同士の語らいだ。

「僕らは、お前に見て欲しいんだ」
「そんな……なんのために」
「僕の大切な……彼女のために」

こいつ。このシチュエーションでそんな台詞を。台本に書いていない彼氏の言葉に、トイレの個室であたしは泣きたくなった。くそ。

「僕の彼女はお前が思っているほど美しくはないかも知れない。それでも、自分の汚いところをお前に見て欲しいと思っている。僕は彼氏として、そんな頭がおかしい彼女を尊重してその願いを叶えてやりたいと思ってる」
「頭がおかしいは余計」
「あ、これは失敬」

腹黒王子はそれでも王子らしく、こう囁く。

「頭がおかしいお前が、僕は大好きだよ」
「……ありがと」

嬉しかった。偽物でも、本物以上に響いた。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 23:19:12.22 ID:nMXYXkpFO<> 「だから、逃げるな」

王子に命じられた家来くんはしかと頷いて。

「ああ……わかった」

便座の前に正座して、見届ける構え。でも。

「いざとなると緊張するなあ」
「キミが言い出したことだろ」
「だって、このままじゃ出るものも出ない」
「やれやれ。ほら」

優しく手を握られて、あたしはほっとした。

「王子もどき」
「なんだい、姫もどき」
「あたし、家来くんに嫌われるのが怖い」
「その時は、僕が優しく慰めてあげるよ」
「ほんと?」
「うん。だから、大丈夫」

大丈夫な気がしてきた。さすが王子サマだ。

「じゃあ、いくよ」
「うん。頑張れ」
「……頑張る」

勇気を貰って、あたしはふんばって、出た。

「これがあたしだぁーっ!!」

ぶりゅっ!

「まさか本当に糞するなんて……馬鹿だな」
「ええっ!? あんたまさか裏切ったの!?」
「当たり前だろ。したけりゃ独りでしろよ」
「ざけんなッ!! 糞がああああああっ!!」

せめて目的を遂行する。堕ちろ、家来くん!

「あ、あああ、あああああああっ!!!!」

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ〜っ!

「フハッ!」

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ〜っ!

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

計画通り、家来くんは悪役となり哄笑した。

「ああっ! 家来くんにうんち見られて嗤われてる! どうしよう!? めっちゃきもちい!」
「もう病院行けば?」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

土壇場で彼氏に裏切られあたしも哄笑した。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 23:23:06.29 ID:nMXYXkpFO<> 「よいしょっと。じゃあ、あとは頼んだよ」
「へ? ちょっと!? ど、どこにいくの!?」
「えっ? あ、おいっ!」

役目は終えたとばかりにかわいいお尻を仕舞って立ち去る王子。取り残されたあたしと家来。めっちゃ気まずい。沈黙してしまった。

黙りながら、あたしは考えていた。どうして王子は一緒に脱糞しなかったのか。あたしだけ脱糞させて捨てたのか。それは、きっと。

「……あいつは、優しいからさ」
「……うん」
「だから、許してやってくれ」

全て、あたしのためなのだろう。こっ酷く振る場面を見せつけて後腐れなくあたしと家来が関係を築けるように。優しくてむかつく。

「あたしは許さない」
「そうか」
「王子もどきがうんちとおしっこを漏らすまで許さない。仕返しする。だから協力して」

自分勝手な我儘を口にすると家来は微笑み。

「仰せのままに、お姫様」
「馬を引けい!」
「その前に、トイレを流そうな」
「あ、失敬」

柄ではないけれど、姫は王子に立ち向かう。


【姫と王子と家来くん】


FIN <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2022/01/02(日) 23:26:13.68 ID:nMXYXkpFO<> あけましておめでとうございます。
というわけで、新春・糞SSでした。
久しぶりのオリジナルで、相変わらず汚い内容ですが、縁起物として捉えて頂けると有難いです。

最後までお読みくださりありがとうございました! <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2022/01/03(月) 02:45:23.63 ID:N6xrjp95o<> 今年もよろしくお願いします <>