以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:03:45.38 ID:FdHXE52MO<>火曜日。

それは一週間のうち最も苦痛とされる月曜日を何とか乗り越えた者達が迎える事の出来る日である。
月曜日は新たな一週間が始まったと言う無慈悲な事実にただただ打ちのめされ、呆然と悲しみに暮れるだけだ。
だが、火曜日はその事実に改めて気付く日である。

まだ週は始まったばかりでしかないと言う事実に。

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<>【PSYREN】コンクリートの染み 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:07:34.74 ID:FdHXE52MO<> 肉体的疲労感に加え、精神的な負担も大きい火曜日は人によっては月曜日よりも辛いと感じるかもしれない。
一介の男子高校生である夜科アゲハも、雲一つない晴天の空とは対照的な、どんよりと曇った顔をしながら道を歩いていた。
それは歩いている、と言うよりはふらふらと勝手に脚が進んでいると表現した方が相応しかったかもしれない。

夜科「あ゛――……」 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:10:23.47 ID:FdHXE52MO<> 途中、目の前の電柱にぶつかりそうになるが、それを何とかかわす。
頭が揺れたその感覚に夜科は眉間の皺を更に深く刻んだ。
しかし夜科が陰鬱な表情をしている訳は、今夜科のすぐ横を歩いているサラリーマンが憂鬱な顔をしている理由とは、どうも違うようだ。

その理由とは、自身の体調の悪さと夜科の手が握っている一挺の籠にあった。
夜科がよろめいたのに合わせて籠も揺れると、籠の中で何か生き物が暴れるような感覚が夜科に伝わる。

夜科「どーすっかな……」 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:13:24.37 ID:FdHXE52MO<> 暴れて鳴き声を上げるその中身とその飼い主を想って、夜科はぼそりと呟いた。
籠の中身は、先日の猫だった。そしてそれは夜科がクラスメートの倉木まどかから捜索を依頼された猫であった。

トラブルバスターの真似事をしている夜科はそもそもの初め、その倉木まどかからストーカーの退治を頼まれていた。
ストーカーとお話、肉体言語によるものだが、をして倉木まどかに付きまとわせないように言って聞かせる依頼は成功した。
依頼が成功すれば報酬は一万円と夜科はしていたのだが、いざ依頼の成功を報告しようと倉木まどかと顔を合わせた時に、夜科は見栄を張る為に報酬はいらない、困った事があったら何でも言え、と調子のいい事を言ってしまったのである。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:20:27.63 ID:FdHXE52MO<> 小動物系八方美人。全ての原因は倉木まどかが非常に夜科の好みの顔と雰囲気をしていた事にある。

ここまでなら例え骨折り損の草臥れ儲けであったとしても何の問題は無かった。
問題は、その倉木まどかが夜科の想像するような可愛らしい性格をしていなかった事である。
倉木まどかは雨宮の財布を鞄から抜き取り、ゴミ集積場に隠すと言う雨宮に対して陰険な苛めを行っていた。
その現場を夜科は見てしまい、倉木まどかに対する夜科アゲハの幻想はそこで潰えてしまった。
倉木まどかに対して微かに覚えた憤りを夜科は、猫は自分で探せ、と捨て台詞のように言う事で倉木まどか本人にぶつけてしまっていたのだ。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:24:11.98 ID:FdHXE52MO<> そんな事が先週の終わりにあって、今は火曜日。
幸いな事に月曜は雨宮の呼び出しがあった事で倉木まどかとは顔を合わさずに済んでいた。
だが、今日。猫を捕まえてしまった以上猫を引き渡す為には顔を合わさなければいけない。
そんな時何と言えば良いのか夜科には分からず、それで悩んでいたのだ。

坂口「おっすアゲハー」

不意に夜科は声を掛けられ、そして挨拶代わりに背中を軽く叩かれた。
その衝撃で夜科はどさりと地面に倒れ伏す。

坂口「……っておい!! アゲハ!!? しっかりしろ!!?」

夜科「ふ、ふふ……親友の坂口君じゃあないか……俺は、もう、駄目だ……」 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:28:44.28 ID:FdHXE52MO<> 夜科の友人の坂口、通称サカが夜科の体を抱え起こし、夜科が震える声で言った。
顔色は、見るからに悪い。青白いのを通り越して夜科は土気色の顔をしていた。

坂口「わざわざ説明ありがとう!! しっかりしろ!! 傷は浅いぞ!!!」

ヒロキ「なに朝からアホやってるのさ」

人通りの多い朝の通勤路で朝も早くから漫才をする友人二人に対して突っ込みを入れたのはヒロキだった。
いつもの事であると分かり切ってはいるが、流石に人の目が多いこの時間帯に人の目もはばからずおふざけをしている二人に対して突っ込まざるを得なかったようだ。

夜科「……頭にまだ血が上ってる。しんどい」

ヒロキ「まーた姉ちゃんにどやされたのか」 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:32:36.04 ID:FdHXE52MO<> 三人で話をしながら廊下を歩く。
話す内容は昨日のテレビがどうだっただの、今日の授業はどうだの、他愛の無い物達ばかりだ。
だが悪く無いと、夜科は思う。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:35:24.45 ID:FdHXE52MO<> 夜科が教室の扉を手にかけた。
教室に響く扉の開く音に既に教室の中にいた生徒達は一瞬扉の方を見遣るが、また直ぐにそれぞれの友人たちとの会話などへ帰っていく。
男子生徒の中の夜科達とそれなりに親しい者達は一言二言夜科達に声を掛けた。そしてクラスメート達と挨拶する途中で、夜科はハッと視界に映った物に気付いた。

廊下側から2番目の列、そして後ろからも2番目の席。
そこに座っている、雨宮桜子の姿に。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:37:37.07 ID:FdHXE52MO<> 雨宮の席の周りに人影は無く、雨宮は一人で本を読んでいた。
文字の羅列から決して目を離す事の無いその姿勢はまるで他人と関わる事を、他人が自分の世界に入って来る事を拒んでいるかのようだった。
もっとも、例え雨宮が本を読んでいなくとも、進んで雨宮と関わろうとする生徒は皆無だっただろう。
それは、雨宮が入学したての4月の上旬に話かけてきた生徒に言い放った言葉による。

雨宮『――……卒業式まで放っといてくれる?
サイレンがやって来るわ……! その時はアンタも私も無力なゴミ……!
せいぜいそれまで……下らない青春を謳歌してなさいよ……!!』 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:38:33.84 ID:FdHXE52MO<> 雨宮の席の周りに人影は無く、雨宮は一人で本を読んでいた。
文字の羅列から決して目を離す事の無いその姿勢はまるで他人と関わる事を、他人が自分の世界に入って来る事を拒んでいるかのようだった。
もっとも、例え雨宮が本を読んでいなくとも、進んで雨宮と関わろうとする生徒は皆無だっただろう。
それは、雨宮が入学したての4月の上旬に話かけてきた生徒に言い放った言葉による。

雨宮『――……卒業式まで放っといてくれる?
サイレンがやって来るわ……! その時はアンタも私も無力なゴミ……!
せいぜいそれまで……下らない青春を謳歌してなさいよ……!!』 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:41:37.09 ID:FdHXE52MO<> その言葉で、雨宮桜子のクラスでの立ち位置は完全に決まってしまった。
話かけてはならない女(アンタッチャブルガール)。
危なげな妄想を内に秘めていて、そしてそんな妄想と現実を区別出来ていない頭のおかしい女だと、そう見なされたのだ。

当然そんな雨宮を気味悪がって近付く生徒は存在しなくなった。
今から思えば、当時の雨宮はサイレンのゲームにたった一人で挑んでいた事になる。
あの化物どもとたった一人で渡り合い、何も無い世界を彷徨う。そんな事をしていれば心が摩耗して行くのももっともだと、夜科は内心頷く。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:45:02.29 ID:FdHXE52MO<> 坂口「アゲハ?」

自らの席に荷物を置いて友人たちとの会話に戻ろうとしていたサカは、夜科が自分達とは違う方向へ向かっている事に気付き、声を上げた。
しかしそんなサカの声をも無視して夜科は近付いて行った。
背中を丸め、本を読む雨宮桜子の元へ。

夜科「……オッス」

雨宮「っ!!?」

そして雨宮の脳天に、挨拶を伴った軽いチョップを落とした。
さほど強い衝撃では無かったものの、完全に予想外の出来事に雨宮は驚き、開いていた本に顔をぶつける。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:48:23.21 ID:FdHXE52MO<> 雨宮「なっ、なっ……!」

言葉にならない言葉を、雨宮は顔を赤らめながらに言った。
それは羞恥と言うよりは驚いたための紅潮であったが、夜科はその雨宮の赤みを帯びた顔に一瞬見とれてしまった。
一方で不意に衝撃を食らわせられた雨宮は、まるで睨みつけるが如く夜科を見つめる。

夜科「なっ、なんだよ、朝に挨拶するのがそんなにオカシー事か?」

雨宮「あっ、アイサツ……?」

雨宮は、一瞬夜科の言った『挨拶』という単語の意味が理解できていなかった。
何故なら挨拶などという概念はこの学校と言う場において、雨宮の中に存在していなかったから。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:51:33.83 ID:FdHXE52MO<> 雨宮「おっ……」

夜科「お?」

雨宮「……おっす!!!!!!!!!」

夜科「めるぜずッ!!!!!!!!??」

轟音。

何かに答える時は、とりあえず相手がした事と同じ事をすればいい。そうすれば一応はキャッチボールが成立する。
それが、極度にテンパっている雨宮が導き出し得る精一杯の答えだった。
そんなライズを込めたチョップの挨拶は夜科の脳天にめり込み、夜科は奇妙な声を上げながら床に倒れ伏した。
床にうつ伏せに大の字になった夜科は微かに痙攣している。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:55:00.30 ID:FdHXE52MO<> 雨宮「あ……ご、ごめん、なさい……」

やってしまったと、直ぐに自分の行動に後悔。
ふと気が付くと先程までの教室のざわめきは姿を潜めシン、と静まり返り、誰もが雨宮を見つめていた。
正確には夜科が雨宮に挨拶した瞬間には静まり返っていたのだが動揺に塗りつぶされている雨宮はそれに気付かない。
誰もがまた自分を頭のおかしい女だと言う目で見ているのだと、勝手に自己解釈する。

雨宮「……っ!」 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 02:58:40.67 ID:FdHXE52MO<> 俯き、破れる程に唇を噛み締める。
夜科に挨拶されても、いつものように拒めば良かった。そうすればこんな事にはならなかった。

どうしてそれが出来なかったのだと、自分を責める。
自分は、どうしてこの場に存在していたのか。
最初から上手く出来ないと分かっている事を、どうしてしたのか。
後悔すると分かっていながら、どうして止められなかったのか。

雨宮(どうして……どうして……どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!!!!!!!!!!) <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 03:00:36.29 ID:FdHXE52MO<> どうすればいいのか分からない。自分がどうしたいのかも分からない。
雨宮が選んだのは、答えを出そうとする事から逃げ出す事だった。

優しくも残酷な選択だった。
悩む事を放棄する代わりに、また新たな自己嫌悪に苛まれる事になる。

――だが、突然の腕を掴まれた感覚が、選択する事を阻んだ。

夜科「……ふ、ふふふふふ……中々効いたぜ、あまみゃーさん……」

雨宮「っ!?」 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 03:04:01.84 ID:FdHXE52MO<> 困惑する雨宮の腕を握り、夜科は駆けだした。

雨宮「ちょ、ちょっと!!?」

夜科「……」

夜科は何も答えない。
ただ真っ直ぐ先を見つめ雨宮の手を引きながら走っていく。

そして辿り着いたのは、屋上だった。

雨宮の視界が一気に開ける。一点の曇りもない、どこまでも続いて行く蒼穹に。
無言で走り、階段を駆け上がってきた夜科は息が切れている。
それでも笑みを浮かべて真っ直ぐに雨宮を見つめて言った。

夜科「ホラ、こんないい天気なんだぜ?……湿っぽい顔してんなよ、オラ」

雨宮「いたっ!?」

夜科が雨宮の額を中指で弾いた。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 03:06:48.57 ID:FdHXE52MO<> 夜科「嫌な事を引きずるのは、夜までだ。もう終わった日の事を引きずるなんてアホらしいと思わねぇか?朝が来たらオハヨーさん、これでリセットすりゃいいんだよ」

雨宮「……っ」

驚いた顔を一瞬浮かべた後、雨宮の目尻に浮かんだ涙の成分が変わっていった。
握られている手とは反対の手でそっと目元を覆う。

雨宮「……そんな簡単にいくのは、バカなあんた位よ……」

夜科「天才アゲハ様にバカとは失礼な。……でも、そっちの方がきっと楽だぜ?」 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 03:12:44.28 ID:FdHXE52MO<> くぐもった声で雨宮が反論する。それでもなお夜科は言い切った。
その言葉に堪え切れずに雨宮が俯く。夜科に自分がどのような顔をしているのか悟られないために。
そして、雨宮は何故自分が夜科を拒む事をしなかったのか、分かったような気がしていた。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2025/12/15(月) 03:16:22.72 ID:FdHXE52MO<> 諦めたつもりでいて、どこかでまだ諦め切れていなかった。
心の扉をどれだけ頑丈に閉めたつもりでも、それが扉である限り扉は開かれる為にある。
雨宮は、あの時に鍵の掛けられた扉がノックされるのを聴いたのかもしれない。
繋がりが作られるのを期待したのかもしれない。

雨宮「お、はよ……」

晴天快晴の青空の中、雨が降り始めた。
雨粒はコンクリートの地面を濡らし、染みを作っていく。

おしまい <>