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唯「ゾンビの平沢」
1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 16:51:18.36 ID:yiRVTPAu0
★1
7月16日

ジリリリリリリィィィ
けたたましくベルの音が部屋に響く。
時計は朝の6時半を指していた。

「はぁ、もう朝かぁ……」

私はベッドからゆっくりと起き上がり、洗面所に向かう。

顔を洗い、鏡を見て寝癖を直した後、自室に戻り制服に着替えて今度はキッチンへ。

「朝ごはんはおにぎりで……お弁当は昨日の残り物を詰めよう」
2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 16:53:15.24 ID:yiRVTPAu0
私の名前は平沢唯。
私立桜ヶ丘高校に通う3年生だ。
高校から始めた軽音部のガールズバンドでギターをしている。

バンド名は放課後ティータイム。
その名の如く、放課後の部活時間にお茶を飲む事から付いた名だ。
私はそのまったりとしたティータイムが大好きだった。
練習時間よりお茶を飲む時間が長く、周りからはよく何部なのかと冷やかされたけど、
合宿にライブと、それなりに部活らしい事もした。

バンドの仲間は皆良い子達ばかりで、私のかけがえの無い友人となった。

そんな私の高校生活は充実していた。
しかし、その楽しい高校生活はある日突然無くなってしまったのだ。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 16:56:18.62 ID:yiRVTPAu0
「おはよう、お姉ちゃん……」

妹の憂が起きて来た。

唯「おはよう憂。ほら、涎垂れてるよ〜」

憂「う〜?」

私は妹の口元をハンカチで優しく拭った。

唯「女の子なんだから、ゾンビになってもこういう所は気を付けなきゃ駄目だよ?」メッ

憂「えへへ、ありがとうお姉ちゃん」ニッコリ

唯「おにぎり作ったから、一緒に食べよ?」

憂「うん」ニコ
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:00:15.23 ID:yiRVTPAu0
唯「おいしい? 憂」

憂「うん、お姉ちゃんの作ったマシュマロおにぎり凄く美味しいよ」ニコ

ゾンビになっても、私の唯一の妹である事に変わりはない。
憂と一緒に食事をする事が、今の私にとって一番の安らぎだった。

唯「あ、憂、ご飯粒がほっぺに付いちゃってるよ〜」

憂「あう〜?」

唯「お姉ちゃんが取ってあげるね」ヒョイ

憂「ありがと〜」ニコリ

唯「食べ終わったら歯磨きして、一緒に学校行こ?」

憂「うん!」ニコ

私は、本当は学校になんて行きたくなかった。
だって、あの学校に「人間」はもう私しかいないのだから。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:04:48.66 ID:yiRVTPAu0
事の発端は、私が2年生の夏休みに入って間もない頃。
米国で起きた、世界有数の大手製薬会社で起きた爆発事故。
新聞やテレビ、ネットでも大々的に取り上げられた。
死者は千数百人に上り、全メディアが悲劇と謳い悲しみを煽ったが、
今にして思えば、そんなのはそれから起こる惨劇の些細な序章に過ぎなかったのだ。

爆発から二ヶ月後、米国で「噛み付き病」と呼ばれるものが流行りだした。
識者達は、人が人に喰らい付く、狂犬病の様なものだと説明した。
そして、近いうちに予防薬・治療薬が出来て沈静化するだろう、という見解を示した。

しかし、実際は狂犬病程度で済む問題ではなかった。
識者達の見解は、最悪の方向に裏切られたのだった。

まず、このウイルスに対する薬は、そう簡単に出来るものではなかった。
その上、「噛み付き病」は非常に厄介な性質を持っていたのである。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:09:39.22 ID:yiRVTPAu0
「噛み付き病」の性質

1 感染経路

「噛み付き病」は、保菌者に噛み付かれる事によって感染する、ウイルス感染症である。
ウイルスは唾液に最も多く含まれ、それが直に血液中に入ると100%感染する。
このウイルス事態は非常に脆弱で、唾液と共に体外に排出されると、ものの僅かで死滅してしまう。
即ち、保菌者に直接噛まれなければ、感染する事はまずないのだ。
また、このウイルスは人間にしか感染しないらしい。

2 潜伏期間

潜伏期間と発症するまでの時間は、傷の状況や個人差によって大きく異なる。
傷が深く大量のウイルスが血液中に入れば、感染後数分で噛み付き行動をする事も有り得る。
正確な期間は分かっておらず、中には発生当時に感染しているにも関わらず、
未だ噛み付き行動を起こしていない人もいるのだ。

しかし、それらは間違った解釈だった。
症状の項でも述べるが、実際は感染と同時に発症もしていたのだ。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:16:22.24 ID:yiRVTPAu0
3 症状

感染者かどうか見分けるのは、非常に簡単だ。
感染すると、徐々に皮膚の色素が抜けていき、およそ一週間で雪の様に白くなる。
日本人同士であれば、一瞥しただけで感染者か否か判別出来るだろう。

次に、生命力・運動能力の向上。
このウイルスは、生物の生命活動を爆発的に高める作用があるらしいのだが、
その所為か、常人ではありえない身体能力と回復力を持つのだ。

故に、噛み殺された筈の人間がすぐに息を吹き返し、近くの人間を襲う事もあったとか。
その様は、病気のそれというよりもむしろ「ゾンビ」といった方が正しいかもしれない。

その分燃費が悪くなり食欲が増すのではないか、という指摘には一応「YES」と答えよう。
実際には、消化・吸収効率が格段に上がり、それ程大食いにはならない。
また、その所為か排便・排尿が減るようだ。

そして、感染すると「食肉」の欲求が尋常でなく高まってゆく。
この「食肉」とは、私達人間が普段食べている肉では全く駄目なようなのだ。
理由は分からない。ただ、体が、脳が欲するのだという。

人 間 の 肉 を 。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:21:34.91 ID:yiRVTPAu0
それは例えるなら、薬物中毒患者が欲する「薬物」を「人肉」に変えると分かり易いだろう。

では、感染者同士の共喰いはあるのか?
答えは「NO」だ。

感染者同士は、外見ではない「何か」で互いを認知出来るらしく、互いの肉を喰い合う事はない。
肉好きの人間でも、普通は人肉を食べたがらないのと同じ理屈だそうだ。

それはつまり、「感染者と非感染者は異なる生物」という事を意味するのだという。

しかし、この食肉衝動は理性で抑える事が出来るらしい。
それこそが、この病の最も恐ろしい所なのだ。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 17:28:01.67 ID:BuWsp7OCo
なるほどそういう設定なのか
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:31:52.34 ID:yiRVTPAu0
感染者と非感染者の違いは何か。
肌の色?そんなものは非感染者同士だって大いにある。
生命力・運動能力だって、当然個人差がある。

決定的に違うのは、「食肉衝動」この1つである。

ウイルス感染だが、噛み付かれない限り感染する危険性は0だ。
即ち、理性で食肉衝動を抑えられさえすれば、感染の危険はない。
普通の人間となんら変わりは無いのである。

エイズの人間はどうか。
保菌者を危険な存在として隔離する事を、現在の国際社会は是とするだろうか。
刑期を終えた薬物中毒患者はどうなる?
病院に通いながら中毒を克服しようとする人間を、危険因子とし刑務所に拘留し続けるべきなのか。
精神病患者が殺人を犯した場合はどうなる?
現在の日本の法では、刑事責任能力が無ければ無罪だ。
酒癖の悪い人間に、酒を飲むなと強制する事は可能か?
では、酒癖の悪い人間は無害と言えるのか。

人によって考えはそれぞれだろう。
しかし、確実に言える事がある。
もしこの人達を隔離・規制しようとすれば、
世界中の自称人権団体なる者達が一斉に騒ぎ立てるだろう。
人権を、平等を、と。

ならば、この「噛み付き病」の感染者をどう扱えば良いのか?
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:36:46.66 ID:yiRVTPAu0
世界はこの病を持て余した。

この病がどの程度危険で、どの程度の規制を掛ければいいのか。
理性の弱い人間はまさに狂犬、感染してから数日のうちに大量殺人を起こすケースもあった。
理性の強い人間は、未だ普通の人と変わらぬ生活を送っている。

犯罪を犯す人間と犯さない人間の違いは何か?

それは理性の強さだ。
悪いのは病気ではなく、理性を持たぬ人間の方なのだ、世界はこう結論付けた。

つまりは、患者の人権を優先すべきという事である。
人の驕りが楽観的視観を助長する。
所詮は狂犬病と似たようなもの、治療薬だって今の科学技術があればすぐに開発される筈だ。

この瞬間、人類滅亡への序曲が始まったのだ。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 17:43:36.70 ID:ZtdWlNofo
てっきり筆談しかできない憂かと
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:44:35.14 ID:yiRVTPAu0
当初、世界に表立った変化は無かった。
所謂「噛み付き事件」なるものが米国で起きる事はしばしばあったが、
全米の凶悪事件の割合から見れば、取るに足らない程度のものだった。
また、その頃はこの事件の関連での死者が少ない事が、その存在を薄めた。

人間が人間を噛み殺すというのは、非常に労力のいる行為だ。
噛まれる場所にもよるが、腕や足に噛み付かれ、肉を削がれた程度で人間は死なない。

「噛み付き事件」を起こす人間(ゾンビ)に理性は無いし、
肉食動物としての野生があるわけでもない。
所構わず周囲の人間に襲い掛かり、その肉を噛む。ただそれだけだ

噛まれる方も抵抗するから、肉体的に優位に立つ感染者でもそうそう決着は付かない。
その間に周囲の人間が止めに入り、いずれは警官も到着する。
多勢に無勢、いくら屈強な男であろうと、数で圧倒されればなす術もない。

傷害事件発生、犯人確保。それで終わりだ。

しかしそれが、結果として死者が出るよりも恐ろしい事態を招いた。
保菌者の爆発的増大。

そして、ある現象に注目が集まり始める。

「スポーツにおける噛み付き病感染者の優位性」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:48:24.04 ID:yiRVTPAu0
噛み付き病感染者は、筋組織に特殊な変化が起こり、
常人よりも遥かに優れた運動能力を手にする事が出来るのだ。

また、怪我をしても、その直りが常人よりも遥かに早い。
スポーツ界では、保菌者に金を払って感染させて貰うという事態にまで至った。
さらには、スポーツ選手を目指す子供に、親が故意に感染させるというケースすら発生し始めた。

流石に事態を重く見た米政府は、
故意による噛み付き病感染の全面禁止を決定する。

しかし、故意かどうか見分けるのは至難な上、
それはもはや米国一国で済むような問題ではなくなっていた。

スポーツ選手を目指す近隣諸国の人達が、保菌者を求めた。
闇のブローカーがその願望を実現させた。
新たなる人身売買、しかも売られる方が非人道的扱いを受けるわけでもなく、むしろ高待遇だ。

人の欲望がこのウイルスを世界に蔓延させた。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 17:49:42.47 ID:FW5r+kIfo
なかなか悪くないな。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:52:34.94 ID:yiRVTPAu0
唯2年 1月15日

このウイルスが日本社会に蔓延するキッカケを作ったのは、ある女子高生だった。
帰国子女と名乗るその女子高生は、詳しい経緯は語らなかったが、
米国で噛み付き病ウイルスに感染したらしい。

日本人離れした、その白く透き通った肌は、画質の悪い投稿動画でも十分に伝わる程だった。
その子は言った。感染した事でニキビ等で酷かった自分の肌が、こんなにも綺麗になったと。
感染前と感染後の比較を映したその動画は、各動画サイトに転載され、大きな反響を呼んだ。

ただの比較動画なら、これ程の反響は無かっただろう。
この5分弱の動画の人気の本質は、最後の10秒に凝縮されていた。

「交通費+1万円で噛み付き病ウイルス売ります。東京在住。メルアドは……」
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 17:53:03.73 ID:Hdp0shEX0
イイヨーイイヨー
期待
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 17:53:06.73 ID:BuWsp7OCo
設定は才能の無駄遣いレベル
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 17:58:20.39 ID:yiRVTPAu0
動画はすぐに運営によって削除された。
けれども、一度流出した動画を止める事は不可能だった。
某有名匿名掲示板では、連日この話題で賑わっていた。
その動画の内容が、真実なのか否か……。

そんな事を必死に議論した所で、答えなど出る筈がなかった。
分かっているのは、その動画が存在したという事実だけ。
その内容が真実かどうかなど、当事者以外に分かる筈が無い。

実際の所、それが真実であろうが無かろうが、彼らにとってはどうでもよい事なのだ。
彼らにとっての情報とは、所詮暇つぶし程度のモノでしかないのだから。

ネットには情報が氾濫している。
しかし、必ずしもそれらの情報が真実とは限らない。

もちろん、それはその他のメディアについても言える事だ。
ただ、ネットでは誰でも自由に、簡単に情報を発信する事が出来る。
噂話や迷信すら、あたかも事実の様に語る事すら簡単なのだ。
愉快犯がとんでもないデマを流す事も日常茶飯事である。
それ故、ネットの情報は信頼性が低いと言わざるを得ないのだ。

逆に、組織じゃないからこそ出てくる驚愕の真実、スクープもある。
情報流出を未然に防ぐ事が不可能だからだ。

そんな重大な情報でも、彼らにとってはどうでもいい事なのだ。
それを知った所で、彼らに出来る事など何も無い。
所詮はただの傍観者に過ぎないのだから。

「ああ、そうだったのか」と思った所で、現実は何も変わらない。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:03:41.53 ID:yiRVTPAu0
ついには、その女子高生に実際に噛まれてきたという者まで現れ始めた。
丁寧にも、その噛み傷の写真を携帯で撮り、証拠として提示もしていた。

ここでまた不毛な議論が始まる。
その噛み傷が本物であるか否か。

仮に傷が本物だったとしても、それを付けたのが誰なのかなど特定できる筈もない。
けれど、そんな事はどうでもいい。
面白おかしく、暇さえ潰せれば彼らは満足した。

それらの情報は全て真実だった。
この時点で、もしその事をそこにいた全ての人が理解出来ていたなら、現在(いま)は変わっていただろうか。

何も変わらない。

行動を起こせない無力な人間がいくら集まった所で、それは何の力も持たない。
ただ力を持っている様な錯覚に陥ってるに過ぎず、彼らの妄想的自己満足以外の何物でもない。

0にいくら0を加えようが0なのだ。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:11:14.43 ID:yiRVTPAu0
翌日、都内の公園で30代の男性が、20代の女性を噛み殺す事件が発生した。
しかし、事件の残虐性から事の真相は伏せられ、普通の暴行事件としてニュースに取り上げられた。

「残虐な真実は、極力国民に知らせない様にする」
そんなメディアの姿勢が、完全に裏目に出たのだ。

以降、噛み付きウイルスに関して、表向きは下火となる、
しかし、会員制の携帯サイトなど、表からは見えにくい小さなコミュニティ内では、
秘密の美容法として女子中高生を中心に、日本全国に拡大していった。

ネットでは、噛み付き病がカニバリズムという理解が一般的であったが、
テレビなどのマスメディアはその残虐性から、「特殊な摂食障害」と報道していた。
その事が、少女達の噛み付きウイルスに対する危機意識を著しく低下させていた。

また、この食肉衝動は、人間の持つ攻撃性とも関連があった。
一般的に、男性より女性の方が攻撃性は低く、
食肉衝動も、男性より女性の方が影響を受けにくかったのである。
その事が、ウイルスの拡大を覆い隠す帳となっていたのだった。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:14:10.88 ID:yiRVTPAu0
唯3年 7月16日

唯「お弁当持った?」

憂「あ、忘れてた……取ってくるね!」パタパタ

唯「憂……」

憂「持ってきたよ〜」ニコ

唯「……じゃあ、行こっか」

憂「うん!」ニコ

私は憂の手を握り、玄関のドアを開けた。

和「おはよう唯、一緒に学校に行きましょう」

唯「うん、和ちゃん」

和ちゃんはゾンビになっても、とても優しい女の子。
あの日以来、毎日私の家までお迎えに来てくれる。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:18:31.34 ID:yiRVTPAu0
律「おいーっす!」ビシ

澪「……おはよう」

唯「おはよ〜りっちゃん、澪ちゃん」ビシ

和「おはよう」

憂「おはようございます」ニコ

唯「今日のりっちゃんのおやつは何かな〜」

律「ふっふっふっ……ティータイム、楽しみにしとけよ〜」ニヤリ

唯「うん、期待してるよ〜」

律「和と憂ちゃんもな」ビシ

和「ふふふ、楽しみにしてるわ、律」

憂「はい」ニコ

和ちゃんと憂はあの日の後、一緒に軽音部に入部してくれた。
生徒会はもう無い。
生徒会役員は、和ちゃん以外は皆死んでしまったから。

ゾンビは生命力が高く、手足が捥げた程度では死にはしない。
そんな事をされれば、当然、激痛で悶え苦しむだろうけど……。
だからといって、不死身というワケでもない。
いくら生命力が強いといっても、脳や心臓等、重要器官に致命的なダメージを受けると死んでしまう。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:22:18.33 ID:yiRVTPAu0
梓「おはようございます」

純「……おはよう……ございます」

あずにゃんと純ちゃんが来た。
勿論、二人ともゾンビだ。
純ちゃんも軽音部の新しいメンバー。
ジャズ研の部員はもういない。

皆の挨拶に続いて、私も二人に挨拶をした。

唯「おはよう純ちゃん、ゾンビにゃん〜」

梓「なんですか、そのゾンビにゃんて……」

唯「ゾンビあずにゃん、略してゾンビにゃんだよ〜」フンス

私は以前の様に、あずにゃんに抱き付こうとした。

梓「やめてください!!!」

あずにゃんは私を強く突き飛ばした。
その勢いで、私は尻餅をついた。
場が静まり返る。
天然と言われる私にだって分かる。
今の私の行為が、あずにゃんにとってどれだけ辛い事なのか……。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:25:35.54 ID:yiRVTPAu0
梓「す、すいません唯先輩……。でも前に言ったとおり、そういう行動は今後一切しないで下さい……」

唯「……。」

梓「唯先輩……?」

唯「……なんで?」

梓「だって私は……以前の中野梓じゃないんです……」

俯きながら、あずにゃんはそう呟いた。
尻餅をついていたので、俯いてるあずにゃんの目に涙が溜まっているのが見える。
私はゆっくり立ち上がってから言った。

唯「あずにゃんはあずにゃんだよ……何も変わってないよ。みんなだってそうだよ……」

私は和ちゃん達の方に振り返った。

唯「世界は変わっちゃったかもしれない……。でも私達は変わってないよ……変わってないんだよ!!」

皆俯いている。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:29:07.17 ID:yiRVTPAu0
唯「憂、こっち見て……私をちゃんと見て……」

憂が私を真っ直ぐ見詰めた。目には涙が溜まっていて、今にも溢れそうだった。

唯「憂は私の妹じゃなくなったの? 私の事が嫌いになったの?」

憂「私は……お姉ちゃんの妹だし……お姉ちゃんの事が……大好きだよ……」

小さな声だった。でも、はっきりとした口調で答えた。

唯「和ちゃんは私の幼馴染で、一番の親友でしょ? 違うの?」

和「そうね……その通りよ」ニコ

和ちゃんは笑って答えてくれた。でも、その瞳は潤んでいた。
そしてそれは、今までで一番優しい和ちゃんの笑顔だった。

唯「りっちゃん、澪ちゃん、放課後ティータイムの絆って、こんな事で壊れる位脆いものだったの?」

律「んなワケないだろ! 何があろうと私達の絆は壊れやしねーよ!!」

りっちゃんは私を真っ直ぐ見てくれた。
澪ちゃんはまだ俯いてる。

唯「澪ちゃんは?」

澪ちゃんは俯いたままだったけれど、ちゃんと言ってくれた。

澪「私が……唯を嫌いになる事なんて……絶対……無いよ」
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:34:00.50 ID:yiRVTPAu0
私はあずにゃんと純ちゃんの方に向き直った。

唯「純ちゃん! 純ちゃんは憂とあずにゃんの親友でしょ? それは何があっても変わらないでしょ?」

純「……。」

唯「純ちゃん!」

純「……はい。」

純ちゃんは小さく頷いた。
私は、明るくて陽気な純ちゃんの、今にも泣き出しそうな声を初めて聞いた。

唯「憂とあずにゃんの親友なら、私の親友なんだよ……私は純ちゃんの事が大好きなんだよ……」

純「はい……」

俯いた純ちゃんの顔から、大きな雫がポタポタと地面に落ちていった。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:35:25.07 ID:yiRVTPAu0
唯「分かったでしょ、あずにゃん……。何も変わらない、変わってないんだよ……」

唯「だから私はあずにゃんに今までと同じ様にするし、それを変えるつもりはないから!」

梓「でも駄目なんです、私達はゾンビなんです……」

あずにゃんが顔を上げて私を見た。
目を真っ赤にして、鼻水を流して、声を啜りながら……。

梓「私は唯先輩が大好きです、だからお願いです、分かってください……」

後ろからも鼻を啜る音が聞こえてきた。

唯「もし、みんながゾンビになった事で、私に対する態度を変えると言うのなら……」

唯「私もゾンビになるよ……」
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:39:47.42 ID:yiRVTPAu0
和「唯!!」
憂「お姉ちゃん!!」

唯「だって、私はみんなと一緒がいいもん……何があったって離れたくないもん……」

唯「誰でもいいから、私を噛んでよ!!」

私は痛い事をされるのが嫌だ。
でも、心が痛くなる事はもっと嫌だ。
ゾンビになる事で皆と一緒にいられるというのなら、
どんなに痛くたって、苦しくたって耐えられる。

お願いだから……誰か私をゾンビにしてよ……。

律「そんな事……ぜってー誰にもさせねーし」

梓「そんなの絶対嫌です!!」

なんで……なんでみんな私の事を差別するの……?
みんなの気持ちは分かるよ……でも苦しいんだよ……。
こんな気持ち耐えられないんだよ……。

憂も和ちゃんも、私の所為でゾンビになった。
頭も良くて、運動神経抜群の二人だ。
私に構わず逃げていれば、ゾンビに噛まれる事なんて絶対に無かった筈なんだ。
その証拠に、ドジで運動音痴な私が、かすり傷一つ無く、無事にあの日を生き延びた。

二人が私を守ってくれたから……。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:44:12.26 ID:yiRVTPAu0
澪「……いい加減に……しろ、唯……」

澪ちゃんが私の顔を見て言った。

澪「私達はみんなで話し合って……唯をゾンビから守るって決めたんだ……。
  唯だけは……何があっても……絶対に守るって……。
  その気持ちがあるからこそ……私達はあの学校の中で、まともな精神を保つ事が出来るんだ……。
  唯の気持ちも分かる……でも……唯が人間である事が私達の最後の支えなんだ……。
  だから……ブレないでくれ……唯……頼む……」

そう言うと、澪ちゃんはまた俯いてしまった。

唯「ごめん澪ちゃん……あずにゃんもごめん……みんなごめん……」

私はみんなの優しさに涙が出そうになった。でも堪えた。
ここで泣いちゃ絶対に駄目だと思った。
皆が私の心の支えで、私が皆の心の支えなんだ……。
どっちが崩れても駄目なんだ……私は心に言い聞かせた。
そして空を仰ぎ、目から湧き出る水が零れるのを必死に堪えた。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 18:47:35.13 ID:yiRVTPAu0
律「辛気臭いのはもうやめようぜ!」

赤い目をしたりっちゃんが、元気で明るい声を出した。

和「そうね。それに、ここでこんなに道草喰っていたら遅刻するわ」

律「この話はこれでお終いな。蒸し返すのは無しだぞ!」

唯「了解です、りっちゃん隊長!」ビシ

律「よし、じゃあ学校に行くぞ唯隊員」ビシ

こうして私達は再び歩き出した。

私立桜ヶ丘高校……私達の日常の終焉が始まった場所へ……。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 19:02:36.16 ID:yiRVTPAu0
そもそも、何故私達は崩壊してしまった桜ヶ丘高校に向かうのか。
それは、私達にとって、いや、ほとんどの学生にとって「学校」が日常そのものだからだ。
そして、その日常こそが、このウイルスの進行を遅らせる方法の一つなのである。
ある精神学者が提示した、噛み付き病に関する調査報告書の中にそれはあった。

私達学生は、皆必ずある共通の盟約の様なものを持っている。

「学校に行く事」

学校が好きであろうが嫌いであろうが、学校に行かなくてはならないのだ。
その「しなくてはならない」という目的意識が自我を確立する。
自我を確立する事が、食肉衝動という本能に抵抗する理性を生むのだ。

感染者の病状進行は、軽度のレベル1から重度のレベル5という5段階で表される。

レベル1とは、感染初期の状態だ。肉体的変化は起きるが、精神的変化は、常人にはまず現れない。

レベル2とは、感染後7日経ち、皮膚の色素が完全に抜けた状態の事だ。
精神的疾患を持つ者や、異常性癖者は、この時点で殆どが「崩壊者」状態に陥る。
普通の精神の持ち主であれば、食肉欲を理性で抑え「崩壊者」状態になる事はまずない。

レベル3とは、感染後7日目以降の安定期の事だ。この期間は、個人差により大きく異なる。
自我をしっかりと持ち、精神が安定している者程この期間が長くなる。

レベル4になると、言語障害、記憶障害、手足の痙攣などが現れ始める。
自我崩壊の序曲だ。

とは言え、レベル4の初期であれば、常人と比較してもその差は微々たるものだ。
言葉がすぐに出てこない、ちょっとした物忘れをする、たまに手足が震える、ぼーっとする、それは常人にもありえる事だ。
しかし、レベル3の時とは異なり、非常に危うい面も出始める。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 19:12:08.48 ID:yiRVTPAu0
非感染者の血の匂いに非常に敏感になるのだ。

このウイルスは、唾液を媒体にし他者の血液に侵入する。
その習性が、感染者の血に対する執着・過敏な反応を生むのだろう。
レベル4の者がこの匂いを嗅ぐと、言葉では言い表せぬ苦しみ、俗に言う禁断症状が現れるのだ。
大抵の者は、ここで自我が崩壊し、レベル5へと移行する。

レベル5になった者は自我を失い、「肉」を求めるだけの人食いに成り果てる。
この人食いの事を、識者達は「崩壊者」と呼んだ。

「崩壊者」達のその様は、まさに生者の肉を求め跋扈する「ゾンビ」そのものだ。
こうなるともう、以前の状態に戻る事は不可能となる。

そしてもう一つ重要な事がある。

レベル1の状態から、一気にレベル5まで移行するパターン。
このウイルスは、人間の持つ生命の力を爆発的に高める。
そして、その力を最も大きく高める要因が、「生命の危機」なのだ。

初期感染時に母体が危機的状態にある場合、中度のレベルを一気に飛び越え「崩壊者」になる。
もちろん、レベル2、3,4の状態である場合でも同様だ。
肉体に多大な損傷を受けると、「崩壊者」へと覚醒する。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 19:15:27.15 ID:yiRVTPAu0
私の友人達は、私と六つの盟約を結んでいる。

一つ、学校に行く事。
二つ、ティータイムを行う事。
三つ、楽器の練習をする事。
四つ、平沢唯をゾンビ達から守る事。
五つ、上の四つを毎日継続する事。

そして最後に、傍にいる者が自分から離れるよう促した場合、平沢唯は必ずそれに従う事。

それが私達9人、「新生放課後ティータイム(新HTT)」の掟。絶対に破ってはならないもの。

私達は絶対に希望を捨てない。
必ず特効薬が発明され、私達は元の緩い日常生活に戻れると。

既に失ったモノは大きすぎるけれど……。
それでも、私達にはまだ失いたくないモノが沢山あるんだ。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 19:19:44.95 ID:yiRVTPAu0
校門が見えてきた。
そこには、二人の女生徒達が立っていた。
七月も半ばのこの時期に、彼女達も私達と同じく冬物のブレザーを着ている。

これが、「平沢唯を守る会」の目印だ。

なぜこの暑い中ブレザーなのか。
りっちゃん曰く、「防御力が高そうだから」

ゾンビだって暑さ寒さは感じる。
「崩壊者」でない限り、服装は季節によって変わるのだ。

では、誰もがブレザーを着る冬はどうするのか。
りっちゃん曰く、「また、あの着ぐるみでも着ようか」
澪ちゃんのゲンコツがりっちゃんの後頭部に炸裂した事は言うまでも無い。

二人の女生徒達も私達に気が付いたようだ。
一人の女生徒がこちらに向かって手を振っている。
もう一人は不機嫌そうにそっぽを向いている。
あくまで不機嫌そうに見えるだけであって、実際に不機嫌なのではない。
彼女、若王子いちごはそういう風に見えやすいタイプの人間なのだ。
もう一人の手を振っている彼女は木下しずか、笑顔がかわいい女の子だ。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 19:33:34.11 ID:yiRVTPAu0
しずか「みんな、おはよ〜」
いちご「……遅い。」

和「遅くなってごめんなさい」

律「いちごは私たちの事心配してくれてたのかな〜?」

いちご「……律、ウザい。」

律「素直になれよ、いちごしゃん〜」ギュッ

いちご「……暑苦しい。」

満更でもなさそうな顔をしている。
私とあずにゃんのハグも、傍から見たらこんな感じだったのだろうか。

唯「二人とも本当にごめんね」

しずか「ううん、全然平気だよ」
いちご「……別に気にしてない。」

和「教室に行きましょう」
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 19:43:24.31 ID:yiRVTPAu0
外観は以前と全く変わっていない桜ヶ丘高校。
あの日の後、7日間で業者が全てを元通りにした。

でも、直ったのは外見だけ。
もうここに「桜ヶ丘高校」は存在しない。
でも、それは何があっても口にしてはいけない。
それを口に出せば、私達ですら崩壊しかねないから。

以前は各学年3クラスあったけれど、現在は各学年1クラスしかない。
それで足りてしまう程の生徒数になってしまったのだ。

その全てのクラスは3階にある。
3階を使用するのは、見晴らしがよく、遠くの景色まで見る事が出来るからだ。
何かが起これば、逸早くそれを知る事が出来る。

階段を上って、手前から1年生、2年生、3年生の教室となっている。
私はこの廊下を歩くのが嫌だった。
私がこの学校で唯一の「人間」なのだという事を、嫌でも実感してしまう。

教室の前を通る時、下級生達の黒く光の無い視線が私に集中する。
もともと私は鈍感で、他人の考えている事など読めない人間だ。
そんな私でも感じてしまう程の強烈な意思が、そこには含まれていた。

その漆黒の視線に感じるもの……。
悪意や狂気、敵意といった類のモノではない、もっと異質な何か。

「食欲」

その視線から、私は彼女達の強烈な食欲を感じていたのだ。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 19:49:41.12 ID:yiRVTPAu0
律「ういーっす」ガラガラ

いつもりっちゃんが最初にドアを開ける。
次に澪ちゃん、いちごちゃん、しずかちゃん、私、和ちゃんの順に入る。
この順番で教室に入る事が、いつの間にか私達のルールになっていた。

誰もこちらに視線を向けない。
3年生は下級生達と違って、私に視線を向ける事は無い。
私は挨拶を絶対にしない。してはいけない。
それは和ちゃんにきつく言われている事だ。

皆分かっているのだ。
私が皆の崩壊のキッカケを招きかねない、危険な存在だという事に。
だから、私はクラスメイトを刺激しない様、細心の注意を払う。
私はこの空間で息を潜め、ただひたすら空気となるのだ。

ここは、私にとって「教室」と呼べる場所ではなかった。

本来なら、私はこの場に居ていい人間ではない。
皆、自我を保とうと必死にここに居るというのに、
私の存在は、それを危ういモノにしているからだ。

しかし、私はここに居なければならない。
その一番の理由は、生徒会を失った和ちゃんだ。

和ちゃんは生徒会の活動で忙しかった為、
生徒会役員以外で親友と呼べる者は、私しかいなかったのだ。
もちろん、りっちゃんや澪ちゃんとは親しい友人ではあるが、
「軽音部」という絆を持たない和ちゃんは、やはり円の外側の人間なのだ。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 19:57:55.33 ID:yiRVTPAu0
★2
私の席は、最も窓際に近い列の一番後ろ。
前から、しずかちゃん、いちごちゃん、そして最後尾に私。
私の右横には和ちゃんがいて、その前にはりっちゃんと澪ちゃんがいた。

廊下側前列の方には、元3年2組の佐藤アカネちゃん、佐伯三花ちゃん、野島ちかちゃんがいる。
あの日までは、あの3人も「人間」だった。
アカネちゃんは、あの日のりっちゃんとエリちゃんの事で軽音部と気まずくなり、
以来、互いに声をかける事すら無くなった。

同じバレー部の三花ちゃんと、三花ちゃんの友達のちかちゃんは、
たまにしずかちゃんと話しているのを見掛ける。

しずかちゃんはいちごちゃんと一番仲が良いみたいだけど、ちかちゃんとは以前からよくお喋りしていた。
私達の中で、彼女達と会話が出来るのはしずかちゃんだけだった。

しずかちゃんによると、三花ちゃんとちかちゃんも軽音部に入りたかったらしい。
でも、そうするとアカネちゃんが孤立してしまう。
アカネちゃんが軽音部に入る事は絶対にないから。
それで二人は軽音部入部を断念したとの事だった。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 20:02:55.34 ID:yiRVTPAu0
さわ子「……おはよう。」

さわちゃん先生が来た。今、学校に来てくれている唯一の教師だ。
最初10名いた教師達は、その後一人二人と姿を見せなくなっていった。
今ではさわちゃん先生が全学年を受け持っている。
といっても、さわちゃん先生が行うのは朝と帰りのHRだけだ。
それ以外の時間は、全て各自自習となる。

自習といっても、普通の学校のそれとは全く違う。
ある子達は調理室で料理をしたり、
またある子達は、体育館に集まって様々なスポーツをしたりしている。
一人で携帯電話やノートパソコンをずっと弄ったりしている子達もいる。
最近では、ぼーっとする子も増えてきた。

さわ子「……それじゃあみんな、今日も一日頑張ってね」

出席を取り終えて、さわちゃん先生は教室を出て行った。
さわちゃん先生は、帰りのHRまで職員室でパソコンを弄っている。
あの日以来、さわちゃん先生はティータイムに来なくなった。

律「うっし、じゃあ音楽室に行くか!」

教室のドアを開けると、先にHRを終えていた2年生3人組が待っていた。

私達9人は音楽室に向かった。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 20:12:30.41 ID:yiRVTPAu0
私達9人は、HR以外の全ての時間を音楽室で過ごす。

以前は、音楽室でまず最初にする事はお茶だった。
けれど、朝ごはんを食べてくればこの時間にお腹は空かない。
そんなわけで、お茶の時間は10時半と15時半から30分ずつ計2回となっている。

基本的に、お茶の時間以外は皆自由行動だ。
ただし、必ず楽器の練習を少しはしなくてはいけない。
午後のお茶の後に、どんなに拙い演奏でも皆で合奏する事が今の軽音部の決まりだからだ。

私達の軽音部には、ティータイムとこの合奏が不可欠だった。
ティータイムは以前の軽音部らしさの象徴であり、合奏には皆との絆を強める役割があった。

りっちゃん、あずにゃん、いちごちゃんは、最初に各自買ってきた雑誌を読む。
りっちゃんはコンビニで買ってきた漫画の雑誌。
梓ちゃんは音楽雑誌で、いちごちゃんはファッション雑誌のようだ。
準備室には、三人が買ってきた雑誌が山積みになっている。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 20:16:28.47 ID:yiRVTPAu0
和ちゃんとしずかちゃんは、何か難しそうな分厚い本を読んでいる。

この前、二人の本を後ろからこっそり覗いて見たら、
小さな文字がびっしりと詰まっていて、私は眩暈がした。
たまに二人で本の内容について語り合っている。
和ちゃんとしずかちゃんは、趣味が合うのかもしれない。

澪ちゃんはヘッドホンをして、自宅から持ってきたノートパソコンと睨めっこ。
音楽サイトや情報サイトを巡ったり、詩を書いたりしているらしい。

純ちゃんは人懐っこい性格からか、皆の所を回っている。
澪ちゃんのパソコンを覗いてみたり、あずにゃんと一緒に雑誌を見てたり、
りっちゃんと一緒に漫画を読んで笑ってたり。
でも、和ちゃんとしずかちゃんの本は過去一度覗いたきりだ。

最近では、よくいちごちゃんと一緒にファッション雑誌を読んで、
なにやら二人であーだこーだと論議している。
いちごちゃんがあんなに喋っている姿を、以前の私なら想像する事すら出来なかった。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 20:19:39.30 ID:yiRVTPAu0
憂はヘッドホンを付けて、ムギちゃんの置いていったキーボードを練習している。
以前よりも練習する量が増えていた。
そして、練習している時に、度々不機嫌な顔を見せる様になった。

本人は無意識なのだろうが、誰もがその事に気付いていた。
その理由も分かっていたから、誰も気付かない振りをした。

私はヘッドホンをしてギターの練習を始めた。
この音楽室は、私が唯一ギターを弾ける場所だ。
それが、私の学校生活における最後の救いだった。

家でギターを弾く事は無い。
「崩壊者」は音にも非常に敏感だ。
日常生活以外の音がすれば、それに惹かれて寄ってくるかもしれない。
万が一の為、私は家でギターには触れない様にしているのだ。
私がゾンビであれば、そんな事を気にする必要など無いのに……。

私は夢中でギターを掻き鳴らした。
全てを忘れ、ただただギターを奏でる事に集中した。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 20:26:22.40 ID:yiRVTPAu0
律「そろそろお茶にしよーぜー」

気付けば1回目のお茶の時間になっていた。
憂と和ちゃんが皆のお茶を入れている。

ムギちゃんの居ないティータイム、私はもう慣れた。

お菓子は、私と憂を除いた各自が当番制で持ってくる。
私が外を無闇に歩き回れば、それだけ危険が増える。
だから、登下校以外で私は外を歩いてはいけない。

今の私は籠の中の鳥だ。

でも、籠は私の自由を奪う為のモノではない。
私は籠の中でしか自由を得られない存在なのだ。

りっちゃんは、鞄の中から大量の駄菓子を出した。
りっちゃん達の通学路の途中にある駄菓子屋から「持ってきた」らしい。

和「凄い量ね……」

いちご「……タダだからって持ってきすぎ。」

律「一度これ位の量の駄菓子を一気に食べてみたかったんだよ!」

そうか、駄菓子屋のお婆ちゃんも居なくなったんだ……。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 20:31:35.32 ID:BuWsp7OCo
初っ端からほとんどのキャラがゾンビになっていてワロタ
異常が正常を上回るとそれが普通になるから怖いよな
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 20:34:15.92 ID:yiRVTPAu0
駄菓子を摘みながら、熱い緑茶を啜る。
それが全身を駆け巡り、冷たくなった体を火照らせた。

音楽室の冷房は強めにしてある。
夏に冬服を着て冷房、なんて非効率なのだろう。
環境に悪いわね、和ちゃんは笑いながら言った。

ライフラインが未だ健在なのは、
私達と同様、自我を保つ為に日常を維持しようとする人達がいるからだ。
足りない人手は、自衛隊や有志の人達が補っているらしい。
もちろん、その人達もゾンビだ。
たまに町内の見回りをして、崩壊者の「駆除」をしているらしい。

街の商店も普通に営業しているけれど、最近は店員のいない店も増えてきた。
窃盗など今は取るに足らぬ行為で、それを取り締まる気配など無い。

このような状況になったら、略奪が起こるのは必然だろう。
しかし、そのような暴動じみた事はまだ一度も起きていない。
せいぜい、私達のようにちょこっと物資を持ち出す程度のものだ。

ゾンビになると、食肉欲とその他の欲求が反比例するらしい。
症状が進行する程、彼らは無気力になっていく。
そして、虚脱感が増し抵抗力を失うと、症状は加速度的に悪化していくのだ。

何もしなければ、病状の悪化を早める。
だからこそ、私達は無理矢理にでも何かする事を求めなければならない。

軽音部の活動は、その為のものなのだ。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 20:39:03.55 ID:yiRVTPAu0
1回目のお茶の後は、皆楽器の練習をする。

憂はお茶をする前と変わらずキーボードの練習。
りっちゃんは純ちゃんのコーチを受け、エリザベスで練習だ。
ベースを弾けなくなった澪ちゃんの代わりに。

澪ちゃんはパソコンを使って音を奏でる。
キーを押すと、それに対応して様々な音が出るというアプリらしい。

ドラムを叩くのは和ちゃん。
和ちゃんは最初りっちゃんから教わっていたが、
りっちゃんもベースの練習をしなければならないので、
ドラムに関する本を借り、一人で頑張った。
勉強も運動も得意で、練習熱心な和ちゃんは、
すぐにある程度の演奏技術を身に付ける事が出来た。
りっちゃんも、和ちゃんの事をセンスがあると褒めていた。

いちごちゃんはリコーダー、しずかちゃんはピアニカを持ってきた。
二人は同じ小学校で、一緒に音楽クラブに入っていた事があるらしい。

私はあずにゃんとギターの練習だ。
以前はあずにゃんに、真面目に練習してください、とよく怒られたものだが、
今ではそんな事はもうない。
家でギターを弾けなくなってから、私はこの音楽室で誰よりも練習に励んだ。

あの練習熱心だったあずにゃんよりも……。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 20:44:25.79 ID:yiRVTPAu0
お昼、音楽室でお弁当を食べ、私はまたギターを掻き鳴らす。
一心不乱に、時の流れすら忘れる程に。

澪「……そろそろ教室に戻ろう」

時計は14時半を指している。
大体14時40分から15時が帰りのHRの時間。
楽器を置き、私達は教室に向かった。

帰りのHRといっても、連絡事項など何も無い。
ただ一言、挨拶をするだけの儀式だ。
それが終われば、私達はまた音楽室に戻る。

部外者からすれば、それは無駄で無意味な行為に見えるかもしれない。
でも、私達は必ずそれに参加する。

さわちゃん先生に挨拶をする為に。
それがさわちゃん先生が学校に来る理由なのだから。

教室に戻り、暫くしてさわちゃん先生が入ってきた。
クラスを一瞥し、一言挨拶をする。

さわ子「……みなさんさようなら、ではまた明日」

クラスメイト達が次々と教室を出て行く。
私達は最後に席を立ち、また音楽室に向かって歩き出した。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 20:48:35.97 ID:yiRVTPAu0
2回目のお茶が終わり、合奏の時間になった。

最初の曲目は「翼をください」。
その後は順不同に、HTTの楽曲や、音楽の教科書にあった曲などを演奏する。
私はその全ての曲のボーカルも兼任している。

和「ワン、ツー!」カチカチ

音楽室が大音響に包まれる。
私達の奏でる音は音楽室を飛び出し、学校中に響き渡っている事だろう。

私は音の大きさなど気にする事なく、思いっ切りギー太を掻き鳴らす。
この瞬間だけは、私を囲う籠など存在しない。

平沢唯は、音楽という翼で自由に大空を飛び回った。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 20:58:19.69 ID:yiRVTPAu0
合奏の後は、あずにゃんの提案がキッカケで、私が独奏を披露する事になっていた。

最初は、あずにゃんや澪ちゃんに借りたCDの中から気に入った曲を演奏していた。
そのうち、他の皆もCDを持ってくる様になった。
気付けば、私のレパートリーは膨大な数になっていた。

律「また唯は上手くなったな」

澪「……ああ」

しずか「私、感動しました!」

いちご「……凄い。」

憂「良かったよお姉ちゃん」ニコ

梓「やっぱり唯先輩は凄いです!」

純「ホントに凄いですよ、唯先輩……」

和「最高だったわ、唯」

皆が私を絶賛してくれた。
練習時間が増えた事で、私の演奏技術は格段に上がっていた。
でも、私は少しも嬉しくなかった。むしろ辛かった。

私が上達するのと反対に、皆の演奏は稚拙になっていったのだ。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 21:03:23.04 ID:yiRVTPAu0
症状が進行して脳神経に障害が出始めると、細かい作業が苦手になる。
それが、演奏技術を著しく低下させていたのだ。

感染初期のりっちゃんのドラムは凄かった。
それは、脳が正常な内に運動能力の向上があったからだ。

脳に異常を来せば、単純な運動なら問題なく出来ても、
楽器演奏の様に緻密な操作は、徐々に出来なくなってしまう。
彼女達の演奏が、まさにそれを物語っていたのだ。

そしてその事が、憂に苛立ちの表情を作らせ、澪ちゃんがベースを辞める原因となった。

りっちゃんは、澪ちゃんがベースを辞める事に猛反対した。
でも、澪ちゃんの意思は揺るがなかった。

澪ちゃんはりっちゃんに大切なベースを託した。
私の代わりにベースを弾いて欲しいと。

翌日から、りっちゃんはベーシストになった。
あんなに反対していたのに、なぜ翌日にはそれをあっさり受け入れたのだろうか。
私には分からない何かが、幼馴染の二人にはあったのだろう。
昔から澪ちゃんにベースを触らせて貰っていたらしく、ある程度の基礎は出来ていた。

ベーシストのりっちゃんはカチューシャを外していた。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 21:07:25.67 ID:yiRVTPAu0
外はもう暗くなり始めていた。
時計は既に19時を回っている。

律「今日はそろそろ解散とするか」

澪「……そうだな」

私達は音楽室を後にした。

校門でいちごちゃん、しずかちゃんとはお別れだ。

いちご「また明日。」
しずか「気をつけてね」

別れを告げて、私達も帰路に就く。

皆と別れ別れになる帰り道、私はどうしようもなく怖くなる。

明日もみんなに会えるだろうか?

そんな私の感情に関係なく、無慈悲にも別れは淡々と私達を切り裂いていった。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 21:10:12.33 ID:GQUqw1rRP
むぎゅがまだ出てこないの
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 21:12:22.23 ID:yiRVTPAu0
唯「ただいま〜憂〜」

憂「ただいま、お姉ちゃん」ニコ

唯「おかえり〜憂〜」

憂「おかえり、お姉ちゃん」ニコ

これが帰宅時の私達のルールだ。
二人で「ただいま」を言い、二人で「おかえり」と答える。
私は憂に、憂は私に。

一人なら滑稽な姿になってしまうかもしれないが、私達は二人なんだ。

雨戸は常に閉めっぱなしにしているから、部屋は真っ暗だ。
こんな所に一人で帰ってきたら、寂しさで涙を流してしまうかもしれない。
でも、私達は二人なんだ。二人なら、どんな暗闇だってへっちゃらだ。

私は着替え、憂と一緒に家事に取り掛かる。
室内で陰干しした洗濯物を畳み、掃除をして早めにお風呂を焚く。
あとは夕食の下拵え、炊飯をして和ちゃんを待つ。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 21:14:55.63 ID:T+0eQH8no
ムギは死んでいるか黒幕かだな
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 21:38:09.64 ID:WGpeRLTOo
普通に家族で避難してるんじゃないか?
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 21:41:48.75 ID:yiRVTPAu0
ピンポーン ピンポーン

玄関のチャイムが鳴る。
この鳴らし方は和ちゃんだ。
玄関を開けると、沢山の食材を持った和ちゃんがいた。

唯「いらっしゃ〜い」

憂「いらっしゃい」ニコ

和「お邪魔するわね」

和ちゃんは、いつも私達の代わりに日用品や食料品を買ってきてくれる。
最初は心苦しかったけれど、これも和ちゃんの為なのだと割り切った。
和ちゃんの意思なら、私はどんな事だって受け入れるつもりだ。
私が和ちゃんにしてあげられる事は、それしかないのだから。

和「カレーの材料を買ってきたから、一緒に作りましょう」

憂「うん!」ニコ

唯「ありがとう和ちゃん」

和ちゃんは、毎日夕食を私達と一緒に作り、一緒に食べる。
でも、絶対に泊まって行く事は無い。
私が誘っても、和ちゃんは頑なにそれを拒否し続けた。

私にはその理由が分かっていた。
和ちゃんは恐れていたのだ。
自我を失い、幼馴染であり親友である私を傷付けてしまうのではないかと。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 21:43:32.36 ID:Ymcbaf9Zo
ムギはWRYYYYYYYYYYY状態で街をさまよってるのかもしれない
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 21:44:08.40 ID:yiRVTPAu0
唯「ご馳走さま〜」

憂「美味しかったね、お姉ちゃん」ニコ

和「いっぱい作ったから、残りはタッパーに詰めて冷蔵庫に入れるのよ」

唯「は〜い」

和「じゃあ私、家に帰るわね。片付けは任せるわ」

唯「らじゃ〜」ビシッ

憂「また明日」ニコ

和ちゃんは帰っていった。

唯「私が後片付けしとくから、憂はお風呂入っちゃってね」

憂「うん」ニコ

憂は着替えを取りに行った。

唯「それじゃあ、ちゃっちゃと片付けちゃいましょ〜!!」グッ
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 21:49:10.12 ID:yiRVTPAu0
憂と一緒のお風呂に入ったのは、あの日から一週間後の時が最後だった。
私はふと、その時の事を思い出していた。

肌は雪の様に白くなり、まるで白雪姫のようだった。
憂はその姿が嫌だったのか、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
けれど、私の口からはそれを賛美する言葉が自然と洩れていた

「とても綺麗だよ憂……」

憂はその言葉を聞き、大声を出して泣き出してしまった。
私は憂を優しく抱きしめた。

私が抱き締めても憂が泣き止まなかったのは、あの時だけだった。

今にして思えば、私はなんて酷い事を言ってしまったのだろうか。
でも、本当に憂は綺麗だった。世界中の誰よりも。

その日、私は憂と一緒に寝た。
憂と一緒に寝たのも、その日が最後だった。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 21:51:21.22 ID:yiRVTPAu0
憂「お風呂上がったよ、お姉ちゃん」ニコ

唯「ほ〜い」

片付けは終わり、私もお風呂に入る事にした。

お風呂に入るといつも、あの時の憂の裸を思い出してしまう。
私は妹に恋をしてしまったのだろうか。
性別に関係なく、あの姿を見たら誰でも同じ事を思うのではないだろうか。
そんな事を考えている自分を、私は嫌悪した。

(ごめんね憂……)

私は心の中で、憂に何度も何度も懺悔した。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 21:55:29.27 ID:yiRVTPAu0
お風呂から上がると、憂が私を呼んだ。

憂「アイス一緒に食べよ?」ニコ

カレーの材料と一緒に、和ちゃんは私の好きなアイスも買ってきてくれていた。
2つのアイス、私の分と憂の分。
和ちゃんの気配りと優しさが、今の私には辛かった。

唯「うん、一緒に食べよ〜」ニコ

嘘を付く事が下手だった私。
でも、私はいつの間にか嘘を付く事が得意になっていた。
私は憂に悲しい顔など見せたくなかった。
私が悲しい顔をすれば、憂が悲しむから……。

憂も同じ事を考えていたのだろう。
自分が悲しい顔をすれば、私が悲しむと……。
だから、憂は笑顔を振り撒いた。偽りの笑顔を。

でも、私はその笑顔の違和感に気付いていた。
私は憂が生まれてから、ずっとその顔を見てるんだよ?
本当に笑っているのかどうかなんて、すぐに見分けられるんだよ。
だから無理に笑わなくていい、泣きたい時は泣けばいいんだ。
私は憂のお姉ちゃんなんだ。
憂が私に遠慮する必要なんて、どこにも無いんだ。

私はその言葉が言えず、憂の偽りの笑顔を受け入れた。
私には、憂の優しさを否定する事が出来なかった。

私は最低のお姉ちゃんだった。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:00:09.75 ID:yiRVTPAu0
アイスを食べ終え、私達は居間のソファーで寛いでいた。
横を見ると、憂がこっくりこっくり居眠りをしている。
時計は22時になった所だ。

唯「憂、起きて。ベッドに行こう?」

憂「う〜?」

憂は少し寝惚けているみたいだ。
私は憂を支えながら、妹の部屋へと連れて行った。
そして、ベッドに寝かせ、布団を掛ける。

唯「おやすみ憂、また明日ね」

憂「おやすみ……おねえちゃん……」ニコ

憂はすぐに眠りに就いてしまった。
私は憂の額に軽くキスをして部屋を出た。

私も眠ろう。
ベッドに潜り込むと、すぐに強い睡魔に襲われた。
私はそのまま深い眠りに落ちた。

ああ、今日もまた、あの日の夢を見るのだろうか……。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:02:01.73 ID:yiRVTPAu0
唯2年 2月15日

もう春休みも目の前に迫ってきていた。
私たちはもうすぐ最上級生になる。

新歓ライブに向け、私達は珍しく熱心に練習をしていた。
今年新入部員を引き入れなければ、来年はあずにゃん一人になってしまうからだ。

そんな頃、私たちの周りではある噂が流行していた。

「健康美白ウイルス」

なんでもそのウイルスに感染すると、肌が美しくなり、健康にもなるというのだ。
副作用は、ちょっとした摂食障害になる事らしい。

最初は誰もがそんな噂を信じる事は無かった。
実際に感染者を自分の目で見るまでは。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:06:48.61 ID:yiRVTPAu0
桜ヶ丘高校で最初に感染が明らかになったのは、あずにゃんのクラスの子だった。
あずにゃんによると、一週間程度でみるみるうちに肌が白く綺麗になっていったという。
さらにその子は、今まで運動が苦手だったにも関わらず、
体育の時間に信じられない程の活躍を見せたという。
その子は瞬く間に学校中の噂になった。

しかし、その子から感染が拡大する事は無かった。
純ちゃんによると、その子は内気な性格で友達もいないらしい。
そんな子が何時、何処で感染したのか、誰もが興味を持った。
けれども、彼女は詳しい感染の経緯を語らず、真相は闇に包まれた。

そんな彼女に、ウイルスをうつして欲しいとお願いする子もいたらしいが、
直接噛むという行為自体が、感染の予防になった様だ。
見ず知らずの他人を噛むというのは、噛む方にとってもかなりの抵抗があったのだろう。

けれども、そこで感染が止まる程甘くはなかった。

どうしてもウイルスが欲しい子達は、中学の時の友人と連絡を取ったり、
携帯コミュニティーサイトなどで保菌者を探していたのだ。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:09:48.22 ID:yiRVTPAu0
2年生で最初に感染したと思われるのは、立花姫子ちゃんという子だった。

その頃の私は、まだ姫子ちゃんと面識はなかったけれど、
姫子ちゃんの噂はすぐに私の耳にも届いた。
彼女のバイト先の友人の知り合いが保菌者で、その子から感染したという。

もともと姫子ちゃんは、人目を引くクール系の美人だった。
そんな彼女の肌がどんどん白くなっていくと、
まるで女優を思わせるかの様な美しさ、輝きを放つようになった。

その美しさが、「健康美白ウイルス」の需要を爆発的に高める要因となった。

春休み直前には、私のクラスにも数人、肌が白くなりつつある子がいた。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:12:33.12 ID:yiRVTPAu0
軽音部で最初に感染したのはりっちゃんだった。
それに最初に気付いたのは澪ちゃんだった。

春休み、新勧ライブに向けての練習の為、部室に集まった時の事だ。

いつもりっちゃんと澪ちゃんは一緒に登校しているが、
その日は澪ちゃんだけ先に部室に来ていた。
りっちゃんは寝坊したらしく、後から来るとの事だった。
お茶をしていると、暫くしてりっちゃんがやってきた。

律「わりーわりー、寝坊しちった」

唯「も〜、りっちゃんは駄目駄目だね〜」

律「どうせ唯は憂ちゃんに起こして貰ったんだろ?」

唯「でへへ、すいやせん」

紬「今お茶入れるわね」

梓「それ飲んだらすぐ練習しますからね」

律「へいへい」

澪「……」
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:17:00.33 ID:yiRVTPAu0
澪「律、お前肌の色、少し白くなってないか?」

律「お、澪ちゃん、気付いちゃいましたか〜」

紬「言われてみると、りっちゃんの肌、前より少し白いわね」

律「実は昨日マキちゃんに、健康美白ウイルスをうつして貰ってさ。
  その後、ラブ・クライシスのみんなとオールでカラオケしてたんだ〜。
  今日は寝ないで、そのままこっちに来ようと思ってたんだけど、
  横になったらいつの間にか寝ちゃっててさぁ」

梓「律先輩も美白で綺麗になりたかったんですか?」

唯「りっちゃんはそのままでも可愛いのに〜」

律「ちげーって! てゆーか、私はそんなミーハーじゃないぞ?」

梓「じゃあ何でですか」
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:19:11.56 ID:yiRVTPAu0
りっちゃんが感染した理由は、ラブ・クライシスというバンドにあった。

そのバンドのドラマーは、りっちゃんと澪ちゃんの中学時代の友人だった。
りっちゃんは、同じドラマーという事で今でも付き合いが深く、
一緒に出掛ける事もしばしばあるらしい。

律「ラブ・クライシス、メジャーデビューしたんだよ」

梓「メジャーデビューですか!?」

律「ああ、昨日はその祝賀会だったんだ」

梓「なるほど。で、それが健康美白ウイルスと何の関係があるんですか?」

律「デビュー出来たのは、そのウイルスの力なんだよ」
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:21:23.64 ID:yiRVTPAu0
ラブ・クライシスのメンバーは、才能の壁に悩まされていた。

バンドとしての能力は高く、小さなライブハウスなら、
単独で満員にする位の実力も人気もあった。

しかし、それはあくまでもアマチュアレベルでの話である。
プロの世界はそれ程甘くは無い。
彼女達は、アマチュア以上プロ未満という、
ミュージシャンとして一番辛い時期にあった。

そんな時、彼女達は健康美白ウイルスの話を知った。
それを利用し、ルックスを良くする事によってバンドの人気を上げようとした。

大成功だった。

さらに、ウイルスの思わぬ効能が表れた。
身体能力の向上により、楽器演奏の技術が飛躍的に向上したのだ。

かくして、ラブ・クライシスはメジャーデビューを果たす。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:24:46.57 ID:yiRVTPAu0
梓「信じられません……と言いたい所ですが……」

実際に私達は、感染者を身近に見ている。
そうでなければ、この様な話をすぐには信じられなかっただろう。

律「私も、直に演奏を見て、聴いて、ビックリしたよ。
  マキのドラムは、今までのソレとは別次元のレベルだったんだ。
  それで私も、って思って……。
  今度の新歓ライブ、梓の為に最高の出来にしたいからさ……」

梓「律先輩……」

紬「りっちゃんらしいわね」

唯「りっちゃん部長っぽいよ」

律「へへ……」

澪「……」
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:25:42.30 ID:yiRVTPAu0
唯「でも、本当にりっちゃんも上手くなるの?」

梓「確かに、律先輩まで上手くなるというのは信じ難いですね」

律「言うじゃない中野〜。まぁ、百聞は一見にしかずってね」

唯「おお〜、りっちゃんがやる気になってる!」

律「なんか体中から力が漲ってくる感じがするんだよね」

梓「それじゃあ、一回合わせてみましょうか」

律「よっしゃ!!」
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/01/31(月) 22:27:29.11 ID:FCZwfyNSO
気になったので一応言っとくと、菌とウィルスは別物
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:28:35.81 ID:yiRVTPAu0
りっちゃんのドラムは凄かった。
リズムキープは相変わらずだったけれど、
力強く刻むビートは、りっちゃんらしさに磨きが掛かっていた。
荒削りだけれど、そこには輝く何かが確かに存在した。

律「ふぅ〜……」

紬「今のりっちゃんのドラム、凄く良かったと思う!」

唯「うんうん、凄かったよりっちゃん!」

梓「リズムキープはまだまだですが……確かに良かったです!」

律「だろ? 今日は寝不足だったからまだまだだけど、
  本調子になったら、こんなもんじゃないぜ?」

唯「私もウイルス貰ったらギター上手くなるかな……?」

律「私が唯を噛んでやろうか? にひひ」

紬「あらあらあらあら」

唯「なんかりっちゃんイヤラシ〜よ〜」ケラケラ

澪「やめろよ!!」

それまで無口だった澪ちゃんが突然大きな声を上げた。
75 :キャリアの方が良かったかな[saga]:2011/01/31(月) 22:34:59.11 ID:yiRVTPAu0
律「何だよ澪……突然大声出してさ……」

澪「何でそんな事勝手にするんだよ……何で私に相談しなかったんだ、律……。
  それはウイルスなんだぞ? 病気なんだぞ?
  摂食障害になるって聞いたし、治療薬だってまだ出来てないって聞くし……。
  それなのに、故意に感染してくるなんて、何を考えてんだよ!
  それがどんなに危ない事なのか、お前は分からないのかよ……!」

律「澪は気にし過ぎだろ……。
  みんなやってるし、マキちゃんの話だと症状も大した事ないらしいし……。
  そもそも、そんなに危ないモノなら、もっとテレビとかで大騒ぎしてる筈だろ?」

澪「だからお前は単純だっていうんだ!
  そりゃあ、今は平気かもしれないけど、今後の事は分からないだろ!
  場当たり的に行動するから、いつも失敗するんじゃないか!
  もうちょっと先の事も考えろよ、馬鹿律!!」

律「な、なんだよ……お前は私の保護者か何かか?
  何でいちいち澪に相談しなきゃいけないんだよ!
  それとも、私が綺麗になる事に嫉妬でもしてんのか?」

音楽室にパチンと乾いた音が響いた。
澪ちゃんの大きな掌が、りっちゃんの頬を紅く染めた。
澪ちゃんは瞳にいっぱいの涙を溜め込んで、
何も言わずに音楽室から走り去っていった。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 22:40:52.45 ID:yiRVTPAu0
りっちゃんは、ただただ茫然と立ち尽くしていた。

私もムギちゃんもあずにゃんも、なんて声を掛ければいいのか分からず、
黙ってその様子を眺めている事しか出来なかった。

結局、その後は練習も出来ず解散となった。

りっちゃんと澪ちゃんが喧嘩した事は以前にもあった。
でも、翌日には決まって仲直りをしていた。
だから、明日になれば、また仲良しの二人に戻っている筈だ。
私は、そんな風に楽観的に考えていた。

次の日、澪ちゃんとムギちゃんは練習に来なかった。
りっちゃんは元気なく項垂れていて、目の下には隈が出来ていた。

私もあずにゃんも、その顔を見てすぐに分かった。
まだ二人は仲直りをしていないという事が。
昨日のりっちゃんと澪ちゃんの喧嘩が、
今までのそれとは全く違うものであるという事が。

とても練習など出来る状態ではなかった。
そんなりっちゃんを見兼ねたあずにゃんは、しばらく練習を中止しようと提案した。
りっちゃんと澪ちゃんには時間が必要だと判断したのだろう。
りっちゃんは俯きながら、弱々しく一言、ごめん、と言った
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:06:34.08 ID:yiRVTPAu0
★3
残りの春休みはあっという間に終わり、始業式を迎えた。
クラス割りを見ていると、りっちゃんと澪ちゃんが一緒に登校してきた。
りっちゃんの肌は真っ白くなり、その容姿は驚く程美しくなっていた。

二人の間の溝は、まだ完全には埋まっていなかった。
そのぎこちなさ、余所余所しい態度を完全に隠す事は出来ていなかった。
私とあずにゃんはそれに気付かないフリをした。
私達に心配を掛けまいとする、二人の気遣いを感じたからだった。

澪ちゃんは、私とあずにゃんに「悪かった」と一言謝り、
今日からまた一緒に練習を頑張ろうと言った。
あずにゃんは元気良く、はい、と答えた。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:09:58.38 ID:yiRVTPAu0
唯「私と和ちゃんとりっちゃんと澪ちゃんは一緒のクラスだよ」

和「一年間よろしくね」

律「澪と和がいれば、どんなに宿題が出ても安心だな」

澪「いい加減、宿題くらいちゃんと自分でしろ!」

梓「私は憂、純と一緒のクラスです」

純「私達って、腐れ縁ってやつかな」

憂「ふふ、二人ともよろしくね」

澪「そういえば、ムギがいないな……」

唯「ムギちゃんとは違うクラスになっちゃったみたいだね……。
  電話しても繋がらないし……」

律「もうこんな時間だし、先に自分の教室に行ったんじゃないか? 私達も教室に行こう」

梓「それじゃあ先輩方、また放課後に」
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 23:17:06.95 ID:gI4Oo540o
引き込まれるな、このスレ……。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:18:42.73 ID:yiRVTPAu0
教室に入ると、一人の少女が箱を持って近付いてきた。

いちご「……席を決めるクジを引いて。」

律「あ、いちごじゃん。また同じクラスだな、よろしく」

いちご「……早く引いてくれない?」

律「相変わらず、愛想の無い奴だな〜」ギュッ

いちご「……暑苦しい。」

いちごちゃんは、2年生の時に同じクラスで、大人しい子だった。
物静かだけれど、お姫様みたいに綺麗な容姿は、クラスの中で目立っていた。

その雰囲気が、どことなく澪ちゃんに似ていた。

人見知りの激しい澪ちゃんは、私達がいない時はとっても大人しい。
そんな澪ちゃんも、その容姿の所為か、ただ静かにそこにいるだけで十分な存在感があった。

そんないちごちゃんに、りっちゃんはいつもちょっかいを出していた。
最初は激しく抵抗していたものの、りっちゃんのしつこい攻めは止まらない。
いつの間にか、二人は名前で呼び合う仲になっていた。

いちご「黒板に席の位置と番号が書いてあるから、引いた番号と同じ所に名前を書いて。」
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:19:48.07 ID:yiRVTPAu0
律「げ、中央の一番前……」

いちご「……。」クスッ

律「あ、笑ったな!」

いちご「……笑ってない。」

律「席代わってくれよ、いちご〜」

いちご「やだ。」

唯「私は……窓際の一番後ろ」

和「私は唯の前ね」

澪「ほら、律、席に行くぞ」

私達は黒板に名前を書き込み、自分達の席に着いた。

「平沢さん、だっけ? よろしくね」

私は突然、横の席の子に話しかけられた。
立花姫子ちゃんだった。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:22:24.89 ID:yiRVTPAu0
私はその時初めて、姫子ちゃんを間近で見た。

息を呑んだ。その美貌に。

容姿には特に気を使っていない私だけれど、
ウイルスに群がる女の子の気持ちが分かった。

唯「よろしくね、立花さん」

姫子「姫子でいいよ」

笑顔はさらに素敵だった。

唯「私も唯でいいよ、姫子ちゃん」

外見からは少し冷たく見えるけれど、実際はとても優しい女の子だった。
私と姫子ちゃんが親しくなるまで、殆んど時間は掛からなかった。

間も無くして担任の先生がやってきた。
私達の担任はさわちゃん先生だった。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 23:22:47.12 ID:DuVI5N9To
やんわり漂うバッドエンド臭がなんともいえないwwww
ラストは全員に貪り食われる唯じゃねえだろうなwwww
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:25:42.52 ID:yiRVTPAu0
始業式が終わり、帰りのHRの後、私達軽音部の3人はさわちゃん先生に呼び出された。
そこで、私達が一緒のクラスだったのは、さわちゃん先生の策略だったと聞かされた。

そんな話をしていると、あずにゃんがやってきた。
あずにゃんもさわちゃん先生に呼び出されたらしい。

嫌な予感がした。

その予感は的中した。
さわちゃん先生の表情は一転して陰り、それが私達をさらに不安にさせた。

しばらく沈黙が続き、重い空気が私達を押し潰そうとしていた。
さわちゃん先生は意を決したのか、硬く噤んでいた口をゆっくりと開いた。

さわ子「ムギちゃんね、転校したの」
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:32:10.24 ID:yiRVTPAu0
私は、「何故?」と聞こうとした。
口を開けて言葉を発せようとした。
しかし、私の口からは音を発する事が出来なかった。

苦しい。息が出来ない。心臓が爆発するかの様に、激しく鼓動した。

私は胸に手を当て、必死に呼吸を整えようとしていた。
周りを見ると、りっちゃんも澪ちゃんもあずにゃんも固まっていた。

さわ子「今日の朝、斉藤さんって執事の方から連絡がきてね、
    事情により、彼女のお父さんが外国に行く事になって、
    長期になるから、ムギちゃんも一緒にって……」

さわ子「彼女と直接話をしたかったのだけれど、
    もう一週間位前に外国に行っちゃってて、連絡出来ないって言われたの。
    あなた達が何か知らないかと思って呼んだのだけれど、
    その様子じゃ、あなた達も知らなかったみたいね……」

一週間前というと、りっちゃんがウイルスに感染して澪ちゃんと喧嘩をした頃だ。
あの時のムギちゃんには、そんな兆候など全然無かった。

もし、あの時すでに転校が決まっていたとしたら、
あんなに普通でいられた筈がない。

私達は職員室を出て、音楽室に向かった。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:35:27.66 ID:yiRVTPAu0
私達は音楽室で呆然としていた。

もうムギちゃんのティータイムは無く、ムギちゃんとの合奏も無い。
ティーセットもキーボードも、何も変わらずここに存在するのに……。

執事の斉藤さんは、それらは学校に寄付するので自由に使って貰って構わない、
と、さわちゃん先生に電話で言ったそうだ。

律「もしかして、私のせいかな……」

りっちゃんが弱々しく呟いた。
皆気付いていた。
ムギちゃんの転校の時期と、りっちゃんが感染した時期が重なっている事に。

澪「違う! そんな事でムギが私達に何も言わないで転校するわけがない!」

梓「そうですよ! それにムギ先輩は家がお金持ちですし、何か別の理由があったんですよ!」

澪ちゃんとあずにゃんは、必死でりっちゃんを慰めていた。

律「でも……」

澪「律が気にする事は無い。それに律以外にだって感染者はいっぱいいるんだ!
  それでも、ムギは何も気にせず普通にしてたじゃないか!」

沈黙が流れた。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/01/31(月) 23:35:47.78 ID:thxvZ1uFo
>>83
この世界観なら、それはハッピーエンドじゃないかな?
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:41:22.80 ID:yiRVTPAu0
唯「ムギちゃんはいつも優しかった。
  いつも笑って私達を見守ってた。
  例え何があっても私はムギちゃんの友達だし、
  ムギちゃんもそう思っていると私は信じてる。
  だから、今、私達に出来る事をしようよ」

唯「色々考えて不安になっちゃう事もあるけど、
  考えても分からない事を考えていてもしょうがないよ。
  私達が今しなくちゃいけないのは、軽音部を守る事だよ。
  ムギちゃんがいたこの軽音部を、私達みんなの居場所を……」

澪「唯の言う通りだ。ムギだって軽音部の為にあんなに頑張っていたんだから……」

梓「そうですよ、一緒に頑張りましょうよ……」

律「そうだな……」
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:42:43.77 ID:yiRVTPAu0
唯「弱気なんて、りっちゃんのキャラじゃないよ」

梓「ですね。サバサバしてて、いい加減で、能天気な律先輩の方が私は好きです」

律「中野〜」ギュッ

唯「りっちゃんずるい〜私もあずにゃん分補給〜」ギュッ

唯「澪ちゃんもおいでよ〜」スリスリ

澪「こ、今回だけだぞ」ギュッ

私の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。
私はあずにゃんに抱き付いたまま、大声を出して泣いた。
それに釣られて、りっちゃんも澪ちゃんもあずにゃんも泣いた。
これからムギちゃんがいなくても泣かなくて済むように、
私達は涙が枯れ果てるまで泣き続けた。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:44:48.75 ID:yiRVTPAu0
それから私達は、毎日一生懸命練習に励んだ。
練習してる時は全てを忘れられた。

ティータイムも続ける事にした。
ムギちゃんがいた時の様な豪華なものではないけれど、
皆で交代でお菓子とお茶を用意して。

時々さわちゃん先生が差し入れを持って来てくれた。
和ちゃんが和菓子を持って来てくれた。
憂が手作りのお菓子を作って来てくれた。
純ちゃんもたまに遊びに来てくれた。

そして新歓ライブ、私達は誰も弾かないキーボードを持って行った。
転校しても、ムギちゃんは放課後ティータイムのメンバーなのだ。

舞台の上の、弾き手がいないキーボード。
新入生達には異様に見えたかもしれない。
それでも、私達にとってはそれが必要だった。

ライブは今までで最高の出来だった。
さわちゃん先生がこの演奏をしっかり録画してくれた。
いつか、この映像をムギちゃんに見て欲しい、心からそう願った。

しかし、新入部員が来る事はなかった。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:50:10.47 ID:yiRVTPAu0
新歓ライブが終わった頃、嫌なニュースが流れ始めた。

「噛み付き事件」

私達が健康美白ウイルスと呼んでいたモノが原因だった。
全国で同時多発的に起きたその事件は、連日ニュースを賑わせた。

こんなに話題になる前にも、噛み付き事件は度々起きていたらしい。
しかし、加害者・被害者の人権的観点から、情報は伏せられていた。
それが隠し通せない程、事態は深刻になっていたのだ。

噛み付き事件が表舞台に姿を現すと、
今までの静けさが嘘の様に、メディアはこぞってそれを取り上げた。

そして初めて、私達はそのウイルスの本当の恐ろしさを知る事となった。
その危険性を、パニック防止、人権保護等を理由に国が糊塗していた事も。

その中で私達が一番驚愕したのが、摂食障害とされていた病状の真実……。

「食肉衝動」

この真実は日本中にかつてない衝撃と恐怖を与えた。

一部で真しやかに囁かれていたが、本気で信じる者などいなかった。
都市伝説の類と似たような物と思われていたのだ。
それが今、確かに私達の前に存在していた。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/01/31(月) 23:53:36.47 ID:yiRVTPAu0
連日の報道が、感染者に対する不信感・恐怖感・嫌悪感を高めた。
それは桜ヶ丘高校においても例外ではなかった。

それまで羨望の眼差しを向けられていた感染者達は、
一転して忌み嫌われる存在へと変貌していた。

表向きはその様な態度は表されなかったが、
そこかしこで陰口を叩かれ、その声は私にも聞こえてきた。

誰が最初に言い出したのかは分からない。
食肉衝動、異様な肌の白さ、それらから連想されたのだろう。

いつしか感染者は「ゾンビ」と呼ばれる様になっていた。

「人間」と「ゾンビ」の対立は日毎に悪化の一途を辿っていた。
それが、ゾンビ達の精神的安定に悪影響を及ぼしていた。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:00:49.05 ID:oU4XMhGz0
私のクラスは全部で38人、内ゾンビは8人。
人数で言えば、「人間」は圧倒的優位な状態にあった。
他の学年、クラスも大体それ位の割合だった。
故にゾンビ達は肩身が狭く、今の状況を受け入れざるを得なかった。

綺麗で明るくて優しかった姫子ちゃん。
お喋りが好きだった彼女の口数もめっきり減っていた。
目の下には隈ができ、その顔は酷く憔悴していた。

ゾンビに対して、恐怖感が全く無いと言ったら嘘になるかもしれない。
でも、私はそんな事より、窶れていく姫子ちゃんの支えになってあげたいという気持ちが強かった。

私と和ちゃん、りっちゃん、澪ちゃん、姫子ちゃんは教室で一緒にお弁当を食べる様になった。
食肉衝動の所為か、昼食時には特に隔絶感が私達を包んでいた。
この学校で「人間」と「ゾンビ」が一緒に食事をしているのは私達だけだった。

そんな私達を見て、なにやらヒソヒソと話す子達もいた。
でも、私達はそんな事気にしなかった。気にしないようにした。

りっちゃんは姫子ちゃん程ではないけれど、たまに少し疲れている様な顔を見せた。
けれど、りっちゃんはそんな事は無いと言わん許りに、無理に明るく振舞っていた。

澪ちゃんは口数が減った。授業中もノートを取らず、ただただ俯いている。
怖がりな澪ちゃん。でも、ゾンビのりっちゃんを怖がっているワケではない。
私にはすぐに分かった。澪ちゃんはりっちゃんを心配しているのだ。

和ちゃんは普段通りだった。幼馴染だから分かる、和ちゃんの強さ。
何時でも冷静で、優しくて、正義感に溢れている。
いつも私の傍に居てくれる和ちゃん。
だから私は、こんな状況でも安心していられた。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 00:02:46.47 ID:hn4/utdEo
おお……ゆっくりと崩れていく感覚がたまらねえ……。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:05:18.04 ID:oU4XMhGz0
唯3年 5月20日

そして「あの日」がきた。

桜ヶ丘高校が崩壊した日。

今までの日常が破綻した日。

いつもの様に5人で昼食を取った後、その片付けをしていた時の事だ。
姫子ちゃんが不意に言葉を漏らした。

「軽音部が羨ましい」

りっちゃんと私達の関係を見てそう思ったのだろう。

姫子ちゃんはソフトボール部に所属していたが、そこに彼女の居場所はもう無かった。
それを聞いてりっちゃんは得意気に言った。

「軽音部の絆は永遠に不滅だからな」

その言葉が、あの揉め事の原因となった。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:08:31.76 ID:oU4XMhGz0
「絆とか馬鹿みたい」

りっちゃんのその言葉を聞いたクラスメイトの一人が鼻で笑った。
瀧エリちゃんだった。

律「……思いっ切り聞こえてるんですけど。」

エリ「あ、ごめん、聞こえちゃった?」クスクス

律「言いたい事があるならはっきり言えよ。
  いつもコソコソ陰口ばっか言ってて恥ずかしくないのかよ」

エリ「は? だから何? てかさ、絆とか言ってるのが可笑しかっただけだから」

律「……何が可笑しいんだよ」

エリ「ちょ、マジで分かんないの? 琴吹だよ、琴吹紬」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:11:26.91 ID:oU4XMhGz0
りっちゃんの顔が引き攣った。
私の心臓に、何か鋭い物で突かれた様な痛みが走った。
澪ちゃんも一瞬体をビクッとさせた。

律「ムギがなんだっていうんだよ……」

エリ「みんな噂してるって。あいつんち金持ちだから、一人で逃げたってさ」ケラケラ

律「なっ……」

エリ「あいつは私達より先に知ってたんだよ。
   健康美白ウイルスが、かなりヤバイ物だって事をさ。
   だから金の力で一人だけ先に安全な所に逃げたんだろ」

律「ちが……」

りっちゃんが言い掛けた所に、エリちゃんが追い討ちを掛けた。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:19:32.98 ID:oU4XMhGz0
エリ「あいつはお前らを見捨てたんだよ。
   本当に仲間だったら、自分だけ逃げるワケないじゃん。
   お前らの事なんて、所詮どうでもいい存在としか見てなかったんだ」

律「それは……」

エリ「違うって言うなら、その証拠見せてみなよ」

律「……もし、お前の言う様にムギが一人で逃げたとしても、
  私達はムギが安全な所に逃げられたのなら、それを素直に喜べる。
  ムギが私達をどう思っていようが、私達はムギの事を仲間だと思ってるんだ」

エリ「ふぅん、律ってさ……」

エリ「ホントに馬鹿なんだ」クスクス

エリ「そういう独り善がりってさ、ホントにウザイからやめてくれない?」

律「……は? 何だよそれ……」
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:24:11.97 ID:oU4XMhGz0
エリ「そんな風に考えてるのはお前だけだよ。
   お前はさ、もうゾンビだからいいのかもしれないけどさ、
   唯も澪も人間なんだよ? お前とは違うの。
   内心ではお前の事を気味悪がってるに決まってんだろ……」

唯「そんなこと無いよ!
  私もりっちゃんと同じ事を思ってるし、
  りっちゃんの事を気味悪いとか思ってないもん!」

エリ「あー、そういえば唯も馬鹿だったね」ケラケラ

和ちゃんが立ち上がり何かを言おうとしたが、私はそれを止めた。
ここで私が和ちゃんを止めていなければ、
あんな事も起きなかったかもしれない。

でも、これは軽音部の問題なんだ。
ここで和ちゃんを巻き込んではいけないと、その時の私は思ったのだ。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:29:22.78 ID:oU4XMhGz0
エリ「これ以上『人間』を巻き添えにするのやめてくれない?
   澪だって、幼馴染だから傍に居るんだろうけどさ、
   ゾンビと一緒とか迷惑だっての。澪が可哀相だと思わないの?」

澪「わ、私は迷惑だなんて思っていない!」

澪ちゃんは小刻みに震えていた。
りっちゃんが激しく責め立てられていたからだろう。
けれど、そんな事はエリちゃんには分からなかった。

エリ「ほら、澪だってこんなに震えてるじゃん」

澪「ち、違う! こ、これは……」

エリ「とにかくさ、お前はもう『人間』じゃないんだからさ、
   ゾンビはゾンビ同士でつるんでなって」

律「エリ、お前……」

次の瞬間、りっちゃんの拳がエリちゃんの左頬を強打した。
エリちゃんは机を薙ぎ倒しながら倒れ込んだ。
それを見て、佐藤アカネちゃんがエリちゃんに駆け寄った。

アカネちゃんはエリちゃんの一番の親友だ。
アカネちゃんはりっちゃんを睨み付けていた。
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 00:35:04.09 ID:JxjnvakAO
あああ…
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:35:36.80 ID:oU4XMhGz0
エリ「いったぁ……こいつ、殴りやがった……」

エリちゃんは口を切ったらしく、血を流していた。
りっちゃんはただ呆然と立ち尽くしている。
教室の空気は凍りついていた。

いちご「律!」

いちごちゃんが、今までに聞いた事の無い声でりっちゃんの名を叫んだ。
りっちゃんは一瞬ビクッとして、我に返った。

いちご「……やり過ぎ。」

律「……ごめん」

いちご「エリは言い過ぎ。」

エリ「……。」

張り詰めた雰囲気の教室に、始業のチャイムが鳴り響いた。
皆それぞれの席に帰っていった。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:39:03.66 ID:oU4XMhGz0
5時間目は、先生が体調不良の為自習となった。
いつもなら、自習の時は皆騒いだりするものだが、
昼休みのいざこざが尾を引き、教室は静まり返っていた。

授業の残り時間が半分位になった頃だろうか。
教室内には、ある異変が起きていた。

私の隣の席の姫子ちゃんが、小刻みに震えだしていた。
それは次第に大きくなっていき、ガタガタと机を揺らし始めた。
他にも何人か、震えている子がいた。
岡田春菜ちゃん、飯田慶子ちゃん、小磯つかさちゃん、中島信代ちゃん……ゾンビの子達だ。

唯「……姫子ちゃん、大丈夫?」

姫子「ふうぅぅ……うぅ、ふぅぅぅぅぅぅ……」

呼吸がおかしい。姫子ちゃんは右手で自分の左手を強く握っていた。
よく見ると、右手の爪が左手の肉に食い込み、血が流れている。
只事ではないと直感した。
周りの人も姫子ちゃんを心配そうに見ていた。

唯「姫子ちゃん……?」

姫子「ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛……」

姫子ちゃんは小さく地響きの様な唸り声を出し始め、それは段々大きくなっていった。
次の瞬間、姫子ちゃんはいきなり立ち上がった。
椅子は飛ばされ、教室の後ろの壁に激しく衝突した。

姫子「唯……」
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:41:22.72 ID:oU4XMhGz0
姫子「唯……唯……ゆい……ゆ…い……」

唯「なに? 姫子ちゃん? 私はここにいるよ……」

姫子「もう駄目だ……もう抑えられない……もう……もう……」

唯「なにが駄目なの? 保健室行く? 和ちゃん、どうすれば……」

私は和ちゃんの方を見た。和ちゃんの顔は恐怖で引き攣っていた。
私が姫子ちゃんの方へ振り返ろうとした瞬間、私の体は何かに押され横に倒れた。

和「唯!!!」

私を押したの和ちゃんだった。
そして私が見たものは、和ちゃんの右手に噛み付いている姫子ちゃんの姿だった。

姫子ちゃんは既に「人間」ではなくなっていた。
教室に悲鳴が響いた。

姫子ちゃんは和ちゃんの腕の肉を喰い千切った。
その反動で和ちゃんは後ろに倒れ込んだ。

血が噴水の様に噴き出している。
辺りは真っ赤に染まっていた。

鉄の匂いが立ち込める。それが引き金になった。

他のゾンビの子達も一斉に近くの子に襲い掛かった。
教室は地獄絵図の様相になっていた。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:45:11.81 ID:oU4XMhGz0
和ちゃんの肉を食べ終えた姫子ちゃんが、私達の方に近づいてきた。
目は大きく見開かれ、口は真っ赤に染まり、人とは思えない声を発していた。

姫子「ぅ゛ぅ゛ぅ゛う゛う゛う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

和「唯!! 下がって!!」

和ちゃんはハンカチで傷口の上をきつく縛っていた。
私の手を引っ張り、自分の後ろへ私を引っ張り込んだ。
そして和ちゃんはシャーペンを握り、姫子ちゃんと対峙した。

次の瞬間、姫子ちゃんが和ちゃんに向かって来た。
和ちゃんは椅子を蹴り飛ばし、それが姫子ちゃんの膝に激突した。

姫子ちゃんが体制を崩したと同時に、和ちゃんは姫子ちゃんに飛び掛り、
深々と姫子ちゃんの目にシャーペンを突き刺した。

姫子ちゃんは物凄い悲鳴をあげ、腕を振り回した。
その腕に和ちゃんが当たり、和ちゃんの体は吹っ飛ばされ宙を舞った。

唯「大丈夫!? 和ちゃん!!」

和「なんとかね……この場から早く離れましょう!」

その時、澪ちゃんの悲鳴が聞こえた。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 00:45:21.49 ID:Etv4e7vbo
この>>1まじですげぇ・・・
ここまでの緊迫感を感じたssは初めてだわ・・・
形こそけいおんのキャラを借りてるが
普通にすごいと思う
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 00:47:15.12 ID:xZsMRh9Ko
取り合えず貼っとくね

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http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1294924033/

次からは向こうに立ててね
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:48:32.09 ID:oU4XMhGz0
澪ちゃんの肩に噛み付いていたのは信代ちゃんだった。

信代「ぐお゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

澪「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!!」

信代ちゃんは澪ちゃんの両腕を掴み、澪ちゃんの体は宙に浮いていた。

澪「痛いいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

律「澪ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

りっちゃんが信代ちゃんの腹部にドラムのスティックを何度も突き刺した。
信代ちゃんは奇声を上げ、澪ちゃんを投げ飛ばした。
そしてりっちゃんを睨み付け、大声を上げながら猛突進していった。

律「唯、和! 澪を頼む!! 私は平気だから」

和「分かったわ!! 行くわよ唯、澪!!」

和ちゃんは澪ちゃんを抱き起こしながら言った。

澪「で、でも律が!! 律ぅぅぅぅー!!!」

律「馬鹿澪! いいからさっさと隠れてろ! ぐっ!!」

信代ちゃんがりっちゃんの首を両手で締め上げている。
りっちゃんの体は宙に浮き、苦しそうに足をバタつかせている。
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:51:58.43 ID:oU4XMhGz0
律「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」

りっちゃんはスティックを信代ちゃんの首に突き刺した。
それでも信代ちゃんは手の力を緩めない。
りっちゃんは苦痛で顔を歪めた。

和「唯、何してるの!? さっさと行くわよ!!」

私は和ちゃんの声で我に返り、彼女の後を追い掛けた。

教室の入り口付近では、つかさちゃんが曜子ちゃんを食べていた。
曜子ちゃんはまだ生きているのか、手足がピクピクと小さく痙攣していた。

つかさちゃんはふと顔を上げ、私たちの方を見た。
その黒い瞳には、一切の感情が感じられない。
真っ白な顔の口元は、曜子ちゃんの血で鮮やかな紅に染まっていた。
つかさちゃんは虚脱した表情で私を見詰めている。
近くに食料があるからなのか、私達を襲おうとはせず、彼女はまた食事を再開した。

私達は教室を後にした。

他のクラスも似た様な惨状になっていた。
恐らく、私達の教室の血の匂いが伝染していったのだろう。

後ろを振り向くと、私達の教室の前に、全身血塗れの曜子ちゃんが立っていた。
足や手、首などに肉を噛み千切られた傷が無数にある。
大抵の人間は、「完全に死ぬ」前に彼女の様に起き上がる。
大きく目を見開き、瞬きする事も無く、じっとこちらの様子を伺っている。

もはや彼女は人間ではない。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 00:59:19.27 ID:oU4XMhGz0
ふと、廊下から外を見た。
外には、悲鳴を上げながら、血に染まったワイシャツで逃げ惑う女生徒達がいた。
そして、それを追うゾンビの姿……。

そのゾンビ達は、桜ヶ丘高校の生徒だけではなかった。
血の匂いを嗅ぎ付け、どこからともなく湧いて来た者達。
校内にも校外にも、私達にとって安全な場所はどこにもなくなっていた。

緊急校内放送が流れ、生徒は速やかに外へ非難するようにと伝えられた。
しかし、あの情景を見れば、校舎の外が安全などと思えるわけがなかった。

和「生徒会室に行きましょう、あそこはドアも頑丈だし」

私達は校外へ逃げ出す事を諦め、校内に立て篭もる事にした。
澪ちゃんは全身をガタガタと震わせていた。
こんな状態では、外へ逃げ出すのは無理だと和ちゃんは判断したのだろう。
私達は生徒会室に逃げ込み、ドアに鍵を掛け、息を潜めた。

外からは「人間」の悲鳴と、人か獣か分からない奇声が絶え間なく聞こえてきた。
自分は今安全な場所に居る、そう感じた途端、一気に恐怖心が私の体の奥から湧いてきた。
先程までは、その光景が信じられず、まるで夢を見ている様な錯覚に陥っていたのだ。

私は目を瞑り耳を塞いだ。
恐怖で体がガクガクした。
それを止めようと、必死で口唇を噛んだ。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:01:54.87 ID:oU4XMhGz0
和「澪、大丈夫?」

澪「だ、大丈夫。和は平気か?」

和「私は大丈夫よ」

和ちゃんは本当に凄い。
酷い怪我をしているのに、他人を気遣う余裕があった。

私はどこにも怪我などしていないのに、頭の中は恐怖心で満ち、
これから自分が何をすべきかも分からずにいた。
真っ白になった頭の中で、私が一つだけ覚えていた事……。

「憂」

憂は無事だろうか。
しっかり者で、頭が良くて、運動神経も凄くて、私とは正反対の憂。
憂なら大丈夫だろうと思ってはいるが、私は不安を拭い去る事が出来なかった。

私を助ける為に怪我をした親友より、自分の妹の事を心配している。
我ながら、なんて薄情な人間だろうと思った。

それでも私は今、憂の事しか考えられずにいた。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:04:39.60 ID:oU4XMhGz0
何より早く憂の安否が知りたい。

私は無意識のうちに憂に電話を掛けていた。
コール音だけが鳴り響き、憂が電話に出る事はなかった。

唯(もしかしたら、あずにゃん達と一緒かもしれない)

私はあずにゃんに電話を掛けた。

あずにゃんの事も心配だったのは本当だ。
でも、私は妹の安全を確認する為にあずにゃんに電話を掛けたのだ。

私は最低の先輩だった。

結局、あずにゃんも電話には出なかった。

コールはした。私は、着信履歴見て二人が返信してくる事を待った。
しかし、私の携帯が鳴る事は無かった。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:07:28.98 ID:oU4XMhGz0
生徒会室に逃げ込んでから1時間が経過していた。
先程の阿鼻叫喚が嘘の様に、外は静まり返っていた。

泣き叫ぶ「人間」はもういなくなったのだ。

ゾンビ達はさらなる肉を求めて校外に出ていったのだろう。
そろそろ外の様子を見に行こう、和ちゃんが声を出したのと同時だった。
生徒会室の扉をドンドンと叩く音がした。

「お姉ちゃん?」

憂の声だ。

私は一目散に扉に駆寄り扉を開けた。
そこには憂と、憂の肩を借りて立っているりっちゃんがいた。

私は憂に抱きついた。
良かった、憂は無事だった。

その時の私は、憂の腕に小さな噛み傷がある事に全く気付いていなかった。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:09:41.68 ID:oU4XMhGz0
澪「憂ちゃん、梓や純ちゃんは無事なのか?」

澪ちゃんが尋ねた。
私は憂の無事を確認して喜んでいた自分を恥じた。
と同時に、あずにゃんや純ちゃんの事で頭が一杯になった。

今更こんな事を言っても信じてもらえないかもしれないが、
私は心の底から二人の無事を願っていた。

憂「分かりません……」

憂が俯きながら、小さな声で答えた。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:13:35.13 ID:oU4XMhGz0
憂のクラスは体育で、体育館にいたらしい。

何やら外が騒がしい、何かあったのか。
しかし、始めは誰もがそれ程気にしてはいなかった。
暫くして、血塗れの生徒が体育館に逃げ込んできた。
それを見て、誰もが事態は深刻であると気付く。

だが、その時には既に手遅れたっだ。
そして、その血の臭いをきっかけに、憂のクラスのゾンビ達が凶暴化した。

憂とあずにゃんと純ちゃんは、体育館から無事に逃げ出した。
純ちゃんは、このまま学校を出て、警察に連絡しようと提案した。
あずにゃんもそれに賛同した。
しかし、憂は私を心配し、学校に残って私を探すと言った。

憂はその場で二人と別れ、私の教室に向かったのだ。

そこで憂は、りっちゃんと他のゾンビが乱闘している現場を目撃する。
憂は昇降口から持ってきた傘を武器に、りっちゃんに加勢した。

あの時、憂ちゃんがいなかったらヤバかった、
りっちゃんは苦笑しながら私達にそう言った。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:16:53.17 ID:oU4XMhGz0
その後、あずにゃんと純ちゃんの無事を確認した。
ゾンビに噛まれてはいたが、とりあえず生き延びていた。

校庭で憂と分かれた後、憂を追って校舎の中に入ったらしい。
しかし、凶暴化したゾンビに襲われ、止む無く多目的室に逃げ込んだ。
そこから出るに出れず、二人はそこに留まっていたという。

あれだけの騒ぎが起きたにも関わらず、次の日には既に事態は沈静化していた。
凶暴化したゾンビ達も、霧の様にその姿を消していた。

といっても、噛み付き事件が終わったわけではない。
この桜が丘町から隣の町へ、そこからさらに次の町へと、
惨劇の場を移していっただけなのだった。

最初、数の上では圧倒的優位にいた人間達であったが、
ゾンビに致命傷を負わされた者達が凶暴化して蘇ると、
その数の差は瞬く間に逆転した。

他の町では、私達が体験した以上の惨劇が起きている事は間違いなかった。

人間が逃げる。それをゾンビが追っていく。
桜ヶ丘町が平穏になったのは、この町から「人間」がいなくなったからなのだ。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:20:42.37 ID:oU4XMhGz0
★4
唯3年 7月17日

またあの日の夢を見た。
あの日から二ヶ月近くも経っているのに、
まるで昨日の事の様に鮮明に頭の中に残っている。

時計を見ると、目覚ましが鳴る10分前だった。
寝汗を掻いてしまったので、シャワーでも浴びよう。

シャワーの後、いつもの様に身嗜みを整え、朝食とお弁当を準備、
起きてきた憂と朝食を食べ、家を出る。

玄関を出ると、いつものように和ちゃんがいて、互いに挨拶をする。
今日も昨日と変わらない、いつも通りの一日が始まる、

この時の私はそう思っていた。

ふと空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな程、
黒く厚い雲に覆われていた。

和「午後から激しい雨が降るそうよ」

大丈夫、私はギターに掛ける防水カバーと、傘を2つ持ってきていた。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:23:10.79 ID:oU4XMhGz0
教室に入り席に座る。
窓から空を眺めると、雨がしとしとと降り始めていた。
外はまるで夜の様に暗く、それを見ていると私の心まで暗くなる。

早く音楽室に行きたい……。

私はさわちゃん先生が来るのをひたすら待っていた。

さわちゃん先生は、大体8時40分頃に私達の教室に来る。
しかし、今日は遅い。時計は既に9時を回っていた。

心臓の鼓動が早く、激しくなった。
あまりにも遅すぎる。
教室がざめき立ち始めた。

さわちゃん先生は、この学校の最後の教師だった。
そういう意味で、軽音部以外の生徒達にとっても彼女は特別な存在だった。

この場所が今でも「学校」であり続けられるのは、
彼女の存在があったからこそだと思う。
その彼女がいなくなってしまったら……。

私の体は震えていた。
私はどうにかしてそれを止めようとした。
しかし、私の体は荒波に漂う筏の如く、
自分の意思ではどうにも出来ない状態だった。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:26:44.14 ID:oU4XMhGz0
突如、停電が起き、教室も街も光を失った。
その時私達は、この停電が一過性のものだと思っていた。

しかし、失われた光が戻る事は無かった。
その理由はすぐに想像できた。
ライフラインを管理する「ゾンビ」達に異変が起きたのだと。

現代の人間は、電気に依存し過ぎている。
それを失えば、私達の生活は根底から崩壊する。

それは人間の精神を破壊するのに十分過ぎる出来事だった。

外からあの声が聞こえてきた。
まるで地獄の釜の蓋が開いたように。
私の脳裏には、あの日の映像がフラッシュバックされていた。

実際、あの日の再現がこの教室で起こりつつあった。
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:30:34.97 ID:oU4XMhGz0
「世界は終わったんだ!」
「私達はもう終わりだ!」
「こんなのもう嫌!!」

教室から一斉に悲観と絶望に満ちた叫びが響いた。

和「……ここから出ましょう」

和ちゃんの一声で、私達は教室から出る事にした。
私はギターケースを背負い、席を立った。

「待ちなよ」

一人の生徒が私達の前に立ちはだかった。

「なんでお前だけ『人間』なんだよ……」

その子は私を睨み付けた。
その一言にクラス中の視線が集まった。
彼女のその言葉に含まれた意味を、皆即座に理解した。

『一人だけ人間のままなんて許せない』

『お前もゾンビにしてやる』
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:40:53.79 ID:oU4XMhGz0
律「そこを退けよ……」

律「退けって言ってんだよ!!」

りっちゃんが立ちはだかっていた子を突き飛ばした。
それが乱闘のきっかけになった。
軽音部とクラスの子達の総力戦となった。

りっちゃん達は服の内側に隠し持っていた武器を取り出した。
軽音部の皆はこういう時の為に武器を携帯していた様だ。
そんな事、私は全然知らなかった。

和「近づくな!!」

和ちゃんが叫んだ。初めて聞く怒声だった。
先頭にりっちゃんと和ちゃんが立ち、サバイバルナイフを振り回した。
躊躇している余裕など全く無かった。
二人のナイフがクラスメイト達を切り裂いた。

いちごちゃんとしずかちゃんと澪ちゃんは、私を取り囲み、
近付いてくる子達に容赦なく一撃を浴びせていた。
いちごちゃんは、アイスピックの様な物で相手の顔を狙い突き刺した。
澪ちゃんとしずかちゃんは、果物ナイフのような物を振り翳していた。

それらの一連の動きに、一切の無駄は無かった。
恐らく、私が知らない間にあらゆる事態を想定して、
行動の打ち合わせをしていたのだろう。

この中で私だけが無力だった。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:45:03.47 ID:oU4XMhGz0
「おねえちゃん!」

入り口の方から、憂の叫ぶ声が聞こえた。
その手には、大きな出刃包丁が握られていた。
それで憂は近づく者を薙ぎ払い、いつの間にか私のすぐ横に来ていた。

梓「唯先輩!!」

扉付近にあずにゃんと純ちゃんが見えた。
二人はスタンガンの様な物を持っていた。

クラスメイト達は、あずにゃんと純ちゃんが私達の仲間である事を知っていた。
二人が教室に入ろうとするや、彼女達に数人の子が襲い掛かった。
咄嗟にスタンガンを押し付けたが、ゾンビの勢いに圧倒され、二人は押し倒された。

律「梓ぁぁぁぁぁー!!」

その時、アカネちゃん、三花ちゃん、ちかちゃんの3人が、
あずにゃん達に襲い掛かってる子達を引き離した。
そして、そのままその子達と取っ組み合いを始めた。

やっぱり3人は私達の味方だった。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:48:34.12 ID:oU4XMhGz0
和「憂、唯を安全な所へ連れて行って! 早く!!」

憂「わかった、和ちゃん!」

憂は私の手を引っ張り走り出した。
あずにゃん、純ちゃん、澪ちゃんが私達に付いてきた。

和ちゃんとりっちゃんは、まだ教室内で戦っていた。
いちごちゃんとしずかちゃんは、アカネちゃん達に加勢していた。

奇声、悲鳴、怒号、それらが混じり合い、学校を覆い尽くした。
それに呼応するかの様に、1年生、2年生が次々と凶暴化し、私達の前に立ちはだかった。

先頭に憂が立ち、行く手を阻む者達を容赦なく皆殺しにした。
ある者には側面から首に包丁を突き刺し、ある者には心臓に包丁を突き立てた。

憂が一刺しすれば、刺された者は瞬く間に崩れ落ち、動かなくなった。

私達は音楽室に向かった。
憂は前方の敵を全て排除し終えると、
今度は素早く後方に移り、追ってくる者達に刃を振るった。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:52:07.23 ID:oU4XMhGz0
私達は音楽室の前まで辿り着いた。
階段の下には、私達を追ってきたゾンビ達もいる。

あずにゃんと純ちゃんは、スタンガンを私に手渡し、
入り口に置いてあったバットを手に取った。

梓「唯先輩と澪先輩は中に! 私達はあいつらを食い止めます!」

そう言うと、私を音楽室に押し込め、ドアを閉めた。
澪ちゃんは即座にドアの鍵を閉めた。

梓「私達が言うまで絶対にドアを開けないで下さい!」

純「梓、来る!!」

梓「澪先輩、唯先輩をお願いします!」

そう告げた後、階段を下りて行く音が聞こえた。
ドアの向こうからは、金切り声が絶え間なく響いてきた。

澪ちゃんはソファーに座って震えていた。
怖がりの澪ちゃんにとって、今の状況は耐え難いものの筈だ。
澪ちゃんが私を守るんじゃない。私が澪ちゃんを守るんだ。

私は両手にスタンガンを持ち、音楽室の入り口を見据えた。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:55:11.30 ID:oU4XMhGz0
澪「唯……ごめん……」

澪ちゃんが突然小さな声で私を呼んだ。

唯「何? 澪ちゃん?」

澪「唯……ごめんな……」

唯「澪ちゃん……どうして謝るの?」

澪「私は……もう駄目だ……もう耐えられそうにない……。
  私もあいつらと……同じになる……」

唯「澪ちゃん……」

私は、ソファーに座っている澪ちゃんの正面に移動した。
澪ちゃんは震えながら、制服の袖を捲り上げ、自らの右腕にナイフを突き刺していた。

唯「澪ちゃん! 何してるの!?」

澪「もう駄目だ……痛みでも抑えられないんだ……」

澪ちゃんの右腕の肉は削げ落ち、白い骨が見えていた。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 01:59:01.97 ID:oU4XMhGz0
私はその傷を見て、全てを理解した。
何故澪ちゃんがベースを弾かなくなったのか。

弾けなかったんだ。

あの様子では、右腕の神経は完全に切断されている。

澪「私は弱い人間なんだ……律みたいに強くなれないんだ……。
  唯の事が大好きだったから、唯を傷付けない様に頑張った……。
  私がもっと唯を好きだったら……もっと頑張れたかもしれない……。
  ごめん唯……ごめんな唯……」

澪ちゃんは俯き、呻き声を上げた。

私の目から涙が溢れた。

あの痛がりの澪ちゃんが、血を見るのが怖い澪ちゃんが、
骨が見えるまで自分の腕を傷付けていたんだ……。
私を傷付けない為に、自分をこんなに傷付けていたんだ。
それなのに……それなのに澪ちゃんは私に謝るなんて……。

澪ちゃんはこんなに頑張ってくれた。私なんかの為に。

彼女が私に謝る事なんか何一つ無い。
むしろ私が謝らなければならないのに。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:03:33.50 ID:oU4XMhGz0
私は澪ちゃんを抱きしめた。
ごめん、ごめんね澪ちゃん……。
澪ちゃんの腕がこんなになっても気付かないでいてごめんね。

嗚咽しながら、私は澪ちゃんに謝罪を繰り返した。

恐らく、他の皆も同じだろう。
私が考えている以上に、皆の病状は進行している。
そして、衝動を抑える為に自らを傷付けているのだ。

痛みで自我を保っていたんだ。

だから、夏なのに冬物を着ていたんだ。

自らの傷を隠す為に……私に悟られない様に。

思えば、私は憂の腕の肌すらずっと見ていない。
憂はいつからか、家でも常に長袖の服を着ていた。

そんな妹の変化にも気付かなかったなんて。

皆、自分を犠牲にして私を守っていたんだ。
私はそんな事も露知らず、自分の事ばかり考えていた。

私はなんて罪深いのだろう。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:06:04.08 ID:oU4XMhGz0
その時、ドアを叩く音がした。

律「澪、唯、私だ! 駐車場に行くぞ! 和達が車で待機してる!」

私はドアまで走り、鍵を開けた。
ドアを開けると、りっちゃんとあずにゃんと純ちゃんが立っていた。

唯「りっちゃん……澪ちゃんが……澪ちゃんが……」

律「澪がどうした? 澪?」

ソファーに座ったまま、澪ちゃんは立とうとしない。

律「何してる澪、行くぞ!」

澪「私は行けない……律、唯を任せたぞ……」

律「何言ってんだよ澪! お前も来い!」

澪ちゃんは静かに立ち上がり、こちらを見た。
右手からは血が滴り落ちている。
それを見て、りっちゃんも理解した。

律「澪……」

りっちゃんは澪ちゃんに近寄り、力強く抱き締めた。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:07:43.98 ID:oU4XMhGz0
律「唯、行ってくれ。梓、純ちゃん、唯を頼む」

梓「……分かりました。」

あずにゃんが私の手を引っ張った。
私はそれに抵抗する事も、何か言葉を発する事も出来ずにいた。
ただただ、私は引き摺られる様に歩いた。

澪「何で……律が……まだここにいるんだ……?」

律「お前を残して行けるわけないだろ……」

澪「律は強いな……私達よりずっと前に感染しているのに……」

律「私が居なくなったら、澪は一人じゃ何もできないだろ……」

澪「律には……食肉衝動が無いのか……?」

律「……。」
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:09:50.57 ID:oU4XMhGz0
澪「あるんだな……。いつからだ……? どうして今まで……何も言わなかったんだ?」

律「……それを言ったら、お前が怖がるだろ……」

澪「律なら……怖くない……。何があっても……お前なら怖くなんてない……。
  ゾンビになっても……私はお前にずっと傍に……いて……欲しかったんだ……」

律「そっか……。私はお前の傍にいていいんだな……?」

澪「当たり前だろ……馬鹿律……」

律「なら、私はずっと澪と一緒にいるよ……」

澪「ありがとう、律……」

律「……馬鹿。」

澪「律……」

律「何だ、澪?」

澪「律……私を……殺して……くれないか……?」
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:13:22.46 ID:oU4XMhGz0
外は激しい雨になっていた。

駐車場に着くと、憂が私達を見つけて手招きをしている。
その近くの車から、エンジンを掛ける音が聞こえた。
運転席には和ちゃんが乗っているのが見える。
あの日に死んだ教師のスポーツワゴンだ。
和ちゃん達は、事前に車のキーを確保していたらしい。
いざという時に、車で逃れる為に。

和「いちごとしずかは来ないわ。早く乗って!」

二人は怪我をしたアカネちゃん達を残して行けなかったらしい。

ゾンビ達……崩壊者達がすぐ後ろに迫ってきていた。
憂は助手席に、私達3人は後部座席に乗り込んだ。

和「しっかり掴まってなさい!!」

和ちゃんは勢いよくアクセルを踏み込んだ。
私達は、その衝撃で座席に体を打ち付けた。
和ちゃんは、立ち阻む者達を勢いよく跳ね飛ばした。
フロントガラスにはヒビが入ったが、そんな事はお構いなしだった。

純「和先輩って運転出来たんですね」

和「操作の仕方はネットで調べたわ」

梓「この辺はもう駄目ですね……」

和「そうね。それじゃあ、梓の家に行くわね」
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:17:20.81 ID:oU4XMhGz0
私達はあずにゃんの家に来た。
家の広さ、構造から、何かあった時はここに避難する予定だったという。
窓やドアは頑丈に補強されていて、食料や日用品、武器等が貯めてある部屋もあった。
ここに立て篭もれるよう、少しずつ皆で集めていたらしい。

またしても、私の知らない所で物事が進んでいた。
こういう計画は、主に和ちゃんとりっちゃんが立てていたらしい。

私達はあずにゃんの部屋に集まった。

梓「電気とガスは駄目です。水道はまだ平気みたいですね」

和「ここに来るまでの街の様子からみて、この街はもう終わりね……」

憂「……」

純「……これからどうします?」

和「街を出るしかないわね……」

梓「行く当てはあります?」

皆の家族は既にいなくなっていた。
携帯の連絡がつかない事から、
死亡しているか、崩壊者になっている可能性が高かった。
私の両親もずっと音信不通だ。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:19:12.78 ID:oU4XMhGz0
和「都市部なら物資は豊富だろうけれど、その分、危険かもしれないわ。
  地方の方が、人が少ないから安全性は高いと思う。
  それに、場所を選べば自給自足だって可能よ」

純「サバイバル……ですか?」

和「問題無いわ」

梓「和先輩がそう言うと、何か安心できますね」

憂「和ちゃんは何でもできるんだよ〜」ニコ

和「フフフ、ありがとう」

和ちゃんは小さい頃から何でも出来た。
和ちゃんが問題無いと言うのなら、その通りなのだろう。

それに比べて私は……。

唯「ちょっとお手洗いに行ってくるね」
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:21:43.85 ID:oU4XMhGz0
私はそんなに切り替えが早く出来る人間ではなかった。
ここに居ない友人達の事を考えると、胸が苦しくなった。

何も出来ない私が、こんな事を言える立場じゃないのは分かっている。
私が一番皆の足を引っ張っていた事も自覚している。
その事を思うと、私は眩暈がし、吐き気を催した。

私はトイレで何度も嘔吐した。
暫くすると、胃から吐き出す物は何も無くなっていた。

部屋に戻ろうと扉の前まで来ると、中から会話が聞こえてきた。

純「……唯先輩をゾンビにすべきです」

私はドアノブに手を掛けようとしたが、それを止めた。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:27:19.72 ID:oU4XMhGz0
梓「純、あんた何言ってんの? そんな事出来るわけないでしょ!?」

純「じゃあ、これからずっと唯先輩を守っていけるの?
  澪先輩だってああなっちゃったんだよ?
  もしかしたら、私達が唯先輩を殺しちゃうかもしれないじゃん!」

憂「……。」

和「梓も純も落ち着いて……」

純「私達だって、いつ凶暴になるか分かんないでしょ?
  みんな痛みで症状を紛らわせて隠してるだけじゃん!
  唯先輩がゾンビになれば、少なくとも襲われる事は無いんだよ?
  他の奴らにも、私達にも! 私の言ってる事、間違ってる?」

梓「そ、それは……」

和「純……。私も憂も、唯をゾンビにする気は無いわ。
  私達は、何があっても唯を守り続けるから」

純「和先輩達はいいですよ。
  和先輩は唯先輩の幼馴染だし、憂は妹だし。
  唯先輩に対する想いが強いから、自我を保てるでしょうね。
  でも、私と梓は違うんですよ。
  この中で凶暴化するとしたら、まず私で、次に梓でしょう?
  そうしたら、和先輩はどうしますか?」

和「私は……貴女達が凶暴化したら、躊躇無く貴女達を殺すわ」
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:32:09.05 ID:oU4XMhGz0
純「でしょうね。貴女にとって大切なのは唯先輩と憂ですもんね。
  私と梓なんて、邪魔になったらいつでも切れるんでしょ?
  貴女にとって、私達はその程度の存在なんですよね。
  私だって、貴女が梓を殺そうとするなら、貴女を殺す事に躊躇しませんから。
  ぶっちゃけ、私達と和先輩の人間関係なんてそんなもんですから、ねえ?」

憂「純ちゃん……」ポロポロ

梓「そんな事言うのやめてよ純……」ポロポロ

純「私は梓の為に言ってるんだよ。
  梓が唯先輩を大好きなのは分かってる。
  でも、和先輩や憂に比べたら、その気持ちは敵う筈が無い。
  だとしたら、そのうち梓も唯先輩を傷付けるかもしれないんだよ?
  大好きな唯先輩を傷付ける事になってもいいの?」

梓「それでも、私は唯先輩にゾンビになんかなって欲しくない……。
  私が凶暴化しても、憂と和先輩が唯先輩を守ってくれる……。
  私は唯先輩の為なら……死んでもいいの!」

純「何で梓はそこまで……私達がゾンビになったのだって、唯先輩のせいじゃん!」

唯「それってどういう事……?」

私は純ちゃんの言葉を聞いて、無意識のうちにドアを開けていた。

梓「唯先輩……」
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:34:34.75 ID:oU4XMhGz0
純「私達は憂を追い掛けて校舎に入った後、
  ゾンビに襲われて多目的室に隠れたって言いましたよね。
  その時は私達、まだ噛まれて無かったんですよ。」

梓「純……やめて……」

純「物陰に隠れて、ゾンビ達をやり過ごそうとしてたのに……」

梓「もう……やめてよぅ……」

純「唯先輩、梓に電話したでしょ?」

梓「やめてぇぇぇぇぇぇー!!」

唯「あ……あぁ……」
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 02:35:45.50 ID:Etv4e7vbo
うわーっほんと救われねぇ・・・
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:35:54.92 ID:oU4XMhGz0
純「バイブって、静かな所だと結構響くんですよ……音が」

唯「あぁ……あぁぁぁぁ……」

純「唯先輩の電話のせいで、私達ゾンビに見つかって噛まれたんですよ!!」

唯「うああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

私は目の前が真っ暗になって、その場に倒れ込んだ。

憂「お姉ちゃん!!!」

唯「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……
  ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……
  ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

私はそのまま意識を失った。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:39:14.02 ID:oU4XMhGz0
どの位眠っていただろうか。
目を覚ますと、私はあずにゃんのベッドの上にいた。
横を見ると、憂がベッドに寄り掛かり、居眠りをしていた。
憂にもちゃんと毛布が掛けられていた。

和「目が覚めた?」

唯「……あずにゃんと純ちゃんは?」

和「別の部屋にいるわ……」

時計の針を見ると、午後の4時を指していた。

唯「和ちゃん……もう無理だよ……」

和「大丈夫、唯は何の心配もしなくていいのよ……」

唯「嫌だ……もう嫌だ……限界だよ……」

和「大丈夫、大丈夫だから……。唯なら絶対大丈夫だから……」

唯「何で和ちゃんはそんな事言うの……?
  酷いよ……。私は和ちゃんみたいに強くないから……」

和「私は強くなんかないわ……出来る事をしているだけなの」

和ちゃんの目からは涙が溢れていた。
和ちゃんは私を強く抱きしめた。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:41:47.27 ID:oU4XMhGz0
和「唯がどんなに辛いか分かってる。
  唯がどんなに悲しんでいるのかも分かってる。
  それでも、私は唯に人間のままでいて欲しいの。
  私が唯にお願いする、最初で最後の我侭なの。
  お願い唯、最後まで諦めないで。
  唯が諦めてしまったら、私も諦めてしまうから。
  唯が諦めなければ、私は私のままでいられるから……」

唯「ずるいよ和ちゃん……。
  私は今までずっと和ちゃんに迷惑を掛けてきたから……、
  そんな事を言われたら……私は和ちゃんに逆らえないよ……」

和「私はずるい女なのよ……」

唯「和ちゃんの意地悪……」

和ちゃんは私の頭を優しく撫でてくれた。

唯「和ちゃん、左腕を見せて……」

和ちゃんは制服を脱ぎ、ワイシャツを捲くって腕を見せてくれた。
広範囲に包帯が巻かれ、その包帯は血で黒く染まっていた。
それはゾンビ達に因るものではない。
その傷は、和ちゃんの自傷行為に因る物だ。
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:47:17.11 ID:oU4XMhGz0
唯「私は和ちゃんをこんなに傷付けていたんだね……。
  和ちゃんだけじゃない、他のみんなも、私が傷付けていたんだ……。
  ごめんね……ごめんね和ちゃん……」

和「唯……、これは傷なんかじゃないわ。
  これはね、私がまだ人間であるという証なの。
  大好きな人を守ったという勲章なのよ。
  私はね、何があっても最後まで人間でいたいの。
  確かに、体はウイルスに侵されてゾンビになってしまったかもしれない。
  でもね、心は……心だけは、絶対にゾンビになんかなったりしないわ」

その時、ドアの向こうから啜り泣く声が聞こえてきた。
ドアが開き、あずにゃんと純ちゃんが入ってきた。

和「……聞いてたの?」

梓「ごめんなさい……」
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:49:40.66 ID:oU4XMhGz0
純「ごめんなさい、和先輩……。
  私、和先輩の気持ちなんて、全然考えてませんでした……。
  ただ自分が苦しくて、辛くて、どうしようもなくて、
  梓の為とか言って、自分の不満をぶつけていたんです……」

純「ごめんなさい、唯先輩……。
  唯先輩は悪くないって分かってるんです……。
  誰かの所為にしてしまいたかっただけなんです……。
  ごめんなさい……ごめんなさい……」

純ちゃんは大声を出して泣き出してしまった。
和ちゃんは純ちゃんを抱きしめた。
その声で憂は目を覚ました。

憂「純ちゃん、泣かないで……」

憂も純ちゃんを抱きしめた。
私もあずにゃんも、純ちゃんを抱きしめた。

私は、軽音部の4人で抱き合って泣いた日の事を思い出していた。

その日、私達は涙が枯れるまで泣き続けた。
泣き疲れた私は、そのまま眠りに落ちてしまった。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:54:26.98 ID:oU4XMhGz0
翌日朝7時、私達は目覚ましのベルで目を覚まし、
身支度を整え、この街を出る為の準備に取り掛かった。

朝食を済ませた後、あずにゃんの家の大きなワゴン車に必要な物を詰め込んだ。

和「それじゃあ、出発しましょう」

目的地は長野の軽井沢に決まった。
以前、そこに核シェルターを作ろうという話があったのを、
ネットで見た気がすると、あずにゃんは言う。

誰もそんな話を信じているワケではないけれど、
どうせ行く当てもない旅だ。
もしかしたら、本当にそれがあって、
そこに避難している人達がいるかもしれない。
そんな淡い夢を見ていた。

カーナビを軽井沢駅にセットして、私達は軽井沢へと向かった。

今回は安全重視の為、法定速度以下のスピードで走っていた。
その途中で、私達はこの国で起きている惨状を目の当たりにする。

荒れ果てた街並み、放置されたままの死体……。
桜ヶ丘町はそれらに比べれば断然ましだった。

途中、瓦礫や放置された車によって通行出来ない道もあった。
迂回したり、車から降りて障害物を取り除いたり……。

軽井沢駅に着く頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 02:59:49.76 ID:oU4XMhGz0
和「ここも電気は駄目みたいね。
  電気が無いと、建物の中は暗くて危険だわ。
  今日は車内で寝ましょう」

和ちゃんは、車を駅の駐車場に止めた。
今日はここで一泊する事になる、誰もがそう思っていた。
そんな時、駅の方から人影が近付いて来るのが見えた。

唯「誰か近付いてくるみたい……」

皆武器を手にした。私も両手にスタンガンを握った。
けれど、昨日スタンガンを手にしたあずにゃんが、相手に押し倒されている所を思い出し、
私は2つのスタンガンをポーチの中にしまい、代わりに金属バットを手にした。

私達は息を潜めて、相手の出方を伺っていた。
どうやら、こちらの存在に気付いてはいないらしい。
人影は私達の車から離れていった。

しかし、安心してはいられなかった。
駅の中から次々と人影が現れたのだ。
耳を澄ますと、奇妙な声が聞こえてくる。
私達は確信した。彼等は「人間」じゃない。

幸いにも、彼等は私達に気付いていなかった。
このまま息を潜めていればやり過ごせる、そう思っていた。

その時、荷物の中の目覚まし時計が鳴り響いた。
時計は7時を示している。
今日掛けた目覚ましを完全に止める事を忘れていた。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:03:01.93 ID:oU4XMhGz0
私達に気付いた彼等は、奇声を発しながら物凄い勢いで私達に向かって来た。

和ちゃんはエンジンを掛け、一気にアクセルを踏み込んだ。
どこに向かうのかなど、考えている余裕は全く無かった。
とにかく、この場が離れる事だけを考えていた。

道なり数百メートル進んだ所で、突然車は停止した。ガス欠だった。
後ろを見ても、彼等の姿は見えない。
しかし、彼等が発する奇声は、確実に私達に近づいて来ていた。

和「車は捨てて行きましょう!」

私はギターケースとポーチ、バットを持って車を降りた。
暗闇の中、私達はただ只管に走った。

梓「あの建物に隠れましょう!!」

そこはこの街の公民館だった。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 03:04:19.67 ID:Etv4e7vbo
うわぁもうやばいフラグが
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:06:15.06 ID:oU4XMhGz0
私は入り口のガラス戸をバットで破壊した。

私達は、その公民館の最上階である3階の一室に身を潜めた。
その部屋は見晴らしが良く、私達が走ってきた道路を見渡せた。

また、バルコニーには非常階段が設置されていて、
万が一の時には、素早く外に逃げる事も可能だ。
和ちゃんとあずにゃんは、そこから外の様子を伺っていた。

暫くして、二人が部屋に戻ってきた。

和「アイツ等は私達を見失ったみたいよ」

梓「明日になったら、一度荷物を車に取りに行きましょう」

和ちゃんは頷いた。

和「軽井沢って、夏なのにこんなに涼しいのね。
  今日がずっと曇りだったからかもしれないけれど。
  毛布か何か無いか、ちょっと探してくるわ」

梓「私も行きます」

二人は部屋から出て行った。
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:09:26.74 ID:oU4XMhGz0
和ちゃんの言う通り、ここは凄く肌寒かった。

あの日以来、あまり私に寄り添う事の無くなった憂が、
ぴったりとくっ付いて、うつらうつらとしていた。
その様子を、純ちゃんが部屋の隅っこで一人体育座りをして見ていた。

唯「純ちゃんもこっちにおいで……」

純ちゃんは立ち上がり、私の横に来てちょこんと座った。
純ちゃんは私の肩に頭を寄り掛からせた。

もこもこの髪の毛が私の顔に当たり、少し擽ったかった。
私は二人を優しく抱き抱えた。

唯「あったか、あったかだよ……」

純「あったかいです……」

純ちゃんは小さく呟いた。
私はそのまま眠りに落ちていた。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:12:04.34 ID:oU4XMhGz0
ふと、目が覚めた。
外は既に明るくなり始めていた。

私達は、いつの間にか毛布を掛けられ、布団の上に綺麗に寝かされていた。
右には憂と和ちゃんが、左には純ちゃんとあずにゃんが小さな寝息を立てていた。

私は彼女達を起こさぬよう、静かに布団から出た。
部屋からこっそりと抜け出し、私はお手洗いに向かった。

用を足し、手を洗っていると、廊下の方から物音が聞こえた。

唯「誰?」

私が廊下に出ると、そこには血塗れの巨漢が立っていた。
男は私を無感情な目で見詰め、次の瞬間、奇声と共に私に襲い掛かってきた。

私は反射的に悲鳴を上げた。

私の声に反応して、皆が部屋から飛び出してきた。
私は男から離れようとしたが、すぐに掴まってしまった。
男は私の首を両腕で締め上げる。

憂「お姉ちゃん!」
和「唯!」
梓純「唯先輩!!」

4人は一斉に巨漢に飛び掛り、男の腕を私から引き離そうとした。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:14:11.09 ID:oU4XMhGz0
急いで来た為か、誰も武器を持っていなかった。
腕力には圧倒的な差があり、男の手はなかなか私から離れない。
私は目の前が真っ白になり、意識が朦朧としていた。

純ちゃんが男の腕に思いっ切り噛み付き、
あずにゃんが男の目に指を突き刺した。

刹那、私は重力を失った。
私は男に投げ飛ばされ、壁に頭と体を打ち付けた。

唯「ううぅぅぅ……」

男は奇声を上げ蹌踉めき、手摺りから階下へ落下していった。
私の名前を呼ぶ声がしたけれど、頭がぼーっとしてよく分からない。

私はそのまま意識を失った。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:17:15.18 ID:oU4XMhGz0
★5
目を覚ますと、涙目の憂が私の顔を覗き込んでいた。
憂の横には、消毒液と包帯が転がっていた。

唯「憂……」

憂「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」

私は憂の頭を撫でた。

唯「憂、泣かないで。私は大丈夫だよ……」

梓「唯先輩、大丈夫ですか?」ウル

唯「私はへっちゃらだよ〜」グッ

和「近くで鍵の付いた車を拾ってきたの。
  早速だけど、その車でこの街から出ましょう。
  唯、動ける?」

唯「うん、平気!」

和「じゃあ早速行きま……」

純「や……ヤバ……ヤバイ……ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ……」
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:19:25.92 ID:oU4XMhGz0
梓「純……?」

純「きた……ヤバイ位きた……私……無理……」

その言葉が何を意味するのか、私達は知っていた。
純ちゃんの体は激しくガタガタと震えていた。

純「は、早く行って……ち、血が……」

私は頭から出血していた。
その血の匂いが、純ちゃんを蝕んだのだ。

純「わ、私は人間だ……人間なんだ……ニンゲンニンゲンニンゲン……」

梓「皆さん、先に行ってて下さい! 私が残りますから!! 」

憂「梓ちゃん!」

梓「憂、和先輩……。唯先輩を……お願いします!」

和「……分かったわ。」

唯「そ、そんな……」
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 03:19:56.05 ID:0espGJNIO
クソモップェ・・・
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:21:52.13 ID:oU4XMhGz0
梓「唯先輩、ごめんなさい……。ここでお別れです。
  でも、大丈夫です。唯先輩には憂と和先輩が付いてますから」

純「わ、私の事はいいから……梓も行って……」

梓「純を一人で置いてけるわけ無いじゃん……親友なんだからさ……。
  あんた一人じゃ……私が付いてなきゃ、全然駄目な奴だしさ」

純「寂しがり屋の梓に……言われたくないっての……」

憂「純ちゃん……」

純「憂……お姉ちゃんを一人にしちゃ駄目だからね……。
  和先輩、和先輩の凄さを改めて知りました……もっと仲良くしたかったです……。
  唯先輩、唯先輩の笑顔は素敵でした……だからいつでも笑顔でいてください……」

唯「うん……分かったよ純ちゃん……」

私は泣きながら、目一杯の笑顔を見せた。
純ちゃんは優しい顔で笑ってくれた。

私達は二人を置いて車に向かった。
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 03:24:18.16 ID:InhI9JIlo
唯「私、ゾンビっす」的なノリかと
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 03:25:13.81 ID:wOVv6H3AO
寝れねえ
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:25:18.55 ID:oU4XMhGz0
外に出て、表の道路に止めてあるという車に向かう。
しかし、私達はその車に乗る事は出来なかった。

和ちゃんが手に入れたという車の周りには、
凶暴化したゾンビ……「崩壊者」達が集まってきていて、
とても近付けるような状態ではなかった。

そのうちの一人が私達に気付いた。
無機質な魚の様な目で私達を凝視している。
その様子に別の崩壊者も気付き、私達の方に顔を向けた。

皆、同じ目をしている。
その大きく開かれた黒い瞳からは、人間としての感情を読み取る事は出来ない。

小さな唸り声を上げ、私達を威嚇している。
一人、二人、私達の方にじりじりと近づいて来た。
それに合わせ、私達も後退りをする。

次の瞬間、崩壊者達が一斉に私達の方に駆け寄ってきた。

和「唯! 走って!」

和ちゃんの声を聞いて、私は只管走った。
後方からは、凄まじい雄叫びと金切り声が聞こえてくる。
振り返ってはいけないと思いつつも、
私は憂と和ちゃんが気になって後方に目を向けた。

二人は私の後を追いながら、襲い掛かってくる崩壊者達に応戦していた。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:28:35.88 ID:oU4XMhGz0
どれ位走っただろうか。

私達は市街地を抜け、郊外まで来ていた。
道路の両脇には青々と茂った木々が立ち並び、延々と先まで続いている。
振り向くと、遥か後方で憂と和ちゃんが崩壊者達と交戦していた。
いつの間にか、二人とかなりの距離が開いていた。

また、私だけが逃げている……。
仲間を犠牲にして、私だけが安全な所で……。
本当は戻って二人に加勢したかった。
しかし、運動神経の悪い私が行った所で、足手纏いになるのは明白だ。

昨日とは打って変わり、雲一つ無い晴天が広がっている。
夏の日差しが容赦なく私に降りかかる。

背中のギターケースが一段と重く感じられた。
滝の様に流れる汗が止まらない。

また意識が朦朧としてきた。
でも、ここで倒れるわけにはいかない。
倒れたらまた迷惑を掛ける事になる。

今、私に出来る事は、歩を前に進める事だけなのだ。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:31:19.67 ID:oU4XMhGz0
私は無力な存在だ。
みんなに守られて、みんなを傷付けて、みんなを苦しめて……。

そんな私が最後まで生き残るなんて、世の中は間違っている。
何故神様は、私にこんなに素晴らしい友人達を与え、
その友人達に惨い仕打ちを加えるのか。
本来その仕打ちを受けるべきは、私の筈なのに。

私の様な無力の人間が生き残って何になるというのだ。
他人に迷惑を掛けるだけじゃないか。
憂や和ちゃんみたいに、他人を救える人間にはなれないんだ。

誰でもいい、あの二人を助けて下さい。
その為なら、どんな代償も払うから。
無力な私の代わりに、あの二人をどうか……。

視界がかなりぼやけてきた。そんな時だった。
幻覚かもしれない。
私の視界の先に、装甲車のような物が映っていた。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:33:44.56 ID:oU4XMhGz0
「君は人間か?」

装甲車の横の人影が、スピーカーのような物で話し掛けて来た。
この人達は「人間」だ。

唯「たすけて……助けて……! 助けてーーーーーー!!!!」

私は残る力の全てを込めて叫んだ。叫び続けた。
人影が装甲車に乗り込むと、私に向かって動き出した。

装甲車は私の近くまで来て止まった。

兵1「君、大丈夫か?」

唯「たすけて……たすけてください……おねがいします……」

私はその場に倒れ込みながらも、後方を指差しながら声を絞り出した。

兵2「もう大丈夫だからね、安心しなさい」

兵1「こちら第三捜索部隊、要救助者を確保、十代女性、感染無し。」

兵3「先方よりレベル5感染者接近、数10、来ます!!」

兵1「迎撃体制、これより、レベル5感染者を殲滅する!」

兵士達が感染者に向けて一斉に銃を向けた。
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 03:36:47.16 ID:Etv4e7vbo
おいいいいい
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:37:15.64 ID:oU4XMhGz0
唯「まってください……あのなかには……まだ……」

兵1「てえええぇぇぇぇぇっっっーーー!!」

私の言葉は、銃声に掻き消された。
乾いた音が辺りに鳴り響いた。

唯「やめて……やめてよおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっーーー!!!」

私の言葉は彼等には届かなかった。
彼等は暫くの間、感染者達に向けて銃を撃ち続けた。

兵1「撃ち方止め!!!」

兵1「殲滅完了、帰還する」

そこには、もう立っている感染者は一人もいなかった。
皆地面に伏せて、ぴくりとも動かなかった。

憂と和ちゃんも……。

唯「あああ……ぁぁぁぁぁぁぁ…………」

私の意識は、海溝の闇に引き込まれるかの様だった。
兵士達が私の体を揺すり、何か話し掛けている。
私は目を瞑った。

そして全ての情報は遮断された……。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:40:28.62 ID:oU4XMhGz0
気が付くと、私は白い部屋のベッドに寝かされていた。
汗を掻いてベトベトだった筈の体は、妙にすっきりしていた。
誰かが私の体をタオルか何かで拭いてくれたのだろう。

私は病衣を着ていて、腕には点滴をされていた。
ベッドの横には、着ていた筈の制服が綺麗に畳まれて置かれ、
近くには私のポーチとギターケースもあった。

看護師「あら、目が覚めたみたいね」

優しそうな女性看護師が、笑顔で私に話し掛けた。

看護師「あなたは丸3日間寝ていたのよ」

私は3日も寝ていたんだ……。
    
看護師「今まで大変だったでしょう?
    もう大丈夫よ、今先生を呼んでくるから待っててね」

暫くして、その看護師は医師を連れて戻ってきた。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:42:46.28 ID:oU4XMhGz0
医師「お名前は?」

唯「……」

医師「年は?」

唯「……」

医師「君は何処から来たのかな?」

唯「……」

医師と看護師は顔を見合わせた。
極度のストレスと疲労の所為だろう、
医師はそんな風な事を看護師に話していた。

私は最早言葉を発する気力すら失っていた。
暫くの間、私はこの病室で安静にする事となった。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:44:38.00 ID:oU4XMhGz0
その後、この場所についての様々な話を聞かされた。

今、ここにはおよそ5000人の「人間」が住んでいて、
その人達が数年暮らせる程の物資が蓄えられているらしい。

皆各自役割を持っていて、ここでの共同生活を営んでいる。
私も元気になったら役割を与えられ働く事になる。

私を助けたのは、この施設の所有者の私兵団。
元自衛隊員や、元警察官が主体らしい。

ここは元々、どこかのお金持ちが作らせた、私設の核シェルターらしい。
今は噛み付き病からの避難施設として使われている。

国、企業、個人が作ったこういう施設は、日本各地にあるという。
戦争、災害等に備えて、私達一般人が知らない間に、事は着々と進められていた。

救われる人間と救われない人間の「選別」も。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:48:49.44 ID:oU4XMhGz0
それから一週間、私はこの病室で過ごした。
食事が出されても殆んど喉を通らず、
私はみるみるうちにやせ細っていった。

医師からは、まだ暫く休むようにと言われた。
でも、私はそれを断り、皆と同じよう働く事を志願した。

何もしないで生かされる事が苦痛だった。

「受け付けカウンター(受付)」と書かれた所で、
必要な衣類とこの施設の地図、白いIDカードを渡された。

このIDカードは様々な役割を果たしていて、ドアの鍵にもなっているという。
無くすと大変だからと、大切に管理するよう念を押された。
私の仕事は明日からと言われ、明日の朝食後にまた受付に来るようにと言われた。

白く無機質な長い廊下を歩き、私は自分に与えられた部屋に向かった。

一般人の居住区は男女分かれていて、数人ずつの相部屋になっているという。
しかし、私は病気を理由に、特別に小さな個室が与えられた。
相部屋だとストレスが溜まり、私の病状を悪化させる可能性があるとの事だった。

私の荷物は、制服とポーチとギターだけ。
その狭い部屋は、私にとっては十分過ぎた。

私は部屋の中央にあった台を横にずらし、
用意されていた布団を敷き、そのままそこに倒れ込んだ。
何も考えたくなかった。目を瞑り、必死に眠りに就こうとした。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:54:25.01 ID:oU4XMhGz0
起床は6時半で就寝は23時。

朝食は7時から8時、昼食は12時から13時、夕食は19時から20時。
その間に食堂に行き食べなければ、食事は無しとなる。

朝食後は受付に行き、その日一日の仕事の指示を受ける。
20時から23時は自由時間で、その間に入浴を済ませなければならない。

規律を著しく乱す者には罰則があり、最悪の場合ここから強制退去させられるらしい。

自由に過ごしてきた人からすれば、監獄のような生活と思われるかもしれない。
しかし、ここでは安全と食事と住居が保障されているのだ。

あの地獄を体験した人なら、それだけでここの暮らしがいかに幸せかを理解出来るだろう。

私は部屋の隅に置いてあるギターに目をやった。
私が大事に抱えここまで持ってきたギー太。
でも、もう弾く事の無い物。無用の長物……。

いっその事、壊してしまおうか。
私はギー太を取り出した。

重い。

今の私には、ギターを壊す力も残っていなかった。

私はギー太をケースに仕舞い、部屋を出た。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 03:57:36.74 ID:Etv4e7vbo
ここまできたら培ったギター技術で
この施設で希望を与える役になってほしいね
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 03:58:14.13 ID:oU4XMhGz0
私は朝食に殆んど手を付けず、そのまま受付に向かった。
これからは食事の量をもっと少なくしてもらおうと思った。

まだ受付は混雑しておらず、すぐに私の番がきた。

受付をしていたのは、まだ若くて優しそうなお姉さんだった。
私はそのお姉さんにIDカードを差出した。

受付嬢「平沢さんですね。あなたはAブロックの公衆トイレの清掃をお願いします。
    あちらの更衣室に作業着が準備されていますので、
    自分に合ったサイズの服を選んで着替えて下さい。
    初めてという事なので、分からない事は聞いて下さいね。
    そこの掃除が全て終わったら、またここに来て下さい」

唯「はい……」

今まで家事は全部憂がしていて、私は殆んど何もしていなかった。
家事だけではない。思えば、私は一人で何かをした事など無かった。
そんな私がここで出来る事は、トイレの掃除位なものだ。

私は作業着に着替え、指定された場所に向かった。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:02:14.87 ID:oU4XMhGz0
トイレットペーパーと石鹼液の補充、ゴミ箱の片付け、手拭きの交換……。
それが終わったら、汚れた便器と床をブラシで綺麗にする。
女性トイレが終わったら、次は男性の方だ。

男性トイレに入ると、鼻を突く異臭がした。
男性用便器は尿が飛び散り、周りが酷く汚れていた。

しかし、私はそんな事を気にせず、黙々と清掃作業を続けた。

私は、私に出来る事をするだけだ。
掃除だって、やろうと思えばちゃんと出来るんだよ、憂。

憂『凄いね、お姉ちゃん』
和『唯はやれば凄いから』
律『唯のキャラじゃないな』
澪『唯もやれば出来るじゃないか』
梓『流石です、唯先輩』
純『私、唯先輩を見直しました』
いちご『……悪くない。』
しずか『凄いよ、唯ちゃん』

みんなが応援してくれている気がした。

どんなに私が醜く弱い人間でも、みんなは私の味方で在り続ける。
今までもそうだし、これからも変わらないだろう。

私が生き続ける限り、その優しさが私の心を抉り続ける。

私の目からは、いつの間にか涙が溢れていた。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:05:09.89 ID:oU4XMhGz0
大切だった仲間達を全て失ってしまった私には、
もう生きる気力など残っていなかった。
いっその事、死んでしまえればいいと思った。
そうすれば、この苦しみから解放される。

しかし、私が死ぬ事は許されない。

もし、ここで死んでしまえば、私を守る為にしてくれたみんなの行為が無駄になる。
だから、何があっても私は生きなければならない。
どんなに苦しくても、辛くても、「死」に逃げる事は絶対に許されない。

この苦痛は、私に与えられた罰なのだ。
私一人が生き残った罪。
みんなの痛みに気付かず、苦しみに気付かず生活していた罪。
自分の親友達を殺した罪。

私はなんて罪深いのだろう。

私はこの苦しみの中で生きる事により、その罪を償える。
私にとって生きる事が罰であり、贖罪なのだ。
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:07:17.12 ID:oU4XMhGz0
私が実際に死を目にしたのは、憂と和ちゃんだけだ。
でも、澪ちゃんと純ちゃんは「崩壊」する直前だった。
彼女達が「崩壊」すれば、りっちゃんやあずにゃんも壊れてしまうだろう。

いちごちゃんとしずかちゃんの安否は分からない。
しかし、学校があんなになってしまったら、もう縋るモノは何も無い。
そんな状態で、彼女達の精神が長く持つ筈が無い。

私が軽音部最後の生き残り。
最も役立たずの私が、最後まで生き残ってしまった。
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:09:50.49 ID:oU4XMhGz0
Aブロック最後の公衆トイレの清掃が終わる頃、時間は既に12時を過ぎていた。

食堂に行くと、既に多くの人達が作業着のまま昼食を取っていた。
私はお盆を持ち、食事の配給を待つ列に並んだ。

今日の昼食はカレーライスだった。

今度はちゃんと量を少なめにしてもらった。
配給係りの人に、そんなに少なくて大丈夫かと気遣われたが、
大丈夫ですと答え、早々にそこから立ち去った。

私は一番端の隅っこの席に座った。
一人ぼっちの食事。優しい誰かが隣に居る食事はもう二度と無い。
私はカレーを口に運んだ。

砂の味がした。

私は味覚を失っていた。
昔はあんなに楽しかった食事の時間。
けれど、今の私にとっては、何よりも苦痛な時間だった。
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:12:22.17 ID:oU4XMhGz0
唯「……Aブロックの公衆トイレの掃除、終わりました……」

受付嬢「お疲れ様でした、彼女とは仲良く出来ましたか?」
    平沢さんは今回が初めてと言う事で、
    彼女に同じ所へ行くようにしておきました」

唯「え……? あ、はい……」

私はずっと一人だった。
受付嬢の言う「彼女」なんて、私は知らない。

受付嬢「次はBブロックの公衆トイレをお願いします。
    彼女が先に行っていると思うので、また一緒に清掃して下さい」

唯「……分かりました」

「彼女」とは誰の事だろう。
もしかして、受付嬢が何か勘違いしてるのではないだろうか。
あるいは、仕事の指定場所を間違えたか……。

そんな事を考えながら、私はBブロックの公衆トイレに来ていた。
やはりそこには誰もいなかった。

とりあえず、私はここから清掃する事にした。
彼女が同じブロックの公衆トイレを掃除しているのなら、
そのうちどこかで彼女と遭遇する筈だ。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:15:30.61 ID:oU4XMhGz0
結局その日、彼女に会う事は無かった。
他のトイレが清掃されている様子もなかった。
ゴミ箱に溢れる程物が入っていた事がそれを証明していた。

しかし、私にとってそんな事はどうでもよかった。
他人の行動などには全く興味が無い。
誰が何をしようが、私は私のすべき事をするだけ。
むしろ一人になれて良かったとさえ思った。

私はもう誰とも関わり合いたくないのだ。

夕食後、私はすぐに浴場へと向かった。
人が来る前に入浴を済ませたかった。

案の定、この時間の浴場はまだ閑散としていた。
私はさっさと体を洗い、早々に浴場を後にした。

部屋に戻り、布団に倒れ込む。
まだ20時半、就寝時間までまだ時間がある。
しかし、起きていてもやる事など何も無い。
ふと、部屋の隅に置いてあるギターが目に入った。
でも、今の私にギターを弾く資格など無い。その必要も無い。
放課後のティータイムはもう終わったのだ。永遠に。

私は毛布に包まり、眠りに就いた。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:19:55.58 ID:oU4XMhGz0
それから一ヶ月が過ぎた。
夏休みも終わり、二学期が始まる頃だ。

ここは地下で、外の様子は全く分からない。
太陽の光が無いここの生活にも慣れた。
もう地図が無くても困る事は無い。

私はいつも通りに仕事を熟し、一人で夕食を取っていた。

本当は食事などしたくはなかった。
しかし、死なない程度に栄養を摂取しなければならない。

私は味の無い食べ物を無理やり胃袋に押し込んだ。
元々僅かな量しかない。
私の食事はすぐに終わる。

私は一層窶れ、地上にいた頃の面影など欠片も残っていなかった。

私は食器を返そうと席を立った。
その時、私は一人の女性に声を掛けられた。
私より2つか3つ位年上だろうか。

「あんたが平沢でしょ?」
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:22:56.84 ID:oU4XMhGz0
その女性との面識は無かった。
何故私の名前を知っている?

その疑問は、すぐに解決した。

女「あたしは女。あんたと一緒に仕事してる事になってるんだけどさ」

私が仕事を始めた時から、彼女は私と一緒に仕事をしている事になっていた。
もちろん、それは表向きの事だ。
私が彼女にあったのは今日が初めてだし、
私の清掃場所が、他の誰かに掃除されている形跡など一度も無かった。

受付嬢がたまに彼女の存在を仄めかす様な事を言っていた。
私はそれに適当な相槌を打って済ませた。

私にとって、この女の事などどうでもよかったのだ。
むしろ、一人で作業出来る事の方が私にとっては好都合だった。
それは、彼女にとっても願っても無い事の筈だ。
仕事をサボっても誰にもバレずにいられるのだから。

女「ちょっと顔貸しなよ」

食器を片した後、彼女は有無を言わせず私の腕を掴み歩き出した。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:26:21.15 ID:oU4XMhGz0
どうせ私の口止めでもする気なのだろう。
こんな事をしなくても、私は告げ口などしないのに。

私は貴女の事など、本当にどうでもいいのだ。
だから、私の事は放っておいて下さい。

私は心の中でそう何度も呟いていた。

私は彼女の部屋に連れて来られていた。
10畳程の部屋には、彼女のルームメイトらしき3人の女性が居た。
皆若く、歳は私と同じか少し上に見えた。

女2「うわ、なにそいつ」
女3「ちょーキモイんですけど」
女4「ウケルーw」

女「こいつが平沢だよ」

私は状況が掴めず困惑した。

自分が何故ここに連れて来られたのか分からない。
口止めをさせる為ではないという事だけは感じ取れた。

彼女は私に、私が想像した事以上に酷い事をさせようとしていた。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:29:00.64 ID:oU4XMhGz0
何が何だか分からずにいる私に、女は嘲笑いながら言った。

女「これからあたし達の仕事を、全部あんたにやって貰うから」

私はその時全てを理解した。
この人は最初から、私が告げ口などしない事を分かっていたのだ。
それを利用して、私にこの人達の仕事まで押し付ける気だったのか。

私が想像していたより、遥かに悪党ではないか。
彼女は私の髪を鷲掴みし、耳元で囁いた。

女「この事を誰かに言ったら、ただじゃおかないから」

唯「……。」

女「それじゃあまた明日、平沢さん」

私は部屋から追い出された。
私は明日から彼女達の仕事もする事になる。

好都合だった。

私は女に感謝した。
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 04:29:19.75 ID:Etv4e7vbo
おいまだ絶望させんのかよ・・・
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:34:48.98 ID:oU4XMhGz0
次の日、朝食を済ませ、受付で指示をされた後、
私は彼女達との待ち合わせ場所に向かった。

そこで私は彼女達の仕事を聞き、その仕事もする。
彼女達も、私と同じ清掃係りの様だ。

女「じゃあよろしくね、平沢さん」
女2「ありがとう平沢さん」
女3「大好きだよ、平沢さん」
女4「またね〜」

彼女達は私に仕事を押し付け去っていった。

私の仕事は4倍の量になった。
物理的には不可能な仕事の量だが、
適度に手を抜き、私はそれらの仕事を上手く遣って退けた。

いつの間にか、私は要領良く仕事を熟す術を身に付けていた。

人間やれば出来るものだ。
私はそれから一週間、毎日そつなく仕事をやり遂げた。

そんな私に、新たな仕事が加わった。
彼女達の「ストレス解消」だ。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:37:40.10 ID:oU4XMhGz0
私は毎日夕食後、彼女達の部屋に呼び出され暴行を受けた。
体中痣だらけになったが、顔だけは無事だった。

この事実が表沙汰になれば、彼女達もただでは済まない。
露出する部分に彼女達は手を出さなかった。
私は入浴を、終了時間ギリギリの人がいない時に済ませる様になった。

仕事の激務と暴行によって、私の体はボロボロになっていた。
私が動く度、体が悲鳴を上げていた。

その痛みが、今の私にとっては心地良かった。

私が生きる理由、それは「贖罪」だ。
私にとって生きる事とは、「贖罪」なのだ。
痛み苦しみが増える程、それは満たされるのだ。

しかし、まだまだだ。
この程度の痛みや苦しみで許される筈などない。
皆が受けた傷と痛みはこんなものではない。
あの痛がりの澪ちゃんが自分の腕に付けた傷に比べれば。

いっその事、私に死をも齎す苦痛を与えよ。
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:39:44.48 ID:oU4XMhGz0
彼女達に関わってから一ヶ月が過ぎようとしていた。
何をされても反応しない私に、彼女達は興味を失い始めていた。

ある日、私はいつもとは違う場所に呼び出された。
男性の居住区の一室に私は呼ばれたのだ。
そこにはいつもの女達と、柄の悪そうな5人の男達がいた。

男達は私に侮蔑の眼差しを向け、大声で笑い出した。
どうやら私の容姿を嘲笑する為に呼び出したようだ。

私はそのまま、何もされず帰らされた。

下種な男達に厭らしい行為を強要されるのではないかと思ったが、
今の私には、男達の性欲を掻き立てる色香など皆無であった。
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:42:32.59 ID:oU4XMhGz0
他人を傷付ける事によって、愉悦、充足感を得る。
俗悪、蔑視に値する者達。人間の屑。

でも、私は貴方達を許し、受け容れよう。

彼女達もあの男達も、思えば哀れでちっぽけな人間だ。
彼女達には、私達の様な人間関係を築く事は永遠に出来ないだろう。
この世で一番大切なモノを、彼女達は知らない、得られない。

私を傷付ける事で心が満たされると言うのなら、好きなだけ嬲るがいい。
それで私も救われるのだ。

互いにとって悪くない話だろう?
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:45:28.17 ID:oU4XMhGz0
いつの間にか、私は彼女達から「ゾンビ」と呼ばれるようになっていた。
無気力、窶れて隈の出来た顔、伸びたぼさぼさの髪、今の私に相応しい渾名だ。

「人間」と「ゾンビ」の違いは何か?
私が思うに、それは「心」が有るか無いかだ。

私の「心」は、もう既に死んでいる。
贖罪意識が私の体を動かしているに過ぎない。
「平沢唯」はもうこの世に存在しないのだ。

私の妹と友人達はゾンビだった。
でも、みんなには「心」があった。
強く優しい「心」を彼女達は持っていた。
最後の最後まで「人間」で在る事を貫き通した。

それに比べ、私はどうだっただろう。
私は人間である事を悲観し、自らゾンビになろうとさえしていた。

私の人としての「心」はその時点で死んでいたのではないか?

「ゾンビ」だったのは私の方だ。
私こそが「ゾンビ」だったのだ。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:48:34.13 ID:oU4XMhGz0
私は今まで、ゾンビ達の中で暮らす唯一の人間だった。
そして今、人間達の中で暮らしている、ただ一人の「ゾンビ」なのだ。

周りの人達がゾンビになったから、私の生活は変わってしまったのだと思っていた。
しかしそうではない。周りなど関係無かったのだ。

私の生活が変わってしまったのは、私自身が「ゾンビ」になっていたからなのだ。

私は自分がずっと人間であると思っていた。
その事に何の疑問も持たずにいた。
だから気付けなかった。
自分が「ゾンビ」になっている事に。

私は既に「ゾンビの平沢」だったのだ。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:52:08.06 ID:oU4XMhGz0
もう何も考えたくない。思い出したくもない。

私は思考を停止させた。
痛みや苦しみさえも、今の私は感じる事が出来なくなっていた。

そんな私に、女達は完全に興味を失った様だ。
彼女達が私を呼び出す事は無くなっていた。

清掃場所はいつも同じ所をローテーションしている。
彼女達に会わなくても、どこに行けばいいのか分かっていた。

私が彼女達と会う事は無くなっていた。

私は日々をただ生きる屍と化した。
思えばそれは今に始まった事ではないのかもしれない。
それも最早どうでもよい事だ。

ただ生き、ただ死ぬ。
これこそ私に相応しい人生ではないか。

私は一日の仕事を終え、自分の部屋へと向かっていた。

「唯ちゃん……?」
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:54:14.32 ID:oU4XMhGz0
私の背後から、聞き覚えのある声がした。

その声は、私に今までに無い衝撃を与えた。
心臓が激しく脈打ち、脳に電流が迸った。
私の脳裏に過去の映像が鮮明に甦る。

この声はムギちゃんだ。

私の脳内では、ムギちゃんとの思い出が高速で再生されていた。
最初に会ったその日から、最後に会ったあの日まで。

唯「……ムギ……ちゃん……?」

私は振り向いた。

そして同時に言葉を失った。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 04:57:23.99 ID:oU4XMhGz0
そこに立っていた少女、琴吹紬である筈の少女……。

その姿は、私の記憶の「琴吹紬」からは掛け離れていた。
髪は荒れ、目には酷い隈ができ、頬は痩せこけ、体は骨と皮になっていた。
美しい髪の膨よかな少女は、あまりにも変わり果てていた。

紬「やっぱり唯ちゃんだったのね!」

ムギちゃんは私に抱き付いた。
以前私がムギちゃんに抱き付いた時とは、似ても似付かぬ感触だった。

紬「唯ちゃん……無事で良かった……」

ムギちゃんは涙を流していた。
私の目からも涙が溢れていた。

でも、私が泣いたのはムギちゃんとの再会が感動的だったからではない。
あまりにも変わり果てた親友の姿に涙したのだ。

涙など、疾うに枯れ果てたと思っていた。
痩せ細った私の体のどこにこれ程の水分が残っていたのだろうか。

私の涙は止め処なく流れ続けた。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:00:03.01 ID:oU4XMhGz0
まだ誰かいるのか……?
1書く
2寝る

>>191
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 05:01:16.40 ID:oU4XMhGz0
間違えたorz

とにかく、一番最初の人に従う。
書くか寝るか。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 05:02:33.79 ID:YTT1yyk5o
書いてくだしあ
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 05:06:16.38 ID:nBDjMiEmo
疲れてるなら寝てもいいんじゃね
書き溜めてあるようだし無理はしないで
つづけるというなら待ちますがね
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:08:11.81 ID:oU4XMhGz0
★6
近くの給湯室でコップに水を注ぎ、
それを持ってムギちゃんを自分の部屋に招き入れた。

私達はコップの水に口を付け、高ぶった感情を静めた。

ムギちゃんは私に聞きたい事が山程あるだろう。
しかし、私がムギちゃんに聞きたい事は何も無かった。

何故なら、私は彼女を見て全てを理解したからだ。

彼女は私達よりも先にウイルスの危険性を認知した。
それは恐らく、琴吹グループの情報網からだろう。
危険性を知った父親は、逸早く安全な場所へと逃れようとした。
琴吹家の力ならそんな事は容易い筈だ。

避難先としてこの核シェルターが選ばれた。

しかし、それは彼女の意図したモノではなかった。
彼女は仲間を見捨て、一人だけ安全な場所へ逃げる事など望んではいなかった。
恐らく、ここにも強引に連れて来られたのだろう。

その事で彼女は自責の念に苛まれ、拒食症に陥ったのだ。

私にはムギちゃんの心が手に取るように分かった。
ムギちゃんが最初に私にする質問の内容でさえも。

紬「唯ちゃん、他のみんなは……?」
196 :>>193>>194サンクス!![saga]:2011/02/01(火) 05:13:29.52 ID:oU4XMhGz0
私はムギちゃんに声を掛けられた瞬間から、
この質問にどう答えるかを只管考えていた。
事実を言えば、彼女が傷付き苦しむ事は間違いない。

ムギちゃんは真正面から私の顔をじっと見詰めている。
私はどうすれば良い……?

唯「……ムギちゃんがいなくなった後、暫くは普通の生活をしてたの。
  でも、感染者がどんどん増えていって……。
  そのうちに噛み付き事件とかも増えていって、大変な事になって……」

唯「それで、みんなで都心に在るこういう施設に逃げようって話になったの。
  和ちゃんの知り合いにその施設の関係者がいて、
  和ちゃんにお願いしたら、みんなもそこに連れて行ってくれるって……」

唯「それで、車でその施設に向かっていたんだけど、
  途中で感染者に襲われちゃったの。
  そこをたまたま通りかかった人達に助けられて……」

紬「……」

ムギちゃんは私を注視している。
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 05:14:26.51 ID:oL+iqzcDO
支援
寝るけどがんばってね・・・
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:20:47.98 ID:oU4XMhGz0
唯「私達はその人達の車に乗せて貰う事になったんだけど、
  私だけみんなと別の車になっちゃって……」

唯「それからまた感染者に襲われたんだけど、
  私の乗ってた車のガソリンが無くなっちゃって、
  車から降りて逃げていたら、皆バラバラになっちゃったの」

唯「それで私は一人になって、道を歩いてたら車が来て、それに乗せて貰ったの。
  行き先とか確認しなかったら、こっちの方まで来ちゃってて、
  それからまた感染者に襲われて……。
  そこを、ここの関係者の人に助けて貰ったの」

紬「……」

唯「他のみんなは、たぶん東京の施設にいると思う」

私は口から出任せを言った。
即興の割にはある程度の辻褄は合わせられたと思う。

そもそも、私一人が長野にいる状況自体が不自然極まりない。
長野に核シェルターが在るという噂を聞いて、和ちゃんが車を運転してここまで来た。
この真実こそ信じ難い話だろう。
私の作り話の方が、むしろ現実味があるのではなかろうか。

紬「……」
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:25:12.18 ID:oU4XMhGz0
唯「正直言うと、私も憂達の事が心配なの。
  ちゃんと無事でいるのかなって……。
  でも、私はみんなが無事だって信じてる。
  だから、ムギちゃんも心配しないでね。
  きっといつか、また会えるから……」

紬「そうね……」

どうやらムギちゃんは私の話を信じてくれたようだ。
ムギちゃんは私を「嘘の付けない子」と信じている。
あの頃の私は、確かにその通りだった。

でも、今は違う。

私は平気で人を騙せる人間になったのだ。
その事を、ムギちゃんは知らない。

紬「でも、私はみんなに会う資格が無いわ……」

唯「どうして?」

理由など聞かなくても分かっていた。
けれど、私はそれに気付かない振りをした。

私は鈍感な人間なのだ。
少なくとも、ムギちゃんがいた頃の私はそうだった。
私はあの頃のままの自分を演じる必要があった。
私は何も変わっていない、「平沢唯」だ。

彼女の為に「平沢唯」という存在でなければならないのだ。
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:28:33.90 ID:oU4XMhGz0
紬「私はみんなを裏切った……。みんなを見捨てて、一人だけ逃げたの……」

ムギちゃんの目からまた涙が溢れ出した。

紬「私は最低の人間なの……。
  私はみんなに合わせる顔が無いわ……。
  唯ちゃんにも謝らなければならないのに……。
  ごめんね唯ちゃん……ごめんね……本当に……ごめんなさい……」

ムギちゃんは台に伏し、大声で泣き出した。
私はムギちゃんの方に移動し、後ろから優しく彼女を抱き締めた。

私にはムギちゃんの苦しみが誰より理解できる。
ムギちゃんと私は同じ苦しみを抱いているから。

唯「泣かないでムギちゃん……。
  私達はムギちゃんの事を咎めたりしないよ。
  みんなムギちゃんの事が大好きだから……。
  それは何があっても変わらない事だから……」

紬「そんなの嘘よ……。
  私は嫌われて当然の人間だもの……。
  みんな私を軽蔑しているわ……」

唯「そんな事無い、絶対無いよ。
  私達はね、ムギちゃんが安全な所にいるって分かってた。
  だから、私達は安心してたの。ムギちゃんは大丈夫だって。
  安全な所にいる事を非難する親友なんていないんだよ?」
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:31:27.47 ID:oU4XMhGz0
唯「私達はね、ムギちゃんが無事ならそれだけで良かったの。
  だって、ムギちゃんは親友だもん。
  ムギちゃんだって同じでしょ?」

紬「唯ちゃん……」

唯「だから大丈夫。私達もみんな無事だから。
  だって、一番ドジで頭の悪い私が無事なんだよ?
  こんな私が無事なら、他のみんなだって無事に決まってるよ」

私はありったけの笑顔を作って見せた。
この場所に来てから、初めての笑顔。
今の私はちゃんと笑顔を作れているだろうか。

いや、作れている筈だ。
大好きなムギちゃんの為の笑顔なのだから。

紬「唯ちゃん……唯ちゃん……」

私達は互いに向き合い、強く抱き締めあった。
この場所に来てから、初めて感じた温もりだった。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:34:45.88 ID:oU4XMhGz0
紬「この施設はね、父の知り合いが作ったの。
  建設費用も琴吹グループがかなり援助したらしいわ。
  もともとは、核シェルターとして建造されたモノらしいけれど」

紬「父達はこのウイルスの危険性を以前から知っていたみたい。
  私が父に、軽音部の子が感染したって言ったら、
  突然学校を辞めろって言われたの……。
  私は反対したけれど、結局辞める事になって……。
  噛み付き病が流行し始めた当初から、
  この施設に避難する事を検討していたと後で聞かされたわ」

紬「私はその後ずっと自宅から出してもらえなくて、
  携帯も取り上げられてしまって、みんなに連絡出来なかったの……。
  ここに連れて来られたのは、四月の中旬頃だったと思う。
  父も斉藤も、その頃ずっと外国を飛び回っていて、私は一人だった……」

紬「唯ちゃんがここに来た事はね、私の耳にも届いていたの。
  といっても、その時は唯ちゃんって確証は無かったのだけれど……。
  ギターを持った十代の女の子を保護したって話を聞いて、
  もしかしたらって思って……」

紬「本当はすぐに会いに来たかったのだけれど、
  この区域に来る事を父に物凄く反対されちゃって……。
  それでも、どうしても確認したくて、黙って抜け出して来ちゃったの」
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:39:56.27 ID:oU4XMhGz0
紬「ここは一般人の居住地区で、私達の居住区は別の所にあるの。
  この施設は全体を高い壁で囲んであるから、敷地内なら外にも出られるのよ。
  唯ちゃんも、これからはそこで生活するの。
  部屋は広くて綺麗で陽も射すし、甘いお菓子もお茶もあるわ。
  テレビも観れるし、ギターのアンプだって用意できるから」

最初から気付いていた。
ここには二種類の人間がいるのだ。
支配する者と支配される者。

ムギちゃんは支配する者、特権階級の人間。
そして私は支配される者、労働階級の人間……奴隷なのだ。

文明社会というのは、常にこの二つの階級で構成されている。
もし、特権階級の人間しかいなかったら、
その中の誰かが汚い仕事、危険な仕事、キツイ仕事をしなければならない。

だから、彼等には私達のような奴隷が必要不可欠なのだ。

その奴隷は、この施設の外に行けばいくらでも手に入る。
私達一般人を「救助」という名目でここに連れて来ればいいのだ。
私達は安心、安全を手に入れ、その対価として労働力を提供する。
互いに損の無い、非常に理に適ったやり方ではないか。

紬「だから唯ちゃん、私と一緒に来て?」
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:44:04.69 ID:oU4XMhGz0
ムギちゃんに付いて行けば、私は何不自由なく生活出来るだろう。
特権階級、その中でも最も権力を持つ人達の仲間入りをする事になる。

でも、それでいいのだろうか?

いや、そんな事が許される筈が無い。
私は贖罪に生きなければならない人間なのだ。

唯「ごめんねムギちゃん、私は一緒に行けないよ……」

紬「どうして……? どうしてなの? 唯ちゃん……」

唯「私さ、今までずっとみんなに迷惑掛けてきて、一人じゃ何も出来なくて……。
  だから、今は少しでもいいから自分に出来る事がしたいの。
  ムギちゃんには、今まで凄くお世話になっていたから、
  これ以上ムギちゃんに迷惑を掛けたくないし……。
  だから、今まで通りここで働きたいの。
  それが今私に出来る、精一杯の恩返しだから」

紬「……分かったわ、唯ちゃん……」

紬「私もここで唯ちゃんと一緒に働くわ」
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 05:47:03.24 ID:2J3FQAKAO
会話でたびたび使われる「〜の」が五月蝿いな支援
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:47:11.84 ID:oU4XMhGz0
唯「えっ? ムギちゃん、ちょっと待って……」

紬「私もね、もう誰かに守られているだけじゃ嫌なの。
  だからね、私も唯ちゃんと一緒に頑張りたいの。
  私もここに住んで、一緒にお仕事をするわ」

本当なら、強引にでもその申し出を断るべきだった。
今のムギちゃんの体で労働などさせたくなかった。

しかし、私はムギちゃんの意思を尊重した。

ムギちゃんは私と同じ苦しみを味わっている。
彼女も自らの贖罪を求めているのだ。

唯「一緒に頑張ろう、ムギちゃん……」

紬「ええ、唯ちゃん……」

その後、私達は一緒に入浴した。
ムギちゃんの体は、余りにも痛々しかった。
それなのに、彼女は自分の体の事など気にせず、
私の体に付いている痣について執拗に尋ねてきた。

ドジが原因だと、私はその場を上手く濁した。

その日、私達は一つの布団で一緒に寝た。
人の温もりがこんなにも暖かかった事を、私は忘れていた。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:51:08.56 ID:oU4XMhGz0
次の日から、私はムギちゃんと共に行動するようになった。
そして、ムギちゃんが何故この様な姿になったのかが明らかになった。

私の予想通り、ムギちゃんは食事をしていない。
私の食事中、彼女はサプリメントの様な物を飲んだだけだった。

私は彼女が気を遣わぬよう、いつもより食事の量を多めにしていた。

私はいつも通りに受付に行った。
ムギちゃんは私達とは違う、黒のIDカードを持っていた。
それを見ると、受付嬢はムギちゃんの言いなりになった。

あの黒いIDカードは特権階級の証の様だ。

私はいつも以上にテキパキと掃除を熟した。
私が頑張れば、それだけムギちゃんの仕事が楽になる。
私は彼女の負担を出来るだけ減らすよう心掛けた。

彼女の掃除の手際は悪かった。

いつも私達にお茶を淹れてくれていた彼女だが、
本来お嬢様である彼女が雑務などする筈が無い。
まして、トイレ掃除など初めての経験だろう。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 05:56:50.18 ID:oU4XMhGz0
そう、ムギちゃんはお嬢様なのだ。

今までずっと誰かに守られてきたのだろう。
私も彼女も、常に誰かに守られて生きてきた。

しかし、彼女は自身を守る檻から抜け出してきてしまった。
彼女を守る者達がいないこの場所に。
今、ここで彼女を守れる者は私しかいないのだ。

私はムギちゃんを守る檻になろう。

今までムギちゃんは一人で苦しんできた。
彼女が私と同じ苦しみを背負っているのなら、誰かの支えが必要なのだ。
そして今、彼女の支えになる事が出来るのは私しかいない。

私はムギちゃんを守る事によって「人間」で在ろうとした。
みんなが私にそうした様に……。
それこそが、私の罪の償いになるのではないかと思ったのだ。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:00:19.74 ID:oU4XMhGz0
夕食の時間、ムギちゃんは用があると言い、一人出掛けて行った。
私が食事を終え部屋に戻ると、そこは朝の時とは違う空間になっていた。

間違いなくムギちゃんの関係者だ。

部屋は綺麗に掃除され、壁紙も新調されていた。
床には綺麗な絨毯が敷かれ、テーブルは可愛らしい物になっていた。

壁際には小さな棚が置かれ、綺麗な食器が納まっていた。
その引き出しには、様々な茶葉が詰まった缶が入っていた。
その横には、桃色の給湯器が置かれている。

部屋の隅には、新品の様な二人分の布団が綺麗に畳まれ積まれていた。

私の荷物も整頓され置かれていた。
その横には、ムギちゃんの生活用品が置かれていた。

紬「ただいま……これは……斉藤の仕業ね」

どうやらムギちゃんも知らなかった様だ。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:06:52.66 ID:oU4XMhGz0
ムギちゃんは手に洋風の籠を持っていた。
その中には、果物とお菓子が入っていた。
クッキー、梨、バナナ、苺……。

紬「唯ちゃんに食べて貰おうと思って持ってきたの」

ムギちゃんは棚の中の物を確認した後、ティータイムの準備を始めた。
部屋の中はダージリンの甘い香りで充満していた。

紬「どうぞ、唯ちゃん」

微笑みながらムギちゃんは、紅茶の入ったカップを私の目の前に置いた。

ティータイム……これは彼女の贖罪の一つの形なのだろう。
彼女は私に許しを請うているのだ。

ならば私は、その全てを受け入れなければならない。
私は彼女のティータイムに笑顔で応えた。

私はムギちゃんが剥いてくれた梨を口に入れた。
やはり何の味もしなかった。
私はテーブルの上に置かれた食材を一心に貪り、紅茶で強引に胃袋へ流し込んだ。
紅茶は泥水の様に感じられた。

その後、私はトイレで全てを吐き出した。
私の体は、最低限生きる以上の養分を受け入れる事が出来なくなっていたのだ。

それから毎日、食物を胃袋に入れ、それを吐き出す作業が続いた。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:10:01.91 ID:oU4XMhGz0
そして今日も偽りのティータイムが始まる。

ムギちゃんは、私のギターが聞きたいと言った。
私は手が痛いと偽り、それを断った。
ムギちゃんの悲しい顔を見て、私の心は痛んだ。
けれど、ギターを弾く事は、今の私にはどうしても無理だった。

彼女は私の演奏を聞いて、あの頃の放課後ティータイムを感じたいのだろう。
私がギターを弾かなくてもそれは可能だった。
私のポーチには、放課後ティータイムの演奏DVDが入っている。
ムギちゃんがいない新歓ライブの映像もある。

しかし、私はその事をムギちゃんには言わなかった。言えなかった。
今、あの映像を見てしまったら、私は完全に壊れてしまうだろう。
親友達の姿を見てしまったら、私も彼女達の元へ行きたくなってしまう。

私はDVDの存在を心の奥に封印した。

ムギちゃんとの生活にも慣れてきた頃だった
すっかり忘れていた人物が、また私達の前に現れた。

あの女達が。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:13:12.71 ID:oU4XMhGz0
きっかけはムギちゃんの行動だった。

ムギちゃんは夕食の時間にどこかに行き、
ティータイムの為のお菓子や果物を持ってくる。

ある日、部屋に来る途中で会った人物にお菓子を分け与えた。
その人物がとても疲れた顔をしていたので、
お菓子で元気になってもらいたかったらしい。

その話が広まってしまったのだ。

私達一般人は、食事に稀に果物が出る事はあるが、
クッキーやチョコなどのお菓子は一切口にする事が出来なかった。

お菓子が食べられるのは、特権階級の人間だけなのだ。

ムギちゃんはその事を知らなかった。
その事が、貪欲なハイエナを呼び寄せてしまった。

女達がムギちゃんに集りに来たのだ。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:17:00.06 ID:oU4XMhGz0
紬「ごめんね、今日はこれしか無いの……」

そう言って、ムギちゃんは二枚のクッキーと一粒の苺を差し出した。
残りは女達に取り上げられたのだろう。

紬「あの人達、可哀相だったから分けてあげたの」

ムギちゃんは女達に騙されていた。
仕事も出来ない程体調の悪い子がいて、
その子にお菓子や果物を食べさせて元気にさせたいのだと言われたらしい。

私は女達の悪行をムギちゃんに暴露し、
ムギちゃんの執事に頼んで、奴等をムギちゃんから引き離して貰おうかと考えた。

しかし、ムギちゃんの話を聞くうち、
それが果たして正しい事なのかどうか迷った。

紬「私、今まであんなに頼られた事は無かったの。
  食べ物を持って行くと、皆感謝してくれて……。
  病気の子も凄く喜んでくれているらしくて、手紙まで貰ったの」

ムギちゃんは嬉しそうにその手紙を見せてくれた。
手紙には感謝の言葉が書き連ねられていた。

悪党が。
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:19:18.48 ID:oU4XMhGz0
紬「私、彼女達の力になれて凄く嬉しいわ。
  これからも彼女達の力になってあげたいの。
  でも、それで唯ちゃんのおやつが減ってしまって……」

ムギちゃんは悲しそうな顔をした。

あの悪党達がムギちゃんを元気付けて、
私がムギちゃんを悲しませている……?

また私は間違えてしまったのだろうか?

唯「私は大丈夫だよムギちゃん。
  それより病気の子、早く元気になるといいね。
  お菓子の事は気にしないでいいからね」

紬「……ごめんね、唯ちゃん……」

唯「だから、謝らなくていいの!
  病気の子を差し置いてお菓子を食べたいと思う程、
  平沢唯は意地汚くないのだよ〜。
  私の分も食べさせてあげてね」

紬「……ありがとう、唯ちゃん」

ティータイムのおやつは、いつしか一粒の苺だけになっていた。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:22:14.33 ID:oU4XMhGz0
女達にとって、ムギちゃんは金づるだ。
ぞんざいに扱う事はしまい。
それに彼女は特権階級だ。

ムギちゃんを傷付ければ、自分達もタダで済まない事は重々分かっている筈だ。

入浴時、私は彼女の体を念入りに確認するようにした。
彼女の体は痩せ細っていたけれど、肌はとても白く綺麗だった。

大丈夫、痣や傷などは一つも無い。
ムギちゃんは物理的に痛い目には遭わされていない。

最近のムギちゃんは、以前よりも明るく振舞っていた。
彼女は大丈夫、私は安心していた。

だが、それは私の大きな勘違いだった。
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:26:11.62 ID:oU4XMhGz0
夕食後、私は自室でムギちゃんが帰ってくるのを待っていた。
しかし、何時まで経っても帰ってこない。

時計は既に22時を回っていた。
幾ら何でも遅過ぎる。胸騒ぎがした。

私は部屋を飛び出し、ムギちゃんを探し回った。

唯(ムギちゃん……ムギちゃん……ムギちゃん……!)

ムギちゃんはCブロックの緊急避難用の階段に倒れていた。
そこは薄暗く、人も滅多に通らない所だ。

唯「ムギちゃん! ムギちゃん!!」

彼女は意識を失いぐったりしていた。
衣服は乱れ、顔や手足には沢山の痣と傷が付いていた。

とにかく医務室に連れて行こう。

私は彼女を抱き起こし、背負って医務室に向かった。
彼女の体は、まるで幼い子供の様に軽かった。

今の私でも楽々と背負い運ぶ事が出来る位に。
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:28:30.43 ID:oU4XMhGz0
私は医務室のドアを激しく叩いた。
ここは私が最初に運ばれてきた所だ。

医師「こんな時間にどうしたんだい?」

唯「ムギちゃんが……ムギちゃんが……」

医師「その子……酷い怪我じゃないか! そこのベッドに寝かして!」

私は近くにあったベッドにムギちゃんを寝かした。
その時、硬く握り締められていたムギちゃんの右手から、一粒の苺が零れ落ちた。
しかし、苺は少しも潰れてはいなく、原型を留めていた。

ムギちゃんは、私の為にこの苺を守ったのだ。
自分よりも、この一粒の苺を……。

私はその赤く美しい苺を口に運んだ。
口の中に程よい酸味を含んだ甘味が充満した。

唯「美味しい……美味しいよムギちゃん……」
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:33:34.18 ID:oU4XMhGz0
私の目からは何故か涙が出なかった。
傷付いたムギちゃんを見ても、ムギちゃんの優しさを感じても……。

私の中に、何か得体の知れない感情が満ち溢れていた。
それは私の体の奥底から無尽蔵に湧き上がってくる。
一体それが何なのか、私には分からなかった。

私は一人、女達のいる部屋に向かっていた。

女達の部屋の前に着き、私はその扉を叩いた。
暫く叩き続けていると、ようやく扉が開いた。

女「何だようっせーな……ってゾンビかよ」

中には女達の他に、私の姿を笑い物にした男達もいた。

女「ちょっと……何なのあんた!」

私は女の制止を無視し、土足のまま部屋の中に入っていった。
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:49:26.65 ID:oU4XMhGz0
部屋の中央の台には、ムギちゃんから奪ったお菓子や果物が置いてあった。

唯「なんで……ムギちゃんを傷付けた……?」

男1「はっ? ムギちゃんって誰だよ?」

女2「あ、もしかして、あいつの事じゃね?」

女3「あーあいつか」

男2「え、誰? 誰なの?」

女4「あの無料自販機」

男3「あ、いつもお前らがカツアゲしてる奴の事ね」

女2「ちげーよ、あいつが自主的に私達に貢いでんの」

女4「そうそう、ちょっと脅し掛けただけなのにな」

唯「……脅した?」
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:55:03.72 ID:oU4XMhGz0
女「あいつが旨い物持ってるって噂聞いてさ、
  探してたら、お前と一緒にいる所を見たんだよ。
  だから、お前の持ってる物を渡さないと平沢をボコるってね」

男1「ぶっ、それって脅迫じゃん」

女2「誰かにチクったら、仲間が平沢をボコボコにするって保険も掛けて」

唯「……あの手紙は?」

女3「手紙? あー、あれは私があいつに書かせたんだよ。
   そうすりゃ、お前も騙されて黙ってるだろうと思ってさ」

男5「女3、お前頭良すぎw」ケラケラ

女4「病気の子の為にとか、マジ吹き出す所だった」

ムギちゃんのあの笑顔は全て偽りだった。
私が彼女を騙しているつもりが、逆に騙されていたのだ。
私を守る為に、ムギちゃんは嘘を付いていた。
私はずっと彼女に守られていたのだ。
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 06:59:57.65 ID:oU4XMhGz0
唯「それで……なんで……ムギちゃんを……傷付けた……?」

女「全部寄こせって言ってんのに、あいつ苺を隠し持ってたんだよな」

女2「これだけは駄目だとか言って、苺一つに何ムキになってんだか」

女3「だからみんなでボコったワケ」

男1「どんだけ苺好きなんだよそいつ」

思えば、ここでのティータイムには必ず苺が出されていた。
ムギちゃんは覚えていたんだ。
私が苺を大好きだったという事を。
だから最後まで苺を手放さなかったのだ。

ムギちゃんは馬鹿だ。
どうしようもない馬鹿だ。

たかが苺の為にあんなに傷付くなんて。
私の為にあんなに傷付くなんて

唯「んんんんん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛……」
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:03:35.06 ID:oU4XMhGz0
男1「お、おい、なんだよこいつ……」

唯「うううううう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぐぐぐぐぐぐぐぐ……」

女3「な、なんだ……?」

私の体の深部から、マグマのような感情が湧き上がる。
全身が熱くなり、全てを破壊したくなる衝動に駆られた。
その時、ようやく私はこの感情の正体に気付いた。

これは「怒り」だ。

私は今まで「怒り」という感情を知らなかった。
優しい友人達や妹に囲まれていた私には、その様な感情を抱く機会が無かったのだ。

今、私は生まれて初めて「怒り」という感情を知り、それに全身を支配されていた。
無意識に私の体は激しく揺れ、腹の底から湧き出した地鳴りの様な唸り声が口から漏れていた。

男1「おい、その気持ち悪い声やめろ」

男が私の肩を手で押そうとした。
私はその腕を掴み、上腕に思いっきり噛み付いた。
男は悲鳴を上げたが、私はそんな事を気にせず力任せにその肉を喰い千切った。

部屋に女達の悲鳴が響いた。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 07:03:59.77 ID:0espGJNIO
唯「this way」クイッ
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:08:12.97 ID:oU4XMhGz0
次の瞬間、私の後頭部に衝撃が走る。
別の男が私の頭を後ろから殴ったのだ。
私はその衝撃で倒れて込んでしまった。

だが、その程度で私は怯まなかった。
私は、私を殴った男の足を掴み、その脛に齧り付いた。
男は悲鳴を上げ倒れた。

その様子を見ていた別の男達が、私を男の足から引き離そうとする。
私は振り返り、私を掴む男の手の指に喰らい付き、それを噛み千切った。

その様子、私の形相を見て、さすがに男達もたじろいだ。
相手は痩せこけた女一人……。
体躯で勝る自分達が、こんな女に負ける筈がない。
そんな思い違いに、漸く気付いたのだろう。

私は近くにいた別の男に飛び掛り、その首筋に噛み付いた。
首の肉を千切ると大量の血が勢いよく噴出し、その血が私の全身を真紅に染めた。

男達は皆完全に戦意を喪失し、私から距離を置いた。
女達は部屋の隅に固まり、体をガタガタと震わせている。

部屋の人間達は、恐怖に怯えた目で私を見ていた。
まるで「ゾンビ」を見るかの様な目で。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 07:12:03.73 ID:EVQoFthLo
ヤバいドキドキする頑張れ
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:12:29.32 ID:oU4XMhGz0
私はゆっくり女達に近付いた。
女達は震え泣きながら謝罪の言葉を繰り返している。

今更もう遅いから。

謝る位なら最初からしなければいいのに。
私は貴女達を傷付けないのに、何故貴女達は私を傷付けるの?

その理由がやっと分かったよ。

私が貴女達を傷付けないから、貴女達は私を傷付けるのでしょう?

だったら、傷付けてあげる。

自分が痛みを受けなければ、他人の痛みを理解する事なんて出来はしないんだよ。
二度と私を、私達を傷付ける事が出来ないよう、その体に教えてあげる。
私達に痛みを与えないよう、貴女達に痛みを教えてあげる。

一人の女が立ち上がり、部屋から逃げ出そうと扉の方へ駆け出した。
私は後ろからその女の髪を鷲掴みし、全力で引っ張った。
ブチブチと髪が千切れる音がし、女は悲鳴を上げて倒れ込んだ。

逃がさないよ。

私は恐れ慄く女達の体に噛み傷を付けた。
それは証なの。
貴女達が痛みを知ったという証なんだよ。

大丈夫、ちゃんと服で隠れる所に付けたからね。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:15:04.11 ID:oU4XMhGz0
女達の部屋を出ると、多くの人が集まってきていた。
全身血塗れな私の姿を見るやざわめき立った。

警備員「皆さん通してください!」

誰が呼んだか、3人の警備員がやってきた。
部屋の防音は悪くないけれど、あれだけ悲鳴を上げれば外に洩れるか。

警備員「き、君、大丈夫?」

唯「はい、私の血じゃないですから」

警備員達の顔が引き攣った。

「ちょっと通してもらえるか?」

人ごみの奥から、一人の紳士がやってきた。
以前、私はこの人を見た事がある。

ムギちゃんの執事の斉藤さんだ。

斉藤「平沢唯さん……だね?」

私は頷いた。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:17:04.03 ID:oU4XMhGz0
斉藤「彼女は私に任せて、部屋の中を」

警備員「は、はい」

唯「斉藤さん、ですよね。お願いがあるんですけど……。
  お風呂に入りたいんです……。入浴時間過ぎてますけど……。
  あと、着替えをお風呂場まで持って来て頂けると助かります……」

斉藤「分かりました、着替えもこちらで用意します……」

唯「ありがとうございます」ニコ

私は笑顔で斉藤さんにお礼を言った。
斉藤さんは困惑した顔をしていた。
おかしい、私はちゃんと笑顔を作れている筈だ。

どうして斉藤さんはそんな顔をしているの?

まあいいや。とにかく今はお風呂に入ろう。
体がベトベトして気持ち悪いんだもの。

お風呂に行く途中、すれ違う人達は皆私に奇異の眼を差し向けていた。
私はそれに笑顔で応えた。
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 07:20:54.21 ID:fRRzJXfDO
すごく面白い
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:22:08.85 ID:oU4XMhGz0
★7
私は大きな浴場で、一人湯船に浸かりながら考えていた。
あの時和ちゃんが言った言葉を……。

和『私は強くなんかないわ……出来る事をしているだけなの』

人は何故失敗をするのか。
出来ない事をしようとするから失敗する。
以前、和ちゃんはそう言っていた。

今になって分かる。
私はいつも、自分に出来ない事をしようとしていた。

私は皆を守ろうとした。だから皆を失ったのだと。

和ちゃんは、私を守る為なら純ちゃんを殺すと言い切った。
あの時、私は和ちゃんを心の中で非難した。
何故、友人を殺すなどと簡単に言えるのかと。

でも、それは間違いだったのだ。

和ちゃんには覚悟があったのだ。
何があっても私を守るという覚悟が。
私以外の全てを犠牲にしてでも守り抜くという覚悟が。

誰かを守るという事は、つまりそういう事なのだ。
それ位の覚悟が無ければ、一人の人間を守る事など出来はしないのだ。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:26:19.61 ID:oU4XMhGz0
私が今生きているのは、皆がその命を賭して私を守ってくれたからだ。
私にも、皆の為に命を張る覚悟があった。
この身を犠牲にしてでも守りたいと思っていた。

しかし、大切な誰かを守る為に、仲間の命すら奪うという覚悟は私に無かった。

私にとって、一番大切な人は憂だった。
でも、憂とあずにゃんのどちらかしか助けられない状況になったら……。

咄嗟の判断であれば、私は反射的に憂に救いの手を差し伸べてしまうだろう。
でも、そこにもし考える時間があったとしたら……。

私にはあずにゃんを見殺しにする事が出来ないだろう。
誰か一人を絶対に守り抜くという「覚悟」が私には足りないからだ。

結果、どちらも助ける事が出来ず、二人を失うのだ。

優柔不断、中途半端……。
だから肝心な選択肢を見誤る。

でも、私はもう迷いはしない。
今、私は「覚悟」を決めた。

『私はムギちゃんを守る』
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:30:12.01 ID:oU4XMhGz0
私はムギちゃんを守る為なら、他のあらゆるモノの犠牲を厭わない。
何を犠牲にしてでも、ムギちゃんを守り抜く。

私のみんなに対する贖罪は、今ここで終わりを告げた。

ごめんねみんな。みんなの事を考えていると、ムギちゃんを守れないんだ。

和ちゃん、色々大切な事を教えてくれてありがとう。
りっちゃん、いつも私に元気を分けてくれたね。
澪ちゃん、貴女のお陰で私は強くなれたんだよ。
あずにゃん、初めての私の後輩が貴女で良かった。
純ちゃん、陰でいつも皆に気を遣ってた事、私は知ってるよ。
いちごちゃん、しずかちゃん、短い間だったけど二人と仲良くなれて良かったよ。

そして憂、何もしてあげられなくてごめんね。今までありがとう。

浴場から出て脱衣所に行くと、私の為の服が用意されていた。
汚れた方の服は斉藤さんが持っていった様だ。

私は用意された服を来て、ムギちゃんのいる医務室へと急いだ。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:33:39.81 ID:oU4XMhGz0
医務室に行くと、斉藤さんと見た事の無い男性がいた。
この人がムギちゃんのお父さんの様だ。

医師「あ、平沢さん……」

唯「ムギちゃんの具合はどうですか?」

医師「大丈夫、眠っているだけだよ。
   怪我よりも疲労の方が心配だね。
   だけど、点滴も打ってるし、明日には元気になるよ。
   だから、今日は静かにゆっくりと眠らせてあげてね」

私達は医務室を後にした。

斉藤「平沢様、少しお時間を頂いて宜しいでしょうか?」

私に対する口調が敬語になっていた。
私は二人の後を付いていった。

そこは特権階級の居住区、初めて来る場所だ。
私達の居住区とは全く異なり、照明も扉も全てが艶やかだった。

私はその一室に招かれた。
部屋は広く豪勢な家具で飾られ、大きなガラス戸から外を眺める事も出来た。

私は久しぶりに空を見た。
東京で見る空とは違い、星がとても綺麗に輝いていた。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:38:59.78 ID:oU4XMhGz0
私が用意された椅子に座ると、斉藤さんはお茶の準備を始めた。
私達に紅茶を差し出すと、自らも席に着いた。
暫く沈黙が続いたが、紬父が話を切り出した。

紬父「君にはこちらの居住区に住んで貰いたい」

紬父「紬があそこに居るのは、君と一緒に居たいからなのだろう?
   君がここに来れば、あの子もこっちに戻ってくる。
   あそこは汚いし危険だ。碌でもない人間も多い。
   君もあんな所より、こちらの方がいいだろう?」

唯「……」

紬父「もう働く必要は無いし、君にも優雅な生活を約束しよう。
   君は紬と仲良くしてくれれば、それで良い。
   君の欲しいものは全てこちらで用意しよう」

唯「……」

紬父「君が喧嘩した相手、彼等は他にも色々トラブルを起こしてるみたいでね、
   ここから出て行ってもらう事にしたよ。紬もこれで安心するだろう。
   私の娘を脅すとは、本当に愚かな連中だ」

唯「……やっぱり」

紬父「ん?」

唯「貴方は自分の娘の事が全く分かっていないんですね」
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:42:19.50 ID:oU4XMhGz0
紬父「……それはどういう意味だね?」

唯「……言葉通りの意味です。
  お願いですから、これ以上紬さんを傷付けないで下さい」

紬父は不快感を顕にした。

紬父「君の言っている事がよく理解できないのだが……。
   詳しく説明して貰えるかね?」

唯「……紬さんがどの様に脅されていたか知っていますか?」

紬父「いや、詳しくは聞いていない」

唯「誰かに言ったら、私に危害を加えると脅したんです」

紬父「ほう、それで?」

唯「何故その事を貴方や斉藤さんに言わなかったか分かりますか?」

紬父「それは君に危害が加えられる事を恐れたからだろう?」

唯「……。そんなワケないでしょ……」
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:45:24.15 ID:oU4XMhGz0
紬父「……?」

唯「貴方や斉藤さんなら、私一人を守る事なんて簡単に出来た。
  例えば、私をこちらの居住区に匿えば、彼女達は手を出せませんよね?」

紬父「確かに、一般人は許可なくこちらの居住区には入って来れないからな。
   では、何故、紬は私達に何も言わなかったと?」

唯「私はその時、こちらの居住区に来れない理由があったんです」

紬父「その理由も気になる所だが……。
   しかし、君がこちらの居住区に来れないとしても、
   君を守る方法などいくらでもある。
   そもそも、私の娘を脅した連中など、即外に放り出してやる。
   この施設から追い出せば、君にも紬にも手は出せまい」

唯「……だから言わなかったんですよ」

紬父「? ……どういう事だ……?」

唯「……まだ分かりませんか?
  紬さんは彼女達を施設の外に出したくなかったんです」
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:48:04.79 ID:oU4XMhGz0
紬父「言っている意味が分からん。何故だ?
   紬は何故あいつらを施設の外に出したくないのだ?」

唯「施設の外は危険だからです」

紬父「外が危険だから……?」

唯「紬さんはとても優しいんです。
  例えどんなに傷付いても、どんなに傷付けられても……、
  誰かを傷付ける事なんてしたくないんです。
  貴方や斉藤さんに彼女達の事を言えば、
  貴方達は彼女達を傷付けるでしょう?
  さっき貴方が言った様に、あの地獄へ彼女達を放り出すと……。
  だから彼女は誰にもこの事を言わなかった。
  彼女達を守る為に。
  紬さんは、自らを傷付けた相手を、必死に守っていたんです」

紬父「そ、そんな……馬鹿な……」

唯「でも、私は彼女の様に優しくはなれなかった。
  私は怒りに身を任せ、彼女達を傷つけました。
  彼女達が私をこれ以上苦しめないように。
  私は自分が傷付きたくないから、彼女達を傷付けたんです」
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:51:02.19 ID:oU4XMhGz0
唯「私は紬さんの思いを裏切りました。
  でも、後悔なんてしてません。
  私はもう決めたんです。
  何があっても彼女を守るって。
  だから、貴方もこれ以上彼女を傷付けないで下さい」

紬父「……」

唯「貴方はさっき、私がここに来れない理由が気になると言いましたよね。
  その理由は、紬さんが私と一緒にいる理由と同じなんです」

紬父「……」

唯「……贖罪。」

紬父「……贖罪?」

唯「私達が、紬さんの姿をあんな風にしてしまった原因なんです」

紬父「……君は……軽音部の部員なんだね……」

唯「……私が軽音部で生き残った最後の一人です」

そうか、と小さく呟き、紬父は天井を見詰めた。
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:55:16.59 ID:oU4XMhGz0
紬父「私は、紬が軽音部の仲間達をあんなに愛しているとは思わなかった……。
   高校を卒業した後はドイツに留学する事になっていたし、
   軽音部など、ただの暇潰しに過ぎないものだと思っていたのだ。
   友人などまた新しく作ればいい、
   暫くすれば、紬も高校の友人の事など忘れてしまうだろうと思っていた……。
   だから私は、少しでも早く忘れられるよう友人と連絡を取る事さえ禁止した」

紬父「だが、私の考えは間違っていた。
   いつまで経っても紬は君達の事を忘れられず、
   拒食症を患い、今の様な姿になってしまったのだ。
   紬をあんな姿にしてしまったのは私だ。
   そして君達にも謝らなければ……すまなかった」

唯「私達は貴方を恨んだりしていません。
  親友である彼女が安全な所にいられればそれで良かったんです」

紬父の目からは涙が流れていた。

唯「私はここで紬さんに会って、無事を確認出来て嬉しかった……。
  でも、紬さんの今の姿を見て悲しかった……。
  だから、これからは紬さんの傍にいてあげたい……。
  悲しみも苦しみも、もう一人で背負って欲しくないんです。
  私の事を命懸けで守ってくれた妹や友人達の様に、
  今度は私が紬さんを守ってあげたいんです……」
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 07:57:31.51 ID:oU4XMhGz0
紬父と斉藤さんは、私に全面的に協力してくれると言った。

私は部屋を後にし、再び医務室に戻った。
そこにはもうムギちゃんの姿は無かった。

彼女は特権階級の人達が利用する医療施設に移動させられていた。
そこは私がいた医務室とは全く様子が違っていた。
広く綺麗で、何やら凄そうな医療機器まで配備されていた。

そこの医師にお願いし、特別にムギちゃんの傍に居させて貰える事になった。
ムギちゃんは広くて綺麗な個室のベッドの上に横になっていた。
私は部屋にあった椅子をベッドの横に移動させそこに座った。

ムギちゃんは天使の様に優しい寝顔をしていた。
私はムギちゃんの髪を優しく撫でた。

唯(何があっても絶対にムギちゃんを守るからね……)

私はムギちゃんの手を握り締めた。
細く硬くなってしまった彼女の手……。
でも、とても暖かかった。

彼女の手を握ったまま、私は眠りに落ちていた。
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:00:09.19 ID:oU4XMhGz0
翌日、私の方が先に目を覚ました。

小さな寝息が聞こえる。ムギちゃんはまだ寝ていた。
私達の手はまだしっかりと握り合っていた。

私が立ち上がろうとしたその時、ムギちゃんは目を覚ました。

紬「……唯……ちゃん……」

唯「私はここにいるよ、ムギちゃん」

紬「私……まだ生きているのね……」

唯「そうだよ。私達は生きているんだよ……」

ムギちゃんの目からは涙が溢れていた。

紬「どうして……私はまだ生きてるの……?
  唯ちゃん……私はもう生きるのが辛いの……。
  私も……早くみんなの所に……逝きたいわ……」

唯「ムギちゃん……?」

紬「もうみんな死んでしまったのでしょう……?」
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:04:14.76 ID:oU4XMhGz0
唯「……いつから気付いてたの?」

紬「最初に唯ちゃんの姿を見た時から分かってたの……」

やっぱりムギちゃんを騙す事なんて出来なかったんだ。
ムギちゃんは私が気を遣って嘘を付いている事を見抜いてた。
私の為に、ムギちゃんは騙された振りをしていたんだね……。

唯「ごめんねムギちゃん……。私、嘘を付いてたの……」

紬「ううん、いいの唯ちゃん……。
  私も唯ちゃんに嘘を付いてたの……。
  唯ちゃんに謝らなくちゃいけないの……」

唯「もういいんだよ、全部終わったから……」

紬「あの人達は大丈夫かな……?」

ムギちゃんは自分を傷付けた人間達の心配をしていた。
どうして彼女はこんなにも優しくいられるのだろう。

私とムギちゃんは一体何が違うのだろう。

私は彼女に、全てを伝えた。
私があの女達を傷付けた事、紬父と話した事、
そして、ムギちゃんが桜ヶ丘高校からいなくなった後の事を。
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:07:13.07 ID:oU4XMhGz0
紬「そんなに辛い事があったのね……」

唯「私はムギちゃんの姿を見て、どうしても本当の事が言えなかったの……。
  これ以上ムギちゃんを傷付けたくなかったから……。
  でも、私はもうムギちゃんに嘘や隠し事をしたくないの。
  だから、ムギちゃんも私にそういう事はもうしないで。
  私達は一人じゃない、二人なんだよ。
  悲しい事も辛い事も、楽しい事も嬉しい事も、全部二人で分かち合いたいの」

紬「うん……。もう唯ちゃんに嘘も隠し事もしないと誓うわ」

唯「私は今まで過去ばかり見てたの……。
  命懸けで守ってくれたみんなに、ずっと申し訳ないと思っていたの……。
  でも、私はもう過去に縛られない。
  それは過去を、みんなを忘れるって事じゃない。
  過去と向き合って、未来の為に生きるの」

紬「唯ちゃんは強いのね……」

唯「私は全然強くなんか無いの……。
  私は、今、私に出来る事をしているだけなんだよ、ムギちゃん……」

紬「私は……私には無理だわ……。私は唯ちゃんみたいに出来ない……」

唯「それでいいんだよ、ムギちゃん。
  私とムギちゃんは違う人間なんだもの。
  無理に同じ事をしようとする必要は全然無いんだよ。
  ムギちゃんに出来て、私に出来ない事もいっぱいあるの。
  ムギちゃんは、ムギちゃんに出来る事を精一杯すればいいんだよ。
  足りない部分は二人で補えばいいんだよ」
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:09:40.86 ID:oU4XMhGz0
唯「ムギちゃんには過去を割り切る事が難しいかもしれない。
  それはムギちゃんが優しいからなんだよ。
  だから、無理に変えようとする必要なんて無い。
  少しずつでもいい。たまには立ち止まったっていい。
  それでも私は、必ずムギちゃんの隣にいるから。絶対にいるから。
  私と一緒に未来へ行こう、ムギちゃん」

紬「唯ちゃん……」

唯「まずはここでゆっくり休んで、元気になろう?
  それが今、ムギちゃんに出来る事だよ……」

紬「分かったわ、唯ちゃん……」

唯「ムギちゃんが退院するまで、この部屋で一緒に寝ていいかな?」

紬「もちろん、是非そうして欲しいわ」

その時ドアが開き、紬父と斉藤さんが部屋に入って来た。

唯「あ、あとムギちゃんに見せたい物があるの。
  それと、部屋も引っ越す事になったから、私ちょっと行って来るね」

紬「分かったわ」

私は二人に頭を下げ、部屋を出た。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:10:46.70 ID:oU4XMhGz0
私が彼女に見せたい物……。
それは、放課後ティータイムの演奏DVD。

これを見たら、彼女は懐かしさと共に苦しみをも得るかもしれない。
それは私も同じだ。
でも、私達は今、このDVDを見なければならないと思った

過去が消える事は無い。
楽しかった事、嬉しかった事、苦しかった事、悲しかった事……。
その全てが、今の自分を構成している要素なのだ。

だから目を背けてはならない。
私はもう目を背けない。

全てを受け入れ、私は前に進むんだ。

大好きなムギちゃんと一緒に。
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:12:26.77 ID:oU4XMhGz0
部屋の前に着くと、数人の男達が部屋の家具を運び出していた。
ムギちゃんが来た時に持ち込まれた物達だ。

私は男達に軽く頭を下げ、部屋の中に入った。

私の私有物は、まだ部屋に置かれたままになっていた。
制服、ギター、ポーチ。私の全財産。

私はポーチの中を確認した。
そこには、スタンガンが2つと小さなナイフが1つ、
皆と一緒に写っている沢山の写真達、そして5枚のDVDが入っていた

私はそれらを持ってムギちゃんの待つ病室に向かった。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:13:42.07 ID:oU4XMhGz0
ムギちゃんの個室のドアを開けると、芳ばしい香りが漂ってきた。
部屋に置いてある台の上には、豪勢な食事が一人分だけ用意されていた。

紬「まだ食事を取ってないでしょう?
  斉藤が唯ちゃんの朝食を用意してくれたの。
  遠慮しないでいっぱい食べてね。
  食後のデザートも用意してあるのよ」

笑顔でそういうと、ベッドの横に置いてあるバスケットを指差した。

唯「……ありがとうムギちゃん。
  ムギちゃんは……食べないの?」

紬「私は食欲が無いから……。
  でも大丈夫よ。サプリメントを飲んでるし、点滴もしているから」

やっぱり、ムギちゃんはまだ食べられないんだ……。
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:15:44.32 ID:oU4XMhGz0
私は席に着き、用意された食事を食べ始めた。
あれだけ良い香りがしていたのに、口に入るとそれはまるで無機物の様だった。
美しい料理達も、今の私にとっては何の魅力も価値も無かった。

しかし、私はそれらを全て胃に収めた。
何度も逆流しそうになる無機物を、私は強引に押し戻した。

ムギちゃんを守る為に、私は身も心も強くならなければならない。
食事は私の肉体を強化する儀式なのだ。
砂であろうが泥水であろうが、必要であるならば全て飲み込んでやる。

台に置かれた料理達は、跡形も無くその姿を消した。

唯「ごちそうさまでした、もう食べられないよ〜」

紬「あ、唯ちゃん、アイスもあるのよ?」

ムギちゃんは冷蔵庫を指差して言った。

唯「流石に今は無理だよ〜。後で一緒に食べようよ」

紬「……そうね、そうしましょう」
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:17:28.89 ID:oU4XMhGz0
唯「お腹一杯になったら、なんだか眠くなっちゃったよ……」

紬「唯ちゃん、こっちに来て」

そう言って、ムギちゃんは私に手招きをした。
私はその言葉の意味を理解し、ムギちゃんのベッドに潜り込んだ。

セミダブルサイズのベッドだけれど、二人でも全然窮屈ではなかった。

紬「おやすみ、唯ちゃん」

ムギちゃんは優しく私の頭を撫でてくれた。
それはとても心地よく、私の眠気は一気に増した。

少しだけでいいから、今は私を眠らせて……。

私はムギちゃんの細い体に寄り添い、目を閉じた。
ムギちゃんの優しい匂いに包まれ、私は眠りに就いた。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:21:31.44 ID:oU4XMhGz0
1時間程寝ていたらしい。

目を覚まし隣を見ると、ムギちゃんは布団から上半身を出し、
背もたれに寄り掛かり、静かに本を読んでいた。

部屋を見渡すと、台の上の食器は全て綺麗に片付けられていた。
その代わりに、色鮮やかな果物とお菓子が用意されている。

ムギちゃんは私が目覚めた事に気付くと、本を閉じてそれを脇に置いた。

紬「おはよう、唯ちゃん」

唯「寝ちゃってごめんね、ムギちゃん」

紬「ううん、全然構わないわ。唯ちゃんの可愛い寝顔も見れたもの」

そう言って、私に明るい笑顔を見せてくれた。

唯「そうだ、私、ムギちゃんに見せたい物があったんだ」

私はベッドから出て、ポーチからDVDを取り出し、ムギちゃんに見せた。

紬「それは何?」

唯「放課後ティータイムの演奏DVDだよ」
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:23:21.86 ID:oU4XMhGz0
唯「ホントはね、すぐにでもムギちゃんにこれを見せてあげたかったの。
  でもね、私はみんなの事を思い出すと悲しくて、辛くて、苦しくて……。
  どうしてもこれを見る事が出来なかった……。
  だから、このDVDの事をムギちゃんに言えなかったの……。
  ごめんね、ムギちゃん……」

ムギちゃんは、優しい顔でゆっくり首を横に振った。

唯「でもね、今ならこのDVDを見れると思う。
  ううん、観なきゃいけないと思うの。
  そうしないと、私は前に進めない気がするから……。
  だから、ムギちゃんと一緒にこのDVDを見たいの」

ムギちゃんは首を縦に振った。

紬「一緒に観ましょう、唯ちゃん」

唯「ありがとう、ムギちゃん」

部屋の隅には大きな薄型テレビが置かれ、DVDプレイヤーも備えてあった。
しかし、ベッドから観るには少し距離が離れている為、
私はテレビの横にあったノートパソコンで観る事にした。

ベッド用の食事台を設置し、その上にパソコンを置いた。
画面が見やすくなるように、ベッドの角度も調整した。

私はムギちゃんの隣に座り、パソコンの電源を入れた。
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:25:38.18 ID:oU4XMhGz0
唯「これは1年の学際ライブ、これは2年の新歓ライブ、こっちが2年の学際ライブ、
  これが3年の新歓迎ライブで、これが……あれ? これは何だろう……?」

一枚、表面に何も書かれていない、私の知らないDVDが入っていた。
とりあえず、私は3年の新歓ライブのDVDをパソコンにセットした。

唯「これは3年になった私達の、新歓ライブの映像だよ」

和『次は、軽音楽部の演奏です』

唯『皆さん、入学おめでとうございます。
  私達軽音楽部は、5人と部としては少ない人数ですが、
  お茶したり、お喋りしたり、毎日楽しく過ごしています。
  あ、練習もたまにします!』

律『たまにかよっ!』

新入生『あははははっ!』

唯『私が軽音部に入った当時は、何の楽器も出来ませんでした。
  そんな私でも、優しい仲間達のお陰で、今ではギターが弾けるようになりました。
  ですから、初心者でも音楽を楽しみたいという方は、是非来てください。
  勿論、経験者でも大歓迎です! 誰でも大歓迎します!』

唯『続いて、メンバー紹介!
  私はギター&ボーカルの平沢唯です!』チャラリーラリチャラリラリラー

澪『何でチャルメラ!』

新入生『あははははっ!』
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:26:50.26 ID:oU4XMhGz0
唯『ツッコミ担当ベースの澪ちゃん!』

澪『何だその紹介はっ!』ベベンベンベンベーン

唯『我等が部長、ドラムのりっちゃん!』

律『いえーい!』ドゴドゴドゴドゴジャーン

唯『愛しの後輩、可愛いあずにゃん!』

梓『唯先輩、恥ずかしいです!』ジャンジャンジャンジャラーン

唯『そして、皆を陰から支えてくれた、キーボードのムギちゃん!
  家の都合で転校してしまいましたが、
  ムギちゃんはいつまでも私達の大切なメンバーです。
  今日は新入生の皆さんと、ムギちゃんの為に演奏したいと思います』

唯『それでは、聴いて下さい! ふわふわ時間!』

律『ワン、ツー!』カチカチ

ムギちゃんは食い入るように画面をじっと見詰めていた。
その目からは涙が零れ落ちていた。
ムギちゃんは手で涙を拭う事をしなかった。
真っ直ぐに画面を見詰め、一瞬でも視線を逸らす事は無かった。
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:28:38.07 ID:oU4XMhGz0
映像が終わると、ムギちゃんは小さな声で呟いた。

紬「どうして……私はみんなを裏切ったのに……一人で逃げたのに……」

唯「私達は、本当にムギちゃんの事をそんな風に思ってないんだよ……。
  みんなムギちゃんの事が大好きなんだよ。
  その気持ちは絶対に本当だから。
  ステージの上のキーボードがその証拠だよ。
  ムギちゃんは、永遠に放課後ティータイムの仲間だから……」

紬「唯ちゃん……」

私はムギちゃんを抱き寄せ、頭を優しく撫でた。
ムギちゃんは大声で泣いた。
私は、ムギちゃんが泣き止むまで頭を撫で続けた。

思いっ切り泣いて、全てを吐き出して。
悲しみも苦しみも、一人で抱え込まないで。
ムギちゃんはもう一人じゃないのだから。
今までムギちゃんが皆を支えていたように、
今度は私がムギちゃんを支えるから。

その為に私はここにいるのだから。
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:31:36.88 ID:oU4XMhGz0
紬「ごめんね、唯ちゃん。取り乱しちゃって……」

唯「いいんだよ、ムギちゃん。もう、泣きたい時には我慢しないでいいの。
  好きなだけ泣いて。私がムギちゃんの涙を全部受け止めるから」

紬「ありがとう、唯ちゃん……」

唯「次はこのDVD……タイトルも書いてなくて、何だか分からないけど……」

私はDVDを入れ替えた。
この中には何が入っているのだろう?
もしかしたら、何も入っていないかもしれない。
だが、それもすぐに分かる事だ。

映像が流れ始めた。
映し出されたのは誰もいない部室。

いや、カメラに人が写っていないだけだ。
何を話しているかは聞き取れないけれど、微かに話し声がする。

2人?3人?いや、もっといる。
皆聞き覚えのある声だ。

一体これは何だ……。

日付は……2010年……今年の7月3日?
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:34:26.91 ID:oU4XMhGz0
澪『それじゃあ、準備はいいか?』

純『バッチシです、澪先輩』

いちご『……問題ない。』

律『んじゃ、行くぞ!』

律澪梓和純いちごしずか『いえ〜い!』

律澪和『唯、ムギ、見てるか〜?』

梓純『唯先輩、ムギ先輩、ゾンビのアズジュンでーす!』

梓『って、何これ〜! やっぱりもっと普通に行こうよ!』

純『いいじゃん、梓〜。こっちの方が絶対面白いってば!』
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 08:36:34.42 ID:oU4XMhGz0
しずか『ムギちゃん、私達、軽音部の新メンバーです』

いちご『ムギ、元気にしてる? あと唯も。』

律『いちごとしずかもムギと仲良かったのか? 渾名で呼んでるし』

しずか『私は一年生の時に同じクラスで、少し話した事があったから』

いちご『私は話した事が無いけれど、みんながそう呼んでたから。』

律『話した事も無いのに渾名で呼んだのかいっ!』

いちご『別にいいでしょ。軽音部のメンバーだし。』

律『だったら私の事をりっちゃんって呼んでみて!』

いちご『やだ。』
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 08:46:48.55 ID:fRRzJXfDO
がんばって!
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 09:01:06.12 ID:yRMkr8s50
支援
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 09:06:15.24 ID:u/bI8mUTo
ああああ……駄目だ泣きそうだ……
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:06:35.47 ID:oU4XMhGz0
梓『もう、いい加減にして下さいよ、律先輩!』

澪『……』ゴツン

律『ってぇ……。なんであたしだけ……』

いちご『自業自得。』

和『とりあえず、話進めるわよ』

純『ですね』

しずか『これを企画したのはりっちゃんなの』

澪『新生放課後ティータイムを映像で残して置きたいっていうのと、
  もしかしたら、今後唯がムギと会うかもしれないし、
  そしたらムギに私達の事を見て欲しかったんだ』

梓『ムギ先輩に言いたい事もありますしね』

律『まぁ、唯がムギと会えたらの話なんだけどな』

梓『絶対会えます!』
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:07:35.84 ID:oU4XMhGz0
和『まぁ、唯って物凄く運が良い子だからね』

律『確かに、憂ちゃんの姉って時点でかなりの強運の持ち主だよな』

純『あ、それ分かります』

しずか『憂ちゃんって、すっごくいい子だもんね』

律『あたしも憂ちゃんみたいな妹欲しかったな〜』

澪『お前には聡がいるだろ』

律『いらねーよあんなの』バッサリ
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:09:22.29 ID:oU4XMhGz0
いちご『ちなみに、唯は憂と一緒に帰宅。』

律『唯がいたら、サプライズ映像じゃなくなっちまうからな』

純『それは私のアイデアです』フンス

律『そうそう、鈴木さんのアイデアだぞ』

純『鈴木さんじゃありませんっ! ってアレ?』

律『ん?』

純『やっと覚えてくれたんですね、律先輩!』

律『そりゃあ同じ軽音部のメンバーだからな、佐藤さん!』

純『って、間違ってるし! てか、ずっとワザと間違えてましたよねっ!』

律『てへっ、バレちゃった?』

澪『……』ゴツン

律『だから何であたしだけ……』
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:10:44.14 ID:oU4XMhGz0
和『それより律、澪、梓、あんた達はムギに言いたい事があるんでしょう?』

律『あ、そうだった。え〜おほん! あー、ムギさん? えーっとですね……』

いちご『……。』ゴツン

律『いってぇーな澪! ……って思ったらいちごかよ!』

いちご『……一度殴ってみたかった。』

律『っておい! なんだそりゃ! 理不尽だ! なんて可哀相なりっちゃん!』

澪『……』ゴツン

律『……本当に理不尽だ。ぅぅ……』

純『本当に話進みませんねこれ……』

しずか『あ、あはっ……あはは……』

律『まぁ、こんな感じなんだよ、ムギ』

梓『私達はムギ先輩の事、怒ったりしてませんからね』

澪『ムギは優しいから、私達の事を気にしてるんじゃないかなって思ったんだ。
  一人だけ遠くに行ってしまった事に、負い目を感じてるんじゃないかって……。
  でも、そんな事気にする必要は全くないぞ?
  何があっても、例えどんなに離れてても、私達は仲間だ。
  ムギは永遠に放課後ティータイムのキーボードだからな』
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:14:48.85 ID:oU4XMhGz0
★8
梓『私、ムギ先輩とは二人だけで話す機会が余り無くて……。
  でも、ムギ先輩はいつも笑顔で優しくて、私はそんなムギ先輩の事が大好きです!』

律『ムギが軽音部に入ってくれなかったら、唯も軽音部に入らなかったかもしれない。
  私達は本当にムギには感謝してるんだ。ありがとう、ムギ』

純『私もムギ先輩のお菓子食べたかったです!』

和『ちょっと純……いい話が台無しよ……』

梓『……』ゴツン

純『いったぁ〜……』

いちご『……。』クスッ
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:16:12.98 ID:oU4XMhGz0
純『あ、いちご先輩が笑った!』

澪『えっ、ウソ!?』

和『そう言えば、いちごの笑った所って見た事ないわね』

しずか『私も殆んど見た事ないかも……』

いちご『……笑ってない。』

純『え〜、絶対笑ってましたっ!』

いちご『笑ってない。』

律『まぁ、全部録画してあるからな。後で確認しようぜ! ニシシ』

いちご『……律うざい。』
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:18:39.18 ID:oU4XMhGz0
澪『それと、唯とムギに聴いて欲しい歌があるんだ。
  私が来年の卒業の時の為に作っていた歌詞があって……。
  時期的に早過ぎるんだけどさ、これにみんなで曲を付けたんだ。
  本当は梓に捧げる予定の歌で、テーマは卒業だったんだけど、
  【卒業】の部分を【さよなら】に変えて二人に送りたいと思う』
  
梓『さよならって言っても、別れるって意味のさよならじゃありません。
  それはこの歌を聴いてくれれば分かると思います!』

和『私も、この歌はとても良いと思ったわ』

しずか『素敵な歌だと思います』

純『私も作曲に参加しましたっ!』

いちご『……嫌いじゃない。』

律『それじゃあ聴いて貰おうかな。
  あ、そうだ、ムギは知らないと思うから言っとくと、
  あたし達色々あって、演奏する楽器が変わってるんだ。
  しかも、みんなで合わせたのが今日初めてだから、あまり期待するなよ?』

純『みんなで練習したら唯先輩にバレちゃいますからね』
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:20:26.64 ID:oU4XMhGz0
律『あたしはベース。ドラムは和。澪はボーカル。
  梓と純ちゃんはギター。純ちゃんのギターは、準備室漁ってたら出てきた奴。
  いちごがリコーダーでしずかはピアニカだ。
  新規メンバーの腕前を、篤とご覧あれ!』

しずか『りっちゃん、ハードル上げないでよ〜』

いちご『律、うるさい。』

澪『本当は憂ちゃんのキーボードを入れたかったんだけど、
  唯を一人にする訳にはいかないからな』

梓『唯先輩と憂も入れて演奏する案もあったのですが……』

和『律と純が、内緒の方が面白いって言い張ってね……』

律『細かい事はいいんだよっ!』

純『そうですよっ! とにかく、演奏しましょ!』

澪『唯、ムギ、聴いてくれ』

律『いっせーのっ!』

律澪梓和純いちごしずか『天使にふれたよ!』
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:22:35.32 ID:oU4XMhGz0
卒業を意識したというお別れの歌詞。
本来ならば、これはあずにゃんに送られる筈の物。
その中には、澪ちゃんの優しさと、軽音部への想いが溢れていた。

皆、それぞれ大切な想いを込めて演奏しているのだろう。
それらの音は、乗算の様に互いの旋律を高め合う。
みんなの調べが一つになった時が、私達の本当の音楽になる。
それこそが、「放課後ティータイム」なのだ。

彼女達の演奏は、私とムギちゃんの心を震わせた。
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:23:56.30 ID:oU4XMhGz0
律『ふぅ〜』

しずか『どうだったかな……』

梓『良かったと思いますっ!』

和『こんなもんかしら?』

澪『そうだな』

純『私のギターは梓より上手かったね』

いちご『純、調子に乗り過ぎ。』

純『え〜、酷いですよ、いちご先ぱ〜い』

律『というワケで、そろそろお開きっ!』
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:25:03.87 ID:oU4XMhGz0
律『唯、あんまりムギに迷惑かけるなよっ!』

澪『唯、ムギ、元気でな』

和『ムギ、大変だと思うけど、唯をよろしくね』

梓『唯先輩、ムギ先輩、私は二人に会えてとても良かったです』

純『梓と憂の面倒は私がちゃんと見ますから安心して下さい!』

梓『何よそれ! 逆でしょ! 逆!』

いちご『短い間だけど、軽音部は楽しかった……と思う。』

しずか『私も、軽音部に入って凄く楽しかったよ』
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:30:34.32 ID:oU4XMhGz0
私もムギちゃんも涙が止まらなかった。
こうしてムギちゃんと再会する事も、ムギちゃんの気持ちも、
私達の事は全部お見通しだったんだね……。
やっぱり、みんな凄いよ……。

和ちゃん、最後はやっぱり私とお別れするつもりだったんだね。
自分がゾンビだから……私を傷付けない為に……。

映像が少し途切れたが、すぐにまた始まった。
場所は部室ではない。でも、私はここに見覚えがある。

そう、ここは生徒会室だ。

梓『準備はいい、純?』

純『オッケーオッケー!』

梓『じゃあ、始めるよ』

次の瞬間、私は心臓を押し潰される様な衝撃を受けた。
画面に現れた人物……。

「憂」
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:33:40.15 ID:oU4XMhGz0
憂『何を言おうか考えてきたのに……分からなくなっちゃった……。
  お姉ちゃんに言いたい事は山程あるのに、上手く言葉が出て来ないや。
  ……ごめん、梓ちゃん、純ちゃん、ちょっと待って。
  考えが全然纏まらないの……どうしよう……』

純『憂、頑張って!』

梓『何でもいいから、今の自分の気持ちを全部出しちゃえばいいんだよ!』

憂『ありがとう、梓ちゃん、純ちゃん……』

純『時間はたっぷりあるからね。リラックス、リラックス!』

憂『お姉ちゃん、これを見ている時、私はもう近くにはいないと思う。
  私はゾンビでお姉ちゃんは人間……。
  だから、いつかはお別れをする時が絶対に来ると思うの。
  でも、私はお姉ちゃんにずっと人間のままでいて欲しい』

憂『お姉ちゃんは、自分もゾンビだったらいいのに、なんて考えちゃってるよね。
  自分一人だけが人間のままである事に罪悪感を感じて……。
  でもね、それは間違っていると思う。
  お姉ちゃんが人間だから救われている人だっているんだよ?
  お姉ちゃんが人間だから、私は人間でいられるの』

憂『お姉ちゃんは私の、私達の希望なの。
  私達が諦めないで頑張れるのは、お姉ちゃんのお陰なんだよ。
  さわ子先生も言ってたよ。
  唯ちゃんが人間だから、私も頑張らなきゃって。
  教師である私が唯ちゃんを守らなきゃって』
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:38:26.51 ID:oU4XMhGz0
憂『本当はね、私達も怖かった。凄く怖かったんだよ。
  いつかあの人達みたいに、自分を失って人を傷付けるんじゃないかって。
  でも、絶望しなかったのは、お姉ちゃんがいたからなの。
  私達が自暴自棄になったら、お姉ちゃんが一人になっちゃうから。
  私達自身が、お姉ちゃんを傷付ける事になっちゃうかもしれないから。
  友達として、後輩として、家族として、私達はお姉ちゃんを守りたかったの。
  みんなお姉ちゃんの事が好きだったから、守りたかったんだよ』
  
憂『私達は、そう思える自分達の事を誇りに思っているの。
  大切な人を想う心、それを持つ人こそが『人間』なんだって。
  だから、みんなでお姉ちゃんを守ろうって誓ったの。
  私達が最後の最後まで『人間』で在り続ける為に』

憂『私はお姉ちゃんが好き。大好き。
  ご飯を食べてるお姉ちゃんが好き。
  アイスをねだるお姉ちゃんが好き。
  ごろごろ寝転がってるお姉ちゃんが好き。
  ギターの練習をしているお姉ちゃんが好き。
  一緒に寝てくれるお姉ちゃんが好き。
  どんな仕草でも、お姉ちゃんの全てが大好き』
 
憂『でも、一番好きなのは明るくて優しい笑顔のお姉ちゃん。
  お姉ちゃんの笑顔が何よりも一番大好き。
  でも、最近のお姉ちゃんの笑顔は全部嘘。
  泣いているのに顔だけ笑って見せて……。
  そんなお姉ちゃんは嫌い、大っ嫌いなの』
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:41:57.64 ID:oU4XMhGz0
憂『泣きたい時には泣いていいんだよ。
  それを無理して我慢して、偽りの笑顔なんて作らないで。
  そんなの……お姉ちゃんらしくないよ。
  そんなの、私の大好きなお姉ちゃんじゃない!』

憂は泣いていた。
憂の他にも鼻を啜る音が聞こえた。

私が憂の偽の笑顔に気付いていた様に、憂もまた私のそれに気付いていた。
結局また、私が一人で人を騙せている気になっていただけだったのだ。

憂『ごめんなさい……私……こんな事を言いたかったんじゃないのに……。
  何で私、こんな嫌な事ばかり言っているんだろう……。
  ごめんなさい、お姉ちゃん……私……私……』

あずにゃんが横から現れ、憂を抱き締めた。
二人は暫く抱き合っていた。
その間も、録画は続いていた。
画面から啜り泣く声だけが延々と流れてきた。

憂がこんな風に泣くのを、私は生まれて初めて見た。
私の胸は締め付けられ、呼吸すら困難な状態だった。

でも、私は目を離さない。
最後まで見続ける。絶対に。
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:45:46.00 ID:oU4XMhGz0
憂『ごめんね、お姉ちゃん、私は駄目な妹だね……。
  でも、私はお姉ちゃんに心から笑って欲しいの。
  お姉ちゃんの本当の笑顔が私は大好きだから……。
  ううん、私だけじゃない、みんなお姉ちゃんの笑顔が大好きなの』

憂『律さんが言ってた、お姉ちゃんの笑顔は天使みたいだって。
  澪さんは、お姉ちゃんの笑顔を見ると歌詞が浮かんでくるって。
  和ちゃんも、お姉ちゃんの笑顔は反則なくらい素敵だって』

憂『だからお願い、本当な笑顔のお姉ちゃんでいて。
  そうすれば、世界の誰もがお姉ちゃんの味方になるから。
  必ずお姉ちゃんを守ってくれるから。
  それが私からの、お姉ちゃんにする最後のお願いだよ』

ごめんね、憂。それは無理だよ。そのお願いだけは聞けないよ。
だって、私の隣に憂がいないんだもん。
憂がいないと、心から笑う事なんて出来ないんだよ。

そうだ、憂が悪いんだ。
憂が私の傍にいないから悪いんだ。
私は絶対に本当の笑顔なんて見せない。
憂のお願いなんて聞いてやるものか。

それが嫌なら今すぐ私の前に来てよ、憂。

憂『そして、もし、これを紬さんが見ていたら、お願いがあります』
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 09:49:26.60 ID:Qof5EaQIO
悲しすぎる
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:49:33.37 ID:oU4XMhGz0
憂『紬さん、私は貴女の優しさをよく知っています。
  紬さんの優しさは、お姉ちゃんの優しさと凄く似ているから……。
  だから、貴女はお姉ちゃんと同じ苦しみを感じていると思います』

憂『だからお願いです、苦しみを一人で抱え込まないで下さい。
  困った事や辛い事があったら、お姉ちゃんに相談して下さい。
  お姉ちゃんは絶対に紬さんの力になってくれる筈です。
  それが私のお姉ちゃん、平沢唯です』

憂『私は毎日家事をして、お姉ちゃんのお世話をしてると思われています。
  私がいないと、お姉ちゃんは一人では何も出来ない、
  なんて知り合いから言われる事もありました」

憂『でも、それは違います』
  
憂『本当に困った時、辛い時、私はいつもお姉ちゃんに助けられてきました。
  いつもダラダラしていて、怠け者の様に思われる事もあるお姉ちゃんですが、
  いざという時には物凄い力を発揮するんです。
  お姉ちゃんを、平沢唯を信じて頼って下さい。私が保証します』
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:52:13.01 ID:oU4XMhGz0
憂『お姉ちゃん、私はお姉ちゃんの事なら何でも分かるよ。
  私がこんな事を言わなくても、お姉ちゃんは全力で紬さんを守ろうとするって』

憂『でもね、これだけは言わせてね。
  お姉ちゃんが傷付いたら、紬さんも傷付くって事。
  だから、自分の事も大切にして。紬さんの為に』

憂『紬さん、私は今まで辛い事があっても、二人だから乗り越えられました。
  紬さんも、もう一人じゃありません。お姉ちゃんが付いてます。
  私がそうだった様に、貴女もお姉ちゃんと一緒なら絶対に大丈夫です。
  紬さんとお姉ちゃんの無事を、心から願っています』

憂『最後に、お姉ちゃん、私はお姉ちゃんの事が大好きです。
  世界で一番、お姉ちゃんの事が大好きです。
  私のお姉ちゃんでいてくれてありがとう。
  私は貴女の妹で本当に幸せでした』

憂は涙を流しながら、今までで一番素敵な笑顔を見せた。
それは作り物ではない、本物の笑顔だった。

そして映像は完全に途切れた。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:54:19.21 ID:oU4XMhGz0
唯「うい……」

唯「うい……うい……ぅぅぅ……う゛い゛ーーーー!」

唯「あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーーーーー!!」

唯「う゛う゛ぅ゛う゛ぅ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーーー!!!」

唯「う゛い゛ーーう゛い゛ーーーう゛い゛ーーーー!!!!」

人間の体の中には、どれ位の涙が蓄えられているのだろう。
私の瞳からは大粒の涙が止まる所を知らずに流れ落ちた。
まるで、体中の全ての水分が飛び出していくかの様に。

ムギちゃんは激しく震える私の体を強く抱き締め、私を静めようとしてくれた。
そのムギちゃんの目からも激しく涙が溢れていた。
それでも、私は湧き上がる感情を抑える事が出来ず、
その衝動に従うまま号泣し続けた。

憂は駄目な妹なんかじゃない。世界で最高の妹だ。
私はありったけの言葉を並べて、それを憂に伝えたい。伝えたかった。

でも、それはもう無理なんだね……。

ごめんね憂。こんなお姉ちゃんで本当にごめんね。
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 09:57:35.34 ID:oU4XMhGz0
私とムギちゃんはベッドに横になり、白い天井を眺めていた。
毛布の下で、私達は手を硬く結び合っていた。

唯「私ね、過去を全て切り捨てるつもりだった……」

唯「憂の事も、和ちゃんの事も、りっちゃんの事も、澪ちゃんの事も、
  いちごちゃんの事も、しずかちゃんの事も、全部切り捨てようと思ってた……」

唯「だって、みんなの事を考えていると、どうしても立ち止まっちゃうんだ……。
  過去に縛られて、未来を見る事が出来なくなっちゃうんだよ……。
  私一人ならそれでもいいんだ。私はそれだけ罪深い人間なんだから。
  でも、私はどうしてもムギちゃんを守りたい……。
  過去に縛られてちゃ、ムギちゃんを守る事なんて出来ないんだ……。
  だから過去を切り捨てたいの……切り捨てなきゃいけないのに……」

紬「唯ちゃんは私に、自分の出来る事をしているだけ、って言ったわよね?
  それなら、自分に出来ない事を無理にする必要はないんじゃないかしら」

ムギちゃんは優しく微笑みながら私に言った。

紬「唯ちゃんに過去を切り捨てるなんて事は出来ないわ。
  だって、唯ちゃんはとっても優しい女の子だもの。
  今まで自分を愛してくれた人達の事を忘れるなんて出来る筈ない」

唯「でもそれじゃあ駄目なの……駄目なんだよ……。
  そんな甘い考えじゃ誰も守れない、救えないんだよ!」

紬「でも、それが今の唯ちゃんなのでしょう?
  その甘い考えを捨てる事が出来ない、それが唯ちゃんなの。
  私はそれでいいと思ってる。だって、それが唯ちゃんなんだもの」
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 09:57:57.74 ID:JxjnvakAO
涙で前が見えねぇ…
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:01:00.11 ID:oU4XMhGz0
紬「無理に自分を変える事なんて絶対に出来ないわ。
  そして、出来ない事をしようとすれば、必ず失敗してしまうのよ」

ムギちゃんは和ちゃんと同じ事を言った。
和ちゃんの言う事はいつでも正しかった。
私はそんな事すらも忘れてしまっていた。

紬「でもね、私は唯ちゃんの事を信じているの。
  唯ちゃんは過去を切り捨てなくても、必ず私を守ってくれるって。
  だって、憂ちゃんのお墨付きを貰っているんだもの」

唯(違う……私は……)

紬「それにね、私、憂ちゃんの言葉を聞いて思ったの。
  私も誰かを守りたい、ううん、唯ちゃんを守りたいって。
  私は今まで、誰かに守られてばかりだったわ。
  その度に、自分の無力さを痛感していたの」

紬「私には財力……お金がある。
  でも、そのお金は私自身の力じゃない。
  全て私の親の力で、私はそれを借りているだけ。
  バイトを始めて、私はその事に気が付いたの」

紬「今はまだ、お父様の力に縋って生きるしかない。
  でも、私はいずれ自分だけでその力を手に入れたい。
  その為に私は経済学、経営学、その他諸々の勉強をしてるわ。
  それが今の私に出来る事、それしか私には出来ないから」
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:06:24.84 ID:oU4XMhGz0
紬「そして私は今、もう一つの目標が出来たの。それは、早く元気になる事よ」

紬「今の状態では、私は唯ちゃんに何もしてあげられない、
  唯ちゃんに守って貰うだけの存在だから。
  私も元気になって、唯ちゃんを守れる人間になるわ」

ムギちゃんは目を輝かせながら言った。
この施設に来てから、初めて見せた眩しい笑顔だった。
その笑顔を齎したのは、憂の言葉だ。

私だけでは、ムギちゃんのこの笑顔を生む事は出来なかっただろう。

私一人では何も出来ない……。
でも、今はそれでも構わない。
ムギちゃんが笑ってくれるならそれでいいんだ。

私は、今の私の力を素直に認める事にした。
そして、私は私に出来る事をする。

それから私の新しい毎日が始まった。
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:10:16.55 ID:oU4XMhGz0
一週間後、ムギちゃんは順調に回復し、病室から出る事が決まった。
これからは、特権階級居住区のスイートルームで暮らす事になる。

私もこの一週間で、以前とは比べ物にならない位体調が良くなった。
その主因は、食事をちゃんと取り、決して吐き出さないという私のルール。

味のしない食事が苦手なのは今も変わらない。
でも、食物が体の中に入れば、味など関係なく私のエネルギーになる。

ムギちゃんも、少しずつサプリメント以外の物を口にするようになった。
以前の私と同じで極少量ではあるけれど、0が1になる事は大きな変化だ。

また、ムギちゃんは医務室で一日に2時間ずつ3回、計6時間の点滴を行っている。
この間、ムギちゃんはずっと医務室に篭り本を読んでいる。

私はムギちゃんと別れるその時間を利用して、密かに様々な特訓をしていた。
その例の一つとして、私は斉藤さんにお願いをし、車の運転を教わっている。
もし、これから外に出るような事になった場合、車という移動手段は非常に魅力的だ。
長距離を楽に移動できるし、何より徒歩で移動するよりも安全性が格段に高い。

その他にも、護身術、応急手当の方法など、役に立ちそうな様々な事を教えて貰っている。
それらは全て、和ちゃん達がしていた事だ。
彼女達も、私に知られずに様々な訓練や準備をしていたのだ。

私が彼女達の様になる事は無理かもしれない。
それでも、私は彼女達の様になりたかった。

その為に努力をしたっていいだろう。
例えそれが無駄な足掻きであったとしても。
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:16:40.75 ID:oU4XMhGz0
ギターも弾くようになった。
ギターは私が持っている最大の「力」だという事に気付いたからだ。

特権階級の中にはプロのミュージシャンや楽器の修理技術者もいるらしい。
さらにスタジオ、楽器、楽譜、修理道具なども揃っていて、音楽活動に不自由はしない。

私はスタジオが空いている時に限り、利用出来る許可を貰った。
しかし、私は主に自室でギターの練習をしていた。
ムギちゃんが、私のギターを聞きたいと言うからだ。

スタジオまではそれなりに距離があり、その移動はムギちゃんの負担になる。
今の状態のムギちゃんに、あまり体力的負担を掛けさせたくはない。

それに、私もムギちゃんも、あまり外出が好きではなかった。

私達は、外見をそれ程気にするタイプではないけれど、まだ十代の女子高生だ。
今の窶れた姿に、多少のコンプレックスを持っていた。

それは、私達が精神的ゆとりを持ち始めていた事をも意味していた。
自分の容姿に気を遣う余裕が出てきたのだ。

私は、今までに覚えた曲をムギちゃんに唄って聴かせた。
暫くギターには触れていなかったけれど、体が全てを覚えていた。
ムギちゃんは私のギターを聴くと、満面の笑みで私を褒め称えた。
私はムギちゃんの笑顔が見たくて、次々と新しい曲も覚えていった。

今、私は、私だけの「力」でムギちゃんに笑顔を咲かせているのだ。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:20:32.88 ID:oU4XMhGz0
特権階級居住区での生活は、一般人居住区での監獄の様な生活とは似ても似付かぬモノだった。
仕事は無いし、規則も無い。贅沢品も取り揃えられ、まるでリゾート地だ。

今更驚く事ではないが、この施設には豪勢なスポーツクラブなどの娯楽設備も完備されていた。
私はそこで水泳を始める事にした。
水泳は全身の筋肉を使うバランスの良い運動、和ちゃんがその様な事を言っていたからだ。

特権階級専用らしく、そこで汗を流している人間は品も身形も良い者達ばかりで、
私が一般人居住区で見た人達と、同じ人間であるとは思えなかった。

皆の表情は明るく、談笑し、面識の無い私にすら挨拶をしてくる。

それにしても、同じ施設の中に、こんなにも異なった空間が存在していたとは。
あらゆる娯楽を楽しむ事が可能な、優雅で贅沢な生活。
「お金持ち」達の暮らし振りは、私の想像を遥かに超えていた。

その事実を知った時、私はある種の「恐怖」とも言うべきモノを感じていた。

何故、この人達はそんなに「普通」でいられるのだ?
果たして外の惨状を知っているのだろうか、と。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:25:04.05 ID:oU4XMhGz0
一般人の居住区にいた人達は、皆常に何かに怯えていた。
外で地獄を体験した人間ならば、その理由などすぐに分かるだろう。

皆、危惧しているのだ。
この安全がいつか失われるのではないかと。

特権階級の人間達は、今の安泰が恒久であると信じている。
何があっても、自分達の安全は保障されているのだと。
噛み付き病が大騒ぎされる以前の人達と同じ心理状態。

『世界が崩壊する訳が無い』

根拠もなく、ただ盲心的にそう思い込んでいるのだ。

特権階級の人間はテレビを観る事が出来る。
通信衛星を利用して、今も普通に放送は継続されていた。
世界の状態は、その放送から全て知る事が出来る。

しかし、彼等には実感が無いのだ。

ニュースで戦争の光景を見るだけで、戦争の悲惨さを実感する事などできまい。
飢えに苦しむ人間達の存在を知った所で、我々は贅沢をやめる事などできまい。

所詮は他人事なのだ。
彼等にとって、噛み付き病など他人事に過ぎないのだ。

実際に自らが体験しなければ、それが事実であろうが虚構なのだ。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:34:46.56 ID:oU4XMhGz0
和ちゃんは言っていた。

「安心」は「慢心」を生み、そこから「綻び」が生じる。
小さな「綻び」はやがて大きくなり、全てを「瓦解」させる、と。

小学校の国語の授業で「油断大敵」という言葉を習った時の話だ。

私はこの「偽りの安全」に満ちた世界に染まらぬよう心掛けた。

ここでは、自ら何もしなくても、全て周りの人間が世話をしてくれる。
その為に、専用に雇われているスタッフ達が居るのだ。
一部の一般人は、そのスタッフの人達に雇われ仕事をしていた。

私は出来るだけ他人の手を借りないようにした。
掃除、洗濯、炊事……。私が憂に任せっきりにしていた事だ。

食材を貰い、一部厨房を借りて調理をさせて貰った。
私の調理する姿を見て、料理人達は私に包丁の使い方などを親切に指導してくれた。
聞くと、危なっかしくて見ていられなかったそうだ。
私は厨房の料理人達と親しくなり、様々なレシピも教えて貰った。

私の味覚消失は非常に特殊で、自分で料理した物の味は感じる事が出来た。

ムギちゃんは、私が料理を始めた日から、私の料理を食べてくれている。
最初は下手だからと断ったが、それでも私の料理が食べたいと言って聞かなかった。

ムギちゃんは、私の料理をいつも笑顔で受け入れてくれた。
僅かな量でも、ムギちゃんが食事をする姿を見られる事は私の幸せだった。
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:38:40.66 ID:oU4XMhGz0
12月17日

ムギちゃんと一緒にこの部屋に引っ越して来てから一ヶ月が過ぎた。
伸び放題だった髪も切り、私は以前の健康的な姿に戻りつつあった。
ムギちゃんも、痩せたままではあるけれど、血色は以前より大分良くなっていた。

唯「きつい……。この服、ちょっと小さいかも……」

紬「新しい服を貰いに行きましょう。可愛い服もいっぱいあるわ」

一般人に配給される普段着や寝巻きは全て同じ物だった。
唯一違う所は、刺繍されている番号。
年頃の女の子が着る様な柄の物ではないが、私はこれが結構気に入っていた。

唯「そうだね、ムギちゃんも一緒に来てくれる?」

紬「もちろんよ」ニコ

私がムギちゃんに案内され着いた先は、まるで高級デパートの様だった。
見るからに高そうな服達が、所狭しと並べられている。
普段着から礼服、パーティードレスまで、あらゆる服が揃えてある。
ここに置いてある物は全て女性物で、男性物はまた別の所にあるらしい。

階を見回すと、小さな女の子を連れた貴婦人が子供用の服を選んでいた。
ムギちゃんは店員らしき人と何やら話をしている。

私は以前着ていた作業服が妙に懐かしくなっていた。
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:41:26.83 ID:oU4XMhGz0
ムギちゃんは店員らしき人を引き連れ、私の元に来た。

紬「それじゃあ、唯ちゃんの服を選びましょう」

唯「あの、ムギちゃん、この服とかっていくら位するのかな……?」

紬「あ、ここの服は全て無料なの。だから好きなのを選んでいいのよ」

これは後に斉藤さんに聞いた話だけれど、
この施設の特権階級にいる人達は、多額の入居資金を支払っている。
それには、この施設のあらゆる設備・備品の使用権利も含まれているのだ。

特権階級の人間達は「被災者」ではなく「お客様」なのである。

そして、それを証明するのがこの黒いIDカード。
この黒いIDカードこそ、ここでの絶対的権力の証、「力」の象徴なのだ。
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:43:44.44 ID:oU4XMhGz0
私は、陳列されている服の中から動きやすそうな物を数点選び、
それを店員らしき人に渡した。

後でこの人が私達の部屋まで荷物を持って来てくれるらしい。
それ位自分で出来るけれど、ムギちゃんの顔を立て、それに従う事にした。

紬「唯ちゃん、この服なんてどうかしら?」

ムギちゃんが可愛らしいひらひらした服を持って来た。

紬「唯ちゃんにはこういう服が似合うと思うの。ちょっと着てみてくれる?」

私がその言葉に逆らえる筈がない。
私はムギちゃんの着せ替え人形になった。
試着室で服を着替えムギちゃんに見せると、
ムギちゃんは絶賛し、とても喜んでくれた。

この笑顔の為なら、私はどんな事でもしよう。

紬「とっても可愛いわ、唯ちゃん」

結局、試着した服は全て貰う事になった。
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:47:38.30 ID:oU4XMhGz0
次の日、私は今まで着ていた一般人用の普段着と寝巻きを返しに行く事にした。

私が一般人であったという証の物達。
何だか名残惜しい気もするけれど、サイズが合わないからどうしようもない。

私は久しぶりに一般人の居住区に来ていた。
以前には気付かなかった、その異様な雰囲気を私は感じ取っていた。

最初にここに来た時は、私自身絶望し、周りを気にする余裕など全く無かった。
だからこそ、今初めて私はこの場が異質である事に気付いたのだろう。

皆、私の方に視線を向ける。
私だけが皆と違う、綺麗な服装をしている。
この空間で、私は目立ち過ぎていた。

私は早足で受付に向かった。

受付嬢「あら……貴女は……平沢さん?」

唯「お久しぶりです」

受付嬢は私の事を覚えていたようだ。

受付嬢「以前と姿も服装も違うので驚きました。元気になったみたいですね」

この人は私の事を心配していてくれたらしい。
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:50:31.17 ID:oU4XMhGz0
唯「あの、今日は服を返しに来たんです。サイズが合わなくなってしまって……」

受付嬢「分かりました。新しい服は……必要無いみたいですね」

唯「あ、宜しければ、新しい普段着を2着ほど頂きたいです。
  動きやすいし、ちょっと汚れるような事もしているので……」

受付嬢「分かりました、平沢さんに合いそうな服を持ってきますね。少々お待ちを」

そう言うと、受付嬢はカウンター奥の扉の中へと消えていった。

5分位経っただろうか。
扉が開き、中から受付嬢が服を2着持って私の前に来た。

受付嬢「どうぞ」

唯「ありがとうございます」

私は服を受け取り、足早にその場を後にした。
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:52:46.40 ID:oU4XMhGz0
一般人居住区……。
私は、私が傷付けたあの女達の事を思い出していた。

何故、彼女達は私達を傷付けたのか。
彼女達があんな風になってしまった原因は何だったのだろうか。

もしかしたら、ここでの厳しい生活が彼女達を変えてしまったのかもしれない。
あんな雰囲気の中で、まともな精神でいられる筈が無い。
私は今日、あの場に行ってそれを確信した。

もし、私が彼女達の苦悩に気付き、もっと優しく出来ていたら……。
もしかしたら、私達は友人になれたかもしれない。

もう一度彼女達と会おう。

彼女達には仕事がある。今行っても会えない可能性が高い。
私は彼女達が部屋に帰るであろう時間まで待った。

21時。今なら彼女達も部屋にいる事だろう。
ムギちゃんは22時まで夜の点滴をしている。

台の上のお菓子の詰まったバスケットを持ち、私は彼女達の元に向かった。
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:54:44.67 ID:oU4XMhGz0
彼女達の部屋は変わっていた。
私が騒ぎを起こした日から、あの部屋は空き部屋となっている。

私は受付嬢に無理を言って、彼女達の新しい部屋を教えて貰った。
大丈夫なの?と、受付嬢は心配そうに私に尋ねた。
当然この人も、あの事件の事を知っている。
彼女達が仕事をサボっていた事も、事件後聞かされたという。

私とあの女を引き合わせた張本人。
私に良かれと引き合わせた人物が、私をひどい目に遭わせていたのだ。

受付嬢にも、罪悪感があったのだろう。
事件後、受付嬢は私に会いに来て謝罪をした。

私はこの人を恨む気持ちなど全く無かった。
この人は純粋に私の事を想ってくれていたのだから。
受付に行く度、私の体の事を心配してくれていた。

唯(この人にも何かしないといけないね……)

私はバスケットの中からお菓子を取り出し、お礼を言って彼女に渡した。
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 10:58:52.33 ID:oU4XMhGz0
私は新しい彼女達の部屋の前に来た。
彼女達はまた全員で同じ部屋に住んでいる様だ。

私はドアをノックした。
一般人用の部屋にはインターホンなど無い。

暫くして、ドアが開けられた。
私を出迎えたのは、私と一緒に仕事をしていた筈の女だった。

女「……どちら様?」

唯「平沢唯です……。……入っていいですか?」

女「平沢……お前が……? まぁ、取り敢えず入んなよ。歓迎するから」

意外な返事に、私は一瞬戸惑った。
私は彼女に導かれ、部屋の中へと入っていった。

部屋の中には、いつもの女達がいた。
皆、最初は私の事が誰だか分からなかった様だ。

唯「あの……」
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:00:15.06 ID:oU4XMhGz0
私が彼女達に話し掛けようとすると、それを遮るかの様に女達が口を開いた。

女「本当にごめん、平沢さん!」
女2「私達、本当に反省してます」
女3「ごめんね」
女4「許してください」

彼女達は口々に謝罪の言葉を述べた。

唯「あ、あの……私の方こそごめんなさい。その、これ……」

私はお菓子の入ったバスケットを差し出した。

唯「今更こんな事を言うのはアレなんだけど……、
  私、みんなと仲直りしたくて、これ持って来たの……。
  良かったら、これみんなで食べて下さい……」

女「えっ? いいの? マジ嬉しい! ありがとう、平沢さん!」

女2「平沢さんも一緒に食べようよ」

女3「うんうん、そうしなよ」

女4「迷惑じゃなかったら……」

私は彼女達と一緒にお菓子を食べる事にした。
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:01:45.57 ID:oU4XMhGz0
唯「私ね、みんなの事、全然知らないから……。
  良かったらみんなの事、色々教えて貰えないかな……?」

私は今まで、彼女達がどういう人間かという事に全く興味が無かった。
彼女達だけではない。私は他人に全く関心を持てずにいた。

しかし今、私はここに住んでいる人間全てに興味が湧いていた。
一般の人も、特権階級の人も、どういう経緯でこの場に居るのだろうか、と。
そして今、何を考えているのだろうか、と。

この施設にいる全ての人間に話を聞く事は不可能だろう。
しかし、自分に関わった人間達の事位は知っておきたかった。
どのような形であれ、この女達は私に関わりのある人間なのだ。

彼女達は自分達の事を語り出した。
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:04:52.94 ID:oU4XMhGz0
★9
彼女達4人は、美容師を養成する専門学校の学生で、
皆地元を離れ、同じ寮で暮らしていたらしい。
その美容専門学校でも桜ヶ丘高校の様な事件が起きた。

4人で逃げる途中、私同様この施設の兵士達に助けられたという。
助かったのは4人だけで、他の仲間は皆死んでしまったらしい。
その時の事を思い出してか、女2と女4は俯き啜り泣いていた。

私はいつの間にか涙を流していた。
彼女達の話に、私は自分の姿を重ねていた。

女「ごめんね、湿っぽい話になっちゃって」

唯「ううん、私の方こそ、思い出させてごめんね」

気付くと、時計は既に21時55分を回っていた。
ムギちゃんの点滴が終わる頃だ。

唯「私そろそろ戻るね」

女「ああ、平沢さんと話せて良かったよ。明日も来ない?」

唯「うん。あと、私の事は唯でいいよ」

女「分かったよ唯。じゃあ、明日もこの時間で」

女達は満面の笑みで私を見送った。
私は女達の部屋を後にし、ムギちゃんの待つ医務室に向かった。
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:06:06.58 ID:oU4XMhGz0
医務室に着くと、ムギちゃんは既に点滴を終わらせていた。

唯「ごめん、ちょっと遅れちゃった」

紬「ううん、丁度今終わった所だから」

紬「唯ちゃんは何をしていたの?」

唯「……ちょっと女ちゃん達に会いに行ってたの」

紬「……彼女達、元気にしてる?」

唯「うん、元気そうだったよ……」

紬「そっか、良かった……」

ムギちゃんはほっとしていた。
やっぱり彼女達の事を気に掛けていたんだ。
ホントにムギちゃんは優しい子だ。

ムギちゃんは一方的に彼女達に傷付けられたのに。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:09:15.63 ID:oU4XMhGz0
部屋に戻り、私はお風呂にお湯を張った。
特権階級の部屋には、お風呂もトイレも付いていた。

豪勢な大浴場もあるけれど、ムギちゃんは殆んど利用しない。
私は毎日運動後にそこを利用している。

唯「ムギちゃん、お風呂の準備できたよ〜」

紬「先に入ってて、私もすぐ行くわ〜」

私は服を洗濯篭に入れ、浴室に入った。

この部屋の浴室は、私の家のそれより2倍程の広さがあり、
浴槽も、私達二人が悠々入れる程の大きさがあった。

紬「お待たせ、唯ちゃん」

私達はいつも二人で一緒にお風呂に入っていた。
その度に、私は憂とお風呂に入っていた時の事を思い出し涙した。

ここなら、涙を流してもムギちゃんに気付かれる事はなかった。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:24:05.71 ID:oU4XMhGz0
お風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かす。
当然、私の方が早く髪が乾く。
髪の長いムギちゃんのドライヤーは時間が掛かるのだ。

その間に、私はベッドメイキングをする。
二人で寝ても広すぎるキングサイズのベッド。
寄り添う私達には、シングルでも充分だというのに。

私はポートワインを開け、2つのグラスにそれを注ぐ。

ムギちゃんは、寝る前にお酒で睡眠薬を飲む。
アルコールと睡眠薬の相乗効果で、よく眠れるらしいのだ。

一般人居住区での生活の時には、睡眠薬だけを多めに飲んでいた様だが、
特権階級の居住区に居た頃は、お酒でそれを飲む事が習慣だったらしい。

ムギちゃんがそれを打ち明けた日から、私はムギちゃんの寝酒に付き合っている。

それが体に悪い事を私達は知っていた。
それでも、彼女はそうしないと熟睡出来ないのだ。

彼女は酷い睡眠障害も患っていた。
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:27:34.38 ID:oU4XMhGz0
私達は乾杯をし、一気にグラスを飲み干した。
これが一番効率的な飲み方なのだ。

私達は別にお酒が好きというワケではない。
そもそも、どんな高級なお酒であろうが、味覚障害の私はそれを味わう事など出来ない。
ただ酔う為に、それを摂取しているだけだ。

ムギちゃんによると、このワインは「フォーティファイドワイン」と呼ばれるもので、
通常のワインよりもアルコール度数が高いのだそうだ。

私と違い、ムギちゃんはお酒に弱かった。
一口アルコールを口にすれば、すぐにその白い顔は紅潮する。

そして私に甘えてくるのだ。

私に逢うまで、ムギちゃんはずっと一人だった。
アルコールはムギちゃんの孤独と寂しさを紛らわせていたに違いない。

唯「ムギちゃん、寝る前にうがいと歯磨きだよ?」

紬「うん」ニコ

私達は歯磨きを終え、同じベッドに潜り込んだ。

今日もまた、私達は寄り添い抱き合って眠りに就いた。
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:31:36.46 ID:oU4XMhGz0
ムギちゃんの寝息が聞こえる。
アルコールと薬の効果で、すぐにムギちゃんは深い眠りに就く。
私はそっとベッドから抜け出し、ギー太を持ってスタジオに向かう。

時計は22:50分を回っている。
この時間にスタジオを使う者は私以外いない。
ここは完全防音になっていて、外に音が洩れる心配は無い。
私はギターをアンプに繫ぎ、大音量でただ只管に掻き乱す。

それはまるで、悲哀の咆哮。

そこで私は、全ての悲しみ、苦しみをギー太から吐き出した

嘆きの独奏は、私の気が済むまで続けられる。
夜中の2時、遅い時には3時頃まで、私はギー太を奏でていた。

気が治まったら、スタジオを片付け部屋に戻る。

ムギちゃんが目覚める気配は無い。
私はギー太を元の位置に戻し、ベッドに戻る。

ムギちゃんの寝顔を見ながら「おやすみ」と呟き、軽く頬にキスをした。
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:35:29.88 ID:oU4XMhGz0
次の日も、私はいつも通りの日課を熟していた。
何も変わらぬ日常。
そう、今の私にとって、この生活が日常になりつつあった。

朝食を作り、ムギちゃんと二人でそれを食べる。
少しお喋りをして、ムギちゃんを医務室まで送る。
彼女が朝の点滴をしている間、私は掃除や洗濯を済ませる。
早めにそれらを片付けたら、余った時間でギターの練習だ。

11時、彼女の1回目の点滴が終わる時間だ。
私は医務室に彼女を迎えに行く。
彼女はベッドに腰を掛け、迎えに来た私に笑顔でこう言うのだ。

紬「今日も調子がとってもいいわ」

唯「それじゃあ、お散歩にでも行こうか」
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:37:45.56 ID:oU4XMhGz0
まずは屋上。

もうすぐクリスマス。
外はとても寒く、吐いた息が白くなる。
呼吸をすると、冷たい空気が肺に入り、体の中から冷えるのを感じた。
それでも私達は、新鮮な空気を求め屋外に出る。

屋上に設置されているベンチに座り、二人で空を見上げる。
空は今も昔も変わらず、ただ鮮やかな青色に満ちていた。

こんなにも美しい空の下で、今もどこかで惨劇は続いているのだろう。
ウイルスの所為だけではない。
戦争、飢餓、凶悪事件……。

世界は常に悲劇で溢れていた。
私が知らなかっただけだ。
知らない振りをしていただけだ。

私にとって、そんな世界の惨禍など、他人事に過ぎなかったから。
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:39:59.95 ID:oU4XMhGz0
屋上で一息ついた後、今度は施設から出て敷地内を歩く。
私たちの他にも、散歩をしている人の姿がちらほら見える。
施設の庭は、職人達によって綺麗に整備されていた。

「まるで恋人みたいね」

ムギちゃんが呟く。
散歩をする時、ムギちゃんは自分の腕を私に絡める。

「そうだね」

私は優しく彼女を引き寄せる。

私もムギちゃんも、ただ純粋に温もりを求めていた。
心と体を暖かくしてくれる存在を求めていたのだ。

私達はお互いに深く依存していた。
誰であろうと、私達を引き離す事など出来ないだろう。
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:41:19.71 ID:oU4XMhGz0
12時が過ぎ、私達は昼食の準備の為に厨房に向かう。
今ではムギちゃんも一緒に料理を作っているのだ。

「おいしい?」

ムギちゃんは、いつも自分の料理の感想を私に求める。

「うん、美味しいよ」

私は笑顔で答える。

嘘ではなかった。

ムギちゃんの料理には、ちゃんと「味」があった。
私にとっては、一流シェフのフルコースよりも美味しい御馳走だ。

楽しい食事の時間が戻ってきたのだ。
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 11:41:43.87 ID:Etv4e7vbo
追いついた
おもしろすぐる・・・
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:44:22.70 ID:oU4XMhGz0
楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去るもの。
14時、2度目の点滴の時間だ。
別れを惜しみ、私は着替えを持ってプールに向かう。

帽子を深く被り、ゴーグルをして顔を隠すようにした。
以前、しつこくナンパをしてきた男がいたのだ。

今の私は人付き合いが億劫ではない。
しかし、ああいうタイプの人間は正直苦手だ。

私は水泳専用レーンで、ただ泳ぐ事だけに没頭した。

気が済むまで泳いだ後は、大浴場で体を綺麗にする。
プールと浴場は中で繋がっていて、
私の他にも、遊泳後塩素に染まった体を洗う人達がいた。

16時、ムギちゃんと二人でティータイムの準備をする。
厨房を借り、私達は自分達でお菓子を作るようになっていた。

この施設には、当然一流のパティシエ達がいる。
斉藤さんの計らいで、私達は彼等から色々学ぶ事が出来た。

お菓子の準備も整い、私達のティータイムが始まる。
偽りではない、本物のティータイム。
水泳でお腹の減った私の、貴重なエネルギー源だ。

軽音部のみんなで行っていたティータイム。
それと遜色の無い程、この時間は心地よかった。
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:46:35.89 ID:oU4XMhGz0
お茶の後はムギちゃんとギターの練習だ。
練習と言うより、発表会と言った方がしっくり来るかもしれない。
私は夜中に覚えた曲や、ムギちゃんがリクエストした曲を披露した。

ムギちゃんは子供の様な笑顔を私に向け、演奏を聴いてくれる。

紬「次はねぇ、次はねぇ……」

夕飯の準備を始める18時半まで、彼女のリクエストが止まる事は無い。

そろそろご飯の準備をしよう、そう言って私は彼女を宥めた。
彼女はしぶしぶながらも、それに従う。

「また明日弾いてあげるからね」

そう言って、私は彼女と指切りをする。
ムギちゃんの細い指が、私の指に絡まる。

「約束ね」

彼女はそう言うと、私に明るい笑顔を見せるのだった。
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 11:48:54.79 ID:8zy/p2aVo
おおお……儚さが染みる……。
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:49:11.71 ID:oU4XMhGz0
20時、ムギちゃんの今日最後の点滴が始まる。

いつもなら、斉藤さんに様々な事を教えて貰う時間だ。
斉藤さんは仕事が忙しく、夜でないと自由な時間が取れないらしい。
そんな貴重な時間を削ってまで、彼は私の我侭に付き合ってくれていた。

しかし、昨日に続き、今日も斉藤さんとの訓練は無い。
私が女達の部屋に行くからだ

21時まで時間がまだある。
私はギー太を取り出し、練習を始めた。

ギターを弾いていると、時の流れが急に早くなる。
気付けばもう40分も経っていた。

少し早くてもいいかな……。
私はお菓子の入ったバスケットを持ち、女達の部屋に向かった。

唯「ごめんね、ちょっと早く来ちゃったんだけどいいかな?」

女「……ああ。入りなよ唯」

私は女に招かれ部屋に入った。

ガチャリ。

オートロックの鍵が閉まる音がした。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 11:50:57.38 ID:ivflQb1S0
何故か蜘蛛の糸が頭をよぎる
救いの道が一瞬で断ち切られる予感がひしひしとするんだが
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:51:17.79 ID:oU4XMhGz0
部屋に入ると、いつもの女達の他に、3人の男達がいた。
以前に見た男達ではない。
柄も悪そうには見えないが、体躯が良く圧倒的な威圧感があった。

女達の方を見ると、何故かニヤニヤしている。
厭らしい笑い方だ。

唯「あの……これ、お菓子です……」

漢1「おー、旨そうじゃん」

漢2「ありがとう、唯ちゃん。俺、腹減ってたんだよね」

漢3「さっき飯食ったばっかじゃん」

私の名前を知っていた。
この男達は彼女達の友人だろうか?

私は女の顔を見た。
女は私を淫靡漂う表情で見詰めている。

どうしてそんな目で私を見るの……?
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 11:51:21.09 ID:UfL4sWoIO
ガチャっておい
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:53:18.70 ID:oU4XMhGz0
漢1「へぇ〜、唯ちゃんって……聞いてたより全然可愛いじゃん」

漢2「だね。ゾンビとか言ってたから、どんな子が来るかと思ってたら」

漢3「こんな可愛い子とは思わなかったわ」

男達は、舐める様な視線で、私の下半身から上半身を隈無く品定めしていた。
戸惑う私を尻目に、女達はクスクスと小さく笑い出していた。

漢1「でも、マジでいいの? ヤバクない?」

女「大丈夫、この子そういうのが好きだから」

女2「そうそう、遠慮とかしなくていいから」

女3「その子、口めっちゃ堅いから大丈夫」

唯「あの……女ちゃん……?」

漢2「あ、唯ちゃんのその表情、凄くいいね!」

漢3「俺もちょっと興奮した!」

漢1「てか、もう始めちゃって良いワケ?」

女「……ああ、好きなだけ犯っちゃって」
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:56:58.32 ID:oU4XMhGz0
唯「なに……それ……どういう事……?」

女4「お前をこれから輪姦すんだよ」

漢2「唯ちゃんにはたっぷり乱れて貰うからね」

唯「女ちゃん……どうして……?」

女2「どうしてだって!? 馬鹿かこいつ!」

女3「あれだけやっといて、今更仲良しとかありえないだろ」

女4「しかもそんな服着て、自分はうちらとは違うとでも言いたいのか?」

女「あたしら、ずっとお前に復讐しようと思ってたんだよね」

唯「復讐……?」

女「あんなナメた真似しといて、タダで済むと思ってんのか?」

唯「……。」

女「でも、お前の方からこっちに来てくれて良かったよ。
  あたしらじゃ、あっちの居住区には入れないからな」

女2「誘い出す手間が省けたね」

唯「……。」

唯「……じゃあ、どうして昨日は謝ってくれたの……?」
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 11:59:26.16 ID:oU4XMhGz0
女3「お前を油断させて、今日も来て貰う為だよ」

女4「お前が暴れると、うちらだけじゃ手に負えないからな」

漢2「それで俺達の出番ってワケだな」

女2「こいつら、この施設の兵士だからな。前のヘタレチンピラ共とは全然違うぜ」

漢3「うわ、ひど! その男達かわいそ〜」

唯「……昨日言ってた話は全部嘘だったの?」

女2「ああ。あたし達は専門学校なんて行ってねーし」

女「あたしの彼氏が金持ちで、ここに連れて来て貰ったんだ」

女4「彼氏というか財布だろ」

女3「あたしと女2と女4は、女の彼氏の愛人だよん」

女4「最初うちらも金持ち共の居住区に住んでたんだけどさ、
   女の手癖が悪すぎて追い出されたんだよ」

女「お前らだって同じだろ。それにあいつ等だって同類だぜ?
  薬に買春、なんでもありだからな。屑だよ屑。
  金だって有り余る程あんだし、ちょっと位こっちに寄こせっての」
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:02:22.69 ID:oU4XMhGz0
漢3「ほんと、お前ら悪女だよな」

漢2「俺は唯ちゃんみたいに純粋な子が好みだよ」

漢1「あ、やべっ! ゴム持って来るの忘れちった」

女2「中に出しちゃっていいよ」

女3「後で腹パンすればオッケー」

漢1「うわ、鬼畜〜」

漢3「あ、順番決めようぜ! 俺いっちば〜ん」

漢1「あっ!? 勝手に決めんなよ、俺も一番がいい」

漢2「この子処女っぽいし、一番は譲れないな」
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:03:10.32 ID:oU4XMhGz0
漢1「おい、誰がこの話持って来たか覚えてるか?」

漢3「う〜ん、それを言われるとなぁ……」

漢2「……仕方無い。じゃあ俺は処女アナルで我慢するよ」

女4「処女にいきなりアナルかよ!」

女3「悶・絶・必・死!」

漢2「泣き叫ぶから興奮するんじゃん」

漢3「こいつドSだから」

漢1「というワケで、唯ちゃんの処女は俺が頂くね」
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:04:54.77 ID:oU4XMhGz0
私は3人の漢達に囲まれていた。

唯「……。」

漢1「怖くて声出せないのかな〜? でも、挿れた時はちゃんと鳴いてね?
   そうじゃないと、こっちも興奮しないからさ」

唯「……。」

漢2「唯ちゃん、すっごく気持ち良くしてあげるからね」

唯「……。」

漢3「唯ちゃんを可愛がったら、今度は紬ちゃんの番だな」

女2「こいつを餌にすれば、あいつすぐ来るだろうな」

唯「……………………。」

私の心の中で何かが壊れる音がした。
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:06:18.95 ID:oU4XMhGz0
漢1「それじゃあ、まずその可愛い服を脱がしちゃおうかな」

男の大きな手が、ゆっくりと私に近づいて来た。

次の瞬間、男は悲鳴と共に崩れ落ちた。

女達も男達も、最初は何が起こったのか分からなかった。
しかし、私の右手でバチバチと音を立て、
放電するスタンガンを見て、皆その状況を理解した。

私は服の裏に隠し持っていたスタンガンを、男の下腹部に思いっきり押し当てたのだ。
男は余りの痛みに悶絶している。
苦しみ悶えるその姿は、とても滑稽だった。

悶絶するのは私の方じゃなかったみたいだね。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:07:58.14 ID:oU4XMhGz0
男達は油断していた。以前の男達と同じだ。
屈強な男が3人もいれば、女一人に負ける筈など無いと。
女達も同じ考えだろう。

今、自分達が絶対的に有利な立場にいる。
それは何があっても揺るがないのだという、根拠の無い自信。
そんな「安心」が「慢心」を生み、隙が出来るのだ。

進歩無いね。
いい加減、気付こうよ。
絶対的な安心、安全なんてどこにも存在しないって事にさ。

私の予想外の反撃によって、他の男達は動揺していた。
私はそれを見逃さなかった。
素早く二人の男達の腹部にスタンガンを当てた。

男達は体勢を崩した。
しかし、腹部に当てた程度では、すぐに起き上がってくるだろう。
私は、踠き苦しむ男達の頸部にスタンガンを押し当て、止めを刺した。

男達は気絶し、完全に動かなくなった。
女達は恐怖の形相で目を見開き、言葉を失っている。

部屋に沈黙が続いた。

この光景、激しくデジャビュだ 。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 12:08:05.93 ID:lBelItLAO
この廃れきった世界で…
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 12:08:17.02 ID:Etv4e7vbo
ここで護身術が火をふくとは
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:13:52.13 ID:oU4XMhGz0
唯「私さ、初めから分かってたんだよ。女ちゃん達の謝罪も笑顔も全部ウソだって」

唯「私はね、女ちゃん達にした事を、凄く後悔していたの。
  もっと別のやり方があったんじゃないかって……。
  もしかしたら、女ちゃん達も、私と同じ苦しみを感じていたんじゃないかって。
  だから、私は女ちゃん達に謝りたかった。私のした酷い行為を謝りたかった。
  例え女ちゃん達が、自分達の行為を反省していなかったとしてもね」

唯「昨日の別れ際の女ちゃん達の笑顔、とても素敵だったよ。
  でもね、状況を考えたらとっても不自然なんだよ。
  本当に謝罪の気持ちがあるのなら、あんな風に笑えるワケないんだよ」

唯「そうだ、状況が不自然だったんだ……。
  だからあの時、斉藤さんは私の笑顔を見てあんな顔をしたんだ。
  ムギちゃんは私の姿を見たから私の嘘が分かったんだ。
  みんなが無事なら私があんな姿になる筈ないもんねぇ、そっかそっかぁ」

唯「あー、私は駄目だなぁ……。
  そんな事、ちょっと考えれば分かるじゃないか。
  どうして私はそんな事にも気付かなかったんだろう。
  これじゃあ、また失敗しちゃうよ……困ったなぁ……」

唯「……。」

唯「考えても分からないや。とりあえず、私に今出来る事をしよう」

私は女達の方を見た。

唯「今日は静かだね。前は震えながら謝ってくれたのに」
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:16:44.49 ID:oU4XMhGz0
私が女達の方に近付こうとすると、彼女達は後退りした。
彼女達はあの時と同じく、部屋の隅で固まった。
ヒューヒューと変な呼吸音が聞こえる。

唯「ねぇ、女ちゃん……」

女の体がビクっと動いた。

唯「どうすれば、女ちゃんは私達を傷付ける事、辞めてくれるの?」

女「ご、ごめん……なさい……」

消え入るような声で女は謝罪の言葉を口にした。
私はしゃがみ込み、蹲っている彼女の顔を、目を見開き正面から近くで見た。

唯「前もそうやって謝ってたけど、何も変わってないじゃない……」

私は女の顔を平手で力いっぱい打った。
女の体はその衝撃で横に倒れ込んだ。
その様子を見て、女達は皆震えだした。

唯「ねぇ、前にいた男達と、あの日以来会った事ある?」
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:18:23.35 ID:oU4XMhGz0
私は隅に蹲る女達の方に目をやった。
彼女達は怯えた目で私を見ている。

唯「……質問に答えろ。」

女2「い、いえ、あれから会った事は無いです……」

唯「……そうなんだ。」

女3「ほ、本当です! あの人達の事は何も知りません!」

唯「……そう。じゃあ、私が首を噛み切った男の事……覚えてる?」

女2「お、覚えてます……」

唯「その人がどうなったか……知ってる?」

沈黙が流れた。

唯「あの人、死んだって。」

女達の体の震えが一段と大きくなった。
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:19:06.73 ID:vKHIkzYwo
ゾンビ雛山のパクリだな?
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:23:14.34 ID:oU4XMhGz0
唯「私ね、人を殺しちゃったみたいなの……。
  でもね、今はそれでよかったと思ってるの。
  だって、そうすれば、二度と私達を傷付けられないでしょ?」

唯「私ね、どんな人でも話せばきっと分かり合えると思ってた。
  でも、その考えって間違ってるよね。
  絶対に分かり合えない人って、やっぱりいるもん。
  貴女達みたいに、他人の痛みが分からない人とかさ」

私は女2の顔を思い切りグーで殴りつけた。
女2の鼻からは真っ赤な鼻血がボトボトと垂れ落ちた。

唯「でも、それってしょうがない事なのかもしれない。
  だって、他人の痛みはやっぱり他人の痛みで、分かるワケないもん。
  他人の痛みが分かる、何て軽々しくいう人は痴がましいよね」

私は女3のお腹を思い切り蹴り上げた。
女3は呻き声を上げ、先程食べた夕飯を嘔吐した。

唯「腹パンってこういうのだよね。あ、パンってパンチの事だっけ。
  間違えて蹴っちゃったよ。ごめんね、女3ちゃん」

唯「私、女ちゃん達に謝らなきゃ……。
  私ね、貴女達って最低の屑だと思ってたの。
  でもね、私も貴方達と同じ卑しい最低の人間だったんだ……」

唯「だって、こんなにも簡単に人を傷付ける事が出来るんだもん」
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:29:22.49 ID:oU4XMhGz0
私は女4の髪を掴み、俯いている顔を強引に上げさせた。

唯「ねぇ、女4ちゃん、私はどうすればいい?
  どうすれば貴女は私を傷付けなくなるの? 教えて?」

女4「ごめん……な……さい……」

唯「だからさ……、それじゃあ答えになってないでしょ!」

私は女4の頭を思いっ切り地面に打ち付けた。
何度も何度も彼女の頭を地面に打ち付けた。
彼女の体の震えが止まった。彼女は動かなくなった。

その時、後ろで男の呻き声がした。
振り向くと、漢1がゆっくりと立ち上がろうとしていた。

私は漢1に飛び掛った。
馬乗りになり、近くにあった木製の置物で漢1の顔を殴り続けた。

そのうち、漢1は動かなくなった。
顔は原形を留めない程腫れ上がり、前歯は全て折れていた。

念の為、私はもう一度3人の男達にスタンガンを当てた。
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:33:51.70 ID:oU4XMhGz0
唯「ねえ、女ちゃん……」

私は女の両肩を掴み、体をこっちに向けさせた。

唯「女ちゃんは、自分達が私よりも強いと思ったから、こんな事をしようとしたんでしょ?
  私が女ちゃん達よりも強そうだったら、女ちゃん達は私を傷付けようとはしなかった。
  昨日私に手を出さなかったのは、そういう理由だったよね?」

唯「はっきり言っておくよ。
  私はね、いつでも女ちゃん達より強いんだよ?
  女ちゃんがどんなに強そうな男の人を連れて来てもね、絶対に私には勝てないの」

唯「私がやろうと思えば、何でも出来るんだよ?
  貴女達をここから追い出す事だって、殺す事だって簡単にね」

唯「じゃあ、何でそれをしないと思う?
  それはね、それをすると悲しむ人がいるからなんだよ。
  私はね、その人が悲しむ事をしたくはないんだよ!」

私は女ちゃんの体を激しく揺さ振った。

唯「でもね、私はその人程優しい人間じゃないの!
  私は貴方達と同じだから!
  だからね、いざとなれば、私は貴女達を殺す事なんて躊躇い無く出来るんだよ!」

私は震える彼女の首に手を掛け、ゆっくりと締め上げた。
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:36:34.66 ID:oU4XMhGz0
唯「女2ちゃん、女3ちゃん、このままだと女ちゃん、死んじゃうよ?」

二人はガタガタと激しく震えていた。
恐怖で顔は引き攣り、私に抵抗する気力などありはしなかった。

唯「ねぇ、本当に死んじゃうよ? 友達なんでしょ? 助けなくていいの?」

女の顔から血の気が引いていく。
顔は白くなり、唇は紫に変色していった。

唯(そんなものだよね、貴女達の関係なんて……)

もし軽音部のみんななら……。
自分の命なんて顧みず、即座に相手に飛び掛っていくだろう。

大切な仲間を守る為に。

私は彼女の首から手を離した。
大きく咳き込む彼女の耳の傍で、私は囁いた

「今度私に歯向かったら殺すからね」
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:41:28.79 ID:oU4XMhGz0
唯「こっちの二人にはもう少しお仕置きが必要だよね……」

私は倒れている漢2と漢3の方へ歩み寄った。
女達に唆されたとはいえ、面識の無い人間を手篭めにしようとしたのだ。
しかも、悪びれる様子もなく、意気揚々と。

他人を傷付けるって事は、自分も他人に傷付けられる覚悟があるって事だよね?
そうじゃなきゃ、フェアじゃないよ。
一方的に相手を傷付けるだけなんて、そんな都合の良い話があるワケないでしょ。

私は、失神してうつ伏せになっている漢2の腕を、力を込めて後方に捩じ上げた。

唯「んぐぐぐぐぐぐ……」

ミシミシと腕が軋む音がした。
私はそんな事を気にせず、全体重を掛けた。

唯「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛……」

鈍い音がした。男の腕が在り得ない方向に曲がっていた。
痛みで漢2は覚醒し、呻き声を上げた。

唯「うるさいよ。」

私は漢2が完全に意識を失うまでスタンガンを押し付けた。

同様に、漢3の腕も圧し折った。

唯「ふぅ〜、腕を折るのって結構疲れるね。やり方が悪いのかなぁ?」
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:42:49.17 ID:oU4XMhGz0
私は震い慄く女達の方に体を向けた。

唯「部屋、また汚しちゃったね……。今回は自分達で掃除するんだよ?」

唯「それと……」

唯「この事を誰かに言ったら、ただじゃおかないから」ニコ

唯「寝てる人達にも教えてあげて。誰かが喋ったら、連帯責任だからね?」

唯「……。」

唯「ちゃんと返事してよ!」

女達は震えながら頷いた。

ふと部屋にあった時計に目をやった。
もうすぐムギちゃんの点滴が終わる時間だ。
医務室に迎えに行かなきゃ……。

私は女達の部屋を後にした。
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:47:51.16 ID:oU4XMhGz0
医務室で私の姿を見たムギちゃんは、一目散に私の近くに寄って来た。

紬「どうしたの唯ちゃん!?」

私の服や顔には、あの人達の返り血が付いていた。

ムギちゃんの事を考えていたら、血を拭くのを忘れちゃった。
ああ、私はまたムギちゃんに心配を掛けてしまっているのか。

唯「大丈夫、これ私の血じゃないから」ニコ

私は心配そうに尋ねるムギちゃんに元気一杯の笑顔で答えた。
怪我をしている人間が、こんな笑顔を作れる筈がない。

だって、痛いんだからこんな風に笑えるワケないじゃん。

平気だよ、私は無傷だから。どこも痛くないの。
だから安心してね、ムギちゃん。
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:51:01.58 ID:oU4XMhGz0
紬「……何があったの? 唯ちゃん……」

唯「ん? 大した事ないよ?」

紬「大した事無いって……」

私はその場で服を脱ぎ、下着姿になった。
ムギちゃんと医師は驚きの表情で私を見ている。

唯「ほらね、よく見て? 私はどこも怪我してないでしょ?
  私はもうムギちゃんには嘘を付かないよ。
  だから大丈夫、心配しないでね」

紬「と、とにかく服を着て部屋に戻りましょ」

唯「うん」ニコ
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 12:54:43.57 ID:Etv4e7vbo
もはや唯ちゃんじゃなくて唯さんだわ
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:55:45.55 ID:oU4XMhGz0
部屋に入ると、私はムギちゃんに浴室に連れて行かれた。
まだお風呂にお湯を張ってないよ……。

ムギちゃんは私の顔にシャワーを掛け、あいつらの血を洗い流した。

紬「……あの女の人達ね?」

唯「うん。」

紬「あの人達が、また唯ちゃんを傷付けようとしたのね……?」

唯「うん。」

紬「ごめんなさい……ごめんなさい、唯ちゃん……」

ムギちゃんは泣いていた。
お湯ではない液体が、ムギちゃんの顔に流れている。
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 12:58:08.18 ID:oU4XMhGz0
なんで……どうしてムギちゃんが泣くの?

私を傷付けようとした人達をやっつけただけなのに。
そんなにあの人達の事が心配?

違う、ムギちゃんは私を見て泣いている……。

ムギちゃんの表情……私の事を……心配している……?
私は無事だよ?どこも痛くないよ?

わからない……わからないよ、ムギちゃん。

唯「なんでムギちゃんが泣くの?
  私を見て、なんでムギちゃんが泣くの?
  どこも怪我なんてしてないのに、なんで泣くの?
  分からない……分からないよムギちゃん。
  教えて、なんで泣いているのか、教えてよムギちゃん!」

シャワーが私の涙を掻き消していた。
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:01:11.57 ID:oU4XMhGz0
ムギちゃんは、無言で私を見詰めている。
高い場所に設置されたシャワーが私達に降り注ぐ。

私のどこに心配される要因があるの?
ムギちゃんは私の何を見て涙を流したの?

どこ?どこ?私の何所にそんなモノがあるの?

見えない。ムギちゃんに見えるモノが、私には見えないよ。

見えない……見えない……見えない……見えない?
見えない物……目では見えない物……心?
ムギちゃんは私の心を見たの?私の心を見て……。

私の心……?

ああ、そうか。
ムギちゃんも気付いちゃったんだ。

「平沢唯」が既に死んでいた事に。
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:03:20.53 ID:oU4XMhGz0
そうだった……。すっかり忘れていた……。
私はもう人間じゃないんだ……。
人間だった「平沢唯」はもう死んだんだよ。

唯「う゛う゛う゛……」

急に眩暈がし、足元がふらついた。
倒れそうになる私を、ムギちゃんが受け止めてくれた。

紬「唯ちゃん、大丈夫!?」

唯「私は……もう……人間じゃ……ないんだ……」

紬「何を言っているの!? 唯ちゃんは人間よ!」

唯「違う……私は人間じゃない……。ゾンビの……平沢なんだ……」

唯「私の……中に……怪物がいるの……。
  人を……平気で……傷付ける事の……出来る……怪物……ゾンビが……」

紬「違う、貴女はゾンビなんかじゃないわっ!
  とっても可愛くて、とっても優しい女の子、平沢唯よ!」

唯「私は……ひらさわ……ゆい?」

紬「そうよ、貴女は平沢唯、平沢唯なの!」

唯「ぅぅ……ムギちゃん……」
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:06:42.18 ID:oU4XMhGz0
唯「ぅぅ、怖いよムギちゃん……。私、怖いよ……。
  私の中に、ゾンビがいるんだよ……。
  時々ね、そのゾンビが出てくるの……。
  ゾンビが出てくると、私、自分を抑えられないんだよ……!」

唯「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっーーーー」

唯「私がみんなを傷付ける……ムギちゃんも傷付ける……」

唯「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛……」

唯「怖い……助けて……誰か……お願い……」

紬「落ち着いて、大丈夫、大丈夫よ、唯ちゃん……」

浴室は、湯気が濃い霧の様に立ち込めていた。
白い霞の中で、ムギちゃんの姿だけがハッキリと見えていた。
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:08:26.78 ID:oU4XMhGz0
紬「大丈夫、私が付いているから大丈夫よ……。
  唯ちゃんを困らせるゾンビなんて、私がやっつけちゃうわ。
  だから安心して。私はいつでも唯ちゃんの味方なのよ……」

唯「ムギちゃん……」

降り頻るシャワーの下で、ムギちゃんは私を強く抱き締めた。

私は大声で泣いた。

泣き続けている間、ムギちゃんはずっと頭を優しく撫でてくれていた。
大丈夫、安心して、と慰めの言葉を紡ぎながら。

浴室から出た私達は、髪も乾かさず、裸のままベッドに入った。
ムギちゃんの肌の温もりが、私の心を落ち着かせた。

その日、私達はワインを飲まなかった。
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:12:39.23 ID:oU4XMhGz0
★10
翌日、私は寝坊をした。
ここに来てから、いつも目覚ましが鳴る前に自然と目が覚めていたのに。

私は昨日の出来事を思い出そうとした。
しかし、私の記憶は靄が掛かった様に曖昧になっていた。

隣にムギちゃんの姿は見えなかった。
ふと、全裸の自分に気が付く。
とりあえず、ベッドから出て服を着る事にした

時計を見ると、午前10時半を少し過ぎた所だ。
服を着て、リビングルームに移動する。
部屋を見渡すと、中央にある台の上に、メモとおにぎりが置かれていた。

「お腹が空いたらこれを食べて下さい。私は点滴に行ってきます。紬」

私はムギちゃんの作ってくれたおにぎりを口にした。
朝に作った物だろう。
すっかり冷めてはいたけれど、塩がしっかり効いていて美味しかった。

歯磨きをし、髪を整え、私は医務室に向かった。
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:14:19.48 ID:oU4XMhGz0
紬「おはよう、唯ちゃん」

私が声を掛けるより早く、ムギちゃんが口を開いた。

唯「おはよう、ムギちゃん。昨日は色々ごめんなさい……」

紬「ううん、気にしないで。もうちょっとで終わるから待っててね」

唯「うん」

私は近くの椅子に腰を掛けた。

ムギちゃんは私に安らぎを与えてくれる。
ムギちゃんを見ているだけで、私の「心」は暖かくなる。
ムギちゃんさえ傍にいてくれれば、私はきっと大丈夫だ。

紬「お待たせ、唯ちゃん。今日はちょっと私に付き合ってくれる?」

唯「うん、いいよ」
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:16:12.24 ID:oU4XMhGz0
私はムギちゃんに連れられ、施設の中の喫茶店に来ていた。
VIP専用の喫茶店とあって、私が今まで見てきたそれとは全く違う。

喫茶店とは、本来寛ぐ為の空間であるが、
あまりにも雅やかな趣に圧倒され、私は萎縮してしまっていた。

ムギちゃんは、慣れた様子でメニューを注文する。
唯ちゃんはどうする?
彼女の問い掛けに、私も同じ物を、と答えた。

暫くすると、私達のテーブルに、レモンティーとチョコレートケーキが運ばれてきた。
ムギちゃんはレモンティーをストローで一口啜り、私に話し掛けた。

紬「クリスマスパーティーに参加しない?」

クリスマス、私はその存在をすっかり忘れていた。
今日は12月22日、クリスマスは3日後だ。

紬「そこでね、私は唯ちゃんを親友として皆に紹介したいの」

何故、突然ムギちゃんがその様な事を言い出したのか、私にはすぐに理解出来た。
ムギちゃんは、私を「権力」によって守ろうとしているのだ。
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 13:19:52.02 ID:8zy/p2aVo
なんという怒涛の展開……生き残ってくれ二人とも……。
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:26:56.97 ID:oU4XMhGz0
琴吹家はその財力によって、経済界、政界に絶大な影響力を誇っている。
つまり、この施設に居る「有力者」達に顔が利くのだ。
さらに、琴吹家はこの施設の建設にも関わっている。

この場所で琴吹家を敵に回そうとする者などいる筈が無いのだ。

ムギちゃんはその権力によって守られている。
特権階級の者達においては、権力こそ全てだ。
私がムギちゃんの友人と知れれば、誰も私を傷付けようとはしまい。

自分より強い相手を傷付けようとする者などいないのだ。

しかし、権力に縁の無い人間は、時にその力の威力を知らずに牙を剥く。
だからと言って、ムギちゃんは私に対して何もせずには居られなかったのだろう。

唯「……分かった。私もクリスマスパーティーに参加するよ」

紬「ありがとう、唯ちゃん」

お礼を言うのは私の方なのに……。
私はムギちゃんの好意を受け取る事にした。

紬「じゃあ、早速パーティー用のドレスを見に行きましょう?」
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 13:28:03.12 ID:wOVv6H3AO
つか>>1が少し心配
寝てなくないか?
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:34:14.01 ID:oU4XMhGz0
私達は、以前に来た衣装場を再び訪れた。
クリスマスが近い所為か、私達同様、ドレスを探しに来た女性達で溢れていた。
健康的な顔色、膨よかな体型、そこからは苦労など微塵も感じさせない。
皆楽しそうにお喋りをしながら、煌びやかな衣装を手に取り品定めしている。

何でそんなに楽しそうにしているんだこいつらは。

私の心の底に、どす黒い怒りの感情が湧いて来た。
私の妹と親友達は痛みに耐え、苦しみを堪え、必死に生き、死んでいったというのに。

惰性を貪り、のうのうと生きるこいつらが許せない。
皆と同じ苦しみ、痛みを与えてやりたい。
私の中のゾンビがゆっくりと動き出す。

お 前 達 を 殺 し て や ろ う か

怒りに満ちた、殺戮の衝動が津波の様に押し寄せた。
私の牙で、ここにいる全員を噛み殺してやりたい。

……駄目だ、落ち着け。そんな事をしてどうなる。
ムギちゃんが苦しむだけじゃないか。
私は理性で激情を押さえ込んだ。

そう、私はムギちゃんと楽しいショッピングに来ているのだ。
私はムギちゃんだけを見ていればいい。

私は視界から他の女性達の映像を消し去った。
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:37:25.15 ID:oU4XMhGz0
12月25日

クリスマスパーティー当日になった。

私は柄にも無く緊張していた。
粗相をして、ムギちゃんに迷惑を掛けるのではないかと不安になっていた。

17時、私達は斉藤さんの案内でメイク室に来ていた。
ここでプロが本格的なメイクをしてくれるらしい。

椅子に座って待っていると、4人の女性達が部屋に入ってきた。
女性達は笑顔で挨拶をし、慣れた手付きで事を開始した。
雑談を踏まえながら、和やかな雰囲気の中で作業が続く。

私は目を瞑り、彼女達に身を任せた。

そうだ、人形になろう。
今日一日、私は物言わぬ人形になろう。
ただムギちゃんの傍らで微笑む人形に。

メイク「終わりましたよ」

メイクさんの言葉を聞き、私はゆっくりと目を開いた。
目の前の鏡には、私でない私が映し出されていた。
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:39:02.58 ID:oU4XMhGz0
「凄く綺麗よ」

「女優みたいね」

「実際いけるんじゃないかしら」

「私が担当しているモデルよりいいわ」

彼女達は皆、私の姿を見て絶賛した。

紬「本当に綺麗よ、唯ちゃん」

唯「ありがとう、ムギちゃん。ムギちゃんも綺麗だよ」

ムギちゃんには、窶れた顔をカバーする様なメイクが施されていた。
私はその姿から、健康的だった頃のムギちゃんの面影を見ていた。

私達はメイク室を後にし、衣装室へと急いだ。
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:42:48.84 ID:oU4XMhGz0
そこには既に別のスタッフが待機していて、この前私達が選んだドレスも用意されていた。

メイクやエクステが崩れないよう、スタッフが丁寧かつ迅速に作業を進める。
ムギちゃんは純白のドレスに、私は漆黒のドレスに身を包んだ。

そこに服飾コーディネーターが、燦爛とした宝飾品を添える。
頭に、耳に、胸に、手に、色鮮やかな宝石達が輝く。
しかしそれらは派手過ぎず、私達の存在をより引き立たせていた。
ムギちゃんは太陽の様に、私は月の様に。

光と影。密接に関わり合うその二つは、まさに今の私達の様だった。

「今度、うちでモデルをしてみない?」

コーディネーターの一人に突然の誘いを受けた。
ムギちゃんは、やってみたらどうかしら、と私に勧めたが、私は笑顔でお茶を濁した。

19時半、パーティー開始時刻から1時間半が過ぎていた。
最初はつまらない話だからと、ワザと参加時刻を遅らせたのだ。

私はともかく、ムギちゃんに長時間の参席は酷だろうという斉藤さんの配慮だった。

衣装室を出ると、斉藤さんが私達をエスコートする為に待っていた。
私達は、斉藤さんと共にパーティー会場へと向かった。
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:47:41.66 ID:oU4XMhGz0
パーティー会場入り口には、参加受付所があった。
私達は受付で参加の手続き済ませ、会場へと続く扉を開いた。

会場は既にかなりの盛り上がりを見せていた。
数百人は収容出来るであろう巨大なホールには、立食形式で様々な料理が並べられていた。
ステージでは、プロのオーケストラがクラシカルな楽曲を奏でている。

辺りを見渡すと、テレビで見た事のある人物達もいた。
人々はグラスを持ち、そこかしこでそれぞれ歓談していた。

私達が会場に入ると、周囲から多くの視線を感じた。
中には私達に近付こうとする男達もいたが、斉藤さんが厳格な表情でそれを牽制した。
斉藤さんは、私達を紬父の前まで案内すると、失礼しますと言い、一人その場を後にした。

「こちらが私の娘の紬、そして友人の平沢唯さんだ」

ムギちゃんは笑顔で上品にお辞儀をした。
こういう気品溢れる応対を見ると、改めて彼女がお嬢様であるという事実を再認識する。
私もムギちゃんの見様見真似でお辞儀をした。

その後、多くの人達が入れ替わり立ち代りで挨拶にやって来た。
そして、老若男女問わず、私の美しさを賛美した。
さらに、容姿から性格を勝手に妄想し、美化し、語る。

私の事など何も知らないくせに。

挨拶をしただけで、聡明怜悧、清楚可憐、温厚篤実……。
讃辞を呈して私の機嫌を取るつもりか。逆効果だよ。

ありがとうございます、私は微笑みながらそれに応えた。
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:52:36.54 ID:oU4XMhGz0
私はここにいる俗物達の笑顔が何よりも不快だった。
その微笑みの仮面の下から覗く、醜悪な実像。
私は知っている。お前達の醜行を。

薬、買春……。

夜中、ギターの練習をする為にスタジオに行く途中、窓の外に二つの人影を見た。
私は興味本位で彼等に近付いた。

銃を持った警備の兵士が、男に何かが入った袋を渡していた。
それを受け取ると、男は兵士に札束を渡したのだ。

その時は、受け渡していた袋の中身が何なのか分からなかった。

しかし、人気の無いこんな時間に行う取引だ。
何か疚しい行為だったのではないか、という疑念はあった。

あの時の女の言葉を聞いて、疑念は確信へと変わった。

兵士達がどのようにして「薬」を入手しているかは分からない。
しかし、彼等はこの施設から様々な名目で外に出る機会がある。

彼等が外で何をしているのか、私達にそれを知る術はないのだ。
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 13:58:55.06 ID:oU4XMhGz0
基本的に、特権階級の居住区に一般人は入れない。
仕事などで、許可を得た者だけが特別に立ち入りを許される。

ところが、明らかに不自然な者達がいたのだ。

これもギターの練習の為、夜中に出歩いていた時の話だ。
見掛けた女性達は、配給された普段着を着ていた。間違いなく一般人だ。

時計は23時を回っている。
就寝時間後に、特権階級の居住区にいる一般人の女性達。

私は彼女達を何度も見掛ける内、その目的に興味をそそられた。

私はある日、気付かれぬ様に女性達を尾行した。
とある広めの個室に入っていく一般人の若い女性達。

私は、恐る恐るゆっくりと扉の前まで近付いた。
耳を澄ますと、中から何か聞こえてくる。

女達の艶かしい喘ぎ声だった。

この部屋の中で、何が行われているのかは明白だった。
私は早足でその場から立ち去った。
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 14:02:00.71 ID:oU4XMhGz0
一般人の居住区にあった監視カメラは、ここには設置されていない。
特権階級の人間は、完全に「自由」なのである。

ここは、お金さえ支払えば全てが許される法外地域なのだ。

だからこそ、殺人者である私が今のような生活を普通に送れているのだ。
私にはお金など無いが、琴吹家という後ろ盾がある。

殺人すら許される環境において、買春や麻薬がなんだというのだ。

しかし、お金や後ろ盾の無い者には一切の容赦が無い。
この前、それを裏付ける一部始終を見た。

泣き叫ぶ男を、無理矢理連れて行く兵士達。
金は後で払う、ちゃんと払うからと懇願するその男を、
兵士達は無表情で拘引していった。

ここは歪んでいる。

私達が今まで暮らしていた社会とは異質な場所。
狂気と欲望が渦巻く奈落なのだ。

最も、今の私にはこの地獄こそ相応しいのかもしれない。
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 14:04:00.99 ID:8zy/p2aVo
地獄を抜けた先も、また地獄か……。
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 14:06:46.05 ID:oU4XMhGz0
私は最低限の会話しかせず、ムギちゃんの横でただ微笑み頷く事に終始した。
このパーティーを、何事も無く無難にやり過ごす為に。

しかし、周りがそうはさせなかった。

紬父との挨拶を済ませた面々は、その後私に質問の嵐を浴びせた。
私の存在は、彼等の好奇心を掻き立てた。

気付けば、私達は人ごみに囲まれていた。

私は無意識の内にムギちゃんの腕にしがみ付いていた。
ムギちゃんはそんな私に気付き、質問攻めの私に助け舟を出してくれた。
そのお陰で、私は何とかその場を乗り切る事が出来た。

そんな中、私がバンドのボーカルをしていた事が話題になった。
その事から連想される事態は、誰にでも簡単に分かるだろう。

私の歌を聴きたいと皆が言い出したのだ。

私の意思に関係なく、場の雰囲気は私が唄う方向に進んでいた。
皆、私に期待の眼差しを向けている。
もはや、私自身がこの空気を変える事など不可能だった。

私は皆の前で歌を披露する決意した。
琴吹家の面目にも関わる事だ。失敗は許されない。

私はステージに向かった。
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 14:10:10.81 ID:5wphHmBAO
>>358の俗物のせいでハマーン様で再生されてしまった
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 14:12:38.33 ID:oU4XMhGz0
伴奏は、その場に居た楽団員達によって行われる事になった。
舞台には、楽譜や歌詞を表示する為の小さなモニターが複数設置されている。
これがあれば、彼等はどんな曲でも即興で演奏する事が出来るらしい。

私も歌詞さえ見られれば、そのレパートリーは十二分だ。
ギターならば体が曲を覚えているけれど、歌詞はそうはいかなかったのだ。

今の私には不安材料など全くなかった。

ステージに立つと、私に会場の視線が集中した。
何か余興が始まるのかと、皆興味津々だ。

とりあえず、この場に相応しい選曲をしなければ。
ここにいる人達の多くに受け入れて貰えそうな楽曲は……。
私はジャズ系の曲を選択した。
私は渾身の力を込めて、その一曲を歌い上げた。

会場が静まり返った。
数百人の観客達は、皆時が止まったかの様に静止していた。

次の瞬間、会場には割れん許りの拍手と歓声が響いた。
楽団員達も皆それぞれの楽器を置き、私に激励の拍手を送っていた。

その後、私は70年代ロックの名盤から近年のヒットチャートまで、
様々なジャンルの名曲、ヒット曲を立て続けに熱唱した。

観衆達は足で、体で、全身を振るってリズムを取っている。
トランス状態に陥ったかの様に、会場は異様な熱気に包まれた。

私は今、私の持つ「歌」という「力」でこの場を完全に支配した。
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 14:17:20.30 ID:oU4XMhGz0
歌い終え、喝采と拍手が鳴り止まぬ中、私はステージを降りた。
注がれる熱い視線を余所目に、私はムギちゃんの元へと戻った。

ムギちゃんは目を輝かせながら拍手をしていた。
紬父も感嘆の表情をしながら手を叩いている。

周りにいた人間達は、皆私に讃辞の言葉を投げ掛けた。
私はそれに応え、笑顔で愛想を振り撒いた。

パーティーも終盤となり、紬父と別れ、私達は会場を後にしようとした。

「すいません、ちょっといいですか?」

私は突然背後から肩をを叩かれ、振り返った。
そこには、サングラスを掛けた40代後半位の男が立っている。
渡された名刺には、番組プロデューサーという肩書きが載っていた。

男は、大晦日に行われる番組に出演してみないか、という話を持ち掛けてきた。
その番組の出演者には、大物歌手や俳優、アイドルなども名を連ねているらしい。
衛星放送で生中継され、この施設や同様の他の施設のテレビに流れるそうだ。

少し考えさせて下さい。
そう言うと、彼は明日返事を聞かせて欲しいと言い残し去っていった。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 14:20:09.16 ID:oU4XMhGz0
私達は部屋に戻り、お風呂を済ませ、ワインを片手に椅子に座った。
暫く沈黙が続いた後、ムギちゃんが最初に口を開いた。

紬「……番組出演の件、唯ちゃんはどうするの?」

唯「私は……あんまり気が進まないかな……」

紬「そうなんだ……」

唯「ムギちゃんはどう思ってるの?」

紬「私は……唯ちゃんにテレビに出て欲しいと思っているわ」

唯「どうして?」

紬「さっきの舞台での唯ちゃんは凄く輝いてた。
  私は、その姿を見て思ったの。
  唯ちゃんの本当の居場所はあそこなんだって」

紬「唯ちゃんには才能がある。音楽の才能、人々に感動を与える才能よ。
  私はそんな唯ちゃんの姿を、音楽を、多くの人に見て聴いて欲しいの。
  テレビで多くの人達が唯ちゃんの演奏を聴く。
  それは武道館ライブと同じ位、価値のある事だと思うの」

武道館ライブ……。
ムギちゃんは、まだあの冗談の様な約束を覚えていた。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 14:22:28.69 ID:oU4XMhGz0
ムギちゃんは部屋に置いてあるノートパソコンを開き電源を入れた。
カチカチと操作し、私の方に画面を向ける。
そこには、私が密かに作詞した歌詞と、作りかけの楽譜が映っていた。

唯「それは……」

紬「勝手に見てしまってごめんなさい。
  この前パソコンを使っている時に、偶然見てしまったの。
  でも、この詞も曲も、私は凄く良いと思うわ。
  唯ちゃんの強くて真っ直ぐな想いが伝わってくるの。
  私はこの曲をみんなに聴いて欲しいわ」

唯「でも……その曲はまだ完成してないし……」

紬「まだ時間はあるし、私も協力するわ。だから……ね?」

唯「ムギちゃんも……」

唯「ムギちゃんも出るなら、出てもいいよ……」

紬「え……」

唯「私は一人でテレビに出る気はないよ……。
  みんなと……放課後ティータイムとしてじゃなきゃ嫌なの」

ムギちゃんは俯き考えていた。

今の窶れている姿でテレビに出る事は、彼女にとって酷な事だろう。
しかし、私はどうしてもそこだけは譲れなかった。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 14:24:52.32 ID:oU4XMhGz0
紬「私はみんなと別れて以来、キーボードに触っていないわ。
  きっと唯ちゃんに迷惑を掛けてしまうと思うの……」

唯「キーボードの部分は簡単なモノにするよ。
  それに、ムギちゃんは放課後ティータイムの一員だよ?
  私にとっては、ムギちゃんがいない事が一番迷惑なんだよ?」

紬「唯ちゃん……」

紬「……分かったわ。私、唯ちゃんと一緒に演奏する。演奏したい!」

唯「ありがとう、ムギちゃん。明日から一緒に曲を作って、一緒に演奏しよう」

紬「うん!」

私達はワインを飲み干し、そのままベッドに入った。

唯「明日から一緒に頑張ろうね、ムギちゃん」

紬「ええ、唯ちゃん」

私達は固く手を握り合い、そのまま眠りに就いた。
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 14:29:16.70 ID:oU4XMhGz0
次の日、私達はプロデューサーに会い、出演する意を伝えた。

最初、彼はムギちゃんが出る事に否定的だった。
体調を考慮して、などと奇麗事を並べていたが、
ムギちゃんの容姿の事を気にしている事はバレバレだ。

私は、彼女が一緒に出なければ絶対に出ないと、断固として譲らなかった。
最終的に彼が折れ、私達は一緒に出演する事が決まった。

私は日々の運動や特訓を一旦打ち切り、この曲を完成させる事に全力を注いだ。
ムギちゃんのお陰で、曲の未完部分は円滑に仕上げる事が出来た。

ムギちゃんは今、必死にキーボードの練習をしている。
点滴を受けながら弾けるよう、片手で出来る様に編曲した。
ムギちゃん程の腕前なら、僅かな期間でも完璧に弾ける様になるだろう。

私はその横で、ベースやドラムなど、各パートの打ち込みの補完、修正をしていた。
演奏者不足は、パソコンを使って補うのだ。
パソコンの打ち込みについては、以前澪ちゃんに少しだけ教わった事があった。

曲は、私のイメージしていたモノよりも、ずっと良く仕上がっていた。

私一人では、ここまで素晴らしいモノは出来なかっただろう。
一人ではなく二人だから……ムギちゃんと二人だからこそ……。
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 14:33:11.14 ID:oU4XMhGz0
12月31日

私達は施設の音楽ホールに来ていた。
ここで私達は演奏を披露する事になる。
周りには多くの著名人の姿が見られた。

他の各施設でも同様の事が行われる。
それらの映像を合わせて、一つの番組にするのだという。

ステージには、大きなスクリーンがある。
他の施設の人達が歌や演奏を披露する時には、そこに映像が映し出されるのだ。

司会が現れた。テレビで見た事がある。
バラエティー番組に引っ張り蛸の人気司会者だ。

スクリーンに別の施設の司会者が映し出された。
その人物も、誰もが知っているであろう有名人だった。
流石はプロ達、お互い流暢な語りで滞り無く番組を進行させていった。

私達の施設は、番組の最後の方で登場する予定になっている。

軽井沢という、日本有数の避暑地にあるこの施設。
その所為か、ここにはVIPの中のVIP達が多く集まっていた。
この番組に出演するアーティスト達もそうだ。

その中で、私達は一番最初に演奏する事になっていた。
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 14:40:24.35 ID:oU4XMhGz0
スクリーンでは、他の施設の有名人達が各々のパフォーマンスを繰り広げていた。
芸能界での勝ち組。逸早く危険を知り、逃げる事の出来た者達。
会場の人間達は、彼等の演芸に歓喜していた。

この場所でただ一人、私は彼等に嫌忌の念を抱いていた。
もし、私の妹と親友達も彼等と共に「選ばれた人間」として救われていたなら、
私もこのショーを楽しく鑑賞していたのだろうか……。

この世に「もし」なんてモノは存在しない。そんな事は分かっている。
しかし、この答えの出ない仮定の話が、ずっと私の頭から離れなかった。

私には、自分が選ばれるべき人間ではないという自覚があった。
その事で煩悶し、それこそが私と彼等の違いだと考えていた。

私の方が「心」を持った「人間」として上位な存在であるのだと。

だが、果たして本当にそうであろうか?
一般居住区の人間や、未だに施設外にいる人間からしてみれば、私とて彼等と同類なのだ。
実際、私はムギちゃんによって「選ばれた人間」なのだから。
いくら悩み苦しもうが、今の待遇を享受している時点で、私に彼等を批判する権利など無い。

偽善者。

そう、私は偽善者なのだ。
彼等と同じ厚遇を受けながら、彼等を批難し、自らを崇高な「人間」であろうとしている。

私は彼等よりずっと低劣な人間じゃないか。
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 15:09:44.35 ID:LJIwMDXIO
>>1
これまで休憩無しで書き続けていたという事実に戦慄
再開楽しみにしてます
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 15:17:51.44 ID:oU4XMhGz0
>>372
原文を修正しながらスレに投下していたら道がずれてきてヤバイ死にたい。
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 15:21:01.81 ID:o3YjAGcSO
作者さん凄いな
まあ収まるところに収まって欲しいかな
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 15:28:54.93 ID:8zy/p2aVo
修正しながらこのクオリティで投下し続けるって
すげーぞおいwwwwww
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 15:31:52.49 ID:oU4XMhGz0
そもそも、私に人間の「心」などあるのだろうか。

私の「心」は、憂達が死んだ時に既に壊れてしまったのだ。
今の私か持っている心は、「平沢唯」を演じる為の贋作の心。
本物の「心」じゃないんだ。

例え人形が命を吹き込まれたとしても、人間になどなれぬのだ。

そう、私は偽善者以下。
もはや人ですらないのだから。

全てが偽り、嘘で塗り固められた仮面。

それが真実だ。
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 15:32:08.92 ID:yRMkr8s50
元の唯が残ってないのが残念だけど、すごくいい
この後また崩壊するのかと思うと辛いな・・・
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 15:35:46.86 ID:oU4XMhGz0
紬「そろそろ私達の出番が回ってくるわ。舞台袖に行きましょう」

ムギちゃんの言葉で私は我に返った。
そうだね、と応え、私達は舞台袖に移動した。
そこには既に、出番を待つ有名人達がいた。
私達は彼等に挨拶をし、隅の方で待機した。
暫くして、プロデューサーが声を掛けて来た

プ「平沢さん、琴吹さん、そろそろ準備をお願いします」

私達はスクリーン裏に移動した。
事前に打ち合わせをした通り、機材が指定の場所に配置されていた。

斉藤「平沢様、ギターをお持ちしました」

舞台袖から斉藤さんが、私のギターを持って現れた。
大きなギターを持って移動をすると人の邪魔になる為、
斉藤さんに後から持って来て貰う手筈になっていたのだ。

唯「ありがとうございます」

斉藤「いえ、お二人の演奏を楽しみにしております」

斉藤「紬お嬢様、今までの成果を存分に出されますよう、心から願っております」

紬「ありがとう、斉藤」

斉藤「それでは、失礼致します」

斉藤さんはそう言うと、舞台の陰に消えていった。
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 15:37:53.62 ID:oU4XMhGz0
スクリーンと幕が上がる。

司会が私達を紹介する。
その主な内容は、この前のクリスマスパーティーでの事だ。
司会は私を持ち上げ、会場の空気を熱くする。

司会「それではお願いします」

司会はMCを私に受け渡す。
私は深呼吸をし、心を落ち着けた。

唯「皆さんこんばんわ、平沢唯です。隣にいるのは琴吹紬ちゃんです」

唯「私達は、東京の桜ヶ丘高校の軽音部で『放課後ティータイム』というバンドを組んでいました」

唯「私達のメンバーは他に8人いましたが、今はもういません。
  みんなは傷付き、苦しみ、それでも私を必死に危険から守ってくれました。
  今、私がここにいるのは、その素晴らしい仲間達のお陰です。
  この場を借りて、彼女達にお礼と謝罪をしたいと思います」

唯「みんな、ありがとう。みんなのお陰で、私は今もこんなに元気です。
  そしてごめんなさい。私はみんなの苦しみを全然知りませんでした。
  親友として失格だよね。もし、もう一度みんなに会えるなら、私は……」

私の瞳から涙が溢れ出した。嗚咽で上手く言葉が出て来ない。
ムギちゃんがハンカチを取り出し、私の涙を拭いながら、背中を優しく撫でてくれた。
380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 15:50:17.29 ID:oU4XMhGz0
これは全部偽りの涙だ。
私が「平沢唯」を演じているから出てくる、ただの水だ。
絶対そうだ。そうでなくちゃいけないんだ。

なのに何故、私は今、言葉を発する事が出来ないのだろう。

苦しい。

何でこんなに胸が締め付けられるの?

やっぱり私には出来ない。
皆に対する想いだけは偽る事が出来ない。

それは私の弱さ。
でも、それが私の強さでもあるんだ。
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 15:51:41.38 ID:oU4XMhGz0
唯「ごめんなさい……」

会場から、頑張ってという声援が聞こえた。

唯「私には、憂という妹がいました。私が世界で一番愛している人です。
  可愛くて、しっかりしていて、優しくて、たまに甘えん坊で……。
  駄目駄目な私を、いつもしっかり支えてくれていました。
  憂、こんな駄目なお姉ちゃんでごめんね……」

唯「憂は、世界で一番素敵で最高な妹でした。
  私は憂のお姉ちゃんでいられて、本当に幸せでした」

唯「この曲は、その妹の為に作りました」

唯「今日は、『放課後ティータイム』として皆さんの前で演奏したいと思います」

ステージの上の、誰もいないドラム、ベース、ギターに目をやる。
しかし、私にはしっかりとその姿が見えていた。
りっちゃん、澪ちゃん、あずにゃん……。
そして、会場に見える5つの空席。
斉藤さんに無理を言って取って貰った席。
憂、和ちゃん、純ちゃん、いちごちゃん、しずかちゃん……。

私はここにいるよ。みんなのお陰で今、ここにいるよ。

唯「聴いて下さい。『U&I』!」
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 15:53:41.41 ID:oU4XMhGz0
憂、聞こえる?
お姉ちゃんはここにいるよ。

この曲はね、憂の為に作ったんだよ。
憂に伝えたい気持ちを、いっぱいいっぱい込めて作ったんだよ。

世界で一番大切な憂、世界で一番大好きな憂。
その想いが、いっぱいいっぱい詰まっているんだよ。

憂はいつも私にご飯を作ってくれていたよね。
私ね、憂のご飯がどうしてあんなに美味しいのか、漸く気付いたよ。
憂はご飯を作る時、こういう気持ちを込めて作っていたんだね。
だから、憂のご飯は最高に美味しかったんだね。

当たり前の事だと思っていて気付けなかった事、憂に謝りたいよ。
近過ぎて気付けなかった憂の想い、優しさ、今更気付いても遅過ぎるよね。

だけど、どうしても憂に伝えたい想いがあるんだ。
だから、この曲に乗せて君に届けたい。

私は、憂が何処に居ても、この想いが必ず届くって信じてる。
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 15:55:19.62 ID:oU4XMhGz0
演奏が終わると、盛大な拍手と喝采が会場から溢れた。
ありがとうございます、私とムギちゃんは深々と頭を下げた。

舞台袖に戻ると、斉藤さんや他のアーティストが励ましの言葉と共に拍手で迎えてくれた。

斉藤「お二人とも、素晴らしい演奏でした」

唯「ありがとうございます」

紬「皆さん、ありがとう」

私達は会場の席に戻らず、そのまま部屋に帰る事にした。
プロデューサーには、最後のカーテンロールにも出て欲しいと懇願された。

しかし、私達は体調不良を理由にそれを辞退した。
実際、私は演奏で全ての力を使い尽くし、足元もフラフラになっていた。

私は、斉藤さんに抱き抱えられる様にして部屋まで送って貰った。
斉藤さんからは、ムギちゃんと同じ温もりを感じていた。
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 15:58:06.83 ID:oU4XMhGz0
1月1日

新しい一年が始まると同時に、私達にも大きな変化が訪れていた。
クリスマスと大晦日のライブによって、私達の知名度は鰻登りに上昇していた。

部屋を出て食堂に行くと、待ち構えていたかの様に人が集まり、すぐに人垣が出来た。
調理をしている時も食事をしている時も、多くの視線が私達に付き纏った。
その者達は私達に近付こうと、どうでもよい話や質問などを次々と投げ掛けてくる。
私は、当たり障りの無い受け答えで、その場をなんとか切り抜けた。

午後、医務室でムギちゃんと別れプールに行くと、そこでもまた同じ様な事が起こった。
水着姿の私に、男達の舐める様な視線が集中する。少し気持ちが悪い。
私はいつもより早めに泳ぐ事を切り上げ、大浴場で体を流し、部屋に戻った。
私達の部屋は、特権階級の中でも一部の者しか入れない場所にある。
部屋の前まで彼等が来ない事がせめてもの救いだった。

私達の平穏な日常は失われてしまった。

私は待ち伏せていた男達を掻き分け、ムギちゃんのいる医務室に向かった。
男達は医務室の中にまで来て、ムギちゃんから私の情報を探っていたらしい。
それには流石に医師も怒り、彼等を追い出してくれたらしい。

ここから部屋に戻るまで、またあの男達の中を潜り抜けて行かねばならないのか。
私は、斉藤さんから貰った特殊な携帯で彼を呼んだ。
この携帯は、施設内及びその周辺なら今でも使う事が出来るのだ。

斉藤さんには、今まで散々お世話になっている。
出来るだけ迷惑は掛けたくないけれど、
ムギちゃんの事も考えると、彼を呼ばざるを得なかった。
385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:01:35.87 ID:oU4XMhGz0
この時間は忙しい斉藤さんだが、私達の為に彼はすぐに駆け付けてくれた。
彼は周囲の男達を追い払い、私達を部屋まで送ってくれた。

部屋で、私達は今日の状況を彼に話した。
困りましたね、彼は頷き、右手を顎に当て考えを巡らしていた。

斉藤「状況は分かりました。私がなんとか致しますので、
   今日の所は出来るだけ部屋から出ないで下さい」

唯「斉藤さんには毎回迷惑ばかり掛けてしまってすみません……」

斉藤「いえ、お二人を助ける事も私の仕事ですから」

斉藤さんはそう言うと優しく微笑んだ。

斉藤「それでは紬お嬢様、平沢様、失礼致します」

唯「あ、斉藤さん……」

斉藤「なんでしょう?」

唯「私の事は唯って呼んでくれませんか……?」

斉藤「……畏まりました、唯様」

斉藤さんは私に笑顔を見せ、それでは、と部屋を出て行った。
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:04:35.05 ID:oU4XMhGz0
翌日、私達に再び静穏な日々が帰って来た。
私達に男達が近付けない様、斉藤さんが裏で何かをしたのだろう。
今でも、遠くから私達を眺めている男達はいる。
しかし、昨日の状況に比べれば全然ましだった。

そんな中、昼食を取っていた私達に、20代半ば位の若い男が近付いてきた。
眉目秀麗なその男は、今までに私達に近付いてきた男達とはオーラが全く違う。
圧倒的存在感、カリスマ性とでもいうべき物を彼は持っていた。

?「君が琴吹紬さんだね?」

いつもの男達とは違い、私ではなくムギちゃんに用がある様だ。

紬「ええっと……どちら様でしょう?」

?「あはは、僕、こう見えても有名なアーティストなんだけどね」

男は爽やかな笑顔を見せた。
普通の女性がその笑顔を見たならば、即恋に落ちてしまうかもしれない。

紬「ごめんなさい……」

?「君も僕の事、知らない?」

男は私に話を振って来た。

唯「はい……。すみません……。」

?「あはは、ちょっと悲しいなぁ……」
387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:07:17.35 ID:oU4XMhGz0
男は自分の素性を語り出した。
彼は今、音楽業界で一番売れているロックバンドのボーカルだった。

バンド名を聞いて、私は思い出した。
確か、純ちゃんが嵌っていたバンドだ。
クラスメイトの何人かが、そのファンクラブに入っているという噂も聞いた事がある。

私も一度、純ちゃんからCDを借りて聴いた事がある。

正直に言うと、散々な演奏、歌……。

それでも彼等は人気ナンバーワンのバンドで在り続けていた。

その理由は簡単だった。
彼等のバンドは、全員が並外れて美しいルックスを持っていたのだ。
さらに、彼等は皆権力者、金持ちの子息達だった。
ボーカルのこの男は、国会の有力議員の息子だ。
私はこの男より、議員の父の方をテレビでよく見て知っていた。

ボ「僕の父が、紬さんのお父さんに凄くお世話になっているんですよ」

紬「はぁ……」

ボ「本当はクリスマスの時に紬さんに挨拶をしたかったのですが、
  ちょっと用事がありまして、パーティーに参加出来なかったんです……」

そう言うと、ボーカルは突然涙を流し始めた。
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:09:29.74 ID:oU4XMhGz0
私とムギちゃんは、突然の出来事に驚き狼狽した。

紬「えっ? えっ? どうかなさったんですか?」

ボ「すみません……。その……非常に言いにくいのですが……」

ボ「紬さんの姿を見て……凄く辛い目に遭われたのかと思って……。
  僕の父と一緒に写っていた写真の姿からは変わり果てていたので……」

ボーカルは目に涙を溜め、悲しみの表情でムギちゃんを見詰めた。

紬「えっ……」

ムギちゃんの態度が少し女の子になっていた。

ボ「その……女性の容姿について失礼な事を言ってすみませんでした。
  ただ、これだけは信じて下さい。僕は貴女の力になりたいんです。
  貴女は、父が色々お世話になっている方の御令嬢ですから」

紬「あ、ありがとうございます……」

ムギちゃんは顔を真っ赤にして俯いた。

ムギちゃんはいつも、女の子達が仲良くしている所をうっとりと眺めていた。
だから私は、彼女が男性に余り興味を持っていないのだとばかり思っていた。
しかし、それは間違いの様だった。
彼女が今、この男を異性として意識している事は明らかだった。

ムギちゃんはボーカルに恋をしてしまった様だ。
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:12:24.53 ID:oU4XMhGz0
★11
ボ「突然こんな事を言ってすみませんでした。
  それでは、僕はこれで失礼します。
  お二人には迷惑を掛けたくないですし……。
  
紬「いえ、そんな事は……」

ボ「昨日の様子は僕も見ていました。
  お二人が迷惑そうにしていたので、助けてあげたいと思ったのですが、
  周りの男達の勢いに圧倒されてしまって何も出来ず……。
  力になりたいとかカッコいい事を言っておいて、お恥ずかしい限りです」
  
紬「そんな事ないです! ボーカルさんのお気持ち、とっても嬉しいです!」

ボ「ありがとうございます。もし宜しければ、これからもお友達として……」

紬「はい、是非……」

ボ「良かった……。突然こんな事言って、嫌われはしないかと心配だったんです」

紬「私、ボーカルさんの事、嫌いじゃないですから……」

ありがとう、彼はそう言うと、女神の心すら簡単に奪える程の微笑みを見せ去って行った。
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:14:51.17 ID:oU4XMhGz0
その後のムギちゃんは、ずっと上の空だった。

憂いの表情で、たまに溜め息をつく。
今の私では、彼女を笑顔にさせる事は出来なかった。
彼女の心は、完全にあの男に奪われてしまっていた。

ムギちゃんにとっての私の存在が、あの男より小さい物だとは思わない。
しかし、私に対する「好き」と、彼に対する「好き」は明白に異なるものだ。

友情と恋愛。

私には持っていない物を、彼は持っている。
私は決して彼の代わりにはなれないのだ……。

そう思うと胸が苦しくなり、私の胸に小さな綻びが生まれた。
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:19:19.90 ID:oU4XMhGz0
次の日から、彼は私達の食事の時間に必ず現れるようになった。
私達は、彼の分の食事も作るようになった。
二人分の食事が三人分になった所で、大して手間は変わらない。

彼は私達の食事を絶賛し、美味しそうに口に運んでいた。
その姿を見て、ムギちゃんは満面の笑みを浮かべた。

私に見せる笑顔とは、種類の違う笑顔だった。

ムギちゃんは、以前よりも外見を気にするようになっていた。
服選びの時間が増え、軽めの化粧もし始めた。
「乙女」のムギちゃんは、とても楽しそうだった。

私は彼の存在を受け入れる事にした。
ムギちゃんの幸せは、私にとっても幸せなのだから。

もちろん、私が彼女を幸せに出来るのならば、それが一番良い。
しかし、私は女であった。男ではないのだ。

私には絶対に出来ない事が、彼には出来るのだ。

出来ない事をしようとしてはいけない。失敗するだけだから。
私は、私に出来る事しか出来ないのだ。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:22:01.65 ID:oU4XMhGz0
ある日、彼が何の前触れも無く、私達の部屋を訪ねて来た。

何故、突然彼はここにやってきたのだろうか。
そんな私の疑問を、ムギちゃんの言葉が解消させた。

彼は、私の知らない間にムギちゃんと会っていたのだ。
いつでも一緒の私とムギちゃんだったが、確実に離れる時間があった。

ムギちゃんが点滴を受ける時間だ。

その時間帯に彼は医務室に通い、ムギちゃんと親睦を深めていた。
ムギちゃんの意向により、医師も彼を医務室に入れる事を了承していた。

ここ最近ムギちゃんの機嫌が良かったのは、それが原因だったんだね。
そして今日、彼がここに来る事を既に承諾していたのだ。

ムギちゃんは私に謝った。私にそれを伝えなかった事を。
私がムギちゃんを追及や叱責する事など出来る筈も無かった。

私は笑顔で彼を迎え入れた。

部屋にあったお菓子とお茶で、ムギちゃんは彼をもて成した。
ムギちゃんと彼は、テーブルを挟んで楽しそうに談笑していた。

とても楽しそうにお喋りをするムギちゃんを見て、
私はとても優しく穏やかな気持ちになっていた。

一時間程歓談し、彼は帰って行った。
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:38:58.16 ID:oU4XMhGz0
次の日、私がプールで泳いでいる所に彼が現れ、話し掛けて来た。

ボ「昨日は突然お邪魔しちゃってごめんね」

唯「いえ、ムギちゃんも楽しそうにしていましたし、私は気にしてませんから」

ボ「そっか。でも、昨日冷静になって考えてみたら、
  女の子の部屋に許可無く行くのはまずかったかなって……」

唯「ムギちゃんが良いって言ったのでしょう?」

ボ「そうなんだけど、あそこは紬さんだけの部屋じゃないからさ……。
  だから、昨日の反省も込めて、これからはあの部屋には行かないようにするよ」

律儀な人だ。

唯「いえ、本当にそこまで気を遣って貰わなくても大丈夫ですよ。
  ボーカルさんが来るとムギちゃんも喜びますし」

ボ「そっか……、分かったよ。ありがとう、唯ちゃん。
  また機会があればお邪魔させて貰うよ」

私はちゃん付けなんだ。

ボ「それじゃあ唯ちゃん、また夕食の時に」

唯「はい、ではまた」

彼はそう言うと、颯爽とその場から去って行った。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:42:57.04 ID:oU4XMhGz0
1月20日

それから二週間が過ぎた。
彼は毎日、点滴をしているムギちゃんのお見舞いに行っている。
その所為もあって、彼女は点滴の時間を楽しみにする様になっていた。

一人で寂しい思いをしているのではないかと心配していた私にとって、
彼がその時間にムギちゃんに付き添ってくれている事は好ましい事だった。

私は彼に感謝をした。

その日の夜、ムギちゃんと3度目の点滴の為に医務室に行った時の事だ。
彼女を医師に任せ医務室を出た時、そこにはボーカルが立っていた。

唯「あ、ムギちゃんはこれから点滴する所ですよ」

ボ「うん、知ってるよ。今日は唯ちゃんに話があって来たんだ」

唯「私に……ですか?」

ボ「そう。紬さんの事でちょっとね……。
  ここじゃ何だから、僕の部屋まで来て貰って良いかな?」

ムギちゃんの事?

唯「……分かりました」

私は彼に案内され、彼の部屋に向かった。
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:46:44.34 ID:oU4XMhGz0
ボ「ここが僕の部屋だよ」

唯「お邪魔します……」

ボ「いらっしゃい」

彼は笑顔で私を迎え入れた。
初めて入る、男性の部屋。
部屋に入ると、今まで嗅いだ事の無い、男性の匂いがした。

見晴らしが良いスイートルーム。
私達と同じ程度の等級の部屋。
それだけで、彼がどの位ここで権力を持っているかが分かる。

彼は私達に匹敵する程の権力を持っている。

唯「ところで、ムギちゃんの事って……」

ボ「そんなに焦らないで。とりあえず、これでも飲んで落ち着こうよ」

彼は奥の部屋から、液体が入ったグラスを2つ持ってきた。
強烈なアルコール臭がする。これはお酒だ。しかもかなり度が強い。

彼はムギちゃんの年齢を知っているのだから、同級生である私の年齢も知っている筈だ。
にも拘らず、私の方へ臆面も無く普通にグラスを差し出した。
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 16:53:13.26 ID:Etv4e7vbo
あー夢も希望もねぇ・・・
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:56:46.91 ID:oU4XMhGz0
唯「私、未成年ですからお酒はちょっと……」

ボ「でも、君達の部屋にもお酒があったよ? 飲み掛けの。
  しかもあれ、かなり度数の高い奴だよね。そういうのが好きなのかなって思って」

この男、私達の部屋に来た時に、お酒の事に気付いていたのか。

ボ「唯ちゃんと紬さんは、悪い子なのかな?」

彼は優しく微笑みながら言った。
その笑みは余りにも爽やかで、悪意の様なモノは感じられない。
彼の真意が分からず、私は動揺した。

ボ「ホントはね、君達の部屋に行ってそれに気付いた時、注意しようかって思ったんだ。
  でもね、唯ちゃんも紬さんも悪い子って感じはしないし、とりあえず様子を見る事にしたんだ」

唯「……。」

ボ「飲みなよ。お酒、好きなんでしょ?」

唯「……お酒が好きなワケじゃありません」

ボ「じゃあどうして君達の部屋にお酒があったのかな?」

唯「ムギちゃんは、酷い不眠症なんです。睡眠薬をアルコールで飲まないと眠れないんです」
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 16:59:19.12 ID:oU4XMhGz0
ボ「そっか……。彼女のあの姿を見れば、それも納得だ。
  すまない、僕の勘違いだったようだ。
  うーん、この注いだお酒、どうしようかな。
  本当はこれで君と乾杯をしたかったのだけれど……」

唯「……乾杯?」

ボ「この世界で今、生き残っている事に、かな」

私の心臓が激しく波打った。
無意識の内に、私は胸を手で押さえた。

唯「私は、その事で乾杯する気にはなれません……」

ボ「自分の為に死んでいった子達がいるから?」

唯「……はい」

ボ「君も苦しんでいたんだね……。
  でもね、君の考え方は間違っているよ」

唯「私の考えが……間違ってる?」
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:05:02.46 ID:oU4XMhGz0
ボ「僕は大晦日の時の君を見ていたよ。
  あの時君は、みんなが自分を守ってくれたと言っていたね」

唯「はい……。」

ボ「何でみんなが君を守ってくれたか分かるかい……?」

唯「はい……。」

ボ「みんな君の事が大好きだったからだよ」

唯「はい……。」

私の目から涙が溢れ始めた。

ボ「そんな君の友人達が、君が悲しむ事を望むと思うかな?」

唯「いいえ……。」

ボ「そう、誰も君が悲しむ事なんて望んでないんだよ……」

唯「でも……わたしは……」

ボ「唯ちゃんは優しいんだね。でもね、時にその優しさが人を傷付ける事もあるんだよ?」

私には彼の言っている意味が痛い程に理解出来た。

溢れるムギちゃんの優しさに、私は胸を痛めている。
ムギちゃんの優しさが、今の私には辛いのだ。
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:07:28.19 ID:oU4XMhGz0
ボ「君の辛い気持ちは痛い程分かるよ。
  でも、君はそれを乗り越えなくちゃいけない。
  そして、今、生きている事に感謝しなきゃ駄目なんだ。
  それが君の為に死んでいった子達の為でもあるんだよ」

唯「はい……。」

ボ「だから乾杯しよう? 今、ここに生きている事に」

唯「……はい。」

私は差し出された彼の手からグラスを受け取った。

ボ「今、僕と君が生きてここで出会えた事に……乾杯」

唯「乾杯……。」

私は彼とグラスを鳴らした。
透き通ったガラスの音色が部屋に響いた。

私と彼は、同時にグラスを飲み干した。

私は、飲み干した空のグラスを床に落とした。
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:10:56.09 ID:oU4XMhGz0
私はお酒に弱いワケではない。
にも拘らず、グラスの酒を飲み干した刹那、私は平衡感覚を失った。
視界が回りだし、世界が激しく揺らぎ、捻じ曲がる。

それと同時に、体の奥底から突き上げる淫猥な衝動。
心臓の鼓動が急激に早くなり、呼吸が荒くなる。

脳が一気に高揚し、現実と夢の境界が崩れ去る。

地面が激しく揺れ、まともに立つ事すらままならない。
私はフラフラと覚束ない足で必死に立とうとした。

しかし、上手くいかない。

私は何度も倒れそうになりながら、部屋の中を右往左往した。
その際、手で部屋の置物を弾き飛ばし、それらが床に散乱した

朦朧とした意識の中、私は彼の顔を見た。
ぼやける視界の中で、それははっきりと見えた。

彼は笑っていた。

その時、私は全てに気が付いた。
しかし、その時は既に遅かった。
体の自由を奪われ、私は抵抗する力を殆んど失っていた。

やられた。

私は彼に「薬」を盛られた。
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 17:12:51.00 ID:o3YjAGcSO
琴吹家以外は悪意しかないのかww
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 17:14:55.17 ID:jLyG9N8AO
うわぁぁぁ
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:15:34.97 ID:oU4XMhGz0
ボ「唯ちゃん、調子が悪いのかな?」

彼の言葉が、エコーとリバーブを最大にしたカラオケボックスの中の様に私の頭に響く。

ボ「こっちにおいで……」

彼が私に近付いてくる。

唯「こな……い……で……」

私は急速回転するメリーゴーランドの様な部屋の中で、彼から逃れようと必死に歩いた。
ドアを目指して歩いていた私は、玄関ではなく、奥の部屋に方に来てしまっていた。

コーヒーカップを限界まで回した様な感覚で、私は立っている事すら出来なくなった。
私はベッドに倒れこんだ。

彼がゆっくり近付いてくる。
そうだ、電話をしよう、私は服から携帯を取り出した。
手当たり次第、必死にボタンを押す。
しかし、いつの間にか私の手から携帯は落ちてしまっていた。

彼は落ちた携帯を拾い上げた。
そして電源を切り、近くの机の上に置いた
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 17:17:34.28 ID:yRMkr8s50
薬もられるなんて想像できてたことなのに実際に起きるとすごくショックって言うか・・
うまく言えん
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:17:51.66 ID:oU4XMhGz0
彼は上着を脱ぎ始めた。

彼の上半身はプールの時に既に見た。
しかし、部屋の黄色い明かりに照らされた男の肉体は、
プールで見たそれとは全く違う物だった。

私は必死に逃れようと踠いたが、柔らかいベッドに沈み、身動きが取れなくなった。
動けない私の上に、彼はゆっくりと覆い被さって来た。

唯「なん……で……こん……な……こ……と……」

ボ「なんでって……僕は最初から唯ちゃんの事を狙っていたんだよ?
  一目見た時から、君を食べたいって思ってたんだ」

彼の手が私の内腿を愛撫した。

唯「……っ!?」

その瞬間、私の全身に電流が駆け巡る。
初めて感じる、性的快感。
私は体を弓形に仰け反らせた

ボ「気持ちいいだろ? これからもっと気持ち良くしてやるからな……」

彼の雰囲気が一変し、その目からは男の欲望が満ち溢れていた。
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:21:34.40 ID:oU4XMhGz0
彼は私の上に跨がり、私の服のボタンを外し始めた。

唯「んっ……や……やめ……て……」

彼は私の言葉を無視し、慣れた手付きでブラのホックを外す。
露になった私の乳房を、彼はゆっくりと、そしてねっとりと揉み拉いた。

唯「ん、んんっ……あっ、や…ぅ………やめ……んっ!」

彼は、私の唇に自らの唇を押し付けた。

唯「んっ、んふっ……んんっ!?」

彼は私の乳房を刺激しながら、唇を甘噛みする。
私は口をしっかりと結び、彼の進入を必死に防ごうとした。
しかし、そんな私の抵抗は無意味だった。
彼は私の口の中に自分の舌を強引に捻じ込んで来た。

唯「むっ!?んんっ……むぅ……ん……んっん……んんん!」

私の口内を、彼の舌が縦横無尽に蹂躙した。

何とか彼から逃れようと、私は必死に体を捩ろうとした。
しかし、彼がそれを許さなかった。
彼は私の両腕の上腕部をしっかりと押さえ、私は身動き一つ取れなくなった。

私は彼の為すがままにならざるを得なかった。
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:29:02.83 ID:oU4XMhGz0
彼は口を窄め、その先を私の口内に挿入させた。
そして、強力な吸引で私の舌に吸い付いてくる。
私の舌はその吸引力に抗う事も出来ず、彼の口に呑み込まれた。

唯「っん……んふぅ……っんぐっんぐ……っんむふぅ……!」

彼の口先は吸盤の様に吸着し、私の舌は逃れる事など出来なかった。
そのまま彼は私の舌をさらに引き摺り出し、貪るようにしゃぶり付いた。
私の舌は強く吸引され、そこに彼の舌が絡み付いてくる。

唯「っんむぐ……っんぁ……っっん……んぁんっ!!」

快楽が大きな津波となって私に襲い掛かり、呑み込もうとする。
性的快感が私の体を仰け反らせ、捩れさせる。

彼からの脱出を試みるも、全て無駄だった。
体は固定され、舌も彼のそれに絡め取られ、抜け出す事など出来ない。
私の舌に、更なる刺激が加えられる。

唯「っんぷ……ん゛! んむぅふ……!? っっん゛ん゛ん゛ーーーー!!!」

全身が蕩ける様な感覚に陥り、頭が真っ白になる。
それでも彼の前戯は止まらず、私に性的悦楽の刺激を与え続けた。
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:32:49.33 ID:oU4XMhGz0
それでも動いて何とか逃れようとする私に、彼は新たな手段を用いた。

私を俯せにし、近くにあったネクタイで、私の両手を後ろ手に縛り上げた。
私の上半身は完全に固定され、私の抵抗は完全に封じられてしまった。

彼は俯せになっている私に覆い被さり、後ろから私の首に舌を這わせた。
快感が走り、私は体を反らせた。

男は私を仰向けにし、固くなった桜色の乳首にしゃぶり付いた。

唯「ぁっ……ん……ぅっ……っんん……んぁっ……」

その後ゆっくりと、時間を掛けて私の体を隅々まで舌を這わせた。
まるで蛞蝓が全身を這いずり回るかの様に。

白く肌理細やかな肌の上を、ゆっくり、ねっとりと、私の汗を絡め取る。
その軌跡には彼の唾液が残り、厭らしい臭いを放っていた。

心が否定しようと、体は本能的に反応する。
気が付くと、私の下着はぐしょぐしょに濡れていた。
それでもなお、私の秘部からは愛液が止め処無く溢れ出していた。

私の体は、既に男を受け入れる準備を整えていた。
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:38:58.88 ID:oU4XMhGz0
彼は私のスカートを脱がし、さらには私の下着に手を掛け、スルスルとそれを剥ぎ取った。
私の下半身を纏う布はもう何も無い。
彼は私の陰部に顔を近付けた。

そして彼は、入念に私の内股を舐め始めた。
更なる快感が私を襲う。
彼が舌を這わせる度、私は声を上げ激しく仰け反った。

続いて彼は、私の一番神聖な部位に舌を這わせ、そこにそれを捻じ込んだ。
私は外部からの異物を初めて受け入れてしまった。

唯「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っっっっっっっ!!!!!??????」

今までとは次元の違う、強烈な刺激が私の脳を揺さぶった。

唯「っんぁ……ぁふ……あっ……っんぐ……っんぐっんあああっっっっーーーー!!!!!」

余りの快感に体を捻らせくねらせ仰け反らせながら、私は大声で嬌声を上げてしまった。

さらに追い討ちを掛ける様に、男の指が私の中に進入する。

どこをどの様に刺激すれば乱れるのか、彼は私の体を、女の体を熟知していた。
厭らしい音を立て、私の中で緩急をつけ蠢く彼の指。
彼の指が動く度、私の脳に激しい電流が流れ、私は声を上げ体を捩じらせた。
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:42:33.42 ID:oU4XMhGz0
声を上げる、体を弓形に仰け反らせる、それが彼を益々興奮させる事は分かっていた。

私は必死に口唇を噛み締め、体に力を入れてそれを防ごうとしていた。
それが私に出来る、最後の抵抗だったからだ。

しかし、その抵抗は彼の攻めによって、いとも簡単に崩されていた。
まるで、最初から私の抵抗など無かったかの様に。

彼は私の体を完全に支配していた。
彼は彼の意思によって、自由に私を鳴かせ、喘がせ、善がらせ、捩じらせ、仰け反らせる事が出来る。

そこに私の意思など一切無い。
私は完全に自分の体のコントロールを失ってしまったのだ。

私は今、生まれて初めて他者に自分の体の全てを征服されてしまった。
しかもそれが私の望んだ相手ではなく、憎むべき者にだ。

こんな男に全てを奪われるなんて……。
私の目から涙が溢れ出した。

しかし、それさえも男を興奮させる媚薬に過ぎなかった。
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:46:23.03 ID:oU4XMhGz0
彼はゆっくりと自分のズボンを脱いだ。
彼の下着の中央部分が不自然に盛り上がっている。

続けて下着も脱ぐ。
不自然な隆起を作っていた原因が露になった。

初めて見る、自分には無い物。男性の性器。
保健体育の教科書に描かれていたそれとは違い、大きく、逆立ち、反り返る異物。
先からは透明な液体が洩れだしていた。

唯「ふごっ!? んんんっ………ん゛ん゛!!」

彼は自分のそれを、私の口に無理矢理押し入れた。

汗のしょっぱさに混じり、何とも形容しがたい味がする。
彼は腰をゆっくりと前後に動かした。

彼の肉棒が私の口の中を欲望のままに犯した。

私は朦朧とする意識の中で、彼の急所を噛み切ってやろうかと考えた。
しかし、私にはそれをする力さえ残っていなかった

彼の肉棒は私の喉をも突き、私は吐き気を催した。
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:50:52.51 ID:oU4XMhGz0
彼の口内陵辱が終わった。

いよいよ私の秘部が彼の最大の進入を許す時が来てしまった様だ。
私の神聖な部分を守る障壁は何も無い。

唯「や……いや……やめ……て……おね……がい……しま……す……」

私は涙を流しながら彼に懇願した。
それが無駄な行為である事は分かっていた。
むしろ事態を悪化させるという事も。
しかし、そう言わずにはいれなかった。

案の定、彼の肉棒は血管が浮き上がり、はち切れん許りに膨張していた。

こんなにも大きなモノが、私の体の中に本当に入ってくるの?

いや……やめて……。

彼は私の両足を持ち上げ、その足が私の肩に付く位にまで押し上げた。

彼はただ、曝け出された私の秘部を凝視している。

恥ずかしさ、悔しさ、情けなさで、私の目からまた大量の涙が出てきた。

そして遂に、漲った彼の槍が私を貫こうとしていた。
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 17:54:18.12 ID:ivflQb1S0
もういっそトラックで轢き殺してやれよ・・・
哀しすぎて性描写なのに全然勃ねぇ・・・
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:55:19.87 ID:oU4XMhGz0
次の瞬間、突然部屋の明かりが消え、辺りは闇に包まれた。
間近に迫っていた彼の顔すら全く見えない程の漆黒。
私の足を掴むその手から、私は彼の動揺を感じ取った。

どんどんどん、ドアを激しく叩く音がする。

「ボーカルさん、ボーカルさん!!!」

聞き覚えのある声だ。力強くも優しい声。
ボーカルが私から離れた。
しかしこの暗闇、自分の服すら何処にあるのか分からないだろう。

「開けますよ、ボーカルさん!!」

扉が開く音がした。
何人かが部屋に入ってくる足音がする。
懐中電灯の光が数本差し込んで来た。

ボ「何勝手に入って来てんだよ!!」

斉藤「申し訳ありません、施設に緊急事態が起きまして、安全を確認しに参りました」

斉藤さんの持っていたライトが、乱れた私を照らす。
事態を把握し、斉藤さんはすぐに光を私から外した。

斉藤「お楽しみの所を邪魔してしまい、申し訳ありません。
   ただ、安全が確認されるまで、ソレはお控えする事をお願い致します」
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 17:56:13.84 ID:yRMkr8s50
斉藤さん助けて・・・!
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 17:56:20.77 ID:JxjnvakAO
うおおああ間一髪
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 17:56:52.57 ID:u/bI8mUTo
よっしゃああ! 斉藤さんGJ!
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 17:58:00.58 ID:oU4XMhGz0
斉藤「ボーカル様、申し訳ありませんがシーツを一枚お借りします」

斉藤さんは私をシーツで素早く包んだ。
シーツに包まれた私を、斉藤さんが抱き抱えた。

斉藤「この方は、私共が責任を持って部屋にお送りしますのでご安心下さい」

斉藤さんは近くにいた部下に、私の服と携帯を持ってくるよう指示した。
私はお姫様抱っこをされ、ボーカルの部屋から連れ出された。

非常灯のみの薄暗い廊下を、彼は迷う事なく進んで行く。

斉藤「彼に一服盛られましたな」

唯「……。」

斉藤「大丈夫ですか?」

唯「……遅い。」

斉藤「申し訳ございません」

唯「これが……ムギちゃん……だったら……取り返し……付かないよ?」

斉藤「肝に銘じておきます」

唯「でも……携帯で……助かったよ……。ありが……とう……」

斉藤「お役に立てて何よりです」
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 18:02:12.81 ID:jLyG9N8AO
いよっしゃあー!
斉藤さん、コブラ顔負けだぜ!
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:04:30.99 ID:oU4XMhGz0
斉藤さんから渡された携帯には、通話とメール以外に二つの特殊機能が付いていた。

一つ目はGPS機能。
といっても、狭い範囲内、この施設及びその周辺でしかその機能は使えない。
しかしその分、より詳細にその位置を知る事が出来る様になっている。
これにより、私とムギちゃんの位置は常に把握されている。
例え電源が切れても、その時の最後の位置情報は斉藤さんの携帯に残っているのだ。

二つ目が、緊急コール機能。
携帯に緊急事態を知らせるボタンが付いていて、それを一回押すだけでいい。
そうすると、斉藤さんにすぐ緊急コールが送られるのだ。
後は、斉藤さんがGPS機能を頼りに、助けに来てくれるというワケだ。

私達の部屋に到着すると、斉藤さんは私を縛っていたネクタイを解いてくれた。

私をベッドに寝かせ、それから誰かに電話をしていた。
私の様態を見て薬物症状と判断し、それに効く薬を手配させたのだ。

その後、コップに水を汲み、私に差し出した。
ありがとう、私はお礼を言ってコップを受け取り、一気に飲み干した。

5分位して、斉藤さんの部下が薬を持ってやって来た。
直後電気も回復し、明かりも付いた。
この停電も、私を助ける為に斉藤さんが仕組んだ事だろう。

私は、斉藤さんの部下が持って来た薬を飲んだ。

今は21時20分を過ぎた所、ムギちゃんが帰ってくるまでにある程度回復出来るかな。
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:07:46.72 ID:oU4XMhGz0
10分程して、薬が効いてきたのか、体が大分楽になった。

唯「気持ち悪い……。シャワーを浴びていいですか……?」

斉藤「はい、湯船に入らなければ問題ありません」

私はふらつきながらも浴室に辿り付いた。
一刻も早く、あいつの体液を全て洗い流してしまいたかった。

唯「斉藤さん、今日は斉藤さんがムギちゃんを迎えに行ってください」

斉藤「畏まりました」

唯「それと、先程は本当にありがとうございました」

斉藤「いえ」

斉藤「唯様……」

唯「何?」

斉藤「……彼をどうしますか?」

一瞬沈黙が流れた。

唯「斉藤さんは何もしなくていいよ。私は全然気にしていないし。
  でも、ムギちゃんの事はしっかり見ててね。私も注意するから」

斉藤「……畏まりました」
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:16:21.18 ID:oU4XMhGz0
斉藤さんも気付いている筈だ。
ムギちゃんが、彼に対して好意を持っている事を。

彼を排除するにしても、今回の事を打ち明けるにしても、
結局ムギちゃんを傷付けてしまう事になる。

私達には考える時間が必要だった。
ムギちゃんを傷付けず、彼を排除する方法を考える時間が。

彼は用心深く、用意周到。
私に接近する為、かなりの時間を掛けてムギちゃんに近付いた。

彼女の気を引いたのは保険。

私も斉藤さんも、ムギちゃんの事を何より大切に思っている。
彼女が傷付く事を、私達はしないと見透かされている。

恋は盲目。

けれど、私や斉藤さんとの絆は、そんな物で壊れる程脆くはない。

しかし、私達に躊躇させる。

頭で分かっていても、本能的な部分で恐れているのだ。
ムギちゃんとの関係が崩れてしまわないか。

私達には、それが0%と言い切る勇気が無かったのだ。
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:19:09.78 ID:oU4XMhGz0
さらに、彼を排除するに当たってもう一つの問題があった。

彼の父親である。

彼の父親はかなりの力を持つ国会議員だった。
その権力は、琴吹家に勝るとも劣らない。
その息子に手を下せば、色々と都合が悪い。

彼の父親を説得し、味方に付ける?
いや、息子の愚行など、既に全部お見通しだろう。
それでもなお息子を放任しているのだから、説得など出来る筈もない。

私が琴吹家の権力に守られている様に、彼もまた権力に守られている存在なのだ。
権力とは味方に付けば心強いモノだが、敵に回すとこれ程厄介なモノなのか。

しかし、結局の所、彼の狙いはムギちゃんではなくこの私なのだ。
私が我慢し、彼を受け入れれば、全て丸く収まるではないか。

私が助けを求めれば、琴吹家は動く。
しかし、私の個人的感情で琴吹家の力を借りていいのだろうか?

私は今回緊急コールを押してしまったが、別に命の危機があった訳ではない。
あそこで助けを呼ばなくても、私の処女が失われただけで、それに実害などない。

もしかしたら、一番良い解決法は、私が彼を受け入れる事なのではないだろうか。
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:21:58.45 ID:oU4XMhGz0
浴室から上がると、そこに斉藤さんの姿はもう無かった。
脱衣所に私の着替えが置いてある事には流石だなと感心した。

寝巻きに着替え、ベッドの上で私はムギちゃんの帰りを待っていた。
暫くして、ムギちゃんと斉藤さんが帰って来た。
斉藤さんはムギちゃんを部屋の中まで送り届けると、すぐに帰って行ってしまった。

紬「唯ちゃん、今日は斉藤が迎えに来てくれたのだけれど、何かあったの?」

唯「うん、ちょっと体が汚れちゃって、どうしても先にお風呂に入りたくて……」

嘘は言っていない。

紬「そうなんだ」

何事も無いと知ると、ムギちゃんの顔に笑顔が戻った。
ムギちゃんは本当に優しい。優し過ぎる。

紬「そういえば、さっきの点滴の時に、彼、来なかったの……」

ムギちゃんは寂しそうな顔をした。

唯「もしかしたら、用事があって忙しかったのかもしれないね」

実際私をレイプしようとして忙しかったのだから、これも嘘ではない。

紬「残念だわ……」
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:25:27.71 ID:oU4XMhGz0
次の日、彼はいつもと変わらず、何食わぬ顔で私達の作った朝食を食べに来た。

用心深い割りに、時として大胆な行動に出る。
これ程やりにくい相手はいない。

朝食を済ませ、朝の点滴に行くムギちゃんに、
今日は忙しくて見舞いに行けないと彼は謝罪した。

分かっている。
私に用があるんでしょ?

思った通り、医務室でムギちゃんと別れた後、彼はすぐさま私に話がしたいと接触してきた。

彼は自室か私達の部屋で話し合いたいと提案してきたが、
そんな事、昨日の今日で受け入れられるワケがなかろう。
最終的に、食堂で話す事になった。

この時間帯なら人も少なくて好都合でしょ?
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:27:14.07 ID:oU4XMhGz0
沈黙を最初に破ったのは彼だった。

ボ「昨日はごめん、ちょっと調子に乗り過ぎちゃって……」

未成年に「薬」まで盛っておいて何を今更……。

私は湧き上がる怒りの感情を、何とか宥めた。
今、ここで事を大きくしても何の得にもならない。

唯「……もう、そのキャラしなくてもいいですよ。」

私がそう言うと、少し間を置き、男の雰囲気が豹変した。

ボ「そうだね、唯には本性バレてるから、まぁいいか」

いきなり呼び捨てか。

ボ「単刀直入に言おう。僕の女になれよ」

キャラが変わり過ぎだよ……。
でも、その方が全然分かり易いよ。
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:28:48.12 ID:oU4XMhGz0
唯「……。」

ボ「僕の女になる事に、不満なんてないだろう?
  僕は日本のトップアイドルだよ?
  顔良し、金持ち、地位も在る。生まれながらの勝ち組さ。
  僕の愛人になりたいって女だって、ごまんといるんだ」

性格は最悪じゃないか……。

ボ「唯だって、昨日は凄く感じていたじゃないか。
  君の鳴き声も善がった顔も最高だったよ。
  本当は嫌いじゃないんだろう?
  今度はもっとイカせてあげるからさ」

唯「……。」

ボ「本当に嫌だったのなら、あんなには感じないよ?
  君は僕を本能的に求めているんだ」

私の心臓がビクッとなった。

彼は私に精神的な揺さ振りを仕掛けてきていた。
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:30:54.68 ID:oU4XMhGz0
★12
唯「ムギちゃんは……?」

ボ「ん?」

唯「ムギちゃんの事はどうするのさ……」

ボ「あー、彼女の事は心配いらない」

唯「……どういう事?」

ボ「君と付き合っている間は、彼女も大事にしてあげるよ。
  僕はいつも複数の女の子と付き合いがあったからね。
  そういう扱いには慣れているんだ」

女の子を口説いている時に言う台詞には聞こえないよ。

唯「……なるほど。」

ボ「だけど、君が僕と付き合わないって言うなら、どうなるか分かるよね?」

やっぱり……。
こいつはムギちゃんを人質にする気なんだ。

唯「貴方と付き合えば、ムギちゃんを傷付けたりしない?」

ボ「ああ、それは約束するよ」
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:32:33.58 ID:oU4XMhGz0
私さえ妥協すれば、ムギちゃんは救われるのかな……。

どうせこの男は、私の体が目的なのだろう。
セックスをするだけで、命まで取られるわけではない。
ただ、彼の性的欲求を満たしてやればいいだけの話だ。

それも悪くないかも。

この男は警戒心が強く、非常に狡猾だ。
私達の関係をムギちゃんに隠し通す事も出来るだろう。

今の私には、ムギちゃんを傷付けず、この男を消す策など無かった。
ならば、最善では無いにしろ、実現可能な彼の提案を受ける事が無難ではないか。

ただ一点だけ、気懸かりがある。
私がムギちゃんを騙すという事……。

唯「……。」

ボ「僕の事、信用出来ない?」

唯「……。」

お前の老獪さは認めるよ。
今までにも、多くの女性をそうやって手玉に取ってきたんだろうね。

ボ「そっか……。でも、君に選択の余地は無いと思うけど?」
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 18:33:17.51 ID:o3YjAGcSO
唯「だが断る」
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:36:37.88 ID:oU4XMhGz0
ボ「君は琴吹紬の事が一番大切なのだろう?
  でも、既に彼女は僕の虜だからね。
  本当は僕も彼女に酷い事はしたくないんだ」

ムギちゃんに酷い事……?
私の心がざわめきだした。

唯「……貴方はムギちゃんの事、本当はどう思っているの?」

ボ「正直気持ち悪いね」

気 持 ち 悪 い ?

あの優しいムギちゃんの事を気持ち悪いだと?
私の中の怪物が瞼を開いた。

ボ「ちょっと優しくしてあげただけで勘違いしてさ。
  男を知らないお嬢様は本当に面倒臭いね。
  鏡を見ても、自分が僕に釣り合わないと自覚出来ないのかな。
  あの姿で化粧なんかしても、滑稽なだけなのに」

以前の私ならば激昂し、体の内側から灼熱の炎で焼かれたかの様に熱くなっていただろう。
ところが、今の私にはそれとは逆の現象が起きていたのだ。
私は、体中の熱を奪われ、まるで凍結していくかの様な感覚に襲われていた。

ボ「……どうして笑っているんだい?」

理由は分からない。
口元が緩み、自然に笑みが零れていた。
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 18:37:34.47 ID:hn4/utdEo
よし、殺そう
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:39:13.27 ID:oU4XMhGz0
唯「ボーカルさんて頭が良い人だと思っていたけれど……」

唯「あんまり頭、良くなかったんですね」

私は笑顔で彼に言い放った。

ボ「……どういう事?」

唯「私が琴吹の事を大切に思っているワケがないでしょ……」

唯「あいつはね、私達を置いて一人で逃げたんだよ。
  病気の振りをして被害者ぶってるけどさ。
  こんな豪勢な所でのうのうと生きて……。
  私達がどんなに辛い目にあってきたかも知らないで……」

唯「でもね、もう許してあげてるんだ。
  だって、あいつのお陰で美味しいおもいをさせて貰っているからね。
  私ね、あいつのあの姿を見て、いつも必死に笑いを堪えているんだよ」

私は厭らしい笑みを浮かべながら、冷酷な言葉を並べた。

唯「うん、いいよ。貴方と付き合ってあげる。
  性格は最低だけど、顔は悪くないし、お金持ちだし」

唯「ねえ、昨日私に飲ませた薬、麻薬だよね?
  アレ、まだ残ってるんでしょ? 私にも頂戴。」

私は彼に右手を突き出した。
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:41:49.93 ID:oU4XMhGz0
ボ「アレが欲しいんだ。じゃあ、今から僕の部屋においでよ」

唯「嫌だよ。どうせまた、私にエッチな事する気なんでしょ?」

ボ「気持ち良かっただろう?」

唯「気持ち良かったよ。でもね、私、男の人に上から目線されるのって大嫌いなの。
  ああいう事は二度としないでね。したら絶交だからね」

ボ「ふふふ、分かったよ」

厭らしい笑みが零れてるよ。
どうせまた、私を無理矢理襲って調教する気なんでしょ?

やってみなよ。やれるものなら。

今のうちに、脳内で私を好きなだけ陵辱し、調教でも何でもするがいいさ。
妄想の中でなら、私を従順で都合の良いペットにする事も簡単だろうね。

でも、現実ではそう簡単にいくかな?

せいぜい頑張ってごらんよ。
もしかしたら、私を屈服させる事だって出来るかもしれないよ?
それに失敗したらお前は死ぬけどね。

もうゲームは始まっているんだ。
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:45:31.52 ID:oU4XMhGz0
私ね、漸く気付いたんだよ。
私が我慢をすれば全部丸く収まる。
そんなおいしい話なんて、絶対に無いって事がね。

だってさ、考えてもみてごらんよ。
ムギちゃんはボーカルの事が好き。
そのムギちゃんは、莫大なお金と権力を持っている。
だったらボーカルは、絶対にムギちゃんを利用するに決まってるよね?
人の良いムギちゃんは騙し易いもんね。

そして、私を陵辱し、肉体的にも精神的にも痛めつけ、服従させたら、
今度は私をダシにして、ムギちゃんから搾り取るんだ。

だって、 私 な ら 絶 対 そ う す る も ん 。

今の会話で分かったよ。
ボーカルは私と同じ、最低の屑なんだって。
だから分かるんだ。お前が何を考えているのかがね。

それに、女達の時だって、私は全部受け入れたのに、全然良い結果になんなかったじゃん。
ボーカルは、いつか必ずムギちゃんを苦しめる存在になる。
私が何もせず堪え忍ぶ事によって、彼は増長する。手遅れになる。
だから、私がそうなる前にこいつを「処分」しなければ。

ふふふ、やったよ和ちゃん。
漸く私にも分かってきたよ。
人を守るって事がどういう事かがね。
大丈夫だよムギちゃん。

私 が 必 ず 守 っ て あ げ る か ら ね 。
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 18:49:24.19 ID:wOVv6H3AO
オリキャラでいい人が受付のお姉さん以外居ないのがツラい
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:50:11.25 ID:oU4XMhGz0
結局、彼は私に薬をくれなかった。
でもね、そんな事は想定の範囲内だよ。

私は女達に会いに一般人居住区へと向かった。
彼女達は仕事をしている時間だ。
私は久しぶりに、以前仕事をしていた公衆トイレへ足を運んだ。
そこには、一人で清掃をしている女の姿があった。

唯「やっほー、平沢唯だよー」

女は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに俯き、視線を逸らした。

唯「今日は女ちゃんが、ちゃんと仕事をしているか確認しに来ました!」

女「……」

唯「うそだよ、う・そ! お話があるから来たんだよ〜」

女は俯いたまま反応しない。

唯「……なんで無視するのさ。」

私は女の肩を掴み、壁に押し付けた

唯「お話があるから来・た・の!」

唯「 聞 い て く れ る よ ね ? 」

女は黙って頷いた。
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:54:35.19 ID:oU4XMhGz0
唯「それじゃあ、他の子達も呼びにいくよ。仕事場所はいつものとこ? 知ってるでしょ?」

女「で、でもまだ仕事が……」

唯「……。」

唯「だから何なの? いつも仕事なんてしてなかったでしょ……。
  そんな事を気にするなんて、女ちゃんのキャラじゃないよ?」

私は女に他の女達の場所へ案内させた。
全員揃った所で、私達は彼女達の部屋に向かった。
部屋に戻ると、女達は部屋の隅で俯き、皆押し黙っていた。

唯「今日はね、美味しいお菓子をいっぱい持って来たよ?
  遠慮しないで、みんなで食べてね?」

私は大きめのバスケットに詰め込んできたお菓子を、台の上にぶち撒けた。

唯「すごいでしょ? みんなに食べて欲しくて、一生懸命持って来たんだ〜」

女達は下を向いたまま、ただ只管沈黙していた。

唯「こっちにおいでよ? そんな端っこにいたんじゃ、
  お菓子も食べられないし、お話も出来ないよ〜」

女達は動かない

唯「ねえねえ、みんなどうして無視するのさ……」

唯「 さ っ さ と こ っ ち に 来 い よ 」
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 18:55:15.82 ID:yRMkr8s50
それに失敗したらおまえは死ぬけどね。
俺の知ってる唯と違う
http://www.uproda.net/down/uproda213052.jpg
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 18:58:39.80 ID:oU4XMhGz0
女達は恐る恐るテーブルの周りに集まってきた。

唯「よいよい。私ね、今日はみんなにチャンスを持って来たんだよ」

女「……チャンス?」

唯「そう。今のこの生活から抜け出せるかもしれないチャンスをね」

唯「○○○○○ってバンド、知ってるでしょ?
  実はその人達、この施設のVIP区域にいるんだよ。
  だから、私がみんなを友人として彼等に紹介してあげようと思ってさ。
  もし彼等に気に入られれば、またあっちで生活出来るようになるかもよ?」

唯「もちろん、タダじゃないよ? 条件があるんだけどね。
  私のお願いを聞いてくれるのなら、みんなを彼等に紹介してあげる」
  
女「……お願いって?」

唯「あのバンドのボーカルね、薬を持ってるの。いけない『薬』をね。
  たぶん、他のメンバーも持っていると思う。
  私はね、彼等の持っている薬が欲しいの」

唯「お願いして貰ってもいいし、盗んできても構わないよ。
  どんな方法でもいいから、とにかく薬を手に入れてきて!」
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 19:02:25.79 ID:oU4XMhGz0
唯「私はね、私に迷惑が掛からなければ、みんながその後に何をしようが、どうでもいいの。
  一応、私の友達って事にするから、あまり羽目を外されると困るけどね」

唯「どうかな? 悪い話じゃないと思うけれど」

女達の返事は無い。

唯「どうしたの? みんな今の生活は嫌でしょ? 豪華な暮らしが出来るかもしれないんだよ?」

女「今のままでいいです……」

女2「ごめんなさい……」

女3「私も遠慮します……」

女4「私達、反省してます……」

唯「……。」

唯「なんで?」

唯「おかしいな……。こんな筈じゃないのに……。
  ここはみんなで、頑張ろ〜って流れになる所だよね……?
  何でだろう……。何でこうなるの? 絶対おかしいよ……」

女「私達、これから真面目に働きます……。だから許してください……」

唯「……。」
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:03:12.82 ID:Ft6pwdrso
唯が壊れた理由も境遇も気持ちも分かるけど今の唯はマズイなぁ
何とか立ち止まれないものか
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 19:05:11.05 ID:oU4XMhGz0
唯「……駄目だよ。」

唯「絶対駄目。だって、そうじゃないと、私の計画が狂っちゃうもん。
  私が怪しまれずに薬を手に入れるには、これが一番良い方法なんだもん」

唯「……。」

唯「もういいや。」

唯「お願いするのはもうやめるよ」

唯「みんなの気持ちは分かったよ。私はもうみんなにお願いしないよ」

唯「お願いじゃなくて、これは命令だ」

唯「 や れ 」
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 19:08:27.46 ID:oU4XMhGz0
お前達に拒否権は無いんだ。
私に逆らう事なんて絶対に許さない。
私の意に沿わぬ事などさせるものか。

女達は怯えた表情で私を見ていた。

唯「彼等と会っている時に、そんな表情はしないでね。
  みんなは、私の大切な『友達』なんだからさ」

唯「分かっていると思うけど、今日の話は彼等には秘密だよ?
  私がみんなを傷付けたって事も内緒。私達はとっても仲良しなの。
  あと、薬の入手は出来るだけ早くしてね」

唯「当然だけど、裏切りは絶対許さないから。
  故意に私の足を引っ張ったり、寝返る様な行動をするなら覚悟してね」

『3度目は無いんだよ』

私は彼女達に念を押した。
黙って頷く彼女達を後に、私は部屋を出た。

次はボーカルに、メンバーと私達を合わせる様に交渉だ。
私の友達が会いたがっているから、メンバー達を紹介して欲しいと。
彼は私の提案をあっさりと受け入れた。

明日の夜、私達はパーティールームを借りて親睦会を開く事になった。
ムギちゃんに気付かれぬ様、それは夜の点滴の時間に行われる。
彼女から恩恵を受け続ける為、事を内緒にしたいと私は彼を説得した。

これで私達の事がムギちゃんにバレる事は無いだろう。
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:10:57.92 ID:Ivb2/oHao
今までは仕方なかった面が大きかったけどここまでくると悪党だよなww
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 19:11:45.10 ID:0ZuLlL3AO
相手も馬鹿ではないし同等の権力を持ってるんだから裏切りそうな駒を使うのは得策ではないんじゃ…
変に勘ぐられて命令されたら唯よりボーカルの言う事聞きそうだし下手をすれば女に権力を与える事に…
448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:17:50.77 ID:HC08/a7do
しかしこの>>1はいつ寝るのでしょう
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:18:59.78 ID:OH3eu9i2o
「君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる」をこの唯は地でいってるな
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:19:34.09 ID:Etv4e7vbo
ここまできたらとことん悪党になって
俺tueeeeeってのもなんだかありなきがしてきた
だけど女つかうのは失敗フラグな気が
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:20:18.81 ID:wOVv6H3AO
唯ちゃんか「平沢唯」を取り戻すと信じる
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 19:21:59.16 ID:yRMkr8s50
>>447
目の前で腕の骨折るところ見せられてるし、唯に対する恐怖心の方が大きくて裏切れないんじゃないかな?
453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:22:41.89 ID:Vlhv1c4W0
いつのまにやらゾンビもけいおんも関係なくなってきたぞぉう?
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:23:38.32 ID:o3YjAGcSO
ゾンビは唯の心の中にいる
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:28:20.53 ID:q1k7Wh480
この>>1もしかして昨日から一睡もせずに投稿してるんじゃ
一気に読めて楽しいけど体調には気をつけろよ
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:30:01.73 ID:nBDjMiEmo
さすがに寝たかな
24時間も乙でした
457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:34:31.55 ID:Vlhv1c4W0
24時間超もやってたのかおそろしいぜ…
良作だが心が痛い…唯ちゃんあまり虐めてあげないで、しばし乙ー

>>454
そういえばそうだった
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:42:22.69 ID:hn4/utdEo
乙、すげぇ面白い。続き待ってるぜ。
しかし、思わず『殺せ』とレスしたが、[ピーーー]以上に酷いことになりそうだwwwwww
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:43:25.48 ID:ivflQb1S0
本当にお疲れ!

『「むぎちゃんなんて嫌い」とボーカルの男に言う』→告げ口フラグ
『かつて二度も自分を追い詰めた女たちを恐怖によって動かす』→裏切りor内通者フラグ
『むぎには何も言わない。斉藤にも協力を求めない』→友情崩壊&紬悪堕ちフラグ
ほかにもちらほら・・・BadEND臭がやばい
ここから逆転はもう主人公無双補正か、むぎちゃんマジ天使が女神に昇格するしかないな・・・
そして他の軽音メンバーェ・・・・・・黙祷
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 19:48:52.70 ID:oU4XMhGz0
翌日の20時、私はムギちゃんを医務室に預けた後、女達を迎えに行った。
彼女達は、私が事前に用意した服を着て待っていた。

元々、女達は端整な目鼻立ちをしていた。
きちんと身形を整えると、見違える程に美しくなった

流石、お金持ちの愛人をしていただけの事はある。
彼女達の容姿ならば、男達を誘惑する事も容易いだろう。

女達は皆、硬い表情をしていた。
昨日の今日で態度を急変出来る程、彼女達は器用ではなかった。

唯「みんな表情が硬いなぁ。もっとリラックスして。
  せっかくの可愛い顔が、台無しだよ?」

私は首を少し斜めに傾げ、女達に言った。
女達は引き攣った笑顔を見せた。

唯「まあ、いいや。それじゃあ〜行こうか〜♪」

私は女達を引き連れ、パーティールームへと向かった。
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 19:49:57.27 ID:YTT1yyk5o
やばい、ハラハラドキドキしまくりんぐ。
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:50:28.30 ID:wOVv6H3AO
再開とか…
嬉しいが大丈夫なのか…?
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:50:46.96 ID:Vlhv1c4W0
つづくのかよww
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 19:52:58.42 ID:HC08/a7do
もう睡眠は十分とった模様
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 19:58:06.33 ID:oU4XMhGz0
唯「やっほ〜、お待たせ〜」

部屋の扉を開くと、5人の美青年達が私達の到着を待っていた。
テーブルの上には様々な御馳走と、飲みかけのグラスが置いてある。

どうやら、私達が来る前から酒盛りをしていた様だ。

男達は私達の姿を見るや、待っていましたとばかりに歓声を上げた。
彼等の手招きに誘われ、私達はそれぞれの席に着いた。

お互いに軽く自己紹介をし、注がれたグラスを手に取り乾杯をする。
皆、一気にグラスの酒を飲み干した。
それを見て、男達が盛大な拍手をする。

私は女達のグラスが空くと、すぐにお酒をそれに注いでまわった。
そして彼女達の耳元でこう囁くのだ。

「さっさと飲め」と。

始めは緊張の面持ちだった女達も、お酒が入るに連れ、自然と場に馴染んでいった。

アルコールの力って、ホントに凄いよね。

「唯ちゃんは飲まないの?」

最初の一杯しかアルコールを口にしない私に、男達が飲酒を迫る。
ルームメイトに知られると大変だから、と私は何とか誤魔化した。
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 20:03:20.54 ID:oU4XMhGz0
21時20分、初日のパーティーは早めに切り上げる。

最初から彼等を満足させてはいけない。
少し物足りない位が丁度良いのだ。
こうする事で、また次の機会を作りやすくなる。

案の定、男達は明日もまた会いたいと言い出した。
そのニヤケた顔からは下心が滲み出ている。

早く私達と「関係」を持ちたい様だ。

だが、まだ焦らす。
頭の悪い犬はお預けだよ。

名残惜しむ男達に別れを告げ、私達は部屋を後にした。

女達の部屋に戻り、今日の感想を聞く。
アルコールは、彼女達は饒舌にした。

どうやら、彼女達は彼等の事をすっかり気に入った様だ。
次のパーティーの参加も快諾した。

ルックスの良い男達に、上等な酒、豪華な料理。
良い子にしてれば、いっぱい蜜をあげるからね。

私は彼女達に、次回から自由に男達と「接触」する事を許した。

こうして、私達は男達と夜の密会で仲を深めていった。
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 20:29:55.00 ID:4FlX5GKKo
軽い気持ちで開いたスレだったのに…
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 20:31:19.07 ID:PAUOL5ugo
投下数300とかあまりみないぞww
469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 20:32:56.95 ID:oU4XMhGz0
7日後、パーティールームにて。

毎夜の密会によって、女達と男達の仲は既にかなり親密なモノになっていた。
美形、金持ち、権力者。そんな男達に、この女達が喰い付かない筈がない。

貴女達みたいな上辺だけの付き合いには最高の相手でしょ?

それぞれがカップルを作り、皆が居る前でも気にする事なく、淫らに戯れている。
その様子から、既に男女の関係になっている事は明らかだった。

ボ「今度二人っきりで会わない?」

私は食事の時と、パーティーの時でしか彼に会わない。
二人きりでは会わない私に、少しもどかしい様子だ。

彼の左手が私の太腿をなぞる。
パーティーの時、彼はいつも私の左横に座り、私の体にちょっかいを出す。
彼の左手は次第に私の体を上って行き、やがてスカートの中まで侵入する。
余った右手を私の後ろから右肩に回し、その後服の裂け目から私の胸元に手を伸ばす。

私はそれを我慢し、受け入れた。
必要以上に彼を拒めば、疑念が生まれ警戒されるかもしれない。

今はまだ耐えるしかない。

右手で私の胸を揉み拉き、左手は下着の上から私の秘部を刺激する。
彼の前戯に、悔しいけれど私は性的快楽を与えられ、愛液を洩らし下着を濡らした。
顔は紅く火照り、眉を歪ませる。
私のこの表情を見るのが彼は好きな様だ。
彼は執拗に私を攻め続けた。
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 20:38:59.38 ID:fRRzJXfDO
悪でもいいけど不幸は嫌です;;
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 20:39:17.00 ID:oU4XMhGz0
唯「どうせ……っんぁ……エッチが……っく……目的なんでしょ……」

ボ「こんなに濡れておいて、『したくない』なんて言わないよね?」

彼は左手に力を込め、下着の上から自らの指を私の中に挿入させた。

唯「ぅっ……!!」

私はその性的刺激に耐えられず、前方に屈み込んだ。
彼も私の動きに合わせ、前のめりな体勢になる。

唯「私と……付き合ったのは……ぁっ……エッチが……目的なワケ……?」

ボ「まだ無理矢理しようとした事を怒っているの?
  あれは君が可愛過ぎたからで、悪気は無かったんだよ。
  二度と強引にはしないから、機嫌直してよ……」

今も許可無く私の体に触れているクセに……。

唯「今は……っん……あなたと……エッチ……する気は……んんっ……無いから……」

そう、彼は小さく呟き、両手で貪る様に私を強姦した。
私は抗う事も出来ず、ただただ彼の欲望のままに陵辱された。

その攻め苦が終わると、私はソファーにぐったりと横になった。
息を荒げ、顔を歪め寝そべる私を、彼は厭らしい顔で見ていた。

彼は間違いなく「S」だ。

それから数日間、夜の淫らなパーティーは続いた。
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 20:51:17.14 ID:oU4XMhGz0
そんな毎日に、変化が訪れた。

女4が遂に薬を手に入れてきたのだ。
彼女は「おねだり」をし、薬を2袋貰い受けたのだという。
それを私に差し出した。

女4「これ、言われた通り持って来ました」

唯「おお、ありがとう、女4ちゃん!」

女「これであたし達は自由なんだな?」

唯「うんうん、後はみんな好き勝手にすればいいよ」

女2「もうあんたと会わなくていいんだよな?」

唯「勿論だよ。だって、私達……」

友 達 で も な ん で も な い で し ょ ?

女達は皆彼等に取り入る事に成功し、美味しい汁を吸わせて貰っている様だ。
だから言ったじゃない。悪くない話だってさ。

自室に戻り、私は一方の袋を開き、ちょこっとだけ舐めてみた。
僅かな量にも関わらず、まるで大量のアルコールを摂取したかの様な感覚。
この漲る高揚感と性的快感……。これは本物だ。

やっと準備が整ったよ。
473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 20:55:36.19 ID:oU4XMhGz0
次の日の朝食後、私は彼に二人きりで会っても良いと伝えた。
彼は夜のパーティーの後、自分の部屋に来て欲しいと言った。
どうやら、私と朝まで一緒にいたいようだ。

私はそれを承諾した。

夕食時、私達3人はいつも通り一緒に食事をする。
これでこの男と食事を共にする事も最後だ。

ムギちゃんは悲しむだろうけど、そんなに悠長にはしていられない。
長引かせれば、ムギちゃんが傷付けられるかもしれないのだ。
それに、これ以上彼との肉体関係を拒み続けるのもまずい。

だから今日、全てを終わりにするんだ。

紬「今日の唯ちゃん、いつもよりいっぱい食べるのね」

唯「うん、夜中お腹減ると困っちゃうからね〜」

ボ「そうだね、今日は僕も多めに食べておこうかな」

私はお腹にありったけの食材を詰め込んだ。

腹が減っては戦はできぬ、だよ。
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 21:04:51.24 ID:oU4XMhGz0
夜のパーティーでも、私は台の上にある料理に片っ端から手を伸ばした

ボ「ちょっと食べ過ぎじゃない?」

唯「今日はいいの! うっぷ……」

これ以上は無理か……。
まぁ、これくらい食べておけば十分かな。

パーティー会場を後にし、医務室でムギちゃんと合流、部屋に戻る。

就寝前、私はムギちゃんのお酒に睡眠薬を細かく砕いて混ぜた。
大丈夫、安全性は医師に確認済みだよ。

彼女はそれに気付かず、グラスを飲み干した。
これで明日は、遅くまでゆっくりと眠っていてくれるだろう。

ごめんね、むぎちゃん。

私はムギちゃんが寝入ったのを確認した後、ベッドを抜け出し、着替え、彼の部屋に向かった。

私の胸は高鳴っていた。
やっと、やっとこの時が来たんだ。

あの男を殺す時が。
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 21:07:15.22 ID:Etv4e7vbo
ついにきたぜ、ぬるりと
476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 21:07:31.32 ID:oU4XMhGz0
ボ「いらっしゃい、唯ちゃん」

彼は機嫌が良さそうに、笑いながら私を部屋に招き入れた。
これから自分が殺されるとも知らずに。

唯「お邪魔します」

部屋に入ると、台の上にはワインが入ったボトルと、空のグラスが2つ置いてある。
これから私と乾杯をする気なのだろう。計画通り。

後は、どうやって気付かれず、彼のグラスに薬を盛るかだ。

私のプランでは、ドジを装い彼にお酒を引っ掛け、シャワーを勧める。
彼が浴室にいる間に、グラスにお酒を注ぎ薬を仕込む算段だ。

しかし、彼の一言でその計画は不要な物となった。

ボ「シャワー浴びてきてもいいかな?」

彼はまだシャワーを浴びていなかった。
私にとっては千載一遇の好機だった。
態々怪しまれる様な事をせずとも、彼がこの場からいなくなる。

唯「うん」

私の顔から笑みが零れた。
初めて彼に向けた、偽りのない笑顔だった。
477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 21:09:53.70 ID:ZWlShYHHo
前のは殺人というか過失致死だったけど…
自らの意思で殺ったらもう引き返せないかも
478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 21:22:29.38 ID:oU4XMhGz0
ちょっとタイム
479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 21:25:00.89 ID:yRMkr8s50
ちょっとどころか今日はもう寝てもらってもかまいませんよ
480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 21:27:04.17 ID:PAUOL5ugo
一日で500弱まで来ててそのうち400弱が>>1だからなww
481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 21:29:06.26 ID:ivflQb1S0
これはボーカルが気づいてなければ成功、気づいてたら性奴隷エンドしかないな
まあさすが憂選手の姉の唯さんは、どうにか窮地脱出しそうだけど
482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 21:30:28.43 ID:ivflQb1S0
あ、後>>1はホント無理するなよー
>>1がゾンビで疲れ知らず眠気知らずっていうなら別だけどな
483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 21:30:49.17 ID:oU4XMhGz0
やべえ、書き溜めた分とスレに書き込んだ内容が変わった為、話があわねえ(爆)
辻褄合わせしないとピンチっす!
484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 21:33:04.69 ID:Etv4e7vbo
>>1さんまじで体には気をつけてね・・・
485 :1932011/02/01(火) 21:36:47.01 ID:YTT1yyk5o
書いてとお願いしたが、ここまで続くとは。
486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 21:59:36.60 ID:oU4XMhGz0
エンドまで書き溜めたのに、なんで途中でこうなった……。
コピペする時に訂正していけばいいかなーとか考えてたらドツボにはまた。
もう面倒なんで、ご都合主義でいくます。
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 22:01:16.04 ID:oU4XMhGz0
彼が浴室に移動した後、私はワインボトルのコルクを抜き、2つのグラスにそれを注いだ。
持って来た薬をワインに混入し、持参したマドラーで入念に掻き混ぜる。
少し泡立ってしまった為、近くにあったティッシュで上手くそれを吸い取った。

もともと1袋の薬で行う計画だったが、2袋なら効果は2倍。
確実に彼を行動不能状態に出来る筈だ。

汚れたティッシュ、薬の袋、マドラー、それらの要らなくなった物は、
部屋に設置されているゴミ箱に捨てた。
用心の為、中に入っている紙屑の下にそれらを沈めた。

白のバスローブを身に纏い、彼が脱衣所から出てきた。
私は必死に高ぶる感情を抑え、冷静を保とうとしていた。

ボ「唯ちゃんもシャワー浴びる?」

唯「私は自室で浴びてきたので」

私は薬の入っていない、手前のグラスを手に取った。
必然、彼には薬物の混入されたもう一方グラスが渡る。

ボ「それじゃあ、乾杯しようか」

唯「はい……」

私はグラスに口を付けた。同様に、男の口にもグラスが近付く。

飲め。
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 22:04:54.66 ID:oU4XMhGz0
ボ「どうしたの?」

彼の手が突然止まる。
あと僅かという所で、彼は口からグラスを離した。

唯「えっ?」

ボ「そんなに顔をじっと見詰められたら、飲み辛いよ……」

私は無意識に彼の口を凝視していた。
しまった、功を焦り過ぎた。
私は急いで彼から視線を逸らした。

ボ「僕の顔に何か付いてる?」

唯「いえ……」

落ち着け、彼が手に持ったワインを飲む事は確定事項なんだ。
余計な事さえしなければ、確実に薬入りのワインを口にする。
私は何もしなくていい、何もしない事をすればいいんだ。

ボ「ははは、唯ちゃんは照れ屋だね」

彼がグラスを再び口に近付けた。

ボ「痛っ!」
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 22:07:01.02 ID:oU4XMhGz0
次の瞬間、彼のグラスの中身が全て私に浴びせられた。

ボ「ご、ごめん、今なんか手が攣っちゃって……いたたた……」

唯「い、いえ、大丈夫です」

ボ「本当に申し訳ない、上着がワインで汚れてしまったね……。
  体にも掛かっちゃったみたいだ。シャワーを浴びておいで?」

どうしよう……。
ここでシャワーを断る事は不自然……だよね……?

唯「それじゃあ、シャワーをお借りします……」

私は大人しく彼の言う通りにする事にした。

浴室でシャワーを浴びながら、私は考えていた。
彼は本当に手が攣ったのだろうか。

薬入りのワインをそんな事で零すなんて、偶然にしては出来過ぎている。
もしかして、何か他意があってワザとそうしたのではないか……?

その時、脱衣所に人の気配を感じた。
曇りガラス越しに見える人影……彼がそこにいる。

彼は浴室で事をするつもりなの……?
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 22:13:31.40 ID:oU4XMhGz0
私は今、当然の如く丸腰だ。
腕力では彼に敵う筈もない。

彼がもし、この場で強引に迫ってくれば、それを防ぐ術など無い。

抵抗など無駄だろう。
蜘蛛の巣に絡め取られた蝶の様に。

しかし、彼は浴室には入って来ず、そのまま脱衣所から出て行った。
浴室での情事という最悪の事態は避けられた。
私はホッと胸を撫で下ろした。

唯(いや、私はどうしようもない馬鹿だ……)

何故、今、この状況で安心など出来る?
事態は明らかに悪化しているのだ。

何故、彼は脱衣所に来た?何の為に?
彼が私に対して、何らかの意図を持って行動している事は明白じゃないか。
にも拘らず、私は彼の意中を全く読めていない。

私は今、非常に危険な状態にある。

……。

……危険?
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 22:30:58.03 ID:oU4XMhGz0
私は今、本当に危険な状況にいるのだろうか……?

いや、私は決して憂慮すべき状態になど陥ってはいない。
何故なら、今、私は生命の危機などとは無縁ではないか。

仮にここで彼を殺せなくても、それで私が死ぬワケではない。
せいぜい、あの男に私の「初めて」を奪われる程度の事だ。

それに比べて、彼はどうだ。
今まさに、私にその命を狙われている。

考えて見れば、私より彼の方が遥かに危機的状況に在るではないか。

私と彼のゲーム。
彼が勝てば、私の処女を奪い、この体を欲望のままに堪能する事が出来る。
しかし、負ければ自らの命を失う。それは彼の全てを失う事と同義。
私と彼ではベットしている物の重みが違い過ぎる。

ゲームオーバーがあるのは彼だけ。

不公平であり、一方的。
そう、これは私が圧倒的に有利なゲーム。
彼にとっては「理不尽なゲーム」なのだ。

だが、彼に文句を言う権利など無い。
これは彼の意思で始まったゲームであり、私が望んだ物ではないのだから。
彼の悪意と欲望が招いた破滅のゲームなのだ。

だとすれば、私はこのゲームを大いに楽しもうじゃないか。
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 22:34:39.68 ID:oU4XMhGz0
彼は常に勝ち組だった。
顔が良く、金持ちで、地位も約束されている。

人生というゲームの中で、彼は一度も負けた事など無かったであろう。

しかし、それは人間との勝負での話だ。
彼は一度としてゾンビと戦った事は無い。

だから、彼は知らないのだ。
ゾンビというモノを。

ゾンビっていうのはね、完全に殺さない限り、ずっと追い掛けてくるんだよ?

お前が私を殺さない限り、私はお前の後をずっと追い掛ける。
どこまでもどこまでも、お前の肉を齧り取る為にね。
そして私は、お前が死ぬまでその体を貪り続けるんだ。

今からお前に、その事をたっぷりと教えてやる。
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 22:39:35.18 ID:oU4XMhGz0
浴室から出ると、脱衣所の棚から私の衣服が全て無くなっていた。
バスタオルも無い。そこには、小さな手拭いが1つ置いてあるだけだった。

私のその小さな手拭いで体を拭いた。
しかし、その手拭いでは全身の水分を拭き取る事など出来なかった。

唯(体を隠す事も出来ないね)

だが、そんな事は最早どうでもよい。
恥じらいなど、今の私には不要だ。

私は濡れた手拭いを投げ捨て、そのまま脱衣所を出た。

ボーカルは一人、空になったグラスを手に持って眺めている。
テーブルの上にも、中身のないグラスが置かれている。
どうやら、新しい物を用意した様だ。

彼の近くの棚には私の衣服と、隠し持っていた物が置かれていた。
スタンガンとナイフ。私の護身用の武器。

こいつ、知ってたな……。

私の気配に気付き、こちらに視線を向けた。
まるで濡れた私の体の水滴を舐め取るかの様に、
じっくりと厭らしい笑みを浮かべながら私を視姦している。

髪から雫が滴り落ちる。
私は一糸纏わぬ姿のまま進み出た。

私と彼はテーブルを挟み対峙した。
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 22:49:34.28 ID:bcJ4Sfito
追いついてないがまだ投下が続いているだと?
まさか>>1はゾン…
495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/01(火) 22:53:49.08 ID:oU4XMhGz0
ボ「女の子が、こんな物騒な物を持っていたら駄目だよ?」

彼は私の服の上に置かれたスタンガンを手に取り電源を入れた。
それは青い火花を飛ばしながら、バチバチと激しい音を立てた。
スタンガンは、相手に触れずともその音と火花で恐怖感を与える事が出来る。
やっぱりこいつ、生粋のサディストだ。

ボ「まあいいや。気を取り直して乾杯しようよ」

彼はテーブルの上に置いてあったグラスにワインを注ぎ、私の方へ差し出した。

ボ「どうしたの? 受け取って。大丈夫、今回は『薬』なんて入ってないから」

私は彼からグラスを受け取った。
彼は左手に持っていたグラスに、自らワインを注いだ。

ボ「それじゃあ、乾杯しようか」

唯「……何に乾杯するの?」

ボ「そうだね、唯ちゃんが大人になる記念に……かな」

唯「……。」

ボ「こうなる事が分かってて、僕と二人きりになったんでしょ?
  初めての時はちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」

なるほど、今回は薬無しで強姦し、痛がる私の姿を見たいのか。
心配しなくても大丈夫。
私はもう痛みには慣れているから。
496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 23:55:44.43 ID:gnzVKYr4o
えっと……
この>>1休んでなくね? 大丈夫か?
497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 23:57:24.65 ID:JxjnvakAO
30時間近く、ほぼ休みなしで投下してたのか…
498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 00:34:09.59 ID:D4ccMxpB0
ボ「そういえば、女4ちゃんがこの前薬が欲しいって言ってきてね。
  なんか深刻そうな顔をしていたから、少し分けてあげたんだ。
  彼女にも薬の味を教えたら、とても喜んでくれたよ」

女4はこの男から薬を貰ったのか。
その時に、私についての様々な情報を聞き出したんだ。

その情報から、彼はこう推察した。
薬を渡せば、私が二人きりで接触する事を求めてくる。
そして自分に薬を盛り、この前の復讐をする気だと。

彼はそれを逆手に取り、私を誘き出した。
私が仕掛けた罠を見破る事で、私に屈辱と絶望を与える。
その上で私を陵辱し、恥辱の限りを尽くす。

そして私に完全な敗北を突き付ける。
私より自分の方が「強い」のだと体に刻み付けるのだ。
それにより、私は反抗する気力を奪われ、従順になる。

それが彼の「調教」なのだ。
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 01:02:50.80 ID:D4ccMxpB0
★13
ボ「今日は時間もタップリあるし、後で薬も使って楽しもうか」

唯「そう……ですね……」

ボ「でも、唯ちゃんが僕と二人きりで会ってくれて、本当に嬉しいよ」

唯「……はい。」

ボ「どうしたの? 元気無いみたいだけど、大丈夫?」

唯「……。」

どうせ気分が悪いと言ったって、ここから帰す気なんて無いんでしょ?
こいつは私に屈辱感を与えて遊んでいるのだ。
追い詰めて逃げ場の無い獲物を、甚振って楽しんでいるのだ。

ボ「それじゃあ、乾杯!」

私は俯きながら彼とグラスを合わせた。
私と彼は、グラスを一気に傾け、中の液体を体内へと送り込んだ。

刹那、私は口内に手を突っ込み咽頭を刺激した。
散々行ったこの行為が、こんな形で役に立つなんてね。

私は飲み込んだ許りの液体を全て、汚物と共に吐き出した。
その様子を、彼は唖然とした表情で見詰めている。

程無くして、彼の手からグラスが滑り落ちた。
500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 01:10:43.93 ID:D4ccMxpB0
ボ「っっっ!?」

彼は自分の身に何が起こったのか、まだ理解出来ていない様だ。
慌てふためきながら、焦燥した顔付きで私を見詰める。

唯「くくく……」

彼の無様な姿を見て、私の口からは自然と笑声が洩れていた。

唯「くっくっく……」

漸く彼も気付いた様だ。

唯「どうかな? 他人に薬を盛られた気分は……」

ボ「どう……して……」

唯「薬がグラスだけに入っていると思ったら大間違いだよ?」

ボ「っ!?」

唯「ボトルの中の泡、取るの大変だったんだよ? こうやってティッシュを細く丸めてね……」

ボ「ボト……ル……?」
501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 01:38:17.06 ID:D4ccMxpB0
彼は蹌踉けながら、部屋の出口まで行こうと必死になっていた。

唯「何処に行くの? これからがお楽しみなんだよ? 時間はタップリあるんだよ……」

私は部屋から逃げ出そうとする彼の手を掴み、思いっ切り後ろに引っ張った。
彼は体勢を崩し、後方に倒れ込んだ。
私は俯せに倒れている彼の肩掴み、仰向けにさせ、その上に馬乗りに跨った。

上から見る眺めっていいなぁ。
これが優越感ってやつなのかな。
前回とは立場が逆だね。
今度は私のターンだ。

バスローブの開いた胸部分から手を入れ、彼の腹を下から上へと触ってみる。
男の人の胸って、こんなにも硬いんだ。
私や憂のそれとは全く違う感覚、不思議。

私は指の爪先で、更に上へ上へとなぞって行く。
彼の呼吸が荒くなる。
気持ちが良いのだろう。
男性のこんなにも艶めかしい姿を見るのは初めてだ。

私はこの男の事など全く好きではなかった。
しかし、私の女の本能が、動物的な本能が、この男に執着する。
それは今までに感じた事の無い、性欲の衝動。
私の体を滾らせ、脳にその欲求を突き付ける。

この男を征服したいと。
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 01:40:09.41 ID:D4ccMxpB0
私は本能のままに、彼の首筋をゆっくりと舐めた。
味覚を失った筈の私に伝わる、汗のしょっぱさ。
何故だろう、この男の「味」が私には分かる。

こ の 男 を 食 べ た い 。

でも駄目。舌で味わうだけで我慢しよう。
ゆっくりと這う様に、舌で体液を絡め取る。
私は、彼の首に滴る汗を全て舐め尽した。

私のお尻に硬い物体が当たる。
彼の上から降り、盛り上がった部分のバスローブを肌蹴させる。
そこには、はち切れん許りに膨張した男の象徴がそそり立っていた。

私はふと、その物体に触れてみた。
彼が小さな喘ぎ声を洩らす。

熱い。

それは人間の体温とは思えぬ程の熱を帯びていた。

指の先で軽くなぞってみる。
彼は大きく喘ぎ、体を捩らせる。
今、私は、彼の体を完全に制圧したのだ。
あの時、彼が私の体を征服した様に、私は彼の体を征服したのだ。

私は異様な高揚感に包まれていた。
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 01:42:43.46 ID:D4ccMxpB0
僅かに触れるだけで、面白い程に大きな反応をする。
私は彼の敏感な部分をさらに刺激した。

次の瞬間、男の巨大な塔の先から白濁とした液体が、私の顔を目掛けて勢い良く飛び出してきた。
彼が私の体内に注入しようとした物質。
彼の性器は激しく脈打ち、大量の精液を撒き散らした。

私は顔に付いた白濁液を指で拭った。
それを鼻の先に持って行き、匂いを嗅いでみる。
塩素系漂白剤の様な臭いがした。

無意識の内に、私はそれを舐めていた。
自分でも何故そんな事をしたのか分からない。
苦味の中に感じる、ほんの僅かな甘味。

男のDNAが詰まった生命の源。
何千万、何億もの「命」がこれには含まれている。
そう、この液体は生きているのだ。
男の分身とも言えるこの生きた液体を、私は食しているのだ。
やがてこの生命の種達は、私の胃酸によって皆殺しにされるだろう。

私はその様を想像し、興奮した。

射精し終えた男は、悦楽の表情を浮かべていた。
私の肉体と心から急速に熱が失われ、怪物が動き出す。
私は台の上の薬の入ったワインボトルを掴み、再び男に馬乗りになる。

本当のお楽しみはこれからなんだよ。
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 01:45:59.03 ID:D4ccMxpB0
唯「ねえ、まだワインが残ってるよ? 勿体無いでしょ。ちゃんと全部飲もうよ」

私は男の口にワインボトルを無理矢理突っ込んだ。

唯「ほらっ! ちゃんと飲みなよ!」

私は残りのワインを一気に彼の口に流し込み、零れぬよう口唇を手で塞いだ。
最初は抵抗していた彼も、その行為が無駄であると悟った様だ。
ボトルの液体は全て彼の体内に消えていった。
彼は小さな呻き声を上げていたが、次第にぐったりし、動かなくなった。

しかし、まだ彼の心臓は動いている。

私はね、最初から薬だけでお前を殺す気なんて無かったんだよ。
だって、それだけじゃ確実に死ぬかどうか分からないでしょ?

薬はお前を無抵抗にする為の物。
暴力を使わずに相手を束縛する手段。

お前を殺す事なんて、いつでも出来たんだよ。
でもね、外傷が在ったら殺人ってバレちゃうでしょ?
そうなったら、色々面倒な事が起こるでしょ?
だからね、無傷で死んで欲しいんだ。

ここに警察はいない。
死因の詳細なんて調べる人はいないんだよ。
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 01:49:31.20 ID:D4ccMxpB0
私はゆっくりと自分の口に手を伸ばす。
先程の様に口内に手を突っ込み、咽頭を刺激した。

私はね、自分の意思で自由に嘔吐する事が出来る様になったんだよ。
この時の為に、今日はいっぱいご飯を食べてきたからね。

今まで「吐く」という行為は、私にとって辛いモノであった。
しかし、今回のその行為は、私に至福的な感情を誘発させた。
汚らわしい彼の種を吐き出す、という理由もあるのかもしれない。

私は、意識を完全に失った彼の口を抉じ開け、そこに自分の口を重ね合わせた。
彼の顎を少し上げ、吐瀉物が奥まで行くようにする。

最後に気持ちいい思いが出来て良かったね。
貴方に権力が無ければ、私に滅多刺しにされ、苦痛しか味わう事が出来なかったんだよ。
地獄でたっぷりお父さんに感謝してね。

私は大量の汚物を彼の口内に流し込んだ。
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 02:01:50.45 ID:LQejrd3lo
なんかせいせいした
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 02:02:48.62 ID:D4ccMxpB0
どれ程時間が経っただろうか。
彼は「完全に」動かなくなった。
口からは吐瀉物が溢れ出している。
尤も、それは彼の物ではないけれど。

私はバスタオルを持ち、再び彼の部屋でシャワーを浴びた。

私に「薬」を教えた男。
私の裸体を見た初めての男。
私に性的快楽を与えた初めての男。
私の秘部に侵入した初めての男。

そして、私が自らの意思で殺した初めての男。

この最低な男は、私に様々な「初めて」を与え、奪った。
こんな男の事でも、私は感傷に浸れるのか……。
壊れてしまった私の心の中にも、まだ「人間」な部分が残っているというの?
何故今、私の瞳から涙が溢れているのだろう。

浴室から出て体を拭き、ワインに濡れた服を着る。
私はその冷たさを全く感じなかった。

部屋にあった袋に、私が持って来た物や、私が出したゴミを詰め込む。
私はこの部屋から自分がいた痕跡を消した。

唯「さよなら……」

私は彼の部屋を後にした。
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 03:22:06.91 ID:KR/a9NDDO
>>1 
乙 
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 04:39:09.36 ID:4C8FGBWAO
一気に追いついた
乙gj
寝る
三時間後に起きる
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 04:41:22.36 ID:MFbLUnvIO
>>509
だから何?
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 09:57:59.57 ID:4C8FGBWAO
>>510
つまり、時間を忘れて一気に読み込むほど面白かったってことだよ言わせんな恥ずかしい
512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 10:01:03.65 ID:fmUVuMCVo
やっぱ大量に飯食ってたのはそのためだったか
すげえ面白い>>1
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 10:21:03.20 ID:mR9J3iC50
これはゾンビじゃなくて悪魔か鬼が住み着いてるレベル
節分で軽音部の皆に豆まきしてもらおうぜ
514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:10:34.86 ID:D4ccMxpB0
次の日、私はいつも通りの時間に目覚めた。
隣では、まだムギちゃんが気持ち良さそうに眠っている。
私はそっとベッドを抜け出し、シャワーを浴びる為、浴室に向かった。

彼の存在が消えた事は、私にとって喜ばしい事だ。
しかし、ムギちゃんにとってはそうではない。
ムギちゃんに、彼の事をどう伝えれば良いのだろうか。

私はどうすればいいの?教えて、和ちゃん……。

脱衣所から出て、ムギちゃんの寝顔を眺める。
小さな寝息を立てている、純真無垢な天使の寝顔。
私はそっと彼女の髪を撫でた。

今の私は、彼女に触れる資格があるのだろうか。

私は部屋に書き置きを残し、朝食を取る為、食堂に向かった。

もう、3人分の食事を用意する必要は無い。
しかし、私は無意識の内に彼の分まで作っていた。

唯(なんで私は……)

二人には多い朝食を茫然と眺めていると、向こうから斉藤さんがやってくるのが見えた。

斉藤さんは私の姿を見つけると、そのまま真っ直ぐこちらに向かって来た。
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:11:53.70 ID:D4ccMxpB0
斉藤「お早うございます、唯様」

唯「おはようございます。朝食、食べました?」

斉藤「いえ」

唯「良かったら、ご一緒にどうですか? 今日は作り過ぎちゃって……」

斉藤「……頂きます」

私は食堂で斉藤さんと一緒に食事を取る事になった。
考えてみると、こうして斉藤さんと食事をするのは初めてだった。

斉藤「紬お嬢様は?」

唯「ムギちゃんはまだ寝ています。ゆっくり寝ていて欲しかったので、私一人で……」

斉藤「そうですか……」

唯「ところで、今日は私に何か?」

斉藤「……はい。」

斉藤「ボーカル様が亡くなりました」

唯「……そうですか」

思ったより早く死体に気付かれた。
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:14:36.54 ID:D4ccMxpB0
斉藤「テーブルの上には酒と麻薬らしき物が入っていた袋が置かれていました。
   状況を察するに、アルコールと薬物を併用し嘔吐。
   その後、昏睡状態に陥ったものと思われます」

斉藤「外傷も無く、死因は吐瀉物による窒息。事故死かと……」

唯「そう……ですか……」

斉藤「唯様……」

斉藤さんは私を、憂愁な表情で私を見詰めた。
その瞳には、悲しみと優しさが溢れていた。

何故彼はそんな顔を私に見せるのだろう……?

斉藤「唯様、申し訳ございません……」

謝罪を口にする彼の言葉からは、後悔と悲痛の念が感じられた。

唯「えっ……? どうして斉藤さんが私に謝るんですか?」

斉藤「……」

斉藤さんは頭を下げたまま、何も言わなかった。
結局、その答えを彼の口からは聞けなかった。

ご馳走様でした、そう言って彼はこの場を去って行った。

私は、どうして彼が私に謝ったのか、理解する事が出来なかった。
517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:16:27.29 ID:D4ccMxpB0
私はムギちゃんの分の食事を部屋に持ち帰った。

彼女はまだ寝ている。
今日はまだ色々する事があるんだ。
ごめんね、ムギちゃん。また後でね……。

私は女と会う為、彼女の仕事場に向かった。
彼女は、男達と付き合い出してからも、ただ一人真面目に清掃を行っていた。

唯「まだ掃除してるんだ……」

女「……何か用かよ。もうあたし達に関わらない約束だろ……」

唯「もうこんな仕事しなくても平気な筈でしょ」

女「……別にいいだろ。」

彼女はそういうと、私の存在を無視し、自らの仕事を再開した。

唯「女ちゃんってさ、美容師になりたかったの?」

嘘の中にも真実が含まれる事がある。
私は彼女の嘘の話の中に、美容専門学校の話があったのを覚えていた。

女「……」

彼女は黙って小さく頷いた。
518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:19:54.15 ID:D4ccMxpB0
唯「私の知り合いに、プロの美容師さんがいるの。
  彼女に貴女の事を話したら、アシスタントとして採用してもいいって」

女「なんで……」

唯「さあ……ね……。後は女ちゃん次第だから、その気があるなら受付嬢さんに言って」

唯「あ、あと女4ちゃんに伝言をお願い。今回は見逃してあげるってね。
  でも、もう余計な事は言わないように伝えて。他の子達にもね」

女「……わかった」

唯「それじゃあね。さようなら」

私はその場を後にした。
本当は女4に直接会うつもりだったけれど、今更どうでも良い事だ。

もう彼女達に会う事も無いだろう。
また私とムギちゃんの、二人だけの静かな生活に戻れるのだから。
519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:26:56.67 ID:D4ccMxpB0
部屋に戻ると、丁度ムギちゃんがベッドから起き上がる所だった。

唯「おはよう、ムギちゃん」

私は彼女に優しい笑顔を向けた。
作り物の笑顔ではない……と思う。

私は今、笑いたかったのだ。
ムギちゃんの為に、心から。

紬「おはよう、唯ちゃん。ごめんなさい、私寝坊しちゃったわ……」

唯「そんな事、気にしなくていいよ。ご飯作ったから、食べて食べて」

紬「うん、ありがとう、唯ちゃん。ところで……」

彼は来た?ムギちゃんが私に問い掛ける。
私の胸の鼓動が早くなる。

ムギちゃん、彼はもう来ないんだよ。
私がこの手で殺したのだから。

唯「今日の朝、彼が来て……これからすぐに別の施設に行く事になったって。
  ムギちゃんに会うと別れがもっと辛くなるから……。
  だから、ムギちゃんに何も言わずに行く事を許して下さいって……」

そう、彼女は小さく呟き、少し上を向き遠くを見詰めている。
彼女の瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。

ごめんね、ムギちゃん……。
私は心の中で、何度も何度も呟いた。
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:29:17.87 ID:D4ccMxpB0
紬「それじゃあ私、点滴に行くわね」

唯「あ、今日は私もムギちゃんと一緒にいるよ」

紬「えっ?」

唯「ムギちゃんと一緒にいたいから……」

紬「嬉しいわ、唯ちゃん……」

私は彼女を一人にしたくなかった。
もうムギちゃんに寂しい思いをさせたくない。

私はムギちゃんを守る為、様々な訓練をしてきた。
それが彼女を守る最善の方法だと信じて疑わなかった。

でも、それだけじゃ駄目なんだ。
私は寂しさからも彼女を守らなくてはならないのだから。

私はムギちゃんの傍にいる。
ムギちゃんが私を必要とする限り。
彼女が寂しさや不安を感じぬ様に。

しかし、その思いはいとも簡単に打ち砕かれた。
521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:32:19.20 ID:D4ccMxpB0
紬「斉藤から電話が来ないわ……」

斉藤さんは、ムギちゃんが点滴をする時間になると必ず電話を掛けてくる。
忙しくて中々ムギちゃんに会う機会の無い彼の、優しい心遣いだった。

それが無いなんて、在り得ない事だ。
ムギちゃんも心配そうに携帯を見詰めている。

紬「ちょっと彼に電話をしてみるわ」

ムギちゃんは斉藤さんに電話を掛けた。
出ない。コール音だけが静かな医務室に響いた。

斉藤さんにとって、最も大事なのはムギちゃんの事の筈。
紬父にとっても、そうである事に間違いはない。

彼女の事は最優先事項になっている筈なんだ。

だからこそ、彼女の電話に出ないという事は在り得ないのだ。
電話に出られない状況……。彼は由々しき事態に巻き込まれているのでは……?
私には思い当たる節がある。

ボーカルの事……。

ムギちゃんの表情が不安で陰る。
私の心がざわめき出す。

彼女の不安を取り除かなければ……。
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:36:48.38 ID:D4ccMxpB0
唯「私、斉藤さんを探してくるよ」

紬「えっ、でも……」

唯「大丈夫、ムギちゃんはここで待ってて。
  斉藤さんから連絡があったら、私に電話してちょうだい。
  私も、何かあったらムギちゃんにすぐ連絡するからね」

紬「……分かったわ」

私は医務室から出て、VIP専用の応接間に向かった。
何か重大な用件がある時にはそこで話し合いをすると、以前斉藤さんが言っていた。

私は確信していた。彼はそこにいると。

斉藤さん、貴方は駄目だ。
貴方はいつでもムギちゃんの事を一番に考え、彼女の為に行動しなくちゃいけないんだ。

それが貴方に与えられた、最も重要な役目なのだから。
523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 11:37:52.16 ID:Miu4NdojP
すごい>>1だな
524 :訂正>>522[saga]:2011/02/02(水) 11:39:41.92 ID:D4ccMxpB0
唯「私、斉藤さんを探してくるよ」

紬「えっ、でも……」

唯「大丈夫、ムギちゃんはここで待ってて。
  斉藤さんから連絡があったら、私に電話してちょうだい。
  私も、何かあったらムギちゃんにすぐ連絡するからね」

紬「……分かったわ」

私は医務室から出て、VIP専用の応接間に向かった。
何か重大な案件がある時にはそこで話し合いをすると、以前斉藤さんが言っていた。

私は確信していた。彼はそこにいると。

斉藤さん、貴方は駄目だ。
貴方はいつでもムギちゃんの事を一番に考え、彼女の為に行動しなくちゃいけないんだ。

それが貴方に与えられた、最も重要な役目なのだから。
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:44:31.72 ID:D4ccMxpB0
応接間の扉の前まで来ると、中からヒステリックな女の声が聞こえてきた。
その激しい剣幕から、尋常ではない事態である事は明白だった。

私などが入っていく場面でない事は重々承知の上だ。
しかし、私はノックもせずに扉を開け、そこへ足を踏み入れた。

テーブルを挟み、50代後半位の熟年夫婦と、紬父が向かい合って座っている。
紬父の両脇には、二人の紳士が座っている。

その者達は、紬父に勝るとも劣らない雰囲気、オーラを醸し出していた。
3人が座るソファーの横には斉藤さんが立っていて、沈痛な面持ちで俯いていた。

紬父達と斉藤さんは、私の存在に気付いた様だ。
しかし、熟年夫婦は私の事など眼中に無く、ただただ激しく怒鳴り散らしていた。

熟婦「だから、私の息子が死んだのはおたくらの責任でしょうがっ!
   ここは最新の医療設備が整っているのだから、手遅れなんかになる筈ないでしょ!」

紳士1「最善を尽くしたのですが……」

熟婦「死んだら最善も何も無いでしょ! 私の息子は実際に死んでいるんだから!
   この責任、誰がどう取ってくれるのかしら!? 何とか言いなさいよっ!!」

紬父「○○さんの息子さんの事は大変な不幸でした。
   ただ、彼は酒に麻薬という非常に危険な行為を自ら行っていたワケでして……」

熟婦「はあ!? それが何だって言うのよっ!だから死んでも当たり前って言うの!?」

紳士2「いえ、そうではなく……」
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:49:24.78 ID:D4ccMxpB0
熟婦「大体、あんたらSPがだらしないからこんな事になったんでしょ?」

斉藤「申し訳ございません…」

熟婦「謝って済む問題じゃないでしょ!? 私達を守る事があんたらの仕事でしょうが!」

斉藤さんは謝罪の言葉を口にして、深々と頭を下げていた。
彼にはこれ以上の事など出来る筈もない。
しかし、熟婦の怒りは治まる事を知らなかった。

熟婦「あんたらの命と私達の命を一緒にするな! 重さが違うんだ、重さが!」

彼女は立ち上がり、鬼の形相で斉藤さんを睨んだ。
そして、テーブルの上に置いてあった分厚いガラスの灰皿を、斉藤さん目掛けて投げ付けた。
それは斉藤さんの額を直撃し、そこから真っ赤な鮮血が流れ出した。

ムギちゃんの斉藤さんが傷付けられた……。
私の中の怪物が、新鮮な血の臭いを嗅ぎ付けてやってきた。

唯「あの……すみません……」

皆の視線が集中する。
熟年夫婦も、ようやく私の存在に気が付いた様だ。

熟婦「誰よあんた」

唯「ボーカルさんとお付き合いさせて頂いた、平沢唯と申します……」
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 11:52:08.89 ID:+LV4glUYo
再開キター!
そしてまたすげぇ展開だ……。
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:52:47.30 ID:D4ccMxpB0
熟婦「ああ、息子の女の一人ね」

唯「お聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか……?」

熟婦「はっ? 何よ?」

唯「ボーカルさんが麻薬をしていた事はご存じでしたか?」

熟婦「若いんだから、それくらい普通でしょ」

唯「薬を使って、女の子に乱暴していた事は?」

熟婦「女の方がうちの息子にちょっかい出してきたんでしょ。あんただってそうなんでしょうが」

この母親にしてあの息子あり……か。
良かった。分かり易い屑で。

熟婦「大体、あんたは何なの? 息子の遊び相手如きが出しゃばるんじゃないわよ!」

熟夫「ここは君の様な子が来る場所じゃないんだ。弁えたまえ」

斉藤さんが私に近付き、退室を促す。
私は肩に掛かった斉藤さんの手を振り払い、熟婦に近付いた。

唯「私が彼を殺しました」
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 11:58:18.96 ID:D4ccMxpB0
室内の空気が凍り付いた。

場にいる人間は、私が何を言っているのか、まだ理解出来ていない様だ。
皆、口を開け茫然とした間抜けな表情で私を見ている。

唯「私が彼に麻薬入りのワインを飲ませて殺しました」

唯「彼の口に入っていた汚物、あれ、私が吐いた物なんです。気付かなかったでしょ?」

唯「汚物に塗れて死ぬなんて、凄く彼らしい死に方ですよねぇ?」クスクス

私は厭らしい笑みを浮かべて皆を見た。
漸く皆、今の状況と私の言動を理解した様だ。
彼等の顔は引き攣っている。

熟婦「あ、あんたが私の息子を殺したの……?」

唯「馬鹿な人だなぁ。さっきからそう言ってるじゃない……」

熟婦は人とは思えぬ奇声を上げ、私に飛び掛ってきた。
このキンキンした声、頭の中に響いて嫌いだ。

唯「……うるさい。」

私は近付いて来た彼女の脇腹にナイフを突き刺した。

唯「 だ ま れ よ 」
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 12:02:18.15 ID:D4ccMxpB0
熟婦は悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。

突然の出来事に困惑し、その場にいた人間達は誰も動けなかった。
彼等は、痛みで悶え苦しむ熟婦を唖然とした表情で見詰めていた。

唯「その痛みは罰だ。人の痛みを知らない貴女への罰なんだ」

唯「これで少しは分かったかな? 傷付けられると痛いって事がさ」

唯「でもね、貴女の罪はそれだけじゃないんだ。
  息子をあんな風な腐った人間にしてしまった罪。
  彼自身にも問題があるのだろうけどさ、貴女にも責任があるよね」

私はしゃがみ込んでいる女の首筋にナイフを突き立てた。
ナイフを引き抜くと、赤い液体が勢い良く噴き出してきた。

生暖かい熟婦の鮮血のシャワーが、私を真紅に染め上げる。
彼女は絶命し、その場に倒れ伏した。

その様子を見て、やっと紳士達が動き出した。
でもね、遅過ぎるんだよ。

私は彼等が立ち上がるより先に、素早く熟夫の背後に回り込み、その首筋にナイフを突き付けた。

唯「全員、動かないでくれるかな。動いたらこの人を殺すからね」

動かなくても殺すけどさ。
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 12:05:10.48 ID:5A9p1RBJo
こんなのムギのためにならないよ…
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 12:08:03.17 ID:D4ccMxpB0
熟夫「お、お前の目的は一体なんだ?」

唯「目的……? そんなの決まってるよ。貴方達が私の邪魔をするから、排除しに来たんだよ」

熟夫「わ、私がいつお前の邪魔をしたっ!?」

唯「……。」

私は熟夫の右太腿にナイフを突き刺した。
熟夫は悲鳴を上げ、苦しんでいる。
それが、私をさらに苛立たせた。

唯「それ位の事で騒ぐなっ! 澪ちゃんは……澪ちゃんはもっと痛かった筈なんだ!」

熟夫「み、澪ちゃん……? わ、私はそんな奴の事は知らんっ!」

今度は左太腿にナイフを突き立てる。
熟夫はさらに大きな悲鳴を上げた。

唯「……だから騒ぐなと言っているだろう。今度騒いだらお前の首にナイフを刺してやる 」

熟夫は静かになった。
そうだ、最初からそうやって大人しくしていれば良かったのだ。

お前の生き死には私の意思次第……。
どうだ、自分の命の決定権を他者に握られた気分は。
お前の命なんて、特別でも何でもないんだよ。

お前が私の命を何とも思わない様に、私もお前の命など何とも思っていないのだ。
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 12:16:29.84 ID:D4ccMxpB0
熟夫「た、たすけてくれ……」

熟夫は涙を浮かべ私に哀願した。
私はそれを、高圧的な態度で見下ろしていた。

唯「他人の命には興味なんて全然無いくせに、自分達の命はそんなに大事なの?」

唯「そんな人間の命乞いってさ……」

唯「 す っ ご く 見 苦 し い よ ね 」

私は顔をゆっくりと近付け、熟夫の瞳を覗き込んだ。

彼の瞳に映る私の姿、私の目……。
以前に見た事がある。
黒く澱み、人としての感情を一切読み取れないあの目。

そこには「ゾンビ」と化した平沢唯がいた。
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 12:23:33.41 ID:D4ccMxpB0
紳士1「き、きみっ! もうやめたまえ!」

紳士2「落ち着いて話し合おうじゃないか!」

紬父「平沢君、そのナイフをこっちに渡しなさい」

斉藤「唯様、どうぞ落ち着いて下さい……」

皆口々に私を静めようとする。

だから私は彼等に問い掛けた。

唯「どうして皆さん私を止めようとするの……?」

紳士1「人を殺めるのは良くない事なんだ!」

紳士2「他者を傷付けるって事は、自分をも傷付ける事なんだよ!?」

紬父「君の罪は問わない、だからもう止めるんだ」

斉藤「これ以上、唯様の傷付く姿を見たくはないのです」

今の私にとって、それらの言葉は逆効果だった。
彼等の言葉の一つ一つが、私の苛立ちを増幅させる。

今更、そんな奇麗事を並べてさ……。

そんなの通用するワケないでしょ。

唯「偽善者共が……」
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 12:33:29.65 ID:D4ccMxpB0
私の一言に、場が静まり返る。
暫くの間、部屋には重い沈黙が流れた。

唯「外ではね、多くの人達が死んでいるんだよ……」

唯「貴方達がここでのうのうと暮らしてる間にさ、多くの人達が死んでいるんだよ……」

唯「それなのに、今更一人や二人が死ぬくらい、なんだって言うのさ……」

唯「私は人殺しをした最低の人間だよ……。でもね、それは貴方達も同じでしょ?」

唯「外の地獄も知らないで、自分達だけさっさと安全な場所に引き篭もってさあ……」

唯「お金や権力が有るってだけで救われて……。それだけでこんな屑達が救われるなんて……」

唯「とっても優しくて温かい私の妹や親友達はみんな死んでいったっていうのに……」

唯「 そ ん な の 納 得 出 来 る 訳 無 い よ ! 」

それは私の悲痛に満ちた、渾身の叫びだった。
静かな室内に、私の悲鳴にも似た声が響いた。

私はナイフを振り上げ、熟夫の首元にそれを深々と突き刺した。
熟夫は悲鳴を上げる間もなく、物言わぬ肉の塊と化した。

座っていたソファーから彼が転げ落ちる。
私はその姿を、笑みを浮かべて眺めていた。
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 12:38:43.30 ID:D4ccMxpB0
唯「私ね、気付いたんだ……」

唯「この人はボーカルの父であり、その後ろ盾だった。じゃあ、この人の後ろ盾は誰なの?」

唯「そう、後ろ盾に後ろ盾はいないんだよ。だったら、殺すのも簡単だよね」

皆、茫然とした表情で私を見ていた。

唯「何でそんな顔してるのさ……。人の死がそんなに珍しいの?」
  
唯「お外を見てごらんよ。いっぱいいっぱい人が死んでいるからさ」

私は斉藤さんに近付いた。

唯「斉藤さん、おでこの傷は大丈夫?」

斉藤「は、はい。大した事はありません」

唯「そう……。」

私は斉藤さんの顔側面を思いっ切り平手打ちした。
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 12:45:55.74 ID:D4ccMxpB0
唯「なんで今日ムギちゃんに電話しなかったの?」

斉藤「それは……」

唯「言い訳はいらないよ。貴方にとって一番大切な事は何? ムギちゃんを守る事じゃないの?」

唯「ムギちゃんはね、貴方からの連絡が無くて凄く心配していたんだよ?
  こんな下らない話し合いの所為で電話が出来なかったなんてさぁ!」

斉藤「申し訳……ございません……」

唯「ちゃんと順番を付けてよね。大切なモノに順番をさ。そして、それをきちんと守ってよ」

唯「それとね、私の傷付く姿が見たくないとかさ、そういうの、やめてよね」

唯「貴方にとって大事なのは『ムギちゃんの友達の平沢唯』でしょ。
  ただの『平沢唯』には、何の興味も関心も無いクセにさぁ……」
  
唯「そういう偽善な態度をされるとさ、私、物凄く腹が立つんだよ」

斉藤さんは無言で、頭を深々と下げた。

私は手に持っていた血塗れのナイフを投げ捨て、ソファーの男達を見た。

唯「貴方達は私を非難するの? 文句があるならかかっておいでよ。私は今、丸腰だよ?」

その場から動こうとする者は誰もいなかった。
そうだ、動ける筈が無いのだ。

自分の罪をちゃんと自覚出来る人間ならね。
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 12:53:37.15 ID:D4ccMxpB0
唯「それじゃあ、私、帰りますから。斉藤さん、電話、ちゃんとして下さいね」

斉藤「唯様、少々お待ちを。その格好では目立ち過ぎます。
   私の部屋が近くにありますので、そこでシャワーを浴びていかれては……」

唯「……そうですね。そうします」

斉藤さんはソファーの3人に一礼をすると、私の方へ振り返った。

斉藤「こちらへ……」

私は斉藤さんの後に続き部屋を出た。

幸い、彼の部屋に着くまで誰とも会う事は無かった。
扉を開き中に入ると、ボーカルの部屋とは違う男性の匂いがした。
脱衣所で服を脱いでいると、斉藤さんの声がした。

斉藤「服をお持ちしますので、それまで少々お待ち下さい」

彼はそう言い残し、早々と部屋から出て行った。

浴室の鏡を見ると、そこには返り血に塗れた平沢唯がいた。

私は顔に付いた血を指で拭い、口に運ぶ。
口の中に鉄の味が広がる。
しかし、それは味の無かった料理よりも遥かに美味しかった。

もし、全ての料理の味を感じる事が出来なかったら、私はこの血の味に溺れていたかもしれない。
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 12:54:00.12 ID:PS3NvGEAO
唯さんが無双過ぎて後が怖い
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 12:58:27.13 ID:D4ccMxpB0
暫くして、ドアの開く音がした。

「失礼します」

その声は見知らぬ女性のモノだった。

「斉藤様の指示で、平沢様の服をお持ちしました」

唯「ありがとうございます」

「脱衣所に置いておきますね」

唯「はい。あの、斉藤さんは?」

「斉藤様は、紬お嬢様のお見舞いに医務室へ行かれました」

唯「そうですか……」

「私はこれで失礼致します」

そう言うと、女性は部屋から出て行った。

ムギちゃんを気遣って、電話でなく直接会いに行ったんだ。
そう、それでいいんだよ。
本当に彼女を守る事が出来るのは貴方なのだから。

私は女性が持って来た衣服に身を包んだ。
真紅に染まった私の衣服は、彼女が全部持っていった様だ。

私はムギちゃんに電話を掛けた。
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 13:04:56.99 ID:D4ccMxpB0
紬「もしもし、唯ちゃん?」

唯「うん。斉藤さんと連絡は取れた?」

紬「……ええ、今彼はここにいるわ」

唯「そう。私、ちょっとドジして服を汚しちゃってさ。
  着替えて行くから、そっちに着くのが少し遅くなるかも」

紬「……そう、分かったわ」

唯「うん、それじゃあね」

私は電話を切った。

電話越しのムギちゃんは、少し元気が無かった。
でも、斉藤さんと一緒だから心配は要らないだろう。

久々に会えたのだから、私は少し二人だけの時間をあげようと思った。

私は部屋にあった椅子に腰を掛けた。
柔らかく、とても座り心地がいい。
私には手が届かない位、高価な物なのだろう。

私は全身の力を抜き、椅子に沈みながら、目を瞑った。
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 13:10:27.68 ID:D4ccMxpB0
★14
私は十分程度の間、転寝をしてしまった様だ。

あまり遅くなっては彼女が心配する。
私は斉藤さんの部屋を後にし、ムギちゃんの元へと向かった。

医務室に着くと、まだ斉藤さんがムギちゃんの傍にいた。
私に気付くと、斉藤さんは失礼しますと言い残し、医務室を去って行った。
ムギちゃんを見ると、その目は真っ赤に腫れていた。

唯「どうしたの?」

紬「ごめんなさい。斉藤の事が心配で……会ったら何か安心しちゃって……」

紬「気付いたら涙が出ていたの……」

唯「そっか……。大丈夫、斉藤さんはいつでもムギちゃんの事、見守っているからね」

紬「唯ちゃんは……?」

唯「私も斉藤さんと同じだよ。いつもムギちゃんの事、ちゃんと見守っているから安心して」

紬「……。ありがとう、唯ちゃん……」

ムギちゃんが私に抱き付いてきた。
私もムギちゃんを抱き締めた。

もう大丈夫、何にも心配はいらないからね……。
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 13:22:23.15 ID:D4ccMxpB0
その日から、私はムギちゃんとずっと一緒の時を過ごす様になった。
点滴の時も、私はベッドの傍らで彼女を見守った。
寂しさを感じさせぬよう、私は常に彼女の傍に居る事を心掛けた。

ボーカルがいなくなってから、私達の会話の中に彼が出て来る事は無かった。
もしかしたら、ムギちゃんは意図的にその話題を避けていたのかもしれない。

彼の事を思い出すと悲しくなってしまうから。

ムギちゃんは時折、酷く悲しそうな表情を見せる様になった。
彼女自身は、それを私に隠そうとしていた。
私の視線に気付くや否や、その表情は瞬く間に消え失せ、いつもの笑顔になる。

しかし、私の意識は常にムギちゃんに向いている。
ふとした仕草や表情ですら、見逃す事はないのだ。

ムギちゃんは、彼が居なくなって寂しいんだ。悲しいんだ。
そしてそれを私には気付かれぬ様、明るく笑顔で振舞っている。
悲しみや苦しみを一人で抱え込まないでと憂が言ったのに。

作り物の笑顔。ムギちゃんの嘘吐き。

ムギちゃんが悲しそうな表情をする度、私は強く胸を痛めた。
でも、それ以上に彼女の笑顔を見るのが辛かった。

私は彼女の笑顔を見る度、胸に杭を打たれたかの様な激しい痛みを感じた。
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 13:27:02.00 ID:D4ccMxpB0
私 は 彼 女 を 満 た せ な い 。

私は生まれて初めて、自分が女で在る事を呪った。
女同士で在るが故に、私達の間には絶対に超えられない壁が存在するのだ。

寂しさや悲しさを紛らわす為、肌を合わせる事が許されない。

異性であれば壁など存在せず、好意が無くとも快楽に身を任せられる。
本能的な欲望に任せて、ただ只管に互いの肉体を貪る様に。

全てを忘れ、肉欲に溺れられたらどんなに良いだろう。
例えそれが、一時的な逃避であったとしても。

こんなにも互いを想い合っているのに、どうして私達は一つになれないの?
私なら彼女の全てを受け入れ、「愛」する事が出来るのに。

その時、私はふと思った。
どうして私は彼女を「愛」する事が出来ないのかと。

私達の間に在る壁、それは「倫理」と呼ばれるモノ。

同性愛は、一般的な社会では受け入れられていない。
しかし、もうその社会はどこにも存在しないのだ。
常識も良識も壊れてしまったこの世界で、誰が私達を否定する?

私を阻む壁は、もはや存在しなかった。
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 13:28:59.89 ID:mR9J3iC50
あらあらうふふ
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 13:36:21.53 ID:D4ccMxpB0
好きであろうが嫌いであろうが、男であろうが女であろうが、
肉体に刺激を受ければ、反応するのは当たり前の事なんだ。

だったら、私がムギちゃんを満たせない筈が無い。

彼が私にした様に、私がムギちゃんにしてあげる。
あの最低な男の身代わりだとしても構わない。

それでムギちゃんが悲しみを忘れられるのなら。
私がこの苦しみから、一瞬の間でも逃れられるのなら。

私は冷静な判断が出来なくなっていたのかもしれない。

夜の点滴が終わり、私達は自室に戻った。
そして今日も一緒にお風呂に入る。

今まで意識していなかった、「女」としてムギちゃんの体。
以前の膨よかな体型は失われ、骨と皮だけになってしまった彼女の体。
悲しみと苦しみが、彼女の体をこんなにしてしまったのだ。

でも、もう大丈夫だよ。
ムギちゃんの悲痛な想いは、私が全部忘れさせてあげる。

私はムギちゃんの本当の笑顔を取り戻すんだ。
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 13:41:46.70 ID:D4ccMxpB0
浴室を出たムギちゃんは、バスローブ姿のまま、食器棚からグラスを二つ取り出した。
それを居間のテーブルの上に置き、その横にあるワインボトルに手を掛けようとする。

私はワインボトルに手を伸ばした彼女の腕を強く掴んだ。

突然の出来事に、彼女は困惑した表情で私を見る。
私はそんな事も気にせず、寝室へと彼女を引っ張っていく。

彼女は抵抗もせず、ただ私に引き連られベッドの前まで来た。
これから起こる事など、彼女に想像出来る筈も無い。

どうしたの?と、心配そうな顔で私を見詰める。

やめて、そんな顔で私を見ないで。
私なんかを心配しないで。
私はそんな事をされる様な人間じゃないのだから。

私はムギちゃんはベッドに押し倒した。
ベッドに倒れ込んだ彼女に、私は上から覆い被さる。
ムギちゃんの両手の手首をしっかりと握り、彼女の体勢を固定した。

紬「ゆい……ちゃん……?」

不安そうな瞳で私を見る。
私は可愛いモノは好きだけれど、同性愛者ではない。
今まで、周りの女の子をそういう視線で見た事など無かった。
しかし、今、私は目の前のムギちゃんを「女」として見ていた。

私は彼女に対して、性的な興奮を喚起していた。
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 13:42:20.20 ID:u7F200du0
おまえの妹や親友たちは、身体がゾンビでも心が人間のまま死んでいったんだぞ?
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 13:45:21.03 ID:rsuQX6fLo
>>548
まぁまぁ 落ち着けって
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 13:46:59.24 ID:D4ccMxpB0
ムギちゃんは察しが良い。
私がこれから何をするのか理解した様だ。

ムギちゃんが、何かを言おうとその口を開く。
私は透かさず、彼女の桃色の口唇を自分のそれで塞いだ。

紬「っん、ん……っんむぐ……んんっ……っんふぅ……!」

私は舌を彼女の口内に滑り込ませ、その内部の蜜を啜る。
そして彼女の舌に、私のそれを絡ませた。

彼女の目が虚ろになる。どうやら感じているみたいだ。
私は口を窄め、彼女の舌を一気に吸引した。

紬「っんん!? んぐ!? っっん゛ん゛ん゛!!??」

こうされると凄く気持ち良いでしょ?
彼女は大きく体を弓形に仰け反らせた。

でも、キスって長くすると苦しいよね。
私はムギちゃんに苦しい思いなんかさせないからね。

私は一旦彼女の口から自らのそれを離した。
ムギちゃんがハァハァと呼吸を荒げている。
彼女の胸は大きく上下に動いていた。
薄っすらと涙目になっているのが分かる。

その姿が、私の淫らな感情をさらに昂らせた。
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 13:48:06.56 ID:vHvpRRIMo
二転三転しすぎて何が何だかワケワカメ
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 13:50:46.52 ID:D4ccMxpB0
紬「ゆい……ちゃん……どう……して……」

唯「凄く気持ち良いでしょ……? これからもっと気持ち良くしてあげるからね……」

私はムギちゃんのバスローブを捲り上げ、彼女の秘部に手を伸ばした。
下着の上からそこを触ると、既に淫蜜でグショグショに濡れていた。
私は下着の上からその部分を優しく、力強く刺激した。

紬「っん! だめ……ゆいちゃん……おね……がい……」

唯「大丈夫、安心して。全部忘れさせてあげるからね……」

紬「わ……すれ……させ……る……? ん゛ん゛っ!」

唯「そうだよ、ムギちゃん。彼が居なくて寂しいんでしょ?
  私があの人の代わりになるから……。ムギちゃんを満たすから……」

ムギちゃんの目から涙が溢れ出した。
やっぱり、ムギちゃんはまだ彼の事を想っていたんだね。

苦しいよ。

私はムギちゃんの瞳から流れ出る雫を、ゆっくりと舌で舐め取った。

もう君にこんな涙は流させないから……。
だから、私の全てを受け入れて……。
ムギちゃん……。

紬「ごめんなさい……」
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 13:50:50.65 ID:XkDooNdq0
oh...
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 13:54:20.36 ID:D4ccMxpB0
紬「ごめんなさい……唯ちゃん……ごめんなさい……」

ムギちゃんは涙を流しながら、私に謝罪の言葉を繰り返した。

ごめんなさい?
何でムギちゃんが謝るの?

彼女から出た予想外の言葉に、私は当惑し動きを止めた。

唯「どうしてムギちゃんが謝るの? ムギちゃんは何にも悪く無いんだよ……?」

ムギちゃんは何も答えない。
ただ、悲しげな瞳で私をじっと見詰めていた。
どうして私をそんな目で見るの?

その目……やめてよ!

唯「なんで!? なんで謝るの!? なんでそんな目で見るの!? 分からないよ!
  ムギちゃんが分からないよ! 教えて! ムギちゃんの事をちゃんと私に教えてよ!」

私は興奮し、強い口調でムギちゃんに迫った。

紬「…………私、知ってたの。」

知ってた?何を?ムギちゃんは何を知っていたというの?
訳が分からず茫然としている私に、ムギちゃんは続けて言った。

紬「唯ちゃんが彼を殺したって事……」
555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 13:58:29.73 ID:D4ccMxpB0
心臓の鼓動が急激に速くなり、呼吸がし辛くなる。
私は胸に手を当て、必死にそれを抑えようとした。

私が彼を殺した事を知っている……?どうして?誰から?

ムギちゃんの情報経路を考えれば、斉藤さんしか在り得ない
でも、斉藤さんがムギちゃんにそんな事を言う筈が無い。

私が殺人をしたと知れば、彼女が酷く悲しむ事は自明の理だ。
わざわざそんな事を彼女に知らせるメリットなど何も無い。

そして、仮にそれを知ったとして、どうして私に謝る?
責めるなら話は分かるが、謝るなど、辻褄が合わないじゃないか。

紬「彼が死んだ日にね、斉藤から全部聞かされたの……。彼がどんな人だったのかも全部……」

紬「ごめんなさい……私が弱いから……唯ちゃんばかりを傷付けてしまって……」

唯「何を言ってるの……? 言ってる意味が全然分からないよ……」

紬「あの女の人達も、彼も、私を傷付けようとしていたのでしょう……?」

紬「だから、唯ちゃんはあの人達を傷付けてしまったのね……」

紬「私を守る為に……。ごめんね、唯ちゃん……」
556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 14:09:40.76 ID:D4ccMxpB0
唯「違うよ! あいつらは私を傷付けようとしたの! だからそのお返しをしただけ! 」

紬「私は唯ちゃんがどういう子か良く知ってるもの。唯ちゃんはとっても優しい女の子。
  例え自分が傷付けられても、それで相手を傷付ける様な事は絶対にしないって知ってるの」

紬「だからね、唯ちゃんがあの人達を傷付けたって聞いた時、私はすぐに気付いたの……」

紬「唯ちゃんがそういう事をしたのは、私を守る為なんだって……」

私の目からも涙が溢れ出していた。

紬「確かに、私は彼に好意を持っていた……。
  そして、斉藤の話を聞いて、自分の浅はかさを悔いたわ。
  その所為で、唯ちゃんが彼を殺めてしまう事になってしまって……」

紬「私は苦しくて、誰かに頼りたかったの……。
  でも、斉藤は琴吹家に仕える人間だし、唯ちゃんには負い目があった……。
  だから、斉藤にも唯ちゃんにも甘える事がどうしても出来なかったの……」

紬「そんな時にボーカルさんが現れて、私は盲目的に彼に依存してしまった……。
  私が弱かったばっかりに、私は彼を受け入れてしまったの……」

紬「ごめんね、唯ちゃん……。私の所為で辛い目に合わせてしまって……。
  私が強くてもっとしっかりしていれば、唯ちゃんがそんな事をする必要なんて無かったのに……」

紬「私ね、そんな辛い目に合いながら、笑顔で振舞う唯ちゃんを見て、
  申し訳無くて、辛くて、切なくて、どうしようもなく悲しかったの……。
  でも斉藤にね、彼の死の真相を聞かされた時に言われたの。
  唯ちゃんの心が酷く傷付いているから、傍に居てあげて欲しいって。
  唯ちゃんを癒せるのは私だけだから、私にしか出来ない事だからって。だから私……」
557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 14:12:23.56 ID:mR9J3iC50
やはり紬はマジ天使だった
だがゾンビにその後光は毒でしかないのでは・・・
558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 14:23:45.89 ID:D4ccMxpB0
斉藤さんがムギちゃんに真相を教えたのは、私の為だったなんて……。
私の為に、ムギちゃんが苦しむ様な事を敢えて伝えたというの……?

本当に斉藤さんは駄目な人だ。

そんなんじゃ、ムギちゃんを守り切れないよ。
どうして私の事なんか気にしてるのさ……。

あの日の朝食の時、何故斉藤さんが私に謝ったのか、私は漸く理解した。
斉藤さんは、ムギちゃんと同じ事を考えていたんだ。
私が彼を殺したのは自分の所為だと、自責の念を持っていたんだ。
自分が彼を止めなかったから、私が手を汚す事になったのだと。

唯「う゛う゛う゛……うああああぁぁぁぁぁーーーー!!!」

ムギちゃんはゆっくりと上半身を起こし、大声で泣く私を抱き締めた。

紬「忘れよう……? 辛い事は何もかも忘れちゃおう?」

唯「ぅぅ……ムギちゃん……」

紬「私は、例え何があっても唯ちゃんの事を一番に考えて、唯ちゃんと一緒にいる。
  唯ちゃんの痛み、悲しみ、苦しみ、その全てを、一番近くで共に分かち合うと誓うわ」

私達は、涙を流しながら口付けを交わした。
束の間でもいい。逃避でもいい。誰に否定されても構わない。
神様にだって、私達を止める事なんて出来はしない。
互いの名を呼びながら、果てるまでその体を求め合った。

ムギちゃんと一つになっている時、私は全ての苦しみから解放された。
559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 14:30:19.33 ID:D4ccMxpB0
それから私達は、二人だけの時間を生きた。

この荒廃した世界で、私達は漸く安らぎの場所を見付ける事が出来たのだ。
そこは蜃気楼の様に儚く、少しの衝撃でも崩れ去ってしまう程に脆い。

それでも、私達はその地に縋り生きて行くしかなかった。

もう世界から隔離されたこの箱の中でしか生きられない。
その箱の中の隅に、私達は自分達の「居場所」を作った。

籠の中の鳥は、もう外の世界を求めない。

その場所こそが、自分の安住の地で在る事を知ったから。
檻の内側から見ると外は広く、そこに全ての自由があるかの様に錯覚をする。
そして、その自由こそが至福であると妄信してしまう。

でも、もうそんな幻想に惑わされる事は無い。

自由なんていらない。
私とムギちゃんは、互いに束縛する事で満たされているのだから。
私はムギちゃんの為に、ムギちゃんは私の為に。

二人の間に繫がれた鋼鉄の鎖。
それは囚人の足枷?友情の絆?

そんな事はどうだっていい。
今のままでいい。今のままがいい。

永遠を共に、死が二人を別つまで。
560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 14:36:03.45 ID:D4ccMxpB0
そんなある日、遂に恐れていた事が起きた。
施設内に感染者が出てしまったのだ。

この箱には、ありとあらゆる娯楽施設が揃っている。
しかし、人の欲望は限り無く、際限なく膨張する。
そこに有る物だけでは満足が出来なくなる。

もしかしたら、狭い空間から抜け出そうとするのは、人の本能なのかもしれない。
金持ちの若者達は警備に賄賂を渡し、勝手に施設外を行き来していたのだ。
本当の地獄を知らない彼等にとって、「外」は冒険心を掻き立てるSF世界だった。

「探検」と称したそれは、瞬く間に若者達の間に広まっていった。
金持ち達だけではなく、彼等の「お気に入り」であった一般人もそれに加わっていた。

私も以前、「楽しい事」と唆され、誘われた事があった。
その時の私は、それを「厭らしい事」と思い、その誘いを断った。
後から「探検」の事を知ったけれど、自分には関係が無いと思っていた。
せいぜい、馬鹿が勝手に死ぬ程度の事だと。

しかし、私のその認識は間違っていた。
この施設に逃げて来た金持ち達には、危機感という物が欠如していた。

「危ないと聞き、ただ何となく逃げて来た」

本物の恐怖を知らない者達。
他人が感染したのなら即刻ここから追い出そうとするのだろうが、自分の身内となると話は変わる。

「金を払っているのだから、我々はここに居る権利がある」

彼等は開き直ったのだ。
561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 14:39:37.43 ID:/ebW360SO
ここで新展開?
562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 14:41:17.47 ID:WJbfc8pDO
崩壊の序曲が聞こえる…
563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 14:41:38.88 ID:D4ccMxpB0
私とムギちゃんは、紬父の部屋に来ていた。
そこには深刻そうに額に手を当てる紬父と、現状を報告しに来た斉藤さんがいた。

斉藤「紬様、唯様、こちらへどうぞ」

私達がソファーに腰を下ろすと、斉藤さんは紅茶を淹れに行った。
重い沈黙が流れる中、ウバの爽やかなハッカの香りが漂ってきた。
紅茶を淹れ戻って来た斉藤さんが、どうぞ、とティーカップとミルクを私達に差し出した。
私とムギちゃんがそれに口を付けると、紬父が小さく、弱々しく言葉を発した。

紬父「ここはもう終わりかもしれない……」

紬「お父様、それはどういう……」

紬父「ここがもう安全じゃないって事だ……紬」

紬「そんな……」

斉藤「現在、感染を確認出来た者は5名です」

紬父「その者達を隔離しているのか?」

斉藤「家族の猛反発により、その様な処置は行われておりません」

紬父「感染者はその5人だけなのか?」

斉藤「……いえ。調査を断るなど、家族が感染を隠蔽している可能性も否定出来ず……」

斉藤「実際の感染者の数は不明です……」
564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 14:45:09.88 ID:D4ccMxpB0
紬父「そうか……」

憂いの表情で紬父は天井を見上げた。

紬父「プライバシーを優先したこの施設の造りも裏目に出たな……」

紬父「平沢君、君はこの現状をどう思うかね……?」

私は自分がここに呼ばれた意味を理解した。

ウイルスの危険を十分認知している紬父も、実際にそれを体験した訳ではない。
私の様に、実際に地獄を体験した者の意見が聞きたいのだ。

皆の視線が私に集まる。

唯「すぐにこの施設から別の場所に避難した方が良いと思います」

紬父「しかし、感染しても暫くは自我を保っていられるのだろう?」

唯「それは精神的に安定していられればの話です。
  ここにいる人間達が精神的に強いとは思えないし、
  一般の居住区では、みんな強いストレスに晒されています。
  心から信頼出来る友人も無くそんな状態にあれば、発症に時間は掛からないでしょう」

唯「誰か一人でも『崩壊者』になれば、血の臭いに触発されて、ここは一気にゾンビで溢れますよ」

唯「何人感染しているかも分からないし、感染者を隔離する事も追い出す事も出来ないんでしょ?」

唯「それなら、ここから逃げるしかないじゃないですか」
565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 14:50:14.77 ID:D4ccMxpB0
紬父「そうだな……。平沢君の言う通りかもしれない……」

紬父「斉藤、東京の施設に受け入れの要請を。私はここの施設運営者達や住人と話を付けて来る」

斉藤「承知致しました」

紬父「紬、平沢君、君達は部屋に戻り、移動の準備を。荷物は最低限だ。
   屋上には琴吹家所有のヘリがある。それでここから脱出しよう」

唯「分かりました」

紬父「君達は準備が出来たら部屋で待っていなさい。
   斉藤も準備を整えたら彼女達の部屋で待機だ」

斉藤「しかし、旦那様……」
   
紬父「私は一人で大丈夫だ。お前には、彼女達の護衛を頼みたい。任せたぞ?」

斉藤「……承知致しました」

紬父「何かあったら私に電話をしなさい。分かったね、紬」

紬「はい、お父様……」

紬父「平沢君、紬の事を宜しく頼む」

私は黙って頷いた。

そのまま紬父は部屋を出て行った。
斉藤さんも私達に一礼をし、部屋を後にした。
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 14:54:38.86 ID:D4ccMxpB0
唯「私達も行こう!」

紬「うん、唯ちゃん」

唯「あ、部屋に行く前に寄りたい所があるんだけど、いいかな?」

私達は食堂に来た。
今は16時、厨房には誰も居ない。
私は厨房に入り、刃物置き場の扉を開けた。
数々ある包丁の中から、私は刺身包丁を選び取り出した。

人間相手ならばあの小さなナイフでも十分だけれど、ゾンビが相手ではそうもいかない。
ここの人間がゾンビ化する前に脱出するから、必要は無いと思うけれど……。

紬「唯ちゃん、それは……?」

唯「護身用だよ、ムギちゃん」

紬「そ、そうなんだ……。それじゃあ私も……」

唯「大丈夫、ムギちゃんの分は部屋にあるから」

自分達の部屋に戻った私は、ポーチからスタンガンを取り出し、それをムギちゃんに渡した。

あくまで気休めの為の物。
刃物を振り回すよりは安全だ。
そもそもゾンビを彼女に近付かせるつもりは無い。

ムギちゃんに近付く前に、私が全員殺してやる……。
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 14:58:08.88 ID:D4ccMxpB0
私達は旅行用の大型バッグに着替えと生活用品を詰め込んだ。

準備を終えた刹那、インターホンが鳴る。斉藤さんだ。
扉を開け、バックを持った彼を部屋に招き入れた。

斉藤「お待たせ致しました。後は旦那様からの連絡が来るまで、ここで待ちましょう。
   東京の施設は、我々を受け入れてくれる様です。何の心配にも及びません」

私と斉藤さんがテーブルの前に座ると、ムギちゃんが私達にお茶を淹れてくれた。
私は彼女が淹れてくれたお茶を飲み、高ぶる感情を静めていた。

何も起きない。何事も無く、私達は東京の施設にヘリで移動する。きっとそうなる。

それから1時間が経過した。
紬父からの連絡はまだ来ない。

ムギちゃんの表情が曇る。
斉藤さんも、さっきから時計をちらちらと気にしている。

待ち兼ねたムギちゃんが、紬父の携帯に電話を掛けた。
静まり返った部屋に、無機質なコール音が響く。
私と斉藤さんは、その音に耳を澄ます。

コール音が鳴り止む事は無かった。
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:01:19.56 ID:D4ccMxpB0
唯「斉藤さん、紬父の様子を見に行って下さい。
  ムギちゃんには私が付いてますし、この部屋にいれば安全だと思います」

例え崩壊者が来たとしても、入り口の頑丈な扉を壊す事は出来まい。

斉藤「しかし……」

紬「お願い、斉藤! お父様の無事を確認して来て頂戴……」

斉藤「……はい。唯様、紬お嬢様を宜しくお願い致します」

そう言うと、早足で彼は部屋を出て行った。
ムギちゃんが私の横に来て、その体を私に委ねる。

紬「怖いわ……。私、いま凄く怖いの……」

私は震える彼女の体を抱き寄せ、力強く彼女を抱き締めた。

唯「斉藤さんが行ったから、ムギちゃんのお父さんはきっと大丈夫だよ……」

紬「うん……」

私達は、紬父と斉藤さんからの連絡を、ただじっと待つしかなかった。
しかし、いくら待っても彼等から連絡が来る事は無かった。
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:04:13.72 ID:D4ccMxpB0
時計を見ると20時、斉藤さんと別れてから既に3時間が経過していた。

こんな時間まで連絡が来ないとなると、緊急事態的な何かがあった事は間違いない。
ムギちゃんは俯き、今にも泣き出しそうな顔をして震えていた。

本当なら、私一人で何があったのかを調べに行きたい。
しかし、今のムギちゃんを一人この部屋に置いていく事など出来ない。
かといって、彼女を連れて行くのは危険過ぎる。

私はどうしたらいい……?

行動力の有るりっちゃんなら、こんな時は一体どうするの?
様々な思考が私の頭を交錯する。
そして私は結論を出した。

唯「ムギちゃん、一緒に部屋から出てみよう」

ここで待っていても埒が明かない。
私はムギちゃんとこの部屋から出る事を決意した。

私は刺身包丁を、ムギちゃんはスタンガンを服の内側に隠し、部屋を出た。
念の為、扉に書き置きを貼り付けておいた。
紬父や斉藤さんがここに戻って来たら、私の携帯に連絡が来る様に。
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:08:24.46 ID:D4ccMxpB0
赤い絨毯の敷かれた廊下を、ゆっくりと私達は歩いてゆく。

紬「ゾンビが……出たのかしら……?」

唯「多分違うと思う。仮にゾンビが居たとしたら、悲鳴や奇声が聞こえる筈だよ……」

ここはVIP中のVIP達がいる居住区だ。
扉や壁も厚く、外部からの音も聞こえにくい。
それでも、大量の声が響けば、耳の良い私には届く筈だ。

私は耳に全神経を集中しながら、慎重に歩みを進めた。

まずは応接間に行こう。

唯(この扉を開けば、並みのお金持ち達の居住区か……)

並みのお金持ち、という表現はおかしいかもしれない。
そもそも、その区域に居る人間達も、財界や政界、芸能界で名の知れた大物達だ。
私は扉に耳を付け、向こう側の音を拾おうとした。

何も聞こえない……。

やはり、ゾンビは居ないのだろうか……?
私は緊張で高鳴る胸を押さえ、扉にカードを通す。
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:11:25.67 ID:D4ccMxpB0
扉が開く。周囲が静かだと、その音は以外に大きい。
幸い、扉の向こう側には誰もいなかった。

五感を研ぎ澄ませ、周りの気配に注意しながら、私達は応接間に向かった。

応接間の扉の前に到着した。
大きな扉をゆっくりと開けてみる。

誰もいない……。

ここにいないとすると、一体何処に行ったのだろう?
いや、ちょっと待って……。
何かがおかしい。

唯(人気が無さ過ぎる……?)

確かに、この辺はあまり人が来ない場所ではある。
しかし、これ程人の気配が感じられない事は今まで無かった。
確実にここで異変が起きている。

唯「ムギちゃん、気を付けて。何かが起こっている事は間違いないみたいだよ」

私は小声でムギちゃんに話しかけた。

紬「うん……」

とりあえず、誰か人を探そう。
その人が何か情報を持っているかもしれない。
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:14:23.94 ID:D4ccMxpB0
唯「1階のホールに行ってみよう」

あそこはいつも多くの人が談笑をしている場所だ。
もしかしたら、誰かいるかもしれない。
私達は階段を下り、1階を目指した。

1階のエントランスに出ると、そこには一人の男がいた。

良かった、人がいた。ゾンビじゃない。
私は彼等に声を掛けようとした。
その時、男が私達に気付き、大声を上げた。

男「いた! 琴吹の娘がいたぞ!!」

男の声を聞き付け、数人の男達が駆け寄ってきた。
男達は鋭い目でムギちゃんを睨んでいる。
私達はいつの間にか男達に囲まれていた。

唯「あの……」

男「ん、君は確か平沢唯さん……?」

男2「彼女も琴吹の仲間なのか?」

男3「琴吹の娘と友人なのだから、当然そうだろう」

男4「しかし、彼女は琴吹の人間じゃないぞ?」

男達は、ムギちゃんに対して敵意を持っている様だ。
私の心に黒い影が現れた。
573 :訂正>>572 すみません[saga]:2011/02/02(水) 15:15:58.09 ID:D4ccMxpB0
唯「1階のホールに行ってみよう」

あそこはいつも多くの人が談笑をしている場所だ。
もしかしたら、誰かいるかもしれない。
私達は階段を下り、1階を目指した。

1階のエントランスに出ると、そこには一人の男がいた。

良かった、人がいた。ゾンビじゃない。
私は彼に声を掛けようとした。
その時、男が私達に気付き、大声を上げた。

男「いた! 琴吹の娘がいたぞ!!」

男の声を聞き付け、数人の男達が駆け寄ってきた。
男達は鋭い目でムギちゃんを睨んでいる。
私達はいつの間にか男達に囲まれていた。

唯「あの……」

男「ん、君は確か平沢唯さん……?」

男2「彼女も琴吹の仲間なのか?」

男3「琴吹の娘と友人なのだから、当然そうだろう」

男4「しかし、彼女は琴吹の人間じゃないぞ?」

男達は、ムギちゃんに対して敵意を持っている様だ。
私の心に黒い影が現れた。
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:19:55.15 ID:D4ccMxpB0
唯「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが、皆さん一体……」

男「ああ、私達は君の友達に用があってね」

唯「用って何でしょう……?」

男「……君は関わらない方がいいだろう。下がっていたまえ」

男はそういうとムギちゃんに近付き、彼女の手を掴んだ。

紬「いやっ! はなしてっ!!」

ムギちゃんが叫ぶと同時に、私は服から包丁を取り出し、男の上腕を下から突き刺した。
刃を抜くと血が飛び散り、私の黒い洋服にそれが染み込む。

男は悲鳴を上げ、ムギちゃんから手を離した。
私は透かさず彼の背後を取り、首の横に包丁を突き付けた。

男「君……何を……」

唯「ムギちゃんに触れるな……」

周りの男達が私達に近寄ろうとする。

唯「全員動かないでくれる? 動いたら私、この人を殺しちゃうから……」
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:24:48.37 ID:D4ccMxpB0
男「待て、落ち着け、私達は君を傷付けるつもりは無い……」

唯「……それって、ムギちゃんは傷付けるつもりだったって事?」

私は彼の首筋に包丁の先を押し当てた。
そこからじんわりと紅い血が染み出してきた。

男「や、やめてくれ……」

唯「私の質問に正直に答えてね……。なんでムギちゃんを捕まえようとしたの?」

男「そ、それは、琴吹と施設管理者達が私達を見捨て、自分達だけで逃げようとするから……」

男2「そ、そうだ。悪いのはあいつらだ!」

男3「法外な金を搾り取った挙句、都合が悪くなったら逃げるなんて許されないぞ!」

男4「我々だって、安全な場所に避難する権利があるんだ!」

唯「……それってどういう事なの?」

男「この施設内には、感染者がいるんだ。それを『処理』出来ないから、ここを放棄するって……」

男「自分達は別の安全な施設に避難するから、君達も好きにしろって……」

男2「そんな無責任な事が許される訳ないだろう!?」

男3「俺達には、ヘリも次の避難場所も無いんだぞ!」

男達の言い分を聞き、私は心底呆れ返っていた。
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:29:30.93 ID:D4ccMxpB0
唯「あのさぁ……」

唯「そんな事を言う権利がお前達にあると本気で思っているの?」

唯「琴吹の人間も、お前達も、私もさ、みんな同罪なんだよ?
  こんな安全な所で自分達だけぬくぬくと生きてたんだからさ……」

唯「ヘリコプターが無いのも、次に行く場所が無いのも、それだけのお金と権力が無いからでしょ?」

唯「お前達がこの施設に来れたのだって、お金と権力のお陰じゃない。
  だったら、次の場所もそれで勝手に探しなよ。他人なんかに頼らずにさぁ!」

男達「……」

唯「それで、紬父と斉藤さんはどこにいるの?」

男「……一般居住区の最下層、収容所に彼等はいる」

紬「お父様と斉藤がそんな所に……」

収容所……。一般居住区にいた時、受付嬢から聞いた事がある。
この施設の規則を著しく乱した者を一時的に収監する場所だ。

唯「……そう、分かった」

唯「ムギちゃん、そこに行こう」

紬「ええ!」
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:37:20.48 ID:D4ccMxpB0
男「ま、待て! 私達の仲間は大勢いる! 二人でどうするつもりだ!?」

唯「……仲間が大勢いるんだ。それじゃあ、私達だけで助け出すのは無理そうだね……」

男「ああ、そうだ。彼等の中には銃を持っている者だっているんだぞ?」

唯「そっかぁ……。教えてくれてありがとう。お礼に、私も一つ、良い事を教えてあげるよ」

男「な、なんだ……?」

唯「早くこの施設から逃げた方が良いよ。これから大変な事になるから……」

私はムギちゃんの手を引っ張り、一般居住区へと向かった。
男達はその場で立ち尽くし、私達を追って来る気配は無かった。
一般人居住区と繋がる廊下の扉が閉まり、男達の姿は完全に見えなくなった。

唯「これが今の私……。本当の私なの。躊躇い無く人だって殺せるんだよ。怖いでしょ?」

紬「ううん、唯ちゃんなら、私、全然怖くないわ……」

唯「そっか……」

ムギちゃんの前では、優しい「平沢唯」のままでいたかった。
でもね、今はそれでは誰も救えないんだよ。

ごめんね、ムギちゃん……。
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:44:19.56 ID:D4ccMxpB0
私達は一般人居住区へ足を踏み入れた。
華やかな廊下はそこには無く、白く無機質な空間が広がっている。
そこを歩きながら、私はムギちゃんに語り掛けた。

唯「ムギちゃん、よく聞いて……」

唯「私はね、これから大勢の人を殺す事になると思う。
  ムギちゃんは優し過ぎるから、その事で辛い思いをすると思う。
  もし、私のそんな姿を見て動揺するのなら、隠れて待っていて欲しいの。
  私はこっちの居住区にも詳しいから、人に見つからなさそうな場所も知ってるんだ」

紬「唯ちゃん……」

唯「私は優しいムギちゃんが大好きだよ……。
  でもね、優しさだけじゃ人を救えない時もあるんだ。それが今なの。
  こうなっちゃったら、話し合いで解決する事は不可能なんだよ。
  現に、ムギちゃんのお父さんも斉藤さんも捕まっちゃったでしょ……?」

唯「だから私は、実力で二人を収容所から救い出すよ。
  邪魔する敵はみんな殺すつもり。その覚悟が無いと、失敗しちゃうから」

紬「私も……唯ちゃんに付いて行くわ……」

唯「……本当にそれでいいの?」

紬「正直、誰かを傷付ける事なんてしたくない……。
  でも……そんな事を唯ちゃん一人にさせたくないっ!」

紬「例え地獄に落ちる事になっても、私は唯ちゃんの傍にいるわ」
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 15:54:40.13 ID:D4ccMxpB0
唯「そっか……。それなら、私はもうムギちゃんを止めたりしないよ……」

唯「地獄の果てまで一緒に行こう、ムギちゃん」

紬「ええ、唯ちゃん……」

私はムギちゃんと抱き合い、口付けを交わした。
絶対にムギちゃんを、ムギちゃんの家族を守り抜くんだ。

一般人居住区の、受付のある広間近くまでやって来た。
物陰からそっとその先を覗いてみる。
受付嬢さんが、いつもとは違う緊張した面持ちをしている。

広間には、武器を持った兵士達が大勢いた。
兵士達に紛れて、見覚えのある金持ち達の姿も見える。
彼等は笑いを交えながら、なにやら話し合っていた。

やっぱり……。あいつらの中に混じってる。私には分かる。

唯「ここを抜けなきゃ、エレベーターにも階段にも行けないんだ。
  私が合図したら、向こうのあの扉まで走って行って。あそこは非常階段なの。
  それまでは、何があってもここでじっとしててね?」

紬「分かったわ」

彼等は油断している。
武器を持った男がこれだけいるのだから、当然の事だ。

でもね、数が多いと困る事だってあるんだよ?
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 16:00:41.81 ID:D4ccMxpB0
私は黒のスカートを靡かせ、受付嬢に向かって歩き出した。
突然現れた私に、男達の視線が集中する。

「あれ、平沢唯じゃないか?」

「琴吹の娘と一緒にいた?」

「どうする? 声掛ける?」

突然の事に、彼等は戸惑っている様だ。

好都合。

私は受付嬢の目の前まで来た。

受付嬢「平沢さん! 何故こんな所に!? 今……」

唯「しーっ! 分かってます。これ受け取ってください」

私は彼女に、私の黒いIDカードを渡した。

唯「これからここは大変な事になりますから、これを使って上手く逃げて下さい。質問は無しです」

受付嬢「……分かりました。平沢さんもお気を付けて……」

唯「ありがとう」ニコ

私は彼女が上手く逃げ延びられるよう、心から祈った。
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 16:05:28.41 ID:D4ccMxpB0
「おい、君……」

兵士の中の一人が、背後から私の肩に手を伸ばし、話し掛けて来た。
私はその手を振り払い、男達の中央へと移動した。

唯「皆さん、こんな所に集まって何をしてるんですか?」

「君、平沢唯さんだよね? お友達の琴吹紬さんはどこにいるのかな?」

こいつらもムギちゃんを捕まえる気か。
良かった。それならこっちも遠慮はいらないね。

唯「う〜ん、今、彼女が何処にいるかは分かりません……」

「そっか、紬さんに連絡とかって取れないかな?」

唯「ちょっと待って下さいね……えっと……」

私は携帯を取り出す仕草をした。
取り出すのは包丁なんだけどさ。

次の瞬間、私は服の内側から素早く包丁を取り出し、男の首筋にそれを突き刺した。
悲鳴を上げて崩れ落ちる男。茫然とする周りの男達。

その隙に、私は次のターゲットに刃を突き立てる。
腹を刺し、蹲る男の首を横から貫く。

この状況で、銃など使えまい。
銃しか武器の無い彼等は、丸腰の人間と同じだ。
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 16:11:24.69 ID:D4ccMxpB0
★421
男達は動揺し、全く動けないでいた。

武器が使えない状況で、刃物を振り回す人間を取り押さえる事は難しい。
その間に3人、4人と、私は次々に男達に致命傷を与えていく。

「と、取り押さえろっ!!」

背後から一人の男が私に飛び付いて来た。
私はその勢いに圧倒され前方に倒れ込んだ。

右手に握り締めていた包丁が手から離れる。
男は俯せになった私に馬乗りに跨り、私の手を後ろ手にして掴んだ。

「大人しくしろっ、こいつ!」

男が力を込め、私の体勢を固定する。
周囲の男達は、怪我をした者達の周りに集まっている。
ホールに慌てふためく男達の声が響く。

物陰から、ムギちゃんが心配そうな顔をしてこちらを見ている。

大丈夫だから、そんな顔をしないで。
この男達の本当の相手は私じゃないんだ。

そろそろ起きなよ。

お前達はそれ位じゃ死なないでしょ?
583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 16:14:38.44 ID:nTrvIkjAO
唯さんが式で再生される件について。
584 :ミス>>582 ☆421→☆15 内容は問題無しです[saga]:2011/02/02(水) 16:17:46.26 ID:D4ccMxpB0
次の瞬間、人間のモノではない奇声が広間に轟く。
それと同時に、人間の男達の叫びがそれと合わさり交じり合う。

自我を失った「崩壊者」が近くの男達に襲い掛かった。

私は、ずっと近くでゾンビ化していく親友達を見てきたんだ。
何時も一緒にいる妹のそれもね。

だからさ、私には分かるんだ。
お前達の中から初期感染している人間を見分けるくらい、簡単なんだよ。

私が致命傷を与えたのは、皆感染者だ。
瀕死になると、感染者は即「崩壊者」へと移行する。
ホール全体が混乱し、そこには統制や秩序など存在しない。

私を抑え付けていた男の手が緩む。

唯「ムギちゃんっ!!!」

私の声を聞き、ムギちゃんは物陰から飛び出し、扉に向かって走り出した。
私は彼女の名を大声で叫びながら、私を掴む手を振り解いた。

自らの体勢を仰向けにし、逆に男の手を掴み、思いっ切り噛み付いた。
怯んだ男を力一杯横に押し出す。
男の体勢が崩れると同時に、私は男の下から抜け出した。

私は非常階段を目指し、駆け出した。
その階段への扉を開けた状態で、ムギちゃんが待っている。
私はパニックに陥ったホールから何とか脱出する事に成功した。

私が扉の内側に入ると、ムギちゃんはその扉を透かさず閉めた。
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 16:30:11.72 ID:D4ccMxpB0
「ここから最下層まで行けるよ。急ごう!」

ムギちゃんは頷いた。
ホールからは銃声が聞こえる。
受付嬢さん、上手く逃げられていればいいけど……。
私達は、非常灯の明かりしかない薄暗い階段を、駆け下りて行った。

唯(地下8階……ここが最下層……)

話には聞いていたけれど、実際に来るのは初めてだ。
私は緊張しながら、そこの扉を開く。
殺風景な白く大きな空間に、銃を持った3人の兵士達がいる。
恐らく、彼等は見張り。他にもいるのだろうか?

いや、大丈夫だ。

私とムギちゃんは扉から出て、彼等の方へ歩いていく。
彼等は私達の存在に気付き、なにやらコソコソ話し合っている。
私の隣にいる女の子が、琴吹紬である事にも気付いた様だ。
しかし、それよりも顔や手が血塗れな私に注目が集まった。

「ちょっと君……血が……」

唯「貴方達が捕まえた人に会いに来ました。どこにいますか?」

「えっ? あ、拘束した者達はこの奥の収容部屋に閉じ込めている。それより……」

唯「そうですか。あ、1階の広間、大変な事になってますよ」

唯「崩壊者が暴れているので」
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 16:33:04.24 ID:+LV4glUYo
ゾンビの返り値を浴びたのか……?
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 16:34:19.83 ID:D4ccMxpB0
男達は訝しげに互いの顔を見合わせている。

唯「嘘だと思うのなら、1階にいる人達に連絡してみたらどうですか?」

男の一人が無線機を取り出し、連絡を試みる。
しかし、応答は無い。男の表情が青褪めて行くのが分かる。
私はさらに彼等に追い討ちを掛け、不安を煽る。

唯「広間は既に血の海です。私を見れば分かるでしょ?
  皆さんも早く彼等を助けに行った方が良いと思いますよ」

男達は顔を見合わせ、エレベーターの方へと走っていった。
彼等が上階に行った事を確認し、私は胸を撫で下ろした。

私達は、兵士達が指差した方へ歩いていった。
そこは一般人の居住区と構造が似ていて、いくつもの部屋がある。
これらは全て拘束用の収容部屋になっているのだろう。

唯「ムギちゃん、黒のIDカードなら部屋を開けられると思う。それで全部の部屋を開けよう」

私達は、収容部屋の扉を開けていった。

各部屋には数名ずつ、男女の区別も無く閉じ込められていた。
施設の責任者など、この場所で最高の権力を持つ者達だ。

皆暴行を受けていたが、何とか動ける様だ。
私達は彼等に肩を貸し、部屋から連れ出した。
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 16:38:32.80 ID:D4ccMxpB0
まだ紬父と斉藤さんの姿は無い。
一番奥の最後の部屋、この中に二人がいるに違いない。
ムギちゃんがカードを通し、扉を開ける。

いた。

紬父は仰向けに倒れてぐったりとしている。
その横には斉藤さんがいて、こちらを見ている。

紬「お父様っ!!」

ムギちゃんは紬父に駆け寄った。

二人は他の者達より酷い暴行を受けた様だ。
顔には無数の青痣が出来て腫れ上がっている。
口唇は切れ、血の痕が痛々しく残っていた。

斉藤「申し訳ありません……」

斉藤さんは私達に謝罪した。

紬父も私達に気付いた様だ。
ムギちゃんの手を握り、小さな呻き声を上げた。
その目は大きく腫れ上がり、目蓋を開いているかどうかもよく分からない。

紬「酷い……酷いわ……」

ムギちゃんは涙を流し、声を上げ泣き出した。
紬父は、ムギちゃんの手に自らの手を伸ばし、優しく握った。
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 16:43:04.57 ID:D4ccMxpB0
紬父「つむぎ……私は平気だ……」

紬父はゆっくりと起き上がろうとした。
斉藤さんがその手助けをする。

紬父「私に……彼等を説得……する事は……無理だった……。まあ……当然だろう……」

斉藤「彼等は激怒し、制裁と称して我々を暴行しました。そのまま暴動に……。
   私達はここに監禁され、IDも携帯も取り上げられ、連絡も出来ませんでした……」

唯「ごめんなさい、そういう話は後にしましょう。今は急がないと……」

斉藤「……上で何かあったのですか?」

唯「私が『崩壊者』を出してしまったので。その隙を突いてここまで来たんです」

斉藤「なんと……」

唯「兵士達の中にも、何人か感染者がいました。恐らく、もう止められません……」

紬父「となると……ここで悠長に……している暇など無い……な……」

唯「立てますか?」

紬父「なんとか……」

ふらつきながら立つ紬父をムギちゃんが支えた。

唯「行きましょう」
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 16:45:47.97 ID:D4ccMxpB0
収容室を出て先程の殺風景な広間に行くと、他の人達もそこに集まっていた。
これから自分達がどうすれば良いのか分からない、そんな混迷に満ちた表情をしていた。

唯「皆さん、聞いて下さい!」

唯「上階には『崩壊者』がいます。そこにもう人間の居場所はありません」

場がざわめく。私はそれを制し、話を続けた。

唯「ここに隠れてやり過ごすか、彼等の襲撃を潜り抜け施設から脱出するか」

唯「それは皆さんの自由です。自分自身で判断して行動して下さい」

唯「もう分かっているでしょうが、貴方達を助ける者は誰もいません。
  お金も権力も、その価値を失いました。私達にはもう何も無いんです」

「き、君はどうするつもりなんだ?」

唯「私は……私達はここから脱出します」

「ここで奴等がいなくなるまで待った方が安全じゃないのか?」

唯「この施設の扉の多くはカードで開けますよね?
  崩壊者には知能がありません。彼等はこの施設内から出る事は出来ないでしょう」

唯「彼等と我慢比べをしても、私達の方が早く消耗してしまいます。
  ここには食料がありませんが、彼等には幾分かの『食料』がありますから」

唯「それなら、元気に動ける内にこの施設からの脱出を試みた方が分がいいですから」
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 16:55:04.49 ID:D4ccMxpB0
唯「それに、まだ噛み付かれ感染しても自我を保っている人はいるでしょう。
  後になるより、今の方がまだ『崩壊者』の数は少ない筈です」

唯「時間が無いので、私達はこれで失礼します」

私達は非常階段に向かった。

私達に付いて来る者は誰もいなかった。
皆、この場に残り、様子を見る事にしたのだろう。
彼等にとって、それは妥当な判断なのかもしれない。

私達は彼等の視線に背を向け、非常階段の扉を閉めた。

一般人居住区と特権階級居住区が繋がっているのは1階だけだ。
しかし、1階の広間にはまだ崩壊者がいる可能性が高い。

紬父は歩くのがやっとだし、斉藤さんも戦える状態ではない。
武器はスタンガンしかないこの状況で、無事あそこを切り抜けられるだろうか……。
仮に武器があったとしても、3人を守りながら戦い抜くのは不可能だ。

私はここで残酷な選択をせざるを得ないのだろうか。
きちんと順番を付けておかないと、全てを失う事になる。

全てを失う事……。それこそが最悪の事態。

ムギちゃんを守る。
他の者を全て切り捨ててでも。
例えこの身を犠牲にする事になっても。
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 16:59:19.99 ID:D4ccMxpB0
長い階段を少しずつゆっくりと上って行く。

斉藤「唯様、どの様にここから脱出するおつもりですか?」

唯「まず、警備室に行って、車両の鍵を手に入れます。そして車を……」

斉藤「ふむ、車ですか……」

唯「斉藤さんが持っていたヘリコプターの鍵は、あいつらに奪われちゃったでしょ?」

紬父「それなら問題は無い……。私の部屋の机の引き出しに……スペアの鍵がある……」

唯「そうですか、それならヘリコプターで逃げましょう」

紬父の部屋は私達の部屋と同じ区域、一部の限られた人間しか入れぬ場所にある。
警備室に向かうより安全な可能性が高い。
1階のホールを通り特権階級区域へ、紬父の部屋に行き鍵を入手、屋上に向かう。

大丈夫、私なら出来る。

私達は1階の扉の前まで来た。
口の前に指を立て、皆を静かにさせる。
私は扉に耳を付け、外の音に神経を集中させた。

クチュクチュ……ピチャピチャ……グルルルルル……

駄目だ、やっぱり崩壊者がいる。
593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:02:37.99 ID:D4ccMxpB0
奴等は耳が良い。
扉を少しでも開ければ、その音に反応して私達に気付くだろう
私は小声で皆に話し掛けた。

唯「扉の向こうに崩壊者がいます。私が奴等を何とかしますから、ここで静かに待っていて下さい」

紬「唯ちゃん、私も……」

唯「駄目だよ、ムギちゃん。ムギちゃんはここでお父さんと斉藤さんを守って……」

紬「……分かったわ」

唯「奴等を何とかしたら、この扉を開けますので」

私はそう言い残し、この非常階段を使い2階へ向かった。

扉に耳を当てる。音はしない。
この扉の外に奴等はいない。
私は慎重に扉を開けた。

白い壁に、大量の血液が付着している。
ここでも人間とゾンビが争った痕跡が残されていた。
床に滴った血が、奥まで続いている。

私は足音を潜め、その血の跡を追った。
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:06:05.99 ID:D4ccMxpB0
ピチャピチャクチャクチャ……

廊下の丁字路に着き、壁からこっそりと顔を出し、先の様子を伺う。
血塗れな小柄の少女が、そこにある肉塊を貪っている。

小学生……?丸腰の私でも勝てるだろうか……?

いや、こんなチャンスは二度と無い。
私がこんなに小さい女の子を目にしたのは、数える程しかない。
そんな少女が今、目の前に1人でいるのだ。

この子は私の計画を成功させる為の女神に違いない。

私は物陰から出た。
少女が私の存在を認識する。
食事を中断し、奇声を上げ、私に突進してくる。
物凄いスピードで、少女は私に飛び掛ってきた。

私は凄まじい体当たりを受け、少女と共に後方へ倒れ込んだ。
私は少女の頭を両腕で押さえ、両手の親指を少女の瞳に目一杯押し込んだ。
少女は苦しみの奇声を上げ、私から離れた。

逃がさない。

逃げる少女を、私は後ろから押し倒した。
私は少女の腕を取り、曲がる筈の無い方向へとその腕を捻じ曲げた。

ゾンビとはいえ線の細い少女、男のそれを折るより簡単に事は運んだ。
悲鳴を上げる少女の両腕を、私は無慈悲に圧し折った
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:13:08.31 ID:D4ccMxpB0
これでこの少女は、もう私に抵抗など出来まい。

私は少女を仰向けにし、その腹の上に跨った。
少女は奇声を上げながら暴れているが、私を退ける事など出来はしなかった。

唯「食べたいんでしょ……?それなら、私の血を少し分けてあげるよ……」

私は黒い服の袖を捲くり、肘の近くの肉を彼女の口に近付けた。

少女の歯が、私の皮膚を切り裂いた。

僅かに付けられた、ゾンビの噛み傷。
もっと噛ませないと駄目だろうか?

そんな事を考えた刹那、突然私の体に変化が起きた。

体中の血が沸騰する感覚。熱い。
次の瞬間、体の底から力が湧いてくる。漲ってくる。
今までの疲労がまるで嘘だったかの様に吹き飛んだ。

これがゾンビになるって事なのか……。

私は今、ムギちゃんを、大切な者を守る為の「力」を手に入れた。

一度は人間を辞める為にゾンビになろうとした。
でも、今の私は違う。

私は「人間」に成る為にゾンビになったのだ。
596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 17:13:46.09 ID:F4Sq8aCM0
28日後を見直したくなってきた
597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 17:14:03.39 ID:XkDooNdq0
えええええなっちゃったよおおおおお
598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 17:15:17.22 ID:VEqNLrS6o
BADEND確定か…
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 17:18:21.69 ID:YMAt/xOIO
あっっちゃー
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:20:01.89 ID:D4ccMxpB0
私は捲れた袖を元に戻した。

黒い上着に黒のスカート。
今日は黒い服を着ていて本当に良かった。

私の黒い服は多くの血を吸い込み、妖くも艶かしい光沢を放っていた。

私は1階のホールに下りる階段に向かった。

ホールは酷い惨状になっていた。
完全に動かなくなった死体と、それを貪る崩壊者。
肉を噛み千切る音と、血が滴る音が、静かなホールに木霊する。

5人……6人……7人……全部で8人か。

階段を、足音を立てぬようゆっくりと静かに下りる。
それでも崩壊者達は私に気付き、その澱んだ瞳を私に向ける。
しかし、もう彼等は私に何の興味も示さない。

どうやら私は「仲間」として彼等に受け入れられたようだ。

私は不思議な感覚に陥っていた。
死体塗れのこの空間において、私は恐怖心の欠片も感じなくなっていた。
その肉を貪る彼等に対しても。

私は床に落ちていた刺身包丁を拾い上げた。
そして、崩壊者の一人に近付く。
それでも、私に一切の興味を示さない。

私は彼の後頭部に思いっ切り包丁を突き刺した。
601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:23:34.48 ID:D4ccMxpB0
一瞬でその崩壊者は動かなくなり、その場に崩れ落ちた。
これであと7人か……。

周りを見ると、崩壊者達の視線が私に集まっている。

彼等に感情など無い筈なのに、「仲間」が殺された事が分かるのだろうか?
皆、食事を止め、ゆっくりと私に近付いてくる。
どうやら、私と殺り合う気らしい。

かかって来なよ。皆殺しにしてやる。

お前達に完全な死を与えてやろう。
憂が私を守る為にそうした様に。
憂に出来て、私に出来ない筈がないんだ。

だって、私は憂のお姉ちゃんなんだから。

奇声を上げ、一斉に私の方に迫って来る。
その時の私には、その動きがまるでスローモーションの様に見えていた。

最初に飛び掛ってきた崩壊者をいなし、横から首を目掛けて包丁を突き出す。
素早く包丁を引き抜き、そいつの腰の辺りを蹴り飛ばす。

その蹴り飛ばされた崩壊者に当たり、二人の別の崩壊者が蹌踉け転んだ。

私は背後に迫った崩壊者の方に向き直り、両手で包丁を持ち、そいつの心臓に深々とそれを突き刺す。
その後方から、次の崩壊者が私に迫る。

包丁を引き抜き、動かなくなった崩壊者を、後方の崩壊者に向かって押し蹴りした。
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:28:51.20 ID:D4ccMxpB0
また別の方向から崩壊者が迫ってくる。

私は自分からそいつに近付く。
迫り来るそいつの腕をしゃがんで躱し、そのまま足払いをした。
倒れ込んだ崩壊者に素早く飛び掛り、その額に包丁を突き立てた。
ピクピクと痙攣し、その崩壊者は動かなくなった。

あと4人……。

意外に簡単じゃないか。

ゾンビ化すると、こんなにも体が軽くなるなんて。
今の私なら、空さえ飛べるのではないかと錯覚する位に。

崩壊者達の動きが止まる。

私と距離を取り、なかなか近付いて来ようとしない。
ゾンビでも怖気付くんだ……。

そっちが来ないなら、私から行くよ。

私は一気に距離を詰め、首筋に、心臓に、正確に彼等の急所を刃で貫いた。
それはもはや、一方的な殺戮になっていた。

そして、この広間に私以外動くモノは無くなった。
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:32:18.27 ID:D4ccMxpB0
私は金持ちらしき死体の服を漁り、黒いIDカードを手に入れた。
その後、私は非常階段に近付き、その扉をゆっくりと開けた。

紬「唯ちゃんっ!」

中からムギちゃんが飛び出して来て、私に抱き付いた。

紬「外から怖い声が沢山聞こえてきて、唯ちゃんの事が心配だったの……」

唯「私は大丈夫だから……。それより、ムギちゃんの服が汚れちゃうよ……」

私の後ろに広がる血の海。殺戮の跡。
ムギちゃんはその光景を見て、言葉を失っていた。

次の瞬間、彼女は込み上げた吐き気を我慢する事が出来ず、近くの植木に嘔吐した。

唯「ムギちゃん、大丈夫? 怖かったら目を瞑っていて……。私が肩を貸すから」

紬「はぁはぁ……、大丈夫……。私は大丈夫よ、唯ちゃん……」

唯「それじゃあ、早くここから離れよう…………あっ!」

私は重大な事を見落としていた。

IDカード。

紬父のIDカードはこの者達に没収されたのだ。
とすれば、紬父の部屋にあるというヘリのキーはどうやって取りに行けばいい?

私は茫然とその場に立ち尽くした。
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:37:37.33 ID:D4ccMxpB0
斉藤「唯様!?」

唯「ど、どうしよう……ムギちゃんのお父さんの部屋に入れないよ……」

紬「大丈夫、私のカードでお父様の部屋に入れるから!」

唯「そうなんだ、良かった……。ムギちゃん、そのカードと私のカードを交換して!」

紬「えっ!?」

唯「私がお父さんの部屋に鍵を取りに行くから、先に屋上に行ってて欲しいの。
  あと、これ私のカードじゃないの。だから、私達の部屋には入れないから」

あの部屋には「思い出」が置いてある。
それだけは絶対にムギちゃんに持っていって貰わなきゃならないんだ。

私が人間で無くなってしまったから。

紬「分かった」

私達は互いのIDカードを交換した。

唯「行こう!」

私達は、特権階級の区域へと急いだ。
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:40:35.32 ID:D4ccMxpB0
特権階級区域のエントランスにも、争った様な形跡が残っていた。
床は血に染まり、壷等の美術品は床に落ち、無残な姿になっていた。

にも拘らず、死体が一つも無い。最悪の事態だ。

その時、受付の台の辺りに気配を感じた。

唯「みんな、下がって!」

私は包丁を構え、その台に近付いた。

受付嬢「うっ……ぅぅ……」

そこには、泣き崩れている受付嬢がいた。
相当なショックを受けている様だ。

唯「受付嬢さん! 大丈夫? 怪我は無い!?」

受付嬢「ひ、平沢さん……すみません、カードを他の一般人に盗られてしまって……」

唯「そんな事はどうでもいいよ! それより、大丈夫? 噛まれてない?」

どうやら、彼女は無事の様だ。
私達は、彼女も一緒に連れて行く事にした。

次の瞬間、一般居人住区と繋がる通路の扉が開いた。

「た、たすけてくれ!」

その男は、先程兵士達の中にいた金持ちの男の一人だった。
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 17:46:09.58 ID:E3HcppyRo
うーん……
>>1が怖すぎる

一度休憩とったみたいだけど、まだ投下が続いてやがる……
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2011/02/02(水) 17:47:58.94 ID:Tl7sG5T4P
「―――教えてやる。これが、モノを殺すっていうことだ」
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:48:58.11 ID:D4ccMxpB0
「た、たすけてくれ……奴等が……」

血塗れのその男は、扉の方を指差した。、
そこには彼を追う無数の崩壊者達の姿があった。

扉が閉まるのが間に合わない。
こっちに入ってくる!!

唯「ムギちゃん、みんなを連れて屋上に行って! 早く!!」

ムギちゃんは頷き、皆を先導して階段へと向かった。

唯「あっ……!!」

血塗れの男も、ムギちゃんと共に階段を上がっていく。
あいつは……感染者だ!
早く追い掛けて始末しないと……!

しかし、あの大量の崩壊者達がこちらに来ては元も子も無い。
私は扉の前でこちら側に入り込もうとする崩壊者に刃を振るい、その息の根を止めた。

早く、この扉さえ閉まれば……。

私の願いは叶わなかった。

自動ドアは安全の為、異物を感知すると戸が開くようになっている。
崩壊者達が体ごと扉の隙間に突っ込んできた為、センサーが働き扉が全開してしまった。

私は後ろに退きながら、襲い来る崩壊者達を順に薙ぎ払っていった。
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:50:51.13 ID:D4ccMxpB0
紬(唯ちゃん……)

「う、うう……」

斉藤「君、大丈夫かね?」

「ぐっ、ぐうぅぅ……」

次の瞬間、男は自我を失い、紬に襲い掛かった。

紬「きゃあああああっ!!!」

紬父「つむぎっ!!!」

紬父は紬の体を咄嗟に押した。
紬はその衝撃で後ろへ倒れ込む。

男は差し出された紬父の腕に噛み付き、その肉を食い千切った。
そのまま紬父を押し倒し、その首筋に齧り付いた。

紬父「ぐああぁあぁぁぁあぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」

紬「お父様ぁぁぁぁぁっっっ!!」
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 17:52:29.98 ID:i5mg4JCXo
もうだめだ・・・おしまいだぁ・・・
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:54:21.87 ID:D4ccMxpB0
唯(ムギちゃんの声っ!)

唯「どけっ……! そこをどけって言ってるんだよぉぉぉぉ!!!」

私は目の前の最後の崩壊者の目に包丁を突き刺し、そのままそいつを払い除け、声の元へと走った。

ムギちゃん達に追い付くと、そこには男と紬父が血塗れになって倒れていた。

男の首にはナイフが刺さっている。
恐らく、斉藤さんが殺したのだろう。

紬「お父様、お父様ぁぁぁぁぁぁっ!!!」

ムギちゃんは血に染まった父親に必死に呼び掛けている。
しかし、あの出血量を見ると長くは持つまい。

もうこの人は助けられない。

唯「ムギちゃん、行くよ……」

紬「嫌よ! 絶対嫌!! 私はここを離れないわっ!!!」

唯「駄目だよ、ムギちゃん……」

紬父「つむ……ぎ……。平沢さんと一緒に……行きなさい……」

紬父はムギちゃんの頭に手を当て、優しく撫でた。
612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 17:56:26.15 ID:D4ccMxpB0
紬「嫌ですっ! 嫌ですお父様!」

紬父「お前には……沢山の苦労を掛けた……。嫌な思いもさせてしまった……。
   母さんが亡くなってから……私はお前に……何もしてやれなかった……」

紬父「駄目な父親で……本当にすまなかった……」

紬「そんな事……そんな事ない!」

紬父「そんな私の……最後の願いだ……紬……生きてくれ……」

紬「そんな……」

紬父「私の……最後の願いだ……聞いてくれるな……紬……」

紬父「斉藤……紬を……頼む……」

斉藤「旦那様……承知しました……」

紬「ぅぅぅ……お父様……」

紬父「さぁ……行ってくれ……」

斉藤さんはムギちゃんを抱き締め、ゆっくりと階段を上っていった
私もその後に続こうとした時、紬父が私を呼び止めた。

紬父「平沢君……君にも……話がある……少し……残って……くれないか……」
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:06:10.49 ID:D4ccMxpB0
紬父「私は……君に……きちんとした形で……謝りたかった……」

唯「謝る事なんてありません……。貴方は『普通の人間』でした。
  私も貴方の立場だったら、同じ決断をしたと思います。それが『普通』なんです」

紬父「そうか……ふふっ……私も……普通の……人間か……その通りだな……」

紬父は優しい笑みを浮かべた。
私もその笑顔に応えた。

紬父「私が……君に……こんな事を……頼める……立場では無いが……」

唯「ムギちゃんは私が守ります。何があっても、必ず守り抜きます……」

唯「いつまでの彼女の傍で、彼女の為に……」

私は嘘を付いた。

紬父「そうか……ありがとう……。君は……紬の……最高の友人だ……」

紬父「そこのナイフで……私を安らかに……眠らせてくれ……二度と目覚めぬよう……」

唯「……はい。」

私は男からナイフを抜き取り、親友の父親を殺した。
614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:12:15.10 ID:D4ccMxpB0
階下から、怪物達の雄叫びが聞こえてくる。
崩壊者達は上の階層より、下の階層に多くいる様だ。

私達の声や足音を聞き付けてやってきたのだろうか。
奴等の荒い吐息が段々と近付いて来る。
ムギちゃん達と一緒にいるより、ここで奴等を引き付けた方がいいかもしれない。

唯「ん゛ん゛ん゛ん゛……」

私は廊下に置いてあった1mは超える観賞樹の植木鉢を持ち上げた。
そしてそれを、階段を上って来た崩壊者達に向かって投げ付けた。

それは先頭にいた崩壊者の顔面に直撃した。
そいつが階段から転げ落ちるのに巻き込まれ、数人の崩壊者達が踊り場に将棋倒しになった。

しかし、その後ろから次々と別の崩壊者達が迫って来る。
私は小さなナイフ一本でその前に立ちはだかった。

奴等の肉を切り裂き、突き刺し、必死に足止めしようとしたが、余りにも敵の数が多過ぎた。
武器が小さい所為か、一撃で止めを刺す事が出来ず、崩壊者の数は増える一方だった。

一人の崩壊者が、私のナイフを持つ右手を掴んだ。
それは体格の良い大柄の男で、そのまま私を持ち上げた。
私は宙に浮かび、腕はミシミシと軋む音を立てた。
その痛みで、私は遂に手からナイフを落としてしまった。
男の握力がさらに強まる。

唯「ぐううう……う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛……」

メキメキメキ……バキッ
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:16:19.58 ID:D4ccMxpB0
唯「ん゛ん゛ん゛ん゛っっっ!!!」

私は左手の指を男の右目に突っ込み、その眼球を抉り出した。
男は奇声を張り上げ私を放し、右手の拳で私の腹を思いっ切り殴った。
私はその衝撃で壁まで吹っ飛ばされ、頭と背中を強く壁に打ち付けた。

唯「がっ……はっ……」

私はその場に吐血した。
折られた右腕と殴られた腹に激痛が走り、私は倒れたまま身動きが取れなくなった。

崩壊者達は、ムギちゃん達を完全に見失った様だ。
上階へは行こうとせず、その場をウロウロとし始めた。

しかし、私にはまだ役目が残っている。
紬父の部屋からヘリの鍵を手に入れ、それを斉藤さんに渡さなければならない。
部屋の鍵を持っているのは私だけだ。
私がしなければ、ムギちゃん達はこの施設から逃げる事が出来ない。

この地獄から彼女を救えるのは私しかいない。

こんな痛みが何だというのだ。
みんなだって同じ痛みを感じてきたんだ。
今度は私が、私が大切な親友を救う番なんだ。

唯「ぅぅぅううううあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

私は力を振り絞り立ち上がった。

崩壊者達が蠢く中、私は一人紬父の部屋へと向かった。
616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:21:41.11 ID:D4ccMxpB0
こちらから攻撃を加えなければ、奴等が私を襲う事は無い。
死体、いや、原型を留めぬ肉の塊の中を私は歩いた。
新鮮なる「食料」を求めて徘徊する崩壊者達。
彼等の中には、見覚えのある人物の姿も見えた。

痛みを堪え、漸く紬父の部屋の前まで辿り着いた。
ムギちゃんのIDカードを通し、扉を開ける。
中に入り、私はヘリの鍵を探した。

紬父の言っていた「机」を探す。
それは寝室のベッドの横にあった。
その引き出しを開けると、そこには沢山の鍵が入っている。

私にはどれがヘリの鍵だか分からない。

近くにあったバッグを手に取り、ひっくり返してその中身を全部出す。
空になったバッグに、鍵をとりあえず全部詰め込んだ。

念の為、別の引き出しの中もチェックする。
鍵らしき物は無い。

唯(んっ? これは……)

そこには、紬父と幼少の頃のムギちゃん、そして見知らぬ女性が写っている写真があった。
女性はとても美しく、天使のような笑顔で微笑んでいる。
その写真は、綺麗な写真立てに納められていた。

唯(これが……ムギちゃんのお母さんか……)

私はその写真立てをバッグに入れた。
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:24:55.83 ID:D4ccMxpB0
必要な物は手に入れた。
今すぐに私も屋上に向かうべきだった。

しかし私は、「思い出」を取りに自分達の部屋に向かった。

みんなの映像と私のギー太。
私達が確かに存在したという証。
それをムギちゃんに持っていて欲しかった。

私はもう人間じゃない。

ムギちゃんの安全を脅かす危険因子。
彼女と一緒に東京の施設に行く事は許されない。
だから私は、彼女にギー太を託すのだ。

ムギちゃんがいなければ、ギー太は私の元には無かった。
一番最初に、私とムギちゃんを結び付けた宝物。
私がこの世で一番大切にしている、命無き物。
でも、魂は絶対に宿っている。

ギー太は私の分身だから。

自室に辿り着いた私は、ポーチの中身を全て持って来たバッグに移し変えた。
そしてギターを背負う。

ギー太、私の代わりにムギちゃんを宜しくね
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:27:45.36 ID:D4ccMxpB0
後は屋上に向かい鍵を届けるだけだ。
私は長い廊下を駆け抜け、階段まで辿り着いた。

その時、同階の遠方からゾンビではない悲鳴が聞こえて来た。
姿は見えないけれど、聞き覚えのある声……女の声!

彼女は助けを求めていた。

その彼女の声に合わさる様に聞こえてくる、ゾンビの咆哮。
一人ではない、崩壊者は複数いる。
足音は徐々にこちらに迫ってくる。

私に彼女を助けるという選択肢は無い。
私の利き手は折られ、腹に受けたダメージもまだ残っている。
そもそも、武器の無い状態で複数の崩壊者を相手にする事など不可能だ。

私はムギちゃん達に渡さねばならない物がある。
私には果たすべき使命があるんだ。

ここで彼女を見捨てたとして、誰が私を責める事が出来よう。
彼女に恩があるわけでも無いし、助けるメリットなど皆無なのだ。

しかし、私はその場を動けずにいた。
私の中に僅かに残る「人間」が、私をその場に縛り付けた。
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:36:18.62 ID:D4ccMxpB0
何故、この足は動かない?
私にこれ以上何を求めるというの?
今は逃げるという選択肢しかないんだ!

出来ない事をしようとすれば失敗する。

早く、早く屋上に行かなければ!
それが私の順番の一番上なんだ!
だから動いて!

私の足は動かなかった。

そうか、私はここから逃げる事が出来ないんだ。
ゾンビに追われ、助けを求める人を見捨てる事なんて出来ないんだ。

それが私の「出来ない事」なんだ。

廊下の奥の曲がり角から、女が飛び出して来た。やっぱり彼女だ。
彼女は血で汚れていなかった。感染していない。

私の姿を見て、助けて、と泣きながら彼女が叫ぶ。
私はバッグを置き、ギターケースからギー太を取り出した。
私は左手でギー太を握り締め、彼女の元へと駆け出した。

今まで血の流れを感じなかった足が嘘の様に動いた。
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:38:37.74 ID:D4ccMxpB0
女も私の方に駆けて来る。
その後ろから、崩壊者と成り果てた彼女の友人の一人が現れた。
女と崩壊者の距離は瞬く間に縮まって行く。

唯「女ちゃん! しゃがんで!」

女はヘッドスライディングをする様に私の方へと滑り込む。
私は体を回転させ、遠心力を使いギー太で崩壊者の顔面を殴り付けた。
その衝撃で、ギー太は粉々に砕け散った。
私は折れて先の尖った部分を崩壊者の首に突き刺し、止めを刺した。

女「ゆ、唯っ! 私の仲間が! あ、あいつらになっちまった!」

足音と荒い呼吸音が迫って来る。
女を追って来ているゾンビは彼女だけではない。

唯「女ちゃん、よく聞いて! あそこに置いてあるバッグを持って屋上に行って!
  あの中にヘリのキーが入ってるから! それでみんなと、この施設から逃げて!」

私はポケットから黒いIDカードを取り出し、彼女に渡した。

唯「このカードで屋上の扉は開くから!」

女「お、お前はどうするんだよ……」

唯「ここであいつらを食い止める!」

女「む、無理だ! まだ3匹いるんだぞ!?」

唯「いいから早く行って! 早く、早く行け!!」
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 18:39:38.81 ID:5lJmMfSJ0
なんという死亡フラグ…
622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:44:04.03 ID:D4ccMxpB0
★16
女は困惑した表情で私を見る。
そんな顔、女ちゃんのキャラじゃないよ。
私は戸惑う彼女を突き飛ばした。

女を追って来た崩壊者達がその姿を現す。
彼女の友人と、あのバンドのメンバーだった。

恐らく女は、騒動が起きた一般人居住区から、友人と共にこの男達の元へ逃げて来たのだろう。
しかし、何らかのキッカケで彼等の内の誰かが感染、発病し、今に至ったのだ。

彼等の姿を見て、女は階段の方へと走り出した。
その様子を見て、崩壊者達も走り出す。

私は奴等が横を通り過ぎる瞬間を見計らって足払いをし、先頭の女崩壊者を転倒させた。
後続の二匹の男崩壊者は転倒した女崩壊者に足を引っ掛け、体勢を崩しその場に倒れ込んだ。

私はギー太の破片を握り締め、俯せに倒れていた女崩壊者に襲い掛かった。
そいつの上に跨り、襟首に鋭く尖った破片を力一杯突き刺した。
破片は首筋に深々と突き刺さり、女崩壊者は動かなくなった。

残る二匹の崩壊者達が起き上がろうとしている。

私は動かなくなった女崩壊者から破片を抜こうとしたが、
奥まで突き刺さったそれを抜く事は出来なかった。
周りを見渡しても、他に武器になるような物は無い。

この二匹は武器無しで倒すしかない。
623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 18:45:25.14 ID:mR9J3iC50
ここの唯は音楽の才能もずば抜けてたのに・・・
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:46:42.30 ID:D4ccMxpB0
私は起き上がった一方の崩壊者の脇腹に横蹴りを入れ、もう一方の崩壊者の背中に飛び付いた。

そいつは背中に張り付いた私を振り落とそうと暴れ回った。
何度も廊下の壁に背中から叩き付けられたが、私は必死にしがみ付いた。
そして、私はその首に容赦なく噛み付いた。

私の牙は、崩壊者の頚動脈を噛み千切った。
首から血が噴水の様に勢い良く噴き出す。
この出血なら、こいつはやがて力尽きるだろう。

私はその崩壊者から離れようとした。

次の瞬間、私は背後から側頭部を強打され、その勢いで廊下の壁に頭から叩き付けられた。
意識が朦朧とする中、最後の崩壊者が私の目の前に迫る。
そいつは私の上に跨り、両手で私の首を思いっ切り掴んだ。

唯「んぐぐぐぐ……」

私は必死に、首を絞めるその手を取り除こうとした。
しかし、男崩壊者のその腕はびくともしない。

純粋な力比べで、女の私が勝てる筈など無かった。
私の視界は真っ白になり、力を入れる事すら出来なくなっていた。

私はここで死ぬ。

不思議な事に、死を目前にしても、私は恐怖や未練といったモノを一切感じてはいなかった。
625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:49:39.41 ID:D4ccMxpB0
私は自分のやるべき事を全て成し遂げたのだ。
ずっと守られ、何も出来なかった私。
そんな弱かった私は、もうどこにもいない。
やっと私はみんなに追い付いたんだ。

私は人間としての尊厳と誇りを持ったまま死ぬ事が出来る。
薄れ行く意識の中、私の心は幸福感の様な物で満たされていた。

ムギちゃん……。

私が初めて「好き」になった女の子。
とっても優しくて、一緒にいるだけで私の心は暖かくなったんだ。
ムギちゃんのお陰で、私はこんな所でも幸せを感じる事が出来たんだよ。
今まで本当にありがとう、ムギちゃん。
最後まで一緒に居られなくてゴメンね。

さよなら。

長い間待たせちゃったね。
もうすぐ、私もみんなの所に行くから。
ううん、私はそこには行けないかな。
私はみんなと違って、悪い事を一杯しちゃったから……。

凄く眠い。これが「死」なんだね。
あんまり苦しくなくて良かった。
苦しいのとか、痛いのとか、私は苦手だから……。

完全に意識を失ってしまう直前、私の耳に人間の声が聞こえた。

女「唯を放せこの野郎っ!!!」
626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:53:23.61 ID:D4ccMxpB0
女「唯、大丈夫か!? しっかりしろ!!」

あれ……?
私、まだ生きてる……?
目を開けると、そこには心配そうに私の顔を覗き込む女がいた。

唯「ゾンビは……?」

女「お前の首を絞めてた奴は私が殺ったよ」

女の横には、頭に棒状の何かが突き刺さって動かなくなった男崩壊者がいた。

女「立てるか? ほら、肩貸してやるよ。掴まれ」

私は女の助けを借りて起き上がった。

唯「なんで……戻ってきたの……?」

女「……分かんねぇ」

女「自分でも何でここにいるのか分からねえよ。そんなの、理屈じゃねえんだ」

唯「馬鹿だね……」

女「かもな。だけど、それはお前も同じだろ?」

唯「そう……だね……」

女は私を見てニコッと笑った。
初めて見た、女の優しい笑顔だった。
627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 18:57:29.33 ID:D4ccMxpB0
私は彼女に捕まりながらゆっくりと歩いた。
興奮状態の時には感じなかった痛みが、今になって私を襲う。
少し歩く度、全身に激痛が走った。

女「階段、大丈夫か?」

唯「なんとか……」

私達は一段ずつ、ゆっくりと階段を上がっていく。
階下から崩壊者達の足音がする。
そしてそれは、確実に私達へと近付いて来ていた。

唯「だめ、間に合わない……。女ちゃん、先に行ってよ……」

女「馬鹿、ここまで来てお前を置いて行けるかよ」

唯「でも、このままじゃ追い付かれる……」

女「だったら、お前がもっと気合を入れて早く歩け!」

彼女は、私を置いていく気はさらさら無い様だ。

また私にやるべき事が出来た……。
神様は私に休息を与えないつもりか。
私は痛みを堪え、必死に階段を上った。

女「もうすぐだ、頑張れ!!」

屋上への扉が見えて来た。
しかし、崩壊者達も私達のすぐ後ろまで迫って来ている。
628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 19:00:21.44 ID:D4ccMxpB0
女「あと少し……もう扉はすぐそこだ!」

唯「んんんん……う゛う゛う゛う゛う゛っっっ!!!!」

私は最後の力を振り絞り、女と共に階段を駆け上がった。
扉の前に着くと、女は黒いIDカードを取り出し、扉に差し込んだ。

屋上の扉を開けると、激しい突風が私達に襲い掛かった。
今夜はまるで嵐の様に風が激しい。
夜空には雲一つ無く、満月の光で照明はいらない程に明るかった。

紬「唯ちゃんっ!!!」

扉の近くにはムギちゃんと斉藤さん、少し離れた所に受付嬢が待機していた。

唯「奴等が来てる! 扉を早く!!」

私がそう言うと、斉藤さんが素早く移動し、開いてい扉を閉めた。
カチッとオートロックが掛かった次の瞬間、内側から扉を激しく叩く音が辺りに響いた。

斉藤さんは、女から渡されたバッグの中身を漁り、一つの鍵を取り出した。

斉藤「この扉はそれ程頑丈ではありません。皆さん、あちらへ急いでください!」

この屋上には、3機のヘリが置かれている。
斉藤さんはその内の一つを指差して言った。

私はムギちゃんの肩を借り、そのヘリコプターに向かった。
629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 19:04:12.79 ID:D4ccMxpB0
斉藤さんは素早くヘリの操縦席に乗り込み、離陸の準備に入った。
回転翼が回り始め、周囲に轟音が響く。

受付嬢がヘリに乗り込み、女がその後に続く。

紬「唯ちゃん、行きましょう!」

ムギちゃんは先にヘリコプターに乗り込み、私に手を差し出した。
しかし、私にはその手を握る事が出来なかった。

紬「唯ちゃん……?」

唯「ここでお別れだよ、ムギちゃん……」

紬「えっ……?」

唯「私はムギちゃんと一緒に行く事が出来ないんだ……」

紬「どうして!?」

唯「私はね、もう人間じゃないんだよ。ゾンビに噛まれちゃったから……。
  私と一緒にいれば、ムギちゃんに危険が及ぶかもしれない……。だから一緒に行けないの」

紬「例え唯ちゃんがゾンビだとしても、そんなの関係ない! 一緒に来て!」

唯「そんなの駄目だよ。私は絶対にムギちゃんを傷付けたくないから。
  だからここでお別れをするの。大切なムギちゃんを守る為に。
  最後にムギちゃんの姿が見れて、声が聞けて、本当に良かったよ……」

唯「愛してるよ、ムギちゃん……」
630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 19:07:00.45 ID:D4ccMxpB0
紬「そんな……そんなの嫌よっ! 唯ちゃんがいないと私……私……」

女「唯、そんな話は後ですればいいじゃないか! 早くヘリに乗れよ!」

唯「女ちゃん、今更私が言えた義理じゃないけどさ、ムギちゃんをお願いね……」

女「ふざけんなっ! それはお前の役目だろ! 私の知った事じゃねえよ!」

私は女に優しく微笑みかけた。

女「お前はゾンビなんかじゃねえ! お前は……お前は人間だ! お前は人間の『平沢唯』だ!」

唯「ありがとう……。私、女ちゃんともっと仲良くなりたかったな……」

唯「ムギちゃん、もう行って。そして生きて……。私達の分まで。
  ムギちゃんが生きて私達を覚えている限り、私達はムギちゃんの中で生き続けるから」

紬「唯ちゃん……」

唯「大丈夫、心配しないで。私だって、すぐ死ぬワケじゃないよ?
  私はあいつらの『友達』だからね。襲われたりしないからさ。
  もう一人で料理だって、掃除だって、洗濯だって出来るんだよ?
  この軽井沢で、のんびり一人暮らし。悪くないよね、うん。」

紬「……」

唯「私からの最後のお願いだよ、ムギちゃん……」

紬「分かったわ……」
631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:14:51.40 ID:vHvpRRIMo
クライマックスですな
632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:32:32.37 ID:E3HcppyRo
試しに>>1のレスをNGにしたらこのスレのレスの殆どが消えちまったww

ここnipだよな……
無理すんなよ
633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 19:34:13.86 ID:D4ccMxpB0
紬「斉藤、ヘリを出して!」

ムギちゃんがそう言うと、ヘリはゆっくりと上昇を始めた。

唯「さよなら、ムギちゃん。元気でね……」

紬「……。」

ムギちゃんは何も言わなかった。
私は込み上げる涙を必死に堪えた。

最後に涙なんて見せたくない。
私はムギちゃんを笑顔で見送りたいんだ。

ヘリが1m程上昇した時、ムギちゃんが何か叫んでいるのが聞こえた。
しかし、回転するプロペラの音が邪魔で、何を言っているのかは分からない。

次の瞬間、ムギちゃんは上昇するヘリから飛び降りた。
着地した後、蹌踉けて転びそうになるムギちゃんを、私は駆け寄り抱き支えた。

唯「ムギちゃんっ!?」

紬「えへへ……来ちゃった……」

斉藤さんも、ムギちゃんがヘリから降りた事に気付いた様だ。
着陸を試みようとするものの、強風に煽られ上手くいかない。
ムギちゃんは操縦席に向かって手を払う仕草をし、行け、と合図を送る。

暫くの間、ヘリは近くを旋回していたが、着陸は出来なかった。
斉藤さんはムギちゃんを拾う事を諦め、遥か遠くへ飛び立って行った。
634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:36:12.64 ID:vJtpbBmKo
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         ';  ソ    |  ,,.. ゙     .lli.: ゙ヽノ   ; ,r゙
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            ゙ヽ-/,   =|l||!!'゙゙ ゙    l.ノ、 '● ';
  / ̄``ヽ、     Z;: ,.   ≡'   ●   /;;;;;;ヽ  -'i
  |  救   |     Z',.; ',.  !||l     /;;;;;;;;;;;;'、  ;;|
  |  え  |     彡;'   '゙'|i!i;;!|   ヽ、;;;;;;/  :;l
  |  ね  l...,,     彡、、- i|li     ,,..-='゙l ;'r'
  |   ェ  | ̄      ツ ゙''゙゙ノ;;     l    /,/
  \__/        /'゙'゙''''r(-t_ ,, ,,  ヽ、,,.ノ/;;;\
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635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 19:37:48.11 ID:D4ccMxpB0
紬「ありがとう、斉藤……。私の最後の願いを聞いてくれて……」

ムギちゃんはあの時、斉藤さんに向かって叫んでいたのだろう。
ムギちゃんが斉藤さんに何を言ったのか、私にはすぐに分かった。
女と受付嬢の事を斉藤さんにお願いしたのだろう。
だから斉藤さんは、危険を冒して強引に着陸しようとはしなかった。
ムギちゃんに託された願いによって、彼女達を危険に晒す事が出来なかったのだ。

やがてヘリの音は完全に聞こえなくなった。
その代わりに、亡者達が扉を叩く音だけが月明かりの下に響く。

そうだ、私達の危機はまだ続いているんだ。
あの亡者達は、いずれ扉を破壊し私達の前へやってくる。
私は全力で思考を駆け巡らせた。

どうやってムギちゃんを奴等から守る?

ボロボロになった私の体。
武器になるような物は何一つ無い。
この状況からムギちゃんの命を守る方法……。
私は1つしか思い浮かばなかった。

ムギちゃんのゾンビ化。

この方法以外ありえない。
でも、私にそれが出来るだろうか。
私が愛した親友、彼女に噛み付く事など出来るだろうか?
迷う私の心を見透かすかの様に、ムギちゃんは私に言った。

紬「唯ちゃん、私をゾンビにして……」
636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:39:15.96 ID:mR9J3iC50
もう唯がウィルスによって変異型新人類に覚醒するしかないな・・・
637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 19:42:04.39 ID:D4ccMxpB0
ムギちゃんは、正面から私の顔をしっかりと見据えていた。

唯「ムギちゃん……」

紬「私ね、ヘリを飛び降りた時から覚悟していたの。私もゾンビになるって。
  言ったでしょ? 私はずっと唯ちゃんと一緒にいるって。全ての苦しみを貴女と分かち合うって。
  私の苦しみは唯ちゃんの苦しみ。唯ちゃんの苦しみは私の苦しみ。
  自分の苦しみを相手に与えたくない、という気持ちは私だって分かるわ。
  でもね、逆の立場だったら唯ちゃんだって、私と同じ事をする筈よ?」
  
唯「違う……私は違う……。だって、私は逃げたもん……。
  みんなを……憂や和ちゃんを見捨てて、私は一人で逃げたんだもん……」

紬「唯ちゃんは違うわ。みんなの事を想って逃げたのだから。
  仲間を見捨て逃げたのは私……。だから、私はもう逃げたくない。
  大切な親友を置いていく事なんて、もうしたくないの」

ムギちゃんの罪、それは皆を置いて一人逃げた罪。
桜ヶ丘高校を去ったその日から、ムギちゃんはその罪に苛まれ続けて来た。
だからこそ、またあの時の様に、一人安全な場所に逃げる事など、彼女に出来る筈が無かった。

紬「私達は、何時如何なる時も同じ十字架を背負う運命にあるの。
  でもね、私はその事を辛いなんて思った事は一度も無いわ」
  
紬「だって、私達は二人なんですもの」

ムギちゃんは涙を流しながら、天使の様な笑顔を私に向けた。

私の傍には、いつもムギちゃんが居てくれた。
そうだ、私は一人なんかじゃない。二人なんだ。
638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 19:45:35.75 ID:D4ccMxpB0
ムギちゃんは袖を捲り、白く細い腕を私に差し出した。
月明かりに照らされた彼女のそれは、神秘的にさえ感じられた。

憂、和ちゃん、りっちゃん、澪ちゃん、あずにゃん……。
彼女達なら、例えこんな状況でも、ムギちゃんに噛み付いてゾンビにする事など無いだろう。

しかし、私は彼女達の様に強くはなれなかった。
私はムギちゃんに噛み付き、ゾンビにする。

仮にこの状況を、それ以外の方法で打破出来る可能性があったとしても。

ムギちゃんに私と同じ苦しみを与える事など、私には出来なかった。
それは彼女をゾンビ化する事ではなく、人間のままでいさせる事。

私の罪、それは一人人間で在り続けた事。

私が人間で在り続けたが故に、私より先に憂が死に、和ちゃんが死んだ。
家族や友人に人間がいる限り、周りのゾンビ達が死んで逝く。
そしてそれが、生き残った「人間」に重過ぎる十字架を背負わせるのだ。

私は、差し出された彼女の腕に歯を立てた。
雪の様に白い肌に、小さな紅い薔薇が咲いた。

それは免罪の証。
今、ムギちゃんは贖罪を終え、自らの罪から解放されたのだ。
639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 19:51:47.56 ID:D4ccMxpB0
その時、階段に続く扉が倒れ、大きな音が辺りに響いた。
崩壊者達が扉を破壊したのだ。
まるで雪崩れの様に、奴等が屋上へと押し寄せて来た。

月明かりの下で奇声を上げ、獲物を探す亡者達。
しかし、その眼に私達は映っていなかった。
私達は彼等に受け入れられたのだ。

人間を拒絶する世界。
そこには秩序も倫理も存在しない。
人類の築き上げてきた文化は零に帰した。

この崩壊してしまった世界に、私達は今、受け入れられたのだ。

ここにはもう「人間」の居場所など無い。
でも、私達は大丈夫。
例え何も無くたって、二人なら生きて行ける。

唯「部屋に戻ろう、ムギちゃん……」

紬「ええ、唯ちゃん……」

もう恐れるモノなど何も無い。
私達は互いに手を握り、亡者達が蠢く月明かりの下を歩いた。
いつの間にか風は止んでいた。

二人の影は、ゆっくりと施設の中に消えていった。


終。
640 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:54:17.01 ID:g8o79qqNo
>>1 乙〜
面白かった・・・
面白かったけどせつねえよお
641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:54:40.09 ID:LQejrd3lo
綺麗だ……
642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:54:44.66 ID:66uX63Oho

切なすぎる…
643 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 19:54:49.14 ID:/ebW360SO
ちょっそこで終わりだと
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 19:55:24.86 ID:6tqA5DSo0
乙!!
(´;ω;`)ぅぅぅ
けいおんみたことねぇけど・・・・
見たら多分号泣しそう
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:56:19.40 ID:ZN0ZblSo0
乙ー、長かったが面白かったぜ
つか一度の投下量が化物過ぎるぜ
唯ちゃん達が可哀想なんで次はほのぼのとか書いてくれよな
646 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:56:52.42 ID:DuCSpkoqo
大作を短時間で乙!
元がけいおんキャラらしかったからこそ壊れていく様子が切ない
でもとても綺麗な話だった
647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:57:31.25 ID:cC5HT1IAO
>>1
とても読み応えのある内容でした。
律 梓は死んだ描写も崩壊者になる描写もなかったけど、人間平沢唯を守る 事が出来なくなった時点で自我を保てなくなった。て解釈でいいのか…
なんにせよ丸2日間、ほぼ投下しっ放しお疲れ様でした。
ゆっくり休んでね。
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:58:28.95 ID:fTUuWgPLo
ハッピーエンドとはいかなくてもそれなりに平穏に暮らせるエンドが見たかった…
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 19:59:09.97 ID:5lJmMfSJ0
なんて文章量なのに全部読んじまった…お疲れ過ぎるぜ
差し支えなければ他の作品も教えていただきたい
650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:00:45.32 ID:D8KzciGZo
ハッピーエンドだよ。
誰がなんと言おうと、これはハッピーエンドだよっ!!
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:03:14.33 ID:ZN0ZblSo0
ゾンビパニックではハッピーエンドは割と序盤から諦めておいたほうがいい、これ豆知識な
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:06:12.61 ID:KuurkK9DO
ハッピーエンドだよ!たぶん!
乙すっげー面白かた
653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:07:22.27 ID:pckNo1XDO
乙!凄く面白かった。
時間を忘れて読んでしまった。
読後の後味がたまらなくいい…!
654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:11:12.09 ID:fxDENhgZo
おつかれさま
すばらしかった
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:11:42.36 ID:XkDooNdq0
なんともいえない後味の悪さ(←褒め言葉)
ゾンビパニックしてて面白かったよ
途中デッドライジング思い出したけど
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:13:57.85 ID:KnkQqopWo
これはいいノーマルエンド
657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:20:08.67 ID:fmUVuMCVo
なんというか終りが見えてる世界の倦怠感というか
居心地の悪さというか、圧迫感みたいなものが感じられて
すごかった。
なんか平井堅のアオイトリって曲を思い出した
とにかく>>1
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:21:16.49 ID:s1TRfMFAO
お疲れ様でした!
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:25:44.62 ID:z+RJMj7jo
退廃したロメロ的な空気とけいおんが混ざり合ってて、
滅茶苦茶引きこまれた。
本当に面白かったよ、ありがとう!
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:26:45.79 ID:LdaltVP3o
むぎゅは天使
唯はよく頑張った
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:35:17.72 ID:rsuQX6fLo
素晴らしいの一言です
662 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:41:46.34 ID:Q259MPhQo
けいおん見たことない俺でも十分に楽しめる作品だった
ご都合的過ぎる展開も少なく、もしウイルスの蔓延が阻止できなかったら?という状況を
リアルに違和感なく感じ取ることが出来ました。次回作も楽しみにしています
663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:45:20.42 ID:E3HcppyRo
>>1

怒涛の投下に始まり投下で終わる。何言ってんのか自分でもかわからんが内容やらなんやらひっくるめて、凄いの一言に尽きる
664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 20:59:17.39 ID:D4ccMxpB0
>>649
これが自分の童貞作です。
本当は他に書きたい作品があったのですが、それは長くなりそうだったので、
最初だし、まずは適当に短めの物でも書こうと思ってこれを書いたら……。
予想外に長くなったでござるorz

>>662
ご都合主義的エンドは……急遽封印しました。
ここで終わった方が色々自然だと思いまして……。

というか、 こ ん な 作 品 書 い た 記 憶 が 無 い 。

ただ、軽音キャラがゾンビに無双する話が書きたかっただけなんだ……。
なのに、何故か唯が人間相手に無双をはじめやがって……。

女とかボーカルとか、あいつらの所為で施設の話が長くなり過ぎたマジ市ねでござる。
665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:00:43.92 ID:vHvpRRIMo
>>1

アフターあるならかゆうまエンドかな…
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:03:05.98 ID:nTrvIkjAO
これは凄い。マジで凄い。
667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:03:25.76 ID:KBk1XtoAO
マジ乙でした
修正する前はどんな展開でどんなエンディングだったのかって言うのも知りたいな
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:04:13.89 ID:E3HcppyRo
>>1が始めてSS以外でレスした……!?
ゾンビじゃなかったことに気づいて漏らしそうになった
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:09:11.93 ID:mR9J3iC50
>>1マジ乙
面白かった。とりあえずゆっくり休んでくれ!
修正前を投下する仕事がまだのこってるんだからな!
670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:14:19.90 ID:r/MEcARio

俺が想像してたのよりずっとハッピーエンドだわ
671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:23:12.84 ID:5JgZA52AO
唯と紬は共に生きるのか…

紬が死んで唯発狂、最後は唯も死ぬ…かと思ったが…

これで初SSってマジですか!?
超乙
672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 21:24:33.34 ID:/ebW360SO
ご都合主義とか知らんから早くかk…いて下さいお願いします
673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:26:00.11 ID:5JgZA52AO
てっきりバイハザさん辺りの有名書き手が書いてるのかと思ってたが…

百合ノート…ではなく執事ノートの方に保管されそうだな

連レススマソ
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:27:29.36 ID:GStlTpa7o
ちょっとドラゴンボールを探してくるわ
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:29:43.93 ID:DuCSpkoqo
じゃあ俺は青狸に平和な歴史を変えてもらってくる
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:35:40.38 ID:KnkQqopWo
有名書き手だのまとめだのってSSスレで言い出す奴どうにかしろよマジで
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:39:48.49 ID:lXNUnrdDO
>>1
本当に面白かった
処女作とは思えない
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:42:06.69 ID:rsuQX6fLo
>>677
処女作じゃないってかいてあるじゃん
童貞作だってさ
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 21:44:26.82 ID:D4ccMxpB0
私達は自室に戻り、血で汚れた洋服を脱ぎ捨て、浴室へ向かった。
この施設のライフラインは、人がいなくても故障でもしない限り自動で維持される。

私の体は傷と痣だらけになっていた。
大丈夫?痛くない?とムギちゃんが心配そうに私を見詰める。
大丈夫だよ、と私は彼女に優しく微笑んだ。

浴室から出て寝巻きに着替え、私達はベッドに潜り込んだ。

今日はもう疲れた。

腕の痛みなど気にならない程、私は強烈な睡魔に襲われていた。
今の私達に、アルコールなど必要無かった。

唯「明日になったらさ、ムギちゃんのお父さんを土に埋めよう」

紬「ええ……」

私達は抱き合いながら、間も無くして深い眠りに付いた。

私はその日、悪夢を見なかった。
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 21:46:31.06 ID:D4ccMxpB0
次の日、目が覚めると、私の体は驚く程に回復していた。
流石に折れた腕はまだ痛むけれど、傷や痣は昨日負った物とは思えない位に小さくなっていた。

紬「おはよう、唯ちゃん……」

唯「おはよう、ムギちゃん」

時計を見るとお昼の12時、私達は二人で寝坊をしてしまった様だ。
私のお腹が大きな音を立てる。
こんな時でも、やっぱりお腹は空くんだなぁ。
その音を聞き、ムギちゃんはクスクスと笑った。

唯「ご飯にしよっか……」

食堂まで続く廊下の、至る所に死体や血の跡がある。
その中に私達以外の動く影、崩壊者達の姿も見えた。
昨日の出来事が、夢では無かったという証拠だ。

ムギちゃんが私の手をぎゅっと握る。

唯「怖い?」

紬「ううん、大丈夫よ……」

血生臭い通路を抜け、私達は食堂に着いた。
そこは廊下と違い血の跡や死体など無く、驚く程に綺麗なままだった。

良かった。

流石の私でも、死体の中で食事などしたくはなかった。
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 21:48:01.91 ID:LRO5DO0AO
例え治療法が見つかったとしても失ったものが多すぎるし、その後の人の世界はこの施設と何も変わらないから
いいタイミングの良い締め方だった

そのうちあの世で全員揃ってティータイムできるだろうし半端に生き延びるよりハッピーエンドだ
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:48:37.88 ID:ZN0ZblSo0
あ続いた
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:48:51.00 ID:vHvpRRIMo
アフターktkr
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 21:51:12.27 ID:D4ccMxpB0
私もムギちゃんも、しっかりと食事を取った。
ムギちゃんがこんなに食べる所を見たのは初めてだった。

普通の人間なら、あんな光景を見た後で食事などする気にはなれないだろう。
しかし、私達はそんな事を言っていられる状況ではなかったのだ。

ここはもう「人間」の住むべき世界ではないのだから。

それに、十分に栄養を取らなければ、いざという時に迷惑を掛けてしまうかもしれない。
私はムギちゃんに、ムギちゃんは私に、お互いに心配など掛けたく無かった。
こんな所で弱音を吐くワケにはいかない。
その想いが、私達を精神的に強くしていたのだ。

この世界を二人で生き抜く為に。

食事を済ませた私達は、少し休憩した後、この施設の中を見回る事にした。
まだ他に「生存者」がいるかもしれない。
人間でもゾンビでも、とにかく意思疎通の出来る者に会いたかった。

私達はまず、斉藤さんや紬父が幽閉されていた地下収容所に向かった。
あそこにはまだ人間が残っているかもしれない。そんな期待をしていた。

私達の期待は最悪な方向で裏切られた。

そこに「あった」のは無残に引き裂かれた肉塊と、徘徊する崩壊者達だけだった。
その中には、昨日まで人間だった施設管理者の姿もあった。

私達は早々にその場を後にした。
685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:53:25.65 ID:r/MEcARio
おぉー
休みながらでいいからな
686 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:56:00.60 ID:LQejrd3lo
続きだと……?
687 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 21:58:41.78 ID:D4ccMxpB0
書き中に失礼します。
基本的に、自分がレスするとssの世界観が壊れると思ってレスは控えて来ました。
ただ、途中で疲れてその意思が折れたりしましたがorz

>>681
自分もそう思います。
というか、自分で書いてて「あ、ここで終わりで良くね?」とか思ってました。

多分この先は駄作になるので、あくまで「おまけ」です。
ただ、書いてしまったのを破棄するのもあれなので、ついでに記念として書き込みさせて下さい。

やべえ、叩かれるのこえええええええ……ビクンビクン
688 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 22:01:53.23 ID:D4ccMxpB0
その後、一般人居住区を隅々まで調べ回ったけれど、「人間」に出会う事は無かった。

兵士達が使う軽装甲車両などが置いてある地下駐車場に行くと、その殆んどが無くなっていた。
ヘリを持たない者達は、ここにあった車を使って脱出したのだろうか。

無くなった車の代わりに、一般人を含む夥しい数の死体が散乱している。
その中で、まだ多くの崩壊者達が黙々と食事をしていた。
どうやら、ここが一番の「地獄」だった様だ。

この施設から脱出しようと、多くの人がここに詰め掛けた。
しかし、その者達全員を収容出来る程、車両は存在しない。
となれば、何が起こるかは容易に想像出来る。

人間同士の殺し合い。

その血の臭いに惹かれて、集まって来る亡者達。
この惨状は、その結果なのだ。

昨日、何故崩壊者達が階下に集中していたのか、その謎が解けた。
奴等は皆、ここに集まって来ていたのだ。

もしあの時、車で逃げようとしていたら……。
間違いなく、私達もこの惨たらしい風景の一部となっていただろう。

唯「もう行こう……」

紬「うん……」
689 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:04:53.93 ID:D4ccMxpB0
私とムギちゃんは、死んだ紬父の元へと向かった。

私は紬父を殺した後、そのまま放置するのは気が引けたので、
その遺体を近くの談話室に移動させたのだ。

部屋の中の紬父の遺体は、私が昨日動かしたままの状態で寝かされていた。

紬「お父様……」

ムギちゃんは、涙を流しながら紬父の頬を撫でていた。

紬「ありがとう、唯ちゃん……」

唯「ムギちゃん……」

紬「お父様がこんなにも安らかな顔で眠っているのは、唯ちゃんのお陰だから……」

そう言うと、ムギちゃんは紬父を抱き起こし背負った。
ゾンビ化した事で、痩せ細ったムギちゃんでも、大きな紬父を担ぐ事が出来た。

唯「……手伝おうか?」

紬「ありがとう、でも平気よ。お父様は私一人で運ばせて。これが最後だから……」
690 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:08:13.47 ID:D4ccMxpB0
外は雲一つ無い快晴だった。太陽の光が目に染みる。

私は小さめのユンボに乗り込み、紬父を埋める為の穴を掘っていた。
この操縦方法も、斉藤さんに教わった事だ。

片手で操縦するの事は難しく、思ったより捗らない。
それでも私は、顎や肩を使い、何とか重機を動かした。

広く大きめに掘った穴の底に、ムギちゃんが紬父を優しく丁寧に寝かす。
そこでムギちゃんは、紬父に最後の別れを告げた。
ムギちゃんが穴から出た後、私はそこにゆっくりと土を被せた。

3月も終わりになると、かなり暖かい。
いつの間にか私は汗まみれになっていた。

土を全て被せ終え、近くにあった大きな石をショベルで持ち上げ、その上に置いた。

これで紬父のお墓は完成だ。

ユンボから降りると、ムギちゃんが冷えたジュースを持って来てくれた。

紬「ありがとう、唯ちゃんのお陰で立派なお墓が出来たわ」

ムギちゃんが優しく微笑む。私もそれに笑顔で応えた。

紬「ねえ、唯ちゃんの腕が治ったら……」

ムギちゃんが真剣な顔で私に言った。

紬「もう一度、東京に戻らない?」
691 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:11:11.93 ID:D4ccMxpB0
紬「私ね、もう一度……もう一度だけ桜ヶ丘高校に行きたいの。
  みんなが笑顔でお喋りしながらお茶をしたあの部室に……」
  
唯「ムギちゃんの気持ちは分かるけど……。
  あそこはもうムギちゃんの知ってる場所じゃ無いの。
  桜ヶ丘高校は、ここと同じ様に崩壊した場所なんだよ。
  今、期待を持ってあの場所に行っても、失望するだけだと思う」

紬「それでも……私はどうしてもあの場所に戻りたいの……お願い……」

唯「……。何があっても、後悔しない?」

紬「ええ、どんな現実でも、私は受け入れるわ」

唯「……そっか。」

唯「いいよ、行こう。私達の学校に。私達が出会ったあの場所に」

紬「唯ちゃん……」

唯「そうと決まったら、早速出発の準備をしよっか」

紬「えっ!? 今すぐ?」

唯「思い立ったが吉日、だよ? ムギちゃん!」

ゾンビになった私達を縛り付ける物など何も無い。
私達は、完全に自由なんだ。
だから、何処にでも飛び立って行ける。
施設という鳥籠に留まる必要なんて何処にも無いんだ。
692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:15:26.37 ID:D4ccMxpB0
紬「でも、その腕じゃ……」

唯「大丈夫、片腕だって、運転くらい簡単に出来るって!」

唯「それに、外に出られるのなら、私はどうしても行きたい所があるんだ……」

紬「……憂ちゃん達の所ね」

唯「うん。あれから8ヶ月も経っちゃったから、あそこが今どうなっているか分からないけどね」

紬「場所は分かるの?」

唯「軽井沢駅から真っ直ぐ行った所だから、駅まで行ければ分かると思う」

紬「そうね。それじゃあ、出発の準備をしましょ?」

唯「うん」

私達は警備室へ行き、車のスペアキーを持って、再びあの忌まわしい駐車場に戻った。
そこにある軽装甲車に付いている番号と、キーの番号を照らし合わる。
私は残っていた車の中からガソリンの残量が一番多い物を選び、
ムギちゃんを助手席に乗せ、それを施設の表玄関に移動させ停車した。

唯「カーナビも付いてるし、ガソリンも満タンに入ってる。
  後は、食料と生活用品を詰め込めばバッチリだね」

私達は自室に戻り、ヘリに持って行く筈だったバッグを車に積んだ。
その後、食堂で長持ちしそうな食料や水、缶詰などを、手当たり次第に車に詰め込んだ。
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:19:56.02 ID:D4ccMxpB0
唯「ふぅ〜、こんなもんかな」

紬「そうね」

唯「後はギー太を持ってくるだけか」

紬「そういえば、部屋には無かったわ……」

唯「うん……」

私は小さめのバッグを持ち、ギー太の元へと向かった。

紬「待って、唯ちゃん。私も行く」

私達はギー太が眠っている廊下までやって来た。
3人の崩壊者達の死体と、バラバラになったギー太が散乱している。

紬「唯ちゃん……」

唯「うん、ギー太は壊れちゃったんだ……」

私は血の付いていない綺麗な破片を拾い、それをバッグに詰め込んだ。

唯「女ちゃんを助ける時にね、武器が無くってさ。ギー太は私と女ちゃんを守ってくれたんだ……」

私は後悔なんてしていなかった。
いくら大切でも、ギー太は「物」なんだ。
人間の命と比べられる筈なんてない。

ごめんね、ギー太。ありがとう、ギー太。
694 :設定変えたの忘れてた 訂正>>693[saga]:2011/02/02(水) 22:22:18.47 ID:D4ccMxpB0
唯「ふぅ〜、こんなもんかな」

紬「そうね」

唯「後はギー太を持ってくるだけか」

紬「そういえば、部屋には無かったわ……」

唯「うん……」

私は小さめのバッグを持ち、ギー太の元へと向かった。

紬「待って、唯ちゃん。私も行く」

私達はギー太が眠っている廊下までやって来た。
4人の崩壊者達の死体と、バラバラになったギー太が散乱している。

紬「唯ちゃん……」

唯「うん、ギー太は壊れちゃったんだ……」

私は血の付いていない綺麗な破片を拾い、それをバッグに詰め込んだ。

唯「女ちゃんを助ける時にね、武器が無くってさ。ギー太は私と女ちゃんを守ってくれたんだ……」

私は後悔なんてしていなかった。
いくら大切でも、ギー太は「物」なんだ。
人間の命と比べられる筈なんてない。
695 :ミスったorz 訂正>>694[saga]:2011/02/02(水) 22:24:09.91 ID:D4ccMxpB0
唯「ふぅ〜、こんなもんかな」

紬「そうね」

唯「後はギー太を持ってくるだけか」

紬「そういえば、部屋には無かったわ……」

唯「うん……」

私は小さめのバッグを持ち、ギー太の元へと向かった。

紬「待って、唯ちゃん。私も行く」

私達はギー太が眠っている廊下までやって来た。
4人の崩壊者達の死体と、バラバラになったギー太が散乱している。

紬「唯ちゃん……」

唯「うん、ギー太は壊れちゃったんだ……」

私は血の付いていない綺麗な破片を拾い、それをバッグに詰め込んだ。

唯「女ちゃんを助ける時にね、武器が無くってさ。ギー太は私と女ちゃんを守ってくれたんだ……」

私は後悔なんてしていなかった。
いくら大切でも、ギー太は「物」なんだ。
人間の命と比べられる筈なんてない。

ごめんね、ギー太。ありがとう、ギー太。
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:30:09.42 ID:D4ccMxpB0
出発の準備が整った頃、もう陽は沈み掛けていた。

唯「もうこんな時間か……。出発は明日にしよう」

紬「ええ、そうね……」

私達は早めの夕食を済ませ、入浴し、翌日の為に寝る事にした。
目覚ましをセットし、睡眠薬をアルコールで流し込んだ。
そのお陰で、私達は20時前には既に熟睡していた。

翌日朝6時55分。

私達は、目覚ましが鳴る5分前に起きる事が出来た。
シャワーを浴び、軽めの朝食を済ませる。
サンドイッチを作り、それを昼食にする為、バスケットに詰め込んだ。

唯「それじゃあ、行こうか」

今日も昨日と同様に、澄み渡った青空が広がっている。
私達は車に乗り込み、開かれた表門から施設を出た。

流石観光名所、綺麗な景色の山道が続く。
この施設に来た時、私は気を失っていた為、この辺りの風景を見るのは初めてだった。

穏やかな景色を眺めていると、施設内の悲惨な光景が夢の様に思えてくる。

いつかこの夢から醒める時は来るのだろうか。
697 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:33:24.24 ID:D4ccMxpB0
助手席のムギちゃんは、カーナビを見ながら進行方向を私に的確に伝えてくれた。
そのお陰で、私は軽井沢駅に行かずにこの場所に来る事が出来た。

憂と和ちゃんが殺されたこの場所に。

私は車の速度を落とし、辺りを見渡しながらゆっくりと道を進んだ。

紬「ここが憂ちゃん達の……?」

唯「うん……。ムギちゃんも、周りをよく見ててね」

紬「分かったわ……」

私とムギちゃんは、注意深く周囲を見ていた。
しかし、私達は憂や和ちゃん、あの時死んだ崩壊者達の痕跡すら見付ける事は出来なかった。
やはり、時間が経ち過ぎてしまったのだろうか……。

暫く進むと、私達が一夜を過ごした公民館が見えてきた。
その道端に車が一台停めてある。
和ちゃんがどこからか拾って来た車だ。
さらにその先には、私達が東京から乗って来た車が放置されていた。

唯「ここで私達は一泊したの。その時に純ちゃんが自我を失いそうになって……。
  純ちゃんとあずにゃんの二人とは、ここで別れたんだ……。

私は車を公民館の入り口の前に停めた。

唯「中を確認して行きたいの。いいかな?」

紬「もちろんよ。行きましょう……」
698 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:36:53.41 ID:D4ccMxpB0
中はあの時とは違い、塵が積もり、まるで廃墟の様に汚くなっている。
そして、白骨化した巨漢崩壊者の残骸が残されていた。

私達は皆で泊まった3階の部屋に向かった。
そこには、和ちゃん達が敷いてくれた布団がそのまま残されていた。

唯「あの時のままだ……」

私は過去の記憶を探りながら、部屋を見回した。
あずにゃんと純ちゃんを抱き抱えながら眠った時の事を思い出しながら。

その時、私はこの部屋からある違和感を感じた。
その違和感の正体に、私は程無くして気が付いた。

唯「バットが無い……」

紬「バット?」

唯「うん。あの日私はこの部屋にバットを持って来た……。
  でも、次の日ここを出た時、私はバットを持って行かなかったの。
  憂も和ちゃんも、バットなんて持ってなかった……」

紬「梓ちゃんか純ちゃんが持って行ったんじゃ……?」

唯「その可能性もあるけど、二人はゾンビだったんだよ? 今更武器なんて必要無いはず……」

あずにゃんか純ちゃんが、何かの為に持っていったのだろうか?
それとも……?
699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:41:03.54 ID:D4ccMxpB0
そもそも、あずにゃんと純ちゃんは何処に行ったのか。
もし、この場所で朽ち果てたのなら、あの崩壊者の様に骸が残っている筈だ。

唯「あずにゃんと純ちゃんはどこに行ったのかな……?」

紬「もし行くとすれば、町の方じゃないかしら? 食料や日用品もあるだろうし……」

私達は駅を中心とした軽井沢の市街地を車で回りながら二人の姿を探した。
クラクションを派手に鳴らし、人間がいる事をアピールしながら。
しかし、二人の姿はおろか、他の人間やゾンビの姿すら見掛ける事は無かった。

この町は、既に幽霊街となっていた。

日は疾うに暮れ、辺りは闇に包まれていた。
私達は彼女達の捜索を諦め、駅前の駐車場に車を停め、車内で一泊する事にした。

車内の寝心地は、施設のベッドに比べると頗る悪かった。
荷物を詰め込み過ぎた所為もあって、座席を余り後ろに倒す事が出来ない。
念の為、睡眠薬を持って来ておいて正解だった。

私達は、薬の力を借りて、何とか眠りに就く事が出来た。
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:48:28.81 ID:D4ccMxpB0
次の日、私達は一路東京を目指して進んでいた。

ムギちゃんがカーナビを桜ヶ丘高校にセットし、私はそのナビに淡々と従う。
車道は以前よりもかなり荒れていたけれど、この軽装甲車なら問題なく進む事が出来た。

途中、乗り捨ててある車などを発見した場合、残っているガソリンの量を確認する。
残量がある時は、手動ポンプで自分達の車に燃料を移し変えた。
そのお陰で、東京都に入っても車の燃料メーターの針はほぼ満タンを示していた。
もうガス欠は懲り懲りだった。

東京は以前に増して荒み切っていた。
歩道も車道も、大量のゴミで溢れ返っている。
人の乗っていない車が道路のあちこちに放置され、私達の行く手を阻む。
私はアクセルを踏み込み、邪魔な車を強引に押し退けた。

ここにも人気は全く無い。
もしかしたら、この世界で生きているのは私達だけじゃないのだろうか?
そんな錯覚に陥る程に、生命の気配を感じる事が出来なかった。

そんな中、多くの障害物を乗り越え、私達は漸くこの場所に着いた。

桜ヶ丘高校。

終わりが始まったこの場所に、私達は戻って来た。

私達は車を降りる。
春の爽やかな風が、私達の横を通り過ぎて行く。
辺りは満開の桜に包まれていた。
701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 22:51:54.61 ID:D4ccMxpB0
学校の中に入ると、そこには無数の骨が散乱していた。
私達が殺した女生徒達だろうか。
その風景を、ムギちゃんは悲しそうな顔で眺めていた。

私はムギちゃんの手を握り締め、音楽室へと向かった。

音楽室の扉を開ける。
懐かしい匂いが、私達を包む。
私は、自分が東京に帰って来た事を改めて実感した。

そして次の瞬間、私の目に信じられない物が飛び込んできた。

間違いない、あれは私が軽井沢に持って行ったバット……!
何故このバットがここに……部室にあるの?

紬「どうしたの? 唯ちゃん?」

唯「そんなハズない……なんで……なんでバットがここにあるの……?」

紬「唯ちゃんが持っていったのとは違うバットなんじゃ……?」

私はバットを手に取り、グリップエンドの裏を見た。
そこには、赤のマジックで確かに「姫」と書いてある。
間違い無い、このバットは私が軽井沢の公民館に置いてきたバットだ。

その時、ムギちゃんが大きな声を出し、私を呼んだ。

紬「唯ちゃん! テーブルの上に書き置きがあるわ!!」
702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 22:52:39.23 ID:rsuQX6fLo
まさか
703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/02(水) 23:01:11.43 ID:D8KzciGZo
かゆ……うま……
704 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 23:07:11.17 ID:D4ccMxpB0
平沢唯さん、琴吹紬さんへ。

もし、これを見たなら、赤の印が付いた場所まで来て下さい。

曽我部恵

2010年7月19日

書き置きの下には地図が置いてあり、そのある一点にペンで赤い印が付けてあった。

7月19日……。この日付は、憂と和ちゃんが死んだ日だ。
ここにバットを持って来たのも、この人の仕業なのだろうか。

曽我部恵……ここでこの人の名前を見る事になるなんて……。

紬「曽我部恵……確か生徒会長をしていた……」

そう、桜ヶ丘高校の元生徒会長、曽我部恵。
私達より一つ年上の先輩で、和ちゃんの前の生徒会長だった人。

容姿端麗、成績優秀、品行方正、運動神経抜群。
非の打ち所が無い完全無欠の生徒会長。
にも拘らず、「近いからこの高校を選んだ」といった、気さくな人柄の持ち主でもあった。
また、澪ファンクラブなる物を創り、その会長も務めていた。

その桜ヶ丘高校始まって以来の天才は、日本で一番良い国立大学に現役で合格し、進学した。

彼女は誰からも愛される生徒会長だった。

そんな曽我部先輩に、私は嫉妬していた。
705 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 23:15:31.31 ID:glwKiTrDO
先輩はN女子大じゃなかった?
706 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 23:21:04.73 ID:D4ccMxpB0
>>705
一部原作と設定が異なっております。
707 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 23:23:29.36 ID:D4ccMxpB0
和『それじゃあ私、生徒会行くね』

澪ちゃんが風邪を引き、軽音部が休みになって、和ちゃんに一緒に帰ろうと誘った時の事だった。
和ちゃんは、私が知らない間に生徒会に入っていた。

そんな事を一々私に報告する必要など無いのは分かっている。
それでも、私は和ちゃんの幼馴染みとして彼女の全てを知っていたかった。
親友として、私は和ちゃんの事が大好きだったから。

私は軽音部があったし、和ちゃんは生徒会で忙しく、私達が会う機会はめっきりと減っていた。
それでも私は、和ちゃんとの関係が絶対のモノであると信じていた。
何があろうと、どんな時でも、必ず一番に私の事を想ってくれる存在であると。

私は欲張りだった。

憂という存在がありながら、私は和ちゃんも求めていた。
私はこの二人を独占していたかったのだ。
高校に入るまで、二人の中心にはいつも私がいた。
それが当たり前の事だと思っていた。

あの光景を見るまでは。

私は軽音部の事と託けて、生徒会室にいる和ちゃんに会いに行った事がある。
扉を開けた時に私が目にしたのは、生徒会長の曽我部恵と楽しく談笑している和ちゃんの姿だった。
あんなに楽しそうに笑う和ちゃんの姿を、私は今まで見た事が無かった。

その光景を見て、私は衝撃を受けた。
最高の笑顔をしている和ちゃんの横にいるのが私ではなかったから。
私は曽我部先輩に対して嫌悪感を抱いた。
それが自分勝手で最低な事であると私は分かっていた。
708 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 23:30:50.46 ID:D4ccMxpB0
★17
私は曽我部先輩に和ちゃんを取られまいと必死だった。
下校時間を合わせてみたり、休日に一緒にお出掛けをしたり、夕食に招いたり、
私は和ちゃんとの時間を出来るだけ作ろうとした。
一緒にいる事、それこそが和ちゃんを繫ぎ止める最善の方法だと思っていたからだ。

そんな私の思惑は結局無駄に終わった。

和ちゃんは、曽我部先輩に心底夢中だった。
私と二人の時、和ちゃんが口にするのはいつでも曽我部先輩の事ばかりだった。
彼女の凄い所、面白い所、優しい所、可愛い所などを、目を輝かせながら嬉しそうに語るのだ。
私は、そうなんだ、と笑顔で返していたけれど、内心イライラしていた。

和ちゃんは曽我部先輩の事ばっかり見てるんだ……。

曽我部先輩を慕う和ちゃんに対して、私は心の中で悪態をついた。
独占欲の強い私は、和ちゃんが他の人に強い関心を持つ事が気に食わなかった。

そして私は、曽我部先輩を褒めちぎる和ちゃんの姿など見たくはなかった。
頭が良く、運動も得意な和ちゃんは、私の憧れでありヒーローだった。
そんな和ちゃんが、自らを卑下してまで曽我部先輩を称賛する。
私にはそれが堪らなく不愉快だった。

生徒会だけではなく、私生活でも二人は関係を深めていった。
曽我部先輩の勧めで、和ちゃんは彼女の知り合いが運営する塾で講師としてのアルバイトを始めた。
それ以来、和ちゃんはいつも曽我部先輩と行動を共にする様になった。
その姿は、まるで仲の良い姉妹の様だった。

その一方で、私は和ちゃんと過ごす時間を殆んど失った。
生徒会の仕事を理由に、一緒に登校する事も昼食を取る事も無くなっていた。
709 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 23:35:23.51 ID:D4ccMxpB0
そんなある日、隣町の楽器店から一人で帰る途中、私は偶然曽我部先輩に出会った。

恵『こんにちは、平沢唯さん』

唯『曽我部先輩……どうして私の名前を……?』

恵『和から貴女の事を聞いていてね。貴女こそ、どうして私の名前を?』

唯『それは……生徒会長だし、みんな知ってます……』

私は嘘を付いた。
和ちゃんから聞かなければ、生徒会長の名前など私は知らなかった。

恵『そっか。平沢さん今時間ある? 一緒にお茶でもしましょう。私が奢るわよ』

唯『えっと……私は……』

断ろうと思った。
しかし、返事をする間も無く、私は近くの喫茶店に連れ込まれてしまった。
窓際の席に座ると同時に、彼女は腕を挙げ、近くの店員を呼んだ。

恵『コーヒーとチーズケーキを。平沢さんは?』

唯『えっと……じゃあ……オレンジジュースを……』

恵『あ、あと苺パフェ。平沢さん、苺もパフェも好きなんでしょ? これも和から聞いたのよ』

彼女は爽やかな笑顔を私に見せた。
710 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 23:39:51.28 ID:D4ccMxpB0
曽我部先輩は、私の顔をじっと見詰めている。

唯『な、なんでしょう……?』

恵『唯ちゃんって呼んでいい?』

唯『べ、べつに構いませんけど……』

恵『ありがとう。……唯ちゃんって可愛いわね』

唯『ふぇっ? な、なんですか突然……』

恵『ふふ、軽音部って本当に可愛い子が多いのね。
  そういえば私の友達がね、秋山澪って子の大ファンなの。
  ファンクラブを作りたいらしいのだけれど、その子は恥ずかしがり屋でね。
  自分には出来ないから、私に秋山さんのファンクラブを作って欲しいって言うのよ』

唯『そ、そうなんですか……』

恵『あなたどう思う?』

唯『澪ちゃんは恥ずかしがり屋だし、そういうの苦手かもしれません……』

恵『そうなんだ……。それなら、ファンクラブ作ったら面白そうね!』

彼女はコーヒーを片手に、悪戯っぽく笑いながら言った。
711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 23:42:47.99 ID:D4ccMxpB0
店員が持って来た苺パフェが、私の目の前に置かれた。
どうぞ、と曽我部先輩が笑みを浮かべながら言った。
私は、いただきます、と言い、苺パフェに手を付けた。
曽我部先輩は、そんな私の様子を微笑みながら見ている。

恵『唯ちゃんは私の事、嫌い?』

唐突な質問に、私は驚き咳き込んだ。

唯『い、いえ……。どうして、そんな事を聞くんですか……?』

恵『私が貴女の大好きな和ちゃんといつも一緒にいるから……かな?』

まるで、私の心を見透かしているかの様だった。
私は冷静を装い、彼女の発言を否定した。

唯『私は別に、そんな事で嫉妬したりしません。子供じゃありませんから』

恵『そっか……。私は子供だから、唯ちゃんに嫉妬していたわ』

唯『えっ……?』

恵『和はね、私といる時に、いつも貴女の事を楽しそうに話すのよ。
  その笑顔を見ているとね、こんなに想われているなんて羨ましいなって……』

唯『そ、そうなんですか?』

恵『あら、嬉しそうね。顔がニヤけているわよ』

私は彼女に指摘され、緩んだ口元を急いで結んだ。
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 23:48:25.64 ID:D4ccMxpB0
恵『それで私、貴女と是非お話したいと思っていたの。一体どんな子なのかなってね』

唯『わ、私は……別に……。ごく普通の女子高生です……』

恵『そうかしら。和は、貴女には人を惹き付ける何かがあるって言っていたわ』

唯『私にそんなモノは無いです……。それに、曽我部先輩の方が、みんなの人気者じゃないですか』

恵『人気者……か。でもね、私には心から友人って呼べる存在がいないの』

恵『勉強が出来たり、スポーツで活躍したりすると、皆私を褒めてくれるわ。
  けれど、それは私自身の本質じゃない。
  もし私の容姿が悪く、勉強も運動も出来なかったら、誰か私に振り向いてくれるかしら?』

恵『皆、私の上辺にしか興味が無いの。
  本当の私は、ネガティブで嫉妬深い、嫌な女なのよ』

彼女は憂いた表情でそう呟いた。
西日が射したその顔は美しく、女の私でさえドキっとする程だった。

唯『そ、そんな事無いです! 少なくとも、和ちゃんは人を表面だけで判断する子じゃないです!』

唯『和ちゃんは、私にいつも曽我部先輩の事を楽しそうに話してくれました。
  曽我部先輩の事を、和ちゃんは心から尊敬しています。
  長い間、幼馴染として和ちゃんの傍にいた私が保障します』

唯『正直、私は曽我部先輩の事が嫌いでした。嫉妬してました。
  和ちゃんは今まで、他人をそんなに褒めた事なんて無かったから……』
  
唯『私の方が嫉妬深くて嫌な女です! しかも、勉強も運動も家事も、何にも出来ません!』
713 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/02(水) 23:52:29.44 ID:D4ccMxpB0
曽我部先輩は呆気に取られた表情をしていた。
暫くして、彼女はクスクスと小さな声を出し笑い始めた。

恵『やっぱり、貴女は面白い子ね。和が惹かれるのも分かる気がするわ』

恵『和が言ってた。唯ちゃんは周りを明るくする、皆を笑顔にする子だって。
  私も唯ちゃんと話していたら、グダグダ悩んでいる自分が馬鹿らしくなったわ』

恵『ねぇ、唯ちゃん。世界が詰まらなく感じたりする事は無い?』

唯『う〜ん、無いです……。軽音部は楽しいし、友達や妹とお喋りするのも好きだし……』

恵『私はこの世界が退屈だった。こんな世界、全部壊れちゃえって思った事もあったわ。
  でもね、今やっと気付いたの。詰まらないのは世界じゃなくて、私の方なんだって……』

恵『人間ってね、誰もが自分の世界、自分だけの世界を持っていると思うの。
  でも、唯ちゃんはその自分の世界を、他人と共有する事が出来る、そんな気がするわ』

唯『えっ……? それってどういう……』

恵『簡単に言うと、唯ちゃんにはスターの素質があるって事よ』

唯『へっ?』

恵『あ、もうこんな時間。バイトがあるから、そろそろ失礼するわね』

そう言うと、彼女は伝票を持って席を立って行った。
その時の私には、彼女の言っている意味がよく分からなかった。

ただ、彼女に対する嫉妬や嫌悪感は、私の中からすっかり無くなっていた。
714 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:15:50.13 ID:4GbNjW1z0
今の私は、少しだけあの時の曽我部先輩の事が分かる気がした。

天才曽我部恵は、その才能故に孤独だったのだろうと。

天才は凡人と異なる感覚や思考を持っている。
それ故に周囲から理解されず、孤立してしまうのだ。

曽我部先輩は、自分の持っている「世界」を誰かと共有したかったのだ。

「世界」を共有出来る人こそ、彼女の言う「心からの友人」たり得るのだ。

私とムギちゃんは、間違い無く同じ「世界」を共有した。
曽我部先輩は、私とムギちゃんの様な関係を誰かに求めていたのではないだろうか。
715 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:27:58.53 ID:4GbNjW1z0
紬「この印の場所って、彼女の進学した大学の辺りね」

唯「行ってみよう、ムギちゃん!」

紬「ええ。でもその前に、唯ちゃんは自宅に戻らなくていいの?」

自宅……そこは私と憂の思い出が詰まった場所……。

唯「確かに、いつかはあの家に行かなくちゃいけない。
  憂との思い出がいっぱいあるから、それを取りにね。
  でも、それは今じゃ無い気がするの」

唯「書き置きの日付は、和ちゃんと憂があそこで死んだ日なんだ。
  そして、軽井沢に置いてきたこのバットが今ここにある……」

唯「偶然なんかじゃ無い気がする! 私は曽我部先輩に会って話したい!」

唯「かなり時間が経ってるから、もしかしたら印の場所に行っても無駄かもしれない……」

唯「それでも、1秒でも早く私はこの場所に行きたいの!」
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:30:23.30 ID:4GbNjW1z0
私達は地図を持って、すぐさま印の場所へ向かう事にした。

曽我部先輩に会えば、全ての謎が解ける。
そんな予感がしていた。

私達は、瓦礫に塗れた都内を、只管目的地に向かって進んだ。
途中迂回を余儀なくされ、曽我部先輩が通う某大学まで到着するのに4時間程掛かった。

現在16時、印象的な赤い門の前を通り過ぎ、印のある辺りまで私達は来ていた。
この辺りは、都心部とは思えぬ程緑が多く、自然が溢れていた。

私達は車で周辺を巡り、何か目印等がないか注意深く探して回った。

紬「この辺りのハズなんだけど……」

唯「もしかして、この黒い柵の中なんじゃ……」

先程からずっと気になっていた。

高くて太い頑丈そうな黒い鉄の柵が、広大な一角を丸ごと囲んでいる。
茂る木々に遮られ、柵の外からでは中の様子がよく分からない。

私達は、この柵の内側へ行く入り口を探す事にした。

柵に沿って移動し、私達は漸くその入り口に辿り着いた。
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:32:20.67 ID:4GbNjW1z0
入り口の門は完全に閉ざされていた。
攀じ登る事も出来そうにない。

車から降り、ふと門の横を見上げると、監視カメラが私を捉えていた。
赤いランプが点いていて、カメラが作動している事は分かる。
私とムギちゃんは、監視カメラに向かって手を振ってみた。

その時、大きな音と共に、門が勝手に開き始めた。
どうやら、私達を受け入れてくれる様だ。
車に乗り込み、開いた門から中へと入る。
私達の車が門を過ぎると、黒い檻の入り口はまた堅く閉ざされた。

道なりに暫く進んで行くと、巨大な白い施設が見えてきた。
私達は施設の入り口に車を止め、中の様子を伺う。
人の気配は感じられない。
勝手に中に入ってもいいのだろうか。

そんな事を考えていると、奥から白衣を来た50代位の熟年男性が現れた。
彼は私達の姿を見るなり、笑顔で近付いてきた。

「来客とは珍しいね。まぁ、中にお入りなさい」

唯「でも……私達……」

「ウイルスに感染して、まだ間も無い様だね。大丈夫、心配はいらないよ。さあ。」

白衣の男は手招きをしている。
私達は、彼の言うままに建物の中へと入っていった。
718 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:34:18.62 ID:4GbNjW1z0
白く綺麗な内装で覆われ、病院特有の消毒液の香りがする。

唯「ここは……?」

「元は生物研究所だったが、今は噛み付き病に特化したウイルス研究所さ。
 今日は休日なので、殆んどの研究員達は隣の避難施設で過ごしているがね」

唯「ウイルス研究所……?」

「私達は、ある企業から莫大な援助を受けて、噛み付き病ウイルスの治療薬を開発していてね」

紬「お薬は……出来たのですか……?」

「ああ。臨床試験を経て効果は実証され、後は量産するだけさ。悪夢はもう終わったんだよ」

抗ウイルス薬は完成していた。
とある精神安定剤に、東南アジアの奥地で取れる野草の成分を組み込んで作られたそれは、
大きな副作用も無く、ウイルスを完全に浄化する事ができるらしい。

ただし、自我を失った崩壊者になってしまうと、もう完治する事は無い。
崩壊者は、脳の一部がウイルスによって破壊され、そこに病巣が出来ている。
抗ウイルス薬を注入すると、その部分に強く作用し、死んでしまうのだ。

白衣の男に案内され、私達は治療室の前まで来た。
そのドアを開くと、中には白衣に身を包んだ若い女性が立っていた。

「先生、どこに行ってたんです? まだ仕事は残ってるんですよ?」

その女性の顔を見て、私は驚き声を上げた。
719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:36:50.38 ID:4GbNjW1z0
唯「曽我部先輩!」

恵「唯ちゃん!? 一緒にいるのは琴吹さんね!
  良かった、部室にあった書き置きを見てくれたのね?」

唯「はい、あの書き置きを見てここに来たんです」

恵「あの書き置きを残してから、ずっと貴女達がここに来るのを待っていたのよ」

先生「琴吹? もしや、あの琴吹グループの一人娘の?」

紬「はい、そうです」

先生「この施設の研究費は、全て琴吹グループが出していてね。
   君のお父さんのお陰で、抗ウイルス薬が出来たんだ。
   以前、試験薬が完成した時に、曽我部君と軽井沢まで挨拶をしに行ったのだよ」

先生「お父さんは元気にしているかい?」

紬「父は……死にました……」

先生「なんて事だ……。せっかく薬が完成したというのに……」

先生は天井を見上げ、憂いた表情をしていた。

先生「君もこれから大変かもしれないが、お父さんの為にも、一緒に頑張ろう……」

紬「はい……」
720 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:40:18.11 ID:4GbNjW1z0
ふと気が付くと、曽我部先輩の姿が見えなくなっていた。

先生「しかし、君達が助手の曽我部君と知り合いだったとは驚きだ」

唯「そういえば、なぜ曽我部先輩が先生の助手に?」

先生「この辺りでも爆発感染、パンデミックが起こってね。
   その時に、多くの研究員が犠牲になってしまったんだ。
   それで人手不足になり、某大学から優秀な生徒達を連れて来て貰ってね」

先生「曽我部君は生物学や医学が専門ではないが、素晴らしい見識と素質を持っていてね。
   無理を言って、私の助手としてここで働いて貰っているんだ。彼女には本当に感謝しているよ」

そう言うと、先生はビンに入った薬と注射器を持って来た。
そしてそれを、私達の腕に注射した。

先生「期間を空けてあと数回この注射をすれば、体内のウイルスは死滅するからね」

私はもう人間に戻れる事など無いと思っていた。
この滅び行く世界の中で、ゾンビとして私も共に死ぬのだと思っていた。
しかし、世界の崩壊は食い止められた。
多大な犠牲を出しながらも、人類は希望の光を見い出したのだ。

そんな中、曽我部先輩が治療室に戻って来た。
その後ろから、数人の話し声が聞こえる。

次の瞬間、私は自分の目を疑った。
信じられない光景が、私の目に飛び込んで来たのだ。

憂「お姉ちゃん……?」
721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:41:35.02 ID:4GbNjW1z0
唯「う……い……?」

憂「おねえちゃん……おねえちゃーん!!」

憂は涙を流しながら私の元に飛び込んで来た。
私の胸で、憂は大声を上げながら泣き噦った。

律「感動の再会ってヤツかな? 唯隊員、ムギ隊員」

唯紬「りっちゃん!!」

梓「唯先輩、無事で良かったです……」

唯「あずにゃん……」

梓「ムギ先輩も……絶対また逢えるって、私信じてました……」

紬「梓ちゃん……」

和「純は他の子達に、唯とムギが帰って来た事を伝えに行ったわ」

唯「和ちゃん……」

和「お帰り、唯……ムギ……」

唯紬「ただいま……」

私とムギちゃんは涙を流し、大声で泣いた。
それは悲しみの涙などではなく、喜びの涙だった。
722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:49:42.34 ID:4GbNjW1z0
恵「私と唯ちゃんは入れ違いだったみたいね。
  私はあの日、軽井沢の施設に先生と一緒に琴吹さんのお父様に会いに行ったのよ。
  試験薬が完成して、そのお披露目にね。琴吹グループが私達のスポンサーだったから」

恵「本当はヘリで行く予定だったのだけれど、色々事情があってね……。
  結局、警備員を伴って車で行く事になったの。そのお陰で、和達と会えたのだけれど」

和「ヘリだったら、私達はとっくに死んでいたでしょうね……」

恵「本当にビックリしたわ。道端に和と憂ちゃんが倒れているんだもの……。
  あの時は何で和がこんな所に? って思ったわ。しかも銃で撃たれているし……」

憂「その時、恵さんが助けてくれて、この施設に連れて来てくれたの」

恵「このウイルスに感染すると、生命力が格段に向上するでしょ?
  そのお陰で、二人とも何とか一命を取り留める事が出来たのよ」

恵「幸運だったのは、抗ウイルス剤の試験薬が手元にあった事ね。
  本当は軽井沢の施設に提供する物だったのだけれど、
  琴吹さんのお父様が、ここは平気だからこれは必要ないって。
  自分達より、今苦しんでいる人の為に使って欲しいって言ってくれたの」

紬「お父様……」
723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 00:52:23.87 ID:Z8RjaKIw0
この展開。評価は分かれるだろうが、俺は嫌いじゃないぜ
724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:55:47.41 ID:4GbNjW1z0
恵「二人を応急手当てした後、和が他にも助けて欲しい子がいるって言ってね……」

梓「私と純は、あの後ずっと公民館の部屋の中にいたんです」

和「そのお陰で私達と合流する事が出来たの」

恵「だけどその後、崩壊者達に気付かれちゃって、大変だったのよ?
  私も部屋に置いてあったバットを借りて頑張ったんだから」

純「あの時の曽我部先輩はかなり怖かったですよ……」

唯「純ちゃん!」

恵「純ちゃんはかなり危なかったわね。あと少しでも遅れていたら、間違いなく手遅れだったわ」

梓「純は運だけは良いからね……」

純「日頃の行いが良いからかな」

梓「調子に乗るな!」ポカッ

純「いてっ!」
725 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 00:57:04.01 ID:xH1qK+n1o
澪は…
726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 00:58:04.26 ID:4GbNjW1z0
純「お久しぶりです、唯先輩、ムギ先輩……。
  ムギ先輩、私や憂も軽音部に入って、ムギ先輩の後輩になったんですよ」

いちご「……私も軽音部員。」
しずか「わ、わたしも……」

紬「ええ、みんなの演奏、DVDで見せて貰ったわ……。凄く良かった!」

いちご「……。」

律「いちご……口閉じながら笑うの怖いって……」

いちご「……律、五月蝿い。」

ちか「久しぶり、唯。それに琴吹さん……」

三花「私とちかちゃんは、一年生の時に琴吹さんと一緒のクラスだったんだよね。
   あんまりお話した事は無かったけど……」

紬「ごめんなさい……。私、人見知りして……」

三花「あ、ごめん、そういうつもりじゃなくて……」

ちか「綺麗な髪だって、結構噂になってたんだよ? 琴吹さんの事」

紬「そ、そうなの……? 全然知らなかったわ……」

アカネ「私は、琴吹さんとは初対面ね。初めまして、佐藤アカネよ」

紬「初めまして、琴吹紬です」
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:02:01.73 ID:4GbNjW1z0
アカネ「私、琴吹さんに謝らなきゃいけない事があって……」

紬「ううん、謝らなきゃいけないのは私の方なの……。私はみんなに……」

律「あー、湿っぽい話は無し無し! もう全部過去の事だよ!」

紬「でも……」

梓「それより、私を褒めて下さい! 部室に書き置き残す様に言ったのは私なんですよ?」

唯「あずにゃんが……?」

梓「はい。唯先輩とムギ先輩が生きていれば、必ずあそこに戻って来ると思ったんです。
  だから私は、曽我部先輩にお願いして、書き置きを残して貰ったんです」

恵「軽井沢から帰る途中にね、梓ちゃんがどうしても学校に寄って欲しいって。
  幸い、崩壊者達は学校に残っていなかったわ。
  そこで、りっちゃんやいちごちゃん達に会って、一緒にここに連れて来たの」

梓「私達、試験薬の被験者として、優先的に薬を貰う事が出来たんですよ」

和「軽井沢の施設に唯達がいるって知って、本当はすぐに逢いに行きたかったのだけれど、
  私達は薬の臨床試験中で、この施設から離れる事が出来なかったの」

律「それにこっちも、色々トラブルがあってさ。車やヘリが使えなかったんだ」

唯「トラブル?」
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 01:05:32.54 ID:81eatvyTo
将棋や碁の対戦終了後の感想戦みたいなものだ
多少ご都合主義でもいいじゃないか
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:21:18.09 ID:4GbNjW1z0
恵「この薬はまだ量産されていないの。つまり、とっても貴重なワケ」

唯「なるほど……」

恵「察しが良いのね。貴女の想像している通りよ」

薬の奪い合いがあったんだ……。

恵「感染者の数が膨大過ぎて、とてもじゃないけど全員分なんて無理だった。
  試験薬でもいいから寄こせって言い出す連中もいてね。
  それこそ、大金を出して買いたいなんていう人達もごまんといたわ」

恵「それで薬を巡って対立が起きて、暴動みたいな事が起こったの。
  その時に、車や施設の備品などがかなり壊されたりもしてね……」

律「私達が優先的に薬を貰っているのも不公平だって言われてさ……」

和「それで私達は、外部に知られない様に隠れて治療を受けていたの」

梓「自由に出歩く事も出来なかったんですから」

恵「桜ヶ丘の子はみんな可愛いから、すぐ顔を覚えられてね。
  出歩くとすぐバレちゃうの。そうすると、また薬がどうのって話になるから、
  彼女達には出来るだけ出歩かない様にお願いしていたの」

憂「軽井沢の施設で問題が起きたって聞いた時は、凄く心配したんだよ。
  でもね、お姉ちゃん達は絶対に無事だって、私、信じてた」
730 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:24:27.05 ID:4GbNjW1z0
唯「そういえば、どうして私達が軽井沢の施設にいるって分かったの……?」

憂「私、録画して何回も聞いたよ、お姉ちゃんが私の為に唄った歌……」

唯「えっ……?」

梓「大晦日の歌番組ですよ。まさか、唯先輩達が出ているとは思いませんでした」

律「放課後ティータイムも、遂にメジャーデビューしてしまったな!」アハハ

純「憂なんか、唯先輩の歌を聴いたら号泣しちゃって、大変だったんですよ?」

憂「う〜、それは言わないでよ〜」ポカッ

純「いてっ」

律「でも、ホントに唯は輝いてたよ……。正直、少し嫉妬したかな……」

いちご「……律のキャラじゃない。」

律「ですよねー」

唯「そういえば、他の施設にも放送されるって聞いた……。
  でも、私、みんなが死んじゃったと思ってたから……」

和「私と憂なんて、銃で撃たれてたしね」

唯「ところで、澪ちゃんは……?」

今までの空気が一変し、皆の表情が暗くなった。
731 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:28:15.52 ID:4GbNjW1z0
律「唯、ムギ……澪に会いたいか……?」

唯「うん……」

紬「ええ……」

律「分かった、私に付いて来てくれ……」

和「それじゃあ、私達は唯とムギの歓迎会の準備をしましょうか……」

憂「うん……」

梓「そうですね……」

私達は皆と別れ、りっちゃんの後に続いた。
皆の様子を見て、私達はすぐに察しが付いた。
しかし、私はそれを受け入れたくなかった。
きっと笑顔で再会できる、私はそう信じていた。

私達は、ある個室の前まで来ていた。
その病室のネームプレートには、「秋山 澪」と書いてある。

澪ちゃんは生きている。
私の勘違いだったんだ。
そうに違いない。

律「入るぞ、澪……」

りっちゃんはそう言うと、扉を開け中に入った。
私達もその後に続いた。
732 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:32:20.30 ID:4GbNjW1z0
8畳程の個室、そこにあるベッドで、澪ちゃんは静かに寝ていた。
安らかな表情で眠っている澪ちゃんはとても綺麗で、まるで眠り姫の様だった。
腕には点滴のチューブが繫がれている。
ベッドの横には花瓶があり、色鮮やかな花達が活けてあった。

律「澪は薬を投与されてから、一度も目を覚ましてないんだ……」

りっちゃんは、今までに見せた事の無い、憂愁の表情をしていた
そして、優しく澪ちゃんの手を握った。

律「唯達と別れた後さ、澪が私に言ったんだ。自分を殺してくれって。
  だけど、そんな事、私には出来なかった……。出来る筈ないじゃないか……」

律「それでも、澪が殺してくれってせがむから、私は言ったんだ。
  それじゃあ、澪を殺して私も死ぬって。澪を一人にはしないって。
  そしたらこいつさ、私が死ぬ事は許さないって言うんだよ……」

律「我侭な奴だろ?」

澪ちゃんの前髪を分け、りっちゃんは優しく彼女の頭を撫でた。
りっちゃんは泣いていた。大粒の涙が、シーツに吸い込まれていった。

律「私は澪がいなくちゃ生きて行けない。澪がいない世界なんて在り得ない。
  だから生きてくれって言ったんだ。そしたら、澪は頷いてくれた。
  私が生きている限り、澪も死なないって約束してくれたんだ」

律「抗ウイルス薬のお陰で、私はゾンビ化から順調に回復していった。
  でも、澪は違った……。澪は間に合わなかった……。
  ゾンビ化が進み過ぎて、脳の一部がやられたって……。
  先生は、澪が目を覚ます事はもう無いだろうってさ……」
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:36:45.70 ID:4GbNjW1z0
律「唯、ムギ。澪の手を触ってみてくれ」

私とムギちゃんは、雪の様に白い澪ちゃんの手に触れた。
その大きな手からは、澪ちゃんの温もりを感じる事が出来た。

律「あったかいだろ?」

唯「うん、あったかいね……」

紬「澪ちゃん……」

律「澪は今も生きている。私との約束をちゃんと守ってくれている。
  だから、私も澪との約束を守る。例え何があっても澪の傍にいるって……」

唯「私も澪ちゃんと一緒にいる! だって、澪ちゃんは大切な親友だもん!」

私はムギちゃんを見た。
ムギちゃんも、目を潤ませながら頷いた。

律「人見知りで、口下手で、恥ずかしがり屋だけど……」

律「良かったな、澪……。お前には、お前の事をこんなにも想ってくれる仲間達がいるんだぞ……」

私達の声、私達の想い、澪ちゃんには届いているだろうか。

いや、きっと届いてる。

私は、心の底からそう信じて疑わなかった。
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:41:32.70 ID:4GbNjW1z0
律「ムギ、ごめん。私があの時ゾンビなんかにならなければ……」

紬「それはお互いもう言わない約束でしょ?」

律「そうだな……。ムギは……その……色々辛かっただろ?」

紬「気にしなくても平気よ、りっちゃん。遠慮はいらないわ……」

律「テレビでムギの姿を見た時さ、ムギがどんな気持ちで過ごしてきたのかすぐに分かった。
  私は辛かったんだ……。私達の所為でムギがこんなに苦しんでいるなんて……」
  
律「だから本当はすぐに伝えたかった。私達が元気だって事を。
  私達がムギの無事を心から願っていた事を……」

紬「りっちゃん……」

律「でも、私は信じてたんだ。きっと唯がムギを守ってくれる。
  そして、ムギも唯を守るって。お互いに支え合えば、絶対に大丈夫だって……」

紬「うん、唯ちゃんはいつも私を守ってくれた。私は唯ちゃんのお陰で生きていられたの」

唯「私もムギちゃんがいなければ強くなれなかった。
  ムギちゃんは私の生きる目的、希望だった。私の全てだった」

紬「施設で初めて逢った時の唯ちゃんは、今の私よりも酷く憔悴していたわ」

律「だろうな。なんてったって、唯は憂ちゃんが死んだと思ってたんだろ?」

唯「うん……」
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:46:22.65 ID:4GbNjW1z0
律「唯と憂ちゃんが互いをどれだけ想っているかは、誰もが知っているからな。
  だからテレビで元気そうにしていた唯の姿を見て安心してたんだ。
  唯はちゃんと、今、何を一番にすべきかを分かっているんだなってさ。
  あの時、もし辛そうな顔でもしていたら、次会う時に殴ってやろうと思ってたんだぜ」

唯「りっちゃんは強いね……」

律「私には、怖がりで臆病な幼馴染がいるからな。
  そいつの為に、私は強くなくちゃいけないからさ。
  どんな時でも、何があっても、そいつの事を守ってあげられる様に……」

りっちゃんがそう言った時、澪ちゃんが微かに笑った様に見えた。
それが目の錯覚などと言うモノでは無いと、私は断言する事が出来る。
りっちゃんの強い想いが、澪ちゃんに届いたのだと。

医者は澪ちゃんは目覚めないと言った。
しかし、私はいつか澪ちゃんがもう一度「唯」という言葉を発すると信じている。

その時、きっと私は「ありがとう」と口にするだろう。
澪ちゃんの優しさと強さが、私に勇気と力を与えてくれたから。

その後、皆は私とムギちゃんの為に再会記念パーティーを開いてくれた。
私達はそこで、私とムギちゃんが付き合っている事を打ち明けた。
皆、私達を祝福してくれた。憂もおめでとうと言ってくれた。

夜、私は憂と一緒の部屋の同じベッドで寝る事になった。
ムギちゃんとあずにゃんがそうするよう、私に勧めたのだ。
懐かしい憂の匂いは、薬やアルコールよりも私の安眠を促した。
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:51:03.07 ID:4GbNjW1z0
世界は緩やかに、しかし確実に、立ち直る兆しを見せていた。

薬が量産される様になると、何処に隠れていたのだろうか、多くの人々が再び地上へと現れた。
どんなに傷付き、疲れ果てても、そこに希望が在る限り、人類は何度でも立ち上がるだろう。

皆の心に刻まれた大きな傷は、長い時間を経たとしても完全に消える事は無い。

それでも、私達はきっと大丈夫。
明日に向かって生きて行ける。

私達は、決して一人ではない。
手を伸ばせば、自分の事を想ってくれる仲間に触れる事が出来るのだ。

痛み、悲しみ、苦しみ……。
それらも皆で分け合えば、もう恐れる事などない。

大切な人達が傍にいれば、どんな事だって耐えられる、乗り越えて行けるんだ。
737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:53:29.02 ID:4GbNjW1z0
それから一年、日本は驚きの速さで復興を実現した。
抗ウイルス薬の開発に逸早く取り組み、成功した事がその大きな要因だろう。

薬の特許権は琴吹グループが所有している。
それにより、ムギちゃん率いる琴吹グループは莫大な利益を生み出した。
その利益の多くが、日本復興の為に費やされた。

紬父亡き後、ムギちゃんは代表の座を引き継いだ。
とはいえ、未成年の女の子がいきなりその任を全うする事など、出来る筈は無い。
軽井沢の施設で勉強していたとはいえ、実際の経験が圧倒的に不足しているのだ。

ムギちゃんが一人前になるまで、その実務は全て斉藤さんが熟した。
斉藤さんの元で、ムギちゃんは実践的にそれらを学んでいった。

ムギちゃんは、暫く放課後ティータイムの活動を休止せざるを得なかった。
私達は、ムギちゃんのその意向を了承し受け入れた。
ムギちゃんには、ムギちゃんのやるべき事が在る。

例え今は一緒に演奏出来なくても、彼女は放課後ティータイムのメンバーだ。
その事実が変わる事など、永遠に無い。

ムギちゃんの提案で、和ちゃんと曽我部先輩も斉藤さんの実務を学ぶ事になった。
二人の資質にムギちゃんは目を付け、自らの側近になって欲しいと頼み込んだのだ。
和ちゃんと曽我部先輩はそれを承諾し、ムギちゃんの支えとなる事を約束した。

今では、二人はムギちゃんの右腕として、その実力を遺憾無く揮っている。
738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 01:56:30.85 ID:4GbNjW1z0
私は皆と再会してから、音楽活動を通して人々に元気を分け与えようと取り組んできた。
皆もそんな私の意見に賛同し、協力してくれた。

ムギちゃんは、琴吹グループの中に芸術部門を創設し、私達を全面的にバックアップしてくれた。
そのお陰もあり、テレビ、ラジオ、ネット、あらゆるメディアを通して、私達は人々に歌を届けた。

そして放課後ティータイムは、国民的人気バンドとしての地位を確立したのだ。

私はギターとボーカル。
あずにゃんはギター。
りっちゃんはドラム。
憂はキーボード。
純ちゃんはベース。

いちごちゃんとしずかちゃんは、私達のマネージャーを引き受けてくれた。
出演交渉等は全て彼女達に任せてあり、上手く日程を調整してくれている。

アカネちゃん、三花ちゃん、ちかちゃんは、
私達の活動をサポートしつつ、澪ちゃんをの面倒を看ていてくれた。

最初、りっちゃんは澪ちゃんの世話をすると言っていた。
しかし、澪ちゃんが本当に望んでいる事を、りっちゃんが分からない筈は無い。
だからこそ、私達と共にバンド活動を行う決意をしてくれたのだ。

今の私には、何の不安も無かった。
ただ全力でギターを掻き鳴らし、歌い続けた。

そして今、私達放課後ティータイムは武道館にいる。
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 02:01:26.49 ID:4GbNjW1z0
湧き上がる声援、眩しいスポットライト。
高校生の時夢に見た武道館ライブを、私達は実現するに至ったのだ。

あの頃の私達には、ただ目立ちたいという薄っぺらな願望しかなかった。

けれど、今は違う。

大切な人に届けたい想いがある。
そしてそれを、この歌を聴いてくれる全ての人と分かち合いたい。

誰かの優しさに触れた時、その人もまた優しくなれるのだから。
私は日本中に、そんな優しさの輪を広げていきたい。

だから私は、歌い続ける。
それが今の私に出来る事。
私にしか出来ない事だから。

高校に入学してから今に至るまでの出来事が、私の頭の中を走馬灯の様に駆け巡った。
桜ヶ丘高校の軽音部に入った事が、「平沢唯」の始まりだったと私は思う。
何も出来なかった平沢唯。
他者に頼り続けた平沢唯。
そんなそれまでの平沢唯を音楽が打破し、新しい「平沢唯」に変えたのだ。

だから今、私は触れた音楽達に「ありがとう」と言おう。
そして、私を支え続けてくれた素晴らしき友人達と妹に、私の最高の音楽を捧げよう。
この歌に乗せた想いが、皆の心に届きます様に……。

武道館ライブを無事終えた私達に、ちかちゃんから緊急の電話がきた。

ちか「もしもし、ちかだけど! 澪ちゃんが……早く戻って来て!」
740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 02:06:42.16 ID:4GbNjW1z0
尋常ではないその声の様子から、何か重大な事態が起きた事は明白だった。
楽屋に来た和ちゃん、ムギちゃん、曽我部先輩に事情を説明して、
ライブの打ち上げをキャンセルし、私達は澪ちゃんの元へと急いだ。

澪ちゃんの病室の扉を開けると、アカネちゃん、三花ちゃん、ちかちゃんがベッドを囲んでいる。
私達は息を整え、ゆっくりとベッドに近付いた。

律「澪……」

りっちゃんの目から涙が溢れ出した。
私の目からも涙が流れ出した。
その場にいる全員が涙を流し、泣いていた。

澪「何泣いてるんだよ律……、唯……。それにみんなまで……」

律「お前が寝坊し過ぎるからだよ……馬鹿澪……」

澪「眠っている間、ずっと律の声が聞こえてたよ……。唯の歌も聞こえた……」

唯「私の歌、澪ちゃんにちゃんと届いたんだね……」

澪「唯、暫く見ない間に、凄く綺麗になったな……。
  ムギも無事で良かった……本当に良かった……」

澪ちゃんの目からも涙が溢れ、頬を伝い枕に滲み込んだ。

唯「私、澪ちゃんに伝えたい言葉があるんだ……」


完終。
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:09:57.92 ID:X8dkv0Apo

憂達は唯達に会いに行くのは無理でも生存報告くらいはできた気がする
でも丸く収まって良かったよ
742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:10:02.27 ID:icDEATVAO
元ネタがけいおん!なら
このラストもありだと思う。
再開のくだりで泣いちまった。
超乙です
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:13:53.18 ID:D/ogBRluo


まさかのそげぶ先輩無双ww
唯とムギは仲間が死んでいるという幻想がぶち殺されたわけだ
これにて一件落着っと
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:16:39.61 ID:41Xut15Uo
ここまで>>1が頑張ったSSは久しぶりだな
澪ちゃんも救われて良かった、乙
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:17:41.61 ID:xH1qK+n1o


しかし凄いペースだったなww
746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 02:17:59.94 ID:FXaBpBeDO
乙!引き込まれたよ

けいおんにはHAPPY ENDが似合うね
747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:19:54.68 ID:Sl+Bu2cao

ご都合といっても助かるのは平沢唯を守る会のメンバーぐらいかな?と思っていたら結構助かりまくりでワロタww
話としてはやっぱ前の終わり方のほうが良かったけど
まぁこれはこれでおまけとしてなら良いんじゃないかなと思った
澪さんに何らかの障害が残ってないといいな
748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/03(木) 02:20:42.43 ID:4GbNjW1z0
以上で、『唯「ゾンビの平沢」』は完結です。
お付き合いありがとうございました。

ホラー、特にゾンビが大好きな>>1でした。

大体ホラーってバッドエンドで終わるけれど、自分はそれが大嫌いなんですよ。
なので、ご都合主義であろうがなんだろうがハッピーエンドを目指しました。

>>639エンドは、自分の許容出来るギリギリラインの「ハッピーエンド」という認識です。

処女厨な>>1は挿入されたら負けかなと思っているので、
肉棒であんあん言わされている唯を妄想しつつも、何とかその処女膜を死守しました……。
太ましいおじ様達に陵辱されるパターンも考えていたんですけどね。

女1は当初瀧エリか曽我部先輩にしようと思っていましたが、
リスペクトする曽我部先輩を悪役にしたくなかったので、名前無きモブキャラとなりました。

好きなキャラは、いちご>純>曽我部先輩です。

純「ベースは一人で十分だよね」ニコ
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:24:46.85 ID:UdikYKHW0
乙ー
いや本当にお疲れ様です。こんだけ長くて濃いのを短時間で投稿するなんて
けいおん見たことない自分でも楽しめるほどの出来でした。GJ
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:25:57.91 ID:/Rlp9d6n0
色々突っ込みたくはなったがハッピーだからいいや、
処女を死守したのは賢明だぞ、乙
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:26:36.15 ID:mCScu2qvo
乙!
名前ありのキャラを悪役にしなかったのは大正解だった思う
作者さんはムギ好きかと思ってたけど違ったのかww
752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:28:02.39 ID:4GbNjW1z0
>>741
やべえ、その発想は無かったorz
ま、まあ暴動で電話もぶっ壊されたという事で脳内補完お願いします……。
てか、薬を巡っての暴動は数時間前に付け加えた設定でした(爆)

>>745
早く全部書き込んで終わらせたかったんです。
全部終わらないとスッキリしなくて……。
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:32:11.59 ID:HQfimYhzo
好きなのは前のエンドの方だけどこの手のSSでほとんど完全なハッピーエンドっていうのも逆に珍しいな
何にせよ確定だと思ってた壁殴レイプが回避できてよかった乙

(爆)なんて見たのいつ以来かな
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:44:50.75 ID:zMi18PSAO
救いがあるのも良いもんだな。どっちのラストでも唯が前向きな状態で終わってくれたからすっきりした
ウイルスが蔓延するまでの過程や背景が結構生々しいから、前ラストみたいな形のハッピーエンドに辿り着いた時はなかなか新鮮な気分だったぜ

とにかく乙でした。
755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 02:58:17.13 ID:NyJoqbino
描写が丁寧でキャラがしっかり生きてるSSだった
短時間で膨大な量の投下乙
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 03:26:57.26 ID:n0j+t9Rz0
けいおん知らないおれでもすごーくたのしめたよ
1さんありがとう!
お疲れ様!
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 03:41:04.84 ID:81eatvyTo
>>740の後にウィルスが完全に死滅できなくて…
みたいな往年のB級ホラーENDも好き
758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 04:14:11.64 ID:pftVQPXQo
お疲れ様
凄く惹かれるものがあった
いいものみれた!
759 :1932011/02/03(木) 04:48:09.47 ID:MH3R+P2wo
>>1
最初からずっと読ませて頂いてました。
ものすごく面白かったです。
本当にお疲れさまでした。
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 06:10:21.03 ID:ekTG53gAO
保守
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 07:10:03.10 ID:ZjxhLeXgP
お疲れ様。おもしろかった
762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 08:43:10.80 ID:Z/tqGccAO
まさかのハッピーエンド…
超乙!
763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 08:52:15.04 ID:Z/tqGccAO
暗黒の未来をたくましく生き抜いて、仲間達と共に新しい世界を作れたわけか…

唯「私達は生きている!」
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 10:25:12.82 ID:Z8RjaKIw0
ED曲はNO Thank You できまりだな
マジ乙
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 11:43:02.66 ID:uRKkELBgo
目が覚めたばかりの澪ちゃんに歌わせるのは酷だろwww

とにかく>>1乙!!
中盤の展開と設定が物凄くしっかりしてて楽しめた!!

なによりそのスタミナがすげぇwwww
ホントお疲れ様でした。
766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 11:52:48.20 ID:Z/tqGccAO
ご都合主義だけどやっぱりハッピーエンドでよかったよ
こんなに感動したのはポケダン空の「あんこくのみらいで」以来だ

だけど、もし唯がTV出演を渋ったら唯と紬の生存もわからなかったワケか…
767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 12:03:31.49 ID:uRKkELBgo
うん、憂ちゃんの登場シーンで泣いたもんマジ。

ハッピーエンドも見れて良かった。
お腹一杯だわ
768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 12:45:06.94 ID:NlREKs4Y0
むぎちゃんパパ助けられたんじゃないかな?
治療薬あるならゾンビ化させておいて唯とムギパパ二人で戦えば死ななかった気もする
でもすごくおもしろかったから乙
769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 13:19:49.19 ID:xH1qK+n1o
>>768
すげぇ出血してるっぽいから死ななかったとしても崩壊者になるんじゃね
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 13:48:40.67 ID:qt0eC5GK0
乙、さわちゃん先生と聡どうなったんだろう
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 13:54:19.45 ID:NlREKs4Y0
>>769
>>588の頃〜腕食われるまでならまだ大丈夫な気がする(死にかけではないから)
それにゾンビ化についてパパは詳しいし、運動能力向上とか回復は知っていると思う。
斉藤さんかパパなら愛する娘のために自分がゾンビ化してでも守ろうと思うんじゃないかな。

まあそれもできたんじゃないか?ってくらいで
もしゾンビ化して唯とムギちゃんのこと襲ったりしたらどうしようってのもあっただろうから
772 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 14:22:59.09 ID:4GbNjW1z0
>>770を見た瞬間、私の脳裏に激しい電流が流れる。
体中から嫌な汗が流れ、心臓の鼓動が早くなる。

私は二人の事を完全に忘れていた。

必死に後から彼女達のその後を考えるも、何も浮かばない。
私にとって、彼女達は本当にどうでもよい存在だったのだ。

そしてあの時の事を思い出す。

>>262 【律『いらねーよあんなの』バッサリ】

このssは3日置き、酷い時には1週間間を空けて書いたりしていた。
記憶の悪い私は、以前に書いた設定など完全に忘れている時が多々あった。

私は主人公達の家族は皆死んでいる(もしくは行方不明)という設定を忘れていたのだ。

もし、聡が生きていてあの様な事を言ったのなら冗談で済まされよう。
しかし、もし彼が既に死んでいる、あるいは行方不明の状態であの様な事を言ったのなら……。

りっちゃんは最低の女だった。

私の瞳から、大粒の涙が滝の様に溢れ出す。
強くて優しいりっちゃんが、何故あの様な事を言う事態になってしまったのか。
もっと上手くすればデコがそうなるのを止められたのではないか。

私の罪、それは自分の作品を通して読み直さなかった罪。

あまりにも量が長く、完成後最初から読み直す事など、私には出来なかったのだ。
ごめんねりっちゃん……。
私は心の中で何度も何度も謝罪した。
773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 14:29:52.68 ID:lm9vEEYQo
SS風に謝罪するなwwwwww
774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 14:30:45.16 ID:4GbNjW1z0
>>768
>>609の時の、首筋を齧られた傷が致命傷になってしまったという解釈でお願いしますorz
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 15:14:06.25 ID:Z/tqGccAO
この>>1、なかなか面白い奴だなww

しかしこのような期待の新人がここにきて登場とは、けいおんSSもまだオワコンではないという事か…
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 15:54:58.72 ID:OjhgmX/AO
どっかにまとめられないかねぇ

百合ノートは依頼出来ないし……。
せっかく面白いのに
777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 16:13:45.23 ID:81eatvyTo
放っておいてもどっかのまとめサイトがまとめてくれるよ
778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 18:17:12.87 ID:ZjxhLeXgP
まあここだと、まとめ無くても過去ログ読めるしな
まとめるなら訂正に気を使って欲しい
779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 18:30:55.74 ID:ekTG53gAO
すごかった。
プロ級の腕前と、プロ顔負けの体力だと思う。

また>>1と会えたらいいな。
780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 19:16:40.56 ID:4GbNjW1z0
>>33
匂い→臭い

>>38
【「軽音部」という絆を持たない和ちゃんは、やはり円の外側の人間なのだ。】
長い間軽音部に所属していたワケではないという意味で。
唯、律、澪、紬、梓以外の人間は「軽音部」という絆を持っていない。

>>92
表向き【に】その様な態度は表されなかったが、

★注1
人間やゾンビに付いている「」は、最初はただの強調でした。
後半では、人間→生物としての人間 「人間」→人の優しさを持った人間
みたいになってます。(たぶん)
話の流れで適当に解釈して下さい。

★注2
漢字とかめっちゃ適当です。あまり気にしないで下さい。
その時の感覚で適当に使ってて、漢字だったり平仮名だったり滅茶苦茶です。
間違った漢字を使っている所もあるかもです。

★注3
数字は漢字だったりアラビア数字だったり、これも適当です。
3以上の数字は大体アラビア文字で、1と2に関してはその時の気分でやってました。

スレ読み返して、補足を付け加える作業してます。
全部を読み返す気力があるか分かりませんが……。
細かいミスは許して下さい。
沢山あり過ぎて処理しきれない……orz
781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 19:24:24.28 ID:43DXNlmio
    ∩ _rヘ       / ヽ∩
  . /_ノυ___ιヽ_ \
  / /  /⌒  ⌒\   ヽ \
  (  く  /( ●)  (●)\   > )  >>1の頭は
  \ `/::::::⌒(__人__)⌒:::::\' /
    ヽ|     |r┬-|     |/
      \      `ー'´     /


 (( (ヽ三/)        (ヽ三/) ))
  .  (((i )   ___   ( i)))
  / /  /_ノ   ヽ_\   ヽ \
  (  く  /( ●)  (●)\   > )  くるくる
  \ `/::::::⌒(__人__)⌒:::::\' /
    ヽ|        ̄      |/
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        / ̄ ̄\
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      |::::::<●><●> |   / ̄ ̄ ̄ \
     . |:::::::::::(__人__)|  /  ⌒:::::::⌒  \
       |::::::::::::::` ⌒´ |/   <●>::::<●>   \   天才のそれに近いな
     .  |::::::::::::::    } |     (__人__)    |
     .  ヽ::::::::::::::    } \    ` ⌒´   _/
        ヽ::::::::::  ノ   |           \
        /ヽ三\´    | |         |  |
-―――――|:::::::::::::::: \-―┴┴―――――┴┴――
782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 19:25:27.76 ID:4GbNjW1z0
あと指摘されたのですが、
このssではウイルスのキャリア(保有者)を「保菌者」と呼んでいます。

本来ウイルス感染者の事を「保菌者」と言うのは間違いですが、
その間違った使い方もかなり広まってしまっているので、敢えて使いました。
その理由は「保菌者」と言った方がホラーっぽい「ねっとり感」があると思ったからです。

気になってる人も多いと思いますが、どうぞ見逃してやって下さいorz
783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 19:50:50.66 ID:Z/tqGccAO
ただ単に心臓が動き、息をしているだけでは「人が生きている」とは言えない
人が別の人と繋がっている事こそが「人が生きている」と言えるのだろう
そう感じさせられた
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 20:13:51.64 ID:OjhgmX/AO
この筆量は賞賛に値するけどちょっと無理し過ぎたんじゃないかと逆に心配するレベル

次に書くときはもうちょっとゆっくりやってもいいと思うよ

多分後ちょっとで容量落ちするんじゃないかってレベルだろこれwwwwww

改めてお疲れ様でした!
こんな長くても楽しめた作品はいつ以来だろうか。これからもその発想力で面白い作品バンバン生み出しちゃってくださいよ!
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 21:03:53.48 ID:xH1qK+n1o
唯「 す っ ご く 見 苦 し い よ ね 」

↑こういうスペース空けるのってちょっとチープに感じてしまう
他にうまい表現方法が見つからないのも事実ではあるが
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 21:28:43.89 ID:uRKkELBgo
あえて、ワガママ言うなら投下されるのを楽しみに待ち侘びたかったことぐらいですwwww
787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 21:31:12.32 ID:ObQUlj9lo
      -‐..:::: −− ::::::......、、
   /:::::::::/::::::::::::::::::::::::ヽ:::::::::ヽ、
  r'´:/:::::::,イ:::::::::: |::jハ;:::::::::ヽ:::::::::::\    これは>>1乙じゃなくてうんたらかんたら
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788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 21:36:04.33 ID:vjb/nP1IO
>>1のスタミナは長友といい勝負
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 22:06:31.42 ID:udSBz2Xpo
脳死は人の死として認めていいのだろうか。心を無くした事を人の死と言うのならば、植物人間も死として見られることだろう。

このssにおいてのゾンビという観点から、これらのことについて考察していく。

まずこのssのゾンビであるが、最大の特徴は段階を踏んでゾンビ化していくことである。初めは意識があり徐々に理性を失って行く。最終的には本能である食欲に従い行動していくのだが、ここで1つ考えて欲しい。

最終的に人でなくなることが確実にわかっているのならその前段間の心を持っている状態は生きていると言えるのだろうか。いずれは心を失う。つまり周りの知人でさえ襲うことになる。それは生きていると言えるのか。

答えは生きている、である。何故なら人間の

790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 02:53:50.24 ID:fmTmCfXH0
たまに書き込みの中に『★1』とかあるけれど、あれは元々は何レス目かという事を表していた。
私はメモ帳に書き溜める時に、番号を振って何レス位になるかを確認していたのだ。

それを最初の1レス目の時に、間違って消さずにコピペしてしまった。
流石に1レス目から訂正とか恥ずかし過ぎたので、私は何とかその場を誤魔化す事にした。

しかし、毎回番号を書くのもあれなので、およそ30レス毎に『★番号』を振る事にしたのだ。
何故30レス毎かというと、私はメモ帳に30レス分ずつ書き溜めていたからだ。
1つ目のメモ帳に1−30のレス分、2つ目のメモ帳に31−60のレス分、という感じに。

『★番号』は、そのレスがいくつ目のメモ帳の内容かという事を表していた。

私は当初、2chの1レスが30行という事実を知らなかった。
故に、30行を超えるレスなども多々混じっていたのである。

その事実を知った時、私の額からは脂汗が噴き出した。

私はそれらのレスを何とか二つに分け事無きを得た。

また、途中で補足が必要になり、新たに付け加えたレス分もある。
だから、実際には1つのメモ帳に30以上のレス分が含まれているのだ。

>>582にある『★421』とは、421レス目で在る事を示している。(修正により実際はもっと多い)
つまり、421−450のレス、15個目のメモ帳の内容をコピペしているという意味だったのだ。

ただ純粋にレスの数を表しているのであって、内容の区切りがいいとか、そういう意味は含まれていない。

ぶっちゃけ意味無い。
791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 02:58:00.92 ID:jfYzoxEgo
最初はVIPの予定だったの?
それともこっちは30行以上いけるって知らなかっただけ?
792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 03:07:28.49 ID:fmTmCfXH0
>>791
>それともこっちは30行以上いけるって知らなかっただけ?

なん……だと……!?

知りませんでしたorz

こっちに相応の板が在るので、VIPに書く予定はありませんでした。

どこかで1レス30行と聞いて、どこも同じと思ってました……。
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 03:10:56.77 ID:jfYzoxEgo
ここは1レス80行だよかわいい
794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 03:13:50.77 ID:ApKzOK2mo
今読み終えたよー。
ここまで面白いのも久々に読んだ。もうGJとしか言えない。
このレベルの作品がVIPじゃなくてこっちで出てくるなんて、見つけられてよかった。

これが童貞作とか信じられんです。
長編かけない百合しか書けない俺からみたら、ただただ尊敬するしかないっす。

次の作品とかあったら、またここに投下する予定なのかな?
もしそうならあなたのSSのためにVIPだけじゃなくここもチェックするよ。
795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 03:27:24.66 ID:Kfm++KhIO
もしかして>>1は前にSS雑談の方で
地の文多めで書きため300KB超えたって言ってた人かな?
男出てくるとか言ってたし
この量書き上げただけでも凄いわ
796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 03:37:02.10 ID:fmTmCfXH0
>>332
でもね、私も貴【女】達と同じ卑しい最低の人間だったんだ……」
そこにいた漢達も含むから、『貴方』のままでも……駄目か。

>>334
『私は貴方達と同じだから!』→『私は貴女達と同じだから!』

完全な助詞ミスとかどっかでしたのを覚えているけど、どこだっけorz
>>349まで読み直して、訂正する程じゃないけどおかしい部分があり過ぎて萎えた。

今日はもう無理、寝ます。これ以上間違い探しするかは未定です。読むのめんどくさい。
間違いは皆さんの脳内で変換して下さいお願いします。

>>794
ここが在る限りここにしか書きませんが、次回作を何時書くかは不明ですので期待しないで下さい。
既に3つ構想があって、頭の中ではストーリーは出来ているのですが文字にして書くとなると……。

実際にこれも、自分の脳内ストーリーとかなり異なっています。
当初は、ゾンビパニック1→ゾンビパニック2→軽めに施設いじめ→施設ゾンビパニック→皆と再会、
こんな感じであっさり終わる予定でした。
なのに、辻褄合わせやら何やらでやたらレスを使ってしまって、
正直書いてるのが辛かったですよ。(施設での話し辺りが特に)
自分の書きたい所に中々行けなくて……。

あと、次回作が皆に喜んで貰える位の物になるかは分かりません。
題材が変わると、やっぱり色々勝手が変わりますし……。

というか、自分でssを作ってみて、改めて作者の皆様方を尊敬します。
ssがまとめてあるサイトで、いつも楽しませて貰っていたので。
本当に、ss書いてる皆様に感謝感謝です。あと、面白いレスする人にも。

一言で笑わせられるのって、ホントに凄いと思います。
797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 03:40:49.50 ID:e5gyXldFo
乙。

まだ今年始まって1ヶ月だぜ?こんな良作巨編がしかも童貞作で出てくるなんざ衝撃だわ。


こっからは俺の駄文だけど・・・

この>>1さんは何せ黒い感情描写がやたらリアル。
それでいて、ちゃんとそれに対する答えを持ってる。

さっきから作者は一気に書き上げた反省に弁明してるけどさ、なんつうか、物語の根本が魅力的だから、設定のあやふやさやら誤字程度は気にしないで欲しいわ。

まぁ結局、俺みたいなのが現れたらこのスレもいよいよ終わりだなwwwってこった。

お疲れ様でした!!
798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 03:43:32.50 ID:fmTmCfXH0
>>795
このスレしか書き込みしてないので、多分別の人です。
ちなみに自分のは、追加修正を加える前の原文で506レス分、422kbあるみたいです。
追加分は操作ミスで保存してない物もあるので、正確にはわかりません。
追加レス分加えると、550レス行くか行かないか位かなとか思います
799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 04:07:33.27 ID:fmTmCfXH0
>>797
そう言って貰えると気が楽になります、ありがとうございます。

名無し人間キャラを出した影響で、唯はあんなんなってしまいました。
自分の脳内では、生きる気力を失って、自身を「ゾンビ」と重ねるだけでした。
女とかボーカルが出て来た事で、何かダークヒーロー化したみたいな……。

施設の話は自分の中でも色々なパターンがあって、どれで行こうか迷った所でもありました。
最終的に、その様々なパターンから少しずつ取って、それらを組み合わせたという感じになりました。

自分で言うのもアレですが、唯の心の中の「ゾンビ」とは「怒り」「憎しみ」という感情だったと思います。
それまで、「怒り」「憎しみ」を知らなかった唯はそれらを上手く制御出来ず、
それを自分の中の「怪物」「ゾンビ」と思い込んでしまったのではないかと。

紬を攻撃する者に対して湧く「憎悪」が「ゾンビ」の正体みたいな。

スレにコピペしながら自分の作品を読んでいた時にそれに気付いて、
その話を付け加えようと思ったのですが、そうすると色々不都合が出て来るので諦めました。
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 04:15:33.33 ID:KVG10H4Z0
これは人を殺せる破壊力の作品ですね
俺は死んだ
本当にお疲れ様でした
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 04:17:59.95 ID:BNu4tU700
面白かった。
この一言に限るな

面白い作品はもっとみんなの目に止まるべきだしその労力に似合った賞賛をもらってもバチは当たらないはず
このスレがHTML化されたらまとめ依頼とか出してもいいですかね?
アフィが嫌いなら仕方ないですが…
802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 04:21:15.68 ID:jfYzoxEgo
外野がまとめだの何だの言い出したらまずい傾向
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 04:25:01.63 ID:oqkyVnDAO
そうそう

終わった、面白かった、次に期待

それだけでいいじゃないの

HTML依頼はちゃんと出しときなよー
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 05:57:28.95 ID:KVG10H4Z0
いま二回目読んじゃった。随所でゾクゾクした
一回言ってるけどもっかい言わせてください乙
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 07:31:24.34 ID:91UI/oYE0
ボーカルは松ジュンで再生しといた
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 10:22:20.73 ID:fmTmCfXH0
レスしてくれた皆様、今までお付き合いありがとうございました。
変な所は皆さんの脳内変換を期待して、そろそろスレから撤退し様と思います。
今後何か内容に関して質問が出てくれば、それには答え様と思っています。

後はどうにでもな〜れ。

>>801
基本的に、書き終わった後は自分の作品がどうなろうと興味はありません。
誰かに楽しんで貰えたなら、それだけで十分です。
皆様の好きな様にして下さい。
807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 13:46:26.96 ID:fmTmCfXH0
一箇所、入れるかどうか迷って、最終的に蛇足と判断し切ったレスがあります。
別に推理スレではないので、いらないかなと思いまして……。
一応ここに投下しておきます。

>>500の行数が30行を超えていた為、それを分ける時に起きた事態でした。

分けたもう一方のレスの行数が少なくなり過ぎた為、
修正・行数稼ぎの為にその時に即席で作った文章が加えてあります。
808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 13:48:46.64 ID:fmTmCfXH0
500.5

グラスに注いだワインはフェイク。
本当の目的は、ボトルの容積を減らし薬の濃度を高める事。

私の仕掛けた罠、その本命はボトルであり、グラスは保険だったのだ。

今までの私の態度を見ていれば、私が彼に反感を抱いている事を、彼は分かっていた筈。
敵意を持っている相手が、自分のいない間に注いだワインなど、あからさまに怪しいではないか。
そんな物をすんなり飲める程、この男は馬鹿ではない。

私はワザと「不自然な状況」を作る事により、本命の罠から彼の注意を逸らしたのだ。

頭のいい彼は、ボトルに薬が仕込まれている可能性も考えたのだろう。
だからこそ、彼は私のグラスのワインも破棄し、新しいグラスを用意した。

そして、ボトルのワインを私の目の前でグラスに注ぎ、それを私に渡したのだ。
彼は私の出方を注意深く観察していた。

だから私は「失望」を演出した。

彼はその様子を見て慢心した。
さらに私は、彼と一緒にワインを飲む事で、彼に「偽りの安心」を与えた。

私は毒入りのワインを排泄する術を身に付けていた。

そしてそれを、彼が知る筈など無かったのだ。
809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 14:12:25.83 ID:fmTmCfXH0
>>803
了解、依頼しました。
810 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 14:56:04.89 ID:WWmmra4SO
やっと読み終えた…3時間くらいかかった乙。
ビデオレターとおまけの憂登場のとこで涙腺崩壊しました
実は生きてました系はニガテだけど感動したし面白かったからどーでもいいや

ここから先の物語は体術と殺人術を会得した唯を筆頭に、ゾンビの頭であるサワコと戦うドタバタコメディー
唯に武器にされ破壊されたギー太が楽器のゾンビとなり憂をさらってしまい、唯たちがそれを救いに行く感動スペクタクル
ムギと恵が共謀してゾンビウィルスから百合ウィルスを作り出し、ムギはニヤニヤ、恵は澪とちゅっちゅしようと目論むラブコメ
811 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 17:02:12.39 ID:/R1oS2lAO
なんて面白いんだwwwwwwwwwwww
けいおんでこの話を作るのは凄い

複線も全部使ってて良かった
812 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 18:30:50.37 ID:ooSZJ8oOo
おもしろかったよ
これで悔いなく逝けます
ありがとうございました
813 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 22:19:36.79 ID:OlCbVk5s0
>>1

 てか、素晴らしい作品有難う 一気に読ませてもらったわ
オチも賛否両論あるだろうけど、オレはめっちゃ好きだ
ゾンビ映画にもよくあるけど、やっぱり人間の敵は人間なのよね
814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/05(土) 00:33:36.87 ID:4tiAV9T50
ありがとう>>1
そしてお疲れ様でした
815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/05(土) 17:15:29.95 ID:Yc/ewGzIO
なぜかボーカルの姿がジャガーのポギーでイメージされてしまう
816 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/05(土) 18:39:45.22 ID:f3Y2QwV+0
>>390
【スレ】そう思うと胸が苦しくなり、私の胸に小さな綻びが生まれた。
【原文】そう思うと胸が苦しくなり、私の心に小さな綻びが生まれた。

心が無いとかどうのとか言っておいて、『心に小さな綻びが』とか言うのは変だと思い変えました。
だけど、読み直すとこの部分何か違和感が……。

>>409
【誤】その後ゆっくりと、時間を掛けて私の体を隅々まで舌を這わせた。
【正】その後ゆっくりと、時間を掛けて私の体の隅々まで舌を這わせた。

>>469
【誤】私は食事の時と、パーティーの時でしか彼に会わない
【正】私は食事の時と、パーティーの時しか彼に会わない

>>474
就寝前、私はムギちゃんのお酒に睡眠薬を細かく砕いて混ぜた。
【彼女はいつもの2倍の量の睡眠薬を飲む事になる。】
大丈夫、安全性は医師に確認済みだよ。

原文にある【】の文章が抜けてたorz


>>476の辺りは話が原文とかなり変わってて、唯はグラスに薬をどうやって盛るかを考えています。
元々は、「グラスに盛る」じゃなくて、「彼が飲むワインに盛る」と言うニュアンスでした。

偶然ボトルに薬を入れるのか、確信的に入れるのか、その辺りの事で迷走してました。
自分の中でグダグダになり、適当に話を進めてしまう結果になってしまいました。
その所為で、その辺りのレスの整合性が取れていません。

読み直してみると、>>808の内容を>>500の後に入れて、
もっとボトルに薬を入れる伏線を張っておけば良かったorz

>>493
【テーブルの上にも、中身のないグラスが置かれている。
 どうやら、新しい物を用意した様だ。】

これは>>808の伏線でしたが、使われない結果となってしまいました。
その事で、「何故唯のグラスのワインも捨てたのか」と言う不自然な状況が出てしまいました。

やっぱり>>808を入れなきゃ駄目だったかもorz
817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/05(土) 20:25:25.72 ID:9E67temg0
そんなに気にしなくてもそういうことが十分に保管して読めるくらいだったよ



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