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HTML化した人:lain.
律「その頃の田井中姉弟!」 
1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:10:23.62 ID:VG5Ir8iQ0
この話は、「けいおん!! のあの話のとき、りっちゃんと聡はどうしていたんだろう」という作者の妄想です。
聡が出たり、地の文があったりするので、苦手な方はお避け下さい。

また、キャラ崩壊、オリジナル設定があるかもしれませんので、ご了承ください。

それでは、1話から――



2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:11:33.44 ID:VG5Ir8iQ0
 
 元はと言えば、昨日カーテンを閉め忘れたせいだ。

「……起き、ちまった」

 体を半分起こし、俺はそうひとりごちる。
 眩しい。起きたばかりの体に日光はキツい。
 すぐさまカーテンを閉め、念のため時計を確認する。
 日付は……。

「大丈夫、みたいだな」

 今日はまだ、春休みの途中。まだ寝てたってバチは当たらないだろう。
 昨日、父さんも母さんも今日の朝はいないと言っていた。
 そのことを頭の中で反芻して、俺はもう一度目を閉じる……。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:12:33.13 ID:VG5Ir8iQ0

……
…………ガチャッ!

「聡ー! おーっす!」

 バタバタと部屋の中に誰かが入ってきた、気がする。誰だ、不審者か?
 しかし考えてみたら、こんな朝っぱらからやってくる不審者も、俺の名前を呼びながら
 テンション高くやってくる不審者も普通はいないだろう。きっと春の陽気にあてられて、俺の耳が捉えてはいけないものを捉えたに違いない。
 この明晰な論理に基づき、俺は安心して眠りこけることに決めた。ああ、今日は暖かくて絶好の二度寝日和――

「ほらー、起っきろー!」

 ――なぜか俺の体から、先ほどまで誠心誠意あっためてやっていたはずの熱が消えた。
 纏わりついていたものが離れていき、それにつられて俺の体がドスンと悲鳴をあげる。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:13:27.35 ID:VG5Ir8iQ0
「ったくー、せっかく呼びにきてやったんだからとっとと起きろっての」
「……」

 気づくと俺は、床に寝っ転がっていた。体が急に冷えていく感覚に驚き、目を開ける。
 そしてそうするとともに、目の前で得意げに無い胸を張っている(Yシャツだから余計に目立つ)奴が視界に入ってきて、俺の心も冷え切っていく。

「今日は姉の記念すべき始業式なのに、起きてこない弟がいていいだろうか。いや、いいはずがな い!」
「……進級するんだったらなおさら、起こし方くらい考えてよ」

 冷ややかな目で見つめながら、俺は抗議する。しかし、朝の、しかも無理に起こされた俺の声に力などあるはずもなく、そんなものは目の前の荒ぶる悪女を黙らせるのに何の効果も発揮してくれなかった。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:14:55.25 ID:VG5Ir8iQ0
「ほら、とっとと下に行くぞ!」
「……おう」

 先頭を切って歩く姉ちゃんに少し遅れて付いていく。この仕返しは今日の朝飯で果たそう、と決めて溜飲を下げる俺は、悪くないはずだ。

 気づいてみたら、今年で姉ちゃんは18、俺は14。
 時の流れの早さを実感するとともに、4年という年の差を訝しくも思う。その疑念の大半は、「姉ちゃんが俺よりも4年も早く生まれたわけがない」というものだ。
 どう考えても、俺の方がしっかり者だと思う。
 ごはんもしっかり作るし、勉強も(そこそこ)ちゃんとやるし……そりゃたまにコーラ飲みなが らゲームしたりもするけど……そういったところを含めたとしたって、俺の方に軍配が上がるだ ろう。俺に出来なくて姉ちゃんが出来ることは、精々ドラムくらいだ。
 今日だって、そうだ。どうせ次に言う言葉は、「朝飯、用意して」だ。賭けてもいい。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:16:31.76 ID:VG5Ir8iQ0
(……今日は、少し塩っぽくしてやる)

 姉ちゃんは甘いものは好きだけど、塩っぽかったり苦かったりするのは大の苦手だ。
 ここにこそ付け入る隙がある――!

「さっ、入れ入れー」
 
 そんな小さな企みを胸に、リビングに入る俺。いつもの習慣で、すぐさまキッチンに向かう…… あれ?

「ど、どういうことだ……?」

 なぜか、そこにはまな板があった。しかもその上には、汚れがついている。
 間違いなく、これは昨晩俺が洗ったはずだ。
 次に、目に入ったのはフライパン……これまたなぜか、汚れている。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:17:23.54 ID:VG5Ir8iQ0
「……ま、まさか」
「ふふふ、聡くん? 私がいつまでも君になめられているだけのお姉ちゃんと思ったかね?」

 はっとして声のした方を見ると、姉ちゃんが超得意気な顔で仁王立ちしている。
 その芝居がかった口調といい、その表情といい――俗にいう「ドヤ顔」そのものだった。

「見ろっ! これが私の力だ!」

 ついに食卓へと目を向けた俺は、そこにあるものを見て驚愕した。
 野菜炒め、味噌汁、そして鮭。日本の朝の定番とも言える料理がずらっと並んでいる。
 ……いや、待て。なんで俺はこの料理の発する香りに気づかなかった?
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:18:44.32 ID:VG5Ir8iQ0
「そうか、俺は思い込んでたんだ……俺の姉が料理なんてできるわけない、と!」
「ほら、冷めるぞ? 早く食べようぜ」

 目の前に差し出される茶碗。ちゃっかりごはんまで炊かれているというこの徹底ぶり。
 ……完敗だ。

「どうだー、うまいかー?」
「……お、おう」

 俄かには信じがたい話だが、用意されたご飯はどれも美味しかった。
 細かいことを言わせてもらえば、炒め方が甘い、味噌汁の味がうすい、ちゃんと焼けていない、などと文句はつけられるけど、どれも些末なことだった。
 というより、今まで料理が出来なかったはずの初心者がここまで作れたのに、経験者である俺がうだうだ言っても、負けを認めたみたいでなんか悔しい。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:19:56.06 ID:VG5Ir8iQ0

「そっかー、そりゃよかった!」

 うんうん、と喜色満面で頷く姉ちゃんを見ていると、どこか親にも似た感情が湧いてきた。
 そうだ、まるで初めて自転車に乗れて、親に向かって「乗れた乗れたー!」と楽しそうに
 得意気に笑う子どもを見てる、そんな心境だ。
 実の姉に向かってこんな感情を抱くのはどこか間違ってるような気もするけど、実際そう感じたんだから仕方ない。

 「でも、姉ちゃん、一体どこで練習したの? 家ではしてなかったよね?」

 俺が言うや否や、いきなり姉ちゃんの顔が強張った。笑ったまま硬直してしまったので、不気味なことこの上ない。
 ……まあ、こんな質問をぶつけて言うのもなんだけど、もう大体わかってるんだよなあ。出来心半分、からかい半分って感じで。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:21:06.83 ID:VG5Ir8iQ0
「そ、そりゃまあ、私くらいパーフェクトになるとどんなことだって
 そつなくこなせるように――」
「姉ちゃん、左手の指に、傷が……」
「えっ、マジで!?」

 咄嗟に自分の左手を確認する姉ちゃん。そして俺の視線に気づき、はっとする。

「何度目かな、引っかかったの」
「〜〜〜〜!」

 言葉にならないらしく、口をパクパクさせながら俺を睨み付ける。
 顔が赤く、目元が少し涙ぐんでいるため、怖さは全く感じられなかった。
 いつも思うけど、本当に感情表現が豊かで、話してると飽きない。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:22:31.97 ID:VG5Ir8iQ0
「あ、姉を騙すとはなんたる弟――!」
「そうなんだ、じゃあ俺、コップ取ってくるね」

 いきり立つ姉(とはいえ、全くもって威厳がない)をいなし、俺は台所へと向かった。
 冷蔵庫を開けて、牛乳パックを取り出し、コップにトポトポと注いでいく――


――ピンポーン


「あれ、誰か来たみたい」

 牛乳を注ぎ終わり、さて食卓へ持っていこうという時になってから、玄関から響く音。
 咄嗟に食卓にいる姉ちゃんの方に目を向けると――

「……あー、そーみたいですねー」

 仏頂面で姉ちゃんはふてくされていた。口をぷーっと膨らまし、明後日の方向を向いた姉ちゃんは、さながら漫画に出てくる典型的なギャグキャラみたいだ。
 そんな姉ちゃんを見てると、まだ日本は平和だな、と、どこかしみじみとした気分にもなる。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:23:35.50 ID:VG5Ir8iQ0
「じゃあ俺、行ってくるよ」

 どうせふて腐れた姉ちゃんはしばらくあのままだし、いちいち相手にしていてはお客さんに迷惑だ。そして、誰が来たのかは確認するまでもない。


……ガチャッ!


「よっ、聡」

 ドアを開けると、やはりそこにいたのは予想通りの人だった。
 長い黒髪、抜群のスタイル(特に胸のあたりとかは姉ちゃんに少しでも……)のこの人は、姉ちゃんの親友である秋山澪さんだ。
 ちなみに俺は昔からの習慣で「澪姉」と呼んでいる。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:24:19.33 ID:VG5Ir8iQ0
「おはよう、澪姉。ああ、今姉ちゃんだったら、朝ごはん食べてるよ」
「お、そうなんだ」
「うん、そうなんだ……ところでさ」

 俺は一旦そこで言葉を切る。といっても、そんな意味深な行動をとるまででもないんだけど――まあ、なんとなく。


「ん、どうした?」
「姉ちゃんの料理……澪姉が教えたんでしょ?」

 俺がそう言うと、澪姉は予想通りの反応をした。
 どこか優しく、ほんの少しの苦笑を滲ませ、ため息をついたのだ。
 俺は、長い付き合いで年上の女の人は澪姉しか(姉ちゃんや母さんはノーカン)知らないけど、ここまで綺麗な素振りをする人はそうそういないんじゃないか、と思う。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:25:03.07 ID:VG5Ir8iQ0
「なんだ、やっぱりバレちゃったか」
「うん、やっぱりね。なんか姉ちゃんの料理の味、ちょっと前に澪姉が作ってくれたものの味と似 てたんだもん」
「……あ、ああ、そうか」

 俺がそういうと、少し澪姉は顔を赤らませた。
 新学期を迎えても、進級しても、やっぱりこの人は変わらない。
 相変わらず優しくて、相変わらず照れ屋だ。
 だって普通、俺の――年下でしかも幼馴染の弟の!――言葉に赤面するか?
 いやまあ、俺もそういう反応が見たくて、言ったんだけどさ。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:26:36.21 ID:VG5Ir8iQ0

「で、でも聡も優しいよな」

 俺がそんな澪姉の反応を見てほんのちょっと楽しんでいると、そんなことを言ってきた。

「え、俺が? なんで?」
「聡のことだから、律を徹底的にいじめたりしなかっただろ? たぶんからかい程度で収めたんじゃないか?」
「まっさかー! 俺が姉ちゃんに対して優しいなんて、そんなこと――」


「聡ー、牛乳ついでくれてありがとなー!!」


「…………あ、あるわけねーだろ」

 思わぬ、全く予想してなかった反撃だ。
 悪どい姉ちゃんのことだ。俺たちの会話を盗み聞きして、今言うべきことを考えたに違いない。
 顔が赤らんでいくのを感じ、同時に後悔した。
 あまりに姉ちゃんの反応が面白いから油断しきっていた俺のミスだ――!
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:28:10.17 ID:VG5Ir8iQ0

「ははっ、やっぱりか」

 目の前にいる澪姉は、またさっきのような顔をしてみせる。
 しかし今度は、声にからかいのようなものも滲んでいるということを
 俺は聞き逃さなかった。

「み、澪姉――!」
「ほらー、律! とっとと用意しろ―、遅刻するぞー!」

 澪姉は俺の言葉に自分の言葉を被せ、中にいる姉ちゃんをせかす。こういうかわし方までうまいんだから、ホント叶わない。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:30:00.18 ID:VG5Ir8iQ0
×叶わない→○敵わない 

誤字、すみません。



「そいじゃ、行ってくるぞ!」
「じゃあな、聡」
 
 姉ちゃん(既に機嫌は完全に直っている)と澪姉に手を振られて、俺も手を振りかえす。

「姉ちゃん、新学期だからって調子乗りすぎんなよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ! いざとなったら澪に――」
「調子に乗るな!」
「ふぎゃっ!」

 澪姉が姉ちゃんにチョップを食らわせた。どうせ、「いざとなったら澪に罪をきせる」
 とでも続けようとしたんだろう。成長しないなあ……。
 それに比べて澪姉は、高校に入ったばかりの頃はグーで思い切り殴っていたのに
 成長したんだなあ……。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:31:02.13 ID:VG5Ir8iQ0

「さて……」

 二人の姿が見えなくなると、俺は家の中に戻った。
 さて、二度寝でもするか。近々、俺も学校が始まる。
 といっても最高学年じゃ無いし、今はもう少し休んだっていいだろう。

「あれ……?」

 部屋に戻ると、思ったよりずっと暖かかった。
 なんでだろう、カーテンは閉めたはず――

「あっ……!」

 なぜかカーテンが開けられていて、そこから光が差し込んでいた。
 間違いなく俺はさっき閉めたはずだ、なのに、なんで――
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:34:24.04 ID:VG5Ir8iQ0

「……そういうことか」

 少し考えて、俺は気づく。同時に、顔がほころんでいくのを感じた。

 最初、この部屋に入ってきたとき、姉ちゃんはYシャツ姿だった。
 俺は玄関で澪姉と雑談してて、姉ちゃんは食事の後で学校へ行く用意を終わらせるために自分の部屋に戻る、そのとき――

「やられた……」

 布団に入りながら、俺は自然に声を発した。
 その言葉は勝負ごとに負けた時などの語調ではなく、満足したからこその語調――
 そんな気が、した。

 第1話「姉弟!」・おしまい
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 12:41:55.60 ID:VG5Ir8iQ0
1期で聡が出たのは1回、2期では2回(声のみなら、3回)でした。
登場回数5回にも満たないこのキャラが、何故かすごく好きでした。

特に律や澪との関係をにおわせた16話(みんなで田井中家へ行くところ)がすごく好きで……。
そんな妄想でこの話が生まれました。

なるべくほのぼのした話を続けていこうと思ってます。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 12:59:43.43 ID:lBelItLAO
おつ
最近はなぜかけいおんSSが増えたな
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 13:29:41.61 ID:naPqEWXAO

俺得なので末永く頼む
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/01(火) 17:33:24.55 ID:zgk0nuCK0
作者の妄想…だと
かまわん続けろ
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/03(木) 23:31:50.38 ID:YgnpjYL90
続け・・・続いてくれ・・・
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:09:48.33 ID:TKA7uvjS0
ちょっと間が空いてしまいました。待ってくださっている方、すみません。
第2話を投下します。
今回は、澪の出番少なめです。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:10:45.58 ID:TKA7uvjS0
 人間には、これだけは譲れない、という時があると思うんだ。
 大人になるにつれて、その対象には体面だったりプライドだったり、そういった余計なものが絡んでくる、と聞いたことがある。
 けれど、今俺が「譲れない」と思っているものは、少なくともそんなものとは無縁だった。

「集中……集中だ」

 自分に言い聞かせるように、噛み締めるように呟く。
 画面に表示される記号に、思考とは裏腹に体が反応するのをひしひしと感じる。
 すでに覚えこんでいるパターン。けれど、いつもそう決まっているかのように失敗してきた悔しさ。

 そんな空しさとも、今日でおさらばだ。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:11:51.98 ID:TKA7uvjS0
「これで終わりだ……!」

 すでに、曲は終盤を迎えている。リズムを刻むべく、指をコントローラーに這わせていく。
 そして、遂に最後。慎重に、けれど激しく、ボタンを打ち込んでいき――

「聡―!」

 何かがぶつかってくる感触とともに、コントローラーが落ちた。

「……」

 俺は何も言うことが出来ず、画面を見つめるばかり。
 今まで積み上げてきたコンボの表示が消えて、成績発表に移る。
「ノルマクリア成功!」と言われ、99%という達成率を見ても、挑発されているようにしか感じられなかった。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:12:46.12 ID:TKA7uvjS0
「聞いてくれよー……」

 空っぽの頭に、聞き覚えのある声が虚ろに響いてくる。
 色んな感情がない交ぜになる中、俺はやっとの思いで声を絞り出す。

「姉ちゃん……」

 口に出した瞬間、空っぽの気分が熱を帯びていくのを感じた。
 そうだ、なんでこのタイミングなんだ。あと3秒、いや2秒あれば、全て上手くいっていたのに。いや、それ以前の問題として、抱きついてこなければ――!
 俺は、そんな不満を全てぶつけてやろうと振りむく――と。

「ど、どうしたの?」

 憔悴しきった表情の姉ちゃんが、そこにいた。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:13:28.65 ID:TKA7uvjS0
 とりあえずゲーム機の電源を切り、姉ちゃんが落ち着くのを待つ。
 少し調子を取り戻した姉ちゃんは、鞄の中から封筒を取り出し、俺たちの間に置いた。結構な膨らみが見て取れる。

「これは?」
「いいから、開けてみてくれ……」

 相変わらず元気のない声音で姉ちゃんが言う。俺も中身は気になっていたから、すぐに手を伸ばす。
 それに触れるとどこか柔らかい感触がした。その口を開けると――

「……へ?」

 間抜けな声が聞こえた。誰がこんな声を出したのか、考えるまでもない。
 他でもない、俺だった。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:14:20.48 ID:TKA7uvjS0
 中から出てきたのは、たくさんの諭吉さんだった。
 一目見ただけでは数え切れないほどの量。

「とりあえず、数えてみてくれ……」

 姉ちゃんに言われるままに、俺は一枚ずつ数え始める。
 10枚数えた辺りで、「姉ちゃん、なんかバイトでも始めたのか?」と勘繰り、20枚数えた辺りで「まさかヤバいことをしでかしたのか?」と訝り、30枚から先は頭が真っ白で何も考えられなかった。
 50枚数え終わり、やっとのことで俺が口に出せた言葉は――

「……えんこう?」
「なわけねーだろ!」

 すかさず、姉ちゃんの突っ込みが入る。心なし顔が赤いように見えたので、どうやら信じてよさそうだ。
 とりあえず、田井中家の終焉が来たわけじゃ無い、ということに俺は安堵する。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:15:01.04 ID:TKA7uvjS0
 でも、だったらなおさら――

「じゃあ一体、この50万はなんなの?」
「そ、それはだな……」

 姉ちゃんは「コホン」と一息つき、訥々と話し始めた。


 姉ちゃんの要領をえない(まあ、無理もないけどさ)説明によると、こういうことらしい。
 部室を掃除してたら、古いギターが見つかった。調べてみると、それは顧問の先生のものらしいことが判明した。
 先生の許可を得て、軽音部の人たちはそれを売りに行った。すると――

「古いギターが、50万に化けた、と」
「そ、そういうことなんだよ」

 姉ちゃんの声が、か細いものに戻ってしまった。説明しているうちに、再びその凄味を実感したんだろう。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:15:54.12 ID:TKA7uvjS0
 まあ、無理もない話ではある。大人だったらまだしも、俺たちのようなごく普通の中高生にとって50万なんて、夢のまた夢の金額だ。そんなもん持たされたら、誰だって不調をきたしてしまうに決まってる。

 と、ここまで考えて少し気になったことがある。

「姉ちゃん、こんな大金持ってたなら誰かに相談したんじゃないの?
 ほら、例えば澪姉とか」
「い、いや、それは……」

 姉ちゃんの口調が歯切れの悪いものになる。おそらく誰が聞いても、「ああ、相談しなかったんだな」と思うだろう。でも、長い付き合いの俺は、その裏にある詳しい事情まで想像出来てしまう。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:17:01.89 ID:TKA7uvjS0
 姉ちゃんのことだ。軽音部の皆さんの前じゃ(澪姉も含め)、調子に乗ってたに違いない。
「50万あったら、なんでもできるぞー!」なんて風に強がってる姿まで容易に想像がつく。
 姉ちゃんの悪い癖で、少し気分が高翌揚すると、徹底的に調子づくのだ。
 そしてその後で、ようやくことの重大さに気づき、怯えることになる。
 10年以上の付き合いで、こんな姉ちゃんの姿を俺は何度目にしたことか。

「姉ちゃん……こういうの何度目だよ?」
「だ、だってさあ」

 ……まあ、呆れながらも、こんな風に頼られると嫌な気はしない。
 俺だって姉ちゃんの世話になることが多々ある。
 そういうとき、他の人の世話になることはあまり考えないことが多い。
 要するに――恥ずかしい言葉になるけど――お互いに、信頼しきってるんだと思う。
 あの澪姉にすら姉ちゃんには相談できないことがあって、それを俺にだけは伝えてくれる。
 そう考えると、どこか小さな優越感に浸っている自分に気が付いた。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:17:47.59 ID:TKA7uvjS0
 目の前で、どこか恥ずかしそうな表情を浮かべてる姉ちゃんに、呆れ半分優しさ半分の気分で、俺は諭す。

「姉ちゃん、どうしたらいいか分かってるでしょ?」
「ま、まあな」
「いつも悪ぶってるけど、結局いつも落ち着くべきところに落ち着くもんね」
「わ、悪ぶってる……?」

 姉ちゃんがきょとんとした表情を浮かべたけど、無視して続ける。

「姉ちゃんはちゃんと返すでしょ。そういうところで選択ミスって、後で取り返しのつかないことになる姉ちゃんって、なんからしくないし。それにさ――」

 そこで一息ついて――

「姉ちゃん、いい人だし」
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:18:24.55 ID:TKA7uvjS0
 これで言いたいことは全部言えたと思う。
 同時に、妙にしっくりきた。そうだ、俺の姉ちゃんは、「いい人」なんだ。というより、そうでなきゃいけないんだとすら思う。
 だって、そうでなきゃ――俺はこんな優しい気分になれやしないんだから。

「そっか……」

 言い終わり、ちょっとすると、姉ちゃんは妙にしみじみとした口調になっていた。
 心なし、さっきより表情も明るくなったような気がする。うん、いつもの姉ちゃんだ。

「まあ、私らしく何とかするよ。ありがとな、聡」
「役立てたなら良かったけど……姉ちゃんさ」

 「うん?」という表情を浮かべる姉ちゃんに俺は――

「もう、見栄張るのやめなって」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:23:51.84 ID:TKA7uvjS0
 その後の話。後日談ってやつか。
 姉ちゃんは50万を顧問の先生に「きっちりと」返したらしい。
 姉ちゃん自身がそう言ったものの(ちなみに、ドヤ顔で)後に澪姉がその時の状況を説明してくれたところによると、到底「きっちりと」したものじゃなかったことが判明した(姉ちゃんときたら、顔真っ赤だった)。
 というわけで、その箇所を「曲がりなりにも」という言葉に俺の脳内で訂正し、今回の事件(?)は終わった。

 あ、そうそう。50万のうちいくらかを使わせてもらって、姉ちゃんたちは後輩の人にペットをプレゼントしたらしい。こういうところで、自分じゃなく他の人を思いやれる姉ちゃんは、やっぱりなんか「いい人」だ。
 
 
 兎にも角にも、このことから推察するに、姉ちゃんは「お金に弱い」のかもしれない。いや、「だらしない」とでも言うべきか。
 まあ、これに懲りて、姉ちゃんがお金について少しでも慎重になってくれることを、弟として願うばかりだ。


「おーい聡ー、買いたい物があるから、ちょっとお金貸してくれー」
「思ったそばからこれかよ!?」


第2話「大金!」おしまい――
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 20:31:04.00 ID:TKA7uvjS0
「きっとりっちゃんは聡をどこかで頼りにしているはずさ……!」という作者の妄想でした。
「みんなの前で強がった後、家で聡に不安を打ち明けているりっちゃん」という光景から、第2話と結び付け、今回の話は生まれました。

今回の話とは関係ありませんが、憂と聡ってどこか気が合いそうな気がします。
憂はあの通りお姉ちゃん大好きで、聡も最初は否定するけど結局好きってところに落ち着きそうな……構想がまとまったら、そんな話も書いてみるかもしれません。

やっぱり、この二人の修羅場は自分には書けそうにありません。これからもほのぼのとした話を続けていきたいです。特に次回は、りっちゃんメイン回の予定ですから、筆が進みそうで嬉しいです。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 22:20:21.50 ID:MXCP7ClAO
律かわいいよ聡かっこいいよ
憂と聡か。妹弟キャラだけど憂の方がお姉さんぶったりするのかなww
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 22:44:38.13 ID:TKA7uvjS0
今更気付きました。
×高翌翌翌揚→○高翌揚
なんというミス……!

>>38
そのネタ採用させてもらうかもしれませんww
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 22:45:27.71 ID:TKA7uvjS0
ありゃ、なんでそうなるんだ……?
×高翌翌翌揚→○高翌揚
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 22:46:05.22 ID:TKA7uvjS0
どうしてこうなるのか分かりませんが……高翌揚です。
すみません、無駄にレス消費してしまいました。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2011/02/04(金) 22:46:57.80 ID:JvILLxxAO
それはこの板の仕様だ>高揚

メ欄にsagaで回避できる
sageじゃないぞ
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/04(金) 23:03:42.38 ID:an6kluFvo
魔翌力亜種か…
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/06(日) 21:12:24.27 ID:jE1Loxe6o
てす
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/08(火) 07:27:27.06 ID:ko53WARDO
けいおん原作再開決定おめでとう
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/08(火) 13:29:40.37 ID:NYRflIOQ0
一コマでいいからえびふらい先生が描いた聡見たいのう…
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/08(火) 16:56:02.91 ID:ko53WARDO
>>46
俺も見たい
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:46:57.45 ID:FHcfybwc0
>>42
遅れてしまいましたが、ありがとうございます!

>>46
それは、是非とも見たいですw

第3話を投下します。今回は、澪の出番も大目で、オリキャラも登場しますが、ご了承ください。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:48:00.09 ID:FHcfybwc0
 楽天的に見える人は、実はなかなか打たれ弱いものらしい。
 いつも気持ちが上向きだと、それが下を向いた瞬間、一気に崩れおちるから、だそうだ。
 もちろん、本当に楽天的で、いつだって挫折を知らない人だっているだろう。
 けれど、その境地に至るまでに何度も何度も試行錯誤する必要は、ある。
 そして、気を落とした時の立て直し方を体に沁み込ませ、少しずつそれを実践していくんだ。
 
 こんな大げさなこと言ってるけど、今回の一件は、そんな大した問題じゃない。
 「誰かがいじめられてる」とか「取り返しのつかない失敗をした」とかそんな重い話じゃ、決し てない。けど――

 俺にとっては、やっぱり結構な心配事だった。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:48:46.08 ID:FHcfybwc0
「どうしたの、姉ちゃん?」

 いつもの朝の、いつもの食卓だった。
 以前、姉ちゃんが俺に料理を振舞ってくれる、ということがあったけど、あれはあくまで特別な場合だ。普段は、母さんが俺たち姉弟に食事を用意してくれる。
 味噌汁を啜り、何となく正面の姉ちゃんの手元を見てみると、姉ちゃんは箸を魚に付けたまま動きが止まっていた。

「……ん? どうかしたか?」
「いや、手、止まっちゃってるけど」
「あー……うん」

 言われてから、のろのろとした動作で、箸を動かし始める。
 そういえば、今日は姉ちゃんの食の進みが遅い。いつもだったら、俺が食べ終わらないうちにぺろりとたいらげているのに、今日はまだまだ残っていた。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:50:06.87 ID:FHcfybwc0
「……ごちそうさま」

 少し魚に手をつけると、姉ちゃんはそう言って、席を立とうとする。

「姉ちゃん、どうしたの……?」

 咄嗟に、口からそんな言葉が出た。
 姉ちゃんのところの料理が、ほぼ全部残ってる。
そんな目の前の光景は、「いつも」とは明らかに違う。

「……いやいや、何でもない」

 そこで、少しばかり首を振ると――

「何でもないって!」

 先ほどまでとは明らかに違う声音で、高らかに言い放った。
 たしかに、声には張りがあるし、「さーて、顔洗おっと!」と洗面所へ
 向かう足取りもぶれてない。
 台所で俺たちのやり取りを聞いてた母さんも、初めは心配そうだったものの、姉ちゃんが大きな声を出したら、安心そうな表情を浮かべた(けど、料理が残されたのはちょっとショックっぽかった)。
 けど、俺には――

(……無理に笑ってたな、絶対)

 声を上げた瞬間の、姉ちゃんの微妙な表情がこびりついていた。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:51:05.11 ID:FHcfybwc0
「それじゃ、行ってきます」
「……あ、ああ、行ってきます!」

 母さんに見送られるまま、俺たちは外に出る。
 玄関先には、澪姉が待っていて、「行ってきます」と母さんに手を振り返していた。

「なあ、澪ー、今日の宿題――」
「駄目だ」
「えー、私まだ何も言ってないじゃん!」
「どうせ『宿題見せてくれ!』だろ? 始業前に、自力で何とかしろ」
「いやいや、違うぞ、澪? 私は『宿題やってくれ!』って――」

 澪姉が姉ちゃんに無言でチョップ。「ふぎゃっ!」と声を上げる姉ちゃん。
 毎度の光景とは言え、何度見てもこの二人の掛け合いは面白い。
 面白い、けど――

「……ん? どうした聡?」

 澪姉が俺の視線に気づいたらしい(ちなみに、俺・姉ちゃん・澪姉の順)。
 とはいえ、ここでは何も言えない。澪姉と俺、二人きりじゃないと意味が無い。

「ははーん? 澪ー、聡が私と澪に焼きもちやいてんぞー?」
「ば、馬鹿、律!」

 結局、そんな風に姉ちゃんに茶化されてしまったものの、澪姉は気づいてくれた――と思う。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:52:14.09 ID:FHcfybwc0
「そんじゃー、またな!」
「じゃあな、聡」

 三人で他愛無いおしゃべりをしてるうちに(とはいえ、二人の会話に俺が時々まざる感じだけど)、分かれ道に来た。姉ちゃんたちと俺は、正反対の方向に進むことになる。

「うん、バイバイ。学校、頑張ってね」

 姉ちゃんたちにそう返し、俺は歩いていく。
 俺の通う学校(同時に、姉ちゃんと澪姉が通った学校)は、ここからそう遠くない。
 分かれ道から姉ちゃんたちの高校までの距離より、ちょっと近いくらいだ。


 学校に着き、上履きに履き替える。
 澪姉がしっかり者で、学校には早くから向かうため、それにともなって俺たち姉弟の到着時間も早いものとなる。
 だから基本的に、俺が一番乗りだ――
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:53:14.68 ID:FHcfybwc0
「おはよっ、聡くん」

 けど、その日は違った。教室に着くと、同級生が一人座っていて、俺に気づくと挨拶してくれる。

「おっす、鈴木。今日は早いな」
「うん、今日は日直だからね。ほら、朝早く来て色々とやんないといけなかったから。やっと今、終わったとこ」
「あ、そっか。お疲れさん」
「ありがと」

 俺の席は、鈴木の隣だ。ちなみに、俺と鈴木は中1からの友達だ(小学校は別々だった)。
 もちろん、気が合ったり趣味が結構かぶったりしてることが仲良くなれた理由なんだろう。
 けど多分、一番の理由は――
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:54:19.66 ID:FHcfybwc0
「……聡くん、もしかして元気ない?」

 席に着き、少し考え込んでると、鈴木がそんなことを訊いてきた。
 俺はそれを聞いて、ちょっと苦笑する。

「やっぱ、分かるか?」
「うん。聡くん、そういうの表情に出やすいから。で、どうしたの?」
「それが――」


「なるほどね……」
 
 俺の話を聞き終えて、鈴木が最初に漏らしたのはこんな言葉だった。

「聡くんのお姉さんの様子がおかしい、と」
「まあ……そうなんだ」

 ふむふむ、と手を組みながら、鈴木が真剣な表情になった。
 そう、俺がこいつと親しい一番の理由は、俺の相談に本気で乗ってくれるからだ。
 こういう話をしても、軽くあしらわれてしまう(もちろん、その本人に自覚は無いんだろうけど)ことが多い中、俺は鈴木のこういうところが大好きだった。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:56:09.85 ID:FHcfybwc0
「……僕の姉さんにも時々あるなあ」

 考えながら、鈴木が言う。

「後で理由が分かると、『憧れの人にちょっと遠い』だとか『最近、部員まとめるのが大変』だとか、そんな大した理由じゃなかったりすることが多いけどね。けど、悩んでる時の姉さん見てると――やっぱ、心配だよ」
 
 鈴木にも姉さんがいる、ということは知っている。それに、鈴木の家に遊びに行った時、何度か会ったこともある。鈴木はよく姉さんに苦労をかけられている、らしい。けど、そんなお姉さんのことを話すときの鈴木は、どこか嬉しそうだ。

「僕から聡くんに言えることがあるとしたら――やっぱり、理由をはっきりさせること、かなあ」
「理由を、はっきり……」
「うん。でも、『何かあったの?』とか直接訊くのはなるべくやめた方がいいかも。あっちから話すのを待つのも一つの手だと思う」

 実際、僕も姉さんから相談されたし、と鈴木は続ける。

(……理由、か)

 姉ちゃんの様子がちょっとおかしいことへの心当たりは、無いと言っていい。
 直接訊くのはNG。相手が話すのを待つことも一つの手。
 けど、俺は――
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:56:57.24 ID:FHcfybwc0
 キーンコーン――
 チャイムの音がして、授業の終わりを告げる。
 その後、すぐに帰りのHRが始まり、担任の先生に挨拶して、今日の学校が終わった。

(……さてと)

 昇降口で靴に履き替えて、カバンからケータイを取り出す(うちの学校は、ケータイOK)。
 新着メールが一件、あった。

(……)

「聡くん、帰ろ?」

 鈴木がそう言ってくれる。けど――

「悪い、鈴木。今日ちょっと寄るとこがあって」
「そっかー、分かった。じゃ、また明日!」

 バイバイと言ってくれる鈴木と別れ、俺は目的地へと歩き始める。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:57:41.38 ID:FHcfybwc0
 目的地は、近所の商店街の中にあるカフェだった。
 到着してから店内を見回し、カウンター席にその姿を発見した。
 その隣に座ってから、

「……おっ、聡か」

 その人――澪姉は、俺に気づいた。
 制服にカバンと、ギターケース。朝会った時の格好のままだ。

「メールしてくれて、ありがと。あと、学校帰りにごめんね」

 さっきのメール内容は、「学校帰りに、いつもの場所で会わないか?」
 というものだった。俺の視線作戦は、功を奏したらしい(とはいえ、澪姉
 のその鋭さに俺は毎度驚かされる)。

「いや、いいよ。今日はちょっと都合が合わなくて、部活が無かったから」

 あんまりそんなこと無いんだけどな、と澪姉は続ける。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:58:37.74 ID:FHcfybwc0
 澪姉がコーヒーを頼んでいたから、俺も同じのを注文した。
 運ばれてきてから、ふと思ったことがあった。
「やっぱり、今日もカウンター席なんだ。普通の席、たくさん空いてるよ。移動しない?」

 俺がそう言うと、澪姉はいきなり顔を赤らめる。

「普通の席じゃ、まるで、カ、カップルみたいじゃないか! そ、それは駄目だ!」
「……それなら最初からカフェを待ち合わせ場所にしなきゃいいのに」
「外じゃ話しにくいだろ! それに外で歩きながら、なんてなおさら――!」
 
 澪姉があたふたする(ちなみに店内なので、声は抑えてる)のを見ながら
 俺は、「やれやれ」と思った。ホント、男に免疫が無いんだなあ。
 相手が俺だからこそ会話が成立するものの、他の男の人とだったらどうなるんだ?

「ところで、澪姉――」

 けど、今は澪姉の心配より優先すべきことがある。
 澪姉も、そんな俺の様子に気づいたんだろう、動揺するのをやめて、真剣な顔つきになった。一息つくと、

「――律のことだろ?」

 澪姉は、そう言った。
 最初から確信しているかのような、はっきりとした声音だった。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 16:59:47.58 ID:FHcfybwc0
「……うん、そうだよ。やっぱ、分かる?」
「分かるよ。聡は表情に出やすいからな」
「……それ、友達にも言われた」
「ははっ、そうか」

 澪姉が軽く笑い、再び真剣な表情に戻る。

「……聡は、律が何に悩んでるんだと思う?」
「やっぱり、何か悩んでたんだ。……けど、全然、心当たりない」

 言いながら、少し悲しくなった。
 俺は姉ちゃんのちょっとした異変にすぐに気づいてしまう。
 それこそ、隣にいる長い付き合いの幼馴染すら気づけないようなことですら。
 けど――気づいた後で、どうすればいいのか分からなくなる。
 今言ったように、その理由さえ分からないし、行動しようにも、身動きが取れない。
 そんなもどかしさの中にいると、淋しささえ覚える。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 17:00:40.77 ID:FHcfybwc0
「……初めから、気づかなきゃ良かったのかな?」
「それは違うぞ」

 俺が漏らした弱音に、澪姉ははっきりと応える。
 そのことに、俺は少し驚いた。なんでそんな確信を持って言えるんだ?

「律は聡のことを、私にはもちろん、他の子にもよく話してる。聡の話をするときの律、凄く優しそうな顔してるんだ。その表情は、聡がいつも律のことを――心配してあげてるからなんだぞ? だから、そんな風に考えちゃダメだ」

 少し早口に、けれど力強く澪姉が言った。
 その言葉が俺の体に沁み渡っていくにつれて、どこか気分が明るくなっていくのを感じる。

(姉ちゃんが俺のことを……)
 
 そう考えて、顔の緩みを感じると、急に恥ずかしくなった。
 たしかに俺は、姉ちゃんのことを考えてる。けど、それは――

「別に俺は姉ちゃんを心配してるわけじゃ……で、でも、姉ちゃんがいつも通りじゃなかったら俺もなんとなく、そう、なんとなく嫌なだけで……だから、俺は別に――」
「聡、全部口に出してるぞ?」

 はっと口を噤むと、澪姉はからかうような優しいような表情を俺に向けていた。
 ……駄目だ、言葉もない。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 17:01:47.45 ID:FHcfybwc0
「まあ、聡もまだまだ子供だということはいいとして」
「ちょっと待って。少なくとも、4つも年下の男と話すだけで顔を赤らめる澪姉にだけは言われなくないよ?」
「律の悩みはな――」

 俺の言葉を完全に無視して、澪姉は話し始める――
 
 
「――まあ、こんなところだ」

 聞き終わると、なんとも呆気ないものだった。
 まあ、当事者じゃないから偉そうなことは言いたくないけど……こんなことで?
 自分の担当する楽器が少し嫌になった――それだけで?

「……でもな、私には律の気持ちも何となくわかるんだ」

 俺がどこか釈然としない気持ちでいると、澪姉が言った。

「楽器やってるとな、他の楽器に目移りしちゃったり、自分のポジションを妙に気にしちゃったり――それでも最後には『やっぱ私にはベースだ!』って思うんだけどな」

 ギターを弾くなんてやっぱり無理だ、と澪姉は少しおどけて、笑ってみせる。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 17:02:35.23 ID:FHcfybwc0
「律も私も、もう楽器初めて5年近く経つから、私が言うまでもなくあいつは分かってると思う。だから、ほっといてもなおる……とは思うけど」

 そこで俺と視線を合わせ、顔を綻ばせて、

「聡は、律が『いつも通り』じゃなかったら嫌なんだろ?」
「うっ……」

 ひ、卑怯だ……さっきの恥ずかしい台詞を引っ張り出してくるなんて……。
 しかも明らかに、その部分を強調してたぞ?

「まあ、聡が思ってたほど、律の問題はたいしたものじゃないわけだ。
 だから、聡がなるべく早く律に元通りになってほしいんなら……なにかしてあげたらいいんじゃないかな?」

 最後の言葉には、さっき乗せられていたからかいの響きは消えて、優しさだけがあった。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 17:03:22.61 ID:FHcfybwc0
「ただいまー」

 澪姉と別れて(また奢られてしまった……これもまた恥ずかしい)、俺は家に帰ってきた。
 下駄箱を確認すると、もう帰ってきてることが分かり、リビングの明かりが点いていたので、そこに移動する。
 
「おー、おかえりー」

 予想通り、姉ちゃんはそこにいた。姉ちゃんは家に帰ってくると、自分の部屋に行ってカバンを置いた後、ここで雑誌を読むという習慣がある。
 その声の響きには、やはり普段ほどの覇気は無い。

(……さて)

 俺はカフェから出たあと、考えていた。
 楽器をやったことがない俺が姉ちゃんにできること。
 ずっと一緒に過ごしてきた俺が姉ちゃんにできること。

 弟が姉に、できること。

「……姉ちゃん!」

 俺は雑誌を読んでる姉に声をかけた。
 興奮しすぎてたせいだろう、少し声が大きくなってしまい、姉ちゃんを驚かせてしまった。
 けど、そのことを気にはしていられない――


「ゲーム、やろう!」
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 17:04:26.39 ID:FHcfybwc0
「どうだ! 私の勝ちだ!」
「くそー、またかよ!!」

 数分後、俺たちはテレビの前でコントローラーを構えていた。
 今、俺たちがやってるのは、いつぞや姉ちゃんに途中で邪魔されたあのリズムゲームだ。
 スコアは、姉ちゃんが圧倒的に上……。

「……姉ちゃん、やっぱ強いね。俺だって、やりこんでんのに」
「いやー、さすがに弟には負けられないよ。それに――」

 姉ちゃんの声が、そこで少し小さくなる。
 ゲームを始めてテンションが上がったせいか、少しずつ熱を帯び始めたその声が、少し冷えたように感じた。

「私は……ドラム担当だからな」
「……」

 テレビ画面の陽気な音とは対照的に、俺たちの雰囲気は少し沈んでしまった。
 けど、大したことじゃない。
 俺たちはこんな雰囲気、二人で何度も経験してきたから。
 だから、俺は――

「ドラムって、いいよね」

 沈黙を破ったのは、俺の方だった。
 姉ちゃんは、少し面食らったようだ。
 それに構わず、俺は続ける。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 17:05:57.10 ID:FHcfybwc0
「だって、姉ちゃん、5年くらい前にドラムセット買ってから、毎日凄く楽しそうだったもん。いや、それまでも楽しそうだったけど、輪をかけてっつーかさ。
 それに、姉ちゃんとドラムって相性いいよ、絶対。だって俺、姉ちゃんがギター弾いたりしてんの、正直似合わないと思うから」

 言葉にして、一気にまくし立てると、やけにすっきりした。
 そうだ、言葉にしてみないと分からない。俺は心の中で、もやもやしすぎたんだ。
 人の気持ちなんて言葉にしない限り、大事なところまでは決して伝わらない。
 「以心伝心」という言葉は、その通りだと思う。けど、それでも――

 言葉には、絶対的な力がある。

「だから、姉ちゃん、俺は――」


「姉ちゃんのドラム、また聴きたいんだ」


 ドラムを買ってから、初めて姉ちゃんが俺に聴かせてくれた時は、確かにまだまだ拙かったと思う。
 素人にだってわかったんだから、姉ちゃんにはもっとよくわかっただろう。
 けど、それでも――

 俺と姉ちゃんは、凄く楽しかった。
 
「――聡」

 俺が言いたいことを全部言いきってすっきりすると、姉ちゃんは
 どこか放心しているように見えた。
 けど、それは虚ろな表情では決してない。
 むしろ、どこか嬉しそうな、どこか楽しそうな。
 そんな、充足感を漂わせていた。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 17:07:16.92 ID:FHcfybwc0
 その後、どこか照れくさくなって俺はゲーム機の電源を消し(姉ちゃんは何も言わなかった)、自分の部屋に戻って、ベッドに寝転んだ。
 そして、少しの間ゴロゴロ転がって、熱を逃がした。

 その後、姉ちゃんが自分の部屋へ入っていく音を聞いた。
 その頃には俺も、寝転がるのはやめていた。
 けど、どこか落ち着かないから、そのままぼうっとしていた。

 そんなもどかしさに浸っていると――

――タン、タン

 音が、聞こえてきた。最初は小さかったその音は、段々と強い響きと速いリズムを帯びて、俺の耳にしっかりと入ってきた。
 音が俺の体の中で、ゆっくりと温かくなっていくのを感じる。

――あったかすぎて、体が熱い

 だから、俺は姉ちゃんにこう言った。

「姉ちゃん、うっさい!」

 その声は、どこか裏返っていなかったか、どこか恥ずかしい響きじゃなかったか、後から俺は考え込むわけだけど、それはまあ、別の話。
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 17:08:39.01 ID:FHcfybwc0
「上向きの人は、下を向いた時、崩れ落ちやすい」
 最初、こんなことを考えたっけ。
 この言葉が正しいのかどうかは、やっぱり人によって考えが違うと思うけど、
 俺は正しいと思う。
 だから、人は試行錯誤して、幸福感を得ようとするんだ、とも。
 でも――1人じゃ動こうと思えない人だって、いるかもしれない。
 
 その時、その「1人」を支えて「崩落」を防ぎたい、と思うから――

「やっぱり私は、ドラムが好きだ!」
「……そうだよね、やっぱり」

第3話「姉への気持ち!」おしまい
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/09(水) 17:15:26.43 ID:FHcfybwc0
前回と似たような話になってしまった、かもしれません。
ですが、前回は、律から聡に相談したのに対し、今回は聡から自発的に近付くといったところが違います。

いずれにせよ今のところ、聡が律のことを心配してばかりですね……いずれ律から聡への心遣いといった感じの話も書いてみたいです。

新キャラについては……これは完全に妄想ですね。でも、書いてて楽しかったです。

もうすぐけいおんライブだし、原作再開の知らせもあって、テンションが上がって仕方ないです。
いずれ聡原作登場を切望します。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/10(木) 02:31:00.77 ID:NhzVmfjY0

聡でてくれるといいな・・・
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/10(木) 03:23:03.87 ID:c/d9AvWAO

鈴木はぼくっ娘?
それとも普通に男?
72 :Actress ◆RitsuEZ3ik2011/02/18(金) 21:17:58.79 ID:2n1QQ09DO
聡と憂の話はまだですか
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/23(水) 13:44:15.79 ID:aYxRjDOMo
イイハナシダナー
なんて暖かい世界なんだろう
GJです
74 :Actress ◆RitsuEZ3ik2011/02/24(木) 01:09:31.93 ID:WVSeneODO
逃げられたか……?
頼む、来てくれ……!!
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/26(土) 21:13:58.97 ID:DPmCOgLDO
いくらなんでも遅すぎだろwwww
頼む、早く……!!
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 17:58:46.15 ID:7bkqfVy+0
本当に、申し訳ありませんでした。
今回、りっちゃんメインじゃなかったから、話がなかなか考えにくくて……。

なんとか2月中に完成しましたので、投下させていただきます。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 17:59:38.08 ID:7bkqfVy+0
 ――出会いはいつも、突然に。
 最近、俺が読んだ雑誌の帯に書いてあった言葉だ。
 出会いというものは、本当に予想もつかないところからやってくる。
 自分が気構えていようがそうでなかろうが、来るものは来る。

 俺もまた、これまでの短い人生の中で、何度かそういう経験をしてきた。
 どちらかというと、俺は気構えていた方だと思う。
 待ってるばかりじゃ、だめだ――というのは、俺の姉ちゃんの言葉。
 こっちから飛び込んでいこう――というのは、俺の心掛けている事。
 そんな風にして日々を過ごしていたから、かもしれない。

 その日の出会いは、俺にとって全く予想もできなかったことで、それがやってきた場所も、これまたおかしな場所だった。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:00:40.09 ID:7bkqfVy+0
「……はぁ」

 その日、俺は起きてからカーテンを開け、ため息をつくことになる。
 この時期にしてはどこか薄暗い感じ。そして、さっきから揺れているガラス窓。
 予想は、してたんだ、けど――

「……これはだるい」

 再びベッドにゴロンと横になり、俺は一人不平を漏らす。
 今日が学校なら、まだ良かった。元々、雨は好きじゃないけど、学校に行くという目的さえあれば一日を乗り切ることは、まだ簡単になるからだ。
 けど、休日の雨の日だと、そうはいかない。
 まず、外に出たくなくなる。そして、外は言うまでもなく、家の中までジメジメしてやってられないんだ、これが。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:01:25.14 ID:7bkqfVy+0
「聡ー! ご飯よー!」
「……」

 しかし、いつまでも不貞寝してるわけにもいかない。
 せっかく母さんが朝ごはんを作ってくれたんだ。早く行かないとご飯が冷めてしまう。
 ただでさえ今日一日を過ごすことが憂鬱なのに、のっけからこれじゃいけない。

「よっ……と」

 ベッドから下りて、部屋のドアまで歩き、開ける。
 廊下に出てから、ふと隣の部屋のドアが目に入った。

「……」
 
 なんとなく、開けてみる。案の定、散らかっていて、俺の貸した漫画もところどころに散乱していて、ボロボロになった雑誌もあって――

 空っぽの、部屋。

「聡ー! 冷めちゃうわよー!」
「……分かったー」

 母さんのその言葉でしっかりと目を覚まし、ドアを閉め、階段を駆け降りる――。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:02:10.48 ID:7bkqfVy+0
 いや、別に大したことがあったわけじゃない。
 さっきの言葉だとまるで姉ちゃんがもういないとか、そういう風にも捉えられるだろうけど、決してそんなことは無くって。
 きっと今、姉ちゃんは、京都を絶賛修学旅行中だろう。

「聡ー! おみやげなんか欲しいかー?」
「いや、特になんも」
「なんだよ、淋しいやつだなー! いいぞ、ケチケチしないでなんでも言ってみろって!」
「旅行前だからってテンション高すぎだって」
「えー、姉の親心を分かってくれよー」
「姉ちゃん、せめて日本語くらいはちゃんとしようよ……」

 そんなちぐはぐな、ちんぷんかんぷんなやり取りがあったのが昨日の朝。
 玄関で靴を履きながら、姉ちゃんは傍目から見ても分かるくらいに、相当はしゃいでいた。
 ドアの前で澪姉がそんな姉ちゃんを苦笑しながら見てるところも、見慣れた光景だ。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:02:45.33 ID:7bkqfVy+0
(……そういえば、昔から遠足前とか凄かったなあ)
 
 まだ姉ちゃんと同室で寝てた頃、遠足前夜に姉ちゃんがはしゃいで、そのせいで俺は全く眠れず、二人とも寝坊し、姉ちゃんと揃って学校までダッシュで向かったのも今となってはいい思い出だ(当時は本当に恨めしかった)。

「……おい、律! そろそろ行かないとまずいぞ!」
「うわっ、ホントだ! じゃ、じゃあな、聡!」

 話しこんでるうちに随分と時間が経っていた(話の大部分は、姉ちゃんのテンションによって成り立っていた)。

「あ、ああ、行ってらっしゃい。それじゃ澪姉、姉ちゃんの面倒よろしくね」
「ちょっと待った、聡! それじゃまるで私が子どもみたいじゃ――」
「あー、もう! じゃあな、聡!」

 姉ちゃんが何か言おうとするも、澪姉が先手を取って姉ちゃんを引きずって駅へと向かっていった。よく聞こえなかったけど、姉ちゃんは子どもだと思うな、俺は。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:03:45.00 ID:7bkqfVy+0
(元気にやってるかなあ……)

 回想終了、今現在の雨の日に思考を戻す。
 俺は母さんの作ってくれた朝ごはんを食べてから、食後のコーヒーを飲んでいる(姉ちゃんがいると、勝負を吹っかけてきて、紅茶派VSコーヒー派の熾烈な戦いが繰り広げられることもある。 その場合、大抵、ゲームで決着がつく)。

「……お姉ちゃんのことが、心配?」

 コーヒーを啜っていると、母さんがそんなことを言ってきて、俺は面食らってしまう。
 見ると、母さんは紅茶を飲みながら(母さんは紅茶派だけど、大人だから、戦いを仕掛けてくるようなことはしない)穏やかに微笑んでいる。その落ち着きっぷりは、いかにも大人の女性っぽくて、それを見るたび、いつも姉ちゃんのせわしなさっぷりが頭をよぎる。

「別に心配じゃないよ。ただ、姉ちゃん『子ども』っぽいからなー」
「ふふ、聡は大人なの?」
「まあ、姉ちゃんに比べれば、ね」
「大人にしては、随分と色の白いコーヒーがお好みなのね?」
「……そ、そういうのは無し!」

 ひそかに気にしてることを、母さんはずばりと言ってくる。
 くそ、早くブラックが飲めるようになってやる!
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:04:24.32 ID:7bkqfVy+0
「……あー、暇だ〜」

 結局コーヒーを飲み終わると、本当に何もすることが無くなり、俺はリビングで横になる。窓から見える景色はさっきと変らず、灰色がかった、俺にとって陰鬱な感じを漂わせるものだった。

「聡は昔から雨の日が好きじゃないわね」

 寝転んでると、母さんが優しさを含んだ口調でそう言った。
 なるほど、たしかに俺は昔から雨の日がそんなに好きじゃなかったような気がする。

「私、なんで聡が雨の日が嫌いか心当たりあるのよ?」
「え、そんなのあるの?」

 俺は全く覚えていない。そんなものがあるんだったら、教えてほしい。

「ええ。もう10年以上前のことになるかしら。私と律と聡でお風呂に入ったの。
 その時、律がふざけて聡の顔に思いっきりシャワーを――」
「……もういいや、母さん。ありがとう」

 頭が痛くなってきた。姉ちゃん……きっと関係ないだろうけど、恨むぞ?
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:05:04.46 ID:7bkqfVy+0
「でも、そんな風にゴロゴロしてるのは年頃の男の子にとってあんまり良くないわね。
 ……あ、そうだ!」

 俺がなおも転がり続けてると、母さんが何か思いついたらしく、居間に向かった。なんだなんだ?
 少しして、母さんが戻ってきた。その手には――

「はい、これ」

 バット。グローブ。そして、軟式野球ボール。

「……」

 姉ちゃん、どうしよう? 俺には母さんのことが最近よく分からないんだ。
 でも、姉ちゃんはこういう時々変な行動をとる母さんとよく話してるよね?
 だったら弟の俺にも何とかできるかな?

「母さん、今の天気、分かる?」
「察しが悪いわよ、聡。まだまだ、子どもね」
「予想外の反撃!?」

 母さんはそんな俺のリアクションを無視し、一枚のチラシを取りだした。
 そしてそれを見て、頷くと、俺に手渡した。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:06:15.14 ID:7bkqfVy+0
「なになに……『バッティングセンター、OPEN!』あれ、しかもここって……うちから近   い?」
「そういうこと。健全な男子中学生たるもの、運動すべきじゃない?」
 得意げにする母さんを見て、俺は「なるほど」と思った。
 たしかに運動するっていうのは、いいアイデアだ。俺も(姉ちゃんほどではないにせよ)
 運動はそこそこ得意だ。近くにバッティングセンターがあるのなら、そこで思いっきりバットを振るうのも憂さ晴らしになるかもしれない。とはいえ――

「これ随分と昔、小学生の頃、俺たちが使ってたやつじゃん。これでボールを打てっていうの?」

 とはいえ、この野球セットを使っていたのは主に姉ちゃんの方だ。
 今でこそしなくなったものの、小学生の頃は、男子に交じってサッカーだったり野球だったりしていたものだ。ちなみに、当時の姉ちゃんの運動神経は男子顔負けだった、らしい(その光景を遠巻きに眺めていた澪姉によれば、だけど)。

「なに言ってるの、聡。私がこれを出した本当の意味に気づかないのかしら?」
「……へ?」

 ぽかんとする俺に向かって、母さんはご満悦といった表情で――


「そのまま『野球』って言うのもなんだから、出してみたかっただけに決まってるじゃない」
「……」
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:07:21.46 ID:7bkqfVy+0
――ウイーン
――ガシャッ!
――ビュン!
――カキン!
 とりあえず、母さんの提案に従ってバッティングセンターに来てみた。
 最初こそ少し不安だったものの、野球は昔やったことがあるスポーツだったので(実際にクラブチームとかに入ってたわけじゃないけど)、意外とすんなり勘が戻ってきた。

(フォームとか、ちゃんと沁み込んでんだなあ……)

 自分の身体にしみじみと感心しながら、打ち続ける。せっかく来たんだから、ホームランを目指そう、などと思っていると――

「えいっ……えいっ!」

 どこか高い声が聞こえてきて、俺はちょっと驚く。
 隣の親子連れの人を挟んで、その声のした方を見てみると、予想通りと言うべきか、そこには女の人がいた。
 そりゃもちろん、バッティングセンターだってレジャー施設。女の人がいたって全然不思議じゃない。
 でも、やっぱり男の人が主に来る場所だろうなあ、という先入観があった。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:08:20.12 ID:7bkqfVy+0
(ああ……フォームがなってない)

 ボールを打つ合間に、やっぱり少し気になるので、女の子の方を見ていた。
 タイミングも揃ってないし、バットも重そうだ。さっきからほぼ全て空振りと言う有様で、打ててもせいぜいボテボテのゴロくらい。
 俺が教えてあげられたらな、とちょっと残念に思った。

「――いいかい、ここをこうして……」

 すると、隣の親子連れのお父さんが、小さな男の子にバッティングフォームを教えてあげていた。
 昔、俺もあんな風に教えられたのかなあ、とどこか感慨に浸りながら、それでも意識はボールに向けて、打ち取っていく。
 もう残り5球程度、というところで――

――パンパカパーン!

「……えっ?」

 思わず声を漏らしてしまった。音のした方を見ると、そこには「ホームラン」と書かれた的があった。ボールを打ちながら、どうやら誰かが当てたらしい。凄いな、なかなか難しいと思ってたのに。
一体だれが当てたんだろうなあ……と思っていると。

「……やった!」

 ガッツポーズをしてる件の女の子。いやいや、ちょっと待て!
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:09:07.26 ID:7bkqfVy+0
(ど、どうしていきなりホームランなんて……さっきまでの様子じゃ絶対無理だろ!?)

 そのせいでボーっとしてしまい、次の球を逃してしまう。
 残り、3球――

(……)

 落ち着け、聡。さっきまで素人同然だった女の子に取られたくらいで、慌てるな。
 俺は「大人」、俺は「大人」――こんなことで慌てふためいてるうちは、「子ども」だ!


 続く1球目――ヒット。どうやら、このマシーン、高めが多いらしい。
 2球目――ゴロ。低めだと、ヒットさせにくいのかもしれない。
 そして、最後のボールが飛んできた。その球速と、それまでの手ごたえから、確信する。
 次で、必ず――!

――カッキ―ン!

 バットがボールの芯をしっかりととらえる。ボールは高く、高く飛んでいきそして――

――パンパカパーン!

 さっきと同じ音がセンター全体に鳴り響く。

「……よっしゃ!」

 俺はなんとも言えぬ達成感を味わいながら、自然と体はガッツポーズを取っていた。
 こういうところでホームランを取ったら、もしかして景品をくれたりするんじゃないか?
 こいつは、楽しみだ!
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:09:59.70 ID:7bkqfVy+0
 ※

「わー、凄い! あの男の子も取ったみたいだよ!」
「うわ、ホントだ。ホームラン2人目って……どうなってるの?」
「凄い人もいるもんね――って、あれ?」
「え、どうしたの?」
「いや、あの子――ひょっとして」

 ※

「おめでとーございます!」

 景品引き換え所でホームランの暁にもらえたのは、でかい亀だった。
 布製の。

「……」
 
 意外とずっしりしたその亀を抱えながら、俺はこれから取るべき行動について考えた。
 姉ちゃんにあげよう。そうしよう。
「欲しくねーし!」とか言いながらもらってくれるはずさ……きっと。
 俺が押しつけたものを姉ちゃんが喜んでくれれば……という目論見を立てる俺。

「……はぁ」

 俺がつい、ため息をついた、次の瞬間――
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:10:59.16 ID:7bkqfVy+0
「なーに、ため息ついてんの?」

 後ろから肩をポンっと叩かれた。亀のことを考えていて、完全に力を抜いていた俺は――

「うわぁっ!」

 本当に驚いた。
 景品の亀を抱えながら、跳び上がりそうになる。
 だ、誰だ!? 別にこの亀にやましいところがあったわけじゃないぞ!?

「相変わらずオーバーだなあ」

 その後、少し呆れたようなその口調を耳にして、俺は「あれっ?」と思った。
 そのままほんの2秒くらい静止して、記憶とその声を照らし合わせ、そして――

「じゅ、純さん?」
「やっ、聡くん、久しぶり。元気してた?」

 振り向くとそこにいたのは、俺の知り合いだった。
 このヘアースタイル、そして、この頭のボサボサ具合は――

「……聡くん、失礼なこと考えてない?」
「いえ、大丈夫です。今日は雨ですもんね」
「それ、フォローなの?」
「こんにちは、純さん」
「スルー!?」

 ガーンといった風な純さん。
 俺もオーバーだったけど、純さんは俺に勝るとも劣らないだろう。
 ……というか、いいのか? 中学生と高校生が同じようなレベルで?
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:11:55.68 ID:7bkqfVy+0
 この人は鈴木純さん。俺の友達のお姉さんだ。

「……ところで、今日は――その――俊、くんはどうしてるんですか?」

 俊、というのはその友達の名前だ。
 鈴木俊。純さんの弟である。
 顔立ちはそこそこ似てるものの、性格は結構異なっている。

「あー、わかんないな。私、昨日、友達の家に泊まってたから」
「そうですか……友達、っていいますと」

 ちらりと後ろを見やる。すると、そこには、二人の女の子がいた。
 
「こんにちは」
 
 ポニーテールの人がにこやかに挨拶してくれる。

「……こ、こんにちは」

 もう一人のツインテールの人は、若干緊張気味だけど、挨拶してくれる。
 俺も二人に挨拶をして、少し考える。
 なるほど、純さんと話してて気付かなかったけど、ポニーテールの人はどうやらさっきホームランを打った人らしい。
「さっきの、おめでとうございます」と言ったら、「ありがとう」と最高のスマイル付きで返事をしてくれた(これだけで、相当いい人だと分かる)。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:13:08.88 ID:7bkqfVy+0
「――そういうわけで、この子は私の弟の友達で、聡くん、っていうんだ」

 場所を変えて、ちょっとした休憩所。
 そこでテーブルを囲み、ジュースを飲みながら、純さんが改めて俺を紹介してくれた(何が、「そういうわけで」なのかはいまいちよくわからないけど、純さんだから仕方ない)。

「へぇー、そうなんだー」
「純、弟くんいたんだ……なんか意外」

 ポニーテールの人――平沢憂さんがそう相槌を打ち、ツインテールの人――中野梓さんが
 少し驚いたような声を出した。
 二人の名前は、ここに来るまでの間、純さんが教えてくれたのだ。
 

「ふふふ、梓ー? 私、お姉さんなんだよ?」
「そうなんだ……弟くん、大変そうだね」
「私が世話されてるの!?」

 ……純さんって誰からもこんな感じの扱いなのか。
 いや、でも、ここ一番のイニシアチブの取り方? っていうのは上手いんだよなあ。
 特にそれは、パーティーゲームで遺憾なく発揮される(大抵、俺と鈴木がやってる所に乱入してくるわけだけど)。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:14:56.91 ID:7bkqfVy+0
 それから少し経ち(その間、主に話してたのは純さんと俺で、二人も時々会話に加わってくれていた)その場の雰囲気も最初に比べたら段々と落ちついてきた辺りで――

「あのさ……」

 憂さん(さっき「平沢さん」と言ったら、「名前でいいよ」と言ってくれた)がそう切り出してきた。その目の先には……俺?

「さっきから気になってたんだけど……聡くんの名字ってなんなのかなって」

 憂さんはそう言って、微笑む。
 なるほど、たしかに、気になるかもしれない。やっぱり、名字と名前揃ってこそ、かもしれないし。
 見ると、梓さん(これもまた、「名前でいい」だそうで)も少し気になっていたらしく、頷いている。

「あー、それ私も聞きたかったー!」
「……あれ、純さん知りませんでしたっけ?」
「知らなかったよ、全然全く」

 けろりと言い切る純さんにため息をついて(純さんらしいけど)、その場の全員に向かって言う。


「俺の名字は、田井中です。田井中聡って言うんです」


 なぜか、空気が静まり返った。そして、これまた何故か3人が真顔になっている。
 なんだろう、俺なんか悪いことしたかな? いや、でも静まったとはいえ、冷たいってわけじゃないし……うーん?
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:16:00.01 ID:7bkqfVy+0
「……あ、あのさ、聡くん?」

 少し長い沈黙の後で、俺に話しかけてきたのは――梓さんだった。
 見回すと、どうやらこの三人の中で一番驚いてるらしいのが窺える。

「もしかしてさ……お姉さんとか、いる?」

 驚きのためか、途切れ途切れになりながら、梓さんが俺に問いかける。
 俺はというと、「なんでそんなことを訊くんだ?」と疑問に思った。
 いや別に、応えることに抵抗は全く無いけど――

「……いますよ? でもそれが一体――」
「お姉さんの名前は?」

 次に訊いてきたのは、憂さんだ。梓さんと同じく、結構戸惑っているように見える。
 雰囲気がただならぬものに(別に険悪ってわけじゃないけど)なってきてることを察知した俺は即座にその質問に――


「俺の姉ちゃ――いや、姉は、田井中律、っていいます」


 応えると、再びの沈黙。
 居心地は悪いわけじゃないけど、少し落ち着かないそんな時間だった。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:16:52.66 ID:7bkqfVy+0
すいません、少し席を立ちます。少ししたら、また投下します。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:33:16.30 ID:7bkqfVy+0
 その時間を終わらせたのは――

「……っはははは!」

 純さんの笑い声、だった。
 何がおかしいのか、本当に心の底から楽しそうに、笑っていた。
 純さんの声を皮切りに、他の二人も笑いだす。

「さ、聡くんが、まさか……律先輩の弟って……!」

 いまだ笑いながら、純さんが俺に向かって言う。
 なにがそんなにおかしいんだろう――と訝っていた俺は、ふと純さんの言葉を反芻し、
 「ん?」と引っかかった。
 
 律――先輩?

「いや、ごめんね、聡くん。ちょっとびっくりしちゃった」

 純さんの言葉に戸惑っていた俺に声をかけてきたのは、梓さんだった。
 さっきまでの緊張気味の表情はどこへやら、口元が綻んでいる。

「聡くんのお姉さんがまさか、あの……律先輩――って!」

 言い終わる前に、また笑いだす。
 二人が笑うにつれて、俺の戸惑いは増していく。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:33:58.03 ID:7bkqfVy+0
「――えっとね、聡くん? 実はね」

 その場で一番先に落ち着いたらしい憂さんが、俺に助け船を出してくれた。
 なんとなく予想はついていたものの、どことなく実感がわきにくい、その事実は――


「聡くんのお姉さんの律さんは、私たちの学校の軽音部の部長さんなんだよ」


 憂さんの口からはっきりと語られた。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:34:49.01 ID:7bkqfVy+0
「いやー、世間は狭いねえ」

 ようやく純さんと梓さんが落ち着き、場の雰囲気が和やかになったところで、純さんがそう言った。
 
「こっちこそ驚きましたよ。まさかあの姉ちゃんが……」

 この人たちと知り合いだなんて、想像もつかなかった。
 姉ちゃん――田井中律は、この人たちと同じ、桜ヶ丘高校の軽音部の部長だった。
 もちろん姉ちゃんが「どこの高校か」とか「どこの部か」とかは知っていたものの、この人たちと面識があるとは全く予想もつかなかった。

「……でも私、律先輩の家にお邪魔したことあるけど、聡くんにあったこと無かったよね?」

 それまで少し考え込むそぶりを見せていた梓さんが疑問を口にする。
 たしかにそれは、俺も思っていたことだ。

「分かりませんが、もしかしたら姉ちゃんが関係してるのかもしれませんね。
 けど、俺たちは間違いなく会ったことは無い、と思います」
「そっか、そうだよね」

 とりあえずその場はそれで収まったけど、疑問は残ってしまった。
 やっぱりこの件については頼りになりそうな人にあたるしかないな。
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:35:44.67 ID:7bkqfVy+0
「それで、聡くんは律先輩とどんな感じなの?」

 梓さんと俺のやり取りが終わるやいなや、純さんが笑いながら訊いてきた。
 ちなみにその笑いは「くすくす」というようなものではなく(まず純さんにそんな笑い方は似合わないと思う)「にやにや」という感じだった。

「ど、どんな感じって……普通の姉弟ですよ、ホントに」
「『普通の』じゃ答えになってないよー? ほら、言ってごらんって」

 純さんがしつこく訊いてくる。
 見回すと、他の二人もどこか興味がありそうだった。

「じゅ、純さんはどうなんですか!? 純さんにだって弟が――」
「私は俊のこと、大好きだよ? 今更なに言ってんの?」

 いまだにやにや笑いを崩さない純さんが、何のためらいもなくそう言った。
 くっ、そういえば、純さんの家にお邪魔したときの二人は、相当仲良しだった――!
 鈴木も照れながら、嬉しそうだったし。

「ほらほら、次は聡くんの番だよー? 言いなさい!」

 純さんに一本取られて(そこで純さんが少しでも戸惑ってくれたら、うやむやにできたかもしれないのに……)俺は仕方なく話し始める。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:37:04.53 ID:7bkqfVy+0
「俺は別に、姉ちゃんのこと――嫌いじゃありませんよ。姉弟仲も悪くない、と思いますし。ただ、ことあるごとに、俺の部屋から漫画やゲームを借りていくのはやめてほしいですね。ただでさえ散らかってる部屋が、余計に酷いことになるし……今日の朝だってそうです。いつもその掃除を手伝わされる俺の身にもなって――」


「聡くん、律さんのこと、好きなんだね」


 俺がまくし立てているところで、誰かがそんなことを言った。
 「誰だ?」と探すと、憂さんがなんの邪気も無く微笑んでいるのを見つける。
 顔がかっと赤くなるのを感じた。

「な、なんでそうなるんですか――!」
「だって、好きじゃなかったら、そんなたくさん話せないもん。『嫌いじゃない』っていうのは、裏を返せば、『好き』って風にも取れるし。私にもお姉ちゃんいて、大好きだから、聡くんの気持ちがなんとなくわかっちゃうんだ」

 最後の方は少し照れ笑いを浮かべながら、憂さんが言う。
 その言葉を聞き、何故か純さんと梓さんが呆れた様子を見せる。
 なにやら、裏がありそうだ……けど、今はそれどころじゃない!

「姉ちゃんにはいつも困らされてますってば! だ、だから、別に『好き』とか『嫌い』とかそういうのは――!」
「聡くん、顔赤いよ?」

 くすくすと笑いながら(純さんとは違う笑い方だ)憂さんが楽しそうに言う。
 俺がどんなに抗議しようとしても、憂さんの邪気のない微笑みと泰然とした様子には届かない。
 まるで澪姉を相手にしてるような気もしたけど、憂さんにはお姉さんがいるらしく、同じような境遇だからだろう、俺はこの人に敵わないと実感させられた。
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:38:16.24 ID:7bkqfVy+0
「……ねえ、お家での律先輩ってどんな感じなの?」

 俺が顔を赤くして黙りこんでいると(純さんはからかってくるわ、憂さんは何も言わずに笑いかけてくるわで、踏んだり蹴ったりだ)、今度は梓さんが訊いてきた。

「いや、さっき言った通り、ホントがさつですよ? 繊細なところとかも――あるのかもしれませんけど、それは普段の行動に隠されて、ほとんど見えません」
「……学校と家とで、変わらないんだ、ふーん」

 まるで、「唯先輩」みたいだなあ、と梓さんがどこか呆れた様子を見せると、憂さんが笑みを深くした。それを見て、梓さんはその表情に呆れをさらに深くにじませ、純さんも小さく苦笑する。
 ……このグループの人間関係を垣間見た、ような気がする。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:39:17.08 ID:7bkqfVy+0
「じゃあ、またね!」
「……ばいばい」

 憂さんと梓さんが去り際に挨拶をしてくれたので、俺は手を振って、「さよなら!」と声をかける。純さんもそんな二人ににこやかに手を振った。
 二人の姿が見えなくなると、純さんと俺は歩き始める。

「……しかし、律先輩と聡くんが、ねえ」

 歩きながら、どこか感慨に浸った様子の純さん。
 そっか、やっぱりそうしみじみとするよな。今まで遊びに来てたのが、先輩の弟なんだから。
 でも、純さんもこんな表情をすることがあるんだな。少し誤解してたかも――。

「……道理で聡くんも背が小さいわけだ」
「純さんへの見方を少しでも変えようと思った俺が馬鹿でした」
「えっ、なに、いきなり!? 気付かないうちに、私、評価されてたの!?」
「知りません、自分の胸に訊いてみてください」

 相変わらずオーバーな純さんには、やっぱりしみじみなんて言葉は似合わなかった。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:41:04.77 ID:7bkqfVy+0
「……まあ、それはいいとして。律先輩のこと、大事にしなよ?」

 それから少し歩き、その間に落ち着いたらしい純さんが、そう言った。
 俺はふと純さんの顔を見る。純さんはどこか穏やかな優しさを見せている、ような気がした。

「私、俊のこと大好きだってさっき言ったよね? 私ね、そう言える自分が少し好きなんだ。で、そんなこと言ってると、『ああ、やっぱり姉弟っていいな』って思うんだ」

 純さんがそう続け、俺と目を合わせてくる。
 圧迫されてるわけじゃないけど、どこか目を反らせられない雰囲気。

「だからさ――律先輩とずっと仲良くするんだよ?」

 そう言うと、「じゃあね!」と言って、純さんは方向を変えて、走って行った。
 それを見て、分かれ道に着いたことを知る。
 挨拶を返す暇もなく、俺は純さんの後ろ姿を見つめ続けていた。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:42:14.12 ID:7bkqfVy+0
 その後、俺は自分の家へ帰ろうと思ったものの、ふと思うところがあって、最寄駅へと向かった。
 そういえば、今日だ。せっかくだから――

「――なあ、律。あれって、もしかして」
「なんだよ、澪、いきなり――って、あっ!」

 駅に着いた俺を二人が見つけたらしい。
 たくさんの荷物を持っていることが窺えた。
 俺は小さく手を振って、「おかえり」と声を出す。

「聡、どうしたんだ、用事でもあったのか?」
「家で待ってるんじゃなかったっけ? どうして、ここに――」

 二人の質問には応えず、俺は何も言わずに手を差し出す。
 何かものを掴む時のポーズ。
 それを見て、二人は顔を見合わせて、笑い合い――

「……聡、ありがとう」
「さっすが、私の弟!」

 荷物を、俺の手に掛けてくれた――。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:43:15.32 ID:7bkqfVy+0
 ここから、後日談。
 その日は何となく切り出しにくかった、「出会い」の話を翌日の登校中に二人に訊いてみた。
 二人はその報告を聞き、やっぱり驚いた。
 けど、最後にはお互い笑い合って――それこそ昨日の三人組のように――和やかな空気になった。

「――そういえばさ、姉ちゃん?」

 俺は二人が落ち着いたのを見計らって、そう切り出す。

「ん、どした、聡?」
「いや、部活の人とか家に呼んだことあるんだよね? なんでいつも俺がいない時だったの?」

 ぴしっと硬直する姉ちゃん。
 そして、一気に顔を赤らめる。

「あー、それはな、聡?」
「や、やめろ、澪! その先は――!」

 わめく姉ちゃんを無視して、澪姉は答えを教えてくれた。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 18:45:05.62 ID:7bkqfVy+0
「恥ずかしかっただけだ。こいつ、お前と仲良いだろ? だから、みんなが来た後で、からかわれるのが嫌だったんだよ」
「――――ッ!」

 苦笑を浮かべる澪姉と滅茶苦茶恥ずかしそうな姉ちゃん。
 二人の表情を見て、俺はなんとなく理解した。
 なるほど、昨日の梓さんもなんだかんだで結構姉ちゃんのことをからかっていそうだった。
 あの人が、姉ちゃんと俺を一緒に見たら、きっと大笑いするだろう。
 その時、あの人は、憂さんみたいなくすくす」笑いをするのか、純さんみたいに「にやにや」笑うのか、俺には分からないけど。

「――まあ、聡にもバレちゃったことだし、もういいんじゃないか、律? 今度、みんなで――」
「み、澪! まだ、私には心の準備が――!」

 いつもとは少し違う二人の掛け合いを見ながら、俺は昨日の「出会い」を思い起こす。
 
 きっとこれからも、たくさんの「出会い」をしていくんだろう。
 その全てが素晴らしいものとは限らないけど――


 こんな風に楽しくさせてくれる「出会い」なら大歓迎だ――


 第4話「出会い!」おしまい
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2011/02/28(月) 19:00:52.61 ID:7bkqfVy+0
この話は、5話の「お留守番!」をベースにしました。
さすがに、聡とりっちゃんが一緒にいない4話を主軸にするのは無理があると思ったので。

この話で初めて、後輩組を書きましたが、書きにくくて苦労しました……今回遅くなったのは、
後輩組で筆が止まってしまったのが原因の一つです。
でも、なんとか途中から筆が乗ってきて、完成させることが出来ました。
繰り返しになりますが、お待たせして申し訳ありませんでした。

けど、次の話をどうすればいいか、今迷っています……このままアニメ通りに進めていくと、
書きにくい話もありますし。
もし良ければ、皆さんの意見を聞かせて頂きたいです。

これからも暗すぎる話は書かないで、なるべく明るい話を書いていきたいと思います。
ありがとうございました。
108 :Actress ◆RitsuEZ3ik2011/02/28(月) 19:12:02.36 ID:MVMh9HtDO
>>1さん、遅いとか言ってすまなかった!よかったよ!
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/02/28(月) 19:59:58.90 ID:9PikCXKAO
おつ!
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/03/01(火) 13:31:20.77 ID:LX3UgG+AO
後輩組も十分キャラが生かせてるよ
GJだ
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/03/02(水) 03:02:17.02 ID:F68gKc5U0

ニヤニヤが止まらなかったww
書きやすいのを書いていけばいいんじゃない?
112 :Actress ◆8MTPmAqd3U[sage]:2011/03/15(火) 14:28:25.30 ID:njF648cDO
>>1まさか……
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東)[sage]:2011/03/16(水) 12:27:09.03 ID:2h9HJyuAO
27話にも聡でたね

りっちゃんの男バージョンと言われてたww
114 :Actress ◆8MTPmAqd3U[sage]:2011/03/16(水) 14:18:37.37 ID:bERGQIrDO
SS書き手にとっては聡はかなり動かしやすい存在だよな
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方)[sage]:2011/03/23(水) 09:03:03.44 ID:70SNy9rso
純ちゃんは弟じゃなくて兄が…いや、野暮だな
面白いよー続きも楽しみにしてるよ
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/03/23(水) 11:45:52.69 ID:W5LdHHVDO
>>115
どっちもいるってことでいいだろ
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[sage]:2011/03/28(月) 22:04:33.71 ID:24tCbfKu0
すみません、作者です。
次話の投稿が遅れて、申し訳ありません。

あの震災が直接的に影響したわけではありませんが、それについて色々と対策などをしておりましたら、書く時間が捻出できなくて……。
もしかしたら、3月中には投稿できないかもしれませんが、作成はしております。
なるべく早く投稿したいと思います。

あと、27話にも聡出ていたんですね……。まだ観ていないので、楽しみが増えました。
また、純ちゃんに兄がいる設定は、ガイドブックを見たとき凄く驚きました。
一応、このSSでは弟がいる設定でお願いします。兄の方は、どうするかまだ決めていません。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東)[sage]:2011/03/28(月) 23:34:50.36 ID:Rgju7mpAO
お、生きてたか
よかった

続き待ってるよ
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/03/29(火) 11:46:57.06 ID:s+ikqkrDO
山形の俺も待つぜ

こっちは日本海側だから停電以外はあまり影響なかった

頑張れ作者
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)[sage]:2011/03/29(火) 13:49:08.08 ID:5l1kg7O+o
神奈川と書かれてるがバリバリ四国だ
焦らずやってけれ
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 21:53:15.61 ID:prtquN8Z0
ようやく、完成しました……。
随分と長くなってしまいました。
お待たせしてすみません。

投下していきます。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 21:54:12.53 ID:prtquN8Z0
0/
――誰かが、いる。

ぼんやりとした視界の中で、最初に思ったことだ。
普段、日常生活を送っているときは陥ることのない、この感覚。
そのせいか、この風景も、自分が見ているはずなのに、どこか他人事めいて見える。
けれど、少しずつ、少しずつ……。
池に投げられた石が波紋を呼び起こすように、視界が段々とはっきりとしてくる。
そして、その波紋が引いていくとともに――。
ようやく、その「誰か」が視界の中ではっきりと形をとった。

小さい子供、だった。
短く刈り上げられた髪、特撮ヒーローの姿が載っているTシャツ、紺色の短パン……という特徴を鑑みるに、どうやら男の子らしいということが分かる。
けれど、そんな活発そうな印象を与える服装とは裏腹に、男の子はとても悲しそうな表情を浮かべていた。
そして、視覚がはっきりとし、それに続くようにして聴覚が鮮明になったと同時に――

男の子が、大声で泣き始めた。

俯瞰しているだけのこっちですら悲しい気分にさせる、大きな泣き声だった。
遠くにいるはずなのに、近くにいるような……そんな倒錯した気分にさせられるほどの。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 21:55:09.09 ID:prtquN8Z0
――手を、貸してあげよう。

全く、何の躊躇も衒いもなく、そう思った。
今、自分はこの男の子の近くになんておらず、遠くから見ているだけの存在なのだ、と
そう、漠然と認識しているのにも関わらず、だ。
最初にはあったはずの、他人事めいた感覚は、もはや完全にその姿を消していた。
その子に向かって、安心を与えるように、ゆっくりと手を差し伸べていき――
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 21:56:29.92 ID:prtquN8Z0
1/
「……」

 俺は何をしているんだろう。
 カーテンの隙間から差し込んでくる日の光から、今は朝だということは分かっている。その光につられるように、けたたましく鳴り響く目覚まし時計に引っ張られるように、俺の目が覚めたことも。
 けれど――

「なんで、腕が……?」

 いまだ横になりながら、訝しむように、首を捻る。
 自然にベッドに置かれている左腕とは対照的に、右腕が不自然に眼前へ突き出ている。
 そしてそれは、天井に向かって、まっすぐに伸びていた。

「……まあ、いいか」

 とりあえず、細かいことは気にしないでおこう。
 幸い、右腕も左腕も、痺れているということは無さそうだし。
 うーん、と置かれていた左腕と、すでに伸びていた右腕を組んで、大きく伸びをする。
 そして、のそのそとベッドから出て、部屋にある制服に着替えた。
 それが終わると、机の上にある鞄を抱え、ドアの前まで移動する。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 21:57:10.39 ID:prtquN8Z0
「さてと、朝ごはん、朝ごはん」

 そう独りごちながら、廊下に出ようと、ドアのノブに手をかけて――

――手を、貸して……

「……?」

 気付くと俺は、ノブから手を離していた。
 別に、怖いわけじゃない。それに、辛いわけでもない。
 けれど――

(なーんか、モヤモヤすんだよなあ……)

 俺がノブに手をかけたり、離したりしていると――

「聡ー! とっとと、朝飯食わないと、遅刻するぞー!」

 階下から大声が響いてきた。
 そろそろおしとやかさというスキルを身に付けた方が良い年頃なのにも関わらず、こんな大声をあげてくる奴はこの家には一人しかいない。そんな声の主に――

「今行くー!!」

 俺も大声で返事をした。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 21:58:08.25 ID:prtquN8Z0
「いただきます!」

 俺が食卓につくと同時に、朝食が始まった。
 今日は、久しぶりの家族4人での食事だ。
 目の前には、日本の朝食の見本とも言うべきラインナップ(焼き鮭、味噌汁、ご飯)が並んでいる。

(……うっ、やっぱり、旨いな)

 味噌汁を啜り、鮭を口に運び、ご飯をかきこみながら、俺は驚嘆する。
 毎度のことながら、母さんの料理はどれも天下一品だ。
 俺もそこそこ料理は頑張っているつもりだけど、なかなか母さんには追いつけない。

「母さんって、ホント料理が上手だよね」
「ふふっ、ありがと、聡。でも、聡のつくる料理も、おいしいわよ」
「いやいや、それでも、まだまだ母さんには追いつけないよ。特に、この味噌汁のダシときたら……」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。今度、お小遣いあげようかしら」

 相変わらずの穏やかなのんびりとした言葉の中に、なにやら嬉しい単語が入っていたような……朝からついてるなあ。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 21:58:54.45 ID:prtquN8Z0
 俺がしみじみと嬉しさを感じていると――

「な、なあ、母さん! この鮭すっごく美味しいぞ!!」
「あら、りっちゃんも? 具体的には、どんなところが?」
「そ、そうだな……こ、この焼き加減とか!」
「ふふっ、りっちゃんも嬉しいことを言ってくれるわね。じゃあ、りっちゃんにも……」

 その後に続くであろう言葉に、姉ちゃんが期待しているのがよく分かった。
 ここまで思惑が分かりやすいことも、そうそう無い。
 やれやれ、相変わらず調子の良いことで……。

「……けど、やっぱりあげなーい」

 俺がため息をつくと同時に、母さんがそんなことを言った。
 俺も驚いたけど、一番分かりやすく反応したのは、当然のごとく姉ちゃんだった。

「ええー!! どうして!?」
「だって、りっちゃん、骨の取り方が綺麗じゃないんだもの。そんな食べ方じゃあ、いいお嫁さんになれないわよ?」
「くっ……い、いいじゃん、私、別に結婚する予定ないし!!」
「あら、そうなの? この前、りっちゃんの部屋をお掃除した時、何やら面白いマンガが……」
「そ、それとこれとは話が別ー!!」

 母さんの指摘に、姉ちゃんが顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと振る。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:00:02.25 ID:prtquN8Z0
 ……そのマンガが、とあるカップルが波乱の末(よくある、三角関係だったり、立場の違いだったり)遂に結婚に至り、ハッピーエンド! という話だったら、前に俺も読んだことがあるなあ。ついでに、顔を真っ赤にして、じっくりと読んでいる姉ちゃんの姿も、よく覚えている。
 そんなネタを思い出し、俺も母さんのからかいに続こうと、声を出そうとしたとき――

「おいおい、母さん。そこらへんにしといてあげなさい」

 声が、聞こえた。穏やかで、けれどどこか深みのある、そんな響き。
 説明するまでもなく、父さんのものだ。顔をそちらに向けると、人を安心させるようなほほ笑みを見せる、父さんがいた。

「……まあ、とりあえず、律の『結婚しない』発言には目を瞑るとして」

 姉ちゃんの方へ顔を向け、少しからかうような笑みを浮かべてみせる。
 姉ちゃんときたら、いまだに顔が赤い。
 ……そういえば、いつだったか、俺と映画を観に行った時もこんな感じだったっけ。
 結構、付き合いネタに弱いのかな? 

「けれど、律だって料理が出来るようになってきたんだろう?」

 表情に少しだけ含まれていたからかいを消し、穏やかさ100%のほほ笑みを姉ちゃんに向ける。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:01:16.42 ID:prtquN8Z0
 それに対し、姉ちゃんは、恥ずかしそうなどこか誇らしそうな口調で、

「うん。ちょっと、だけど」
「だったら、今度僕たちにもつくってくれないかな? 律の手料理を食べたことがない」

 姉ちゃんにそう言うと、笑顔のまま母さんに顔を向け、

「母さんも律の手料理が美味しかったら、お小遣いを渡してあげたらどうだい? 審査員は、もちろん家族全員で」

 そんな提案をした。どこかいたずらっ子のような表情を浮かべながら、だ。

「……そうね、そうしましょうか」

 父さんの提案に、少し考える素振りを見せると、母さんがそう言った。
 俺も、母さんに賛成するように、頷いた。

「じゃあ、りっちゃん。そういうことで、いいかしら?」
 
 母さんが姉ちゃんに確認すると、

「うん! 最高の料理を作るからな!」

 満面の笑顔で、力強く頷いてみせた。
 そして、その表情のまま、父さんに、「ありがとう!」と言うと、父さんは満面の笑顔でそれに応えた。

(……やっぱ、すげえなあ)

 俺はしみじみとそう思う。なににって? 父さんと母さんの、懐の広さに、だ。
 惜しむらくは……

「なんで、姉ちゃんは母さんに似なかったんだろう?」
「なんで、聡は父さんに似なかったんだ?」

 お互いにそう言って、睨みあうこと数秒。そんな俺たちを、母さんと父さんは笑いながら見ていた。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:02:25.89 ID:prtquN8Z0
「おいおい、律。それは負けられないじゃないか」

 登校の道すがら、笑いながら、澪姉が面白そうに言う。
 今朝の食卓での出来事を、姉ちゃんが澪姉に話したのだ。
 ちなみに、澪姉とはもはや家族ぐるみの関係と言っても何ら差し支えのない(お互いの両親、公認)関係なので、こういう、ある意味でプライベートな話もちょくちょくする。
 
「そうなんだよ。だから、絶対もらう!」

 力を込めて言い放ち、姉ちゃんが空に向かって拳を突き出す。
 道行く人が何やら驚いてる様子だから、やめてくれって。

「というわけで、聡! 今日から料理の特訓だ!」

 ポーズを取り終わった後、今度は俺を指さし、力強く言う。
 一体なにが「というわけで」なのか、さらに言えばなんで俺が駆り出されなければならないのか、色々と言いたいことはあるものの、とりあえずその場は、適当に「はいはい」とあしらっておいた。どうせ、家に帰ったら忘れて、のほほんとしてる様子が目に浮かぶ。

「それじゃな、聡」
「授業中、寝るんじゃないぞ、聡!」
「ありがと、澪姉。ついでに、姉ちゃんが居眠りするだろうから、起こしてあげてね」
「私は『ついで』扱いかよ!? あと、なんで私が寝ること前提で――」
「はいはい、分かった分かった」

 あーだこーだ言う姉ちゃんが、澪姉に半強制的に引っ張られていく。
 長い付き合いで、こういう光景は何度も見てきたなあ。
 長い、付き合いで――

(……?)

 なんだろう、何か引っかかりを感じる。
 学校へ向けて歩を進めながら、俺は胸の中のもやもやを意識せざるをえない。
 けど、そこは別に違和感を覚える必要がないところじゃないのか?
 姉ちゃんと澪姉は、長い付き合いなんだし。
 澪姉と俺だって――
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:03:38.03 ID:prtquN8Z0
「おはよっ、田井中くん!」

 ぽん、と肩を叩かれた。考え事をしていて、油断しきっていた俺は、ぎょっとして振り返る。
 そこにいたのは――

「あ、ああ、なんだ。さくらか」
「朝の挨拶で、人に対して、『なんだ』って地味に酷いよね。田井中くんはそうやって、何の悪気もなく、人に傷を――」
「朝っぱらから酷いのはどっちだよ!?」

 なんで俺が悪人みたいに言われなければいけないんだ!

「冗談だって、じょーだん。元気が良くて、いいことでしょ?」
「それを自分で言うかあ……?」

 つい、首を捻ってしまう。しかし、やはり気だるくなりがちの朝という時間帯に、ここまで元気があるっていうのは、ある意味凄いことなのかもしれない。
 俺がなんとなく納得すると、またしても耳に響く快活な声。
 
「ねえねえ、田井中くん。ところでさ――」
「なに?」
「さっき、年上のお姉さんらしき人と一緒にいたよね。あれって、もしかして…………」
「なんでそこで、言葉を切るんだよ! 別に、そんなやましい関係じゃないよ!」
「あれ? てっきり、朝から修羅場かな、なんて思ってたんだけど」
「……俺の姉ちゃんだよ。それと、その友達の人」

 もう、いちいち突っ込んでられん……。
 一体、どう見たらあの雰囲気を「修羅場」だと思えるのか、そもそもお前、よく見てないんじゃないのか、なんて感じに色々と突っ込みたいことはあったけど、間違いなく俺の反応を見て、こいつは楽しんでいると感じたからだ。下手に材料を与える必要もあるまい。

「あー、やっぱ、お姉さん、なんだ……」

 予想が外れたことに対してか(にしても、いくらなんでもおかしすぎるものだったけど)さくらはため息をつく。

「そうだよ、当たり前だろ? まさか本当に彼女だとか思ったんじゃ……」

 途中から、言葉が尻すぼみになってしまう。
 その理由は、目の前のさくらの表情にあった。
 普段から浮かべている、笑顔。それは変わりない。けれど、その笑顔に、少し翳りがあるように感じたのだ。

「……どした?」
「……あっ、ごめんね、田井中くん! 何でもない、何でもないよ!」

 雰囲気がほんの少しばかり強張ったことを感じたからか、ぶんぶんと力強く手を振るさくら。

「そ、それよりさ、今日の授業だけど――」

 その後、半ば強引に、別の話題につなげた。
 目の前のクラスメイトのそんな様子に、ちょっと困惑したものの、学校に着くまでには、いつも通りの活発な女子生徒に戻っていたので、俺は別段心配はしなかった。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:05:09.37 ID:prtquN8Z0
「ただいまー、って、あれ?」

 学校が終わり、家に帰ってきた俺は、俺たち一家のものではない靴の存在に気付いた。
 とはいえ、見知らぬ誰かというわけじゃなさそうだ。なぜって、それは――

「澪姉、来てるんだな」

 よく見慣れたものだったからに他ならない。
 階段を上がり、自室にカバンを置いてから、姉ちゃんの部屋に向かう。
 とりあえず、礼儀として、ノック。

「俺だけど、入っていいか?」
「おー、聡か! いいぞ、入れ入れ!」

 中から姉ちゃんの返事が聞こえた。口調から、随分と上機嫌らしいことが窺える。

「失礼しますよ……って、何やってんだ?」

 部屋に入った俺は、面食らってしまう。
 普段から汚れている姉ちゃんの部屋(本人は頑として認めようとしないけど)が今日はまた随分と汚れている。というのも――

「今な、アルバム見てんだよ」
「アルバムって……そりゃまた、なんで?」

 そこまで言った俺は、姉ちゃんとは対照的に、うつむいている澪姉の姿を見とめた。
 見とめたものの、なんでアルバムを見ながら、どこか悲しそうにしてるのかは、全く分からないけど。

「それはな、実は――」
「り、律! 私が、私から説明するから!」

 何か言おうとした姉ちゃんを、すんでのところで押しとどめる澪姉。
 その切迫した声音に、ただならぬものを感じた俺は、黙って話を聴く態勢を整え――
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:06:11.51 ID:prtquN8Z0
 ――る必要はなかったのかもしれないなあ。

「……澪姉のファンクラブ、まだあったんだ」

 話を聴き終った俺は、そう言って、嘆息する。
 2年前の文化祭での活躍によって、澪姉にファンクラブが出来たことは知っていたものの、それから全く話を聞かなかったので、正直な話、自然消滅したのかもしれないとすら思っていた。
 けど、話を聴けば聴くほど……

「前の代の生徒会長さんって、まあ、その……面白い人だね」
「聡……『変な人』って正直に言ってもいいんだぞ?」

 姉ちゃんはそう言うものの、俺はどうにもそう言いきる気にはなれなかった。
 きっと、面食らってるんだろう。
 そりゃあ、ファンクラブといえば、自分のことを好いてくれる人が立ちあげる団体だ。
 澪姉だって、きっと嫌な気分はしないだろう。けど……

「女子高で、ファンクラブ、って……」
「聡……追い打ちをかけないでくれ」

 澪姉が息も絶え絶えな様子で言葉を吐き出す。
この状況の説明による疲れと、今度催されるお茶会(っていうのもまた凄いな……)にたいする緊張感で、いっぱいいっぱいに違いない。

「で、今は澪姉の昔の写真を探してる、と?」

 会場で、スクリーンに映し出すのに使えそうな写真を選ぶ、という作業らしい。
 ちなみに、なんで澪姉のアルバムじゃなく、姉ちゃんのアルバム主体なのかというと、姉ちゃんと一緒に写ってる写真の方が圧倒的に多いからだそうな。
 
「ってこと。聡も見るか?」

 この状況を理解した俺を、姉ちゃんがそう誘ってくれる。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:07:17.63 ID:prtquN8Z0
 澪姉に、「俺もいい?」と訊いたら、「……いいよ」と言ってくれたので(なんかもうどうにでもなれ、って感じだった)心おきなく参加させてもらうことにした。


「うわ、姉ちゃん、変な顔してんなー」
「ちょっと待て! それはふざけてるからだろ! ちゃんとした時の写真はもっと……」
「思ったんだけど、私の写真って、律に無理やり肩組まされたり、驚かされたりしてるようなのばっかりだな」
「ふふふ、澪くん? それが私のリーダーシップというものだよ」
「いや、ただただ、はた迷惑な変人なだけだろ、それ」
「聡はもっと姉に対する敬意を持ちなさい! ほれ、この写真の頃の聡は、純粋そうな笑顔を……」
「うん、口元は確かに笑ってるけど、目が全く笑ってないよね、これ」
「弟が反抗期だー!」

 ……こうなるわな、そりゃ。
 いつしか3人とも、使えそうな写真を見つけることそっちのけで、昔の写真を見てはコメントするような感じになっていた。
 ちなみに、このアルバムは俺と姉ちゃんのためのもので、その中には澪姉と一緒に撮った写真も含まれており、澪姉が俺たちと家族ぐるみの関係にあるという理由の一端が、ここにある。
 俺は、ちらりと時計を見て、現在時刻を確認した。
 まあ、まだ澪姉が帰る時間まで結構あるし、大丈夫だろう。

「うー、こうなったら、小学生の頃まで戻るぞ!」

 と、散々とやかく言われた姉ちゃんは、そう言うや否やページをめくり、随分と時間を遡っていった。
 最後に開かれたページは、どうやら小学1年生の頃のものらしい。
 「入学式」と書かれた立て看板が、そのことを示していた。

「へえ……」

 俺は、何となく嘆息する。
 というのも、こういう機会がない限り、あまりこういったページは開かないからだ。
 そして、そんな新鮮味からか、写真の中のまだまだ幼い2人組は、普通に可愛く見えた。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:08:00.51 ID:prtquN8Z0
「お、聡もどうやら、私の本当の姿に気づいたみたいだな!」

 俺がじっと写真を見ていることに自信を持ったのか、姉ちゃんが偉そうに、誇らしそうに言う。
 いや、小学1年生の頃の自分のことを本当の姿って……まあ、いいや、言いたいように言わせておこうっと。

「久々に見返すと、照れるな」

 なんやかんや言ってる姉ちゃんとは対照的に、澪姉はちょっと顔を赤らめ、微笑みを浮かべながら、愛おしそうにアルバムに目を通している。
 うちの姉ちゃんに、その奥ゆかしさをほんの少しでもいいから分けてやってほしい。

「……ん?」

 澪姉がアルバムをめくりながら、何か疑問を抱いたらしい。
 なんだろう? 俺は目の前の姉ちゃんの相手を、呆れながら務めていたので、澪姉が何を感じたのかさっぱり分からない。

「どうしたの、澪姉?」

 そんなこともあってか、俺の口調は澪姉のものよりも疑問の度合いが強かったように思う。姉ちゃんも、きょとんとした顔つきをしていた。

「いや、あのさ……私と聡っていつ頃から知り合ったんだっけ?」

 俺はそんな澪姉の疑問について考えを巡らせていると、予想外の質問が飛んできた。
 こりゃまた、唐突な。澪姉が覚えた違和感は、俺に関係しているらしい。

「どういうこと?」
「いや、アルバムを見てて気づいたんだけど……」

 澪姉に導かれるまま、俺もアルバムに向き直った。
 ページは、さっきよりちょっと進んで、どうやら小学3年生くらいの頃らしい。
 「なになに?」とやってきた姉ちゃんも含めて、3人でアルバムをじっくりと見ていく。
 3年生の頃から、少しずつ時間を遡っていって……。
 けど、特別おかしいところは見当たらない。それは、姉ちゃんも同じらしく、二人とも首をひねるばかり。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:09:04.72 ID:prtquN8Z0
「一体、澪は何がおかしいと思ったんだ? 私にはさっぱり分からん」
「うん、俺にもさっぱりだよ。一体、何が――」

 言いかけた言葉を、途中で呑み込む。何となく、全体を俯瞰して気づいたことがあった。
 なるほど、澪姉が違和感を覚えるわけだ。

「――俺と、澪姉」
「へ? なんだよ、聡?」

 いまだわからないらしい姉ちゃんは、困惑している様子だ。
 とはいえ、無理もないかもしれない。何せ、この違和感に関係しているのは――

「俺と澪姉が2人とも写ってる写真が、一枚も見当たらないね。そういうことでしょ、澪姉?」
「聡も気づいたみたいだな」

 澪姉の反応を見て、俺は得心した。
 そう。3年生より以前に、俺と澪姉が一緒に写っている写真が見つからないのだ。

「けど、私と聡って、この頃もう知り合いだったはずじゃないのか?」
「そうだと思うよ」

 澪姉の疑問に、俺は即答する。なんといっても、澪姉と姉ちゃんが知り合ったのは幼稚園の頃で、それから今まで長い付き合いだからだ。
 そして、俺のおぼろげな記憶から、随分と早い段階で澪姉と俺は知り合っていたと思う。

「けど、やっぱりおかしいね……」

 言いながら、俺はアルバム内の時間を、今度は今に向けて進める。
 何とはなしに開いたページには、俺と姉ちゃんと澪姉の3人で写った写真が何枚かあった。どうやら、この頃の2人はもう中学生らしい。制服姿から、それが分かった。

「うーん、やっぱなんかおかしいような……」

 いくらなんでも、俺たちが一緒に写るのが遅すぎやしないか?
 もっと昔に撮られていたっていいはずなのに……。
 
「だったらさ、澪と聡が一緒に写ってる写真探してみようぜ! もっと、じっくり!」

 俺と澪姉の困惑を察知してか、姉ちゃんが明るい声を出した。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:10:07.82 ID:prtquN8Z0
 そして、アルバムのページを再び少しずつ遡っていく。
 3人とも、アルバムを注視して、そして――

「あった!」

 見つけたのは、俺だった。
 写真は、どうやら夕暮れ時に撮られたものらしい。
 場所は……うちの前か、これ?
 けど、そういう状況より、遥かに気になったことがあった。それは――

「澪と聡のツーショットじゃないか!」

 姉ちゃんが、驚きの声を上げる。
 そう、写真の中の俺たちは、夕暮れ時に、笑顔でピースサインをしている。
 とはいえ、澪姉が満面の笑顔なのに対し、俺はどこか泣きっ面だ。
 ページから考えると……澪姉が小学5年生の時、か?

「な、なんで私と聡だけで……?」

 澪姉が顔を赤らめ、困惑している。
 なぜかは、よくわかった。澪姉は、異性の人と2人きりで写真を撮ることを避けたがっているからだ(理由は、言わずもがな)。俺も、澪姉と2人きりでは、写真を撮ったことなんて、一度も無いと思う。
 いや、今となっては思ってた、と言うべきなのか。

「なんなんだろうね、これ……?」

 俺の口から、疑問の声が勝手に漏れた。同じような気持ちに、その場の誰もがなっていたと思う。
 けど、その日、結局答えは出なかった。
 考えても埒があかないと察した俺たちは、捜索を打ち切り、お茶会に使えそうな写真を探すことに専念することにしたからだ。
 使えそうな写真をピックアップし、澪姉がうちから出るときに浮かべた、どこか気が晴れないでいる表情が、印象に残った。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:11:48.18 ID:prtquN8Z0
0.5/
初めて見るようでいて、どこかで見たことのある光景。
 「人の記憶なんてあてにならない」なんて詩人めいたことを言うような奴の気持ちが、こういうときに実感できる。
 目の前にいる人影は、最初の頃はかすかにしか認識できないけれど、少しずつ、雲が流れていくようにゆったりと分かっていくこの感覚も、初めてのようでいて、初めてじゃない。
 どうにも冗長めいた説明になってしまうのは、やっぱりここが現実じゃないと心のどこかで気づいているからだろうか。
 視覚がはっきりとするにつれ、聴覚も徐々に定着するというこの過程も、いつかどこかで――

 子供の、泣き声。

 それが聞こえた瞬間、どこか詩人めいていたさっきまでの自分は、はっとした。
 目の前には、男の子。いつか見たことのある服装で、いつか聞いたことのある声で泣いている。
 けど、不思議なことに、詳らかな声は聞き取れない。ただただ、泣いているということだけがはっきりとわかるだけだ。

 そしてまた、いつかのように手を差し伸べようとして――

「――!」

 どうやら、続きを見ることができるらしいことに気づく。
 誰かが、遠くに立っている。
 その誰かは、どうやら女の子らしい。顔は見えないものの、目の前にいる男の子より長い髪でそれが分かる。
 泣いている男の子がほっとけなくて、助けに来てくれたのか?

「―――。――、―――!」
 何か言いながら近づいてくる女の子(これもまた、何を言ってるのかわからない)に、目の前の男の子ははっきりと嬉しさを表すのかと思ったけれど、どうやらそれは違うらしい。困惑している様子が、なぜだろう、はっきりとわかってしまった。

「――、――――?」

けど、そんな男の子の様子を、別段意に介した風もなく――
 
「さ、行くぞ!」
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:13:24.20 ID:prtquN8Z0
1/
「……!」

 がばっと跳ね起きる。
 なぜかは知らないけど、誰かに誘われるまま、逸る気持ちに従うかのように。
 そして、少しばかり息をつき、ようやく落ち着きを取り戻す。

「……なんだ、これ?」

 俺はそっと胸を押さえる。
 逸る気持ち、といっても、気分が悪いだとか、追い詰められているだとか、そういう気持ちでは一切無い。むしろ、落ち着いた今となっては、温かく安心できるような、穏やかな気分になっていた。

「ま、いいや」

 こういう時に、いちいち気にしていても仕方がない。
 起きて、カーテンをシャッと広げる。」
 今日は、快晴。絶好の、買い物日和。
 またしても、姉ちゃんに大声を出されないうちに、とっとと着替えて階下に向かうことにしよう。

 あのアルバムの一件から、3日あまりが過ぎていた。
 それからも、別段普段の俺たちに変化は無かった。
 澪姉も、姉ちゃんも、もちろん俺も。
 気を遣っているわけじゃなくて、これが俺たちの素なのだ。

「……そういえば、買い物に行くっていっても、どこ行くの?」

 商店街を歩きながら、俺は前を横にいる2人に質問する。
 今日の2人の格好は、いつも通りのパンツルック。
 正直言って、この2人が制服以外でスカートをはいている様子を、俺はずっと見てないような気がする。
 まあ、俺も普通に何の変哲もないジーパンをはいているんだけどね。

「あれ、律、教えてないのか?」

 澪姉が俺の質問を、姉ちゃんへの疑問に代える。

「あー、そういや、忘れてたなあ」
「お前なあ……聡が付き合ってくれなかったら、どうするつもりだったんだよ?」
「無理やり連れてくるに決まってんだろ!」
「ちゃんと教えるって選択肢は無いのか!」」

 姉ちゃんの頭に、澪姉がチョップをかまし、「いてー!」という叫び声を姉ちゃんが上げる。
 姉ちゃんには悪いんだけど、俺はこの光景を見るたびに安心する。
 なぜかって、こういうやり取り一つ一つにお互いに親愛を込め合ってるような気がするから。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:14:14.79 ID:prtquN8Z0
「まあまあ、澪姉。姉ちゃんが頼りにならない、ってことはもう長年の付き合いで散々わかってることなんだし、澪姉に教えてほしいな」
「待て、聡! 私が何の役にも立ってないっていうのか!?」
「……頼りになるときは頼りになるけど、大抵適当なんだもんなあ」
「聡に同意だな」
「よってたかって、私をいじめやがってー!」

 言うや否や、商店街を走って、見えなくなってしまった。
 残された俺と澪姉は、顔を見合わせて、苦笑する。

「『頼りになるときは、頼りになる』だなんて、聡も言うようになったじゃないか」
「……一応、姉ちゃんだし」

 澪姉がからかい半分、感心半分といった口調で言ってきたので、俺もむやみに反発したりはしない。
 というのも、むやみに反発しても通用しない相手がいるということを、以前まざまざと実感させられたからだ。
 あの「出会い」は、視野を広くさせてくれたなあ……。

「……あれ?」
「どうした、聡?」
「いや、今……」

 消えた姉ちゃんを追って歩いていると、何かに気づく。
 それも、誰かの気配というものに。
 もちろん、見知らぬ人だったら、反応はしなかっただろう。
 見知った「誰か」が、足早に通り過ぎて行ったような気がしたのだ。
 それも――

「……いや、なんでもないや。行こ、澪姉」

 振り払うようにそう言って、澪姉を促す。
 どこか釈然としない気持ちを表情に滲ませながらも、澪姉も歩を進めてくれた。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:15:43.50 ID:prtquN8Z0
「えっと、スティックだろ、それに――」

 姉ちゃんと澪姉がメモを片手に、店の中を検分していく。
 追いついた俺たち3人は、雑貨店のような場所に入った。
 そこで、今度のお茶会に必要なものを買い込む、という話だ(ちなみに、スティックには澪姉のプリクラを貼り付けるんだと)。
 ちなみに、おっとりお嬢様は、お菓子だったり紅茶だったりの用意、天然エースは、姉ちゃんと一緒に司会の担当、生意気後輩は、会場設営の責任、をそれぞれ宛がわれているそうな。最後の人だけ知り合いのような気もするけど、生意気だったんですね。

「――うん、こんなところだな!」
「そうだな、大体は揃ったんじゃないか? おーい、聡!」

 俺が手持ち無沙汰でいると(手伝おうにも、加わりにくいし)、どうやら買い物は終わったらしい。俺に声をかけた後、3人でレジに向かっていく。

(……せめて、これから手伝おうっと)

 やっぱり、なんかこの面子で1人は落ち着かないや。

「いやー、これで今日の仕事は終わりだな!」

 店を出た後、姉ちゃんが大きく伸びをする。
「聡、ありがとな」
「いいっていいって、これくらい!」

 両手にビニール袋を持ちながら、俺は笑顔を浮かべてみせる。
 店を出る前に、俺がすすんで持つことを2人に伝えたのだ。
 「手伝う」と決めたということも理由としてもちろんあるんだけど――

「普段から、姉ちゃんにもそこそこ、澪姉にはたくさんお世話になってるから――これくらいは」
「……聡」

 そう言うと、澪姉は笑みを浮かべてくれた。
 俺は嬉しくなる……も。
 その表情に、ほんの少しの――少しといっても――

(……澪姉?)

 哀しさを、見てしまったような気がした。

「こらー、聡! 私が澪より下って――」
「姉ちゃん、それは言葉の綾だよ」
「んなわけあるかー!」
 その後、予想できていた姉ちゃんとの軽口のたたき合いをしても、その表情は脳裏から消えてくれなかった。
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:16:32.22 ID:prtquN8Z0
「いいねー、あのゲーム!」
「だろー? 鈴木となら、楽しめるって思ったんだよ」
「うん、2人でも出来るし、難易度も選択できるしね」
「早く俺のレベルまで追いついてこい!」
「はは、頑張るよ」

 その翌日。
 俺は放課後、鈴木とゲームセンターに来た。そして、今はその帰りだ。
 俺も鈴木も、結構、ゲームが好きで、それが高じて、電車に乗ってこのゲーセンまで来ることがたまにあった。
 そして、今日は俺の好きなリズムゲームを鈴木と一緒に何度かやったわけだ。

「……ねえ、聡くん?」

 帰りがけ、電車に乗るために切符を買おうとする俺に、鈴木が声をかけてきた。

「ん、どした?」
「今日は、歩いて帰らない?」
「え、そりゃまた、なんで?」
「んーと、なんとなく」

 鈴木からの突然の提案に、俺はちょっと驚いた。
 けど、すぐさま、「ああ、そっか」と納得した。
 鈴木は、結構、活動的なのだ。外見は男らしいとは言えないような気がするけど(バカにしてるわけじゃない)、なぜなのかは大体予想がつく。あの人が近くにいたら、そりゃ積極的に外に出たくもなるというものだろう。

「わかった、行こうぜ」
「ありがと、聡くん」

 鈴木と談笑しながら、歩いて帰っていく。
 話す内容は、大体、学校生活のことで、時たまきょうだいの話題が出てくる。
 基本的に、俺は鈴木と話すとき以外は、姉ちゃんのことはあんまり口に出さない。
 やっぱ、ちょっと照れくさいからな。

「……聡くん?」

 俺が最近の姉ちゃんのこと(もうすぐ学校でお茶会が開かれるらしいこととか)を話してると、鈴木が口を挟んできた。
 いつもは、こういうとき人の話を切るようなことはしない。
 となると、ちょっとした異常事態が起こったということ。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:17:22.17 ID:prtquN8Z0
「何かあったのか?」
「あのさ……ついさっき、さくらちゃんを見たような気がして」
「さくら……」

 一瞬、何のことかわからなかった。けど、少し考えて、「ああ」と合点する。

「うちのクラスの」
「うん、その子。さっき、近くをすれ違ったような気がして」
「え、俺気づかなかったぞ?」
「普段、制服姿だから見慣れなかったんじゃないかな?」

 それにさっきは僕の方寄りだったし、と鈴木は付け加える。

「それだけじゃなくて、なんか随分と足早だったような……」
「そりゃまた、なんで?」

 正直言って、普段のあいつの態度から考えると、道端で偶然会っても、「あー!」とかなんとか言って挨拶してきそうなものなのに。今日も学校で会ったけど、随分と元気そうだったぞ?

「うーん……よくわからないけど」
「……そういえばさ」

 鈴木が答えに窮するところに追い打ちをかけるようで少し後ろめたかったけれど、俺は何となく気になっていたことを質すことにした。
 こういう機会じゃないと、聞き出そうと思えそうにない。

「なんであいつ、自分のことを『名前』で呼んでもらいたがるんだ?」
「……そういえば、そうだね」

 どうやら鈴木も気になっていたらしい。俺も、あいつ以外の女子は、基本的に名字で呼んでいる。けど、あいつは名字で呼ばれるのを好いていないらしい。

「なんとなくだけど、名字が長いからじゃないかな?」
「……考えてみたら、そうだな」

 鈴木の回答に、俺は何となく納得した。それに、かなり珍しい名字だ。
 そういうこと、なのかな……?
 やっぱりどこか釈然としなかったものの、あんまり突っ込むべきじゃなさそうだ。
 俺はとりあえず、さくらのことを話題に出すのを止めた。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:18:23.19 ID:prtquN8Z0
「あ、聡くん、こんなところに公園があったんだね」

 それからも歩いていると、右手に公園が見えた。
 どこにでもありそうな、何の変哲もない公園だ。
 ベンチ、ブランコ、砂場……公園にあるべき、基本的な遊具は揃っているらしい。

「ちょっと、入ってみようよ」

 言うや否や、中に入っていく鈴木。
 俺はそんな友人の姿に、ちょっと驚く。

「時間、大丈夫なのか?」
「特に予定も無いしー!」

 そう言って、はしゃぎながら園内に入っていく鈴木に、俺は「やれやれ」と思いながらも付いていく。鈴木は妙なところで子供っぽい。少なからず、あの人の人柄を受け継いでるってことなのかな。

 とはいえ、俺も鈴木も、もう中二男子。さすがにこの時間から、遊具で遊んだりする気にはお互いなれない。
 というわけで、何となくベンチに座ってぼんやり過ごしてみたり。

(……気分がいいなあ)

 なぜかは知らないけど、ここは凄く落ち着く。
 なんか、誰かに撫でられてるような、心地よささえ覚える。

「……そろそろ、行こっか」

 そんな気分に浸っていると、鈴木が俺に声をかけて、帰りを促す。
 なるほど、もうそろそろ夕暮れ時。帰らないと、宿題だったり、いろんなことが出来なくなってしまうかもしれない。

(姉ちゃんも帰ってくるだろうし)

 お茶会のために、ということで最近軽音部は放課後に長く残っている。
 そして、明日はいよいよ、お茶会本番らしい。

「じゃ、行こう、聡くん」

 そういってベンチから立ち上がる鈴木を見て、俺も立ち上がり――
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:19:28.87 ID:prtquN8Z0
 強烈な、既視感。

(……!?)

 間違いなく、この感覚は、現実のものだ。
 今まで漠然と感じ、それとなく受け流していた時とは感覚の度合いが違う。
 居もしない誰かが、そこにいる。
 それをはっきりと感じとり、少し体がぐらついた。

「聡くん!?」

 鈴木が倒れかけた俺を助けるために、走ってきてくれるけど、その時には俺はもう――

――さ、行くぞ!

 全てを、思い出していた。
 あの日の出来事、あの時の言葉、あの頃の「誰か」――

「……ごめん、鈴木。大丈夫だよ」
「そ、そう……?」
「ああ」

 まだ不安そうな鈴木を鼓舞するために、思い出した自分を誇るために――

「もう、大丈夫だ」
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:20:45.05 ID:prtquN8Z0
 その後、家に着いた俺は、夕飯を食べ、風呂に入り、姉ちゃんと駄弁り(お茶会、まあまあ頑張って! って締めといた)自分の部屋で寝転がっていた。
 さっき思い出したことは、そこまで大それたことじゃない。だから、家に帰ってからは、普段通りに過ごしてこれた。
 けど、特別なことであることは間違いなくて――

――プルルルル

 ケータイが、鳴った。なんとなく、誰からか分かった。
 けど、一応確認。うん、やっぱり。

「はい、もしもし」
「……聡か?」

 予想通りの、トーンが低い不安そうな声。けど、何度も何度も聞いてきた声。

「うん、そうだよ。って、俺のケータイにかけてきてるんだから、俺しかいないよ」

 なんとなく、和ませようとそういうことを言ってみる。
 電話の向こうで、軽い笑い声が漏れるものの、やっぱりどこかぎこちない。

「で、どうしたの、澪姉?」

 何となく、わかっていた。このお茶会というイベントの前。そして、最近の出来事。
 そして――

「私は、聡の、なんなんだろう?」
「……それ、聞きようによっちゃ、凄く誤解を招く言い方だよ?」

 半ば笑い、半ば呆れながら、そう返す。
 俺がそう指摘すると、予想通りというべきか、澪姉が動揺する様子が分かった。

「ち、ちが、そういう意味じゃなくて――」
「だから、『聞きようによっちゃ』って言ったんだよ?」

 ああ、電話の向こうで、きっと顔をめちゃくちゃ赤らめてるんだろうな。
 だって、まだゴニョゴニョ言ってるし。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:21:49.03 ID:prtquN8Z0
「あ、あの、つまりだな――」

 ようやく少し調子を取り戻した澪姉は、そう気を取り直して、言う。

「私は、今まで何度も聡に頼ってきた。やっぱり、今回だって不安なんだ、でも――」

 そこで、言葉を途切らせた。
 大体、言いたいことはわかる。
 今まで、澪姉はこういうイベントの前に、俺に電話をかけてくることが度々あった。
 たとえば、1年生の頃の学園祭。初めて大舞台で歌わなければならないという状況になって、澪姉は本当に緊張していた。今思い出しても、痛々しいほどに。
 結果的に、それは成功した(一つのハプニングを除いて、だけど)。
 なんで姉ちゃんじゃなくて俺に、なのかというと、姉ちゃんと話す時とは、また違った視点からものを言ってくれるからとかなんとか。
 とはいえ、理由はいらなかった。普段から、何かと一緒にいることが多い俺たちは、互いに助け合ってきたからだ。
 普段から、年上として威厳ある振る舞いをしたいと思っているらしい澪姉からすると、俺に相談するというのは相当抵抗があるんじゃないか、と俺は思う。けど、心構えとかそういった何もかもを放り出させるほどの緊張感を覚えてしまうんだろう。人前に出るのが苦手という澪姉にしてみれば、特に。

「でもそれは、普段から私も聡も互いに助け合ってるからいいんじゃないか、っていう甘えから来てたと思うんだ」

 そう、思ってたんだろう、今までは。
 あのアルバムの一件が、あるまでは。
 あの時、澪姉はなんとも気が晴れない表情をしていた。
 姉ちゃんとは違い、物事を良い意味でも悪い意味でも深く考える澪姉は、今回は悪い方向に自分を追い込んでしまったんだろう。
 
 自分は、友人の弟の、なんなのだ、と。

「……私ばっかり、聡に、甘えてる」

 ポツポツと、言葉を区切りながら、自分に確認するようにして、澪姉は言う。
 それはまるで、自分を責めているかのようにも聞こえる、どこか痛々しい響きを伴っていた。
 俺は、もう少し聴いて、その上で澪姉の言葉に応えようと思っていた。
 けど、もうそろそろ、我慢できない。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:23:21.09 ID:prtquN8Z0
「あのさ、澪姉。ちょっといい?」

 俺は、出来る限りの優しい声で、澪姉に訊く。
 電話の向こうで、きっと悲しそうな表情をしてるであろう、澪姉を思い浮かべながら。

「まずさ、澪姉がいつも俺に甘えてるって言うけど……それは違うんじゃないかな」
「……え?」

 その言葉に、キョトン、とする澪姉。
 俺は、教師が生徒に教え諭すような、どこかゆったりとした口調を意識する。

「この前のこと、覚えてる?」
「この前、って……?」
「姉ちゃんが元気無かった時のこと」
「……ああ」

 俺が重ねて説明すると、澪姉は納得した様子だ。
 その様子に満足して、俺は一息に言う。

「あの時、澪姉は俺の相談に乗ってくれた。姉ちゃんがどうして落ち込んでいるのか、それに対して俺がどう接すればいいのか、いろんなことを教えてくれた。そんな澪姉に、俺は……甘えてたんだと思うよ?」
「で、でも!」

 俺が息継ぎをする間もなく、澪姉が疑問の声を上げる。

「それは、当然のことだ! 私は、律の友達で……聡の……」

 聡の、と言った後、黙り込んでしまう。
 きっと、この次に言うべき言葉を、思いつけなかったんだろう。
 でも、仕方のないことなんだろうと思う。それが分からないから、澪姉は俺に電話をしてきたわけで、それが分からないから――


「……俺たちが初めてちゃんと話した時のこと、覚えてる?」

 だから――俺は切り札を使う。
 きっと、通り一遍の慰め文句は、今の澪姉には通じないだろう。
 もしかしたら、余計に悩みを深める結果に終わりかねない。
 だったら――

「そ、それは……覚えて、ないな。だって、私には……あの写真がいつ撮られたのかすら」
「思い出したんだ」

 澪姉の疑念を払拭するために、俺は心持ち、声を大きくする。
 あの時のことをどう話せばいいか、頭の中で瞬時に思考。
 そして、言葉に乗せる――。

「あの日は晴れてたからさ。つい――」
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:24:56.77 ID:prtquN8Z0
 0.99…/

 燻ってたいた。
 言いたいことも満足に言えないで、いつもいつも甘えてばかりの自分に。
 誰かの背中に体を預けて、自分は何の主張もしないで、漫然と送るだけの毎日。
 そんな、日常に――。

「……あれ?」

 ふと、歩いてきた道を振り返る。
 おかしい。自分が知ってる建物が一つもない。
 再び、前を向く。
 これまた変だ。自分はどこに向かおうとしてるのか、全く分からない。

「……どうしよ」

 ボソッと口から漏れ出た言葉は、そのまま少年の本心だった。
 少年は、まだまだ小さい。家には、少年よりもよっぽど活発で、誰とでもすぐ打ち解けられるような性格の姉がいる。そんな姉と比べたら、自分なんて――。

「……」

 暗澹とした気分になりながら、少年はゆっくりと前に向かって歩いていく。
 どうにでもなれ、そんな投げやりな思いもあった。
 別に、誰からも、「お前は姉より、劣っている」なんて言葉を投げつけられたわけじゃない。
 少年の母は優しく、父は大らかな人で。
 姉は少年のことをとても可愛がってくれて――。

「……姉、ちゃん」

 姉のことを思い浮かべ、ふと声に出してみる。
 それにつれて、ようやく自分がどこに来たのかを知った。
 少年の前には、木製のベンチ。
 ここに来るまで、周りが見えてなかった。
 けど、来てみると、誰かに導かれるまま来たような……。

「……」

 無言で、ベンチに座り込み、体を預ける。
 何とはなしに、園内を見渡してみるものの、やっぱり自分がどこにいるのかは全く分からない。
 けど、何となく安心していた。まだ、明るいからだ。
 少年は幼く、まだまだ臆病で、真っ暗闇では怖くて泣きべそをかいてしまい、姉にとびついてしまう。
 けど、まだまだ明るいし――
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:26:41.98 ID:prtquN8Z0
 ――おねえちゃーん、待ってー!
 ――あ、ごめーん!
 ――おねえちゃん、速いよー
 ――えへへ、ごめんごめん。そーだ、おわびにアイスを……
 ――ホント!?
 ――うん、だって、おねえちゃんだもん!
 ――うわー、ありがとう! おねえちゃん、大好き!
 
「……」

 少年がベンチから外を眺めていると、2人の少女が公園の脇を通り過ぎていくのが見える。
 2人ともとても仲が良さそうだった。口ぶりからすると、おそらく姉妹だろう。
 お互いに、笑顔で。とても、楽しそうで。
 そんな2人の姿は、少年に、姉とその友達の姿を想起させた。

「うう……」

 今の自分には、眩しくて届きそうもない、そんな雰囲気。
 自然、そんな少年の口から、呻き声のような、言葉にならない気持ちが漏れる。
 分かってる。こんな、コンプレックスを持っていたってなんにもならないことくらい。
 もちろん、少年はまだまだ幼く、「コンプレックス」なんて言葉は知らない。
 けれど、何となく姉に対して、「自分はああはなれない」と諦めにも似た気持ちを抱いていた。
 だって、自分から動くことなんて、考えることすら恐ろしい。
 だから、いつも受け身で生きていく。それで、いいんだ。
 いいんだ――


――カーンカーン
 鐘の音が鳴り響く。
 少年は、まだ時計の読み方を知らない。だから、母の、「この鐘が鳴ったら、帰りなさい」という言葉だけが頼りだった。
 けれど、少年は動けない。帰りたくないし、帰れない。
 気づくと、周りは徐々に暗くなっていく。
 春の終わりのこの時期は、夏に比べたら陽が落ちるのがめっぽう早い。
 辺りが暗くなっていくにつれ、少年の心にも暗雲が立ち込めていった。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:27:35.87 ID:prtquN8Z0
「うええ……」

 少年の呻き声が、次第に泣き声に近いものとなっていく。
 取り返しがつかない――そんな気がした。
 夕日が顔を出し、道も分からない。
 自分には何にも分からない……。

「うえええええ」

 次第に、嗚咽が大きなものとなっていく。
 分からない。道も分からない。自分のこれからも分からない。
 もう――なにも。


「見つけた!」


 少年が頭を下げて泣きじゃくっていると、声が聞こえた。
 聞き覚えのある、凛とした声。
 顔を上げると、そこにいたのは――

「良かったー。ほら、帰ろう!」

 その人は、快活に少年に声をかける。
 けれど、少年は困惑しきっていた。
 なんで、この人がここに? そして、なんで自分に話しかける?
 きっと、怯えてもいたんだろう。次に、少年が口にした言葉は――

「ど、どうして?」

 自分にとっても、多分相手にとっても、難しいものだった。
 何が「どうして?」なのか。
 どうして、この人は自分の居場所が分かったのか?
 どうして、この人が自分を迎えに来てくれたのか?
 きっと、言葉に出来ないけれど、そういうことだった。

 その人は、少年の言葉を別段意に介した風もなく、にっこりと笑いながら

「さ、行くぞ!」

 何の躊躇いも、衒いもなく、少年に手を差し伸べた。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:28:49.56 ID:prtquN8Z0
「みんな、心配したんだぞ」

 帰り道、心配半分、からかい半分といった声音で、その人は言った。
 少年はとぼとぼと、その人はてくてくと、対照的な足取りで家路を進む。
 無言の少年を気遣うように、少女はたくさん話しかけてきた。
 少年のこと、少年の姉のこと、そして自分のこと……。

「きみのお姉ちゃんは、凄い人だよ」

 色々な話をした後、その人はどこか誇らしげに、少年の姉について話し出した。

「私、ちょっと前に、みんなの前で発表することがあったんだ。その時、すっごく緊張して……そんなとき、きみのお姉ちゃんが――」

 少年がきょとんとする中、その人は面白そうに、懐かしむように話す。
 自分の練習に親身になってくれたこと、どうすれば緊張しないようになるかアドバイスをしてくれたこと……。

「だから、私はきみのお姉ちゃんが好きだ。そして――」

 そこで、少年の目をじっと見つめ――

「きみのことも、大事に思ってる」
 
 それは、とても愛おしそうな表情だった。
 少年は、その表情を見ながら、とくんと胸が脈打つのを感じた。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:30:42.71 ID:prtquN8Z0
「あ、そろそろ見えてきたぞ」

 その後、歩いていると、その人はそう言った。
 少年が顔を上げると、なるほど、もうそこは見慣れた風景だ。
 自分の家までは、もうそんなに無いだろう。
 歩いていく中で、家の前に、自分の姉と母親がいるのが見える。


「ああ、良かった……」

 母親は、静かに少年を抱きしめた。
 少年が家に着くや否や、彼女はすぐさまその前に来たのだ。
 そんな2人を、笑いながら見守る、姉とその友人。

「ありがとな。本当に、助かったよ」
「いやいや。無事で、良かった……」

 少年の姉がお礼を言うと、友人は照れくさそうに笑みを深くした。
 そんな姉の友人を、少年は抱きしめられながら見る。
 以前とは全く違った感情を、今、自分は抱いている。

「一応、カメラ持って行ったんだけど、使うことが無かったな」

 その人は、ポケットからカメラを出して、苦笑する。
 カメラといっても、インスタントのものだ。
 小学生なりに、もしもの時のことを考えていたのである。

「もしもって言っても、どういう時に使うんだよ?」
「いや……もし、行方不明になってたりした時、証拠を撮るために」
「……ドラマの見すぎだ!」

 お互い、笑いながら、ボケと突っ込みをしている。
 といっても、姉の突っ込みに対し、その人は本気でボケてはいなさそうだけど。

「……あ、そうだ!」

 名案を思いついたとばかりに、姉が言う。
 その時にはもう、少年は母親の腕の中から出てきていた。

「せっかくカメラがあるんだし、記念撮影しようぜ!」

 名案とは、つまり撮影のことらしい。
 何が、「記念」なのかはよく分からない。けど、何となく「めでたい」んだろう。

「そうだな、そうしようか」

 その人も、どこか乗り気だった。
 母親も、どこか楽しそうにそれを眺めている。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:31:41.08 ID:prtquN8Z0
「じゃあ、3人で撮ろうか! 母さん、よろしく――って、あれ?」

 姉が母親に頼もうとして、きょとんとする。
 というのも、さっきまで母親の近くにいた弟がその姿を消していたからだ。
 どこに行ったのか、またどこかへ行ってしまったのか。
 ちょっと、焦燥に駆られた。一体、どこに――

「――が、いい」

 しかし、その心配は杞憂に終わった。なぜなら、近くから、弟の声が聞こえてきたからだ。
 けれど、なんて言ったのかは分からない。また、正確にはどこにいるのか、分からない。
 弟の方へ顔を向けると――

 そこには、意外な光景があった。

 「あの」弟が、姉の友人に、自分から近寄っている。
 仲良くしたいと思いながら、自分から近づくことはできなかったはずの、弟が。
 友人も、母親もどこか驚いた様子を隠せていない。
 そんな友人の近くで、弟は――

「澪姉ちゃんと一緒が、いい」

 自分の気持ちを、はっきりと伝えた。

 その人は、聡と目線をしっかりと合わせる。
 そして、満面の笑顔で、少年と向き合って――


「いいよ、2人で一緒に撮ろう、聡くん」
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:33:47.14 ID:prtquN8Z0
1/

「――わ、私がそんなことを?」

 話し終えると、澪姉は分かりやすいほどに動揺していた。
 疑問に思っているらしいけど、全部本当のことだ。
 1度思い出した記憶は、意外と当たっているものだし。
 それも、自分が温かくなった思い出なら、特に。

「うん、ホントだよ。澪姉」
「で、でも! 私が聡に、そんな――」

 その後、ゴニョゴニョと口ごもる。
 多分、自分がそんなに積極的に、話しかけたのだろうか、という疑問だと思う。
 けど、俺には、何となく分かっていた。

「きっと、澪姉は、責任みたいなものがあったんじゃないかな? 昔から、責任感、なんだかんだで強かったでしょ? だから、きっと――」

 自分の友人の弟を、守ってあげないと、と。
 そう、思ってくれたんじゃないか。
 だとしたら――

「今の俺がいるのは、澪姉のおかげなんだよ」

 だとしたら、なんて嬉しいだろう。
 あの日から、俺は多分ちょっとずつ、けれど確実に変わっていった。
 姉ちゃんを見習って、自分から動いていこう、と思うようになっていったのだ。
 その後押しをしてくれたのは、やっぱり、今電話の向こうで話を聴いてくれてる人で。
 俺は、その人への感謝を、ありったけ込めて、言葉に乗せる。

「ありがとう、澪姉ちゃん」
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:34:37.47 ID:prtquN8Z0
「は、ははは」

 俺が言うと、澪姉は笑いだした。
 それも、自嘲めいたものじゃない。ちゃんとした、快活な笑い声だった。
 その声は、しばらくの間、途切れることは無かった。
 俺は、それを心地よく聴く。

「……審査」
「えっ?」

 笑い声が途切れると、澪姉が何か言った。俺はわからず、訊き返す。

「ほら、律の料理審査。私も参加して、いいかな?」
「俺はいいんだけど、いいの? 家族みんないると思うけど……」
「いいんだ」

 澪姉は、とても楽しそうに――


「聡と律と、一緒にいたいんだ」
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:35:52.48 ID:prtquN8Z0
 ここから、後日談。
 お茶会は成功を収めたらしく、姉ちゃんも澪姉も上機嫌が続いている。
 俺はというと、そんな毎日を楽しんで過ごしている。
 あの日のことを思い出してからというもの、澪姉や姉ちゃんと一緒にいられる時間が楽しくて仕方が無いのだ。
 毎日の登校が楽しくて、時々うちに来る澪姉と話すのが面白くて――

「……聡ー! 澪ちゃんが来てくれたわよー!」

 俺が2階で漫画を読んでいると、下から母さんが呼んでくれた。
 「はーい!」と返事をして、漫画を片づけ、部屋のドアを開ける。
 今日は、姉ちゃんの料理審査日。お小遣いがかかっているということもあってか、姉ちゃんは真剣だった。
 俺は、姉ちゃんにアドバイスだけはしてあげた。後は、姉ちゃんに任せた。
 というのも、自分自身の力で、俺たちをあっと言わせてほしいから。
 そんな姉ちゃんで、あってほしいから。

 俺は、ドアを開け、階段を降りながら、考える。
 最初は「0」から始まった俺たち。
 けど、それは一つ一つの積み重ねで、「1」になった。
 自分の力もあったはず、なんだろうけど――

「よっ、聡!」
「おっす、澪姉!」

 きっと、それは、姉ちゃんとこの人のおかげ。
 目の前にいるかけがえのないもう1人の姉を、俺は満面の笑顔で出迎えた。


 第5話「思い出!」おしまい――
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:37:22.60 ID:prtquN8Z0
……………
………


?/
「……」

 何とはなしに引っ張り出してきた、アルバム。
 それを眺めながら、どこか物悲しい思いを抱いていた。
 写真の中の私は、うん、ちゃんと笑っている。
 このときも、このときも……つい、最近も。
 対して――

「……」

 なんで、こんな表情なのか。
 昔は、こうじゃなかったはずだ。見直してみても、笑顔の写真が目に入ってくるのに。
 このときだって、このときだって……けど、最近は?

「どうして……?」

 自然、口から漏れ出る言葉。悲しいというより、どこか寂しい響き。
 いったい、どうして――


――ガチャッ!

 ドアが開く音が、聞こえた。
 マンション住まいだと、聞きたくない音まで聞こえてしまう。
 今、私は、アルバムを見なおして、過去に浸りたかった。
 けど、それは逃げなのか――?


 ただいま。おかえり、部活お疲れ様。うん、ありがとう。ご飯、どうする?後で、食べる。そう、分かった。
 耳を、言葉が素通りしていく。自分の部屋は、玄関から近い方にある。
 今日も私は、「何か」を求める。けれど、それは、足早に進んで消えていく足音に掻き消された。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:38:23.64 ID:prtquN8Z0
「……はあ」

 いつものことだ。もう、慣れきっている。
 あっちからこっちに向けて、何か求めてくれたことは、最近一度でもあっただろうか?
 けど、いつまでも沈んでいるわけにはいかない。私は、いつも通り立ち上がり、部屋を出て――

「おかえり、お姉ちゃん!」

 声をかける。ちなみに、部屋に入ってしまう前、というタイミングが重要だ。

「……ただいま」

 一拍置いて、私の方に顔を向けて、挨拶を返す。
 いつも通りの、無機質な声。決して冷たいわけじゃないけど、温かくもない声。
 それに構わず、私は話す。

「あのさ、今日、宿題出されたんだけど、ちょっと分かんないところがあって! できれば、お姉ちゃんに教えてもらいたいかなー、なんて――」
「ごめん、さくら」

 私が話し終えるタイミングを見計らって、お姉ちゃんが掻き消すように言う。
 これまた、決して荒ぶった声じゃない。けれど、優しいというわけでもない。
 淡々と、無表情に、言葉を続ける。

「今日、私、やらなきゃいけないことがあって。最近、部活が忙しいから、ちょっと……」
「あ、そうなんだ……うん、分かった! お姉ちゃん、ガンバ!」

 私は、内心の落胆を悟られないように、自分を奮い立たせるように、声を出す。
 そして、自分の部屋へと引っ込んだ。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/06(水) 22:39:20.96 ID:JHGsbnQSO
地の文いれて小説家気取りか

きめぇんだよ
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:39:27.73 ID:prtquN8Z0
「……今日も駄目だったかあ」

 ボスン、とベッドにダイブする。
 分かっていた。なんとなく予感めいたものがあった。
「今日も駄目だろうなあ」と。
 けれど、縋りたかった。あるのかないのか分からない可能性に、賭けたかった。

「……田井中くん、かあ」

 自分の口からなんとなく出た、1人のクラスメイトの名前。
 ここ最近、学校外で彼を何度か見かけた。
 一回は、商店街で。彼は、黒髪の美人さんと一緒に、買い物に来ているようだった。
 私は、彼の近くを通って、軽くからかってやろうと思った。けれど――

―― 一応、姉ちゃんだし。

 この言葉を聞いて、とても悲しくなってしまったのだ。
 私は、かけようとした言葉を飲み込んで、彼のそばを足早に通り過ぎた。
 また一回は、街中で。
 彼は、友達の、同時に私のクラスメイトの鈴木くんと一緒に歩いていた。
 私は、今度は二人一緒にからかってやろうと、声をかけようとした。
 けれど、その時の話題は、またしてもお姉さんのものだった。
 いたたまれなくなって、これまた足早にその場から逃げた。

「……何してんだろう、私」

 ゴロン、と寝がえりを打つ。
 自分は、こんなにも脆くなっていたのか。
 私だって、昔は――少なくとも、心の底から笑顔でいられたあの頃は――
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:40:53.72 ID:prtquN8Z0
 名字で呼ばれたくない理由が、一つだけある。
 私は、私だ。もう、誰かに寄りすがって生きていたいとは思ってなくて――
 独り立ちしたい、という子供っぽい欲があるからだ。
 もう大丈夫だ。お姉ちゃんに頼らなくたって、生きていける。だから、もう――


 寝転んでいると、机上の写真立ての中にある写真が見えた。
 ぼんやりと見て、じんわりと胸に沁みる。
 2人とも、掛け値なしの笑顔をしていて、私は――

「さくらー、お風呂入りなさーい!」

 お母さんが私を呼ぶ声がする。
 私は、少し出そうになった涙を振り切って、「はーい!」と大きな声で返事をする。
 ベッドから起きて、部屋を出る。
 頭の中で、写真の下にある文字を読みながら、ドアを開ける――


 いちご(小5)進級、さくら入学記念


「もう一つの思い出」おしまい――
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/06(水) 22:41:36.76 ID:JHGsbnQSO
おらおら

きめぇぞ、こらぁ

ドヤ顔ですかい、つまんねぇ
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/06(水) 22:42:57.29 ID:JHGsbnQSO
山岡「このSSは駄作だ。読めたもんじゃないよ」
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]:2011/04/06(水) 22:43:39.83 ID:prtquN8Z0
随分と遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
また、今回、いろんなことを書きたかったので、長くなってしまいました。

今月の終わりに、新生活が始まります。
なので、更新が滞ってしまうかもしれません。
でも、出来る限り書いていきたいと思っています。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/06(水) 22:45:03.06 ID:JHGsbnQSO
おう、書かなくていいぞこら
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/04/06(水) 22:51:47.52 ID:BLIPmpzDO
荒らしは気にするな

書きたいと思うならまわりを気にせず延々と書くんだ

SSとはそういうものだ
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/04/06(水) 22:53:09.60 ID:BLIPmpzDO
おっと忘れてた

>>165
乙ゥ
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東)[sage]:2011/04/07(木) 09:52:13.45 ID:mVLVdbUAO
久しぶりに来てたか
荒らしが沸くほど注目されてるということか
おつだ
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[sage]:2011/04/07(木) 12:51:40.67 ID:ajKgf3ud0
おおかたムギの予想通りモテモテですな
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/04/08(金) 00:43:16.28 ID:dXcafodx0

今回も楽しませてもらった
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/04/08(金) 02:03:39.26 ID:Zojb5FqIO
乙です。
若王子姉妹の話も期待してます。
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東)[sage]:2011/04/08(金) 08:13:58.09 ID:VeTZBRuAO
いちごの妹もいいキャラしてる
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2011/06/10(金) 01:41:39.05 ID:kxi+11USO
すごく面白いんで続き期待してる
175 :182[sage]:2011/06/14(火) 02:03:09.48 ID:jncWI+Jo0
面白いが、逆にけいおん!第1期の頃はどうだったの?
という気になってしまう。気が向いたら過去の話も読ませてほしい。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東)[sage]:2011/06/28(火) 21:09:13.16 ID:HGHQe/eAO
この聡は律が大学で寮に入るって聞いた時、どんな反応するんだろ…?



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