◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 00:54:11.99 ID:I1Z6pX9g0<>
                         、
        /                \
       '    /     丿\       ヽ
      /  fl   / |l   /|| !   \ \\   ハ
      |   |l  / |l  / |リ      \\  }}
      |   | / /|    |   ,,イ゙\ /入、ヽミVl}
      l   |l/ /^|    「 -‐''"_ ヽ l l′/`_l}}lリ
      V  / / :|    | /∠´ `ヾ' l lレ''´ ヾ
      ∧V 人_.,」 u  | i{,_,,  ゚ }! l li{,_,. ゚ }
     _{ {ミ`─---|    |uヾく,_,ノ′ l lゞi-rイ
     { \\___|:    ハu  ' ' ` ,__〉〉  |
   こ\ \ 〔77|    i ', ,.r‐     `'U'U_,ィ}|
  =─‐==ニニミ〕/∧    li∧/,rT丁 ̄| ̄ | l|'|
         ヽ¨ヽ,    l! ,イ |__, ⊥ _|__,l|.ト
          }  }   | il_/       _,ノノ|| !
          |  l   l|Y/      ‐┴''" .|| !
          |  |l、  l|. 仁  _,__      ||| l |
          | ノ∧  |llニレ'´     `ヾ'、  || | | |
          |///,∧ ヽ 「]、       ヾ>、||| |l l
   ̄¨'''¬=‐- //////A  ヽ`「ヽ        }H|| | l
         //////    V`「ヽ、、,__,,ノj‐||| |l |
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                    \ ` ̄ ̄ ̄ /l  |l |
                     `−──‐′

▼fateの聖杯戦争を元ネタにしたスレです
▼基本、思いつくまま
▼どうなっても知らんぞ!


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1346169251
<>【聖杯戦争】やる夫はステゴロワイヤーアクションで戦うようです
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 00:55:59.19 ID:I1Z6pX9g0<>
 ランプの炎が勢い良く虫を落とす。

 1927年、魔術師としてはかなり古い、ただ全くの無名な我がビップ家は10代の係累を重ね、
私の代までこれといった研究成果も自慢できる魔術礼装すら持ち合わせてはいない。

 極東の地で行われる「伊勢聖杯戦争」に私が参加するきっかけとなったのは知り合いの
新聞記者が謎の変死体をタイムズスクウェアで発見したという話を耳にした時だった。

 知り合い、友人と呼びたくないこの嫌味な男は私が魔術師であることは知らない。
だが私は東部移民の家系で、自分の先祖が十字軍に参加した騎士の末裔だとか
カール大帝と共に遊歴した貴族の子孫を自慢する連中のひとりだと決め付けている。

 たしかに世間から見れば私は名実ともに没落貴族という体だ。
魔術師としての始まりも、貴族としての零落も、まさにそこから始まっている。

 スリーピーホロウの首なしのドイツ騎士の伝承はNYでは知らぬ者のいない昔話だ。
独立戦争に参加した没落貴族のドイツ人傭兵が首を取られた後も、血を求めて夜を騎行する。
イギリス系移民やイタリア系移民はこぞって我々、ドイツ系移民をそういう目で見る。

 できる夫がこの奇っ怪な事件を私に話したがったのは
私をそういう目で見、からかってやろうという性根から来ている物だろう。

 さあ、ビップさんはこういう話がお好きでしょう?
隠さなくてもいいじゃないですか。あなたがたドイツの人は血や鉄砲や爆弾の話が
一日でも口に登らないことのない人たちじゃないですか。とできる夫はにやにやと話しだした。

 私も、確かに。と返してから、俺の先祖は国のために戦ったし、戦争を野蛮だとか言いたくはないだろ。
でも俺は商売仲間と鉄砲や爆弾の話をしたとしても、それは仕事の話で、趣味じゃない。
カナダやメキシコとも戦争があるだろうから、仕入れは必要だからな。と反論はしておいた。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 00:56:37.75 ID:I1Z6pX9g0<>
 ニッポンという国をご存知ですか?
とても小さな島国で、黄色くてちっぽけな野蛮人が暮らしている国ですよ。

 できる夫は、奇妙な島国の風俗や習慣を私に聞かせた。
それがタイムズスクウェアの妖しい殺人事件に咬んでいるというらしいのだ。

 いいですか。ニッポンという国にはひとりでに鞘から飛び出し、人を切るという
伝説の魔剣があるのです。タイムズスクウェアで殺された被害者は、
大勢の人通りの最中、突然、斬り殺されたというじゃないですか。

 タイムズスクウェアは夜の街だ。売春や怪しげな店も多い。
そこで起きた殺人事件のあらましは、私は明日の新聞で知るが、
できる夫の語るよう、通行人のひとりの首が切り落とされたという。

 NY市警の調査では剣のような鋭利な武器を使った殺人だとできる夫は話し、
ニッポンという国の魔剣はなんらかの自然現象が、後世に脚色されて伝わった
ものではないか、と自信満々に力説した。

 人の手を借りずに鞘から飛び出す剣、そんな武器があるというのか。
私は興味を持って、一族の書庫に答えを求めたが、極東の知られざる地の
名も知れぬひとふりの武具に関して記す書物を見つけるには至らなかった。

 だが10代を重ねて、些細な疑問を明かせぬ程、我がビップ家は惨めな魔術師ではない。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 00:57:17.37 ID:I1Z6pX9g0<>
 私は人目を避ける術の助けを借り、市警の死体安置所に滑り込んだ。
革包から取り出した青紫の小瓶に溜め込んだ粉を手のひらに乗せたハンカチに広げる。

 ポーカス・ホーカスと唱えて吸い込まないように吹きかけると、私の求める死体を示した。

 死体の前に立ち、私はしるべの役目を果たす褐色の光を生じた粉に、再び呪文を唱えて瓶に戻す。
諸兄に断りを入れることが許されるならば、これは吝嗇のためでなく、証拠の抹消のためなり。

 次にポーカス・ホーカスと唱えて死体が最後に見た光景を、死体自身の瞳より取り出す術を試した。
死体の目が開かれ、つぶさに最後の光景が映し出される。男はあたりの女を物色しているようで、
いそがしく風景が乱れていたが、何かの姿を認めて、はたと向きを変えて走り出したらしい。

 続く瞬間に男の視線は地に落ち、次第に明るさを失った。

 私は男が最後に何を見て逃げ出したのか知りたかったが、人ごみに紛れ
男の首を切り落とした犯人の姿を見つけることはできなかった。

 だが、男は自分の首がなぜ狙われ、どのように落とされるのか、知っていたようだ。
つまり宙を舞う魔剣とその使い手を、だ。

 東洋の伝承に示された武器か、それに準ずる現象を引き起こす術を使う魔術師と見た私は
その夜は満足して、自宅に戻った。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 00:57:51.76 ID:I1Z6pX9g0<>
 しばらく私は本職の貿易商として忙しく働いた。
いささか生活に余裕を得た私は、ニッポンという国の様々な品物を取り寄せて、
幾らかを売り、気に留めた品だけは売らずに自宅に飾ることにした。

 そこで私はインスマスやプロヴィデンスで木乃伊やら魔術にまつわる品々を
海外から買い集める魔術師の噂を聞き、魔術師協会も手を焼く
ウィルマース・ファウンデーション
《 対 邪 神 組 織 》という結社があることを思い出した。

 根源や魔術師としての研究に一切、興味を見出さない連中で、外宇宙の蕃神や
彼らや彼等の眷属を信奉する教団や秘密結社との抗争に明け暮れているという。

 彼等の幹部のひとりが極東のニッポンの「フユキ」で行なわれた聖杯戦争を模し、
同じくニッポンの「イセ」と呼ばれる地で自分たちも聖杯をめぐる戦争を始めるつもりだという。

 聖杯戦争とは神の御子の聖遺物にして、それを持つ者に栄光をもたらすとされる聖杯をめぐり、
魔術師たちが決闘を行い、聖杯に相応しいひとりを選ぶ大掛かりな儀式であるという。

 「イセ」はニッポンの都市のなかでも古い縁起を持つ地である。
「イ(伊)」は杖を持った老人の姿を示す彼等の文字、漢字の一字であり、
その意味は「部族の長老」を意味するという。「セ(勢)」は勢いであるとか、繁栄を意味する文字であり、
おそらく2字を合せて「王の繁栄」を意味する名と言える。

 多くの諸侯や僧侶たちが求めた聖杯を争うに、相応しい名の都市といえるだろう。と私はひとり合点した。
だが調べを進めるうち、イセという都市がニッポンの主要な民族、アマ族の呪術的根拠に依ることを見つけた。

 アマ族はニッポンの古代の民族であり、その後、ほかの民族を集合してヤマトを号した。
彼らは海と太陽の神であり、同時に巫女、しかも神官というより魔術師に近い、性格を持つ
アマテラスという彼等の神を祀る地として、イセを選んだ。

 イセはヤマト族の勢力、古代の王国の東端に位置する紀伊半島の先にあり、
彼らの呪術で祖先の神を東の端に祀ることで国家が安寧すると信じたからだという。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 00:58:23.16 ID:I1Z6pX9g0<>
 私は一族の書庫からは、この極東の地にまつわる文献がなかったため、
比較的信頼できる知人の魔術師に頼み込んで書庫を開放してもらっていた。

 どうしてこんな辺境の島国に関する文献を揃えたんだ。と私は真紅に訪ねた。
彼女は私と違い、せいぜい200年しか続いていないが、隆盛を誇る家系である。

 ひそかに私は彼女を、できれば彼女との間に子孫を儲けて、せめて家名に誉れを、
などと臆面もなく考えているのだが、彼女は承知しないであろう。常識的に考えて。

 芸術にはあいかわらず興味がないようね。と真紅はつんけんな態度だ。

 19世紀、欧州では中国や亜細亜の文化が人気を博し、様々な美術品や工芸品が
もてはやされジャポニズムやアール・ヌーヴォといってホイッスラーやラ・トゥールなどの芸術家が
影響を受けたり、美術品を自ら収蔵していたという。

 真紅の先代もジャポニズムに傾倒した魔術師であり、漢字の辞典や研究を重ね、
魔術礼装や呪文に日本語を取り入れようとか、かなり無理をしていたらしい。

 なあ、俺たちもその聖杯戦争に咬んでみないか。と私は切り出した。

 別に構わないのだわ。お互いどちらかといえば文筆家を目指すような魔術師じゃないし、
ビップ家としては”ノヴァラの裏切り”で被った汚名を雪ぐ、いい機会じゃないかしら。

 真紅は軽々とその言葉を口にしてから、私の顔を見て、すぐに謝罪してくれた。

 そう、あの事件は歴史の教科書に残るほど、我がビップ家に痛手を残した事件なのだ。
それほど魔術師としては名高くないビップだが、俗人としては不名誉ながら歴史に名を残させてもらっている。

 だが確かに元はビップも貴族だ。戦ってこそ貴き家系に名を記した末裔としての誉れも立つ。
真紅、俺とで良ければニッポンに渡って欲しい。と私は思い切って彼女の手を取った。

 声が見事に上ずって、情けなく滑べらせた手は彼女の指の先だけを握っていた。
それでも彼女は、貴方が何かを成し遂げるとしたら、私以外と、なんて有り得ない。と言ってくれた。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 00:58:49.60 ID:I1Z6pX9g0<>
 会社の共同経営者や信頼できる友人たちに仕事を委ね、人に自慢するような友人ではないが
憎ったらしいできる夫に別れを告げようと彼の家を訪ねた。

 ランプの炎が勢い良く虫を落とす。
私は手に持ったランプを消し、彼の家の戸を叩いた。

 すぐに真紅が顔を潜め、腕をまくると魔術礼装である荊棘を操って家の周囲を調べさせた。
私も小瓶を取り出すと真紅の後ろに向かって勢い良く叩きつける。

 忽ち紫の煙が立ち込め、私たちを包み込んだ。
これは時間を操作する魔術礼装であり、煙の中と外では時間の流れは変わる。

 今、煙は風下に向けて時間を戻し、風上に向けては時を急がせた。
私は目を凝らし、敵の気配を探ったが、煙が晴れるまで何者も私たちを襲うことはなかった。

 警戒を絶やさずできる夫の家に上がると、激しく荒らされた様子である。
不自然に斧か鉈が引っ掻き回したような跡が残り、手当り次第にモノが壊れている。

 これを見るのだわ。と真紅は驚きを抑えた声で指差した。

 それの意味する所を、ふたりは理解できなかった。
それは壁に空いた穴であるが、何度も斧が傷つけたような様子で、隣の部屋まで穿たれている。

 よく見れば犯人はまるで獲物を一度も手放さず家捜しした様子で、引き抜かれた引き出しや
タンスやドアには全て大きな刃物を差し込んで、そのまま扱ったらしい形跡が残されている。

 例のひとりでに動く剣の伝承は本当らしいな。と私は真紅にこれまで調べた話と
できる夫が話していたニッポンの魔剣について説明して聞かせた。

 彼女もその魔剣の伝承はまるで心当たりがないらしく、じゃあ、これはその魔剣が、
自分で家捜ししたとでも言うの?と半信半疑の様子である。

 確かに剣が自分を探る人間について追跡し、その存在を消そうとするなんてことがあるだろうか。

 しまった!ならば、急ごう!!と私は真紅を急かせる。

 不幸中の幸いか、できる夫の死体がここになければ、魔剣はできる夫を探しているはずだ。
私はしるべの役となる粉を吹き出して、求める魔剣の姿を答えさせた。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 00:59:17.32 ID:I1Z6pX9g0<>
 褐色の光となった粉は私たちをミッドタウンに誘い出した。
タイムズスクウェアか!と私はうめき声をあげた。

 あんな繁華街で魔術を使っても大丈夫だろうか?
いやむしろ、あれだけの人出ならちょっとやそっとのことでは注目されないだろうと自分をなだめた。

 タイムズスクウェアはマンハッタン島でもっとも賑わいを見せるミッドタウンにある。
できる夫が記者魂にうなされて、事件を調べているとしたら魔剣の餌食になりかねない。

 今思えば、最初の犠牲者も魔剣が人を襲った所を見たのではないだろうか。
恐るべき執念である。魔剣は人から人へ、目撃者を次々に消していったのだと思うと背筋も凍る。

 まばゆい街灯に阻まれつつ、しるべの役を追って私と真紅はできる夫の姿を認めた。
血相を変えた私と、私と彼の普段の生活からは縁遠い深窓の令嬢、真紅を見るや、
何かよからぬ事件に巻き込まれたのではないかと私を案じて狼狽した。

 ビップさん、このお嬢さんは?いやいやこんな所にどうしてこんな女性を連れ込んだんですか!
事情があるなら私に相談してくれても良かったじゃありませんか。

 私はできる夫が、本当に私を心配してくれているのだと察して、これまでどこか彼が
私を落ちぶれた名族とばかにしているのではと疑っていたことを後悔した。

 しかし、私の考えを他所に敵は容赦しなかった。
突如、炎が繁華街を襲って、たちまち死臭が立ち込め、炎と煙に焼けた肉の匂いが紛れた。

 できる夫は真っ青になり、真紅と私は目を見合わせた。
正気とは思えない。魔術協会が知れば、大騒ぎになってしまうだろう!

 それでもすかさず真紅は荊棘に命じて私とできる夫と自分をビルヂングの谷間に隠した。
幾重にも伸びる荊棘がビルヂングとの間に梯を作り、私たちはぐったりしたできる夫を
伴って、ひとつのビルヂングの屋上に移った。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 00:59:46.00 ID:I1Z6pX9g0<>
 今度は霧が立ち込め、鋼の研ぎ澄まされた剣が姿をくらませながら私たちを狙うのを感じた。
時にけたたましい音と共に、それらしい姿が目をよぎるのが恐怖を募らせた。

 私は時を操る煙を封じた瓶を使って剣を防ごうと試みた。
魔剣は、伝説通り意思があるらしく、私の魔術に攻撃をためらって旋回を続けたが、
しびれを切らしたように煙の中に飛び込んだ。

 ポーカス・ホーカスの声と共に煙は一層、あたりの風景を狂わせた。
急いで空に吸い込まれていく火の粉、今日の夕焼けを取り戻す空、そしてほぼ静止する大剣が姿を現した。

 刀身だけでも1mを超える大剣だった。真昼の太陽を写し取った白銀の刃と
黒々と闇をたたえた分厚い鎬、精緻な唐草と獣たちの細工を施したこしらえ、
どんな霊獣の毛皮から作られたのか、妖しく美しい飾り布が柄に巻かれている。

 神々しさすら感じる中に、まるで悪魔がそれらしく取り澄ましたような邪悪さが、魔剣にはあった。
事実、この魔剣は無関係な人々を平気で巻き込み、自分の犯行を探る人間を付け狙っている。

 私はすかさず、一種の使い魔が嫌う粉を魔剣にふりかけた。
すると魔剣はのたうって私たちの前から姿を消した。

 明日の朝日と昨日の南天を、時を狂わせる煙が写す。
私が呪文を唱えると元の夜空が戻って、青白い月が顔を出した。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 01:00:15.81 ID:I1Z6pX9g0<>
 本当に剣がひとりでに私たちをねらったのだわ。と真紅はつぶやいた。

 今のを僕に説明してくださいますよね。とできる夫はいつもの通りになって、
私と真紅の後ろでペンとメモ帳を構えて待っていた。
さっきまでの死にそうな様子とはうって変わって活き活きとした目で訴えかける。

 さあ、僕にわかるように、誤魔化せば為になりませんぞ。と被せを効かせる。
真紅は呆れ顔で私を見て、私も、やれやれ、とにかく、ここを離れよう。とだけ答えると。

 今度は階段からお願いします。二度とあんな思いはこりごりです。とできる夫は
真紅の荊棘を指差していった。

 数日の航海を経て、我々はニッポンに辿りついた。
数年前、フユキでの聖杯戦争は失敗したらしく、聖堂教会や魔術師協会が監視に乗り出すというので、
例の《対邪神組織》は邪魔されまいと手を尽くしているらしい。

 彼等の手となる魔術師やその助手たちがニッポンのあちこちで海外から渡ってきた魔術師を
監視し、付け狙っているというので、私はまず言葉を理解できるようになる油と
しるべの役となる粉の小瓶をそれぞれ真紅とできる夫に渡した。

 どうしてもポーカス・ホーカスと唱えなきゃいけないのかしら。と真紅は不機嫌につっかかる。

 ポーカス・ホーカスとは「インチキ」という意味だが、俺はこの響きを気に入っている。
それに、この一言で自由に魔術礼装を操れるのは、個人的には発明だと思っているぐらいだ。

 では、まず遠坂家や間桐家を尋ねる、というのはどうでしょう。とできる夫。

 伊勢の聖杯戦争がフユキのそれを模した物ならば、事前の情報を当事者から
得られるのではないかという意見だったが、私は遠坂とかいうニッポン人の、
しかも新しすぎる魔術師の家系というのが気にかかった。

 間桐ことマキリやアインツベルンはその名を魔術に関わるものなら聞いたこともある名家だったが、
あまり評判は良くなく、遠坂というのはこれまで聞いたことがなかった。

 つまるところ、私は得体の知れない連中が組んで、こんな辺鄙な島国でこそこそと
儀式を執り行う、この聖杯戦争の「始まりの御三家」は信用ならないときっぱり決めつけた。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 01:00:48.80 ID:I1Z6pX9g0<>
 真紅も同意見だった。アインツベルンは錬金術の研究に逞しいが、当主がホムンクルスであったり、
間桐も何代も同じ人物が実質上の当主を務めていると聞き、まともな連中ではない。

 失礼したが、このような気風がアメリカ人の魔術師には恥ずかしながら往々にあるものだ。
ヨーロッパへのひがみとでもいうのだろうか、古いことをことさら自慢する連中や、
自分たちを貧しい移民と憐れむ連中の顔が、どうしても浮かんでしまうのである。

 しかし、今の我々は全く聖杯戦争がどんな儀式なのかさえ知らないままだった。
それにもまして、私たちは伊勢に向かわなくてはならないが道が分からなかった。

 しるべの役となる粉で探すには余りに荷が重すぎる。
そこで私は貿易の仕事で付き合っているニッポンの商家を訪ねることにした。

 商売の相手と一度も顔を合わせないのも礼を失するだろうと思うので、
是非とも今度、ニッポンでお会いしたいと約束を交わしていたのである。

 待ち合わせの水茶屋で会合した《詠鳥庵》の主、蒔寺氏は健康的な褐色の肌をした、
ニッポン人とは思えない健康な体つきの壮年の紳士だった。

 蒔寺氏は私が”関西弁”で話すことに驚いたらしく、言葉を操る油の失敗ではないかと疑ったが
氏の忙しい早口に付き合ううちに、言葉の不安は消え去っていた。

 ニッポンは年の初め、3月に「昭和恐慌」と呼ばれる大不況に喘いでおり、
先の23年には「関東大地震」が起こって、世界大戦の好景気がすっかり冷え込んでしまった。

 何より皇帝である大正天皇が去年に崩御したあとであり、時代に不吉な予感を感じる
ニッポン人は少なくなかったのだ。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/29(水) 01:01:14.44 ID:I1Z6pX9g0<>
 蒔寺氏は高級なニッポン伝統の服飾着を扱う商家で、景気が悪くなると
扱う商品が値の貼る物であるだけに、非常に苦心しているのだという。

 アメリカにも不景気の余波が来ていない訳ではなかったが、この小さな島国ほど危機的な状況ではなない。
私は心許し程度の挨拶で済ませるつもりだったが、今以上の取引をさせて欲しいと切り出した。

 蒔寺氏は大いに喜んで、できれば何かお礼がしたい、と何度も持ちかけた。

 そこで私が伊勢の名前を出すと、「お伊勢詣で」と氏は膝を打って気前よく路銀まで恵んでくれるという。
どうやら伊勢というのはニッポン人にして、ローマかエルサレムのようなところらしく、
参拝する人には施しを与えるのが習わしなのだという。

 最後に、氏は遠いところから訪ねてきてくれた私に、とひとつの包みを持たせてくれた。
慇懃な氏に拙い語彙から言葉を選んで礼をのべると包みを開けた。

 この時、蒔寺氏はぎょっとしたように私の顔を覗き込んだ。
この時まで私は知りようがないのだが、ニッポン人にとり貰った物を相手の前で開けることは
失礼なことであるらしく、アメリカ人のように品定めして、感嘆するのは好ましからざる行為のようだ。

 包みの中身は古めかしい亜細亜の彫刻品で、ニッポンの物ではないようだった。
氏の話では、東南の島国から取り寄せた珍しい品物であるという。

 蒔寺氏も、アメリカの貿易商と取引を始めたのもこういった珍しい品を集めたいというのが本音らしい。
氏は自宅にある鉄のタブレットや黄金の装飾品、不思議な円筒のシリンダーなどの珍品を
いつか私に見せたいと言って名残を惜しみながら別れた。

 大阪に宿を取った私たちは小柄なニッポン人の注目を浴びつつ、二部屋に別れた。
できる夫と私は同じ部屋に入ると、すかさず魔術的な処理を部屋中に施した。

 《対邪神組織》やふたつの”きょうかい”が、目立つ我々に穏やかでない挨拶を試みてくる可能性を
常に私と真紅は想定して行動してきた。このホテルも、霊的、地勢から見て、籠城向きだ。

 明日には伊勢を目指す。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2012/08/29(水) 21:00:09.57 ID:PTiQTTpI0<> まさかのやる夫でシリアスだと…? <> ◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:25:37.72 ID:K8r29XpB0<> 何してんだ、俺は。
取り敢えず続けてみます。 <>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:29:10.98 ID:K8r29XpB0<>
 やらない夫・ビップはドイツ系アメリカ人で、同じドイツ系移民の子孫たちと共同経営で貿易商を営んでいる。
真面目で堅実な男で、商売仲間からの信頼は厚いが、どこか人を遠ざける風がある。

 彼が「魔術師」という自然法則とはかけ離れた技術、文明体系に属する人だと知ったのは
ほんの1週間前である。

 私、できる夫・パーソクはNYタイムズの記者で、彼と知り合ったのはやはり殺人事件がらみであった。
裕福な企業家や銀行員を狙う強盗殺人で、私は被害にあった貿易商の知人として
やらない夫に取材を申し入れた。

 彼は独立戦争より前の東海岸入植時代に起源を遡る古い移民の家系の出であり、
いまさら教えられたことには、彼の一族が実は10代続く魔術師だという。

 10代も続いた魔術師の家系は彼らの世界でも珍しく、普通は畏敬を抱かれるような存在だが、
ビップ家は鳴かず飛ばずの状態がつづく、冴えない家柄であるということだ。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:30:34.30 ID:K8r29XpB0<>
 彼が得意とする魔術は調合した粉や油などを使った術であり、これらは「魔術礼装」と呼ぶ
魔術師の道具のなかでも極めて地味なものばかりだ。

 しかも魔術の品でありながら、複数の粉や油を混ぜ合わせたり、温度や空気との反応を利用する性質を持った
”科学的”なエッセンスを多分に含んでおり、ほかの魔術師とは異なるアプローチを試みている。

 またさらに多くの魔術師は根源と呼ばれる世界の構造に関わる事象の観測や研究に
埋没する中、彼の家系は極めて俗っぽい研究に打ち込んできたらしい。

 元を正せばビップ家は貴族であり、その関心は当然、権力や財産になった。
彼の魔術礼装も、鉱脈を探したり、火薬や新しい発明を作るためのものだったらしい。

 ところが魔術を利用した品々が出回ることを快く思わなかったのが「魔術協会」と呼ばれる
彼ら魔術師の秘密を守り、その存在が世間の目に知られないように行動する組織だった。

 ビップ家の魔法を利用した薬品はことごとく流通を禁じられ、
破産寸前に追いこまれた祖先は、逃げるように新大陸に渡ったという。

 しかしそこでもあの「セイラムの魔女事件」に代表されるような協会の魔手が
新大陸にも伸びてきて、アメリカに渡った魔術師たちはすぐに魔術の秘匿を強いられていった。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:31:41.17 ID:K8r29XpB0<>
 それでもアメリカ魔術師は古いしがらみを嫌い、いまだに魔術協会に従わない者が
NYやボストンで息を潜め、古い因習と権力にしがみついた彼らを怨嗟しているという。

 とくにその協会の本部がイギリスにあることは、私もアメリカ人としては気に入らない。

 いつも欧州の連中は私たち、アメリカ人の新しい試みを邪魔する。
古いだけで威張り散らす彼らが勝手に自分たちのやり口を押し付けてくるのは我慢できない。

 記者として、魔術協会を告発してやりたい気持ちもあったが、NYタイムズに魔術協会の
殺し屋たちが物騒なお礼を届けてくるのでは堪らないとあきらめた。

 今は20世紀だというのに、魔術師に新世紀って言葉はないんですかね。と私は嘆いた。
新聞は毎日欠かさず、日付を書いているというのに。

 やらない夫は苦笑して、日付を気にする魔術師はいないだろ。と答えた。
時計塔の院長なんか、いったいどれだけ生きてるのか知らん。

 魔術師は様々な方法で延命や若返りを望んだ。ただし我々のように有意義に
余生を楽しむためでなく、彼らの一文にもならない研究を進めるためだという。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:32:11.83 ID:K8r29XpB0<>
 伊勢は日本の紀伊半島の先端に位置する。
海と山に挟まれた凹地にあって伊勢平野というさほど広くない平地で人々は居住している。

 「神君伊賀越え」という日本の近世の有名な出来事では、いかに伊勢から
脱出するのが困難か、逆に伊勢に入り込んだ人間の痕跡を着けるのが難しいかを教えてくれる。

 私たちは山や谷をいくつか踏み越えて、ようやく人里に出た。
伊勢は海に面した都市であり、あちこちに港があって、沸き返る魚の匂いが鼻をつく。

 私は仕事柄、いろいろな所に足繁く通うので、歩きは得意だし、道には自信がある。
しかし、真紅嬢は慣れない土地と見慣れない出来事に圧倒されている。

 真紅・ローゼン嬢は4代を数える新興の家柄だが、アメリカ魔術界では知らぬモノのいない俊英の一族である。

 彼女も古臭い欧州の魔術師と違い、根源や無為な延命よりも、商売や楽しい時間のために
魔術を能(よ)くする。服飾業を営み、デザイナーとしても名声を得ている。

 得意とするのは荊棘を使った魔術であり、主に護衛や戦闘に使う。
もともと裕福な商人だったローゼンの初代は、物騒な新大陸での護衛に魔術を習得したという。

 インディアンやカウボーイと戦ったり、米墨戦争に巻き込まれてメキシコ兵から
商品や店を守る為に戦って、魔術協会から送り込まれた殺し屋とも決闘した目覚しい家系であるという。

 そんな彼女でさえ、極東の地の新しい光景には飽きさせぬ体験が満ちている。

 いったい、並みの魔術師は何を楽しみに生きているのだろう。
彼らは自分たちの研究を人に明かすことなく、隠者のようにうずくまって生きている。

 ちなみに世界の根源といえば、近々、「ビックバン」という宇宙誕生に関する新しい学説が
天文学者のルメートル氏によって示されたらしい。魔術師よ、世界はお前たちを知らない。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:32:39.84 ID:K8r29XpB0<>
 そんな連中が聖杯をめぐって争うというのはどういった心境の変化だろうか。

 100年ほど前の1800年ごろ、この極東の地に3つの魔術師の家系が集結した。
彼らの言うところの「始まりの御三家」、遠坂、間桐、アインツベルンの三氏である。

 三氏は大掛かりな魔術によって、どんな願いも叶えるという聖杯を作ろうとした。
そのためには相応しい人間を選ぶ、決闘をしなければならないのだという。

 それが聖杯戦争なのだが、私たちはそれが具体的にどういうものなのかさえ知らない。

 さて、ホテルの従業員たちは遠いアメリカの来客に慌てており、我々の口に合うような
料理がどういったものか、目を白黒させながら私に訪ねてきた。

 真紅嬢は日本人の考える格式ある料理が、すでに新鮮な魚のスライスしかない、と憔悴しきっており、
いっそ近場のパン屋を訪ねて、売れ残りでもいいからお腹いっぱい食べたいの、とうなった。

 できる夫はといえば、真剣に魔術師同士の決闘について考え込んでいた。
前述した通り、よほどのことでもない限り魔術師が他の魔術師と接触することはない。

 しかもそれが戦いに発展することは、極めて考えずらいできごとだという。

 まあ、考えても仕方ないじゃないですか。それよりも腹ごしらえしませんか。と私が切り出すと。
空腹を思い出したように、そうか。とだけ答えてから立ち上がって部屋の隅に向かった。

 慣れない土地での行動に、支障を来たしているのは俺たちだけじゃないはずだよな。とやらない夫。

 それはそうに決まってるのだわ。と真紅嬢。
日本人はどこに行っても私たちを物珍しく見物したがるし、言葉だって通じないハズなのだわ。

 そうだ。私たちはやらない夫の薬で言葉は話せるし、漢字も読めますが、
他の魔術師たちは相当、骨を折っているんじゃありませんか。と私も意見を重ねた。

 しかしそこでやらない夫は、暗示をかければ難しくはないさ。と苦笑した。
むしろ、こんなことで魔術礼装を使うほうが、よっぽど魔術師としては不出来なことだろうよ。

 そういって彼は恥じたが、私は、それは違います。と反論した。
だって、私のような人間でも扱える便利な道具が、物分りの悪い連中のせいで使えないなんて、
今になって思えば、腹の立つことじゃありませんか!

 便利なことに魔術に関する会話は英語で話せば、魔術の秘密を守ることに関しては
この聖杯戦争は問題なさそうだ。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:35:56.43 ID:K8r29XpB0<>
 そうこうしていると危険を知らせる水が小瓶の中で青白く光り始めた。
近くに誰かを害しようという意思を持った人間の存在を知らせる魔術礼装だ。

 道中、魚をさばく料理人に反応して、やらない夫はすっかりこの魔術礼装への自信を失っており、
真紅嬢もそれほど気に止めずに、どうせなら牛でもさばいてくれないのかしら、と私に向き直った。

 私も、そうですよね。と談笑していると軍人然とした男たちが部屋の戸を開けて姿を見せた。
身なりからして、大日本帝国の軍警察(憲兵)とは違うようすで、流暢な英語を操った。

 魔術か。とやらない夫はすぐに身構えたが、軍人はそこですかさず抵抗をやめるよう促してきた。

 異国のひとよ。神の御子の杯を争う儀式に加わる由(よし)ならば、我々に同行されたい。と男は言った。

 男は大佐の階級にあることを示す軍服を身にまとう上から、漆黒の外套を袖に腕を通さず羽織っていた。
その所作はぞっとするほど非人間的で、規律正しい動きというのだろうか、
体のそれぞれが別の生き物のように無様に働くようすが嫌悪感を覚えさせていた。

 沈黙を保つ我々に、男は名乗った。私は帝国陸軍所属、阿部高和大佐である。
我々に従ってもらおう。

 自由を奪われた我々は、彼らが管理する施設に運ばれた。
阿部大佐は相変わらず不自然な動きで我々の前に立つと、右腕のアザを見せた。

 これは聖杯戦争に参加する魔術師であることを証する印、「令呪」だ。
と阿部大佐はやや自慢するような調子で説明した。

 貴様ら、毛唐の野蛮人が我が神州で許しも得ずに怪しげな儀式をできるとお思いか?
俺たちは間抜けか、この目は節穴にあらざるぞ。我が帝国軍、大本営はこの聖杯戦争で
万能の願望機たる神の御子の杯を、天皇陛下に奉じることを、俺に命じられたのだ。と大佐は続けた。

 ご大層なことだな。とやらない夫はあざけった。
ヨーロッパ人の真似事は似合わぬ服装だけにしておけ。みっともない。

 我々が身の丈に合わぬ装いをしているのは、そちらに合わせたからだ。と大佐。

 だが合わせられぬ道理もある。魔術協会や聖堂教会、貴様ら毛唐が魔術の秘匿を
案じる由も解せぬ訳はないが、残念だが、ここは俺達の国だ。

 聖杯は神の御子のものだ。あんたらには関係ないだろ。とやらない夫。

 すべては心次第。我が大和民族は世界に冠する運命を背負う人種ぞ。
キリスト教も、飲み込んでくれよう。と大佐は大笑いした。

 この時ばかりは無生物的だった大佐が、息を吹き込まれたように感じられて、
私はその様子から、彼が西洋に過敏にコンプレックスを感じている、と分かった。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:36:38.25 ID:K8r29XpB0<>
 この折を見計らって、給仕らしい若い軍人が紅茶を運んで入室した。
大佐は毒見役を給仕に命じると、若い軍人が口を運んだ器に、そのまま自分も口をつけた。

 好色な眼差しを感じた若い軍人は立ち去るように部屋を辞すと、大佐は
意味ありげな笑いをドアの向こう側に送った。

 では、ビップといったか。聖杯戦争に参加する資格すらない貴様に、俺が
聖杯戦争がどういったものであるかを講じてやらんでもない。と大佐は切り出した。

 もっとも貴様には我が帝国の勝利のために働いてもらうつもりでいる。
大佐は「令呪」を指でなぞりながら目線を一度、手の甲に移し、再びやらない夫に戻した。

 「令呪」はどうやって得た。とやらない夫が臆せず詰め寄ると大佐は
これは聖杯が自分を求め、競うに相応しい人間にもたらす物。
これを得られぬ貴様には、そもそもこの競い合いに加わる資格はないのだ。と冷笑した。

 道理を履き違えるなよ、ビップ。大佐はおもむろに立ち上がると威圧するように
まず私の背後に立ち、選択の余地はないのだ。と囁いた。

 次に真紅嬢の背後に回ると髪を遊ばせ、貴様らは俺に従わなければ、
この日本から生きて出ることすらできぬと、それすら思いもつかぬ愚物のようだな。と言い放った。

 外交問題になるのだわ!と真紅嬢は髪を遊ぶ大佐の手を払って怒号した。

 我が大日本帝国はアメリカなど恐れぬ。と大佐は真紅嬢に言い返しながら立ち位置を変え、
窓際に寄りかかってやらない夫を見下ろすようにしばらくうち黙った。

 そして、なあ、やらない夫。意地を張る時を謝れば、失うものは多いぞ。と脅しをかけた。

 聖人にあらねば、清貧に甘んじる理由もなかろう?報酬が欲しければくれてやろう。
望むならば言って聞こえさせよ。何せ、我が国は万能の願望機を手に入れるのだ。
分かち合うことも考えるさ。

 大佐はひるがえって温厚な様子で語りつつ、自分の椅子に戻る。
しかし、椅子は情けなく倒れ、大佐はボロの上に崩れ去った。

 あんた、魔術師じゃないだろ。とやらない夫は口の端を持ち上げた。
真紅嬢も吹き出して笑い、大佐は自分が仰向けに倒れている理由を悟った。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:39:26.32 ID:K8r29XpB0<>
 起き上がった大佐は激昂したが、すぐに平静を装いつつ、やらない夫に迫った。

 熱気冷めやらぬ大佐は言葉を失い、代わってやらない夫から先に
しかし、万能の願望機とはどういうことだ。聖杯は願いを叶えるとでも?と切り出した。

 そうだ。聖杯はどんな願いも叶える。と大佐は震える口を尖らせて答えた。

 誰も聖杯を手にしたことはないはずだ。とやらない夫が返し、
真紅嬢も、今回の伊勢の地の聖杯戦争は《対邪神組織》が目論んだ物に過ぎないのだわ。
彼らの目的は外宇宙の敵性と戦うこと。そのためには手段を選ばないと聞くわ。と続けた。

 大佐、彼らの目的を知っている?真紅嬢の言葉に大佐は応じる。
無論、この件の仔細は私が調べ上げさせている。《対邪神組織》に関してもな。

 疑問に答えよう。と大佐。
                                  サーヴァント
まず聖杯戦争における聖杯の信ぴょう性は七騎の「使い魔」によって示されている。
「使い魔」は本来、低俗な霊を降霊術によって召喚、使役するものだが、
聖杯戦争のそれは、格が違う。伝説や神話に歌われた英霊たちを呼び出すことができるのだ。

 聖杯は己の存在を立証するとともに、七人の選んだマスターに七騎の英霊を「使い魔」として与える。
英霊を召喚し、使役するなど魔術師の力では及ばぬ技であることは理解できるだろう?

 それだけで聖杯を信じろと?とやらない夫は引き下がらなかったが大佐は意に介さず、
いずれにせよ、人知を超えた力を我が軍が得られる好機だ。と答えた。

 そして《対邪神組織》に対する回答でもあろう。と大佐は続けた。
確かに、魔術師ではない私には実感ができないが、英霊、神話に出てくるような存在を
自由に従える力があるとすれば、競い争う動機には十分のはずだ。

 仮にも一国の軍隊が得体の知れない物を争うの?と真紅嬢

 得体が知れぬとは、魔術師らしくない発言だ。と大佐。
俺は魔術師ではないが、この力を認めよう。それに20世紀、我々人類の常識は、尽く破られ続けている。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:41:04.70 ID:K8r29XpB0<>
 大佐の言葉はあながち間違ってはいない。
それに魔術師たち、閉鎖的な世界の人間に常識を論じられたところで彼は引き下がらないだろう。

 待ってください阿部大佐。と私は意を決して大佐に詰め寄った。
大佐が魔術師ではないなら、どうして魔術師だけの聖杯戦争に参加できたのですか?

 聖杯の意思。とだけ答えて、大佐は私を相手にしなかった。

 ところがここでやらない夫の体に異変が生じた。
いきなり大声を上げて倒れると、右手を全身でかばうように床の上でのたうち回り始めたのだ。

 真紅嬢と私がやらない夫の容態を案じ、大佐に助けを求めようとすると、
大佐は自失しつつ、顔を青くしてやらない夫の様子を見守っていた。

 大佐と我々が呆然としているうちにやらない夫を襲った異変は止んだようで、
よろよろと立ち上がって、右手を省みると、大佐のアザと同じ幾何学的な紋章が生じていた。

 外では部屋の異変を察知して数名の兵士が躍り出た。

 ま、待て。と声を荒げて大佐は一旦、兵士たちを制した。
真紅嬢と私の背後にそれぞれ兵士が立ち、うずくまるやらない夫にも一人の兵士が拳銃を向けた。

 阿部大佐、これは一体。と兵士は狼狽え、しばらくして大佐はようやく言葉を見つけたように返した。

 ビップが「令呪」を授かったようだ。という言葉を聞くやいなや、兵士のひとりが発砲した。

 私と真紅嬢がやらない夫を確かめると、撃たれたと思ったやらない夫自身も無事を驚いているところだった。

 そして私たちの前に、やらない夫と兵士の間に、珍奇な格好をした東洋人が立っていた。
インクで黒く塗られた顔は、東洋のそれだと辛うじてわかる程度だったが、
小柄な体型や身にまとう黒い衣装は、中国人の漢服に似ていたように感じられた。

 男は兵士の腕を握り、拳銃の先を反らせやらない夫を守っていた。
大佐は男に、アサシン、よくやった。と声をかけると、黒塗りの男は淡々とした調子で、
お前も死なせるには惜しい。ととっさに拳銃を撃った兵士の判断を認めつつ姿を消した。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 18:42:33.97 ID:K8r29XpB0<>
 あれが「使い魔」。と真紅嬢は素直に驚いた。
 アサシンクラス
「暗殺者の座」を得て、現界した俺の「使い魔」だ。と大佐は真紅嬢の驚きに答えた。

 英霊たちは七騎、それぞれ特徴を備えた座を得て現界する。
これはそれぞれの特性が争いに、駆け引きの妙を含ませるための差配らしい。と大佐は付け加えた。

 而して、俺の話を信じる気になったか、七人目のマスターよ。と大佐はやらない夫に声をかける。
いまだ痛みと生死の境をさまようやらない夫は、ようやく大佐の姿を捉えて立ち上がった。

 命を助けられた礼はしなきゃならんな。とやらない夫。
10代にわたって何の実績もない我がビップ家を慰める程度の財産は、約束できるんだろうな?

 阿部大佐は我々を地下に用意された、魔術師の工房に通した。
そこには、ようやく私が見た魔術らしい光景で、魔法陣とさまざまな機器が配置されていた。

 英霊の召喚を執り行う用意はできている、ってか。とやらない夫が大佐に投げかけると、
貴様のためではない。俺の部下が使ったものがそのままにされていただけだ。と答えた。

 ここで物陰から小柄な女性が大佐に駆け寄って、断りなく立ち入ったことに抗議している様子だったが
大佐は気に止めることなく話を進める。

 呪文を唱えれば英霊は召喚される。驚く程に簡単だぞ。殆どは聖杯の助けによって儀式は進む。

 大佐に促されるまま、やらない夫は魔法陣の中央に進み出ると呪文を唱え始めた。
いきなり腹を殴られたような空気の振動と、爆弾が破裂するような衝撃が部屋中を駆け抜ける中、
光だけが強まって私たちの視界を完全に奪い去る一瞬、次の瞬間に暗転した。

 目を凝らすと、そこには不格好な青年が立っていた。
しばらく辺りを見渡してから、問おう、どちらがやる夫のマスターですかお?と大佐とやらない夫に声をかけた。

 すぐに右腕の「令呪」を示してやらない夫が、俺だ。と答えると青年が向き直って答えた。

 やる夫がキャスターですお。
          キャスタークラス
青年は自らを魔術師の座の英霊であると宣言した。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/30(木) 19:10:51.02 ID:C7QmheMno<> やる夫主人公なのにAAすれじゃないとはこれ如何に <>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/08/30(木) 20:04:26.72 ID:K8r29XpB0<> >>25
英霊たちに相応しいAAを配役するよりも、
私自身の手で英霊たちを描きたいが故 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/30(木) 20:05:34.80 ID:45nDO7jRo<> アメリカ魔術師の設定が面白いな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/30(木) 20:24:30.61 ID:JMmzs4pFo<> AAスレかと思ったが違うのね

でもそれを抜きにしても面白いと思う <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2012/08/31(金) 13:17:18.91 ID:wuFz2SqO0<> 日本帝国ってことはこれ三次か? <> ◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/01(土) 18:37:08.86 ID:MSLZveD70<> >>27
原作では魔術協会があの世界の魔術師の全て、みたいに描かれ勝ちに思えたので
ほかの生き方をしてる魔術師もいるんだぞ、っと。

>>28
悪しからず。

>>29
第三次聖杯戦争は第2次大戦中に行なわれたと聞きます。
太平洋戦争は1941年ですから、このスレの1927年から見て、14年後です。
このスレで扱うのは冬木のそれではなく、伊勢市で行われます。

この時代に選定したのは、まずラブクラフトの小説「闇に囁くもの」で起こった事件、
外宇宙の敵性から人類が攻撃を受け、それに対抗する魔術師の組織が結成されたこと。
つまり、《対邪神組織》が結成されたのが1927年であるからです。

次に「昭和恐慌」が起こり、日本では政治不安が広がっていました。
先の世界大戦の余波もあって、軍部の動きが妖しい年代なのです。

冬木での聖杯戦争ではなく、伊勢市で行う理由は日本屈指の霊場であるから。
東京でやっても良かったのですが、人目を避けるのが大変そうなので。
あと、原作では禁止されている東洋の英霊を使いたかったからです。

やる夫も東洋の英霊であり、本来の聖杯戦争では召喚できません。
もっとも召喚されたとしても最弱の英霊でしょうが。 <>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:10:30.12 ID:7ShsGcqB0<>
致命的な誤りを発見。
他にもチラホラありますが、ご容認を。

>>19
【誤り】
 できる夫はといえば、真剣に魔術師同士の決闘について考え込んでいた。
前述した通り、よほどのことでもない限り魔術師が他の魔術師と接触することはない。

【修正】
 やらない夫はといえば、真剣に魔術師同士の決闘について考え込んでいた。
前述した通り、よほどのことでもない限り魔術師が他の魔術師と接触することはない。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:11:01.53 ID:7ShsGcqB0<>
  キャスタークラス
 「魔術師の座とは…、ハズレだな、ビップ」
そういって阿部は私の肩をたたくと、頬を寄せて私の肩ごしにやる夫を見つめた。

 「饅頭みたいな頭だ。」
阿部の言葉の意味する所をやる夫は悟ったらしく、酷く憤慨した。

 「聖杯から現代の知識は貰ってるんだお!」
やる夫の言うよう、彼ら「使い魔」は現界の際に、必要な知識を与えられて召喚されるらしい。
この時、私には理解できなかったが、あとで知ると饅頭とは日本の菓子のことらしい。
                             スキル
 「聖杯戦争において、使い魔たちは対魔翌力技倆を付与されて現界する。」
阿部は続けて、「つまり、貴様の攻撃は他の使い魔には通用しない。」とやる夫を馬鹿にした。

 怒ったやる夫が阿部に襲いかかろうとしたが、「やめろよ」と阿部に制され、
「マスターの命は保証せんぞ。俺の使い魔は暗殺者だ。」という言葉に凍りついた。

 「理解力があって結構。で、貴様の「真名(まな)」を明かしてもらおう。」
阿部は高圧的な態度でやる夫に迫った。

 「真名(しんめい)」とは英霊たちの本来の名前である。
英霊たちは、そのほとんどが伝承や神話、歴史上でどのように死んでいるかは広く知られている。
「座(クラス)」などというかりそめの姿を与えられているのは、その弱点を隠すためである。

 「いやだお!」とやる夫はうなったが、阿部は涼しげに自分の使い魔を呼び出した。
またもや音もなく姿を現したアサシンは真紅の背後に立つと、「こういうことになる」と言って真紅の胸を引き裂いた。

 阿部を含めた全員が、薄暗い地下室に広がる生臭い匂いに言葉を失う。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:12:12.21 ID:7ShsGcqB0<>
 「協力関係など必要ない。ここで[ピーーー]。」
そうアサシンはこの場の全員に言い放った。

 平然とした表情を崩さず、息を喘がせる真紅を抱え起こすアサシンに
阿部は「貴様、誰の命令で…」とアサシンを叱責しようと言葉を出しかけて、逆にアサシンに遮られた。

 「俺に意見するとは、偉くなったものだ。」
アサシンの様子は、どう考えても従順な下僕ではない。

 阿部は表情を崩さぬ使い魔と、すでに顔が青くなり始めた真紅を見合わせて、
まとまらぬ考えを置いて「下がれ!」とアサシンに右手の「令呪」を示して再び強い語勢で命令した。

 それでもアサシンは一向に構わないで、むしろ目線は真紅にあって、彼女を物珍しそうに眺めている。
「分かるか。俺の生まれた時代では、肌の白い女や、黒い男たちは王への珍しい貢ぎ物だった。」

 「王は俺に命じて、飽きた玩具を捨てるように、俺に始末を言いつけたものだ。」
声には出なかったが、狂っている、とアサシンの口が動いたように見えた。

 「二度と誰かに命令されたくはないと思ったが、何の因果か。面白い。」
アサシンはできる夫に向かって血まみれの真紅を投げ寄越すと姿を消した。

 次の瞬間、私の身体は数十mは後ろに飛びずさって、やる夫の足元にどっと倒れた。
「マスター!奴は正気のサーヴァントじゃないお!!」

 やる夫の言う通りだ。どうやらこいつは生前、よほど主従関係に苦心した様子だ。

 だがどんな理由があれ、自分を悲劇の主人公のように考え、浅慮な行動をとる
軽薄な”殺人鬼”に私は強い拒否感を認めた。

 再びアサシンが姿を見せる。サーヴァントは霊体化といって、霊体となることができる。
霊体は魔術師しか感知できないのだが、アサシンの姿が見つからないのは、霊体化が原因ではないようだ。

 完全に奴は気配を消しているだけでなく、その存在を周囲の人間の意識からくらませている。
奴が意識的に言葉を発する時以外、マスターの阿部を含め、誰も奴の姿を感知できないのだ。

 「阿部高和は、利用しようと招き入れた毛唐に返り討ちにあって息絶えた。」
アサシンは無表情のままに、どうだ、ありきたりな筋書きだろう。と吐き捨てるように言葉を投げた。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:14:54.13 ID:7ShsGcqB0<>
 できる夫はすでに真紅の血の匂いで吐きそうな顔で、一歩も動けそうにない。
阿部は引き抜いた拳銃を落とし、拾おうと身をかがめて腰の軍刀が邪魔してその場で倒れ、
冷たい床の上を赤ん坊のように這い回りながら、右往左往している。

 一方、真紅のはだけた胸の傷は荊棘によって縫い合わされ、
倒れたまま、彼女は反撃の機会を密かに伺っていることを私は確認すると、アサシンに対峙した。

 攻撃翌用の魔術礼装は手元にある。ビップの魔術礼装は、阿部大佐やほかの魔術師から見れば
何の変哲もない普通の雑貨に過ぎないよう擬態されているからだ。

 「やめるお!」というやる夫の忠告は遅かった。
沈黙を保ち、アサシンは完全に姿を消したのだ。いや、正確には気配を消した、というべきか。

 次の瞬間、「愚か者!」という声と共にアサシンの持つ短刀が私の目の前で停止する。
目を凝らせば、糸のようなものが幾重にもアサシンと、部屋中とを巡って、奴の体の自由を封じている。

 アサシンも私も、それが何かを理解できず、言葉すら失って立ちすくすしかなかった。
次の瞬間に、私とアサシンは糸を目で追う。伸びる先に、糸はやる夫の両手につながっている。

 やる夫が左手を上げるとアサシンは藁のように部屋の端にまで吹き飛び、
右手と共にやる夫の手前まで引き戻され、壮絶な左の正拳を受けて倒れた。

 鼻が折れ、ポテトサラダのように潰れた頭部からはおびただしい黒い血が流れ出した。
まさに一瞬だった。

 やる夫は同じ要領で、青くなったできる夫と真紅を拾い上げると
「さあ、皆でここを脱出するお!」というと、私たちの真上の天井は崩れ落ちた。

 落ちる瓦礫は吸い寄せられるように私たちを避けて床に落ちると、
まるで母親が子供を抱えるような優しい力で私たちは開いた穴から上の階へと運び上げられた。

 しかし異変に気づいた兵士たちが、次々にやる夫に襲いかかる。
やる夫はそれらを次々に相手取って行く。ある兵士は倒れる机に挟まれ、ある兵士は
蜘蛛の巣にかかった蝶のように中空に架けられたまま置き去りにされた。

 敵兵たちをいなしつつ、外に出るとやる夫は軽く右手で何かを呼ぶように手を振った。
すると駐車場に止まっていた黒塗りの車が私たちの目の前にひとりでに引き出された。

 「さあ、乗るお!」というとやる夫だけ車の天井に飛び乗って、ドアを開いて私たちを車内に招いた。
「そこは違うだろ!」と私がやる夫に言うが、「気にするなお!」とのこと。
そこが本来、乗るべき場所でないことは理解している様子だった。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:15:28.06 ID:7ShsGcqB0<>
 ともあれ、やる夫の活躍によって私たちは帝国陸軍の施設から脱出した。

 阿部は言っていながったが、マスターはサーヴァントのステータス、
能力を見ることができるらしいので、早速、やる夫のステータスを頭に思い浮かばせた。

 他のサーヴァントのステータスはアサシンしかまだ見ることはできないが、
はっきりいってやる夫はどう考えても、魔術師のサーヴァントとは思えないステータスだった。

 まず、筋力は「B+」に評価されている。これはサーヴァントではかなり高い値だろう。
常人の6倍の腕力らしく、さっきのアサシンの筋力は「D」となっている。

 次に敏捷は「A」で、アサシンが「B」。
暗殺を特技とし、あれだけ素早い動きをするアサシンより、やる夫は速いらしい。

 何より魔翌力、おそらく魔術師としての能力の高さを示す値だろうが、
これはなんと「E」、最低評価となっているのだ。

 「おい、やる夫。」と俺が運転しながら天井のやる夫に声をかけた。
運転中は話すんじゃないお!とやる夫は怒鳴ったが、私は気にせず続けた。

 「キャスターっていうのは魔術師だろ。お前はどこの時代の魔術師だ?」
そう私が尋ねるとやる夫は「やる夫は魔術師じゃないお!」と答えた。

 何!?と私が車を止めて降り、やる夫を見上げると
「やる夫は魔術師じゃない、”英雄”だお!」とたからかなポーズを決めていた。

 「なら真名を教えて頂戴。」
そう真紅に言われて、やる夫はかたくなに首を振った。

 「俺たちはマスターだぞ。教えてくれてもいいだろ。」
マスターの私が詰め寄って問うてもやる夫は明かそうとしない。

 どうやらよほど有名な英霊で、おそらくここ日本では、正体を明かされると困るようである。

 「だが、魔術師じゃない英霊が、どうして魔術師のサーヴァントとして現界したんだ。」
繰り返すが、英霊たちは召喚に応じた時点で聖杯戦争のシステムを理解している。
彼らは勝ち残ったマスターが聖杯を得た段階で、マスターと共に、自身の願いを叶えられるという。

 「世界最古の英雄だからだお。」
そうやる夫は答えた。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:16:00.43 ID:7ShsGcqB0<>
 その答えの意味するところが私や真紅にはにわかに理解し難かった。
しかし、それも理にかなっている。剣のサーヴァント「セイバー」、槍のサーヴァント「ランサー」、
弓や投射物を扱う「アーチャー」、聖獣や機械を乗り回す「ライダー」、多くの英霊は
             ノウブルファンタズム
その象徴たる器物を《  宝  具  》と呼ばれる神秘として与えられている。

 《宝具》とはその英霊の伝承に由来する武器や能力、必殺技である。
生前の英雄が所持する武器や彼らの伝説を具現化したものたちの総称だ。

例えば高名なキリスト教の至高の王と謳われたアーサー王ならば、エクスカリバーは
彼の武勇と伝説を語る上で不可分であり、王を象徴する伝承の剣といえる。

 しかし、人間がサルから進化したことは20世紀の現代では常識である。
これを否定する科学者や魔術師は多いのだが、認め難くある現実だ。

 だが仮にそうでなかったとしても、人は裸で泣きながら生まれてくる。
剣も弓もない時代、あらゆる器物と魔術さえない時代に誕生した英霊は
象徴となる”何か”を伝承として持たない筈である。

 例えばアダム、ヤマ、アトゥムなどの様々な伝説と神話に登場する最初の人類たちだ。
彼らはヒトの始祖として偉大な英雄でありながら、一切の象徴となる器物を持たない。

 やる夫は、あまりに古る過ぎる英雄だった。
そのために当て嵌るクラスがキャスター以外に用意されていなかったのだ。

 ああ、聖杯戦争というシステムを考えた、おそらく名伏し難い菌類、もとい、
冬の魔女ユスティーツァは剣も槍もない時代の英雄をおもんばかる事を忘れたるや?
彼らこそ、もっとも我ら人類が貧しい時代に英譚を刻みし、真の英雄なるぞ。

 哀れ、やる夫は何もない時代の英雄であるが故に聖杯戦争でもっとも
不利といわれたキャスターに就かざるを得なかったのだ。
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◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:18:06.75 ID:7ShsGcqB0<>
 「何か、伝承はないの?」と真紅が尋ねると「人類最初の火を手にした英雄ですお!」
そういってやる夫は胸を張った。

 「プロメテウス?」と私が尋ねると「プロメテウスは神の火を盗んだヤツだお!」
やる夫が言うには、自分こそ人類で最初に火を手にした英雄だと主張した。

 まあ、火に関しては世界中のあらゆる地域でそれぞれの英雄がいるはずである。
やる夫も数多くいるであろう、最初の火を手にした英雄のひとりに過ぎない。失礼だが。

 「じゃあ、この糸は?」と真紅がやる夫の両腕から伸ばされた糸を手繰る。
よく見ると糸の先には鈎爪がついており、これが糸を固定する役目を果たしているようだ。

 つまり、ここまでの車や私たちを引き寄せたり、アサシンを吹き飛ばしたのは、
魔術によるものではなく、全てこの糸を使った力技だったということだ。

 無論、何の魔術も行使していない訳ではないらしい。
重量軽減の魔術が働いており、捕らえた相手の重量を軽減できるようだ。

 しかし、この糸はどうやら宝具ではなく、ただの魔術礼装だ。
宝具という常人(つねびと)が手にできない圧倒的な神秘の具象を持つはずのサーヴァントが
ただの魔術礼装を着けているのは妙な感覚もする。

 「マスターの魔翌力を考えるとこれが妥当だお。」
痛いところを突かれた。私程度の、もちろん10代も続いた魔術師の家系であるだけに
並みの魔術師をはるかに上回る魔翌力回路を持っているが、それではやる夫の現界に支障をきたすらしい。

 ビップ家の魔術は科学との折り合いだ。
                      グラン・マエストロ
元をたどれば、我がビップ家はあの”大魔術師”、ただしその異名を取った、
科学者であり、芸術家、ルネサンス期の大偉人レオナルド・ダ・ヴィンチに師事したところから始まっている。
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◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:18:49.81 ID:7ShsGcqB0<>
 スフォルツァ家の傍系だったビップ家は、あの悪名高いルドヴィーコ・スフォルツァと共に
ミラノを支配し、スイス人傭兵団を率いて周辺諸国と争った。

 スフォルツァ家は傭兵あがりと貴族たちからは馬鹿にされていたが、
「ノブレス・オブリージュ」の言葉があるように国を守ってこその名誉と貴族である。

 レオナルド・ダ・ヴィンチが”腹の黒い”ルドヴィーコに招かれてスフォルツァ城に
工房を構えたとき、ビップ家の初代は彼から様々な教えを受けたと伝えられている。

 つまり、魔術師である前に貴族、発明家にして軍人だったビップ家は
根源や世界の理を探求する以前に、宗家であり主のミラノ公スフォルツァ家のために、
できるだけ効率よく人を傷つける道具や、金になる発明をしなければならなかった。

 あざ笑う他の魔術師たちに真っ向と、世界の外を目指し、人を見ない隠者たち。
民の幸福と国を守らんと欲するビップの志を笑う権利など貴様らにはない、と主張したという。

 もちろん、魔術師たちにはビップ家を非難する理由がある。
魔術は人に知られてはならない。それは社会的制裁を受ける危険を孕むとともに、
魔術は広くその原理を知られると、神秘の力を失ってしまうのだという。

 事実、世界の構造が科学として人々に知られるほどに魔術は衰え、
現代の魔術師は過去の魔術師よりも神秘の到達が遅々として進まなくなっている。

 根源への道は遠のき、神秘は明かされ、魔術師たちの道標はかすむ。

 根源は世界の構造を解き明かす十全な知識だという。
それを得れば、どんな奇跡も起こすことが可能だという。

 しかし人にそれだけの神秘が必要だろうか?
何もかもを可能にする力が、人類に必要とは思えない。

 だからこそプロメテウスは永遠の命をゼウスに差し出して、
日々の幸せを選んだのではないだろうか?
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:19:48.34 ID:7ShsGcqB0<>
 両者の主張は平行線のままだ。
それは当然だ。根源のために幾世代もの研究を重ねて苦痛と嘆きの果てを目指す彼らの
邪魔を我々はしているのだから。

 彼らから見れば我々は刹那的な快楽に溺れる耽美主義者に他ならぬ。
しかし苦痛しか生み出さない求道者の道を選ぶ者がどれだけいるだろう。

 私は知っている。根源を目指すのが魔術師として当然だと親から教えられる魔術師の子を。
彼らは歪んだ常識を、それが当たり前と教えられている。正しい世界を知らず、
ひたすら悲劇だけを引きずっていく。

 幸せになりたい。
こんな単純な願いすら欧州の魔術師にとっては奇異と受け止められる事柄だ。

 だが奇異で結構。それに科学が魔術に代わるなら、ビップ家としては願ってもないことだ。
長年、ビップ家が不可能とあきらめた素材が次々に生まれているからだ。

 そう、黄金を産む黒い水、石油から作り出された様々な化学物質。
これまでビップ家が諦めてきた多くの魔術礼装が着々と完成しつつあるのだ。

 化学反応を利用するビップ家の魔術は歴代当主の魔術起源「加える」を骨子とする。
魔術起源とは、簡単に言えば魔術師に限らずあらゆる人間、個人が持つ特性と思えばよい。

 発火、冷却、変形、硬化、液化、蒸発、あらゆる反応を魔翌力で補正するだけ。
魔術としては初歩でも、科学から考えればありえない結果も自由に行うことができる。

 しかし化学物質の反応を押さえ込むにはどれだけ微弱でも魔翌力を必要とする。
これも湿度や気圧、気温を調整でき、常に中身が分離しないよう瓶を攪拌する機械ができれば話は別だが。

 そのため私は、常に魔翌力の3割がたを魔術礼装の維持に回さなくてはならない。
もちろん、逆をいえば発動には魔翌力を必要としない。普通の魔術礼装とまるであべこべなのだ。

 「やらない夫の魔翌力量でも現界に無理があるというの?」と真紅。
「宝具を使う分には…、厳しいかも知れないお」
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:21:29.84 ID:7ShsGcqB0<>
 ステータスによればやる夫の宝具は相当の魔翌力を消費するらしい。
宝具はその効力を及ぼす対象ごとにカテゴライズされている。

 まず、人一人を目標にする対人宝具、次に集団を目標にする対軍宝具、
後者などは今後、《対邪神組織》や大日本帝国軍との戦いでは欠かせないだろう。

 続いて対城宝具。これなどは街一つを消し飛ばすほどの効力と規模である。
ここまで来ると使用が危ぶまれる。そこで問題なのはやる夫の宝具は、「対海宝具」と表記されている点だ。

 海、と言われて数日前の航海が思い出された。西海岸をあとにして
あの太平洋を渡ったすぐの私の頭には、あの青海がありありと思い起こされる。

 宝具の発動を見たことはないが、海に対する宝具と聞いて、
それが当然、街一つを吹き飛ばす兵器よりも危険が少ないと判断する人はいないだろう。

 「どっちにしても、当分の隠れる場所を探さないと」と私は三人を見渡していった。
それに真紅の傷に関しては、ちゃんとした治療が必要だろう。

 だがその前にと、私はすぐ蒔寺氏に連絡し、氏の周りで何か異変がないかを確かめた。
いきなりの連絡に氏は驚いたようだが、何も変わりなく、私は胸をなでおろした。

 それでも不安が尽きない私は魔術による通信で日本に住む真紅の姉弟たち、
蒼星石と翠星石に連絡を取り合って、冬木に住む《詠鳥庵》の主、
蒔寺氏の身辺に危険が及ばないよう、できれば助けて欲しいと伝えた。
<>
◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:23:09.02 ID:7ShsGcqB0<>
 同じころ冬木町、のちの冬木市では
町で知らぬ者のいない広大な豪邸に住む謎の老人、間桐臓硯が屋敷を処分したいと言い出した。

 町を見下ろす景観に鎮座する豪邸は、他の町民を睥睨するように威圧的だ。
しかし、老人は丘の上にあるこの家は交通の便も良くないし、人気がなく心もとないという。
どこか深山や新都のあたりに新しい屋敷を建てたいと考えているらしい。

 もっともこれも1941年に始まる太平洋戦争の戦火を潜ることにはなるのだが、
今日の我々が知る「間桐邸」の誕生であった。

 一方で聖杯の有力な霊脈のひとつである丘の上の「旧間桐邸」に代わって
新しい主が現れた。聖堂教会がすかさず新しい寺院を丘の上に設けたいというのだ。

 これが我々がよく知る、言峰教会の始まりである。

 聖杯戦争の「始まりの御三家」はそれぞれ聖杯の有力な霊脈を抑えていた。
龍洞寺の大空洞、丘の上の旧間桐邸こと言峰教会、そして新都の中心部である。

 しかし間桐の血と丘の上の土は相性が悪く、魔術師として好ましからぬ条件の
この土地を、やむなく手放さざるを得ないと間桐臓硯は判断した。

 無論、本当のところを言えばマキリの血はそれよりはるかに前から
魔術師として枯れ始めていた。500年続くマキリの家も、自分限りではないかと臓硯は
認め難くもある現実と向き合わねばならなかった。

 冬木町長、氷室氏と教会の言峰神父は法律上のやり取りを済ませ、
代理人や弁護士の立会いの中、旧間桐邸の売買と新居に関する今後の取りまとめが始まった。

 小さな町である冬木にとって、これほど大きな買い物は町民誰もが知るところとなり、
新しい間桐邸はどんな屋敷になるのか、工事現場を行く人行く人が足を止めて覗きみた。

 一方で街の新しいモニュメントとなるであろう言峰教会の工事現場では
口を真一文字に閉じた巨躯の壮年の紳士と青年が、遥か昔からその地に鎮座した
大岩のように微動だにせず工事を見守っている。
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◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:23:53.64 ID:7ShsGcqB0<>
 蒔寺氏はやらない夫の忠告も忘れて物見遊山に出ていた。
言峰父子だけでも一見の価値があると町民の間では噂になっているぐらいである。

 蒔寺ともあろうものが町民誰もが噂する話題について無視できるはずがない。
ふたりのアメリカ人魔術師を後ろに従えて丘の上の工事現場にいそいそと足を運ぶ。

 スーツの似合う長身の女性が蒼星石、ドレスの女性が翠星石である。
ふたりともやらない夫と真紅の依頼で蒔寺氏の警備に務めていた。

 アメリカ魔術師は魔術協会にこそ所属していないが、横のつながりがない訳ではない。
表向きは商工会とか、全米ライフル協会とか、鯨保護団体と名を変えつつも、
社会的には企業の経営者、その実態は魔術師という二重の生活を楽しんでいた。

 蒼星石は今年、大阪に拠点を開いた日本ゼネラルモーターズの取締役の婦人として
日本に居を構えるつもりであり、彼女自身も車業界では有名な業界人である。

 「蒔寺さん、ちょっと待ってくださいよ!」と蒼星石が足の速い氏を呼び止めた。
”冬木の黒豹”と異名を取る氏である。若いふたりより俄然、馬力が違うのだ。

 「人間、最後に物を言うのは体力!さあ、早く早く!」
それにしても蒔寺氏の体力の底が見えない、とふたりは顔を見合わせた。

 ようやくやっと丘の上にたどり着くと、例の岩のような二人と枯れた老人、
そして青い目の若い女性が何やら立ち話をしているらしい。

 ふたりは言峰親子。父、言峰神父は「聖堂教会」というカトリックの一派に属する司祭で、
名前は日本人だが、日本を感じさせない大きな体をしている。息子の璃正を連れ、世界各地で
巡礼と修行を重ねる求道の旅を繰り返しているのだという。

 一人は話題の人、間桐臓硯老人である。
大豪邸の主だが、どんな仕事をしているのか、また何歳なのかも定かではない。

 無論、魔術による暗示がなされているのだが、それでも謎多き老人を敬遠する者は
この冬木では珍しくないが、蒔寺氏にとっては上得意客のひとりであり、付き合いもある。

 最後のひとりの姿を認めて、蒼星石と翠星石の表情は凍る。
魔術協会に所属する”ガンド使い”の女魔術師、のちの遠坂時臣氏の外祖母である。

 会話はフランス語(この時代では英語よりフォーマルな言語)であり、蒔寺氏には
判断できなかったが、この時、聖杯戦争の今後の方針に関して、呆れるほどの
美辞麗句を尽くして話し合っていた。
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◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:25:10.76 ID:7ShsGcqB0<>
 「魔術協会としては教会との関係を考えれば、次の聖杯戦争は
何があろうとも遂行されなければならないと考えています。」と青い目の女。

 「前回の被害を考えれば、魔術の秘匿に関して誰かが責任を持たねばな。」
臓硯老人は「誰が尻拭いなぞ引き受けるものか」と言いたげだったが調子を合わせた。

 「アインツベルンは信頼できません。あれだけの家柄で魔術協会にも属していないうえに、
やり口、物言いといい、カンに触ることばかり。結界の内側に引きこもっている間に、
あの連中は子宮から腐ったとしか思えませんね。」と女。

 言峰神父は眉を釣り上げたが、何も言わず、相変わらず真一文字に口を閉じている。

 ふたりの魔術師は上辺だけのやり取りを続け、言峰神父の口からなんとしても、
魔術の秘匿に関しては聖堂教会が協力する、と言い出すように仕向けていた。

 しかしここで臓硯老人は蒔寺氏とふたりのアメリカ魔術師に目がいった。
馴染みの呉服屋の主に、こんな妖怪にも社交辞令というものはあるらしく、
話を絶って歩み寄っていった。

 「詠鳥庵の、これはこれは。」と臓硯老人。
「いや、住み慣れた家を引き払うのは辛いのですが、何せ人気も少なく、
家族のいない私にとって、いささか都合の悪い。なんといっても少々、広すぎて…」

 「税金もかかる。」と蒔寺氏がいうと、臓硯老人も合いの手を入れて微笑んだ。

 ゆったりとウェーブのかかった髪、清潔な身なりと和服姿。
老人というには、この時はまだ、姿勢も良く、何より瞳には光があった。

 聖杯戦争の英霊召喚というシステムを考案した人物であり、
降霊術に関しては名人芸と呼ばれた魔術師、それがマキリ・ゾォルゲンである。

 非常識な魔術師たちの中では、物事の順序や規律を重んじ、不平を嫌う。
若い頃は多くの女性との関係があったといわれているが、最後の最後で最悪の魔女と巡りあった。
それが冬の魔女ユスティーツア、アインツベルンの先代の当主である。

 彼女と共に日本に渡り、日本人として暮らし始めて半世紀以上になる。
恋焦がれた冬の魔女とはついに結ばれず、それどころか戦うことになった彼が
魔女の気まぐれで利用されていただけだと悟るには何百年かかるだろう。

 第1次聖杯戦争では、この丘の上で臓硯老人と冬の魔女が対峙したとも伝え聞く。
生きているのが臓硯老人だけである以上、ふたりの間で何が起こったのか
深く考えるまでもない。
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◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:25:44.42 ID:7ShsGcqB0<>
 「どどど、童貞ちゃうわ!」という臓硯老人の言葉にアメリカ魔術師姉妹は
この妖怪の500年近い生涯の(勝手な)過去回想から現実に引き戻された。

 「恥ずかしい日記帳は始末したのか、臓硯〜。」と蒔寺氏。
あとで氏が言うには間桐邸に上がって酒を酌み交わした折、臓硯老人の日記を見つけたという。

                                     カリヤ サクラ
 これが後に”間桐三大奇書”の最初の一篇となるのだが、第2、最3のそれに、
なんら恥じ入ることのないほどに、立派に恥ずかしい内容であったという。

 俗人との馴れ合いに興じる臓硯老人を一瞥して、青い目の女魔術師は
「哀れ、分別を持たない老人。」と嘆息した。

 魔術師も人だ。当然、社会との折り合いはつけていく。だが必ず線を引かねばならない。
あんなふうに馴れ合うのは、魔術師として好ましくない。そう言いたげだ。

 「…近親憎悪というものでしょうな。」
言峰神父はついに堪えかね口を開いて、苦言を呈した。

 青い目の女魔術師も、かなり俗人に肩入れすることで知られていたからだ。
行きずりの一般人を助けたり、相当無茶なことをしていると聞く。

 蒔寺氏という思わぬ来客に興を削がれたのか、女魔術師は退散することにしたようだ。
言峰神父も、ようやく難敵が立ち去ったことに安堵したようすだ。

 入れ替わりに蒼星石が璃正に近づく。
まだ小さな子供だが、厳しい父親の教えがあるのだろう。利発そうな雰囲気だ。

 蒼星石が優しく微笑むと、璃正も子供らしい笑顔で応じて挨拶した。

 「…璃正、僧侶は歯を出して笑ってはならない。」
冷たい父親の言葉に、璃正は恥じて父親に謝った。

 「いくらなんでも厳しすぎるんじゃないですか。」と蒼星石が詰め寄ると
「…私やこの子を誘惑しないで欲しい。…魔術師め。」と言峰神父。

 「行こう。璃正。」
そういって言峰神父は逃げるように蒼星石に背を向けた。

 言峰神父が幼い璃正を残して、この世を去るのはそれからしばらくも経っていないぐらいだった。
自殺だった。聖職者が禁忌を犯して子供を儲けたことを彼は思い悩んでいたという。
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◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:28:58.30 ID:7ShsGcqB0<>
 冬木の近況を蒼星石の手紙から知ったやらない夫は、一応の安心に胸をなでおろした。
帝国軍とのいざこざから一週間。やらない夫たちは伊勢市の民宿に拠点を置いていた。

 伊勢市の四分の三は「伊勢神宮」と呼ばれる日本独自の土着宗教「神道」の寺院の敷地になっている。
「御用林」といって、伊勢市の殆どの森林が伊勢神宮の所有する領土なのだ。
他にも60を超える社の神々に捧げる米を作る「神田」と呼ばれる畑や水田まで用意されている。

 確かに、ここはローマやエルサレムに負けるとも劣らない宗教都市だ。
ここでは生活のあちこちに、日本人の神が散在している。

 日本人にとって神は突き詰めれば”死なない隣人”と言い換えてもいい。怒りもすれば、泣きもする。
供物を捧げ、丁寧にお願いすれば力を貸してくれたりもするが、逆に機嫌を悪くすれば罰が当たる。

 日本の神話を記した「古事記」において三輪大明神は、自分の住む神殿を作れ、とせがんで、
日本の国に様々な災いを振りまいたと言う。神が人間に願い事をするあべこべの伝承だ。

 人間にできない事ができ、物凄く力持ちで、目に見えないし、死なないけど隣人であることに変わりない。
なんでも出来るわけじゃなく、互いの協力を必要としている存在。それが日本人の神なのだ。

 「アマテラスは日本の女神で、太陽神であると同時に巫女でもある。」
できる夫は首をかしげた。「神なのにシャーマンというのは、どういう意味なんです?」

 例えば古代エジプトの太陽神ラーは太陽そのものの神だ。
しかしアマテラスは太陽が明日も間違いなく昇るように祈りを捧げる巫女の神なのだ。

 彼女にまつわる神話に、魔術を使って太陽の運行を妨げる「天磐戸」という伝承がある。
太陽に祈る彼女が姿を消し、太陽を二度と地上に現れないようするという神話である。

 他にも雄略天皇という皇帝の夢に現れて、自分のためにご飯を作る神様を頂戴!と
命じて、この伊勢神宮に自分の神殿を移されたのが、豊受大神という女神だ。

 豊受大神はアマテラスの食を満たす神であり、太陽神であるアマテラスとともに
日本の食を司る神だという。神のために食事を作る神までこの国にはいるわけだ。

 「伊勢聖杯戦争の霊脈は、古代ヤマト民族の呪術によってこの地に祀られた、
アマテラスを起源としている訳ですから、聖杯の召喚も、伊勢神宮で行われたんでしょうか?」
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◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:29:27.29 ID:7ShsGcqB0<>
 《対邪神組織》がどうやって聖杯を呼ぶつもりなのかは分からない。
真紅の姉弟たちの調べでは、最後のマスターは聖杯を召喚する儀式を行わなければならないという。

 冬木の2度の聖杯戦争では、この聖杯を呼ぶ儀式までに参加者が全員、死んでいる。
六人のほかのマスターを倒しても、彼らの一族や仲間に殺されてしまったらしい。

 聖杯の召喚には、その地で有力な霊脈を抑えることが必須。
間違いなく伊勢神宮はこの地で最良の霊脈だが、問題があった。

 伊勢神宮の「内宮」と呼ばれるアマテラスを祀る大聖堂に入ることができるのは
天皇、つまり大日本帝国皇帝だけなのだ。

 参拝客は内宮の手前の門までしか入ることが許されず、中には入れない。
おまけに恐ろしく巧緻な呪術、しかも西洋魔術とは異なる古代日本独自の結界で守られており、
力づくで内宮まで入ることができたとしても、間違いなく日本列島を無事には出られないだろう。

 なぜそこまで強力な結界が安定しているのか。それほどに潤沢な魔翌力が
伊勢神宮の霊脈から吸い上げられているからにほかならない。しかも結界の核となっているのは
神話にまで起源を遡る三種の神器のひとつ、「八咫鏡」である。

 神話によればアマテラス自身の持っていた鏡であり、地上における彼女の身代わりだという。
以来、2000年以上、日本という国が伊勢神宮に祀り続けてきた、最強の魔術礼装なのだ。

 「それを使えば…」とできる夫。私もうなづいて答える。
「ああ、魔術どころか、5つの魔法すら使いこなせるだろうな。」

 「しかし、困ったな。伊勢でめぼしい霊脈は本当にここしかない。
まさか《対邪神組織》は、ここで聖杯の召喚を考えてるんじゃないだろうな。」
そういって私は頭をかいた。大問題だな。常識的に考えて。

 ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂、ローマ法王だけがミサを執り行う聖堂みたいなところで
アメリカ人が鶏の生き血で魔法陣書いたら、間違いなく外交問題だよ。

 ちなみに鶏は伊勢神宮の境内で何羽か放し飼いにされている。
これも神話で鶏がアマテラスを呼び、太陽を昇らせるからだという。ご自由にお使いくださいってか。

 「そういえば、真紅嬢はどうして民宿にお留守番なんです。」
できる夫は、折角ですから彼女とどこかに行って、少しはアピールしては?と笑った。

 「そうもいかんのだ!」
私の必死な様子にできる夫だけでなく、日本人の参拝客も驚いた。

 そうだ。それはダメなのだ。何故ならアマテラスは処女神。
巫女であるために汚れを知らない神。そのため、酷く女性を嫌うという。
アマテラスの怒りを受けた女性は、一生、男運が無くなるとまでいわれている。

 真紅には私の子孫を作って欲しいのだ!それはダメだ!それだけは!!
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◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:32:28.84 ID:7ShsGcqB0<>
 一方、やる夫は民宿の主に頼んで工房をこしらえていた。
といっても、正式な魔術師ではないやる夫の工房は、文字通り作業場だった。

 やる夫の道具作成スキルのランクは「EX」、評価規格外。
世界最初の人類にして始祖であるやる夫は、最初に「火」を手にした英雄であると同時に、
最初に「糸」を発明した英雄でもある。

 やる夫の手に結ばれている糸は全て、宝具級の魔術礼装であり、
古代バビロニアの英雄王の宝物庫にさえ納まっていない「世界最初の糸の原典」なのだ。

 やる夫はビップ家の文献を頼りに、私の技量では作れない魔術礼装を完成させていった。
ビップ家の文献はどれも、こんな礼装があれば便利だろうな、程度のネタ帳なのだ。

 神代の英雄に答え合わせを任せたところ、現在の科学で作られた石油製品や
新しい素材を組み合わせれば、作成可能な魔術礼装はかなりあるという。

 やる夫には聖杯から得た、現代の全ての知識がある。
もちろんこれは他の英霊も同じだが、並みの英霊なら全ての知識を使いこなせない。
世界最古の神代の発明王だからこそ、現代の科学と魔術を余すことなく組み合わせられるのだ。

 「はあ、はあ…。」
やる夫は工房で、自らの手で作り上げた作品に感涙していた。

 やる夫の生まれた時代には、芸術や美術は存在しなかった。
生きるだけでも精一杯の時代である。生の魚を、皮ごと貪った少年時代、
やる夫が火の起こし方を発明するまで、人類は山火事か、偶然手に入る火しか使えなかった。

 ところが現代には素晴らしいものがある。「春画」である。
やる夫は生前、女性に酷い目にあって以来、酷い女性恐怖症なのだ。

 それでも抑えきれぬ男の性欲が、「春画」に向けられたのは当然といえよう。
絵の中の女性はやる夫を傷つけず、常に自分好みの笑顔で接してくれるのだ。

 「ってぇ、自分の書いた絵で×××出来るかァァァッ!」
やる夫は自分で書いた、世界最古の発明王が手ずから作った「エロ同人」を
破り捨てると偉大なる自らの発明、火の中に放り捨てた。
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◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:32:56.18 ID:7ShsGcqB0<>
 「やる夫、そろそろお昼にしない?」と工房の外で真紅が声をかける。
実際、すでに昼食を取るには、かなり遅い時間帯だ。

 「し、真紅さんですかお。ほら、頼まれた薬できてるお。」
そういって戸をわずかに開けるとやる夫は小瓶に入った軟膏を手渡した。

 「胸の傷も、これを使えば跡形もなく消えるはずだお。」
戸の向こう側から新しい魔術礼装の説明をしようとするやる夫の言葉を遮って、
真紅はもう一度、工房から出てきて、昼食を取るように勧めた。

 「いったい、何があったって言うの?」
真紅はやる夫に声をかけた。やる夫の女性への反応は普通ではない。
帝国陸軍から逃げる時は普通にしていたが、次第に真紅を避けるようになったのだ。

 思い当たる節がないでもない。
英霊は突き詰めれば”一度死んだ人間”だ。英霊が真名を隠す理由が生前の死や
破滅に関わるトラウマを知られないようにするためであることは間違いない。

 これまでの一週間、やる夫は彼が属する伝承における様々な発明者であることは明かしても、
その真名を、マスターのやらない夫や仲間の真紅やできる夫にさえ明かしていない。

 それでも、民宿に出入りする女性や自分を避ける様子から真紅は、
やる夫が”女を苦手にしている”と、薄々感づいていた。

 「誰も貴方を取って食べたりしないのだわ。」
真紅が粘り強く説得すると、やる夫はいやいや工房を出た。

 やる夫自身の話では彼が生まれた時代は当然、彼が火の起こし方を発明するまでは
魚や鳥を生肉のままで食べていたという。それが酷く屈辱的で、火が手に入った時は、
やる夫を皆が讃えて、喜んだことは忘れられないという。

 魚の刺身は日本に限らず、元来は古代の様々な地域に散見された。
しかし多くの文明は生のまま魚を食べることを、やはり嫌うようになり、
何より調理しないということを、非文明的、野蛮と感じるようになって次第に廃れていった。

 だが、日本の刺身は洗練されたひとつの文化として認めて良いレベルになっている。
「一見、ただ生の魚をスライスしただけの粗末な料理だが、これはどうだお。」

 「気に入った?」と真紅が尋ねると嬉しそうに口に運んだ。
「新しいものを作らなくても、改良する余地を探せばやる様はあるものだお。」

 でも、この刺身を作った包丁は、貴方の作った火を使って作ってるのよ?
貴方が火の起こし方を考えて人々に広めなければ、この料理は生まれなかったわ。と真紅は笑った。

 火と糸。どちらも世界中のあらゆる文明の起点となる発明だ。
やる夫がそれを本当に歴史上で、最初に発明した英霊かどうかはともかく、
このふたつの発明者という伝承を持つ英霊というのは大きい。

 英霊の伝承は派生が多ければ多いほど、その原点は強力になる。
いわばやる夫は全世界の英霊のすべての宝具、伝承の原典であり、最古の人類の伝承を持つ英霊。
本来であれば「神霊」に当たる英雄で、聖杯の力を持ってしても召喚できない英霊である。

 何故なら神は死なない。死んでいない者は聖杯といえどもクラスを与えてサーヴァントにはできない。
つまり彼は、彼の時代では一番の英雄のはずだ。そんな彼が死んだとすれば、その原因は何?

 女が関わっているとすれば、この異常な嫌がり方も頷ける。
火のない時代に火をもたらした英雄。間違いなく皆から尊敬され、慕われたはずの彼が、
想像もつかないが、破滅したその原因が女だというのなら。
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◆ylCNb/NVSE<><>2012/09/02(日) 00:34:55.74 ID:7ShsGcqB0<>
【クラス】:キャスター
【マスター】:やらない夫・ビップ
【真名】:やる夫(仮名)
【性別】:男性
【身長・体重】144cm・65kg
【属性】:中立・中庸

【ステータス】
【筋力】■■■■    B+
【耐久】■■■      C
【俊敏】■■■■■  A
【魔翌力】■          E
【幸運】■■■■    B
【宝具】■          E

【クラス別スキル】
陣地作成:-
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
スキル喪失。

道具作成:EX
魔翌力を帯びた器具を作成できる。
十分な時間と素材さえあれば、宝具を作り上げることすら可能。

【固有スキル】
言語理解:A+
神々や動物たちとの対話が可能。

変身:C
体を小さくする魔術が使える。

神性:B
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。

【宝具】
『■■■■■■■』
ランク:Unknown 種別:対海宝具 レンジ:‐ 最大捕捉:‐
対城宝具以上の規模を射程に収め、その伝承に由来して”対海宝具”とカテゴライズされる。
ただし、やらない夫の能力が低いので喪失。

【伝承】
・彼の伝承における神話世界観で最初の人類。
火の起こし方と糸の発明者。他にも様々な道具を作った最初の人間。

・かなり古い時代の英雄であり、様々な武勇を持つが剣や槍、弓などの道具がない時代に生まれた。
いくらか”おまじない”を使った伝承を持つが、いわゆる魔術師ではない。
それでも他のクラスに該当しないため、キャスタークラスを得て現界した。
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◆ylCNb/NVSE<>saga<>2012/09/02(日) 00:35:43.33 ID:7ShsGcqB0<>
【クラス】:アサシン
【マスター】:阿部高和
【真名】:■■■■■
【性別】:男性
【身長・体重】165cm・54kg
【属性】:混沌:悪

【ステータス】
【筋力】■■        D
【耐久】■■■      C
【俊敏】■■■■    B
【魔力】■          E
【幸運】■          E
【宝具】■          E

【クラス別スキル】
気配遮断:A++
サーヴァントとしての気配を絶つ。完全に気配を絶てば発見することは不可能に近い。
ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちるが、
本当に攻撃に入る瞬間以外、衆目から消えたように錯覚させるほどの巧妙さである。

【固有スキル】
宗和の心得:B
同じ相手に何度同じ技を使用しても命中精度が下がらない特殊な技法。攻撃を見切られなくなる。

【宝具】
『■■■■(ざばーにーや?)』
ランク:? 種別:? レンジ:? 最大捕捉:?
サーヴァント、アサシンクラスが共通して保有する宝具。
英雄の伝承を由来とするのが宝具であるが、伝承を持たないアサシンたちのそれは
共通して「ザバーニーヤ」なのである。その姿は未確認のため、不明。

【伝承】
・正体不明だが、冬木聖杯戦争のアサシンと違い、東洋人の特徴を備えている。
また漢服を着用していることから、中国人ではないかと推測できる?

・本家fateのアサシンは4次、5次、真アサシン、全員がマスターに強い忠誠心を持ち、
属性が「秩序・悪」であったのに対し、「混沌・悪」となっている。主従関係に嫌悪感を持ち、
マスターの命令にほとんど従わない。他のアサシンが殺しを仕事と割り切っている中、
人を傷つけることを「狂っている」としながらも、平然と行う矛盾した性格を見せる。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2012/09/02(日) 04:02:46.93 ID:6sirJmn80<> いいねこの淡々と進む感じ
阿部さんとアサシンのピリピリした関係も好きだ
やはり聖杯戦争はこうでないと <>
◆ylCNb/NVSE<>saga<>2012/09/03(月) 09:42:24.40 ID:7ECcEwQ80<> ランサー枠が、決まらない。 <> ◆ylCNb/NVSE<>saga<>2012/09/03(月) 09:45:39.24 ID:7ECcEwQ80<>
 天空に弧を描く鳥を瞬く射落として見せるアーチャー。

 僕はまず、よぼよぼの老人の姿のアーチャーに驚かされた。
聖杯戦争に呼び出される英霊は、その英霊の絶頂期の姿で召喚される筈である。
枯れ果てた老人が、この英霊の最も満ち足りた姿かと。

 「アーチャーはサーヴァントの三騎士の一角。通常、他の英霊より強力な宝具を持ち、
遠距離戦に秀でた能力を持つ。選定の条件に投射物を用いる伝承を有すること、がある。」

                         アーチャークラス
 僕が確認するようにアーチャーの前で 弓 兵 の 座 に選ばれる英霊の条件と
その特徴を反芻する。

 アーチャーはほうほう、業腹な”ますたあ”様よ。とあごひげをなでた。
「目に見えるものだけが全てではございますまい。」

 真っ白なあごひげは完全に曲がった背中のせいで地面にすれるほど長い。
見事に中国の山奥に住む仙人という風のアーチャーは飄々とした何事にも慌てない男だ。

 「目に見えない宝具があることぐらい知っている!」
僕が苛立ちを隠さずに迫ると、アーチャーは困った様子で返す。

 「ならば尚更、なにを俺(わし)にお望みかな?」

 問題があった。召喚に応じたアーチャーは、一切の宝具、目に見える武器を携えていないのである。
確かにアーチャーの言うとおり、目に見えない武器、概念武装という魔術礼装や器具はある。

 「だがアーチャーは何かを射る騎士のはずだ!」
僕が引き下がらないのを見て、アーチャーは僕に自分の技を見せるという。

 深い山々の奥に入り込んだ僕とアーチャー。
やおらアーチャーは天を指差したが、僕には何も見えない。

 「ほうほう、”ますたあ”には見えませなんだか。」
アーチャーは本当に困った様子でほかの獲物を求めた。
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◆ylCNb/NVSE<>saga<>2012/09/03(月) 09:46:09.30 ID:7ECcEwQ80<>
 アーチャー曰く、彼の千里眼を以てすればまつ毛の先に載せた”泓(ふけ)”さえも、
牛よりもはるかに大きく見えるという。落ちる木の葉を撃ち、敵手の矢をも射抜くと言う。
放つ矢は遠く、七人の兵の鎧を貫いても勢いを落とさないという。

 「けど、弓矢がなければただの爺さんだ。どれだけ目が良くても。」
僕の言葉にアーチャーはこう返した。

 「”ますたあ”よ、例い定規を使いなさって綺麗に線を引いた処でそれを名人芸と呼びなさるか?」
アーチャーの言っていることは理に適うようで、やはり外れている。

 弓の名人とはいえ、弓を持たずに何を射抜けるというのか。
それともこれはどんな道具であっても選ばず、使いこなして相手に当てる自信があるのか。

 探し回った挙句、僕の目でもかろうじて見える位置に鳥が飛んでいるのを見つけた。
「ほうほう、これは近すぎてかえって難しいかも知れません。」

 アーチャーの戯言を無視して、いいから撃って見せろ。と急かした。

 それでも「これではつまらぬ。」とアーチャーがいうと、近場の石を次々と重ね始めた。
大小の石を正確に積み上げるアーチャー。僕の腰までの高さにまで積み上げると、
鳥は初めの位置よりだいぶ遠くまで飛んでいった様子である。

 「まだ、見えなさるか”ますたあ”様よ。」とアーチャー。
目が慣れたのか、前よりも遠くの鳥が見える。

 「あれはもう”ますたあ”様の思うより遠くにござるぞ。さあ、始めまする。」
そういって不安定な石の上に勢い良く飛び乗った。

 依然としてアーチャーの手には何もない。どうするつもりだ。
僕が見守っているあいだにも、何もしないまま鳥はどんどん遠くに飛んでいく。

 次の瞬間、アーチャーが突然振り向くと「ほれ、何も持っておりません。」
と自分が弓やその代わりとなる物を、何も持っていないことを確認させた。

 「いい加減に撃て!」と僕が意を決して怒鳴ると、アーチャーは
それを合図に素早く身を反転させ、背後の鳥を瞬く間に射抜いた。

 ほんの一瞬だったが、アーチャーは驚く程に正確な動きで反転し、素手のまま鳥を射た。
素直に驚いた。不安定な積み石の上であること、加えて早撃ち、しかも素手である。
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◆ylCNb/NVSE<>saga<>2012/09/03(月) 09:47:58.59 ID:7ECcEwQ80<>
 僕は何度か、木の葉や木の枝などでアーチャーに何度も技を見せろとせがんだ。
その全てにおいて、アーチャーは空手で、しかも何かを拾って投げているようにも、
魔術の類を使っているようにも思えなかった。

 最後には僕が、あの木の、あの枝を狙え、というよりも早く、僕が指さそうと
心に決めた遠くの杉の木の枝を落として見せるまでになった。

 ここまで来ると確かに早撃ちだとか、狙撃だとか、そんなレベルでは断じてない。

 「弓矢を持たずに獲物を射るなんて、デタラメに決まってる!」
おそらく目に見えない魔力か何かを放っているに違いないのだ。

 「確かに魔術師ならば、俺(わし)の技も魔を用いていると思われても無理はない。
しかしこの世には魔術以外に神秘を起こす異能と呼ばれる技術があることも”ますたあ”は
知っておられましょうや。いかにも俺の技は修練によって得られた異能に他なりますまい。」

 種も仕掛けもある。たが魔術ではない、というつもりらしい。

 異能とは根源の渦という大きな濁流から別れた世界を構成する神秘の一分。
魔術とは異なる律、法理に則した技術体系であり、後天的、先天的に得ることができる。

 最大の違いは魔力という生命エネルギーを変換した霊的力量を用いない一点にあり、
過度の使用は、魔力と等しく生命の危険にももとると言われる。

 また後天的ならば体や精神に異常を、先天的ならば初めから欠陥のある人間であり、
異能者の人格や精神状態は、普通人から見て、異常を来たしているとも聞いた。
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◆ylCNb/NVSE<>saga<>2012/09/03(月) 09:54:58.58 ID:7ECcEwQ80<>
 アーチャーの真名は「甘蠅(かんよう)」。春秋戦国時代と呼ばれる古代中国で
弓の仙人と謳われた名人である。その技は”不射之射(ふしゃのしゃ)”。
撃たずにして、之(これ)を射る、という超人芸だったという。

 「ほうほう、俺(わし)の技はなあ、”直死の魔眼”と同じ類と思いなされ。」

 アーチャーがいう”直視の魔眼”とは異能のひとつだ。
この世に存在するものは全て、誕生と同時に死を内包して成立している。

 直死の魔眼に映る線と点は、万物が誕生とともに内包する死の概念そのものだ。
それを切るだけで、死という結果を相手に突きつけることができると言われている。

 血を流しすぎて死ぬ、内蔵の機能が止まって死ぬ、そういう過程は直死の魔眼にはない。
直死の魔眼の持ち主に切られれば、結果として死だけが残るからだ。

 アーチャーの技はそれと同じだ。こいつが狙えば、当たったという結果だけが突きつけられる。
何かが空中を飛んで、それが相手に当たるという過程を無視して、当たったという結果だけが
相手に突きつけられる。狙い、構える、この二動作でこの英霊の射撃は完成する。

 狙うだけで撃ったという結果が成立する。ゲイ・ボルグやアンサラーと同じだ。
因果律を無視し、結果を先に決定する宝具に分類される。

 構えて放てば、持ち主が死んでいても必ず心臓を刺し貫く伝説の魔槍「ゲイ・ボルグ」。
必ず後の先を取る、”後より出て先に断つ”と謳われたフラガ家の家伝の魔術礼装「フラガラッハ」。
そして、切れば相手に死を突きつける「直死の魔眼」という異能。

 だが前者三者を大きく突き放すのは、「不射之射」は遠距離であるということだ。
しかも並みの長距離ではない。軽く1km以上は離れた鳥であっても、この英霊には
鼻の息がかかる位置の相手を指でつつくほどの難しさもない。

 何より、先の三者と違い、この英霊の攻撃は避けることも防ぐこともできない。
何かが飛んで当たるという過程がないからだ。当たるという結果しかない。

 アーチャー自身、先例の三者が同時に敵として対峙しても勝てる自信があるという。
齢が10を数える前に落ち葉も射抜く技量に達したアーチャーにとって問題にもならないだろう。

 ひとつ懸念するのは必中であっても、必殺ではないという点だ。
だがこいつを敵にした相手は不運だ。逃げることのできない攻撃を一方的に浴びるのだから。
それに射程も、早撃ちに関しても、こいつは並みの英霊じゃない。接近こそ至難の業だ。
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◆ylCNb/NVSE<>saga<>2012/09/03(月) 09:56:34.16 ID:7ECcEwQ80<>
 「ほうほう、俺(わし)のすごさがお分かりか、”ますたあ”様よ」
自分の力量を十分に認めさせたことで、アーチャーは満足したらしい。

 「だが、この程度で驚いてもらっていては少々、興ざめじゃのう。」
今日一日でもっとも険しい表情に転じた好々爺は頭上に向けて七度、矢を放つ動作を繰り返した。

 口腹で8つを数える程の時が立ち、青い空に21の黒い影がようやく見えるまでになった。
さらに4つを数えるほど時が経つと、黒い影が人間より大きな生き物だと僕の目にもわかるようになった。

 アーチャーが矢を放って実に数秒後、どうと21の得体の知れない化物が地に落ちた。
黒い肌はまるで昆虫のようにぴかぴかと光り、アリのようなハチのような姿をしているが、
人間のようにも見え、こんな奇妙な動物が日本の空には飛んでいるのか、と驚かされた。

 「使い魔かのう」と射抜いた本人も正体を解しかねている様子だ。
魔術師の僕でさえ、これが何者なのか判断できない。見たこともない霊獣か、
あるいは”死徒”の一種、英霊の宝具かも知れない。

 「飛んでいた高さは?」と僕が尋ねると
「落ちるまでの時間を計算するとざっと5kmぐらいかのう」とアーチャー。

 飛行機という発明品が世界大戦で活躍したという。
もっとも魔術師はそれよりはるかに前から空を己の領域としてきたが、
そんな高さを飛ぶことが、果たしてどんな力の助けでできるのだろう?

 だが間違いなく、この生き物は魔術師が使い魔として放ったものに間違いない。
おそらくアーチャーの今日一日の行動を、つぶさに観察していたのだ。

 「アーチャー、気づかなかったのか?」と僕が問い詰めると、ほうほうと微笑んで、
「俺(わし)の技は隠すよりも、知られておいたほうが良いと思いましてな。」と答えた。

 呆れた。ずっと監視の目があることを気づきながら、この英霊は自分の技前を気前よく披露したのだ。
しかしそれでも一理ある。アーチャーの技の冴えを見て、おいそれと向かってくる敵は少ないはずだ。

 どれほど強力な英霊であっても、連戦すれば消耗する。弱点もその中でほかの
サーヴァント陣営に漏れ出す危険もある。いかにアーチャーが弓の仙人であっても、
普段は禁物といえるだろう。

 さしずめ、今日の敵はしばらくは対策を練るか、攻撃を見合わせたはずだ。
さすが戦国時代の英霊。撃たずにして撃つと言わしめた弓使いだ。
戦わずに勝つということを十分に心得ている。

 余談だが、僕がアジトに帰って鏡を見ると、全てのまつげと眉毛が失われていた。
アーチャー曰く、この一日の散歩の間に、隙を見て全て撃ち落とした、という。
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◆ylCNb/NVSE<>saga<>2012/09/03(月) 09:59:49.56 ID:7ECcEwQ80<>
【クラス】:アーチャー
【マスター】:■■■■■■
【真名】:甘蠅(かんよう)
【性別】:男性
【身長・体重】152cm・40kg
【属性】:中立・中庸

【ステータス】
【筋力】■          E
【耐久】■          E
【俊敏】■          E
【魔力】■■■■■  A+
【幸運】■■■■■  A+
【宝具】■■■■■  A+

【クラス別スキル】
「単独行動」:A
マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。

「対魔力」:E
無効化は出来ない。ダメージ数値を多少削減する。

【固有スキル】
「無窮の武練」:A+++
いついかなる状況においても体得した武の技術は劣化しない。

「三眼」:A+++
天性の直感・第六感である「心眼(偽)」と修練によって得た洞察力「心眼(真)」、
さらに「千里眼」を加えた3つの洞察力、直感力、視覚能力を合成した能力。

【宝具】
『不射之射(ふしゃのしゃ)』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:4000 最大捕捉:1
弓の極意を会得した甘蠅が、弓も使わず獲物を射抜いた伝承に由来する宝具で、概念武装。
この宝具には「投射物が放たれ、空中を飛翔して、相手に当たる」という途中経過の概念が存在しない。
そのため放たれた”何か”が命中するまでの時間は無く、飛ぶという概念もないので回避・防御は不能。
ただアーチャーの攻撃が当たるという結果だけが突きつけられる。
いわば「直死の魔眼」の超長距離バージョンとも言うべき技だが、「必中」であるという点でそれを凌駕する。
しかし「必殺」ではないため、サーヴァント相手の場合、殺し損ねることもある。

【伝承】
・中国の伝説の弓使い。様々な伝説で中国最高の弓使いとして登場する。

・「名人伝」に登場する弓の名人・季昌の最後の師匠。齢百歳を超える仙人であり、
人知を超えた弓の技を持つ。一切の器具を使わずに狙った獲物を射落とすという。
彼にしてみれば道具を使って何かを撃つ、という行為は定規を使って線を引くこと、
素人の技に等しいという。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2012/09/03(月) 13:49:07.22 ID:VgADp5lp0<> これがSENNINか…… <>