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HTML化した人:
lain.
★
「俺、眼鏡って似合わないんだよなー」
1 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/05/25(土) 23:06:33.64 ID:PtVx1/VJO
ふと、そんな昔の言葉を思い出して、私も眼鏡をかけてみた。
そうしたらね。
どうしてだろう。
気が付いたら、鏡を振り上げて泣いていたんだ。
壊してしまいたい顔を照らすのは、灰色のふきだしが映ったディスプレイ。
「来週の日曜にそっち行くから。夜、少しだけ会える?」
きっと冷たい夜になるんだろうな、と。
充電器に繋ぎっぱなしですっかり熱くなった携帯を握りしめたまま、その日は眠った。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1369490793
2 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/05/25(土) 23:07:25.37 ID:PtVx1/VJO
こんばんは。
10レスもいかずに完結しますので、お付き合いいただけたらと思います。
3 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/05/25(土) 23:08:43.85 ID:PtVx1/VJO
『知ってる? ユキムラさん』
この冬一番の冷え込み。
ポケットの付いていないワンピース型のコートを着てきてしまった私の手に行き場所はない。
両手で口を覆い、息を吐いたって無駄だ。
今は雪が止んでいるだけ、マシなのだろうけど。
再び息を吐く。
黒縁眼鏡のレンズが、一瞬だけ白くなる。
新品の茶色いムートンブーツのファーには雪が付いていた。
点滅する街灯の明かりには照らされず、それらは輝くことなく滴となって落ちていくのだろう。
もしも雪が、クリスマスのイルミネーションみたいにきらきら色を変えるようなものだったとしたら、私達はどんな目でそれを見ていただろう。
4 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/05/25(土) 23:09:32.14 ID:PtVx1/VJO
そんなことを考えながら、勢いをつけて地面を蹴り上げる。
――トン、トン。
彼の形を崩さないように、私はその中にすっぽりと収まる。
「ねえ。……足、何センチなの?」
少し、声を張り上げなければならなかった。
「26」
「私は22。身長は?」
「174」
「私は147」
ああ、道理で。
私は彼の横を歩けないはずだ。
5 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/05/25(土) 23:11:12.71 ID:PtVx1/VJO
疾うの昔から知っていたことを、今さら問い掛ける必要はなかったのだけれど。
そのことを深く胸に刻み込むことで、私は私の想いを少しだけ癒してあげることができた。
薄暗い夜道に眩しい明かりが騒がしい音を立てて通り過ぎる。
途切れ途切れの明かりは、置き去りにされた雪だるまのような私の影を浮き彫りにした。
「俺、結婚するんだ」
そして遠ざかっていく音は、振りかざされた氷柱のような彼の言葉を……かき消してはくれなかった。
足音が止まる。
その後に二回だけ、雪がゆっくりと軋む音がした。
顔半分が真っ黒のマフラーで覆われていて、彼が彼であると証明してくれるのは、薄い一重瞼と私を見つめる大きな黒目だけだ。
私は雪に足を沈めたまま、使い古して毛玉だらけになった白いマフラーを、鼻のところまでぐいっとあげる。
もう何度目かも分からない。
吐息を、こぼした。
6 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/05/25(土) 23:14:00.38 ID:PtVx1/VJO
「ユキムラさんが眼鏡かけてるの初めて見たけど……やっぱり、似合わないな」
この言葉がどんなに切ないか。
きっと私達以外には分からない。
「私はこれでいいの。この世界は、少し霞んで見えるくらいがちょうどいいでしょう?」
本来、眼鏡は文字や人の顔をはっきりと綺麗に見るためものだ。
でも、曇ったレンズではその役目を果たせない。
「見たくないものも、見なくて済むでしょう?」
「うん」
「だから……」
「でも、見落とすものもあるだろうな」
前触れもなくまた、雪が強く吹き始めた。
7 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/05/25(土) 23:16:53.36 ID:PtVx1/VJO
手袋の中で凍った指先は、もう何も感じない。
私達が恋人同士なら、こんなものは邪魔だと言って互いの手を握り、温め合うのだろうけど。
そんな幸せな妄想を無理やり描きながら、マフラーの中で生暖かい息を吐き続け、
「さっきの、本当なの?」
届かないかもしれないと分かりながら、くぐもった声でそう問い掛けた。
「見落とすものもあるって?」
「……分かってるくせに」
込み上げてくる感情が溢れ出さないように、足元に視線を落として唇を噛み締める。
おどけた彼の声は、懐かしい痛みで私の胸を締め付けた。
いつだってそうだ。
親の勝手な事情で離れ離れになった、あの日だってそうだった。
きっと彼は、私がどうしたら悲しむのかを知っているんだ。
「本当だよ」
そうじゃなければ、こうやって傍に駆け寄り、耳元で優しく囁いたりしない。
8 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/05/25(土) 23:19:42.80 ID:PtVx1/VJO
手袋を取った大きな手の平が優しく触れても、少しだって気持ちは温かくならなかった。
それはすぐに離れてしまうと分かっていたから。
それを永遠にと望んでしまう私がいたから。
「ユキムラさんに――ナツキに、これはやっぱり必要ない」
買ったばかりの伊達眼鏡が、耳元と鼻筋に違和感を残して離れていく。
それでも世界は、綺麗に見えなかった。
私が望んだ世界の中で、彼は口元に両手を近づけ、白い息を吐く。
そしてその手の平は、再び冷えきった頬を包み、親指は閉じた瞼の上をそっとなぞった。
……ただ、それだけだった。
9 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/05/25(土) 23:34:00.08 ID:PtVx1/VJO
「知ってる? ユキムラさん。もし俺達が80歳まで生きるとしたら、その人生は大体25億秒なんだって」
「え?」
「俺達はその秒読みが始まる前からずっと一緒にいた。そうだろう? それだけで俺はとても幸せなんだ。これからもずっと、その気持ちは変わらない」
私と同じ目が一歩。
また一歩と遠ざかっていく。
「……お兄ちゃん!」
もう二度とそう呼ばないと誓ったことは、忘れてしまっていた。
彼は小さな声で「馬鹿だな」と言って笑う。
そしてちょうど手が届かなくなったところで、私に背を向けた。
足跡が雪道に色をつけていく。
それを走って辿っていけば、追い付けるのに。
奇しくも――幸いにも、今夜は今年一番の大雪だった。
名字が変わっても、呼び方を変えても、歩く歩幅が違っても、向かい合う目が同じでも。
「私の25億秒は……これからもずっと……」
彼が綺麗にしてくれた世界が、今までよりもずっとずっと、霞んで見えた。
おわり
10 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/05/25(土) 23:35:27.65 ID:PtVx1/VJO
暑い日が続くので、これでちょっと心が涼しくなればいいかなと思ったのですが。
読んでくださった方がいたなら、お礼を申し上げたいです。
少年「だーれだ」少女「だれだっけ」
http://minnanohimatubushi.2chblog.jp/lite/archives/1832422.html
男「右に行くの? 左に行くの?」少女「言わせないでよ」
http://minnanohimatubushi.2chblog.jp/lite/archives/1842696.html
台本形式で書いた過去作です。
よろしかったら読んでみてください。
11 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/05/27(月) 22:38:59.31 ID:67dy+FGD0
乙
また書いてね
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