◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/01(火) 02:18:30.61 ID:7imqMhW20<>新年です<>【デレマス】コミホとプロデューサーくん ◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/01(火) 02:30:57.54 ID:7imqMhW20<> よぉ、俺はプロデューサーくんだ。プロデューサーじゃねぇ、『プロデューサーくん』だ。ぬいぐるみだよ喋ってるんだ。

なんで喋ってるのかって?しらねぇよ、俺が一番俺が喋ったことに驚いてるわ。

……そもそも俺の事を知ってるかいあんた。しょうがねぇ、自己紹介だ。

俺はプロデューサーくん、アイドル小日向美穂が持っている熊のぬいぐるみだ

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/01(火) 02:32:41.86 ID:7imqMhW20<>
俺は、あるアイドル事務所の、ある女子寮の一室で意識を得た。気がついたとき、知っていたのは自分の名前と境遇だけだった。あと簡単な日本語も

どうしてただのぬいぐるみの俺が意志を持ち喋れるようになったのかはわからねぇ。コンパク? 入ってねぇよ。BLEACHは面白いよな。俺は動けねぇから漫画を読めないし、アニメでちょろっとしか観たことしかねぇけど

俺の声は誰にも届いていないようだ。コミホ(小日向美穂のこと。イかしてあだ名だろ?)になんど話しかけても俺の声は聞こえてないみたいでな

寝ている間に抱き締めるのはいいが、涎を垂らすのだけは勘弁してくれって、何度言っても伝わらねぇんだもん

……まぁ、ちゃんと俺が洗濯して欲しいときに洗濯してくれるのは嬉しいけどな。洗剤だって、いい匂いがするやつを使ってくれる。あれ多分いいやつだぜ、外の毛から中の綿までしっとりと染みこむ感覚で分かる。アレは最高の洗剤だ。

「ただいま!」

おっと、そうこう言っている間にコミホが帰ってきたみたいだな。一人で留守番は寂しいんだぜ、なんてったって動けねぇし眠れねぇしで何することがねぇもんな

コミホはそのまま俺のベッドに飛び込んで、俺を抱き締めてくる。まだ風呂も飯もまだだろうに。先に風呂入ってから飯だとダイエットにいいらしいぜ、血の流れとかなんとかで。まぁ綿しか詰まってない俺には関係ないけどな

「今日ね、プロデューサーさんにね、わたし」

コミホは抱き締めた俺に、今日あったことを語りかけてきた。いつもこうだ、嬉しいことがあったときは、いつもこうして俺に向かって報告してくる。愚痴を言うときもある。

嬉しいときの話題は決まって「プロデューサー」ってやつが登場する。どうも俺の名前の元になった人間らしい。話を聞く限りだと完璧超人にスーパーイケメンを足して8乗くらいをした人間らしいが、そんなのこの世に存在するのかね?

俺みたいな意志を持った熊のぬいぐるみが言うことじゃねぇか、ガハハ

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/01(火) 02:33:12.58 ID:7imqMhW20<>
今日も俺を抱き締めたままコミホは眠る。女子寮はよほどのことが無い限り12時までには皆が眠る。コミホはその2時間前くらいにはウトウトし出している

最近寒いからか、コミホのパジャマはモコモコとしているやつになっていた。俺の外皮、いや外皮って言い方はねぇな、毛皮みたいだ。親近感が湧く

眠ることは出来ない体なので、夜はただ何も考えずに時間を潰すしかない。それでも、コミホがいるだけで、この潰されるだけの時間も短いとすら思えるようになってき……あ、またヨダレが俺の体に!

もう2週間くらい無かったから油断してたわ!!

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/01(火) 02:35:06.68 ID:7imqMhW20<>

春になった。らしい。らしいとしか分からねぇよだって俺は人生初の春だもん。人生、って言葉はちゃんと合ってるのか? まあいいや、熊生とかぬいぐるみ生とか言いにくいから取りあえず人生で

でも春ってのはアレだな! 洗濯されると気持ちがいいな!! 日差しがスゲぇいいの!! 暖かい!! 洗濯最高!!

もっと洗濯されてぇよ、週に七回くらいされてぇよ。コミホがなんとか俺を洗濯するスパンを短くしてはくれないだろうか。難しいかもな、最近コミホはアイドルとして大成してきて、忙しそうだもんな。寝る時間が少し遅くなって、代わりに台本とか読み込んでるもんな。俺にプロデューサーのことを話す時間は減ってないけど

……アイドルって忙しいんだな。俺がここでボーッとしている間に、コミホが何をやってんのかはさっぱり分からない。けれど、すごい大変だってことは分かるよ。

台本読むときのあの真剣な目。赤いボールペンで書き込んで書き込んで、必死に覚えようとする姿。俺にプロデューサーのはなしをするあの顔とは全く違うもんな

そう全く違うもんにさせちまうのがアイドルなんだよな

うん、だからさ、この部屋で俺を抱きかかえて寝る、この今みたいな時は、ゆっくりして欲しいぜ。そうやって幸せそうな夢でも見ながら寝るのが一番だかいやだからって涎を垂らすのは許可してない

明日洗濯してくれ。いや忙しいならまた今度でもいいけど

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/01(火) 02:35:41.84 ID:7imqMhW20<>
夏になった。

あっっっっっっっっついな!!!! エアコンのない部屋はヤバイ!!! 俺の中綿が溶ける!!! ついでにダニも死ぬ!! それはいいことか

洗濯で干されてもすぐ乾く。乾くのが早すぎて外に出る時間が短すぎるんだよ。この動けない体は洗濯で外に出るのが数少ない刺激と楽しみなのに

……まぁ、あんな暑い中、ずっといるもそれはそれでアレでそうでこうだけでうんそうだ。

なんか暑すぎて思考がおかしくなりだしてるわ

うん? ぬいぐるみなのに温度を感じるのはおかしいだろって?

俺もそう思ってるよ。生まれたばっかの時は気にならなかったけど、最近になって温度とか湿度とか気になりだした。進化でもしてるのか? 春の木漏れ日はすごい気持いいってのは分かったし、多分春辺りに進化は起きてるぜ

俺ってなんなんだよ

プロデューサーくんだ

いやそうじゃなくて。

あ、コミホ帰ってきた。助けてコミホ、もう十分乾いたしダニはみんな天国に行ったよ、この、俺を拘束する洗濯ばさみを外してくれぇぇ!!!!!!

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/01(火) 02:36:28.86 ID:7imqMhW20<> 〈今日はここまでです、続きはまた〉
〈エッチ要素は驚くと言っていいほどありません。スレを立てる場所を間違えただけです、ごめんなさい〉 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします<>sage<>2019/01/02(水) 22:46:58.26 ID:o2sg2sp1o<> >>7
間違えたんじゃなくて荒巻の設定ミスのせいだからお気になさらず
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1540611256/ <>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/06(日) 16:52:54.03 ID:AxN3zIw/0<> >>8
ありがとうございます… <> 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします<><>2019/01/06(日) 16:53:22.56 ID:AxN3zIw/0<>
秋になった…秋は…秋…何かある?ご飯が美味しいらしい。俺食えない。読書の秋、俺動けない、読めない、なんだ秋って

まぁ夏よりも日差しが柔らかくなって、干されるのは嫌いじゃなくなったかな…

そう思ってたときだった。「ガチャリ」と、扉が開いた。

うん? なんだ? コミホもう帰ってきたのか? 10分くらい前に学校に行ったはずだろ? 忘れ物?

「……おはようございます」

しかし、そこにいたのはコミホじゃなかった。着物を着ていて、淡い黄金色の髪の毛を携えている、多分コミホよりも年下であろう女の子がそこに立っていた

いや誰だよ

「申し遅れました、私は、依田は芳乃と申します。以後、お見知りおきをー……」

のんびりとした口調で、彼女は俺に自己紹介をする。……ヨダハヨシノ?

「依田芳乃、でございますぅ」

ああ、ヨダヨシノ、ね。ごめんなさ……あ?

なんであんた、俺の言葉が分かったんだ?

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/06(日) 16:54:11.52 ID:AxN3zIw/0<> かなり遅いペースの投下になると思いますが、それでもよろしければお付き合いください <> 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします<>sage<>2019/01/06(日) 17:41:18.08 ID:M2J9A6W+0<> せめてキャラの名前くらいは把握してから
SS書こうぜ
じゅうだいな伏線ならごめんなさい <>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/22(火) 01:54:18.31 ID:Iu3uS99f0<>
ヨダさんは俺に向かって、俺の事を説明しだした

何か良くわかりにくかったから、俺は俺の中で何回も反芻していく。

曰く、俺の存在は『よくあるもの』だという。

「ツクモガミ」……つくられて百年経ったものが意志を持ってしまったもの。それがツクモガミらしい。「付喪神」、ってのが普通だが、百年ってところから「九十九神」って書くこともあるらしい。九十九ってあれだな、九州の地名と同じなんだな

ツクモガミの発生は大体1000年くらい前から確認されていたそうな。なんか年月がいっぱい出てきて混乱する。えーっと生まれるのに100年で、生まれたのが1000年前。ややこしっ!

ここに「99」も追加。更にややこしっ!!

昔は器物だけがこの「ツクモガミ」になることが出来たらしいが、現代においてはそうとは限らないらしい。俺もその内の一つ。

しかし、俺は「神様」ってやつじゃないらしい

「いいえ、どちらかと言えば、あやかしの類いでー……物の怪、と呼ばれることも」

彼女は正座をして語り出した。口調はおっとりしてる。そして姿がちょこんとしている。印象がちょこんだ。ちょこんさん。

「……言っていることは、全部、わかりますのでー」

すいませんでした。

<>
◆U.8lOt6xMsuG<><>2019/01/22(火) 01:56:43.48 ID:Iu3uS99f0<>
しかし、なら話は変だ。俺は生まれて100年も経ってない。工場でおぎゃあとなった(なってない)から1年未満だ

その疑問にもちょこ……ヨダさんは答えてくれた。

付喪神は、「モノ」と「意志」が結びついて生まれるらしい

100年かけてじっくりとものと意志が結びつき生まれる……のだが、俺に対して、誰かが特別強く感情を注いでくれたから、本来の100分の1位の年数で俺は付喪神になれたそうな

その誰か、というのは、十中八九持ち主らしい。

「そのような意味でもー、あなたのような存在は多いいのですー」

まぁ、悪い気はしねぇ。むしろ嬉しいわ。コミホが、俺が生まれる前から、俺の事をずっと大切にしてくれた証が「プロデューサーくん」なんだ

そう思うと誇らしくなって、中綿が跳ねちまいそうだぜ

「……それでは、そろそろ時間ですのでー」

え、ちょ、ヨダさん、まだ俺訊きたいこととかいっぱいあるんだけど、ねぇ、あ帰っちゃった、「おじゃましました」をちゃんとやっていった。礼儀正しいな
<>
◆U.8lOt6xMsuG<><>2019/01/22(火) 01:58:03.46 ID:Iu3uS99f0<>
最近温度を感じられるようになったこととか、俺以外にも付喪神がいるのかとか、そもそもなんで俺が付喪神になったことが分かったのか、そこらへんの事を訊きたかったけれどしょうが無い。

もしまた来てくれたとき、そのときに聞こう。

つーか、今気がついたけどもう昼じゃねーか。ヨダさんは多分学生だろうし、遅刻とかそういうのいいのかな

……なんか、頭がぼーっとする。ふわんふわんと浮くような感じだ

ポカポカとした秋の日差しが窓から入り込んで、気持ちがいいぞ。なんだこれ、死ぬのか? 今生まれた理由聞いたばっかりなのに?

くそ、短い……人生……だ……Zzz……



気がついたら、昼が夜になっていた。

俺は更に進化して、眠れるようになったらしい。やった!!!!!!

ただまぁ、洗濯機の中で目を醒ますとは思わなかったぜ。目を醒ますと同時に回したぜ

ビビったよ、気がついたらザブンザブングワングワンしてるもん、地獄って大分以外にもあるんだなって思ったよ

最近洗ってなかったもんな、今日は部屋干しかい?

コミホ、こないだみたいな生乾きには、絶対にならないようにしてくれよな。あれくっせぇんだよ……

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/22(火) 01:59:02.21 ID:Iu3uS99f0<>
―――
――


女子寮の屋上、物干し竿が月明かりに照らされる夜長。そこへ、一つのほら貝があった。

ほら貝の周りには人はおらず、誰が持ち込んだわけでもない。ほら貝はただ、そこにいたのだ

「遅れて悪かったな、ヨダさん」
 
低く、地を這うような声が、ほら貝にかけられる。ほら貝は一度地面を転がった後、宙に浮き、それから人の姿になった。

 ほら貝は、依田芳乃の姿に……現在、アイドルとして活躍しているヨリタヨシノと似た姿になった。

「ウサちゃんロボは付喪神じゃなかったぜ。キカイとして動いているだけだった。何時間もかけて調べたから間違いじゃねぇ」

「うん、ありがとう」

 ヨリタヨシノを名乗る、ヨダと呼ばれたもの――ほら貝の付喪神は、振り向きながら声の主に礼を言う。その声のトーンもしゃべり方も、朝に調査のため訪れたプロデューサーくんへ向けられたモノと全く違う。これが、ヨダの本当の口調なのだ

「うさぎも、今日はもう寝ていいよ」

 ヨダの視界の、ピンク色が映る。そのピンク色は、アイドル双葉杏が愛でているウサギのぬいぐるみ――「うさぎ」だった

「そんな眠くねぇんですよ。それに、新しくこの女子寮に発生した付喪神も気になるんですわ」

 うさぎはポテポテと歩き、ヨダの隣に座ろうとした。しかし彼は足を取られてその場で転んでしまった。仰向けの彼の目に、満月にいるうさぎが飛び込んだ。

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/22(火) 02:00:11.61 ID:Iu3uS99f0<>
仰向けになったウサギの隣へ、ヨダは腰掛ける。

「うん、彼――で、いいのかな、プロデューサーくんは、オーソドックスなタイプの付喪神だったよ」

「呪いた物の怪に転化する可能性は?」

「大いにある。だから、監視していかないと」

 淡々と、テレビ番組の録画をするときのような、日常の一コマにあってもおかしくないような口調で、ヨダは言葉を繋ぐ。しかしその実、言葉の中には強い信念が一つ通っていた。

「……大変だな、ヨダさんも」

「慣れてきたよ」

さすがに900年もこの仕事をしてるとね、とヨダは続けた。

「俺だって、手伝えることならいくらでも手伝うぜ。ヨダさんには借りがあるからな」

「うんうん、ありがと」

 ヨダが立ち上がる。それに合わせてうさぎも起き上がった。

「そろそろ戻ろうか、お腹も空いたし、もう秋だから冷え込むしね。それに、もうそろそろご主人達が帰ってくる時間だよ」

「ああ」

今日は、双葉杏とヨリタ芳乃――二人の持ち主が、共演するロケの収録日だった。そろそろ帰ってくる時間だった

二つの足音を混ぜながら、二人は扉へ向かう。うさぎがジャンプしてドアノブに手をかけ、扉を開けた。ネコみたいだな、とヨダはその光景を見て思った。

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/01/22(火) 02:02:31.31 ID:Iu3uS99f0<> 今回はここまでです、続きはまた

シンステ用の原稿や日常生活の諸々が少し片付いてきたので、投稿ペースを少しは上げられると思います。よろしくお願いします

>>12 ここまでを前回で投下すれば良かったですね…不快な気分にさせてしまったのならごめんなさい <> 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします<>sage<>2019/01/22(火) 20:06:37.56 ID:Uhy7olSxo<> 乙でした
なるほど、よしのんとヨダさんは別だったのね <> 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします<>sage<>2019/01/22(火) 20:27:57.89 ID:i1fxXirDO<> ヨダ……暗黒絵師……うぅ、頭が <>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/04(月) 22:15:06.63 ID:H7umzWp10<> 遅れて申し訳ありません、ぼちぼち再開します <> ◆U.8lOt6xMsuG<><>2019/03/04(月) 22:15:52.52 ID:H7umzWp10<>
◆◇◆

冬になった。

さっっっっっっっっむいな!!!! 寒い!! コミホが出かけてる間エアコンつかないし!!! 寒い!!! かじかむ!! そんな体じゃないけどなんか外皮が固まる気分になる!!!

洗濯されても乾きにくいから冷たい風にずっと晒されなきゃならねぇ、寒い、寒くて寝ることも出来ない、こんな事なら進化なんかしなけりゃ良かった

なんかこう、前に動物番組でやってた、退化とかしたい。洞窟内の動物は目が不必要だから目の機能が退化するらしい

それと同じでお部屋の中のテディベアに寒さを感じる器官なんざ必要ねぇから、頼む神さま取り除いてくれ。いや俺も神さまか、いや神さまじゃなかったな付喪神だ、寒い

寒い寒い寒い寒い

……暇だし一人しりとりでもしようか、はい『プロデューサーくん』からあっ終わったわ『ん』がついた

「ただいま〜」

コミホ!! 帰ってきたコミホ!! つけて!! エアコンつけて!! 俺もう限界!!

「うぅ〜……寒い……先にお風呂に入ってこようかなぁ」

行かないでぇええ!! せめて!! せめてつけてから行って!!! つけてぇええええええええええええええええ!!!!!!!!!! 

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/04(月) 22:16:34.94 ID:H7umzWp10<>
まだ冬だ。

今日はいつもの時間でも部屋は暖かい。エアコンと加湿器が一緒になってゴウンゴウン言ってる。

「ゴホッ……ケホッ……」

コミホがインフルエンザなるものになったらしい。前にテレビでやってた。すごい苦しい風邪らしい

いつもの姿ばかりを見ている身からしたら、この状態のコミホが死にかけにみえる。不安になるが、何も出来ないのが腹立たしい

ベッドの縁じゃなくて、いつもみたく抱き締めてくれて良いんだぜ。汗も涎も気にしねぇよ、いまさらだ。それに俺はテディベアだから風邪もうつらないしよ。

そんなことを考えてたら、コンコンと、ドアを叩く音が聞こえた。

『美穂さーん、入るよー』

尋ね人だろう、男の人間の声だ。しかし美穂? 部屋でも間違えたか、美穂なんてああコミホのことか

ドアが開くと、マスクにスーツ姿の成人男性が部屋に入り込んできた。誰だ

「ぷ……ぷろでゅーさー……さん……」

コミホは掛け布団をどけて、その男を出迎える。ベッドから降りようとしたところでその男に制止された。起き上がったときに冷えピタが落ちた

……なるほど、コイツが俺の名前の元になった『プロデューサー』ってやつなのか

顔がクマじゃないから一瞬ビビったわ、人間だったんだな

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/04(月) 22:17:12.93 ID:H7umzWp10<>
P(プロデューサーの頭文字をとったぜ。だって俺と混じってややこしいだろ)はお見舞い品としてゼリーやらポカリやらを持ってきていた。

「収録は延期して貰ったから気にしないで休んでね」

「はい……その……ごめんなさい……」

「謝らなくていいよ、とにかく治すこと」

Pのセリフは強めだが、口調は優しく、コミホを大切に思っていることが感じ取られた

……それにしても、コミホ、さっきよりも顔が赤くねぇか? 汗も多くねぇか? まぁ俺だってテディベアだが知性があるしバカじゃない、毎晩のようにコミホからPの話を聞いている

だからまぁ、コミホがそういう感情を抱いているのも分かる

……なんだこの、「応援してるぜ!」って気分と「てめぇコミホに粗相したらただじゃおかねぇぞ」って気分のブレンドは。俺はコミホの父親か? いやぬいぐるみだよ

しかし、まぁ、なんだ。アイドルの時のコミホと、普段の時のコミホばかりを見てきたが、そうじゃ無い姿もコミホは持ってるし、Pはそれを見ているんだな

俺がこの部屋で寒い寒いって呪詛を吐き散らしている間にも、コミホはコミホで何かをしているんだ。それがアイドルなのか恋する乙女なのか、それとも別の何かのかを知るよしなど無いが。

……ちょいちょいちょい、二人ともイチャつきすぎではないかい? ゼリーなら一人で食べられるでしょ、あーんとか必要ないでしょ。うつるよ、インフルエンザうつるよ

やめ、やめろぉ!! 目も閉じられない存在の前でイチャつくんじゃねぇーーーーーーーーーーーーー!!!!!

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/04(月) 22:17:48.51 ID:H7umzWp10<> 牛歩のよおうな速度ですがこれから続けて行きます、よろしければお付き合いください <> ◆U.8lOt6xMsuG<><>2019/03/07(木) 22:55:36.85 ID:WMT08hs/0<>
年が変わった

あれからコミホのインフルエンザも無事に治り、収録も終えたらしい。

そして、コミホは実家に帰ってる。今日は1月2日。あと数日はこの部屋で寒さに耐えねばならない。

助けてくれ。

いや……そりゃぬいぐるみなんて荷物にかならないしよぉ、コミホも詰めようとして頑張ってくれてたし……

いよし、頑張って耐えるか。何あとたった数十時間うへぁ数十時間もあるのかよ耐えきれねえわ


……ん?

「入りまぁすよ」

誰かの声がした。ヨダさんの声じゃなかった。それよりも幾分か低い、男の声だった

ドアをノックする音もなく、廊下の光が入り込む。何だ泥棒か!? オイ、泥棒か!? このセキュリティが厳しい(とコミホが言っていた)女子寮に泥棒かい!?

「泥棒じゃない、落ち着いてくれ……この体じゃ泥棒なんて出来ないだろ?」

俺は部屋に入り込んだ、その声の主に目をやる

……なんだこれ

「何だこれって何だお前」

いやこれえっ、あっ、ウサ、ウサ……

ウサギのぬいぐるみが喋ってるーーーー!!!

「お前だって熊のぬいぐるみだけど喋ってるだろうが!」

しかも動いてるーーーーー!!!!

「ああお前はまだ動けないのか、難儀だな」

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/07(木) 22:56:40.93 ID:WMT08hs/0<>
俺以外の付喪神を見たのは初めてのことで気が動転していた。ずっと叫んでた。俺が叫んだところで誰にも聞こえないけれど、同じ付喪神なら声が届いてしまうらしい(この考えていることも訓練すれば垂れ流さずシャットアウト出来るようになるんだとか)

うさぎさん――ウサギのぬいぐるみの付喪神。アイドルが持っていたぬいぐるみを元に宿ったらしい。ヨダさんから俺の話を聞き、気になってアイドルがすくなくなった今尋ねてきたらしい。カギは警備室から借りたらしい。

うさぎさん(一応先輩)は俺と同じく100年待たずに発生したらしく、いろんな事を教えてくれた

「100年って期間を経てない付喪神は、意識、五感、睡眠、運動、人間化って機能を徐々に身に着けていくんだ。それも持ち主が物へ与える感情によって速度が変わる」

うさぎさんはヨダさんと知り合いらしく、その紹介でここに来たんだとか。そのとき聞けなかったことを俺はたくさん質問した。

うさぎさんは一切顔色を変えず(元々顔変わらないけど)俺に教えてくれた

「なんでヨダさんがプロくんの発生を知れたのか? まぁ……そりゃ……俺にも分からんけど……」

そうっすか……さーせん。ああそれと、もう一つ質問してもいいっすか?

「ん? 何かな」

ヨダさんって、なんでアイドルの時は名前変えてるんですか? 『ヨリタ』って、最初テレビで見たとき別人かと思いましたもん

「それは……うん、名前とか家の事情とかあるからね。芸名みたいな感じじゃないかな」

ああ芸名! すっかりその可能性が頭から抜け落ちてました! スッキリした! ありがとうございます!

「ああ……っと、そろそろ警備員さんが戻ってくる時間だ。じゃあねプロくん。次逢えるときは、君も動けていることを願うよ」

おっす! 頑張ります!

「じゃ、また」

そう言いながら、ウサギさんは部屋を後にした。なんというか、先輩力が強い人だった

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/07(木) 22:57:12.57 ID:WMT08hs/0<>
そうか、俺もいつか動けるようになるのか……動いたところコミホに見られたらどうなるだろうか……

びっくりするだろうか、それとも夢だと思って無視するんだろうか

後者の可能性高いな。まぁコミホの前ではテディベアのままでいよう。それがいいだろうな

だが! まあ! しかし! 今は話が違う! 俺は今すぐ動きたいね! 寒いもの!! うさぎさん律儀にエアコン消して帰っていったもの!! 付けたままで良かったのに!!

動きてぇ!! あと1メートルもない距離にエアコンのリモコンがあるんだ! 動け俺の体!! 動いてくれぇ!!

はい動いたー! 動かねぇ……

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/07(木) 22:58:23.52 ID:WMT08hs/0<>
―――
――


「今のとこ、呪いにも物の怪へも転じる様子はありませんよ」

うさぎはそう言った。ヨダはその報告を聞いて、一度頷き、それからせんべいを口にした

「わふぁしがふふふぉはひっへほほバリッ」

「せんべい飲み込んでから喋ってくださいよ」

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/07(木) 22:59:10.45 ID:WMT08hs/0<>
「私が付喪神って事は言ってないよね?」

「言ってませんよ、安心してください」

900年前、ほら貝の付喪神に「ヨダヨシノ」と名前が与えられた。以来その付喪神はヨリタ家の所有物として、人に害をなす付喪神の選定を行った

ヨリタの人間のそばには、いつもこのヨダがあった

付喪神という存在が物語の中の存在となり、現在のヨリタの人間が付喪神という存在を忘却の彼方へと追いやっても、彼女と同じ名の女の子がアイドルとして活動するようになっても、ヨダヨシノは与えられた仕事を忘れることはなかった

なぜならば、それが「ヨダヨシノ」として与えられた存在理由だったからだ

彼女がプロデューサーくんの発生を予知出来たのも、彼女がプロデューサーくんお前でアイドルである「依田芳乃」の姿と佇まいを借りても名は借りなかったのは、己の存在を揺らさないためである

「……うさぎもさぁ、私の手伝いばっかしないで、もっと自由に生きて良いのに」

その彼女は、今プロデューサーくんに対しある試験のような事をしている。それは「無害な付喪神に成れるか」という試験。100年を経ていない付喪神は、意識を持ってから徐々に「成る」。その間に人に害意を持つ事も多い。プロデューサーくんはその見極めを今受けている最中なのだ

「自由に、と言われてもやることが見つからないんですよ」

「そんな就活前の学生みたいな」

「就活前の学生こんな事言うんですか」

数ヶ月前にこの試験を受けたうさぎは、ヨダの助手として付喪神の観察をしている。彼の存在理由は「存在理由を探すため」という、「卵が先か鶏が先か」に似たものだった

「俺は俺のやりたいことを見つけるまで、ヨダさんの手伝いをするって決めてるんですよ」

そう言ってから、うさぎは人間態になった。短髪で大柄な男の姿に変貌する。

「なんで人間になれるのに、ぬいぐるみのままプロデューサーくんの所に行ったの?」

「まぁ『付喪神は君一柱だけじゃないんだ』って言いたかっただけですよ。それに、というかこっちが主な理由ですけど、女子寮の監視カメラに写ったらやばいんですよ、ヨダさんと違ってこの姿以外にはまだ変われないですし」

そう言いながら、せんべいを手に取る。二枚を重ねてつまんでから、口に入れた

「言ってくれれば教えるのに」

「まひっふか、じゃバリボリおねはいしはいバリっふ」

「せんべい飲み込んでから喋りなよ」

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/07(木) 22:59:37.79 ID:WMT08hs/0<>
◆◇◆

また春が来た。俺はまだ動けない。

コミホは高校三年生になった。アイドルとしての活動も活発になった。真剣な顔でテレビを見たり、台本を読み時間が増えていた。寝る時間も増えた。寝坊しかけたときに魚みたいに跳ね起きるのはコッチの心臓にも悪い

心臓ねぇけど、俺

コミホがいない部屋で、心地よさを堪能する。ああ暖けぇ……寒さの地獄から解放された……

春眠あか……あか……赤崎? どこだよ赤崎、覚えてるよたしか埼玉だろ?

まあなんでもいいや。心地良いことと眠くなりやすいことだろ多分春眠赤崎って

一度経験した春も、去年とは全く違う心地よさがある。洗濯されたときの心地よさなんか冬とダンチだぜ。やっぱ春は心地良いな。

さっきから何回「心地良い」って言葉を使ってんだ俺は。語彙力ゼロか。

しかし心地良いからしかたねぇああ心地良い〜〜

よおしこの心地良い気分のまま心地よく昼寝としゃれ込むぜ〜〜〜


起きたら洗濯ばさみに吊されてました。寝ながら洗濯されたそうです。コミホは俺を清潔に保とうとして偉いと思う。

ちなみにその夜はまたヨダレが垂れて早速清潔じゃなくなった

<>
◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/07(木) 23:00:25.68 ID:WMT08hs/0<>
夏になった。

ついに動けるようになったーー! やったー!! コミホが部屋にいない間に限定されるが、俺にはさらなる自由が与えられたんだ!! 

暑かったらクーラーを! 暇ならテレビを! ダニ殺しなら外に出て! 俺には自由が与えられたのだ!!

しかし、ここで新たな戦いが始まった

「あれ……私クーラーつけっぱなしだった?」

コミホが帰ってくると、俺は何も出来なくなるのだ。それどころか、俺のフリーダムの痕跡を発見されることもある

テレビやクーラーを消しきる前にコミホが帰宅したり、ダニを殺した後の俺が不自然にお日様の香りを携えているのがコミホにとっては不思議なのだ。

そしてコミホはアイドルが忙しくなったのか、学校を早退して一度寮に帰り、それから仕事に向かうときがある。それがまた一層俺との戦いを混沌に陥れる

それに一度動くことの「快感」を覚えてしまうと、コミホの前で動けないことが急にもどかしく感じられる

新しい自由を手に入れたとき、俺は何かを失ったんだ

哲学者か?

しかし、動きを取り入れることで、コミホが寝ている間にヨダレを垂らされることはなくなった! ……かに思われた。俺だって思ってた

いや抱きつかれたら流石に動けないよ。動いたら起きちゃうもん

動けるのに、それを抑えて、ヨダレを受け入れる。何だこれ

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/07(木) 23:00:54.17 ID:WMT08hs/0<> 今回はここまでです、続きはまた <> ◆U.8lOt6xMsuG<><>2019/03/14(木) 21:59:11.60 ID:zzTAaJwf0<> 再開します <> ◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:00:54.84 ID:zzTAaJwf0<>
秋になった。

夏から秋にかけていろいろな能力を身につけられた。呼吸能力だったり、痛覚だったり。そしてなんと言っても人の姿へ変化する出来た。

手だけ出来た

俺の腕から先だけが、ニンゲンの手首から先に変化する。はっきり言って気持ち悪い。新手のSCPか?

「でも良かったじゃねえか。俺は最初股間だけがニンゲンになったんだよ」

うっさん……

そして、俺は今うっさん(うさぎさんだと長いからあだ名)と共に三階のベランダで干されている。洗濯のタイミングが被ったらしい。秋の長雨のせいだ

うっさんって柔軟剤ちょっと多くないですか?

「ああ、仁奈ちゃんがちょっと分量を間違えたらしくてな…」

共に耳を挟まれて日差しを浴びる。うっさんは持ち主と洗う人が違っていて、たまに柔軟剤の量が多くなったり少なかったりするらしい

今日は土曜日。オフの子どもアイドル達が女子寮の中庭で遊んでいる。サッカーをしたりキャッチボールをしたり……スポーツの秋だな

緩やかな日差しを浴びながら、俺は和やかな気持ちでそれを眺めて

「ああああああああああ!!!!!!!!!」

パチンと音がした。隣のうっさんの右耳がだらんと垂れてる。洗濯ばさみが外れたようだ

「おち、落ちる! おちーー!!!」

落ち着いてうっさん! まだ左耳は残ってる! 今のうちに俺がこの手で

「気持ち悪! 何それ手首から先だけがニンゲンになってる!」

さっき言ったじゃないですか!! とりあえず俺が手を使って! と同時に、俺の左耳の洗濯ばさみも外れた!! あー!! なんでぇ!

「人の体になったからだよ重いんだよ!! その耳の洗濯ばさみじゃもう支えきれないくらいに!!」

うっさん助けてぇ!! 色々ヤバイ!! 色々と!!

俺たちは付喪神だ。俺たちにはぬいぐるみでありながら痛覚がある。落ちれば当然痛い。そして俺たちはぬいぐるみでありながら呼吸をする。窒息も溺死もする危険はないが、普通に洗濯されると苦しい。洗いとすすぎを前のように無心では行えなくなっている

そして今日、下の中庭に仁奈ちゃんがいる。仁奈ちゃんは洗濯が上手らしい(うっさん談)。そして心優しい少女でもある。

きっと俺たちが中庭に落ちて汚れたら、洗濯してくれるのだろう

しかし! それこそが最悪のコンボ!

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:01:39.95 ID:zzTAaJwf0<>
まずこのまま落ちる。めちゃくちゃ痛い。そして仁奈ちゃんに発見される。洗濯される。滅茶苦茶苦しい。仁奈ちゃんは何も悪くねぇ、むしろ善行を厭わず行える人格者だろう

問題があるのはこっちだよ。なんでぬいぐるみなのに人格と痛覚と呼吸能力があるんだよ。付喪神だからね!

しかしだめだ、ダメだ。落ちたら誰も幸せにならない。頑張れ俺。耐えろうっさん。この左と右に残った洗濯ばさみであと数時間耐えるんだ

「痛い痛い痛い!!」

片耳だけが洗濯ばさみで吊されることになって、より痛みが増した。俺たち二人(?)にしか聞こえない叫びがこだまする。

さっきまではマイルドだったのに今は針が刺すような痛みだ。耐えるも地獄落ちるも地獄。どう転んでも地獄じゃねぇか

「プロくんごめん、俺もうダメだ」

そう言ってうっさんは落ちていった。うっさぁあああん!!!!!!!

俺の叫びも虚しく、うっさんは中庭へ落ちていく。地面とぶつかった瞬間に「ぎゃおら!」と悲痛な声が届いた

一時間くらいして戻ってきた

「こっちのぬいぐるみも耳が外れてるじゃねーですか!」

そういって仁奈ちゃんが椅子を使って俺に近づき、洗濯ばさみを止めなおしてくれた

「……」

……

「……こんどは、柔軟剤の量ちゃんとしてくれたんだ、仁奈ちゃん」

……そうっすか

気まずい空気のなか、俺たちは天日に干された

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:02:17.15 ID:zzTAaJwf0<>
冬になった。

冬と言えばそう、コミホの誕生日だ。12月16日な。これで18歳だ。18歳と言えばアレだな、酒が飲めるな。違った選挙権だ

去年は事務所のみんなと外食したらしいが、今年はP.C.Sの三人で、女子寮の食堂を使って楽しむらしい

動いてその様子を見に行きたいが、何せ監視カメラに写ったら大変なことになる。NASAとか出てくるぜ。その前に警察か?

あーあ、俺の人間態が女子だったら良かったのに。男だもの。割合ガッツリとした男だもの

待つしかねぇかぁ



……18歳、か

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:02:43.56 ID:zzTAaJwf0<>
コミホは変わった。俺が自我を持った時から大きく変わった

もともとはキュートな感じの少女だ。しかし、歌を歌い、役を演じ、人と関わっていく中で、いろんな面を見せ始めた。かっこいい面も、ハツラツとした面も、少女ではない、大人の面も

俺はそうやって多様な魅力を得るコミホを見る度に、少し寂しくなった。俺が知ってる彼女がどこかへ行ってしまうように感じるから

いつか、俺がいる部屋に戻ったときも、コミホじゃない、「アイドル小日向美穂」の彼女になってしまうような気がしたんだ

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:03:14.79 ID:zzTAaJwf0<>
「いらっしゃい」

センチメンタルな事を考えていると、コミホが帰ってきた。P.C.Sの二人を連れて帰ってきた

「お久しぶりですプロデューサーくん」

島村さんがご挨拶。俺も返す。しかし言葉は届かない

「あっ、これこの間言ってたプロデューサーさんとの写真ですね」

五十嵐さんがそう言いながら、机の上に飾られた写真を手に取った。

「ちょ、ちょっと恥ずかしいからぁ」

照れるコミホはその写真を隠そうとした。そういう顔はTV以外で見ないから少し新鮮だ

「……あれ?」

写真を取り上げられた五十嵐さんが、机の上にある物に気がつく

「……賃貸物件?」

都心から少し離れた場所の賃貸物件が多く載ってる資料。島村さんと五十嵐さんはそれを見つけて、不思議そうな顔をした

「実はね」

コミホがそんな二人へ、自らの胸中を語った。二人は驚きながらもそれを聞いていた。俺は驚かなかった。だって、もう知っていたから

コミホが大学へ進学すること。コミホがそのために女子寮を去ること。だからこそ最後に、女子寮の食堂で三人でご飯を食べたかったこと。

俺は知っていたから、驚かなかった

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:03:52.36 ID:zzTAaJwf0<>
年末年始だ

今年も置いていかれた。しかし今年は違う! 俺は動けるのだ!! エアコンサイコ〜〜

……いつかは熊本に行ってみてぇなぁ。いや熊本だけじゃない。これまでTVとか雑誌で名前しか知ることが出来なかった地にも行ってみてぇわ。

……ん? ドアのノック音だ。なんか前の年末もこうだったな

「入りまぁすよ」

「……おはようございます」

かつてこの部屋を訪ねてきた二人(一人と一つ)。ヨダさんにうっさん、お久しぶ……いやうっさんはそうでも無いっすね。ヨダさんもずっとTVとか歌で知ってるし。いやこれは一方的なもんか。ヨダさんはぬいぐるみ姿のうっさんを両腕の中に抱いている

どうしたんすか?

「いや、ちょっと尋ねたいことがあってな」

それで訪ねてきたんすか

「ブフォ!」

ヨダさんが吹き出した。こういうのに弱いのかこの人、以外だな

で、何を?

「いや……単刀直入に聞こう、お前はこれからどうなりたい?」

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:04:27.65 ID:zzTAaJwf0<>
「お前はもう人間になる能力まで手に入れた。付喪神として『成った』んだ。」

ぬいぐるみの姿から人の姿になって、うっさんは俺に質問を続ける

「人に近づいて、人と同じに成った『物』として、お前はどうありたい?」

……どういう事ですか?

「ただの真面目な質問だ。必ずこの場で答えを出さなければいけないわけじゃないが、良かったら答えてくれ」

……俺がこれからどうなりたいか、ですか


少しだけ考えた。どうなりたいか、と言う問い。俺が思い描くような理想を答えれば良いのだろうか。俺がしたいことを答えれば良いのだろうか。

わからねぇ。しかし、目の前の二人のまなざしは真剣だった。だったら、それと同じくらいで返さないとならない

また考える。考えて、思考がまとまらないながらも、俺は解答を出した

俺は

「俺は、コミホがコミホでいられるための存在でありたいです」

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:04:57.53 ID:zzTAaJwf0<>
「コミホはアイドルです。小日向美穂ってアイドルです。歌って、踊って、喋って、演技をします

そしてそれはとっても過酷で、キツくて、彼女の日常にまで大きな影響を与えているんです

年末年始とか、盆くらいにしか実家に帰れなくて。高校も早退して仕事に行って、帰ってくるのはいつも夜遅くです

学校の勉強以外にも、台本を読んで覚えることが多かったり、ダンスの振り付けを、周りの人と爪の先までそろえたりしないといけないんです

ファンの要求に合わせて、かっこいい女の子だったり、ツインテールの女の子になったり、いろんな仮面を被らないといけないんです

そうやって、偶像になってファンの前に出ます。

はっきり言って、異常です。好きになった人との恋も許されないんです。人でありながら、人をやめるようなことをしているんです

でも、小日向美穂はそうあり続けます。アイドルとして頑張り続けます

だから俺は、小日向美穂が、素の『コミホ』になれるような存在に、寝ながらヨダレを垂らしてもらえるような存在に、彼女が偶像じゃない少女でいられるような『道具』でありたいです」

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:05:29.25 ID:zzTAaJwf0<>
これまで二人に聞いた付喪神になる条件。それは物として作られて100年が経過するか、『持ち主に特別強い感情を注いでもらう』かの二つ

俺は、コミホに「プロデューサーくんへ」与えてもらった感情から生まれたんだ。そして、プロデューサーくんとして、これまで彼女と過ごしてきたんだ

それは俺がどれだけ付喪神になって、人に近づいたとしても変わらない事実なんだ。彼女に貰ったもんは、彼女のために使いたい。

彼女が彼女であるために、アイドルじゃない小日向美穂で、コミホでいられるための道具になりたい

「俺はきっと、そのために生まれたんです。」

まとまらない思考を直接吐き出した。二人は長くじれったい俺の言葉をただ聞いてくれた

俺が語り終えたのをきっかけに、ヨダさんが初めて口を開いた

「おめでとう」

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:05:56.49 ID:zzTAaJwf0<>
全部聞いた。ぜーーーんぶきいた。ヨダさんが依田芳乃さんじゃないこと。ほら貝なこと。付喪神な事。試験みたいなことがあったこと。返答次第で俺が消されてたこと。その他諸々、ぜーーんぶ聞いた

「ああ〜なんか全部騙されてた気分……」

「俺もそうだったよ……いや俺も加担してるしなぁ」

ヨダさんは俺が衝撃を受けている最中、10秒単位で容姿を変えて遊んでいた

「付喪神としての力を極めればこういうことも出来るんだよ〜」

「すいませんその口調まだ慣れないっす……」

「俺も最初はそうだったよ、なまじヨリタヨシノさんの真似が上手いからこの人はああもう」

「だって彼女が生まれたときから一緒だもん」

なんだこの空気。さっきまで真面目だったろ、なんだこれ

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:06:26.46 ID:zzTAaJwf0<>
「ともかく、君は自分なりの存在理由を見つけているわけだ。もう物の怪にも呪いにも転化する可能性もないだろう」

ヨダさんは腕だけをほら貝にして(中々にクリーチャー)、そんなことを言ってくる。いや話に集中出来ねぇよ

「ま、これから末永くよろしくね。そして、彼女のために頑張ってね、『プロデューサーくん』」

「……はい!」

彼女(今は男の姿)は部屋を後にした。いや、男の体だと監視カメラとか……

「プロくん。」

「あっはい、なんすか?」

「君は、俺に出来てない事をしたんだ。誰かのために存在するという、尊ぶべき理由を持った。誇って欲しい、君は俺の何倍も素晴らしい存在だ」

「なんすか急になんか……むずかゆいっていうか」

「君はスゴいんだよ……そろそろ時間だ、俺も帰るよ。次逢うときは、君に誇れるような理由を持っておけるように頑張るよ」

それじゃあ、とうっさんも帰って行った。いや姿が男のままだから問題になりそうな気が「侵入者だーー!」「不審者!」「どっから入ってきた!」「やっべ逃げますよヨダさ、こいつほら貝になりやがった!」問題になっちゃってるじゃないですか

いや……なんか……なんだったんだ……

とりあえず寒いしエアコンつけるか

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:06:53.24 ID:zzTAaJwf0<>
―――
――


冬が終わった。

桜が咲いて、花粉が舞い散る季節。この部屋からは桜がよく見える。三度目の春に見る、初めての景色だ。俺はまた干されてる。洗濯機がドラム型からタテ型になって初めての洗濯だった

「それじゃ、行ってきます!」

スーツ姿になって、コミホは玄関へ向かう。今日が大学の入学式らしい。初めての一人暮らしをしてはや3週間、まだ慣れないけれどゴミ出しは忘れなくなった

背後でドアが閉まって、鍵のかかる音がした。ベランダから下へ視線を移すと、コミホがちょうど歩道を歩いているところだった

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:07:23.42 ID:zzTAaJwf0<>
今日からまたコミホは新しい事を始める。大学生がどんなもんか知らないけれど、きっと楽しい出来事が多いと思う

アイドルとして、人間として、小日向美穂は多くのことを経験する。これまでも、これからも。

歌って、踊って、演技して。美味しいものを食べて、寝坊して、恋をする。そんな、これからもっと多くのことを経験するコミホが安らげる存在でいよう

俺の毛がボサボサになって色落ちして、日焼けしてシミが付いて、お前がゴミ箱に入れるその瞬間まで。コミホのくれた「プロデューサーくん」としてのものを使わせてくれ

……まぁ、とりあえず。入学おめでとう。それから

「行ってらっしゃい、コミホ」

歩道のコミホが振り返る。ベランダで干される俺を見る。手を振った

歩き出す彼女の背中を見る。

ああ、良い景色だ

〈おしまい〉

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◆U.8lOt6xMsuG<>sage saga<>2019/03/14(木) 22:09:01.95 ID:zzTAaJwf0<> ここまでです、ありがとうございました

元ネタは小説 仮面ライダーオーズ「バースの章」です <>