◆swglAuXS56<>saga<>2020/02/24(月) 22:48:21.97 ID:EqlApZsi0<>・過去に投稿したSSを妄想し直して再投稿。
・前の酉は忘れた
過去の投稿まとめてくださったサイト様
http://elephant.2chblog.jp/archives/52135727.html
・ひとまず序章を投稿(書き溜め済み)
・いちおうR-15
・感想乞食なので書いてくれたら射精する。<>【オリジナル】イノセンス
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 22:51:52.76 ID:EqlApZsio<> 【序章:出会い】
戦火の中を一人の少年が歩いている。
全身黒の軽装鎧、頭は黒のフードで覆われ、表情は見えない。
左手に片刃の剣を携え、燃え盛る建造物と道に転がる死体の中をただ歩いている。
目の前に幼い少女が佇んでいた。
頬には何重にも涙の跡があったが、今は泣いていない。
泣きつかれたのか、流す涙も尽き果てたのか。
生者なのか疑わしいような虚ろな目で、ただ燃え盛る街を見つめている。
少女は少年の姿に気づいて、視線を向けた。
少年が一歩一歩距離を詰める、だが少女に逃げる素振りはない。
手を伸ばせば届く距離、少女は悟ったように目を閉じて、膝から崩れた。
少年は両手で剣を持ち直し、足元に跪いた少女の首めがけ、刃を振り下ろした。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 22:53:57.08 ID:EqlApZsio<>
「はっ!!」
シルフは目覚めると同時に身体を跳ね上げ、枕元の剣を掴むと半身まで刃を抜いた。
ベッドの軋む音、毛布の感触、全身の汗が部屋の冷気に晒され、身体が急速に冷える感覚で、我を取り戻した。
まだ呼吸が乱れていたため、二、三度深呼吸をして、剣を鞘に収めて脇へ置いた。
いつもは起床のラッパで目覚めるが、ずいぶんと早く目覚めたのか、部屋は窓から入る僅かな日差しでうっすらと見える程度だ。
シルフは黒髪を掻き上げて、目をつむって項垂れる。
汗をかいた頭髪に指が入って頭まで冷えたおかげで、思考も冷静になった。
「久々に嫌な夢を見た、な…」
二度寝できる気はしなかったので、ベッドから降りて日課のウォームアップを行うことにした。
麻のシャツを脱ぎ、上半身裸になると、目の前の姿見鑑を一瞥する。
左肩から胸元まで刻まれたトライバルタトゥーと傷跡だかけの身体、細身ではあるが無駄な贅肉のない鍛え上げられた身体が映っている。
全身の腱を伸ばし終えたら、そのまま片手で逆立ちになり、ゆっくりと体重を落とし、戻す。
ただ、その動作も三カウント目を終えたところで、ノックの音に邪魔をされてしまった。
木製の戸を叩く音、素手で叩いたものにしては響くので、相手は金属製の籠手をしていると分かった。
となれば、宿舎を警備している兵士のものだろうと察しがついた。
いくらなんでも上半身裸で出迎えるわけにはいかないので、シャツを羽織り直し、ボタンを掛け、ゆっくりと扉を開けた。
開けた先にはシルフより頭二つ分の背丈があろうかという屈強な兵士が二名、シルフを前にした途端に直立不動の敬礼をしてみせた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 22:55:17.54 ID:EqlApZsio<> 「シルフ隊長!!早朝より大変失礼致します!!」
「おはようございますッス!シルフ隊長!」
「これは、ヘルベルト殿、マーディン殿、夜勤の努めお疲れ様です。
如何されましたか?」
壮年で短髪の男をヘルベルト、まだ二十歳そこそこの癖毛の青年がマーディンである。
シルフは二人に向かって丁寧に会釈し、笑顔を向ける。
こと上下関係、序列の徹底されている王国の正規軍において、シルフのこの丁寧な対応はなかなか有名だった。
魔法剣技部隊、通称「レンジャー」の少数精鋭をまとめ上げる隊長であり、国王に重宝されている身でありながら彼はどんな相手だろうと徹底して礼儀を尽くす。
下士官だろうが、新兵だろうが、傭兵だろうが、である。
この親しみやすさは特に若い兵士に好評だった。
もちろん疎ましく思う者もいる。
国王直轄の騎士団の中で、貴族の出自の者などが特にそうだが、態度というより、彼がこの国に来た経緯と役職に対する嫉妬と言える。
とは言っても、彼の実力は認めざるを得ないため、面と向かって突っかかるような輩は現在はいないのだ。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 22:56:10.91 ID:EqlApZsio<> ヘルベルトが苦笑いを浮かべ、鼻先を掻きながら答える。
「いやぁ…、それが王女様がこの宿舎に参られまして、シルフ隊長に逢いたいと…」
「俺感動しました! こんな近くで王女様にお会いできるなんて!」
話の腰を折られたヘルベルトがマーディンの頭をコツいた。
大して力など入っていないが、金属で保護された指の関節で小突かれたので、それなりに痛そうだ。
シルフはすぐに合点がいった様子で、壁に立てかけてあった厚手のローブを羽織って部屋を出た。
ヘルベルトとマーディンもあとに続く。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 22:59:03.16 ID:EqlApZsio<> 宿舎の食堂はちょっとした騒ぎになっていた。
朝の暇にカードゲームを楽しんでいた兵士などは大慌てで賭けに積み上げていた小銭を片付けていたし、食房で朝食の仕込み作業していた兵士も手を止めて配給を行うカウンターの前に整列している。
そんな周りの反応などお構いなしに、少女は満面の笑みで周囲の兵士にじゃれついていた。
ヘルト連合王国王女 ソフィア・プリスタイン、まだ五歳の幼子には自身の立場を理解するには早すぎるようだ。
その状況にどう対応していいのやら困り果てた付き人の侍女があたふたと王女の後ろついて回っては、兵士に頭を下げている。
侍女にとっても兵士の宿舎に来るなど初めてのことなのだ。
「姫様」
ヘルベルトとマーディンを連れたシルフが食堂に入ると同時に声を掛ける。
その声に即座に反応したソフィアは歓声を上げながらシルフに抱きついた。
「シルフおはよう! 会いたかった!」
「おはようございます、姫様。
…姫様、無闇に走ってはいけないと、女王陛下よりお教え頂いたはずですよ」
「う…、だって…、早く会いたかったから…」
シルフはソフィアの目線まで腰を落として、彼女の両手を優しく握った。
笑顔は崩していないが、まっすぐにソフィアの目を見据える。
彼女はバツが悪そうに視線を泳がせる、これは彼のお説教モードなのだ。
「姫様、なぜお城ではなくこちらへいらしたのですか?
給仕の方々に無理を言って、連れてきて頂いたのではないでしょうか?
姫様の我儘で、皆様にご迷惑を掛けてはなりません」
「…うん」
「両陛下がご不在でお寂しいのはわかります。
しかし、姫様に何かあった時に責任を取らなければならないのは、ここにいる方々なのです。
ご自分の御立場を弁えて頂かなくては困ります」
「う…うぅ…ご、ごめん…なさい」 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 22:59:59.19 ID:EqlApZsio<> 長いプラチナブロンドの睫毛の大きな碧眼から大粒の涙が込み上げて頬を伝っていく。
しゃくりあげながら肩を震わせるソフィアも見て、シルフは彼女の肩を抱き寄せた。
”やれやれ”と軽くため息をつきながら、頭をなで、背中をさする。
こうなってしまっては、これ以上叱ることはできない。シルフもソフィアの涙には弱かった。
いよいよ本格的に泣き出してしまったソフィアを抱き上げて、周りの兵士達に軽く会釈する。
事の顛末を見守っていた彼らもそれぞれ持ち場に戻り、ちょっとした早朝のドタバタは幕を閉じた。
ソフィアを抱きかかえたまま、シルフは侍女へ頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けしました。
姫様は私がお城までお連れしますので、どうぞ仕事にお戻り下さい」
「は、はい…。
あの、僭越ながら…、あまり王女様を怒らないであげて下さい…。
シルフ様にお会いするのは楽しみにしてらしたので…」
「ええ、私も姫様に嫌われたくありませんから。
それよりも、少し姫様と散歩にでようかと思いまして。
外は寒いので、そちらの羽織ものを着せたいのですが」
「あ、はい。
王女様、さぁ、こちらのお召し物を」
ソフィアを一度床に立たせて、美しい白狼の毛皮の外套をソフィアに着せる。
首元までファーが覆うので、非常に暖かそうだ。
「我儘言って、ごめんなさい…」
胸元のボタンを締める侍女に向かって、ポツリとソフィアが呟いた。
涙で濡れた瞳で、必死に許しを請うような表情に一瞬驚いた侍女だが、すぐに慈愛に満ちた笑顔で応えた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:01:10.88 ID:EqlApZsio<> 「滅相もございません、王女様」
「姫様、よくご自分から謝ることができましたね。
シルフは誇りに思います」
「…うん」
ソフィアは照れくさそうに顔をフードで隠すと、シルフの首に両手を巻き付けて抱っこをねだった。
「それでは」と宿舎から出ようとするシルフにヘルベルトとマーディンが声を掛ける。
「あ、お待ち下さいシルフ隊長」
「部屋に剣を忘れてますよ! 勝手に触っちゃってすみません!」
マーディンが大事そうに両手に抱えた剣を差し出してきた。
長さは一般的な両刃の片手剣と同様の長さであるが、細身の湾曲した刀身を収めるため木製の鞘も曲線を描いている。
柄頭と十字鍔に金色の装飾が施されているが、それ以外は黒一色だ。
グリップに巻いてある革が手垢で変色している以外は不自然なほど美しい外観をしていた。
「申し訳ありません。
それは私の部屋に置いておいて頂けますか」
「えぇ? い、いいんですか?」
「姫様が怖がるんですよ、それを身に着けていると」
「は、はぁ…」
「それに、その剣には呪いが掛かっているので、あまり触らないほうがいいですよ」
「いいッ!?」 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:01:55.53 ID:EqlApZsio<> 「冗談です」とクツクツ笑いながら「それでは」とまた一言残して、ソフィアを抱きかかえたシルフは宿舎を出ていった。
「はっはっはっ、誂われちまったなぁ、マーディン?」
「いや、なんつーか、シルフ隊長ってすげー良い人なんスけど、掴みどころがないっていうか…。
あの人って、この国の人なんですか?」
「あん? おまえ知らねーのか?」
「いや、俺より年下に見えるのに、一個部隊の隊長なんてすげーなぁ、て思ってましたけど…」
「あの人は外から来た人だよ、俺らと同じさ。
あの人はな…」
―――――女王陛下と王女様の命を救った人だ <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:02:56.51 ID:EqlApZsio<> ヘルト連合王国は大きく三つの地区に分かれている。
広大な湖の中心にある小島に、王城、貴族階級の住居・宿泊施設を備える最も狭い地域を「ムート区」。
職人、商人、教会関係者の住居の他、庁舎、各種ギルドホールなど、交易・都市機能の中心となる埋め立てられた地域を「クラフト区」。
クラフト区から東西南北に伸びる長い四つの橋から先、湖畔を造成した一般的な労働階級の人間が住む最も広い地域を「リーベ区」と呼ばれ、いずれの地区も砲撃に耐えられる厚い外壁で囲まれている。
王都の市民はクラフト区とリーベ区の行き来は自由であるが、ムート区への立ち入りは原則できず、往来する外部の人間は各地区に入る前に税を支払う必要がある。
湖から小高い山を挟んで流れる河川より先はすぐに海へ通じており、貿易港と軍港を備え、陸路以外の大量の物資輸送を可能にし、多種多様な物品、文化が行き交う交易都市とも言える。
シルフはソフィアも抱き抱えながらムート区の遊歩道を歩いていた。
立ち並ぶブナの木は紅葉の絶頂期なら美しい黄金色や茜色になるが、本格的な冬の到来が近づいているせいか、葉は散りはじめてしまっている。
早朝のせいか、行き違うのは礼拝の行き帰りの僧侶が多く、シルフの事を知るものは立ち止まり手を合わせて深々とお辞儀をした。
中にはソフィアの存在に驚くものもいたが、まぁ、シルフがそばにいるのなら、と騒ぎ立てることもなかった。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:04:27.56 ID:EqlApZsio<> 「おお、シルフか」
「これは、アルド老師様、おはようございます」
紺色のローブを着たやや恰幅のいい初老の男が、たっぷりと蓄えた顎髭を撫で付けながらシルフ達に声を掛けてきた。
ヘルト連合王国常備軍の兵科の一つ「魔闘士」を束ねる武官の一人、アルド・ハバーだ。
「ああ、おはよう。
ところで…、抱き抱えておるのは姫様かな?」
「ええ、まぁ、ちょっと一悶着ありまして。
こうしていたら、また眠ってしまいました」
「うんうん、寝子は育つというしのぉ。
いやぁ、女王の幼い時を思い出す…、かわいい寝顔じゃ。
ますます孫に会いたくなったわい」
「魔闘士部隊の士官の皆さんは今日から休暇に入られるはずですが、アルド老師様もご自宅に戻られるのですか?」
「ああ、娘も婿殿も一緒にな、ほれ」
アルドの視線の先に、連れ立って歩く男女がこちらへ手を振っているのが見えた。
白を基調としたダルマティカに上からカズラとストラに身を包んだ女性僧侶をルイーサ・ハバー、チェニックの上から毛皮のコートを羽織った男をエドゼル・ハバーという。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:05:40.65 ID:EqlApZsio<> 「やあ、シルフ君。朝から姫様のお守りかい?
宿舎に寄った時に聞いたよ、君が姫様を泣かせたってね?」
エドゼルがニタリと笑いながら茶化すようにシルフに詰め寄った。
「ハバー中尉…、それにはやや語弊があります…」
「はっはっは! わかってるよ、でも事実だろう?
それより、肩書で呼ぶのはよしてくれ、休みの日ぐらい仕事は忘れたい。
エドゼルで構わないよ」
「は、はぁ…」
「あなた、シルフ様が困っているでしょう、お戯れが過・ぎ・ま・す・よ」
エドゼルの隣にいたルイーサが彼の背中をつねりあげる。
「いぐぅッ!? わかったわかった!悪かったよ!
しかし、こんな朝早くに姫様を城からだすなんて、女王陛下もよく許したね」
「いえ、両陛下は同盟のご領主様へ冬至の挨拶に行かれているのです」
シルフの言葉に「なるほどね」とエドゼルは合点がいったようだった。
そして、そんな事も把握していなかったエドゼルの脇腹を妻のルイーサがつねりあげた。
「それで寂しくてシルフ様に会いにに行ってしまったのですね」
ルイーサがシルフの腕の中で眠るソフィアを慈しむ笑顔で髪を撫でた。
その話を聞いていたアルドが「はて」と思った疑問をシルフに問いた。
「王族の外出はいつもお主が護衛を務めておっただろう」
「ええ、まぁ、そうなんですが…。
私の部隊の年長者から…」
―――隊長、両陛下の護衛は我らが同行いたします!
―――そうです! 隊長、たまには休んで下さいよ!
―――我ら四人もいれば、隊長の代わりにもなりましょう!
―――てゆーか、隊長はいつ寝てるんですか!? 倒れたら私達が困るんですけど!! <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:06:12.10 ID:EqlApZsio<> 「などと言われまして、国王に進言したところ、問題なし…とのことで…」
「ふむ、フェンリル一族に騎士に魔闘士、それにお前の部下が四人、何も問題ないではないか! はっはっは!」
「良い部下を待ちましたね、シルフ様」
「ええ、みんないい子たちです。
…ただ、騎士の方々とうまくやってくれればいいのですが」
複雑な表情で視線を落としたシルフにエドゼルが引きしめた表情で口を開いた。
「子離れできない親にしびれを切らして、子が巣立とうとしてるんだ。
シルフ君、君の底抜けの優しさは良いところだけど、最大の弱点でもある」
「ちょっと、あなた…」
「シルフ君、僕は君をこの国で最強の剣士だと思ってる。
家柄だとか、口先だけの騎士道精神に陶酔している騎士団なんか目じゃないさ。
だから、魔闘士から独立させた魔法剣技部隊を君に任せたんだ。
それをいつまでも籠の中の鳥にしておくのは困るよ」
「面目ありません…」
「おっと、自分から仕事のことは忘れたいといっておきながら…、悪かったねシルフ君。
大丈夫、君は僕の自慢の部下だ。 君の部隊のこともちゃんと評価しているよ」 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:06:54.24 ID:EqlApZsio<> 上司と部下のちょっとした諍い、というには上司の一方的な説教にルイーサは自分の夫の性格にため息がでたが、まぁ、仕事になると熱心になるところに惚れているという自覚があるので目をつむることにした。
それよりも、ルイーサはある提案をしてみることにした。
「シルフ様、もし宜しければ姫様と一緒に私達の家に来ませんか?
私達の娘は姫様と同い年なの、きっと仲良くなれると思いますの」
「それはよい! 聞けシルフよ!
さすが我が孫じゃ、もう魔法に興味を示しておる!
幼児向けの魔法文学書をたんまり買ってやるつもりじゃ、喜ぶかのぉ」
「使用人からも手紙が来ていてね、もう三ヶ月も帰れていないから、やはり寂しがっているみたいなんだ。
姫様となら、良き友になれるんじゃないかな」
三人から矢継ぎ早に言われて、あっけにとられるシルフだが、腕の中で眠るソフィアを見て、この話を聞けばさぞ喜ぶだろうと想像し、思わず心が高鳴った。
だが、無断で王女を連れ出すことにはやはり戸惑いもある。
そんなシルフの様子を見抜いたアルドが側近の肩をパシリと叩いて見せた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:07:28.36 ID:EqlApZsio<> 「心配せずともよいぞ!
王にはワシから弁明してやる! 心配するな!」
「国王陛下は問題ないかと、問題は女王陛下がなんと仰るか…」
「あら、女王陛下でしたら私からお話しますわよ。
元同期ですもの、うふふ」
「はぁ…それはとても心強いです」
「決まりだね、準備を整えて午前中に出よう。
うちで少しゆっくりして、クラフト区の市場に出かけよう!」
「…みんな、市場にいくの?」
目を覚ましたソフィアは、まだ覚めぬ目をこすりながら、一同を見回し問いかけた。
「ねぇ、シルフ、みんな市場にいくの?」
「ええ姫様、ここにいる皆様と一緒に、市場へ行くのですよ」
シルフの言葉に隠せない喜びと興奮がソフィアの表情に現れる。
キラキラと輝く宝石のような目をしながら、するりとシフルの腕の中から飛び出て体全体で喜びを表現するように走り出した。
「やった!! やったぁ!! ねえシルフ!! 早く行こう! すぐに行こう!!」
「姫様ッ、そのように走ってはなりません!」
シルフの警告は一歩遅かったようで、外套の裾を踏んでしまったソフィアは仰向けで芝生に倒れ込んだ。
石畳に頭を打たなかったことに安堵しながら、シルフが駆け寄ったが、彼女はキャーキャーとはしゃいで聞かなかった。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:08:47.98 ID:EqlApZsio<> 魔闘士とは主に破壊魔法を駆使し、敵を討つことに重きを置いた兵科である。
鉄砲や大砲が普及しつつあるこの世界に置いても、歩兵の後方から強力な魔法攻撃の支援を行える戦の要となる部隊だ。
同盟を結んだ各国の貴族階級の人間を主体に構成され、武系貴族が支持母体となる連合騎士がこの国の花形であるが、魔法の才さえあれば出世ができること、破壊魔法以外の変性・付呪・魔法薬学といったこの国を支える魔法科学分野へ転身が容易であり、それを支える大商人や魔導系貴族の後ろ盾を持っていることから、騎士団以上の権威があると言われている。
魔法剣技部隊、通称「レンジャー」はエドゼル・ハバーの提唱で魔闘士部隊から枝分かれした新設部隊である。
本来専業である武と魔法の両方を駆使し、単騎でのあらゆる作戦行動を行えるだけの技量を持つ兵士を育成するという着想で立ち上げられたが、その具体的な兵士像というのはエドゼル自身もシルフに出会うまではっきりしなかった。
風属性の魔法を操り、常人離れした剣技で相手を圧倒する姿から「風神」の異名を轟かせた男に、エドゼルは惚れ込んだのである。
そんな大役を任された彼は、目下のところ、隊の資金繰りやスポンサー集めに奔走しているのが現状であるが…。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:09:29.39 ID:EqlApZsio<> 時刻は午前、城門の前で先に待っていたシルフとソフィアは門番のヘルベルトとマーディンに事情を説明していた。
「そういう訳で、本日、姫様はアルド老師のお誘いで一緒にクラフト区の市場まで足を運びますので、私も同行致します。
終課の鐘が鳴るまでには戻りますが、何かありましたらレンジャー隊長補佐エアンストまでお知らせ下さい」
「はっ。承りました。
我らは午前で交代ですが、後続のものに引き継ぎ致します。
どうぞ道中お気をつけて」
「王女様、楽しんできて下さいッス!」
「うん! 楽しみ!」
一足遅れて、アルド、ルイーサ、エドゼルの三人が城門まで駆けつけた。
「おおシルフよ、遅れてすまんな!」
「もうっ! お父様ったら!! あれだけ準備を整えておいてと言っていましたのに!」
「まぁまぁ、いいじゃないか、時間はたっぷりあるんだから」
「けっけ、敬礼!」
ヘルベルトとマーディンが慌てて敬礼をした。
一般兵の彼らには騎士団も魔闘士も、シルフを除けば、かなり近寄りがたい存在なのである。
それが、魔闘士の士官ともなれば尚更だった。
常日頃、一般兵科、騎士団、魔闘士の確執を憂いているアルドはため息混じりに二人の肩を叩いた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:10:35.68 ID:EqlApZsio<> 「よいよい、かしこまるな。
わしらは暇をもらう立場じゃからな。 努めご苦労じゃ」
「は、はっ! ありがとうございます!」
「光栄の至りでございまス!!」
「まぁ、固くならないで、僕ら王室の人間じゃないよ?」
意味不明な返事をしたマーディンにツッコミを入れるエドゼルの背後からソフィアが顔を出すと、マーディンの手の甲に傷があるのを見つけた
いそいそと前に出ると、両手で抱き込むように握った。
「お手て、怪我してるよ?」
「お、王女様!! 俺の手なんか触っちゃだめッスよ! 汚いッス!」
「汚くなんかないよ! みんなお城を守ってくれる働き者なんだって、お母様が言ってたよ!!
だから汚くなんか、ないよ?」
「え…?」 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:11:17.95 ID:EqlApZsio<> ソフィアの言葉に周囲が”はっ”と静まり返った。
民を想うのが仮にも人の上に立つ人間に必要な素質であるならば、この幼い姫君には十分に備わっているのだと今の言葉から十分に理解できる。
それを直球でぶつけられたマーディンは熱い感情が込み上げてきたのか、感涙に頬を濡らすのだった。
「え?え? 痛かった!?」
「痛く無いッス!! 俺は…俺は…王女様のおかげで不死身になったッス!!」
大の男の涙に狼狽えたソフィアだが、そういえば遊んで怪我をして泣いている自分にシルフがしてくれた「おまじないの言葉」を思い出し、目をつむりながら思い切り叫んだ
「えーい! 痛いの痛いのとんでけー!!」
再びあっけに取られる周囲などお構いなしに満足げなソフィアはマーディンを見上げながらはつらつとしている。
「ね? これでもう痛くないよ!」
「は、はい! ありがとうございますッス! 王女様!!」
こうしてヘルベルトとマーディンは家路につく一行の姿を見送った。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:12:12.04 ID:EqlApZsio<> 「マーディン、お前よぉ、泣くやつがあるかよ」
「だって俺感動したんスもん! なんて良いお方なんだ…王女様…」
「まぁな…、俺は売り飛ばされてこの国に来た人間だから、なおさら思う。
ここはいい国だ、女房も貰えたし、娘を授かった」
「あ、ヘルベルト先輩…、すんません、俺、知らなくて…」
「別に気にすんなよ。
元奴隷の人間なんてこの国じゃ珍しくねぇ、むしろこの国に導いてくれたことを女神ネイト様に感謝しなくちゃな。
…それより、お前の手の怪我、あとで医務室で見てもらえよ、雑菌が入ったら面倒だぞ」
「ああ! 大したことねぇっすよ! こんなもの唾つけとけば治る…!?」
ふと自分の手の甲を見たマーディンは先程まであった擦り傷が跡もなく綺麗に治癒していることに気がついた。
それどころか、夜勤明けの身体が軽くなっているし、眠気もない、そして猛烈に腹が減った。
まるで身体を回復するための栄養補給を必死に訴えているようだった。
「ヘルベルト先輩! 仕事終わったら飯いきましょう!」
「おお…別に構わねぇが、急にどうした?」
「とにかく腹が減っちまって! 新しく出来たステーキ屋にしましょう!
すげー美味い肉を分厚く出してくれるんスよ!!」
「お、いいねぇ。
いっちょ、精をつけていくか!」
「ういッス!!」
マーディンは強烈な空腹感で、傷のことはさっぱり忘れてしまっていた。
だが、ソフィアがまじないを唱えた瞬間に起きたことはシルフたち魔法を生業にする者にははっきり分かった。
魔法の根源 ”マナ”の躍動、聖職者が長い修練の末に獲得する治癒魔法を彼女はたった五歳という年齢で無意識に放ったのである。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:14:29.54 ID:EqlApZsio<> この世界の魔法は”マナ”と呼ばれる実体のないエネルギーを根源として存在している。
マナは大気、水、動植物、鉱物、あらゆる物質に干渉し、古くからその利用方法が研究されてきた。
魔法を使役する者は己の体内にあるマナを消費し、神秘の力を発揮することができるのである。
蓄えられるマナの量、一度に使役できるマナの量、マナによって発揮できる力の種類と影響力を総合したものが「魔力」であり、魔力の高い魔法使いほど優れているとされてきた。
「魔闘士」を例えに出せば、どれだけ強力な破壊魔法をどれだけ短時間に発動でき、どれだけ長時間使役できるのかを考えれば分かりやすい。
当然だが、魔法を使役し、それを業とする者は少数であり、大半の人間は魔法が使えない、あるいは使えても業として役に立たない、まして興味もない者が圧倒的ある。
それらの大多数の人間にも魔法の恩恵を得ることができ、引いては社会の発展に貢献するために魔法工学と呼ばれる学問が生まれ、マナを含む物質を資源として活用し、生活水準を向上させる産業ができた。
これについてはまたの機会に書きたいと思う。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:16:40.46 ID:EqlApZsio<> 閑静な邸宅が立ち並ぶ通りにアルド達の自宅があった。
それほど広い庭ではなかったが、手入れが行き届いており、植えられている多種多様なハーブはルイーサの趣味なのだろうか、香草や薬の原料になるものまで様々だ。
「おーい、誰かいるかの?」
アルドがやや声を張り上げて人を呼ぶと、邸宅の奥で庭作業をしていたらしい初老の男が早足で近づいてきた。
シワひとつない燕尾服、シミの一つもない真っ白なシャツ、光沢のある白手袋を完璧に着こなし、スラリとした長身に品があり無駄のない身のこなしをしていた。
「これは大旦那様に旦那様、奥様、おかえりなさいませ。
おや、お客様ですかな?」
「ああ、僕から紹介しよう。
我が魔闘士団が誇る魔法剣技隊隊長であり国王の側近であるシルフ君。
アダルハード・プリスタイン国王のご息女ソフィア様だ」
「こ、国王のご息女、これはッ!」
男は驚きの表情とともに、すぐさま片膝を地につける最敬礼を行った。
「遅ればせながら、ハバー家にて執事長を務めるアデル・マイヤーと申します。
何卒、お見知りおき頂きたく存じます」
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。 シルフと申します。
本日はソフィア王女共々、お世話になります。
どうぞお顔を上げて頂けませんか」
「はっ!」
「さぁ、姫様。
はじめてお会いする方にはご挨拶するようお教え頂いたはずですよ」 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:18:06.69 ID:EqlApZsio<> ソフィアは緊張の面持ちで、一歩前に出る。
別にはじめてのことじゃない。
王室に訪れる貴族にだって何度も挨拶しているのだ、と、呼吸を整えた。
「おっ、おっ、お初にお目にか、掛かります!
ソフィア・プリスタインでしゅ!
ど、ど、どうぞお顔を上げてい、い、頂けませんか!?」
「ははぁッ!」
彼はすでに顔を上げていたし、そしてもっと気楽な挨拶でよかった。
カーテシーで膝が震えてすっ転びそうになったのをシルフがさり気なく支えていた。
律儀に最敬礼のまま頭を下げてくれたアデルはさすが執事長といったところだ。
「驚かせてすまないね。
現在、国王、女王、両陛下とも不在でね。
姫様もずいぶん寂しい思いをされていたみたいで、僕らからお誘いしたんだよ。
シルフ君は留守中に姫様のお側にいたしね、護衛として、客人として来てもらったんだ」
「そういうことじゃ。
夕食を馳走したいからの、準備を進めてくれるかの。
それと、昼は外で摂ろうと思っての、カーリアを呼んでほしいんじゃが」
「お嬢様でしたら自室で読書を…、おや、参られたようですな」
玄関の扉越しでも聞き取れるほどドタバタと音を立てながら、バンと扉を開いて少女が飛び出てきた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:18:41.55 ID:EqlApZsio<> 「パパ!! ママ!! おじいちゃん!! おかえり!!」
「おっと、いい子にしてたかい? カーリア」
「ちょっと身長が伸びたかしらね。 うふふ」
「おおー、変わらず元気がよく安心したぞい」
セミロングの黒髪に金色の瞳、ニカっと笑ったときの八重歯が特徴的で活発そうな少女が飛び跳ねながら三人の帰宅に喜んでいる中、エドゼルが手を指してシルフとソフィアを紹介する。
「さぁ、カーリア、今日はお客様がいらしてるんだ、ご挨拶しなさい」
「お客様?」
少女の双眼がシルフとソフィアに向けられる。
それに気づいたソフィアは「ひっ」と小さい悲鳴を上げて、シルフの後ろに隠れてしまった。
無理もない、ソフィアは同年代の子供と会うのはこれがはじめてのことだ。
シルフは小さいため息をつき、腰にソフィアを纏わりつかせたまま、カーリアの前まで歩み出た。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:19:19.59 ID:EqlApZsio<> 「カーリア様、お初にお目に掛かります。 私、シルフと申します。
どうぞお見知りおきを」
「わっ」
彼女の前に跪くと、小さな手の甲にそっと口づけた。
この行為にその場にいた男衆の眉間にシワが寄ったが、それはどうでもいい。
ルイーサは頬を赤らめるカーリアに「まぁまぁ」と感心してしまった。
この先、自分の子供の新しい表情を見るたびに同じ感情を抱くのだろう。
挨拶を終えたシルフはいつまでも自分の背中にひっついているソフィアを多少強引に引きずり出し、カーリアの前に立たせると、「さぁ、姫様」と背中を押した。
顔を真赤にしたソフィアがもじもじとして目を合わせられない様子をカーリアはポカーンと見つめている。
「あ…あの…、わ、わたしは…、あの…えっと…」
「……っかわいい―!!!」
「はわぁ!?」
ソフィアよりちょっとだけ背の高いカーリアは頬を赤らめて恥ずかしがる様子の彼女にメラメラと守護欲を掻き立てられたのか、思い切り抱きしめた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:20:18.80 ID:EqlApZsio<> 「名前は!?」
「ソッ、ソフィア…」
「シルフ様は姫様って言ってるよ! どっちで呼べばいい!?」
「ど、どっちでも…」
「じゃあ姫だね! 決定!!
うち、ワンちゃんいるよ! ワンちゃん好き!?」
「う…うん! 好き!!」
カーリアに手を取られたソフィアはやや引きずられるように屋敷の奥に連れて行かれた。
様子を見守っていたシルフは安堵の表情をしながら呟く。
「杞憂でしたね」
「なにがじゃ?」
「姫様は同い年のお譲様と接する機会がなかったものですから、どうなるかと。
カーリア様には感謝致します」
「いいえ、私達も心配でしたの」
「カーリアも、この家に閉じこもる事が多くてね。
機会は何回かあったのだけれど、家柄が家柄だけに他所の子供の親が遠慮しちゃってね。
決して悪気がないのはわかっていたんだ、でも、親としては複雑だろ?」
「まぁ、家柄が軍属となると、尚更じゃな。
いままで可哀想な想いをさせてしまったわい」
「ああ…、お嬢様に素敵なお友達が出来て…、私めは感動の至でございます…」
アデルは感涙に頬を濡らし、保護者一同は一仕事終えた心地で胸をなでおろした。
しかし、アルドがなにやら含み笑いを浮かべてシルフを肘で突いた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:21:03.70 ID:EqlApZsio<> 「シルフよ、先ほど孫に触れたな?」
「ああ、これは失礼を…」
「違うわい。
お前も魔法使いなら分かるであろう、あの子の素質を」
「なるほど…ええ、手に触れた瞬間に、凄まじいマナの脈動を感じました。
それも全体のほんの一片に過ぎないでしょう」
「魔導系の家に生まれた者の宿命と言うのかな。
僕もルイーサも、ちょっと複雑だよ」
「あれほど強大なマナを身に宿していれば、周りが放っておかないでしょう…。
願わくば、普通にお友達を作って、結婚して、幸せになってほしいと思うのが、親の本音ですの。
先程、姫様とお会いした時のあの子の笑顔…、ごめんなさい…ちょっと」
ルイーサはスカートから取り出したハンカチで目頭を拭った。
そんな彼女の肩をエドゼルが抱き寄せる。
そんな二人の姿を見て、シルフは門前でマーディンの傷を癒やしたソフィアを思い浮かべた。
あれも奇跡に近いものだ。
それを幼い王女が行ったとあれば、この国の民衆はさぞ活気だつであろう。
それが良いことなのか、それとも悪いことなのか、しばし考え、国王、女王に報告はするが公にする必要はないという考えに至った。
マーディンにも他言無用と頼んでおかなければならないだろう。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:21:56.29 ID:EqlApZsio<> 「さて、皆の衆!!
しみったれた話は酒でも飲みながらすればよい!
ひとまず中に入ってくつろぐとしよう」
沈んだ雰囲気を吹き飛ばすようにはつらつとアルドが邸宅の中に入っていった。
いつの間にやら控えていた女中とアデルが全員の荷物を運び始め、この場は一旦お開きになった。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:22:41.57 ID:EqlApZsio<> ヘルト連合王国を大変革をもたらしたものが魔法機械だ。
魔法使いが体内のマナを源として魔法を発動するというのは先に説明したが、マナはこの世界のあらゆる物質に普遍的に含まれている。
人の体内にあるマナを魔法として使えるのであれば、マナを含有する物質に魔法の属性(地・水・風・火・光)を与えることができるという考えから生まれた魔法を「付呪(エンチャント)といい、これを行える魔法使いを「付呪師」呼んだ。
付呪された品々はこの世界では古くから魔導器と呼ばれ、魔法使いたちに愛用されており、歴史は長い。
ただし、付呪された呪物が効力を発揮するには使い手に魔力が必要なため、必然的に魔法使いだけが扱えるものとされてきた。
これを魔法使いを介さず、属性をもった呪物、主に付呪された魔法石から神秘の力を人工的な機構を用いて取り出すことに成功したのはヘルト連合王国にあるヘルト魔法大学院魔法工学科のドワーフの研究者達だった。
これに改良を重ねて作り出した魔法機械の中でも空間を冷却する魔法機械はこの国の食糧事情を激変させた。
比較的長期の保存が可能な穀物類だけでなく、野菜や肉・魚といった生鮮食品までも塩漬け、燻製、乾燥をさせずに年単位の低温保存を可能にしたからだ。
大量の食料を備蓄できるということは、それだけ多くの人間を食わせることができ、一、二年程度の不作があっても飢饉を恐れる必要がなくなったことで急激な国力の向上につながった。
食品の価格は下がり、飲食店は常に豊富なレパートリーを提供でき、庶民は多種多様な食事におおよそ年中ありつくことができるようになったことで、一気に花開いた食文化はこの国への来訪者の増加による外貨獲得と多くの投資家の移住によって強力な経済基盤を作り上げたのである。
この魔法機械は同盟国に輸出されているが、核となる魔法機械の構造は秘匿とされており、消耗品である魔法石もヘルト連合王国で製造されているため、それらも国の重要な収入源となっている。
この技術を持っている上級職人達は特別な優遇とムート区での居住が許されており、人材流出防止にも余念がない。
「何よりも暑い夏に冷えたエールを飲むことができるってぇことは最高だな!」と国民たちは口を揃えて言うのだった。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:24:42.76 ID:EqlApZsio<> シルフ、ソフィア、ハバー家一行はムート区の関所を抜けてクラフト区の中央広場へ向かっていた。
身分証を見せられた関所の衛兵はソフィアの存在に大層驚いたが、シルフ達が事情を説明すると快く通した。
関所から歩けばすぐに中央広場があり、ヘルト連合王国の中で最も広い広場となる。
この広場は布告や祭りと様々なイベントに使われるが、そうでない場合は大抵市場が開かれ露天商の場所の取り合いとなる。
日用品、雑貨、家具、アクセサリー、食品、200平米程度の土地にぎっしりと出店がひしめき合っている。
ここから見える時計塔を備えた教会は待ち合わせの定番だ、商人のための商館、職人のためのギルドホール、庁舎などもこの広場に隣接している。
要はここに来ればなんでも手に入る、この国の台所だ。
「大変人が多い場所ですので、私の手を離してはいけませんよ」
「「はーい」」
シルフの注意に返事が二つ。
家を出てからカーリアはソフィアにべったりと引っ付いて離れなかった。
仲のいい姉妹のように腕を組んで歩く姿に、保護者一同顔がほころぶ。
広場の喧騒から少し外れた場所に本屋があった。
四階建ての建造物の一階、二階が本で埋め尽くされた非常に大きな本屋だ。
中に入ると紙とインクの匂いが濃い、奥には活版印刷機が見えるので、製本もしているのだろう。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:25:47.26 ID:EqlApZsio<> 「カーリア、新しい本を買ってあげよう。
おじいちゃんと一緒に見て回ろうかの?」
「姫も一緒にいくの!」
「カーリア、シルフ様は姫様から離れられないの。
仲良しになれたのはいいけど、ママ達の言うことも聞かなきゃだめよ?」
「…はぁい」
「さて、僕も久々に見て回ろうかなぁ。
民間の本も馬鹿にできないしね」
それじゃ後で、と、シルフの肩を叩いたエドゼルはカーリアをソフィアから引き離して奥に向かった。
名残惜しそうに手を伸ばすカーリアに、ソフィアは笑顔で手を振った。
「姫様も本を見て回りましょうか?」
「うん!」
店の中で何度も鉢合わせするのは気がひけるので、奥に行った彼らと別の方向から店内を見て回ることにした。
お世辞にも整理整頓が行き届いているは言えない陳列棚だが、大まかにジャンル分けはされているようだった。
歴史、音楽、工芸と流し見しながら、二人は二階へ続く階段を上がる。
二階に上がってすぐにソフィアはある一角に興味を惹かれたのか、シルフの手を取って足早に向かう。
そこには勇者に関する本をまとめたコーナーがあった。
勇者の英雄譚であったり、武器に関するものであったり、中には彼らの旅の間の食事をまとめたものまで、勇者という一ジャンルだけでもこれだけの本が書けるのかと感心してしまう。
ソフィアが手にとった本、印刷に手間の掛かるフルカラーの絵本である。
なるほど、これは子供の興味を惹くのも納得がいく、装丁にも丁寧な刺繍が施されている。
絵本と言っても片面が絵、もう片面は活字となっていて、幼児向けとは言い難かったが、まだ文字を十分に理解できないソフィアはペラペラとページを捲る。
あるページでは笑顔になったり、あるページでは眉間にシワを寄せたり、あるページでは悲しそうな顔をしたり、目まぐるしく変わる彼女の表情にシルフは思わず吹き出してしまいそうになった。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:26:45.01 ID:EqlApZsio<> 「姫様、その本がお気に召しましたか?」
「うん、かわいい…」
「では、その本を私からプレゼント致しましょう」
シルフを見上げる彼女の表情は最初に市場に出かけると伝えた時と同等に光り輝く笑顔になった。
この笑顔を見れただけで、シルフは顔が綻んでしまう。
たとえ、本にぶら下がっている値札に銀貨五枚と書かれていてもである。
銀貨五枚あれば、このクラフト区でそこそこのホテルの個室に食事付きで泊まれてしまう値段なのである。
「シルフ、読んでくれる?」
「ええ、もちろん」
「やったぁ!!」
「姫様、本屋という場所ではお静かに…」
「あ、ごめんなさい」
口元に一本指を立てたシルフの仕草を、満面の笑顔で真似る彼女だった。
<>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:27:44.64 ID:EqlApZsio<> 「はい、ありがとね。
えー、銀貨五枚、頂戴しますよ」
「姫様、これをご主人に」
シルフは財布から取り出した銀貨五枚をソフィアに手渡す。
「え?姫?」と眼鏡を上げた店主はシルフの隣にいるソフィアを見て、仰天した。
「ソ、ソッ、ソフィア王女様!?」
「はっ、はい!」
店主の仰天にさらに仰天したソフィアは思わず後ずさった。
「ご店主、本日はお忍びで参りましたので、どうか」
「め、滅相もございません!
王女様のお付きの方からお代を頂戴するなど恐れ多いこと…!」
「では、ソフィア王女の社会勉強ということで、どうか受け取って頂けませんでしょうか」
「さ、左様でございますか…。
では、ソフィア王女様、恐れながら…頂戴致します」
「は、はい…」
金を渡すだけで緊張しまくっている二人だが、ソフィアは差し出された店主の手に片手を添え、丁寧に渡す。
そんな所作さえも感動したのか、店主は真新しい革袋に銀貨を入れて、呼びつけた女房に金庫に入れるよう言いつけた。
革製のブックカバーやら色とりどりの栞などをおまけにプレゼントされ、シルフは一旦断ろうとしたが、ソフィアが喜んでいるので、快く受け取ることにした。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:29:50.64 ID:EqlApZsio<> ハバー家一行が本屋の買い物を終えるまで、シルフとソフィアは本屋の外で待つことにした。
途中、通りかかった女道化師が薬草の花の押し花と花蜜の飴を手渡してきた、どうやら薬の宣伝を請け負っているらしい。
残念ながら食品をそのままソフィアに食べさせる訳には行かなかったので、飴はシルフが預かった。
ソフィアが上機嫌に本と栞と押し花を眺めていると、ハバー家一行が店から出てきた。
「すまんすまん、遅くなったわい」
「ひめー!」
「カーリアちゃッ、はわぁ!?」
店から出るなり抱きついてきたカーリアをソフィアは素っ頓狂な声で受け止めた。
頬ずりまでされているソフィアは嬉しそうだが、若干困惑もしていて視線でシルフに助けを求めている。
抱きつくのはちょっと控えてもらおうかなぁ、とシルフが考えていると、「姫様が転んだらどうするの!」とルイーサが諌めてくれた。
「ごめんね、姫…」
「いいんだよ、カーリアちゃん」
しゅんとしているカーリアの髪を撫でるソフィア、ますます仲のいい姉妹のようだ。
「それにしてもエドゼル様、ずいぶん買い込みましたね…」
「僕の分はないよ、娘のが二冊、それ以外はルイーサが買ったんだ」
10冊以上の本が入った麻の手提げバックを持たされているエドゼルの横で嬉しそうにルイーサが語りだす。
「大収穫ですわ、シルフ様。
魔法食物を使ったお料理のレシピに、最新の魔法薬学書。
精神疾患に対する魔法医学の最新論文も興味深いですわ」
「それ、全部読むの?」
「当然ですわ。
この子に栄養満点の食事を作ってあげたいし。
お勉強も教えてあげたいもの」
「ふぅ、歴代屈指の大神官様も寿退社ってところかい?」
「あら、教会を離れるつもりはありませんわ。
私を必要としてくれる人がいる限り、一生を捧げる所存ですもの」
「まったく誇らしいよ。
…そんなところを愛しているんだけどね」
「ふふ…、あなたが時々見せるそういうキザっぽいところを愛しているの」
「おーおー、そういうのは家に帰ってからにせんかい」
あわや口づけを交わそうとする二人をアルドが制止する。
真っ赤な顔を本で隠すソフィアと対象的にそんな両親の姿をニコニコと眺めるカーリアを見て、愛情表現豊かなのは親譲りか、とシルフは一人納得した。
エドゼルがソフィアの持っている本に気づいて口を開いた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:32:14.36 ID:EqlApZsio<> 「おや、姫様も本を買ったのですか?」
「うん、シルフが買ってくれた」
「あら、どんな本ですの?」
「勇者様の物語?」
語尾が疑問符のソフィアは追加の説明をシルフに催促する。
「英雄バルドリック様たちの冒険物語です。
三大ルーンの加護を受けてから魔王オアマンドを討伐した後の、この国の創生初期まで書かれているようです」
「かなり詳しく書かれているね。
だからそんなに分厚いのか」
「まぁ、素晴らしい本を選ばれましたね、姫様。
でも少し難しそうな本ですわね」
「シルフがね、読んでくれるって」
「いいなー、姫」
「カーリアの本はおじいちゃんが読んであげよう」
「やった!」
<>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:33:05.63 ID:EqlApZsio<> 本の話題が尽きたところで、エドゼルが腹を叩いて進言した。
「さてと、そろそろ腹が減ったね。
どこかで食事しよう!
カーリア、何が食べたい?」
「お肉!」
カーリアが即答したところで、シルフはソフィアの希望を聞いた
「姫様は何を召し上がりたいですか?」
「私もお肉がいいなぁ…」
「肉かぁ、いいねっ、ガッツリ行きたい気分だ」
「普段から油こいものばかり食べているではありませんか…。
いつまでも若くないのですから、控えて下さいね、あなた」
「何言ってるんだい。
僕ら軍人は体力が資本さ、食べれる時に食べないと」
「そんなこと言って…、最近は内勤ばかりでしょう?
前よりお腹が出てきていますわよ」
「パパ太ったぁ!」
「ぐっ…、面目ない…」
エドゼルの腹に抱きつくカーリアを見て、ソフィアはシルフの腹をさすりはじめた。
「シルフは…やせてる…」
「そ、そうでしょうか…?」
「もっと太らなきゃだめだよ?」
「姫様の言うとおりじゃ。
お主は華奢で女子のような面じゃからな。
もっと食って鍛えよ若僧よ」
「精進致します…」
シルフは苦笑いを受けべながら髪を掻いた。
「場所はどこにしようか?」
「屋台は嫌ですわ。
人数も多いし、ゆっくり食事ができる場所がいいわね」
「なら、”フライハイト”っていうステーキ屋が大通りの方にあるんだ。
美味い肉を出すって隊の中でも評判だよ。
亜人の店員の女の子が可愛いって言ってたなぁ…痛ったぁ!!」
ルイーサに脛を蹴り上げられたエドゼルは痛む足を抱えて跳ね上がり、こめかみに青筋を立てた彼女は「おほほ、嫌ですわおおげさに」と彼の肩を叩いてみせた。
カーリアはそんなエドゼルに人差し指を向けてキャッキャッと笑っている。
「さ、あなた。
いつまでも痛がってないで、参りましょう」
「ルイーサ! 手加減を考えてよ!」 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:33:48.40 ID:EqlApZsio<> 中央広場からクラフト区の関所まで長くまっすぐ伸びる大通りからやや奥まったところにその店はあった。
黄色レンガの平屋、オレンジの看板にフライハイトの店名、ただしドアに準備中と書かれた木の板がぶら下がっている。
「あれ、閉まってるのかな」
エドゼルが木製のドアに開けられた覗き窓から店内を見ようとしたところで、ドアが開いた。
現れたのはオレンジのワンピースに白いエプロン姿の犬耳の女性だった。
エプロンの背後が盛り上がっているのはしっぽがあるからだろう
なるほど美人だ、どちらかと言えば護りたくなるタイプだ、とルイーサに悟られないようエドゼルは心の中で感想を述べる。
「あ、いらっしゃいませ。
ごめんなさい、ちょっと開店に時間が掛かってしまっていて。
もう開けますから、中でお待ち下さい」
「あら、一番乗りなんて幸運ですわ」
「お姉さんかわいー!」
「あら、ありがとう。
可愛いお嬢様」
ルイーサとカーリアがエドゼルの横を抜けて店の中に入っていく。
すれ違いざまにルイーサに視線を向けられたエドゼルは、なるほど、僕の心中はお見通しか、と寒気を覚えたのはきっと季節が冬だからじゃない。
松の壁に洒落たテーブルと椅子、部屋の中央にある円筒形のガラスを被せた魔法石が店内を明るく照らし、店内はモダンな雰囲気で統一されているが、シンプルで大きめな薪ストーブの上に置かれた料理鍋で作られているスープがどこか家庭的な良さを醸し出している。
壁棚に飾られる高価な葡萄酒や蒸留酒を見るに、客層もそれなりに懐に余裕のある人間が多いのだろう。
先程のウェイトレスが持ってきた子供椅子にソフィアとカーリアを隣同士で座らせ、両脇にシルフとルイーサが座った。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:34:32.69 ID:EqlApZsio<> 「ほっほ、年寄りにはちと洒落っ気が強すぎかのう」
「綺麗なお店ね、全然煙たくなくて嬉しいわ」
「ありがとうございます!
こちらメニューです」
「ありがとう。
子供に食べさせるなら何がいいかしら?」
「子牛のリブロースがおすすめです。
香辛料は控えめで、ソースは果物をベースにしているので食べやすいですよ」
ガチャリと店の出入り口が開いた。
反射的に「いらっしゃいませ」と言ったウェイトレスの言葉が尻込みになる。
入店してきた三人の男、刈り込んだ髪、汚れた服、手入れの行き届いていない毛皮のマント、全員が首筋から頬に達する入れ墨をしていて、虚ろな鋭い目つきはひと目で堅気でないとわかった。
シルフたち男衆はその三人を一瞥した後、互いに視線を合わせて認識を確認する。
首の入れ墨で分かる、奴隷商だ。
この国において、奴隷商が出入りできる店は契約で取り決めがされており、それ以外の店の利用は禁止されている。
ただ、この店が契約のされた店なのか否か、推測するなら間違いなく契約されていないだろうが、確信が持てない以上対処はできない。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:35:15.60 ID:EqlApZsio<> 「空いているお席にどうぞ…」とウェイトレスが声を掛けて、ルイーサにメニューの説明を再開しようとした。
「おい、注文」
「えっ…、すみません、少しお待ち…」
「ガキの注文が終わるまでなんか待てるかよ! さっさと来いや!!」
男の怒号が店内に響く。
ソフィアとカーリアがビクリと身体を跳ねらせ、不安な表情で互いの手を握る。
鋭い視線をしたルイーサが席を立ち上がろうとするのをエドゼルが止め、抗議の視線を向ける彼女に「様子をみよう」と耳打ちする。
「私達はもう少し考えますので、お先に伺って下さい」
シルフがウェイトレスに進言すると、「すみません…」と一言残し、おずおずと男たちの方へ向かい、テーブルの上にメニューを差し出す。
三人はひどく機嫌が悪いのか、メニューを見ることなく、ぶっきらぼうに注文をつける。
「適当に摘めるもん持ってこい、あと酒」
「…すみません、昼間はお酒をお出ししてないんです」
「ああ? 与太ぬかしてんじゃねぇぞ、あそこに酒がおいてあるだろが!!」
「すみません…、マスターの決めごとなので…」
男の一人が席から立ち上がり椅子を勢いよく蹴飛ばすと、首を鳴らしながらウェイトレスに詰め寄る。
恐怖に縮こまる彼女を残りの男達が下卑たニヤケ顔で愉快そうに嘲笑う。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:36:04.25 ID:EqlApZsio<> 「なんの騒ぎだ?」
開け放されたままの店の出入り口からコックコートを着た青年が入ってきた。
食材で膨らんだ麻袋と格好から、この店の店主だろう。
青年は早足に奴隷商とウェイトレスの間に割り込むと、奴隷商の男と正面から睨み合う。
「お前ら奴隷商だろ?」
「だったらなんだ?」
「俺の店に奴隷商の出入りを許した覚えはねぇ、出てけ」
「あぁ!? なんだぁてめぇ…、客に対してその口の聞き方は!?」
「俺の言うことが聞こえなかったのか? 出てけ!」
「マ、マスター…」
「アメリー、衛兵を呼んでこい」
アメリーと呼ばれたウェイトレスは小さく頷くと出入り口へ向かおうとしたが、残りの奴隷商たちに阻まれる。
「行かせるわけねぇだろ」と彼女の前に立った奴隷商が何かに気づいたように口を開いた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:36:37.33 ID:EqlApZsio<> 「おい、この女、見覚えがあるぜぇ。
何ヶ月か前にここに下ろした商品だよ! 亜人だったからよく覚えてるぜ。
確か、胸に前の飼い主の焼印があったなぁ…へへへ」
男は彼女のワンピースの襟に手をかけると、力任せ引き千切った。
顕になった胸元には大小複数の焼き鏝の跡があった。
悲鳴を上げた彼女は両腕で身体を抱えるように前を隠して、床に座り込む。
これに激昂した店主が男に掴みかかったが、別の男に羽交い締めあい、動きを封じられる。
「てめえぇ!!」
「はっ、俺らが奴隷商だからなんだってんだ。
おめぇも奴隷をこき使ってんじゃねぇか!
おらどうした? 殴りかかってこいよ?
…こねぇならこっちからいくぞ! おらぁ!!」
羽交い締めにした青年の腹部に向けて拳を突き入れ、苦痛で前かがみになった顔面をさらに数発横殴りにされる。
ぐったりとした店主の口からダラリと血が零れ落ち、糸を引いた、
「マスタぁ!!」
「非礼への詫びとしてこの酒はもらっていくぜぇ」
「マスターの店のものに触るな! このケダモノ!」
壁棚の酒に手をかけた男の頬に向けて、アメリーが張り手を見舞う。
逆上した男は彼女の髪を鷲掴みにすると、泣き腫らした目で睨みつける彼女の顔面に向けて右手を振り上げた。
―――が、その腕は振り下ろされることなく、別の者の手によって掴み留められた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:38:22.33 ID:EqlApZsio<>
「もう、そのへんにしておきなさい」
後ろを振り向いた男の視線の先に、シルフが立っていた。
笑みはなく、男の血走った目と対象的に冷ややかな視線を向けている。
興味がシルフに移った男は、アメリーの髪から手を離すと、代わりにシルフの襟を掴み上げる。
その光景に不安を感じたソフィアが席を立ち上がろうとしたところを、ルイーサが抱きとめた。
「シルフが危ない」と懇願する彼女に「大丈夫ですよ、姫様」と彼女の髪を優しく撫でた。
「よぉ…、ガキ。
妙な正義感で首を突っ込むと、寿命を縮めるぜ…?」
「あなた方が騒ぐせいでいつまでも食事を出して頂けないので。
どうかこの辺で立ち去っては頂けないでしょうか?」
「てめぇ、ぶち殺すぞ!!」
「…少し、落ち着きなさい」
シルフが左手の人差し指を男の前に出すと、小さく魔法の印を描く。
途端に足元がおぼつかなくなった男は、なんの受け身をとることなく床に昏倒した。
魔法などとは縁のない二人の奴隷商は、少年のような優男に仲間が何をされたか理解出来ず、店主の青年を放り出して腰に下げた短刀を抜きだした。
暴挙に出た男を止めようにも、刃物を見せられては何も出来ず、店主もウェイトレスのアメリーもその場を離れてただ見ていることしかできない。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:38:51.61 ID:EqlApZsio<>
「…まだ続けるのなら外にしましょう。
お店に迷惑が掛かります」
「うるせぇ…殺されてぇか…」
「どうぞご自由に、お出来になるのでしたら」
出入り口から一歩外に出たシルフは軽く挑発するように”こっちにこい”と指で招いてみせた。
まんまと挑発に乗った二人はあとを追うように店の外に出ていった。
「やばいぞ、あの兄ちゃん殺されちまう」
「マスター、動いては駄目! 口からすごい血が出てる…」
「俺のことはいい! 早く衛兵を呼んでこねーと!!」
「あやつなら案ずることはないぞ、若いの」
「傷口を見せて…、口の中を切っただけね」
アルド、ルイーサ、ソフィアとカーリアの手を取るエドゼルが店主とアメリーの元に駆け寄る。
ルイーサは自身の口元に手を当て、治癒の呪文を呟くと店主の顔を両手で包み込む。
たちまち出血がとまり、痛みが引いていく感覚に店主は驚愕の表情を浮かべ、僅かな腫れだけとなった自分の顔を何度も触った。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:39:34.21 ID:EqlApZsio<>
「こいつは…魔法ってやつか、初めて受けた」
「その治癒魔法の掛け方、他人にやられると妬けるなぁ…」
「ふふ、今夜、いくらでもして差し上げますわ」
「それは楽しみだなぁ…、僕は一応シルフ君を見てくるから、姫様達のことは頼んだよ」
外へ行こうとするエドゼルを、やはり不安に駆られたソフィアが追いかけようとするが、アルドに止められる。
「大丈夫じゃ、姫様。
あなた様の護衛はこの国一番の剣士ですぞ」
「でも…でもっ」
「どうかわしの孫と一緒にいてくだされ。
思いの外、怖がりのようでの」
アルドの言葉に、ソフィアはカーリアに視線を向ける。
アルドにしがみついて目をキュっと瞑り震える彼女を見て、肩にそっと寄り添う。
自分だって不安だし、恐怖もあるが、初めて出来た大切な友人が震える姿は見ているだけで痛ましかった。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:40:18.78 ID:EqlApZsio<>
「姫、あったかい…」
「そうかな?」
「うん、なんか不思議な感じ…すごく落ち着く…」
「ほほう…」
アルドの目に、ソフィアの身体から光り輝くオーラが見える。
そのオーラは絹の布ようにカーリアを包みこみ、彼女の負の感情を拭い去りながら天井へと上る。
それは長年魔法と向き合い続けてきたアルドも見たことのない、魔法なのかすらもわからない。
彼には、その幼い少女が女神のように見えてならなかった。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:40:46.13 ID:EqlApZsio<> フライハイトの前はシルフ達を中心に人だかりが出来ていた。
理由は当然、短剣を持った男二人と素手の男が大立ち回りを繰り広げるからだ。
ステゴロならば喧嘩を扇動する輩もいるかもしれないが、凶器を振りかざしているような状況では囃し立てる者はおらず、全員衛兵の到着を願いながら悲劇が起こらないことを願っていた。
―――が、いざ始まってみれば、ものの数秒で男の一人は鳩尾に受けた拳打で昏倒し、シルフによって短剣を取り上げられてしまう。
残る一人はシルフの手に短剣が渡ったことで踏み込むことができず、大粒の脂汗を流しながらジリジリと距離を推し量っている。
男に視線を向けることなく、奪った短剣をしばし手の中で弄んでいたシルフだが、興味が失せたように短剣を投げ捨てた。
「もう止めにしなさい。
捕まればよくて鞭打ち、最悪、斬指刑になるかもしれませんよ」
「うるせぇ! …舐めてんじゃねぇぞ…っ」
悪党というのはとことん哀れな生き物である。
面子を死守することを最重要とし、力の差が歴然としていてもそれに立ち向かうこと美徳とするのだ。
この男の頭の中はプライドを守るために虚勢を張り続けることに必死になっていた。
「死ねオラァ!!」
両手で握った短剣を前に突き出し、一直線に突進する。
―――が、期待した手応えは得られず、視界が一回転して全身が地面へと叩きつけられる。
取りこぼした短剣はシルフの足で遠くへ払い除けられた。
受け身も取らずに拗じられた腕が筋断裂を起こし激痛と痺れにその場にうずくまりながら、更に去勢を張り続ける男は脅しの言葉を口にしはじめた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:41:39.83 ID:EqlApZsio<>
「てめぇ…、こんな真似してタダで済むと思ってんのか…。
へへ、俺はしつけぇからよ…」
「……」
「育ちの良さそうなガキを二人も連れてるなぁ…ははっ。
ああいうガキが好きな金持ちの変態が俺らの客には大勢いるのよ…。
外に連れ出す時は気をつけるこった…じゃねぇと グッ!!」
シルフは男の首を掴むと乱暴に振り回しながら頭上へ上げる。
男は掴まれている腕を振り払おうとするが鋼のような腕はびくとしない。
「よく聞け、小悪党」
ゆらりと向けられるシルフの視線は冷たく、底冷えするような声が男の恐怖心を駆り立てる。
「お前らの飼い主は分かってる。
お前らを見る限り、碌な躾もできてないんだろう」
「いっ…いき…がっ…」
「お前らの商売からすれば、この国は大事な得意先のはずだ。
その国でこんな狼藉を働いたことを知れば、お前らの飼い主はどんな罰をお前らに下すんだろうな。
衛兵に突き出すよりも面白いことになりそうだが、どうする?」
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◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:42:25.46 ID:EqlApZsio<> 「ひ…ひ…も、もうしわけ…」
「それとも、このまま首をへし折ってやろうか?」
「そこまでだシルフ君、手を離しなさい」
エドゼルの手が男の首を掴むシルフの手首に掛かる。
しかし、力は緩められることなく、シルフは男の顔を見上げ続ける。
「僕の言うことが聞けないのかい? これは命令だよ。
それとも何かい? 僕の娘や姫様の前で人を殺めるつもりかい?」
―――そんなことは絶対に許さないよ、すぐに手を離すんだ」
「…申し訳ございません」
シルフの手から解放された男は咳き込み絶え絶えの呼吸を整えながら、その場から逃げようとするのをシルフによって店内で眠らされた男を抱えたアルドが阻んだ。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:43:55.95 ID:EqlApZsio<> 「ほれ、忘れ物じゃ。
逃げるんじゃったら、一緒に持っていった方が身のためじゃぞ?」
「ひぃッ…へ…へいっ」
気絶した男を抱えながら三人は人混みを掻き分けて消えていった。
「シルフ君、あんな小物の挑発に血を上らせるなんて君らしくないな」
「お見苦しい真似を。
お許しください」
「ん、まぁ、大事にならなかったからよかったかな。
僕の娘のためにやったことでもあるし」
「まったくシルフよ、お前も精進が足らんな!」
「これはシルフ隊長! 他の皆様もご一緒で」
「なんかあったんスか?」
普段着姿のヘルベルトとマーディンがシルフたちに駆け寄ってきた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:45:08.31 ID:EqlApZsio<>
「君たちか、いやなに、ちょっとした揉め事さ。
君たちはどうしてここに?」
「ヘルベルト先輩と昼飯にいこうと、このステーキ屋に来たっス」
「道中でなにやら騒ぎが起こってるので慌てて駆けつけたのです」
「そうか、ならちょうどいい、話は中でしよう。
僕たちもここで昼食を摂ろうと思ってね」
面々はフライハイトの店内へと入っていく。
コックコートで前を隠したアメリーが心配そうに出迎えた。
「あの…、大丈夫ですか? お怪我は?」
「ほっほ、大丈夫じゃ、厄介者は追い払ったぞい、この優男がな」
「ありがとうございます! なんとお礼を言っていいか…」
「お気になさらず。
そちらこそお怪我は?」
「こちらの僧侶様が治療をして下さいました」
「女の子に傷が残ったら大変ですもの、ふふ」
「あ、あの!」
店主の青年が膝に手を付きながら恭しく頭を下げる。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:46:19.56 ID:EqlApZsio<> 「その…、そんだご迷惑を…。
それと、とてもお偉い方だとお聞きしまして、ご無礼を…」
「よいよい、頭を上げよ、若いの。
わしらはただの客として参っただけじゃ。
それより飯じゃ、まったくとんだ邪魔が入ったわい」
「も、もちろんでさ!
アメリー、裏に行って着替えてこい、店開けるぞ!」
「はい! マスター!」
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◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:49:41.16 ID:EqlApZsio<>
「ゆるせんッス!」
「でけぇ声だすんじゃない、落ち着け」
マーディンが大きめに切り分けた肉を口で頬張りながらがなり立てると、他の客が何事かと視線を向ける。
ヘルベルトが軽く頭をはたくと「すんませんっ」と謝ったものの、表情は険しいままで苛立ちは隠せないようだった。
話を聞いて苛立っているのはマーディンだけではない、この国で堂々と狼藉を働いた馬鹿共への怒りはヘルベルトも同じのようで、肉を切り分けていたナイフを止めてシルフに話しかける。
「しかし、その奴隷商、いかがしましょう。
入れ墨からいってオークを筆頭にしている奴隷商で間違いないと思いますが」
「まぁ、私は何もせずともいいかと」
「奴隷取引はわしらの領分じゃないからの。
担当官に面倒を掛けるのも悪いしの、尋問で呼び出しを食らうのも勘弁じゃ」
シルフはソフィアのステーキを彼女の一口に合うように切り分けながら言葉を返すと、それをフォローするようにアルドが口を開く。
衛兵に捕まれば尋問に当事者として呼び出される、せっかくの休日を邪魔されるのは勘弁というのが、当事者である彼らの本音だ。
そう返されてしまってはその場にいなかったヘルベルトとマーディンには口出しできない。
話を聞けば、シルフが存分に痛めつけたとのことなので、そのことと引き換えにこの苛立ちは抑えることにした。
「失礼します! デザートをお持ちしました!」
ウェイトレスのアメリーが盆の上にグラスにもられたアイスにクッキーなどをあしらえたパフェを二つ乗せて現れた。
ソフィアとカーリアの前に置かれると、彼女たちの口から歓喜の声が上がる。
思わず手を伸ばそうとするカーリアに「ごはんを食べ終わってからね」ルイーサが言い聞かせた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:50:12.71 ID:EqlApZsio<>
「お店からのせめてものお詫びです。
本当にありがとうございました!
他の皆様にも一品サービスさせて頂きたいのですが、如何ですか?」
「いいのか? 当事者でもない俺らまで馳走になっても…」
「そうっスよ、俺ら後から来ただけっスよ?」
「もちろんです! ご遠慮なさらないで下さい!」
アメリーの満面の笑顔に思わずマーディンの鼻の下が下がる。
どうでもいいが妹系が好みの彼はアメリーがドストライクのようで他の接客にあくせく働く彼女を目で追い続けていた。
結局、アルドが熱い茶を要望した以外、全員コーヒーを頼むことに決まった。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:51:37.53 ID:EqlApZsio<>
注文を聞いてその場を去ろうとするアメリーをルイーサが呼び止める。
「アメリーさん、ちょっといいかしら?」
「あ、はい! なんでしょうか?」
密着するように身体を寄せ、彼女だけに声が聞こえるようにそっと耳打ちする。
「その、胸の焼印のことなのだけれど…。
教会へいらっしゃい、時間は掛かるけど治癒することができるわ」
「え…、あ…」
「辛い過去を少しでも忘れることができるなら、私達に手伝わせてね」
目尻に溜まる涙を幾度も袖で拭い、喉につかえながら何度も感謝の言葉を口にするアメリーをルイーサが抱きしめる。
しばらくして落ち着ついた彼女は、笑顔で接客に戻っていった。
その後、しばし談笑を楽しんだ一行は、食事を終えると店の前で別れた。
別れ際、シルフはマーディンへ城門前でソフィアが傷を癒やした件で他言無用の相談をした。
満腹になった彼はすっかり忘れてしまっていたが、シルフの相談には二つ返事で了解した。
もっとも、彼も一人の軍人としてあのような出来事を吹聴するような馬鹿な真似をする気は一切なかったが、シルフに「奇跡に近い」と言われたことで王女への尊敬の念が一層に深まったのだった。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:52:11.03 ID:EqlApZsio<>
「美味しい夕食をありがとうございました」
シルフは食卓を囲むハバー一家に向けて手を組みながら頭を下げる。
白いクロスの敷かれたテーブルに並べれた料理は賑やかな食卓の跡を示すように、ほとんどが空になっていた。
「ふふ、今日買った本にあるレシピを早速試してみたの。
お口に合ったようで何よりですわ」
「ええ、ルイーサ様のスープも大変美味しかったです。
身体が温まりました。」
「君が厨房に立つのも、コックはすっかり慣れたようだね」
「母親ですもの。
コックが作る料理も良いけれど、やっぱり自分の料理を娘に食べさせてあげたいわ」
「うむ、今日の酒は格別に美味いの。
やはり夕食は大勢で囲むのが一番じゃ」
「お父様、あまり深酒はしないで下さいましね」
「まぁ、いいじゃないか、付き合いますよ、お義父さん」
エドゼルがアルドのゴブレットに上等な葡萄酒を注ぐ。
「すまんな」と言いながらアルドは一気に中身を胃に流し込んだ。
その光景にルイーサは再び口を挟みそうになるが、半ば諦めたのか、黙って食器を片付けはじめた。
先程から屋敷の奥で楽しそうなソフィアとカーリアの声が聞こえてくる。
夕食を早く食べ終えた二人は邸宅の奥で仲良く遊んでいるようだった。
ソフィアを無事城へ送り届ける任を負うシルフは酒を遠慮して、楽しそうな彼女たちの声に耳を傾ける。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:53:07.04 ID:EqlApZsio<>
「姫様のあんなに楽しそうに笑う声を聞くのは、初めてかもしれません。
カーリア様というご友人が出来たこと、心から感謝致します」
「それはこちらとて同じじゃ。
身分は違えど、これからも良い付き合いを続けていこうぞ」
「でも、そろそろいい時間かな。
お開きにしようか」
「では、姫様を呼んで参ります」 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:54:02.14 ID:EqlApZsio<>
「ダメ! 姫はあたしともっと遊ぶの!」
ソフィアの帰宅を告げられたカーリアが引き止めに掛かるが、ルイーサが抱き寄せ、涙ながらに猛抗議する彼女をあやしはじめる。
「カーリア、シルフ様を困らせてはダメ。
あなたももう寝る時間でしょう?」
「でも…でも…、やだぁッ!」
先程まで楽しそうに笑っていたソフィアの表情も暗く、上目遣いでシルフに懇願する。
「シルフ、もう帰らないとダメ…?」
「姫様もお城に帰ってお休みにならねばなりません」
「そっか…」
説得が通らないと諦めたソフィアはカーリアを抱きしめながら別れを告げる。
「…また遊びに来てくれる?」
「うん、今度はカーリアちゃんをお城に呼ぶ!
シルフ、いいかな?」
「ええ、女王陛下にお願いしてみましょう」
「じゃあ、ポエットにもお別れしよう?」 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:54:41.39 ID:EqlApZsio<>
カーリアが名前を呼ぶと、白銀の毛並みと碧眼の子犬が彼女の足元に駆け寄り、床に伏せた。
それを見たシルフはひと目でそれが”犬”ではないことに気づく。
「これは、フェンリルの子供ですか」
「ああ、フェンリル一族から一人預かっていての。
知能が高く、魔力も強い、いずれ魔闘士として軍で起用できないか検討中での。
まだ生まれて一週間足らずじゃ、人の姿にもなれはせん」
ソフィアはポエットと呼ばれたフェンリルの子供を抱き上げ別れの言葉を掛ける。
ポエットも切なげな声を上げながら彼女の顔を何度も舐めた。
「バイバイ、ポエット
みんなもさようなら」
シルフと手をつなぎながら玄関口でハバー一家にお辞儀をする。
アルド、エドゼル、ルイーサ、ポエットを抱いたカーリア、執事長のアデルが見送りに出る
「バイバイ姫! 絶対また遊ぼうね!」
「姫様、本日はご一緒できて光栄でした。
道中お気をつけて、シルフ君がいるから安心だろうけど」
「ほっほ、姫様、孫と仲良くしてくれて感謝するぞい。
また招待するからの」
「姫様、夜は冷えますから、暖かくして下さいね」
「またのお越しをお待ち致しております」
「本日はお世話になりました。
それでは失礼致します」
最後にシルフが別れの言葉を告げ、玄関の扉は閉じられた。 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:55:41.57 ID:EqlApZsio<>
住宅に掛けられたランタンの光と、魔法石の街灯が照らす夜道を手を繋ぎながらシルフとカーリアが歩く。
別れの時こそ暗くなってしまったソフィアの表情も、今日一日の楽しかった思い出がよみがえり笑顔になる。
「姫様、今日は楽しかったですか?」
「すっごく楽しかった! カーリアちゃんとまた遊びたいなぁ」
「姫様がいい子にしていれば、すぐにまた会えますよ」
「本当!?」
「ええ、お約束します」
両手を上げて喜ぶ彼女に冷たい冬の風が吹く。
立ち止まって身を強張らせた彼女はシルフに身を寄せる。
「シルフ、寒い…、抱っこして?」
「…仰せのままに」
小さな少女を抱き上げて、寒さから守るように抱きしめる。
しばらく無言で歩き続けていると、いつの間にか彼女の寝息が聞こえてきた。
腕の中の温もりがシルフの心まで温めてくれる。
彼がようやく手に入れた心の安寧を離さないように、ようやく手に入れた幸せを零さないように、彼はゆっくりとあるき続けるのだった。
出会い ― 完 <>
◆swglAuXS56<>sage saga<>2020/02/24(月) 23:58:50.89 ID:EqlApZsio<> 終わりです。
読んでいただいてありがとうございます。
次の章は執筆中です。
書き終わったらまたスレ立てします。
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一応、ある程度区切りのついたものを先にこちらにうpするので、よかったら覗いてみてください。
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では! <>