北条加蓮「アタシ努力とか根性とかそーゆーキャラじゃないんだよね」
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1: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:29:10.39 ID:vyCd+JK40
モバマスSSです。

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2: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:30:00.39 ID:vyCd+JK40
「少し時間いいかな?」

 学校の帰り道、あてもなくぶらぶらと街を歩いていると、そんな声が耳に届いた。
 目を向けるとスーツ姿の男性がいた。年齢はよくわからない、20代中盤ぐらいだろうか?
 しゃれた仕立ての黒いスリーピースのスーツは、男性服にくわしくないアタシでも安いものではないとわかる。
以下略 AAS



3: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:31:24.01 ID:vyCd+JK40
 胸がどきんとした。

「素質って……アタシが?」

 男がうなずく。
以下略 AAS



4: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:33:52.34 ID:vyCd+JK40
   *

 小さいころから体が弱く、いつも入院ばかりしていた。

 まるでもうひとつの自宅のように、頻繁に病院を出入りする日々を送っていると、お医者さんや看護師さんと顔見知りになってくる。それから、他の入院患者とも。
以下略 AAS



5: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:36:22.08 ID:vyCd+JK40
 仲のよかった子を、ある日から突然見かけなくなる。長期の入院をしていると、ときどきそんなことが起こる。
 いつものように病室をたずねてみると、まるで元からそこには誰もいなかったかのように、空っぽのベッドだけが残されている。
「あの子はどこへ行ったの?」と看護師さんに訊いてみると、決まって、「退院した」と返ってきた。

『退院』にはふた通りの意味がある。
以下略 AAS



6: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:38:55.62 ID:vyCd+JK40
 病院の消灯は早い。アタシが別荘にしていたところでは、午後の9時が消灯時間だった。
「その時間に必ず寝ろ」というわけではない。部屋の明かりが落とされるだけで、枕元の読書灯や、テレビは付けることができた。数時間おきに看護師さんが見回りにやってくるけど、よほど真夜中でない限り、とやかく言われることもない。
 とはいえ、朝の回診やらなんやらで、起こされる時間もほぼ決まっていたため、自然と規則正しい生活が体に染み付いて、消灯に合わせて眠る習慣ができていた。

 ただ、仲よくしていた子が、いなくなったと気付いてしまった夜には、なかなか眠ることができなかった。
以下略 AAS



7: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:44:05.66 ID:vyCd+JK40
「ここ、かな?」

 スカウトされた次の日、アタシはCGプロの事務所の前に立っていた。
 昨日のことはなにかの間違いだ、夢でも見たと思って忘れよう――そう思っていたはずなのに。

以下略 AAS



8: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:47:37.04 ID:vyCd+JK40
「あ、あの、ちょっといいですか?」

 見ると、高校生ぐらいの女の子がいた。かなりボリュームのある長い髪を後ろでまとめていて、まっすぐに切りそろえた前髪の下から意志の強そうな太い眉がのぞいている。あたりに他に人は見当たらない。

「ええと、アタシ?」
以下略 AAS



9: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:52:22.96 ID:vyCd+JK40
「ああ、来てくれたんだ。じゃあ、ついてきて」

 ろくにあいさつもしないままにプロデューサーが歩き出す。アタシはあわててそのあとを追いかけた。廊下を歩き、エレベーターに乗り、4階でおりてひとつの部屋に入る。

 あまり広くはない部屋だった。入ってすぐのところに小さめのコーヒーテーブルがあり、それを挟み込むようにソファがふたつ置かれていた。奥の方に机がひとつ見える。
以下略 AAS



10: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:54:27.87 ID:vyCd+JK40
「働かざること山のごとし、双葉杏だよ」

 ソファに寝たままの少女が言った。
 キャッチコピーみたいな前置きの意味はわからなかった。

以下略 AAS



11: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:56:29.73 ID:vyCd+JK40
「ああ、森久保は最初はいつもそんな感じだから、気にしなくていいよ」

 極度の人見知りということだろうか。それでアイドルなんてできるのかな? そういえばついさっき本人がアイドル辞めたいとか言ってたけど……

「……ねえ、加蓮ちゃん、新人さんってことだよね。ウチの部署でいいわけ?」
以下略 AAS



12: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 21:58:42.83 ID:vyCd+JK40
 頭が混乱した。アタシはアイドル事務所にやってきたはずなんだけど、それも大手の。
 そうか、候補生というものかもしれない。こういうところでは、デビューを目指して日々レッスンに励んでいるアイドル候補生がいると聞いたことがある。

「ええと、レッスンとかは?」

以下略 AAS



13: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 22:01:35.98 ID:vyCd+JK40
「これ、契約書」

 プロデューサーが書類をアタシに差し出す。

「内容をよく読んで、印鑑は……持ってきてないよな。親御さんの書く欄もあるから、いちど持って帰って、今度書いてきてもらって」
以下略 AAS



14: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 22:05:15.55 ID:vyCd+JK40
 考えてみればおかしな話だ。

 仕事をしていない、つまり事務所に利益をもたらしていないのに、最低限の給料が出る。それでは事務所にとって、そのアイドルの存在は、マイナスにしかならない。 
 だったら、なんのために契約なんて交わす? 芸能事務所だってひとつの会社である以上、目的は利益を出すことのはずだ。

以下略 AAS



15: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 22:10:56.79 ID:vyCd+JK40
「書いてきたよ、これでいい?」

 翌日、再び事務所におもむいたアタシは、必要事項を記入した契約書をプロデューサーに突きつけた。
 保護者の欄は自分で記入しようとも思ったが、大人っぽい字を書けないからすぐにバレそうだという少し情けない理由もあって、結局、「なにも言わずにこれ書いて」と母に頼み込んだ。
 あれこれ質問された場合の言い訳もいくつも用意していたけど、母は本当になにも問いかけてくることなく、『保護者の同意』に名前を記入し、アタシに返してきた。少し、笑っていたような気がする。
以下略 AAS



16: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 22:13:58.18 ID:vyCd+JK40
 そうして、アタシは平日の学校が終わったあとは、事務所に顔を出すようになった。

『仕事がない』というのは一種の謙遜か言葉の綾というもので、本当はある程度アイドルらしいこともやってるんじゃないか、そんな淡い期待は、あっけなく裏切られる。
 杏は本当にゲームをしてるか昼寝してるかのどっちかだったし、乃々ちゃんはいつも机の下に潜り込んで少女漫画を読んでいた。

以下略 AAS



17: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 22:16:07.49 ID:vyCd+JK40
 慣れとは恐ろしいもので、1週間も経つころには、アタシはすっかりこの生活になじんでいた。
 杏やプロデューサーとゲームで遊ぶことは楽しかったし、乃々ちゃんから漫画を借りて感想を言い合ったりしているうちに、ふつうにおしゃべりもできるようになった。

「そういえば加蓮ちゃん、なんだかんだで毎日顔出してるよね」と杏が言った。

以下略 AAS



18: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 22:21:57.23 ID:vyCd+JK40
   *

 中学生のある日、アタシは激しく体調を崩して入院した。

 何日ものあいだずっと高熱が出ていて、食事もまったく受け付けなかった。
以下略 AAS



19: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 22:23:33.69 ID:vyCd+JK40
 その夜、アタシはバケツ一杯分ぐらいの汗をかいて、翌朝にはすっかり熱が下がっていた。
 指一本動かすことも億劫に思うような倦怠感からも解放され、ひさしぶりに体を起こすことができた。ほとんど水みたいな薄いものだったけど、お粥も食べた。
 検診にやってきたお医者さんや、見舞に来た家族と話しているあいだ、右手はふとんの中に隠していた。
 そして病室にひとりになったころ、秘密の宝物のようにそれを取り出して、晴れた日の空みたいな水色に染まった5本の爪を、飽きることもなく眺めた。

以下略 AAS



20: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 22:27:08.12 ID:vyCd+JK40
「杏、ちょっと手出してよ」

 とアタシは言った。

「なに? 手相でも見てくれんの?」
以下略 AAS



21: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/12/31(日) 22:28:15.73 ID:vyCd+JK40
 さて、もうひとり。

 チラチラとこちらの様子をうかがっている影に向けて、「乃々ちゃんも、おいで」と呼んでみた。

「あの、その、もりくぼは……」
以下略 AAS



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