新入部員の如月千早さん
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1:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:13:11.11 ID:ti9kriyWo
「失礼します。合唱部の練習場所はこちらでしょうか」

そう言って千早さんが音楽室にやって来たのは、私が高校三年生になった日でした。
ちょうど、
今年は何人入るかな、そろそろ来てくれるかな、
と部員同士でわいわいと話していた時でした。

とても綺麗な子だな、と思ったのをよく覚えています。
顔もですけど、真っ黒で長い髪の毛や、それから声も。

私たちは椅子から立ち上がって、千早さんの近くへ駆け寄りました。
この学校の合唱部はあまり大きな部活ではありません。
名門校でもなければ、コンクールで特に優れた成績を残した事もありません。
新入部員が必ず入ってくれるという保証はありませんでした。
ですから、千早さんが来てくれたことはとても嬉しかったんです。

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2:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:14:18.14 ID:ti9kriyWo
「入部届けは既に、顧問の先生に提出してきました。今日から早速、練習に参加させていただければと」

見学に来てくれたの、と聞いた二年生に千早さんはそう答えました。
見学ではなく、もう入部してくれた。
それを知って、私たちは素直に喜びました。
以下略 AAS



3:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:15:14.13 ID:ti9kriyWo
出身中学はどこか、合唱の経験はあるのか、得意なパートはどこか。

千早さんは真面目に答えてくれました。
そしてその答えを聞くうちに、なんだかすごい子が入ってきてくれたぞ、という空気になっていきました。
私はもっとこの子に質問をしたいと思い、色々と聞きました。
以下略 AAS



4:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:16:41.91 ID:ti9kriyWo
着替えを済ませた私たちは、予定していた練習を始めました。
筋トレや柔軟を、千早さんに教えながら。
もちろん教えるとは言っても、ここの部活でやっているメニューを教えただけです。
それぞれのやり方自体は、千早さんは全部知っていました。
でもそのくらいは、千早さんへの質問を通して大体わかっていたので、私たちも特に驚きはしませんでした。
以下略 AAS



5:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:20:32.74 ID:ti9kriyWo
絶対、この中で千早ちゃんが一番上手だよね。
三年生の子が笑いながら言ったその言葉に、みんなも笑って頷きました。
もちろん私もです。
私たちの中の誰より、千早さんの歌の実力が一番上。
嫌味でもなんでもなく、本当にそう思いました。
以下略 AAS



6:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:21:57.00 ID:ti9kriyWo
一人の子が、
せっかくだし私たちの合唱の感想を聞かせて欲しい、と言った時です。
千早さんは考えるように黙ってから、静かに、こう答えました。

「……そう、ですね。もう少し、基礎を徹底した方が良いかと」
以下略 AAS



7:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:22:48.72 ID:ti9kriyWo
ちょっと、真面目すぎじゃない……?

千早さんが一人で先に帰ったあとの部室で、二年生の子がそう呟きました。
そして、誰も否定しませんでした。
それだけではありません。
以下略 AAS



8:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:24:22.05 ID:ti9kriyWo
翌日の部活。
みんなが千早さんを無視するだとか、虐めるだとか、
私が心配していたようなことにはなっていませんでした。
ただやっぱり、空気が少しピリッとするような時が何度かありました。

以下略 AAS



9:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:26:17.69 ID:ti9kriyWo
そんな日が何日か続きました。
千早さんはずっと変わらず、上を目指すための努力を続けていました。
そしてそれと同じだけの努力を私たちもするべきだと、言い続けていました。

「合唱は、一人の実力が飛び抜けていても評価されません。全員に同程度の実力が求められるんです」
以下略 AAS



10:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:51:21.83 ID:ti9kriyWo
ある日、私は顧問の先生から、合唱曲の一覧が載ったプリントを貰いました。
コンクールで歌う曲を選ぶように、と。

先生の指示どおり、その日の部活を曲選びにあてることにしました。
一覧を眺めると、色々な合唱曲が載っていましたが、私はすぐに、いくつかの候補に絞りました。
以下略 AAS



11:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 21:53:04.89 ID:ti9kriyWo
これは難しすぎるよ。
私たちには無理だよ。
他の曲にしよう?

しかしそんな私たちと対照的に千早さんは眉をひそめました。
以下略 AAS



12:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 22:09:59.88 ID:ti9kriyWo
その時の千早さんの顔は、覚えていません。
多分、見るのが怖くて目を背けていたんだと思います。

結局、千早さんが挙げた曲は選ばれませんでした。
今思えば、これが境目だったのだと思います。
以下略 AAS



13:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 22:12:06.36 ID:ti9kriyWo
コンクールは、いつも通りの結果でした。
その頃にはもう、千早さんはあまり部活に顔を出さなくなっていました。
そのコンクールを最後に、私は引退しました。
聞けば三年生の引退後から、千早さんはぱったりと部活動に来なくなったそうです。

以下略 AAS



14:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 22:13:23.46 ID:ti9kriyWo
それを見たとき私は、嬉しいような気持ちと、悲しいような気持ちが同時に湧いてくるのを感じました。
千早さんが幸せそうで良かったという気持ち。
それから、私の居た合唱部は彼女の居場所ではなかったんだという気持ち。

合唱部で、彼女のあの笑顔を見たかった。
以下略 AAS



15:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 22:15:15.72 ID:ti9kriyWo
CDには、千早さんのソロライブのチケットの抽選券が入っていました。
せっかくなので申し込んでみると、
あとから聞けばとても幸運なことだったらしいのですが、当選することができました。
開催日は、卒業間近の時期でした。
その頃には受験も終わっているので、心置きなく参加することができます。
以下略 AAS



16:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 22:18:02.41 ID:ti9kriyWo
けれど、もしかしたらCDを何度か聴くうちに慣れていたのかも知れません。
私はその時初めて、根本の部分はあの頃と変わっていないことに気がつきました。
とても綺麗で、透き通るような、でも強い芯を感じさせる歌声。
歌のことを本当に大切に思っている、そこは何も変わっていないんだと、そう思いました。

以下略 AAS



17:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 22:19:47.24 ID:ti9kriyWo
「今から、一年弱ほど前……とある合唱で、私はこの歌を聞きました。
ですが、歌ってくれた人たちに感想を求められた私は、酷評してしまったんです。
技術が足りていないから、もっと努力するべきだ、って。
けれど今になって思えば……私は、確かに惹かれていたんです。
そうでなければ、私は彼女たちの元へ足を運ぼうなどとは思わなかったはずです。
以下略 AAS



18:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 22:21:48.01 ID:ti9kriyWo
千早さんは歌い始めました。
とても優しく、綺麗で、楽しそうな声で。
表情もきっと、笑顔で歌っていたのだと思います。
あくまで想像につきませんが。
私は、歌っている千早さんの顔を見ていません。
以下略 AAS



19:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 22:29:39.28 ID:ti9kriyWo
次の月曜日、私は音楽室に行きました。
既に合唱部のみんなが揃っていました。
私と同じく引退した三年生も含めて。

あの子、本当に来るの?
以下略 AAS



20:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 22:33:00.99 ID:ti9kriyWo
「あの……もしかして、今日は何か、ご予定が……?」

引退した三年生が居るからには、何か特別な予定があるのかもしれない。
今日自分がここに来たのはタイミングが悪かったか。
千早さんはそんな風に考えたように見えました。
以下略 AAS



21:名無しNIPPER[saga]
2018/04/07(土) 22:37:13.66 ID:ti9kriyWo
ううん、いいの。私達も、無視とかして、ごめんね。
初めにそう言ったのは私でした。
それに続いてみんなも、同じように謝りました。

「ありがとう、ございます……」
以下略 AAS



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