1: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 22:55:54.60 ID:rNK9Zl/t0
地の文SSです。
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2: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 22:57:11.82 ID:rNK9Zl/t0
夜の街外れ、道端で膝を抱えている女性に、一目惚れをした。
優しい慰めや口説き文句、あるいはそれにかこつけて連絡先を聞き出すとか。
ひどく落ち込んでいる彼女に対して、アプローチの仕方はいくらでもあっただろう。
3: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 22:58:38.14 ID:rNK9Zl/t0
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先輩との飲み会帰りのことだった。
担当アイドルが決まらない僕に業を煮やした先輩によるイジリが八割、疲れるがそれはそれで楽しかったと言えなくもない飲みだったと思う。
4: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:01:42.86 ID:rNK9Zl/t0
目線を合わせるようにしてもう一度言葉をかける。
少し驚いた様子の表情を見て、僕は彼女の顔をもっと近くで見たかったのかもしれないという、恥ずかしい願望を自覚した。
もっとも、威勢なんてものはそこまでだ。
初対面の相手に何言ってるんだとか、自分まで道端に座り込むなんてとか、客観的に見ておかしなことをしている自分を責め立てるような言葉が膨れ上がる。
5: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:04:10.01 ID:rNK9Zl/t0
そう聞いて、嬉しくなると同時に少し惜しくも感じたものだから不思議だ。
仕事柄、アイドルの少女たちからのお悩み相談を引き受けることはたまにあった。その時はただ微笑ましく思うばかりで、我が事のように何かを感じ入ることはなかったというのに。
「ええ、もちろん。どんな話ですか?」
6: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:05:28.23 ID:rNK9Zl/t0
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「よう、今夜飲みに行くぞ」
7: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:06:12.62 ID:rNK9Zl/t0
「あ……プロデューサーさん。……で、合っていますよね?」
待ち焦がれていた、彼女がいた。
所在なさげに辺りを見回していたが、こちらに気づいて歩み寄ってくる。
8: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:08:45.07 ID:rNK9Zl/t0
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「……んで、何があったんだよ。週末、何やった?」
9: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:09:56.85 ID:rNK9Zl/t0
「お前それ、オーディションに来た子じゃないだろ」
「ご明察ですけど、よく分かりますね」
「つまり、スカウトしてきたってことだ。ヘタレなお前が。それで、実際来てくれるのか気になって集中できなかったと。なるほどなるほど」
10: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:11:05.95 ID:rNK9Zl/t0
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「三船さーん、準備、大丈夫そうですか?」
11: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:12:09.05 ID:rNK9Zl/t0
三船さんはキャンペーンガールの仕事をなんとかやり遂げ、「セクシーな見かけと恥じらいのギャップが初々しくてよかった」という、喜ぶべきか否かなんとも言えない評価をいただいた。
甘めの採点かもしれないけど、初仕事は成功と言っていいのではないだろうか。
「本当に、恥ずかしかったです……。見苦しくなかったでしょうか」
12: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:13:03.32 ID:rNK9Zl/t0
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三船さんへの仕事のオファーは、初仕事を終えて以来着々と増え始めていた。
熱心にレッスンに励み、仕事をこなし、少しずつアイドルとしても成長しつつある彼女は、まだ自信なさげではあるけれど目に見えて明るくなった……と、思う。
13: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:13:32.44 ID:rNK9Zl/t0
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「で、最近どうなんだよ? 美優ちゃんとは」
14: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:14:38.08 ID:rNK9Zl/t0
飲み会帰り、先輩から逃れるべくいつぞやのように一駅歩いて帰ることにした。
初めて会った日からしばらく経って、なんとなく懐かしくなったのもある。
駅と駅のちょうど真ん中あたり、広さの割に人通りの多くない道だったはずだ、と記憶を頼りに街を歩く。
不意にズボンのポケットから振動とともに着信音が鳴り響いた。軽く咳払いして、電話に出る。
15: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:15:40.29 ID:rNK9Zl/t0
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彼女と会うときはいつもスーツ姿だったから、着ていく服に悩むなんてことを久しぶりにした。
夜は寝つきが悪く、そのくせ早く起きすぎるなんてこともやらかした。
16: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:16:10.61 ID:rNK9Zl/t0
ぎこちなく目を伏せて、二人並んで歩き出した。
目的のテーマパークは流行りというだけあって大混雑で、何をするにも数十分単位で待たされそうな有様だった。
とりあえずは入場のための列に並ぶ。
「予想はしてましたけど、混んでますね……」
17: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:17:23.93 ID:rNK9Zl/t0
テーマパークのアトラクションは、待ち時間こそ長かったけれど人気なだけあってクオリティが高く、どれも存分に楽しめるものだった。
並んでいる間、少し声をひそめながらもアイドルとしての歩みを振り返ったりして、慣れてくれば胸の高鳴りだけを残して穏やかに時間が過ぎる。
「もうすぐ閉園時間ですね。あと一つ、乗れるか乗れないか……」
18: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:18:26.03 ID:rNK9Zl/t0
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三船さんから別れを告げられた次の日、鉛のように重い体を引きずって出勤した僕は、デスクに座ってひたすら彼女の言葉を頭の中で繰り返していた。
19: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:19:08.95 ID:rNK9Zl/t0
丁度よくその日の昼前に打ち合わせがあり、三船さんと顔を合わせることになった。
彼女はきちんと時間通りにやってきて、何事もなかったかのように応対し、打ち合わせはつつがなく終わった。
「お疲れ様です、三船さん」
20: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:19:53.15 ID:rNK9Zl/t0
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「すごい人……皆さん、とても楽しそうで……。私もいつか、大切な人とこんな場所を訪れる日が来るのでしょうか……なんて、いけませんね」
21: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:20:26.55 ID:rNK9Zl/t0
彼女は僕のななめ後ろを、付かず離れずでついて歩いた。
前に来た時は、ずっと手をつないでいたんだったか。今はまだ、彼女の手を取れない。
「これからどうするか、決まってるんですか」
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