9:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:02:55.42 ID:FRtckmfc0
(もしかして陽キャの人ってこういうことするのが普通なの……!?)
「あっこのシャンプー! もう使った?」
「あっいえまだです」
「最近友達にすすめられて買ってみたんだけど結構いいのよ! イソスタでいつも見てるモデルさんとかもおすすめしててね〜。あっそうだ、よかったら今日は背中流してあげるわね♪」
(ひぇぇぇ……)
桃色の髪を優しく手に取り、シャワーを当てていく郁代。ひとりは前傾姿勢で動けなくなってしまっており、浴槽に逃げることもできなかった。
「うわっ、ひとりちゃんってやっぱり大きいのね……!」
「あっ、あんまり見ないで……」
「きゃーっ、そうやってかがむともっと大きく見える!」
(身を縮めることすら許されない世界!?)
なーんてね、と笑いながら楽しそうにひとりの髪を洗う郁代と、郁代の素肌がときおり触れるたびに心臓が飛び出そうになっているひとり。親切にされている以上逃げるわけにもいかず、ただひたすらされるがままだった。
くすぐったさに身をよじりながら身体中を泡だらけにされていると、郁代はおもむろにひとりの左手を手に取った。
「……よかった、温かくなってる」
「……?」
「さっきは本当にびっくりしたんだから。ひとりちゃんの大事な手があんなに冷たくなってるなんて……演奏に支障が出ちゃうわよ?」
「ご、ごめんなさい……」
「でも……やっぱりひとりちゃんの指先って、いつ触ってもすごい。私なんて本当にまだまだなんだなって、感心しちゃう」
「……」
感触を確かめるように、郁代はひとりの指先をぷにぷにと触る。
先ほど本屋の前でも握られた左手。あたたかなこの家に付くまで、ずっと繋いでくれていた手。
ひとりはそのシーンを思い起こしながら、右手をぎゅっと太ももの上に置いて、声を出した。
「……あっ、あのっ」
「?」
「ほ、本当に……ありがとうございますっ!!」
人前で喋ることに慣れておらず、ボリューム調整を誤ってついつい出てしまった大きな声は、浴室という環境のおかげでさらに反響する。
ひとりはその大きさに自分でもびっくりしてしまったが、それでも構わないと思えるくらいの感謝を、郁代に抱いていた。
「……ひとりちゃん」
「……」
「指、ぷにぷにされるのそんなに好きなの?」
「えっ!? ああいやそうじゃなくてっ、嫌じゃないですけどっ、ありがとうっていうのは今日のこと全部っていうかっ!」
「ふふっ、わかってる。でもいいのよお礼なんて」
「そんなわけには……いかないです」
「実は私ね、ずっとひとりちゃんを家に招待してみたいって思ってたの。今日のことは本当に偶然だったと思うけど、むしろ思わぬ形で夢が叶ってラッキーって感じ♪」
郁代はそう言いながら、ひとりの身体を包んでいた泡を流した。全身丸洗いの刑からようやく解放されたひとりは、いそいそと浴槽に移って場所を譲る。
「……本当によかった。寄り道して」
郁代の小さなつぶやきは、ひとりがちゃぽんと浴槽に沈む音にかき消された。
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