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DTBの銀ちゃんと恋愛できるゲームを作ろう -
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1 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/21(土) 06:20:02.52 ID:.M0UXVUo
DTBの銀ちゃんと恋愛ができるゲームを作るスレです。
ゲームシステムについては以下をプレイして確認してください。
http://www.uploader.jp/dl/indtb/indtb_uljp00006.zip.html
←現行最新版を
【うpろだ】
http://www.uploader.jp/home/indtb/
【現行のゲームシステム】
プレイ期間1ヶ月、朝・昼の1日2回行動
条件を満たしているとイベント発生。
1ヶ月経った時点でEND分岐
お金あり。お金はバイトで増える。
タバコを買う&1日の経過でお金減少
イベントでの増減もあり
1.5 :
荒巻@管理人★
(お知らせ)
[
Twitter
]: ID:???
【 このスレッドはHTML化(過去ログ化)されています 】
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もし、探しているスレッドがパートスレッドの場合は次スレが建ってるかもしれないですよ。
君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/
笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/
【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713861164/
トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713798788/
【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713788018/
ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713736565/
【安価】少女だらけのゾンビパニック @ 2024/04/20(土) 20:42:14.43 ID:wSnpVNpyo
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713613334/
ぶらじる @ 2024/04/19(金) 19:24:04.53 ID:SNmmhSOho
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713522243/
2 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/21(土) 06:20:59.10 ID:.M0UXVUo
【メンバー】
まとめ? ◆jBn0wb7Ovg:まとめ・シナリオ・スクリプト担当、死にそう
絵描き ◆TaEbGtasrE:絵全般担当
【方針】
(随時)イベント案の募集と背景・BGM・SEをフリー素材集め
全体の話の流れの決定
メインライターの決定 ←今ここら辺?
イラストの発注
↓
イベントの配置・条件の設定
↓
難易度の見直し・演出の追加
↓
完成
3 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/21(土) 07:12:14.63 ID:7LOPxkoo
また荒らされとる…
4 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
:2009/03/21(土) 20:21:53.36 ID:bgqrAEAO
またかよ(^ω^;)
5 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
:2009/03/21(土) 20:38:16.72 ID:fvi4fkAO
スレ立てd
6 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/21(土) 20:56:33.29 ID:E6l9jxMo
て
7 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/23(月) 01:09:56.48 ID:GarbNFYo
あれ?一人でやるんじゃないの?
8 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
:2009/03/23(月) 09:06:13.50 ID:f5QaksAO
あの画力で一人でやっていくのはキツくないか?
まぁそんなに変わらんけど
9 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/23(月) 09:46:35.97 ID:C6FG3jMo
すすめてないんだから落ちてもいいんじゃね……
10 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
:2009/03/23(月) 19:17:38.76 ID:zAq8lL2o
今更だが俺は最初のライターが良かった
構文凄かったのに誰も気づかな過ぎだろ
11 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/23(月) 21:25:17.89 ID:t5RAP/.o
362 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/05(木) 01:18:12.58 ID:xegZG3Ms0
「……あ〜、銀ちゃんはいつも同じ服……だね。もしかして、同じのが何枚もあるとか?」
「…………」
「……ご、ごめんね。変な事聞いちゃって」
「……ドールはほとんど代謝しない」
……よく分からないが、彼女は一枚しか持ってないのか?
「じゃあ……さ、服……もし良かったら買ってあげようか」
「…………え?」
〜〜〜
買ってあげたワンピースの色合いのせいか、彼女の表情も心無し明るく見える。
セットのサンダルやハットも身に付ければさらに映えた事だろう。
金に乏しい留学生の身が辛かった。
ここまで書いたがエロゲの主人公ってこんな風な馬鹿さでいいのか
こいつ?
12 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/23(月) 21:25:21.07 ID:aVudVqwo
>>10
じゃ何でその時に言わないの?
自分が言わなくても誰かが言うと思ったの?
それとも他のライターがすぐに来るとか思ったの?
「誰も気づかな過ぎ」とか何で軽く人のせいみたいに言うの?
その時に言わない自分も悪かったとか思わないの?
何でyahooは全鯖規制なの?いつまで続くの?何で巻き添え食らわなきゃいけないの?いったいいつ解除されるの?ストレス溜まるよ?八つ当たりなの?何なの?馬鹿なの?アホなの?死ぬの?死にたい!
13 :
まとめ?
◆jBn0wb7Ovg
[sage]:2009/03/24(火) 00:20:38.30 ID:v.koS0co
なんかいつの間にか誰かがスレ立てしてくれてる
14 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:48.92 ID:CWhmIjQ0
まず驚いたのは、まるで損なわれていない居住者の生活臭だった。家財道具から食器、調度品に至るまで、なにも持ち出されたものはないように見える。
15 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:49.98 ID:CWhmIjQ0
「男って――その、ものすごく下劣な生き物だから――ほら、瑶の躯って、沙耶のハダカとはまたぜんぜん違う特徴があるだろ? これって――沙耶のこと好きだって思う気持ちとは全然別のところで――その、かなり気をそそられる、ってのが――」
16 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:50.74 ID:CWhmIjQ0
17 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:51.49 ID:CWhmIjQ0
18 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:52.13 ID:CWhmIjQ0
「食べる元気があるようなら、そこに」
19 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:52.81 ID:CWhmIjQ0
僕の頭の中は、しばらく真空の空白になった。
20 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:53.47 ID:CWhmIjQ0
彼女の笑い。怒り。そして今日私に見せた――涙。
21 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:54.03 ID:CWhmIjQ0
その魂を語り示すべく、君はそう名乗る資格がある。
22 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:54.55 ID:CWhmIjQ0
「そんな簡単なことじゃないんだよ。僕と沙耶が出会って、それから二人で過ごした時間の――その一日一日の積み重ねが、今の僕らの関係を作ってるんだ。解るかい?」
23 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:55.09 ID:CWhmIjQ0
『――コゥジ、グン?』
24 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:55.79 ID:CWhmIjQ0
なぜ君は、そこまで僕に……
25 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:56.32 ID:CWhmIjQ0
「……もうやめて……乱暴にしないで……」
26 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:56.87 ID:CWhmIjQ0
そんな僅かな可能性を最大限の効率で活かすために、彼女たちの進化が選択した手段。それが沙耶の肉体に備わった驚異的な資質であろう。
27 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:57.40 ID:CWhmIjQ0
28 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:57.93 ID:CWhmIjQ0
それでも僕が、いま床に転がって悶えている裸身を正視できずにいる理由を、どう沙耶に説明したものか。
29 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:58.45 ID:CWhmIjQ0
30 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:59.16 ID:CWhmIjQ0
そう呼びかけてから、自分の声がどうしようもないほどに震えていることに気づき、青海は後悔した。
31 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:23:59.68 ID:CWhmIjQ0
「待たせたな、郁紀。こっちの準備は整った」
32 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:00.26 ID:CWhmIjQ0
33 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:00.96 ID:CWhmIjQ0
あの夏の終わりの日の出来事は、数ヶ月経つ今もなお深い爪痕を残している。郁紀だけでなく、彼を取り巻くすべての人々に。
34 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:01.70 ID:CWhmIjQ0
「いや、ちょっとそれは……」
35 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:02.40 ID:CWhmIjQ0
どれもこれも、制作者がまるで後世に悪意だけを伝えようとしたかのような、そんな邪な意図を感じさせるものばかりだ。
36 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:02.90 ID:CWhmIjQ0
隣家の門の前に、その女の子は立っていた。透けるように白い肌、清楚なワンピース。汚穢(おわい)に埋め尽くされた世界の中で、その姿は輝くばかりに美しく見えた。
37 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:03.44 ID:CWhmIjQ0
似たような肉塊があと三つ、目の前に並んでいる。テーブルを囲んで、カップに注がれた汚水をさも美味そうに啜り上げながら、金切り声と呻り声とそれ以外の奇声を交わしあっている。
38 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:04.10 ID:CWhmIjQ0
病院で見た白衣とタイトスカートからは一変し、厚手の皮コートとデニムジーンズに、踵のない編み上げブーツという選択は、最初から山歩きを覚悟していたとしか思えない実用一辺倒な出で立ちだった。
39 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:04.69 ID:CWhmIjQ0
「ひっ!」
40 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:05.22 ID:CWhmIjQ0
「……」
41 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:05.86 ID:CWhmIjQ0
泥の中で四つん這いになったまま、飲みかかった泥水を何度も咽せて吐き出す。
42 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:06.47 ID:CWhmIjQ0
「うわああぁあっ!?」
43 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:07.05 ID:CWhmIjQ0
ざっと目で追ったそれらの記述に、凉子は何度目かの引きつった笑みを浮かべる。
44 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:07.59 ID:CWhmIjQ0
「え〜?」
45 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:08.14 ID:CWhmIjQ0
「いや、それにしたって痛いだろ」
46 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:08.63 ID:CWhmIjQ0
「……そいつは言いがかりのつけ方が逆だろ、耕司」
47 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:09.18 ID:CWhmIjQ0
そいうえば、閉め切った室内には塗料の溶剤の臭気が立ちこめているはずだ。だが、もっと嫌な匂いを外でさんざん嗅がされてきた僕には、べつだん気になるようなものではない。
48 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:09.67 ID:CWhmIjQ0
つまり、おかしいのは僕の方だ。それが認識できているから、僕はまだ日常生活を送っていられる。
49 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:10.16 ID:CWhmIjQ0
「……チッ!?」
50 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:10.64 ID:CWhmIjQ0
変換、確定――僕は覗き窓の外に携帯を返した。
51 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:11.13 ID:CWhmIjQ0
「いい顔だよ、お嬢ちゃん……おじさんにもっと可愛らしい顔をして見せてくれないかい?」
52 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:11.64 ID:CWhmIjQ0
それを飲みかかった瑶が苦しげに噎(む)せ返る。
53 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:12.29 ID:CWhmIjQ0
事故の前に瑶が告げたことを、はたして憶えているのかどうか……それさえも今では疑わしい。
54 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:12.79 ID:CWhmIjQ0
「じゃあ津久葉は!?」
55 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:13.42 ID:CWhmIjQ0
怒声とともに反撃に出る郁紀。だが耕司に蹴られた右足に痺れがきたらしく、斧のスピードは鈍っている。
56 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:13.91 ID:CWhmIjQ0
きっと変に聞こえるから』
57 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:14.41 ID:CWhmIjQ0
58 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:14.95 ID:CWhmIjQ0
それで心底『可愛い』と思えるようになった。
59 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:15.46 ID:CWhmIjQ0
からかうような口調で言いながら、沙耶は僕の股間を暴き出すと、白く繊細な指で竿と睾丸をそれぞれに包み込む。
60 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:15.98 ID:CWhmIjQ0
夕食の席に着いても、洋佑の脳裏には隣家のことが残っていた。
61 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:16.48 ID:CWhmIjQ0
ひたひたと湿った足音を立てながら、何かが階段を上ってくる。洋佑は脅え、竦(すく)み上がりながらも、震える手で床を探り――さっき壊したイーゼルの骨を手に取った。
62 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:17.38 ID:CWhmIjQ0
63 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:18.06 ID:CWhmIjQ0
先週の木曜日……瑶にとっては忘れようもない日である。郁紀の言葉に傷つけられ、独りでは吐き出しようもない心の痛みを持て余していた瑶を、たまたま通りかかった耕司が目にとめてくれた。瑶を心配し、話を聞いて慰めてくれた。それしきのことで水に流せることでもなかったが、あのときの耕司の気遣いで、たしかに瑶は癒された。
64 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:18.61 ID:CWhmIjQ0
65 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:19.14 ID:CWhmIjQ0
「奥涯が使おうとした機材から察するに、奴はそいつをP3レベルのバイオハザードとして取り扱うつもりだったらしい。その程度の用心で充分だったのかどうかも知れたもんじゃないんだが。
66 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:19.71 ID:CWhmIjQ0
喜色満面でそう嘯(うそぶ)いてから、洋佑は少女のワンピースの襟元に手をかけると、一気に引き裂いた。
67 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:20.33 ID:CWhmIjQ0
68 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:20.95 ID:CWhmIjQ0
郁紀を司直の手に委ねるつもりがないという点においては、彼も凉子も一緒だった。
69 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:21.62 ID:CWhmIjQ0
「郁紀も相当、焦れてると思います。こちらから連絡すると言ったきり、まる一日放置してますからね」
70 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:22.12 ID:CWhmIjQ0
はじめ、耕司はそれが棍棒か何かに見えた。まさか凶器を持ち出すとは思わずに唖然とし、それからより子細に眺めて正体が解ってからは、今度こそ愕然となった。
71 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:22.64 ID:CWhmIjQ0
「うん!」
72 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:24:23.19 ID:CWhmIjQ0
返答する前に、耕司の脳裏に閃いた咄嗟の思いつきが、素早く交渉の策略を形にする。
73 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:23.74 ID:CWhmIjQ0
74 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:24.34 ID:CWhmIjQ0
75 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:24.86 ID:CWhmIjQ0
『それはちょっと無理かな。口を利けるような状態じゃないから』
76 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:24:25.37 ID:CWhmIjQ0
凉子は肩越しに耕司を一瞥し、今まで以上に陰惨な微笑を見せた。
77 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:24:25.89 ID:CWhmIjQ0
「郁紀……ごめん。大丈夫……大丈夫だよ。ただちょっと……痛いだけ……」
78 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:24:26.40 ID:CWhmIjQ0
「そこまで言うかね。まったく」
79 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:24:27.01 ID:CWhmIjQ0
「……え?」
80 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:27.54 ID:CWhmIjQ0
「……」
81 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:28.33 ID:CWhmIjQ0
冷たい夜気はほんの少しだけでも沙耶の熱を冷ましてくれるかもしれない――そんな虚しい望みも、ますます短く切迫した呼吸で、血色のない唇を喘がせている沙耶の有様に、一歩の慈悲もなく消し飛んだ。
82 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:29.23 ID:CWhmIjQ0
ふたたび重く冷たい闇に総身を包み込まれた後も、耕司は取り憑かれたようにトリガーを引きまくり、とうに空っぽの機械細工でしかなくなった拳銃を、ガチャガチャと空しく作動させ続けていた。
83 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:29.75 ID:CWhmIjQ0
「そうか。じゃあ二人でこいつと遊ぶときも、沙耶は沙耶で楽しめるんだね? 僕が遠慮することはないね?」
84 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:30.37 ID:CWhmIjQ0
85 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:31.10 ID:CWhmIjQ0
「……郁紀は、嫌?」
86 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:31.82 ID:CWhmIjQ0
どこにも逃げ場はなかった。悪夢の終わりはなかった。
87 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:32.36 ID:CWhmIjQ0
携帯電話にむけて怒鳴る耕司の声は悲鳴に近かった。いま瑶が直面している状況への、想像を絶した恐怖に、耕司の理性もまた蝕まれていた。
88 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:32.90 ID:CWhmIjQ0
もはや半泣きになりながら、怒りにまかせて耕司は鉄パイプを振り回していた。耕司の血飛沫を浴びた顔に、さらに怪物の汚穢(おわい)な体液が飛び散った。
89 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:33.41 ID:CWhmIjQ0
戸尾耕司として積み重ねてきた20年間の人生の記憶――それが尊いと、愛おしいと思うなら、こんな場所まで来てしまってはならなかったのだ。
90 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:33.94 ID:CWhmIjQ0
「ひゃうゥっ!」
91 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:34.42 ID:CWhmIjQ0
孤立した環境のせいか、山地の気候のせいか、それとも変異に対する抵抗力に個体差でもあるのか……いずれにせよ凉子はまだ、あの街に蠢くモノたちほど人の形を離れてはいない。
92 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:35.16 ID:CWhmIjQ0
不愉快だった。たまらなく不愉快だった。それと同時に爽快でもあった。
93 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:35.66 ID:CWhmIjQ0
『私は夢想する――いつの日か、我が娘の頭上に愛という名の祝福がもたらされる未来を。
94 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:36.29 ID:CWhmIjQ0
95 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:36.86 ID:CWhmIjQ0
96 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:37.38 ID:CWhmIjQ0
「知り合いだか何なのか、自分にもよく解らないんですが――たぶん医者か医学関係の人で、奥涯っていう……」
97 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:38.22 ID:CWhmIjQ0
98 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:39.20 ID:CWhmIjQ0
「さぁてと、もういい加減、仕上がってる頃だし――」
99 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:39.82 ID:CWhmIjQ0
僕は自分の嘘偽りない心境をどうやって言い表したものか、途方に暮れながらも切り出した。
100 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:40.74 ID:CWhmIjQ0
行き着くところまで行き着いたのだ。きっと、ここが終着だ。
101 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:41.26 ID:CWhmIjQ0
「ぜんぜん平気。ここにいれば食べる物にも不自由しないし、パパの家に独りぼっちでいるよりも、ずっと楽しいよ」
102 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:41.76 ID:CWhmIjQ0
103 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:42.37 ID:CWhmIjQ0
気がつけば耕司の右手は、ポケットの中に潜んだ拳銃の冷たさを探っていた。もしも郁紀と出会(でくわ)していたなら、自分はこれを抜く気でいたんだろうか。
104 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:43.52 ID:CWhmIjQ0
『郁紀は――人を殺してます。もう何人かも解らないほど大勢を、殺して……喰ってます』
105 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:44.10 ID:CWhmIjQ0
「ひどい有様だね。まったく」
106 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:44.66 ID:CWhmIjQ0
107 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:45.23 ID:CWhmIjQ0
郁紀が電話で指示したのは、いま耕司がいる住宅地の外れ――まだ麓までしか開発の進んでいない丘陵地の、森に覆われた頂だった。
108 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:45.73 ID:CWhmIjQ0
ふたたび重く冷たい闇に総身を包み込まれた後も、耕司は取り憑かれたようにトリガーを引きまくり、とうに空っぽの機械細工でしかなくなった拳銃を、ガチャガチャと空しく作動させ続けていた。
109 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:46.34 ID:CWhmIjQ0
べつに彼女を疑っていたわけではないが、鈴見については実のところ、沙耶がいったい何をしたのか僕がこの目で確かめたわけではない。やはり今の今まで僕は沙耶の主張を言葉半分に聞いていたのだろう。
110 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:46.85 ID:CWhmIjQ0
耕司は眉をひそめた。3冊の本はどれも歳経た重厚な革表紙の洋書で、学術書というよりはむしろ、ガラスケースに収まっていそうな稀覯書(きこうしょ)の類にしか見えない。
111 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:47.55 ID:CWhmIjQ0
112 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:48.36 ID:CWhmIjQ0
津久葉瑶の名前を聞いた郁紀は、気まずそうに苦笑した。だが耕司はその笑みの裏側に、同情よりなお冷たい、見下すような憐憫の色を見て取った。
113 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:49.52 ID:CWhmIjQ0
114 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:24:50.20 ID:CWhmIjQ0
「――そう」
115 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:50.86 ID:CWhmIjQ0
通話を切り、耕司は昨日の会見のことを思い返す。丹保医師は言葉の通り、調査を進めてくれるのだろうか。彼女が最後まで頑として口を割らなかった奥涯教授についての秘密が、いまだに気にかかる。
116 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:51.41 ID:CWhmIjQ0
廃墟に入る前から鼻を苛(さいな)んでいた悪臭が、いつの間にか変質していた。より獣臭に近い、生々しく有機的な汚臭。まぎれもなく、郁紀の自宅に立ちこめていたあの――
117 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:51.90 ID:CWhmIjQ0
だんだんと慣れてきたこともあるし、それに何より今日は、連日続けてきた奥涯邸での捜索に、ようやく成果らしいものがあったからだ。
118 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:53.01 ID:CWhmIjQ0
その封筒は、おそらく抽斗(ひきだし)のトレイから裏側へ落ち込んでしまったのだろう。書き物机から全部の抽斗(ひきだし)を引っ張り出した後で、その奥に折れ曲がって挟まっていた。
119 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:24:53.53 ID:CWhmIjQ0
駄目でもともと――そう覚悟を決めてT大付属病院を訪れ、郁紀の主治医に面会を申し入れた耕司と瑶だったが、まさかこんなにも簡単に診察室に通されるとは思ってもみなかった。
120 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:24:54.05 ID:CWhmIjQ0
「いいや、今の様子だとやりかねん。一日中ずっと雨戸を閉め切って、何をやってるのかも判らない。どういう暮らしをしてるのやら……」
121 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:54.54 ID:CWhmIjQ0
「すまん、津久葉……君には言えなかった」
122 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:55.07 ID:CWhmIjQ0
必要以上に緊張した、苛立っているようにも、何かに脅えて気後れしているかのようにも見える態度。視線は落ち着きなくそわそわと泳ぎ、決して瑶と目線をあわせようとしない。
123 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:55.55 ID:CWhmIjQ0
『ギャアアアアッ!』
124 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:24:56.06 ID:CWhmIjQ0
「……そうですか」
125 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:56.58 ID:CWhmIjQ0
126 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:57.11 ID:CWhmIjQ0
「……ッ!」
127 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:57.62 ID:CWhmIjQ0
今の音は――誰かが、泥のぬかるみで脚を滑らしたかのような、湿った音は――ずっと奥の部屋から聞こえた。
128 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:58.11 ID:CWhmIjQ0
その情熱だけでなく、こんな細い身体のどこから湧き出てくるのかと思うほど、体力もまた際限がない。僕に存分に貪らせ、なお足りぬのか僕を貪り、そうやっていつも先に音を上げるのは僕の方だ。
129 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:58.63 ID:CWhmIjQ0
「いや……でも、うん。そうだな。やっぱり奥涯教授には会ってみたい」
130 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:59.16 ID:CWhmIjQ0
いや、そんなことよりも、なぜ彼女がここにいる? こんな格好で何をしている?
131 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:24:59.67 ID:CWhmIjQ0
「君がそういう乱痴気騒ぎに手こずっている隙に、匂坂郁紀を追いつめるチャンスを逃すことだよ。身辺で火の手が上がれば、彼は手遅れになる前にさっさと姿をくらますだろう。そうやってまた万事が振り出しに戻る」
132 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:00.55 ID:CWhmIjQ0
洋佑は両手で掴んだ骨を捻り上げ、刺さったままの杭で何度も執拗に怪物を抉った。
133 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:01.29 ID:CWhmIjQ0
134 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:01.98 ID:CWhmIjQ0
「貴様ら……何を……」
135 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:02.56 ID:CWhmIjQ0
目指す匂坂邸から2ブロックほど離れた位置にアコードを停め、耕司は静まりかえったその家を見据えていた。
136 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:03.16 ID:CWhmIjQ0
怯えきった少女は半泣きで匂坂家の玄関へと逃げ帰っていく。洋佑は狩猟の心地よい興奮を存分に味わいながら、後を追って走った。
137 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:03.70 ID:CWhmIjQ0
耕司の返答を待ちもせず、郁紀は一方的に通話を切った。
138 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:04.22 ID:CWhmIjQ0
「間違いなく言えるのは、そいつが奥涯の研究の核にあるモノらしい、ということだけだ。もし匂坂くんがこの沙耶と呼ばれるものとすでに深く関わっているのなら、彼はもう引き返せない所まで踏み込んでいる、ということになる」
139 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:04.75 ID:CWhmIjQ0
共犯者がいるのは心強い。が、それは足を引っ張らないだけの人物に限った話だ。
140 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:05.30 ID:CWhmIjQ0
嫌なのか? と、そう聞き返す勇気は僕にはなかった。代わりにあわてて付け加えた。
141 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:05.88 ID:CWhmIjQ0
あの事故以来、3ヶ月ぶりに見る沙耶以外の人の姿。それも、女、それも――こんなにも豊満に雌の色香を備えた、美しい女。
142 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:06.41 ID:CWhmIjQ0
143 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:06.95 ID:CWhmIjQ0
それは――たしかに、そうだ。
144 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:07.73 ID:CWhmIjQ0
ほほえむ郁紀の眼差しの奥底に、ねっとりと絡みつくような悪意の色を見いだしてしまうのは。
145 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:08.24 ID:CWhmIjQ0
沙耶は言葉を切り、深く息を吸ってから、言った。
146 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:08.77 ID:CWhmIjQ0
その青海も郁紀も、今はいない。
147 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:09.45 ID:CWhmIjQ0
148 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:10.10 ID:CWhmIjQ0
そんな無知にして無垢なる幸福を人々と分かち合うことは、もう戸尾耕司には叶わなかった。
149 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:10.69 ID:CWhmIjQ0
僕は沙耶が何を言っているのか理解するのに時間がかかり、その言葉をどう受け止めて良いのか、さらに時間をかけて迷った。
150 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:11.45 ID:CWhmIjQ0
ようやく動悸が治まって人心地ついた耕司は、その後を追いながら声をかけた。
151 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:11.95 ID:CWhmIjQ0
そう神妙に頭を下げながらも、耕司はその女医の若さに内心で驚いていた。
152 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:12.47 ID:CWhmIjQ0
「……」
153 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:12.97 ID:CWhmIjQ0
びくびくと撥ねる怪物の身体を床に押し倒すと、洋佑は渾身の力で踵をその上に踏み下ろした。何度も、何度も……そのたびに、相手の呻きと痙攣は弱まっていった。
154 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:13.38 ID:CWhmIjQo
>>10
誰も気づかない=凄くない
155 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:14.02 ID:CWhmIjQ0
もはや人間の手として機能しなくなった右手首を切り落としたのは三日前のことだが、今度は肩から背中にかけての掻痒(そうよう)感が耐え難くなってきている。
156 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:15.09 ID:CWhmIjQ0
他人と向き合って話をするだけでも我慢ならないほどに辛いのだ。誰かに優しくなれというほうが無理な相談だ。
157 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:15.68 ID:CWhmIjQ0
それにしても――臭い。隙間風が運んでくる臭気だけで、こんなにも匂うものだろうか? まるで匂いの元が部屋の中にあるようではないか。
158 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:16.19 ID:CWhmIjQ0
沙耶にとっても、僕が世界のすべてだった。
159 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:16.79 ID:CWhmIjQ0
「青海ちゃん……青海ちゃぁん……」
160 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:17.30 ID:CWhmIjQ0
とうぜん事故にあった時の怪我はもっと酷かったんだろうが、相手から故意に与えられた痛みを受け止めるという体験は、今回の骨折がいちばんの重傷だ。
161 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:18.33 ID:CWhmIjQ0
162 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:19.41 ID:CWhmIjQ0
書架の内容は、一介の学生では見たことも聞いたこともないような専門書のオンパレードである。臨床医学より研究者寄り、という程度の判断しかつかない。
163 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:19.93 ID:CWhmIjQ0
164 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:20.50 ID:CWhmIjQ0
それだけ言って、通話が切れる。
165 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:21.08 ID:CWhmIjQ0
最後のテキストを見届けて、僕はそのまま携帯を外に戻した。
166 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:21.60 ID:CWhmIjQ0
167 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:22.20 ID:CWhmIjQ0
瑶の表情は暗い。もちろん青海の心配もあるのだろうが、三日前の郁紀との遣り取りも、まだ吹っ切れていないのだろう。
168 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:22.76 ID:CWhmIjQ0
瑶はなけなしの記憶を繋ぎ合わせてか、若干ながらも言葉を取り戻していた。そうと解ってから沙耶はペットに芸を仕込む楽しみを見出し、昨夜から彼女に言語を教えなおしていた。
169 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:23.35 ID:CWhmIjQ0
「うわぁ、いっぱい出た……」
170 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:23.85 ID:CWhmIjQ0
171 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:24.41 ID:CWhmIjQ0
172 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:25.25 ID:CWhmIjQ0
「準備?」
173 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:25.99 ID:CWhmIjQ0
『……』
174 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:26.58 ID:CWhmIjQ0
「間違いなく言えるのは、そいつが奥涯の研究の核にあるモノらしい、ということだけだ。もし匂坂くんがこの沙耶と呼ばれるものとすでに深く関わっているのなら、彼はもう引き返せない所まで踏み込んでいる、ということになる」
175 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:27.12 ID:CWhmIjQ0
そして憎悪の虜となった耕司は、すぐ背後まで忍び寄っている何者かの気配と息遣いを感じ取った。
176 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:27.90 ID:CWhmIjQ0
理屈だけは思考の中で繋がっても、それでも耕司は納得できなかった。
177 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:28.43 ID:CWhmIjQ0
すでに時間は耕司の味方ではない。今は一分一秒すら惜しい。
178 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:29.01 ID:CWhmIjQ0
無理しているんじゃないか――そう心配になるほどに危うい光景なのに、僕を翻弄する舌使いは貪るように積極的だ。まるで母猫の乳房を躍起になって吸う子猫を思わせる。
179 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:29.55 ID:CWhmIjQ0
その青海も郁紀も、今はいない。
180 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:30.08 ID:CWhmIjQ0
沙耶の気持ちは嬉しい。たとえそれが意味合いの上で僕を信じていないということになるとしても、彼女は我が身の危険より僕の身を案じてくれているのだ。
181 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:30.71 ID:CWhmIjQ0
裏返った雄叫びとともに重い刃を振りかざす郁紀。だが勝負はすでに勢いよりも冷静さが勝機を掴む段に入っている。
182 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:31.27 ID:CWhmIjQ0
社交辞令として声をかけてくるというのなら、まぁ僕だって我慢する。だが興味本位で他人のプライベートに首を突っ込んでくるというのは……明らかな侵害だ。
183 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:31.80 ID:CWhmIjQ0
184 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:32.42 ID:CWhmIjQ0
さらに先方からの返信を待つまでの間にも、瑶には考えることがいくらでもあった。
185 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:32.93 ID:CWhmIjQ0
裏返った雄叫びとともに重い刃を振りかざす郁紀。だが勝負はすでに勢いよりも冷静さが勝機を掴む段に入っている。
186 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:33.46 ID:CWhmIjQ0
187 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:34.02 ID:CWhmIjQ0
あえて口幅ったい言い方をするならば『医者の勘』だ。この患者はどこかおかしい。斜に構えた態度の裏に、何かを隠しているような気がしてならない。ひどく切迫した――怯え、あるいは苦痛。
188 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:34.73 ID:CWhmIjQ0
そうか、まだいたのか――
189 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:35.70 ID:CWhmIjQ0
酸素は5倍の窒素で包まれてはじめて、大気として許容される。同じことだ。戯れ言で希釈された片鱗だけの真実を呼吸することで、人は健やかなる心を維持できるのだ。
190 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:36.27 ID:CWhmIjQ0
そして、沙耶の見知っていた家屋はひとつ。――正解は栃木県S町のこの家か。
191 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:37.22 ID:CWhmIjQ0
夢遊病者のような足取りで、耕司は奥涯邸を出てアコードに向かった。
192 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:37.75 ID:CWhmIjQ0
「……」
193 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:38.41 ID:CWhmIjQ0
「あ、当たり前です」
194 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:38.95 ID:CWhmIjQ0
衣服などの遺留品には津久葉瑶のものもあったが、発見された遺体の断片の中に彼女と思われるものが含まれていなかったことで、耕司の悪夢は少なからず厚みを増した。
195 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:39.52 ID:CWhmIjQ0
哀しいが、仕方ないことだと思う。より大勢の人が信じる大多数の現実で、この世界は成り立っている。その枠からはみ出た場所に僕は踏み出してしまったのだ。
196 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:40.05 ID:CWhmIjQ0
途端に、小動物のような悲鳴を上げて、全身を痙攣させる沙耶。
197 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:40.59 ID:CWhmIjQ0
泥の中で四つん這いになったまま、飲みかかった泥水を何度も咽せて吐き出す。
198 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:41.11 ID:CWhmIjQ0
「はぁ……」
199 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:41.61 ID:CWhmIjQ0
11月の寒空に、吹きっ晒しのベンチで談笑しようなどと思う者がいるはずもなく、中庭は人影のないままに寂しく静まりかえっていた。
200 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:42.13 ID:CWhmIjQ0
沙耶は床に散らばった書類を一枚ずつ拾っては、慣れた手つきで仕分けなおしていく。
201 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:42.63 ID:CWhmIjQ0
手の爪の伸び具合や腹の減り具合と同じように、各部屋の戸の閉まり具合、花瓶に活けた花の鮮度、製氷皿にある氷の量、そういった家の諸々の状態を的確に把握できているのが洋佑の自慢であり、それらが過不足ないコンディションに保たれた屋内で、こうして二階のアトリエに座りテレピン油の匂いを嗅いでいるとき、彼はこの上もない満足感に満たされるのである。
202 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:43.23 ID:CWhmIjQ0
「えぇ〜? そんなぁ……アレは沙耶に頂戴よぉ」
203 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:43.80 ID:CWhmIjQ0
はたと、耕司は昨日会ったT大病院の女医を思い出した。彼女なら何か知っているかもしれない。
204 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:44.31 ID:CWhmIjQ0
ともかく郁紀はいなかった。彼との再会の形は、出会したときに自ずと決まるだろう。その瞬間にさえ迷わなければいい。
205 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:44.87 ID:CWhmIjQ0
206 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:45.45 ID:CWhmIjQ0
沙耶――
207 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:46.13 ID:CWhmIjQ0
銃が決め手になるような結末などは破滅以外にあり得ない。そんな負け戦のつもりで彼は東京に戻るわけではないのだ。
208 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:47.18 ID:CWhmIjQ0
209 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:48.12 ID:CWhmIjQ0
「……いいのか?」
210 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:49.07 ID:CWhmIjQ0
それらを彩るまばゆい輝きの正体は……花びらの一枚一枚の表面をびっしりと覆う、光の粒子のような鱗粉だった。
211 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:50.00 ID:CWhmIjQ0
耕司の打擲(ちょうちゃく)に、だが怪物は最後まで屈することなく、ついに郁紀の骸の前まで来た。
212 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:25:50.62 ID:CWhmIjQ0
だとすればこれは、教育者としての私の不徳の致すところである。あれほどに驚異的な生物の資質をスポイルしてしまったことには慚愧(ざんき)の念を禁じ得ない』
213 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:51.42 ID:CWhmIjQ0
青海としては、できることなら振り向きもせずにこの家を出ていきたかった。だがそうすると、あの闇に背を向けたまま廊下を戻らなくてはならない。それだけは絶対にできない相談だった。
214 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:51.96 ID:CWhmIjQ0
215 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:52.52 ID:CWhmIjQ0
216 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:53.13 ID:CWhmIjQ0
217 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:53.62 ID:CWhmIjQ0
「郁紀がそうしたいなら、そうする」
218 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:54.26 ID:CWhmIjQ0
219 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:54.82 ID:CWhmIjQ0
220 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:55.37 ID:CWhmIjQ0
次に目が覚めるときには、山を下り、あの街の賑わいに身を投じる決心がついているかもしれない。そんな決心さえ必要なくなっているかもしれない。
221 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:55.90 ID:CWhmIjQ0
「君がそういう乱痴気騒ぎに手こずっている隙に、匂坂郁紀を追いつめるチャンスを逃すことだよ。身辺で火の手が上がれば、彼は手遅れになる前にさっさと姿をくらますだろう。そうやってまた万事が振り出しに戻る」
222 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:56.66 ID:CWhmIjQ0
223 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:57.21 ID:CWhmIjQ0
井戸に寄りかかる姿勢で背を向けていたのも災いした。井戸の縁を支点にして仰け反る形に体勢を崩された耕司は、力をかける当てがなく、ただ闇雲に手足を振り回して暴れるぐらいしか抵抗の術がなかった。
224 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:57.95 ID:CWhmIjQ0
こうして世界を見渡しながら、眠ってしまうのもいいかもしれない――そう凉子は思い立つ。
225 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:58.53 ID:CWhmIjQ0
「じゃあ、こっちが先生の地ですか?」
226 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:59.07 ID:CWhmIjQ0
「まぁ、この辺だと森にも色々と棲んでるから。そんなに食事には困らないんじゃないかな」
227 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:25:59.56 ID:CWhmIjQ0
228 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:00.20 ID:CWhmIjQ0
「警察だと?」
229 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:00.70 ID:CWhmIjQ0
230 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:01.22 ID:CWhmIjQ0
231 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:01.74 ID:CWhmIjQ0
つまりは、引け時なのだ。
232 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:02.27 ID:CWhmIjQ0
方向から推理して、かかりつけのT大病院に行くのかとも思ったが、最寄りのはずの駅に着いても郁紀は降りる気配を見せない。
233 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:02.79 ID:CWhmIjQ0
「わたしの同類にしてあげたの」
234 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:03.29 ID:CWhmIjQ0
アトリエに相当する小部屋には、骨を組み合わせて作ったイーゼルに、血まみれのカンバスが乗せてあった。まるで何かの冗談のように、洋佑のアトリエと寸分違わぬ位置だった。
235 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:03.85 ID:CWhmIjQ0
「あ、当たり前です」
236 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:04.36 ID:CWhmIjQ0
237 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:04.91 ID:CWhmIjQ0
哀しみを癒す哀しみの言葉。沙耶の瞳は深く虚ろで、その虚ろさゆえに限りなく優しかった。
238 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:05.47 ID:CWhmIjQ0
呆れたことに、沙耶はそういう用心にもまるで無頓着だった。避妊具を使わないどころか、事に及んでは必ず膣に子種を出せと強要する。まさか知らないわけじゃないだろうが、だとしたら敢えて妊娠したがっているとしか思えない。
239 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:06.23 ID:CWhmIjQ0
とはいえ、僕にだってそれなりにプライドというものがある。できることなら彼女には、男として頼りがいのあるところを見せてやりたいのだが――
240 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:07.04 ID:CWhmIjQ0
銃の空撃ちと同じく取り憑かれたような反復で、耕司は鉄パイプを振りかざし、滅多打ちにそいつを叩きのめす。
241 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:07.78 ID:CWhmIjQ0
242 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:08.30 ID:CWhmIjQ0
243 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:08.83 ID:CWhmIjQ0
244 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:09.36 ID:CWhmIjQ0
青海は自分の携帯にパスワードを設定していたのだろうか? そうだとしても、このメールを送ってきた人間には通用しなかったことになる。つまり、いま瑶にメールを送ってきた人物は、過去に青海と瑶が交わしたメールの履歴をすべて読むことが可能なのだ。
245 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:09.89 ID:CWhmIjQ0
「郁紀は――どうなっちまったんですか?」
246 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:10.54 ID:CWhmIjQ0
マグライトの明かりの中で見ると、居間の汚れようは輪をかけて酷かった。ソファーなどはヘドロの底から引き上げてきたかのような有様だ。
247 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:11.06 ID:CWhmIjQ0
『ソンナ都合ノイ冕トコ、アルカナァ……何ダカスッゴク霞'\デソウ』
248 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:11.59 ID:CWhmIjQ0
249 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:12.15 ID:CWhmIjQ0
250 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:12.71 ID:CWhmIjQ0
251 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:13.24 ID:CWhmIjQ0
『イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイィィィィィッ!!』
252 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:13.77 ID:CWhmIjQ0
津久葉瑶の名前を聞いた郁紀は、気まずそうに苦笑した。だが耕司はその笑みの裏側に、同情よりなお冷たい、見下すような憐憫の色を見て取った。
253 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:14.62 ID:CWhmIjQ0
「もうやらない方がいい。その代わり、夜は僕の話し相手になってくれないか?」
254 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:15.18 ID:CWhmIjQ0
255 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:16.12 ID:CWhmIjQ0
「――そうなの?」
256 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:16.90 ID:CWhmIjQ0
僕は見る影もなくバラバラになった怪物の骸を見て、沙耶に訊いた。
257 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:17.46 ID:CWhmIjQ0
258 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:17.98 ID:CWhmIjQ0
怒りと悔しさがどっと胸の中に蘇る。許せない裏切りだった。裏切られた自分の愚かしさにも我慢がならなかった。
259 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:18.47 ID:CWhmIjQ0
260 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:19.43 ID:CWhmIjQ0
261 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:19.96 ID:CWhmIjQ0
床の包丁を手に取って、肉片のひとつを拾い上げると、腱から切り離して皮を剥き取ってみた。
262 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:20.47 ID:CWhmIjQ0
「パパに色々と教わったから。……ふぅん、なるほどね。そういうこと。……これじゃ、いつまで経っても治せないよねー」
263 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:21.02 ID:CWhmIjQ0
決然とした語調。だがそれでも耕司は、このパラノイアを患った女医を信じ切ることができない。
264 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:21.68 ID:CWhmIjQ0
もっと落胆するかと思ったが、沙耶の反応は意外に醒めていた。
265 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:22.65 ID:CWhmIjQ0
フラスクで酒を持ち歩くなんて、アル中の中年男のような……そう感じる耕司の価値観は半ば偏見かもしれないが、若い女医の持ち物としてあまりに不釣り合いな印象は否めない。
266 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:23.42 ID:CWhmIjQ0
「なんだか……不安なんだよね。そういう心理戦っていうの。確実じゃない、っていうか……」
267 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:24.38 ID:CWhmIjQ0
さすがに肉筆の記録の全文を暗号化するほどの手間は厭(いと)ったようで、結果として奥涯が選択した手段は、じつに簡素なものだった。
268 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:25.49 ID:CWhmIjQ0
脳裏に蘇る凉子の声。今ならば耕司は、彼女の慈悲深い配慮を理解できた。彼女と同じ醒めた視点で、かつての自分の愚かしさを嘲笑うことができた。
269 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:26.44 ID:CWhmIjQ0
「でもねー、やっぱり最初だったもんだから、手際よくできなくって」
270 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:27.13 ID:CWhmIjQ0
こんなにも真っ直ぐに気持ちをぶつけてくる沙耶を、僕が受け止められないでどうする?
271 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:27.81 ID:CWhmIjQ0
タンポポの花は綺麗だね、って、種に話しかけてくれたとき」
272 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:28.40 ID:CWhmIjQ0
「なにか味付けとか、調理してあるのか? これ」
273 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:29.11 ID:CWhmIjQ0
「は、はぁ……」
274 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:29.78 ID:CWhmIjQ0
「匂坂さん、最近、ちょっと様子が変です。見てて……心配になります」
275 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:30.49 ID:CWhmIjQ0
どうやら自我という意識そのものが希薄なもよう。人類とは明らかに異なる精神構造である。
276 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:31.12 ID:CWhmIjQ0
「先生、僕はどうしても奥涯教授に会わなきゃならないんです。彼がいなくなったせいで行く当てがなくなり困ってる子がいるんです。力になってもらえませんか?」
277 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:31.65 ID:CWhmIjQ0
278 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:32.22 ID:CWhmIjQ0
鳴った。聞き覚えのある着信メロディ。間違いなく青海の携帯電話だ。
279 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:32.89 ID:CWhmIjQ0
「疑う理由なんて、とっくの昔に見失ったからね」
280 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:33.40 ID:CWhmIjQ0
「そんな都合のいいとこ、あるかなぁ……何だかすっごく混んでそう」
281 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:33.96 ID:CWhmIjQ0
それに加えて、何とは名状しがたいが、放置された水槽が放つような湿った汚臭がかすかに匂う。やはりこの家に住人はいない。
282 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:34.57 ID:CWhmIjQ0
ようやく鞄から引っ張り出し、着信者名を見たところで耕司は凍りついた。
283 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:35.11 ID:CWhmIjQ0
僕はつい可笑しくてクスリと笑った。沙耶でも、こんな風に恥ずかしがることがあるなんて。
284 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:35.61 ID:CWhmIjQ0
285 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:36.10 ID:CWhmIjQ0
まず驚いたのは、まるで損なわれていない居住者の生活臭だった。家財道具から食器、調度品に至るまで、なにも持ち出されたものはないように見える。
286 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:36.66 ID:CWhmIjQ0
287 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:37.16 ID:CWhmIjQ0
沙耶は複雑な表情で俯いた。
288 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:37.65 ID:CWhmIjQ0
「君はそれ以上のことを、僕のためにしてくれるんだ」
289 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:38.15 ID:CWhmIjQ0
まだろくに濡れてもいない股間を力ずくで割られ、少女が甲高い悲鳴を漏らす。予想に反して破瓜の手応えはなかったが、未熟な容姿とは裏腹に、洋佑を包み込む少女の感触は驚くほど充実していた。
290 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:38.63 ID:CWhmIjQ0
恐怖が、あっけなく理性を噛み砕く。
291 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:39.15 ID:CWhmIjQ0
「あなた、怖がらないんじゃ、つまらない」
292 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:39.65 ID:CWhmIjQ0
なんのことはない、こんな日常の景色さえ、今の瑶にはどこか不吉なものに見えてしまう。まるで近隣の住人がすべて死に絶えてしまった、白日の下のゴーストタウンに立っているかのようで……
293 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:40.13 ID:CWhmIjQ0
「そんなことより、沙耶、もう――そろそろ」
294 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:40.66 ID:CWhmIjQ0
295 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:41.21 ID:CWhmIjQ0
296 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:41.71 ID:CWhmIjQ0
297 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:42.24 ID:CWhmIjQ0
いよいよこれが、本命か。
298 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:42.75 ID:CWhmIjQ0
「あ、そうだっけ」
299 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:43.28 ID:CWhmIjQ0
瑶の表情は暗い。もちろん青海の心配もあるのだろうが、三日前の郁紀との遣り取りも、まだ吹っ切れていないのだろう。
300 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:43.82 ID:CWhmIjQ0
沙耶の可憐な容姿には似つかわしくない、血腥(ちなまぐさ)く残虐な行為ではあったが、血に染まる彼女の頬は、まるで勝利者として君臨する肉食動物の王に似て、その荒々しさにはどこか気高く崇高なものを窺わせる、侵しがたい神聖さがあった。
301 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:44.50 ID:CWhmIjQ0
「津久葉なのか? なぁおい……まさか、津久葉なのか?」
302 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:45.04 ID:CWhmIjQ0
「タンポポって花があるよね。種を風に乗せて飛ばすやつ」
303 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:45.58 ID:CWhmIjQ0
「そんなにも彼は君との接触を意識してるのか?」
304 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:46.21 ID:CWhmIjQ0
とにかく今の僕の症状は、生半可な精神症などと違って治療法などない。
305 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:46.77 ID:CWhmIjQ0
知らずと涙が滲んでいた。だがそんな弱気を声に顕さないよう努めながら、耕司は端的に要求を切り出す。
306 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:47.33 ID:CWhmIjQ0
――本当にあったコワ〜イ話:病院編――
307 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:47.86 ID:CWhmIjQ0
「戸尾くん」
308 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:48.35 ID:CWhmIjQ0
凉子は耕司の受けた衝撃の程を察して、あえてコメントは差し控える。
309 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:48.84 ID:CWhmIjQ0
310 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:49.37 ID:CWhmIjQ0
311 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:49.96 ID:CWhmIjQ0
ほほえむ郁紀の眼差しの奥底に、ねっとりと絡みつくような悪意の色を見いだしてしまうのは。
312 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:50.52 ID:CWhmIjQ0
「――それは?」
313 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:51.02 ID:CWhmIjQ0
314 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:51.56 ID:CWhmIjQ0
そんな耕司を前にして、凉子は恐れげもなく平然と肩を竦(すく)める。
315 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:26:52.05 ID:CWhmIjQ0
ここにきて今更のように郁紀は、さも心外だ、と言いたげに残念そうな顔をしてみせる。
316 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:52.57 ID:CWhmIjQ0
317 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:53.08 ID:CWhmIjQ0
「……ん?」
318 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:53.62 ID:CWhmIjQ0
知らずと涙が滲んでいた。だがそんな弱気を声に顕さないよう努めながら、耕司は端的に要求を切り出す。
319 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:54.17 ID:CWhmIjQ0
「嫌ぁ! 来ないでぇ!」
320 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:54.65 ID:CWhmIjQ0
目を輝かせてそう訊いてくる沙耶に、僕は途方にくれた。
321 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:55.18 ID:CWhmIjQ0
322 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:55.67 ID:CWhmIjQ0
「うまく、言葉では説明しにくいんだけどね――」
323 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:56.38 ID:CWhmIjQ0
床との隙間は五センチもないはずの、その狭すぎる空間に、庭からの侵入者は潜んでいた。
324 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:56.99 ID:CWhmIjQ0
耕司は死に物狂いでのたうち回り、四肢に絡まる不気味なものを振り解こうとした。
325 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:57.56 ID:CWhmIjQ0
「そんなことより、沙耶、もう――そろそろ」
326 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:58.20 ID:CWhmIjQ0
かけ直そうかとも思ったが、よくよく考えれば郁紀と一緒のときに彼女と連絡を取るのは問題だろう。耕司と瑶が主治医のところまで押しかけていったと知れば、郁紀はまた機嫌を損ねるに違いない。
327 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:58.82 ID:CWhmIjQ0
ノブは何の抵抗もなく滑らかに廻った。鍵はかかっていない。
328 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:26:59.38 ID:CWhmIjQ0
「ふむ……まぁ、それも一理あるかもな」
329 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:00.04 ID:CWhmIjQ0
必死になったところで、大人の脚力にはかなうはずもない。廊下を駆け抜け、台所に逃げ込んだ少女を洋佑は易々と捕まえた。背後から抱きすくめ、身動きできないように床から持ち上げる。
330 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:27:00.68 ID:CWhmIjQ0
こういうことを女性にやられるのは初めての体験で、正直なところ僕はショックに打ちのめされていた。
331 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:01.36 ID:CWhmIjQ0
かけるべき言葉も思い当たらず、耕司は後ろ髪引かれる思いのままカフェテリアを後にした。
332 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:01.88 ID:CWhmIjQ0
『青海のことは本当に知らない。彼女は僕の家まで来ていない。でも瑶は――』
333 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:02.41 ID:CWhmIjQ0
334 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:03.16 ID:CWhmIjQ0
音が聞こえたわけでもない。その様が見えたわけでもない。それでも僕には、なんとなく解った。……沙耶は泣いていた。声を殺して。
335 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:03.83 ID:CWhmIjQ0
そんな救いのない決断は先送りにして、今はただ進め。追いつめる相手との距離を詰めろ。
336 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:04.44 ID:CWhmIjQ0
郁紀は仰け反りながらもバランスを取ろうと踏みとどまり、そのせいで下肢を動かせなくなった。
337 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:04.94 ID:CWhmIjQ0
姿形がどうあろうと、その魂の形がなんと僕らの間近にあることか。
338 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:05.48 ID:CWhmIjQ0
瑶の表情は暗い。もちろん青海の心配もあるのだろうが、三日前の郁紀との遣り取りも、まだ吹っ切れていないのだろう。
339 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:06.05 ID:CWhmIjQ0
「君はまだ、いちばん致命的なものまでは見ていない」
340 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:06.70 ID:CWhmIjQ0
「僕らにも……希望があるのかい?」
341 :
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[sage]:2009/03/24(火) 03:27:07.30 ID:CWhmIjQ0
342 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:07.94 ID:CWhmIjQ0
僕は苦笑しながらも、傍らに放置されて所在なげにしている瑶を見やった。
343 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:08.50 ID:CWhmIjQ0
344 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 03:27:09.07 ID:CWhmIjQ0
345 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:36.47 ID:qjlp8aI0
346 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:37.12 ID:qjlp8aI0
だいたい、こんな家に上がり込んで郁紀は一体なにをしていたのか?
347 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:37.64 ID:qjlp8aI0
凉子は生前と同じ、冷たく躁的に歪んだ含み笑いで身体を揺する。胸元まで引き裂かれた左肩の先で、余り物のようにぶら下がっている腕がグラグラと揺れた。
348 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:38.23 ID:qjlp8aI0
「郁紀がそうしたいなら、そうする」
349 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:38.77 ID:qjlp8aI0
「んううう……うぅ……うぅ……うぅ……」
350 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:39.33 ID:qjlp8aI0
『あるいは沙耶たちの標的は、初めから知的種族に照準を絞ったものなのかもしれない。
351 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:39.85 ID:qjlp8aI0
すべてが歪んで目に映る僕に、ただ一人まともな姿で見えた沙耶。僕は彼女だけが特別なのだと思っていた。
352 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:40.43 ID:qjlp8aI0
「これ……本当に道か?」
353 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:41.04 ID:qjlp8aI0
354 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:41.52 ID:qjlp8aI0
『沙耶』とは、私の母親が飼っていた雌猫の名前だ。幼少期の私にとってあの猫は唯一の友であり恋人だった。もし私の将来に子宝を授かるようなことがあるのなら、女の子には是非ともその名を与えようと、私は心に決めていたものだ。
355 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:42.15 ID:qjlp8aI0
「外のどこかにこの輪を引っかけて、井戸の底まで伝って降りる。その後、ナイフで輪を切って井戸の中に引っ張り込めば――井戸の底に降りた痕跡は残らない」
356 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:42.94 ID:qjlp8aI0
むろん、凉子自身もまた――
357 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:44.00 ID:qjlp8aI0
358 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:44.94 ID:qjlp8aI0
「この子はね、郁紀のこと喜ばすためだけに沙耶が用意したの。郁紀がこの子のこと好きになって、この子と過ごすのを楽しいって思うようになってくれたら、それだけ沙耶も嬉しいんだよ。それ、遠慮するようなことじゃないよ」
359 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:45.46 ID:qjlp8aI0
『私のこの仮説の綻びとしては、他ならぬ沙耶自身の行動に疑問が残る。
360 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:46.14 ID:qjlp8aI0
そうか、デートに行ったんだ。――孤独な羨望がちくりと瑶の胸を刺す。
361 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:46.78 ID:qjlp8aI0
いざ説得を諦める気になると、凉子の首肯(しゅこう)は冷酷に短かった。今この瞬間に彼女は、彼女なりの良心から耕司を切り捨てたのだろう。
362 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:47.42 ID:qjlp8aI0
がっちりと僕の腿を抱え込み、舌と唇はますます激しく、さらに喉の奥にまで呑み込まんばかりの勢いで吸い貪る。
363 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:48.00 ID:qjlp8aI0
郁紀は自前のライトを点灯し、ずかずかと上がり込んで家捜しを開始した。
364 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:48.61 ID:qjlp8aI0
「この一枚、見覚えがあるよ。うん、たしかに沙耶の知ってる場所」
365 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:49.18 ID:qjlp8aI0
「奥涯が使おうとした機材から察するに、奴はそいつをP3レベルのバイオハザードとして取り扱うつもりだったらしい。その程度の用心で充分だったのかどうかも知れたもんじゃないんだが。
366 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:49.66 ID:qjlp8aI0
『デモ、セメテ庭ダケG$Tツ一度、手ヲ入レテハ虔潭デスカ? 良カッタ6ェラ私モオ手伝イシマスヨ』
367 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:50.17 ID:qjlp8aI0
そう答えた耕司の背後で、やおらけたたましい電子音が鳴り響く。ぎょっとなって耕司は廊下の方を振り向いた。
368 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:51.04 ID:qjlp8aI0
369 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:51.61 ID:qjlp8aI0
「戸尾くん」
370 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:52.47 ID:qjlp8aI0
「それなのに、この人は……ぜんぜん優しくなんかなかった。沙耶のこと虐めたいって、壊したいって言って、あんな……」
371 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:53.03 ID:qjlp8aI0
「ご飯、できたよ〜」
372 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:53.66 ID:qjlp8aI0
そのとき――郁紀はまるで怯えて身を竦(すく)めるような勢いで、手で顔を庇っていた。
373 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:54.24 ID:qjlp8aI0
「何かあったと思ったのなら、警察には届けてくれたんですか?」
374 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:54.76 ID:qjlp8aI0
限界を超えて注ぎ込まれる快楽に、ついに理性が決壊し、僕は溜めに溜め込んだ勢いのままに一気に白濁を吐き出していた。――僕をくわえ込んだ沙耶の喉深くへと。
375 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:55.56 ID:qjlp8aI0
惜しくも空を切った鉄パイプを構えなおして、耕司は第二の襲撃者と対峙した。
376 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:56.10 ID:qjlp8aI0
377 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:56.58 ID:qjlp8aI0
「あの、先生……?」
378 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:57.18 ID:qjlp8aI0
「ぁぐ……ッ」
379 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:57.73 ID:qjlp8aI0
380 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:58.28 ID:qjlp8aI0
「もう一度だけ、性懲りもなく言わせてほしい。戸尾くん、君は手を引いてすべてを忘れるべきだ」
381 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:22:58.85 ID:qjlp8aI0
「そうか。楽しみだな」
382 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:59.36 ID:qjlp8aI0
383 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:22:59.88 ID:qjlp8aI0
「青海ちゃん……青海ちゃぁん……」
384 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:00.79 ID:qjlp8aI0
限界だった。耕司は包み隠さずに吐き捨てた。
385 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:01.32 ID:qjlp8aI0
「?」
386 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:01.81 ID:qjlp8aI0
彼女の微笑み。小首をかしげるその仕草。僕が失った世界のすべてがそこにある。
387 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:02.39 ID:qjlp8aI0
388 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:03.00 ID:qjlp8aI0
389 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:03.50 ID:qjlp8aI0
「……東京に戻ったらまたこちらから連絡します。では」
390 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:03.99 ID:qjlp8aI0
391 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:04.49 ID:qjlp8aI0
392 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:04.97 ID:qjlp8aI0
393 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:05.56 ID:qjlp8aI0
今の瑶にできることは、ただ為す術もなく僕の腰使いの蹂躙に身を任せることだけ。
394 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:06.06 ID:qjlp8aI0
「郁紀……郁紀……怖かった……怖かったよぉぉ」
395 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:06.57 ID:qjlp8aI0
396 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:07.13 ID:qjlp8aI0
T大付属病院で意識を取り戻したときも、世界はこんな風に闇、だった。
397 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:07.75 ID:qjlp8aI0
「じゃあ、僕はこっちで」
398 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:08.25 ID:qjlp8aI0
一本目の煙草に火を点け、深々と紫煙を吸って吐き出しながら、耕司は独り居間にくつろぎ、手の中の拳銃に見入った。
399 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:08.76 ID:qjlp8aI0
何があった?
400 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:09.28 ID:qjlp8aI0
自宅の門をくぐろうとした僕を、身の毛もよだつような声が呼び止めた。
401 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:10.07 ID:qjlp8aI0
402 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:10.60 ID:qjlp8aI0
「……ああ」
403 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:11.11 ID:qjlp8aI0
3人ともに脱力し、折り重なって床に身を投げ出したまま、僕らは嵐の後の静けさの中で、情交の後の生ぬるい空気を嗅いでいた。
404 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:11.61 ID:qjlp8aI0
「この子はね、郁紀のこと喜ばすためだけに沙耶が用意したの。郁紀がこの子のこと好きになって、この子と過ごすのを楽しいって思うようになってくれたら、それだけ沙耶も嬉しいんだよ。それ、遠慮するようなことじゃないよ」
405 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:12.12 ID:qjlp8aI0
隅々まで手入れの行き届いた、我が身の一部のように思えていた屋内が、まるで見知らぬ異界のように感じられた。
406 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:12.62 ID:qjlp8aI0
「少しは我慢してくれよ。なぁ、沙耶だって、お父さんのこと見つけたいんだろ?」
407 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:13.13 ID:qjlp8aI0
だが僕は――そう、構わなかった。
408 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:13.67 ID:qjlp8aI0
沙耶は本当に嬉しそうだった。もちろん僕も同じだ。一人で食べる味気ない食事に比べれば、誰かと食卓を共にするだけで、どんなに食が進むことか。
409 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:14.16 ID:qjlp8aI0
それは耕司が最後まで受け入れられず、ついには殺意という強迫観念に逃げ込むことでしか整理のつけられなかった事態だというのに、凉子の口振りではまるで、この悪夢がほんの序の口であるかのようだ。
410 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:14.70 ID:qjlp8aI0
携帯を握る手が震えているのが、自分でも分かった。
411 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:15.21 ID:qjlp8aI0
412 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:15.74 ID:qjlp8aI0
「!?」
413 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:16.24 ID:qjlp8aI0
最後の科目を終えて、昼飯がてら瑶と合流しようかと廊下を歩いていたところで、携帯電話の着信音が鳴り響く。
414 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:16.74 ID:qjlp8aI0
415 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:17.27 ID:qjlp8aI0
ぎろりと、まるで出来の悪い生徒の失言を咎めるように凉子は耕司を一瞥する。
416 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:17.80 ID:qjlp8aI0
たしかに肌は白く見えすぎる。瞳の色もちょっと奇妙に感じる。髪の色だって本当はもっと違うのだろう。だが彼女の容姿は人間の、まぎれもない人間の肢体のものだ。
417 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:18.29 ID:qjlp8aI0
気まずい沈黙を救うようなタイミングで、講義開始前の予鈴が鳴った。
418 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:18.80 ID:qjlp8aI0
「な……!?」
419 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:19.31 ID:qjlp8aI0
その意図するところとは、あらゆる生物の究極の目的意識――繁殖、である。
420 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:19.83 ID:qjlp8aI0
『耕司ニソウ翼罘u」乕モンダカラサ、騙サレタト!XEjヤッテミタわe#nh。ソシタ[3緻ウ、楽シクッテ』
421 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:20.38 ID:qjlp8aI0
不意に、それまで忘れていた猛烈な怒りが、耕司の中に蘇った。
422 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:20.89 ID:qjlp8aI0
とはいえ、僕にだってそれなりにプライドというものがある。できることなら彼女には、男として頼りがいのあるところを見せてやりたいのだが――
423 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:21.38 ID:qjlp8aI0
「そんじょそこいらの映画よりは危険な冒険なんだよ。これは」
424 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:21.92 ID:qjlp8aI0
鍵の傍のガラスに穴が空いている。それも割ったのではなく、薬品か何かで溶かしたような奇妙な穴だった。何者かがその穴から手を入れて開鍵し、サッシを開けたのだろう。
425 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:22.52 ID:qjlp8aI0
「欲張りだよなぁ、沙耶は」
426 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:23.02 ID:qjlp8aI0
「……うん」
427 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:23.57 ID:qjlp8aI0
諦めて切ろうとしたその直前、ふいに回線が繋がる。
428 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:24.06 ID:qjlp8aI0
それにしても沙耶ときたら、もう少し気を利かせてくれても良さそうなもんだが。相手はもう間違いなく死んでるし、慌てる必要なんて何もないのに。
429 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:24.60 ID:qjlp8aI0
待ち合わせたレストランで見せられた魔法瓶。凉子が語るところの『切り札』――
430 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:25.09 ID:qjlp8aI0
「パパに色々と教わったから。……ふぅん、なるほどね。そういうこと。……これじゃ、いつまで経っても治せないよねー」
431 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:25.58 ID:qjlp8aI0
僕が体験してきたことは確かに現実だ。が、それはこの部屋の外の世界とは折り合いのつかない現実なのだ。だから先生はこの小さな空間を切り分けて、僕だけのために与えてくれた。僕が僕の現実を生きる場所として。
432 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:26.08 ID:qjlp8aI0
433 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:26.58 ID:qjlp8aI0
頷いて、僕は彼女を突き上げる腰に拍車をかける。喘ぎ声をさらに1オクターブ上に跳ね上げて、沙耶の痴態はより一層の激しさで狂い咲く。
434 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:27.26 ID:qjlp8aI0
物思いに耽るあまり、歩きながらも周囲の様子はまるで目に入っていなかった耕司だったが、むしろそんな状態だったからこそ、学生たちの往来の向こう側に垣間見えた親友の後ろ姿に目ざとく気がついたのかもしれない。
435 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:27.76 ID:qjlp8aI0
風に乗って、光の粒が運び去られていく。輝きの流れになって、冬の夜空へと舞い上がり、凍てついた夜を染めていく。
436 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:28.27 ID:qjlp8aI0
437 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:28.77 ID:qjlp8aI0
すぐ手元にまで届いたザイルの確かな手触りに、耕司は今度こそ本当に安堵を感じながら、ようやく心にできた余裕で疑問を懐(いだ)くことができるようになった。――いったい誰なんだろうか? この救いの主は。
438 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:29.27 ID:qjlp8aI0
休日の繁華街は平和な賑わいに満ちていた。道行く人々の笑顔は眩しく、街灯はどこまでも明るく、一足早いクリスマス模様のショウウィンドウには、まるで世界中の幸せを寄せ集めて詰め込んだように華やかだった。
439 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:29.86 ID:qjlp8aI0
耕司から話を振られた、瑶の隣の席の“彼”――匂坂郁紀(さきさかふみのり)は、返事になってない呟きで曖昧に混ぜ返した。
440 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:30.39 ID:qjlp8aI0
呆れ果てたと言わんばかりに凉子は苦笑してかぶりを振ると、さして勿体ぶることもせず、ボストンバックの中から一冊の紙束を取り出した。表紙のない剥き出しのルーズリーフを、紐だけで綴ったものだ。
441 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:30.88 ID:qjlp8aI0
「うん、まぁ」
442 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:31.38 ID:qjlp8aI0
自宅の門をくぐろうとした僕を、身の毛もよだつような声が呼び止めた。
443 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:31.87 ID:qjlp8aI0
444 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:23:32.37 ID:qjlp8aI0
『……はい』
445 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:32.86 ID:qjlp8aI0
瑶でないとしたら、なぜ耕司の名を知っている? なぜ耕司に向けて訴えかける?
446 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:33.61 ID:qjlp8aI0
さらにもう一冊の『Voynich manuscript』――何かの写本だということらしい。だが開いて数ページ捲(めく)ってみたところ、まるで意味をなさないアルファベットの羅列が並んでいるだけで、まったく読めたものではない。暗号でも使っているのだろうか。
447 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:34.34 ID:qjlp8aI0
448 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:23:34.82 ID:qjlp8aI0
耕司が強い語調で制止したのは、親友への思いやりよりむしろ、この場に居合わす瑶への心遣いだったのだろう。
449 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:35.50 ID:qjlp8aI0
舞い上がった埃がライトの光を浴びて、煙のように白く濛々(もうもう)と逆巻いた。
450 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:36.03 ID:qjlp8aI0
451 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:36.69 ID:qjlp8aI0
耕司の嘲りを非情なほど完全に無視して、凉子は淡々と語りはじめた。
452 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:37.20 ID:qjlp8aI0
怒鳴ろうにも、掠れた呻き声しか出てこない。それが狭い井戸の底で反響し、なおいっそう意味不明な声に変換される。
453 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:38.03 ID:qjlp8aI0
454 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:43.45 ID:qjlp8aI0
「――そうするだけの必要が、先生にはあったと?」
455 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:44.22 ID:qjlp8aI0
いっそ僕一人で悩むより、沙耶の知恵を借りるのも手かもしれない。
456 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:44.77 ID:qjlp8aI0
そう思って待って、待ち続けて、どのくらい経ってからだろうか。
457 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:45.26 ID:qjlp8aI0
仮眠を取るぐらいの備えをしておいた方がいいのは充分、承知していたが、どんなにリラックスしようとしても眠りだけは訪れなかった。心を鎮めれば鎮めるほどに、ただ神経が冴え渡っていくばかりだった。
458 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:45.75 ID:qjlp8aI0
「沙耶――」
459 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:46.27 ID:qjlp8aI0
邪険に混ぜ返されて気後れしそうになるところを、瑶は堪えた。
460 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:46.77 ID:qjlp8aI0
461 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:47.26 ID:qjlp8aI0
「うん、まぁ」
462 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:47.75 ID:qjlp8aI0
沙耶――早く会いたい。彼女が僕の帰りを待っていると思うだけで、家路を急ぐ心が浮き立つ。
463 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:48.24 ID:qjlp8aI0
「は、はぁ……」
464 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:48.73 ID:qjlp8aI0
T大付属病院で意識を取り戻したときも、世界はこんな風に闇、だった。
465 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:49.21 ID:qjlp8aI0
ぼんやりと居間まで彷徨い出て、そこでまた馴染みの客人と出くわした。
466 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:49.70 ID:qjlp8aI0
鈴見さんの死体には蠅がたかりはじめ、その匂いはごく当然のように、肉が腐る匂いだった。たしかに僕にもそう嗅ぎ取れた。
467 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:23:50.38 ID:qjlp8aI0
「うん」
468 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:23:50.87 ID:qjlp8aI0
「いや、それはちょっと……」
469 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:23:51.37 ID:qjlp8aI0
470 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:23:51.88 ID:qjlp8aI0
「うん?」
471 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:52.37 ID:qjlp8aI0
こんな場所には浮浪者でも近寄らないだろう。およそ人が居着くような場所ではない。雨風だけを凌ごうというのでも、他にいくらでも快適な場所を見つけられるだろう。
472 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:52.87 ID:qjlp8aI0
相手はむろん、待ち伏せの罠を張っているだろう。ここで正々堂々、などという騎士道精神を持ち出す郁紀ではない。それについては相手をとやかく言える耕司でもなかった。
473 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:23:53.39 ID:qjlp8aI0
……まだ私……好きな人にキスしてもらったことも、なかったっけ……
474 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:53.89 ID:qjlp8aI0
475 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:54.38 ID:qjlp8aI0
が……屋内に入って間もないうちに、耕司は捜索がほとんど無意味であることを知った。
476 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:55.03 ID:qjlp8aI0
怒りは……無論ある。だがそれに勝るほどの冷たく重たい感慨が、上から僕の感情を圧迫して縛り上げていた。
477 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:55.70 ID:qjlp8aI0
でも生憎、当時の私はそこまで賢明じゃなかった」
478 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:56.31 ID:qjlp8aI0
479 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:57.14 ID:qjlp8aI0
480 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:23:57.91 ID:qjlp8aI0
すべてが歪んで目に映る僕に、ただ一人まともな姿で見えた沙耶。僕は彼女だけが特別なのだと思っていた。
481 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:58.46 ID:qjlp8aI0
482 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:59.02 ID:qjlp8aI0
返答する前に、耕司の脳裏に閃いた咄嗟の思いつきが、素早く交渉の策略を形にする。
483 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:23:59.51 ID:qjlp8aI0
待ち合わせた深夜営業のファミリーレストランに、凉子は予定よりも1時間近く遅れ、午前1時になって現れた。
484 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:00.00 ID:qjlp8aI0
「それは明日かもしれないし、ずっとずっと先のことかもしれない。いつ徴(しるし)が来るのか、私にも分からないの。初めてのことだから。――ほんのちょっぴり、怖いんだけどね」
485 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:00.81 ID:qjlp8aI0
「……ッ!」
486 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:01.33 ID:qjlp8aI0
487 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:01.83 ID:qjlp8aI0
「教えてくださいよ、先生――」
488 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:02.39 ID:qjlp8aI0
489 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:02.89 ID:qjlp8aI0
「でも、少しだけ待って。私は私なりに色々と調べてみる。放っておける状況じゃないのはよく理解できたから」
490 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:03.39 ID:qjlp8aI0
幼い頃に兄と連れだって行った昆虫採集。虫籠に入りきらない蝶をビニール袋に詰めていくうち、気がつけば窒息した蝶の翼が袋いっぱいに詰まっていた――
491 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:03.89 ID:qjlp8aI0
耕司は斧の刃から身を守るのに手一杯で、なかなか反撃に移れない。鋭利な斧を受け止めるたび、鉄パイプの表面に浮いた赤錆が削り取られて宙に散る。
492 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:04.38 ID:qjlp8aI0
「どうするって――もちろん、調べるのよ。家で時間かけてじっくり」
493 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:04.99 ID:qjlp8aI0
エネルギーが要るのだ。どんなに苦しかろうと、これから立ち向かう難題を乗り越えられるだけの体力だけは、どうあっても取り戻さなければならない。
494 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:05.55 ID:qjlp8aI0
奥涯教授であるわけがない。こんな芸当をしでかし、その方法を沙耶に伝授できるような教師などいる筈がない。これは人智を越えた所行だ。
495 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:06.05 ID:qjlp8aI0
何の温情もなく簡潔に凉子が告げる。耕司は、たったいま彼女が見つけた地下道と、井戸の外から吊られたザイルを見比べた。
496 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:06.56 ID:qjlp8aI0
497 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:07.05 ID:qjlp8aI0
むろん今の僕の指使いは、『ほんの少し』なんていう程度のものではない。左右とも両手の人差し指と親指の二本で乳首をつまみ上げ、捻り潰すようにして転がしてやると、瑶の悲鳴はますます甲高く、息づかいも激しくなっていく。
498 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:07.55 ID:qjlp8aI0
まだろくに濡れてもいない股間を力ずくで割られ、少女が甲高い悲鳴を漏らす。予想に反して破瓜の手応えはなかったが、未熟な容姿とは裏腹に、洋佑を包み込む少女の感触は驚くほど充実していた。
499 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:08.07 ID:qjlp8aI0
沙耶――
500 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:08.61 ID:qjlp8aI0
「そうか……帰りたいんだね? 沙耶は」
501 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:09.10 ID:qjlp8aI0
一見すると冷ややかに見える、やや整いすぎた感のある美貌とは裏腹に、彼女は気さくに笑って答えた。
502 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:09.65 ID:qjlp8aI0
他人と向き合って話をするだけでも我慢ならないほどに辛いのだ。誰かに優しくなれというほうが無理な相談だ。
503 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:10.13 ID:qjlp8aI0
504 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:10.71 ID:qjlp8aI0
「は、はぁ……」
505 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:11.41 ID:qjlp8aI0
どんなに粘ろうと、耕司の言葉がこの女性を恥じ入らせたり、考えを改めさせたりすることはないだろう。ここまで良心の基盤が食い違った人物とは語り合うだけ無駄だ。
506 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:12.18 ID:qjlp8aI0
「この世界は、きっと……きれいな、場所に……なるから。沙耶と……郁紀の……ためだけの、世界に……」
507 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:12.91 ID:qjlp8aI0
「だからわたし、この子の躯を造り替えてあげたの。ちゃんと郁紀にも可愛がってもらえるような姿に」
508 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:13.51 ID:qjlp8aI0
乾いた口調で語りながら、凉子はコートの前を開き、その裏地に吊ってあったものを引っ張り出す。
509 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:14.30 ID:qjlp8aI0
今日のトラブルは耕司や青海の耳にも入るに違いない。匂坂郁紀は性格が一変したと、皆がそう確信するだろう。それはそれで、もう構わない。――少なくとも、それだけの理由で精神病院に送られたりはしないだろう。今日より輪をかけて奇異に思われるような行動をしなければ。
510 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:15.21 ID:qjlp8aI0
耕司の言葉に、しかし凉子は何の反応も見せなかった。まるで今の一言が聞こえていなかったかのように。
511 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:16.01 ID:qjlp8aI0
ウォッカでその場凌ぎの生気を取り戻しているとはいえ、依然、耕司は井戸の底の一夜で疲弊しきったままだった。
512 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:16.51 ID:qjlp8aI0
「これが……本当に、瑶?」
513 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:17.43 ID:qjlp8aI0
514 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:18.04 ID:qjlp8aI0
アトリエに相当する小部屋には、骨を組み合わせて作ったイーゼルに、血まみれのカンバスが乗せてあった。まるで何かの冗談のように、洋佑のアトリエと寸分違わぬ位置だった。
515 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:18.89 ID:qjlp8aI0
「――ヤツは僕には人間に見えないから。斬ろうが潰そうが平気なもんさ」
516 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:19.61 ID:qjlp8aI0
517 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:20.43 ID:qjlp8aI0
限界だった。もう一歩たりともこの場から動けはしなかった。
518 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:21.04 ID:qjlp8aI0
その代わり私たちはキャンパスじゅうのネズミを一匹残らず駆除する羽目になった。ネズミと、かつてネズミだった何かをね」
519 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:21.97 ID:qjlp8aI0
ああ、我が家に帰ってきたんだな――と、しみじみ満ち足りた気分を満喫する時間。積もり積もった疲労感が、ベッドで眠るまでもなく癒されていく。
520 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:22.64 ID:qjlp8aI0
521 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:23.26 ID:qjlp8aI0
目を輝かせてそう訊いてくる沙耶に、僕は途方にくれた。
522 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:23.78 ID:qjlp8aI0
523 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:24.30 ID:qjlp8aI0
524 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:25.13 ID:qjlp8aI0
「……あは、は、あはははは……」
525 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:25.82 ID:qjlp8aI0
「これが……本当に、瑶?」
526 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:26.46 ID:qjlp8aI0
527 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:27.05 ID:qjlp8aI0
528 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:27.89 ID:qjlp8aI0
「でも、それじゃ大した効き目はなかった。悪夢は日毎にひどくなっていく一方で。安眠するには鉈じゃまだ足りなかったんだ。それで父の銃を盗んできた。
529 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:28.50 ID:qjlp8aI0
『私のこの仮説の綻びとしては、他ならぬ沙耶自身の行動に疑問が残る。
530 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:29.15 ID:qjlp8aI0
「お前も僕の後から、奥涯教授の家を色々と探し回ってたじゃないか。僕とお前とでバラバラに探すなんて二度手間だよ。どうせなら協力して、もっと効率的にやろう」
531 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:29.83 ID:qjlp8aI0
一人で食べる食事の味気なさ……よりむしろ、食欲さえ萎えさせるほどの不安感が、瑶の箸を止めていた。
532 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:30.82 ID:qjlp8aI0
「……」
533 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:31.53 ID:qjlp8aI0
吹きさらしの前庭の気温は刺すほどに冷たい。あんなにも冷たく思えた地中の泥よりも、外気はなお一層厳しかったという事実を、今さらながら理解した。
534 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:32.18 ID:qjlp8aI0
「……これからは、ずっと一緒だね」
535 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:33.10 ID:qjlp8aI0
「やっぱり、暗くなってからがいいよね?」
536 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:33.68 ID:qjlp8aI0
537 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:34.24 ID:qjlp8aI0
銃だ。
538 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:35.05 ID:qjlp8aI0
すでに耕司は自分が疲弊の極みにあることを自覚している。いま立ち止まればそれきり糸が切れた人形のように昏倒してしまうだろう。
539 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:35.74 ID:qjlp8aI0
540 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:36.23 ID:qjlp8aI0
「郁紀……」
541 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:36.88 ID:qjlp8aI0
苦しげに呻きながらも、沙耶は僕の腰を放すまいと腕を巡らして抱きかかえ、喉の奥で逆流する精子を、噎(む)せることなく上手に飲み下す。
542 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:37.38 ID:qjlp8aI0
543 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:37.89 ID:qjlp8aI0
544 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:38.45 ID:qjlp8aI0
545 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:39.01 ID:qjlp8aI0
耕司の脳裏を、テレビドラマでよく見るようなワンシーンが過ぎる。風呂桶に満たした湯に浸かって、手首を剃刀で切る自殺の場面。
546 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:39.55 ID:qjlp8aI0
今日のトラブルは耕司や青海の耳にも入るに違いない。匂坂郁紀は性格が一変したと、皆がそう確信するだろう。それはそれで、もう構わない。――少なくとも、それだけの理由で精神病院に送られたりはしないだろう。今日より輪をかけて奇異に思われるような行動をしなければ。
547 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:40.07 ID:qjlp8aI0
耳を澄ましても、物音はない。侵入者はすでに目的を果たして出ていった後なのか? だが空き巣だとしたら部屋に物色された後がないのが妙だ。それとも、洋佑が来るのに気がついて、とっさに何処かに隠れたか――
548 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:40.69 ID:qjlp8aI0
自分はどこまで、この男に絶望すればいいんだろうか。かつての友情の記憶は、どこまで貶(おとし)められていくんだろうか。
549 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:41.26 ID:qjlp8aI0
青海と連絡が取れなくなって、三日が経過していた。
550 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:41.76 ID:qjlp8aI0
逃がすものか……洋佑は雄叫びを上げながら、怪物の後を追いかけた。こいつらを皆殺しにすれば、もしかしたら悪夢から覚めるかもしれない。その可能性に思い至り、殺意がますます獰猛に膨れあがる。
551 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:42.26 ID:qjlp8aI0
「いただきます」
552 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:42.79 ID:qjlp8aI0
隣に座っている青海が、剥き出しの頬骨をカタカタと鳴らしながら提案した。
553 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:43.32 ID:qjlp8aI0
文体からして、青海の書いたものとは思えない。だが確かに発信者名は高畠青海となっている。
554 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:43.88 ID:qjlp8aI0
「で、どう? 気に入ってくれた?」
555 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:44.80 ID:qjlp8aI0
洋佑は両手で掴んだ骨を捻り上げ、刺さったままの杭で何度も執拗に怪物を抉った。
556 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:45.67 ID:qjlp8aI0
せめて苦しみの少ない死に方はないものか――そんなことを考えながら、いつしか睡魔が意識を濁らせていた。
557 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:46.57 ID:qjlp8aI0
奥涯教授であるわけがない。こんな芸当をしでかし、その方法を沙耶に伝授できるような教師などいる筈がない。これは人智を越えた所行だ。
558 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:47.57 ID:qjlp8aI0
「いや、それにしたって痛いだろ」
559 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:48.29 ID:qjlp8aI0
560 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:49.43 ID:qjlp8aI0
561 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:50.01 ID:qjlp8aI0
郁紀だ。
562 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:50.82 ID:qjlp8aI0
563 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:51.65 ID:qjlp8aI0
564 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:52.20 ID:qjlp8aI0
565 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:52.96 ID:qjlp8aI0
566 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:53.81 ID:qjlp8aI0
そんな僅かな可能性を最大限の効率で活かすために、彼女たちの進化が選択した手段。それが沙耶の肉体に備わった驚異的な資質であろう。
567 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:54.68 ID:qjlp8aI0
「ええ。おそらく個人的な事情でしょうね」
568 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:55.29 ID:qjlp8aI0
569 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:55.79 ID:qjlp8aI0
とうぜん事故にあった時の怪我はもっと酷かったんだろうが、相手から故意に与えられた痛みを受け止めるという体験は、今回の骨折がいちばんの重傷だ。
570 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:56.29 ID:qjlp8aI0
571 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:56.81 ID:qjlp8aI0
ともかく、僕と沙耶との生活に余計な詮索を入れてきそうな人間が、これで一人、完璧に地上から姿を消した。あと一人始末すれば、今度こそ完成だ。
572 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:57.32 ID:qjlp8aI0
おぞましいことに、この地獄のような場所は……間取りだけは慣れ親しんだ洋佑の家とまったく一緒だった。洋佑は半狂乱になったまま、悪夢の中で歪んでしまったかのような家の中をさまよい歩いた。
573 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:57.86 ID:qjlp8aI0
「うわぁっ、わああああッ!!」
574 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:24:58.36 ID:qjlp8aI0
耕司はアコードのロックを開け、助手席に郁紀を招き入れた。自らも運転席に乗り込み、エンジンをスタートさせる。
575 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:58.87 ID:qjlp8aI0
576 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:59.37 ID:qjlp8aI0
577 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:24:59.94 ID:qjlp8aI0
代わりに、冷たくヌラヌラと湿ったものがブラジャーの隙間から押し入れられ、両方の乳房を包み込むに至って、瑶の悲鳴はさらに1オクターブ跳ね上がった。
578 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:00.52 ID:qjlp8aI0
579 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:01.10 ID:qjlp8aI0
耕司の言葉に、しかし凉子は何の反応も見せなかった。まるで今の一言が聞こえていなかったかのように。
580 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:01.70 ID:qjlp8aI0
隣家の肉塊はそれでもまだ何か言いたげに、ゆらゆらと蠢いている。見ているだけで僕の中の嫌悪感が臨界に近づいていく。
581 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:25:02.22 ID:qjlp8aI0
総じてアンティークの類、と見えなくもないが、いずれにも共通するのは、どこか見る者の生理的嫌悪を掻き立てるような悪趣味な意匠である。
582 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:25:02.73 ID:qjlp8aI0
「くそおォ! 畜生ォォォ!!」
583 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:25:03.25 ID:qjlp8aI0
「――そうするだけの必要が、先生にはあったと?」
584 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:03.78 ID:qjlp8aI0
ようやく鞄から引っ張り出し、着信者名を見たところで耕司は凍りついた。
585 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:04.31 ID:qjlp8aI0
「……人の話を聞かないヤツだね、君は」
586 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:25:04.81 ID:qjlp8aI0
『私は夢想する――いつの日か、我が娘の頭上に愛という名の祝福がもたらされる未来を。
587 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:05.33 ID:qjlp8aI0
588 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:06.01 ID:qjlp8aI0
彼女とその眷属は、異次元の壁を越えて種を撒き散らす生物なのだ』
589 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:06.52 ID:qjlp8aI0
590 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:07.03 ID:qjlp8aI0
復元が比較的容易だったのは日記の方だった。日ごとの記述量が一定でないために、後半のページには空行ばかりが増えていくことになる。つまり、どこか1行にしか記述のないルーズリーフは日記の綴りの最終頁。あとは空行の多いページほど末尾に近いものとして選別できる。
591 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:07.54 ID:qjlp8aI0
「……」
592 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:08.13 ID:qjlp8aI0
『デモ、セメテ庭ダケG$Tツ一度、手ヲ入レテハ虔潭デスカ? 良カッタ6ェラ私モオ手伝イシマスヨ』
593 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:08.79 ID:qjlp8aI0
『コンバB&ワ、匂坂サン。今オ帰リャIスカ?』
594 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:09.31 ID:qjlp8aI0
595 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:09.80 ID:qjlp8aI0
インターホンの呼び鈴を押して待つ間、青海は門の外から見渡せる範囲で匂坂家の庭を見渡した。
596 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:10.32 ID:qjlp8aI0
597 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:10.85 ID:qjlp8aI0
598 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:11.36 ID:qjlp8aI0
「ご飯、できたよ〜」
599 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:11.86 ID:qjlp8aI0
だがその部屋の住人は闇だけではなかった。明らかに何かが、いる。
600 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:12.39 ID:qjlp8aI0
601 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:12.93 ID:qjlp8aI0
いつまでも、ずっと……じゃない。
602 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:13.56 ID:qjlp8aI0
「いいのよ。あなた達みたいな人が来てくれたのは私としても、ありがたいところだし」
603 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:14.12 ID:qjlp8aI0
604 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:14.61 ID:qjlp8aI0
鈴見さんの死体には蠅がたかりはじめ、その匂いはごく当然のように、肉が腐る匂いだった。たしかに僕にもそう嗅ぎ取れた。
605 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:15.13 ID:qjlp8aI0
何がどうなっているのか判らない。おそるおそる目を開ける。
606 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:15.62 ID:qjlp8aI0
だが僕からしてみれば、彼女が幽霊でも何でも良かった。地獄に仏とはこのことだ。
607 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:16.50 ID:qjlp8aI0
照れ隠しに舌を出してから、笑い転げる沙耶。
608 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:17.35 ID:qjlp8aI0
609 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:18.09 ID:qjlp8aI0
もちろん辛かった。たやすく受け入れられることではなかった。
610 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:18.57 ID:qjlp8aI0
「どうして……どうやって?」
611 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:19.07 ID:qjlp8aI0
怪物が絶叫した。杭は相手の身体の中心に刺さり、反対側にまで貫通していた。悪臭を放つ肉塊がうねり、身を捩(よじ)る。そいつは苦悶していた。そう理解した途端、洋佑の中でかっと血が燃え上がる。
612 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:19.56 ID:qjlp8aI0
613 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:20.15 ID:qjlp8aI0
「一昨日の晩、この病院に誰かが押し入ってね。保管庫から匂坂くんのカルテを盗んでいったの」
614 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:20.65 ID:qjlp8aI0
「ふぅ、郁紀ぃィ、もっと……もっと突き上げて……奥に、あ、当たってるのぉ……あううぅっッ」
615 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:21.15 ID:qjlp8aI0
まだ夕暮れ時だというのに、すでに窓という窓が固く雨戸を閉ざしている。気が早い、というのではなく、察するに朝からずっとあのままなのだろう。
616 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:21.66 ID:qjlp8aI0
僕と同じ治療を受けて、脳障害になった患者もいると、そう丹保医師――と名乗る肉の塊――も言っていた。つまりは僕もそういう失敗例の一人というわけだ。なにが天下のT大医学部だ、ざまぁみろ……そう、あの知った風な女医に嘲笑をぶつけてやりたくなる。
617 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:22.15 ID:qjlp8aI0
のしかかってくる異形の体重を振り払うだけの力など、すでに瑶には残っていない。ただ、冷たく粘ついた感触にヌラヌラとくすぐられるたび、ぞわりと鳥肌の立つ肌が悪寒に震え、痙攣を返す――それが瑶の肉体にできる精一杯の反応だった。
618 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:22.83 ID:qjlp8aI0
「二十歳になって初体験ってのは、今日日そうそういないんじゃないかな?」
619 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:23.48 ID:qjlp8aI0
620 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:24.15 ID:qjlp8aI0
そうなのだろう。
621 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:24.64 ID:qjlp8aI0
今はもうその面影さえない。その寂しさに、悲しみに泣いた夜は数知れない。
622 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:25.29 ID:qjlp8aI0
わたしは、意気地なしだった』
623 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:25.88 ID:qjlp8aI0
しかもあの馬鹿は立ち位置の危険さを気にもせず電話に夢中になっていた。回り込んで近づく僕には最後まで気付きもしなかった。
624 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:26.88 ID:qjlp8aI0
目が覚めたとき、まず感じたのは腐臭だった。
625 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:27.50 ID:qjlp8aI0
『デモ、イキナ9悋セッテ滑レ啅昃? 青海$ーャン、悧ルDナイ?』
626 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:28.06 ID:qjlp8aI0
これで発見のプロセスさえ公開できるなら、賞金だけで私は億万長者になれるんだが。……むろん彼についての研究の秘匿性は、つまらぬ金銭などよりも遙かに重要なことだ。
627 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:28.58 ID:qjlp8aI0
壊れていく郁紀の正気の、その軋みを、断末魔を、聞き届けられなかったのか? 二人の友情はそんなにも益体(やくたい)のないものだったのか?
628 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:29.11 ID:qjlp8aI0
耕司の言葉に、しかし凉子は何の反応も見せなかった。まるで今の一言が聞こえていなかったかのように。
629 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:29.66 ID:qjlp8aI0
答える代わりに、僕は沙耶を抱きしめた。決して逃すまいと固く、力を込めて。
630 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:25:30.18 ID:qjlp8aI0
「……」
631 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:30.67 ID:qjlp8aI0
632 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:31.20 ID:qjlp8aI0
僕は一睡もできないまま、ただ悶々と時を過ごすしかなかった。気分を紛らわすために他の部屋のペンキ塗りを進めようと思っても、それはそれで作業に身が入らない。
633 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:25:31.72 ID:qjlp8aI0
「早く自覚して医者にでも行ってもらわんことには、何ともなぁ……」
634 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:25:32.22 ID:qjlp8aI0
彼女たちが独力で運任せの次元旅行を試みるよりも、異界で異界の知識を身につけ、外宇宙への探求に乗り出した愚かな種族との接触を、虎視眈々と待ち受けていたほうが、より的確に略奪しがいのある異世界へと侵出する機会を持てるのではないか。
635 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:32.72 ID:qjlp8aI0
「……女の子にお願いしていいことじゃないんだが、今は、君にしか頼めない……」
636 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:25:33.28 ID:qjlp8aI0
即ち――巡り会った中でもっとも繁栄している種族を選別して侵蝕し、当地の生態系における支配的地位もろともに略奪する。言うなれば種族の“乗っ取り”である。
637 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:33.80 ID:qjlp8aI0
638 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:34.33 ID:qjlp8aI0
639 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:34.84 ID:qjlp8aI0
事故の後の僕に付きまとって閉口させられた、あの腐肉の化け物ではない。僕の知覚にも正しく人間の姿として捉えられる容姿をしている。
640 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:35.36 ID:qjlp8aI0
641 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:35.85 ID:qjlp8aI0
僕は不安や焦りといった感情を自分の中から追い出し、さも何でもない風を装って肩をすくめる。
642 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:36.40 ID:qjlp8aI0
「……」
643 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:36.89 ID:qjlp8aI0
アコードのヘッドライトの中に、ふいに朽ち果てた門柱が幽霊のように立ち現れた。どうやら終点のようだ。
644 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:37.39 ID:qjlp8aI0
郁紀の叫びに12番ゲージの銃声が重なる。耕司が撃った拳銃弾とは比較にならないほどの轟音と閃光が、廃墟の中の大気を振動させる。
645 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:37.96 ID:qjlp8aI0
一体どういう生活をしているのだろうか? 家族を失って独り暮らしになったにしても、この無頓着さは限度を超えている気がする。
646 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:38.56 ID:qjlp8aI0
「郁紀ィ――ッ!」
647 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:39.10 ID:qjlp8aI0
感動のあまり吐息が出た。目が見えるようになってから始めての安堵と喜びを、そのとき僕は噛みしめた。
648 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:39.86 ID:qjlp8aI0
649 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:40.36 ID:qjlp8aI0
<<以下、凉子に電話したルートのみ>>
650 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:40.96 ID:qjlp8aI0
ひたり、と、湿った微かな音が静寂を破る。
651 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:41.71 ID:qjlp8aI0
そんなとき、たった一粒のその種が何を思うか……それを想像してくれれば、解ってもらえるかもしれない。わたしのこと」
652 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:42.61 ID:qjlp8aI0
「沙耶はね……頑張るって決めたの。だって、郁紀は……沙耶のこと、可愛いって……綺麗だって……そう言って、くれたから……」
653 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:43.62 ID:qjlp8aI0
山の手の郊外にある、閑静な住宅街の一軒家。この不必要にでかい家屋が、今では丸ごと僕一人のものだ。3ヶ月前の事故で、僕以上に運のなかった父と母は他界した。集中治療室にいた僕は葬儀にさえ出られなかった。
654 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:44.39 ID:qjlp8aI0
655 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:45.19 ID:qjlp8aI0
「……いいえ」
656 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:46.03 ID:qjlp8aI0
同時期に謎の失踪を遂げたT医大の丹保凉子医師についても、郁紀の主治医だったことから事件との関連を疑われている。
657 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:46.76 ID:qjlp8aI0
「――本当ですか?」
658 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:47.56 ID:qjlp8aI0
「すまん、津久葉……君には言えなかった」
659 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:48.28 ID:qjlp8aI0
だとすれば、ただ寝泊まりした以上の痕跡がないのにも説明はつく。
660 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:49.08 ID:qjlp8aI0
耕司は死に物狂いでのたうち回り、四肢に絡まる不気味なものを振り解こうとした。
661 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:49.91 ID:qjlp8aI0
「それはね、その砂漠に――たった一人だけでも――花を愛してくれる人がいるって知ったとき。
662 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:50.44 ID:qjlp8aI0
たまたま二つの電話を持ち歩いている時期だったという偶然が、まさかこんな形で幸運に転じるとは。
663 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:51.22 ID:qjlp8aI0
664 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:52.05 ID:qjlp8aI0
665 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:53.02 ID:qjlp8aI0
『ナァ郁紀、オ前ハドウ思ウ?』
666 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:53.63 ID:qjlp8aI0
667 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:54.50 ID:qjlp8aI0
車からライトを持ってくれば良かった――そう後悔しかかってから思い出す。ライトは井戸の外で郁紀に襲われたとき落としたままだ。今は栃木の別荘の裏庭に置き去りにされている。
668 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:55.45 ID:qjlp8aI0
「でも、それじゃ大した効き目はなかった。悪夢は日毎にひどくなっていく一方で。安眠するには鉈じゃまだ足りなかったんだ。それで父の銃を盗んできた。
669 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:56.12 ID:qjlp8aI0
すでに瑶には限界だった。
670 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:57.09 ID:qjlp8aI0
そういえば今日は大学でも郁紀を見なかった。もしかして、家にいるのだろうか?
671 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:57.90 ID:qjlp8aI0
匂坂の視線は凉子に向けられているようでいて、その実、ほんのわずか斜め下に逸れている。ほんの上辺でだけ会話の体裁を装った没交渉。完璧とも言える拒絶だった。
672 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:58.73 ID:qjlp8aI0
673 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:25:59.28 ID:qjlp8aI0
「嫌だぁ、こんなの嫌ァッ! やめてぇえ!」
674 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:26:00.29 ID:qjlp8aI0
青海がいないのは病欠や用事のせいではない。
675 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:18.63 ID:qjlp8aI0
ある意味でそれは慈悲深い、本能の麻酔だったのかもしれない。彼は自分が誰なのかを忘れ、どうしてこんな闇の底に囚われているのかも忘れ、そうやって徐々に命を蝕んでいく冷気の感覚から逃避していた。
676 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:19.14 ID:qjlp8aI0
「あれこれ探って、暴き出して、私は奥涯が何をしていたのか知った。彼がかかわっていた連中や彼を唆(そそのか)した連中も突き止めた。
677 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:19.66 ID:qjlp8aI0
“――郁紀?”
678 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:20.16 ID:qjlp8aI0
耕司が思うに、奥涯氏の別荘は東京の本宅よりも久しく人が出入りしていないように見える。
679 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:20.68 ID:qjlp8aI0
靴を脱ぐ暇さえ惜しかった。僕はとてつもなく嫌な予感に囚われたまま家の中に駆け込んだ。
680 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:21.21 ID:qjlp8aI0
「あと4発入ってる。安全装置はない。引き金をひくだけで弾が出る。……どこでどう使うかは、君の判断に任せるよ」
681 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:21.71 ID:qjlp8aI0
「……何か?」
682 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:22.27 ID:qjlp8aI0
683 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:22.80 ID:qjlp8aI0
見つめ返す深い瞳に呑み込まれ、魂の芯から洗われ癒され――僕は頭の中が真っ白になりながらも、躍起になって意味を成す言葉を探した。
684 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:23.33 ID:qjlp8aI0
試しに値のうち幾つかを選出して私のノートPCに入力し、ルーカステストを行ったところ、そのすべてが正解だった。おそらく残りは確認するまでもないだろう。
685 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:23.83 ID:qjlp8aI0
686 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:24.44 ID:qjlp8aI0
「匂坂郁紀……」
687 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:24.95 ID:qjlp8aI0
「それなのに、この人は……ぜんぜん優しくなんかなかった。沙耶のこと虐めたいって、壊したいって言って、あんな……」
688 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:25.46 ID:qjlp8aI0
689 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:25.99 ID:qjlp8aI0
料理の味も、シーツの触り心地も、見舞いの花から薫る匂いも、すべてが目に見えた外観から想像した通りのものに――生理的嫌悪をかき立てるばかりの不快で耐え難いものに――変化していった。
690 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:26.53 ID:qjlp8aI0
「したよ。君と一緒で繋がらない。正直なところ、私はてっきり君も死体になってるもんだと思ってたんだがね」
691 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:27.10 ID:qjlp8aI0
売れっ子の画家というほどのこともない。個展を開くのも赤字が前提だ。だが書斎のマッキントッシュで片手間にこなす副業のエディトリアルデザインで、日々の暮らしに苦のないだけの糧は得ている。
692 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:27.61 ID:qjlp8aI0
693 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:28.13 ID:qjlp8aI0
僕は瑶の上体を手荒く突き倒し、彼女が悲鳴を上げるのも構わずに、左の足首を掴んで高々と頭上まで吊り上げた。
694 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:28.74 ID:qjlp8aI0
695 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:29.25 ID:qjlp8aI0
696 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:29.78 ID:qjlp8aI0
せめて苦しみの少ない死に方はないものか――そんなことを考えながら、いつしか睡魔が意識を濁らせていた。
697 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:30.29 ID:qjlp8aI0
気が遠くなるようなその作業に、凉子は果敢に挑戦した。まず有象無象のファイルからルーズリーフだけを回収し、その1行目の文章に対応する前後の頁を逐一、探して並べていく。
698 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:30.91 ID:qjlp8aI0
「……」
699 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:31.51 ID:qjlp8aI0
この、そこはかとない違和感は何だろう? 何かがおかしい。それと指摘はできないが――
700 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:32.00 ID:qjlp8aI0
『――アナタ?』
701 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:32.50 ID:qjlp8aI0
「怖くないの? わたしのこと」
702 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:33.01 ID:qjlp8aI0
「……そいつは言いがかりのつけ方が逆だろ、耕司」
703 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:33.73 ID:qjlp8aI0
身を捩(よじ)り、背後の見えざる敵に鉄パイプを振り下ろそうとする耕司だが、その右手もまた軟体の圧力に絡め取られた。
704 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:34.26 ID:qjlp8aI0
「そうさ。人間には良心があるからね。どんなに憎い人間だろうと、人を[
ピーーー
]と思うとブレーキがかかるもんだ。そこが僕の勝算でもある」
705 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:34.82 ID:qjlp8aI0
まる一晩、何も口に入れないで歩き続けたことを思い出した途端、胃袋が痛いほどに主張を始める。だが雪道の泥と汗で汚れきった身体のまま、くつろいで食事する気にもなれない。
706 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:35.32 ID:qjlp8aI0
そうやって、どれほどの時間を耐え抜いてからだろうか。気がつけば瑶は2階の廊下に立っていた。
707 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:35.82 ID:qjlp8aI0
たしかに青海はこれと同じ靴を持っている。彼女のお気に入りだから瑶も知っていた。だからといって青海がこの家にいるとは限らない。同じ店で同じ靴を買った別人が脱いだのかもしれない。そう、青海がここにいるわけがない――
708 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:36.36 ID:qjlp8aI0
津久葉瑶を[
ピーーー
]つもりで、さっきまで知恵を絞っていた僕だが、その難題は思わぬ形で解決がついた。
709 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:36.88 ID:qjlp8aI0
「……でも沙耶、なにもあんなもの、飲み込まなくたって……」
710 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:37.42 ID:qjlp8aI0
711 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:37.97 ID:qjlp8aI0
712 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:38.47 ID:qjlp8aI0
だが耕司はむしろそれを後悔した。あのときはまだ早かったのだ。
713 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:39.03 ID:qjlp8aI0
そのとき、僕の中で津久葉瑶という女性の尊厳は完全に意味を失った。
714 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:39.66 ID:qjlp8aI0
さっきの瑶に対する態度は、耕司といえども許し難いものだった。それでもやはり、先に立つのは当惑である。
715 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:40.15 ID:qjlp8aI0
「ちょっと厄介なことになりそうだ。耕司のやつが生きててさ」
716 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:40.79 ID:qjlp8aI0
言葉とは裏腹にまるで恐縮した風もなく席に着く凉子を、耕司は咎めることもなく、無表情のまま黙礼で迎えた。
717 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:41.30 ID:qjlp8aI0
「……先生?」
718 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:41.96 ID:qjlp8aI0
中身は3点の風景写真だ。今の僕にはまともな景色として認識できないが、多分どれも何かの建物の外観を撮影したものらしい。
719 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:42.70 ID:qjlp8aI0
もう何の抵抗も出来ない肉塊に、繰り返し鉄パイプの殴打を叩き込む。今ここでこいつを止められなければ、今度こそ自分の負けだと……なぜか耕司は何の脈絡もなく、そんな思いこみを懐(いだ)いていた。
720 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:43.40 ID:qjlp8aI0
さしたる収穫も期待できない屋内の捜索は打ち切って、玄関から外に出た。
721 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:44.36 ID:qjlp8aI0
「わたし、また何か勘違いしてた? 郁紀のこと困らせちゃった?」
722 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:45.04 ID:qjlp8aI0
ノーと言われなかっただけで二人の仲は成立したも同然、と、耕司や青海は楽観して当事者たちを置き去りにはしゃいでいたが――それきり、未だに郁紀の回答はない。
723 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:45.97 ID:qjlp8aI0
意を決して呼びかける。だが、返事はない。向こうから姿を見せる意図はないらしい。
724 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:46.47 ID:qjlp8aI0
「郁紀……郁紀……怖かった……怖かったよぉぉ」
725 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:47.03 ID:qjlp8aI0
それは未だ瑶の経験したことのない、鋭く残酷な激痛だった。
726 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:47.57 ID:qjlp8aI0
――まぁ結局、みんな賢明だったわけだ。理性は理性、戯言は戯言、そういう線引きを危うくしないで済む程度ってもんを心得ていた。
727 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:48.14 ID:qjlp8aI0
「沙耶――」
728 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:48.75 ID:qjlp8aI0
もし変死体でもあるようなら即座に警察を呼ばなければならない。すでに屋内には耕司の指紋がいたるところについている。いま第一発見者になって通報すれば不法侵入を咎められるだけだが、それが後日になってからでは申し開きが立たなくなる。
729 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:49.29 ID:qjlp8aI0
だいぶ時間がたってから、再びさっきと同じ人影が井戸の縁に現れた。
730 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:49.81 ID:qjlp8aI0
乏しいといえば、そろそろ入浴剤と粉石鹸も補充しておかねばならない時期だ。夕飯の食材を買いに行くついでに、それらもスーパーで買い足すとなると、かなりの大荷物になるだろう。
731 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:50.31 ID:qjlp8aI0
「わたしと――郁紀の――世界の、始まり――」
732 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:50.84 ID:qjlp8aI0
「あんたは……」
733 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:39:51.35 ID:qjlp8aI0
そのときポケットで鳴り響いた携帯電話の着信音は、むしろ瑶にとっては救いの手だった。
734 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:51.85 ID:qjlp8aI0
735 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:52.36 ID:qjlp8aI0
「まっかせて。これでも沙耶、狩りは得意なんだから。頑張っていっぱい捕まえてくるよ」
736 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:52.89 ID:qjlp8aI0
737 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:53.39 ID:qjlp8aI0
それでも、誰に悪意があったわけでもない。あの頃の僕には、誰かを傷つけてまで我を通そうとするほど意地を張る理由もなかった。何となく瑶と付き合ってみて、それで仲間同士の輪が崩れずに済むのなら、それもいいのかもしれない――と、そんな妥協も心にあった。
738 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:53.89 ID:qjlp8aI0
「そうよねぇ……せめてあの匂いだけは、どうにかしてもらいたいわよねぇ」
739 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:54.38 ID:qjlp8aI0
「きっとそれが、沙耶が郁紀に贈ってあげられる最後のプレゼント。沙耶の、最初で最後の務め」
740 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:54.95 ID:qjlp8aI0
「あなたのこと、大好き」
741 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:55.55 ID:qjlp8aI0
742 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:56.08 ID:qjlp8aI0
743 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:56.64 ID:qjlp8aI0
「アハハ。平気だよぉ」
744 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:57.14 ID:qjlp8aI0
「……何だって?」
745 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:57.71 ID:qjlp8aI0
「わからない」
746 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:58.23 ID:qjlp8aI0
747 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:58.73 ID:qjlp8aI0
だが今の耕司には、ただ凍み入るような畏怖の想いしかなかった。
748 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:39:59.36 ID:qjlp8aI0
「……女の子にお願いしていいことじゃないんだが、今は、君にしか頼めない……」
749 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:00.00 ID:qjlp8aI0
750 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:00.60 ID:qjlp8aI0
「……」
751 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:01.15 ID:qjlp8aI0
その音が感触が、耕司の脳裏を生理的嫌悪だけで塗りつぶし、ただ一色の破壊衝動で染め上げる。
752 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:01.83 ID:qjlp8aI0
753 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:02.38 ID:qjlp8aI0
754 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:02.88 ID:qjlp8aI0
「沙耶、もう――」
755 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:03.43 ID:qjlp8aI0
「……」
756 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:04.12 ID:qjlp8aI0
757 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:04.66 ID:qjlp8aI0
今日の津久葉瑶とのやりとりで、とうとう僕は一線を越えてしまった。
758 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:05.16 ID:qjlp8aI0
「……」
759 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:05.75 ID:qjlp8aI0
「そのかわり、瑶のこと見ていてあげて。あの子、たぶん心底傷ついてるから……泣き終わった後で、誰かの優しさが必要になると思う」
760 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:06.27 ID:qjlp8aI0
761 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:06.78 ID:qjlp8aI0
たしかに、間違っても人が寄りつかない場所だ。してみると次こそは、やはり本命かもしれない。
762 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:07.32 ID:qjlp8aI0
「――ヤツは僕には人間に見えないから。斬ろうが潰そうが平気なもんさ」
763 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:08.02 ID:qjlp8aI0
764 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:08.52 ID:qjlp8aI0
「たぶんパパ、何か悪いことをしてこの病院を辞めたんだと思う。だから警察とかは困るの。なるべくこっそりと探さなきゃいけないし」
765 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:09.13 ID:qjlp8aI0
766 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:09.67 ID:qjlp8aI0
そして動かなくなった。
767 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:10.29 ID:qjlp8aI0
768 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:10.83 ID:qjlp8aI0
769 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:11.37 ID:qjlp8aI0
「郁紀と沙耶は恋人どうし。で、津久葉瑶はそんな二人のペット。この子はわたしと郁紀に可愛がられるたびに、そのことを思い出すの。これから毎日、ずっとね」
770 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:11.88 ID:qjlp8aI0
771 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:12.46 ID:qjlp8aI0
「僕らにも……希望があるのかい?」
772 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:12.99 ID:qjlp8aI0
「それにね――」
773 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:13.50 ID:qjlp8aI0
「……そこまでして隠さなきゃならないものが、あの部屋にあったんですか?」
774 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:14.12 ID:qjlp8aI0
「そう思った人がいるみたいなのよ。それも病院には無断で、ね」
775 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:14.63 ID:qjlp8aI0
「じゃあ僕も、最初はそのつもりで?」
776 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:15.14 ID:qjlp8aI0
777 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:15.68 ID:qjlp8aI0
時間はない。おそらく全貌を掴むまでには至るまい。
778 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:16.22 ID:qjlp8aI0
779 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:16.73 ID:qjlp8aI0
単独でいる今のうちに、知らせられるだけの情報は伝えておこう。
780 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:17.24 ID:qjlp8aI0
無人となった彼の自宅と隣家の鈴見家から大量の人肉が発見されるまでに、さほどの時間は要さなかった。両家の冷蔵庫の中からは、鈴見洋佑とその妻子、高畠青海の4人が発見された。
781 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:17.78 ID:qjlp8aI0
782 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:18.30 ID:qjlp8aI0
沙耶がこんな目に遭っていいわけがない。何もかもが――そう、自分自身も含めて許せなかった。沙耶を護れなかった。傍にいてやれなかった。僕次第でこんなことは未然に防げたかもしれないのに……
783 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:18.88 ID:qjlp8aI0
784 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:19.40 ID:qjlp8aI0
そうなる前に、彼女は全てを終わらせて、そして僕の前から去った。
785 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:20.02 ID:qjlp8aI0
密かに隠れ住むには絶好のロケーションだろう。あるいは密かに誰かを抹[
ピーーー
]るのにも。
786 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:20.68 ID:qjlp8aI0
さよなら、郁紀』
787 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:21.30 ID:qjlp8aI0
憎悪のためでなく――
788 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:22.03 ID:qjlp8aI0
789 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:22.60 ID:qjlp8aI0
790 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:23.12 ID:qjlp8aI0
「世界中の研究者が、だれもかも学会で演壇に上ってリサイタルをやりたがるわけじゃないのさ。自分一人が秘密に通じて、最後には自分の死体もろとも秘密の墓穴に仕舞いこんで満足するような、そういう変態野郎もいるんだよ」
791 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:23.66 ID:qjlp8aI0
僕はさらに腰を密着させ、ペニスの切っ先を瑶の顔に突きつけた。
792 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:24.20 ID:qjlp8aI0
793 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:24.79 ID:qjlp8aI0
794 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:25.34 ID:qjlp8aI0
それでも、誰に悪意があったわけでもない。あの頃の僕には、誰かを傷つけてまで我を通そうとするほど意地を張る理由もなかった。何となく瑶と付き合ってみて、それで仲間同士の輪が崩れずに済むのなら、それもいいのかもしれない――と、そんな妥協も心にあった。
795 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:25.89 ID:qjlp8aI0
そのとき沙耶は、僕にとって世界のすべてだった。
796 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:26.45 ID:qjlp8aI0
だが――そこから先の記述は、凉子の最悪の悪夢さえをも超越していく。
797 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:27.17 ID:qjlp8aI0
だがその軟体の緊縛は次から次へと数を増し、まるで群体の蛇のように耕司の自由を奪っていく。
798 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:27.69 ID:qjlp8aI0
799 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:28.41 ID:qjlp8aI0
あえて口幅ったい言い方をするならば『医者の勘』だ。この患者はどこかおかしい。斜に構えた態度の裏に、何かを隠しているような気がしてならない。ひどく切迫した――怯え、あるいは苦痛。
800 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:28.96 ID:qjlp8aI0
成すすべもない瑶の両胸を、侵入者は容赦なく揉み上げ、搾り、おぞましい刺激に竦(すく)み上がって凝った乳首に吸着して翻弄する。自分の肌を舐め上げられるズルズルと湿った音が、胸の谷間から瑶の耳に届く。
801 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:29.61 ID:qjlp8aI0
「今日はもう疲れたし……寝ないか?」
802 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:30.24 ID:qjlp8aI0
「その奥涯という人物が、いま郁紀の関心の焦点になっているらしいんです。彼が何者で、郁紀が彼の何について探っているのか、それが判れば少しは事情が見えてくるかもしれません。
803 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:40:30.89 ID:qjlp8aI0
ふと見ると、手近なところにベンチがあった。僕は腰を下ろすと目を閉じて、不快きわまる世界を視野から閉め出した。臭気や騒音まで防ぎようはないが、こうやっていれば気休め程度には神経を鎮められる。
804 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:31.52 ID:qjlp8aI0
805 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:32.21 ID:qjlp8aI0
監視者は――メールの主は――この家の中に、いる。
806 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:32.75 ID:qjlp8aI0
汚れだ。
807 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:33.27 ID:qjlp8aI0
もしそれが非器質性の障害だとすればお手上げだ。彼自身が異常を訴えてくれない限り、こちらとしては対処のしようがない。
808 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:33.80 ID:qjlp8aI0
「うー、なんだか妬けるぅ」
809 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:39.68 ID:qjlp8aI0
それに凉子の存在が露見していない点もワイルドカードと考えていい。使い方次第では切り札にもなる。
810 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:46.12 ID:qjlp8aI0
低く呟いて、耕司は鉄パイプの切っ先で怪物をこづく。苦しげにわななきながら、それでも怪物は前進をやめなかった。
811 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:46.69 ID:qjlp8aI0
812 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:47.20 ID:qjlp8aI0
「わたしでも、まだちょっと難しいかな。色々と試してからでないと」
813 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:47.76 ID:qjlp8aI0
気取られてはいけない。僕の目にどう見えていようと、この世界で正常なのは彼らの方だ。異常なのは僕の方なんだ。
814 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:48.30 ID:qjlp8aI0
「それなのに、この人は……ぜんぜん優しくなんかなかった。沙耶のこと虐めたいって、壊したいって言って、あんな……」
815 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:48.80 ID:qjlp8aI0
耕司はポケットから奥涯の拳銃を取り出し、その銃握を両手で、祈るようにして包み込んだ。
816 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:49.33 ID:qjlp8aI0
だがそれは同時に、最後に瑶の声を聞いたときのあの苦悶ぶりが、郁紀と無関係ではないことも意味していた。
817 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:49.83 ID:qjlp8aI0
だが凉子は匂坂にそういう短絡的な焦りを見出せない。その冷静さは医師に対する質問というより、被疑者に対する詰問に近い。
818 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:50.34 ID:qjlp8aI0
僕は沙耶を抱き寄せ、その細い両肩を両手でそっと包み込みながら、囁きかけた。
819 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:50.84 ID:qjlp8aI0
「ふぅ、郁紀ぃィ、もっと……もっと突き上げて……奥に、あ、当たってるのぉ……あううぅっッ」
820 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:51.36 ID:qjlp8aI0
郁紀の車は例の事故で廃車になっている。他人に頼るのも解らなくはない。
821 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:51.97 ID:qjlp8aI0
822 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:52.50 ID:qjlp8aI0
823 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:53.11 ID:qjlp8aI0
以前のように感情的になったりせず、耕司は凉子の言葉を噛みしめた。
824 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:53.61 ID:qjlp8aI0
もちろん見知らぬ他人ではない。何度も言葉を交わした。昔は今より付き合いもあった。
825 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:54.11 ID:qjlp8aI0
やがて空の暮色が蒼く深まり、街灯が点る頃合いになって、ついに郁紀が家から出てきた。来掛けと同様すたすたと足早に、駅の方角へと戻っていく。
826 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:54.65 ID:qjlp8aI0
まる一晩、何も口に入れないで歩き続けたことを思い出した途端、胃袋が痛いほどに主張を始める。だが雪道の泥と汗で汚れきった身体のまま、くつろいで食事する気にもなれない。
827 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:55.14 ID:qjlp8aI0
無論もはや何の楽観も頭にはなかったが、耕司はようやく、恋人の悲惨な末路について知った。
828 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:55.64 ID:qjlp8aI0
829 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:56.27 ID:qjlp8aI0
独り、別荘の玄関から外へと踏み出した耕司は、明け方の森の冷気をあらためて痛感した。
830 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:56.83 ID:qjlp8aI0
沙耶は見ていて気の毒になるほどに狼狽していた。そういえば沙耶は食事の場面を決して僕に見せたことがない。よほど恥ずかしがっていたんだろうか。何だか僕はとんでもなく卑劣な覗き見をしてしまったような気分になり、途端に沙耶に申し訳なくなった。
831 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:57.47 ID:qjlp8aI0
832 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:57.99 ID:qjlp8aI0
自問してから、僕はまだこの期に及んで怯んでいる自分が嫌になってきた。
833 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:58.50 ID:qjlp8aI0
銃口の先には、体表の半分に絶対温度77ケルビンの白い霜を屍衣のように纏い、それでもまだ弱々しく蠢いている沙耶がいた。
834 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:59.06 ID:qjlp8aI0
「まぁ落ち着け。ここで君がいくら殺気立ってみたところで始まらん」
835 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:40:59.59 ID:qjlp8aI0
「いや、だからさ。今年の冬のスキーだよ。お前も――行くよな?」
836 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:00.12 ID:qjlp8aI0
837 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:00.63 ID:qjlp8aI0
血まみれの床さえ見なければ、あとは幼い頃から見慣れてきた我が家の台所。それに引き替え、昨日まであれほど心安らぐ色合いに見えた居間の彩色を今になって改めて見ると、僕には今まで遠ざかっていた世界との距離が痛感できた。
838 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:01.16 ID:qjlp8aI0
「……?」
839 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:01.66 ID:qjlp8aI0
840 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:02.18 ID:qjlp8aI0
辛うじて生活の痕跡があったのは、トイレ、浴槽、台所……それと寝室のベッドひとつだけ。
841 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:02.72 ID:qjlp8aI0
答えの見えていた質問だったが、そう問わずにはいられなかった。そんな耕司の張りつめた口調が、また凉子の乾いた笑みを誘う。
842 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:03.22 ID:qjlp8aI0
どうしようもない違和感――当然だった。ここで料理をしていたのは誰で、その人物はいったい何処に行ったのか?
843 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:03.76 ID:qjlp8aI0
844 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:04.38 ID:qjlp8aI0
こういう論理の飛躍で医師を困らせる患者というのは少なくない。彼らにとってみれば自分の生命にかかわる事柄なのだから、無理からぬことだとも思う。
845 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:05.11 ID:qjlp8aI0
「もちろん!」
846 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:05.76 ID:qjlp8aI0
『……ゥ……ゥ……ゥ……』
847 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:06.34 ID:qjlp8aI0
「コーヒーの責任を取れ」
848 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:06.89 ID:qjlp8aI0
849 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:07.53 ID:qjlp8aI0
たとえば日記の場合、一日の記述をまず一行目から始めたら、行末まで書いた文章の続きは次行ではなく、次ページの1行目へと書き連ねていく。
850 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:08.26 ID:qjlp8aI0
なにせ今の僕には、道が道に、車が車に見えていない。今朝になって必要に迫られるまで、正直なところ公道での運転は危険すぎると諦めていたのだ。
851 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:08.79 ID:qjlp8aI0
852 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:09.29 ID:qjlp8aI0
853 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:09.83 ID:qjlp8aI0
拍子抜けするほど安っぽい音を立ててドアは枠から外れ、奥へと倒れ込む。
854 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:10.59 ID:qjlp8aI0
それ以上に明快な説明の仕方を考えるのに、凉子はじっくりと言葉を選ぶ必要があったらしい。しばらく間をおいてから、つらつらと語りはじめた。
855 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:11.14 ID:qjlp8aI0
だが耕司はそのどちらを受け入れることもできずに、ただ闇の中の不定型な輪郭へと、空しく問いかけることしかできなかった。
856 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:11.64 ID:qjlp8aI0
……やがて玄関のカウベルが鳴り、「ただいま」と待ち望んだ懐かしい声が階下から届いたとき、寝室にいた僕は安堵すると同時に、一晩のあいだに溜めこんだ心理的疲労がどっと押し寄せてきて足元がおぼつかなくなった。
857 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:12.16 ID:qjlp8aI0
沙耶がついに仕留めた獲物を捕食する様を、僕は傷みに茫洋と霞む意識の中で眺めていた。
858 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:12.68 ID:qjlp8aI0
859 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:13.24 ID:qjlp8aI0
この家は無人なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
860 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:13.88 ID:qjlp8aI0
「――軽く何か口に入れて、それから風呂に入りたいな。暖まるまでゆっくり」
861 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:14.41 ID:qjlp8aI0
「……いいえ」
862 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:14.93 ID:qjlp8aI0
郁紀が力任せに振り下ろしてきた斧を、耕司は鉄パイプで受け止めた。
863 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:15.44 ID:qjlp8aI0
864 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:15.95 ID:qjlp8aI0
865 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:16.47 ID:qjlp8aI0
866 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:17.03 ID:qjlp8aI0
867 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:17.79 ID:qjlp8aI0
「お前も僕の後から、奥涯教授の家を色々と探し回ってたじゃないか。僕とお前とでバラバラに探すなんて二度手間だよ。どうせなら協力して、もっと効率的にやろう」
868 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:18.32 ID:qjlp8aI0
869 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:19.12 ID:qjlp8aI0
日記は行数分の日数を書き溜めたところで、また研究レポートの方はおそらく30枚を一区切りとして、奥涯は元本を解体したらしい。
870 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:19.64 ID:qjlp8aI0
「1年前、奥涯がうちの大学に持ってきた試料も、その文章と同じぐらい突拍子もないものだった」
871 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:20.16 ID:qjlp8aI0
弱気は禁物だと解ってはいたが、それでも耕司は、まだ数日前までの日常を振り切れないままでいた。
872 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:20.68 ID:qjlp8aI0
「君にはそれだけじゃないように見えるのかい?」
873 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:21.18 ID:qjlp8aI0
「遅かったね。ちょっと心配しちゃったぞ」
874 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:21.71 ID:qjlp8aI0
文字列の無機質な書体が、まるで突きつけられたナイフの切っ先のように瑶を脅かす。
875 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:22.29 ID:qjlp8aI0
ここから先はツキに恵まれることを期待するしかない。祈るような気持ちで凉子はまた紙束との格闘を再開した。
876 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:22.78 ID:qjlp8aI0
洋佑は麻痺しかかった思考でナイフをじっと見つめた後、考え直した。これではあまりに心許ない。
877 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:23.31 ID:qjlp8aI0
「人間にできないことを、簡単に出来るっていう君は――人間じゃ、ないんだね?」
878 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:23.84 ID:qjlp8aI0
879 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:24.48 ID:qjlp8aI0
「……[
ピーーー
]よ」
880 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:25.05 ID:qjlp8aI0
瑶という初めての作品を前にして語る沙耶の口調は、いかにも誇らしげだった。
881 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:25.58 ID:qjlp8aI0
小さい果肉はタッパーに、大きいものは鍋やボールに入れてラップをかけて、僕らは残りの食料を手分けして冷蔵庫に詰め込んだ。明日からの晩餐を思うと、今からもう心が躍る。
882 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:26.11 ID:qjlp8aI0
「なぁ郁紀、お前はどう思う?」
883 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:26.62 ID:qjlp8aI0
「この世界は、きっと……きれいな、場所に……なるから。沙耶と……郁紀の……ためだけの、世界に……」
884 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:27.13 ID:qjlp8aI0
いつまでも、ずっと……じゃない。
885 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:27.69 ID:qjlp8aI0
「うん?」
886 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:28.27 ID:qjlp8aI0
887 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:28.83 ID:qjlp8aI0
沙耶が舐めとっている間にも、顔を伝い落ちる白濁は瑶の口へと流れ込み、
888 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:29.37 ID:qjlp8aI0
889 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:29.87 ID:qjlp8aI0
890 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:30.62 ID:qjlp8aI0
891 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:31.30 ID:qjlp8aI0
声にならない涙声で、沙耶が繰り返す。僕はいたたまれずに彼女の頬を胸に押しつけた。
892 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:32.04 ID:qjlp8aI0
最初のうちこそ、耕司は自分のやっている事がひどく馬鹿げたことに思えたし、こっそり後をつけるなどというやり方にも気が咎めるものがあったが、そんな呵責も郁紀の行動が謎を深めるにつれ、忘れ去られていった。
893 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:32.77 ID:qjlp8aI0
894 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:33.43 ID:qjlp8aI0
895 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:33.95 ID:qjlp8aI0
「な――」
896 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:34.60 ID:qjlp8aI0
『ォヂヅィデ。ゴワグナィガラ』
897 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:35.25 ID:qjlp8aI0
『お前が僕を尾行してきた奥涯教授の家、憶えてるだろう? 今夜7時にそこで落ち合おう。一人で来いよ』
898 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:35.90 ID:qjlp8aI0
899 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:36.46 ID:qjlp8aI0
追いつめられたような瑶の表情が、ほんのわずかに安堵で和む。僕が誰なのか、心のどこかではまだ記憶しているのかもしれない。こんな風に優しく彼女に接してくれる相手だと、今なお思いこんでいるのかもしれない。――愚かにも。
900 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:37.18 ID:qjlp8aI0
901 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:37.93 ID:qjlp8aI0
902 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:38.49 ID:qjlp8aI0
「いいや」
903 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:39.20 ID:qjlp8aI0
「今度こそ信用できるっていう保証は?」
904 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:39.77 ID:qjlp8aI0
軽い気持ちで、耕司は瑶の番号を呼び出し……そしていつもより長く続く呼び出し音に少しだけ戸惑った。
905 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:40.30 ID:qjlp8aI0
そうと解っていながらも、5分だけ、そう心に誓って、耕司は自分に甘えを許した。
906 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:41.04 ID:qjlp8aI0
事の重大さは当然、彼女にも察しがつくだろうが、それでも沙耶が狼狽する段階をスキップして思考の段階に入ったことは、僕の目論見通りといえた。
907 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:41.54 ID:qjlp8aI0
908 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:42.04 ID:qjlp8aI0
駄目でもともと――そう覚悟を決めてT大付属病院を訪れ、郁紀の主治医に面会を申し入れた耕司と瑶だったが、まさかこんなにも簡単に診察室に通されるとは思ってもみなかった。
909 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:41:42.59 ID:qjlp8aI0
だから奴からの接触があれば、それが明らかな罠でない限り、進んで対決に応じるつもりだ。
910 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:43.11 ID:qjlp8aI0
この家に暮らすようになってからも、沙耶は僕と一緒に食事をしたことがない。なぜ彼女がそれを厭がるのか、不思議だったし悲しくもあったが、だからといって無理強いする気はなかった。
911 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:43.70 ID:qjlp8aI0
沙耶だろうか? いったん呼びかけようとしてから、僕は思い直して黙ったまま家に上がった。
912 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:44.24 ID:qjlp8aI0
「そいつの中身を! ヤツにぶちまけろ!」
913 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:44.97 ID:qjlp8aI0
だが一方で、郁紀が『沙耶』という言葉にこれほどの反応を見せたことに、耕司の中にまだ残っている友情の残骸が、心の深い場所で傷みに呻く。
914 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:45.55 ID:qjlp8aI0
均衡はすぐに崩れた。
915 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:46.11 ID:qjlp8aI0
僕に抱き留められたまま、沙耶は上目遣いに僕を見つめ返す。
916 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:46.62 ID:qjlp8aI0
「だってお前も関心あるんだろう? 耕司」
917 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:47.12 ID:qjlp8aI0
918 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:47.65 ID:qjlp8aI0
行き先も告げずに栃木にまで来てしまったが、青海のことがあって間もないだけに、ひょっとしたら今ごろは心配しているかもしれない。
919 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:48.25 ID:qjlp8aI0
汚れだ。
920 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:48.75 ID:qjlp8aI0
921 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:49.28 ID:qjlp8aI0
「さあ、それじゃあチェックメイトに駒を進めよう。匂坂くんを呼びだすといい」
922 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:49.80 ID:qjlp8aI0
「ついでに、って、お前……そんな理由で、俺を……!?」
923 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:50.34 ID:qjlp8aI0
『うん、ありがとう。
924 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:50.87 ID:qjlp8aI0
左手に、すぐ点灯できるようスイッチに指をかけたままのマグライトを掲げ持ち、同じように右手には拳銃を構えた。
925 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:51.39 ID:qjlp8aI0
代わりに、冷たくヌラヌラと湿ったものがブラジャーの隙間から押し入れられ、両方の乳房を包み込むに至って、瑶の悲鳴はさらに1オクターブ跳ね上がった。
926 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:51.98 ID:qjlp8aI0
沙耶は本当に、還るべき場所に還ったのかもしれない。
927 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:52.48 ID:qjlp8aI0
928 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:52.98 ID:qjlp8aI0
「これだったら、郁紀だって心配ないでしょ?」
929 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:53.51 ID:qjlp8aI0
930 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:54.06 ID:qjlp8aI0
「郁紀は――どうなっちまったんですか?」
931 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:54.55 ID:qjlp8aI0
してやられた。あの電話を鳴らしているのは郁紀だ。
932 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:55.07 ID:qjlp8aI0
そこに(・・・)、いた(・・)――その無感動な過去形の答え方は、言葉以上に雄弁に、ある事実を物語っている。
933 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:55.70 ID:qjlp8aI0
934 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:56.55 ID:qjlp8aI0
935 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:57.34 ID:qjlp8aI0
936 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:58.17 ID:qjlp8aI0
その封筒は、おそらく抽斗(ひきだし)のトレイから裏側へ落ち込んでしまったのだろう。書き物机から全部の抽斗(ひきだし)を引っ張り出した後で、その奥に折れ曲がって挟まっていた。
937 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:58.92 ID:qjlp8aI0
ライトも携帯用ではなく、大径レンズの電球と、側面の小型蛍光灯とを切り替えられる大型の万能タイプだ。非常用の備えではない、明らかなサバイバル用品である。
938 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:41:59.48 ID:qjlp8aI0
勝った。辛くも――僕独りの力ではなかったが、僕らははじめて協力して敵を撃退した。
939 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:00.46 ID:qjlp8aI0
もう何の抵抗も出来ない肉塊に、繰り返し鉄パイプの殴打を叩き込む。今ここでこいつを止められなければ、今度こそ自分の負けだと……なぜか耕司は何の脈絡もなく、そんな思いこみを懐(いだ)いていた。
940 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:01.22 ID:qjlp8aI0
最後のテキストを見届けて、僕はそのまま携帯を外に戻した。
941 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:01.75 ID:qjlp8aI0
「耕司の分際で、僕の瑶を酷い目に遭わせやがって……瑶の10倍は痛めつけてから殺してやる。覚悟しろ」
942 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:02.62 ID:qjlp8aI0
覗き込んだ居間の光景に、はじめ僕は戸惑った。
943 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:03.29 ID:qjlp8aI0
――彼の部屋に書物を運び込むだけで一日を費やす。
944 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:03.80 ID:qjlp8aI0
945 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:04.31 ID:qjlp8aI0
だが玄関に立った途端、台所の方から沙耶の啜り泣く声が聞こえて、僕は凍りついた。
946 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:04.81 ID:qjlp8aI0
947 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:05.33 ID:qjlp8aI0
沙耶は複雑な面持ちで沈黙した。それから上目遣いに僕の顔を窺いながら、おずおずと切り出した。
948 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:05.96 ID:qjlp8aI0
呵責ない勢いの自刃だったが、その一撃で死には至らなかった。
949 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:06.48 ID:qjlp8aI0
「あなたは……いいの?」
950 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:07.03 ID:qjlp8aI0
「それに……うん。やっぱり明日、この場所に行ってみよう」
951 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:07.57 ID:qjlp8aI0
だから、窓の外の陽光が盛りを過ぎて朱に染まり、やがて夜闇に沈み込んでいってもまだ、だれもこの家を訪れようとしないという現実に、次第次第に耕司の忍耐力は軋みを上げて傾き始めていた。
952 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:08.08 ID:qjlp8aI0
携帯を握る手が震えているのが、自分でも分かった。
953 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:08.60 ID:qjlp8aI0
「まぁね」
954 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:09.13 ID:qjlp8aI0
「――ううん、違う。これは――始まり――」
955 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:09.65 ID:qjlp8aI0
きちんと手入れして使われているシンクを覗き込む。
956 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:10.19 ID:qjlp8aI0
957 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:10.69 ID:qjlp8aI0
必要以上に緊張した、苛立っているようにも、何かに脅えて気後れしているかのようにも見える態度。視線は落ち着きなくそわそわと泳ぎ、決して瑶と目線をあわせようとしない。
958 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:11.23 ID:qjlp8aI0
無理もなかった。今から顧みてもなお、蒸留アルコールの酩酊なくしては乗り切れない日々だったと思う。
959 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:11.74 ID:qjlp8aI0
960 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:12.23 ID:qjlp8aI0
961 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:12.75 ID:qjlp8aI0
「なぁ……別に、運動するのが傷に障るとか、そういうわけでもないんだろ?」
962 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:13.28 ID:qjlp8aI0
「どうした? 耕司」
963 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:13.83 ID:qjlp8aI0
「そりゃあもちろん、戻れるっていうのなら、もとに戻りたいと――思う」
964 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:14.33 ID:qjlp8aI0
「おかえりなさい。車、平気だった?」
965 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:14.86 ID:qjlp8aI0
今日の津久葉瑶とのやりとりで、とうとう僕は一線を越えてしまった。
966 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:15.42 ID:qjlp8aI0
967 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:15.94 ID:qjlp8aI0
郁紀が息を呑む気配。これで主導権は完全に握った。さらに耕司は語調の不敵さをそのままに、真実を虚構で粉飾する。
968 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:16.44 ID:qjlp8aI0
歓喜と苦痛のないまぜになった絶叫とともに、沙耶は僕の衝撃を受け止める。
969 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:16.96 ID:qjlp8aI0
銃口の先には、体表の半分に絶対温度77ケルビンの白い霜を屍衣のように纏い、それでもまだ弱々しく蠢いている沙耶がいた。
970 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:17.49 ID:qjlp8aI0
まさかこうして本物の悪戯娘が隠れて住み込んでいようとは、いったい誰に想像できるだろうか。
971 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:18.00 ID:qjlp8aI0
「間違いなく言えるのは、そいつが奥涯の研究の核にあるモノらしい、ということだけだ。もし匂坂くんがこの沙耶と呼ばれるものとすでに深く関わっているのなら、彼はもう引き返せない所まで踏み込んでいる、ということになる」
972 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:18.54 ID:qjlp8aI0
「この子はね、郁紀のこと喜ばすためだけに沙耶が用意したの。郁紀がこの子のこと好きになって、この子と過ごすのを楽しいって思うようになってくれたら、それだけ沙耶も嬉しいんだよ。それ、遠慮するようなことじゃないよ」
973 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:19.07 ID:qjlp8aI0
974 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:19.56 ID:qjlp8aI0
「ぁぐ……ッ」
975 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:20.09 ID:qjlp8aI0
976 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:20.68 ID:qjlp8aI0
「うん。ウフフ、ありがと」
977 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:21.18 ID:qjlp8aI0
そうと解っていながらも、5分だけ、そう心に誓って、耕司は自分に甘えを許した。
978 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:21.71 ID:qjlp8aI0
979 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:22.24 ID:qjlp8aI0
瑶と郁紀が連れ立って中庭に行くところを、先に見咎めたのは青海の方だった。
980 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:22.76 ID:qjlp8aI0
981 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:23.32 ID:qjlp8aI0
ヒトを学び尽くした沙耶は、それほどまでに人間的になってしまったのだろう。孤独に疲弊し、世界に絶望するほどに、彼女は乙女になってしまったのだろう。
982 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:23.85 ID:qjlp8aI0
そう恐れて、この手で彼女を確かめたくて、僕は薄い乳房に手を差し伸べ、縋(すが)るようにして両手で掴む。
983 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:24.41 ID:qjlp8aI0
984 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:24.94 ID:qjlp8aI0
985 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:25.51 ID:qjlp8aI0
彼は耕司と通話しながら、別の携帯電話を使って自宅の番号を呼び出したのだろう。耕司の電話からそのベル音が聞こえてくれば、それで耕司の居場所は確定する。
986 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:26.02 ID:qjlp8aI0
987 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:26.76 ID:qjlp8aI0
“匂坂郁紀に興味があるか?”
988 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:27.31 ID:qjlp8aI0
989 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:27.86 ID:qjlp8aI0
たしかに耕司は瑶を救うつもりだった。郁紀にも生きたまま罪を償わせるつもりだった。
990 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:28.36 ID:qjlp8aI0
もしも孤独に耐えきれなくなり、挫けそうになったときには、きっとまた僕のところに戻ってくるだろう。
991 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:28.92 ID:qjlp8aI0
溜息混じりに呟く青海。そんな彼女を咎めるように耕司が小さくかぶりを振る。
992 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします
[sage]:2009/03/24(火) 04:42:29.45 ID:qjlp8aI0
993 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:29.95 ID:qjlp8aI0
何の前触れもなく眼前で炸裂したものが、瞼や鼻筋にべったりとこびりつき、僕の体温の熱気で瑶の顔を覆い尽くす。
994 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:30.63 ID:qjlp8aI0
いた。いつの間に入ってきたのか、最後列の片隅の席に一人だけ孤立して、郁紀が座っている。
995 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:31.14 ID:qjlp8aI0
耕司と郁紀が友人同士だったように、瑶もまた青海の親友だった。そういう関係で引き合わされたのが郁紀と瑶の間柄だ。青海が親友の心配をするのも当然ならば、郁紀に対して怒るのも当然のことだった。
996 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:31.67 ID:qjlp8aI0
「今ならまだ、時間が君の傷を癒してくれるだろう。君は最後の一線を踏み越えていない」
997 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:32.18 ID:qjlp8aI0
瑶という初めての作品を前にして語る沙耶の口調は、いかにも誇らしげだった。
998 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:32.70 ID:qjlp8aI0
僕は自分の嘘偽りない心境をどうやって言い表したものか、途方に暮れながらも切り出した。
999 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:33.22 ID:qjlp8aI0
そう言って凉子は、ウェイトレスが置き去りにしていった伝票を耕司の前に置いた。
1000 :
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[sage]:2009/03/24(火) 04:42:33.74 ID:qjlp8aI0
僕には一向に気にならない、というよりむしろ快適に感じるんだが。まぁそういうものなんだろう。
1001 :
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