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麦野「・・・浜面が入院?」<その2> - 製作速報VIP(クリエイター) 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 21:58:48.83 ID:lC5NvTU0


このスレは、「とある魔術の禁書目録」に登場する「アイテム」のSSスレです。

2スレ目に突入しましたが、飽きることなく目を通していただければ幸いです。

基本的に麦野中心ですが、他の三人も満遍なくスポットを当てていくスタンスになっています。

書き溜めの都合上、例外のない限りは週1ペースの投下なので、気長に待ってやってください。


一応、VIPの過去3スレとGEPの前スレだけ載せておきます。

初見且つ暇のある方は、何の気なしに見てやってください。

★<VIP(麦野と浜面入院編途中)>

http://mimizun.com/log/2ch/news4vip/1267023013/
http://mimizun.com/log/2ch/news4vip/1267622271/
http://mimizun.com/log/2ch/news4vip/1267878399/

※前スレでこれらを紹介してくれた方に感謝。

★<GEP(麦野と浜面入院編完結〜麦野と少女編)>

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1267955540/


では、三作目を投下させていただきます。

時間軸は、過去二作品の「浜面入院」+「少女物語」の後。

原作の設定上では有り得ない季節になっていますが、そこはパラレルということで。

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もし、探しているスレッドがパートスレッドの場合は次スレが建ってるかもしれないですよ。

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713861164/

トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713798788/

【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713788018/

ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713736565/

2 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:03:02.19 ID:lC5NvTU0

―――――


季節はすっかり冬となり、最近は毛布なしに寝ることができなくなるほどの寒さだった。

日中の気温も二桁を割るのが当たり前で、外出時はダウンジャケットが手放せないほど。

それでいて、ロマンチックな雪は少しも降ることがなかった、どこかもどかしい時期のお話。

ひょんなことから、学園都市の裏で行動する暗部組織「アイテム」の四人の少女と同居することになった、

幸せなのか不幸せなのか判断に困る状況にある少年、浜面仕上は、二日酔いのような頭痛から目を覚ました。



「・・っ、いってぇ」



もちろん、昨晩に派手な酒盛りをしたとかではなく、特に思い当たりのない痛みだった。

壁に頭を預けながら寝ていたためだろうか、坊主が鳴らす鐘の中にでも居るかのように、頭全体がガンガンと痛んでいる。

ただでさえ寒々しい朝なのに、憂鬱のドン底に突き落としてくれる厄介な頭痛。

それだけではなく、暖かな部屋に居るにもかかわらず、心なしか寒気もする上、顔がボーッと熱を帯びているような感じがした。

それでも、少女たちの朝ご飯を作らなければならない勤労少年は、その重い身体をゆっくりと起こす。

筋一本動かすだけで、身体のダルさを顕著に感じ、余計に不快になる。

暖房を付けっぱなしで寝ていたせいか、喉の渇きも最高潮に達していた。
3 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/04/29(木) 22:04:21.44 ID:92RC3gs0
このSSの麦野は良い麦野
4 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/29(木) 22:04:58.69 ID:eeBJe2DO
きた支援
5 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:05:33.02 ID:lC5NvTU0


「あーくそ・・、今日はトーストとサラダだけで良いか・・」



手元に転がっていたスポーツドリンクを軽く一飲み、水分を求めていた喉を潤し、

汚く散らかっている部屋を見回すと、三人の少女が寝ているのを確認できた。

真っ先に目に入ったのは、ソファの上で静かな寝息をたてている、

見た目は女子大学生くらいで、美しい茶髪ロングを持つ少女、麦野沈利。

昨晩も遅くまで起きていたのか、今はその美貌が泣くほどの惨状である。



「寒くないのか・・コイツは」



髪の毛はぐしゃぐしゃで、唯一かけてある薄い毛布からはその上半身が抜け出ていた。

溜め息一つ吐いた浜面は彼女の毛布をかけ直してやる、いつものことなので慣れっこだ。

そのソファの下には、麦野との寝床争いに負けたのか、「アイテム」最年少の絹旗最愛が縮こまっている。

麦野と同じく綺麗なブラウンに染まった髪の毛だが、彼女はさっぱりとしたショートヘアだ。

年中着ていると思われるふわふわの薄桃色セーターにその膝すらも抱え入れて、ダンゴムシのように転がっている。

そこまでするのなら、布団の一枚でもかけて寝れば良いのに、と思う。
6 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:06:57.75 ID:lC5NvTU0


そのすぐ目の前にあった丸テーブルには、金髪碧眼の外国人少女、フレンダが自分の腕を枕代わりにして、突っ伏したまま寝ていた。

一番大きな寝息(ほぼいびき)をたてている彼女の手元には、いくつかの空っぽの缶詰が散乱している。

フォークが刺さったままの缶詰もあり、食事中に寝落ちしたことが伺えた。

これもいつものことなので、彼女を起こさないように浜面は空の缶詰たちを拾い上げ、キッチンにあるゴミ箱に捨てておく。

そのとき、玄関先に妙なものが転がっているのが視界の隅に見えた。



「滝壺・・」



滝壺理后が芋虫のように何枚もの布団を何重にも自分の身体に巻きつけ、靴の山の上に寝転がっている。

部屋に見当たらないと思えば、こんな僻地で寝ていたのかと苦笑する浜面。

これもいつものこと・・ではないが、彼女の天然な性格からして想定できないことでもなかった。

一応、暖房はついているものの、さすがに玄関先は寒いだろうと、

浜面は彼女を抱え上げ、他の三人が寝ているカーペットの上に優しく置いてやる。

すると、その海苔巻き少女がもぞもぞと動き始めた。
7 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:08:20.36 ID:lC5NvTU0


「・・おはよう、はまづら」


「あ、すまん、起こしちまったか」



滝壺が霧深い山奥に住む気弱な小鳥が朝方にさえずるような小さな声をあげた。

三十秒くらいかけて布団の中からグイグイとその身を乗り出し、のっそりと立ち上がる。

まだ眠いのだろう、ただでさえ半開きのその瞳がさらに細くなっていた。



「朝ごはん・・手伝うよ」



そう言うと、彼女は右手で浜面のパーカーの袖を引っ張った。

しかし、もう一方の左手は眠気まなこをこすり続けている。

「アイテム」の中で唯一自分のことを労わってくれる滝壺は、涙ぐましく見えてしまう。



「いや、まだ寝てて良いぞ、今日も寒いから急に布団から出ると風邪ひいちまうかもだし」


「でも・・」



ポンと彼女の頭に手を置くと、浜面はニカッと笑った。

彼自身も体調が優れないのだが、彼女たちに風邪をひかれる方が遥かに困るのだ。

暗部組織の任務的な意味でも、自分の世話量が増える的な意味でも。

何より、純粋に彼女たちに風邪などひいてほしくないという思いが一番だったが。
8 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:09:51.55 ID:lC5NvTU0


「大丈夫だ、今日はすぐ終わるからよ」



袖を引っ張り続ける滝壺をなだめて、浜面は逃げた者勝ちという風にキッチンに向かう。

そこまで言われてまだ食い下がるのは逆に失礼だと思ったのか、彼女は再びよそよそと布団にくるまって、眼を閉じた。

ものの数秒で寝息が聞こえてきたことから考えるに、やはりまだ寝足りなかったのだろう。

一方の浜面は、昨日のうちに作っておいたサラダを冷蔵庫から取り出し、棚にあった食パンにも手を伸ばす。

彼女たちは朝飯にお米を食べず、パンを食べるような今時の若者なので、

ご飯を炊く手間が省けるのは良い事だが、彼女たちの体調と空腹具合も気になるものだ。

さて、ホットココアでも作ろうかと思った矢先、彼の患っている頭痛がまた少し暴れ始めた。



「っ・・、風邪でもひいたか・・」



頭を抑えながらも、朝に料理するときは欠かせなくなったラジオをつけた。

今日は例年よりも寒く、最低気温も今年初の3度以下になる、とラジオの天気予報士が言っている。

それもそのはず、カーテンの隙間から、何やらチラチラと白いものが見えていたのだ。


―――雪だ。
9 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:11:27.36 ID:lC5NvTU0


「おいおい・・どうりで寒いわけだ」



朝飯作りを中断し、彼女たちを起こさないようにカーテンを少しだけ開け、外を見やると、すっかり雪原と化している学園都市が広がっていた。

これほどの雪が南関東に位置する学園都市に降るのも珍しい。

浜面は心の中で小さく笑うと、カーテンを静かに閉めた。


今日も大変な一日になりそうだ、と。



―――――



「うっわああああ、雪っ、雪降ってるよ、麦野っ!」



白く曇った窓ガラスに顔を押し付け、小さな子供のような無邪気な声をあげるフレンダ。

彼女の母国が何処なのかは分からないが、彼女にとって雪は珍しいものらしい。

すぐにでも外に出て、雪の上で転がり回って遊び始めるのではないかという勢いだ。

滝壺も物珍しそうな表情をして、その横に並び、窓に手を当てながら立っている。

浜面が言った、今日も大変な一日になりそうだ、とはどういう意味か。

それは彼女たちがはしゃぐ的な意味である。
10 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:12:47.89 ID:lC5NvTU0


「・・寒いからカーテン閉めてくれるかしら」



笑顔を振りまくフレンダとは対照的に、げんなりとした顔の麦野が言った。

さすがに、彼女は雪程度で有頂天になれる年齢ではないらしい。

窓の外を見ることもなく、せっせと化粧に勤しんでいる。



「麦野は雪嫌いなのか?」



朝飯を食べ終え、口直しのホットココアを麦野に手渡すと同時に、質問も投げかける浜面。

どうやら、頭痛は起床時よりは収まっており、少しだけ顔色が良くなっていた。



「だって、寒いだけじゃない・・そりゃ綺麗だとは思うけどさ」



布団を背中からかけていた麦野は身体を温めるため、受け取ったココアを口に流し込む。

ココアの粉とお湯の割合は彼女好みになっており、市販のものとはいえ、良い味と香りを醸し出していた

ちなみに、浜面の気遣いによって、そのココアはやや猫舌気味の彼女に合わせて冷まさせてある。

一口飲んだあと、ふぅと息を吐き、少しだけ満足そうな笑みを浮かべる。
11 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:14:33.34 ID:lC5NvTU0


「私も麦野に同感ですね・・雪なんて超寒いだけですし、雪かきとか超大変ですじゃないですか」


「あら、珍しく気が合うわね」



絹旗も同じく手渡されたココアを一飲みし、現実的な一言を割り込ませた。

子供染みたことを好まない子供である彼女だからこそ、予想通りの発言でもある。



「おいおい、一年に降るか降らないかなんだから、雪で遊んだ思い出くらい作っておいたらどうだよ」


「・・私はそういうごく一般的な子供ではないので」



一般的な子供とは普通に学校に通って、普通に友達と遊ぶ、普通の子供のこと。

彼女の言葉がどこか物寂しい雰囲気を帯びていたのは気のせいではないだろう。

そこで、目を閉じたまま、淡々と話す絹旗にフレンダが噛み付いた。
12 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:15:40.89 ID:lC5NvTU0


「かーっ、絹旗ってばいつからそんなつまんない女に成り下がっちゃったのかしら!」


「・・幼稚なフレンダと違って、私は超大人ですからね」


「あ゛・・!?」



その一言に、フレンダの中で何かがプチンと切れる音がした。

ブワッと空色のマフラーを巻き、いつもの制帽を被った彼女は、

マラソン選手もびっくりのスタートを切り、体育座りでココアを堪能していた絹旗の首根っこを掴むと、

彼女があげた小さな悲鳴も聞こえていないかのように、韋駄天走りで玄関へ勢いよく向かった。



「ちょ、何するんですか、フレンダぁぁぁッ!?」


「荒んだお子ちゃまの絹旗に雪の楽しさと恐ろしさをブレンドして味わわせてやるのよーッ!!」



うはははーっ!と野太い雄たけびをあげたフレンダは、抵抗する絹旗を引きずったまま、出て行ってしまった。

台風が去っていったかのような部屋に残された麦野たちはポカーンとしている。

顔を引きつらせながら、やっとこさ浜面が口を開いた。
13 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:18:14.65 ID:lC5NvTU0


「おい、どうすんだよ・・アイツら」


「当然、追うでしょ、アンタが」


「・・・俺かよ」



今日は体調が悪くて云々〜、と異議を唱えはしてみたが、麦野の『さっさと行きなさい』に一蹴されたため、

藍色のジャケットを着て、心底面倒くさそうな顔をしながら、二人を探しに行く。

その後ろには薄い赤と白の模様の耳あて付きニット帽と、同色の前チャックのセーターとマフラーに身を包む滝壺が居た。



「ちょっと、何で滝壺も行くのよ」


「・・楽しそうだから」



ポツリとそれだけ残し、滝壺も居なくなってしまった。

あっという間に一人ぼっちになってしまった麦野。

暖房の動く音だけが、静かに空しく響いている。



「(何よ、どいつもこいつも雪ごときではしゃいじゃってさ・・)」



口から漏れそうになった文句を飲み込むように、強引にココアを流し込んだ。

元々温めだったそれは、余計に温く感じる。

化粧を続けたまま、ふとつまらなそうに窓の外を見やった。

雪の勢いは収まることはなさそうで、微かな風に乗ったまま、美しい情景を広げている。
14 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:20:39.51 ID:lC5NvTU0

―――――



「ちょ、や、やめてえええええ!!!!! つめ、つめたぁっ!!?」


「ほらほら、さっきまでの勢いはどうしたんですかぁっ、フレンダっ!」



浜面と滝壺がマンションの前にある駐車場に降り付くと、フレンダに向けて剛速球を放る絹旗の姿があった。

足元に山ほどある雪玉を、むんずと掴んでは投げ、掴んでは投げ。

他のマンションの住人の車を盾にするわけにもいかないためか、フレンダはその身を晒し続けている。

攻撃を受け続けるその身体は雪まみれ水まみれになっているのに対し、絹旗は完璧に無傷だった。

その火花を受けないような距離から、浜面はフレンダに叫んだ。



「おいおーい、雪の楽しさと恐ろしさをブレンドして味わわせてやるんじゃなかったのかよー!」


「だ、だって、あいつ『窒素装甲』使ってるから、雪玉が当たっても全然痛がらないんだよーっ!?」



ああ、なるほどなと納得する浜面。

自動で窒素に覆われた、銃弾も効かない絹旗の身体にゆるゆるの雪玉が通じるわけがなかった。

当たりはすれど、怯みはしない。

智将フレンダ、最大の誤算である。
15 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:22:34.68 ID:lC5NvTU0


「あっははは、フレンダも大したことないですねぇ、ま、これが私と貴方との差って奴ですよねぇっ!」


「・・くっ、能力の差が絶対的な戦力の差ではないと、うきゃあぅッ!?」



ボスンと頭に重い雪玉を食らい、制帽を落とすフレンダ。

それに構わず、うははははーッと絹旗はマシンガンのように雪玉をぶつけ続けた。

その場に崩れ落ちるフレンダに対し、容赦なく攻撃を続けるその姿は、まさに鬼畜の所業である。



「(何だかんだ言ってアイツもかなり楽しんでるじゃねぇかよ・・)」



浜面の心中を見抜いたのか、絹旗の目がギラリと彼に向いた。

頭痛のときとはまた違う、ぞわりとした寒気がする。



「あら、浜面じゃないですか・・超のこのこと私の前に姿を現すということは、覚悟はできてるんですかね?」


「・・上等だ、その余裕たっぷりの可愛いお顔を泣きっ面にしてやるよ」



ぶっちゃけ勝算の一つもないが、目をつけられた以上は迎え撃つのが当たり前。

スキルアウト時代に培われた、彼のなにくそ魂に火がついた瞬間である。

頭痛や身体の気だるさはあるものの、それに構わない彼の頑丈さ。
16 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:24:07.53 ID:lC5NvTU0


「ふん、この俺を敵に回すことがどれだけ恐ろしいかっへぶぅぅッ!?」



格好良く台詞を言い放っていた途中で、背中にガチガチの雪玉を受けてしまう浜面。

振り向くと、そこにはニコニコした滝壺が数個の雪玉を抱えたまま立っていた。



「・・戦地で敵に背を向けちゃいけないんだよ、はまづら」


「いや、それはいくらなんでも理不尽過ぎると思うんだが・・」



ウオオォォォォォォッ!と滝壺から逃走する浜面。

走った方向にも絹旗が居るため、挟み撃ちにされた状況になってしまう。

飛び込むように真横に跳躍し、ずしゃあっと雪の上に滑り込んで、投げられた雪玉たちを避けた。

こうなった以上は命懸けだ、相手は可愛い顔した鬼畜二人。



「(そうだ、フレンダを味方につければ・・っ!)」



振り向いた先には、鼻水を垂らしながらガチガチと震え、しゃがみ込んでいるフレンダの姿。

完全に戦意喪失、機能停止に陥っている。

数分前の威勢の良い彼女は本当に何処へ飛んで行ってしまったのか。
17 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:25:27.27 ID:lC5NvTU0


「く、くそ・・結局、あの化け物二人を一人で相手しなければならないのかっ!」



こちらが一人である以上、撹乱しながら一人ずつ確実に仕留めていく戦法を取る。

相手は的が小さいわ、機動力はあるわの有利っぷり。

というか滝壺はともかく、絹旗はどうやって倒せば良いのだろうか。

そもそも何をすれば、彼女の固められた窒素を突破できるのか。

考えれば考えるほど頭痛が酷くなるが、こうしている間にも相手は着々と雪玉を補充しているはずだ。



「(心苦しいが・・まずは滝壺だっ!)」



バッと車の陰から飛び出し、滝壺が居た場所へ特攻する。

が、飛び出した瞬間、それが文字通り<特攻>であることが分かった。



「あら、わざわざ私を倒しに来るとは・・てっきり滝壺さんからかと思っていたんですけどねぇ」


「なぁッ!?」



浜面が特攻した先に待っていたのは雪の女王、絹旗最愛。

彼が作戦を練っていた間、彼女らは雪玉を作っていたのではなく、互いの位置を入れ替えていたらしい。

頭が痛い。
18 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:26:24.63 ID:lC5NvTU0


「く、くそっ、ここは一旦・・、おぅわッ!!?」



キキーッと急ブレーキをかけて、再び車の陰に引き返そうとするも、滑ってその場に尻餅をついてしまう。

大量に持っていた雪玉もその場に散乱してしまった。

サク、サクッとシャーベットにスプーンを差し入れるような足音が聞こえる。

真っ青な顔をした彼の目の前に立つのは、帝王、絹旗。

まるで、その姿は『獅子を狩る兎』である。



「チェックメイトですね、浜面」



妖艶に口角を上げる絹旗。

それにつられて浜面もニヤける。



「・・・優しく、してくれよな」


「超・キ・モ・い・で・す」


「・・う、うおおわわはあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!!??」



首を締められた鶏のような甲高い声をあげる浜面。

それも無理はなく、絹旗が手に持っていたありったけの雪玉を彼の背中へ注入していたのだ。

冷たさマックスのそれは激流のように流れ込み、彼の身体を一瞬で冷やす。

激しく手足をバタつかせるも、絹旗に首元をガッツリと掴まれているため、無駄な抵抗だった。
19 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:27:33.00 ID:lC5NvTU0


「あ、がっ・・!」


「さすが、浜面ですね、悶え方も超キモいです」



低体温症一歩手前の浜面はガクッとうなだれた。

勝ち誇った絹旗は部屋へ戻ろうと、敗戦者に背を向け、悠々と歩き出す。

滝壺もそのあとをひょこひょことついて行く。

そのとき、完全に打ち砕かれたと思われた少年がゆらりと立ち上がった。



「ハァ、ハァ・・・まだ勝負は終わってねぇのに背を向けるとは愚かだな、絹旗ぁっ!」


「!」



いつの間にか作られていたガチガチの雪玉が、絹旗に向けて勢いよく放られる。

バシャァァン!とわずかに水しぶきをあげたそれは顔面にぶつかった。



「・・・・」


「あれ?」



いつの間にか降りてきていた、麦野の顔面に。
20 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:28:46.33 ID:lC5NvTU0

絹旗の顔面を狙ったはずだったのだが、僅かに上に逸れ、ちょうど彼女の顔にぶち当たったらしい。



「あら、何だかんだ言って麦野も雪合戦やりたかったんですか」


「いや、別にそのつもりはなかったんだけどね・・」



咄嗟の判断で屈んでいた絹旗も、彼女の不機嫌さは見てとれたらしい。

それもそのはず、せっかく完璧にしたはずの麦野の化粧は一撃で台無しになってしまっていたからだ。

足元の雪を一掴みし、ギュッギュと念入りに力を込めて、雪玉を硬くする。

彼女の口元には微かな、本当に微かな笑みが浮かんでいた。



「・・ちょうど今、やりたくなったところだわ」


「ま、待て、麦野・・話せば、うっ・・あ?」



そのとき、浜面の足取りがフラついた。

頭が不自然に揺れ、視界が大きく歪む。
21 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/29(木) 22:29:56.42 ID:8hchBA.0
ktkr
22 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:30:36.28 ID:lC5NvTU0


「問答無用だッ、この浜面がァァァッ!!!」



その一方でメジャーリーガーもびっくりの素晴らしい足の上げ方をした投球フォームで、

彼女の高身長を生かした角度で投げ下ろされた雪玉は、磁力で引かれ合うように浜面の顔面に直撃した。

柔な人間であれば、卒倒するレベルの威力である。

そして、その柔な浜面は力なく雪原に倒れこみ、大きな跡をつけた。



「ふん、ざまあみろっての」



鼻息荒く、決め台詞を吐き捨てる麦野。

そして、「何すんだよ、痛ぇな・・」とケロリとした顔で立ち上がる浜面の姿が

・・・なかった。

それどころか、ピクリとも動こうとしない、明らかにおかしかった。



「あれ、死んじゃいましたか」


「え、ちょっ、そんな強く投げてないわよ、私!?」


「いや、かなりの勢いだと思いましたけど・・」



あたふたする麦野を横に、心配になった滝壺が倒れた浜面の元へ足早に駆け寄る。

すると、彼女の表情が段々と曇っていくのが見えた。
23 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:36:33.56 ID:lC5NvTU0


「むぎの、きぬはたっ!」



いつもは大人しく、寡黙な滝壺が張り裂けるような声で叫んだ。

麦野と絹旗も尋常ではない彼女の様子に、思わずハッと視線を向ける。



「はまづら、すごい熱だよっ・・!」


「え・・?」



麦野は滑りそうになりながらも慌てて駆け寄り、絹旗もそれを追う。

そして、雪に埋もれたままの浜面のおでこにそっと手を当てた。



「ね、熱って・・・ちょ、何これ、すごい熱さじゃないっ!」



少し触れただけにもかかわらず、麦野が悲鳴をあげる。

恐らく、三十八度は優に超えているだろうと判断した。

彼の表情はいつも見せてくれる元気なものとは程遠い、そんな苦しげな表情だった。

やがて、何かを訴えかけるように、彼は閉じていた目を開く。
24 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:38:30.63 ID:lC5NvTU0


「わ、りぃ・・何か、朝から調子悪くてよ・・今も、ちょっと頭が・・」


「良いから口閉じてなさいっ!」



いつになく強い口調で麦野が言い放った。

それを素直に受け取った浜面は口を閉じ、ゆっくりと目も閉じる。

彼の呼吸は不自然に深く、この寒さにもかかわらず、頬には汗も垂れていた。

見た目以上に余裕がないのが、素人目で見てもよく分かる。

このまま冷たい雪の中に寝させていくわけにもいかないので、

絹旗が浜面を背負い、マンションの階段下にあった灰色のベンチに座らせる。

変わらず、彼の顔色は芳しくない、健康だけが取り得と思われていた彼の弱りきった姿。

彼への負担の重さが顕著に現れてしまっている。

失ってしまってから分かる、その大切さと言ったところだろうか。

彼へ頼り切ってしまう姿勢が当たり前になり過ぎて、彼のことを労わっていなかった。

そして、その疲労が今になって津波のように、彼の身体に押し寄せたのだろう。

しかし、そんなことを考えていたところで、彼の調子が良くなるはずもない。
25 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:40:06.40 ID:lC5NvTU0


「(体調悪いって言ってたのに、私が浜面に無理やり外に行くように言ったから・・)」


「(私が親の仇でも討ち取るかのように、浜面の背中に雪を超流し込んだから・・)」


「(私がはまづらを・・あれ、私何かしたっけ・・)」



抜け殻のようにベンチにもたれかかる浜面を囲むように立つ三人。

麦野が手をわなわなさせながら、絹旗に囁く。



「<ど、どどどど、どうしよう、絹旗っ! 私が浜面を熱で風邪が倒れて雪玉がっ・・!?>」


「<良いから落ち着いてください、麦野。はい、深呼吸して・・>」



任務のときは冷静沈着な割に、こういう不測の事態には弱いリーダー。

その熱を冷ましてやるのが絹旗の仕事である。

その大きな胸を無意識に見せびらかすように反らせ、深く深く深呼吸をする麦野。

舞い散る雪を少し吸い込んでゴホゴホとむせていたが、やっと落ち着いたのか、キリッとした表情で口を開く。
26 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:41:04.22 ID:lC5NvTU0


「よ、よし・・とりあえず、タクシー捕まえて、私が浜面を病院に連れていくわ」


「分かりました、私は部屋を暖めておいて、帰ってきた浜面がいつでも横になれるように・・、」


「いや、ちょっと待って・・あの部屋にはベッドがないし、浜面が安静に寝られる状況じゃないわ。

 確か、ここからちょっと離れた場所・・、第七学区、えーと、

 セブンスミストがある通りにもう一つ隠れ家があったでしょ、そこに集合ってことで」



豊富な経済力の「アイテム」の隠れ家は無数にある。

その場その場でホテルを一泊取ったりもするが、常駐できる隠れ家も学園都市の中にはいくつか点在している。

麦野が指定した場所は、居心地が悪くなるほど綺麗に整理されていて、

ベッドがなく、ゴミが散らかりっぱなしの今の部屋よりはかなりマシなはずだ。



「分かった、私たちは何をすれば良いの・・?」


「そうね・・とりあえず浜面が食べられるような食事を作らなきゃいけないから、食材の買出し。

あと、集合場所の隠れ家を、ある程度掃除しておかなきゃいけないわね・・」


「じゃあ、私が買出しに行くよっ」


「・・フレンダ、アンタは缶詰を補給したいだけなんじゃないの」


「し、失礼な・・そ、そんなこと、あるはずないよ」



いつの間にか冬眠から復活していたフレンダにいちゃもんをつける麦野。

しかし、うだうだ言っている暇もないので、買出し係は彼女に決定だ。
27 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:42:23.71 ID:lC5NvTU0


「フレンダだけでは超不安なので、私もついていきますかね」


「分かったわ、部屋の方は滝壺一人になっちゃうけど、大丈夫?」


「うん、任せて・・はまづらのためだもん」



間髪入れず、滝壺は頷いた。

浜面のためならその身をいくらでも削る覚悟はできている・・とまでは言わないだろうが、

彼女ならそれくらい平気でしてしまいそうだから怖い。

というか買出しのフレンダよりも、滝壺を一人にすることの方が危うい気もするが。



「とりあえず、絹旗たちはここの隠れ家をある程度片付けておいて、鍵閉めておきなさい、

 滝壺には・・はい、これ、あっちの部屋の鍵を渡しておくわ、気をつけて行きなさいよ」


「うん、むぎのたちも気をつけて・・」



しっかりとその手に部屋の鍵を受け取る滝壺。

一方で、ちゃっかり浜面と二人きりになる権利を掴み取った麦野だったが、

さすがに今回ばかりはそんなやましいことを考える余裕はなかったようだ。

自分と浜面を病院に連れて行くためのタクシーを呼ぶため、携帯を取り出す。

あと、滝壺が移動先の隠れ家に行くのにもタクシーは必要だろう。

ちなみに、絹旗とフレンダは買出し+隠れ家移動のための準備をしに、既に部屋に戻っていた。
28 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:43:31.87 ID:lC5NvTU0


「大丈夫だよ、はまづら、むぎのがすぐに病院に連れて行ってくれるからね」



滝壺は浜面に声をかけながら、持っていたハンカチで彼の汗を拭ってあげている。

彼女の気遣いに薄く笑みを浮かべていた浜面だったが、目までは笑っていなかった。

滝壺が歯を食いしばる、それは、自分が彼に付き添ってやりたい気持ちの表れだった。

しかし、下手にここで異議を唱えて麦野と衝突するのも良くないと判断したのだろう。

そんな二人の姿を視界に入れながら、麦野はタクシーを呼ぶ。

あまりにも相手が鈍臭く応対するため、怒鳴るような口調で話してしまっていた。

一刻も早く、彼を病院に連れて行ってあげなければならないから。



「はあ・・」



焦燥と緊張が白い吐息となって漏れた。

ふと、空を見上げる。

麦野の心中を映したような灰色の一面から、彼女の不安を包み込むような白い雪が降り続いていた。

それは依然として、止む気配はない。




29 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/04/29(木) 22:47:26.73 ID:lC5NvTU0


導入ということでここまで、今回はこんなお話です。

今回は一作目と同様に適当にわんさかやるコンセプトになっています。


ゴールデンウィーク中にあと一、二回、投下できれば良いかなと。

では、おやすみなさい。
30 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/29(木) 22:50:53.29 ID:eeBJe2DO
乙!
31 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/29(木) 22:55:06.56 ID:JdhYBA.0
超超乙
風邪の看病とかわくわくが止まらない
32 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/29(木) 23:16:37.43 ID:Y.W8tkAO
結局、乙ってな訳よ

またバニーさんが現れるのか……ゴクリ
33 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/29(木) 23:57:01.43 ID:JFTnY.AO
乙!
34 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/30(金) 03:21:49.08 ID:10DbesQo
乙ー
しばらく書き溜めるのかなと思ってたが復活早いな
応援してる
35 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/30(金) 06:19:42.34 ID:K9fzOZ20
冬かー。2作目までは夏だった気がするから大分経過してるな
36 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/30(金) 08:15:00.22 ID:Sk1utkDO


安定してるな
37 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/30(金) 15:33:19.88 ID:eYJ96sDO
38 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/04/30(金) 17:59:02.15 ID:9Bs.PMoo
  /: : : : : /: : : : : : :./: : /: : : /:;イ: : : : : : : : : : : :.!
  |: : : : :/: : : : : : :./: /: : :_:彡 '"/: :/: : : : : : :.|: : : !
  |: : : : :| : : : : : :/,斗-‐ "\  /: :.! : : : : : : :|: : : |
  |: : l: : |: : : : : : /,,ィ==ミ、  \ i!:/:|: |: : |: :.| : |: : : !
  |: : |i! :| : : : /:/.{ ハ;;;ヒ. ヾヽ  `|:|: |!: !: :.!: :i: :/ : : i
  |: /.|!: | : : : :/ \;ソ 〃   |'|:.|.{: i :.i: :.!:/: : :j
  |/: :|!: |: :/:./             |:| ヽ乂: :.!': : : :/     
 ,从/:i| :|: |:/           ,ィ;r‐ォ .〉:|: :|: : : /
ヽ .// |:/|: !:!          ,イツ,/ィ:乂从: :./
::::.}  |' .|:.|:!            〉 ` /: : : : :/:./      超乙です。
:::::|  / .|;|:| ヽ  r "~>     ∧: : : ://::/
:::::|   /ハi:::::|ヽ、__  _  イ: : : :/,/ " 
:::::|ヽ  -‐/::::::|  ヽ  |: /: : /: :./
::l::|ミ、__ ,ノ:::::::/ |  ! |/: : /"´
::l::ト  -‐!:::::/ /,  | | レ'
::l::|   i!:::/ 〃   |        r.、     /)
::l::|   /:://-   |         | .|     //./)
::l:i  /::::|!     ノ|         / '、,,_/.///
::li /:::::i |― ‐ ' ~ イ      /   !  `'_ィ'____
:::レ'::::::::::! ゝ―‐ ~  |      |    ハ.   ,.―― '゛
r‐'::::::::::i!  |     |     人  /  { _`ニニニァ
:/::::::::::/   |     |    /   、     /
::::::::/     |     |.  /    /  ̄
:::::/     |     |/    /
39 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/01(土) 04:28:07.34 ID:OVB.YGgo
                         ,. -‐==、、
              ,. ===、、 o   ○o.  i       :::ト、
            _,/      `ヾ´´`ヽ、 ゚ .l       :::ト、\イヤッッホォォォオオォオウ!
            //      .::::/  :::::!===l      :::|ス. ',
             /./       .::::/   ::::l    |  __ ..... _::::|} ヽ l-、 
.           ,ィク ,'..__    .::::/    ::::l    :l '´    `)'`ヽ ヾ;\
       /::{゙ ヽ、 ``丶、;/‐‐- 、::::l     `'::┬‐--<_   } ./;:::::\
     /::::::::!   ,>---‐'゙ー- ...__)イ ,. -‐‐-、ト、   |l::ヽ /;';';';';::::\  
.     /|::::::;';';'\/} (ヽ、  _/|   (´    _,.ィ!::ヽ.  ヾー'´;';';';';';';';';:: /ヽ
40 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/02(日) 11:46:57.02 ID:MeDXV1I0
ヒャッハー!!
続きだぁ!!
41 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/02(日) 18:09:55.13 ID:J9yBb.AO
前スレ>>31
禿同
42 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/02(日) 20:25:52.19 ID:YBk97wDO
「アイテム」スレ増えたなー
ここも含め、どれも味がある…
43 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/02(日) 22:09:48.78 ID:8plvegDO
麦のんが好きすぎてなんで自分が三次元にいるのか解らなくなって泣いちゃった
44 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 11:38:44.40 ID:GiaEjZ20
>>43
二次元行っても・・・
45 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 12:51:25.71 ID:0In/DwDO
>>44
麦のんを遠くから見つめていられるだけで良いんだ
46 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/03(月) 20:41:49.77 ID:vPZLPeI0
>>45
敵に尾行されてると勘違いされて
原子崩しに撃たれて殺されるな
47 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 21:15:43.57 ID:0In/DwDO
>>46
麦のんの原子崩しで[ピーーー]るなら本望だ
48 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 21:40:45.33 ID:LIN1qXA0
なんて奴だ・・・
49 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 21:58:27.32 ID:jldDejwo
せめて死ぬときぐらいは麦のんの胸の中で死にたい
50 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:10:38.54 ID:Jm2wa0s0

おばんです。

早速、投下します。
51 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:11:48.54 ID:Jm2wa0s0

―――――



「・・着いた」



滝壺が立っているのは、第七学区、二つ目の「アイテム」隠れ家の前だ。

今日一番の寒さになるとタクシー内のラジオで聞かされていた通り、吐く息は相変わらず白い。

そこで、タクシーの運転手から声をかけられ、代金を払っていないことに気付く。

そこそこの金額になっていたのだが、高給取りの彼女にとってはポンと出せるレベルだ。

運転手から見れば、高校生くらいの女の子がタクシーで高級マンションに乗りつけることは不思議で仕方ないだろう。

運転手は目を丸くしながらも、代金を受け取ると、「寒いから、風邪ひかないようにな」と声をかけ、アクセルを踏み込む。



「・・・」



無言で頷いただけの滝壺は、振り返り、久しぶりに訪れた隠れ家を見上げた。

前の隠れ家とは違い、茶色のレンガ造りで少し洋風な雰囲気の漂う高級マンション。

階数も前の倍以上はあるだろう、ずっと見上げていると首を痛めてしまいそうだった。



「・・寒いな」



この劣悪な環境の中、今も浜面は熱に苦しめられている、彼の辛そうな表情が脳裏に浮かんだ。

そんな彼が病院から戻ってきて、すぐに寝られるような状態に部屋を仕上げることが彼女の任務である。

足元を見ると、靴が雪に少し沈み込んでおり、数センチは積もっているのが分かった。

よりにもよってこんな寒い日に倒れてしまうなんて、少し浜面が可哀想に思えてくる。

むしろ、体調が悪いのに、こんな寒い日に外に出たのが(出されたのが)、そもそもの間違いだったのかもしれないが。
52 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 22:13:00.78 ID:WGwF0KQo
きたー
53 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 22:13:04.42 ID:px5uDfA0
キタ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!
54 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:14:45.41 ID:Jm2wa0s0


「ん・・ボーッとしてる暇なんてないよね」



いつだか浜面が編んでくれた白いもこもこの手袋をしながら、グッとガッツポーズをする。

とりあえず、外の寒さから逃げるようにマンションの自動ドアをくぐり、

すぐ前方にあったエレベーターに足早に入ると、すかさず10のボタンを押す。

暗部組織の隠れ家である以上、いつあるか分からない敵襲に備えて、

なるべく低い位置に本拠地を陣取るのが常識なのではないだろうか、と疑問に思ったりした。

点滅するライトが徐々に10に近づいていき、チーンと音と共に10階へ着く、



「!」



・・はずだったが、滝壺の逸る気持ちをあざ笑うかのように、7階で止まってしまう。

ドアが開き、ゆっくりと入ってきたのは一人の女の子。



「あ・・」



その姿を見て、滝壺は思わず声をあげてしまった。

美しくすぎるほどに黒く、長い髪の毛を持った少女。

どこかで見たことのあるような、ないような、濃い緑と白の平凡な制服を着ている、高校生だろう。

胸には、普通の女の子には不釣合いな銀のクロスが輝いていた。
55 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 22:16:11.78 ID:GzhGnjw0
きてるー!
56 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:17:08.70 ID:Jm2wa0s0


「ご機嫌よう」


「・・こんにちは」



初対面にもかかわらず、その少女がいきなり話しかけてきたため、滝壺は内心慌てて挨拶を返した。

なぜ、彼女が目を丸くしたかというと、その掴みどころのない雰囲気というか、醸し出す空気感が自分と瓜二つだったことからだ。

パッツンの黒髪はもちろん、どことなくトロンとした半開きに近い瞳に、気だるげな振る舞い。

よく見ると顔のパーツは微妙に違うし、身長差もあるので、声に出して驚くほどのことでもなかったのだが。



「(どこかで会ったのかな・・)」



この少女、よく見るとかなりの美少女で制服の上からでもその胸の大きさが視認できるほどのスタイル。

麦野ほどではないが、滝壺よりはあるし、女子高生の平均以上ではないだろうか。

第一印象としては、性格も良さそうに見える。

欠点らしい欠点といえば、何となく(救われないくらい)影が薄い印象があることくらいだ。
57 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 22:17:44.55 ID:jjXs7Tk0
きてたー!!
58 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:18:21.94 ID:Jm2wa0s0


「今。貴方。私のことを影が薄いと思ったね」


「え、いえ、そんなこと・・」



見た目似たもの同士?の二人を乗せたまま、エレベーターはゆっくりと上階へ。

長いようで短かったエレベーターの旅、やっとの思いで10階に辿り着き、ドアが開く。

ようやく、何とも言えない空間から解放されたと滝壺は胸を撫で下ろし、歩み出た。

しかし、



「友達に呼ばれてこのマンションに来たんだけれど。迷ってしまった」


「!?」



その正体不明の美少女は、滝壺の後ろにピタリとくっついていた。

相手も自分と同じくらいの年齢の女の子とはいえ、多少の恐怖感を抱かざるを得ない。

自分よりやや身長が高いせいなのか、はたまたその理解不能な行動のせいか。

どう考えても、後者が原因であるのは火を見るよりも明らかなことだ。



「・・お知り合い?」



ゆっくりと振り返り、たどたどしく、恐る恐る聞いてみる。

その少女はジロリと滝壺に視線を向けると、真っ直ぐな唇を静かに割った。
59 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:22:10.29 ID:Jm2wa0s0


「いや。私と貴方は初対面。私は貴方の名前を知らないし。貴方も私の名前を知らないはず」


「・・ですよね」



だったら、どうして自分の後をついてくるのかとおデコを人差し指ですごい勢いでコツンコツンしながら、

問い詰めてやりたいところだが、滝壺はそんな容赦のない子ではない。

何にせよ、相手は会ったことのないタイプの人間だ。

口数が少なく、大人しい滝壺だが、とりあえず、この少女に対しては強気に攻めてみる。



「えっと・・私もここには友達に誘われて来たから、このマンションについては全然知らなくて・・」


「心配いらない。貴方も私も。これから知っていけば良い。このマンションのことも。お互いのことも」


「(お互いの、こと・・?)」



強引かつ丁寧にこの場を切り上げようと謙ってみたが、この少女にはまったく効果がない。

もしかして、フレンダと同じ性癖(同性愛)の人だろうかと思うと同時に何となく身の危険も感じる。

流れに身を任せて歩いていたせいか、いつの間にか隠れ家の部屋の前に着いてしまっていた。

そこは、上層部が「アイテム」のために常に空き部屋にさせており、

滝壺たちも何度か利用したことがあったのだが、あまりにも綺麗すぎるために敬遠していた部屋だ。

と、いうかリーダーである麦野が「居心地が悪い」と言い始めたためである。

そんな大事な隠れ家の場所が一般人に知られてしまうとは、失態にも程があるレベル。
60 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:25:14.93 ID:Jm2wa0s0


「あの・・」


「わざわざお茶まで出してくれるなんて。ありがたい」



すっかり上がりこんでくる気満々である・・大丈夫だろうか。

だが、不思議なことに、この少女からは学園都市の暗部的な危険は感じなかった。

最初はスパイか何かかと勘違いしていたが、どうもその手の者でもないらしい。

どこかポケーッとしているし、スイセンとかキクの花畑に囲まれているのが似合うイメージ。



「(何だかよく分からないけど・・良い人?)」



カチャリと鍵を開け、鈍く光るドアノブを回し、中へ入ると、予想していたような埃臭い匂いはしなかった。

下部組織によって、ときどき掃除されていたのだろうか、

と思ったが、代わりに妙な生臭さが充満していたのが分かった。

部屋の中は前に利用したときと同じままで、汚らしいゴミが散らかっている。

今日まで利用していた隠れ家ほどではないが、病人を静養させるような環境ではないことは確かだ。

使い終わった化粧品の容器、読み終えた映画雑誌、空の缶詰、未開封の通販のダンボールなどなど。

こんなところに引越ししようと言い出した麦野の気がしれない。

しかし、内観は前の隠れ家よりは断然広く、壁や天井も真っ白で住み心地は良さそうだ。

何日も住んでいると麦野のようにアレルギー症状が出る人も居るとはいえ。
61 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 22:25:24.21 ID:Yi7y7m.o
まさかの姫神
SSで見かけるのすごい久々な気がするなwwww
62 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:29:00.78 ID:Jm2wa0s0


「・・・」


「すごいゴミ。足の踏み場もない」



間取りは前の隠れ家と似たようなものだったが、こちらの方が広い。

上に吊るされている照明はお洒落なインテリア、といったデザイン。

窓際には、前の隠れ家にもあったような観葉植物が佇んでいる。

南国に生えていそうな植物で何やら名前の分からない実がついていた。

さらに、壁際には四人は寝られるのではないかと思えるほどの大きな真っ白のベッドがあった。

「アイテム」の四人がこの隠れ家を利用しているときは、このベッドを使っている(浜面はもちろん、床寝)。

少し埃を被っているが、横は絹旗の身長くらいあるのではないかというくらいの巨大な液晶テレビも置かれている。

普通に生活するには、何一つ不自由のない環境である。



「ありがとう。美味しいコーヒーを」


「え・・」



ふと見ると、謎の美少女が冷蔵庫に入れてあった缶コーヒーを勝手に飲んでいた。

いつ買ったものかは忘れたが、賞味期限は大丈夫だろうか。

まぁ、美味しそうに飲んでいるので心配はなさそうだ。

それに構っている場合でもない。
63 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:35:41.74 ID:Jm2wa0s0


「うーん・・」



やはり、絹旗辺りに手伝ってもらった方が良いかもしれない。

彼女は能力のおかげで力持ち設定、小さな身体でありながら、滝壺よりも能率良く動くことが出来るだろう。

それでも、ここを請け負った以上はやるしかない。

浜面たちがいつ帰ってくるかも分からないのだ、迅速な整理整頓が望まれる。



「掃除しなくて良いの。この部屋」


「うん、これからするつもりなんだけれど、すごい手間がかかりそうだよね・・」


「ふむ」



唸った少女が自分の胸元へズイッと手を突っ込んだので、びっくりした滝壺が思わず目を向ける。

何が出てくるのか。

まず、棒のようなものがはみ出す。

一瞬、武器か何かに見えたので、少し身構えたが、どうも雰囲気が違う。

ただの木の棒のように見える。

というか、なぜ、そんなものが服の中から出てくるのか。

次に、何やら赤いものが徐々に見えてきた。

やけに目立つ、真っ赤な色。

血に染まった何かかと思ったので、また少し身構えたが、やはり雰囲気が違う。

褌のようにも見える。

そして、姿を現したのは、

――――何の変哲もない赤い布のはたきだった。
64 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:37:04.20 ID:Jm2wa0s0


「え・・」


「任せて。掃除は得意」


「でも・・」


「一飯の恩は必ず返す。それが姫神家の家訓」



一飯というか一飲みしただけである、勝手に人の家の冷蔵庫を開けて。

滝壺の制止を振り切り、勝手に食器棚やら何やら、家具をはたきで掃除し始める少女。

てきぱきとした手振りなので、戦力にはなりそう・・なのだが。



「あ、あの・・」


「任せて」



キリッとした表情を向けてくる謎の黒髪美少女。

また、無言状態に戻り、淡々と埃をはたいている。


掃除云々の前に、お前はどこの誰なんだと問いたい滝壺であった。


65 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:39:08.40 ID:Jm2wa0s0


―――――



場所は変わって、第七学区、とあるセブンスミスト近くの大人気デパート。

夏に浜面が入院した際に、彼のお見舞いパーティの材料の買出しに来たところだ。

雪まみれのフードをポイと脱ぐ絹旗、愕然と口を開けているフレンダ。

土曜日の昼前なだけあって、老若男女、見渡す限り人、人、人、かなりの混雑っぷりである。



「あちゃー・・雪だって言うのに何でこんなに人が多い訳よ」



その大半が学生なのは、第七学区特有の現象か。

そんな人だかりを前にして、デパートの入り口に立ち尽くしている二人。

背の小さな絹旗などは、少し目を離すとすぐ迷子になってしまいそうである。



「ふむん、来たは良いですが、何を買えば良いんでしょうか・・」


「うーん、結局、風邪には果物とかネギが良いってよく聞くけどー?」



風邪をひいたときにかかわらず、病気にかかった場合は睡眠、栄養・水分補給は必須だ。

特に栄養補給に関しては敏感に対応しなければならない。

病人である浜面はそれほど食欲があるようには思えないし、彼の好みの問題もある。

彼の体調を考えつつ、彼の好みにも合うような料理をつくる必要があるのだ。

その点、彼を好いている麦野や滝壺の方が詳しかったかもしれない。
66 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:41:48.61 ID:Jm2wa0s0


「大体、料理を作るって言ったって、誰が作るつもりなんでしょうか・・」


「・・麦野じゃない?」



計画されていたかのように、二人の口から大きな溜め息が出てしまう。

麦野が先陣切って料理を作り始めると即座に死屍累々になるのがこの世の理であることを二人は知っているからだ。

砂糖と塩を間違えるなんて生温い、普通の人間には想像できないことを平然とやってのける。

おまけに、失敗したという自覚がないのが彼女の怖いところ。

いつかのマフィン作りを思い出し、フレンダは頭がズキズキと痛くなる。



「(まぁ、そんな麦野も可愛いんだけど・・)」



絹旗が入り口横に積まれていた赤色の買い物籠を一つ取ってきた。

腕に籠を抱えるその姿は、はじめてのお買いもの状態である。



「(これでツンケンしてなければ可愛いんだけどなー・・絹旗も)」



今日の絹旗はいつものふわふわのピンクセーターから着替えており、

雪の中でよく映える、真っ白なフードつきパーカに身を包んでいた。

それに引き換え、ズボンは灰色で地味なものだが、素材を見る限りは温かそうだ。

コンコン、と茶のブーツ底についた雪を落としたながら、フレンダをギラリと睨み付ける。

身体を刺すようなガンつけを喰らい、快感とも恐怖とも言えない鳥肌がたつ。
67 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:45:28.86 ID:Jm2wa0s0


「(いや・・ツンケンしてるから可愛いのかっ・・!)」



フレンダが、新たな属性を身につけた瞬間だった。

まぁ、大抵の男であれば、小さい頃から女として整った子を見ると、将来が楽しみになるものだ(ロリコンを除く)。

フレンダとしては、絹旗には背、胸ともにそれほど成長しないで、そのままの姿で居てほしいという願望を抱いていたりする。



「何ですか、人のことを超ジロジロと・・」


「なんでもないよ〜ん♪」


「・・最近、フレンダの麦野へのアプローチが大胆すぎて、私ですら身の危険を感じますね」


「失礼ね、私は麦野一筋なんだから・・絹旗みたいなお子ちゃまなんか興味ない訳よ」



絹旗の言葉(正論)にムッとするフレンダ。

そして、さらにそれにムッとする絹旗。



「お子ちゃま、お子ちゃま言ってますけど、胸の大きさは超どっこいどっこいだと思いますよ?」


「・・はは、結局、何をまた世迷言を言っちゃってるのかなー、この子は」



絹旗は私よりも貧乳じゃないのよ、と胸を張り、お手上げという風にフレンダは両手をあげる。

すると、その片方の手を絹旗がグイッと掴んだ。

さらに、自分のパーカのチャックを下げ、その掴んだフレンダの手を自分の胸へギュッと押し当てる。

温かな、それでいて、本当に微かだが、とある感触がフレンダに伝わってきた。
68 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:47:01.35 ID:Jm2wa0s0


「ちょ、何・・絹旗?」


「・・・」



その後、その手をフレンダ自身の胸へ。

・・何も伝わってこない。

柔らかな感触すら。



「・・あれ?」


「分かってくれましたか、自分の置かれている立場を」


「・・いや、アレでしょ、パットか何か入れてるんでしょ?」


「この歳でそんなもの使うわけないでしょう・・現実から目を逸らしていては成長しませんよ、フレンダ」



無常にも順位というものは明確につけられるものだ。

悲しいかな競争社会。

絹旗のバストを上位に、フレンダのバストを下位に。

所詮、麦野に鼻で笑われるような最底辺争いだが。
69 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:48:56.72 ID:Jm2wa0s0


「私が貧なら、フレンダのは無ですね・・それも、超がつくほどの」


「う、うぐぐっ・・!」



歯軋りしながら、メラメラと闘志を燃やすフレンダ。

二人の年齢差は三、四歳程度あるはずだが、それでも、彼女の方がペッタンコだった。

絹旗のものが緩やかな小山を作る砂丘なら、フレンダのものは果てなく横一線の地平線である。



「うるさいうるさいっ! 麦野に揉んでもらって成長させるんだからっ!!」


「揉むも何も、揉むものがハナっからないって言ってるんじゃないですか」


「ぐぐぅ・・・結局、それでも感度は私の方が良い訳よっ!」


「な、なに、超小っ恥ずかしいこと口走ってるんですかっ!?」


「もうっ、絹旗のブツを今ここで見せてみろっ、鑑定してやるんだからーっ!!!」


「ちょ、何をすっ・・んきゃあああぁぁぁぁっ!!??」



デパートの入り口でてんやわんやの取っ組み合いを始める少女二人。

ただでさえ人が多いというのに、これでは注目の的になってしまう。

忘れがちだが、彼女たちは表の世界で決して目立ってはいけない暗部組織の一員である。

・・これでも。

そして、フレンダが絹旗にガバァッと飛びかかろうとした瞬間、彼女の身体が宙に浮いた。
70 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:51:34.60 ID:Jm2wa0s0


何者かに首根っこを掴まれてしまっているらしい。

その何者か、学ランを着た、黒髪ツンツン頭の少年が呆れたような口調で言葉を発した。



「はーいはい、そこまでにしようなー、喧嘩するほど仲が良いっていうけど、そういうのは別の場所でやってくれなー」


「ああっ! アンタ、いつかのっ・・・・何て言ったっけ、名前?」



見覚えのある顔だった。

あれは浜面の退院祝いのパーティ用の食材を買いに来たときのこと。

健康ランドの大食い大会で顔を合わせたことがあるからと、

少年がフレンダに声をかけたのがちゃんとしたファーストコンタクトだった。

何をするわけでもなく、他愛のない会話をするだけに終わったのだが。



「ん・・あれ、何処かで会ったっけか?」


「んなっ・・こんな美少女のことを忘れるなんて、何てトンチンカン野郎なのっ・・!」


「そっちだって俺の名前忘れてるんじゃないのかよ・・」



上条だよ、と呆れたように自己紹介し、捕獲された宇宙人のようにプラプラしているフレンダを、仕方なく降ろしてやる。

一件落着かと思えば、彼の後ろから、さらに何やら騒がしい少女が近づいてきていた。
71 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:55:33.65 ID:Jm2wa0s0


「とうまー、とうまー! 今日のお昼ご飯はお肉が良いんだよーっ!

たまには、身体に悪いものを思う存分食べてみたいかもーっ!!」


「イ、インデックスさん・・公共の場ではもう少し静かにしていただけますか・・

っていうか、いつも身体に悪いものしか食べてねぇだろーがっ」



小柄な身体でズンズンと突き進んできたのは、インデックスと呼ばれた、銀長髪を振り乱す、白い装束に身を包んだシスター。

見覚えのあるその姿に、絹旗とフレンダはげんなりしていた。

いつかの大食い大会で圧倒的大差をつけられて敗れた相手だからである。

可愛い顔をしているが、富豪の一人や二人くらいは一日で破産させることができる能力を持っている。



「あ、あの子は・・」


「あああぁぁぁぁぁっ、貴方はあの時の万引きの子かもーっ!!!!」



インデックスが絹旗に叫んだ瞬間、周りの客がジロリと四人の方に視線を向ける。

万引きなんて言葉を発したのだから、そうなることは至極当然なのだが。



「ちょ、ちょちょ、インデックスさんっ、三分で良いんでその口を閉じてもらえますかっ!?」


「だ、だって、この子っも、もがが゛もぐごぉぅっ!?」



あたふたしながら、インデックスの口を抑えにいく上条。

むしろ、その行動の方が怪しまれるような気もする。

彼の手すら食べてしまいそうな勢いの銀髪シスター。

シスターさんと言うのは、本来、清純で、神に仕える者としていつも謙虚な姿勢を忘れない職業ではないのだろうか。
72 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 22:58:10.50 ID:Jm2wa0s0


「相変わらず超やかましい子ですね・・あと、あのときのアレは万引きしたのではなく、

 貴方とお菓子袋を引っ張り合ったら、偶然に中身が飛び出てしまったんですよ、貴方も超共犯です」


「な、何を筋の通らないことを言ってるのかな・・っていうか、あの後、本当に大変だったんだからね、私ととうまがっ、」


「あーあー、超聞こえませーん」



お次は、絹旗とインデックスが言い合いを始めてしまった。

小柄ながら毒舌な女の子に、金髪碧眼の少女、銀髪の白装束シスターと、変てこすぎる面子と、目立って仕方ない。

自分はどこからどう見ても、ちょっぴり不幸で魔術師とかの戦いに巻き込まれちゃうけどちゃっかり生還しちゃったりする、平凡で健全な男子高校生なのに。

とにかく、このままでは人様の迷惑になるので、手間をかけずに止められそうな方から当たってみよう。



「ほーら、インデックスー、お前の大好きなあたりめだぞー?」


「わっ、わ、欲しいかもっ、とうま、それちょうだいっ!」


「そーれ、よく噛んで食べるんだぞーっ」


「わぁーいっ、がじ、がじがじがじがじがじがじぃっ!!!」



獲物の肉を引きちぎる腹ペコライオンのようにスルメイカを食べ始めるインデックス。

噛むのが大変なものを食べさせていれば、少しは喋りも収まるだろうという上条の判断である。

彼女の場合、噛むまでもなく、そのまま飲み込んでしまいそうなのが怖いところだが。
73 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 22:58:34.43 ID:vjH3yGw0
おおインデックソさん
74 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 23:00:46.49 ID:Jm2wa0s0


「<相変わらず、超すごい食欲ですね、そして、超すごい食べるスピード・・>」


「<苦労してる分、扱い慣れてきたんだよ・・>」



上条の表情を見る限り、今まで言葉では語りつくせぬほどの苦難があったらしい。

どうも、この少年は不幸体質的に浜面と似ているものがあるな、と絹旗は思った。



「・・俺たちは昼飯の材料買いに来たんだけど、そちらさんは何しに来たんだ?」


「あぁ、知り合いが風邪をひいちゃいましてね、何か超栄養になるようなものを、と買出しに来たは良いんですが、

 生憎、私もそこの金髪おバカさんもそういうのには超疎いもので、何を買えば良いのか分からなくて超困ってるんですよねぇ・・」



え、金髪おバカさんって私?とフレンダがツッコんできそうだったが、なぜかその姿が消えていた。

大方、缶詰を買いに行きたい衝動を我慢できずに先走ったのだろう。

絹旗の話を聞いて、うーん・・と唸っていた上条がパチンと指を鳴らして、口を開いた。



「風邪に効く食べ物っていうと・・王道はおかゆとかそこらへんじゃないか?

 作るの簡単だし、消化も良いし、栄養も取れるし、身体も温まるし、どこを取っても完璧だぞ」


「ああ・・やっぱり、そんな感じですよね」



おかゆとは、米(うるち米)、粟、ソバなどの穀類や豆類、芋類などを多目の水で柔らかく煮た料理(wikipedia出典)。

それくらいなら、どんなに料理下手な人でも作ることができるんじゃないだろうか。

そんな幻想は、麦野の前ではブチ殺されてしまうかもしれないが。
75 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 23:05:30.06 ID:Jm2wa0s0


「あとは、同じように消化良くて、ツルツルっと食べやすいうどんとか」


「超王道ですね」



うどんとは、日本旧来の麺類のうち、小麦粉を原料とし、ある程度の太さ・幅を持った麺、または、この麺を調理した料理(wikipedia出典)。

これも病人にはかなり効果的な食べ物だが、あまり愛情が感じられないかもしれない。

麺そのものから作るのであれば、話は別だが。



「何か悪いな、あんまり力になれなくて」


「気にしなくて良いですよ、そんなに気を遣う必要のない病人ですから」


「・・良いのか、風邪っぴきをそんなぞんざいな扱いにして」



一段落終わった、そのときだった。

キィーン、と耳をつんざくような音が響く。



『・・不意打ち☆お昼前の大特売・大セールですっ!

 卵一パック通常価格の半額、お一人様一パックまでっ、五十パック限定なのでお早めにッ!!!』



放送が流れた瞬間、スーパー内の客たちが一斉に頭を上げ、ヴオオォォォォォォォッッッ!!!!と唸り声をあげる。

殺気立った貧乏学生、子供連れの主婦、年金生活の爺さん婆さん、全員が特売コーナー目掛けて移動、大勢の人の流れが目に映る。

歓声と悲鳴が入り混じり、即座に阿鼻叫喚、地獄絵図。

もちろん、この少年も反応しないわけがない。
76 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 23:06:57.79 ID:Jm2wa0s0


「・・た、タマゴが半額、だとぅ!?

 インデックスッ、ボーッとしてる場合じゃ・・スルメなんか食ってるんじゃねぇーっ!!!」


「えっ、ちょっ、もがっ、いくらとうまでも一度私の口に入ったものは譲らないんだよっ!?」


「誰がお前が口に入れたモンなんて食べるかっ! お一人様一パックなんだぞ、急ぐぞっ!」



上条とインデックスが、猪突猛進といったように人の波にその身を飛び込ませた。

あっという間にその背中が見えなくなっていく。

人間の欲望の流れを目の当たりにした絹旗は、ポカーンと口を開けていたが、

やがて、何か思いついたのか、ポンと手を叩いた。



「たまご、たまご・・・たまごおかゆとか超良いですねぇ・・」



味気ないおかゆでも、たまごを混ぜれば少しは食が進むかもしれない。

大能力者・絹旗最愛、後に特売荒らしと呼ばれ、歴史に名を刻む少女の参戦決定の瞬間である。



77 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 23:09:23.21 ID:Jm2wa0s0


「おらおらおらぁーっ! 上条さんは特売のときだけ攻撃力が100倍になるんだぜーっ!?」


「ちょ、おべっぇ、と、とうまっ・・げぶぅっ、もうちょっと私のことも考ぶわぁっ!?」



一方、人の山を豪快にかき分けながら、突き進んでいく上条当麻。

大事な購入要員であるインデックスの手を握ってはいるが、彼女は人という名の荒波に飲まれ、満身創痍の状態だった。

しかし、絶対にその手を離すわけにはいかない。

一人につき一パックしか、半額卵の恩恵を受けることができないからだ。

つまり、彼女が居れば、二パックの半額卵を手に入れることが出来るということ。



「くそっ、かなり出遅れたが、まだ残っているはずだ・・残っていてくれっ!」



日頃、生まれながらの不幸体質が引き起こすチンピラとの喧嘩や魔術師や超能力者との死闘で鍛え抜かれた、

上条のそこそこ頑丈な身体は、特売セールの大群程度ではビクともしない。

一歩、二歩、三歩と確実に歩みを進め、とうとう、特売所に辿り着いた。

既に何人もの客がほくほく顔で卵パックを手にしているのが見える。

それでも、まだ少しは残っているはず。

上条の祈りは届くのか、残りは・・



「(―――二パックッ!)」



光明一筋。


78 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 23:09:32.55 ID:0In/DwDO
待ってた
79 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 23:09:32.70 ID:vjH3yGw0
LV5たちが特売に興味なくて良かった…
80 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 23:11:28.42 ID:Jm2wa0s0


「(・・もらったァァァァァァァァァァァァーッ!!!)」



待ってくれていたかのように、上条の分とインデックスの分とが残されていた卵。

着地も考えずに、前のめりに大ジャンプする。

そして、彼の「幻想殺し」がその卵パックに触れるか触れないかという、ほんの数センチ。

その瞬間だった。



「・・あらっ!?」



上条の視界が暗転する。

ズガン!と後頭部から身体が床に落ちた。



「いてて・・・」



目を開くと、世界が上下ひっくり返っており、チカチカした小さな光も漂っている。

どうやら、足を引っ掛けられて、横に半回転し、倒れこんでしまっていたらしい。

インデックスに至っては、彼の手を離れ、ぐちゃぐちゃした人の山の中で悲鳴をあげていた。

そんなことよりも。



「・・そう簡単に手に入ると思いましたか?」



真上から聞こえてきたのは、先ほども聞いたばかりの声。
81 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 23:14:47.94 ID:Jm2wa0s0


「さっきのっ・・!」


「・・こちらもその卵が超必要になってしまいましてね」



ぶつけた頭を痛がりもせず、ゆっくりと立ち上がる上条。

その目つきは既に、いつもの怠けたようなものではなかった。

真っ直ぐに見据えるは、自分よりも遥かに小さなながら、どことなく只者ではない空気の女の子。

後ろにひしめいていた客たちは、互いの首を絞めあうかのように崩れている。

もはや、卵を手にすることができるのは、この二人だけだった。

卵は少し手を伸ばせば届く距離にある、しかし、それを相手は許さないだろう。



「女の子に手をあげるのは上条さんのポリシーに反するんだが、なんとか手を引いてもらえませんねぇ・・」


「子供だと思ってなめてかかると・・超痛い目を見ますよ?」



容姿に反して、冷ややかなオーラを醸し出す絹旗。

それに当てられても、上条は臆することはない。

大袈裟だが、卵一パックにその命が懸かっているからだ(大食漢の居候的な意味で)。



「お前が俺に勝って卵をゲットできると思ってんなら、その幻想をブチ殺す・・!」


「止むを得ません・・こちらも超全力でいかせてもらいますかね」



ズダンッと地を蹴り、かなりの勢いで絹旗が突進してくる。

半額卵を賭けた戦いのゴングが、今、鳴り響いた。


82 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/03(月) 23:18:06.13 ID:Jm2wa0s0

今回は以上です。

それなりに書き溜めたと思っていたのですが、それほどでもなかったみたいで。


ちなみに、フレンダ無乳説に関しては本気で信じていますが、異論は認めます。

では、おやすみなさい。
83 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 23:20:24.22 ID:jb8Q1too
おつおつ

VIPのも含めると実質3スレ目ぐらいだよね
VIPで見た頃は20巻前の2月末くらいだった気がするから長寿だな
84 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/03(月) 23:24:29.68 ID:U2ATUFAP
お疲れ様です。絹機は素晴らしいペロペロ
85 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/04(火) 00:03:31.80 ID:iBd5zBk0
乙でした〜
86 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/04(火) 00:22:49.48 ID:QTjFjUDO

フレンダは無乳、絹旗は膨らみかけ
87 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/04(火) 00:44:15.07 ID:ngVjnEAO
年下にすら負ける無の境地
だが、それが良い
88 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/04(火) 00:54:57.13 ID:xG1DYqEo
乙!
89 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/04(火) 01:07:26.16 ID:v2KQIsDO


上条さんとインなんとかさんは1作目に出てたが、姫なんちゃらは初出しだな
90 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/04(火) 01:22:49.64 ID:NPmait.0
半額卵争奪戦にベン・トー臭がするな
91 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/04(火) 01:34:43.67 ID:lRA/XKc0
>>90俺もそれ思った
絹旗は金持ちなんだから上条さんに譲ってあげればいいのに
92 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/04(火) 03:35:52.29 ID:4K2nBxso
「絹旗のバストを上位に、フレンダのバストを下位に。」
のセンスに脱帽したww
93 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/06(木) 18:42:32.54 ID:IFCvMUE0
>>91
大安売り→卵売り切れる→おかゆに卵は必須→譲れない戦い
94 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/07(金) 19:48:03.59 ID:iYEy4sSO
期待
95 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/08(土) 17:23:01.55 ID:.YbqU7co
ワッフルワッフル
ワッフルワッフル
96 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/10(月) 16:03:59.80 ID:T1wrYMAO
一週間か…ゴクリ
97 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/10(月) 18:30:01.80 ID:i65DuUDO
このまま製作恒例の停止期間に入る予感だ…

だが、そげぶ
98 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/12(水) 18:05:32.57 ID:QddTWEDO
てす
99 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:16:05.15 ID:C1IpqcI0

―――――



真冬というとどうしても、感染するタイプ、季節性の病気が流行るものだ。

不覚にも風邪などひいてしまい、大事な試験や会議に行けなかったり、デートが台無しになってしまったという経験は誰しもあるのではないだろうか。

さて、この学園都市は医療機器、医療施設が完璧なまでに配備されており、『冥土帰し』を筆頭に優秀な医師も多く、バックアップは心配ないのだが、

予防という点においてはまだまだ隙だらけであり、個人の病気に対する意識、対策が練られていなければ、あっさりと体調を崩してしまったりする。


そんな学園都市、第七学区のとある一般病院にも、一人の風邪っぴき少年が居た。

病院入り口に併設された売店で購入したマスクをしている浜面仕上は、黒革の長椅子に深く腰を下ろしている。

一般的に日曜日の病院は休みだが、今日は土曜日なのでその心配はなく、その点は不幸中の幸いだった。

季節の変わり目を経た冷え込む季節なだけあって、病院内はかなりの人数で混雑している。

誰かが咳をする度に、飛散したウイルスが自分の身体の中に侵入してくるんじゃないかと敏感に反応してしまうほどだ。

そのせいか、受付前のロビーは空気が淀んでいる気がしてならない。

辺りを見回すと、腕を包帯で巻いている少年、マスクをしている少女、

一見元気そうには見えるが、背中を心配そうに擦るお年寄りなどがおり、みな生気が抜けているような面持ちをしている。

その中で、そんな不健康さな人間たちとは無関係な、背が高く、やたら目立つ少女が受付の前に立っていた。



「では、そちらの部屋でお待ちください、案内放送が入ると思いますので」


「分かりました」



それは愛想の良い笑顔を向ける少女で、受付の女性も、目を見張るほどの美貌の持ち主だった。

割かし地味目な灰色のコートに身を包んでいるものの、明るい茶髪ロングがその地味さを相殺してしまっている。

ほぼ白とグレーで覆われる病院内で異彩を放つ麦野沈利は、

診察券と偽造保険証を受付の看護婦に手渡し、何やら会話したあと、一番前の席に座る浜面の隣に戻った。
100 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:18:41.02 ID:C1IpqcI0


「ん、受付済ませたから、そっちの部屋に移動ね」


「おう・・悪いな、麦野」


「いちいち謝ってるんじゃないわよ、辛気臭い」


「あ、それ、もうちょっと新妻みたいなノリで言ってくれるか?」


「・・うっさい」



ぶつぶつ文句を言いながらも一人で立とうとする浜面の腕をとり、支えてやる麦野。

その気遣いが大袈裟なものに見えたのか、背後から他の患者からの視線をひしひしと感じる。

しかし、彼の足取りはかなり不安定なので、その付き添いは無理もないことなのだ。

浜面は大きめのマスクを着用しているものの、その苦しげな顔を隠しきれていなかった。

いつものひょうきんな笑顔は見られそうになく、隠れ家のマンションの駐車場で倒れたときよりも、

浜面の顔色が明らかに悪くなっているのは、着実に熱が上がっている証拠だろう。

そんな姿を見せられたら、一言だけでも声をかけざるを得ない。



「ねぇ、アンタ本当に大丈夫・・?」


「・・・・ああ、別に死にゃあしねぇからよ、心配すんな」



木をガリガリと削るような、乾いた、力のない声だった。

気のせいかもしれないが、いつもより反応も遅い気がする。

熱で声が出しづらいのだろう、激しい運動後のように、一言喋るだけにも一呼吸置いているのが分かる。

彼が何かを喋るたびに辛そうな表情を浮かべるので、見ている方も顔が歪むし、不安で胸が締め付けられてしまう。
101 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:19:50.59 ID:C1IpqcI0

自分で浜面を病院に連れていくとは行ったものの、彼に付きっ切りで、その苦しげな姿を間近で見続けるのも忍耐力が要るものだ。

治せるものなら治してやりたい、だが、学園都市で四番目に貴重で強力なはずの自分の能力は何の役にも立たない。

だからこそ、傍に居てやりたい、それくらいしかできないとしても、だ。

ロビーから出て、いつもより三倍は遅いであろうスピードで歩き、待合室の一番後ろの長椅子に座る浜面。

麦野もすかさず、彼のすぐ横に座った、心なしか寄り添うように。



「・・・」



ズラリと診察室のドアが並んでおり、丁寧に数えてみると、全部で十室確認できた。

第七学区でも比較的大きな病院なので、入院患者受け入れのキャパも大きいと聞いている。

一方、待合室の方には既に何人もの患者がいたが、誰一人会話しておらず、

いくつもある診察室のドアの向こう側から、医者と患者であろうくぐもった話し声が聞こえてくるだけだった。

しかし、一番大きく聞こえてくるのは、すぐ隣に座っている浜面の不自然に深く、荒い呼吸音だけだ。

横の案内板を見るフリをして浜面の顔を拝見してみるも、その表情は変わっていない。

眼を閉じたまま、ただゆっくりと時間が経っていくのを感じるだけの人形のようだった。

そして、二人の会話は一向に続かず。
102 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/16(日) 22:20:29.35 ID:lvXD7sAo
上げざるをえない
103 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:21:33.84 ID:C1IpqcI0


「馬鹿は風邪ひかないっていうけどさ、風邪ひいたアンタは馬鹿じゃないってことだし、良かったわねっ」


「あぁ」


「・・・」



続かず。

いつもの浜面なら嬉々として(?)反論してくるのだが、今日はさすがに素直だ。

それが麦野にとって、やや気持ち悪く、ややむずかゆい。

しかし、こういう状況の場合はそっとしておいてあげることが彼のためになる。

結果オーライ・・のはず、なのだ。

スラリとした足を組み、肘を膝に置き、顎に手を当て、麦野は壁中に貼られているポスターをボーッと見つめた。



『「肥満」は適度な運動と整った食生活で撃退!!』



余計なお世話だ、その程度のことは言われなくても全国の贅肉に悩む乙女たち(己を含む)は分かっている。
104 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:22:30.64 ID:C1IpqcI0

誰に見られているわけでもないのだが、さも自然な風に服の上から自分の腹の肉をつまんでみた。

薄い膜のような肉の存在を確認し、口元を悪い意味で歪ませる。

少しくらい肉付きの良い方が男性にとっては好ましいとよく聞くが、女性からすれば痩せてなんぼなのだ、限度はあるが。

食生活に関しては、浜面が完璧なまでにサポートしてくれているのでまったく心配はいらない。

しかし、適度な運動というのは、忙しい日常生活の中だとどうしても忘れがちで怠けがちになる。

このままだと、増加の一途を辿るであろう自分の体脂肪が心の底から何よりも憎い。

これを身内の連中と分かち合いたいのだが、生憎、同じ志を持つ者は居なかった。

真っ先にケラケラと笑う絹旗の顔が容易に目に浮かんで、少しイラッとする−−うるさい、アンタも太れ。

滝壺はダイエットを応援してくれるはずだろう−−まぁ、表面上なんだろうけど。

まぁ、フレンダはそんな麦野でも愛してくれるだろう−−それはそれでゲンナリするわ・・。


苛立ちを顔に出しそうになった直前、看護婦が近づいてくるのを察知し、咄嗟に気を引き締めた顔に戻す。

その看護婦は整った顔立ちをしており、長身で濁りのない色白さ、一般的に美人と呼ばれるであろうタイプの女性だ。

恐らく、それほど飾らなくても美人と呼ばれる部類だろう。

自分も綺麗な方だと自負しているが、相手は「年上」だの「看護婦」だの、自分にはないスキルを持っている。

麦野は自分の食物に近づく虫けらを嬲り殺そうとでもしているような猛獣の目つきで看護婦を睨んだ。

そんな視線を物ともせず、看護婦はにっこりと柔らかく微笑み、声をかけてくる。
105 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:23:24.49 ID:C1IpqcI0


「・・お熱は測ってきてますか?」


「いえ、急に熱が出ちゃったもので・・、計ってないんです」


「分かりました、大丈夫ですよ。じゃぁ、この体温計を・・ってあら?」


「・・?」



ふと、看護婦が体温計をポケットから出す動作を止める。

体温計と間違えて、温度計でも持ってきたか。



「・・どこかで見たと思ったら、いつだかに足を骨折しちゃった男の子とその彼女さんね」


「あ゛・・?」



思わず、機嫌が悪いとき用の声をあげてしまった麦野。

こちらもどこかで見たことがあると思えば、夏に浜面が足を骨折したとき、色々とお世話をしてくれた看護婦だ。

彼女を見るたびに浜面が鼻の下を伸ばすので、よく小突いていたことを思い出す。

あのときと同じ病院とはいえ、また鉢合わせることになるとは思わなかった。

っていうか、彼女さんって・・。
106 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:24:13.33 ID:C1IpqcI0


「あ、あの、前にも言いましたけど・・彼女とか、別にそういう訳じゃ・・、」


「良いの良いの、隠さなくて・・お姉さんは黙っておいてあげるからっ」



幼く初々しいカップルを見守る母のように微笑む看護婦から、麦野はもじもじと体温計を受け取った。

この程度のからかいくらいはスルーしてしまえば良いのだが、どうもこの手の話題になるとかわせないのだ。

いっそのこと、カップルであると言い切ってしまった方が自分としてはスッキリしたかもしれない。

浜面もろくに会話できないごらんの有様(失言)だから、特に反論はしてこないだろうし。



「じゃ、体温計は診察のときに先生に渡してね」


「・・はい」



うふふ、と意味ありげな笑みを浮かべながら、看護婦はあっさりと奥に退いた。

なぜか、ホッとした自分が居たため、少し不機嫌になる麦野。

別に嫉妬だの、焼き餅だのを焼いていたわけではない・・と思う、たぶん・・、恐らく・・。

浜面は馬鹿で単純で典型的な男だと思ってはいるが、赤の他人に手を出すようなチャラチャラした奴でないことは知っている。

それでも、なぜか不安になってしまうのが乙女心というものなのだ。

−−自分は束縛の強いタイプなのだろうか。

体温計を力強く握ったまま、考え事をしている麦野を、浜面が怪訝そうな目で見つめていた。
107 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:25:21.94 ID:C1IpqcI0


「・・体温計くれよ」


「あ、ああ、ごめんごめん・・・、ほら、ジッとしてなさいっ」


「お、おい、何する気だよ・・体温くらい自分で計れるからさっさと、ケホッ、貸せよっ・・!」


「病人は黙って従う」



とは言ったものの、恋人でも何でもない異性の胸元に手を入れようとするなど、余程の変態くらいだ。

相手が病人なのを良い事にやりたい放題するのは役得だなあ、とほんのり思っちゃったりもする。

チラリと見えた彼の胸板が汗だくなことに気付き、さらに興奮を覚える。

隠れ家に帰ったあとはすぐに着替えさせる必要があるなと冷静に分析する一方で、自分の鼻息が荒くなっていたことにも気付き、少し反省。

この調子では自分も発熱してしまう・・、やれやれだ。



「おい・・、何ボーッとしてんだよ」


「あ゛、いや、何でもない・・・・えいっ!!」


「いでぇっ!!」



彼の着ているパーカのチャックを半ば強引に開け、勢い良く胸元に手を差し入れる。

と、同時に体温計がゴリッと浜面の脇下辺りを抉った。

その痛みで動こうとする浜面の身体を背もたれにグイッと強引に押し付ける。

体温を計っているときはむやみに動いてはいけないのだ。

・・鬼か。

脇を締めさせたまま、ゆっくりと時間が経つのを肌で感じる。
108 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:26:07.15 ID:C1IpqcI0


正直な話、麦野は病院というものが苦手だった。

場所が場所だからか女の子が好きなお喋りはできないし、どことなくピリピリとした空気が漂っている。

ときどき、変な機械音も聞こえてくるし、会う人はみな顔色が悪く、ネガティブが感染されそうになるほどだ。

そして、何よりも病院は白い、本当に白い、気味が悪いほどに真っ白なのだ。

建物の外観はもちろん、病院に勤める人間のほぼ全員が白衣を身にまとっており、嫌というほど白が目に入ってくる。

清潔なイメージだからそういう仕様なのだが、麦野にとっては何となく鼻につくような、不快な印象なのだ。

自分のような真っ黒な人殺しが、こんな純白の世界に居て良いのだろうかなどと、飛躍した自意識すら持ってしまう。

白というのは何色にも染まらない、純粋な色、純粋な女の子に似合う・・そのとき、なぜか滝壺理后が頭に浮かんだ。

また、あの子と自分の比較−−本当に下らない。

そんな混沌とした、果てのない思い込みを切り裂くように、ピピッという間抜けな音が響いた。

ようやく鳴った体温計をゆっくりと抜き、液晶を見ると、「38.0」と表示されていた。



「うーん、昼でこれだから、夜はもっと上がるかも・・」


「参ったな・・この調子じゃ、何日寝てなきゃいけねぇんだ・・」


「アンタは先のこと考えなくて良いの、風邪を治すことだけを考えなさい」


「けど、よ・・ゲホ、ゲホケホッ!」


「良いから・・、完全に治すまでアンタは外出禁止だからね」
109 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:26:37.63 ID:C1IpqcI0


とうとう、咳き込むほどにまで悪化していたらしい。

少し厳しい言い方になってしまったが、これを機会にたまにはしっかり骨休めをしてほしいと彼女は思っている。

下手に風邪をこじらせて重症化するケースも少なくない、こんなときでも責任を口にする浜面だからこそ、休んでほしいのだ。

そんなこんなのうちに浜面の番が回ってきたようで、室内放送が流れる。

それによると、一番右端の十番の診察室らしく、ちょうど前の患者がその部屋から出てきていた。



「じゃ、行ってくる・・」


「・・私も行こっか?」


「馬鹿いうな、子供じゃねぇんだから、恥ずかしいったらありゃしねぇよ・・

 お前はさっきの受付前の待合席に居てくれれば良いからよ」


「・・でもさっ」


「じゃ、ケホッ・・あと、よろしくな・・」



いつになく優しげな口調の浜面は力なく手を振り、診察室の中に消えていった。

その姿が見えなくなっても、彼の辛そうな咳は奥から聞こえてくる。

あまりに元気がないので、実は入院が必要なほど深刻で、肺炎とかになってたりしないだろうなと心配になってしまう。

それで再び入院なんてことになれば、一大事だ−−いや、チャンスかも(失言)。

そのまま座っていても仕方ないので、とりあえず、彼に言われた通りに受付前のロビーへ戻ることに。
110 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:28:48.65 ID:C1IpqcI0


「(一応、飲み物か何か買っておいてあげるか・・)」



風邪をひいたときというのは、喉がカラカラになって仕方がないもの。

水分補給にちょうど良いスポーツドリンクか、新鮮なミネラルウォーター辺りが無難だろうか。

待合室を通り過ぎ、白く長い通路を歩く途中ですれ違う患者や看護婦たちに気品のある笑顔を向け、小さくお辞儀をする。

職業柄、普段はあまり人と接触しないので、どうもこういう場所では肩が凝ってしまう。

変に力の入った顔から緊張を緩め、小銭を取り出そうと財布を開けたとき、ポロリと百円玉が落ちてしまった。



「あー・・」



平坦な通路にもかかわらず、坂を下るような勢いで無情にもコロコロと転がっていく。

流れるようにして自動販売機の前に辿り着くと、その場でクルクル回り、コトリと倒れた。



「・・あら?」



その百円を拾い上げたのは、ピョンと触角のような毛が立ち上がっている(いわゆるアホ毛)茶髪の少女。

横には、やけに線の細い白髪の少年が立っていた。

どこかで見覚えがある、というか一度会ったら忘れられない(良い意味でも悪い意味でも)二人。
111 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:30:09.43 ID:C1IpqcI0


「あー・・百円玉みーっけってミサカはミサカは貴方に高々と見せ付けてみるーっ」


「おィ、いつからそんな貧乏臭ェことするようになったンだよ・・」



麦野に気付いていないのか、少女はまな板のような胸をそらして小銭を少年に自慢してみせた。

それを見せつけられた少年は、不愉快全開の表情をし、眉間に皺を寄せる。

会うのが三度目の麦野でも分かる、いつもの二人のやり取りだ。



「これはきっと日頃、貴方のお世話をしているミサカを哀れんだ神様が与えてくれたご褒美なんだよって、ミサカはミサカは〜♪」


「こら、勝手に自販に入れようとしてンじゃねェ、オマエのやろうとしてることは立派な・・、」



影から傍観していても面白いのだが、このままだと自分の百円が使われてしまうので、麦野は仕方なく、顔馴染みのデコボココンビの前に出て行く。



「あのさ・・それ、私のなんだけど・・ロリコンプリンスくん?」



カツン、と麦野がわざとらしくヒールを大きく響かせると白髪の少年はいち早く反応した。

その顔を一層不機嫌なものに変えながら。
112 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:30:45.91 ID:C1IpqcI0


「げェッ、オマエ・・」


「久しぶりじゃない、何でこんなトコに居るのかしら」



雪のように白い髪、白い肌でありながら、唯一目立つ赤い眼を持った、銀色の変わった形状の杖をつく少年と、

ふわふわした毛がそこら中に付いている、可愛らしい薄桃色のコートに身を包んだアホ毛の少女。

少女はその手に大きな紙袋を持っていた、果物か何かだとすると、誰かのお見舞いだろうか。



「わ、わっ、沈利お姉ちゃん久しぶりっ、元気だったっ!?ってミサカはミサカは思わぬ再会に目を輝かせてみるっ!」


「うんうん、そっちも元気そうで良かったわ・・まったく、この子はこんなにも素直な良い子なのに、

 アンタときたら、第一声が『げェッ、オマエ・・』だものね、こんなんじゃ友達もできないわけだわ」



健康ランド、第七学区の某デパートと二回しか会っていないのだが、この少年の性格は大体掴めている。

素直じゃなくて、捻くれていて、口を開けば皮肉や文句ばかりだが、根は悪い奴じゃない・・と思う。

どことなく、自分に似ている気がするのだ、自分の気持ちを上手く表現できないところとか。

赤い目をギョロリと明後日の方向に向け、頭をかく一方通行がポツリと呟いた。
113 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:31:28.17 ID:C1IpqcI0


「余計なお世話なンだよ・・」


「え、本当に友達居ないの?」


「この人はねー、コミュニケーション力がゼロだから、私くらいしか歳の近いお友達が居ないんだよー、

 ってミサカはミサカは、心を痛めながらも沈利お姉ちゃんにこの人の惨状を教えてあげるっ」


「何ていうか・・お気の毒ね、年齢からして一番楽しそうな時期なのに・・」



まぁ、確かに見た目が少し怖い上、他を寄せ付けないオーラを醸し出している。

逆に、制服を着たこの少年が鞄を提げながら、友人と笑い合って下校したりする光景は、それはそれで不気味だ。

和気藹々より天涯孤独の方が合っている気がするが、それでいて、彼に寄り添う無邪気な少女が居るというのは乙なものだ。



「だから、余計なお世話だっつってンだろっ、オマエもペラペラと人のことを喋ってンじゃねェッ!!」


「あでーっ!?ってミサカはミサカはぶたれた頭をっ・・ふわっ?」



容赦なくチョップされた打ち止めの頭をしゃがみながら右手で優しく撫でてやる麦野。

それでいて、一方通行には恨めしい視線を送る。
114 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:32:44.23 ID:C1IpqcI0


「よしよし、こんないたいけな子に手をあげるなんて、どういう神経してんのかしらねぇ」


「っるせェつってんだろォがァッ!!」


「そんなだから友達ができないって言ってるのよ、ぼっちな上にロリコンって救いようがないじゃない」


「・・反射してェ」



どうして自分の周りには、こう鬱陶しい女ばかりが集まるんだと言わんばかりの顔をする一方通行。

もちろん、同居している女性二人(教師、無職)含む。

本当に心底迷惑と思っているのかどうかは一番身近に居る打ち止めへの対応を見れば一目瞭然ではあるが。



「大体、何でオマエがこンなところに居るンだよ、とても体調悪いようには見えねェンだが」


「ん、知り合いの付き添いよ、アイツ一人じゃ不安だからついてきてやったの」


「・・男か?」


「は、はぁっ!? ・・まぁ、うん、男か女かと言えば、お、男かしらね・・っていうか何で分かるのよ・・!」


「いや、適当に言っただけなンだが、何でそンなにドモるンだよ・・」



頬を赤らめる麦野は、見慣れていないせいか、一方通行にとっては少し気味が悪いように見えた。

この反応から察するに、家族や兄弟のような血縁関係の男性ではないことが伺える。

と、なると。
115 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:34:00.23 ID:C1IpqcI0


「お姉ちゃん、その人のこと大事に思ってるんだねー、とミサカはミサカは思ったことを素直に口に出してみるっ」


「べ、別にそういうのじゃないしっ、私の大事な舎弟みたいなものだから風邪なんかひかれちゃ困るってワケ」


「あァ、そォかよ、別に興味はねェけどな、オマエが誰と付き合おうが何しようが」


「そういう関係じゃないっての、ゆくゆくは・・とは思うけど・・」


「・・あ?」


「何でもない・・何よ、その苦いもの食ったみたいな顔は」


「いや、なンでもねェ・・」



たまに女性がする、微妙な表情の裏にどういう感情が渦巻いているのか、イマイチ読めない。

常に一方通行の周りをうろちょろしている打ち止めは喜怒哀楽が激しく、

黄泉川や芳川は比較的、彼には遠慮もなしにズバズバ物を言うタイプなので、

何を考えているかが表情や動作に露骨に出るため、いちいち相手の気持ちを汲んでやる必要もない。

だから、家に居るときはそれほど気を遣う必要がないのだ。

しかし、普段会わないような人間と対峙すると、関わり方が分からない。

こういう意味で、彼は明らかにコミュニケーション力が欠如しているといえる。

別に美人が目の前に居るから、とかそんな童貞的な理由でもない。
116 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:35:20.56 ID:C1IpqcI0


「良いなあ、お姉ちゃんみたいな綺麗な人が付き添ってくれるなんて、その人は幸せ者だよねって

 ミサカはミサカはこれから発展するであろう二人の関係に羨望の眼差しを向けてみるー」


「・・それがね、なかなか相手も気付いてくれないのよ」


「おィ、ガキ相手になに話しこもうとしてンだ」


「(無視)アイツはどうしようもなく馬鹿で鈍感で無能力者なんだけどさ、ここぞというときは輝いて見えるのよ、

 他人から見たら、半端なチンピラにしか見えないんだろうけどね、私の目にはカッコよく映っちゃうのよ・・」

「分かる、分かるよ、その気持ちっ・・この人(一方通行)も能力者としては一人前なんだけど、

 まるで生活能力がなくって、起きてるときはコーヒー飲んでるか寝転がってるかどっちかの怠け者なのに、

 ミサカの目には何となく頼りになるように見えちゃうんだよってミサカはミサカは貴方がすぐ隣に居るのにカミングアウトしてみるっ」



んきゃー!と猿みたいに手をフリフリして照れ隠しをする。

さっきまで彼氏じゃないだの何だの濁してたくせにいきなり何を語りだすかと思えば・・。

というか、打ち止めは褒めてるつもりで言ったのか貶してるつもりで言ったのかどちらなのか。

どっちにしろ、あとでそれなりのお仕置きが必要だな、と一方通行は心に決める。
117 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:35:59.25 ID:C1IpqcI0


「私だってそれなりにアイツの気を引こうってことはしてるのよ・・、

 入院したときはほぼ毎日お見舞いに行ったし、足挫いたときは嫌々言いながらもおぶってもらったし、

 わざと眠たいフリして付き添ってもらったり、今日は率先して同伴してあげたし・・」


「ミサカもだよっ、この人の飲みかけのコーヒーはミサカが間接キス目当てに残りを全部飲んじゃったし、

 毎日一緒にお風呂に入りたいってせがんでるし、この人が寝てるときは気付かれないようにベッドに侵入したりするしってミサカはミサカは、」


「ちょ、ちょっと待て、オマエ、いつもそンなことやってンのかァッ!!??」


「し、しまったっ、秘密にしてたことも一緒にバラしちゃったよってミサカはミサカは自分の口の軽さをちょっと反省してみる・・」


「・・オマエ、今日の飯抜きな」



というか、そもそも打ち止めの行動は麦野と違って、少しセクシャルすぎる気がする。

とりあえず、それなりのお仕置きではなく、完膚なきまでのお仕置きに切り替えておこう。

ミサカ口調禁止だとか、アホ毛を抜くだとか。
118 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:38:02.84 ID:C1IpqcI0


「よ、黄泉川が作ってくれるんだから貴方にそんな権限はないもんってミサカはミサカは主張してみるっ!!」


「今日は黄泉川も芳川も野暮用で帰ってこねェぞ、だからオマエと俺は外食だ、つまり・・分かるよな?」


「せ、生存権の行使を主張してみる・・ってミサカはミサカは曖昧な権利を主張してみる・・」


「決めた、今日のオマエの晩飯はコンビニで売ってるゆでたまごな」



ムキーッとアホ毛をくねくねさせながら、手足をぐしゃぐしゃ動かす打ち止め。

どこかのオッサンと違って、成長期の女の子はゆでたまごだけでは生きていけないのだ。

もちろん、そんなよろしくない物事には麦野はツッコミを入れる。



「立派な虐待よ、それは」


「こういうのをしつけって言うンだよ」


「加害者はみんなそうやって言うわよね、アンタなんかロリコンのくせに」


「それは関係ねェだろ・・」


「あ、分かった、栄養を取らせなければ成長もしないし、アンタ好みのままでいさせる作戦ねっ」


「オマエの俺に対する思考回路は最終的にいつもそこに行き着くよな・・」
119 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:38:32.44 ID:C1IpqcI0

「っていうか、さっきのこの子の話をあっさり聞き流してたけど・・アンタ、こんな小さな女の子と一緒にお風呂入ってるの・・?」


「そ、そンなワケねェだろオがっ!! 俺だってそこらへンの分別はできてる・・つもりだ」


「だったら、その汗はどこから吹き出てくるのかしら」


「あ、雨漏り、じゃねェか・・?」



一方通行の白い髪がいつの間にか露に濡れていた。

やはり、この男は真性のロリコンだったのか。



「昨日も背中の流しっこしようって言ったのに、この人ったらずっと湯船につかったままで、

 結局させくれなかったんだよーってミサカはミサカは不満げに頬を膨らませて、」


「何だ、やっぱり入ったんじゃない」


「・・・」



表情を見られたくないのか、そっぽを向く一方通行。

でも、残念。

汗だらだらな上、こめかみが微かにひくついているのが目に見えて分かる。

この少年も意外と感情を抑えるのが苦手らしい、可愛いものだ。
120 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:39:21.56 ID:C1IpqcI0


「でもね、文句たらたらながら、ちゃんと私の背中を流してくれたんだよー、

 肌が傷つかない程度の力の入れ具合で優しく、こう、こんな感じにぃ・・、ってミサカはミサカはお姉ちゃんの背中に再現してみる」


「へぇ〜、さすがロリコンなだけあって、女の子の扱い方は慣れてるのねぇ」


「オ、オマエら、その口を少し閉じてろよ・・」



打ち止めが嬉しそうに話しているのを、麦野は目を細めて、少し羨ましげに見つめていた。

いつだかも思ったことがあるが、この少女を見ていると、どれだけ少年を好いているのかが分かる。



「アンタは愛されてて良いわよね・・、ロリコンプリンス」


「・・俺としてはもう少し違ったベクトルの愛され方を希望したいンだが」


「贅沢なヤツね」


「なンだよ」


「なンでもないわよ」


「・・真似すンな」


「ふーんだ」



麦野が口をツンと尖がらせている一方で、打ち止めはまだ話を続けていた。

日頃、他人と喋る機会が少ないせいか、ここぞというばかりのマシンガントーク。

この少女は彼の話になると誇らしげに話し始めるのだ、人差し指を陽気に立てながら。
121 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:40:19.74 ID:C1IpqcI0


「でねでね・・って聞いてる、お姉ちゃん?」


「ああ、うん、聞いてるわよ、それで次にコイツはどんな変態行為に及んだの?」


「クソアマが・・」



麦野は一方通行と打ち止めがどういう関係なのか、どのような出会いをしたのかは知らない。

それでも、この偏屈で素直じゃない少年にここまで信頼を置いているのだから、余程のことがあったのだろうと推測できる。

それが少しだけ、羨ましく思えた。

男女の仲というのは、共に苦境を乗り越えることで深まるものだ。



「・・さて、そろそろ戻らないといけないわね」


「あれれ、もうちょっとだけお話してこーよってミサカはミサカは懇願してみるー・・」



ウルウルした瞳で見つめられ、心が折れそうになるも、何とか堪える。

この二人と浜面を鉢合わせるのは、あまり良い気がしなかったのだ。

先ほど、自分の思いの丈を二人の前で吐露しているだけに。
122 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:41:05.29 ID:C1IpqcI0


「ごめんね、次会ったときはもう少しゆっくりお話しましょう」


「・・うん、ちょっと寂しいけど、同じ学園都市に居るんだからまた会えるよねってミサカはミサカは心機一転っ」



キラッと輝く笑顔を振りまく打ち止めの頭を撫でてやる。

ピョコンと立ったアホ毛が、犬の喜ぶ様のようにゆんゆん振れていた。

生きてるのかこれは。

そんな麦野を見ながら、一方通行はなぜか不気味にニヤついていた。



「何よ、気色悪いわね」


「いやァ、早く『彼』とやらのところに行きたいンだろォなァって思ってよ・・」


「な゛っ、ぐっ・・何を言ってるのかしら、このロリコンはっ・・!!」


「はっはァ、図星みたいだな、顔が赤くなってンぜェ・・?」



これは愉快だ、と高笑いする一方通行、一方の麦野は歯を食いしばり、

その頬は熟し始めた林檎のようにほんのり赤くなっていた。

先ほど、女性の感情は汲み取りにくいと一方通行は考えていたが、相手が麦野の場合は別のようだ。

こんなに分かりやすい女(色恋沙汰に関しては)もそうは居ない。
123 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:41:43.43 ID:C1IpqcI0


「ア、アンタみたいに何歳も年下の女の子を相手にするような不健全な恋愛じゃないってのっ!!」


「ォぐっ・・だ、だからそういう見方しかできねェのか、オマエは・・!」


「ダメだよー、お姉ちゃん、この人は私の遊び相手なんだから、あんまり誘惑しないでねー

 ってミサカはミサカは自分の玩具にマーキングしておくー」



と、言いながら、足にコアラのようにベッタリと絡みつく打ち止め。

それを鬱陶しそうに振りほどく一方通行。

仲良さげな兄妹のような二人を見て、麦野はポツリと呟いた。



「何かアンタって、将来的に尻に敷かれるタイプだと思うわ・・」


「それは薄々感じてなくもねェな・・不本意ではあるけどよ。

 まァ、それでも今の生活の延長線上なら・・、悪くねェかもな」



そういうと、一方通行は口元に僅かな笑みを浮かべた。

先ほど、麦野をからかったときのような不気味なものではなく、優しさのこもった笑み。

少なくとも、麦野にはそう見えていた。

何だ、そういう顔もできるんじゃないかと思いつつ。

彼を見た打ち止めはきょとんとしていたが。
124 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:43:32.39 ID:C1IpqcI0


「じゃ、悪いけど今日のところはこれでお暇するわ」


「うん、またねーってミサカはミサカはお姉ちゃんとの再会を熱望するーっ」



戻ろうと踵を返したあと、何かに気付いたようにもう一度自動販売機と向き合う。

元々、ここには飲み物を買いに来たことをすっかり忘れていた。

本来の目的だったスポーツドリンクを買い、カバンにしまった後、ホットレモンも買うと、それを打ち止めの頬にポンと触れさせる。



「はい、これは私の愚痴に付き合ってくれたお礼ね」


「わーひ、ありがとうっ、こんな寒い日にはやっぱりホットなレモンだねってミサカはミサカはお姉ちゃんの優しさにもホッとしてみるっ」



手際よくキュルキュルとキャップを開け、口をつける。

そんなほんわかした光景の中、不満そうな顔をした少年が一人。



「・・おィ、俺には何かないのか」


「何よ、ゲンキンなヤツね・・ロリコンのアンタはこの子の笑顔さえ見れれば充分でしょ」


「ふン、そんな金にならねェもン・・」
125 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:43:58.94 ID:C1IpqcI0


と、口を開ききったまま、早速ホットレモンを飲み始める打ち止めをチラ見する。

アホ毛をフリフリ、その小さな手を腰に当てて、喉をゴキュゴキュ鳴らす、なんとも幸せそうな彼女を。



「・・・」



その隻眼がギョロリと上を向き、何やら考え事でもするように止まった。

そして、小さく溜め息をついた後、一方通行はゆっくりと口を開く。



「まァ、たまには良いかもな・・」


「その通り、アンタはアンタが思ってる以上に幸せだと思うわよ・・根拠ないけどね」


「そりゃまた、随分と頼りねェ話だ・・」


「そうね、頼りないものなのよ、得てして、そういう幸せってヤツはね・・」


「・・ふン、知った風な口をきくンだな」
126 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:46:02.01 ID:C1IpqcI0


一方通行は不思議そうに彼女の俯いた表情を見つめていた。

意味深な言葉を残した麦野はロビーに戻ろうと、プイッと背を向ける。

どうしてこんなほぼ他人同然の少年に、甘酸っぱい台詞なんて吐いてしまったのか、自分でも不思議だった。

何が『そういう幸せ』か、そんな抽象的な概念なんてクソ喰らえだ。

それを知らないくせに、幸福の理論なんて偉ぶって説ける立場でもない。


幸福を知らない者は自分の想像できる範囲の幸福を思い描く。

それならば、幸福に飽いた者はどんな幸福を思うのか、それ以上の幸福?

そもそも、幸福なんてものは人によってその形状も中身も様々に変容させる。

麦野沈利にとっての幸福とは・・そして、彼にとっての幸福は・・。

それに、自分と彼の幸福が一致する、つまり、同じものであるとは限らないだろう。

少なくとも、自分のような特別な環境に置かれている人間に一般的な幸福を掴む機会など与えてはくれない。

あまりにも多くの人間を−−−殺しすぎた。

自分の能力上、人を殺す感触は手には残らないが、それでも寸分違わぬ同じこと。



「(あーもう、また悪いクセだわ・・結論のでないことを考え始める・・)」



とにもかくにも、そろそろ、愛しの浜面の診察が終わっている頃だろう。

唯一の連絡手段の携帯の電源も切っているし、彼は今頃ロビーで手持ち無沙汰にウロウロしているかもしれない。
127 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:48:22.74 ID:C1IpqcI0


「じゃ、またそのうちね」


「あァ・・、またな」



短い挨拶の交わし。

彼らしい、そして、麦野らしい、そんなサバサバした別れ方だった。

大袈裟に「別れ」なんて言っているけれども、ただの離れるだけなのだが。

カツン、カツンと控えめにヒールを鳴らし、去っていく麦野を一方通行はボーッと見つめていた。



「どうしたのってミサカはミサカは心此処に在らずの貴方を小首を傾げて見上げてみる・・?」


「ン、あァ、なンでもねェよ・・」


「貴方ってたまにそういう顔するよね、何か考えて込んでるみたいなんだけど、険しい表情をしているワケでもないっていう・・、」


「・・そうだな、強いて言えば、あの女の影を少し垣間見た・・ってところだ」


「???」



傾げた首をさらに曲げて、90度くらいに傾ける打ち止め。

それと一緒にアホ毛もくるくると回り、曲がっていた。

その毛をやんわりと手で潰し、一方通行は大きな欠伸をかます。

そして、漏れた涙を拭い取り、コキコキとダルそうに首を鳴らした。
128 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:50:42.36 ID:C1IpqcI0


「さってと・・黄泉川のヤツの病室へ向かうとするかな」


「そうだねっ、このメロンも早く食べてもらいたいって嘆いてるよってミサカはミサカはっ、痛ぁっ!?」


「嘘つけ、オマエが食べたいだけだろォが」


「えへへ・・」



怒られたにもかかわらず、嬉しそうに、照れくさそうに笑う打ち止め。

それを見て、彼女に気付かれないように小さく笑う一方通行。

笑みの大きさは違えど、意味合いは同じだろう。

意思疎通がイマイチ取れないコンビは、今日も二人並んで歩き始める。

その日常の崩壊が訪れないことを、心の奥底で祈りながら。




129 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/16(日) 22:55:16.12 ID:C1IpqcI0


おばんです。

先週の土日に投下する予定だったのですが、二週間も空いてしまいました。

正直に言いますと、原因は自分の怠慢です。

それでも細々と続けていきたいと思っていますので、

引き続き、目を通していただければ幸いです。

では、おやすみなさい。
130 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/16(日) 22:58:29.08 ID:Vb0m4xQ0
乙です
待ってて正解だった

131 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 22:59:09.99 ID:YnGbTNMo
相変わらず文章上手くて読みやすい
乙です
132 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 23:02:02.25 ID:BVKR/ek0
乙!ずっと待ってた!
>>1の書く麦のんは最高に可愛い
133 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 23:24:35.09 ID:bdzf0QDO

麦のんが相変わらずかわいかった、ごちそうさま
134 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 23:30:04.25 ID:ktPkP6DO
やっと読みおわった乙
細く長くで良いと思う訳よ
135 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 23:36:37.06 ID:ZJa9G/oo
乙!
麦野が可愛すぎて生きるのがつらい
136 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 23:43:08.33 ID:ROWIDgc0

やっぱり面白いな
137 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/17(月) 12:46:59.06 ID:rpBpoIAO
W乙
むぎのん可愛いよむぎのん
138 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/17(月) 16:58:32.17 ID:5yQkdWM0

むぎのん可愛いなあもう
139 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/17(月) 17:10:01.56 ID:0aojmV2o
乙です。
あぁん、むぎのんぅぅううペロペロ
むぎのんは浜面を人肌で温めてあげるべき。
だがナース服のむぎのんも捨てがたい。
そんな妄想しながら待ってます。
続き超期待
140 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/18(火) 00:01:55.98 ID:kCUKUEo0
期待age
141 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/18(火) 00:30:23.64 ID:62rv3UY0
このSSのおかげでむぎのん萌えに目覚めました。ありがとう!
142 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/23(日) 20:10:03.04 ID:ftTRFsDO
今日あたりこないかなー
143 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 21:48:28.27 ID:W.pT4bk0


―――――



昼になっても、しんしんと降り続く雪が学園都市を美しい銀世界に彩り続けていた。

場所は変わって、第七学区の高級マンション10階のとある一室。

換気のために窓が少し開いているせいか、肌寒い風が細かな白雪とともに掃除したばかりの部屋にゆったりと吹き込んでくる。

最初に彼女が訪れたときと比べて、部屋はかなり様変わりしていた。

唯一気にかかったのが、長く放置されていた大きなベッド、厳密に言えば、布団とシーツだ。

長い間、この隠れ家を使っていなかったので、衛生上問題があるシーツは洗濯しておいた。

ただ、布団ばかりはこの悪天候のせいで外に干すわけにもいかず、どうにもならない。

そこで、絹旗たちに新しい、なるべく暖かそうな羽毛布団を買ってくるように指示しておいた。

彼女なら、普通は運ぶのが大変な布団でも軽々運んでくることができるだろう。

雪の降る街中で布団を抱えながら歩く少女というのは何ともコメントの出にくい光景ではあるが、

滝壺からのお願い+浜面のためになるという二つの理由から、絹旗は快諾してくれた。

その前に麦野に相談しておきたかったのだが、病院に居る彼女とは連絡がつかなかったため、今回は滝壺の独断である。

一般的には布団を余分に買うなんてことはしないものだが、これも彼女たちの豊富な経済力があるからこそできる荒業だ。
144 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 21:50:04.11 ID:W.pT4bk0


少し手間がかけたが、その点を除けば、この塵一つない部屋は120点満点を与えていいほどの出来である。

天然な性格の滝壺は、それほど掃除は得意ではないのだが、今回は二人がかりでやったので効率良く掃除ができた。

さて、その大掛かりな掃除を手伝ってくれた謎の美少女の名は未だに分からないものの、

最初は、一人で凄惨な部屋を掃除しなければいけなくなった自分へ神様が送ってくれた掃除天使か何かかと思ったが、

その正体は、本人談、見た目通りの普通の女子高生だという(中身は普通ではない)。

彼女の話によると、このマンションに住んでいるクラスメイトの部屋に遊びに来たは良いが、何階の何号室なのかわからず、

その友人とも連絡がつかないため、一階から虱潰しに探していたところ、たまたま滝壺に会ったらしい。

管理人や通りかかった住人やらに聞くなりなんなりすれば良いのだが、そこまで頭が回らないのだろうか。

いや、それよりも、友人と約束をしているのに見ず知らずの人の部屋掃除なんて手伝っている場合なのか。



「ふぅ・・やっと終わった」



滝壺はベッドに腰を下ろそうとするも、本格的に雪が舞い込んできているのに気が付き、急いで窓を閉めに行く。

そのときに頬や髪の毛にちらほらと付いた雪を指でそっと払うと、ひんやりとした雪の感触が指から伝わってきた。

雪の結晶を掴もうとするが、冷たいと思った瞬間にはもう、儚くもその姿を水に変えてしまっている。

それでも、指先についた雪水を何の気なしにペロリと舐めてみた。
145 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 21:51:03.38 ID:W.pT4bk0


「美味しくないや・・」



自分でも意味不明な行動に苦笑しながら、壁にかかっている赤い洒落た時計を見ると、時刻は正午を少し過ぎたところだった。

もうすっかりお昼ご飯どきなのだが、浜面たちも絹旗たちも一向に帰ってくる気配がない。

雪はそれほど激しく降っているわけではないので、豪雪に足止めを喰らっているというのでもなさそうだ。

仮に病院が混んでいるとすれば、浜面たちの帰宅が遅くなるのは頷けるのだが、

ただの買出し係のはずの絹旗たちがなかなか帰ってこないのはどういうワケなのか。

布団購入に時間がかかっているにせよ、彼女たちがいった大きなデパートには布団売り場もあるはずなので、

それほど場所移動に時間がかかるはずもないので、何かトラブルでもあったのだろうか。

厄介事を起こしたとすれば、恐らくしっかり者の絹旗ではなく、もう一人の金髪欧米人の方だ。

ただ一つ間違いなく言えるのは、彼女はここぞとばかりに両手いっぱいの缶詰を山ほど買ってくるだろうということ。

何にせよ、滝壺にとって、思ったより早く掃除が終わってしまったことが、裏目に出てしまったようだ。

料理は全員揃ってから作り始めるという約束になっているので、早くもやることがない。

そこで、あの掃除を手伝ってくれた少女は何をしているのだろう、と辺りを見回してみる。



「・・あれ?」



困ったことに、その姿はどこにも見当たらなかった。

元々、空気のように薄い存在感だったとはいえ、いきなり居なくなると少しびっくりしてしまう。

しかし、大掃除したことでダンボールやゴミの山もなくなっているし、隠れられるようなスペースはないはずだ。

玄関に靴は置いたままで外に出た様子もないため、トイレにでも行っているのだろうと推測する。

掃除している最中もあまり会話がなく、一緒に居ても気まずいだけなので、滝壺にとっては逆に良かった。

そのとき、ピンポーンという陽気なチャイム音が鳴り響く、ようやく、どちらかのコンビが帰ってきたらしい。

トテトテと気だるそうに玄関に向かうと、ゆったりと玄関のドアが開いた。
146 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 21:53:11.35 ID:W.pT4bk0


「ただいまー・・」


「おかえり、はまづら、むぎの・・外は寒かったでしょ?」



先に帰宅したのは、相変わらず顔色の良くないマスク姿の浜面とぶるぶると身体を震わせる麦野だった。

二人ともそれなりに厚着をしていったし、送迎はタクシーだったので、

そんなにも長い間、この雪の中に晒されたわけではないのだが、かなり寒そうにしている。



「あ、でも部屋の中はあったかぁい・・暖房つけたのね」


「うん、もう一時間以上も前につけたから、外よりも暖かいと思う」



部屋掃除で滝壺が真っ先に取り掛かったのが、暖房のフィルター掃除だ。

一年ぶりというだけあって、埃だらけだったのだが、掃除機を使いながらそれほど苦もなく綺麗にできた。

暖房だけでは喉がカラカラになってしまい、風邪ひきの浜面には悪影響を及ぼすので、加湿器も置いてある。

水垢だらけの加湿器の掃除も苦労したものだが、謎の少女が手伝ってくれたので、こちらも難なく済ませることができたのだ。

寒さで赤く染まった鼻を触りながら、麦野が機嫌良さげに口を開く。



「感心、感心・・とりあえず、浜面をベッドに寝かせるから、ちょっと手を貸してくれるかしら」


「うん、分かった」
147 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 21:54:20.14 ID:W.pT4bk0


意識はあるものの浜面の熱は上がる一方で、とても一人にしておけるような体調ではないらしい。

一応、病院で一通りの薬はもらったものの、すぐに良くなるはずもない。

家に帰った後はすぐにベッドに横になって安静にしておくべきと診察医に言われたそうだ。

二人がかりで浜面を支えながら、四人は寝転がれるだろう大きなベッドに向かう。

ベッドの上には厚めで大きな茶色の毛布が置いてあった。

衛生上微妙なラインだが、絹旗たちが新しい布団を買ってくるまで、既存の布団で我慢するしかないのだ。

もちろん、その旨は麦野に伝えておいてある。



「・・ん?」



ベッドに浜面を寝かせようと毛布に手をかけた瞬間、麦野が何かに気付いたように眉根を寄せた。

その毛布が不自然に膨らんでいるのだ―――まるで、人がその中でダンゴムシのような体勢で寝ているような。

絹旗とフレンダは帰ってきていない、他に誰か居るとすれば、恐らく、先ほどから姿が見えない「彼女」だろう。

しかし、もちろん、そのことを麦野が知る由もない。



「あら、絹旗とフレンダ、もう帰ってきてたの?」


「あっ・・いや、その子は、たぶん・・」


「ほーら、さっさと起きなさいっての、邪魔よっ!!」


「ぐ。ぐぇ」



滝壺の制止を無視し、麦野は毛布の膨らみに向けて勢い良くカカト落としを放った。

女の子の声でありながら、ガマガエルが瞑れたような苦しげな悲鳴が小さくあがる。

毛布の中に潜り込むなんて子供のような悪戯をするのはフレンダくらいしか居ないと決め付けた麦野は、幾度となくそのカカトを放り込み続けた。
148 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 21:55:43.04 ID:W.pT4bk0


「いいからそこをどきなさい・・っての!!」


「うぐ。ぐぇっ」


「ほらッ、何とか言えッ、さっさと出てこないと真っ二つにするわよっ!!」


「う゛。ヴぇぉっ」


「あ、あ・・む、むぎの、そこまでにしてあげて・・!」



容赦のない攻撃を続けていた麦野が痺れを切らしたように、毛布をガバッとめくりあげた。

そこに涙目になって身体を抑えているフレンダの姿を想像しながら。



「むぅ。せっかくぐっすり寝ていたのに。誰が私の安眠を妨げたの」


「・・・」



そこにうずくまっていたのは、麦野の予想を裏切り、長い黒髪を持ったやや色白の美少女。

見間違えるほどではないが、雰囲気が少しだけ滝壺に似ている。

とにかく、麦野から見れば、いきなり現れた顔も知らない少女に目を丸くするばかりである。

そして、珍しく焦った様子を見せる滝壺に状況説明を求めるような視線を向けた。
149 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 21:56:27.11 ID:W.pT4bk0


「あ、あの・・その人、ぇーと、たぶん、迷子で・・私と一緒に部屋の掃除を手伝ってくれた人で・・、悪い人じゃないんだけれど、

 ちょっと変わったところもあるっていうか・・何ていうか、えっと・・こういうときって何て弁解すれば良いの、むぎの?」


「・・私に聞いてどうするのよ」



滝壺は分かりやすく説明しようと努力したらしいものの、さっぱり伝わらなかった。

さて、少女はというとカカト落としを喰らって身を捩じらせていたせいか、その自慢の黒髪が少しボサボサになっていた。

力なくベッドの上に座り込み、少し涙で目を潤ませたその姿はこの世に舞い降りたばかりの幽霊(?)のようだ。

強烈なカカト落としを受けたらしい脇腹を擦りながら、ジロリと麦野に目を向けている。

その視線に気付いた麦野もほぼ脊髄反射で睨み返し、忌々しげに口を開いた。



「で、アンタは誰なのよ」


「・・・」



ふと目を閉じ、胸元にある銀のクロスを指で一撫でした謎の少女は、

その瞳をゆっくりと開き、お行儀良く麦野に身体を向け、静かに口を開いた。
150 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 21:58:23.81 ID:W.pT4bk0


「・・私の名前は姫神秋沙。恋に恋する恋尽くしの乙女を応援する恋の星に生まれし恋天使」


「恋に恋する・・な、なに、もう一回言って・・?」


「恋のキューピッド。姫神秋沙。どうぞよろしく、ちなみにこれは恋の天使だけに与えられる十字架」


「な、何よそれ・・」



恋という語がゲシュタルト崩壊しそうな一連の流れ。

ワケの分からないことを言われた麦野はワケの分からないものを見るような目でワケの分からない少女を観察した。

あからさまに胡散臭いこと以外は特に何の特徴もない少女だが、よく見るとなかなかに整った顔だちをしている。

学年に一人くらいは居る、口さえ開かなければ美人なのになあ・・というタイプだろうか。

見た目からして女子高生なのだろうが、どうもはっきりしないというか、良い年して恋する乙女はどうだろう。



「私は貴方の恋を叶えるために。この部屋に舞い降りたキューピッド。さあ。貴方の好きな殿方を教えてほしい」


「ちょ、ちょっと待ってっ、何が何だか・・だから、アンタはどこの誰なのよっ、まさか、能力者・・他の暗部組織の手先じゃないでしょうね・・!!」


「のうりょくしゃ。あんぶそしき。何のことだか分からない。

 私を警戒しているのなら。ここで私が何の武器も持っていないということを証明するためにここでストリップしてみせても」



練習でもしているのかというくらいに手際よく制服を脱ぎ始めた姫神は、手始めに靴下を脱ぎ、ポイッとそれを麦野の頭の上に放った。

その麦野は真っ赤な顔をして、姫神の脱衣行為を力づくで止めにかかる。

同姓しか居ないならまだしも、ここには浜面が居るのだ、彼に年頃の全裸少女を見せるわけにはいかない。

それこそ、そんな痴態を見た単細胞の浜面の熱が臨海突破してしまうかもしれないのだ。

細胞分裂が物凄いスピードで促進され、浜面が死に至ってしまう。
151 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 21:59:35.53 ID:W.pT4bk0


「わ、分かったっ、信じる、信じるからやめなさいっ、男の目もあるんだから!!」


「そう。信じてくれれば。私は満足」


「・・何が何だかわからない」



とりあえず、無害なのは理解したが、厄介なものを抱え込んだなと麦野は呆れたように頭をかかえる。

ある日突然謎の美少女と同棲することになっちゃった!?――これが最近の深夜アニメでお馴染みの展開か。

また、自分にした説明と違うではないかと首を傾げているのは滝壺だった。

友達の部屋に遊びに来て、このマンションで迷子になったと彼女は聞いている。

しかし、今、彼女が言った恋する乙女やら何やらの話は、掃除中に話してくれた内容と180度違うどころの話ではない。

真顔で言っている様子から、精神に何らかの異常をきたしているのかと不謹慎な疑いをかけられてもおかしくないほどだ。

恐らく、今考え付いた咄嗟の嘘に過ぎないのだろうが、そうでなければ気違いすぎる。



「とりあえず、そこをどいてくれるかしら・・コイツを寝かせなきゃならないんだけど」


「あら。これは失礼」



ベッドから退いた姫神はそのまま、麦野、滝壺と一緒に大柄な浜面を寝かせる。

やっと安心できる環境に落ち着いたからか、すぐに浜面は寝息を立て始めた。

その顔には先ほどのまでとは違い、うっすらと安堵の表情が浮かんでいる。

姫神にとって麦野はもちろん、浜面も初対面であり、興味深そうに彼の顔を覗き込んでいた。

そして、麦野と滝壺の顔を交互に見比べ、不思議そうにその小さな口を開いた。
152 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 22:01:18.99 ID:W.pT4bk0


「で。この少年はどちらの彼なの」


「「!!」」



姫神がその言葉を発した瞬間、二人の動きがカチンと不自然に止まった。

第三者だからこそ、絶対に気になることなのだろう。

一つ屋根の下に男一人と女二人(正式には女四人)で暮らしているのだから、すったもんだあるのではないか、と。

硬直した二人は無表情でありながら、その裏に何かしらを渦巻かせているのだろう、視線だけはせわしなく動いている(特に麦野)。

数十秒の間を置いたあと、麦野がようやくその石の唇を割った。



「い、いや・・コイツは誰の彼氏でもないし・・」


「ああ。みんなの物という意味ね。それなんてエロゲって感じで」


「ち、違うっ!!」


「なら。どうして一緒に住んでるの。とても兄弟には見えないけれど。まさか一夫多妻制を取っていたり」


「え、いや・・あの」



矢継ぎ早に質問され、口を噤む麦野。

滝壺が居なければ、浜面は自分の彼女だと言い切ってしまったかもしれないが。

早くもポーカーフェイスが崩れそうになった麦野助けようと滝壺が呟き始めた。
153 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 22:01:44.08 ID:W.pT4bk0


「私たちは全員置き去り(チャイルドエラー)出身なんだけれど、自立できる年齢になったから施設を出て、昔の縁で一緒に住んでるだけなんだよ」


「そ、そう、腐れ縁って感じなのよね、別に疚しい関係なんかじゃないのよっ!」



姫神は怪訝そうな目で二人を見やるも、やがて、納得したように息を吐いた。



「なるほど。それは申し訳ない質問をしたね。許してほしい」


「大丈夫です、お気遣いありがとう」



ニッコリと微笑む滝壺に、姫神は深々と頭を下げた。

滝壺は意外と肝が据わっているので、普通ならバレそうな即興の嘘も平気な顔で言えたりする。

いざというときの判断は滝壺が最も優れている、その身を犠牲にしなければならない状況でも、だ。

まぁ、彼女が言った嘘は真実に当たらずも遠からずという具合なのだが。



「(ナイスワークだわ、滝壺・・)」



機転を利かせた滝壺のフォローに、心の中でグッジョブを送り、心の汗を拭った。

暗部組織だということが見ず知らずの人間にバレるのはかなり厄介だ。

麦野もただの女の子に詰め寄られたくらいで動揺するようなタマではないのだが、この姫神という少女は妙なプレッシャーを発する。

『自白強要』とかそんな感じの精神操作系の能力者だったりするのだろうか。
154 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 22:03:37.99 ID:W.pT4bk0


「・・一息つけたし、お茶を淹れてくるね」


「あら、気が利くわね、お願いするわ」


「ありがとう。甘えさせてもらう」



滝壺が隠れ家に残っているであろう緑茶だか紅茶だかを漁りにキッチンへ。

麦野はストンとベッドに腰を下ろし、背後に寝ている浜面を見つめていた。

彼には申し訳ないのだが、自分たちには普段比較的明るく振舞う浜面の弱った姿を見ることができたのは、

どこか新鮮で、新しい彼の側面を見れたような気がしたため、悪いアクシデントではないなと思った。

最近は暗部の仕事が立て続けに舞い込んでいたため、浜面も疲れていたのだろう、

仕事があれば必ず彼の運転で向かうし、雑用としての仕事も多くあったようで、精神的疲労もあるはずだ。

しかし、今は緊張感のない、良い意味で力の抜けた表情でぐっすりと眠っている。

決して整った顔立ちをしていないのだが、そんな見てくれなど関係ないたくさんの魅力が彼にはある。

自分が知っている彼の一面も、その一端くらいにしか過ぎないんだろうなとどこか寂しくも思う。

そんな感傷的な気分に浸っていた麦野に、ふと姫神が寄り添い、耳元にその口を近づけた。



「私には分かる」


「・・ど、どうしたのよ、いきなり」



いつの間にか息がかかるくらいの距離に顔を近づけていた姫神に、麦野は少したじろいだ。

視線を合わせた途端に、彼女のどこか悩ましげな黒の瞳に吸い込まれそうになる。

その無機質な顔から何の感情も読み取ることができないのが、なお不気味だ。

一呼吸置き、姫神は人差し指を麦野の眼前に突きつけ、再び口を開いた。
155 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 22:04:57.66 ID:W.pT4bk0


「貴方はこの少年に恋心。あるいはそれに限りなく近いものを抱いている」


「なっ・・、」



何言ってるの、と言おうとしたであろう麦野の唇に、姫神はその人差し指を優しく触れさせる。



「あら。違った?」


「・・当たり前でしょ、バカバカしい」



興味関心のないように、ふんッとそっぽを向いてしまう麦野。

予想が外れたらしい姫神はどこかつまらなそうに麦野を見つめていた。

そんな静けさの中、遠くで滝壺がチョロチョロと飲み物を茶碗に入れる音が聞こえてくる。

優雅なお茶の時間を過ごすには適さない雰囲気になってしまっていた。

機嫌を損ねるような質問をしてしまったかな、と姫神は少し反省の表情を浮かべている。

とりあえず、謝罪の言葉の一つや二つでも言っておいた方が良いだろうかと口を開こうとした瞬間、予想に反して、麦野の方からアクションを起こし始めた。



「・・もしもの話よ」


「?」


「もしも・・私がコイツを好きだっていうんなら、何だっていうのよ」



外に眼を向けたままの麦野は、ツンケンしている割に、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。

柄にもなくポカンと小さく口を開けていた姫神は、慌てて頭を切り替える。

新任教師を軽蔑していた女生徒がようやく心を開き始めてくれたのだ、それに答えないわけにはいくまい。
156 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 22:05:49.54 ID:W.pT4bk0


「最初に言ったよね。私は恋する乙女を応援するキューピッド。姫神秋沙」


「・・?」


「貴方と私が会えたのも何かの縁。私は全身全霊を懸けて、全力全開で貴方の恋を応援する」


「そ、そう・・まぁ、頑張ってね」


「どうして他人事のように言っているの。貴方の恋を応援すると私は言っているのに」


「勘違いしないでよねっ、さっき私が言ったことは『もしも』の話なんだって・・!」



勘違いしないでよねっ、なんてツンデレの定型句を素で吐ける時点で麦野に何らかの才能が垣間見える。

この少女は恐らく、羞恥心から自分の気持ちを正直に相手に伝えることのできない、よくいる内気な女子高生タイプだと姫神は分析する。

姫神を上回るプロポーションを持っていながら、こんな奥手な性格では宝の持ち腐れ。

何とかして、この少女の恋を成就させてやりたい、それが姫神の目的だった。

ちなみに、姫神自身にも想い人は居る。

彼女は麦野と違って積極的に攻めていけるタイプだが、どうしても相手は天性の鈍感さ故、姫神の意図を汲んでくれない。

おまけにその世話焼きな性格から、彼を慕う者も多い、男も、もちろん、女も。

そのせいかライバルは増える一方で、自分の知らない間に競争倍率が10倍くらいには跳ね上がっているのではないだろうか。

とにかく、いくら彼にアプローチをかけてみても、その影の薄さも手伝って、彼は友達以上に姫神のことを見てくれないのだ。

だからこそ、彼女は自分以外の恋する乙女の力になってあげたいと思っていた。
157 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 22:07:24.98 ID:W.pT4bk0


「そう。それは残念。それなら私がすべきことは一つ」


「・・何よ」


「あの子の恋を応援する」


「な゛っ・・!」



淡々話す姫神が指差す先には、マイペースにお茶の用意をする滝壺が居た。

その瞬間、麦野の表情が一変する。

それほど焦るほどのことでもないはずなのに、身体中からぶわっと汗が噴出したのが分かった。



「ちょ、ちょっと待って・・」


「待たない」



ぶっきらぼうに言い放った姫神は、すくっと立ち上がると、滝壺の元へ歩みだす。

そして、後ろに立つや否や彼女の肩にポンと優しく手を置いた、どことなく愉快な顔をしながら。



「ねぇ。貴方の好きな男性は誰」


「え・・」



姫神は、審判も唸るようなストライクゾーンド真ん中のストレートをキャッチャーミットにブチこんだ。

少し遅れて追ってきた麦野もお茶を淹れ終わり、さぁティータイムだと意気込む滝壺も、彼女の突拍子のない質問を聞いて、目を丸くする。
158 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 22:08:36.50 ID:W.pT4bk0


「貴方の好きな男の子。教えて欲しい」


「私の好きな、男の子・・?」



口を微かに開けたままの滝壺は少し考えた後、その口をそのまま大きく開けて、躊躇なく言い放った。



「・・はまづら、かな」


「っ・・!」


姫神の投じた一球を完璧にミートした。

ビクン、と肩を震わせたのはもちろん、麦野だ。

滝壺が口に出す名前はなんとなく予想はついた、それでも、麦野の動揺は顕著に表れている。

麦野が何か言葉を搾り出そうと口を開けたとき、それを遮るように再び滝壺が呟く。



「だって、私の周りにはまづら以外に親しい男の子って居ないから・・」


「なるほど。そういうこと」


「・・そ、そういうことね」



オウムのように姫神の言ったことを繰り返す、他に口から言葉が出てこなかったからだ。

滝壺が浜面に想いを寄せていたらしいというのは知っていた、麦野もそれを意識したことがある。

滝壺の方が自分よりも浜面に合っているのではないかと、劣等感に苛まれた夜も幾度あったことか。

だが、彼女の口からはっきりと彼女の想いを聞かされると、見たくなかった現実を否応なしに突きつけられたように思えて嫌になる。

目の前を流れる下水から出たヘドロを目の前に差し出されるような、見たくもないもの。

ただ、彼女が今言ったとおりの意味で浜面を好いているというならば、慌てふためく理由もない・・はずだった。
159 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 22:10:51.31 ID:W.pT4bk0


「でも・・」


「え?」



「私ははまづらのこと・・好きだよ?」




一瞬だけ、外気温より冷たい沈黙が降りる。

聞こえてくるのは、少し離れた場所に寝ている浜面の寝息と変わらずに降り続ける静かな雪の音。

そして、心臓の鼓動。

それは、自分のだったかもしれないし、もしかしたら、滝壺のだったかもしれない。



「(・・どういう意味?)」



麦野は目を見開いて思案する。

わざわざ滝壺が言い直した意味は何なのか、「好きだよ」を強調させた意味は何なのか、そのことだけを一心不乱に考えていた。

そんな彼女の苦悩を他所に滝壺はあっけらかんとした表情をしながら、お茶を乗せたお盆を持ち、微笑んだ。
160 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 22:12:09.29 ID:W.pT4bk0


「・・うん、お茶にしよう」


「気を悪くしたのなら謝るよ。女の子と会うとどうしても好きな子が居るかどうか聞きたくなってしまうの」



何だそれは。



「おかしな人・・・・あれ、どうしたの、むぎの?」


「え・・いや、なんでもない」


「・・むぎのも少しおかしいね」



ふふっ、と可憐な高嶺の花が咲くように小さく笑う滝壺。

しかし、その目だけは笑っていなかった。

これから起こる壮絶な戦いを予期していたかのように。







161 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/23(日) 22:19:07.74 ID:W.pT4bk0

おばんです、本日は以上です。

なかなか進展しないのは勘弁してやってください、もう癖みたいなものなので。


最近は画面に30分向かうだけで、眼が乾くわ疲れるわ物貰いができるわの一苦労です。

言い訳がましいですが、それが5月に入ってから遅筆気味な原因の一つになっています…。

では、おやすみなさい。
162 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/23(日) 22:27:57.69 ID:8KqfsM60
乙でした!
次回から修羅場多めの予感・・・ww
163 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/23(日) 22:34:23.02 ID:5d9uSYM0
乙乙
姫神ィィィ
164 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/23(日) 23:25:39.32 ID:mni3GXQ0
むぎのんそのロリコンプリンス第一位だからぁぁぁぁぁぁ!!

ふぅーやっとまとめからずっと言いたかったことやっと言えた
165 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/23(日) 23:44:14.87 ID:K./QLUko
乙です
姫神の活躍に期待ww
166 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/24(月) 00:43:42.03 ID:OVjyRYAO
おっつ乙
姫神はっちゃけすぎwwwwwwww
167 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/24(月) 01:27:14.15 ID:qLrNhIDO

かわいい麦のんのおかげで今日も生きていける
ゆっくりでいいから、無理せず書いていってほしい
168 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/24(月) 08:59:16.68 ID:j2nLwwDO
姫神期待乙ww
良いから早く目薬をさすんだ!
169 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/24(月) 15:12:55.94 ID:9406Kl.0
いつの間にか来てたぜ乙
170 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/30(日) 22:16:49.64 ID:/o3uu.A0


おばんです。

いきなりで申し訳ないのですが、今週から再来週にかけて、

少し立て込む予定なので続きの投下は困難になると思われます。

ただ、ゆとりができればすぐに投下を再開しますし、

途中で投げ出すようなことだけは絶対にないので、そこは長い目で見てやってください。

ちなみに、今現在の書き溜めは半端なので、投下を控えさせていただきます…。


あと、このタイミングで言うのもアレなのですが、

次に書くシリーズのお題やら何やらをリクエストしてもらえるとありがたいです。

自分の発想だと、そろそろベタでありがちな感じになってしまうと思うので。

もし、複数あるのなら、その中からピンと来たものを一つ取り上げる予定です。


では。

171 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/30(日) 22:24:34.15 ID:FUiUG7Qo
次に書くシリーズってのは新章扱い?それともまったくの別物?
俺は幸せそうなアイテムの面々がチラッとでも見れたら無問題な訳だが
何にせよ超期待して舞ってます
172 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/30(日) 23:13:23.91 ID:44YkBIDO
おばんです
期待して待ってる
今まで浜面の視点からってのが無かったから、浜面に密着してみるとか?
173 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/30(日) 23:17:53.61 ID:nPfvd8A0
お疲れさまです
ロリコンプリンスの話とか見てみたいですね
アイテムと逆視点みたいなかんじで
174 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/31(月) 02:17:29.63 ID:9.2.KwSO
無理して体壊すなよ


ロリコン視点でアイテム密着とかみんなで海とかプールとかポロリもあったりとかデュフフ
175 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/07(月) 01:32:57.15 ID:b03OgdI0
ここのむぎのんと滝壷は対等な立場でいいな
176 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/11(金) 06:35:00.15 ID:.h1ORSI0
秋を通過して本編とはパラレルな展開になったんだから、
一方通行だけでなく、スクールやメンバー、グループとかの他の暗部との接触も見てみたい。
任務上での共同戦線や衝突とかを
177 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/11(金) 22:25:21.51 ID:FlIJGcAO
マダー?
178 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/12(土) 20:11:57.13 ID:kcAGRUDO
麦のん分が足りない…
179 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/13(日) 10:01:29.01 ID:zgkGBeQ0
まだぁ
180 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/14(月) 00:43:06.27 ID:FfKEJMIo
マダァ?(・∀・ )っ/凵⌒☆コチンコチンコ
181 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/14(月) 02:38:11.42 ID:c7dhzEDO
今週もダメだったか…

発狂するで
182 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:34:10.45 ID:ZH1IZz60

―――――



「ふぅ・・超激しい戦いでしたね」



一方、絹旗とフレンダのデコボココンビは死屍累々となった眼下の食品売り場の惨状を見下ろしながら、上階に向かうため、エスカレーターに乗っていた。

食材を買い終え、さぁ帰宅だという矢先に飛んできた滝壺からの要請で、浜面のための新しい布団を買いに行こうとする途中である。



「まったくもー、びっくりしたよ。特売売り場をチラッと見たら、あの高校生と絹旗がガチバトルしてるんだもん」


「あれは避けることの出来ない争いだったんですよ・・まぁ、この通り、戦利品も手に入れることができたんですからね」



ニヤリと笑った絹旗の持つビニール袋に入っている食材の一番上に卵が2パックあった。

どうやら、勝利の女神は哀れな不幸少年ではなく、計算高い窒素少女に微笑んだらしい。

ただ、無傷というワケにはいかなかったらしく、彼女の右腕には大きな噛み跡があるようで、

絹旗はその痛々しい傷跡を労わるように左手を添えており、フレンダが心配そうにそれを見つめている。



「その噛み跡・・どうしたの?」


「あの銀髪シスターに噛まれたんですよ、『窒素装甲』の自動防御は効いていたはずだったんですが・・おかしな話です」



周囲の敵を退け、あと少しで卵パックに手が届くというところで、うちのめされて倒れていた上条に足を掴まれ、

体勢を崩した瞬間、どこからかミサイルのように飛んできたインデックスに右腕にガブリと一撃をお見舞いされたのだ。

拳銃の弾すら効かないはずの絹旗にインデックスのかみつき攻撃が通じた理由は、分かる人はもうお分かりだろう。
183 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:36:47.71 ID:ZH1IZz60


「へぇ、そりゃびっくりするね〜・・かわいそうだから缶詰一個あげよっか、一個だけ」


「超要りませんよ、そんな一口食べただけでお腹を超下しそうな缶詰なんて」



溜め息混じりの絹旗がフレンダの両手いっぱいの缶詰を睨む。

缶詰のデザインを注視すると、相変わらず理解不能な味ばかりが見られた。

余程のコアなマニアでないと買わないようなものばかりで、食品売り場の端の方に追いやられていると思われるものばかりだ。

フレンダが呆れたように口を開く。



「結局、そういうのが日本人の良くないところって訳よ、実践したことのないものを何でもかんでも批判して」


「『アイテム』に入ったばかりで何も知らない浜面がフレンダの缶詰をつまみ食いして、丸一日使い物にならなくなったのをもう忘れたんですか?」


「あ、あれは浜面の胃袋の貧弱さがいけないんだよっ、私はむしろ缶詰を食べることにより胃酸が活発に〜・・」


「あーもー、うるさいうるさい超うるさいですっ」



しつこく飛び回るハエを追い払うように、フレンダを払いのける。

このとき、絹旗はフレンダの缶詰モードスイッチを不用意に押してしまったことを後悔していた。

憎憎しげに絹旗が罵詈雑言を浴びせる。
184 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:37:30.95 ID:ZH1IZz60


「フレンダが何かの拍子に死んだときは、死体が埋まるくらいの超大量の缶詰を棺桶の中に詰めてやりますよ、

 だから、化けて出てきて缶詰をせがむようなことは絶対にしないでくださいね」


「わはーいっ、墓参り毎に缶詰を支給してくれると助かるかなーっ!!」


「・・・・」



面倒臭いので相手にするのは止めておこう、と絹旗は顔をそむけた。

「アイテム」の中で二人で居ると一番扱いに困るのは、実はこのフレンダだ。

浜面はただのパシリで、麦野はよく衝突するけれども面倒臭いほどではなく、滝壺に関しては、むしろ会話が続かない。



「悪かったよ絹旗〜、だから機嫌直してよーっ」


「はいはい、布団売り場のある5階に着きましたよ、レズだと思われると嫌なのでさっさと離れてください、超不快です」


「あぁんっ!」



抱きつくようにベタベタしていたフレンダは物足りなさそうに絹旗からその身体を離した。

ちょいレズの彼女にとって、女の子にベタベタするのは何事にも勝る至福の時なのだ。

ちなみに、麦野に対しては絶頂寸前レベルになる(失言)。



「さて、どうしますかね・・」
185 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:38:33.47 ID:ZH1IZz60


気を取り直した絹旗とフレンダは二人仲良く(?)、新品の布団を漁りに歩き出す。

その階は家具やインテリアなどを中心に扱っており、常盤台を始めとしたお嬢様階級の学生たちがよく訪れるという。

さすがは「セブンスミスト」と真正面から争うことのできるデパートに君臨する店である。

シャンデリアのような形をした照明は店内を明るく上品な雰囲気に包み、擦れ違う多くの女学生たちも気品を漂わせていて、

財布の中にどれくらいの金額が入っているのか確かめたくなるほどの金持ちばかりに見えてしまう。

恐らく、中身だけでなく、財布そのものも庶民の目を吹っ飛ばすような値段なのだろう。

さて、二人の周囲には真っ白なベッドやメロン色のソファ、空色の大きなカーペットなど、

初めての一人暮らしや気分転換のリフォームには丁度良いものばかりが売られている。

真新しい家具や珍しいインテリアを横目で見ながら、目的の布団売り場に近づいたフレンダが口元に手を当てながら呟いた。



「結局、布団っていくらくらいが普通なのかなぁ?」


「さぁ・・どうせ浜面の寝る布団なんですから、超安っぽい奴で良いんじゃないですか?」



絹旗が呟きながら手を置いた布団はごく一般的なクリーム色の布団だ。

ふわふわとした手触りは心地良く、何となく良い匂いもするし、不眠症を患う学生も安眠できるだろう。

彼女たちは、育ちはともかく経済力だけは常識はずれなので、こういったものの相場がイマイチ分からないのだが、

どの布団も値段はそこそこの金額なので、手頃といえば手頃かもしれない。

絹旗を見たフレンダは何やら渋い顔を浮かべている。



「でも、私たちもそのうち使う奴でしょ、それなりに高いやつ買いたいけどなー」


「そうですねぇ・・物を選ぶことに限っては麦野みたいにセンスのある人が適していますから」
186 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:39:14.59 ID:ZH1IZz60


二人の周りには何種類もの色とりどりの羽毛布団が畳んで並べられていた。

どれも暖かそうで布団としては文句はなく、デザインも悪くはないのだが、値段が似たり寄ったりでどれを買うか迷ってしまう。

うーんうーんと手を組んで悩む絹旗の横で、頭上の豆電球が光ったフレンダがポンッと手を叩いた。



「よし、決めたッ!!」


「お、バカなりに決断力がありますねぇ、で、どれを買うんですか?」


「バ、バカなりって・・」



あれですか、これですか、と絹旗があちらこちらの布団を指差すも、そのどれにもフレンダは頷かないでいた。

鼻息を荒らくする彼女のドヤ顔を見た絹旗は本能で嫌な空気を感じ取る。

彼女がこういう表情をするときは大抵ろくでもないことを考え付いているからだ。

頭に「汗」マークを浮かばせる絹旗に、フレンダは満面の笑みで話し始める。



「キーワードは『発想の逆転』だよ!!」


「『発想の逆転』・・、某裁判ゲームのやり過ぎか何かですか、フレンダ?」


「・・結局、”どれかを選ばなければならない”という概念を覆してしまえば良い訳よ」



ギクリと肩を震わせた絹旗は、自信たっぷりの提案者を睨んだ。
187 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:40:42.99 ID:ZH1IZz60


「まさか・・ここにある布団のすべてを買い占めるなんてこと言いませんよね・・?」


「・・さすが今泉くん、君でも気付きましたか」


「何を超バカなことを言い出すんですか、貴方という人は」


「え、おかしなこといったかな」



ズラリと眼前に並ぶ羽毛布団は、多めに見積もっても軽く20種類を越している。

さすがの『アイテム』の資金力を持ってしても生活費に影響を及ぼすレベルだ。

フレンダの金銭感覚のズレっぷりはいずれ矯正するにせよ、今ここで布団を衝動買いするわけにはいかない。

衝動買いというか大人買いというか・・常識外れな提案である。



「真面目に考えてください・・それとも、超真面目に考えてそれですか?」


「いやぁ・・私たちの隠れ家っていっぱいあるし、布団が何枚あっても困ることは・・、ひぅっ!?」



そのとき、唐突に何かに怯えるような反応を示したフレンダに、絹旗が眉間に皺を寄せる。
188 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:42:13.41 ID:ZH1IZz60


「ごめん、ちょっと!!」


「・・どうしたんですか、フレンぅあっ!!?」



フレンダが絹旗の腕を引き寄せ、近くにあった売り物のベッドの布団の中に一緒に潜り込んでしまった。

その布団にデザインされた可愛らしいカエルの顔が大きく歪む。

絹旗の手から離れたビニール袋がグチャリと嫌な音を立てて、すぐ横の床に落ちてしまう。

もがもがと暴れる絹旗の口をフレンダが強引に手で抑え、布団からはみ出さないように身体を縮こめた。

二人とも小柄な方なので、すっぽりとそのピンクの布団の中に納まってしまっていた。



「<ちょ、何するんですかっ、売り物ですよ、この布団!!>」


「<良いから黙っててっ、理由はすぐに分かるから・・>」


「<・・・?>」



フレンダがシ〜ッと口元に人差し指を当てる。

何が何だか分からないまま、絹旗は止むを得なくそれに応じた。

そのとき、絹旗の手に水滴のようなものが付着する、どうやら、フレンダの汗らしい。

暗がりの中でも、彼女の頬に一筋、二筋の汗が垂れているのが分かった。

なぜ、そんなにまで焦っているのかと思ったとき、外から女子学生と思しき声が聞こえてくる。
189 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:42:50.67 ID:ZH1IZz60


「・・言わせてもらいますけれども、あの場で電撃を放ったお姉さまが悪いんですのよ?

 わたくしがせっかくお姉さまと愛に溢れる熱い夜、すなわちラヴ・ホットナイトを過ごそうと思いましたのに」



近づいてくるのは、何処かで聞いたようなお嬢様口調で今は珍しいツインテールの髪型をした小柄な少女。

そして。



「アンタがそんなことしなければ、布団をあやうく火事寸前まで焦がすことなんてなかったっつーの・・」


「まぁ、寮監命令とはいえ、そのおかげでお姉さまと二人きりで布団を買いに行く(自腹)という、

 強制デートできることになったんですから、結果オーライといったところですの」


「・・人の話聞いてんの?」



不機嫌にビリビリと額の辺りに電気を迸らせているのは、ご存知「常盤台の『超電磁砲(レールガン)』」として有名な学園都市第三位の超能力者、御坂美琴嬢。

見た目は普通の中学生の女の子なのだが、とある理由から「アイテム」と戦闘したこともあり、リーダーの麦野沈利とも互角に渡り合った実力者だ。

フレンダが慌ててベッドの中に隠れた理由は、美琴の姿がチラリと見えたかららしい。

ちなみに、フレンダは彼女と戦闘した末にあっけなく敗北しており、そのときに浴びせられた電撃がトラウマとして身体に染み付いてしまっているのだ。



「<『超電磁砲』ですか・・なるほど、貴方が顔を合わせたくない理由も分からなくはないですね>」


「<あっちが私のことを覚えているかは知らないけど、結局、できれば擦れ違いもしたくないって訳よ・・>」



暗がりでもフレンダの澄んだ蒼い瞳が不安で曇っているのは容易に想像できた。

絹旗自身も第三位に出くわしたくないというのが正直な感想である。

日頃から第四位の我儘に振り回されているというのに、それを上回る第三位にとやかく言われるのは面倒だ。

息を潜める二人はお互いに同調するようにひそひそと話し続ける。
190 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/14(月) 22:43:15.50 ID:/6RefvMo
キタ――――(・∀・)―――――― !!
191 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:43:31.71 ID:ZH1IZz60


「<・・下手なことをして麦野に知れたら、またオシオキされるでしょうしね>」


「<そ、それはそれで良いかもしれないわ・・>」


「<その場合は事後処理が超面倒なので、フレンダの屍はここに超放置していきますけど良いですか良いですね?>」



水面下でそんな話し合いが続けられていることも知らず、二人の女子中学生は絹旗たちが隠れているベッドに着実に近づいてくる。

美琴は変わらず不機嫌にピリピリと静電気?を撒き散らしていた。



「せっかくの休みなんだから、さっさと布団買ってさっさと寮に帰るわよ、寮監が鬼みたいな顔して待ってるだろうし」


「そ、そんなっ・・休みの日だからこそ、このように優雅にお買い物をするのが有意義だと思いませんの、お姉さまっ!?」


「私はベッドに寝転がって漫画雑誌でも読んで笑った方がよっぽど有意義だわー」



と、愚痴る美琴はおもむろに近場にあったベッドの布団に目を向けた。

そのとき、彼女の顔が太陽のようにパァッと明るくなる。

その後、白井の視線に気付いた途端に顔色を変え、ダラダラと汗を流しながら、錆びた歯車が回るように振り向く。



「・・・く、黒子、このピンクの布団なんて・・ど、どうかしら?」



どもりにどもった美琴が指差した先には、ショッキングピンクでゲコ太の顔が描かれたお世辞にも良いセンスとはとは言えない布団があった。

まーた、お姉さまの悪い癖が出ましたわね・・と黒子は頭を抱える。
192 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:44:10.46 ID:ZH1IZz60


「えーと、お姉さま、もしかしなくとも、そのド派手なピンク色の、

 子供っぽいカエルの顔が描かれたハイセンスすぎるお布団をご所望していらっしゃいますの・・?」


「え、いや・・ちょ、ちょっと言ってみたに決まってるじゃないっ、黒子ったらいつから冗談が通じなくなったのかしら・・!」



あはは、とぎこちなく笑う美琴の指は、言葉とは正反対にその布団を指しただままである。

そこまでしてそんな布団が欲しいのだろうか、と黒子は美琴の子供心から来る執着心に呆れ果てていた。

銀河一愛しているお姉さまといえど、その子供趣味だけはいただけない。

『常盤台の超電磁砲』としての品位を下げる唯一の短所だからだ。

いい加減に短パンを履くこともゲコ太のストラップを持ち歩くことも子供趣味なので止めて欲しい。

常盤台中学の御坂美琴という少女は、何よりも崇高で誰からも尊敬されるような存在で、

気品と実力を兼ね備えた完璧な、そして、願わくば自分だけの存在であってほしいと白井は心から思っているからだ。

ただ、テコでもゲコ太柄の布団を離してくれそうにないので、とりあえず妥協策を勧めておく。



「ふぅ、分かりましたわ・・わたくしもその布団の性能を確かめさせていただいて、

 お姉さまの安眠をお約束してくれるようであれば、購入しても良いということでよろしいですの?」


「ホントッ!?
 
 ・・じゃなかったっ。ど、どうしてアンタの許可を貰わなきゃいけないのよっ、

 っていうか使い物にならなくなっちゃったのは私の布団なんだから、私が買うかどうかを決めるべきでしょ・・」


「はいはい、分かりましたから・・」



余程嬉しいのか、美琴の肩が小刻みに揺れているのが目に見えて分かる。

子供っぽさが抜けないのはいただけないのだが、白井にとって機嫌の良い美琴の顔を見るのは悪い気はしなかった。

そのとき、白井が布団の質などを確認しようと布団に手を触れた瞬間、それがもぞもぞと一人でに動き出す。
193 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:44:42.23 ID:ZH1IZz60


「な、なんですの・・?」



その不気味な動きに驚いた白井は布団をめくろうとしたその手を止める。

すると、布団の中からくぐもった謎の声が聞こえてきた。



「私はこの布団に住まう布団の妖精。結局、貴方がたはこの布団を購入しようとしているのかしら?」


「・・・」



白井があからさまに胡散臭いものを見るような目で布団の膨らみを睨む。

子供っぽさの抜けない美琴と違い、大人びている(つもりの)白井にとっては、どこぞの子供のおふざけに付き合う義理はない。

個人的には布団の買い物などさっさと終わらせて、美琴を誘って食事やら映画やらに行きたいのだ。

一方、布団の中では怒り心頭の絹旗がフレンダの頬をつねりまくっていた。



「<あ、貴方は何を超馬鹿な行動を始めているんですかっ・・!!>」


「<だ、だって・・こうなったら『超電磁砲』の子供心をくすぐる戦法を取ろうと・・>」


「<『超電磁砲』がこんな子供騙しにひっかかるわけがないでしょうっ、いまどき幼稚園児でも分かるような芝居を・・!!>」


「<あでで・・ほっぺたをつねるの止めてよっ!>」



激しく動き出す布団を見下ろしながら、ツインテールを手で振り払った白井が半分不機嫌に言葉を吐く。
194 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:45:20.10 ID:ZH1IZz60


「・・何をおっしゃっているのか分かりませんが、隠れんぼなら他の場所でやってくださいまし。

 お姉さまがこの布団を買うと決めているのですから・・、ねっ、お姉さま?」



しかし、白井がパッと笑顔を振るまいた先には、先ほどとは違う意味で肩を震わせた美琴が居た。



「ふ、布団の妖精・・きっとこのゲコ太よ、ゲコ太がこの布団に乗り移ったんだわ・・!」


「お、お姉さま・・?」



その目がゲコ太に変わってしまっていたため、美琴は完全にファンシーモードに入っていたのが分かった。

白井がその目を覚まさせるように肩を掴んでガクガク揺らすものの、美琴の目は布団(正しくは、布団にデザインされたゲコ太)に釘付けである。



「<あ、あれ、何かよくわかんないけど上手くいった・・?>」


「<何が何だか超分からない・・>」



予想外の展開に混乱する二人。

一方の美琴は布団に手をつき、膨らみに向かって切なげに口を開く。



「・・私はどうしたら良いのかしら、ゲコ太。貴方を買っても良いの、買うべきなの?」


「ゲ、ゲコゲコ・・貴方はとても良い子だね、私としても貴方と一緒におやすみしたいゲコ」



鼻をつまんだまま、フレンダは必死にゲコ太になりきる。

普段から可愛らしい人形を使った戦法を取っているせいか、何となく手馴れた感じがするのは気のせいではないだろう。
195 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:47:01.57 ID:ZH1IZz60


「私とゲコ太は相思相愛だったのね・・黒子、決めたわっ、このゲコ太を買う!!」


「・・まぁ、お姉さまが幸せなら私はそれで良いですけれども」



美琴の暴走を止めるのを諦めた白井は、苦笑いしながら行く末を見守る。

というかこんなに派手な布団を寮監が認めてくれるのだろうか。

お世辞にも、気品高い常盤台のお嬢様が愛用する布団には思えないのだが。



「ちょっと待ってほしいゲコ・・」


「ど、どうしたの、ゲコ太。いきなり元気がなくなっちゃったみたいだけど・・」



フレンダ acts ゲコ太の声のトーンが下がり、膨らみによる皺のせいか、デザインされたゲコ太が悲しげな表情に変わる。



「私は布団の妖精・・だけど、人にその姿を見られるわけにはいかないゲコ、

 姿を見られてしまっては、二度と貴方に話しかけることができなり、消えてなくなってしまうゲコ・・」


「そ、そんなっ・・」



胸に手を当てた美琴が切なげに小さく叫ぶ。

その瞳には微かに熱いものがこみ上げてきていた。
196 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:47:46.42 ID:ZH1IZz60


「<このゲコ太とか言うカエルの語尾にはゲコゲコとか付くんですか・・?>」


「<知らないけど・・この方が愛着沸くじゃん>」


「<はぁ・・?>」



そんな水面下の様相を知らない美琴は悲しげに訴えを続ける。



「じゃあ、私はどうすれば良いのっ・・!?」



少し間を空けた後、少しだけ震えた演技をする声が響く。



「・・少し、顔を伏せておいてほしいゲコ、そうすれば、その間に私はこの布団の中から抜け出して、身を隠すゲコ・・。

 結局、この布団からは離れることになるけれど、私は貴方のことを遠くから見守っていくゲコ」


「っていうことは・・もうゲコ太と会うことはできないの・・?」


「大丈夫、いつか、きっと会うことができるゲコ・・何故なら、私と貴方はこれから毎晩一緒に寝るんだから・・」


「ゲコ太っ・・!!」



涙腺崩壊。

美琴はその場に膝から崩れ、顔を覆い、小さくすすり泣いた。

彼女は誰に何と言われようとゲコ太を愛し、食べるときも寝るときも排泄するときもゲコ太(か、某ツンツン髪の少年)のことを考えた。

あの緑色の丸みを帯びた愛らしいルックスを持ったカエルは辛いときも悲しいときも美琴を元気づけてくれた。

その相思相愛のゲコ太と夜を共にすることができると思った矢先に、別れを告げられてしまった絶望感は半端ではない(らしい)。
197 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:48:35.68 ID:ZH1IZz60


「ぇぐ、分かった・・私、伏せてるから、今のうちに逃げて・・ゲコ太」


「ありがとうゲコ・・いつかまた貴方の前に姿を現すことのできる日が来るのを待っているゲコ」


「・・うん」



美琴は両手で顔を覆い続けたまま、下を向いた。

彼の姿を見るわけにはいかないからだ。



「<何だか良く分かりませんが、これで逃げられるみたいですね>」


「<『超電磁砲』がこんな純真無垢な乙女ハートを持ってたのは意外だったけどさ・・>」



作戦成功と言わんばかりにフレンダは笑う。

とりあえずこの二人が去るのを待ってから、再び布団を買い漁ることにしよう。

もぞもぞと布団から抜け出した二人がロケットスタートで一時的にその場を立ち去ろうとした瞬間だった。



「・・カエルの妖精さんがただの子供二人組だったとは、わたくし、知りませんでしたわ」


「「うげっ!?」」



絹旗とフレンダの前に立ちはだかったのは、ツインテールにですの口調の白井黒子。

過剰に意識していた美琴を封じただけで満足してしまったのが不覚だった。

二人は白井が誰なのかは知らないが、彼女が美琴と知り合いである以上、これが芳しくない展開なのは瞬時に理解できた。
198 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:49:11.80 ID:ZH1IZz60


「え、黒子、何か言った?」


「いいえ。お姉さまはそのまま伏せていてくださいまし、その泣き腫らしたお顔を一般人に晒すわけにはいきませんの」


「???」



太股に装備していた鉄矢を『空間移動』によって手中に収めた白井は、

ツインテールの髪をゴルゴンみたいにうねうねと動かし、ジリジリと後ずさる絹旗とフレンダを親の仇でも見るかのように睨み付けた。

愛する者を誑かした輩に対してはそれなりの制裁を必要とするのだ。



「さて、わたくしの愛するお姉さまを弄んだツケを払っていただけるんですの、お二人さん?」



カツン、カツンと靴を鳴らし、徐々に近づいてくる殺気立った白井を前に絹旗とフレンダはどう出るのか。

拳を強く握った茶短髪の少女はとりあえず金髪碧眼の同僚に出方を伺う。



「くっ、思わぬ伏兵が・・どうします、フレンd」


「よし、絹旗!後は任せたっ!」


「んなァっ!?」



間髪入れず、すべてをうっちゃったフレンダが素晴らしいスタートを切った。

彼女らしいといえば彼女らしい他力本願っぷりである。
199 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 22:49:44.52 ID:ZH1IZz60


「ちょ、ちょっと、フレンダッ、待ってください!」


「大丈夫、そんな絹旗を私は応援してるー・・!」



驚いて振り返った絹旗の瞳に映ったのは、缶詰を持ったまま、ベタな土煙をあげ、その場から猛然と立ち去るフレンダの後ろ姿。

彼女の声が段々と遠くなり、聞こえなくなった頃には、白井が絹旗に勢い良く飛び掛っていた。


その後、このデパートで乗客避難の警報が鳴り響くほどの騒動が起こったことは言うまでもないだろう。






200 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/14(月) 23:01:53.69 ID:ZH1IZz60


おばんです。

さすがに二週間以上も間を空けてしまうのは失礼すぎると思い、

今回は生存報告程度で投下したので色々と荒削りな箇所もありますが、ご容赦ください。

こちらの山場は越えたので、また週一ペースくらいで投下していく予定です。


次作品のことですが、先日のアンケートや他のスレを参考にすると、一方通行絡みの人気の高さを実感します。

順番的にはシリアス気味のものを書きたいかなと思っているので、>>176辺りを軸に。

今までの作品はできるだけ原作で敵対関係にあった者同士は鉢合わせないようにしていたのですが(浜面×一方、麦野×美琴、etc)

今考えるとかなり意味のない決まりですし、そういったルールを取っ払う的な意味も含めて構想を練っていこうと思います。

前回のオリ少女の話は粗い箇所が多かったので、次回はその反省も含めて少しは気合の入れたものを書いていこうかな、と。


では、おやすみなさい。
201 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/14(月) 23:07:43.49 ID:9GUU5Go0
乙!

後書き見たときに真っ先に浜面×一方が目に入って
まさかのウホッな展開かと勘違いしてしまったよ
202 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/14(月) 23:14:08.15 ID:ku5dvGU0
このSSの麦野×美琴はある程度は仲良くなれそうな気もする
203 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/14(月) 23:30:33.58 ID:jEhV2n.o
>>200
乙です

のんびり待ってるよー
204 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/14(月) 23:33:54.95 ID:c7dhzEDO


>>202
想い人はそれぞれ違うし、恋愛面では衝突することはなさそうだな
205 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/15(火) 01:11:01.92 ID:1blL04o0
乙!
フレンダと美琴のコントに癒されたww
206 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/15(火) 13:11:10.85 ID:BsVfBcAO
キテル――――(゚∀゚)―――――!!

乙乙
207 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/15(火) 20:39:27.34 ID:om/0aFc0
更新きたあああああああ
208 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/17(木) 21:12:12.91 ID:XnGhbaso
遅くなったが乙!
続きも楽しみにしてる
209 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 21:51:07.69 ID:nsZZGOk0


―――――


「しっかし、絹旗たち遅いわねぇ・・」


高級感溢れるベージュのソファに背を預けていた麦野は紅茶をすすりながら、優雅に窓の外を見やる。

外は相変わらず景気の良い白雪が舞っており、見ているだけで肌寒さが伝わってくるようだった。

買出しでこの寒さの中に放り出された絹旗とフレンダは大丈夫だろうか。



「・・これできぬはたたちが風邪ひいちゃったりしたら、本末転倒だね」


「そうなると二人を看病しなきゃならないわ仕事の負担は増えるわで・・まぁ、最悪ね」



それでも、絹旗はしっかりしているし、フレンダはおバカさんなので風邪をひくようなタイプではないので要らぬ心配だろう。

ぶっちゃけ、麦野がすべてを吹っ飛ばしてしまう小細工のなしの力技で「アイテム」の任務をクリアしても良いわけのだが、

それはそれで彼女にとって遣り甲斐がないし、そもそも組織である必要性がない。

何の為に「アイテム」という組織が確立されているのか、その意味とは何か。

それが分かる日は来るのかもしれないし、来ないまま解散してしまうかもしれない。

それを一番理解するべきであろう「アイテム」のリーダー・麦野は片目を閉じながら、滝壺に指示する。



「とりあえず、ちょっと電話してみてくれるかしら」


「うん、わかった」
210 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 21:52:16.48 ID:nsZZGOk0


滝壺がジャージのポケットに入れていた質素な携帯を取り出し、開く。

液晶に映し出された現在の時刻は正午過ぎ、いい加減に昼食準備のタイミングというものを考えなければならない。

そのため、絹旗とフレンダがいつ帰ってこれるかを聞いておかなければならないのだ。

知っての通り、いつも美味しい食事を作ってくれる家政夫・浜面はダウンしており、

食事係が(もとい、食事を満足に作ることができるのが)滝壺しかいないのは困りごとなのだが、止むを得ないことである。

(麦野が人の食べることのできないような料理を作るよりはマシ的な意味で)

そんなこんなのうちに絹旗と電話が繋がり、滝壺が両手で携帯を持ちながら、喋り始めた。

どうでも良いですけど、女の子の両手持ち電話って萌えますよね。



「・・もしもし、きぬはた?」


『た、滝壺さんですかっ、ちょっと今超取り込み中なので、少し経ったらまたかけ直しま、あいたぁっ!?

 ちょっ、ちょっと、何か鉄の矢が超刺さってっ・・うきゃぁぁぁぁぁっ!!』


「・・き、きぬはた、きぬはた?」



らしくない狼狽しきった絹旗の声はブツン!という強引な切断音と共に途切れてしまった。

何が何だか分からないまま、強引に音が切れてしまった携帯電話を見つめる滝壺がその目をパチクリさせる。

鉄の矢? 超刺さる? うきゃぁぁぁぁぁっ?
211 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 21:53:43.04 ID:nsZZGOk0


「・・むぎの?」


「聞こえてたけど・・ま、放っておいて大丈夫でしょ」


「で、でも、鉄の矢がどうたらこうたらって・・きぬはたが」


「何が起こったにしろ自分のミスは自分で取り返す。汚名返上の精神が暗部組織の鉄則よ」


「・・・」



助けに行くのが面倒くさいというのが彼女の本心であるのが、ぼんやり思考の滝壺にもはっきりと分かった。

美しいロングヘアの毛先をくるくると器用に指先に巻きつけながら、目を閉じたままの麦野は小さな溜め息をつく。



「焦ってる割にそんなに緊張感は伝わってこなかったし、何とかするでしょ、アイツなら。

 とりあえず、もう一人の缶詰バカの方にも連絡入れておいてくれるかしら?」


「・・うん」



絹旗の安否が気掛りなものの、ピッ、ピと携帯をいじくり、フレンダに電話をかける。

こちらは先ほどの通話と違い、何とものんびりした間の抜けた声が耳に入ってきた。
212 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 21:54:30.06 ID:nsZZGOk0


『あ、滝壺さん、やっほー、もうすぐそっち戻るからお昼ご飯の準備お願いするねーっ』


「うん、任せて。・・ところで、きぬはたに何があったか知ってる?

 さっき電話したんだけど、何かトラブルに巻き込まれてるみたいで・・」


『絹旗は犠牲になったのだ・・』


「・・え?」


『とにかく、身体が芯からあったまるようなモノをお願いするねっ、じゃまた後で!』


「ちょっ・・!」



都合の悪いことでも聞かれたように早々と通話をシャットダウンするフレンダ。

どうして良いか分からず、滝壺は再び麦野に助け舟を求める。



「・・むぎの?」


「私の勘だと・・まぁ、あの缶詰バカはトイレの便器に頭から突っ込むの刑ね」



南無。
213 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 21:55:15.66 ID:nsZZGOk0


「先ほどから。私の存在が忘れられているようなのだけれど」


「あら、居たの?」


「居たの」



不満を漏らすような声をあげた姫神はティーカップを手中で揺らしながら、麦野と滝壺を見回す。

半分寝ているような開き具合の不可思議感マックスの瞳は滝壺そっくりである。



「アンタ、そろそろ出ていかないと不味いんじゃない、友だちが待ってるんじゃないの?」


「友情も大切だけれど。恩返しも大切ということ」


「・・何か恩返しされるようなことしたかしら、私たち?」


「コーヒーと紅茶をもらった」



それだけ静かに呟くと、再度カップに口をつけ、紅茶を音も立てずにすする。

紅茶はともかく、コーヒーは勝手に自分で飲んだのでは・・と滝壺が首を傾げる。

甘い茶葉の香りに眉を緩ませた姫神は小さな吐息を漏らし、テーブルに向かい合って座っている麦野に視線を送った。
214 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/20(日) 21:56:05.41 ID:IVOKYsI0
きてる!!!!!ひゃっほーーー!
215 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 21:57:44.08 ID:nsZZGOk0


「何にせよ。私は貴方たちに恩返しがしたい。これらを使って」


「「?」」



姫神が指す『これら』"は、彼女がいつの間にか持っていた学生鞄の中からその姿を現した。

どれも新品同様に綺麗で、素人目だが、素材も良いものを使っているように見えた。

足元に散らばった中の一つに目が留まる。

いくつかある中で、真っ先に『それ』に目が行ってしまったのは誰の影響だろう。

『それ』に手をつけた麦野が胡散臭そうな目を姫神に向けて、文句同然に言い放つ。



「こ、これは・・何?」


「見て分からないのなら。貴方も相当の常識知らず」


「いや、これらが何だかは分かるけどどうしてこんなものをアンタが持ってるのよ、

 っていうか、何でこのタイミングで出してきたのよ・・?」


「それはひとえに。彼に元気になってもらうため」


「・・彼?」



彼、とは―――勿論、この部屋に男は一人しか居ない。

麦野は目の前の女が今からとんでもない提案をするのではないだろうかと危惧していた。

それを自分が心の中で期待していたのも。
216 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 21:59:39.99 ID:nsZZGOk0


「貴方たちは少なからず彼に好意を抱いているはず。そして。日頃の感謝の気持ちを何かしらの形で伝えたいとも思っているはず・・違う?」


「・・そ、そんなワケっ、」


「違わない、かな」


「!」



麦野の否定を遮るように、姫神に同調したのは他でもない滝壺だった。

彼女の目はしっかりと開かれ、何らかの強固な意志を帯びているように見える。

そんな彼女を半ば呆れ、半ば驚きの表情で見ていたのが麦野である。

その視線を気にせず、普段は物静かな滝壺が淡々と言葉を並べていった。



「はまづらは雑用で下っ端で能力も使えないただの男の子だけど、いつも私たちのことを一番に考えてくれてる。

 そのことを言うと、はまづらはいつも照れくさそうに否定するけど、あの表情は図星のはず。

 だから、私ははまづらに何かしてあげたいと思っているけれど、何をすればはまづらが喜んでくれるか分からない・・だから、」



コクリと滝壺は小さく頷き、姫神も満足そうに頷いた。

しかし、あまりの展開の速さについていけない若干一名が冷や汗混じりに請えをあげる。



「ア、アンタたちは何を言ってるのよ・・私にはさっぱり・・、」


「貴方がしないというのなら。貴方は指を咥えて。この子の『恩返し』を遠くから見ていると良い。この子が彼に『恩返し』をする様を」


「な、がぐっ・・な、何でその『恩返し』に卑猥なアクセントを乗せるのよ・・アンタは」
217 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:00:53.28 ID:nsZZGOk0


「貴方には覚悟があるのかどうか。それだけを問うている」


「か、覚悟・・」




麦野は顔を真っ赤にしながら、歯を食いしばり、握った手を震わせる。

恥も外聞もなく、そんな小っ恥ずかしいことをするのが自分のプライドにどれだけの傷をつけるのか。

そのことを考えると、『それ』に伸びる手が止まってしまう。



「・・・」



ただ、彼のことを想うと・・。



「・・ったわ」


「え?」


「分かったって言ってるでしょうっ!私もすれば良いんでしょっすればぁぁっ!」



ドバン!とテーブルを両手で叩いた麦野の耳は唐辛子みたいに赤くなっていた。

それを見た姫神は腕を組み、満足そうに頬を緩ませる。

しかし、その横にちょこんと座っている滝壺の表情は硬いままだった。

この勝負は仁義なき戦い、浜面の意識は朦朧としているとはいえ、彼に一歩でも近づくための戦争なのだ。

お互いが彼のことを好いているのは分かっている。

だからこそ、相手を踏み台にしてでも彼からの好感度をあげるのだ。
218 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:01:32.57 ID:nsZZGOk0


「むぎのは女性としての理想像だから、"そういうの"ってすごく良いと思うよ」


「滝壺みたいな大人しい子がいきなり"そんなこと"しだしたら大抵の男はイチコロでしょうね、大抵の男は」



お互いを褒め合いながらも、その瞳には愛憎が燃え滾っているのが見て取れた。

ズゴゴゴゴゴコ、と空気が振動するように二人の殺気が満ちていく。

普段は上下関係のある彼女たちだが、今回ばかりはそんな境界は取っ払われる。

麦野としては自分より年下の、いかにも経験少なな子供に負けるわけにはいかない。

滝壺としては自分より年上とはいえ、いつまでもくよくよして好きな男にアタックがかけられない臆病女に負けるわけにはいかない。

この狭いフィールドの中でいかに自分の色香を醸し出し、彼のハートをがっちり掴むことができるか。



「では。まずは『これ』から・・」



姫神が第一の勝負に使う『それ』を手に取った。

麦野と滝壺がゴクリ、と喉を鳴らす。

そして、運命のゴングがけたたましく鳴った。





219 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:03:06.97 ID:nsZZGOk0


―――――



くそっ、本当に情けねぇ・・。

病気も怪我もしないタフさが俺の唯一の取り柄だったのに、風邪なんてひいちまうなんて。

麦野たちの仕事をサポートできない上に、飯も風呂も用意できねぇ、朝に弱いあいつらを起こすこともできねぇ。

こっちが支えてもらってるんじゃ、いつもと立場が逆になっちまってるよな。

このままじゃ麦野たちに迷惑かけちまうばっかりだけど、まぁ、ひいちまったもんはしょうがねぇし・・早く治さねぇと。


っていうか、今何時なんだ・・?

確か、麦野と一緒に病院に行ったときはまだ午前だった気がすっけど。

ダメだ・・意識がはっきりしないせいで時間とか色々な感覚が鈍ってんな・・。

頭は重いし、頬は熱いし、風邪の関節痛のせいか身体の節々がミシミシ痛みやがる。

まったく良くなってる気がしねぇけど、大丈夫なのか・・俺?


ぐー・・


あーくそ、何か今、腹の音が鳴った気がするぜ。

そういえば、昼飯まだ食べてなかったな。

飯作りたいけど、こんな身体じゃ包丁を持つどころか、立つこともできねぇ気がするぞ。

っていうか、ちょっと待て。

俺が昼飯作れるような状態じゃないとすると、誰が料理するんだ?
220 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:04:28.88 ID:nsZZGOk0


まず、麦野。

そういえば、あいつの料理食ったことねぇな・・。

そもそも、滝壺以外は料理の手伝いすらしてくれない奴らだし、

少し目を離すと、その場しのぎの栄養調整食品とか貪ってやがるからなぁ。

十代のうちに栄養剤系に頼ってばかりじゃ、栄養が偏っちまう。

麦野ってすげぇ料理できそうに見えるけど、どうなんだろ。

絹旗が俺が『アイテム』に入る前に麦野が作ったらしい手料理について酷評してたっけ。

いや、その前に麦野に直に聞いたことあったな・・。




〜〜〜




「はぁ、料理?」



足を組んだままの麦野がビスケットを啄ばみながら、俺に怪訝そうな視線を向けてきた。

今更なことだけど、おまえっていつも偉そうだな、麦野・・。



「いや、ちょっと気になっただけなんだけどよ・・お前らっていつも冷凍食品とかファミレスで飯を済ませてるだろ?

 俺としてはお前らの栄養の摂取具合が心配なんだよ、余計なお世話かもしれないけどさ」


「ふぅん・・心配ねぇ」
221 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:05:42.58 ID:nsZZGOk0


指についたビスケットの粉を器用に舐めながら、天井を見つめる麦野。

口元にも粉ついてんぞ・・。

っていうか人の話聞いてたのかよ、こいつは・・心底興味なさそうな顔しやがって。



「肉ばっか食ってれば腹が出る、野菜ばっか食ってても力が出ない。

 パンばっか食ってても頭は回らないし、白飯ばっか食ってても味気ない。

 だから、最近は俺が料理作ってやってるけど、お前らも少しは料理しないのかなーってよ」


「あぁ・・自分たちが食べるご飯くらい自分たちも作れ、つまり、少しは料理手伝えって言いたいのね、アンタは」


「・・まぁ、そういう捉え方してもらっても良いけどよ」



手元にあったティッシュを一枚取ると、麦野は口元を拭きふきする。

ちなみに今は夜中の二時だ。

こんな時間に起きてる上にビスケット食ってる、ってどうなんだよ、一端の女として。

そういう夜食を食べてるのも、俺がお前らを心配してる理由の一つなんだぞ。

太って戦場での動きが鈍ったりしたらどうするんだよ、いや、それは考えすぎだけどさ。
222 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:06:39.05 ID:nsZZGOk0


「ふん、組織に入ってそんなに月日が経ってない雑用が生意気なこと言うもんねぇ。

 とにかく、アンタは黙って私たちの言うこと聞いてれば良いのっ!」



なぜか嬉しげに言った麦野は持っていた空のビスケットの袋を丸めてポイッ、とゴミ箱に投げる。

20センチくらい離れたところに力なく落ちたけどな。



「あーん。浜面、ゴミ箱に入んなかったー、あんたが入れといてぇ」


「入れといてぇ。じゃねぇよ・・、っておいっ、こういうプラスチックの袋はプラ専用のゴミ箱に捨てろっつったろ!

 いや待て、それよりも・・こういうのはかさばるからハサミで細かく刻んでから捨てろっていつも言ってるじゃねぇか!」


「え〜・・」



こいつらはゴミの分別だの何だのっていう暗黙のルールを一切守りやしねぇんだよな。

絹旗は誰も居ない映画館だからって売店以外の食べ物持ち込みまくって散らかすし(後片付けは全部俺)、

フレンダはファミレスに行く度に堂々と明らかに店の物じゃない缶詰を食べ始めるし、

滝壺はー、えーと、牛乳パックの開け口をいつも間違えて逆から開いてヒタヒタになっちまうし!

ゴミ収集の手伝いもしたことがある俺が言うんだから間違いねぇ。

焼き鳥とか串カツの串もちゃんとティッシュか何かに包んだりしてから捨てないと集めるとき、危ないんだからな!

しょうがないから、俺が黙々とビスケットの袋を切っておく。

何回も畳んでからやれば、切るのに力が入るけど、簡単に細かくできるんだよなー。

でも、そんな俺の小さな水面下の努力を麦野は鼻で笑いやがる。
223 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:07:22.71 ID:nsZZGOk0


「ごちゃごちゃうっさいわねー、アンタは主婦かっつーの。

 大体、アンタみたいな奴がそういう細かいこと気にするのってキャラじゃないと思うんだけど?」


「あのなぁ、こちとらスキルアウト時代にそういうのは学んでるんだよ。

 最初は俺もお前みたいに傍若無人にやらかしてたけど、こういう地道な取り組みが集団生活において大事なことなんだよっ」



スキルアウトはただのチンピラみたいに言われがちだけど、やってることはしっかりやってたりするんだよ。

まぁ、正直言うと、ときどきだけだったけどな・・。



「うわあ、茶髪ヤンキー崩れみたいな奴に常識を説かれたの初めてだわ、私の人生におけるトップクラスの屈辱って感じね」


「どうとでも言えっつーの、とにかく俺が言いたいのは女の子なんだから、少しくらいは料理とか掃除とかやれってことだ」



ふんっ、と言いたいことを言えた俺は鼻息を荒くして胸を張る。

俺の一言でこいつらが少しはまともな生活を送ってくれるようになってくれれば良いんだ。

麦野は何か考えるようにソファの肘掛部分に肘をついて、視線を俺から逸らすように呟く。



「ふぅん・・そういうのががアンタにとっての理想の女の子像なワケ?

 料理もできて掃除もできて背が高くて綺麗な茶色の長い髪を持ってて足が長くて能力者としても優秀でちょっと性格はキツいけど意外と二人のときはデレデレになるとか」


「あ? まぁ、理想の女の子像っていうか・・まぁ、これくらいは最低限やってほしいって感じかな。

 ・・何で俺の好み披露会みたいなことになってんだよ、っていうか後半かなり継ぎ足してただろっ!」
224 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:09:53.90 ID:nsZZGOk0


「はっはーん、まったく今どきの男ってのは女の子に求めるものが多すぎて嫌になっちゃうわよねぇ、

 支配欲っていうか束縛欲っていうか・・自分の思い通りの女の子じゃないとやだってか〜?」



お前は何を言っているんだ。

そんな俺の憎らしげな視線をかわし、不満を垂れ流しながらの麦野は裸足のまま冷蔵庫に向かった。

その足元にフレンダがヨダレを垂らしながら寝てるけど、麦野はそれを踏んづけて、中からチューハイを取り出す。

まだ飲み食いするのかよ、そろそろ止めた方が良いんじゃねぇかなぁ。

それにコイツ、結構酒癖悪いんだよな・・。



「アンタも飲む?」


「いや、俺は何かそういう気分じゃないし・・、」


「良いからアンタも飲みなさいよ、このくらいなら量の内に入らないでしょ」



いやまぁ、そりゃそうだけど・・心配してんのは俺自身じゃなくてお前の方なんだけど。

いつ何時、『上』から仕事の依頼が舞い込んでくるかも分からないのによ。

飲むとも言ってないのに麦野は一本投げてきた。

俺は慌ててそれを受け取って、少し考えたあと、仕方なく開ける。

結構冷えてて美味そうだけど、こんな時間に飲むのも何だか気が進まねぇなぁ・・。

まぁ、まだ寝そうにないこの女王様の機嫌を損ねるのもアレだし、一杯くらい付き合ってやるか。
225 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:11:42.51 ID:nsZZGOk0


「ったく、最近は他の暗部組織だの統括理事会だのと不穏な動きが多いから、自由な時間がないわよねぇ」



ボスンとソファに座った麦野はプシッと小さな音を立てて、酒缶を威勢よく開ける。

その姿は上司の不満に耐え切れなくなったOLが仲間内の女子会で酒盛りを始めようっていう姿同然だな。

実際、麦野はスーツとかタイトスカートとかが凄く似合う気がするぜ。

まぁ、それでも俺はバニーさん一筋だけどな!



「はい、乾杯ー」


「何に乾杯すんだよ・・」


「うっさい。ほらっ、乾杯ー!」


「乾杯〜・・」



コツンと缶をぶつけたせいか、少しこぼれそうになり、慌てて口をつける麦野。

腰に手を当て、ゴクゴクッと喉を鳴らす。

飲みっぷりだけなら『アイテム』一なんだよな、こいつは。
226 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:12:33.40 ID:nsZZGOk0


「ぷぅー・・大体ねぇ、アンタは私のことを無粋な奴だと思うかもしれないけどさぁ、私は私でやることはちゃんとやってんのよぅ?」


「ふぅん、例えば?」



ふと飲むのを止めて、考え込む麦野。

すぐに浮かばないってことは日常的にためになるようなことをやってないってことだろうな。

あー・・と言いながら、口を開くと、視線を上に向けながら話し始める。



「た、例えばねぇ・・フレンダがドジって狙撃されそうになったところをいち早くスナイパーをブチコロシて助けてあげたりとか、

 滝壺がまだ出番じゃないからってぼんやりしてたところを襲われそうになったりしてたから、その敵をブチコロシてあげたりとか・・」



全部、仕事中のことじゃねぇかよ。

しかも、全部ブチコロシで片つけてんじゃねーか。



「あのなぁ、生活面でのことを聞いてるんだよ、俺は。

 トイレ掃除するだとか玄関を綺麗にするとか自分から買出しに行ったりとかよ・・」


「そんなの滝壺辺りがやってくれるもの、たまに砂糖と塩を間違えて買ってきたりするけど」


「・・すげぇ滝壺らしいな、ってそういうことじゃねぇっ!」



麦野が組織のリーダーという地位に甘えて、やるべきことをやってないのがよく分かった。

まぁ、今までこいつと生活してきて、その怠惰っぷりは断片的に垣間見えたんだけどな。

そんな中、酒缶をカンッとテーブルに置いた麦野がぶつぶつと呟き始めた。
227 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:13:08.42 ID:nsZZGOk0


「だって・・私、そんな女の子っぽいことできないし・・」


「お、おぅ・・?」



な、何だ・・?

何でいきなりそんな俯き加減で話し始めるんだよ、麦野。

いつもの暴れ気味な酒癖の悪さはどうしたんだ?



「私がこいつらに助けられてるってのは重々承知してるつもりよ、仕事の面でも生活の面でも。

 アンタが入る前は絹旗やフレンダは色々やってくれてたし、滝壺なんて常に生活面はサポートしてくれてたわ・・でも」


「・・でも?」



唇をたらこ唇にして拗ねた顔をした麦野が続ける。



「でも、私は何もできなかったわ・・料理しようとしても絹旗に『麦野が包丁握るとアンチスキル沙汰になるので超やめてください』とか言われるし、

 掃除しようとしても絹旗に『麦野が掃除機使うとアンチスキル沙汰になるので超やめてください』とか言われるし・・ぐすっ」


「それは・・まぁ、絹旗が手厳しすぎると思うけどよ」



包丁はともかく、掃除機使ってアンチスキルのお世話になる方法を知りてぇよ。

絹旗がそこまで言うってことは実際にやらかしたことあるんじゃないのか。

ぐすん、と鼻を鳴らす麦野の表情は冗談で悲しげになっているようには見えなかった。

意外と責任は感じてるのかもしれないな・・。
228 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:14:14.85 ID:nsZZGOk0


「だから、私は生活面のことは口出しできないし、そうこうしてる内にそういうことに対するスキルがなくなっちゃったのよ!」


「なくなっちゃったのよ!・・って言われても」


「私はね、こいつらが居ないと何もできないダメ人間よ、どうせね・・ひっく、私は・・ダメ、ダメにんげ、・・うぅぅ゛〜っ!」


「うわっ、おい、大丈夫かよ!」



ズルズルと自分でソファからずり落ちた麦野は、カーペットの上に横になる。

足元で丸まって眠っていた絹旗の横に寝転がると、天井を仰ぎ見た。

そして、すぐに横で寝息を立てている絹旗を見つめ始める。

どうしちまったんだ、麦野は。

いつもと様子が違うぞ・・もしかして泣き上戸だったのか?

っていうか、まだ缶の半分らいしか飲んでないだろうがっ!



「絹旗には一番負担かけちゃってるわよ・・仕事の面でも生活の面でも・・。

 『アイテム』の中じゃ最年少だっていうのに、冷静沈着でしっかり者で・・」


「・・まぁ、確かに絹旗は組織の中じゃご意見番って感じはするけどよ」


「少しくらい怪我しても弱音を吐かないし・・こんな小さな身体してんのに。

 それに比べて・・っく、私は・・私は、ダメダメで・・私なんかがリーダーやってて申し訳ないくらいでっ・・!」
229 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:14:44.17 ID:nsZZGOk0


うぇぇ・・とむせび泣く麦野の姿はいつもの彼女の姿とはかけ離れていて正直引いたけど、

普段文句ばっかり言ってる麦野が実は仲間のことを大事に思ってたりしたのは意外だった。

使えない仲間なんて切ってすぐに代えれば差し支えないでしょ?みたいな思考だと思ってたのに。

男には分からない女の友情って奴なのかねぇ・・?



「フレンダにだって、いつも私はキツいことばっか言ってるけどさ、ちゃんと感謝の気持ちくらいは持ってるわよ・・。

 ひっく・・無能力者なのに能力者と互角に殺り合ってるし、缶詰缶詰言ってるのは正直ウザいけど、そうやって騒いでるときのフレンダって生き生きした可愛い顔してんのよ・・!」


「可愛い顔してんのよ・・!って俺に言われてもな・・」


「滝壺なんか見た目大人しくて良い子そうなのに、中身は見た目以上に良い子なのよ・・?

 あれやってこれやってって私が言うと『うん、分かった』とか『任せて』とか、文句一つ言わずに嫌なことでもやってくれるし・・」


「まぁ、滝壺は基本的に何でもしてくれる良い奴だよな・・唯一、俺の手伝いしてくれるのも滝壺だし」



絹旗もフレンダも滝壺も、もちろん、目の前ですすり泣いてる麦野も良い奴だ。

そうでなけりゃ、こんな組織とっくに抜けてるし、一緒に住んだりしてねぇし。

良い奴っていう基準がイマイチ分かんねぇけど、何となく分かる。
230 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:15:50.37 ID:nsZZGOk0


「私はね、こいつらを信頼してる、心の底から・・けどね」



むくりと起き上がった麦野は、ぼんやりしたその瞳を絹旗たちに向ける。

そのとき、麦野の赤ら顔が少しだけ・・黒く曇った気がした。







「私を裏切ろうとしたときは、私は全力でこいつらを殺しに行くわ」







殺す、という文字がまざまざと頭の中に浮かんできた。

・・何か、その麦野の言葉に特別な感情が込められている気がした。

その言葉を吐いた数秒後、麦野はテーブルに突っ伏して寝始めた。

次の日、朝一で仕事の依頼が舞い込んだため、麦野が二日酔いで苦労したのはまた別の話だけどな。

っていうかチューハイ半分で酔えるって、どんだけ弱いんだよ。



231 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:16:47.01 ID:nsZZGOk0


〜〜〜



・・何かすごい後味悪い回想の終わり方をしちまったぜ。

麦野に料理のことを聞いた、って話から何でこんな飛び方をしちまったんだ。

結局、麦野が料理上手かどうかってのはよく分からなかったんだよな。

自分のことをダメ人間って言ってたし、絹旗が酷評してたってのを聞くと苦手な方らしいけど。

ああいう何でもできそうな奴が料理下手だったりすると、意外と萌えるよな・・いや、何言ってんだ俺は。

あ、でも、いつだか俺が入院してたときに持ってきたマフィンとかは美味かったけどなぁ・・。

そのときのあいつの振る舞いが妙におどおどしてたのは変な感じだったけど。

とにかく、まぁ、そのうち、あいつの本格的な手料理を食ってみたいもんだぜ。

いつになるかは分からないけどな(一生、ないかもしれねぇけど)。


ん、そういや絹旗にも聞いたことがあったな・・。

あいつはまだ幼いっていうか経験少なっていうか、料理自体したことないんじゃねぇかって思ってたけど・・。

何か映画館でポップコーン食ってる方が似合ってる気がするし。

っていうか、あいつは背が小さいから調理台に手が届かなそうだな、うははっ。


それはそうとして、あれはいつものようにC級映画に付き合わされた日のことだったっけかな。
232 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:18:02.41 ID:nsZZGOk0


〜〜〜



「はぁ、料理ですか?」



麦野に聞いたときと同じような反応してきやがって・・。

何でちょっと質問しただけでそんなゴキブリでも見るかのような目で見られなきゃならねぇんだ。

俺が何をしたって言うんだよ。



「今、超素晴らしいC級映画に巡り合えた余韻に浸ってるところなんですから、超気持ち悪い質問しないでください、超キモいです」


「リストラされたアラフォーオヤジが血みどろの第三次世界大戦を止める、壮大かつヘンテコなストーリーの映画の何処が面白かったんだよ・・、

 っていうか最後、公園のベンチで新聞を顔に乗せながら寝てたオヤジの夢オチだったじゃねぇか、C級映画と銘打ってても返金を求めるレベルだぞ」



俺の不満を左耳から右耳に通過させた絹旗は容器ごと口につけて余ってたポップコーンを流し食いする。

ポロポロと口に入らなかったポップコーンが床に敷かれたマットに落ちようとお構いなしだ。

まったく、こいつも麦野と一緒でマナーは破るためにあるものだと思ってやがる。

飲みかけのコーラを汚く吸い終わると、絹旗は映画評論家のように振る舞う。
233 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:19:36.15 ID:nsZZGOk0


「浜面にはまだ分かりませんよ」


「分からなくて結構だ、分かりたくもねーし、こんな映画に貴重な時間を割いてる俺に感謝してほしいくらいだっての」



最近は週に一回ペースで問答無用に拉致されてる気がする。

たまには麦野とかフレンダでも誘っていけば良いじゃねぇか。

滝壺だったら喜んでついて行くだろうに・・たぶん、開始三分で静かな寝息をたててるだろうけどな。

大体、一時はスキルアウトのリーダーやってた奴が、今はこんなガキと映画館デートしてるなんて・・名折れだぜ。

過去の俺に忠告しておいてやりたいぜ、生意気なガキは出会った瞬間にシバきあげとけ、そうじゃないと一生コキ使われることになるぜ、ってな。



「ごちゃごちゃうるさいですね、超張り倒しますよ」


「・・ぁぐごっ!?」



やってみろコラ、という前に空のポップコーンの容器を鼻先に叩きつけられた。

容赦なく思い切りぶつけられたせいか、紙製の容器でも意外と大ダメージだったぜ。



「そういえば、私が料理できるかどうか尋ねてましたね」


「ああ。ついこの間、麦野にも聞いたんだけどな」


「あぁ・・麦野にその質問は超愚問ですよ、もちろん、悪い意味でですけどね」



絹旗の顔に暗い影が落ちる。

俺が入る前にはどんなゲテモノを麦野に食わされていたんだ・・。

絹旗がイマイチ成長しないのもそういうのを食わされてたのが原因なんじゃないか?
234 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:20:13.94 ID:nsZZGOk0


「そういえば、自分でも料理下手だって言ってたな・・そんなに下手なのか、あいつ?」


「そりゃもう下手という言葉で片付けられるレベルじゃないですね、

 一人暮らし始めたばかりの大学生でも麦野の5倍くらいはマシな食べ物作れると思いますよ」



それはさすがに言いすぎなんじゃないかとフォローしようかと思ったけど、

先日の麦野の自責っぷりを見て、絹旗の脚色具合も間違っていないんじゃないかと思えるのが怖いな。



「麦野は料理本を片手に料理しても、満足に作ることができませんからね。

 前にそうやって料理してたんですが、やっとこさできた味噌汁の中に誤って料理雑誌を超ブチ込んでましたし」


「故意的に・・じゃないよな」


「もちんろ、麦野の不注意でしたけど、余程ボケてない限りそんなことはしませんよね」



雑誌を味噌汁にブチ込んで慌てて絹旗に助けを求める麦野の姿が容易に想像できてしまう自分に苦笑い。

やっぱり、まだしばらくは俺が飯作りしなきゃいけないなと決心した瞬間でもあったな。



「そういうお前はどうなんだよ?」


「私ですか?」
235 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:21:20.72 ID:nsZZGOk0


ドリンクの蓋を開け、中に入っていた氷をガラガラと流し食い絹旗。

おい、俺の話聞いてんのかよ、子供扱いするなって言ってる割に子供みたいなことしやがって。

こういうのは誰がしつければ良いんだ、俺か?



「私は人並・・まぁ、年相応くらいにはできますよ」



意外にも、ケロリとした顔で言う。

うーん、これは嘘ついてる顔じゃないな。



「年相応って言うと・・何が作れるんだ、得意料理とかは?」


「得意料理・・そうですねぇ、最近よくできたものと言えば、肉じゃがでしょうか」


「に、肉じゃがだとぉっ!?」



お前、そんなお袋の味なんか得意料理にしちっゃてるのかよ!

っていうかちょっと待て、最近よくできたって・・最近飯作ったことないだろお前っ!

何か少し悔しいぞ、何が悔しいのかは自分でもイマイチよくわかんねーけど。



「あぁ、浜面が何処かのチンピラと喧嘩して隠れ家に帰ってこなかったときに、ジャンケンで負けた私がたまたま作ったものなんですけどね、

 意外と好評でしたよ、麦野やフレンダの言うことは信用できませんけど、滝壺さんは心の底から美味しいって言ってくれたみたいでしたし」



誇らしげに胸を張る絹旗。

無い胸を。
236 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:21:52.14 ID:nsZZGOk0


「そうなのかー・・何か意外だな、お前が肉じゃがとか作れちゃうなんてよ」



意外というか何というか・・。

どうせインスタントラーメンとか、できて目玉焼きやサンドイッチとかその程度のレベルだ思って甘く見てたぜ。

っていうか、それくらい作れるんだったら、少しは俺の晩飯作りを手伝ってくれても良いんじゃないか・・?

飲み終わったコーラの容器をポイと目の前の床に捨て、絹旗は両手を小さく広げながら、話し始める。



「私の肉じゃがは超美味しいですよー、玉ねぎやじゃがいもが超トロトロで、口の中に入れると柔らかく蕩けていくんです。

 にんじんも子供が嫌うような独特の味は超抑えてますし、お汁だけでもご飯にかけて超美味しく食べられるほどですから」


「へ、へぇ・・」



くっ、何か説明聞いてるだけで少し唾液が分泌されてきちまったぜ・・。

『アイテム』の中だと、意外と絹旗が良いお嫁さんになっちゃったりするんじゃねぇか。

まぁ、こんな生意気で貧相なガキを相手にしてくれる男と出会えるかどうかだけどなっ!

・・あれ、何だか言ってて悔しくなってきた、何でだろ。
237 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:23:12.17 ID:nsZZGOk0


「ふぅん、意外と生活的な面もあるんだな、お前」


「フッフーン、自力で生活する程度はできますよ」



と、また無い胸を張って鼻を高くする絹旗。

どれだけ料理が美味かろうとスタイルが良くなるわけじゃねーさ。

その点では麦野に負けていると言えるぜ、残念だったな!



「でも、浜面も結構料理上手ですよね」


「ん、そうか?」



足を折り畳んで、体育座りみたいな座り型をする絹旗。

ダメだ、相変わらず完璧に計算された角度だぜ。

見えそうで見えない。

男の性欲を掻き立てるのだけは一丁前になりやがって・・お兄さんは悲しいぞ。

そんな不埒な考えを浮かべている俺を差し置いて、絹旗は意外な言葉を並べていった。



「毎晩作ってくれるわけじゃないですけど、メニュー考えるのも超大変でしょう。

 ましてや、一人暮らしをしているわけでもないのに高校生かそこらの男が七面倒くさい料理なんてするんですから」


「んー、そうだな・・まぁ、主婦が良く言う台詞だけど、慣れちまえば楽しいもんだぜ。

 そりゃ仕事帰りとか身体が疲れてるときにやるのは少し面倒くせぇけど、お前らが作れ作れってうるさいからな」
238 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:23:59.03 ID:nsZZGOk0


仕事が終わった後の麦野たちの我儘っぷりと言ったら、大阪のオバさん軍団もびっくりするくらいの五月蝿さだ。

隠れ家に帰った瞬間に、燕の雛の如くピーチクパーチク騒ぎ立てるからな、烏合の衆というか何というか。

ただ、そういうときは「俺が作らなきゃダメなんだ」っていう責任感が湧き出てきちまうんだよな・・まったく、上手く調教されちまったもんだぜ。


・・別に良いけどよ。



「まぁ、私たちの生活面をサポートしてくれるという点においては感謝してますよ、超がつくほどではありませんが、ほんの少しくらいは」



と言って、絹旗は人差し指と親指で二センチくらいの幅を見せる。

ほう、それくらいの感謝の気持ちがあったとは思わなかったぜ。

日頃の振る舞いだと一ミリも感謝の気持ちがあるとは思えないんだがな。



「ああ、そうかよ。どれほどの感謝にしろ、形や行動で表してほしいもんだよ、まったく」


「そういうのは見返りを求めないようにするべきですよ」


「『愛は見返りを求めない』って奴だろ、それは」


「何をするにしろ、見返りを求めてしまうのは人間の悪い癖です」


「お前が人生論を語るには、最低でもあと三十年は生きてからにしろよ」


「それは浜面にも言えることでしょう」


「口の減らないガキだな」


「お互い様です」
239 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:24:36.83 ID:nsZZGOk0


少し間を空け、ククッと笑いを漏らす俺と絹旗。

どうも、こいつと喋ってるとスキルアウト時代つるんでた奴らを思い出す。

麦野や滝壺と違って距離感がないというか、変な気構えが要らないというか・・フランクに接し合えるんだよな。

悪友っていうのか、こういうの?

まぁ、自分よりも小さい女の子にタメ口で話されて、ガンガン罵られるのもどうかと思うけどよ。



「さて、浜面と無駄話してるのも時間の無駄ですし、そろそろ帰るとしますかね」


「どこまでも突き抜けて失礼な奴だなお前は・・、尊敬するぜ」


「私に尊敬されたければ、もう少し賢くなることですね」



ピョン、とウサギのように椅子から飛び降りた絹旗が、シアターの出口に向かって歩き出そうとした瞬間、思い切り頭からすっ転んだ。

その小さく引き締まったお尻を俺の方にに向けて。

どうやら、さっき絹旗が自分で捨てたドリンクの容器を踏んづけてバランスを崩したらしい。

慌てて立ち上がり、身だしなみを整えた絹旗が、バッと振り返り、キッと俺を睨みつけた。

何か用か、小学生。
240 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:25:42.49 ID:nsZZGOk0


「パンツ見ました・・?」


「見てねぇよ」


「本当ですか?」


「うるせーな、見てねぇって言ってるだろ、自意識過剰なガキは嫌だねまったく」


「〜〜〜ッ!」



正論を言ったまでだぜ、お嬢さん。

何か文句があるなら言葉に出せよ、言葉に。



「ま、まぁ・・浜面にパンツを見られるなんて、末代までの恥ですからね、安心しました」


「はいはい・・」



末代までパンツのことが語り継ぐくらいなら、少しはまともな文学小説でも読み聞かせてやれ。

愚痴愚痴言いながらも、俺は落ちているポップコーンとドリンクの容器を拾い、その小さな身体を追いかけるとする。

シアターを出て、映画館の出入り口に向かう。

携帯を見ると、時刻は夕方の五時半とちょい過ぎ。

今日の晩飯のメニューを考えながら、帰路につくとするか・・おっと、その前に言っておくことがあったな。



「なぁ、絹旗」


「何です?」
241 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:26:17.99 ID:nsZZGOk0


ピタリと止まった絹旗はこちらも見ずに、来週から公開されるC級映画のポスターに釘付けになっている。

って、さっき見たオヤジの世界大戦の続編かよ・・どこの層に需要があるんだよ、あのシリーズ。

やれやれ。



「何ですか、言いたいことがあるならはっきりと簡潔に、」



「いくらまだ子供だからって言っても、ゲコ太柄は考え直した方が良いと思うぜ」




背を向けたままの絹旗の耳がみるみるうちに真っ赤になったのが見て分かった。

分かりやすい奴・・。




「うがああああぁぁぁぁッッッッッッッッッッッ!!!!!」




だから、言葉にしろって、言葉に。








242 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/20(日) 22:33:47.56 ID:nsZZGOk0

おばんです、今回は以上ということで。

>>172の浜面視点の意見を取り入れて、少し寄り道してみました。

そうしたら思ったよりも書きやすく、好感触でしたね。


あと、雑談になってしまう上にここで聞くのもアレなんですが、

来週に超電磁砲の原作5巻が出ますけど、その特装版ってもう入手不可能ですかね?

まさか特装版の表紙があんなにも購買意欲をそそるものになるとは知らず、予約してなかったもので。

住まい的に都内の大手アニメ系の書店に行けるので、そこに触手を伸ばせば何とかなるものでしょうか?
243 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/20(日) 23:09:32.90 ID:WqMnusDO
超乙
まさか俺の意見が取り入れられるとは…!
書きやすいみたいで良かった
相変わらず麦のんがかわいすぎて悶えたわ、もうOL風タイトスカート麦のんが頭から離れない
次も楽しみにしてる!
244 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/20(日) 23:43:37.83 ID:po1LSvEo
>>242
大型の書店やアニメイトとかなら買えるかも
予約分しか入荷しないだろうし小さい書店とかじゃ無理かもね

とにかく乙です
245 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/20(日) 23:44:43.23 ID:rVBGkaE0
超超乙
このスレの浜面は可愛いなぁ…一家に一人欲しいわ

入手不可能じゃないと思う。俺は予約したけど
もちろん通常版と特装版両方買うよな?
246 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/21(月) 00:18:48.26 ID:TMWxMb.o
超乙です
ここのアイテムは可愛いよなぁ

俺は両方買うよ
247 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/21(月) 02:43:58.68 ID:bN15ZMko
乙です!
ここまで仲の良い5人だった分、回想のむぎのんの黒さにゾクッとした。
でもそういう歪んでるむぎのんがかわいいぺろぺろ
248 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/22(火) 01:26:42.74 ID:DKms7rE0
おつです!
あの表紙のかわいさにめっちゃ興奮したwwww
249 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/23(水) 04:21:28.76 ID:4H7bLR60
あれは欲しい・・・まだ手に入るかな・・・
250 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/26(土) 07:13:11.35 ID:zo6u7Qs0
今日アニメイトとかいったらレールガン特装版少しは余分に入荷してないかな?予約してなかったんだけど
251 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/26(土) 22:53:17.23 ID:zo6u7Qs0
買えました
252 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/26(土) 23:43:18.33 ID:xZ5YNkAO
で、俺のぶんは?
253 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 17:34:40.50 ID:0hCyenEo
今日、とある南関東の大型書店で特装版がこれでもかと平積みされてた
それなりの規模の店なら予約関係なしに買えると思われる
254 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 22:28:03.76 ID:tmihul.0

〜〜〜



あのときは酷い目に遭ったぜ・・。

あれだ・・やっぱり絹旗はまだまだ子供なところがあるよな。

仕事のときはキレ気味になる麦野よりも冷静沈着だけど、私生活だと年相応な部分がちらほら見えるし。

まぁ、そのくらいのスタンスじゃないと息が詰まっちまうんだろうな。

それでも、俺に対する口の悪さはいい加減に調整してほしいんだが・・。



んで、料理についてはフレンダにも聞いたことがあった。

あいつはお調子者のおっちょこちょいで、任務でもときどき致命的なポカやらかすけど、

その楽天的すぎる性格で救われてんのか何なのか、意外と手先は器用だったりするんだよな。

それが良くも悪くも戦闘スタイルに反映されてるみたいだし。


えーと、あれは確か、切らした牛乳を買いに最寄のスーパーに行ったときのことだったか。



255 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 22:28:46.46 ID:tmihul.0

〜〜〜



・・麦野の奴、普段牛乳飲まないくせに何で今日に限って飲みたがるんだよ。

なーにが、「今すぐにでも牛乳飲まないと死んじゃう〜っ!」だ。

気持ち悪い猫撫で声出しやがって・・全身の毛穴が開いたぜ。

牛乳一本のためにスーパーまで赴く俺の労働力を支払えっつーの。

まぁ、愚痴愚痴言いながらも従っちまうんだよな・・良く調教されちまったもんだ・・。

っていうか、あいつは牛乳を自家生産できるだけの"モノ"を持ってるだろ。


ビクンッ!


う、うおっ・・!

今、何か寒気がした・・、滅多なことは言うもんじゃねぇな。

ある夕方、何処からか麦野が監視してるんじゃないかという恐れを抱きながら、俺は近くの小さなスーパーに足を踏み入れる。

学園都市には似つかないレトロなスーパーで、入り口は流石に自動ドアになってるけど、内装自体は田舎にポツンとあるようなスーパーと一緒だ。

レジ打ちは全員が中年のおばさんばっかりで、お釣りを渡すときに美人な子と手と手が触れ合って「あっ、ごめんなさい・・///」みたいな展開も最初っからない。

麦野が速攻で買ってこいなんて言わなければ、若い子がレジ打ちしてるであろう、もう少し離れた大型のスーパーに行けるんだけどなぁ。



「・・さーてとっ」



ほのかに漂う野菜と果物の臭いを鼻歌混じりに堪能しながら、お約束の試食コーナー回りをし終えた俺は、

うちの我侭お嬢様がご所望の牛乳(低脂肪←必須)が売っているコーナーへ足早に向かう、ちょうどそのときだった。
256 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 22:29:29.51 ID:tmihul.0


「・・やばい、こんな近くにこんな素晴らしい缶詰が売っていたなんて・・結局、気付かなかった訳よ」



見知った顔が腰に手を当てながら、棚に並べられた売り物の缶詰の品定めをしている姿を見たのは。

見てみぬフリをしても良いんだが、牛乳一本のためにスーパーに足を運んだ俺の空しさを分かち合ってほしいため、

俺は何となく話しかけてみるのを決意する、いや、正直面倒なんだけど。



「おい、フレンダ」


「ん・・浜面じゃん、こんなとこで何やってんの?」



こっちに振り向いた金髪少女が綺麗に透き通った青い瞳を向ける。

その手には、その容姿とはどう見ても不釣合いな、溢れんばかりの缶詰が入った赤い買い物カゴがあった。

レジに出すとき恥ずかしくないのかよ、それ・・。



「買出しだよ、買出し・・麦野に頼まれたんだ」


「ふぅん、カゴも持たずに?」



今さらだけど、俺は手ブラ状態だ。

手ブラって言っても、手でブラジャーじゃないからな。

財布はポケットに突っ込んでるし、ただただ試食コーナーを巡ってただけだったから、

万引きか何かと勘違いされてもおかしくないかもしれないな。

古臭いスーパーだけど防犯設備はしっかりしてやがるせいか、監視カメラが店内の四隅に設置されてる。

犯罪行為じゃなくても、この缶詰オタクがしてる行為はかなり恥じるべきモンだけどな。
257 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 22:30:55.84 ID:tmihul.0


「牛乳一本だけを買うのにカゴは必要だと思うか?」


「・・そりゃまた骨折ってるねー、浜面」


「もう慣れっこだよ・・」



同情の眼差しを向け、苦い顔をするフレンダ。

「麦野」、「牛乳一本だけ」というワードだけで、この缶詰少女は俺の辛さを一瞬で理解してくれたようだった。

牛乳だけじゃない、麦野が必要とする日常生活品や嗜好品ならば俺は何でも買出しに行かされた。

間違ったものを買ってきたときには、鬼神の如く怒り狂い、烈火の如く原子崩しされる。

そんで、ちょっと時間が経つと、キレてるのか何なのか顔をほんのり赤くしながら謝りに来る。

謝るくらいなら最初から怒らないでほしいんだよな・・っていうか、自分で買いに行ってくれ。

と言っても、次の日にはまたパシリに使わされてたりする。

もう、これは俺の運命みたいなものなんだ・・だから慣れざるを得ないんだよ。



「麦野も何かにつけて一緒に買出しに行こうって言えば良いのにねぇ・・」


「あ?何か言ったか」


「いんや、何でも〜」



ボソリと何かを呟いていたフレンダが俺をもどかしい表情でチラ見する。

何だよ、俺が何したっていうんだ。
258 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:31:35.82 ID:tmihul.0


「お前こそ何やって・・ってまぁ見れば分かるけどよ」


「んな、何よっ、その哀れな子羊を見るような目はっ!」


「別に・・これから料理される子羊を見るような目で見てはいるけどよ」


「余計ひどいじゃん!」



あんまりオーバーリアクションで刃向かってくるなよ、缶詰がカゴから落ちるぞ。

っていうか少しは自重しろよ、衝動買いとか大人買いの範疇を越えてる量だぞ、それ。

お前はギャラの何割を缶詰に継ぎ込んでんだよ。



「結局、こんな近くにあった時代遅れのスーパーにこんなにも質の良い缶詰があるなんて思わなかった訳よ」


「・・質の良い缶詰って何だよ」



これが俺の墓穴発言だった。

フレンダは缶詰を一つ手に取り、したり顔で口を開く。



「ふふん、私に缶詰を語らせる長いよ?」


「そうか、じゃあ止めてくれ」
259 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:32:58.09 ID:tmihul.0


「何が良いかっていうと・・まず外面から説明するけどね、購買意欲、そして何よりも食欲をそそるビジュアルじゃないといけない訳。

 私くらいの玄人になると味だけじゃなく外装にも目を配るようになる訳よ、味ばかりに気を取られるのはまだまだもぐりだね。

 買ってほしい、食べてほしいっていう製作者側の想いを汲んであげられるようにならなきゃ、一流の缶詰食人とは言えないわ。

 そんで、肝心の中身の話なんだけどね、これの何が素晴らしいかっていうと、」


「おい、俺は止めてくれって言ったはずなんだが」



こいつの缶詰の知識が入ってる脳味噌のスペースを空ければ、レベル5の能力を演算できるくらいの余裕はあると思う、本気で。

このまま缶詰ブームが終わらないとすると、こいつと結婚する相手はさぞ苦労することだろう。

食費がほぼすべて缶詰に飛ぶ的な意味で、毎晩の食卓に並ぶ食べ物が缶詰だらけになる的な意味で。

それでも良いならば誰か、この哀れな子羊を貰ってやってはくれませんか。

そうすれば、「アイテム」内の食費も少しは浮くと思うんです。

いや、むしろこいつは缶詰と結婚しろよ、学園都市の科学力なら可能なんじゃねぇの?



「ちょっと、何渋い顔してんのよ、私の話聞いてる?」


「ああ、聞いてる聞いてる」


「結局、私がどれだけ缶詰の素晴らしさを説こうと浜面なんかにゃ一生理解できないだろーけどね」


「理解したくもないけどな」



こいつの悪態を俺は軽く受け流していく。

フレンダの缶詰トークは突っ込むだけムダだということを「アイテム」に入ったばかりの頃に絹旗から教えてもらってる。

っていうかそんな頃から缶詰にハマってたのか、このお嬢さんは。
260 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:34:03.29 ID:tmihul.0


「缶詰好きなのは咎めないけどよ、ちゃんと自分の栄養も考えろよなー」


「んー・・そこらへんはほら、浜面がちゃんとしてくれるじゃん?」



恐らく、本心からの発言だろうな、子供みたいにニヤニヤしてやがる。

20にもなってない男に自分の栄養管理を任せるのってどうなんだよ。

太る太らないとかもあるんだし、自分で気にした方が良いと思うんだが。

俺は家政夫でもないし、ましてや栄養士でもないぞ。

いつだか麦野にダイエットしろだの何だの口煩く言ってた割に、こいつは意外とそういう美容健康方面には疎めだ。

だから、年下で中学生の絹旗とどっこいどっこいのスタイルのままなんだよ、お前は。

とか言ったらあの自慢の脚線美(フレンダ自称)にガシゲシ蹴られるだろうから、その発言は喉で止めておくとする。



「あのなぁ・・たまには自分で料理とかしたらどうなんだよ」


「んー、料理?私がしなくても浜面が嬉々としてやってくれるじゃん」



それは他にやる奴が居ないから、仕方なく俺がやってるんだろーが。



「だーかーらー、お前もやれって言ってるんだよ」


「うー・・そういうのは私より先に麦野とかに言いなよ、買出しも掃除もしないんだからさ」


「少し前に言ったけど一蹴されたっての。

 っていうか麦野が言うにはあいつが何かしようとすると、失敗しそうだからいつも絹旗に止められるらしい」


「ああ・・なるほどね」
261 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:35:26.97 ID:tmihul.0


思い当たる節がありすぎるのか、人差し指を顎に当て、苦々しい表情を浮かべるフレンダ。

確か、絹旗も似たような顔してたような・・。

「アイテム」内じゃ常識になっちまってるのか、麦野の不器用さは。



「その点、滝壺さんがたまに手伝ってくれるから良いじゃん」


「それが唯一の救いなんだけどな・・」


「私だって少しはできるけど、めんどいからやらないだけだし、

 料理するよりも缶詰の方が手間かかんないし、美味しいし。」


「・・それって俺の手料理が缶詰に劣ってるってことか?」



何て心ない発言をしやがるんだ、こいつは。

拙いハートの浜面くんは少し傷つくぜ・・ガラスの少年だぞ、俺は。



「ち、違うって、浜面が作るのが不味かったらこんなほぼ毎日食べる訳ないじゃん!

 <私の料理>と<缶詰>を天秤にかけた訳であって、<浜面の料理>と<缶詰>を比べた訳じゃないよ!」


「ん、ああ、そういうことか」


「あ、別に今の、フォローしたとかそういう訳じゃないからっ!」
262 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:36:21.74 ID:tmihul.0


フォローじゃないなら何なんだよ・・。

今日から晩飯抜きにしてやろうかと思ったけど、考え直しておくか。

こうやって即座にフォロー入れてくれるみたいに、根は良い奴なんだけどなぁ。

フレンダにしろ麦野にしろ絹旗にしろ、「アイテム」には口が悪いのが多すぎるんだよ。

それでいて俺が悪態つくとすぐボコボコにされるし・・。

それ故に滝壺の良い子っぷりが際立つんだけど。



「まぁ、あれだ。俺が言いたいのは少しは手伝ってくれると嬉しいなー・・ってことだ」


「そうねー、麦野が手伝うって言うなら、私も協力してあげても良いよ?」


「んな無茶な・・」


「とにかく、私らにできないことを浜面がやる。浜面ができないことを私らがやる。

 give and takeだよ。ん、take by take? take by case?」


「何言ってんだお前・・それでも欧米人かよ」


「うっさい、浜面が勉強で私にケチつけようなんて100万光年早いのよ・・!」


「光年は距離だバカ」


「むきゃ―――――――――!!」


「お、おいバカッ!?」
263 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:38:31.71 ID:tmihul.0


ガラガラガラガラガラガラガラ――――――ッ!!


活火山が爆発したみたいにフレンダが両手を振り上げた瞬間、

買い物カゴの中に山のように入っていた缶詰が鉄砲水みたいな勢いで転がり出していく。

四方八方にすごいスピードで転がっていく缶詰たちは、さしずめ刑務所からやっとの思いで脱獄した死刑囚みたいだ。

いや、そんな変な例えしてる場合じゃねぇ!



「このバカ!さっさと拾うぞ!」


「さっきからバカバカ言わないでよ!結構気にしてんだから!」


「自覚あんのかよっ!?」


「うるさいうるさいうるさい!!!」



四方八方とは俺の脚色で、前後二方向に転がっていっただけなんだけど。

乞食みたいにえっちらおっちら缶詰を拾う俺とフレンダは本当に情けない姿だぜ・・。

フレンダは焦りながらもその軽いフットワークを生かして、反復横とびでもするかのように器用にホイホイとカゴの中に缶詰を入れていく。

一方の俺は体格的にすばしっこい方じゃないから、ヒィヒィ言いながら缶詰をかき集める。

それをずっと見ていた監視カメラの視線が俺の背中をチリチリと焼いている・・くそ、何で俺がこんな恥ずかしい目に。

一分くらいかけて、ほぼすべての缶詰を拾い終わり、最後の一個を拾おうと手を伸ばした、そのときだった。
264 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:39:29.01 ID:tmihul.0


「ああああああああああああっ!!??」



後方から聞き慣れた甲高い悲鳴が上がる、声の主は一目瞭然というか一聞瞭然だ。

麦野にお仕置きされてるときによく響いてくる断末魔の叫び。



「今度は何だよ・・」



気だるそうに振り向いた俺の視線の先に居たのは、未だに散らばったままの缶詰たちに囲まれるようにして、へたり込んで俯いてるフレンダの姿だった。



「あ・・は、はまづらぁ・・」


「お、おい・・何で泣いてんだよお前・・!?」



ゆっくりと振り向いたフレンダの頬にキラリと光るもの。

一体どうしちまったんだ、こいつは・・足でも挫いたのか?
265 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:40:00.45 ID:tmihul.0


「はま、づら・・」


「そんな何回も呼ばなくったって自分の名前くらい分かってるっつーの。

 どうしたんだよ、いきなり泣き出して・・」


「これ・・」


「う、おっ・・?」



フレンダが壊れ物でも扱うかのように両手で差し出したのは、表面に亀裂が入って中身が飛び出ている缶詰。

既に汁が漏れ終わってたのか、フレンダのすぐ横に水溜りみたいに茶色の液体が飛び散ってる。

・・形を見る限り、サバか?

そういや、すごい高さまで飛んじまった缶詰もあったからな。

とはいえ、中身が飛び出しちまうまで脆い缶だったとは・・。

時間が時間だから、そんなに他の客が居なかったのが不幸中の幸いってとこか。

こんなの知り合いに見られてたら、しばらくは笑いのネタにされちまう。

半蔵辺りは一生ネタにするだろうな。



「何て、ことなの・・えぐっ・・、私はあれだけ缶詰のごどを、偉ぶって・・っく、説いておきながら゛っ。

 缶詰一つ・・救うことがでなきいなんて・・っ、っ・・!」


「おい・・何でそんなにスケールの大きな話に・・」



俺的には缶詰云々よりも、まだレジを通してない商品をダメにしちまったことの方が遥かに問題なんだが・・。

うわ、やべぇ・・店員さんがすごい焦った顔して走ってきやがった。
266 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:41:35.58 ID:tmihul.0


「大丈夫ですか、お客様?」


「あ、あ゛あ゛、、あぐぶぅぇぇぇぇぇんっ!!!」


「ちょ、ちょっと、お客様!?」


「ぶええああううぅぅっ・・!!」


「・・・」



尻を床にベッタリつけたまま、号泣し続ける外人少女に対して、

どう対応して良いか分からなくなってる、俺と同じくらいの歳の大学生と思しきバイトの兄ちゃん。

とりあえず、「ハロー!」とか「グーテンターク!」とか言ってる。

そりゃあたふたするわな、俺がここでバイトしてたとしてもこんな状況じゃどうにもできねーもん。

仕方ないから、一歩出て、説明するとする。

表の世界で「アイテム」が起こす厄介事はいつも俺が尻拭いしなきゃならねぇんだよ。



「あー、すんません。買おうとしてた缶詰を間違えてブチ撒けちゃって・・、

 転がった奴は全部買いますし、この中身が出ちゃった缶詰も弁償するんで」


「あぁ、そうですか・・分かりました。店長に話を聞いてきますので。ここでお待ちいただけますか?」
267 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:43:12.37 ID:tmihul.0


兄ちゃんは小走りで店長を呼びに行ったらしい。

それを見送った俺の横で、フレンダは相変わらず鼻をすすってやがる。

あー、もう・・手間がかかる奴だな。



「ほら、いつまで泣いてんだよ、これで顔拭けって」


「あぐあぐっ・・!」



たまたまポケットに入ってた青色のハンカチを差し出すも、フレンダは涙で前が見えないのか、受け取ろうとしない。

仕方ないから、俺がフレンダの顔にハンカチを押し付けて、最低限人の前に出られるような顔にする。

あーあー・・俺の一枚しかないハンカチが鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっちまった・・。

そのとき、目の周りと鼻を赤くしたフレンダが、切なげに小さく口を開く。



「・・詰子」


「おいちょっと待て、それ名前か・・?」


「・・詰子」
268 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:44:29.37 ID:tmihul.0


投げやりにも程があるだろ、その名前・・、いや、突っ込みどころはそこじゃねぇか。

そんなこんなのうちに、スーパー側とは無事に話がついた。

フレンダは泣きっぱなしでまるで話ができるような状態じゃなく、俺が身振り手振りで説明した。

店長のおばさんは優しくニコやかに俺たちの失態を許してくれたため、とりあえずは一件落着。

もちろん落とした缶詰は全部買ったし、おばさんには頭が床に着くくらいに平謝りをした。

缶詰からこぼれた中身で汚れちまった床を拭いてくれた兄ちゃんにも。

恨めしいことに、帰路につく頃にはフレンダはケロリとした顔でいやがった。

俺に缶詰いっぱいの袋を両手に持たせて。



「ふん、ふん、ふーん♪」


「おい・・重いんだけど、これ」


「そりゃそうでしょ、30個は入ってるもん。しかもそれが2袋」



振り返ったフレンダは口をアヒルみたいに尖らせて俺を見やる。



「何で開き直ってるんだよ・・っていうかさっきまでピーピー泣いてたくせに」


「そんな昔のこと忘れたわー、結局、今の私の心を満たすのはこの缶詰たちを食べられるということだけって訳よ!」
269 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:45:25.30 ID:tmihul.0


と言うと、俺と同じく缶詰が満杯のスーパーの袋をブンブン振り回す。

おい、そんなに暴れるとまた缶詰が飛び出すぞ。

こんな道端で転がり落としたらそれこそ大惨事になるだろーが、分かってんのかコラ。

でも、高笑いをしていたと思えば、フレンダはくるりと踵を返して俺に目を合わせてくる。

いきなり、何だよ。



「・・ま、ありがとね」



その「ありがとね」が何に対する感謝なのかは分からなかったが、思わず心臓がドキリと跳ねる。

キラリと光る金髪は風になびき、空と同色の大きく開かれた瞳は真っ直ぐに俺を射抜く。

普段おちゃらけてる奴がたまにこういう顔をすると、男としては不意を突かれた感じになる。

くそ、いちいち可愛い真似しやがって・・。



「はいはい、もうちょっと心を込めてツンデレっぽく言ってくれると俺的にはGOODだな」


「発言を即時撤回ー」


「おいコラ」


「ぷーん!」
270 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:47:01.93 ID:tmihul.0


飛行機みたいに両手を広げて、トタタッと走り始める。

歩道の白黒タイルの黒いところだけに足をつけ、スキップし、ケンケンパみたいに歩を進める。

だから、そういう危ないことをすんなって言ってんだろ・・。

はぁ・・と何の感情から生まれたのか分からない溜め息をつく俺に、袋を持ったままの両手を後ろで結んだフレンダは、



「溜め息一つつくと幸せが一つ逃げるんだよー?」



とか、ベタな迷信を吐きやがる。



「そうかい、それじゃ俺の分の幸せをお前にやっても良いんだぜ、今ならお手頃価格の15000円だ」


「あっそ、じゃぁ、アンタに持たせてる缶詰一袋分の現物支給ってことで良い?」


「お断りだ、バカ」


「あー、またバカって言った!バカって言った方がバカなんだからね!」


「バカかわいいって言ったんだよ、これなら良いだろ、可愛いがついてるんだから」


「うっさい、バーカっ♪」



子供みたいな表情のフレンダは、子供みたいな言葉を吐き捨て、子供みたいなステップで走っていく。

俺はそれを呆れつつも、少し羨ましげに見つめる。
271 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:49:22.77 ID:tmihul.0


「ねーえ浜面っ、今日の晩御飯は何にすんの?」


「そうだな、せっかくこんなに缶詰があるんだし、こいつらをたくさん詰め込んだ浜面特製肉じゃがでも作るとするかね」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ、この缶詰たちは私のモンなんだからね!」


「あーん?一緒に店員に謝ってやったのは誰だと思ってんだよ・・」


「それとこれとは話が別!」



縁石に乗ってキーキー騒ぐフレンダを横目に、俺はのんびり帰路を歩く。


そんでもって、眩しい夕日に心を洗われ、清々しい気持ちで隠れ家に帰った俺を待っていたのは、

牛乳を買いに行ったはずなのに牛乳を買い忘れた俺をとっちめようと金剛力士像みたいな顔してる麦野だったとさ。





272 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 22:58:22.89 ID:y9oH.GQ0
来おった!!!!
273 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 23:01:31.24 ID:tmihul.0

おばんです、今回は短いのですが以上です。

滝壺編は6割程度書き溜められたので、明日明後日にでも…。


超電磁砲5巻の特装版に色々アドバイスをくれた方、有難う御座いました。

無事、入手することができました。

アニメイト池袋本店まで赴いたところ、発売日前にも関わらず、平積みされていました。

単行本派の自分としては本編も偽典も予想以上の出来栄えで満足できる仕上がりでした。

まだ手に入れていない方は『根性』です。


独英戦を横目に、おやすみなさい。
274 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 23:08:34.60 ID:FsQEosE0
超乙!
これはいい浜面フレンダ
275 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 23:14:43.36 ID:.sdYpzYo
乙でした!
フレンダに違和感がないのがすごいなぁ

まだ超電磁砲買ってなかった・・・
276 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 23:23:10.18 ID:y9oH.GQ0
来たと思ったのに

でも乙!!
277 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 23:44:32.07 ID:8ESDfQDO

今回も面白かった
金剛力士麦のんもかわいいよ!
278 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 00:53:35.30 ID:y8dR1ok0
フレンダ可愛い
279 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/28(月) 01:37:09.92 ID:vDzNil.o
なんという浜スレ…新境地を開拓した気分だぜ…
280 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 07:21:06.72 ID:7kjMZwDO
乙なんだよ!

フレンダよりも、随所に見える麦のんの可愛さに意識が行く俺はもうダメだと思う
281 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:33:42.77 ID:6JzyHy60

〜〜〜



俺の回想なのに、何かまた変なオチがついてたぞ・・。

まぁ、フレンダも料理はできるらしいんだよな、アイツの料理食ったことねぇけど。


それはともかく「アイテム」の滝壺以外の三人に共通するところは黙ってれば可愛いって点だと思う訳よ。

うわ・・フレンダの口調が移っちまった、気持ちわりぃ。

ある意味、俺はかなり幸せな状況に居るはずなんだけど・・何でかアイツらには恋愛感情が沸かないんだよな。

何でだろ。

バニーさんじゃないからか?

いや、それは単純すぎる・・。

ってか卑しいわ。


んで、最後に滝壺。

あいつがそこそこ料理ができるのは俺が一番知ってる。

何回も言ってるように、滝壺は他の三人が鼻くそほじってる間に俺の飯の支度をよく手伝ってくれるし、

食材の品定めから始まり、包丁捌きや微妙な味付けの判断、食欲をそそるような盛り付けまで俺も目を丸くするほどの腕前だ。

初めて滝壺が手伝うって言い出したときは危ないから止めてくれ、って言ったもんだけど、

いざやらせてみると、充分な戦力になるのが分かったし、俺にとっても負担が減って大幅な時間短縮にもなった。

普段はポケーッとしてても、意外と頼れるんだよな・・任務のときの立ち位置とまるで一緒だ。



282 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:34:25.71 ID:6JzyHy60

〜〜〜



「お腹減った・・」



ぐきゅるるるる〜♪と間の抜けた音を鳴らしたのは滝壺の空きっ腹だ、見なくても分かる。

一方の俺は薄汚いゴミの散らかったこの隠れ家には似つかない黒のエッグチェアに腰掛けていた。

柄にもなく読書なんかに勤しんでいた俺は麗らかな日差しの当たる部屋の隅でウトウトしていたが、

滝壺の腹の音でその意識を覚醒させられ、座り慣れていない椅子から思わずズリ落ちそうになる。

体勢を整え、ふと壁にかけられた時計を見やると、ちょうど三時になっているのが見えた。

麦野は真昼間からエステ、絹旗は平日割引で映画観賞、フレンダは特売目当てで缶詰巡り。

あいつらは隠れ家に居ないとき、大抵、そういうルートを辿ってる。

たまには別のこともしろっての・・テンプレ通りの行動ばかりしやがって。

となると、必然的に滝壺と二人きりになっちまうんだが、それはそれでかなり暇なんだよな。

バイトはしていないし、スキルアウトを抜けた以上、特に連れ立って遊びに行くようなダチも居ない。

かと言って、滝壺と何を話すにも最長でも三往復くらいのキャッチボールで終了しちまう。

特に話したくないわけでも、興味がないわけでもないんだけどなぁ・・。

どうもこういうタイプの女っていうのは苦手だ。

さて、任務がない日っていうのは平和で良いんだが、逆を言えば退屈な日・・平和ボケしちまうよ。
283 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:35:06.78 ID:6JzyHy60

「お腹減った・・」



数秒前とまったく同じ台詞を呟いた滝壺を、俺は眠い目を擦りながら見やった。

滝壺は軟体生物みたいに脱力した身体をソファの上にうつ伏せに乗せている。

トロンとした漆黒の瞳に、同じく真っ黒な、寝起きとと間違われるようなボサボサの髪の毛。

素面は可愛い系の顔なのに、決して自分を飾ろうとしないところは、今更ながら理解できないな・・。

手先から足先まで力の抜けたその身体はまるで芋虫みたいだ。

何も予定のないオフの日の女の子は想像以上にぐだった状態になってるとはよく聞いてたけど、

本当にこんな尺取虫みたいな格好をしているとは思わなかったぜ。

いつものピンクジャージを身に纏った滝壺は、俺に何かを切望するような眼差しを向けてくる。

こういうときはその内容関係なく、俺が折れるのがほとんどのパターンだ。

麦野や絹旗相手では脊髄反射で拒絶する俺も、滝壺のお願いとあっちゃ断るわけにはいかない。



「分かったよ、何が食べたいんだ?」


「ホットケーキ・・とか」



滝壺はソファの上のクッションに顔の下半分を埋めながら、くぐもった小さな声で言う。

こりゃまた随分と女の子らしい可愛らしいおやつをご所望で・・。

ただ、そういうモンは女の子が作ってこそ映えるモンだと思うけど・・ま、お安い御用だ。

この浜面仕上に任せておけ・・!
284 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:36:02.16 ID:6JzyHy60

手にしていた小説、夏目何とかの『こころ』をチェアの上に置く。

栞をちゃんと挟んでおいてっと・・おいおい、5ページでダウンとは俺も教養のない男だな・・。

そして、壁にかけてあった白のエプロン(恐らく、サイズ的に麦野の物か?)を取ると、手を通し、後ろの紐を縛る。

っていうか普段、料理なんかしない癖に何で麦野のエプロンなんかあるんだ・・?

そんな些細な疑問は置いといて、冷蔵庫やら棚やらを漁って、材料を準備し始める。


さて、ホットケーキとは。

小麦粉に卵やベーキングパウダー、砂糖、牛乳、水などを混ぜ、フライパンで両面を焼いた料理(by wikipedia)。

説明するまでもない、超王道のおやつ、おやつの中のおやつ、キングオブおやつ。

ま、たまには滝壺と二人で甘いものを突っついてのんびりする日も良いかねぇ・・。


さて、まず、薄力粉とベーキングパウダー、砂糖を混ぜて、ふるいにかけつつ、ボールに入れておくっと。

舌を出しながら手際良く下準備を進める俺を、後ろから無表情で見つめる滝壺。

・・そうやって見られてると少し緊張するんだが。



「はまづら」


「ん、どうかしたか?」


「・・私も手伝おうか?」



優しいなあ、滝壺は・・ホロリとしちまうぜ。

麦野や絹旗だったら「腹減ったー」って言ったきり、何も言わないぜ?

何か言ったとしても、「腹減ったー」「まだー?」「早くー!」の一点張りだし。
285 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:37:05.39 ID:6JzyHy60

「いや、一人で作れるから滝壺はそこでボーッとしてれば良いぜ、できれば寝ないでくれると有難いけどな」


「ふむん・・じゃあ、作業用BGMということで一曲・・」


「いや、良いぞ・・何もしなくて。喉渇くと思うし」


「それは残念・・」



本当に歌う気満々だったらしく、振り向くと、滝壺は棚の上に置いてあったサボテンを手に持っていたのが分かった。

それはマイクとはほぼ遠い形状をしてると思うんだが・・っていうか、誰のサボテンだよそれ。

目を細めるとサボテンの鉢の下部に、黒マジックか何かで「たきつぼ りこう」と書いてあるのが見えた。

フレンダの缶詰、絹旗のC級映画に続き、滝壺にはサボテンブームか・・?

何でここの女は金の使い方、娯楽趣味の方向性を間違ってるんだよ。

あの麦野がまともな人間に見えるぜ・・。

口をパクパクさせて、歌う真似をしている滝壺が少し可愛らしいと思いながらも、俺は作業に戻る。



「さてと・・」


次に卵と牛乳と・・溶かしたバターを混ぜ合わせるっと。

ああ、バター溶かすの忘れてた。

とりあえず、レンジで30秒くらい温めればオッケーかな。

時間設定をして、加熱のボタンを強めに押す。

ちなみに強めに押さないとボタンが反応しなくなったのは、麦野のせいだ。

あいつは自分が機械音痴だっていう自覚がないから怖いんだよな・・。


レンジを待っている間も滝壺からの視線をチリチリと感じる。

殺意とかがこもってるわけでもないのに、何でこんなに気になるんだ・・?
286 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:37:47.28 ID:6JzyHy60


「・・はまづら」


「どうかしたか?」



さっきと同じ表情で同じ角度で同じ声質で同じ台詞を投げかける滝壺に対し、俺も負けじと同じ反応をする。



「・・私も手伝おうか?」


「・・・」



いや、手伝ってくれようとするのは有難いんだけどな・・。



「さっきも言ったけど、滝壺はそのままで良いぞ。

 それとも、俺が作ってるんじゃ不安か・・?」


「ううん、そういうワケじゃないよ。ただ、浜面一人にやらせてるのはちょっと罪悪感かな・・って思って」



罪悪感ってのは少しズレた感覚かもだけど、こんな些細なことでも俺を気遣ってくれてるなんて・・。

他のバカ三人に滝壺の髪の毛を煎じて飲ましてやりたいくらいだぜ・・あれ、爪だっけ、煎じるのって?


そして、再び、プツリと途切れる会話。

既に卵と牛乳と溶かしたバターを混ぜ合わせ終わった俺は、さっき混ぜておいた薄力粉たちと今混ぜ終わったものを、さらに混ぜる。

おっと、その前にフライパンを熱しておかなきゃな・・。
287 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:39:15.88 ID:6JzyHy60


「・・あれ?」



フライパンが棚の中にない・・何でだ、麦野辺りが絹旗と喧嘩してまた溶かしやがったか?

と、思ったらいつの間にか横に立っていた滝壺がフライパンを持って、興味深そうに眺めていた。

・・何でまた?



「おーい、滝壺。フライパン使うから貸してくれ」


「うん。温めておくんでしょ、私がやるよ」


「え? あぁ、ありがとな」



コクリと頷いた滝壺はノブを回し、学園都市ではすっかりお馴染のIHとやらでフライパンを空焼きする。

やがて、ジリジリと小さな音を立てるフライパンに顔を近づけ、睨むように見つめている。



「そんなに顔近づけてると火傷するぞー」


「ちょっと熱い」


「いわんこっちゃねぇ・・」


「えへへ」



うっ・・そんな白百合みたいに微笑まないでくれ滝壺。

くそっ、手元で狂いそうになる。

と思った瞬間、俺が混ぜていたトロトロした物体がボウルから跳ねて、すぐ横に居た滝壺の頬にペチャリとつく。
288 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:40:13.41 ID:6JzyHy60


「うおっ、すまん滝壺!」


「・・・」



滝壺は頬についたその黄色っぽい液体(?)を指につけ、それを口に持っていく。

ペロリとそれを舐めると俺に向かって、また微笑む。



「甘い・・」


「そりゃな・・砂糖とか混ざってるし」


「そうだね」



ああ、止めてくれ。

普段ボーッとしてて何考えてるか分からないブラックボックス・ガールが素直な笑顔を見せちゃったりすると男は陥落しちまうモンなんだよ・・。

滝壺が普通の女子高生だとしたら、誰とも付き合いはしないけど、いつの間にか男子の中で親衛隊とか出来ちゃうタイプだ、絶対。

きっとその天然っぷりは女からも嫉妬を通り越して、かなり好かれるはずだ。

それ故に、今、俺が滝壺を独占しているようで、何とも言えない幸福感に満たされる。

うーん・・食べる前からお腹いっぱいだぜ。


ペロペロと指を舐め続ける滝壺はまるで赤ん坊みたいだな・・。

うお、何考えてんだ俺は!

しっかりしろ、俺!

バニーさんは好きだが、ペド野郎じゃないぞ、俺は!

断じて!
289 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:41:12.55 ID:6JzyHy60

そんな葛藤に苛まれながら、俺は普通より1.5倍くらいの時間をかけてホットケーキを完成させる。

滝壺もちょっぴり手伝ってくれたんだけど、腕はともかく、料理してる滝壺は意外と様になってて、ちょっと感心した。



「いただきます」


「・・いただきます」



俺が言った後、少し遅れて控えめに滝壺が合掌する。

丸皿に置かれたホットケーキは少し不恰好ながら、かなりの大きさで、美味しそうな匂いと存在感をひしひしと放ってる。

心配すんな、すぐに食べてやるから。

ぽかぽかとした陽気、ほとんどの学生が勉学や超能力開発に身を削っている中、

そこそこ広い部屋でテーブルを挟んで、共同作業で作ったホットケーキを女の子と食べる。

何か・・、すごいダメ人間になっちまいそうなシチュエーションだぜ。

予め棚から出しておいたメープルシロップをこぼさないように適度にかけ、フォークで小分けに切った後、一部をプスリと刺して口に運ぶ。

噛んだ瞬間、柔らかい歯応えと共に、シロップの効いた甘みが口いっぱいに広がってく。

うーん・・美味い。

割と適当に色々混ぜ合わせたけど、意外とそれが良い割合だったのか、適度に甘い。

甘いばかりじゃアレだから、少し苦めのアイスコーヒーも喉に通す。



「ほっぺたが落ちそう・・」


「まったくだな・・っておい!?」


「?」
290 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:42:22.11 ID:6JzyHy60

滝壺が口元をシロップでベタベタにしながら、俺の方を不思議そうに見やる。

さて、俺が何にびっくりしたかというと、俺が手元に置いてあげたフォークを使わずに、滝壺が素手でホットケーキを掴み、丸かじりしてやがることだ!

そりゃ、驚いて声をあげるっての、何の為のフォークだと思ってるんだ!?

っていうか、その口についてるシロップの量が半端じゃないぞ!



「滝壺・・もしかして、このシロップ全部使い切ったのか?」


「うん・・すごい、甘い・・とろける甘さ」



全部とはいえど、シロップは容器に半分も入ってなかったけど。

それでも一食に使う限度を遥かに越えてる。

「アイテム」の調理師兼栄養士として、こういう事態はしっかり咎めておかなきゃならねぇ。



「滝壺、シロップはほどほどにした方が良いと思うぞ・・?」


「そうだね・・虫歯になっちゃうかも」


「・・・」



そう呟くと、再度、ホットケーキにかじりつく。

何て子供っぽい着眼点なんだ・・。

いや、まぁ、そりゃ確かにそうなんだけど・・虫歯は確かに怖ぇんだけどな。
291 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:42:57.52 ID:6JzyHy60

「もぐもぐ・・」


「美味しいか?」


「うん、とっても」



黙々とホットケーキを貪る滝壺を見てると、ハムスターを観察しているようで何だか少し和む。

他の三人にはこういう平和的かつ情緒的な可愛らしさってモンが致命的に欠けてるんだよ。

特にあいつ・・名前は出さないけどさ。

「アイテム」に対する不満をタラタラと脳から垂れ流していると、その不穏な空気を察知したのか、滝壺がキョトンとした目で俺を見た。



「はまづら、食べないの?手が止まってるけど・・」


「お、おう・・ちょっと考え事しててな」


「悩みがあるなら聞くよ、解決できるかは分かんないけど・・」


「・・・」



悩みっていうかほとんどが滝壺以外の三人への愚痴だからとても言えねぇ・・。

麦野の人遣いの荒さとか、絹旗の口の悪さとか、フレンダの缶詰とか缶詰とか缶詰とか。

滝壺に関しては、悩みがないのが悩みでもある。
292 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:43:53.47 ID:6JzyHy60

「いや、心配しなくて良いぞ。今日の晩飯は何にするか考えてただけだからな」


「そっか・・おやつ食べてるのにもう夕ご飯のこと考えてるなんて・・はまづら、食欲旺盛だね」


「ま、育ち盛りだからな」



ふぅん・・と呟いた滝壺は何か考え込むように、三度口を開く。



「私もいっぱい食べればむぎのみたいに、ぼん・きゅっ・ぼんになれるかなぁ・・」


「お?・・へぇ、滝壺にもそういう願望があんのか?」



こりゃ、意外だった。

日頃、ピンクのジャージしか着てない上に、化粧もしない、ブランドで身を固めたりしない、典型的な草食系女子だと思ってたのに。

やっぱり、滝壺も年頃の女の子なんだなぁ・・と実感。



「だって、はまづらはスタイルの良い女の子の方が好きなんでしょ?」


「んがっ!? げほっげほ!」
293 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:44:23.68 ID:6JzyHy60

喉を通ろうとしていたホットケーキが逆流して、たまらず咳き込む俺。

な、何でそこで俺が出てくるんだよっ!?

っていうか、滝壺、お前はそんなに努力しなくても結構良いモノを持ってんぞ?

その体型でまだ満足してないとか言ったら、絹旗やフレンダ辺りがチリチリと火花を送ってくるはずだ。

滝壺はそれを気にも留めないだろうけどな。

アイスコーヒーをガブ飲みして、何とか場をやり過ごそうと頑張る俺。



「あーくそ・・気管に入りそうだったぜ」


「大丈夫?」


「ああ、滅多なことは言うもんじゃないぞ、滝壺」



まったく持って滅多なことを言うもんじゃねぇ・・。

俺の頭の上に惑星(ほし)でも落ちてきたかと思ったぜ、それくらいの衝撃だった。



「・・だって、はまづらはバニーさんが好きなんでしょ?」


「いや、まぁ、それは否定しないけどよ・・別に滝壺が俺の好みに合わせる必要なんてないんだぞ?

 それとも、どうしてもそうしなきゃ理由でもあんのか、義理も恩もあるわけでもないのによ」


「それは・・、」
294 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:45:48.43 ID:6JzyHy60

口を開いたは良いが、言葉は続かなかったみたいだ。

珍しいな・・滝壺が言葉を躊躇うなんて。

何処となく火照ったみたいな顔を俯かせて、滝壺はもう一度ホットケーキを食べようとするも、既に全部食べ終わっていたことに気付き、

視線を落ち着かせることのできないまま、手元にあったクリーム色のクッションを抱きしめ、よそよそと後退し、壁にゆっくりともたれかかると、体育座りをし始める。

ど、どうしたんだよ、行動に一貫性がないぞ・・いつものことだけどよ。



「何でもない」


「そうか・・?」



クッション越しになぜか恨めしそうに俺を見つめる、というか睨む滝壺。

あれ、また俺は何か怒らせるようなこと言っちまったか・・?

実はホットケーキがあんまり美味しくなかったとか。


あーくそっ・・昔っから女の扱いってのは苦手なんだよ。

ヤンキーだの不良だの言われてたけど、異性交流ってのはほとんどなかったようなもんなんだよ・・。

体格は良いけど、俺は良い面してるワケじゃないしな。

スキルアウト同士の汗臭い語り合いや殴り合いばかり経験してる俺は、滝壺みたいな繊細(?)な女の子への応対はダメ。

麦野や絹旗みたいな小悪魔属性のある女には適当に反発してれば、自然と会話は成り立つんだがなぁ・・。


クッションをギュッと抱きしめた滝壺が俺に何やらもごもごと言い始める。
295 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:46:42.07 ID:6JzyHy60

「はまづらのばか。」


「え?」


「ばか。」


「何か、よく分かんねぇけど・・すまん」


「・・ばか。」



これまた珍しく顔を赤くした滝壺(多分、怒ってる?)がクッションに顔を埋めながら、俺に不満を垂れる。

滝壺が怒ってるとこ悪いけど、何か新鮮な感じだ・・はは。



「ふわあ・・」



怒ってたと思えば、滝壺は手を口に当てて、いきなり大きな欠伸をする。

眠そうに目を擦り、俺から視線を逸らし、冬眠から覚めたばかりの山熊みたいにもぞもぞと動き始めた。

今の今まで日差しの中に置いてあったクッションを抱きしめていたせいかもな。



「何だか眠くなっちゃった・・」


「さっきまで寝てたし、おやつ食べ終わったばっかだもんな」



再度、大きな欠伸をした滝壺は、使わなかったフォークと皿をまとめ、テーブルの上に揃えて置く。
296 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:49:12.87 ID:6JzyHy60

「ごめん、ちょっと寝るね・・」


「おう、後片付けは俺がやっとくから、ぐっすり眠りな」


「うん、ありがとう」




滝壺が自分で就寝宣言するのも珍しいな。

いつもは日光浴みたいにボーッとしているうちにいつの間にか寝ちまってるのがほとんどなのに。

ソファの上に足を投げ出し、うつ伏せで眠りに落ちる滝壺。

昼寝といえど、布団の一枚くらいかけろって。



「っしょ・・と」



ベランダに干していた薄布団を布団叩きで軽めに叩いた後、すっかりおねむの滝壺にかけてやる。

起こさないように、なるべく優しく、な。

こういうことをしてると自分が着々とアットホーム・ダッドに近づいていってるのが分かる。

俺も随分と丸くなっちまったもんだ・・。
297 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:51:00.51 ID:6JzyHy60

「すぅ・・」



深い呼吸、上下する肩、ゆっくりと捩れる身体。

よく寝てるな・・、っていうか寝るの早すぎだろ。



「・・はまづら」



滝壺に名前を呼ばれた瞬間、身体中に静電気みたいな変な感覚が迸り、むず痒くなる。

もちろん、意識的に口から出たんじゃないだろうな。

夢でも見てるのか何なのか、無意識に口から零れたんだろう。

普段、呼ばれてるのに、今だけは何でか知らないが、特別な感じがした。



「お腹減った・・」


「やれやれ・・」



小さく溜め息をつく。

まぁ、もうしばらくはこういう生活でも良いか・・と思った、麗らかな午後の話。




298 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 22:52:21.31 ID:gZWjLEDO
もう投下がきてる…だと…
今すぐ読む
299 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/28(月) 22:54:50.08 ID:6JzyHy60

久しぶりの連投でした、以上です。

滝壺編は昨日投下するはずだったのですが、あえなく今日に。

気まぐれな寄り道浜面回想編を切り上げ、次回から再び本編に戻ります。


あと、七月中旬から八月の頭辺りまで少し忙しくなる予定なので、更新がまた不定期になります。

ようやく投下頻度が整ってきた矢先にまた滞ってしまい、申し訳ありません。


では。
300 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 23:05:00.57 ID:Hohckeoo
GJ
かわいい滝壺に和んだ
301 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 23:10:57.40 ID:gZWjLEDO

滝壺話は和むな…
主夫な浜面かわいい
302 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 23:30:27.89 ID:0C8.XcM0
超乙乙
滝壺かわいいよ滝壺
ていうかアイテムの4人よりも浜面を嫁に欲しい
303 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 23:47:22.47 ID:s7U5lA6o
はまづらは一家に一台だね
304 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 00:01:16.79 ID:Sh839J.0
かわいい
305 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/29(火) 00:30:20.12 ID:GmGFdZko

ちょっと前から思ってたけど元スレの>>1と違うような感じがする・・・
306 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/29(火) 00:41:32.52 ID:KVj4hRE0
むぎのんもえしてたらいつのまにかはまづらもえにされてしまうとは・・・
307 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/29(火) 00:52:42.29 ID:trMMeoDO
あ…ありのまま 今 起こったことを話すぜ!
『麦のん!麦のん!していたらいつの間にかはーまづらぁ…になっていた』
何を言っているのか分からねーと(ry
308 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 10:49:25.08 ID:WRQsIoAO
285>>醤油豚骨ラーメンネギ少な目麺固めトッピングに卵とチャーシューそれに餃子とご飯デザートは杏仁豆腐で!
309 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/02(金) 13:20:57.28 ID:MnX/PIAO
>>308

?(´・ω・`)
310 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/03(土) 22:38:40.81 ID:YUcX8oAO
結局レールガン5巻の表紙の麦野のおっぱいに踞りたいって訳よ
311 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/04(日) 11:32:47.71 ID:LOlbx.AO
>>308
一方さんがラーメン作るやつの誤爆?
312 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/04(日) 12:29:06.36 ID:iEVM2QAO
5巻の表紙がエロいんだけど
幸せだよむぎのん
313 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:15:54.41 ID:.Aa7XL60

〜〜〜



あれ、滝壺の料理の話のはずが、ほとんど料理してなかったな。

しかも、何かすごい気分の良い終わり方をした気がする・・。

っていうか、さっはから走馬灯みたいに回想に浸り込んでるな、俺。

なんかすごい・・不吉だ。


こんなこと考えちまうのも、きっと風邪が悪ぃんだ。

さっさと治さないと、そろそろ麦野やら絹旗やらのブーイングが起きる頃だろうし。

まだ熱っぽいし・・仕方ない、もう一眠り・・、


・・うん、何だ?

周りが騒がしいような・・。




314 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:17:40.76 ID:.Aa7XL60

―――――



学園都市第四位の超能力者、麦野沈利は未だかつて経験したことのない苦境に立たされていた。

知っての通り、彼女は山よりも高いプライドを持った典型的な女王様気質である。

人に尽くすようなタイプではないし、ましてや、異性に媚び諂うような人間でもない。

まぁ彼女には尽くしたいと思っている相手は居るのだが、

彼女自身の性格や周囲の環境が彼女の素直になろうという意志を妨害しているらしい。

さて、そんな麦野がたった今、どのような壁にブチ当たっているかというと・・。



「これは・・何?」


「何って。これは私が普段愛用している『巫女装束』」


「・・・」



姫神がその手に掴んだものは着たことはなくとも誰もが一度は見たことがあるであろう、巫女服だ。

厳密に言えば、巫女装束と巫女服には違いがあるらしいのだが、この場では特に区別する必要もないだろう。

麦野は何か忌々しいものを見る目で姫神が掲げたそれを睨んでいた。

これから、自分が何をさせられるのかを想像しながら。



「簡潔に説明すると。貴方たちはこの二つの巫女服を着て。彼を看病してみると良いよという提案」


「バカげてるわね、大体そんなの着たところで浜面が嬉しがるとでも・・、」
315 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:19:59.83 ID:.Aa7XL60

と言い掛けて少し考えた。 案外、単純な浜面は嬉しがるかもしれない。

自分はともかく、横に居る滝壺が着ていたらと考えると浜面が巫女服に反応しないとは必ずしも言い切れない。

超王道天然系少女である滝壺が巫女装束など身に纏っていれば、女である自分も少しグッと来るものがある。

ただ着ただけでそれだけの衝撃を生むのに、看病なんてされたときにはどれだけの破壊力が生まれるのか



「可能性がある限り。貴方は実行すべきだと私は思う。」


「・・くぅっ」



麦野はまた考えた。

滝壺は恐らく何の躊躇いもなく、巫女服に袖を通すだろう。特に断る理由がない。

彼女は天然でありながら、何かをやるにあたっての意志は固く、それが浜面の為となれば尚更強固なものとなる。

羞恥心など感じはしないだろうし、たとえ感じていたとしても浜面への恩返しの気持ちがそれを遥かに勝るだろう。


それに引き換え自分はどうか。

滝壺と麦野はそれほど年齢差はないものの、それでも巫女服など着るような歳ではない。

いまどき、神社以外でそんなものを着ている人間など、コスプレイヤーくらいだ。

公共の目がないホテルの一室とはいえ、自分自身がそんな羞恥プレイに耐えることができるだろうか。

何より、自分の巫女服姿が浜面の記憶に永遠に残ることになるのが何よりも恥なことだ。

さらに、それがうっかり絹旗とフレンダにバレたらどうなることか。

というか、今現在、その彼女たちがいつ帰ってくるのかも分からない。

巫女服を着た麦野と滝壺の二人で病臥の浜面を看病しているなんて図を見られでもしたら、

絹旗はどういう反応をするか(フレンダに関しては想像するまでもないのだが)。

下手をすれば、暗部組織のリーダーとしての信頼、求心力低下の危機である。

とてもじゃないが、耐えることができそうにない・・だからと言って、ここで滝壺に差をつけられるわけにもいかない。

そんな羞恥心と対抗心、そして、浜面への恋心という三方向からの板挟みで揺れる麦野。
316 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:21:58.02 ID:.Aa7XL60

「私は着るよ。でも、今は何よりもはまづらを看病してあげなきゃいけないんだから・・」


「巫女がお料理。良い。すごく良い。それはそれで萌える」


「・・・」



もしかして、滝壺は断るのではないかという微かな希望も打ち砕かれた。

姫神も半開きながらキラキラした瞳を滝壺に向けており、撤回する気はまったくなさそうだ。

もう、腹をくくるしかなかった。



「(あぁ・・もうどうにでもなれば良いのよっ! そもそも浜面が風邪なんかでブッ倒れやがるから・・!)」


「で。貴方はどうする?」



苦悩する美女を視姦するような眼差しを向ける姫神。

姫神は麦野がどういった行動を取るのかは手に取るように分かっていた。

女の子の気持ちは女の子だからこそ理解できるのである。

それは、恐らく彼女自身も(望みは薄いとはいえ)恋する乙女だからという理由もあるだろう。

やがて、歯を食いしばった麦野は怒声にも近いような言葉を吐く。



「・・着るわ、着れば良いんでしょっこのアンポンタンンンンンっ!!」


「素晴らしい」
317 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:24:38.01 ID:.Aa7XL60

計画通り。ニコリというかニヤリと笑った姫神は手に抱えていた巫女服を二人に投げ渡す。

それをいざ手に取ってみると予想以上に肌触りが良く、着心地も良さそうだった。

色褪せはなく、綺麗な純白と紅色に染められており、かなり目立った色合いでありながらチャラけた派手さもない。

そして、姫神が巫女服の着方を手取り足取り、淡々と且つ丁寧に教えにかかる。

滝壺は興味深そうに小さく頷きながら説明を聞き、麦野は沸騰したやかんのように頭から蒸気が吹き出たままだった。

怒っているのか、それとも恥ずかしがっているのか、理由は分からないが。



「じゃ、着るとするわ・・不本意ながら」


「おっと。その前にやることがあるのだけれど」


「?」



袖を通そうとした麦野と滝壺の頭上に疑問符が浮かんだ。

この期に及んでまだ要望があるのか。

姫神は無表情のまま、驚くべき言葉を紡ぐ。



「巫女服を着るときは。下に何も着てはいけないの」


「な、なん・・だって・・?」


「ちなみに下着も禁止されている。神の前では清められたもの以外は着用してはならない。ということ」


「んなワケのわからない決まりをっ・・、」



と、言いかけた麦野の横で滝壺が黙々とピンクジャージを脱ぎだしていた。

純粋すぎるのも罪なもの。
318 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:27:24.80 ID:.Aa7XL60

「た、滝壺・・何でアンタはそんな何の疑いもなくストリップ始めちゃってんのよ!」


「だって、そういう決まりなら従わなきゃ。それに服の上から巫女服を着たら、少し太って見えちゃうだろうし・・」



小さく呟いて、滝壺は少し照れたような表情を浮かべる。

何て物分りの良い子なのだろう・・と麦野は呆れたように頭を抱えた。

太っているとか痩せているとか、滝壺がそんな年相応の女の子のようなことを言い出すとは意外だったが、今はそんなことはどうでも良い。



「だ、だからって・・下着まで脱ぐ必要は・・!」


「うん、ちょっと寒いけど、決まりだから仕方がないよね」


「そう。仕方がないこと」


「売女は黙ってろ・・ッ!」



麦野と姫神が罵詈雑言を交わしているうちに、滝壺は淡々と脱衣に励む。

やがて、巫女服と同じような純白のブラジャーを足元に落とし、滝壺のそれが露になった。

大きすぎず、小さすぎず、世間一般では美乳というジャンルに区別されるのだろう。

年相応とも言えるが、それでも、なかなか満足できる物を持っているといえる。

肌の色と同じ色白、大きさ以上に弾力がありそうで見るだけでその柔らかさが伝わってきた。

麦野は思わず、触れてみたいという衝動にほんの一瞬だけ駆られるも、

自分はそういう馴れ馴れしい性格ではないし、そんなことをしては日頃忌み嫌っている金髪碧眼少女と同類なので自重する。

何よりも、他人の胸に少しでも興味が向いてしまったというのが悔しいかったが。

それでも、ほぼ条件反射のように麦野は自分の物と比較してしまうのは、女子の性か。
319 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:29:43.78 ID:.Aa7XL60

「(・・やっぱり、胸だけ見たら私が断然勝ってるわね)」



いざ自分も曝け出してみたところ、やはりまだ余裕で勝っている。

七割くらい膨らんだ風船のような大きさの割に、まだ若いためか、引き締まった輪郭を描いている。

服の上からでも男の欲望を掻き立てるには充分のボリュームだ。

売女娼婦のような淫乱さはなく、むしろ清潔ささえ感じさせるほどで、たまに自分でも触ったりするが、その弾力にも自信がある。

その度に想い人が頭をよぎり、頬を真っ赤に染めているのは秘密中の超秘密だ。

滝壺の胸は、ついこの前までそれほど大きくない、小ぶりな物だと思っていたが、

いつの間にか、見栄えの良い大きさにまで成長している。

成長期を過ぎたとしても、女性の胸というのは成長する可能性を秘めているのだ。

もちろん、脂肪の付き方によるし、個人差はあるけれど。

不埒な優越感に浸っている一方で自分もウカウカしてられないなと微妙な焦燥感を感じてしまう。



「ん・・」



大きなベッドで眠りに落ちる浜面の姿を見るだけで、麦野は耳まで真っ赤になった。

浜面は解熱シートをおでこにつけ、暖かいセーターに着て、身体を小さくするように寝ている。

いつも健康体でいる彼からは想像できないほどの弱々しい姿で、母性本能がくすぐられてしまう。

マスクが外された口元から漏れる苦しそうな寝息は、彼女の全身に鳥肌をたたせるほど。
320 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:31:57.59 ID:.Aa7XL60

浜面は一般的な男子と比較すると格好良い部類とはいえないが、

麦野は(恐らく滝壺も)何故か興味を持ち、『アイテム』で共に行動しているうちに彼の内面を知る。

というより、最初は鼻にもかけていなかった存在であり、好きではなかった。

だが、彼と共に生活しているうちに不思議に惹かれていっただけのことだ。

無能力者で、馬鹿で、不器用で、甲斐性なしで、汗臭い。

でも、それらを消し去るほどに彼は逆境に強く、男らしく、人を見捨てない。

そのことが麦野に淡い恋心を抱かせる、決定的な理由になったのかは分からない。

スキルアウト時代はもっと子供っぽく、荒削りだったらしいが、

それは所詮過去のことであり、麦野にとってはどうでも良い、関係のないことである。

つまり、麦野は浜面のことを常に想っている。その事実は変わらない。


気付けば、麦野はぐっすり寝ている浜面のすぐ傍に寄り添い、その頬に手を触れようとしていた。

そのとき、それを阻むようにベッドの向かい側から滝壺が身を乗り出してくる。

射殺すような眼差しを麦野に向け、滝壺は平坦に呟いた。



「むぎの・・抜け駆けは許さないよ?」


「滝壺・・」



滝壺の視線に気付き、自分の思いがけない行動に驚いた麦野はその手をすんでのところで引っ込めた。

麦野と滝壺が交わす視線が具現化し、火花がバチバチと迸っているようだった。

この二人は今までに何度か衝突しそうになったことはあったが、今回のような直接対決は初めてではないだろうか。

そのいじらしい(?)様を、少し離れた場所で優雅にも黒革の椅子に腰を下ろし、紅茶をすする姫神が見つめていた。
321 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:33:13.57 ID:.Aa7XL60

「(命短し。恋せよ乙女)」



彼女は悟りきった仙人のような空気を帯びていたが、彼女の恋が成就するのはいつの日か。



「むぎの、はまづらはまだお昼ご飯を食べてないから、作った方が良いと思うんだけれど」


「そうね、私が浜面を見ていてあげるから、アンタが作ったらどう?」


「ううん、たまにはむぎのが作ってあげたらどうかな。

 普段料理をしないむぎのが手料理を振る舞ってくれたら、はまづらも喜ぶと思うよ?」


「あらあら、そんな謙遜することはないのよ、滝壺?

 私なんかが料理を作ったら浜面がお腹壊しちゃうもの・・滝壺の美味しい料理なら浜面もすぐ元気全開になると思うわよ」


「そうだね、むぎのはいつも料理しないもんね、私だけがいつもはまづらのご飯作りを手伝ってるし」



彼女たちの殺気に当てられ、地が揺れ、空が慄き、海が震える。

火花どころではない、何かの拍子に核爆発でも起きてしまうような熱視線のぶつかり合い。

発掘された石油のように止め処なく口から吐かれる、相手を皮肉った言葉。

黒い影を帯びつつある二人に挟まれた幸せ者、浜面仕上はすっかり睡眠中なため、この事態に気付きはしない、



・・はずだったのだが。



322 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:35:06.37 ID:.Aa7XL60

−−−−−



この状況は・・、どうなってやがるんだッ!?


俺は自分の身体を抱きしめるように、それでいて開放感たっぷりに大きなベッドでぐっすりと寝ていたはずだった。

だが、それがどうだ・・左にこめかみをピクつかせた麦野、右に何処となく黒い雰囲気を纏った滝壺。

俺の寝ているベッドはかなりの大きさで、人四人くらいが充分に寝ることができて、麦野も滝壺もベッドの上にへたり込むように座っている。

それでいて、寝ている俺の身体に覆い被さるくらいに身を乗り出し、何やらいがみ合ってるっていう、この構図は理解不能すぎる。

うーん・・両手に花状態だ。


だが、何よりも意味不明なのが・・二人の服装。

何でこいつらは何の脈絡もなく巫女さんの服なんて着てやがるんだよ!?

しかも、無駄に似合ってやがるところが文句の出しようがないところだ。

どうも騒がしいと思って薄目を開いて、二人の巫女姿が飛び込んできた瞬間、目を見開いて、身体を起こしそうになっちまった。

だが、びっくりするくらいに似合ってる。

こいつらは元々の素材が上質だから、当然と言えば当然だ。



「私が先に寄ったんだから、私が看病してあげるべきだと思うんだけど?」



麦野は普段とのギャップが凄まじくて、こういうモデルみたいな女の子が粛々とした巫女服なんて着ると、

こいつを見慣れている俺なんかの目には新鮮でとびきり可愛らしく見えちまう。

中に何か着ているのかどうかは分からないが、首元から垣間見える鎖骨がたまらなくエロい。

白い装束が盛り上がってるせいで、豊満な胸も強調されてやがる。

日頃見せびらかしてる美しすぎる生足は真っ赤な袴でその身を隠してるけど、それはそれで男の不埒な想像力が掻き立てられる。

それにしても、茶髪ロングでスタイルの良い巫女さんっていうのも乙なモンだ・・。
323 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:36:40.29 ID:.Aa7XL60

「そういう話じゃないよ、誰がはまづらに相応しいかってことを話してるんだよ?」



一方の滝壺も負けちゃいねぇ。

元々、こういった清楚な服装はかなり似合うんだ、滝壺自身がファッションに無関心なだけで。

これで扇とか持たせたら、本当にその道の人のように見えるぜ。

一度も染めたことのないだろう髪は、滝壺の純粋さを象徴するような混じり気のない黒。

首元で切り揃えられたそれは、白装束と絶妙なコントラストを生んでいて、綺麗だ。

そこにチラリと見えるうなじも、その手のフェチにはたまらねぇだろうな。

さすがに麦野には劣ると言えど、その胸も思わず見惚れちまうような形をしてる・・っていつだかフレンダが言ってた。

装束のせいで形までは分からねぇけど、大きさは際立っている。

っていうか、俺が『アイテム』に入ったばっかの頃はこんなに大きかったか・・?

とにもかくにも、薄目でここまで詳しく見れる俺の視力に万々歳。



「滝壺、良いからこの場から離れて昼飯作れって言ってるのよ、私もいい加減お腹減っちゃってさぁ」


「ううん、むぎのこそ離れた方が良いと思うよ。はまづらの風邪が感染っちゃったら大変だよ?

 いつ仕事が舞い込んでくるか分からないこの状況で、リーダーのむぎのが体調崩しちゃったりしたら一大事だもんね」



滝壺は一見、筋の通ったような意見を述べているが、何らかの私利私欲も見えるような・・。

二人とも、俺に見せたことがないような笑みを浮かべてる。

何となく邪悪さが滲み出てるような気がするのは気のせいか?

っていうか、こいつらは何をしようとしてるんだ・・俺のすぐ傍で。

一応、俺は狸寝入りしちゃってるんだが、ちゃんと起きてるって意思表示をした方が良いのかな。

そのとき、滝壺が驚天動地の一言を発する。
324 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:38:58.01 ID:.Aa7XL60

「この際だからはっきり聞くけど・・むぎのははまづらのこと、好きなの?」


「なっ・・!」



・・なっ、なああああああっ!!?


麦野も怯んだような声をあげてるけど、それ以上に驚いたのは俺の方だ。

滝壺は唐突に何を聞いちゃってるんだよ・・。

ちょっと待て、今、この二人・・いや、俺を含んだ三人を取り巻く雰囲気は『そういう』雰囲気なのか?

そんなとある高校生の修学旅行の夜中の雑談みたいな・・真剣十代喋り場みたいなノリになっちゃってるのか!?

まったくついていけねぇ・・時代が俺を置いていってやがる。



「どうなの、むぎの?」


「・・そ、それは」



恐る恐るもう一度薄目を開けると、麦野が耳どころか髪の毛先まで真っ赤にする勢いで赤らんで、言葉を詰まらせていたのが見えた。

麦野が怒っているのか、照れているのかはイマイチ判断ができないが、

『アイテム』に関して玄人な俺としては恐らく、前者なんじゃないかと思う。

女でありながら血も涙もない鬼みたいな奴なんだ、麦野って奴は・・。

異性が好きだの嫌いだのっていう恋バナに華を咲かせるような乙女じゃないんだ・・こいつは!

と決め付けていた俺の心は次の一言で打ち砕かれた。
325 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:41:52.10 ID:.Aa7XL60



「・・あ゛、う・・す、好きか嫌いかって言ったら・・好きなのかもしれないわ」





と、麦野はこれ以上ないくらい、顔を火照らせて吐き捨てるように言う。

その姿は道端にほんのり咲いている可憐な花みたいな儚さを持っていて・・、


・・お、おぐああああああああっ!!??


あまりの衝撃に時間差でブゥゥゥッと色んな液体を噴出しそうになるも、何とか抑える。

そのせいで肺とか気道とか色々痛んだけど、それも気合と根性で抑えきる。

さすがにちょっと痛い・・いや、それよりもだ。

あの麦野が、『好きか嫌いかって言ったら・・好きなのかもしれないわ』、

なんて小っ恥ずかしい遠まわしな台詞を言いやがっただと!?

流石に照れくさいのか、すぐにそっぽ向いてたけど、麦野がそのときどんな表情をしてるのかすごい気になっちまった。

くそっ、くそぉっ・・、どうなってやがんだっ!

落ち着け、落ち着くんだ、俺・・。


人間、想像を遥かに超えたことが目の前で起きるとその現実を受け入れることができなくなるって言うもんだ。

俺は能力者とも戦ったことがあるから、常識を越えた超能力現象を見たとき、そりゃ驚いたモンだよ。

だが、麦野が照れるというのはそれを遥かに越える非現実性ッ!

きっと俺の場合も拒否反応を起こしてるだけなんだ・・そうじゃなけりゃ、この動悸、息切れ、その他諸々の症状に説明がつかねぇ。

いや、風邪か・・風邪のせいなのか・・?

やっぱりまだ頭や目の奥が痛むし、身体がサウナの中に居るみたいに熱い。

現実か、風邪による幻覚か、もしくは夢なのか?
326 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:44:53.09 ID:.Aa7XL60

「ふぅん・・はっきりしないね、むぎの。私は胸を張って堂々と言えるよ?」


「うっ・・!?」



待て、滝壺・・よせ、お前が何を言おうとしているのかはイマイチ分からない。

でも、それを言われたら俺のボルテージがヒートアップでキャパオーバーしてメルトダウンしそうな気がする・・。

って俺は何を言ってるんだ、クソッ!




「私は・・、はまづらが好きだよ」




時間が静止する。



「ぐっ・・!」



ぐ、おおおおおおおおおおおっ!!??

麦野とシンクロしたみたいな反応を見せ(そうにな)る俺。

滝壺が俺を好き・・いや、愛しているだと!?(やや飛躍


まぁ待て、ここで深呼吸をして冷静になって考えよう。

滝壺はマイペースで天然でおっとりで何を考えてるか分からなくて、ブラックボックスが手足つけて喋ってるような奴だ。

いきなり、こういう発言をしちゃっても何ら不思議じゃないぞ・・今までだってそうだった。

それに滝壺の周りには俺以外に親しい異性はいないように見える。

その上、俺は滝壺のことをそれなりにお世話してるつもりだ。

恋愛感情とまではいかないものの、兄妹くらいには優しくしてやってる。

だから、滝壺が少なからず俺に好意を抱いているかもしれない。
327 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:47:01.74 ID:.Aa7XL60

とはいえ、俺なんかを本気で好きになるはずがねぇんだ。

こんな無能力者で、馬鹿で、不器用で、甲斐性なしで、汗臭い俺なんかのことを。

俺が女だったら真っ先に選択肢から除外する。

大学試験の選択問題だったら、考えもせずにいの一番に×をつけるだろう。

俺は自分のことを一番分かってるつもりだ。

だからこそ、俺なんかに言い寄るような女が居ないことも分かってる。


つまり、滝壺の発言は家族として、友人として好き・・という意味が含まれていると推測できるんだ。

うん、さっき麦野が言ってたことも同じように考えられるぞ。

そうじゃなきゃ幻覚が夢か、それともどっかの能力者が俺を陥れようと精神操作をしているかだ。

くそ、何処にいやがる、能力者・・出てきやがれ!

この幻覚はいくらなんでも効き目が強すぎるし、ちょっと揺らいじまった俺自身がすごい情けぇぞ、この野郎っ!


とか何とか、俺が見えない敵と戦っているうちに、滝壺は言葉を続ける。



「だから、私はこんなことだってできちゃう」


「あっ!?」



麦野が悲鳴にも近いような声をあげ、俺も言葉にできない危機を感じる。

ギュッと強く目を閉じ、甘んじて受けようとする。

いや待て、滝壺・・何をしようとしてやがんだっ!

止せっ・・たぶん、俺の理性がどうにかなっちまうっ!
328 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:48:50.88 ID:.Aa7XL60

そして、

ピトッ、という音・・というか感覚。


おでこに何かがくっついてるような・・?



「・・やっぱり、まだ熱がある」



滝壺が俺のおでこに自分のおでこをくっつけていた。

シートが張ってあるから、直に触れ合ったわけじゃないけど何か複雑な気分・・。

少女漫画でよく見るようなシーンだ・・、少し照れる俺。

このときに薄目を開けていたら、滝壺は間違いなく俺が起きていることに気付いただろうな。

それよりも、自分が心の底でやましいことを想像、期待していたことに気付き、ちょっと罪悪感。

俺だって健全で盛りの男なんだ・・許してくれ。



「これではまづらのおでこ初体験は私のもの」


「っ・・!」



おでこ初体験が何のことかはさっぱり分からない俺だが、滝壺なので無理やりに納得する。

麦野は悔しがってるけど、お前もやりたかったのか・・おでことおでこがごっつんこ。

麦野が逆襲と言わんばかりに、ある行動に出る。

それは俺の、身の毛もよだつようなことだった。
329 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:49:57.13 ID:.Aa7XL60

「そういえば・・浜面を着替えさせる必要があるわね」


「・・!」



き、着替えって言ったか・・麦野の奴。

変な期待感が生まれた一方で、さすがにそろそろ起きないと命の危険に晒される気もして止まない。

と、俺はわざとらしく今起きたかのように声を出そうとする。


出そうとした。


出そうとしたんだ。




なのに・・。

何でっ、声が出ねぇんだッ!!?




くそ、どうなってやがんだ・・って今日、何回言ったんだろ、俺。

いや、冷静に考えてる場合じゃねぇ。

声どころじゃない、身体中が石になったみたいに動かなくなってやがる。

首も回せないし、指一つすら動かすことができないでいる。

まさか・・金縛りかっ!?

こんな真昼間から、こんな最悪のタイミングで・・!

変な体勢で、腕を挟んだまま寝てたりすると、朝起きたときに痺れて宙ぶらりんな状態になることはたまにある。

だが、今回は違う。

まったく身に覚えがない以上、金縛りとしか考えられない!
330 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:52:04.51 ID:.Aa7XL60

「とりあえず、はまづら起こす?」


「そうねぇ、起きてもらわないと着替えさせにくいしねー」



俺は目を開けようとしても、薄目以上に瞼を押し上げることができない。

気付いてくれっ、麦野でも滝壺でもどっちでも良いっ。

俺はちゃんと起きてるんだ、起きてるのに何もすることができねぇんだよっ。

そういや、植物状態だったはずなのに、長い間、意識を保ち続けていた患者の話を聞いたことがあるな。

見えているし、聞こえてもいる、でも身体を動かすことができず、話すこともできない、反応することができない。

まさか、それと似たような状況に出くわすことになろうとは・・。

意識はあるのに何もできない・・苦痛ってレベルじゃねぇぞ、文字通り、生き地獄だ!



「おーい、起きろー、はーまづらぁ」


「・・うーん、起きないね」



ペシペシと頬を叩かれたりつねられたり、瞼を押し上げられたり、足の裏をくすぐられたりした。

瞼を開けられたとき、眼球を動かそうと必死になったが動かず、

決死の思いで刺し殺すような視線を送ったが、まったく効果なし。

目の自由すら奪うとは、徹底的な封じ方だ・・何処の誰かは存じませんが、敵ながら天晴れだぜ。

まぁ、視力があるだけまだマシなのかもしれないな。

薄目でうっすらと二人が何をしてるのかは確認できる。

・・それにしても、一体、誰の差し金なんだ。

なお苦悩し続ける俺の左右に居る二人は困ったように溜め息をつき、再び話し合う。
331 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:53:58.43 ID:.Aa7XL60

「仕方ない・・このまま着替えさせるか、滝壺、前の隠れ家から持ってきた浜面の着替えを持って着てくれるかしら?」


「うん・・あ、抜け駆けはダメだよ」


「そんな短時間で何ができるっていうのよ・・」



視界の左方に居た滝壺が遠のき、消える。

目は見えるものの、顔も首も動かすことができないから、結局見える範囲は限られる。

見えないのも怖いが、見えていて何もできないっていうのも独特の怖さがあるよな。


そのとき、麦野が今までよりも顔を近づけてくるのが見えた。

ま、待て・・それ以上近づけられるとさすがの俺も少し恥ずかしいぞっ!

くそ、それにしてもやっぱり、美人だな・・って何考えてるんだ俺は!

・・うーん、やっぱり黙ってれば美人なんだよな、天は二物を与えずっていうが・・って何考えてるんだ俺は!

反射が働いたのか、俺は思わず目を瞑ってしまう。



「はーまづらぁ・・?」



麦野の口から漏れた声が吐息に乗せられ、鼓膜に届く。

いつもなら考えられないくらいの優しい声だったのが、少し不気味だった。

そのとき、右頬がチクリと痛む。

何かと思えば、どうやら麦野が指で突っついたらしい。
332 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:55:54.86 ID:.Aa7XL60

「ふふっ、寝てるときは意外と可愛い顔してんのね・・」


「(・・・)」



流石に確信した。

もう驚愕の絶叫をあげるまでもない。

これは悪い夢です。

これは悪い夢以外の何物でもないっ!

何処の世界の麦野沈利が俺のほっぺたつっついて「ふふっ」とか微笑んだりするんだよ!?

そう、それは夢の世界だけのはずだ!

狙った獲物は逃がさない勇猛果敢な獅子でありながら、ハイエナのような狡猾さも併せ持っていて、

相手が絶え果てるまで容赦なく木っ端微塵になるほど原子光線を叩き込み続けるで御馴染みの『原子崩し』が!

夢じゃないなら、中身が入れ替わってるとしか思えないぞ、中身は滝壺か?

背中のチャック開けたら、滝壺が眠い目をこすりながら出てきて、

ベッドの下とかから絹旗が「超ドッキリだいせいこーうっ!?」とかプラカードを持って這い出てくるに決まってる!

そうじゃなきゃ、この状況に説明がつかねぇっ!



「持ってきたよー、シャツとセーター、パーカーで良いよね」


「おっけー、おっけー」



滝壺が持ってきたのは真っ白なTシャツ、灰色のセーター、俺がよく着ている明るい茶色のパーカー。

ちょっと待て、着替えさせる・・って言ったか?

身体が動かないにも関わらず、俺は全身に寒気が走るのを感じ、これから何が起こるのかを予測した。

恐らく・・。
333 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:58:36.99 ID:.Aa7XL60

「でもさ、やっぱり浜面が起きないんだけど・・どうなってるのかしら」


「うーん・・」



それは俺が聞きたい。



「そのことなら。私が説明する」



どこからか聞き慣れない声が聞こえてきた。

その声のした方に視線を向けようとするも、限界だったため、諦めて耳をすませると、大人しめで小さな言葉が続く。



「その人には先ほど麻痺作用のある飲み薬を服用させておいた」


「「なっ・・?」」



なん、だとっ・・?

そういえば、妙に口の中がイガイガするような・・。

ええい、気持ち悪ぃっ!



「その人には眠ってもらっていた方が良いと思ったから」


「アンタ、何勝手なことを・・!」


「大丈夫。人体に悪影響はない」


「麻痺作用がある時点で影響あるでしょうがぁっ!」
334 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 22:59:21.35 ID:.Aa7XL60

「大丈夫。どうしても彼氏が振り向いてくれない・・という女の子のための裏薬だから」


「何が大丈夫だっつーのよ、何が!」



おっ、麦野が俺のために怒ってくれてる、珍しいことに。

そりゃ当たり前だ。

下っ端とはいえ、仲間がわけのわからない薬を飲まされたんだから。

誰だか分からない声は加害者にも関わらず、自分のした行為が正当であるかのようにまた口を開く。



「あら。都合が良いと思うのだけれど。貴方たちがその人を看病するにあたって」


「「・・・」」



おい、何でそこで麦野どころか滝壺も黙るんだよ。

っていうか看病なんてしてもらわなくても俺は大丈夫だっての!

あと、頼むから刺激しないでくれ・・頭に血が上りそうだ。



「大丈夫よ。麻痺というか眠り続けているだけだから。

 意識はないし。何をしようとも彼は気付くことはないし。覚えていることもない。

 目が開いていたとしても、頭は完全に睡眠中。

 だから。安心して思う存分。『予行演習』をすると良い」
335 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 23:01:41.65 ID:.Aa7XL60

「予行・・」


「演習・・」



何故か二人から緊張感が溶けてなくなり、肩の力が抜けたように見えた。

ホッと胸を撫で下ろした麦野と小さく安堵の溜め息をついた滝壺が振り向く。

二人が何に安心したのか分からないし、何を考えているのかはもっと分からない。

その前に予行演習って何だよ、何のための練習だよ。

練習の度に俺はこんな状態になるってことか、っていうか本番があるのか?



「なるほどねぇ・・今なら浜面に何をしても良いってことか」


「そういうことだね」



麦野の言葉と滝壺の笑みが再び俺の全身に悪寒を植えつけた。

風邪をひいているせいで身体の神経が過敏になっている気がする。

とにかく、間違いなくこいつは笑えないイタズラをする気だ!

おでこに極太の油性マジックで「バニー」とか書いたり、鼻の下にワサビ塗りたくったり、

髪の毛に無数の洗濯バサミを付けたり、服の中にクワガタ入れたりぃっ!

(ちなみに、今挙げた事例はすべて絹旗とフレンダにやられたことがある)


・・ん、ちょっと待てよ。

さっき、俺に薬を飲ませた奴が言ってたよな?

「意識はないし。何をしようとも彼は気付くことはないし。覚えていることもない」って・・。

確かに身体はビクとも動かないけど、意識ははっきりあるぞ。

となると、薬の効き目が薄かったってことか・・それとも、嘘をついたのか?

それだったら何の為にそんなことを・・?
336 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 23:02:49.46 ID:.Aa7XL60

俺がない知恵を絞り、状況を把握しようとしていたとき、

二人が邪悪な(あくまで俺からそう見えるだけだけど)笑みを浮かべ、

俺に寄り添うように近づいてくるのが視界の隅に見えた。

かつてない憎悪、恐怖を感じた。

麦野はともかく、滝壺がこれ程までに怖く感じるだと・・!?



「はまづら・・?」



俺は蜘蛛の巣にかかった蝶のように・・いや、もがくことができるだけ、まだそっちの方がマシだ。

成人してないとはいえ、大の男が女の子二人に蹂躙される絵が浮かぶ。

何だよその強制イベントは・・俺が何のフラグを立てたんだよ!?

このルートの回避方法はないのか、誰か攻略本持ってきてくれ・・!



「はーまづらぁ・・?」



俺は今度こそ、腹をくくった。

これからが本当の地獄だと・・!





337 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/04(日) 23:06:07.31 ID:.Aa7XL60

以上です。

相変わらず、進展しません。

では、おやすみなさい。
338 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/04(日) 23:08:04.91 ID:TInKgmI0
>>337
なにぃ!?こんないい場面で止めるだとぉ!?
339 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/04(日) 23:10:08.58 ID:oxiACrso
なんという引き際、見事・・・乙だぜ
340 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/04(日) 23:34:08.40 ID:EYcFq0k0
ちょーー!!!
まちに待ってこの仕打ち、!
おつ
341 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/05(月) 00:22:37.74 ID:5pDfISYo
乙でした

いつまで裸で待ってればいいかな
342 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/05(月) 02:18:13.17 ID:nQ8wbQAO
姫神が空気じゃないどころかいい仕事をしてる……ッッ!

やはりむぎのん可愛いよむぎのん
343 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/05(月) 10:30:32.29 ID:KSfwd7A0
いつもありがとうございます

むぎのんの母性本能だと・・・・!?
344 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/05(月) 17:59:28.47 ID:jgvVnASO
母乳出るかな……
345 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/05(月) 18:40:09.20 ID:lQMnH3Q0
子供を慈しむむぎのん…



かァんけいねェんだよ!!!
とかしつけで言っちゃうのかな
346 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/05(月) 19:09:49.03 ID:vUFbqrUo
生殺しだと・・・?
347 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/08(木) 20:45:34.86 ID:PGG/UfYo
こないかなー
348 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/10(土) 18:21:27.24 ID:ZGm1CISO
週末でしょ
349 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 21:47:09.15 ID:FezFuv20

おばんです。

本編で少し息詰まってしまったため、今回は止むを得なく『番外編』。

少し遅れた季節物です。
350 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 21:51:04.78 ID:FezFuv20


―――――



通り過ぎた公園の時計をチラ見すると、時刻は夜中の一歩手前、午後十一時三十五分。

俺こと浜面と滝壺は、明かりもまばらな寝静まった住宅街を歩いていた。

風がほとんど吹いてないせいか、蒸し暑く、着ている服が肌にベタついちまうほどの、気分の悪い夜。

七月に入り、梅雨も終わりにさしかかったから、いよいよ夏本番って時期だ。

それなのにどういうわけか、俺の横を歩いてる滝壺は汗一つかいていない。

すっかり御馴染みのピンクジャージのズボンはともかく、上に着てる白のシャツは染み一つないみたいだ。

表情もいつもと変らない、仮面を被ってるかのような平然とした顔をしてる。



「どうしたの、はまづら?」


「いや、何でもねぇ・・」



さて、遡ること、30分くらい前。

思ったよりも長引いた仕事が終わった俺+『アイテム』の四人は足早に隠れ家に帰り、

遅い晩飯を食べようとしたところ(作るのはもちろん俺)、冷蔵庫がスッカラカンなことに気付く。

獅子奮迅の活躍をした麦野たちは電池が切れたのかお腹が減って動けない〜♪とかぬかしやがって、仕方なく雑用の俺が買出しのために最寄りのコンビニへ向かう。

本来は俺だけ行く予定だったんだけど、今回の仕事じゃ能力を使う機会がなく、健康体だった滝壺が自分から俺についてきてくれると手を挙げてくれた。

他の三バカと違って、良く出来た子だぜっ・・。
351 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 21:54:35.61 ID:FezFuv20

そんで、買出しを手早く終えた俺たちは空腹で悲鳴をあげるお腹を擦りながら、夜道を二人で並んで歩いている。

両手に持ったエコバッグの中にはこれでもかって言うくらいに食材が入っている。

ちなみに、晩飯を作るのは面倒だったから、今日に限ってはコンビニ弁当だ。

袋から麦野お気に入りの鮭弁が顔を覗かせている。

さらにフレンダから頼まれたいくつかの缶詰がそこそこの重量を加算しているせいか、結構重い。

それを心配したのか、滝壺はその歩みを止めて一歩後ろを歩いていた俺に振り向いた。



「やっぱり、私も荷物持つよ」


「いや、必要ねぇよ。このくらいなら小指一本でも持てるって」



もちろん、嘘だけど。



「はまづら、力持ちだね」


「まぁ、本気出した麦野には勝てないけどな・・(紛れもない事実」


「ふふっ・・」



閉じたままの唇を、少しだけ横に広げる控えめな微笑みを見せる滝壺。

こう例えるのもアレだけど、滝壺は動物でいうとムササビとかモモンガみたいな手のひらペットだと思う。

この人畜無害っぷりを見てると、それを強く感じるな・・、他の三バカと違って(ry
352 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 21:55:30.66 ID:FezFuv20


「あ」



そのまま談笑しながら歩き続けていると、急に滝壺が何かを思い出したように小さな声をあげた。

見ると、滝壺は俺が居る方とは逆の方向に視線を向けている。



「どうした? そっちに何か・・、」



と言いかけながら、俺は滝壺が目を向ける方を見やる。

そのとき、俺も滝壺と同じような、間の抜けた声をあげてしまう。



「あぁ、今日は七夕だっけか・・」


「すっかり忘れてたね」


「あと20分くらいで日付終わっちまうけどな」



滝壺の目を奪っていたのは、2メートルちょっとの笹だった。

幼稚園だか養護施設だかの施設の庭に飾られていた笹の葉が歩道にまではみ出ていた。

それらは街灯に見下ろされていて、遠くからでもよく見える。

無数の色とりどりの短冊が付けられていて、ほんのりと微かに吹く夜風に気持ちよさそうに身を委ねていた。

今日は一日中、依頼でてんてこまいだったから、今日が七夕だったなんて気がつかなかったな。

科学で超能力が生み出されるハイテクな学園都市に住んでいると、どうしてもそういう迷信めいたものには疎くなる。

それに、いまさらそういう行事ではしゃぐような年齢でも性格でもないし、それを信じようとも思ったことは一度もなかった。


でも、こういうのを見ちまうと、一つ一つの短冊を手に取って内容を見てみたくなるもんだ。

夜中だし、誰も見てないから良いよな?
353 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 21:57:39.77 ID:FezFuv20

「『サッカーが上手くなりたい』、『○○ちゃんと結婚したい』、

『ずっとみんなが幸せで居られますように』・・やっぱり、子供の願い事も十人十色だな」


「でも、どの願い事も可愛いよね」


「そうだな・・、ん?」


「どうしたの?」


「・・『超能力者(レベル5)になりたい』、だってよ」



それは水色の短冊に子供とは思えない丁寧な字で書かれていた。

どういう気持ちがあって、レベル5になりたいなんて贅沢な願い事をしたのは俺たちには分からない。

ただ、学園都市に居る以上は誰もが一度は思ったことのあることだ。

横を見ると、その短冊を手に取りながら何やら考え事をしてる滝壺。

滝壺の能力はレベル4である上に、貴重で異質、あの麦野ですら一目置いている能力だ。

滝壺は滝壺で、7人しか立つことの許されていないステージに対する思いっていうのは何かしらあるんだろうな。

ま、俺には縁のない話だけどよ。


すると、滝壺が気持ちを切り替えるかのように、俺の方へ振り向いた。



「・・はまづらは願い事を書くとしたら、何を書くの?」


「ん、願いごと・・ねぇ?」



354 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 22:01:25.21 ID:FezFuv20

唐突に投げられた滝壺の問いに俺は思わず首を傾げる。

少し前の俺なら「能力者を見返してやりたい」とか「金が欲しい」とか、

そういう小学生でも考え付くような、浅はかな願い事が頭にポッと浮かんでただろうな。

でも、今の俺の中にはスキルアウトの頃に持っていた向上心や能力者への反骨精神はそれほどない。

別に腑抜けになったわけじゃねぇ、環境に合わせて適応しただけのことだ。



「そうだなー・・一日だけ、何もしなくて良いっていう完全オフの日が欲しい、とか?」


「・・はまづら、残業続きのサラリーマンみたい」



確かにな・・。

また滝壺に、我ながらやつれた願い事だな・・と呆れる。

任務のある日は運転手だの現場の事後処理だので一苦労も二苦労もするし、

任務のない日でも麦野やフレンダたちの世話を焼くのが大変だ。



「うーん・・そうだな、滝壺ならどうする?」


「・・私?」



10度くらい傾げただけの滝壺は、表示用を変えないまま考え始める。

何を考えてるのか分からない(良い意味で)滝壺の願い事は興味があるな。

お腹一杯美味しいものを食べたいとか、空を飛んでみたいとか、

可愛げのある願い事だったりするんじゃないかと俺は期待に胸を膨らませる。

少し考えたあと、滝壺が俺の目を真っ直ぐ見据えた上で、口を小さく動かした。
355 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 22:04:00.02 ID:FezFuv20

10度くらい傾げただけの滝壺は、表示用を変えないまま考え始める。

何を考えてるのか分からない(良い意味で)滝壺の願い事は興味があるな。

お腹一杯美味しいものを食べたいとか、空を飛んでみたいとか、

可愛げのある願い事だったりするんじゃないかと俺は期待に胸を膨らませる。

少し考えたあと、滝壺が俺の目を真っ直ぐ見据えた上で、口を小さく動かした。



「きぬはたも、むぎのも、フレンダも、はまづらも・・みんな幸せになってほしい、かな」


「・・ああ、俺もだ」



滝壺が微笑むのにつられて、俺もつい目を細める。

まぁ、そうだよな。

俺だけを想ってくれたんじゃないかと一瞬思ったけど、違ったな。

やっぱり、みんなが幸せ、世界が平和、めでたしめでたし、滝壺はこういう奴だ。



「はまづら、優しい」


「滝壺もな」


「はまづらの方が優しいよ」


「滝壺の方が優しいさ」




・・・・。

何でバカップルみたいなやり取りをしてんだ!

俺は耳まで真っ赤になった顔を隠すように、街灯のライトの当たらない場所にはみ出た。

つくづく、人の目がなかったことにホッとした、そのとき、ふと視界の隅に白いものがチラつく。
356 :355 一行目:表示用→表情 [saga]:2010/07/10(土) 22:06:18.27 ID:FezFuv20

「あれ、この短冊だけ何も書かれてないな」


「ホントだ」



笹の葉に隠れていて見えなかったが、何も書かれていない一枚の白の短冊が付けられていた。

恐らく、子供が夢中で短冊を付けていたからだろう、間違えて白紙のを付けちまったんだろうな。

付けようが付けないでいようが、特に関係ないことだし、放っておくか。

と思った矢先、何処から出したのか分からないけど、滝壺が油性黒マジックを持っていた。



「書いちゃおうか、願い事」


「おいおい、良いのか・・そんなことして」


「大丈夫。神様が私たちのためにとっておいてくれたんだよ」



そう言うと、珍しくイタズラっ子のように口元を緩めた滝壺は(それでも、無表情)、

キュッキュと心地よい音を立てながら、短冊にマジックを走らせる。

俺は街灯のライトの恩恵を受けに群がってくる小虫を手で払いながらも、それを横目で見ていた。

滝壺がどんな願い事を書いているのかはイマイチ見えなかったけどな。



「おわったよ」


「おう。んで、何書いたんだ?」



俺が何の気なしに聞くと、なぜか滝壺は少しだけ視線を逸らした。

目線を斜め下辺りに落としたまま、言葉を続ける。
357 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 22:10:04.29 ID:FezFuv20

「・・だめだよ、他の人に見られちゃうと願い事の効果がなくなっちゃうんだから」


「何だそりゃ・・・まぁ、滝壺がそう言うんなら、潔く身を引くけどよ」



滝壺が俺に対して拒否の姿勢?を見せるのは珍しくて、少し驚いた。

好きな子の写真を待ち受けにして、その日一日誰にも見られることがなければ恋が成就する〜みたいな感じか?

七夕にそんなルールがあるなんて聞いたことないけど・・俺が知らないだけかねぇ。

まぁ、滝壺もお年頃の女子だし、そういう一面があっても良いかなと思える。

麦野や絹旗が滝壺と同じようなことを言い出すと、逆に疑わしいけどな。



「それじゃ帰ろっか、はまづら」


「ああ、そうだな。麦野たちが腹空かせて待ってるだろうし」


「うん」



俺が、先を急ぐように歩を進める滝壺の後を追い、足を出した。

そのときだった。

ほぼ無風に近かった風が突然吹き、俺たちの横を通り過ぎ、笹の葉がその風の流れに乗るようにその身を揺らした。

葉と葉が擦れ合った音が響き、俺は何気なく笹に目を向けた。

踊るように風に乗った、色鮮やかな短冊が俺の目に映り、その中で一枚だけあった白色の短冊が目に留まる。

それは俺に見てくれと言わんばかりの自己主張の激しい揺れ具合。

そして、一瞬だけ時間が止まったように、その短冊は空中で静止した。

見覚えのある、淡々と且つ優しさのこもった字が見える。
358 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 22:11:30.15 ID:FezFuv20

「あ・・」



ほんの一瞬だけだった。

だから、本当にそう書かれてたかどうかは定かじゃない。

でも、俺は思わず足を止めてしまった。

そして、心の奥底で何か変な・・、

温かいけど、今まで感じたことのないような何かが込み上げてくるのが分かった。

それが何なのかは俺には分からない、と同時に胸の辺りが変に痛み始める。

物理的な痛みじゃなかった、だからといって内臓が悲鳴を上げたわけでもなかった。


足音が聞こえなくなったせいか、滝壺は不思議そうに振り返る。



「どうしたの、はまづら?」


「お、おうっ・・今行く!」



滝壺が俺の方を見たときにはもう、俺は笹から目を逸らしていたから、短冊を凝視していたことには気付かれなかった。

でも、そのときにはもう、原因不明の胸の不快な痛みはなくなっていた。

両手に持った晩飯の入ったバッグを落としそうになるも、慌てて体勢を整え、滝壺に走り寄る。



「暑いから、帰ったらまずはシャワーだね」


「そうだな・・でも、俺はどうせ一番最後だろうから、先に晩飯食べるとすっかな」



俺は半分拗ね気味に呟いた。

滝壺も俺を見上げ、一言だけ呟く。
359 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 22:13:09.82 ID:FezFuv20


「・・、一緒に入る?」



・・・。

七夕の魔力は純粋無垢な少女の行動すら変化させるんですか?



「な、何言って・・・とにかく、お気持ちだけで充分だっ!」


「そう」



今まで麦野や絹旗の背中に見えていた小悪魔の羽や尻尾が、滝壺にも見えた気がした。

良くない傾向だ・・。


どこかいつもと様子の違う、積極的な天然少女の視線をかわすため、俺は苦し紛れに澄んだ夏の夜空を見上げる。

星座にそれほど詳しくない俺は何処にあるかも分からない天の川を探しながら、たまには七夕の奇跡を信じても良いかなと思ったりしていた。

そして、脳裏に焼きついているのは風の悪戯が起こした、一瞬の出来事。

俺の中で映画のワンシーンのように、あの白い短冊がチラついていた。





『 はまづらが幸せでありますように 』





360 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 22:15:39.29 ID:FezFuv20

今でもそう書かれていたのかどうかは疑わしいさ。

でも、万が一。

億が一、彼女が俺の幸せを願ってくれるなら、俺も彼女の幸せを願うだけだ。


携帯の時計を確認すると、午後十一時五十九分。

残り一分で七月七日、つまり、七夕が終わる。

でも、その一瞬だけあれば充分だった。


俺は心の中で両手を組んで、強く祈る。

人生で初めて祈る、ただ一つの願い事。






『 滝壺が幸せでありますように 』






361 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/10(土) 22:22:52.59 ID:7B4YYz60
なにこのバカップル

滝壺の魅力にたった今気が付いた
362 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/10(土) 22:23:27.89 ID:FezFuv20

以上です。

割と即興気味で作ったので粗い箇所もありますが、ご勘弁を。


前にも言いましたが、七月中旬から八月上旬にかけて少し忙しくなるので、

恐らく投下が滞ります、ということだけ言っておきます。


あと、余談なのですが、

原作21巻の表紙が某所で披露されていました。

まだ見ていない人は要チェックです、グッときます。


では、おやすみなさい。

363 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/10(土) 22:25:26.87 ID:se7ND.AO
乙乙
364 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/10(土) 22:30:07.14 ID:se7ND.AO
今見てきた麦のん迫力満点だよ麦のん
365 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/10(土) 22:39:47.80 ID:ZGm1CISO
待ってるぜ
366 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/11(日) 00:02:46.98 ID:LX7MvF20
あまーい
367 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/11(日) 04:18:43.63 ID:voRvgKUo
滝壺が初めて表紙飾っていよいよヒロイン化してきたな
368 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/11(日) 17:26:38.30 ID:AwW3/9I0
<<361遅すぎだろjk・・・
今までこのスレに張り付いてきて何を見てたんだ
369 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/15(木) 00:48:44.68 ID:3VmjLoAO
370 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/15(木) 04:57:57.51 ID:5HxZYGs0
滝壺からメアド一方的に教えてもらってて
悪いと思ってこちらの電話番号とメアド送ったんだけど
滝壺はゲーセンのゲームに夢中で一緒にいた浜面が代わりに
頑張って返信くれてた夢を見た。
嬉しいような悲しいような……
371 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/15(木) 07:28:53.70 ID:XdLgRwDO
>>370
お前の滝壺への愛が強すぎるせいか、理解が少し遅れた

ていうか滝壺って携帯持ってなさそうだよな
372 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/15(木) 09:25:31.32 ID:mjCnzD20
持っててもアジトにおいて行きそうだ
373 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/20(火) 17:59:34.40 ID:RSRi1Tg0
>>1です
長い間、スレを放置してしまい申し訳ありませんでした。
諸事情で時間に余裕がなくなってしまったため、続ける事が困難になってしまいました。
大変残念ですが、ここで打ち切りという形にさせて頂きます。
スレ見ていただいた方どうもありがとうございました。
374 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/20(火) 19:44:42.66 ID:1Xs/VPU0
エェェェ————('Д`;) ————ェェェエ!?!?
375 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/20(火) 19:46:22.58 ID:0SDJyIMo
ただの荒しだから無視しとけ
376 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/21(水) 08:11:45.50 ID:ZEgYE1Q0
>>373はいろんなスレに投下してる荒らしです。
みなさん勘違いしないようにしましょう。
377 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:00:54.50 ID:3NoPzqw0

おばんです。

本編書き溜めが滞っており、

申し訳ないのですが、今回も短編投下です。

378 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:03:32.01 ID:3NoPzqw0


―――――



「もう少し離れてくれませんか、超不快でなんですけど」


「密室のエレベーターでどうやってこれ以上離れろっていうんだよ・・」


「あ、息もしないでもらえますか、超不快なので」


「・・・」



・・心の折れる音を聞いた。


さて、うだるような暑さとは今日みたいな日の気温のことを言うんだろう。

確か、ここに来る途中にあった電子看板で今日は今年一番の暑さって言ってたっけなぁ・・。

俺と絹旗は炎天下、廃墟同然の映画館のエレベーターに閉じ込められていた。

電気の点いてない真っ暗な空間に、かれこれ三十分以上は座っている。

別に俺たちは罰ゲームを受けているワケでもないし、我慢比べをしているドMでもない。

ただ、不幸なだけだ。



「しかし、超暑いですね・・頭がクラクラしてきました」


「そうだな・・」


「だから、口を開かないでください、超不快なので」


「・・・」



・・心が砕ける音を聞いた。
379 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:04:21.26 ID:3NoPzqw0


壁に寄りかかり、あぐらをかいてうなだれていると、正面からピリピリと殺気のようなものを感じる。

目を凝らしてみると、絹旗が体育座りをしながら俺を睨んでいた。

くっそ、何でその体勢でパンツが見えないんだよ・・角度が完璧に完成されてるぜ。

つーか、こうなったのは俺のせいじゃないし、そもそも事の始まりはお前のワガママからだろうが。




〜〜〜





遡ること、それは午前十時頃のことだ。

まるごと一日、何の予定もない俺はソファに寝転びながら漫画雑誌に読み耽っていた。

こういうのんびりした日も良いけど、ボーッとするのが苦手な俺としてはストレスが溜まるばかりだ。

でも、暑いから外に出るのも嫌になる・・。

だからクーラーをガンガン効かせてるんだけど、そのせいか、えらい喉が渇き始めた。



「冷蔵庫に何かあったっけか・・ん?」


「すー・・」



身体を起こすと、足元に死体みたいなものが転がっているのに気付く。

見ると、今日の朝まで飲み明かしていた麦野がへそを出して布団もかけずに床で爆睡していた。

白く淡いラインを描く美脚を放り出し、大の字になって寝そべっている。

仕事の依頼が来たらどうすんだよ・・。

うちのリーダーは最凶ですが、意外と無防備です。
380 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:07:37.96 ID:3NoPzqw0

「くおー・・」


「邪魔くせぇ・・」



こりゃ当分起きる気配はねぇな、昨日の夜も物凄い荒れっぷりだったし。

昨日の愚痴はなんだったっけ・・ウエストが二センチきつくなったとかだったっけ。

何にせよ、毎回付き合わされるこっちの身にもなってほしいもんだ。

俺と同様に付き合わされたフレンダは麦野に寄り添うように眠りに落ちている。



「麦野ぉ・・、うへへ」


「・・心底、幸せそうな顔してんな」



フレンダはどれだけコキ使われようと麦野に尻尾を振り続けるだろうな・・。

ってコイツ、よく見たら麦野の胸を後ろから鷲掴みにしてやがるッ!

服の上からとはいえ、白い手が麦野のそれを握りつぶすように添えられていた。

うらやま・・いや、けしからん!

まぁ、どっちが先に目を覚ますかでフレンダの運命は決まるだろう。



「なーにを見てるんですか」


「うおわっ」



姉妹のように身を寄せて眠る二人を見下ろしていると、絹旗がしゃがんでいた俺の背中に覆いかぶさるように寄りかかってきた。

胸が当たっているはずなのに何も当たっている感覚がないから、声を出してこなくてもそれが絹旗だとすぐに分かる。

『アイテム』に入ってから、俺がようやく得た判別方法。

俺に寄りかかってくるのは絹旗か滝壺くらいだから、その区別は簡単だ。
381 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:09:50.54 ID:3NoPzqw0


「浜面、映画を見に行きますから準備してください」


「・・暑いからパスだ。外気温何度だと思ってやがる」


「それじゃ超急いで支度してくださいね。あ、いつものトコですので超心配いりません」


「・・おい、俺の話聞いてたのか?」



俺の問いかけを華麗にスルーし、クルリと後ろを向いて淡々と準備を始める絹旗。

っていうかコイツ、まだ寝巻きのまんまじゃねーか。

俺が眼を塞ぐ暇もなく、子供が着るような白の薄生地パジャマのボタンを一つ一つ外しながら丁寧に脱いでいく。

首元、肩、平坦な背中から、ゆったりとくびれた腰回りにかけて、ツヤの良い肌が露になり、年相応の小尻が見えていき・・、



「って、そこで着替えるんじゃねぇよッ! 目のやり場に困るだろーが!」


「なっ、私が着替えるときは、眼を瞑って水を飲む犬のように頭を地面に超擦り付けろって言ってるじゃないですか!」


「いつそんなこと言ったんだよ!お前の言うことは一理あるかもしれねーけど、着替えるなら一言声をかけろっての!」


「浜面が超甲斐性なしなのがいけないんですっ、女の子の動作は一挙手一投足、視野に入れておくべきだと思わないんですか!?」


「一緒に住んでる女四人の行動全部を目に入れてたら、神経擦り切れるっつーの!ましてや、お前らみたいなのが相手じゃな!」


「あーもう、うだうだ言ってないで早くあっち向いてくださいっ!!」


「うおわッ!?」
382 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:10:36.29 ID:3NoPzqw0


目の前が真っ暗になった。

何かが顔に当たったらしい。

布?

妙に温かい。

ぬくもりがある。

こりゃ、パンツじゃねぇか・・!!





・・俺の。



−−−−−




「暑い・・」


「新作映画を見ることができるという興奮に比べれば、この程度の暑さなど超大したことはありませんね」



とか何とか言ってる割に大量の汗をかいている絹旗。

表情に余裕がないぞ、どこまで子供なんだお前は。

街中で美人のお姉さんが配ってた携帯ショップの団扇を煽ぎながら、俺は重い口を開く。



「・・頑丈な絹旗さんと違って、俺はこの暑さには耐えられそうにないから帰っても良いか?」


「何言ってるんですか、オフの日くらいは超役に立つことしてくださいよ」
383 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:11:14.88 ID:3NoPzqw0


ああ、そうですか・・日頃の俺の水面下のサポートはなかったことになってるんですか。

いや、そりゃ車の運転とか事後処理くらいしかしてないけど、飯作ったり部屋を掃除したり家庭環境も整えてるじゃねーかよ。

だいたい何が悲しくて、こんなマセガキと一緒に真夏の太陽光線が降り注ぐ学園都市を練り歩かなきゃならないんだ。

隠れ家を出る前に制汗スプレーを目一杯かけたはずなのに、汗が止まらねぇし。

一歩歩くたびに熱が身体にこもっていっては、汗で放出されてく。

歩道のコンクリートから反射する熱は触手のように足に絡みつき、足取りが重くなってく。

自販で買ったミネラルウォーターもすっかりぬるくなっていた。



「今からでも遅くない、早く帰・・、」


「残念でしたね、着きましたよ」



薄暗い曲がりくねった長い路地を抜けた先に目的地はあった。

そびえ立つ・・ほどの高さじゃないが、二階建ての古びたコンクリートの建物が独特の存在感を放っている。

絹旗に嫌って言うほど連れてこられてるから、さすがに場所は覚えるさ。

ハイテクが街を覆う学園都市には似つかない、灰色で所々にひび割れの入った時代錯誤なビル。

最初に来たときは、学区の一番端にあるとはいえ、第七学区の中にこんな廃れた建物があるとは思わなかった。

見た目は二階建てだけど地下はなんと五階まであって、その地下五階に絹旗ゆかりの映画館が位置どられている。

知る人ぞ知る、知らない人は一生縁がないであろろう、ドマイナー映画ばかり上映するシアター。



「さーてと、今日も元気良く行ってみましょうか」


「わーい・・(棒」
384 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:12:23.10 ID:3NoPzqw0


げんなりしている俺の横を通り過ぎた絹旗は意気揚々と内開きのガラスドアを開け、ズンズン進んでいく。

その足取りは玩具屋が近くなると足早になる子供みたいなモンだった。

やっぱ、まだまだアイツもガキだな。

って本人の前で言うと、乗用車が一、二台軽く飛んでくるだろうから禁句なんだけど。



「早くしてください。今更帰ろうったって超遅いですからね」


「はいはい・・仰せのままに、っと」



団扇を口に挟み、ポケットに両手を突っ込んだまま、「アイテム」四姉妹の末っ子の後を追う。

俺の貴重な休日が音を立てて崩れていくなぁ・・と、残業ばかりのサラリーマンのような心地。

それを打ち砕く我が娘?の罵声。



「浜面、超ダッシュ!!」


「うるせぇな・・今行くってのー」



絹旗は不機嫌そうにカカトをコツコツと床で鳴らしながら、両手を組んで仏頂面をしていた。

もうちょっと愛想の良い顔をしろよ・・ガキにしても素材は良いんだから。

俺が絹旗の横に並ぶと同時にエレベーターが到着する。

色褪せたエレベーターが俺たちを歓迎するようにその口を開いた。

どうも中が暗いと思ったら、天井についている蛍光灯が三本中一本しか点灯してないじゃねぇか。

建物の外観通りの内観に眉根を寄せる俺に、絹旗が小声で話しかける。
385 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:12:51.27 ID:3NoPzqw0


「じゃ、いつものようにお願いします」


「ん、何をだよ?」


「私の口から言わせるんですか・・」


「ああ・・」



地下五階までの階段を下りるのは正直ダルい。

だから、いつも俺たちはエレベーターを使って下っていくんだけど、

エレベーターのボタンが極端に上の方にあるため、身長の低い絹旗はそれを押すことができない。

これも俺が無理やりに連れてこられる理由の一つだ。

まぁ、ジャンプすれば普通に届くんだから、無理して俺を連れてこなくても良いと思うんだがなぁ。



「しかし、お前も本当に成長しねぇよな」


「う、うるさいですね・・私は同年代ではそこそこ発育の良い方ですっ」


「お前に同年代の知り合いなんて居ないだろうが・・どこの幼児と比較したんだ?」


「うくっ・・良いから早くボタンを押してくださいっ!」


「痛ぇっ!バカ絹旗ッ!わかったからすねを蹴るな!」



くっそ、反抗期め・・。

俺は渋々、地下五階のボタンを押した。

ボタンがオレンジに光ると同時に扉が閉まり、エレベーターが下へと沈んでいく。

緩やかに落ちていくエレベーター、階の数字がB1、B2、B3と順々に点滅していく。
386 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:13:51.40 ID:3NoPzqw0


まぁ、今日は映画を見てるフリしてさっさと夢の中に逃げるとしよう。

見終わった後に絹旗に感想聞かれても、適当にあしらって、さっさと隠れ家に帰る。

これだ!

と、ガッツポーズした、そのとき。



ピリリッと静電気のような痺れが伝わる。

それと同時に、ガクン!!と視界が大きく揺れた。

視界と身体、世界が振動し、上下する。



「な、何だ!?」



重力が四方八方に散らばったかのように足元がフラつく。

唯一点いていた蛍光灯が一瞬で消え、真っ暗になる。

でも、ハプニングには慣れてるから自分でも驚くくらい頭は冷静だった。

俺は手探りで壁を探し、手を当てながら、何とか体勢を立て直すと、傍に居るはずの絹旗に声をかける。



「・・無事か?」


「当然です。・・どうやらエレベーターが故障でもしたみたいですね」


「ああ。とりあえず、外と連絡を取るか」


「・・届きません」


「俺がやるから無理すんな・・」
387 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:14:37.56 ID:3NoPzqw0


絹旗を優しくどけて、電話のマークがついたボタンを長押しする。

外部連絡用のボタンだ。

電車の車両緊急停止ボタンに次ぐ、「押しちゃダメなんだろうけど、やっぱり押したいボタン」の一つ。

これを使う日が来るとは思わなかったぜ。

故障なのか停電なのかは知らねぇが、こんなところにいつまでも居られるかってんだ。



「・・・」


「いつまで押してるんです?」


「さぁな・・相手が出るまでだろ」


「・・出るんですか?」


「出ないのか?」


「出ないじゃないですか」


「もう一分以上押してるんだが」


「・・・」


「出ませんね」


「嫌われてんのかな、俺」


「かもしれませんね」
388 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:15:58.53 ID:3NoPzqw0


応答せず。

最悪だ。



「参ったな・・」


「電気が消えてしまっていることから鑑みるに停電のようですね、近くで『電撃使い(エレクトロマスター)』でも暴れたんじゃないですか?」


「どんだけ大規模に暴れたんだよ・・ここ地下だぞ」


「さぁ・・常盤台の『超電磁砲(レールガン)』くらいの『電撃使い』が全力で暴れたりすれば有り得るんじゃないですか」


「・・まぁ、原因なんてどうでも良いさ」



吐き捨てるように呟き、外と連絡をつけるために俺は携帯を開く。

まずは電話番号案内でこの建物、映画館の電話番号を聞き、連絡をとる。

ダメなら、麦野辺りにでも助けに来てもらうか、ははっ。

しっしか、暗闇の中で液晶を見ると、眩しくて仕方な・・あれ?



「・・点かねぇ」


「ダメです、私の携帯も壊れてますね・・」


「まじかよ・・」
389 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:16:37.51 ID:3NoPzqw0


おいおい、八方塞りとはこのことだな・・。

真っ暗な中で、パカパカという携帯の開閉音だけが虚しく響く。

絹旗の小さな溜め息も聞こえた。

身体の輪郭らしいものが見えるが、表情までは間近に迫らないと見えない。

そんなことをしたら、往復ビンタを喰らうだろうからしないけど。


つまり、俺と絹旗は完全に密室のエレベーター内に閉じ込められたってこった。



〜〜〜



で、今に至る、と。

梅雨があけたばかりの時期だけに、エレベーターの中は地獄の蒸し風呂状態で、

汗はダラダラ、服はビチョビチョ、喉はカラカラ、空気はムシムシ、まさに生き地獄を味わっている。

絹旗についてこなければ良かったと、この三十分間でもう三十回は後悔したぜ。



「はぁ・・こんな超蒸し暑い空間に浜面と二人きりなんて、これほど超屈辱的なシチュエーションはないですね・・」


「それはこっちの台詞だ・・普通なら女と二人でムレムレの密室なんて興奮する場面なのに、色気のねぇガキと一緒なんてよ」


「ふふんっ、そう文句を垂れ流せるのも今のうちです。早めに予約しておいた方が良いですよ、私の将来性は超抜群ですから」



は、お前なんかごく一部のロリコンにしか受けねぇだろ。

まな板同然の平坦なバストに、萎んだ風船みたいな小さなヒップのくせに。
390 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:17:55.99 ID:3NoPzqw0


「また根拠のないことを言うねぇ・・外国人が言うならまだしも、日本人じゃ期待できねぇな。

 外国人と比べると日本人の発育が悪いのは顕著だぜ?

 日本人でもナイスバディな奴はナイスバディだが、その割合は外国人よりも著しく低いと思うけどな」


「・・フレンダはどうなんですか」


「あいつは外国人でも発育の悪い少数派の方だろ・・、外人全員が発育良いと思うなよ」


「ですよね・・」



そんな他愛のない雑談に華が咲くほど、何もすることがない。

もとい、何もすることができない。

ついさっき、絹旗が怪力を生かしてエレベーターごと破壊しようとしていたが、

俺の身も危ないし、のちのち建物の管理者側と厄介事を起こしそうだから、必死に止めた。

やれやれ、ときたま垣間見える絹旗の無鉄砲さは麦野に似ている気がするぜ・・。



「ふぅ・・」


「どうした、柄にもなく恋する乙女みたいな溜め息ついて」


「何超お馬鹿なこと言ってるんですか・・っていうか、浜面は暑くないんですか?」


「ちょっと暑いな・・そうだ、上だけ脱いで良いか?」


「バ、バカ言わないでくださいッ、私が居るんですよ!」



あっはっは、こいつ多分顔真っ赤にしてるぞ。

面白い奴だぜ。
391 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:18:59.83 ID:3NoPzqw0


「やっぱダメか」


「当たり前でしょう!半裸の浜面なんかを見せられるこっちの身にもなってください!」


「別に暗いんだから、そんなにはっきり見えないだろ」


「見える見えないの問題じゃありません!」


「っていうか、何照れてんだ、お前」


「超照れてませんっ!!!」



毛を逆立てた野良猫みたいに噛み付いてくる絹旗。

くそ、ちょっと可愛いって思っちまった。

スッと立ち上がった絹旗は俺を指差して、再び怒鳴り始める。

あんまり怒ると血圧上がるぞ。



「良いからジッとしていてください、目障りですから!」


「それじゃ余計暑いだろうが」


「大体、浜面、は・・っ、ぁ・・?」


「・・ん?」


「ぅっ、く・・!」


「おい、何して・・」
392 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:19:47.31 ID:3NoPzqw0


前のめりになったかと思うとドサリと鈍い音をたて、絹旗が俺の汗だくの胸元めがけて落ちてきた。

また悪ふざけのお色気攻撃でも仕掛けてきたかと思えば、どうも今回は様子がおかしい。

肩で息をする絹旗を両手で支えてやり、俺も体勢を整える。

間近で見ると、絹旗の表情が一転して苦悶に満ちているのが見えた。



「っ、はぁ・・、おかし、いですね・・」


「・・大丈夫か?」



絹旗の荒い呼吸音だけが静かに聞こえる。

恐る恐る頬やおでこに触れてみると、焼けた鉄板のように熱かった。

この時期、最も注意しなければならず、運が悪ければ死に至る可能性もある。

外だけじゃなく、むしろ、室内の方が死亡者が出やすいと言われている、夏に多い病気。

俺の頭の中に唯一浮かんだ、



「まさか、熱中症か・・?」


「私に・・限って、そんなこと、はっ・・」



さっきまでの歯切れの良さがまるでない。

髪の毛は汗で濡れて肌にピッタリくっつき、手足は力がなく投げ出されていて覇気もない。

完全に熱中症にかかっちまってるみたいだ。

外を歩いてたときから妙に様子がおかしいと思ってたんだよな

それに、昨日から今日にかけての麦野の酒盛りに絹旗も付き合わされてたせいもあって、

今日はあまり寝れてないはずだ、それも熱中症の一因だろう。
393 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/24(土) 23:20:46.14 ID:EBzkINwo
僕の股間も熱中症です><
394 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:21:00.12 ID:3NoPzqw0


「とりあえず脱水症状を起こす前に水分補給だ・・これ飲めるか?」


「うっ・・」



後ろポケットに強引に入れていたミネラルウォーターを取り出し、急いで蓋を開ける。

あんまり冷えてないし、中身も半分くらいしかないけど、代わりになるものがない以上、我慢してもらうしかない。

ないよりマシだ、念のために買っておいて良かったぜ。



「ゆっくり飲めよ、ゆっくり・・」


「ぁう・・んく、んくっ・・!」



背中に左手を回し、右手に持ったペットボトルを優しく口に当てると、

俺の身体にその身を預けた絹旗は、授乳の時の赤ん坊みたいに小さく喉を鳴らして静かに飲み始める。

俺の飲みかけだったことに後から気付いたが、今はそんなこと気にしてる場合じゃないか・・。



「んぐっ・・、ケホッケホ!」


「っ、大丈夫か!?」


「心配は無用ですっ・・ちょっと気管に、っ・・入った、だけですから」


「そうか・・まだ飲めるか?」



コクン、と小さく頷く絹旗。

それなりに消耗しているように見える、軽度の熱中症ってところかな。

それにしても、普段は完璧主義者ぶってる絹旗がこんなポカやらかすなんて珍しい。
395 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:22:49.89 ID:3NoPzqw0


汗に塗れた肌や弱気な表情は普段感じられない色気を内包していた。

その頬は酔っているかのように薄桃色に染まっている。

その唇はもっと水を求めるかのように暗闇の中で艶かしく光っている。

その薄く開かれた瞳はいつもと違う絹旗の象徴だ。

その一つ一つに目を落とすたび、頭に思い切り金槌で殴られたみたいな衝撃が走った。


そんな俺に現実を思い出させるかのように、ポケットに入っていた携帯電話が振動し始めた。

くそ、ちょっと今自分に酔ってたのに(笑)。

ってあれ・・?



「携帯が復活してる・・?」



誰からのメールかは知らないが、おかげで携帯復活に気付くことができた。

感謝の意を述べたいぜ。

絹旗に手を添えたまま、もう片方の手で携帯を開く。

メールの送信者は「麦野 沈利」とあった。

感謝の意は撤回だ。

代わりに遺憾の意を表明するぜ。




From[▽]: 麦野 沈利

Subject: お腹減ったー。。。
―――――――――――――――――――――――――

あと三秒以内に帰ってこないと死刑だからねっ☆


―――――――――END――――――――
396 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:24:19.74 ID:3NoPzqw0


・・・。

色々ツッコむ場所はあるけど、とりあえず、何だこの「☆」は。

やっぱ、もう少しだけ引きこもってた方が身のためかもな。


まぁ、冗談はさておいて。

俺は麦野のメールを無視して、すぐさま学園都市の電話番号案内に繋ぎ、この建物の管理者に連絡をつけた。

話によると警備会社じゃなくて、近場に偶然居合わせた風紀委員(ジャッジメント)が助けに来てくれるらしい。

しかし、風紀委員ってのは学校の中だけが管轄内じゃないのか?

あんまり顔を合わせたくない連中だけど、この際仕方ない、警備員(アンチスキル)よりはマシだしな。

もし、あの巨乳体育教師とかが来たら最悪だ。

色々突き詰められた挙句、絹旗を彼女扱いとかしそうだぜ・・。

それに対して文句を言ってもいられない、絹旗の容態が何より心配だし。



「浜面・・」


「どうした、気持ち悪いのか?」


「そうですね、超気持ち悪いです・・」


「は、吐くなよ・・?助けが来るまで何とか我慢し、」


「・・浜面が。」




・・・。


397 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:25:41.21 ID:3NoPzqw0


「・・病人でも容赦なく殴るぞ、俺は」


「ふッ、浜面はそんなことしませんよ・・超ヘタレですからね」


「へぇ、俺だってやるときはやるぜ?」


「無理ですね、浜面は根っからの超ヘタ・・あうっ!?」



俺は抱き上げるように、強引に絹旗の身体を引き寄せる。

相手が大能力者(レベル4)でも満身創痍なら俺だって隙を突くことくらいできるさ。

咄嗟の行動にびっくりしたのか、絹旗は目を丸くしている。

へっ、たまにはからかわれる方の気持ちにもなれってんだ。


「なに、するんですかっ・・!」


「びっくりしただろ」


「・・は、離してくれませんか」


「離すと蹴るだろお前」


「蹴りません・・超暑い、ですから」


「あー・・何か眠くなってきた」


「・・セクハラでっ、訴えます、よ」


「別に触られるほど魅力的な部位はないだろ」


「こ、この・・うぅ〜・・」
398 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:27:04.29 ID:3NoPzqw0


あれ、納得したのか。



「はいはい、熱持ってんだから無理すんなよ」


「浜面に良い様にやられていると思うと・・超腹がたちます」



ただ、お遊びはここまでかな。

電話の相手によると、風紀委員はすぐ来てくれるって話だからな、もう少しの辛抱だ。

俺は床に置いていた団扇を手に取り、絹旗を煽いでやる。

パタパタパタ、っと。



「あ゛ー・・超涼しいです」


「サ〜ンマが焼けたよーっ、と」


「・・・人をイラつかせる天才ですね、浜面は」


「お前って扇風機の前で口開けて『あ゛あ゛あ゛〜』ってやりそうだよな」


「分かりました、浜面殺す、超殺す、思い残す言葉はありませんね?」


「何だよ、もう元気になったのか?」


「そんなわけないでしょう・・まだ頭がボーッとしてますよ、浜面がカッコ良く見えてますからね」


「なるほどね、そりゃ重症だ」
399 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:28:34.83 ID:3NoPzqw0


倒れた直後よりは落ち着きを取り戻したみたいだ。

いつもの憎まれ口が多くなってきたし。


そのとき、遥か上方からガコォンッと何かを開けるような音がした。

どうやら、風紀委員が到着したらしい。

思ったよりも早いな・・三分も経ってないんじゃないか。



「大丈夫ですのー?」


「はー・・い?」



・・ですの?

ですのって何ですの・・?



「今そちらに行きますから、そこてジッとしていてくださいまし!」


「お、おーぅ・・・」



聞いた感じ、随分若い女の子みたいな声だった気がしたけど、ここまでどうやって来るんだ?

ロープか何かを垂らして下りてくるとすると、結構危ない気がするんだが。


しかし、俺の想像とは逆方向の展開になる。

コンッと上で何かが着地するような音がしたと思えば、その直後、いきなり俺たちの目の前に女の子が現れた。

見た目は絹旗と同じくらいの年齢で、ツインテールにリボンの風紀委員。

スカートの丈は短めで、ちらりと無数の金属棒がついた布が巻かれていた。

くるりと回った風紀委員は、俺たちに向かって言う。
400 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:29:14.16 ID:3NoPzqw0


「ジャッジメントですの!お怪我はありませんの?」



ですの・・。

どうやら、聞き間違いじゃなかったらしいな。

制服から察するに常盤台中学の生徒らしいけど、今時のお嬢様はこんな口調が流行ってるのか?

半信半疑の俺は絹旗を抱えたまま、話し始める。



「ああ、俺は大丈夫だけど、コイツが軽い熱中症にかかっちまったらしくて・・」


「それは大変っ、すぐに病院へ・・」


「いや、そんなに重症じゃないと思うんで病院って程じゃ、」


「素人目で症状を判断すると痛い目を見ますのよ。

 せめて、わたくしの所属する風紀委員の支部で簡単な処置だけでも・・」


「大丈夫っすよ、ここから出ることさえできれば、あとはこっちで何とかしますんで」



病院や風紀委員にお世話になるのは、暗部の人間としてあまり芳しくない。

この変わった口調の風紀委員が気になるけど、まぁ、次の機会にとっておこう。



「承知いたしました。とりあえず、ここから出ることが先決ですの。

 一人ずつ送りますから、一度離れてくださいまし」


「送る?」
401 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:31:10.93 ID:3NoPzqw0


その言葉の意味が分からなかった俺は、無理やりに絹旗から手を引かされる。

ふぅ、と小さく息を吐くですの。



「では、失礼して・・」



ですの。が絹旗に触れた瞬間、ヒュンと風を切る音がした。

と同時に絹旗が目の前から綺麗さっぱり消え去ってしまった。

マジックか!?

・・いや、能力か。



「うおっ! 何の能力者だ、『空間移動(テレポート)』か?」


「ご名答ですの。便利な反面、他の能力と違って繊細なもので、発動には少々神経が要るところが難点ですが・・」



なるほど、「送る」っていうのはこういう意味だったのか。

『空間移動』ってぇと、かなり高度な能力の一つだって聞いたことがある。

見た目は華奢な女の子なのに、すげぇ強力な能力を持ってるんだな・・。

絹旗にしろコイツにしろ、この学園都市では「人は見た目によらない」って言葉がかなり説得力を持っている。



「じゃ、準備は良いですの?」


「おう・・ちょっと緊張するな、これ」


「ふふ、みんなそう言いますのよ・・?」
402 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:32:55.26 ID:3NoPzqw0


小さく微笑みながら、ですの。が俺のお腹辺りに手を添えた。

その瞬間、耳元でさっきと同じような風を切るような音が聞こえ、身体が浮いたような感覚に陥る。

「飛んだ」と思った瞬間にはもう、建物の一階のエレベーター乗り場の前に立っていた。

瞬きをした瞬間、目の前の風景が変わっちまったような感じだ。

何にせよ、良い体験をしたモンだな。



「えーと、どうしますの?

 こちらとしては、その方にそれなりの処置を施しておきたいところなのですが・・」


「うーん・・絹旗、体調はどうだ?」



俺におぶられた絹旗がダルそうに顔を傾ける。



「さっきよりは・・少し楽になった感じですかね」



暗がりだったからよく見えなかったが、絹旗の顔は明らかに火照っていて、熟した林檎みたいだった。

この暑い中、絹旗を背負って隠れ家に戻るのも負担がかかりそうだ。

だけど、さすがに風紀委員にお世話になるわけにも・・・。


絹旗の目を見る。


「・・・」


「どうしますの?」
403 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:34:58.19 ID:3NoPzqw0

「やっぱり、連れて行きます。風紀委員の世話になるわけにもいかねぇんで・・」


「あら、遠慮は要りませんのよ?」


「いや、大丈夫っす」



そう言って話を切り上げた俺は、絹旗をおぶったまま、強い衝撃を与えないように柔らかな足取りで建物の出口に向かう。

ですの。が心配そうに追いかけてきたけど、「お大事に」と一声かけただけで深くは追って来なかったため、俺たちにとっては幸いだった。



「・・許可なく私をおぶろうなんて、超図々しいですね」


「そのフラフラした自分の足じゃ帰れねぇだろうが、感謝してほしいくらいだっての」


「・・ありがとうございます、とだけ言っておきます」


「あ、何だって?」


「二度は言いませんっ」



何だよ、いきなり大きな声出して・・。

鼓膜に破れるっつーの。



「ああそうかよ・・それにしても、大丈夫だったのか?本当に風紀委員の所に行かなくて」


「超心配いりません、家で気楽に寝ていた方がストレスがたまらなくて済みますし。

 まぁ、麦野たちにとやかく言われるでしょうけどね」


「その前にそこらへんの日陰で休もうぜ。熱中症なのに動くのは良くないだろうし」


「ん・・」
404 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:36:13.50 ID:3NoPzqw0


映画館に通じる暗い路地を抜けると、木々が彩る小さな広場に出た。

日差しは厳しく、風は吹いているけれど、熱風と変わらない。

円形に敷かれた芝生に絹旗を降ろし、俺も腰を下ろす。

芝生の真ん中には太い樹木が生えていて、大きな影を作っている。

絶好の避暑地だ。

休日の午前中だから誰かしら居ると思ったけど、偶然にも人の姿はない。

ま、好都合だな。



「何か冷たい物買ってくるから、ちょっとそこで待ってろよ」


「分かりました、超冷たい物をお願いしますね・・」


「おう、待ってろ。すぐ戻る」



そういえば、アイツ朝飯も食べてなかったな・・何か力のつく物を買って来てやるとするか。

俺はポケットの財布を確認し、足早にコンビニを探しに行った。

まったく・・こんな夏の日に、生意気な年下のために走り回ってる俺は本当にお人よしだと、心から思う。



―――――



私としたことが、熱中症で倒れるなんて・・超恥さらしです。

自分から超意気揚々と映画館に行くと言い出して超嫌がる浜面を強引に連れ出しておいて、

あっさりと暑さでダウンだなんて、まったく精進が足りないですね。



「うぅ・・汗で服がベトベトです」
405 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:38:14.32 ID:3NoPzqw0


木に寄りかかるように寝かされたとき、背中が汗だくの服にくっつき、嫌な感触がする。

数十分も密室のエレベーターに閉じ込められていたときに湧き出た汗で超びちょびちょな服が、肌に超ベッタリ引っ付いていて超不快。

今日公開の新作C級映画を見たいがために、適当に服を選んできたのが超失敗。

下はちょっと背伸びをしたくなって最近穿き始めたホットパンツですが、上のシャツは風通しが超悪い。

恐らく、浜面辺りが適当に購入してきた超安物でしょう。



「遅いです・・浜面」



すぐ戻るって言った割に、かれこれ五分も帰ってきません。

いや、五分くらいならまだまだですかね?

それでも、こんな超か弱い私を一人置き去りにして行くとはとんだ甲斐性なしです。

いや、私を連れて行くわけにはいきませんよね・・。


あの頓珍漢は一見何も考えていないようで、意外と思いやりがあるというのが萌えポイントなのでしょうか。

だから、麦野も滝壺さんもフォーリンラブしちゃってるんでしょうか。

フレンダは・・まぁ、違いますが。


と、何やかんやを考えているうちに片手に袋を提げた浜面が戻ってきました。

さて、何を買ってきてくれたのやら・・。



「悪い、レジが思ったより混んでてな」


「いえ、別に気にしてません。それより、何を買ってきたんですか?」


「んー、何買ってきたら良いのか分からなかったから・・ほれ」


「・・これは?」
406 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:39:28.24 ID:3NoPzqw0


それは、白く、淡い、柔らかい、それでいて確固とした存在感を放ち、

そのまま食べるだけても美味しく、あらゆるレパートリーを持った食材。

これを主食にする有名人も居るというほどの食べ物。


・・ゆで卵。




「殺しても良いですか、良いですね、殺す、浜面超殺す」


「じ、冗談だ!こっちの鮭弁がお前のだよ!卵は俺の昼飯だ!」


「最初から素直にそっちを出せば良いんですよ、浜面のくせに小ネタを挟んでくるなんて・・しかも、超笑えないネタを」


「悪かったよ・・ほら、緑茶で良いよな?」


「ああ、どうも」



ヒョイと投げられたペットボトルを受け取る。

コンビニから買ってきたばかりで、ひんやりと超冷えています・・。

思わず、肌に擦り付てしまいますね。



「うーん、超冷たいです・・」


「アイスも買ってきたんだけど、こっちから先に食うか?溶けちまうし」


「ん、浜面にしては気が利きますね」
407 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:42:00.43 ID:3NoPzqw0


アイスといえばこれでしょうという感じの棒アイス。

水色なのでソーダ味でしょうか?



「いただきます」


「おう」



シャリ・・


うーん・・一かじりしただけで、涼しげなソーダ味の風が身体の隅々まで行き渡るような感覚。

今ばかりは子供っぽいと思われても構いません、超美味しいです。

目を開けると、先ほどのゆで卵をもぐもぐと食べている浜面。

あと一欠けらというところで、私は口を止める。



「あれ・・もしかして、浜面のお昼ご飯ってそれだけですか?」


「ん・・いや、さっき戻ってくる途中に食べてきたし・・」


「・・・」



不自然に視線を逸らす浜面。

・・ああ、これは嘘をついている顔ですね。

私の前ではどんな嘘も虚構も無駄無駄無駄ァ!ですよ?
408 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:43:07.73 ID:3NoPzqw0


「ちょっと失礼しますね?」


「ん、何だよ・・っておい、それ俺の財布じゃねぇか!?」


「だから、失礼しますって言ったじゃないですか」


「こら返せ!」


「超お断りします」


「ぐえぁっ!」



ぎゃあぎゃあ騒ぐ浜面を足で踏みつけながら、財布の中を見るとそこにはお札はなく、銅の硬貨が数枚あるだけの寂しげな状態。

やっぱり・・そんなことだと思いましたよ。

そして、お札を入れるべき場所に一枚のレシートを発見。



「鮭弁、棒アイス、緑茶が二本に・・ゆで卵」



たった、それだけ。

そのレシート一枚が私の心の奥底でもやもやしたものを生み出す原因になる。

まったく、おせっかいなんですから・・。



「はぁ・・」


「何だよ、その目は・・」


「お金がないなら、無理して買いに行かなくても、私にお金を頼めば良かったんじゃないんですか?

 ましてや、気を利かせてアイスまで買ってきて・・馬鹿みたいじゃないですか」
409 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:45:43.18 ID:3NoPzqw0


まったく、馬鹿みたいです。

自分の身を削って人のために何かしようという姿勢。

仕事と報酬の世界に生きる私からは、とても考えることのできない信条。

普段は、自分のことをいい加減でどうしようもないダメ男みたいに言ってるくせに、

ゴミ溜めで生きてきたようなスキルアウト出身のくせに、どうしてこの人は利他主義なんでしょうか。



「べ、別に良いだろ、アイスなんて大した値段じゃないんだから」


「財布に十円玉数枚しか残ってない貧乏少年にとって、アイスの100円や200円でもかなりの打撃だと思うんですが、どうでしょう?」



押し黙り、後頭部をガリガリとかく浜面。


私は恩を売ってくる人が嫌いです。

でも、この浜面は、誰かに恩を売って、お返しをもらうのを期待したり、陳腐な正義感をかざして優越感に浸ったりするような卑しいタイプではありません。

スキルアウトを抜けた浜面の中でどういう心境の変化があったのか分かりません、でも、今の浜面は単純に人の助けになれば良いと思っているのでしょう。

それは、優しさとも言い、思いやりとも言い、お節介とも言い、お人好しとも言い、世話焼きとも言うでしょう。



「そう言う自分のことは考えずに他人のことを思いやるのは評価に値しますが・・私のためにそこまでしてくれなくても良いですよ」


「とやかく言ってないでさっさと食べろっての・・もう熱中症も良くなったろ?」



私は性格が捻じ曲がっているので、どうしても他人の好意をそのままに受け取ることができません。

でも、浜面がしてくれることなら、少しは素直に受けても良いかな、なんて思ったり思わなかったり。
410 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:47:11.98 ID:3NoPzqw0


「・・罰として浜面もこの鮭弁を食べてください」


「ちょっと待て、それは俺がお前のために買ってきた弁当だぞ?」


「だから、罰として。って言ってるじゃないですか、はんぶんこですよ」


「っつーか、何の罰だよ!?」


「とやかく言わないでさっさと食べましょう、この暑さで悪くならないうちに」


「・・分かったよ」



あ、超良いこと思いつきました。



「はい、浜面。あーんしてください」


「な、に・・何言ってんだお前は・・」


「良いからあーんしてください、私は鮭が嫌いなんですよ」


「なぐっ、てめ、嘘つけもぐぉっ!?」



有無を言わせず、鮭弁当の主役を浜面の口に押し込む。

もちろん、鮭が嫌いというのは嘘です。

浜面の口に押し込むとすれば、やっぱり鮭が超面白くなりそうかなーと思っただけのことですから。
411 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:48:06.58 ID:3NoPzqw0


「ほれほれ〜、おぉ、鮭が浜面の口の中で暴れてますね〜」


「ぐ、ぉっ、い、いてぇ!!割り箸が舌に刺さってっ、んぐっ!?」


「うふふー、骨が刺さらないようにしないといけませんねー」



きゃっきゃと騒ぐ私と、もがもがと唸る浜面。

休日、快晴の空の下、ビル群のふもとの、誰も居ない広場。

青々とした葉を持つ大きな樹木の影に、二人並んで座ってお弁当を食べあう男女。

見る人が見れば、いえ、誰から見ても私たち恋人のように見えるでしょう。

私としては心外ですけどね。


でも、そんな光景を絶対に見られてはいけない人は居るものです。


例えそれが、勘違いだとしても。




―――――


「はーまづらぁ・・?」



少し離れた場所でも、浜面はそれが誰なのかがすぐに分かった。

最初は、コンクリートから反射する熱さのせいで揺れるその姿は幻か何かかと思ったが、違う。

遠くからでも分かる、綺麗に整えられた茶髪ロング。

女性にしては背が高めで、モデルのようにスラリとした体型。

ただ、様子がおかしい。

どうして、そんな般若のような形相をしてらっしゃるんだろう、と。
412 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:48:55.49 ID:3NoPzqw0


「何処に行ったかと思えば、こんなところで絹旗とお弁当デートとはねぇ・・?」


「よ、よう・・麦野、どうしたんだ、お前も鮭弁食べるか?」



浜面は麦野から放たれる殺気をひしひしと感じつつ、恐る恐る持っていた鮭弁を差し出す。

麦野の表情は以前、目が釣りあがり、口角も上げたままだ。

浜面が手渡した鮭弁を見て、麦野は余計に顔を崩し、笑みを浮かべる。



「へぇ、鮭弁ねぇ・・それって私に対する当てつけなのかしら」


「あ、当てつけ・・?何言ってんだよお前・・」


「っていうか、もう鮭ないじゃない」


「・・・」



特に何も悪いことはしていないはずなのに、何故こんなにも怒ってるのだろうか。

たまらず、助けを求める。

隣に居たはずの絹旗は、既に風と共に去りぬ。



「何が言いたいかと言うとね・・私を放っておいてこんなところでブラブラしてんじゃねーってことだっつーの!!!!!!」



「うっおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!??」



たまには良いじゃねぇかよ・・、俺にも自由な日があったって・・。

そう口を動かした浜面だったが、声だけが出なかった。
413 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:50:09.45 ID:3NoPzqw0


ズガァァッ ゴォォォォッンと爆音に近い音がこだまする。

麦野が放つ無数の殺人ビームを、浜面は必死こいて避け続けた。

髪の毛や服の袖にチリチリと当たるビームにゾッとするも、それでも彼は逃げ続けた。



「待てーっ!!私にも鮭弁食わせろっつーの!!」


「すまん!!もう金がないんだよォォォーッ!!!!」



ただでさえ暑い学園都市を、悲鳴をあげながら走る少年とそれを鬼神の如く猛追するモデルのような美女。

道行く人は彼らに釘付けだったという。

あぁ、また変な能力者が暴れている・・、こんなに暑いのに元気な子たちだなぁ・・と。


そんな二人を遠くから見つめる影三つ。

金髪女子高生と、黒髪のピンクジャージと、いつの間にか退避していた小さな茶髪の少女。



「もうっ、嫉妬する麦野も可愛いなぁ・・私もビームで蜂の巣にされたい」


「はまづら、すごい。むぎのの『原子崩し』を全部避けてる・・」


「超鍛えられてるんですよ、浜面は」



そう言うと絹旗は、彼が買ってきてくれた食べかけのアイスの最後の一欠けらペロリと平らげる。

丸裸にされた棒をちょうど近くにあったゴミ箱に捨てようとしたとき、あることに気付いて立ち止まった。

棒の表面を目を凝らしてみると。
414 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 23:51:48.91 ID:3NoPzqw0


「・・あたり」



赤い文字で『アタリ、モウイッポン』と刻まれていた。



「・・プレゼントしてやりますかね」


「ん、どしたの絹旗?」


「いいえ、何でもないですっ」




フレンダから隠すように、アイスの棒を口に咥える絹旗。

煙草を吸っているかのように上下させた棒の先に、逃げ惑う彼の姿があった。

イラつくほどに優しい不良少年。

彼が命を取り留めたなら、ご褒美としてアイスをあげようと思う。


彼の、日々の優しさのお返しに。









415 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/24(土) 23:55:51.32 ID:8LhpKcAO
アイテムが順調に浜面ハーレム化してきて胸熱。
416 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/24(土) 23:57:05.07 ID:I50zU/Eo
絹旗かわええ
417 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/24(土) 23:57:34.10 ID:3NoPzqw0

以上です。

前回は滝壺主役でお題は「七夕」でしたが、今回は絹旗主役でお題は「猛暑」でした。

という風に、本編に戻る前にまた少しだけ寄り道をさせてください。

ぶっちゃけて言うとモチベーションが理由です、もう悪い癖です。


では、おやすみなさい。
418 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/25(日) 00:00:59.02 ID:imccRoDO
超乙乙乙
浜面を嫁にください!
419 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/25(日) 00:06:35.45 ID:f0C.noDO
乙!

滝壺、絹旗と来れば、あとは……分かるな?
420 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/25(日) 00:16:40.03 ID:wJGB3j.o
あああああああああああ絹旗かわいいいいいいいいいいいいい
421 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/25(日) 00:26:39.81 ID:jwGea12o
たき→きぬ→ だから次は布束だな

毎度ながらかわいい絹旗をありがとう!
422 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/25(日) 00:40:55.61 ID:bvUGSiw0
みんなで花火して
二人で一緒に持つタイプの手持ち花火を
麦野と滝壺のどっちが浜面と一緒にやるか
キーキー騒いでる間に
フレンダの嫉妬が頂点に達して
麦野に襲いかかって
滝壺がコレはチャンスとみて
浜面に声をかけようとしたら
絹旗がちゃっかりやってて
滝壺&麦野唖然
フレンダはあbbbbbbb



みたいなのがみたいなーと思いました、まる



423 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/25(日) 00:55:36.48 ID:Qpb1R160
待ちくたびれたぞよ!
乙でしたー
424 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/25(日) 01:24:53.23 ID:616VDqQo
本編を蔑ろにしている訳じゃないんだが
これはこれで・・・・・・wwww
425 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/25(日) 07:02:19.71 ID:6B6Sc1U0
素晴らしいクオリティだ!
本編も脇道もオールOKですよ!
426 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/25(日) 14:38:10.32 ID:0n38eXIo
待ってた甲斐があったぜ・・・
超乙
427 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/26(月) 10:43:20.60 ID:Hf7dFRM0
>>421が布束とかいうから
浜面×布束を想像したら意外といけることに
気付いてしまったじゃないか
428 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:31:28.86 ID:J9Cb0HM0

おばんです。

今回は途中から少し毛色が変わります。

では、投下。

429 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:32:21.72 ID:J9Cb0HM0


―――――



ここは、もはや説明不要の第七学区のとある平凡なファミレス。

平日の午前十一時という、普通なら学園都市の学生は学業や超能力開発に勤しんでいる時間帯にも関わらず、

開店時刻とほぼ同時に店の端の一テーブルを占拠し始めたのは、

各々が一癖も二癖もある、ご存じ学園都市の暗部組織『アイテム』の面々だ。

彼女たちの容姿性格についてはいまさら説明する必要もないので、各自、声も含めて想像力を膨らませてほしい。


さて、これから巻き起こる、とある小さな騒動は、その当事者でもある、

とある金髪碧眼女子高生(あくまで制服を着用しているという外見なので、単なるコスプレの可能性もある)の何気ない一言から始まった。



「結局、絹旗って滝壺さんのこと好きだよねー」



絹旗は「せっかく、静かに映画雑誌を読んでいたのに・・」という風に厳しい視線を声の主に送る。



「最近、どうも私たちに対するボディタッチの頻度が超高くなっている貴女らしい超気持ち悪い発言ですね、フレンダ」


「いやだって本当の事じゃん、絹旗って滝壺さんにだけ微妙に優しいしさ」


「・・・まぁ、フレンダよりかは百倍くらい好きですけど、それが何か?」


「ひっど・・」



半ば予想通りだったとはいえ、生意気な年下の辛辣な返しに、フレンダは鯖缶をほじくる手を止めた。
430 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:33:30.73 ID:J9Cb0HM0


話題に上がった少女、滝壺は横の二人の火花など見えていないかのようにソファの背もたれに寄り掛かったまま、微動だにしていない。

彼女はかれこれ一時間ほどはこの状態であり、席に座ってから少しも動こうとはせず、

凍ってしまったかのように瞬き一つしていない上、フレンダが入れてきてくれたであろうお冷やにも口一つつけていないようだった。

神託でも受けている最中なのかと思うほど硬直した滝壺ではあるが、

日常茶飯事のことなので、『アイテム』の他の面子は気にも留めない様子だった。


そんな個性的な面子の中で、美しさが際立つ少女(少女というより女性と言った方がしっくりくる)が

アイスコーヒーのストローから艶の良い唇を離し、気だるげに言葉を漏らした。



「百倍程度で済んでるのが逆に驚きだわ、かくいう私は五百倍くらいだけど」


「む、麦野までっ・・・」


「だってアンタ、いつも臭いの強い鯖缶ばっか食べるし、食べおわった空の缶詰を部屋に散らかしまくるし、

 この間なんて少し目を離した隙に缶詰買うためにこっそり経費落とそうとするし」


「全部缶詰に対する文句ですね」



だって本当のことだもの、と不満を吐き出すように

残ったアイスコーヒーをストローを使って子供みたいにぶくぶくさせる麦野。

眉根を寄せてそれを睨んでいたのは、もちろんフレンダである。



「ちょ、ちょっと!私の悪口はどんだけ言っても構わないけど、愛する缶詰の悪口は許さないよっ、いくら麦野といってもね!」


「勝手にヒートアップしてんじゃないわよ、この缶詰オタク」
431 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:35:08.47 ID:J9Cb0HM0


能力的にも外見的にも自分より勝っている絶対的リーダーに流暢な日本語で刃向かう一般構成員。

そのやり取りを静観していた絹旗としては、何がそこまで彼女を缶詰愛に駆り立てるのか甚だ疑問で仕方なかった。

彼女は彼女で、超がつくほどのC級映画観賞好きだが、缶詰とはベクトルが違いすぎる。

理解できるとすれば、映画にしろ缶詰にしろ、見るたびに(食べるたびに)味が違うところだろうか。



「う゛ーっ・・麦野が缶詰食べたいって涙目で迫ってきても一生あげないんだからねっ!」


「結構結構、アンタみたいな役立たずは居ても居なくても同じだっつーの」


「や、役立たず…?」


「超的を射た発言ですね。私としてもフレンダにはもう少し大人になってほしいと思うんですよ。

 その軽薄さのせいで仕事が超滞って仕方ありませんから」


「うぐぐっ・・!!」



麦野たちの厳しすぎる言葉にフレンダはヒーターのように顔を真っ赤にして、

置いてあった缶詰が音を立てて揺れる程、思い切りテーブルを叩いて勢い良く立ち上がった。

麦野と絹旗は彼女の挙動に少しだけ驚きの表情を見せるも、動作には表さなかった。

それでも彼女たちの視線は、立ち上がったフレンダに注がれる。



「もーう怒ったっ!!前々から思ってはいたけど、みんな私に対して酷いことばっか言うよね!

 …も、もう、もうっ、こんな組織抜けてやるんだからっ!!」


「まーた始まった…」
432 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:35:57.81 ID:J9Cb0HM0

呆れたようにせせら笑う麦野たちを見て、フレンダのボルテージは際限なく上昇していく。

沸騰しきった頬を奮わせ、歯をギリギリと鳴らし、その口を閉じようとせず。



「うっさい!私は今度こそ本気なんだからねっ!!」


「その台詞、二週間前にも聞いた覚えがあるんだけど?」


「あぐっ!」


「確か、一ヶ月前にも聞きましたよね」


「うぐっ!・・とにかく、抜けてやるんだから!!今度は本気だからね!」


「あっそ、アンタの代わりなんていくらでも居るからすぐに補充は効くし。

 さっさと出て行くならさっさと出て行きなさい、ほら」



シッシッ、と手を振る麦野。

一向に反省の兆しを見せない両者に対し、フレンダは今度は両手でテーブルをぶち叩く。

彼女のコップが重心を見失ったようにぐらぐらと揺れ、中身が勢い良くこぼれてしまった。

そんなことは眼中にないかのようにフレンダは吠え続けるも、その目にはうっすらと涙を浮かべている。

一方の麦野たちは彼女の脱退宣言が日常茶飯事だと知っているので、

流れ作業をしているかのように彼女を相手にすることはなかった。

何の素振りも見せない二人に対し、フレンダは言葉を絞りだすように口を開く。
433 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:36:26.82 ID:J9Cb0HM0


「もう・・、良いよっ」



今にも消えそうな呟きを残したフレンダは、引き留めようともしない麦野たちを横目に走り去った。

出入り口付近で不審に思った店員が話し掛けようとしても、相手にせずに。

いつもは軽快な彼女のバンプスの音も、今回ばかりは元気がないように聞こえていた。

会計も済ませないまま、飲み物をこぼしたまま、大好物であるはずの缶詰すら残したまま、消えてしまった同僚。

麦野と絹旗は顔を合わせると、鏡合わせのように同じタイミングで大きな溜め息をついた。



「どうするんですか、麦野?」


「すぐに泣き腫らした顔で戻ってくるわよ、この間もそうだったしね」


「それなら良いんですけど…」


「何、心配なの?」


「・・いえ」



何か腑に落ちない点でもあるのか、絹旗は無言でフレンダが零したドリンクを拭いている。

しかし、麦野は目も向けずに髪の毛をくるくると指に巻きながら、携帯をいじり始めていた。



「そんなに心配なら探してくれば?」


「・・えぇ、最近物騒な話も聞きますし」
434 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:37:02.19 ID:J9Cb0HM0


絹旗が危惧するように、裏の学園都市はスキルアウトをはじめ、抜き身の刀のような連中ばかりが蔓延っている。

それに、最近になって『とある物騒な噂』も耳にしていた。

フレンダはそこらの能力者よりは強い、だがその性格から凡ミスをすることも多い。



「・・でも逃げ足だけは速いんですよね、フレンダ」



フレンダは『アイテム』の中で一番身軽な足軽ポジションの構成員。

歩幅も違う絹旗では差は広がるばかりだろう。



「アイツのことだから、コロッと猫みたいに帰ってくるわよ。それなりのオシオキは覚悟してもらうけどねー」


「はぁ…」



携帯をいじり続ける麦野に困惑する絹旗。

だが、滝壺だけは終始、無言だった。



一度、亀裂の入った関係を修復するのは、本当に困難だ。





435 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:37:34.65 ID:J9Cb0HM0


―――――



家出少女フレンダは、日中ずっと第七学区を彷徨い歩いていた。

仲良さそうに通り過ぎる女学生たちを見るたびに、麦野と自分を重ね、心が締め付けられるように痛む。

その度に涙ぐみそうになるも、ゴシゴシを目を擦り、耐える。

今回こそ、自分は本気なのだ。

麦野から謝ってくるまで、絶対に戻らないと決めている。


だが、唯一の居場所を勢いで抜け出した彼女には言うまでもなく行く先などあるはずがなかった。

啖呵きって代金も払わずにファミレスを飛び出した以上、いまさら何事もなかったかのように帰れるわけもない。

今度こそ、自分は本気なのだということを麦野たちに見せつけてやらなければいかない。


それでも、とぼとぼと歩道を歩く彼女の周囲にはどんよりとした重苦しい空気が漂っていた。



「…お腹減った」



彼女は空腹にもかかわらず、考え事をしてばかりで食欲を満たすことを考えていなかったらしい。

もちろん、考え事とは麦野たちとのことである。


おまけに彼女の財布の中には一番安いお札が一枚だけ潜んでいるだけで、経済力豊かな暗部組織の一員としては余りにも侘しいものだった。

先日、服やら缶詰やらを大量に購入し、財布の中は淋しいままだったにも関わらず、お金を下ろすことを忘れていた。

しかも、缶詰を大量購入していたせいで麦野にカードを没収されており、今の彼女にはお金を得る方法がない。

そんな自業自得な彼女が人気のない夜道を歩く姿は、金髪のせいか、やや奇抜すぎる気もする。



「何だろ、あれ…?」
436 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:38:11.94 ID:J9Cb0HM0


人通りも少なくなった夜、みずみずしい林(林というよりも森のような)に囲まれた、少し開けた空き地。

彼女が辿り着いたのは、そこにあった一軒の、何の変哲もない屋台。

一人の客も居ない、質素なおでんの屋台だ。

近未来科学の集結した学園都市では大変珍しいレトロな店だった。



「・・ちくわぶとがんも、昆布、たまご、こんにゃく、全部一つずつ、あとちくわも」



赤色ののれんをくぐり、やや高い黒の丸椅子にヒョイと尻を乗せた少女はすこぶるアンニュイな表情を見せ、淡々と注文する。

客が来るとは思っていなかったのか、屋台の男は新聞に目を通していた。

頭に白タオルを巻き、ランニングシャツを着て、小麦色の肌をした体格の良い三十代半ばくらいの男はこの学園都市には少々不釣り合いだ。

個人的なイメージとして、暑苦しすぎる、某、元プロテニスプレイヤー辺りを推したい。



「・・女子高生がこんな時間に一人で屋台とは感心しないぞ」


「客の私情にとやかく言ってくるもんじゃないでしょ、口を動かすより手を動かしてよね」


「ツンケンしたお嬢さんだ・・はい、どうぞ」


「ん」



口酸っぱい少女に目を丸くした屋台の店長は渋々注文されたものを皿に乗せ、彼女の前に差し出す。

湯気がたっていて見るからに熱々な、それでいて唾液腺を刺激される匂いもしてくる。

むすーっと不機嫌そうな表情をしていたフレンダは皿と同じく出された割り箸を受け取り、きっちり正しい持ち方で食べ始める。
437 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:39:33.56 ID:J9Cb0HM0


「はふっ・・」


「どうだい」


「何が?」


「味さ」


「んぐっ・・、まあまあね」


「そうかい、そりゃ良かった」



ヒョイヒョイとおでんを口に入れては熱がり、噛んでは飲み込む。

果たして彼女はちゃんと味わって食べているのだろうか。



「結局、学園都市に来てまでこんな売れない屋台してるなんて、おっちゃんも物好きだよね」


「何だ、自分のことは聞くなって言う割に俺のことは突っつくのかい?

 ・・あとおっちゃんじゃない、お兄さんと呼んでくれ」


「バーテンダーと一緒よ。

 結局、屋台とか飲み屋の聞き手はお客の話を親身になって聞いてれば良い訳よ」



箸先をくるくると空で回しながら、フレンダは椅子ごとくるりと一回転する。

屋台の店長は苦笑しながら、棚に肘をつき、話し始める。
438 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:41:03.18 ID:J9Cb0HM0


「面白い話じゃなくて良いなら話すよ。

 ・・学園都市の学生って奴は頭の良い子供ばかりでおでんの味も知らねえような堅物ばかりだと思っていてね。

 おでんの美味しさを教えてやるために、関東でも有名なおでん屋であるこの俺が腰を上げたんだが・・」


「結局、思った以上に砕けた子ばっかだった・・と」



能力者でない一般人が学園都市に入るまで、相当苦労したらしい。

それでも、この味を届けたいと店長は奮闘していたと言う。

懐古するように話をする店長に、フレンダは無表情で頷き続けた。



「でも、フランクな学生ばかりなおかげで商売繁盛ってモンよ、男子学生イチオシだぜ、この店は」


「結局、今はガラガラじゃん」


「あのなあ、今何時だと思ってるんだ?」



屋台にかけられた古時計は深夜の十二時半を指していた。

女子高生の夜遊びの時間だが、スキルアウトやならず者の活動時間も迫る。

ボーッとしながら、彷徨い歩いていたため、彼女の時間間隔は少々狂っていたらしい。

あぁ、夜になったんだな・・というくらいにしか思っていなかった。

というか、こんな時間までやってるおでん屋ってどうなんだろう。



「で、どうしてこんな時間にお嬢ちゃんは一人でここのおでんを食いに来たんだ?」


「ふん、自惚れないでよね。

 別に好きでここのおでんを食べに来た訳じゃないし・・たまたま目に入ったから来ただけだかんね」

439 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:41:31.12 ID:J9Cb0HM0


おでんの具を長箸でかき混ぜながら、店長は言葉を漏らした。

すると、フレンダは箸を咥えたまま、不機嫌な表情で話し始める。



「ふぅん、それなのにそんなに私に興味がある訳?いやらしい目で見ないでよね」


「おいおい、そっちこそ自惚れるんじゃない。

 俺はこう見えても妻子持ちなんだぞ、しかも死ぬほど綺麗な嫁さんに死ぬほど可愛い娘二人」


「へぇ〜・・そりゃ幸せなこって。

 で、結局、そんな幸せなおっさんが私に突っかかるのはどういう訳よ?」



フレンダは冷ややかな目と共に、ピッと箸先を店長に向けた。

それを避けるように、店長は店のおでんをいくつか自分の皿に乗せ、頬張り、やがて話し始める。



「・・この屋台にな、ちょくちょく悩める学生が迷い込んでくるのさ。

 どう頑張っても能力が開花しないだとか、好きな子になかなか話しかけられないだとか・・人によって悩みは様々だけどな」


「ふぅ〜ん、近所で評判のお悩み相談屋台になっちゃってるわけだ」


「そんなところだな。まぁ、能力のこと聞かれても俺にはさっぱりだし、恋だの愛だのはもっと困っちまうが」



店長は居所が悪いかのように鼻先をかく。

その姿は、どこか照れくさそうな感じで、三十路を過ぎた男であるにもかかわらず、初々しさまで感じられた。

見た目は少し暑苦しいが、学生から見たら理想のお父さん像なのかもしれない。

学園都市の学生は皆、親と離れてくらしているからか、この男のような、親のような存在に縋るのだろう。

フレンダはどこか納得したように腕を組んだ。
440 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:44:16.83 ID:J9Cb0HM0


「なるほどね・・、だから子供が来るとついつい探りに出ちゃう訳だ」


「癖みたいなものでね、話してくれても話してくれなくても良いさ・・まぁ、気を悪くしたなら謝るよ、悪かったね」


「別に。静かにご飯食べるのは味気ないしー・・」



フレンダはまだ物足りないのか、箸先を舐めながら、さっきと同じ具を注文した。

店長も慣れた手つきで具を皿に乗せ、余分に具を一つだけ多く乗せてやる。

少し戸惑うフレンダを手で制し、頭に巻いていたタオルを外し、光る汗を拭く。

フレンダは口を曲げながらも、再びおでんを口に運び、やがて、俯きながら話し始めた。

自分が沈んでいる原因を。



「今日さ、好きな人と喧嘩しちゃったんだよね・・」


「・・へぇ、その子とは付き合ってるのかい?」


「うんにゃ、付き合ってないよ。結局、相手は私のこと嫌いだろうしね」


「ふーむ、相手がお嬢ちゃんのことを嫌いだっていう思い当たりはあるのかい?」



視線が宙を漂うフレンダ。

今日の朝の出来事を思い出す。

切なさを含んだ溜め息を漏らし、二巡目を口に運び続けた。



「私、こう見えてもすっごいドジで、大事なときに失敗しちゃうんだ。

 んで、今日になって相手の中でそのツケが爆発しちゃったみたい」

441 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:44:53.18 ID:J9Cb0HM0


「ミスばっかりするから、おまえはもう要らない!とでも?」


「そう。結局、そんなとこ」



それっきり、フレンダは箸を置き、口をつぐんでしまった。

一方の店長は腕を組み、黙ったまま、フレンダを細い目で見つめている。

やがて、ゆっくりと口を開けた。



「お嬢ちゃん、その相手とはどういう関係なんだ?」


「ん・・友達っていうか、同僚っていうか・・・一応、一緒に住んでるんだけど」


「一緒に住んでる!? なんだなんだ、同棲してるんじゃないか」


「うん、結構長い間、一緒に住んでる」



知っての通り、フレンダの想い人とは麦野のことだ。

ちなみに、店長はフレンダの言う好きな相手とは異性だと思っている。

まぁ、そう思うのが当然なのだが。



「一緒に住んではいるけど・・喧嘩することだってあるんだよ」


「なるほどねぇ・・、灯台下暗し。

 近い距離だからこそ分かり合えないときもあるってことかな・・。

 しかし、こんな可愛らしいお嬢ちゃんを役立たずなんて酷い奴が居たもんだな・・もう少し言葉を選ぶべきだろうね」
442 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:46:57.47 ID:J9Cb0HM0

「でしょでしょ!?麦野ってばいつも私に厳しいことしか言わないんだよ!

 ちょっと胸がおっきいからって態度まであんなにデカいことはないよねっ!」


「まったくだな、ちょっと胸が・・、胸?」



店長が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

・・胸?

バストのことですか?



「そりゃ麦野は可愛いよ?結局、可愛くなけりゃ私だってこんなにメロメロになってないし…!」


「ま、ちょ、ちょっと待ってくれっ、お嬢ちゃんの言う麦野って子は女の子なのか?」


「そーだよ、言ってなかったっけ?」


「・・・ああ、なるほどねぇ」



これは稀で、大変複雑なケースに出くわしたものだ・・と店長は苦い顔をする。

同性愛者なんてそうは居るものじゃない。


彼から見た、この少女のイメージ。

普段は少し口の悪い強気な少女。

明るくて、お調子者で、ときどきミスはするけれど、どこか憎めない。

誰かを想い始めたら一直線で、周りが少し見えなくなる。

それは、彼女がどれだけ相手を想っているかは彼女の言葉を聞けば分かる。

こんなにも快活で反面、繊細で。


何にせよ、この少女にこれだけ想われて悪い気のする人間なんて居るはずがない。
443 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:47:58.13 ID:J9Cb0HM0

「・・・やっぱり、私ってダメなのかな」



会ったばかりの少女にそんなことを言われても、困惑するばかりだ。

それでも、何か言葉をかけてあげるべきだろう。

その場しのぎの言葉でも良い。

目を閉じたまま、店長は静かに口を開く。



「そうだな・・俺が思うに、」






と、刹那。


フレンダがそれを察知したときには、何もかもが遅かった。


まず、最初に聞こえたのは空気を震わす轟音。

それが鼓膜に突き刺さり、彼女が行動を起こそうと思ったときには、

既に身体が宙に浮いており、自由が効かなくなっていた。

歩道に植えられた街路樹はその身を激しく揺らし、無数の木の葉が舞い上がる。

彼女の世界の上下が反転する。



「なっ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」



物凄い勢いの暴風が吹き荒び、屋台が横に薙ぎ倒され、屋根が飛ぶ。

屋台の店長と思しき野太い叫び声も何処からか聞こえていた。


死角からの突然の攻撃にフレンダも驚きと戸惑いの入り混じった悲鳴をあげる。
444 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:48:37.89 ID:J9Cb0HM0


「ち、くしょッ!」



空中で何とか体勢を立て直すも、彼女の運動神経を持ってしても、

数メートルからの落下では上手く着地できず、右の足首を挫いてしまう。

それは骨折を危惧するほどの痛みだったが、今はそれに構っている場合ではない。


この突風は自然現象ではなく、何者かの襲撃。

当然、神経を集中するのはそちらが優先される。



「痛た・・あ、おっちゃん、大丈夫!?」


「ぐ、うっ・・何とか、な」



フレンダが落ちた地点とは少し離れた位置に、店長は倒れていた。

身体を強く打ちつけたらしく、声は聞こえるものの、動く気配がない。

自身の保身を優先し、周囲に気を配れていなかったことに唇を噛むフレンダ。


そのとき、後方から静かに近寄る足音が聞こえた。

獲物の負傷を見て、ほくそ笑んでいる加害者の勝利を確信したゆったりとした足取り。

明らかな、襲撃者の足音だ。



「よしよし、俺っちの能力のレベルも順調に上がってきてるなぁ・・」

445 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:49:41.25 ID:J9Cb0HM0


第一声がそれだった。

謝罪の言葉も、気遣いの言葉でもない。

当然と言えば当然。

こっちだって、最初からそんなものは期待していない。


厄介なことに巻き込まれたな、と溜め息を吐き、

負傷を悟られぬよう、右足首を気遣いながら、ゆっくりと立ち上がるフレンダ。

襲撃者はコツコツ、と靴音を鳴らし、近づいてくる。



「・・今のはアンタの仕業?」


「他に誰か居ると思うかぁ?」


「あっそ、聞くまでもなかったみたいね」



フレンダは砂混じりの唾を吐き捨て、襲撃者に相対した。


街灯の下に現れたその男は青のアロハシャツとジーンズをだらしなく着崩しており、

顔立ちはスマートな方だが、肌は色黒く、ツンツンの髪は明るすぎるほどの赤色に染まっている。

一重の目は釣りあがり、口元には悪徳業者のような笑みを浮かべていた。

容姿からの勝手な推測としてはスキルアウトがお似合いだが、恐らく、何らかの能力者だろう。



「『風力使い(エアロシューター)』・・?」


「おぉ、もうバレちまったのかぁ。まったく、風刃系の能力はレパートリーが少なくてつまらないよねぇ」
446 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:50:10.91 ID:J9Cb0HM0


有名な、風を起こすタイプの能力は大まかに区別して二つ。

『風力使い』と『空力使い(エアロハンド)』。

ありふれた能力なので、こんなチンピラがそれらを習得していても何ら不思議ではない。



「ふん、これだけ派手な突風を起こして、無防備な人に怪我させておいて、罪の意識ってものがないのかしらね」


「罪の意識なんて持ってたら、最初からこんなことしないと思うけどぉ?」


「・・・」



女子高生のような間延びした口調がフレンダの眉間をひくつかせる。



「で、こんなことした理由は何?

 結局、見ず知らずの屋台に突風をブッ放つなんて、まともな神経してるとは思えない訳よ」


「見ず知らずって程でもないよぉ、ここの屋台は巷で有名だからねぇ」



店長の言葉を思い出す。

この屋台は学生たちに有名な相談室と化していた。

そのため、ここ近辺の若年層の間では評判のおでん屋だ。

こんなチンピラがその噂を聞きつけていても、違和感はない。

問題は、どうしてこの屋台を襲撃の対象に選んだのか、ということ。
447 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:51:13.89 ID:J9Cb0HM0


「・・俺っちてば慈善的な人間が大嫌いなんだよぉ」


「慈善的・・?」


「そう、こうやって学生の話を聞いてあげて、アドバイスしてあげてさぁ、

 自分は悩める学生のために一肌脱いであげているんだっていう傲慢な態度の大人・・虫唾が走るよねぇ」



男はその口角をより一層、つりあげる。

フレンダは呆れ返った。

単純な奴の、単純すぎる怨み。

いや、怨みとは大分違うか。

嫉妬、あるいは勝手過ぎる憎しみ。

少なくとも、フレンダにはピンとこない感情だった。



「結局、・・」


「うん?」



「結局、ふざけんじゃないって訳よ、ここのおっちゃんはそんな偽善者じゃない。

 私はさっき会ったばかりだけど、おっちゃんはそんな奴じゃないはずだよ。

 結局、例え、偽善者だったしても、アンタみたいな単細胞より数億倍はマトモな人間って訳よっ!」
448 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:51:46.18 ID:J9Cb0HM0


少なくとも目の前のチンピラよりは、さっきのオヤジはマシな人間だ。

大した言葉は交わしてはいない、それでも、彼女には分かる。


その必死さに嫌気がさしたのか、男は獣が唸るような重い溜め息をつく。



「外国人なのに流暢に喋るんだねぇ・・そうやって、学生たちは簡単に心を開くんだよねぇ。

 すぐ会ったばかりの人に少し優しくされたくらいで、すぐに気を許す・・そういう馬鹿さ加減も俺っちの中に苛立ちを生むんだよねぇ」



男はポケットに手を突っ込み、天を仰ぐ。

フレンダは厳しい口調のまま、話を続ける。

相手がすぐに攻撃を仕掛けてこないことが分かった以上、少しでも情報を引き出すことが重要だ。



「アンタが最初に言ってた言葉から察するに・・、

 アンタは自分の能力の精度や成長具合を見るために、こんな深夜に無差別に攻撃を仕掛けてる・・違う?」



そう言って指を立てるフレンダ。

男は含みも持たせず、間髪入れずに口を開く。



「その通りだねぇ。物を実験台にしても良いんだけど、やっぱり俺っちとしては生身の人間たちを相手にするのが一番良いからねぇ。

 そいつらの嗚咽、叫び、痛み、苦しみ・・そのどれもが俺っちの成長を裏付ける証拠、もっと強くなりたいっていう向上心の糧となるんだよぉ」


「饒舌な奴ね・・結局、そんなことしてれば、警備員(アンチスキル)のお世話になるのがオチだと思う訳よ」


「そうだねぇ。でも、俺っちはこうやって誰にも邪魔されず・・ずっと自由の身だよぉ」
449 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:52:31.02 ID:J9Cb0HM0
フレンダは心の中で舌打ちする。

警備員って生き物は、総じて権力に弱かったり、強力な能力者に対して大きな対抗力を持っていないことがある。

ましてや、彼らは教職と警備員、両方を掛け持ちしている激務だ。


それに、この男は人間の弱さをよく把握している。

こんな深夜での通報では、学園都市の治安維持に積極的に奔走しているとはいえ、警備員のやる気も少なからず削がれる。

時間が時間だけに、全力を注いでも、対応が遅れる可能性もある。

また、犯人が生身の人間に何の躊躇もなく攻撃を加えるような奴であると分かれば、

通報者さえも、その狂気が自分の方へ向けられるのではないかという恐怖心から受話器を置いてしまうこともある。


さらに、巨大な音を起こしてしまったとしても、証拠を残さないように注意しつつ、さっさと現場からとんずらこいてしまえば、

これだけ広い学園都市な上に、数多く居る『風力使い』の仕業となれば、犯人を絞り込むのも一苦労だ。


この男はしょっちゅうこういった罪を重ねているのではなく、ある程度の日にちを空けながら、襲撃をしているのだろう。

自分が捕まらないように慎重に行動し、より狡猾に、より計画的に、無防備な一般人を自分の私利私欲のために襲撃する。



「・・結局、クソ外道な訳よ」


「ふっふーん、何とでも言えば良いよぉ」



からくり人形のように首をカクカクと揺らし、男は笑みを崩さない。

どことなく楽しげな雰囲気さえ漂っている・・それは何故か。



「俺っちの突風を受けた奴はね、大抵は倒れたまま、立ち上がることはできないんだぁ。

 でも、君はちょっと違う・・すぐに俺っちを怖れずに反抗的な態度を取ってきた、つわものの能力者かなぁ?

 ・・それに俺っちってばサディストなんだよぉ。実験対象は殺しはしないけど、メチャメチャに痛めつけるくらいはするからねぇ」
450 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:53:01.88 ID:J9Cb0HM0
最近、学園都市で斬り裂き魔が出現したというのを耳にした。

被害者は鋭い刃物のような物で全身を切り裂かれて発見される。

明らかに能力者の仕業であるにもかかわらず、何の証拠も残さず、その場を立ち去る。

おまけに、被害者の記憶は滅茶苦茶にされるか、完全に抹消されているかで、目撃情報も少ない。

恐らく、この目の前の男がその『斬り裂き魔』なのだろう。


フレンダは、相手の敵意と場の緊張感のせいですっかり乾いてしまった唇をペロリと舐める。

塩辛い味がする。

それは、後の、この戦いの勝敗を暗示しているようだった。



「結局、そんなことはどっちでも良い訳よ。

 ・・さて、アンタは私たちのやられ具合を見てから、さっさと逃げる予定だったんでしょ?

 悪いけど、もうちょっとここに留まってもらおうかしらね」



何処から取り出したのか、フレンダの手にはお得意のお手製爆弾ぬいぐるみがあった。

それを見抜いたのか、男はその細い目をさらに細める。



「そう、そこなんだよねぇ・・困ってるんだよぉ。

 もしかしたら、誰かがこの有様を見て警備員に通報してるかもしれないんだぁ。

 俺っちとしても、あいつらなんかに捕まりたくないんだよぉ・・。

 だから、君にはさっさと倒れてもらいたいんだぁ・・こんな風にねぇッッッ!!」



話を終えるや否や、男は物凄い速さでフレンダに突進した。

ただの突進ではない。

生身の人間が出せるスピードを遥かに越えている。

風を切り裂く轟音と共に、陸上選手が走る速度の数倍の速さで迫った。
451 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:53:51.61 ID:J9Cb0HM0


「ほぉらっ!」



「なッ!?」



目の前を巨大な弾丸と化した男が通過した。

もはや弾丸ではなく、砲弾とも言うべきか。


フレンダは腕を前にして、自分の身を庇いつつ、寸での所でその攻撃をかわした。

想像以上のスピードに圧倒され、手にもっていた爆弾がポトリと落ちる。

さらに、庇うように出した腕に一箇所、二箇所と切り傷が生まれているのに気付く。



「(後ろから自分の身体を押すような風を起こしてるのか思ったけど・・、自分自身を風に乗せてるのね)」



また、男が纏っているのはただの風ではなく、風刃のようなものらしく、力技で正面から受け止めることもできないだろう。

そんなことをすれば、刺身にされてしまう。



「(さて・・どうするか?)」



恐らく、男はレベル4相当・・あるいはレベル4+と言ったところか。

男がどういう経緯でこれほどの能力を手に入れたのかは不明だが、屋台を半壊させるほどの突風を起こせるのだ。

自分の身体を風に乗せ、人間大砲のように飛ばせても不思議ではない。

あれだけの速度で動いていながら、男は器用にブレーキをかけ、踵を返し、再び突進してくる。



「(ったく、ニヤけたまま突っ込んでくるんじゃないわよ、気持ち悪いッ!)」
452 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:54:31.30 ID:J9Cb0HM0


フレンダが振り向いたときには、もう二撃目が発射されていた。

あれだけの突進力のある攻撃を真正面から受けたら、

崩れたジグソーパズルのように肋骨がバラバラになってしまうかもしれない。



「んあっ!」



フレンダは地面に飛び込むように大きく横っ飛びした。

またも、ギリギリのところで攻撃をかわす。

汚い着地をせざるを得ず、先ほど痛めた右足首に鋭い痛みが走る。



「く、そっ・・」



体調が万全なら、こんな男に振り回されることなんてないはずだ。

距離をとり、得意の飛び道具三昧で一気に畳み掛けて封殺してしまえば良い。

また、走り回って相手を撹乱しつつ、多彩な罠をしかけ、相手を陥れる。

だが、今の彼女はどちらの戦法も取れない。


男は数メートル離れたところで再びブレーキをかけ、フレンダを見やった。

獲物を狩るライオン・・いや、その不気味さはハイエナと言ったところか、そんな笑みを浮かべている。



「良い運動神経だねぇ、でも、それがいつまで持つかなぁ」


「はぁ、はぁっ・・!」
453 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:55:13.11 ID:J9Cb0HM0


レベル5の能力者を相手にしているわけではない。

冷静に状況を把握し、相手の能力の特徴を掴み、穴を見つける。

自分にはすべてを破壊すれば済むような、麦野のような能力はない。

だからこそ、弱者の兵法で戦う・・それがフレンダのやり方だ。

だが、それは自分が万全に動ける状態になって初めて有効な戦い方であるとも言える。



「・・それぇっ!」



「うくっ!!」



何度も何度も男は攻撃を続け、それを止めることはなかった。

鼻歌交じりに。


そして、八回目の攻撃でフレンダは限界を感じ始める。

今日のフレンダは一日中街中を歩いていて、ただでさえ足腰はフラフラだった。

そして今、無理な回避を繰り返していたせいで、足が震え、膝が笑ってしまっている。

攻撃を避ける度に地面に転がり、服が汚れていく。



「はぁ・・はぁ・・」



あれだけのスピードでありながら、すぐに次の攻撃に移れるなんて反則だ。

そして、フレンダの心身の疲労は限界に達しようとしていた。

しかし、さすがに能力の過剰使用のせいか、男の方も少し息が荒くなっている。
454 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:55:54.46 ID:J9Cb0HM0


「ふぅ、・・やれやれ、本当にすばしっこいウサギちゃんだねぇ」


「窮鼠猫を噛む・・ってね。結局、余裕ぶってると足元すくわれる訳よ」


「口が減らないなぁ」



肩で息をしながらも強気な発言を続けるフレンダを見て、男の嗜虐心がくすぐられる。

そこで、男は右手をかざすように上げ、冷たく呟いた。



「・・じゃあ、これはどうかなぁ」



その瞬間、再び強い風が吹きつけ、街路樹の木の葉が舞い上がる。

乱れ吹く風に当てられ、ビリビリと周囲の建物が震えているようだった。

風が風を呼び、絡まりあい、どんどん重なっていく。


それは竜巻と呼んでも支障のない見栄えのものとなった。

そして、鼓膜を裂くような轟音。



「生意気な小鼠ちゃんにはこれをプレゼントしようかなぁ」



フレンダは愕然とした。

今までのものとは質量が、威力が違うことが一目瞭然だったからだ。



「冗談ッ・・」



455 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:56:29.30 ID:J9Cb0HM0


ただの突進とは違い、あんなにも不規則に渦巻く風が突撃してくるのを、避けられるはずがない。

あのニヤけた男はあれだけの力をコントロールできるほどの実力者なのか。

今からでも背を向けて逃げてしまった方が良いか。

だが、彼女の足は鎖でがんじがらめにされたように重く、痛んでいた。



「(どうする・・、どうするッ!?)」



一方、産声をあげたばかりの竜巻は渦を巻き続け、やがて、蛇のような形に変わる。


その蛇は頭をもたげ、フレンダを飲み込もうと動いた。

竜巻の奥に見える街灯が、獲物を狙う、光る大蛇の目を想像させる。

それは、少しも考える隙を与えず、フレンダへ襲い掛かった。

蛇が獲物を飲み込むように。

速度はそれほどでもない、しかし、その分、猛烈だった。


当然、そんなものを馬鹿正直に受けてやるつもりはない。

だが、肝心の足が言うことを聞かなかった。

這ってでもその場から退避すべきだが。



「く、うっ・・・・!」



竜巻は一直線でフレンダを貫こうと猛進する。

初めてフレンダの頬に冷たい汗が流れた。

「あれ」に巻き込まれれば、ただでは済まない。
456 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:57:34.06 ID:J9Cb0HM0


軽視はできない。

本能で深刻さを察知する。

形なき物の恐ろしさ。

数秒後には全身を風刃に斬り刻まれ、遠くに吹き飛ばされておしまいだ。


そもそも、何故こんなレベルの能力者がホイホイ出歩いているのか。

と、責任の落としどころを探しても仕方ない。

目の前の状況は変わらない。

だが、一度も攻撃をせずに敗北など、彼女のプライドが許さなかった。



「・・イチか、バチかッ!」


「うん?」



ピンチのときこそ不適に笑うもの。

フレンダはスカートの中から、何処にそんなものを隠していたのかというくらいの大きさのミサイルを三本取り出す。

大きさはそれほどでもないが、人一人を吹き飛ばすには充分な威力を誇っている。

可愛らしい柄のついたミニミサイルはフレンダの手を離れた瞬間、煙をあげながら竜巻の横を通り過ぎ、男に直進する。

この間、僅か二秒という手際の良さ。



「へぇ、物騒なものを持っているねぇ」


「結局、直撃すれば病院送りじゃ済まない訳よ!」
457 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:58:50.24 ID:J9Cb0HM0


彼女の予想では竜巻がフレンダを飲み込むよりも早く、男がミサイルから自分の身を守るため、竜巻を解除し、

自分を守るための風を生み出させ、ミサイルを爆破させるはずだった。

さすがにこれだけの質量をコントロールしながら、自分を守るための風も生み出すのは不可能だと思っていたからだ。

それだけ器用な真似をするにはかなりの集中力、経験が必要なはずだ。

それがダメでも、最悪、相討ちだ。


しかし、

男は少しも表情を変えず、フレンダに竜巻を叩きつけようと手を振りぬく。

一瞬の躊躇いもせず。



「(ミサイルの直撃を選んだッ!?)」



男はまだ笑っていた。

一方のフレンダは全身を使って、竜巻を避けようと動く。

恐らく、完全に回避することはできないだろう。

それでも、男に致命傷を与えられれば良かった。


生きているかのようなミサイルは不安定な軌道を描き、着弾する。

大きな衝撃と爆発を生み、三発のミサイルは男を焼き尽くした。


・・はずだった。



「!?」



やはり、男はまだ笑っていた。

爆発に巻き込まれ、汚い悲鳴を上げているはずだったのに。
458 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 21:59:38.37 ID:J9Cb0HM0


目の前の現実がその希望をあっさりと打ち砕く。


フレンダは崩れる瞬間、それを見た。

男の周囲に渦巻く、風の障壁。

それが爆発を緩和したらしい。

自動防御なんて都合の良い真似ができるはずはない。

つまり、あの男の実力が勝っただけ、という話だった。

攻撃、防御の同時進行の可能。

能力の完璧なまでのコントロール。

男がどれだけの人間を犠牲にし、得た実力か。




「ッ・・!」




眼を瞑る直前、男の口が僅かに開くのが見えた。

ただ、彼女には男か何を言っているのかは分からない。

フレンダの顔がひきつる。


眼前に迫るは、牙を剥き出しにし、大きな口を開ける大蛇。



そして、視界が、風という名の暴力に支配された。






459 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:00:11.81 ID:J9Cb0HM0


―――――



「くっ、ごほ・・!」



再び目を開いたとき、屋台の店長はフレンダが何処に居るのか確認できなかった。

痛みにきしむ身体をゆっくりと起こし、目を擦る。

彼の手元には、少女が被っていたはずの藍色の制帽が落ちていた。

刃物で切られたような跡が無数に残っており、全身の汗腺から焦燥の汗が吹き出る。


慌てて周囲を見渡す。

最初に目に入ったのは二十メートルほど先に立っている、例の男だけだった。

だが、それと少し距離の離れた場所。


さっきまでツンとした顔をしながら自分のおでんを食べていた、

あの派手な金の髪を持つ少女が樹木に叩きつけられ、

半身を切り刻まれた状態で倒れている様を見たときは血の気が引いた。



「ふん・・器用に身体を翻したようだけど、完全には避けられなかったようだねぇ」



男が砂利塗れの道路をゆっくりとした足取りで、ボロ雑巾と化した少女に近づく。

さすがの彼も爆弾三発が直撃しては無傷では済まなかったらしく、服がちりちりに焦げていた。

頬も黒ずみ、身体のどこかを庇うように歩く。それでも、笑みを崩すことだけはなかった。



「・・・」
460 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:00:49.38 ID:J9Cb0HM0


それは凄惨たる状況。

フレンダはうなだれるように頭を下げ、両手両足は脱力した状態で広げられ、太い街路樹の根の付近にその身を預けていた。

常に着用していた制服は無数の切り傷で無残な様、腕や脚からは細い川をつくるように切り傷から血が流れている。

下手をすれば、既に息絶えているように見えなくもなかった。



「ぁ゛、がふっ・・!」



小さく、吐血する。

フレンダは幹の太い樹に思い切り叩きつけられたせいで、一時的な呼吸困難を起こしていた。

腕は動かず、ただ身体を揺らすことしかできない状態で咳き込む。


自分の攻撃が防がれたと分かった瞬間に、彼女は少しでも直撃コースから避けようと半ば本能的にその身を動かした。

だが、限界に達していた足は思ったとおりに動かず、結局、半身をちぎられるように竜巻に飲み込まれ、吹き飛ばされた。

蛇の口内で渦巻く容赦ない風刃は、彼女の身体を余すことなく、切り刻み、食い散らかす。



「うん、充分な成果だねぇ・・やっぱり、俺っちは強い」



虚ろな目で、深く呼吸をするフレンダの鳩尾にガツンとつま先を蹴り込む。



「ぐうぅっ!?・・かはっ」


「たまんないなぁ、その苦渋に満ちた表情。

 身体に迸る痛み、自分のふがいなさ、愛する人の笑み、死への不安・・。

 さて、今の君の中に生まれたのはどれかなぁ?」
461 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:01:33.33 ID:J9Cb0HM0

今日のフレンダは肉体的にも精神的に不安定だった。

いつもの彼女であれば、こんなヘマをやらかすはずはなかった。

いくら死角からの奇襲だったとしても、ここまでボロクソにされるは思わなかった。

でも、これが結果であり、現実だった。

圧倒的な敗北、惨敗だ。


それでも彼女は男を見上げ、ニヤリと笑う。



「結局、私や他の雑魚相手に勝ったとしても・・、ぐっ・・アンタは絶対に壁にぶつかる、わよ・・!」


「何とでも言うが良いよぉ・・俺っちは俺っちを見下した学園都市をぶち倒す、それだけだからねぇ」



また、この男も学園都市に捨てられ、能力者に見下された哀れな人間に過ぎないのだろう。

能力を手にした彼は復讐鬼となるために、こうやって捕まる危険に晒されながらも下積みをしている。

そんな踏み台の一つにされたなど、心外だと彼女は憤慨した。

だが、その怒りや反骨心だけで動くほど、フレンダの身体は万全ではなくなっていた。


そのとき、フレンダたちが居る林の後方より、何者かの声がする。



「・・やっと終わったの?」



それは、か細い女の声だった。

背が高く、赤茶色に染まった長い髪は少し巻き毛になっていて、どちらかといえば美人に部類する女。

ジャラジャラと鬱陶しいくらいのネックレスが五つ近く首元に下げられ、

その右手にはゴツゴツとした指輪ばかりが、同じく五つ、それぞれの指にはめられていた。

まるでそこに存在していないかのような静かな足取りで、男の横に立つ。
462 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:02:09.44 ID:J9Cb0HM0


「そろそろ、警備員が来る可能性があるわ」


「分かったから、早くしてくれよぉ」


「はいはい」



女は男と何やら会話したあと、満身創痍のフレンダの前にしゃがみ込んだ。

フレンダはなお、相手を射殺すかのような視線を送る。

その表情を見て、女もまた、笑みを浮かべながら、真っ赤な口紅の光るその唇を開いた。



「・・悪いけど、貴女の記憶を抹消させてもらうわ。

 抹消って言っても、ワタシの力じゃここ一時間程の記憶しか消すことができないけどね」


「なるほどね、ゲホ、ケホッ・・。

 この男は実験台を殺さないくせに、なかなか捕まることがないなんておかしな話だと思ったのよ」


「そう、ワタシがコイツにやられた奴の記憶を消してあげてるの。

 良いじゃない、自分が無残にも敗北した記憶を消してもらってるんだから」


「あっそう・・思いやりがあるなら、治療代でも置いてってほしいもんだけどね」

463 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:02:40.00 ID:J9Cb0HM0

この女が被害者の記憶やその場に彼女たちが居た痕跡もすべて消し去っているのだろう。

警備員が来るまでの短時間でそれだけの事後処理を行えているのだ。

この女も相当なレベルの能力者と伺える。

『風力使い』に何らかの「精神操作」系の能力者が二人。

今から巻き返そうとも、無理があった。

新手の登場により、完膚なきまでに敗北を思い知らされた瞬間。

なぜ、この女がこんな非道な男に協力しているのかが分からない。

しかし、今となってはそれは些細なことだ。


自分の弱さを痛感したフレンダは、大きく、深い溜め息をつく。



「・・結局、今日は何も良いことがない日だった訳よ」


「そう。・・ワタシの力でそんな貴女の不幸な一日の記憶をまるごと消してあげられれば良かったんだけど」


「まったく、こんなヘマばっかりしてるから・・私は役立たずの烙印を押されちゃうんだな」



目を細め、まばゆく光る街灯を目に映しながら、

フレンダは朝、麦野に言われた言葉を思い出す。



『 アンタみたいな”役立たず”居ても居なくても同じだっつーの 』



その言葉を最も愛する人の口から聞いたとき、かなりのショックを受けた。

彼女にとっては口をついて出た、大した言葉ではないのだろう。

だが、フレンダにとっては重過ぎる言葉だった。

実力主義の暗部組織に身を置いている彼女の心を抉る言葉。
464 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:03:48.59 ID:J9Cb0HM0


『 あっそ、アンタの代わりなんていくらでも居るからすぐに補充は効くし 』



そのときは勢いでその場から逃げてしまったが、

今、自分の弱さを嫌でも自覚しなければならない状況でその言葉を思い出すと、流石にこたえる。

フレンダの身体も心も、簡単には癒えそうにない傷だらけの状態だった。



「そうね、でもワタシたちはそういう状況から這い上がってきた。

 貴女が少しでも学園都市を見返せるような力を手に入れられることを願うわ」



女は思う。

この目の前で打ちひしがれている少女もまた、自分の弱さを実感している。

そう感じた女は心から同情するかのように、目の前の敗北者に哀れみの視線を落とした。

男もまた、無表情でフレンダを見下ろしている。

そして、女は指輪だらけの手をフレンダの頭を掴むように押し付けた。



「ワタシもそこまで精密な記憶消去はできなくてね・・少しでも貴女の不快な記憶が消えていることを祈るばかりよ」


「・・・」



伝わってくるのは押し付けられた女の指輪の冷たさだけ。

心の痛みには慣れてしまっていた。
465 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:04:36.88 ID:J9Cb0HM0


もう、疲れた。

ここ一時間の記憶が消えたとしても、麦野たちに罵られた記憶は消えないだろう。

謝りに行こうか、やっぱり、そのまま行方をくらましてしまおうか。

今は考える時間がない。

そんなことは、目を覚ましてから決めれば良い。



そして、フレンダの意識がブラックアウトする、


―――そのときだった。






「・・ったく、ホントに世話が焼ける奴だよ、お前は」






それは予期せぬ、強烈な一撃。


ゴガンッッ!!!と大きな音が響くと同時に、男が横に薙ぎ倒される。

男が振り向いたときには、横からの引力に引かれるようにその頭が綺麗に飛び、身体も一直線に吹き飛ばされていた。

ドシャアッ、と汚い音を立て、男はうつ伏せに倒れ、激痛に呻く。


異変を察し、集中の乱れた女は能力使用を切り上げ、不機嫌そうに後ろを見やる。

倒れた男を見やり、死んではいないことを確認すると襲撃者に視点を切り替えた。
466 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:05:14.00 ID:J9Cb0HM0


そこには、ツンツンの、金に近い茶髪の少年が立っている。

茶色と白の模様のついたパーカーに、平凡なジーパンに身を包んだ、

ややガタイの良いその少年の右手には、少しの血が付着した金属バットが握られていた。



「ふう・・感触はツーベースヒットってところだな」


「・・どこのチンピラかしら、貴方」


「そりゃあこっちの台詞だよ、お前はどこの売女だ?」



男が倒されたことではなく、少年のその汚い口ぶりに女は眉根を寄せる。

今日は次から次へと面倒なことが起こるな、と苛立っているようだった。



「いっけね・・麦野の口調が移っちまった、売女とか・・、男として最悪なこと言った気がするぜ」


「・・そうね、デリカシーのない男は嫌いよ」


「ああ、そうかい。てめぇみたいにブランドばっかに身を固めた売女はこっちから願い下げだ、糞野郎が」



ジャラリ、と大量のネックレスが音を立てる。

心底不快そうに、指輪だらけのその指で髪をかきあげた。


一方、少年の視線は女の後ろに倒れている傷だらけの少女に向けられる。
467 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:06:00.47 ID:J9Cb0HM0


「よう、手酷くやられたな」


「なん、で、浜面・・?」


「・・ちょっと待ってろよ。

 こいつらを速攻でバックスクリーンにブチ込んで、お前を病院に連れていくからな」



唾を吐き、バットを女に向ける。

女はその先端を嫌うように、顔を小さく歪ませた。



「もしかして、貴方は能力者、それとも、無能力者かしら?」


「結局、そんなことどっちでも良いんだよ。

 能力者だろうが無能力者だろうが、強い奴が勝つ、それだけだろ?」


「それもそうね、特に興味もなかったし」


「・・正直、女をぶっ飛ばすのは少し気が引けるけど、フレンダの分はきっちりお返しさせてもらうぞ」



浜面は一気に女との距離を詰めようと、走りこむ。

バットを振りかざし、真上から思い切り叩きつけにいく。


女は僅かに口を歪め、横に跳躍し、それをかわした。

浜面のバットは空を切り降ろしたが、早くも二撃目に移る。
468 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:06:28.70 ID:J9Cb0HM0


「まだまだッ!」


「・・野蛮な子」



女は余裕の表情を崩さない。

浜面はそんな彼女を横に薙ぎにいった。

狙うのは女の脇腹。

何かが仕込んであるようには見えないため、直撃すればタダでは済まないだろう。

さらに、跳躍し、着地したばかりの女は足取りが不安定のはずだ。


早くも勝負が決まったと思い、浜面の頭に勝利の文字がよぎる。

そのとき、女は体勢を崩しながらも、指輪だらけの右手を前に突き出す。



「まだまだ・・でしょ?」


「!?」



女の人差し指から、針のような物が射出された。

それはたった一刺しで大の男を一瞬でノックダウンするほど。

だが、自分の額目掛けて飛んでくるそれを、浜面は野生の本能と培った勘で回避する。

髪の毛を掠り、冷徹な針は闇の中へ飛んでいった。

女は残念そうに、もしくは底意地が悪そうにニヤリと笑う。
469 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:06:57.73 ID:J9Cb0HM0


「器用に避けるわね。今の麻酔銃、当たってたらおじゃんだったわよ」


「物騒な女・・、ごぷッ!!?」



回避に全力を注ぎ、体勢を崩した浜面は女の左足をその腹にお見舞いされた。

硬いヒールのつま先が食い込み、内臓が強く刺激され、痛みが走る。

衝撃で後ろに倒れそうになるが、バットを地面に叩きつけ、その反動で何とか身体を支える。

女はその隙を見逃さない。



「動きがなってないわね、素人?」


「こ、のッ!!」



目の前に迫る女に対し、がむしゃらにバットを左右に振り回す。

だが、当然の如く、当たった感触はない。


女は浜面のすぐ右に回り、首を薙ぎにいっていた。

その小指には小型ナイフのようなものが光っており、頚動脈をスッパリ切るには丁度良いサイズだ。

女の指輪の何処にそんな大きさの刃物が組み込まれていたのか。


とにかく、不安定な体勢に陥っている浜面にとって、それの回避は不可能。

ならば、
470 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:07:59.36 ID:J9Cb0HM0


「こんな地味な殺され方があるかってのッ!!」



「!?」



ザガッ!と何かがぶつかったような鈍い音。

それは、綺麗に裂かれた音ではない。


女が振るったナイフを浜面は止むを得なく素手で受け止めていた。

左の手の平は切り裂かれ、鮮血が走り、互いの服が赤く濡れる。

攻撃を止められた女は驚愕に顔を小さく歪め、浜面はその隙を見逃さない。



「っの、るらああァァァッ!!!!」


「ぐプっ・・!?」



瞬間、浜面の強烈な右アッパーが女の三角定規のような顎を捕らえた。

ナイフ装着の指輪が音を立てて落ち、それと同時に女も吹き飛ぶ。

一瞬だけ意識が飛び、女の眼が白く剥くも、すぐに意志を宿した。

そして、ギロリと浜面を睨みつける。



「ぐゅ、ペぇッ・・女に対して顔は止めてほしいものね、舌を噛んだわ」


「あーあー、クソッ、めっちゃ痛ぇ・・生命線伸びたなこりゃ」


「・・・」
471 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:09:02.38 ID:J9Cb0HM0


ペロリと舌を出し、左手をブラブラとする浜面。

まるで自分の話を聞いていない目の前の男に対し、女は眉根を寄せる。

そのとき、女の中指と薬指の指輪から赤い光線が放たれ、浜面の両目に直撃した。

浜面は思わずバットを持ったままの右手をかざしたが、遅かった。

だが、不思議なことに痛みはない。



「(ぐッ、目くらましかよッ!?)」



強力なレーザーポインターのようなものだろう。

視界が真っ赤に染まり、浜面は体勢を崩し、転びそうになるも、何とか踏みとどまる。

だが、視力が回復するまでには少し時間がかかりそうだ。

そうなると、女の手中に落ちたも同然だった。



「ごめんなさいね、ワタシの好みはもう少し年上なの」


「ごぁっ・・!?」



一気に詰め寄った女は、右手の大きな指輪の一つから細いワイヤーのようなものを射出し、

浜面のバットを固定後、勢い良く空中に吹き飛ばす。

間髪入れず、その左手を体勢を崩した浜面の両目を塞ぐように彼の顔に押し付ける。



「じゃ、記憶を消させてもらうわね」


「止めッ・・、」


「またいつか、ご機嫌よう」
472 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:09:59.60 ID:J9Cb0HM0


女が妖艶な笑みを浮かべ、能力が発動するという僅か一秒前。

高らかな笑い声と共に、強烈な一撃が見舞われる。



「ああそうね、永遠にご機嫌ようって訳よッ!!」


「なっ、ごッふァぁあッッッッ!!?」



風を切るような音と共に、フレンダの回し蹴りが女の細いウエストに食い込んだ。

大袈裟すぎるほどの回転が入れられたキックは、大きな遠心力を伴い、女を彼方へ吹き飛ばす。


さらに、空から落ちてきた浜面の金属バットを、フレンダは器用に掴み、吹き飛ぶ女の整った顔に槍投げのようにブチ込んだ。

ゴブシュッッ!!という醜い音と共に、女は血だらけの顔をガクンと揺らしながら、

悲鳴も上げられずに数メートル先に仰向けに倒れこむと、ピクリとも動かなくなった。



「はぁ、はぁっ・・!」


「フレン、ダ・・?」


「ったく・・。結局、詰めが甘いよね、浜面って」


「すまん・・でも、お前にだけは言われたくねぇんだが」



目をぱちぱちさせ、視力の回復を確認した浜面は

よろよろ歩き、倒れた女の近くに落ちていたバットを拾いに行く。

「あぁ、あぁ・・せっかくの美人さんが酷い有様だぜ・・」と呟きながら。
473 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:10:51.25 ID:J9Cb0HM0


それと同時にフレンダがその場に膝から崩れ落ちる。

やはり、限界だったのだろう。



「おい、大丈夫か!?」


「大丈夫じゃないかも・・、結局、さっきのは火事場の馬鹿力って訳よ」



汗だくのフレンダは両手を地面につきながら、必死に呼吸に励む。

浜面がフレンダの背中を擦ってやろうとしゃがみ込もうとした瞬間だった。



「「!」」



後方から二人を吹き飛ばさんとする勢いの、一陣の風が吹く。

二人が振り向くと、先ほど浜面にふっ飛ばされたチンピラの男が、暴風を纏い、佇んでいた。

その姿は完全に狂気に満ち溢れ、支配されているようだった。



「あぁ、もうイラつくねぇ・・頭がガンガンするよぉ」



手を額に当てながら、男はブツブツと独り言を呟く。

フレンダは奥歯を噛み締め、それを睨みつけた。

女も厄介だったが、男の方がさらに面倒だ。

遠距離攻撃で畳み掛ける戦法が得意なフレンダ、無能力者で射程範囲の狭い浜面に対し、

一瞬で距離を詰めることが可能な上、遠距離からも風刃や竜巻を放てる万能型のあの男は、天敵でしかない。
474 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:11:18.65 ID:J9Cb0HM0


「あぁ、もう良いやぁ。お前たち、二人ともサイコロステーキみたいに切り刻んで、ブッ殺してやるよぉ」



確実なる殺意が生まれた瞬間。

男は血のしたたる頭に手を添えながら、ゆったりとした足取りで向かってくる。

近づかれるほど、フレンダと浜面の周囲を不快な風が取り巻いていく。


緊張感が場を支配する中、フレンダだけは呆れ笑っていた。



「だから言ったでしょ・・浜面は詰めが甘いって」


「仕方ないだろ、二塁打の手応えだったんだから」


「あっそう、結局、もう一仕事って訳ね・・」



フレンダは膝に手を当てながら、老人のように立ち上がる。

今の彼女にいつもの身軽なフットワークはない。

二人の力を合わせても、攻撃力、防御力、スピード、すべてにおいてあの男に劣っている。

考える力もない。

最初のようにあの男が大砲のように突っ込んできたら、打つ手がない。


では、どうするか?

フレンダは腕を組み、少し考え込んだあと、何か思いついたように顔を上げる。

結果的に、それは思いついたというほどの閃きではなかったのだが。
475 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:11:51.68 ID:J9Cb0HM0


「浜面、ホームラン打ちたい?」


「あ゛・・?

 何言ってんだよ・・お前、こんなときに」


「バッターに必要なのは、配球の読み、選球眼と動体視力、正確なミート力、スイングスピード、ボールを押し込む力・・そして、運」


「・・?」



フレンダは不適に笑う。

今回の彼女の笑みは、ピンチに追い込まれたから生まれたものではなかった。

のんびりと男が距離を詰めてくる間、フレンダは浜面に耳打ちする。

子供のような愉快な表情をして。



「そんな無茶な・・」


「やってみれば良いじゃない、面白いかもよ?」


「だって、それ俺だけがリスク全部背負ってるじゃねーかよ」


「うん」


「・・・」


「で、やるの、やらないの?」


「・・ああ、そうかい。もう、やるしかないってこったなっ!」
476 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:12:37.94 ID:J9Cb0HM0


あっけらかんと答えるフレンダに対し、腹をくくった浜面は目に強い光を宿す。

無能力者である彼には、人一倍の勇気がある。

強者に立ち向かう勇気、時には、大切な者を守るために背を向けて逃げる勇気。

そして、今の彼の目には敵を倒す勇気が宿った。

あの男を見逃すわけにはいかないという、そんな陳腐な正義感もあったのかもしれない。


天はこれ以上、考える時間をくれないようだった。

『風力使い』はその身体に風を纏わせ、突っ込んでくる。

浜面の予想を遥かに上回る早いスピード。

フレンダを満身創痍に追い込んだ、一撃必殺の突進。

頑丈な身体を持つ浜面でも、それを真正面から受ければただでは済まない。

しかも、今の男は殺戮に満ちている。

確実に浜面は殺されるだろう。

それでも、彼は絶対に引くことはない。



「ほぉぉぉらぁぁぁぁ!!! ブツ切りにしてやるよぉぉぉぉぉぉッ!!!」



野獣のように叫ぶ男。

浜面はそれを見据えるように静かに立っていた。

覚悟を決めた男の目は標的だけを見据える。


そのとき、フレンダが後方から二人の間に小さな塊を投げつけた。

それは地面に当たるや否や、弾け飛び、大量で真っ白な煙を産み落とす。

半径100メートルは覆ったのではないかというくらいの白煙。

視界が一色の世界に落ちる。
477 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:13:40.39 ID:J9Cb0HM0


「あぁ・・?」



男は苛立ちを隠さなかった。

だが、冷静でもあった。

男は予測する。

あの二人はこの程度の煙幕で自分の目をくらまし、その場から逃げおおせようとしているはずだ。

笑わせてくれる。

いくら逃げようとも自分からは逃げることなど不可能だ。

巻き込み、切り刻み、二度と日の目を見れないようにしてやる。

あの金髪も、今度こそ手加減なく、粉々にしてやる。

不気味な笑みのまま、白煙の中を風に乗ったまま、男は突き進む。


白煙は男の操る風のせいで徐々に晴れていった。

容赦ない殺戮が訪れる瞬間が近づく。

この間、わずか二秒足らず。



「!?」



そして、その視界が晴れたとき、男の眼前にそれが「用意」されていた。




「ド真ん中だ、クソヤロウが」




最弱の、全力の一撃が男の顔に叩き込まれた。

全力全開のフルスイング。
478 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:14:25.75 ID:J9Cb0HM0


配球の読み、最初から直球に絞られているから読むまでもない。

選球眼と動体視力、相手は自分を殺すつもりだ、選ぶも何もない。

正確なミート力、スイングスピードは申し分ない。



「ッ!?」



しかし、捉えたはずのバットは男の眼前で止まっていた。

ここまで来て。

男が纏う風が、男の眼前でバットを受け止めていた。

ここに来て、文字通り、壁が立ちふさがる。



「びっくりしたねぇ・・でも、残念だったなぁ!?」



男は笑う。

形勢は逆転する。


浜面の左手はナイフによって切り裂かれている。

流れていく鮮血。


それでも、浜面の表情は変わらない。

目的は相手を打ち倒すことだけ。

一度、覚悟を決めた男の力は揺らぐことはない。
479 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:15:31.39 ID:J9Cb0HM0


「まだだ・・」



「ぐッ・・?」



最後まで力を振り絞る。

それだけのこと。



「まだ、まだあああああああああああああァァァァァッ!!!!」



「ぐ、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッッッッッッ!!??」




その瞬間だけ、二人は人間ではなくなっていた。

いわば、野獣同士の。

力と力のぶつかり合い。


ボールを押し込む力は完璧だった。

フレンダの言うとおり、あとは運だけが雌雄を決す。


勝利の女神が微笑む瞬間が訪れる。




「おおォぉぉらアあァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!」




深夜に響き渡る、男の声。

それは、浜面仕上のものだった。
480 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:17:53.48 ID:J9Cb0HM0

そして、次に響き渡ったのはどこまでも鈍い、何かがめり込むような音。

図らずも、そんな汚らしい音がゲームセットの合図だった。



「がひッ、ピッうううぉっゥウウ゛ぁぁぁあッッッッッッッッッッッッ!!!!????」



今度こそ、しっかりと叩き込まれた。

男の鼻先を正確に捉えた泥臭い一撃は、男の意識を飛ばし、その身体を遥か彼方に吹き飛ばした。


美しい放物線を描き、それは林の中に落ちていき、やがて、大きな音と共に着弾を知らせる。

それは、自画自賛の、完璧なホームランだった。



「よく飛んだな・・」



手をかざして着弾点を見やる浜面の後ろから、

勝負が決したことを確認し、げんなりとした顔のフレンダが出てきた。



「絶対、首の骨折れてるよね・・あれ」


「さぁな・・あとは警備員に任せるさ」


「ああ、そう・・」



ようやく一息つけた、とフレンダは地べたに腰を下ろす。

今度の今度こそ、限界が訪れたようだ。

男の突進を受けた時点でフレンダの身体はほぼ限界だった。

今はもう、どれだけ力を込めても立ち上がることはできない。
481 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:19:01.48 ID:J9Cb0HM0


「お嬢ちゃん・・大丈夫か?」


「あ、おでんの店長」



近づいてきたのは、もうすっかりフレンダの頭の外に居た、おでんの店長だ。

フレンダたちが竜巻だの何だのとド派手な戦闘をしていたので、

巻き込まれたのではないかと心配したが、見た感じでは店長に大きな怪我はないようだ。

一番最初の奇襲の際に受けた腕の打撲程度で済んでいるように見える。



「ごめん、アイツらはぶっ飛ばしたけど・・あの屋台は直せそうにないや」


「ああ・・あれは残念だが、俺はこう見えても金持ちだからなっ。

 すぐに新しい屋台を作れば良いさ・・それより、お嬢ちゃんの方が重傷だろう」



フレンダの身体は見るのも憚られるような怪我っぷりだった。

頬やら腕やら脚やらが切り傷を負い、自慢の純金髪もボサボサだ。

店長が心配するのも、到底無理もなかった。

それでも、フレンダは弱さを見せぬよう、少年のように笑う。
482 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:19:43.82 ID:J9Cb0HM0


「へっへーん、私はこれでも頑丈だから大丈夫だよ」


「嘘つけ、だったらそんなヘタレ込んでないだろうが・・」


「うっさい。結局、浜面は黙ってれば良い訳よ」


「いってて、足をつねるんじゃねーよ!」



お互いをつねり合う二人を見て、店長も微笑ましく笑う。



「何だ、お嬢ちゃん。女の子じゃなくてちゃんとした彼氏が居るんじゃないか」



国際結婚のようだ、と。

それを聞いた瞬間、いがみ合っていた二人はその手を止める。

浜面は不機嫌そうな顔をし、フレンダは両手をあげて顔を真っ赤に怒り出した。



「・・ああああああああああああぁぁんのねええええぇぇッッッッッッッッッッ!!

 こんなヘタレ野良犬が私の彼氏なんかな訳ないでしょ!!

 私のハートは麦野だけのものなの、麦野だけが私の花婿さんなのよッ!!」


「花婿かよ、甲斐甲斐しいな・・」


「まぁ、カップルというより兄妹って感じだな」



と、店長が呟こうとしたとき、それを打ち消すような複数の足音が聞こえる。
483 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:20:32.68 ID:J9Cb0HM0

男たちの低い声。重武装が擦れる音。

警備員だ。

近隣の住民の通報を受けて、ようやく到着したらしい。

少し遠い場所に居るとはいえ、どうやら、のんびりしている暇はないようだ。



「あ、やべッ・・」


「逃げるよッ、浜づ、、、らぁっ・・?」



と、言って立ち上がるも、二秒と持たず、フレンダの膝は砕けた。

身なりはこんなでも暗部組織の人間、警備員にご厄介になるのは厄介だ。

浜面は頭をかきつつも、嫌がる彼女を強引におぶってやる。

それでも、フレンダはバタつくので、浜面はその後頭部を彼女の鼻先に思い切りぶつけてやった。

キュ〜・・と鎮火したフレンダは、浜面の肩にだるそうにその頭を置き、店長を見やる。



「じゃ、おっちゃん。ほとぼりが冷めたらまた来るから」


「おう、また食べに来な。待ってるからよ」


「あ・・、でも、さっきのおでんの代金まだ払ってないや・・」


「はっは、そのくらいはツケといてやるから、とっとと逃げろ、ワケあり娘ども!」


「何よ、タダにしてくんないの!?」


「世の中はそううまくはできていないものさ」
484 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:21:26.66 ID:J9Cb0HM0


男におぶられたままという腑抜けた姿の少女は、顔を小さく膨らませた後、

やがて、すぐにいつもの快活な笑みを浮かべる。

店長もそれを見て、また笑う。



「そうだ、好きな子にフラれそうなお嬢ちゃんに一言だけ言っておくぞ」


「な、なによ・・?」


「俺には二人の娘が居るって話をしただろう・・?

 その娘たちは俺が家に帰るといつも喧嘩してるんだ。

 でも、一晩眠ればすぐに心が変わって、どちらかが歩み寄って、次の日には一緒になって遊んでる。

 そんで、また喧嘩して、また謝って、また一緒に遊んで・・女の子っていうのは年齢関係なく、そういうモンなんだ。

 お嬢ちゃんに酷いこと言った、お嬢ちゃんの大好きな女の子もすぐに笑いかけてくれるさ」



店長はその太陽のように暑苦しい笑顔を向ける。

フレンダは少しだけ安心感に浸ることができたような気がした。

ほんの少しだけ。



「・・そっか、ありがとね」


「おう。元は可愛いんだから、もうちょっと女の子っぽく振る舞いな」


「・・余計なお世話だってのッ!

 奥さんと娘さんに逃げられないように、おっちゃんも頑張れよ!」


「ははッ、それこそ余計なお世話だよ」
485 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:22:25.58 ID:J9Cb0HM0


すっかり意気投合している二人を見て、浜面は優しく、小さく微笑んだ。

誰が相手でもこの少女の振る舞いは変わらないんだな、と。

足元に落ちていたバットを拾い、足早にその場を立ち去る浜面。

背中は重いが、心地よい。

そして、思う。

これが俺の生業なのだ、と。



「・・・」



いがみ合いながら小さくなっていく二人の背中を、屋台の店長は目を細めながら見送る。

屋台はポロボロにされ、自身も傷を負っているのに、なぜか心は清々しい。

そして、思う。

ああいう無邪気な笑顔が見たいから、この職を辞められないんだな、と。


ようやく静まった風が肌に染みていく、そんな学園都市の夜のこと。




☆後半へ☆
486 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/01(日) 22:27:06.12 ID:J9Cb0HM0

以上です。


今回は戦うわ、オリキャラは出るわでとっつきにくかったかもしれません。

次回からは純禁書を貫くので、ご勘弁ください。

ちなみに、また懲りずに前後編に分割しちゃってるのは、

オチを考えないで作るいつもの弊害です。


では、おやすみなさい。

487 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/01(日) 22:36:06.82 ID:GyoXAgQo
乙だぜ
続きに期待
488 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/01(日) 22:39:38.47 ID:pGaWi.SO


まあなんだ、気長に待つよ
489 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/01(日) 22:42:19.20 ID:oke0VkY0
乙です
オリキャラが全く気にならない(いい意味で)クォリティですね!!
むしろ原作読んでる気分。
続きが楽しみです
490 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/01(日) 22:54:11.36 ID:ZB2MY4Mo
俺「がひッ、ピッうううぉっゥウウ゛ぁぁぁあッッッッッッッッッッッッ!!!!????」
491 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/02(月) 01:27:53.16 ID:vA7X5jU0
乙です。フレンダが実にいい味だしてますwwww
オリキャラが予想以上に強敵でした。
492 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/02(月) 12:50:05.86 ID:jSfrSIAO
乙乙
結局、見切り発車なんて誰にでもある事な訳よ
次回も期待
493 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/02(月) 15:23:17.42 ID:JaJMjMDO
乙ー

フレンダは1番子供らしい子供だよね
妹に欲しい
494 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/08/05(木) 00:12:59.36 ID:unOJqcAO
乙 後半もあるとは 楽しみです
495 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/08(日) 05:20:29.48 ID:xR4HBIDO
21巻読んでて「あれ?むぎのんキャラ違くね?」とか思ってしまった
496 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/08(日) 21:19:49.31 ID:MR9TYpM0
そろそろ来るか?
497 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/08(日) 23:37:36.02 ID:5SZysEDO
今週は臨時休業かな
498 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/08/13(金) 06:32:35.73 ID:YMeJSfo0
待ってるよ
499 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:02:33.20 ID:Yu4EhJw0

―――――



深夜一時過ぎ、学園都市の住人の大半が眠りについた頃、

数人の警備員がフレンダたちの戦闘の現場を調査、事件の当事者の捜索を始めようとしていた。

こんな夜中だというのに、息苦しい重装備に身を包んだ警備員たちがせわしなく動き回る。


一方、そことは少し離れた薄暗い林の中に、息を荒げる一人の復讐者が地を這っていた。



「ま、だだ・・まだ、終わるわけには・・」



先ほど、浜面に撃退された『風力使い』が草に塗れながら、呼吸を乱していたのだ。

遠くに居る獲物を狙う、猛獣のような唸りが低く響く。


今頃、彼と共に居た、やたらブランドに身を固めた「精神操作」の女は警備員に捕縛されているだろう。

こちらの足がつくのは時間の問題かもしれないが、それでも諦めるわけにはいかなかった。


頬に触れると、ヌルリとした不快な血の感触、口の中は吐き気を催すほどの鉄の味が充満している。

これが敗北の感触。敗北の味。

能力者になった彼にとって、初めての敗北だった。



「もう・・もう、来ちまってるんだ・・頭、・・心、ダメぐ、グふッ・・?」



こんな所で血ヘドを吐いて、倒れている場合ではない。

自分を無能力者と軽蔑し、力さえもない弱き者とせせら笑ったスキルアウトたちを完膚なきまでに殺してやるまで。

階段を駆け上がることを止めてはならない、前に進むことを諦めてはならない。

ただ、一つの目的のため、復讐という殺戮のために。
500 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:03:37.77 ID:Yu4EhJw0


そして、頭をよぎるのは自分に敗北を与えた、茶髪の少年と金髪の少女。

彼らも無傷ではないはずだ、今からもう一度襲撃すれば簡単に殺せるかもしれない。

迅速、かつ、狡猾に。



「ぐぞ・・くゾッ、・・、殺す・・殺しデ、殺して、何度も殺して・・殺して・・!」



身体、いや、内臓も、何もかもすべて切り刻んでやる。

毛髪も眼球も内臓も性器も骨もプライドも存在も、すべてだ。

サイコロステーキなんてものじゃない、粉々に、塵粕同然にしてやれば良い。

自分を見下す人間を、人間の形を保ったまま死なせるなんて甘いことはしない。


人を刻むことに快感を覚えた男は、その性癖を保ったまま、

独学で能力開発に励み、『自分だけの現実』を昇華させ、ある日、『風力使い』として目覚めた。

生身の人間を切り刻むことで、自分の能力の精度や実力は向上していった。

何の障害もなかったはずだったのだ、ついさっきまでは。



「う、ぐおおおあああォォォォォォァァォォァァァァぁぁぁッッッッッ!!!!」



獣が一人。

誰も居ない林の中で咆哮する。

何かを決意するようにもみえた。

誰かを罵るようにもみえた。

泣き叫んでいるようにもみえた。

何かを求めるようにもみえた。
501 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:04:31.56 ID:Yu4EhJw0


立ち上がり、血を垂れ流したまま、歩み始める。

芝が踏まれる度に乾いた音がした。

血がしたたり、草木が赤く染まる。


復讐者のさらなる復讐が幕を開けようとしていた。

今の彼には理性のリミッターは存在していない。

一度狙った獲物は、その命を喰らうまで切り刻む。



「・・・」



そのとき、何者かの気配に気付き、その足を止める。

明らかに自分が起こした風ではない、気味の悪さを含んだ風が吹いた。

しかし、確かに感じる。

自分を狙っている何者かからの殺気。



「何だ・・?」



ふと足元に眼を落とす。

月夜に照らされた自分の影に重なるように正体不明の影が生まれていた。

その闇はどんどん膨らんでいき、口を開け、彼の影を飲み込んでいく。

気付いたときには、何もかもが遅かった。

火柱が立つ。
502 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:04:58.02 ID:Yu4EhJw0


「・・あ、オぉォォォォああああああああああッ!!!!????」



その瞬間、男は空から降ってきた 自動車 に潰された。

ゴッシャアアアアッッッ!!と、耳を塞ぎたくなるほどの音と共に。

爆音と爆風が巻き起こり、暗き林に炎が散っていく。

目を覆いたくなるほどの惨状が目の前に広がっていく。



「あ゛あ゛あギグゅゃぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァアアッッッッッッッッッッ!!!?」



断末魔の叫びと共にすべてが燃えていく。

彼のすべても。

才能、信念、思想、彼の身体と共に目に見えないものすらも消失していく。

男の燃え滾る復讐心は、それを上回る火炎に飲み込まれた。

あまりにも悲しすぎる、一人の人間の生命の終結だった。



「結局、浜面もフレンダも、二人とも詰めが超甘いんですよね」



それは丁寧な口調の、少女の声。

炎に包まれ、もがき苦しむ男の耳に、静かに近寄る謎の足音も聞こえた。



「な、ぜッ、ぐぼォォォォォああああッッッッ!?」


「・・貴方がまだやる気だったみたいなので、超心苦しいのですが止めを刺させてもらったまでです」


「ググ・・ぼぉぉオォオオ・・・!!」
503 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:05:57.39 ID:Yu4EhJw0


「さっきの戦いは途中から見せてもらいましたよ・・強いでしょう、浜面もフレンダも。

 そんな二人を一度に失うのは超面倒なんですよ。

 人員補充は『上』が勝手にやってくれますが、今の五人のスタンスのままでいた方が超楽ですから」



爆音で聞こえないはずが、その小悪魔の声だけは明瞭に聞こえていた。

それは重量感のない、空気のように軽く、確固とした存在感のある足取り。

フードから少し見える前髪がチラリと揺れる。

パーカーのポケットに手を突っ込んだ少女が口を結んだまま立っていた。



「オオオォォォォォォ・・・ゴォ、お前ェぇアアァァァァァァッ!???」


「・・おや、諦めが悪いですね」



復讐鬼はそれでも立ち上がり、吼え、その度に熱風が絹旗の肌を突き刺していく。


平然とした顔の少女は目の前の哀れな男を見つめた。

目を細め、人間が堕ちていく様。

何も動じることはない、何度も見てきたことだ。



「ウ゛ウ゛う゛うオオォォォォォォゴォおおおおおおおおおおおおおおおォォッッッッッッッッ!!!」



その唸りは、もはや人間のそれとは違っていた。

彼の心の黒き炎は、赤き炎の中で燃えて続け、消えることのない激情は少女に向けられる。

男がその手を伸ばすと、炎が不自然に渦巻き、フェーンのような熱風が突き抜けていく。
504 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:06:29.63 ID:Yu4EhJw0


「!」



絹旗がピクリと片眉を上げた。

その直後、風に縛られた複数の炎刃が彼女に飛んでいく。

鋭利な炎は風に不規則に流され、四方八方から彼女を襲う。


が。

絹旗はそれらを何の苦もなく、ひらりひらりとかわしていった。

木の葉が舞い散るかのような、軽い足取りで、踊るように。

静かに着地した絹旗は小さく息を吹くと、燃え続ける男を見据えた。



「・・終わりですか?」


「グ、グゴぉぉぉぉおおおォォ・・ク・・グ・・オオ・・」



最後の攻撃をあっさりとかわされ、男は自分の死を確信する。

やがて、彼の唸り声は小さくなっていき、炎の燃え盛る音にかき消されていた。

何故かもがくことを止めた男はその身を委ねるように炎柱の底へ沈んでいく。

また一人、愚者が自己を、その存在を消失していく瞬間だった。



「ぁ゛・・・ゥぉッ・・」


「・・・」



最期を悟った人間は、何を思うのだろう。

何の関係もない人間が死んでいくのを見て、絹旗はそんなことを考えていた。
505 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/15(日) 23:07:02.36 ID:6oxQ.MAO
ワクテカ
506 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:07:22.04 ID:Yu4EhJw0


何の悔いもなく死ねる人間など居るはずがない。

彼らは何かしら遣り残していることがあるはずだ。

あるいは、人生そのものをやり直したいと願う者も居るだろう。

では、何の後悔もないまま、一生を終えるにはどうしたら良いのだろうか。

それはどれだけ知識のある文学者でも首を捻る難問だろう。


ただ、それは、

暗部に身を置いているとはいえ、幼い彼女が考えるにはまだ早いことだった。


絹旗の瞳に映る炎は男を飲み込んだせいか、さらに肥大化していく。

気付けば、彼女の周囲の林も山火事のように燃えている。

事件の捜査をしている警備員も異変に気付き、この場に急行しているだろう。

そろそろ、潮時らしい。



「・・私も逃げた方が良さそうですね」



復讐というものは何らかの形で止められるものだ。

復讐者が復讐を成し遂げても、復讐は終わり、

復讐者自身が寿命で没しても、復讐は終わる。

そして、誰かの手によって止められてしまうこともある。


彼も、その三つ目のパターンに過ぎなかった。
507 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:08:03.31 ID:Yu4EhJw0


「・・・」



絹旗は僅かに、その煤けた顔を歪める。

それは、自分で手を下した男の死を悼んだためではない。

こんなことに時間を費やしてしまった、という苛立ちだ。



彼女は死の悲しみに浸れるほどの甘い心を、既に捨て去っているように見えた。

そういう風に彼女を育ててしまった、彼女の経緯は、いずれ明かされることになるのだろう。



―――――



「・・分かった。相変わらず会う気はないのか?」



昼間の喧騒が嘘のように、周囲は静まっていた。

清々しいほどに綺麗な輪郭を持った月が、寝静まった学園都市を守護するように見下ろしている。


さて、能力者たちとの激闘を終えた浜面は、とある病院の玄関前に居た。

あの戦闘から、まる一日が経っており、心身に疲労が溜まっていたフレンダは未だに目を覚ますことはなく、

浜面はこの病院に釘付けにされてしまっている。


そんな不幸な彼は入り口の柱に寄りかかったまま、誰かと通話しているようだった。

頬を撫でるような不快な夜風に身を晒しつつ、不機嫌そうに左耳をほじくりながら、携帯を右耳に当てている。



「一応、状況は伝えといてくれ・・また連絡する」
508 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:08:58.71 ID:Yu4EhJw0


相手の返事を聞き、携帯を閉じるとともに、溜め息をつく。

その溜め息の原因の一つである「彼女」はカエル顔の医者の治療を受け、

今もふかふかのベッドの上で寝息を立てているはずだ。

正直、彼自身も眠たくて仕方なく、さっさと隠れ家に帰ってしまいたかったが、

彼女を一人残しておくのも、半端に優しい彼にとっては何となく気分が悪い。


これからどうするか・・と建物をふと見上げたとき、一室だけ灯りが点いたのが見えた。

先ほどまで、浜面が彼女に付き添っていた部屋・・つまり、フレンダの病室だ。

もう一度深い溜め息をつき、ポケットに手を突っ込んだ浜面は再び病院へ足を踏み入れる。


彼の使命はただ一つ。

手の焼ける我儘な子供を寝かしつけることだ。



―――――



「夢・・?」



前髪をどけて目を開くと、真っ暗な部屋の中で真っ白な天井がお出迎えしてくれた。

麦野とイチャイチャしてた夢を見ていたような気がするけど、悔しいことによく覚えてない・・。

そして、ぼんやりしていた意識が徐々に覚醒していった。



「今、何時だろ・・」
509 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:09:49.16 ID:Yu4EhJw0


手元をまさぐったけど何も出てこなくって、すごいスベスベしたシーツしか掴めなかった。

それもそのはず、私は見ず知らずの白いふかふかベッドに寝かされている。

普段は寝るには小さすぎるソファや真っ平らなカーペットの上に寝ているせいか、

それらと比べるとこれはすごく寝心地が良くて、逆に気持ち悪いっての・・。



「うーん・・」



身体を起こし、寝惚け眼でリモコンを手に取り、病室の灯りを点ける。

目が明るさに慣れていなくて、少し眩しい。

思い切り手を伸ばしてカーテンを開けると、真っ白でまん丸な月が私を見下ろしていた。


さて、予想してたよりも病室は広くて、縦も横も、二回くらい側転ができそうな広さだ。

ふと視線を横にズラすと、白い棚の上に名も知らない薄桃色の可憐な花のささった花瓶が置かれてる。

誰が置いたんだろう、看護士?・・それとも。



「病院?・・・そっか、私浜面におぶられて、、」



ようやく思い出した。

売られた喧嘩を買ったは良いけどボロボロにされて、

普段バカにしてる奴に助けられて、おんぶされて・・。

あー・・結局、良いとこナシだった訳よ。



「これからどうしよう・・」



そのとき、コンコンとドアをノックする音がして、思わず肩が震える。
510 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:10:44.87 ID:Yu4EhJw0

もしかして、巡回のナースかな。

いや、電気点けちゃってたから、心配になって見に来てくれたのかも。

あれ、っていうかそもそもこの病院に看護士なんて居るのかしら?


すると、呼びかけもなく、いきなりドアが開く。

入ってきたのは純白の看護婦さんではなく、薄汚い浜面だった。

ちっ。



「よう、起きたのか・・消灯時間はとっくに過ぎてるから、とりふえず電気は消すぞ」


「うっさいな、今寝るとこだったんだけど?」


「・・嘘つけ」



うっ、なぜ分かった。

浜面のくせに生意気な・・。


・・はぁ。


今日は一日中、学園都市を歩き回って疲れ果てたから、

ぐっすり眠れるはずだったのに、ホントに何で目を覚ましちゃったんだろ。

きっと、未だに解決してない、麦野との事が無意識の内に気にかかってるんだ。


―――麦野。


朝の麦野の心底私に興味がなさそうな表情が目に浮かぶ。

彼氏に愛想の尽きた女はああいう顔をするんだろうなあ・・。
511 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:11:10.11 ID:Yu4EhJw0


「ふぅ・・」


「何よ、居座る気?」



部屋の電気を消し、丸椅子に腰を下ろす浜面。

浜面も無傷じゃなかったはずだけど、簡易な治療を受けたのか、今はもう大丈夫みたい。

野球小僧みたいに、頬に絆創膏が一枚貼ってあるだけだった。

服装が変わっていないことから考えると、一度も家に戻ってないのかな・・。


月と星の輝きだけが、薄暗い私の病室を淡く照らす。

光が薄く差し込むだけの深海のような空間。

ロマンチックなシチュエーション、相手が麦野だったら最高だったのにぃ・・。



「浮かない顔してるぞ、何かあったろ?」


「別に・・結局、浜面には関係ない訳よ」


「あー、そうかよ。じゃあ麦野か絹旗辺りにでも相談しに行ったらどうだ?」


「・・それも無理」



だから、戻るわけにはいかないんだって・・喧嘩してんだから。
512 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:11:54.61 ID:Yu4EhJw0


・・怒り狂って私を追い出してくれた方が、まだ良かった。

それが、まるで無関心な顔して「出ていけば?」なんて酷すぎる。

今更、麦野たちのところになんか帰れないし・・浜面にずっとくっついてるわけにもいかないし。

傷ついた私のことを気遣って一緒に居てくれるんだろうけど、

私が全快したら、浜面は『アイテム』の元に帰らなきゃならない。

本来なら、私も戻らなきゃダメなんだけど・・。


すると、その浜面が苦い顔しているのが見えた。

私の心中を察してくれたのかな。



「あのさ、フレンダ」


「何よ」


「まさかお前・・生r」


「それ以上言ったら窓から放り投げるかんね」


「すまん、笑えない冗談だった。反省してる、本当に」


「・・今日のところは許してあげるわ」



冗談でもその手のことはアウトだからね、覚えてときなさい。

そこのアンタもよ。


っつーか、そんなことはどうでも良いのよ・・ホントどうしよう。

とりあえず、適当な話題で気を紛らそうっ。
513 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:12:46.25 ID:Yu4EhJw0


「ねぇ、いつ退院できんの、私?」


「んー、傷自体は治ってるからな。

 心身の疲労が少し蓄積してるだけらしいから、すぐに退院できると思うけど」


「なら良いけど・・」



私の疲れを見抜かれてたんだ。

さすが、プロの医者ね。


すると、横の棚に腕を置いた浜面が、けだるそうに口を開いた。



「・・お前さ」


「何よ」


「・・麦野たちと何かあったろ」


「あ、んぐっ?」



浜面はいつになく真面目な表情で黙ってる。

手を組んだまま、私を見据えて。


な、何でコイツはこういうときだけそんなに勘が働くのよ。

日頃はボケーッと鼻ほじってるくせに、何でこういうときだけ・・、
514 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:13:29.38 ID:Yu4EhJw0


「そ、そんなワケないじゃんッ!

 ま、まぁ、む、麦野と何かあるとしても、何かしらの過ちを犯したいっていう願望はあるけどねー!」


「誤魔化しきれてねぇぞ、それにドモりすぎだバカ」


「・・・」


「何かあったんだろ、話してみろって」



・・私は女だけど、女である麦野が大好き。

だから、男になんか興味ない。

でも、女の子が弱ったときに頼りになるのが男ってもの。

それがいつも自分が見下してるような犬であってもね。


私は言葉を選ぶように、慎重に口を開く。

何か言いたげだけど、飲み込んだらしい浜面。

私はここで一つ、起爆剤を投入する。



「・・浜面はさ、麦野のことは好き?」


「何だよ、唐突だな」


「良いから・・、好き?」


「な・・なにをっ」


「絹旗は?滝壺さんは?」

515 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:14:18.87 ID:Yu4EhJw0


みるみるうちに顔を真っ赤にしていく浜面は両手を前に突き出しつつ、視線をそらす。

うーん、やっぱり面白い。

叩けば響く優秀な素材だなぁ、浜面クンは。



「わ、わぁーったよ、みんな好きだって!・・もちろん、知り合い的な意味だけどな」


「ふーん・・じゃあ私のことは?」


「な、あぐッ・・?」


「・・どうなのよ」



やっぱり、恋愛的な意味で好意を抱いていなくても、

女の子に面と向かって「好き」なんて言うのは抵抗があるみたいねー。

コイツはこれでも本当に不良やってたのかしら?

どこまでもヘタレだよねぇ・・麦野や滝壺さんが泣くわ、こんなんじゃ。



「・・お、お前も好きだぞ、そりゃぁな」


「ふぅーん・・普段は文句ばっか言ってるくせに、こういうときはゴマ擂るんだ?」


「こ、この野郎っ・・こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがってぇッ!!」



バ、カ!ちょ、ベッド揺らさないでよね、この馬鹿力!
516 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:15:17.35 ID:Yu4EhJw0


「悪かったってぇ・・私も浜面好きだよーん?」


「ああそうかよ、顔見知り的な意味でだろ」


「うぅん・・、違う」


「・・え?」



浜面の顔が一瞬だけ、呆けたような表情になる。

浜面と二人きり、結局、これは良いチャンスって訳よ。

コイツを試す・・良い機会。


・・何を試すかって?

それは、後のお楽しみな訳よ。

すぐに分かるわよん。



「な、何言ってんだ・・おまえ、麦野大好き人間じゃねーか」


「うん、それは知り合い的な意味で・・だよ?」


「じょ、冗談はよせっつーの・・大体、俺はッ、」


「冗談じゃないよ・・浜面は私のこと嫌い?」


「人をからかうのもいい加減に・・ッ!?」


「・・キライ?」
517 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:16:10.44 ID:Yu4EhJw0


私は欠伸を噛み殺し、肩を震わせて見つめる。

たじろぐ浜面を見て、心の中でニヤつきながら。

月夜がバックにある私の姿は少し暗いだろうけど、雰囲気は充分かな?

ちょっと、私のキャラじゃないんだけど・・まぁ、結局、ギャップ萌えって奴で。



「いや・・俺はお前のことは嫌いじゃないけど・・」


「好きでもないって訳?」


「ち、違う・・そういう意味じゃないんだが・・えーとな、つまり、アレだ」


「どれよ?」


「普通に好き・・だけどさ・・」


「うん、じゃあさ・・」



口をつぐみ、唾を飲み込む素振りを見せる。

浜面は本当に飲み込んでいただろうね。



「・・な、なんだよ」


「私をどこか遠いところに連れて行ってよ、学園都市の外・・何なら海外でも良いわ。

 資金なら私が用意する・・ただ、私の手を引いてくれるだけで良いからさ」


「・・う、ぁッ?」
518 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:17:08.75 ID:Yu4EhJw0


余りにも唐突で、素っ頓狂なお願い。

突然の持ちかけに、どう動くか・・私は浜面の性格を把握する必要があるのよ。

なかなか手を出せないでいる麦野の代わりに、テストする必要が、ね。



「別にずっと一緒に居てくれなくて良いよ、麦野たちが恋しくなったらすぐ戻っても良い。

 すべてに敗れた私をどこか遠いところに置いていってくれれば・・それで良いからさ」


「お前、さっきから何言ってんだよッ・・やっぱり、何かあったんだろ、ね、熱でもあんのか・・?」


「私の話を本気で聞いてくれないなら、それでも良い訳よ。

 浜面が私のことをそこまで好いてくれてないんだったらね・・」


「おまえッ・・」



浜面が絶句する。

私はただ真剣な眼差しを送るだけ。


静寂に更なる沈黙が落ち、見守る月の光が真っ直ぐに私を照らしている。

私の身体に遮られ、浜面の身体には私の影だけが落ち込んでいた。

股の間に両手をぶらさげ、うなだれた浜面が目を細くする。

そして、ようやく考え終わったのか、ゆっくりと口を開いた。



「結論から言うと・・俺はお前を外界に置いていったりもしないし、連れて行ったりもしない」


「どうしてよ」
519 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/15(日) 23:17:24.59 ID:6oxQ.MAO
あらあら
520 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:18:14.12 ID:Yu4EhJw0


「一つは、麦野たちを置いてけぼりにして、俺が居なくなる訳にはいかないからだ」


「・・へぇ、優しいね」


「おまえだけを贔屓にする訳にはいかないしな・・麦野がおまえのことを嫌ったって、絹旗や滝壺は違うはずだ。

 ・・まぁ、俺の存在価値なんて大したものじゃねぇから、自惚れかもしれないけどよ」


「・・そう」



浜面は私たちに対しては割りと公平な目で見てくる。

特別な関係になることはない、ただ親しいだけの友人関係であろうとする心構え。

それは、浜面を恋い慕う麦野にとって最大の障害でもあるけどね。


浜面は私の反応を見たあと、一呼吸置き、再び口を開く。



「もう一つの理由は・・お前の幸せになるとは思えないから、だ」


「私の幸せ・・ですって?」



ピクリと反応する。


私の幸せ・・?

簡単に言ってくれるよね、それが何なのか分かってるの、浜面は?

−−私が求める幸せって奴を。



「何でそう思うのさ、こんな血塗れた暗部よりも、どこか遠い・・平和な国に置いてきてくれても良いじゃん。

 見て分かる通り、私は日本人じゃない・・日本について勉強したいわけでもないし、日本のために働いてるわけでもないんだよ?」
521 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:19:00.08 ID:Yu4EhJw0

「論点はそんな大っぴらな所じゃねぇよ・・お前のさっきの発言は、どう考えても自分の想いを押し殺してるようにしか見えねぇんだ」


「・・私が、私の想いを押し殺してる?」



このとき、私の胸がチクリと痛んだ。

さっきまでの「浜面はからかうと面白い」だとか「浜面を試す」という考えが頭から薄れていく。



「・・フレンダが俺のことを恋とか愛とか、そういった意味で好きなはずがねぇ。

 おまえは他の奴が好きなはずだ・・本当に、心の底からそいつを想ってるはずだ・・。

 麦野のことを・・、違うか?」



私は間髪入れず、反論する。



「結局、何の証拠もない訳よ・・私は浜面のことが本当に好きなんだよ?

 だから、今の浜面の発言は、私にとってすごいショックだ・・。

 好きな人に『お前はアイツのことが好きなんだろ?』なんて言われたら、精神が弱い人なら一発で泣き崩れてるね」



段々と外堀を埋められていく私はその苦しさを表情に出さないように、歯を食いしばる。

自分がどういう表情をしているのかが分からなかったけれど・・。


浜面は小さく溜め息をつき、もう一度私を見据えた。



「現在進行形で我慢してるようにしか見えないぜ・・フレンダ」


「・・どういう意味よ、私が我慢?何を?」
522 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:20:02.40 ID:Yu4EhJw0

「おまえが麦野のことを嫌うはずがない。

 どれだけ文句を言われても、おまえは麦野のことを想い続けてるはずだ」


「・・違うっ」


「違うはずがねぇ、おまえは麦野を愛してるはずだ」


「・・き、気持ち悪い。

 女の子に対して、おまえはレズだって面と向かって言うアンタの神経が信じられないわッ・・」


「何とでも言えよ。いきなり俺のことを好きだなんて・・俺でも二秒で分かるような嘘をつくんじゃねぇ。

 それよりも大きな嘘をおまえはついてる、自分に嘘をつくなよ・・フレンダ」


「・・違うッ!」




「じゃあ何でっ・・、そんな泣きそうな顔してんだよ・・!」




私が小さく口を開いた瞬間、

熱い涙が一筋、二筋と私の頬を流れ、布団にいくつもの染みを作っているのを見た。


眉間に皺を寄せて、本当の涙が流れないように耐えた。

歯を食いしばって、嗚咽をしないように心がけた。

それでも、私の顔は悲しさ、辛さ、その他諸々のせいで歪みきっていた。



「おまえのその表情を見れば分かる、嘘をついてるってことくらいな」


「・・・」
523 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:21:01.10 ID:Yu4EhJw0


―――麦野に見捨てられた。


今日一日、私はそのことだけを考えていた。

ゲーセンで遊んでも、鯖缶を観賞しても、気持ちが晴れることはなかった。

一人で居ることの孤独に耐えられなかったから・・、


いつもなら、麦野に耳をツネられたり、絹旗にチクチク文句を言われたり、

滝壺さんがフォローしてくれたり、浜面が文句を垂れながらも優しくなだめてくれたりする。

今の今まではまだ堪えられたけど、もうダメだ・・。


もう・・我慢しなくて良いよね。



「えぐっ・・」


「・・フレンダ?」


「麦野・・私の事、必要ないっで・・役立だずでっ・・え゛うっ・・!」


「お、おいっ、何で泣くんだよ!?」


「う゛っざい・・はまづ、らのくせに生意気・・!」



もう限界だった。

立て続けに罵られたわけじゃないのに。

ただ一言。

要らないと言われただけで私のすべては崩れ去った。

不安定な砂上の楼閣のように。

静かに、それでいて確実に足元からゆっくりと崩れていく。
524 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:23:33.38 ID:Yu4EhJw0

私の場合は風に吹かれてサラサラと、っていうより、

大雨に抉られてグシャグシャになっていく感じだった。



「何があったんだ?」


「・・う゛ん、麦野と・・」


「麦野と・・?」


「・・・」


「・・喧嘩したんだろ」


「・・何で分かったの」


「さすがの俺でも分かるさ」



後ろに重心を置くようにゆっくりとのけぞる浜面。

こっちが滅入るくらいの溜め息をついて、腕を組む。

何よ、アンタが私の何を知ってるっていうのさ!


・・・。


切ない。



「ったく・・で、どっちが悪いんだ?」


「麦野っ!」
525 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:25:23.13 ID:Yu4EhJw0

「・・まぁ、お前に聞けばそういうと思ったよ」


「今度は本当に麦野が悪いよ・・だって、」



ブーたれた顔をしつつ、多少主観的ながら、事の顛末を浜面に打ち明けた。

浜面は無表情ながら、私の話を親身になって聞いていた(ようだった)。


だって、あんな言い方はないよ。

役立たずなんて・・、さっさと出て行けば良いなんて・・。

もうやだ、もう嫌だよ・・麦野にだけは嫌われたくないのに。

世界中の人間に罵られたって構わない。

麦野だけが私の傍に居てくれればそれで満足なのに。


何十億という他の人間は私にとって大した価値のない人間だよ。

私が思うたった一人の人間。

その人と離れてしまったら・・心が離れてしまったら、私はそれだけで生きていけなくなる。



「どうしようっ・・私、とうとう麦野に見捨てられぢゃっだんだ。

 ・・もう、どうすれば良いのか分かんなっ、うぐぅ」


「・・・」


「私じゃ麦野の力になれないのは知ってるし・・、

 いずれはああやって言われるんだって分かってたけど・・やっぱり辛い゛よ」
526 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:25:53.72 ID:Yu4EhJw0


目を閉じようとしても、涙で染みて閉じられない。

熱い雫が頬の乾きを許さず、顎まで濡らしていく。

こんなに人前で堂々と泣いたのは、すごく久しぶりだったかもしれない。

今までの悲しみが決壊したダムのように心から溢れ出ていく。



「・・フレンダ」



私の心からの叫びを浜面は心配そうな顔で見つめてた。

こういうとき、男は泣きつく女を抱きしめてあげるものだけど、さすがにそこまではできないみたい。

正直な話、今の私は相手が浜面でも良いから、この身体のすべてを委ねられる誰かが欲しかった・・かも。



「・・良いから涙拭け」


「うん゛・・ぐっず、うぇ・・ぶッ」



浜面から手渡されたティッシュ箱から強引に二、三枚剥ぎ取って鼻をかむ。

自分の顔がぐちゃぐちゃになってるのが分かった、情けない程に。

ぐちゃぐちゃに丸めたティッシュをゴミ箱に投げる。

指に引っかかって、明後日の方向に飛んでったけど。



「あーもう・・何やってもダメだ私、死にたい・・」


「・・冗談でも死にたいなんて口にするんじゃねぇよ、お前らしくねーな」
527 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:27:29.65 ID:Yu4EhJw0

・・手元にナイフがあったら、首筋か手首を切ってるよ。

そのくらい、私の麦野への愛は深い。

願わくば、血まみれの私を抱いてほしい。

そして、抱かれながら私は絶命したい。


誰かれ構わず愛してほしいって訳じゃないのよ。

他でもない麦野に愛してほしかった。

たった一人に振り向いてほしいのに。

そのたった一つのことができないでいた。



「私だってネガるときくらいあるっての・・ぐすっ、浜面だって滝壺さんに、

 『はまづら、役立たずだから荷物纏めて今すぐここから出ていって』って言われたらショックでしょ?」


「そりゃそうだが、それは現実味がなさすぎだろ」


「・・とにかく、決別宣言しちゃった以上、もうあそこには戻れないのよ」



麦野が居て、絹旗が居て、滝壺さんが居て、ついでに浜面も居る。

いつもは皆で笑いながらご飯食べたり、何処かに出かけたり。

任務があればすぐさま皆で急行して、パパッと解決して、家に帰る。

浜面が作った美味しいご飯を食べて、不機嫌そうな絹旗とじゃれ合って、

滝壺さんと一緒にお風呂入って、嫌がる麦野に抱きついて眠る。

仲の良い兄妹のような、五人だけの、あの穏やかな空間。



「あのなぁ・・」


「・・ぐすっ、何よ」
528 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:28:14.04 ID:Yu4EhJw0

「お前が役立たずなら、俺なんかとっくに麦野にブチコロされてるっての。

 ・・こういう言い方もアレだけどよ、お前は『アイテム』の中じゃ利用価値がある方だよ。

 俺みたいに簡単に補充の利く使いっばしりよりもな」


「だって、浜面はッ・・!」



勢いで言ってしまいそうだったけど、慌てて自分の口を抑える。

これを言ったら、麦野に見捨てられるどころか殺されちゃうかも。



「何だよ?」


「・・な、なんでもない」



・・だって、浜面は麦野のお気に入りだもん。

このバカは麦野の気持ちになんか気付いてないだろうけど、

私や絹旗から見れば、麦野が浜面のことを特別視してるのは丸分かり。

浜面の鈍感さはときどきブチコロしてやりたい程だけど、

そんなことしたら麦野に殺されるし、麦野自身も悲しませることになるかもしれない。

もしかしたら、麦野の精神が崩壊しちゃうかもね。


だからこそ、そんなことは絶対に許されない・・麦野のことを誰よりも愛してる私にとって。



「っていうか、浜面に麦野の考えなんて分からないでしょ。

 『アイテム』の中で誰が一番必要ないかって麦野に聞いてみれば?

 ・・たぶん、真っ先に私の名前を挙げると思うよ」
529 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:28:52.18 ID:Yu4EhJw0


「・・あのよ、お前さ、麦野のこと好きなんじゃないのか?」


「何よ、藪から棒に」


「好きなんだろ?」



瞬き一つせず、浜面は私の目を真っ直ぐ見た。

私はその目を一秒と見つめられず、すぐに視線を落とし、消え入りそうな声で呟く。



「・・大好きだよ、宇宙で一番愛してる、それが何?」



麦野だけが、私が唯一尊敬する人間だ。

美しさと強さを兼ね備えた、女性としての完成形。

外見も中身もすべてがパーフェクトだと思ってる。

一緒に仕事をやれてるのを心から誇りに思うし、嬉しいんだ。

だから、裏切られたときの反動は物凄く大きい。



「だったら、麦野のことを信じてやれよ。

 麦野が口の悪さは知ってるだろ・・アイツが素直じゃないことも」


「・・そういう浜面は分かってるの、麦野の性格」


「まぁ、大まかには・・」
530 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:33:10.39 ID:Yu4EhJw0


だから鈍感って言われるのよ、この木偶の坊。

恋焦がれてオロオロする麦野も可愛いけど、付き合ってからデレデレする麦野も見たいのよ。

だから、さっさと付き合えば良いのに・・いや、でもやっぱ付き合ってほしくないわ。



「自分を一方的に罵る人を信じろっていうの、なかなか筋の通らない話だと思うんだけど?」


「人間ってのは意志とは正反対の言葉を吐いたりしちまうモンだよ、麦野みたいな奴ならなおさらな」


「そういう状況じゃなかったよ、息を吐くみたいに麦野は私に言った。

 額縁以外の意味はなかったはずだよ、あの言葉にはね・・。

 それに出て行けって言ったきり、何も言葉を続けてこなかったし」



去っていく私に、麦野は何の言葉もかけてはこなかった。

私は心のどこかで麦野が追ってきてくれるはずだ、って淡い期待を抱いていた。

「さっき言ったことは冗談だから、帰ってきなさい」でも良いし、

「何本気にしちゃってんのよ、おめでたい奴ね」でも良い。

「お勘定忘れてるわよ、いいからさっさと戻ってきなさい」でも良かったのに・・。

ファミレスを出てから、私は何回も立ち止まって、振り返った。

けれど、絹旗も滝壺さんも、当然麦野も追ってきてはくれなかった。

そのことが、私を一人、学園都市徘徊の旅に出ることを後押しさせた。

私は今まで何回か似たようなことを繰り返していたから、

いつものことだと思って、麦野たちは追いかけてはこなかったとも考えられるけどさ。
531 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:34:41.05 ID:Yu4EhJw0


それでも、メールの一つでも寄越してくれれば良いのに・・。

「お腹が減ったら戻って来なさい」でも良いし、「しばらく戻ってこなくて良いから」でも良かった。

・・でも、何もなかった。

私の存在など、そんなものだったんだと。


ただの構ってちゃんだと思われるだろうけど、それの何が悪いのさ。

私はそういう性格なんだよ、麦野たちだってよく知ってるはずなのに。



「何も言葉を連ねてこなかった・・そりゃそうだろうな」


「どういうこと?」


「麦野は自分から頭を下げるようなタイプじゃないってことだよ。

 例えば・・そうだな、麦野がフレンダに出て行けって言ったことを後悔してるとしたらどうする?」


「・・後悔?」


「そうだ。極端に言えば、『ああ、私、何て酷いことを言っちゃったんだろう、謝りたいけどそんなこと恥ずかしくてできないっ・・』みたいなことさ」


「だから、何も言えないでいた。それで、言葉を足すことはできなかった・・って?」


「つまり、そういうことだ」



麦野がそんな謙遜な姿勢を取るはずが・・、いや。

正直な話、浜面の提示した可能性を全否定することはできない。

私の知る麦野はそういう性格なんだ。

絶望的に素直じゃないから、私の目の前に座ってるこの男にもキツい態度で接しちゃう。

でも、それは相手が浜面のときだけだ。
532 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:35:54.11 ID:Yu4EhJw0
私を相手にしたときの麦野は、常に素を曝け出してる。

私が抱きつけば、背負い投げしてタンスにぶつけるし、

私が面白くないジョークを言えば、生ゴミでも見るような目で私を見下す。

それは私にとってはたまらないんだけど、ときどき本気で傷つくこともある。



「はは・・それだったら良いけどね」


「まぁ、麦野の考えてることなんて俺には分かりゃしねぇしな・・」


「私もわかんないや・・未だにね」



どうすれば麦野の心を掴めるのかどうかも、ね。

解決してないけど、浜面に気持ちを吐露できたことで・・ちょっとは肩の荷が下りたかな。



「とにかく、宇宙で一番大好きなら、信じてやれ・・俺は誰かを好きになったら、とことんまで信じる。

 自分が破滅してもいいから、好きになったそいつのことだけは守ってやろうって腹括るさ。

 ・・それでも裏切られたなら、そのときはとことん泣けば良いと思ってる、俺はな」


「・・うん」


「もし・・万が一、億が一・・、

 麦野がおまえのことを切り捨てたなら、そのときは俺が面倒見てやる」


「浜面・・。」



俺が面倒見てやる、といわれた瞬間、ビクンと心が跳ねた。

べ、別に浜面のことなんてこれっぽっちも想ってなんか居ないけど、今の台詞はちょっと格好良かったかも。

・・ちょっとだよ?
533 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:37:08.80 ID:Yu4EhJw0

浜面は金持ちじゃないし、能力者でもないから・・面倒見るなんて困難なことのはずだ。

それでも、そう言ってくれたことに、私は少しだけ嬉しかった。


・・少しだけだかんね?



「浜面は優しいねぇ・・吐きそうなほど気持ち悪いくらいに」


「何だよ、いきなり・・。

 っつーか、一言余計なんだよ、そういう言い方されると素直に受け止められねぇし・・」


「めんごめんご」


「・・・」


「・・ありがとね、浜面」


「お、おう・・お前が落ち込んでるとこっちも調子狂わされちまうからな」


「あと、もう私に付き添ってくれなくて良いよ、病院って結構居づらいし、暇でしょ?」


「いや、でも・・」


「大丈夫、自殺とかしないから」


「されても困るっての・・」



乾いた笑いを残して、私は布団の中に潜り込んだ。

眠気は全然ないんだけど、ボーッとしてるよりはマシだよね。
534 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:37:55.17 ID:Yu4EhJw0


「今帰るのもアレだし・・お前が寝るまでは居ようか?」


「ううん、大丈夫・・浜面も眠いでしょ」



今気付いたけれど、浜面の目の下にはうっすらとクマがあった。

余計な心配をかけちゃったんだな・・。


まぁ、そこに居られても私が落ち着かないし、眠れないだろうしね。



「分かった・・おせっかいだったな。悪い」


「ふん・・結局、この私と二人きりで喋れたことを誇りに思うと良い訳よっ」


「何だそりゃ・・」



「嘘だよ、あんがとね、浜面っ!」



私は今まで見せたことがないだろう、これ以上ない笑顔を振りまく。

こんなの・・、本当に私のキャラじゃないんだけどさ・・。


カーテンを閉めた浜面は最後まで私を気遣いながら、なぜか申し訳なさそうに病室を後にした。

あとでお礼に缶詰でもあげようかな、もちろん、余った奴だけど。


浜面の足音が遠くなっていって聞こえなくなったくらいに、私はその目を閉じた。

いつもなら、麦野とイチャつく妄想をしながら寝ているのに・・今日は何も考えられなかった。
535 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:40:09.75 ID:Yu4EhJw0

顔を上半分だけ布団から出すと、カーテンの隙間から覗き込む満月を見つけた。

そのとき、光り輝く月のすぐ右下に小さな星も見つける。

二等星か三等星くらいの、中途半端な明るさのその星は月に惹かれているかのような、物凄く近い位置に座していた。

でも、当然、月に触れるまではいっていない、美しいものに近づけているようで、近づけていない。

そんなもどかしさが・・何となく自分に似ているようで、心にビターチョコレートみたいなほろ苦い味が広がる。



「・・・ぅ、ぐ」



意図せず喉から漏れ、汚く滲んでいく嗚咽を漏らしながら、私は布団を頭まで被る。

白い布団を口の中に押し込んで、それを打ち消そうと歯を食いしばった。

それでも、未だに私の心の色は変わらない。

夜の樹海のような、深海のような・・黒に近い藍色。


そして、いつの間にか重くなったまぶたを、私は逆らわずにゆっくりと閉じる。

何も聞こえない、何も見えない、何も感じない空間に放り出されたような感覚。



「麦野、麦野・・・、麦野っ」



誰が聞いているわけでもない・・いや、誰にも聞いてほしくはなかった。

呪文のように唱える、想い人の名前。

・・下の名前を呼べるのはいつになるんだろう。

こうしているうちに、私はきっと彼女の顔を忘れていく。


綺麗な月も、みじめな星の明るさも届かない中で、気付いたときには私は寝息をたてていた。


夢の中の麦野はいつも私に優しいから、私はまた夢の中に逃げる。

結局、それは目の前の現実に立ち向かうことができない自分の弱さが原因って訳よ。
536 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/15(日) 23:42:48.30 ID:Yu4EhJw0

以上です、続きはまた次回。

二週間も空けてしまったのはすみませんでした。

21巻に読み耽っていたのが原因ということで、ここは一つ。


では、おやすみなさい。
537 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/15(日) 23:44:51.94 ID:6oxQ.MAO
乙ン21のヒロインは滝壺だし次は麦のんだな

フレンダ可愛すぎ
538 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/15(日) 23:59:24.24 ID:VzS/NcDO

フレンダ切なかわいい
続きが楽しみです
539 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/16(月) 00:06:05.95 ID:NPnu.UDO
乙!

気付けば最初のスレが立ってからもうすぐ半年かな?
540 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/16(月) 01:58:19.01 ID:3tF/DOko
すばらしい
541 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/16(月) 16:27:33.45 ID:E4V3MoDO
>>539
もうそんなに経つのか
このスレには色々と創作意欲を掻き立てられるんだよな
542 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/17(火) 18:41:18.03 ID:EQmE706o
いつも楽しみにしてます。
もう半年になるのか・・・・・・
製作に来たとき、このスレ見てSSを書こうと決意してスレ立てたから凄く身近な作品。

半年記念(?)にモノクロ書きだけど描いてみた。

http://uploader.sakura.ne.jp/src/up14001.jpg
543 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/17(火) 19:42:26.53 ID:QwnUvaso
頬の線が不精髭にしか見えない件について
544 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/08/22(日) 07:50:50.13 ID:MAcfeZg0
息が長いよな。このスレも
ホント凄いわ
545 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/22(日) 08:20:07.34 ID:SyKxAu.0
オイオイ上がってたからこんな時間に来たのかと思ったじゃねーか

ところで>>542の絵がもう見れないんだがどんなんだったんだ?
546 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/22(日) 11:09:29.12 ID:cOLg1sDO
>>544
よくモチベーションが続くと思うわ
2期が始まればまたブーム来るんだろうけど

俺も>>542が気になる
547 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 22:45:48.75 ID:exqziPI0

―――――



朝だ・・。

カーテンを通して差し込んでくる日の光と、何処からか聞こえてくる小鳥のさえずりで私は目を覚ました。

恋人同士っぽい小鳥は、何かを暗示しているかのように、ピーチクパーチク鳴き続ける。


横を向いて寝ていた私は手を支えにして、起き上がろうとするも、手元に変な冷たさを感じる。

それは湿ったシーツらしく、一晩中自分が流し続けた涙が原因だとすぐに分かった。

目がシパシパして、落ち着かないくらいに乾いている。



「・・おはよ」



誰に言うのでもなく、私は一言呟いた。

いつもの朝なら、「おはよう」の相手が居るのに。


淡い明るさに包まれた病室は昨日と変わりがなくて、面白みがない。

だけど、どん底の昨日に比べると、私の心は少しだけ晴れ晴れとしていた。

泣き続けたせいなのか、浜面に愚痴をこぼしたせいなのか、一晩眠ったからなのかは分からない。


棚の上にあった小さな赤い時計の針は九時三十分を指していた。

憂鬱な気分を知らない私のお腹は、ぐるる〜。と間の抜けた音を漏らす。

ここの病院は朝ごはんも出ないのかな・・。


それでも、身体の方はすっかり元気を取り戻していて、全快に近い。

病院に来たときは全身切り傷だらけで、それはもう惨たらしかったけど、

今はもう、カエルの顔したお医者さんの献身的な治療のおかげで綺麗さっぱりだよん。

・・身体も心も復調しても、問題は解決しないばっかりなんだけど。
548 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 22:47:40.06 ID:exqziPI0


「う〜っ、おしっこ・・!」



朝一番の尿意をもよおした私は溜め息とともにベッドから這い出て、スリッパを履こうとする。

そのとき、スリッパがヒュッとベッド下に引っ込んだ。

私の美しいおみ足がベタリと床について、ヒンヤリとした感覚が走る。



「な、なに・・?」



私の頭が余りにもネガティブな上に寝惚けてるせいで幻でも見たのかと思いきや、ベッドの下に人の気配を感じた。

起きたときは感じなかった、何者かの気配。

殺意や敵意がないせいか、それとも私自身が腑抜けていたせいか、

寝ているときにその気配には気付けなかった。


恐る恐る、ベッドの下を覗き込むと、何てことはない一人の女の子が横たわっていた。

肩近くまで伸びた黒髪に、見慣れたピンクジャージを着ていて、その手には私の水色のスリッパが抱かれていた。



「何やってんの、滝壺さん・・」


「・・おはよう、フレンダ」



おはよう・・じゃなくてっ、結局、何でこんなところで寝てるのかを聞きたい訳よ。

っていうか、その前にスリッパ返して・・。
549 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 22:48:46.11 ID:exqziPI0


「もしかして、一人でお見舞いにでも来てくれたの?」



昨日の夜中まで浜面が居てくれたのに、その数時間後の朝に滝壺さんが来るなんてびっくりだ。

朝早くお見舞いに来たけど、私がまだ寝てたから、仕方なく待ってたってところかな、

・・ベッドの下で。


もぞもぞと出てきた滝壺さんは、丸椅子にゆっくりと腰を下ろし、私を見据えた。

私よりも眠そうな瞳で。



「うん、お見舞いって意味もあるんだけど・・、」


「?」


「・・むぎのから伝言があるの」


「!」



ビクンッ、と心臓が跳ねる。

・・む、麦野から伝言?


もしかして、私との絶縁宣言?

それとも・・。


私は不安に喉を鳴らし、滝壺さんに問いかける。



「・・麦野、何だって?」


「うん、『身体が動く状態なら、今日の夕方5時にいつものファミレスに来て』って」
550 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 22:49:41.70 ID:exqziPI0


「・・・」


「『今回の件を謝りたいから・・』って・・」


「なっ!?」



・・どうして、このタイミングで麦野からアプローチがあるんだろう。

しかも、麦野の方から謝りたいなんて、棚からぼた餅状態だ。

本当なら飛び上がるほど嬉しがりたいところだけど・・。



「夕方の5時ね・・分かった」


「大丈夫?」


「うん、身体はもう元気だから、医者に掛け合って退院許可をもぎ取るっ」



滝壺さんが口を開いて何かを言いかけ、一度閉じ、再びゆっくりと口を開いた。



「そういう意味の『大丈夫?』・・じゃなくて」


「・・・」



・・別に動揺なんかしてない。

一晩中泣いていたから、昨日ほど心は荒んでないし。
551 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 22:53:02.11 ID:exqziPI0

麦野がこの病室に来てくれないっていうのは、麦野の恥じらいか、意地か・・。

それは分からないけど、会おうって言ってくれただけでも大きな進展だと思う。

こう思うと、私の方からアプローチをかけなかったことに、少し情けなく感じる。

結局、私はまだ子供な訳よ・・そりゃ、麦野よりは年下だけどさ。


そのとき、滝壺さんが珍しく、はっきりと憂いの表情を見せていたのが分かった。

本当に滝壺さんには頭が下がる、こんな餓鬼っぽい私を心配してくれるんだから。



「大丈夫だよっ、ホントに!」


「ホント?」


「ホントのホントっ!」


「・・分かった、むぎのにもそう伝えておくね」



麦野が謝ってくれるっていうのに、私の心はまたもやもやし始めた。

合格発表を待つ受験生や告白の返事を待つ男の子のような、酷く落ち着かない気持ち。

だって、まさか、こんなにも早くに和解のチャンスが巡ってくるとは思ってもみなかったんだもん。


麦野に何て言えば良いんだろ・・。

いや、麦野が謝ってくれるというんだから、素直に受け答えすれば良いだけなんじゃ?

でも、私の方からも何か言わないと、麦野の逆鱗に触れる気もする。

麦野に対して、「好きだー」とか「ばかーっ」とかそういった言葉を投げつけるのは慣れっこだ。

でも、こんなにも真剣に麦野に向き合って、謝罪の言葉を並べようとするのは全然慣れていない。


ふと気付くと、あれだけ、浜面に「麦野が悪いんだ」って言っておきながら、

一晩眠ったら、結局、私は麦野に対する罪悪感まみれになってた。
552 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 22:58:04.61 ID:exqziPI0


「わざわざありがとね、滝壺さん」


「うん、気にしなくて良いよ。・・あと、きぬはたもごめん。って言ってたから」


「・・そっか、何にせよ、心配かけてごめんね」


「大丈夫。・・私やきぬはたも、むぎのとフレンダが喧嘩してるのは嫌だから」



滝壺さんは柔和な笑みを浮かべて、私の頭を撫でてくれた。

割れ物でも扱うような、毛並みを揃えるような、優しい愛撫。


なんだか滝壺さんが、麦野と私を結びつける恋のキューピッドみたいに見えてきた。

本当に母性の塊みたいな女の子だなぁ・・よく浜面も堕ちないもんだよ。

麦野という存在が居なければ、私は滝壺さんにひっついてたかも・・。



「朝ごはんまだ食べてないよね、私買ってくるけど、何が良い?」


「あ、私も行くよっ、トイレ行きたいし・・」


「うん、分かった」



スリッパを返してもらい(っていうか、何で盗ったの?)

私は滝壺さんと手を繋ぎながら、病室を出た。

朝の十時近いのに、病院内は静けさに包まれていた。

一般病院とは違う、独特の雰囲気に飲まれそうになるけど、滝壺さんがそれを和らげてくれる。
553 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 23:00:40.14 ID:exqziPI0


「缶詰売ってるかな〜?」


「ふふ、どうだろうね」



微笑みながら、滝壺さんは私の左手を強く握り返してくれた。

ケーキの蝋燭の灯がついたみたいにポッと心が明るくなった。

・・少しだけ、前向きになれた気がした。


私が辛いときに、必ず優しい言葉をかけてくれる滝壺さん。

口では文句を言いながらも、その大きな背中を預けさせてくれる浜面。

私より年下なのに、しっかりしててすごく頼りになる絹旗。

そして・・、



一人で居るときにこそ、強く思い知らされる。

・・やっぱり、私はみんなが居ないとダメなんだな、って。






554 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 23:06:27.07 ID:exqziPI0

以上です、今回は短め。

続きはまた後日。

次でフレンダ話が最後になることを祈りつつ。

555 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/22(日) 23:19:27.88 ID:PqeTI4cP

フレンダ可愛いよフレンダ
556 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/23(月) 01:47:55.43 ID:IFHH2mYo
おちゅ
557 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/25(水) 02:43:37.35 ID:Y9qxBQo0
おつです。
そういえば、前から聞こうかなと思ってたんだけど、
原作ではフレ ンダは滝壺のことを「さん」づけでは呼ばないけど、
このスレではあえてそう呼ばしているのかな?
558 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 22:48:41.47 ID:NhXTe8U0

―――――



「さて、と・・」



タクシーから降りた私は、『アイテム』御用達のファミレスの前に立っている。

麦野がどうしてここを選んだのかは分からないけれど、この際とやかく言ってはいられない。

んーと、時刻は夕方の五時とちょっと前か・・。

どうしてまたこんな中途半端な時間に設定したのも分からないけれど・・まぁ、疑問点を挙げてもキリがないし。


意を決してドアを開けると、カラカラと能天気なベルが鳴り、それで気付いた店員が近づいてくる。

もちろん、常連であるとはいえ、私たちの身分や関係までは知らないだろう女性店員は笑みを浮かべてお辞儀をした。



「お連れ様ならあちらに」


「ん、あんがと」



お連れ様っていうのは、たぶん麦野のこと。

私たち『アイテム』はしょっちゅう来てるから、店員たちには顔を覚えられてる。

結局、私に対するこういった応対は予想通りな訳よ。



「・・ゴクリ」



晩御飯の時間は少し早いけれど、学校帰りの学生の姿が多く見える。

そんな中、一人だけ異質な雰囲気を漂わせている女性が居た。

いつも私たちが座る窓際の席・・目を閉じたまま、腕を組んで座ってる麦野が居た。

目を閉じているとはいえ、表情はどことなく固く見える。
559 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 22:49:56.34 ID:NhXTe8U0


いつもより数倍は強く感じる重力で地に接着された足を思い切り上げて、私は歩き出す。

麦野は私が近づいてきてることに気付いていないようで、依然姿勢は変わらない。

あー・・ダメだ、緊張してきた。

すぐ前まで来ても、麦野は目を開くことはない。

少し震える口を開け、私は腫れ物でも触るように声をかける。



「む、麦野・・」


「!」



麦野はやっぱり表情を変えないまま、ぱっちり開いた瞳を少しだけ細め、私に向ける。

向ける、という突き刺す印象が強かった、そのせいで、一瞬だけ、恐怖心が私の心を遮る。

・・あれ、一応、この場は私に謝りたいっていう麦野が用意したんじゃなかったんだっけ。

じゃあ、何で麦野はこんなに殺伐としてるの・・?



「早かったわね」


「うん、麦野こそ・・」


「今日は午後から死ぬほど暇だったから、三時くらいからここでゆっくりしてるの」


「そ、そうなんだ」


「ドリンクでも持ってきたらどうかしら、私のコップ貸してあげるから」


「・・うん」


560 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 22:51:09.63 ID:NhXTe8U0


すっかり氷がなくなっている麦野のコップを持って、私は席を立つ。

三時からここに居るって言ってたけど、麦野は何も頼んだ様子がない。

普通、ドリンクを入れるとすると、ほとんどの人は氷を必ずいれるはず・・、

麦野はドリンクどころか何も頼まずに、あそこでただ座ってただけなのかな・・。

あっ、ちなみに、こういうコップの共有はダメだよっ、ちゃんと人数分のドリンクバーを頼もうね!



「・・・」



麦野と二人だけの雰囲気に耐え切れず、逃げ出したは良いけど、何を選ぶ気にもなれず、

結局、私はいつもなら絶対に頼むことはない烏龍茶なんかを入れて、席に戻った。

あ・・氷、入れるの忘れちゃったよ・・結局、私も意識しずきな訳ね。



「・・珍しいわね、アンタがそんなの飲むなんて」


「た、たまにはね・・」



私の言葉は終始震えたままだった。

その反面、麦野の言葉はいつもより冷たく、ぶっきら棒に聞こえて仕方ない。

まぁ、いつもの麦野もこんな感じなんだけど、今日は特に鋭さを感じる。

・・おかしい。

やっぱり、滝壺の言ってた前情報と違う・・まさかとは思うけど・・、

私の予感は麦野の言葉を証拠に、早くも的中することとなった。
561 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 22:52:21.80 ID:NhXTe8U0


「で、フレンダ。話って何かしら?」


「え?」


「私に話があるんでしょ、そういう風に滝壺から聞いたんだけど」


「あ・・えっと・・」



そういうこと、ね・・。

滝壺の差し金と言っちゃ聞こえが悪いけど、恐らくこの場は外部に用意されたものだ。

どうやら、私と麦野の関係悪化に耐えかねた滝壺が、

麦野には「フレンダから話がある」と伝えて、私には「麦野が謝りたいらしい」と伝えたみたいだね。

やってくれるよ・・、まったく。



「・・私は滝壺に言われただけじゃ、ここに来ようとは思わなかったわ。

 浜面が私をしつこいくらいに説得するから、仕方ないから来てやったんだからね」



麦野の話によると、私が入院している間、浜面は電話でずっと麦野を説得し続けてくれてたらしい。

さらに、絹旗が、家出して憔悴し切った私のことを心配して、昼夜尾行していたことも。

絹旗はそのことを麦野には隠してたみたいだけど、バレバレだったみたい。

んで、夜中になって、絹旗が一時の急用でその場を離れた際は、滝壺から事情を聞いた浜面が代わりに私を監視、

私が『風力使い』に襲撃されたときにちょうど入れ替わって、私が止めを刺される直前に何とかタイミング良く飛び出して来たんだってさ。


さて、いつもは自己主張の少ない滝壺も、珍しく麦野にとやかく物を言っていたらしくて、

それを麦野が粋に感じたのか、鬱陶しく感じて降参したのか、理由は分からないけれど、この場にまで引きずりだされたっぽい。
562 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 22:54:07.26 ID:NhXTe8U0


そっか・・滝壺も浜面もそこまでしてくれたんだ。

下からの意見には絶対と言っていいほど眉根を寄せる麦野に対して、

こういういざこざに関する意見を言うのは麦野の機嫌を大きく損ねかねないのに、二人ともよく説得してくれたな・・。

・・さすがに麦野も浜面に言われれば、少しは傾くみたいだね。


さて、麦野と喧嘩別れした直後の私なら、きっとまた刃向かってただろうけど、今の私は違う。

一人で居ることの寂しさを知り、頭を冷やした今の私なら、麦野に対して冷静な見方をできる・・はず。



「あの・・今回のことはホントにごめんね、麦野」


「・・で?」


「私、あのとき頭に血が上ってて、あんな些細なことで『アイテム』抜けるとか・・、軽薄だった」


「そうね・・本当に軽薄で浅はかよね、アンタは」


「な、・・うっ」



麦野の言葉への怒りと、図星を突かれた自分の弱さが半々に私の心に生まれる。

そこまで言うことないじゃん!、と麦野に食ってかかりたい気持ちを抑え、私は歯を食いしばった。

分かってる・・今回の件に関しては、私の方が悪い、どちらかというとだけど。

麦野は腕を組んだまま、遥か上空から見下ろしているような眼差しを私に向ける。
563 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 22:54:54.97 ID:NhXTe8U0


「私たちは冗談で裏の仕事やってる訳じゃないの、アンタだって知らない訳じゃないでしょ」


「うん・・」


「はっきり言わせてもらうけど、浜面を含めた今の『アイテム』の中で一番軽率で隙が多いのは言うまでもなく、アンタよ」


「・・・」


「どれだけ有能な使い手でもね、ただのアホじゃ意味がない。

 どれだけ強力な能力者でも、それに見合った実力、知能、自覚がないとすぐに殺される・・それが私たちの仕事場なの」


「ごめん・・自覚が足りないよね、私」



麦野の言葉の一つ一つが私の心を、シャーベットを削るみたいに抉っていく。

今の私は麦野の言葉を何の抵抗もなく受け続けているだけだった。

そのとき、麦野が大きな溜め息をついて、立ち上がり、私はそれを目で追う。




「・・自覚があると言うのなら、ついてきなさい」


「え・・?」


「テストしてあげる、アンタを」



564 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 22:56:19.21 ID:NhXTe8U0


―――――



気付けば、シトシトと静かな雨が降り注ぐ夜の学園都市。

タクシーの窓ガラスに無数の雨粒が付着しては流れていくのを指でなぞっていた私は、

これから何処に連れて行かれるのか、麦野の言った「テスト」という意味は何なのか、

その二つの事柄で自分の心を不安でいっぱいにしていた。

隣に座っている麦野はファミレスに居たときと同様に、目を閉じ、腕を組み、私と顔を合わせようともしなかった。

・・結局、この状況で不安にならない方がおかしいって訳よ。



「・・ねぇ、何処に行くの、麦野?」



「着けば分かるわ」



タクシー内での麦野と私の会話はそれっきりで、麦野の態度は未だ変わることはなかった。

こういう日はせめて晴れて欲しいと思うのに、この雨は止む気配がなく、湿気が肌と髪に纏わりついて嫌になる。

何かを暗示しているかのようなこの天気は、私をさらなる不安に陥れようと画策しているようだった。


やがて、灰色の景色が目に多く映るようになり、私たちは廃工場地帯に向かっていることが分かった。

随分と人気がない場所が目的地なだけあって、乗客の少女二人のことを考えると、タクシーの運転手も首を傾げるばかりだろうね。



「ここらへんで良いわ」


「・・こんなところで良いのかい? 余計なおせっかいだけど、お嬢ちゃんたち、


「いちいち客のプライベートに口を挟んでくるものじゃないと思うんだけど?」
565 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 22:57:42.88 ID:NhXTe8U0


ポツリと告げた麦野は手際良く精算を済まし、私を置いてさっさと車外に出てしまい、

怪訝そうな運転手の視線を背中に受けつつ、私は慌てて、その後を追う。

無数にできた水溜りを自然な様子で避けていき、麦野は無言で工場地帯の中へ進んでいく。

私は顔をこわばらせたまま、麦野の背中を見つめるばかりだ。

何も生きていない、グレーの工場地帯を黙々と進んでいく麦野と私。

数分歩いた後、やや大きめの廃工場の目の前で私たちはその歩を止める。



「・・・」



麦野は私の方を一度も見ないまま、工場の錆付いた、重苦しい扉を開けた。

ギィィッという金属を擦るような音と共に、廃工場は私を飲み込まんとばかりにその口を開く。

時刻と悪天候も手伝ってか、中は真っ暗で何も見えなかった。

不快な錆びた鉄の匂いだけが充満しているその場所は、闇そのものが蠢いているようだ。

麦野は一歩、また一歩と踏み出し、塵や砂利を擦るような音だけが響く。

まるで、猛獣が舌なめずりでもしているかのような音だった。



「私はね、弱いくせに私に刃向かってくる奴は嫌いなの」


「・・・」


「だから、生意気な口をきく奴にはそれなりの制裁を与えることにしてるのよ」


「・・?」



私に背を向けたまま、麦野は意図不明な言葉を連ねる。

どういうこと・・まさか、この場で私を粛清する、とか?
566 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 22:59:19.18 ID:NhXTe8U0


「・・ッ」



私はその緊張に身体をこわばらせ、身構える。

麦野が未だに表情を見せないことが、さらに私の不安を加速させた。


麦野は大好きだ。でも、その一方で彼女には底知れない残虐さを感じることがある。

戦場において、味方である麦野はとても頼もしいと思えるけど、

その矛先が自分に向いたときはどれほどの恐怖を感じることか。



「さて、と・・アンタは私のことをどう思ってる?」


「え・・、」


「簡単に答えてくれれば良いわ、アンタの率直な気持ちを伝えてくれれば良いから」


「えっと・・」



麦野の言葉はすべて、私にとって理解不能だった。

いきなり、話が変わったかと思えば、「私が麦野のことをどう思っているか?」なんて・・、

麦野の腹の底を知ろうとは思えないけど、今回ばかりは疑わざるを得ないよ・・?


ただ、不要な間を作るのは麦野の機嫌を損ねるばかりだと思うから、私は間髪入れずに口を開く。
567 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 23:01:19.11 ID:NhXTe8U0


「麦野はとっても強いし、美人だし、カッコいいし・・私は麦野が大好き」


「・・・」


「私は何があっても、麦野についていくっ・・!」


「・・そう。なら、その意思を行動で示してもらおうかしらね」


「え?」


麦野が小気味良く指を鳴らす。

その瞬間、天井についていた巨大な照明が閃光の如く光り輝いた。

こんな廃工場なのに、電気が通ってたの・・?


製造途中で放置された鉄屑や機械が散らばっているのが見える中、工場の中心に不恰好な物体が寝転がっていた。

突然点いた光に私は思わず目を細めていたけど、「それ」に目を開かざるを得なかった。



「・・なっ」



照明は大きな円形の光を工場内に産み落としていて、それはあるものを中心にしていた。

私はその光景に目を疑った。

何度も目を擦った。

そして、思う。

非現実的なものを前にすると、人間はこれほどまでに自分の視覚を疑うものなのか、と。
568 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 23:03:11.32 ID:NhXTe8U0


「な、んで・・?」



工場の中心に置かれていた、いや、捨てられていたのは、

ボロ雑巾のように血まみれで倒れている『浜面仕上』だった。


どういうこと・・なの?


遠くから見ただけでも、浜面が虫の息の状態であることはすぐに分かった。

服は破られ切り裂かれ、顔や腕から脇腹からは血が流れ、血溜まりは徐々に広がっていく。

よく見ると、浜面が身体を僅かに震わせて、必死に呼吸をしているのが分かった。


痛々しい、見ていて悲しい、とかそういうレベルじゃない。

一昨日に私を助けてくれた浜面の頼もしさ、力強さは完全に消失していた。



「が・・ふっ、ぐ・・!」


「浜面っ・・!?」



何度、目を擦っても変わることのない現実、私の今までが、日常が音を立てて崩れていく。

魔物に掴まれたような私の心臓が悲鳴を上げ、完全に理性を乱した私自身は必死に呼吸を整えながら、悲鳴に近い言葉を漏らした。



「むぎ、の・・、これ・・っ!」


「さて、テストよ、フレンダ」
569 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 23:04:36.03 ID:NhXTe8U0


麦野が、その日初めて私を直視してくれた。

でも、少しも嬉しくなんかない。

麦野の目の色は明らかに違っていた。

その瞳は、悪意と敵意と殺意諸々に支配されているようにしか見えない。

こんなの私が知ってる麦野じゃない。

これじゃ、まるで別人だよっ・・。



そんな私に追い討ちをかけるように、麦野は拳銃を手渡した。

それは生々しく黒光りする、私たちにとって見慣れた、人を殺すための道具。

私は麦野の意志を汲み取り、身震いした。

まさか・・、



「私の周りに使えない奴は要らない。この浜面も同様に・・ね」


「え・・ど、ういうっ・・?」


「アンタが私のことを想ってくれるなら・・私についてきたいっていうんなら・・、」



麦野はカツカツと小気味よくヒールを鳴らし、ゆっくりと浜面に近づく。

浜面は薄く開いた目を麦野に向けた。

それを感じた麦野は妖艶な笑みを浮かべる。

そして、「それ」を指差し、私に命じた。



「殺せるわよね、フレンダ?」
570 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 23:06:37.89 ID:NhXTe8U0

いつもは何の躊躇いもなく使ってる黒い拳銃がこれほどまでに重いものなんて思わなかった。

それを持つ右手が震える。

それを抑えようとする左手も震える。

気付けば、身体全体が小さな痙攣を起こしていた。



「浜面にしろ、絹旗にしろ・・生意気なのよね。私にいちいち口出ししてくるその姿勢」


「・・は、はっ・・!」


「コイツを始末したあとは、絹旗も殺しに行くから。滝壺はまだ利用価値があるし・・まぁ、残しておいても良いかしら」


「むぎ、の・・?」


「何、もしかしてできないの?」


「・・い、いや」



瞳孔が広がり、喉が干上がる。

足が震えて動かない、靴裏に接着剤が塗りたくられたような感覚。

酸素が足りないと、心臓が喚いてる。


渦巻く感情。


麦野が私に求めているのは明確な殺意、そして、その実行。

前に転がっているのが私の知り合いじゃなくて、赤の他人なら躊躇無く殺せる。

今までずっとやってきたこと。

でも、今回は同じ釜の飯を食べている仲間を撃ち殺さなければならない。

それができなければ、きっと・・、
571 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 23:07:57.57 ID:NhXTe8U0

「分かってるわよね・・フレンダ?」


「なに、を・・?」


「私に絶大な信頼を寄せるアンタならあるはずないと思うけど・・、

 ・・アンタがその拳銃の引き金を引かなかったときのことよ」



―――使えない手駒は私の元には必要ない。


麦野の目はそう語っていた、そんなこと言わずとも伝わってくる。


浜面と麦野、両者を天秤にかけた末、私は引き金を引くか引かないかを決める。


麦野は私の中に君臨する「すべて」だ。

でも、麦野は浜面を殺し、絹旗も殺しに行くと宣言している。

これが覆ることは、まずない。

物言いをつければ、その場で私も蜂の巣にされるだろう。



「・・考える時間なんて必要ないハズよね、アンタなら」


「・・・」



私が今、取るべき行動。

誰でも良いから教えて欲しかった。


麦野は私のすべてを支配してると言っても、過言じゃない存在。

彼女の前では何の障害物も意味を為さない、人であろうと物であろうと、どんな信念であっても。
572 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 23:09:44.20 ID:NhXTe8U0


戦場において、幾度となく『アイテム』を勝利に導いてきた麦野。

私がヘマしても、麦野は文句を言いつつ、その失敗も打ち消すような破壊で他を圧倒していく。


一方、浜面は途中から私たちの世界に横入りしてきた新参者。

口が悪くて、何の役にも立たない無能力者で、麦野どころか私の足元にも及ばない存在だと思ってた。

でも、そんなことはつい最近まで。


一昨日、あと一瞬で私が死ぬってところで助けに来てくれた浜面。

ならず者のスキルアウトだったくせに、変な正義感や倫理観を持ってる不思議な奴。

頼りにならなそうで、頼りになる雰囲気を漂わせる男の子。



「・・・」



恋人か。

仲間か。


愛情か。

友情か。


本能か。

理性か。



前者を選べば、生きていける。

後者を選べば、その場で首が飛ぶ。


公私混同をしなければ、どちらを選べば良いかなんて考えるまでもない。

迷わず、引き金を引けば良いんだ。
573 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 23:11:29.39 ID:NhXTe8U0


でも。


・・私が選ぶべき選択肢。


それは、



「麦野・・、」



「・・私は、」



「・・私は、浜面を、



私は口を一度、噤む。

麦野は腰に手を当て、私に刺すような視線を送る。

浜面はそれしかできない故に、呼吸を荒げる。

何処からか、誰かの視線も感じる。


そして、

カラカラに乾いた喉を鳴らし、私はゆっくりと。


・・その運命を紡いだ。







574 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/30(月) 23:15:30.03 ID:NhXTe8U0

本日は以上です。

>>557の指摘、5巻で確認してびっくりしました〜!

自分の中でフレンダ→「滝壺さん」はごく自然なまでに定着していました。

今になって呼称ミスに気付くとはっ、感謝です。

では、おやすみなさい。
575 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/30(月) 23:16:33.02 ID:HbkFoXMP
おい







おい
576 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/30(月) 23:17:55.14 ID:k90tH1oo
ここで切るだと…?
糞っ垂れ!続きが気になってしょうがないじゃないか乙
577 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/30(月) 23:18:56.96 ID:vUrmvYoo
つ、続きは・・・?続きはいつになるのかな!?
578 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/30(月) 23:28:49.94 ID:7EMUSQDO

麦のんが怖かわいすぎてゾクゾクした
続きが気になってしょうがない
579 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/30(月) 23:52:35.22 ID:boeEHEDO
フレンダェ…


1週間で戻ってきてくれっ!
580 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/31(火) 03:35:15.41 ID:.F6w1cDO
すごい
やっぱり揺るがない面白さ
581 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/31(火) 10:54:29.93 ID:KtN9SJgo
ちょっと待てよ…
何この展開
582 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/04(土) 06:23:19.24 ID:RU6Lg.SO
さあ週末だ
583 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/05(日) 22:33:51.86 ID:8BJVHxoo
    ∧_∧
    ( ・∀・)ワクワク
  oノ∧つ⊂)
  ( ( ・∀・)ドキドキ
  ∪( ∪ ∪
    と__)__)
584 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/06(月) 06:50:41.97 ID:feKaGsw0
続きが気になるぜ!
585 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/11(土) 23:18:17.65 ID:FyTM9gwo
超マダですか?超期待してるんですが
586 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/12(日) 21:43:09.88 ID:9mPWzpw0

こんばんは、生存確認です。

腰痛と他ジャンルの某SS製作に浮気をしているのが原因で、

こちらの書き溜めはかなり滞っております、今の状況は5割くらいです。

9月中に投下できれば、と思っていますので。

数少ないとは思いますが、読んでくださっている方はどうか気長に待ってやってください。

・・では。
587 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/12(日) 21:51:19.87 ID:J1mcdXko
楽しみにしてるぜい
588 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/13(月) 16:47:37.34 ID:73ef/YAO
生きてりゃ構わないさ
589 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/18(土) 11:20:54.28 ID:VHKAOmI0
アイテム支援
590 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/26(日) 09:08:09.51 ID:X555pMDO
今日は来てくれるかな
591 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/30(木) 15:44:14.49 ID:UFsUakDO
まだか
592 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/01(金) 21:05:27.59 ID:Ujp1teso
このまま来なかったら麦野の乳首をダブルクリックするしか無いな
593 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/01(金) 23:01:34.39 ID:9XMydwUo
ダブルクリックした指がチクビームで吹っ飛ぶに5ペリカ
594 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/01(金) 23:03:12.79 ID:Ftg.dhgo
おまい、某スレで絹旗の乳首もダブルクリックしてなかったか?
595 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/01(金) 23:41:02.63 ID:V8zuucAO
むぎのんの乳首は黒
596 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:28:42.19 ID:cd5c9NA0

―――――



重苦しい雲の毛布が学園都市を満遍なく覆い、時刻と共に黒く落ち込んでいく。

廃工場のボロボロに破れた天井の僅かな隙間から雨の雫がひっきりなしに落ち、私の足元に小さな濁りを作っていた。


少し肌寒い気候でありながら、身体中汗だらけの私は一人の女性に対峙している。

学園都市で7人しか居ない超能力者(レベル5)のうちの上から4番目。

主に破壊することに特化した超能力『原子崩し(メルトダウナー)』を扱う少女。

自分の実力や立場を自覚した人間なら、彼女に刃向かおうとする奴なんて居るはずない。

結局、麦野より力がないとちゃんと分かっている私も同様な訳。


でも、今日の私は・・服従か、反抗か。

己の生死すら左右する選択を迫られていた。


自分の想い人である麦野沈利に従い、仲間である浜面仕上を撃ち殺すか。

それとも、彼女には従わず、浜面と共に彼女に殺されることを受け入れるか。



「私は、



苦悩に苦悩を重ねた私は、やがて、その口を開く。



「私は、浜面を、・・撃つわ」



その決断に麦野は眉一つ動かさず、その場に立ったままだ。

私は覚悟を決めた。

腹も括った。
597 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:29:59.37 ID:cd5c9NA0


・・私の中で麦野は絶対だ。

だから、私は浜面を殺す。

それがどういった感情から来ているのか?

崇拝とか服従とか、ましてや恐怖みたいな、麦野に強制されたからってのが理由じゃない。

純粋な愛情が、浜面を殺すことに直結してるんだ。

麦野が怖いとか、殺されたくないとかそんな自分勝手な理由からじゃない。

私が麦野を愛しているからこその・・、はずなんだ。



「・・・」



決断を言葉に出したからか、私の身体からは震えが消えていた。

私は今日何度目かの生唾を飲み込み、踏み出し、死体同然の浜面に近づく。

今、浜面はどんな気持ちでいるんだろう。


ふと右手に持った黒い拳銃を確認すると、弾丸が一発だけ入っていた。

これは、麦野の「一発で仕留めろ」という暗黙の命令だろう。



「それでこそ・・私の傍に居るべき有能な人間の取るべき行動よ、フレンダ。

 一時の感情に惑わされるような軟弱な奴は私の下には必要ないもの」


「・・・」



麦野の言葉でさえ、今の私の耳には届いていなかった。

工場の外で今もなお降り続ける雨や、吹き付ける風すらも。

私の鼓膜を静かに震わせているのは、自分の心臓の鼓動、そして、浜面の僅かな呼吸音だけ。
598 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/02(土) 20:30:53.08 ID:JNoxCbIP
来たか
599 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:31:26.09 ID:cd5c9NA0

自然と視野が狭まっていき、気付けば横たわる浜面だけに焦点が合わせられている。

やがて、その画面に私の持つ拳銃の銃口がゆっくりと現れた。

浜面の命を、人生を、その運命をシャットダウンするその銃口が。



「・・・は、はっ」



私の口から、笑いきれていない小さな笑みが漏れた。

私の動揺が丸分かりだろうけど、麦野は何も言わず、押し黙ったまま、事の推移を見守っている。



「・・・」



私が銃口を浜面の脳天に押し付けると、ゴリッと鈍い音がし、その痛みに浜面が小さく呻いた。

身体中の痛みのせいなんだろうね、呻ききれていないようにも見える。



「・・っ!」



私は引き金にゆっくりと指をつけた。

これを引けば、一人の人間の人生が幕を閉じる。

ここに来て、また私の身体が余すことなく震えだす。

言葉を紡ごうとしても、舌が、喉が、言語機能が震えて言葉にならない。

いつだか、『超電磁砲』の電撃で痺れて言葉が出なかったときとは、また状況が違っていた。
600 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:32:45.74 ID:cd5c9NA0


何してるのよ、私・・どうして、躊躇うのさ?

私たちは・・私は、何人もの人間の人生を終わらせてきたじゃない。

「上」からの命令があれば、どんな人間だって殺してきた。

いかにも悪政を敷いてますみたいな仏頂面した爺さんも、はたまた人の良さそうな顔をした科学者も。

まだ成人したばかりの若いスキルアウトも、罪の分別もつかないような暗部に落ちたての奴も。

だったら、コイツも一思いに殺しちゃえば良いじゃない。

冗談で暗部組織に長く居る訳じゃないでしょ・・フレンダ?


そして、いつの間にか、私の感情がその受け皿から溢れ出していた。



「・・・ぅぐっ」



気付いたときには、既に涙が止まらなかった。

別に浜面が好きだったとか、そういう不埒な理由が原因じゃない。

ただ、居なくなると分かったら、少し寂しくなってきただけなんだ。

しかも、私の手でこの世から消えると分かれば・・、



「・・アンタのメンタルの弱さにはほとほと呆れるわね」


「ぇっ・・ぐっ、ぐすっ」


「もう一度言っておくわよ、フレンダ」
601 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:34:12.08 ID:cd5c9NA0

銃口を人の頭に当てておきながら、ぐじゃぐじゃ泣くという間抜けすぎる構図。

でも、麦野は私の背中を突き飛ばすようにその口を再び開く。

それはもう、今までに聞いたことのないくらいに冷徹な声色で釘をさす。



「アンタが浜面を殺せないなら、私はアンタをこの場で蜂の巣にする。

 浜面を殺したなら、私はアンタを生かしてあげる・・単純明快な選択よね?」



麦野の意志も、ごく単純なものだ。


『早く浜面を殺せ』


つまりは、そういうことなんだろう。


でも、そんな私の心の中で一番ひっかかっている事がある。

麦野の浜面に対する想いのことだ。


麦野は浜面のことを好いていたんじゃなかったの?

時折見せる恥じらいやあの照れた表情は偽りだったの?

麦野が浜面を愛してるっていうから、私はこの身を引いてきたのに・・。

ただ、それを考える時間すら、今の私には残されていなかった。

ガチャリという小さな音がしたからだ、私のすぐ後ろで。



「フレンダ?」


「うっ・・ぐ、」



麦野が私の後頭部に照準を合わせ、懐から取り出した拳銃を向けていた。
602 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:35:43.38 ID:cd5c9NA0

明確な殺意が私に向けられており、身体の震えはピークを迎えている。



「うっ・・ぐうぅぅっぅうううっぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」



雷鳴の轟音のような、低い唸りが工場内に響く。

私の喉から出ている声とは思えないほどの、醜い叫び。

やがて、私はその口を閉じ、引き金を引く指に力を送る。

そして・・もう一度、その口を開いた。



「・・・ごめんね、」



それが、誰に向けた謝罪の言葉だったのか、私自身も分からなかった。


そして、



タァァァァーン



驚くほど静かに響いた、それでいて甲高い銃声。

人の意志を持たない銃弾は、何の躊躇もなく浜面の脳天を冷酷に突き破って



・・いなかった。



銃弾は私の頭上・・つまり、廃工場の天井に穴を開けているだけだった。

それが何を意味しているのかは明確だ。


―――紛うことなき、私の選んだ答え。
603 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:36:46.77 ID:cd5c9NA0

そして、引き金を引く前の、謝罪の言葉の意味。

私の意識じゃなく、私が知らない私の中の何かがそれを喋らせていた。

私の理性も、本能すらもその発言には関わっていない。

だからこそ、次の言葉が自分の口から出たとき、私は驚愕する。



「ごめんね、麦野っ・・」



その瞬間、私の手から拳銃が乾いた音をたてて落ちたのが分かった。

自分の意志で手放したのか、震えの余り取り落としてしまったのかは分からない。

でも、ただ一つ分かることは、


――私が浜面を殺すことを取り止めた、ということだ。



「えぐっ・・ぐす、えう゛っ・・・あ゛っ」



涙が私の頬をぐしょぐしょに濡らし、鼻水が汚らしく流れていく。

緊張から解放されたせいか、口元も唾液まみれで、とても他人に見せられるような顔じゃなかった。

今まで、誰にも見せたことのない表情でもあるし、私が浮かべたことのない表情。



「・・フレンダ?」



泣き崩れた私の背後で、麦野の冷たい言葉が怪しく蠢く。

麦野が今どんな表情をして、私のことを見下ろしているのかは分からない。

ただ、棘のある言葉だけが、私の心を突き刺しているだけだった。
604 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:38:16.80 ID:cd5c9NA0

「これは、どういうことなのか・・説明をお願いしたいんだけど」



私は両手を地につけたまま、浜面に懺悔するような体勢で必死に叫ぶ。

聖母に向けて、地に頭を擦り付け、重大な過ちを自白する罪悪者のように。



「で、ぎな・・いっ・・・、できっないよっ・・・!」


「どうして?」


「わだ、私には・・、はまづらはっ、殺ぜないっ・・!」



質問の答えになっていない私の言葉を聞いてもなお、麦野は振り返った私の眉間に銃口を向けたままだった。



「・・そう」



もう一度、拳銃を持てと麦野に言われても、今の私にはそんなことはできないだろう。

身体の震えが止まらないし、銃を持てるような精神状態でもないからだ。

さっきまで確かに存在したはずの殺意も、私の中で最初から何もなかったかのように霧散していた。



「失望したわ、フレンダ」


「・・・」



麦野の言葉を聞いても、不思議と後悔はなかった。

浜面を殺さずに済んだという事実が私の心の緊張を解いてくれたからだ。

身体が安堵感でいっぱいになる。
605 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:39:27.61 ID:cd5c9NA0

でも、それは同時に私の人生のゴールラインも突きつけていた。



「今までそこそこ楽しかったけど・・サヨナラね」



その明らかな殺意に、ビクンと私の身体が跳ねた。

それは草食動物が肉食動物に発見されたときのような反応だ。

殺されると分かった瞬間の、防衛本能から来る反射的合図。



「これが最後よ・・本当に殺せないのね、浜面を」


「殺せないよ、私には浜面を・・殺せない」



麦野からの最終通告。

でも、これには一切口ごもる必要はなかった。

私は浜面を殺せない・・いや、殺さない。


これが私のファイナルアンサーだよ・・麦野。



「そう・・じゃあ、どうする?・・このまま素直に死を受け入れるのかしら?」



そうだ。

問題はこれからどうするのか。

一つしかない。

考えるまでもない。


――友人を殺すことを止めた私が取るべき行動。
606 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:41:58.61 ID:cd5c9NA0

「麦野を・・止める」



今の私の顔にはさっきまでの情けない、親に叱られた子供のような表情はなくなっている。

涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった私に、麦野が小さな笑みを送る。

私なんかには殺されないという自信からか、そんな行動に出ようとする私の愚鈍さへの嘲笑か。



「・・へぇ」



笑うならいくらでも笑うと良いよ、麦野。

自分の好きな人が過ちを犯そうとしているとき、自分も共に堕ちることを拒んだのなら、

残っている救済方法はその人を命懸けで止めてあげることだけでしょ?


麦野は拳銃を上げ、ゆっくりと距離をとり、私に向けて口を開く。



「アンタに私が殺せるとでも?」


「殺すんじゃない・・止めるんだよ」


「甘いわね」


「そうかもね・・でも、これが私の答えだよ」


「理解できないわ」


「別に構わない。さっきも言ったよね、私は麦野を心の底から愛してる・・。

 だからこそ、麦野が道を踏み外したときは私が手を差し伸べなきゃならないって訳よ」
607 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:42:42.35 ID:cd5c9NA0

「その行動により推測できる結果はどうあれ・・その覚悟は賞賛に値するとでも言っておくべきかしら」


「・・ありがとっ」


「!」



私が何の合図もなしに、不意を突くように足元に落としていた拳銃に手を伸ばす。

『原子崩し』を扱う麦野相手に距離をとられると、私みたいなタイプは120%敗北する。

だから、距離を取られないうちに勝負を決めなければならない。

長期戦になっても、私の負けは確定事項だし。



「悪あがきね」



しかし、麦野の発射した光線で拳銃は粉々に打ち砕かれ、溶解した。

読まれてたか・・、そりゃ当然だよね。

でも、今の一瞬で私を貫かなかった麦野の判断は間違いだよ。

私はすかさず、懐から短剣を数本取り出し、両手指の間に挟む。



「っ・・!」



それと同時に、麦野の周囲に淡く輝く球状の光が現れたのが見える。

どんな障害物だろうが、一気に突破する破壊力を持った『原子崩し』。

生身の人間が喰らったら、間違いなく一撃であの世行き、一溜まりもない威力だ。

そして、その狂気が今まさに私に牙を剥こうとしている。
608 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:44:04.67 ID:cd5c9NA0


「させない訳よっ!」



私は麦野が光線を発射するよりも早く、短剣を麦野の身体目がけて投げつけた。

急所に当てるわけにもいかないので、バランスを崩させて避けさせるために両肩と両脚へ。



「ちぃっ!」



私の奇襲で演算を中断させられた麦野は、身体を翻して私の短剣たちを回避する。

超能力者といえど、所詮は生身の人間だ。

刃物が飛んできて、それを能力で防御できないなら、当然よけなければならない。

麦野は能力を除けば丸腰同然だ。即座に詰め寄って、私の得意な体術戦で畳み掛ければ勝機はあるっ!



「小賢しいわね・・」


「それが私のプレースタイルだもん」



麦野と私との間は十歩もない。

これ以上の距離はデッドラインを越えることになる。

麦野の光線を避けるのは困難だけど、距離をとって戦った方が敗北の可能性はより高い。

どう見てもハイリスクの博打だけど、麦野相手にはこのくらいの覚悟がないと勝てない。

つまり、リスクを背負ってでも、麦野にはこのスタンスで挑まなきゃいけないんだ。



「らぁっ!」



私はさらに靴裏の仕込みナイフを体勢の崩れた麦野目がけて放つ。
609 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:46:33.66 ID:cd5c9NA0

さすがに麦野も反射神経、動体視力が良く、私のとっさの連撃もすんでのところで回避する。

でも、短剣もナイフも麦野との距離を一気に詰めるための囮に過ぎないよ。



「もらったっ!」



瞬発力を生かし、私は一気に麦野との距離を詰め、投げにかかる。

麦野は私よりも身体が大きいけど、まったく問題ない。

が。


グシャリと音を立て、麦野の右拳が私の鼻先にめり込んだ。



「がっ、ぷぁぅ・・!?」



気付いたときには、何もかもが遅かった。

間抜けなことに真正面から拳を顔面に叩き込まれた私は、思わず右手で顔を抑える。

そのときにはもう、麦野の二撃目が見えた。

左の拳が、私の華奢な身体をくの字に曲げさせるほどの威力で腹に捻じ込まれる。



「ぶ、ぁぐ・・っ!」



完全に体勢を崩された私は無様にもゴロゴロと床を転がった。

埃が宙に舞い、砂利や鉄屑が身体に当たって、私の服は砂だらけになってしまう。

視点が上下左右にやかましく動き、何処からか麦野の声が木霊した。
610 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:47:11.81 ID:cd5c9NA0

「あのねぇ、私は喧嘩をしたことのない箱入り娘じゃないの。

 アンタが接近戦に持ち込んでくることなんて端っから想定済みよ」



アンタの爆弾なんて私の『原子崩し』の前じゃ、蚊が飛んでくるようなものだもん、とだけ付け加えて。


カツ、カツと小気味良いヒールの足音を立て、麦野は私に近づく。

赤く染まったその右拳を舌でなぞりながら、笑みを浮かべる。

完全に予想外の攻撃を受けた私は脳髄を揺さぶられ、グロッキーになっていた。

地に臥したまま、鼻や口に充満する鉄の味に苦い顔をするだけ。



「っと」


「ご、ほぁっ!?」



ゴスッと鈍い音を立て、麦野のスラリと長い足が四つん這いになっていた私の腹を真下から蹴り上げる。

一瞬だけ、私の身体が宙に浮く。

あまりの衝撃に内臓がすべて弾け飛んでしまったような錯覚に陥る程だった。

再び、私の身体が醜く二転三転し、今度は仰向けの状態で倒れる。



「ひゅう・・ふっ、は・・・」



たった三回の攻撃を受けただけで、意識が飛びそうになる。

おかしい・・普段の私なら、このくらいはどうってことないのに。

体術に関して、ある程度の自負を持っていた私がこんなザマになるなんて・・。

自分の非力さを痛感するばかりの私は、呼吸を荒げるだけだ。

やっぱり麦野が私を惜しんでその矛を収めてくれるかも、なんて甘い考えはもはや浮かばない。
611 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:48:00.10 ID:cd5c9NA0

ダメ・・このままじゃ、格好の的だ。

容赦なく『原子崩し』を叩き込まれる・・!



「ぅ・・ぐっ・・!」


「諦めが悪いわね・・その往生際の悪さだけは認めるけど」



私は身体を反転させた後、両手に力を込め、身体を起こす。

今、この瞬間にも身体を貫かれかねない状況にも関わらず、ゆっくりと。

そして、片膝をついたまま、数歩先に立つ麦野を見据えた。

まったく取り乱さず、茶の長い髪を掻き分け、何処か余裕も感じられるように、悠然と立つ麦野の姿。


私は圧倒された。


麦野のその立ち振る舞いに。

麦野のその余裕の仕草に。

麦野のその絶対的な存在感に。



「・・・っく」



そのときだった。

私の全身が不思議な感覚に襲われる。

口元が自然に緩み、目頭が熱くなった。

麦野の姿を見ただけで。

私の気持ちが溢れ出る。
612 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:48:51.82 ID:cd5c9NA0

「私ってバカだよ・・」


「?」



私の口から、また自然に言葉が漏れていく。

これが麦野に伝える最後の言葉であるように。

遺言のように。



「わかんないんだよ・・こんなにも無様に罵られても、いたぶられても・・」



物事の本質を見極めたり、他者を見定めたりするときには、距離を取ることも大切だと言うよね。

普段、麦野と一緒に居る私は、ほぼ盲目的に麦野のことを崇拝していた。


でも、今、麦野が明確に私の敵となり、完全に正反対の立場になって、改めて麦野を見つめてみても、

麦野の揺るぎ無い強さ、精悍さ・・私を惹き付ける何かをすべて感じ取れる。

私を虜にした、夢中にした麦野沈利という女のすべてが、再び私の内に流れ込む。


そのすべての要素が流れ着いたところに、私の麦野への想いが答えとなって浮き出てくるんだ。

やっぱり、この気持ちだけは変わらない、不変さを持っている。



「・・やっぱり、麦野が好きでしょうがないんだよ」




・・私は麦野に勝てない。

私にはまだ麦野を攻撃するカードはいくつも持っていた。
613 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:50:14.39 ID:cd5c9NA0

それでも、麦野はそれらをすべて迎撃し、私の手足をもぎ取っていくように、私を追い詰めていくだろう。

私がなお抵抗したとしても、私が倒れるという結果は変わらないはずなんだ。

そこに辿り着くまでの時間が長くなるだけの問題で。


数分前に麦野を止めると強気に言っておきながら、何てザマなんだろう。

でも、彼女を少しも止めることのできない側近なんて、この先役に立つはずもない。



「そう・・」



決死の私の想いの吐露も、麦野の一言は簡素なものだった。

別に、いまさら麦野から見返りの言葉を貰おうなんてことは思っていない。

最後に、それだけでも・・好きっていう気持ちだけでも伝えたかったんだ。



「・・ようやく、おしまいね」



私の気のせいか、どこか名残惜しそうに麦野は静かに口を開く。

どういう意味の「おしまい」かなんて、考えるまでもないってことなんだろうな。


地面に視線を落としたまま、私は静止している。

殺される前に、麦野の表情を見ていたかったけど、それすらも怖かった。


頭が、段々と真っ白になっていく。
614 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:51:28.30 ID:cd5c9NA0


「フレンダ・・」



そのとき、おかしな現象が起こった。

不思議なくらいに優しい声が私の名を呼ぶ。

私の身体を柔らかく、全体を覆うように。



「え・・?」



気付けば、私の背中に麦野の腕が回され、私の顔は麦野の豊満な胸に押し付けられていた。

さっきまでの冷徹な暴力じゃない、母性に満ち溢れた温かさ、人肌が傷だらけの私の身体を癒すように包む。



「よくできたわね、合格よ」



麦野はそれだけ、私の耳元で呟いた。

殺されるとばかり思っていた私は、泣き腫らした目を見開きながら、抱きしめられたまま、麦野を見上げる。

麦野の顔に僅かながら、悪戯に成功した子供のような無邪気な笑みが浮かんでいた。


すると、どこからか聞き慣れた声が聞こえてくる。

二人の女の子の澄んだ声。



「あーあー・・ったく、超下らない三文芝居を見せられたものですね」


「でも、良かった。私はむぎののこともフレンダのことも信じてた」



「絹旗・・、滝壺・・?」
615 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:52:55.64 ID:cd5c9NA0


何事もなかったかのように、絹旗と滝壺が奥の暗闇からその姿を現した。

悪態をつきながらも、絹旗の顔はどこか晴れ晴れとしているし、滝壺も安堵の表情を浮かべている。

け、結局、これはどういうことな訳・・?


目をまんまるにしたまま、私は周囲を見渡す。

そうだよ、確か浜面が血を流して倒れてて・・、



「・・ぐ、ぐ、ぐ、ぐっへあああぁぁぁぉっっ!!血生臭ええええぇぇぇっっっんだよっ!!

 麦野てんめぇ、ちんたらちんたらしやがってぇっ、『終了宣言』が遅ぇんだよ!!」



「は、浜面・・?」



さっきまで私が殺すか殺さないかを苦心していた相手である浜面が見るからに五体満足の状態で立ち上がり、

それどころか、両手両足をブンブン振り回しながら、文句を撒き散らしてる。

・・何がなんだか分からない。



「・・・」



もう一度、確認するように、私を抱きしめ続ける麦野を見た。

麦野は抱擁を解き、私の頭にポンと手を乗せる。

眼前にある麦野の綺麗な顔を見て、思わず心臓がドキリと跳ねる。

結局、どういうことな訳よ・・?
616 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:53:43.48 ID:cd5c9NA0


「全部、嘘よ」


「・・え?」


「『アイテム』の調和を乱すアンタをテストしたってだけのこと・・良かったわね、合格して」



な、な・・っ、





「な゛ああああああああああああぁぁぁっっっっっつつつ!!!???」









617 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:54:32.84 ID:cd5c9NA0

―――――



結論から言うと、盛大なドッキリだった。

かなり、悪質な。


簡単に説明すると・・、

何度も家出するわ、任務では致命的な失敗を重ねるわで、どうも私に対する信用度が下がっていた麦野たち。

今回の家出で堪忍袋の緒が切れたらしく(主に麦野<浜面の説得のおかげでフレンダをテストするという条件つきでその重い腰を上げたらしい>)、

わざわざ輸血用の血袋をパクってきて、メンバーの一人を満身創痍の状態に仕立て上げ(この役は満場一致で浜面に決定したらしい)、私をテストした。

私が麦野への服従を誓い、浜面を殺害していたならば、麦野は容赦なく私を惨殺していたらしい。

結果として、浜面を殺さず、なおかつ私を止めるなんて強気な姿勢も見せたことが、麦野の御眼鏡にかなったらしい。


麦野がテストしたのは単純なことで、私の『心の強さ』だった。

暗部に生きる者であれば、決して折られてはならない、強靭な精神。

安易に仲間を殺さず、上司である麦野への反抗心も見せた私。

麦野はその意志を汲み取り、合格。とだけ告げてくれた。


でも、ぶっちゃけ言って、最後で私は麦野に対する反抗心は折られてたんだけど・・。

だから、「決して折れてはならない精神」には反してると思う・・まぁ、そこはご愛嬌って訳なのかしら。


ちなみに、私が本当に浜面を殺してたらどうすんのよと聞くと麦野は「まぁ、そのときはそのときよ」と、軽く鼻で笑っていた。

浜面はちょっと不機嫌な柴犬みたいに麦野のことを睨んでたけど。

まぁ、でも本当に愛しの浜面が撃たれてたら、麦野は泣き喚いて発狂してたはずだわ、まず間違いなく。

ってか、浜面も倒れたフリしてるときは戦々恐々だったろうね、頭に拳銃突きつけられても「逃げるな」って言われてたんだから。
618 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:56:02.24 ID:cd5c9NA0

あと、絹旗と滝壺は遠くの物陰で私たちを覗き見していたらしい。

この廃工場に入ったときに感じた何者かの視線はこいつらだったって訳ね。

私が浜面を本当に殺したらどうしようって、内心ハラハラだったに違いないわー。



「・・・」



んで、私は今何をしているかというと。

麦野と二人きりで、普段は使わない隠れ家のお風呂で反省会を開いている訳よ。



「麦野さ・・いくら芝居とはいえ、顔面にパンチくれるわ、お腹に蹴り食らわすわ・・ここまですることないと思うんだけど」


「うっさいわね、臨場感出すためには仕方なかったのよ・・でも、能力も使わないであげたでしょーが」



私たちが使っている湯船は人二人くらいなら余裕で入れるほどの巨大なものだ。

普段の『アイテム』は、全員がシャワーで済ませちゃうから、お風呂に入るのはわりかし久しぶりかも。

ちなみに、これは滝壺の提案。

喧嘩した女の子は一緒にお風呂に入って何もかも洗い流すのが一番とニコやかに言っていた。

是非、滝壺さんにグッジョブの言葉を贈りたい!



「嘘だっ、私が反撃に出たとき、能力使おうとしてたでしょ!光球が見えたもん!」


「あーそー」



白濁のお湯に肩まで浸かり、麦野は呟く。

その滑らかな美脚を僅かに見せながら。
619 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:57:36.83 ID:cd5c9NA0

一方の私はまだヒリヒリと痛む頬や鼻先とお腹を擦りながら、ぶくぶくと口で泡をたてる。

絶対、どこかの骨が折れてるって・・お願いだから治療手当出してよ。



「・・でも、良かったよ」


「何が?」


「麦野が私のこと嫌いになっちゃったのかと思ってたからさ・・」


「嫌いだけど?」


「言うと思ったー」


「ふん、私に好かれたければ、もうちょい有能な人間になることね」



それだけ言うと、麦野は立ち上がり、あっさりと湯船から出てしまう。

頭と身体にタオルを巻いたプロポーション抜群の麦野はツカツカと部屋から出ようとする。


えっ、ちょ、



「ちょっと待ってよ!お風呂に入ってからまだ3分も経ってないよっ!?」


「アンタと一緒の湯船に入るなんて薄気味悪くって仕方ないっつーの」


「うえええっ!??」



タオルを手にかけたまま、そっぽを向く麦野を惜しむように私は眺める。

うーん・・麦野は胸だけじゃなくて、お尻もボリューム満点だなぁ・・。

背中、くびれ、腰から尻のラインは美しすぎるし、肉付きも最高だね。
620 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:58:37.09 ID:cd5c9NA0

そういえば、胸にしゃぶりついたことはあるけど、お尻に飛びついたことはないなー・・。



「何見てんのよ」


「いや、麦野のお尻は綺麗だなー、って」


「そこは嘘でも良いからごまかしなさいよ、この変態」


「あっはん☆ミ 麦野に変態って言われたぁ!」


「ちっ・・」



拳の一つでも飛んでくるかと思ったけど、なぜか来なかった。

その代わり、すこぶる不機嫌そうな麦野そうな顔をした麦野は風呂場のドアノブに手をかける。

せめて、もうちょっと一緒に入ってたかったなぁ・・。



「・・・」



でもね、麦野。

私がホントに恐れてたことは、麦野が私のことを嫌いになることじゃないんだよ。

ホントに怖かったのは、『私が麦野のことを嫌いになっちゃう』こと。

麦野が私を嫌うのは構わないんだ・・殴られたって、蹴られたって、どんなに酷い言葉を言われたって。


でも、私自身が麦野のことを嫌いになっちゃったら、麦野から受ける言葉のすべても嫌いになる。

私を罵倒する言葉はもちろん、私を褒めてくれる言葉さえも。
621 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 20:59:39.73 ID:cd5c9NA0

どんな状況でも麦野の強さは色褪せることはなかった。

今日、非情なまでの麦野の強さを体感して、それが分かった。

私の憧れる、ただ一人の少女は絶対に折れることのない、揺らぐことのない、しっかりとした芯を持っている。


だから、私はいつもそんな麦野の傍に居られるっていう満足感でいっぱいなんだ。



「フレンダ」


「んぇ?」


「これっきりだから」


「・・何が?」



私は湯船の端に腕と顔を乗せたまま、全裸の彼女を見やった。

一呼吸だけ置き、麦野がいやに真面目な声で言葉を続ける。



「・・アンタは大事な仲間だけど、私のことを裏切ろうもんなら・・そのときは容赦しないから」


「・・・」


「分かった?」


「それってさ・・」


「あ?」
622 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/02(土) 21:02:05.37 ID:cd5c9NA0



「『アンタは私の物なんだから、一生離れるんじゃないわよ』って解釈で良いの?」



「はっ!?」


「あぁぁぁーんっ、やっぱり麦野と私は相思相愛なんだぁーッ!!!!」


「ごぁっ、てめ、風呂場で飛びついてくんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」





好き。


ずっと麦野のことが好き。

いつも麦野のことが好き。

やっぱり麦野のことが好き。



二人の絆は、絶対に切れることはないよ。

――−私が麦野を想い続ける限り、ね。





・・自分勝手かな?









『とある百合少女の家出』、おわり。
623 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/02(土) 21:03:37.28 ID:dH.OMoAO
ふぅ>>1
624 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/02(土) 21:05:23.64 ID:JNoxCbIP
ネタばらしが遅くて焦った
625 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/02(土) 21:06:14.51 ID:cd5c9NA0


滝壺、絹旗に続き、『アイテム』連続短編フレンダ編、終了です。


そして、急なご報告なんですが、今回でSS投下を一度打ち切ろうと思います。

散々寄り道した挙げ句、本編を蔑ろにしたまま中断するのは心苦しいのですが、

十月に入ってからもそこそこ忙しく、今回のように何週間も間を空けるのは勝手すぎると思ったためです。

実を言うと、この製速ではもう一つSSスレを掛け持ちしてまして、

今回の判断はそのもう一方のスレにも力を入れたいという勝手な希望が理由でもあります。

ただ、書き溜めはしていくので、またそのうち、ここにスレ立てする日が来ると思われます。


敬遠されがちな下手な地の文主体のSSにも関わらず、

半年以上もこんな作者気取りの自己満足に付き合って頂いて感謝です。

口にはしませんでしたが、毎回の感想のレスはすごく励みになりました。

このスレは近いうちに自分でHTML化報告を出しますので。では。
626 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/02(土) 21:10:42.66 ID:dH.OMoAO
え……ここで待ってても良かったんだがなまあいいや乙乙
627 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/02(土) 21:12:12.85 ID:JNoxCbIP
なん…だと…
他スレどこだ?
628 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/02(土) 21:14:32.19 ID:O7vyfnco
帰ってくるのを楽しみにしてるよ>>1
629 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/02(土) 21:49:02.23 ID:.xH1Cqso
どれ?もう一つって
630 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/02(土) 22:28:04.11 ID:gPYLD0Io
乙でした

楽しみに待ってるからスレ立てるときは分かりやすくして欲しいな
631 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/02(土) 22:54:00.14 ID:AYBJfYAO
今までのすべてをひっくるめて
>>1

内容はもちろん>>1の文章力が好きだったぜ

他スレのも読みたいから教えてくれ
632 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/03(日) 01:31:01.13 ID:QOt3NEDO
残念だけど、>>1
本当に>>1の書くかわいい麦のんが好きだ
スレ立て待ってるから絶対に続き書いてほしい
あと、絵にレスつけてくれてありがとな
633 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/03(日) 07:32:15.35 ID:Pe9mMH6o
一乙
まってるよ
634 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/05(火) 00:00:07.46 ID:TNMWpSI0

追伸です。

掛け持ちは禁書スレでない上に、SSの形式も違うので、明言は避けます。

発見したとしても、そのスレでは何も言わずに見守ってやってください。


ちなみに、次にスレ立てするときは、>>336の続きか、

あるいは最初からやり直すと思うので、そんな風味のスレタイになると思われます。

くどいようですが、本当に感謝でした、では。
635 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/06(水) 05:05:10.95 ID:qcxcSmwo
マジでか!・・・・・・マジでか!
早く戻ってきて欲しいものです
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