このスレッドは製作速報VIP(クリエイター)の過去ログ倉庫に格納されています。もう書き込みできません。。
もし、このスレッドをネット上以外の媒体で転載や引用をされる場合は管理人までご一報ください。
またネット上での引用掲載、またはまとめサイトなどでの紹介をされる際はこのページへのリンクを必ず掲載してください。

魔王「我輩と一緒に世界を救ってくれ」 - 製作速報VIP(クリエイター) 過去ログ倉庫

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

1 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:36:41.35 ID:FUoQk8s0

<時刻不明.魔王城最深部>



魔王「……」

勇者「……」

魔王「……ようこそ勇者。遠いところわざわざご苦労であった」

勇者「遠いところ? ハッ、お前を倒すためだ。多少の距離なんざ問題じゃねえよ」

魔王「強がるな。ここまでくるのに多大な時間、労力を費やしたことは容易に想像できる」

勇者「だから……いや、まあ、時間がかかったことは否定できねえな。だがな、それだけの価値は間違いなくあったぜ」グッ

勇者「俺は以前よりずっと、ずっと強くなることができた! お前をぶち殺せるほどに!」

勇者「ここでお前をぶっ殺して、俺は! 世界中が認める、認めざるを得ない、英雄になる!」ビシ!

魔王「ハッハッハ、そうかそうか」

勇者「……」

勇者「……チッ、気にいらねえな」

魔王「おや、気分を害したか。これは申し訳なかったな」
【 このスレッドはHTML化(過去ログ化)されています 】

ごめんなさい、この製作速報VIP(クリエイター)板のスレッドは1000に到達したか、若しくは著しい過疎のため、お役を果たし過去ログ倉庫へご隠居されました。
このスレッドを閲覧することはできますが書き込むことはできませんです。
もし、探しているスレッドがパートスレッドの場合は次スレが建ってるかもしれないですよ。

旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713353246/

木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aaorz/1713351945/

いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713279251/

【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713277692/

こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713183168/

【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713091115/

アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713089503/

エルヴィン「ボーナスを支給する!」 @ 2024/04/14(日) 11:41:07.59 ID:o/ZidldvO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713062467/

2 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:39:45.27 ID:FUoQk8s0

魔王「……おい!」

側近「ははっ!」ススス……

勇者「……!」

魔王「そう身構えるな、こいつは戦闘向きではない」

側近「魔王様、剣を」スッ

魔王「うむ」ガシ

側近「……ご武運を」

魔王「大丈夫である」

側近「あなた様のお仕事はまだこれから。どうかお忘れなきよう」フッ……

魔王「わかっておるよ」

勇者(……?)
3 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:40:43.69 ID:FUoQk8s0

勇者(なんだ? 仕事はこれから? どういう意味だ?)

勇者(まさか、俺は眼中にないってことか?)

勇者(俺はただの通過点に過ぎないと?)

勇者(ますます気にいらねえ……)ペッ



魔王「では勇者よ」スッ

勇者「……応!」スチャ!





魔王「死合おうぞ……!」ゴゴゴ……
4 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:42:07.66 ID:FUoQk8s0

 ズジャッ――――!!


勇者(踏み込み! 来る!)


 ガキィ――ン!!!


魔王「ほう、これを受け止めるか」グググ……

勇者「こんな一直線の攻撃、屁でもないぜ……」ギギギ……

魔王「ふむ、なるほど。よろしい……では、第二ステージだ!」シュッ!

勇者(――!)



 キン! カン! カキン! キン! ジャッ! ギチ! カッ!



勇者「うおおおおぉぉぉぉ――!」

魔王「ふはははははははは!」
5 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:43:26.25 ID:FUoQk8s0

魔王「これはどうだ! “円舞陣!”」グオ!

勇者「……っ」


 カキキキキキキキン!


魔王「ほう、これも防ぐか! 武の腕は確かなようだな! ぎりぎりまで粘った甲斐があった!」

勇者「それは、どういう意味だ?」シュッ

魔王「なに、すぐにわかる。が……」キン!





魔王「その前に一度死んでもらうぞ! “光よ!”」ボッ!

勇者(魔術!)

勇者「“我は紡ぐ光輪の鎧!”」キン!
6 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:45:04.77 ID:FUoQk8s0

魔王「“光よ!”“光よ!”“光よ!”」ボッボッボッ!

勇者「“光の白刃!”“白刃!”“白刃!”」ドッドッドッ!


 カッ―― ドドドゴォ!


魔王「ふむ、魔力も申し分ないようだな。これはうれしい誤算だ!」ダッ!

勇者「だからどういう意味かって、聞いてんだろうがぁ!」ダッ!


 ガッキ――――――ン!


魔王「……鍔迫り合いなら魔物である我輩の方に分があるぞ?」グググ……

勇者「人間舐めるなよ、魔物ぉ……!」ギギギ……
7 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:46:18.92 ID:FUoQk8s0

魔王「ほうれ!」ギギ!

勇者「くっ……」ズズズ……





魔王「ところで勇者よ」

勇者「集中してんだ話しかけんな!」

魔王「新しい客人が現れた」

勇者「じゃあそいつに言っとけ! 今は取り込み中だとな!」

魔王「可愛いおなごなのだが」
8 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:47:08.35 ID:FUoQk8s0

勇者「ハル……? い、いやそんなはずあるか! 騙されねえぞ!」

魔王「ほう、ハルというのか。魔女っ子であるな」

勇者「……」

勇者「……あらかじめいっておくが」

魔王「ん?」

勇者「決して騙されたわけじゃねえからな……。いいな?」

魔王「ふむ」

勇者「……」

勇者「…………」クル
9 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:48:25.07 ID:FUoQk8s0

勇者「……」

勇者「…………」

勇者「………………」

勇者「この……」プルプル……


勇者「この、大嘘吐き野郎がああああぁぁ――!」

魔王「“光よ”」ボッ!

勇者「みぎゃあああああああぁぁぁぁ!」ドゴォッ!
10 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/05(水) 22:49:45.07 ID:xa1zyAAO
>>9
油断しやがったこの勇者
11 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:50:28.35 ID:FUoQk8s0

勇者「…………」

魔王「……勇者〜」

勇者「…………」

魔王「へんじがない ただのしかばねのようだ。……ふむ、死んだか」

魔王「我輩の頭脳の勝利であるな」

魔王「いやはや我輩、今日も冴えている」



側近「魔王様、早くしないと本当に死んでしまいますよ」ススス

魔王「いかんいかん、そうであったな」

側近「これを」スッ

魔王「うむ。これを勇者の首にセットして……」
12 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:51:40.57 ID:FUoQk8s0

魔王「“治れ”」ホワホワホワ……

勇者「む……ぐ……」ピク

魔王「おおゆうしゃよ しんでしまうとはなさけない」

勇者「うるせえ神父、戦ってないやつが……」ムクリ




勇者「ってお前かー!」

魔王「左様、我輩である」

勇者「畜生、何のつもりかしらねえが……第二ラウンドだ!」ダッ

魔王「ああ、やめておけ」

勇者「問答無用!」ブン!


 ――バチッ


勇者「!?」

勇者「あががががががが!」ビリビリビリビリビリ……
13 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/05(水) 22:52:42.92 ID:odg.zng0
7xに同じスレタイ・内容の物がおいてあるんだけどこれはどういうつもり?
見覚えあると思って探したら内容一致してるじゃん
14 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 22:53:21.65 ID:FUoQk8s0

勇者「あ、が……」バタ

魔王「だからやめろと言ったのに」

勇者「くっ、魔王! 今何をした!」ガバッ

魔王「おや、感電した割りに元気がいいな」

勇者「……くそっ、もう一度」ダッ



勇者「あがががががががが!」ビリビリビリビリビリ……



勇者「……攻撃が、見えない……」バタ

魔王「いや、我輩、何もしとらんわけだが……」

勇者「くそ……!」ガバッ

勇者「もう一度だ!!」ダッ


勇者「あがががががががが!」バリバリバリバリバリ……


魔王「お前は馬鹿か阿呆のどちらかだろう……」
15 :アナウンス [saga]:2010/05/05(水) 22:57:19.85 ID:FUoQk8s0
>>13
それ俺のっす
女魔術士「魔王探し?」まで読んでもらえばわかるが、更なる続編はここ、製速でやるつもりだった
16 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/05(水) 22:58:03.81 ID:xa1zyAAO
ならば期待
17 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:02:01.06 ID:FUoQk8s0

勇者「ま……魔王……かぁくご〜……」フラフラ……

魔王「ハァ…………」ピン!

勇者「あべし!」バタン


魔王「……腕の方は確かなのに脳みそが足りとらんのか。これはうれしくない誤算だな」

勇者「いったい、なぜ……」ヒュー ヒュー

魔王「首のところを見てみろ」

勇者「……首輪?」

魔王「そうだ呪いの装備品だ。それがお前の身体に電流を流しているのだ」

勇者「こんなもの……」グッ

魔王「我輩に逆らったり、無理にはずそうとしても電流は流れるぞ」

魔王「最悪の場合死に至る」

勇者「…………」ピタ
18 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/05(水) 23:03:11.59 ID:odg.zng0
なら期待、とがった言い方になっちゃっててごめんぬ
あれの続きあったのか、読んできます
19 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:06:19.96 ID:FUoQk8s0

勇者「……」ムクリ

勇者「……なんのつもりだ魔王」

魔王「実はな、お前に折り入って頼みがあるのだ」

勇者「……。ああん? 魔王の頼みなんざ――」

魔王「我輩の手下になってくれ」

勇者「……は?」

魔王「我輩の下につけと言っておるのだ」

勇者「……魔王の手下になれだぁ?」


勇者「――ふっざけんな!!」


魔王「おっと、口には気をつけろ」

勇者「あががry」ビリビリry
20 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:07:26.46 ID:FUoQk8s0

魔王「まあ、頼みとは言ったがお前の返事など必要ない。これは一種の命令なのだから」

勇者「ち、くしょ……」

魔王「勇者よ」

勇者「……」キッ!

魔王「我輩と一緒に世界を救ってくれ」

勇者「……は?」

魔王「我輩の名はニギという、お前の名は?」

勇者「え? は? 世界? 名前?」

魔王「お前の名前を聞かせてくれ」

勇者「……えーと」





勇者「……シェロだ」
21 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:09:04.56 ID:FUoQk8s0

title:魔王「我輩と一緒に世界を救ってくれ」




      ニアさいしょからはじめる ピッ
       つづきからはじめる




※パクリ元:魔術士オーフェン、やる夫が空を目指すようです
22 :以下、vipに代わりm…(ry [sage]:2010/05/05(水) 23:09:49.65 ID:uvMX4PI0
期待
23 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:11:30.48 ID:FUoQk8s0

<次の日.朝.魔王城.食堂>



 ガヤガヤ ガヤガヤ……


勇者「……」トテトテ

魔王「おお、シェロ、やっと起きてきたか。お前、意外にネボスケだな」

勇者「……」トス

魔王「さて、全員席に着いたことだし――」

魔王「いただきます!」

一同「いただきます!」

勇者「いただき、ます」
24 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:14:30.26 ID:FUoQk8s0

 カチャカチャ……


「それにしても、さすがは魔王様!」

「われわれでは歯が立たなかった勇者をいとも簡単に下すとは!」

「まことにあっぱれなり!」

魔王「うむ!」


勇者「くそ、好き勝手いいやがって」モグモグ

勇者(っていうか、魔物、結構生き残ってるのな。一掃したと思ったのに……)


魔王「皆のもの、聞いてくれ! 今日はすばらしい報せがある!」

魔王「我輩は昨日勇者と戦い、これを下し、手下とすることに成功した!」

魔王「よって我輩は今日、世界を救う旅に出ることと相成った!」


 ワ――――!


勇者「だから何なんだよ世界を救うって……。自分が諸悪の根源だって自覚がないのかっつーの」
25 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:15:13.54 ID:FUoQk8s0

魔王「シェロ! 前へ出て一言頼む!」

勇者「あん?」

側近「魔王様がお呼びだ、さっさと来い」グイ

勇者「お、おい、ちょっと待てって……」



魔王「ではどうぞ!」

勇者「……」




勇者「魔王のくそったれ」


勇者「あがry」ビリry


 ワハハハハ……


勇者(くそ、この首輪さえなけりゃ……)ボロ……
26 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:16:19.33 ID:FUoQk8s0

魔王「うむ、勇者らしく実に勇ましい一言であった!」

魔王「これから我輩と旅を共にする相棒かつ下僕だ! 皆のもの、盛大に送り出せ!」


 バンザーイ バンザーイ バンザーイ

  ムスコヲカエセー オットヲカエセー



勇者(さりげなく怨嗟の声も混じってやがる……)

魔王「皆のもの、感謝するぞ! それではかんぱーい!」


 カンパーイ!
27 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:17:45.87 ID:FUoQk8s0

<昼.魔王山.魔王城前>


魔王「それではいってくる。我輩が留守の間城のことはお前に任せた」

側近「ははっ!」

勇者「せいぜい下克上されないよう気を付けるんだな……」ボソ

魔王「何かいったか?」

勇者「別に」


「魔王様行ってらっしゃい!」

「無事に帰ってきてください!」

「ただし勇者、テメーはダメだ!」


勇者「うるせえなあ……」

魔王「皆のもの、元気でな!」
28 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/05(水) 23:18:11.70 ID:xa1zyAAO
なんだこの魔物たちの一体感
いいじゃないか
29 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:18:32.69 ID:FUoQk8s0

     ※


魔王「いやーいい天気だ」

勇者「なあ」

魔王「ほぼ半年引きこもっていたから空気が気持ちいい!」

勇者「なあって」

魔王「ヤッホー」ヤッホー

勇者「聞けって!」

魔王「なんだ我輩がお外を満喫しているときに……」

勇者「そろそろ教えてくれたっていいだろ。世界を救うって何だよ」

魔王「おお、そのことであるか」ポン
30 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/05(水) 23:19:19.27 ID:HHfdpzA0
おもしろい
31 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:19:29.94 ID:FUoQk8s0

魔王「とはいってもなあ、どこから説明したものか」

勇者「お前が諸悪の根源じゃねえのか?」

魔王「この善良な我輩が? それはないわー」ナイナイ

勇者「嘘つけ、みんな言ってるぞ! お前がいるから世界が平和にならないんだってな! 俺の村だって――」

魔王「みんな、とは誰であるか?」

勇者「みんなはみんなだ! はぐらかすつもりならいっそ腹を切って死ぬぞ!」

魔王「ちょ、待て待て、早まるな」




魔王「歩きながら話そう」

魔王「……そうだな、では我輩がなぜ悪名高いか知っておるか?」

勇者「魔物と人間、つまり王都との間に平和協定が結ばれた後もお前が侵略をやめないからだ」

魔王「ではなぜ侵略をやめないか知っておるか?」

勇者「そんなの決まってる! お前が私利私欲のために領土を増やしたいからだ!」
32 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:20:09.26 ID:FUoQk8s0

魔王「あー、なるほどなるほど。情報が隠蔽されているのだな。そこから誤解が生じているのか」

勇者「誤解だと?」

魔王「我輩は私利私欲のために侵略をしたことは一度もないぞ」

勇者「嘘だ!」

魔王「嘘ではない。我輩は世界を救うために戦っておるのだ」

勇者「どういう意味だ!?」

魔王「そう鼻息を荒くするでない。おかしいとは思わんのか?」

勇者「……何のことだ?」

魔王「平和協定を持ちかけたのはどちらであったかな」

勇者「……魔物のほうだ」
33 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:21:05.89 ID:FUoQk8s0

魔王「ほら。わざわざ自分らから持ちかけたものを反故にするか?」

勇者「それは……人間を油断させるため、だ」

魔王「では、平和協定が結ばれる前、圧倒的優勢であったのはどちらか」

勇者「それは……それも魔物の、ほうだ」

魔王「ほれみろ、油断させるまでもないであろう? 本当に私利私欲のためなら平和協定など結ばずに侵略してしまえばよかったのだ」

勇者「……なら、なんで」

魔王「それは……」




魔王「実のところ人間、というか王都が平和協定の『条件』を破っているからである」

勇者「条件、だと?」
34 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:22:28.23 ID:FUoQk8s0

魔王「話を変えようか」

勇者「やっぱりはぐらかすつもりか!?」

魔王「違う。これからする話も、お前が知りたがっていることと根底でつながっているのだ」

勇者「?」

魔王「シェロ、お前はこの世界が平和だと思うか?」

勇者「思わない。みんながお前に虐げられて苦しんでる」

魔王「……では救いがたい戦禍の中にあると」

勇者「それは……」
35 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:23:38.64 ID:FUoQk8s0

魔王「確かに魔物と人間の間で小規模の戦闘が起こっている。しかし、我輩にはこの世界が至極のほほんとして見えるのだ」

勇者「……」

魔王「この、戦禍の中にあると見えて実は平和な世の中はどのくらい続いている?」

勇者「? ……約六百年ほどだ」

魔王「ではその前は?」

勇者「……魔物、人間関係なくひどい戦争が頻発していたと聞く」

魔王「おかしいとは思わんか?」

勇者「なんの、ことだ?」
36 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:24:46.08 ID:FUoQk8s0

魔王「よく考えてみろ。平和というのはそんなに長く続くものではないのだ」

魔王「どんなに完璧に政を敷いても、平和を願う思いが強くても、端から綻びいつかは崩れる」

勇者「平和は、いいことだろうが……!」

魔王「我輩もその意見には賛成だ。問題はその不自然さにあるのだ」

魔王「もし――もしだぞ?――この平和が人工的なものであったらどうだ?」

勇者「人工的な、平和?」

魔王「そうだ。それなら我輩は納得できるのだ」
37 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:25:53.72 ID:FUoQk8s0

魔王「もし、という仮定の話ではあったが、前代魔王はその可能性を疑い当時の王都に詰め寄った」

魔王「王都側はそれを否定し、それをきっかけに魔物と人間の間に敵対関係が生じた」

勇者「……」

魔王「しかし、力の差は歴然としていた。そのころの人間にはろくな兵器もなく、魔物の力は単純に強力だったからな」

魔王「前代魔王は無駄な血を流すのを良しとしなかった。そこで平和協定を持ちかけた。その条件は――」

勇者「人工的な平和維持の、中止?」

魔王「そのとおり」

勇者「だが今もって一応の平和は続いている……」

魔王「それが、王都が平和協定の条件を破っているということである」
38 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:26:29.83 ID:FUoQk8s0

勇者「待て待て待て。さも当然のように人工的な平和維持と言っているが、そんなこと可能なのかよ!?」

魔王「可能である、と言ったら?」

勇者「……嘘だ」

魔王「我輩ら最上級の魔物の間には、『世界書』と呼ばれる魔術の禁書が伝えられている」

魔王「その最終頁。そこには世界を平和にする魔術と世界を破滅させる魔術が記されている。まあ、魔術とは言ってもすでに魔法の領域であると我輩は思うが」

勇者「二つの魔術?」

魔王「違うな。その魔術は表裏一体なのだ。平和が破滅を導き、破滅が平和を導く。それが――」

勇者「人工的な、平和維持……!」
39 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:27:47.50 ID:FUoQk8s0

魔王「わかったか? 王都はその魔術をどうやってか嗅ぎつけ、こうやって行使しているというわけだ」

勇者「……」

勇者「人工的だと、何か悪いのか?」

魔王「ん?」

勇者「古来より人間は自然の驚異にさらされてきた! それを制御し住みやすくするのは当然のことだ!」

魔王「風雨を防ぐために家を建て、荒れ狂う川を越えるために橋を架ける。お前の言うことにも一理あるな」

勇者「だったら……」

魔王「だが、人間よりはるかに大きな力を持つ魔物は経験として知っている」

魔王「行き過ぎた制御は破滅を導くとな」

勇者「……破滅って、なんだよ」

魔王「世界樹の木を知っているか?」

勇者「? ……知識としては」

魔王「秘境にある世界樹の木に数百年前、ヒビが入った」

勇者「……それが?」

魔王「おや、それは知らんのか? 世界樹の木はいわば世界そのもの。それにヒビが入るというのは世界が危機に瀕しているということだぞ。人工的平和維持という無理な力によってな」
40 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:29:10.50 ID:FUoQk8s0

魔王「それはまだ予兆だ。じきに本当の破滅が来る」

魔王「世界の秩序という秩序が崩れ落ち、生命という生命がその意味をなくすときが来る……」

勇者「……」



勇者「……証拠は?」

魔王「ん?」

勇者「王都が人工的な平和維持をしているって証拠があるのかよ?」

魔王「その魔術は契約の形式をとっている。ならば媒体が必要だ」

魔王「お前たちは特定の宗教を信仰していると聞く。心当たりはないか?」

勇者「……王都の中心、キムラック大神殿にご神体が安置されている……」

魔王「決まりだ。そのご神体とやらを媒介にして異世界と契約を結んでいるのだろう」

魔王「我輩もいまいち確信が持てなかったがこれではっきりした」

魔王「必ずや王都にたどり着き、その契約を破棄させようぞ」
41 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:30:49.29 ID:FUoQk8s0

勇者「……」

勇者「俺は……」

勇者「俺は、信じないからな。王都がそんなことをしているなんて信じない」

魔王「信じられないのも無理はない。だいぶ乱暴に説明した。だが信じられなかろうとなんだろうとお前に選択肢はない。王都までついてきてもらうからな」

勇者「く……」



魔王「お、説明しているうちにどうやら村が向こうに見えてきたようであるな」

勇者「……」

勇者「……魔王山から最も近い村、最接近領か……」
42 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:32:12.63 ID:FUoQk8s0

<最接近領>



勇者(ここは、最接近領)

勇者(王都の支配を受けず、領主による独自の政治を敷いている村だ)

勇者(俺が魔王城に挑戦する前に滞在したときも、普通では手に入らないような物品まで手に入った)

勇者(噂では魔物とのつながりもあるとかないとか)



勇者(……魔王の言っていたこと……世界の破滅……)

勇者(俺にはどうにも信じられない……。現実味がなさ過ぎる。俺を騙して何か企んでいるのか?)

勇者(とはいえ俺に選択権がないのも確か。まったくもって気にくわねえがここは素直にやつに従うしかないか……)チッ
43 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:34:00.35 ID:FUoQk8s0

勇者「……角生えてんだからフードはしっかりかぶっておけよ」

魔王「了解である」グイ

勇者「……さて、まずは武器屋に行って磨耗した武器の交換を――」

魔王「シェロ、あそこに行くぞ!」グイッ

勇者「お、おい、待てってどこに」

魔王「いいからいいから」グイグイ

勇者「ちょ、おい……!」ズルズル
44 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/05(水) 23:35:12.85 ID:FUoQk8s0

<酒場>



勇者「ちょっと待て! いきなり酒場って――」

魔王「マスター、ジョッキ二つ!」

マスター「あいよ」ドン

勇者「いらねえよ!」

魔王「ぷはー!」

勇者「飲むな!」

魔王「まあよいではないか。もう口を付けてしまったしな」

マスター「返品不可」

勇者「ぐ」

魔王「お前も飲め飲め! お前のおごりだから遠慮は無用だ!」

勇者「お前が遠慮しろ!」

マスター「店内での怒声はお控えくださいませ」
45 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:35:55.46 ID:FUoQk8s0

     ※


魔王「ゴッキュゴッキュ……」

勇者「……」チビチビ

魔王「ぷはー!」

勇者「……よし」

魔王「店員、ジョッキ追加!」

勇者「ちょっと待て! もう何十杯目だと思ってやがる!」

魔王「お前は今まで食べたパンの枚数を覚えているのか?」

勇者「黙れカリスマ吸血鬼。いいから出るぞ」グイ

魔王「待て。まだ追加分が残ってる」

勇者「はいはいキャンセルキャンセル」グイグイ

魔王「お前ケツの穴が小さすぎるぞ」

勇者「お前の遠慮がなさ過ぎるんだ!」
46 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:36:39.27 ID:FUoQk8s0

 ガシャーン!


「やんのかテメエ!」


勇者「あん?」
47 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:37:30.06 ID:FUoQk8s0

冒険者1「テメエ! さっきこっち見て笑っただろ!」

冒険者2「ああん? オメエだってこっちに唾吐きやがったよなあ!」

冒険者1「やるか!?」

冒険者2「望むところだこの野郎!」


 ――ボカ! バキ! ドゴ!


勇者「なんだ喧嘩か、生産性のないこった。……ん?」

魔王「酒場といえば喧嘩にドツキ合い! テンション上がってきたあ!」

勇者「……おい」

魔王「我輩も混ぜろー!」ダッ

勇者「やっぱりかー!」ダッ
48 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:39:21.71 ID:FUoQk8s0

 ワー! ヤレヤレー! ガシャーン! ドシャーン!


勇者「なんだか騒ぎが大きくなってきたな……。あいつは、と」

魔王「わははは!」ボカ! イテエ!

勇者「……あの野郎。おっと」パシ!

「俺のパンチを受け止めやがった!?」

勇者「るせえ! 雑魚は引っ込んでろ!」ゲシ!



魔王「わはは、わははははは!」ガラガラドカーン!

勇者「おい、もういいだろ! 出るぞ!」

魔王「おおシェロ! 今いいところなんだ! 邪魔するな!」ガハハ

勇者「馬鹿言ってねえで行くぞ!」グイ

魔王「おっと」ヨロ ハラリ……

勇者「あ」
49 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:40:36.75 ID:FUoQk8s0

「な、なんだあいつ、角が生えてるぞ!」

「ま、魔物だ! 魔物がいる!」

勇者「しまった!」

「いや、待てあいつは……」

勇者「……?」





「魔王だああああああああ!」





勇者「えええええええええ!?」

魔王「そんなに注目されると我輩、照れるわけだが」ポッ
50 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:41:59.97 ID:FUoQk8s0

勇者「何でお前、顔が割れてるんだよ!?」

魔王「そういえば以前、この村にお忍びでよく来ていたな」

勇者「顔が割れてるってことは全然忍べてねえじゃねえか!」

魔王「酔って暴れて出禁になったこともあった。あのとき暴露したのかもしれん」

勇者「んなアホな!」



「おい、隣のあいつも見たことあるぞ」

「誰だったかな……」
51 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:43:13.88 ID:FUoQk8s0

魔王「まあそうカリカリするなシェロ」

勇者「ばっ……名前!」



「シェロ……?」

「そうか思い出したぞ!」



「モグリ勇者の、シェロだああああああ!」



勇者「しまったああああああ!」
52 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:43:56.62 ID:FUoQk8s0

「シェロさん、サインくれよ!」

「お、俺にも!」


勇者「あわわ……」

魔王「人気者ではないか」ニヤニヤ

勇者「誰のせいだと……!」

魔王「主人である我輩だろう?」

勇者「ちょ、おま!」
53 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:44:53.92 ID:FUoQk8s0

「しゅ、主人?」

「魔王が、勇者の、主人?」

「勇者が、魔王の、手下?」

勇者「…………」




「勇者が寝返ったぞおおおおおお!」



勇者「うがああああああああ!!」
54 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:46:09.84 ID:FUoQk8s0

魔王「おやこれは困ったことになったな」

勇者「お前、わかっててやっているだろ!」

魔王「なんの話だ?」シラッ

勇者「お前ほんとは頭いいはずだろうが!」

魔王「はて……」

勇者「とぼけるなあ!」



「魔王と勇者を捕まえれば領主から賞金がでるらしいぞお!」



勇者「手配早っ!」

魔王「さあて、逃げるか」ダッ

勇者「ま、待てええええ!」ダッ


「追えー!」
55 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:47:13.61 ID:FUoQk8s0

     ※


 ドッチニイッタ! コッチニハイナイゾ! オレハアッチヲサガス!



「おい聞いたか? 裏切り者のモグリ勇者を捕まえたら十万ソケットがもらえるらしいぞ!」

「魔王もセットでさらに跳ね上がるらしいな!」

「こうしちゃいらんね、探すべ!」





?「……モグリ勇者?」
56 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:48:25.54 ID:FUoQk8s0

<夕方.郊外>



勇者「ゼイ ゼイ……」

魔王「ハア ハア……」

勇者「こ、ここまでくれば……」

魔王「大丈夫であろうな」



勇者「……こんの――」

勇者「お前、なんてことしてくれたんだ!」

魔王「はて、なんのことであろうか」

勇者「お前のせいで指名手配された、無駄に体力使った、武器防具をそろえられなかった!」

魔王「もう忘れた」

勇者「このスポンジ脳みそ!」
57 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:49:18.26 ID:FUoQk8s0

魔王「まあいいではないか。楽しかったし」

勇者「楽しかったのはお前だけだ!」

魔王「もういいだろうて。今夜は野宿だ、我輩は食べられそうなやつを狩ってくる。お前は火起こしでもしてるんだな」

勇者「あ、待て……」

勇者「……」

勇者「……」チッ
58 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:50:49.46 ID:FUoQk8s0

<夜.夕食.街道脇>



 パチパチ……ボッ……パチパチ……


勇者「……ムス」モグモグ

魔王「どうした勇者そんな不景気な顔をして」ムシャムシャ

勇者「……装備がマジでまずいから武器屋に行きたかったのに……」

魔王「……ふむ、なるほどな」

魔王「しかしお前の装備はともかく、我輩の装備は完璧であるぞ」

勇者「なんだと?」

魔王「ふふふ……」

魔王「見よ、これぞ何でも切り裂く剣と魔力増幅の指輪に並ぶ伝説の品!」

魔王「魔王の腹巻!」デデーン

勇者「……」ポカーン
59 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:51:57.44 ID:FUoQk8s0

魔王「何だその顔は」

勇者「え、お前ふざけてる? 怒るぞ? 俺怒るぞ?」

魔王「何を言う、由緒正しき魔王の腹巻にケチを付けるか。これは先々代魔王の代からの業物である」

勇者「……ほう」

魔王「そう、ざっと千年前!」

勇者「魔王の生命サイクル長。そんな昔から腹巻あったのかよ」

魔王「うむ、あった。魔王一族最初の防具である」

勇者「いや防具じゃねえだろ! 魔王どもは何考えてんだ!」
60 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:53:17.96 ID:FUoQk8s0

魔王「む? そうは言うがな、お前たち人間の防具などただのお好み焼きの鉄板ではないか」

勇者「鉄板言うな!」

魔王「その点この腹巻はいいぞ。刃は通さんし魔術はカットだし、腹痛もキャンセルだ!」

勇者「何気にすげえけど最後のはいらん」

魔王「どうだ腹巻のすごさ、思い知ったか」

勇者「……はいはい」

魔王「なら最初の火の番はお前な。我輩はもう寝る」ゴロン

勇者「ちょっと待てよ」

魔王「zzz……」

勇者「いや待て、寝つき良すぎだろ。のび太くんか」

勇者「まったく、先が思いやられる……」
61 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/05(水) 23:54:20.23 ID:FUoQk8s0

<???>



「勇者が魔王の手下に……」

??「困ったことになったね」

「魔王は契約破棄が狙いだ。おそらく勇者とともに王都に乗り込んでくるつもりだろう……」

??「なにそれ、面白そう!」

「お前にも働いてもらうぞ」

??「そんな面白そうなこと俺が見逃すはずないじゃん」

「では、いつでも出れるよう準備しておけ」

??「うーす」
62 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/05(水) 23:57:14.41 ID:wrTRVj.o
ああ続編やるのか
期待
63 :アナウンス [saga sage]:2010/05/06(木) 00:00:17.53 ID:4FqPNWs0
・中断。続きは日曜日
・当ssは以前VIPに投下したもの。勘違いした人には申し訳ない。以後注意書きに気をつける
64 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/06(木) 01:00:35.99 ID:2QYT0aw0
なにこれ続きかよ
過去ログとかURL貼れよ





貼ってくださいすげぇ読みたいれすOTL
65 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/06(木) 01:17:16.94 ID:FzeNZdo0
ttp://nanabatu.web.fc2.com/new_genre/Orphen.html
66 :アナウンス [sage]:2010/05/06(木) 01:20:16.60 ID:4FqPNWs0
・言葉足らずで申し訳ない
・当シリーズは以前VIPに投下したもの
魔王「我輩と一緒に世界を救ってくれ」
 ↓
勇者「観光地から出れなくなった」女魔術士「困ったわね」
 ↓
女魔術士「魔王探し?」
と続く
・これから一週間に一回ペースで投下し、とりあえず今まで書いた分の最後まで持っていく
・そこから更に続きを書く
・今まで書いた分を先取りしたい人は>>65まで
67 :アナウンス [sage]:2010/05/06(木) 07:31:19.42 ID:4FqPNWs0
・あ。あと>>65、ありがとう
68 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/06(木) 18:06:06.16 ID:azfJDNko
じゃあ今の段階は書き直してるだけか
69 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/06(木) 21:32:48.46 ID:NDXMubso
観光地だけ途中まで見てたんだよな。
気になってたからここで再会できるとはついてる。
70 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/06(木) 23:33:13.98 ID:dCCXjEEo
待ってるぜ
71 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/07(金) 02:24:30.69 ID:WlXGOmco
久しぶりだな
待ってたぜ
72 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/07(金) 12:46:06.40 ID:VamG/sDO
魔王の迷子っぷりもアフターでかいたりしないかの?
73 :アナウンス [sage]:2010/05/07(金) 18:45:23.58 ID:ZXcfCSM0
・投下予定変更案内
・週一ペースで投下→週二ペースで投下
・火曜日と土曜日
・夜十時
・よって次回の投下は明日の夜十時
>>72 つ「魔王のまどろみ」 申し訳ないがこれ以上のクオリティーは出せない
74 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/08(土) 05:40:24.46 ID:IGk6vcDO
>>73
迷子っぷりも書いていたのか読んでくるぜ
75 :アナウンス [sage]:2010/05/08(土) 07:34:53.82 ID:wzWkYjg0
>>74 ポエム(笑)調注意。もう遅いだろうけど
76 :アナウンス [sage]:2010/05/08(土) 21:59:14.29 ID:wzWkYjg0
・今更ながら注意事項
・当ssは魔術士オーフェンのパクリもの。半分二次創作。あまりいないと思うけど、これからオーフェンを読むという人は一応ネタバレ注意
77 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:00:22.60 ID:wzWkYjg0

<四日後.昼.山道>



魔王「……」ザッ ザッ

勇者「……」ザッ ザッ



勇者(あれから四日。今のところは追手の類の気配はないな)

勇者(もっとも勇者と魔王のパーティーだ。そう簡単に捕まることもないだろうが……)



魔王「なあ、シェロ」

勇者「険しい山道じゃあ、口を利きたくないもんだな」

魔王「まあそう言わずに。前から気になっていたことがあるのだ」

勇者「……んだよ」

魔王「お前、もしかしてボッチというやつなのか?」

勇者「は?」
78 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:03:57.74 ID:wzWkYjg0

魔王「いや、そんな怖い顔をするな。深い意味はない」

魔王「だが我輩の疑問も当然と思ってほしい。実際お前は我輩の城に一人できたではないか」

魔王「過去に我輩に挑んできた勇者たちはみんな例外なく仲間を連れていたぞ」

魔王「中には一万とんで二名の大軍で挑んできた外道勇者――いやあの場合は王が外道なのか?――もおった」

魔王「だがお前は一人だった」

魔王「絶対の自信があったのか、それとも人望がなかったのか」

魔王「我輩それが地味に気になる」

勇者「…………」

魔王「おや、だんまりか」
79 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:09:04.80 ID:wzWkYjg0

勇者「……俺は非公式の、いわばモグリの勇者だからな」

魔王「モグリ? そういえばモグリ勇者とか呼ばれていたな」

勇者(……)

勇者「……やっぱりやめよう、この話は」

魔王「やっぱりボッチか」

勇者「ちがわぁ!」

魔王「では仲間がいたのであろうな?」

勇者「……。一人、いた」

魔王「ではなぜ我輩との戦いにつれてこなかった。仲間割れか?」

勇者「それは……」

魔王「もしやその一人、あの時言っていたハルとか言う――」



魔王・勇者「――!」ピク!
80 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:10:08.47 ID:wzWkYjg0

魔王「シェロ」

勇者「ああ、囲まれた……」


 ガサガサ ガサガサ


山賊s「……」ヌッ

勇者(1、2……11人。得物は、棍棒か)

魔王「我輩らに何か用であろうか」

勇者「こんな見るからに山賊のやつらの用件なんて決まってるだろ」

魔王「我輩、見ず知らずの人から告白なんて、ちょっと……」モジモジ

勇者「違うわ!」



山賊頭「勇者と、魔王だな」

魔王・勇者「!」

勇者「なぜ、知っている?」

魔王「馬鹿、シェロ、自分から認めてどうする」
81 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:13:57.99 ID:wzWkYjg0

山賊頭「やはりあの方の言ったとおりだ……」

勇者「あの方……?」



?「そこまでよ、観念なさい!」バッ



魔王「なんだ?」

勇者「この声!」



女魔術士「……」スタ!

女魔術士「やっと見つけたわよ、シェロ!」ビシイ!

山賊s「新お頭!」



勇者「ハル!」

魔王「ほう、あのおなごが例の」
82 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:15:18.56 ID:wzWkYjg0

女魔術士「あんたたちは下がっていなさい」

山賊s「へい」ススス……

女魔術士「さて……」

女魔術士「最接近領で勇者が云々聞こえたからまさかとは思ったけど、本当に会えるとはね。網を張ってた甲斐があったわ!」

勇者「お前も最接近領にいたのか?」

女魔術士「いちゃ悪い?」

勇者「いやあんなことがあったし、お前は来てないもんだと……」

女魔術士「そうね、そんなこともあったわね……」ゴゴゴ……

魔王「何の話だ? 我輩ちぃっとも話が読めんのだが。もっとkwsk」

勇者「お前は知らんくてもいい」

女魔術士「そいつ、浮気しやがったのよ!」

勇者「ちょっ、待てよ!」

魔王「構わん続けろ」
83 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:16:43.15 ID:wzWkYjg0

女魔術士「わたしというものがありながら……」ゴゴゴ……

勇者「あれは何度も言ったように誤解だって!」

女魔術士「何が誤解よ!」

勇者「それに俺とお前はもともとそんな関係じゃなかっただろ!」

女魔術士「うっ……」

女魔術士「……そ、そういうのは風紀の問題よ! だらしがないのが一人でもいたらパーティーの足並みがそろわないでしょ!」

勇者「さも大勢だったかのように言ってるが、俺とお前だけのパーティーで足並みもくそもあるか!」

魔王「wktkwktk」
84 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/08(土) 22:18:21.74 ID:wzWkYjg0

女魔術士「まあとにかく、それでも許してあげないこともないって思い直して追ってきてみたら、なんか賞金首になってるし」

女魔術士「知ってる? あんたたちもう最接近領だけじゃなくて王都からも、ひいては世界中からも指名手配されてるんだから!」

勇者「げっ!」

魔王「ほほう」

勇者「どうすんだよ! お前のせいで旅が無駄に困難になったぞ!」

魔王「どうせ我輩とお前のコンビでは楽勝の旅であった。いまさら難易度が少し上がったところで大差あるまい」

勇者「ありありじゃボケが!」
85 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:22:03.64 ID:wzWkYjg0

女魔術士「シェロ!」

勇者「あん?」

女魔術士「おとなしくわたしに捕まりなさい!」

勇者「……お前も賞金に目が眩んだか」

女魔術士「馬鹿にしないで。わたしはあなたを助けてあげようってのよ」

勇者「どういうことだ?」

女魔術士「わたしがズタズタに更生させてあげる……!」ギラギラ

勇者「空恐ろしい!」

女魔術士「そしてわたしと一緒に世界の果てまで逃げるのよ……!」

魔王「おや、遠まわしなプロポーズではないか。どうするシェロ?」

勇者「なんか怖いからいやだ!」
86 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:24:43.36 ID:wzWkYjg0

女魔術士「……なら仕方ないわね。あんたたち!」

山賊s「へい!」ザッ

女魔術士「あいつらを捕まえなさい!」

山賊s「合点承知!」ダッ

勇者「来るぞ!」スチャ

魔王「いい加減痴話喧嘩にも飽きてきたころだ。ちょうどよかろう」
87 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:25:59.09 ID:wzWkYjg0

山賊s「てりゃあ!」


 ブン! ブン!


勇者「おっと!」キン  魔王「ふむ」パシ

山賊1「野郎!」タックル

勇者「捕まるか!」ヨケ!



勇者「やっぱりこいつら数だけだ! うまく立ち回ればたいしたことねえぞ!」

魔王「同感である」

女魔術士「“赤の刺激!”」ボッ

勇者「おあっちぃ!」ボボボ!

魔王「援護射撃か。あっちは少々厄介ではあるな」

勇者「消えろ消えろ!」バタバタ
88 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:27:18.58 ID:wzWkYjg0

魔王「シェロ、この山賊どもを頼めないか? 我輩はあのおなごを制する」

勇者「任せて、いいのか?」

魔王「どうせお前はあのおなごとは戦えまい」

勇者「わかってるじゃねえか……! でも手加減しろよ?」

魔王「幾人もの勇者を教会送りにした手加減力、甘く見てもらっては困る」

魔王「では、行くぞ」バッ

勇者「応!」バッ



山賊頭「二手に分かれたぞ! 魔王は新お頭に任せて、我らは勇者を叩けー!」

勇者「思惑通りで助かるね」スタ
89 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:29:58.92 ID:wzWkYjg0

魔王「……」スタ

女魔術士「わたしの相手はあんたってわけ?」

魔王「うむ。弱そうな相手で甚だ不服ではあるが」

女魔術士「言ってくれるじゃない……!」

女魔術士「でも、ちょうどいいわ。あんたには聞きたいことがあったんだから」

魔王「はて、なんであろうか」

女魔術士「あんたが魔王らしいわね? 何であんたが勇者であるシェロと一緒にいるの?」

魔王「シェロは我輩の手下になったのだ」

女魔術士「は?」

魔王「二人で世界を救うのだ」

女魔術士「……本気で言ってる?」

魔王「えらくマジだ」

女魔術士「いいわ、わたしが勝ったら本当のことゲロってもらうからね」

魔王「我輩、嘘はついとらんわけだが」

女魔術士「はいはい。行くわよ!」
90 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:30:53.19 ID:wzWkYjg0

     ※


山賊2「食らえ!」ブン!

勇者「ほい!」カキン! ゲシ! 山賊2「ぐは!」ドサ!

山賊3「後ろだ!」ビュッ!

勇者「おっと」サッ ボカ! 山賊3「が……!」バタ!



勇者「おらおらどうした!? そんなんじゃこの勇者様は仕留めらんないぜ!」



山賊頭「落ち着け! まずはあいつを囲むんだ!」


 ザザザザ……


山賊頭「それからいっせいに叩けえ!」


 ブブブブブブブン!
91 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:31:40.65 ID:wzWkYjg0

 キキキキキキキン!


勇者「ハッ! 見たか!」

山賊頭「馬鹿な! 剣一本ですべて受け止められるはずが……」

勇者「離れろ下郎ども!」ブオン!

山賊s「うおおお!?」ヒュー ドサドサドサ……



勇者「そろそろ終わらせるぞ。覚悟はできたか!?」

山賊頭「ぐ……」

勇者「“我は駆ける天の銀嶺!”」バッ! ……フワ

山賊頭「跳んだ! 高い!」

勇者「うおおおおおおお!」ヒューン


勇者「落ちろ! “破裂の姉妹!”」パァーン!

山賊s「ぐわあああああ!」バタバタバタ……
92 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:32:36.14 ID:wzWkYjg0

山賊頭「ぐ……鼓膜が……」ピクピク

勇者「これでチェックメイトだ」スチャ!

勇者「聞こえちゃいないだろうがな、ハッ!」



     ※



魔王「おや、あちらは終わったようであるな」

女魔術士「余所見をしてていいのかしら!? “赤の刺激!”」ボッ!

魔王「“盾よ”」キ――バキン!

魔王「痛――っ」

魔王「なるほど、魔女っ子なだけあって単純な魔術の威力はシェロより上か」

女魔術士「なめてると痛い目見るわよ!」
93 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:33:25.92 ID:wzWkYjg0

魔王「ではこちらも。“光よ”」ボッ!

女魔術士「“銀の城壁!”」キン

女魔術士「魔王って言ってもたいしたことないのね!」

魔王「“光よ”」ボッ

女魔術士「“銀の城壁!”」バギン!

女魔術士「――いったあ! な、なんで!?」

魔王「現役魔王をあまりなめるなということだ」ブオン……

女魔術士(剣が現れた……?)

魔王「では、行くぞ」ダッ
94 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:35:02.30 ID:wzWkYjg0

女魔術士(近づかれてはまずいわ!)

女魔術士「止まって! “青の衝撃!”」バリバリバリ……

魔王「“盾よ”」キキン!

女魔術士「(止まらない!) “紅の疾風!”」ボッ ヒュンヒュンヒュン!


 ドカァーン!


女魔術士「当たった!」


 モクモク……ブワッ


魔王「まだだ――」

女魔術士「!」

魔王「ふん!」ブン!

女魔術士「くっ」ガキン!

魔王「ほう、杖で受け止めたか」
95 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:36:04.98 ID:wzWkYjg0

女魔術士「なんで!? なんで無事なの!?」グググ……

魔王「魔物の丈夫な身体、加えて魔王の腹巻の効果によるものである」グググ……

女魔術士「聞いてないわ、そんなの!」

魔王「言ってないからな。さて踏み込んだぞ。ここからどうする?」

女魔術士「くぅっ!」バックステップ

魔王「後ろに下がっても詰められるだけだぞ?」ダッ


 キン! キン! カキン! キン!


魔王「ほうほう、杖で器用にいなす」シュッ

女魔術士「余裕こいてるんじゃないわよ!」キン!

魔王「しかし守りに徹していては我輩を倒せんな」ブン!

女魔術士「……っ」カン!
96 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:37:33.81 ID:wzWkYjg0

女魔術士「“赤の――」

魔王「うつけが!」ガシ ポーイ!

女魔術士「きゃあああああああ!?」ヒュー


 ドガアッ! ――ズルズル……


女魔術士「か、はっ……」

魔王「あんな近距離で魔術に頼るからだ愚か者」ツカツカ

魔王「これでジ・エンドであるな」スチャ
97 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:38:23.72 ID:wzWkYjg0

勇者「そっちも終わったか。こっちは今、山賊全員を縛り上げたところだ」

魔王「ご苦労だ、シェロ」

女魔術士「ぅ……」

勇者「ハル……」

勇者「……魔王、そいつ、どうする?」

魔王「なかなか使えそうだし、呪いの首輪で手下にしてしまおうと思う」

女魔術士「……何ですって? どういうこと?」

勇者「その首輪をはめられると魔王に逆らえなくなるんだ」

女魔術士「まさか、あなた……」

勇者「そのとおり、俺もその首輪をはめられてる」

女魔術士「じゃあ、手下って言っても本当の意味で魔王に寝返ったわけじゃないのね?」

勇者「ったりめえだ! 誰が好んでこんなやつの手下に!」

女魔術士「よかった……」

勇者「あん?」
98 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:40:33.33 ID:wzWkYjg0

魔王「話し込んでいる最中すまないが、首輪を付けさせてもらうぞ」

女魔術士「お断りよ! 誰があんたの手下になんか!」

女魔術士「シェロ、あなたはわたしが絶対助けるわ! 待ってて!」

女魔術士「“鈍の扉!”」ピシューン!

魔王「空間転移……。 逃げられたか」

勇者「ハル…………」



勇者(助ける、か)

勇者(俺は……)

勇者(……)
99 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:41:17.37 ID:wzWkYjg0

勇者「……よし、約一名逃がしちまったけど、片付いたってことでとっとと行くなら行こうぜ」

魔王「ちょっと待て、山賊に用がある」

勇者「ん?」

魔王「おいお前」

山賊頭「?」

勇者「そいつ鼓膜がやられてるからたぶん聞こえてないぞ」

魔王「仕方ない、“治れ”」ホワホワホワ……

魔王「では改めて。おいお前」

山賊頭「……なんだ?」

魔王「あのおなごはもともとお前たちの仲間ではないな? なぜ味方していた」

山賊頭「……手伝わなければ命はないと脅されて」

魔王「つまりお前たち、あのおなごに負けたのか。いやはや情けない」

山賊頭「う、うるさい!」
100 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/08(土) 22:41:56.11 ID:.inmC2SO
うおおこれ前に見たわ
まさか続きが読めるなんて
期待
101 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:43:35.90 ID:wzWkYjg0

魔王「まあよいわ。では次の質問だ。お前たちこの稼業は長いのか?」

山賊頭「? まあな。かれこれ十年ほどになるか」

魔王「ではよそ様から奪った金はだいぶたまっているのだろうなあ……」ニヤ

山賊頭「おい、まさか……」

魔王「では最後に命令だ。その金を全部我輩に献上しろ。さもなくばお前の仲間を順番に千の風にしていくぞ」

山賊頭「てめえ……!」

勇者「……鬼だ」

魔王「おや、態度が悪いな。ではどいつからにするか……」

山賊頭「く……」

魔王「どの部位から吹き飛ばそうかなあ。手かな? 足かな?」

山賊頭「わ、わかった! すべてやるから勘弁してくれ!」

魔王「それでいい」

勇者「……はぁ」
102 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:46:10.98 ID:wzWkYjg0

     ※


魔王「懐あったかあったか」

勇者「……」

魔王「なんだその顔は。我輩は路銀が尽きそうだったから仕方なくだな」

勇者「いやまだなにも買ってねえだろ。魔物側はそんなに金がねえのか?」

魔王「正直に白状すると我輩の代に入ってからは財政は傾いていたのだ」

勇者「お前がトップならわかる気がする」

魔王「原因は不明なのだが、心無い国民は国を挙げての祭りを年に三十回やったからだと言う」

勇者「明らかにそれが原因だろ! このお祭り好きが!」

魔王「365日中200日がお祭りであればよいと思う」

勇者「バランス考えろ!」

魔王「お祭りの国に行きたい……」
103 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:47:37.27 ID:wzWkYjg0

魔王「ところで話は変わるがシェロよ」

勇者「ああ?」

魔王「お前、浮気したのか?」

勇者「ブーッ!!」

魔王「なんだ汚い……」

勇者「あ、あの話か。忘れろよもう……」

魔王「我輩気になることはすべて記憶しておる」

魔王「実際のところどうなのだ? 浮気したのか? してないのか?」

勇者「……してねーよ」

魔王「それはもともと付き合ってなかったから、ということか?」

勇者「ちげーよ。本来的な意味合いでも浮気したわけじゃねえ」

魔王「ふむ、ではどうしてあのようなことに?」

勇者「……どこから話したものか……」
104 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:49:16.58 ID:wzWkYjg0

勇者「ええと……一緒に旅をしていてある村に立ち寄った時のことだ。ハルと飯屋に入った」

魔王「ほほう?」

勇者「そこでおれはその……」

魔王「ふむ?」

勇者「……ハルに告白して、正式に交際を申し込むつもりだった」

魔王「ほほう!」

勇者「本当はお前を倒してすべてが終わった後と思ったんだが、どうしても我慢できなかったんだな」

勇者「それで、俺はガラにもなく緊張して、酒のペースが早くなってたんだろう」

勇者「ハルがトイレに立ったところまで覚えてる。そこから記憶は途切れて――」

勇者「気づいたら宿屋で知らないやつと一緒に寝てた」

魔王「それはそれは」
105 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:50:32.68 ID:wzWkYjg0

勇者「ハルのやつ、付き合ってるわけでもないのにものっそ怒り狂って、何にもしてないって言っても信じちゃくれない」

魔王「本当に何もしなかったのか?」

勇者「神に誓ってもいい! 俺は! 何も! しなかった!」

魔王「どうだか」ニヤニヤ

勇者「というか何かできるわけがない。だってそいつ――」





勇者「男の娘だったもの」

魔王「キタ――――――ッ!」

勇者「来てねえ! まぁったく来てねえ!」
106 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:51:45.16 ID:wzWkYjg0

勇者「……そいつ、店で俺に一目ぼれして隙を見てさらったんだと」

魔王「豪快だな」

勇者「まったくだ。それでもハルは信じちゃくれない」

勇者「まああの野郎見た目はほんとに美少女だったからな」

魔王「ハッハッハッハ、愉快愉快!」

勇者「ああ、笑え笑え……。自分でも笑えるから」

勇者「それで、ハルとはその村でオジャンになった」

魔王「それっきりか?」

勇者「それっきりだ」
107 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:52:33.15 ID:wzWkYjg0

魔王「しかし、ああ面白い。お前あんなガサツそうなおなごに惚れたのか!」

勇者「うるせえ、惚れたが悪いか」

魔王「あのようなおなご、我輩の妻に比べれば小物よ」

勇者「お前既婚者だったのかよ。畜生もげろ」

魔王「我輩の妻はよいぞ。器量よし、性格よし、頭よしの三拍子そろったスーパー良妻だ」

勇者「それはよかったな、さっさと黙れ」

魔王「ひとつ不満があるとすれば」

勇者「?」

魔王「料理が壊滅的に下手ということか」

勇者「……例えば?」

魔王「頬が落ちた」

勇者「はぁ?」

魔王「頬が落ちた。物理的に」

勇者「……ああ、なるほど」
108 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:54:18.47 ID:wzWkYjg0

魔王「さて我輩と妻の馴れ初めを聞きたいか? そうか聞きたいか、仕方ないから特別に話してやろう」

勇者「いいから早く黙れ」

魔王「あれは我輩が地獄にある血の池のほとりを歩いておったときのことであった」

魔王「散歩にはちょうどいい暑さでな、ずーっと歩いていくと生えとる生えとる。地獄の睡蓮、地獄のやしの木、地獄のマングローブ、そして池から脚」

勇者「脚?」

魔王「そうだ脚だ。何だろうかなーと思って近づいた。その次の瞬間我輩は天使と対面しておった」

勇者「地獄なのにか?」

魔王「うむ、地獄のシンクロナイズド天使だ。我輩はすぐさまプロポーズをし、快く膝蹴りを貰った」

勇者「振られてんじゃねーか」

魔王「まあその後紆余曲折を経て、今の我輩のらぶらぶらいふがあるというわけだ」

勇者「…………」
109 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:55:13.96 ID:wzWkYjg0

魔王「なんだその顔は。そうか羨ましいか。羨ましいんだろう」

勇者「はいはい」

魔王「やーい、この浮気野郎」

勇者「黙れ!」

魔王「大体お前が情けないからあのようなおなご一人モノにできんのだ!」

勇者「ぐ……!」

魔王「そこでだ、我輩がお前のような童貞のためにおなごを落とすためのアドバイスをしてやろう」

勇者「結構だ。あと童貞言うな」

魔王「いいから聞いておけ」

魔王「――おなごを落とすための極意その一ィィ!」





魔王「膝蹴り貰い」

勇者「お前の失敗パターンじゃねえか!」
110 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:55:49.28 ID:wzWkYjg0

魔王「いやまあ最終的に夫婦となれるのだからよいではないかよいではないか」

魔王「それとも膝蹴りごときが怖いとぬかすかこの、童貞が」

勇者「ちげーよ! あと童貞はやめろ!」





魔王「……ふむ、そんなこんなやっているうちに次の村に着いたようであるな」
111 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:57:05.08 ID:wzWkYjg0

<夕方.山村>



勇者「さーて村に着いたし今度こそ武器屋に……」

魔王「飲むぞー!」ダッ

勇者「待てい!」グワシ!

魔王「放せシェロ! 我輩は命の補給に行くのだ!」

勇者「馬鹿言え! 今度こそ武器屋だ! 大体昼間の先頭で俺の武器がついにおシャカ寸前になったんだ。お前だって同じじゃないのか?」

魔王「我輩の武器はイキがいいから」

勇者「ふざけろ! 無理やりにでも連れて行くからな!」グイグイ

魔王「あ〜」ズルズル
112 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 22:58:29.18 ID:wzWkYjg0

魔王「それよりシェロ、気づいているか?」ズルズル

勇者「ん?」グイグイ

魔王「なにやら……ピリピリする」ズルズル

勇者「そうだな……今夜あたりなんかあるかもな」グイグイ

魔王「なんだ、気づいておったのか」ズルズル

勇者「だからこそ武器を揃えておきたいんだよ」グイグイ

魔王「だからこそ飲めるうちに飲んでおくのではないのか?」

勇者「おのれはああああ!」
113 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:00:40.30 ID:wzWkYjg0

<夜中.山村.宿屋>


 ホーゥ ホーゥ……


魔王「……来るな」

勇者「気のせいだったらいいんだけどな。出よう」


 キィィ―― バタン……


魔王「……」

勇者「……」

魔王「……ふわぁ」

勇者「……もうちょっと緊張感持てよ」

魔王「いやだって我輩、すでに気のせいな気がしてきたもん」

勇者「断ずるには早いだろう……」



勇者・魔王「――!」
114 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:01:28.32 ID:wzWkYjg0

 ピシュン ピシュン ピシュン


勇者(空間転移! 前方に三体!)

勇者「なんだやつらは?」


?「キー!」ブヨブヨ


魔王「王都からの刺客、であろうな」


刺客s「キキー!」ブヨブヨ


勇者「なんなんだ? スライムの一種か?」

魔王「スライムだったら我輩に敵意を向けるわけがあるまい。あれはもっと違うものだ」
115 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:02:27.15 ID:wzWkYjg0

勇者「なんだかわからねえが、先手必勝!」ダンッ ブン!

刺客1「キー!」ブニョン!

勇者「刃が通らない!?」

魔王「! ――シェロ、離れろ!」


刺客1「キキキー!」シュバババババ!


勇者「うわわ!」バックステップ


勇者「針!?」

魔王「ふむ、どうやらやつら攻撃時には身体を硬化させることができるらしいな」
116 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:03:40.59 ID:wzWkYjg0

勇者「く……“我は放つ光の白刃!”」ドッ!


 ドゴォォ!


刺客s「キキー!」ピンピン!

勇者「魔術も効かねえのか!?」

魔王「シェロ、聞け。そいつはどうやら魔術で生み出された人工生物のようだ」

勇者「何?」

魔王「『世界書』のことは前にも話したな?」

勇者「魔術の、禁書だったか?」

魔王「そうだ、その第十四頁。そこに人工生物の作り方と性質が書いてある」

魔王「そいつらの特性は、その記述と合致する」

勇者「ってことは……」

魔王「ああ、またひとつ王都が『世界書』の内容を把握しているという確証が得られたな」

勇者「……」
117 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:04:37.94 ID:wzWkYjg0

勇者(王都は本当に人工的平和維持をしている? 馬鹿な……)

勇者(しかし――)

刺客2「キ!」シュッ!

勇者「くっ」キン!

勇者「とにかくまずこいつらを始末しなくけりゃ話は進まねえ……!」

勇者「おい魔王! 『世界書』とやらの内容を知ってるってことは、こいつらの弱点も把握してるってことだよな! 早く教えやがれ!」

魔王「…………」

勇者「おい!」

魔王「……ド忘れした」

勇者「はぁ!?」


刺客s「キキー!」ブワワ!


勇者「うわ! 来たぞ!」

魔王「ひとまず逃げよう」ダッ

勇者「ちょ、待てって!」ダッ
118 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:05:29.99 ID:wzWkYjg0

<村の外>


 タッタッタッタッタ……


刺客s「キキー!」

魔王「空中に浮遊しているだけあってさすがに速いな」

勇者「魔王、まだ思い出せないのか!?」

魔王「ちょっと待ってろ。光? 熱? いや、あの日の思い出……は一番関係ないからして……」ブツブツ

勇者「……チッ」クル

刺客s「キキキー!」ブワワ!

勇者「ここまでくれば大丈夫だろ、食らえ“我は砕く原始の静寂!”」ゴッ!


 ドゴォォォォッ!

119 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:06:10.71 ID:wzWkYjg0

勇者「空間爆砕だ! 効いたか!?」


刺客s「キ、キー!」フラ


魔王「多少ふらついとるが大きなダメージではないようだな」

勇者「ちっくしょう!」
120 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:07:07.51 ID:wzWkYjg0

刺客3「キ!」ビシュッ

勇者「また針かっ……」バックステ――グニュ!

勇者「え?」

魔王「背中!」


刺客2「キキー!」シュッ!


 ドスッ!


勇者「が!」

勇者(は、腹に貫通した……)

魔王「吹き飛べ! “風よ!”」ビュオォォ!

刺客2「キ……」ヒューン

魔王「シェロ! 大丈夫か!?」

勇者「く……“我は癒す斜陽の傷痕”……」ホワホワホワ……

魔王「やつらが空間転移できることを忘れるな!」
121 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:08:03.53 ID:wzWkYjg0

勇者「……魔王! 早く思い出しやがれ! さもないとここで終わるぞ!」

魔王「わかっておるわ!」


刺客s「キキキキー!」ブチョン ブチョン ブチョン


勇者(なんだ? 刺客どもがひとつに集まり始めた?)


キング刺客「ギギー!」


勇者「巨大化した!?」
122 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:08:46.07 ID:wzWkYjg0

キング刺客「ギギ……」ガキガキガキン!


勇者「槍!?」


キング刺客「ギギギギ……」ググ……

キング刺客「ギー!」――ビュン!


勇者「まずい! 魔王、そっちに行ったぞ!」

魔王「弱点……弱点……」

勇者「避けろ、魔王――!」



魔王「あ、思い出した」



魔王「“氷河よ!”」ビュオォォォオオ!

キング刺客「ギ……」カキコキコキン!

勇者「刺客が、固まった!?」
123 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:09:47.26 ID:wzWkYjg0

魔王「考えてみれば当然のことであった。この手の化け物は縦横の繊維を持っていて打撃斬撃熱衝撃波には強いが、強制硬化にはめっぽう弱いのであったな」

魔王「どこぞのエロゲもそう言っていた」



勇者「うおおおおおおおお!」シュッ ガキン!


 ガラガラガラガラ……


勇者「か、勝った……!」

魔王「うむ、我らの勝利だな」
124 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:11:24.80 ID:wzWkYjg0

勇者「……」

魔王「なんだ? なぜそんな渋面をしている?」

勇者「いやだってお前が早く思い出してれば死にそうな目にはあわなかったし」

魔王「細かいことは気にするな、誰のおかげで勝てたと思っている」

勇者「それはそうだが……納得いかん」

魔王「あまりぐだぐだ言っていると電撃かますぞ?」

勇者「あー、はいはい飲み込みますよ、はい」

魔王「うむ。おや?」

勇者「?」

魔王「月が綺麗であるなあ……」

勇者「……はぁ」
125 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/08(土) 23:12:02.08 ID:wzWkYjg0



女魔術士「……」

女魔術士「“鈍の扉”」ピシュン……


126 :アナウンス [sage]:2010/05/08(土) 23:15:58.64 ID:wzWkYjg0
・ここまで。次回は来週の火曜日夜十時

PS.サルさんがいない。落ちないから夜寝られる。ここは天国か
127 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/09(日) 03:35:37.43 ID:1p.jNQ6o
そして支援しなくてもいい、つまり人が居るのか居ないのかはっきり分からない
俺は昔から支援してるけどな! 乙
128 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/09(日) 16:15:24.65 ID:Z6U52uU0
ROM人数は書き込んでる数の10倍はいるだろ
129 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/09(日) 20:48:04.84 ID:llN9OcYo
レスが一つあったら10人ROMってると思え
ってなわけで乙
130 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/09(日) 21:06:01.16 ID:E7LLM4wo
だな
131 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/11(火) 12:23:34.71 ID:eMOxWQU0
火曜だ
132 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:01:00.48 ID:qeC.XqQ0

<三日後.昼.街道>



魔王「さて、そろそろ次の街に着くな」

勇者「行きと違ってずいぶん早かったな。まあ、魔王がいるせいで魔物が襲い掛かってこないから当然といえば当然か」

魔王「次は海沿いの街だな?」

勇者「ああ。主に漁業と海運業で食っているところだ」

魔王「ということは海を渡るのか?」

勇者「陸路でもいけるが、海路のほうが早いからな」

魔王「なるほど。世界の破滅がいつ来るかわからない今、時間はできるだけ節約したい」

勇者「そうだろうが……問題は俺たちがお尋ね者だってことだ」

魔王「つまり正規のルートは駄目ということか。まあ当然ではあるが」

勇者「必然的に密航ということになるが、乗せてくれる酔狂はいるもんだろうかねえ……」

魔王「まあ行ってみてからのお楽しみであるな」
133 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:02:09.65 ID:qeC.XqQ0

<海岸の街>



船乗り1「なに? 密航? ふざけちゃいけねえよ。こっちもお上が怖いんだ」


     ※


船乗り2「はっはっは、冗談はもっと面白く言うもんだぜ!」


     ※


船乗り3「お前たちがめんこいおなごだったら話は違ったんだがな!」


     ※


船乗り4「……船乗りを舐めているのか?」
134 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:03:02.70 ID:qeC.XqQ0

<夕方.酒場>



勇者「くそ、やっぱり駄目か!」

魔王「ゴッキュゴッキュ!」

勇者「まさか十三件もめぐって全部断られるとは!」

魔王「ゴッキュゴッキュ!」

勇者「やっぱり陸路でいくしかねえのか!?」

魔王「ゴッキュゴッキュ!!」

勇者「聞けよ!」ダンッ

魔王「ゴキュ?」
135 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:05:03.20 ID:qeC.XqQ0

勇者「なんでそんなにリラックスしてんだよ! っていうか俺のほうが焦ってるっておかしいだろ! 世界が破滅するって言ってたのはお前の方だぞ!」

魔王「なんだか知らんが落ち着け、シェロ。まだ駄目と決まったわけではない」

勇者「……っつーと?」

魔王「今日回ったのはいずれも有名ギルドに属する船乗りばかり。地位も名誉もあるのだろう。そういう輩は危ない橋を渡りたがらないものだ」

勇者「……なるほど」

魔王「明日は比較的小規模の漁師あたりを当たってみよう。報酬しだいでは渡してくれるやもしれん」

勇者「! それだ……!」



「あの、もし……」
136 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:07:46.19 ID:qeC.XqQ0

勇者「ん? なんだあんた?」

「失礼ですがあなた方、向こうに行くための船をお探しですね?」

魔王「そうだが、お前はいったい誰なのだ?」

商人「これは失礼、申し遅れました。私この町で商人をやっているものです。名刺をどうぞ」スッ

勇者「アーバンラマ海運会社社長?」

商人「私ならあなた方の力になれるかもしれませんよ」

勇者「!」

商人「もっとも、条件次第、ということになりますが」

魔王「……。聞かせてもらおうか」
137 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:09:22.02 ID:qeC.XqQ0

商人「まず……失礼ですがあなた方、只者ではありませんね」

魔王「……!」

商人「職業として暴力を用いるものはこの街にも数多くいますが、あなた方の立ち居振る舞いは彼らの比ではありません」

商人「かなりの腕前と見ましたが、いかがですか?」

勇者「なんで……」

魔王(……馬鹿!)

商人「私、こう見えても以前は戦士として働いていましたので人を見る目は確かなんです」

商人「そこであなた方の腕を買って頼みごとがあるのです」

魔王(チッ……)

勇者「頼みごと?」
138 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:11:17.27 ID:qeC.XqQ0

商人「ええ、それをこなしていただければ、船で向こうに渡して差し上げましょう」

魔王「……内容は?」

商人「引き受けてからのお楽しみ、です」

勇者「は?」

商人「企業秘密に引っかかりますので。引き受けると確実におっしゃっていただくまでは話すことはできません」

魔王「なるほどな」
139 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:12:05.65 ID:qeC.XqQ0

商人「どうします?」

魔王(……)

魔王「……引き受けよう」

商人「ありがとうございます。では内容は明日の朝説明いたしますのでこの紙に書いてある場所まで来てください」スッ

勇者「了解」パシ

商人「では、また明日……」


     ※


勇者「しかしあの女、いったい何者だったんだ?」

魔王「あちらも只者ではないことは確かだ」

魔王(それにあの女……世界が破滅する云々も聞いていたな?)

魔王(そろそろきな臭いことになってきたかもしれん……)
140 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:14:11.01 ID:qeC.XqQ0

<次の日.朝.街の入り口>



勇者「馬車の荷物の、護衛?」

商人「そうです。不服でしたか?」

勇者「いやそんなことねえけど、企業秘密って言うからどんな大仕事かと……」

商人「荷物の輸送もわが社の立派な仕事です。それに輸送ルート自体は企業秘密なんですよ。さらに言えば最接近領までですから往復でざっと二週間はかかります」

勇者「うげ……」

魔王「それでも陸路よりはマシなのだ。我慢するしかあるまい」

商人「では行ってらっしゃいませ」
141 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:15:13.76 ID:qeC.XqQ0

     ※


 ゴトゴト ゴトゴト……


勇者「これから二週間か。長いような短いような」

魔王「我輩、時間の長さにはこだわらんが退屈なのはいやである」

勇者「いや、そりゃ無茶だろ。おとなしく待ってるしかねえよ」

魔王「おいそこの御者! 何か面白いこと言ってみろ!」

勇者「すみません。この人ちょっと頭おかしいんです」

御者「は、はぁ……」


 ゴトゴト ゴトゴト……
142 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:20:39.73 ID:qeC.XqQ0

<三日後.夜.山道>



御者「この山を抜けたら野営の支度をしましょう」

勇者「了解」

魔王「我輩退屈で死にそうである……」

勇者「まだ折り返し地点にもきてないぞ。もうちょっと粘れよ」


「そこの馬車止まれぇ〜い!」


御者「ひっ!」

勇者「なんだ?」

魔王「祭りか?」ムクリ

勇者「それはない」
143 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:21:49.68 ID:qeC.XqQ0

山賊s「わははは!」

山賊頭「我らは山賊である! 命が惜しくば荷を置いて立ち去れい!」

御者「あわわ……」

勇者「なんだ?」ヌッ

山賊頭「ひっ! お前は!」

魔王「祭りか!」ヌッ

山賊頭「お前まで!」

勇者「なんだ、お前らか。俺たちこの馬車の護衛してるから。今立ち去るなら見逃してやらないでもないぞ」

魔王「祭りじゃないのか……寝る」

山賊頭「ぬぬ……いきなり現れて馬鹿にしやがって! 今度こそ山賊の恐ろしさを思い知らせてやる!」

魔王「任せたシェロ」

勇者「え〜、お前も手伝えよ」

山賊頭「隙ありぃ!」バッ
144 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:22:47.87 ID:qeC.XqQ0

山賊s「…………」ピクピク

勇者「これで終わりか。早かったな」

魔王「ご苦労」

勇者「お前、マジで手伝わなかったな」

魔王「楽できるときは楽をしておくのが我輩のジャスティス」

勇者「……ったく。――御者さん、そろそろ行こうか」

御者「は、はい!」



??「ちょおっと、待った」



魔王・勇者「!?」
145 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:23:59.47 ID:qeC.XqQ0

??「やあやあオフタリさん。こんばんはと初めまして」ヘラヘラ


勇者(? なんだあいつ? いつの間に現れた?)

魔王(それに、なんだ? この威圧感は……。軽薄そうな雰囲気のくせに重く、鋭い……)

魔王「お前は、何者だ?」


??「俺? 俺かあ。俺の名前はヒューイック……っつーんだけどまあ、そっちはどうでもいいよね。いや、よくないのかな?」

スタッバー「職業はスタッバー。そこそこ長い付き合いになると思うんで以後よろしくぅ」ピッ


勇者「!!?」

魔王「すたっばー? 長い付き合い? なんだそれは」

勇者「暗殺技能者だ……。それにあの戦闘服、間違いない……」

勇者「王立の、スタッバー……!」

魔王「敵か? 強いのか?」

魔王「……いや、聞くまでもないか。あの雰囲気……やる気だし、相当の使い手だな」
146 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:25:29.06 ID:qeC.XqQ0

勇者「……」スチャ……

魔王「……シェロ?」

勇者「お前は、下がってろ」

魔王「なぜだ? やつは強いぞ」

勇者「いいから下がってろ! あいつは俺の獲物だ!!」

魔王「……?」

スタッバー「ん? 俺、なんか恨みでも買ったっけ?」

スタッバー「……まあいいか、どうせやるつもりだったし、うん」

勇者「……」

スタッバー「さて、お前たちの腕がどんなもんか確かめさせてもらおう。いいかな? いいよね?」シャキン!

魔王(片手ナイフ使い……か)
147 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:27:10.59 ID:qeC.XqQ0

 スタ スタ スタ……ピタ


スタッバー「お互い武器は持ったし、準備はオーケー?」

勇者「いつでも来い……」

スタッバー「じゃあ――」

勇者(俺のほうがリーチが長い。いくら強そうだろうがそれを考慮した戦いをすれば……)

スタッバー「――いくよ……」フッ

勇者「え?」



スタッバー「――」

勇者(もう懐に!!)



スタッバー「はっ!」ビュッ

勇者「(顔狙い……)くっ……」サッ

スタッバー「上体だけで避けたか、上出来上出来!」
148 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:28:09.95 ID:qeC.XqQ0

スタッバー「でものけ反っちゃってて体勢がつらいね。そうら、タックル!」ドン!

勇者「うわ!」ゴロン

スタッバー「はいこれで死亡〜」ザク!

魔王「シェロ!」
149 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:28:46.34 ID:qeC.XqQ0

勇者「……」

勇者「……どういうつもりだ?」

スタッバー「うん?」

勇者「今のは地面じゃなくて、どこでも刺せただろ」

スタッバー「確かにそうだね」

勇者「だったらなんで!」

スタッバー「なんでって……弱い奴相手に本気になるわけないじゃん」

勇者「……けんな」

スタッバー「?」

勇者「ふざけんな!」ブオン!

スタッバー「おっと!」バックステップ
150 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:30:03.60 ID:qeC.XqQ0

スタッバー「いやぁ血の気が多いね。さすがはモグリだ」

勇者「俺を――」ムクリ

勇者「俺をモグリと呼ぶな! 殺すぞ!」ダッ

スタッバー「ありゃりゃ、もしかして地雷踏んじゃった? エセ勇者君?」バックステップ

勇者「てめえ、俺を馬鹿にすんな! ズタズタにしてやる!」ブン!

スタッバー「おおこわ」スカッ



勇者「この! この! この!」ブオン ブオン ブオン

スタッバー「ふわぁ……」スカ スカ スカ

勇者「くっそ、何で当たらねえ!」ブン!

スタッバー「あれ、わかんないんだ。案外大したことないね?」スカ

勇者「黙れ!」ツキ!
151 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:31:21.17 ID:qeC.XqQ0

スタッバー「ダメダメ全然なってない」ヨケ

スタッバー「そんなんだから踏み込まれる」スッ ガシ

勇者「うわ!」グルン ドサ!

スタッバー「ほい、本日二回目の死亡〜」スチャ!

勇者「くっ……」



魔王「なんなのだやつは……」

御者「……」ブルブル
152 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:33:00.85 ID:qeC.XqQ0

スタッバー「お前本当に魔王と戦えたの? こんなに弱いのは想定外なんだけど」

勇者「う、うるさい! “光の白刃!”」ドッ!

スタッバー「おっと」バッ

勇者「な!? この近距離で避けた!?」ガバッ

スタッバー「あれ? 驚いてていいの? あのタイミングならもう一発撃てば当たったのに」

勇者「くっ、講釈たれんじゃねえ! “我は放つ光の白刃!”」ドッ!

スタッバー「それ」ヒョイ!
153 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:34:42.55 ID:qeC.XqQ0

勇者「“光の白刃!” “白刃!” “白刃!”」ドッ! ドッ! ドッ!

スタッバー「あれはさすがに避けらんないか」

スタッバー「“タマンカマの鏡よ”」キキキン ――ゴッ!

勇者「跳ね返された!?」


 ドドドーン!


勇者「が――ッ」ドサ

スタッバー「お前、もういいよ。大体わかったし」

魔王「“光よ!”」ボッ!

スタッバー「おっと」ヒラリ

スタッバー「うんうんよくわかってるね。次はあんただよ魔王さん」
154 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:35:31.11 ID:qeC.XqQ0

魔王「やはりお前こちらの素性を把握しているな。いったい何者なのだ? もしや……」ザッ

スタッバー「王都の者、といえば納得してもらえるかな?」

魔王「……ふむ」

スタッバー「それよりあんた武器はないの? 素手相手はかわいそうだからやりたくないんだけど」

魔王「心配するな」ブオン……

スタッバー「お、高そうな剣。いいね」

魔王「行くぞ……」


 ズジャッ――――!


スタッバー「踏み込みはっや!」

魔王「ふん!」シュッ

スタッバー「うわわ……」ガキン!

魔王「いいのか? ナイフごときでまともに受け止めると後がつらいぞ」

スタッバー「だね」ゲシ!

魔王「ぬ……(蹴り離されたか)」
155 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:36:28.44 ID:qeC.XqQ0

魔王「ふっ……」ヒュヒュヒュ!

スタッバー「そうそう、あんたはわかってる。ナイフ相手のときは大振りしないんだよね」キキキン!

スタッバー「あんたはエセ勇者とは違うみたいだ、うれしいよ。でも足りない!」パアン!

魔王(剣が逸らされた!)

スタッバー「それ」トン

魔王(我輩の腹に拳を置いた? 何かまずい!)バックステ――

スタッバー「おせえ!! “寸打!!”」ドゴォ!

魔王「がっ!」ドサ!
156 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:37:10.30 ID:qeC.XqQ0

魔王「か……は……」

魔王(ゼロ距離打撃……! 人間に、こんな逸材がいたとは……!)

スタッバー「寸打は内臓に通る。しばらくは起き上がれないよ」



勇者「馬鹿野郎! 手を出すなって言っただろうが!」ザッ

魔王「馬鹿はお前だ……二人でかからねば犬死だぞ……」ムクリ

スタッバー「あれ? 何で起き上がれるの?」

魔王「この腹巻を舐めるなよ、小童!」
157 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:37:56.94 ID:qeC.XqQ0

魔王「……」ザッ

勇者「……」ザッ

スタッバー「さあて予想外。前門の魔王、後門のエセ勇者か。参ったね」ポリポリ

勇者「人をエセ勇者呼ばわりすんじゃねえ! もう容赦しねえぞ!」

魔王「少し遊びが過ぎたようだな小童」

勇者「俺の実力見せてやる!」

魔王「我輩の恐ろしさ、その身に刻め!」

魔王・勇者「行くぞ!」ダッ

スタッバー「口先だけは達者だねえ」
158 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:38:39.34 ID:qeC.XqQ0

スタッバー「それ!」ピッ!

魔王(スローイングダガーか!)キン!

スタッバー「最初はお前だ勇者!」バッ



勇者「だらっしゃあ!」ブッオン!

スタッバー「学ばないねえ……」ヨケ シュ!

勇者「痛……!」ザシュ! ――カラン

スタッバー「手の健が傷ついたね」ニッ

勇者「てめえ!」
159 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:40:03.09 ID:qeC.XqQ0

魔王「後ろはもらった」ビッ!

スタッバー「おっと」サッ ゲシ!

魔王「が……ッ」

勇者(屈んでからの後ろ蹴り! 速い!)

勇者「この……!」シュシュ!

スタッバー「剣がだめなら素手はと思ったけど全然だめ」パシパシ

スタッバー「うん、不合格」グルン ゲシ!

勇者「ぶっ……(後ろ回し蹴り……)」ドサ
160 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:41:15.63 ID:qeC.XqQ0

スタッバー「だめだめ二人とも! 連携が全然なってない! リズムがめちゃくちゃ!」

スタッバー「もっと息を合わせて! 繊細なメロディーを奏でるように! 軽やかなテンポで!」

勇者「うるせえ! ちょっと黙ってろ!」ガバ!

スタッバー「よし、エセ勇者、魔術防御のチェックだ! 防いでみろ!」

スタッバー「“プアヌークの魔剣よ!”」ジャッ!

勇者「“我は紡ぐ光輪の鎧!”」キ……ズバシュ!

勇者「(防御壁が斬られた!?)ぐはっ!」ドゴォ!

魔王「“光よ!”」ボッ!

スタッバー「“シアヌーンの盾よ”」キン

スタッバー「反撃! “ヤスランの棺よ!”」ゴッ!

魔王「ぬおおお!」グシャ!
161 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:42:12.67 ID:qeC.XqQ0

勇者「ゼイ……ゼイ……」

魔王「ハァ……ハァ……」

スタッバー「地べたに這いつくばっちゃって、情けないねえ二人とも」

勇者「く……そが……」

スタッバー「今回は殺さないでおいてあげるよ。ここで終わってもらっても面白くないし」

魔王「……」

スタッバー「ただし次回は別だ。次はちゃんと殺すよ。だから次回までに強くなっておくんだね」

勇者「待て!」

スタッバー「それじゃ」フッ――
162 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:42:55.08 ID:qeC.XqQ0

勇者「……」

魔王「……行ったか」

御者「あ、あの大丈夫ですかお二方……?」

魔王「“治れ”」ホワホワホワ……

勇者「“我は癒す斜陽の傷痕”」ホワホワホワ……

魔王「……我輩らのことなら心配はいらん」ムクリ

勇者「……ちっきしょう! あの野郎!」ムクリ

魔王「気配は……しないか」

勇者「俺を馬鹿にしやがって……次にあったら絶対に殺す……!」

御者「あ、あの方々はどうします?」

山賊s「……」ピクピク

勇者「知るか、ほっとけ!」

御者「はぁ……」
163 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:44:34.81 ID:qeC.XqQ0

<野営場所>


御者「zzz……」

勇者「チッ……くそ……気にくわねえ……むしゃくしゃする……!」

魔王「……それにしても、やつはいったい何者だったのだ? 王都の者といっていたが……。お前、やつを知っていそうな口ぶりだったな?」

勇者「……別にあいつ自体を知っているわけじゃねえよ。ただ、あいつのバックなら見当がつく」

魔王「ほう?」

勇者「あいつは王立、つまり宮廷直属の暗殺技能者のうちの一人だろうよ」

魔王「……つまり我輩を倒す――いや、暗殺するための集団というわけか?」

勇者「当たり。そいつらは、いわば正式勇者というわけだ」

魔王「ほほう」
164 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:45:34.56 ID:qeC.XqQ0

勇者「十三使徒」

魔王「?」

勇者「そいつらは十三使徒と呼ばれている」

魔王「お前は?」

勇者「え?」

魔王「お前はその一員ではないのか? 勇者なのだろう?」
165 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:46:32.96 ID:qeC.XqQ0

勇者「……俺は、モグリだから」

魔王「以前にも言っていたな。それはいったいどういう意味なのだ?」

勇者「……俺は王から正式に魔王討伐の命を下されたわけじゃない」

魔王「なるほど、だから極端に仲間が少なかったのか」

勇者「……ちょっと事情があってな」

魔王「事情?」

勇者「それは、話したくねえ……! 話す必要もねえ……!」

魔王「……。今日のことはあの商人に報告するか?」

勇者「別に俺たちが考えるまでもなくそこのが報告すんだろ」

御者「zzz……」

魔王「む、それもそうだな」

勇者「……俺は寝る」

魔王「うむ」
166 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/11(火) 22:47:04.28 ID:qeC.XqQ0

魔王(……しかし)

魔王(改めて考えると、この依頼、タイミングが良すぎるな。まるで我輩らのために用意してあったかのようだ……)

魔王(もしや、あの商人……)

魔王(……まあ、今はよいか。海を渡ることだけを考えよう……)
167 :アナウンス [sage]:2010/05/11(火) 22:47:57.79 ID:qeC.XqQ0
・ここまで
168 :アナウンス [sage]:2010/05/11(火) 23:09:46.69 ID:qeC.XqQ0
・最新ssの進捗状況報告&予告
・最新ssは現在プロットを作成している最中
・台本形式が好きな人には申し訳ないが小説形式の予定

・次回は土曜夜十時
169 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/11(火) 23:15:35.68 ID:4Gpb7Awo
乙 新作wktk
170 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/12(水) 00:53:50.18 ID:PRSOoc6o
171 :アナウンス [sage]:2010/05/12(水) 06:13:31.03 ID:tgoVOjI0
・質問
・第一部「我輩と一緒に〜」が終わるまで投下頻度を増やしてもいいだろうか
・予定がころころ変えるようで申し訳ないが、第一部の最後にみんなに聞きたいことがあるからちゃっちゃと終わらせたいんだ
・その後は頻度を戻すから投下が若干遅く感じるかも
172 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/12(水) 07:21:26.29 ID:c5Y11UAO
>>171
よし、それでいこう
173 :アナウンス [sage]:2010/05/12(水) 18:39:06.65 ID:tgoVOjI0
・「予定が変える」ってなんだよ俺。そんなので小説形式大丈夫かよ俺
・というわけでまことに勝手ながら投下予定を変更させていただく
・今日からおそらく土曜まで、毎日夜十時に投下。量も二倍に増やす
・ただし今日は少し遅れるかも
174 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/12(水) 21:48:43.16 ID:FNEe4rw0
ありがてぇ
175 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:00:06.12 ID:tgoVOjI0

<十数日後.昼.海岸の街>


商人「ご苦労様でした。途中でひと悶着あったと聞いてます」

勇者「まあな」

商人「しかし何はともあれ無事に依頼はこなしていただいたので、船には乗っていただいて結構です」

魔王「助かる」

商人「旅は半月ほど。船上では特に何かする必要はありませんが、船員の邪魔はなさいませんよう」

魔王「了解である!」

勇者(お前が一番心配だがな……)

商人「ではまたいつか機会がありましたらお会いしましょう」
176 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:01:27.89 ID:tgoVOjI0

商人「……行きましたか」

商人「……」

商人「……出てきてもいいですよ、ヒューイック。いるんでしょう?」


スタッバー「あれれ、やっぱりばれてた?」ヌッ


商人「ええ」

スタッバー「参ったなあ、俺もまだまだじゃん。やつらのこと言えないなー」

商人「殺さなかったんですね」

スタッバー「ん? やつらのこと?」

商人「上からは確実に始末するように命令が出ていたのでは?」

スタッバー「豚は太らせてから食えっていうじゃん? 俺もそうしようかと思って」
177 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:02:30.46 ID:tgoVOjI0

商人「私は構いませんが。……どうでした、彼らは」

スタッバー「正直期待はずれだったかなあ。あんなに弱いとは思わなかったよ」

スタッバー「でもまあ、伸びシロはあるかな。だからこそ見逃したわけだし」

商人「そうですか、よかったですね」

スタッバー「じゃあ、俺もそろそろ行こうかな。さっさと行って先回りしないと」

商人「行ってらっしゃいませ」

スタッバー「君も行かない?」

商人「遠慮しておきます」

スタッバー「……本当に?」

商人「私では足を引っ張ってしまいますから」

スタッバー「それ、本気で言ってる?」





スタッバー「ねえ、十三使徒の元ナンバー2さん?」





商人「……」
178 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:04:17.50 ID:tgoVOjI0

商人「私は……」

商人「……私ではあなたを満足させることはできませんでした」

商人「それだけで十分です」

スタッバー「……」

スタッバー「……そか、残念」

スタッバー「それじゃ、また。機会があったら会おう。もっとも、世界が破滅してなければだけど」スタスタ

商人「……行ってらっしゃいませ」
179 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:04:50.52 ID:tgoVOjI0

<船上>


魔王「わははは!」ゴッキュゴッキュ!

船長「勝手に酒を飲むな!」

魔王「わはははは!」ガー!

船長「勝手に舵輪に触れるなー!」

魔王「わははははは!」ヨジヨジ

船長「勝手にマストに登るなーっ!」

魔王「わはははははは!」ジャブジャブ

船長「勝手に海で泳ぐなーっ!!」

勇者「拝啓商人さま、俺たち早くも追い出されそうです……」
180 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:05:39.71 ID:tgoVOjI0

<夜.船上.あてがわれた狭い部屋>


勇者「……」

魔王「zzz……」

勇者(眠れねえ……)

勇者(……)


『我輩の手下になってくれ』


勇者(……)

勇者(……俺はこのままこいつに従っていていいのか?)

勇者(それでいいのか? 本当に?)

勇者(確かにこいつが言っていた世界の危機? その信憑性は高まっている)

勇者(でも、まだその根拠たる世界書云々の話自体がこいつの口からのでまかせだという可能性は否めない……そうして別の何かを狙っているのかもしれない)
181 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:06:52.33 ID:tgoVOjI0

勇者(……)

勇者(何より、こいつの話が全部本当だったとしても、それでもこいつに従わなければならない理由はあるのか?)

勇者(世界の破滅を食い止めるのに魔王と手を組むのが絶対条件か?)

勇者(冷静に考えてみろ、俺。世界がどうのなんてのはこの際二の次だ。俺は今、許されざる大罪を犯しているのかも知れないんだぞ? 呪いの首輪なんてどうでもいいほどの……)

勇者(勇者が、魔王に、従う……)

勇者(そして、俺の村……)

勇者(後悔、しないか、俺?)

勇者(……)

勇者(本当の……本当の勇者なら、どうするだろうな?)

勇者(……本当の勇者? 馬鹿な。俺が勇者だ)
182 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:07:54.65 ID:tgoVOjI0

『いやぁ血の気が多いね。さすがはモグリだ』


勇者(……!)

勇者(モグリ……だと?)


『もしかして地雷踏んじゃった? エセ勇者君?』


勇者(ちがう! 俺はエセ勇者なんかじゃねえ!)

勇者(……畜生、ふざけんなよ)

勇者(俺は勇者だ……真の勇者だ……!)

勇者(俺は弱くなんかねえ! 劣等種なんかじゃねえ!)

勇者(お前にも認めさせてやる!)

勇者(俺の力を!! 嫌というほどに!)

勇者(次にあったときはお前を殺す! 覚悟しろスタッバー!)

勇者(すぐにでもあいつを見つけ出して――)
183 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:08:59.13 ID:tgoVOjI0

『やーい、弱虫シェロ、悔しかったら俺たちに勝ってみろ!』


勇者(……!)

勇者(……ああ)

勇者(いやなこと思い出した……)


『落ちこぼれのお前が俺たちにかなうわけないだろ』


『お前じゃ勇者になれねえな』


『お前はずっと狭いところに引きこもってるのが似合ってるよ』


勇者「俺は……」


『お逃げ、シェロ!』


勇者(……! 母さん……)
184 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:10:56.56 ID:tgoVOjI0

<十数年前.昼.勇者の村>


教師「……」

幼勇者「……」

教師「ついに私の剣技教練の補習は君一人になったなシェロ君? ここまで長引くのは私の長い教師生活でも珍しいことだよ」

幼勇者「は、い……」

教師「私の言ってることがそんなに難しいかね?」

幼勇者「……」

教師「君に欠けているものは多い。だが全てをこなせと言うつもりはない。ただ、君にはもっとも基本である闘争心が足りない。だからまずは積極性を持てと言っているだけだが?」

幼勇者「わかってます……」

教師「ならもっと努力したまえ」

幼勇者「……はい」

教師「よろしい。今日はもう帰りなさい」

幼勇者「ありがとう、ございました……」

教師「はぁ……」
185 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:11:33.29 ID:tgoVOjI0

幼勇者「……」トボトボ

「あ、落ちこぼれのシェロだぜ」

「またあいつ居残りかよ」

「かわいそ〜……」

「落ちこぼれるとつらいよねえ」

幼勇者「……っ」トボトボ
186 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:12:50.82 ID:tgoVOjI0

幼勇者「ただいま……」

勇者母「お帰りシェロ。……あんたまた居残りだったね?」

幼勇者「……」

勇者母「まったく恥ずかしいよ。いつになったらあんたはできる子になるんだい?」

幼勇者「……僕だって、がんばってる」

勇者母「なら結果を出しなさい。この村は代々勇者を輩出している誇り高き村なんだよ?」

幼勇者「……どうせ、僕は勇者になれない。英雄になれない。だったらこんな村に生まれなきゃよかった」

勇者母「……っ」パシン!

幼勇者「痛っ」
187 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:14:39.22 ID:tgoVOjI0

勇者母「何泣き言言ってんだい! あんたはそれだからだめなんだ!」

勇者母「もっと前向きになりなさい。あんたはやればできる子なんだから」

幼勇者「……」

勇者母「もうあんなこと言わないって約束しな」

幼勇者「……」

勇者母「いいね?」

幼勇者「……わかった」

勇者母「よし」



幼勇者(本当は母さんだってわかってるんだ。僕がどんなに努力しようがだめなことぐらい……)

幼勇者(僕がどうあがいたって勇者になんてなれっこない……)

幼勇者(僕は……僕は落ちこぼれ……)
188 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:16:57.81 ID:tgoVOjI0

ここは勇者の村
代々勇者を輩出してきた歴史を持つ村
ここで生まれた人々は皆、小さいころから勇者になるための訓練を課される
つらく苦しい鍛錬を乗り越えその頂点に立った一握りの人間が王から正式な勇者として認められ、はれて魔王討伐の命が下される


ここに生まれる人々は皆、生命力にあふれ、戦いの才能に恵まれている
戦闘を宿命として生まれてくる


しかし当然のことながら……


勇者に向かない子供というのも稀に生まれる
189 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:17:54.41 ID:tgoVOjI0

<剣術教練>


 ヤー! パシーン! トゥ! パシーン!


教師「剣技試合始め!」

子供1「行くぞシェロ! やあ!」ブン!

幼勇者「うわわ……!」ゴン! バタ

教師「……。そこまで! 勝負あり!」


<魔術教練>


 ヒカリヨ! ボッ――ドカーン!


教師「的をよく狙え!」

子供2「はい! “光よ!”」ボッ――ドカーン!

幼勇者「ひ、“光よ!”」プスン……

教師「……」
190 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:18:46.38 ID:tgoVOjI0

教師「私の手には負えん……許可するから帰りたまえ……」

幼勇者「……はい」

「えー、いいなー」

「落ちこぼれるとそんな特典もつくのか」

「俺も落ちこぼれたかったぜ」アハハ

幼勇者「……」
191 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:20:00.27 ID:tgoVOjI0

<帰り道>


幼勇者「……」トボトボ

「やーい、弱虫シェロ、悔しかったら俺たちに勝ってみろ!」

幼勇者「……ぼくには無理だよ」

「落ちこぼれのお前が俺たちにかなうわけないだろ」

幼勇者「……わかってるよそんなこと」

「お前じゃ勇者になれねえな」

幼勇者「……わかってるってば」

「お前はずっと狭いところに引きこもってるのが似合ってるよ」

幼勇者「……」




幼勇者「……」グスッ

幼勇者「僕だって……僕だって、勇者に……」
192 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:20:57.04 ID:tgoVOjI0

<夜.幼勇者の家>


 カッ――ズズーン……!


幼勇者「……う〜ん、むにゃ」


 カッ――ドゴォォォ!


幼勇者「!」ハッ

幼勇者「……な、なんだ!?」ガバ
193 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:21:36.66 ID:tgoVOjI0

<外>


幼勇者「さっきの轟音はいったい……」

「魔物だー!」

「魔物が襲ってきたぞー!」

幼勇者「……!?」

幼勇者「ま、魔物?」
194 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:22:37.41 ID:tgoVOjI0

<村長宅>


村長「ふむ、魔物か」

補佐「ずいぶんと久しぶりのことですな」

村長「ああ。今回はどのくらい楽しめるかな?」ニヤ

補佐「いやはや、この村を襲うとは馬鹿な魔物ですな」

「伝令です!」

村長「うむ」

補佐「今回村を襲ったのはどのような魔物かね?」

「そ、それが……」

村長「どうした。はっきり言いたまえ」

「……上級魔族、およそ二百体です」

補佐「……なんだと?」
195 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:23:27.37 ID:tgoVOjI0

 カッ――ドカァァン!


「きゃああああ!?」

「まて、逃げるな、応戦しろ!」

「われわれ勇者の力を思い知らせてやれ!」


幼勇者「か、母さんは?」

勇者母「シェロ!」

幼勇者「母さん!」

勇者母「あんた、勝手に家を飛び出しちゃだめじゃないか!」

幼勇者「ご、ごめんなさい……」

勇者母「何はともあれ無事でよかったよ……」
196 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:24:28.92 ID:tgoVOjI0

勇者母「……。シェロ、いいかいよく聞きな」

幼勇者「?」

勇者母「この道をまっすぐ行くと抜け道があることは知ってるね?」

幼勇者「う、うん。昔からある脱出口だ」

勇者母「あんたはそこから逃げな」

幼勇者「え?」

勇者母「私の勘がこの戦いはよくないって言ってる……。シェロ、あんたは避難するんだ」

幼勇者「え、でも、そんな。ぼ、僕も戦わなきゃ……」

勇者母「あんたじゃどうせ戦力にならない」

幼勇者「でも! 逃げたらあとでまたみんなにいじめられる……」

勇者母「くだらないこと気にしてんじゃないよ!」

幼勇者「!」ビク!
197 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:25:26.15 ID:tgoVOjI0

勇者母「いいから逃げるんだ。もし私の勘違いだったらこっそり戻ってくればいい」

幼勇者「でも……でも……」

勇者母「もしそれでもいじめられそうになったら、そのときは私があんたを守ってやるよ」

勇者母「だから、お行き! 早く!」

幼勇者「母さん……」

幼勇者「……」

幼勇者「……っ」ダッ
198 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:26:04.96 ID:tgoVOjI0

<村の外.小高い丘の上>


幼勇者「ハア……ハア……」タッタッタ……

幼勇者「こ、ここまでくれば……」

幼勇者「……!」

幼勇者「村が……村が燃えてる……!」

幼勇者「母さん、どうか無事で――」


 カッ――


幼勇者「え……?」


 ――ゴオオオオオオオォォォォォ!


幼勇者「……え?」
199 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:26:33.69 ID:tgoVOjI0

幼勇者(村が……)

幼勇者「村が、火柱に飲まれ、た?」


 ゴオオオオオオォォォォォォッ!


幼勇者「……」ヘタリ……

幼勇者「か……」

幼勇者「母さん……!」

幼勇者「……母さん!」
200 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:27:20.85 ID:tgoVOjI0

幼勇者「……」

幼勇者「……っ」

幼勇者「く、そ……魔物ども!」

幼勇者「よくも……よくも母さんを……!」ドン!

幼勇者「よくも、よくもぉ……」グス

幼勇者「絶対に、絶対に許すものか……許してなるものか!」ポロポロ

幼勇者「絶対に許さない! 魔物どもは根絶やしにしてやる!」バッ!



幼勇者「僕は、いや、『俺』は今日から勇者だ! 誰が認めなくても勇者だ!」
201 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:28:07.27 ID:tgoVOjI0

幼勇者「俺は誰よりも強くなってやる!」

幼勇者「強くなって、母さんの仇をとってやる!」

幼勇者「勇者がすべての復讐を果たす!」

幼勇者「待ってろ魔物ども!」

幼勇者「待っていろ!」
202 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:29:09.32 ID:tgoVOjI0

<現在>


勇者「zzz……」

魔王「zzz……」

魔王「……ぅ〜む」ムニャ……



魔王「父、上……」

魔王「……母、上」
203 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:30:02.76 ID:tgoVOjI0

<百数十年前.魔王城>


幼魔物「父上と母上に会わせてください! お願いですから!」

側近「なりません」

幼魔物「なぜ!」

側近「……」

幼魔物「そもそも、僕が何でこんなところに連れてこられなきゃならないのですか!」

側近「……」

幼魔物「話してください!」

側近「……いいでしょう。すべて、お話いたしましょう。次期魔王様」

幼魔物「次期、魔王……?」

側近「そうです、あなたは魔王になるのです」
204 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:30:54.27 ID:tgoVOjI0

側近「あなたは類稀なる身体能力と魔力をその身に宿していらっしゃいますね?」

幼魔物「! ……そんなの、知りません……」

側近「隠しても無駄です。われわれは何十年も前から魔王様候補を探していましたから」

幼魔物「……」

側近「あなたの力と才覚は近隣を大いに揺るがせ、その名を知らぬものは魔界にいないと聞いています」

側近「その年でそれほどの能力を持っていらっしゃる。あなたは魔王になるべくしてお生まれになったのです」

幼魔物「勝手に決めないでください!」

側近「……」
205 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:33:35.93 ID:tgoVOjI0

幼魔物「僕は帰ります」

側近「なりません」

幼魔物「そこをどいてください」

側近「いいえどきません」

幼魔物「あなたを殺すことはとてもたやすいですよ……?」

側近「ええ存じ上げております。その上で邪魔だてしているのです」

幼魔物「どいてください!」

側近「存じております。あなたは強大な力を持っておりますが、それを扱うにはあまりにも幼い。殺すだけの勇気がない」

側近「しかし反面、その力を無造作に振るわないだけの知性を持っていらっしゃる。だからこそ無理やりここにお連れすることができました」

側近「あなたに私は、殺せません」

幼魔物「……っ」
206 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:34:27.17 ID:tgoVOjI0

側近「反対に私には殺されてでもあなたをとどめおく決意があります」

側近「絶対にここは通しませんよ」

幼魔物「……そこまであなたを突き動かすものはなんですか」

側近「先代魔王様とのお約束。そして」





側近「世界の破滅への恐怖、です」

幼魔物「世界の、破滅?」
207 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:36:28.68 ID:tgoVOjI0

側近「ええ。今、世界は破滅へと急速に向かっております。先代魔王様はそれをお止めになるため動いていらっしゃいました」

幼魔物「どういう、ことです?」

側近「……詳しいことはおいおい勉強していただきます。しかしこれはあなたをとどめおくための嘘ではありません。世界は本当に危機に瀕しているのです」

幼魔物「……」

側近「では、早速お勉強を始めましょうか。次期魔王様」

幼魔物「それでも、僕は父上と母上に会いたい……。どうしてもだめなのですか?」

側近「ことは目前に迫っているのです。ぬるま湯に浸っておられては困ります。それに」

幼魔物「?」

側近「あなたががんばらなければご両親も破滅に巻き込まれてしまいますよ?」

幼魔物「!」
208 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:37:16.46 ID:tgoVOjI0

側近「わかりましたか?」

幼魔物「……僕、は……」

側近「いけませんね」

幼魔物「え?」

側近「僕、では魔王としての威厳を保てません。あなたは、そうですね……」




側近「『我輩』、とおっしゃいなさい」
209 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:38:18.30 ID:tgoVOjI0

<現在.???>


「……女。それはまことであるか」

女魔術士「ええ本当よ。わたしは勇者と魔王がどこにいるか知っている」

「ならば早く教えるがよい」

女魔術師「嫌よ」

「……」

女魔術士「別にあいつらをかばっているわけじゃないわ。ちゃんと捕まえて連れてくるわよ」

女魔術士「ただね、わたしがあんたたちに力を貸すわけじゃないの。あんたたちがわたしに力を貸してほしいの」
210 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:38:59.49 ID:tgoVOjI0

「……つまり?」

スタッバー「あのブヨブヨ共を貸せってことでしょ、具体的には」

女魔術士「そう。あんたたちはあいつらを捕まえたい。わたしはわたしであいつらを捕まえたい理由がある。目的は一致している」

女魔術士「絶対に後悔はさせないわ。だからわたしを手伝いなさい」

「……」

スタッバー「いいんじゃない? 貸してあげれば?」

「……よかろう。ただし、絶対に仕損じるでないぞ」

女魔術士「もちろんよ」
211 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:39:44.55 ID:tgoVOjI0

     ※


「……」

スタッバー「うん? どうかした?」

「居場所を吐かせる方法はいくらでもあったのでは、と思ってな」

スタッバー「うん、そうだろうね。でも――」

「?」

スタッバー「このほうが面白そうじゃん」

「……」

スタッバー「ははっ」

「……お前はまだ奴らの位置を捕捉できないのか」

スタッバー「うん、あいつら結構慎重でさー」シラッ

「……。まあ、よかろう」

スタッバー「大丈夫。すぐに見つけるからさ」
212 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:43:44.31 ID:tgoVOjI0

<半月後.船上>


船員「陸が見えたぞ〜!」

船長「ようし、わかった! みんな、船を寄せる準備をするんだ!」

船員s「うーす!」



勇者「やっとついたか。長かったな」

魔王「そうか? 我輩には至極短く感ぜられたが」

勇者「そりゃまあ毎日あんだけ暴れてりゃあな……」


船長「上陸ー! 上陸ー!」
213 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:44:27.69 ID:tgoVOjI0

<港町>


魔王「世話になった船長!」

船長「ああ、近くに寄ったら顔を見せてくれ。また一緒に酒でも酌み交わそう!」

魔王「是非!」

勇者(いつのまにか打ち解けてるし)

船長「ではまたいつか!」

魔王「さらばだ!」

勇者「どーも」
214 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:45:15.76 ID:tgoVOjI0

     ※


勇者「さて、この道をまっすぐ行ったところが町の出口だ。装備には問題ないしさっさと行こうぜ」

魔王「ちょっと酒場に――」

勇者「却下」

魔王「(´・ω・`)」



老婆「そこのあんたがた」

勇者「あ? 俺たちか?」

老婆「そうそう。ちょっと占っていかんかい?」

魔王「ぜひ」

勇者「お前は黙ってろ……。悪いけど婆さん、こっちは手持ちも時間もないんだ。さっさと町を出なくちゃ」

老婆「金もとらんし時間もとらせんよ。あんたがたに興味があるだけなんだ。タダで占ったげるから」

勇者「?」
215 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:45:58.77 ID:tgoVOjI0

老婆「さて、ふむ。まずはあんたじゃね」

勇者「ほんとに早いな。……適当にやっただけじゃないのか?」

老婆「失礼な。これでも腕は確かじゃよ」

勇者「それで? 早くしてくれよ」

老婆「あんた、今悩んでおるね?」

勇者「そんな大雑把な質問、当たるに決まって――」

老婆「早くに決着をつけなさい。じゃないと大切な人が取り返しのつかないことになるよ」

勇者「……。はいはい……」

老婆「それと……」

勇者「?」

老婆「劣等感もほどほどに」

勇者「!?」
216 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:46:35.92 ID:tgoVOjI0

勇者「おい、それ、どういう――」

魔王「次は我輩であるな!」

勇者「おい、まだ俺の話は――」

老婆「あんた死ぬわよ」

魔王「ワッツ!?」

老婆「あんた死ぬ」

魔王「ホワイ!?」

老婆「さてね。死にたくなきゃ、そうだね、途中の祭りで買い物でもするといいかもしれんね」

魔王「いきなり死の宣告とかマジ心臓に悪い……買い物か……」

勇者「だから俺の話を……まあ、いいか」

老婆「気をつけていくんじゃよー」
217 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:47:10.62 ID:tgoVOjI0

<昼.街道>


勇者(魔王についていっていいのかどうか)

勇者(……結局答えの出ないまま海を渡っちまったな)

勇者(しかし……実際のところそれはどうでもいいんだ。俺は、俺自身は結局の所どうしたいんだろう?)

勇者(俺は……)

勇者(とりあえずスタッバーのやつをぶっ飛ばしたい)

勇者(あの野郎をぶっ潰して俺を認めさせてやる!)

勇者(……とりあえずそのことだけを考えていればいいか)

勇者(どうせ首輪をどうにかしないと、考えても無駄だしな)

勇者(……)

勇者(劣等感、か)
218 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:47:56.40 ID:tgoVOjI0

魔王「さあて、海も越えたし王都はもう目の前だな! 途中で不吉なことを言われたが」

勇者「ああ、このペースだとあと十数日もすれば王都に到着する。……が」

魔王「が?」

勇者「俺たちは指名手配されてるし、冷静に考えてみるとそう簡単に入れるわけがないな」

魔王「それは確かに。ここまで来るのに王都軍とぶつからないのは不自然すぎる」

勇者「魔王城までのルートがいくつかあるからな。おそらく兵力の分散や入れ違いを恐れて王都に集結させているんだろう」

魔王「では王都に入るまではすいすいいけるということか?」

勇者「そううまくはいかないんじゃねえか」

魔王「それもそうか。――あんなふうにな」

勇者「ああ」




女魔術士「……」
219 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:49:07.44 ID:tgoVOjI0

女魔術士「遅かったじゃない、待ちくたびれたわ」

勇者「ハル……」

女魔術士「シェロ、助けに来たわよ」

魔王「そう簡単にシェロは渡さんぞ」

女魔術士「あんたの都合なんて関係ないわね。シェロは私がもらっていくわ」

勇者「お前ら俺を物扱いすんじゃねえ」

魔王「今回は一人で来たのかおなごよ」

女魔術士「いいえ。――出てらっしゃい」パチン!


 ピシュン ピシュン ピシュン ピシュン ピシュン ピシュン――


刺客s「キキー!」

勇者「げっ、またあいつらか」

魔王「十体か、多いな。――なぜお前が王都からの刺客を従えている?」

女魔術士「答える必要はないわね」
220 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:50:09.51 ID:tgoVOjI0

女魔術士「ここで降参してシェロを開放するなら、見逃してあげないこともないわよ魔王?」

魔王「我輩は世界を救わなきゃならん。その申し出は謹んで辞退させていただこう」

女魔術士「またそれ? あんたたち王都にいったい何の用事があるっていうのよ」

魔王「言えば通してくれるのか?」

女魔術士「いいえ。それだけは絶対にないわね」

魔王「そうか。そうであろうな」

女魔術士「それじゃ……行きなさいあんたたち!」

刺客s「キー!」ブワワ!

魔王「来るぞ!」

勇者「……」
221 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:50:50.41 ID:tgoVOjI0

魔王「“氷河よ!”」ビュオウ!

刺客1.2.3「キ……」カチコチン!

勇者「でぇりゃっ!」ババキ! ガラガラ

勇者「よし! 三体撃破!」

刺客4「キキー!」シュッ!

魔王「(針!)“盾よ!”」キン!

女魔術士「あんたたち、囲みなさい!」


 ヒュンヒュンヒュン――


勇者「チッ」
222 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:52:04.92 ID:tgoVOjI0

女魔術士「そのまま串刺しにしちゃって!」


 ビシュシュシュシュシュシュ――――!


魔王「勇者!」

勇者「“我は踊る天の楼閣!”」ピシュン!

女魔術士「な!? 空間転移!?」
223 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:52:52.29 ID:tgoVOjI0

 ピシュン!


勇者「距離をとったぞ!」

魔王「よし、これでほぼ一網打尽であるな」

女魔術士「しまった!」

魔王「“氷河よ!”」ビュオオォォォ!

刺客s「キ……」カチコチカチン!

勇者「おら!」バババキン! ガラガラガラ……

刺客10「キキー!」

魔王「一匹残したか」
224 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:53:31.18 ID:tgoVOjI0

勇者「魔王、ハルを任せていいか?」

魔王「ぬ? やはりおなごとは戦いたくないか?」

勇者「仮にも、元パーティーだ」

魔王「ふむ、ではこちらは任せた」ダッ



刺客10「キ!」ブワ――

勇者「おっとそっちは行かせねえ。お前の相手は俺だ」ザッ
225 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:54:33.92 ID:tgoVOjI0

 ザッ……


魔王「よう、おなご。久しぶりだな。あれから少しは成長したか?」

女魔術士「……うっさいわね」

魔王「前のまま、ということか」

女魔術士「黙りなさいよ……」

魔王「それでは我輩には勝てん。シェロは取り戻せんぞ?」

女魔術士「黙れっつってんでしょ。シェロは私が必ず取り戻すんだから……!」

魔王「今度は最初から全力で行くぞ」ブオン……

女魔術士「来なさい! 叩きのめしてあげる!」バッ!
226 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:55:15.90 ID:tgoVOjI0

刺客10「キキー!」シュッ!

勇者「効くか!」カキン!

勇者「ふん!」ブン!


 ブニュン!


勇者「やっぱり斬れないか……」

刺客10「キ!」ビシュシュシュシュ!

勇者「……」バックステップ
227 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:56:11.33 ID:tgoVOjI0

刺客10「キキ」ガキガキガキン!

勇者(変形。剣、か)



刺客10「キー!」ビュッ!

勇者「くっ……」キン


 グニョン――


勇者(剣先が曲がった!?)


 チッ――!


勇者(っ――。頬をかすったが……傷はない)バックステップ
228 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:57:28.76 ID:tgoVOjI0

女魔術士「“赤の刺激!”」ボッ!

魔王「“光よ”」ボッ!


 ドッ――


女魔術士「(相殺……)“青の刺激!”」バリバリバリ!

魔王「“雷よ”」バリバリバリ!


 ゴッ――


魔王「これも相殺。二歩近づいたぞ」

女魔術士「う……」

魔王「お前が一手しくじるたびに一歩。これで三歩だ」

女魔術士「“緑の爆鳴!”」ギイン!

魔王「“盾よ!” 四歩目!」キキン!
229 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 22:58:23.48 ID:tgoVOjI0

刺客10「キキキー!」シュ!

勇者「シッ――」キイン!

勇者「“我は流す天使の息吹!” 吹き飛べ!」ビュオオォォォ!

刺客10「キ……」ヒュオウ!



勇者「よし、これで距離は取れた! 終わりだ!」

勇者「“我が契約により――”」

刺客10「キ!」ビシュシュ――

勇者「遅い! “――聖戦よ終われ!”」


 カッ――! ビシュゥ――!


        ……――シン……


勇者「消滅魔術だ。チリのひとつも残らなかったな」

勇者「俺の、勝ちだ」
230 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 23:00:41.01 ID:tgoVOjI0

女魔術士「あ……“赤の刺激!”」ボッ

魔王「“盾よ” これであと四歩だ」キン!

女魔術士「(止まれ……)“紅の疾風!”」ボッ ヒュンヒュンヒュン!

魔王「“盾よ” 三歩」キン!

女魔術士「(止まれ、止まれ)“無色の咆哮!”」ゴオオォオ!

魔王「“盾よ” 二歩」キン!

女魔術士「(止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!)“黒の言葉よ!”」キィン!

魔王「“盾よ” 一歩」キン!

女魔術士「来るなあ!」

魔王「ゼロ。これで終わりだおなごよ」スチャ

女魔術士「う、ぐ……」
231 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 23:01:50.68 ID:tgoVOjI0

魔王「また、シェロを取り戻せなかったな」

女魔術士「……っ」

魔王「お前では無理だ。男など一人ではあるまい。別の伴侶でも探すんだな」

女魔術士「……どういう意味よ?」

魔王「シェロのことは諦めろ、そう言っているのだ」

女魔術士「なんであんたなんかにそんなこと……」

魔王「我輩はシェロを手放す気はない。そしてお前には力がない。必然的にそういうことになると思うが」

女魔術士「ふざけないで……」

魔王「……」

女魔術士「わたしはシェロのことを諦める気なんてない!」

女魔術士「決めた……どんな手を使ってでもあんたを倒すわ。そしてシェロを取り戻す!」

魔王「見苦しいぞおなご」

女魔術士「言ってなさい! すぐに後悔することになるわ!」

女魔術士「“鈍の扉!”」ピシュン!

魔王「……。行ったか」
232 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 23:02:45.58 ID:tgoVOjI0

勇者「片付いたみたいだな」

魔王「ああ」

勇者「……ハルは?」

魔王「逃げた。どんな手を使ってでもお前を取り戻すそうだ」

勇者「そうか……」

魔王「今後どのような手を使ってくるかわからん。不意打ち闇討ちにも気をつけなければならんな」

勇者「……」

魔王「では、行こうか」

勇者(……)


『早くに決着をつけなければ――』


勇者(……)
233 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 23:04:29.14 ID:tgoVOjI0

<???>


「それで。お前はしくじった、ということか」

女魔術士「……」

スタッバー「あーらら」

「後悔はさせない。そう聞いたような気もするが?」

女魔術士「……まだよ」

「……」

女魔術士「まだ、わたしの手は尽きたわけじゃないわ」

女魔術士「と、いうより――」

「……」

女魔術士「あんたたちの手は尽きていない。そうでしょ?」

スタッバー「お?」ニヤ

女魔術士「次はそれをわたしに貸しなさい」
234 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/12(水) 23:06:09.79 ID:tgoVOjI0

「……」

女魔術士「悪い話じゃないはずよ。わたしはどんな代償でも払うつもりだから」

「……さて」

スタッバー「いいんじゃない? 使っちゃおうよ、アレ」

「……。よかろう……しかし覚悟するのだな。対価は大きく、得られるものは少ない」

女魔術士「言ったでしょう。わたしの覚悟はできている。あとはあんたたちの覚悟だけよ」

スタッバー「っは、いいね、びりびりしてきた」

女魔術士(シェロ、待ってて。もうすぐだから……)
235 :アナウンス [sage]:2010/05/12(水) 23:07:19.66 ID:tgoVOjI0
・ここまで
236 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/12(水) 23:11:37.09 ID:PRSOoc6o
237 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/12(水) 23:20:06.75 ID:apjJPYQo
238 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/13(木) 01:59:46.69 ID:nLZyg.DO
追い付いた

勇者と女のイメージが最近打ってるせいかパチクエネクストのキャラに置き換えられるwwwwww
239 :アナウンス [sage]:2010/05/13(木) 19:19:06.30 ID:u/FsExU0
>>238
・ググった。PV見た。刷り込まれた
勇者はミニオーフェンのつもりだったからバンダナも共通してるしね
240 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:00:02.51 ID:u/FsExU0

<一週間後.昼>


勇者「……」

魔王「……シェロ?」

勇者「……」

魔王「シェロ」

勇者「……ん、どうした」

魔王「それはこちらの台詞だ」

勇者「俺は……別にどうもしねえよ」

魔王「そうか?」

魔王「ん。行く手に何か見えてきた。村ではないようだが、どうする? 寄るか?」

勇者「……行こう」
241 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:02:15.74 ID:u/FsExU0

<村の跡>


 ザッ ザッ ザッ


魔王「……」

勇者「……」

魔王「……何もないな」

勇者「今はな」

魔王「どこもかしこも焼けた家の跡だらけだ」

魔王「それも長い間このままといった感じで」

魔王「人の気配など微塵もしない……」

勇者「……」

魔王「ここは……もしや……」
242 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:03:05.53 ID:u/FsExU0

 ザッ……ピタ


勇者「ここは」

魔王「……」

勇者「十数年前に魔族の大群に襲われて火の海になった村だ」

魔王「……」

勇者「それまでは毎年勇者を輩出してきた由緒正しい村だった」

魔王「……」

勇者「俺の村。俺が生まれ育った村だ。十数年前俺が旅立った、いや、旅立たざるを得なかった村」

魔王「……」

勇者「魔王お前……」



勇者「やはり『知っていた』な……!?」

魔王「……」
243 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:04:11.40 ID:u/FsExU0

勇者「数十年前この村を襲った魔族ども、よく考えるまでもなくこの付近にいる魔族ではなかった」

魔王「……」

勇者「とするならば、あの魔族どもは『この村を襲うため』に大群を組み、やってきたというわけだ」

魔王「……」

勇者「つまり、あれは魔王の命令だったんだ」

魔王「……」

勇者「俺の村は、『お前の』手によって滅ぼされた……!」

魔王「……」

勇者「黙ってないでなんとか言ったらどうだっ!!」
244 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:05:30.45 ID:u/FsExU0

魔王「……言い訳をするわけではないが……十数年前、我輩はまだ魔王の座にはなかった」

勇者「……」

魔王「知っているかシェロ。勇者というのは人工的平和維持を守るための駒なのだ」

魔王「先代魔王は人工的平和維持に気付き、それを破棄させようとした。それに対抗して勇者という人種が求められた」

魔王「そのために勇者の村というのが生まれた……いや、作られたわけだ」

勇者「……」
245 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:06:38.15 ID:u/FsExU0

魔王「最初はそれほどの脅威ではなかったらしいな。多少目障りな程度で」

魔王「しかし百数十年前、先代魔王が打ち倒されたのを契機にまったく変わってしまった」

魔王「魔族の間で声が高まった」

魔王「勇者の村を滅ぼせ。そのような」

勇者「……」ギリ……

魔王「はじめはそのような乱暴な案、反対の声も大きかったらしい。しかし次第に人間が力をつけ、勇者たちの力が組織化されさらに強大になるにつれ、無視できないものになった」

魔王「魔族も恐怖していたのだろうな。勇者の力に」

魔王「そして、そのころ軍事面で実権を握っていた元帥が最終的に判断を下した。勇者の村を滅ぼすように、と」

勇者「だから何だ! 自分は悪くないとでも!?」
246 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:09:09.82 ID:u/FsExU0

魔王「……シェロ、聞け」

勇者「……」

魔王「我輩は小さいころに父上、母上と別れた。魔王となるためだ、仕方なかった」

魔王「我輩は以来、父上と母上とは会っていない。どこにいるのかも、生きているのかもわからない」

魔王「だが、だからこそ! 我輩は父上と母上を守りたい……! 世界が破滅するというならそれをなんとしてでも止めてみせる……!」

魔王「だからシェロ。たとえそのとき我輩が魔王の座にあったとしても同じことだ」

魔王「我輩はな、シェロ。自分の正義と思ったことはたとえ残酷であろうとやるだけだよ」

勇者「……」
247 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/13(木) 22:10:35.68 ID:u/FsExU0

勇者「チッ……だからなんだってんだ。俺の村が滅んだのはしょうがなかったってのか?」

勇者「俺の母さんが死んだのは仕方なかったと!?」

勇者「ふざけんな!!!」

魔王「……」

勇者「俺がどんな思いでお前についてきたかわかってるのか?」

勇者「どんなに殺してやりたかったことか!」

勇者「どんなに……っ」

魔王「それは」

勇者「……?」

魔王「英雄になるためではないのか?」

勇者「……んだと?」
248 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:11:42.32 ID:u/FsExU0

魔王「お前がひどいコンプレックスを抱えていたのはなんとなく予想がつく」

魔王「あのスタッバーに対して見せた過剰なまでの敵愾心。あれはそういうことだろう?」

魔王「お前が後生大事に抱えていたのは、本当に復讐心なのか? 憎悪なのか? 劣等感ではないのか?」

勇者「てめえ……!」

魔王「お前、本当は――」

勇者「うるせえ! 黙れっ!」

勇者「お前は殺さなきゃなんねえ……世界の破滅ぅ? 知ったことか!」

勇者「お前はここで終わりだ!」ジャキン!
249 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:13:48.76 ID:u/FsExU0

魔王「……いいのか? 死ぬかもわからんぞ」


 バチッ……


勇者「呪いの首輪か? そんなの屁でもねえよ。なんならお前と相打ちでもかまわねえ」

勇者「お前は気に入らねえ。お前に一矢報いれるのなら――」

勇者「ここで死んでも本望だっ!」バッ


 ――ガキィィン!


魔王「くっ……」ギギギ……

勇者「おらぁ!」グググ……


 バチッ――!


勇者「ぐあっ!」ビリビリビリ――
250 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:18:53.19 ID:u/FsExU0

勇者「――っく、こんなものぉ!」ビリビリビリ――

魔王(あの電撃を耐えている……)

勇者「くらえ!」ビッ!

魔王「ぬお!」ガゴオ!

勇者「おらっ!」シュッ!

魔王「く!」カィィン!

勇者「最後だ! “絶命け――!”」

魔王「“円舞陣!”」ギュオ!


 ズババシュゥ!


勇者「がッ!」
251 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:20:10.82 ID:u/FsExU0

魔王「シェロ、お前の気持ちもわからんでもない」

魔王「我輩が憎いだろう」

魔王「だが先刻も言ったとおり、我輩は我輩で貫き通したいものがある……!」

魔王「我輩はこの世界を守るぞ!」

魔王「それでも来るというならば――」

魔王「よかろう! 望みどおり殺してやる! 来い! シェロ!」




勇者「おおおおおおおおおおおおおおお!」ダッ

魔王「シッ――」タンッ
252 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:20:58.05 ID:u/FsExU0

「“があああああぁぁあぁぁあぁぁぁぁ――――ッ!”」


魔王・勇者「!?」


 カッ! ――ドゴオオォォ!


勇者「な……」

魔王「何だ……!?」


 モクモク モクモク……ブワ――


魔王「あれは……」

勇者「……ハル!?」



女魔術士「……」ユラリ……
253 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:21:45.45 ID:u/FsExU0

女魔術士「フー……フー……」

勇者「ハル……」

魔王「今は取り込み中だおなご。せめて我輩を倒せるようになってから出直して――」

女魔術士「ギッ……」

勇者「……!?」

女魔術士「ガ……ッ」ビクン!

魔王「……様子がおかしいな」

勇者「お、おいハル、大丈夫か……?」

女魔術士「“がァッ!”」ボッ!

魔王「!」


 ドゴオォッ!
254 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:23:34.63 ID:u/FsExU0

勇者「おい! ハル! どうしたんだ!」

女魔術士「ぐ……」

勇者「ハル! まさか俺がわからないのか!?」

女魔術士「ぎ、“があああああああ!”」


 カッ! ――ドゴオォォッ!

255 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:25:12.64 ID:u/FsExU0

勇者「痛ぅ……」

魔王「なんだかわからんが……応戦だ」



魔王「“光よ!”」ボッ!

女魔術士「ギ……」


 ズドッ!


女魔術士「グ……」

魔王「無傷? 効いていないのか? 直撃したはずだぞ?」

女魔術士「“ああああああああ!”」ゴッ!

魔王「く、“盾よ!”」


 ――バギン! ドゴオォッ!


魔王「ぬおお!」ドサア!
256 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:26:19.00 ID:u/FsExU0

勇者「ハル……いったい何が……!?」

女魔術士「ゼイ……ゼイ……」

女魔術士「シェ……」

女魔術士「……シェロ……!」

勇者「ハル!」

女魔術士「“うああああああああああああ!”」ズッ!


 ドゴッ!


勇者「ぐっは……」ドサ
257 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:27:22.67 ID:u/FsExU0

魔王「いったい何なのだ……? おなごに何があった?」ムクリ

魔王「威力が以前と桁違いだ……この短期間にいったい何を……いや、何が……」

女魔術士「“がああああああ!”」カッ!

魔王「まずい!」バッ


 ズガガガガガガガ!


魔王「……まさか」ズザァッ……

勇者「ハル……!」

魔王「シェロ! 生きているか!?」

勇者「ああ……」

魔王「いったん退くぞ、いいな?」

勇者「……」

魔王「“異界よ!”」ピシュン!



女魔術士「くああああああああああ!」
258 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:28:22.65 ID:u/FsExU0

<村の跡.離れた場所>


 ――ピシュン


魔王「……ここまで飛べばとりあえずは大丈夫であろうな」

勇者「ハル……いったい何が……」

魔王「…………」

魔王「……我輩にも正確なところは見当がつかん」

魔王「今わかってるのは、こちらの言葉に反応しないこと、おなごの魔力が異常なまでに上昇していること、我輩の魔術では傷ひとつつかなかったことだけだ」

勇者「……」

魔王「しかし感触として、あれは……半分ばかし魔物化しているな……。しかも強力な」

勇者「魔物化……だと?」
259 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:29:43.07 ID:u/FsExU0

魔王「我輩の感想に過ぎんよ。……だからこれから言うことも話半分に聞いてくれ。我輩の推測だ。それまでは休戦ということでよいか?」

勇者「……わかった」

魔王「――結論から言う。……あのおなご、もう長くはないぞ」

勇者「なんだと? そりゃどういう意味だ!?」

魔王「順を追って話そう」

魔王「話は人工的な平和維持までさかのぼる。それは異世界との契約により成されたと話したな。覚えているか?」

勇者「ぎりぎり……」

魔王「あの時は簡潔に説明したためそこで終えたが、もうちっと詳しく説明しよう」

魔王「――異世界との契約。意味はわかるか」

勇者「……さっぱりだ。そもそもなぜいきなり異世界という単語が出てくるのかわからん」

魔王「そうだな。そうだろう……。ではたとえ話をしよう」
260 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:30:56.44 ID:u/FsExU0

魔王「――お前の部屋がたくさんのゴミに埋もれて汚くなってしまった。さて、お前はどうする?」

勇者「どうするって……そりゃ掃除をするな」

魔王「ゴミは?」

勇者「……捨てるなり何なりするだろう」

魔王「そのとおり。……話を異世界のことに戻そう。このとき異世界というのはこちらの世界のごみを捨てるためのゴミ捨て場の役割をするのだ」

勇者「ゴミ捨て場……?」

魔王「うむ」

勇者「ゴミって、何だ?」

魔王「平和を維持するために不必要なもの。戦乱を巻き起こす火種となるもろもろの要素のことである」
261 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:32:37.11 ID:u/FsExU0

魔王「――コップ一杯の水がある。その中に一滴のインクをたらした。インクは水に拡散し、やがて溶け込んで見えなくなった」

勇者「……」

魔王「さて、お前はその一滴のインクをどうやって取り戻す?」

勇者「はぁ? そんなの無理に決まって――」

魔王「そう、無理なのだ。戦乱の火種もそれと同じ。どんなに尽力しようが歪みは生まれ、やがて大きな渦になる。それをとめることなど誰にもできない……」

勇者「……」

魔王「ならば……と昔の人間か魔物――もしくはもっと別の何か――は考えたようだ」

魔王「その戦乱の火種、人々のカオスを望む心、乱のエントロピーの増大。それらを別の世界に捨ててしまえば平和の維持は可能だと」

勇者「……!」

魔王「それが」

勇者「人工的な平和維持の正体……!」
262 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:34:26.39 ID:u/FsExU0

魔王「異世界はこちらの世界ほどしっかりとした形を持っていないらしい」

魔王「当然命と呼べるようなものもなく、曖昧模糊とした怠惰にも似た何かが漂っているだけだと……」

魔王「そこにこちらの偏ったエネルギーを詰め込んだ」

魔王「異世界の混沌は形を持った」

魔王「こちらの世界を破壊しつくす何らかの意志。そのようなものに、なった」

魔王「世界の終局はとても近いところにある……」

勇者「……」

勇者「……それとハルと、どういう関係がある?」

勇者「どうしてハルはああなった!? 説明しろ、魔王!」
263 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:35:10.33 ID:u/FsExU0

魔王「あのおなごは魔神と契約を交わしてしまったのだろうな」

勇者「は? 魔神?」

魔王「異世界より来るであろう破壊意志を便宜的にそう呼んだまでだ。深い意味はない」

勇者「つまり、人工的平和維持の契約と関係があるんだな?」

魔王「繰り返すが推測でしかない。だが可能性は高い」

魔王「あのおなご、人工的平和維持の契約に触れたのだろう」

魔王「異常なまでの魔力増幅。こちらの攻撃の無効化」

魔王「エネルギーの吸収と蓄積したエネルギーの放出。そう見れば人工的平和維持契約の性質とよく似ているのだ」

勇者「……ちっくしょう、それでハルは変になっちまったってのか?」

魔王「おそらくな」
264 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:35:49.15 ID:u/FsExU0

勇者「それで、じゃああいつは、ハルは――」


「“あ゛ァぁああ!”」カッ――


 ドゴオオォォン……!


魔王「……来たな」

勇者「……」

魔王「まだ聞きたいこともあるだろうが、まずはおなごを無力化しなければならん。……いけるか?」

勇者「だが……!」

魔王「あのまま放っておくわけにもいくまい。……想い人なのだろう?」

勇者「! ああ!」

魔王「ならば行くぞ」
265 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:37:09.96 ID:u/FsExU0

女魔術士「“――ガァッ!”」ゴッ!


 ズガガガガガガガッ!


魔王「くっ……」ザッ

魔王「おなごよ! 聞こえているか!?」

女魔術士「フー……フシュー」キッ

魔王「……そうか、悪魔に魂を売ってしまったか!」

女魔術士「……」

魔王「そんなにシェロを取り戻したかったのか?」

女魔術士「……シェ……」

魔王「そんなことに手を出してシェロが喜ぶとでも思ったのか!?」

女魔術士「シェロ……」

魔王「目を覚ませ、うつけが!!」
266 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:37:51.52 ID:u/FsExU0

女魔術士「“があああああ!”」カッ!

魔王「“光よ!”」ボッ


 ドゴオオオォオォォォ!


魔王「ぐっ……(やはり押し負けるか……!)」
267 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:39:10.56 ID:u/FsExU0

魔王「そんな体になってどうするつもりだったのだ!」

魔王「シェロを我輩から開放できれば後はどうでも良かったと?」

魔王「とんだ正義感だな! 曲がった愛だ!」

女魔術士「“シェロオオォォ!”」カッ!

魔王「! “炎よ!”」ジャッ!


 バゴオオォォォォ!


魔王「がはっ!」
268 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:40:20.62 ID:u/FsExU0

魔王「く……シェロを救ったあとはどうする!?」

魔王「お前も無事では済まんぞ!」

魔王「代償は大きい! 得られるものは少ない!」

魔王「シェロがお前の無事を願わないとでも!?」

女魔術士「シェ……ロ……」



女魔術士「“ああああぁぁぁああああああぁぁ!”」キィィィン!

魔王「シェロ! いまだ!」



勇者「こっちだ、ハル!」バッ!

女魔術士「!」

勇者「“我が左手に――”」

女魔術士「“があああああ!”」

勇者「しま――っ」
269 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:42:43.08 ID:u/FsExU0

魔王「“縛縄よ!”」シュルルルルル――


 ギシ!


女魔術士「っ!」

魔王「よし、おなごは縛った! 行くぞシェロ! 挟み撃ちだ!」

勇者「応!」



勇者「“我が左手に――”」



勇者「“――冥府の像!”」ゴッ! 魔王「“天魔よ!”」グオ!


 ガゴゴッ!


女魔術士「――――ッ!!」


 ドサ……
270 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:43:42.11 ID:u/FsExU0

     ※


勇者「おい、ハル! ハル!」

女魔術士「……」

勇者「ハル! 目を開けろ……返事をしろ!」

女魔術士「……」

勇者「ハル! チッ……くそっ! ダメージが大きすぎたのか!?」

魔王「外傷は少ない。契約がおなごを守ったのだろう」

勇者「だったらなぜ目を覚まさない!?」

魔王「……」

勇者「さっきハルはもう長くないと言っていたな!? あれはどういう意味だ!」

魔王「……そのままの意味である。おなごの命は風前の灯なのだ」

魔王「人工的な平和維持。その規模は一個の生命に対し果てしなく大きい」

魔王「いち生命体が干渉するにはあまりに苛烈すぎるのだ……」

勇者「そんな……じゃあ」
271 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:44:32.53 ID:u/FsExU0

魔王「おなごは、もう助からん」

勇者「……馬鹿な! でたらめ言うな!」ガシ!

魔王「我輩の胸倉を締めたところで事実は変わらんよ」

勇者「くっ……」

勇者「……」

勇者「……そんな」

魔王「……そんな顔をするな。助からないのはこのままの状態を継続した場合の話だ」

勇者「!?」

勇者「助ける方法が、あるのか?」

魔王「……ああ」

勇者「教えろ!!」

魔王「至極簡単な話だ。そのおなご、人工的な平和維持の契約に割り込む形で力を得、代償を負っている。ならば――」

勇者「契約の破棄でハルは助かる……?」

魔王「そういうことだ」
272 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:45:18.27 ID:u/FsExU0

勇者「っ……」

勇者「んだよ……ビビらせんなよ……」

勇者「……よかった」

勇者「……」

勇者「ハル……」


『あなたはわたしが絶対助けるわ!』


勇者「……お前、俺のために……」


『大切な人が取り返しのつかないことに――』


勇者「……」

勇者「……ああ、そういうことかよ……」
273 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:46:27.25 ID:u/FsExU0

勇者「ハルは俺のために……。俺がずっと迷っていたから……」

魔王「我輩が無理やり連れてきたのだ、仕方あるまい」

勇者「……」

勇者「違うんだ……違うんだよ、魔王。俺だって仮にも勇者だ。呪いの解除はできなくても、逃げ出すぐらいなら当たり前にできたんだ……」

勇者「俺はそれでもどっちつかずのまま、宙ぶらりんのまま……」

勇者「どっちだって良かった……! 俺がちゃんと決めていれば! ハルは!」

魔王「……」
274 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:47:44.09 ID:u/FsExU0

勇者「俺が中途半端なままだったから……」


『あんたって強いけど、でも脆いわね』


勇者「……は」


『余裕がないからそうだっつってんの』


勇者「……まったくだ……俺はいつも焦ってばっかで」


『仕方ないからあんたについてってあげる』


勇者「はは……」


『ほっとけないしね』


勇者「……はは……」
275 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:48:24.69 ID:u/FsExU0

勇者「……」

魔王「……」




勇者「魔王」

魔王「何だ?」

勇者「俺、世界を……ハルを救うよ」

魔王「……」

勇者「でも、足りない。俺だけじゃ、絶対足りない」

魔王「……」

勇者「だから、俺を手伝ってくれ。俺に力を貸してくれ」

魔王「いいのか? 我輩はお前の村を――」

勇者「それは許せねえ」
276 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:49:33.20 ID:u/FsExU0

魔王「……」

勇者「許す日が来ることは、絶対、ない」

魔王「……」

勇者「でも、お前だって守りたいものがあった。今ならわかる」

魔王「……」

勇者「だから、今はいい。今はもっと大事な事がある。過去より今。今より明日」

勇者「だから、俺に力を……」

魔王「……」





魔王「よかろう。共に行こう、シェロ」
277 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:50:27.41 ID:u/FsExU0

<???>


「……失敗か」

スタッバー「みたいだよ」

「あの小娘……せっかく……」

スタッバー「仕方ないんじゃないかな、あんたが楽をしようとしてそうなったんだから」

「何?」

スタッバー「確実に始末したいなら自分でやればいいんだ。違うかな?」

スタッバー「――キムラック神殿大神官様?」

大神官「……貴様」

スタッバー「おっと、そんな怖い顔しないでよ。別にあんたに逆らうわけじゃないさ」

スタッバー「それに安心していいよ。あいつらの居場所はつかめた。次は俺が出るから」

スタッバー「俺が確実に仕留めてきてあげるよ」

大神官「……下がれ」

スタッバー「うーす」
278 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:52:35.98 ID:u/FsExU0

<翌日.昼.交易の街.豪邸>



「――それで?」

「君たちは何をお望みかな?」



勇者「……」

勇者「少女一人のための医療体制」

勇者「……そして――」





魔王「王都への、侵入手段だ」
279 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 22:53:45.94 ID:u/FsExU0

<一時間前>



勇者「……もうすぐで次の街に着く」

魔王「王都のひとつ手前の街……」

勇者「交易の街だ」

勇者「ついにここまで、って感じだな」

勇者「つ――よいしょっ」

魔王「そろそろ代わるか? あれからおなごはずっとお前が背負っているが」

勇者「いいんだ。俺なりの罪滅ぼしのつもりだから」

魔王「そうか……」
280 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:08:12.75 ID:u/FsExU0

<街の中>


勇者「さて……」

魔王「これからどうするのだ? 次の王都はそう簡単には入れまい」

勇者「そうだな。ハルのことも考えなきゃいけない」

魔王「まさか連れて行くわけにもいかないしな」

勇者「ああ。だからそれら諸々をこの街で解決しておく」

魔王「あてはあるのか?」

勇者「一応。ただ――」

魔王「ただ?」

勇者「どうコンタクトを取ったものか……」

魔王「?」





「すみません、よろしいでしょうか」
281 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:09:00.98 ID:u/FsExU0

魔王「なんだ、お前は」

「私、あるお方からあなた方をお連れするよう命じられております。どうかご同行願えませんか?」

勇者「あるお方?」

「ついてきていただければおのずとわかります」

魔王「ふむ……」

「王都への侵入手段をお探しなのでしょう、『勇者様』に『魔王様』?」

勇者・魔王「!」

「ついてきていただけますね?」

魔王「……」

勇者「……」

魔王「……よかろう」

勇者「わかった」
282 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:09:42.93 ID:u/FsExU0

<豪邸>



「お連れしました」

「ご苦労」

魔王「……」

勇者「……」

「いきなり引っ張ってくるようなまねをしてすまなかったね、二人とも」

勇者「まさか大商人のあんたの方からお呼びがかかるとは思わなかったよ」

魔王「では?」

勇者「ああ、『あて』だ」

大商人「エリムだ、初めまして。以後よろしく、勇者のシェロに魔王のニギ」

魔王「……」
283 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:10:44.98 ID:u/FsExU0

大商人「背中の少女はあちらの部屋に寝かせたまえ」

勇者「お言葉に甘えさせてもらうぜ」




大商人「さて、勇者に魔王。手を組んだとは聞いていたが、まさか本当だとはね」

魔王「なぜ我輩らだとわかった?」

大商人「私の情報網をなめてもらっては困るね」

大商人「君たちは最接近領の酒場で暴れて、その結託を知られることになった。その後山賊を従えた少女に襲われ、撃退」

大商人「また、同日襲ってきた王都からの刺客も撃退。港町で船を調達し海を渡る」

大商人「その後は面倒だから省略させてもらうよ」

大商人「そして今日君たちはこの街に入って私からの招待を受けたわけだ」

勇者「……すごいな」
284 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:12:02.73 ID:u/FsExU0

大商人「それに勇者、君のしているペンダント。それは勇者の村の紋章だね」

勇者「……!」

大商人「翼を広げた一本足のドラゴンが剣に絡みついたデザイン。うん、特徴的だ」

大商人「つけているかどうか確証はなかったが、おかげですんなり見つけることができた」

勇者「……偽者かも知れないぞ?」

大商人「君は私たちを何だと思ってるんだい? 世界最高峰の交易の街、ラポワントのトップトレーダーだぞ? 真贋の区別くらい朝飯前さ」

魔王「恐れ入った」

大商人「――さて私が呼び出しておいてなんだが、先に聞いておこう」

大商人「君たちは何をお望みかな?」
285 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:13:27.76 ID:u/FsExU0

     ※


大商人「なるほど、少女の保護と、王都侵入の手段ね」

勇者「……」

大商人「ふむ、君たち、大それたことを考えているね?」

魔王「……さてな」

大商人「王都の転覆か、はたまた世界征服か……」

勇者「そんなの陳腐すぎて今どき子供でも言わねえぞ?」

大商人「はは、冗談さ」
286 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:14:11.42 ID:u/FsExU0

大商人「……うん、そうだな、その望み叶えてあげてもいいよ」

魔王「条件は?」

大商人「おっと先回りされたか。そうだね、叶えてあげてもいいが条件がある」

大商人「とっちめてほしい人物がいるんだ」

勇者「誰だ?」






大商人「ヒューイック……っていうんだけど、知ってるかい?」

勇者「何……!?」
287 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:15:45.23 ID:u/FsExU0

大商人「おや、その様子だと知っているみたいだね」

大商人「実はそいつ、私の所に脅迫状を出してきたんだ」

大商人「私たちを皆殺しにするそうだ。一週間後に」

大商人「商売柄恨まれることも多いが、殺すと明言されたことは少ないな」

大商人「……私からの要望はひとつ。そいつを撃退してほしい」

勇者「……あんた、奴のことどこまで知っている?」

大商人「そうだね……そうだなあ。そんなに多くのことを知っているわけじゃない、残念ながら」

大商人「優秀なスタッバーってことぐらいかな。つまりぜんぜん知らないということだ」

魔王「……そうか」

大商人「というわけで引き受けてもらえるだろうか」

勇者「……」

大商人「と、いっても選択肢は最初から一つしかないな。卑怯かもしれないが。君たちは引き受けるしか道はない。なぜなら少女の保護はともかく、私以外に王都侵入の手段を確保できる人物はいないから」

魔王「……そのとおりらしいな」

大商人「よし、決まりだ」
288 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:17:04.91 ID:u/FsExU0

勇者「……とは言っても、まずは残念なお知らせだ」

大商人「うん?」

魔王「我輩ら、奴と戦い既に敗北している」

勇者「チッ……」

大商人「彼、強いのかい?」

魔王「強いなどというものではない。我輩ら二人がかりでも軽くあしらわれてしまった。」

大商人「それはそれは……」

勇者「あと一週間。そう簡単に逆転はできないだろうな」

大商人「困ったな。君たちは私が知る中で最強の二人だよ。ほかに用心棒のあてもない」

大商人「つまり、あと一週間で君たちが強くなるしかないわけだ」

勇者「簡単に言ってくれるな……」

大商人「大丈夫、コーチのあてならある」

魔王「む?」

大商人「君たちより強くて雇える用心棒の心当たりはない。でも君たちより強い人間の心当たりなら、ある。そういうことさ」
289 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:18:08.89 ID:u/FsExU0

<夕方.郊外>


『郊外に出てこの地図のとおりに行くんだ』

『チャイルド・フィールといって、ちょっと気難しいけど悪い人じゃないからめいっぱいしごいてもらってくるといい』

『ああ、彼女のことは心配しなくていい。責任をもって預からせてもらうよ』


勇者「――と言われて来たが」

魔王「あの小屋ではないか?」

勇者「ほかにそれらしいものもないしな。行こう」
290 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:18:57.76 ID:u/FsExU0

<小屋前>


 ――コンコン


勇者「……」

勇者「……誰も出ないな」

魔王「留守か?」


「私の家に何か用かね?」


勇者「!」

魔王「……あなたがチャイルド・フィールか?」

老人「そうだ。しかし、質問したのは私だ。君たちは何者だ? 私に何か用か?」

勇者「エリムという大商人の紹介で来た」

魔王「我輩らを鍛えてもらいたい」

老人「断る」
291 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:19:54.59 ID:u/FsExU0

老人「まず第一に私は君たちのことをよく知らない。そんな人物らの頼みごとを受けるいわれはない」

老人「第二にエリムなる商人とはそれほど親しいわけでもない」

老人「第三に私はただの老人だ。人に教えられるほどの技術は既に持ち合わせていない」

老人「帰ってくれ」

勇者「そんなこと言っても……」

魔王「第一の回答。我輩らは魔王と勇者だ」

勇者「っ……おい!」

魔王「第二の回答。それは我輩らの知ったことではない。第三の回答。それは嘘だ」





魔王「なあ、先代魔王を倒した勇者の血筋、チャイルド・フィールよ?」

老人「……」

勇者「!?」
292 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:20:48.92 ID:u/FsExU0

老人「何のことだ?」

魔王「ほう、あっさり認めるほど低脳ではないと見える」

魔王「だが、我輩は先刻申し上げたように魔王だ。先代魔王を倒した勇者とその仲間、そして血筋ぐらい把握している」

魔王「あなたの名前を聞いたときピンと来た」

勇者「それは本当か?」

魔王「ああ、この老人は正式勇者の曾孫だ」

勇者「勇者の、曾孫……」

老人「……」
293 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:21:56.38 ID:u/FsExU0

老人「そうか、素性は割れていたか」

魔王「認めたな」

勇者「……」

老人「勇者と魔王といったな。名前は?」

勇者「シェロ」

魔王「ニギだ」

老人「シェロに、ニギか」

老人「私は物覚えがよくない。年のせいもある。しかし覚える気もない」





老人「君たちはここで死ぬからだ」シャキン!

勇者・魔王「!?」
294 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:24:28.85 ID:u/FsExU0

勇者(なんだ!? 纏う気配が変わった!?)

魔王(ナイフ一本でこの違い!)



老人「残念だが逃がすわけには行かない。シェロはともかく魔王ニギ。先代勇者の血筋として君は一応排除させてもらおう」


 タンッ――


魔王「――っ」

老人「――フッ」シャッ

魔王(速い! もう鼻先!)ガキン!

老人「防ぐか。伊達に魔王を名乗っているわけではないようだ」グググ……

魔王「く……」グググ……
295 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:26:16.41 ID:u/FsExU0

勇者「この……!」スチャ!

老人「今なら君は見逃そう。しかし私に攻撃を仕掛けたが最後、君も敵とみなして排除させてもらう」

勇者「……っ」

勇者(今なら、まだ間に合う……?)



『あなたはわたしが絶対助けるわ!』



勇者「――俺は止まれねえ!」ブン!


 スカッ――


勇者・魔王「!?」
296 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:27:45.01 ID:u/FsExU0

老人「君たちのスタンスはわかった。私は本気で君たちを殺しにかかろうと思う」

勇者(一瞬で離れたところに!?)

魔王(距離にしてたかだか四歩ほどだが……見えなかったぞ?)

老人「呆けている暇はない。その一瞬後に君たちは死んでいるかもしれない」



勇者「こいつはまずいぞ魔王……」スチャ

魔王「本当に死ぬかもわからんな」チャ

魔王「だがそれでもやりぬかなければならないことがある。違うか?」

勇者「……。そのとおりだ」グッ



魔王「行くぞ!」ダッ

勇者「応!」ダッ

老人「……」バックステップ
297 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:29:18.66 ID:u/FsExU0

魔王「ふん!」ビッ!

老人「……」キャン!

勇者「おおおおおお!」ブオン!

老人「……」ヨケ



老人「なるほど、読めた」



魔王「何がだ! 食らえ“円舞陣!”」ギュオ――

老人「……」カンカンカンカイン!

魔王(全ていなされた!?)
298 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:30:39.33 ID:u/FsExU0

勇者「背後はもらった!」ブオン!


 スカッ――


勇者「え?」

勇者(おいおい……今のは確実に届いていたはず……)

老人「……」シュッ

勇者「ぶっ」バキ! ドサ

魔王「シェロ!」

老人「少し殴っただけだ」
299 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:32:18.41 ID:u/FsExU0

魔王「この!」シュッ!

老人「ふっ――」キュイン!

魔王「! (剣が弾かれた!)」


 スッ――


魔王(我輩の腹に拳を!? これは……)


 ズドン――ッッ!!


魔王「がは――ッ!! (寸打!)」ドサ
300 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:33:06.20 ID:u/FsExU0

勇者「なんであんたがそれを……」ムクリ

老人「? 寸打を知っているのか?」

勇者「……?」

老人「これは曽祖父が編み出したものだ。門外不出のはずだがなぜ知っている?」

老人「いや、どうでもいい。どうせ殺す」



魔王「“光よ!”」ボッ!

老人「“無為よ”」


 ボシュウゥゥ――……


魔王「魔術構成が中和されただと!? 完全に不意をついたはずだぞ!」ガバ!
301 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:35:20.86 ID:u/FsExU0

老人「不意とはなんだ? 意識の間隙のことか?」

老人「私にそんなものはないよ。残念ながら」



勇者「“我は放つ光の白刃!”」ゴッ! 魔王「“光よ!”」ボッ!



老人「“盾よ”」キキン!



魔王(前後からの魔術を同時に防ぐか……魔力も並ではないな)

勇者(先代勇者の曾孫……こんなに差があるものなのか? こんなに遠いものなのか!?)
302 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:37:12.52 ID:u/FsExU0

勇者(俺は……俺は……)

勇者「俺は……!」

勇者「“我が契約により――!”」

老人「“光よ”」カッ!

勇者(しま――っ)

魔王「“盾よ!”」ギ……



魔王「シェロ! 馬鹿者! そんな隙だらけの魔術、撃つ奴があるか!」

魔王「今はお前のわだかまりなんぞにかまっている暇はないはずだぞ!」

勇者「く……」
303 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:39:14.35 ID:u/FsExU0

老人「“光よ”」カッ!

勇者「“我は紡ぐ光輪の鎧!”」キ……バギン!

勇者「が!」

魔王「シェロ!」

老人「“光よ”」カッ!

魔王「“盾よ!”」キン!




老人「終わりだ」




老人「“連鎖よ”」キュイィィン……


 ズドドドドドドドドド……!


魔王(何だ? 亀裂が襲い掛かってくる!)

魔王「“盾よ!”」

老人「……」
304 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:41:18.88 ID:u/FsExU0

勇者「”我抱きとめるじゃじゃ馬の舞!”」


 ビシュウウゥゥゥゥ……


老人「……しのいだか」

老人「自壊連鎖の構成だ。防御壁で防ごうともその壁ごと破壊する。構成自体を中和させなければ死んでいた」

勇者「……」

老人「君はもしや先ほどの私の中和魔術構成を読み取って真似をしたのか?」

勇者「……まあな」

老人「ふむ、なかなか……」

老人「しかしどうかな。その胸の内の厄介な荷物を抱えたままでこの局面を生き残れるか?」


『血の気が多いね、エセ勇者』


勇者「……っ」
305 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:42:57.39 ID:u/FsExU0

魔王「聞け、チャイルド! 我輩らは世界を救うために力が必要なのだ! どうか我輩らに協力してほしい!」

老人「世界を救う?」

勇者「そうだ、俺たちは――」

老人「もしや人工的平和維持のことか?」

勇者・魔王「!?」
306 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:44:37.12 ID:u/FsExU0

魔王「知っているのか……?」

老人「私の曽祖父は正式に王より命を下された勇者だ。そのあたりのことは当然全て説明を受けていた。子孫として私も知っている」

老人「曽祖父はずいぶんと悩んだようだ。まあ当たり前か。世界のありようが自分たちの行動で決まってしまうのだから」

老人「だが、最終的には曽祖父は王都の方針に賛同し、魔王を打ち滅ぼした」

勇者「……あんたは、どっちなんだ?」

老人「私か? ……難しいところだな」

老人「そもそも私には考える機会も、決断する義務も生じなかった。いまさらどちらが正しいかなんて関係ないよ」

老人「二つの選択。そのどちらもが破局に通じている。平和を約束された上での絶対の破滅か、絶対の破滅を避けたうえでの緩慢な終局か」

老人「私にはどちらでもよいのだ」

老人「実のところ、君たちの排除も」
307 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:45:26.68 ID:u/FsExU0


魔王「それは絶望してしまっているのと変わらないな」

老人「そうかもしれない」

勇者「どうしても俺たちに力は貸せないか?」

老人「……」

勇者「頼むよ、俺は……どうしても……」





老人「……条件がある」

魔王「!」

勇者「それは……?」

老人「そもそも君たちに技術面においてそれほど不備は見られない」

魔王「簡単にあしらっておいてそれか……」

老人「君たちに足りないのは……なんだろうな。陳腐な言い方をすれば覚悟というものだろうか」
308 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:46:59.13 ID:u/FsExU0

勇者「覚悟……?」

老人「仮にも世界の平和を乱そうというのだからそれくらい持ってもらわなくては困る」

老人「世界中を敵に回す覚悟」

老人「――君たちが目的を達成することで結果的に命を失う人々がいるかもしれない」

老人「大切なものを守る覚悟」

老人「――君たちが目的を達成する過程で失うかも知れない」

老人「……自らを犠牲にする――極端な話、死ぬ覚悟」

老人「いずれも欠けてもらってはこまる。傍観する側としては」

老人「それを見せてもらえれば。考えてみよう。君たちの指導を」

魔王・勇者「……」
309 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:47:48.07 ID:u/FsExU0

魔王「覚悟か」


『父上! 母上!』


勇者「今更だ」


『あなたはわたしが助けるわ――』


魔王「……よし」

勇者「ああ」
310 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:49:18.86 ID:u/FsExU0

勇者「いくぞ!」ダッ

老人「“光よ”」カッ!

勇者「“我は紡ぐ光輪の鎧!”」ギギン!

老人「……今度は防いだか」

勇者「魔王!」

魔王「“闇よ!”」ブワッ!

老人(あたりが暗く……視界遮断)

勇者「いっけええええええ!」ザッ!

勇者「“絶命剣!”」ドッ――ズバシュウ!

老人「……」ギッ!

勇者「“紫音絶命剣!”」シュッ! ドッ――ズバシュウ!

老人「……」ギギッ!

老人「視界を奪ったくらいで一撃を入れられると思うな。君の殺気はわかり易すぎる」
311 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:49:53.58 ID:u/FsExU0

勇者「さすが。でもこれはどうだ!」




勇者「くらえ! “活殺剛翔剣!”」ギュオ――!


 ガギギン!


老人「っ…… (神速で斬り上げる剣……姿勢が……)」



魔王「“光よ”」

老人「姿勢を崩したあとの遠距離射撃。こちらが本命か」

老人「だがこの程度なら防ぐのは易いぞ」

老人「“盾よ”」
312 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:50:42.91 ID:u/FsExU0

勇者「“我抱きとめるじゃじゃ馬の舞!」

老人「!?」


 ドゴォゥッ!

313 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:51:56.31 ID:u/FsExU0

勇者「うぐ、はっ……」

老人「……っ」

魔王「シェロ、大丈夫か!?」


老人「私の防御魔術を中和した……」

老人「自分が巻き込まれるのを省みず……」

勇者「く……。一発でお陀仏の可能性もあったがな……」

勇者「だが、覚悟、だろ?」

老人「……」

老人「なるほど。……なるほどな」
314 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/13(木) 23:52:51.36 ID:u/FsExU0

魔王「……まだ、足りないか?」

老人「……」

老人「いや、十分だ」

老人「……君たちを鍛えよう」

勇者(……よし)

魔王「よろしく頼む」
315 :アナウンス [sage]:2010/05/13(木) 23:54:35.10 ID:u/FsExU0
・ここまで
316 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/13(木) 23:55:22.27 ID:yGBl6fI0
乙です
317 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/13(木) 23:56:10.50 ID:ksdont6o
318 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/13(木) 23:58:26.63 ID:2KGzzkAO
319 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/14(金) 00:26:20.33 ID:hnGRtg2o
320 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/14(金) 01:05:49.48 ID:eghTjQDO
321 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/14(金) 11:58:46.29 ID:UFbMqy.0
322 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/14(金) 19:59:19.18 ID:Og6YzX.o
323 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:00:01.10 ID:kftnrRA0

<小屋>



老人「今夜はここに泊まっていけ」

勇者「そもそも今から街に戻っても宿は取れないけどな」

魔王「それでは遠慮なく。酒はないのか?」

勇者「そこは遠慮しとこうな」




老人「腰を落ち着けたところで聞いておきたい」

魔王「なんであろうか」

老人「君たちのここまでの足跡だ」

勇者「そんなものに興味があるのか?」

老人「さびしい老人だからな」

魔王「まあかまわん。話して差し上げよう」
324 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:03:37.14 ID:kftnrRA0

     ※


老人「王立のスタッバー、か……」

勇者「ああ。一週間で倒せるようにならなきゃいけない」

老人「一週間。それはずいぶんと性急なことだな」

老人「……ところでそのスタッバー、名前はヒューイックというんじゃないか?」

魔王「! 知っているのか?」

老人「私は王都で十三使徒の指導をしていたことがある。そのときの教育対象の一人が奴だ」

魔王(なるほど、どうりで奴と攻め手が似ていたわけだ)

老人「優秀な男だった」

老人「十三使徒は通常、勇者の村の出身者から成っているが、奴は例外だ」

勇者「?」

老人「奴は王都が独自に育て上げた最高傑作だ。勇者の村の出身者は優秀な血の交配によって生み出された人種。奴は常にそのひとつ上を行った」

老人「『王都の魔人』。そう呼ばれている」
325 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:04:15.78 ID:kftnrRA0

老人「良くないのを敵に回したな」

魔王「強敵とあたることぐらい魔王となったときから覚悟はしていた」

老人「……そうか。今日はもう休むといい」

勇者「ああ」

魔王「そうさせてもらおう」
326 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:05:15.25 ID:kftnrRA0

<次の日>


 ――ドォゥッ!


勇者「が――ッ!」ドサァ……

老人「……」

魔王「はっ!」シュッ シュッ

老人「……」パン パァン!

魔王(拳が弾かれた……!)

老人「ふっ――!」ゲシィ!

魔王「ぐっ……」ドサ

老人「立て」
327 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:06:16.92 ID:kftnrRA0

勇者「くっ」ムクリ

魔王「この……」ムクリ

老人「来い。もう一度」

勇者「待った」

老人「……」

勇者「やっぱりやってらんねえ。なんで武器なしでやらなきゃいけねえんだ? そりゃナイフ使いで体術に慣れたあんたが勝つに決まってるじゃねえか」

魔王「シェロ」

勇者「俺はすぐにでも強くならなきゃいけねえんだ……! 修行ごっこなんぞやってられるか……!」
328 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:06:57.87 ID:kftnrRA0

魔王「……シェロ」

勇者「んだよ」

老人「本気で言っているのか?」

勇者「冗談言ってるように聞こえるか? 耳の医者に行け」

魔王「ハァ……」

魔王「すまないチャイルド。こやつはあまり頭が良くないのだ」

勇者「んだと!?」

老人「拳闘は戦闘の基本だ。君には基礎が欠けている。欠け過ぎといってもいい」

勇者「……」

老人「我流なのだろう?」

勇者「っ……」

老人「それではある程度以上は行けない。本気で強くなりたいなら君は根底から考えを改める必要がある」

老人「違うか、エセ勇者?」

勇者「っ――このっ!」ダッ
329 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:07:50.48 ID:kftnrRA0

勇者「シッ――!」ヒュッ!

老人「……」パシィ!

勇者(蹴り足が……!)

老人「フェイントもなく上段蹴り。有り得ないな」ポイ!

勇者「うお!」ドサ

勇者「畜生!」ガバ! シュッ!

老人「……」ヨケ ガシ

勇者「(腕を取られた! が……)そうそう何度も投げられてたまるか!」グッ

老人「力んだな」


 トン――


勇者(しまった、寸――!)


 ドッ――!


勇者「ぐ、は」ズルズル……バタ
330 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:08:48.46 ID:kftnrRA0

老人「……君は厄介なものを抱えている」

勇者「なんの、ことだ……?」

老人「自覚はあるのだろう? 君が冷静さを失う原因だ」

勇者「……」

老人「君は脆い」

勇者「こ、の……」

老人「……だが、伸びシロはある」

勇者「……」
331 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:10:15.60 ID:kftnrRA0

老人「持っていけ。私の寸打を。きっと必要になるはずだ」

勇者「そんなにほいほい覚えられるかよ……」

老人「私はヒューイックに寸打を教えた覚えはない。だが、おそらく奴は自分で編み出した」

老人「曽祖父の技を人づてに聞いたのかもしれん。とにかく奴は寸打を再現することに成功している。奴にできて君にできないこともないだろう」

老人「何しろ寸打を実際に使える人物が君の目の前にいるのだから」

勇者「……」

老人「君は勇者なのだから」

老人「違うか、シェロ?」

勇者「ちがわねえ、な」
332 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:11:02.98 ID:kftnrRA0

老人「だったらまずは私を信じて体術訓練を受けろ。話はそれからだ」

勇者「……わあったよ」ムクリ

老人「それでいい」

魔王(やれやれ……)

老人「では、来い」

勇者「よっしゃ!」バッ!

魔王「うむ!」タンッ!

     ・
     ・
     ・
333 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:11:43.48 ID:kftnrRA0

<夜.小屋>



勇者「……」

魔王「……」

老人「……」

勇者「……疲れた」

魔王「……ああ」

勇者「治癒魔術で傷は残らないとはいえ、一日中はやっぱりつらい……」

老人「できることなら夜通しやりたかったが」

魔王「効率を考えてそれはどうかと思う……っていうか魔物より体力あるってどうなのあなた」

老人「一週間しかない。悠長なことは言ってはいられないはず」

勇者「当日に動けなくなったらそれこそ本末転倒だぞ……」

老人「ふむ」
334 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:12:39.18 ID:kftnrRA0

老人「効率か」

老人「だったら私に考えがある」

魔王・勇者「?」

老人「明日から二手に分けよう」

勇者「え?」

魔王「どういうことだ?」

老人「今日の鍛錬で私の見たところ、魔王は基礎はしっかりできているようだ。百数十年生きているのだから当然といえば当然か」

老人「反対にシェロ、お前は基礎がまだ不十分だ」

勇者「チッ……」

老人「よって魔王には明日から別の鍛錬を行ってもらう」

魔王「どのような?」

老人「それは明日説明する」

老人「とにかく今日は休め。明日も早い」

勇者「ああ」

魔王「了解だ」
335 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:13:31.25 ID:kftnrRA0

<二日目>


勇者「おおおおお!」ビッ!

老人「力強いのはいいがあたらなければな」スカ

勇者「オラオラオラオラオラオラオラ!」シュシュシュシュシュシュシュ!

老人「……」パパパパパパパシ!

老人「悪くないぞ。だが、まだまだ」


 トン――


勇者(来る! 寸打!)


 ダン――ッ!!


勇者「うごっ!」ドサァ
336 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:14:34.17 ID:kftnrRA0

老人「どうした。昨日の魔王は踏みとどまったぞ」

勇者「……次は大丈夫だ!」ガバ!

老人「……」

老人「寸打は、覚えられそうか?」

勇者「……さっぱりだ」

老人「……」

勇者「持っていけって言うぐらいならもっと丁寧に教えてくれても……」

老人「そのような生ぬるい指導法で本当に身につくのか?」

勇者「……」

老人「私とて伝授は実践の中だった。甘えるな」

勇者「チッ……」

老人「もう一発行くぞ」

勇者「来い!」
337 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:15:28.83 ID:kftnrRA0

     ※


『君のやることは、俗に言う瞑想だ』

『陳腐、と思ったか? 私もそう思うよ』

『だが必要なことだ。私の予想が正しければ』



魔王「ああ言っていたが……どういう意味だ?」

魔王「瞑想は魔王になるための鍛錬の一過程としてやったことはあるが……」

魔王「ふむ……」

魔王「……」

魔王「……」
338 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:16:50.13 ID:kftnrRA0

魔王「……」

魔王「……」

魔王「……だめだ。さっぱり集中できん」


 ドゴッ―― グハア!


魔王「……」

魔王「我輩も寸打、覚えたいな。かっこいいし」
339 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:18:27.73 ID:kftnrRA0

勇者「……っ」ドサ

老人「さあ立て」

勇者「わかってるよ……!」スッ

勇者(ただ、内臓に内臓に響くのを何発ももらってちゃじきにガタが来るな)

老人「そうだ、早く覚えた方がいい。私もあまり気が長くない」

勇者「心の中を読むなよ……」




勇者「っていうか、魔王と二手に分ける意味はあったのか? 二人とも寸打を覚えたほうが効率がよさそうな気がするけど」

老人「……」

勇者「なあ」

老人「……仕方ない。素質の問題だ」

勇者「へ?」
340 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:19:13.00 ID:kftnrRA0

老人「簡単なことだ」

勇者「俺に素質があるってことか?」

老人「端的に言えばそうなる。が、寸打自体はそう難しい技術ではない。コツさえわかれば誰でも、といわなくても心得のあるものならたいていできる。指導を受けていないヒューイックが撃てるのもそういうことだ」

老人「問題は時間だ」

勇者「一週間で、か」

老人「魔王は基礎が固まっている。固まりすぎている。新たに何かを習得するにはキャパシーが足りない」

老人「その点君は比較的キャパシーが豊かだ。我流で癖がついているとは思うが、それも考慮した上での判断だ」

勇者「根拠は?」

老人「勘だ」

勇者「勘、ですか」

老人「馬鹿にしたものでもない。特にこれぐらいの歳になると」

老人「それに。魔王にはもっと高度なことをやってもらっている」

老人「あちらのほうがことによると重要になるだろう」

勇者「……?」
341 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:20:01.19 ID:kftnrRA0

魔王「……」

魔王「……」

魔王「……」

魔王「……」

魔王「……」





魔王「zzz……」
342 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:21:34.21 ID:kftnrRA0

老人「さて、鍛錬を再開しようか」

勇者「おっし……」パン

老人「エセ勇者」

勇者「……今、何つった?」ピタ

老人「やはりか。君はくだらない事に拘泥しているな」

勇者「……」

老人「自分でも気付いているんだろう?」

勇者「くだらなくなんか――」

老人「いいやくだらないよ」

勇者「あんたなんかに何がわかる! 俺がどれだけ必死か!」

老人「わからないな。正確なところは」

老人「だが、この歳になると大体の所は予想がつく」

勇者「……」
343 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:22:16.50 ID:kftnrRA0

老人「ある男がいた」

勇者「いきなり、なんだよ……」

老人「聞いておけ。その男は偉大な人物の子孫として生まれた」

勇者「……」

老人「当然、他人からの評価は先祖を引き合いに出したものが多かった」

老人「男は必死になってそのようなものさしから逃れようともがき狂った」

老人「鍛錬に鍛錬を重ね、研究に研究を重ねた。だが、結局ものさしから逃れることはできなかったようだ。むなしいことだな」

勇者「……」

勇者(伝聞調だが、完全に自分語りじゃねえか)

老人「すまない」

勇者「だから心を読むなと」
344 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:22:50.81 ID:kftnrRA0

老人「同じことだよシェロ」

勇者「……」

老人「むなしくはないか」

勇者「……」

老人「他人の評価に敏感になるのはコストがいちいちかかる」

勇者「……」

老人「他人の言っていることは正しいかもしれない。正しくないかもしれない」

勇者「……」
345 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:23:35.46 ID:kftnrRA0

老人「だが、それが何だ? それが生きるうえで絶対に必要か?」

勇者「……」

老人「必要な人種もいるかもしれないな。だが、生きるということはそういうことではない」

勇者「……」

老人「守るというのはそういうことではない。違うか?」

勇者「俺は……」



『あなたはわたしが――』



老人「優先順位を考えろ。でなければ大事なものがくだらないものより先に消えていくぞ」

勇者「俺は――っ」

勇者「――!」キッ

老人「……いい目だ」
346 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:24:42.74 ID:kftnrRA0

老人「もういいか?」

勇者「簡単に吹っ切れるはずがない。じゃなきゃ今まで悩んでない。正直まだまだ振り回されるだろうと思う」

勇者「だが、優先順位の頂点にはあいつがいるから……!」

老人「……」

老人「続きを始める。明日に温存しようと思うな。全力で来い」

勇者「シャッ――」ダッ

     ・
     ・
     ・
347 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:25:23.05 ID:kftnrRA0

魔王「……今度は寝ないぞ」

魔王「……」

魔王「シュー……」

魔王「……」

魔王「スー……」

魔王「フシュー……」

魔王「……」

魔王「……」

     ・
     ・
     ・
348 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:26:15.03 ID:kftnrRA0

<五日目>



 トン――


勇者(寸打が来る――いや来ない?)


 ゲシ――パシ!


老人「寸打と見せかけての下段蹴りだったが……そうか、見切ったか」シュッ!

勇者「このパターンは何度目だよ。そりゃ覚えるっての」パシ!

老人「ふむ」ゲシ

勇者「っ……まだまだ!」

老人「シッ――」ビッ

勇者(――ここだ!)
349 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:27:12.08 ID:kftnrRA0


 スカッ!


老人「……!」

勇者(避けれた! いけるか!?)


 ――トン


勇者「“寸打ァ!”」


 ドン――!!

350 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:28:10.05 ID:kftnrRA0

勇者(どうだ!?)

老人「……」

勇者「! つっ――」

勇者「なにが……」


 ブラン――


勇者(俺の腕が折れてる……!?)



老人「寸打はゼロ距離からの打撃だ。予備動作がいらない分隙がないように見える」

老人「だがその実、溜めは通常の打撃よりもわずかに長い。気を抜くとこのように」

勇者「〜〜〜〜ッ」

老人「痛みにもがくことになる」

勇者「わ、“我は癒す斜陽の傷痕”」ホワホワホワ……
351 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:28:56.26 ID:kftnrRA0

老人「ひとまずは合格といったところか」

勇者「え?」

老人「魔王を呼んで来い。実践訓練に入るぞ」

勇者「でも、俺、まだ一発も……」

老人「私が判断した。文句があるならずっと拳闘の鍛錬でもかまわないが」

勇者「わかった、すぐ呼んでくる」


     ※


勇者「剣を持つのがずいぶんと久しぶりの気がする」ブオン!

魔王「同感だ」チャ チャ

老人「これより実践訓練に入る。が、その前に。魔王」

魔王「なんだ」

老人「何か『視えた』か?」

魔王「……」
352 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:29:36.28 ID:kftnrRA0

魔王「正直なところ何かが掴めたなんて感触はない」

老人「……」

魔王「ただ、なんとなくわかったような気がする。何が必要で何が不必要なのか。言葉に表すにはまだ理解度が足りないが」

老人「なるほど。おそらくそれでいい」

魔王「そうか?」

老人「違うなら諦めろ。どうせ保険のつもりだった」

魔王「……まあ、よいか」

老人「では」シャキン!




老人「――行くぞ」


 ジャッ――――!
353 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:30:43.54 ID:kftnrRA0

<最終日>


 ガキン――!


勇者「フー……フー……」

魔王「ゼイ……ゼイ……」

老人「……」

勇者「……シッ――」ヒュッ!

老人「……」ヨケ

老人「まだ振りが大きいな、それではヒューイックはおろか私にも当たらない」

勇者「セイッ――」ビッ!

老人「そうだ。その調子だ」キィン!

魔王「はっ――!」ギュオ!

老人「……」ギシ!

老人「足りないぞ。王都の魔人を落とすにはまだ足りない」
354 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:31:22.43 ID:kftnrRA0

勇者「っらあ!」ツキ!

老人「……」キン

魔王「“穿!”」ツキ!

老人「……」キン!

勇者「“テラブレイク!”」ツキ!

老人「……っ」ギシ!




魔王・勇者「おおおおおおおおおおおお!」

勇者「“絶命剣!”」 魔王「“円舞陣!”」


 ガキキキキキキン!


老人「……」バックステップ
355 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:33:23.59 ID:kftnrRA0

勇者「逃がすか! “我は放つ光の白刃!”」ゴッ!

老人「“光よ!”」カッ!


 カッ――ドゴゴォゥ! モクモク……


老人(視界が……)


 キラッ――ヒュンヒュンヒュン!


老人(投剣!)ヨケ チッ――

老人(かすったか)


 モクモク――ブワ!


勇者「ッセイ!」ブン!

老人(なるほど、先程のは魔王の剣か)キン
356 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:35:04.42 ID:kftnrRA0

老人(あともう一歩。どう詰める?)

勇者「全力の一撃だ! 食らえ! “活殺剛翔剣!”」ギャン!


 ガキイィン!


老人「一度見せた剣では一本を取るのは無理だ。返す刃で斬られるぞ?」



魔王「そこだ! “礫よ!”」ビュッ!

老人(打ち上げたナイフを狙ったか!)カァン――カランカラン……

勇者「もらった! “紫音絶命剣!”」ビシュッ!



 チュイン――!



老人「……ふむ」

魔王「な!? 無刀取りだと!?」

勇者「……」
357 :パクリ元:やる夫が空を目指すようです [saga]:2010/05/14(金) 22:36:31.29 ID:kftnrRA0

勇者「武器を奪って両手を封じた……」

勇者「これで駄目なら後がねえ!」

勇者「食らえ!!」


 トン――


老人「寸打か。だがその隙は今は致命的に大きい。避けるだけならいくらでも――」ガキ!

老人「? 後ろには何も……」

勇者「おおおおおおおおお!」

老人「……ああ」






老人「……魔王の剣か」

勇者「“寸打――ッ”」


 ドゴオッ――!!


358 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:38:29.30 ID:kftnrRA0

<十数時間後.夜.大商人の豪邸前>



魔王「……」

勇者「……」

魔王「そろそろか?」

勇者「さあな。ただ」

魔王「ただ?」

勇者「暗殺技能者を相手にただ守りを固めるってのは本来下策なんだ」

魔王「守りを破るのが暗殺技能者だからか?」

勇者「その通り。本当ならこちらから探し出してつぶすくらいの攻めの姿勢じゃなきゃ倒すことは不可能だ」
359 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:40:14.86 ID:kftnrRA0

魔王「なるほど。しかし今回の場合はケースが違うだろう」

勇者「まあな。あっちはおそらく俺たち狙いだから」

魔王「……勝てると思うか?」

勇者「さあ……」

魔王「あのときの寸打は不発、我輩もまだ瞑想から何かをつかんだわけでもなし」

魔王「相当厳しいと見てよいな」

勇者「……」
360 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:40:59.40 ID:kftnrRA0

<十数時間前>



勇者「が……」ズルズル

老人「……」


 ドサ――


老人「惜しかったな。あともう一歩だった」

魔王「! なぜ!?」
361 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:41:57.40 ID:kftnrRA0

老人「シェロの寸打は不発だ。完成しきってなかった」

勇者「……く、そ」

魔王「……」

老人「とはいえ」

老人「私をあと一手まで追い詰めたのは事実だ。だいぶ上達したのは間違いない」

勇者「……」

老人「後は自信を持って奴に挑め。大丈夫だ。勝てなくても最悪死ぬくらいですむ。気楽にいくといい」

老人「では、また会おう。世界が破滅していなければ」
362 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:43:01.19 ID:kftnrRA0

<再び夜.豪邸前>



勇者「スー……ハー……」

魔王「……」

勇者「……」

魔王「……」



「やあやあオフタリさん、こんばんは」



魔王・勇者「……!」
363 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:43:35.56 ID:kftnrRA0

魔王(どこだ?)

勇者(道の暗がり、建物の陰、屋根の上……!)

魔王(どこからでも来い……)



「そんなにきょろきょろしなくても」




スタッバー「目の前にいるさ」スタスタ

魔王・勇者「!」
364 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:44:50.03 ID:kftnrRA0

勇者「来やがったな……」

魔王「待っていたぞ」

スタッバー「お出迎えどうも。待たせすぎちゃったかな?」

勇者「いや、こっちも今来たところだ」

スタッバー「さっすが。相手に気を使わせない。君モテるね?」

勇者「それほどでも」

魔王「……久しぶりだな」

スタッバー「そうだね何十日ぶりだっけ。いやまあどうでもいいけどさ」

スタッバー「手短に言うよ。今度こそお前たちを殺しに来た。死んでほしい」

勇者「断る」

魔王「右に同じだ」

スタッバー「うん、ま、そうだよね。じゃ、殺すよ、じゃあな」


 タンッ――!


365 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:45:43.64 ID:kftnrRA0

勇者「どっせい!」シュッ!

スタッバー「ん? 俺の踏み込みに合わせれるようになったのか?」キン!

勇者「もういっちょ! “十字剣!”」キュイキュイン!

スタッバー「おっと……っと」カンカィン!

魔王「こっちを忘れるな! “光よ!”」ボッ!

スタッバー「うわっち」バックステップ



スタッバー「何だ、結構連携ができてきたじゃん。感心感心」

スタッバー「伊達に修行してきたわけじゃないみたいだね」

魔王「! 知っていたのか?」

スタッバー「まあね」

勇者「俺たちの行動を把握していたのか……!」

スタッバー「そうそうその通り。こう独自の情報網でちゃちゃっと」

スタッバー「あ、でも大丈夫。上には知らせてないから兵の大群が押し寄せるとかはないはずだよ」
366 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:46:19.53 ID:kftnrRA0

勇者「舐めやがって……」

魔王「……。お前の目的は何なのだ?」

スタッバー「俺の?」

スタッバー「俺、俺かあ。俺ね。そうだね。目的、なんてそんなたいしたもん持ってないよ」

魔王「……」

スタッバー「でも、強いて挙げるならやっぱり強敵とのぴりぴりした命のやり取りかなぁ」

スタッバー「俺はね、強い奴を自分の力でねじ伏せる、そういうことに生きがいを感じる人間なんだよ。たぶん」

勇者「俺たちが強敵か。そりゃ光栄なこって」

スタッバー「今でやっとそこそこね。前回はとても残念な出来だったけど」

スタッバー「ね、エセ勇者?」

勇者「俺をエセとか言うなって」ペッ

スタッバー「あれ、怒んないんだ。残念」

勇者「強くなるしかなかったんだよ。誰かのおかげでな」

スタッバー「そっかそっか」ウンウン
367 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:47:08.57 ID:kftnrRA0

スタッバー「じゃあこれはどうかな」

勇者「?」

スタッバー「ある少女がいたんだ。交際している男がいたそうでね――いや、交際してなかったっけ。ま、どうでもいいんだけど」

勇者「何の話だ?」

スタッバー「あるとき男が監禁同然の状態になってしまったんだ。少女は必死に彼を助けようとした。でも力が足りない」

魔王「……」

スタッバー「少女は力を求めた。強大な力を。そこで誰かが手を貸した。少女は力を手にした」

スタッバー「狂っちゃったけどね。ははっ」

勇者「……」
368 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:47:53.91 ID:kftnrRA0

スタッバー「力を与えた誰かの一人が俺。この話の意味わかるかな?」

勇者「――」ジャッ!


 ――ガキン!


スタッバー「……」グググ

勇者「……お前っ」グググ

スタッバー「あの魔術士強かっただろ?」グググ

勇者「お前が――ッ」ググググ

スタッバー「怒ったか? いい顔になったじゃん」ギギギギ

勇者「てめえっ!!」キャン! ブオン!

スタッバー「あははは」ヨケ
369 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:49:06.28 ID:kftnrRA0

勇者「この! この! この!」ブオン! ブオン! ブオン!

スタッバー「よ、ほ、は」スカ スカ スカ

勇者「お前が! ハルを!」ブオン! ブオン!

スタッバー「そうだよ。そう言ってるじゃん」ヨケ ヨケ

勇者「うおおおおおおお!!」ブオ――

スタッバー「ふっ――」ビッ!

勇者「ぐ……」ザシュ!



魔王「シェロ!」

スタッバー「うーん、ちょっと浅かったかな」

勇者「く……(血が……)」ポタ ポタ

魔王「阿呆が! 気分はわからんでもないがそんな大振りでは殺されるぞ!」

スタッバー「そうそう。どうせ今日、本気で殺しちゃうんだ。だったらせめて能力を最大限引き出してよ。――俺が潰してあげるから、さ」
370 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:50:27.51 ID:kftnrRA0

勇者「殺す……。殺す……!」

魔王「シェロ!」

勇者「っ……」

勇者「……わかってるよ。優先順位だろ?」

魔王「……」

勇者「でもな、俺はハルをあんなふうにした奴らに会ったらこうしようって決めてたんだ……!!」

魔王「……別に熱くなるな、とは言わんさ。ただ、その中にほんの一滴、冷静さを残しておけ」

魔王「でないとあいつを痛めつけることすら叶わん。違うか?」

勇者「……応!」

スタッバー「そうそう、その顔だ! その目だ! その殺気だ!」

スタッバー「俺にかかって来い……かかってきて潰されろ!」
371 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:50:59.53 ID:kftnrRA0


 ――ジャキン!


魔王(もう一本ナイフを抜いた!?)

勇者(あいつ、両手ナイフ使いだったのか!)

スタッバー「そう、本気――これが俺の本気だ!」

スタッバー「“プアヌークの魔剣よ!”」ジャッ!

勇者「“我は紡ぐ光輪の鎧!”」ガキン!


 タン――!


スタッバー「ふっ――」シャッ!

魔王「く……」キン!

スタッバー「ハッ――」ジャッ!

勇者「う……」カン!
372 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:51:41.57 ID:kftnrRA0

スタッバー「おらおらおらおら!」シュ! ヒュ! ジャッ! ビッ!

魔王(くっ……反撃が――)キンキン!

勇者(できねえ!)カンカィン!

スタッバー「ハッ、どうした! あの魔術士の仇をとるんじゃねえのか!?」ビュッ!

勇者「!」キィイン!

勇者「シッ――」ビッ!

スタッバー「そうだ! 来いよ!」カィン!

勇者「ハッ――!」シャッ!

スタッバー「っと!」バックステップ

魔王「逃がすか!」ダン!

魔王「“円舞――”」 スタッバー「“円舞陣!”」


 ザシュザシュザシュ!


魔王「むおあ!」ドサ!

勇者「魔王!」
373 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:53:12.02 ID:kftnrRA0

勇者「魔王の技を真似しやがった!?」

スタッバー「うん、そう。魔王の決定打らしいね。部下からの報告で話には聞いていたけどここまで簡単なんて。拍子抜け」ピッピッ

勇者(前回の時、魔王はあれを使っていねえ。実際に見たわけでもねえ技をこうも簡単に……)

勇者「……この!」ダッ

勇者「“紫音――”」 スタッバー「“紫音――”」

勇者(!?)



勇者・スタッバー「“――絶命剣!”」


 ガキャキャキャキャキャン――!
374 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:54:09.09 ID:kftnrRA0

スタッバー「こっちの方の真似も案外簡単だったね」

勇者「……」

スタッバー「おんなじ技で相殺。いや――」

勇者「が――」ズルズル ドサ

スタッバー「俺の方がちょっぴり押してたみたいだ。武器が一本多かったせいかな? まあ、知らないけど」





魔王「……く」

勇者「……う」

スタッバー「あっけなかったねえ。まあ仕方ないよ。この王都の魔人相手に良くやったともいえる」

スタッバー「知ってる? 俺こう見えても十三使徒の長なんだよね。こんな若輩がトップなんて案外たいしたことないって思わない?」

スタッバー「……それはどうでもいいね。じゃあ殺そうか。――って」

魔王「……ぐ」ムクリ

勇者「こんの……!」ムクリ
375 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:55:11.35 ID:kftnrRA0

スタッバー「……結構手ごたえ深かったのに。往生際が悪いね。聞こえは悪いけど、死んだほうがマシってこともあるよ?」

魔王「我輩ら二人だけだったらそうして死ぬのも悪くないかも知れんな……」

勇者「けど、俺たちが背負っているのは俺たち二人分の命だけじゃねえから……」

魔王「負けられん」

勇者「死ねない」

魔王「お前を倒す」

勇者「俺たちは王都に行く……!」

スタッバー「……そうかい」

スタッバー「じゃあせいぜい最期まであがくがいいさ!」ダッ!


 ピンッ――!


スタッバー「!?」グラ……

魔王「“光よ!”」ボッ! 勇者「“我は放つ光の白刃!”」ゴッ!


 ドゴゥ!


376 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:56:47.12 ID:kftnrRA0

 モクモク……


スタッバー「ごほっ……何、今の?」

魔王「直撃はしなかったか。運のいいことだ」

勇者「だが、準備しておいた甲斐はあったな」

スタッバー「……準備?」

魔王「そう、お前のいるその位置」

勇者「そこがお前の死に場所になるぜ……!」

スタッバー「……罠か」

魔王「その通り。極細ワイヤー」

勇者「そこに誘い込むのに苦労したぜ畜生」

魔王「まだ他にもいくつかあるから覚悟するといい」

勇者「卑怯くさくて気は進まなかったけど、こっちも本気なんだ。全力で倒しにいくぜ」

スタッバー「……」
377 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:57:34.69 ID:kftnrRA0

スタッバー「……ふ」

スタッバー「ふ、ふふ」

スタッバー「あはははははは」

勇者・魔王「……」

スタッバー「卑怯? いいんじゃない? この方が全力って感じがするよ。むしろ予告していたのに何にも準備してないほうが馬鹿ってもんだ」

スタッバー「そうさ、なめんなって感じだよ。何も用意してないんじゃないかって不安になってたところさ。ちょうどいい」

スタッバー「そう、ちょうどいい。双方が双方、手傷を負ってやっとイーブンだ」

スタッバー「再開しよう。命の取り合いを、さ!」チャキ

勇者「おっしゃ!」バッ
378 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 22:59:06.26 ID:kftnrRA0

 キン! カン! カィン! ガッ! ガゴッ!


勇者「らあっ!」ツキ!

スタッバー「……」バックステップ


 ――ピン!


スタッバー(またか)

スタッバー「二度は転ばな――」


 ヒュン――!


スタッバー「!」ヨケ!

スタッバー「――クロスボウか!」

魔王「当たりだ。“光よ”」ボッ!

スタッバー「“シアヌーンの盾よ”」キン
379 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 23:00:12.73 ID:kftnrRA0

スタッバー(連撃で姿勢が――)グラ

勇者「ふん!」シャッ!

スタッバー「……ッ」ガキン! トン

勇者「膝をついたな! “兜割り!”」ジャッ!


 ドゴオ――!


魔王「どうだ……?」

勇者「……」

スタッバー「……」





勇者「……ぐ」ガク

魔王「シェロ!?」
380 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 23:01:18.64 ID:kftnrRA0

魔王(シェロのふくらはぎに……あれは?)

スタッバー「クロスボウの矢だよ」ムクリ

勇者「つぅ……」

魔王「まさか! あの矢をキャッチしていたのか!?」

スタッバー「ま、ね」

スタッバー「さて、エセ勇者はこれで終わりだ」

魔王「シェロ!」

スタッバー「ばいばい」シュッ!







勇者「“活殺剛翔剣!!”」ギュオ!!

スタッバー「!!?」ガキャァァァン!
381 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 23:02:08.10 ID:kftnrRA0

スタッバー(しまった! ナイフが!)

勇者「うおおおおおおお!」

勇者「“紫音絶命剣!!”」ギュン!!


 チュイン――!


382 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 23:02:51.68 ID:kftnrRA0

スタッバー「――ふう、あっぶね」

魔王「無刀取り……」

スタッバー「ハッ、どんなもんだ」

魔王「これは……」



 ――トン



スタッバー「へ?」

勇者「武器を奪って両手を封じた! これで――!」

スタッバー(まさか寸打? まずい――)バックステ――
383 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 23:03:57.74 ID:kftnrRA0


 ――――ピン……



スタッバー「――ッ!!!」








勇者「“寸打――ッ!!”」


 ドゴォゥ!!


384 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 23:04:51.33 ID:kftnrRA0

スタッバー「ぐ……」ドサァ!

魔王「成功、した……?」

勇者「……」




勇者「“我は放つ光の白刃”」ゴッ!

スタッバー「がっ……」ドゴオ!

魔王「おい、シェロ……?」

勇者「“我は放つ光の白刃”」ゴッ! ドゴオ!

勇者「“我は放つ光の白刃!”」ゴッ! ドゴオ!

勇者「“我は放つ光の白刃!!”」ゴッ! ドゴオ!

勇者「“我は放つ――!”」

魔王「シェロ!!!」
385 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 23:06:02.48 ID:kftnrRA0

勇者「……。何で止めるんだよ」

魔王「……」

魔王「……もう、死んだだろう」


 モクモクモク……サアァァ……


勇者・魔王「!?」
386 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 23:06:43.70 ID:kftnrRA0

勇者「いねえ!」

魔王「逃げられた!?」

勇者「んな馬鹿な! あの状態から逃げられるはずが……!」

魔王「空間転移……」

勇者「……! チィッ!」ガン!

魔王「……」

魔王「気配は、しないな。完全に逃げに回ったか」

勇者「今から探せば! そう遠くには――」

魔王「……こちらも手傷を負っている。やめておこう」

勇者「だが!」
387 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/14(金) 23:08:26.27 ID:kftnrRA0

魔王「シェロ! ……お前、目的を履き違えていないか?」

勇者「……っ」

勇者「……」

勇者「……わかったよ」

魔王「……」

魔王(仕方あるまい。今シェロを行かせれば……)

魔王(……)
388 :アナウンス [sage]:2010/05/14(金) 23:10:32.94 ID:kftnrRA0
・ここまで
・明日、第一部最終回
・いつも以上に長くなることが予想されるので、明日のみ九時から投下開始
389 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/14(金) 23:35:35.10 ID:hnGRtg2o
390 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/15(土) 04:30:52.45 ID:GSdJhwM0
お湯
391 :アナウンス [sage]:2010/05/15(土) 16:41:08.72 ID:o67lB3s0
・今日の投下分を確認してきた。したらなんと百レス以上。これは投下する方読む方、双方そこそこにきついことになりそうだ
・気合入れて投下する。だから気合入れて読んでいただきたい

PS.無理はしないように
392 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/15(土) 16:46:11.51 ID:NZ/DQZA0
休憩入れながら頑張れ!!
393 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:00:02.17 ID:o67lB3s0

<朝.大商人の豪邸>


大商人「お疲れ様。首尾は上々だったみたいだね。部下から聞いたよ」

勇者「ああ」

魔王「眠い……」

大商人「はは、疲れたろう」

大商人「さて、次は王都への侵入手段だね」

勇者「こっちはしっかりやったんだからそっちも頼むぜ」

大商人「ふふ、わかってるよ」



大商人「まず君たちには私の所有物になってもらおう」

勇者「なに?」

魔王「穏やかでないな」

大商人「私のものになれ……とでも言うと思ったかい?」

勇者「笑えない冗談だ」
394 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:00:52.98 ID:o67lB3s0

大商人「うん、まあ面白くない冗談はおいといて。君たちは私の荷物にまぎれて王都に入ってもらうんだ」

魔王「なるほど。いや、しかしそれでは……」

大商人「そう。普通だったら荷をチェックされて終わりだね」

勇者「どうするんだよ?」

大商人「なんにでも例外はあるものさ。チェックされない荷物になればいい」

魔王「そんなもの……。!」

大商人「その通り。たとえば軍に納入するトップシークレットの最新兵器」

勇者「あんたそんなものまで手がけていたのか……」

大商人「ははは、褒め言葉は辞退しておくよ。聞き飽きてる」

大商人「それでちょうど今日、その荷物が出発する予定なんだ」

魔王「渡りに船とはこのことだな」

勇者「早速乗せてもらうぜ」
395 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:01:55.27 ID:o67lB3s0

大商人「ああ、行くといい」

大商人「その前に。はいこれ」

魔王「うん?」

大商人「手土産さ。うちで扱ってる最上級のお酒」

魔王「うっほほ〜い!」

勇者「あんまり甘やかさないでくれよ……」

大商人「はは、ごめんごめん。でもまあ私からの気持ちとして受け取ってほしい」

魔王「シェロ! 先に行っているぞ!」タッタッタ……

大商人「それから……勇者にはこれを」

勇者「なんだこの包み?」ゴソゴソ

勇者「……!」




大商人「“ヘイルストーム”。『拳銃』って言うんだけど、知ってるかい?」

勇者「話に聞いた事だけは……」

大商人「実は納入する最新兵器って言うのは拳銃のことなんだ」
396 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:03:04.80 ID:o67lB3s0

勇者「こんなものを……いや、考えてみれば当たり前か。大商人であるあんたが持ってなくて誰が持ってるって話だ」

大商人「まあね。もっとも、納入するのとは性能が違って、こっちは最新式の試作品だ。弾は三発しかないから大事に使ってくれ。そしてなにぶん不安定だ。暴発しやすいかもしれないから使うときには気をつけて」

勇者「……ありがたく使わせてもらうぜ」

大商人「軍への荷物はいったん王都の私の倉庫に入るからそこで降りるといい」

勇者「ああ」

大商人「それから、私の倉庫の地下はレジスタンスのアジトになっている。彼らのリーダーを頼れ。拳銃の訓練も彼から受けるといい」

勇者「レジスタンス……?」

大商人「そう、王都の人工的平和維持に反対する者たちの集まりさ」

勇者「!? 人工的平和維持のことを知っているのか!? あんたいったい何者なんだ!?」

大商人「別に。私はただの商人さ。ちょっとばかし好奇心が旺盛な、ね」

勇者「……」

大商人「どんな形であれ、世界が大きく動くなら私はこの目で見てみたい。それだけのことさ」

勇者「……」
397 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:03:55.43 ID:o67lB3s0

大商人「さあ、行くといい。もう荷物は出発するよ。私のことなどどうでもいい。私が何者であれ、君たちのやることは変わらない。違うかな?」

勇者「……そうだな。それも、そうだ」

大商人「また会えるといいね。世界が破滅していなければ。ああそうそう、彼女のことは任せてくれて大丈夫だ」

勇者「ああ。じゃあな」クル スタスタ……






大商人「さてどう転ぶ……?」

大商人「結果として世界はどうなるのかな?」

大商人「……神のみぞ知る、か」

大商人「……願わくは彼らに幸多からんことを」
398 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:04:55.49 ID:o67lB3s0

<翌日.王都.大商人所有の倉庫>


 ――ガタガタ ガタガタ……


魔王・勇者「ぷはぁ!」

魔王「何だこれは! こんなに狭いとは聞いてなかったぞ!」

勇者「しかもお前、酒飲んで入っただろ! 荷物の中が酒臭くて死にそうになったぞ!」

魔王「だって仕方なかろうもん! あんなにうまい酒、飲むなって言うほうが無理だ!」

勇者「うるせー! ちょっとは我慢強いところ見せてみろ!」
399 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:05:48.20 ID:o67lB3s0

 ギャーギャ-!


「ちっといいか、おめえら」

勇者「ああ?」

魔王「誰だ?」

「俺? 名前か? 地位か? どっちもか」

リーダー「名前はジゼル。レジスタンスのリーダーをやってるぜ」

勇者「あんたが……」

リーダー「そしておめえらは勇者に魔王。当たりだろ?」

勇者「あの商人から聞いていたのか?」

リーダー「いんや、俺の勘。そろそろ来るころじゃねえかと思ってよお」

魔王「ふむ……」

リーダー「世界の破滅を止めるんだろ? 手伝ってくれや。いや、俺らがおめえらを手伝うのか?」

リーダー「ま、どうでもいいけどよ」
400 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:06:45.54 ID:o67lB3s0

     ※


 ――ガコン


リーダー「ここから地下に入れる。梯子の下が俺たちレジスタンスのアジトだ」

魔王「カビ臭いな」

勇者「酒臭いよりはよっぽどマシな気がするけどな」


 カン カン カン カン…… ――トン


メンバー1「お帰りなさい、リーダー! ようこそ、勇者様に魔王様!」

リーダー「ん、ご苦労さん」

勇者「あ、ああ、世話になるぜ」

魔王「苦しゅうない」

リーダー「おい、ほかのメンバーも広間に集めて来い。集会やっからよ」

メンバー1「了解!」
401 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:07:34.82 ID:o67lB3s0

     ※


 ザワザワ……


勇者(レジスタンスって言うから大人数かと思ったら)

魔王(たったの十六人ではないか)

リーダー「少ねえと思ったろ? 少数精鋭なんだよ」

魔王「ほんとに勘がいいのだなお前」

リーダー「まあな。――んでな、世界の破滅っていうなんともとんでもねえことっつーんで情報をおいそれと漏らせない」

リーダー「必然的に少数になっちまうんだ」

勇者「なるほど」

メンバー1「全員集まりました!」

リーダー「ん」
402 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:09:35.45 ID:o67lB3s0

リーダー「おめえら! ついに今日、勇者と魔王が王都に到着した!」


 オオ!


リーダー「世界の破滅への対抗戦線がいよいよ大詰めに向かう!」

リーダー「おめえら全員、気ぃ引き締めやがれぇ!」


 オオオオ――!



リーダー「こいつらが勇者と魔王だ。有名だからってえことで詳しい紹介は省かせてもらうぞ」

リーダー「では、早速だが最終作戦を説明する!」

勇者「最終作戦?」

リーダー「人工的平和維持を突き崩す、そのための作戦だ。今いいところだから質問は後にしてくれって」

リーダー「さて、人工的平和維持の媒体である神体はキムラック神殿にある」

リーダー「普段は警備が厳重で、中に入るどころか外観の見物すらも制限されている」

リーダー「それだけ聞くと侵入は不可能に思えるが、そこはうめえことできているんだなあこれが」
403 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:10:11.73 ID:o67lB3s0

リーダー「これから一週間ほど後、五日の間王都全体で祭りが行われる」

リーダー「その最中は人の往来が増える上にキムラック神殿が一般開放されるんだな」

リーダー「そこを俺たちレジスタンスが狙うってえ寸法だ」

魔王(なるほど)

リーダー「陽動として王室のほうにもちょっかいをかけるつもりでいるが、客人も来たってことでこれで説明は終わりにして、細かいことは後からちょいちょい説明していく」

リーダー「まずは全員、概要を頭にいれておけえ!」

メンバーs「了解!」
404 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:11:15.86 ID:o67lB3s0

     ※


リーダー「さて、おめえらも長旅つかれたろ? 部屋を用意してあっから休みな」

勇者「そうさせてもらうぜ」

魔王「狭いところに丸一日いたから体が凝ってたまらん」

リーダー「えーと、そうだな。お前、アジトの中を案内してやれ」

メンバー2「了解っす。よろしくどーも」

魔王「ん、よろしく頼む」

勇者「よろしく」
405 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:12:40.96 ID:o67lB3s0

     ※


メンバー2「――んであっちがトイレっすよ」

勇者「なるほどわかった」

メンバー2「それからこの突き当たりに食堂があるっす。当番制で交代で厨房入ってるっす」

魔王「――ん? この扉はなんなのだ?」

メンバー2「非常口っすね。使ったことは一度もないっすけど。まあ、使うときがあるとすれば、レジスタンス壊滅のときっす」



メンバー2「ここがお二方の部屋っす。一緒の部屋で申し訳ないっすけどベッドはちゃんと別だし不都合はないはずなんで勘弁してほしいっす」

勇者「ありがとさん」

魔王「ご苦労であった」

メンバー2「リーダーに伝えておくことはあるっすか?」

勇者「俺は射撃訓練を受けたいと伝えてくれ」

魔王「戦闘訓練用の広間があれば貸してほしい」

メンバー2「射撃訓練っすか……なるほど、伝えておくっす」
406 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:15:03.48 ID:o67lB3s0

<翌朝.アジト>


リーダー「射撃訓練と訓練場の手筈、整えといたぜ」

勇者「ん、どうも」

魔王「ご苦労」

リーダー「勇者の射撃訓練は、まず拳銃の基礎知識をつけてもらうことからはじめるぜ。こっちのが指導員だ」

メンバー3「よろしく」

勇者「ああ、よろしく」

リーダー「魔王のための訓練場はここを出て右突き当りの扉だぜ。地下だからあんま広くねえけど堪忍してくれよ」

魔王「かまわん。感謝する」

リーダー「俺は忙しいんでこれで失礼させてもらうわ」

魔王「我輩も早速訓練場に行こう」


 ガチャ バタン


407 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:16:08.90 ID:o67lB3s0

メンバー3「さて、まずは拳銃の基本から入ろうと思う、が」

勇者「?」

メンバー3「……いや、結構なつわものだと聞いていたのだが、こんなに若いとは思わなくてな。驚いてしまった。すまない」

勇者「そういうことか。別にかまわねえぜ」

勇者「俺も拳銃なんてごついものの指導員が女だってことに驚いているしな」

メンバー3「ふ、そうかおあいこか。――では始めよう。難しいからしっかり集中しろよ」

勇者「おう」

メンバー3「まず、私たちが扱っているのは軍でも使われている回転式拳銃だ。この拳銃の特徴は――」

     ・
     ・
     ・

メンバー3「――と、このようなフォームで射撃を行う。よし、こんなところで今日はやめにしておこう。実際に射撃を行うのは明日だ。ちゃんと復習しておくように」

勇者「や、やっと終わったか。あー、頭いてえ……」
408 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:17:50.47 ID:o67lB3s0

<翌日.射撃場>


メンバー3「これが訓練用の拳銃だ」

勇者「撃ってみていいか?」

メンバー3「では、あちらの的を狙って教えたとおりやってみろ」

勇者「……」スウ ハア……



 タァン――



勇者「っつぅ……」

メンバー3「ふ、はじめはそんなものだ。徐々に慣れていけばいい」

メンバー3「それよりも的を見てみろ」

勇者「……どこにも、当たっていないな」

メンバー3「まずは的に当てなければな」

勇者「……了解」
409 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:18:35.85 ID:o67lB3s0

<更に二日後>


 ――タァン タァン タァン


メンバー3「ん、三発中一発命中か。なかなかいいぞ」

勇者「そうか?」

メンバー3「ああ、筋がいい。もっともこれぐらいパスしてもらわなくては困るがな」


 ――ガチャ


リーダー「勇者、ちょっと来てくれ」

勇者「ん? わかった。コーチ、ちょっと行ってくる」

メンバー3「ああ」
410 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:20:29.74 ID:o67lB3s0

<広間>


リーダー「さて、こうしててめえらに来てもらったのはほかでもない、作戦決行の日程を知らせようと思ってな」

勇者「ついに決まったのか?」

魔王「教えてもらおうか」

リーダー「そう急くなって」

リーダー「まず、作戦決行だがよお、祭り一日目の夜に決まったぜ。早いほうがいいだろ?」

勇者「もちろんだ」

リーダー「次におめえらの役回りだが、それは実にシンプルなんだなこれが」

リーダー「神殿にまっすぐ行って、目標をデストローイ。簡単だろ?」

魔王「うむ」

リーダー「それまでは自由にしてもらってていい。なんだったら祭り一日目の昼の部を楽しんできてもいいんだぜ?」

魔王「本当か!?」

勇者「……」
411 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:21:39.78 ID:o67lB3s0

リーダー「ああ、やることさえ忘れなければな」

リーダー「ちなみに俺たちは王室のほうにフェイクの爆弾と犯行声明を――」

魔王「ひゃっほーい!」

リーダー「って聞いちゃいねえか」

勇者「すまん……こういう祭りごとには目がねえんだ……」

リーダー「いや、かまわねえよ? さっきも言ったとおりやることさえ忘れてくれなければな」

勇者「それは大丈夫だ。……と思う」

リーダー「じゃ、俺はこれで。準備がまだたっくさん残ってっからな」

勇者「おう」

魔王「それじゃ我輩は訓練場に戻るかな、ルンルン♪」

勇者「……。俺も射撃訓練に戻るか。今日でひと段落するらしいから終わったらそっちに――」

魔王「フンフン〜♪」スタスタ

勇者「いや、聞けよ……」
412 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:23:07.18 ID:o67lB3s0

<数時間後.訓練場>


 ――ガチャ


勇者「魔王〜。こっちはひと段落したぜ」

魔王「……」

勇者「魔王?」

魔王「……」

勇者「そい」ゴン

魔王「ハッ……」

勇者「拳銃の講習はとりあえず終わったぜ」
413 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:24:03.61 ID:o67lB3s0

魔王「猫とバイオリン……」

勇者「?」

魔王「雄牛が月を飛び越えた……子犬はそれ見て大笑い……」

勇者「……」

魔王「お皿はスプーンとかけおちだ……」

勇者「そおい!」ガン!

魔王「ハッ……」
414 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:24:43.58 ID:o67lB3s0

魔王「ああ、シェロか……」

勇者「どうした? バッドトリップか?」

魔王「うんにゃ。瞑想しすぎてちょっとチューナーがおかしくなってた」

勇者「おいおいそんなんで大丈夫かよ」

魔王「む、馬鹿にしたものでもないぞ。おかげで見えてきたものがある」

勇者「?」

魔王「いや、うまくはいえないんだが……ヒビの入る音? 歯車が回る音と言い換えてもいいか……」

勇者「なんだ? わけわかんねえぞ?」

魔王「わからなくともかまわん。我輩にとって何か確かなものであることだけは間違いない」

勇者「言葉に表せないのに確かなもの? 矛盾してねえか?」

魔王「いやそれも含めて、確たるものなのだ。そう感じるのだから仕方あるまい」

勇者「……ならいいけどよ」

勇者「とにかく鍛錬を始めようぜ。軽くからでいいから。俺の方は数日間まともにからだ動かしてないから鈍っちまってるぜ、きっと」

魔王「うむ、よかろう」スク
415 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:25:37.76 ID:o67lB3s0

     ※


魔王「ふっ!」シュッ!

勇者「シッ――」カキン!

勇者「はっ!」ビッ!

魔王「ん」カァン!

魔王「……こうしていると初めて戦った日のことを思い出すな。驚くことにそう昔のことでもないが」ブン!

勇者「……ん」キン!

魔王「あのときのお前はずいぶん余裕がなかった」シュッ!

勇者「……そうだったかもな」ガッ! ビッ!

魔王「精一杯虚勢を張っていて、でもどこか卑屈で、心細そうで」カン!

勇者「……」ビュッ!

魔王「まるで迷子のようだった」カキン! シュッ!
416 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:26:22.80 ID:o67lB3s0

勇者「……それは言いすぎだろ」キィン!

魔王「劣等感に押しつぶされそうになっていた奴が何を言う。復讐心よりも強くお前を縛っていたのはそれではないか」ビュッ!

勇者「それは……」ギチ!

魔王「だが、お前は変わったよ。前よりはずっとたくましくなった」ビュ!

勇者「……そうかよ」キュイン!

勇者「……お前はどうなんだ? 何か変わったのか?」シュ!

魔王「我輩? そうだな……」カン!

魔王「……変わらんよ。今も昔も我輩のままだ」ヒュン!

勇者「お前は……そうか」ガッ!

勇者「お前は最初から覚悟していたもんな」シュッ!

魔王「……」キン!

勇者「ハルが倒れてからやっと俺がした覚悟くらい、お前は最初からしていたもんな」ビッ!

魔王「……そうだな」カン!
417 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:27:31.62 ID:o67lB3s0

魔王「……」ジャッ!

勇者「シッ――」カァン!

魔王「……なあ、シェロ」シャッ!

勇者「ん?」ガキン!

魔王「我輩らは、世界を救えるだろうか」

勇者「……」

魔王「……大事なものを守れるだろうか」

魔王「……我輩らがしようとしていることは正しいんだろうか。人工的平和維持を解除したとたん大きな戦乱がおきたりはせんだろうか」

勇者「……」

勇者「今更……らしくもねえな」シュッ!

魔王「……我輩だってたまには不安になる」カィン!
418 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:28:43.85 ID:o67lB3s0

勇者(……)

勇者「……わかんね。わかんねえよ」ビュッ!

魔王「……」カァン!

勇者「世界が救えるって手前まで来て倒れるかも。それとも案外すんなり救えちゃったりするかも」ビッ!

魔王「……」キィン!

勇者「目の前の破滅を避けられてもお前の言うとおり、大きな戦乱が起きて何もかもめちゃくちゃになっちまうかも」シュッ!

魔王「……」ガッ!

勇者「それでもよ……」

勇者「俺たちはやるしかねえんだ」

勇者「チャイルドの爺さんにも言っちまっただろ? 覚悟はあるって」

勇者「だから、チャイルドの爺さんに言わせれば陳腐な回答だけど」

勇者「俺たちなりの目標が、ゴールが、そこにあればそれでいいんだ」

勇者「それだけでいい。願うことは、許されていいはずだ」
419 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:29:19.27 ID:o67lB3s0

魔王「……」

勇者「……」

魔王「……少し、ペースを上げるか」

勇者「……そうだな」

魔王「シュー……」

勇者「ハー……」






勇者「“紫音絶命剣!”」 魔王「“円舞陣!”」


 ガキャキャキャキャン――


420 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:30:53.49 ID:o67lB3s0

魔王「なあ! 全てが終わったら何がしたい!?」ジャッ!

勇者「何、か……そうだなあ」ガキン!

勇者「俺は……」

勇者「俺は、ハルにプロポーズするぜ!」ビッ!

魔王「そうか、今から健闘を祈らせてもらうぞ!」キィイン!

勇者「お前はどうすんだよ!」シャッ!

魔王「我輩か……そうだな」ギッ!

魔王「何がしたいという前に、妻に埋め合わせをせねばならんな!」ギャッ!

勇者「ずっと相手してないもんな!」ガキン! シュッ!

魔王「そうだ! この苦労、童貞にはわかるまい!」キィン!

勇者「言ってろ、すぐに追いついてやるかんな!」ギュン!

魔王「ふはははは!」キン!

勇者「へっ!」
421 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:32:34.83 ID:o67lB3s0

<祭り一日目.朝.アジト.広間>


リーダー「おめえら! ついにこの日が来たぞ!」


 オオオオ!


リーダー「今更ぐだぐだ長台詞ぶっ放す気はねえ! 全員気合入れてかかれえ!」


 オオオオオオオオ――!


リーダー「――よし。さて、決行は夜だが、作戦は今から始まるぜ。該当者は作業を開始しろ」

メンバーs「了解!」
422 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:33:13.97 ID:o67lB3s0

魔王「――♪」ウキウキ

勇者「……」ジト

リーダー「ああ、おめえらは前にも言ったとおり行動は夜からだ」

リーダー「祭り、行ってきていいぜえ」

魔王「よっしゃ――!」

勇者「はぁ……」

     ・
     ・
     ・

魔王「全財産なくなった」

勇者「……」
423 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:33:58.09 ID:o67lB3s0


 ガヤガヤ ガヤガヤ……


勇者「はぁ!? どういうことだよそれ! 祭りに来てまだ三十分だぞ!?」

魔王「仕方なかろうもん。高い買い物だったし」

勇者「山賊から奪った金ってけっこうな額だったと記憶しているが?」

魔王「ふははは」

勇者「笑ってごまかすなよ、まったく。俺しーらね」

魔王「そんなこというな、お前の金も含めて所持金ゼロなんだぞ?」

勇者「」
424 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:34:52.45 ID:o67lB3s0


 グギギギギギギギギギ!


勇者「今何つった? 今何つった? 俺よく聞こえなかったんだが?」

魔王「だから我輩とお前、所持金ゼロ。OK?」

勇者「何でだ!? いつの間に財布を抜いた!?」

魔王「お前が無用心すぎるのが良くない」

勇者「盗るほうが全面的に悪い!!」

魔王「それはいいんだがそろそろ我輩の首が折れるぞ」

勇者「そのままおっちねえええええ!」ギギギギ!

魔王「ふむ」スルリ

勇者「あ、てめ!」
425 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:35:28.98 ID:o67lB3s0

魔王「まあ待てまあ待て」

勇者「俺は今すぐお前を締め殺さにゃ収まらん……!」ギリギリ……

魔王「待てと言うとろうに。我輩が何を買ったか聞いてからでも遅くはあるまい」

勇者「……何を買ったってんだよ」

魔王「ふふ、聞いて驚け見て笑え! これこそ我輩が求めた最高級品!」

魔王「愛想笑いの指輪!」デデーン

勇者「……」

魔王「我輩、港町での占いがずっと気になっておった。祭りで買い物をせよと言うあの占い」

魔王「買えというからには高いもののほうがよいに決まっている。そしてなおかつ埋め合わせ用の妻へのプレゼントにもなる」

魔王「我輩やはり冴えている。――ってやめろシェロ、首を絞めるな」

勇者「断る! 引きちぎってやるからここで体に別れを告げろ!」

魔王「おお痛い」
426 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:36:13.78 ID:o67lB3s0

勇者「今からでも遅くはねえ! 返品して来い!」

魔王「その商人、我輩が買った後逃げるように去っていったから無理だと思うぞ」

勇者「やっぱり騙されてるんじゃねえかああああああ!」

魔王「騙されたとは人聞きが悪いな」

勇者「事実だ!」

魔王「まあ勉強代だと思えば」

勇者「自分の勉強に人を巻き込むなってんだ!」

魔王「落ち着けシェロ。そのままだと脳内血管がバチ切れるぞ」

勇者「誰のせいだと……」ゼイ ハア

魔王「ふむ……」スルリ
427 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:36:53.01 ID:o67lB3s0

魔王「まあ、買ってしまったものはどうしようもない。諦めるんだな」

勇者「納得いかねー!」

魔王「それより祭りを楽しもうではないか」

勇者「所持金がなけりゃ祭りの楽しみ七割減だけどな……!」

魔王「甘いなシェロ。祭りとはまず、その雰囲気を楽しむものなのだ」


 ガヤガヤ ガヤガヤ……


魔王「この人ごみ、この熱気。……最高だ」

勇者「へいへい、祭り検定一級はすごいざんすね」
428 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:37:36.82 ID:o67lB3s0

勇者「……まったく今夜が最後かも知れないってのにいい気なもんだ」

魔王「最後かもしれんからだよ、シェロ」

勇者「……」

魔王「今夜を境に何もかもが変わってしまうかもしれない。だからこそ今を楽しまなければ」

勇者「……」

魔王「お、あちらで人々が踊っているぞ! 我輩らも混じろう!」

勇者「お、おい、引っ張るなって……」
429 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:38:38.23 ID:o67lB3s0

<同刻.キムラック神殿>


 ガヤガヤ ガヤガヤ……


「……」ツカツカ


 ギィ――バタン


兵「ん? ここは立入禁止だぞ。すぐに出て行け」

「……」

兵「! これは失礼しました! ……しかし、今はここから先は誰も通すなといわれています。どうかお引取りください」

「……」ツカツカ

兵「どうかお引取りを」スッ

「……」シュッ!

兵「うぐ!」ドサ

「……はぁ」ツカツカ
430 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:39:33.65 ID:o67lB3s0

<キムラック神殿.地下>


 ツカツカ……


大神官「! お前、生きていたのか!」

「……」

大神官「……何をしにここに来た? いや、今は立入禁止にしておいたはず。兵はどうした?」

「……」

大神官「……どういうつもりだ」
431 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:40:23.85 ID:o67lB3s0

「……俺ねえ、決めたんだ」

大神官「……?」

「あいつらは俺がじきじきに、この手で殺してやるって」

「俺があいつらを殺してやらなきゃいけないんだ」

「それが俺の最後の願いなんだ」

大神官「何を……」

「だから今まで世話になっといてほんとにごめんだけど……」ジャキン!

大神官「!」

「――ばいばい」タンッ


 ――ザシュ……


432 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:41:06.60 ID:o67lB3s0

<夕方.レジスタンスアジト>


リーダー「よお、お帰り、勇者に魔王」

勇者「ああ」

魔王「うむ」

リーダー「作戦決行は夜中だ。まだ時間がある。部屋で待機していてくれな」

勇者「了解」




<六時間後.部屋>


魔王「……」

勇者「……」

魔王「……」

勇者「……」
433 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:41:50.58 ID:o67lB3s0

勇者「……そろそろか」

魔王「そうであるな……」

勇者「……」

魔王「……?」

勇者「どうした?」

魔王「今、何か聞こえたような気が……」


 ドンドンドン!


魔王・勇者「?」
434 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:43:42.23 ID:o67lB3s0

 ガチャ――


勇者「どうした?」

メンバー2「逃げるっす!」

魔王「?」

メンバー2「詳しく話している時間はないっすけど、襲撃っす! 早く部屋を出るっす!」

勇者「なんだって?」

メンバー2「だから襲撃っすよ!!」


     ※


リーダー「応戦しろ! ありったけの拳銃持って来い!」

メンバー3「だめだジゼル! 奴ら拳銃が効いてるようには見えない!」



勇者「どうした!?」タッタッタ

リーダー「見ての通り襲撃だ! アジトの場所がバレたらしい!」
435 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:44:31.06 ID:o67lB3s0

魔王「敵は?」

リーダー「なんだかよくわからん不定形の異形だ! 拳銃が効きゃしねえ!」

勇者「まさか……!」

リーダー「来た!」


 ブワ!


刺客「キー!」

魔王「やっぱりか!」

勇者「応戦するぞ!」

リーダー「待て!」

勇者「なんだよ!?」
436 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:45:44.81 ID:o67lB3s0

リーダー「ここはもうだめだ! 敵の数も多い! いくら応戦しようとも時間の問題なんだよ!」

リーダー「だからおめえらは非常口から逃げやがれ!」

勇者「でもよ……」

リーダー「いいから! 最終作戦はまだ終わっちゃいねえんだ! おめえらはキムラック神殿へ行け! 今を逃したら二度と乗り込めねえぞ!」

勇者「だが……」

魔王「行くぞシェロ」

勇者「魔王?」

魔王「我輩ら全員の目標は一つ。人工的平和維持の破棄だ。ならばやるべきことはひとつである。違うか?」

勇者「だが……いや。わかった。すぐに行こう!」

勇者「ジゼル、先に行かせてもらう! せいぜい殺されるんじゃねえぞ!」

リーダー「おう!」
437 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:47:11.61 ID:o67lB3s0

 タッタッタッタ――


魔王「この扉だったな」ガチャ

勇者「う、くっさ!」

魔王「どうやら下水道のようだ。臭いにかまっている暇はない。行くぞ」

勇者「……了解」


 バシャバシャバシャバシャ――


魔王「――明かりだ」

勇者「あれが出口か」
438 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:47:49.35 ID:o67lB3s0

<川>


勇者「よっこらしょっと」

魔王「ふう……」

勇者「ここは……昼に通ったところだな」

魔王「ならば神殿はあちらだ。急ごう」

勇者「ああ」


 タッタッタッタ――


439 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:48:36.63 ID:o67lB3s0

 タッタッタッタ――


魔王「……」

勇者「……」

魔王「……奇妙だな」

勇者「……ああ」

魔王「祭りの夜なのに誰もいない……」

勇者「それだけじゃねえ。周りの民家からも人の気配がしねえ……」

魔王「まったくの無音であるな……」

勇者「……」

魔王「……」

勇者「俺たちがアジトにいる数時間のうちに何があったっていうんだ?」

魔王「……とにかく神殿に急行しよう」

勇者「おう」


 タッタッタッタ――


440 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:49:30.55 ID:o67lB3s0

<キムラック神殿前>


 タッタッタッタ――


魔王・勇者「!」ザッ



カイザー刺客「ギギギ……」



勇者「こりゃまたでかいのを持ってきたな」

魔王「われわれの二倍くらいの大きさか」
441 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:50:20.69 ID:o67lB3s0


カイザー刺客「ギガガガガガガ!」



魔王「とはいえ攻略法は前回までとかわらんだろう。一気に行くぞ」

勇者「了解だ」

魔王「“氷河よ!”」

勇者「でえりゃっ!」ダンッ!
442 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:51:22.14 ID:o67lB3s0

<キムラック神殿内>


 ギィ――


魔王「……」

勇者「……」

魔王「……やはり誰もいないな」

勇者「神体はどこだ?」

魔王「……それらしきものはない」

勇者「! 奥の扉なんか怪しくないか?」

魔王「どれ……」


 ギィ――


勇者「……階段だ」

魔王「地下室があるということだな。行こう」
443 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:52:01.05 ID:o67lB3s0

<キムラック神殿地下>


――勝利以外に目を向けるな

――殺すこと以外を考えるな

――ただただ集中しろ

――自分が相手にどう勝つか

――自分が相手をどう殺すか

――勝利こそ唯一絶対の真実

――敗北は死

――勝利を得るため手を尽くせ

――そこにしか生きる道はないのだから
444 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:52:55.93 ID:o67lB3s0

――幸せを望むな

――意味を求めるな

――むなしさに足を取られるな

――それらは全て隙を生む

――隙は敗北を呼ぶ

――敗北は死だ

――だからただ強くもがけ

――ただ強く勝利を希求しろ

――自分のため私のため国のため

――勝て!




「……」

445 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:53:49.89 ID:o67lB3s0


 タッタッタッタ――ザッ……


魔王「ここは……。ずいぶん広いところに出たな」

勇者「魔王! あれ!」

魔王「あれが、神体……」

勇者「思ってたよりずっとでかいな…」

魔王「うむ。そして……」

勇者「……ああ」



「出迎えの言葉はいろいろ考えていたけれど……」

「いざとなるとなかなか思いつかないもんだね。だからやっぱりこう言おう」



スタッバー「……やあやあ、オフタリさん」

魔王「お前……」

勇者「生きていたか、スタッバー!」
446 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:54:37.85 ID:o67lB3s0

スタッバー「生きていたか、ってまたずいぶんな挨拶だね。こっちはずっと待っていたのに」

勇者「待っていた?」

スタッバー「そうだよ。俺はずっと待っていた。俺と対等にやり合える奴をね」

スタッバー「……そう、俺はいつだって待っていたんだ」

スタッバー「お前らみたいな奴を」

魔王「我輩らに負けた分際で何を言う。負け惜しみにもなっていないぞ」

スタッバー「痛いとこ突くね。でもその通りだ。俺は俺を倒せる奴らを待っていた」

スタッバー「俺は誰かに挑戦するってことがなかった」

スタッバー「それはそれで寂しいものさ」

勇者「……」

スタッバー「だから俺は今度はお前らに全てを賭けて挑戦するよ」

スタッバー「受けてほしい」

スタッバー「俺は勝つよ。勝たなきゃいけないんだ」
447 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:55:35.39 ID:o67lB3s0

魔王「……どうせ受ける以外の答えをさせるつもりはないくせに」

スタッバー「ふふ、そうだね、その通りだ。じゃあこう言い直そう」

スタッバー「お前たちの短くも苛烈な英雄譚。その最終局面で立ちはだかるのはやはりこの俺だ!」

スタッバー「世界を救いたきゃ――」





スタッバー「俺を殺していけえ!」ゴゴゴ……!




勇者「……」スチャ

魔王「……」ジャキ
448 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:57:20.24 ID:o67lB3s0

勇者「“我は放つ光の白刃!”」ゴッ!

スタッバー「……」ズドッ!

魔王「! 直撃したのに効いていない!? これは……」

スタッバー「反撃行くぞ!」




スタッバー「“惨劇を見た!”」グオッ!



 ドゴオオオオオオオオオオオオオ――!



勇者「う……」ドサア

魔王「な……」ドサア
449 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:58:27.39 ID:o67lB3s0

スタッバー「うん、いい感じ」

勇者「これは……まさか……」

スタッバー「そう、当たり。あの魔術士がやっていたことと同じさ。俺は悪魔と契約した」

魔王「魔神契約……」

スタッバー「お? そう呼んでるの? いいネーミングだね」

魔王「貴様、正気か! あれは――」

スタッバー「寿命を縮める、でしょ? 承知の上さ」

勇者「なぜ……」

スタッバー「その答えはいつだってひとつだ! お前らに勝つため!」

スタッバー「さっきも言ったろう!? 俺はお前らに勝つために全てを賭ける!」

魔王「馬鹿な! 勝って、その後はどうする!? お前も一緒に死ぬというのか!?」

スタッバー「悪くないね! お前らに勝って最強の座を得た後なら死んでもいい! 俺は伝説になれる! 勇者と魔王という最強の双璧にうち勝った真の最強として!」

勇者「この! 大馬鹿野郎が!!」ダンッ ジャッ!
450 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 21:59:23.57 ID:o67lB3s0

スタッバー「ふっ――」ギシ!

勇者「馬鹿な!? 素手で――!」

スタッバー「すっ――!」ドガッ!

勇者「がふっ!!」


 ズサアァ――――!


勇者「がは! げほ! ぐあ……!」ビクン!

魔王「大丈夫かシェロ!? 今何が起こった!?」

勇者「う、げぼっ」ビタビタビタ……

魔王「な、“治れ!”」ホワホワホワ……

勇者「ハァ……ハァ……」

魔王「何があった!? まったく見えなかったぞ!」
451 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:00:23.95 ID:o67lB3s0

勇者「……殴られた」

魔王「『殴られた』? 馬鹿言え! あれはそんな威力じゃ……」

スタッバー「“崩しの拳”」

魔王「え?」

スタッバー「俺はそう呼んでる」

スタッバー「実を言うとね、俺、もうナイフは持てないんだ」

魔王「どういうことだ……?」

スタッバー「このように」ガシ

スタッバー「自身の握力で握り潰しちゃうから」グッ ――サラ……

魔王(瓦礫を握り潰した!?)
452 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:01:08.09 ID:o67lB3s0

スタッバー「最初は困ったよ。余りある筋力が全てをぶち壊しちゃうんだ」

スタッバー「――自分の身体すらも」

魔王「契約の、効果なのか?」

スタッバー「その通り。異常筋力。一歩歩くだけでも筋肉が自壊する。戦闘にいたっては自殺行為としか思えない」

スタッバー「契約直後はね、そのまま死ぬかと思ったよ、うん。――でもね」

勇者「……」

スタッバー「悪霊がね、囁くんだ。俺の脳みその奥底から。壊せ。壊せって」

スタッバー「俺はその声に従った。動きの全てが収束し身体の崩壊は止まった。俺は生存に成功したんだ」

スタッバー「今の俺は、最小の動きで最大の威力を導き出すことができる……」

スタッバー「人体の破壊は朝飯前。今の俺なら城門すら打ち破れる」
453 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:02:00.17 ID:o67lB3s0

勇者「ぐ……」ムクリ

魔王「大丈夫か?」

勇者「お前は……」

スタッバー「ん?」

勇者「お前は、何で正気なんだ?」

スタッバー「ああ、そのこと」

魔王「そういえばそうだ……」

スタッバー「簡単だよ。あの魔術士の場合、一人であの強大な力を引き受けたから。そりゃ精神が壊れるさ」

スタッバー「俺の場合は違うんだ。大勢でその負担を分け合ってる」

勇者「大勢?」

魔王「! ……まさか!」

スタッバー「そう、その通り」








スタッバー「王都の人間、全員生贄に捧げちゃった」
454 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:03:04.29 ID:o67lB3s0

勇者「何だと!?」

魔王「道理で人間がいないわけだ!」

スタッバー「一人一人殺していくのは骨が折れたぜ」

スタッバー「ひょっとしたら明日あたり、どっかで大きな記事になるかもな! 一夜にして消えた王都民、ってさ!」

勇者「てめえ!」

魔王「こいつ……」

スタッバー「終末は目前だ!」

スタッバー「――どうせ世界が終わるのならちょっとぐらいの犠牲、かまわないと思うけどな」

勇者「馬鹿野郎!」

魔王「……」
455 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:03:48.32 ID:o67lB3s0

スタッバー「繰り返しになるけど、俺は全てを賭けると決めた。俺の命も他人の命も同じことだ!」

魔王「どうしてそこまで……」

スタッバー「言ったろう! お前らに勝つためだ! 今の俺にはそれが全てだ!」ダンッ!


 ブオ――!


勇者「くっ!」ガキキン!

勇者(素手なのに重い! 逸らすので精一杯だ!)

スタッバー「おらおら!」シュッ!

勇者「チッ――」バックステップ

魔王「光よ!」ボッ!


 ――ズド!


スタッバー「無駄だ!」
456 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:04:47.25 ID:o67lB3s0

スタッバー「“惨劇を見た!”」カッ!


 ガガガガガガ――!


勇者「“我は紡ぐ光輪の鎧!”」バキン!

勇者「が――!」ドサ!

スタッバー「まともに受けようとしたらだめだよ」




魔王「“円舞陣!”」ギュオ!

スタッバー「魔王みたいに隠れてやり過ごさなきゃ」ガキ……

魔王「刃が通らない!?」

スタッバー「はっ――」ビュッ!

魔王「う……」チッ――

魔王(かすっただけなのに全部もっていかれそうだ……!)
457 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:05:46.67 ID:o67lB3s0

勇者「この――」ムクリ

勇者「合わせろ魔王!」

魔王「よし来た!」



勇者「“十字剣!”」 魔王「“兜割り!”」

スタッバー「……」キキン!

勇者「“ラウンドセイバー!”」 魔王「“かすみ斬り!”」

スタッバー「……」キャキャン!

勇者・魔王「おおおおおおおおお!」




勇者「“紫音絶命剣!”」 魔王「“円舞陣!”」

スタッバー「無駄」ガキン!
458 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:07:19.15 ID:o67lB3s0

スタッバー「“破局の日は――”」

魔王「……!」

勇者「まず――!」

スタッバー「“――近い!”」カッ


 ズドオオオオオオオオオオッ――!


勇者「がっ……」ドサッ

魔王「ぬ……」ズサア



スタッバー「立て! まだまだだ! まだお前らはこんなもんじゃねえだろ! もっと本気を出してみろ!!」

勇者「くっ……」ムク

魔王「っ……」ムクリ
459 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:09:09.93 ID:o67lB3s0

スタッバー「死ぬ気で踏ん張れ! 全力をひりだせ! そして俺に潰されろおおおおおおおお!!」ダンッ!


 ――タァン!


スタッバー「いてえ! 目が!」

勇者「よし、ヘイルストームが効いた!」

スタッバー「やればできるじゃねえか! でもまだまだ!」




魔王「こちらだ “光よ”」ボッ!

スタッバー「背後!?」ズガァ!

魔王「ゼロ距離ならそこそこ効くだろう」

スタッバー「っ、とと……」ヨロ
460 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:09:59.62 ID:o67lB3s0

勇者「終わりだ!」バッ

勇者(魔神契約は人工的平和維持契約を応用したもの! エネルギー体の吸収・放出がその本質!)

勇者「ならそれごとまるごと消滅させちまえばいい!」

勇者「“我が契約により――”」

スタッバー「おせえ! “惨劇を見た!”」ドゴオオオオオ――!

勇者「がはっ」ドサッ!

スタッバー「これでジ・エンドだ勇者!」シュッ!

魔王「くっ、“天魔よ!”」ゴッ!

スタッバー「ハッ」パシン!

魔王(物質崩壊の魔術をも弾くというのか!)

勇者「この……!」ムクリ バックステップ

勇者「今度こそ! “我が契約により、聖戦よ終われ!”」ズオ――!


 カッ――――!


461 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:14:03.73 ID:o67lB3s0

 モクモク――


勇者「……」

勇者「外れた……! どこに行った!?」

魔王(この広間にはいくつもの柱がある。そのどれかに……)


 ダンッ――!


魔王・勇者「!!」

スタッバー「でやあああああ!」ジャッ――!

魔王「く……!」チッ――

勇者「大丈夫か!?」

魔王「かすっただけだ! それよりあいつは!?」

勇者「また隠れたみたいだぜ……!」
462 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:14:41.56 ID:o67lB3s0

勇者「くそ……卑怯な」

魔王「……どこから来る?」


 ダンッ――


勇者「来たか!?」

魔王「……いや、移動した音だ」


 ダンッ――


魔王(……どこだ?)

勇者(右か……左か……)
463 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:15:53.63 ID:o67lB3s0

「ふふ……」


 ダンッ――


「ふふふふ……」


 ダンッ――


「ふふふふあはははははははは!」


 ダンッ――


魔王(声が反響してどこから聞こえてくるのかわからない……!)

「いやあ、楽しい! 愉快だ! こんなに楽しいのは何年ぶり……いや生まれて初めてかもしれない!」


 ダンッ――


勇者(俺らの周りをぐるぐる回っている、のか……?)
464 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:16:44.48 ID:o67lB3s0

「お前らにわかるかなあ、最強たるものの孤独って奴が!?」


 ダンッ――


「生まれたときから最強を約束されていた!」


 ダンッ――


「常に頂点の座についていた!」


 ダンッ――


「常に頂点を強いられた!」


 ダンッ――


「俺の苦しさわかるかなあ!」
465 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:17:31.34 ID:o67lB3s0

「俺の寂しさわかるかなあ!」


 ダンッ――


「誰もいないんだ! 俺と肩を並べる奴が!」


 ダンッ――


「勇者と魔王がタッグを組んだって聞いたときは震えたよ! ついに理解者ができるかもって!」


 ダンッ――


「俺の期待はすぐに裏切られた! ぜんぜん強くなかったから!」


 ダンッ――


「俺はまた独りになった!」


 ダンッ――
466 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:18:18.89 ID:o67lB3s0

「だがお前らはすぐに俺に追いついた!」


 ダンッ――


「初めての敗北だ!」


 ダンッ――


「初めて喜悦と屈辱を味わった!」


 ダンッ――


467 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:19:08.20 ID:o67lB3s0

魔王「何かと思えば駄々っ子の繰言か!」

「はは、その通りだ。今まで望むものが全て手に入った俺はまったくの子供なんだよきっと。でも――」



「俺は最強たるものに執着する!」


 ダンッ――


「俺は最強たるものを希求する!」


 ダンッ――


468 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:20:00.36 ID:o67lB3s0

「俺は喜悦と憎悪でもってお前らをぶち壊す!」


 ダンッ――


「俺に最強の座を――」


 ザッ――


「返せえええええええええええええええ!」


 ズダンッ――――――!!


魔王・勇者(来る……!)
469 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:21:01.89 ID:o67lB3s0

 ギュオ――ッ!


魔王「!」

スタッバー「おせえ!」ドグシャァァァッ!

魔王「ぐは!!」ズサァァ!

勇者「魔王!」

勇者「ちくしょう! “我は放つ――”」


 タァン――


勇者「な!?」ブシャ!

勇者(ヘイルストームが暴発した! 脚が……!)ガク

スタッバー「運がねえなあ!」ズドゴオォォッ!

勇者「ごふっ!!」ドッ! ゴロゴロゴロ
470 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:22:15.47 ID:o67lB3s0

スタッバー「……」

魔王「ぐあ、う、ゴボ……」ビタビタビタ……

勇者「……ごぶっ!」ドブシャ!

スタッバー「二人とも直撃。即死ではないけれどももう立ち上がれないだろうね」

魔王「……」ビクン

勇者「ゼイ ゼイ……」

スタッバー「……ゲームセットだ」ツカツカツカ……


 ブオン――


スタッバー「ん? ああ、始まったか」

魔王・勇者「……?」
471 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:23:05.90 ID:o67lB3s0

魔王「何の、ゴボ……ことだ?」

スタッバー「ついに終わりのときが始まったんだよ」

スタッバー「ほら、神体を見てみな」

勇者(……燐光を、放っている)

スタッバー「ついに世界の破局が始まったんだ!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!


スタッバー「『破滅の門』が開く……!」


 カッ――ズオオオオオオオオオ!


魔王・勇者「……!」
472 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:24:15.09 ID:o67lB3s0

魔王(神体を中心に闇が渦を巻いている……)

勇者(どんどん広がっていく……!)

スタッバー「はははははははは! ついに異世界との経路がつながった! 破壊の意志、お前らの言うところの『魔神』が来るぞ!」

スタッバー「残念だったなあ、お前ら! あと一歩! あと数秒だった! 俺を倒すことができなかった!」

魔王「く……」

スタッバー「もう遅い! 俺を倒したところで契約を破棄したところで何にもならない!」

スタッバー「お前らが成し遂げたかったことも、守りたかったものも全てここで終わりだ!」

スタッバー「世界は、終わりだ!」

スタッバー「お前らはそこで破局を見ていろ!」

スタッバー「ヒャ――――ッハッハッハッハッハッハ!!!!」
473 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:25:21.73 ID:o67lB3s0

 ――ドクン


魔王(ここで、終わり……?)

勇者(世界が、終わる……?)


 ――ドクン


魔王(我輩らの旅は……)

勇者(俺たちの努力は、奮闘は……)


 ――ドクン


魔王・勇者(無駄だった……?)


 ――ドクン


勇者「……ハル」

魔王「父、上……母上」
474 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:26:06.30 ID:o67lB3s0







『――しっかりしなさいよね、シェロ』

『――泣いてはいけませんよ、ニギ』










勇者・魔王「うおおおおおおおおおおお――――ッッッ!!!」

スタッバー「!?」
475 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:26:59.19 ID:o67lB3s0

勇者「ゼイ ハァ……」

魔王「フゥ ゼイ……ゴボ!」ビチャ……

スタッバー「なぜ立てる!? いや、なぜ立つ!? お前らは、お前らの願いはもう潰えた!」

魔王・勇者「……」

スタッバー「……」

スタッバー「……そうか。そうかよ。お前らは『そういう』奴らなんだな」

魔王「別に、やけっぱちに、なったつもりはない……」

勇者「ただな、最後まで、粘らなきゃ、申し訳が、たたねえんだよ……」

魔王「最後まで、諦めるか……!」

勇者「最後まで、潰れるものか……!」

魔王「世界を――」

勇者「終わらせるものか!」
476 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:28:27.11 ID:o67lB3s0

スタッバー「……」

魔王「ハァ ハァ……」

勇者「ゼッ ゼッ……」

スタッバー「俺は勇者の村の出身じゃない」

勇者「……?」

スタッバー「だからよくは知らない。けどこれだけは知っている。先代魔王を倒した勇者の二つ名」



スタッバー「――鋼の後継。サクセサー・オブ・レザー・エッジ」



勇者「……」

スタッバー「俺は王都の魔人の名において勇者、お前をそう命名するよ」

スタッバー「だから――」
477 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:29:37.93 ID:o67lB3s0

スタッバー「行くぞ! サクセサー・オブ・レザー・エッジ!」

スタッバー「審判だ! お前はエセ勇者か! それとも真に世界を救う勇者か!」

スタッバー「俺に勝って最強を手に入れてみろ!」

スタッバー「俺から世界を、取り戻してみろおおおおおおお!」ダンッ!




勇者「俺がエセかどうかなんてもうどうでもいい!」

勇者「そんな俺でも守れるものがあるなら!」

勇者「それだけでもう、十分なんだ!!」ダンッ!
478 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:30:43.64 ID:o67lB3s0

スタッバー「おおおおおおおおおおおおおおお!」

勇者「がああああああああああああああああ!」

スタッバー「っらあ――ッ!!」ジャ――

勇者「そこだっ!!」ブン


 カァン――!


スタッバー(!? 拳銃を俺の足元に投げた!?)
479 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:31:38.17 ID:o67lB3s0

スタッバー「それで牽制のつもりか!? お粗末だな!」


 タァン――ッッ!


スタッバー「!?」ズド!

勇者(そう、俺が狙ったのは暴発!)

スタッバー「――この!」ジャッ!!

勇者(突進力の鈍った拳なら今の俺でも何とか避けられる!!)スッ!


 チッ――


スタッバー「!!?」
480 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:32:39.47 ID:o67lB3s0

勇者(懐に入った!)

勇者(狙うはひとつ――!)

勇者「心臓への――」




勇者「――『両手寸打』ッッ!!!」バッ!




スタッバー「――――ッ!!」




勇者「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」




 ズドオオオオォォォォン!!




481 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:33:27.24 ID:o67lB3s0



スタッバー「――っ!」ドサァッ!




スタッバー「……」

勇者「……」

魔王「……」



スタッバー「ま――」



スタッバー「まだだ!」ガバッ

勇者「!」

スタッバー「土壇場の付け焼刃で俺をしとめられると思うなっ!!」

魔王「シェロ! 奴の動きを止めろ! それで駄目なら諦めろ!」

勇者「了解だ!」
482 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:34:03.56 ID:o67lB3s0

スタッバー「“惨劇を――”」

勇者「“我は紡ぐ――”」




スタッバー「“――見た!!”」 勇者「“――光輪の鎧!”」



 ドゴオオオオオオオォォォォォォォ!



483 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:34:56.61 ID:o67lB3s0

スタッバー「……」

勇者「……」

スタッバー「ハッ……」

勇者「ぐ……」ドサァ

魔王「シェロ!」

スタッバー「サクセサー・オブ・レザー・エッジ、お前、傷が深過ぎて頭がどうかしちまったんじゃないのか?」



スタッバー「俺に防御壁を張るなんてよ!」

魔王「――いや、それでいい。よくやったシェロ」

スタッバー「は?」



 ボロ……



スタッバー「!?」
484 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:35:52.89 ID:o67lB3s0

スタッバー(俺の……)

スタッバー「俺の手が……」

スタッバー「崩れ落ちた……!?」

魔王「成功だ……」

スタッバー「俺に、何をした!」

魔王「たいしたことではない。たいしたことではないのだ」

スタッバー「……?」

魔王「時計の針をちょっと進めただけ。ほんのそれだけのこと」

スタッバー「なんだと……!?」
485 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:36:36.79 ID:o67lB3s0

魔王「我輩はチャイルドの助言を受け、毎日欠かさず瞑想を行っていた」

魔王「毎日少しずつ大きくなる歯車の音」

魔王「それは時が進む音」

魔王「いつしか我輩はそれに干渉できるようになっていた」

魔王「……魔神契約。それは契約者の身体能力、魔術能力を大幅に吊り上げる」

魔王「それは単純ゆえに弱点がない」

魔王「……寿命が削れること以外は」

スタッバー「……」
486 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:38:27.01 ID:o67lB3s0

魔王「チャイルドは気付いていたのだ。魔神契約の弱点に」

魔王「そしてお前が契約をする可能性に」

魔王「だったら後は簡単な話だ。お前の死期を早めてやればいい」

魔王「ただ、我輩は限られた条件でしかそれができない」

スタッバー「時間操作……。それで防御壁で俺の動きを止めたわけか」

魔王「その通りだ」

魔王「あとは動かせる時間が問題だったが――」

スタッバー「……俺を見れば一目瞭然だな」

魔王「そうだな」
487 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:39:21.58 ID:o67lB3s0

勇者「げほ……」ムクリ

スタッバー「……そうか。生きていたかい、サクセサー・オブ・レザー・エッジ」

勇者「……なんとかな」

スタッバー「……よし、最後だ。何とか俺の右手は生きてる」

勇者「……オーケー。わかった」

魔王「いいのか? 放っておいてもこいつは終わりだぞ?」

勇者「いいんだ。どうせ最後だ」

魔王「……そうか」
488 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:39:51.25 ID:o67lB3s0

スタッバー「……」

勇者「……」

スタッバー「……」

勇者「……」







スタッバー「でえりゃッ!」ジャッ!

勇者「うらあッ!」ビッ!





489 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:40:30.12 ID:o67lB3s0

スタッバー「……」

勇者「……」

魔王「……」

スタッバー「……これで終わり、だな」

勇者「そうだな」

スタッバー「あーあ、俺の人生ここまでかあ」

勇者「後悔してるのか?」

スタッバー「いや、ぜんぜん。下手な老人よりよっぽど充実した人生だったよ」

勇者「……そうか」

スタッバー「むしろ楽しかったっていうか……」

勇者「ん……」
490 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:41:19.14 ID:o67lB3s0

スタッバー「……」

スタッバー「なあサクセサー・オブ・レザー・エッジ」

勇者「なんだ?」

スタッバー「世界、救えるといいな」

勇者「ああ、そうだな」

スタッバー「俺は先に退場するよ」

勇者「……」

スタッバー「……じゃあな」


 ボロ ボロボロボロ――






魔王「逝ったか……」

勇者「……ああ」
491 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:42:05.43 ID:o67lB3s0

魔王「……。さて」

勇者「ああ!」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……



魔王「『破滅の門』」

勇者「こいつを何とかしねえと世界が終わる!」

魔王「とは言っても……」

勇者「ああ! でかい!」



 ビュオオオオオオ――!



勇者「く……!」

魔王「異世界の風だ」
492 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:42:59.81 ID:o67lB3s0

勇者「どうするよ魔王!? こいつは一筋縄じゃいかねえ!」

魔王「……」


 ビュオオオオオオオオオオ――ッ!


勇者「チッ、一か八かありったけの魔術を叩き込んでみようぜ! それで吹き飛ばせればめっけもんだ!」

魔王「……」

勇者「よし! 用意しろ魔王!」

勇者「“我は放つ――!”」





魔王「“縛縄よ!”」シュルルルル!

勇者「うお!」ギシ!
493 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:43:35.29 ID:o67lB3s0

勇者「おい! 魔王! 魔術を間違えてるぞ! こんなときに俺を縛ってどうする!」

魔王「……これでよいのだシェロ」

勇者「は? どういうことだ! 早くほどけ!」

魔王「シェロ、破滅の門は我輩一人で止めるよ」

勇者「できるのか、魔王!?」

魔王「ああできる」








魔王「我輩の命と引き換えなら」

勇者「何!?」
494 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:45:11.06 ID:o67lB3s0

勇者「それは、どういうことだ!?」

魔王「我輩は瞑想により時間と空間、精神に干渉する方法を身につけた。その能力を限界まで使えば破滅の門を吹き飛ばせるだろう。そう確信している」

魔王「ただ、我輩の力は小さい。そのためには我輩の命を犠牲にするしかないのだ」

勇者「……」

魔王「……」

魔王「シェロ、長いようで短かい旅だったな」

勇者「……ほどけよ」

魔王「それでも我輩は楽しかったぞ」

勇者「……ほどけって」

魔王「……達者でな、シェロ」

勇者「ほどけっつってんだろ!」
495 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:47:04.97 ID:o67lB3s0

勇者「なんだよそれ! ただの格好つけじゃねえか、ふざけんな! 何が『楽しかった』だ! お前しか楽しんでねえじゃねえか!」

勇者「それに自分の命と引き換え? くだらねえヒロイズムに酔ってんじゃねえ!」

勇者「目を覚ませ! ほかにもっといい手段はあるはずだ!」

勇者「だから死ぬなんて二度というな!」

魔王「……お前なら止めると思ったよ。お前、実は優しいからな」

魔王「しかし、時間はない。確実な方法もほかにないのだ」

勇者「でもよ!」

魔王「わかれ、シェロ」

勇者「わかってたまるか!」

勇者「大体最初から世界のために戦っていたのはお前だけじゃねえか」

勇者「たった一人で世界を敵に回しても救おうとしてたじゃねえか!」

勇者「最後まで背負ってんじゃねえよ! 気負ってんじゃねえよ!」

勇者「俺にも何かさせろよぉ!」
496 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:47:55.32 ID:o67lB3s0

魔王「すまん、シェロ」

勇者「謝る暇があったら早くほどけ!」

魔王「それはできんな」

勇者「くそっ、このっ!」ギシ ギシ

魔王「無理だ。あの強化体の魔術士をも縛った魔術だ。そう簡単にはほどけん」

魔王「ではさらばだ」

勇者「くそおおおおおお!」










魔王「あ、そうそう」

勇者「え?」
497 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:48:53.85 ID:o67lB3s0

魔王「お前に装備させた呪いの首輪だがな」

勇者「?」









魔王「ありゃただのペット用しつけグッズだ」

勇者「は?」

魔王「ペットがおいたをしたら電流を流す。死ぬことなんてありえない。オーケー?」

勇者「すまん、ちょっと何言ってるかわからない」

魔王「はずすための合言葉は『よくできました』だ」


 ガチャ――

498 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:50:03.68 ID:o67lB3s0

魔王「これでもう心残りはない。行くとするか」

勇者「俺をさんざん混乱させておいて行く気かよ」

魔王「いやあ楽しかった楽しかった」

勇者「お前はひどい奴だ」

魔王「そうだな、我輩はひどい奴だ」

勇者「約束しろよ」

魔王「ん?」

勇者「絶対生きてまた俺に会うって」

魔王「それはできかねるな」

勇者「いいから約束しろ、ニギ!」

魔王「……。お前、名前で……」

勇者「わざとだ」

魔王「……」
499 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:50:57.08 ID:o67lB3s0

魔王「……はは、そうか。……そうか」

魔王「――わかった、約束しよう。我輩は生きて、お前に再会する」

勇者「ニギは生きてシェロに再会する。じゃないとお前の奥さんにどう弁明していいかわからん」

魔王「……わかった」

勇者「……」

魔王「……」

勇者「行ってこい」

魔王「ああ、行ってくる」
500 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:51:45.23 ID:o67lB3s0

勇者「絶対だからな! 帰ってこいよ!」

魔王「絶対かどうかはわからんが帰れるよう努力するよ」

勇者「絶対だ! それ以外は許さん!」

魔王「それは困ったなあ……」






魔王「本当に、困った……」
501 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:52:47.27 ID:o67lB3s0

それを最後に魔王は……ニギは破滅の門の闇に飛び込んだ

その瞬間、破滅の門は目が眩まんばかりに輝いた

それから大きく渦を巻いて

激しい稲光と、熱衝撃波を放出してしばらく揺らめいた

……揺らめいて、静かに、ゆっくりと霧散していった



しっかり見ていたはずだった

しっかり見届けたはずだった

けれども視界はふるふると歪んでしまっていて

喉の奥がひりひりと痛んで

どうしてもそこを動くことができなかった
502 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:53:33.31 ID:o67lB3s0

――そして今日も待っている

世界を救った、祭り好きの大魔王が

ひょっこりと自分に会いに来るような

そんな気がして

     ・
     ・
     ・
503 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 22:54:07.91 ID:o67lB3s0




    〜END?〜




504 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 23:11:27.36 ID:o67lB3s0

     ・
     ・
     ・

<数十年後.世界のどこか.テラス>


歴史学者「――それから赤光帝0年、当時の王都民が集団失踪」

学者「原因は明らかになっていない」

学者「その後王都はメベレンストからトトカンタに移され赤光帝49年の現在に至る」

学者(……と、ここまでは一般に知られている事実)

学者(だがその裏には勇者と魔王の知られざる英雄譚があった)

学者(王都民の集団失踪の原因は、ある一人の男による大量殺人)

学者(その男を討ち取ったのが勇者と魔王である)
505 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 23:13:18.81 ID:o67lB3s0

学者(さて、なぜ男が大量殺人を行うに至ったのか、いかなる手段でそれを可能にしたのか)

学者(それには当時の王都が行っていた『人工的平和維持機構』について言及しなければならない)

学者(当時、世界は約六百年という驚くべき長期間の安定状態にあった)

学者(今にして振り返れば不自然なことであるにもかかわらず、誰もが疑問に思っていなかった)

学者(先に述べた『人工的平和維持機構』によるものである)

学者(そこに疑問をはさんだのが、当時の魔物の一人。魔族の長、魔王。彼は機構が世界の破滅につながるとして当時の王都に迫った)

学者(小規模な戦闘状態に陥りいったんは平和条約を結んだものの、『人工的平和維持機構』の停止という条件を王都が破ったことで再び交戦状態に入った)

学者(魔王はわずか数年後に初代勇者に破れる。魔王の意志は次期魔王に受け継がれる)

学者(次期魔王は、彼を討伐しに単独やってきた勇者の村の最後の出身者を手駒にすることに成功)

学者(次期魔王は彼を引き連れ王都に乗り込んだ)

学者(大量殺戮者は当時、彼らを止めるための王都の刺客として動いていた)

学者(しかし、『最強』への渇望に駆られ『人工的平和維持機構』の人体強化契約に手を出す)

学者(それこそが大量殺戮を可能にした『手段』であり、彼が殺戮に至った『理由』なのである)

学者(次期魔王と勇者は彼を撃破。そして次期魔王の犠牲により、世界の破滅を回避することに成功)
506 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 23:14:25.21 ID:o67lB3s0

学者「と、ここまで論文をまとめたはいいけど……」

学者「……誰も相手になんてしてくれなかった」

学者「でも……」

学者「誰が信じなくたって僕だけは信じる。あの尊敬する爺さんが言ってたことだから……!」



「考え事の最中すまんがよろしいだろうか」



学者「ん? なんか用かい?」

「実は、ここら辺に勇者が住んでると聞いてきたのだが」

学者「……」

「ん? 何だその顔は?」
507 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 23:15:21.33 ID:o67lB3s0

学者「あなたも冷やかしに来たのかい?」

「は?」

学者「多いんだ、あなたみたいの」

「……」

学者「あなたもあれだろう? 勇者を自称するいたいけな老人を半信半疑にからかいに来たって奴だね?」

「……?」

学者「だけどね、僕の爺さんは本物の勇者だ! 遊び半分に来るんじゃない!」

「何か勘違いしとるようだが……」

学者「む、何がだい?」

「我輩は半信半疑ではなくちゃんと勇者だって信じとるよ」

学者「え?」
508 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 23:16:22.74 ID:o67lB3s0

「我輩はかつて彼と一緒に旅をしておった。シェロから聞いたことはないか?」

学者「爺さんと、旅? ってことはあなたはまさか……」






魔王「そう、我輩は魔王ニギである」






学者「あなたが……!?」

学者「そんな馬鹿な! 彼は死んだはず!」

魔王「こうして生きているのだから仕方あるまい」

学者「でも、49年前、破滅の門を消滅させるために……!」

魔王「ああそのことか」
509 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 23:18:02.69 ID:o67lB3s0

魔王「実はな、我輩の全力をつぎ込まなくても破滅の門の破壊は可能だったのだ」

学者「どういうことですか……!?」

魔王「我輩、当時王都の祭りで買い物をしたのだが」

学者「?」






魔王「そのとき買った指輪が、伝説に謳われる魔力増幅の指輪であったのだ」






学者「え?」

魔王「“光よ”×5ぐらいで破滅の門は消滅しおったよ」

学者「え?」
510 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 23:19:34.80 ID:o67lB3s0

学者「え……じゃあ今まで何を?」

魔王「異世界をさまよっておった。異世界は半端ではなかったぞ」

学者「……」

魔王「延々とさまよった挙句、やっとついこの間こっちの世界に帰還することに成功したのだ」

学者「……」

魔王「長く帰らなかったものだから嫁に叩かれた」

学者「はあ」

魔王「ほれ、これがコブ」

学者「はあ」
511 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 23:20:15.43 ID:o67lB3s0

魔王「と、言うことで我輩はシェロに会いに来たのだ」

学者「……」

魔王「シェロは元気であるか?」

学者「あ、ああ、まったくもって元気ですよ。今、呼んできます」

魔王「魔王がじきじきに来てやったのだ。さっさと出てくるように伝えろ」

学者「わ、わかりました! 爺さん、爺さーん!」
512 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 23:21:58.13 ID:o67lB3s0

魔王「……」


 ヒュオ――


魔王「うむ、暖かい、いい風であるな……」


 ドタドタドタ――


魔王「ん……」

「ニギ!」




「――お帰り」




魔王「ああ。ただいま」



 ヒュオゥ――



513 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/15(土) 23:23:41.59 ID:o67lB3s0

title:魔王「我輩と一緒に世界を救ってくれ」(第一部)




       〜END〜


thank you for your reading,sien and criticism
514 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/15(土) 23:25:02.64 ID:lRxqOHwo
乙!
515 :アナウンス [sage]:2010/05/15(土) 23:30:48.08 ID:o67lB3s0
・と、いうわけで第一部終了。ここまでお疲れ様です。読んでいただきありがとうございました
・次回からは、番外編:勇者「観光地から〜」 こちらも読んでいただければ幸いです
516 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/15(土) 23:36:33.06 ID:ldcVQdoo
乙! 
番外編も楽しみにしてます
517 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/05/15(土) 23:50:05.16 ID:7eebCXMo
乙!

楽しみに待ってるぜ!
518 :アナウンス [sage]:2010/05/15(土) 23:51:32.90 ID:o67lB3s0
○さて、ここで質問

・まず一つ目。ここまで調子に乗って投下しまくったせいで新作が出来上がるまでにストックが尽きそう。休憩もかねて来週一週間の休みをいただけないだろうか
519 :アナウンス [sage]:2010/05/15(土) 23:53:09.85 ID:o67lB3s0
・二つ目。実はこれが聞きたくて投下ペースを上げたんだが、みんなが持っている魔王ニギのイメージはどんなのだろうか。
実は書いた張本人のくせして、魔王だけははっきりした外見イメージを持っていないんだ。長身なのか、それとも中背なのかもあいまい。新作製作の際の参考にしたので教えてもらえると助かる
520 :アナウンス [sage]:2010/05/15(土) 23:55:23.57 ID:o67lB3s0
・三つ目。第二部まで終了したら短編をいくつか投下しようと予定している。出来合いのものはあるんだけど、もしこんなのが読みたいというのがあれば、吟味した上で新たに書くので、どのタイミングでもいい、言ってくだちい
(台本形式か小説形式かの指定可。ない場合はこちらの自由で)

以上。長くて申し訳ない
521 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/15(土) 23:56:10.72 ID:k38j/2so
さっぱりと終わって良い話だった
面白かったぜ
人のよっては唐突だ何だと言われそうだが
自分はこういう話好きだ
522 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 00:00:28.69 ID:h4kcHwDO

面白かったです


書いてもらえるならお休みする事に文句も問題もないと思う


魔王は少なくとも勇者より頭ひとつ以上は背が高く
一見クールそうだが笑うとかわいいってイメージだ
523 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 00:01:01.85 ID:Uqs0N2AO
面白かったよ。続きが楽しみだ。

質問1
良い。自分のペースでのんびりやって下さい。
質問2
俺のイメージだと何故かDQ3のゾーマ様なんだww
524 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 00:02:49.60 ID:b2o3yNco
今ぱっと思いついたのはゼルダのガノンドロフかな
ゼルダやったことないけど

スタッバーだけはなぜか最初のスレからベルセルクのチャクラムとか使ってるヤツでイメージが固まってた

個人的に魔王の熟年夫婦っぷりを見てみたい
525 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 00:04:32.82 ID:A8H1s0.o
ゆっくり休んでください!
 
ニギは170くらいのちょいポチャなイメージかな!
526 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 00:48:18.35 ID:BU1O9w.o
ニギはデカくて肩幅のある魔族みたいなイメージ
527 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 01:02:40.36 ID:1QqazmE0
魔王は「勇者のくせに生意気だ」の魔王のイメージだなぁ

休み?誰も文句言わないよ  たぶん
528 :アナウンス [sage]:2010/05/16(日) 06:10:41.82 ID:J.36aG20
・ではみんなの寛大さに感謝して、来週一週間は新作の製作に専念させてもらおうと思う。次回の投下は二十五日の火曜日、夜十時の予定
・ニギのイメージ回答もありがとう。集計すると、おおむね長身でガタイがいいってかんじか。そんながっしりした奴があんなはしゃいでたと思うと胸が熱くなるな。参考にさせてもらうよ
>>524 ググッたらシラットって奴が出てきたけどこいつかな。シャープな感じだね。あと熟年夫婦了解。気長に待ってくれ
529 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 09:14:44.62 ID:Gj1kXFI0
乙。
魔王はこれだな
http://beebee2see.appspot.com/i/agpiZWViZWUyc2VlchULEgxJbWFnZUFuZFRleHQYyJCPAQw.jpg
530 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 11:45:05.48 ID:FJIlWDso
>>529
iPhone乙
531 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 16:36:35.67 ID:tXK.mtY0
貴様何故わかった
532 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 18:48:57.07 ID:hopJnb6o
うpロダで余裕でした
533 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/16(日) 22:12:33.12 ID:qXIzZjM0
個人的には、クロノトリガーの魔王ジャキかな
534 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/17(月) 05:12:02.16 ID:YN1n1sDO



休み?書いてくれるなら問題なく待つ
魔王をまった勇者並に待つ

魔王のイメージ
ぷよぷよのサタンとかディスガイアの中ボス
535 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/19(水) 21:07:30.50 ID:RqP58Z20
復活来たー
536 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:00:01.21 ID:QqdwZNM0

勇者(どうしてこうなった……?)

勇者(何がどうなってこんなことになってやがる……?)

勇者(なんかまずいことでもしたっけか?)

勇者(いやそんなまさか……)

勇者(法律的に出られないならともかく、『物理的に』出られないんだぞ? マズったとかそういう問題じゃねえ)

勇者(……)

勇者(ああもう――)

勇者「わけがわかんねえ……」
537 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:02:45.76 ID:QqdwZNM0

<一週間と三日前.山脈.崖>


 ガサガサ ガサガサ


勇者「山に入って早二日、そろそろ見えてきてもいいはずなんだが……」

勇者「――おっと、崖か、あぶねえあぶねえ」

勇者「ふう……って」

勇者「海だ!」

勇者「ってことは……」

勇者「あった、あれだ! あの陸繋島! 水の都、アレンハタム!」

勇者「そうか、あともう少しか……!」

勇者「苦労した甲斐があったってもんだぜ!」
538 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:06:50.23 ID:QqdwZNM0

<その数時間後.門の前>


門番「入国登録の用意をしますから少々お待ちください」

勇者「了解」

旅人「あいよ」



勇者(ついにたどりついた水の都!)

勇者(知る人ぞ知る観光地!)

勇者(山脈を越えなきゃならないから来訪者は多くはないが、苦労をして訪れる価値のある国!)

勇者(魔王を倒すための無味乾燥な旅に一時の清涼剤を!)

勇者(あーテンション上がってきたあ!)
539 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:07:33.80 ID:QqdwZNM0

旅人「ウキウキしてんなあ。観光か?」

勇者「おう。あんたは?」

旅人「観光地には観光に来るもんだろ」

勇者「そりゃそうか」

旅人「俺は出稼ぎの帰りなんだ。家族に土産でもと思ってな」

勇者「へえ」

旅人「いつもさびしい思いをさせているからちょっとは埋め合わせをしねえと」

勇者「とか言って、自分も楽しみに来たんだろ?」

旅人「へへ、まあな」
540 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:08:21.16 ID:QqdwZNM0

旅人「……息子が一人いてな、遅くに生まれたもんでまだ小さいんだがこれがかわいくてかわいくて」

勇者「それはそれは」

旅人「これ、お守りなんだが、息子が一生懸命作ってくれたやつなんだ。イカすだろ?」

勇者「ああ、最高だ」

旅人「観光に来ておいてなんだが、早く家に帰りてえよ」

勇者「なんか大変だな」

旅人「それほどでも」
541 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:09:36.56 ID:QqdwZNM0

門番「準備が整いました、順番にどうぞ」



旅人「先に行けよ」

勇者「そうか? 悪いね」

旅人「気にすんな。国内でまたあったらなにかおごってくれ」

勇者「持ち合わせがあったらな」

旅人「んじゃ、よい観光を」

勇者「そっちもな」
542 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:10:35.93 ID:QqdwZNM0

門番「登録が完了しました、入国を許可します」

門番「それでは、開門! かいもーん!」


 ギギギギギギギギ゙……


勇者「……」

勇者「スゥ――よーし……」




勇者「楽しむぞーっ!!!」
543 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:12:36.13 ID:QqdwZNM0

title:勇者「観光地から出られなくなった」 女魔術士「困ったわね」(番外編)




              ニアはじめから ピッ
               つづきから



魔術パクリ元:魔術士オーフェン
544 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:15:06.33 ID:QqdwZNM0

<城門前>


勇者(さて無事入国完了)

勇者(……したものの。あんまり事前情報を入れてないからどこに行こうか迷うな)

勇者(とりあえず歩くか)


 テクテク……


勇者(お、運河だ)

勇者(そうそう、この国は水の都と呼ばれるだけあって運河が多い)

勇者(運河を使った交通が発達していて、その代わり、馬車などは使うことを禁止されている。……というか使えるだけの広い道幅がないんだ)

勇者(必然的にゴンドラと呼ばれる舟のようなものでの移動が多くなる、と)

勇者「情報を仕入れるついでに、ゴンドラ、乗ってみっか!」
545 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:16:04.54 ID:QqdwZNM0

<ゴンドラ>


ゴンドリエーレ「兄さん、見ない顔だね。観光かい?」

勇者「ああ。入国したばかりでどこに行くか迷ってる」

ゴンドリエーレ「そうかいそうかい。じゃあ、まずはサン・トール広場に行くといい。送ったげるから」

勇者「頼むな」

ゴンドリエーレ「送りついでにこの国の話でもしようか?」

勇者「聞かせてくれ」
546 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:18:11.35 ID:QqdwZNM0

 ギギー……ギギー……


ゴンドリエーレ「まずはこの国、アレンハタムの成り立ちから説明しよう。この国はいわゆる陸繋島に立地している。陸繋島って知ってるかい?」

勇者「島が大陸と砂州でつながった地形だ。俺は砂州の上の橋を渡ってきた」

ゴンドリエーレ「そうそう、その通り。この国の地形は約七百五十年前にできたと言われている」

ゴンドリエーレ「この島に人が渡ってきたのはその五十年後の七百年前。ちょうどそのころ大きな戦争があったようで、それを逃れた人々が山脈を越えこの陸繋島に流れ着いたわけだ」

勇者「ここに来るのに必ず山を越えなきゃならないんだよな。苦労したぜ」

ゴンドリエーレ「しかし、そのおかげもあって流れ着いた人々は長い平穏を手に入れることができた。この国独自の文化が生まれたのもその閉鎖的性格によるものなんだ」

勇者「それから七百年の月日が流れたわけか。言葉が通じるのが不思議に思えるくらいだな」

ゴンドリエーレ「はは、まったくだね。とは言っても、実はイントネーションやら何やらが若干違うらしいけど」
547 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:19:17.16 ID:QqdwZNM0

ゴンドリエーレ「次はじゃあ、この国の名所でも教えておこうか」

勇者「お、待ってました」

ゴンドリエーレ「今向かっているサン・トール広場も名所のひとつだ。この国で一番美しい広場だといわれているよ」

勇者「へえ」

ゴンドリエーレ「そばにあるサン・トール寺院なんかも見ていくといい。モザイク画が綺麗だ。同じくそばにあるドゥーロ宮殿、アカデミア美術館もいいよ。心が洗われる」

勇者「なるほど」

ゴンドリエーレ「時間があるならもっと紹介するけど、何日ぐらいの滞在なんだい?」

勇者「三日だな」

ゴンドリエーレ「そうか。じゃあその三つだけ押さえておけばいいよ」

勇者「オーケー、そうする」

ゴンドリエーレ「……もっとも、時間はたっぷりできるだろうけどね」

勇者「?」

ゴンドリエーレ「いいや、なんでもない」
548 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/25(火) 22:19:35.77 ID:K8tooCoo
投下ktkr
549 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:20:03.65 ID:QqdwZNM0

ゴンドリエーレ「次は食べ物、お土産を紹介しよう」

ゴンドリエーレ「この国に来たら、まずはパスタが基本だね。イカ墨やシーフードの奴だ」

勇者「イカ墨?」

ゴンドリエーレ「説明するより食べてみたほうが早いよ」

ゴンドリエーレ「お次はピザ。これは外の食文化にはないらしいね。ぜひ食べていくといい」

勇者「ふむ」

ゴンドリエーレ「お菓子はティラミス、カプチーノなんかを頼むといいティータイムを送れるよ」

勇者「いいね」
550 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:21:17.18 ID:QqdwZNM0

ゴンドリエーレ「お土産は、そうだな、アレンハタムグラスなんかどうだろう」

勇者「なんだそりゃ?」

ゴンドリエーレ「ガラスさ。この国の工芸品なんだ。これも見てもらったほうが早いんだけど、宝石のようでとても綺麗だよ」

勇者「ふーん」
551 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:22:11.48 ID:QqdwZNM0

ゴンドリエーレ「さて着いたよ」

勇者「お、サンキュ」

ゴンドリエーレ「せっかくこの国に来てもらったんだ、お代は負けとくよ」

勇者「何から何まで悪いな……」

ゴンドリエーレ「気にしない気にしない。あ、そうだ。実は明日から国を挙げてのお祭りがあるんだ。運がいいね。見ていくといいよ。じゃあね」

勇者「ああ、じゃあな」
552 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:24:10.21 ID:QqdwZNM0

<サン・トール広場>


勇者「おお、すごいな。人がたくさんだ」


 ガヤガヤ ガヤガヤ……


勇者「えらく重厚なつくりの建物が広場を囲んでるな」



勇者「ええと、あれがサン・トール寺院で……」

勇者「あれがドゥーロ宮殿……」

勇者「そしてあれがアカデミア美術館……か?」

勇者「とりあえず順番に入ってみっか!」
553 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:24:58.47 ID:QqdwZNM0

<サン・トール寺院>


勇者「屋根がドーム型なのが特徴的だな」

勇者「入り口上にあるあの絵。あれがモザイク画ってやつかね?」

勇者「へー、金色で綺麗なもんだ」


     ※


勇者「中も荘厳で俺みたいなのが歩いていていいもんかって気になるぜ」

勇者「やっぱりあちこちモザイク画がある」

勇者(ただ、気になるのはそのほとんどに巨大な『目』が描かれていることだな、気持ち悪い……)
554 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:25:54.85 ID:QqdwZNM0

<ドゥーロ宮殿>


勇者「こちらもけっこうな厳かさだな」

勇者(宮殿の方にもモザイク画が点在している)

案内人「旅の方ですか?」

勇者「ん? ああ」

案内人「では私が宮殿の説明をして差し上げましょう」

勇者「悪いな、頼むぜ」

案内人「この宮殿は以前の政庁です。新しく議事堂ができたので今はそちらに移っています」

勇者「へえ」

案内人「見所はこの各所にある壁画と、独特の建築様式ですね」

勇者「ふーん」

案内人「中庭には巨人の階段と呼ばれる建築物がありまして――」
555 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:26:37.41 ID:QqdwZNM0

<アカデミア美術館>


勇者(お次は美術館だ)

勇者「まあ、絵を見る目は俺にはねえんだけども」

勇者「……いろいろな絵が飾られている」

勇者「この国を遠くから描いたもの」

勇者「街の絵」

勇者「肖像画」

勇者「……などなど。上手いってこと以外さっぱりわかんねえな」



勇者「――ん? この絵は何だ?」

勇者(街を行き交う人々の絵だが、奇妙なのは空に巨大な目があることだ)

勇者(そして、その目から人々の身体に、糸のようなものがつながっている……)

勇者(何を意味しているかわからねえが……なんだか気味が悪いな)
556 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:27:24.40 ID:QqdwZNM0

<広場>


勇者「ふう、たった三箇所回っただけなのに、もう夕方か」

勇者「そろそろ宿でもとるかな」

勇者「山を越えた足で歩き回ったもんだから疲れた疲れた」

勇者「っていうか、一日休んでから回るべきだったかな。ねみいや……」

勇者「ふわぁ〜あ……」
557 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/25(火) 22:29:22.41 ID:50XY.ugo
きてる!!
558 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:29:28.89 ID:QqdwZNM0

<二日目.朝.宿>


 ガヤガヤ ガヤガヤ……


勇者「……ふわぁ〜あ、なんだか外が騒がしいな……」


     ※


勇者「主人、今日はなんかあるのか?」

主人「知らないのか? 今日から一週間祭りがあるんだよ」

勇者(ああ、ゴンドリエーレも言ってたあれか)

勇者「へえ、どんな祭りなんだ?」

主人「仮面カーニバルだ。聞いたことないのか?」

勇者「いや?」

主人「田舎者か」

勇者「……」ムッ
559 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:30:30.86 ID:QqdwZNM0

主人「この国の祭りの特徴は仮装だ。豪華な衣装を身に纏い、仮面を着けて街を歩く」

主人「露店も出るからたいそう賑やかになるぞ」

主人「田舎者はせいぜい羽目外さないように気をつけるんだな」


     ※


勇者「と言っていたが……」


 ザワザワ ザワザワ……


勇者「なるほど、数は多くないがぽつぽつと仮装している奴はいるな」
560 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:31:27.55 ID:QqdwZNM0

勇者「聖人の格好に、貴族の格好に動物の格好。みんな仮面をかぶってる」

勇者「……華やかなもんだ」

勇者「だが、何だ? 背中から糸? それか紐のようなものを誰もが引きずっている……」

勇者「それだけがそれぞれ仮装の中で浮いているな」

勇者「ただの仮装じゃねえみたいだが、なにか儀礼的な意味でもあるのかね? 一見邪魔にしか見えねえけど」

勇者「……まあ、いいか。腹も減ったし飯屋に行こう」
561 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:32:06.97 ID:QqdwZNM0

<食事処>


勇者「イカ墨パスタとピザって奴をくれ」

店員「ピザにはいくつか種類がございますが」

勇者「おまかせするよ」

店員「かしこまりました」


     ※


店員「イカ墨パスタとシーフードピザです」コト

勇者(うわ黒、くっろ……! これ食えんのか?)

店員「ちゃんと食べられますのでご安心を」

勇者「は、はあ……」
562 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:32:42.23 ID:QqdwZNM0

勇者(どう見ても食べ物じゃねえが……)

勇者「……」

勇者「……っ」パク

勇者(……うめえ!)

店員「それは良かった」

勇者「さっきから心読んでんじゃねえよ」
563 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:33:40.11 ID:QqdwZNM0

勇者「さて、次はピザってやつを食ってみっか」

勇者「ん? これどうやって食うんだ?」

勇者「……」

勇者「いいか、そのままかぶりつけば」パクッ


 ボロボロボロ……


勇者「……」

店員「お客様、このように切れば具をこぼさずに食べることができますよ」

勇者「助言はありがてえが笑うんじゃねえ……!」
564 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:35:01.06 ID:QqdwZNM0

<サン・トール広場の近くのカフェ>


勇者「ティラミスとカプチーノを」

店員「かしこまりました」

     ※


店員「どうぞ」コト

勇者「サンキュ」カチャ



勇者(こいつもなかなか……)モグモグ


 ガヤガヤ……


勇者(……広場にも仮装してる奴が増えてきた)ズズ

勇者(賑やかなのは嫌いじゃねえな)モグ
565 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:35:51.83 ID:QqdwZNM0

勇者「おい店員、この後何かイベントとかないのか?」

店員「広場で昼には劇が、夜には演奏会が催されます」

勇者「そうか、サンキュ」


     ※


<サン・トール広場.劇>


「おお、何ということだ!」

「苛烈なる戦火を逃れ安息の地へたどり着いたと思ったのに!」

「戦の轟きは我らを逃してはくれないのか!」

「されば祈ろう我らの神へ!」

「されば願おう恒久の平和を!」

「されば結ぼう我らの絆を!」
566 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:36:59.61 ID:QqdwZNM0

勇者(歴史的かつ宗教的な色を持った劇だったな)

勇者(この島へ戦火を逃れてやってきた人々がまたも戦の中に身を投げ入れられようというときに、守護神に祈り平和を手に入れる、か……)

勇者(守護神は三つ目の女神だ。彼女はそのときからこの国の一人一人と見えない糸で結びつき、見守り、慈しんでいる。……らしい)

勇者(どうやら人々の仮装の衣装から糸や紐が出ているのは、その御伽噺に起因しているようだな)

勇者(守護女神とのつながりを目に見える形で示し感じるとか)

勇者(俺は宗教は信じねえからどうでもいいけど)
567 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:38:41.86 ID:QqdwZNM0

<三日目.昼.門前>


勇者「さあて昨夜は演奏も聴いたし、記念品としてアレンハタムグラス? も買った。そろそろ出発すっか!」

門番「観光はいかがでしたか?」

勇者「ああ、最高だったぜ」

門番「それはよかった。ではお身体にお気をつけて旅を続けてください」

勇者「ああ」

門番「またの来訪をお待ちしております」

勇者「そう簡単には来れねえけどな」

門番「いえ、案外すぐに来訪することになると思いますよ」

勇者「え?」

門番「……すぐにわかりますよ」

勇者「?」
568 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:39:22.51 ID:QqdwZNM0

<大陸と島を結ぶ橋>


勇者「どういう意味だったんだろうな、あれは」

勇者「この橋を渡る前にそこそこに険しい山を越えなきゃならないから、そう簡単には来れないってのに」

勇者「まあ、いいか。俺は魔王を倒して英雄になることだけ考えてればいい」

勇者「……俺は英雄になる。モグリじゃなくて、本物の勇者になる……!」

勇者「それだけを考えてれば、いい……」

勇者「……ん? なんだ?」

勇者「霧が出てきたな……」

勇者「まあ、大丈夫。橋だから一本道だしな」

勇者「大丈夫、大丈夫」







門番「また会いましたね」

勇者「あれ?」
569 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:40:04.16 ID:QqdwZNM0

勇者「え? あれ? 俺、あれ?」

門番「こんにちは」

勇者「……さっき俺、出発したばかりだよな?」

門番「そうですね」

勇者「なんで橋の反対側にあんたがいるんだ?」

門番「私は一歩も動いてませんよ」

勇者「は?」

門番「あなたが戻ってきたのです」

勇者「え?」
570 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:41:34.85 ID:QqdwZNM0

門番「言ったでしょう。またすぐに来訪することになるだろうと」

勇者「いや、言ってたけど……」

門番「こんなにすぐだとは思わなかったと?」

勇者「……あんた、何を知ってるんだ?」

門番「いえ、そう多くは。ただ、こういうことは稀にあるのです」

勇者「……どういうことだ?」

門番「出国した人が、橋の途中で霧に飲まれてまた城門に戻ってしまうことは稀にある。そういうことです」

勇者「やっぱりよくわかんねえ……」
571 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:42:28.33 ID:QqdwZNM0

門番「この国では稀にあることなんです」

門番「国から出られなくなったひとは稀にいらっしゃるんですよ」

門番「そういうことなんですよ」






勇者「なあにがそういうことなんですー、だ!」グイ

勇者「プハァッ」

マスター「飲みすぎだよあんちゃん」
572 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:43:40.43 ID:QqdwZNM0

<現在.夜.バー>


勇者「聞いてくれよマスター、あれから何度も橋を渡ろうとしても渡れないんだぜ」

勇者「門番はよくあることですう、って言うだけで理由はぜんぜん教えてくれねえしよお……」

勇者「まったくどういうことなんだぜ? だぜだぜ?」

マスター「知らんて」

勇者「マスターは知らねえの?」

マスター「知らん」

勇者「知っててくれよお」

マスター「知らんよ」
573 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:44:45.44 ID:QqdwZNM0

マスター「とにかくこれを飲んだら帰ってくんな」

勇者「あ〜、ちくしょ〜」



「ちょっといいかしら」



勇者「あん?」

「あんた、この国から出られなくなったって本当?」

勇者「誰だあんた」

「人に名前を聞く前に自分から名乗るのが礼儀じゃない?」

勇者「悪い……いやおかしいだろ」

「そうかしら?」

勇者「そうだよ」

「そうね」
574 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:46:15.90 ID:QqdwZNM0

勇者「まあいいか。俺はシェロ、勇者だ」

「勇者!? 嘘、本当に?」

勇者「……モグリだけどな」

「なあんだ、モグリか」

勇者「……悪いかよ」

「悪かないわよ。あんまり珍しくもないってだけで」

勇者「……」

「まあいいわ。わたしはハル」

女魔術士「将来の大魔術士よ」
575 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:51:47.22 ID:QqdwZNM0

     ※


勇者「――ということはなんだ? あんたも国から出られなくなった一人だって?」

女魔術士「そうよ」

勇者「あんたはいつからここにいるんだ?」

女魔術士「三週間前からね」

勇者「それはそれは……金は?」

女魔術士「ないわ」

勇者「おい」

女魔術士「水しか飲めなくてつらかったわ」

勇者「おい」
576 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:52:54.20 ID:QqdwZNM0

<宿>


女魔術士「あれは一種の呪いだとわたしは思うわけよ」

勇者「……」

女魔術士「人知の及ばない力が働いているのは間違いないわね」

勇者「……それはいいんだけどよ」

女魔術士「何よ」

勇者「お前は何当然のような顔して俺の部屋にいるわけ?」

女魔術士「悪い?」

勇者「いや、悪いだろ」

女魔術士「仕方ないじゃない、お互いバーも追い出されて行くところがなかったし」

勇者「つったってお前も帰るとこぐらいあるんだろうが」

女魔術士「……」

勇者「ねえのかよ」
577 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:54:48.31 ID:QqdwZNM0

女魔術士「お願い、わたしを泊めてよ」

勇者「待てよ」

女魔術士「ね?」

勇者「待てって」

女魔術士「何か問題でも?」

勇者「問題ありありだろ。なんで俺がお前の部屋を用意しなきゃなんねえんだよ」

女魔術士「用意しろとは言ってないわよ。この部屋に泊めてくれればいいの。それなら余計な料金もかからないでしょ」

勇者「金の問題じゃねえだろ」

女魔術士「あら、もしかしてろくに面識もない男女が同じ部屋にいるのに抵抗があるわけ?」

勇者「……悪いかよ」

女魔術士「それって童貞の考え方よ?」

勇者「なっ!」
578 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:56:05.57 ID:QqdwZNM0

女魔術士「あら何、図星? やあねえモグリ君」

勇者「ち、ちげえよ! それにモグリ君って何だ!」

女魔術士「あら、モグリだからそう呼んだだけだけど」

勇者「俺は勇者だ! 間違ってもモグリなんて呼ぶんじゃねえ!」

女魔術士「ごめんなさいね童貞君」

勇者「それもやめろ!」

女魔術士「じゃあなんて呼べばいいのよ」

勇者「さっき名乗ったじゃねえか! 勇者、もしくはシェロと呼べ!」

女魔術士「は〜い、童貞モグリ勇者のシェロ君」

勇者「殺すぞ糞アマァッ」
579 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:57:49.99 ID:QqdwZNM0

     ※


女魔術士「――ということで、わたしの知ってることはそう多くはないわ。なんにも知らないといってもいいわね」

勇者「俺たちの共通点は旅をしていること、観光に来たってことと、出国しようとすると霧に飲まれて橋を渡れなくなることぐらいか」

女魔術士「何回も試したけどだめね。絶対に対岸に渡れない」

勇者「さっき人知を超えた力が働いてるって言ってたな。確かなのか?」

女魔術士「わたしの勘よ。確証があるわけじゃないわ」

勇者「どん詰まりか」

女魔術士「これもわたしの勘なんだけど、要因はわたしたちじゃなくてこの国にあると思うの」

勇者「どういうことだ?」

女魔術士「この国の何かがわたしたちを足止めしてるってことよ」

勇者「……もしそうだとしてどうやって確かめるんだ?」

女魔術士「そうね……時間はかかるけど、この国のことについて一から調べていくのが確実だと思うわ」

勇者「……そうか」
580 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/25(火) 22:59:13.41 ID:QqdwZNM0

女魔術士「わたしは明日から図書館なんかに行って情報を集めてくるわ。あんたもいろいろ調べてくれない? 協力すれば脱出は格段に近づくわ」

勇者「了解、任せておけ」

女魔術士「じゃあ今日は寝ましょうか」

勇者「ベッド使っていいぞ」

女魔術士「当たり前でしょ」

勇者「……」

女魔術士「あんたはどうするの?」

勇者「あっちのソファーで寝るよ」

女魔術士「別に一緒でもいいけど」

勇者「っ……。お前の貞操観念はどうなってんだよ!」

女魔術士「あはは、冗談よ」

勇者「……ったく」
581 :アナウンス [sage]:2010/05/25(火) 23:00:56.18 ID:QqdwZNM0
・ここまで
・次回は土曜夜十時
582 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/25(火) 23:03:06.99 ID:50XY.ugo
乙!期待してる!
583 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/25(火) 23:04:55.73 ID:tOz/MbIo
おちゅ
584 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/25(火) 23:08:02.38 ID:K8tooCoo
585 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:00:45.25 ID:e6G3cW60

<次の日.朝.宿>


勇者「ふわぁ〜あ……」

勇者「ん? あいつがいないな?」


『図書館に行ってくる』


勇者「メモだ。なんだ、もう出発したのか」

勇者「俺もさっさと調査に行くか……」


     ※


主人「おはよう、昨日は女を連れ込んだそうだな」

勇者「ブフォッ――!」

主人「お前もやるもんだな。まるっきり童貞の顔してるくせによ」

勇者(どいつもこいつも……)
586 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:01:28.87 ID:e6G3cW60

<昼.街中>


勇者(俺はとりあえず街で聞き込みでもしてみるか)


     ※


「国から出られなくなった? 何ですかそれ」


     ※


「神話だね。え、違うの?」


     ※


「面白い冗談を言う人だね」


     ※


勇者「だめか……ぜんぜん有力な情報が入らねえ……」
587 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:02:17.84 ID:e6G3cW60

<図書館>


女魔術士「どこから手をつけたものかしらね……」

女魔術士「歴史に神話、文化に地理地形……」

女魔術士「とりあえずこの国の歴史から調べてみようかしら」

女魔術士「ええと、歴史の棚は……」

女魔術士「あっちね」
588 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:03:20.25 ID:e6G3cW60

<夜.宿>


勇者「どうだった?」

女魔術士「だめね。有益な情報は手に入らなかったわ」

勇者「こっちもだ。俺は街で聞き込みをしてたんだが誰も知らないみたいだった」

女魔術士「そう。まあ一日で解決するわけないわね」

勇者「そうだな。地道に行くしかねえか」

     ・
     ・
     ・
589 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:04:32.01 ID:e6G3cW60

<一週間後.昼.街中>


勇者(だめだ。あれからずっと調査をしているが何にもめぼしい情報が入らねえ……)

勇者(あれから何度も出国を試してみたが、偶然出られるということもなかった)

勇者(いい加減出られないとまずいぞ。俺の打倒魔王の計画がオジャンになっちまう……)

勇者(いや、何よりまずいのは、そろそろ財布の中身が空になっちまうことだ……)

勇者(これじゃじきに宿も追い出されちまう……)

勇者(働くか? ……いや、外部の人間の俺たちじゃろくな仕事にありつけない……)

勇者(そうなると、その日暮らしの生活を余儀なくされちまう)

勇者(その結果どんどん出国から遠ざかり、最終的にはこの国に骨をうずめることになる……)

勇者(緩慢な死が今、俺たちの目の前にある……)

勇者(そろそろ脱出しないと……)

勇者「まずい……まずいぞ……」
590 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:06:32.25 ID:e6G3cW60

 カーン カーン……


勇者「何だ? 鐘の音?」

勇者「……こっちからの音だな。考え込んでてもあれだし、ちょっと行ってみるか」


     ※


 カーン カーン……


勇者「ここか。国の中心部。こんなところに鐘楼があったとは」


 カーン カーン……


勇者「でかいな。見上げてると首がいてえや」
591 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:07:59.05 ID:e6G3cW60

 カーン カーン……


勇者「……のんきな音だ」


 カーン カーン……


勇者「まるで大変なことは何にもないみてえに」


 カーン カーン……


勇者(あーあ、全部嘘だったらいいのにな)


 カーン カーン……


勇者(出国できねえことも、金がなくなりそうなことも。俺が打倒魔王の旅をしていることも、俺の村がなくなっちまったこともみんな……)
592 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:09:08.85 ID:e6G3cW60

「ん、おお。お前もしかして」

勇者「ん?」

旅人「俺だよ。入国のとき一緒だった」

勇者「ああ、あのときの……」

旅人「二週間ぶりだなあ。約束、覚えてるか?」

勇者「ああ、何かおごるんだったな。そこのカフェでカプチーノでもご馳走するよ」

旅人「ありがてえ」
593 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:09:45.84 ID:e6G3cW60

<カフェ>


旅人「……」ズズ

勇者「……」ズズ

旅人「うん、うまい。カプチーノは最高だ!」

勇者「……」

旅人「お前あれからどこを回ってきた? この国はいろいろ見るところがあるから大変だろ」

勇者「……まあな」
594 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:10:44.22 ID:e6G3cW60

旅人「しかし奇遇だな」

勇者「ちょっと事情があってな」

旅人「話してみろよ」

勇者「……実はな」


     ※


旅人「ふーん、不思議なこともあるもんだな」

勇者「ああ」

旅人「国から出られないねえ……」

勇者「どうしたもんか困ってる」

旅人「困ってるだって? それこそ不思議なことを言うねえ」

勇者「え?」
595 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:11:31.98 ID:e6G3cW60

旅人「この国は豊かだ。独自の文化も発達していて暮らすのに苦労はない。快適すぎるくらいだ」

勇者「……」

旅人「その国から出られないことは困惑はするだろうが、別に困ることじゃないだろ?」

勇者「何を言ってるんだ?」

旅人「そっちこそ何を言っている?」

勇者「……」

旅人「ここはすばらしい国じゃないか」

勇者「……あんたいつまでここにいるつもりなんだ? 家族のところに帰らなくていいのか?」






旅人「なんで帰らなきゃならないんだ?」

勇者「……!?」
596 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:12:08.66 ID:e6G3cW60

勇者「なんでって……」

旅人「ユートピアがここにあるのにわざわざ出て行く馬鹿がどこにいるんだ?」

勇者「子供の顔が早く見たいってあんた……」

旅人「俺そんなこと言ったか?」

勇者「……。おい、あんたどうしちまったんだよ」

旅人「俺? どうもしないぜ? どうかしてるのはお前のほうだろ」

勇者「……あんた、この国から出なくていいのか?」

旅人「さっきからそう言ってるだろ。俺は住民登録もしちまったぜ?」

勇者(どうなってやがる……?)
597 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:13:16.61 ID:e6G3cW60

旅人「時間をくれよ。そしたら俺がどんなにこの国がすばらしいか教えてやるよ」

勇者「……いや、いい」

旅人「遠慮するなって」

勇者「行くところがあるんだ」

旅人「どこにも行けないくせに」

勇者「……!?」

旅人「ふふふ、お前はどこにも行けないよ。ここから絶対に出ることはできない」

勇者「……」

旅人「お前はどこにも行けない。ここで、この国で死ぬんだ」

勇者「……失礼するぜ」クル スタスタ

旅人「ははは、彼女さんによろしく」
598 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:14:26.36 ID:e6G3cW60

<通り>


勇者(いったいなんだったんだあいつは……薄気味悪い)

勇者(まるで人が変わっちまったみてえだった……)

勇者(俺とハルが出国できないことと、もしかして関係あるのか?)


『ここから絶対に出ることはできない』


勇者(あいつ、何を知っていた?)


『ははは、彼女さんによろしく』


勇者(……。別にハルは彼女じゃねえよ)
599 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:15:18.50 ID:e6G3cW60

勇者(ん? 待てよ……)


『彼女さんによろしく』


勇者(待てよ待てよ待てよ……)

勇者(……おかしいぞ)







勇者「あいつ、なんでハルのことを知っているんだ……!?」
600 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:16:15.97 ID:e6G3cW60

 クスクス……クスクス……


勇者「……?」

勇者「っ……」

勇者(なんだ……!?)


 クスクス……クスクス……


勇者(なんなんだよ……)


 クスクス……クスクス……


勇者(何で道行く人々がみんな――)







勇者(俺を見てやがるんだ……?)
601 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:16:47.80 ID:e6G3cW60




 クスクスクスクス…………




602 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:18:43.83 ID:e6G3cW60

<夜.宿>


 ガチャ……


勇者「!」ビクッ

女魔術士「? 何よそんな怖い顔して」

勇者「いや……その……」

女魔術士「いやに歯切れが悪いわね?」

勇者「……実は、昼間に変なことがあって……」

女魔術士「変なこと?」
603 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:19:23.65 ID:e6G3cW60

     ※


女魔術士「はあ、そんなことが……」

勇者「……」

女魔術士「あれじゃない? 被害妄想って奴?」

勇者「ち、ちげえ! あれは妄想なんかじゃなかった!」

勇者「道を歩いてる奴! 建物の中にいる奴! 物陰にいる奴! みんな俺を見ていた!」

勇者「みんな俺を見て、クスクス笑ってるんだ……」

女魔術士「……」

勇者「すさまじく、気味が、悪かった……」

女魔術士「ふむ」
604 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:20:23.08 ID:e6G3cW60

女魔術士「まあ、妄想にしろ現実にしろあまり気にしすぎないほうがいいわ。まともに受けてちゃ気が変になっちゃうでしょ」

勇者「……」

女魔術士「危害を加えてくるわけじゃないんだから、安心よ安心」

勇者「……」

女魔術士「ほら、安心安心」サスサス

勇者「……」

女魔術士「……」サスサス

勇者「……」

女魔術士「落ち着いた?」

勇者「……俺を、子ども扱いすんじゃねえ」

女魔術士「はいはい」
605 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:21:16.10 ID:e6G3cW60

女魔術士「じゃあ落ち着いたところで報告よ」

勇者「……なんだ?」

女魔術士「興味深いことがわかったの」

勇者「どんな?」

女魔術士「この国から出られなくなる人は稀にいるらしいわね?」

勇者「ああ」

女魔術士「そのことなんだけど……」






女魔術士「この国から出国した人って実質0人なのよ」
606 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:22:16.75 ID:e6G3cW60

勇者「は? どういうことだ?」

女魔術士「これは図書館で人口の増減なんかを調べていてわかったんだけどね、この国に入国する人はたまにいるのよ。でも、出国した人はいないの」

勇者「何を言ってるんだ? そんなはず……」

女魔術士「別に嘘はついてないわよ。本当に出国した人はいないの。この国の人口は増えることはあっても死亡以外で減った記録はなかったわ」

勇者「出国記録は?」

女魔術士「入国記録はごまんとあるわね。でも出国記録のほうは……」

勇者「……ないのか?」

女魔術士「……」コクリ……

勇者「おいおいおいおい、ってことは……」

女魔術士「その通りよ。この国から出られなくなった人はわたしたちだけじゃない。それどころか……」

勇者「誰もこの国から出られていない……?」
607 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:23:06.10 ID:e6G3cW60

勇者「そんな馬鹿な……だってそれじゃあこの国の噂はどこから聞こえてくるんだ?」

女魔術士「この国にも商人はいるわ。そういう人々は出国できるみたい。でも必ず戻ってくるわ。彼らはわたしたちと違うみたいね」

勇者「彼らと俺らの違い……」

女魔術士「この国に定住しているかどうか、じゃないかしら」

勇者「……なんで騒ぎが起きないんだ?」

女魔術士「きっとみんなあんたが会った旅人みたいになっちゃうんでしょうよ」

勇者「洗脳……?」

女魔術士「近いものがあると思うわ」

勇者「なんなんだよそりゃ……」
608 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:24:29.45 ID:e6G3cW60

女魔術士「この国に入った人の故郷では、きっと失踪扱いになってるんでしょうね」

勇者「でもそんなに数は多くないから、大きな騒ぎにならない……」

女魔術士「これはなにか怪しいことになってきたわね」

勇者「俺たちも早く出国しないと危ない……?」

女魔術士「可能性は高いと思うわ」

勇者「……洗脳される前に出国しないと」

女魔術士「急ぎましょう。明日からはこの国の文化と神話について調べるわ。あんたも図書館の調査に回ってちょうだい」

勇者「……わかった」
609 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:25:52.68 ID:e6G3cW60

<次の日.図書館>


女魔術士「……」

勇者「……」

女魔術士「あんたの言っていたこと、本当だったわね」

勇者「だろ?」

女魔術士「街を歩いてるだけで視線があちこちから刺さってきたわ」

勇者「窓のむこう、建物の陰、背後の暗がり……」

女魔術士「なんなのかしら、まったく」

女魔術士「……まあいいわ。あんたは神話の担当ね。わたしは文化のほうを調べるから」

勇者「……了解」


     ※


勇者「ええと、神話の棚は……ここか」

勇者「『アレンハタム神話』 シンプルにこれでいくか」
610 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:26:45.72 ID:e6G3cW60

『“アレンハタムの女神について”』

『戦乱の世のさなか、偉大なる先人らは平穏の地を求め各地を気の遠くなるほど長い間彷徨い歩いた』

『ひび割れた荒地を歩き、灼熱の太陽を身に受け、底なしの渇きを味わった』

『しかし、残念なことに安住の住処を得ることはできなかった』

『神は先人らを見捨てたのか。いいや、そうではなかった』

『先人らが戦火を逃れ山の奥深くで休息をとっていたときのことである』

『一人の男が水を探しにさらに山の奥に踏み入った』

『しばらくして帰ってきた男は、乾ききった肌に久しく忘れていた笑顔を携えていた』

『彼は言った。我らは救われたのだ、と』
611 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:27:59.31 ID:e6G3cW60

『男は仲間を山の奥に導いた』

『そこには豊かな水に満ちた湖があった』

『喜ばしいことではあった。しかし彼らはさらに素晴らしい光景を目にした』

『彼らは対面した』




『女神と』




612 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:29:59.73 ID:e6G3cW60

『女神は額に英知の象徴、第三の目を持ち、容姿は神性にあふれ、まばゆい光を放つかのようであった』

『先人らは知らずひれ伏した』

『女神は先人らを見て、これを愛した』

『女神は彼らに問うた』

『平穏を望むか、と』

『先人らはうなずいた』
613 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:30:41.18 ID:e6G3cW60

『女神は山の向こうへ彼らを導いた』

『山の向こうは見渡す限り海であった』

『水平線に島があった』

『女神はその島に向けて砂の橋をおかけになった』

『先人らはこうして安息の地へたどり着いたのである』



勇者「……」

勇者「ごく普通の神話だな。何かの手がかりがあるわけでもない」
614 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:31:20.28 ID:e6G3cW60

勇者「別の本でもあさるか?」ペラ……


『外からの人間を生贄として捧げることを約束した』


勇者(! ……なんだ? いきなり怪しい記述が出てきたぞ)


『――先人らは永遠の平穏を与えられ、その代わり外からの人間を生贄として捧げることを約束した』

『――先人らは約束した。この国から一歩も出ることはないと』

『――島を出ることはできなかった』


勇者(これは……!)
615 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:32:47.52 ID:e6G3cW60

『――その代わり外からの人間を生贄として捧げることを約束した』

『そして先人らはこの平穏の地から一歩も出ることはないと女神に誓約した』

『女神は寛容であった。生贄とはいっても、血を流すことは求めなかった』

『あるとき来訪者があった。戦火を逃れてきた女であった』

『しばらく滞在し、家族がいるからと一時島を出ようとした』

『女神は微笑んだ』

『女は砂の橋を渡ろうとしたが、途中で霧に包まれいつの間にか島に逆戻りしてしまった』

『何度試しても同じであった』

『女は島を出ることはできなかった』

『そのまま島の住人となった』

『最初の生贄である』
616 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:33:33.98 ID:e6G3cW60

勇者「……」

勇者「間違いねえ。俺たちが出国できねえことと関係がある」

勇者「決まりだ」


     ※


女魔術士「胡散臭いわ」

勇者「……」

女魔術士「でも、この記述は気になるわね」

勇者「だろ?」

女魔術士「島を出られなくなった女の生贄、か……」
617 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:35:11.79 ID:e6G3cW60

女魔術士「そういえば、こっちはこっちで面白いことがわかったわ」

女魔術士「わたしのほうはね、この国の祭りについて調べていたの」

勇者「仮面カーニバルか?」

女魔術士「そうよ。その由来とかね」

勇者「どうだった?」

女魔術士「興味深いわ。カーニバルは女神に関係しているの」

女魔術士「まず基本的な考え方として、この国の人間は一人一人女神とつながっている、ってことらしいわね」

女魔術士「祭りはその女神とのつながりを再確認する場」

女魔術士「女神の前では一人一人のアイデンティティーや個性なんて関係ないから、没個性の象徴として仮面をかぶるの」

勇者「背中の糸……」

女魔術士「あれは女神とのつながりを目に見える形で示したものらしいわ」
618 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:36:19.22 ID:e6G3cW60

女魔術士「これを見てちょうだい」

勇者「? うわ! なんだこの絵!」

女魔術士「女神よ」

勇者「女神? どう見てもモンスターじゃねえか!」

女魔術士「わたしもそう思うわ」

勇者「女神が、モンスター?」

女魔術士「ええ」
619 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:37:29.98 ID:e6G3cW60

女魔術士「こう考えてはどうかしら」

勇者「……?」

女魔術士「女神はこの国に入った人々と見えない糸でつながり、ある一定の場所にとどめて繁栄させる性質を持つモンスターなのよ」

勇者「なんだそりゃ?」

女魔術士「そういう特殊な方法で人々の精気を餌にする生物だと考えれば合点がいくと思うの」

勇者「……人を家畜化してるモンスターがいるってことか?」

女魔術士「そういうこと」
620 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:38:52.59 ID:e6G3cW60

勇者「いや、待てよ。この国は大きくはねえけど人口は一万人を軽く越すはずだぞ?」

女魔術士「この国は島国で、なおかつ大陸とは山脈で分断されて閉鎖的な場所となっているわ。『そういうこと』をするには魔術的に都合がいいはずよ」

勇者「よくわからないが、可能ってことだな?」

女魔術士「そう。それに精気を奪うために人を家畜化するモンスターはいくつか心当たりがあるわ。さすがにここまで大規模なのは例がないけどね」

勇者「……」

女魔術士「どうしたの?」

勇者「いや……俺たちにもその『糸』とやらがつながってるって思うと……」

女魔術士「……確かに気持ち悪いわね」
621 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 22:41:08.75 ID:e6G3cW60

勇者「――とにかく、俺たちが出国できない理由が仮説ながらもはっきりしたわけだ。とりあえずの方針が立ったな」

女魔術士「そのモンスターを排除すればいいんだものね」

勇者「後はこのモンスターがどこにいるかだが……」

女魔術士「それはまだわからないわ」

勇者「……そうか」

女魔術士「大丈夫よ。それはじきにわかるでしょうし、大体の見当はついているわ」

勇者「本当か!? どこなんだ!?」

女魔術士「ふふふ」

勇者「……?」

女魔術士「今夜は寝かせないわよお?」

勇者「は?」
622 :アナウンス [sage]:2010/05/29(土) 22:42:58.89 ID:e6G3cW60
・ここまで
623 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/05/29(土) 22:51:59.18 ID:.VC5Yn6o
624 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:00:01.60 ID:amAnuAE0

<夜.鐘楼前>


勇者「ここが国の中心部だ」

女魔術士「ん。わかったわ」

勇者「変なこというから何かと思ったが、あれだな、ここがモンスターの居場所なんだな?」

女魔術士「そうよ、がっかりした?」

勇者「別に」

女魔術士「クールね」

勇者「まあな」
625 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:01:08.04 ID:amAnuAE0

女魔術士「おそらくここで間違いないと思うわ」

勇者「根拠は?」

女魔術士「国の全ての人間に力を及ぼすなら必然的に国の中心部に本体が位置するはずよ」

女魔術士「あとは本の記述。女神は鐘楼の鐘に宿り歌声を国中に響かせるとか何とか」

勇者「へえ、それははじめて聞いたぜ」

女魔術士「以上二つの点からここがモンスターの居場所だと判断するわ」

勇者「ふむ……」
626 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:02:53.46 ID:amAnuAE0

<鐘楼内>


 ギィ……


勇者「……」

女魔術士「……」

勇者「……誰もいないな」

女魔術士「そうね」

勇者「とりあえず――」

女魔術士「上ね」
627 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:04:31.92 ID:amAnuAE0

<階段>


 カツン カツン……


勇者「……」

女魔術士「……」

勇者「てっきり警備されてるもんだと思ったが……」

女魔術士「そうね」

勇者「人々の様子を見る限り、モンスターとリンクした奴は意識を共有しているようだったな。モンスター化といってもいい。だとすると図書館で俺たちが手がかりをつかんだことも『奴』は知っているんじゃないか?」

女魔術士「おそらくそうでしょうね」

勇者「なんで俺たちを止めに来ないんだろうな?」

女魔術士「余裕、じゃないかしら」

勇者「なるほどな。相手は何百年も人間を手玉に取ってきた大物。待ち伏せて潰すつもりか」
628 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:05:35.85 ID:amAnuAE0

女魔術士「なんにしろ気をつけて進んだほうがいいわ」

勇者「言われなくとも」

女魔術士「……ところで、気付いてるんでしょうね?」

勇者「何のことだ?」

女魔術士「モンスターを排除した後の人々のことよ」

勇者「……ああ、そのことか」

女魔術士「わたしたちと違ってモンスターと深くリンクしてしまった者は、モンスターが消滅した後どうなるかわからないわ。最悪、みんな死んでしまうかも」

勇者「モンスターの奴は国民を人質に取っているってことか。それも余裕である理由のひとつなんだろうな」

女魔術士「どうするの? モグリ君に覚悟はある?」

勇者「ある」

女魔術士「……即答ね」

勇者「俺はこんなところで立ち止まるわけにはいかないからな」

女魔術士「……そのために多くの人々の命を犠牲にしてしまっても?」

勇者「……」

勇者「……ああ」
629 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:06:40.97 ID:amAnuAE0

勇者「十数年前、俺の村は魔物たちの手によって滅ぼされた。俺は魔王の指示だったとにらんでる」

勇者「俺は村のみんなの仇を……いや、俺自身の憎悪に到着点を与えてやらなきゃならない」

女魔術士「……」

勇者「そして何より俺は英雄に、本物の勇者にならなきゃいけないから」

女魔術士「モグリじゃなくて?」

勇者「……っ」

女魔術士「ふーん。あんたって強いけど脆いのね」

勇者「……どういう意味だよ」

女魔術士「余裕がないからそうだっつってんの」

勇者「……」

勇者「……とにかく俺はここで終わる気はないんだ……!」

女魔術士「まあいいわ。残酷なようだけど、わたしだってろくに知りもしない人たちのために一生を棒に振るつもりなんてないし」

女魔術士「何よりもうあの人たちはもう人間じゃない。モンスターの末端よ」

勇者「決まりだな」

女魔術士「ええ」
630 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:07:22.76 ID:amAnuAE0

<最上階>


 ヒュオオオォォゥ――


勇者「ここが最上階か」

女魔術士「……」

勇者「誰も……いや何もいない……」

女魔術士「ええ……」

勇者「機械仕掛けの鐘がひとつあるきりだ。そう広くもない。はずれか?」

女魔術士「いいえ。それはないはずよ」

勇者「でも実際何もないぞ?」

女魔術士「頭を使いなさい。上がだめなら?」

勇者「……下か」
631 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:07:57.28 ID:amAnuAE0

<一階>


 ガコ……


勇者「床の一部が外れるようになっていたとはな」

女魔術士「どうりでここだけ足音の響き方が違うと思ったのよ」

勇者「暗闇に階段が続いている。行くか?」

女魔術士「確認に意味があるかしら」

勇者「一応な」
632 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:08:27.26 ID:amAnuAE0

 カツーン カツーン……


勇者(深いな)

勇者(下り始めて何分が経った? それともまだ数十秒か?)

女魔術士「気を抜かないで。今は敵陣のまっただなかよ」

勇者「気を抜いたつもりはねえけどな」

女魔術士「一応よ一応」

勇者「ったく……」


 カツーン――


勇者「お……」

女魔術士「どうやら最下層に着いたようね」
633 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:09:17.07 ID:amAnuAE0

勇者「明るい……?」


 フシュ――ッ


勇者「……!」

女魔術士「……見つけたわ」

勇者「女神……いや……!」



モンスター「キシャアアアアァァアアッッ!」



勇者「モンスター!!」
634 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:09:53.59 ID:amAnuAE0

勇者「三つ目の人型。間違いねえな……!」

女魔術士「ええ……!」


モンスター「フシューッ」


勇者「意外だな、人語は解さないのか」

女魔術士「家畜相手に言葉が必要かしら?」

勇者「なるほど、もっともだ」
635 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:10:37.64 ID:amAnuAE0

勇者「さぁて……」


モンスター「グルルルルル……」


勇者「俺たちを解放してもらうぞ!」ジャキン!

女魔術士「行くわよ!」スチャ!


モンスター「グルアアアァァァァ!」
636 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:11:31.69 ID:amAnuAE0

 タッタッタッタッ――


勇者「でえやッ!」ブン!

モンスター「フシャッ」カキン!

勇者「武器は爪か!」

モンスター「シャッ!」ビュ!

勇者「むっ」キン!

女魔術士「下がって! “赤の刺激!”」ボッ!


 ドゴオォ!


モンスター「ギャッ!」

勇者「よし、ひるんだ!」
637 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:12:28.18 ID:amAnuAE0

勇者「もらった!」ジャッ!


 ザシュウゥゥ!


モンスター「アアアアァァ――ッ!」

勇者「腕を切り落としてやったぜ! どうだ!」


 ザワ……


勇者「!?」


 バシュッ! シュルシュル!


モンスター「ガアアアアァァァ!」

勇者「腕が生えた!?」

モンスター「ギッ!」シュッ!

勇者「うわっと!」カァン!
638 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:13:50.55 ID:amAnuAE0

勇者「いったいどういうことだ!?」バックステップ

女魔術士「国民全員から精気を吸い取っているのよ! 考えてみれば当然だわ!」


モンスター「グルアアァァ!」


勇者「そ、それじゃ倒せないじゃねえか! どうすんだよ!」

女魔術士「……わたしに考えがある」

勇者「どんな!?」

女魔術士「説明している暇はないわ! とりあえずわたしに時間をちょうだい! その間無防備になるからちゃんと守ってよね、モグリ君!」

勇者「よくわからねえが、了解!」
639 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:15:07.99 ID:amAnuAE0

勇者「喰らえや!」ビッ!

モンスター「ギッ!」ガキン!

女魔術士(このモンスターの特性上、『あれ』は必ずどこかにあるはずよ。――それはいったい、どこ?)

女魔術士(……いいえ、わたしなら絶対見つけられるわ。集中しなさい、ハル!)


 キン! カン! カィン! コン! シュ! ジャッ!


勇者「勇者を、なめんなぁ!」

モンスター「グルオオォォオオ!」
640 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:16:18.67 ID:amAnuAE0

モンスター「シャッ!」ビュッ!

勇者「喰らうか!」カキィン!

勇者「隙あり!」ツキ!


 ズシュッ!


モンスター「ギアアアァァァ!」シュルシュルシュル

勇者「チッ、やっぱり再生するんだな!」
641 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:17:11.53 ID:amAnuAE0

モンスター「ギッ……!」


 ザワ ザワワ……


勇者「……? 何だ……?」


 シュルシュル シュルシュル――


勇者「何だありゃ!? 触手!?」

モンスター「フシャアアアァァ!」


 ビュンビュンビュン――!


勇者「チッ――」
642 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:18:10.04 ID:amAnuAE0

 ビュン!


勇者「おら!」スパン!


 ヒュン!


勇者「まだまだ!」ザシュ!

勇者「こんな小細工で勇者を仕留められると思うな!」


 ビュン!


勇者「おっと、ハルのところにも行かせないぜ!」スパ!


 シュシュシュシュシュ!


勇者「おらおらおらおらおら!」スパ! ザシュ! グサ! スパ! スパン!
643 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:18:47.54 ID:amAnuAE0

勇者(さすがに数が多い……! 再生もしやがるし俺一人じゃ限界があるぞ……!)

勇者「おいハル、まだか!?」

女魔術士「話しかけないで……!」

勇者「チッ!」


 シュルシュルシュル……


勇者(しまった、目を逸らしているうちに足に!)


 ブオン!


勇者「うお!」


 ドサア!


勇者「つ……(いってえ、投げられた……!)」
644 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:19:28.55 ID:amAnuAE0

 ビュン! シュルシュル!


勇者(な!? 触手が首に!)


 ギギギギギギギギギ!


勇者「ぐ……っ!(不覚……)」


女魔術士「きゃああああ!」


勇者「しまった、ハル!?」
645 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:20:09.91 ID:amAnuAE0

 ギギギギギギギギギ……


女魔術士「う……苦し……」

勇者「ハル……!」


 ギギギギギギギギ!


勇者(いや、俺の方もやばい!)



モンスター「キシャアアアァァァアア!」



勇者(モンスターの野郎……! あれは、笑ってやがるのか……?)
646 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:21:56.81 ID:amAnuAE0

 ギギギギギギギギギ……


勇者「くそ……」

女魔術士「うう……」

勇者(……チェックメイト、なのか……? これで終わりなのか……?)

勇者(俺がこれまで積み上げてきた何かも、後生大事に抱えてきた思いも、ここで終わり……?)

勇者(そんな……そんな馬鹿なこと……ッ)






勇者「認めて、たまるか……ッッ!」

勇者「“我は砕く原始の静寂!!”」
647 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:22:37.02 ID:amAnuAE0

 ドゴオオオオオォォォォオオオ!!


モンスター「ギッ!?」

勇者「はぁ……はぁ……脱出成功」ヨロ……

勇者(自分を中心とした空間爆砕。一か八かだったが何とか生きてたな……)

勇者「ハル……! 大丈夫か……!?」

女魔術士「ええ! 今の衝撃でこっちも脱出できたわ!」

勇者「……よぉし、モンスター。これから第二ラウンドと行こうぜえ……!」ググ……

女魔術士「その必要はないわ」

勇者「え?」
648 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:23:11.88 ID:amAnuAE0

女魔術士「“赤の刺激!”」


 シン――……


勇者「……?」

勇者「不発……?」

女魔術士「いいえ」




 ビキッッッ!!!




勇者「!?」
649 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:24:10.62 ID:amAnuAE0

 ビキ! ビキ! ビキキッッ!


勇者「何だ? 壁にヒビが……」


 …………


勇者「……?」


 ……ギロ!


勇者「うわっっ!!」

勇者(か、壁に巨大な目が……!)
650 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:25:00.44 ID:amAnuAE0

女魔術士「出たわね、本体!」

勇者「本体!?」

女魔術士「そうよ。まさかあんた、あんなちっちゃいのがこの国の人間全員を手中に収めてるとでも思ったの?」

勇者「……じゃあ」

女魔術士「そうよ」







女魔術士「この島全部がモンスター……!」
651 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:25:36.82 ID:amAnuAE0

勇者「しかしどうやって……」

女魔術士「どうやってあぶりだしたかって? 原理としては簡単なことよ。このモンスターは人間に見えない糸をくくりつける。わたしはそれに逆行して魔力をぶち込んでやっただけ」

勇者「そんなことが……」

女魔術士「できるのよ。なんたってわたしは将来の大魔術士なんですからね」


 ゴガアアアアアアアアアアアアアア!!


勇者「……この島全体からうなり声が聞こえる」

女魔術士「引っ張りだされて怒ってるんでしょうよ」

勇者「さぁてじゃあ――」

女魔術士「終わらせましょうか」
652 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:26:44.25 ID:amAnuAE0

 ギロ……ッ


勇者「気持ち悪い目を向けるんじゃねえ!」

女魔術士「レディをじろじろ見るなんて失礼よ」

勇者「行くぞ!」

女魔術士「行くわよ」



勇者「“我は放つ光の白刃!”」 女魔術士「“赤の刺激!”」



 ゴッ――――!


653 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:27:56.81 ID:amAnuAE0

 …………


勇者「……」

女魔術士「……」


 ……ゴ


勇者「ご?」


 ……ゴゴゴゴゴゴゴゴ


勇者「何だ!?」

女魔術士「島が沈むんでしょうね」

勇者「え?」

女魔術士「? さっき言ったでしょ、この島全体がモンスターだって。それを滅しちゃったんだから沈むのが当然というものよ」

勇者「ええ!?」
654 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:28:48.70 ID:amAnuAE0

 ピシ! ピシ! ガラガラ……


勇者「聞いてないぞ!?」

女魔術士「言ってないからね」

勇者「先に言えよ!」

女魔術士「当たり前すぎて言う必要を感じなかったのよ」

勇者「おいぃ!」

女魔術士「言ったところでモンスターを倒すことに変わりはないでしょうに。いいから逃げるわよ」

勇者「お、おい、待てって!」


 ガラガラ ガラガラ……


655 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:29:39.55 ID:amAnuAE0







 ガラガラガラガラ――……







656 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:31:02.11 ID:amAnuAE0

     ・
     ・
     ・

 ……ザザーン ザザーン


勇者「……」

女魔術士「……」


 プカプカ プカプカ……


勇者「……」

女魔術士「よかったわね、ちょうどいいところにゴンドラがあって」

勇者「……ああ」

女魔術士「これがなきゃ溺れ死んでたわよ、ほんと」

勇者「……ああ」
657 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:32:22.78 ID:amAnuAE0

女魔術士「とはいっても……」

勇者「……」

女魔術士「どこかしらね、ここ」

勇者「……さあな」

女魔術士「大陸は見当たらないし、島は沈んじゃったからあるわけないし。大陸と島を結ぶ橋まで沈むのは予想外だったわね」

勇者「……ああ」

女魔術士「……」

勇者「……」
658 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:33:42.34 ID:amAnuAE0

 プカプカ……


勇者「……!」

女魔術士「どうしたの?」

勇者「……」ヒョイ

女魔術士「海になんか面白いものでも浮いてた?」

勇者「……これ」

女魔術士「あら、なにそれ。……お守り?」



『息子が一生懸命作ってくれたやつなんだ。イカすだろ?』



勇者「……」
659 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:34:41.00 ID:amAnuAE0

勇者「……」

女魔術士「……」

勇者「……」

女魔術士「……ねえ、モグリ君」

勇者「……んだよ」

女魔術士「モグリ君、実は後悔、しちゃったりしてる?」

勇者「……」

女魔術士「本当に島の住人全員を犠牲にしてまで島を出る必要はなかったんじゃないかとか、思っちゃったりしてる?」

勇者「……」

女魔術士「ねえ」

勇者「……馬鹿らし」

女魔術士「……ふーん」
660 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:35:26.17 ID:amAnuAE0

女魔術士「モグリ君って強いけど、やっぱり脆いわ」

勇者「……そうかよ」

女魔術士「仕方ないからあんたについてってあげる」

勇者「……ああん?」

女魔術士「ほっとけないしね」

勇者「……勝手に決めるなよ」

女魔術士「いいえ、勝手に決めるわ。よろしくね、シェロ」

勇者「……」

女魔術士「ほら、握手」スッ

勇者「……」

勇者「……」ソ……


 ギュッ……


661 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:36:26.00 ID:amAnuAE0

女魔術士「これからどうするの?」

勇者「……さあな」

女魔術士「魔王を倒すのよね? 勇者だし」

勇者「……そうだな。最終目的はそうなる」

女魔術士「そっか、そうよね。なんかわくわくしてきちゃった」

勇者「……このまま漂流して死ぬかも知れないのに?」

女魔術士「それはないわよ。だってわたしは将来の大魔術士だし、あなたは将来の英雄だし」

勇者「……」

女魔術士「ほおら、そんなにくよくよ考え込まない、勇者様! これからのことでも考えましょ」

勇者「……」

勇者「……そうだな」



女魔術士「あ! 朝日が出たわよ!」



662 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/01(火) 22:37:08.36 ID:amAnuAE0

title;勇者「観光地から出られなくなった」 女魔術士「困ったわね」(番外編)




            〜END〜



thank you for your reading,sien and criticism
663 :アナウンス [sage]:2010/06/01(火) 22:43:53.87 ID:amAnuAE0
・というわけで番外編終了。第一部に続きお読みいただきありがとうございます
・次回からは第二部、女魔術士「魔王探し?」をお送りいたします。こちらも読んでいただければ幸いです。地の文なしでどれだけ戦闘を表現できるか試した第一部、番外編と異なり、地の文まじりになっております。ご了承ください
・それではまた、土曜日の夜十時に
664 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/01(火) 22:48:22.96 ID:eUEWQ5go
おつ
665 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/02(水) 00:47:17.51 ID:TUXBAvQ0
おっち
666 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/02(水) 02:30:22.03 ID:gHqUV92o
おつ!
667 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/02(水) 05:17:52.86 ID:psKP1QDO
おつなんだぜ!
668 :アナウンス [sage]:2010/06/02(水) 23:02:46.37 ID:uS42zX20
・ふと思った。これを読んでくれてる人の中で、パクリ元であるオーフェンを読んだことある人はどれくらいいるんだろう。いや、読んでなくても構わないんだが、それでもちゃんと楽しめるのだろうか。呪文の効力とか分かりにくくなかろうか。
669 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/03(木) 00:01:28.32 ID:9sRe9VUo
漫画版とアニメは見た

小説原作っていうのを知ったのが割りと最近で小説は読んでないんだすまん・・・
670 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/03(木) 00:40:15.49 ID:NBwPhToo
このスレ見るまで全く知らなかったけど、
逆にそのおかげなのか、すんなり読めてるし、十分楽しめてるよ!
671 :アナウンス [sage]:2010/06/03(木) 05:32:27.71 ID:xE02ktM0
>>669 それは逆に珍しいかもしれん。いや、別に全く構わないんだ。こちらこそ変なこと聞いてごめん。ぜひ楽しんでいってほしい。それでもし気が向いたら原作読んでみるよろし。このssの数倍は面白いから。

>>670 それはよかった。本当に安心した。このssはまだ数ヶ月続くと思うけど、その間どうかよろしく

・ところで、ハルはもともとクリーオウのつもりで書いてたけど、アザリーになったんだよな。原作読んでない人は分からなくてごめん。
672 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:00:01.67 ID:RBq.s3M0

目を覚ましたときには全てが過ぎ去っていた。
全てが終わってしまった後だった。

大いなる力の奔流に飲まれた後、わたしの意識はそこで途絶えた。
そのあとにあったのは凍えるような静寂のみ。

……わたしはどうやら蚊帳の外だったようだ。
物語はとうに幕を下ろしていて、観客は席を立った後。
役者は引き揚げて、どんなに待っていてみてもあるのは明かりの消えた舞台のみ。暗く沈んだ舞台のみ。

物語は、終わったのだ。




本当に?




673 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:02:16.78 ID:RBq.s3M0

     ※


わたしが目を覚まして最初に見たのは無骨な天井だった。交易の街タフレムの中心にある病院。わたしはそこで目を覚ました。
わたしはそれなりに長い間眠っていたらしいのだが、その間に世界は大きく様変わりしていたようだ。
王都の壊滅により大きな転換点を迎えようとしていたし、世間はその話で持ちきりだった。
病院に閉じこもりっきりのわたしにはわりかしどうでもいいことだったのだけれど。

わたしの興味が向かう先は二つ。

一つ目はなぜわたしがまだ生きているかということ。
わたしはかつて強大な力を必要としていて、それを手に入れる代償として自分の命を差し出したはずだった。

疑問はすぐに解決した。というよりか、だいたい予想がついた。
彼らがうまくやってくれたのだろう。

わたしはふたりの人物――片方は人間ではないけれど――を思い出す。
片方はわたしの元パーティーで、もう片方はその元パーティーを無理やり手下にした気に食わない奴。

元パーティーのことはもちろん良く知っている。
小さなことにすぐムキになるし口はあまり良くないが根はいい奴だ。

その彼を手下にしたあいつのことはよく知らないが、彼がなんだかんだで一緒にいたのだ。根っからの悪者ではなかったのだろう。むかつく奴だったが。

その二人がわたしを助けてくれたのだ、きっと。
だからわたしはまだ生きている。
彼らと神様に小さく感謝した。

二つ目はその元パーティーが今何をしているかということだ。
彼らは世界を救うとか何とか言っていて、もしかしたら今回の世界全体におよぶごたごたに結構深く関係していたのかもしれない。

うん、きっとそうだ。

だからこそ不安になる。
彼らはちゃんと無事でいるのかと。

そんなことを考えながら過ごしていたある日のことだ。
674 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:04:54.29 ID:RBq.s3M0

看護婦「ハルちゃん、面会の方よ」

女魔術士「面会? 珍しいわね。わたしに会いに来る人には心当たりはないのだけど」

看護婦「男性の方。お通ししてもいいかしら?」

女魔術士「かまわないわ」

看護婦「わかったわ。どうぞ入ってくださ〜い」



「……」ヌッ



女魔術士「っ……シェロ!」

勇者「……元気そう、だな」
675 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:07:15.15 ID:RBq.s3M0

面会者は、つい今しがた頭の中に思い浮かべていた元パーティー、シェロだった。

彼はモグリの勇者をやっている。
モグリというのは、まあつまり自称勇者ということだ。

黒髪黒目、革鎧を身に着けて、背格好は中肉中背。勇者の村出身であることを示すペンダントを首からさげている。

彼はどこか疲れた笑みを浮かべてわたしに近づいてきた。
わたしはその目に薄い悲しみを見取って眉をひそめた。
676 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:08:39.53 ID:RBq.s3M0

女魔術士「……呪いの首輪がないわね」

勇者「あ? ああ、あれか。あれはもう取ってもらったんだ」

女魔術士「なんで寂しそうな顔するのよ」

勇者「え、そうか……?」

女魔術士「そうよ」
677 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:09:55.02 ID:RBq.s3M0

呪いの首輪とは、彼が無理やりにはめさせられていたもので、これのおかげで彼はもう一人のほうの言うことを聞かざるをえなかった。
わたしと衝突せざるを得なかった。


彼はしばらく口をもぐもぐと動かした。
話したいことはいくらでもあったはずだったけど、わたしも彼もしばらくは何も言わなかった。
678 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:10:56.78 ID:RBq.s3M0

勇者「……身体は大丈夫なのか?」

女魔術士「おかげさまで」

勇者「後遺症とかは……?」

女魔術士「なかったらよかったんだけどね」

勇者「っ……」

女魔術士「そんな顔しないでよ。自業自得よ」

勇者「……」

女魔術士「身体自体はなんともないのよ。でも――」





女魔術士「魔術が使えなくなっちゃった……」
679 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:11:45.08 ID:RBq.s3M0

そうなのだ。

目が覚めてから違和感はあった。

数日して気付いた。自分の中に魔力がほんの一滴も残されていないことに。

生まれてからずっとあった感覚がすっぽりと抜け落ちていた。
680 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:12:57.60 ID:RBq.s3M0

勇者「そんな……」

女魔術士「だからそんな顔しないでって。確かに最初は動揺したし悲しくもなったわ。でも考える時間はたっぷりあったもの」

勇者「……」

女魔術士「……もう平気よ」
681 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:14:22.70 ID:RBq.s3M0

本当のところはまだ胸の奥がじくじくと痛んでいる。

自分の手足をなくしてしまったかのような喪失感。

全て覚悟していたつもりだったのに。

そのままだとまた泣いてしまいそうな気がしたのでわたしは強引に話を変えた。
682 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:15:38.58 ID:RBq.s3M0

女魔術士「ねえ、それより聞いていいかしら」

勇者「……なんだ?」

女魔術士「私が倒れてからあなたたちがやってきたこと、あなたたちに起こったことよ。この世の中の混乱、あなたたちと関係があるんでしょう?」

勇者「……察しがいいな」

女魔術士「世界を救う。そう言ってたわね。このことなの?」

勇者「そうだ。……だがそれを説明するにはまず、人工的平和維持機構について知ってもらわなければならない」

女魔術士「人工的……?」

勇者「人工的、平和維持機構だ。……看護婦さん、席はずしてもらえねえかな」

看護婦「大事なお話みたいね。わかったわ」


 ガチャ……バタン


勇者「……それじゃあ説明するぞ」
683 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:18:06.06 ID:RBq.s3M0

人工的平和維持機構。その名の通り、人工的に平和状態を維持する大魔術。ただしそれによるひずみは確実にたまっていき、最後には世界の崩壊につながる。
その機能の説明を聞いて思い浮かべたのは、私が学生だったころよくやってしまったレポートの先送りだった。
確かにその通り。現在の平穏のために未来を犠牲にする、壮大な先送り。それが人工的平和維持機構。
ただ、その具体的な仕組みや原理はシェロもよくわかっていないらしい。そのあたりのことは省略された。

私が魔力を失った原因である契約――シェロはそれを魔神契約と呼んだ――もその人工的平和維持機構の副産物だったようだ。
機構の基本は何らかのエネルギーの蓄積と放出。それを人間の身体に付加したものが契約、というわけだ。

シェロたちは機構による世界の崩壊を止めるために旅をしていたのだそうだ。
684 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:19:23.55 ID:RBq.s3M0

勇者「といっても、俺は終わりが近くなるまで世界の崩壊なんて信じちゃいなかった。本当に戦っていたのはあいつ一人だった」

女魔術士「……」

勇者「……スタッバーは知ってるか? 十三使徒のトップの」

女魔術士「ええ。私を王都に呼び寄せてキムラック神殿の大神官に紹介したのは彼よ」

勇者「そうか……。あいつとも戦ったよ。最後に俺たちの前に立ちはだかったのは奴だ」
685 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:22:11.08 ID:RBq.s3M0

その戦いは壮絶なものだったようだ。だが、強大な力に傷つき打ち倒され膝をつきながらも、それでも彼らは諦めなかった。だから世界はまだ終わっていない。わたしは生きている。
……ただ、代償は大きかった。彼の旅の仲間、魔王がその犠牲になってしまったのだ。

そこまで話すとシェロは目を伏せて口を閉じた。沈黙が落ちる。

昼の日差しが窓から差し込んでいる。終わらなかった世界の、優しい光が。
686 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:23:24.15 ID:RBq.s3M0

女魔術士「……」

勇者「……」

女魔術士「……あの、ありがとう」

勇者「ん……?」

女魔術士「あの契約を結んでしまった後もわたしが生きていられるのはあなたたちのおかげよ」

勇者「ああ……」

女魔術士「迷惑もかけちゃったわね、ごめんなさい。あなたの旅のパートナーにも言うべきなんでしょうけど」

勇者「……そうだな」

女魔術士「でも彼は……」

勇者「……ハル」

女魔術士「え?」

勇者「俺は今日はそのことで話をしに来た」

女魔術士「どういうこと?」

勇者「お前に頼みがあるんだ」

女魔術士「何かしら」

勇者「……」




勇者「俺と一緒に、魔王を探してくれ」




687 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:24:07.86 ID:RBq.s3M0




わたしたちの冒険はまだ終わってなんかいなかった。




688 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:26:19.21 ID:RBq.s3M0

title:女魔術士「魔王探し?」(第二部)



    ニアはじめから
     つづきから





パクリ元:魔術士オーフェン、エンジェルハウリング
689 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:29:22.04 ID:RBq.s3M0

     ※


高い天井、広い部屋。調度品もどれも重厚で年代を感じさせるものばかりだ。空気もそれにつられてやや重量を増しているように感じた。
床には埃一つ落ちておらず、清掃が行き届いているのがわかる。これだけ広いと掃除には苦労するだろうなとふかふかのソファーに腰掛けながら思った。

カップを持ち上げ一口茶をすする。それをテーブルに戻して視線を上げた。
テーブルを挟んで目の前に座っているのは三十代ほどの男。優男のような風貌であまり頼りにできそうな風格は持ち合わせていない。それでもこの交易の街ラポワントで、しかもこの若さで最も力を持っている人物だというのだから人は見かけによらないものだ。
690 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:31:19.73 ID:RBq.s3M0

大商人「――それで? 君たちは何をお望みかな?」

勇者「まずは魔王を見つけるための手がかりがほしい」

大商人「ふむ……」

勇者「事情はさっき説明したとおりだ。俺たちは世界を救った。だが――」

大商人「代償は大きかった」

勇者「……その通りだ」
691 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:33:39.45 ID:RBq.s3M0

シェロはわたしの隣で顔を伏せた。深いため息。わたしは横目で彼の横顔を見ながらそれを聞いていた。

ここはラポワントの最有力商人の屋敷だ。街の北に立地している。シェロは王都に入る前にここを訪れ、彼の助力を求めたらしい。
そのときにわたしの保護も求めたようで、わたしの入院中の金銭的な世話は彼がしてくれたとか。
もっとも、わたしは今回がはじめての顔合わせになるが。
シェロは今回も彼の力を借りるつもりらしい。

さて、魔王ニギは人工的平和維持機構により生じた“破滅の門”を閉じるためその命をささげ、異世界に姿を消した。痛ましいことだが、世界を破滅させるような強大な力だ。言い方は良くないかもしれないが、むしろ彼一人分の命で済んだことに驚くべきである。
692 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:36:41.23 ID:RBq.s3M0

大商人「逆に言えば、彼は確実にその命を使い果たしているはずなんだ」

勇者「……」

大商人「……生きているとは、思えないけどね」

勇者「……確かにな」

大商人「……」

勇者「でもな、俺はあいつと約束したんだ」

女魔術士「……」

勇者「必ず、再会するって。……約束したんだ」
693 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:37:27.45 ID:RBq.s3M0





『約束しよう。我輩は生きて、お前に再会する』


『ニギは生きてシェロに再会する』





694 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:38:51.24 ID:RBq.s3M0

大商人「……」

勇者「……」

女魔術士「……」

大商人「……うん。そうか……うん。わかった。君は魔王を探すんだね」

勇者「ああ。あんたの力を貸してほしい」

大商人「いいよ。……と言いたいところだけど」

勇者「何だ?」

大商人「前回は交換条件、ギブアンドテイクだった。君と私は対等の取引相手であって友人じゃない。今回もそういうスタンスでいこうと思う」

勇者「なるほど」

大商人「冷たいと思わないでおくれよ。大商人は馴れ合っちゃいけないんだ。それに……」

勇者「それに?」

大商人「……最近の世界の情勢は知っているかな?」

勇者「いや、あまり」

大商人「王都メベレンストが壊滅して、わけがわからないながらもとりあえず今、次なる中心都市が必要とされている。世界はそこらへんのことでごたごたしてるんだけど、まあ大体決まっているんだ。というか自動的に王都の次に力を持っている都市になるんだけど……」

勇者「どこだ?」

大商人「……自治都市、トトカンタさ」

女魔術士「トトカンタ……」
695 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:41:06.32 ID:RBq.s3M0

自治都市、トトカンタ。大商人が言うように、実質王都の次に力を持ち、栄えている都市だ。
通常、王都が各都市を支配し影響を及ぼすが、トトカンタは独自に議会を持ち政治を行っている。
大きな都市で、同じく自治都市のタフレムにある“牙の塔”、王都にかつてあった“スクール”に次ぐ規模の魔術学校もある。

実はわたしの出身地でもあり、わたしは以前そこの魔術学校に通っていた。
696 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:44:52.62 ID:RBq.s3M0

大商人「そこに至るまでに水面下で結構な競り合いがあったらしいよ。まあ結局ごり押しで決定したらしいけど。ちょうどね、王族のご子息だったかがトトカンタに住んでいたらしいんだ。だから王都の崩壊に巻き込まれずにすんだ」

勇者「そいつを新たに王室として祭り上げたってわけか」

大商人「大当たり。それに伴って元号も変わるらしいね」

女魔術士「でも、それがどうかしたの?」

大商人「知ってると思うけどトトカンタは大陸の反対側、西の海岸にあるんだ。私もそこに拠点を移さなきゃならない。死んだ都市のそばじゃ商売にならないからね。もう他の商人は移動を開始しているらしい」

勇者「だから俺たちを支援するだけの余裕はないってことか……」

大商人「全くできないってわけじゃないさ。ただ、それに対する見返りはほしい」

勇者「あんたの望みは?」

大商人「そうだなあ。嫌味に聞こえるかも知れないけどこの地位になるとたいていのものは手に入るからね、正直なところありきたりなものはほしくないよ。富や名声は有り余ってる」

勇者「じゃあ?」

大商人「ほしいのはそうだな……」

女魔術士「……」
697 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:47:29.22 ID:RBq.s3M0

大商人「ほかじゃ手に入らない面白い話、なんてどうだろう?」

勇者「……どういうことだ?」

大商人「君は世界の危機を救った者の一人だ。世界の真理にとても近いところにいる。あまつさえ異世界に飲み込まれた魔王を探そうとまでしている。これほど興味をそそられることはないね」

勇者「なるほど……」

大商人「つまり、後払いでいいよってことさ。君は魔王を探す。そしてその過程で生まれた面白い話を私に提供する。+αがあればもっとうれしいね」

勇者「……その話、乗った」

大商人「交渉成立、だね」




大商人「……さて、魔王の手がかりだけど」

勇者「ああ」

大商人「生きているとすれば異世界にいるのは間違いない。ならば、異世界の情報があればいいわけだ」

勇者「だが、そんなもの……」

大商人「あるよ。異世界のことどころかそれを利用して世界を平和にするシステムを記したものはなんだい?」

勇者「……! 世界書か!」

大商人「その通り。それを見つけられれば魔王救出は格段に近づくはずさ」

勇者「なるほど……!」

女魔術士「それを手がかりとして行動するわけね」

大商人「それが一番いいだろうね」
698 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:49:33.05 ID:RBq.s3M0

大商人「あ、そうそう君」

女魔術士「わたし?」

大商人「そうさ。君は大事なものをなくしたんじゃないかい? そう、何かを成し遂げるための決定力を、さ」

女魔術士「……知ってたの?」

大商人「私の情報網をなめてもらっては困るね」

女魔術士「……ふーん、すごいわね。でもそれがどうかしたの?」

大商人「勇者の足を引っ張りたくはないだろう?」

女魔術士「それは……」

勇者「俺は別に――」

大商人「いい考えがあるんだ」

勇者「?」

女魔術士「いい考え?」

大商人「そう、いい考えさ」
699 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:50:51.46 ID:RBq.s3M0

     ※


引き金を引くと破裂音が耳朶をたたき、手には猛烈な衝撃が帰ってきた。手首がきちりと痛む。続いて硝煙のにおいが鼻をつく。
しばらく銃声の余韻を聞き流し、もう一度引き金を引く。反動。さらにもう一度。反動。

合計三発を撃ち終わり、拳銃を下ろした。
数メートル先の的には寄り添うように三つの穴が空いている。
700 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:51:57.87 ID:RBq.s3M0

メンバー3「――うん、悪くないな」

女魔術士「そう、かしら?」

メンバー3「ああ。もともと訓練用の拳銃というのは命中率がとても低い。度外視されているといっても過言ではない。その拳銃でこれだけ
の成果をたたき出せるならまずまず以上だな。いい腕だ」

女魔術士「ありがとう」
701 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:55:46.26 ID:RBq.s3M0

ここは大商人が所有する、街のはずれにある射撃訓練場。大商人に勧められて昨日今日と通っている。
そう、大商人が言った“いい考え”とはつまり拳銃の使用だ。決定力としての威力も申し分なく、魔術の代用品としては現在思いつく限りでは最も適している。確かにいい考えだった。もっとも、わたしが実際に拳銃というものを見たのは昨日が初めてだが。

拳銃の教官を務めているのは王都の元レジスタンスメンバーのレイ・ロッカスだ。男のような口調、凛とした雰囲気。長身もあいまってそこらの男よりよほど格好がよい。
彼女は王都の壊滅の中、レジスタンスリーダーとともに生き延びたメンバーの一人で、今は大商人から住む場所を提供してもらっているらしい。
レジスタンス時代の彼女の担当は拳銃の運用と、メンバーの拳銃訓練だったそうだ。
702 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 22:58:25.24 ID:RBq.s3M0

メンバー3「だが、一つ言うとすれば」

女魔術士「なに?」

メンバー3「あまり力みすぎないほうがいい。あらゆる意味で成功率が下がる」

女魔術士「あら、肩に力が入っていたかしら?」

メンバー3「それもある」

女魔術士「も?」

メンバー3「……隣に在ることを諦めるな」

女魔術士「……?」

メンバー3「君はこれからさまざまな困難にぶつかると思う。何しろ今まで培ってきた力の一つを失ったのだからな、これは仕方のないことだ」

女魔術士「……」

メンバー3「だが忘れるな。彼の隣に在ることを諦めるんじゃない。君はそこにいてもいい。変に力まなくてもいいんだ。それを絶対に忘れるな」

女魔術士「……」
703 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/05(土) 23:00:27.20 ID:RBq.s3M0

彼女は多くの仲間を失った。レジスタンスのリーダー、ジゼル・ガンノは残った仲間のその後の生活の支えを作ってやるため、そして今混乱している世界のために尽力している。レイはそんな彼の力になりたいのだそうだ。
その役目は簡単なものではない。途中でくじけてしまうかもしれない。
その言葉はそんな彼女だからこそ言えるのかも知れなかった。

隣に在ることを諦めないで。

私はゆっくりと、でもしっかりとうなずいた。

拳銃の訓練はもう一日だけ続いた。
704 :アナウンス [sage]:2010/06/05(土) 23:02:48.46 ID:RBq.s3M0
・ここまで

・PS.新作が予定よりはるかに遅れている。どうしよう。いや頑張るけど
705 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/05(土) 23:04:02.50 ID:1oiLBF6o
ゆっくり頑張ってくれればいい
706 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/05(土) 23:51:08.49 ID:vwn77wso
707 :アナウンス [sage]:2010/06/06(日) 10:08:42.17 ID:cUhvTm20
・そうそう、地の文ありのとこまできたからお知らせをば
・新作は小説形式で、三人称一元描写(視点の転換あり)。掛け合い、地の文章のレベルはここまで見ていただいた通り。高くない、むしろ低いと理解していただければ結構。でも一応、微々たるものながら、トレーニングもしているので今後に期待していただきたい。

以上
708 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/06(日) 10:26:58.22 ID:NSAT4nEo
709 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/07(月) 05:43:11.19 ID:va4gFoA0
乙です。
710 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/07(月) 05:56:38.36 ID:kk6M1cDO


待ってる
711 :アナウンス [sage]:2010/06/07(月) 06:31:15.06 ID:MBg6rak0
・なんていうか、こう……本気出す。正直甘く見てた。あんなに遠いものだとは思わなかった
・最近呟きまくりで悪いね。これでも以前は寡黙な方だったんだけれど。以降、自重する
712 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:01:39.35 ID:cc.DwvI0
・訂正
>>673 交易の街タフレム→ラポワント
713 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:05:01.60 ID:cc.DwvI0

     ※


大商人「驚くほど早かったね」

メンバー3「彼女の腕がよかったので。三日で十分と判断しました。それに時間もあまりないでしょう?」

リーダー「その通りだぁな。俺たちはすぐにでも出発しなきゃなんねえ。これでも遅いくらいだしな」

勇者「すまない、いろいろ面倒を見てもらって」

女魔術士「ありがとう」

大商人「取引内容そのままさ。別に感謝することじゃない」
714 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:06:36.81 ID:cc.DwvI0

屋敷の前。見送りには大商人エリム、元レジスタンスリーダーのジゼル、メンバーのレイがきてくれた。
わたしとシェロは旅のための最小限の荷物を持って立っている。

背中まであった金髪は切ってしまった。今は肩までの長さだ。名残惜しくないといえば嘘になる。シェロも驚くと同時に、少し残念そうな顔をしていた。
服装も、以前の黒い三角帽子と同じく黒いローブから、動きやすい服装に着替えている。

天気は快晴出発にはちょうど良い天気だ。わたしたちは世界書探しに。大商人たちはトトカンタへ。
わたしたちの目的地は魔王城だ。そこに世界書ないしは世界書の情報があるとにらんだのである。
715 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:08:10.94 ID:cc.DwvI0

大商人「餞別だ、受け取るといい。勇者に一つ。ハル君に一つ」

勇者「これは……」

女魔術士「ん……」

大商人「勇者には改良型ヘイルストーム。暴発の危険性は低くなっているはずだよ。そしてハル君にはテンペスト。ヘイルストームと同じく狙撃拳銃と呼ばれる最新型さ」

勇者「弾数は?」

大商人「どっちも八発だ」

女魔術士「多いか少ないかは使い方次第ね」

大商人「君は主武装になるから明らかに足りないよ。でも大丈夫、そこらへんは手配してある。それぞれの都市、町、村にいる私の部下に弾薬を渡しておく。君たちはそこで補給すればいい」

勇者「ありがとうな」

大商人「さっきも言ったけど礼はいらないよ」

リーダー「俺たちからは情報を。魔界のほうがざわついてやがる」

勇者「魔界が?」

リーダー「ああ。魔王の不在、人間界のごたごた。魔族のほうにも勢力の拡大を狙っているのが少なくないってえ訳だ」

メンバー3「今までよりも魔族、魔物と出くわす可能性は高くなる。気をつけていくんだ」

女魔術士「わかったわ」

大商人「それじゃ、元気で」

勇者「ああ、そっちもな」
716 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:10:15.90 ID:cc.DwvI0

私たちはラポワントを出発し一路北を目指した。一週間ほどで港町に着き、舟を調達。二週間ほどをかけて海路を渡った。
反対の海岸の町につくとそこはもう魔界だ。……とはいっても別にいきなり空が暗くなったりおどろおどろしい雰囲気になるわけではない。

私たちが住むこのキエサルヒマ大陸は北側と南側に分かれている。北は魔族の居住地、南は人間の居住地だ。魔族の住む北側を俗に魔界という。
人間が住んでいないかと言えばそうではなく、魔族と人間の間で平和協定が結ばれてからは魔王山のふもとにすら人の村がある。

海岸の町を出て山道に入った。
717 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:10:57.74 ID:cc.DwvI0

勇者「ここを上りきれば山村があったはずだ。そこで休もう」

女魔術士「そうね」

勇者「ふう。……!」

女魔術士「どうしたの?」

勇者「来る……!」


「キシャァッ!」バッ!


718 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:12:01.32 ID:cc.DwvI0

子供のような小さい影が茂みから飛び出してきた。手に何か得物を持っているのが見える。魔物だ。
わたしは即座に魔術構成を編み上げ――それが無駄であることに気付いた。

慌てて腰の後ろのホルスターに手を伸ばす。
そのときには既にシェロが剣を抜き放ち魔物の攻撃に合わせている。
わたしは完全に出遅れた。
719 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:13:27.77 ID:cc.DwvI0

勇者「でりゃあぁぁッ!」シュッ!

魔物「シッ!」ガキン!

勇者「ふっ!」ビッ!

魔物「フシャ!」ガキ!

女魔術士「――シェロ、離れて!」スチャ!

勇者「了解!」バックステップ!

女魔術士「――ッ」タァン!

魔物「……っ」ブシャ!
720 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:14:51.18 ID:cc.DwvI0

放たれた弾丸は空気を切り裂いて飛ぶ。狙撃拳銃の特徴は、弾丸に螺旋回転を加えるライフリング機構を銃身内に施すことで、その命中精度、威力を大幅に引き上げている点だ。

弾丸は魔物の頭部を正確に撃ち抜き、魔物が地面に崩れ落ちた。
それから魔物の血がゆっくりと広がっていくのを、わたしは見つめていた。
肩に力が入りすぎているのに気がついたのはそのすぐ後だ。シェロが何か言っているのにも気がつかなかった。
721 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:15:49.14 ID:cc.DwvI0

勇者「ハル、ナイス」

女魔術士「……」

勇者「あの立ち回りの中でよく相手の急所を打ちぬけたな。才能あるんじゃないか?」

女魔術士「あ……そう、かもね」

勇者「どうした?」

女魔術士「……別に」
722 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:17:11.55 ID:cc.DwvI0

対応のわずかな遅れ、異常な力み、戦闘後の虚脱感。わたしの頬を汗が伝う。身体が急激にさめていく感覚。早鐘のような鼓動。
これはまずいかもしれなかった。
魔術が使えなくなるというのはかくも大きな痛手だったのか。当たり前にあったものがないというのはかくも不安なものなのか。
そして魔術とは違う殺しの感覚にわたしは大いに戸惑った。

山村へ向けて歩き出しシェロが何か話しかけてきても、わたしは上の空だった。

その後何回かの戦闘を重ね、わたしは経験と自信と、そしてやはり何ともしれない違和感を溜め込んでいった。

さらに一週間ほど後。わたしたちは大きな門の前に立っていた。山の頂上。魔王城の前に。
そこに一体の魔物が立っていた。人型で、一見壮年の人間男性に見えるが、瞳が人間にはありえないほど赤かった。
723 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:18:30.98 ID:cc.DwvI0

側近「……待っていたぞ」

勇者「……ああ」

女魔術士「……」

側近「そっちは?」

勇者「ハルだ」

女魔術士「……はじめまして」

側近「私は魔王様の側近だ。ついて来い」
724 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:19:58.63 ID:cc.DwvI0

魔王の側近と名乗ったその魔物の後ろについて魔王城の中に入った。思ったより内装は悪趣味ではない。が、なぜかパーティー用の三角帽子やランプが隅っこのほうにちらほらと目についた。魔王は祭り好きなのだろうか。

五十人ほどが入れそうな広さの部屋に通された。普段は会議にでも使われているのだろう。大きいテーブルが中心に陣取り、いくつかの椅子が並んでいる。
側近の魔物にここで待つように言われ、とりあえず適当な席に腰を落ち着ける。側近の魔物は呼びにいく人がいると言って姿を消した。
725 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:21:38.70 ID:cc.DwvI0

女魔術士「ここが、魔王城……」

勇者「案外普通だろ? 趣味の悪いタペストリーがあるわけでもないし、壁に蔦もはっていない。きれいなもんだ。つっても、俺もここに詳しいわけじゃねえけどな」

女魔術士「そう……」

     ・
     ・
     ・

 ――ガチャリ……


側近「待たせた。――どうぞお入りください」

?「……」

勇者「そちらは?」スク

側近「魔王様の奥方、ルフ様だ。――ルフ様、こちらが魔王様と連れ立って旅に出た勇者シェロと、その仲間、ハルにございます」

魔王妻「……」
726 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:23:19.69 ID:cc.DwvI0

麦畑を思い出させる腰までの流れるような長い金髪、背中から出た三対の小さな翼、つやのある褐色の肌、目じりは下がり気味で雰囲気も柔らかだ。ほっそりとした上品な身体を、これまた上品でシンプルなドレスで包んでいる。
わりと比べたがりのわたしでも素直に、綺麗だな、と思った。

彼女は側近について無言で私たちの向かいの席までいくと、側近が引いた椅子に腰を下ろした。
しばらくこちらを見つめ、それからつぶやくのが聞こえる。
727 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:24:19.65 ID:cc.DwvI0

魔王妻「あの人は、いないのですね……」

勇者「……」

女魔術士「……」

側近「勇者、全てを説明して差し上げろ」

勇者「……わかった。――ルフ様、少々長くなりますが、説明いたします。聞いてください」

魔王妻「ええ……」

     ・
     ・
     ・
728 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:26:48.17 ID:cc.DwvI0

全てを聞き終えたルフさんはうつむいた。前髪に隠れて表情は読めない。
重い沈黙が流れた。

しばらくして側近が彼女を気遣って小さく声をかけた。
彼女に聞こえた様子はなかったが、よく見るとその肩が小さく震えている。

ルフさんがゆっくりと立ち上がった。テーブルを回ってシェロのほうに近づいてくる。シェロもつられて席を立った。
二人は無言で向かい合う。片方はうつむいて肩を震わせて。もう一方はかける言葉を探しあぐねて。

突如、あ、ひっぱたかれるなと予感した。勇者の背中からも軽い緊張が伝わってきた。が。

ごす!

鈍い音にわたしは疑問符を浮かべた。立ち上がって横に回る。そして理解した。
ルフさんの膝が、勇者の腹部に埋まっている。シェロの苦悶の声が遅れて聞こえた。きれいな膝蹴り。
729 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:28:46.03 ID:cc.DwvI0

魔王妻「……あなたは、一体何をしていたのですか」

勇者「ぅぐ……」

魔王妻「あなたは一体何をしていたのですか! 答えなさい!」ゴス!

勇者「がっ……」

魔王妻「答えられませんか! そうですよね! あなたは何もできなかったのですから!」

勇者「……」

魔王妻「結果、あの人一人が犠牲になってしまった! あなたがいながら! どうして!」ゴス!

勇者「っ……それは」

魔王妻「あなたが間抜けだからです! あなたが無能だからです! 何が勇者ですか、あの人一人救えないでいて!」

勇者「……」
730 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:29:31.69 ID:cc.DwvI0

とてつもない剣幕でそう言うと、彼女は最後の一発をシェロの――というか男性の――弱点に叩き込み、部屋を出て行った。乱暴に扉が閉められる。
側近もそれを追って出て行った。

私は仕方なく倒れ伏したシェロに近寄りかがみこんだ。
……これは手ひどくやられたものだ。
731 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:30:41.34 ID:cc.DwvI0

女魔術士「……すごいわねー、ルフさんて。曲がりなりにも勇者を沈めたわよ」

勇者「っ……っ……」

女魔術士「大丈夫? 背中でもさすろうか?」

勇者「……痛い」

女魔術士「それはそうでしょうよ」

勇者「……心が、痛い」

女魔術士「……あなたは悪くないわよ」

勇者「でも……」

女魔術士「あなたはあなたで全力を尽くした。違うかしら?」

勇者「それは、そうだけど」

女魔術士「なら仕方のないことだったのよ。どうしようもない、ね」

勇者「……」
732 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:31:30.05 ID:cc.DwvI0


 ――ガチャ……


側近「生きているか」

勇者「なんとかな……」

側近「ならよかった。もっとも、私がお前を殺してやりたい気分だがな」

女魔術士「ちょっと」

勇者「ハル。……いいんだ」

女魔術士「……」

側近「ルフ様は泣いてらっしゃった。私だって同じ気持ちだ。お前がしっかりしていればこんなことにはならなかったかもしれないのに」

勇者「……そう、だな」

側近「この、役立たずが……!」

勇者「……俺も自分が許せないよ。でもな、俺はあいつと約束したんだ」

側近「……」

勇者「必ずまた会うって。約束、したんだ」

側近「……」
733 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:34:14.96 ID:cc.DwvI0

側近「……ふん。それで?」

勇者「だから俺は必ずあいつを――」

側近「違う。お前たちは何か目的があってここに来たのだろうが。それを言えと言っているのだ」

勇者「ああ、そういうことか。――実は、世界書というものを探しているんだ」

側近「世界書?」

勇者「ああ。異世界のこと、そしてその利用法を書いた書物だ。知らないか?」

側近「その存在は知っている。先代の側近職の魔物から知識は引き継いだ。だが――」

女魔術士「どこにあるかは知らないのね?」

側近「その通りだ」

勇者「……参ったな」
734 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/08(火) 22:37:08.99 ID:cc.DwvI0

側近「ふむ。しかし手がかりがないわけではない」

勇者「と、言うと?」

側近「考えてみろ。当の人工的平和維持機構を実際に使ったのはどちらだ?」

勇者「人間だな。……!」

女魔術士「ってことは……」

側近「その通り。人間側のほうにも世界書の情報は残っているということだ」

勇者「となると調べるのに最適なのは……」

女魔術士「学術都市タフレムを提案するわ」

勇者「ああ、それだ……!」

側近「決まったようだな。ならば早く出発するといい」

勇者「……俺たちがここにいちゃルフ様の気が休まらないだろうしな」

側近「そういうことだ。それと、ここを出るときは裏口から出るといい。案内する」

女魔術士「そんなに危ないの?」

側近「勘がいいな、女。今魔界は人間排斥の動きが勢いを増している。それを刺激するような真似はしたくないのだ」

勇者「……同感だ」
735 :アナウンス [sage]:2010/06/08(火) 22:40:05.73 ID:cc.DwvI0
・ここまで
736 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/08(火) 22:45:56.39 ID:9BzXysDO



出た!ルフ様の黄金の膝ぁぁぁぁぁ!
737 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:00:18.33 ID:zzIoTjE0

わたしたちは城の裏から出て山を下りた。そして最接近領で弾薬を補給、これからの方針を話し合った。
学術都市タフレムは王都跡の南にある。魔王城までの道のりを逆に行き、さらに南へ一週間といったところだ。

早速わたしたちは海を渡った。それから陸路で二週間。既に廃墟となった王都跡の脇を抜け、学術都市タフレムに到着した。

宿をとって早速中央図書館へ出かける。この大陸で最も大きいといわれている図書館だ。魔術士として一生に一度は訪れたいと思っていたが、まさかこんな機会に恵まれるとは思わなかった。
既に公開されている公文書や古文書を片っ端から読み漁る。これでもないこれでもないと探していくうちに、いつの間にか夜になっていた。
738 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:02:07.23 ID:zzIoTjE0

帰り道を二人で歩く。夜風が頬を心地よくくすぐった。まだまだ暑い時期は先だが、その予感だけを残して吹き去っていく。
空を見上げれば気の早い星が輝いていた。
広い道の両側には民家ではなく学術関係の大きい施設が居並ぶ。夜は閉館するため辺りはしんと静まり返り、光は街灯のみだ。図書館から居住区への道と宿への道は逆方向のため、通りにはわたしたちしかいなかった。

ちょっといい気分になって隣のシェロを横目で見てみる。文字の洪水には慣れていないらしい彼はちょっと疲れた顔で背中を丸めて歩いていた。
そういえば、と唐突に脈絡もなく気付く。シェロは病院で再会して以来口汚い言葉を使っていない。ちょっと性格が丸くなっただろうか。

その腕に抱きついてみようかどうかとふと考えた。心持ち近寄って、でも嫌がられたらやだなと考えて距離をとって。シェロは気付かないようだったが。
結局宿につくまでに踏ん切りはつかず、そのまま次の日になった。

そんな日が何日か続いた。
最初はそのうち見つかるだろうと思っていたわたしたちだったが、なかなかこない手ごたえにわたしたちは次第に焦れてきた。
739 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:03:07.67 ID:zzIoTjE0

勇者「何か手がかりはあったか?」

女魔術士「だめね。見つからないわ」

勇者「そうか……」

女魔術士「ねえシェロ、このままじゃ絶対見つからないんじゃないかしら」

勇者「そんな、諦めるようなこと言うなよ」

女魔術士「違うの。わたしたちが探している手がかりは、もっと秘匿性が高いんじゃないかってことを言ってるの」

勇者「! そうか、重要文書!」
740 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:05:54.49 ID:zzIoTjE0

この図書館はありとあらゆる資料をその内に抱えている。しかし機密性が高いものの中には、一般人では見ることができないものもあるのだ。
より身分の高い人物でないと見ることができない資料は意外と多い。
世界書に関する書類ももしかしたらそういう類のものかもしれないというわけだ。
そうなればわたしたちに見ることは、不可能とは言わないまでもきわめて難しい。
741 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:06:55.26 ID:zzIoTjE0

勇者「くそっ、考えてみれば当たり前か。人工的平和維持機構に関する資料なんて極秘中の極秘だ。世界書関連だってきっと同じ扱いなんだな……」

女魔術士「困ったわね」

勇者「どうする? お偉いさんのコネなんて俺はないぞ?」

女魔術士「わたしにだってないわ」

勇者「となると……スニーキングミッション、か?」

女魔術士「止めないけど、捕まってもわたしを巻き込まないでよ?」
742 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:08:09.62 ID:zzIoTjE0

結局いいアイディアは思いつかないまま閉館時間になった。
帰り道、シェロは相変わらずうなっていた。わたしはもう諦めて別のことを考えていた。今夜の宿で出される夕食のメニューとか、今日はパスタ系がいいなとか。

そんなときのことだった。
よく通る可愛らしい声が通りに響き渡った。
743 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:08:48.38 ID:zzIoTjE0

?「モグリさぁーん!」

勇者「げっ!?」

女魔術士「?」
744 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:10:21.86 ID:zzIoTjE0

後ろからだ。わたしはよく考えもせず振り向こうとした。その途中で視界にいたシェロが突如何かに押し倒されるのが見えた。
驚いて視線を戻す。

シェロがいない。声だけが聞こえて視線をそのまま下に下ろした。そこには。
745 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:11:30.75 ID:zzIoTjE0

?「モグリさぁん、お久しぶりですぅ!」

勇者「重い! どけ!」

?「そんな重いだなんて。女の子に失礼ですよぉ」

勇者「お前は女じゃねーだろ!」
746 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:12:13.20 ID:zzIoTjE0

シェロが年下らしき子に押しつぶされていた。
突然のことに言葉が出ない。馬鹿みたいに突っ立ってぽかんとそれを見下ろしていた。

それからふつふつと何かが胸の底からわいてくるのを感じる。
なんだろうこれは。考える前に口が動いた。
747 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:14:26.83 ID:zzIoTjE0

女魔術士「ちょっと、何やってんのよあんた!」

?「ボクですかぁ? モグリさんに抱きついてるんですよぉ」

女魔術士「見りゃわかるわよ! さっさとそこをどきなさい、シェロが困ってるでしょ! っていうかなんなの!?」

?「あ、よく見たらハルちゃんじゃないですかぁ、お久しぶりですぅ」

女魔術士「……?」

?「ボクですよぉ、少し前にモグリさんを寝取った」

女魔術士「あ……!」
748 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:15:17.58 ID:zzIoTjE0

思い出した。
シェロが魔王と組むよりもうちょっと前。わたしはシェロと喧嘩別れしたことがあった。
そのときの原因がこの子だ。

シェロがこの子と一夜を共にしたので、わたしは怒って三行半をたたきつけたのだ。
いや、別にあの時は付き合ってたわけじゃないけど……。
あ、今もか。
749 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:16:09.12 ID:zzIoTjE0

?「あの時は自己紹介する暇もありませんでしたねぇ。カシスです。カシス・ブルーベリーっていいますぅ」スク ペコリ

女魔術士「……カシス? 女の子にしてはへんな名前ね?」

勇者「……いや、違うぞハル。こいつ、女じゃない」ムクリ

女魔術士「は? 何言ってるのあなた。この子どう見ても女の子じゃない」

?「違いますよぉ」

女魔術士「え?」

男の娘「ボク、男です」

女魔術士「……え?」
750 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:19:24.03 ID:zzIoTjE0

耳を疑った。というか実際に耳に触れてその機能を確かめてみた。次に指を鳴らして聞こえることを確認する。うん、大丈夫聞こえる。
続いて疑うべきはこの子の口だ。じっと見つめてみる。特におかしなことはなさそうだ。

肩までよりちょっと短いぐらいの黒髪がややウェーブ状にくせっ毛となっている。そして利発そうな目鼻立ち。
身体は男ではありえないほど華奢だ。見比べてみるとわたしのほうがしっかりしているかもしれない。ああ、あくまで比較の話なの勘違いしないように。わたしだって別に筋肉質ってわけじゃない。
そしてその華奢な身体を黒いローブが包んでいる。
751 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:20:37.36 ID:zzIoTjE0

女魔術士「ねえ、シェロ。わたし何かおかしなことを聞いた気がするんだけど」

勇者「そうだな。認めたくないのはよくわかる」

男の娘「ですよねぇ。自分で言うのもなんですけどぉ」

勇者「全くだ」

女魔術士「……」

勇者「はぁ……」

女魔術士「……え、ちょっと待って。そういうこと?」

男の娘「はい、ついてます」

女魔術士「何が? って……やっぱりいい」

男の娘「見ます?」

女魔術士「いい……」

男の娘「……」ゴソゴソ

女魔術士「いいってば!」ゴン

男の娘「いったぁい!」
752 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:21:29.98 ID:zzIoTjE0

女魔術士「まとめるわよ。カシスは男」

男の娘「はぁい」

女魔術士「わたしは男にシェロを寝取られた」

勇者「寝取られたって……」

女魔術士「……」

男の娘「……」ニコニコ

勇者「……」ゲンナリ

女魔術士「……ふ」

男の娘「ふ?」

女魔術士「ふざけるなー!」
753 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:22:16.20 ID:zzIoTjE0

怒りはもちろんだが、そんなことであの時大騒ぎしたのが情けないやら恥ずかしいやらでいたたまれなくなった。
わたしは壮大な勘違いをしていたというわけだ。
そしてわたしはそんな勘違いでシェロにひどい仕打ちをしてしまった。
……どうしよう。
754 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:23:32.75 ID:zzIoTjE0

勇者「そんなに気にするなって。俺は気にしちゃいねえよ。俺にも落ち度はあったしな」

女魔術士「でも……」

男の娘「ドンマイドンマイですぅ」

女魔術士「……」ジト

男の娘「やぁん、そんな目で見られたら照れちゃいますぅ」

勇者「と、ところで、カシスは何でこんなところにいるんだ?」

男の娘「そりゃあボクがこの都市に住んでるからですよぉ」

勇者「住んでる?」

男の娘「はぁい。ボクは牙の塔の学生ですから」

女魔術士「《牙の塔》……」
755 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:24:46.60 ID:zzIoTjE0

《牙の塔》とは、この都市にある魔術学校だ。元王都にかつてあった《スクール》と並んでキエサルヒマ大陸最大の魔術学校といわれている。
カシスはその学生なのだそうだ。

ついでに言えばカシスが着ている黒のローブ。あれは上級魔術士の証である。
成績が優秀なごく一部の学生しか身に着けることができない。
意外にもカシスはそのごく一部に含まれているらしい。
756 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:26:27.33 ID:zzIoTjE0

勇者「お前、意外とすごいんだな……」

男の娘「そんなことないですよぉ」エッヘン

女魔術士「……」

男の娘「それより、何でモグリさんたちがタフレムにいるんですかぁ? どっちかって言うとそっちのほうが不思議ですぅ」

勇者「いや、えっと……」

女魔術士「……話してもいいんじゃない?」

勇者「……ハル?」

女魔術士「よく考えてもごらんなさい。この子は上級魔術士。ということは?」

勇者「……! 機密文書の閲覧ができる!」

男の娘「?」

勇者「カシス、正直言ってあんまり気は進まないが、力を貸してくれ」

     ・
     ・
     ・

男の娘「……なるほどぉ、モグリさんたちが世界を救ったんですねぇ」

勇者「疑わないのか?」

男の娘「モグリさんは嘘ついたんですか?」

勇者「いや、違うが……」

男の娘「じゃあ信じますよぉ」

勇者「そ、そうか」

男の娘「世界書って本のことについて知りたいんですね、このカシスに任せてくださぁい!」

女魔術士「……期待してるわ」
757 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:27:29.91 ID:zzIoTjE0

次の日。わたしたち三人は中央図書館で落ち合った。カシスは近くの学生寮に住んでいるらしい。

早速カシスの名前を使って資料をかき集め、はしから読み漁る。
重要文書はいままで読み漁った量からすればあまり多くはなかったが、それでも夕方になる程度には調査に時間がかかった。

そして。
758 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:28:55.11 ID:zzIoTjE0

勇者「……あったぞ」

女魔術士「どれどれ?」

勇者「約六百年前の資料だな。つってもそんな年月、紙がもつわけねえから何度か写しなおされたみたいだが、まあそれはいいか」

男の娘「それで、なんて書いてあるんですかぁ?」

勇者「えーと……約六百年前、世界は戦乱の真っ只中だった。魔物、人間関係なく大勢傷つき、死んでいったらしい。文明にも大きな打撃を与えたそうだ。これはまあ俺たちも知っている、常識中の常識だな」

女魔術士「それで、世界書は?」

勇者「急かすなって。うんと、そんな混乱の中、王都に忽然と賢者が現れたらしい」

男の娘「賢者、ですか?」

勇者「ああ、賢者だ」

女魔術士「ふぅん……?」

勇者「賢者はある奇妙な書物を持っていたそうだ。異界について記した書物。それを当時の王に献上したらしい」

女魔術士「……世界書?」

勇者「だろうな。王は賢者に指揮権を与え、キムラック神殿と神体を作らせた。完成してしばらく後、その賢者は書物とともに姿を消したらしい。それから世界は徐々に安定していったようだ」

男の娘「ビンゴみたいですねぇ」

女魔術士「でも、肝心の世界書の行方がわからないわね……」

勇者「いや、大丈夫だ。これを見てくれ」

女魔術士&男の娘「?」


『我は地獄へ帰らん』


男の娘「賢者の言葉ですかぁ?」

女魔術士「地獄……?」
759 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:31:01.63 ID:zzIoTjE0

勇者「言葉の通り読むなら、賢者は今地獄にいる」

女魔術士「……ちょっと待ってよ、地獄なんてものがこの世にあるわけ――」

勇者「あるんだ」

男の娘「えぇ?」

勇者「以前魔王と旅をしていたとき、奴は地獄でルフさんと出会ったと言っていたんだ。観念上の地獄が実在するかどうかは知らないが、“地獄”と呼ばれる何かはこの地上に必ずある」

女魔術士「なるほど」

勇者「あとはもう一度魔王城に戻ってその場所を聞くだけだ……!」
760 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:32:48.13 ID:zzIoTjE0

数分後、わたしたちは誰もいない夜の通りを荷物を取りに宿に向かって急いでいた。
一番急いでいるのは先頭に立つシェロだ。その後ろをわたしが歩く。

そしてさらに後ろを、カシスがなぜかついてきていた。
しばらく歩いたところでシェロがそれに気付き、歩みを緩めた。
761 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:33:58.08 ID:zzIoTjE0

勇者「……あー、カシス?」

男の娘「はぁい、なんですかぁ?」

勇者「いや、お前はなんでついてきてるのかなあと」

男の娘「はい?」

勇者「いや、役目が終わったらお払い箱ってわけじゃあ決してないんだが、もうお前に頼る作業は終わったんだ。もう帰って休んでいいぞ? 礼は後でちゃんとするから」

男の娘「ボクも一緒に行きます」

女魔術士「え?」

勇者「……それは、どういう意味だ?」

男の娘「これからモグリさんたちは魔王城や地獄に行くんですよね。ボクも一緒に行きたいです」

勇者「……」

男の娘「いいでしょ?」
762 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:35:06.49 ID:zzIoTjE0

男の娘「お願いしますよぉ、この通り」

勇者「いや、でもな?」

女魔術士「……あなた学校はいいの? 今日はサボりだったんでしょ?」

男の娘「一日ぐらいへっちゃらですぅ!」

女魔術士「これからは? 退学でもするつもり?」

男の娘「適当に理由つけて長期休暇を取りますぅ」

女魔術士「……遊びじゃないのよ?」

男の娘「わかってますよぉ、それくらい」
763 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:36:20.15 ID:zzIoTjE0

わたしはしばし無言でカシスの目を見つめた。どこかほんわかとした空気がそこに漂っている。
まるでこれから修学旅行にでも行くかのようなのんきさだ。

わたしは深くため息をついた。
そして腰の後ろに手を伸ばす。
それをゆっくりと抜いて、カシスに突きつけた。
764 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:38:28.41 ID:zzIoTjE0

女魔術士「もう一度言うわ、遊びじゃないのよ?」スチャ

男の娘「……」

勇者「おい、ちょっとハル……!」

女魔術士「シェロはちょっと黙ってて。これは大事なことよ」

男の娘「……」

女魔術士「知らないかもしれないけど、わたしが今あなたに突きつけているこれ、魔術と同等の威力を持つ武器なの。わたしがちょっと指を屈曲させればあなたはたやすく死体になるわ。わたしたちが行くのはそういうところなの。あまりなめてると怒るわよ?」

男の娘「……ってます」

女魔術士「?」

男の娘「知ってますよ」

女魔術士「……何が?」

男の娘「『拳銃』」

女魔術士「……!」

男の娘「そうですよね、それ?」
765 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:39:29.75 ID:zzIoTjE0

男の娘「それは軍が極秘に配備していた『拳銃』というものですよね? しかもそれは見たことない型なので、おそらく最新型。とても殺傷力が高いと聞いていますぅ」

女魔術士「……」

男の娘「でも逆に言えばそればそれ以外に決定力がないってことですぅ。ハルちゃん、魔術使えないんでしょ?」

女魔術士「……っ」

男の娘「ボク、役に立ちますよぉ?」
766 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:40:22.52 ID:zzIoTjE0

そう言うとカシスはふんわりと笑った。
まるで馬鹿にされたような気分になって、わたしは奥歯をかみ締めた。
手に力がこもる。

そんなわたしの様子を見て取ったのか、カシスは「それとも」と続けた。
微笑みの質を好戦的なものに変えながら。
767 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/12(土) 22:41:31.80 ID:zzIoTjE0

男の娘「ボクの力が信用できないなら、ここで勝負しますか? 最新兵器とボクが磨いてきた魔術、どちらが強いか試してみますか?」

女魔術士「……」

男の娘「ねえ、ハル・ケットシーちゃん――?」

女魔術士「……」ギリ……



勇者「――二人とも、ストップだ」



男の娘「ええ? でもぉ」

女魔術士「……」

勇者「でも、じゃない。文句言うなら置いていくぞ」

女魔術士「……!」

男の娘「え! ってことは!」

勇者「ああ。ついてくることを許可する」

男の娘「やぁったぁ!」

女魔術士「ちょっと、シェロ!」

勇者「ハル、俺はお前を信用している」

女魔術士「い、いきなり何よ」

勇者「でも、これから行く地獄や異世界の危険性は未知数だ。助力は多いに越したことはない」

女魔術士「……。わたしは反対よ。あの子、絶対へまやらかすわ」

勇者「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。でもあいつは上級魔術士だ。信用していいんじゃねえかな」

女魔術士「……」

勇者「……な?」

女魔術士「……わかったわよ。でも、わたしはこれから先も反対だし、あの子が何かやらかしたら即刻追い出すからね……!」クル スタスタ!

男の娘「べーだ!」

勇者「……はぁ」
768 :アナウンス [sage]:2010/06/12(土) 22:42:41.38 ID:zzIoTjE0
・ここまで
769 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/13(日) 01:06:04.07 ID:2SlNJGoo
770 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/13(日) 10:14:44.21 ID:7bpYg5Yo

ハルかわゆす
771 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/13(日) 14:58:01.09 ID:JFz7qpg0
カシスか・・・こんな子いたら目覚める自信があるな。
772 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:00:53.57 ID:.bbxNnw0

その後、わたしたちはタフレムを出て再び魔王城へ向かった。およそ一ヶ月の旅だ。
魔界に入るまでは魔物と遭遇することもなく順調に進んだ。旅に関してカシスが足を引っ張ることはなかった。
なかったのだが……
わたしには少々気に入らないことがあった。
773 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:02:46.11 ID:.bbxNnw0

男の娘「モグリさぁん、お弁当作ってみました! 食べてみてくださぁい!」

男の娘「モグリさぁん、一緒の部屋にしましょうよぉ!」

男の娘「モグリさぁん、一緒にお風呂に入りましょう!」

男の娘「モグリさぁん、ボクと一緒に寝ませんかぁ!?」

男の娘「モグリさぁん、モグリさぁん――!」
774 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:04:39.27 ID:.bbxNnw0

タフレムを発ってからずっとこの調子である。必死になって一緒の部屋は阻止し、お風呂も引き止め、ベッドにもぐりこむカシスを引きずり出す。
だがお弁当については懇願するカシスに負けて、シェロが口にするのを許してしまった。
全く油断もすきもない。いや、全て小細工なしの直球勝負だが。
ちなみにお弁当はわたしより上手だったので、女としての自信が少々ぐらついた。まあ、どうでもいい話だけど。

しっかりノーといわないシェロもシェロだ。もしかして両手に花で――片方はラフレシアだけど――悪い気はしていないのではないか。そんな疑心暗鬼にも駆られる。

そんなこんなでわたしのストレスはうなぎのぼりだった。最近ではわたしがシェロに近づく暇もない。
とはいえ明確な失敗もしていないので追い返すこともできない。
ため息をついた。
775 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:07:29.55 ID:.bbxNnw0

そう、カシスの魔術士としての腕は一級だった。
魔界に入ってから数度戦闘を重ねたが、カシスの魔術は確かに役に立っていた。

     ※

数メートル先に魔物の影。わたしの横手から突如として魔術の構成が膨らみ、展開される。シルクのように緻密で繊細な構成。それによどみなく魔力が注入され、呪文の声によって現実の風景を理想のそれに塗り替える。
鋭い閃光と抑えられた爆音。残るのは黒焦げの魔物の死体。必要な力を必要な分だけ取り出したというような見事な魔術だった。

わたしはそれを拳銃を構えたままぼうっと見ていた。そう、わたしの出番はなかったのだ。

通常、魔術というのは構成を編み、それに魔力を重ね、音声を媒体にすることで完成する。構成は、魔術士なら誰でも見ることできるもので、それによって魔術の効果が決まり、魔力によって威力が定まる。
魔術士のスキルはその構成の複雑さ、魔力の大きさ、そして魔術が完成するまでの早さによってランク付けできるが、カシスは間違いなく大陸で最優秀の部類に入る腕だった。
776 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:08:48.51 ID:.bbxNnw0

男の娘「“お猿のキャンドルサービスゥ!”」カッ!

魔物「グギャッ!」ドゴォッ!

勇者「よし! ナイスだカシス!」

男の娘「えへへぇ、ほめられちゃいましたぁ」

勇者「次も頼むぜ」

男の娘「もちろんですぅ!」

勇者「ハルはもう残弾が少ないよな? 無理するなよ」

女魔術士「……」

勇者「ハル?」

女魔術士「……ええ、大丈夫、聞こえてるわ。気をつける」
777 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:10:19.06 ID:.bbxNnw0

魔王城は順調に、順調に近づいていた。
しかし戦闘を重ねるたび、わたしは居心地の悪さを感じずにはいられなかった。

およそ一ヶ月後、大商人のところを出発してから三ヵ月後、魔王城に再び到着した。
裏口の扉の前に数人分の人影がある。だが側近ではない。一番先頭にいる魔物は側近と同じように瞳が赤いが、側近の魔物よりがっしりとしていて背も高い。身には鎧を着けている。
その後ろにいる魔物はみな人型だったが、一人残らず黒衣と仮面をつけており表情は読めなかった。何よりその存在感の希薄さが不気味だった。

先頭の魔物が口を開いた。
778 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:11:39.52 ID:.bbxNnw0

?「お前が、勇者シェロか」

勇者「……そうだが、あなたは誰だ? あの側近はいないのか?」

?「……ふふ」

勇者「……?」

?「いやなに、失礼した……」
779 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:12:43.72 ID:.bbxNnw0

その魔物は何もしていない。だが、なにやら敵意のようなものがぴりぴりと這いよってくるのが感じられ、わたしたちは身構えた。
もう一度シェロが口を開く。と、そのとき扉が開いた。

中から足早に歩み出る人影があった。側近の魔物だ。
彼は立ち止まると例の魔物に視線を合わせた。
780 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:14:37.56 ID:.bbxNnw0

側近「何をされているのですか、元帥」

元帥「いやなに、魔王様と共に世界を救った勇者とやらの顔を拝もうと思ってな」

側近「……それはかまいませんが、彼らを案内するのは私の役割です。どいてもらえますか?」

元帥「ふ、まるで私が邪魔するとでも言いたげだ。そんなことはしないから好きにするがいい」

側近「……。勇者、私について来い」

勇者「あ、ああ」

女魔術士「……」

男の娘「ごめんくださいですぅ〜」

元帥「……」
781 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:15:52.52 ID:.bbxNnw0

扉の内側に入り、側近の魔物について歩く。背中に、先ほど元帥と呼ばれた魔物からのものだろう、刺すような視線を感じながら。

それから数分ほど歩き、以前も通された会議室のような部屋に入る。側近の魔物はテーブルの奥のほうに回って席に着き、わたしたちはそれに向かい合うように並んで座った。

まず、側近はカシスをちらりと見た。以前いなかったのだからいぶかしく思うのは当然だろう。だが意外にも彼はなにも問うてはこなかった。なんとなくで理解したのだろう。それかただ面倒だったか。
782 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:18:51.99 ID:.bbxNnw0

勇者「……ルフ様は?」

側近「顔をあわせるのがお嫌なのだそうだ。当然だろう」

勇者「そうだな……」

側近「それで? 今回の用事は何だ?」

勇者「ああ、実はな……」

     ・
     ・
     ・

側近「ふむ、地獄の賢者……」

勇者「地獄の場所を教えてほしい」

側近「それなら魔王山を下りてまっすぐ西だ。レジボーン山脈の峰の一つにその入り口がある。ただ気をつけろ、あそこは魔物でもそう気軽には入らん。それなりの覚悟がないと生きて出られんかもしれんぞ」

男の娘「“地獄”って何なんですかぁ?」

側近「この世界と異世界との間の隙間だ。過去と現在とが重なる場所でもある。並みのものでは発狂しかねん。覚悟はあるか?」

男の娘「シェロさんにとっては今更ですよぉ」

勇者「……その通りだ」

女魔術士「……」

側近「そうか、ならいい。……しかし、地獄の賢者か」

勇者「もしかして、知ってるのか?」

側近「もしや……いや、憶測で語るのはやめよう。ただ、過去に世界書の情報を人間界に流した魔物がいるとは聞いている。それかもしれんな」

勇者「なるほど」

側近「ほしい情報は得たのだろう? さっさと行くがいい」

勇者「そうするよ」
783 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:20:05.13 ID:.bbxNnw0

勇者「……ところでお前さ」

側近「なんだ?」

勇者「顔色、悪くないか?」

側近「もともとだ」

勇者「いや確かにそうなんだけど、前回に比べるとなんだかちょっと……」

女魔術士(そういえば、確かに……)

側近「……気のせいだろう。早く行け」

勇者「……。もし、さ」

側近「?」

勇者「俺たちに手伝えることがあれば、言ってくれよ。力になるから」

側近「……早く、行け」

勇者「おう」
784 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:22:33.00 ID:.bbxNnw0

前回と同じように城の裏口から外に出た。
山頂の西に立って遠くを眺める。はるか向こうに確かに山脈が見えた。あれがレジボーン山脈だろう。目測で一週間強だろうか。

魔王山を下りて最接近領で弾薬や旅用の装備を補給。一路西へ向かった。
今までは草原や平地を行くことが多かったが、今回は荒野だった。しかも街道のない道なき道を行くので今までよりも体力の消耗が激しい。
誰も何も言わなかったが、その無言がむしろ疲労の度合いを表していた。

この中で一番体力があるのはもちろんシェロだ。しかし次がわからない。カシスは男だがひどく華奢だし、そんなに体力があるようには見えない。もしかしたら私のほうが体力があるかもしれない。
と思ったのだけれど。
最初にガタが来たのはわたしだった。
785 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:23:50.49 ID:.bbxNnw0

女魔術士「……ごめんなさい」

勇者「いや、いいんだ。俺だってそろそろ限界だった。ここらで休もう」

男の娘「無理しちゃだめってことですねぇ。ゆっくり休みましょう」

女魔術士「ごめんなさい……」

勇者「いいっていいって」
786 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:24:45.73 ID:.bbxNnw0

シェロはともかく、カシスにまで気を使われたのはショックだった。
わたしは、二人の足を引っ張っているのか。そう思うと、なんだかやるせなくなった。

わたしが再び魔術を使えるようになったら状況は変わるだろうか。こっそり小さな魔術構成を編んでみた。しかしそれを実現するための魔力がない。枯渇してしまっている。
わたしは力なくうつむいた。
シェロは何か気がついているのだろう。わたしのほうを何度かちらちら見ていたが声をかけてはこなかった。

と、そのとき座っていたカシスが音もなく立ち上がった。
787 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:25:46.13 ID:.bbxNnw0

男の娘「……」

勇者「どうした?」

男の娘「……」

女魔術士「……?」

男の娘「……来ます!」
788 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:27:22.23 ID:.bbxNnw0

その声と同時だった。わたしは背中に衝撃を覚えて転がった。背中を蹴りとばされたと気付いたのは一瞬後だった。そしてそのときには事態は動き出している。

シェロが罵声を上げながら抜刀するのが目の端に見えた。ついで影が彼に襲い掛かるのも。
私はみっともなく手を振り回して起き上がると、やっとのことでテンペストを抜いた。
同時にカシスの呪文の声が響く。
789 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:28:12.78 ID:.bbxNnw0

男の娘「“狸のスタンピィィード!”」ブワ ビシュシュシュ!

勇者「うわ、うわわ!」

女魔術士「きゃあああ!?」
790 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:29:59.77 ID:.bbxNnw0

広く何かが降り注いだ。手足や顔に痛みを覚える。しばらくして降り止んだ無形のそれは、どうやら細かい衝撃波だったようだ。

何をするのかとカシスを怒鳴りつけようとして、七歩ほど離れたところにいる“敵”に気付いた。
荒野の風にはためく黒衣。どんな表情も映さぬ仮面。魔王城の裏口にいた奴らだ。
どうやらカシスは彼らの間合いを外すため、あえて広範囲の魔術を放ったらしい。そのダメージはほとんどないが、攻撃と見れば距離をとらざるを得ない、というわけだ。

相手は、三人。
791 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:31:43.00 ID:.bbxNnw0

勇者「カシス、これはどういうことだと思う?」

男の娘「さあ……わかりません。ただ、あの元帥って魔物と一緒にいたのは間違いありません」

女魔術士「……」
792 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:33:23.31 ID:.bbxNnw0

こんなときにわたしは何を考えているのだろう。シェロが私じゃなくてカシスの方に質問したのは、ただの偶然かもしれないのに。

わたしは想像以上に荒野の旅に疲れていたのかもしれない。急いで気持ちを目の前の敵に移した。幸い、いまだ相手は動きを見せていなかった。
ただし先ほどの奇襲を考えるに、いつまた死角を取られるかはわからない。
793 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:34:16.66 ID:.bbxNnw0

勇者「なにやらわからないが、どうやらこいつらを倒さなきゃいけないらしいな……」

男の娘「よぉし、がんばりますよぉ!」

女魔術士「……」

黒衣s「……」

勇者「――行くぞ! 遅れるな!」ダッ!

男の娘「はぁい!」ダッ!

女魔術士「この……!」ダッ!

黒衣s「……」ススス……
794 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:37:32.07 ID:.bbxNnw0

相手は三方に分かれた。わたしたちも同じように分かれる。一対一の構図になった。
わたしはその中の一人に向かって、銃の有効範囲まで一気に距離をつめた。その距離三メートルほど。相手に向けて牽制の一発を放つ。

銃声と共に駆け抜けた弾丸は対象のすぐ脇を飛び去った。だが、それは想定のうちだ。この牽制で相手の動ける範囲を絞りさらに一発、今度は本命弾を放つ。

相手はそのままでは当たると見ると横にとんだ。それを追いかけて銃口の先を滑らせる。相手はそのままこちらに対し円を描くように走った。回避行動。しかし当てられそうにないときは撃たない。これはレイに習った基本中の基本だ。

相手はこちらが撃たないと見ると向きをこちらに変えた。チャンス。引き金を絞り――

その前に目に痛みを覚えた。それに動揺して銃口がぶれ、弾丸があさっての方向に飛んでいく。
気付く。石を投げられていたのだ。
このままでは踏み込まれる。わたしはあせってさらに引き金を引いてしまった。目標を見失ったまま。

自制は瓦解しそのまま引き金を引き続けた。けれども永遠に続くはずもなくすぐに軽い手ごたえが返ってくる。弾切れ。
そして弾切れとは違う衝撃が手を襲った。

気がついたときには手の中に拳銃がなかった。いつの間にか横に滑り込んでいた相手に、横蹴り飛ばされたのだ。がむしゃらに悲鳴を上げた。



左肩に熱い感触があった。激しく肌を焼き、しかし同時に体温を奪い去っていく。
視界が回る。転倒。土の味が口に広がった。
肩を見るとナイフが刺さっていた。血が吹き出し、服を赤黒く染めている。
唐突に危険を感じて丸まった。けれども一瞬遅く、腹を猛烈な痛みが襲う。蹴り飛ばされて転がった。

起き上がろうとして再び蹴り飛ばされる。そしてもう一度。さらにもう一度。
痛みにうめく。もう起き上がれない。肩のナイフは抜けていた。
それは今、相手の手の中にある。
高々と振り上げられ、そして振り下ろされる。もちろんわたしに向かって。悲鳴を上げようとして今度は失敗した。

刃が下りてくるのがやけにゆっくりと見えた。
ああ、死ぬんだ。
もう終わりか。

終わり?
そんなのだめだ……わたし、まだシェロに言ってないことがあるのに!
795 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:39:17.47 ID:.bbxNnw0

勇者「“我は放つ光の白刃ッッ!”」ゴッ!


 ドガァッ!


黒衣1「っ……!」ドサ

勇者「ふっ!」ザク!

黒衣1「ッ……」ビクン!

勇者「……ハル、大丈夫か!?」

女魔術士「……」

勇者「おい! ハル! しっかりしろ!」

女魔術士「ぁ……シェロ……」
796 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:40:20.68 ID:.bbxNnw0

わたし、生きてる。まだ、生きてる。
痛みでうまく動かせないけど、身体はちゃんと残ってる。

シェロの助けを借りてゆっくりと身を起こした。
さっきまで戦っていた敵は、シェロの剣によって地面に縫いとめられていた。
797 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:41:38.36 ID:.bbxNnw0

女魔術士「敵……他の敵……」

勇者「大丈夫だ、もう倒した。だから安心しろ。手当てをしよう、な?」

男の娘「こっちも片付きましたよぉ!」
798 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:43:13.09 ID:.bbxNnw0

さほど傷もなくカシスがこちらに走ってくる。その向こうには黒衣の死体。
そこから離れたところにももう一つ。これはシェロが倒した分だろう。

ああ、そうか。
殺されそうだったのはわたし一人だったのか。
偉そうなことを言ってた割りにわたし一人だけだったのか。

それに気付いた途端、鼻の奥がきゅうっと詰まった。目の奥が熱くなる。

これじゃあ……

これじゃあわたしはほんとに足手まといじゃないか。
799 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:43:59.73 ID:.bbxNnw0

勇者「お、おい、どうしたハル」

女魔術士「っ……うっ……」ジワ……

勇者「どうした? 傷が痛むのか?」

女魔術士「ひっ、うっ……うえっ」ポロ……

勇者「おい、ハル?」

女魔術士「グスッ……」ポロポロ
800 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:45:57.80 ID:.bbxNnw0

わたしはかろうじて動く右腕で顔を覆って泣いた。
シェロはそれ以上何も聞かなかった。ただ、頭をやさしくなでてくれた。

その夜、わたしは夢を見た。シェロがわたしをパーティーから外す夢。
そこでも彼は優しくて、あくまでわたしを気遣いながら、連れて行けないと断言した。

違う。わたしは気遣ってほしいんじゃない。やさしい言葉をかけられたいわけじゃない。
わたしを頼って。わたしを信じて。

……でも、そうだ。わたしには力がないのだ。
わたしには言う資格がないのだ。
わたしには……

翌朝も泣きながら目を覚ました。



次の日は気が重かった。
前日恥ずかしいところを見せてしまったのもあったし、夢のこともあった。まさか正夢になることはないと思いつつも、もしかしたらと思うとぞっとした。

二人は特にこちらのことには触れてこなかった。わたしの前を並んで歩きながら主に昨日の敵についてあれこれ分析している。
801 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/15(火) 22:46:50.73 ID:.bbxNnw0

男の娘「あれは間違いなく、あの元帥って奴の手下ですぅ」

勇者「ああ、俺も同じ考えだ。だが、なぜ?」

男の娘「わかりませんけど、人間が嫌いだからっていう単純な理由でもボクは驚きませんよぉ」

勇者「今、魔界もいろいろと揺れてるんだ、きっと」

男の娘「側近の魔物も怪しいんじゃないですか?」

勇者「確かに嫌われてはいるがな。あんまりそういうことするような奴には見えなかったぞ?」

男の娘「そう見せかけてってこともありますぅ」

勇者「うーん」

女魔術士「……」
802 :アナウンス [sage]:2010/06/15(火) 22:59:28.94 ID:.bbxNnw0
・ここまで

PS.無駄口にならないように少しだけ。いつもレスありがとう。あえて全レスはしないけど、ありがたく読ませてもらってます。
さて、第二部もそろそろ終盤。もしよかったらこれからもよろしく。
803 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/15(火) 23:20:29.48 ID:9wKFF5k0
楽しませてもらってるぜ
804 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/16(水) 07:10:43.26 ID:jY3vAtUo
805 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/16(水) 07:59:31.92 ID:qOJKUw20
おつー
806 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/16(水) 09:34:34.43 ID:MVMy15oo

ハルかわいそかわゆす…
807 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:00:03.56 ID:aUAdH220

どことなくギクシャクとした空気を引きずりながら、それでも話は白熱しているようだった。

それから三日。現在レジボーン山脈山中。木一本ない岩肌。切り立った崖。その中の細い道を三人で伝っていく。渇いた風が吹いている。髪がばさばさと舞い上がった。

山中で夜を過ごし、次の日。わたしたちは山腹にぽっかりと空いた穴の前に立っていた。
人一人がぎりぎり通れるぐらいの大きさ。中からは生暖かい風が吹き出している。
808 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:01:27.72 ID:aUAdH220

勇者「ここ、か?」

男の娘「みたいですね」

女魔術士「……」

勇者「ケルベロスはいないんだな」

男の娘「本物の地獄にはいるんでしょうけどねぇ」

女魔術士「……入る?」

勇者「ああ、もちろんだ」
809 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:04:05.59 ID:aUAdH220

シェロ、カシス、わたしの順番で穴に入った。天然の階段が下に伸びている。
明かりとしてシェロが魔術の鬼火を生み出した。無機質な白い明かりが辺りを照らす。

それからどれくらい下りただろうか。もう一時間は下ったんじゃないかと思ったとき、ついに階段が途切れた。
穴から出て愕然とする。
810 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:05:15.85 ID:aUAdH220

勇者「これは……」

男の娘「空がありますぅ……」

女魔術士「ここ、山の中よね……?」

勇者「……どうやら、ここが地獄で間違いないらしいな。俺たちの世界と異世界との狭間、か」
811 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:07:15.03 ID:aUAdH220

空は紫色に濁っている。それでも視界に困らない程度には明るい。
辺りにはごつごつとした岩がそこここに転がっていた。草花は全くない。ここに来るまでに見た荒野や山の景色に似ている。

道が一本、足元から伸びていた。
この先に件の賢者がいるのだろうか。
812 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:07:47.56 ID:aUAdH220

勇者「さあな。だが目当てになるものは他にない。この道をたどってみよう」

男の娘「賛成ですぅ」

女魔術士「ええ……」
813 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:08:42.26 ID:aUAdH220

シェロとカシスが前、わたしが後ろ。その陣形で、あくまで慎重に歩を進めた。なにが出てくるかわからないからだ。
しばらくは何事もなく進んだ。景色は変化を見せずに延々と続く。

変化が訪れたのは数分後だった。
わたしは背後に突然現れた気配に、泡を食って振り返った。
拳銃を引き抜く。
814 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:09:11.52 ID:aUAdH220

女魔術士「誰!?」ジャキ!

?「……」

勇者「敵か!?」

?「……」

男の娘「……子供?」

少年「……」

勇者「……!」

女魔術士「何でこんなところに……」
815 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:11:21.78 ID:aUAdH220

六、七歳ほどの少年がそこにいた。黙ったままこちらを見上げている。鋭い目つき。
その子の顔に見覚えがある気がした。
いつか見た、というよりはむしろ見慣れているような。

少年が口を開いた。
816 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:12:19.52 ID:aUAdH220

少年「……僕の村は焼けちゃったんだ」

男の娘「え?」

少年「ううん、違う。焼かれちゃったんだ」

女魔術士「?」

少年「僕は……いや、俺は復讐しなくちゃ……あいつらを殺さなきゃ……」

勇者「……」

少年「……もう行くよ」

女魔術士「え? ちょっとどこへ……」
817 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:13:07.06 ID:aUAdH220

少年が道を曲がって岩の陰に入った。追いかけて角を曲がるがそこには誰もいない。
訳がわからない。振り返って2人を見る。
カシスも疑問符を浮かべてこちらを見ていた。
シェロは……
818 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:13:53.71 ID:aUAdH220

勇者「過去と現在が重なる場所、か……」

男の娘「え? どうかしましたぁ?」

女魔術士「何か心当たりでもあるの、シェロ?」

勇者「……あれは俺だ」

男の娘「はい?」

勇者「過去の、俺だ……」
819 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:14:23.98 ID:aUAdH220

シェロはどこか遠い目をして言った。
先ほどの少年によく似た顔で。

側近の魔物は言っていた。ここは過去と現在が重なる場だと。
ならば先ほどの少年は……

どうやらここは“そういう”場所のようだった。
820 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:14:55.36 ID:aUAdH220

男の娘「過去の人間が現れる、ってことですか?」

勇者「おそらくそういうことだろうな」

女魔術士「……」

?「あの……」

女魔術士「!?」
821 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:15:22.46 ID:aUAdH220

不意に声をかけられて、驚きながら振り返る。
そこには先ほどとは違う少年がいた。角が生えている。人間ではない、魔物だ。

魔物の少年は不安そうな目でこちらを見上げていた。
822 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:16:17.16 ID:aUAdH220

男の娘「あ、かわいい」

幼魔物「……あの、すみません。僕の父上と母上をご存知ありませんか?」

女魔術士「お父さんとお母さん?」

勇者「……」

女魔術士「ごめんなさい、知らないわ」

幼魔物「そうですか……ありがとうございました……」
823 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:17:36.51 ID:aUAdH220

そういうと、魔物の少年は道を曲がって岩の陰に消えた。
一応追いかけて岩の後ろを覗いてみたが、やはりそこには誰もいなかった。

少し考えて、思い当たる。
あの魔物の少年は……
824 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:18:13.72 ID:aUAdH220

勇者「ニギ……」

女魔術士「……」

勇者「絶対助け出すから……」

男の娘「モグリさん……」
825 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:19:13.44 ID:aUAdH220

再び道に沿って歩き始めた。途中で数人の人間や魔物に出くわした。
不思議なことに彼らは常に視界の外から現れた。そういうルールらしい。

過去に親交のあった友人やら、学校の先生やら、昔付き合ってたあいつやら。その中に、家を飛び出して以来会っていない両親の姿も見つけた。最後に見たときよりもどちらも若い。母が赤ん坊を抱いている。おそらく私だろう。

わたしに関係のある人だけでなく、シェロやカシスの過去も現出した。
826 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:19:55.44 ID:aUAdH220

女魔術士「あまり、居心地は良くないわね。変な感じ」

勇者「そうだな、同感だ」

男の娘「そうですかぁ? 楽しいじゃないですか」

?「楽しむだけの余裕がなければここではやっていけんよ」

勇者「!? 誰だ!」
827 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:21:12.22 ID:aUAdH220

いつの間にか道は途切れ、わたしたちは湖のほとりについていた。
湖の水は血のように赤い。もしかしたら本当に血なのかもしれない。湖の周りにだけ、気味の悪い植物が生えていた。

声は目の前の岩陰から聞こえてきた。
低く、しわがれた声。地獄にふさわしい、地の底から這い出してくる亡者の声。
その主がゆっくりと姿を現した。
828 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:22:27.00 ID:aUAdH220

?「ようこそ、勇者であり鋼の後継であるシェロ・フィンランディ。その仲間、ハル・ケットシーにカシス・ブルーベリー」

勇者「お前が“世界書の賢者”か。なぜ俺たちの名前を知っている」

賢者「名はユイスだ。君たちのことはゴーストたちが教えてくれたよ」

男の娘「ゴースト、ですか?」

賢者「君たちも見ただろう。地獄に渦巻く過去たちだ」
829 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:23:30.57 ID:aUAdH220

ただれた肌、つりあがった目、耳まで裂けた口、枯れ木のような体躯、こうもりに似た翼。
ユイスの見た目はそのまま伝説上の悪魔のそれだった。賢者と呼ぶには人間らしさがなさすぎて違和感を覚える。

ユイスはこちらを見て口のはしを吊り上げた。
見ているものを恐怖させる悪鬼の笑みだ。
手に持った古い本を掲げてみせる。
830 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:24:17.56 ID:aUAdH220

賢者「知っているぞ勇者。君の目的はこれだろう?」

勇者「それが、世界書か?」

賢者「その通り」

勇者「……渡してもらえないか」

賢者「そうやすやすと手に入るとでも?」

勇者「あんたと戦う理由はない」

賢者「私にもないな。だが、君たちがこれを持っていきたいとなれば話は別だ。私は全力で君たちを排除する」

勇者「……なぜ?」

賢者「君が知る必要はない。“ここで死ね”」
831 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:25:19.40 ID:aUAdH220

それが呪文だったのだろう。急激に膨らんだ光が目を焼いた。
悲鳴を上げる。魔術が使えない今、私に防御手段はなかった。

爆音が轟き土煙が舞い上がる。わたしは自分が死んだと錯覚した。
が、生きている。

土煙が吹き去り展開していた光輝く防御壁が消滅する。シェロが盾になってくれたらしい。
832 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:26:01.54 ID:aUAdH220

賢者「ほう、完全に不意をついたつもりだったが……防いだか」

勇者「……あんたは過去に人間に世界書を渡しているはずだ。今は駄目な理由があるのか?」

賢者「……」

勇者「あんたは人間の可能性に期待したんだろう? それで世界書を一度は譲ったんだろう? ならなんで……」

賢者「……私は絶望したのだよ」

勇者「……」

賢者「あんな絶望、一度で十分だ……」
833 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:26:53.96 ID:aUAdH220

そう言うとユイスは世界書を岩陰に放り、その手を開いて掲げた。
瞬間、わたしたちは気圧される。それだけの圧迫感があった。

呪文の声と共に光熱波が空間を支配する。シェロが再び展開した防御壁をたたき、殴りつけ、打ち壊そうと襲い掛かった。
ようやく止んで視界が確保できたときにはユイスは先ほどの場所にはいなかった。

突如カシスが吹き飛ぶ。驚いてそちらを向くと、ちょうど蹴り足を戻したユイスと目が合った。
次はお前だ。視線がそう言っていた。

わたしは慌てて拳銃を抜いてそちらに向ける。そのときにはすでにユイスはわたしの懐に鋭い一歩を撃ち込んでいた。
834 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:27:25.02 ID:aUAdH220

賢者「シッ――!」シュッ!

女魔術士「がッ!」ドサ!

勇者「ハル!」
835 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:28:09.34 ID:aUAdH220

顎が猛烈に痛んだ。ただ殴られただけなのに視界が揺れてもう立てない。

倒れた視界でシェロが右手に剣を、左手に拳銃を抜くのが見えた。
836 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:29:04.77 ID:aUAdH220

勇者「……」ダンッ!

賢者「いい踏み込みだ」

勇者「はっ!」ビュッ!

賢者「ぬ!」バックステップ

勇者「そこだ!」ジャキ! タァン!

賢者「“守れ”」カキン!
837 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:29:42.04 ID:aUAdH220

ついでシェロから魔術構成が膨らむ。
癖はあるが緻密で強大。
最大級の威力で編まれたそれは呪文の声によって解き放たれる。
838 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:30:16.74 ID:aUAdH220

勇者「“我は放つ光の白刃!”」ゴッ!

賢者「“死ね!”」カッ!



 ドガァ――ッッ!



839 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:30:44.62 ID:aUAdH220

爆風が吹き荒れ、倒れているわたしの頬をたたく。
視界の大揺れがようやく収まり、わたしは地面に手を突っ張った。

いつまでも寝ているわけにはいかなかった。立たねば。戦わねば。

拳銃を探す。すぐ手の届くところにある。
私は何とか起き上がるとそれを手に取った。
840 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:32:16.39 ID:aUAdH220

女魔術士「この……ッ」ジャキ



勇者「てッ!」ジャッ!

賢者「む!」ヨケ



女魔術士(駄目だ、シェロに当たる……)
841 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:33:22.32 ID:aUAdH220

ユイスはこちらの動きに気付いているのだろう、こちらに対しシェロを盾にするように立ち回っていた。
これでは撃てない。

突如鋭い衝撃が地面を揺らした。魔物の枯れ木のような身体を、シェロを避けて正確に貫いた。
カシスだ。
842 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:33:49.56 ID:aUAdH220

男の娘「“お猿のキャンドルサービス!”」ドッ!

賢者「ぐぬ!」ドゴォッ!

勇者「もらった!」シュッ!

賢者「ぐふ!」ザシュウ!
843 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:34:57.99 ID:aUAdH220

手応えは浅そうだったが、シェロの一撃にユイスは確かに膝をついた。
その首元にシェロの剣が突きつけられる。

チェックメイトだ。
844 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:35:37.84 ID:aUAdH220

勇者「俺たちの、勝ちだ」

賢者「……」

男の娘「モグリさぁん、世界書を押さえましたよぉ!」
845 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:36:32.54 ID:aUAdH220

世界書を掲げながら嬉々として歩いてくるカシス。
その歩みが、ぴたりと止まった。
その首筋に銀色の刃が当てられている。
カシスの身体が硬直したのがわかった。
ナイフを保持しているのは見知らぬ老人だった。背後からカシスの首をつかんでいる。

そして私の首にもひやりとした感触があった。
846 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:37:31.16 ID:aUAdH220

男の娘「いつの、間に……」

?「……」

女魔術士「っ……」

??「……」

勇者「2人とも!」

賢者「知ってのとおりカシス・ブルーベリーの背後にいるのが百数十年前魔王を殺した勇者の曾孫、チャイルド・フィール。ハル・ケットシーの背後にいるのが王都の魔人、ヒューイック・オストワルドだ」

老人「……」

スタッバー「……」

賢者「どちらもゴーストだ。ゴーストは少し衝撃を与えるだけで無に還る。それほど脆い。だがその能力はどちらも本物だ」

勇者「くっ……」

賢者「……私はかつて絶望した。深く深く奈落へ沈んだ。君にもそれを味わってもらおう」

勇者「……?」

賢者「選べ。君が助けられるのは片方だけだ。ハル・ケットシーかカシス・ブルーベリーか。失いたくない方を、選べ」

勇者「何……?」

賢者「君が片方を助けようと動き出した瞬間、私はもう一方を殺すよう指示を出す。そういうことだ」

勇者「っ……」
847 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:38:03.03 ID:aUAdH220

シェロは一瞬だけ躊躇した。一瞬だけ。
そして即座に拳銃を持ち上げ、一発、発砲する。

弾丸は空気を貫き、ゴーストを打ち抜いた。
消えたのは――
848 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:38:37.30 ID:aUAdH220

老人「っ……」ズド! シュオゥ……

男の娘「っ――!」

賢者「ほう、カシス・ブルーベリーを選んだか。ではハル・ケットシーを捨てるということだな」

女魔術士(――そんな!)
849 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:39:26.61 ID:aUAdH220

そんな……!

ユイスの手がついと掲げられた。
首筋の刃が圧力を増す。程なく頚動脈を断ち切るだろう。

わたしは声にならない悲鳴を上げた。走馬灯が頭をめぐる。

――何で!?
何で、シェロ!
わたしがいらなくなったの!?


わたし、まだあなたに言ってないことがあるのに!


めまぐるしく駆け巡るわたしの叫び。荒れ狂い、渦を巻き、出口を求めてなだれ込む。

そんな中。

聞こえるはずもない、声を聞いた。
850 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:40:12.79 ID:aUAdH220





『隣に在ることを諦めないで』





851 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:40:44.31 ID:aUAdH220





そして――





852 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:41:24.32 ID:aUAdH220




勇者「ハル――ッ」







勇者「――信じてるッッ!!」







853 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:42:21.66 ID:aUAdH220

かッ、と頭の中が熱くなった。
目を見開く。血流が加速する。全てがクリアになる。

どこからか聞こえる澄んだ音を聞きながら、わたしはできうる限りもっとも単純な理想を、できうる限りもっともすばやく世界に解き放った。



――生きたい!!



854 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:43:02.54 ID:aUAdH220





女魔術士「“赤の――刺激ッ!!”」





855 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:43:55.05 ID:aUAdH220

小さな小さな爆発が起きた。これではたいした怪我を負わせることもできないだろう。
それでも。
背後からの拘束がなくなって前によろめいた。
数歩、つんのめって、それから暖かい何かに包まれる。

シェロ……
856 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:44:28.28 ID:aUAdH220

勇者「ハル!」

女魔術士「シェロ……」

勇者「よかった……ハル……!」

女魔術士「あのね、シェロ……」

勇者「ああ、なんだ?」

女魔術士「信じてくれて、ありがとう」

勇者「ああ……!」

女魔術士「それとね」




女魔術士「愛してる」




勇者「ああ……!!」
857 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:46:10.31 ID:aUAdH220

     ※


賢者「……私はかつて世界書の管理を任されていた。当時、世界は苛烈な戦禍の真っ只中だった。人工的平和維持機構の存在を知った私は、それを使って果てしなく続く戦争に終止符を打ちたいと、そう思った」

勇者「……」

賢者「だが、魔物はその危険性ばかりに注目し、また自らの力に驕り、全く見向きもされなかった。私は人間に希望を見出した。魔物よりはるかに脆いが、はるかに柔軟な人間にな。世界書を渡し、人工的平和維持機構の実現にこぎつけた」

男の娘「……」

賢者「だが結局は、人間は自らの繁栄のためだけにそれを使いだした。世界のことなど、未来のことなど省みず。私は世界書を取り上げ、地獄にこもった。もう世界書は誰にも渡さないと誓い、深く、深く後悔しながら」

女魔術士「機構自体を破壊しようとは思わなかったの?」

賢者「そうしても結局はまた世界は戦乱に飲み込まれる。それならば破滅しているのと変わらん。あの時代を知っている者にしかわからんよ……」
858 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:48:24.30 ID:aUAdH220
賢者「どうあがいても世界を救う道はなかった。平和を享受した上での絶対的な破滅か。絶対の破滅を避けた上での緩慢な終局か。これを絶望と呼ばずして何と呼ぶ? 誰もが平穏のうちに暮らせる世界などこの世のどこにもないのだ……」

勇者「あんたは、何かを信じていたのか?」

賢者「かつてはな」

勇者「絶望したのか?」

賢者「そうだ」

勇者「……どん底だな」

賢者「この世のどこにも楽園はない。それを夢見ることさえも許されない……。君が救った世界もすぐに戦乱の世に飲み込まれるだろう」

勇者「上を、見上げろよ。何かあんだろ」

賢者「その手の慰めは聞き飽きてるよ」

勇者「あるんだよ……希望はないかもしれねえが、それに似た何かが。じゃなきゃハルは死んでたさ。そうだろ?」

賢者「……」

勇者「俺はあんたに感謝してる」

賢者「……?」

勇者「俺は、人工的平和維持機構がなけりゃニギに会うこともなかった。一緒に旅することもなかった」

賢者「……」

勇者「……ありがとう」

賢者「……」

勇者「……」

賢者「……持っていくといい」

勇者「え?」

賢者「世界書を、持っていくといい」

勇者「いいのか?」

賢者「勘違いするな。君にその資格があるとか、君が特別だとか、そういうことじゃない。でも君はやらなければならないのだろう? 魔王を助けたいのだろう?」

勇者「……ああ」

賢者「だったら持っていけ。そしてまた、いつか会おう」

勇者「……本当に、ありがとうな」
859 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:49:37.64 ID:aUAdH220

わたしたちは地獄をでた。外の清浄な空気に包まれて、地獄が息苦しかったことにようやく気付いた。
時刻は夕方。日が地平線に半分隠れていた。

山を下りたころにはすっかり夜になっていた。平らな場所を探してテントを張る。
わたしはひどく疲れていたので火の番を頼んでテントに入った。

けれども、目がさえてしまっている。疲れはたまっているというのに。
何度か寝返りをうって、ようやく眠くなってきたころ外から、話し声がした。
860 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:50:26.02 ID:aUAdH220

男の娘「ねえ、モグリさん」

勇者「なんだ?」

男の娘「えっと……今日のことで話したいなぁって」

勇者「……」

男の娘「ボクとハルちゃんがナイフを突きつけられた、あのときのことです」

勇者「ああ……」

男の娘「……あのとき、モグリさんはボクのことを助けてくれました」

勇者「……」

男の娘「ハルちゃんには悪いですけど、モグリさんがボクを選んでくれたんだって思って、ほんのちょっとだけ、うれしかったです」

勇者「……」

男の娘「でも、あれは違ったんですよね?」

勇者「……ああ」

男の娘「シェロさんはボクが大事だったからとかじゃなくて、ハルちゃんを信頼したから、ハルちゃんなら何とかしてくれるって思ったからボクの救出を優先したんですよね?」

勇者「……」

男の娘「確かにボクがあのときハルちゃんと同じことができたかっていうと怪しいです。ボクの魔術速度じゃ間に合わなかったかもです」

勇者「……」

男の娘「……ねえ、モグリさん。いえ、シェロさん」

勇者「うん?」

男の娘「ボク、シェロさんのことが好きです」

勇者「ん……」

男の娘「ボクじゃあ駄目ですか?」

勇者「……」

男の娘「……ボクが、男だからですか?」
861 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:51:12.72 ID:aUAdH220

勇者「……俺が思うにさ」

男の娘「はい」

勇者「君は、そこらの女の子よりよっぽど女の子で、とても魅力があるよ」

男の娘「……」

勇者「でも聞きたいんだ。君は俺のどこが好きなんだ?」

男の娘「強くて、やさしいところです。そりゃ最初はただの一目惚れでしたけど」

勇者「そうか……」

男の娘「……なにか、駄目でしたか?」

勇者「いや、そんなことはないさ。ただ……」

男の娘「ただ?」

勇者「君が思うほど俺は強くも、やさしくもないんだ」

男の娘「そんなことないです」

勇者「ありがとう。でも、俺は実際劣等感が強くて、矮小で、臆病で、どうしようもない奴なんだよ」

男の娘「そんなこと……」

勇者「あるんだ」

男の娘「……そんなこと……」

勇者「俺はハルが好きだ」
862 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:51:40.40 ID:aUAdH220




テントの中で、わたしはどきりとした。




863 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:52:14.27 ID:aUAdH220

男の娘「っ……」

勇者「ハルは俺が弱いことを見抜いていたよ。その上で俺についてきてくれるって言ったんだ」

男の娘「……」

勇者「俺を、認めてくれたんだ」
864 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:52:49.95 ID:aUAdH220



『仕方ないからあんたについてってあげる』



865 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:53:44.44 ID:aUAdH220

男の娘「……」

勇者「だからだよ。俺は、だからハルが好きなんだ」

男の娘「……」
866 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/19(土) 22:54:33.11 ID:aUAdH220

わたしは目をぎゅっとつむった。昨日よりぐっすり眠れる気がした。

翌朝。テントを出るとカシスはいなかった。
867 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:55:08.98 ID:aUAdH220

女魔術士「あれ、あの子は?」

勇者「先に出発したよ」

女魔術士「……なんでよ」

勇者「一緒にいるとつらいから、だそうだ」

女魔術士「……」

勇者「……最後に、キスされた」

女魔術士「! 何よそれ!」

勇者「い、いや、いきなりだったし、これで忘れるからって……」

女魔術士「……」
868 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:55:56.91 ID:aUAdH220

荒地の向こうを眺めてみた。当然カシスの背中は見えない。
ただ荒地らしい乾いてかさかさになった風が吹いていた。

日はもう高いところにある。
869 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/19(土) 22:56:42.81 ID:aUAdH220

女魔術士「……そっか」

勇者「いやその、謝るから。怒るなよ?」

女魔術士「怒らないわよ。ただし――」

勇者「?」

女魔術士「……後でわたしにも、その……させなさい」

勇者「!?」
870 :アナウンス [sage]:2010/06/19(土) 22:59:12.89 ID:aUAdH220
・ここまで
・次回、第二部ラスト
871 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/19(土) 23:02:33.91 ID:u.ULrJ60
おー、きてたー

しえん
872 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/20(日) 10:10:44.03 ID:SDVKxico
おつ!
もうラストか、新作が楽しみだ。
873 :アナウンス [sage]:2010/06/20(日) 12:53:22.61 ID:FBaHaSo0
>>872
二部終了後は短編タイムが入るんだ。だから新作はもうちょっと先。申し訳ないけどあしからず
・でもそんなことより新作の進捗状況がががががry
……頑張る
874 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/20(日) 22:07:22.74 ID:SDVKxico
更に短編とか願ったりかなったりだw
応援してるぞ
875 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/22(火) 12:36:05.24 ID:qVTccIDO
>>873さん、乙です。
876 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:00:47.62 ID:z9GHeEY0

魔王城に戻るのには一週間もかからなかった。
すっかりおなじみになった例の部屋に通される。

夕刻。部屋にはルフさんが待っていた。
わたしたちが入室すると、立ってこちらに会釈する。
877 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:02:21.58 ID:z9GHeEY0

魔王妻「……」ペコリ

勇者「ど、どうも」

魔王妻「ええ……」

勇者「……」

魔王妻「……」

女魔術士「……えーと、座らない?」

勇者「そ、そうだな」

魔王妻「ええ……」

側近「……それで、どうだったのだ? 世界書は手に入ったのか?」

勇者「ああ、この通り」

側近「ふむ、これが……」

魔王妻「これであの人を取り戻せるのですか?」

女魔術士「その通りです」
878 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:03:48.67 ID:z9GHeEY0

女魔術士「わたしから説明させていただきます。よろしいですか?」

魔王妻「お願いします」

勇者「頼む」

女魔術士「えー、こほん。わたしはこの数日間、世界書の解析をしてました。それでわかったことが二つあります。まず一つ目。異世界に侵入する手段はちゃんとありました」

魔王妻「! 本当ですか!?」

女魔術士「ええ。異世界はこの世界ととても近いところにあります。だからこそそれを利用して人工的な平和維持ができたわけです」

側近「なるほどな……」

女魔術士「次に二つ目。その侵入手段ですが、ある特定の場所、“特異点”からのみ魔術士の力によって入ることができるそうです」

側近「魔術士の力?」

女魔術士「詳しくはわからないわ。でもちゃんとそう書いてあるの」

側近「そうか……」

魔王妻「特異点とは?」

女魔術士「この世界と異世界とが一番接近している場所です」

勇者「それはどこなんだ?」

女魔術士「キエサルヒマ大陸の中心よ」

側近「キエサルヒマ大陸の中心……」
879 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:05:02.34 ID:z9GHeEY0

城の西、レジボーン山脈に囲まれるようにしてある森。その中のある一点。そこが異世界とつながる世界のウィークポイントだ。
そこからなら異世界に侵入することができる。
魔王を、助けに行くことができる。
880 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:05:58.79 ID:z9GHeEY0

魔王妻「すぐに行きましょう、あの人が待っています……!」

側近「!? ルフ様も行かれるのですか!?」

魔王妻「当然です、私はあの人の妻なのですよ?」

側近「し、しかしルフ様、あなたは今……」

魔王妻「関係ありません。行くといったら行きます」

側近「……。承知いたしました。ですが無理はなさらないでください。もうあなた一人の身体ではないのです」

魔王妻「よく、わかってますよ」

女魔術士「?」

魔王妻「では早速――」

勇者「ルフ様、もうすぐ夜になります。お気持ちはわかりますが出発は明日のほうがよろしいかと……」

魔王妻「でも……」

女魔術士「あせってはいけません。急いてはことを仕損じます。今日はゆっくり休んで明日に備えましょう?」

魔王妻「……。わかりました……」
881 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:07:45.56 ID:z9GHeEY0

ルフさんはそれでも口惜しそうな顔で部屋を出て行った。側近がそれに続く。

しばらくしてルフさんを部屋に送り届けた側近が戻ってきた。
882 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:09:21.59 ID:z9GHeEY0

側近「お前たちにも部屋を用意してある。案内しよう」

勇者「お、悪いな」

女魔術士「ありがとう」

側近「……」

勇者「……? どうした?」

側近「いや……」

勇者「何かあるんだな? 言ってみろよ」

側近「……」

勇者「……」

側近「……その」

女魔術士「ええ」

側近「力を……貸してもらえないだろうか」

勇者「……なるほど、面倒事か。よし、任せておけ」

女魔術士「力になるわよ」
883 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:10:03.28 ID:z9GHeEY0

その晩、側近の頼みに付き合ってちょっとしたごたごたを片付けたのだが、まあそれはまた別の話。

翌朝、朝日がゆるゆると光を投げかけていた。今日はいい天気になるだろう。
わたしとシェロとルフさんの三人は、魔王城正門の前に立っていた。
884 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:12:30.44 ID:z9GHeEY0

魔王妻「では行ってきます。城のことは頼みましたよ」

側近「かしこまりました。――勇者、魔術士、私はこの城を離れるわけにはいかん、ルフ様をくれぐれも頼むぞ」

勇者「ああ、大丈夫。信用してくれていいぜ」

女魔術士「傷一つつけさせないわよ」

魔王妻「頼りにさせてもらいます」

側近「昨夜は……」

勇者「ん?」

側近「その、助かった。礼を言う」

勇者「たいしたことじゃねえよ。力になると約束したのは俺だしな」

女魔術士「また何かあったら相談しなさい。助けたげるわよ」

側近「そう何度も厄介になるわけにはいかん。メンツにかかわる」

女魔術士「めんどくさいわねー」

側近「それが私だ」
885 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:13:11.61 ID:z9GHeEY0

それを背後に聞きながらわたしたちは出発した。

今度の旅はVIP付きだ。どうしても慎重にならざるを得なかった。ルフさんは予想よりもずっと体力があったけれども、やはり進行速度は落ちてしまう。
でも旅の目的はほぼ達成したようなものだったから気持ちは軽かったし、何より収穫もあった。

出発してから数日後の晩のことだ。そのときわたしたちは夕食をとっていた。
886 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:15:02.00 ID:z9GHeEY0

魔王妻「ごめんなさい」

勇者「……? 何ですかいきなり」

魔王妻「だいぶ前にあなたにひどいことを言いました」

勇者「ああ、そのことですか」

女魔術士(言うだけじゃなかった気もするけど)

勇者「気にしてませんよ。むしろ罵倒されて当然です」

魔王妻「……それでもごめんなさい。あなたはあの人を救うために尽力してくれていたのに……」

勇者「……」

魔王妻「……私は、泣いているばかりで、何もできませんでした。いえ、何かをしようとすらしませんでした……」

勇者「……」

魔王妻「本当に、ごめんなさい……」

勇者「……」

勇者「……俺は、俺たちは、確かにあいつを救うためにあちらこちらを回っていました」

魔王妻「……」

勇者「でもきっと、最後にあいつを異世界から呼び戻すのは、あなたの声だと俺は思います」

魔王妻「え……?」

勇者「祈ってください。あいつを取り戻せるように」

魔王妻「……」

勇者「あいつ、王都であなたにお土産を買ったんですよ。あなたにさびしい思いをさせた埋め合わせをしたいって」

魔王妻「……」

勇者「あいつが帰ってきたら、受け取ってやってください」

魔王妻「ええ、必ず……」
887 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:16:21.52 ID:z9GHeEY0

遅ればせながら二人は和解したようだった。

出発から十日後、わたしたちは森の中にいた。レジボーン山脈にやや囲まれるようにしてある森。
うっそうと茂る草木が、わたしたちの行く手を邪魔した。

一晩の野営を経て、次の日。そろそろではないかと思ったそのとき、突如開けた場所に出た。
直径十メートルほどの空き地になっている。そこだけ草も生えておらず、土がむき出しになっていた。
888 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:16:59.05 ID:z9GHeEY0

勇者「ここは……」

魔王妻「……」

女魔術士「もしかして……」
889 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:19:40.59 ID:z9GHeEY0

わたしは目を凝らした。……何かが見える。
とは言ってもそれは肉眼で見えるものではない。
魔術構成を見る目でもって見えたものだった。

それはシェロも同じだったようで、空き地の中心に視線を注いでいた。
890 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:20:17.51 ID:z9GHeEY0

魔王妻「……何が見えますか?」

勇者「俺にもよくは……ハル、どうだ?」

女魔術士「魔術構成の亜種みたいなのが見える。たぶんだけど、世界の亀裂よ」

勇者「いけそうか?」

女魔術士「やってみる」
891 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:21:13.61 ID:z9GHeEY0

空き地の中心に歩を進める。何かの圧力がわたしの身体を押し戻そうとした。足を止める。目を瞑る。全身で“それ”を受け止めた。
情報の奔流がわたしを通り抜けていく。その流れに手を伸ばし、形を一つ一つ確かめる。そしてその大元をたどり、少しずつ奥へ奥へともぐっていく。

数分が経過した。わたしの額に汗がにじむ。じりじりとした一進一退の攻防。しかし永遠に続くかと思えたそれも、あっけなく終わりを迎えた。

あった。

扉の取っ手をつかむ感覚。
892 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:21:57.18 ID:z9GHeEY0

女魔術士「……準備オーケー、いけるわよ」

勇者「よし……!」

女魔術士「二人とも、わたしの手を取って」

勇者「おう」

魔王妻「はい」

女魔術士「覚悟はいいわね? 開けるわ」
893 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:22:48.32 ID:z9GHeEY0

がこん……

実際に音がしたわけではないけれど。世界の重々しい扉が開く感触が直接頭の中に返ってくる。

わたしたちは一歩、足を踏み出した。
894 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:23:35.12 ID:z9GHeEY0

     ※


風が吹き荒れている。その感覚だけがある。
何も見えない。自分が存在しているのかさえもわからない。手足の感覚がなかった。

両隣に誰かがいるのはわかった。シェロとルフさんだろう。
しかし、やはり握っているはずの手の感触はない。

魔王……。
そうだ、魔王を探しに来たのだった。
895 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:24:46.16 ID:z9GHeEY0

あたりを見回そうとする。しかし一面真っ暗で、何かを捕捉することさえできない。
一歩を踏み出す。というよりか、前に進もうと念じる。
どうやら成功したようだった。移動の感触が返ってくる。

当てもなく、ふらふらと進んだ。前後左右の感覚どころか上下の感覚すら危うい。
風の音だけがしている。

延々と、延々と進み続け……それからどれくらいが経ったのだろうか。数秒かもしれないし数時間かもしれない。もしかしたら数年ということも考えられた。時間の感覚すらそこにはなかった。

もう進めない。わたしたちは立ち止まった。暗闇のなかで途方にくれる。
そのとき、誰かの泣き声が聞こえた。
すすり泣く、か細い声が。

……いる。
そこに、いる。
何度も何度もしゃくりあげながら、そこにいる。

声を上げようとしたそのとき、まばゆい光が視界を覆った。
896 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:25:21.51 ID:z9GHeEY0

魔王妻「あなた!」

勇者「ニギ!」

女魔術士「っ……。戻ってきた……?」
897 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:26:08.98 ID:z9GHeEY0

元の空き地にわたしたちは立っていた。
先ほどより少しだけ傾いた日の光が森を薄暗く照らしている。
三人並んで、しばし立ち尽くした

世界の亀裂は相変わらずそこにある。
魔術構成のようなちらちらとした世界のピースを散らしながら、そこに口を閉じている。

ふと身体が重いことに気付いた。
鉛のような疲労が体を覆っていた。
898 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:27:18.41 ID:z9GHeEY0

勇者「……」

魔王妻「……」

女魔術士「……」

勇者「あいつ……」

魔王妻「……」

勇者「あいつ、生きてた」

魔王妻「ええ……」

勇者「泣いてたけど、あいつは、ちゃんとあそこに生きていた……!」

魔王妻「ええ……!」
899 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:29:15.54 ID:z9GHeEY0

ルフさんは感極まったように顔を手で覆った。
シェロはじっと虚空を見つめている。
わたしはその隣にそっと立った。
900 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:31:36.99 ID:z9GHeEY0

勇者「……なあハル、あいつ生きていたよ」

女魔術士「そうね……」

勇者「生きていて、くれたんだ……」

女魔術士「ええ……」

勇者「絶対に……絶対に助け出す。絶対にあいつと再会してみせる!」
901 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:33:25.36 ID:z9GHeEY0

シェロの目には決意の、まっすぐとした光があった。決して揺るがない、確固とした光が。
その横顔を見つめながら思った。
902 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:34:58.29 ID:z9GHeEY0

女魔術士「ねえ、シェロ」

勇者「なあ、ハル」

女魔術士「……先にどうぞ」

勇者「悪い。――俺はあいつのために尽力したい。あいつを絶対にこの世界に取り戻してやりたい。でもそれにはどれくらいかかるかわからない。もしかしたら何年も、何十年にも及ぶかもしれない。途中でくじけてしまうかもしれない」

女魔術士「……」

勇者「だから……だから、俺の隣にいてくれないか……? 隣で、俺を支えていてくれないか……?」

女魔術士「……」

勇者「……」

女魔術士「……ふふ」






女魔術士「喜んで」





903 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:35:46.55 ID:z9GHeEY0

わたしは思った。
そんな彼の支えになってあげたいと。
この先何年も、何十年もそばにいたいと。

……こうしてわたしたちの旅は終わった。
長い長い道の先に、いったんの終止符を打ったのだった。

物語が再び動くのは、それから数十年後のことだ。
904 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:37:11.79 ID:z9GHeEY0

     ※


わたしは二階のゆり椅子の上で、心地よい夢から目を覚ました。
窓からのさわやかな風を頬に感じたからだ。

ゆったりと背伸びをする。編み物をしている最中に眠ってしまったらしい。
息をついて手元を見る。長い年月を経た手の甲が目に入った。
微笑む。ずいぶんと歳をとったものだ。

あれから四十九年が過ぎた。わたしはもうすぐ七十になるおばあちゃんだ。
あのあと、わたしたちは森のそばに小さな家を建てた。魔王を助けに特異点に通うためだ。
そうしてあの人と一緒に、ほぼ毎日異世界にもぐった。

しかし、あれ以降魔王の気配は見つかっていない。
ルフさんもたびたび同行したが、結果は変わらなかった。

歳をとるにつれて特異点に通う頻度は少なくなっていった。もちろん諦めたわけではない。体力の問題だ。
905 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:39:17.72 ID:z9GHeEY0

途中、出産も経験した。元気な娘を授かり、子育ての間は、特異点から遠のいた。
再び通いだしたのは、娘が十分に大きくなってからだ。

それからも魔王は見つからない。そのうちに娘は最接近領の男性と結婚した。
瞬く間に時は過ぎ、いつの間にやら孫まで授かっていた。

孫は運動も魔術もからっきしだったが、勉強がよくできた。彼自身の希望もあり、十二歳の時、わたしたちの友人を頼って学術都市タフレムに遊学させた。
ところで、ルフさんもわたしたちと同時期に娘を授かっていた。成長した娘さんは、わたしたちの孫をとてもかわいがっていたので遊学の際はたいそうさびしがったようだ。

七年後、孫はなにやら偉い学者になって帰ってきた。現在十九歳。四十九年前の王都壊滅に関する論文に取り組んでいるらしい。
彼はお爺ちゃんっ子であの人を深く尊敬していたが、魔王の生存に関しては懐疑的のようだ。
もう魔王は死亡しているのでは、と言ってあの人を怒らせた。
906 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:40:15.69 ID:z9GHeEY0

これがわたしたちの歴史だ。魔王救出のために人生をかけた者たちの記録だ。
特異点に行くことすらできなくなった今も、その奮闘は「待つ」という形で続いているのだ。

今日は特に風が気持ちよかった。程よい湿り気と暖かさを運んで部屋を通り抜けていく。
ふと目を移すと、同じく椅子に座っているわたしの夫が、転寝をしていた。
くすりと笑って毛布を膝にかけてあげた。

そのとき階段を騒がしく駆け上がる音がした。
下では孫が論文を書いていたはずだった。
扉が勢いよく開けられる。
907 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:41:21.91 ID:z9GHeEY0

学者「爺さん、爺さん!」

老婆「騒がしいわね、どうしたの?」

学者「婆さん、実は――」






学者「魔王が、帰ってきた!」





908 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:42:25.66 ID:z9GHeEY0




そよ風の中、あの人はそっと目を開けた。




909 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/22(火) 22:45:04.51 ID:z9GHeEY0

title:女魔術士「魔王探し?」(第二部)





       〜END〜




thank you for your reading,sien and criticism
910 :アナウンス [sage]:2010/06/22(火) 22:52:51.90 ID:z9GHeEY0
・以上、第二部終了。ここまでお疲れ様でした。楽しんでいただけたでしょうか。もしそうならば幸いです。
・次回からは短編を投下していきます。これからももしよろしければごひいきに。
911 :アナウンス [sage]:2010/06/22(火) 23:08:22.35 ID:z9GHeEY0
・さて、900も越えたしちょっと早いけど次スレの予告でも。次スレタイは

魔王娘「さあ行こう、学者様!」 歴史学者「その呼び方はやめてよ姉さん」

でいく

・次スレへの誘導は要るかな?
912 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/22(火) 23:24:34.76 ID:YCCJ3hUo

誘導はあれば楽だな
なかったらなかったで自分で探せばいいだけだし>>1が楽な方で
913 :アナウンス [sage]:2010/06/22(火) 23:45:14.80 ID:z9GHeEY0
・了解。そのときになったら考えよう
914 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/23(水) 00:28:26.30 ID:vqa5q8Mo

誘導はあった方がいいな
915 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/23(水) 00:46:57.73 ID:JZyO4Ggo
久々に読んだらちょうど終わってた!
乙!!
916 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/23(水) 00:51:55.45 ID:of4q0x2o
おもしろかった!
次スレ誘導あるとうれしいです
917 :アナウンス [sage]:2010/06/23(水) 04:53:44.42 ID:e2VQk7o0
・オーケー、次スレはおそらく土曜日に。誘導も手配する
918 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/23(水) 07:14:06.62 ID:za2UqIDO
誘導把握


誘導して1週間くらいしたら依頼出すか適当に埋める感じ?
919 :アナウンス [sage]:2010/06/23(水) 10:01:36.00 ID:e2VQk7o0
・感じ
920 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/23(水) 12:57:07.59 ID:oFldQcg0
おつー
921 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/06/24(木) 22:39:25.86 ID:YkWXWsI0



短編:魔王のまどろみ



922 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/06/24(木) 22:40:51.64 ID:YkWXWsI0

遠く遠く、澄んだ音がしている
何もかもを放棄して聞き入ってしまいそうな
どこまでもどこまでも透明な音……


いつからそこにいるのかは忘れてしまった
なぜそこにいるのかも忘れてしまった
ここがどこかもわからない
とすれば、次に忘れてしまうのは――自分自身のことだろう
彼は一人ため息をついた


そこは暗かった
そして明るかった

そこは広かった
そして狭かった

遠くて近く、長くて短く、冷たくて熱く

全にしてゼロ、ゼロにして全
そこはそういう場所だった


歩き続けた
行かなければならない場所があった気がした
会いたい人がいた気がした

歩き続けた

ずっと歩き続けた

ずっとずっと歩き続けた

ずっとずっと――
923 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/06/24(木) 22:42:50.81 ID:YkWXWsI0

――歩き続けた
どこにも行けなかった
彼はちょっと顔をゆがめた
こころの底がじわりと痛んだ


見上げてみても空はない
うつむいてみても地面はない
進もうにも道はない
戻ろうにも道はない


彼はうずくまった
うずくまって嗚咽の声を上げた
しばらくその音だけが、あるかどうかもわからない空間を満たした
ずっとずっと、響いて消えた


数秒もしくは数百年のあと嗚咽の声はやんでいた
かわりに規則正しい寝息が聞こえていた
彼の目尻に涙の跡
彼のまどろみ闇の中


ぼんやりとした闇と光の夢の中、彼はふと思う
このまま寝ていればどこにも行かずにすむ
何も考えずにすむ
泣かずにすむ
名案に思えた


暗闇と光明のなか、彼は静かにたゆたう
流れているかもわからぬ時間の流れに身を任せ、彼は静かに呼吸する
静かに静かに呼吸する
緩む意識、かすむ記憶、遠のく過去

その中で


――声を聞いた
924 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/06/24(木) 22:43:55.77 ID:YkWXWsI0

遠くから、近くからかけられる小さな大きな声
やさしい響き
懐かしい音
彼はゆっくり目を開いた


名前を失ったことに気付いた
それでもわかる
あれは自分を呼ぶ声だ
自分を待っている声だ

こわばった身体を解いて彼は立つ
ゆっくりゆっくり歩を進める

渦巻く混沌の中、それはどこか祈りにも似て……
925 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/06/24(木) 22:44:40.35 ID:YkWXWsI0




行く手に白い光を見た




926 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2010/06/24(木) 22:45:52.08 ID:YkWXWsI0

短編:魔王のまどろみ



    〜了〜
927 :アナウンス [sage]:2010/06/24(木) 22:47:42.75 ID:YkWXWsI0
・たまには突発投下もいいよね
・それではまた土曜日に
928 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/24(木) 23:53:43.65 ID:6AlJtco0
乙ー、楽しみにしてるよ
929 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/24(木) 23:55:20.60 ID:5U7LEkDO
930 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/24(木) 23:56:55.49 ID:PurpCrso
おっつー
931 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/25(金) 04:00:07.62 ID:1lvessAO
超短いけど

この短編があるか無いかの差はでかいな
932 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:00:03.56 ID:uEoHJzA0




短編:ヒューイック・オストワルドの憂鬱



パクリ元:シャンク ザ レイトストーリー
933 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:01:13.27 ID:uEoHJzA0



スタッブ(stab):「暗殺」の意。原義は「後ろから刺す」こと
スタッバー:暗殺技能者



934 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:02:03.56 ID:uEoHJzA0

私の上司はいつも浮かない顔をしている。
歳を取っていつも眉間にしわの寄っている猫のようだ。

私は理由を知っている。
彼がどうして不機嫌猫なのか。

それは――
935 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:02:59.65 ID:uEoHJzA0

スタッバー「退屈だ」

戦士「……」

スタッバー「ねえ、なんか面白いこと言ってよ」

戦士「無茶です」

スタッバー「知ってるよ。でも退屈なんだ」

戦士「私は構いませんが」

スタッバー「俺は構うの」
936 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:05:52.91 ID:uEoHJzA0

血に濡れたナイフをプラプラと揺らしながら彼は言う。
その足元にはいくつもの肉塊が転がっていた。

人間だ。
みんな死んでいる。
みんな物になってしまった。

血の臭いが部屋に充満している。
937 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:06:36.35 ID:uEoHJzA0

スタッバー「あ〜あ、やっぱり簡単な仕事だった。五分ももたなかったんじゃない?」

戦士「四分と二十八秒でした」

スタッバー「あ、やっぱり?」

戦士「ええ」
938 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:07:53.76 ID:uEoHJzA0

私たちは任務を終えた直後だ。
足元の死体はその任務の“結果”である。

王都からやや離れたところにアジトを持つ、武装テロリストの掃討。
それが今回の私たちの仕事だった。
939 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:08:44.05 ID:uEoHJzA0

スタッバー「テロリスト名乗るなら、せめてもうちょっとは強くないと」

戦士「同感です」

スタッバー「だよねえ」

戦士「これだけの人数をそろえたのならば、二倍の十分もたせるのが理想です」

スタッバー「それが半分」

戦士「ええ」

スタッバー「半分かあ……」

戦士「ええ」
940 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:09:48.21 ID:uEoHJzA0

私の上司は――ヒューイックという名前だ――露骨に舌打ちをすると足元に転がった手を軽く蹴飛ばした。
私よりも若い顔に嫌悪にも似た何かを浮かべている。
見ようによっては苦渋とも取れそうな。

私はあえてなだめない。
それは逆効果であると知っている。

彼のそばのテーブルの上、テロリストが食事に使ったらしいスプーンがわずかに音を立てた。
そう広くもない納屋の窓からは、朝の弱くも何かを予感させる日の光が差し込んできている。

私は彼のあまり大きくない背中に歩み寄った。
941 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:12:34.74 ID:uEoHJzA0

戦士「そろそろ帰りましょう」

スタッバー「……」

戦士「さあ」

スタッバー「俺とやらない?」

戦士「はい?」

スタッバー「俺と殺り合わないかってきいてんの」

戦士「……」
942 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:13:59.83 ID:uEoHJzA0

唐突な言葉だったが、実はそれなりに聞き慣れている。
実際、またか、とも思った。

彼はいつだって突拍子もないことを言う。

私も慣れた口調でそれに応ずる。
943 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:14:26.20 ID:uEoHJzA0

戦士「私は構いませんが」

スタッバー「……」

戦士「……」
944 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:15:05.14 ID:uEoHJzA0

しばらく沈黙だけが流れた。
彼は値踏みするような目で私と視線を合わせ、ナイフを中空に投げては受け止めるを繰り返した。

ナイフのグリップが革手袋にぶつかる音が部屋に響く。

数秒が経過した。
彼は受け止めたナイフを拭いてホルスターに戻すと、ドアに向かって歩き出した。
945 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:15:57.64 ID:uEoHJzA0

スタッバー「やめた。気が乗らない」

戦士「そうですか」

スタッバー「もう何回もやったし。飽きたし」

戦士「……」

スタッバー「さっさと報告して寝よう。眠い」

戦士「そうですね」
946 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:16:39.33 ID:uEoHJzA0

拍子抜けか安心か。
よくわからない脱力感が身体を包んだ。
別に緊張したわけでも、期待したわけでもないはずだったが。

ただ、これで幾分か早くシャワーを浴びれるのだなと思うとちょっぴりうれしくなった。
947 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:17:24.64 ID:uEoHJzA0


     ※

耳朶を打つ自分の気合、うなる風の音。
強く踏み込んだはずの足が頼りない音を立てる。

中肉中背の人影目指して突進し、気合とともに私は剣を振り下ろした。
必殺の間合い、必殺の速度、必殺の手ごたえ……のはずだった。

私の剣は空を切り、勢いあまって床を叩く。
あわてて視線を振り向けた先には余裕の笑み。ではなくひどく退屈した顔があった。

――あんたもか

彼がそう言ったのが聞こえた。

     ※


948 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:19:15.86 ID:uEoHJzA0

私たちは王都の軍事組織、『十三使徒』に属している。
王都の切り札であり、一般人が知り得るのはその名のみ。
そのため王都の怪人たちの集い、変人の巣窟などと変な噂をされることも多い。
まあ、案外間違ってはいないが。

組織の最終目的は魔王の排除だ。
しかし、魔王暗殺の命令が下されていない今、十三使徒の任務は王都の治安を裏から支えることであり、私の上司はそれが不満のようである。
テロリストやらレジスタンスやら。
彼らにもうちょっと骨があったら話は別なのだろうが。

今日も魔王討伐の命令を待ちわびて、上司の眉間のしわは深くなる。



彼は私が持ってきた書類を机に放り投げた。
背もたれに深く背を預け、机の上に足を放る。
949 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:19:59.20 ID:uEoHJzA0

スタッバー「もう飽き飽きなんだよ」

戦士「……」

スタッバー「変わり映えのしない仕事、気の抜けた戦い」

戦士「……」

スタッバー「俺はもっとぴりぴりしたことがしたいんだよ」

戦士「そうですか」
950 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:20:59.18 ID:uEoHJzA0

私たちに割り当てられている無駄に広い個室の中、彼は私の顔を一瞥すると深くため息をついた。
連日の激務のはずだったが、身体的な疲れは微塵も感じさせずただただ憂鬱な雰囲気だけを撒き散らす。

彼が求めるところは知っていた。
彼が本気でそれを待ち望んでいることも。

だが、彼は強い。呆れるほどに。
だから、いくら待望しようが無理というものだった。

私は書類を一枚抜き出した。
951 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:22:01.32 ID:uEoHJzA0

戦士「この仕事なんかいかがでしょう」

スタッバー「……」

戦士「とある観光地。そこに向かったまま帰ってこない失踪者がいます。調査が必要で、息抜きにはちょうどいいかと」

スタッバー「却下却下。そんなの下のに任せとけばいいんだよ」

戦士「……私は構いませんが」

スタッバー「……がっかりしないでよ。俺が悪いみたいじゃん」

戦士「いえ……」
952 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:23:11.41 ID:uEoHJzA0

私は気を取り直し書類を探った。
変わり映えしないといえば変わり映えのしない仕事ばかりである。
やれ武装盗賊を掃討しろだの、やれ危険人物を暗殺しろだの。穏やかでない案件がずらりと並ぶ。

私はこの仕事は長いのだが、よく殺害対象が尽きないものだと常々感心していた。
人工的平和維持機構の存在は知っているものの、その有効性を疑いたくなる。
あれは実際機能しているのか。
現に私たちの仕事は減る兆しを見せない。

しかしそれでも強敵は現れない。
上司が退屈するのも無理からぬことかもしれない。
私はこっそりと同情した。



さて、それでも仕事をしなければ生きてはいけない。
いやいやながらの上司をなだめてすかして仕事をさせ、何とか給料は落としてもらえる。
王都の内外、あちらこちらへ飛び回り、蹴ってひねって叩き潰す。

そんなある日のことだ。
953 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:24:01.27 ID:uEoHJzA0

スタッバー「〜♪」

戦士「?」

スタッバー「フンフ〜ン♪」

戦士「どうかしたんですか?」

スタッバー「ああ、リン! よくぞ聞いてくれました!」
954 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:25:37.07 ID:uEoHJzA0

彼は連日とはうってかわって元気だった。
事実、そのままだとうれしさに飛び跳ねようかという気配もある。

私はそんな彼の様子は見たことがなかったので内心ひどく驚いていた。
このところずっと上司の不機嫌顔しか見ていないのだ。
955 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:26:30.18 ID:uEoHJzA0

スタッバー「ビッグニュースだよ!」

戦士「……?」

スタッバー「実はね、王都に腕利きの剣士が入ってきたらしいんだ!」

戦士「剣士?」

スタッバー「そうだよ、もう老人なんだけど、これがものすごく強いとか!」

戦士「はぁ」
956 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:27:12.71 ID:uEoHJzA0

王宮でも噂になっているらしい。
おしゃべり好きの兵から聞いたそうだ。

その剣士とやらが王都に入ったのは今朝未明。
そのときにちょっとした騒ぎが起きたとか。
盗賊団の数人が一般人に扮して入都しようとしたところ、バレてひと暴れしたらしい。
そのときにその場をおさめたのが――
957 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:27:55.22 ID:uEoHJzA0

戦士「その剣士なんですか?」

スタッバー「そう! その通り! いやあ、強かったらしいよー。並み居る盗賊を次々斬り倒していったとか何とか」

戦士「はぁ……」

スタッバー「何よりすごかったのは!」

戦士「すごかったのは?」

スタッバー「それでも一人の死人も出さなかったことだね!」

戦士「一人も……?」
958 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:28:47.97 ID:uEoHJzA0

うん、一人も。まあ多少の傷ぐらいはついたんだろうけど。
上司は上機嫌で言う。

逃げ場をなくし暴れる人間を、殺さずに取り押さえるのは難しい。多人数ともなればなおさらだ。
私も経験としてよく知っている。
それが本当ならば確かに猛者なのだろう。
猛者なのだろうが――
959 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:29:19.49 ID:uEoHJzA0

戦士「ヒューイック。あなた良くないことを考えていますね?」

スタッバー「はは、やっぱりわかる?」

戦士「不本意ながら」

スタッバー「そっか、そうだよね」

戦士「……」

スタッバー「どうする? 俺のこと、止めてみるかい?」

戦士「……」

戦士「私は、構いません」
960 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:30:15.13 ID:uEoHJzA0


     ※

こちらが一手打つたびに、相手は二手先を行く。
そんな絶望的な事実をかみ締めながら、私はそれでも踏み込んだ。
踏み込んだ先から地面が崩壊していくような妄想にとりつかれながら。

剣は交わらず、むなしく中空を掻き毟る。
届かない刃、空回る気合い、心音だけがこだまする。

ようやくあった手応えは金属質の無愛想なものだった。

     ※


961 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:31:01.87 ID:uEoHJzA0

スタッバー「何? 考え事?」

戦士「……すみません」

スタッバー「珍しいね、君がボーっとしてるなんて」

戦士「すみません」

スタッバー「いいっていいって。どうせ暇だし」
962 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:31:27.43 ID:uEoHJzA0

私たちは夜中の広場に来ていた。
本来ならば仕事の時間だ。
今日も消化しなければならない任務がある。

だからこれはサボりという奴だ。
命令違反は厳罰ものだが、

「バレなきゃいい」

というのが今回の上司の方針だった。
そして今、私たちは待っていた。
963 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:32:02.94 ID:uEoHJzA0

スタッバー「遅いねー」

戦士「ええ」

スタッバー「すっぽかされたかな」

戦士「どうでしょう」

スタッバー「いいや来るね」

戦士「そうですね」

スタッバー「……来るよね?」

戦士「そうですね」
964 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:32:58.59 ID:uEoHJzA0

上司の手配は早かった。
自分で剣士の居所を探し当て、自分で果たし状を書き、自分でそれを渡しに行った。
私のすることはなかった。

「だって俺の個人的なことだもん」

私のすることはなかったのだ。
私は内心ため息をついた。



それからまたしばらく経って、私が帰宅の提案をしようかどうか迷い始めたころ。

暗闇が動いた。
965 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:33:33.70 ID:uEoHJzA0

スタッバー「――はは」

戦士(! これは……)






老剣士「遅くなった」
966 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:35:07.87 ID:uEoHJzA0

夜の闇から老人が歩み出てきた。

例の剣士だろう。
長身だが、剣士という割りにあまり筋肉質には見えない。
白い短髪が風にかすかに揺れている。彫りは浅く、全体的にのっぺりとした顔をしていた。
容貌だけを見て強そうかどうかをいえばあまり強そうではない。

が、気配は尋常ではない。
夜の空気は澄んで静止している。
しかし、その老人の周りだけ空気が激しく渦を巻くような、そんな雰囲気がある。

私は剣の柄に知らずかけていた指を引き剥がした。

老人はそんな私の様子には目もくれず、上司のほうだけを見ていた。
967 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:36:16.21 ID:uEoHJzA0

老剣士「お前か、果たし状をよこしたのは」

スタッバー「そうだよ」

老剣士「最強を自称するわりには若いな」

スタッバー「歳は関係ないでしょ」

老剣士「然り」

スタッバー「来てくれたんだね」

老剣士「いたずらかとも思ったが、十三使徒の刻印があれば信じざるを得まい」

スタッバー「ははっ」

老剣士「それより」

スタッバー「ん?」

老剣士「お前を殺せば十三使徒の頂点の座を得られるというのは本当か」

スタッバー「ああ、そのこと。本当だよ」
968 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:36:55.66 ID:uEoHJzA0

この老人、十三使徒の座を狙っている?
私はぎょっとして上司の顔を見た。
昨日までのしかめっ面から打って変わって爽やかな顔は、冗談を言っているようには見えなかった。

冗談で言ってもまずいが、本気ならばなおまずい。
あわてて口を挟もうとした私を、上司は手で制した。
969 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:37:54.07 ID:uEoHJzA0

スタッバー「俺が今の十三使徒のトップだ。俺を殺せばそのポストが空く。そしたらあんたが入る。オーケー?」

老剣士「……」

スタッバー「そんな胡散臭そうな顔しないでよ。嘘はついてないからさ」

老剣士「……いや、今更疑うまい。信じよう」

スタッバー「そのときのことはこっちのに任せてあるからね。リン、よろしく」

戦士「……」

老剣士「……なるほど……では」
970 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:40:56.13 ID:uEoHJzA0

その言葉を最後に老人は腰を沈め剣の柄に手をやった。
が、抜かない。

上司は静かにナイフを抜く。

夜の底がピン、と張り詰めた。

私は止める機会を逸したことに遅ればせながら気付く。
こうなれば仕方ない。私は諦めて成り行きを眺めることにした。



上司はまず、一見無防備にすたすたと間合いを詰めた。
しかし、心得のあるものにはすぐに気付くだろう。
その歩みに付け入る隙などないことに。

そして老人の間合いぎりぎりで立ち止まる。
片方が一歩踏み込めば老人の抜き打ちの剣が届く、そういう距離。

そのまま双方重い空気を挟んで対峙した。
971 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:41:33.79 ID:uEoHJzA0

スタッバー「……一つ聞いておく」

老剣士「……なんだ?」

スタッバー「あんた、今朝はなぜ殺さなかったんだ?」

老剣士「……」

スタッバー「まさか、なまっちょろい信念やら信条やらで不殺を貫いてるとか言わないよね。そんなんだったら失笑もんなんだけど」

老剣士「笑止」

スタッバー「じゃあ?」

老剣士「難易度の問題だ若いの。より難しい選択肢を選んだまでだ」

スタッバー「ふーん?」

老剣士「気まぐれだよ。入都したのが昨日か明日ならば殺していたかもしれん。その程度のことだ」

スタッバー「なるほど、とりあえず安心していいみたいだね」

老剣士「……」

スタッバー「……」
972 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:43:02.17 ID:uEoHJzA0

先に踏み込んだのは上司のほうだった。
ぽん、と何気なく足を振り込んだので私だったら見過ごしていたかもしれない。あ、散歩か、と思って。それぐらい何の気負いもない一歩だった。

瞬間、裂帛の気合を伴って剣の鞘走りが咆哮する。
凄絶な一打が上司の胴体を分断しようと襲い掛かった。

上司の何気ない一歩。それは素人にはそう見えるだけで実際には意味のある一歩だ。ナイフで剣の一撃を防ぐにはしっかりとした土台が必要である。そのための足幅を用意したのだ。防御に構えたつや消しのナイフが空気を薄く切り裂いた。

次の刹那剣がナイフに噛み付き、鋭い剣戟の悲鳴が辺りを満たす。

……はずだった。

そのとき、私は見た。

老人の放った剣の一閃が、上司のナイフを『すり抜ける』ところを。

上司の身体に刃が食い込んだ。
苦悶の声が上がる。
老人の顔がにやりとゆがむ。

私は目を疑った。上司は確かに防御できたはずだった。
しかし結果はこれである。
知るものには王都の魔人と呼ばれるあの上司が一撃をもらっている……
973 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:44:11.84 ID:uEoHJzA0

スタッバー「ぐ……」

老剣士「……」






老剣士「……これはどうしたことだ」
974 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:44:52.23 ID:uEoHJzA0

……しかし、そこまでだった。

剣は上司のわき腹で止まっていた。
切り裂かれた戦闘服の隙間から、金属光沢の何かが覗いて見えている。
あれが剣を受け止めたのだろう。

私はほっと息を漏らした。
次に疑問を覚えた。

なぜ――
975 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:45:38.42 ID:uEoHJzA0

老剣士「なぜ、お前は準備している?」

スタッバー「……」

老剣士「『こうなること』を予期していなければその準備はなかったはずだ」

スタッバー「『剣が見えず、触れられなければ避けることは不可能』」

老剣士「……!」

スタッバー「奇策や太刀筋の変化による一撃必殺を旨とする神流の剣だ」
976 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:46:43.72 ID:uEoHJzA0

老人が明らかに狼狽した。

上司はゆっくりとわき腹をさすっている。
両断を避けたとはいえ、ダメージは小さくないらしい。

しかし笑っている。
目を爛爛と光らせながら。

笑っている。
977 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:47:28.70 ID:uEoHJzA0

スタッバー「簡単なことさ。障害物があったら避ければいい。隙間があったら入ればいい。あんたがやったのはそんなごく単純なことだ」

老剣士「……」

スタッバー「『ナイフを避けて俺を斬った』。太刀筋の変化に極限まで通じていれば可能だろう? 違うかな? 違わないよね?」

老剣士「なぜ……」

スタッバー「俺は今朝の戦闘の跡を見てきただけさ。それで大体わかるよ。あんたの剣は防御できないことくらい。あとは知識の問題だ。知ってるか知らないか。俺は知ってるほうだったってわけ。俺は神流を知っている。あんたは神流の剣士だ」

老剣士「……」

スタッバー「神流は未知の事実が大きな武器だ。相手の知識欠如が最大のアドバンテージだ。もうあんたにそれはない」

老剣士「……」

老剣士「だが……」

老剣士「だが! それがどうした! わかったところで二度は防げまい! これで死ね!」
978 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:48:45.81 ID:uEoHJzA0

気合とともに老人は上司に肉迫した。

確かに老人の言うとおりだった。防ぐことができないならばこの二撃目で終わってしまう。
上司は、不利だ。

だがしかし、上司は相変わらず笑っている。
ただ、よく見るとさっきのぎらぎらしたものとは違いさびしそうな笑いだった。

剣が上段から振り下ろされた。一直線に上司の頭を狙って降ってくる。
上司はナイフを振り上げる。
その瞬間、今度は確かに見えた。
老人の剣が、その軌道がナイフを避けるようにゆがむのを。

私は知らず戦慄する。

上司の頭が剣によってかち割られたのが見えた気がした。

悲鳴が聞こえる。

遅れて金属が地面に落ちる乾いた音が聞こえた。
979 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:49:43.92 ID:uEoHJzA0

老剣士「ああ!」

スタッバー「……」

老剣士「うああ!」

スタッバー「ちょっとうるさいよ」
980 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:50:37.00 ID:uEoHJzA0

老人の手の甲に刃が貫通していた。
持ち手のない刃。それは飛び出しナイフの刀身だった。

上司はナイフ好きで、似たようなナイフをいくつか持っている。
グリップのスイッチを押せば刀身が飛んでいく機構。
先ほど振り上げたナイフは、これを狙ってのことだったらしい。

先ほどは老人の一閃を捉え損ね、今度は上司の一撃を見逃した。
私は唇を噛み締める。

老人は痛みに耐性がないのかそのままうずくまっていた。
981 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:51:21.96 ID:uEoHJzA0

スタッバー「あーあ、ここまでか」

老剣士「……」

スタッバー「ちょっとは楽しめるんじゃないかとか思ったのに、結局これだ。大袈裟だよあんた」

老剣士「ぅ……」
982 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:52:28.92 ID:uEoHJzA0

老人は立ち上がったが顔色は真っ青だった。
確かに手を怪我したぐらいで大袈裟かもしれない。

そのままばたばたと剣に駆け寄った。
無事な方の手で取り上げたが剣尖が定まっていない。

上司は失望のため息をついて、新しいナイフをゆっくりと抜いた。
983 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:53:13.10 ID:uEoHJzA0

老剣士「うわあああ!」

スタッバー「はぁ……」





スタッバー「……バイバイ」
984 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:54:02.14 ID:uEoHJzA0


     ※

――あんたもか

つまらなそうな視線が私を射抜く。

――あんたも俺に届かないか

否定する。そんなことはないと。
否定する。否定する。否定する。

私はあなたに届くはず。私の意志は強いはず。

最後の一閃。手応えはなく。
代わりに焼かれるような痛みを覚えた。

     ※


985 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:54:43.65 ID:uEoHJzA0

スタッバー「何、考え事?」

戦士「……すみません」

スタッバー「最近多いね」

戦士「すみません」

スタッバー「いいっていいって。どうせまた退屈な任務だ。考え事してるくらいがちょうどいい」
986 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:55:41.23 ID:uEoHJzA0

今は任務に向かう途中だった。
彼の指摘通り、最近どうにも私は考え事が多い。

あの老人と上司が戦った後からだ。
夢想にふけることがさらに多くなった。

考えるのは上司と初めて手合わせしたときのこと。
弱冠二十歳にして十三使徒の1に上り詰めたという輝かしき来歴を一瞬で無にされたときのこと。
歴然とした実力差に愕然とし、呆然とし、それ以来プライドというものを持つことをやめた。
987 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:56:28.50 ID:uEoHJzA0

スタッバー「退屈だ」

戦士「私は構いませんが」

スタッバー「俺は構うの。あーあ、また強い奴、入ってこないかなあ」

戦士「……」
988 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:57:23.73 ID:uEoHJzA0

上司は今日も強敵を求めて愚痴をこぼす。
私を後ろに従えて。

私は諦念を強める。
力が届かないことは飲み込んだ。
思いが届かないことにもいつしか慣れた。

ただそれでも。
私の心が折れる日は遠くない。
そのときはこの仕事を辞めるだろう。

上司がどんな顔をするのか期待しながら。
989 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 22:58:45.49 ID:uEoHJzA0

短編:ヒューイック・オストワルドの憂鬱 〜部下の諦念〜



           〜了〜
990 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/26(土) 23:05:09.64 ID:uEoHJzA0
長さがちょうどいいとはいえ何でこいつが二番手なんだろう
いや好きだけどさスタッバー

さて、次スレ立てました。どぞ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1277560971/
991 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 20:48:05.94 ID:yJcu2MQo
うめ
992 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 21:47:07.66 ID:scCx/Dco
うめ
993 :アナウンス [sage]:2010/06/27(日) 22:43:20.25 ID:vk6vkIc0
うめ
994 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 23:02:10.14 ID:yJcu2MQo
埋めよう
995 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 23:14:26.18 ID:oFB26DQ0
期待してます。 埋め
996 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 23:53:37.95 ID:ZH4bX4M0
うめー
997 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 00:11:55.76 ID:dWc2GR.o
998 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 02:55:54.87 ID:BNZ9jgYo
ume
999 :アナウンス [sage]:2010/06/28(月) 03:06:46.64 ID:gyevrYU0
1000ならオーフェン再アニメ化
1000 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 03:24:58.14 ID:BNZ9jgYo
1000
1001 :1001 :Over 1000 Thread
    ´⌒(⌒(⌒`⌒,⌒ヽ
   (()@(ヽノ(@)ノ(ノヽ)
   (o)ゝノ`ー'ゝーヽ-' /8)
   ゝー '_ W   (9)ノ(@)
   「 ̄ ・| 「 ̄ ̄|─-r ヽ
   `、_ノol・__ノ    ノ   【呪いのトンファーパーマン】
   ノ          /     このスレッドは1000を超えました。
   ヽ⌒ー⌒ー⌒ー ノ      このレスを見たら期限内に完成させないと死にます。
    `ー─┬─ l´-、      完成させても死にます。
        /:::::::::::::::::l   /77
       /::::::::::i:i:::::::i,../ / |
       l:::/::::::::i:i:::、:::/ / |
       l;;ノ:::::::::::::::l l;.,.,.!  |
        /::::::::::::::::l/ /  冂
       /:::::::;へ:::::::l~   |ヌ|
      /:::::/´  ヽ:::l   .|ヌ|               製作速報VIP@VipService
      .〔:::::l     l:::l   凵                  http://ex14.vip2ch.com/news4gep/
      ヽ;;;>     \;;>

1002 :最近建ったスレッドのご案内★ :Powered By VIP Service
ふと思いついた小ネタ(スレタイ含む)を書くスレ @ 2010/06/28(月) 02:30:55.18 ID:efkvmRQo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1277659855/

残念美人と仲良くはなったよ パート2 @ 2010/06/28(月) 02:13:50.66 ID:kagk1to0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1277658830/

ナーサリーライムって @ 2010/06/28(月) 02:04:35.58
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4vip/1277658275/

とーまインワンダーランド @ 2010/06/28(月) 01:12:53.28 ID:UAmXDPMo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1277655173/

裏庭のフランス人にはご用心だぜ @ 2010/06/28(月) 01:09:18.62 ID:s.bXlpAo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1277654958/


Powered By VIPService http://vip2ch.com/

445.16 KB   

スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)