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魔王娘「さあ行こう、学者様!」 歴史学者「その呼び方はやめてよ姉さん」 - 製作速報VIP(クリエイター) 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/26(土) 23:02:51.66 ID:uEoHJzA0
魔術士オーフェンからいろいろパクって持ってきた勇者魔王ss
2スレ目

前スレ:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1273066601/

前スレの続きで短編から入ります
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旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
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木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
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いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713279251/

【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713277692/

こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
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【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713091115/

アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
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エルヴィン「ボーナスを支給する!」 @ 2024/04/14(日) 11:41:07.59 ID:o/ZidldvO
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2 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 02:39:56.22 ID:yJcu2MQo
3 :アナウンス [sage]:2010/06/27(日) 06:46:43.45 ID:vk6vkIc0
・新スレに移ったので相談
前々からお報せしている通り、申し訳ないことに新作の書きためが順調ではありません。短編が終わって、大きな意味で一区切りつくまでに書き上げているということはないだろうなあ、と。

そこで提案。完成していなくとも少しずつ投下する、つまり、ながらのスタイルでいくのはどうでしょう。こうすれば大きな間を空けることなく投下することができることに

しかし、もちろん問題はあって、当方は今まで全て書きためする方式しかやったことがありません。努力はするもののクオリティーは当然落ちるだろうし、伏線も甘くなるだろうかと。ただ、無駄にプロットは頑張ったので未完、ということはおそらくないと思います。自信もなきにしもあらず。

以上を踏まえて意見をお聞かせ願いたい
4 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 10:54:43.04 ID:Lyvmacso


俺としては完結させてから投下してほしいな。
どうせ読むのなら練りに練ったクオリティの高いものを読みたいし、
甘い伏線のままで投下してから やっぱりああすりゃよかった とは思ってほしくない

勿論ながら投下がモチベーションの維持に繋がると言うのであれば、それでも全く構わない。
モチベ下がるとクオリティも下がっちゃうからな。

つまり俺は読めればいいと、そういうことだ

5 :アナウンス [sage]:2010/06/27(日) 17:40:08.63 ID:vk6vkIc0
>>4
意見ありがとう
やっぱりベストを尽くすのが一番だね

ただ、現段階で六章構成のうち、プロローグ、第一章、第二章の途中までしか終わっていないんだ(合計80レスほど)
これから一章一章が長くなっていくので、書き上げるまでにこのペースだと少なくとも一ヶ月はかかるんじゃないかなと

それでも待っていただけるものだろうか
6 :アナウンス [sage]:2010/06/27(日) 18:01:52.74 ID:vk6vkIc0
・それから今日は新スレ祝いに短編をひとつ投下するよ。よかったら見ていってほしい
7 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 20:57:39.01 ID:5ewMBcDO
新スレ乙です。楽しみです。
8 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 21:48:40.64 ID:scCx/Dco
俺は待つよ
待つに値する話を見せてくれると信じてます
9 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 21:58:02.44 ID:yJcu2MQo
期待
10 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:00:13.50 ID:vk6vkIc0




短編:側近のお仕事




11 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:01:36.41 ID:vk6vkIc0

はじめまして。私は魔王様の側近を務めさせていただいている者です。
側近、とはいっても多くの方が想像しておられるような侵入者の排除業務には携わっておりません。残念ながら私は戦闘にはからっきし向いていないのです。
私の仕事は主に魔王様の身の回りのお世話や、政の補佐などです。

馬鹿にされるかも知れませんが、これはこれでなかなか大変なものです。
歴代魔王様方は、その、大雑把な方が多くて苦労させられますから。

また、たとえではなく命の危険にさらされることも多々ありました。
今日はそのときの話をしたいと思います。
少々長くなりますが、最後までお聞きいただければ幸いです。

ことの始まりは、魔王様が勇者を連れて世界を救う旅に出られてからのことです。
無事に世界は救われ世界は破滅を回避することができましたが、どうしたことか人間の中心都市が壊滅し世界はなかなかに不安定な状況に放り込まれてしまいました。
そして魔族側にこれを好機と見る者がいたのです。
12 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:03:08.73 ID:vk6vkIc0

     ※


「許可をいただきたい」

元帥は直立不動で言いました。

「……」

私は机に両肘をつき手を組み、無言で彼を見上げます。
彼は魔王直属の軍の総司令官。立派な身体を持ち、その堂々たる風格で執務室全体をある種の緊張感で満たしていました。

「結論から言いますと」

対抗するわけではありませんでしたが、私は心持ち重々しく口を開きます。

「それはできません」

すっ、と元帥の目が細められました。

「なぜ」
「理由はいくつかあります」

私は動じず返答します。
13 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:04:45.74 ID:vk6vkIc0

「まず第一に、あなたの言う通り今の機に人間へ宣戦布告をすれば有利にことを運べるでしょうが、それでも大きな戦争になるでしょう。魔王様のおられない今の時期にそのような重大案件を決めるわけにはいきません。せめて魔王様がお帰りになってから再度提案するべきです」
「……」
「次に、そのような重大案件を私たちだけで実行に移せば実権の乱用とも言われかねません。慎重に議論するべきです。軍部の暴走も考えられないではありません。もちろんあなたを信用してはいますが」
「しかし――」
「なにより」

私はそこで言葉を切りました。組んだ手を解き、机に触れます。ひんやりとした感触が伝わってきます。

「魔王様は戦争を望みません」
「……」

元帥はそこで沈黙します。彼も知っているのです。魔王様がどのような方であるか。

「それでも私はこの案を強く推奨する」

そう言って元帥はこちらに背を向けました。私は目を瞑ります。

「……また来る」

足音が遠ざかり、扉が閉まる音が響きました。
14 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:06:13.28 ID:vk6vkIc0

キエサルヒマ大陸はかつて、全てが魔族の領土だった。魔族の間ではそう伝えられています。そのため、人間を排除もしくは支配下に置いて、大陸を魔族の手に取り戻そうと言う者もいます。
先ほどの元帥もそのような魔族の一人でした。

前述したように、人間のほうは中心都市の崩壊で不安定になっています。その隙を狙って戦争を仕掛け、領土を拡大しようというのが元帥の提案です。
そして魔王様が旅に出ている間その代理は私で、あらゆる指揮権は私が持っていました。もちろん軍の出撃許可も。元帥はそれを欲して私のもとを訪れたのでした。

執務室で一人ため息をつきます。
私は彼の提案に反対でした。大陸の支配権を得たいと思うのはわかりますが、私個人は今の安定に満足していましたし、戦争となれば大きなコストが発生するのは必然だったからです。それは金であったり、労力であったり、命であったり。
私は博愛主義者ではありませんでしたが、むやみに痛みを振りまくそれを許してしまえば一生後悔を背負うことになるだろうと思ったのです。

私は目を開けて、しばらくじっと元帥の消えた扉を凝視していました。
15 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:07:42.00 ID:vk6vkIc0

ある日のことです。勇者とその仲間を城の裏口から送り出し、執務室で一息ついておりました。
机に置いた紅茶のよい香りが鼻をくすぐります。
窓からはやや傾いた太陽の日差しが差し込んでいました。

私は書類の束から数枚取り上げてさっと目を通します。
そのほとんどが、魔界各地の魔物が人間界の混乱に乗じ蜂起寸前であることを報じる内容でした。
私は嘆息して紅茶のカップを取り上げました。口をつけます。
そのときでした。唇に痛みが走ったのは。

「?」

たいした痛みではありませんでしたが、いぶかしく思いカップを目に近づけます。
カップに特に異常はありません。
が。

「う、ん?」

違和感がありました。なんというか目がちらつきます。視野が狭くなっている気がします。そして頭が重い。
私は知らず前かがみになっていました。これはおかしい。立ち上がろうとして失敗し、椅子から落ちました。そして痛み。
床に倒れて、それでも立ち上がることができません。視界がゆっくりと暗くなり――
16 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:09:47.17 ID:vk6vkIc0

     ※


「っ……」

私は瞼を開きました。薄明かりに照らされた天井が目に入りました。ベッドに寝かされているようです。
ここは……

「……目を覚まされましたか」

低い声が聞こえました。仰向けの首をゆっくりと横に向けます。なぜかそれすらも億劫でした。
白いローブを着た老魔族が目に入ります。彼には見覚えがありました。医者。

「私は……」
「あなたは執務室で倒れていたところを侍女に発見され、ここに運ばれました」

医者の声はぼそぼそとして少し聞き取りづらいものがありました。

「私が、倒れた……?」
「ええ、これを見てください」

そう言って彼が掲げたのは小さなカップ。見間違えでなければ私のものです。

「ここに」

彼はカップの飲み口を示します。

「小さな小さなガラス片が」
17 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:10:53.06 ID:vk6vkIc0

「ガラス?」

彼はカップをベッドの脇の棚に置きました。

「それに即効性の毒が」

ひやり、と空気が止まりました。
毒?

「あともう少し量が多ければ、処置が遅れていれば……目を覚ますこともなかったでしょう」
「……」

私は呆然としていました。
手が一度、かすかにぶるりと震えました。
彼はちらり、と私の目を見ました。それまでは彼の視線は床か、どこか低いところにありました。

「仕掛けたものに、心当たりは?」

私は少し考えました。

「……ありません」

嘘です。

医者はしばらく黙り込んで考えるような顔をしていました。しかし、ふいと顔を上げると「一週間ほどでよくなります」とぼそぼそとつぶやいて部屋を出て行きました。

「……」

私は毒を盛った者に気付いていました。それどころかわざと私を生かしたことも理解していました。
これは私をいつでも殺せるということを私に示すための行為なのです。
これは私への警告なのです。

私は薄暗がりの中で、ベッドに仰向けになりながらしばらく意識を硬化させました。
何も考えず、何も思わず。

そして、目を閉じました。
18 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:12:32.98 ID:vk6vkIc0

二ヶ月が経ち、毒の影響も全くなくなったころ。勇者が再び魔王城を訪れました。そのとき私は魔界にある争いの火種を抑えて回っているところでした。
遅れて出迎えに出た私が見たのは、勇者と対峙する元帥の姿です。
私は警戒を隠さずに彼に接します。

勇者を連れて魔王城の中に入り、元帥の視線が届かなくなったころ。私はようやく肩の力を抜きました。
それから勇者に助言を与え再び裏口から送り出します。裏口に元帥の姿がないことに安心している自分がいました。
安心? そう。私は彼を恐れていたのです。


     ※


勇者が地獄に向かい、十日ほどしたころ。夕刻。執務室の扉が開きました。

「失礼する」

元帥です。私は執務室の机の前でそれまで閉じていた目を開きました。
ついにこの日が来た、と。

「どうなさいましたか?」
「話をしに来た」

元帥のよく通る声が返答します。以前の直立不動の姿勢はどこへやら。どこか砕けた雰囲気でした。
私は決められた手順をなぞるようにさらに質問を重ねました。

「話とは?」
「生命の話だ」
「生命?」
「命とはすばらしい。生れ落ちたときから輝き始め、一生のうちに明滅を繰り返しながらやがて消えるが、その輝いた痕跡は消えることはない」
「そうでしょうか。忘れられてしまうものも多い気がしますが」
「忘れられるのと消滅とはまた別の話だよ、ギル」
19 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:13:49.39 ID:vk6vkIc0

ギル。私の名前。その名で呼ばれることは最近はめったにありませんでしたが。

「忘れられようがなんだろうが、そこにあったという事実だけはなくならない。それぞれにドラマがあり、スペクタクルがあり、まあその大きさには個人差があるものだが……」
「……」
「ギル、お前はどうかな?」

首にひやりとしたものが触れました。鋭い感触。その気配だけで皮膚を裂き、血管を断ってしまいそうなほどの。
いつの間にやら後ろに気配がありました。その気配の主が私の首に細い刃を当てていたのです。
突如現れた気配は一つだけではありませんでした。私の真後ろに一人、机の脇に一人、元帥の右隣に一人。
黒衣と仮面をつけたそれらの人影は、いきなり現れた以外何の動きも見せずただそこにいるだけでした。ただいるだけで圧迫感を私にあたえていました。

「……」

それでも、私は無言でした。その様子を見て元帥が声を、感嘆の声を上げます。

「さすが魔王様の側近。この程度では動揺しないか」

私はそれを無視して口を開きます。

「最近、魔物の打倒人間の動きが活発でした。人間側の混乱を好機と見た魔物たちが多かったのでしょうが、それにしても少々過激すぎました」
「……」
「火種を起こして回っていたのはあなただったのですね、ガル」

ガル元帥は何も言わず、ただ口角を少し持ち上げて見せました。

「それだけではありません、私のカップに細工をしたのもあなたの手のものでしょう」
「さて……」
「あなたの狙いは私を脅して打倒人間の出撃許可を得ることですね」

ふ、と息の漏れる音が聞こえました。元帥がかすかに笑った音です。

「お前には選択肢は少ないなギル。許可を出すか。それともここで死ぬかだ。私としてはどちらでもいいのだが」

確かに。たとえ私が死んでも、いや死んでしまえばいくらでもやりようがありました。元帥というのはそれほどの地位なのです。
20 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:14:52.48 ID:vk6vkIc0

「……」

私は口をつぐみました。そこであらかじめ考えていたいくつかのことを再度頭の中で転がします。
元帥はそれを降伏ととったようでした。

「選べ」

首もとのナイフがほんのかすかに圧力を増します。彼らに躊躇などというものは望めません。元帥直属である最強の暗殺部隊、通称“黒衣”たちは感情というものを剥ぎ取られた者たちなのです。
人間よりはるかに強い力を持つ魔物が、極限までその制御に尽力したとき、彼らのようなものが生まれました。

私は慎重に言葉を選びます。

「時間を、いただけないでしょうか」

元帥はく、と少し笑いました。

「時間? 祈るためのものか? 魔物に神はいないだろう、ギル?」

確かに魔物は基本的に宗教を持ちません。ですがそれ置いておきましょう。

「考える時間です」

元帥はすっと真顔に戻りました。

「考える時間? お前に与えられた選択肢はたったの二つだ。そして悩むほどの問いではない」

元帥はつい、と手を上げます。

「死ぬか?」

ぶしゃ!

突如部屋にそのような音が響きました。血が執務室のテーブルを汚します。すうっと視界が暗くなったような気がしました。
そう、これは私の血。私の首から吹き出した血……
ぐらりと視界が傾きました。椅子から転げ落ちるかと思いましたが襟元をつかまれ乱暴に椅子に戻されます。元帥が何か言いました。

「頚動脈は外した。だが次はない」

私は静かにその目を見返しました。

「ほう、この段に至っても冷静とは!」

今度こそ心からのものでしょう、元帥が感嘆の声を上げました。
21 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:16:06.62 ID:vk6vkIc0

「考える時間をください」

私は繰り返します。

「考える時間を、ください」

元帥は黙りました。何か考えているようです。先ほどは私を殺してもいろいろやりようはあると述べましたが、それでも面倒ごとは避けられません。うまく処理しなければ魔界が魔王派と元帥派に分かれて内紛が起きてしまうでしょう。
元帥にしても私から直接許可をもらえるほうが多少は都合がいいのです。

「五日間だけでかまいませんので」

私は言葉をかぶせます。

「それともその間に私が対抗手段を手に入れるとでも?」
「それは、ないな」

元帥は断言しました。確かに黒衣は魔物の中でも突出して強力です。そう簡単に対抗手段は用意できません。私が持っている手駒は主に政の方面にしか役に立ちません。武力の面で私は無防備なのです。

「でしたら――」
「いいだろう」

しかし元帥は付け足します。

「ただし時間は三日間だ。それ以上は待たん。それまでに決めろ」

そう言ってこちらに背を向けました。
どうやらとりあえず私の首はつながったようでした。
が。

「ああ、それから」

元帥はさらに付け足しました。

「魔王様のお父上、お母上のお住まいは押さえてある。妙な真似をしたらその方々にも危害が及ぶと考えろ」

すっ、とさらに血の気が引くのを感じました。
魔王様の父上様、母上様の情報は外に漏れぬよう厳重に扱われていました。それを知る者は城にも数人もいません。魔王様の弱点だからです。

元帥が出て行き、執務室の扉が閉まりました。いつの間にやら黒衣らの姿も消えていました。
私の首からは先ほどから止まらぬ血が、私の服を汚しています。それでも私はぬぐいませんでした。ぬぐえませんでした。
私は扉の外の遠ざかる元帥の足音に、じっと耳をすませていました。
22 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:17:08.95 ID:vk6vkIc0

時間は瞬く間に過ぎました。その間、私はあれこれと手を尽くしたのですが、どうにもなりませんでした。

そして三日後。夜。私は執務室の机について顔の前で手を組んでいました。
明かりはつけていません。それ以前に目を瞑っていたのですが。

扉が音を立てて開きます。大柄な何かが入ってくる気配がしました。もちろん元帥です。扉が閉まりました。

「ギル、答えを聞こう」

朗々と声が響きます。私は目を開きます。見るまでもなく、首に刃が突きつけられているのがわかりました。
部屋には私と元帥、そして黒衣三人分の影があります。それらは窓から差し込む月の光にぼんやりと照らされていました。

「答え、ですか……」

私はつぶやきます。

「そうだ、答えだ」

元帥の表情は見えません。ただ、暗闇の中でかすかに笑う気配だけが伝わってきます。

ひたり、ひたりと音が聞こえます。いいえ、違いました。それは私の頭の中だけで響く音です。
死の足音。ゆっくりと、しかし確実に私の元に向かってきます。

「さあギル、どうする? 許可はいただけるのかな?」
「……」

私は少し……ほんの少しだけ考え、口を開きました。

「お断りします」
「そうか」

元帥の右手がついとあがりました。首筋の刃がピクリと動いた気がしました。
そのすぐ後には私の死体が残るのでしょう。
しかし。
そのとき、私は全く別のところを見ていました。元帥の背後の扉。そして必要なのは一瞬を耐え切る覚悟だけ。
23 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:18:10.46 ID:vk6vkIc0

がしゃあぁん!

突如けたたましい音を立てて窓が割れました。そして落ちる刃。私の後ろの黒衣が崩れ落ちます。

「っ!?」

元帥の驚く気配が伝わってきました。
しかし彼を置いてきぼりに、今度は扉が勢いよく開きます。そして飛び込んでくる、鋭い気合。

「シッ――」

元帥の隣にいた黒衣が完全に不意をつかれ、一刀のもとに黙しました。
元帥は驚いてよろめきます。

次に動いたのは最後の黒衣でした。
ナイフを抜き放ち、部屋に入ってきた影に気合すら上げずに飛び掛ります。

影はそれを受け止めました。そして響く破裂音。黒衣が倒れます。硝煙のにおい。

黒衣が一人残らずやられたのに気付き、ようやく元帥は動きを見せました。抜剣して影に斬りかかります。
が。

タァン!

窓から何かが飛来します。刃が影に届くその前に、元帥は転倒し剣を取り落としました。
影が元帥に剣を突きつけます。

「……終わったぞ」
「ご苦労、勇者」

月明かりが影――勇者を照らし出しました。剣と拳銃をぶら下げた彼の顔を。

「何だ……一体、何が……」

元帥の声を無視し、黒衣の死体を避けて割れた窓に近づきます。窓の外には木が枝を投げかけていました。木の上にいる魔術士がこちらに手を振っています。
24 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:19:26.70 ID:vk6vkIc0

私はそれには手を振り返さないまま声を口を開きました。

「私には武力はありません。それに類する手駒も」

背後の元帥は、肩を拳銃で打ち抜かれ立ち上がることもできないようでした。

「ですが、手を貸してくれる知人には心当たりがありました」
「勇者……」
「その通り」

振り向いた先には、相変わらず元帥が倒れています。勇者に取り押さえられたまま。

「貴様正気か? こいつは人間だぞ!」
「私のモットーは使えるものは敵でも使え、です」

元帥の怒り交じりの声に、私はあくまで冷静に応答します。

「それが私です」

元帥の低くうめく声が聞こえました。

「私にはむかう気か……! 魔王様のご両親がどうなっても良いと……!?」
「私にブラフは通じませんよ」
「何?」

私は元帥に歩み寄り、膝をつきました。うつぶせの彼の耳元に顔を近づけます。

「あなたがご両親のお住まいを押さえているというのは、嘘だ」
「……嘘など」
「なぜなら……」




「私が殺したからです……魔王様のご両親を」




25 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:24:41.44 ID:vk6vkIc0

元帥が言葉を失いました。
勇者もまた、こちらを見て言葉を失っているようでした。

魔王様のご両親は、魔王様の心の支えであると共に大いなる弱点でもあります。それを放置しておくのがおかしいというものです。

ややあって、元帥が声を上げました。

「……なるほど、貴様は最初から知っていたのか。知っていて時間を稼いだのか」

事実上嘘を認めた彼は、横目で私を見上げました。
その目に憎憎しげな光が宿ります。

「貴様、なにゆえ人間との戦争を避けようとする? 今我々が攻め込めば十中八九我らの勝利だ」
「……」
「お前も! 人間が憎くはないのか! 人間に復讐したいとは思わないのか! 奴らは我らが父母の仇だぞ!」
「……」
「そうだろう! 我が弟よ!」

声を荒げる元帥の――兄上の言葉を聞きながら、私は両親のことを思い出していました。
私たちの粗相を厳しくしかりつけながらも、その裏にどこかやさしさを忍ばせるその声を。

「憎いだろう!? 殺してやりたいだろう!? お前にならできる! いや我らならばそれが可能なのだ! 人間どもを殺して、殺して、殺しつくしてやろうではないか!」

私はため息をつきました。深く、深く。

「許可を出せ! 私に出陣の許可を!」
「私はどうやらあなたを買いかぶっていたようです、兄上」
「……何?」

私は兄上の目を見下ろしました。

「確かに私たちは人間に両親を殺されました。私も人間が憎い。でも――」
「……」
「私たちは一人の魔物である前に、魔王様の家臣なのですよ、兄上」
「……!」

そうなのです。私たちは私情に流されてはいけません。魔王様の部下として常に冷静に、常に客観的でなければいけません。

「あなたは言いました。命は決して消滅はしないと」
「……」
「私たちは彼らを忘れてはいません。ならばなおさら消えてなくなったりはしないのでしょう。両親は私たちの中に生きていますよ」
「……」

兄上は、それきり黙りこみました。月が雲に隠れて、その表情は読めませんでした。
26 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:25:52.82 ID:vk6vkIc0

「お前は本当にあいつの両親を殺したのか?」

一応の決着がつき、元帥を執務室に残して勇者たちを部屋に送り届けたときのことでした。勇者が私に問うてきました。私は落ち着いて返します。

「どう思う?」
「……さあな。ただ、本当だとしたら俺はお前を許さない」

勇者の視線が、私をまっすぐに射抜いていました。私もそれを見返します。

「……私が魔王様の悲しむようなことをするとでも?」
「……」

しばらく私を見つめた後、勇者はついと視線を外しました。

「……それもそうか」

兄上が魔王様のご両親のお住まいを押さえたと聞いたとき、私の頬を冷や汗が伝いました。あれは嘘ではありません。
そして私は魔王様の忠実な部下なのです。

「俺はもう寝るよ、明日出発だしな」
「ゆっくり休むといい」

勇者が部屋に消えました。私はそれを見届けて、その場を後にしました。
27 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:26:46.88 ID:vk6vkIc0

     ※


直された執務室の窓から午前の日差しが差し込んでいます。
三人を見送ってから、お茶を飲みながら書類を読んでいました。

元帥の件は終わり、とりあえずは彼に関する大きな動きはありません。
彼はいまだ元帥の地位にありますが、すぐにまた物騒なことをする余裕はないでしょう。

ですが、各地の魔物の動きは、戦争の火種はまだなくなっていません。私が再び命の危険にさらされることもあるでしょう。
怖くはないのか、ですか?
……正直に申し上げれば、怖くて怖くてたまりません。しかし、これが私の仕事。
側近のお仕事なのです。
28 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/27(日) 22:27:46.27 ID:vk6vkIc0

短編:側近のお仕事



   〜了〜
29 :アナウンス [sage]:2010/06/27(日) 22:41:41.52 ID:vk6vkIc0
・さて新作の件だけど、完結させるまで待っていただいてから投下、という方向でまとまってきているようだ。他のみんなは異論はないかい? 一応中間案として、一章ずつ書きあがったら投下、という形も考えてるけど
ご意見お聞かせ願いたい

>>8
ありがとう
どんな方式になるにしろ一定以上の面白さを保持する自信と完結させる自信はあるよ。どうか期待していてくださいませ

・それよりも前スレをどうにかせにゃ。適当に埋まんだろと思ってたら甘かった。弱小ssだってことを忘れてたよ
30 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/27(日) 22:48:25.46 ID:Lyvmacso
GEPは1000いっても落ちないから、あのままHTML化依頼すればいいよ
31 :アナウンス [sage]:2010/06/27(日) 23:01:03.55 ID:vk6vkIc0
・それもそうだった、thx
では早速行ってくる

・あと忘れてた。新作の投下がどうなるにしろ、今手持ちの短編はさっさと投下してしまうことにする。具体的には二日とびくらいの不定期で。よろしくお願いします。
32 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/28(月) 01:11:24.34 ID:bjnTJjE0
乙です。
33 :アナウンス [sage]:2010/06/28(月) 09:07:25.75 ID:gyevrYU0
・なんだかんだで前スレが埋まったね。協力してくれた人のご厚意に感謝
34 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/29(火) 00:10:23.49 ID:fKbn/wDO
乙乙

クオリティ落ちるよりは時間かかってもやりやすいやり方で投下してもらった方がいい


短編とかもばっちこい!
我望むは物語の完結也
35 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 02:34:50.37 ID:3yGpmOE0

なんというクオリティ
筆者の思うがままに
天の銀嶺を翔け抜けてくれ
36 :アナウンス [sage]:2010/06/29(火) 06:47:31.38 ID:rPyt4gM0
・支援レスが嬉しくて我小踊るは天の楼閣
・今夜も投下します。タイトルは「我輩と妻」 かみんぐすーん
37 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/29(火) 07:16:55.80 ID:zKlL4EIo
これは期待
38 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:00:19.30 ID:rPyt4gM0




短編:我輩と妻




39 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:02:10.13 ID:rPyt4gM0

 乾いた風が肌をぴしぴしとたたいていた。荒野の風。空を見上げれば、そこには紫色の濁りが待っている。空一面が紫一色だった。風は、そこから吹き降ろしてきているようだ。ふと、血の臭いが鼻をついた。血の池から漂う鉄色のにおい。

 ここは“地獄”と呼ばれている。とは言っても罪人が落ちる死後の世界ではない。そこはれっきとした現世だった。生者のものかというとそれも微妙だったが。過去と現在が入り混じる一種の異界で、混沌とした様相を呈していた。空が紫色なのもそこらへんに起因しているらしい。砂と岩の地表が続き、生けるものにはどうにも適さない場所だった。だがそれは今の彼にはどうでもよいことではある。

 彼。ぐねぐねとした地獄の植物が生え散らす血の池(実際には酸化した鉄の成分が溶けている池だ)のほとりに立つ魔王ニギは、実際には空を見上げもしなかったしこの場所について思索をめぐらすこともなかった。ただ、凝視していたのだ。

 血の池のほとりにはもう一人分、人影があった。シルエットは女性のものだ。ニギと向かい合わせに立ち、赤い液体が滴る裸体を惜しげもなくさらしていた。

(ぬう……?)

 そう、裸体。なぜか、裸体。ニギは胸中で疑問符を浮かべながらその女を眺めた。目の覚めるような鮮やかな金の長髪が、その褐色の肌に濡れて張り付いていた。その髪の下にある端正な顔立ち。どこを見ているのかわからない神秘的な視線がニギを通り抜けて虚空に注がれている。そして豊かな乳房は垂らした髪に隠れていた。体側の魅惑的な曲線。女の背後からは白く、小さい翼がのぞいている。外見の年齢は、人間で言えば十代の後半といったところか(魔族の年齢を人間の基準で測るほど愚かなこともないが)。見た限りでは頭部以外の体毛は一切なかった。

 身体が濡れているのはつい先ほどまでこの女が血の池で泳いでいたためだ。ニギは池の水面から生えた脚を見つけ、近寄り、姿を現した彼女と対面したのだった。

 ふとニギは喉の奥につっかかりを感じた。ぼやっと、軽く咳き込む。だがその女から目を離すことはできない。

(ああ、そうか)

 ニギは、自分が何かを言おうとしたのだと自覚した。その言葉が喉に詰まり、咳が出たのだった。ならば自分は何を言おうとしたのか。胸中に問いかけ、汗ばんだ手を拳の形に軽く固めた。
40 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/29(火) 22:02:23.89 ID:M1EutXko
ktkr
41 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:03:18.38 ID:rPyt4gM0

 息を吸う。吐く。

「あの!」

 上げた声は意図したよりもはるかに大きく、ニギ自身を驚かせた。目の前の女性に大きな反応はなかったが、ほんのかすかに首をかしげたようにも見えた。

「その、だな……」

 胸中にあるいくつかの言葉を慎重に吟味し、選択する。あるものの中で最良の選択肢を選ばなければならない、と思った。でなければ、目の前の女性はふっといなくなってしまう気がした。これは一種の審判なのだ。勝ち負けの境目など知らないが、確かに審判であった。ニギは選んだ言葉を割れ物を扱うように慎重に、できる範囲の中で最高にいい顔でもって吐き出した。

「結婚してくれ。ていうかおっぱいもませろ」

 風が吹いた。荒野の風。
 その風が突如強烈に渦巻く。鈍い痛み。

(痛み?)

 そして、良い香り。目の前に金髪の頭があった。見下ろすとつむじがよく見えた。乳房。加えて膝。ニギの腹に埋まった膝。

「が……!」

 苦悶の声が漏れた。肺から空気が際限なく零れ落ち、二度と戻ってはこない。すさまじい威力だった。油断していたとはいえこの強靭な肉体を持ち、伝説の腹巻を装備する魔王を一撃で沈めるなどとは。

 空気を求めるのと反射とで手をあげた。ふらっとさまよった手が、何かに触れる。やわらかく、それでいてぷるりと弾力のある触感。

「――っ」

 ……何だ、そんな顔もできるんじゃないか。そう思った次の瞬間、先ほどよりも軽く、しかし鋭い打撃がニギの頭を襲い、彼は今度こそ意識を失った。その間際、二ギの頭に浮かんだのは、どこを見ているかわからない表情から一転し虚を突かれ目を見開く女の表情。そしてもっとしっかり揉みこんでおけばよかったなあという悔悟の念だった。
42 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:05:15.79 ID:rPyt4gM0

     ※


「ご結婚百周年、おめでとうございまーす!」

 かんぱーい、と声が各所であがった。続いてクラッカーの軽快な破裂音。魔王城の大広間である。そこで盛大なパーティーが催されていた。大広間の一段高くなったところにいたニギは、魔物たちの視線と祝福を浴びながら機嫌よく微笑むと、グラスをあおった。それから隣を見る。

 真紅の簡素なドレスを身に着けた女がそこにいる。とくにどうということもない表情でたたずむ彼女は、見た目に関して言えば、出会った頃とたいして変わっていなかった。相変わらず綺麗だ。

「どうしたルフ。もっと楽しそうな顔をしろ」

 言われて妻は、どこかげんなりとした表情をこちらに向けた。

「百回目ともなればさすがに感情も動かなくなります」

 彼女は持ち上げたグラスをゆらゆらと意味なく揺らし、彼女は続ける。

「一ヶ月に一回やっていればなおさらです」

 言われてニギは記憶を探った。今年に入って三ヶ月。先月の今日に一回。先々月の今日にも一回、それぞれパーティーを開いている。ニギは思い出して苦笑した。これでは確かに、

「少なかったやもしれんな」
「違います」

 特に感情の起伏もなく冷静に突込みが入った。
43 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:06:13.61 ID:rPyt4gM0

「大体あなたと言う人は」

 妻はぶつぶつとこぼしたが、ニギはあまり気にはしなかった。

「大丈夫だルフ」
「何がですか?」
「今月は祝賀会を二回に増やそう」
「勘弁です」

 妻の眉間に皺が寄る。

「……私は何でこんな人と」

 その呟きは、今度こそニギには届かなかった。
44 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:07:29.76 ID:rPyt4gM0

     ※


 ばしゃばしゃと音がする。ニギは立ち止まって耳をすました。音は控えめで、泳いでいる誰かはそれほどぶきっちょではないらしい。しばし考えて歩みを再開した。池のほとりに立つと、その真ん中ほどに水の乱れがあることに気づく。そこにいるようだ。

「おーい」

 声と共に手を振ると、ぱたりと水音が止んだ。しばらくして、ぽちゃり、という音と共に池の真ん中の水面に金髪がのぞいた。

(あれは、警戒されているな)

 ニギは苦笑して手を引っ込めた。

「また、会いに来た」

 水音が再び上がる。心持ちここから遠ざかるようにして泳ぎを再開したようだった。ニギは嘆息して池のほとりに腰を下ろした。昨日のことを思い出す。気を失ったニギは、あの後水面に顔をつけた、うつぶせの状態で目を覚ました。いろいろな意味で危うかった。というか実際死ぬところだった。

(我輩そんなに嫌われたかあ)

 半眼になりながら胸中で呟く。最近、いいことがない。毎日毎日勉強と鍛錬の連続。死にそうになったことも一度や二度ではなかった。元帥はもとより、側近はああ見えて手加減を知らない。そして、魔王としての素質は十分にあると自負していたが、それと人望は別のようだ。魔王城につれてこられてだいぶ経つが、一向に正式な魔王にしてもらえない。いや、一応魔王の座にはあるのだが、実権はないに等しく、ほとんどお飾り魔王の状態だった。
45 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:09:32.26 ID:rPyt4gM0

(時間がないのではなかったか)

 世界の破滅については知らされていてかつ今も勉強中であるが、時間がないというのは共通認識らしい。ならばなぜさっさと人間に対してアクションを起こさないのか。当の側近はそしらぬ顔で「精進なさい」と言うのみだ。

「ねえ」

 いきなりかけられた声に、慌てて思索を中断する。見上げると、先ほどまで泳いでいたはずの女がすぐ脇に立っていた。相変わらず生まれたままの姿で。どうやら羞恥心というものがないらしい。

「あなた、誰?」
「それは本来なら昨日聞くべき言葉だと思うが」

 女は気にしなかったようだった。

「だってあなたが失礼なこと言うから」
「何のことだ?」
「……」

 女の表情はあまり変化しなかったが、どこかむっとした雰囲気を加えた。

「……すまん。確かにそうだったかもしれん。言い直そう」 

 急に心の底から謝罪の気持ちが溢れてきた。だからといって殺されかけたのはいまいち納得がいかなかったが、まあとにかく、次々と沸いてくる贖罪の念をまとめてニギは吐き出した。

「そのおっぱいをもみしだかせてくれ」

 めきょ。

 何かがつぶれる音がした。甲高い痛みを感じながらその音を聞いていた。いや、聞いていなかった。ニギの意識はそのまま闇の中に落ちていった。
46 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:10:44.14 ID:rPyt4gM0

「それで、あなたは誰?」
「ニギ。魔王だ」

 つぶれた鼻は何とか治癒できたようで安心した。見た目にはあまり頓着しない主義だが、それでも鼻つぶれのまま一生を過ごすのは抵抗がある。

「魔王。あなたが」

 語調に驚きは見えず、どちらかと言うと見下すような気配を感じてニギは顔をしかめた。

「魔王。我輩が」

 女は興味を失ったようにふい、と顔をそむけると、再び池の中に入っていった。



 次の日。ニギは再び血の池を訪れた。ばしゃばしゃと音がしている。今日も泳いでいるようだ。実際には血ではないとはいえ、酸化した鉄の池を泳げば何かしら不都合があるはずだが、まあ、女とはいえ魔物だ。気にすることはないのだろう。ニギは昨日と同じように池のほとりに座り込んだ。

「またきたの」

 しばらくして上がってきた女が言う。

「まだお前の名前を聞いてないからな」

 女は表情を変えなかったが、あからさまにうっとうしそうな気配が滲み出してきた。

「ルフ」

 それでも無視しない程度には機嫌が良かったらしい。

「ルフ、か」

 悪くない名だな、とニギは思った。
47 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:11:20.85 ID:rPyt4gM0

     ※


「おい、あれないのか、あれ」

 不意に食べたいものを思い出し声を上げる。名前を思い出せずにしばし脳内を探るが、

「それならあっちのテーブルですよ」

 妻は全くよどみなく答えた。果たして思い浮かべたものと同じものをそのテーブルにみつけ、ニギは感心する。人の思考をよく把握しているというかなんというか。

「そりゃこれだけ一緒にいれば考えていることも分かりますよ」

 今度は思考を読まれ、ふむ、とニギは鼻を鳴らした。
48 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:12:10.84 ID:rPyt4gM0

     ※


「お前は何でいつも一人なのだ?」

 ふと、思ったことを口に出す。ここ最近日課になった血の池通い。池のほとりで座りながら問いかけたが、泳いでいるルフはその言葉を無視したようだった。

(まあ、いいか)

 たいして気になることでもなかった。堕天使族(ルフの背中には三対の翼があるので間違いないだろう)というのは珍しいので生態を把握しているわけでもない。ただ、その絶対数自体は少なくないと聞いているので、いつも一人きりというのは奇妙に思えた。

「いいじゃない別に」
「え?」

 唐突に聞こえた声に顔を上げる。彼女は池の近いところから顔を出していた。

「一人じゃ悪い?」
「別に悪かない。ただ、ちょっと気になるだけで」

 ルフは泳ぎを再開した。よく考えると、背中に羽があるのに飛ぶことよりも泳ぐことが好きというのはおかしいかもしれない。もっとも、堕天使族の翼というのは人一人を持ち上げることができるほど強いものではなかった。昔は飛ぶことができたのもしれないが。

「あなただって一人じゃない」

 ニギは沈黙し、しばし考えた。

「うーん、まあ、そうだな」

 認める。ルフはまた泳ぎに戻っていった。
 何か合図があったわけではないが、今日はそれでお開きになった。
49 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:13:05.23 ID:rPyt4gM0

     ※


 料理を含んだ口が、突如火を噴いた。いやそんなはずはないが。錯覚を抱くほどには凶悪ではあった。

「――ッ! ……ッ!」 

 喉が瞬時に焼かれ、声すら出せない。床に倒れ伏し、そのまま喉をかきむしる。
 配下の者が仰天してやってくるが、どうしようもなくおろおろしている。

(ぬかった!)

 ニギは胸中で舌打ちした。そんな余裕があったことに自分で驚く。

「魔王様!」

 側近がすぐさま駆け寄ってくる。彼の顔は他のものと違い、ひどく冷静だった。

「あれほど注意するように申し上げたではありませんか!」
(すまない、忘れていた)

 と言いたいのだが、声が回復しない。その事実にぞっと背筋を冷やす。
 妻に目をやると、相変わらずの無表情をこころもち青くしていた。

 そう、妻の手料理である。

 彼女はドのの付く料理下手。今日も押し留める家臣の忠言を聞き入れず、並ぶ料理の中に自分のそれを混ぜたのだろう。
 見た目だけは並以上なためにたちが悪い。

 ニギは家臣が持ってきた水を、やっとのことで喉に流し込んだ。
50 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:14:13.61 ID:rPyt4gM0

     ※


 今日も今日とて血の池通い。ニギは昨日までと同じように池のほとりに座っていた。

「飽きないわね」

 ルフが珍しく池から上がってきて、言う。

「人のことはいえないと思うが」
「そうね」

 ルフは髪を軽く絞ると、ニギの隣に腰を下ろした。

「?」

 珍しいことだった。てっきりルフはニギのことを嫌っているか、少なくとも警戒しているものと思っていたからだ。
 しばらく沈黙が流れた。荒野の風はお世辞にも気持ちの良いものとはいえない。ぴしぴしと肌を干からびさせていくような風。空は紫で暗雲が渦巻き、小さな轟きの音が聞こえていた。ただ、雨は降りそうにない。
 ニギはあくびをした。と。

「ねえ、あなたは親のこと好き?」

 唐突に声が上がった。ポツリと呟くようで、注意しなければ自分への質問だと気づけなかった。

「何だいきなり」
「親のこと、好き?」
「……」

 ニギは言葉を返さなかった。回答を考えていたわけではない。回答など、ニギの中では決まりきっていたのだ。

「私は、嫌い」

 ルフは言って、膝を抱えた。目は相変わらず池の向こうを、遠くを見ている。べったりと湿った髪が肌に重くしがみついていた。
51 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:15:22.09 ID:rPyt4gM0

「……ううん、よく分からないんだわ」

 ルフは無表情に言葉を続けた。

「昔は大好きだったの。いつも母さんの後ろをついて回って、父さんに抱っこしてもらってたわ。あたたかくって、ふわふわの何かに包まれているようで、とても幸せだった」

 風が止んだ。

「でも、今は違うの。別に嫌いになったわけじゃないんだと思う。でも、今はそのふわふわに包まれるのがいやでいやでたまらないの。くすぐったいそれは私の喉の奥に居座って息を詰まらせるの」

 ルフの声もまた、平板で、何の感情も感じさせなかった。

「ときどき思う。どこまでもどこまでも走っていきたいって。いつまでもいつまでも走り続けて、いっぱいに助走がついたらこの翼で空を飛ぶの。この紫の空でもいいけど、私は外の青い空が飛びたいわ。きっと、とても気持ちいいんでしょうね」

 堕天使族は地獄の空しか知らない。そこに住んでいて外に出て行かないのだから当然のことだった。そして、それは不幸なことでは全くない。はずだ。

 ニギは黙って聞いていた。思うところはあったものの。

「あなたは外から来たんでしょう。外はどんなところなの」

 つい、とニギに視線が振られる。彼女の青い瞳を見返しながらニギはしばし考えた。自分が当たり前としていることを改めて説明するとなると案外難しいものだが、二ギが考えていたのはそのことではなかった。ふと、遠雷の音がかすかに耳に届いたのに気づいた。

「我輩は、嫌いではないな」
「は?」
52 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:16:40.44 ID:rPyt4gM0

「先ほど我輩に聞いたな、両親のことが好きかと。我輩は嫌いではない」

 今度はルフが黙った。平板な視線を、見るともない様子でニギに注ぐ。

「好きだと断言できないところが悲しいところではあるが。まあ、もう別れてから何年にもなるしな」

 ルフの視線が少し変化した。危ういことを聞いたことによる躊躇。そして若干の、好奇心。

「死んだの?」
「……そういう質問はもっとソフトに聞くものだと思うがな。いや、いい。死んではいないさ」

 ニギはため息をついた。

「別れたのだ。もうずいぶん前に」

 心のそこがひんやりとするのを、ニギは感じた。感傷に浸りそうになる心をそっと掬い上げる。

「我輩は魔王だ。魔王というのは並大抵のことでは務まらない。中途半端な気持ちではだめだ。だから別れさせられた」
「別れさせられた?」
「ああ、部下にな」

 ありもしない郷愁の思いにとらわれそうになる。それは錯覚だ、きっと。そうでなければならない。魔王ならば。

「まあ、それだけのことだ」
「あなた、家出してきたんでしょ」

 ニギは視線を池に振った。

「何の話だ?」
「あなた、家出してきたんでしょ」

 繰り返す。ルフは、ニギの逸らした視線の先に顔をさしこんできた。

「何を馬鹿なことを」
53 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:17:44.02 ID:rPyt4gM0

「間違いないわ。ここから魔王城まではそんなに近くないらしいわね? 毎日来れるはずがないのよ」
「……」
「私にちょっかい出すためにそんなに長く滞在するなんて考えられない。だとしたらやっぱり家出でしょ」
「……」
「私も家出してきたから分かるわ」

 ニギはさらに目を逸らしたが、さらに回り込まれた。しばらくそれを繰り返した後、諦めてため息をつく。

「見事な推察だ」

 ルフが、ふふとかすかに笑みを洩らした。

「ねえ、どうして?」
「……まあ、いろいろあったのだ」
「いろいろって?」

 ニギは必死で言葉を探した。

「いや、その、毎日毎日修行ばかりで大変だったし……」
「……」
「元帥は感じ悪いし……」
「……」
「えっと……」
「……」

 ニギはさらに言葉を捜そうとして、ようやく観念した。

「……父上と母上に会いたくなったのだ」
「ださい」

 ルフの瞳が面白そうにくりくりと動いた。彼女には珍しい、活き活きとした表情だ。
54 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:18:39.16 ID:rPyt4gM0

「そんなこと言ったって、我輩、甘え盛りの頃に別れさせられたし……」
「ださいわ」

 ルフは、目元をかすかに緩ませて続ける。

「大体あなた何歳なの。もう十分に大人でしょ」
「……」

 今年でちょうど二十五になる。

「……親に会いたくなるのに歳は関係なかろう」
「そういうものかしら」

 ルフは回りこんだ無理な体勢から、もとの位置に身体を戻した。

「でも、何で地獄に来たの」
「あてがなかったからな。とりあえず思いついたところに行こうと思ったのだ」
「魔王城は今、大混乱でしょうね」
「だろうな」

 最近、自分の首を狙った自称勇者が何人か魔王城に忍び込むようになっていた。そのほとんどがただの勇者気取りの無謀な弱者であったが、もし手に負えないようなのが来れば、自分なしでは危ういかもしれないな、とニギは思った。
55 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:20:12.78 ID:rPyt4gM0

「じゃあ、帰らなくていいの」
「どうだろうな。我輩がいる必要があるかどうか微妙なところだし」
「ふーん」

 沈黙が訪れた。ニギはしばらく思索にふける。風が再び吹き始めた。血の池のほとりに生える羊歯のような植物(実際はもっと別の何かだろうが)がそれに揺られてかすかに音を立てる。

「よし」
「?」

 ニギの声に、ルフがこちらを見やる。

「我輩はもう行こう。父上と母上を探しにな」
「そう」
「お前も来ないか」
「え?」

 ニギは立ち上がった。服についた砂を払いながら、こちらを見上げるぽかんとした表情のルフに再度告げる。

「お前も家出してきたのだったな。もし帰るつもりがないのだったら我輩と一緒に来ないか?」
「……」

 ルフは考え込んだようだった。

「いや、無理強いはせんが」
「ついていったらあなた、エッチなことするでしょ」
「まあ、しないと断言はできんな。お前が美しすぎるのだ」

 ニギはそう言うと、からからと笑った。



 その後。地獄を出た二人は魔王の部下に捕まり、魔王城に連行された。それからいろいろあって、結婚し、今に至る。
56 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:21:01.29 ID:rPyt4gM0

     ※

「本当に、私は何でこんな人についていこうなんて思ったのかしら」

 ルフはため息をついて、広間の中心にいる夫を見やる。自分の料理の影響から回復したらしい夫は、どうやら部下と酒の飲み比べをやっているらしい。見たところ夫が部下をはるかに圧倒しているようだったが、まあどうでもいい。

 数時間もすると広間の中心は酔っ払いの雑魚寝場所に成り果てていた。夫は十人抜きをしたところで力尽きて、そのど真ん中で眠りこけている。あれほど盛り上がっていた会も、今は夜の静寂のうちに沈んでいた。ルフは再びため息をつく。この惨状を片付けるために侍女を呼ぼうとするが、広間の隅で寝こけている彼女らを見つけ、諦めた。

「こんなところで寝ては風邪を引きますよ」

 とりあえず夫に近寄り、声をかけた。だが、もちろんのことそれで起きるはずもない。なにやら寝言を呟いている。仕方なくその腕を取り、肩を貸す。ルフはこう見えて、実はそれなりに力がある。軽々、とはいかないが、なんとか夫を立たせ引き摺った。必然的に顔同士が寄り、寝言の内容が聞き取れた。

「愛してるぞぉ、ルフ……」
「知ってますよ」

 ルフは特に表情を動かすことなく、静かに答えた。

 勇者シェロが魔王城に到達する、一年ほど前のことである。
57 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/29(火) 22:21:46.17 ID:rPyt4gM0

短編:我輩と妻




  〜了〜
58 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/29(火) 22:28:09.01 ID:M1EutXko
超乙
畜生愛されてるな魔王俺にもおっぱいもませろ
59 :アナウンス [sage]:2010/06/29(火) 22:28:44.26 ID:rPyt4gM0
・今回のは実は初めて投下する奴だったのでちょっと不安が残りやす
・次回は金曜日の夜で
60 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/29(火) 22:29:14.57 ID:v3ctT6oo
なんだかんだでちゃんと愛されてるじゃねぇか魔王
61 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/29(火) 22:37:50.48 ID:fkxvDzg0
おつ

あー、うらやましいなー。


62 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/30(水) 03:03:56.04 ID:CwKD.YEo
63 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/30(水) 05:12:40.58 ID:mW5slMDO

俺もこんだけ愛して愛される相手に会いたいわ……

おっぱいもませろ
64 :アナウンス [sage]:2010/06/30(水) 10:06:29.49 ID:Z0KgBcI0
・やっぱり金曜投下は取り消し。新作ができ上がるまで時間がかかるのが決定している以上、手持ちの書き溜めをキープしておく意味がない。今夜か明日の夜かに投下しようと思うけどどちらが良い?
・と、新作投下は完結してからということで異論はなかったよね? それで行く予定です。
65 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/06/30(水) 18:37:49.19 ID:XXYdw.DO
筆者の思うままに


乙です。ありがとう
66 :アナウンス [sage]:2010/06/30(水) 19:14:56.11 ID:uL4GQf.0
・確かに自分で決めろって話だった、訊いてばっかりで申し訳ない
・じゃあ、今日から連夜投下にして落としきろう
・というわけで、今夜は「僕らはかつて修羅場だった」をお送りします
67 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:00:06.58 ID:Z0KgBcI0




短編:僕らはかつて修羅場だった




68 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:01:28.25 ID:Z0KgBcI0

「いったいどういうことよ!」

怒声が響いた。

宿屋の前、朝の往来。
一日を始めようと家々から出てきた人々が何事かとこちらを見やる。
奇異の視線が彼らに降り注いだが、彼女はまったく気にしていないようだった。

「ちゃんと説明なさい!」

彼は彼女の顔を見、それから隣を見やる。
隣の人間はこんな状況でもにこにことたたずんでいた。
それがさらに彼女の感情を逆なでしている。たぶん。

どうしようもない事態が起きようとしている。
いや、起きている。
彼は頭を抱えた。
69 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:02:12.92 ID:Z0KgBcI0

話は昨夜にさかのぼる。

夕食時を少しばかり過ぎたころ。
シェロという名で自称勇者、十八歳の青年は、今日入った村の食事店で居心地悪げに身じろぎした。
勇者の村出身者の証であるペンダントがさらりと揺れる。

「なによ、いつもより豪華な店じゃない」

上機嫌に言ったのは対面に座った彼のパーティーの魔術士、ハルという名の女性である。ちなみに十九歳。彼より一つ年上だ。

「ああ、ちょっと気分を変えようと思ってな……」

シェロはもごもごとつぶやくように言った。

「金欠なのに?」

ニヤニヤと返すハルに、実はもうバレているんじゃないかとシェロは危惧した。
70 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:03:32.39 ID:Z0KgBcI0

これから自分が言わなければならないことを胸中で反復し、身をかたくする。
簡単な二言。

好きです。付き合ってください。

たったの二言。

だが、輝かしき青春の日々を、腕を磨き剣を研ぐことに費してきたシェロにとって、それを言うことは一人で王都軍全部を相手にすることと同じか、もしかしたらそれ以上に困難なことだった。

まだ、言うタイミングではない。
わかっていても、テーブルの下で握った拳の中が緊張の汗で濡れる。

どぎまぎと手を握って開いてしているうちに料理が運ばれてきた。
71 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:04:12.72 ID:Z0KgBcI0

「……」

無言でわさわさと料理をむさぼる。
いつもはおしゃべりなハルも今日はなぜかしゃべらない。
代わりにニヤニヤとシェロの一挙一動を見守っている。

やっぱりバレているんだろうか。
シェロは一抹の不安を覚えた。

……だが。
知られているなら話は早かった。
思い切って料理から顔を上げ、口を開いて力強く言葉を吐き出す。

「あのー……」

力強く間延びした声は語尾を散らして消えていった。

「なに?」

ハルは笑みを強くして端正な顔を寄せてきた。
さらりとゆれる金髪からいい匂いがして、シェロは柄にもなくドキリとした。

「……なんでもない」
72 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:04:50.98 ID:Z0KgBcI0

また沈黙だけが長引いた。
汗が背中を伝う。
自分の意気地のなさにじりじりとした焦燥感を覚える。

しばらくして、そうだ、とシェロは思いついた。
少々卑怯だが、酒の力に頼るのも悪くないのではなかろうか。

「おい店員」

早速酒を注文し、運ばれてきたそれを、救いを求めて一気にあおる。

視界がぼんやりとゆれだした。
ああ、悪くない、いい感じに酔ってきた。

下戸である。

「あなた普段酒なんて飲まないじゃない」

「……ちょっとな」
73 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:05:31.99 ID:Z0KgBcI0

先ほどよりは緊張が薄れ、ようやく余裕が出てきた。
思い切って口を開いて――

「……」

もう一杯あおった。
まごうことなき意気地なしの完成である。
そしてもう一杯。
さらに一杯

「何杯飲む気よ」

半眼と目が合った。

「……いやこれでいい」

ようやく決心がついた。
舟の上のごとく視界がぐらぐらゆれているがこれでいい。

(大丈夫だ。俺ならできる……)

なんだか勇気がわいてきた。
ほら、そこの陰から小人さんも応援してくれている。
彼に心の中だけで手を振って、

「ハル、俺――」
74 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:06:28.92 ID:Z0KgBcI0

「あ、ごめん、ちょっとお手洗い」

ところがハルはそう言うと席を立った。
そのまま、颯爽と歩き去る。
シェロはパクパクと口を開け閉めしてその背中を見送った。

ようやく決心したところにこれである。
人の気も知らずに、ちくしょう。

ハルが視界から消えて、シェロは全身から一気に力を抜いた。
……なんだかどうでもよくなってきた。

「一番強い酒頼む」
「かしこまりました」

そうして置かれた一杯を、

「――」

シェロは躊躇なく喉に流し込んだ。
視界が致命的にぐらりと揺れた。
あ、これまずい。
思っても後の祭りである。

視界の端で小人さんが踊り狂っていた。
彼を視界の正面に捉えようと緩慢にしか動かない首を回し……がっくりとうつむく。

ゆっくりと狭まっていく視界の中、誰かが近づいてくるのが見えた。
75 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:07:08.11 ID:Z0KgBcI0

     ※


朝の日差しが瞼を焼いた。
うめき声をあげてシェロは上体を起こした。

まず最初に覚えたのは吐き気だった。
喉がひりひりする。
昨夜、飲めない癖に飲酒したことを思い出した。

(飲酒? 何でだっけか……?)

考えてすぐに思い至る。

そうだ、自分はハルに告白しようとしていたのだった。
それで度胸がないから酒に頼ったのだ。
情けなさに、額に手を当てぼんやりとうめく。
76 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:08:06.94 ID:Z0KgBcI0

周りを見渡すと、見覚えはないが宿のようだとわかった。
ハルがここに運んでくれたのだろう。

自分への失望に再びベッドに倒れこんだ。
ため息をつく。
何をやっているんだか。

(……)

でも、と思う自分もいる。
これでハルとの関係が壊れずに済んだのではないか、と。
もし断られてしまえば一緒の旅はしづらいし、いつかは袂を分かつことになってしまっていただろう。

なんて考えてしまうようでは自称とはいえ「勇者」の名が泣くのだが。
77 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:09:08.42 ID:Z0KgBcI0

結局は問題の先延ばしだ。
次はどのように手はずを整えようか。
考えながら無駄に広いベッドの上で伸びをした。

……と。

違和感に気付いた。
足に何かが触れている。
暖かく、滑らかななにか。

いぶかしく思い、ゆっくりと毛布をめくる。

まず出てきたのはセミロングの黒髪の頭だった。

次に目に入ったのはやや幼く見えるが、整った面だった。
78 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:09:51.12 ID:Z0KgBcI0

一つ確認することがあった。
非常に重要なことだった。

ハルの容貌を思い出してみる。

長い金髪。ストレート。
釣り目気味でブルーの瞳。筋の通った鼻。薄い唇。

女性にしては長身のほうでシェロより少し低いぐらい。
そしてその……「肉付きのいい」身体をしている。

そこまで思い返して慎重に深呼吸した。
そして目の前の黒髪を見やる。

つやのある綺麗な髪だったが、問題はそこではなかった。
金髪でもないし、長髪でもない。
顔も整ってはいるが、ハルと違って「かわいい」という類の整い方だった。

毛布のふくらみからして、背は低い。そして華奢だった。

……結論として断言せざるを得ない。
こいつはハルではない。
79 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:10:30.24 ID:Z0KgBcI0

こいつは、ハルではない。
胸中で再度繰り返す。
心臓が早鐘のように鳴っていた。

現状を確認する。
自分は今、知らない奴と一緒にベッドに入っている。
よく見れば自分が今身につけているのは下着だけだ。
ハルはいない。
朝日がむなしく差し込んでいる。

空気がありえないほど絶望的に重くなったのを感じた。

とりあえず落ち着かなくてはならなかった。
再び深呼吸をしようとして失敗する。
咳き込んだ。

その音に反応してか隣でもぞもぞ動く気配がした。

恐る恐るそちらを見やる。
つぶらな瞳と目が合った。
それがにこりと笑う。

「おはようございますぅ……」

百人中百人がかわいいと思うだろうその声は、今の彼には魔王のそれに聞こえた。
80 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:11:55.53 ID:Z0KgBcI0

「いったいどういうことよ!」

そして現在。

あわてて服を着て、宿を飛び出したところハルと再会。
そこまではいいのだが、後ろから誰かに抱きつかれたところでハルの目つきが変わった。

「待ってくださいよぅ」
「なに、その子……?」

ハルの目はいぶかしげをはるかに通り越し、殺人的なまでにつりあがった。

「昨日の晩、いきなりいなくなるから心配して探してみれば! 何よこれ!」
「いや、これはその……」
「ちゃんと説明なさい!」

黒い三角帽子の下のハルの金髪が、重力に逆らい始めた。
これはまずい。ハルが本気で怒っているのははじめて見た。

「お、俺にもわけがわからないんだ……昨日酔いつぶれて目が覚めたら――」
「ボクと一緒に寝てましたぁ」

抱きつくのをやめたその人物は、隣に立つとにこやかに言い放った。
81 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:13:00.15 ID:Z0KgBcI0

「寝た!?」

素っ頓狂な声が上がる。

「寝た……?」

うつろな目で繰り返すハルに、シェロはいやな予感が胸に広がるのを覚えた。

「いや! 待て! お前が想像しているのとは違う! 俺は――」
「寝たの……?」
「うっ」

なんとも絶望的なことに、誰が何を言おうと一緒に寝ていたこと自体は事実だった。

「そう、寝たの……」
「いやそのだから、違うんだ!」

弁解の言葉を無視し、ハルはうつむくと身体を震わせた。

「……わたしねえ、昨日あなたが何か言いたそうにしてたのはわかってたのよ。期待してたわ。きっといい知らせだって」

キッと面が跳ね上がり、それだけで人一人殺せそうな鋭い視線がシェロを射抜く。
シェロは出しかけた言葉を反射的に飲み込んだ。

「なのに何これ!? あんたがわたしに言いたかったのってこのこと!? デキてる女がいるから別れてくれって!? ふざけんな!」
82 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:13:31.20 ID:Z0KgBcI0

そのままこちらに背を向けるとハルは早足で歩き始めた。
このまま行かせてはまずい。
シェロは慌ててそれを追う。

「ちょ、ちょっと待てって……!」

肩に伸ばした手が距離を間違え空を切る。

「いやあの……」

再度伸ばした手は肩に弾かれた。

「話を……」

横に並んだところで突き飛ばされ地面に転がる。
83 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:14:54.33 ID:Z0KgBcI0

「いや、だから話を聞け!」

その言葉を呪文として、魔術を発動。
視界を含む五感が一時遮断され、一瞬の後ハルの前に空間転移した。

「……」

立ち止まったハルの視線はただただ冷たかった。真ん前に立ったことを少し後悔してしまうほどに。
だが、このまま行かせるわけにもいかない。

「冷静に話をしようぜ。な?」
「……」

やはり無言の相手に、説得のためのいくつかのフレーズを思い描いた。

「確かに俺はあいつと寝ていた、みたいだ。これは覆しようのない事実だな。認めよう」

慎重に言葉を選び、ゆっくりと舌に乗せる。

「だが弁解させてもらうと、俺はあいつとその……」

言うのに多少勇気は必要だった。

「……しては、いない」

……はず、と胸中で付け足す。
84 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:15:36.65 ID:Z0KgBcI0

弁解はともかくその語感に反応してか、ハルの視線はさらに幾分か温度を下げた。だから何、と言うように。
それでもひるんではいられない。

「それにだ、お前は俺とあいつが前からの知り合いだと思っているようだが、俺はあいつと初対面だ。加えて俺はこいつの素性も知らないときてる。目が覚めたらこいつが隣に寝ていて、俺が一番困惑してる」

そこでようやくハルは視線の強度を弱めたようだった。

「……本当?」
「信じてもらうしかないが、これは本当だ。第一考えてもみろ。俺がそんなにモテるように見えるか」
「……確かに」

そこで同意されてしまうのは情けなくもあったが、とりあえずの手ごたえを感じてシェロはひとまず安堵した。

「お前を心配させたあげく、いらない疑惑を持たせて悪かったと思う」
「……」
「だがここは俺を信じてもらえないだろうか。俺にも実のところわけがわからないんだ」

沈黙が下りた。
視界の端に数人の野次馬がちらつくが無視した。
85 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:16:39.75 ID:Z0KgBcI0

それほど待たずして。
シェロは先ほどより温度を持ち直した目と再会した。

「わかった、信じる、一応……」

とりあえず及第点。ぎりぎりの安堵のなか、シェロはあごの下を拭った。

(よし……!)
「でもぉ」

突如ハルの背後から上がった声。戦慄する。
今までのところ、このかわいらしい声はシェロに不幸ばかりを持ってくる。
おそるおそる声のしたほうに視線を移した。

「ボクが目を覚ましたとき、“部分的に”とっても元気でしたよぉ。どことは言いませんけどぉ……」

瞬間、まばゆい光がシェロを包んだ。何がおきたかわからず、悲鳴すら上げられない。
地面に打ち付けられ転がって、熱衝撃破に打ち倒されたことにようやく気付く。
86 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:17:33.25 ID:Z0KgBcI0

「最っ低!!」

足音が脇を通り過ぎ、遠ざかっていくのが聞こえる。

「ハ、ハル……!」

地面に這いつくばりながら弱弱しく伸ばす。その手の先に、

「赤の刺激!」

白光が輝いた。
熱風にあおられて地面を転がり、民家の壁にたたきつけられる。
意識が飛ぶ前に見えたのは、こちらを振り返ることもせずきっぱりと去っていくハルの背中だった。
87 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:18:38.34 ID:Z0KgBcI0

     ※


魔術は強力無比であり、使い方を誤れば、もしくは誤らなければ人一人の命ぐらい簡単に吹き消すことができてしまう。
使い手の魔力の大きさにもよるがそれは魔術を使う者の常識で、シェロがとりあえず生きているのはハルがしっかり手加減したからである。
そのことが喜ぶべきことかどうかシェロ自身にはよくわからなかったが。

子供のころに読んだペーパーバックを思い出す。
命乞いをする敵に対し、主人公が言い放つ一言。
貴様には殺す価値もない、とか何とか。

(終わった……)

シェロはテーブルに突っ伏した。
いっそ死んでしまったほうが幾分かよかったかもしれない。
悲しみに体が震えた。
88 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:19:59.37 ID:Z0KgBcI0

「何で笑ってるんですかぁ?」
「泣いてんだよ!」

がばと手をつき顔を上げにらみつけるが、どうやらひるむ様子はなかった。

「そうなんですかぁ」

にこにこ顔で伸ばされる語尾に勢いを削がれるのを感じて、シェロは前のめりの身体を背もたれに戻した。
村に一つだけある喫茶店のテラスの席。そこに二人は腰掛けていた。目を覚ましたシェロをここに引っ張り込んだのは目の前にいる人物である。
肩までの黒髪に、小動物を思わせるくりっとした黒目。顔の輪郭も丸っこく、華奢で小さい身体とマッチしている。宿ではネグリジェを着ていたが、今はブラウスとスカートに着替えていた。

しばらく観察した後、シェロは重々しく口を開いた。

「……それで、君はいったい何なんだ?」

問われた相手は一度にこりと笑い、よくぞ聞いてくれましたとばかりに口を開いた。

「ボクはカシス・ブルーベリーって言いますぅ。こう見えても魔術士なんですよぉ」
89 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:21:08.20 ID:Z0KgBcI0

自分の身体を見下ろす。
既にシェロの身体に傷はない。おそらく魔術による治療だろう。どうやら魔術士というのは本当のようだった。

「魔術士?」
「はい、十七歳ですぅ」

シェロよりも一つ年下らしい。

「じゃあ、次だが――」
「待ってください」
「あん?」

聞き返すと、カシスはちょこんと手を上げた。

「あなたの名前をまだ聞いてないですぅ。教えてくださぁい」

名前。教えたところでどうということはないが、シェロはしばし躊躇した。

「……シェロだ」
「シェロさんですかぁ」

シェロ、シェロ。カシスは何度か口にして、語感を確かめたようだった。

「いい名前ですね」

言って笑う。
90 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:22:46.14 ID:Z0KgBcI0

「シェロさんは旅人ですかぁ?」

カシスはさらに質問を重ねた。

「いや……勇者だ。一応」

その言葉にカシスは目を輝かせた。

「勇者! やっぱり! 勇者の村の紋章を首から下げてるからそうじゃないかと思ったんですよぉ!」
「……モグリだがな」

苦々しく付け加える。
カシスは乗り出してきた身体をいそいそと椅子に戻した。

「モグリさんでしたかぁ」

先ほどよりトーンを落として言う。
それを責めるつもりはないが、語気は多少荒くなった。

「勇者の村出身だからといって誰もが勇者になれるわけじゃねえんだよ」
91 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:23:32.73 ID:Z0KgBcI0

勇者の村はその名のとおり、数多くの勇者を輩出してきた村だ。村で生まれた者は全員小さなころから戦闘訓練を受け、戦士として育てられる。
だが、全員が全員勇者になれるわけではない。優秀な者の、その一握りの、さらにその頂点に立つもののみが正式な勇者となれるのである。
勇者は王に魔王討伐を任命されて初めて勇者たりえる。それ以外は言ってしまえば全て偽者で、モグリと呼ばれてしまう。目的は一攫千金であったり名声であったりとさまざまだ。
もっとも、勇者の村は十数年前に滅びているが。

「それで? 君は、いや、俺はなぜ君と一緒に寝ていたんだ?」

少々強引に話を変えた。

「あ、そのことですかぁ」

カシスの笑みのニュアンスが少し変わる。
照れ笑い。

「昨日の晩、お二人でお食事をとってましたよねぇ、あのお店で。ボクもいたんですよぉ」
「はぁ」

どうでもいい情報に気の抜けた声しか出ない。
92 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:24:10.56 ID:Z0KgBcI0

「カルボナーラをつつきながら、明日の予定を考えていましたぁ。それはまあどうでもいいんですけどぉ」
「そうだな」
「ある男の人が目に入りましたぁ。なにやらお酒をがぶがぶ飲んでいるようでしたぁ」
「俺か」
「そうですぅ」


シェロは顔をしかめた。あの醜態といえばそういえなくもないあれを見られていたと思うとあまり気分がよくない。
目で先を促す。

「はい、その顔を見たときピンときました。鼻の奥がかぁっと熱くなって、目がぐりぐりしました」
「花粉症?」
「この人が運命の人だって思ったんですぅ!」

無視してカシスは声を上げた。
テーブルに手をつき再びこちらに身を乗り出す。自然こちらは身を反る形になる。

「一目ぼれですぅ!」
93 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:25:39.97 ID:Z0KgBcI0

「一目ぼれえ?」
「はい!」

やたらと元気に、無駄に元気にカシスが言う。

「君が?」
「はい」
「俺に?」
「はい!」

返事ごとに身を乗り出してくるので、シェロもあわせて椅子ごと後退する。
汗が頬を伝い落ちた。

「それで、何で俺が君と一緒に宿で目を覚ますところにつながるんだ?」

ストン、と音を立ててカシスが席に戻る。

「えーとですねぇ、見てたらその人、というかモグリさんですが、酔いつぶれて寝てしまったんですぅ」
「そうだったな」

うなずく。
94 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:26:40.40 ID:Z0KgBcI0

「それで、同席してた方もいなくなりましたし」
「ああ」
「拉致っちゃいましたぁ」
「……」

拉致。その音が頭にしみこむのを待つ。拉致。
数秒ほどして、ようやく意味のほうに意識が移った。

「拉致?」
「はぁい」
「君が?」
「そうですよぉ」

もう一度カシスを眺める。
華奢な肩幅。細い腕。
シェロは特別ごついわけではないが、

「女の君にはつらいんじゃないか?」
「女?」
95 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:27:07.76 ID:Z0KgBcI0

きょとんとした声で聞き返され、こちらが逆にきょとんとする。

「え?」
「やだぁ、モグリさんたら」

訳がわからず疑問符を増やす。

「何かおかしいこと言ったか?」
「そうですよぉ」

下げた椅子を元の位置に戻す。
引きずられた椅子の足が、

「ボク、男です」

コトリと床にぶつかった。
96 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:29:49.89 ID:Z0KgBcI0

沈黙が落ちた。
耳をかき、テーブルの上のコップとコースターを見つめ、口をもごもごと動かす。何かを言おうとしたのは自分でもわかっていたが、何を言おうとしたのかはわからなかった。

「えーと……?」

聞き間違い。

「違いますよぉ。聞き間違いなんかじゃないですぅ」

先回りされた。
しばらく頭で反芻する。

「……」

だが、考えても考えてもわからない。わかるはずもない。次第に時空がねじれるのを感じる。今までかたくなに信じていた常識が突如崩れ、醜悪な何かがその陰から姿を現す。それは小人の姿で踊り狂う。

「現実逃避はよくないですぅ」

カシスの声に仕方なく意識を現実に戻した。
97 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:31:09.78 ID:Z0KgBcI0

「……男ぉ?」
「はい、心は女の子ですけどぉ」

まるっきり少女の姿と声で言う。

「……嘘だろ?」
「本当ですよぉ、確かめます?」
「いや、いい……」

自然とカシスの胸に目がいく。確かに、ない。

「今、変なこと考えましたね?」
「別に……」

目をそらした。

さて。
カシスが男だというのが事実だとして。

(俺は酔いつぶれているところを男にさらわれ、朝まで一緒に寝ていた。それをハルに知られて誤解され、三行半をたたきつけられた、と)

シン、と頭の中が静まり返る。思考が停止する。それでも事実は覆らない。むしろ加速し、シェロを置いてけぼりにする気配すらある。
ようやく思考がまとまり、シェロはふつふつと何かが煮え立つ音を聞いた。
98 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:32:23.61 ID:Z0KgBcI0

「あほかっ!!」

テーブルをたたいて立ち上がる。

「俺は! 他人の一目ぼれでハルとの関係をめちゃくちゃにされて! しかもその犯人が女ですらなかったってのか!」
「救いがないですねぇ」
「お前が言うな!」

ひとしきり叫んで、力が抜けるのを感じる。再び椅子にへなへなと座り込んだ。

「終わった……」

テーブルに上半身を横たえる。
自分に起こった事態を理解し、それが何の解決にもならないことを悟った。

「いまからハルを追いかけようにもどっちに行ったかわからねえ……仮に追いついたところでこんな話で納得してもらえるとも思えねえ……」

そうなのだ。事実をありのままに説明したところで作り話だと思われるのが関の山である。下手をすれば火に油を注ぐことにもなりかねない。

ああ。本当に死んでしまったほうがよかったかもしれない。
そのとき頭をぽんぽんとたたかれるのを感じて顔を上げた。
シェロの死んだ目をカシスの微笑が受け止めた。

「いい考えがありますよぉ」
99 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:35:09.21 ID:Z0KgBcI0

     ※


村の中心部はちょっとした広場になっていた。そこに教会が建っている。
村は大きくもなく、かといって小さいわけでもない。その教会もそれに見合った大きさで、大きくもなく小さくもない。
白い外壁、赤い屋根、その上の十字架。ごく一般的な外装である。

(これはあれか……)

ぼんやりと建物を見上げながらシェロは胸中でどんよりとつぶやいた。

(もう生きていてもいいことないから、いっそのこと死んでしまえと。そういうことか……)

なかなか、悪くないアイディアだ。半ば本気で思いながら半眼で隣を見やった。

「いい教会ですよねぇ」

そういいながらカシスが一歩前に出る。
黒髪がふわりと風になびいた。
そのさまはどう見ても少女で、シェロはこっそり頬をつねる。

「ここで式を挙げるのが夢だったんですぅ」

胸の前で手を組んだカシスの目がきらきらと輝いた。

「純白のウェディングドレスを来て、ヴァージンロードを歩いて……」
100 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:36:14.05 ID:Z0KgBcI0

何を言えばいいかわからずとりあえずであいまいにうなずいておく。もっともカシスはこちらを見てすらいなかったが。

「そして永遠の愛を誓った男性と暖かい家庭を築くんですぅ……」
「……」
「というわけで結婚してください、モグリさん」
「断る」

話の流れが読めたわけではなかった。それでも反射で答えていた。

「えぇー!?」

疑問と落胆の中間の表情を浮かべながらカシスがこちらに詰め寄る。

「何でですかぁ、モグリさん!」
「何でとか聞くか。というかさっきから“モグリさん”っていったい何なんだよ」
「モグリさんはモグリさんですぅ」

どうやらその呼び名で定着してしまったらしい。
101 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:37:51.09 ID:Z0KgBcI0

「まあいいか。いや、よくねえけど。それで? いい考えってのは何なんだよ」
「あ、そのことですかぁ」

話を強引に結婚から遠ざけたのだが、カシスは気にしなかったようだった。
ついでにカシスからも一歩遠ざかる。
カシスは指を一本立てて見せた。

「いいですかぁ、モグリさんは不慮の事故で彼女さんに振られてしまいましたぁ。由々しき事態ですぅ」
「不慮の事故?」

訊くが、彼に(彼という呼び方にはなはだ違和感を禁じえない)耳を貸す様子はない。
目を瞑りカシスが続ける。

「早急に解決しなければならない事案ですねぇ。そこでボクから提案が」
「……なんだ?」

いやな予感がした。話を遠ざけたつもりで全く逃げ切れていなかった。
カシスが瞳をぱっちりと開く。

「ボクと結婚するとかいかがでしょう?」
「断る」

話がブーメラン式に戻ってきた。
102 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:38:44.86 ID:Z0KgBcI0

「だから何でですかぁ。不満があるなら言ってくださいよぉ。善処しますからぁ」
「いい。おそらくかなりの確率で解決は不可能だ」

呆れて言うが、どうやら諦めてはくれないようだった。なおもカシスは唇を尖らせる。

「何でもはじめから決め付けるのはないって先生が言ってましたぁ」
「なんにでも例外はあるよな」
「あー、法の抜け穴を使うつもりですかぁ!」
「違うだろ!」

そろそろ我慢の限界だった。

「俺はお前にいろいろ台無しにされたんだ! それなのにお前と結婚? ふざけるな! 式を挙げたきゃ一人であげてろ!」

怒鳴りつけながらびしりと教会に指を向ける。
と。

ばん!

突如として教会の正面扉が勢いよく開いた。

「健やかなる時も!」

扉の奥から大柄な人影が姿を現す。

「病めるときも!」

聖服を身に着けたその男は大声で何か言っていた。
103 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:39:41.29 ID:Z0KgBcI0

「互いに真心を尽くして尽くして尽くして尽くして――」

すぅ、と息を吸うのが聞こえる。

「尽くしまくることを誓いますかっ!」
「誓いますぅ!」

答えたのは無論カシスだけである。シェロは呆然とそこに突っ立っていた。

男は扉の前でこちらをしばらく眺めると、つかつかと近寄ってきた。
歩きながら繰り返す。

「健やかなる時も! 病めるときも! 互いに真心を尽くして尽くして尽くして――」

シェロの前に来ると再び息を吸う。

「尽くしまくることを誓いますか!」
「いや、俺は誓わんし……」

どうしようもない心地で返した。

目の前に立つと、頭一個分以上背丈に違いがあるため見上げる格好になる。
顔の彫りは深く、岩のように険しい。身体もそれに見合った分厚い筋肉に包まれている。

「誰だよあんた」
「我が名はコーゼン、神父である」

妙な風格を漂わせて腕を組みながら宣言する。一陣の風が吹き、神父の聖服のすそをはためかせた。
104 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:40:23.30 ID:Z0KgBcI0

「コーゼンさぁん!」
「うむ!」

カシスが歓声を上げて神父に飛びつく。神父はそれを余裕を持って受け止めた。

「聞いてくださぁい! そこのモグリさんが法の抜け穴を使ってボクを騙そうとしたんですぅ!」
「それはいかん! そこのお前!」

神父がシェロを見る。

「犯罪は身を滅ぼすぞ!」
「知らんし」
「ぬう、シラをきるつもりか!」
「違うし」

大柄な神父との対照で、抱えられたカシスがえらく小さく見える。二つの責めるような視線がシェロをたたいた。

(なんで俺はこんな珍妙な目にあってるんだよ……)

ふらりと視界がゆれるのを感じ、身を任せて振り返る。
105 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:41:25.56 ID:Z0KgBcI0

「どこ行くんですかぁ?」

後ろからの声に重い足を踏み出しながらゆっくりと答える。

「村を出る」

そのまま歩き続けた。

「ちょっと待ってくださいよぉ」

だが追いかけてきたのは声だけで、シェロを止めるつもりはないらしい。
代わりに。

「あ、もうちょっと右ですぅ」

意味はわからなかったので無視して歩を進めた。
が。

ずん!

地響きに自然と足が止まる。

「は?」

右方を見やると、まず目に入ったのは地面に突き立った太い木材だった。
よく見ると横に何本も木材が並んでいる。檻のように見えた。
下部を見ると、地面に突き刺さるようにしっかりととがらせてある。先ほどの落下音からかんがみるに総重量はかなりのもののはずだった。
106 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:42:25.47 ID:Z0KgBcI0

「外れちゃいましたかぁ」

ゆっくりと振り返る。神父の腕から下りたカシスが残念そうな顔でこちらを見ていた。
こちらの視線に気付いて手を上げる。

「あ、ボクですぅ。どうせ逃げると思って仕掛けさせていただきましたぁ」

檻の上部には縄が取り付けてあり、見上げるとどうやら道の脇の高木に伸びているようだった。
これを仕掛けたのはカシスらしい。

「殺す気か!?」
「そんなわけないじゃないですかぁ。あんまり」
「説得力が全くない!?」

実際、一歩間違えれば檻のふちに押しつぶされていた。
叫ぶこちらにカシスが手をぐっと握ってみせる。心持ち眉を険しくして。

「でも、あれです。結婚のためなら命をかけますよ、ボクは」
「他人様の命をかけるな!」

シェロは吐き捨てると、二人に背を向け一目散に逃げ出した。
後ろ二人は追いかけてくる様子はなかったが、

「絶対逃がしませんからねぇ〜」

可愛らしい声だけがシェロの背中にタッチした。
107 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:43:09.68 ID:Z0KgBcI0

     ※


規則的に足音が刻まれる。風が耳元で渦を巻く。
昼が近いせいか道に並ぶ家々からは、生暖かい匂いが流れ出していた。肺にそれらが押し寄せ、むせるような心地になる。

シェロは教会から伸びる通りの一本を走っていた。通りには誰もいない。
この道をまっすぐ行けば村の出口にたどりつけるが、先ほどのトラップを考慮するにそう簡単に村を出ることはできないはずだった。

見上げる。道の脇には何本か先ほどと同じように高木が生えていた。目の届く範囲にはトラップはない。しかし、一応道のはしを避けて中央に寄った。
のだが。

「あだぁっ!」

唐突に足に激痛を感じて転倒する。
右足に目をやると、トラバサミが足をがっちりと挟んでいた。
自分のうかつさに舌打ちする。上にばかり意識がいっていて気がつけるものも気がつけなかった。

鉄の顎を両手でつかみ、気合とともに一気に外す。
鈍い音を立ててトラバサミが開いた。
108 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:44:00.72 ID:Z0KgBcI0

「我は癒す斜陽の傷痕……」

次いでトラバサミの歯でついた傷を魔術で治す。

「この……」

悪態をつきながら、立ち上がった。
――そのまま後ろに飛び退る。鼻先を高速の何かが掠めていった。それはそのまま民家の壁に突き刺さる。

(クロスボウ……!)

正体を見極めたところで視界が激しく回転する。ひっくり返る視界。混乱して手を振り回すが何もつかめなかった。
しばらく揺さぶられて、ようやく逆さづりになっていることを把握する。

舌打ちしそのまま抜刀、左足首を捕らえた縄を切り裂いた。地面で受身を取る。
立ち上がって見上げると、そばの木の上に縄が伸びていた。

確認が終わり、納刀したところで後ろからの衝撃に倒れこむ。
訳がわからず身体をひねると自分が網の下にいることに気付いた。投網だ。
109 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:45:06.68 ID:Z0KgBcI0

何とか這い出し、警戒しながらゆっくりと立ちあがる。辺りを見回すが、とりあえず猛攻は終わったようだった。

「どうやらあいつは本気らしいな……」

本気の方向性がちょっぴりずれているような気もするが。
汗をぬぐい、足を踏み出した。

とたんに目の前が真っ白になった。平衡感覚が完全に失われる。なにやらもみくちゃにされ、耳元で轟音と叫び声が聞こえる。
大きな衝撃が一つ脳天に届き、それは止まる。自分の声だと気付いたのはすぐ後だった。

轟音の余韻とともにぷすぷすと音が聞こえる。焦げているのはシェロの革鎧だった。
地面にうつぶせに倒れ、自分でもよくわからないことをつぶやきながら地面を引っかいている。

ふらふらと顔を上げると自分を中心に地面に焦げ後がついていた。爆発系のトラップだったらしい。

「……」

爆音をいぶかしんでか、通りに並ぶ家々から住民が顔を出していた。
道に倒れるシェロを、何事かという目で見ている。
110 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:46:06.22 ID:Z0KgBcI0

そして、地響きが聞こえた。

「そぉか……」

つぶやいてシェロは立ち上がった。体の節々が痛むのでゆっくりと。

「あいつ、俺が無事かどうかはどうでもいいってか……」

地響きがどんどん大きくなる。それは来た道から聞こえてきた。

「というか、あれだろ。実は俺を困らせて楽しんでるだけだな?」

あてずっぽうで言っただけだが、案外間違っていなような気もした。
音は最高潮まで高まり、通りの向こうに砂埃が舞っているのが見える。

「だったらよ……」

そしてその中にについに地響きの主が姿を現した。
牛。その大群。なぜかは知らないがこちらを目指して一直線に突進してくる。そんなことも当然と思いえるようになった。
シェロは大群に向かって手を掲げた。叫ぶ。

「相応の被害は、覚悟しやがれぇっ!!」

魔術構成が一瞬にして展開され、魔力が注ぎ込まれることで威力となる。発生した衝撃波はまっすぐに牛の群れに突き進み、正面から衝突すると先頭の十数頭を弾き飛ばした。

それでも。数十頭の牛の群れ全てを止められるわけがない。シェロは潔く身を翻すと、出口に向かって走り出した。
111 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:47:52.99 ID:Z0KgBcI0

     ※


牛の足は速い。先頭は崩したものの、それでも持ち直した牛たちはシェロの背後に何度も迫った。そのたび角を曲がる、魔術を撃つ。そうしているうちに遠回りながらも何とか撒いたようだった。

ため息をつく。民家はまばらになり、五十メートルほど先に、出口が見えた。もう村からの脱出は成功したようなものだったが、それでもさっきまでのことを考えると油断はできない。

「……」

ゆっくりと足を踏み出す。とたん目の前をクロスボウの矢が高速で飛び去った。
ここで止まることもできた。しかし。

(あえて! 前に出る!)

地面を力強く蹴りはなす。それを待っていたかのように上から下から、右から左から、ありとあらゆるトラップが襲い掛かってきた。
112 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:49:36.97 ID:Z0KgBcI0

クロスボウの矢をかがんで避け、トラバサミを跳び越える。ロープ式のトラップは発動前に斬り飛ばした。飛来するトリモチは魔術で防ぎ、なんとか前進だけは途切れさせない。

突如足元が爆発する。しかしこれは大体予測していた。前方に身体を投げ出し勢いで転がる。そのまま起き上がると止まることなく疾走を再開した。

「おおおおおおおおおお!」

耳元で風がうなる。背後でいくつもの激突音が重なる。体温が急激に上がり、額から汗が噴出した。疲れは感じない。体が軽くなるのを感じる。
そして。
シェロは村の出口に滑り込んだ。

「……っ……っ」

呼吸がひどく乱れていた。必死で落ち着けて立ち上がる。村を出たからといって油断はできなかった。早くここから遠ざからねば。
さっと辺りを見回して――その視線が一点で止まった。

「……」

そこに最後のものと思わしきトラップがあった。
113 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:50:28.44 ID:Z0KgBcI0

立っている人一人をすっぽりと閉じ込めてしまえそうな巨大なかご。それが突き立った木材に立てかけられている。木材にはロープが括り付けられ、ロープは近くの茂みに伸びていた。

「……我は放つ光の白刃」

光熱波がそれを跡形もなく吹き飛ばす。

「あー、何するんですかぁ!」
「やかましい!」

茂みから飛び出してきたカシスをシェロは怒鳴りつけた。

「さっきからなんなんだお前は! 俺を殺したいんだかおちょくりたいんだかはっきりしろ!」
「ボクはいつだって本気ですぅ!」

頬をぷっくりと膨らませてカシスが言う。

「本気でモグリさんと結婚しますからぁ!」

空気の抜けるような音が聞こえた。しばらくして、シェロはそれが自分のため息だと気付いた。
深い深いため息。

「よぉーし、わかった」

どうやら覚悟しなければならないようだった。
114 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:51:33.95 ID:Z0KgBcI0

いくつか破壊的な構成を組み上げながら告げる。

「どうやら、俺は、お前を、全力で、相手しなけりゃいけないようだ」

思い切りドスをきかせたのだがしかし。

「そ、それって……」

なぜかカシスは目を輝かせた。

「結婚オーケーってことですね!」
「違う!」
「やったぁ!」
「違うっつってんだろ!?」

そのとき、シェロは完全に油断していたのだ。
カシスに詰め寄ろうと踏み出した足が。

「!?」

突如沈んだ。
115 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:52:28.00 ID:Z0KgBcI0

足が地面を失い、重力にしたがって身体が落下する。悲鳴を上げる暇さえなく全身を襲う衝撃。受身すら取れなかった。顔面を打ちつけうめく。
立ち上がり、そこが大穴の底であることに気付いた。二メートルほどの円柱型。深さは三メートルほどか。
舌打ちする。単純なトラップだが完全にしてやられた。

「おい!」

呼びかけても返事はない。とりあえずジャンプするが助走もなしに届くはずもなかった。
諦めて重力中和の構成を編み始める。
とそのとき地を蹴る音がし、ふと頭上に影が落ちた。カシスかと思い見上げる。それは。

「のおおおおおおお!?」

牛の腹。追ってきていたらしい牛の一頭が、穴の中に落ちてきた。
悲鳴を上げる。構成を編み直す暇がない。
結果。全く無防備にシェロは牛に押しつぶされた。
116 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:53:10.37 ID:Z0KgBcI0

     ※


やさしく闇がゆれる。それはゆりかごのように彼の身体を包み込む。やわやわと。ゆらゆらと。
生命の起源にも近いかもしれないその場所で、彼の意識はそよ風の中のようにまどろんだ。心地よい香りがあたりに漂っている。
その中で声を聞いた。遠くから、近くから語りかける柔らかな声。微笑むように、からかうように。

「シェロ」

……ハル?
ふとそんな名前が頭に浮かぶ。何か大事な名前だったはず。

「シェロ」

ああ、間違いない。

「シェロ」

そんなにせかさなくても今行くよ。
暗闇の中で手を伸ばす。

目を、開けた。
117 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:54:41.18 ID:Z0KgBcI0

     ※


「大丈夫ですかぁ、モグリさん」
「うん、予想はしてた」

げんなりと言う。

開けてすぐは光に目が眩んでよく見えない。しばらくして、ようやくここが建物の中であることがわかる。その床に寝かされていたらしい。上体を起こした。こちらにかがみこんでいたカシスが顔をどける。
額に手を当てた。頭が痛んだ。というか首が痛い。牛に押しつぶされたことを思い出す。よく生きていたものだと感心するが、幸運に感謝することもできずうんざりとうめいた。
と。

「健やかなる時も!」

突如声が響く。首をめぐらした。またかと思いながら。

「病めるときも!」

神父がいた。十字架を掲げる壁の前に。

「互いに真心を尽くすことを誓いますかっ!」

教会だ。カシスにつれてこられたあそこにまた逆戻りさせられたらしい。
118 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:55:33.53 ID:Z0KgBcI0

「誓いますぅ」

隣で声を上げるカシスを半眼で見やる。目に入ったのは純白の輝きだった。白いシンプルなデザインのドレス。見たままを言えば――言いたくもないが――、ウェディングドレスのようだった。

ついで自分の身体を見下ろす。こちらも白い。白の、タキシード。

「……」

理解は一瞬。判断も同じく一瞬。そして行動も一瞬だった。
シェロはすばやく立ち上がり、いや、立ち上がりきる前に床を蹴った。前回り受身で今度こそ立ち上がる――ふりをしてさらに地を蹴る。瞬きする間に出口にかなり近づいている。

(よし、これで!)

ようやく立ち上がりきると同時にシェロは出口に手を伸ばし――首に衝撃を感じてひっくり返った。息が止まり、血液がめぐる音が耳元で聞こえる。仰向けで激しく咳き込んだ。
119 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:56:13.84 ID:Z0KgBcI0

「逃げちゃだめですよぉ」

近づいてくる声に危機感を覚え、すぐさま身を起こした。そして理解する。
シェロの首には赤い首輪がはめられていた。そして伸びる紐。その反対側の先をつかむ神父。

「俺は犬か!」

怒りに任せて叫ぶが、カシスは相変わらずひるんでさえくれない。
とりあえず紐を切り飛ばそうと抜刀しかけるが、

「ふんぬ!」

神父の声とともに再び首に衝撃を感じて転倒し、そのまま引きずられる。
信じられない膂力だった。抵抗もできず、なすすべもなく床に頬をこすりつける。悲鳴ぐらいは上げたかもしれない。

ようやく停止しふらふらと身を起こすと、今度は神父にがっちりと羽交い絞めにされる。
あわてて暴れるも、既に押さえ込まれた後だった。
120 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:56:53.70 ID:Z0KgBcI0

「モグリさぁ〜ん」

甘ったるい声が聞こえた。地獄の血の池のようにどろりと甘い声。シェロは喉の奥から痙攣したように息が漏れるのを感じた。

「やっとおとなしくなりましたねぇ」

細く長い指がそっとシェロの頬をなでる。

「誓いのキスをっ!」

背後から無駄に張りのある声が宣言するのを絶望的な心地でシェロは聞いた。

「それでは遠慮なくぅ!」

そういって一気に顔を寄せてくるカシスは、見とれてしまうほど可愛らしかった。男であることを忘れていれば受け入れてしまっていたかもしれない。
だがそれでも。思い出す顔があった。

『あんたについてってあげる』
121 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:57:34.88 ID:Z0KgBcI0

身のうちから、熱い何かがこみ上げてくるのを感じる。

「俺は!」

シェロはそれをそのまま言葉として吐き出した。

「ハルが!」

ついでに魔術構成も解き放つ。

「好きだぁぁぁぁぁっ!」

その言葉を引き金に、白い光が視界を埋め尽くした。
122 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 22:58:26.41 ID:Z0KgBcI0

     ※


夕方の赤い光が村の中央、教会の残骸の山を照らし出した。大きくも小さくもなかったそれは今は見る影もない。黒くこげた部分が弱弱しく煙を上げていた。

しばらくして山の一角が崩れ落ちる。
顔を出したのは、あちらこちら破けたウェディングドレスを身に着ける小柄な人影だった。

「ふぃ〜」

その人影――カシスは大きく息を吐き出して背伸びをした。
それから辺りを見回してため息を一つつく。

「逃げられちゃいましたねぇ……」

さほど残念そうでもない様子だったが。
123 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 23:00:14.63 ID:Z0KgBcI0

少し歩いて目的のものを見つける。残骸の山から突き出た太い足。それをつかんで引っ張った。

「コーゼンさーん、大丈夫ですかぁ」

返事はない。びくともしないので、引っ張り出すのはとりあえず諦めた。だがどうせ無事だろうとも思った。以前台風で大勢が怪我をしたときも、よりにもよって外にいた彼はなぜか傷一つなかったのだし。

「モグリさんはどっちに行ったんでしょうねぇ」

どちらに行ったにせよ、今からでは追いつくのは難しいだろうと思えた。
だがそれでも。

「絶対に諦めませんからねぇ! ボクはモグリさんと結婚するんですから!」

カシスは拳を固めて力強く宣言した。

その目の前を轟音を立てて牛の群れが通り過ぎる。
追いかけられている村人が悲鳴を上げた。

「……」

カシスは少し考え……とりあえずめんどくさそうなことは無視することにした。
124 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/06/30(水) 23:01:09.66 ID:Z0KgBcI0

短編:僕らはかつて修羅場だった




     〜了〜
125 :アナウンス [sage]:2010/06/30(水) 23:02:07.02 ID:Z0KgBcI0
・また明日
126 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/01(木) 00:18:15.85 ID:03m80BYo
127 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:01:08.87 ID:QpJvuek0



短編:旅の途中で



128 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:02:34.00 ID:QpJvuek0

遠くに山が見える。キエサルヒマ大陸の南半分、その中央に位置するアイーデン山脈である。先端に真っ白な雲が引っかかっていた。空は快晴、うららかな午後の日差しが降り注いでいる。風は南西からやさしく吹いていた。
なだらかな平原。腰までの高さの草が風に揺れている。その中に土肌を見せた道があった。
そこを東に向かって歩いている人影が二つ。

一人は黒髪の男。中肉中背で革鎧を身に着けている。首には勇者の村出身を証明するペンダント。背中に野営のための大荷物を背負って、うつむき加減に歩いていた。
もう一人は背中に長い金髪をたらした女。黒の三角帽を被り、身には同じく黒のローブをまとっている。こちらは特に荷物といった荷物はなく、手に金属製の杖を持つのみである。
129 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:03:12.38 ID:QpJvuek0

男のほうがかすれた声を上げた。

「なあ、ハル」

ハルと呼ばれた女が振り向く。

「なあに、シェロ」

シェロと呼ばれた男は、額に汗を浮かべながら背中の荷物を示した。

「そろそろ交代、じゃないか?」
「まだね」

ハルは即座に返す。

「まだ一時間も経ってないわよ。もう音をあげたの」
「確実にその倍は経ったと思うが……」

そのままシェロは立ち止まって荷物を道の脇におろした。
130 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:04:46.97 ID:QpJvuek0

「ちょっと」

それを見てハルが抗議しかけるが、シェロにさえぎられた。

「女のお前にこんな大荷物を持てなんて言わねえよ、やっぱり俺が通しで持つ。でもよ、休憩くらいは認められるべきだろ」

言って荷物の上に座り込んだ。
ハルはしばらく考えこんだが、諦めて道を挟んでシェロの向かい側に腰をおろした。

「ふぅ――……」

シェロのため息を風がさらう。
131 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:06:41.28 ID:QpJvuek0

ハルは空を見上げた。二度目の風が吹いた。先ほどよりも強い風。土ぼこりを舞い上げて通り過ぎる。それを目を瞑ってやり過ごした。
風が収まるのを待ち、顔を空から戻して目を開けると。茶色い帽子が視界に入った。

「え?」

茶色の帽子。それは単体でそこにあるのではなく。

「誰?」
「……」

少年は無言だった。無言でそこにいた。シェロとハルに挟まれる位置に、つまり道の真ん中に、シェロのほうを向いて。
白いシャツに茶色のベスト、紺のズボン。頭にはさきほどの茶色の帽子をかぶっている。

シェロを見ると、彼も訳がわからないというように目を白黒させていた。いわく、「いつの間に」

シェロが荷物から立ち上がって少年に向き合う。少年から特に剣呑な雰囲気が漂ってくるというわけでもなかったが、シェロの身体が軽く緊張しているのが見て取れた。無理もない。少年が気配も感じさせず現れたとあっては。

「何だ、お前」
「……」

少年はやはり無言だった。
132 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:07:17.77 ID:QpJvuek0

「どこから来た?」

シェロのそれは愚問だったかもしれない。
ハルたちは見通しのよい一本道を歩いてきた。行く道にその姿は見えなかったから、来た道をこちらに気付かれないように前の村からついてきていたことになる。もしくは草むらを這ってきたかだ。
少年の服は汚れていないし、必要性を考えても前者だろう。もっともそれにしたところで不可解ではあったが。

「……連れて行ってほしい」

唐突に聞こえてきた声にハルは驚く。ぼそぼそとした少年の声。

「……どこに?」

シェロが聞くが、

「……」

少年は今度は無言だった。
133 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:08:09.70 ID:QpJvuek0

それから数十分後。ハルとシェロは少年を後ろにつれて歩いていた。

「いいの?」

シェロにささやく。

「……仕方ないだろ」

あれからシェロがいろいろ少年に訊ねたのだが、無言かもしくは連れて行ってほしいと言うのみで会話が成り立たなかった。名前すらわからない。ただ、置いていくにも振り切るのは難しいし、この近辺では危険な獣も出ないではないのでついてくるに任せている。

「……」

少年は相変わらず無言を貫いていた。
134 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:09:20.77 ID:QpJvuek0

     ※


さらに数時間後。日が大きく傾きその色を紅に転じたころ。ハルたちは道の脇にテントを張った。草を刈り、焚き火の用意をする。
手伝いを期待したわけではないが、少年はそのときはどこかに姿を消していた。

夕食は干し肉。火であぶってかじっていると、なにやら木の棒を持って少年が戻ってきた。目で問うが、少年は無視した。
ハルが干し肉を勧め、少年は無言でそれを受け取り、食べる。


日が落ちて暗くなって。ハルはテントに入り、シェロがはじめに見張りをする。少年にも寝るように言ったのだが、これも無視された。

テントの中で、ハルは眠れず何度か寝返りをうった。外からは焚き火が燃える音と、虫の鳴き声が聞こえた。
そしてシェロの声。
135 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:09:58.64 ID:QpJvuek0

「どうしてそんなことをやっているんだ?」

そんなこと、とは少年が食事が終わった後始めた木の棒での素振りのことだ。なぜだかは知らないが、熱心に振っていて、今現在もやっているのだろう。

「仇」

ぼそりと少年が答えるが聞こえる。

仇。そのままの意味で取るなら、仇討ち。そのための特訓ということか。

「誰の」
「……」

だが、これは無視されたようだった。二度問う声は聞こえない。沈黙が落ちた。

「……」

やはり眠れない。ハルは仕方なく見張りの交代を申し出るため身を起こした。
136 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:10:42.33 ID:QpJvuek0

     ※


同じような日が何日か続いた。日中は三人で街道を東へ向かい、夜は同じように野営をする。
その日はハルが最初の見張りだった。

焚き火がゆらゆらと燃える。少年は木の棒を振るう。ハルはそれを横目で見ていた。これが日課になりつつあった。
少年は一時間ほど棒を振るい床に就く。それまでは空気を打つ音が辺りに響く。

炎を見るのにも飽きて、ハルはずっと気になっていたことを少年に聞くことにした。

「あんた、親御さんは心配しないの?」

少年は珍しく棒振りをやめて、こちらをちらりと見た。

「……」

そのまま素振りを再開する。無視されたかと思ったが、

「……いない」

いない。親に捨てられたか、親が既に亡くなっているか。どちらにせよ深く聞けるようなことではなかった。

だがもし、親が死んでいるとするならば。仇討ちとは親に関係していることなのかも知れない。
137 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:11:50.51 ID:QpJvuek0

     ※


次の日の昼。すなわち少年と出くわしてから五日目。三人は前日と同じように街道を東に歩いていた。少年は相変わらず何を考えているのかわからない顔で、木の棒を引きずりながら後ろをついてきている。
次の町が近い。そんなときのことだった。

ハルは寒気を感じて振り返った。シェロは疑問符を浮かべてそれを見、すぐに気付いて表情を引き締める。少年は二人の様子をいぶかしげに見て、同じく気付いて後ろを向いた。

がさり。

後方の草むらが明らかに風とは関係なくゆれた。距離は七歩ほどか。音に引き続いてその主が姿を現した。
茶色と黒の毛並み、爛爛と輝く目、かすかに覗く牙、そして口の脇の大きな傷跡。大型の肉食獣がそこにいた。

「……」

緊張が走った。

「シェロ……」
「ああ……」

二人は視線を交わしゆっくりと後退を開始する。何日かの野営で体力を消耗していた。まともにやりあうのは都合が悪い。町も近いのでそこに逃げ込むのが得策に思えた。
しかし。
138 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:13:09.84 ID:QpJvuek0

「おい、お前……!」

シェロの声。見ると少年が一歩前に出て木の棒を正眼に構えていた。どういうつもりかは明白だった。

「やめろ!」

少年はシェロの制止には応じず、むしろその声を合図に飛び出した。ハルの頬を汗が伝う。荷物の落ちる音がした。
そして肉食獣の地を蹴る小さな、小さな音。

組み伏せられると見えた少年の身体は、突如後ろからシェロに抱きかかえられ地面を転がった。肉食獣の爪が目標を失って空振りする。
そしてハルはその隙を見逃さなかった。

「赤の刺激!」

肉食獣の足元に炸裂した熱衝撃破が激しく地面を揺らす。驚いた肉食獣は草むらに姿を消した。
それでも警戒は解かない。その草むらに手を掲げて、さらに魔術構成を編む。

「放せよ!」

そのとき聞きなれない大声が響いた。まだ幼さの残る声。少年の声だった。
139 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:13:58.66 ID:QpJvuek0

見ると、少年がシェロの手を振り払って草むらに飛び込もうとしていた。

「馬鹿野郎、何言ってんだ! 危険だぞ!」

シェロが少年の肩をつかんで必死に止めている。少年の帽子がはらりと落ちた。

「あいつだ! あいつを殺さなきゃ!」

仇。仇討ち。そんな単語が頭の中で踊る。そして先ほどの肉食獣。
はっとして視線を草むらに戻すが、肉食獣は戻ってきてはいないようだった。

「何のことだかよくわからないがお前には無理だ!」
「できるできないの問題じゃないんだ! 母さんの仇なんだ!」

少年はシェロをキッとにらんだ。シェロはそこで言葉に詰まったようだった。声が途切れる。

「……お前が死んだら母さんは悲しむぞ」
「それがどうした! あいつを殺さなきゃ僕の憎しみは止まらない!」
「あの獣だって何もお前の母さんが憎くて襲ったわけじゃないだろう」

少年はその言葉に視線を険しくした。

「そんなの僕には関係がない! あいつが母さんを殺したその事実だけで十分だ!」
「だが……」
「お前はそれでいいのか!」

唐突に矛先が変わり、シェロは驚いたように黙った。
140 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:14:45.87 ID:QpJvuek0

「お前はそれでいいのか!」

少年は繰り返す。シェロは答えない。

「お前だってそうじゃないか! お前だって僕と同じじゃないか!」

シェロは答えない。

「お前はそれでいいのかっ!」

少年の声に呼応するように突風が吹いた。土ぼこりを舞い上げ、通り過ぎる。ハルは目をつぶった。
そして再び目を開けたときには。

「あれ……?」

少年はどこにもいなかった。

「……」

そして。ハルの視線の先でシェロは押し黙って立っていた。
141 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:15:36.40 ID:QpJvuek0

そのあとは特に会話はなかった。狐につままれたような心地のまま次の町につき、とりあえず旅のための買い物をした。
それが終わってしまうと特にやることがなく、町をぶらぶらと散策する。その途中であまり広くない墓地を見つけた。なんとなくで入ってみることにした。
整然と並ぶ墓標。その間をゆっくりと歩く。ふと自分が死んでしまった後のことを夢想した。墓標の下で静かに、静かに呼吸する自分。まだまだずっと先のことかもしれないし、案外すぐかもしれない。

「あ」

それは唐突に目に入ってきた。
墓標にかかる茶色い帽子。風雨に汚れくすんでしまってはいたが見覚えがあった。

「ねえ、これ」
「……ああ」

シェロも立ち止まってそれを見ていた。
墓標に近づく。だが文字はかすれてしまって読めない。
142 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:16:51.61 ID:QpJvuek0

沈黙が落ちた。シェロがその場を離れる。それからしばらくして戻ってきたシェロは手に小さな花を持っていた。

「どうしたのそれ?」
「……落ちてた」
「そういうのは落ちてたっていわないでしょ」

笑う。

シェロは墓標の前に花を置くと、長いこと目を瞑った。長いこと長いこと。そして空を見上げる。こちらからはその表情は見えなかった。
それからシェロは口を開いた。

「……行こうか」
「ええ」

連れ立って墓地を後にした。


     ※


なにか深い理由があったわけではないし、自分でもよくわからないが。ハルがシェロのことを、いいな、と思ったのはこの時のことである。
143 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/01(木) 22:17:19.04 ID:QpJvuek0

短編:旅の途中で



   〜了〜
144 :アナウンス [sage]:2010/07/01(木) 22:18:06.62 ID:QpJvuek0
・また明日
145 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/01(木) 23:01:51.75 ID:qpUiEcDO
乙です
146 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/02(金) 01:10:28.64 ID:/68FaU6o
147 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/02(金) 02:55:43.15 ID:4E5BLgDO
乙です。
148 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:22:16.18 ID:LX1afIE0



短編:勇者の来歴



149 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:23:21.61 ID:LX1afIE0

あれは十年ほど前、俺がまだ現役で木こりをやっていたころの話だ。当時はまだまだ元気で力もあったからな、十分木で食っていけたよ。今だってそんなに落ち込んだわけじゃないが、あのころは木材が今よりずっと良い値で売れて……
いや、そんなことはどうでもいいやな。今からするのはそんな話じゃない。本題は、俺が出会った不思議な坊主のことだ。

あいつと出会ったのは森の中だったよ。夕方だった。俺はたしか、そのときは切り倒した木の枝を取り除いていたんだった。ふと顔を上げて振り向いたら、あいつが気配もなく立っていたもんでたいそう驚いた。

「なんだ、お前は」

そいつの身なりはなかなかにひどいもんだった。着ている服はところどころ破れ、半分泥やらほこりで汚れていた。

「……」

俺の問いかけには全く答えなくてよ、始終無言だった。ただ、帰るところを聞いたときは、

「……ない」

それだけつぶやいて首を振った。
150 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:24:22.91 ID:LX1afIE0

これはただの迷子じゃねえなと俺は気付いた。今は小康状態にあるが、戦争孤児ってこともありえる。厄介ごとはごめんだったが、かといって森に残していくわけにもいかねえ。仕方なくついてくるように言ったよ。

村に帰って風呂に入れて着替えを用意してやった。そのときあいつが勇者の村のペンダントをつけているのが見えた。そのときは知らなかったんだが、勇者の村はそのとき既に壊滅していたらしいな。だから、あいつは見立ての通り孤児だったわけだ。
だがそのときは、なぜあんなところに勇者候補さまがいるのかわかんねえから、飯を食わせて聞いてみることにしたんだ。

「お前、勇者の村の出身だろ?」
「……」

あいつ俺のことにらみやがった。
話したくない様子だったんでとりあえず今日のところは寝かせて、明日村長のところに行くことにした。

んで次の日だ。前日に決めたとおり村長のところに連れて行った。村長もまだ勇者の村が壊滅したことを知らなかったみてえだな。坊主に当たり障りない質問をして、返事が返ってこないのに困り果てた。それでも諦めず会話を試みて失敗し最後には、

「君、この子を数日預かりなさい」

俺に丸投げしやがった。
151 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:25:24.86 ID:LX1afIE0

預かるって言っても具体的に何日預かるかもわかんねえから俺はもちろん抗議した。俺はこいつの知り合いですらない、ってな。
村長いわく、

「君のとこからの買い付け減らすよ」

俺はしぶしぶ坊主を連れて帰った。
それから十数日そいつを泊めることになるんだが、俺はただでそうしてやるほどお人よしじゃない。坊主にも仕事をやってもらうことにした。持ちつ持たれつってやつだ

山に連れて行き、俺は木を切り倒す。坊主はその木の枝を取り除く。
坊主は意外にもまじめに仕事に取り組んだ。手際よく次々仕事をこなしてくれたよ。
で、まあそれは良かったんだが少々奇妙なことがあった。仕事がひと段落すると休みを入れるんだが……

「何してるんだお前」

坊主のやつ、どこから見つけてきたんだか棒を振り回して遊んでやがった。いや、遊んでたのとは違うな、あいつの目は真剣だった。

「……」

まあ休みの間だけだし、俺は止めなかった。
ピュン、ピュンと空気をたたく音が休みの間中響いていたよ。
152 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:26:02.28 ID:LX1afIE0

そんなのが何日も続く。
坊主の日課は止むことなく続いた。それどころか、奇行はさらに増えた。

「我は放つ光の白刃!」

なんだそりゃ。
坊主は構えるように――実際何かの構えだったんだろうけど――両手を前に突き出し、森の奥に向かって叫んでやがった。なかなか通りのいい声で、お前それならもっとしゃべれよと少しあきれた。

「我は放つ光の白刃!」

声だけが森の奥に響き――しかしそれだけだった。まさかただの発声練習だったわけねえんだろうが、それで何か起きるというわけではなかった。
153 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:26:53.63 ID:LX1afIE0

毎日毎日休みになるとそんなことを繰り返す。俺はちょっと不気味さを覚えたね。あいつ、あんなふざけたようなことをやっているのに目は真剣、顔は大真面目なんだよ。だからなんていうのかな、鬼気迫る? そんな感じだった。

「お前、なんでそんなことをやっているんだ?」

一度問いかけたことがある。あいつが素振りをしているときだ。もちろん返事は期待しちゃいなかったんだが、

「仇」

ボソッとあいつが言うのが聞こえた。俺はもちろん続けて聞いたさ。

「誰の」
「……」

それには答えなかった。
154 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:27:55.03 ID:LX1afIE0

ある日のことだ。いつもと同じように俺は木に斧をたたきつけていた。最後の一打で木がみしりと音をたて、それからゆっくりと倒れていく。轟音を立ててそれが倒れきり、俺はようやくため息をついた。
とそのとき、俺は視界の端に違和感を覚えた。何か森の色とは違うものが見えた気がしたんだな。何かいやな予感がしてゆっくりと視線を移した。

いた。明らかにマズそうなのが。
人型だが、人間にしては背が異様に高い。そして身長と同じくらい横幅もある。体表はくすんだ青と灰色が混じったような色。ほとんど裸で申し訳程度に腰巻を身に着けていた。人間に似てはいるが全く別のもの。魔族だ。

俺は冷や汗をたらしながら慎重に後退した。魔族は知能が足りなさそうな目でこっちをぼんやりと見ているだけだった。これなら穏便にすませられるじゃねえかなと思ったよ。

だが、坊主は見事にそれをぶち壊してくれやがった。俺がそばまで後退して魔族の存在を知らせると、あいつは木の棒を持って立ち上がった。

「おい……!」

静止は聞きゃしなかった。あいつは一気に魔族に駆け出すと、棒を振り上げた。
突如あがる気合の声。少年にしてはひどく獰猛な響きで、俺は背筋があわ立つのを感じた。
155 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:29:10.70 ID:LX1afIE0

木の棒は見事魔族の腹に命中したが、効いている様子はなかった。
ただ眠そうな目で坊主を見、そのまま腕を振り上げやがった。次にどうするのかわかって俺はあわてた。あの野郎、坊主を叩き潰すつもりだ。
勢いよく腕が振り下ろされた。地をたたく音が辺りに響く。俺は坊主はもうだめだと思った。押しつぶされてお陀仏ってな。
だが、あいつはちゃんと避けてたんだ。そしてもう一発木の棒を叩き込む。さらにもう一発。
さほどのダメージじゃないんだろうが、魔族の野郎の様子が変わった。眠そうな目が鋭くなった。怒ったんだろうな。再度の腕の振り上げは先ほどよりもすばやかった。

「おい坊主、戻って来い! 逃げるぞ!」

俺の声には全く耳を貸さず、あいつは魔族から距離を取った。そして立ち止まって目を瞑る。俺はあせった。こんなときにいったい何をやっているんだってな。あまり危険なまねはしたくなかったんだが仕方ない、足を踏み出した。
だが次の瞬間ぞくりと身の毛がよだつのを感じて足を止めた。坊主のほうからとてつもない圧迫感を覚えたんだ。何か明確な危険信号があったわけじゃねえ。ただあるかどうかもわからない本能があぶねえって叫んでた。
156 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:30:09.48 ID:LX1afIE0

魔族が坊主に向かって突進する。巨体に似合わぬすさまじい速度。俺はそれを“見ていなかった”。
ただ聞いていた。

「我は放つ――」

坊主が叫ぶ声を。力強い、宣言の声を。

「光の白刃!」

耳を劈く破壊の音。轟音が俺の頭を揺さぶり、俺は思わず膝をついた。光が視界を覆い何も見えなくなった。そのとき俺は初めて神に祈ったんだと思う。

しばらくして音が止んでいることに気付いた。光も消えている。
俺はうずくまって耳を押さえていた。恐る恐る顔を上げた。そこには。
倒れた魔族の身体だけがあった。俺が切り倒した木のそばに大きな身体を横たえていた。
死んではいないみたいだったな、腹がかすかに上下していたから。ただ気絶しているだけのようだった。
157 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:31:09.44 ID:LX1afIE0

見回したが坊主の姿はなかった。まるで最初からいなかったみたいに姿を消してしまっていた。
そのとき俺はあいつの名前すら知らなかったことに気付いた。ただ呆然といつまでもそこに立ち尽くしていたよ。
そう。十年ほど前の今頃のことだ。

……その後魔族をどうしたかって? どうでもいいだろうそんなこと。適当にほっぽっておいたよ。

坊主のその後? わからねえな。ただの推測になるが……やっぱり勇者にでもなったんじゃねえか。
ああそうだよ。世界を救う――大勇者様にな。
158 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/02(金) 22:31:11.06 ID:CSCTIBoo
投下ktkr

連日乙です
159 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:32:01.36 ID:LX1afIE0

短編:勇者の来歴



   〜了〜
160 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:32:40.76 ID:LX1afIE0




短編:全てを見下ろす場所で〜霧の滝の白魔術士〜




161 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:33:46.23 ID:LX1afIE0

私はようやく全てを閲覧し終え、伸びとあくびをした。肉体を失って久しいが、この癖だけはいつまでたっても抜けない。儀式のようなものだった。
周りを見渡す。代わり映えのしない景色、色あせた本の山々。既に肉体を捨てた私には意味のないもの。それでも必要なもの。

時間と空間、精神を操る白魔術士の一人。それが私である。
ここ、『霧の滝』と呼ばれるどこかで精神体として世界のよしなしごとを横目で見ている。

彼らの物語もその一つ。
世界に対し興味という興味を使い尽くし、ありふれたことに倦んでいた私にはよい暇つぶしだった。
血沸き肉踊るとまではいかなかいのが実情であったが。
162 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:34:36.01 ID:LX1afIE0

ただ興味深くはあった。
彼らの未熟さ、稚拙さは既に成熟してしまった私には新鮮で、懐かしさも覚えたのだ。

彼らは人と人のつながりにひたむきでどうにも青臭い。
だが、それが彼らを生かし、彼らを彼らたらしめているのだろう。

それが彼らを救ったのだ。
そんな彼らだから成し遂げられたのだ。

そしてそんな彼らだからこそ、これからの人生も力強く歩いていけるのだろう。
163 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:36:34.47 ID:LX1afIE0

物語は終わりを迎えた。
とりあえずのところ。

しかしまた世界のどこかで物語は生まれるのだろう。そして死んでいくのだろう。
ほら、今日もまた

「さあ行こう、学者様!」
「その呼び方はやめてよ姉さん」

物語は生まれて死んでいく。
一瞬の輝きを放ちながら。

今度はどんな物語になることやら。
私は慎重にページをめくった。
164 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/02(金) 22:37:36.76 ID:LX1afIE0

短編:全てを見下ろす場所で〜霧の滝の白魔術士〜





        〜了〜




thank you for your reading,sien and criticism
165 :アナウンス [sage]:2010/07/02(金) 23:00:09.41 ID:LX1afIE0
・終了。ここでいったん物語は一区切り。お疲れ様。

・さて、みんなには謝らなければなるまいね。投下を始めたのが5月はじめ。新作を書く時間はたっぷりとあった。それでも書き上げられなかったのは怠慢としか言いようがない。ごめんなさい。一所懸命に書くからしばらく待っていて欲しい。最後までお付き合いいただければ幸いです。

・ちなみにスレタイを見て分かるとおり、新作は魔王たちの次の世代の話。楽しみにしていてください。

・もしかしたら完結する前に当方が投下を我慢できなくなることがあるかもしれない。そのときは一章区切りで投下しようと思う。

・生存報告は二週ごとに行おうと思うんだけれど、酉っているんかいな? 正直あまり付ける気はしないんだけどもなんとなく
166 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/02(金) 23:11:06.23 ID:2p/YRRI0
付けてくれたほうが分かり易くはなると思う

続き楽しみに待ってますC
167 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/02(金) 23:14:16.61 ID:cBXsK9Io

酉は面倒臭けりゃ特にいらないと思う
wktkしてるぜ
168 :アナウンス [sage]:2010/07/02(金) 23:36:28.90 ID:LX1afIE0
・特につける必要はなさそうだね。問題は宣告をパスできるかだけど、それは大丈夫……かな?
169 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/02(金) 23:50:24.43 ID:Pj3i0iY0
待ってる!
170 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/03(土) 02:08:21.33 ID:eDOfgXk0
たのしみにしてるよー
171 :アナウンス [sage]:2010/07/03(土) 20:48:58.93 ID:I1dzxjk0
・細かいけど個人的に重要なので訂正。>>29
>一定以上の面白さを
はある程度よりちょっと面白いよ、って意味であることをご了承願いたい
あれじゃあとても不遜な奴になってしまう
172 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/03(土) 21:08:40.95 ID:MGtLQeco
そんな風にとられても問題なく面白いから気にすんな
173 :アナウンス [sage]:2010/07/04(日) 18:42:08.95 ID:G0huoWg0
>>172 泣いた
174 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/08(木) 05:45:08.70 ID:VZeXIUDO
乙です。
んだ! 更新を楽しみに待ってます。
175 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/11(日) 09:08:23.18 ID:hN0b0160
更新をひたすら待つ
176 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/12(月) 03:04:24.50 ID:1KS.yuE0
しえん
177 :アナウンス [sage]:2010/07/15(木) 20:04:41.43 ID:NMU3jFM0
ちょっと早いけど生存報告
178 :アナウンス [sage]:2010/07/16(金) 16:37:28.26 ID:tg./g2M0
・あー、だめだ。生存報告したばかりなのに早くも我慢ができなくなってきた。まだ半分も完成してないけど投下欲がむくむくと。モチベも下がってきたしそろそろ投下時かも。まだあともうちょっと粘ってみるけど、決壊したら投下しようと思う。よろしく。
179 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/16(金) 20:41:59.85 ID:CR.hwt6o
製速で2スレ目になってるのを発見して
wwktkしながら追いかけたら再録だった
わざわざ手間暇掛けて投下し直す意味が分からん
どこか大幅に修正でもしたの?
180 :アナウンス [sage]:2010/07/16(金) 21:03:13.08 ID:tg./g2M0
・まず、全部読んでくれていたことに感謝します。本当にどうもありがとう
・ちょこちょこ手直しはしてるけど基本はそのままです。期待させて申し訳ありません。投下しなおしたのは、続編をやりたかったけれど、途中からじゃ分かりにくくて不親切だと思ったのと、新作がまだ完成していなかったので、その間に書き上げようと思ったため(結局失敗しちゃったけど……)。ただ、より多くの感想が欲しくて欲張ったというのも否定できません。重ねてお詫び申し上げます
181 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/16(金) 23:28:46.72 ID:4v/fnpQo
待ってるよ
182 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/16(金) 23:48:18.20 ID:CR.hwt6o
偉そうにすまん
客寄せ的に逆効果な気がして、思惑が気になったんだ
書き手のペースに合わせて待つから自由にやってくれ
183 :アナウンス :2010/07/17(土) 02:09:34.79 ID:b9Xd4qk0
>>182 なるほど、既読の人にはただの待ち時間ですしね。考えが甘かった。あ、ちなみに、短編「我輩と妻」は製作での初投下だったので未読ならばぜひ読んでほしいです
・さて、早くも決壊した。今日の例の時間に投下しようと思う。クオリティの心配をしている方、安心して欲しい。何度か読み直しをしてもう変更はないだろうって部分を投下するよ。
184 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/17(土) 02:12:37.97 ID:fTbc1k60
おぉー乙ですねー
185 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/17(土) 11:02:09.21 ID:XPlVTs2o
久々だー!
186 :アナウンス :2010/07/17(土) 21:56:24.59 ID:b9Xd4qk0
・これから投下いたしますssは、魔術士オーフェン・後日談のネタバレを含んでおります。BOXを購入しつつもまだ読んでいない方はご注意ください。
では、数分後に
187 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/17(土) 21:59:10.94 ID:D7M2RwAO
ID:GdZeWM20
188 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/17(土) 22:01:05.28 ID:b9Xd4qk0




 〜プロローグ〜




189 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/17(土) 22:08:55.14 ID:b9Xd4qk0

 静かだった。耳が痛くなるほどに。静寂があたりをしんしんと冷やしている。原初の静寂にも似ていなくもない。いや、だが違う。風の音がしている。ひそやかに、軽やかに。何かを語りかけるようなそれはしかし、誰に何を告げるわけでもなかった。
 その風が地面の砂をかすかに撫でる。元は背の低い草が一面に生えていたその場所は、今は見るも無残に焦げた土肌をさらしていた。あたりは、見渡す限り荒れてしまっている。まるでいくつもの爆風にさらされたように。

 彼はその中に立っていた。からからに乾いた風が肌を撫ぜ、急速に水分を奪って去っていくが、彼にはどうでもいいことだった。それは取り返しのつかないものではない。

(取り返しのつかないもの……)

 たとえば死。それはあらゆる信念を無に帰す。緩んだ生の中に厳然と存在するそれは、人間に強い渇望を与えてしまうほどに強い引力を持っていて――いや。
 それでもまだ足りない。これから起こるであろうことの重大さに比べればまだ。
190 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/17(土) 22:10:45.28 ID:b9Xd4qk0

 彼はふらふらと歩み出た。目を大きく見開きながら。自分でも分かる。瞳が揺れ、視界がかすんでいる。それでも強く、強く見つめる。
 視線は虚空へと注がれていた。何もない。そこには何もない。

 いや。よくよく目を凝らしてみれば、そこになにやら揺らめきがあるのが分かる。熱による空気の歪みに似ているが、それは立ち昇るものと異なり、そこに渦を巻いて球のような形状を呈している。
 そしてゆっくりとにじみ出るように、鮮やかな青色に変化する。次に緑。黄色。薄赤。次々に変化するそれは、透明感を伴い、まるで宝石のようなきらめきを発していた。

 不意に、彼の視界になにかが割って入ってきた。びくりと肩を震わす。彼の手だった。彼の手が、意図せず持ち上がり、虚空の宝石へと伸びていた。
 ふるふると震えるそれは、まるで砂漠で水に手を伸ばす困窮者を思わせる。

 違いない。彼は困窮者であり、渇望者であったのだから。泣き出したいような、そんな心持ちで認めた。
191 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/17(土) 22:13:50.95 ID:b9Xd4qk0

 喉の奥から声にならない声が洩れる。
 もう一歩を踏み出そうとして、再び視界に割って入るものに気づく。今度は手ではなかった。人影。

 いつもうるさいほどにしゃべくる彼女はこのときは無言だった。無言で球と彼との間に、立ちはだかるように立っている。
 彼女の意図は明白だった。

「姉さん……」

 呼びかけの声が自分の喉から出るのを、彼は遠く、他人事のように眺めていた。

「どいて、姉さん」
「……」

 彼女はいまだ無言だった。

「お願いだから、通して」

 自分の声が想像よりはるかに悲痛であることに、自分で驚いた。
192 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/17(土) 22:17:08.07 ID:b9Xd4qk0

「……」

 彼女は、彼女の目は、どこか悲しそうな色で彼を見つめている。それこそ宝石のような母親譲りのブルーの瞳。優しげなその光は、普段の彼女からは想像できないものだった。

「どいて!」
「やだ」

 彼女はここで初めて口を開いた。言葉の幼さとは裏腹に、それは明確な宣言だった。

「やだよ。どいたら、ルゥ君が遠くにいっちゃう」

 そんなことは。そう言おうとして、別の言葉が飛び出す。

「姉さん、分かって。これは僕の悲願なんだ」
「分かるわけないよ」

 焦燥に、胸が焦がされるのを感じた。
 声は簡単に怒声に化けた。

「分かってくれよ! “それ”は真実の権化だ! それを僕がどれだけ待ち焦がれたか! 僕はこのためだけに……!」
「それでもやだ」

 彼は奥歯を噛み締めた。拳を固く握り締める。

「いいよ、分かった。もうどいてなんて言わない。僕がそこを、僕の力で通る。邪魔するって言うなら――」

 彼は大きく息を吸った。

「姉さんだって、殺してみせる!」

 彼女は悲しそうに少しだけ、笑った。
193 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/17(土) 22:18:07.46 ID:b9Xd4qk0

title:魔王娘「さあ行こう、学者様!」 歴史学者「その呼び方はやめてよ姉さん」






               ニアはじめから ピッ
                続きから




パクリ元;魔術士オーフェン後日談
194 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/17(土) 22:21:59.79 ID:b9Xd4qk0




 〜第一章 「旅立ち」〜




195 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/17(土) 22:29:21.50 ID:b9Xd4qk0

 別にそこでなければならないということもなかったが。とりあえず魔王ニギは、そこに立ってあたりを見回した。うっそうと茂る背の高い植物の数々。植物特有の青臭いにおいがそこかしこから漂ってくる。

 少し肌寒い。昼も近いはずであったが、そこだけは早朝のような静けさと重さが一帯を支配している。
 どこか身が引き締まる思いがした。

 キエサルヒマ大陸の北端にある、名もなき山。その山頂。
 秘境という扱いをされるのは、山がいつでも濃い霧をまとっているからだった。今もあたりを満たしているそれは視界をふさぎ、数歩先にあるものがたやすく白色の向こうに追いやられている。

 いや、秘境と呼ばれるゆえんはそれだけではない。

「……」

 見上げる。
 太い、太い幹だった。大人が三十人がかりで手を繋いでも、その幹を囲い込むことはできないだろう。濃い霧の中で、その暗い灰色の幹だけがしっかりと見えている。
 さらに見上げるが、その頂点は見ることがかなわない。ただ広域に広がる深緑のベールが視界を阻んでいた。

 世界樹。世界がその形を成した、その原初からそこに立っているとも伝えられている。そしてそれは世界のアナロジーであった。
 世界が平安のうちにあればその葉は青々と茂り、反対に激しい動乱にあれば茶色く萎む。

 そして今は。
196 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/17(土) 22:30:58.00 ID:b9Xd4qk0

 魔王ニギは恭しくその木肌に近づくと、そっと指を置いた。
 ざらざらとしたそれを感じながらぐるりと外周を回る。

 程なくして見つかった。

「……」

 木肌に刻まれた一メートルほどの痛々しい傷。裂け目。
 しかし、そこからは小さな芽がいくつもいくつも生えてきていた。

「無事に癒えつつあるようだな……」

 ほっとため息をつく。
 世界樹は世界の類比。そこに刻まれる傷の意味するものは極めて深刻だったが。

「これなら大丈夫だ。長い時間をかけて、少しずつ傷は消えるだろう」

 つぶやいて世界樹に背を向けた。

 そのときだった。

 ぱきゃっ!

「!?」

 甲高い音が耳を劈いた。慌てて振り返る。
 そして愕然とした。
197 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/17(土) 22:32:40.66 ID:b9Xd4qk0

 世界樹の幹に、魔王ニギの身長をはるかに超す大きさの傷が口を開いていた。

「これは!?」

 慌てて駆け寄る。
 傷は深かった。切り口からわずかながら、血のように樹液が滴っている。

「一体……」

 どういうことだ。
 世界樹にひびが入る。それは世界に何らかのきしみが生じていることを意味している。

 数十年前――彼にとってはそう昔のことではないが――、人工的平和維持機構による傷が刻まれて以来、こんなことは全くなかったはずだった。

「まさか、また何かが、起こるのか……?」

 呆然とつぶやく魔王ニギを尻目に、地面が鳴動を始めた。
198 :アナウンス [sage]:2010/07/17(土) 22:36:31.63 ID:b9Xd4qk0
・ここまで
・書き溜めはまだだいぶあるけれど、踏み固めながらなのでこれからの投下は不定期になります。具体的には5日〜一週間間隔で。ではまた次回
199 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/17(土) 23:02:29.46 ID:D9eUrr60
待ってた!
乙です。
200 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/17(土) 23:03:08.79 ID:fqadeugo
乙、相変わらずよかった

勇者が現役じゃないのが残念だな
201 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/18(日) 01:19:13.66 ID:OODy.CAo
乙 時のうつろいもまた物語の葉のひとつとならん。むっちゃワクワクで待つ!
202 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/18(日) 09:15:05.33 ID:6d/KTEI0
おつ。
203 :アナウンス :2010/07/19(月) 05:04:54.13 ID:0GZVThI0
・ちょっと早いけど、せっかくの連休ということで少しだけ投下しようと思う
204 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/19(月) 05:11:26.35 ID:7XkCJiso
良かった、ちょうど暇なんだ
205 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/19(月) 05:11:26.99 ID:0GZVThI0

◆◇◆◇◆


 全王都民の失踪、そして新しい王都の設立から四十九年の月日が流れた。その間に起きた、語るべきことは多い。
 しかしあえてそこから選んで話すとすれば、まずは新大陸への移民が一番に挙がるだろう。

 移民に大きな必要性があったわけではない。人口が徐々に増えてきていたとはいえ開墾すべき土地はまだまだ残っていたし、食料だって――それほどには――不足していたわけではなかった。

 だからそれは、未知への大いなる挑戦というものだった。微妙な緊張状態を保ちながらも再び協定の締結にこぎつけた人間と魔物の両者は、共通の敵の代わりに共通の大目的を必要としたのだった。

 新大陸。それはキエサルヒマの外にある、未知の大陸のことである。
 新大陸の存在は、人間の側の記録に僅かに姿を留めていた。人間はもともと、かの大陸から今の大陸に渡ってきたのだと。魔物の口伝からもそれはうかがい知ることができた。

 そのプロジェクトが立ち上がったのは今からおよそ二十年前。人間が文献から、長い航海を可能にする知識の抽出を、魔物が労力というリソースを担当した。
 それでも未知の領域には違いない。試験に試験を重ね、実際に帆船が航海に出たのはプロジェクト設立の十年後、今から数えて十年前だった。

 以来、幾多の困難を乗り越えながら移民の数は次第に増え、十年の時を経て生活基盤と、人間と魔物の共生の場が整えられていった。
 とはいえ人間と魔物の間の溝はいまだに深い。プロジェクトの裏では権益の取り合いが静かに進行していたし、それに起因する争いもたびたび起こる。しかし、それでも僅かながら人間と魔物の間に仲間意識が形成され始めたのもまた事実である。

 人間と魔物は今、新大陸という舞台において、新たな局面に立っている。


◆◇◆◇◆
206 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/19(月) 05:13:30.35 ID:0GZVThI0

 それで、これは何の役に立つの、と言う言葉。グリーンピース。強い日差し。最近、それらに素行の悪い学生、と言う項目が追加された。
 ルイスの嫌いなものを頭から順番に並べたものだ。それらは彼の平穏な日常をかき乱さんと、常にどこからか様子を窺っているようである。ときにルイスを不快にし、逆上させるそれらを、彼は心底憎んでいた。特に最近追加された項目はこちらが避ける努力をしようがないという点でたちが悪い。しかし、と思う。やはりトップを思えば他の項目など取るに足らないものではないだろうか。

「それで、これは何の役に立つのかね、ルイス助教授」

 広いテーブルの向こうから硬質な声が上がる。歳を経た男の声。教授会という場にはいかにも相応しく思えた。
 ルイスはその教授に対し、背筋を伸ばし毅然と答えた。

「真なる歴史の探求に、意味を求めてはいけません。それは真実であって、それだけで価値のあるものですから」

 例の教授は何も言わなかったが、その隣から失笑が洩れるのが聞こえる。
 ルイスは、笑った彼を睨まないように、苦労して自制した。

「真実、か」
「ええ、真実です」

 教授の言葉に、そのまま返す。
207 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/19(月) 05:14:33.19 ID:0GZVThI0

「真実はそれだけで価値を持つ。いいだろう、認めよう」

 教授は組んだ両手をいったん解いて机に置いた。

「だが、君のこの論文。これは真実といえるのかね?」
「ええ」

 ルイスはひるまない。彼が提出し、眼前の教授が読んだその論文。四十九年前の全王都民失踪事件、それに当時の勇者と魔王がそれに関与していたというそれ。信憑性の低さは、少なくとも彼らがそれを信じていないことは、彼自身がよく知っている。

「馬鹿馬鹿しい」

 言ったのは眼前の教授ではなかった。隣の、恐らくは先ほど笑いを洩らした別の教授。

「証人ならいます」
「君の祖父かね」
「ええ」
「問題外だ」

 なぜ。とは問うまでもなかった。

「君の祖父は信頼に値するのかね」
「少なくとも」

 迷ったわけではなかったが、ルイスはいったん間をおいた。

「僕は彼が嘘をついたのを聞いたことがありません」

 またかすかな笑い声が聞こえた。
208 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/19(月) 05:16:19.38 ID:0GZVThI0

「ルイス君」

 横手から同じような顔の――教授などという地位のものは大体似た容貌のものが多いが――教授が声を上げた。

「ルイス君、いいかね。私は君の能力を高く買っているつもりだよ。でもね、これはどうにも信じがたい。君の祖父はたしか」
「モグリの、勇者です」
「……その言葉を信じたのかね?」
「ええ」

 その教授はふうとため息をついた。

「言い直そう。君の能力は高く買っていた。少々失望した」
「明らかな御伽噺。これでは歴史家がさげすまれるのも無理はありますまい」

 笑った教授だ。

「歴史学者」

 ルイスは訂正する。が、聞く様子もない。

「ルイス君。歴史家がなぜそのような扱いを受けるか知っているかね。それは歴史家がすべからくその改ざんを試みるからだよ」

 すべからく、の用法を間違えていることを指摘しても良かったが、それはよしておいた。論点をずらそうとしていると見られるのは癪だ。

「そういう輩がいることは認めましょう。しかし、僕は――」
「もういい」

 正面の教授が言う。それほど大きい声ではなかったが、有無を言わせぬ迫力があった。ルイスは口を噤んだ。
209 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/19(月) 05:21:36.29 ID:0GZVThI0

「なんにしろ、だ。君の研究には疑問を持つ者が多かった」

 彼の視線も、声と同じく硬質だった。貫くわけでもなく、ただただ固い感触だけを残していく。
 その隣から例の教授がにやにやと付け加える。

「時代は科学だよ」

 蒸気機関の発明と共に、科学という概念が台頭してきた。それは自然のありようを暴き、宗教、神をも否定し、ゆくゆくは魔術と並ぶ何かになるだろうと噂されている。
 「技術」とは一線を画するものではあったが、リターンは単純に大きく、歴史学のそれとは確かに比べ物にならなかった。

 しかし、それでも。

「歴史学とは、人間の、その営みの積み重ねを見つめる学問です。人間がいかにして生まれ、いかにして生き、いかにして死んでいったかを見守る学問です。そこには流行やその他移ろいやすい弱いものはありません。純然たる真実のみが蓄積されます。真実がそこにはあるのです」
「それがどうした。科学とて真実の探求には違いあるまい」
「全く違います。歴史学が求めるのは、人間による人間のための真実です」

 沈黙が落ちた。が、それは感銘を受けたというよりは、何を言っても無駄だということをようやく飲み込んだ気配に思えた。

「真実、か。ならば君にひとつの真実を突きつけよう」

 正面の教授がゆっくりと言う。かちかちの、その声で。

「君の研究には、有用性がまったく存在しない」

 教授は、ルイスの最も言われたくない言葉を知っていたようだった。

「それが真実だよ」
210 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/19(月) 05:25:31.27 ID:0GZVThI0

     ・
     ・
     ・

「助教授の地位剥奪だそうだ」

 教授会の後、ケーガク教授はルイスにそう告げた。
 歴史学を生業とする教授の一人。ルイスの上司でもある。幼いころから学問に親しみ、それを生涯の伴侶と定めた尊敬すべき師だ。

 その彼が告げたのは、ルイスにとって残酷な一言だった。

「そう、ですか」

 予想はしていたとはいえ、ショックは隠しようがなかった。力なく肩を落とす。顔からも生気が抜けていくのが分かる。
 慰めるためというわけではないだろうが、教授は口を開いた。

「いや、正確に言うとまだそうと決まったわけではない」
「と言いますと?」

 正直なところ、あまり期待はしなかった。

「実際に君の地位が剥奪されるまで時間がある。それまでに彼らが欲しがる確固たる結果を出せばいい。いや、研究テーマの設定だけでも十分のはずだ」
「……」

 部屋に所狭しと並べられた書物の、黴にも似たすっぱいような香りが鼻をついた。あまり広い部屋ではない。いくらキエサルヒマで最高峰の学府とはいえ、まあこんなものだ。個室をもらえるだけでも待遇はいいほうだと言える。
 床には、机に乗らなかった分の重要度の低い書類が散らばっている。その一枚を見るともなく見ながらつぶやく。

「今の研究を捨てろ。っていうことですか」
「そう。そうだな。誤魔化すことはしないよ」

 ケーガク教授は数少ないルイスの(例の)論文の支持者である。現在ルイスが手がけている研究も後押ししてくれている。ただ、それはルイスの能力を買ってくれているということで、論文の内容をすべて肯定してくれているわけではない。
211 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/19(月) 05:26:55.65 ID:0GZVThI0

「気は進みませんね」
「だろうな。しかし、背に腹は代えられまい」

 事実だ。静かに認める。しばしの沈黙を挟んでルイスは口を開いた。

「……分かりました。ではどのような研究テーマを設定しましょう?」
「それは彼らが決めるはずだ。今日はもう帰りたまえ」
「……はい」

 静かに扉を開け、退出した。扉はルイスの気分と同じく、ずっしりと重かった。
212 :アナウンス [sage]:2010/07/19(月) 05:31:03.69 ID:0GZVThI0
・ここまで。これからは今回のように時間まで不定期になるのでよろしく
>>204 短くて申し訳ないね。暇つぶしに足りてれば嬉しい
・ではまた次回
213 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/19(月) 06:40:50.73 ID:YUknUYk0
おつ

しえんさせてもらおう
214 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/19(月) 09:15:01.59 ID:mEQ8daoo
215 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/19(月) 15:08:25.22 ID:0GZVThI0

 真なる事実と言うのは、無条件で価値を持つ。絶対的な価値を。それがどんな分野のどんなものであろうと。それがルイスの信念であり信仰であった。たとえ知りたくない事実であろうと、むしろ今の平穏を崩してしまうものであろうと、それでも何かを救うのが「真実」というものであろうとルイスは信じていたのだ。

 黒髪、黒目。背はやや低め。昼の光の中、緋のローブを揺らしながらタフレム大学の敷地を歩く。通常、それは教授相当の地位の者にしか着用を許されていないが、ルイスは特別である。十二歳のとき最接近領から学術都市タフレムに遊学に来て以来、彼は飛び級に飛び級を重ね、わずか七年の時間で助教授という地位にまで上り詰めた。普通ならば助教授というのはポストが空かないとその地位に就くことはできないが、ルイスは実力でそれを成し遂げたのである。

 加えて、ルイスは教授の補佐という助教授の業務を免除されている。研究に専念する時間の確保を許されているのだ。
 そういうわけで彼の名はそれなりに知られていた。能力のある青年として。――そしてもうひとつ、飛べない鳥として。
216 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/19(月) 15:12:34.83 ID:0GZVThI0

 ルイスはため息をついた。
 彼の業績は、非常に少ない。というより皆無だった。助教授の地位について日が浅いせいもある。だが、それにしても期待されていた水準にいたっていないのもまた事実だ。

 ルイスが手がけた、もしくは手がけている研究テーマは今のところ二つ。四十九年前の王都民失踪に勇者、魔王の関与があったと仮定し、調査を進めるもの。しかしこれは長い時間が経ってしまっているため、事実上検証不可能な案件になってしまっている。

 次に、先代魔王の殺害に成功した正式勇者が、なぜ《鋼の後継》などという二つ名で呼ばれていたのかということについての研究だ。後継というからには“誰かから”、“何か”を受け継いだことになるのだが、こちらも暗礁に乗り上げている上に、突き止めたところでリターンはないに等しい。

 帰り道の途中で、昼食用にサンドイッチを購入した。それから五分ほど歩くと大学の寮がある区画に入る。ルイスの住居だ。古い木造の建物である。
 鍵を開けようとして、異変に気づく。鍵を回すのだが、手ごたえがない。

 ドアノブを回す。開く。

「……」

 今朝の記憶を探る。間違いない。確かに鍵はかけて出たはずだった。

(空き巣か)

 軽い緊張を覚えながら扉のうちに入った。
 足音を立てないように玄関から部屋を見回す。誰もいない。荒らされた形跡はない。……いや。
 台所を覗く。いくつかの食料が袋からこぼれて転がっていた。
217 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/19(月) 15:14:02.75 ID:0GZVThI0

 そのとき、どこからか音がした。振り向くと、寝室のドアが目に入った。

(もしかして、まだ、いるのか?)

 緊張の度合いが増したのは事実だが。ふつふつと胸中に湧き上がってくるものがあった。
 教授会で馬鹿にされたのは気に食わなかった。助教授の地位が危うくなっているのも頭にくる。そして今度は空き巣ときたか。なんで僕ばっかりこんな目にあうんだ!

「誰だか知らないけどね!」

 憤慨を声に乗せて、乱暴に寝室の扉を開く。

「僕の家には何にも――」

 ないんだからな、と。言う前に視界がぐるりと回った。
 身体が重力から解放されるのが分かった。そして、何がなんだか分からないうちに叩きつけられる。幸いなことにやわらかい。ベッドに投げ飛ばされたと気づくのにしばらく時間がかかった。

「え?」

 あまりに急激に回転したせいで視界がしっかり定まらない。それでも逆さまの視界に何かが映る。

「あ」

 彼女は言う。彼女? そう、声には聞き覚えがあった。
 めまいがおさまり、先ほどの『何か』が人影であることに気づいた。

「な、なんだ、ルゥ君か」

 彼女は放心したようにぺたりと座り込んだ。

「リオ姉さん……」

 人影が知る人であることを確認し、ルイスも同じように呆然とつぶやいた。
218 :アナウンス [sage]:2010/07/19(月) 15:16:52.52 ID:0GZVThI0
・どうも主人公の描写が足りないので追加で投下
・次回の投下までちょっと間が空きますゆえご容赦を。それではまた
219 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/19(月) 21:46:24.48 ID:mEQ8daoo
待ってるぜ
220 :アナウンス :2010/07/20(火) 16:02:12.21 ID:AYpQl7A0
・間が空く、と思ったけど、しばらくは書き溜めがもちそうなことが判明。小出しにしながらしばらくは投下できそうです。というわけで時間も空いたんで今日も投下いたしやす。
221 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/20(火) 16:06:15.00 ID:tg.DNt.0
wwktkwwktk
222 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/20(火) 16:08:45.92 ID:AYpQl7A0

    ・
    ・
    ・

「い、いやだって泥棒さんだと思うでしょ、普通」

 とりあえず向かい合わせにテーブルにつき、話をしている。
 彼女の弁解を半眼で聞きながら、ルイスはとりあえず口を開いた。

「ここ、僕の家なんだけど」
「そ、そうだけど!」

 首筋までのポニーテール、溌剌と光る目。笑い慣れした顔。ラフなTシャツにジーンズ。エネルギッシュ、というのが多くの人が抱く第一印象だろう。

「つまり」

 ルイスは頭の中でまとめる。

「姉さんは、突発的に僕に会いたくなった。それでわざわざ魔王城からここまでやってきて、家の中で待っていたら誰かが、っていうか僕が入ってきて、泥棒と間違えて投げ飛ばしたと?」
「うん」

 ちょこんとうなずくと、栗色のポニーテールもぴょこんとゆれる。
 言いたいことはあったが、とりあえず訊く。

「姉さんて僕の住所知らなかったよね。どうやってここが分かったの?」
「道行く人に片っ端から聞いてれば、そりゃいつかは分かるよ」
「鍵はどうしたのさ」
「魔術でちょちょっと」
「そこ、どうにかならなかったかなあ……」

 家の前で待つとかいろいろあるだろうに。
223 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/20(火) 16:10:56.57 ID:AYpQl7A0

「だってお腹すいたんだもん」

 台所をあさったのは、やはり彼女らしい。
 そして悪びれる様子はない。なぜルイスが不機嫌なのかわかっていない様子ですらある。

「そんなに顔しかめると皺が増えるよ」
「いや僕まだ増えるほど皺ないけど……」

 息を吸う。

「いいかい、リオ姉さん! 普通は人の家に勝手に上がり込んじゃだめなんだよ!」
「ごめんなさい」
「まったく……」

 リオ。“魔王城”で分かるとおり、実は彼女、魔王の娘である。人間と見分けが付かないが一応魔物で、ちゃんと角もある。とはいえそれはほとんどこぶのようなもので、ただ見ただけでは分からないが。ただ、本人が少々のコンプレックスに思っていることをルイスは知っている。

「ごめんね、馬鹿でさ」

 そう言うのだが、まるで落ち込んでいるようには見えない。むしろにこにこと楽しそうだ。

「まったくだよ」
224 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/20(火) 16:12:03.16 ID:AYpQl7A0

 それからしばらく沈黙が流れた。リオはそのままにこにことルイスを見つめ、ルイスは半眼でリオを眺めていた。

「……で?」
「え?」
「それで、って訊いてるんだよ姉さん」

 リオは少し考え、ぽんと手を打った。

「そのサンドイッチ、おいしそうだね」
「欲しいなら分けてあげるけど。違うでしょ」
「あれ?」

 リオは本気で分からないようだった。首をかしげている。

「姉さんは多分あれでしょ? ここに泊まっていくんでしょ?」
「そうだけど?」
「だったらちゃんとお願いしないと」
「なんで?」
「そこでなんでってきくか」

 一応記憶を探って思い出す。

「姉さん、今年でいくつだっけ?」
「五十だけど」
225 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/20(火) 16:13:16.52 ID:AYpQl7A0

 驚くなかれ。一般に魔物というのは長命である。リオにしたってルイスとそう変わることのない年齢に見えるが、その年齢はふた回り以上差があるのだ。それに見合う人生経験は積んでいるはずだから、

(ちゃんとその分礼節とか身につけているべきなんだけど……)

 頭を抱えたい気分で口を開いた。

「僕の家に泊まれることを当然と思わないでよね。どうせ魔王城からは勝手に抜け出てきたんでしょ。お母さんに言いつけてもいいんだよ?」
「それだけは!」

 彼女の母は今年百数十歳になる、人間に換算しても高齢者だ。ただ、彼女の“膝”は健在で今も周辺の人間を恐れさせている。
 図星だったらしく、テーブルに額をこすり付けんばかりの勢いでリオは深々と頭を下げた。

「ルイス様学者様、この卑しい娘をどうかお泊めくださいませ」
「よろしい」

 実際に頭をこすりつけているのをみて、ようやくルイスは満足しうなずいた。
226 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/20(火) 16:19:02.62 ID:AYpQl7A0

     ・
     ・
     ・

 学者の朝は早い。ソファから身を起こしたルイスは、軽い朝食を済ませるとまだ寝ているリオを寮に残して大学に足を運んだ。

「君の研究テーマが決まったよ」

 ケーガク教授は眼鏡を外して眠そうな目をこすった。きっと昨日も泊りこみだったのだろう。

「どんな内容になりました?」

 少々の緊張を覚えながら問う。
 ケーガク教授は眼鏡をかけなおしてルイスをまっすぐに見た。

「魔術の起源の探究。そして魔法への昇華可能性の検証だ」
「魔法……」

 魔法と魔術の定義は異なる。一般的に、どちらも世界を術者の理想に変えてしまうという性質を持つが、その強制力において差があるのだ。魔術が限定付きの理想実現技術であるのに対し、魔法は万能の――神のそれである。現在、魔法の方はただの夢物語として語られている。

「気に入りませんね」

 魔法。万能の力。それこそ世界の地図を変えてしまうほどの莫大な力であるとされている。もちろん歴史すらも。それは歴史学者として抵抗がある。そして、そんな眉唾モノな研究をさせられることにも。

「私も同感だ。しかし、昨日も言ったとおり背に腹は変えられん。違うかね」
「違いませんね」

 うなずく。予想はしていたのだ。

「この研究が失敗すれば、今度こそ僕は失業ですか」
「そうなるな」
227 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/20(火) 16:20:59.70 ID:AYpQl7A0

 そこでケーガク教授は珍しく笑顔を見せた。

「だが、そう気負うことはない。魔術の起源の探究にしても歴史学の分野だ。せいぜい楽しんでくるといい。そうだな、君がもし失業しても私がアルバイトとして雇ってあげよう」

 ルイスも微笑み返した。

「給料によりますね。僕にだって選択権はある」
「違いない」

 教授はくつくつと肩を揺らした。

「ひいては君には新大陸に渡ってもらう」
「はい?」

 完全に不意をつかれた。

「今なんておっしゃいました?」
「新大陸だ。知らないのかね? 今歴史学の分野においても最も注目されているんだが」
「いえ、知ってますが……」

 困惑する。

「ここだけの話だが、あちらで遺跡がいくつか見つかっているらしい」
「それと魔術と何の関係が?」
「私も詳しくは知らないのだが」

 教授はなぜか声を潜めた。

「なにやら妙な物品が出土したらしいんだ」
「妙な物品?」
228 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/20(火) 16:23:01.21 ID:AYpQl7A0

「ああ。それらは見た目は剣やら鎧やらの形をしているらしいんだが……」

 こういうことらしい。遺跡の調査員たちが見つけたそれらは、一見ただの武器・防具だった。大昔の装備品だろうということで、妙に保存状態がいいことはさておき倉庫やらで保管していた。それらに対し様々な見地から調査が行われたのだが――

「魔術、武器?」
「そのようだ」

 調査員の中には魔術士も含まれていた。彼らが気づいたのだそうだ。魔術士は普通、魔術を使う際に『構成』と呼ばれる魔術の設計図のようなものを展開するのだが、出土した装備品からそれらが視えた。残念ながらそれらの効果は今のところ分かっていないが、特異な物品であることは間違いないということで認識が共有されている。もちろんルイスの知る限りでこちらの大陸にそんなものはある一定の例外を除いて存在しない。

「なるほど。それらが大昔の魔術士の創造物ではないかと」
「そうだ」
「確かに、それらを調べれば魔術の起源に近づけそうですね」

 ケーガク教授は一束の書類を掴み挙げた。

「あちらの代表者には今連絡が行っている。調査許可が取れしだい渡ってくれ」
「分かりました」

 書類を受け取る。そこでケーガク教授の視線に気づく。感慨深げな光。

「君との付き合いももう六年になるか」
「? そうですね」
「私は君の有能さを信じている」

 そこで彼の言わんとしていることに気づく。同時に心のそこに温かいものが満ちるのにも。

「いや、違うな、私は知っているんだ、君の有能さを」
「ありがとうございます」
「だから君の成功が成功するであろうことも知っている」

 教授は微笑んだ。ルイスも微笑み返す。

「連中に目にもの見せてやろう」
「ええ」

 二人はがっちりと握手をした。
229 :アナウンス [sage]:2010/07/20(火) 16:23:43.87 ID:AYpQl7A0
・ここまで。また次回
230 :アナウンス [sage]:2010/07/20(火) 17:00:18.04 ID:AYpQl7A0
・そうだ、せっかくの半ながら書きなんで、ここ、こうした方がいいんじゃないかってところがあったらぜひ教えて欲しい。改善しながら投下する
231 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/20(火) 23:32:34.58 ID:cGN5QbU0
乙です。
更新ありがとう! ワクワクして待ってます。
現状、ハイレベルだと思いますよ。
モチベの維持が大変だろうと心配です。
232 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/21(水) 00:04:38.70 ID:b8Vbli2o
乙だぜ
233 :アナウンス [sage]:2010/07/21(水) 01:06:33.53 ID:X0KOP8k0
・そんな暖かいレスたちをもらってモチベが下がるわけないじゃないですか
 こちらこそありがとう、頑張らせていただきますよ
 指摘は随時受け付けてますので、気づいたらどうかよろしく
234 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:16:25.01 ID:X0KOP8k0

     ・
     ・
     ・


「遅い!」

 これでも急いだつもりだったのだが、約束の時間には間に合わなかった。むくれたリオがルイスを睨む。

「ごめんごめん」

 適当に手をひらひらさせてみせる。

「もう!」

 二人はタフレム市中心の大きな公園にいた。大きな池の周りをぐるりと回るように道が伸びている。その道の上。水鳥が水浴びをしているのが見えた。

「いや、ごめんてば。ちょっと大学での作業がさ」
「むぅ」

 五十歳の癖に頬を膨らませたりといった仕草が違和感がないのは、見た目の問題だけではないだろう。にじみ出るなにかが十代そのものなのだ。
 さて、なぜルイスたちがここにいるのかというと、


     ※


「市内散策?」
「うん!」

 歯を磨きながらリオが勢いよくうなずく。歯磨き粉が飛んで、ルイスは少し顔をしかめた。
 昨夜のことである。リオがタフレム市の探検を所望した。

「まあ、いいけど」
「ほんと? やった!」
「あ、でも大学でやることあるからちょっと遅れるかも」

 一応言ったのだが、そのときにはリオはベッドのシーツにもぐって鼻歌を歌っていた。


     ※

235 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:18:58.68 ID:X0KOP8k0

 昼の光がやさしく降り注いでいる。鳥の声が聞こえた。

「じゃあ行こうか」
「うん!」

 リオがルイスの腕に飛びついた。



 タフレム市はいわゆる学術都市である。大陸最大の図書館を保有し、あらゆる分野の知識者がそこに集う。魔術の研究も盛んで、大陸随一の魔術学校《牙の塔》が存在する。

「《牙の塔》?」
「知らない? 《牙の塔》」
「知ってるけど、なんで牙?」
「見てみたほうが早いよ」

 歩いて二十分ほどのところにそれはあった。

「わあ……」

 リオが小さく歓声を上げる。
 青空にそびえたつ象牙色の塔。形もまた象牙のようだった。塔の先端に行くほどやや細くなり、また、西北の方角に向かって僅かに傾いている。だから、牙。牙の塔。

「なかなか素敵だね」
「そうかな」
「これが《牙の塔》?」
「そうだよ」
236 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:21:54.04 ID:X0KOP8k0

 肝心の魔術学校はここから百メートルほど北にある。離れているのになぜ塔の名前と魔術学校の名前が一緒なのかというと、もともとこの塔を校地内に囲い込む予定だった名残である。敷地の問題やらなにやらがあり計画は変更されたが、学校の名前だけはそのまま残った。

「中には入れないのかな」

 目を輝かせながらリオが言う。ルイスは首を振って見せた。

「立ち入り禁止だってさ」
「なーんだ」

 それが分かると、リオは急速に興味を減じたようだった。

「次行こうよ次」
「了解」

 答えて歩き出したリオの後に続く。
 その前に一度振り返った。天を衝く白亜の塔が目に入る。これを建造したのは昔の魔術士たちといわれている。が、実際のところははっきりしていない。天使たちが作ったのだという突飛な説まである。この塔に関する考察も歴史学の分野ではあるが、ルイスは網羅していなかった。
 興味はあるが、調べる気はない。そんな程度の認識だ。先を歩くリオがこちらを促す。ルイスはゆっくりとそこを後にした。
237 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:25:09.02 ID:X0KOP8k0

 三時間後。魔術学校のほうの《牙の塔》や、劇場、美術館を回った二人は、元の公園に戻ってきていた。途中で買ったクレープをベンチでぱくつく。

「悪いねルゥ君。おごってもらっちゃってさ」
「まるで僕が自分からおごったように言わないでよ、たかったくせに」

 時間は三時を過ぎたところか。ここから池が良く見えた。先ほどより水鳥が増えている。クレープのおこぼれを狙った数羽が、ベンチの周りによちよち集まってきていた。

「それでも断らないルゥ君は優しいよね」

 水鳥にクレープの切れ端を放ってやりながらリオが言う。

「姉さんがしつこいからだよ」

 ルイスもほんの少し、投げてやった。

「あはは、ごめんごめん。怒った?」
「いや、別にいいよ」

 リオのわがままには慣れきっていた。子供の頃からずっとこんな調子なのだ。
 それに、だ。どうせ、そのうち新大陸に渡ることになっている。しばらくは会うこともできなくなるわけで、ならば少しぐらいの姉孝行はしといてもいいはずだ。
238 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:26:24.55 ID:X0KOP8k0

「え? それどういうこと?」

 リオが声を上げた。ルイスはびくりと身体を硬直させる。

「……何のこと?」
「今、しばらくは会えなくなるとかなんんとか」

 しまった。無意識につぶやいてしまっていたらしい。
 リオとの付き合いは長い。ルイスが生まれたときには三十近かった彼女(見た目は十三歳ほどだったとか)が、よく世話を申し出たようだ。場合が場合だったら彼女が名付け親になっていたかもしれないとも祖父母は言う。もっとも、他人にぺろぺろキャンディーなどという名前をつけようとする輩に任せはしなかっただろうが。まあとにかく、その長い付き合いの中で学んだことがいくつかある。そのうちのひとつ。魔物は総じて耳がいい。

「僕、そんなこと言ってないよ?」
「ルゥ君てさ」

 横目でこちらを見ながらリオが言う。

「嘘つくとき、鼻の頭を掻くよね」
「……」

 ゆっくりと手を下ろす。
239 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:28:24.25 ID:X0KOP8k0

「ねえ、どういうことなの」
「……」

 しばらく逃げ道を探したのだが、そのうちに沈黙に耐えられなくなってルイスは白状した。

「……いや、実はね」

 かいつまんで新大陸に行く事情を説明する。気は進まなかった。何故なら、

「あたしも行く」

 こうなるからだ。

「却下」
「なんでさー」

 ルイスはため息をついた。

「いいかい姉さん。僕は自身の首がかかった重大な研究のためにあっちに行くんだ。決して遊びじゃないんだよ? 姉さんがついてきたらきっと研究に支障がでちゃう」
「私が足を引っ張るってこと?」
「邪魔しない自信はないでしょ」
「そんなことないよ」

 ちなみにリオは嘘をつくとき、異常なまでに視線を合わせてくる。

「嘘ついちゃだめ。何言ったってつれては行かないからね」
「知ってる、ルゥ君?」
「何が?」
240 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:30:15.99 ID:X0KOP8k0

「新大陸での死者数」
「……」

 聞いたことはあった。開拓が進み生活基盤の整備が進んできたとはいえ、新大陸はまだまだ未開の地である。法の整備はそれほど進んでおらず、物騒なことがたびたび起こる。

「あたしを連れてけば安心だよ」
「……」
「死にたいの?」

 確かにリオは腕がたつ。というより魔物の女は総じて強い。連れて行けばそっちの面での心配はなくなるだろう。
 しかし。しかしだ。

「……お金とかはどうするのさ。船の手配だって結構面倒だよ?」

 そういうとリオは持っていた鞄を探り始めた。

「ルゥ君さあ、あたしを誰だと思ってるの。こんななりでも魔王の娘だよ。お金ならほら、たくさん」

 ジャラジャラと音のする袋を取り出して見せた。金貨の類だろう。
 タフレムは比較的安全な都市である。しかし、市民の全員が善人だというわけでもない。しまうように手振りで伝え、ため息をつく。

「ね、つれてってよ。いいでしょ、ねえってば」

 しつこく揺さぶられながらルイスは頭を抱えた。こうなるとリオは絶対に主張を変えないことを知っている。
 頭を掻きながら口を開く。

「……。分かったよ……ただしこれだけは約束して。絶対に僕の研究を邪魔しないこと。いいね?」
「うん!」

 リオは異常なまでに視線を合わせながらうなずいた。
241 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:32:16.14 ID:X0KOP8k0

 一週間ほどで先方から返事がきた。大学に休暇の願いを出し、いよいよ出航のときが迫ってくる。その間リオは何度もタフレムを散策し、ルイスもそれに付き合わされた。落ち着かないときに歩き回るのは彼女の癖だ。
 旅の準備をしながら、母や祖父母にこのことを連絡し忘れたなと思い出す。もっとも、彼らが住んでいるところはとある辺境で郵便ネットワークの外側にあるため、直接出向く以外に連絡の取り様はなかったのだが。

 そして、出航の日。大型の帆船、スクルド号に軽い緊張と共に乗り込む。

「そんなガチガチな名前じゃくて愛しのふわふわ号とかにすればいいのに」

 とはリオの弁で、なんというかまあ、彼女はこんな時もいつもどおりだ。

「ん?」

 ルイスはふと声を上げた。リオの持つ荷物を見て。彼女が持っているのは、布に包まれたなにやら長い筒状のものだった。

「なにそれ?」
「えへへ、大事なモノ」
「ふーん?」

 さして興味も惹かれず海に目を移す。強い日差しが海に反射して目を刺激した。
 きっとあともう少ししたら夏になる。
242 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:35:36.67 ID:X0KOP8k0

     ・
     ・
     ・

 船が出航して二日たったころのこと。そろそろ暇つぶしの話題も尽きてきて、ルイスの船室でだべりながら。

「ねえルゥ君」

 リオがけだるげに声を上げた。

「何か面白い話、ない?」

 言われて記憶を探る。家族のこと、大学の生活、魔王城の近況。たしかにあらかた喋りつくした感はある。
 では、

「あまり面白くない話かもしれないけど聞く?」
「おー言え言えー」

 ベッドで転がりながらリオが答える。ルイスは部屋の椅子に座りなおした。

「僕の研究内容のことなんだけど」
「……つまんなそう」
「だから言ったでしょ」

 苦笑して、それでも続ける。

「先代魔王を倒した勇者のことについて調べてたんだ。知ってるかな、ミハイル・フィール」

 ぴたりと転がるのをやめて、リオがこちらを見る。

「知ってるよ。当たり前じゃん。あたしたち魔物の敵なんだし」

 現在は人間と魔物の間に協定が結ばれている。その状況で魔物と人間の関係を悪く言えば周りからどう見られるか分かったものではない。それを思い出したのだろう、リオは「……だったし」と言い直した。
243 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:36:21.92 ID:X0KOP8k0

 とはいえ彼女がそう言うのも無理はない。かの英雄はそれほど強大な(彼女らにすれば邪悪な)力を持っていた。対魔王戦力《十三使徒》の元トップであり、サクセサー・オブ・レザー・エッジ、鋼の後継の異名を持つ。ルイスはその異名に彼の力の秘密が隠されていると睨んでいた。

「かっこいい名前の人は強いってこと?」
「違う違う」

 笑いながら否定する。

「つまりね、後継者なんて名前がついているってことは、誰かからその強大な力を受け継いだってことなんだよ、きっと。僕はそれが誰なのかを調査していたんだ。順当にいけば、彼の親が特別だったんだろうけど」
「特別って、例えば?」
「そうだね。とても優秀な血筋だったとか、もしくは……」

 顎に手を当てる。

「人間じゃない、とか」

 リオは頭を起こした。

「それって……魔物ってこと?」
「うん、ありえる」

 言いながら鞄を探り、一束の書類をつかみ出す。

「実はそれは僕の前の研究でね。今は違う研究テーマに取り組んでいる。それでだ、それがもしかしたら今のことに関係しているかもしれないんだ」
244 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:38:19.17 ID:X0KOP8k0

「と言いますと?」
「今取り組んでいる研究テーマは、魔術の起源と魔法についてなんだよ」

 聞いて、リオは片眉を上げてみせた。

「魔法? そんなあやふやなもの調べてるの?」
「僕だって胡散臭いテーマだと思うさ。でもそっちはまずはおいとこう。問題は魔術の起源だ」

 ぱんぱんと書類をたたく。

「人間の神話じゃ、魔術は魔物が悪魔と契約して手に入れたものだといわれてる。人間も徐々に汚染されて使えるようになったんだと」
「ルゥ君もそう思うの?」
「まさか。僕は僕で持論があるさ」

 リオは完全に起き上がり座りなおすと、興味津々といった様子でこちらに目を向けた。
 説明を続ける。

「僕はね、魔術はこの世を決定する法則――個人的に常世界法則って呼んでるけど――それに干渉する特殊な能力、技術のことだと思ってる。魔物はあるとき偶然か必然かそれをどうこうする力を得たんだよ、多分」
「魔物だけ? じゃあ、なんで人間も使えるの?」
「いろいろ考えられるけど、僕が考えてるのは――混血だよ」
「子作り?」
「ま、まあそうだね」

 身もふたもない言い方に少しひるむ。

「神話では汚染なんて言い方してるけど、結局は人間と魔物が、えーと、その、交わったことの暗示だと思ってる。過去の混乱期だ、記録にはそんなことがあったなんて残ってないけどね。ある程度交流が進めば当然起こるべくして起こる」
「ちょっとエッチな話題?」
「……。まあ、そうだね。とにかく、僕の説が正しければ人間の魔術士は魔物と人間のハーフ。そして魔物の血が濃いほどその力や魔力はより強大になる」
「なるほど。例の勇者がそうだって言うんだね」
「そういうこと」
245 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:39:51.37 ID:X0KOP8k0

 もしくはその親とやらは、

(魔物よりもさらに強力な何か、だ)

 ルイスは書類を鞄にしまいなおした。
 リオが口を開く。

「ルゥ君はじゃあ、とりあえず魔物がどうやって魔術を手に入れたかを調べるんだね?」
「そういうこと」
「魔法についてはどう考えてるの?」

 魔法とは、前述したとおり一言で言えば無制限の強制力のことである。ルイスの説どおり魔術が世界の物理法則に干渉するものだとすれば、魔法とは法則そのものを書き換える能力ということになるだろう。まさしく神の領域である。

「そうだなあ。基本的にはただの世迷いごとだと思うよ。無制限な力なんてもの、逆に力として定義できない気もする。魔術の最終形が魔法ってことにはなるんだろうけどね、うん」
「それでも調べるんだ」
「それが仕事だからね」

 えらいなあ学者様は、とリオが笑う。様、なんてたいしたもんじゃないよ、とルイスは返した。話はそこでお開きになりそうだったが、

「でもさでもさ」
「うん?」
「普通魔物と人間は結婚できないっていうじゃん」
「まあ、そこはいろいろあるんだよ」
「じゃあ、あたしとルゥ君でも子供作れるってことかぁ」

 ぎょっとしてリオを見る。彼女はぺろりと舌を出すと、

「冗談だよ、冗談」

 ぽてっと横になった。
246 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/21(水) 17:40:41.20 ID:X0KOP8k0

 数年が経過したような気もしたが、まあそんなことはない。実際には一ヶ月弱の船旅だった。途中で悪天候にも見舞われながらも、何とか船は対岸へたどり着くようだ。
 船酔いをこらえながら甲板に出る。水平線の向こうに薄ぼんやりと陸地が見えた。早朝のひんやりとした空気ともやの中、それは宙に浮かび出るかのように見えた。

 新大陸。魔物と人間の新天地。
 期待はそれほどふくらみはしないが、それでもなにか心躍るものがなくもない。
 ルイスは伸びをした。リオはまだ船室で寝ている。彼女はめったなことでは早くには起きてこない。リオが目を覚ます頃には港についているだろう。

 これから何が起こるのか。それとも何も起こらないのか。ルイスの関心をよそに、船はゆっくりと大陸へ近づいていく。
247 :アナウンス [sage]:2010/07/21(水) 17:42:04.54 ID:X0KOP8k0
・第一章終了。また次回
248 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/21(水) 17:57:29.99 ID:tN4W6es0

249 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/21(水) 18:09:25.73 ID:uRWJGm60
乙です。
猛暑が続いてますね。御自愛下さい。
250 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/21(水) 18:28:15.50 ID:wtIh/ADO
乙だぜ
251 :アナウンス [sage]:2010/07/21(水) 19:19:44.10 ID:X0KOP8k0
>>249
 これはどうも
 みんなもお体に気をつけて
252 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/22(木) 02:37:04.38 ID:Ex52lb2o
乙!
オーフェン見てみようかな
253 :アナウンス [sage]:2010/07/22(木) 08:16:42.89 ID:ZyNsMeM0
>>252
 当然だけどこのssよりは確実に面白いから、もしこのssを面白いとおもっていただけたのなら一見の価値あり
 はぐれ旅は中だるみを感じるかもしれないから、一巻だけ読んだらまずは無謀編を読むのがいいと思う
254 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/22(木) 14:56:38.43 ID:ZyNsMeM0




 〜第二章 「殺人人形」〜




255 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/22(木) 14:58:03.98 ID:IM/uW.c0
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
256 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/22(木) 15:03:56.17 ID:ZyNsMeM0

 太古の昔、地上にはどこまでも続く泥しかなかった。
 神は天上から下り、その上を歩いておられた。
 あるとき神は泥に御手を差し伸べられおかき混ぜになった。
 かき混ぜるうちに泥は水と土に分かれた。神は水を海、土を陸と名付けられた。
 次に神は土をお取りになって細工を施された。
 いくつもいくつもお作りになり、そのうちにそれが草木や、獣となった。

 神は、最後に自分の似姿を二体作られ、息を吹き込まれた。
 命を得たそれを、神は人間と名付け、片方を男、もう片方を女と呼ばれた。
 神は人間を祝福した。そして、世界を示し、「私はこれをあなた方に与える。これを支配し、管理し、統治せよ」とお命じになった。
 人間はそのようにした。

 しかし、世界は広く、また草木は数多あり、獣も数え切れないほど多かったので、たちまち世界は混乱し、衝突が生まれ、騒乱が起こった。
 そこで人間は、「わたしたちに手足となるものをお授けください、さすれば地上も平らかになるでしょう」と神に願った。
 神は聞き入れられた。
 神は獣たちの中から人間に似たものを選び、男と女の前にお連れになった。
 これを人間の奴隷とし、働かせることにしたのである。
 しばらくの後、世界は平穏を取り戻した。
 神はこれを見て、満足された。

 このようにして穏やかな時間が流れた。
 人間は世界を治め、人に似た獣は奴隷として駆けずり回った。
 しかし、時間が流れるにつれて、その獣はよこしまな心を持つようになった。



 ――神話より抜粋――



257 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/22(木) 15:07:24.83 ID:ZyNsMeM0

◆◇◆◇◆


「わあ、すごいね!」
「そうかな」

 船から降りて港に立つ。リオが歓声を上げたが、ルイスにはさっぱりだった。大洋を渡る船の港だけあってそれなりに大きさがあるものの、それだけと言ってしまえばそれだけだ。石畳の地面にいくつもの木箱が積み重ねられているのが見えるのみである。
 それでもリオは目を輝かせるのをやめなかった。そのまま荷物を引き摺り走り出す。

「さあ行こう、学者様!」
「だからその呼び方はやめてってば姉さん」

 ルイスも荷物を持ち上げ後に続いた。

 アキュミレイション・ポイント。それがこの港町の名前である。集積地という意味のその名は、ただ、分かりやすいから、という理由でつけられたらしい。新大陸の玄関口で、小さい町ながら多くの荷物や人々が行き来する。
 磯の香りがする町の中をリオを追いかけて歩きながら、ルイスはこれからのことについて考えていた。まずは先方に会って挨拶を済ませなければならない。その次に魔術武器の調査結果をじかに聞き、それからようやく遺跡の調査に乗り出すことができる。

「もしかして、ルイス様ではありませんか?」

 考え事をしていたので、反応が一瞬遅れた。立ち止まって声がしたほうを見る。

「あ、はい、そうですが」
「ああよかった、船が予定よりも早く着いたらしく、お出迎えに遅れてしまいました。どうかお許しください」
258 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/22(木) 15:08:32.05 ID:ZyNsMeM0

 正装のその男はルイスに向かって丁寧に頭を下げて続けた。

「私、市長の下で雑務を務めているものです。このたびは学者の方がいらっしゃるとお聞きし、お迎えにあがりました」
「あ、これはわざわざありがとうございます。僕は、このたびタフレム大学から調査に参りました、ルイス・フィンランディと申します。これからしばらくの間、お世話になります」

 頭を下げると、男は微笑んだ。

「お若いのにしっかりしてらっしゃいますね」
「いえもう十九ですから」
「お若いですよ。これからのご活躍も期待させていただきます。おっと、仕事を忘れるところでした。市長のところまで案内しますね。私の後についてきてください」
「あ、その」

 ルイスはそこで口ごもった。

「実は、お知らせしそびれたことがありまして……」
「ルゥくーん!」

 軽快な足音が近づいてきた。
259 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/22(木) 15:09:36.60 ID:ZyNsMeM0

「ルゥ君、アイス売ってたよ! 食べよ?」
「あー……ありがとう」

 アイスキャンディーを受け取って男に向き直る。男は少し驚いてルイスを見ていた。

「お連れの方ですか?」
「ええ、まあ」
「リオだよ!」
「これはご丁寧に。アランと申します。以後お見知りおきを」

 男はすぐに表情を戻すと笑って頭を下げた。ルイスは頭を掻く。

「すみません、事前にお知らせできればよかったんですが」
「いえいえ構いませんよ。一人分くらいならばいろいろと余裕もありますし」

 では、と男は振り向いてついてくるようにと手で促した。
260 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/22(木) 15:12:34.93 ID:ZyNsMeM0

 男の後に続いて港町を出た。意外にも丁寧に整備された街道と、その脇に停まる馬車が目に入る。どうやら男があらかじめ手配してくれていたらしい。ルイスとリオを先に乗せ、男は御者に馬車を出すよう指示した。外の景色がゆっくりと動き出す。

「それにしても、恋人の方をお連れになるとは思いませんでした」

 ルイスとリオは顔を見合わせた。

「可愛い彼女さんですね」
「よく言われるよ?」
「姉さん、こら」

 軽くリオの頭をはたく。

「違うんですか?」
「ええ。えーと、祖父の知り合いの方の娘です。姉のようなもので」

 笑って誤魔化した。

「それはそれは。勘違いをして申し訳ありません」
「いえ、いいんですよ。それより、驚きました」

 意識して話を変える。

「この街道、ずいぶん綺麗に整備されてますね。先ほどの港町もよく整っていましたし、実は僕、失礼な言い方になりますが、新大陸はまだまだ開発途上だと思っていました」
「それは当然のことと思います。移民が始まってまだ十年ほどですしね」
「これから行くニューサイト市も綺麗なんでしょうね」
「それは私が保証いたします。ニューサイトは私ども移民が精魂こめて築き上げた都市ですから」

 男は、どこか誇らしげな笑顔を見せた。自分たちの手で造り上げたという自負があるのだろう。
 ニューサイト市。新大陸において中心都市として機能している場所である。町、ではなく都市だ。移民が始まって十年。彼らはそこに確固たる生活の基盤を築くまでになっていた。
261 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/22(木) 15:14:59.04 ID:ZyNsMeM0

 人の技術力。魔物の労働力。それらはどうやら新天地において見事な連携を見せていたようだ。種が岩の間で芽を出し、根を張るように、そこに生命が確かに息づいていた。

「……凄いものですね」
「ええ、私もそう思います」

 世界のどこであろうと生命は力強く呼吸をする。それはルイスが歴史学を通して求める真実のひとつなのかもしれない。

「そうだ」

 気づいて口を開く。

「あなたは遺跡から見つかった物品について、何か聞いてますか?」
「例の調査対象ですか。私はただの雑用係ですので、詳しいことは聞いておりません」

 実際に目で見てみるしかないようだ。
 ふと気づいてリオに目をやる。彼女が静かにしているのは珍しい。リオはこちらの会話には興味ないのか、退屈そうに指輪をなぞっていた。彼女は退屈なとき、よくそのようにする。
 馬車からは遠くの山並みが見えた。馬の歩みにあわせて、少しずつ動く。

「あとどれくらいで着くの?」
「退屈させてしまって申し訳ありません。後もう数十分です。あ、ほら、あれ。あれがニューサイトですよ」

 言われて彼が指差すほう、馬車の前方を見ると、遠くにレンガ造りの建物の群れが見えた。
 鳥がその視界を横切る。見たことのない種類の鳥だった。
262 :アナウンス [sage]:2010/07/22(木) 15:17:27.57 ID:ZyNsMeM0
・ここまで。また次回
263 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/22(木) 15:25:38.86 ID:eqlpxcDO
264 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/22(木) 20:36:36.84 ID:hbCoIsc0
乙です。
265 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/23(金) 05:41:10.45 ID:4K6bXEU0

 馬車は門の前で停まった。リオが真っ先に降り、門のところへ駆けていく。ルイスと男も馬車を降り、ゆっくりとその後に続いた。

「キエサルヒマ島では考えられないでしょうが、ここは亜人と人間とが共同で暮らしている都市です。普通に街中を歩いていますからびっくりすると思いますよ」

 聞きとがめる。

「キエサルヒマ“島”? それと亜人というのは?」
「ああ、これは失礼」

 男は心底申し訳なさそうな顔をした。

「原大陸の調査が進むにつれ、キエサルヒマは大陸と呼ぶのには小さいという認識がこちらでは一般的になってきているのですよ。あ、原大陸という呼び方もそうです。人間はもともとこちらの大陸からキエサルヒマに移ってきたという説がありますので。そして亜人というのは、あれです、魔物という呼び方はどこか差別用語に聞こえませんか? 原大陸において、より角の立たない呼び方を模索した結果がそれなんです」
「なるほど」

 ニューサイト市の門をくぐり、中に入る。
266 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/23(金) 05:42:42.89 ID:4K6bXEU0

「わあ!」

 リオの歓声が聞こえた。ルイスもちょっとした感動とともにあたりを見回した。
 門から続く一本の長い街路。その道に沿って小綺麗なレンガ造りの建物が整然と並んでいた。色は必ずしも単一ではなく雑多な煉瓦が使われているようだったが、それが見た目を悪くすることはない。むしろ全体が調和し、落ち着いた雰囲気をかもし出していた。

「素敵!」

 リオは踊るように歩き出した。

「これほどまでとは……」
「綺麗でしょう?」

 ルイスの感嘆の声に、嬉しそうに男が言う。

「私たちの自慢の街です」

 石畳の道は狂いなく真っ直ぐに伸びている。それに垂直に交わるように横道が走っていた。都市計画がきちんとなされたのだと推測できる。その道の上を多くの人間が歩いていた。いや、先ほどの話からすると魔物――亜人?――も多く混ざっているはずだったが、とりあえず今は一目で区別できるできる者は見当たらなかった。

「さあ、リオさんが行ってしまわれます。私たちも歩きましょう」

 男に先導され、ルイスも歩きだした。
267 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/23(金) 05:44:43.77 ID:4K6bXEU0

 案内されたのは先ほどの道を曲がって少し歩いたところ。市の中心部だった。比較的大きく高い建物が並んでいる。

「行政区です」
「これが市長さんのお家? 大きいねえ」

 途中で買ったあげパンをかじりながらリオが言う。
 男は笑って訂正した。

「いえ、これは市議事堂で市長のご自宅はこれより小さいですよ。とはいえご自宅も十分大きいんですけどね」
「どうでもいいけど姉さん、入るまでにそれ、食べきってよね」

 中に入ると議事堂らしい重厚な空気が彼らを包んだ。
 男の案内を受け、市長室前に案内される。男は扉をノックした。

「お連れしました」
「入れ」

 歳のいった声が中から応える。ルイスはいったん襟を正し、男の後に続いて入室した。
268 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/23(金) 05:47:44.00 ID:4K6bXEU0

 仕事机と棚。後は置物が数点。市長室と言われればおおよそ思いつきそうな重厚な内装だった。そしてずいぶんと歳のいった老人がその机についている。八十は越えているように見えた。それでもそれを意識させないのはその姿勢のよさによるものだろう。老いを感じさせないきっぱりとした雰囲気があった。そして、目だ。思考の衰えなど微塵も感じさせず、逆に深い知見を感じさせる鋭い光が宿っている。

「こちらがタフレム大学からの学者の方です」
「ふむ」

 机に肘をついて彼は声をつぶやいた。

「あまり彼らには似ていないな」
「はい?」

 いきなり何のことだ、とルイスはいぶかしんだ。

「いや、すまないな、なんでもない。私が市長だ。名はエリム・ウェスト」
「タフレム大学から調査にうかがいました、ルイス・フィンランディです。で、こちらが――」

 手で示されたリオが、ルイスの紹介に先んじて笑顔で宣言する。

「リオだよ!」
「なるほど、君の方は意外に彼に似ているようだ」

 そう言って、市長は硬質な表情を僅かに緩ませた。

「ようこそ二人とも。原大陸を代表して歓迎させてもらおう。ぜひゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」

 下げた頭を戻し、ルイスはさっそく仕事の話にとりかかった。

「では、いきなりですみません。例のものについてなんですが――」
「ああ、分かっているよ。私が案内しよう」

 言うと市長はおもむろに席を立った。
269 :アナウンス [sage]:2010/07/23(金) 05:48:34.99 ID:4K6bXEU0
・ここまで
270 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/23(金) 08:05:54.92 ID:gQNDSlAo
271 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/23(金) 10:38:48.29 ID:zZaolv60
272 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/23(金) 20:21:48.61 ID:oY7Z27w0
乙です。
273 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 07:30:54.58 ID:Mhnb.RQo

 通されたのは市議事堂の一角にある部屋のひとつだった。
 広めの部屋の中心に、ぽつんと棒状のものが置かれている。

「あれが?」
「そうだ」

 市長は歩み寄り、それを拾い上げた。

「申し訳ないのだが、これひとつしか用意できなかった。だが、了承してほしい。これでも無理を言って持ってきてもらったんだ。調査チームの連中も試料が減るのは痛いとのことだ」
「いえ、むしろ十分過ぎるくらいです。お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした」

 市長からそれを慎重に受け取り、じっくりと眺め回す。

「これは……」

 見たままを言えば、杖のようだった。銀色で金属光沢を放つ棒状の物体。

「遺跡に埋まってたんですよね」
「その通りだ」

 それにしては確かに保存状態が異常なほど良かった。錆はまったく浮いていないし、手触りも滑らかだ。そして軽い。

「鉄のように見えるが、調査チームよるとそうではないらしい」
「……」

 長さ百二十センチほど。それほど太くはない。そして上端と思われる場所からは、

「ワニ?」

 そう、鰐とおぼしき爬虫類の金属細工が細い鎖でぶら下がっていた。
274 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 07:33:17.08 ID:Mhnb.RQo

「調査チームは鰐の杖と名付けたそうですよ」

 雑用係(実際には秘書だったのだろうが)の男が説明する。

「かわいい」

 リオが言うがそれは無視した。

「これの用途については?」
「何も分かっていないらしい。もっとも、それは発掘物全般に言えたことだが」

 それでもじっくりと見てみれば、なにやら魔術構成のようなものはうっすらと見えた。構成を理解しようと数分粘るが、結局それは不可能だということだけが分かった。

「ねえ、ルゥ君まだぁ?」

 早くも待ちくたびれたらしいリオが声を上げた。

「あー、ごめんごめん。もうちょっとだけ」

 杖を床に戻し、市長に顔を向ける。

「他の発掘物について分かったことでなにか教えてもらえることはありませんか?」
「そうだな……私は見ていないんだが、他の発掘物のいくつかには文字のようなものが刻まれていたらしいな」
「文字?」
「少なくとも私たちが使っている文字体系とは異なるようだ」
275 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 07:35:50.74 ID:Mhnb.RQo

 道具に刻まれる文字と言うのは、多くの場合呪術的な意味合いを持つ。道具に信仰の力をこめるのだ。少なくともルイスたち歴史学者や考古学者の間ではそういうことになっている。ならばこれら発掘物に付された文字というのもそういうことになるのだろうか。

 いや。
 これらは魔術の力がこめられた武器の類だ。意味合いが少し異なる。

 もし。もしだ。それらの力の源がその文字であるとすれば?

(魔術文字?)

 馬鹿な。現在確立されている魔術技術では、音声を媒介にするものが唯一にして絶対の方法である。過去においては、魔方陣やその他の類が本当に効果を持つかのごとく施されることもあったと聞くが、現在ではそのすべてが否定されている。
 魔術文字など、それこそ魔法と同じくらい胡散臭いモノだ。

「文字と発掘物が持つ特異性との関係も調査中だと聞く」

 ルイスの考えを読んだように市長が説明した。
 そこまで分かれば十分だった。この杖にはとりあえず今のところもう用はない。

「ありがとうございました。次は、遺跡のほうに直接調査に行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「調査チームが調査し終わった場所なら許可が取れているよ」
「感謝いたします」

 ルイスは深々と頭を下げた。
276 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 07:41:37.60 ID:Mhnb.RQo

「案内人を用意している。その人物に案内してもらうといい」
「そこまでしていただけるなんて、本当に感謝の言葉もありません」
「いや、いい。ただ、彼は少々変わり者でな多少苦労するかもしれないが」

 市長は意味ありげに、にやりとした。

「そこはまあ、我慢してほしい」
「? はあ」
「あと、彼のところには君たちのほうから直接訪ねてくれ」
「それくらいなら」

 市長は話し終わると、部屋の扉を開けた。

「あとはアランに任せる。分からないことがあったら彼に聞くように。すまないがこれで失礼するよ」
「ありがとうございました」

 再び頭を下げると同時に扉が音を立てて閉まった。
277 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 07:43:26.45 ID:Mhnb.RQo

「市長はもともと商人だったのですよ」
「それはそれは」

 市議事堂から出て、街路を歩きながらの会話である。

「かなりやり手だったそうで。原大陸には開拓当初からスポンサーとして関わっていました」
「ふーん」

 あまり興味なさそうにリオ。また指輪をさわっている。

「紆余曲折を経て市長になったのですが、こちらの才もあったようで、以後ずっと彼が市長を務めています」

 行政区を抜け、商業区へと移る。

「あれだけ高齢になっても才気が衰えないのは、商人時代に培った知恵があるからでしょうね」
「僕もそう思います」

 宿の前まで来ると、男はこちらに振り向いた。

「こちらが手配した宿になります。ちゃんと二部屋取れましたのでご心配なく」
「ご迷惑をおかけしました」

 いえいえ、と男は笑って言葉を続けた。

「それで、申し訳ないのですが私の案内はここまでになります。遺跡への案内人へは引継ぎを頼んでありますので、ご了承願えますでしょうか」
「ええ、お気遣いなく」
「そういっていただけると幸いです」
「それで、その案内人の彼はどこに?」

 男はちょっと間を置いて、「酒場です」と続けた。
278 :アナウンス [sage]:2010/07/24(土) 07:45:03.21 ID:Mhnb.RQo
・ここまで
279 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/24(土) 07:45:48.76 ID:V9q0UGIo
乙だぜ
280 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/24(土) 14:20:14.99 ID:lkBPVag0
281 :アナウンス [sage]:2010/07/24(土) 14:25:36.48 ID:Mhnb.RQo
・さてここまで投下してきたわけだけども、前置き部分が長いなあという印象
投下量のせいもあるかもしれないけれど退屈させてしまって申し訳ない
今日はもう一回投下する。ここから(比較的)面白いところに入るから少し待っていてください
282 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:18:51.12 ID:Mhnb.RQo

「生二つ!」

 酒場にリオの声が響いた。ルイスは慌てて彼女が上げた手を掴む。

「違うでしょ姉さん! 僕たちは別に飲みにきたわけじゃ……」
「あいよ」

 どん、とジョッキが二つテーブルに置かれる。

「……いやあの僕たちは」
「返品不可」

 店員は無愛想につぶやくと、カウンターに引っ込んでいった。呆然とそれを見送る。

「ぷはー!」
「もう飲んでるし」

 席について空のグラスを掲げ、リオはにこにこと微笑んでいた。

「さあ、ルゥ君も遠慮しない! どうせルゥ君の奢りだからね!」
「僕未成年だよ、奢らないよ。待てこら姉さん追加注文するな!」

 なぜか既視感を覚えながら、ルイスは手を上げるリオの袖を慌てて掴んだ。
283 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:21:27.80 ID:Mhnb.RQo

 数分後。一向に飲み飽きる様子のないリオを置いて、ルイスは酒場の中を歩いていた。慣れない酒など飲んだので(誓って言うが、自分から飲んだわけではない、飲まされたのだ)、吐き気がする。アルコールの類など、一生馴染める気などしない。それで構わないし、特に困ることもないだろう。
 あたりを見回す。談笑する者、泥酔してテーブルに突っ伏す者、やけに騒がしく盛り上がっている者。酒場らしく種々雑多な人種が集っているが、

(どこにもそれらしき人は……見当たらないな)

 例の案内人である。秘書の男は、見れば分かるといっていたが。トイレにでも入っているのだろうかと思いそちらに向かうが、そんな様子はなかった。はて、と困惑する。昼も過ぎ――つまり先ほどのは昼から飲んでいるろくでなしたちだ――あと四時間もすれば夕方になる。それまでには顔合わせぐらいは済ませたいと思っていたのだが。

(もしかしているときといないときがあるのか?)

 だが、市長もアラン氏もそんなことは一言も言っていなかった。聞いておくべきだったかと軽く後悔する。

「参ったな……」

 そうつぶやいたときのことだった。
284 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:26:29.37 ID:Mhnb.RQo

 がしゃあん!

 けたたましい音が店内に響いた。驚いて振り返るとテーブルがひとつ、ひっくりかえっているのが見えた。そしてその脇で対峙する二人の人間。
 ルイスはひどく嫌な予感を覚えた。

「テメエ! さっきこっち見て笑っただろ!」
「ああん? オメエだってこっちに唾吐きやがったよなあ!」
「やるか!?」
「望むところだこの野郎!」

 怒鳴りあいはあれよという間に殴り合いに発展している。ルイスは頭を抱えた。騒々しいのは嫌いだが、それよりも大きな懸念があったのだ。

「あたしも混ぜろー!」

 視界を高速で駆け抜ける影ひとつ。ぴゅんと間に割って入り、どちらに味方するでもなく暴れ始めた。

「姉さん!」

 リオに続くように何人かの酔っ払いが争いに飛び込み、争いは瞬時に、そして加速度的に規模を拡大していく。

「あーもう!」

 即座に覚悟を決め、ルイスは騒ぎの中に飛び込んだ。
285 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:28:03.94 ID:Mhnb.RQo

 目の前で暴れている酔っ払いの背中を押しのける。飛んできたグラスをすんでのところで避け、しかし踏み出した足を思い切り踏まれた。舌打ちして足の主を突き飛ばし、逆に背中を押されてすっ転ぶ。

「姉さん!」

 憤懣やるかたなく這い蹲りながら怒声を上げる。あいにくリオは聞いていないようだったが。

「あははははははっ」

 彼女の父も似たようなところがあったと祖父に聞かされたことがある。祭りごとには目がないのだと。
 まったくあの一族は!

「ねーえーさーんー!」

 床を殴るように立ち上がる。
 屈強な男を殴り飛ばしているところだったリオは、そこでようやくルイスの表情に気づいたようだった。

「やほほ」
「やほほじゃない! どうすんのさこの騒ぎ! 半分は姉さんのせいだからね!」
「いいじゃん、楽しければ」
「よくない上に楽しくない!」
286 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:29:57.46 ID:Mhnb.RQo

 もう一言ぐらい言ってやらなくては気がすまない。息を吸い込んで――胸倉をつかみ上げられ息を詰まらせた。

「ぐ!?」

 これまた屈強な男だった。身長は二メートルを越すだろう。身体全体が筋肉で盛り上がっている。その大男につるし上げられてしまっていた。

「こいつは知り合いか嬢ちゃん」
「ちょっと! ルゥ君に何するのさ!」

 大男がにやりと顔を歪ませる。

「おいおい、何すんのかは俺の台詞だぜ? こっちは弟分がのされてんだしよお」

 言って先ほどリオが沈めた屈強な男をあごで示した。
 いつの間にか周囲は静まりかえっていた。つるし上げられた視界で見える人々は、みんなこちらを見ている。

 ヴォイムだ。壊し屋のヴォイムだ。酔っ払いたちがつぶやくのが聞こえる。
 名の知れた強者らしい。厄介なことになったぞ、とルイスは焦った。これはまずい。

「嬢ちゃん。騒がし好きなのはいいが、程度をわきまえないと」

 言って腕を大きく振りかぶった。

「こうなるぜ!!」

 ルイスの視界が真っ白に染まった。直後に衝撃で視力を取り戻す。あごと背中に猛烈な痛み。床に転がってうずくまる。

「ルゥ君!」

 リオの悲鳴が遠くに聞こえた。当のルイスは殴り飛ばされた痛みをこらえるので精一杯で、それに応える余裕はなかった。小さくつぶやく。
287 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:31:57.55 ID:Mhnb.RQo

 ヴォイムとやらが大笑いしているのが聞こえる。

「馬鹿が! 俺をムカつかせるからこうなる」

 ルイスはようやくのことで視線を上げる。こちらを見るリオの、泣きそうな表情と目が合った。必死でアイサインを送る。これ以上は本当にまずい。

「さあ、嬢ちゃん。おしおきの時間だ」

 大男がリオに歩み寄る。リオがゆっくりとそちらに視線を戻した。その強張った背中が、急激に脱力していく。ああ。

「ちょっと俺と遊んでくれよッ!!」

 男が無造作に拳を振りおろした。猛烈な一撃がリオを襲う。
 骨が骨を砕く音が響いた。
288 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/24(土) 16:33:38.49 ID:Mhnb.RQo

「ああああああああああああああああ!」

 悲鳴が聞こえる。のた打ち回る音も。
 顔を真っ青にしながらルイスはようやく起き上がった。

「姉さん」

 呼びかける。リオは応えない。悲鳴だけがこだまする。

「姉さん!」
「いてええぇぇッ!」

 のた打ち回っているのは大男だった。その顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら無様に転げまわっている。
 彼の拳はつぶれていた。手加減なく、微塵も容赦なく完膚なきまでにつぶれていた。

「よくもルゥ君を……」

 はっとしてリオの背中を見る。彼女はまだそこに立っていた。拳を突き出したままの姿勢で。
 彼女の拳が彼の拳を砕いたのだろう。魔物の骨密度は人間のそれよりはるかに高いという調査結果がある。そのせいで体重があるのも彼女の悩みだった。

「よくもルゥ君を殺したな!」
「いや生きてるし」

 呆然とつぶやく。

(ああ、遅かった)

 一番起きてはならないことが起きてしまった。だからまずいと思ったのに。
289 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:35:52.55 ID:Mhnb.RQo

「兄貴!」

 数人の人相の悪い男たちが周囲の野次馬を押しのけて駆け寄ってきた。
 失神した大男を抱き起こし、必死に呼びかける。

「兄貴、兄貴!」

 しばらくそれを続け、無駄だと分かると、彼らはものすごい形相でリオを睨め上げた。

「テメエ、よくも!」
「うるさい! ルゥ君を殺したくせに!」
「生きてるし!」

 どちらも聞く様子はない。

「兄貴の仇!」

 男たちがわらわらとリオを取り囲んだ。そのまま飛び掛るかにみえたが、

「待て」

 涼やかな声がその場を冷やした。
 見ると人垣を割って歩み寄る人影があった。羽飾りのついた派手な帽子。整えられた髭。足取りには隙がなく、眼光は鋭い。帽子と同じくいやに目を引く長剣を帯びている。
 男はヴォイムの手下を気迫だけで遠ざけると、リオに向き直った。少し、距離を空けて。
290 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:37:20.99 ID:Mhnb.RQo

(あああああいったいいつになったら収拾がつくんだ!)

 胸中で悲鳴を上げながら、それでも事態を見守るほかない。ルイスにはそれらを止めるだけの武力がなかった。まったく。

「かなりの腕前と見た。私と手合わせ願いたい」
「……」

 リオは何も応えなかったが、その背中から怒気が、いや殺気が立ち昇っているのが見える。確かに見えた。

「剣を取れ。持っているのだろう?」

 抜剣しながら男が言う。

「いくぞ」

 そのときにはそこに男の姿はない。ルイスはぞっとした。やられる。
 気合の声だけが聞こえた。
291 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:41:14.73 ID:Mhnb.RQo

 そして轟音と共に人影が壁にたたきつけられた。ずるずると滑り落ち、既に意識はない。

 やられた。

「姉さん!」

 ルイスはふたたび悲鳴を上げる。

「もうやめるんだ、姉さん!」

 リオは一歩踏み出した姿勢のまま剣を保持していた。長剣。彼女の体格には少し大振りの。
 いつの間に? と誰もが思っただろう。
 誰も気づかなかったはずだ。気合を呪文に異空間から剣を引きずり出し、相手の一閃を紙一重でかわし、同時に剣の腹を叩き込んでいたなど。

 リオが叫ぶ。

「ルゥ君を、返せえええええええ!」
「だから僕生きてるううううううう!」

 なぜか彼女には聞こえてくれないらしい。反応らしい反応もなく、むやみやたらと殺気を撒き散らしている。

 亜人だ。声が聞こえた。あの女、亜人だ。
 遅ればせながら、野次馬たちも気づいたらしい。一番まずいことが起こってしまった。

(これじゃあまた人間と魔物の間に亀裂が入るぞ!)

 魔物と人間の関係が親密になってきたとはいえ、それは十年という月日でなんとか築き上げてきた信頼関係があってのことだ。人間の魔物への恐怖はいまだ根強い。彼らはその気になれば人間くらい素手で殺せてしまうのだ。
 冷や汗が背筋を伝う。
292 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:42:29.31 ID:Mhnb.RQo

 研究調査が続けられなくなるどころの騒ぎではない。世界規模の問題にまで発展しかねない。
 ルイスは既に混乱していた。新大陸にきたばっかりなのに、畜生姉さんやってくれたな。こんな事態僕じゃあ収められないぞ!

 だから。

 それに気づけたのは偶然だったろう。

「!?」

 鋭い魔術構成。リオを狙って尖っている。リオは気づいていない。ルイスは振り向いた。そこにある。先ほどの手下たちの一人と思しき男の姿が。

(魔術士――!)

 呪文の声が聞こえる。間に合わない。リオに当たる。

 ――――普通ならば。
293 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:44:35.70 ID:Mhnb.RQo

     ※


 さて、ルイスについて語ろう。彼について知るべきことは多いとも少ないとも言える。
 ルイスは十九年前、この世に生を受け、それなりに大事に育てられた。祖父による特訓をどう評価するかにもよるが、まあそれなりには大事に育てられた。すくすくと育ち、その過程で類まれなる知能の高さを示し、十二歳のときにタフレムに遊学に出された。本人も望んでのことだった。もっとも、祖父の特訓よりはマシと判断したのかもしれないが、それは余人の知るところではない。

 その後、ルイスは目覚しい才能を発揮しそれに見合った地位を得るのだが、そのことについてはおいておこう。問題とするのは、彼の祖父が施した特訓である。
 勇者じきじきの特別訓練だったこと以外は特記すべきことはない。ただ、ルイスは反駁するかもしれない。あれは人間のする鍛錬ではないと。一理ある。傍から見れば一方的な蹂躙に他ならなかったのだから。

 祖父はルイスを嫌っていたか。いや、そうではない。むしろ彼はルイスを愛していた。ゆえにこそ手加減はしなかった。祖父はルイスを勇者にしようとしたわけではないが、彼がしかるべきときにしかるべき力を振るえるようにしてやりたかった。それをルイスがどう思ったかは分からない。それはともかく特訓から彼が得たものは少なかった。
 そう、少なかった。彼は戦士に足る強さを得たわけでも魔術士に足る力を得たわけでもなかった。ルイスには何も残らなかった。彼は戦闘に必要な才能が絶望的に不足していたし、魔術を実現するのに十分な魔力も持っていなかった(祖母の遺伝だろう)のだ。

 しかし。

 ルイスの頭脳はそれらを補って余りあるものだったのだ。


     ※
294 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:48:26.74 ID:Mhnb.RQo

 指を突きつけ、宣言する。なるたけすばやく、なるたけ鋭く。

「我は放つ光の白刃」

 呪文が世界をほんの少し、ルイスの望む形に変化させる。

 すなわち。

 さきほどの魔術士が悲鳴を上げて目を押さえた。完全に不意をつかれて彼の構成が霧散していくのが見える。ルイスは自分の魔術の効果に満足した。

 小さな衝撃波が例の魔術士の目を打ったのである。

 念のため言っておくが、常識で考えれば間に合うはずがなかった。例の魔術士の魔術はほぼ完成し、その効力を発揮する直前だったのだから。
 それを間に合わせたのは祖母譲りの特殊な構成手法である。

 魔術というのは魔力、構成、呪文の三要素で成り立っている。魔力は魔術を成り立たせるためのリソース。構成は魔術の、いわば設計図。実体のないものだが、魔術士にはそれを見ることができる。そして、呪文は魔術をこの現実に成立させるための媒体となるのである。すなわち魔力は構成によって形を与えられ、呪文の声によって世界に現出する。
 ルイスには力はない。だが、頭はいい。凄まじく。これが示すのは、彼には魔力は持たないが、構成力に長けているという事実である。構成は術者の頭脳レベルにも依存する。
295 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:51:20.37 ID:Mhnb.RQo

 ルイスがやったことはそんなに複雑なことではなかった。魔術の短絡化。それが全てである。つまりどういうことか。
 魔術の構成には攻撃、防御、治療、その他様々な種類があるが、そのどれもに共通するのは、反動処理構成の織りこみである。攻撃構成であれば特に顕著に反動が出る。それを抑制、中和、制御するために構成を付け加える必要があるのだ。ルイスは主内容構成を極限までコンパクト化し、なおかつそれら付属構成を排していた。もちろん危険は多い。自分に威力が返ってくることも十分考えられる。小さな威力の構成でも反動はその何倍にもなることがあった。そのための見極めだ。どれだけの威力をどれだけ最小限にコントロールするか。魔力に乏しくとも、ルイスはそれに優れているのである。

 ルイスの魔術は魔力の限界により十分な威力を持てない。だがそれは、決して使えないとか不得意とかいうことではない。

「よし」

 腕を下ろしながらルイスはつぶやいた。周りの人間は今の出来事に気づかなかったようだ。ただただリオについて騒ぎ立てている。

(さて、どうしよう……)

 事態は実のところ全く好転していなかった。

 と。

 突如膨大な魔術構成が膨れ上がる。酒場全体を隙間なく包み込み、凶悪に牙をむいた。

「な!?」

 構成の元を辿る。

「姉さん!?」
296 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:52:56.65 ID:Mhnb.RQo

 その凶暴な魔術構成の発信地はリオだった。その密度から冗談やこけおどしでないことが分かる。

(一体なにを……!)

「ねえさ――」
「ルゥ君のいない世界に意味なんかない……ッ」

 こちらに背中を向け、リオがうなるように言うのが聞こえる。憎悪の声。

「ならこんな世界、全部壊してやる!」
「いやちょっとねえさ」

 制止の声は意味をなしてくれない。

「光よ!」

 その声を媒体とし、突風が吹きぬけるような轟音を立てて光が膨れ上がった。
 防御魔術を発動させる暇なく閃光に飲まれる刹那、ルイスが思ったことはひとつ。

(僕、生きてるのに……)

 その日、街の多くの人々は、酒場の屋根を突き破って太い火柱が立ち昇るのを目撃したという。
297 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/24(土) 16:54:51.66 ID:Mhnb.RQo

     ※


 さて、リオについて語ろう。彼女について知るべきことも多くて少ない。
 リオは四十九年前にこの世に生を受けた。こちらはルイスと違ってしっかりきっかり大事に育てられた。何しろ魔族の王の娘だ。それが当然というものだった。物心ついた頃から姫としての教育を受けさせられ、礼節に行儀作法、各種お稽古を叩き込まれた。

 彼女は貞淑に育ったか? それが全然だった。リオは小さい頃から外で遊ぶのを好み、他の魔族の子供とじゃれるのを楽しんだ。特に喧嘩事が大好きで、進んで面倒ごとに首を突っ込み、女ガキ大将と恐れられたものだった。服の趣味も、可愛らしいドレスなどよりもジーンズのようなラフなものを好んだ。
 側近をはじめ、周囲の魔族は頭を抱えた。これでは魔王の娘として恰好がつかない。彼らは教育をより厳しくすることを決定した。

 今度こそ彼女は貞淑さを身に着けたか? 全くもってそんなことはなかった。リオは空いた時間こっそり部屋から抜け出し、よく元帥のところに出張に行った。訓練してもらうためだった。元帥は、男女関係なく武の力は大切だと思っていたし、そのあたりは物分りのいい魔族だった。彼は師事の嘆願を受け入れ、リオを抜かりなく鍛え上げた。
 リオはとてつもない勢いでその才能を開花させた。彼女の戦闘はやや大雑把の感があるものの、そのセンスには目をみはるものがあったし、もちろん魔術の素質も申し分ない。魔力は魔族の間においてもぬきんでていて、魔神の化身ではないかとかなり本気で元帥を困惑させた。

 ただし、残念なことに。本当に残念なことに。

 彼女は頭がそれほどよくなかった。


     ※
298 :アナウンス [sage]:2010/07/24(土) 16:58:16.80 ID:Mhnb.RQo
・ここまで。ようやく話が進んだ感じ
 何か指摘などあったらよろしくお願いします
299 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/24(土) 20:17:41.33 ID:2.8xqgDO
超乙
300 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/24(土) 23:20:10.02 ID:u15nu2U0
ルゥ君・・・生きてるのに・・・
301 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/24(土) 23:53:09.64 ID:V9q0UGIo
乙だぜ

世代を越えた既視感とか感慨深いな
302 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/25(日) 03:29:41.14 ID:q816u2SO
乙!
面白い!
303 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/25(日) 05:03:56.31 ID:6yYi4iwo

「うわーん、ルゥくーん!」

 すっかり焼け落ちた建物の跡地に、娘の姿があった。
 その腕に男の遺骸を抱き、天に向かって慟哭している。男の身体のあちこちは炎で焦げ、黒くなっていた。彼はもう何かを告げることはない。笑うこともない。
 その残酷な事実が娘の身を震わせた。

「こんなのってないよ……わーん、ルゥくーん!」

 腕の中で小さなうめき声があがった気がしたが、それは聞き間違いだったろう。ましてや「畜生、姉さんめ」などという内容のはずがない。
 娘――リオは目元をぬぐうと、気丈にもきっ、と顔をあげた。

「ルゥ君をこんなにして許さない。あたしが仇をとってやる!」

 あの大男、ルイスをこんな目にあわせたくせに舎弟と一緒に逃げやがった。まったくもって卑怯臭い。あたしがじきじきに仕返ししてやる! 自分の所業をとりあえず頭から締め出して、リオは固く心に誓った。

 と、そのとき。

「いかん。いかんな、娘よ」

 涼風が吹きぬける、そんな声がした。リオははっとして視線を振った。
304 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/25(日) 05:37:40.19 ID:T6VDuRI0
おお、こんな夜明けに
305 :アナウンス [sage]:2010/07/25(日) 06:52:52.92 ID:XJ17Q.SO
携帯から失礼
パソコンの調子がおかしいので申し訳ありませんが一時中断とさせていただきます
306 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/26(月) 17:10:15.21 ID:HXFQOwDO
乙でした。
雷様にヤラれたのかな
307 :アナウンス [sage]:2010/07/27(火) 21:44:33.53 ID:aTp.vcSO
すみません
明日には投下できると思います
308 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/27(火) 22:03:37.96 ID:08C7hZso
ktkr
309 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/27(火) 22:28:33.58 ID:jnQy2Doo
首を長くして待ってる
310 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/28(水) 19:07:42.80 ID:3U87ytko

 酒場は焼け落ちてその無残な焼け跡をさらしている。周りを囲む建物には奇跡的に被害は出ておらず、その酒場のスペースだけぽっかりと空間ができていた。崩れ落ちた建材の間には気絶したかつての野次馬たちが見え隠れしている。その中にヴォイムとその舎弟たちも含まれていたが、リオが知るよしもない。これも奇跡的に、死者は出ていないように思えた。

 そしてその被害者たちの倒れ伏す中に。男がひとり、悠然と立っていた。

「……?」

 細身の長身。黒の長髪に黒目で、すっと筋の通った鼻。整った顔といえば整った顔だが、あまり目立つ要素もない。静謐な雰囲気を漂わせ、手足は長身にあわせるかのごとく長く、ぴったりとしたスーツに包まれていた。

「いかんよ、そこの娘」

 男は再度声をあげた。やけに通りの良い声。演説などをやらせたらたいそうさまになるだろう。

「復讐は新たな憎悪を生み、憎悪は次の争いを招く。争いは新たな悲劇を生み、最後にはその身を破滅させるのだ」

 男は滔々と続ける。

「つまりは復讐と言うのは、様々なものを生み、はぐくむ尊い営みだな」
「そうかな」

 思わずあげた声に男はうなずく。

「疑問を持つのは賢い証拠だ。しかし同時に、真実に疑問を挟むのは愚かしいことでもある。それは真実であるがゆえに」
「むー」
311 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/28(水) 19:10:59.14 ID:3U87ytko

 男はなおも続ける。

「だが、何かを生むということはそれの世話をしなければならんということだ。認知というものは生んだ者、生ませた者の義務であるからして。だが最近それすらできない愚か者が増えている」
「……」
「君はどうかね? ペットの世話はちゃんとできるクチか」

 不意に問われ、目を瞬かせる。

「えっと……、うん」

 実際には彼女の飼ったペットは残らず変死を遂げたのだが。

「ならばよし。行け。そして必ずや成し遂げるのだ」

 うむ、と男は言葉を切って腕を組んで見せた。
 言われてとりあえず立ち上がるが――ルイスが腕から滑り落ちてべしゃっと地面に激突した――、仇討ちなどという気勢がそがれているのは認めざるを得ない。

「さっきと言ってることちがくない?」
「君が生まれ来るものをきちんと処理できるなら構わん、と言ったつもりだが」

 男はこちらから視線を転じ、沈み行く太陽のほうを見つめている。長い髪が夕方の風に吹かれてふわりと舞った。
312 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/28(水) 19:12:41.19 ID:3U87ytko

 とりあえず思ったのは。

(なにこの人)

 突然出てきてよく分からないことを言って、よく分からないうちに会話(?)が終了している。つまるところまれによくいる変な人というカテゴリーに属しているのだろうが……

「失礼な」
「え?」

 突然言われて、またも目を瞬かせることになった。

「君は私をみょうちきりんな人間だと思っただろう」
「! えっとその……」

 慌てて否定しようと試みるが思ったことは否定しようがない。
 言い訳を探しているうちに、さらに男が口を開く。

「もし仮に、変人というものが油の引いた鉄板だとしよう」
「は?」
「しからば私の上で愛しいウィンナーたちが跳ね回っているはずだ」
「……」

 ゆっくりと相手の言葉を反芻し、そして気づく。

「……認めてんじゃん」
313 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/28(水) 19:15:42.84 ID:3U87ytko

 唐突に後ろでうめき声があがった。振り返るとルイスが頭をさすりながら上体を起こしたところだった。

「あ、ルゥ君おはよう」
「……おはよう」

 うすうす生きていることに勘付いていたのでたいした感動はなかったが、それはともかくルイスが服についた埃を払って立ち上がった。こちらを見てため息をつきかけ――動きを止める。
 視線を追うと、先ほどの変人に突き当たった。

「……どちら様?」
「うむ、私も気になっていたところだ」
「いやあなたのことですけど……」
「なんと」

 男は深く感服したように腕組みを解いてルイスを見つめた。

「敬意を払おう」
「なんだか分からないけどありがとうございます」

 なんだか分からないといった様子でルイスが言う。
 リオはようやく言い出す機会を見つけて声をあげた。

「ねえ、それであなたは誰なの?」
「人に名前を聞く前に自分が名乗ったらどうだ?」
「……あたしは――」
「サンダー・ストロンガー!」

 突然あがった大音声にリオは身をすくませた。言うまでもなく目の前の男のものだ。
314 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/28(水) 19:19:02.81 ID:3U87ytko

「い、いきなりなにさ!」
「――それが私の名だ」
「あたしに名乗れって言ったじゃん!」
「PTAとはよく言ったものだ」
「それってTPOじゃ……」

 控えめなルイスの指摘にも、男、サンダー・ストロンガーは動じなかった。

「それこそTPOだよ、ルゥ君」
「初対面の人にそう呼ばれるのは気が進みません……ルイスです、そう呼んでください」
「あたしはリオ」

 仏頂面でリオは言う。男は得心したようにうなずいて見せた。

「ルイス君にリオ君か。長年の謎がようやく解けた」
「会ったばかりですよね」
「会えない時間が愛をはぐくむとはよく言ったものだな」
「知りません」
315 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/28(水) 19:20:07.58 ID:3U87ytko

 夕方の風が涼しく吹いている。日はようやく落ちきり、空がそうっと暗くなっていく。

「それでサンダー・ストロンガーさん」
「いかんな」
「え?」

 男はばっ、と無駄に大きい動きで腕を広げて見せた。

「呼びにくい。そうは思わないかね?」
「はあ……少しは」

 ルイスも気づいたようだ。これは関わってはいけない類の人種だと。

「私のことは、そうだな……」

 男は広げた手の片方をあごに当てた。

「サン、サンちゃん、サンスト、サンガー。いやいや――」
「サンちゃんて」
「ミサンガ。そう、ミサンガと呼びたまえ」
「えー……」

 何で紐類? とルイスがつぶやく。リオも承服しかね、手を上げた。

「あたしはバナナサンデーがいい!」
「ぬぅ、捨てがたい」
「いやいや!」
316 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/28(水) 19:22:14.70 ID:3U87ytko

 ルイスが慌てて声をあげた。

「そ、それでミサンガさんは僕たちに何か用なんですか?」

 その顔には用がないならさっさと消えてくれと書いてある。

「うむ、用がある。ということがなきにしもないこともなくもない」

 どっちだ。

「君たちはルイス君にリオ君だ。ならば帰結として以下のことが導き出される。君たちは道案内人を探している。そうだな?」

 思わずルイスと顔を合わせる。

「そうですが……なぜご存知なのですか? もしかしてその人を知っているんですか?」

 ルイスが聞く。が、その質問の仕方にはある願望がこめられているのがありありと分かる。

「私だ」
「やっぱりですか……」

 違って欲しかったという願い叶わずルイスががっくりと首を折った。
 サンダーはうむとうなずき丁寧に礼をした。

「市長からじきじきに遺跡への道案内を頼まれてしまった。以後よろしく頼みたい」
「……よろしく、お願いします」

 ルイスとリオも釈然としない思いで頭を下げる。
 あたりはすっかり暗くなり、そろそろ互いの顔が判別しにくくなるかという頃合いになっていた。
317 :アナウンス [sage]:2010/07/28(水) 19:24:20.20 ID:3U87ytko
・ここまで
・変人はオーフェンシリーズの真骨頂だけど、やっぱり難しい
・お待たせして申し訳ありませんでした
318 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/28(水) 21:51:58.41 ID:RrsVLe60
319 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/28(水) 23:22:01.45 ID:zlwUGuwo
320 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/29(木) 05:31:55.07 ID:nk.hFiAo
乙!
321 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/29(木) 16:44:16.94 ID:W32mxjoo

◆◇◆◇◆


 暗闇は質量を持つ。ここで学んだのは、益体もないがどこか意味を持ちそうなそれらの事実だった。
 質量を持った闇はたやすく精神を圧迫し、すり減らし、食い散らす。彼にもそれに類するものがあれば同じようにぐちゃぐちゃに食べ散らかされていただろう。そう思う――思う、か――。ただ、彼はそういうものではなかったし、それとは別の理由で狂うわけにはいかなかった。ただそれだけのことだ。

 彼は闇の中で一度だけ呼吸した。必要のないものを試したくなるのはやはり退屈している証拠だろうか。膝を抱えて、縮こまって。そうして彼は待っていた。
 呼吸で得た空気を使って一言つぶやく。

「我は……主命を受諾するのみ」

 心――そういうものがあればだが――は全く動かず、さざなみすらも生じない。
 ただただ地下の湖面を覗き込むようなそんな気分で、彼はじっと聞き耳を立てた。

 先ほどから聞こえていた。遠く壁を穿つ音。何者かの声。
 そして程なく固いものが崩れ落ちる音がする。彼はやはり何も言わなかった。何も言わず、固く強張った体を解いた。実に数百年、いや千年ぶりのことだった。立つ、というただそれだけの行為が、ただただ懐かしい。

「我は主命を受諾するのみ」

 もう一度彼はつぶやいた。先ほどよりも強く。
 そうだ。ここには何もない。あるのはあのはるかな過去より彼を突き動かす主命のみ。

 彼はうなずき、歩き出した。はるか遠くから歓声がする。その方向に向かって。
 彼の病的なまでに細い指がかすかに震えた。


◆◇◆◇◆
322 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/29(木) 16:47:57.24 ID:W32mxjoo

「すがすがしい朝だ。風は涼やかに寝癖をからかい、小鳥は縄張りを守るため金切り声を迸らせ、お父さんは眉間に皺を寄せて新聞を読んでいる。すばらしいと思わないか。ここにはこの世のありとあらゆる始まりが集約されているのだから」
「少なくとも」

 ルイスはなんとか寝惚け声を整えようとしたが、それは無理だと悟った。
 諦めてそのまま言う。

「まだ小鳥は鳴いていませんし、お父さんが新聞を読むには早いです……」

 あたりはまだ薄暗く、街は闇の中に沈んでいる。遠くにあるはずの山もいまはまだ判別できない。
 なぜそれらの事実が確認できるのかというと、

「いったい何なんですか……」
「一日の始まりは屋根の上からとは昔から伝えられている」
「言いませんよ……」

 ルイスとサンダーは屋根の上にいた。朝の涼しいを通り越してやや肌寒い風が吹いている。
 首を捻る。先ほどまでは間違いなくベッドの中にいたし、懐中時計で四時を確認したことを覚えている。それから一眠りしようと目を瞑ったはずだったのだが。しかし、現実として宿の屋根の上で自分は体育座りをしている。これは認めざるを得ない。
323 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/29(木) 16:50:19.49 ID:W32mxjoo

 ちなみに寝巻きのままだ。率直に言うと、寒い。身震いをして横を見やる。そこにいる男は昨日の同じスーツで、腕組みをして遠くの山脈を睨んでいる。

「いい風だ」
「寒いです」
「何かの始まりを予感させるようだ」
「さいですか」

 適当に返事をして腕をさすった。何かが始まるにしろなんにしろ、ルイスに必要なのは暖かなベッドだった。

「あの、満足したならもう戻ってもいいですか?」
「うむ、できるものならな」

 はい? つぶやいて周りを見やる。のっぺりと傾いた屋根が、薄暗闇のなかに広がっている。そこそこに大きな宿だった。
 が、それはともかくあるべきものがない。たとえば屋根裏部屋に続く窓とか、下に下りる梯子とか。

「……」
「さて、今回のことしかり、はじめるというのはなかなかに困難なものだな」
「……そうですね」

 諦めて膝を抱き寄せた。ルイスは、昨日の唐突な登場とあわせ、サンダー・ストロンガーがどういう男かなんとなく分かった気がした。
324 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/29(木) 16:52:22.36 ID:W32mxjoo

     ※


 結局、リオが起きてきて彼らを見つけるまで、ずっと屋根の上だった。つまり昼近くまでずっとだ。時間を無駄にしたことについても飲み込んで、とりあえずルイスは旅の準備に取り掛かった。調査する遺跡はどうやらかなり内陸のほうに点在しているらしいのだ。
 三人で買い物にでた街は、午後の賑わいを見せていた。

「ふむ」

 店の軒先にならんだ携帯毛布のひとつを掴みあげてサンダーが鼻を鳴らした。

「良い毛布だ。まさしく一番だな」
「何がですか」
「ルイス君、そんなことを聞いていては一生二番だぞ」
「だから何がですか」

 硬貨を何枚か取り出しながら告げる。最悪ポケットマネーから研究費を出すことになるかと思っていたが、幸いにして経費は出してもらえた。ケーガク教授の尽力によるものだろう。
 ちなみにキエサルヒマで使われていたソケット紙幣はこちらでは使えないらしい。秘書の男があらかじめ換金しておいてくれていた。

「ちなみに君は三番だ、娘」
「えー!」

 抗議の声をリオがあげるが、それこそわけが分からない。
325 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/29(木) 16:54:34.97 ID:W32mxjoo

「さて、一番であるところのこの毛布だが」
「三番はやだー!」
「科学の力によってできたものであることは知っているかな」

 彼の長い指が毛布の表面を滑る。さっと撫でてからサンダーはこちらにむっつり顔を向けた。

「ええ、蒸気機関による織物ですね」
「その通り。新大陸に渡った人々はまるでそれを契機としたようにあらゆる発展を遂げた。そのひとつがこれだ。蒸気機関というなの新たな動力源だな」
「せめて二番ー!」

 リオが何か言っているが、まあそれはいいだろう。商人に硬貨を支払い携帯毛布を受け取る。

「科学という分野の開拓は我々に大きな恵みをもたらした。豊かな生活という名の恵みだ。我々の生き方を豊かにし、幸福にしてくれる。と多くの人は信じている」
「?」
「使い方は異なるが、その力の大きさで言えば魔術と同等のものだ。恵みというのは害悪と常に表裏一体なのだよ」
「……」
「さて、蒸気機関、そして科学という概念を発明したアッシャーという人物を知っているかな。今はもう逝去したが、私は彼がまだ生きていた頃会ったことがある。たいそう偏屈な人物だった。あれは変人といってよい」

 それはあなたよりも?
 その言葉は言わずに、食料品を買出しに足を踏み出した。ルイスの右隣に並んで、声の調子からすると機嫌よさそうにサンダーは喋り続ける。その後にまだ不満そうなリオが続く。
 結局、サンダーは買い物の間ずっと喋り通しだった。
326 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/29(木) 16:56:22.12 ID:W32mxjoo

「移民は様々なものを生み出した」

 そしてまだ喋っている。
 ニューサイトを出発して、内陸の方向に二十分ほどのところだ。石畳の街道がそろそろ途切れようとしているところでもある。昼下がりの日の光がやや強めに降り注いでいた。この道にだけは馬車は出ていないらしい。

「先ほどから言っているように科学もそのひとつだ。他に地味ながらも生活基盤技術や学校教育に関しても同じことが言える。まるで移民を待っていったかのようにそれらは一気に発展した。原大陸に多くの資源が眠っていたこともそれに拍車をかけたようだ。石炭というのは蒸気機関の要だそうだからな。まあ、それはいい。なんにしろ移民は多くのものを生み出した。では移民とはなんだったのか」

 小鳥が頭上を通り過ぎた。小さな影が背の低い草原の上を滑っていく。

「二十年前に始まったそれは、はじめはただのお題目に過ぎなかったようだ。亜人と人間種族との橋渡しをするためのな。誰も実現するとは考えていなかったらしいな。学校でよくやるグループワークの一環に過ぎなかったと。しかし僅か十年のときを経て実現にこぎつけた。こぎつけてしまった」

 ルイスは頬に浮いた汗をぬぐった。あまり汗かきではないのだが、旅のための少々重い荷物が足を引っ張っていた。

「亜人と人間の協力による賜物か、はたまた偶然が重なったのか、それとも何か大いなる意志でも働いたのか、私には知るよしもないが。ともあれ移民はこうして成功しているわけだ。成功し、さらに発展している。まるで何かの決め事のようだ。もしくは」
「もしくは?」

 興味は既に失っていた。だからそれはただの相槌以上のものではなかった。

「もしくは――なにかの運命だな」

 こちらにも特に興味を示すことなく、ルイスは歩き続けた。
327 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/29(木) 16:57:39.42 ID:W32mxjoo

「科学と同質なものとしてはいくつか挙げられるが、そのひとつとして特に魔術を取り上げようと私は思う」

 夜。野営の準備をしながら。サンダーはいまだに喋るのをやめていなかった。

「大きな力を持ち、理想を現実に変える。科学にはまだ自由度が足りないが、発展を続けていけば遠い未来、魔術などよりもはるかに柔軟な理想実現技術を生み出すと私は考えている。それも魔術などという限られた人物しか使えないようなものではなく、万人が利用できるようなものになるとな」

 火打石を叩きながら、ルイスは一応聞いてはいた。

「まあ、それはいい。問題は魔術だ。現在、制限は多いとはいえ、理想を現実に変える技術として突出しているのは魔術だろう。これは誰もが認めることだ。しかし、その根源はいまだ分かっていない。これから行き着く発展の先も。根源に関してははいろいろな説があるな。神話から学術的な話にわたって、それこそ数百種の説がある。ただし、発展し行き着く先は一つだ」
「……魔法」

 ルイスはぽつりとつぶやいた。

「そのとおり。魔法。究極の理想実現技術だ。自分の理想を完璧な形で現実に展開し、塗り替える。究極の横暴でもある」
「でもそんなの無理だよ」

 近くの林から集めてきた薪を抱えて通りがかったリオが言う。
328 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/29(木) 16:58:46.37 ID:W32mxjoo

「無理かどうかは行き着いてみてからでしか分かるまい。事実、現在の魔術の水準にしても、過去からは考えられないくらい高いものであることには違いないのだ。魔術のはじめの一歩を知っているか。最初の魔術は指先ほどの火をほんの一瞬ともらせる程度だったと言われている。そこから見れば大きな発展だ」

 テントを張る作業に移るルイスを横目に、サンダーは干し肉をかじり始めた。

「あ、ちょっとミサンガさん、食べる前に手伝ってくださいよ」
「逆に、はじめの魔術は最も強力なものであったという説もある。最初、魔法の形であったものが、徐々に制限されていったのだとな」
「……」

 サンダーを動かすのは諦めてリオを呼ぶ。二人でテントの部品を抱えた。

「仙人を知っているか」

 部品は重く、その問いかけには対応が一瞬遅れた。

「はい?」
329 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/29(木) 16:59:53.91 ID:W32mxjoo

「仙人だよ」
「仙人?」
「時間を呼吸し、夜空を食らって飢えをしのぐ、そういうものだといわれている」
「なんですかそれ」

 サンダーは饒舌な割にはやはりむっつり顔で話を続ける。

「魔術の話だ。その根源、そして究極系のな。魔術は極めれば魔法を待たずして時間を操ることさえできるようになるという。時間はこの地上だけではなく宇宙全体を占めている。それを操れるということはまさしく世界の支配ということになるな。仙人はそのような世界をある形で支配し、超越するものなのだ」
「あたしそれ知ってるかも」
「ふむ?」

 テントの部品を組み立てながらリオが声をあげた。

「時間操作でしょ? だったらアレで間違いないよ。あたし知ってる。でもアレができるのは小規模な時間支配だよ。限定空間内しか時間を動かせないし、進めることができても戻すことはできない」
「君は仙人と知り合いなのか?」
「あたしのお父さん」
330 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/29(木) 17:01:22.55 ID:W32mxjoo

 リオはテントの組み立てを続ける。

「でもアレは夜空を食べて飢えをしのぐなんて芸当はできないか。食いしん坊だし。仙人って言うには俗っぽすぎるよ」
「君の父上は時間操作ができるのか。達人なのだな」
「そうだね。そうなるのかな」

 かちゃん、と音を立ててテントの骨組みが組みあがった。

「仙人とは」

 サンダーが再び口を開く。

「世の理を理解し、なおかつそれに介入するものだ。その業は天を裂き、地を割ると伝えられている。万能の力を操り、それを行使する。そのようなものを呼ぶための名が他にもあるな」

 夜風が吹いた。新大陸の季節変化はよく知らないが、春先にありそうな程よく涼しいいい風だ。
 その中で、心もち重々しくサンダーが言う。

「魔王」

 リオが手を止めて、サンダーのほうに目を向けた。
331 :アナウンス [sage]:2010/07/29(木) 17:03:16.35 ID:W32mxjoo
・ここまで
332 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/29(木) 18:16:58.27 ID:8/NFrqM0
333 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/29(木) 20:01:40.24 ID:nk.hFiAo
乙!
良いところで切るなあ
334 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/29(木) 20:37:38.42 ID:xbZossDO
乙です。
335 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/29(木) 21:00:16.01 ID:DsV8VQDO
乙だぜ
336 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/29(木) 22:47:14.87 ID:iFlvwlAo
337 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/30(金) 12:19:25.83 ID:R3c5/EUo

「魔王。そう、魔王だ」

 数日後。ルイスは荷物から取り出した地図を眺めながらいまだ喋り続けるサンダーの話を片耳で聞き流していた。

「世界を支配し、掌握する者。強大な力を持ち、振るう者。業は彼に従い、ときに全てを破壊し、ときに新しく形作る」
「だからアレはそんなたいしたもんじゃないって」

 リオがうんざりと応じている。このやり取りもここ数日でおなじみのものになった。

「君がどう思おうがそれは自由だ。私はただ本質を述べているだけだからな」
「でもあんまりアレを持ち上げるとイライラする……」

 リオが俯いてつぶやくのをルイスは横目で見ていた。思うところはあったが、とりあえず口は挟まずにおいた。

「ふむ、そうか。では話を変えよう」

 そういうとサンダーは髪をかきあげた。

「そうだな。私の話でもしようか」

 どうでもいいな。そう考えながら顔を上げた。草原の向こうに何か建造物らしきものが見えてきていた。
338 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/30(金) 12:21:09.62 ID:R3c5/EUo

「私の少年時代は夢にまみれていた。好奇心が旺盛でな、いろいろなことに頭をつっこんだよ」
「まみれていたってのは変な言い方ですね」

 遺跡の壁面を撫でながら返す。ざらざらしている、と思いきや以外にも滑らかな手ごたえが返ってきた。
 地図に記載されている第一の遺跡だ。ここからも数点、例の遺物が接収されたらしい。あまり広くない内部を見てきた感じでは特に新たな遺物の発見はなさそうだった。
 ただ、気になるのは日々ひとつないその壁だった。どれくらい前から建っているのかは知らないが、少しぐらい劣化していてもいいはずなのに。

「いい得て妙、というわけだな」
「違うと思いますけど……」
「ねー、ルゥ君、まだぁ?」

 先を進むリオが声を上げる。

「ごめん、今行く」

 不思議な壁面は気になったが、気にして何が分かるわけでもない。壁から手を離して先を行く二人のほうに足を向けた。
339 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/30(金) 12:22:56.09 ID:R3c5/EUo

「まず空の星々が気になった。星座は簡単に覚えたよ。自分で星座を作ってみたりもした。巨鳥カゲスズミノコギリコバト座なんかが今でもお気に入りだ」

 二つ目の遺跡。例によってサンダーの語りは止まない。そろそろルイスも聞き流すのになれてきた。

「カゲスズミ……。それ、実在するの?」
「カゲスズミノコギリコバト。私の故郷には腐るほどいたがな。一抱えほどもあるハトのような外見だが、ひどく凶暴で毎年怪我人が出ていた。ただ、あれは変に温厚なところもあってとどめを刺しはしないのだ。標的を延々と痛めつけるのが好きなようでな」
「温厚……?」

 二人の会話に思わずルイスがつぶやくと、ここぞとばかりにサンダーが目を光らせる。

「疑問はもっともだが、あれは温厚だぞ。近くを通り過ぎようとすると問答無用でじゃれ付いてくるぐらいにはな。まあそのあとコテンパンに叩きのめされるんだが」
「だめじゃん」
「あまりの繁殖力と頑健さに食用にできないかと模索されたこともあった。だが失敗に終わった」
「なんで?」
「やつら、頭は弱いくせに執念深くてな、なぜか下手人を判別できるのだ。一羽を手にかけた男はハトどもに言うもおぞましい目に合ったとかなんとか」
「ふーん」
「まあ、そんなことはいいのだ。話を元に戻そう。ふむ、なんの話だったか」

 結局、この遺跡でも特に何かが見つかることはなかった。
340 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/30(金) 12:24:56.73 ID:R3c5/EUo

「そうそう、私の子供の頃の話だったな。繰り返すが私は夢多い少年だった」

 二つ目の遺跡から三つ目の遺跡に移るのにはさらに三日ほどを要した。その間やはりサンダーは喋り続け、そろそろルイスもリオも生返事だけを返すようになっていた。もっとも、サンダーは気にも留めないようだったが。

「私は世の真理が知りたかった。この世はどのような決め事によって成り立っているのか、どのように我々は生きればよいのか、我々はどこへ向かうのか」
「……」

 遺跡を道のやや遠く視界に入れ、ルイスは地図を鞄にしまった。もうあと三十分もすれば遺跡に着くだろう。荷物を確認する。食料や携帯毛布の包み、そして、資料などを詰め込んだ鞄がひとつ。それとテント。リオも同じようなものだ。ただ、彼女はひとつ余計に荷物を持っている。船の上でも見た細長い包みだ。そしてサンダーはナップザックをひとつ。

「よし」
「うむ、そういうことだ。私は哲学少年だった。真理を掴めば何かが変わるような気がしていたのだな。大事なことだ」

 無視して荷物を持ち上げる。慣れないフィールドワークでそろそろ疲れがたまってきていた。遺跡についたら休もう。そう決めて足を踏み出した。
341 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/30(金) 12:26:25.22 ID:R3c5/EUo

 遺跡は石造りの砦のような形をしている。堅固に塀が建てられ、大きな門が聳え立つ。これは先の二つの遺跡も同じだった。まるで戦場の拠点である。門が開け放たれていなかったら入ることも出来なかったろう。何かに備え、何かに怯えていなければこのような形にはならなかったはずだ。

(過去の人間は、一体何と戦っていたんだろう)

 そう思わずにいられない、それほど頑強な雰囲気。
 ルイスは二人のほうに振り向いた。リオはピクニックに来たようににこにこと機嫌がよさそうで、サンダーは相変わらず言葉をあふれ出させている。

「ここまできたし、そろそろ休もうか」

 見た感じ疲れているのは自分だけのようだったが、とりあえず提案する。二人は反対しなかった。サンダーについては喋るばかりで賛成もしてこなかったが。
342 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/30(金) 12:27:28.66 ID:R3c5/EUo

「ふう……」

 遺跡の正面は開けていて、ちょっとした広場になっていた。土肌をむき出しにした地面が、いびつな円形を作っている。
 適当な場所に腰を下ろし、あたりを見回した。広場より向こうは背の高い草原が広がっている。遠くには山。そのふもとにはまばらながらも背の高い木々が立っているのが見えた。

 日は頂点を過ぎ、やや傾いている。強すぎることはないが、弱いわけでもない。ただ、内陸のほうに進んできてから夜と昼の寒暖の差が開いてきていた。汗をぬぐう。

「ルゥ君、大丈夫?」
「ん? ああ、平気だよ姉さん」

 答えながら、鞄から干し肉を取り出す。リオにも渡しながらひとつを口に運んだ。決して美味ではないが、それでも空腹は紛らわせられる。

 涼しい風が吹いた。サンダーの喋る声をかき混ぜ(まだ喋っている)、ルイスの頬をなで、リオのポニーテールを揺らす。
 いい日和だった。シートでも敷いていれば寝転がっているところだ。研究も一休みにして眠ってしまいたいような。
343 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/30(金) 12:28:14.73 ID:R3c5/EUo

 そんななかでその平穏を破ったのは、サンダーのいぶかしげな声だった。

「おや?」

 当たり前に聞こえていたものが途切れると人は違和感を覚える。突然止まったサンダーの言葉にそれこそいぶかしい思いでルイスは身を起こした。

「……どうかしました?」
「あれはなんだ?」

 彼の指差すほうを見やる。特にどうということもない、ただの地面が広がっていた。

「?」
「あの石だ」

 確かにサンダーの言うとおり、こぶし大の石が転がっていた。が、確かめるまでもなくただの石だ。

「よく見ろ」

 声になんとなく不穏なものを覚え立ち上がる。近寄って石にかがみこんだ。
344 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/07/30(金) 12:29:57.46 ID:R3c5/EUo

「……」

 なんということもない。ただのこぶし大の――いや。

「え?」

 違う。こぶし大の石などではない。

「手……?」

 それは、こぶしそのもの。

 ――『こぶしをにぎった手の形をした石』だった。

「ああああああああ!」

 そして聞こえてきた悲鳴は。

「!?」

 彼らを平常という生暖かいぬるま湯から引きずり出し、苛烈な真実への道へと放り込むのである。
345 :アナウンス [sage]:2010/07/30(金) 12:34:12.13 ID:R3c5/EUo
・ここまで
・なんだかクオリティの低下が気になるこの頃。書きためもつきそうだし二〜四日ほど席をはずしたいと思う。書きためも兼ねてちょっと特訓してきます。ではまた次回
346 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/30(金) 14:15:47.46 ID:fEh.j2DO
347 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/30(金) 18:07:40.96 ID:iV4OcMDO
乙です。
348 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/07/30(金) 23:33:50.75 ID:14gZaD2o
349 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:26:44.31 ID:Xo8DJm.o

「あああああああああああ!」

 再び悲鳴が聞こえた。長く尾を引いて、ベッドルームまで延長しそうなほど悲痛な声。
 視線を遺跡の入り口に振った。門を抜けた向こうの暗くぽっかりと口を開いた狭い通路。そこから悲鳴は聞こえてくる。

(な、なんだ……!?)

 ルイスはすっかり動転して動けずにいた。その間に悲鳴はみたびあがり、それはどんどん近づいてくるようだった。
 呆然としているうちに袖を引かれる。驚いて振り向くとリオがそこにいた。

「ルゥ君、下がって」

 言って、リオはルイスを後ろにかばい、入り口に一歩踏み出す。見るとサンダーも数歩入り口から遠ざかっている。
 そして待ち受けた。

「わああああああああああ!」

 今度の悲鳴は入り口のすぐ内側から上がった。同時に男が一人、転がるように走り出てくる。
350 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:29:02.55 ID:Xo8DJm.o

 そのまま勢いで転がった。男は必死の形相で顔を上げ、こちらを視界に入れると一度動きを止めた。

「あ……」

 表情をくしゃくしゃと歪めるとこちらに走りよってリオにすがりついた。

「た、助けてくれ……」

 息を切らせた彼は、薄緑色の作業服を着ていた。

(調査員?)

 思い浮かんだのはそれだった。色のくすんだ服装は遺跡の中に長いこといたことを予想させる。顔は日焼けしていて歩きなれていることをうかがわせた。

「一体どうしたの?」

 リオが鋭く訊ねる。視線が尖り、一瞬のうちに警戒態勢に入っていることがルイスにも分かった。

「ば、ばけ、化け物が……!」
「落ち着いて。ゆっくり話して」

 リオがなだめるが、男はかえって声を荒げた。

「これが落ち着いてられるか!」
351 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:30:35.73 ID:Xo8DJm.o

「一体どうしたんですか、お願いですから話してください」

 リオの後ろからルイスが言葉を重ねると、男はもどかしそうに口をもごもごさせた後、早口で喋りだした。

「化け物が出たんだ、調査をしていたら急に! ここには何度か来たがこんなことは今までなかった……あれは……あれは一体なんなんだ!?」

 調査、という単語から察するに、やはり遺跡の調査員で間違いないらしい。

「化け物? 魔物、ですか?」
「違う! あれはそんな生易しいもんじゃない……壁を破ったらすぐそこにいてカイルが石にされて!」
「お、落ち着いて」

 男は聞かずに凄まじい力でルイスの腕を掴むと、泣きそうな声で叫んだ。

「頼む、助けてくれ! 俺は死にたくない!」
「だ、大丈夫ですから!」

 とんとん、と肩が叩かれた。リオだ。彼女は遺跡の入り口に顔を向けたままこちらに手振りでさらに下がるように指示した。
 同時、ざり、と砂を踏む音が聞こえた。それほど大きくないそれは、なぜかはっきりと聞こえ、男はびくりと振り向いた。

「き、来たぁっ!」

 男の声が裏返った。
352 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:32:15.56 ID:Xo8DJm.o

 ふっと空気が重くなった気がする。ずっしりとではなく、あくまで軽く。しかしそれはざわざわと毛羽立ち、肌を不穏に削ってくる。
 そんな空気の中で。遺跡の入り口に人影が現れた。

 きわめて痩身の体躯。背は高い。だが……

(な、なんだあれ……!?)

 日の光の下にさらされた姿は人間のものではなかった。青白いガラス光沢の体表。服は着ていない。だが着る必要はなさそうだ。身体の表面は無機質で凹凸がきわめて少なく、隠すべき箇所が存在しないから。薄い頭髪以外に体毛は皆無で、関節部が奇妙に膨れ上がっていた。
 人形。ルイスの頭に浮かんだのはその単語だった。

「ほう……」

 顔面部に一筋ついた、唇のない口を開いてそれが感慨深げに声をあげた。
 空色の瞳でこちらを見据える。

「ひ……」

 調査員の男が腰を抜かして座り込んだ。
353 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:33:54.50 ID:Xo8DJm.o

「また……人間か。好都合、だ」

 それ――人形は再び口を開くとこちらに向かってゆっくりと足を踏み出した。

 瞬間。

「光よ!」

 耳を潰す轟音と共に猛烈な光量の光が人形に突き刺さって大炎上した。
 調査員の男は再度悲鳴を上げかけたが、途中でそれは歓声に化けた。

「……や、やった!」

 もうもうと砂埃が上がる中、男に手を貸して立たせながらルイスは目を凝らした。
 リオの魔術は極端に強力である。構成の緻密さに欠けるが、力の総量で言えばルイスはその足下にも及ばない。先ほどのあれがなんであれ、直撃を食らってただですむはずがなかった。しかし空気は依然、重たいままだ。ルイスの頬を汗が伝った。
354 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:35:44.36 ID:Xo8DJm.o

 炎はそのまま燃え続け――いや。

 突如音もまれぶれなく、ふっ、と消えうせた。焦げ目の残った地面と、人影。

「な!?」
「ひ、ひゃあああ!」

 人形は無傷だった。無表情のままこちらを見つめ、何事もなく突っ立っている。
 そのときルイスは衝撃を受けてよろめいた。何事かと視線を振ると、男がいない。そのまま後ろを見る。ルイスたちが来た道を駆けていく男の背中が視界に入った。
 呆然とそれを見送る。

 と。

「愚かな……」

 人形の声にはっと振り向く。その視界に奇妙なものが入り込んできた。

(なんだ……?)
355 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:37:47.23 ID:Xo8DJm.o

 人形が虚空に手を差し伸べていた。それだけではない、五指をうごめかせ、虚空に文様を描いている。五指の動きはそのまま光の軌跡となって空中に刻まれていた。

「何する気?」

 警戒を滲ませながらリオが問う。が、人形は無視したようだった。
 リオはそれを見ると腰を落とし、戦闘の構えに入った。すなわち左半身を前に、半身をきる。

「シッ!」

 そして、同時に飛び出した。風を引き裂く音がしそうなほどの猛烈な踏み込み。靴の底が地面と激しくすりあう音を立てながら、リオは人形の眼前に迫った。

「はッ!」

 相手の身体の中心に拳を打ち込む。が、しかし……

「……消えた!?」

 リオの目の前には人形の姿はなかった。代わりに光の文様が――文字?――虚空に浮かんでいる。だが、それも一瞬の後、掻き消えた。

「……どういうこと?」

 リオが拳を突きこんだ姿勢のまま、いぶかしげにつぶやくのが聞こえた。
356 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:38:44.91 ID:Xo8DJm.o

(逃げた?)

 と思ったが、違うことがすぐに分かる。

「がああああああああああああああああああッ!」

 悲鳴が聞こえた。血を吐き散らすような断末魔の悲鳴が。
 はっとして後ろを振り返る。
 後方にやはり振り返った姿勢で立つサンダー。そこの向こうに。

「ああッ! うああッ!」

 十メートルほど離れているだろうか。こちらに背を向ける格好で男が浮いていた。例の調査員だ。

「そんな!」

 リオの声。ルイスも、うっと声を洩らした。

 男は虚空に浮遊しているわけではない。細長いものが彼を貫き、空中に縫いとめているのだ。剣の刀身。そのように見えた。
357 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:39:48.73 ID:Xo8DJm.o

「私から、逃げられると思ったか……人間」

 声は男の向こうから聞こえた。例の人形。
 ルイスはようやく理解する。人形の保持する剣が男の胸部を貫き、空中にぶら下げているのだ。

「ああああああああ!」

 男は苦悶の声をあげながら必死で足をばたつかせていた。男も背が低いわけではないが、足が地面に届いていていない。それを持ち上げる人形の膂力をうかがわせる。
 と、そこで気づく。

(足をばたつかせて?)

 奇妙だ。あれはどう控えめに見ても致命傷である。あんなに暴れることなどできるはずが――

「ふん……」

 人形は鼻を鳴らすと一瞬で剣を引き抜いた。どさりと音を立てて男が地面に尻餅をつく。

 そして。

 ルイスは信じられないものを目撃した。
358 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:41:21.95 ID:Xo8DJm.o

「あ……あ……」

 男が声を洩らす。なぜか傷はない。血も流れていない。だが剣で貫かれたというショックからだろう、言葉が定まっていない。男はこちらに振り向くと、呆然と声を出した。

「助け――」

 そこで言葉が止まる。そして言葉と共に男も動きを止めた。そのまま動かない。風もまた動きを止めていた。

「……?」

 違和感に気づく。男の肌。色が若干、くすんだ色に――いや、間違いない、少しづつ確実に灰色に変色している!

『壁を破ったらすぐそこにいてカイルが石にされて!』

 人形が無言のまま緩慢な動きで男に手を伸ばす。

「やめろ!」

 思わずルイスが声を上げるが、人形の手は止まらない。その指先がゆっくりと男の頭に触れ――

 ――ぱきゃっ!

 突如男にひびが入った。そして瞬時に崩れ落ちる。
 道の真ん中に山になったそれは、もうそこらに落ちている石と見分けはつかなかった。
359 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/04(水) 16:42:56.66 ID:Xo8DJm.o

「な……」

 なんだっていうんだ一体。ルイスはすっかり混乱していた。見たこともないような変なものが出てきて、それが人間を石にしてしまった、だって?
 寒気が胸の底からわきあがってくる。身体ががたがたと震えだす。わけも分からず、それでも自覚した。僕は今、恐怖している!

 だから。

 その声が聞こえたとき、実は少し安心したのだ。

「はあああああ!」

 気合を上げてリオがルイスの脇を通り抜ける。突風を引き連れた彼女はサンダーも瞬時に背後に置くと、文字通り人形に飛び掛った。
360 :アナウンス [sage]:2010/08/04(水) 16:43:55.51 ID:Xo8DJm.o
・ここまで
361 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/04(水) 18:14:46.88 ID:CxjmWADO

362 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/04(水) 22:04:58.49 ID:q4fx3b6o
乙だぜ
363 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/04(水) 22:57:30.37 ID:BpzMaoI0
乙です。
364 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/17(火) 21:56:32.57 ID:VyUhElIo

◆◇◆◇◆


 実際のところ。リオにもわけが分からなかったし、理解できないゆえの恐慌が胸の底からわきあがってくるのを抑えられずにいた。それでも行動を起こしたのは、単純に調査員の男がかわいそうだったからだ。

(あの人、とっても怖がってた)

 それを。それをあのアレは!

「出でよ!」

 人形の三歩手前。リオは叫び声を呪文にすると、空の両手を上段に振りかぶった。

 刹那、慣れた手触り。狂犬の顎のように開いた異空間に手を突っ込み、リオは自前の長剣を引っ張り出した。
 魔王一族に伝わる異空間利用魔術。精密な構成で本来ならリオが使うことは難しいが、これだけは徹底的に叩きこまれたためかろうじて使える。

「はあああああああああああッ!」

 そのまま小細工なしに真っ向から振り下ろす。

 けたたましい金属音があたり一帯に響き渡った。
365 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/17(火) 21:57:45.20 ID:VyUhElIo

 手の中で長剣がびりびりと震えるのを感じながら、リオは信じられない心地で目を見開いた。

(嘘だ……)

 長剣は人形の剣に阻まれて止まっていた。
 ありえない、魔物の大上段からの一撃をまともに受けきるなど。剣が、筋肉が、精神が。それに耐えられるはずはないのだ。

「現実、だよ」

 声に意識を戻すと同時に鋭い気配が胸元めがけて襲い掛かってきた。
 身を捻ってかわす。そのときに確認する。手刀。すばやく退いて間合いを外した。

 はずだったのだが。腹部に衝撃を感じてよろめく。

(何!?)
366 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/17(火) 21:59:09.59 ID:VyUhElIo

 見ると拳が叩き込まれている。拳だけ、だ。手首から先がついていなかった。代わりにきらきら光る糸のようなものがつながっている。
 悟る。鋼線でつながった人形の拳だけを投げつけられたのだ。

 しかしダメージは大したことはなかった。はっとして見上げる。人形の剣が振り下ろされる。

「くっ!」

 かろうじて受け流し、流れのまま柄を相手の顔につきこんだ。相手はかろうじて避けたが体勢を崩したようだった。
 好機と見て剣を手放す。同時に拳を相手の腹に触れさせた。人形は意に介さなかったようだ。そのまま片手で剣を振り上げ――

(今だ!)

 拳を押し返してくる力を感じながらリオは胸中で歓声を上げた。

 ズダンッ!!

 リオの足下で爆発するような音が鳴り響いた。人形が転倒する。リオは一息に駆け寄り、その顔めがけて勢いよくかかとを振り下ろした。
367 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/17(火) 22:01:32.54 ID:VyUhElIo

 寸打、と呼ばれる技術がある。相手に拳を触れさせた状態から、渾身の踏み込みと全身のばねを使ってゼロ距離打撃を与える技だ。相手が後ろに退こうとした場合はその勢いを利用して弾き飛ばすことが出来るし、逆に相手が踏み込んできた場合は内臓になみなみならぬダメージを与えることができる。歴代勇者が近接格闘の切り札にしていたものだ。

(成功したよお師様!)

 足下に鈍い手ごたえを感じながら胸中で歓声をあげる。戦闘の余韻を感じながら、リオは慎重に足を引き戻した。
 しかし。

「!?」

 突如人形の胸部に文字が浮かびあがった。銀色の光を放つ。
 その効果はすぐに知れた。

 リオの目前の空気が突如歪む。
 咄嗟に顔を両腕でかばうがその上から衝撃が襲い掛かった。

(ぐ!?)

 足が地面から引き剥がされる。重力感覚を失い。後方に吹き飛ばされた。
368 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/17(火) 22:03:15.67 ID:VyUhElIo

 転がりながら何とか受身を取る。が、その瞬間激痛が走る。

「つっ!」

 地面をひっかきながらようやく吹き飛ぶ勢いが収まり、顔を上げた。人形が遠くに倒れている。駆けてきた来た分だけをそのまま吹き飛ばされたようだ。

「姉さん大丈夫!?」
「ルゥ君……」

 助けを借りて何とか起き上がる。が、やはり激痛。痛みは右腕から発しているようだ。

(折れた……)
「あいつ……」

 ルイスの声に見やると、人形が上体を起こすのが目に入った。
369 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/17(火) 22:10:38.80 ID:VyUhElIo

「ふむ」

 顎が砕けている。それは見える。だが、意にも介さないかのように人形は起き上がって声をあげた。通りが良いわけではないが離れていても不思議と聞こえる声。

「これは……ただの人間ではない、ようだ」

 人形は、起き上がって剣を握り直すと、投げたままの例の手を引き戻し腕にはめこんだ。

「ヴァンパイア、か?」
(ヴァンパイア……?)

 吸血鬼。想像上の生き物だ。そのような種族は存在しない。人形の言うことの意味が分からず疑問符を浮かべる。

「知らないの、か」
「?」

 一瞬、違和感を覚えた。だがそれがはっきりするその前に。

「だが、関係はない。我は主命を、受諾するのみ」

 人形は剣を持っていない方の手で自らの脇腹に触れた。ワンテンポ遅れてその部分から銀の光があふれ出す。
370 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/17(火) 22:11:46.23 ID:VyUhElIo

(さっきから……あれはなんなの?)

 一瞬で調査員の男の前に移動したとき。リオを吹き飛ばしたとき。どちらも魔術に違いない。だが。

(呪文が聞こえなかった……)

 魔術というのは必ず呪文の声を媒体とする。呪文のいらない魔術など聞いたことがない。
 しかしながら現実として、人形の脇腹の文字が効果を発揮する。

 無音のまま。突如空気が渦巻いた。砂が飛んできて思わず目を瞑る。もう一度開いた視界には――

「竜巻!?」

 激しく渦を巻く巨大な空気の塊がそこにあった。人形の姿がその向こうにかすむ。だが音はない。無音のまま不自然に猛り狂っている。

「行け……」

 人形の声と共にそれはこちらに向かって動き出した。
371 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/17(火) 22:13:44.98 ID:VyUhElIo

 間違いない。あの文字が魔術を起こしている。
 リオはすばやく振り向いた。

「姉さん?」

 隣のルイスが引きつった顔でこちらを見る。

「決まってるでしょ! 逃げるの!」

 無事なほうの左手でルイスの服を掴み、引き摺る形で走る。
 見ると、先ほどから全く言葉を発していなかったサンダーは遺跡の門の内側に立っていた。

「こっちだ」

 告げて遺跡の中に飛び込む。リオもそれを追って遺跡に走りこんだ。背中に人形のぴりぴりとした視線を感じながら。
372 :アナウンス [sage]:2010/08/17(火) 22:17:13.91 ID:VyUhElIo
・ここまで
・お久しぶりです
373 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/17(火) 22:30:18.48 ID:ekS4eIU0
乙です。
374 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/17(火) 23:01:45.79 ID:nxs7F.ko
乙です
375 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/17(火) 23:02:41.27 ID:58cJcQIo
乙です
376 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/08/18(水) 03:31:31.21 ID:WgEQL1so
乙!
377 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 16:12:19.71 ID:sxuUH2Io

◆◇◆◇◆


 遺跡内の通路をサンダーの先導に従って走り抜ける。やはり不思議と埃ひとつ落ちていない通路。そして光もないというのに薄明るい。
 ルイスはそれらの思索をいったんやめて、リオの腕に手を伸ばした。

「我は、癒す斜陽の、傷痕」

 リオの腕の腫れがすっと引いていく。

「ありがと、ルゥ君」

 ルイスのほうは走るのに精一杯でそれに応じることはできない。

 ルイスの治癒魔術は一級品である。腕の骨折くらいなら完璧に直っているはずだ。十分な魔力がない状態で不思議に感ぜられるかもしれないが、実のところ簡単な話である。壊すのと違って治すというのは力ではなく精密さが求められるのだ。ルイスは十分な魔力を持っていないが精緻な構成を編むことができるというのは前述したとおりである。
 ちなみに酒場でヴォイムとやらに全力で殴られても比較的早く立ち直ることができたのも自分で治癒できたからだ。
378 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 16:13:16.75 ID:sxuUH2Io

「あれはっ、一体……」

 走りながら言うので言葉が安定しない。
 前を走るサンダーが速度を落としこちらに顔を向ける。そのまま走り続けながら器用に告げてくる。

「君はどう思うルイス君」
「どう、って……」

 わずかな凹凸に足をとられてよろめく。

「分かりません。あれはそもそも生き物なんですか!?」
「私は似たようなのなら見たことがある」
「ミサンガ、それほんと?」

 傷は完璧に癒えているはずだが、眉をしかめてリオが問う。あの調査員のことが心に引っかかっているのだろう。
 ルイスにはそんな余裕はない。事態を把握するため頭を空転させるので手一杯だった。

「じゃあ、あれは一体なんなんです!?」

 思わず声に怒気がこもる。
379 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 16:14:47.92 ID:sxuUH2Io

「私がそれを見たのはニューサイトの一角だよ」
「街中!?」
「本当ですか!?」

 リオとルイスが驚いて声をあげる。サンダーは走っているというのになぜか滑らかな語調で後を続けた。

「ああ、本当だ。しかし彼はひどく弱っていた」
「あんなに、強くなかった、ってことですか」
「だから倒せたの?」

 サンダーが驚いたように目を見開く。

「倒すだと。君たちは悪魔か」
「は?」

 思わずリオと声が重なる。

「ドズル老人は見た目はあんなだが気のいい人だったぞ」
「それ人間!」
380 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 16:16:32.41 ID:sxuUH2Io

 思わず足から力が抜ける。立ち止まって壁に手をつき大きく息をついた。あわせてサンダーとリオも足を止めた。

「ミサンガ! よくわからないけど、今はふざけてる場合じゃなんだよ!」
「しかし、彼を見ていたら君たちも同意せざるを得なかったはずだ。実際ドズル老人が蘇ったのかと思ったくらいだしな」
「故人なら、ドズル老人に謝ったほうがいいですよ……」

 息が乱れて苦しい。汗がどっと吹き出てきた。

「ルゥ君、つらいと思うけどせめて歩こう? あいつに追いつかれちゃう」
「了、解……」

 大きく息を吸って顔を上げる。運動不足がたたっている。祖父の訓練を受けていたあの頃とは違う。

「遺跡に逃げ込んだのは間違いじゃないと思うけど」

 リオが先頭を歩きながら言う。

「まさか袋小路じゃないよね」
「それは、ないと思う」

 二人の後を、汗をぬぐって歩きながらルイスは頭を働かせた。

「前二つの遺跡もそうだったけど、これらは砦のような構造をしてるんだ。いや実際砦だったんだと思う。何と戦っていたのかは知らないけど……」
「つまり?」
「脱出口もある、ということだな」

 サンダーの言葉にうなずく。そこで気づいたが、サンダーは汗ひとつかいていない。息の乱れはあるものの喋るのに辛そうではない。どころか滑らかさを失ってすらいない。

(やっぱり変人だ……)
381 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 16:17:50.07 ID:sxuUH2Io

 突如通路が開けた。広い空間がぽっかりと三人を受け入れる。大きめの運動場ほどの大きさ。円形に広がっている。太い柱が間隔をあけて立ち並んでおり、視界はあまり良くない。

「それじゃあ、このまま歩いていけばいずれ出口にたどり着くね」

 リオが、彼女には珍しい鋭い目つきでうなずく。

「このまま出口を探すよ。異論はないよね?」
「懸念を言えば」

 ルイスは口を開く。

「あれはこの遺跡から出てきた。この遺跡のことに詳しくても不思議はないんだ。待ち伏せされるかもしれない」
「それは、確かに」
「それに……」
「それに?」
382 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 16:18:27.05 ID:sxuUH2Io

 ルイスは黙り込んだ。

「何、ルゥ君。大事なこと?」

 確かに、大事なことかもしれなかった。あの人形の姿が頭の中にちらつく。銀の文字。そして剣。
 見間違えでなければ。あの剣の刀身にもやはり文字があった。

「……」
「ルゥ君?」

 立ち止まったルイスに、彼女の声がわずかに焦りを帯びたものになる。すぐ背後にあの人形が迫っているかもしれないのだから、それは当然というものだった。そしてリオが、このリオが恐れる相手だということでもある。
 しかし、それでも。
383 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 16:19:08.39 ID:sxuUH2Io

 ルイスは顔を上げた。そのとき、目の端に何かが見えた。

「あ」
「え?」

 疑問の声を上げるリオの肩越しに、それが見えた。壁面。そこにそれはあった。

「これは……!」

 駆け寄る。壁に一文字が描かれている――それは文字というより文様に近かったからその表現が正しいだろう――。何の変哲もなくあるそれは、しかしそこからなにやら魔術構成を発していた。

(魔術、文字……)

 人形の転移。石化の剣。竜巻。いや、それだけではない。不思議と埃ひとつない廊下、劣化のない建物、どこにあるのかも分からない光明。
384 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 16:19:54.90 ID:sxuUH2Io

 ルイスは一人、確信を固めた。

(どうする……?)

 どうするとは。ルイスの中で逃げる以外の選択肢が生じたことを意味する。

 どうする。

「ルゥ君……?」
「姉さん」

 何か感じるところでもあったのか、訊いてくるリオの表情は不安そうなものに変わっていた。
 その顔に向けてルイスは告げた。

「僕は、ここに残る」

 小さな声だったと自覚はしている。だがそれは決意の言葉であり、れっきとした宣言だった。

「なに、言ってるの?」

 リオの声がこわばった。
385 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 16:23:54.05 ID:sxuUH2Io

「僕は戦うよ」

 言葉を繰り返す。厳密には違う言葉同士だが、意味するところは同じのはずだ。

「ちょっと……待ってよ、どういうことルゥ君。わけが分からないよ」

 リオが困惑の声を上げる。

「これを見て」

 指し示されて、サンダーとリオが文字を覗き込む。

「これ、魔術構成を発生してる」
「……確かに」

 二人がうなずくのを見て続ける。

「さっきから気になってたんだ。この遺跡、少なくとも人間が存在を忘れてしまうくらい昔からあったはずなのに少しも崩落していない。傷ひとつない。細かく確認すれば埃ひとつないんじゃないかな。明かりもそうだ。こんな明り取り窓のないような遺跡の中なのにほんのりと明るい」
「それが?」
「きっとこの文字によるものなんだ」
386 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/22(日) 16:25:19.69 ID:sxuUH2Io

 ルイスは一人うなずく。

「この文字があるから建物は劣化しない。そしてあの人形の転移や攻撃方法……」

 静かに結論する。

「魔術文字は実在した」

 二人と視線を合わせる。一対は困惑しているもの、もう一対は何の表情も映していないもの。

「姉さん、これは重大な発見だ。魔術士たちがついに見つけることができなかったものがここにあるんだ。これはもしかしたら魔術の根源に深くかかわっているかもしれない」
「でも……」
「僕は――」

 眼差しに力を込めてルイスは口を開いた。

「僕は学者だ。だから真実からは逃れられないし、逃げるつもりもない。だから僕は、戦わなくちゃならない」

 息を吸う。

「だから、僕はここに残る」
387 :アナウンス [sage]:2010/08/22(日) 16:26:55.40 ID:sxuUH2Io
・ここまで
・ペースが遅くて申し訳ない
388 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/22(日) 20:41:39.72 ID:dZl8AUDO
389 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/22(日) 20:43:45.49 ID:WJhXEM20
乙です。
大量投下、感謝です。
自分のペースで無理せずに
390 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/08/23(月) 04:04:33.55 ID:J13OZi2o
おつかれ!
391 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/27(金) 08:05:59.23 ID:cX9ZsuMo

     ※


 小さな足音が静かに小さく響き渡った。そのすぐあとにガラス光沢の体が広間に進入する。
 人形はあたりを見回し――

「光よ!」

 突如呪文の声が響き渡った。荒れ狂う高威力の破壊光は、帯となって人形に殺到する。

「無駄……」

 人形が熱衝撃波に向かって手を差し伸べた。
 受け止められると見えたそれは、しかし人形に向かっていたわけではなかった。天井に突き刺さって爆発する。

 轟音とともに建材が剥離し、崩壊し、落下した。人形はそれを見上げたが、避けようともしなかった。数秒もしないうちに瓦礫の山に埋もれる。
 魔術文字は先ほど見た限りではとても強力なもののはずだった。もし先ほどの壁の文字が完璧に建物を保持するものなら、リオの魔術といえども簡単には破壊できなかっただろう。だからあの文字は建物のごく軽微な保存の機能しか持っていなかったか、単純に魔術自体が劣化していたかだ。

 そのまま沈黙が落ちる。柱のうちの一本から片目だけをのぞかせ、ルイスは様子をうかがった。
 あの人形は避けなかった。それはつまり避ける必要がなかったということだ。

 その推測を裏付けるようにがれきの山が突如吹き飛んだ。ルイスの頬を掠めて破片が飛ぶ。人形はその胸に文字を輝かせ、先ほどと変わらず立っていた。

「やはり、無駄……」

 全くの無傷であることを見れば確かに効きはしなかったのだろう。だが――

「はッ!」

 人形の背後に滑り込み、リオが飛びかかった。その手に銀の短剣がある。リオの二振り目。

 じゃっ!

 硬質な固体の表面を削るような音がした。存外すばやく身をかわした人形の体表を、リオの短剣が掠めた音だ。
392 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/27(金) 08:06:55.66 ID:cX9ZsuMo

「ふっ!」

 リオがもう一歩を踏みこむ。しかしそれに先んじてさきほどと同じように胸部を輝かせた。
 リオが横に跳ぶ。その残像を不可視の衝撃が通り抜ける。柱の一本にひびが入った。

 追撃の構えを見せる人形。しかしルイスもただ見ていたわけではない。
 ルイスは言ったのだ。戦うと。
 瞬時に簡単な構成を編み上げ、呪文を叫ぶ。

「我は乱す光列の檻!」

 それと同時、見える光景が大きく変化する。
 ルイスの目に天井が映った。それと同時に床も見える。そしてあらゆるものがねじくれ、ゆがみ、ひっくり返った。視界の混乱具合に気分が悪くなるのを感じる。

 そして。

「光よ!」

 激しい光がすべてを包んだ。

 約二秒後。目を焼く光輝が収まって。ルイスは瞼を開いた。視界が元に戻っている。
 そのなかで見えたのは、短刀を握って構えをとるリオ。そしてやはり無傷でそれに対峙する人形だった。

 ルイスは顔をしかめた。

(仕留められなかった……完全な不意打ちだったのに)

 魔術により光の進行方向を任意に捻じ曲げ、視界を混乱させる。それに乗じてリオが攻撃を仕掛けたのだが、かえって防御に回らせてしまったらしい。
 とはいえ、全く何の影響もなかったというわけでもなかったようだ。人形の足元。そこに例の剣が転がっている。人形が取り落としたのだろう。その瞬間は見ることができなかったが。
393 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/27(金) 08:07:27.48 ID:cX9ZsuMo

 ここにいるのはリオとルイスの二人だ。サンダーには残る理由がなく、また戦闘のための力もないので逃げてもらっている。だから、二人で仕留めなければならない。ただ、もとより一般人に戦闘能力は期待していない。

「強力、だな」

 落とした剣はそのままに、人形が口を開いた。砕けていたはずの顎はどうやったのやら、元通りに修復していた。

「やはり、ヴァンパイアか」

 先ほども聞いた言葉に、リオは眉をしかめるのがかろうじて見える。

「何言ってるのか分からないよ」

 短剣の切っ先を人形に向けたまま続ける。

「あたしは堕天使族と鬼人族のハーフで、ヴァンパイアなんかじゃないんだけど」
「堕天使……鬼人……」

 人形はしばし考え込んだようだった。空色の瞳をリオに向けたままじっと立ち尽くす。そのまま沈黙が流れたが、

「……なるほど。特殊ヴァンパイア、か」
「は?」

 人形はひとりで納得したようだった。

「変異が固着し、異形化を果たした、といったところか」
「……?」

 意味が分からない。こいつは何を言っている? ルイスは距離を測りながら片眉をあげた。
394 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/27(金) 08:08:23.31 ID:cX9ZsuMo

「お前は……」

 ルイスの声に、人形は反応せずにリオに視線を注いでいた。リオの方がはるかに驚異的だと気づいているのだろう。その通りであるし、特に気にせずルイスは続きを口にした。

「……いったい何なんだ?」

 要領を得ない発言だとは自覚していた。とはいえ、ルイスの心情をもっとも端的に表したものであることも確かだ。
 人形は答えなかった。

「それは魔術文字だろう? そんなもの実在するはずないんだ。お前は一体――」
「お前たち人間は」

 人形の声にはっと息をのむ。

「お前たち人間は、ずいぶん忘れた、ようだな」

 人形の声に何か、嘲笑のようなものが混じる。事実それはあざけりの声だったのだろうが。もしくは侮蔑だ。この人形は何かを知っていて、自分たちはそれを知らない。そしてそれは、おそらく大事なことだ。研究にとって。ルイスにとって。

「やっぱり何か勘違いしてるみたいだけど」

 リオの声がルイスの思考を遮った。

「あたしは人間じゃないくて魔物。勘違いしたままだと、怪我するよ」

 じり、と音をたてて――威嚇だろう――ほんの少しだけリオが間合いを詰める。短剣がほのかな明かりの中で、それでも鋭い光を放った。
395 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/27(金) 08:09:20.22 ID:cX9ZsuMo

「人間、だよ」

 嘲笑の気配は消えたが、人形は次に憐みを声に込めたようだった。

「どうしようもなく、人間だ。少しばかり怪物に近づいただけの」
「……怪物?」

 ルイスの声に、人形は首肯して見せた。

「人間の持つ肥大化可能性、だ。しかし、お前たちが……知る必要はない」

 人形の目が細くなる。

「お前たちはここで死ぬのだから」
「それは!」

 だん!

 声とともに強烈な踏み込みの音が響き渡った。リオが人形に肉薄する。

「それはないよ!」

 彼女が放つ上段への突き。人形はそれを掌で受け止めた。

「だってあたしが相手だもん!」

 次いで後ろに跳び際下腿部を狙う。人形はそれも、腕を振るうことで防いで見せた。

「それこそないな」

 人形の声。先ほどよりずっと温度の下がったそれは、一歩を踏み出そうとしたルイスの体をぞっと冷やす。

「殺人人形たる、私に狙われたのだ。お前たちは、必然として、死ぬのだよ」

 言うと同時、人形の右腕に文字が輝いた。同時に空気が振動を始める。虫が飛びまわるようなぶうん、という音。それは人形を中心としてゆっくりと広がり、壁面にしみこむとふっつりと途絶えた。
396 :アナウンス [sage]:2010/08/27(金) 08:10:27.15 ID:cX9ZsuMo
・ここまで
397 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/27(金) 09:22:35.30 ID:7SD7/QIo
398 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/08/27(金) 22:43:41.29 ID:ae5kniEo
いいねえ!
おつかれ!
399 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/28(土) 22:14:29.64 ID:EMENydIo

◆◇◆◇◆


 リオは考えていた。この敵、確かに驚異的ではある。さらに言えば未知の存在だ。とはいえ。そう、とはいえ相手はこちらの攻撃を避けるのだ。それはこちらの攻撃が通じることの裏返しである。

(……いける!)

 人形が何かしたのは分かっていたが、気にしている暇はない。むしろそれで生じた相手の隙を逃す手はなかった。人形に向かって短剣を持つ右手を掲げる。

「――!」

 光よ、と。叫んだつもりだったのだが。

(!?)

 喉から出た声は、その震えだけを残して霧散していった。

 魔術は音声を媒体にしてその効果を発揮する。声が届かないところまではその影響の手を伸ばせない。

「そして声を出すことが、できなければお前たち魔術を使う者は、無力だな」
400 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/28(土) 22:16:18.36 ID:EMENydIo

 はっとした時には不可視の衝撃波が鼻先に迫っていた。後ろに跳ぶものの、逃げ切れずに打ち倒される。受け身も取れずに転がった。
 衝撃の余韻が収まった時には体中から悲鳴が上がっている。そのひとつひとつを無視して、リオは無理やり上体を起こした。

「――」

 一体……

「一体、どういうことだ。そうだな、そう聞きたいだろう」

 人形はどうということもなく先ほどと同じ場所に立っていた。平坦な視線でこちらを見下ろしている。
 そしてまだ輝いている右腕の文字を示した。

「音声を打ち消す魔術文字。それも人間の音声を選んで、だ」

 そのままこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。足音が静かに響き渡る。

「お前たちの魔術は、音声を必要とする。彼らと違って。不便かと問われれば、微妙なところだが……それでも対策は立てやすい。私が――」

 リオの目前で立ち止まる。

「そう、私がお前たち人間の、死神だよ」
401 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/28(土) 22:17:34.58 ID:EMENydIo

(彼ら……?)

 見上げると、空色の瞳と目があった。

「……しゃべり、すぎたか」

 人形はいったん言葉を切った。そして今度は問いかけてきた。

「お前たち人間は、この千年でどう変わったのだ?」
(だからあたしは人間じゃない……!)
「人間、だよ」

 違和感を覚えて眉をしかめる。今……

「そうだ、私は、簡単な思考なら読むことができる。だから、さっさと私の質問に答えて、欲しいのだが」

 こいつ……いや、人間がどう変わったか? そんなことを聞いてどうするのだ。それに何か意味があるのか?

「少なくとも、彼らにとっては。世界の存亡に関わるのだから」

 彼ら。世界の存亡。わけがわからない。
402 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/28(土) 22:18:56.24 ID:EMENydIo

 リオはそこまで考えて見上げたままいったん思考を閉じた。できるだけ、何も考えず何も思わず。
 人形は不審に思ったようだった。口を開く。

「なにを――っ」

 その言葉が途中で詰まるように止まる。人形の視線がリオから自らの体に移った。
 人形の脇腹。そこから刀身が突き出ている。

「……」

 ルイスが人形の背後に立っていた。人形が持っていた例の剣をその手に握って。

「……さすがに、注意が、足りなかったか」
(ざまあ見ろ!)

 勝った。
 だが、そう思ったのもつかの間。

 人形の左肩が輝いた。銀色の文字は光をあふれさせ、その光は広がって広間全体を満たした。
403 :アナウンス [sage]:2010/08/28(土) 22:20:31.75 ID:EMENydIo
・ここまで
404 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/08/29(日) 05:55:08.91 ID:awcYsSEo
乙!
405 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/29(日) 10:39:15.03 ID:9j9iL/so

◆◇◆◇◆


 そして、その光はただ広がるだけにとどまらなかった。

(がッ――!)

 猛烈な痛みの中、ルイスは弾き飛ばされて転がりまわった。炎でまんべんなく体中を焼かれる痛み。一枚一枚爪を剥がれる痛み。ぶすぶすと音がする。物が焦げる匂いが鼻をつく。
 悲鳴をあげる。だが、それは声にならない。何かが弾けて、そして光は収まった。

「――っ」

 声にはならないが――まだ魔術文字が効果を発揮しているのだろう――、自分の喉がまだかすかに震えているのは感じる。
 全身をかきむしりたい衝動だけが体の中を駆けずりまわっていた。しかし体はぴくりとも動かない。無理やり顔だけをあげる。

(姉さん……)

 かすむ視界。なんとか見える広間の様子は、先ほどと少しも変わりがなかった。何事もなかったかのように静かな冷たさを含んでいる。
 数歩離れたところに瓦礫の山。ひびの入った柱。そして。
406 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/29(日) 10:40:42.43 ID:9j9iL/so

 そして、人影。腕を高く差しのべてそこに立っている。不自然に節くれだった腕。その腕の先には。

(くっ……)

 リオが首をつかまれて、力なく持ち上げられていた。

(……姉さん)
「煩わせるな」

 人形が口を開く。その胴体にはすでに剣はない。離れたところに転がっている。

「お前たちは、情報を渡して、さっさと殺されろ」

 情報。……人間がここ千年でどう変わったか、だったか。

「そうだ、私はすべての人間を殺さなくてはならない。主命を、完遂するために」
(すべての人間を殺す?)
「それが我が主命だ」
407 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/29(日) 10:42:24.55 ID:9j9iL/so

 人形はそう言うと、リオの首をつかみ上げる手とは反対の手――右手を手刀に構えた。

(姉さん!)
「この人間は抵抗できまいよ。私の指から生える針。そこから毒を、流し込んでいる。生命に無害ながら、あらゆる行動を禁ずる、まあそれなりに使い勝手の、よいものだ。とはいえ――」

 そこで人形は一度言葉を切った。

「とはいえ、本来ならば私の精神支配で、事足りているはずなのだ。それが効いていない。お前たちは一体、なんなのだ?」

 人形は、その空色の目をルイスに向けた。言っていることこそ分からなかったが、その目に不審の色が宿っていることは見て取れた。
 そのままルイスは体をこわばらせた。人形の言ったことはとりあえず無視する。
 確かにリオは抵抗できないようだ。意識はあるようだが。ならば――

(なら、僕がどうにかするしかない……)

 魔術は封じられた。体も傷だらけ。そうでなくとも自分の戦闘力のなさは身にしみて分かっている。切り札はない。決定力もない。
 そこから導き出される答えは。

(僕は見極めるしかない)

 ただの一瞬。それだけで良い。ただの刹那。それでも構わない。ルイスは来るかどうかも分からないその時を、待つしかない。
408 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/29(日) 10:44:44.66 ID:9j9iL/so

 空気が凍る。そんな感覚に陥る。すべてが硬化し、固化し、引き延ばされるその感覚に。研究に没頭している時と同じ感覚。そして。

 ぴし。

 かすかに。かすかにかすかに音がした。水底の魚の呼吸のようにひそやかなその音が。
 視線はそらしていなかった。だからそれを見ることもできた。
 そして、だからこそルイスは体を地面から引き剥がした。気合が喉からほとばしる。

「――――!」

 それも声にならない。だが気にしない。ルイスはそのまま、全感覚を先鋭化した。ぴりりと総毛立つ感触。

 びき!

 今度は確かに、間違いなく何かにひびが入る音がした。ルイスはそれを聞きながら魔術構成を瞬時に組み上げた。
 人形も『それ』に気づいていた。リオをつかみ上げたままこちらに向き直り、胸に文字を輝かせる。しかし。

(こっちの方が早い!)

 ルイスは胸中の歓声をそのままに、呪文の声に乗せた。

「我は放つ光の白刃!」

 人形の魔術文字が発生させた衝撃波と小さな光熱波がすれ違う。ルイスは衝撃に打ち倒されながら、抵抗せずに転がった。同時に人形の方から小さな爆発音。

(よし!)

 ルイスは十分な手応えに満足した。
409 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/29(日) 10:49:44.05 ID:9j9iL/so

 『それ』自体を待っていたわけではない。ルイスが待っていたのはなんでもいい、何かあの状況を打破するための好機だった。ルイスにはチャンスを待つことしかできなかったのだ。だから『それ』は偶然であり、それ以上の何物でもなかった。ただ、それ以上の何も望めない、最大の好機だった。
 長い年月を過ごすうちに劣化していたのかもしれない。リオの打撃で脆くなっていたのかもしれない。そのほかの要因があるのかもしれない。なんでもいい。だが、それは確かに起こった。
 すなわち――魔術文字が砕けたのである。

 ルイスはもう動かない体に鞭打って、視線だけをそちらに移した。

「ぬ……」

 人形が、その左腕をおさえている。ルイスが正確に狙った、その左腕を。
 効いている。あれだけやって何も通じなかった相手が、今やっと、動じている。そうだ、いくらルイスの攻撃が低威力だろうと攻撃と防御は同時にはできない。
 ルイスは痛む肺を精一杯膨らませ、それを一気に解き放った。

「姉さんッ!」

 リオは、すでに人形の拘束から逃れていた。彼女にも先ほどの攻撃のダメージがあるのだろう、片膝をつきながら、それでもリオは――リオの目は、輝きを失っていなかった。
 転がって取ったほんの少しの距離を置いて。リオは人形と対峙していた。
 彼女は差しのべている。その腕を。そして、呪文を解き放った。

「光よ!」
410 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/29(日) 10:51:55.99 ID:9j9iL/so

 人形もその時にはダメージから立ち直っていた。
 リオの呪文の声と同時かもしくはそれより早く、リオの方に手を向けた。その掌に新たな文字が花開く。文字から光があふれ、まとまり、そして一直線にリオに向かって解き放たれた。
 光と熱衝撃波が真正面からぶつかる。そして一瞬で決着がつく。文字から放たれた光の帯が、リオの放った熱衝撃波の塊を割り、リオに殺到する。

(まずい――姉さん!)

 リオを光が呑み込む。だがその直前、リオの手が、一条の赤い光を放った。

「ああああああああ!」

 リオの気合が響き渡る。途端、リオから膨大なエネルギーが押し出された。先ほどより一回り以上巨大な熱衝撃波の塊が、光を押しのけ直進する。
 そして一瞬で人形をのみ込み、爆発した。その時、ルイスは確かに見た。人形の顔が恐怖に歪み、絶叫するのを。

 轟音が耳をつんざく。建物が揺れる。さらにもう一度大きな爆発が起こり、天井の建材が再度剥離し、細かく降り注いだ。
 ルイスは目を閉じた。意識が地鳴りの中、ゆっくりと遠のいていく。そのとき考えていたことは一つだった。胸中でつぶやく。

(僕たちの勝ちだ)

 それを最後に意識は暗闇の中に呑み込まれていった。
411 :アナウンス [sage]:2010/08/29(日) 10:57:17.11 ID:9j9iL/so
・ここまで
・ようやく人形倒せたやっほーい!
412 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/29(日) 13:50:15.26 ID:iqkXnwDO
おっつー
413 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/29(日) 19:01:45.40 ID:JqgqcCM0
乙です。
414 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/30(月) 05:01:07.24 ID:XGwJeVs0
質問なんですが
ダミアン・ルーウみたいな呪文のキャラは出てきますかい?
「肝にある蟲、はらわたにある蛇・・・」のやつ
出てきたらテンションあがっちゃう
415 :アナウンス [sage]:2010/08/30(月) 05:27:23.85 ID:94qX20ko
>>414
・お楽しみに
416 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 17:48:38.15 ID:94qX20ko

◆◇◆◇◆


 まどろみの闇。ゆっくりと渦巻く光明。ごつごつとうるさいそれら。
 その中でゆったりとかき混ぜられながら、彼は一心不乱に叫んでいた。

「母さん、母さん!」

 暗闇の中で必死に呼びかける。喉が張り裂けそうなほどに膨張と収縮を繰り返す。それでも叫ぶのだけはやめない。

「母さん!」

 かまわない。この際、喉なんてはりさけてしまえ。捨て鉢に断ずる。

「僕を見て母さん!」

 何を言っているのか。何が言いたいのか。そしてどうしたいのかは分からない。それでも彼は呼ぶのをやめない。
 叫び声は闇にのまれ、答えは返ってこない。
 声がかすれる。喉が裂ける。
 どくどくと生温かい血潮を噴き、その血の中に滑り落ちる。

「――! ――!」

 叫ぶ。声にはならない。叫ぶ。
 ああ、自分は、自分は……自分は?
 分からない。まったく何もかもが分からない。

(僕は!)

 闇を裂く怒号。それを最後に彼の叫びは途絶え、覚醒の光が押し寄せてきた。


◆◇◆◇◆
417 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 17:51:55.68 ID:94qX20ko

     ・
     ・
     ・

 目を覚ましたのは気を失って数十分後といったところだった。薄く積もった埃を払い、痛む体を地面からはぎ取る。どこかかび臭い遺跡の中。あたりを見回すと、いくつも倒れた柱と壁に空いた大穴が目に入った。壁も柱もほとんどが崩れ落ちており、ここまで大規模だとまだ遺跡が崩落していないことが不思議に思えた。恐らく魔術文字の効果だろうが。そしてそれらのそばにてらてらと光るいくつかの塊。砕けて溶けたそれらは、推測するに人形の残骸だ。そしてそれらから一直線に結んだ場所に彼女はいた。

「姉さん……」

 魔王の娘はうつぶせに倒れて気を失っていた。ふらつきながらも近寄ってかがみこむ。服は幾分か汚れてしまっている。だが、致命的といえるほどの外傷はない。とりあえず安心してよさそうだった。ただ、腕をいくらかすりむいている。一応治療するために手を伸ばした。
 ――その手がぴたりと止まる。彼女の指輪がルイスの視界に入った。さきほど赤い光を放ったそれ。小さな真紅の宝石を戴いた指輪。

 それは彼女が、帰ってきたその父から押しつけられた物で、最初身につける時は嫌がったらしいのだが、その割になかなかはずそうとしない。確か名前は――≪愛想笑いの指輪≫。しかしそれはただの装飾品ではなかった。

「≪魔力増幅の指輪≫」

 指輪の機能は、その装備者の魔力を大幅に底上げし、増強するもの。その仕組みは分かっておらず、オーパーツ扱いだ。ただ、ひとつ言うとすれば――

「もう、機能は失っているはず……」

 そう、彼女の父が使用したのを最後に、魔力増幅の指輪はその機能を発揮しなくなった。彼女の手に渡ってからもそれは同じで、しかしつい先ほどの物を見るに確かに発動していたようだ。目を焼く赤色の光輝。あれは指輪から発していた。

 それに手を伸ばして触れる。と。

「あ……」

 ちいさな音をたてて、指輪が割れた。まっぷたつになったそれは、地面に落ちると、かすかな金属音をたてた。
418 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 17:53:02.99 ID:94qX20ko

「だーかーらー、違うって」

 目を覚ましたリオは、不機嫌に顔をしかめると同じ言葉を繰り返した。

「アレが守ってくれた? ちゃんちゃらおかしいよ」
「でも状況を見るに」
「違うったら違うって」

 リオはむきになって否定する。その声に合わせるように焚き火の炎が踊った。遺跡の前の例の広場である。外に出た時にはすでに日は暮れており、ここで野宿することになった。
 今は焚き火を前に話をしている。夜のただっぴろい闇が、静かにあたりを包んでいた。虫の鳴き声が聞こえる。聞いたことのあるようなないようなそれ。
 サンダーはいない。外で合流するはずだったのだが、こちらに勝ち目がないとみて逃げていたとしてもなにも不思議はなかった。

「でも、その指輪が発動したのだけは間違いないよ。もう力を発揮することがないこともね」

 ルイスは焚き火を見つめながら言った。
 リオは黙って手の中を見る。そこには二つに割れた指輪があった。ルイスの言葉通り、もう機能を発揮することはないだろう。

「それがなければ僕たちはやられていた。違うかな?」
「でも……あの駄目親父のおかげだなんて、あたしは認めないからね」

 焚き火の炎がぱちりとはぜた。
 リオは、父親が嫌いである。帰ってきた彼にリオは明確にノーを突きつけた。長い間父親というものを知らずに育ったのだから、急に帰ってこられても違和感しか覚えないのはまあ当然かもしれない。ルイスもそれほど詳しく知っているわけではない。だがそれはともかくとして、リオは父親を嫌っている。
419 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 17:53:59.89 ID:94qX20ko

 ふと思う。

(僕は、どうだろう)

 ルイスにも父親がいない。随分前にいなくなってしまった。もしいきなり帰ってきたとして、ルイスはやはり父親を嫌うだろうか。

(分からないな)

 まあ、大抵のことというのは当の本人でないと分からないものだ。相手の身になって考えるなんてのははなはだ思いあがりで、だいたいにおいて勘違いだと相場が決まってる、とルイスは考えている。当事者になってこんなはずじゃなかった、と思うことも少なくない。そう、まあ、そんなものだ。
 ルイスはそのまま黙り込んだ。リオも何も言わない。焚き火の燃える音と虫の鳴き声だけがあたりを満たした。
 そのまま見上げる。暗闇の中に控えめな光がいくつか見えた。冷えた光を投げかけるそれらは、それこそルイスたちの気を知る様子もない。まったくもって無関心そのものの光だ。今日、死闘を繰り広げたことも、こうして物思いにふけっていることも知らんぷり。

 長いこと見上げた後、ルイスは苦笑した。苦笑して目をこすった。
 眠い。それに体の節々が痛む。各部が痣になってしまっているだろう。明日の朝になればもっと痛むはずだった。だが、今日はとりあえず寝よう。

 そう思って顔を戻したルイスの肩を、リオが勢いよくつかんだ。

(……?)

 その力の強さに面食らって見やる。リオの顔がこわばっていた。ある一点を見つめて硬直している。
 何故か、嫌な予感がした。背筋がひんやりと凍える。
 ルイスはゆっくりとリオの視線の先をたどった。
420 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 17:54:48.63 ID:94qX20ko

 そして、それにたどり着く前に急激にリオに突き飛ばされ、地面に横倒しになる。土の味が口に広がった。その横を衝撃波が通り過ぎる。焚き火の炎がぱっと散った。
 ぞっとしながら視線を振った。いた。それは、そこに立っていた。
 節くれだった関節。わずかな明かりに反射するガラス光沢の体表、醜くつり上がった双眸。そして、その胸に輝く銀色の文字。

(馬鹿な……)
「現実、だよ」

 遺跡の入り口。つい数時間前に見たその姿のまま、人形はそこにいた。何も変わらず、どうということもなく、それはそこに存在していた。無傷。
 ルイスは混乱して口を開いた。

「な、なんで……間違いなく倒したはず!」
「ああ、そうだな」

 人形はなんの気負いもなく頷いて見せた。

「お前たちは、間違いなく、勝ったよ。だが――」

 人形はにやりと笑った。

「同時に負けてもいた」
「どういうこと?」

 離れた場所で起き上がったリオが、その言葉とともに手を振りおろした。声を呪文として短剣がその手に現れる。
 人形は笑みを浮かべたまその胸に手を置いた。

「我らは主命を受諾するのみ」
「『我ら』?」

 ルイスは聞き咎めて声をあげた。
421 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/30(月) 17:55:35.49 ID:94qX20ko

(まさか……)

 我、ではなく我ら。それらの意味するところは一つ。つまりは――

「我ら殺人人形は一体ではない。一体がその活動を停止すれば次の一体が活動を開始する。彼らもさすがに一体のみで全人類の駆逐など可能だとは思ってはいまいよ」

 人形は胸にあてた腕をゆっくりとわきに戻した。

「私はお前たちに死を運ぶ殺人人形、千体がうちの二体目。祈る時間は与えよう。祈る神がいればだが」

 絶句するルイスたちを前に、人形は笑みをさらに皮肉げなものに変えた。

「そうだな、祈る神がいれば。この世界に神がいないことを知っていてなお祈るつもりがあるのなら……」
「何を、言っている?」
「いや……大したことではない。忘れた方がいい。絶望を知りたくなければ」

 そして、人形はゆっくりと笑みをおさめた。同時に、空気がぴりぴりと張り詰めていくのを感じる。

「第二幕だ人間ども。長広舌をふるうつもりはない。ただ、命じよう」

 人形の目が鋭くなる。

「死ね」

 人形の胸に、文字が輝いた。
422 :アナウンス [sage]:2010/08/30(月) 17:56:52.46 ID:94qX20ko
・ここまで
・というわけで、人形編はもうちょっとだけ続くんじゃ
423 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/30(月) 22:05:07.41 ID:BJjllcDO
424 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/30(月) 23:02:55.31 ID:Fc9RICgo
425 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/30(月) 23:27:48.09 ID:XGwJeVs0
もつなべ!
426 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/31(火) 05:18:54.43 ID:0uO.91w0
乙です。
427 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/31(火) 15:02:26.47 ID:ls8yV0Ao

「光よ!」

 呪文の声に導かれ、光の渦が巻き起こる。それらは一瞬でまとまると、目標に到達し炎上した。夜の静寂をかき分けて、爆音がとどろく。同時に土を焦がす匂いがした。
 光威力のそれは、しかし標的を根絶するに至らない。
 魔術の炎をかき分けて、光の帯が噴出する。夜の帳を切り裂いて地面に突き刺さると、同じく大爆発を起こした。その爆風にもみくちゃにされてリオが転倒。追撃の衝撃波がさらにその体を打ちすえる。

(まずい……)

 衝撃波の圏外に逃れながら、ルイスは胸中でうめいた。相手は強力な魔術文字を体中に持っている。また、新たな人形で損傷は全く負っていない。反対にこちらは治療したとはいえ、つい先ほどまで手ひどく傷を負っていたのだ。魔術の治療では疲労まで癒すことはできない。
 さらに言えば。

「あれが、まだあれば……」

 ≪魔術増幅の指輪≫
 前回の戦闘の決定力はあの指輪だった。それがもうない。こちらから手出しするすべがなくなってしまった。
 いや、厳密にいえばないわけではない。こちらだって魔術があるのだ。リオの魔術の出力は傑出しているし、それが『まともに』当たれば人形とは言えただでは済むまい。
 だが――

「ひ、光よ……!」

 倒れ伏した姿勢でリオが声を上げる。傷だらけになりながらも、魔術は彼女の意思に従って発動する。うなりをあげて突進する光熱波は瞬時に人形の目前に迫った。
 そして、浮遊する銀色の文字に阻まれ唐突に消失する。轟音の余韻もなく、光輝の残滓すら残さず、さっぱりと消えうせる。
428 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/31(火) 15:04:31.25 ID:ls8yV0Ao

 人形の目の前に銀色の文字が一つ浮かんでいる。複雑な文様のそれは人形の周りを、守護するようにゆっくりと回りだした。
 防御の魔術文字、だろう。先の戦闘では見なかったそれを使っているということは、本気のようだ。本気で殺しにかかっている。
 これで、リオの魔術は封じられた。例の沈黙の魔術文字を使われていないだけマシといえばマシだが、それもいつ使われるかわからない。

 唐突に視界の光度が落ちる。ぞっとして見回す。ただ焚き火が燃え尽きて光源がなくなっただけのことだったが、ルイスはついに自分が死んだのかと思った。
 人形はどうということもなさそうに虚空に手を差し伸べると、文字を描いた。ほどなく完成したそれは、ふわりと浮かびあがると頭上で光を発し始める。あたりが明るく照らし出された。
 人形とリオとでちょうど正三角形を描く位置。ルイスは馬鹿みたいにそこに突っ立っていた。文字の明かりに白く照らされて、体が小刻みに震えている。

「怖いか」

 人形が無表情に訊く。ルイスは答えなかった。否、答えられなかった。
 体が動かない。足が震える、視界がぐらつく。握った手の中に汗がにじんだ。

(畜生、それでも勇者の孫かよ!)

 無理やり自分を奮い立たせる。固まった肺に空気を押しこむ。

(考えろ……考えろ考えろ!)
「あがくな。あがけばあがくほど苦しみが長引く」

 人形の目にわずかな同情の色が浮かんだ。

「抵抗しなければ痛みを感じる暇なく殺そう」

 ひどく傲慢な物言いだったが。その言葉に嘘はなさそうだった。
429 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/31(火) 15:09:07.83 ID:ls8yV0Ao

 死は。死は激痛を伴う永遠なる損失だという。ただ、別の者は死は甘美なる昇華過程だともいう。すべてをゆだねるに値する、やさしいゆりかごだと。
 科学が台頭し、神というものの否定が始まり、死後の世界もまた否定される時代にあって、それは拒絶される考え方であろう。しかしそれでも今、恐怖にさらされるルイスにとってはまぎれもない真実に思えた。
 真実ならばば甘受しなければならない。犬のようにそれに従順でなければならない。人は無力で、無知で、恥知らずなのだから。
 ――それでも。

 人形がこちらに差しのべた掌に文字が開花する。ふわりと音もなく展開すると、その中心に光が集まる。光の粒が集約し、大きな光の塊が生じる。それほどの時間はかからなかった。収束した光は、こちらに向かって一気に解き放たれた。
 それでも。

(それでも人は抗うしかないじゃないかッ!)

 胸中で叫ぶと、ルイスは思い切り横に飛んだ。その体を掠めて銀の光が飛び去っていった。
 着地を考えなかったため地面に体をしたたかに打ちつけて転がったが、それでも構わない。計算といえるほどたいしたものではないにしろ、意図通りだ。

 何か柔らかいものにぶつかって回転が止まる。

「姉さん!」

 そのまま縋りつく。

「姉さん、起きて。戦わなきゃ!」

 必死に呼びかける。
430 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/31(火) 15:11:06.58 ID:ls8yV0Ao

「う……」

 リオは意識を失いかけていたようだった。ルイスに揺さぶられて小さくうめいた。一応なんとか意識は保っている。
 それだけ確認すると、ルイスはリオの手をとった。そのままつぶす勢いで強く握りしめる。

「姉さん聞こえる!? いや、聞こえてくれ!」
「ルゥ君……」

 返事にほっとする暇はない。

「いいかい姉さん、そのままでいい聞いてて、僕たちには今決定力が一つしかない、姉さんの魔術だ、僕の魔力量じゃどうにもならないし直接傷つけようにも近づけない、だから姉さんの魔術に頼るしかないんだ!」

 矢継ぎ早に告げ、さらに息を吸う。

「もしくは逃げるしかない、でも……」

 人形の口ぶりからするに、人形はすべての人間をその標的としているらしい。ルイスたちが逃げれば――

「ニューサイトが危ない……!」

 そう、逃げれば人形はニューサイトに向かうだろう。相手はこちらの思考が読めるのだ。都市の場所はもう分かっているはずである。
 もう逃げられない。
431 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/08/31(火) 15:12:38.31 ID:ls8yV0Ao

「だから、戦うしかない! 僕と姉さんが!」

 攻撃をはずしたからといって、人形は焦る気配を見せなかった。当たり前だ。急ぐ必要などないのだから。ゆっくりとこちらに向き直り、こちらに手を掲げる。
 反対にルイスの心臓は早鐘のごとく鳴っている。

「勝つ方法はひとつ! あいつに攻撃を直撃させること!」

 数時間前に勝てたのは、指輪による大出力に加え相手の防御の隙間をつけたからだ。攻撃と防御は同時にできないからだ。

「だから、姉さんの魔術でも相手の意表をつけば勝てる! 僕たちでも勝てる! そのためには――」

 そのためには、ただ強力なだけではない、精密な魔術が必要なのだ。真正面からの超威力ではなく、自在の変化球が必要なのだ。

「姉さん、やるしかない! 姉さんの魔術に精緻さを求めるんだ。精密の極致を心がけるんだ!」

 頼む、通じてくれ! きりきりと引き延ばされる痛いほどの緊張の中、ルイスは夢中で叫んだ。頼む!
 人形の掌には、すでに文字が輝いていた。光は収束し、目がくらむほどの光量で闇を切り裂いた。
 そして。
 次の瞬間にはルイスとリオを、光が包み大炎上した。
432 :アナウンス [sage]:2010/08/31(火) 15:13:33.55 ID:ls8yV0Ao
・ここまで
・うん、なかなかいいペース
433 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/31(火) 21:34:02.98 ID:lKNrRQDO

面白いな
434 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/08/31(火) 21:44:20.04 ID:HHrywg2o
乙だぜ
435 :アナウンス :2010/09/01(水) 18:57:44.40 ID:Y0aN6EYo
・『乙』と『面白い』が! 今日も俺を奮い立たせる!
・いつもありがとうございます。じゃあ本日も投下、始めるよ
436 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/01(水) 19:03:20.35 ID:Y0aN6EYo

 魔術の炎がごうごうと揺れる。夜の涼やかな風をその熱気が無粋にかき乱した。そしてその明かりが人形の体をあかあかと照らしだす。

「……」

 人形は無言で佇んでいた。その目には炎以外特に何も映っていない。殺人の快楽も苦痛もそこにはなかった。ただただ冷たい光がある。
 しばらくすると魔術の炎は弱まり、あたりに闇が押し寄せてきた。それらは魔術の明かりが照らし出すふちまで来るとそこにとどまった。
 夜の風がふわりと通り過ぎる。炎をやさしく切り取ると、もう後には何も残らない。ただ、もとより魔術の炎は燃え広がることはない。

 焼け焦げた土。魔術の衝撃で吹き飛ばされ、地面にくぼみができている。
 人形はそこにゆっくりと近づいた。見下ろす。
 人形の視線が静かに土の上をなでた。あるべきものを探して。
 だが――

「……ない?」

 人形は訝しげに声を洩らした。
 視線を上げてあたりを見回す。明かりと闇の境界線がくっきりと横たわっている以外は何もなかった。
 そう、何もない。あってしかるべき焼け焦げてただれた死体、それらから漂う焦げた肉の臭い、とか。

「……」

 人形はゆっくりとあたりを見回す。あくまでゆっくりと。ただ、その視線は先ほどよりやや鋭い。
 そして。その視線が一点で止まる。
 人形の足元。

「……?」

 そこにあるのは、魔術文字の明かりで白く照らされた地面。人形の影。
 先ほどまではそれしかなかった。
 しかし。

 ――影が一つ増えていた。
437 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/01(水) 19:06:02.59 ID:Y0aN6EYo

「……!」

 人形がすばやく天を振り仰ぐ。そこに二つ分の人影が――

「我は放つ光の白刃!」

 声が響いた。夜の静寂を鋭く切り裂く審判の声。。
 人形の頭上に光が展開する。すさまじい光量で夜空をまばゆく照らすと、一点に収束し人形に降り注ぐ。

「ぬ……!」

 人形が手を掲げた。その手の先に防御の魔術文字が移動する。それは空から飛来する光の柱を受け止め――

「……!?」

 人形の目が驚愕によって見開かれた。
 無理もない。降下してくる光熱波。それが文字に触れる直前に二つに分かれたのだから。
 分裂したうちの一つは魔術文字に受け止められ消滅するがしかし、もう片方は文字を迂回し人形に肉薄した。

 爆発。炎上し、土煙がぶわりと広がる。
 それらから少し離れて彼らは着地した。

「……」

 地面に降り立つと、手をつないだ二人はそっと息をつく。片方がよろめき、もう片方がそれを支えた。
 リオとルイス。

「生きて、いたか……」

 視界を遮る土煙りの向こうから声がする。驚きは過ぎ去り、それでも意外の感は隠せない、そんな乾いた声。
438 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/01(水) 19:09:56.52 ID:Y0aN6EYo

 夜風が吹く。やや強めのそれが立ち込める土煙りを押しのけ、人形が姿を現した。
 文字の明かりに照らし出され、やはり悠然と立っている。しかし、そのシルエットは完全なものではなくなっていた。右腕が肩からちぎれて吹き飛び、左手でその損傷部を押さえていた。
 それでも表情に苦痛はなさそうだ。代わりに薄い驚愕、そして不可解げな空気を漂わせている。

「いったい、どうやって……」

 どうやって、というが実のところそんなに複雑なことが起こったわけではなかった。空間転移の魔術によってルイスたちは少しばかり上空に転移、それと同時に重力制御の構成を編み、空中で制止。それから不意打ちを行ったに過ぎない。
 そう、多少複雑とはいえ、それだけだ。それだけだが――

「あり得ない」

 静かに――少なくとも表面上は静かに――人形が断じる。
 その通り、あり得ない。
 確かにリオの魔力はそれらを行うのに十分な量がある。とはいえ彼女の魔術構成は粗雑なもので、そんな精密な芸当をすることはできない。反対に、ルイスの魔術構成は緻密で精密なものを編むことができるが、先ほどのようなことを行うだけの魔力量を持っていない。短い戦闘の間に、人形もそれは見抜いていたようだ。
 だから、あり得ない。仮にあり得るとすれば――

「っ……馬鹿な。そんなことが……」

 人形は気づいたのだろう。うろたえたようだった。その表情を見て、ルイスは満足した。

「我は放つ光の白刃」

 だが、それにかまってやるだけの寛容さや余裕を、ルイスは持ち合わせていなかった。静かに呪文を放った。
 発生した一瞬に空気を激しく振動させ、光が人形に突き進む。人形はそれに合わせて手を差し伸べた。
439 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/01(水) 19:13:46.97 ID:Y0aN6EYo

 ――合成魔術の可能性。
 二人で一つの魔術を完成させる、そんな試みがあった。
 一人では行うことのできない、より高度で複雑な魔術を行使するための技術である。
 具体的には、二人でより精緻で膨大な構成を編んだり、二人分の魔力を総合してより大規模な魔術を展開したりする。

 世界をより自分の理想値に近づけるように改編するための人間の英知であり、悪あがきであった。
 そしてまた、人間の技術の限界でもあった。
 不可能だったのだ。そんな無茶は。

 もともと一人の人間が一つの魔術を行うのにも、大変な労力を要する。二人の人間が一つの魔術を行うのならばなおさらだ。人間など、生まれも育ちも性格も一致するわけがない。合成魔術にはそういった一致が必要となる。相性があるというわけだ。
 そしてそれは簡単には一致しない。簡単に一致するのならば、人間の技術レベルはさらなる高みにあっただろう。
 無茶なのだ。
 だから――

(だから、僕たちはその幸運に感謝しなければならない!)

 人形の目前に迫った熱衝撃波が再び分裂する。今度は三つに。
 だが、すべて魔術文字に受け止められる。魔術文字は五つに増えていた。

「片方が魔術構成を担当し、もう片方が魔力のリソースを担当している、といったところか」

 人形の目がすっと細くなる。その視線の先には二人がつないだ手があった。
 人形の言うとおりだった。リオのその膨大な魔力のリソースを提供し、ルイスがその繊細な魔術構成を編むことで先ほどの芸当が可能となった。
440 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/01(水) 19:14:57.91 ID:Y0aN6EYo

「僕たちはこの幸運に感謝しなければならない」

 ルイスは繰り返す。それはまごうことなき幸運であったから。
 リオとルイスの魔術の相性が良かったということだろう。どちらも極端な魔術の癖があったからなのか、それとも比較的一緒にいる時間が長かったからなのか、それは分からなかったが。だが、現実として、合成魔術は成功している。

「僕たちはお前に勝つための決定力を手に入れた……!」
「それがどうした!」

 人形が吼えた。その迫力に、人形の細い体躯が一回り大きくなったかのような錯覚に陥る。

「決定力? 笑わせるな。そのような児戯、この殺人人形の前には無力だ!」

 確かに、急場しのぎに手に入れたわずかな勝機だった。そのような付け焼刃、いつ剥がれるかなど分からない。次の瞬間に死んでいてもおかしくはない。しかし、だ。

「右腕だったよね」

 リオの声がする。ルイスに支えられ、やっとのことで立っている。だが、それでもなお彼女の声には力があった。

「音声消去文字は右腕だったよね……っ!」
「……」

 人形が黙り込む。
 人間の音声を選んでかき消す魔術文字。それは人形の右腕に輝いていた。ルイスの記憶だ。間違いない。
 そして、人形の右腕はすでに吹き飛んでいる。もう、沈黙の魔術文字は使えない。

(これで、イーブン!)
「……互角なものか」

 人形が再び口を開くが、その声に苦いものが混じっているのは隠しようがなかった。

「我は主命を受諾するのみ!」

 そう言い捨てると自らの脇腹に触れる。あれはたしか――

 ごうッ!

 衝撃波を一つ巻き起こし、無音の竜巻が出現した。本来不可視のそれは、魔術文字の明かりの中土を巻き上げ二人の方に突進した。
441 :アナウンス [sage]:2010/09/01(水) 19:19:27.70 ID:Y0aN6EYo
・ここまで
442 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/01(水) 20:30:20.20 ID:9Ba.AoDO
面白いとこだな
乙だぜ
443 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/02(木) 03:30:08.37 ID:PO9cyQMo

最近熱くなってきていいね!
444 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/02(木) 17:00:33.27 ID:Vdg8fZYo

 急速に迫る大気のうねりを前に、ルイスは一歩を後ろに引いた。しかし心は退かずに前に残しておく。

「我は放つ光の白刃!」

 リオの魔力を基盤として、強力な光熱波が発生。同時に大気の渦に突き刺さる。爆発し、轟音をたて、その爆風が二人の髪をなびかせるが竜巻は減衰の兆しすら見せなかった。むしろ勢いを増したようにも見える。相変わらず音のない突風の塊だったが。
 ルイスはあきらめず、さらに呪文を叫んだ。

「我は砕く原始の静寂!」

 空間にひびが入り、爆砕し、突風を巻き起こす。光輝のない大爆発。しかしそれもまた空気の壁に傷一つつけられない。
 空気の渦――というかすでに巨大な空気の塊と化していたが――は勢いと規模を増し、もう鼻先に迫っていた。
 ルイスはもはや力のないリオを支えなおし、その手を握りしめる。その手から、何かが流れ込んでくる錯覚を覚える。暖かくやさしい何か。

「我は踊る天の楼閣!」

 五感が一時的に遮断される。視界がブラックアウトし、一瞬ののちに回復した。
 ルイスたちの立ち位置は五メートルほど後方に移っていた。まったくぶれのない滑らかさすら覚える転移。ルイスはその出来に満足する。
 しかし竜巻も移動した分を瞬時に詰めてきた。
445 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/02(木) 17:03:07.39 ID:Vdg8fZYo

 ルイスは冷静さを失わないよう、それだけを自己に命じた。頬を汗が伝い落ちる。

「我は放つ光の白刃!」

 呪文の声に呼応して熱衝撃波が発生する。呪文とのタイムラグなく飛び出したそれは、瞬きする間に高密度の空気にぶつかると、爆発もなくかき消えた。いや――
 竜巻の向こう側に目を凝らす。土を巻き上げ淀む視界の向こうに、人形の姿がかすかに見える。ルイスはほんの少しだけ待った。そのわずかな時間の間に、急速に大気の壁が迫ってきた。飛んできた砂の粒がピシピシと顔面を叩く。ルイスは目を細めた。
 そして。
 実際には待った時間は一秒に満たなかったろう。数瞬、それとも刹那の合間。そのわずかな時間の間に、ルイスは忍耐力のすべてをかけなければならなかった。しかしそのじりじりと針の先端が肌の表面をなでていくような緊張の果てに、ルイスはつかみ取ったのだ。勝利への鍵を。

 ごッ!

 突如として空気が膨張する音が聞こえる。それは人形と竜巻との間に発生した。まばゆい光が、渦巻く空気の向こうに見える。
 人形は狼狽したようだった。当たり前だろう。熱衝撃波がすぐ目の前に転移してきたのだ、うろたえるなという方が無茶だ。
 光が瞬き、鋭い爆発が生じた。瞬間、竜巻の勢いがわずかに弱まる。
 罵声くらいは聞こえたかもしれない。だが、それを無視したまま、ルイスは足を踏み出した。

 圧迫感が肌を圧す。無音とはいえその圧力は触覚で感じ取ることができた。空気が荒れ狂い、空間を切り裂く気配。
 ルイスはもう一歩を踏み出す。その足が、竜巻が巻き起こす風により後方に押し戻される。もう一歩。

「おおおおおおおおおおおお!」

 ルイスの喉を怒号が裂く。
 分厚い空気の向こうにはいまだ魔術の火炎が燃え盛っていた。人形の様子はそれに隠れて見ることができない。
 それを大気の壁を隔てて真正面から睨みながら、ルイスは渦の中に飛び込んだ。
446 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/02(木) 17:04:07.66 ID:Vdg8fZYo

 竜巻を起こす魔術文字に直撃したのだろう、渦の中の空気の密度はその凶暴性を弱めていたようだった。
 だがそれでも風は四肢を引きちぎらんと押し寄せる。圧の中でもみくちゃにされ視界が奪われた。前後左右が定まらない。さらに吹きあげる風に押されて足が地面に別れを告げる。
 その中でリオを抱きかかえるようにしながら、ルイスはただひたすらに集中に努めた。意思を一つにまとめ、それを虚空に解き放つ。

「我は紡ぐ光輪の鎧!」

 光の鎖で編んだような形態の防御壁がルイスたちを包んだ。暴風を押しのけて球状に展開する。その中でだけ烈風の支配がなくなった。
 虚空に浮かびながら、ルイスはさらに意識を絞った。防御壁の上を空気の槍が叩くのが聞こえる。
 ルイスは深く息を吸い込む。
 これが最後だ。
 裂帛の気合が喉を割った。

「尖れぇッ!」

 瞬間。防御壁の形が変化を遂げた。
 球体の一部が言葉の通りに引っ張られ、鋭利に尖る。それは突風の層をくりぬいて、ルイスの正面にまっすぐ進む。すなわち人形の方に。
447 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/02(木) 17:06:20.16 ID:Vdg8fZYo

 そして。防御壁の棘が竜巻を貫いた。膨らませた紙袋をたたき割るような音をたてて棘の先端が飛び出す。

(よし!)

 同時に防御壁が限界を迎えて金属音に似た音をあげて砕けた。烈風が四方八方から押し寄せる。だがその時には構成はすでに完成している。

「我掲げるは!」

 ルイスはリオの手を強く握った。その時――わずかだが握り返してくる感触があった。

「降魔の剣!」

 リオの手を握る手とは逆側。その手に重みが生じる。魔術によって生じた力場の重み。
 それはルイスの意思によって形を変えた。剣の形態。
 握りこむと、それはそのまま刀身を伸ばした。

「いけぇ!」

 先ほど開けた暴風の隙間がふさがりかけている。そこに僅差で刀身が滑り込む。
 そしてそのまま魔術の炎の燃え盛る中に突き立った。
448 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/02(木) 17:07:46.01 ID:Vdg8fZYo

「ぐっ!」

 苦悶の声が上がる。同時に竜巻が最初から何もなかったかのように消失する。ルイスとリオは虚空に投げ出されて地面に落ちた。
 すぐさま身を起こし、リオを抱き起こす。ついでに『それ』を拾い上げる。
 魔術の炎が消えていた。そしてそこに一人分の人影がある。人形。
 しかし、その立ち姿はすでに悠然としたものとは程遠くなってしまっていた。右腕はもうない。そして脇腹にも亀裂が生じている。ちょうど魔術文字があったところだ。ルイスの魔術の力場が貫いた傷。左手でそれを押さえ、前かがみに身を低くしていた。
 表情にはあくまで苦痛はないが、双眸を見開きこちらを険しく睨んでいる。

(……終わる)

 予感した。
 ふと、風が吹いたのに気づく。実際、そんなものを意識したわけはない。そんな余裕はなかったはずだ。しかし、確かに風が吹いた。間違いない。
 思う。それは予兆だったのではないかと。この戦いの終わりを告げる、何かの合図だったのではないかと。

 人形が手を掲げる。ルイスはリオをそこに残したまま走りだした。
449 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/02(木) 17:08:44.30 ID:Vdg8fZYo

 体は重い。戦闘のダメージが響いている。
 だが、祖父は言う。走るために必要なのは体力ではないと。彼の持論によれば、前に進むのに必要なのは意志の力らしい。前に進もうと思うことなしに人は前進しない。逆にいえば、前に進む気の力さえあれば、どんな苦痛や疲労がその足にまとわりつこうとも先に行ける。
 極論だと思う。どうにも暑苦しい精神論だと。
 だがそれでも。ルイスの体を今前に引っ張るのはその意志の力だ。
 竜巻はすでにない。それでも耳に聞こえるのは先ほどよりも強く荒れ狂う暴風の音だった。

 人形がすばやく左手を掲げる。掌に文字が輝く。
 ルイスの体を焼きつくさんと膨大な熱を伴う閃光がそこに輝いた。

「死ね!」

 リオはすでに戦える状態ではなくなった。だから、今度もルイスが決着をつけなければならない。
 それを自覚し、それでもルイスに気負いはなかった。
 心がけることさえない。後は運を天に任せ、やるべきことをやるだけだ。
450 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/02(木) 17:10:35.15 ID:Vdg8fZYo

 ルイスは渾身の力を込めて叫んだ。

「我は放つ光の白刃!」

 威力はない。リオと離れた今、もうそれは望めない。
 ただ、そのすばやさだけは変わらなかった。

 ぼんっ!

 小さな爆発音。さっきまでのものと比べるとどうにも貧相な音。
 ただ、それでもルイスの命を救うだけの効力はあった。
 人形の手から光が放たれる。それはルイスに当たらず、ほんの少しだけそれたところを飛んでいく。
 ルイスの魔術の小爆発が、人形の手を逸らしたのだ。
 身を掠めるそれを横目に見ながら、ルイスは止まらないことだけを体に命じた。

 人形の顔が絶叫の形に歪む。
 ルイスはその声を聞くことができなかった。
 人形の声が響くその直前。ルイスの持つ『それ』――リオの短刀が人形の眉間に突き込まれたから。
451 :アナウンス [sage]:2010/09/02(木) 17:17:39.90 ID:Vdg8fZYo
・ここまで
・さあてそろそろ二章も終わり。何かここはこうしたほうがいいという指摘があればお待ちしております
・あと、もしできればだけど。参考にしたいので感想ももらえると、うれしい
・それじゃまた明日
452 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/02(木) 18:32:35.13 ID:nmHiBoDO
相変わらず乙だぜ
453 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/03(金) 00:16:51.73 ID:CeQXcwSO
いいぜいいぜいいぜ
小月だぜ
454 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/03(金) 05:43:04.17 ID:NsGopWo0
乙です。
455 :アナウンス :2010/09/03(金) 17:20:52.05 ID:KePXG5.o
・いつもありがとう。でも小月って何だ?
・それから、もうしばらくしたら投下始めます
456 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/03(金) 17:27:46.06 ID:KePXG5.o

 手ごたえは見た目ほど硬質ではなかった。固まった粘土にヘラを突きたてるような感触が返ってくる。それは深く深く突き刺さって、どうやら活動に支障をきたすレベルに至ったらしい。人形がゆっくりと膝をついた。
 ぎこちなく身を引く。ずるりとこすれる手ごたえを残して短剣が引き抜かれる。
 人形は音を立ててうつぶせに倒れ、動かなくなった。
 それでも警戒は解かなかった。いや、解けなかった。緊張は長引く。弛緩と硬縮の狭間で、ルイスは身を震わせる。

「……」

 息を吐き、吸う。そのプロセスをゆっくり数十ほど繰り返し、ルイスは視界が揺れていることに気付いた。見下ろす。

「……」

 理由はすぐに知れた。膝ががたがたと震えている。
 気づいてしまうとあとは脆かった。ぺたりと尻もちをつき、それでも足の震えは止まらない。

「は……はは……」

 乾いた笑いが喉から漏れた。喉の奥にぐっと力を入れる。気を抜けば泣いてしまうだろうことは容易に知れた。
 そして自覚する。僕は、弱い。
 笑いは弱弱しくも止まらない。
457 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/03(金) 17:29:02.87 ID:KePXG5.o

 しばらくそうして情けなく震えていた。しかし、リオのうめき声で我に返る。ついでに短剣を握りっぱなしであることにも気づいた。持ち手が汗でじっとりと湿っていた。

「姉さん……!」

 駆け寄って抱き起こす。
 体中に裂傷が生じていた。髪は乱れて、健康そうなつやは見る影もない。だが、致命傷といえるような傷はとりあえずなかった。どちらかというと衝撃などのショックにより気を失っているといった様子だ。魔力の使い過ぎというのもあるだろう。
 大丈夫、魔物は頑健。そう自分に言い聞かせる。逆にいえばその魔物でも気絶するほどのダメージを受けているということだが。
 とりあえずほっと息をつく。それから手をまわしてリオをおぶった。治療は後だ。

(早くここを離れなければ……)

 次の人形が現れてしまう。対応は一刻を争う。
 もはやルイスたちだけではどうしようもなくなってしまった。二人で残り九百九十八体の相手などできない。気は進まないがニューサイト市長に応援を頼むしかない。人形より早くニューサイトに戻り、事情を説明し、自治軍――キエサルヒマ大陸より規模が劣るが、そういうものがある。人間と魔物の混成軍だ――を動かしてもらわなければならない。

 ルイスはふらつく足で歩きだした。歩みは遅い。じりじりと焦がされるような気分で前に進む。
 次の人形はいつ来る? 数十分後か、数分後か。もしくはもうすでにこちらを捕捉していて、瞬きした後には死んでしまっているのかもしれない。
 想像は恐怖を煽った。歩む足が崩れ落ちそうになる。
 それでもルイスは立ち止まらないことだけを必死に心がけた。立ち止まればもう進めなくなる。僕はきっと恐慌に陥る。

 夜の闇はしんしんとルイスの心を冷やした。どうしようもなく凍える。
 夜明けはまだ、遠い。
458 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/03(金) 17:30:07.13 ID:KePXG5.o

◆◇◆◇◆


 ルイスたちが歩み去った道の上。闇が小さく揺らいだ。男が一人、忽然と現れる。夜の帳から溶け出すかのように出現した彼は、その姿もまた、夜の闇のようだった。黒のマント、黒のグローブ、黒の靴。
 そして、彼を取り巻く空気もまた、重く淀んでいる。沈降し、浮かび上がることはない。循環はなく、ただただ沈殿するのみ。

 彼は肩越しに振り向いた。その視線の向こうには歩み去るルイスの背中があるはずだったが、夜明けはまだ遠く、視認することはできない。彼はそれには頓着しない様子で視線を正面に戻した。
 暗がりの中で彼の瞳が光る。いや。それを眼光というのは間違っているだろう。むしろ光を吸い込むその眼は、光の吸収によって周りからくっきりと際立っているのだ。
 闇より暗く、闇より重く。彼はそこに立っていた。

 ふわりと風が吹く。彼の髪とマントをかすかに揺らす。
 と、彼は歩きだした。ルイスたちの行く方向とは逆。その歩みの先には。

「……」

 こちらも無明に沈み、生者の気配のない建造物が潜んでいる。
459 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/03(金) 17:31:09.78 ID:KePXG5.o

     ・
     ・
     ・


 足音が通路内に響く。無味乾燥で死の訪れを予感させるそれは、長い通路をただひたすらに進んでいた。
 角をいくつか曲がり、崩れかけた広間を抜け、足音は鳴り続ける。
 そして。およそ数十分もあるいたところだろうか、足音が止まった。

「……」

 彼の目の前には崩れた通路の壁があった。大きな力で無理やりにこじ開けられたものではない。何か道具を使って丁寧に開けた穴だ。
 男はそれをくぐって中に入った。
 穴の向こうは別の通路が続いていた。光源不明の歩の明かりの中を同じように彼は進む。
 しかし、今度は数分もしないうちに足音が止まった。
 行き止まり、ではない。通路が終わって広間にぶつかったのだ。男はあたりを見回した。両脇から広がる壁は湾曲して伸びている。つまり、広間は縦に立つ円柱状になっているようだった。ちょっとしたホールほどの大きさ。そしてその広間には広間の形と同じように円柱状の太い柱が立っていた。
 いや、柱というには太すぎる。広間の空間の七割ほどをその柱が占めているのだから。

 さらに柱にはぐるりと足場が渡されていた。床から三メートルほどの高さに一段。さらに三メートルほど空けてもう一段。床を含めると計三段の足場があることになる。
 そして、それぞれの足場には、円柱を囲むようにずらりと人影が並んでいた。
 ガラス光沢の青白い体。病的なまでに細い四肢。人形――殺人人形。
460 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/03(金) 17:32:02.91 ID:KePXG5.o

 男はそこまで見て動きを止めた。じっと立ちつくす。静寂があたりを満たした。が。

 ――ごうん。

 それほど待つことなく低い音が響く。同時に、気配が一つ増える。

「――誰だ」

 声は男の正面から聞こえた。
 地面を踏み締める細い脚。殺人人形がうちの一体。起動したそれは一歩踏み出すと、男を冷たく睨んだ。男は答えなかった。
 しばらく観察し、人形は訝しげな光を瞳に浮かべた。

「わざわざ殺されにでも来たか? ここは我ら殺人人形の間。お前達人間の天敵の住み家だ」

 男はなおも沈黙を保っていた。人形はさらに不審の色を強めたようだ。

「……まあいい。我は主命を受諾するのみ」

 人形が右手を掲げた。その掌に文字が輝く。大気を揺るがし光を集め、膨大なエネルギーを集約する。人形の手の周りに放電の火花が飛び散った。

「死ね」

 光が男に向かって真っすぐに飛び――

 ぱん!

 破裂音だけを残して消えた。
461 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/03(金) 17:33:15.59 ID:KePXG5.o

「!?」

 人形の目が鋭くなった。

「今、何をした……?」

 男はやはり答えなかった。とはいえ人形にも分かっていただろう。魔術を防げるのは魔術のみ。だが――

「貴様、媒体はどうした……!」

 人間の音声魔術は音声を媒体とする必要がある。そして媒体なしに魔術は発動しない。しかし、男は確かに呪文なしで魔術を防御して見せた。あり得ない。
 人形の胸に文字が輝く。発生した衝撃波が男を襲うが、その体に触れる前に破裂音だけを残してまたしても消滅する。
 間髪入れずにさらに人形の掌に、肩に、脇腹に文字が輝く。熱波が光が高密度の空気が。男を目指して殺到する。
 そして、そのどれもが男の目の前で消滅した。

 人形の目が大きく見開かれる。
 男はそれを尻目にマントの下から手を出した。そしてそれを人形の方に向ける。
 瞬間――

 ばぎんッ!

 人形の腕が吹き飛んだ。

 ばきゃッ!

 人形の脚が歪んだ。

 ぼこんッ!

 人形の顔半分が潰れた。
 人形がゆっくりと崩れ落ちる。

「がっ……」

 声は遅れて飛び出した。
462 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/03(金) 17:34:19.24 ID:KePXG5.o

 人形が倒れるのを見て、男が手を下ろす。それを倒れた姿勢から人形が見上げた。

「なんだこれは……」

 人形の苦み走った声が響く。
 そしてその声は容易に悲鳴に化けた。

「なんなのだこれは!? お前は一体何だ、人間ではあるまい!?」

 そして気づいたようにまなじりを決する。

「そうか、先の殺人人形を妨害したのはお前だな!? 精神支配を妨害し、魔術文字を砕いた!」

 男は聞いていない様子だった。両手をマントの下から出し、胸の前で向かい合わせる。
 そして聞こえる、呪文の声。

「――何処からも来る。飄々と気配を刻む故郷に」

 ごッ……

 地面が一度揺れる。

「帰りきたる。傷跡の多き獣の檻。大にしてうねり、小にしてわめく」

 もう一度、地面が鳴動する。
 それを聞いて人形が半狂乱で叫んだ。

「分かった。分かったぞ、貴様の正体! こんなことができるのは一人しかいない!」

 男の呪文がなおも響く。

「肝にある蟲。腸にある蛇。南風に捧げられ埋め尽くす砂利」

 ごごんッ!

 地面が致命的に揺れた。
 そして人形の声。

「お前は、魔王!」

 それを合図にしたかのように、轟音がとどろいた。その凄まじい音は広間を満たし、揺らし、破壊する。
 円柱にひびが入る。かけらが飛ぶ。建材が崩れて剥離する。
 その中で魔王は唇の端を釣り上げ、うっすらと笑った。
 ――殺人人形が見た、最後の光景だった。
463 :アナウンス [sage]:2010/09/03(金) 17:36:52.71 ID:KePXG5.o
・第二章、了。やっとこさここまで来たぜ!
・質問などございましたらどうぞ
・ではまた次回
464 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/03(金) 17:59:15.78 ID:n4VpriYo
パパさんじゃない方の太古の魔王さん?
465 :アナウンス [sage]:2010/09/03(金) 18:23:07.15 ID:KePXG5.o
>>464 さあて何者でしょうなあww
466 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/04(土) 06:14:34.02 ID:BRbO/dko
wktkしてきたwww
467 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/04(土) 21:43:55.00 ID:WceOMyso




 〜第三章 「超人」〜



468 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/04(土) 21:46:23.97 ID:WceOMyso

あるとき、獣が森で歩いていると、囁きかける声があった。
「あなたはなぜ人間の奴隷なのですか」
魔物は答えていった。「神が私にそのように命じられたので」
声はさらに訊ねて、「しかし、あなたは人間より優れているではありませんか」と言った。
獣は驚いて訊ねた。「私はそのように考えたことはありませんでした。私のどこが優れていますか」
声は答えた。「あなたには人間を屈服させるだけの力と、人間を驚嘆させるだけの知恵があります」
魔物はそれを聞き、気分を良くした。
声は、「では、人間を打ち、従えますか」と訊ねた。
獣は頷いたが、「しかし、失敗すれば、私は殺されてしまいます」と躊躇った。
声はすぐに答えて言った。「ならば更なる力をあなたに与えましょう。私と契約しなさい。さすれば万事がうまくいくでしょう」
それを聞いて、獣は喜んだ。
「ただし」声は続けて言った。「あなたは永遠に神と人間に呪われるでしょう」
獣はその言葉を聞いたが深くは考えなかった。
そこで初めて声の主が姿を現した。
獣は言葉を失った。
それは獣と全く同じ姿をした者だったからである。
二匹は契約を交わし、獣は神に近しい力を得た。
すなわち、火を操り、雷を従え、世の決まりごとを捻じ曲げた。
こうして獣は人間を襲い、世界をその手から奪ったのである。
神はこれを見、怒り狂って言われた。「獣よ、あなたはどこでそのような力を得ましたか」
獣は答えて言った。「私とよく似た者から」
神はそれを聞き、天の上から地の底までその者を捜し歩いた。
程なくして見つかったそれは、悪魔を名乗った。
「私はかの獣を祝福します」
神は怒りのままに雷を彼らの上に下されたが、彼らは非常に狡猾で、二匹は世界のどこかに逃げ失せた。
神はかの獣を魔の物、魔物、かの獣が使う業を魔の術、魔術と名付け、これを呪った。
469 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/04(土) 21:47:26.43 ID:WceOMyso

それから時が流れた。
人間と魔物は世界を取り合い、争っていた。
人間の上に神の祝福があり、魔物の上に悪魔の祝福があった。
あるとき、一人の人間の男が突如苦しみ、床に伏し、火を吐いた。
他の人間は恐れ、戸惑った。
数日の後、男は力を得て床から起きあがった。
魔物と同じ力であった。
他の人間はそれを見て、魔の穢れが男の身にとりついたのだと噂した。
このような者がたびたび現れた。
彼らは力の使い方を知らず、ほとんどの者が身を滅ぼした。
神はそれらの者を寛大な心でもって許され、天使によって人間にその使い方を示された。
彼らはそれにより力の使い道を得て、魔物に敢然と立ち向かった。
戦いは苛烈を極め、人間と魔物とはいまだに争いを続けている。



 ――神話(続き)より抜粋――
470 :アナウンス [sage]:2010/09/04(土) 21:48:43.74 ID:WceOMyso
・申し訳ない、今日は少ないけど事情によりここまで
・ではまた次回
471 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/04(土) 21:49:34.88 ID:cg35Kzko
おつ
472 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/06(月) 03:27:37.60 ID:/8mohB2o
473 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 09:28:54.54 ID:tI3V57so

◆◇◆◇◆


 午後の日差しが、窓からやさしくさしこんでいる。外を覗き込むと往来を行きかう人々が見えた。それとレンガ造りの整然とした街並み。青く透明に晴れ渡った空。
 馬車がゆっくりと進み、人々の歩みもゆったりと交差する。昼下がりにふさわしい、どこかゆるんだ空気だ。何かにおびえたり、傷つけられたり、乱されたりすることはない。そう、平和そのもの。
 ニューサイト。石畳の歩道が続く、新しい都市。歴史は浅いが、都市自体の持つ意味は大きい。魔物と人間とが公式に同じところに住まう、前例のない場所だからだ。
 都市にはそれぞれ性格があるという。当然といえば当然だが、住民、行政、気候・風土など、様々な要素が都市を個性豊かなものにする。
 ニューサイトで言えば、明るい日差しのあう、まっさらな都市だ。住民はそれぞれ新しい生活を求めて海を渡った者たちで、好奇心が強い。新し物好きともいいかえられる。昔ながらのレンガ造りの家とは裏腹に、革新的で先鋭的な性格を有している。

 たとえば宿泊施設におけるサービスだ。よりクオリティを高め、満足度を増やすための工夫が随所にちりばめられている。
 まず、清潔だ。掃除は基本的に一日一回、全室を徹底的に行う。埃一つも残さない。ニューサイトの行政区により細かく規定されており、全宿泊施設において月に一回立ち入り調査も行われる。基準に満たない施設は最悪の場合営業停止に追い込まれることになる。
 次に、プライバシーの徹底だ。全室の扉には当然鍵が設けられているが、それらは複雑で、魔術でも開けられないものとなっている。
 他にもルームサービスという新システムなどがあったりする。最近開発され、実用化に至った電話なるものを使って、部屋にいながらにして食べ物などを取り寄せることができる。
 このように宿のこと一つとっても、ニューサイトは“新しい”都市だということができるのである。
474 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 09:34:48.08 ID:tI3V57so

 ルイスはその清潔な部屋で、ルームサービスを利用して取り寄せたサンドイッチをかじりながら、窓の外を眺めていた。
 黒髪、黒目。十九歳にしてはやや幼さの残る、と言えばいいのだろうか、とりあえず他人に年相応に見られない顔立ちである。緋色のローブを纏っており、それはタフレム大学で教授相当の地位にあることの証だ。
 彼は疲れた顔で、頬杖をついていた。
 やや頭がぼーっとする。十日前にニューサイトに疲労困憊のていで辿りつき、倒れるように眠った影響がまだ残っている。

「……」

 あれから――あの戦闘から、二週間が経った。ルイスたちは途中、傷を癒し、空間転移を併用しながら街に到着した。夜中だったが、それにかまわず行政区の議事堂に駆け込み、市長に事情をまくしたてたことは覚えている。興奮と疲労でうまく説明できた自信はなかっが、それでも市長はすぐさま自治軍のいくらかを動かしてくれた。それから昏倒し、目が覚めたのはその二日後だ。
 だが、市民をいたずらに怯えさせないよう密かな警戒態勢の中、派遣された自治軍から届いた報告は不可解なものだった。

 『殺人人形と思しきものは全滅。遺跡の一部が崩落し、そこに九百体以上が埋まっているとみられる。回収されたそれらはみな損傷が激しい――』

 馬鹿な。ルイスの感想だ。あれはそんなやわなものではなかった。直接戦闘を繰り広げた者としてそう思う。現に殺人人形は埋めたぐらいでは傷一つなかったし、転移の魔術文字も持っていたではないか。

 とはいえ、現実はそうなのだからルイスの感想など益体もないものでしかなかったが。
 ともあれ、新しい発見としてその遺跡は再調査が行われ始めた。とりあえず危険はないということだ。
475 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 09:38:52.21 ID:tI3V57so

 ルイスたちの荷物は回収され、送り届けられた。試料として接収されそうになったそれらを引き止めてくれたのは市長である。ほとんどは損傷していたが、いくつか使えるものは残っていた。
 これだけでもありがたかったが、ルイスはあつかましくもさらにある嘆願を市長に申し入れた。

「あの剣を調べさせてください」

 人形が持っていた剣のことである。これも自治軍によって回収されたらしい。すぐに調査チームや研究機関に送られる手はずになっていた。
 さすがに市長もいい顔をしなかった。いや、市長はむしろ譲ってくれるつもりですらあったらしい。だが、当たり前だが調査チームがそれに反発したようだ。

「君たちが頑張ったのだから、私としては報いてあげたいんだがね」

 と言いつつ期限付きの貸出までこぎつけてしまうのは、市長としての資質というやつだろう。
 というわけで、宿のルイスの部屋には例の剣が据え置かれている。

 サンドイッチを食べ終わった手を軽くふき、ルイスは席を立った。剣を手に取り、しげしげと眺める。
 革製の鞘に入った、長大な剣だった。ルイスの身長より少し短い程度。儀式用の剣のごとく装飾が施されている。目立つのは柄にある丸く、淡い月の色をした飾りと、その上に鎮座する何やら醜悪な化け物の彫刻だった。
476 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 09:42:31.93 ID:tI3V57so

 無言で鞘から剣を引き抜く。現れた刀身が鈍く光を放った。一般的な剣とはどことなく雰囲気が異なる。それは装飾からくるものなのか、それとも剣の輝きからくるものなのか。いや――

(魔術、文字……)

 それはきっと、刀身に描かれた文字のせいなのだろうと思う。天から降り注ぐ雷のような形状。文字というよりは文様。どことなく怪しげな力を放っているようにも感じられる。
 そして、それらはただの文字ではない。魔術文字だ。少なくとも現在までの魔術文明で否定されているもの。
 人形との戦いを思い出す。人形は体にいくつもの魔術文字を持ち、さらに新しく文字を描くことができた。そしてそれは、リオの類稀なる強大な魔力と遜色ない、いやそれ以上の威力を発揮して見せた。それによりルイスたちはほとんど死の間際まで追いやられたし、実際死んでいてもおかしくはなかった。

 ルイスは紙を一枚取り出しながら記憶を探る。よみがえる男の悲鳴。懇願の目。砕けたそれら。永遠に取り戻されることのないそれら。
 気分が沈むのを自覚しながら、ルイスは一息に剣を突き出し、紙を貫いた。

「……」

 ワンテンポおいて剣を引き抜く。紙にはいびつに切り裂かれた穴が残った。だが、それだけだった。紙にはそれ以上のダメージはなく、ましてや石化することもない。

「――っかしいなぁ……」

 石化の剣。人形はこれを使い、調査チームの人々を虐殺して回った。遺跡の中からは十一人分の石化した死体――というのかどうなのか――が見つかったらしい。この剣は、物を石化させる性質を持つようだ。
477 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 09:46:19.89 ID:tI3V57so

 いや。

(もしかして、生物限定なのかな?)

 可能性としてはあり得ないことではなかった。だが、まさか人間で試すわけにもいかない。動物で試すのもルイスには荷が重い。罪もない生物を殺すのは彼の苦手とするところだった。小さいころから故意には虫も殺したことがない。
 さて困った。このままでは、これ以上の調査はできない。もともと個人で進めるには限界がある。
 早くも行き詰まりを感じたその時。

 ずん……

 わりあい近くから地響きが聞こえてきた。爆発の振動。
 何かと思い、窓の外を見る。数区画離れた所から煙が上がっていた。
 緊張が走った。窓枠をつかむ手に力が入る。二週間前と同質の硬直。まさか……

 その時ドアが叩かれた。びくりと跳ね上がる。ドアにおそるおそる近づいて、開ける。

「失礼します」

 早口で言ったその男には見覚えがあった。秘書の男。

「……どうしました?」

 上ずった声は隠しようがなかった。男はそれは気にせず続けた。

「リオさんが――」

 男の言葉に、ルイスはいやな予感を覚えた。
478 :アナウンス [sage]:2010/09/06(月) 09:48:34.35 ID:tI3V57so
・ここまで
・今日はもう一回投下できるかも
479 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/06(月) 11:13:16.61 ID:rdk53sDO
乙だぜ
480 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/06(月) 14:06:35.44 ID:WHEUbsAO
ひたすら乙!
481 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 20:20:23.25 ID:tI3V57so

 現場にたどり着き最初に目に入ったのは、爆風でえぐられたと思しき地面だった。

「……」

 凄まじい爆発痕に絶句する。どんな力が働いたのやら、石畳が剥がれてその下の土肌が見えてしまっていた。
 中央区の広場の一角に空いたそれは、野次馬たちの関心を集め、遠巻きに人だかりができつつある。
 惨状といえば惨状だ。もとは大きなテントだったらしい物体が、はじけ飛んだ姿そのままで焦げ跡をさらしていた。

「こ、これはまさか……」

 うめく。と。

「そのとおりだ」

 涼やかな声が隣から聞こえてきた。
 見やると、腕を組んだ男の姿がそこにある。
 黒の長髪。ぴったりとしたスーツ。長身の体だが、筋肉はなくただ細長い。手足も長いので、どこかそういう昆虫じみた印象を覚える。
 半眼で確認する。ついさっきまでは絶対にそこにはいなかった。気配すらも感じなかった。声が上がるまで気付かなかったと断言できるし、声を上げなかったらいまだに気付いていなかっただろうとも断言できる。

「ミサンガさん」
482 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 20:21:43.38 ID:tI3V57so

 彼の名はサンダ―・ストロンガー。行政区の職員だろうと思われる男で、二週間前の戦闘の直前までは一緒にいた人物だ。『職員だろうと思われる』というのは、ルイスがいまいちそれにピンとこないためである。

「ルイス君、これは非常事態だ」
「そうですね」
「対応が後手に回れば回るほど、悲惨なことになる」
「かもですね」
「だからもうちょっと泳がせよう」
「なんでですか」

 このように。
 ところで以前の殺人人形との戦闘のとき、彼はそれに参加しなかった。ただ、戦闘の意思もない一般人に、戦えというのも酷、というか理不尽だろう。彼には逃げてもらった。
 しかし、それで役に立つこともあった。自治軍の派遣の迅速化に寄与したのである。実のところ、ルイスたちがニューサイトに到着したときには、すでに市長への彼の報告が終わり、自治軍の出発準備が整っていた。
 ただ、やはりというか不可解な点はあった。彼の到着は空間転移を併用してきたルイスたちより、一日近くも早かったのである。ニューサイトへ向かいはじめるのに時間差はあまりなかったはずであるから、これは理解ができなかった。
 まあ彼の場合こういう男なのだ、という理解で十分な気もしたが。
483 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 20:23:13.15 ID:tI3V57so

「それより、何があったんですか?」

 もやもやと膨らむ不安を抑えつけて、ルイスは訊いた。

「うむ、厄介なことになった」
「アレ、ですか?」
「ああ、アレだ」

 ひやり、と体が温度を下げた。どうしようもなく膝が震えてくる。自分の恐怖を静かに認める。
 だが、なんとか冷静に、冷静に思考するよう努める。

「じゃ、じゃあ、住民を避難させないと……」

 あたりをせわしなく見回しながらつぶやく。どこかにあのガラス光沢の体が見当たらないかと神経を尖らす。
 心臓の音がやけに大きく聞こえた。
 そして、サンダーの声。

「まあ、そこまで身構える必要はないぞ」

 同時に、潰れたテントの方から音がした。
484 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 20:24:45.73 ID:tI3V57so

「ぷはー!」

 音を立ててテントの一部が崩れる。ぎょっとして見やると、栗色で肩までのポニーテールが目に飛び込んできた。

「あ、ルゥ君!」

 溌剌と輝く目、人好きのする笑顔。活発そうな彼女の装いは、Tシャツにジーンズとラフなものである。
 リオ。家名はない。というより魔物は基本的に家名を持たない。自由奔放に生き、定住しない輩が多かった時代の名残だ。
 彼女は、テントの残骸から抜け出すと、こちらに駆け寄ってきた。顔が少し赤い。

「やっほー、ルゥ君――って、わっ!」

 ルイスはリオの手をとって引き寄せると、あたりに意識を巡らした。

「姉さん、気をつけて。奴が……」
「奴?」

 リオはきょとんとしてルイスを見た。
485 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 20:25:27.13 ID:tI3V57so

 あまりの緊張感のなさとあたりの静けさに、ルイスは違和感を覚えて彼女の目を見返した。

「あれ、殺人人形は?」
「いないよそんなの」
「え?」

 ルイスは拍子抜けして警戒を解いた。

「……じゃあ、この惨状は何さ」
「あ、いや、えーと」

 リオが急に歯切れが悪くなる。その様子を見つめるうち、ルイスはあることに気付いた。

「姉さん、お酒飲んだ?」
「……」

 リオがふいと顔を逸らす。その彼女から、かすかに酒臭さが漂ってくる。
 ルイスはようやく合点がいった。
486 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 20:26:15.46 ID:tI3V57so

 リオは以前、酒場を一つ吹き飛ばしている。その酒場の弁償は、何故か市長がやってくれた。

『君たち――というか君たちの関係者には、ちょっと借りがあるのでね』

 とのことだが、ちょっと良く呑み込めない。まあとにかく、リオが吹き飛ばした酒場の方は、今建て直し中である。ただ、酒場の店員たちはその間も働かなくてはならない。そこで用意されたのが、広場に用意された大きいテントだった。

「姉さん、散歩に行くとか言って、飲みに来てたんだ」
「で、でも、あたしちょっとしか飲んでないよ!」

 しっかりと視線を合わせてリオが言う。少ししっかり過ぎるくらいに。
 ルイスは嘆息した。ついでに手を離す。

「で?」
「……うぅ」

 ルイスの視線に耐えきれずに、リオは白状した。
 いわく、ふらふら歩いていると酒場を見つけて入った。しばらく飲み続けて相当出来上がっていた。そこにこの前ルイスを殴った男が入ってきた。お互い腹にすえかねていたので喧嘩になった。

「というわけです」
487 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 20:27:06.80 ID:tI3V57so

「ちょっと待った。何言ってるかちょっと分からない」
「……?」
「いや、本気で分からない顔されても」

 ルイスは半眼でうめいた。

「僕の常識だと、喧嘩でテントはこうならないんだけど」
「…………なんだろ。女の子の意地?」
「……はぁ」

 ルイスは次にサンダ―を見上げた。

「何であんなこと言ったんですか……びっくりするでしょう」
「む、ご指名かねルイス君」

 サンダ―は、こちらにゆったりと向き直った。若干横に傾きながらこちらを見やる。
 ルイスは緊張が解けてイライラしていた。そんな些細なことにもとげとげしさを覚える。

「さっき、殺人人形がいるようなことを言ってましたよね」
「いや?」
「言ってましたよ。僕がアレかって聞いたら、そうだって」
488 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/06(月) 20:28:59.46 ID:tI3V57so

「ああそのことか」

 サンダ―はぽんと手を打って見せた。

「私はてっきり猥談だと」
「ねえよ!」

 思わずつかみかかるが、襟首をひねりあげたところで何ができるわけでもなかった。身長差が激しい。
 その時だった。

「君は、ルイス君じゃないかい?」
「え?」

 サンダ―の襟首をつかんだまま、そちらを見る。
 野次馬たちは、そのころには二種類に分かれていた。こちらを遠巻きに見ている者、そしてとりあえずテントの残骸撤去や被害者救出を始めた者。声の主はそのどちらにも属していなかった。

「やっぱり、ルイス君だ」

 人影はルイスの顔を真正面から見ると、にっこりと笑った。
489 :アナウンス [sage]:2010/09/06(月) 20:31:26.02 ID:tI3V57so
・ここまで
・日常パートがうまくいかない(戦闘パートだっていまいちだけど)
 変人はもっと面白くなけりゃいけないのに……
 だれか俺に変人力をくれ!
・それじゃあまた次回
490 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/07(火) 20:09:37.43 ID:Y1G5wJYo

 次の日の朝、ルイスたちは馬車の心地よい振動に揺られていた。
 馬の蹄と馬車の車輪の音だけが聞こえている。いや、それと話し声もだ。

「ねえ、ロゼちゃんてさ」
「ん、なんだい?」
「ルゥ君とはどこまでいったの?」
「あはは、いいのかいそれを聞いて。きっと後悔するよ」
「……むぅ」

 やたらと元気のいい声と、落ち着いた穏やかな声がやり取りしている。ルイスはそれを聞きながらどうにも居心地の悪さを感じずにはいられなかった。そして頭痛もじわじわと忍び寄ってくる。ついでに胃もきりきりと痛みだした。
 だがそれでもひたすら無視するよう自分に命じる。できるだけ関わりたくなかった。

「……手はつないだ?」
「とっくに」
「き、キスは?」
「どう思う?」
「ま、まさかCまで!?」
「ああもう、うるさい!」

 最後はルイスの声だ。
491 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/07(火) 20:11:06.89 ID:Y1G5wJYo

 閉じていた目を開くと、こちらを見るポニーテールとロングヘアーが目に入った。
 ポニーテールは言わずもがな、リオである。ルイスの隣から、向かい側に身を乗り出した姿勢でこちらを振り向いていた。そして、その向き合って座っているのが黒髪ロングヘアーの人影だった。先ほどリオがロゼと呼んだ人物である。

「ああ、ちょっと騒がしかったね。ごめんよ」

 ロゼは言って、笑みを浮かべた。さっきの話題のアレさはまったくもって気にならない様子だった。

「声のトーンを下げるから、寝ててくれ」
「いや、音量の問題じゃなくてだね……」

 半眼で頭を掻く。それから顔をあげて視線を合わせた。
 理知的な笑み、一部編んだ黒髪、細身の身体。おおよそ歳に似つかわしくない落ち着きを纏っていた。そして冗談のような女顔。
 ロゼ。本名、ロゼイユ・ブルーベリー。キエサルヒマ大陸タフレムの大魔術士カシス・ブルーベリーの養子である。
 そして――

(本人も、生粋の魔術士)
492 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/07(火) 20:12:08.00 ID:Y1G5wJYo

 時間は前日にさかのぼる。潰れたテントの撤去作業が始まった広場で、ルイスはある人物と向かい合っていた。

「久しぶりだねルイス君」
「……」

 かけられた声に、ルイスはしかし返事を返さなかった。頭から血が引いていくのを感じる。
 必死でその優れた脳細胞を活性化させた。一瞬で思考をフル回転させ、急速に加速する意識のなか、彼は一つの答えに至った。
 すなわち。ルイスはくるりとその場で振り向き、できる限りの全力で一目散に駆けだしたのである。
 だが次の瞬間――

「はっ!」

 突如足を蹴飛ばされて、ルイスは無様にすっ転んだ。顔面を強打し、無言の悲鳴を上げる。

「な、何するんですか!」

 鼻を押さえてサンダ―を見上げた。

「うむ、なにやら面白そうな気配がしたのでな」
「何も面白いことなんてありませんよ!」

 怒声混じりに叫ぶ。
493 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/07(火) 20:13:22.22 ID:Y1G5wJYo

「傷つくね。いきなり逃げることはないじゃないか」

 と言いつつもその笑みを崩そうとしない人影をルイスは恐る恐る見上げた。

「ロゼイユ……」
「もう一回言うけど、久しぶり。会えてうれしいよ」

 言って差しのべた手は借りずに、ルイスは自分で起き上がる。ロゼイユはやはり気にした様子もなく手をひっこめた。
 知り合いである。もともとルイスはロゼイユの養父を頼ってタフレムに来た。ロゼイユとはその時からの付き合いだ。ちょうど二年前にロゼイユが新大陸に渡ってからは親交が途絶えていた。

(親交?)

 ルイスは顔をしかめた。冗談じゃない。

「ねえねえ」

 先ほどから蚊帳の外だったリオが口をはさんだ。

「ルゥ君の知り合い?」
「ああ、そうだよ」

 ロゼイユは首肯した。そして付け加える。

「まあ、正確に言うなら元恋人ってところかな」
「――!?」

 リオが音をたてて硬直した。ルイスはもう一度逃げたくなった。
494 :アナウンス [sage]:2010/09/07(火) 20:13:55.52 ID:Y1G5wJYo
・ここまで
495 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/07(火) 20:18:10.54 ID:wxmnuDc0
支援
496 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/08(水) 00:13:46.79 ID:B5FRoTIo
乙だぜ
497 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/08(水) 12:08:55.33 ID:6ci70iAo

 馬車が、何かに乗り上げたのか一度大きく揺れた。意識を現在に戻す。

「で、実際のところはどうなのさ?」
「それは僕の口からは」

 ついさっき怒鳴られたことなどどこ吹く風で会話が再開している。がんがん痛む頭を抱えてルイスは嘆息した。

「じゃ、じゃあルゥ君、どうなの?」
「何もないよ。せいぜいが手をつないだだけ」

 うんざりと言ってやると、こわばっていたリオの顔がいくらかほぐれた。

「で、でも二人は元恋人だったんでしょ? 本当にそれだけ?」
「それだけだってば」

 今度はこちらに身を乗り出すリオの頭を押さえてルイスは馬車の窓の外に目を移した。
 何本もの木々が目に入る。森林と呼べるほどに密度があるわけではないが、それでも林と呼ぶにはふさわしくない。今向かっているところは、ここを抜けて一時間ほど行ったところにある村だ。

「あー、目をそらした!」
「違うって」
498 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/08(水) 12:10:25.01 ID:6ci70iAo

 昨日、ロゼイユとの再会の後、簡単に近況報告をしあった。ルイスとしてはその場をすぐに離れたかったが、ロゼイユがどうしてもというので仕方なく付き合ったのだ。だが、それによって収穫もあるにはあった。
 新大陸に来た理由を説明し、遺跡の出土品――例の剣だ――を調べているが行き詰っていることを話すと、

『だったらいい人を紹介するよ』

 という風に話が運んだ。
 できればロゼイユと関わりあいになりたくないルイスにとって、その提案は軽いジレンマのもととなったのだが。
 まあとにかく、今はロゼイユが紹介するその人に三人で会いに行く道の途中なのである。

「ひどいよひどいよルゥ君、あたしに黙って恋愛なんて!」
「別に姉さんに許可取るもんじゃないでしょ」
「そうだけども!」

 それに、と胸中で付け加える。ルイスは付き合っていたというよりだまされていたのだ。
 しかし、それを言うのは気が重かった。とはいえ誤解は解かなくてはならない。

「姉さんは勘違いしているよ」
「なにがさ!」
「ごほん」

 ロゼイユがわざとらしく咳払いした。だが、それを無視してルイスは続ける。
499 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/08(水) 12:11:49.42 ID:6ci70iAo

「いいかい、姉さんはこう思ってるはずだ。僕――ルイス・フィンランディは、過去にロゼイユ・ブルーベリーという女の子と交際していた、と」
「……なにか違うの??」
「全然違う。まったくもって見当違いだ」
「……付き合ってなかったってこと?」
「いいや」

 これは認めなければならない。ルイスはロゼイユと付き合っていた。忌々しいことではあるが。

「じゃあ、勘違いじゃないじゃん!」
「いやそれでも勘違いさ」
「どこが!」
「姉さん。ロゼをもっとよく観察するんだ」

 言われてリオの視線がロゼイユを上から下までなでる。つられてルイスもロゼイユを見た。
 白いブラウスに黒のスカート、黒のソックスに茶色の靴。落ち着いた雰囲気、というか学校の制服のようにも見える服装である。だが、問題はそんなところにはない。

「気付いたことは?」
「……あたしよりかわいい」
「光栄だね」
「違くて」

 ルイスはかぶりを振った。頭痛が最大限まで高まっていた。どうしても言わなければならないことを、どうしても言いたくない。それでもルイスはそれを吐きだした。

「これ、男」
「……へ?」
500 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/08(水) 12:13:21.34 ID:6ci70iAo

 硬直したリオと向かい合って、ロゼイユは特にうろたえたようすは見せなかった。平然と笑っている。

(……はぁ)

 七年前、タフレムに遊学に来た時、初めて会った同年代がロゼイユだった。会ってすぐ心を奪われた。ロゼイユはその性格に似合った凛とした美しさを備えていたし、個性的で、何より頭が良かった。優れた頭脳により孤独を感じていたルイスにとって、最後のファクターは実に大きい意味を持っていたのだ。
 三年間片思いを続けた。その間、思いは弱まるどころか次第に強くなって抑えつけることができないまでになった。四年目、ルイスはついにロゼイユに告白する。ロゼイユはその気持ちを快く受けとめてくれた。それから交際が始まったのだ。
 清い関係だった。初めて手をつないだのが、付き合い始めてから一年後である。そこから一歩進んだ関係になろうという時に悲劇は起きた。
 ロゼイユの性別が発覚したのである。

 ルイスは自分の鈍さを呪った。ロゼイユは別に隠していたわけではなかった。言われてみれば骨格が女性のものと異なるし、言葉使いも男のものだったのだから。だから、ルイスの不注意、というか勘違いだったのだ。
 むろんのこと関係は破綻する。その数日後にロゼイユが新大陸に渡ったのが幸運といえば幸運ではあった。
 思い出しながら、気分がささくれ立つのを感じた。

「え? え? じゃあルゥ君、男と付き合ってたの!?」
「……そうなる。不本意だけど」
「ふ、不潔!」
「まあ、そう言ってやるな。僕の美貌じゃ仕方ない」

 どことなく自慢げに彼、ロゼイユが言った。
501 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/08(水) 12:14:11.08 ID:6ci70iAo

「君がだましてたんだろうが」

 ロゼイユを険悪に睨みつける。どうしようもなくどうしようもない心地のなか、ルイスは死にたくなってきていた。

「だましていたなんて人聞きの悪い。君が勘違いしていただけだろう。僕は全然普通さ」
「女装が趣味の男がどこにいる!」

 思わず立ち上がって怒鳴りつける。それでもロゼイユはひるまなかった。

「仕方ないだろう。引き取られた養父が悪かった。あの人がくれた服はみんな女物ばかりでね、それを良く分かってなかった僕に罪はない」
「判断力のある今は違うだろうが」
「長年の習慣というものはなかなか抜けきらないものさ」

 まだいいたいことはあったものの、なにやらどっと疲れた気がしてルイスは座りこんだ。がっくりと肩が落ちる。

「ルゥ君、元気出して。いい病院紹介するから」
「姉さん、僕は正常だ。できればロゼに紹介してやってくれ」

 そうしているうちに、前方に村が見えてきた。
 開拓民の村、ローグタウンだ。
502 :アナウンス [sage]:2010/09/08(水) 12:16:19.99 ID:6ci70iAo
・ここまで
・よし、五百到達! 多謝!
503 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/08(水) 14:08:50.80 ID:ATvrnMSO
乙乙!
盛り上がってまいりました
504 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/08(水) 16:25:56.74 ID:RaJr8kSO
まとめからやっと追いついた
乙乙

ロゼは…まあ想定の範囲内だったなww
505 :アナウンス [sage]:2010/09/08(水) 17:45:27.58 ID:6ci70iAo
>>504
読まれていたと! そういうことか!

まとめから追ってきてもらえるとかうれしくて言葉もない
これからも面白くする努力を続けるので、皆さんよろしくお願いします
ところで、まとめの方には当スレに投下した「我輩と妻」がないはずなので、もし見落としてたらぜひ読んでいただきたい
506 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/08(水) 19:06:11.54 ID:RaJr8kSO
>>505勿論読んだゼィ
まずブルーベリーの名前、そしてルゥ君の反応がおじいちゃんと一緒なんだもんww

しかしSSにとっては珍しい書き方をしてるね
これからも支援させてもらうよ
507 :アナウンス [sage]:2010/09/08(水) 19:42:24.36 ID:6ci70iAo
>>506
>SSにとっては珍しい書き方
秋田さんみたいな面白いものを書きたくて
難しいけど楽しい
そして支援thx!
508 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/09(木) 16:19:24.64 ID:fEe2Dpwo

 ローグタウン。新大陸の南端に位置するニューサイトから、北に行ったところにある開拓民の村。
 当たり前だが、ニューサイトとはかなり趣が異なっていた。
 まず、道がほとんど舗装されていない。土肌がむき出しのままで、ところどころでこぼこしている。平らな個所も、ところによっては若干傾斜がかかっていた。
 次に、建物が統一されていない。掘立小屋のような粗末なものから、木造の比較的しっかりしたものまでまちまちだ。見渡した限りでは、ニューサイトのレンガ造りのように手の込んだものは見当たらなかった。建物の並びも整然としているとは言い難い。
 洗練されたニューサイトと違って、ここはどうにも土臭い雰囲気が漂っている。

「でも」

 と、リオは言う。

「これぞ開拓民! って感じだよね」

 ルイスもそれには同意した。
 さらにルイスは、もともと田舎の祖父母のところに住んでいたので、なじみのある雰囲気に懐かしさすら覚えてもいた。
 穏やかで静かながら、どこか発展の前の鼓動を感じさせる空気。
509 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/09(木) 16:22:35.83 ID:fEe2Dpwo

 息を大きく吸い込んで、ルイスはあたりを見回した。馬車から降りたところはちょうど馬小屋の近くだった。中の馬が、外からやってきた自分たちにどこか珍しげな視線をよこしてくる。
 だが、あたりには人の気配はなかった。

「みんな今の時間は働きに出てるんだよ」
「開墾?」
「そうさ。ここからさらに北に行ったところに森がある。そこを焼いて畑にしてるんだ」

 ロゼイユは説明をしながら歩き出した。それに従ってルイスとリオも足を踏み出す。

「ここはまだ開拓民が入って日が浅い場所でね、今急ピッチで作業が進んでる」
「急ピッチ?」
「ああ、移民が増えているのは知っているだろう? ニューサイトは立派な都市だが何しろキエサルヒマのと比べると広さが足りない。これからさらに増えるであろう移民に対応するためにはさらに大きな都市を作っていかなきゃならないってわけさ」
「他にも開拓村はあるんだろ?」
「まあね。でも地盤の問題があったり、地理的な問題があったりしてどこもそんなに進みが良くない。で、結局今一番期待されているのがここ、ローグタウンというわけだ」
510 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/09(木) 16:24:57.24 ID:fEe2Dpwo

 解説を聞きながらしばらく歩くと、比較的大きく、しっかりした造りの木造建築が見えてきた。

「あれが村長殿の家さ」
「あれ、仕事に行ってるんじゃないの?」

 リオの質問にロゼイユが頷く。

「さすがに村をすっかり空っぽにするわけにはいかないだろう? 長が代表として残るのが筋というものだ。まあ他にも自警団が数人詰め所にいるんだけどね」

 家の前で立ち止まる。

「さて」
「どうかしたのか?」

 訊ねるルイスに、ロゼイユは苦笑して見せた。

「いや、ここの村長殿なんだが、ちょっとね」
「んー?」

 リオが、鞄から飴を取り出して口に放り込む。
511 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/09(木) 16:26:50.67 ID:fEe2Dpwo

「仕事はできる人なんだよ。本当にね」
「それが?」
「いや、仕事はできるんだが、その、素行が良くないというのかなんというのか」
「ヤなやつってこと?」
「まあ、当たりだ」

 ロゼイユが頭を掻く。

「汚職癖があってね、前に上から回ってきた予算を一部横領しようとした」
「それは酷い……」
「だろう? それに女癖も悪い。村の女性で彼に声をかけられなかった者はいないって話だ。かくいう僕もナンパされたクチ」
「げっ」

 リオが顔をしかめた。ルイスも苦笑する。それはなんとも趣味が悪い。

「で、だ。住民がリコールをしかけたんだが、上に取り入るのがうまいやつでね、仕事ができることを盾にいまだにその地位についているというわけだ」
512 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/09(木) 16:29:34.92 ID:fEe2Dpwo

「なんとも困った男だな」
「同感だ。みんなこの家には近付かないようにしている」

 手でその建物を示す。

「なにより始末が悪いことに、村長殿は自分に甘く他人に厳しい。家を訪問した相手には必ず罵声を浴びせるんだ」
「それはそれは」

 からころ、と飴を転がしながらリオが言う。

「怖い人なんだね」
「まあ、慣れてしまえばどうってことはないさ。最初に言ったように仕事はできる人なんだ。適度に泳がせとけばいい。罵声は聞き流してればいい。さ、長くなったね。入ろうか」

 ノックをして、返事を待たずにドアを開ける。

「村長殿ー、客人を連れてきた」

 それに呼応するように奥から大声が聞こえてくる。

「もう勘弁してください!」

 それは思っていたのとはずいぶん趣の異なるものだった。
 こちらを振り向いたロゼイユが変な顔をする。

「おかしいな。罵声のバリエーションでも変えたのか?」

 そう言って内部に踏み込んだ。ルイスたちもそれに続いた。
513 :アナウンス [sage]:2010/09/09(木) 16:30:56.66 ID:fEe2Dpwo
・ここまで
・毎回毎回投下量が少なくて申し訳ない
 来週になったら増やせるかも
514 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/09(木) 18:09:57.13 ID:4yQM6YSO
515 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/09(木) 19:50:59.16 ID:74pn7cw0
乙です。
516 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/10(金) 18:41:51.17 ID:I4Bxz1ko

 玄関から入ると、右に二階に続く階段、そして目の前にもう一つ扉があった。ロゼイユは扉の方に進み、開けた。

「村長殿、失礼するよ」
「失礼します」
「たのもー」

 それぞれ声をあげて入室する。
 そこはどうやら応接間になっていたようだ。部屋は広く、革張りのソファが低いテーブルをはさんで互いに向かい合うように置かれていた。
 そして、

「お願いですからそれだけは!」

 だいぶ額の後退した、小太りの男がその一方に座っていた。年のころ五十といったところだろうか。年相応の貫録と白髪を持っている。いかにも不遜な感じの空気を纏っているが、今はその広い肩幅を、ただただもっとも収納効率がようなるように縮め、頭を低くしていた。
 向かいにも人影がある。

「うむ、苦しゅうない」

 ふんぞりかえることなく真顔でそんなことを言ってのけるその男には、見覚えがあった。
517 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/10(金) 18:45:22.25 ID:I4Bxz1ko

「ミサンガさん?」
「おや」

 こちらを顔を向けたのは、ニューサイトで別れたはずのサンダ―・ストロンガーだった。

「ストラッチャ・シュナイダーじゃないか」
「いえ、ルイスです」
「どうしてこんなところに?」
「こっちが聞きたいです。主に移動手段的な意味で」

 この村に来るまでの交通手段といえば、先ほどルイスたちが乗っていた馬車である。定期便のそれは、彼らが乗ってきたのが始発のものだった。とはいえ、サンダ―は役所の人間であるから公用で馬車を出せても不思議はない。

「ていうか、僕たちがこの村に来ることは知っていましたよね?」
「むろんだ。君たちの行動は逐一把握している」
「じゃあなんで聞いたんですか」
「深い意味はない」

 サンダ―は鷹揚に頷いて見せた。
518 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/10(金) 18:46:09.49 ID:I4Bxz1ko

「私の方は君たちが心配になってついてきた」
「はあ」
「初めのうちは念力で無事を祈っているだけだったのだが、そのうち、遠近自在エネルギー法でも追いつかなくなった」
「なんですかそれ」
「六千八百二十九通りある幸せを祈る方法のうち、もっともお勧めなやつだ。効き目はすごいぞ? 飛ぶ鳥をきりもみで落とす勢いだ」
「さいですか」
「あ、あの」

 最後のはサンダ―の向かいの男が上げた声だった。いかにも怯えた目でサンダ―を見つめている。

「彼がかの邪智暴虐の村長だよ」
「なるほど」

 ロゼイユが小声でルイスに告げる。聞こえなかったのか、気にせず村長はサンダ―に声をかけた。

「なんとかなりませんかね……」
519 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/10(金) 18:46:47.60 ID:I4Bxz1ko

 何の話かと思えば、なにやらテーブルに書類が並べられていた。

「なんとかなれば私はここに来ていない」
「それはそうですが……」
「なんの話?」

 リオが口をはさむ。サンダ―はこちらを向いて頷いた。

「愛の、話だ」
「絶対違うよねそれ」
「実を言うと、この男がまたも不正を働いたのだ」

 村長を指さす。彼はびくりと身体を震わせる。

「横領だ。上から出された資金をおいしくゲッチュと、そういうことだ」

 ちなみに真顔だ。
520 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/10(金) 18:47:28.20 ID:I4Bxz1ko

「わ、私は働きに見合った正当な報酬を……!」
「人々を困窮させるほどの取り分が正当かね?」
「そ、そんな事実はない!」

 ほう、とサンダ―は息を吐いた。

「先月のリコール騒ぎ。あれは人々の不満を如実に表しているのでは?」

 村長はその言葉にうめき声をあげて黙り込んだ。
 サンダ―はその様子に目もくれず、テーブルの上の書類を示した。

「とにかく、上からの処分はこの書類の通りだ。心当たりがないとは言わせん。甘んじて受けるんだな」
(す、凄い)

 とルイスは思わずにいられなかった。サンダーが仕事をしている。実に奇妙な光景に見えた。

「ひいては――」

 サンダ―は言葉を続ける。
521 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/10(金) 18:49:28.34 ID:I4Bxz1ko

「私もその横領のおこぼれにあずかりたい」

 べしゃ。

 とは、リオとルイスが転倒した音である。

「な、なんですかそれー!」
「ミサンガきたなーい!」

 二人のあげる抗議の声を、サンダ―はどこ吹く風と聞き流して見せた。
 村長もまた、同じようにぽかんとしていた。しかし、頭の回転が速いのだろう、すぐに表情が下卑た笑みに変わる。

「……なるほど。賄賂を請求しますか。それを渡せば、上に口利きしてくれると、そういうことですな」

 村長はすぐに懐から、なにやら重みのありそうな袋を取り出した。

「分かりました。これでいかがです?」
「その二倍だ」

 村長は顔をしかめたが、逆らう気はないようだった。すぐにもう一つ袋を取り出して、それらをサンダ―に手渡した。
522 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/10(金) 18:50:09.52 ID:I4Bxz1ko

「ふむ、これで良し」

 どことなく満足げなむっつり顔になると、サンダ―はこちらに顔を向けた。

「こちらの要件は終わった。そちらの用を済ませるといい」
「……」

 こちらの半眼を気にも留めないように、サンダ―は立ち上がると、こちらに席を譲った。
 気になることはあったが、ロゼイユに促されるままとりあえずソファに三人で腰掛ける。

「村長殿、客人を紹介しよう。こちら、ティー姉妹に用があって来訪したルイス・フィンランディ。そして、となりがリオだ」
「……よろしくお願いします」
「これはこれはようこそローグタウンへ。この村の代表として歓迎しますよ」

 にこにこと笑みを浮かべて挨拶をよこしてくるが、先ほどのこともありどうにも印象は良くない。しかも村長の視線はルイスを早々に通り過ぎ、リオにじっとりと注がれていた。

「リオさんですか。おきれいですな」
「ど、どうも……」

 リオが珍しくひるんでいた。
523 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/10(金) 18:51:31.93 ID:I4Bxz1ko

「とりあえず挨拶は済ませたから、これで失礼するよ」
「そんな急ぐことでもないだろうロゼ。ゆっくりしていってもらえ。リオさん、お菓子は好きですかな」
「いえ、甘いのはあんまり……」
「それはちょうど良かった! いまちょうどいいのがあるんですよ。食べていってください」

 リオに熱烈な視線を注ぎながら、時折ルイスを睨みつける。
 その視線いわく、男はいらんから出ていけ。ルイスの中で、さらに村長の印象が悪くなった。

「……姉さん、あんまり長居も失礼だし、行こうか」
「う、うん」

 さっさと立ちあがって部屋の扉までいく。

「そうだ! 今夜この家で歓迎会を開きましょう! いかがですかな?」
「いえ、結構です」
「村長殿、そういうことだ、失礼するよ」

 村長の苦々しげな視線を背中に感じながら扉をくぐった。
524 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/09/10(金) 18:52:44.90 ID:I4Bxz1ko

「そうだ、村長」

 ルイスたちに続いて部屋を出ようとしていたサンダ―が、ふいに声をあげた。

「は、はい、なんでしょうかな?」
「村長のお気持ち、感謝する」
「は?」

 あっけにとられる村長に、サンダ―は告げる。

「私は村長に金銭を要求した。だが、上に口利きするとは言っていない。そういうことだ」
「え? ちょ、ちょっと!」
「ではさらばだ」

 村長の罵声が響くが、思いのほか分厚い扉がその声を遮って、閉じた。
525 :アナウンス [sage]:2010/09/10(金) 18:53:12.08 ID:I4Bxz1ko
・ここまで
526 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/10(金) 20:15:31.64 ID:faa5WUSO
ミサンガやるな
527 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/11(土) 09:12:05.39 ID:4wRS6Aw0
乙です。
528 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/12(日) 01:33:26.70 ID:a.2wW6SO
その豊富な語彙量と表現力はどうやって身につけた?
やっぱり本読みまくったのか?
529 :アナウンス [sage]:2010/09/12(日) 03:29:56.29 ID:lbMgsf.o
>>528
豊富とか照れる
読書量は人並以下ですよ(具体的にはラノベ含んで二冊/月ぐらい)
しいて言えば小さい頃児童書をそれなりに読んでたぐらい
今回は元ネタ、“オーフェン”があるのでそこからパク……もとい参考にしてる表現が非常に多く、そのため語彙量、表現力があるように錯覚するのかも
模倣力って大事です
530 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/12(日) 19:18:51.67 ID:a.2wW6SO
なるほど

いやはや面白いな
頑張って

今更だが今回の話はニギが帰ってきてからの話なんだよな?
531 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/12(日) 19:24:27.23 ID:lbMgsf.o
>>530
トンクス

>二ギガ帰ってきてからの話
その通り
で、その二ギが魔翌力増幅の指輪をリオに渡して、って感じです
532 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/12(日) 19:39:40.31 ID:a.2wW6SO
そうか
生きた証人が生還したのに認められなかったのか
ルイスカワイソス

やはり物証が必要だったのか
533 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/12(日) 20:02:25.24 ID:lbMgsf.o
>>532
確かにニギは生き証人
でもキエサルヒマでは新大陸と違って、人間の魔物に対する不信がまだそれなりに残っています
この世界の学会では魔物の意見は軽く扱われる傾向にあり、魔物を証人として召喚するのはリスクが高い
また、異世界は時間の進みが遅く、ニギは若い?ままでしたが、なまじ魔物の寿命が長いために分かりずらい、となります
そして、何より主張が突飛なので>>532の言うように物証が欲しいところです
こんなところでしょうか、長文すみません
534 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/12(日) 20:19:54.19 ID:a.2wW6SO
そうか証人が魔物ばかりなのが痛いのか
物証は難しいからな

それが引っ掛かってたんだ
ありがとう
535 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/12(日) 20:22:17.53 ID:OEiUTXMo
仮にも魔王の言うことなんだから証拠は不十分でも
2つの意見に割れて論争しそうなんだけどな
新大陸のあの元商人を証人にしてもいいんじゃね
536 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/12(日) 20:39:37.77 ID:lbMgsf.o
>>354
納得していただけたら幸いです

>>535
それだけ過去の人間と魔物の争いが熾烈だったってことですね、きっと
元商人は独自の考えを持って行動する人ですから、過去の事件は過去のものとしたいのでしょう
というか、もとよりルイスと元商人は面識がないんです

うん、ぼろが出てきた
537 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/12(日) 20:43:19.80 ID:OEiUTXMo
>>536
そこ説明したいなら
真相を知ってるお偉方が隠したいから情報封鎖してるでいいんじゃね?
真っ先にそう思ってたんだけど。。。。
538 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/12(日) 20:57:57.23 ID:lbMgsf.o
>>537
考えてみましたが、投了のようです
模倣力はあっても思考力はなかったみたいですね、いやはや情けない……
それ、参考にさせていただいてよろしいですか?
539 :アナウンス [sage]:2010/09/13(月) 03:40:15.99 ID:skE.F4Qo
・困ったな、返事がない
とりあえずプロットを練り練りし直してきます
未熟さが露呈してしまいましたが、こんなのでも読み続けてくださるという方は、少々お待ちください
540 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/13(月) 09:27:29.27 ID:PxRnqMSO
返事がない。ただのry

待ち待ちします
541 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/16(木) 05:34:58.58 ID:8R8yPQDO
乙です。
542 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/16(木) 17:47:26.53 ID:i5bKMwc0
乙。
魔王の次の出番が待ち遠しいぜ
543 :>>537 [sage]:2010/09/17(金) 15:12:24.65 ID:kbMwvx2o
ごめん気付かなかった!

最近は勇者捕まえた読んでたwwwwwwww
って言うか許可なんていらないです
あなたのスレに書かれたレスは問答無用で使っていいと思いますwwwwww
使ってほしくないのは書かないし、ダメならダメって書くさwwwwww
544 :アナウンス [sage]:2010/09/17(金) 17:01:48.37 ID:D45QfUUo
>>543
お返事ありがとうございます
お手間おかけしました
今(というかまだ)、参考にしてプロット練ってる段階です
今日明日には投下できると思うのでお待ちください
545 : ◆8rU8f6A6as [sage]:2010/09/17(金) 17:45:45.50 ID:kbMwvx2o
ちなみに、もうひとつの案としては
真実を周知する=あれの存在を周知することになってしまうので
ニギ達はあえて真実を語らないというのもいいかと思います

あれの存在を伏せて周知するにはあまりにも人間側に都合が悪く
元商人としても今後の商売を考え真実を伏せることを提案

そして現在に至るとかかな

とりあえず>>1のSSは楽しみに読ませてもらってます!
ウザイからもう黙っときますねwwwwwwww
546 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/17(金) 18:10:05.52 ID:D45QfUUo
>>545
参考になります
今度こそ手抜かりがないように考えますね
>楽しみに読ませてもらってます
ありがとうございます、期待にこたえられるように頑張ります
547 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/20(月) 00:33:57.79 ID:yF03fWIo
あれ、勇者捕まえたと同じ人?
548 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/20(月) 06:54:13.85 ID:ih9TfLIo
>>547
 はい
・ところでまだプロットに詰まってるんですよね
 気長に待っていただけるとありがたいです
549 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/20(月) 13:38:18.04 ID:yF03fWIo
待ってるよ
550 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/29(水) 19:52:20.72 ID:KOKmmFA0
乙です。
551 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/03(日) 11:29:47.84 ID:Kc6tOsSO
我輩そろそろ続きが読みたいなあ
552 :アナウンス [sage]:2010/10/03(日) 15:55:27.00 ID:CZ1DTcYo
・激烈に申し訳ない、もうしばらく待っていただきたい
553 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/03(日) 20:57:56.44 ID:f0naUh.o
待ってる
554 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/04(月) 00:20:01.09 ID:qnt4GUSO
仕方がない
我輩楽しみにしてる
555 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/11(月) 21:18:39.37 ID:fOkck/2o
連休終わっちまうがな
556 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/11(月) 22:49:25.95 ID:Vf6qyyMo

 村長は追いかけてまでは来なかった。下手に騒げば、また処罰の話が出ると分かっているのだろう。

「よかったの?」

 村長の家を出たところでリオが口を開いた。

「かまわん、少しぐらい痛い目を見た方が彼のためにもなる」
「そのためにミサンガさんが得をするのはどうかと思いますが……」

 半眼でうめくが、そちらは風に流された。
 ロゼイユが笑う。

「ミサンガさんは面白い人だ」
「そう、何を隠そう私が面白い人だ」

 何を言っているのだか。ルイスはあきれた。

「それで、ロゼ。ティー姉妹というのは?」
「ああ、例の紹介したい人たちさ」
「その人たちが僕を助けてくれるのか?」
「そういうこと。まあ、楽しみにしてるといい」

 そう言うとロゼイユはさわやかにほほ笑んだ。
557 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/11(月) 22:50:20.46 ID:Vf6qyyMo

 案内されたのは村のかなりはずれの方だった。森に半分突っ込んだところにこじんまりとした木造の家があった。雨も降っていないのに、地面はしっとりと水分を含んでいるようで、足音はどこかくぐもる。小鳥が頭上を飛び去った。

「ここが……」
「そう、ティー姉妹の家さ」

 ロゼイユは頷いてルイスの方を向いた。

「彼女らは古典、神話に精通している。きっと君を手助けしてくれるはずだよ」
「学者なのか?」

 驚いて訊ねると彼は首を振ってこたえた。

「いいや、彼女らは一般人だ。ただ、彼女の家は古くは語り部をやっていた血筋でね、そういう記録に残っていないことに関してとても詳しい」
「へえ」

 あれ、でも、とリオが声を上げる。

「そう言えば、この時間はみんな開墾に出ているはずじゃないの?」
「そうなんだけどね、ただ一番下の――」

 悲鳴が聞こえたのはその時だった。
558 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/11(月) 22:52:51.90 ID:Vf6qyyMo

 小さくか細いそれは、かすかながらもかろうじてルイスたちの耳に届いた。感覚に狂いがなければ、目の前の家の裏からだった。

「なんだ?」

 ルイスが訝しんだ時には既にリオとサンダ―が走り出していた。続いてロゼイユが、そのあとをあわててルイスが追った。
 家の裏は木がだいぶ侵略してきているもの、ちょっとした広場になっていた。
 そこに少女が一人、尻もちをついているのが目に入った。それに手を伸ばす二人分の人影。

「光よ!」

 躊躇なく放たれたリオの呪文の叫びは、魔術の効力を引き出し、光が視界を埋め尽くす。
 光熱波は離れたところにある木の一本に突き刺さると、大爆発を起こした。少女に伸びる手が止まった。
 リオの判断は常に早い。こうだと決めたことはすぐに実行する。対してルイスはいまだ、事態の認識ができずにいた。なんとか冷静になるように自分に言い聞かせ、じっくりと場を見渡す。
 人相の悪い男の二人組が、こちらに驚いた視線を寄こしていた。両方とも擦り切れた粗末な服装で、よく見るとそれぞれ武装している。それににじり寄られる格好で、十歳そこそこに見える少女が腰を抜かしていた。
559 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/11(月) 22:54:56.64 ID:Vf6qyyMo

 ルイスにもようやく状況が呑み込めた。構成を瞬時に編む。が。
 相手の判断もまた早かった。男ふたりは闖入者があるとみると、すぐにこちらを背にして走り去った。ルイスの魔術速度を持ってしても捉えられない、あっという間の撤退だった。
 茫然とそれを見送る。二人の背中はすぐに森の緑にまぎれた。

「大丈夫かい」

 見るとロゼイユが少女に手を差し伸べていた。少女は震えながらもその手を取ると、立ちあがって小さくうなずいた。

「今のは……」

 ルイスが声を上げると、ロゼイユがこちらに顔を向けた。

「多分、武装盗賊だ」
「武装盗賊?」
「ああ、こちらの大陸に渡ってきたものの、仕事にありつくことができなかったり、犯罪に手を染めたりしてドロップアウトした者たちのなれの果てだ。他の開拓村で襲撃があったとは聞いていたが、ついにこの近辺にも出た、か」

 彼はやれやれ、と首を振る。

「まあ、とりあえずは君に危害が及ばなくてよかった」
「……」

 ロゼイユのそばで、少女はぱちくりと瞬きをした。

「その子は?」
「ああ、そうだな紹介しよう」

 ロゼイユは少女の頭に手を乗せた。

「この子はティー姉妹の一番下の子、ミルク・ティーだ」

 少女はつぶらな瞳で、もう一度ぱちくりと瞬きを繰り返した。
560 :アナウンス [sage]:2010/10/11(月) 23:00:13.54 ID:Vf6qyyMo
・まずは二つほど謝罪を。三週間強も待たせてしまい申し訳ありませんでした。
 加えて、連休中で時間があったのにも関わらず、これっぽっちしか投下できなくて、それも申し訳ありません
 これから、どうにかペースを上げていきますので、ご容赦いただけると幸いです
・あと昨日は血迷った。脱字がどうしても気になったとは言えあれはよくない。反省しております
・以上、また次回お会いしましょう
561 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/11(月) 23:20:08.62 ID:fOkck/2o

待ってるぜ
562 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 23:27:08.53 ID:w6Q1aISO

我輩待ってた
563 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:26:32.59 ID:wGpqbjwo

 ミルク・ティーは無口な子だった。他に二人いるという姉妹を待つ間、お茶を出す以外はもじもじと肩までの茶色い髪をいじりながら、こちらをちらちら見ては目をそらすを繰り返している。その様子にルイスも気後れのようなものを感じたが、リオはというと特に気にならないようで、早々にくつろぐ態勢に入ったようだった。

「中は結構広いねえ」

 リオの声に周りを見渡す。彼女の感想ももっともで、小さいと見えたのは外観だけのようだった。家具があまりないせいかもしれない。代わりに部屋の真ん中には八人ほどで囲むことのできるテーブルが置かれており、ルイスたちはそこについていたが、三人姉妹であることを考えるとこれは奇妙なことに思えた。

「ああ、それは」

 ロゼイユが口を開く。

「彼女らが語り部の家系であることに由来しているんだ」

 ルイスは少し考えて、それに応じた。

「つまり……人を招いて語り聞かせるため、か?」
「御名答」
「ふーん」

 リオが相槌を打ってお茶に口をつける。

「ってことはこの子――ミルクも何か語れるのか?」
「……」

 ミルクはこちらと視線が合うと、さっと目をそらしてうつむいた。

「この子も語れないことはないさ。でもなにぶん恥ずかしがり屋でね、一番上の姉を待つ方がいい」
「そうか」

 頷いてルイスもお茶に口をつけた。まだしばらくは待たなければならないらしい。懐中時計を取り出して確認する。時間は昼になるかならないかといったところだった。
564 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:28:11.19 ID:wGpqbjwo

 それから三十分ほど経っただろうか。ロゼイユは、ティー姉妹の残り二人がどれくらいで戻ってくるのか確かめてくる、と言って家を出ていた。リオは無口なミルクに何やら話しかけている。ルイスはというと本を引っ張り出して読書を始め、サンダ―は茶柱がないかとお茶くみに無駄に熱をあげていた。
 外から足音と話し声が近づいてきて、扉が開く。振り向くと、三人分の人影がルイスの視界に入ってきた。

「待たせたね」

 と言った一人は言わずもがな、ロゼイユである。他の二人はどちらも茶色の髪をしていて、ミルクの姉たちであることがうかがえた。
 一人は十五、六ほどの少女で、肩甲骨あたりまで髪の毛を伸ばしていた。利発そうに瞳が輝いている。そしてもう一人はそれより少し背が高く、年のころ二十ほど。腰までの長髪をそよ風になびかせていた。

(若いな)

 というのが、ルイスの感想だった。

「どうも、お邪魔しております」

 席を立って頭を下げると、長女であろう女性は頭を下げて応じた。

「いらっしゃい、歓迎いたします」
「ゆっくりしていくといーよ」

 次女とおぼしき少女の方はにかっと笑って手をひらひらさせた。
565 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:28:58.65 ID:wGpqbjwo

 三人は部屋に入ると、ルイス達と向かい合うようにテーブルに着いた。

「紹介しよう、こちらティー姉妹の長女、ハーブ・ティー。そしてこちらが次女のアップル・ティーだ」
「よろしくお願いします」
「よろしくね!」

 三姉妹はこちらから見て右側からちょうど年の順になるように並んで座っていた。そして長女の隣にロゼイユがいる。
 ロゼイユはいったん席を立つと、対面のこちら側にまわってきた。ルイスの横に立つと、

「そしてこちらがティー姉妹のご教示を受けに来た、歴史学者のルイス・フィンランディ。その随伴、リオ。そしてニューサイト行政区の職員、サンダ―・ストロンガーさんだ」
「よろしくお願いします」
「よろしくー」
「うむ、苦しゅうない」
566 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:30:33.16 ID:wGpqbjwo

 サンダ―の挨拶は気になったが、とりあえず顔合わせが終わって、ルイスは早速口を開いた。

「まずは急に押しかけたご無礼をお許しください。僕はある研究のためにこちらの大陸に渡ってきました。ただ、お恥ずかしながら研究の進捗状況はいまひとつで。そんなときにロゼからあなた方の紹介をいただきまして、こうしてうかがった次第です」
「お聞きしてます。若いのになかなか高名な学者さんでいらっしゃるとか」

 ほほ笑むハーブの言葉に、ルイスは苦笑いする。

「いえ、そんなことはありませんよ。ただの助教授です」
「でも、頭はいいよね。歴史書の暗誦なんて余裕だし」

 リオがあっけらかんと言うが、ルイスとしてはそちらにも苦笑しかできない。

「まあ、力不足のところがありまして。研究内容はロゼから聞いてますか?」
「ええ。魔術の起源と魔法についてだとか」
「そうです」
567 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:31:13.77 ID:wGpqbjwo

「うさんくさ」

 アップルがふき出した。

「こら、失礼ですよ」
「ごめん、でも魔法の研究ってちょっとアレでしょ」
「いえ、まあ、その通りなんですが。それでもテーマを与えられれば研究せざるを得ないというのが学者のつらいところで」
「うむ、魚は地上には住めんしな」

 サンダ―のそのたとえは正しいのかと胸中で首をひねりながら先を続ける。

「ということで力を貸していただけないでしょうか。どうかお願いいたします」
「ええ、かまいませんよ。そういうことならば、微力ながらお力添えいたしましょう。もっとも、お仕事の合間合間に、ということになりますが」
「かまいません、ありがとうございます」

 ルイスは頭を下げた。
568 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:32:29.97 ID:wGpqbjwo

     ・
     ・
     ・

「というわけでこれなんですが……」

 長大な剣をハーブに手渡す。彼女には少し重かったようで、軽くよろめいた。
 例の石化の剣である。彼女らには殺人人形との邂逅を包み隠さず説明した。そして何か分かることはないかと実際に物を見てもらうことになったのである。

「……ずいぶん大きな長剣ですね」

 ハーブは剣をゆっくりと持ち直し、革の鞘からそれを抜いてみせた。くすんだ色の刀身が外気に触れる。そして目に入る紫電を模したような形の文字。

「これは……」
「ご存知ですか?」

 ハーブの声に問いを投げる。

「ええ、キエサルヒマ島でもかつて使われていた古代語の一つです」
「では?」
「はい、バルトアンデルス。そう読めます」
「バルト、アンデルス?」
「“いつでもほかのなにか”」

 アップルの声。そちらを見やると、どこか得意げな顔で彼女は笑っている。

「そういう意味よ。現代語ではね」
「いつでも、ほかのなにか?」
「どういう意味だろうね」

 リオがルイスに声をかけるが、考え込んでいたために応えられなかった。
569 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:34:08.34 ID:wGpqbjwo

「古代語……」
「ええ。千年ほど前に使われていた言語です。今ではまったく使われてませんが。古代人と呼ばれる人々が主に使っていたとされています」
「古代語については僕も断片的には知っています。ただ、古代人というのは?」
「私の家では私たちの祖先として伝えられています。緑の髪と瞳が特徴的で、魔術的な素養が飛びぬけて高かったとか」

 どこか、記憶に引っかかることがあった。すぐに思いだせないのは記憶力の優れているルイスには珍しいことで、多少のいら立ちを感じたが、しばらく頭を探ったのちに諦めた。

「魔術文字を信じますか?」

 問いかけると、ハーブとアップルは難しい表情になった。

「先ほどのルイスさんの話を疑うわけではありませんが……」
「やっぱり信じがたいわよね」

 文字を媒体にする魔術。実際に見たルイスでもその存在をいまいち信じることができずにいる。
 ただ、古代語、そして古代人。それらと魔術文字は関係あるように思えた。

「私も気づいたことがある」

 唐突に声が上がった。今まで特に口をきかずに離れたところでこちらを見守っていたサンダ―だ。

「なんですか」

 多少驚いて問いかけると、彼は一言、

「空腹だ」

 とのたまった。
570 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:35:35.81 ID:wGpqbjwo

 昼食を終えると、長女と次女はいったん仕事に戻っていった。
 残されたルイスたちは、とりあえずということでロゼイユとミルクに村の案内を頼んだ。
 とはいえ、何かめぼしいものがあるわけでもなく。適当にぶらぶらし、自警団の詰め所に挨拶するぐらいで、時間はあらかた潰れてくれた。

 夕方。食事を終え、七人は再びテーブルについていた。卓上にはバルトアンデルスが横たわっている。

「説明した通り、この剣は攻撃したものを石化させる性質を持っているようです。実際に目にした僕たちにも信じがたいことですが」

 ルイスが口を開くと、全員の視線が、剣からルイスの方に移ってきた。

「魔術文字が実際にあるとすれば、剣の性質はそれによるもので間違いないでしょうし、効果は人間が使うものとは比べ物になりません」
「そこで古代人と古代語ですか」

 ハーブの言葉にルイスは頷く。

「ええ。古代人について知っていることを教えてもらえませんか?」
「分かりました」
571 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:37:39.92 ID:wGpqbjwo

「お昼に説明したとおり、古代人は私たちの祖先と言われています」

 それから続く一時間ほどの話の要点をまとめると、古代人はキエサルヒマ島に何かを求めて、もしくは何かから逃げるように移住してきたらしい。彼らの魔力は絶大で、運命すら改ざんし、疑似生命を生み出すことすら可能だったという。

「あくまで言い伝えにすぎません。書物に記載されたものではなく、私たち以外の語り部の伝承は古代人という共通点こそあれ、様々に異なっています」
「例えば?」

 とロゼイユ。

「古代人は私たちの祖先ではなく、祖先と一緒に海を渡っていったというものや、もともとキエサルヒマ島にいた祖先のところに、海の向こうから古代人が渡ってきたというものなど、いろいろです」
「なるほど」

 古代人。絶大な魔力。運命の改竄。疑似生物の製造。思い当たる節があった。
 だが、口を開きかけたルイスを、ハーブは手で制した。

「今日はここまでです」
「……?」
「語り部の掟で、一日に語る物語は一つか二つと決まっているのです。今日は古代文字と古代人について話しましたからこれでおしまい」
「はあ」
「……というのは建前で、本当のことを申し上げますと、私、仕事で疲れてしまいました。今日はここで休ませてください」
572 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:38:48.23 ID:wGpqbjwo

「あ、それはかまいません。長く引きとめてしまって申し訳ありませんでした」
「ルイスさんたちは今夜はいかがなさいますか? すみませんがこの家にはあと二部屋しか空きがなくて」
「ああ、お気遣いなく。僕はテントで寝ます。近くの場所をお借りしてもかまいませんか?」
「ええ、どうぞ」

 遠慮するロゼイユと、テントで一緒に寝るとごねるリオを無理やり部屋に押し込み、ルイスはテントの中に寝転がった。ちなみにサンダ―はというと、

「私はあてがあるものでな」

 と言ってどこぞに出ていった。

「……」

 研究の成果、いまだ出ず。ルイスはため息をついて目を閉じた。
573 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:40:02.72 ID:wGpqbjwo

 朝、目が覚めて家に入ると、アップルとハーブはすでに仕事に出発していた。ルイス、ロゼイユ、ミルクの三人で(リオはねぼすけだ)用意されていた朝食をありがたく平らげたころ、サンダ―が家を訪ねてきた。

「おはよう諸君」
「おはようございます、ミサンガさん」

 いつもと同じスーツ姿。ただ、いつもと違うのは、手に何やら小さな袋を持っていることだ。

「なんですかそれ」
「うむ、ある人からの心配りだ」

 そう言ってサンダ―が袋を掲げると、ちゃりんとかすかに音がした。

「……村長さんですか?」
「ほう、勘がいいな。昨日は村長のところに泊ったのだが、村長がくれるというのでもらったのだ」

 昨日金をせびっておいて堂々と泊りこみ、あまつさえさらにカツアゲできるなんてどういう神経だ。ルイスはあきれたが、サンダ―はどうということもなく彼の視線を受け流して見せた。

「またお金をせびったんですか」
「くれと言ったらくれた。それだけだ」

 まあ、いいか。ルイスは追及を諦めた。
574 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:40:52.01 ID:wGpqbjwo

 リオが眠そうに起きてきた。彼女が朝食を食べ終わると、全員手持無沙汰になってしまった。やることがないのに時間だけが余っている。

「じゃあさじゃあさ、森の方へ行ってみようよ。昨日ミルクちゃんが教えてくれたところ、見てみたいな」

 ようやく眠気が抜けたらしいリオが元気よく声を上げた。

「昨日教えてくれたところ?」

 ルイスの言葉にリオが頷く。

「うん。昨日、ハーブさんとアップルちゃんが来る前に私、ミルクちゃんと話してたでしょ? その時にね」
「……」

 ミルクを見ると、彼女はどこか恥ずかしそうに首肯した。

「何があるの?」
「それは見てからのお楽しみ。ねー」
「……うん」

 はにかむように発せられたそれは、昨日の悲鳴以来初めて聞いたミルクの声だった。
575 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:43:48.60 ID:wGpqbjwo

 平たい石が風を切って飛ぶ。それは水面に接すると、沈むどころか逆に跳ね上がった。それを繰り返し、川の向こう岸に乗り上げる。

「さっすがルゥ君」
「まあね」

 振り返ると、手をたたいて笑うリオが目に入った。その隣に目を見開くミルク。

「すごい……」
「あれはね、水切りっていうんだよー」
「水切り……」

 ルイスたち五人は森の中にある川に来ていた。ミルクのお気に入りの場所らしい。十メートルほどの幅の緩やかな川の流れが、小さな水の囁きを発していた。
 昨日の武装盗賊が気にならないでもなかったが、あまり深いところではなく、またこの人数ならば多少のことは大丈夫だろうと判断した。

「やってみるかい?」

 ロゼイユが、拾ってきた石をミルクに見せた。

「こういう風に平べったい石の方がうまくいくんだ」
「……」
「あたしもやろっと!」

 三人はそれぞれ石を手にすると、川べりに近づいた。
576 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:45:15.22 ID:wGpqbjwo

「こうやって回転させるように投げるんだ。平べったい面が水面と平行になるようにね」
「分かった……」
「よし、じゃ、せーの!」

 石が三つ、それぞれの勢いで飛んで行った。
 ルイスと同じように向こう岸にたどり着くもの、一回跳ねて沈むもの、水に勢いよく突き刺さって無様に沈んでいくもの。

「……姉さんって相変わらずこういうの苦手だよね」
「うーん……」

 沈んだ石が、実はリオのだ。

「すごいねミルク、一回跳ねたよ」

 ロゼイユに撫でられ、ミルクがくすぐったそうにほほ笑む。

「すごい……?」
「ああ、すごいとも」
577 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:46:06.41 ID:wGpqbjwo

 その時、水面にもう一つ石が跳ねた。その石はまるで意思があるかのように、跳ねるごとに円を書くように軌道を変えていき、ひときわ大きく跳ねたかと思うと男の掌に収まった。

「ふむ、悪くない」

 言わずもがな、サンダ―・ストロンガーである。

「いやおかしいでしょ」

 半眼で指摘する。

「なんで水切りで石がカーブするんですか」
「なに、君たちはカーブできないのか?」

 怪訝そうにサンダ―がこちらを見る。

「こんなもの三歳児でもできるぞ」
「わたし、できない……」
「あ、ミルク、泣かないで!」

 何やら感じるところがあったらしく、ミルクがべそをかきはじめ、ロゼイユが必死になだめていた。
578 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:46:55.15 ID:wGpqbjwo

「あー、ミサンガ泣かせた!」
「心外だ。私は女性は泣かせても子供を泣かせる趣味はない」
「ミサンガさん、言っていいことと悪いことがありますよ。多分……」

 サンダーは変人であるため――という理由で納得できるかは人次第だが――あんなことができても不思議はないのだが、よく知らない子供は真に受けてしまうのだろう。

「ふむ……」

 サンダ―が髭の生えそうにない顎を撫でる。

「では小娘、こうしよう。私がお前にカーブの極意を授けてやる。ついてくるか?」

 大人と子供では背丈が違うのは当たり前だが、サンダ―の場合は一際長身である。見下ろされる形でミルクはひるんだ。しかし気丈にも歯を食いしばり頭を下げる。

「お願いします、師匠……」
「師匠て」
「うむ、よかろう、ついてこい」

 サンダ―は珍しく満足そうに笑った。
579 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:48:34.37 ID:wGpqbjwo

「結局、夕方までやってたね……」

 リオの声に疲れがにじんでいた。
 あの後、サンダ―のカーブ講座に何故か全員が付き合わされた。

「なかなか見どころのある弟子だ」
「……」

 無言で照れくさそうに笑うミルクは、全員の中で一番頑張っていた。

「まさか、本当に曲がるとは思わなかったよ」

 ロゼイユが信じられないといった顔で神妙に言う。
 サンダ―の教えに付き合った四人のうち、カーブに成功したのはミルクとロゼイユだけだった。とは言っても、一度だけ、わずかに軌道変更する程度のものだったが。

(曲がったから何、って気もするけどね)

 ミルクが泣くかも知れないので、実際に口に出すことはしなかった。
580 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:50:59.59 ID:wGpqbjwo

 ティー家に戻ると、すでにハーブとアップルは帰宅しており、夕食の準備は整っていた。

「今日は妹がお世話になったようで」

 食事の席でハーブがサンダ―に言う。

「いや、たわいもない児戯を教えていたにすぎない。気にしないでくれ」

 応えるサンダ―はどちらかというとスープを飲むのに夢中になっているようで、返事も上の空といった様子だった。

「わたし、カーブができたんだよ」
「カーブ?」

 ミルクの言葉にアップルが怪訝そうな顔をする。

「ああ、何と言ったらいいのやら」

 ロゼイユが複雑そうな表情で解説する。

「水切りでカーブする方法をサンダーさんに教わったんだ」
「水切りで、カーブ……?」

 アップルの眉間のしわが深まった。
581 :アナウンス [sage]:2010/10/23(土) 00:55:24.84 ID:wGpqbjwo
・お久しぶりです。待ってた人はごめんなさい
・ところで、書く頻度が減ったせいか、なんだかあまりない技量がさらに落ちた気がする
・以上。ではまた次回
582 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 01:25:18.07 ID:j4UKdYUo
キテター
乙乙
583 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 02:31:27.25 ID:2VXA02DO
超乙だぜ
584 :アナウンス [sage]:2010/10/23(土) 08:53:04.16 ID:wGpqbjwo
・よかったまだ見てくれてる人がいたのか……不覚にも感動した
585 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/23(土) 09:01:26.35 ID:QVLwS6SO
おっ来てたのか

今から見てくる
586 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/25(月) 04:08:39.42 ID:VTPsIsSO
乙!いつもはROM専なだけで、毎度楽しませてもらってる
587 : ◆ZsO.KOEYDk [sage]:2010/10/25(月) 04:11:57.37 ID:QePccjUo
なんか変なこと言って困らせて悪かった…
588 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/25(月) 09:58:44.33 ID:DIu3vISO
我輩ウハウハ
589 :アナウンス [sage]:2010/10/25(月) 17:47:16.44 ID:5fE0/X.o
>>586
>>588
いつも待たせて申し訳ない
最近は毎日少しずつ書き溜められるのでそんなにしないうちに投下できると思います

>>587
どれのことか分からないけれど、もしあれのことならとても参考になったと言っておく
590 :>>587 [sage]:2010/10/25(月) 23:40:42.96 ID:QePccjUo
あれ…酉間違えてるやwwwwww

うんアレのこと
すまないねぇ
591 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/29(金) 00:45:29.18 ID:v2yhHZ.o

 夕食を終え、全員でテーブルに着く。

「さて、昨日はどこまで話しましたでしょうか」
「古代人の魔術について、です」
「ああ、そうでしたね」

 ハーブは頷くと、あとを続けた。

「古代人は強大な魔力を持っていました。それこそ世界を改変しかねないほどの」

 古代人は運命を改竄し、疑似生命を作り出すことができた。それが昨日聞いたことだ。

「それについては僕にも心当たりがあります。人工的平和維持機構については知っていますか?」
「人工的、平和……?」
「人工的平和維持機構です。膨大な術式で、ある程度の紛争ならば除去してしまうといった効果があったそうです」
「紛争の除去、ですか?」
「ええ、『起こりうるものをなかったことにする』。そういうことです」
「……それがもし本当ならば、あり得ないほど強力な魔術ですね」
「そう、信じられないでしょうが、これが実際に使用されていた時代があったそうです」
592 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/29(金) 00:46:36.21 ID:v2yhHZ.o

 ハーブがそれを聞き、怪訝そうな顔になる。だが、そちらについては訊いてはこなかった。

「では、それが古代人の魔術と関係あると?」
「その通り」

 ルイスは鞄から一冊の本を取り出してテーブルの上に置いた。
 古びてくすんだ表紙に、剥がれかけの金色の文字でなにやら書かれている。

「“世界書”」

 アップルが読み取ってつぶやく。
 ルイスは頷いて表紙をめくった。

「これはニューサイトを発つ際に、市長から譲り受けたものです」
593 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/29(金) 00:47:20.21 ID:v2yhHZ.o

◆◇◆◇◆


「世界書?」
「そうだ」
「一体何の本ですか?」
「君の求める真実の一つ、とだけ言っておこう」

 手渡された本を見て、ルイスは片方の眉を上げた。
 かなり損傷の進んだ本だった。その重厚な雰囲気通り酷く分厚い。

「真実、ですか?」

 市長エリムはじっと、こちらを見つめていた。

「それをどう扱うかは君次第だ。私は君に――君たちに託そうと思う」

 その視線と言葉には妙に重みがあって、ルイスは少し戸惑った。

「君たちとの付き合いは短いが、私は君たちを信用している。君たちの一族を信じている。どうか道を誤ってその身を滅ぼすようなことだけはしないでほしい」
「あなたは、いったい……」

 市長の言っていることはいまいち分からなかった。
 が、その言葉に込められたひたすらな真摯さだけはひしひしと伝わってきた。

「……健闘を祈るよ」


◆◇◆◇◆
594 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/29(金) 00:48:06.04 ID:v2yhHZ.o

「多少読みにくいところはありますが、人工的平和維持機構や、疑似生物の製造方法などが記されていました」
「……」

 開いた頁をそのままに、ハーブが読めるように移動させた。そしてある一点を指で指し示す。

「ここ、見てください」

 皆の視線が集まる。そこには。

「古代文字……」

 バルトアンデルスに刻まれているものと同じような文様が記載されていた。
 古く、かさかさに干からびた紙の上を鮮やかに流れる文字。
 文字だという認識がなければ、それはこの手の書物によくあるただの装飾のようにも見えた。

「運命改竄と人工的平和維持機構。疑似生命の製造法。そして、古代文字。少なくとも、古代人と呼ばれる何者かが存在していたのは確かのようです。強大な魔術が実在していたことも。もちろんこの本に書いてあることが真実であると仮定しての話ですが」

 ルイスは紙の表面から指を離すと、ゆっくりと腕を組んだ。
595 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/29(金) 00:49:07.09 ID:v2yhHZ.o

「ざっと読んでみて分かったことがあります」

 そして目をつむる。深く思考の海に潜るために。暗く温かいそこは、ルイスをゆりかごのようにやさしく包み込む。

「それは?」
「人工的平和維持機構については最後の項に書かれていますが、その魔術は僕たちが使う魔術とは大きく異なっていること、です」

 息を吸い込み、脳に酸素を送る。そして活性化する脳をイメージする。

「音声魔術。これが僕たちの使う魔術の別名です。魔術文字や魔法陣が力を持つとまことしやかに語られていた時代の呼び方ですね。音声を媒体にして魔術を発動させる形式。僕たちが使える、実際には唯一の魔術手法です」

 ワンテンポ置いて、「ですが」と続けた。

「人工的平和維持機構に用いられるのは、契約に似た形式の魔術です」
「契約?」

 ハーブの言葉に目をつむったまま頷き返す。

「そう、音声魔術の効果が持続するのは短いものでほんの一瞬。長いものでもせいぜい一時間程度です。しかし、人工的平和維持機構の性質を考えてみれば分かるように、そんな超短時間のものではそれは意味を成しません。もっと別の形式を用いる必要があるわけです」

 目を開く。
 腕組みを解き、手を伸ばしてハーブの目の前の世界書をめくる。最終項。

「人工的平和維持機構においては神体を媒体に置くようです。そして――その神体に文字を刻むのです。細かく、いくつも」
596 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/29(金) 00:49:49.77 ID:v2yhHZ.o

 理解したのだろう。ハーブの視線が、紙上からルイスの顔にさっと移動した。

「魔術文字……」
「ええ」

 人工的平和維持機構。今更繰り返すまでもなく大規模かつ強力な魔術である。以前、研究をするうえでルイスが疑問に思っていたのは、人間が用いる音声魔術ではそれだけの効力を引き出せるのか、ということだった。
 だが魔術文字を実際に目にし、その威力を経験した今なら、それが全くの不可能ではないことが分かる。
 古代人と魔術文字。おぼろげだったその二つの関係が、今はっきりとした。

「古代人について、もっと詳しく教えてください」

 ハーブは一度間を置き、静かに「分かりました」と応えた。
597 :アナウンス [sage]:2010/10/29(金) 00:51:04.18 ID:v2yhHZ.o
・ここまで
・また次回
598 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/29(金) 10:04:57.05 ID:2I1zeASO
ふむ乙

静かにアツいな
599 :吉野家夫 :2010/10/29(金) 20:35:31.39 ID:6lVBCYSO

こういうシーン好き
ばんがれ
600 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 00:20:02.07 ID:orDgUU.0
乙です。
601 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/11/02(火) 02:22:05.65 ID:uyo24cDO
乙です
602 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/11/06(土) 21:19:02.69 ID:yt8PYoAO
末永くまってるぜ
603 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/11/06(土) 21:20:30.80 ID:yt8PYoAO
見てるぜぃ
604 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/11/14(日) 18:52:25.87 ID:ECiG/QAO
いつまでもROMってま〜す
605 :アナウンス [sage]:2010/11/14(日) 19:38:27.12 ID:fSMq8kko
ありがてえ
もっと投下ペースをあげられるようちょっと努力度をいじってみる
明日明後日には投下できると思います
606 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/14(日) 20:56:23.55 ID:eihTkboo
待ってるぜ
607 :アナウンス [sage]:2010/11/16(火) 22:53:46.30 ID:yzuc5Kko
申し訳ない、ミスが発覚いたし候なり
フォローしているところですが、ちょっと今日中の投下は無理そう
繰り返す、申し訳ない
608 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/18(木) 12:42:29.74 ID:UxWiFoAO
生きてて書く気があるなら待てる


頑張って下され
609 :アナウンス [sage]:2010/11/20(土) 00:27:00.30 ID:2ubMd0Io
>>608
ちょっとやそっとのことじゃ死にませんし、書く意欲は尽きることはありません、ありがとう
お待たせいたしました、投下いたします
610 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 00:28:12.04 ID:2ubMd0Io

◆◇◆◇◆


 夜の月は冷え冷えと薄蒼い光を地表に投げかけていた。昼の光と違って何かを温めることはない。ただ夜の底をひんやりと凍えさせている。その光を受けた木の葉は、凍りついたかのように動かなかった。
 夜の森は、だがその月によって思いのほか明るい。そのほの明るい中を、彼は歩いていた。
 外套のフードからのぞく外界は恐ろしいほどに静か。世の終わりまでずっとこのままなのではなかろうかという不安を居合わせた者に植えつける。そして植えつけられた者もまた、物言わぬ何かになり果てる。夜の一部として、この場にひっそりと凍えつく。そんな夢想を彼は抱いた。

「……」

 それでも歩く足は止めない。しかし急ぐわけでもない。夜の静寂を乱さぬように慎重に歩を進める。
 明確な目的地があるわけではなかった。あれば幾分かはよかったのではないかと思う。だがないものはないのだ。
 それに類する様々な何かは、千年前に失ったのだ。あの忌々しい災厄の具現によって、すべてが剥ぎ取られてしまった。

(女神め……)

 静かに毒づく。目の奥が――剥ぎ取られた運命が、夜の静謐さと同じ残酷さでじくじくと痛んだ。
611 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 00:29:11.06 ID:2ubMd0Io

 しばらく歩いたのち、開けた場所に出た。切り立つ断崖。彼はそこに立ち止まって、しばらくじっと息を細くした。すでに呼吸の必要がない体なのだが、人間だった頃の習慣を忘れられるわけでもない。それがたとえ千年の隔絶をはさんでいようともだ。
 目を凝らす。別に何かが見えるわけでもない。眼下には今まで歩いてきたのと同じ、夜の沈黙が薄く立ち込めている。その中に動くものはいない。
 ――いや。

「……」

 さらに目に力を込める。森のある一部分。その木の陰で何かがうごめいた。
 それはちろちろと、まるで蛇の舌のように震え、そしてぬらりと影が揺れる。
 しかし、それはほんの一時のことだった。すぐにその何かは闇の中に溶け込んだ。

「……」

 それでも彼はしばらくは息を殺して物思いに沈んでいた。
 細く、自分の呼吸音が聞こえる。心音は聞こえない。かくわけもない汗が、背中を伝うのを感じる。
 夜の闇はまだまだ濃度を薄めない。ただただ月の光が地表を照らし、すべてを凍りつかせている。


◆◇◆◇◆
612 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 00:30:09.36 ID:2ubMd0Io

 ぱしゃん――!

 水面の上を小石が跳ねる。それは二回ほどバウンドすると、小さな音を立てて水中に消えた。

「見た!? ねえ見た!? 今確かに跳ねたよね、ね?」

 興奮するリオに、ルイスは苦笑いして頷いて見せた。これで義務を果たしたと、手の中の分厚い書物に目を移す。ぞんざいな対応だったが、水切りの成功の方がよほどうれしかったのか、リオは文句は言わずに遊びに戻っていった。
 川から少し離れた木陰に座り、丁寧にページをめくっていく。今日も川遊びに来たのだが、ルイスは水切りには参加していなかった。

(――時間操作を深化させた常世界法則改竄による世界改変機構と、魔術の昇華可能性?)

 書物の文面を目で追う。他のものに比べるといくらか新しい文字。それは本の最終項に書かれていた。

(書き足されたものか?)

 ぱらぱらとめくっていくと、最後のページに署名がなされているのを見つけた。

≪シェロ・フィンランディ≫

(爺さん?)

 ルイスは片眉を持ち上げた。
613 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 00:31:38.25 ID:2ubMd0Io

 しばらく考えた後、パタンとそれを閉じた。
 分厚い書物。名を世界書という。魔物の間に古くから伝わる、強大な魔術が記された禁書だ。
 とはいえ、記された魔術はすべてが魔物による産物というわけではなさそうである。中に記されていたのは古代人と呼ばれている人々が使っていた古代文字だ。少なくともその魔術のいくらかは古代人が生みだしたものだとして間違いない。

 古代人。いや、

(またの名を、≪天人≫)

 天の人。それは人間と区別した呼び方なのだろう。彼らはすくなくとも今のヒトとは異なる者たちであったようだ。
 昨夜のハーブによる説明を思い出す。彼女は語り部らしい涼やかな声でこう語った。

「前にも述べたように、古代人は緑の髪と目を持ち、かつて強大な魔力を誇った人々、そう言われています」

 古代人はその力の強さから天人、または天使と呼ばれ、現代人と区別される。らしい。少なくとも彼女らの間ではそのように伝えられていたようだ。

「彼らは何らかの理由で海を渡ってキエサルヒマ島に渡りました。この理由としては、私たちの家でもはっきりとは伝えられていません。何らかの災害によって渡らざるを得なかった、何かを探していた、はたまた単なる好奇心によるものだとも」

 ただ、と彼女は続けた。

「ほとんどお伽話ですが、理由を説明したものもあります。聞きますか?」

 ルイスが頼むと、ハーブは一度、深呼吸をしてから言葉を紡ぎ始めた。
614 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 00:33:05.80 ID:2ubMd0Io

◆◇◆◇◆


 天人たちはかつては神の国で暮らしていた。神々は天人たちを愛し、そこに不足はなく、争いもまたなかった。
 何不自由なく暮らしていた天人だったが、それゆえに増長し、よこしまな心を育てることになった。
 そしてその増大した欲は天人たちをして神々の全知全能の業の秘儀を盗ませたのである。

 神々は怒り狂った。
 そして天人たちを打ち、大勢を殺した。
 天人たちは自分たちの過ちの大きさを知り、神々に許しを乞うたが、神々は決して許しはしなかった。

 まだ殺されていない天人たちは、追い詰められ、神の国を出る決意をした。
 神の国を捨て、海の向こうに逃げ出したのである。
 無事逃げおおせ海の向こうにたどり着いた天人たちを追って、神々は世界を駆け巡ったが、ついに見つけることは出来なかった。

 しかし、神々は天人たちに呪いをかけた。
 世界のどこにいようが届く、絶大な呪いである。
 天人たちは呪いに苦しみ、また大勢が死んでいった。


◆◇◆◇◆
615 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 00:33:47.81 ID:2ubMd0Io

     ・
     ・
     ・


「はかどりますか?」

 穏やかな声に、ルイスははっと意識を現在に戻した。顔を上げると、茶の長髪が視界に入った。ティー家の長女、ハーブ・ティー。
 今日はアップルとともにいつもの仕事が休みらしく、ルイスたちの川遊びについてきていた。

「ええ、まあ、それなりに」

 言ってほほ笑むと、ハーブもまたほほ笑み返してきた。

「私たちのお話は役に立っていますでしょうか」
「ええ、それはもう」
「それは良かった。私たちにできることなら、なんでも言ってくださいね」

 その言葉に、ルイスはあわてて首を振った。

「いえいえ、これ以上ご迷惑をかけるわけには……お話をうかがうどころか、食事まで出していただいて」
「気にしないでください」

 ハーブはほほ笑むと、ルイスに許可を取って隣に腰を下ろした。
616 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 00:34:28.06 ID:2ubMd0Io

「私たちこそ、末の子を危ない人たちから助けていただいて……本当に感謝しております。だから協力させていただきたいんですよ」
「こちらこそ気にしないでください。でも、ありがとうございます」

 ふと、ハーブはこちらの手元に視線を落とした。

「それ、世界書、というのですね」
「? ええ。それが何か」

 ハーブは、いえ、と言葉をはさんで先を続けた。

「似たような名前に見覚えがあったもので」
「似たような名前?」

 ええ、と彼女は頷く。

「≪世界図塔≫、というのですけれど」
「≪世界図塔≫?」

 聞き覚えのない名前だった。
617 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 00:35:29.41 ID:2ubMd0Io

「≪牙の塔≫はご存知ですか?」
「ええ」
「森の奥に、あれとそっくりの塔が建っているんです」
「それが、≪世界図塔≫?」
「ええ」

 川の方から歓声が聞こえてきた。どうやらサンダ―の水切りカーブが炸裂したらしい。それを見て笑いながらハーブは後を続ける。

「よく探さないと見つからないのですが、壁面に古代文字が書かれています」
「≪世界図塔≫と?」
「そう」

 やや強めの風が吹いて、ハーブは髪をおさえた。風が吹き去って、彼女は言葉を続ける。

「天人が関わっている可能性がある、ということですね」
「なるほど、ありがとうございます」
「いえ」

 彼女はこちらを向いて一度笑ったが、すぐに表情を戻した。
618 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 00:36:08.80 ID:2ubMd0Io

「それより、ルイスさんに聞きたいことがあります」
「なんですか? 僕に答えられることならなんでもどうぞ」
「ルイスさんは、それをどうするんです?」

 言って、こちらの手元を示す。手元の、世界書を。

「……どうする、とは?」

 質問の意味を知っていて、ルイスはわざと回答を避けた。だが、ハーブはさらに言葉を続けた。

「世界書には、それこそ世界を変えてしまいかねないほどの強大な力が秘められています。……勘違いしないでくださいね、別にルイスさんがそれを悪用するとか考えているわけではないんです。ただ――」

 彼女はじっ、とルイスの目を見つめた。

「ただ、あなたはそれを全世界に公開するつもりですね?」
「……」

 ルイスは答えなかった。
619 :アナウンス [sage]:2010/11/20(土) 00:39:44.93 ID:2ubMd0Io
以上、ここまで
お待たせして申し訳ない。投下量が少ないことも重ねてごめん
ただ、ちょっといい知らせがあって、今日から五日ほど自由な時間ができたので、その間は上手くいけば毎日投下できると思います、お楽しみに
それじゃまた明日

PS.ミスを指摘してくれた人ありがとう。おかげで話を修正することができました
620 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 01:37:47.62 ID:gPbDc.DO
待ってたぜ
621 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/20(土) 13:45:47.50 ID:WzhURwDO
wktkで待ってるぜ
622 :アナウンス [sage]:2010/11/20(土) 13:53:41.86 ID:2ubMd0Io
早速ですが、五日間のうち第一日目、投下したいと思います
623 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:01:56.49 ID:2ubMd0Io

 しばらくの間沈黙が落ちた。川の方で歓声が上がる。そちらの方を見ながら、ルイスはじっと黙考していた。
 そして、何度目かの水音の後、ルイスは口を開いた。

「なぜそう思われます?」
「ルイスさんは優秀な学者さんですから」

 特に茶化すような風でもなく、真面目な声でハーブが告げる。

「あなたならそうするんじゃないかと」
「……」

 ルイスは今度こそ、黙ってやり過ごそうとしたが、ハーブがそれを許してはくれなかった。

「ルイスさんは言っていましたね。世界書に記されている人工的平和維持機構。それが実際に行われていた時期があったと。私たち一般人はそんなこと知りませんでした。秘密にされていたのでしょう? ならば何か不都合なことがあって隠されていたということに他なりません」

 ハーブのしゃべるその声は、神話を吟じている時のそれとそう変わりがなかった。凛として芯がある。

「それなのに実施するのは偉い方々のただの横暴というものです。そして、あなたが手にしているのは人工的平和維持機構の存在を証明する確たる証拠。ならばルイスさんはみんなにその秘密を明かすのでしょう。そうすれば自分の身に何かしらの危険が及ぶと分かっていても」
「僕は――」

 ルイスはそこでようやく口を開いた。
624 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:03:03.62 ID:2ubMd0Io

「僕はそんな大した正義感の持ち主ではありません」
「そうでしょうか」
「ええ。僕はただ証明したいだけです。自分の正しさを」

 彼女の言うことを暗に認めて、ルイスは空を見上げた。

「僕は学者ですから、真実からは逃れられません。つまり、常に自分の正しさを証明し続けなければならないということです。僕は僕の研究をみんなに認めてもらいたい。ただ、それだけです。たとえ、自分が危険にさらされようともね」
「それは、ルイスさんが学者だからでしょうか」

 不意を突く言葉に上空をさまよう視線を彼女に落とす。

「え?」

 彼女は静かな目でルイスをじっと見ていた。

「真実から逃げられない。それはきっとルイスさんが学者だから、ということではありませんよ」
「……どういうことです?」
「多分ルイスさんがルイスさんだから……」

 彼女の言葉は少しばかり不可解な空気をはらんでいた。
625 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:03:49.74 ID:2ubMd0Io

「僕が、僕だから?」
「ええ」

 ハーブはそっと頷く。

「きっとルイスさんは真実に愛されたいのですね」

 そのとき、何かは分からなかった。それは断言できる。ただルイスは、胸の奥をぽん、と叩かれたような心地になった。ああ、そうなのか、と。どこかでそう思ってしまった。そういう気配があった。

(……?)

 だが、それも一瞬ののちには風にさらわれてどこかに消えていってしまっている。

「ルイスさんは恐らくさびしいのでしょう。どこかに欠落が生じてしまっている。だからそれを埋め合わせるものを探さざるを得ないのですよ」
「あなたに……」

 ぴくり、とルイスの胸の奥が震える。
 それは吐きだすと、瞬時に怒りの声に化けた。
626 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:04:33.76 ID:2ubMd0Io

「あなたに何が分かる……」
「……」

 しかし、ハーブは目をそらさなかった。ルイスの出所不明の怒りを前にして、彼女は少しもひるんだところを見せなかった。ただ静かに口を開く。

「私たちは幼いころに両親を亡くしました。ミルクは彼らの顔を知りません。欠落は私たちとて同じです。心に空隙を生じてしまっているのです。私たちはそれでも見つけ出しましたが、あなたはきっとまだそうではないから。まだ暗闇を探っているところなのでしょう」
「……」

 ルイスは黙り込んだ。視線が落ち、世界書の上で跳ねる。
 何かを言うべきだと思った。何か反論すべきだと。それでも言葉は出てこなかった。

「私はルイスさんみたいな真面目な人は好きですよ」
「……なんですかいきなり」

 視線を落したまま返す。ふふ、と笑う気配だけが隣から伝わってくる。
627 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:05:31.09 ID:2ubMd0Io

「だからこそ、ルイスさんには危険な目に会ってほしくないんです」
「……」
「こんな話があります」
「……?」

 唐突にハーブは話の方向を変えた。視線を彼女の方に戻す。

「これも昨日したのと同じようなお伽話なんですけどね」

 川の方から一つ二つ、小さな水音が聞こえる。

「どこかに神様の国があるそうです。そこにはもちろん神様がいて、六匹の獣と暮らしていました」

 伝承を語るときとは違って、物語を語る時の彼女の声はどこかやさしい響きがあった。

「神様と六匹の獣はお互い仲良しで、何不自由のない生活をしていました」
628 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:09:21.47 ID:2ubMd0Io

「ところで神様は、とても大事な宝物を持っていました。それは持っていると世界のすべてのことが分かるきれいな宝玉でした。神様はこれには絶対に触らないように獣たちには言ってありましたが、獣たちはそれが気になって気になって仕方ありませんでした」
「……」
「ある時、神様がお出かけしなければならなくなりました。今までそんなことはなかったのですが、どうしても行かなくてはならない用事でした。神様が出発した後、動物たちは我慢できずに宝玉に触ってしまいました。すると、獣たちはとても頭がよくなり、身体は力に満ち溢れました。獣達は喜びました。帰ってきた神様は、獣たちを見て言いました。あなた方は私の言いつけを破ったな、と」
「どうして分かったんですか?」
「それは、獣たちの瞳が全員緑色になってしまっていたからです。宝玉に触るとそうなってしまうのでした。神様は大層怒り、獣たちを神の国から追い出しました。それだけではありません。神様は動物たちに呪いをかけました。動物たちは今も苦しみながら生きているそうです」

 緑色の瞳。神の国からの追放。そして呪い。聞き覚えがあった。

「ええ、その通り。この話に出てくる六匹の獣のうちの一匹は、天人を示しているのではないかと私も考えています。ですが、大事なのはそこではありません」

 ハーブはそこで一拍置いた。
629 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:12:19.05 ID:2ubMd0Io

「本当に大事なのは、宝玉を手に入れても幸せにはなれない、ということです。宝玉は『真実』の比喩です。真実をその手におさめたところで神の愛を得ることはできない。だから私たちも気をつけなければなりません」
「真実に価値がないと?」
「いいえ。ただ、真実というものに盲目的になりすぎるのはよくない、ということです。私たちは本当に大事なものを、自分の目で見極めないといけないということなんです」
「本当に、大事なもの……」
「ええ」

 ハーブは頷いて、ようやくルイスから視線を外した。そして立ち上がる。

「なんでもいいんです、なんでも。心から大事と思えるものを探してください。それから、人工的平和維持機構の秘密公開はもっとよく考えること。じゃないときっと後悔します」
「後悔なんて」
「気を付けてください。人生において落とし穴は数限りなくあります。そしてそれは現在だけのものも限らない。過去から開く大穴が、あなたを呑み込むかもしれない。気を付けてください」

 そう言って彼女は川の方に歩きだす。ルイスは声を上げた。

「待ってください。では、両親を失ったあなた方を救ったのは一体何なのですか?」

 ハーブは立ち止まって肩越しに振り返った。迷いのない視線がルイスを包む。

「難しいものではありません。私たちを救ったのは、人の愛ですよ」

 そういい残して、彼女は歩みを再開した。ルイスはじっと黙って世界書に視線を落とした。

(……)
630 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 14:13:40.77 ID:xd4v6Xco
なるほど
あそこからあの設定をそう組み込んできたかwwwwww
631 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:13:44.72 ID:2ubMd0Io

 と、その時だった。

「あれはなんだ?」

 サンダ―の訝しげな声がした。

「どうしたの、ミサンガ?」
「あそこに何か見えるな」

 言って指差した指先は、川の上流の方を向いていた。その先には――

「なに、あれ……?」

 川岸に薄汚れた何かがあった。ちょうど人間がうずくまったような大きさと形で、服のようにも見えて、

(いや……)

 ルイスはあわてて立ち上がった。

「人だ!」

 アップルの声。全員の間に緊張に似たものが走った。
632 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:17:20.85 ID:2ubMd0Io

 駆け寄った先に倒れていたのは、一人の男だった。粗末な服が川を流れてきたせいだろう、べったりと濡れそぼち、無残にあちこち傷み汚れている。
 同じくぐっしょりと濡れた金の短髪、彫りの深い顔立ち。しかしその精悍な顔も今は憔悴し、青ざめている。
 ルイスはその口元に耳を寄せた。呼吸はかろうじて感じ取れた。

「生きてる」

 簡単に調べたが、特に大きな傷はないようだった。止血の必要はなさそうだ。

「じゃあ、早く手当てしないと」

 雰囲気の質を普段のそれから戦闘時のそれに変えて、鋭い声音でリオは言う。頷き、男を背負う態勢に入った。
 ティー家に運ぶ間、背中から染み透ってくる水の感触に辟易としながら、ルイスは疑問を禁じえなかった。

(いったい、この人はどこから流れてきたって言うんだ?)

 川の上流は、森の奥へと続いている。閉ざされた深緑の覆いの奥。そこから流されてきたということか。

(まさか……)
633 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:17:58.23 ID:2ubMd0Io

「武装盗賊でしょうね」

 家に着き、男を寝かせ、看病がひと段落したところでハーブが言った。
 男の世話は二階でアップルとミルクに任せ、ルイスたち五人は一階のテーブルについていた。

「だろうね」

 とロゼイユも頷く。

「彼は森の奥の方から流れてきた。服も汚れる前から粗末なものだったように見えるし、武装はしていないけれど、体つきが妙に屈強だ。それに……」
「それに?」

 リオが問うと、ロゼイユはにやりと笑って見せた。

「女の勘が、彼が犯罪者だって言ってる」
(女の勘ね……)

 ルイスはげんなりと胸中でつぶやく。
634 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:19:27.68 ID:2ubMd0Io

「いや、他の可能性も否定できない」

 サンダ―がゆったりと腕を組んで、言う。

「……ってどういうことですか?」
「うむ」

 無駄に間をとってから、サンダ―は続けた。

「実はあれは人間ではないのだ」
「いやいいです」

 頭に手を当てて、ルイスがとどめる。が、サンダ―は無理やり言葉をつなげた。

「実はあれは太古からこの森に住むジャングルヒトモドキという種族で、群れでのリーダー争いに敗れて川に突き落とされたのだ」
「もういいですって」

 無理やり彼を遮って、ルイスは口を開いた。
635 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 14:20:16.90 ID:2ubMd0Io

「彼が武装盗賊だという推測は、僕もそう思います。あんなところに倒れているなんて不自然です」

 言葉を切ってハーブを見やる。

「じゃあ、彼を自警団に突き出しますか?」
「流れで言えばそういうことになりますね。ですが」
「何かまずいことでもあるのかい?」

 ハーブはちらりとロゼイユを見て続けた。

「あんなに弱っている人を自警団に引き渡すのは気が進みません」
「とは言っても……」
「ええ、住民の義務です。でも弱っている人をあちこち動かしまわるのは酷と思いませんか? せめて明日まで待ってから……」
「それでも医者には見せた方がいいね」

 ロゼイユの声にルイスは頷いた。

「ああ、そうだな」
636 :アナウンス [sage]:2010/11/20(土) 14:25:02.47 ID:2ubMd0Io
よし、とりあえずここまで
今日に入ってからの分でようやく二十超えたかな? うん、悪くない
とは言っても今日もまだまだ余裕がある。もう一度投下にきます
目指せ一日四十レス。五日間で二百レス
637 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 16:02:45.98 ID:QangfPA0
乙です。
638 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 22:59:20.83 ID:0pjB.AQo
乙だぜ
639 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 23:37:25.71 ID:2ubMd0Io

「駄目!」

 部屋の前でアップルが両腕を広げて立ちはだかった。ミルクはその隣でぱちくりと見上げている。

「アップル?」

 戸惑うハーブに、アップルは続けた。

「姉さん、私聞こえたんだから。あの人を自警団に引き渡すんでしょ」
「そうじゃないわ、お医者様にお見せするって言っているのよ」
「同じことだよ!」

 アップルの目が険しくつり上がる。

「医者に見せれば、あの人が何なのか絶対怪しまれるじゃん!」
「それは……」
「だったらそれは自警団に引き渡すのと同じくらい酷いよ!」

 アップルの怒声は、譲るところなど一つもないと暗に告げていた。
640 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 23:38:20.17 ID:2ubMd0Io

「でもねアップル、お医者様にお見せしなければ大変なことになるかも知れないのよ?」
「っ……」

 それはアップルも理解していただろう。しかし、言葉に詰まった彼女はそれでも折れる気配はなかった。

「でも、それでも、駄目だよ……!」
「そんなこと言っても……」
「ねえ」

 こわばった空気の中、口を開いたのはミルクだった。

「よく分からないけど、あの人捕まっちゃうの……?」
「それは……」
「あたし、あの人が嫌な思いするの、ヤだな……」

 そう言って、泣きそうな顔になる。

「二体一」

 ぽつりと、アップルがつぶやいた。
641 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 23:39:07.76 ID:2ubMd0Io

「? なんです?」
「うちの決まりごとなんです」

 ルイスに振り向いて、眉をしかめながらハーブが言う。

「大事なことは、三人の多数決で決めようって……」

 彼女は困った顔のままアップルに視線を戻し、しばらく考え込んだようだった。

「姉さん、お願い……」

 数秒、間をおいて、

「……ああ、もう、分かったわよ」

 ハーブの方が仕方ないといった声でついに折れた。

「ホントっ?」

 アップルの表情がぱっと明るくなった。

「でも、あの人の容体が少しでも悪くなるようだったらすぐにお医者様をお呼びするわ。いいわね?」
「うん、わかった!」
「それと、あの人の世話はあなたが責任もってすること」
「もちろん!」
642 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 23:40:50.50 ID:2ubMd0Io

「ルイスさんたちも、それでよろしいですか?」

 ルイスとしては、本当にあの男のことを思うならば無理にでも医者に診せるべきだとも思ったが、

「まあ……かまわないんじゃないでしょうか」
「でも、容体が悪化しないか細心の注意を払わなければならないね」
「分かってるよ、ロゼ」

 アップルが頷く。さっきとは打って変わってうれしそうだ。

「私は心配ないと思うぞ、何しろジャングルヒトモドキだしな」
「そ、そう」

 サンダ―とリオも何か言っていたが、特に異論はないようだった。

「それじゃあ、ちょっと早いけど、夕食にしましょうか」
643 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 23:42:28.89 ID:2ubMd0Io

     ・
     ・
     ・


 結果から言うと。男の容体は悪化しなかった。二日後の現在も特に変わったこともなく、しかしいまだ昏睡したままベッドに寝かされている。いまだ目を覚まさない。一度も。
 奇妙なことに思えた。少しも食事をとっていないものの、男がさらに衰弱する様子はなかった。それどころか顔色は二日前に比べるといくらか回復していたし、素人目から見ても安定しているように感じられた。
 ルイスたちは首をかしげたが、アップルの献身的な看病が功をそうしているとして特に騒いだりといったことはしなかった。


     ・
     ・
     ・
644 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 23:44:00.77 ID:2ubMd0Io

「……」

 雨が屋根を叩く音がしていた。しっかりした家だが、それはずいぶんはっきりと聞こえていた。雨の音は人を物思いに沈ませる。しとしとと深みに潜る思考。その中で、ルイスはテーブルに頬杖をつきながら母のことを思い出していた。

 雨に濡れた窓のガラス。そこに母の顔が映る。もちろんルイスにしか見えないそれ。
 細面の彼女の視線は、いつもずっと遠くを見ていた。ルイスとは交わらない視線。その先にあるものをルイスは知っている。彼女が待ち焦がれるその人を。

(……母さん)

「お茶、入りましたよ」

 台所からハーブが姿を現す。ルイスの前にティーカップを置くと、向かいの席に腰かけた。

「ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。……何か考え事ですか?」
「ええ、まあ」
645 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 23:45:22.34 ID:2ubMd0Io

「何を考えてました?」

 ルイスはちらりと階段の方を見上げた。時刻は午前九時過ぎ。二階ではアップルがいまだに彼につきっきりで看病している。少しくらい休めばいいと思うのだが、彼女はひどく熱心だった。
 リオとロゼイユの方はというと、ミルクの部屋で彼女の遊び相手になってやっている。サンダ―はまだ家に来ていなかった。

「いえ、別に。取りとめもないことを」
「……もしかしてホームシックとか」

 彼女には珍しく、いたずらっぽく笑って言ってきた。
 当たらずとも遠からずといったところか。ルイスもつられて笑った。

「そう言われれば家が恋しい気もします」
「どちらのご出身?」
「生まれは最接近領ですが、ここに来る直前まではタフレムにいました」
「そういえばタフレム大の助教授なんですよね。凄いです」
646 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 23:46:19.78 ID:2ubMd0Io

 それほどでも。笑ってルイスは手をひらひらさせた。

「何歳ぐらいのときにタフレムに?」
「十二歳の時ですね」
「そんなに若い……いや幼い時に? 両親と離れて寂しくはありませんでしたか?」

 ぴくり、と身体がこわばるのを感じた。

「……いや、その時はまだロゼイユの養父のところにお世話になってましたから」

 すぐに答えたが、不自然に一拍空いたことには気付かれただろう。案の定、ハーブは訝しげに眉を寄せていた。

「……そうですか?」
「それより」

 ルイスは心もち強引に話の方向を変えた。

「昨日、一昨日は忙しくて話をうかがうことができませんでした。今日は何か話していただけませんか?」
「あ、ええ、かまいませんよ。今日は――そうですね、魔術の話でもしましょうか」

 すっ、と。息を吸って、ハーブは言葉を続けた。
647 :アナウンス [sage]:2010/11/20(土) 23:49:22.73 ID:2ubMd0Io
ここまで
結構書いたつもりでも、四十は行かないものですね
間隔開けずに大量投下できる人は尊敬します。石化鳥の人とか
物語が遅々として進まなくて申し訳ありません
ではまた明日
648 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 00:01:40.34 ID:kJbJFRA0
乙です。
649 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 04:08:45.76 ID:NK0OvYSO
>>1乙!

一気読みするとRPGやってる気分になる
650 :アナウンス [sage]:2010/11/21(日) 04:23:02.11 ID:/fJl5Nso
>RPG
悪い意味ではなかろうかといちいちびくびくする自分が嫌だ
651 :アナウンス [sage]:2010/11/21(日) 08:04:38.06 ID:/fJl5Nso
さて五日間のうちの二日目、始めましょうか
652 :アナウンス [saga]:2010/11/21(日) 08:06:35.55 ID:/fJl5Nso

「ルイスさんは魔術の起源についてどう思いますか?」
「起源ですか……そうですね、まず、僕は魔術は世界の物理法則――個人的に常世界法則と呼んでいますが――に干渉しそれを利用する技術だと考えています。魔物がそれを何らかの手段によって体得し、それが伝播・遺伝していったのではないかと」
「なるほど。では、私は語り部の視点から魔術の起源について考察してみたいと思います。これは私が独自に考えたことで、伝承の類ではありません。そのあたりを理解して聞いてください」

 ルイスは同意の印として頷いて見せた。ハーブは続ける。

「伝承されている神話においては、亜人が悪魔と契約して魔の力を得たのだといわれています。もしかしたらご存知かもしれませんね。人間にも魔の汚染が及んだというあれです」
「ええ、知ってます。でも」
「そうですね、所詮は神話です。ですが、神話にはもととなった実話があるものです。語り部にとって神話というのは、真実を含んだ大事な訓話なのですよ」

 にこり、とハーブはほほ笑んだ。そして人差し指をつい、と立てる。
653 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 08:09:41.34 ID:/fJl5Nso

「ルイスさんの、魔術というものは世界を決定する法則に干渉し引き起こされるもの、という見方には私も賛成です。しかし、それが伝播・遺伝によるもの、という考えには少しばかり疑問を感じます。初めて魔術を得た者が――亜人か人かは分かりませんが――どれほどそれを理解したかは知りません。ですが、簡単に教え伝えられるものではなかったのではないかと思います」

 釘の打ち方というものがあるでしょう? とハーブは言った。

「村の大工さんに教わったことがあるんですが、私は上手く打つコツがついにつかめませんでした。技術というのはそういうものです。時間をかけて伝え、広まるもので、そう簡単に全員が全員使えるようにはなりません。なのに、亜人は多くの者がそれを行使することができる」

 次に、とハーブは二本目の指を立てた。

「遺伝、という可能性ですが、これも私は懐疑的です。確かに人間においては魔術士の子は魔術の才能を受け継ぐことが多いようです。しかし例外もいますし、後天的に得た能力というのは遺伝しないというのが普通です。それに、遺伝によるものでは伝播のスピードがあまりに遅すぎます」
「伝播も遺伝も、広まるのに十分な時間が経過したのでは?」
「それもあり得ますね」
654 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 08:10:22.61 ID:/fJl5Nso

 そこでハーブは三本目の指を立てて見せた。

「ですが、私が提示するのは別の可能性です」
「というと?」
「≪始祖の楔≫、という考え方です」

 ≪始祖の楔≫? ルイスはその単語を口の中で転がした。

「なんです、それは?」

 訊ねると、ハーブは手を下ろした。

「一枚のぴんと張った布を考えてください。それを指で押します。するとどうなりますか?」
「どうって……」

 思い浮かべて、しばし黙考する。

「押された部分が山のようになりますよね?」
「その通り。指で押した部分以外も引っ張られてついてきます」

 そうですね、と同意する。まだ彼女の言いたいことが見えてこない。
655 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 08:11:40.38 ID:/fJl5Nso

「指で押した部分を楔、とします。そして打ちこむ先は世界を決定する法則。これで分かりませんか?」
「つまり……」

 手を顎に当てて、ルイスはしばし間を空けた。

「始祖と呼ばれるような者がいて、その者が常世界法則に接続され、周りの者――この場合は同種族ということになるんでしょうか、それにも影響を与えたと?」
「凄い……その通りです」

 心底感心した顔をルイスに向け、ハーブが頷く。
 ルイスはカップを持ち上げ、一口喉に通した。

「でも、そうなると人間と魔物両方に魔術が発生した理由が説明できませんよ?」
「確かにその通りです。ではもうひとつ要素を足してみましょう」
「……?」
「天人です」
656 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 08:12:33.35 ID:/fJl5Nso

 天人。古代人の別名。強力な魔術を行使した人々。

「そして、魔術文字を用いる者たち」

 雨の音がしている。さらさらと水が流れる音も。

「伝承では、天人は神々から全知全能の業の秘儀を盗んだとされています。また、別の伝承では、神の宝玉に触れた獣の一匹としても推測できます」
「つまり、天人も同じようにして魔術を手に入れた?」

 カップをテーブルに戻す。ことりと小さな音を立てる。

「分かりません。でも、可能性はゼロではありません」
「でも彼らは……」
「魔術文字という魔術体系ですね。音声による魔術も使えたのかもしれませんが」
(と、するなら……)

 もし仮に≪始祖の楔≫という考えが正しかったと仮定して、天人と魔物・人間とは別のタイプの魔術を得たことになる。それは始祖となる者が別であったためではないのか。
657 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 08:13:08.19 ID:/fJl5Nso

(いや待て、まさか……)
「ルイスさんも気づきましたか?」
「いや、でもそんな」
「そう、亜人と人間は同じグループに属することになります」
「それはつまり……」
「亜人と人間は、大本を同じくしている。こう考えることもできますね」
「っ……」

 ルイスは愕然として背もたれに寄りかかった。何やら得体の知れない寒気が背中をよじ登ってくるのを感じる。だが不快ではない。それは昂揚と同じだった。
 自分が、一つ真実に近いところにいるのを感じてルイスは興奮を禁じえなかったのだ。

「魔物と人間の起源が、同じ?」
「ええ。私の仮定が正しければ、という条件付きですが」

 真剣な顔つきで、ハーブは言う。ルイスは頷くことも忘れてその発見をかみしめた。
658 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 08:14:23.32 ID:/fJl5Nso

「そしてまた、天人が私たちとは別の種族だという考え方もできます。もっとも、これは天人と魔術文字の関係がルイスさんによって明確にされたことによってやっと分かったことですが」
「……」

 雨音が、一定の大きさで絶えることなく空気にしみこんでいる。沈黙はそれによって縁取られる。雨音が音の空隙を際立たせる。
 少し考えてルイスは口を開いた。

「……では、魔術の根源をたどるにはその始祖を探せばいい、ということですね」
「ええ。くどいようですが、私の仮定が正鵠を射ているならば、です」
(始祖の魔術士……)

 ふと雨音が弱まった。窓から一時的なものだろうが日の光が差し込む。そちらを見ながらルイスはぬるくなった紅茶のカップに再び手を伸ばした。
659 :アナウンス [sage]:2010/11/21(日) 08:15:08.10 ID:/fJl5Nso
とりあえずいったんここまで
660 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/21(日) 11:56:09.39 ID:/rxg0oSO
これが後3日続くとか
wktkが止まらない
661 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 14:08:34.50 ID:kJbJFRA0
乙です。
662 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 14:41:33.12 ID:/fJl5Nso

     ・
     ・
     ・

 それから数日が過ぎた。例の男はいまだ目を覚まさない。それでもアップルは献身的な看病をやめなかった。ルイスが部屋に顔を出すと、ベッドのそばの椅子でうたたねしていることもあった。
 男の容体は安定している。小さな怪我も治り、顔色も悪くなかったが、ただそれでも目は覚まさなかった。

 それを除けば、日々はつつがなく過ぎていった。昼は仕事で出かけるティー姉妹の留守を預かり、男の看病をし、ミルクの遊び相手をする。夜は集まってハーブの話す神話や伝承を聞く。毎日は平穏そのものだった。
 その日もいつも通り一日を終え、これから就寝しようかというところだった。

「ルゥ君、ちょっといいかな?」

 テントの入り口を空けると、夜の闇の中にリオが立っていた。

「? どうしたの姉さん」
「うん、ちょっとね。散歩に付き合ってほしいんだけど」
「こんな時間に?」
「あー、うん、もしよかったらだけど」

 ルイスは少し考え、了承した。最近は特に疲れるようなこともやっておらず、眠いわけではなかったのだ。
663 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 14:42:16.19 ID:/fJl5Nso

 闇が落ちた森の中を歩きながら、たわいもないことを話した。とはいっても主にしゃべっているのはリオの方で、ルイスは相槌を打つ程度だったが。
 ミルクがどうした、ロゼイユがこう言った。そんな話を聞いているうちに、ややぼーっとしていた頭が徐々に冴えてきた。

「ルゥ君ってさ、ロゼちゃんには親しい話し方するよね」
「うん?」
「だから、ロゼちゃんには話し方が違うなあって」
「そうかな?」
「そうだよ」

 心もち唇を突き出すようにしながらリオは言う。

「ていうか、まだロゼ“ちゃん”なんだ」
「その方がしっくりくるんだもん」

 まあそれは分からないでもなかった。
664 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 14:43:14.19 ID:/fJl5Nso

「……そうだなあ、僕自身は意識してないんだけど、確かにロゼは気楽に話せるかな。長い付き合いだったし」
「長い付き合い?」

 リオがこちらをじとっ、と見る。

「あたしたちだって長い付き合いじゃん」
「ああ、まあ、そうなんだけどね。それぞれ話しやすい話し方ってのがあるもんさ」
「ふーん」

 リオは少しばかり不満そうだったが、ルイスはあえて気付かないふりをした。
 今度はルイスの方が、口を開く。

「それよりさ」
「ん?」
「姉さん、僕に何か用事があるんじゃないの?」
「……そう思う?」

 ルイスは苦笑いして続ける。

「だって姉さん、僕を散歩に誘うのって何か落ち着かない時がほとんどじゃない」
665 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 14:44:33.63 ID:/fJl5Nso

 んー、とリオはごまかすように言って、しかしすぐに観念した。

「用事ってほどの用事じゃないんだけどね」

 足元を蹴飛ばすようにしてから言葉をついだ。

「あの人覚えてる? 遺跡で石にされちゃった人」

 唐突に叫び声がルイスの胸中で蘇る。悲痛なその声は、今も夢で聞くことがある。

「……うん、覚えてる」
「……あたし、あの人を助けられなかった」

 リオがそんな力のない声を出すことは珍しかった。彼女は頭はよくないが、馬鹿ではないのだ。ずっと責任を感じていたのだろう。
 気にすることはない。そう言おうとして、しかし声が出てこなかった。何も言うことができないうちに、彼女は言葉を続けた。

「あの人、すっごく怖がってた。そしてあたしには助けてあげられるだけの力があった。そのはずだった……のに」
「……」
666 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 14:45:27.93 ID:/fJl5Nso

 リオは、うつむいて歩をゆるめた。ルイスもそれに合わせて速度を落とす。相変わらず適切な言葉は出てこなかったが、それでも言わなければならなかった。

「姉さんは、悪くない」
「……」
「悪くないよ」

 こんなときには働いてくれない頭脳を、ルイスは心底憎んだ。それでもリオは弱弱しく笑ってくれた。

「ありがとう。……ごめん、最近になってあの人のことよく思い出すんだ。何でだろ」
「うん……」

 リオはこちらから視線を外すと、上を見上げた。つられてルイスも見上げる。木々に遮られ夜空は見えないが、暗く重い天蓋の隙間から、なんとか星は見えそうな気がした。
 力及ばず、または力があっても何かが足りず大事なことを逃してしまうことはままある。それが取り返しのつかないものであればどうしようもない。失ったものは返ってこない。だから落とした後の手は、固く握りしめるしかないのだ。
 リオの足が止まった。ルイスもそれに従って歩みを止める。
667 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 14:46:00.85 ID:/fJl5Nso

「たしか」

 ぽつりとリオが言う。

「たしか、ニューサイトにあの人のお墓ができたんだよね」
「らしいね」
「そっか」

 リオは上向いた顔を元に戻すと、今度は俯き気味に歩きだした。ルイスもそれに続く。

「行こうか」
「え?」

 ルイスの声にリオがこちらを向く。

「行こう、あの人の、いや、あの人たちのお墓参り」

 さわり。木の葉が小さく音を立てる。かすかな風を頬に感じながら、ルイスは続けた。
668 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 14:47:09.93 ID:/fJl5Nso

「もう、ハーブさんからの話は大体聞き終わった。今後の僕の方針も定まった。だから明日にでもニューサイトに戻ってお墓参りに行こうよ。ね?」
「……うん、そだね」

 こぼれおちた水は、もう二度とコップには戻らない。だから、やれることをやるしかない。たとえそれが自己満足の類だったとしてもだ。
 それからしばらく無言の散歩が続いた。数十分ほど歩いて、適当なところで折り返した。
 帰りの道で、ルイスは思うところがあって口を開いた。

「僕も、自分にできることをしないと」

 リオが顔に疑問符を浮かべてこちらを見る。ルイスは重い唇を持ち上げる。

「いや……姉さんは自分を責めてるけど、僕にだって責任はある。僕は姉さんほど強くはないけど、それでもできることがあったはずなんだ。だから僕も同罪」
「……」
「だから、僕もあの人に何かしてあげなくちゃいけない。たとえ自己満足だとしてもね」

 リオの栗色のポニーテールが揺れるのを見ながら、小さく息をつく。

「僕は、あの人が死ななきゃいけなかった理由をはっきりさせる」
「どういうこと?」
669 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 14:47:47.08 ID:/fJl5Nso

「あの殺人人形が言っていたことは覚えてる? あいつは人間を根こそぎ殺すよう誰かに命令されていたんだ。だから、僕はあいつの裏にいる奴を引きずり出してやる」
「真実を、つきとめるってこと?」
「うん。僕にできる唯一の罪滅ぼしだ」

 リオは黙ってルイスの顔を見つめて歩いていたが、「うん、そっか」というと、顔を前に戻した。
 再び沈黙が落ちたが、今度はそう長くは続かなかった。

「ルゥ君はさ」
「ん?」
「ルゥ君は、真実に対していつだって真剣だよね。それ以外はまるで何も見えないみたい」
「……」
「あたし、たまに心配になるな。ルゥ君はそれで危ない目にあっちゃうんじゃないかって」

 『気を付けてください』
 ハーブの言葉がよみがえる。『落とし穴はあちこちに』と。

「ルゥ君、無茶だけはしないでね」
670 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 14:48:44.41 ID:/fJl5Nso

 ルイスは真実からは逃げられない。そうやって生きてきたし、これからだってそう生きていく。そう決めていた。
 だが、それでも周りの人々を心配させるほどに猪突猛進するわけではない。
 だから、大丈夫だ、そう言おうとして――

「しっ――!」

 リオが唐突に人差し指を口に当てる。声を上げるな、のジェスチャー。

「え?」

 折り返してだいぶ歩いたため、ティー姉妹の家の背面が見えてきていた。そのそばの広場にルイスの入っていたテントが、半ば森の木々に突っ込むように立ててある。
 リオはルイスにここにいるように手振りで合図し、無音の足取りで家の壁に駆け寄った。そして表の方をさっと覗く。
 待たされたルイスは何が何だか分からなかった。だが、なにやらただ事でない気配を感じる。
 その時声が聞こえた。いや――ただの声ではなく、悲鳴。
 リオの手招きに従ってルイスも壁による。

「こっそり覗いてね」

 言われて覗き込んだその先には――
671 :アナウンス [sage]:2010/11/21(日) 14:50:58.12 ID:/fJl5Nso
一区切り
今は小出しでちょこちょこスタイルですが、うざいようなら一日の終わりに溜め撃ちってこともできるので言ってください
ではまたしばらく
672 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 23:28:09.55 ID:/fJl5Nso
ごめん、やっぱり今日はこれ以上投下できそうにないです
また明日投下しに来ます
673 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 23:50:47.95 ID:ISHKCoDO
待ってる
674 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 17:29:09.45 ID:hGZyNYSO
いいところで切りやがって
675 :アナウンス [sage]:2010/11/22(月) 18:59:04.31 ID:7crQRh6o
三日目、投下します
676 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/22(月) 19:00:00.23 ID:7crQRh6o

「放してよ!」

 月明かりの下で、屈強な男に腕を掴まれたアップルが抵抗しながら叫んでいた。いるのは彼女だけではない。他にもハーブとミルクが寝巻のまま、十人ほどの男たちに囲まれている。
 男たちはほとんどが擦り切れたりした粗末な服を身につけ、思い思いに武装しているようだった。

「武装盗賊……?」
「たぶんね」

 小声でリオが言う。

「一体なんでこんなところまで出てきてるのかは分かんないけど……」

 ルイスたちが散歩している間に武装盗賊がティー家に押し入った、ということだろうか。
 アップルの腕をつかんだ男が怒声を上げた。

「おい、大人しくしねえか! ぶんなぐるぞ!」

 だが、別の声がそれをとどめる。

「やめておけ」
(あ……!)

 そう言った男の顔には見覚えがあった。
677 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/22(月) 19:00:38.60 ID:7crQRh6o

 だいぶ後退した髪の薄い額。小太りの体型。年のころ五十ほど。顔にはいかにも傲岸そうな表情が浮かんでいる。

(村長!)
「なんかヤなやつだとは思ってたけど、まさか武装盗賊とつながってたの……!?」

 ルイスたちの驚きをよそに、屈強な男が反駁する。

「でもよ……」
「口答えするな。俺はこいつらに聞きたいことがあるからな」
「聞きたいこと、ですか……?」

 ハーブがこわばった表情で訊ねる。

「ああ、簡単な質問だよ」

 村長がにんまりと笑うのがここからでもよく見えた。

「……分かりました。ですがその前にアップルを放してやってください。痛がってるでしょう」
「おい」

 村長が言うと、アップルをつかんでいた男は乱暴に彼女をハーブの方に突き放した。アップルはよろめいてハーブに縋りつき、ハーブは彼女を抱き寄せた。。
678 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/22(月) 19:01:40.98 ID:7crQRh6o

「……それで、質問というのは?」

 ハーブは気丈にふるまっているようだったが、月の明かりの下でも彼女の顔が青ざめているのはよく分かった。

「あの役人の居場所だ」
「役人?」
「お前のところに毎日来ていただろうが。無駄に背の高い木偶の坊だ」

 いらいらとした口調で村長が言う。

「……サンダ―さんのことですか?」
「そうだそいつだ。あの野郎、俺から有り金すべて持っていきやがった」

 唾を吐く。

「返すもん返してもらって礼をしなけりゃならんからな。さあ言え、あいつはどこにいる」
「し、知りません。今夜ももあなたのところに泊っていたのではないのですか?」
「今日は来ていないから聞いてるんだ!」
679 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/22(月) 19:03:02.71 ID:7crQRh6o

「あいつら、ミサンガさんを探してるのか」
「なんか動機がちっちゃいね」

 リオが冷静に言うが、ハーブたちが危険な目にあってる以上それどころではなかった。

「どうする姉さん」
「下手に動くとまずいから、もうちょっと様子を見ないと――」

 さすがにリオはこんな状況には動じないようだった。しかし。

「早く言え!」
「知りませんと言っているでしょう!」

 村長が舌打ちする。明らかに苛立って、村長は傍らの武装盗賊の一人に命令した。。

「やれ」
「へい」

 その一人がハーブの前に立つ。ただならぬ気配にハーブが身体をこわばらせるのが分かった。

(まずい……)

 とんとん、とリオがルイスの肩をたたいた。
 振り向くと、彼女はにこりとほほ笑んだ。

「頼んだよ、ルゥ君」

 何を。そう聞く前にリオは地面を蹴り、勢いよく飛び出していった。
680 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/22(月) 19:05:32.98 ID:7crQRh6o

◆◇◆◇◆


 リオは躊躇しなかった。足音をたてないで出せる最高速度で集団の背後に迫る。

(十一人……)

 全員ハーブと、その眼前に立つ男に注目している。好機だった。
 ハーブに向かって男が拳を振り上げるのが見えた。ハーブは身を縮こまらせただろうか。そちらは見えなかった。
 リオは最も手前にいた男の後頭部に拳を叩きつけた。男がよろめいて前に出る。別の男にぶつかって、二人とも倒れ込んだ。

 全員の注意がそちらに移る。あっけにとられた視線。リオはさらにその死角に回り込んだ。
 別の男の背骨に拳を埋める。声もなく崩れる男の体を別の男に突き飛ばす。ぶつかられた方は、倒れはしなかったがよろめいた。リオは瞬時に肉薄し、隙間を縫って無傷の方の男の急所を殴りつけた。

 武装盗賊たちは、ようやく自分たちが攻撃を受けていることに気づいたらしい。罵声が上がる。だが、全員がリオに気付いたわけではなかった。見当違いの方に叫んでいる二人の男の脇腹にそれぞれ一撃を入れて昏倒させる。
681 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/22(月) 19:06:13.14 ID:7crQRh6o

 こちらを認めた一人がナイフを構えて飛び出してきた。が、リオはさがらず前に出た。
 胴を薙いでくるその手首をつかみ、関節を握りつぶす。悲鳴を上げてのけぞったその顎を殴り飛ばした。これで六人。だがそこまでだった。

「止まれ!」

 リオはその声の方をちらりと見、顔をしかめて足を止めた。ゆっくりと両手を肩の高さまで上げる。
 小さな悲鳴が上がる。武装盗賊の一人がミルクを抱え上げ、その喉元に刃物を突き付けていた。

「よりによって一番小さい子を人質に取ることはないんじゃない、村長さん」
「これはこれはリオさん、こんばんは」

 さすがに動揺は隠せない様子だが、それでも鷹揚に村長が言う。

「どうも見当たらないと思ったら、こんなところにいらっしゃいましたか」

 下卑た笑いを浮かべて彼はリオに近づいてきた。
682 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/22(月) 19:07:46.71 ID:7crQRh6o

「武装盗賊とお友達なんて、なかなか村長さんって交友の幅が広いね」
「はは、おほめにあずかり光栄です」

 リオの目の前で立ち止まると、村長は無遠慮にじろじろと彼女を眺めた。熱っぽい視線で一通り眺めた後口を開いた。

「リオさんはあの役人の居場所をご存じありませんかな?」
「さあね」
「そうですか」

 さほど追及するでもなく村長は口を閉じると、手をリオの太腿に触れさせた。リオは顔をしかめる。

「ちょっと、何するのさ」
「いえ、武器でも持ってられると怖いものでこうやって」

 そのままゆっくりと太腿をなでまわし始めた。

「身体検査をね」

 村長が好色な笑みを浮かべる。
683 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/22(月) 19:08:56.16 ID:7crQRh6o

(……)

 リオはぐっと奥歯をかみしめた。
 武装盗賊の一人が声を上げる。

「おい、ずるいぜ村長」
「何を言っている、俺はただの身体検査をだな……」

 すすす、と手がジーパンの尻に移動する。やわやわと揉んでくる感触に、リオは眉をしかめた。

「お前たちは黙って見てろ。後でいい思いをさせてやるから」
「本当だな、約束だぞ」

 下半身をなでまわす手が、ゆっくりと腰を通り過ぎ、脇腹を撫で上げる。手はただ撫で上げるだけでなく、Tシャツを一緒にずり上げる。リオの滑らかな肌が裾からのぞいた。
 リオがかすかに身をよじり、村長はごくりと唾を飲む。

「初めてお会いしたときからこうしたいと思ってました」

 村長の手がするりと裾から滑り込んだ。じかに肌に触れてくる手の感触。

「……変態」
「いえいえそれほどでも」

 手がさらに肌を撫で上げる。つつつと上り、いったん止まる。そして、ゆっくりとその丸い膨らみを――
684 :アナウンス [sage]:2010/11/22(月) 19:12:06.50 ID:7crQRh6o
ここまで
エロ?描写下手糞だなあ
それでも続きを読みたい方はワッフルワッフルとry
685 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/22(月) 19:19:24.21 ID:dwFZ64co
                 , -―  、
            __   /       丶
      ,r´⌒ヽ,⌒ヽ,ヽ /          ヽ
    (⌒)、   .人  λi   _,,_ル,,rョュ 、 i
     \. \    、 |  ィ rっフ , 弋ミア |r, _人人人人人人人人人人人人_
      |\ \     ._|  "''"~ ハ   ハ   .i;{>       ワッフルワッフルなのだ    <
      |  \  \  } ;    / " '  ヽ   |j ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^.Y
      |.   \   λヽ    r―''"入  |  
   .   |.   |.\_ノ `"i    廷廾ニツ  j
   .   |.   |   |    、      ̄   .ノ
   .   |   )  .|     ` ー ,,___,,. ノ
   .   |   |  .|
      |   |.|  .|
   .   |  | .| .|
      /  / / ヽ,
     (__ノ  ヽ、__つ
686 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 19:49:42.75 ID:hGZyNYSO
どちらでも
687 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/23(火) 01:51:40.04 ID:3O1MFISO
>>650言葉が足りなかったみたいですみません
良い意味に決まってるじゃない///

エロはその時のモチベ次第で
688 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/23(火) 01:57:39.18 ID:ce.oTMEo
エロはいらない
689 :アナウンス [sage]:2010/11/23(火) 17:18:04.64 ID:xMiXqPIo
やっぱり俺にエロは向かないってことっすね
分かってたけど若干凹むぜ
まあそれはおいといて、四日目を始めましょう!
690 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 17:22:31.79 ID:xMiXqPIo

「我は放つ光の白刃!」

 にやけた村長の顔の前で小爆発が生じる。全く威力はないものの、驚かし後退させるだけの効果はあった。
 振り向くと、ルイスが家のわきに立ち、こちらに右手を掲げていた。

「そこまでだ!」

 武装盗賊たちが驚きの声を上げた。

「おい、今……」
「魔術……」

 ルイスはこちらに数歩近づくと、さらに叫んだ。

「そうだ、僕は魔術士だ。今すぐ四人を解放しろ。さもないと殺すぞ」
「学者か! 馬鹿め、こちらには人質がいるんだぞ!」

 村長が邪魔された怒りか、怒声を上げる。
 それを無視してルイスは叫んだ。

「我は呼ぶ破裂の姉妹!」

 とたん、武装盗賊と村長が一斉に目を押さえる。ルイスの魔術によって生じた衝撃波によるものだ。

「……今のはほんの挨拶だ。次は本気で撃つぞ。どうなるかわかるよな?」
「……」

 村長たちはしばらく黙りこんだ。しかし、ティー姉妹を放すことはしない。じりじりとした間が空いた。

(通じたかな、ルゥ君のハッタリ……)

 リオは固唾をのんで次の動きを見守った。

「……」
691 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 17:23:23.71 ID:xMiXqPIo

◆◇◆◇◆


 冷や汗がぐっしょりとルイスの背中を濡らしていた。足が震えそうになるのを必死で押しとどめる。悟られてはいまいか、それだけが気がかりだった。心臓が大きく鼓動する。

(次どーしよ)

 リオが言っていた頼む、とはこういうことだろう。リオ一人ではどうしようもなかったから、ルイスに後のことは任せたのだ。ただ、これが精一杯で手詰まりなのは確かだった。
 武装盗賊と村長は何か考えているようだったが、早く決めてもらわなければ困る。時間がたてばたつほどハッタリの効果が薄くなる。

 しばらくしてようやく村長は口を開いた。

「お――」
「お前たちは何をやってるんだ?」
「へ?」

 武装盗賊たちの後方、村へと続く道の上に、男が立っていた。背の高いシルエットが月の光に照らされて、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。
692 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 17:24:36.62 ID:xMiXqPIo

「ミサンガ!」
「ああ」

 リオの声に頷いてサンダ―は無造作にこちらに近寄ってきた。

「貴様、今までどこに隠れていた!?」

 そして村長の声に立ち止まる。彼から一番近い武装盗賊との間にちょうど十メートルほどの距離があいている。

「ぬ、村長。よい月夜だな」
「俺の質問に答えろ!」
「そんなによそ様のプライベートが気になるか」

 ふう、とわざとらしくため息をつく。

「今日はルヒタニ様との交信日だからな、それに適した場所を探していた」
「ルヒタニ……? ええい、相変わらずわけのわからないことを!」
「リンパ腺で交信するのだ」
「もういいわ!」
693 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 17:25:30.68 ID:xMiXqPIo

 心もち残念そうな空気を発して口を閉じたサンダ―に向かって、村長は続けた。

「やっと見つけたぞ。俺から奪った金、まだ持ってるんだろうな!?」
「ふむ、これか」

 先ほどから手にぶら提げた革袋をサンダ―は持ち上げて見せた。

「おい!」
「おうよ」

 村長の声に、武装盗賊の一人がサンダ―にゆっくりと近づく。サンダ―は特に身構えることはしなかった。ただ、武装盗賊との距離があと五歩ほどに近づいたところで急に動きを見せた。

「ふん!」
「あ」

 声とともに革袋を放り投げる。
 両手一杯ほどの革袋は、弧を描いて武装盗賊たちの中に飛んでいく。口を結ぶ紐が切れていたらしく中身を盛大にぶちまけながら。かすかな金属音を立てて硬貨があたりに散らばる。全員の目が地面に落ちた。それは明確な隙だった。
694 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 17:27:13.04 ID:xMiXqPIo

「子犬さんのキャンプファイヤー!」

 その好機を狙って声が響いた。ティー家の二階の窓から飛来した抑えられた火炎は、ミルクを拘束した武装盗賊の顔に直撃した。悲鳴を上げる男の腕からミルクが落ちる。その時にはリオもまた動いていた。

「は!」

 顔が炎上した男を張り倒す。さらに転んだ男のみぞおちを踏みつけ意識を奪う。

「この!」

 気づいて二人の男がリオに襲いかかる。

「我は放つ光の白刃!」

 ルイスの呪文が炸裂し、男が二人とも転倒する。そして同時にリオに意識を閉じられる。

(後一人!)

 と思いサンダ―の方を見ると、どうやったのやら最後の一人はすでに叩き伏せられていた。

「ルヒタニ様を甘く見るな」

 何やら言っているが相変わらず意味は分からなかった。
695 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 17:28:28.31 ID:xMiXqPIo

「くっ……」

 村長がうめく。残りは彼一人だった。逃げようにもちょうど逃げ道にはサンダ―が立ちふさがっている。

「そこまでだ村長」

 ティー家の二階から重力中和でロゼイユがゆっくりと空中を降りてくる。
 降り立った彼を見て村長が毒づく。

「見当たらないと思ったら隠れていたのか」
「武装盗賊との結託、村民への脅迫。今ちょうど役人さんもいるね。観念するといい」
「っ……」

 村長の顔が歪む。あたりを見回すが、目にはるのは倒れ伏した武装盗賊たちだけだろう。
 ――その時だった。
 がしゃぁん!
 ガラスの割れる音が響いた。

 軽い着地音。ロゼイユのそばに降り立つ黒い影。

「あ!」

 アップルの声が響く。
 それは今までずっと眠り続けていたはずの、例の男だった。
696 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 17:30:10.05 ID:xMiXqPIo

「フレッディン……?」

 村長がつぶやく。男は着地後、うずくまったまま動かない。
 フレッディン。

(彼の名前?)

 だがしかし……村長が彼を知っているということは、やはり武装盗賊だったということか。

「まさか俺を助けに来てくれたのか?」

 男は答えない。
 ルイスはふと妙な胸騒ぎを覚えた。

「そ、そうか、ならこいつらを――ごぶっ!」

 ルイスは断言できる。それは他の全員も同じだったろうが、とにかく断言できる。
 “見えなかった”
 ルイスはそれを目視することができなかった。男が身を起こすところも移動するところも、そして――

「が――がふっ!」

 男の腕が、村長の胴体を貫くところも、だ。
697 :アナウンス [sage]:2010/11/23(火) 17:32:41.93 ID:xMiXqPIo
とりあえずここまで
うーん、なかなか四十レスいかないなあ
今日も無理そうだけど、せめて明日くらい達成したいものです
では
698 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/23(火) 18:22:50.34 ID:vnuCaQDO
699 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/23(火) 20:51:21.39 ID:vf0PgASO
いや正直前回おっきした

ただ何故かそれ以上はやめろと本能が
700 :アナウンス [sage]:2010/11/23(火) 22:00:36.81 ID:xMiXqPIo
なるほど、なんだかわかる気がします
それでは続きいきます
701 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 22:01:33.85 ID:xMiXqPIo

(な!?)

 ルイスは絶句した。そして誰の声も上がらなかった。状況を理解できる人物は、この場にいなかっただろうから。
 状況を理解できていないのは村長も同じらしく、目を見開いたまま、抵抗することも忘れているようだった。
 沈黙の中、男は掲げた腕に村長を串刺しにしている。

「な、んで……」

 口から何かの液体を垂れ流しながら村長が言う。男は答えない。代わりに腕をひと振りして村長を振り落とした。

「……」

 ふしゅー、と男の口から息が漏れる。ルイスの方から顔は見えないが、おぞましい表情をしている気配は感じ取れた。
 男が地面を蹴る音が響く。次の瞬間、村長の身体が跳ねる。

「がっ!」

 その浮いた身体を男がたたき落とす、蹴りつける、殴る、踏む、貫く、ぶち破る。
 みるみる内に村長がただの肉塊と化す。
702 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 22:02:21.11 ID:xMiXqPIo

 凄絶な殺気の中、最初に動いたのはアップルだった。
 男に向かって一歩を踏み出し――

(まずい――!)

 男の目がアップルを捉えた。
 次の瞬間、アップルの身体が倒れ伏した。
 悲鳴が上がる。それはハーブのかそれともミルクのものか。

「アップル!」

 男の腕は空を切っていた。アップルの倒れた上に、覆いかぶさるようにリオがいる。

「光よ!」

 おそらくなんの手加減もしなかっただろう光熱波が、男を真正面から撃ち抜いた。
703 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 22:03:02.98 ID:xMiXqPIo

 男は転がって、

「何!?」

 そのまま何事もなかったかの様に起き上がった。
 直撃だ。直撃だったはずだった。それなのに、なんの支障もなく起き上がって見せた。

(一体、何なんだ!?)

 そして、その時には事態はもう動き出している。
 気合の声が上がる。蹴りあげられた土くれが舞い上がる。リオの突進が、男の身体に突き刺さる。
 しかし、男は問題なくそれを受け止めた。
704 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 22:03:44.10 ID:xMiXqPIo

 そのまま、二人はがっちりと組み合う形になる。膠着。静かな緊張があたりに満ちる。

(力勝負ならば、魔物の姉さんの方に分がある……)

 状況はいまだ全く理解できないが、とにかく男を止めなければならないことは分かる。
 だが、リオの勝つ姿が想像できないのは、一体どういうことだ。

 ぎち――っ!

 何かがきしむ音がする。それは筋肉の音なのか。

「ぐっ……」

 声を漏らしのは、リオの方だった。
 その声とともに彼女は徐々に押され始めた。じりじりとリオの足が地面を滑る。

 ばきゃ!

「あああああああ!」

 リオの悲鳴が上がった。寒気がルイスの背筋を冷やす。
705 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 22:04:28.10 ID:xMiXqPIo

「ルゥ……君!」

 はっ、と遠くなりかけた意識をルイスは現実に戻した。リオが……リオがこちらに片方の手を伸ばしている。

(……!)

 それだけで理解する。ルイスは地を蹴り、そちらに駆けだし――
 だが、到達する前に男がリオを片手で打ちすえる。リオは地面にたたきつけられた。

「――まだまだぁっ!」

 それでもリオが男の足をつかむ。

「うおおおおお!」

 同時にルイスがリオの隣に滑り込んだ。リオの手を取り、

「我は踊る天の楼閣!」

 視界をはじめとするすべての感覚が閉じる。吐き気を誘うそれらの中、最後に見えたのは泣きそうなアップルの顔だった。
706 :アナウンス [sage]:2010/11/23(火) 22:07:16.21 ID:xMiXqPIo
今日はあともう一回投下できるかどうか、ってところです
ところで700突破しましたね、ありがとうございます
それではまた
707 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 00:48:13.87 ID:QzEVGxko

「はっ!」

 空間転移の終了と同時に、リオがルイスを抱えて飛び退る。男はすぐには追ってこなかった。
 鬱蒼とした草木が視界を酷く不鮮明にする。転移した先は暗闇に沈む森林の奥。月の光は緑の天蓋を突き破ることはできない。ルイスにはほとんど何も見えなかった。
 ただ、リオは夜目が利く。十分男と距離をとったところでルイスを地面に下ろした。

「我は癒す斜陽の傷痕」

 リオの砕けた手首を治癒する。リオは一二度その手を振ると、小さくつぶやいて短剣を異空間から取り出した。

「ルゥ君、これはいったいどういうこと?」
「僕にもわからない。ただ、あの人は僕たちを殺す気だ。……っ」

 リオがルイスを突き飛ばす。先ほどまで彼がいた場所を、高速の物体が駆け抜けた。

「速い……」

 突き飛ばした分を駆け寄ってリオがつぶやく。ルイスは起き上がるとリオの手を取った。

「じゃあ次、どうするルゥ君?」
「逃げるのがベストだろうけど、あまり長距離を転移できなかった。放置すれば村が危ない。それに――」
「あの人が一体何なのか突き止めないと?」
「そういうこと」

 真実からは、逃げられない。
708 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 00:49:00.93 ID:QzEVGxko

「我は生む小さき精霊!」

 ルイスの手から光球が生まれ、勢いよく上方に飛ぶ。それは頭上十メートルほどで制止すると、あたりを明るく照らし出した。
 その光の範囲の中に、男の姿が浮かび上がる。それはちょうどうずくまるような突撃姿勢で――

「! 我は紡ぐ光輪の鎧!」

 ぎん――!

 男の突進を防御壁が受け止める。ルイスが念じると、防御壁は膨らんで男を弾き飛ばした。

「それにアップルが彼を待ってる!」

 それを呪文に魔術を発動させる。再び突撃の構えを見せた男が不自然に動きを止める。まるで右腕が丸ごと固定されたような、そんな様子だった。
709 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 00:50:21.70 ID:QzEVGxko

 空間支配。その効果は目には見えない。男の右腕を包む空間をよじり、固定する。つまり不可視の完全な束縛。これで男は腕を切り落とさない限りは動くことができない。

「すみませんが、しばらくそうしていてください!」

 初めての術の出来にルイスは満足して声を上げた。

「あなたはなぜ僕たちを殺そうとするのですか!?」
「……」

 男は答えない。ただ動かない右腕を不思議そうに眺めている。

「僕たちはあなたと敵対する気はありません! どうか落ち着いてください!」

 だが。
 男は肩をねじると、“腕だけをその場に残して”再び突進してきた。引きちぎった傷口から血が噴き出すが気にした様子もない。
710 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 00:51:13.03 ID:QzEVGxko

「我は放つ光の白刃!」

 手加減することなど忘れた。光が男を貫く。
 いや。その一瞬前に男の姿が掻き消える。

(速すぎる! どこに……)

 唐突にリオがルイスの腕を引く。よろけたルイスの鼻先を高速の何かが通り過ぎ、彼は無言の悲鳴を上げた。
 そのままリオはルイスを引きずって走る。いくつもの突風がその後を追いかけて空間をえぐる。怪我をしているとは思えないほどのスピードだ。
 魔術の光明もそれについて移動する。その明かりの範囲に見え隠れする男の顔は、醜く歪みルイスの背筋を粟立たせる。

「ルゥ君!」
「我が指先に琥珀の盾!」

 男とルイスたちの間に大気を圧縮させてできた防御壁が発生する。男はそれにまともにぶつかって一歩後退した。

「我は放つ光の白刃!」
711 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 00:52:27.56 ID:QzEVGxko

 光が空に向かって撃ちあがる。次いで一気に分散し、男の周りに降り注ぐ。
 それでも男は動揺しない。光の柱の中で悠然と立ち、咆哮する。

(これじゃあ埒があかない……)
「ルゥ君」

 リオの声に振り向くと、彼女はいつの間にやら呼び出した長剣を、ルイスを放した手に持ちこちらを見つめていた。

「やるよ」
「でも、アップルは……彼女は彼のことが――」
「駄目だよ。話は聞いてもらえない、手加減するのも無理そう」

 ゆっくりと言う。

「ついでに言えば魔術も、発動する前にやられちゃうかも。だからあたしがやる。ルゥ君はさがってて」
「でも!」

 そこまでだった。ルイスは背後から地面を蹴る音が響くのを聞いた。
 リオはルイスを突き飛ばし、跳躍した男と激突した。
712 :アナウンス [sage]:2010/11/24(水) 00:53:32.68 ID:QzEVGxko
今夜はここまで
では最後の一日もよろしくお願いします
713 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/24(水) 01:39:29.51 ID:fan1KgSO
おつ
714 :アナウンス [sage]:2010/11/24(水) 05:45:03.58 ID:QzEVGxko
最終日、開始します

いまさらですが
>>687
>良い意味
よかった安心しました、蚤の心臓で申し訳ない
715 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 05:47:22.28 ID:QzEVGxko

◆◇◆◇◆


 まだ、リオが幼いころ、師匠である元帥は言った。お前は力で相手を圧倒する戦術が得意のようだ、だから純粋な破壊力を磨きなさい。リオはそれに従って鍛錬を積んだ。実際時が経つにつれて、彼女のパワーに真っ向から対抗できる者はいなくなった。それは体術においても、魔術においても同じで、リオはおおむねそれに満足していたし、誇りでもあった。
 しかしもう一人の師匠は言った。君の力は強い。だが、いつか君よりも力の強い者が現れる。戦いの術を学ぶなら必ず、そういう日が来る。
 だから、リオは問うた。じゃあ、そんな時はどうすればいいんですか? 師は、くすりと笑うと、話をしようと言った。私の昔の話を、と。
716 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 05:53:38.87 ID:QzEVGxko

     ※


 甲高い金属音が響く。相手の拳を受け止めた長剣が、わずかに歪むのを手の内側で感じる。それを無視して、左手の短剣で相手の手首を狙った。男はすばやく手を引いてかわすと、こちらの足を刈るように蹴りを放つ。リオは足の裏でそれをいなし、飛び退った。後ろにルイスがいるため、あまり大きな後退はできないが。
 長剣を振りかぶる。男が飛び出すのをそれで牽制し、一歩を踏みこむ。男はそれに応じて一歩退くと、片手だけで構えて見せた。

(……)

 ほぼ獣のようなものだと思っていたが、どうやら違うらしい。相手にはちゃんと知能があり、こちらに対応した攻撃を仕掛けてくる。
 そして、認めなければならない。自分は、片手を奪いなおかつ完全武装で挑まないとこの相手には敵わない。

「はっ!」

 すばやく一歩を踏みこみ、長剣を振り下ろす。相手は小さく横に避けるが、それを追って左の短剣がひらめく。それも避けた相手を、回転によって振るわれる長剣が襲う。

「ていやッ!」

 両手武器による連撃。無数の剣の閃きが男を襲う。
717 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 05:55:14.29 ID:QzEVGxko

 だが、合計二十ほどの攻撃はいずれも彼に届かない。そして心に生まれる焦り。それが斬撃をわずかに鈍らせる。
 その隙を縫って男の姿が掻き消えた。

(どこに!?)

 考える前に前方に身体を投げ出す。少なくとも、そこにはいないことは分かっているから。
 背後を突風が吹きぬけるのを感じる。起き上がって構えた。その時にはもう懐に男がいる。

「くっ!」

 振り下ろされる手刀を体さばきでかわす。後ろに跳ぶと、ルイスの叫びが聞こえた。

「転べ!」

 呪文。その声に、というわけではないが、男の足がわずかに鈍る。
718 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 05:58:02.36 ID:QzEVGxko

 その隙に、リオは長剣を大きく肩の上に担ぎあげた。剣先を相手に向けて。
 そのまま一気に突き出す!

 剣はまっすぐ男を目指して飛んだ。間違いない、当たる。これは必殺の距離。だが――
 男が考えられないほどの反射で後ろに跳んだため、それは必殺ではなくなる。
 それでも、長剣は男の右の大腿を大きくえぐって地面に突き刺さった。その時にはリオもすでに動いている。
 一気に駆けだし、着地する男のわきを駆け抜け、ルイスの隣に滑り込んだ。つながれる手と手。

「ルゥ君!」

 伝わっただろう。それでも彼は一瞬躊躇した。が、それ以上は迷わず叫ぶ

「我は歌う、破壊の聖音!」
719 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 05:59:17.74 ID:QzEVGxko

 世界が鳴動する。いや、それは錯覚だろう。

 ばきゃ!

 唐突に周りの地面がひび割れる、めくれ上がる。木々が倒れる、粉砕される。そしてそれは際限なく広がり、轟音を響かせる。
 破壊の波は男まで到達し、土煙りが彼の姿を覆い隠した。
 スピードを無視する大規模破壊。連鎖する自壊。

(これでどう!?)

 勝利を確信してリオは胸中で叫ぶ。
 砂煙はしばらくあたりを漂い、ゆっくりと薄まった。
 見回すと、半径三十メートルほどの円が森の中に発生している。男は、その範囲の中にいなかった。
720 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 06:00:35.28 ID:QzEVGxko

 咆哮の声が響く。聞くものすべてを恐怖させる、悪魔の声。

「まだ、生きてる!」
「どこに……」

 見回すがそれらしい影は目に入らない。男の声だけが聞こえる。それは急速に、そして確実に近づいてくる。リオは聴覚に集中力のすべてを注ぎ込んだ。近づいてくるその方向は――

(上!)

 見上げると、木々が無くなったことによって開けた夜空に満月がよく見えた。それに重なる黒い影。
 絶好のチャンスだったが、魔術は間に合わない。リオは舌打ちしてルイスとともに跳躍する。その残像を男が薙ぎ払った。
721 :アナウンス [sage]:2010/11/24(水) 06:02:04.68 ID:QzEVGxko
ここまで
今日こそは四十いくよう頑張ります
んでは
722 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/24(水) 09:25:18.67 ID:fan1KgSO
723 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 12:03:39.23 ID:QzEVGxko

     ※


 実際、リオは師には勝てなかった。師はリオを凌駕する力の持ち主だというわけではなかったが、五回やれば、四本は師が取った。
 納得のいかない顔のリオに師は問うた。何故か分かるか、と。

「分かったら勝ってます」

 師は笑った。その通りだな。だが、それなら考えなければならないよ。
 必死に考えて考えて、さらに数えきれないほどの手合わせを経て、数年後、リオは少しだけ理解した。

 戦闘時、人は最高と最低の間を流動的に行き来する。それは体力的な意味であったり、集中力的な意味であったり何でも良いが、なんにしろ最高潮を維持したまま際限なく戦い続けることは不可能である。師は、彼我のそれの見極めに異常に長けているのだろう。師は常に相手の弱いところを突く。必ず生じる弱点。力には隙、反射神経にはフェイント、巨体には死角。だから師は勝つ。
 もっとも問題は、分かったところでそれに対抗する手段と真似する技量がないことで、相変わらず勝率は変わらなかったのだが。
724 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 12:04:30.99 ID:QzEVGxko

     ※


(あたしがあいつに勝つには、お師様と同じことをするしかない)

 リオは男の正面に立った。というよりも、どう回り込もうと相手が正面から逃がしてくれないからだが……

(お師様、どうかお守りください……)

 胸中で祈る。
 数瞬の沈黙をはさみ――両者は同時に駆けだした。
 とは言ってもやはり男の方が数段速い。左腕を振り上げ、突進してくる。
 リオは、それに対し右に身体を振った。男が反応するのを見る前に、逆に飛び込む。
725 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 12:06:24.01 ID:QzEVGxko

 フェイントによって男の振り下ろす腕すれすれに懐に飛び込むことに成功する。拳と肘を一発ずつ叩きこむがダメージを与えるには至らず、ただ相手の頑健さを思い知るにとどまった。
 下から打ち上げられる手をさらに左に回り込むことで避ける。相手には右腕がないため、比較的簡単に避けることができる。さらに短剣を突きたてようとするが、硬質な手ごたえを残して弾かれる。何故か驚きはなかった。
 ついで、横に薙いできた腕をしゃがんでかわす。そのまま相手の足を刈るように蹴りを放つ。

「!?」

 しかしそれを空を切る。同時に顔に激痛。飛び蹴りを食らって吹き飛んだ。

(痛ぅ……)

 だが痛みに毒づく暇もない。転がって追撃をかわす。転がった勢いのまま跳ね起きて必死に距離をとった。短剣は手からすっぽ抜けていた。

(この……)

 もう一度地を蹴り、距離を詰める。何度目かの交錯に向かって。
726 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 12:07:31.06 ID:QzEVGxko

 相手は強靭で強力で、なおかつすばやさも尋常ではないがそれでも勝機はないことはない。どんなに化け物じみていようともおそらくはまだ人間である以上、弱点は必ずある。ならばそれを見極めて、そこを攻めればよい。
 考えているうちに距離は詰まる。相手の攻撃に合わせて、それにカウンターを――

「がっ――!」

 そのとき、何が起こったのか彼女には分からなかった。一気に視界が白み、身体が崩れ落ちる。真っ白の世界の底に叩き落とされ、許容量を超えた激痛が全身をさいなんだ。
 “当てられた”。それだけを悟る。身体の中心がじんじんと痛む。猛烈な吐き気が口へと殺到する。
 負けた? ぞっとした。急速に諦めに向かう気持ちに鞭を打つ。
 あたしが負けたらルゥ君はどうなるんだ!

(……この!)

 意志の力だけで身体を引き起こす。起きろ! 戦え! 命じると視覚が瞬時に回復する。
727 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 12:08:17.83 ID:QzEVGxko

 思い通りにならない身体に鞭打って必死に後退する。

「姉さん!」

 ルイスの声が聞こえたと思うと同時に後退の勢い以上の力で吹き飛ばされる。なんとか両足で着地するものの、ふらつくのは隠しようがない。
 息が不規則に乱れる。視界が揺れる。
 身体はその場にうずくまって転がりまわることを要求していた。もう意識を閉じて何も考えないようにしたい。倒れたい。

 それでもそれらを意志の力で抑えつける。まだ……まだやれる!

「はあああああああああ!」

 気合いの力など信じない。戦いにおいて勝敗を分けるのは純粋に技能とパワーだ。それでも力の限り叫ぶ。
 男は気にも留めずにこちらに向かって駆けだした。
728 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 12:08:59.52 ID:QzEVGxko

     ※


 師の昔話は、予想にたがわず彼が強敵と戦った時のものだった。相手は体術も魔術も、力も技能もすべてにおいて師を上回っていたらしい。
 それでも勝てたよ。師はほほ笑む。
 守りたいと思うものがあれば、それだけで人は力を得られる。どんな奴にだって負けない。必ず勝てる。
 そんなのくだらない精神論だ。リオが言うと、師はあっさりと認めた。その通りだね。

 でも、と続ける。大事なことだ。どんなに陳腐だろうと安っぽかろうと。
 さあ。師は言った。訓練を続けよう。守るために必要な技・力を君に授けよう。

 リオは――
729 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 12:12:41.59 ID:QzEVGxko

     ※


 リオはそこにただ、静かに構えた。左の足を前、右の足を後ろ、相手と自分を結ぶ一直線上に置く。身体もそれに合わせて完全に半身を切る。
 これは力の道筋だ。ただただまっすぐ相手へと届く威力の経路。相手の攻撃を真っ向から迎え撃つ態勢。
 後はタイミングの問題だった。右の拳を振りかぶる。

 半呼吸、男の踏み込み、猛烈な勢いでつきこまれる攻撃、切り裂かれる風の音。
 刹那、リオの目がかっと見開かれた。同時に全身の筋肉が爆発的に始動する。

 放たれた拳は、一直線に伸び、男のそれとぶつかり、凄絶な音をたててエネルギーを解放した。

(ぐっ!)

 激痛を超えた激痛が神経を駆け巡る。どうしようもなく脳を焼くそれを、リオは完璧に無視した。
 男の悲鳴が上がる。拳を打ち返され、態勢を大きく崩している。
 リオは言うことの聞かない身体に最後の命令を下した。
 すなわち、ほんの半歩の踏み込み。
730 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 12:16:37.31 ID:QzEVGxko

 それだけだ。それだけで事足りる。男の懐に入り込み、潰れた拳とは反対の拳を胸部に突きつける。喰らえ――!

(寸打による――心臓打ち!)

 一瞬は数秒に、数秒は数時間に。時が引き延ばされる感覚を経て、筋肉が躍動する。

 ずだんッッ!!

 男の身体が、はじけ飛んだ。ゆっくり小さな弧を描いて地面に倒れ伏す。そして始まる痙攣。
 だが、リオは手を抜かない。

「光よ!」

 鋭く放たれた光熱波が、男の首を刎ね飛ばした。それはがらごろと地面を転がり、数秒後、ゆっくりと停止する。

 それで最後だった。しかし、リオは勝利を見届けることはなかった。彼女は昏倒し、地面に倒れ伏したから。
 ルイスが駆け寄ってくるのを目の端に見ながら、リオの意識は闇の中に消えた。
731 :アナウンス [sage]:2010/11/24(水) 12:18:25.98 ID:QzEVGxko
一区切り
あともう少しで第三章が終りやす
732 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/24(水) 12:19:17.86 ID:fan1KgSO
733 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 20:24:11.68 ID:H5MN8IMo
734 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 21:51:34.31 ID:QzEVGxko

     ・
     ・
     ・


 ルイスはリオの応急処置を終えると、彼女を背負って立ちあがった。お世辞にも軽いとは言えない。が、文句も言ってられない。彼女は命がけで戦ってくれたのだから。

「……お疲れ、姉さん」

 肩越しに、戦闘の疲労によって青ざめた顔へ告げる。
 身体の心配はないはず。例によって魔物は頑健だ。ただ、今日の敵の強さは異常なものだった。ちらりと最悪の事態が頭をかすめる。
 もしも姉さんに万が一のことがあったら……
 頭を振ってそれをかき消した。と、視界の端に倒れ伏した彼の姿が映る。

「……」

 一体、何者だったのだろう。魔物と真っ向から戦って、同等以上の力を発揮して見せた。彼に直接聞ければ一番だったのだが、それも今は叶わない。
 それよりもっと重要なことが頭をかすめ、ルイスは気を重くした。

「アップルになんて説明しよう……」

 彼女はきっと傷ついて泣くだろう。あんなに彼のことを思っていたのだから。
 どうしようもない気分のまま、ルイスはとぼとぼと歩きだした。
735 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 21:52:39.37 ID:QzEVGxko

◆◇◆◇◆


 誰もいなくなった森の片隅。そこは木々が根こそぎ粉砕され、開けた場所になっている。邪魔するものが無くなったことにせいせいしているかのように月の光が明るく降り注いでいた。
 静かだ。動くものは何もない。月の光がいつものようにすべてをひんやりと凍りつかせている。すべてを――いや。

 かさ……

 地面に落ちた木の葉を揺らす音がする。月に照らされて青く静まった地面をうごめくものがある。
 線のような、紐のようなそれ。月の光の中を黒々と地面を這っている。
 蛇? そうかもしれない。幾筋も幾筋も束になって地面を進む。進む先にあるのは、もう物言わぬ肉の塊だった。そして“蛇”の這ってきた大本には――

「……」

 やはり物言わぬ生首が転がっている。切断された首の断面から“蛇”は伸びていた。
736 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 21:55:35.97 ID:QzEVGxko

 やがて、“蛇”は胴体にたどり着き、切断された首の断面に集まった。そして一本一本がつぷつぷと断面に突き刺さる。
 同時、ずるりと音が響く。静かな夜の底で、その音はやけに大きく響いた。
 ずるり、ずるり。

 ゆっくり、ゆっくりと胴体に首が近づいていく。
 二分ほどかけて、生首は胴体に到達した。じゅぶじゅぶと嫌な音を立てて切断面が密着する。
 そして沈黙。

「……」

 怪物は何事もなかったかのようにゆっくりと起き上がった。あたりを見回す。
 その首には、傷の痕跡はほとんど残っていない。紅く、かすかに筋が見えるのみだ。

「……」

 無表情の顔がある一点を見つめて止まる。そこに何かがいた。

「……」

 真っ黒なその何かも、同じく沈黙に沈んでいる。
737 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 21:57:57.04 ID:QzEVGxko

 怪物は静かにそちらに向かって歩き出した。それとの距離がゆっくり縮まる。
 その黒い何かは縦に細長く、近づいていくとどうやら人影であることが分かった。黒ずくめの男。

「シッ――!」

 それに向かって怪物が跳ぶ。一気に距離が縮まった。高速で振り下ろされる左腕。黒ずくめの男に強烈な一撃が叩きつけられる。しかし。

「っ……」

 怪物の一撃は男の頭部で完全に静止した。なんの音もならない、手ごたえもない。ただ厚さ数ミリの空間を隔てて怪物の手が止まっている。
 怪物の蹴りが男の胴を襲った。だがこれも静止する。まるで怪物が自ら寸止めしているかのように。
 続いて、さらに怪物の左腕が男のみぞおちを貫こうとする。止まる。下段蹴り。とまる。頸動脈への手刀。止まる。

 怪物が跳び退る。黒ずくめの男は一歩も動いていない。
 ただ、一言だけつぶやく。

「飛べ」

 その一言と同時に怪物の身体が予兆も見せず唐突に吹き飛ぶ。空気を切り裂いてすっ飛んで行き、広場の向こうの木に轟音を立てて激突した。

「っ!」

 怪物の口から声にならない悲鳴が漏れる。
738 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 21:58:43.42 ID:QzEVGxko

 ずるずると滑り落ちた怪物は、必死で立ちあがり、逃げの態勢に入った。しかし踏み出した先には黒い影。
 怪物の顔が引きつった。
 黒ずくめの男が口を開く。

「無駄だよ」

 その声と同時に、怪物の身体が浮きあがる。必死でもがくが、抵抗むなしく地上二メートルほどの空中に固定されてしまう。

「ついに出たかね、ヴァンパイア」

 黒ずくめの男は言う。

「ということは神も近場にいるな」

 単に事実を確認する以上の何ものでもない口調。その内容の重さに反して、至極軽い。

「では彼らの探究の終わりも近い、か」

 頷く。男は顔を上げるとまっすぐに怪物を見据えた。怪物の身体が、本能によるものか、震える。
739 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 22:03:01.02 ID:QzEVGxko

 次の瞬間、男は命令の声を上げた。

「消えろ」

 同時、空中の怪物が掻き消える。その痕跡も残さず、完璧に。最初から何もなかったかのように。
 風が吹く。男のマントをそよそよと揺らして、いずこかへと去っていく。
 ……しばらく間をおいて、男は空を見上げた。円形に切り取られた空が、月を真ん中に抱えている。静止した光が降り注ぐ。その光はすべてのものを凍えさせる。

 だが、今は男の存在がそれ以上に冷気を放っていた。周りのものが急速に凍りつき、永遠に停止する、そんな雰囲気。
 さっきまでは凍えさせる主体であった月の方が逆に凍えて震えているように見えた。

「もうすぐだ」

 男は――魔王は言う。

「もうすぐ――」

 月の光が降り落ちる場所で、彼はいつまでもいつまでも立ち尽くしていた。
740 :アナウンス [sage]:2010/11/24(水) 22:03:55.91 ID:QzEVGxko
第三章、了
741 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/24(水) 22:12:54.39 ID:fan1KgSO
魔…王…?
742 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 22:37:58.05 ID:QzEVGxko




 〜第四章 「始祖、そして神」〜



743 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 22:39:13.05 ID:QzEVGxko

 気の遠くなるような昔。我ら“二本の足で立つもの”は草木と共に生き、風と共に暮らしていた。世界は穏やかで、足りないものはなかった。
 あるとき、一人の“二本の足で立つもの”が倒れ、床に伏せた。
 三日三晩うなされ続け、たびたび嘔吐し、死の淵をさまよった。その後、床から立ち上がった彼は、虚空から火を生み、雷を呼んだ。そのようなものが相次いで現れた。
 時は過ぎ、その力は“二本の足で立つもの”の間では、ありふれたものとなった。誰もがその不可思議な業を行った。

 めまいのするようなほどの昔。“二本の足で立つもの”に似て非なるものが現れた。
 彼らもまた、二本の足で立っていたが、彼らに角や翼はなく、またその腕に力はなかった。そして、彼らは不可思議な業を行使することもできなかった。
 “非力なるもの”。“二本の足で立つもの”は彼らをそう呼んだ。しかし、彼らには別の力があった。
 彼らは“輝く光”を持ち、“剣”を持ち、“長い筒”を持っていた。彼らはそれらを用いて“二本の足で立つもの”を打ち、追いやった。
 “二本の足で立つもの”は争いを嫌い、和平の使いを送ったが、“非力なるもの”らは聞き入れず、和平の使いを打ち殺してしまった。“二本の足で立つもの”らは怒り、大きな争いになった。


 ――魔物の口伝より抜粋――
744 :アナウンス [sage]:2010/11/24(水) 22:44:06.84 ID:QzEVGxko
ここまで。最終日をこれで終了させていただきます
個人的には800まで行きたいなと思ってましたが、努力不足だったようです
明日からは通常運行となりますができるだけ間隔を空けずに投下できるよう頑張ります
それでは五日間、ありがとうございました、また次回
745 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 22:59:31.24 ID:H5MN8IMo
746 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/25(木) 06:58:59.91 ID:G.4mgQSO
長い筒とは銃火器ことか?
747 :アナウンス [sage]:2010/11/25(木) 07:06:06.47 ID:9P1bbm.o
>>746
その通り
748 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/25(木) 08:06:56.53 ID:G.4mgQSO
長い筒からイメージする銃火器っていえば種子島みたいなのを連想するんだが、口伝される位昔ってことは大砲みたいなのでいいのか?

なんかそんな昔から種子島があればもっと早くピストルが出てもいい気がしてさ
749 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/25(木) 09:20:26.95 ID:P2am8cso
マスケットだね
750 :アナウンス [sage]:2010/11/25(木) 15:00:27.22 ID:9P1bbm.o
>>748
申し訳ない、秘密ってことで
と言っても大した秘密じゃないけど
今のところはミスではないはずとだけ言っておきます
今後の采配によってはミスにもなりうるポイントですね
751 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/26(金) 23:06:35.58 ID:7fW2UiY0
乙です。
752 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/27(土) 09:04:35.09 ID:9KP07.AO
一気に読んでしまった。
すごく今さらなんだけど。前作は詠唱は“”でくくられてたけど今作にないのは意図あり?あった方が読みやすいな。

753 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/27(土) 16:51:28.94 ID:k4VvNQoo
>>752
一気読み感謝
今回にくくりがないのは小説オーフェンに合わせた結果であり、特に大きな裏はありません
読みやすさを優先して、これからはつけることにします
754 :アナウンス [sage]:2010/11/28(日) 18:41:49.44 ID:TohlBsoo
>>752
すみません、指摘のお礼を言い忘れていました、どうもありがとう

ちなみに、というかなんというか、前の方のレスを見てもらえれば分かる通り当方あまり頭がよくありません
なにか気になることがあれば、皆さんどんどん指摘お願いします。その都度可能な範囲で修正を加えますので
それでは数日ぶりの投下をば
755 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 18:46:08.48 ID:TohlBsoo

 水面を鳥が突き破る。しばらくして、鳥は同じように水面を割って飛び去った。その足に小さな魚をぶら下げて。ルイスは歩きながらそれを見送った。
 川のせせらぎが聞こえる。ルイスは荷物の肩ひもをひっかけなおす。
 少し後ろをリオが歩いていた。荷物は彼女の方が多い。着替えなどのこまごましたものをはじめとして、携帯毛布、テント用具、そしていまだ持ち続けている中身不明の細長い包み。

 川岸には涼しい風が吹いていた。二人の髪をなびかせて次々に通り過ぎていく。昼下がりの日の光と相まって、どこか眠たい空気を醸し出していた。
 だが、足を止めることはしない。急いでいるわけでもないが、だからと言って休むわけにもいかない。上流へ向かってひたすら足を動かす。
 耳を澄ますが森は静かだった。たまに鳥の鳴き声が聞こえるぐらいでこれといった異変はない。
 ――異変。たとえばただの犯罪者を超人に変えてしまうような何か、とか。

「……」

 魔物と、それを圧倒する異常な人間。あの戦闘からおおよそ一週間が経過した。それはリオが回復するまでの時間とちょうど一緒で、その間に開拓村ではそれなりの変化があった。
756 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 18:48:36.93 ID:TohlBsoo

     ※


「村長は武装盗賊に襲われて死んだ。そういうことになった」

 村の診療所。リオがいるベッド傍らの椅子に腰かけて、ルイスはロゼイユの説明を聞いていた。

「わざわざ村長が彼らと通じていたとか村の評判や評価を落とす必要はないから、まあ妥当なところだな」

 リオにリンゴを剥いてやりながら返す。
 それに、と胸中で付け加える。村長が村人を裏切っていたことはともかく魔物以上に化け物じみた男が彼を殺したなどとは誰も信じまい。

「そうだね。ただ、開拓村はちょっとした騒ぎだ。武装盗賊が本格的な襲撃をしたってことはもちろんだけど、それを叩きのめしたのが女の子だってこともね」
「あたし?」
「そう」

 実際はルイスとロゼイユも戦っていたのだが、噂というのはより突飛な方が好まれるものだ。なんとなくリオが魔物であることは伏せていたので、驚きが大きかったのだろう。

「ついては何かしら礼がしたいとみんな言ってるんだが……」
「パス。恥ずかしいし」
「そうか」

 酒場で暴れたりする割には彼女は結構照れ屋である。
 ロゼイユはあっさり引き下がると、寄りかかっていた壁から背中を離し腕組みを解いた。
757 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 18:49:08.39 ID:TohlBsoo

「まあ、とにかくこれで君たちに面倒事は降りかからない。世はなべてこともなし――あ、いや」

 そこまで言って彼は言い淀む。その意味はルイスにも知れた。

「……アップルは?」
「……元気だよ。表面上はね」

 ロゼイユは表情を曇らせた。

「元気すぎるくらいだ」

 彼女は、やさしい子だ。身元不明の男でさえ受け入れ守るくらいに。だから、周りに心配をかけることはもちろろん良しとしないだろう。
 だが、アップルは彼のことを……

「そうか……」
「君たちが気に病むことはない、当然のことだが」
「……」
758 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 18:49:40.76 ID:TohlBsoo

「仕方なかった。十人に聞けば九人がそう答えるはずだ。残り一人はただの馬鹿。それくらいあれは異常だった」
「でも」
「上手くやれば彼を止められていた、かい?」
「それは……」

 ルイスは言葉に詰まって俯いた。ロゼイユの言うことは間違っていない。酷く正論で、しかしそれゆえに簡単に頷いてはいけない気がした。
 ふと袖を引かれて振り向く。

「やったのはあたし。だから、ルゥ君は悩まないで」
「……」

 こちらにも何も答えられずにいるうちに、リオはリンゴを食べる作業に戻っていった。
 無茶を言う、と思う。子供扱いするな、とも。ルイスだってあの場にいた。ならば何か打つ手があったはずで、それを見つけられなかったのはルイスの責任でもある。少なくともルイスはそう思う。
759 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 18:50:23.81 ID:TohlBsoo

(これで二度目だ)

 胸中で噛みしめる。

(僕は二人、見殺しにした)

 真実を求める旅路の上、犠牲は、無念は少しずつ積み重なる。
 また、同じ思いをすることはあるだろうか。諦念は繰り返すか?

(そんなの願い下げだ。僕はこれ以上……)
「それで、君たちはこれからどうするんだい?」

 ロゼイユの言葉に意識を現実に戻す。彼はその涼やかな目をこちらに向けていた。
 これから? 決まっている。

「川上へ行ってみる」
「彼の異常の原因を探しに?」
「ああ」

 ルイスは頷いた。
760 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 18:51:03.54 ID:TohlBsoo

「そうか……何か見つかるといいね」

 ただし、と彼は続ける。

「人間があんなになってしまうのはとてもおかしなことだ。危険を感じたら無理せずに逃げること。僕は君に、君たちに怪我なんてしてほしくない。無事に帰ってくるんだ、分かったね?」
「言われるまでもないな」
「じゃああたしが回復したら出発?」
「そういうことになるね、姉さん」
「僕も行けたらいいんだけどね」

 ロゼイユが言うが、彼には大事な役目がある。アップルと同じ年代の人間は、村にはロゼイユしかいないのだ。

「彼女のこと、頼む」
「ああ、任せてくれ。必ず元気にしてみせるよ」

 ロゼイユは笑って、それじゃ、と部屋の出口に向かった。
 が、そこで振り向く。
761 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 18:51:44.77 ID:TohlBsoo

「そういえば、ミサンガさんは?」
「? 見てないけど?」

 言われて思い出す。サンダ―は例のあの夜から見かけていない。リオの手当てや武装盗賊の襲撃の後始末でばたばたしていたせいもあるが、どこか無意識にあれはそういう人だからと思っていたせいで、特に気にもしなかった。

「またどこかふらふらしてるんじゃないか? もしくは勝手にニューサイトに戻ったとか」
「そう。そうか」

 ロゼイユの言い方に違和感を覚えた。なにが、というわけでもないが。ロゼイユはこちらの視線に気づくと、ひらひらと手を振って見せた。

「いや、なんでもない。ちょっと女の勘に引っかかるところがね」
「前も思ったが君は男だろうが」

 渋い顔でルイスが言うと、ロゼイユは笑って部屋を出ていった。
762 :アナウンス [sage]:2010/11/28(日) 18:56:40.52 ID:TohlBsoo
ここまで
私事で申し訳ないけど、今更ながら投下緊張癖が発症しております
慎重になるあまり投下量が落ちるかもですが、見捨てないでもらえると幸いです
では
763 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/28(日) 19:02:17.32 ID:.pBnL6E0
乙なのよ
764 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/28(日) 19:27:54.35 ID:G0t6Xz2o
乙だぜ
765 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:09:14.29 ID:wZc1dP.o

     ※


 リオの回復を待って出発したのが今日の朝。それからそれなりの時間を歩き続けている。
 歩きながら懐中時計を取り出した。午後三時。空を見上げると日が先ほどよりやや傾いているのが分かる。
 川はまだまだ上流へと続いているようだ。注意して川の周りも見ながら進んでいるが、特にこれといったものは見つからなかった。
 その時までは。

「ねえルゥ君」

 リオの声に振り向く。

「アレ、なんだろ」

 彼女の指はルイスを追い越して、はるか前方を示している。視線を前に戻すと、蛇行した川の向こうに確かに何かが見えた。
 それは森の木々の中からにょっきりと突き出している。

(なんだ? ……塔?)
766 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:09:55.40 ID:wZc1dP.o

 川をそれてそちらに行くと、予想にたがわずそれは円柱状の形をしていた。森の木々の中に悠然と、だがひっそりとそびえたっている。
 見上げると先端が木々の葉のベールの中に消えているのが見えた。先に行くにしたがってわずかに細く、そしてある一方向に傾いていくその形状には見覚えがある。

「≪牙の塔≫?」

 リオの声に数カ月前のタフレム市での散策を思い出す。街の中に同じく悠然とそびえる白亜の塔。
 塔に近寄る。壁面に触れてみると、滑らかな感触が返ってきた。

(遺跡と同じだ……)

 そのままぐるりと外周を回る。しばらく歩いたところにそれはあった。
 入口と思しき扉。そしてその傍らに書かれた、奇妙な文字。読むことはできないが、予想はできる。

「≪世界図塔≫」
767 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:11:26.16 ID:wZc1dP.o

「世界図……何それ?」

 リオが訝しげな声を上げる。

「僕も分からない。でもハーブさんが言ってたんだ。森の奥に≪牙の塔≫に似た塔があるって」
「それがこれ?」
「たぶんね」

 扉の取っ手に手をかける。特に抵抗もなく、扉は奥に開いた。
 そっと覗く。しかし。

「何も、ない?」

 中は明かり取りの窓もないにも関わらず、やはり数々の遺跡と同じくほの明るかった。ただ、真っ白な壁面が上方に延々と続くだけで何も見当たらない。階段すら存在しない。
 なんとなく中に入る気にならずに入口の前に立って腕を組む。
 キエサルヒマの≪牙の塔≫。あれは大昔の魔術士が建造したと言われている。が、ティー家で仕入れた情報を考慮に入れるとまた違った見方ができる。

「天人、だっけ? その人たちが造ったってことだよね?」

 そういうことだ。

(これらは天人の遺物?)
 
 天人。古代人。しかしハーブの考察では人間とは異なる種族。彼らの建造物。遺跡。……砦。

(何かと戦っていた? ……何と?)
768 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:12:31.62 ID:wZc1dP.o

 例えば魔物よりも強靭・強力なる者。人間に似て非なる強大な化け物。
 いかに天人が強大な魔力を持っていても、それらは非常に大きな脅威になりうるのではないか。
 彼らは、あの化け物と戦っていた?

(…………いや)

 ハーブが語る神話を思い出す。彼らは運命を捻じ曲げ、疑似生物を生み出すほどの力を持っていた。それほどの能力を持ちながら、たかが力が強いだけの怪物に脅かされる? 断言はできないが違和感はある。

(たしか、彼らは……)

 彼らは、その強大な力の秘儀を神々から盗むことで手に入れた。そして、それによって神々の怒りを買い、天の国を追われ、。呪われることとなった。
 ならば彼らの敵――彼らを打ち、根絶しようとする敵というのは……

「……」

 ……馬鹿馬鹿しい。科学が台頭し始め、神の存在が否定されるこの時代に、神が死にかけているこの時代に。
769 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:13:40.52 ID:wZc1dP.o

 ただ、可能性として考えられることがあった。
 あの化け物は天人の敵ではなく、むしろ天人の側だったのではないか、と。
 天人は何らかの敵と戦い、そのために砦を築いたが、それ以外にも手を打っていたのではないか。すなわち。

「人体強化?」

 口からぽつりと言葉が漏れた。

「何それ?」

 リオが塔の中を興味津津に覗き込みながら言う。ルイスはいくつか頭の中でモノを整理した。化け物、天人、そして敵。

「姉さんは精神士って知ってる?」
「せいしんし?」
「そう、精神士。魔術士の中でも特別な訓練を経て、肉体を捨て、精神体となった人々のことだ」

 リオは少し考える顔をしてつぶやく。

「肉体を捨てて……って、幽霊?」
「ああ、まあ似たようなものかな」
770 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:15:24.51 ID:wZc1dP.o

「そんなこと可能なの?」
「噂だけだけどね、そういう人たちがいる、もしくはいたらしい。キエサルヒマ大陸のどこかにある≪霧の滝≫が彼らの根城とか言われてる」
「ふーん?」

 リオはもの問いたげな表情を崩さなかった。ルイスは後を続ける。

「彼らは“精神化”というプロセスを通って精神体に達する。その結果、肉体にとどまっていては望めないほどの力を得ることになる。ただ、肉体がない分、制御や維持が大変で、ほとんどの場合消滅してしまうようだけれど」
「それと人体強化? がなんの関係があるの?」

 風が吹く。木々の葉が静かに揺れた。

「精神化の真逆のプロセスがある……ってことはもちろん知らないよね?」
「逆?」
「これはさらに信頼度のさがる噂になるんだけど」

 ルイスはそこでいったん言葉を切った。頭上の木の枝で鳥が鳴いている。甲高いそれは、遠くまで響く。
771 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:17:24.07 ID:wZc1dP.o

「“肉体化”。それはそう呼ばれている」

 リオがきょとんと眼を瞬かせた。

「変な言葉だよね。精神化と正反対の性質のプロセスということで仮に名付けられた呼称なんだ」
「それは一体どういうものなの?」
「精神化が肉体を捨てて精神体となるのに対し、肉体化というのは肉体の密度を大幅に増加させる過程だ。それによって身体能力は飛躍的に上昇するとか何とか」
「それが人体強化? あの人みたいに?」

 ルイスは頷いてそれにこたえた。

「天人は何かと戦っていたことが考えられる。砦を築いたのはそのためだ。だったらこの世界図塔というのも戦闘のための何らかの建造物ではないかと僕は考える。けれどどう見ても砦の類じゃない。僕が予想するに、これは何らかの装置だ」

 鳥はいまだ鳴き続ける。耳をつくその声。

「あの男の人は川を流れてきた。そしてその上流にこの塔がある。何かしらの関係性はあるんじゃないかな」
「つまり、ルゥ君が言いたいのは……」

 リオはゆっくりと塔の内部を示す。
772 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:18:22.92 ID:wZc1dP.o

「この塔が、人体強化のための大掛かりな仕掛けで、あの人はこれによって化け物になったった。そういうこと?」
「その通り。これは天人が自らの身体を強化するための――」

 その時、鳥の鳴き声が止んだ。風もぴたりと動きを止める。森に瞬時に静けさが満ちた。

(……なんだ?)

 ぴんと張り詰めるような静寂。振り向くルイスの足が小さく大きな音を立てる。
 その中で、低い笑い声が響いた。

「く……はは」
「……誰?」

 リオが見回す視線を一点に落とす。声はその視線の先から響く。

「なかなか、興味深い考察、ではあるな」

 ここから離れた一本の木。なんの変哲もないその木の陰から声はしている。

「ヴァンパイア化のための、装置か、いやはやどうして、面白い」
773 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:19:14.36 ID:wZc1dP.o

 すっ、と木の陰から人影が姿を現す。

「だがそれは、ただの転移装置だ。ものを移動させる以上のことは、できん」
「……転移装置?」

 人影は外套ですっぽりと身体を包んでいる。フードで頭を覆っているため、顔も見えない。

「そう、多少大がかりなだけ、のな」

 ルイスはその声に違和感を覚えた。男の声であることは分かる。しかし、若いようにも、老いているようにも聞こえ、抑揚はなく、どこかたどたどしい。

(何者?)

 どこか怪しい雰囲気に警戒して構えるが、その人影は距離を置いたまま近づいては来ない。

「もともとは、補給物資を大量同時移動させるために造られた、ものだ。それ以上でも以下でもなかった。高いポテンシャルを有しているのも確か、だが」

 ざわざわと体中の毛が逆立つのを感じる。これはまがうことなき脅威だ。本能が告げていた。
 ルイスはちらりと横を見る。リオが小声で呪文をつぶやき、後ろ手に短剣を出現させたのが見えた。
774 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:20:33.35 ID:wZc1dP.o

「お前たちは、天人種族を、知っているのだな、ルイス・フィンランディ、リオ」
「な!?」

 ルイスはぎょっとして目をむいた。なぜ名前を知っている?
 しかしその人影はルイスの驚愕を無視して先を続けた。

「千年は経過しているはずだが……しかし、実際に相対したことはなく、そしてドラゴンのことも知らない、か」
(ドラゴン?)

 聞きなれない単語。いや創作世界にはしばしば登場するトカゲの化け物。

「違うな。お前の想像しているそれとは、だいぶ性質が異なるぞ」

 ……思考が読まれている?
 フードの奥からこちらを見つめる視線を感じる。平坦でのっぺりとしたそれ。それにすべてを見透かされているような気がして、背筋に冷たいものが流れるのをルイスは感じた。

「かつてこの大陸において栄華を極めた、六の獣王たちの総称だ。この世界のすべてを司るシステムにアクセスする方法を開発し、強大な力を手に入れた、聡明にして愚昧なる者ども。世の理をわきまえず、その結果として咎をおった罪深き彼ら」
「罪?」
「そうだ。結果、彼らは神々に、呪われた」
775 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:22:28.89 ID:wZc1dP.o

 呪い。神々の全知全能の力の秘儀を盗み、怒りを買った天人たち。

「天人――ウィールド・ドラゴン=ノルニルは、六のドラゴンがうちの一に、すぎん。責めはドラゴン全体が負った。災厄が彼らを打った」
「何の、話だ?」
「彼らは最初のうちは抵抗したが、力の差は歴然としていた。彼らは負け、地の果てまで逃げた。いや、それでもまだ足りぬ。ついに海を越え、広大な障壁を張ることで彼らは逃げおおせた。アイルマンカー結界。彼らの悲しき抵抗だ」

 何のことを言っているのか、ルイスの頭脳を持ってしても全く理解できなかった。ただ、何か重要なことを言っている、それだけはおぼろげながら呑み込めた。

「アイルマンカー。それは始祖たる魔術士の、別称だ。ドラゴンは、世界システムに組み込まれた彼らを通して、魔術を行使することができる」
「……」
「ドラゴンとは最初の魔術士。お前が求める魔術の起源とは、それだよ」

 ぞくり、と背筋が粟立った。

「お前は何者なんだ?」

 だが、人影はやはり無視したようだった。

「そして災厄。魔術の発生とともにこの世に生まれた、それ。魔術に対する半存在。魔術士が存在する限り、世界の矛盾の結果として在り続け、魔術士を駆逐する」
776 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/01(水) 19:23:17.25 ID:wZc1dP.o

「災厄と、矛盾?」
「システムに御されるべき立場の者が、システムを御する力を得てしまったことによる、論理矛盾。災厄はその代弁者、だ」

 ふと、彼とルイスたちとの間にどこか剣呑な空気が漂い始めるのを感じる。

(なんだ?)
「そして災厄は、人間種族をも見逃すことは、ない。種族の中に魔術士が存在する限り」

 すっ、と彼は外套の中から片手を伸ばす。手の平を上に向けて、こちらを諭すようなしぐさ。
 だがルイスとリオはその動作よりも腕自体に目を奪われた。
 妙に細く、見覚えのあるガラス光沢のそれ。関節が妙に節くれだっており……

「まだ、目をつけられては、おらぬ。が時間の問題であることを、私は知っている。だから――」

 人影は唐突に機敏な動きを見せた。むしるようにフードを取り去り、外套の前を割る。

「私は、魔術とともにあるお前たちを、排除しなければならない……!」

 つり上がった緑の双眸と目があった。蘇る忌まわしい記憶。

「っ……」
「我が名はラモニロック。人間種族のアイルマンカー、だ」

 殺人人形が、そこにいた。
777 :アナウンス [sage]:2010/12/01(水) 19:24:58.93 ID:wZc1dP.o
ここまで
ここら辺から劣化オーフェンの臭いがきつくなりますよ
話も込み入ってきそうです
それでは
778 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/01(水) 19:44:22.28 ID:x.9DHgDO
乙です
779 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/01(水) 21:17:31.80 ID:.gKuXcSO

アツいね
780 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/01(水) 21:26:43.97 ID:TcW6PRgo
781 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 16:29:50.88 ID:a4cmGJ.0
乙です。
イイネ イイネ
782 :アナウンス [sage]:2010/12/04(土) 17:30:11.17 ID:k9GkytAo
設定が小難しくて読む人より先に当方の頭がパンクしそう
秋田さんマジで設定厨ですよ
見直しが終わったら投下しに参ります
783 :アナウンス [sage]:2010/12/04(土) 19:27:09.32 ID:k9GkytAo
本格的に見直してたら二時間経過していたぜ
それでは投下します
784 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:28:05.13 ID:k9GkytAo

「“我は放つ光の白刃”!」

 その瞬間、ルイスはためらわなかった。リオの手を取り、手加減など一切ない魔術を解き放つ。
 膨れ上がった強烈な光輝は、一瞬の内に人形を呑み込み爆砕した。地響きがあたりに轟き渡る。
 巻き込まれた木々の焦げるにおいを感じながら、ルイスは油断なく次の魔術を用意した。

「殺人人形! なんでこんなところに!」

 リオの叫び声がわずかに震えを含んで響き渡る。ルイスは考えないようにした。彼女が怯えていることなど、認めないほうがいい。
 魔術の火炎は、いまだ荒れ狂って熱風を撒き散らしている。空気が熱気に歪む、その奥に人影がぼんやりと浮かび上がった。

「“我描くは光刃の軌跡”!」

 ルイスの眼前に、一瞬直径一メートルほどの光球がまたたく。だが、一瞬以上は輝かずに消えた。そしてそれは炎の奥の人影の目前に忽然と現れる。
 じゃ――っ!
 熱された鉄板に油をぶちまけたような音が響きわたった。
785 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:28:46.95 ID:k9GkytAo

 疑似球電。魔術によって生みだしたそれを、術者によって任意の地点に空間転移させる魔術。もちろん転移は一瞬で、人間の反射神経ではどうあがこうとも防御することはできない。いや、それどころか認識するできるかどうかすら怪しい。人間レベルでは対応できない術。理論的には。
 だが。

「なかなか、面白い術を、使う」
「!?」

 魔術の火炎が風に吹き消されて、光球とそれを片手で受け止める人影が目視できるようになる。爛々と緑の瞳を輝かせる殺人人形。

(そんな馬鹿な……)

 これと似た不意打ちは先の殺人人形には有効な攻撃だった。そういった反射神経は人間とそう大きく変わらないはずなのだ。全く通じないなど考えられないはず……

(ただの殺人人形とは違うとでもいうのか!?)
「言ったはずだ」

 疑似球電の効果が切れ、遮るものが無くなった視界で、人形はゆったりと腕を下ろした。見ると外套すら損傷していない。

「私は人間種族の、アイルマンカー。女神に見出されることで常世界法則に組み込まれ、運命を剥ぎ取られし者。人間種族の魔術士、その始祖たる者。殺人人形などという模造品と、一緒にするな」
786 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:29:16.45 ID:k9GkytAo

「女神……? 模造品……?」
「そうだ。私こそが、オリジナル。私こそが全殺人人形の、原初」

 唐突に。人形の姿が消えた。前兆すらなくさっぱりと。
 呆気にとられて前に出る。どんなに目を凝らそうとも、そこには何も残っていない。

「なん……?」
「後ろ!」

 リオの声と同時か一瞬後、二人は不可視の力に吹き飛ばされ、前方に投げ出された。
 あわてて起き上がると、塔の中から人形が悠然と歩み出てくるところだった。

「ふむ。何も知らぬまま、殺すのも哀れという、ものか。ならば少しばかりの温情を、与えよう」

 人形が何か言っているが、ルイスは聞いていなかった。それよりも重要なことに気がついていたから。

(今どうやって転移した!?)

 ぞっとする。人形は文字を描くことはしなかった。もちろんこれといった呪文の声を上げることも。一体どういうことだ?
787 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:32:17.97 ID:k9GkytAo

「およそ千年前、私は、ただの人間だった。お前たちとなんら変わることのない、取り立てて特徴もない、そんな者だった」

 人形は一泊おいて、だが、と続けた。表情がわずかに険しいものに変わる。

「私は邂逅した。女神――あの災厄と。そして運命を剥ぎ取られた。この緑の瞳がその証だよ。ドラゴン種族もすべてこの瞳をもっている」

 ルイスは唐突に気づく。あれは苦悶の表情だ。

「我らアイルマンカーは死ぬことが、できない。呪われた。私は醜いこの姿に、堕とされた。天人たちは、私を見て人間から殺人人形を製造するためのヒントとした……」

 俯きかけた顔を持ち上げ、人形は言う。

「人間種族は私をもとに魔術を行使する術を得た。だが、それによって同じように呪いも受けた。いや、お前たちを見る限りまだ、その兆候はない、か。だが、いずれ人間種族にも緑の瞳が現れる。そうなれば女神に滅される運命は、逃れられまい。だから――」

 ぶわり、と風が吹く。それは人形の外套を膨らませ、ルイスたちに圧迫感を与える。

「私は、今こそお前たち呪われた魔術士の血を、根絶やしにしなければならない……!」
(……!)
788 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:32:58.41 ID:k9GkytAo

 今度もまた、ルイスはためらわなかった。瞬時に離脱の構成を編み上げる。

「“我踊るは――”」

 しかし。

「“逃げるな”」

 人形の声が、鋭くルイスの根幹に突き刺さった。

(!?)

 魔術は――発動しなかった。力を発揮する予兆すらなく構成がはかなく霧散していく。

「ルゥ君……?」
(馬鹿な……)

 もう一度空間転移の構成を編む。だが、どんなに集中力を注ぎ込もうともそれらは完成することなく、掌を滑り落ちていく。

「構成が、編めない」

 必死にあがいた後、愕然と認める。
789 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:34:01.81 ID:k9GkytAo

「ふ……はははははは!」

 人形の笑い声が響き渡る。先ほどまでのたどたどしい言葉繰りとは対照的に、それは滑らかに森に響いた。

「くっ」

 リオが構える。ルイスの手を振り払い一歩を踏み出し、しかしそこで彼女の足が止まる。
 人形は動いていない。間合いは変わらない。それでも、リオはそれ以上進まない。不自然な体勢のまま動きを止めている。
 ルイスには分かった。動かないんじゃない、“動けない”のだ。なぜなら、

(身体が、動かない……!?)

 ルイスもそれは同じだったから。

「はは、ははははははは!」

 人形の声が響き続ける。その目が二人を凝視する。まるでそのせいで動けないとでもいうように。
 ゆっくりと……ゆっくりと意識に靄が掛かっていくのをルイスは感じた。人形の緑色の目がやけに大きく見える。次第にそれしか見えなくなる。視界がぼんやりと閉じていく。
790 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:37:16.87 ID:k9GkytAo

(これは、一体?)
「≪精神支配≫」

 ぴたりと笑い声が止む。

「これは≪白魔術≫というものだ、ルイス・フィンランディ」

 その声は、耳とは別のところで聞こえていた。もうほとんど働かない視覚の代わりに、他の感覚はかえって研ぎ澄まされている。

「聞いたことはないか? 従来の物質とエネルギーを操る魔術を、仮に黒魔術と呼ぶとするなら、精神と時間を操るものを白魔術と呼ぶ。白魔術は黒魔術のさらに上にある高度な音声魔術だよ。お前たちが話していた精神士。あれは白魔術の応用形だ」

 もう目の前は真っ暗だった。何も見えない。何も聞こえない。ただ、人形の存在だけをおぼろげに感じる。

「白魔術はさらに高度化させることができるが、それはまあ置いておこう。ところで……」

 つい、と人形の気配が移動する。

「う……」

 声が上がった。リオだ。
791 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:38:38.37 ID:k9GkytAo

「こちらの――魔物というのか、興味深い。特殊ヴァンパイアと、いったところか?」

 特殊ヴァンパイア。聞き覚えがある。たしか……先の殺人人形がリオに対して発した単語だ。

(なんなんだよそれは!)

 それはおおよそこの状況すべてに対して出した言葉だったが。

「ヴァンパイア。それは、人間の持つ可能性の名、だよ。肉体化と、言ったな。あれは正しい。人間種族にはそういうものが、ある。ドラゴン種族の力は強大だが、それを超える可能性を、人間は有しているのだ。」
「が……っ」

 人形の言葉の合間にリオの苦悶の声が上がる。

(姉さん……)

「人間は通常ある条件を経てヴァンパイアとなるが、魔物、これは別の形で肉体化が進み、固着した例のようだな」
(ある条件?)
「そう、その条件とは……うん?」
792 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:39:19.03 ID:k9GkytAo

 人形の声によどみが生じた。そして生じるわずかの間。
 その隙にルイスはあがいた。渾身の力を込めて、がむしゃらに四肢を振り回そうと試みる。もっとも、手足の感触などとうに消え去ってしまっていて、なんの手ごたえもなかったが。
 それでも。

(姉さんが……!)

 その時、ふっと視界が晴れた。その他の感覚も順次回復していく。
 日の光が遮られ、わずかに薄暗い光景、耳が痛くなるほどの静けさ、植物特有の青臭いにおい、ひんやりとした空気……そして広がる苦い味。

「姉さん!」

 リオが地に倒れ伏していた。駆け寄ろうとして踏みとどまる。リオのわきには人形が何をするでもなく立ち、こちらを見ている。

「……?」

 いや、その視線はルイスを通り過ぎ、こちらの背後を――
 ざわり……
 空気が不穏に戦慄いた。
793 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:40:38.91 ID:k9GkytAo

「ちょうど、よかったな」
「……何がだ?」

 人形との距離をはかり、そしてその隙を探しながらルイスは油断なく訊いた。

「人間種族がヴァンパイアとなる条件。それは神と邂逅することだよ。そしてそれを受け入れることだ」
「神? 戯言を……」

 人形は何気なく立っているようで、しかし隙はなかった。リオを助けたいが、それができない。

「信じられなくとも無理はない。だが、信じざるを得ない。それを見たならば。だから、邂逅せよ、神と」

 人形がふっと消えた。あわてて周りを見渡すが、どこにもその姿はなかった。
 リオのもとに駆け寄る。抱き起こすが外傷はないようだった。ただ、意識がない。

「姉さん……姉さん!」
「う……ん……」

 目を開けたリオは、一瞬で起き上がり身構えた。短剣を構え、隙なくあたりを見渡しながら鋭く囁く。

「あいつは?」
「分からない……」
794 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:41:32.38 ID:k9GkytAo

「逃げた?」
「違うと思う。でも神がなんとか……」

 ざわり――……
 再び空気が動く。何かが這いまわるような不気味な気配。

「なに、これ……?」

 リオが身を震わせてあたりを再度見回した。

「なに、って……」

 突然、先ほどの静けさが嘘のように木々がざわめき始めた。
 ルイスは塔を背後に、リオの手を握った。
 木々の囁きは収まることなく、いや、かえって不吉に大きくなり、まわりに広がっていく。
 出どころの分からない不安感を前に、ルイスは身を固くして“何か”に備えた。

 ずるり――……

 今度は何かが地を擦る音がした。近い。
795 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:42:28.17 ID:k9GkytAo

「……?」

 そのとき、ぴたりと木々のざわめきが止んだ。何かが這いまわる気配も消える。
 無音。全くの無音。耳が痛くなるほどの静けさがあたりに落ちる。その静寂の底で、ルイスは慎重に呼吸した。ゆっくりと、恐る恐る思い出す。

(あの人形はなんと言っていた?)

 言うことすべてが理解できなかったが、それでも最後の言葉を思い出す。

(神と出会い、受け入れることでヴァンパイア? となる?)

『邂逅せよ、神と』

 次の瞬間、ルイスには何が起こったのか分からなかった。地に投げ出され、悲鳴を上げる。顔を上げて理解した、リオが彼を抱えて飛び退いたのだ。
 そして目の奥に残る残像。茂みの中から何か黒い影が飛び出し、ルイスたちの方へ――
 そこまで思い出して、ルイスは叫んだ。

「“我は紡ぐ光輪の鎧”!」

 二人を包んで広がる魔術障壁。無音で広がったそれの表面に、何かが勢いよくぶつかってきた。
 べちゃり……
 粘着質の音を立てて張り付く何か。それは腐った肉のようなくすんだ色をしていた。茂みの方から長く伸びる何かの塊。
796 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:43:55.49 ID:k9GkytAo

「なんだ!?」

 ルイスの叫び声に反応して、というわけではなかろうが、茂みから次々に“それ”が飛来する。障壁の表面にぶつかって張り付く気色悪い物体。
 悲鳴を上げてルイスは魔術障壁を振動させた。弾き飛ばされて塊達は地面に落ちた。
 障壁が消える。
 リオとともに立ちあがって後ずさりしながら慎重にそれらを観察する。地面の上でそれらはぶるぶると震えている。

(触手?)

 確かにそれは何かの太い触手のようにも見えた。となれば。

(本体は茂みの中!)
「“我は放つ光の白刃”!」

 光の奔流が茂みに突き刺さって爆発する。威力だけを優先し、総力をそのままぶつける構成。だが――

(手応えがない!?)

 魔術はするりと茂みを抜け、予想地点から距離を空けて爆発した。
797 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:45:39.86 ID:k9GkytAo

 同時にぬろりと触手たちがうごめく。二人はびくりと後ずさる。だが、それらはこちらを襲うことはなく、ゆっくりと茂みの方に引いていった。
 触手たちが見えなくなっても油断はできない。ルイスは冷や汗の感触に身震いしながらいつでも防御の構成を展開できるように準備した。

「一体なんなの……!?」

 リオが毒づき気味に囁く。ルイスはそれには答えなかった。分からないのはもちろん、今声を出したらまた呪文のための息を吸うのに隙が生じる。
 ずるり……
 再び粘着質の音がした。リオがルイスの手を強く握る。
 そして茂みからゆっくりと“それ”が――

「――っ!」

 目視した瞬間、ルイスはすばやく身を翻した。対抗することなど頭から捨て、逃げるために地面を蹴る。
 敵わない。ルイスの脳裏に浮かんだのはその言葉だった。敵わない。

(なんだあれは!?)

 二人が目にしたもの。それは、二人の身長をゆうに超す無形の肉塊だった。
798 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:50:06.14 ID:k9GkytAo

 あんな得体の知れないものに敵うはずがない、逃げなければ。だが、右に向けた足がぴたりと止まる。
 ずるり……

「っ!?」

 目の前の茂みから、同じように腐った色の肉塊が姿を現す。
 胸中で悲鳴を上げながらさらに別の方向へ足を向ける。しかし。
 ずるり……ずるり……
 そちらの方向からも、また別の方向からも、次々に肉塊が現れる。それらは不気味に触手を伸ばしながら、こちらをゆっくりと囲み始めた。

「う……うあ! うわあ!」

 理解不能の状況を前に、理性は簡単に砕け散った。ルイスの喉を悲鳴が割る。
 逃げ道はなかった。肉塊はルイスたちを塔ごと囲むように次々と周りから現れる。森へと続く道は断たれた。ルイスたちはだから、逃げ道でない道を選ぶしかなかった。

「こっちだ!」

 リオの手を引く。もっとも、リオも同じ方向に走り始めていたが。
 ばたん!
 塔に駆け込む。扉を閉じる際に、リオがそのわきにあった荷物の内いくつかを取りこむのを見ながら呪文を叫ぶ。

「“我は閉ざす境界の縁”!」

 不可視の何かが震える音を立てて扉に集約した。封鎖の魔術。これでちょっとやそっとのことでは扉は開かない。
799 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:52:00.02 ID:k9GkytAo

 心臓が早鐘を打つのを感じながら、ルイスは扉から後ずさった。
 扉の向こうから、粘り気のある何かが激しくぶつかる音が響く。気色悪いその音に怖気が走った。

(これは――この状況は一体何なんだ……?)

 人間種族の始祖魔術士を名乗る人形。それが神と示唆する肉塊。そして神と邂逅し、受け入れることで変異した人間、ヴァンパイア。
 ルイスはなるたけ冷静になることを自分に命じた。
 始祖魔術士――アイルマンカー。確かにあの人形は魔術文字とは別の魔術を用いていたようだった。だが、あれは音声魔術なのか?

(白魔術?)

 従来の魔術の上位形と言っていたが……。
 そして、なぜその人間種族のアイルマンカーが人間種族の魔術士の命を狙うのだ?

(矛盾……災厄、そして女神……)

 魔術士の存在により論理矛盾が生じる? そして災厄が発生した?

(駄目だ……何の事だか……)
800 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:52:45.60 ID:k9GkytAo

 ただ、今おぼろげにわかることは、ただの人間が化け物になる原因があの肉塊にあるらしいということ。そして逆にはっきりとわかるのは自分たちがその肉塊に襲われているということだ。

「ルゥ君……」

 短剣をしまったリオが、例の細長い荷物を抱くようにしてこわごわと言う。

「どうしよう追い込まれた……」
「……」

 ルイスは周りを見渡した。白い壁面が延々と上方に続くだけの単調な構造。扉は目の前の一つきり。逃げ場はなかった。無言で構成を編む。

「……駄目だ」

 空間転移の構成は、いまだ頭の中で形をなしてはくれなかった。逃げ道は、ない。

「……」

 その時。
801 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:53:45.75 ID:k9GkytAo

 にちゃ……

「……?」

 扉の方から異常を感じ、ルイスは視線をそちらに移した。
 にちゃり……
 その音を最後にしばし扉が沈黙する。先ほどまで響いていた激突音も一時止んだ。
 次に響いたのは扉の悲鳴だった。
 ぴし――っ
 鉄製のそれにひびが入る。ルイスの背筋に嫌な汗が伝った。

(まさか……)

 扉は気づかぬうちに本の少し変色していた。わずかにくすんだ色になっている。そしてそこに細かいひびが――
 めきょ!
 腐食した扉が音を立てて変形した。封鎖の魔術も関係ない、

(扉を丸ごと壊す気か!?)
802 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:54:34.58 ID:k9GkytAo

 くたくたに歪んだ扉の残骸が、音を立てて内部に倒れた。そしてその向こうに、腐った肉の色。
 二人はゆっくりとさらに後退した。肉の塊は入り口から緩慢な動きで、まるでチューブから絵具をひり出すように流れ込んでくる。
 ルイスは上方を見上げた。目測で五十メートルほどのまがった円柱形。他に空気口のようなものはない。つまり考えなしに強力な魔術は撃てない。下手をすればきついバックファイアが自分たちを襲うだろう。

「っ……」

 後退する先を壁に阻まれる。限界を定められている中で、永遠に後退できないことは必然だった。
 肉塊は、それを知っているかのごとく、恐怖を煽るようにゆっくりと近づいてくる。

「あれに捕まったら、どうなるんだろうね……」

 汗を垂らしながらリオがつぶやく。

「あたしたち食べられちゃうのかな……?」

 ルイスの手が、逃げ道を求めて背後の壁を撫でる。相変わらずなんの抵抗もなく滑る壁面――いや。
803 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:55:30.89 ID:k9GkytAo

(……?)

 わずかにざらつくそれに、ルイスは違和感を覚えた。
 二人と肉塊の距離が五メートルほどに縮まる。肉塊は膨大な質量でもって塔になだれ込んでくる。外にいた個々の肉塊の量ではありえない。ちょうどすべてが混ざり合わさったぐらいの体積に思えた。
 ただ、目の前に迫るそれらの恐怖を、ルイスは一時忘れていた。

(なんだ?)

 それは、指先に伝わる熱の気配。
 壁面のざらつきにそわせた指から伝わる力の経路。

(力?)

 ルイスははっとして見下ろした。手をついた壁が、発光している。光は徐々に広がり、それほどたたずに文様の形をなした。

(これは……魔術文字!)

 胸中で叫んだ瞬間、塔内部の壁面すべてから光があふれた。

「なん……?」

 目を眩ませる光の奔流。その一つ一つが文様を形作っている。肉塊も一時動きを止めていた。
804 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 19:57:03.72 ID:k9GkytAo

 必死に見開く視界の中、光の文字が、壁から剥離した。そしてそれは一つではない。次々と、次々と文字は壁から離れ、空中で光の流れを作る、渦を巻く。その中に魔術構成が見え隠れするが、あまりに複雑、巨大なために、ルイスには把握することができない。ただ、どこか似ている構成はあった気がする。

(空間転移……?)

 光の渦の動きが加速する。光量もまた増加し、網膜を激しく焼く。その中でルイスは思い出していた。

『それは、ただの――』

 転移装置。もともとは補給物資を大量移動させるための。つまり……

「発動した!? どこへ行くんだ!?」

 ルイスは叫んだが、それはほとんど言葉にならなかった。その時には突風があたりに吹き荒れ、それ以外の音は何も聞こえなかったから。
 あたりは強烈な光ですでに白一色に染まっていた。空間の感覚が無くなっていく。それは視覚を奪われたからだけでない。踏みしめる床の感触は消え、接していた壁の抵抗もなくなり、まるで浮遊しているかのように――

 その思索を最後に、ルイスの意識は白い混濁の中に溶けて、消えた。
805 :アナウンス [sage]:2010/12/04(土) 20:05:10.77 ID:k9GkytAo
ここまで
さすがにすべての設定が分かったぜって方はまだいないですよね?
もうちょっと設定説明っぽいのが続きそうです
806 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/04(土) 20:47:13.70 ID:djY0GUDO
807 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/04(土) 20:59:05.39 ID:ZF4RYoSO
わかったようなわからないような…でも息するのを忘れそうな緊張があった
808 :アナウンス [sage]:2010/12/05(日) 10:17:15.13 ID:6o0iz5Io
>>807
>息をするのを忘れそうな緊張
光栄です。けれど、緩急に乏しいという見方もできそう。実際まとめ読みするとペースがおかしいし……精進します
さて、短いけど四章もそろそろ終わり。次回からは聖域編
書き溜めてきますのでお楽しみに
809 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 10:49:27.89 ID:qVAo2jAo
待ってるぜ
810 :アナウンス [sage]:2010/12/05(日) 21:21:53.69 ID:6o0iz5Io
一応、短いけど今日の分完成
ただ、正直これからオリジナリティがどんどんなくなってって、「あれ、オーフェン読めば事足りんじゃね?」状態になりそうです
必ず完結させますが、上の点において皆さんをがっかりさせたらごめんなさい
それでは見直しの後、投下します
811 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 22:33:10.29 ID:6o0iz5Io

     ※


 世界図塔から一条の光が昇るのを小高い丘から見届け、ラモニロックは苦笑いを浮かべた。

「発動させたか……運のいいことだ」

 どこに転移したのかは想像もつかない。機能は単純とはいえ、天人が作成した規模の大きい装置だ。だが、あの神も一緒に転移したのは間違いない。どちらにしろ転移先で始末されることになるだろう。

「さて……」

 ラモニロックは踵を返した。彼らの記憶を読んで、現在の人間種族が集中している場所は把握した。次はそこの浄化を行わなければならない。
 どこか重い足を踏み出し、森の中へ――

「……」

 その先に人影を認めてラモニロックは足を止めた。

「……」

 おおよそ黒以外の色を見つけることが難しい人物だった。黒のマント、黒の手袋、黒のブーツ。しいて言えばその顔だけが白い。夕刻が徐々に近づくうす暗い木の影に、その白だけが浮かび上がり、どこか幽霊のような印象を周りに与える。
812 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 22:34:10.93 ID:6o0iz5Io

(幽霊か……違いない)

 胸の内で笑って、ラモニロックはその白を見つめた。
 人影は何も言わない、動かない。まるで森の中に置かれた人形のように。

「私に、何の用だ」

 問いかけが無駄であることは口に出す前から承知していた。儀式のようなものだ。または日常の下らぬ験担ぎ。意味がないと知ってはいてもやらずにはいられないそれら。自分からは日常などというものが剥ぎ取られていることは十分に分かってはいたが。

「私には、やることがある。失礼させてもらおう」

 踵を返し、足を踏み出す。
 ――恐怖だ。唐突に気づく。意味がないと知っていても自分にそれを強いるもの。それは恐怖だ。

「……」

 踏み出した先に、やはり人影が立つ。移動のそぶりすら見せず、まるで最初からそこにいたかのように立っている。
813 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 22:35:26.51 ID:6o0iz5Io

 訝しい思いと、わずかな胸のざわつき。それらを同時に感じながら、ラモニロックはかすかに身を固くした。

「……」

 ラモニロックの無言に対し、人影も無言。
 空気が硬化した。張り詰めるのではなく、ただただ重く凝縮していく。空気の分子が次第に停止する。音が消える。その中で光だけが徐々に弱まっていく。夕刻が近い。
 空気が再び動き出したのは、数秒後だった。

 小さな小さな音がした。

「がっ……」

 その音を聞きながら、ラモニロックは膝をついた。

「……」

 それ以外に動きはなかった。ただ、片方が跪いただけ。その結果をラモニロックはむしろ静かな思いで見下ろした。

「なぜ……」

 それでも声の震えは隠せなかった。

「なぜ、私の邪魔をする、≪神殺しの神≫よ!」
814 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 22:36:40.12 ID:6o0iz5Io

「義理だ。友人たちへの」

 言葉は、目の前から聞こえた。信じられない思いで顔を上げる。そんな動作すらも億劫だった。

「何、を……」
「“――何処からも来る。飄々と気配を刻む故郷に”」

 ぶぅん――
 空気が微細に振動する。

「く……」

 音声魔術には、上級の術として白魔術と呼ばれるものがある。物質世界に作用する従来の黒魔術の上位形で、目に見えない精神世界に作用する。それは文字通り精神であったり、はたまた時間であったりするのだが、音声魔術の最終形と呼ばれるそれにも、さらに上の術が存在する。
 通常の魔術では常世界法則の枠内でしか効果を発揮しない。しかし、その常世界法則そのものを捻じ曲げる術というのがある。はずだった。
 ただ、それはもう魔術と呼べるのか怪しいところではあったが。
 無理に名付けるとするならば……

「……魔王、術」

 確かにそれならば自分を殺せるのかもしれなかった。
815 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 22:40:14.57 ID:6o0iz5Io

「“帰りきたる。痕の多い獣の檻。大にしてうねり、小にしてわめく”」

 千年の呪縛をも断ち切って、この自分をも抹消できる可能性。
 ならば。ならば拒むことはない。むしろそれは待ち焦がれたことであり、自分の望みであったはずだ。

「よかろう……私を殺すがいい! それこそ私が希求していたことだ!」

 望まずしてアイルマンカーに堕とされた自分には、これはまたとないチャンスだった。
 殺すことでは自分に絶望を植えつけることができない。その事実に、どこか相手をあざける心境になりながら、ラモニロックは哄笑した。
 ふっ、と身を包む底なしの喪失感と解放感。そして生じる快感のなかで、しかしラモニロックは魔王の声を聞いた。

「何か勘違いしているようだが」

 呪文を唱えるのを一時中断し、魔王がこちらを見据えていた。その目に映るものに、ラモニロックは違和感を覚えた。
 魔王が言う。

「お前は人間種族のアイルマンカーではない」

 魔王の目に映る感情。それは、同情。またはそれに似た何か。

「……何?」
816 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 22:41:23.04 ID:6o0iz5Io

「お前は、女神と邂逅し、運命を剥ぎ取られた。それは確かだ。だが、人間種族のアイルマンカーなどではない」

 自分の存在が、ゆっくりと世界から剥離していくのを感じる。その感覚の中で、ラモニロックは必死に声を絞り出した。

「それは、どういうことだ!?」

 魔王はため息をついて首を振った。

「やはり思い違いをしていたか、気の毒に思う。おおかた天人種族にでもふきこまれたのだろう。お前はただの」

 ……酷く嫌な予感がした。

「……やめろ!」
「お前はただの、一ヴァンパイアだよ」

 ラモニロックは絶句した。
 風が吹いた。うす暗い森のなかを吹き渡り、木の葉を寂しげに揺らす。

「なん、だと……?」

 何か、別のことを言おうとしていたことは記憶している。だが、口から出てきたのはそんなろくに意味をなさないただのうめき声だった。
 自分の信じてきたものが、ゆっくりと瓦解していく音がした。それはかすかなものでしかないが、しかし決定的な破壊音だった。
817 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 22:43:06.42 ID:6o0iz5Io

「根拠……」
「うん?」
「そんな戯言に根拠などあるか!」

 その反論に対し、しかし魔王の口調は淀むことはなかった。

「そもそも、人間種族にアイルマンカーは必要ないのだ」

 彼は淡々とつぶやくように言う。

「そん……そんな馬鹿なこと、あるはずが――」
「あるのだよ」

 そっけなく、本当に何でもないことを言うような軽い口調で、だがはっきりと彼は断言した。

「なぜなら人間種族は――」

 そして告げられた真実を、ラモニロックは信じることができなかった。ただただ目を見開くことしかできない。もはや言葉は出てきてくれない。

「“肝にある蟲。腸にある蛇。南風に捧げられ埋め尽くす砂利――”」

 茫然自失のラモニロックに対し、魔王は慈悲を見せなかった。いやある意味において、その断固とした処刑は最も慈悲深い行為であったのかもしれないが。
 ラモニロックの視界は、静かに閉じていった。
 深く、深く。遠く、遠く。
818 :アナウンス [sage]:2010/12/05(日) 22:44:05.49 ID:6o0iz5Io
第四章、了
819 :アナウンス [sage]:2010/12/05(日) 22:52:29.84 ID:6o0iz5Io
さて、これでようやく五分の四終了ってところかな。終わりがだんだんと近づいて参りました
ただ、後日談や短編も書こうかなと思ってるんで、このスレだけでは終わりそうにないです
そこでちょっとお聞きしたいのですが、次スレのタイトルはまた変えても大丈夫でしょうか
もし分かりにくければこのスレタイで継続しますけども
ご意見お待ちしております
820 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 23:08:37.56 ID:WnOqqYDO
乙です

スレに次スレのリンク貼るなら変えても問題無いかと
個人的には変えた方が面白いからいいと思う
821 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 23:21:08.48 ID:qVAo2jAo
乙だぜ
822 :アナウンス [sage]:2010/12/06(月) 08:14:25.37 ID:v7.y28Ao
ご意見どうも。熟慮します

さて、あと五章、六章を残すのみ
できるだけ早く終わらせられるように努力します
823 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/07(火) 01:31:16.09 ID:sRZOgW60
乙です。
更新感謝
824 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/11(土) 17:40:03.58 ID:6Y0M2bwo




 〜第五章 「ドラゴン」〜



825 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/11(土) 17:41:30.74 ID:6Y0M2bwo



 男は多くを望んではいなかった。ただ、その平穏な日々が長く続けばいいと願っていた。



 やさしい風の中、女が揺り椅子で本を読んでいる。穏やかな視線で紙の上を撫で、時折静かに頁をめくる。
 風が彼女の髪を乱し、女はゆっくりとそれを直す。
 女は一日の大半をそうして過ごすのが好きで、男はそんな彼女を少し離れたところから眺めるのが好きだった。
 少し離れたところ。近くて遠い距離。彼と彼女の間に横たわる隔たり。
 それでも彼は満たされていた。

 彼女はこの世の何よりも美しかった。
 彼女の仕草はこの世の何よりもやさしかった。
 彼はそのそばにいるだけで幸せだったし、それ以上を望みはしなかった。
 彼女が彼の手には入らないことを知っていたが、それでも彼は満足していた。



 男は多くを望んではいなかった。ただ、その平穏な日々が長く続けばいいと、それだけを願っていた。



 ある日のことだった。彼女は揺り椅子にいなかった。
 あちこち探し回り、うす暗い部屋にその姿を見つけた。
 「見ないで」
 彼女はそれだけをつぶやいた。
 彼には意味が分からなかったが、それでも彼女の異変には気付いていた。
 彼女は特にその姿を変じたわけではなかった。しかし、ゆっくりと人をやめていった。
 彼は見ていた。彼女の言葉に従わず、すべてを目に焼き付けた。
 その時も彼女はやはり美しかった。残酷なくらいに。

 そして彼女は姿を消した。彼の前から姿を消した。
 男は茫然と立ち尽くした。
 彼女もまた彼のことが好きだったと知ったのは、だいぶ後のことだった。
 彼は今度こそ彼女を手に入れると誓った。
 人間をやめてでも、彼女を追うと誓ったのだった。



 ――ある男女のこと――
826 :アナウンス [sage]:2010/12/11(土) 17:44:49.54 ID:6Y0M2bwo
あり得ないほど少ないけど、とりあえず投下だけしときます
残りは準備できしだいということで
827 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/11(土) 18:05:23.44 ID:7/wwt6DO
乙だぜ
828 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/11(土) 19:48:26.85 ID:XOKoQ9.0
乙です。
829 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/11(土) 21:28:24.11 ID:TpOQsLIo
830 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/12(日) 10:19:50.25 ID:sMu7Oa.0
乙です。
更新楽しみにしてます。
831 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/12(日) 22:56:47.04 ID:hHVdBdko

 父親がいないことは苦痛ではなかった。彼女は、少なくとも父親が実際に帰還するまではそう思っていた。父親の不在に特に疑問を持つことはなかったし、それによって傷つくような出来事もなかったから。
 本当は違ったのだと気付いたのは彼の帰還後のこと。武術にのめり込んだのは、父親がいない不満や寂しさを紛らわすためだったことを自覚した。

 彼女は父親を嫌った。何故かといえば、彼女は今まで会いたくても会えなかった運命を憎んでいたからだ。それがそのまま父親への怒りへとつながっていた。それについては彼女に自覚はなかったが。
 ついでに言えば、父親というものへの幻想もあった。会えないがゆえに期待が大きくなりすぎてしまったのだ。実際の彼は言ってしまえば俗物であったから、失望が大きかった、ということである。

 武術は彼女にとって救いだった。身体を動かしていれば余計なことは忘れられる。
 そして力は真実と呼ぶに足る何かであり、その純粋さは彼女の心の空隙を埋めてくれた。
 その真実は自分を救ってくれる。彼女はそう信じた。
832 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/12(日) 22:57:47.03 ID:hHVdBdko

◆◇◆◇◆


 冷たい。夢うつつの境目で感じ取れたのはその感覚だけだった。湿った冷たさ。凍えさせるほどではないが、不快ではある。
 うめきながら、目を開いた。
 どうやら自分はうつぶせに寝ているらしい、と悟る。冷たいのは地面。土の地面のようだ。

「……?」

 奇妙な思いにとらわれたまま上体を起こして座り、あたりを見回す。
 立ち並ぶ木々。黒々と茂る植物の葉。森のようだった。だが、どこか先ほどまでいた場所とは雰囲気が異なる。静謐で、人の存在を拒むような空気があった。

「あたしは……」

 記憶の混濁を感じて頭を振る。

「あたしは、確か……」

 何かに追われていたのを覚えている。追い詰められて、そして、光が自分ともう一人を包んで――

「……ルゥ君?」

 はっとして立ちあがった。ルイスはどこだ? そしてあの敵……肉塊は?
833 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/12(日) 22:58:31.01 ID:hHVdBdko

 森の中、しかも薄く靄がかかっているせいで視界ははっきりとしない。少なくともその中には求める人物の姿はなかった。
 ただ、代わりに記憶が徐々にはっきりしてくる。

(あの塔が、作動したんだ……転移した?)

 とすれば、ここがもといた場所と異なるのは間違いない。
 体感覚によれば今は夕刻で、星が出ていればだいたいの位置は分かるはずだったが、あいにく頭上は木々の葉がふさいでしまっていた。
 とりあえず視認できる範囲内にあの肉塊がいないことと自分の体に怪我がないことを確認し、足を踏み出す。
 自分の位置がわからない以上、むやみに動き回るのはいい考えではないと分かってはいた。しかし脅威の存在が分かっている今、悠長なことは言っていられない。

「ルゥ君」

 恐る恐る声を上げる。それは響かずにすぐに消える。

「ルゥ君!」

 先ほどより大きな声で名前を呼ぶ。返事はない。
 森の静寂だけがそれに無言の返答を寄こしてくる。
 茂みをかき分け、木々の乱立する中を彷徨い、いつしかあたりは暗闇に沈んでいた。
834 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/12(日) 22:59:22.67 ID:hHVdBdko

 それを見つけたのは、歩き始めてからだいぶ時間がたった頃だった。

「……?」

 木々の向こうにぽつんと光るものが見えた。
 それは光り輝くというには小さく、はかないというにはしっかりした光だった。ちょうど二つ、虚空に浮いていてまるで、

(目?)

 そう、何かの目に見えた。
 リオの身体に緊張が走る。

「“明かりよ”」

 差しのべた手から球形の光が生じた。それはふわりと浮きあがり、数メートルの上方で動きを止めた。
 白い光明。それによってあたりは照らし出され、目の持ち主の姿もあらわになった。そこにいたのは――

「……」

 無音で佇む黒い影だった。
835 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/12(日) 23:00:11.51 ID:hHVdBdko

(何……?)

 油断なく身構えて目を凝らす。黒い影……いや、獣。
 それは狼のように見えた。
 ……しかしそれにしては大きい。離れているので判然としないが、見上げるほどに巨大。
 それがなんの気配もさせずに、ただこちらを見つめている。あまりの「無臭さ」に、本当にそこにいるのかも疑わしいほどだった。

 無言で見つめあう。
 リオの首筋を汗が伝った。その嫌な感触に、しかし、動くことができない。進むことも、退くことも。
 と。

「……!」

 獣が動いた。
 ゆっくりと、だがしっかりとこちらに足を踏み出す。やはり音はなかった。まるで病人にひたひたと迫る死の影のように。
 巨体と、それに反する無音の接近。どこか現実味がないその光景を前に、リオは戦慄を覚えた。

「“光よ”!」

 差しのべた手の先から光がほとばしる。幾条にも分かれたそれは、一瞬後には一つにまとまりその黒い獣に殺到した。
 轟音。夜の静寂を引き裂き、地を揺らす。
836 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/12(日) 23:01:06.49 ID:hHVdBdko

 立ち上る魔術の白い炎。その向こうにいまだ黒い獣が見え隠れするような錯覚にとらわれ、リオは次の魔術を用意した。ルイスがいない今、単純な総力をぶつけるような構成しか編むことはできないが。
 魔術によって生じた炎は通常延焼しない。少しすると炎が弱まり、光の残像を網膜に刻んで跡形もなく消える。
 その向こうには、夜の闇が広がっているだけだった。

「……?」

 静かに冷たい風が吹く。その風だけだ。魔術を放つ前と後との違いは、その風が吹いているか否かだけだった。
 目を凝らす。しかし夜の闇の中に、あの静かな眼光は見つけられなかった。
 すべて幻覚だった。そう言われても彼女はあるいは信じたかもしれない。それほど夜は相変わらず静謐で、そして冷たかった。
 何も変わらず、何も乱さず。彼女の記憶にだけ、その残像を置き忘れている。

「……」

 振り返ったのは偶然だった。そこにいると確信したわけでもないし、なぜそうしたのか自分でもわからなかった。
 だが、確かにそこにいた。ほんの鼻先、すぐ目の前。
 だからその大きさがよくわかった。
 黒い狼。
 そこに悠然と立ち、リオを見下ろしていた。
837 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/12(日) 23:01:54.46 ID:hHVdBdko

(あ……)

 美しい。
 場違いにも彼女が抱いた感想はそれだった。
 ひっそりと、だが力強く地面を踏み締める前足。流れるような艶消しの黒い毛並み。それに包まれたしなやかな体躯。冷たく光る瞳。

(瞳?)

 緑色の、瞳。
 その輝きには見覚えがあった。昔ではない。つい最近。確か……

『人間種族のアイルマンカー、だ』

 そう、あの人形。奇妙な魔術を使い、彼女らを翻弄した不可解な術士。
 緑。緑の瞳。こちらを見下ろす二つの瞳。
 それしか見えない。それしか分からない。

(あ、れ……?)

 この感覚には覚えがあった。あの、人形……なんと言ったか。精神支配? それだ。それが……

(えっと、それが……?)
838 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/12(日) 23:03:15.70 ID:hHVdBdko

 視界がゆっくりと暗く、夜の闇に溶けていく。
 ぞっとしたのは一瞬だった。まるで眠りに落ちる瞬間のように何も考えられなくなる。恐怖は遠くにかすんでいく。

(…………)

 危機感、というよりも本能が知っていた。これはよくない、逃げなければならない、と。
 だが、それに反して身体はゆっくりと感覚を失っていく。意識は暗闇に浮いている。それでも見上げているのは分かる。緑の瞳。
 ふと、にじみ出るように、いくつか思いだしたことがあった。ここまで一緒だった青年のこと。真実という呪縛にとらわれ、もがいている彼。彼のそばに行かなければ。
 そしてもう一つ。嫌っている父親のこと。もう一生顔を合わせるのは嫌で、だがそれは本音だったか分からないままで、それは確かめなければならないもので。
 師のことも思いだした。彼に習っていないことがまだあった気がする。もっといろいろ学びたかった。そう思う。

 それら断片的に浮かんでくるいくつかの記憶に囲まれて、リオは意識にひびが入るのを感じた。
 暗闇に浮かぶ緑の瞳。その視線が強さを増す。締め付けられるような苦しさを覚える。
 物理的な苦痛ではない。だがそれゆえに致命的。ぎしぎしと悲鳴を上げる何か。

『あ……』

 声は実際に喉から出たわけではなかった。暗闇に無意味に拡散していくそれ。
 唐突に鋭い痛みを覚えた。やはり物理的なものではないが、確かに感じる。
 意識にさらに大きなひびが入った。

『ああ……!』

 そして無数に生じる痛み、苦痛、喪失感。そう、失っていく感覚。

『ああああああああああああああああ――――!』

 父、師、青年、真実、真実真実真実!
 リオの意識は激しい渦の中、粉々になり、ばらばらになり、散り散りになり、そして――消えた。
839 :アナウンス [sage]:2010/12/12(日) 23:06:31.81 ID:hHVdBdko
ここまで
やっぱり少ないけど細かいところのプロットも完成したので、とりあえず毎日投下を目指します
ではまた次回
840 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/13(月) 09:42:23.41 ID:pGknI2SO
終わりが近いのか…
841 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:15:17.73 ID:6at9Csso

◆◇◆◇◆


 父親がいないことは苦痛ではなかった。物心ついたころから父のいない生活というのが当たり前で、彼はそれを疑問に思うことはなかったから。そして、それよりもつらいことを知っていたから。

 父はひとところにとどまることのできない人間だった、とは母の弁である。彼にはよくわからないこと。彼は母が大好きで、それは父も同じだったはずで、ならば絶対に母から離れることなど考えもつかなかった。
 父から母に宛てられた手紙を数通見せてもらったことがある。今どこにいて、いつ帰るとしか書かれていないそっけないものがほとんどだったが、日付を見るとかなりこまめに出されていることが分かった。だから、なんとなく父は悪い人間ではないのだな、ということだけは理解した。
 ……ついでに言えば、それが一年前のものであることも理解してはいた。
 ただ、父のことを話す母は、その時だけは心なしか顔に生気が戻っているように見えた。

 母は遠くを見ていることが多かった。その目には何も映っていないように見えた。自分の姿さえも映っていないのではないか、と常々彼は危惧していた。
 そしてそれは恐らく間違ってはいなかった。母は彼の世話を怠ることはなかったが、そこに愛情の類はないように思えた。
 作業。それだけだ。賢い彼は気付いていた。

 彼は真実を求めた。絶対に揺るぐことのない、世界の唯一の真実を。
 彼は希求した。切実に願った。

 なぜ、彼は求めたか。それはきっと――
842 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:16:20.41 ID:6at9Csso

◆◇◆◇◆


 目を開いて最初に見えたのは白い天井だった。
 あまりに白くて、まだ夢の中にいるのではないかと錯覚した。

「……」

 あまりにけだるく、あまりに遠い。しばらくぼうっと天井を見つめる。
 何も思い出せなかった。何か、夢を見ていたような気もする。だが何も思い出せなかった。

(それでいい……)

 何も思い出したくなかった。そんな、泣きそうな心地になって目をつむる。何も思い出したくない。

(それでも……)

 それでも起きなければならない。自分は追われていた。
 そして、追われていたのは自分だけではない。
 上体を起こすと同時、声がした。

「目が覚めたか」

 ルイスはゆっくり振り向いた。
843 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:17:58.57 ID:6at9Csso

 まず、思い出したことがある。それは自分が手がけていた研究で、先代魔王を討伐した勇者のことだった。
 およそ百七十年ほど昔の話だ。正式勇者ミハイル・フィールは、対魔王戦力≪十三使徒≫の長として当時の王直々に魔王討伐を拝命する。その命を、彼は驚くほど速やかに完遂し、世界を仰天させた。
 その期間、およそ四週間弱。あり得ないことだった。魔王城へ最短コースで突入し、その日のうちに討伐してしてしまった計算になる。それもほとんど休養を取らずに行軍した場合の話だ。

 勇者本人はそれについては特に言葉を残していない。ただ、真正面から堂々と一騎打ちを申し込んだとだけ申告している。
 当然様々な噂が人間界・魔界問わずに飛び交った。これは何かの陰謀が動いていたのだと。人間界と魔界との間で魔王の首を引き渡す取り決めがなされていただの、勇者が魔王を策謀によって暗殺しただの。
 魔物と人間とでは根本の作りが違っていて、一対一ではどうあがいても本気の魔物に敵わないというのが定説、というか常識なので無理からぬことではあったが。
 もちろん歴史関連の学界でもそれについてはいくつかの見解が出されたが、結局はっきりしないまま結果は結果としてうやむやになった。

 ルイスはその出来事について、きわめてシンプルに考察した。
 すなわち、勇者ミハイル・フィールは申告通り真正面から魔王と対決し、これを下したのだと。勇者は最上級の魔物と肩を並べる、いやそれを圧倒するほどの力を持っていたのだと。
 言うまでもなくその説は支持されなかった。

 だがルイスはさらに考察する。もしその仮定が正しいならば、彼の強さには何らかの理由があるはずだ。それはなんだ?
 ≪鋼の後継≫ その二つ名に彼は注目した。勇者は誰から何を受け継いだのだ?
 “何”は力だとして、“誰”からだ?
 それは、魔物からか。いやもっと別の何者からか。
 別の何者。それは――
844 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:20:33.54 ID:6at9Csso

「天人……」

 目の前に立つ緑色の髪と瞳を持つ女――天人は、小さく頷き返してきた。

 聞いたことがある。ミハイル・フィールの母親はきれいな碧眼の持ち主だったと。
 それは確かに珍しい特徴だが、珍しい以上のものではないとして今まで忘れていた。
 “勇者ミハイル・フィールの親は天人種族だった”のだ。

 言葉を失うルイスに対し、女が口を開いた。

「確かにそういう呼び方もあるな。だが、我らにはウィールド・ドラゴン=ノルニルという正式な名がある」

 立方体の、白い部屋だった。ただただ白い。ルイスの寝ているベッドも白い。部屋全体が白に沈んでいる。
 そんな部屋の中、彼女の緑はひどく鮮やかだった。緑の髪、緑の瞳、緑のローブ。
 その鮮明さに何も言えないうちに、天人の女がさらに声を上げる。

「汝の記憶、読ませてもらった。アイルマンカー結界の外より来訪せし者、人間種族。ひどく久しいな」

 彼女の声はひどく平坦だった。内容に対応する感慨深さの片鱗すらのぞかせない。
 ただ、それは冷静というよりは擦り切れた疲労にも感じられたが。
845 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:24:11.39 ID:6at9Csso

「あなたは……一体……」

 ようやく出せた声は、酷くかすれていた。

「我か。そうだな、名乗り忘れていた。イスターシバ。ウィールド・ドラゴン司祭、シスター・イスターシバ」

 シスター・イスターシバ。天人種族の司祭。ウィールド・ドラゴン。ドラゴン?

「ドラゴン。それは常世界法則を解析し、アイルマンカーをそれに組み込むことで魔術という強大な力を得た六つの種族のことだ」

 イスターシバはまるでこちらの思考を読んだかのように言葉を続けた。とはいえさきほどの記憶を読んだというのが本当ならば、それもあり得ることだった。

「力の体現、ウォー・ドラゴン=スレイプニル。暗殺者、レッド・ドラゴン=バーサーカー。影、ディープ・ドラゴン=フェンリル。美の追及者、フェアリー・ドラゴン=ヴァルキリー。強者、ミスト・ドラゴン=トロール。天なる人類、そして魔女、我らウィールド・ドラゴン=ノルニル」

 混乱に反して。理解はすんなりと追いついた。

「かつての、支配者……」

 ルイスがつぶやくと、イスターシバは怪訝そうにこちらを見た。

「その通りだ。かつての……もはや昔の話だがな」

 彼女はそう言うと、酷く疲れた顔で、苦笑した。
846 :アナウンス [sage]:2010/12/14(火) 00:43:58.62 ID:6at9Csso
毎日投下の宣言を早速破った形です、面目ない

>>840
ええ、やっとです。6ヶ月はかける時間としては長すぎました
ようやく、恐らくは来月までに本編は終了すると思います
そのあとは温めてる短編をいくつかやろうかな、と

そのほか、こんな短編が読みたいなどもしあればまた書かせてもらいますので気軽にお申し付けください

ではまた次回
847 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 02:49:31.01 ID:CwNZw9so
乙です
848 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 08:08:36.25 ID:hZpxIsSO
ふむ乙
849 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 08:18:06.13 ID:I/l7lcg0
乙です。
850 :アナウンス [sage]:2010/12/14(火) 20:22:49.85 ID:6at9Csso
>>772
>化け物になったった
今さらですけどこれ間違い。なった、でお願いします

さて、では書き溜めしてきます。また後ほど
851 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/15(水) 00:36:55.90 ID:hXCMzEso

「生きて、いたなんて」

 ルイスの言葉はあまりにそのまま過ぎて、イスターシバの苦笑をさらに深いものにした。

「生きて、か。本当に我らは生きているのだろうか。怪しいところではあるが……まあ死にかけているのは間違いない。千年前、大陸において興隆を極めた我らも、今や孤島に追いやられ、アイルマンカー結界によってかろうじて生きているにすぎない」

 孤島? ルイスは聞き咎めて眉をしかめた。

「ここは聖域だ。大陸の北西にある孤島、その中心に位置する最後の拠点」

 イスターシバは、大きくため息をついてさらに続けた。

「そう、弱り果てた我らの、最後のよりどころ」

 その表情に映るのは、諦め。いや、それよりももっと深い。絶望。
 間違いない。彼女は絶望している。

「そうだな。絶望しているやもしれん。だが」

 いつの間にか俯いていた顔を持ち上げて、司祭イスターシバは言う。この時だけは目に力が宿っているように見えた。

「それでも我らは戦っているのだ」
852 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/15(水) 00:38:37.58 ID:hXCMzEso

「戦っている? 何と?」
「災厄」

 その言葉には聞き覚えがあった。

『災厄が彼らを打った』

「神々の、呪い」
「……そうだ」

 彼女は頷く。

「世界の矛盾により現出した神々。我々はそれと戦っているのだ。いや、戦っているというのはおこがましいやもしれん。我らは彼らの侵入を、アイルマンカー結界によって危ういところで防いでいるにすぎないのだから」
「アイルマンカー、結界?」
「アイルマンカーたちがこの孤島に張り巡らした最終防壁の名だ。絶対的な遮断能力を有してはいるが、彼らの前では絶対ではあり得ない。いつか……いや、明日にでも破られることも考えられないではない」

 天人種族は。神々から全知全能の業の秘儀を盗み出し、神の怒りをその身に受けた。そして逃げ出し、海を越えていまだに隠れ続けている。

「伝承は……本当だったのか」
853 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/15(水) 00:44:34.99 ID:hXCMzEso

 だが、神とはなんだ? 何かの比喩なのか?

「神。それは魔術の半存在。魔術による世界の矛盾によってこの世に現出したものだ。まだ汝の認識の外にある。だが、ここにいればじき分かるだろう。その恐ろしさが」

 彼女はその瞳に、なにがしかの感情の光を浮かべた。それは恐怖か、それとも怒りか。やはり絶望か。

「現在最も差し迫った脅威は女神ヴェルザンディだ。結界を一部突破し、ウィールド・ドラゴンアイルマンカー、オーリオウルがそれをとどめている。破滅は目前。だが、嘆いてばかりもおれん。我らに求められるのは迅速な対処だ」

 そして、瞳の光がその意味を大きく変える。意志の光。

「我らは今再び人間種族との接触に成功した。これは困窮した我らに与えられた、最後の好機なのかもしれん」
「……」

 ルイスにはその意味が分からなかった。ただ、彼女がなにがしかの希望を見出していることは確かだった。

「人間種族の持つ可能性。それを使えば……あるいは……」

 彼女はすでにこちらを見てはいなかった。どこか遠くに何かを見出しているように思えた。
 だが、ルイスにはそんなことはどうでもいい。それよりも重要なことを思い出していたから。

「姉さんは――」

 こちらに焦点を戻すイスターシバに、どこか胸騒ぎを覚えながら問う。

「リオ姉さんは、どこだ」

 彼女の顔が、曇った。
854 :アナウンス [sage]:2010/12/15(水) 00:46:35.40 ID:hXCMzEso
申し訳ありません、またまた少ないですけど今回はここまでです
明日はいくらか多めに投下できるはずですので、どうかご容赦を
855 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/15(水) 02:47:01.26 ID:cd.drNE0
乙でーす
ゆっくりどーぞー
856 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/15(水) 07:35:29.40 ID:KfaJh/.0
乙です。
更新速度は調教済みだから大丈夫
857 :アナウンス [sage]:2010/12/15(水) 18:57:05.86 ID:hXCMzEso
>>855-856
すまぬ……すまぬ……
858 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/15(水) 19:01:00.56 ID:hXCMzEso

     ※


 白い部屋。天井も壁も白く、境目がはっきりとしない。そのため白い世界が延々と続いているようにも見える。それはさきほどルイスが寝ていた部屋とほとんど変わりがないということだったが。
 白がその部屋の大部分を占めていた。しかし白ではないものもそこにはあった。
 部屋の隅に土に汚れたいくつかの荷物。それは見覚えがある。バルトアンデルスの剣。中身の分からない細長い包み。
 そして、部屋の中心に揺り椅子。木製のそれ。今、わずかに、ほんのわずかに揺れている。
 その前に膝をついて、ルイスは言葉を失っていた。

「我の手の者が保護した時には……手遅れだった」

 何か聞こえる。いや聞こえない。

「すでに、壊れてしまっていたのだ」

 聞こえない。

「……気の毒に思う」

 聞こえない聞こえない聞こえない。聞こえてたまるか!
 それは、目の前の現実を直視できないが故の逃避だったのだろう。だが、それ自体はどうでもいいことだった。

「姉さん……」
859 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/15(水) 19:02:14.71 ID:hXCMzEso

 揺り椅子には、少女が一人、腰かけていた。深く、柔らかい背もたれに身体をうずめるようにして。
 白いネグリジェは、いかにも彼女に似合わない。彼女はもっと活動的な恰好が合っている。ほどいた髪もそうだ。彼女にはポニーテールがよく似合う。
 もっと言えば、彼女の浮かべる表情もそれらしくなかった。彼女には、もっと明るい表情が似合っているのだ。

「――」

 ルイスの呼びかけに対し、彼女はなんの反応も示さなかった。
 うつむいた顔には、ただただむなしい空虚だけが浮かんでいる。ぽかんと口を開けたまま、目はいずこともしれないはるかな遠くを見つめていた。瞳には光がない。瞳には、力がない。
 まるで糸の切れた人形のように。彼女は力なく、椅子に沈んでいた。
 
「姉、さん……」

 彼女には笑顔が似合っているのに……
 彼女に縋りつく格好のまま、ルイスはたまらず俯いた。

「何が、あったって言うんだ……」

 ゆすっても叫んでも、彼女はなんの反応も示してくれなかった。
860 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/15(水) 19:05:04.33 ID:hXCMzEso

「≪精神破壊≫……心が壊されてしまったのだ」

 遠くから声が聞こえる。

「彼女は根幹の部分に亀裂を生じている」

 それはあまりに遠くて、遠すぎて……

「だが、心配するな。我らの力をもってすれば治癒は……」
「誰だ」

 むしろ、静かな心地でルイスはつぶやいた。
 訝しげにこちらを見るイスターシバの視線を背中に感じながら、続ける。

「誰がこんなことしたんだ。そう聞いてるんだ」

 声はふるえなかった。肩は揺るがなかった。
 ただ、激情だけは胸の奥に渦巻いている。

「……」

 イスターシバは、答えなかった。
861 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/15(水) 19:06:05.61 ID:hXCMzEso

 ルイスは、辛抱強く繰り返した。

「教えろ」
「そうは、いかんな」

 気を使うようにゆっくりと彼女は言う。

「教えれば、汝は無茶をするであろう?」

 その言葉に、というわけではないが、ルイスは勢いよく立ちあがり、叫んだ。

「“いいから教えろ”ッ!」

 その声は呪文だった。悲鳴が上がる。
 ただ、魔術の効果としては弱いものだ。ルイス一人でできることは限られている。たとえば、人一人を転ばせる程度。
 その転倒したイスターシバに、ルイスは歩み寄り、彼女の首を踏みつけた。

「教えろっていってるんだ……!」

 静かに、なるたけ静かに恫喝する。

「じゃなきゃ今すぐその首、踏み砕くぞ。ドラゴンだろうがなんだろうが、首をやられりゃ死ぬだろ?」
862 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/15(水) 19:06:52.77 ID:hXCMzEso

「……」

 彼女の無言は、酷くルイスを苛立たせた。今すぐ踏みぬいてやりたかったが、ぎりぎりのところで自制する。

「教えろ……!」
「…………ディープ・ドラゴン。その長、アスラリエルだ」

 答える声に、特に怯えはなかった。酷く平静な声に、冷や水を浴びせられるような思いになりながら足をどける。
 立ちあがったイスターシバは、首をさすりながらこちらをちらりと見た。

「報復は勧めん。やれば必ず汝は負ける。何があろうともだ」
「殺す」
「……この娘は必ず回復するのだぞ?」

 こちらを見る目を、それこそ殺す気で睨み返しながら、ルイスは低くうめいた。

「知ったことか、僕はやる。姉さんに手を出したこと、絶対に後悔させる」
「だが負ける」
「それこそ知ったことかっつってんだ!」

 壁を殴りつけながら叫ぶ。
863 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/15(水) 19:08:42.85 ID:hXCMzEso

 予感はしていたのだ。
 真実を求める旅路の上、今までだって犠牲は出ていた。もう取り返しのつかないそれら。“それが親しいものに及ばないなんてことはあり得ない” 分かってはいたのに!
 自分を殴り飛ばしてやりたい衝動を無理やり抑えつけ、ルイスは振り向いた。
 そこには彼女は、リオはいない。壊されてしまって、その残骸しか残っていない。

「……っ」

 砕けるほどに奥歯を噛み締める。

「必ず僕が……」

 その時、目の端に映る物があった。

「……?」

 そこにあるのは土に汚れた細長い包み。だが、いつの間にかそれを止めていた紐がほどけている。

「……」

 包みの中にある物、それは――
864 :アナウンス [sage]:2010/12/15(水) 19:14:08.41 ID:hXCMzEso
いったん区切り
今日はあともう一回来ます
では
865 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/15(水) 20:20:02.94 ID:.QWnN6DO
866 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/15(水) 23:46:46.22 ID:uw2qbaIo
乙です
867 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 01:25:38.51 ID:Ag.NhKMo

     ※


 漆黒の雄大な狼。それは文句なしに美しかった。ディープ・ドラゴン=フェンリル。影に息する者。
 孤島の中心、聖域と呼ばれる地下砦の守護者であり、普段はその周辺に広がる森林に散ってその任を果たしている。

「……」

 用いる魔術は音声魔術でも、魔術文字――沈黙魔術というらしい――でもない。人間種族が音声、ウィールド・ドラゴンが文字を魔術の媒体に用いるのに対し、ディープ・ドラゴンはその視線を媒体とする。暗黒魔術、そう呼ぶそうだ。
 その効果は暗示。生物の精神支配を得意とする。ただし無生物にも暗示をかけることができ、空間を支配して爆発させたり空間転移したりといったことも可能だ。
 ドラゴン種族の戦士。人間では超えられない相手。イスターシバはそう言った。

「……」

 単眼鏡から目を離し、ルイスは小さく息をついた。
 森の中の小高い丘。その地面にうつぶせになったまま、遠く目を凝らす。
 裸眼では木々に阻まれよく見えないが、およそ三百メートル。そこに目標はいるはずだった。
 アスラリエル。一際大きい身体を持つディープ・ドラゴンの頭。
868 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 01:26:48.06 ID:Ag.NhKMo

「……」

 殺す。
 冷え冷えとした心の底そのままの目で、ルイスは再び単眼鏡を覗き込んだ。
 そして構える。うつぶせのまま抱え込むそれ。細長い筒のように見えるもの。ルイスの破壊の意志を最もたやすく形にしてくれる。

 施条銃。リオが今まで大切に持っていた包みの中身だ。
 銃器の一種。狙撃拳銃のコンセプトをさらに発展させるとこうなる。、
 一メートル近い銃身。中には狙撃拳銃と同じく弾丸に螺旋回転を加えるためのライフリング機構が施されており、さらに高い精度と威力を導き出すことができる。

 ただ、それらは歴史関連の書物により頭の片隅に蓄えられていた知識にすぎなかった。本物を扱うことはもちろん、見るのも初めてだ。歴史のかなたに追いやられた架空の武器だったはずだった。
 そう、伝説にすぎないはずだったのだ。

 かつて人間がキエサルヒマ大陸に渡ってきた時、彼らは長い銃器などを持っていたらしい。それにより人間は、はるかに力の強い魔物と渡り合うことができた。だが戦争が続くにしたがって人間は疲労し、それらの技術を失っていく。
 おかしな話だった。戦争が続いていたならば、むしろ技術は進歩するのが普通だ。
 その方面の学界では、無難な考察としてあまりに戦争が激しかったことと不慣れな土地による資源調達の困難さがあげられた。当初はルイスもそれに賛成だった。
869 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 01:35:35.78 ID:Ag.NhKMo

 だが、あの後イスターシバから得た情報を合わせて分かったことがある。
 いわく、人間種族は原大陸においてドラゴン種族とともに暮らしていた。七つの種は時にぶつかり、時に交流の場を持った。
 人間種族は、姿かたちが似ているウィールド・ドラゴンと最も親しく交流したらしい。ウィールド・ドラゴンは人間種族より賢く、人間種族にとってはどのようにウィールド・ドラゴンと手を結ぶかが栄光をつかむ鍵だった。高度な武器技術もウィールド・ドラゴンによってもたらされたものである。

 それから災厄が現出し――災厄というものについてはまだよくわからない――キエサルヒマ大陸にウィールド・ドラゴンの一部と人間種族が移住したのだが、ウィールド・ドラゴンは災厄との戦いと呪いによって弱っていた。
 ここからはルイスの推測。きっと人間種族は支配的であったウィールド・ドラゴンに反旗を翻したのだろう。かくして人間とウィールド・ドラゴンの地位は逆転するが、おそらく人間種族の誤算は彼らの持つ武器技術の模倣が予想より上手くいかなかったことだった。そしてその技術の産物であった施条銃も姿を消したのだ。

 だが現実として今、手の中に施条銃がある。特に劣化や損傷もないところを見ると過去の遺物というわけではない。れっきとした現代の武器だ。
 魔界側が銃器の研究をしているというのは公然の秘密だった。魔界側は施条銃を再現することに成功したのだろう。そしてきっとリオは無断でその成果を持ち出したのである。
 思わず苦笑する。リオのいたずらが、結果として彼女の復讐に一役買っている。

「……やるよ、姉さん」

 単眼鏡の向こうに黒い影が映る。ルイスの目が鋭くなる。
 超長距離をはさんで狙撃を完遂するには酷く細かい計算が必要のはずだった。風の流れ、気温、湿度、その他もろもろ。
 だが、そんなのは関係ない。必ず奴を殺す。
 息を止め――

「……」

 引き金を、絞った。
870 :アナウンス [sage]:2010/12/16(木) 01:37:40.15 ID:Ag.NhKMo
駄目だ遅筆だ……
申し訳ありません、どうか次回に期待してください
では
871 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/16(木) 05:55:15.94 ID:yvUnIADO
乙です。
急いては(ry
気にせず、無理せずに
筆の走るままに
872 :アナウンス [sage]:2010/12/16(木) 23:30:13.63 ID:Ag.NhKMo
>>871
ありがとう
今日はちょっと多めにいきます
873 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 23:31:47.69 ID:Ag.NhKMo

 銃声と硝煙の香り。
 時刻は昼だが、森はうす暗い。弾丸がその中を風を貫いて飛び、一瞬にして目標地点に到達する。もちろんそれが実際に見えたわけではないが。
 耳の中で反響する破裂音を聞きながら。手の中ではじける施条銃を押さえつけ、単眼鏡を覗き込んだ。
 初めての狙撃。だが手応えはあった。銃はルイスの殺意をこれ以上なく正確にトレースしてくれていた。
 が。

「……!」

 こちらを向いた緑色の瞳と目があう。
 仕留め損ねたことを悟った。弾丸は当たっていない。
 急いで単眼鏡から目を離し“それ”をつかんで立ちあがった。
 脈絡も前兆もなく。気付いたらいつの間にか、というていで黒い影が眼前に出現する。空間転移
 ディープ・ドラゴン=フェンリル、アスラリエル。目の前にいるのに全く気配がない。代わりに無音の圧迫感。

「っ……」

 こいつが……こいつが姉さんの心を殺したのか!
 緑の瞳を凶悪ににらみ返しながら、ルイスは叫んだ。

「“舞え”!」

 ぼふ!

 瞬間、音を立てて土煙が舞い上がる。アスラリエルとルイスの間の空間に茶色のベールが張られた。
 狙撃の訓練も経験もなく、もともと弾丸が外れることは織り込み済みだった。あれは罠、おびき寄せるための布石にすぎない。

(もらった!)

 胸中で暗い喜悦の声を上げながら、ルイスは“それ”を構え、土煙の中に突きこんだ。
874 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 23:32:37.11 ID:Ag.NhKMo

 “いつでもほかのなにか”
 魔剣バルトアンデルス。
 殺人人形が携えていたもの。刺された男を石に変えてしまった不可解な剣だ。

 古代人、いやウィールド・ドラゴン=ノルニルの手によって鍛えられたそれ。
 ルイスの手にあっては効果を発揮しなかった。当たり前だ。それはウィールド・ドラゴンが持つ知識なしには使用できないものだったから。

 バルトアンデルスの正体は、分かってしまえばそれ自体はなんてことはない、斬りつけたものを“いつでもほかのなにか”に変えてしまう剣であった。
 斬りつけられたものは魔術文字によって最小単位まで分解され、使用者の意思により任意に構築し直される。殺人人形は、その機能を石化に利用していたのだ。
 イスターシバよりその情報を得たルイスは、もちろんこれを復讐に使うことにした。

「“知っていれば”勝手に機能は発動する」

 イスターシバは言った。

「使用しているという自覚さえあれば、バルトアンデルスの機能はそのまま使えるのだ」

 これを使えば殺せる。ルイスは確信した。
 だがイスターシバは断言する。

「こんなもので勝てるならば、ディープ・ドラゴンはとうに滅びていただろうな」
875 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 23:34:11.09 ID:Ag.NhKMo

 突きこんだバルトアンデルスが、何かを貫いた。刀身の魔術文字が輝く。
 あとは変化させたいものを思い浮かべ、念じるだけでいいはずだった。

 グリーンピースがいい。彼は思った。大嫌いなそれ。
 みじめな小さい豆粒にして、思い切り踏みにじってやりたい。
 そうだ、何がドラゴン種族の戦士だ。何が影に息する者だ。

「僕はお前を殺してみせるぞ! 殺してやる!」

 魔術文字が一際大きく輝き――

「……!?」

 そして、何も起こらなかった。
 そこにはまだいる。強大な獣が。死を運ぶ狼が。絶大な圧迫感を放っている。
 ルイスが愕然としている内に、土煙が薄らいだ。こちらを見下ろす緑の双眸が姿を現す。

「……っ」

 ルイスは絶句したまま後ろに下がった、バルトアンデルスがディープ・ドラゴンの身体から離れた。
876 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 23:35:22.75 ID:Ag.NhKMo

 刀身全体が目に入る。そこでルイスは理解した。
 魔剣バルトアンデルスの刀身は、折れていた。断面が鏡のように見えるくらいきれいに切断されていた。

「あ……」

 いつの間に。気付かなかった。全くもって分からなかった。
 ルイスは折れた剣の断面をただ押しあてていただけだったのだ。

「そ、そん……」

 ふらふらと後ろにさがる。だがすぐに木にぶつかって止まる。ゆっくりと見上げると、緑の瞳と目があった。
 きん――と頭の奥が痛くなる。すぐにそれは頭部全体に広がった。

(こ、これが――)

 そして、ゆっくりと崩壊が始まるのを感じる。

(これが、≪精神破壊≫……!)

 不思議と苦しみはなかった。ただ、どこまでも果てしない喪失感が身体全体を支配するのを感じる。
 視界が暗闇に包まれていく。
877 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 23:36:08.43 ID:Ag.NhKMo

(ああ、姉さん……)

 諦めを自覚する。

(僕、駄目だった……ごめん……)

 とても、悔しかった。悔しくて悔しくてたまらなかった。
 だが、それと同じくらいさびしかった。自分はもう姉さんに会うことはないのか、と。

(……)

 もう何も見えなかった。暗闇の中で、ルイスは少しずつ分解されていく。
 終わりだった。もうどこにも行けない。どこにも帰れない。

(……?)

 暗闇に包まれた視界の中、文字が一つ瞬いた。それを視認したのを最後に、ルイスの意識は闇に溶けた。
878 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 23:37:12.36 ID:Ag.NhKMo

     ※


「もう、無茶はするな」

 再び、白い天井。それをぼうっと見上げながら、ルイスは聞いていた。

「これで分かったろう。ディープ・ドラゴンは人間が勝てる相手ではないのだ」

 反論もなく。ルイスはベッドに横になったままうつろな瞳で天井を見つめていた。
 あれから――あの戦闘から――二日がたったらしい。あのとき瞬いた文字は、イスターシバがルイスを救出するためのものだったようだ。
 だが、精神を一部破壊されてしまったルイスは、その間ずっと意識を失っていた。ついさっき目が覚めたところだった。

「……」

 意識がはっきりとしない。虚脱感だけが身体を支配している。

「……なんで助けた?」

 問う。イスターシバは淀みなく答えてきた。

「言わなかったか? 女神に対抗するため、我らには人間種族が必要なのだ。仙人スウェーデンボリ―が召喚できない以上、我らに残された手はそれしかない」
「仙人……?」
「≪神殺しの神≫ 災厄の現出の際、同じく現れた神の一人だ。神でありながら神を殺す者として知られている。女神であろうと殺せるはずだ」
879 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 23:38:35.41 ID:Ag.NhKMo

 だが、と彼女は続ける。

「その召喚は困難を極める。何しろ居場所も正体も分からない。さらに言えば素直に我らを助けてくれるとも限らんからな。となれば我らに残された手は人間種族しかないのだ」
「……」

 相変わらず、何の事だかわからない。
 だがどうでもいい。自分は、負けたのだ。

「勝手に脱落されても困る。汝にはまだやってもらわねばならぬことがあるのだから」
「そうかよ」

 ぼそっと言ってシーツに潜った。泣きたい気分だが、それもできそうにない。

「……まだしばらく休んでいろ。ただし、この部屋から出歩くな。聖域内はいくつかの派閥に分かれている。我はまだ汝らの来訪を公にはしてないが、来訪を快く思わない輩も少なくないのだ」

 ルイスは何も答えなかったが、イスターシバはこちらが聞いたのを確認すると部屋を出ていった。
880 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 23:40:18.98 ID:Ag.NhKMo

 それからまた数日がたった。
 時間はむなしく過ぎていった。
 ルイスの一日は白い部屋の中で始まり、終わる。
 特にやることはない。やりたいこともない。ただただ、眠っていたい。
 一度精神を壊されたせいだろうか。感覚が変わってしまったような気がした。

「……」

 何度かイスターシバの訪問があった。その時にいくつか聖域のことについて説明してもらっていたが、どうにも頭に残っていない。
 聖域内派閥があり、人間種族の協力を得ようという側とそれに反対する側とで対立しているのだそうだ。それぐらいしか覚えていない。
 確か、危険なのだ。

(危険?)

 シーツをかぶったまま皮肉に苦笑する。自分など、もう死んでしまっても構わないというのに。
881 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 23:40:56.31 ID:Ag.NhKMo

『お前たち二人を失うわけにはいかん』

 イスターシバは言った。

『我らに残された最後の可能性なのだ』

 可能性。自分たち二人。自分と姉さん。

(……姉さん)

 変わり果てた姿を見て以来、彼女には会っていない。
 あの姿を見るのはつらい。だから、会いたくない。

「……」

 それに、どんな顔をして会えばいいというのだ。無様に負けた自分が。
 会いたくない。

「……」
882 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/16(木) 23:41:48.82 ID:Ag.NhKMo

 リオは、どう思うだろう。

(姉さんは、やさしいから……)

 自分が負けたと知っても、怒らないだろう。ただ、危ない目にあったことは悲しむかもしれない。
 リオはやさしいから。
 でもちょっぴり頭が悪くて、ついでに言えば寂しがりやで……

「……」

 今もあの部屋に一人でいるのだろうか。
 白い部屋で、一人で揺り椅子に座っているのだろうか。
 それではきっと、彼女は寂しがるだろう。
 でも、会いたくない。

「……」

 白い部屋。一人。

「……」

 ルイスは上体を起こした。
883 :アナウンス [sage]:2010/12/16(木) 23:43:25.15 ID:Ag.NhKMo
ここまで
まあ多めと言ってもこの程度ですが
さらに努力します
ではまた明日
884 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/16(木) 23:52:45.21 ID:TEFoN/Q0
おつーん
885 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/16(木) 23:54:24.71 ID:yvUnIADO
乙です。
イイ感じです。
886 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/17(金) 00:47:06.98 ID:oG4TqY.o
887 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/17(金) 20:18:18.30 ID:3vP7FoYo

 白い部屋の、白い少女。
 部屋の中心の揺り椅子で、静かに静かに息をしている。

「……」

 部屋の入口から見るその風景は、それだけならば酷く平穏だった。だが、見ようによってはこれ以上ないほどに残酷だった。
 しばしためらった後、静かに近寄って、彼女の目の前にゆっくり腰を下ろす。

「姉さん……」

 膝を抱えて呼びかける。
 彼女は相変わらずぴくりとも反応しなかったが。
 言葉は続かずに、そのまま口をつぐんだ。再び無音が部屋を包んだ。

 静寂は長く続いた。耳がきんと痛くなる。何も動かない、何も聞こえない。
 目をつぶって息を吸う。はく。再び目を開けても見える光景は変わっていない。
 相変わらず、寂しい。
 胸を刺す静かさに耐えられなくなって、ルイスは口を開いた。

「……姉さんはさ」

 そこでいったん言葉を止める。
888 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/17(金) 20:19:14.99 ID:3vP7FoYo

 自分が何を言おうとしたのかしばし見失い、そしてそもそも考えて発した言葉ではないことを思い出す。
 苦笑して続ける。

「やっぱりちょっとやかましいくらいが似合うよ」

 言うほど今までかしましかったわけではないが、なんとなくそんなことを言っていた。
 とはいえ、今と比べればなんだってうるさくは感じるだろう。

「……お菓子を食べながらしゃべるのはどうかと思うけど」

 彼女はあまり行儀がよくなかった。
 思えば昔からそうだ。リオは魔界の姫でありながら、全くそういう風にふるまわなかった。
 いつも自分の思うままに突っ走り、周りに流されるより流すことを好んだ。
 静寂の中、記憶はつらつらと過去にさかのぼる。

「いっつも姉さんに引っ張られてた」

 笑う。そうだ、いつだってそうだった。
 ルイスは我を張ることは少なかったから、常にリオに手を引かれていた。
889 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/17(金) 20:20:01.30 ID:3vP7FoYo

 どこかに行くときも行かないときも。何をしているときもしていないときも。いつだって一緒だった。
 実際にはリオは稽古事でそんなに頻繁にルイスのところに来ていたはずはないのだが、それでも古い記憶は、リオと一緒にいたときのものばかりだ。

「最近は僕が手を引いてた気もするけどね」

 ふっ、と鼻から息が漏れる。

「そうだ、勇者ごっこは覚えてる?」

 リオはよくその遊びをしたがった。

「姉さんは勇者役をやりたがったよね。僕はそれでもかまわなかったけど、でもお姫様役は勘弁だったなあ」

 再び苦笑。
 今でも「助けに参りました、姫」と笑って言う当時の彼女の顔が思い出せる。
 記憶は次から次へとあふれてくる。ルイスは思いつくままゆっくりしゃべった。
 彼女の父の書斎に勝手に入って遊んだこと。彼女がルイスにつけた首輪が取れなくなって大騒ぎになったこと。そのあとルフに怒られたこと。ついでに反省の色のない彼女にルフの容赦ない膝が炸裂したこと。
 まだまだある。一緒にルイスの祖父の訓練を受けたこともそうだ。彼女の方が呑み込みがよくて、ルイスはその当時はなんとも思っていなかったが、今思い返すと彼女の武の才に嫉妬していたような気もする。ルイスが知の道に傾倒したのも、彼女への対抗心があったのかもしれない。
890 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/17(金) 20:21:02.24 ID:3vP7FoYo

「――僕たちは一緒に成長した。でも、姉さんは魔物だったから成長が穏やかだった。僕は当時はそんこと知らなかったから、それがとても不思議だった」

 だから、ルイスは訊いたのだ。姉さんはどうして大きくなるのがゆっくりなの、と。
 彼女は笑って言った。

『あたしは待ってるんだ』

 何を?

『ルゥ君があたしに追いつくのをだよ』

 ふーん?

『あたし、待ってるから』

 そして彼女はこうも言ったのだ。

『もしルゥ君がもたもたしてたら、その時はあたしの方から迎えに行くからね』
891 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/17(金) 20:22:33.12 ID:3vP7FoYo

「……」

 部屋は静かだった。何も聞こえなかった。
 唐突にこみあげてくるものを感じて、ルイスは膝に顔をうずめる。

(姉さん……)

 暗い視界。必死にこらえる。泣くな。姉さんの前では泣くな。彼女を心配させてしまう。
 歯を食いしばる。膝を強く抱える。そして自分を抑えつける。
 ……その時、声が聞こえた。

「ルゥ君」

 はっとして顔を上げた。
 だが、何も変わっていなかった。部屋は白く、彼女も白く。目はうつろでどこか遠く、自分の視線とは交わらず。
 ただ、彼女の揺り椅子だけが、わずかにそっと揺れている。
892 :アナウンス [sage]:2010/12/17(金) 20:23:48.01 ID:3vP7FoYo
ここまで
もう一度来ます
893 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/17(金) 21:15:40.00 ID:tBfHpBg0
よっしゃ
894 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/18(土) 01:00:49.07 ID:OTzpycDO
乙です。
展開が読めないので、更新が待ち遠しく楽しみです。
895 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/18(土) 01:08:12.74 ID:.hkTX.oo

     ※


「そうか。回復がだいぶ進んだのだろうな」

 リオの部屋に姿を現したイスターシバは、ルイスが勝手に出歩いたことに関しては特に言及しなかった。
 今はルイスを連れて、延々と続く白い廊下を歩いている。

「もう少しすれば、完治するはずだ」

 もう十分近く歩いている気がする。その割に目に見えるものは相変わらずどこまでも続く同じ風景だけだった。

「どこへ向かってるんだ」

 ルイスの問いに対し、イスターシバの回答はそっけないものだった。

「着けばわかる」
「……」

 先導するイスターシバの緑色の髪を見つめる。
 聞けばそれは、生来のものではないらしい。緑の瞳――こちらはすべてのドラゴン種族に共通の特徴だそうだが、それも同様という話だ。以前された説明が徐々に記憶によみがえってくる。
 それらはおよそ千年前、彼らドラゴン種族が魔術を手に入れたときに現れた。運命を剥ぎ取られた印とイスターシバは言う。
896 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/18(土) 01:09:12.97 ID:.hkTX.oo

「千年前……そんな昔からあなたは生きていたというのか」
「そうだ。我は起こったことのすべてを目にしてきた」

 ルイスの、唐突といえば唐突な問いに、彼女は振り向きもせずに答えた。

「ドラゴンはひどく長命なんだな」
「それは確かだが、我は特別だ。アイルマンカー、オーリオウル様の使い魔であるからな」

 使い魔。それは精神を強固にリンクさせ、感覚を共有するものだ。主の力も一部借りることができ、それにより寿命を延ばしているということらしい。
 そうして得た時間を、彼女は全て戦いに費やしてきたという。
 それはきっととても――

「凄絶であった」

 内容に反して淡々と言った。

「……」

 白い廊下は、どこまでも続いている。
897 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/18(土) 01:11:01.32 ID:.hkTX.oo

 着いた広間はやはり白かった。他の部屋と違うのは、柱が壁に沿って数本立ち並んでいることぐらいだ。
 だが、相変わらず何もない。と思いきや……

「なんだ?」

 妙なものを見つけて足を止めた。
 それは、一言でいえば鳥に見えた。ただ、普通の鳥ではない。一抱えほどもある大きさをしている。それが壁際で眠りこんでいた。

「ああ、それには近付くな。すこぶる危険だ」

 前を歩くイスターシバが、振り向いて忠告してくる。

「カゲスズミ……なんとか言って、鳩の一種だ」

 それを聞いて思い出す名がある。カゲスズミノコギリコバト。

「……こんなに大きいのに鳩?」
「千年より前は腐るほどいた。だが神々と我らの戦いに巻き込まれ大陸にいた分はその時に全滅した。今いるのは孤島にもともといたもののみだ」
898 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/18(土) 01:12:06.32 ID:.hkTX.oo

 頭に引っかかることがあった。何か忘れている気がする。
 だが、それを思い出す前にイスターシバに呼ばれた。

「ここだ」

 見上げるほど大きな、格子の門だった。広間のつきあたりに悠然とそびえている。

「……?」

 ルイスは、なにか底知れない圧迫感が扉から漂ってくるのを感じた。重苦しく、息を詰まらせる。

「ここは……?」
「≪詩聖の間≫だ」
「≪詩聖の間≫?」

 イスターシバを見ると、彼女は頷いて続けた。

「この向こうにいる」
「何が」
「……女神だ」

 女神。ドラゴンたちが長年戦ってきた敵。この圧迫感の正体はそれなのか。
899 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/18(土) 01:16:19.01 ID:.hkTX.oo

「汝を連れてきたのは、女神と対面させるためだ」

 彼女は格子の門に近寄った。

「≪最終拝謁≫」

 そして、門に軽く触れる。

「それは“過去”との邂逅。そして女神との対面によって、汝は一つ高次の存在に押し上げられるであろう。……開けるぞ」

 ルイスの返事を待たず、門がゆっくりと動き出した。
 途端、開いた隙間から圧倒的な気配が噴き出してくる。

(なんだ……!?)

 思わず身構えながら目を凝らす。
 門はたっぷり時間をかけて開き切り、その向こうの光景をあらわにした。
 そこにいたのは――

「……」

 広大な暗闇に佇む、物言わぬ一人の女だった。
900 :アナウンス [sage]:2010/12/18(土) 01:21:22.10 ID:.hkTX.oo
ここまで
ようやく九百です。ここまでこれたのも読んでくれてる皆さんのおかげ。ありがとうございます
第五章もあとのこりわずか。それを抜かせばもう第六章とエピローグを残すのみ
どうかあともう少しだけお付き合いください
それではまた明日
901 :アナウンス [sage]:2010/12/18(土) 01:30:54.46 ID:.hkTX.oo
>>894
ありがとうございます
毎日投下してできるだけ早く完結できるようにしますので、最後までお付き合いいただければ幸いです
902 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/18(土) 05:07:36.99 ID:OTzpycDO
乙です。
シリーズ通して読ませて貰ってます。有難うございます。
903 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/18(土) 22:44:35.01 ID:.hkTX.oo

 緑の髪と緑の瞳、緑のローブ。女はイスターシバとそっくりな格好をしていた。同じように端正な顔立ち、のびやかな四肢。だが違う女だ。
 門の向こうに広がる暗闇。入口からかなり奥に入ったところに浮いていた。
 浮いている? なぜ?
 答えは簡単に分かった。その女の首は虚空から唐突に伸びる手によってつかまれていた。それが女を空中にぶら下げている。
 そして――間違いなくその首は折れていた。手に掴まれたところから完璧に。生命に支障が出る角度で。

「中には入るな、危険だ」

 イスターシバの声はどこか遠くに聞こえた。

「女神……」

 ルイスはつぶやく。ドラゴン種族を孤島に追いやった神々。あれが、そうなのか?
 だがイスターシバは首を振る。

「違う。あの方は我らウィールド・ドラゴン=ノルニルがアイルマンカー、オーリオウル様だ」
「……?」

 だが彼女は言ったではないか。門の向こうには女神がいると。

「それより前にこうも言ったはずだ。女神の侵入を、オーリオウル様がとどめているとな」

 ……では、女神はどこにいる。詩聖の間とやらの中には一人分の人影しか――

(――! いや)

 ルイスは気付いた。

「その通り」

 イスターシバが頷く。

「オーリオウル様の首をつかんでいるのが女神ヴェルザンディだ」

 ルイスは絶句して、その光景をみつめた。
904 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/18(土) 22:45:27.21 ID:.hkTX.oo

 と。ふと気付いた。オーリオウルと呼ばれた女。始祖魔術士。それがこちらを見ている。その目にかすかながら意志の光が見えた気がした。

(まさか……生きているのか?)

 あり得ないことに思えた。首は完全に折れている。見えたものが夢でないならば、彼女は死んでいなければならない。
 オーリオウルと視線が交わる。同時に、視界がゆっくりと歪んだ。

(なんだ……!?)

 焦って視線を外そうとするが、もう視界は動かせない。それは徐々に暗く沈んでいく。
 似た感覚は知っていた。精神支配。だが、今までとはわずかに違う。何かとつながる感触。
 しばらくすると、視界は完全に闇に沈んだ。

「……」

 何も見えない。暗闇に浮くようにして、ただルイスはそこにいた。
 困惑してあたりを見回すが、あるのは暗闇ばかりだった。
 いや。
 唐突に緑色の瞳と目が合って、ルイスは息をのんだ。
905 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/18(土) 22:48:05.59 ID:.hkTX.oo

 暗闇の中、緑のローブがさらりと揺れる。

「オーリ、オウル……」

 目の前にいるのは、確かに首をつかみ折られていたはずの女だった。暗闇だというのにその姿はくっきり見える。ルイスと彼女は、数歩の間をおいて向かい合っていた。

『……』

 しばらくの沈黙があった。が、オーリオウルが突如唇を動かした。
 何かを言おうとしている。悟って、ルイスは思わず身体をこわばらせた。

『神とは』

 どこまでも澄んだ、透明な声だった。その声がゆっくりと語る。ルイスは思わず聞き入った。

『神とは、世界そのものであった。広大無辺、無限の力。全知全能の力、“魔法”とも呼ばれるものだ』

 突如暗闇が光で満たされる。ルイスはあまりの眩しさに目を覆った。そして、こわごわと目を開く。

「……?」

 周りの風景は一変していた。
906 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/18(土) 22:49:26.63 ID:.hkTX.oo

 広大な、どこまでも続く石造りの道。周りに立つ高い建造物。全体の大きさの把握すらできないほどの壮麗な都。ルイスと女の二人は、そこで向かい合っていた。
 周りを見渡し言葉を失う。

(これは……)
『千年より前。我ら六種のドラゴンと人間はそれぞれに壮大な文明を築き、時に争い時に寄り添った』

 道には歩いている人影があった。いくつもいくつも。
 彼らはゆったりとした服を着ていて、黒髪が多い。一目では全て人間のように見えた。だが、どことなく雰囲気が異なる者もいる。

「ウィールド・ドラゴン……」
『全ての種が手を取り合った記念すべき時代があった。我らはその時代を祝福した。それが歪みの始まりとも気付かずに』

 周りの風景が歪み、遠くに消える。後には元通りの暗闇が残った。

『あるとき、我らの文明をより高次な次元に押し上げようという計画が立てられた。そのために力と知恵に恵まれた六種、ドラゴンは一人ずつ知恵物を送り出した。マシュマフラ。ガリアニ。レンハスニーヌ。プリシラ。パフ。そして我、オーリオウル。我らは≪賢者会議≫と呼ばれ、その名に恥じぬ壮大な目標を設定した』

 アイルマンカー、オーリオウルが目を閉じる。

『世界を制御する方法を、開発しようとしたのだ』
907 :アナウンス [sage]:2010/12/18(土) 23:04:35.20 ID:.hkTX.oo
ここまで
さて、そろそろ次スレを立てる頃合い
というのも、第五章が終わったら、キリがいいので第六章とエピローグは新スレでやろうと考えているからです
つまり、そろそろこの章も終わりますが、終わったらそのまま依頼を出して次に行くという形
では早速、ちょっと気が早いですがスレ立てしてきます
908 :アナウンス [sage]:2010/12/18(土) 23:24:52.22 ID:.hkTX.oo
次スレ立てました

魔王娘「繋いだ手と手」 歴史学者「優しい真実」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1292682015/
909 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/18(土) 23:48:53.40 ID:B0ebT.Uo
スレ立て乙
910 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/19(日) 00:22:49.64 ID:eZqtVeo0
乙です。
911 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/19(日) 13:23:48.69 ID:qKMJ5VMo

     ※


「彼らが見つけたもの。それは世界を統べる法則……いや、原則とも言えるもの。それが神の正体。常世界法則」

 ≪最終拝謁≫――始祖魔術士オーリオウルとの精神交感を終えて、ルイスは目をつむったままつぶやいた。

「それはシステム。世界を構成するシステムだ。絶対だけど、不変じゃない。そこに目をつけた賢者会議は、それに介入し操る術を見出した」

 やはり目をつむったまま続ける。掲げた手に抵抗を感じたが、それはどうでもよかった。

「だが、問題が起こった」

 目を開ける。ルイスの手に首をつかみ上げられ暴れるイスターシバが目に入る。

「世界の法則を支配する魔術は、その法則である“魔法”に矛盾を引き起こした。システムに制御される者が、システムを制御するという矛盾だ。かごの中にいる者がかごを持つことはできない。そして、矛盾は災厄を引き起こす」

 イスターシバは爪を立てて激しく抵抗しているが、ルイスの右腕は微動だにしない。腕一本だけで、がっちりと彼女を固定している。

「世界の法則にじかに触れたことで、アイルマンカーたちは絶大な魔力を手に入れた。ドラゴン種族は強力だけど、それよりさらに強大な力を手に入れたんだ。そして、不老不死となった。運命を剥ぎ取られ、緑色の瞳という烙印を押されて。彼らはどう思ったんだろうな。でも、そんなことはどうでもいいんだ。大事なのは世界に起きてしまった災いだ」

 彼女の首をつかむ手にほんの少し、さらに力を加える。

「世界は、狂ってしまった」
912 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/19(日) 13:24:51.65 ID:qKMJ5VMo

「神というのは広大無辺、世界そのもの。ゆえに全知全能。だが、それが矛盾によって崩壊してしまったんだ。神は全知全能から一つ存在のレベルを落とした。そして起こったもの。それは――」

 イスターシバのうめき声。それに重ねるようにして言う。

「“現出”――神々の現出。それまで法則としてしか存在していなかったものが、生物としてこの世にあらわれてしまったんだ」

 だけど、と彼は続ける。

「ただ、現出しただけじゃない。」

 手にさらに力がこもる。

「人間が、神化する現象が起きたんだ……!」

 身体が熱かった。

「人間は賢人会議に代表者を送り出さなかった。それはドラゴンたちに認められなかったのか、それとも人間自身が拒否したのか。僕は知らない。だけど、結果として人間はユニットとして常世界法則に組み込まれることはなかった。そのせいもあるんだろう。唯一残った種族に、現出は起こった。常世界法則が、人間に憑依して――この言い方が近いだろう――それを変異させた」
913 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/19(日) 13:27:17.15 ID:qKMJ5VMo

「……人間には始祖魔術士はいない。あのラモニロックというのは偽りのアイルマンカーだ。なぜなら人間はアイルマンカーを必要とせずに魔術を用いることができるから。いや、魔術とは違う。それは魔法の片鱗だ。神化の前兆なんだ。人間が神になることの証明でもある」

 熱が先ほどから身体全体に広がって、ルイスの怒りをより強いものにしている。

「神化し、化け物となった人間は残されたわずかな思考で判断した。世界を元に戻さねばならないと。そのためにドラゴン種族を駆逐せねばならないと。魔術が行使されることがなくなれば、結果として魔術による矛盾もなくなる。人間に戻ることができる」

 イスターシバの首が、そろそろみしみしと音を立て始めていた。それでも力は緩めない。

「ところで人間には肉体化――ヴァンパイア化という可能性が存在する。肉体強度が大幅に強化される過程だ。今女神の影響によって僕に起こっているこれだな。人間が神に出会い、その影響を受け入れることで引き起こされる。でも実はそれは、神化の一過程にすぎない。神になった人間が、別の人間に影響を与えることで同じく神に引き上げる現象なんだ」

 ドラゴン種族は丈夫だった。女神ヴェルザンディの影響により変異したルイス・フィンランディ・ヴァンパイアの力に対し拮抗している。今のところは。

「全知全能から一つレベルを落としたとはいえ、神の力はドラゴンに輪をかけた強力さだ。神人には神人でしか対抗できない。だからあなたは僕を神化させようとした。それは失敗だよ。僕はあなた方に協力なんてしたくない。あなた方の運命? くそくらえだ」

 ルイスは彼女を睨みつけた。
 彼の腕は先ほどからイスターシバの首をつかんでぶら下げたままだ。右腕一本だが、疲労は感じなかった。むしろさらに力があふれてくるように感じる。
914 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/19(日) 13:28:53.79 ID:qKMJ5VMo

「こ……の……」

 イスターシバが苦しげにうめく。だが、そんなことどうでもいい。

「自業自得だ、あなた方は。自分から運命を投げ捨てた。だが人間はどうだ? あなた方のとばっちりを食らっただけじゃないか。望まずして運命を剥ぎ取られた人間の思いが、あなた方には分かるか? ヴェルザンディも、あの肉塊ももともとは人間だったんだ。それぞれの生活と人生があったはずなんだ。あなた方はそれを奪った!」

 イスターシバは魔術文字を描こうとしたのだろうが、首をつかむ力を調節して苦痛によって阻害する。

「それだけじゃないな。あなたがたは殺人人形を作り、人間の根絶に動いた。何故か。それは人間さえいなくなれば神が現出することはないと考えたからだ。人間がキエサルヒマ大陸に移ったのは、それを逃れるためだ」

 怒りに我を忘れて彼女の首を握りつぶしそうになり、なんとか自制だけはする。

「実際にはキエサルヒマにも現出によって独自にヴァンパイア化した人間種族――魔物がいたわけだが、それはいいだろう。とにかく、あなたがたは自分たちの都合だけで、人間を追いやった」
「我らとて……必死だったのだ……」

 イスターシバが苦しげに言う。
915 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/19(日) 13:29:52.05 ID:qKMJ5VMo

「それに……お前の知らぬ、昔のことだ……お前に、何が分かる……」

 その一言を言い終わる前に、ルイスはイスターシバを適当に放り投げた。
 床にたたきつけられ、彼女が悲鳴を上げる。

「何が分かる、か? もうすでに僕の前で二人死んでるんだ! 殺人人形に殺されてしまった人! そして、ヴァンパイアになってしまって、殺さなければならなかった人だ!」

 イスターシバが激しくせき込んでいる。そのせきの合間合間に、声が聞こえた。

「それ、でも……守り、たかった……のだ……」

 ルイスの身体から、すっと熱が引いた。

「そうかよ」

 ヴァンパイア化が、止まった。自分の身体が化け物のそれから人間のものに戻っていくのを感じる。

「だがな、僕は神になってお前たちに協力するなんてまっぴらごめんだ。自分たちで何とかするんだな」
「お前も……あの少女も、巻き込まれるのだぞ……?」
「……」

 ルイスは答えなかった。
916 :アナウンス [sage]:2010/12/19(日) 13:34:42.24 ID:qKMJ5VMo
よし、一番難しいところが終わったぞ! これで小難しい説明は全て終了のはず!
一応なるたけ分かりやすく説明しようと努力したつもりですが、理解できなかったら申し訳ありません
本編が終わったところで、分からないところがあれば追加説明します
それではまた後で
917 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/20(月) 00:42:00.67 ID:xJNzyDMo
918 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/20(月) 23:04:56.80 ID:WOsdalMo

「イスターシバ様!?」

 唐突に、広間の入口から声がした。見るとイスターシバと同じく緑のローブを着た女が駆け寄ってくるところだった。イスターシバの手の者だろう。

「大丈夫ですか、イスターシバ様!」

 彼女は数歩離れたところで足を止め、ルイスに向かって虚空に魔術文字を描き始めた。攻撃の文字。
 抵抗の意思もなく、ルイスは肩をすくめて両手を上げる。イスターシバにかなり乱暴なまねをしたのだ。ここで消されてもおかしくない。自分を生かしておいても彼らの益にはならないどころかむしろ危険でもある。

「……」

 こちらもこの世に未練はなかった。こんなめちゃくちゃにされてしまった世界になど。そして、ルイスの欲しかった真実はつかんだ。繰り返すが未練はない。いや……

(姉さんに会えなくなるのは……未練といえば未練か)

 苦笑して、目を閉じた。
919 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/20(月) 23:05:43.73 ID:WOsdalMo

「やめろ……」

 うめくようにして出される声。目を開く。

「その者を殺すな……」
「イスターシバさま、しかし……」

 文字を途中まで描いたまま、女が言う。しかし、イスターシバは言葉を変えることはなかった。
 起き上がりながら続ける。

「殺すな……それよりも、我に用があるのであろう……?」
「……」

 女はそれでもいくらか迷ったようだが、よほど急ぎの用だったのだろう、魔術文字を消すとイスターシバの下に駆け寄った。耳打ちする。

「……なに?」

 沈黙をはさんでイスターシバの眉間にしわが寄る。

「それは真か?」
「ええ」

 頷く女の顔も、苦渋に満ちていた。

「……?」

 ようやく両手を下ろして訝しい思いに片眉を上げたルイスに、イスターシバの視線が刺さった。、
920 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/20(月) 23:08:01.24 ID:WOsdalMo

◆◇◆◇◆


 夜の森には闇が満ちていた。月は出ておらず、頼りになる光はない。風もなく、無音。湿っぽい空気があたりに漂う。
 ここは孤島の中心に広がる森。“フェンリルの森”という名もあるにはあるが、呼ぶ者は少ない。森は森だからだ。そして、その森の闇の一角。そこに一頭の獣が立っていた。

「……」

 静寂の獣、ディープ・ドラゴン=フェンリル。名の通り、音も気配もさせず。その輪郭を闇に溶かし、ある一点を睨みつけたまま動かない。
 見つめる方向にはやはり森が広がっている。そこにはそれしか存在しない。
 いや――
 ざわり。
 闇が唐突にうごめいた。

 同時にディープ・ドラゴンの目が鋭くなる。白い光が瞬いた。遅れて轟音。森の土を舞い上げて、突風が荒れ狂う。しかし。
 土煙を割って、鋭いものが飛び出した。ディープ・ドラゴンが反応するより早く、その身体に突き刺さる。
 ディープ・ドラゴンの声にならない悲鳴が夜の闇に響いた。

 だが、獣への攻撃はそれだけにとどまらなかった。続いて飛び出した幾本もの“針”が次々にディープ・ドラゴンの身体を貫く。
 それは夜の闇の下では分かりにくいが腐った肉の色をしていた。肉の針はとどまることをしらず、ついにディープ・ドラゴンの身体を埋め尽くす。
 そして、森の茂みの中からのそりと出てくる大きな塊。おぞましく身体を震わせながらもう動かない獣に近付き、その身体をゆっくりと呑み込んだ。
 数秒ほどで“吸収”を終えた肉塊は、あたりをうかがうような気配を見せると、再び森の闇に姿を消した。


◆◇◆◇◆
921 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/20(月) 23:09:02.97 ID:WOsdalMo

「どういうことか説明してもらおうか、イスターシバ殿!」
「……」

 あまり大きくない議場内は殺伐とした空気に満たされていた。
 その部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、そこにウィールド・ドラゴンが数名、向かい合って座っている。不思議なことに、その誰もが女性だった。数は多くない。だが、それはウィールド・ドラゴンのほぼすべてらしい。

「神、デグラジウスの侵入。イスターシバ殿はこの事態を予測していたという。それは何故なのだ!?」

 険悪な表情で問い詰める女性は、イスターシバの対面に座っていた。その両隣にも、従者と思しきウィールド・ドラゴンが二、三人座っている。彼女はイスターシバに並ぶ実力者なのだろうと、ルイスは推測した。

「……人間種族が、アイルマンカー結界内に現れたのだ」

 イスターシバの言葉に、一瞬議事堂内が静まる。

「それは、どういうことです?」

 先ほどとは別のウィールド・ドラゴンが彼女に問う。
922 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/20(月) 23:11:11.18 ID:WOsdalMo

「大陸にある世界図塔。それを使って、アイルマンカー結界内に転移してきた。そういうことらしい」
「あなたが呼び寄せたのではないのか?」

 実力者の女が再び口を開く。その目には不審の光があった。

「あなたは前々から人間種族および仙人スウェーデンボリ―の召喚を主張していた。それを実行に移したのでは?」
「誓って言う。それはない」
「そうでしょうか。人間の召喚を独断で行い、その際不注意によりデグラジウスをも呼び寄せてしまったのでは?」
「違う」

 イスターシバが女を睨みつける。だが、女も引きさがる様子はない。

(デグラジウス?)

 ルイスは、議場のテーブルから離れたところに立っていた。誰も彼の方を見ようともしない。まるでそこにいないかのように。ルイスの目の前には魔術文字が輝いている。それは彼を隠蔽するためのものであり、声を出したりしない限りは誰も気付くことはできないらしい。イスターシバによる術だ。
923 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/20(月) 23:11:51.86 ID:WOsdalMo

「来訪した人間種族の記憶を読んだ。彼らは転移する際デグラジウスに襲われていたようだ。ちょうどその時に世界図塔が起動したらしい。それで――」
「では成功したのでしょうね」

 女はイスターシバが言い終わる前に口をはさんだ。

「人間種族を神化させ女神を撃退する計画は、成功したのでしょう?」
「それは……」

 イスターシバの視線が落ちた。

「まさか、デグラジウスの侵入という失態を犯して、なんの成果もなかったとでも?」
「デグラジウスの侵入は、我らの失態ではない」

 だが、女の言葉は止まらない。

「あなたはいつだってそうだ。無謀な計画を立てるだけ立て、その現実性を考えもしない」
「では汝らはどうなのだ!」

 今度はイスターシバが激昂し、声を張り上げた。
924 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/20(月) 23:12:33.68 ID:WOsdalMo

「汝らは絶望するだけでなんの手立ても考えてはこなかったではないか!」
「……」
「我は、戦っていたのだ……!」

 議場内が沈黙する。

(……)

 彼女ら、いや彼女は戦っていた。千年より前から戦っていたのだ。
 とはいえ、それらは彼女らの自業自得で、ルイスの知ったことではない。

「だが今は……口論よりも、デグラジウスをどうにかしなければならない」

 イスターシバが、いくらか落ち着いた声で、ため息交じりにつぶやいた。そして議論が再開する。が、ルイスはそれを聞いてはいなかった。
 そう、彼らは自業自得だ。自分の知ったことではない。何もすべきことはない。
 だから。

「僕に考えがある」

 ルイスは自分の声を、信じられない思いで聞いた。
925 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/20(月) 23:13:03.49 ID:WOsdalMo

 ルイスの声に、議場がざわつく。今まで何もいなかった場所に当の人間種族が現れたのだから当然といえば当然だろう。

「おい……!」

 イスターシバが声を上げるがそれを無視してルイスは続けた。

「この中で助かりたい奴は何人いる?」

 ウィールド・ドラゴンたちは呆気にとられるばかりで声を発する者などいなかったが。

「僕があなた方に、手を貸そう」

 ルイスは、頷いた。
926 :アナウンス [sage]:2010/12/20(月) 23:14:56.23 ID:WOsdalMo
また後でとか言っといて一日たっちゃいました申し訳ない……
さて、第五章は明日明後日で終了です、そのあとは次スレで会いましょう
ではまた次回
927 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/20(月) 23:53:27.51 ID:XmJwksDO
乙です
928 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/21(火) 20:43:16.86 ID:LyV28s6o

◆◇◆◇◆


 レッド・ドラゴン=バーサーカー。
 強靭な肉体を誇るドラゴン種族の中でも飛びぬけて身体能力が高い彼らは、行使する魔術の性質と相まってドラゴン種族の暗殺者と称される。
 ≪獣化魔術≫
 それは、自らの体液と肉体を媒体とし、それを変化させるものだ。普段は人型をしていることが多いが、別の生き物に完全に変身することや変化させた身体を武器とすることも可能である。
 知能は極めて高く、状況に応じて即興で新しい言語体系を創造することもできる。本来ならばウィールド・ドラゴンの下にいるような器ではない。
 少なくともレッド・ドラゴン、ヘルパートはそう考えていた。

「……」

 彼の目の前には始末するべき目標がいる。シスター・イスターシバが匿っていた人間種族の内の一人だ。部屋の中心で、力なく揺り椅子に揺られている少女。
 楽な仕事だった。ウィールド・ドラゴン同士の抗争に自分たちが駆り出されるのは気に入らなかったが、それでもまあ簡単な仕事ではあった。なんの抵抗もしない獲物の首一本をそっと折ってくるだけの。
 彼は無言で指の一本を獣化魔術で長く紐のように伸ばすと、獲物の首に巻きつけた。
929 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/21(火) 20:47:12.63 ID:LyV28s6o

 獲物は反応らしい反応も示さなかった。ただ、俯き気味にうつろな視線をいずこかへと注いでいるのみだ。
 繰り返すが簡単な仕事だった。魂の抜けた人形を一体壊すだけの。
 やはり無言のまま、彼は目標を無に還すべく一握の意志の力を――

「ルゥ君……?」

 レッド・ドラゴンは訝しい思いに片眉を上げた。少女を見る。
 ……先ほどと何も変わったところはない。気のせいかと思い……だが。

「ルゥ君」

 うつろな目が、こちらを向いていた。

「……」

 この少女はディープ・ドラゴンに精神を破壊されたらしい。ウィールド・ドラゴンにより治療されていると聞くが、この様子だとまだ全快には遠いだろう。
 その夢うつつの境で、自分に他の何者かを重ねているようだ。
 思わず苦笑する。その者は彼女の親しい誰かなのだろうか、それとも全く仲のよくない誰かなのだろうか。わからないが、誰にしろ彼女を殺す者ではないはずだった。
 しかし、自分は殺す。

「悪く思うな」

 抵抗はできまい。巻きつけた指に、軽く力を入れた。
930 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/21(火) 20:47:41.00 ID:LyV28s6o

◆◇◆◇◆


『あたしは待ってるんだ』

『何を?』

『ルゥ君があたしに追いつくのをだよ』

『ふーん?』

『あたし、待ってるから。もしルゥ君がもたもたしてたら、その時はあたしの方から迎えに行くからね』


◆◇◆◇◆
931 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/21(火) 20:49:49.91 ID:LyV28s6o

 リオは深く息を吸い、それから長く吐いた。

「……」

 閉じていた目を、ゆっくり開く。
 まず目に入ったのは、驚いた男の顔だった。見覚えはない。
 次に目に入ったのは、その首に突き刺さったナイフ。そのグリップを、彼女の手がしっかりとつかんでいる。
 特に驚きはなかった。目が覚めたばかりだが、目の前の男が乗り越えなければならない敵であることは、本能に近い部分が知っていた。

「……っ」

 男が飛び退る。傷は特に致命傷ではないらしい。すぐに傷は埋まって見えなくなった。

「……」

 そして、彼女は知っていた。自分のやるべきこと。
 ナイフを握りなおし、構える。

「迎えに行くよ、ルゥ君」

 目の前の敵に向かって。彼女の足が、力強く床を蹴り離した。
932 :アナウンス [sage]:2010/12/21(火) 20:50:41.23 ID:LyV28s6o
あともう一息
933 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/21(火) 20:52:55.66 ID:wbWUfVM0
乙です。
934 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/21(火) 23:51:47.02 ID:LyV28s6o

◆◇◆◇◆


 ウィールド・ドラゴンに男性の姿がないのは、女神との戦いで死に絶えてしまったかららしい。彼女らは子孫を残す術を失った。もともと長命な種族だが、それでも未来は閉ざされてしまったのだ。
 それは緩やかな絶望だろう。彼女らは、ずっとそれに蝕まれてきた。

「……」

 白い壁面を見上げながら、ルイスは物思いにふけっていた。
 ≪第二世界図塔≫――今までに見た世界図塔の数倍ほどの広さ、巨大な白い円柱状の内部。大がかりなそれは、転送のためではなく召喚のために造られたものらしい。

「本当に、我らは助かるのか……?」

 背後からの声に振り向く。イスターシバがそこにいる。
 彼女はいや、と続けた。

「それよりも、なぜ我らを助ける気になったのだ?」
935 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/21(火) 23:54:46.72 ID:LyV28s6o

「大したことじゃない」

 ルイスは彼女から視線をはずして答えた。再び別の白い壁面に視線を這わす。その壁面は、先ほどと何が変わるわけでもないが。

「デグラジウス――あの肉塊がここに侵入してくれば、逃げ道がない以上僕と姉さんも巻き込まれてしまう。それに……」
「それに?」
「あなたは、姉さんの治療をやめるぞ、と僕を脅すこともできた。それをしなかったから、かな?」

 イスターシバが黙り込む。ルイスはかまわず壁に近寄ると、それに触れた。

「助かるかどうか。その質問に対しては、多分、としか答えられないな」
「仙人スウェーデンボリ―の召喚は困難を極める。当然だろう」
「僕は無理とは言ってないよ」
「……? できるのか?」

 ルイスは肩をすくめた。

「できるとも言ってない」

 イスターシバが怪訝そうな視線でルイスを見る。

「ところで、召喚には――」
「ああ、呼び寄せたいその者を強く思い浮かべればよい。後は我が手助けする」
「ん。分かった」

 ルイスは第二世界図塔の中心に歩み寄り、そこに立つと、目を閉じた。

「じゃあ、始めようか」
936 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/21(火) 23:56:35.34 ID:LyV28s6o

     ※


 ぽっ、と。閉じた瞼の向こうに光を感じた。それは壁面一体に広がり、さらにその光量を上げたようだった。

「……」

 だが、ルイスはそちらには意識をやらずに、ただただ集中に努めた。
 光がちらりちらりと動き始める。それは渦を巻き、中心に立つルイスの目の前に集まってくる。

(来い……)

 ルイスは集中に、さらに集中を加えた。
 瞼の向こうの光がさらに強くなる。そして音が聞こえる。荒れ狂う風の音。
 光は凝縮し、大きな球形になったようだった。

(仙人スウェーデンボリーを召喚することは、僕にはできない)

 目を開く。さらに凝縮し、縮んでいく光が網膜を焼く。

(だから、僕に呼べる人を、僕は呼ぶ)

 光は一点にまとまると、しばらく沈黙した。風の音も止む。

(――かつて世界を救ったあの二人を!)

 点になった光が、ついに耐えきれず爆発した。無音の閃光。
 目を押さえかがみ込んだルイス。そして目の激痛の中で、彼はひどく懐かしい声を聞いた。

「……ん、あれ?」
「……ふむ?」

 それは、どこかこの切迫した雰囲気に合わず、どこか間が抜けていた。
 それがかつて世界を救った、英雄たちの第一声だった。
937 :アナウンス [sage]:2010/12/21(火) 23:57:34.80 ID:LyV28s6o
第五章、了
938 :アナウンス [sage]:2010/12/21(火) 23:59:08.92 ID:LyV28s6o
それでは、新スレに移ります
長らくのご静読、ありがとうございました
早速依頼を出してきます
939 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/22(水) 00:20:49.40 ID:LhG94F2o


熱い展開になってきましたな
940 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/22(水) 14:48:08.14 ID:LAgzncDO
乙です。
熱い展開だぁー
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