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【駒鳥の】ローゼンメイデンが普通の女の子だったら【帰り道】 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/19(日) 17:29:36.99 ID:gmPYgyA0
このスレはもしもローゼンメイデンが普通の女の子だったらという妄想を垂れ流すスレです

ローゼンメイデンが普通の女の子だったら @Wiki
ttp://www9.atwiki.jp/rozenmaidenhumanss/
nのフィールド@休憩所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/7014/

<<スレのルール>>
●『「コテ」を付けての投稿/書込は禁止です』
 名前覧は空白もしくは投稿SSの題名で書込してください。これは「コテハン」を否定しているのでは無く、「コテ」による投稿/書込が荒れる原因になりやすい為です。

●『性的に過激な描写は禁止です』
 そのようなSSは別のスレ(エロパロ等)に投稿して下さい、現在性的描写のボーダーラインは少年誌レベルまでです。*少年誌レベルでもNGワードを付けるようにして下さい。

●『ローゼンメイデンの作品に登場しないキャラを使用するのはなるべく控えて下さい』
 他のキャラやオリジナルのキャラを使う場合は下記の項目を参照してNGワードを付ける等の配慮を御願いします。
 なお同年代の男性キャラを登場させる場合には【ベジータ】【笹塚】を使うのがスレの慣例となっています。
*この二人を使う場合はNGワードは不要です、二人の性格等は@wikiや過去ログ参照の事。

●『以下の項目に該当するSSを投稿するときは冒頭に注意文を付けて下さい』(例「○○ネタだから注意」「○○系につき苦手ない人スルーよろ」)
 また「メール欄」に、あぼーん用の特定のNGワードを付記するなどの各自配慮をお願いします、特に<<NGワードは全てのレスに入れる必要がある>>ので注意して下さい。
○現在のNGネタは以下のとおり ( )内はNGワードです
 百合(yuriyuri) 死を扱う(sinineta) 男色(uhouho) グロテスクな表現(guroino) 性的描写を含む(biero)* 少年誌レベル ネタバレ(netabare)*基本的にコミックになるまで 他作品のキャラを登場させる(hokakyara) オリジナルキャラを登場させる(orikyara)

<<スレのマナー>>
・作品と関係ない雑談は控え、気に入らない作品や書込並びに荒らし等は無視して下さい。相手をすれば自分も同罪です。
・長編でレスを大きくまたぐときや前スレからの続きはタイトルやあらすじ、アンカー等付けると読者に優しい職人になれる。
・まとめWikiはなるべく自分で編集しましょう。(簡単な説明の項目の通りである程度できます)
・携帯しか無い、wikiの操作方法がわからない等、どうしてもまとめられない方は>>1から行ける休憩所の「wiki掲載依頼スレ」で依頼して下さい。
・投稿時の「投下いいかな?」等の確認は不要です。また投稿終了後の「自分の投稿を卑下するような書込」も不要です。もっと自信持って投稿しよう!
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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1714054765/

渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714052788/

二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713861164/

2 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/19(日) 18:39:24.49 ID:yda9lWIo
VIPからこっちに移ったか
まあとにかく>>1
3 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/19(日) 20:20:15.81 ID:aQVXytIo
>>1乙!
人増えるといいなぁ
4 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/19(日) 20:41:54.92 ID:KkBDIcco
>>1
5 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/20(月) 11:12:32.29 ID:VnDEuuk0
>>1
6 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/21(火) 00:26:36.96 ID:jVmHfns0
>>1
7 :『保守かしら』 :2010/09/21(火) 07:19:22.19 ID:sJPmhbw0
『保守かしら』
2007年12月10日

 蒼星石のための演奏をしようと思ったら、なんだか練習する気分になってきたかしら。
 もう後何日もないけれど、できることはしようと思って朝からヴァイオリンを弾いたかしら。
 させられてるんじゃない練習をするのは生まれて初めてかも。
 でもね、弾いてるときはまだ楽なんだけれど、考え事をしてるときとかにぶつぶつなにかの
呟き声が聞こえてしかたなかったかしら。
 「うるさいかしら!」
 って言ったら、「金糸雀ぁ…?」って寝起きな感じの声がして、隣のドアが開く音がしたかしら。
 寝てたおねえちゃんを起こしちゃったって、思ってすごくまずい気がしたわ。
 顔を出したのは、もちろんおねえちゃん。アトリエで寝てると思ってたから、あわてたかしら。
 「おはようかしらー」
 たぶん笑顔は引きつってた。
 「なにがうるさいって?」
 「ちょっと蚊がいて困ってただけかしら」
 「今冬よ」
 「め、珍しいよねっ」
 「なにが、聞こえたの?」
 おねえちゃんの声が低くなったから、カナはごまかすのはあきらめたかしら。
 「はっきりとした物じゃないけれど…人の声みたいな物が聞こえるかしら」
 「なにかの聞き間違い…ではないわよね」
 カナはうなずいたかしら。カナの耳の良さはおねえちゃんだって知ってるし。
 おねえちゃんは何かを考えてた。けれど、声の事は何も言わなかったかしら。
 「ところで暖房も入れずに寒くないの?」
 「そういえば入れてなかったかしら」
 「ま、それくらい人の自由だけどね。そのままだと風邪引くからお風呂に入りなさい」
 そう言われてから自分がかなり汗をかいてる事に気がついたかしら。
 「そうするかしらー」
 カナが部屋を出て階段を降りてる時に、「学校は休みにしておくわ」って言ったかしら。
 「えっ」
 びっくりして振り向いたら、おねえちゃんがちょびっと保れて、ちょびっと楽しそうに笑っ
てたかしら。
 「その様子じゃ気がついてなかったんでしょうけれど、もう昼よ」
 「でもずる休みとか、いけないかしら」
 「やりたい事があるんでしょう。たまにはいいわよ」
 「ありがとかしら」
 お風呂に入りながら、おねえちゃんは本当にカナの事をわかってくれるんだなって、泣きそ
うになったかしら。

 それから、カナはずっと24の奇想曲の練習をしてたかしら。でも本当に難しい曲…弾くだ
けで精一杯の演奏なんて蒼星石は喜ぶかしら?
8 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/21(火) 07:21:05.84 ID:sJPmhbw0
投下おわりです。
9 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/21(火) 17:00:18.17 ID:XlemnQoo
保守かしらキター!!
毎回楽しみにしております。
10 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/22(水) 22:31:52.11 ID:ds8R4q2o
>>1
乙です!
久々にきた
11 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/22(水) 22:51:02.34 ID:y8okZxo0
こっちにきたのかwwwwww
あぁ、3年前を思い出すぜ………
12 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/25(土) 22:16:47.28 ID:FgwhGsSO
受験が終わったら戻って来るぜ
13 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/26(日) 00:36:49.75 ID:Gdyzd7Eo
◆本気モード その1◆

J「ほい、あがり」

め「なにっ」

薔「……あっ。そろった……私もあがり」

め「ちくしょおおおまた負けたあああ」

J「よーし、罰ゲームのデコピンいくぞ」

め「えー! 桜田くんの鬼畜!」

J「言いだしたのはめぐだろ」

め「くっ……ええい、好きにするがいい!」

薔「なんかエッチい……」

J「とりゃ!」ペチ

め「あだっ」

薔「次は私……」

め「……ごくり」

薔「いくよ……とりゃあ」ビシィッ!

め「ッ……グッ……」ビクビク

J「額おさえて悶絶してるぞ、ばらしー」

薔「手加減してるから大丈夫」

J「これでか」
14 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/26(日) 00:37:24.59 ID:Gdyzd7Eo
◆本気モード その2◆

め「まあいいわ、次は負けないわよ」

J「まだやるのか?」

め「当然。っていうか私以外に誰もデコピンくらってないじゃない」

J「だってめぐ弱いし」

薔「うん……」

め「甘いわね、ここからは本気でいくわよ! 桜田くん、眼鏡貸して」

J「え? あ、ああ」

め「……」ゴソゴソ

め「はっはっは! 見よ、メガネっ子めぐモード! これが私の本気よ!!」シャキーン

薔「おお、なんかそれっぽい……」

***

め「カードがぼやけてよく見えねえ」

J「駄目じゃん」
15 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/26(日) 00:38:20.89 ID:Gdyzd7Eo
◆調教◆

め「桜田くん、桜田くん」

J「なに?」

め「ドアホ」

J「え」

め「スケベ! マヌケ! オタンコナス! ヘタレ!!」

J「そんなボロクソに言われる覚えがないんだけど」

め「いや、桜田くんをM男に調教しようかと思って」

J「されねえよ」

め「ちぇ、つまんないの」

J「……めぐ」

め「ん?」

J「次からはもっとこう、汚いものを見るような目で頼む」

め「……」

J「……」

め「……キモッ」ボソ

J「く、くやしい……でも……!」ビクンビクン
16 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/26(日) 00:39:01.03 ID:Gdyzd7Eo
◆名探偵小ジュン◆

め「桜田くんてさあ、大ジュンとか中ジュンとか区別されてるじゃない?」

J「あー、そういう言い方もされてるな」

め「この前ふと思ったの。なんで小ジュンはいないのかと」

J「原作に小学生の僕いないし」

め「いや、でもアリじゃね? 小ジュンって。『名探偵小ジュン』みたいな」

J「それは『こじゅん』って読むのかやっぱり」

め「ちょっとさ、『あれれ〜?』って言ってみてよ」

J「イヤだよ」

め「じゃあ、『ペロ……これは青酸カリ!』でもいいわ」

J「もっとイヤだよ」
17 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/26(日) 00:39:53.94 ID:Gdyzd7Eo
◆SかM◆

め「私は基本Sかな」

J「僕はMだ」

薔「!?」

め「そうなの? 桜田くんってSかと思ってた」

J「いや、Sはないな。M一択だね」

薔「……///」

め「ばらしーは?」

薔「え……私?」

J「気になるな、確かに」

薔「わ、私は……///」

め「? なにもじもじしてるの、さっさと言っちゃいなさいよ」

薔「JUMがMなら……Sになっていじめたいかな、なんて……///」

め「Tシャツのサイズの話よ?」

薔「なんと」
18 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/26(日) 00:41:52.40 ID:Gdyzd7Eo
◆愛>傘◆

J「うげ、雨降り出してる」

薔(JUMは手に傘を持っていない……これは相合傘チャンス……)

薔「JUM、よかったら私の傘に」

J「ん? ああ、折りたたみ傘カバンの中に入れてるから大丈夫」ヒョイ

薔「……」

J「どうした? 早く帰ろうよ」

薔「ちょっと待ってて……」テクテク

J「え? うん」

(テクテクテクテク……)

「……ふんっ!!」バキィ!

J「!?」

(……テクテクテクテク)

薔「傘、壊れちゃった……JUMのに入れて?」

J「……あ、ああ」
19 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/26(日) 00:43:17.04 ID:Gdyzd7Eo
保守必要ないみたいなので書きためてた保守短編投下しました
おやすみ
20 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/26(日) 01:13:00.70 ID:F1yrHYSO
>>19
最後の傘ネタで一番笑ったwww
何気に薔薇水晶がジュンのことをまっすぐに好きな所がまたいい。まぁ軽く行き過ぎてるけれどw
21 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/09/26(日) 02:09:28.24 ID:42Uc/Ygo
原作接点殆ど無いのに何故かいいこの3人wwwwww
保守の必要は無いけどこのネタまたみたいです
22 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/09/30(木) 22:11:16.84 ID:veCCFz20
オレもだ
もっとこのネタみたいよぉ
23 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:30:30.88 ID:vQzt6720
久々に投下します
24 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:31:58.19 ID:vQzt6720
それは、幸せな夢だった。

私はお父様が選んでくださった純白のお洋服に身を包み、微笑みを浮べていた。
私は、とっても幸せだった。
でもそれは、素敵な服のせいではなく、もっと、もっと、大きな愛が私を包み込んでいてくれたから。

幸せそうに微笑む私の姿を見て、お父様も優しい笑みを浮べる。

ただ笑顔を交し合うだけの、そんな時間。
それでも私には……私達にはとても大切で、幸せで、満たされた時間だった。

不意に、私の右側に見えていた世界だけ、夜でも訪れたように暗くなった。
お父様の姿も、闇に飲まれて見えなくなる。

私は必死にお父様の姿を探そうと、残った左目だけで周囲を見渡す。
でも、もう、お父様は見つからない。

お父様、お父様お父様お父様、どこに居るのですか。

悲しみと恐怖とが交じり合った感情が、津波のように私を押し潰す。
私は、突然の不安に壊れそうになる心のまま、何の意味も成さなくなった自分の右目に手を添える。
まるで眼窩から生えでもしたような白い薔薇の花弁が指先に触れ

私はそこで、目を覚ました。



      ―※―※―※―※―
        薔薇色の日々
      ―※―※―※―※―
25 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:33:03.48 ID:vQzt6720
「おはよう、ゆっきー」

朝の通学路で、私は背後からクラスメイトに声をかけられた。

「ええ。おはようございます、オディール」

私は振り返りながら、声の主……フランス系の女学生、オディール・フォッセーへと挨拶を返す。
オディールは少し足早に歩き私の横に並んでから、大きく口を開けて大きな欠伸をした。

「まあ。女の子がそんな大口を開けてはいけませんわ」
「あら、それは御免あそばせ。ふぁぁ……」

オディールは冗談めかして丁寧にそう答えてから、大きな欠伸をもう1回。

「ずいぶんと眠そうですが……昨日は夜更かしでもしたのでしょうか?」
「ううん。9時には寝たんだけどね。どうもまだ眠くって」
「それは……いくらなんでも、寝すぎなのでは?」
「そうかしら?」

目をシパシパさせながら答えるオディールの姿に、私もつい苦笑いを浮かべてしまう。
この子は授業中にも寝てるし、その上、家に帰っても寝てるのでは、一体いつ起きているのかしら?
私のそんな想いを読み取ったのか、オディールは少し照れたような笑みを浮べた。

「でも、ほら。寝る子は育つ、って習ったしさ」
「ふふ……それでは貴女が大きく育って、身長が2メートルを超える日を楽しみにしていますわ」
「大きく育つのも考えものね。服のサイズ探すの大変そう」

オディールは電信柱のように大きくなった自分を想像してか、可笑しそうに目を細める。
それから一拍置いて、私の顔を覗き込むようにしてきた。
 
26 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:33:44.27 ID:vQzt6720
「そうそう。服で思い出したんだけど、駅前にケーキ屋さんがオープンしたんだって。
 放課後一緒に行かない?」

いくらなんでも、それは話の内容が飛躍しすぎているように感じる。
彼女の頭の中で、服とケーキ屋とがどういった繋がりをしたのかは分からない。
きっと世の中にはガラス玉から水鳥を連想する人だって居るだろう。
私は違うが、彼女はそうなのかもしれない。

世の中には十人十色の感性があって、私もそれを否定するつもりは無かった。

「あら、それは楽しみですわね」
「でしょ?……あーあ、早く放課後にならないかなぁ」

睡魔とはまた違う気だるさを表情に出したオディールと、並んで歩く私。
予鈴の鳴る時間までは十分に時間は有るので、急ぐでもなく、ゆっくりと学校へと歩いていった。


  〜※〜※〜※〜

 
「それでは、ここに入る式を……雪華綺晶さん」
「はい……x=−2y×6、でしょうか」
「で、ここで先程の計算式と ――― 」

少し自信は無かったけれど、私が答えると、先生は再び黒板の上にチョークを滑らせながら喋りだした。
どうやら正解だったらしい。
私は席に座り、緊張でほんの少し早くなった鼓動を静めようと、そっと、大きく息を吸う。

それから……先程から先生に指される事も無く、すやすやと眠っているオディールへと視線を向けた。
27 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:34:22.42 ID:vQzt6720
寝ている事を隠す気が無いのが、かえって清々しい。
思わず枕の一つでも用意してあげたくなる。

それでも。
ふと思う。

きっと彼女は、注意されも怒られもしない程に、先生から興味を失われているのだろう。
先生にとって彼女は、存在しないのと同じ。
そして、眠りの世界に居る彼女はその事には気付かない。
隔離された場所で見る、世界から切り取られた事にも気付かずに見る、ただひたすらに甘美な夢。
あるいはそれは、彼女にとっては幸せでも、他人にとっては哀しい―――

唐突にチャイムが高らかに鳴り、反射的に私はびくっと体を跳ねさせた。
授業が終わりを告げるベルの音。
時間にすれば10分ほど考え事としていたらしい。

これでは、オディールの事ばかり言えませんわね。
授業中だというのに集中を途切れさせてしまった自分をそう戒め、静かに深呼吸をした。

先生が宿題と次回の予習の範囲を言いながら黒板を消す。
私も、ノートの端にその内容を書き込んで、それから授業の用意を鞄に仕舞いこむ。
程なくして、担任の先生が教室に来て、一日の学校生活を締めくくる終礼の時間となった。


  〜※〜※〜※〜


駅前のケーキ屋で、私とオディールは奥から二番目の席に座った。
学校の制服のままなので、眺めの良い道側ではなく目立ちにくい奥の席に案内されたのは幸運だった。
 
28 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:34:58.97 ID:vQzt6720
店の中は最近オープンしただけあって綺麗で、薄手のハードカバーのようなメニューも意匠がこらしてある。
私とオディールは、デザイン重視で座り心地が独特な椅子に腰掛けながら、ケーキが届くのを待っていた。

「やっぱり、いっぱい勉強した後は、頑張った頭脳に糖分のご褒美をあげなきゃ」

ずっと寝てばっかりだったオディールが、幸せそうな笑みを浮かべながら言った。

「かといって、甘い物の食べすぎには気を付けなくてはなりませんわよ?」
「ガリガリに痩せてるより、少しくらいぽっちゃりしてた方が良いんじゃない?」
「そういうものでしょうか?」
「さあ? でも、好きなものも食べられないなんて、嫌じゃない?」
「ふふ……確かに、おっしゃる通りですわね」

他愛ない会話をしているうち、私達のテーブルにケーキと飲み物が運ばれてきた。
オディールは、ブルーベリーのソースがかかったチーズケーキ。
私は、純白に赤を乗せたショートケーキ。

フォークで小さく切り取って、口に運ぶ。
甘いクリームが、僅かな余韻を残して溶けて消えていった。

「来て正解だったわね」

オディールがまるで独り言のように、そう言う。
視線を向けると彼女は、八割方出来上がったジグソーパズルを前にした子供のような笑顔でケーキを見ていた。
私は静かに頷いて、それからセットで付いてきた紅茶を一口飲んだ。

「幸せそうですわね」

彼女の表情を見ていると、思わずそんな言葉が口をついた。
オディールはケーキから私へと顔を向け、大げさに眉間に皺を寄せてみせた。
29 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:35:35.48 ID:vQzt6720
「幸せそうって……ひょっとして、馬鹿にされてる?」
「い、いえ、決してそういう意味ではなく……」

ちょっと慌てた私を見て、オディールは今度は小さく肩を揺らして笑い始めた。

「なんてね、冗談よ。実際、幸せだしね。
 むしろ毎日、あー生きてるのって楽しいなぁ、って思ってるわ」

なんだか、あまりにも大げさな表現に、私もつられて笑みを浮べてしまう。
でも。
同時に、心の奥底で、小さく引っかかる何かがあった。

生きていれば。
生きてさえいてくれれば。

心臓に細い針が差し込まれるような恐怖が、一瞬訪れる。

私は忍び寄ってきた嫌な感覚を消すため、再びケーキを、今度は少し大きく切って口に運んだ。

「クリームもあまり重くはありませんし、上品な甘さと柔らかな口当たりがとても素敵ですわね」
「ふぅん。ねえ、ひとくち交換しない?」
「ええ。こんな素敵なケーキ屋さんを紹介してくれた貴女ですもの、遠慮なさらずに」
「ふふ、ありがと」

オディールが私のケーキをすくい取り、私がオディールのケーキを切り取る。
学校やテレビのちょっとした噂話。そういった他愛の無い会話を交わしながら、私達は平穏な時間を過ごした。
 
30 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:36:56.79 ID:vQzt6720

そして、カップの底にわずかに残った紅茶が干上がり、話題も一通り尽きた頃。

「そろそろ帰らないといけない時間ね」

オディールの言葉で、今日は解散する流れになった。
二人してレジへ向かい、会計を済ませる。
店から出ると、ちょうど太陽が夕日へと変わり始める時間だった。

オディールと二人、駅まで向かい、反対側のホームから電車に乗る彼女を見送る。
それから程なくして、私の乗る電車がホームに入ってきた。
発車のベルが鳴る。
ドアが閉まる。
線路を刻む音を立てながら、ゆっくりと電車が走り出す。

私は、駅のホームから動くことなく、ただその光景を見ていた。

ここから家までは、二駅。
歩いたら30分ほどの距離だ。

先程無理に感情を押し留めたせいか、今は少し考え事もしたい。
悲しくなるだけだから、思考を停止させたい。
コインを裏と表から見ただけの違いと同じように、どちらも私の率直な気持ちだった。

夕暮れのセンチメンタリズムに背中を押される形で、私は歩いて帰る事にした。


  〜※〜※〜※〜

 
31 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:37:57.65 ID:vQzt6720
それは私の思惑通りだったのか、20分ほど歩いた頃から、私は何も考えなくなってきていた。

ただ、歩くためだけに歩く。

これも、今日ケーキを食べた分のダイエットだと考えれば納得もいく。

私は集中するでも夢想するでもなく、醒めるでも眠るでもなく、ただぼんやりと歩いていた。
時折すれ違う人物も居るが、誰も私を気に留めないし、私も気にしない。
空に広がった赤色は徐々に面積を広げている。
妙な噂など聞いた事はなかったが、それでも一応、私は人通りのある道を選んで歩いていた。

そうやって、機械的に歩いていると。

「……きらきー?」

不意に後ろからそんな声が聞こえてきた。
ずいぶんと懐かしい呼び名。
声に憶えはありませんが、私を呼ぶのはどなたでしょうか?

怪訝に思いながらも、それでも声が女性のものだったのと人通りもあった事から、私は振り返った。

声をかけてきたと思われる人物は、見知らぬ制服を着た、他校の女子生徒。
買い物帰りらしく、手には鞄とスーパーの袋。
そして。
何より特徴的なのが、その顔に……左目に付けた眼帯だった。

「その眼帯……ひょっとして……ばらしー、ちゃん?」

すっかり断片的だった記憶が、まるでビデオテープの逆再生のように再構築される。
32 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:39:15.23 ID:vQzt6720
記憶の中では小さな子供だった人物が、いきなり高校生になって目の前に立つという不思議な感覚。
私が二の句を継げずにいると、薔薇水晶は小走りで私に近づいてきた。

「……ひさしぶり……」

本当に久しぶりだった。
彼女が父親の仕事の都合で引っ越してしまったのが、私がまだ小学生だった頃。
それでも、それまでの記憶は、時の流れに介入されず鮮明に思い出せた。

特に……お父様が事故で亡くなってからの、一年数ヶ月の記憶は。

お父様の葬儀を執り行い、そして、施設に引き取られた私を誰より気にかけてくれたのが、彼女の父親だった。


  〜※〜※〜※〜


数年ぶりの再会を果たした友人二人が並んで歩く。
私と薔薇水晶は背たけが同じくらいだったので、スーパーの袋を片側ずつ持っても、バランスがちょうど良かった。

彼女との思い出は、どうしてもお父様が無くなった前後の事が中心になる。
それでも、久しぶりの再会の驚きからか、私は陰鬱な気分に陥る事は無かった。
あるいはそれは、最も悲しかった時を支えてくれた彼女が、今こうして隣に居るからなのかもしれない。

薔薇水晶は決して饒舌なタイプではなかったが、それでも私達はこの数年の間を埋めるように互いの話をした。

私の今の生活。
お父様が残してくださった遺産は施設に管理してもらっている事。
そこからの月々の入金で、高校からは一人暮らしをしている事。
あの日から今に至るまでの日々。
33 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:40:02.03 ID:vQzt6720
「それで、ばらしーちゃんは、またお父様の転勤でこの町に?」
「……ううん……」

今度は薔薇水晶の事を聞こうと尋ねてみると、彼女は小さく首を横に振り答えた。

「……お父様……脱サラした……」

意外な返答に、私は思わず「えっ」と驚愕の声を上げてしまった。
薔薇水晶はそんな私の反応に気を悪くするどころか、むしろ大いに同意すると言わんばかりにため息を付いた。

「……退職金や貯金で……お店開くって……」
「お店、ですか」
「……うん……夢だった……って言ってた……」

薔薇水晶は少し頬を膨らませて不満そうにして、相変わらず口数は少ないものの、続けた。

「……お陰で……料理も、洗濯も、お買い物も……全部、私……」

その表情は、怒っているというより、拗ねているといった方が適切な気さえする。
私にはそんな彼女が、とても微笑ましいものに思えた。

そうして歩く内、私達は、私の使っている駅の近くの商店街……の端に辿り着いた。
真新しい看板と、準備中と書かれた看板。
どうやらここが彼女の父親のお店らしい。

薔薇水晶が荷物を下に置き、閉まっていたシャッターを半分ほど開いた。

「……散らかってるけど……来る……?」

私の手を取りながら、薔薇水晶はそう尋ねてくる。
34 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:40:49.71 ID:vQzt6720
彼女のお誘いに、私は少し首を傾げながら答える。

「でも、もうそろそろお夕飯の準備の時間なのでは?
 お邪魔してよろしいのでしょうか?」

何か言う代わりに頷いて答え、それから薔薇水晶は私の手を引き店の中へ入っていった。

店の中は……まだ営業してないのだから当然かもしれないが、照明が付いてなくて薄暗い。
薔薇水晶は「ちょっと待ってて」と言うと、私一人を残して店の奥へと消えてしまった。

目が闇に慣れるにしたがい、暗かった店内の様子もおぼろげながら掴めてきた。

店内にはアンティーク調の人形が何体か置かれている。
ああ、確かビスクドールといいましたわね。
あまり詳しくは無いが、どこかで聞きかじった程度の知識で観察してみる。
他にも、店内には人形用と思しきものから、私でも身に付けれそうなアクセサリーや小物も置かれていた。

その内の一つ、小さなブローチをよく見ようと顔を近づけた時。

「……お待たせ……」

薔薇水晶の声がし、照明が光を灯した。
それはあまり強い光ではなかったが、それでも闇に慣れた私の目には強すぎた。
 
35 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:41:21.13 ID:vQzt6720

目の奥がちくりと痛み、視界もぼやけて見えにくい。
そして瞳が光に慣れるよりほんの少し早く。

「やあ、久しぶりだね。憶えているかな……君の父の友人だった、槐だ」

薔薇水晶の父親の声が聞こえてきた。

「ええ、もちろんですわ。その節は大変お世話になりました」

私は礼儀正しく頭を下げ、挨拶をする。
それから顔を上げ、ようやく視力の戻った目で、この時数年ぶりに槐さんの姿を見た。

顔が似ている訳でも、声が似ている訳でもない。
だというのに。
私は彼に……彼の姿に、幼い頃に亡くしたお父様の面影を感じた。

トクン、と心臓が鳴る。

どこかで、錆びつき止っていた歯車が静かに軋み始めた音が聞こえた気がした。






 
36 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 12:43:27.86 ID:vQzt6720
1/3
投下終了です
37 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/09(土) 18:21:37.92 ID:2rINqwI0
乙乙
今までこのスレのこと忘れてて今日たまたま見つけたが懐かしいな
三年前に1スレ目から一気読みしたの思い出した
38 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/10(日) 12:16:13.72 ID:w0Q7TRYo
乙です
きれいな文章書きますね
次回もwwktkしながら待ってます
39 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:36:41.01 ID:GAMgu6k0
24-35の続きを投下します
40 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:37:33.27 ID:GAMgu6k0

「人の縁というのは不思議なものだな。
 久方ぶりにこの町に帰ってきた矢先に、君と薔薇水晶が偶然出くわすとは思わなかったよ」

槐さんはそう言い、懐かしそうに目を細めた。

「ええ。本当に、私も驚きましたわ。
 それにしても……お変わりないようで、何よりです」

自然と笑みを浮かべた私も、そう答える。
それから、改めて明るくなった店内をくるりと見渡した。

「お店を始めたとうかがいました。趣きのある、とても素敵なインテリアですわね」
「ここは店と言うよりショーウインドウとしての役割が強いからね。
 空間演出に力を入れてるんだ」

私達がそう会話を交わしていると、槐さんの隣に立った薔薇水晶が、彼の手を軽く引っ張るのが見えた。
槐さんは薔薇水晶に微笑を向け静かに頷いてから、再び私に向き直った。

「まだ片付けが終わってなくて申し訳ないが……
 もし良かったら、立ち話なんかじゃあなく、お茶でもどうかな」
「突然訪問した身ではありますが……お誘いいただけるのでしたら、喜んで」

槐さんが半身をずらして、店の奥を示しながら提案してきた言葉を、私も謹んでお受けした。
私は彼らに案内され、店の奥へと進む。
途中、仕切り用のカーテンが開いていた為、お店の工房がちらりとうかがえた。
先程店内で見たのと同じようなビスクドールのパーツが数点、壁に飾られているのが見えた。
 
41 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:39:34.52 ID:GAMgu6k0
「そう言えば、まだ説明してなかったね。ここは人形の店……ドールショップというやつなんだ。
 趣味としてやっていたら……広い世界ではないとはいえ、いつの間にか名前が売れてきてね。
 こうして店を開くに至ったわけだよ」

槐さんは、まだ開かれてない引越しのダンボールが積まれた廊下を歩きながら、私に説明をしてくれる。

「とは言っても、上客のほとんどはインターネット経由だからね。
 店の方は、これでも一般のお客さんでも入りやすいように趣味を抑えてあるんだ」
「あぁ、それでショーウインドウという意味なのですね」

槐さんが私に説明をし、私が相槌を打ち、時には質問を挟む。
店舗の二階部分が居住スペースになっているらしく、私達はそのまま階段を上っていった。

リビングに通され、私と槐さんはテーブルに着いた。
薔薇水晶は、キッチンでお茶の用意をしている。
とはいっても、食器もほとんどダンボールの中から出てないのか、なかなかに大変そう。
微力ながら、お手伝いしてさしあげましょうか。
そう考えた矢先、槐さんが小さな声で、まるで独り言のように呟いた。

「君の父親とは……学生の頃からの仲だった。とはいっても、彼のほうが年は上だったが。
 僕にとって彼は、友人であり、ライバルであり、師でもあった……」

静かに、優しい口調でそう言う槐さんの目を、私も見つめる。

「君が元気でいてくれて、安心したよ」
「はい……」

それ以外に答えるべき言葉は見当たらなかったし、それだけで十分にも思う。
小さな沈黙が空間に漂った。
 
42 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:40:27.84 ID:GAMgu6k0

「ところで、こちらにはいつ帰っていらしたのですか?」

私のその質問に答えたのは、正面に座る槐さんではなく、お盆にカップを乗せた薔薇水晶だった。

「……昨日……」

薔薇水晶はそう言いながら、私と、槐さんの前にカップを置く。
それから、私の隣の席にカップを置き、そこに座った。

「あら、そうでしたの。
 それにしても、せっかく帰ってきたというのに、私に連絡も無しだなんてあんまりではありません?」
「……ごめん、きらきー……引越しの準備で……忙しかった……」

「店を開くにあたって何かと準備が要ったから、引越しの事は薔薇水晶に任せっきりになってしまったんだよ」
「……大変だった……」
「感謝しているよ、薔薇水晶」

少しむくれた薔薇水晶に、槐さんは微笑みかける。
とても優しく、柔らかで、そして暖かな空間。
その中で、私もまた、静かに、幸せそうに笑みを浮べていた。

それから私達は、改めて近況の報告をしあった。

中でも、薔薇水晶がこの数年の間に、いくらかはしっかり者になってきた事は、私にとっても嬉しい変化だった。
あまり人付き合いが得意ではなく、とっても泣き虫さんだった彼女が……
無口なのは変わってないけれど、それでも、優しく、強く成長してくれたみたい。

槐さんはと言うと、彼の言葉をそのまま使うなら「僕は相変わらずだよ」との事。
あの頃と同じように、落ち着いた空気を纏わせながら、やさしく微笑んでくださった。
43 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:42:36.11 ID:GAMgu6k0

結局私達は、一時間程お喋りに花を咲かせ……
それから私は夕食に誘われたけれど、急な訪問だった事もあり、明日改めてお邪魔する事にさせてもらった。

半分ほど開いたシャッターの前で、薔薇水晶が私を見送ってくれる。
彼女は小さく、ん、と頷きながら手を振ってくれた。
私も、「はい、また明日」と答えて手を振る。

太陽はとうに沈み、営業を終えた商店街には街灯が灯るだけ。

ここから家までは、10分もかからない。
それでも。
その僅かな時間さえ、温かだった私の心を冷たく、寂しい現実に引き戻すには十分だった。


  〜※〜※〜※〜


「まあ、そんなに沢山のお砂糖を?」
「……うん……止めるの間に合わなくって……ザバー、って……」

翌日、私は薔薇水晶の家のキッチンで、彼女と並んで料理をしていた。
どうやら、この家での料理当番は、すっかり薔薇水晶で固定されてしまっているようだ。
彼女は色々な話をしながらも、随分と慣れた手つきで野菜を刻んでいく。
かくいう私も、一人暮らしだけあって、フライパンの中のハンバーグをひっくり返すのもさまになってると思う。

私は一度家に帰って制服を着替えてから……
それから彼女の家に来て、薔薇水晶からエプロンを借り、そして今に至る。
 
44 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:43:21.51 ID:GAMgu6k0

こうして二人で料理をしていると、何だかこそばゆいような、不思議な幸福感で満たされる。

「何だかこうして見ると、若奥様ばらしーちゃん、といった感じですわね」

トントン、と心地良いリズムをまな板で刻む薔薇水晶を、ちょっとだけからかってみた。
少し恥ずかしそうに口を尖らせた彼女を見て、私も思わず笑みを浮べた。

出来た料理をお皿に盛り付け、テーブルに並べる。
それから薔薇水晶はエプロンを脱ぎ、椅子の背もたれにかけた。

「……お父様、呼んでくる……」
「あら、ばらしーちゃんは休んでいて下さいな。私が呼んでまいりますわ」

私は薔薇水晶を席に座らせてから、エプロンを付けたままで槐さんを呼びに行く事にした。

二階のリビングから一階の工房までの道のりには、まだ開かれていないダンボールの山が積まれている。
次の休日にでも、荷物の整理をしなくてはなりませんわね。
そんな風に考えながら、私は工房の仕切りカーテンを開いた。


  〜※〜※〜※〜


「ゆっきー、何か良い事でもあった?」

週明けの月曜日の昼休み。
机をくっつけてお弁当をつついている最中、オディールが唐突に私に尋ねてきた。
 
45 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:44:16.84 ID:GAMgu6k0
「どうしたのです? そんな突然に」
「何だか最近ゆっきーのリア充っぷりが目に付くからさ、何かあったのかなーって」

オディールはパックのイチゴオレ片手に、じっと私を見てくる。
そういえば以前、「食事の時にイチゴオレは変ではありませんか?」と彼女に尋ねたら、
「でも、フランスでは食事の時にワインを飲むのよ?」と答えられた事を思い出した。
やっぱり、彼女は少し変わっている。
何だか可笑しくって、思わず笑みがこぼれてしまった。

「えっと……そのリア充、というのは何でしょうか?」
「現実生活、リアルが充実している人の略。
 何だか急に遊びに行くのや買い物にも誘ってくれなくなったじゃない。何か良い事でもあったの?」

彼女は、私が家で引き篭もっている可能性などは全く考えていないらしい。
どこまでもポジティブで前向きな彼女の思考回路は、とっても素敵な長所だと思う。

「ええ、実は、引っ越してしまった幼馴染がつい最近になって、この町に帰って来まして……」
「ホント? どんな人? カッコイイ?」

バネ仕掛けのように勢い良く、オディールは前のめりになり矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
そのあまりの勢いと内容で、私は彼女が何を考えているのか理解できた。

「あら。がっかりさせて申し訳ありませんが、その方は女の人ですわよ?」

どうやら彼女は、私に恋人が出来たのでは、と考えていたらしい。
「なーんだ」と残念そうにストローを口元に運びながら、オディールは気だるそうに呟いた。

「あーぁ、白馬の王子様みたいな素敵な人が、そこらへんに転がってないかなぁ……」
「転がって、ですか?」
「そう、転がって」
46 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:45:51.50 ID:GAMgu6k0
私は彼女に、適当に相槌を打って答えておく。

……素敵な人。
温かな家庭。
優しいお父様。

私の脳裏には、食卓を囲む薔薇水晶と私と槐さんの姿が浮かんでいた。


  〜※〜※〜※〜


それから、しばらくの時間が過ぎた。

その日も私は、薔薇水晶と一緒にキッチンに立っていた。
私が毎日ここの通うようになって、2週間には少し届かないくらい。
あんなに有ったダンボールも、今ではすっかり片付いて、折りたたまれて一箇所にまとめられている。

薔薇水晶が食器を洗い、私が水気を拭き取り、棚にしまっていく。
食器の位置だって、すっかり覚えてしまっていた。

夕飯の洗い物も終わり、戸棚には綺麗に磨かれた食器が並んでいる。
私はその光景に心地よい満足感を味わい、エプロンを外した。

「二人とも、いつもすまないな」

ちょうどそのタイミングで、仕事の仕上げが近いからと工房に降りていた槐さんが、リビングに戻ってきた。
 
47 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:46:35.31 ID:GAMgu6k0

「そんな、当然の事をしているだけですわ」
「……うん……お仕事、終わった……?」
「ひと段落、といったとこだ」
 
私は、戸棚からカップを取り出しながら提案してみた。

「それでしたら、休憩に温かい紅茶でもいかがでしょうか?」
「ああ、お願いするとしようか」

私はティーポットにリーフを入れ、コンロでお湯を沸かす。
薔薇水晶と槐さんは、椅子に座りBGM代わりのテレビを見るともなく眺めている。
私はキッチンから、そんな二人を眺める。
特筆すべき事など何一つ無いような、安らぎと退屈と平和とが交じり合った時間。

湯気の上がる紅茶のカップを3つ、テーブルの上に置き私も椅子に座る。
テレビではニュースキャスターが今日一日の事を伝え、それからコマーシャルに移った。

薔薇水晶が椅子から立ち上がり、キッチンへと向かう。
それから、戸棚の辺りをゴソゴソしたり、冷蔵庫を開けたりする。
でも、結局、お目当ての物は見つからなかったらしく、何も持たずに椅子まで戻ってきた。

「ばらしーちゃん、お菓子の買い置きはありませんわよ?」

私がそう言うと、椅子の上で体育座りをしながらの薔薇水晶は、頷いて紅茶をひと口。

「それに、こんな時間からお菓子を食べては、まん丸に太ってしまいますわ」
「……それは……困る……」
「うふふ、でも、それなら、また近いうちにお菓子作りでもしてみましょうか」
「……うん……」
48 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:47:39.53 ID:GAMgu6k0

とりとめのない話をしながらお茶を飲み、テレビを眺め、また他愛ない話が始まる。
最初に口を開くのは私の場合が多く、薔薇水晶が答え、槐さんがそんな私達を見て微笑む。
しばらくの間、私達はそんな風に過ごしていた。
そして、あまりに静かでのどかな時間が流れていたので、私はすっかり帰る時間の事を忘れてしまっていた。

「気が付けば、もうこんな時間か」

槐さんが、ふと時計を見ながら呟く。
短針は既に、10の文字盤に届きかけていた。

「あら、もうこんな時間でしたか。……名残惜しいですが、そろそろお暇させて頂きますわ」

そう言い、空になったカップを集めキッチンまで運ぶ私に、薔薇水晶が声をかけてきた。

「……泊まっていく……?」

とっても素敵な提案。
でも、あいにく明日は学校もあったし、お泊りの用意だって当然、持って来ていない。
私は薔薇水晶に近づき、悪戯っぽく笑みを浮べた。

「とても嬉しいお申し出ではあるのですが……実は……」

内緒の話でもするように、彼女の耳に顔を近づける。

「……12時を過ぎると、魔法が解けてしまいますわ」

冗談めかしてそう言うと、薔薇水晶もほんの少し笑みを浮べた。
 
49 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:48:27.55 ID:GAMgu6k0

「夜道は無用心だろう。そういう事なら、送っていこう」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますわ」

槐さんの提案に素直に甘える形で、私は帰路につく事になった。

歩いて10分足らずの距離は、車で移動するにはあまりに短すぎた。
ラジオから流れる歌が終わるより早く、私は自宅のあるマンションの前に付いた。

「ありがとうございます」
「いや、君にはいつも世話になってるからな」

送って頂いたお礼を言っていると、後部座席の窓が開き薔薇水晶が小さく手を振ってきた。

「ええ、おやすみなさい、ばらしーちゃん」

私も小さく手を振り返す。
程なくして、車はエンジン音を鳴らして走り出し……やがて、そのテールランプも見えなくなった。

思えば、見送られることはあったが、見送ったのはこれが初めてだった。

無人島に一人置いていかれたような寂しさが、夜風と共に私を包み込んだ。

いつもなら、楽しい思い出を引きずりながら、歩いて帰っていた道。
胸の温もりを、夜風の冷たさに少しずつ慣らしながら帰っていた道。
それが今日は、いきなり冷たい海に放り出されたかのよう。

急に冷やされてしまった心では、孤独と哀しさは刺激が強すぎた。
 
50 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:49:27.30 ID:GAMgu6k0

私は振り返り、マンションへと視線を向ける。

薔薇水晶が帰るのは、あの温かで幸せな、家族の居るお家。
私が帰るのは、冷え切った石造りの部屋。

唐突に現実を突きつけられたような気がした。

あぁ。
私は、私とした事が、夢を見ていた。
甘く優しい幻に包まれていた。

そう。
本当の私には、家族なんて無かった。

温かなお家も。
心せる家族も。
優しいお父様も無かった。

12時をまわる前に、私にかかっていた魔法は解けてしまった。

幸せな余韻に逃げる事が出来なかった私は、前触れも無く訪れた不安に、何の準備もなく、ただ打ちのめされた。

薔薇水晶。貴女が羨ましい。
どうして私は、貴女のようではないのでしょう。

見えない何かに押し潰されるように、私はその場にうずくまる。
 
51 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:50:12.32 ID:GAMgu6k0

どうして私には家族が居ないのでしょう。
どうして私にはお父様が居ないのでしょう。
どうして、どうして、私には何一つとして存在していないのでしょう。

哀しくて、寂しくて、とても不安だった。
そして、その全てを持っている薔薇水晶が、急に、とても妬ましい存在に思えた。

私も、幸せな家族が欲しい。
私も、私だけのお父様が欲しい。

私は冷たい道路の上で、膝を抱えて涙を流した。
翌日、私は薔薇水晶の家には行かなかった。







 
52 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 21:52:01.85 ID:GAMgu6k0
40-51
これで2/3投下終了です
53 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 10:23:59.74 ID:s.rf0Ywo
きらきーの境遇、切ないね……
乙です
54 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:25:57.88 ID:s.rf0Ywo
『いちご日和』 十月「じてんしゃ」
55 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:27:25.59 ID:s.rf0Ywo
◆1

秋晴れ。
いわし雲が一面に浮かんでいる空の下。

「ふんふーん♪」

キコキコ。
ピンクのドレスを着た女の子が、これまたピンクの自転車をこいでいました。

「まだーいわーなーいでーふんふんふんー♪ 」

なかなかにご機嫌なようで、鼻歌なんか歌っています。
……中途半端にしか歌詞を覚えていないようで、
所々(というより半分以上)は『ふんふん』という言葉でごまかしたりしていますが。

キッ。

大きなマンションの前で、甲高い音を立てて自転車は止まりました。
少女はぴょこん、と自転車から降りると、空を見上げます。

「ふーわふわの雲さん、おいしそうなの!」

自転車をこいでいた少女――雛苺ちゃんは、相も変わらず元気一杯な声を出しました。
56 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:28:14.35 ID:s.rf0Ywo
***

「みっちゃん、はやくはやく、ヒナが来ちゃうかしら!」

所変わってマンションの一室では、金糸雀ちゃんが忙しそうにどたばたと駆け回っていました。
服装はパジャマのままで、緑色のきれいな髪の毛もぼさぼさ。
いかにも「今さっき起きました」といわんばかりのかっこうです。

「もう、だから早く起きなって言ったでしょ? カナはねぼすけなんだから」

『みっちゃん』と呼ばれたメガネの女の人が、くすくすと笑いながらクローゼットを開きました。

ずらり。

中には秋物のお洋服がたくさん。
まるで服屋さんのようなそのクローゼットから一枚一枚引っ張り出しながら、
みっちゃんはうむむ、と考え込みます。

「汚れちゃってもいいようにこれかな……いや、こっちでビシッと決めるのも……
 だけどこれも捨てがたいし……」

「どれでもいいから早くして! かしらー!」

寝ぐせのついた髪の毛を一生懸命とかしながら、金糸雀ちゃんが叫びました。
57 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:29:19.33 ID:s.rf0Ywo
◆2

ピ、ポ、パ。

マンションの入口で、慣れた手つきで雛苺ちゃんはオートロックに部屋番号を入力します。
ほどなくして。

「はいはい、草笛ですよ」

スピーカーから聞きなれた声が流れてきました。
後ろでドタバタした物音と『もう来ちゃったかしらー!?』とか聞こえた気がします。

「みっちゃん? ヒナなの!」
「はい、いらっしゃい。今開けるからねー」

ウィーン、声と同時に入口のドアが開きました。
後ろでは『みっちゃん、ボタン、背中のボタンとめてかしらー!』とか聞こえています。

「カナったら、またおねぼうしたのね……」

雛苺ちゃんの口ぶりから察するに、どうやら金糸雀ちゃんの寝坊はこれが初めてではないようです。
彼女は小さなため息をつくと、マンションの階段を登り始めました。
58 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:30:14.65 ID:s.rf0Ywo
***

「おっはよう! かしら!」

ビシィ。
そんな効果音が似合いそうな雰囲気で、金糸雀ちゃんが玄関を開けて出てきました。

「カナ、いいかげん早起きをしなきゃダメよ?」
「な、なーんのことかしら? カナはこの通りばっちりきっちり決めてるかしら!」

雛苺ちゃんにジト目で見られ、うろたえる金糸雀ちゃん。

「カナ」
「な、何かしら?」
「ヒナが思うに、そのすそから見えてるのはパジャマだと思うの。カナはパジャマの上に服を着るの?」

バッ。
その言葉を聞くと同時に、金糸雀ちゃんはすばやく背を向けます。
おそるおそるといった感じでちょこんと服のすそをめくり……そのまま固まりました。

じとー。

背中にひややかな視線を感じる金糸雀ちゃん。

「あ、あはは……間違えちゃったかしらー……」
「……」
「……えっと、ヒ、ヒナ?」
「なぁに?」
「着替えてくるから……ちょっと玄関先で待ってて、かしら……」

パタン。
ドアの閉じると同時に、やれやれ、と雛苺ちゃんは肩をすくめたのでした。
59 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:32:20.54 ID:s.rf0Ywo
◆3

「それでどこに行くのかしら?」

てくてく。
きちんと服を着なおした金糸雀ちゃんが、階段を下りながらたずねます。

みっちゃんが『みっちゃんと家で遊ぼうよぉー』と何度も言っていたのですが、
それは金糸雀ちゃんいわく『だんちょうのおもい』なるもので断りました。

……というより、みっちゃんと遊ぶと彼女の着せ替え人形にされてしまうことを
二人とも身を持って知っていたので、家にいるのはごめんだったのです。

「ヒナ、今日は自転車に乗って来たのよ。だから遠くまで行けるわ!」
「へえ、ヒナと自転車でお出かけなんて初めてね!」
「カナの自転車はどんなの? かわいい?」
「もちろんかしら! 黄色で、それで――」

金糸雀ちゃんの言葉はそこで途切れました。
マンションの外。
ちょこんと置いてある小さな桃色の自転車に目が行ったのです。

「――あれ、ヒナの自転車かしら?」
「そうよ! きれいでしょ?」

えっへん、と無い胸を張る雛苺ちゃん。
金糸雀ちゃんはしばらく目をぱちくりとさせていましたが、突然、ぷっ、とふき出しました。

「あはは! おっかしい!」
「う、うゆ?」
60 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:33:34.75 ID:s.rf0Ywo
ケラケラと笑い続ける金糸雀ちゃん。
雛苺ちゃんは想定外の反応にびっくりするばかりです。
ヒナの自転車、なにかおかしいかなぁ。

「ははは……はあ、いっぱい笑っちゃったかしら」

ようやく笑いのおさまった金糸雀ちゃんに、不安げな顔の雛苺ちゃんがたずねます。

「ねえ、どうしたの、カナ? ヒナの自転車、そんなに変なの?」
「違うわ、自転車はとってもきれいよ。だけど……」

ビシッ!
勢いよく金糸雀ちゃんは後輪を指差します。

「補助輪つきかしら!」

――そこには、二つの小さなタイヤがくっついていました。
61 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:34:54.67 ID:s.rf0Ywo
◆4

「で、僕にどうしろと」

散々補助輪つきの自転車を笑われた翌日。
金糸雀ちゃんのマンションよりも数段小さな、おなじみ桜田くんのアパートに雛苺ちゃんは来ていました。

「くやしいの! 『ほじょりん』なしでも自転車に乗れるようになって、カナをびっくりさせてやるの!!」
「そうか、がんばれよ」

ぎぃ。回転椅子を反転させてパソコンにむかい合った桜田くんに、
雛苺ちゃんがむぅ、と頬をふくらませます。

「ジューン! レディが苦しんでいるのよ! すくいの手をさしのべてよぉ!」
「真紅に頼めばいいじゃないか」
「うゆ……だって、真紅だと『すぱるた』式でやられそうだもん……」
「あー、だろうな」
「だーからー、ジューン!」
「蒼星石や翠星石は?」
「翠星石には絶対知られたくないの! 何かある度にからかってくるわ!」
「あー、ありそうだな」
「ね、ジュン、お願い!」

ぎぃ。桜田くんが再び雛苺ちゃんの方を向きました。

「あのな。僕も大学生だよ? 忙しいの。そんなにお前にかまってるヒマないの。
 わかったら他の人に頼みなさい」
「うー……」
「学校の友達とか」
「笑われちゃうよぉ……」
「金糸雀に頼めよ」
「それじゃ、『ほんまつてんとう』なの……」
「じゃあ、もう知らん」

それだけ言って背を向ける桜田くん。
もう、なんて冷たいの! 
むむむ、と頬を膨らませていた雛苺ちゃんですが、そのとき名案が浮かびました。
62 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:36:03.18 ID:s.rf0Ywo
「トゥモエ! トゥモエに頼むわ!」

ぴくり。
桜田くんの背中がわずかに反応しました。
振り返った彼の表情は、とても苦いものです。

「あのな、雛苺。柏葉も大学生だし、色々忙しいだろうからやめとけ」
「えー!? でもでも、トゥモエはヒナが頼んだらきっとひきうけてくれるもん!」
「うーむ……」

腕を組んでうなり声をあげる桜田くん。確かにそうだ、とか思っているのでしょう。

(もうひと押しなの!)

「えとえと、じゃあ、トゥモエに頼んでくるね!」

そう言って雛苺ちゃんが玄関に駆け出した(ふりをした)とき。
バチン。
桜田くんが乱暴にパソコンの電源を切り、立ち上がりました。

「わかった、わかった。僕が教えりゃいいんだろ。柏葉に迷惑かけるな」
「さっすがジュンなの!」

ふっふっふ、計画通りよ!
顔はにこにこ笑顔でも、内心ちょっと腹黒いことを思ったりする雛苺ちゃんでした。
63 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:37:57.29 ID:s.rf0Ywo
◆5

十月の河原。
肌寒い風が吹くそこに、二人はやってきました。

「うー、さぶ……。お前は元気だな」

体をちぢこめた桜田くんが、平気な顔の雛苺ちゃんを見やります。

「ジュンももっとお外に出なきゃダメなのよ」
「うるさい。っていうかお前もう小4だろ? 補助輪無しでも自転車くらい乗れるもんじゃないのか」
「うるさい、なの!」
「はいはい。じゃあ始めるか」
「どうするの?」
「自転車、貸してみろ」

雛苺ちゃんが押してきた自転車を受け取ると、桜田くんはテキパキと片側だけ補助輪を外しました。

「ほれ、乗ってみ」
「うゆ? 両方取らないの?」
「最初は一個だけだ。乗るとき気をつけろよ」

ふんだ、バカにしないでほしいわ! こんなの簡単に乗れるもん。
意気込んだ雛苺ちゃんはひょい、と自転車にまたがり――

べしゃり。

転びました。
64 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:39:07.80 ID:s.rf0Ywo
「うう……いったーい……」
「だから言ったろ。重心を補助輪をつけてる側に置け」
「うゆ……『じゅうしん』ってなぁに?」
「ええっと……つまりだ、体重を補助輪のついている方へかけろ」

わかったの、短く答えると自転車を起こします。
さっきはちょっと油断しただけ、今度はちゃんと乗れるはず――

「う、うゆ」

ぐらぐら。

何とか乗れましたが、少しバランスを崩しただけで転んでしまいそう。
補助輪を一つ取っただけでこんなに乗りにくいなんて!

「よし、ここまで来てみろ」

5メートルほど離れたところに桜田くんが立ちます。

乗っているだけでもやっとなのに、いけるのかなぁ……。
わきあがる不安をおさえこむと、雛苺ちゃんはぐっと足に力をこめます。

(体重をほじょりんのついてる側に、体重をほじょりんのついてる側に……)

そろそろ、ゆらゆら。

まるでサーカス団の綱渡りみたいに、桃色の自転車はあぶなっかしく進み。
65 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:39:59.81 ID:s.rf0Ywo
「はい、よくできた」

どうにかこうにか桜田くんの元へ到着しました。
ふぅ、と息をついた雛苺ちゃんに、桜田くんがにやりと笑います。

「どうだ? 片方外すだけでもそんなに楽じゃないだろ?」
「う……そ、そんなことないもん! まだまだいけるわ!」
「じゃあもう一回な。今度はもっと離れたところまで」
「ええー……」

がっくりとうなだれたのでした。

***

「見てみて、ジューン!」

すいすい。桃色の自転車が風を切ります。

あれからしばらく。雛苺ちゃんは片輪無しでもいつのまにか乗れるようになっていました。

キキッ。
桜田くんの前で勢いよく止まると、えっへんと得意げな顔をします。

「結構飲み込みが早いな。それじゃあ、もう片っぽも外すぞ」
「ばっちこいなの! 今のヒナならよゆーだもんね!」

甘い、その考えは実に甘いのだよ雛苺。
心の中で桜田くんは思いましたが、それを口にすることはなく自転車に手をかけました。
66 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:42:18.16 ID:s.rf0Ywo
◆6

「いい、ジュン、こんどはちゃんと持っててよ?」
「ああ、わかったわかった」

後ろの荷台を持つ桜田くんを何度も確認しながら、おそるおそる自転車にまたがる雛苺ちゃん。
可愛らしいその服は土埃で汚れていて、小さな手足はすりきずでいっぱいになっています。

「の、乗れたのよ」
「じゃあ進むぞ」
「う、うぃ」

ペダルに足をかけながらも、ちらちらと後ろを見る雛苺ちゃん。

「こら、前見ろ」

桜田くんの声であわてて前を向きます。

「い、行くのよ……」
「はいはい」

自信なさげな雛苺ちゃんの声と共にふらふら、と自転車は走りだしました。
補助輪無しでもなんとか走れているのは、桜田くんが後ろで支えているからでしょう。

「ジューン、ちゃんと持ってる?」
「持ってるよ」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとだ」
67 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:43:27.85 ID:s.rf0Ywo
と。
そっと、桜田くんが荷台から手を離しました。
前を見るので必死な雛苺ちゃんは気づいていません。

桜田くんという支えがなくなっても、
ゆらゆらと自転車は進んでいきます。

よしよし、その調子だぞ――
桜田くんが思ったとき。

「ジュン、ほんとに持ってるの?」

雛苺ちゃんが振り返り。

自分よりはるか後ろにいる桜田くんに気づき。

「あ――!」

大きく口を開いて。

どしゃ。

豪快な音を立てて自転車は真横に倒れました。

「おいおい、大丈夫か?」

よっこらしょ、と
桜田くんがあおむけにひっくり返っている雛苺ちゃんの手を引っ張って起こします。

「うー……ジュンのうそつき!」
「ごめんごめん。たまたまだよ、たまたま」
「さっきもそう言ってたじゃない!」
「細かいことは気にしない。ほら、もう一回やるぞ」

そう言うとさっさと自転車を起こす桜田くん。
68 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:45:11.18 ID:s.rf0Ywo
「……やなの」

雛苺ちゃんは地べたにしゃがんだまま、ぼそりと言いました。

「ん?」
「痛いし、全然乗れるようにならないし、もうイヤなの」
「そんなこと言ったってなぁ……乗れるようになるには、練習しなきゃ」

ほれ。
ぽんぽん、とサドルをたたいて座るようにうながされますが、
しゃがんだままいやいや、と首を振ります。

「こーら、わがまま言うな。金糸雀を見返すんだろ?」

そうです。カナをびっくりさせてやる、それが自分の一番の目的のはずでした。
それでもイヤなものはイヤなのです。

(……でも、練習しないと笑われちゃう……でも、練習はイヤ……でも、……)

ぐるぐる、ぐるぐる、思考のループ。雛苺ちゃんは頭を抱えます。

「雛苺?」

桜田くんの声が引き金になりました。
なんだか自分でもよくわからない気持ちを抱えたまま、雛苺ちゃんはかけだします。

「とにかく、もう練習はしないの! ジュンのやくたたず!!」
「お、おいちょっと、待てよチビ!」

桜田くんの慌てた声が聞こえましたが、無視して走り続けます。
とにかく、ここじゃないどこかへ行きたい気持ちでいっぱいでした。
69 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:46:05.67 ID:s.rf0Ywo
◆7

きーこ、きーこ。

人のいない公園に、音がさびしく響きわたります。
河原の近くの公園で、雛苺ちゃんは一人ブランコをこいでいました。

桜田くんはやってきません。
心配して探しているでしょうか。
それとも、あきれて家に帰ってしまったでしょうか。

(さっきは、ひどいこと言っちゃったの……)

そもそも、自転車の練習を手伝ってくれと頼んだのは自分だったのに。

気持ちが落ち着くにつれてどんどん後悔がわきあがってきて、雛苺ちゃんはぐすん、と鼻をすすりました。
いつのまにかブランコは止まっていましたが、それにも気づいていないよう。
うつむいてぐしぐし、と目をこすります。

「おやおや、どうしたのかな?」

ふと、聞き覚えのある声がしました。
顔をあげると。

「そーんなに暗い顔してると幸せが逃げてっちゃうぞ、ヒナちゃん」

買い物袋を手にさげたみっちゃんが、にっこりと笑っていました。
70 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:48:22.74 ID:s.rf0Ywo
***

公園のベンチに腰かけた二人。
買ってもらったジュースを飲みながら、雛苺ちゃんはぽつぽつと今までのことを話しました。

「そっかぁ、そんなことがあったんだね」

缶コーヒー片手にさえぎることなく聞いていたみっちゃんは、雛苺ちゃんが話し終えると同時に大きくうなずきます。
雛苺ちゃんはしょんぼりとした顔でつぶやきました。

「ヒナ、カナと違ってきっと『さいのう』が無いの。きっと自転車は乗れないわ」
「ううん、それは違うと思うな」
「?」

きっぱりと言いきったみっちゃんに、不思議そうに顔を向ける雛苺ちゃん。

「カナもね、最初は全然乗れなかったんだよ」
「ほえ? そうなの?」

初耳です。
確か記憶では、あの日カナは『ふっふっふ! カナは初めて五分くらいで乗れるようになったかしら!』
なんて言っていた気がするのですが。
驚いている雛苺ちゃんにくすり、と笑って、みっちゃんは続けます。

「ふふ、どうせあの子の事だから『すぐ乗れたかしら!』なんて言ったんだろうけどさ。
 毎日毎日練習して、それでも本当に全然だったの」

昔をなつかしむようにメガネの奥の目を細めて、みっちゃんは空を見上げました。

「それで私もさ、もうやめようって言ったのね。大きくなってからまたやればいいじゃないって。
 毎日お風呂場で傷がしみて痛がってるの、可哀想だったし」

「……カナは、なんて答えたの?」

「『あきらめないかしら! 次は乗れるかもしれないもの!』って。次で出来なかったら? って聞いたら
 『その次はきっと乗れるかしら!』って」

ぐい、みっちゃんは缶コーヒーを勢いよく飲みほします。

「そのときカナはえらいと思ったよ。
 結局、それから一週間ぐらいずっと練習して、やっとカナは乗れるようになったんだ。
 あのときはうれしかったなぁ、うん」
71 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:50:32.47 ID:s.rf0Ywo
雛苺ちゃんは大きな目をまんまるにして、みっちゃんの話を聞いていました。
カナがそんなにがんばってたなんて。
それに比べて自分はどうだろう。

ぽん。

みっちゃんが膝をたたいて小気味いい音を立てると、雛苺ちゃんを見つめます。

「はてさて、カナのお話はこれだけ。ヒナちゃんはどうするの?」
「ヒナは……」

少しの間うつむいていた雛苺ちゃんですが、ばっと顔をあげます。

「ヒナも、もうちょっと、やってみるの! 次は乗れるかもしれないもん!」
「えらい! さっすがヒナちゃんだ!」

微笑んだみっちゃんは、雛苺ちゃんの手を取ります。
あちこちにすりきずができた、小さな手。
何度も何度も、練習して転んだ証でしょう。

「うむ、ヒナちゃんは絶対、乗れるようになる!」
「ほんと?」
「うん! だってこんなに頑張ってるんだもん! みっちゃんが保証してあげよう!」
「じゃあヒナ、もう一回れんしゅうしてくる!」

とてとて。
ベンチから飛び降りてかけだした雛苺ちゃんを、みっちゃんが呼び止めました。

「あ、ヒナちゃん!」
72 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:50:59.66 ID:s.rf0Ywo
「うぃ?」
「ジュン君にもちゃんと、ね?」
「……うん、ごめんなさいって言うの!」

笑顔で言うと、再びかけだしていく雛苺ちゃん。
みっちゃんはそんな彼女をにこにこと見送ったあと、ふと真面目な顔になります。

「才能、ねえ……」

さっきの雛苺ちゃんの言葉。
ふいに自分の昔の夢を思い出しました。
ドールショップを開くことだったっけ。

(……結局、その才能が足りなかったみたいだけど)

苦笑い。
大きくなったら努力でどうにもならないことなんていくらでも出てきます。
でも、彼女たちの今は。

(頑張ったらそのぶん報われる。それでいいじゃない)

「あー、いい天気だなぁ」

ひとりつぶやくと、みっちゃんは伸びをして立ちあがりました。
さ、早く帰らないと。カナが待ってるもんね。
73 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:51:54.15 ID:s.rf0Ywo
◆8

はあ、はあ。
息を切らせて雛苺ちゃんが河原に戻ってくると。

「やっと帰って来たか」
「ジュン!?」

いつもと同じ、ふてくされたような顔で桜田くんが立っていました。
足元に置かれた桃色の自転車がすごくミスマッチです。

「ずっとここで待ってたの?」

たずねる雛苺ちゃんから目をそらして、桜田くんはぽりぽりと首筋をかきます。

「……まあ、どうせ暇だしな。なんとなくだよ、なんとなく」
「あー、ヒナそれ知ってる! 『つんでれ』っていうのよ!」
「また余計な知識を仕入れてきたな、お前」
「でもね、男の人の『つんでれ』は『じゅよう』がないんだって!」
「やかましいわ!」

あっという間にいつもの調子。桜田くんはくいくい、と自転車を指差します。

「ほら、乗れよ。練習、再開するんだろ?」

笑顔でうなずきかけた雛苺ちゃんは、はっと思い出しました。

「あ、あのねあのね、ジュン」
「どうした?」
「ヒナ、ジュンにひどいこと言っちゃったの。あやまらないと……」
「それはもういい」
「ほえ?」

ぽかんとした雛苺ちゃんに、桜田くんは不敵な笑みを見せます。

「その代わり、びしばしいくからな! 神奈川の腰を抜かさせてやれよ!」
「……うん!」

力強くうなずいた雛苺ちゃんでした。
74 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:53:11.80 ID:s.rf0Ywo
◆9

(なんと……!)

時折ぐらつきながら、それでもしっかり進む桃色の自転車を見つめ、
神奈川もとい金糸雀ちゃんは文字通り驚愕していました。

(この短い間で、そこまでの補助輪無し自転車を習得したというのかしら……!)

「ね、ね、乗れてるでしょ!?」

目線は自転車の先をしっかり見据えたまま、それでも得意げに雛苺ちゃんが言います。

「そ、そうね……」

ちょっとばかり目を泳がせた後、金糸雀ちゃんはこほん、とせきばらいをしました。

「ま、まあカナに比べればまだまだだけど、そこそこ出来てるんじゃないかしら?」

ずいぶん控え目な誉め言葉ですが、それだけで十分だったようで。

「やったぁ!」

雛苺ちゃんは満面の笑顔を浮かべ――

「きゃあ!」
「かしら!?」

気が散ったせいか、そのまま転んでしまいました。金糸雀ちゃんまで巻き込んで。
75 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:54:31.99 ID:s.rf0Ywo
***

「それにしても……」

おでこにバンソウコウをはった金糸雀ちゃんが、しげしげと雛苺ちゃんの自転車を見ます。

「なんだかヒナの自転車ボロボロ……かわいそうね」

確かに、あんなにぴかぴかだった桃色の自転車は、
あちこち泥や草のしるがついてすっかり汚れてしまっていました。

「うゆ……いっぱい転んじゃったから、自転車さんも汚れちゃったの」

少しばかりしょぼくれた顔をする雛苺ちゃん。
金糸雀ちゃんはあごに手を当ててふむむと考えたあと、ぽん、と手を合わせました。

「よっし、じゃあ今日はお出かけはやめて、ヒナの自転車さんをきれいにしてあげるかしら!」
「ほんと!?」
「カナに二言はないかしら! そうと決まればみっちゃんに頼んでぞうきんをもらってきましょ!」
「わかったの!」

かけだしていく金糸雀ちゃん、そのあとを追いかける雛苺ちゃん。
きゃいきゃいとはしゃぐ二人を、秋のお日様が優しく照らしていました。
76 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:56:06.82 ID:s.rf0Ywo
おしまいです
おやすみ
77 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/21(木) 22:57:39.45 ID:BTtPX2so
ついにこのスレも制作速報へと移ったのか・・・そうか・・・
78 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:14:16.99 ID:2Lqc5S60
投下します
79 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:15:07.99 ID:2Lqc5S60
40-51の続きです
80 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:16:04.23 ID:2Lqc5S60
週末の土曜日。
学校が休みだったので、私は昼から以前来たことのあるケーキ屋に一人で居た。

通りに面した一番眺めのいい席。
私はガラス越しの景色を見ながら、彼女が来るのを待つ。

そして、約束の時間の10分ほど前。
窓から見える横断歩道の向こう側を、オディール・フォッセーが歩いてくるのが見えた。
彼女は少し左右を見て車が来ない事を確認すると、赤信号の歩道を優雅に横断してきた。

「あんな事をしていたのでは、いつか車に撥ねられてしまいますわよ」
「ゆっきーが待ってるのが見えたもの。そんな悠長な事はしてられないわ」

向かいの席に座ったオディールに私がそう注意すると、彼女は真面目な顔でそう答えた。

「そんな事より、ゆっきー、ダイエットでも始めたの?」

そう言われて、私はガラスに映る自分の姿を見てみた。
……今の私は、そんなにやつれてみえるのだろうか。
自分では、その判断は難しかった。

「ダイエット中なら、ケーキ屋に来る訳がありませんわ」
「確かにそうね。……注文、まだでしょ?」

オディールはメニューを開き、とりどりのケーキの写真に目を這わせる。
私はそれすら億劫だったので、前回来た時と同じ物を注文する事にした。

「で、何があったの?」

注文したケーキが届いた頃、オディールは唐突にそう切り出してきた。
81 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:16:40.16 ID:2Lqc5S60
視線を彼女に向けると、その表情にはいつもと同じように柔らかな微笑が浮かんでいるようにも見える。
でも、それ以上に、確かな意志の強さがその陰に隠されているのに気付いた。

「……何のことでしょう?」

私は曖昧にはぐらかそうとするが、今の彼女には通用する訳も無かった。

「久しぶりに呼び出されたと思ったら、何だか疲れた顔してるし……
 私だって、それに気が付かないほど鈍感でもないし、
 見て見ぬフリをして場を盛り上げてあげられるほど、人間が出来てもいないもの」

オディールは瞳を揺らすことなく、真っ直ぐに私を見ながらそう言う。
私はテーブルの下で、わずかに手の平に浮かんだ汗をハンカチで軽く拭く。

喋ってしまえば、どこかの歯車が狂ってしまいそうな予感。
口を閉ざしたままでは、内に秘めた想いが胸を食い破ってしまいそうな錯覚。

心臓の痛みを抑えるように、私は胸に手を当てる。
それから……私は……今、この瞬間の苦しさから逃れるために、口を開いた。

「……オディール・フォッセー……例えば、の話ですが……
 仮に、想いを寄せる相手が居て……その方には、別の大切な人が居る場合……
 果たしてそれは、どうするのが正解なのでしょうか……」

私が言い終えてから、数秒の時間を空け、オディールが小さな声で尋ねてくる。

「横恋慕?」

彼女の言う通りな気もしたし、そうでないようにも思う。
私にはただ俯きながら、小さく首を横に振る事しかできなかった。
82 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:17:13.34 ID:2Lqc5S60
オディールは再び、黙り込む。
それから「私にはそんな経験は無いけれど」と言い、ケーキの横に置かれていたフォークを手に取った。
そのまま彼女は、手付かずのままテーブルに置かれていた、私のケーキに手を伸ばす。
フォークの先が、ショートケーキの上に乗った苺の果肉に突き刺さった。

「私なら、奪っちゃうかな」

まるでそうするのが当然といった風に、オディールは私のケーキの苺を、そのまま自分の口に運んだ。
彼女は数秒間口を動かしてから喉を小さく上下に動かし、それから私に微笑みを向けてくる。
とっても魅力的な、氷のように澄んだ笑顔だった。

「だって、そうでしょ?
 諦めたフリをして、惨めな自分を誤魔化して生きるのなんて、私は嫌。
 誰に何と思われようと……それが強引にだろうと、私は私の気持ちを貫くわ」

奪い取る。
薔薇水晶から、お父様を。

心の中で反芻したその言葉は、まるで蜜のように甘美な響きで私の心を包み込む。

奪い取る……
そして……
そして私は、私だけのお父様を手に入れる。

体温が下がるような。
胸の辺りが暖かさに包まれるような。
不思議な感覚が全身に広がり、私は……それがとても心地良かった。

 
83 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:17:44.06 ID:2Lqc5S60
  〜※〜※〜※〜


オディールとはあの後すぐに別れた。
それから数時間後。
薔薇水晶に電話をかけると、彼女は少し怒っているようだった。

「……どうしてたの……?」

最初、彼女の言葉の意味が分からなかった。
すぐに、この数日、私から何も連絡が無かったせいだと思い当たった。
同時に。
答えが見つかった今となっては、朝も昼もふさぎ込んでいた最近の自分自身が、急に可笑しく思えてきた。

「ふふふ、あら、心配をお掛けしたようで申し訳ありません」

こぼれた笑みを隠さず、私はそう言う。
それから、ほんの少し考えて。

「実は、この数日、どうしても外せない用が―――
 以前お話した、私を引き取ってくださった施設に顔を出していたので……。
 ですが、それももう、全て解決いたしましたわ」

適当な言葉を連ね、薔薇水晶に伝えた。
彼女は何も答えなかったが……それでも、電話を手に無言で頷いている姿が容易に想像できた。

「ところで」と一言はさみ、私は自分の足元に視線を向ける。
そこに置いてあるのは、学校で使う愛想の無い鞄とは違う、少し大きめの鞄。
 
84 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:18:29.05 ID:2Lqc5S60

「明日はお休みですし、今日はそちらでお泊りしてもよろしいでしょうか?」
「……今から……?」
「ええ、今から」
「……うん……待ってる……」
「でしたら、すぐにお伺いいたしますわ」

私はそう言い、通話終了のボタンを押す。
視線を正面に向けると、ショーウインドウに映る自分自身の姿と……薄暗い店内の様子が見えた。

扉を開け、中に入る。

「お邪魔いたします」

そう声をかけると程なくして、薔薇水晶がパタパタと足音をさせて二階から降りてきた。

「……もう、来たの……?」

少し驚いた表情の彼女に、私は微笑みながら答える。

「居ても立ってもいられなくて、お家の前で電話をかけていましたので……
 それに……ふふふ……善は急げとも言いますでしょう?」

私だけの、優しく温かなお父様を手に入れる。
早く、早く、今すぐにでも。

私は胸の高鳴りを抑えながら、薔薇水晶にそう告げる。
少し薔薇水晶の表情が変わったような気がしたが、そんな些細な事は気にもならなかった。
 
85 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:19:24.61 ID:2Lqc5S60
「……うん……」

いつもと同じように表情を作らないで、薔薇水晶が曖昧に頷く。
私もそれに微笑んで頷き返し、それから二人で、いつもと同じように二階のリビングへと向かった。

「ところで、お父様はどちらに?」

リビングに辿り着いても槐さんの姿が見えなかったので、私は薔薇水晶に尋ねてみる。

「……人形作り……仕上げが大変って……」
「まあ、それでしたら、何か差し入れでも持って行って差し上げましょうか」

私は自分でそう言ってから、こんな事なら自宅を出る前にクッキーでも作ってくれば良かった、と思った。
素敵な出来事の予感に、少し急ぎすぎたかしら、と。

そんな風に考えていると、薔薇水晶が少し首を傾げるのが視界の端に入ってきた。

「……お菓子作り……する……?」

―――あぁ、そう言えば以前、そんな事も言いましたわね。
彼女の言葉で、私はそんな事を思い出した。

「……ええ、そうですわね。ちょうど良い機会ですし、クッキーでも焼きましょうか」

薔薇水晶が頷いたので、私はすっかり勝手を知ったキッチンへと足を踏み入れる。
戸棚や冷蔵庫を探してみると、材料はあらかた揃ってはいたが、バターだけが足りなかった。

「少し材料が足りないようなので、お買い物に行かなくてはなりませんわね」
 
86 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:19:59.38 ID:2Lqc5S60

ついでに、紅茶の葉も買いましょう。
甘い甘いお菓子と、温かく香り豊かな飲み物を。

私は歌うように、心の中で呟く。
まるでケーキの中に居るような、ふわふわとした心地良い気分だった。


  〜※〜※〜※〜


オーブンからは、いい香りが漂い始めていた。
後片付けもすっかり終わっていたので、私と薔薇水晶はのんびりと焼き上がりを待つだけ。

「……思ってたより……簡単だった……」

薔薇水晶は椅子の上で体育座りをしながら、そんな感想を口にした。

「あら、ばらしーちゃんはクッキーを焼くのは初めてでしたか?」

私が尋ねると、薔薇水晶は一度だけ首を縦に動かす。
それから、彼女は首をかしげて私をジッと見てきた。

「あら、私だって、そんなにお菓子を作ったりする訳ではありませんわ。
 それでも、クッキーは簡単な方なので、レシピもすぐに憶えてしまいましたわ」

それから私は、オーブンの窓をのぞき込んで様子を見てみる。
火力も弱すぎず、強すぎず。
きっともう少しで出来上がり。
 
87 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:20:32.09 ID:2Lqc5S60
今回は、上に乗せるジャムは市販の物でしたが、次はジャムも手作りに、というのも素敵。
私がそんな風に想いを馳せていると、カツカツと階段を上ってこちらへと向かってくる足音が聞こえてきた。

「随分と良い匂いがするが、ケーキでも作っているのかな」

お仕事用の前掛けを付けたままの槐さんが、リビングへと入ってき、テーブルに着く。
薔薇水晶はふるふると首を横に振り「……クッキー……」とだけ答えた。

「もうすぐ焼きあがりますし、お茶も淹れますので、よろしければご一緒にいかがでしょうか?」

棚からポットとカップを取り出した私に、槐さんは静かな表情で頷いてくれる。

お湯を沸かし、買ったばかりの真新しいリーフをポットに入れる。
きっと紅茶が出来上がる頃には、クッキーも完成するだろう。
沸いたお湯をポットに入れ、蓋をして葉が広がるのを待つ。
オーブンが軽快な音を立てて時間が来たことを知らせてくれる。
ブカブカの手袋みたいなミトンを手につけて、オーブンからトレーを取り出す。
カリカリに焼きあがったクッキーをお皿に移して。
その頃には、紅茶も出来上がり。

お盆にポットとカップを3つ。それと、クッキーを盛った皿を乗せて、私もテーブルに着いた。

「まだ熱いので、もう少し待たないとヤケドしてしまいますわよ?」

虎視眈々とその様子を観察していた薔薇水晶が、私の言葉で伸ばしかけていた手を止める。
それから彼女は、ジッと、クッキーを睨みつける作業に没頭し始めた。

「うふふふ……あらあら、そんなにお熱い視線を送っていたのでは、
 せっかく綺麗に焼きあがったのに焦げてしまうのではないでしょうか?」
 
88 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:21:06.08 ID:2Lqc5S60

薔薇水晶の様子に私がそう冗談を言うと、槐さんが可笑しそうに、控え目に笑う。
私も、彼に視線を向けて……そして、自然と笑みを浮べた。

あぁ、なんって平和で幸せな空間なのでしょう。
これがもうすぐ、私のものになる。

そう想像するだけで、胸に広がった多幸感が、体を突き破ってしまうのではないかと思うほどに広がる。
私は槐さんを見つめながら、微笑を浮べていた。


  〜※〜※〜※〜


それから晩ご飯も終わり、槐さんはお仕事の続きにも工房に戻り、私と薔薇水晶は彼女の部屋に行き。
他愛の無いお喋りをしたり、テレビゲームをしたり。
その後は順番にお風呂に入り、パジャマに着替え。

そして時計を見ると、針は頂点で重なり合っていた。

今日は、12時を過ぎても魔法が解けない。

視線を薔薇水晶に向けると、彼女も時計を見ていた。
それから、おおきな欠伸を一回。

「ばらしーちゃんは、もう眠くなってしまわれたのですか?」

私が尋ねても、薔薇水晶は時計を見たまま、じっとしている。
それから小さく、コクンと首を縦に動かした。
 
89 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:21:47.24 ID:2Lqc5S60
「それでは、お布団の準備だけでもしておきましょうか」

私がそう言うと、薔薇水晶も「ん」と短く答えてから動き出す。
彼女は自分のベッドがあるので、私の寝る布団を床に敷く。

薔薇水晶はしきりに目をしぱしぱさせたり擦ったりしていたが、
自分のベッドには行かず、私の布団の端にぺたんと座り込んだ。

「あら、まだお休みにはならないのですか?」

私が尋ねると、薔薇水晶はゆっくりとした動きで首を振る。

「……せっかくだから……」

と答え、そのまま私の布団にごろんと転がり、もぞもぞと手を伸ばしてゲーム機に手を伸ばした。
ゲームとテレビの電源を入れ、二つ持ったコントローラーの一つを私に差し出してくる。
私も、ならあと少しだけ、とゲームに興じる事にした。

現実の薔薇水晶はとっても眠そうで、布団の上でごろごろしているというのに、
画面の中の彼女の分身はそれはそれは大暴れだった。
私はと言うと、普段はゲームはあまりしないので、誰も居ない空間を叩いてばっかり。

やがて、薔薇水晶のサポートで……というより、彼女の大活躍のお陰で、無事にゲームクリア。
画面がロード中の文字に切り替わり、それから再びゲームの画面に戻る。
でも、薔薇水晶の操作するキャラクターは棒立ちのまま動かない。

視線を彼女に向けると、どうやら僅かなロード時間の間に、そのまま寝てしまっていた。

私はすやすやと眠る薔薇水晶を起こさないように、そっとテレビゲームの電源を切る。
それから彼女に布団をかけ、極力音を立てないように動いて、部屋の照明の電源を落とした。
90 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:22:22.21 ID:2Lqc5S60
私は真っ暗な部屋で、薔薇水晶のベッドに腰掛けた。

闇の中で、時計の秒針が規則正しいリズムを刻む。

時折、どこか遠くを車が走る音が聞こえる。

静かな寝息が聞こえる。

私はたっぷり20分ほど、そうしていた。

……もう、薔薇水晶も完全に寝ているだろう。

静かに立ち上がり、音も無く部屋から抜け出す。

月明かりすら届かない廊下を歩く。

そのまま槐さんの私室の前まで行き……そこで、工房から何か音がしている事に気が付いた。

足音を殺して、工房へと向かう階段を下りていく。

キシ、と床が軋む音だけは隠せなかった。

工房のカーテンを開く。

彼が居た。

「……おや、眠れないのかい」

作業机に向かいながら、槐さんは私に声をかけてくる。
私は何も答えず、工房に入ると内側からカーテンを閉じた。
91 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:22:51.38 ID:2Lqc5S60

槐さんは何も言わず、机に向かったまま人形作りを続ける。
その背中を、私はただ見つめる。

しばらくしてから、私が足を一歩踏み出すのと、彼が作業の手を止め振り返ったのは同時だった。

「こんな時間に、どうかしたのかな?」

彼は椅子に座ったまま、私にそう声をかけてくる。
私はそのまま、無言で足を進め……そして、彼の手を取った。

両手で彼の手を包み込む。
とても大きく、とても温かだった。

「……」

彼が何か言おうとしている気配が伝わってくる。
私はそれが声になるより前に、口を開いた。

「……温かくて……大きな手……」

彼の手を握る両手が、わずかに熱を帯びる。
私は、私の温かさを伝えるように、両手に力を込めた。

「……君は……」

彼が、何かを言おうとする。
私はそれを遮る。
 
92 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:23:18.65 ID:2Lqc5S60

「……どうか……」

心臓と耳が繋がってしまったように、自分の鼓動が、大きく聞こえる。

「どうか、私の……私だけのお父様になってください」

彼が、驚いたような表情を浮べる。
私はそのまま、彼に自分の顔を近づけた。

「どうか……私を……私だけを……」

囁くように言い、唇を近づける。

そして。

私は、私の体は、彼のもう片手によって遠ざけられた。

何故ですか。
何故、私を、私を愛して下さらないのです。
何故、私の愛を受け入れてくださらないのです。

私は再び言葉を紡ごうとする。
彼は静かに首を横に振った。

そして、私の握っていた彼の手が……それは決して強い力ではなかったけれど、
それでも、有無を言わさない力の込められた手が、私の両手から零れるように抜け落ちた。
 
93 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:23:48.51 ID:2Lqc5S60

「どうして……!」

私は叫ぶように言いながら、再び彼に手を伸ばす。
でも、私の手は彼に届かなかった。
私の肩には彼の手が置かれおり、それ以上に私が近寄る事を拒絶していた。

「……もう、休みなさい」

最後に彼は、とても悲しそうな表情で、私にそう言った。

……それから私は、どのようにしてかは記憶が定かではないが、とにかく薔薇水晶の部屋に戻っていた。

床に敷かれた布団では、薔薇水晶が静かな寝息を立てている。
彼女は、今夜の出来事を何も知らない。

私は不思議と、泣いたりはしていなかった。
哀しさとは違う……ただひたすらに空虚な気持ちだった。

私は全てを手に入れようとして……
結局、何一つ手に入れる事が出来なかった。それどころか、全てを失ってしまった。

もし、薔薇水晶が私のしようとした事を知ったら、どう思うだろう。
怒るだろうか。軽蔑するだろうか。

私はそんな事以上に……ただひたすらに、一人になりたかった。

愛も憎しみも何も無い、孤独が欲しかった。
私にはもう、それしか無いように思えた。
 
94 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:24:16.86 ID:2Lqc5S60

ベッドに腰掛け、ただぼんやりと時間を過ごす。
頭に霧がかかりでもしたように、私は何も考えてなかった。

やがて、朝日が昇るのがカーテン越しに見えた。

私は立ち上がり、そのまま自分の家へと帰った。


  〜※〜※〜※〜


家に帰っても、私はひたすらぼんやりとしていた。

気が付けば、いつの間にか数時間過ぎていた。

それすら、どうでも良かった。

一睡もしていない事を思い出した。

冷たいベッドに横になる。

天井を見つめたまま、眠りが訪れるのを待つ。

いつまで待っても、眠りは訪れてくれない。

ふと時計を見ると、針は12時を指していた。
 
95 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:25:37.08 ID:2Lqc5S60

ご飯を何も食べてない事を思い出した。

どうでも良い事のように思えたので、忘れる事にした。

玄関のチャイムが鳴った。

それが合図だったかのように、睡魔が私を包み始めた。

再びチャイムが鳴った。

無視して、静かに目を瞑った。

何十年も眠ったような、数分で起こされたような、そんな目覚めを迎えた。

首を動かし、時計を見た。

時間はそれほど過ぎてはいなかった。

部屋の入り口で、薔薇水晶がこちらを見ているのに気が付いた。

玄関の鍵を閉めて無かった事を思い出した。

「……来て……」

彼女の声が、やけにはっきりと聞こえた。


  〜※〜※〜※〜
 
96 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:26:10.72 ID:2Lqc5S60
「……来て……!」

薔薇水晶は、彼女にしては珍しく強い口調でそう言い、寝ている私の手を引っ張った。
ぼんやりとしていた頭が徐々に覚醒し……私は彼女がとても怒っている事に気が付いた。

「……ええ」

短くそう答え、私は体を起こす。
だというのに、薔薇水晶はまるで一刻を争うように、私の手を引っ張り続ける。

どこに連れて行くつもりだろうか。

そんな疑問が当然のように浮かんだが……それ以上に、この様子からして、彼女も昨夜の事を知ったのだろう。
だとすると、私には拒否権も疑問を挟む権利も無いように思えた。

私は薔薇水晶に手を引かれたまま、部屋から外に出た。

道中、ずっと彼女は無言だったが……それでも目的地だけは理解できた。
見慣れた道。見慣れた商店街。見慣れたドールショップ。
彼女の家だった。

薔薇水晶はそのまま、足を止めることも迷う事も無く、私を連れて家へと入っていく。
私も、彼女にされるがまま、二階のリビングへと足を踏み入れ……
そして、すでに席に着いている槐さんを見た。

薔薇水晶は私を槐さんの正面に座らせると、珍しく私の隣ではなく、槐さんの隣に座った。

3人が向かい合って座り、会話も無い。
誰もが、最初に口を開くのをためらっているのだろう。
……私がそうなように。
97 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:26:39.67 ID:2Lqc5S60
しばらくの沈黙の末、最初に動いたのは薔薇水晶だった。
彼女が槐さんに睨むような視線を向ける。
すると、彼は諦めたように深いため息をついた。

「確かに……」

槐さんが、静かに口を開いた。

「君の気持ちも……寂しさも分かっていたつもりではいたんだが……」

薔薇水晶が何かを言おうとしたが、槐さんはそれを片手を上げて制した。
そして、槐さんはもう一度、深くため息をついた。

「どうも、僕も不器用な人間でね……薔薇水晶に言われて、改めて気付かされたよ。
 言葉にしなくても伝わる想いもあれば、言葉にしなくては伝わらないものもある」

槐さんは私に視線を向ける。

「……改めて言わせてほしい。
 もし良かったら……僕に、君の父親の代わりをさせてもらえないだろうか」

私は、その言葉の意味が分からなかった。
頭が動くより早く、心臓が激しく脈打ち始める。

私は何の反応も返せない。
槐さんは再び口を開く。

「……本当なら、君の父親が無くなった時に言おうと思ったのだが……
 どうしても片親だと社会の風当たりも厳しくてね。
 それに、当時の僕は転勤続きで持ち家も無かったから、申請が通らなくてな……」
98 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:27:15.37 ID:2Lqc5S60

それから槐さんは、言い訳でもするように、少し視線を泳がせた。

「……君が何の気兼ねも無く家に来てくれていると思い込んで……
 大切な言葉を伝えるのを忘れてしまっていた」

ああ、そうか。
だから、何年も会ってなかったのに、すぐに私を迎え入れてくれたのですね。
だから、この家には最初から、私の為の席が用意されていたのですね。
だから、私が毎日来ても温かく迎えてくださったのですね。

私だけが、勝手に疎外感を感じていた。
私だけが、家族に含まれている事に気が付かないでいた。

私は迷子になって、独りぼっちになったと思い込んで、道を見失っていた。
本当は、目の前に道があったのに。

そう思うと、涙があふれてきた。

まるで昨日からの涙が一度に流れ出たみたいに、私の瞳からは涙が止まらなかった。

私は両手で、自分の顔を押さえる。
だって、涙は止まらないし、鼻水だって出てきて息も出来なかったから。

カタン、と椅子の動く音がして、それから温かい何かが、私の体に覆いかぶさるように抱きついてきた。
この温かさは、薔薇水晶。

それから今度は、私の頭を大きい手が、そっと優しく撫でてくれる。
この優しさは、槐さん。
 
99 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:28:21.71 ID:2Lqc5S60

お父様、これが家族のぬくもりなのですね。

私も顔を上げて、今すぐにでも、この優しさに応えたかった。

でも、きっと、泣きすぎで顔もくしゃくしゃになってしまっているから。

こんな顔見られたら、きっと、笑われてしまう。

だから私は、今は、今だけは、両手で顔を押えながら、このぬくもりに甘える事にした。







 
100 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 00:29:33.07 ID:2Lqc5S60
80-99
投下終了です。
101 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/30(土) 20:07:51.48 ID:EFBKfso0
乙です
102 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/11/01(月) 21:36:22.40 ID:rgRwXVw0
雪華綺晶が果たして何をするのか戦々恐々だったけど、救われた結末で良かった…。
良作乙です。
103 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/16(火) 00:24:54.10 ID:WH37vrQ0
『保守かしら』
2007年12月14日

 今日は真紅と雛苺と三人で話をしたかしら。
 話したのは、蒼星石の事。
 静かに話して、まるで三人だけで蒼星石のお葬式をしているみたい。
 カナが夏に蒼星石とした約束の話をしたら、
 「金糸雀は魂の存在を信じている?」
 って真紅に聞かれたかしら。
 「非科学的だけれど、あって欲しいと思うかしら」
 「お父様は魂というべきものは遠くに行ってしまうだけだと語っていたそうよ」
 「遠くに?」
 真紅は紅茶カップを見てるような見てないような、静かな目をしてた。本を朗読するみたいな声。
 「自分自身も白くかすんでしまう今ではないどこか。そう、ほんの十秒も前ですらない遥か
彼方だ」
 「九秒前の白なの」
 雛苺がぽつっといったかしら。
 「蒼星石が見せてくれた古い雑誌のインタビューにはそう書いてあったわ。わざわざ私に見
せたくらいだから、何か思う所があったんでしょうけれど…」
 「今思うと、あれはサインだったの?」
 独り言みたいな、真紅の疑問。カナも雛苺も答えられなかったかしら。

 九秒前の白…蒼星石はそこに行くと信じていたのかしら。
104 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/16(火) 00:25:35.20 ID:WH37vrQ0
2007年12月15日

 なんでかしら、集中すればするほどうるさいわ…。
 というよりも自分の中で音をイメージしたり、音に耳をすませるから、おまけで変な声を
作ってしまっているのかしら?
105 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/16(火) 00:27:16.49 ID:WH37vrQ0
2007年12月16日

 今日もヴァイオリンを練習してたら、
 ちょうど、練習が上手く言って、ついでにオレンジジュースを飲んでいた所だからカナは少
し幾嫌が良かったかしら。
 だから声に向かってふざけて
 「もう、静かにして」
 って言ってみたら
 「お望みなら、喜んで」
 って声がしたかしら。ほんとうに耳元で聞こえたのに、息の音がしなくて本当に気味が悪かったかしら。
 「なに?」
 「ようやく呼んでくださいましたね。ああ…。私にはそれが必要なのです。怒鳴られるでも
なく、追い散らされるでも無く、そちらから語りかけていただかねば」
 すいぶん芝居がかった口調。でもカナの耳はたしかにずっと聞こえてた呟きと同じ声音かしら。
 「やっと繋がった。一番固い卵のお姉様と、やっと」
 この時のカナの気分はなんて例えたらいいのかしら。普通に学校からの帰り道にいきなりピ
エロが立っていたような気持ちかしら。言葉だけ丁寧なのにひどく高翌揚しているような、落ち
着いているような。凄く変で現実的じゃない感じ。
 けれど、最近は嘘みたいな事ばっかりで、正直もうたくさんかしら。
 だからカナはため息をついたわ。
 「まぁ、静かにしてくれるならなんでもいいかしら」
 「あら、つれない」
 「練習がしたいだけ」
 カナがヴァイオリンを構えると声はくすくす笑いながら遠ざかっていったかしら。
 「仕方がありませんわね。今日はご挨拶まで。名乗りはまた後ほど…」

 それからも練習をしていたと思うんだけど。

 ゆすぶられて目が覚めたら、おねえちゃんが心配そうな顔をしてカナをの事を見ていたかしら。
カナが目が覚めたのに気がついたら、おねえちゃんはすぐに怒り顔。
 「大会に出ても良いと言ったわ。ヴァイオリンの練習のために学校を休んでも良いとも。
けれど、ヴァイオリンを抱いて床に転がって良いって誰が言ったのよ?」
 「わざとじゃないかしらー」って言ったけれど、両頬を引っ張られたかしら。
 どうもカナはヴァイオリンの練習をしたまま寝ていたみたい。
 床なんかで寝てたから変な夢を見たのね。でも夢にしては質感が凄く現実的で、なんだか気
味が悪いかしら…。
106 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/16(火) 00:30:22.10 ID:WH37vrQ0
投下終わりです。
107 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/16(火) 18:20:46.19 ID:149GzNgo
>>106
投下乙です!楽しみにしてました!
きらきー怖いな…
108 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/09(日) 10:29:02.07 ID:8uAhykQo
さすがに落ちそう
109 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/11(火) 00:40:25.63 ID:JqQ6l67/0
『保守かしら』
2007年12月17日

ヴァイオリンは今すごく大切だけれど、部活動の提出書類はちゃんと作らなきゃ。ばらしーちゃんとまちがいないか確認していたら、真紅が部室に来たかしら。もちろんジュンもいっしょ。
「あら、いるとは思わなかったわ」
だって。カナ達に会いにくる以外、真紅にこの部屋に用事なんてないもの。
「減らず口かしら」
「最近はコンクールに向けて忙しいんでしょう?」
「よく知ってるのね」
カナはちょびっと驚いたわ。
「まぁね」
真紅はカッコいい微笑をうかべた…んだけれど、
「知ってるもなにもこの前金糸雀が学校を休んだのが心配で水銀燈さんに電話して聞いたんじゃないっ痛!」
カナからは見えなかったけどたぶん足を踏まれたかしら。
「た、たしかに今までで一番練習してるかしら」
「でも貴女はコンクールには興味がないんじゃなかった?」
「こんどは約束があるから特別かしら」

そういう間にばらしーちゃんが椅子を持って来て、そのままカバンからお菓子を取り出してた。ジュンはジュンで自分のカバンから真紅のタンブラーを取り出してるし、なんで真紅はあっという間に人を動かしちゃえるのかしら。
「あら、ありがとう」
受け取る時もいっぱいの感謝をするわけじゃなくて、少しほほ笑むだけなのにみんな満足気。不思議かしら。
「入賞したら何か買ってもらうとか?」
「 ううん、蒼星石との約束」
「蒼星石が?珍しいわね」
110 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/11(火) 00:41:25.47 ID:JqQ6l67/0
「冗談みたいなものだったから、カナが勝手に思ってるようなものだけれど…」
カナは真紅に蒼星石との約束を話したかしら。

「でも本当に難しいから、ちゃんと弾けるか心配かしら」
「24のカプリースは難しい曲らしいわね」
「楽譜通り弾く事は奏法がたくさんあって忙しいだけで、できないことはないんだけど…」
「なにが問題なのかしら?」
「うーん…」
うまく言えなくてちょっと困ったわ。
「なんていうかしら…蒼星石のことを演奏したいのかしら?」
「なんとなくわかるよ。ただ弾くだけじゃなくて、思いをこめて一つの作品のレベルにまで持って行きたいってことだろ」
そう言ったのはジュン。
ジュンの言い方がちょびっと槐さんとおねえちゃんが人形を語る時に似てて、なんとなく言葉を続けれたかしら。
「そう、おねえちゃんが人形にたくさんの気持ちをこめて、それを見た人がさらにその気持ちを受け取って見せるみたいに、蒼星石のいたことを聞いた人に感じてもらえるような演奏をできたらって…」
言葉にするとどんどんおぼつかなくなって来て大変。でも自分がこんな風に考えてたのがちょっとおどろきだったかしら。
カナの言葉がすっきり終わらなかったからか、ちょっと静かになったかしら。よっぽど変なこと言っちゃったみたいで気まずい気持ちになったかしら…こんなに気まずかったのはみっちゃんを真紅と翠星石に紹介した時以来かしら。
「えーと、おおげさだったかしら」
カナがちょびっとあせりながら言って、ジュースを飲もうとしたら、
「だいじょうぶです!ぜっったいできます!!」
右手側に座ってたばらしーちゃんが大噴火したかしら。あんまりにも大きな声でだったから、びっくりしてジュースをこぼしたかしら。
111 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/11(火) 00:42:00.00 ID:JqQ6l67/0
カナが見たら、ばらしーちゃんはちょびっと小鼻をふくらませながら大きくうなずいたわ。
 「すでに熱心なファンがついているみたいね」
 「ありがとかしら」
 「…はぃ」
 ばらしーちゃんの噴火時間が終わっちゃったかしら。
 「もっとどんどんしゃべっちゃっていいかしら?」
 ばらしーちゃんは恥ずかしそうに首をふるふる振って、その仕草がとってもかわいくて、みんなおもしろがってたかしら。真紅といっしょに笑ったのはひさしぶりかも。

 「今度の演奏は貴女にとっての蒼薔薇ね」
 別れ際に真紅はそんなことを言ったかしら。蒼薔薇。ジュンが棺に捧げた蒼薔薇。
 カナはうなずいたかしら。
 「うん、蒼星石に捧げる演奏かしら」
 ばらしーちゃんはカナを信じてくれてて、ジュンと真紅は蒼星石についてなにかしたい気持ちをいっしょにわかってくれてる。
 そしておねえちゃんはずっとカナを助けてくれてる。きっと蒼星石に捧げる演奏を成功させてみせるかしら。
112 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/11(火) 00:45:04.64 ID:JqQ6l67/0
投下終わり

昔と同じで30行くらいでレスを変えています。
まだ読んでくれてる人がいたらありがとう。
113 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/11(火) 09:29:53.94 ID:DEWEJlnIO
>>112
乙です!
いつも楽しませてもらってます
上手く言えないけどこの作品の雰囲気がすごく好き
114 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 01:38:23.22 ID:IhhFyCg5o
◆冬は寒い◆

J「うう、寒い……こたつから出られないぞ」

薔「こたつは冬の魔物……」

ガチャッ
め「はっぴぃにゅういやー、愚民諸君!」

J「……なに、その頭についてるの」

薔「うさみみ……?」

め「今年の干支にちなんだのよ。ふふ、似合ってるでしょ?」

J「うん、まあ」

薔「……JUMはうさみみが好きなの?」

め「桜田くんはうさみみ萌えなのよ」
J「違うから」

薔「そっか……JUMはうさみみ萌え……」

薔「ちょっと待ってて……」スタスタ

ガチャッ
薔「……」スタスタ

薔「……」モゾモゾ

J(……うさみみ、つけてきたんだ)

め(涙ぐましき努力)
115 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 01:39:27.98 ID:IhhFyCg5o
J「それにしても寒いなぁ、今日」

め「これは今年一番の寒さね」

J「まだ始まったばかりだろ」

薔「……」

薔「ねぇ、JUM。うさみみ似合ってる……?」

J「ん? うん、よく似合ってるよ」

薔「……めぐとどっちが似合ってる?」

め「む、これは聞き捨てならん」

J「え? えーと……ばらしー、かな」

め「ガーン」

薔「///」

め「……桜田くん、桜田くん」

J「なに?」

め「うさぎはね、寂しいと死んじゃうんだよ?」

J「へえ、そうなんだ」

め「……」パタリ

J(ふりしてる、死んだふりしてる)

薔(ボケ要員の涙ぐましき努力……)
116 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 01:40:20.38 ID:IhhFyCg5o
め「……」グッタリ

J「……」

薔「……」

め「……」グッタリ

J「……めぐ。もう死んだふりやめていいよ」

薔「こっち来て一緒にこたつに入ろうよ……」

め「……」グッタリ

J(まだやる気かよ)

薔(こたつの外は寒そう……)

め「……へっくし!」

J(あ、思いっきりくしゃみした)

薔(これでやめるかな……)

め「……」グッタリ

J「まだ続けるんかい」

薔(なんという根性……)
117 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 01:41:45.70 ID:IhhFyCg5o
め「寒い。マジ寒かった。こたつマジ天国」

J「最初から入っとけよ」

め「っていうか、この部屋寒いわね。暖房つけようよ」

J「今壊れてる」

め「ねーわ。ストーブとかは?」

薔「向こうの部屋に電気ストーブがあるよ……」

め「だってさ、桜田くん」

J「なぜ僕に振る」

め「寒いじゃん。ストーブ欲しいじゃん。でもこたつから出て取りに行くのめんどいじゃん。だから」

J「新年早々うざいね、君も」

め「でも、それがかわいいん・で・しょ?」キャピッ☆

J「UZEEEEEEE」

薔「まあ、落ちつきたまえ。ここは公平にじゃんけんで決めよう……」

J「オーケー、そうするか」
め「切り替え早いわね」

薔&J&め「最初はグー、ジャンケンポン!」

薔「……フッ」ニヤリ

J&め「ちくしょう……」
118 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 01:42:28.92 ID:IhhFyCg5o
J「いいな、恨みっこなしの一発勝負だぞ」

め「……くくく」

J「?」

め「くっくっく……はーっはっはっは!」

J「なんだその高笑いは」

め「私には絶対の自信があるの。この勝負、いただいたわよ」

J「へえ、大したものだな……いくぞ」

J&め「最初はグー、ジャンケン」

J「ポン!」

め「必殺グーチョキパー!」

J「……小学生かよ」

め「勝ちは勝ちだもの」

J「一人であいこじゃん」

め「……」

め「あーいこーで」

J「前向きだな」
119 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 01:43:32.57 ID:IhhFyCg5o
め「ストーブ重かった。マジ疲れた。桜田くん恨んでやる」

J「ズルして結局負けるほうが悪い」

薔「これでちょっと暖かくなったね……」

め「でもさ、こたつからは出たくないわよね」

J「それは言えてる」

め「ところで私お花を摘みに行きたいの、桜田くん」

J「はいはい、トイレね。いってらっしゃい」

め「バカ者!」ゲシッ

J「いたっ! こたつの中で人の足蹴るなよ!」

め「花も恥じらう乙女に向かってそんな言い方、デリカシーがないでしょ!」

J「いつの時代の令嬢だよ」

め「むむむ……お花を摘みに行きたい。ああ、でもこたつから出たくない……」

め「……ばらしー」

薔「なに……?」

め「私の代わりに行ってくれない?」

薔「いいよ……」スタスタ

J(本当に行っちゃったよ……)

め(ボケをボケで返すとはやりおる)
120 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 01:44:37.00 ID:IhhFyCg5o
め「……」モジモジ

J「……」

め「……」モジモジ

J「……」

ガチャッ
薔「ただいま……」

J「おかえり」

め「お……おかえり」モジモジ

薔「……」

J「……」

め「……」モジモジ

J「……早く行けよ」

め「なんで私の考えてることわかったの!? 桜田くんの卑猥!」

J「もういいから早く行けよ」
121 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 01:45:21.14 ID:IhhFyCg5o
め「すっきりした」

J「よかったな」

め「ほら、おみやげ。台所から持ってきました」

薔「おお、みかん……」

J「一個もらうよ」

め「ダメダメ。これは私とばらしーの分。桜田くんは自分で取ってきてね」

J「ええ、何その地味な嫌がらせ」

薔「いただきます……」モグモグ

め「おいしいわね、ばらしー」モグモグ

薔「うん……」モグモグ

J「……ばらしー、うさみみ貸して」

薔「?……はい」

J「……」ゴソゴソ
122 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 01:46:17.70 ID:IhhFyCg5o
J「めぐ」

め「なに? うさみみなんかつけちゃって」

薔(JUMのうさみみ……かわいい)

J「うさぎは寂しいと死んじゃうんだぞ?」

め「え? いや、うん……。あのさ、そういうのキモいと思うからやめた方がいいよ」

J「……ちょっと泣いてもいいかな」

め「見苦しいからやめてくれる?」

J「……」

薔「……」

め「……」

J「本当に死んでやるぅうう!!」

め「ストップストップ! 冗談! 冗談だから!!」
123 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 01:47:37.13 ID:IhhFyCg5o
め「びっくりしたわよ。桜田くんがああいうキャラに変化するなんて」

J「僕だってたまには傷つく」

薔(うさみみのJUM……かわいかったな……)

め「そもそも、うさみみつけて死んだふりは私の専売特許なんだから取らないでよね」

J「当分使えそうにないネタだけどな」

め「そんなことないわよ。今だって、ほら」パタリ

J「また死んだふりかよ」

め「……」グッタリ

J「はは、もういいって。そもそも『うさぎは寂しいと〜』の下りがないとわけわからないし」

め「……」グッタリ

J「おーい、めぐさーん」

め「……」グッタリ

J「……」

J「……ばらしー」

薔「なに?」

J「救急車呼んで。めぐ気を失ってる」

薔「なんと」

★おしまい
124 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 01:48:44.59 ID:IhhFyCg5o
というわけで明けましておめでとう
おやすみ
125 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 18:47:06.67 ID:s+I+jWq+o
>>124
またこの三人組の話が読めるとはww
ジュンのうさみみ想像したらちょっと可愛くて悔しいwwwwww
126 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 18:52:24.84 ID:fbvr85nIO
ばらしーかわええ
めぐさんの体を張ったボケは大空にも響き渡るね(成仏的な意味で)
127 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/14(金) 23:24:25.56 ID:llp4IY2AO
もしも雛苺が有り得ない程イチゴ嫌いだったら

第一回「新任教師とヒナ」


梅「やあ、みんな、はじめまして。今年、君達の担任となった梅岡だよ。
 厳しい事もあるかもしれないけど、学校生活、楽しく頑張ろうね!
 早速だけど、出席確認、取るよー。水銀燈くん。」

銀「はぁい。」
梅「おぉ、すっごく綺麗な子だね。まるで、お人形さんみたいだ。さて次は、蒼星石くん。」

蒼「はい。」
梅「なかなかの美少年だねぇ……あれ?女の子なんだ。いやぁ、ゴメン、ゴメン。」
蒼「……いえ、慣れてますから。」

梅「ははは、ほんとにゴメンよ。さてさて、お次は、雛苺くん。とても可愛らしい名前だぁ。
 …………んん?おやぁ?返事がないなぁ。お休みなのかなッッ?」
銀「あの、先生。ここにいるのわぁ。……ほら、早く返事なさいな。」
雛「…………。」
梅「よかったぁ。ちゃんと来ていたんだねぇ?来ているなら返事をして欲しいなぁ。雛苺くん。」
雛「……なの?」
梅「ん……。何かなぁ?雛苺くん。もっと大きな声で言ってくれないと、先生、聞こえないよ。」

雛「……先生は、ヒナを舐めてるなの?」
梅「…………へっ?」
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128 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/14(金) 23:26:54.69 ID:llp4IY2AO
雛「ヒナを呼ぶ時に『苺』を付けるなんて舐めてるのか、って聞いてるのよ。」
梅「……い、いや、君は雛苺って名前じゃ……。」
雛「また言ったの。次に『苺』って言葉を発したら、その口を利けないようにしてあげるのよ。」
梅「わ、わかったから、その物騒なハサミをしまってくれないか!」
雛「うふっ。わかれば良いのよっ。」ニコッ
梅「うぅ……しかし、こんな細かい事で、一々ごねるような生徒がいるとは思わなかったなぁ。」

雛「…………。」

チョキチョキチョキ

梅「へっ?ちょっ……まっ……何を!?。」

蒼(出たっ。雛殺し48の一つ『忌痴語割打血』!)


雛「懺悔するのー。」
梅「う……ギィやああああああ!!!!」
雛「まーだまだ終わらなーいのー♪」

チョキチョキチョキチョキ

梅「アンマァエアウエァ〜!!!クハッ!ケハッ!カハァ!ゴハァ!」
雛「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ♪」

チョキチョキチョキチョキ

チョキチョキチョキチョキ

チョキチョキチョキチョキ

チョキチョキチョキチョキ

チョキチョキチョキチョキ
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129 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/14(金) 23:27:52.56 ID:llp4IY2AO
銀「蒼星石も人が悪いわぁ。担任に、この学校の常識を教えてあげないなんてぇ。」クスクス
蒼「それは君もだろう?まぁ、彼は一言多い性格みたいだからね。戒めになるんじゃないかな。」

銀「悪い子ぉ。…あらあら、これで何袋目かしらねぇ、暴君ハバネロ。」クスクス
蒼「しかも中でも一番辛い奴だよね。僕も一口食べたけど舌が火傷するかと思ったよ。」

銀「そんな物騒なお菓子を丸々何袋分も無理矢理、口にねじ込まれるなんて地獄よねぇ。」
蒼「まさに彼女こそが暴君だね。」

銀「それにしても、誰一人止めようとしないなんてねぇ。」クスクス
蒼「彼は教師に向いてないよ。即刻、辞職するべきだと思う。」

梅「…………。」ピクピク
雛「もう動かなくなったのー。」

つづく
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130 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/15(土) 01:41:00.59 ID:6PJCxWAAO
>>19
愛は盲目だよなwwいろんな意味でwwでこピンは酷い時血を見るんだぜ
>>76
努力した分だけ返って来る世の中じゃないけど、せめてその努力の軌跡を良い思い出にできれば素晴らしいよね>>100
心無いアドバイスといい、オディールの悪友ぶりには笑ったよww
それにしても火サスな結果にならなくて本当によかった
>>112
冬にびっしょり汗かくほどの楽器練習ってハンパないな。しかし、カナ、怪奇現象に対してドライすぎww
はたして、カナの思いは蒼星石に届くのか……
>>124
めぐがウザカワイイwwギャグで三途の川へ旅行なんて、めぐにしかできないなww
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131 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/15(土) 01:43:14.97 ID:6PJCxWAAO
何故か書き込むたびにリンク先が付いて来るんだが、何なんだ……
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132 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/15(土) 09:54:19.26 ID:ATQqMINIO
>>129
雛苺は人見知りなのかと思ったから、急展開に2回見直したwww

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133 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/15(土) 15:43:18.61 ID:ZfiOA5eso
>>131
何なんだって文字通り・・・いや移転「しました」ってのは正確じゃないか
SS用の新しい板ができたからそっちでやれと

■ 【必読】 SS・ノベル・やる夫板は移転しました 【案内処】
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134 :真真真・スレッドムーバー :移転
この度この板に移転することになりますた。よろしくおながいします。ニヤリ・・・( ̄ー ̄)
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/15(土) 18:07:36.70 ID:P2O7/w0IO
書き込みできるかな?
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/15(土) 22:05:37.97 ID:MZTgQzP9o
乙です
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/15(土) 23:55:04.18 ID:Uy8/A4bo0
また投稿ブームが来て嬉しい
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/16(日) 09:42:41.43 ID:yAgI2Mgro
うむ
139 :新連載「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 00:45:08.30 ID:MXdI76Z+0
新連載です。
この作品には過激な主張が見受けられます。
また、NGワードを多用することもあります。
拙い文章ですが、よろしくお願いいたします。
140 :「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 00:51:25.61 ID:MXdI76Z+0
††††††††††††††††††††††††††††††††††††††††
††††††††††††††  Shangri-La of dolls †††††††††††††
††††††††††††††††††††††††††††††††††††††††

プロローグ

年の瀬が迫りつつある、ある晴れた日。東京郊外のとある田舎道を、一台の乗用車が走る。
ハンドルを握る若い男は、助手席に投げ出したA4サイズのレポートの束に時たまちらりと
視線をくれながら、その一番上の紙に印刷されている場所へと向かっていた。

飾り気のないメガネに、無造作に整えられた頭髪。
どこにでもいそうなやる気のなさげを醸し出すその男は、外見の通り、特に何かを持っていると
言うわけではなかった。とりわけ…自信とかそういった類のものは。

歴史的な政権交代からもう何年経っただろう。
戦後日本を支配してきた保守政党が下野し、それまでの最大野党が政権与党の座に就いた。
しかし現与党は政権交代して一年も経たずに党内で分裂し、代表選挙を経て、謀略の
限りを尽くした一派が勝利した。
…その背後には、世界規模の秘密結社の暗躍があったらしい…。

男の所属する内閣調査室ではそう囁かれている。
内閣調査室…通称“内調”は、日本国内の緊急情報を収集・集約し、総理大臣や官房長官に
伝達するのが仕事である。国家の存亡に関わる仕事だ。
だから、必然的に国際的な陰謀やら秘密結社やらの情報も扱うことになる。
特に、市井では先述の有名な某国際秘密結社によるとされる事件やスキャンダルの情報は多い。
それでも扱う情報が情報だけに、どこからどこまでが真実なのか虚実なのか、その線引きは
かなり難しいのだが。
141 :「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 00:53:26.58 ID:MXdI76Z+0
ふっくらしたジャンパーに身を包んだ学校帰りの小学生達が、歓声を上げながら道を歩いて
いるのを追い越す。
男は、彼らのように外で思い切り遊んだ記憶が数えるほどしかない。
物心ついてから、両親には勉強やピアノなどの習い事以外のことをすると罪悪感が芽生える
ような育て方をされてきた。
そのまま東京の国立大を出て、親のコネで経済産業省に入省して数年。
唐突もなく上役から内閣調査室への出向辞令を受けたのがふた月前。
内調は警察からの出向者が多いだけに、この辞令は異例中の異例だった。
官僚の中では凡才に位置づけられる男が事実上の厄介払いを受けたことは疑いない。
回転寿司のように目の前にやってくるものを拒むことなく飲み込んでいく人生だな…
イチローの半生記などを読むたびに、男は自分の30に満たない人生をそう総括する。

要するに、生気というか、覇気も無しに生きているのだ。
むろん、自分の境遇に感謝はしている。過保護気味とは言え、両親にはずっと世話に
なってきたし、受験勉強の他はろくに出来ない自分を働かせてくれる場所があることも
とても感謝すべきことだ。
だが…それでも、自分は自分の人生を生きていない…そんな気がする。
最近とみに昔ほど身体が鋭敏な動きをしなくなったことに気づいていた男はひしひしとそう思う。

それだけに最近、男は前述のイチローとかそういった人外とでも言うべきスーパーヒーローに
ついて書かれている本を読み漁ったりしている。
だが、やはり彼らと自分とは“違う”と感じてしまう。
彼らはあまりにもマスメディアの手垢に汚されてしまっている…天邪鬼なところのある男には、
そう思えてしまうのだ。

だがある時。
つい最近内調の資料室で、大掃除よろしく保管資料の整理をしていた男は、ついに見つけた。
誰も知らない、誰の手垢も付いていない、彼だけの“スーパーヒーロー”を。
内調に勤め、表には出ない事件やスキャンダルを目の当たりにしてきた男から見ても、その
“ヒーロー”の経歴は驚嘆すべきものだった。
142 :「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 00:54:59.72 ID:MXdI76Z+0
その“ヒーロー”の名は桜田ジュン。
1912年生まれと言うから優に100歳は越えているはずだ。だが、調べてみると、彼は存命で、
しかもいまだに元気に郊外の農村地帯で暮らしているという。
住所まで付記されているのを見たとき、男は、どうしても桜田ジュンに会いたいと思った。
居ても立ってもいられず、会って話を聞きたいという想いはいつしか彼にハンドルを握らせていた。

つい数年前に、実際には亡くなっているにもかかわらず、戸籍上でずっと生き続けている
ことになっている老人が多数存在するというとんでもない問題が浮上した事があった。
中には江戸時代生まれで、バッハや国定忠治と同い年というケースもあったというから、
国家公務員である男も開いた口が塞がらなかった。所轄の役所の常識を思わず疑った。

だから、今回桜田ジュンを訪れる理由として、一公務員としてその安否を確かめる…という
非常に言い訳臭い理由もひねり出そうと思えばひねり出せる。
もし桜田に追及されればそう答えよう、その上でせっかく来たのだからお話を…
という流れに持ち込めばいい。男は周到な予防線を張った。


張った…つもりだった。
143 :「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 00:55:48.43 ID:MXdI76Z+0
だが、訪れた大きな洋館の庭で一人でスコップ片手に土いじりをしていた桜田ジュンは、
その歳に似合わない背丈と身のこなし、それにしっかりした受け答えで男を驚かせた。
何も知らない人の場合、下手をすれば60代だと思うに違いないほどだった。

やっぱり、この人只者じゃない…男は目の前の作務衣姿の老人が、十分に彼自身の“スーパー
ヒーロー”に値する人間だと感じ取り、ひそかな喜びを抱いた。

が、次の瞬間には、あらかじめ用意しておいた男の目論見が、呆気なく桜田老人に
看破されてしまう羽目になってしまった。

「区役所の人間だと言ったけど…君、それは嘘だろ?」

黒縁メガネの向こうの瞳に射抜かれた男は、脳天を殴られるような衝撃を受け、狼狽した。
どうしてバレた…?しばらくそればかりが頭をぐるぐると回る。

「簡単だよ。まず君の車だ。区役所が若い職員にあんな大きなセダンを融通するわけがないだろう?」

男の考えを見透かしたかのように、桜田老人は淡々とした表情で、離れたところに停まっている車を見た。
どうして目の届かないところに停めなかったと内心で自分を責める男に、老人は続ける。

「そして君の服装だよ。ここの区役所の職員は電気工事の作業員のような制服を着て、首にはきちんと名札の
 プレートを下げている。君の格好は、民間のサラリーマンそのものじゃないか。」

ヤバい、ヤバい。
何といって申し開きをしようか、と真っ青になった男。
意外なことに桜田老人は男を責める事もなく、洋館のそばのテラスまで連れてきて一緒に腰を下ろさせた。
そこから、とうに稲刈りも終わって寒々としている田圃が広がっているのが見える。その向こうには低い
山が連なっている。典型的な田舎の農村の風景だった。
作務衣の袖で額を拭い、ポケットから葉巻を取り出す桜田ジュン。
144 :「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 00:57:09.71 ID:MXdI76Z+0
「…内閣調査室職員の、上条当麻と申します。」

自分のライターを取り出して桜田の葉巻に火をつけてやった男…上条当麻は、罪滅ぼしとするかの
ように自らの正体を正直に明かした。
桜田はちょっと驚いたような顔をしながら、煙を吐き出して上条に尋ねる。

「内調の人が、一体何の用でここに?」

「…正直に申しまして、これは公務ではありません。」

「…」

「僕個人が、あなたにお会いしてお話を伺いたくて、勝手ながら押しかけさせて頂きました。」

「…なるほど、ということは、内調は僕の情報を既に保管していると言う事だな?」

「はい…その通りです。」

「つまり、君は職務上知りえた情報を元にここへ来たというわけか。」

「…ええ。」

「君の行いは国家公務員法に抵触する可能性が大だぞ。いいのかい?」

「…!!」

戻りかけていた顔色が、再び蒼白になった。
それを見た老人は、ほとんど揃っている前歯を見せて悪戯っぽく笑う。
黄色っぽい歯が、桜田がかなり前から愛煙家であることを物語っていた。

「ははは、冗談だよ。ちょっと脅かしただけだ。そう身構えなくて良いよ。」
145 :「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 00:59:06.67 ID:MXdI76Z+0
首がつながり、思わずほっとする上条。この人には何をやっても敵うまい、と改めて感じた。

「…すみません。」

「ま、今日の事はともかく、他の情報を用いて今後このような事はしないようにしたまえ。いいね?」

「は、はい!」

「で?君は私のどこに興味を感じて今日はるばるここへ来たんだい?」

「え、えと」

「うん、是非教えてくれよ。ついでに内調が僕の事をどの程度まで知っているのか聞きたい。」

興味津々、といった感じで、葉巻を味わいながら視線を向けてくる老人。
観念した上条は、胸にしまいこんでいたものを全て吐き出すかのように、まくしたてるように答える。

「…あなたは一体、何者なんですか!?」

「…ん?」

桜田の表情に、戸惑いが浮かんだ。上条は続ける。
146 :「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 01:01:25.53 ID:MXdI76Z+0
「保管情報によれば、あなたは戦前から世界を又にかけて様々なことを手掛けてらっしゃいます。
 歴史上の事件で、あなたが関わったのではないかと思われるものも数多い。」

「…僕は、別にそんな大層な事は…」

「フリーメーソン。この名をご存知でしょう?」

「…!!」

桜田の表情に一瞬変化が現れたのを、上条は見逃さなかった。

「ご存じないとは言わせません。各界の大物ならば、誰でもその名はおろか実態についても
 詳しく知っている、世界規模の秘密結社の名前です。」

「…」

「むろん、僕たち内閣調査室もその存在は断片的にですが知っています。
 その全貌は今だ人々の知るところではありませんが、フリーメーソンは世界を裏側から
 牛耳っているという巷の噂が必ずしも嘘ではないことは内調をはじめ世界中の情報機関の
 一致した見解となっています。
 そして、あなたは第二次世界大戦の前後にかけてフリーメーソンに戦いを挑み―」

「君の言いたい事は分かった。だが、なぜ 君 自 身 が 僕に興味を持ったのかについては
 答えられていないよ?」

一気にまくし立てる上条の言葉を遮り、桜田が言った。
自分の言葉が桜田に否定されなかったあたり、情報は正確だったのだろうと思いつつ、上条は答える。
147 :「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 01:04:05.83 ID:MXdI76Z+0
「…ぜひ教えていただきたいんです。
 一体なぜ常人とは思えない精力さで、数々の事件を起こしたり関わったりされてきたんですか?
 あの雪の東京で、彼のヨーロッパの地で…失礼な言い方かも知れませんが、当時ただの一海軍士官に
 過ぎず、特別な交友関係や財産などを有してるわけでもなかったあなたが!!」

世間一般の小説や映画に登場するヒーローは、通常はただの一般人に過ぎない場合が非常に多い。
なぜなら、普段とそうでない時とのギャップが、意外性となって人を惹きつけるからだ。
上条は、まさにそんな“ヒーロー”の姿を、現実の世界で、桜田ジュンという老人に発見し、
惹き付けられたのである。

「…そうか。内調はある程度僕の過去も知っているようだな。
 まぁしかし、僕自身は冴えない農家の出に過ぎないよ。どこにでもいる平凡な男だったさ。」

「あなたに謙遜されても、僕にとっては…」

「僕も君に聞いてみたい。…君は、今の日本社会、いや世界をどう思うかい?」

桜田の突然の反問に、上条は面食らった。
どう答えるべき問いかけなんだろう…としばらく苦い顔で考えつつ、率直なところを答えることにする。
148 :「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 01:05:51.64 ID:MXdI76Z+0
「…何とも思いません。どう思おうと、世界は変わりません。」

それを聞いた桜田は、哀しげに微笑んだ。

「80年前の僕は、残念ながらそうは思えなかったんだよ。」

「…?」

そこまで話したとき、まるでいきなり部屋のカーテンを閉めたように、弱弱しく照っていた冬の太陽が
雲に遮られ、一陣の冷たい風が通り過ぎた。

「…今日はもう暇だ。僕の家に上がって話さないか?上条君…」

「えっ…」

「迷惑だったかな?」

「いっいえとんでもない!むしろありがたいです!」

「そうか…良かったよ。歳を取ると自分語りをしたくなるものでね…。じゃあ、僕に付いて来てくれ。」

しわだらけの手をこすり合わせながら立ち上がる桜田。
願ってもいない展開に胸を躍らせつつ、上条は短くなった葉巻をゴム靴で揉み消している桜田に向けて肯んじた。
149 :「人形達のシャングリラ」 :2011/01/22(土) 01:06:49.20 ID:MXdI76Z+0
これにて初投稿を終わらせて頂きます。今後ともよろしくお願いします。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/22(土) 05:07:30.35 ID:9QwxAQvgo
>>149
新連載期待
他作品のキャラ使う時はNGワード入れてね
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 08:00:33.04 ID:jSaEUxwIO
>>149
よくじーちゃんになるまで生きてられたな
そこも含めてヒーローなんだろうか。先の読めない話で面白そう
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/29(土) 21:27:52.45 ID:LHAmI7PSO
乙おっつー
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/31(月) 02:06:43.96 ID:ADl2I7H10
『保守かしら』
2007年12月19日 はれ

 カナはヴァイオリンを弾いてたかしら。といっても練習でもなくて、カナはその時これは夢だなーってわかってる夢を見てたかしら。
 だって知らない家で演奏しているんだもの。
一度弾き終わったら、小さくて高い拍手の音が聞こえて、声がしたかしら。
 「素晴らしい演奏ですわ」
またあの声。
「またでたかし…ら」
今回は声だけじゃなくて、拍手も聞こえたからカナはふりむいたかしら。で、その姿を見てカナはあっけにとられて、
それからちょびっと笑っちゃったかしら。
「自分の想像力に感動かしら」
 だって声の主はキラキショウだったのよ。おねえちゃんが作ったお人形。それが椅子にちょこんと腰かけていたかしら。
「想像?そう思うのも無理はないでしょう。ですがーー」
キラキショウは現実の時と同じくらいふいんきのあるままだから、つい出来心でカナはキラキショウに近づいたかしら。
「何を」
「一度やってみたかったかしら」
抗議の声を上げるカナはキラキショウの頭を、髪の毛がくしゃくしゃになるくらいなでたかしら。やっぱりキラキショウの髪の毛は
ふんわりとウェーブしてて、一本一本が絹みたい。
 けど、いきなりチクッとした痛みがして、カナは手を離したかしら。
 「乱暴にされて喜ぶ人形はいませんわ。まして生きているものはなおさらでしょう?」
自分の夢にしっとりと怒られて、カナはたじたじだったかしら。
 「あのその…だっておねえちゃんのお人形って本当に大切だから、触っちゃダメなのかしら」
 「貴女が人形をどれだけ大切に思っているかは、承知しています」
 だから少し油断しました。キラキショウは髪の毛を直しながらそう言って、カナは本当に申し訳ない気持ちになったかしら。
 カナがもじもじしてたら、キラキショウが口を開いたわ。
 「なかなかいい家でしょう?ほのかにコーヒーに香りがただよう所が気に入っているんです。まぁ朝食が供せられることは永遠にありませんけれど」
 たしかにキラキショウが座っている席には空の食器があったかしら。
 「こんな家、見た事あったかしら?」
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/31(月) 02:09:58.01 ID:ADl2I7H10
 「本題?」
 「最近蒼薔薇についてご執心のようですから、彼女の近況でもお伝えしようかと思いまして」
 「蒼星石の、近況?」
 ぐぐっと、弓を持つ手に力がこもるのがわかったかしら。
 「魂は今、9秒前の白をさまよっています」
 「真紅と雛苺が言っていた事の反復かしら」
 カナはこの時、これは結局カナの知っている事だけで作られている夢かしら。って思ったわ。このパンの焼ける匂いのする、
朝ご飯前な部屋とかもたぶんどこかで見た事があるんだなって。
 「そう、そのお話の補足をしようと思いまして。あのおぼろげな空間で蒼星石は何もかも失ったまま、自らの名前を探し続けて
いますよ、今でも」
 意味が分からなかったけれど、なんだか嫌な迫力があって気味が悪かったかしら。
 「よくわからないかしら」
 「本当にわからないのですか?すべて貴女の夢なのでしょう?」
 そう言って、キラキショウは笑ったかしら。チェシャ猫みたいな笑い。
 この夢の中であの笑顔が一番頭に焼き付いているかしら。おねえちゃんのキラキショウはもっと静かな表情をしているのに、
なんであんな顔が思いついちゃったのかしら。

 他にもまだあの部屋で色々話した気がするけれど、覚えているのはこの辺りだけ、ピチカートに話しても読み返してみても頭の中が
整理されないかしら…自分の見た夢の意味がわからないっておかしな感じかしら。
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/31(月) 02:10:40.22 ID:ADl2I7H10
投下おわりです
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/31(月) 18:50:11.10 ID:jEskFdpbo
>>155
どんどん物語の核心に近づいているのかな?乙でした!毎回楽しみにしています。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/02(水) 12:38:57.68 ID:XLCGB5kP0
乙です
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/02(水) 21:02:12.06 ID:wK2K1eKLo
乙女の保守劇場94
〜新章突入!?〜

薔「みんなー! ひさしぶりー。薔薇水晶だよー!」

ジ「………」

薔「覚えててくれたかな?」

ジ「どうだろうな」

薔「ううん! そんなことどうだっていいの。またこうやってジュンと一緒にいられるんだもん!」

ジ「ああ」

薔「それって!? あたしの想いを受けていれてくれたってことだね! よおし、ジュン。セックスしよ」

ジ「……あのな、薔薇水晶」

薔「なに? どしたの? さっきから。いつもならつっこむところなのに。いっても、わたしの乙女なところにって意味じゃなくてさ」

ジ「言いにくいんだけどな」

薔「なあに? いまさら二人の愛の前で隠し事なんて必要ないよ」

ジ「この板な。保守する必要ないんだって」

薔「(´・ω・`)」






むしょうに書きたくなってな、すまんな
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/02(水) 22:30:35.07 ID:NXLSkeiY0
>>158
久しぶりにこういうノリの短編が見れた、乙
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/02(水) 23:40:06.49 ID:afYs86bIO
>>158
頭んなかが薔薇色の薔薇水晶って…良いよね(キリッ)
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/02(水) 23:43:10.87 ID:qLTCYmnIO
>>158
乙女の保守劇場懐かしいww
確かに保守の必要はないけどまた書いて欲しいです(´・ω・` )
162 :調子にのってまた [sage]:2011/02/03(木) 19:12:04.85 ID:z8dkTi8eo
乙女の保守劇場95
〜これはなに?〜

薔「ヒント1・黒くて」

ジ「かさかさ動くアレ」

薔「ブッブー!」

ジ「ネクスト・バラーズ・ヒントplease」

薔「あん! 私がいおうと思ってたのに」

ジ「バーロー。速いものがちだろ」

薔「ヒント2・大きくて」

ジ「サイコガンダムくらいしか思いつかないんだが」

薔「おしい! ヒント3・太い」

ジ「あー……だめだ。思いつかない」

薔「ほんとに? ほんとは思いついてるんじゃないの? ジュン」ニヤニヤ

ジ「うーん。いや、ほんとにわからないな」

薔「ラストヒーント! 今日は何の日?」

ジ「2月3日? ……あ、節分」

薔「ィエース! ザッライト! ということは?」ワクワク

ジ「恵方巻きだ!」

薔「ブッブー! 正解はジュンのジューシービッグフラーンクフルトでした♪」

ジ「……ということで痴女があらわれる前に豆まきをして悪いものを追いだしておきましょうね、みなさん」

薔「あーん! そんな締めはヤーっ!」


てなわけで、しっかり豆まいて福を呼び込み、南南東やや右を向きながら恵方巻きをしゃぶって幸せになろう
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/04(金) 00:05:24.65 ID:+YuGjO0IO
>>162
恵方巻きじゃないのかよwww
164 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/05(土) 23:42:17.59 ID:tPVfR7l70
投下します。
この作品は近代史に沿ったものですが、登場する団体などは大方フィクションです。
あらかじめご了承下さい。

>>150
メインキャラでないため、見落としてました。すみません。
165 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/05(土) 23:44:59.04 ID:tPVfR7l70
「うう、冷えてきたな。さあ、そこに座って。」

桜田老人に連れられて、彼の家に向かった上条。
案内されたのは、壁と天井がガラス張りの、かなり大きなアトリエだった。
洋館の西側に作られたこのアトリエには、大小さまざまのキャンバスがありと
あらゆるところに立てかけられたり横積みされている。
中央には荒削りのテーブルが鎮座し、その上には油絵具やパレット、筆洗器や
ビンに入ったオイルなどが所狭しと置いてあった。
床には絵具の染みが点々と散らばり、色とりどりの模様を浮かべている。
いわゆる“美術教室の匂い”が、アトリエ全体を覆っていた。

テーブルの側には大小二つのイーゼルが置いてある。
小さいほうのイーゼルの前にある丸椅子を勧められた上条は、礼を言って腰かけた。

……桜田さんって、絵描きなんだ…。

興味津々としつつ、上条は、何か桜田の描いた絵を見ようと思って周囲を見回すが、
立てかけられたり積み上げられているどのキャンバスも裏返しにしてあり、何が描か
れているのか見る事は出来なかった。


…いや、一枚だけ、アトリエの隅に立て掛けられている、恐らくタタミ二枚分ほどの
大きなキャンバスには三人の裸婦が描かれている絵があった。背中に羽の生えた一人に、
同じ姿の二人が寄り添うようにして空を登っていく情景が描かれていた。

……三人組の裸婦…三美神は、古くから宗教画の画題としてよく用いられてきたんだっけ。

上条は、大学の宗教文化史の授業で聞いたことのある知識を思い出していた。
それにしても、桜田が描いたのであろうその三人の女神の裸体は、透き通るほどに
白く、美しかった。むしろ天使と言うべきか…。
166 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/05(土) 23:46:40.47 ID:tPVfR7l70
「さあ、お茶をどうぞ。暖房が効いてくるまで、これで温まろうか。」

一度母屋のほうに消えた桜田がお盆を手に戻り、上条に緑茶を勧め、自分も他の
椅子に座り込んだ。

「ありがとうございます。それにしても、すごいアトリエですね。」

湯飲みを冷えた両手で包み込みながら、上条は視線をめぐらして言う。
桜田は苦笑いで答える。

「夏は暑いし冬は寒い部屋だよ、ここは。
 油絵自体も趣味が高じて描いているだけだけどね。年寄りには時間があるから、
 悠々自適にやらせてもらってるよ。」

ずずず、とお茶を飲む桜田老人。

「…それにしても、寒いですね。」

「だろう?温暖化なんて本当の話なんだろうかね。嘘っぱちに聞こえて仕方ないよ。
 恐らく原子力利権がそう喧伝させているだけじゃないかな。そうだとすれば、それこそ
 “不都合な真実”だな。ははは…。」

「…!」

上条は、口数多い桜田がさらりと国際社会の裏側の真実を言い当てた事に驚いた。
地球温暖化や世界の石油残存量の少なさなどを声高に喧伝し、映画まで作って
地球環境が危機に瀕していると人々を煽っているあのアメリカ人は、内調において、
とある原子力資本に資金提供を受けている事は周知の事実だった。

もっとも、彼らに“してやられている”側の石油資本も、1970年代のオイルショック
時代から「石油の残存量はあと40年分」などといい続けて原油の値段が下がらないように
小細工を弄しているために、上条にとってはどっちもどっち、だった。
恐らく石油の寿命は、今後いつまで経っても40年なんだろうな…そうも言いたくなる。


時たま強い風が吹いて、庭と通じるアトリエの出入り口の扉を叩く音がする。
167 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/05(土) 23:48:21.79 ID:tPVfR7l70
会話が途切れ、風音だけの時間がアトリエを過ぎていく。

落ち着かなくなった上条は、さりとて新たな話題も見出せず、もてあました
目線をさきほどの三美神の絵画に向けた。

「どうだい?5年前に描いた大作だよ。もっとも、最近は中々身体が動かないから
 大きいキャンパスに描くのは諦めているけどね。」

まるで上条が絵を見るのを待っていたかのように、桜田老人が言った。
上条は、感想を求められているのではないかと思い、忌憚なく口を開く。

「すごく…綺麗ですね。まるで…」

「まるで…?」

「…そう、あの『モナ・リザ』を思い出してしまうほどです。」

「レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』かい?どうしてまた、僕の作品が
 彼のような美術界の巨匠の作品と…」

「『モナ・リザ』のあの人物…一見すれば女性に思え、しかし良く見ると男性的な
 ところも感じてしまう…そんなところが、桜田さんの絵にも感じられるんです。
 しかもそれで人物の性別を壊してしまうことなく、美しさをも匂わせて…。」

「…そうか、君は『モナ・リザ』をよく観察したんだな。」

「いいえ、僕はある小説を読んでそういった見方を持っただけで…」

「君の感性は素晴らしいよ。確かに僕は、美しく優しかった彼女達三人の中に、
 確かにあった強さや猛々しさ…男性的なところを知っていた。だから僕はそれを絵にした。
 難しかったよ。人間の内面には、その性別に関わらず、男性的な部分もあれば
 女性的な部分もある。それらは一人の人間の中に同居しているんだ。
 外見だけの性別の裏側をも絵画で表現する…随分苦労して筆を進めたものだよ。
 男女の描き分けに長じていたダヴィンチには及ぶべくもないがね…。」
168 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/05(土) 23:53:11.04 ID:tPVfR7l70
桜田の言葉を聞いていた上条は、人間の内面うんぬんの話よりも、別の箇所に疑問を
嗅ぎつけていた。

「…とすると、この絵の女性達は実在していたんですか?桜田さんは彼女達を知って…」

「知っていた…か。むろん、知っていたさ。何せ彼女らは、僕自身だったのだから…。」

「…?」

桜田がモチーフにした女性三人のことが気になる上条だったが、桜田は意に介さず、
作務衣の懐からシガレットケースを取り出し、葉巻を二本取り出して上条に一本薦める。
上条は首を振り、スーツの胸ポケットの中から、ここに来る途中の自販機で買ったタバコの
箱を取り出して見せた。

「駄目だよ上条君、紙巻タバコは物凄く肺に悪いんだぞ。吸うんなら葉巻に限る。
 一本やってみたらどうだい?」

「は、はぁ…」

桜田に半ば強引に勧められ、上条は自分の安タバコをしまい、代わりにライターを
出して桜田のくわえた葉巻に火をつけ、次いで自分のにも点火して一息吸い込む。
あまりの強さに、まるでタバコそのものをはじめて吸った高校生のように、上条は
大きくむせ返り、桜田にひとしきり笑われた。

「そろそろ、本題に行こう。いいかい?」

「はぁ…」

桜田の話にはすでに疑問が尽きない上条だったが、大人しく本題に耳を傾けることにする。
一方の桜田は、葉巻の灰をトントンと灰皿に落としながら、ひとつ咳払いをした。
彼がもっとも聞きたがっていた…桜田ジュンという男の人生の話が始まった。
169 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/05(土) 23:54:39.96 ID:tPVfR7l70
「僕が生まれたのは1912年…明治が終わって大正が始まった年だ。」

「うわぁ…改めて考えると、もう一世紀も前なんですね。」

「まあこれは内調の資料で君も知ってるだろう。その2年後の1914年、第一次世界大戦が勃発する。
 対立構図は英仏などの連合国対ドイツやオスマン・トルコなどの同盟国だ。
 ちなみにこのとき、言い方は悪いが日本は火事場泥棒的に中国にあるドイツ領の青島(チンタオ)を
 攻め落とし、1918年の大戦終結時にはちゃっかり戦勝国に肩を並べたというわけだ。」

「ええ。」

「さて、戦争中の日本には僥倖が訪れた。それが大戦景気だ。
 衣類や軍需物資を生産して戦争中の国々に輸出すればするほど、相手はどんどん買って
 くれる。何せ、世界大戦とはいえ主戦場ははるかヨーロッパだ。日本には船も工場も無傷で
 大量に存在している。この極東にある日本が一大生産拠点となったんだよ。」

「船成金とかが出てきたんですよね。札束を燃やして靴を探せ、みたいな。」

「ところが、だ。
 大戦が終わると、欧州では工業生産が再開し、日本への需要はなくなった。
 悪い事に、日本は戦争の長期化を見越して、工場ラインに多額の準備投資を行っていたんだ。
 それが全て水泡に帰してしまった。さあ、一転して日本の景気は悪化し、成金たちは
 無一文って訳だ。」

「ちょちょ、ちょっと待ってください。」

「ん?」

「先ほどからのお話は、失礼ですが単に日本史をなぞっているだけに過ぎません。
 僕が聞かせていただきたいのは、その頃の桜田さんがどういう風に暮らして
 いらっしゃったかで…」

「いや、それは別に必要ないだろう。少なくとも今の時点ではね。」

「え…?」
170 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/05(土) 23:58:40.77 ID:tPVfR7l70
「先にも言ったが、僕は平凡な農村に生まれた平凡な少年だったんだ。だから子供時代の
 僕について特筆すべきことは何もないんだよ。せいぜいが絵を描いたり細かい手作業を
 することが得意な子供だった…そんな感じかな。学校から帰ったらわら半紙に鉛筆画を
 描いたり、家や近所の石油ランプや電信柱のトランスが壊れてたら直してやったり、
 言いつけられれば家の農作業を手伝ったりと、そんな感じの少年時代だった…。」

「へえ…。」
 
「さて、話を戻すが、第一次大戦の後遺症に苦しんだのは日本だけじゃなかったんだよ…。」

「…?」

「では今から本腰を入れて話をしよう。お茶のおかわりはいいかい?」
171 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/05(土) 23:59:43.77 ID:tPVfR7l70
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




ああ神よ、許したまえ。
  
      彼らは、自分が何を行っているのか解っていないのだ。


                           ― 預言者 イエス・キリスト ―

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



1923年秋、ドイツ・ルール近郊。

ここルール一帯は、ドイツ最大の工業地帯として有名な要衝である。
重化学工業を始め、造船業、製造業などの巨大な工場が立ち並び、その周囲には膨大な数の
労働者やその家族が暮らし、生計を立てていた。
工場の煙突からは威勢よく煙が上がり、工場内では労働者達が機械に取り付いて目まぐるしく
働き、線路や道路にはひっきりなしに生産品や原材料を積んだ貨物列車やトラックが往来する。
まさに、この地はヨーロッパ最大の工業国ドイツの心臓部といっても過言ではなかった。

…が、それはすでに過去の光景であった。

ルール工業地帯は、今、ひっそりと死んでいた。
曇天の下に工場群は一筋の煤煙も出さず、機械の動く音も労働者達の声や足音も聞こえてこない。
工場外でも人の通りはほとんどなく、吹きすさぶ寒風に紙切れがわびしく翻弄されていた。
たまに見えるのは、偉そうにライフルを持って闊歩するフランス軍の兵士たちばかり。

そんなルールの薄汚れた工業道路を、一台の古いT型フォードが徒歩程度の速さで走っていた。
止まってしまう寸前の速度でよろよろと走っているその車の様子は、現在のこのルール、
いやドイツ全体の様相を反映しているようにも見える。
車のハンドルを握っているのは、年の頃40過ぎの男である。
質素なスーツを着こなしている男の隣にちょこんと座っているのは、年の頃10歳過ぎの少女。
銀髪で薄い金色の瞳のその少女は、静まり返っている外の様子を、車窓から落ち着かなさげに
きょろきょろと眺めていた。
172 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:01:20.64 ID:CKYZwOUP0
娘に祖国ドイツの有様を見せておこうとここまで中古の車を運転してきた男の名は、
ホイレス・グリーリ・ヒャルマール・ローゼンである。
経済学者であるローゼンは、ルールの…いや祖国の現状に、その優秀な頭脳を懊悩させていた。

『おとうさま、どうしてお外には兵隊さんのほかに誰もいないの?』

ローゼンの娘が、不安げな瞳を父に向けて尋ねる。
白いドレスをまとっている少女は、まるで天使のようだった。

『…それはね、ドイツの経済がおかしくなってしまったからだよ。』

『けいざい…?』

ローゼンの娘…雪華綺晶は、その愛らしい小顔をきょとんと傾けた。
そう、経済だよ。ローゼンは詳しい説明をしなかった。まだ小さい雪華綺晶に、祖国ドイツが
受けた深刻な経済危機の問題を話すのは難しすぎる…。

現在のドイツの有様は、街角のコーヒー一杯が雄弁に物語っていた。
巷では、このコーヒー一杯の値段が、注文した時と会計の時のわずかな間に数十倍に
膨れ上がるという信じられない状態…ハイパー・インフレが進行していた。
人々は職を失い、失業者となってドイツ中を彷徨っている。
スープを施す教会の前には、連日多くのホームレスが長い列をなしている。
市場や商店には活気が無く、たまに食料品を来る買い物客は、山と積んだドイツマルク札を
手押し車に乗せ、やっとのことで手に入れられたのは小さなパン一斤だけ。
秩序の乱れた地域では、食料の奪い合いや労働者の暴動が起きている。
今のドイツに、安寧はない。先は見えない。希望は…ない。




空は、相変わらず曇天に覆われていた。
173 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:03:08.02 ID:CKYZwOUP0
セルビア人青年の廉価な拳銃一丁が、パレード中のオーストリア皇太子夫妻を殺害した
ことで始まった先の世界大戦。
オーストリアと同盟関係にあったために参戦せざるを得なかったたドイツ・プロイセン帝国は、
4年に渡る長い戦いの末、戦争当事国中で最も多い戦死者を出し、敗北という結果に直面する。

言うまでもなく、戦争をするにはカネが必要である。
古今東西、いかなる戦争当事国においてもカネすなわち経済の問題はつきまとう。
問題は、あの世界大戦が、かつて人類の経験した事のない、非常に大規模で長期に渡る
ものだったことだ。大部隊、機関銃、塹壕戦、航空機、潜水艦、戦車、毒ガス…そして、
それらの原動力となる原油。
当然、戦争に費やすカネ…すなわち戦費はそれまでと比較にならないほど膨大な額になる。

敗北したドイツはもちろん、大戦の勝利者である英仏など連合国側とて、勝ちはしたものの
その為に費やした戦費は目も眩むほどの額だった。これをどう回収すべきか?
必然的にそれが問題となり、必然的に英仏はそれを敗戦国ドイツから回収することにした。


ああ、なんと忌まわしきベルサイユ条約!!!


世界大戦の戦後処理を話し合ったこの講和会議で、大戦の責任は、一方的にドイツにあると
されてしまったのだ(他の敗戦国のオーストリアやオスマントルコは解体されたため)。
英仏がドイツに科した賠償金は、1千300億マルクにのぼった…。
これはドイツ税収のじつに十数年分という巨額である。
天文学的、という飾り文句がこれほど合う賠償金額は、後にも先にも他にないだろう。
174 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:05:46.24 ID:CKYZwOUP0
賠償金額を決めるにあたり、英仏は賠償額を次のどちらかにするかで議論になった。
@あくまで戦争被害のみの損害賠償を要求するか
A戦争被害額だけでなく、戦費まで含めた額を要求するか
当然、ドイツ側は@を採用してくれるよう英仏に懇願した。
これは単に賠償金を値切ってやろう、という(言い方は悪いがケチな)意図ではない。
@とAそれぞれの場合の実際の賠償額を算定し、自国に残された支払い能力を鑑みた
結果から、現実的に支払が可能かどうかをドイツ側が熟慮した結果である。

@を主張したのはドイツだけではない。
勝利国(連合国側)であるイギリスの経済学者・ケインズも、
「現実的にドイツから取れる賠償額をはるかに越えた金額を取ろうとドイツを苦しめれば、
 ドイツ経済は破綻するだろう。そうなればヨーロッパ世界経済までも危機に瀕してしまう」
と主張した。

だが、英仏はAを選んだ。
ドイツ政府もケインズもローゼンも、同様にがっくりとうなだれた。

それだけではない。
ベルサイユ条約ではもう一つ重大な事が話し合われた。賠償金の請求についてである。
T.ドイツの支払能力の限度にとどめるか
U.連合国の請求の全額を支払わせるのか
言うまでもないが、ドイツはT.を主張し、連合国(英仏)はU.を主張した。
敗戦国が戦勝国に意思を容れてもらえるはずもなく、これもU.の案に決まってしまった。


…ドイツが失ったのはそれだけではなかった。
175 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:07:53.96 ID:CKYZwOUP0
…ドイツが失ったのはそれだけではなかった。


まず、ドイツの有力な工業地帯であるルール地域がフランス軍の進駐を受けたのである。
1923年の1月、連合国の一つであるフランスは、賠償金支払が滞っていることを理由に、突如
軍隊を動員し、ドイツ最大の工業地帯であるルール地方を占領したのだ。

フランスは、ベルサイユ条約ですでに鉄鉱地帯のアルザス・ロレーヌ地方を獲得していた。
豊富な鉄鉱を工業生産品にするには、これまた膨大な石炭が必要となる。
そこでフランスが目をつけたのが、石炭を豊富に産出するルール鉱山があるルール地方だった。

フランス軍はルールを支配下に置くや、直ちに様々な形で略奪を行った。
工業地帯を占拠したのはもちろんの事、一方的にゲルゼンキルヘン市に対し1億マルクの罰金を
科し、その徴収は市民の財産を没収する事でまかなった。
また、フランス警察はミュルハイル国立銀行支店に乱入し、そこに保管されていた六十億マルクの
未完成紙幣を勝手に完成紙幣にしてバラ撒いた。

…フランス軍のルール進駐に、ベルサイユ条約で軍隊を解体させられていたドイツは抵抗する術が無かった。


また、オーストリアは分離され、英仏の手による人工国家に成り下がった。


他にも、ドイツが輸出する製品には26%もの輸出税をかけることが義務付けられた。
しかもそれを受け取るのは連合国であり…このため、ドイツ製品の国際競争力は、
ただでさえそれが必要な時に著しく低下してしまった…。

英仏のように、侵略を重ねて獲得した植民地を持っているわけでもなく、ただその勤勉な
国民性だけが列強の仲間入りを果たした原動力であったドイツ。
各州に分かれていたこの国の統一は、日本の明治維新よりも遅かった。
それだけに、ドイツ国民は勤勉を貫き、やっと大戦前の時点でヨーロッパの工業大国として
その名を馳せる事ができたというのに…。英仏の仕打ちは、もはや妬みとしか言えなかった。
176 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:09:40.19 ID:CKYZwOUP0
連合国への怨嗟の声は日増しに上がっている。
直接の交戦国である英仏へのそれはさることながら、ドイツではアメリカに対する憎悪も広がった。
そもそもドイツがあの戦いで講和に臨んだのは、アメリカのウィルソン大統領が
「無併合・無賠償・無報復」をスローガンに講和締結を呼びかけたからである。
しかし、ウィルソン大統領の提言は、ベルサイユ条約にはまったく反映されることはなかった。
ウィルソンの言葉は空手形だったのである。怨嗟の広がりは無理のないことだった。



以上の事から、今日のドイツ経済の混乱の原因は、英仏の莫大な賠償請求である…と言えなくもない。




…とにかく明白な事は、ケインズが、そしてローゼンが予測していた悪夢が、現実のものと
なったことである。





賠償金額が決定して2年後の今年1923年初頭(フランスのルール占領直後である)。
ドイツは、突如として異常なインフレに襲われた。
177 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:11:54.26 ID:CKYZwOUP0
インフレーションとは、通貨の価値が下がり、商品の物価が上昇していく経済状態のことをいう。
これが常識を逸するものになると、ハイパー・インフレと呼ばれるようになる。
ドイツの通貨はマルクである。そのマルクの価値が、あれよあれよと言う間に急下降していったのだ。

そもそも通貨…貨幣とは何なのかを考えてみたい。
よく子供が「お金が足りないのなら、たくさん刷ればいいじゃない??」と言う。
これはある意味正しい。しかし、際限なくそれを行えばどうなるだろうか。

貨幣とは、その紙幣なり硬貨なりに価値が認められてはじめて貨幣としての価値を得る。

忘れてはならないのは、絶対的な価値を持つとされる物質はこの世に存在しないことである。
ローマの時代、兵士に支払われる給料は塩(サラリー)だった。
しかしそれが継続して貨幣価値を有しているかと言うと答えは否で、塩は現在では食料品店で
調味料として安く取引されているに過ぎない。
歴史上、貨幣に貨幣としての価値を保障してきたものは数多くあり、そしてそのほとんどが
短いうちに価値を失い、消えていった。石、貝殻、塩しかり。

だが、もちろん例外はある。
金という物質は、その希少性と美しさから、古来より価値あるものとして敬われてきた。
それは世界が近代資本主義社会に移行しても代わる事はなく、今も揺るぎない信頼を得ている。

よって、世界の列強のほとんどは、自国の貨幣価値を金(ゴールド)によって保障している。
これが、いわゆる「金本位制」である。
ある国がどれだけのゴールドを保有しているかで、その国が流通させる(適正とされる)通貨量は決まる。
国家が保有するゴールドに見合った量の通貨紙幣を発行すれば、通貨は貨幣として信用され、
商取引の担い手足りうる…金本位制は、とりあえずは世界列強の信仰の対象となっている。

要するに、通貨を発行して貨幣とするには、それには裏打ち(信用)が必要であり、
多くの場合は金(ゴールド)がその役割を担っている、ということである。
ただの紙切れをありがたがる人間など誰も居ない、と言い換えてもいい。
万一の時は紙幣を銀行に持っていけばゴールドに替えてもらえる、その安心感が
金本位制を支えているのである。
178 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:13:31.19 ID:CKYZwOUP0
話は戻る。
それまでの戦争の常識を破る大規模な戦いに参加したドイツ帝国は、敗北した時点ですでに
保有するゴールドのほとんどを失っていた。
そこへ英仏からの暴力的な損害賠償請求である。

これを受けて、ドイツの中央銀行であるライヒスバンクは、マルク紙幣を刷って刷って刷りまくった。

そうすると、どうなったか??

それまで適正に保たれていたゴールドと流通している貨幣量との間に、アンバランスが生じる。
この場合、一定量のゴールドに対し、マルク紙幣の量が増えることとなるから…
例えば、ゴールド1キロあたりにつき100マルクという均衡が保たれていたとする。
ところがドイツ政府がマルクを大増刷したため、マルクは金融市場に腐るほどに溢れ出す。
つまり、元々あった適正な均衡(金一キロ=100マルク)が崩れ、(金一キロ=1000マルク)
となってしまったのだ(この場合、中央銀行はそれまで流通させていた通貨量の10倍の大増刷を行ったと仮定する)。
金一キロと交換するために、それまでは100マルクあれば良かったのが、大増刷の
後には1000マルクも必要になってしまった…ということになる。
上二行をより身近な言い方で表現してみるとしよう。
100マルクで買えたものが1000マルク必要になってしまったことで、
一マルクの価値は、単純に10分の一に下落してしまうのである。

言葉では簡潔に言ってしまえるが、これは大変な事である。物価が上昇するのだ。

マルクで商売をやっている人間が、マルクが10分の一の価値になってしまったと知ったとき、
扱っている商品の値段をそのままにしておくことなど、まずあり得ない。
例外なく慌てて紙とエンピツを手に取り、店先に貼り付けるはずだ。
「この店の全商品は表示価格の10倍です」と。

これが、戦後ドイツに起きたことそのものである。
問題は、ドイツに起きたインフレでは、マルクの価値が一兆分の一に…すなわち、
179 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:15:10.16 ID:CKYZwOUP0
物 価 が 単 純 に 一 兆 倍 に な っ て し ま っ た こ と だ っ た 。

あとはもう…筆舌に尽くしがたい惨状が待っていた。

あっという間に食料品が何十倍の値段に跳ね上がったという話はザラで、中には土地を
売り、その金で得られたのがバターだけ、という信じられない話もあった。
マルクの価値がないから、農民も商人も簡単に物を売ろうとしなくなり、混乱に拍車がかかった。

戦後、食料難のドイツは連合国に食糧支援を要請していたにもかかわらず、連合国側は
足元を見てドイツに粗悪な食料品しか寄越さなかった…その食料品すら、ドイツ国民の
口に入らなくなったのだ。

信用のある外国の紙幣、例えばスイスのフランやスウェーデンのクローネ、あるいは米ドルを
持っていたならば、生活必需品を手に入れる事はたやすかった。
しかしこうした外貨は、他人の困窮に漬け込んでぼろ儲けをした『闇屋』だけが持っている
もので、闇社会と繋がりが無い大多数のドイツ国民はまったく悲惨であった。

最も惨めなのは、年金生活者と老人達だった。
老後のために銀行に貯金を(もちろんマルクで)していた彼らは、命の綱の貯金が
紙くず同然になったことに絶望し、多くの者が自ら命を絶っていった。
180 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:17:39.51 ID:CKYZwOUP0
このハイパー・インフレに際して、ドイツ国民を激怒させたことがあった。
祖国ドイツの経済危機に乗じて、大儲けをした連中がいたことである。

マルクが外貨に対し価値が急落したのは前述の通りである。
よって、有力な外貨であるドルやポンドを持っていれば、ドイツの土地や工場などの資産を
タダ同然の値段で買い漁ることができるのだ。
この醜いハゲタカ的な投機で特に巨利をあげたのが…主にユダヤ人投資家だった。

ユダヤ人は、その昔から一箇所に定住することはなく、世界各地を点々としていた。
なので、必然的にユダヤ人間の国際的なネットワークを築くことが容易となる。
それを利用したユダヤ人国際金融家・資本家が、巨利を貪ったのは言うまでも無い。
そして今や、ドイツの目抜き通りの商店は、ほとんどがユダヤ人らのものに取って代わってしまった。
デパートが立ち並び、ドイツ人経営の中小商店は軒並み潰れることとなってしまった。

…必然的に、ドイツ中でユダヤ人への憎しみが増長していった。

当初ローゼンは、そうしたユダヤ人敵視の風潮をあまり快くは思っていなかった。
確かに、ドイツ経済の混乱に付け込んで儲けを上げているユダヤ人は多いが、そうして
利益を上げているのは何もユダヤ人だけではなく、金持ちのドイツ人やユンカー(ドイツ貴族)
にもたくさんいる。ユダヤ人だけをいたずらに敵視するのは間違いではないだろうか。

少なくとも、ローゼンはそう思ってはいた。しかしそれも、ある事実を知ってから、
彼は自分の考えを改めねばらななくなってしまった…ある事実を知ってから…。




ドイツ経済を破壊したのは英仏ら連合国… だ け で は な い と い う こ と を 。
181 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:20:15.66 ID:CKYZwOUP0
そもそも賠償金の支払システムはどういう風になっていたかというと、アメリカ
合衆国を含む連合国側がアメリカ・ウォール街の金融家達からなる賠償委員会を
設立し、ドイツ中央銀行のライヒスバンクを管理下に置き、賠償金の徴収・管理
を行わせていた。

中央銀行とは、その国の政府からは独立した機関である。
ゆえにライヒスバンクも、ドイツ政府の管理下にはなかった。つまりドイツ中央銀行である
ライヒスバンクは、ドイツ政府・議会の意向に束縛されずに行動できるのである。
このライヒスバンクが、賠償委員会の管理下に置かれるや、やがて信じられない振る舞いに出た。
一つは勝手に私企業の手形割引を始めたこと、もう一つは紙幣の増刷である。

私企業の手形割引は、以下のような見るに耐えない状況を創り出す結果となった。
工場を手形で買うとする。手形を受け取った人は、その手形をライヒスバンクへ持って
いくと、手形を割引してもらえるのである。その割引されたお金を使って、次の物件を
購入すると、元々銀行に持ち込んだ手形は不渡り(紙くずになる)するが、ハイパー
インフレのために手形の重みが大きく目減りしている上に、割引されたお金を使って
購入した物件も新たに手に入る。
そうして大儲けする人間が、雨後の竹の子のように出てきたのだ。

そして、紙幣の増刷。
一般的には、ライヒスバンクの紙幣増刷は、莫大な賠償金を返済するためのものとされてきた。
しかし、ちょっと調べれば分かる事だが、連合国への賠償金返済は、あくまでも正貨つまり
ゴールドの裏打ちがある金マルクに限られていた。
だから、いくら裏打ちのないマルク紙幣を増刷したところで、それは賠償金返済には何の意味も
なさないのである。価値の裏打ちのないマルクなど、英仏が欲しがる訳がないのだ。

…それが分かっているにもかかわらず、ライヒスバンクは紙幣を増刷し、ドイツ国内に流しつづけた。
そしてそれを、ドイツ政府は止めることができなかった。




そ の 結 果 が 、 こ の ハ イ パ ー イ ン フ レ だ っ た 。
182 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:21:45.13 ID:CKYZwOUP0
ローゼンを始め、ドイツの心ある経済研究者は憤慨した。

ライヒスバンクが行った、私企業手形割引と紙幣増刷。
ローゼンからすれば、この二つは明らかに関連があるものであった。
つまり、紙幣増刷をして意図的にドイツ国内でハイパーインフレを起こさせ、次いで私企業
手形割引による手形転がしで国内の生産設備を売り飛ばす。

まるで最初からドイツの生産設備を誰かにタダ同然で売り渡すお膳立てをしていたみたい
ではないか…。一体、誰に?

ローゼンはそれを調査した。
調べるべきは分かっていた。それは、愚行に励んでいるライヒスバンク…を支配下に置く、
賠償委員会だった。先述したように、賠償委員会はアメリカ・ウォール街の金融家達から
成っていた。
調査の結果、賠償委員会を牛耳っていたのは、なんとJ・P・オルガン商会だった。

これを知った瞬間、ローゼンはあまりの驚愕にしばし我を忘れ、呆然と立ち尽くした。

なぜなら、オルガン商会は、 ユ ダ ヤ 系 金 融 機 関 だったからである。

オルガン商会は、かの有名なモスチャイルド家がアメリカにおける秘密代理店として
設立した金融機関である。
モスチャイルド家とは、18世紀の中ごろに、マイヤー・アムシェル・モスチャイルドが
設立したモスチャイルド商会に始まる、金貸業・両替業を営むユダヤ系財閥である。

マイヤー・アムシェル・モスチャイルド自身はユダヤ人だが、マイヤーはドイツに多く、
アムシェルがユダヤ人に多い名前であることに留意する必要がある。
つまり、この男は商売のために都合よくドイツ名とユダヤ名を使い分けられたのである。

19世紀の始め頃に、モスチャイルドの息子達はヨーロッパ中に散らばり、それぞれ
モスチャイルド商会の支店長を任され、ヨーロッパにおけるネットワーク網を張り
めぐらして儲ける国際金融ビジネスの原形を作り始めた。
183 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:23:19.77 ID:CKYZwOUP0
そうしたモスチャイルド財閥が、ヨーロッパの次に進出を目指したのが、建国して
まだ間もないアメリカ合衆国だった。だが“金に汚い”ユダヤ人は世界中で嫌われて
いるため、新参者の多いアメリカでは表立って金融業を営む事が出来ない。
そこで、モスチャイルドは一計を案じた。

ジョージ・ピーポというアメリカ人の男を代理に、アメリカでの商売を始める事に
したのである。この男には子供が居なかったため、彼は後継者としてジュニアス・
オルガンという男を選び、商会を任せた。
こうして、オルガン商会は、モスチャイルド財閥の米国代理人となった。

オルガン商会の勢いは凄まじかった。
1892年、GE設立。電気事業を再編する。
1901年、USスチール設立。あの鉄鋼王カーネギーを買収し、鉄鋼業を再編。
1907年、AT&T買収。全米の電話を独占する。
…そして、大戦直後の1920年にはGM(ジェネラル・モータース)を支配。オルガン商会と
組んでこれに参加したのが、死の商人と呼ばれるデュポンだった。
 
いつしか、オルガン商会はこう言われるようになった。
「オルガン商会は銀行などではない。アメリカの国家であり、法律であり、制度そのものである」と…。



アメリカを支配するユダヤ系国際金融機関が、ドイツ経済を破壊しようとしている…。
184 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:24:53.70 ID:CKYZwOUP0
ローゼンは憤った。


……まるでライヒスバンクは、ユダヤ資本のためにドイツ国内から富と生産設備を収奪する、
  言わば悪党の手先そのものじゃないか!!!そしてそれを操るオルガン商会は…まさに鬼畜だ!!!

モルガン商会の言いなり、ライヒスバンクは象牙の塔だ。
ドイツ政府すら、ライヒスバンクの暴走を止めることはおろか、ライヒスバンク総裁を任免すること
も出来ない(信じられないことにこれはヴェルサイユ条約において決められていた)のだから。
そして、すべての背後にいるユダヤ金融…オルガン商会に対しては、まったくなす術がない…

……これでは、後世の人々は、ドイツのハイパーインフレは結局のところドイツ自身の責任だったと
  誤解してしまうじゃないか。なんてずる賢く浅ましいことをするんだ、ユダヤ資本は!!!


これはユダヤ資本…ユダヤ人国際金融家らによるドイツ国土・ドイツ資本への経済的侵略だ、と
ローゼンが確信するのに時間はかからなかった。




軍隊の戦争が終わった瞬間、経済の戦争が始まったのである!!!
185 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:27:11.09 ID:CKYZwOUP0
とぼとぼと歩いていく労働者の一家が、ローゼンたちの視界に入った。
汚れた服を身にまとい、卑屈に背を曲げた男が、足元だけを生気のない目でぼんやりと
見つめ、生活用品を載せた小さな荷車を伴って歩いている。
男の妻は、夫と同じような外見と表情で、生まれたばかりであろう子供を重そうに
背負ってよろよろ歩いている。赤ん坊はお腹が空いているのか、異常に甲高い泣き声を
上げている。

…仕事を失い、ルールから離れていく労働者一家だ。

ローゼンは、見ていられないというように、アクセルを踏み込んでスピードを上げる。
雪華綺晶は、車窓を後ろへ過ぎていく哀れな一家を、食い入るように見つめていた。

『何か、してあげられることがあればいいのに…』

ぽつりと口にした雪華綺晶の言葉に、ローゼンはしばし前を見るのを忘れ、愛する
娘の寂しそうな横顔を見つめ、わしわしとその頭をなでた。少し前にバースデー
プレゼントとして買い与えた白薔薇の髪留めが、ローゼンの手の動きに合わせて揺れる。
突然のことに、雪華綺晶は目をつぶってされるがままにされている。

ローゼンは言った。

『お前は優しい子だ、雪華綺晶…。
 覚えておくといい…人間は、自分の出来る事を探し、それを一心不乱にする事が大事だよ。』

ぱちくりとまばたきした雪華綺晶は、静かに微笑んでうなずいた。

『はい、おとうさま!』
186 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:28:35.67 ID:CKYZwOUP0
空は、相変わらず曇天に覆われていた。




…ルールを後にして帰路につき、数時間かけてローゼンの私邸があるデュッセルドルフまで
入り、あと少しの道程を走っているさなかのことだった。

『おとうさま、前…』

苦い顔で今後のドイツ経済の見通しについて考え事をしながら運転していたローゼンに、
助手席の雪華綺晶が注意を促した。
はっと気を取り直して前方を見ると、通りの少し先を、棺を抱えた喪服の列がどんよりと
横切り、墓場へと入っていくのが分かった。思わずスピードを緩める。

どこかの家の葬式らしい。

それにしてもわびしい葬式だ、とローゼンは思った。

未亡人と思われる婦人とその側にいる娘の他に、参列している喪服姿はほとんどいない。
近所の人々がぽつぽつやって来ているのと、今は解体されたドイツ海軍の軍服を着た軍人が
二・三人いるだけの、寂しい限りの葬式だ。

ローゼンは車を道路わきに停め、雪華綺晶を伴って葬式の列に加わった。
喪服を用意してはいないが、あまりの寂しい葬式に、せめて頭数を増やそうと思ったのである。

少しして牧師の“主の祈り”が終わり、参列者が墓地に掘られた穴の中に下ろされた棺に花を
手向けはじめる。

ハンカチで目を押さえている未亡人の横で気丈にも涙をこらえている銀髪の少女は、
ローゼンの娘とほぼ同い年であるように見えた。

ローゼンは未亡人からバスケットの中の花を受け取った。
187 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:30:05.22 ID:CKYZwOUP0
『ご親切に、ありがとうございます…』

精神的に薄弱そうな未亡人は、ローブの向こうの涙に濡れた目を伏せ、そう言った。

雪華綺晶に花を手渡したのは未亡人の娘だった。

『どうか、元気を出して下さいまし。』

慰めの声をかけた雪華綺晶に、未亡人の娘は俯きがちに言った。

『…ありがとぉ。』

ローゼンが他の参列者に聞いて見ると、亡くなったのは旧ドイツ海軍の大佐だった人らしかった。
潜水艦の艦長だったその人は、大戦を生き残ったものの、まだ高翌齢でもないのにみるみるうちに
衰弱して先日亡くなったという。参列者は詳しい事を語らなかったが、どうも知っていて敢えて
言おうとはしないらしい。
そのうち献花は終わり、男達のスコップで棺が土に埋もれ始めた。

それにしても…家族の死別ほど、悲しく苦しいものはないな、とローゼンは思った。

なぜなら、彼にも身に覚えがあるからだ。
失った家族にまつわる話を、隣に立って棺が土の中に埋もれていくのを悲しげな見ている雪華綺晶は知らない。
…いや、ローゼンとて、全てを知っているわけではないのかも知れない。
188 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:31:21.37 ID:CKYZwOUP0
この娘が生まれた歳、乗り合わせた客船で起こった海難事故…
あの事故がローゼンの家族を壊し、彼の元に残ったのはこの雪華綺晶だけだった。

……残された娘を、私は全身全霊を懸けて愛し、守り抜かねばならない…。

事故のあと、若き日のローゼンはそう決意していた。
その決意は今も変わらない。

完全に土に埋もれた棺にすがるように泣き伏す未亡人と、そんな母に寄り添う小さな娘を
見ながら、ローゼンは傍らの愛娘を抱き寄せた。



…空は、相変わらず曇天に覆われていた。
189 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2011/02/06(日) 00:34:41.06 ID:CKYZwOUP0
今回はここまでです。経済知識がかなり怪しいので、どうかご容赦下さい。つづく
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 08:57:51.01 ID:P6f2Aey8o
暗い雰囲気だけど引き込まれた乙
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 22:25:29.70 ID:FS3zMr2SO
やべぇ面白い

乙です
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 23:12:38.55 ID:SDBM9PnDO
最近見かけないと思ったらこっちに移ってたのか
安心した
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/05(火) 01:37:47.72 ID:WZTyCHOIO
『保守かしら』
2007年12月19日

音楽の先生にいきなり呼びだされたかしら。
顔を見るなりため息をつかれて、
「あなたはコンクールをなんだと思っているの?」
って言われたかしら。なんでそんなことを言われるのかわからないからとまどっていたら、
「私が少し手ほどきした時に、予選でピチカートポルカを選ぶなんてふざけすぎだと言いましたね」
「そういえば、そうでしたかしら」
「その後はまじめな曲を選んだから、少しはわかる様になったのかと思いましたが、貴女はなんの反省もしていませんね」
カナが黙っているから、さらに先生は言ったかしら。
「24の奇想曲は貴女のような子供が弾けるような曲ではありません」
「…難しいけれど、練習したら」
先生がカナの話しをさえぎったかしら。
「よしんば演奏できたとしてもそんなもの楽譜をなぞる様な曲芸になるのが関の山になるに決まっているでしょう」
カナはこのコンクールは元々、機存のコンクールに対して自由度の高さを求める趣旨で作られたものかしら…みたいなことを言ったかしら。そしたら
「貴女には決勝の部まで進んだ責任があるのよ、自由の意味をはき違えるんじゃありません!」
ってどなられたかしら。先生にどなられるのって、よっぽどのことだし、正直にいうと、24の奇想曲をうまく弾けてる感じはまだなかったから、先生の言ってたことは図星だったの。
だからカナはうつむきがちになりながら、先生がたくさんの楽譜集を取り出すのを見てたかしら。

一瞬先生が正しいのかなって考えたかしら。でもその時に思い出したのは2回目の予選でマジメな音楽をした時のつまらなそうだった蒼星石と翠星石のこと。
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/05(火) 01:40:27.13 ID:WZTyCHOIO
あの時のことを思い出したら、カナは怒られてしぼみそうになってた気持ちが、すっと冷えてく感じがしてきて、先生に怒られたくらいでぐらついてることが急につまらなくなっていったかしら。
もうおねえちゃんとも知り合いだからって、先生に遠慮するのもやめやめかしら。
「…たとえ失敗したって、絶対に24の奇想曲を演奏するかしら」
先生は口ごたえされるとものすごく怒る人だから、それから2時間くらい変える変えないでもめて、最後には先生は金切り声をあげてたかしら。それでも楽譜集は受け取らなかったけど。
最後には「じゃあもう失敗して来なさい!人生を通しても滅多にない機会で大恥をかくといいわ!」「恥とかどうでもいいかしら!」って言い合いながら音楽室を出てきたかしら。

時間がもったいないと思ったのは生まれて初めてかも。カナだって24の奇想曲が難しいことは知っているし、先生の言うことの方がわかるけれど、今回だけは絶対にあの曲じゃないとダメかしら。
 でも、これだけならわざわざピチカートに話すことじゃないかしら。大事なのはカナがその時フキゲンで、それから人からなにか言われただけで、24の奇想曲を演奏するっていう決意がぐらついちゃった自分に腹を立ててた事。そうじゃないとあんな事しないもの。
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/05(火) 01:43:40.67 ID:WZTyCHOIO
投下おわりです。
ちょっと前回より間が空きすぎたため、途中で投稿しています。
携帯からの送信のため、見にくかったらすいません。
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/05(火) 09:52:30.41 ID:C8DMPbGIO
>>195
乙です
カナ応援したくなるねー
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/16(土) 02:28:17.55 ID:M52gJ9GDO
懐かしいなこのスレ。06年頃在駐してたわ…。
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/16(土) 13:41:54.83 ID:b9xZZQZIO
>>197
06年といえば、どんな作品がやってたっけ?
199 :保守かしら 続き :2011/04/25(月) 00:55:17.16 ID:IdGuDVE30
>>194
 そんなことがあってカナは学校から帰ってる途中で
 「失礼しちゃうかしら、かしらかしらー」
 ってぶちぶち呟きながら歩いてたかしら。それでこんな気分じゃきっと上手く練習できないかもっ
て思ったらもっと気持ちが落ちてきて、ため息をついたりしてたかしら。そしたらバス停にちょうど
バスが来てるのを見て、カナは思いついたかしら。気分転換に公園でヴァイオリンを弾いてみようっ
て。
 芝生と林だけで何㎢もあるような公園だもの、カナがヴァイオリンを弾いてても誰も気にしない
し、いい気分転換になるかしらって。
 そうと決めたらカナはバスに乗って、公園前まで行ったかしら。

 良い場所を探して公園を歩いてたら背後からびっくりして息をのむ音がして、振り向いたらそこに
レンさんがいたかしら。
 そう、蒼星石のお付きの、あの人。あの日の晩に電話で話して以来会えなかった人が目の前にいた
かしら。
「どうして…」
 レンさんが固まっているうちに、カナは大股で早歩きにレンさんに近づいたかしら。レンさんの方
はその間に後ろをちらっと見て、またカナを見て、それから困り顏で近づいてきたカナを見おろした
かしら。
 カナはレンさんのシャツの裾をぎゅっと掴んだかしら。
「話を聞かせてほしいかしら」
 「わ、私はなにも知らないですよ」
 ぷいっと、レンさんはカナから顔をそむけたかしら。その時レンさんからお酒のにおいがしたわ。
ウイスキーみたいな強くって、ツンとしたにおい。
「レンさんしか知らないことがたくさんあるかしら」
「私じゃなくても、直接結菱様に聞けますよ。貴女は蒼星石さまのーー」
「一葉さんは電話にも出てくれないわ」
「使用人が教えてくれるでしょう?」
「あれ以来ずっと知らない人扱いかしら!翠星石のお見舞いだってさせてくれないの!」
 カナは泣いてしまいそうになったけれど、ここで泣いたらダメだと思って、涙をこらえたかしら。
 「それでも貴女は幸せに暮らしているでしょう?」
 「たとえカナが世界一幸せだったからって、ある日蒼星石が死んでいました、はいそうですかって
言えるわけないかしら」
 そんなカナをレンさんは少し酔った目で見下ろしていたかしら。そして静かな目をして無表情なま
まレンさんはカナの後襟辺りをおもいきり握ったかしら。
 レンさんがカナにおおいかぶさるみたいな姿勢になって、カナの視界は薄暗くなったわ。
 お酒の匂いが強くなって、カナはむせそうになったかしら。
 「なぜ亡くなられた蒼星石様のことを考えようとするんです?貴女は葬儀への出席も許されて、花
を捧げたのでしょう。もういいじゃありませんか」
200 :保守かしら 続き :2011/04/25(月) 00:55:55.13 ID:IdGuDVE30
 突然レンさんから怒りがにじみ出て、怖かったかしら。葬儀の時にレンさんがいなかった事を思い
出して、何も言えずにカナは首を振ったかしら。
 「あの日の電話のように、嘘をつきますよ」
 「あれは蒼星石の指示で、レンさんは嘘つきじゃないわ」
 「貴女が私の何を知っているというんです?」
 「蒼星石はレンさんを信じてたから、カナも貴女を信じるかしら」
 「私の何を知ってるんです?」
 「レンは実直で、本当は思いやり深いんだ。僕はそういう所が気に入ってる」カナは蒼星石が言っ
ていた事を復唱したかしら。「カナが蒼星石から聞いた貴女の事は、これだけかしら。でも蒼星石は
めったに人をほめないし、嘘をつかない人だったでしょう。だから、カナが貴女を信じるには十分か
しら」
 レンさんは一つため息をついて、その息がカナの顔にかかったかしら。レンさんはカナを離して、
一歩後ろに下がったかしら。カナの手からシャツがすり抜けてカナは思わずあっと小さく声を出して
しまったかしら。
 でもレンさんはそのままどこかに行ったりはしなかったかしら。
 「貴女が電話をかけて来た時、私は嬉しかったんですよ。蒼星石様はどうにも人を寄せ付けない所
がありましたから、ご家族以外にもあの方を心から心配して下さる人がいると実感できたためです。
同時に、私程度に言いくるめられてしまう貴女に少しがっかりしました」
 まぁそんなことを行っても今更ですが。
 レンさんは皮肉っぽく笑ったわ。でもおねえちゃんや真紅と違って、力の無い笑いかた。レンさん
は初めて会ったときみたいに胸に手を当てたかしら。
 「まぬけなお嬢様、このむざむざ主人を死なせた使えない使用人に聞きたい事があればなんなりと
どうぞ」
 本当に話したくないことを無理に聞こうとしているんだなって、カナは痛感したかしら。
 「あの…ごめんなさい」
 頭を下げていたから、レンさんがどんな顔をしたのかはわからなかったけれど、レンさんは今まで
よりは怒っていなかったかしら。

 「私はなにも思い返したくないんです。手短にすませましょう」
 そこのベンチでいいですか。そういって、レンさんはすぐに歩き出したかしら。

 ベンチに腰かけると、レンさんはジーンズのポケットから薄い酒ビンを取り出して飲んだかしら。
さっきからの匂いの正体。強そうなお酒なのに、レンさんは思いっきりあおったかしら。
201 :保守かしら 続き :2011/04/25(月) 00:57:18.51 ID:IdGuDVE30
投下おわりです。
まだ続きます。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/25(月) 17:42:34.80 ID:2isisQTIO
>>201
乙です!翠はまだ寝たきりなのかな…
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/04/28(木) 03:10:44.21 ID:wA3Dvf8ro
おつおつ
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/06(月) 22:20:47.11 ID:wsn/4yoSO
このスレも移転か……
2年前は良く居たな
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) :2011/06/08(水) 19:48:53.04 ID:fincuWR/0
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) :2011/06/16(木) 21:17:18.97 ID:hCl5R9Ie0
スレ上げ
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) :2011/06/23(木) 20:41:39.98 ID:Zt4bljtw0
新作の構想を練ってるけどブーン系の作品とかぶってた
ヤバイヤバイ
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/25(月) 22:33:40.99 ID:mDuFUou3o
一応保守
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 15:58:13.17 ID:/uXVjpw30
お久しぶりです。
もはや二年三年もたってしまって覚えている方はいるのだろうか、というようなアレですが、続編ができました。
ドールズハウスです。
なんだか急展開のように見えますがこれ、元々考えていた話数に合わせているので決して打ち切りでは……ないです……

それと補足させていただきますと、この話は原作バーズローゼンとアニメトロイメントの設定を採用しています。
そのためヤンジャンまでばっちりチェックしている方からすると「?」となる展開が少々あるかもしれません。すみません。
ついでに、今回も百合注意です。銀薔薇です。

さて、前置きが長くなりましたが投下させていただきます。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 15:59:15.43 ID:/uXVjpw30


『Dolls' House 第六話 むらさきくつしたはまっている』

 おとうさま。
 おとうさま。
 わたし、どうなってしまったの?
 あれ、左目が見える。
 ……ううん、見えなくなった。
 右手がくずれてく。
 左足がくずれてく。
 頭が。なでてもらった、作ってもらった、頭なのに。
 おとうさま。
 わたし、どうなってしまったの?
 わたしは――――

 ひ、と息をぎこちなく吸って、彼女は目覚めた。
 ぼやけた視界が、少しずつ糸を結んでいくように固まってゆく。
 部屋の天井だ。薄暗くて、少しだけあおい。夜の気配がたっぷりと残った、朝だ。
「……?」
 体の感覚をじっくりと検分するように確かめてから、そっと右手だけを夢に見た自分の動きとそっくりに動かす。まるで、だれかの頬に触れるように。
 何かをつかもうとするように手をかざすが、天井に届かないそれからは何の記憶も感情も起きなかった。
「……なんだろ、あれ」
 不思議な夢を見たというだけではすませてはいけないように思うが、どうしたらいいか見当もつかない彼女は仕方なくベッドから起き上がる。右手。左足。寝起きで少しだけゆらゆらする頭。全てがいつも通りで、問題などどこにもない。
 なりだす五分前の目覚まし時計をあらかじめ止めて、薔薇水晶は名残惜しい寝床から抜け出した。
 十二月二十三日、冬休みの一日前の朝のことである。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 15:59:44.23 ID:/uXVjpw30
 階段を危なっかしくおりてリビングのドアを引くと、金糸雀(秋の末の好成績ですっかり調子を取り戻している)と雛苺が大はしゃぎでぐるぐると走り回っていた。それを翠星石が躍起になって止めようとして、結局は追いかけっこに参加する形になっている。
 何事かと「双子の」姉である雪華綺晶に目配せをしようと彼女をそれとなく探したそのとき、蒼星石がため息とともに後ろからリビングに入ってきた。
「やあ、おはよう薔薇水晶」
「……おはよう」
「ああ、彼女達は気にしないであげて。一応姉さん、朝食を作ってくれたみたいだから」
「……そう」
 眠い目をこすって食卓につき、いつもよりは簡素なトースト(バターのみ)に手を伸ばす。指先に焼きたてのパンくずのざらつきを感じたとき、三人の会話から雪が何だとか雪だるまをどうするとかいう会話が聞こえてきた気がして、薔薇水晶は何の気なしに目の前の窓を見やった。
 前庭に、すねが半分ほど埋まるくらいの雪がつもっていた。
 ああなるほどと納得して頷くと、彼女の隣に雪よりも白くつややかな髪をもつ彼女の姉が座ってきた。水銀燈だ。大学生の彼女は他の姉妹よりも生活ペースがやや遅いので、すっかり着替えた薔薇水晶とはうってかわってゆるゆるのパジャマ姿で下りてきていた。
「おっはよ、薔薇水晶。積もったわねえ」
「……銀姉」
 さくさくとトーストをかじりながら、薔薇水晶は彼女の黒いパジャマを眺め回す。
「……やっぱり、銀姉には黒が似合う。銀姉、細いから、輪郭が曖昧になるようなだぼだぼパジャマが……高ポイント、だね。個人的には、青と白の縦ストライプとかも、捨てがたいかな」
「いきなり何を言うのよぉ」
 ぺし、といさめるように水銀燈に新聞紙で叩かれるも、なぜか「でへへ……」と嬉しそうな朝の薔薇水晶である。
「これがないと……朝って感じが、しない」
「おばかさぁん」
 水銀燈も慣れているのか、ゴロゴロとじゃれてくる薔薇水晶を片手で受け流し、もう片方で新聞紙を読んでいた。しばらく水銀燈にくっついたり一緒に新聞を眺めたり(実は読んでいる訳ではない。彼女は新聞の四コマとテレビ欄と投稿川柳の専門である)していた薔薇水晶だったが、ふと気づいて顔をドアの方に向けた。
「あれ……そういえば、真紅ときらきーは?」
「んー? 起きてるんじゃないのぉ?」
 片手だけで器用に淹れたコーヒーをすすりながら水銀燈はそんな希望的観測を述べたが、そういうちょっとした願いというものは得てして否定されるものである。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:00:27.71 ID:/uXVjpw30
 どたどたとはしゃぎまわるかしまし三人衆の足音をはねのけて、階段から二人分の必死な騒音が降ってきた。
 それらは一気にリビングに迫り、起き抜けの姿を現す。
「水銀燈! 寝坊――してしまったのだわ! 送りなさい!」
「銀薔薇のお姉様、ごめんなさい、寝過ごしてしまいましたわ……」
 乱れた息づかいだけを残して、部屋は静まり返った。先にその場にいたメンバーは時計を見てようやく青くなり、縋るように水銀燈に視線を集める。ニュースの音が控えめに今朝一番の事件、この地域では珍しい積雪とそれに伴う交通混乱を伝えている。
 万事、毎度ながら、窮す。
 水銀燈は、ぐっとコーヒーを飲み干して、薔薇水晶をそっと引きはがし、息を吸い込んだ。
 そして立ち上がり、一息に叫ぶ。

「総員、発車準備よぉ! 真紅、雪華綺晶は身支度! 翠星石はお弁当準備! 金糸雀と雛苺は車の除雪! 車を傷つけたら自分がジャンクになると思いなさぁい! もう修理には出さないようにねぇ! 蒼星石、戸締まり! 薔薇水晶は私の手伝い! 時間はもうないわよぉ! 各自、行動開始!!」
「Yes, sir!」
 その朝の八人姉妹たちは、全員が必死で、いつも以上に団結していたという。

   +

 私立有栖川高校。
 公立ならば本来祝日である今日は休みであるが、そこは私立の特権である。
 学校のイベントが多くにぎやかである代わり、こうして些細なところで容赦なく休日をつぶしてくる。
 さてそんな今朝の学校の廊下は人数こそ少なかったが、珍しい雪に騒ぐ生徒達でにぎわっていた。彼らの多くは雪にぬれて重そうな制服をまとっていたが、冷えたその廊下を横切る三人、薔薇水晶と雪華綺晶と雛苺は比較的いつも通りの装いであった。
 無事に水銀燈デリバリーが成功したのである。
「それにしても、雪すごいのー! ヒナったらガッコも忘れて喜んじゃったのよ」
「私もとても驚きましたわ。今日の部活は雪だるま作りにしましょうか」
「うんっ、きらきー!」
「ふふ」
 修理して間もない愛車のワゴンを飛ばして、水銀燈は渋滞した道路を無理矢理に切り抜けていった。曰く「どうしても落とせない補講があるのよぉ……!!」とのこと。
 比較的大人である真紅、雪華綺晶、蒼星石は半泣きで遅刻してもいいからやめてとトリガーハッピーならぬハンドルクレイジーになりかけた長女を止めにかかったが、一方で無茶や危険は大歓迎組(言わずもがな翠星石、雛苺、金糸雀、薔薇水晶)はやんややんやと囃し立ていいぞもっとやれの大歓声。
 結局何回もクラクションを鳴らされつつも、時間通りに高校についたのである。
 しかし実際に学校についてみると、電車やバスで来ている生徒のほとんどが足止めをくらって遅刻である。問い、水銀燈の苦労とは一体なんだったのか。答え、姉の慈愛とちょっとの徒労。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:00:54.35 ID:/uXVjpw30
 また擦り傷を作りかねないデンジャラスドライブを反芻して、雪華綺晶は申し訳なさそうにマフラーに口を埋めた。
「それにしても……無理をさせてしまいましたわ。お姉様に。寝坊なんかしなければ」
「いいんじゃないの……すごく、楽しかったし」
「んもう、ばらしーちゃんはそういうアトラクションが好きだから……」
「ヒナはそんなに好きじゃないの」
「じゃあいつか遊園地に行ったら、私と観覧車に乗りましょうね」
「うん! 春になったらね!」
 寝起きの時よりははっきりした顔をして窓の外を眺める薔薇水晶を覗き込み、雪華綺晶は首を傾げる。
「そうそう、ばらしーちゃんは雪だるま、作りますの?」
 結構な近さで話しかけてきた雪華綺晶に面食らって少し歩を緩めつつ、薔薇水晶は首を振った。
「ううん……ごめん。今日、買いにいかなきゃ、いけないものが……あるから」
「あら。この雪ですし、無理しない方が」
「転んだら大変なのよ、ばらしー」
 口元に可憐な指先をやる雪華綺晶、幼子のように無邪気に笑いかけてくる雛苺にほんのりと笑いかけ、薔薇水晶は少し遠い目をした。
「でも、行かなきゃ。……サンタさんより先に、手に入れないとね」
 アッガイシリーズが完成するんだ。と宣言する薔薇水晶の目元には、彼女にしかわからない暖かみがそっと宿っていた。

   +

 薔薇水晶の本棚には、色とりどりのアッガイのプラモが八つ並んでいる。本来の色のものの横にずらりと連なるそれらは、彼女の姉達のイメージカラーに模したオリジナルの配色がなされている。黒、黄、緑……と続いて、白で終わっている。
 彼女はそれで終わらせたつもりであったが、ある日部屋に遊びにきた水銀燈が「これ、あなたの色はないのぉ? それじゃ寂しいわね」と何気なく言ったために、紫色の自分バージョンアッガイを制作することになったのだ。
 しかし時代と季節と金銭は非情にも過ぎ去ってゆくものである。
 新しいアッガイを購入しようとする薔薇水晶の財布には、デパートで冷やかし客、スーパーで一般人、駄菓子屋で英雄になれる程度の小銭しか入っていなかった。
 そこで彼女は、万能レッドアーミーことサンタクロースに頼ることにしたのである。
 彼なら、きっとかなえてくれる。そんな確信が彼女にはあった。八人姉妹全員の願いを聞き入れ、誰一人として忘れることなく、十二月二十四日の枕元にプレゼントの箱を置いていってくれるサンタさんは、大して信心を持ち合わせていない薔薇水晶が信じる唯一の神様であった。
 とはいえ、もう薔薇水晶だって大人である。全部をサンタさんに請け負ってもらうわけにはいかない。だから、なけなしの貯金を振り絞って塗料だけでも自分でそろえる、それが今年のクリスマスの一大決心だった。
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:01:40.02 ID:/uXVjpw30
   +

「……で、皆のプレゼント、何が欲しいかきいたのかしら? 水銀燈」
 メモ帳を眺めながらすいすいと人ごみをかわしていく水銀燈を追いかけながら、金糸雀は少し声を張って呼びかけた。
 彼女はまだ制服姿で、上にダッフルコートを羽織っている。分かりやすく学校帰りの姿である。今日の学校は終業式だけで早上がりである上に、出席状況が悲惨だったため仮休校となり、金糸雀は大学にて一限を終えた水銀燈に合流することができたのである。
 クリスマスソングと普段より浮き立った密かなざわめきがあふれるここは、この町で一番大きなデパートだ。二人はその中をくまなく歩き回り、メモした品物を一つ一つ買い集めて回ろうとしていた。
 八人姉妹の長女と次女、彼女達がサンタの正体であることはほとんどの妹達が気づいていたが、だまされるのも一興、隠すのもまた一興である。おおっぴらには話にあがらないようになっていた。
「ほら。ね。お姉ちゃんをなめないで頂戴」
 やっと追いついた金糸雀に水銀燈はピッとメモをわたす。受け取ったそこには、自分のもの含め八つのプレゼントが箇条書きされていた。分かってはいたものの、いつの間に聞いて回っているのかと感心して金糸雀は「ほおー」と不思議な声を上げた。
「さすがお姉ちゃん、かしら」
「どっかの高校生とは違うのよぉ。それにしても金糸雀、あなた勉強しないでこんなところまでついてきて平気なの?」
「いっ!? それは〜……か、カナだって毎日勉強してるかしら! だから、今日くらい平気なのっ」
「そぉう。ま、あなた案外頭いいものね」
「ふぇ、そ、そうかしらぁ。えへへ」
「そうやって調子に乗りさえしなければね」
「うっ……手厳しいかしら……」
 たどり着いたプラモデルコーナーで、水銀燈は見慣れた形の箱を手に取った。意味もなく口にした言葉に返された楽しそうな、嬉しそうな答えが耳にかすかに蘇った。
(そ……そうかな。だって、自分の作るなんて、なんか……ナルシストみたい)
(そんなことないわよぉ。全員そろわなきゃ、面白くないじゃなぁい)
(だ、だって自分の色なんて分かんない、よ)
(そうねえ……紫。薔薇水晶、あなた紫っぽいわねぇ。それも薄紫あたり、どうかしらぁ? 素敵よ、似合ってる)
(そ、そうかな……そうかなぁ、銀姉)
 目を細め、プラモデルの箱をを見つめながら考え事をする水銀燈の背中を、金糸雀は軽快に叩いた。
「ちょっと! 水銀燈!」
「へぇあ!? な、何よぉ」
「それ、ばらしーのかしら?」
「そうよぉ」
「じゃぁ早く買う! ほら、時間はあんまりないかしら」
 買い物カートに箱を入れて、押して歩いてゆく金糸雀を水銀燈がぼんやり眺めていると、彼女は怪訝そうに振り返った。「……どうかした?」
「え、何でもないわぁ」
「そう?」
 二人で並んで歩き、次のプレゼントを探す。しばらく進んでから、金糸雀はふとつけたすように言った。
「最近、ばらしーと水銀燈って仲いいかしら」
 驚いたように目を丸くして言葉に窮した水銀燈にかえって焦って、金糸雀はカートを押す手に力を入れた。
「そ、そんなに驚かないでほしいかしら。何となく言っただけだし、仲いいのはいい事だし、ね」
「そうよねぇ」
 いつも通りのペースを取り戻した二人であったが、水銀燈はなんとなく飲み下せない感覚を覚えていた。気にしないようにしていたことの核心を突かれたような気がしたのである。
 片手に、今朝の薔薇水晶の髪の手触りが浮かび上がる。
 やや寝癖が自己主張していた前髪。
 ……なんて言ったらいいか、分からなかった。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:03:48.22 ID:/uXVjpw30
   +

 薔薇水晶が軽くなった財布と重くなった鞄を抱えて家に帰ると、玄関には水銀燈と金糸雀と真紅の靴が並んでいた。どれも雪が入ったりしてすっかり濡れてしまっている。後で新聞紙でもつめてあげよう、と薔薇水晶はとりとめもなく考えた。
 ただいまぁ、とリビングの扉越しに投げかけると、くんくんがどうしただのジュンがどうしただのとあれこれやりあう威勢のいい声が聞こえてきて、その合間に息継ぎでもするように「おかえり!」「おかえりなさぁい!」と投げ返された。
 また水銀燈と真紅が口喧嘩(名ばかり。仲良くけんかするあれのようなものである)しているらしい。巻き込まれないようにこっそりと別の入り口からキッチンの方に入り込んで、スナック菓子を二袋ほどくすねて、薔薇水晶は猫のように二階に上った。
 上ってすぐの部屋は、金糸雀の牙城である。ノックして入ると、「あああ、やっぱり日本史はキツいかしらあああ……はっ、ばらしー」と窮状丸出しの受験生が転がっていた。
 はいこれ、とスナック菓子を差し入れて、何も見なかったふりをするから……と言い残して部屋から出る。「見なかったふり」だ。「見てはいる」のだ。ともかく長い廊下を渡りきり、突き当たりにたどり着くのは、末っ子八女、薔薇水晶の部屋だ。
 滑り込むように部屋に入り、暖房のスイッチに十六連打を食らわせる。……最終的にオフになってしまった。「偶数め……」とそっと毒づき、もういちど押してから机に向かった。
 体を投げ出すように椅子に座ると、背中に向かってふきつけてくる暖かい風を感じた。
 ―――朝の目覚めがすっきりしないと、一日は何故だか磨りガラスみたいに薄暗くなる。
 ベッドを横目で見ると、今日の始めの不思議な感覚が断片的に思い出される。崩れる夢。忘れた誰か。忘れては行けない、誰か。雪。薄青い朝。鳴らさなかった、目覚まし時計。
 薔薇水晶にとって、それらのかけらは集まっても一つの形をなさなかった。なんとなく、朝を迎えるのにつまづいてしまっただけだ。それだけ。塗料だって買ってきたし、皆いつも通り元気。学校は今日でおしまい。クリスマスと、お正月がまってる。
 ……悪い事は、ない。今日は、ツリーの買い出しに行くしね。
 そっと瞼を閉じて、するすると息を吐き出した。
「なんだろう、変な感じ」
 声に出してみても、形が分からない。それなら。
「気にしなくてもいいよね……」
 ぐんと上半身を引き戻して、すっかり慣れっこの授業中に居眠りする体制になる。吐息が机から跳ね返って頬を少し湿らせた。
「銀姉」
 何故その名前を呼んだのか、その理由は彼女も知らない。

「おーい、ちょっとばらしー!」
「なーにー? ……ちぇ、今なんかいいとこだったのに」
「そろそろツリーを買いにいくかしらー!」
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:04:18.25 ID:/uXVjpw30
   +

 おとうさま。おとうさ、ま。
 ここはどこ。おとうさまは、どこ。
 いいえ、おとうさまはここに。
 ―――ちがう?
 なに? これは?

 頭に、手がのってる。
 頭? 私、体、なくしちゃったのに。
 おとうさまの体。わたしの体。もらった、だいじな、わたし。

「はじめまして、薔薇水晶」

 だれ? おとうさま?
 ―――ちがう。
 違う。この人、お父様じゃない。
 ……お父様じゃ、ない。

「私は槐ではないよ。私は、」

 ―――聞きたくない!

「私はローゼン」

 ああ。体が、戻ってる。
 お父様は、いないけど。
 声が聞こえる。大きな手。

「分からないかもしれないし、知りたくないかもしれない。けれど、私は君に話さなくてはならないんだ」

 いやだ。おねがい。
 わがままかもしれないけど、この願いをなくさないで。私だけのお願いじゃないの。いやだ。

「いいかい、薔薇水晶。これは、この世界は――――」

   +

 二十四日の朝。
 階段から落ちた夢から覚めるときとそっくりに、薔薇水晶は体を引きつらせて目覚めた。
 天井がゆっくりとした速度ではっきり見えてきた。今度は、白い。日が昇って、それが雪に反射して部屋に差し込んでいるんだろう。とても穏やかな朝だった。
 じっとりと濡れた首を感じながら、薔薇水晶は身を起こす。息は乱れ、体はひどく汗をかいていた。まるでなにかから逃げ出してきたようだった。
 しかし、逃げ出してはいない。彼女には受け止めるという選択肢しかなかった。
 時計をちらりとみる。九時五分。自分と同じような夢を見て飛び起きているだろう姉達のことを思った。はたして、彼女達は自分と同じことを感じているだろうか。明るい朝にしてはあまりに静かな家の空気を探りながら、薔薇水晶は自分の手をじっと見た。


「どういうことです、これは……どういう事ですぅ」
 上半身を跳ね上げ、片手で額を支えながら翠星石は一度深呼吸をした。カーテンで仕切られたとなりの部屋に横たわっているだろう双子の妹の息づかいを探って、しかしうまく読み取れずに彼女はそっと呼びかけた。
「蒼星石」
 う、と曖昧な声を上げて起き上がる妹の気配があった。翠星石はすぐにでも彼女の顔を見なければいけないような気持ちになり、目の前のカーテンを勢い任せに取っ払う。
 蒼星石は驚いているとも納得しているともとれる表情で翠星石の方を向き体を丸めていた。
 しばらく二人で、どうしようもなくおびえる鼓動を撫で付けるようにそのままの姿勢でうつむいていたが、あるときどちらからともなく手を伸ばし、握り合った。
 記憶よりもずっと大きな手でお互いに温め合っていると、静かな家の中で彼女達しかいないような気分になってきて、その想像は双子の胸にそっと積もり毛羽立った感覚を鎮めていった。
 視線を、指を絡ませ、おでこを軽くぶつける。
「大丈夫ですぅ」
「うん。きっと、大丈夫だね」
「さ、皆に会いにいくですよ」
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:05:44.64 ID:/uXVjpw30

 雛苺は夢に見た大切な人に手を伸ばし、そのさきに天井しかないことを時間をかけて理解した。
 食べられた。……大切な妹、雪華綺晶に。洗いざらい思い出してしまった今、幼い彼女はどうするべきかすぐには思いつかなかった。
 誰かに縋る? 泣きつく? そんなことばかりが目覚めたばかりの甘ったるい頭をかすめていったが、雛苺はかたく目をつむり唇をかみ、ずいぶんと長いこと悩んでから部屋を出た。
 ヒナはもう、お姉さんなんだからね。
 ドアを開きざま、彼女はそう自分にささやいた。
 ひんやりとした空気が足下にまとわりつく廊下を少しだけ歩いて、入ったのは彼女が一番恐れるはずの雪華綺晶の部屋である。
 雪華綺晶本人もおびえられて当然と思っていたらしく、布団を握って自分の元にたぐりよせた格好のままぴたりと止まって雛苺を呆然と眺めていた。
 そんな様子の彼女にかまう事なく雛苺はずんずんと向かってきて、どうしようもなく何か――それはおそらく拒絶とか、喪失とか――を恐れた雪華綺晶は押し殺した声で叫んだ。
「お姉様、こないでください」
 見開いた雪華綺晶の瞳の奥には、彼女が思い出した狂気とそれに対する嫌悪と恐怖が全てない交ぜになって溶け込んでいた。それを見据える妙にまっすぐな雛苺の視線から逃れるように雪華綺晶は顔を歪ませて頭を横にふった。
「こないで、どうか。私、お姉様に―――お姉様、には、もう触れません。ごめんなさい。私……ごめんなさい、だって」
「せや!」
「お姉……ゔ!?」
 雛苺は狂気の淵に誘われかけている雪華綺晶に向かって飛び込んだ。その頭は雪華綺晶の胸のど真ん中にヒットする。強制的に空気を失った胸が焦って元に戻ろうと引きつったが、そこに雛苺はさらに顔を埋めてきた。
 むせる雪華綺晶を、雛苺はありったけの力で抱きしめていた。……いや、抱きついていたというほうが正しいかもしれないが。
「きらきー!」
「え、えほっ、な何です、ふぅっ」
「……の、バカっ!!」
 顔を見せないように布団ごと雪華綺晶にくっつく雛苺はそういったあと黙ったが、雪華綺晶が困っているとぐずったようにこう付け足した。
「きらきー、優しいのよ。ヒナの妹、なのよ」
 ようやくこれだけを形にして、あとはうなり声を上げる雛苺を見つめ、雪華綺晶はおずおずとその背中に手を回した。
 上下する肩。
 許してもらえるとも、そうしてもらいたいとも、彼女は思っていなかった。だけど、たった今こうして与えられているちいさいけれど優しい温もりにはきっと応えなければいけないと、雪華綺晶はぎゅっと手に力を込めた。
「はい、お姉様」
 と、そこに金糸雀が飛び込んできた。彼女は一瞬だけ疑念と怯えを含んだ視線を雪華綺晶に向けたが、すぐにそれは涙でにじんで分からなくなった。寸でのところで目の端からその雫がこぼれないように細心の注意をはかりながら、金糸雀は二人の元に歩み寄り、雛苺と同じように雪華綺晶にぶつかってきた。
 今度はうまく受け止めつつ、雪華綺晶はゆっくり目を閉じた。


 水銀燈はいつもより三秒ほど長く壁掛け時計を横になりながら眺めていたが、それ以降は普段と変わらず軽快に起き上がって髪を軽く整え、部屋を出た。
 先に階段を毅然とした横顔を携え下りてゆく真紅を見かけ、彼女も水銀燈に気づいたのかはたと立ち止まった。
 横目しれっと様子をうかがってくる真紅と、ドアの前で腕を組み斜に構えてたたずむ水銀燈。若干緊張した視線の交換があったが、水銀燈はすぐに肩をすくめてみせた。
「……アンタ、気にしてるぅ?」
 水銀燈がややおどけたようにみえ、真紅もそんな対応にしっくりきたので目を閉じて眉を上げてみせた。
「さあて、なんのことかしらね。例えば黒い悪党のこと?」
 お互いにクスリと笑い合って、真紅は落ち着き払って階段を下り、水銀燈は「おばかさぁん」とぼやいてそれに続く。
 どうしようもなく絡まった糸に気づいてしまったが、それを解くのは今ではないし、解くコツを見つけた気がする――と、二人は知らず知らずのうちに同じ事を考えていた。
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:06:24.61 ID:/uXVjpw30
   +

 姉妹達の夢枕に立った「お父様」。彼は彼女達の父であった。もとい、制作者であった。
 穏やかな午後の日差しが差し込むどこともつかない部屋のなかで、彼は彼女達を抱きながらとつとつと話しうる限りの全ての真実を語った。
 ここはnのフィールドのなかの彼の「領海」、夢のなかであること。
 やがてここはなくなって、彼女達はこの夢から覚めてしまうこと。
 目覚めない姉妹もいるということ。
 しかしなおす方法もあり、それを探さなければならないこと。
 そしていつか、きっとまた会えるということ。
 彼は一人一人に、それぞれ最適な言葉を探して、託していった。
 彼女達には、疑う余地などなく。まして、逆らうという選択肢もなく。
 目覚める頃には、全ての記憶が戻っていた。

「しっかし、すっかりだまされてたですぅ! 翠星石としたことが」
 目玉焼きをのせて少しは昨日より豪華にしたトーストを八人分作りながら、翠星石は肩をすくめた。口元にはすこし寂しそうな笑みがにじみ出ている。よくできていやがる夢ですよ、と卵を割ると、真紅は彼女らしい言い草に軽く吹き出した。
「まあ、そうね。私も全然、大きな体を気にしていなかったもの。向こうに戻っても上手に動けるかしらね。不安だわ」
「アンタの事だからすぐに慣れるわぁ。筋肉馬鹿だものね」
「筋肉ー! 真紅のきんにくなのー!」
「ちょっと水銀燈! 雛苺に変なこと仕込まないでちょうだい!」
「ヒナだって分かってやってんのよー」
「ちょ、雛苺ったら黒いかしら! ……翠星石、もうもらっていい?」
 金糸雀がおずおずとキッチンを覗き込む。バターが熱く溶ける香りに満ちていた。
「おー、どんどん食べるといいですよ! どうせ目が覚めたら元通りだから体重の心配もナッシングですぅ!」
「そ、それは嬉しいね……!」
 蒼星石はやたらと目を輝かせてその話題に食いついた。金糸雀はすかさず彼女の後ろに回っておなか周りに手を回した。その間二秒。キッチンからリビングへの移動速度を考えると、イジリアタッカーとしては申し分のない行動力である。
「おおーっとぉ? 蒼星石、もしかして太ったかしらぁ?」
「や、やめてよ金糸雀!」
「ああー蒼星石には気の利く美少女翠星石ちゃんが夜中にクッキーとかを差し入れてあげてたですからね」
「姉さんのバカ! 言わないでよ!」
「わお……お姉様、食べごろ………」
 金糸雀に後ろからホールドされた蒼星石に、指をワキワキとさせて雪華綺晶がにじり寄る。その殺気、本物である。ぴしゃりと真紅が制止という名目の突っ込みを入れる。
「雪華綺晶、それきつすぎるわよ」
「すみません、お姉様。それじゃ(もちろん、性的な意味で)を追加したらどうでしょう?」
「ああ、アリね」
「真紅うううう! 信じてたのにー!!」
 軽い笑いが部屋の床を転がっていって、壁にぶつかって勢いをゆるゆるとなくしていった。
 卵がフライパンの上でじれるように焼ける。
 ふう、と誰ともなくため息をついた。
 いきなり放り出された(いや、戻されたといってもいいが)現実に馴染むには、九ヶ月という時間はあまりに長かった。
 空元気を出し切った彼女達は思い思いに椅子に座ったり、キッチンに立ったりしてやり場のない時間を受け流していた。
 ふと何の動く気配もない二階をそっと見やって、
「薔薇水晶、下りてこないわね」
 真紅が言う。滑り台から落ちるように部屋の温度が下がった。
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:07:10.55 ID:/uXVjpw30
 彼女達は触れなかったのだ。
 この現実を八人全員が受け止められる訳がない。
 だれかは必ず事実と自分を許容できずに折れてしまうものが出るということ、それはきっとある「支え」を持たないものだろうということ、その心の曇りは、単純に手を取って励ますだけでは取り払えないだろうということを、全員が何となく分かっていた。

 支えを持たないもの、それは唯一「姉妹ではない」彼女のことであった。
 薔薇水晶。ローゼンではなく槐によって、ローゼンメイデンたちをかき乱すために作られた少女。

 姉妹達は彼女の部屋に入ることもできず、ずっと躊躇していた。できれば彼女から出てきてくれるよう祈っていた。
 罪と孤独ばかり背負ってしまった末っ子としての薔薇水晶は、そのドアを開けて抱きしめるにはあまりにもろいものに思えて仕方なかったのだ。
 どうしていいか分からず、しかし必ず救いたいと願い、手を伸ばしかけたまま固まってしまった七人の姉たちはリビングで立ち往生した。
 決して七人の姉妹達の間に何のわだかまりもなくなったというわけではないが、それでも七人と一人との溝はどうしようもなく深く抉られていた。
 何か言おうと喉を詰まらせる姉妹達の上を、オーブントースターでトーストが二枚ほど焼き上がった音がはねた。慌てて翠星石がそれを皿に移し替えて目玉焼きをのせると、水銀燈はすいっと一枚だけ皿を取ってくるりときびすを返した。
「ちょっと行ってくるわぁ。翠星石、私の分はちゃんと取っておいてねぇ」

   +

 お父様。
 お父様。
 お父様。

 ――――私、一緒にいられなかった。

   +

 薔薇水晶は布団にくるまっていて、体のどこも見せまいとかたくなになっているようだった。その大きな繭は水銀燈が入った気配にも無反応で、水銀燈は困ったように肩をすくめた。
「……寝坊助さぁん。もう、お昼になるわよぉ」
 机にコトンとトーストの乗った皿を置き、水銀燈は薔薇水晶の布団ロールが転がったベッドを背もたれに座り込んだ。
 カーテンは閉め切られていて、部屋には日差しで温められた窓辺の気配と夜中の残した冷気がバニラとチョコのマーブルアイスのように混ざり合っていた。
 二人きりの空間。それほど珍しいことではなかったが、今は二人の間でかみ合っていた歯車のどれか一つが外れてしまったようで、その不具合はしびれるように別の歯車を狂わせ、すっかり別の動きを始めたようだった。
 雪が屋根から滑り落ち、車の上に落ちる音が遠くで聞こえた。
「トースト冷めるわよぉ」
「……いらない」
 ついに薔薇水晶がくぐもった声を発した。すねている子供のような口ぶりに聞こえたが、もちろんそんな単純な話ではないと水銀燈も分かっていた。
「……ごめんなさい」
「なにがよぉ」
「きらきーに、あげてね」
「駄目よぉ。今日はクリスマスイブだし、それにこんなときだからこそ食べなきゃ駄目になるわよぉ」
「今更だもん」
 けだるげに水銀燈は片足を折り、その膝に頬杖をついた。
「なにがいまさらなのよ」
「今更……」
 布団の山がやけどを隠す獣のように一層ちぢこまった。薔薇水晶は喉を締め付けられたような音を綿の内側でこもらせていたが、次第にその言葉の出来損ないのような波の中から一つ二つと形のあるものが打ち寄せられてきた。
「―――今更、だもん。私、もう、だめに……なってるから。お父様にも、置いて、いかれて。……銀姉、私が、ひどいことしたの。真紅助けたのに。でも、真紅も、私が……皆、みんな――」
「……蒼星石は私がやったわよぉ。雛苺は雪華綺晶ね。あの子のやり口が一番キツいんじゃないかしらぁ?」
「銀姉、私が、だましたの」
「あれは私がバカだったのよ」
「――――水銀燈」
 急に薔薇水晶の声に芯が通った。毅然としたそれは、かつてドールだった時のただ一つの目的のためだけに残忍にひた走っていた水晶のような彼女のものに似ているようで、本当はずっとずっと傷つきやすいものに変わってしまったようだった。
 一瞬それにつられて水銀燈も目つきを鋭くしたが、すぐに解いた。
 ベッドの上の塊が、かすかに震えていたからだ。
「私は、あなたの姉妹じゃない……ただの敵。あなたたちローゼンメイデンの戦いを穢した―――贋作」
「………薔薇水晶、」
「私は、違う。銀姉――水銀燈とは、ちがうの。真紅とも、翠星石蒼星石、金糸雀、雛苺、きらきーともちがう。違うの」
 崖から落ちていくように語気が強まっていく。息継ぎする音。
「――――いらないじゃない! 私の分なんて、やっぱりいらなかったの! 全部七つですむことだった! 紫なんていらないの! 最初からいらなかったの……っ!」
 水銀燈は机の下に目をやった。紫の塗料がこっそりと置かれていた。
 薔薇水晶の色。
 末っ子が完成するための塗料。
「……ひとりに、してほしい」
 そういわれ、水銀燈は何か考え込んでから立ち上がりじっと薔薇水晶を見た。決して目に映らない彼女の姿まで透かし見るように。
 粘性のある水の中を泳ぐように部屋を横切り、水銀燈は出て行こうとする。
 ぽつりとつぶやく。
「薔薇水晶。――眼帯、つけてるの」
 答えはない。
 今度こそ水銀燈は立ち去った。
 液体のようになった空間は淀み、個体に近づいてゆく。
 布を隔てた薔薇水晶には、それも、水銀燈も、止める事はできなかった。
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:08:03.28 ID:/uXVjpw30
   +

「―――ま、こんなもんですかね。翠星石と蒼星石の誕生日飾りが残っていてよかったですぅ」
「翠星石、薔薇水晶は……」
「んー……まだちょっと、へこんでるみたいですぅ……」
「……そっか」
「かなりあー、水銀燈帰ってきたのー」
「おっ、ついにツリーのお出ましかしら」
「ただいまぁ、ツリー買ってきたわよ」
「遅いのだわ。さて、靴下をつるしましょう」
「箱、あけてませんわお姉様……」
「料理はどんな具合かしら?」
「完璧も完璧、一度冷めてもばっちりいけちゃう新作ディナーですぅ!」
「けーき! ケーキこれからとってくるのー!」
「か、カナもいくかしら!」
「うん、いってらっしゃい二人とも。持ってきたら、そうだね……玄関、寒いよね? 水銀燈」
「そうねえ、あそこならケーキも悪くならないわよぉ」
「お姉様方……私も……連れて行ってくださいまし……」
「なの!?」
「かしらぁ!?」
「雪華綺晶、あなたどれだけケーキに執着してるの……末恐ろしいのだわ」
「さ、ともかく準備をつづけるわよぉ」
「まさかこうなるとはね……」
「蒼星石、大声でクリスマスパーティーじゃないとかはネタバレしちゃいかんですよ」
「姉さんがしてるってば」
「はぁ……あなたたち……」

   +

 気づくと夜中だった。
 息苦しい布団の中から頭だけ出すと、部屋はすっかり暗くなっている。
 水銀燈がいなくなってから、薔薇水晶はとりあえずトーストをつめこんでからベッドに帰りずっと思案に明け暮れていた。
 ……はずだったが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。情緒のかけらもない自分に、薔薇水晶は浅く嘆息した。
(銀姉、追い払っちゃった)
 ほとんど丸一日寝転がっていたために歪んで感じる世界をいつも通りの世界に解読しつつ、冷たくなった床に足をつける。
 冬の温度は頭まで突き抜けて、薔薇水晶はようやく頭にかかった霧がそれに駆逐されていくのを感じた。
(……嫌われたよね)
 一応着替えておこうか、もう開き直ってパジャマのままでいようか決めるためにクローゼットをそっとひらくと、まず始めに靴下が目についた。
 ―――今日、クリスマスだった。みんなパーティーしたかな。してくれたかな。
 本棚には自分のいないアッガイシリーズが並んでいて、それで今年のプレゼントに自分の分をお願いしたことを思い出したが、薔薇水晶を明るくさせることでもなかった。
(サンタさんにまで、嫌われたくないな……)
 もうパーティーを終えたのか、それとも会場を移してしまったのか、家はすっかり静まり返っていた。
 紫色の靴下。お願いごとのポスト。
 薔薇水晶はそれを握ってだいぶ悩んだが、誰もいないなら平気かなと肚を決めてそれを吊るしにいくことにした。
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:08:35.57 ID:/uXVjpw30
 電気をひとつもつけないでなんとかリビングにたどり着く。
 ドアを開けると、いつもと少し違う香りがした。パーティーのにおいだ。翠星石がまた腕によりをかけて『……』料理を制作したらしい。
 やや暗闇に慣れかけた隻眼をこらして雪明かりに火照る窓辺をにらむと、テレビの横に雛苺くらいの高さのクリスマスツリーが鎮座しているのが分かった。
 なにかパーティーの残骸が残っていやしないかと慎重に足下を確認しながら、かつ音を立てないようにそろそろと近づいてしゃがみ、ちかくに余っていた紐を使って紫色の靴下を吊るした。
 自分の色。自分の願い。
 暗闇でも分かる七つの色の靴下。ひとつ、紫色が仲間に入った。
 自分の願い――これじゃないの。
 私の、バカ。
 薔薇水晶が膝に顔をうずめたとき、ぱちりと音がしてドアの方から赤みがかった廊下の光が差し込んできた。それは一人分の影を伴ってまっすぐに薔薇水晶のもとへ伸びている。

「さぁて……ようやくつかまったわねぇ」

 水銀燈、だった。
「ぎ……っ」ぎんねえ、と言いそびれて、また見つかってしまい妙に気まずかったので薔薇水晶は硬直する。家にいたの? 寝ていたんじゃなかったの? と心の中で問いかける。
「ふふ、そんな罠にかかった兎みたいな顔しないの」
 その声はいつもより優しい。水銀燈は大きな袋を小脇に抱えていて、それはなにか角張ったものをたくさん入れているように見えた。
 水銀燈はツリーのもとまで歩み寄り、膝をついて袋を置いた。
 がさごそと中をあさり、ツリーの根元に一つ一つ大事そうに並べていく。
「これが金糸雀の、これが雛苺、私、真紅、翠星石、蒼星石、雪華綺晶……で、」
 はい、と渡されたのは薔薇水晶が見慣れたあの箱だった。
「いらない訳ないじゃなぁい。あなたの分」
 最後のアッガイシリーズ。末っ子の紫。
 薔薇水晶は胸にさっきまでくるまっていた布団を詰めていくような気分になって、口をただ曖昧に開いていた。
「……これ、」
 言いかけたときだった。
 ―――よく知っている柔らかい香りに包まれた。
 薔薇水晶の視界にかすかな明かりに照らされほんのりと浮かび上がる水銀燈の髪が映り込む。
 頭と、背中が、暖かい。
 あれ、お父様に抱かれていたときにちょっと似ている。
「これだけ一緒に過ごしておいて、妹じゃないなんて言わないでちょうだい」
 ああ、銀姉のこんなに苦しそうな声、初めて聞くかも。と、事態を半分しか飲み込めていない薔薇水晶は間抜けな事を考えていた。
 いとおしむように頭を、髪を、手が伝っていく。
 懐かしい。
 初めてだけど。
 水銀燈はいつもの口調からすこししかるように変えて薔薇水晶に語りかけた。
「勝手に私たちが、私が、あなたを嫌っているなんて勘違いしないで。この九ヶ月がなかったことみたいに言わないで。思っていることを無理に隠したりしないで」
 そこで一旦体を離して、水銀燈はその紅い目で薔薇水晶の金色の片目を捉えた。互いの瞳にはドールだった頃には見せなかったような光が溶け込んでいた。
 水銀燈は薔薇水晶の頭に両手を伸ばすと、慌てて止められる前に彼女の眼帯を外した。
「妹なんだから、ちったあ甘えなさいよぉ。そんなおまじないなんてしてないで」
 眼帯に隠されていた目は決してうつろな眼窩などではなく、双方変わらない金色の瞳。しかしちがったのは涙である。
 たった今現れたばかりの片目は、堰を切ったように涙を流していた。
「ちょっと……何を」
「一回も泣いていないんでしょぉ? そりゃそうなるのも当たり前よぉ」
「や、やだ、止まってよ、止ま……」
 そこでもう一度抱きしめられ、薔薇水晶は全ての涙を止める術を失った。
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:10:08.61 ID:/uXVjpw30
 時折、ずっと向こうで車が過ぎてゆく。
 しかしそれもけっして一人の少女の押し殺した泣き声を隠すには至らなかった。
 夜の深みに響く時計の針の音が規則的に部屋を闊歩していた。
 この家で一度も見せた事のない涙は、ようやくその勢いを落としていった。
「……銀、姉」
「なぁに」
「ローゼンがね……言ってた。私、ローゼンに、新しい体……もらったんだって。ローザミスティカはないけど、きっと動けるって」
「……じゃあ、ちゃんと妹になれたじゃない」
「……うん。それは私の、本当じゃ、ないけど」
「じゃあ半分妹ねぇ」
「へへ」
 薔薇水晶はより強く水銀燈に抱きつき、胸元に顔を押し付けた。
「―――私ね、お父様を探さなきゃ。体もらうまえの、私みたいに、nのフィールドに……迷い込んでるらしいから。だから、nのフィールドにいようと……思う。多分、銀姉にも……会いに、いけない。けど、きっと会いにいくから。ずっと忘れないで、いつか絶対、会いにいくから。帰ってくるから」
「バカね――その前に、私からいくわよぉ。みんなだって、きっとたまには手伝ってくれるわ」
「……ん」
「ねえ銀姉」
「なによぉ」
「今までずっと黙ってたけどね」
「けど?」
「もう言うことにした」
「ふふ、何かしらぁ」
「―――好き。銀姉、私、銀姉のこと、すき。大好き」
 グラスを指ではじいた時のように空気がピンと張りつめて、薔薇水晶は全てを言ってしまったことをちらと後悔したが、それを打ち消すように水銀燈は笑った。
「薔薇水晶、あなた半分妹になったのよねぇ……じゃあ、もう半分は?」
「……」
 なるほど、と薔薇水晶は思った。
 しかし水銀燈からもらった甘い『正解』はあえて口にせずに、薔薇水晶は彼女に体重を預けた。
「……いわない」
「あら、強情」
 ツリーには八つの靴下。紫にとなりあって吊るされているのは、黒。
「薔薇水晶、私も―――」

 そのとき、リビングのドアがはじけるように開いた。

「あ」
「……え?」
「な……こ、これは……」
 薄明かりを背後にしょっているのは、翠星石。
 なにかいけないものでも見てしまったような、むしろずっと待っていたような、複雑な顔色を呈してから、水銀燈は階段の上に向かって号令を打ち上げた。
「ヤローどもー!! 水銀燈が薔薇水晶をロウラクしているですよー!! やるなら今ですぅー!!!」
『応ッ!!』
 薔薇乙女らしからぬ威勢のいいコール&レスポンスを経て、六人姉妹たちは一斉にくらい部屋になだれ込んでいた。おのおの何か小さいものを持っている。
 誰かが明かりをつけ、同時に手に持ったそれが密着した二人に発射される。
 すぱぱぱん、と軽妙な破裂音が続いた。
 闇に慣れた目がようやく状況を映す――クラッカー?

『おめでとう、薔薇水晶!!』

「……へ?」
 ここ数十秒の展開を全く把握できていない薔薇水晶に、真紅が普段見せたこともないような満面の笑みを向けた。
「名実共に妹になった、あなたのためのお祝いよ」
「で、でも……クリスマスパーティ、もうやったんじゃ……」
「誰が仲間はずれにすると思って? 今日はもうそんなのやめにして、あなたのためにパーティを開くことにしたのだわ」
「そんな……」
「薔薇水晶」
 おなじみのツインテウィップのように厳しげな口調で真紅は断言する。
「いいかしら? 私たちは全員、あなたを妹だと思ってるわ。……もちろん私はあなたにとどめを刺されたし、大変なことをやってしまったけれども、大切な妹なのよ。だけどね、いくら私たちが薔薇水晶――あなたを姉妹だと思っても、あなた自身がそう思ってくれないことには始まらないの」
「真紅……」
「あ、貴方……眼帯、外したのね。初めて見たわ」
 リミッターが外れてしまっている薔薇水晶がまた泣きじゃくりそうになったのを、慌てて翠星石が止めにかかる。
「ああ、やめですやめです! そーいう辛気くさいの! ほら、もう結構な夜中ですけど、構わんですよ――パーッとやるですぅ!」
 その一声に、さっきからうずうずしていた雛苺と金糸雀は一気にはしゃぎまじめ、S極がN極に吸い寄せられるように薔薇水晶(と、水銀燈)に突進した。
「よかったのよ、ばらしー!」
「お姉ちゃん心配してたかしらー!」
「くるしいくるしい」
「ちょっとアンタ達! 三人分の体重を腹筋だけで支えてる私の身にもなってみなさぁい!」
「えへへー!」
 その間にも知覚できないレベルの速さで行動していた雪華綺晶は、テーブルの上に作ってあった料理を並べ始めていた。今にもつまみ食いと称して全て平らげそうな鬼気迫る挙動である。
 慌てて蒼星石が手伝いはじめた。
「き、雪華綺晶……落ち着いて。まだまだあるから。たくさんあるから! ね!」
「おおおおなかがすいてやややばいですわ……あ、お姉様これって温めます?」
「あー、これとこれはいいですよ。でもこっちはあっためた方が美味しいですね」
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:10:49.60 ID:/uXVjpw30
 流れにおいていかれてあっけにとられる薔薇水晶に、水銀燈がそっと耳打ちした。
「皆ね、あなたのこと心配してたのよぉ……翠星石は遅くなることを見越して、冷めても美味しいメニューを選んでたし。実はケーキも、急いで別のメッセージにしたのよぉ」
「……?」
 二人の姉を首根っこからぶら下げて無理矢理にテーブルまで歩くと、その真ん中にクリスマスケーキだったものが据えられていた。
 ただし、サンタのお菓子がいたところには不自然な空白ができていて(誰かが証拠隠滅に食べたらしい)、チョコでできたメッセージプレートには「メリークリスマス」ではない言葉が躍っていた。

『みんな なかよし』

 自分たちで(雛苺か金糸雀だろう)書いた字らしく、お店のプロがつくるものとは似ても似つかぬたどたどしい筆跡だったが、その言葉は姉妹達の胸に一つの未来を導いていた。
 それは今まで傷だらけになった手を、はねのけていた手を、しっかりと握るための鍵。
 薔薇水晶は、泣きはらした顔をぐいっとこすって、ちょっぴり不器用に笑った。
「ありがと、―――お姉ちゃん」

   +

 死屍累々。
 時計がてっぺんをずっと過ぎてからも騒ぎに騒いでいた姉妹達は、パーティーの片付けはおろか自分たちすらしまわないままに、おのおの床なりテーブルなりに突っ伏して動かなくなっていた。
 特に薔薇水晶、彼女は涙はおろか感情すら眼帯で押さえていたらしく、さらに「もう未成年とかそんなの関係ないよね!」とうっかりチューハイを飲んで出来上がってしまった蒼星石に絡まれ。
 ……酔っぱらったノンリミッター薔薇水晶がどうなったか、おそらく形容できるものはこの世にいないだろう。
 せめて大まかに「銀様はわらしのサンタさんらったのねー! うひひ!」やら「きらきーの太ももぉ! きらきーのふくらはぎぃ!」やら「ツンデレ翠星石先生おいしいれす」などの迷言が飛び出したとだけ言っておこう。
 そして明け方。
 何はともあれ疲れきった薔薇乙女たちの中、大量の翠星石の自信作の大半をぺろりと消費した雪華綺晶が一番に復活した。
「うう……頭痛い……」
 ずるりと乱れた髪が顔を覆うままに床から起き上がった雪華綺晶、その容姿は意図せずおどろおどろしいことになっていた。
 みず……みず……とテーブルの上を探る姿はすでに名作Jホラーである。
 ようやく指先がコップにふれ、誰のものか考えもせずに中に入っている液体を飲み下す。
 どうやらオレンジジュースらしい。アルコールだったら今度こそ彼女は再起不能になっていただろう。
 一息ついて広めのリビング(残念な乙女達が転がっているため足の踏み場はないが)を見渡すと、ツリーの下に八つ、何かが転がっていることに気がついた。それは箱だったり袋だったりと大きさはまちまちで、それぞれ黒、黄、緑……白とそれぞれ違う色をしていた。
(何でしょうか……? プレゼントならもう昨日開けたはずですわ)
 ゆらゆらとJホラー状態で歩み寄り、大して何も考えずに雪華綺晶は大きな白い箱の包装紙を丁寧にはがした。
 ―――何か、見たことのある革製の鞄が現れる。
 抱えられる大きさのそれは、広い面の中央に薔薇のモチーフがあしらわれている。雪華綺晶の鼓動が早まった。
 これは。もしかして。これは。
 震える手で、鞄の留め金をはずす。
 ゆっくりと、開くと。そこには、
「――――お父様」
 純白の雪の中から生まれたような、幻色の人形が横たわっていた。
「私、」
 これは、私だ。
 疲れきって眠りこける姉妹達を起こさぬよう、雪華綺晶は透明な声でそうつぶやいた。
「私……」
 第七ドール、雪華綺晶。その存在は精神のみにして、現実の体を持たず。
 それ故に起こった悲劇。
 しかし、これはそれを食い止めるため、差し出された手だった。優しい手。彼女の父親の手。
 ―――私、今度こそ……今度こそ、いい子になりますわ。
 そっと一粒だけ流した暖かい雫は、ドールのまとう柔らかなレースに音もなく吸い込まれていった。


 さあ、夜が明ける。
 有栖川町八人姉妹の朝がやってくる。


 つづく
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/30(土) 16:11:29.75 ID:TK0ePpeGo
嘘……だろ!? GJ!!!

3ヶ月放置でhtml依頼出されてるけど、どうする? html化は勿体無い
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [yuriyuri]:2011/07/30(土) 16:14:42.18 ID:/uXVjpw30
以上です。
ちょっと話の流れの都合上ベッドの上ばかり描写していたような。ピロートーク回か。
ドール設定を使ってしまっているため、スレ違いと言われるのではないかと危惧してずっと投げていたこの話でしたが、ようやく完成しました。
とりあえず、次回で最終回となっています。
できるだけ早めに投下しないとまた投げてしまいそうなので……頑張ります。
その前に新装版ローゼンとヤンジャンローゼンをそろえてきますね。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/07/30(土) 20:38:58.23 ID:/uXVjpw30
わお、結構ミスが目立つ……
wiki編集時に手直しを若干入れておきます。申し訳ありません。

>>224
html化はもう少し待っていただきたいような……すぐに最終話を投下させていただきたいと思っていますし、まだまだ投下する方もいらっしゃるのではないかと。
使えるうちはキープしておきたいですね。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/30(土) 20:44:32.12 ID:TK0ePpeGo
>>1の代わりに誰が取り消し頼めば良いのやら

下のスレの>>115が依頼出してる
■ HTML化依頼スレッド Part2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1310647825/
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/07/30(土) 21:10:16.87 ID:/uXVjpw30
>>227
とりあえず言い出しっぺの私が取り消ししておきましたが……
管理人さんが気づいてくれるかどうか
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/30(土) 21:11:33.30 ID:TK0ePpeGo
>>228
まあ気づかない事はあまり無いと思います。大丈夫でしょう

続きワッフルします
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/01(月) 01:22:44.26 ID:WY+RjJwwo
まさか続きが読めるとは思ってなかった!
楽しみにしてます!!
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/08/09(火) 21:50:31.45 ID:hoPvEG+60
どうも。続きがある程度出来ましたが、なんと前半だけで驚きの長さ(だいたい第六話と同じくらい)になってしまったので前後編に分けさせていただきます。
後編はもしかしたらかなり短くなるかもしれません。
前編はどちらかというとオムニバス風になっています。
それではよろしくお願いします。
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/08/09(火) 21:51:47.75 ID:hoPvEG+60
『Dolls' House 最終話 ゆめのおわりはいつもまっしろ』


【前編】

 朝。
 その特別な一日は、晴れた藍色の空に吐息が広がるように差し込んでいく朝焼けの光から始まった。
 有栖川町はすっかり雪化粧である。クリスマスからずっとぐずついていた天気は毎日休むことなく家々の屋根に雪を積もらせ、その様はまるで世界に粉砂糖をかけて仕上げをするようであった。
 この明け方も例外ではなかったようで、脱衣所の窓辺に溶けて凍ったざらめ雪の上にまた新しいこなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいいが柔らかく結晶がよこたわっていた。
 そんな光景を乱れた前髪ごしに眺め、青と白のストライプ模様のパジャマ(薔薇水晶一押し)を身にまとった水銀燈は蛇口をひねった。歯ブラシを水流に差し出し、ぞんざいに歯磨き粉を添えてくわえこむ。
「ん! つめたぁ……」
 水道水が冷たいことをようやく思い出し、これから顔洗わなきゃならないのねぇ……とげんなりしながら蛇口を戻す。
 うつらうつらしながら歯を磨いていると、同じくパジャマのままの真紅が眠そうな顔で部屋に入ってきた。やはり起き抜けのようで、いつもツインテールにしている髪をまとめず暴れたい放題にさせていた。
 真紅は先客の姿を開かない目を必死にいつもと同じくらいに戻して確認し、誰か分かったとたんに力を抜いて、その勢いで流れ出たため息にのせて「ああ、水銀燈……」とぼやいた。
 ずいと洗面台に割り込んで歯磨きを始める真紅を鏡越しに睨みつけて、水銀燈も気力が足りていないながらやり返そうと眠気でとろける頭を探った。
 真紅も歯ブラシをくわえ、「つっ……めた……」と顔をしかめる。
「ふふ、おわかはぁん……ふめたいにひあっへるやあぁい(お馬鹿さぁん、冷たいに決まってるじゃなぁい)」
「ほんらろひっへはろらあ。あははらへんはうああいれひょうあい……(そんなの知ってたのだわ。朝からケンカ売らないでちょうだい)」
「あいおぉ、げんひぁぐーぐんやらぁい(何よぉ、元気は十分じゃなあぃ)」
「うるはいろらわ(うるさいのだわ)……ふわ」
「ひょっほ、はいあひひへうとひにあふびひあいろぉ。ああひのいおーほのふへに(ちょっと、歯磨きしてるときにあくびしないのぉ。私の妹のクセに)……ふぁあ」
「ひほのほほいへうはひあらろかひら? ふいいんほー(人のこと言える立場なのかしら? 水銀燈)」
「……ほいうはひゃべららいの(というかしゃべらないの)」
 不毛な会話に嫌気がさしたか、鏡に映るお互いの間抜けな姿に戦意喪失したか、二人は同時に口喧嘩の邪魔翌立てをするものを吐き出した。タイミングぴったりでコップをつかみ……当然のように、水道の取り合いになった。とはいえ、まだ七時にならず姉妹達は二人以外誰も下りてきていないため無意識のうちに小声での罵り合いが始まる。
(ちょっとぉ……私が先にいたんだから譲るべきでしょぉ?)
(なによ、そんなの理由にはならないのだわ)
(とにかく妹なんだし譲りなさぁい)
(お姉様なら譲るべきじゃないかしら)
(今日はヤケに早起きね真紅ぅ。どっかの眼鏡ボウヤの所に遊びにいくのぉ?)
(そっ……!)
(もらい)
(あっ)
 余裕しゃくしゃくで眉を片方だけつり上げながら水銀燈はコップに水を注いだ。小馬鹿にするような笑顔でそれを口に含む水銀燈を睨みつけながら真紅は三秒ほど絶句していたが、反撃を思いつかなかったのか渋々蛇口に手をかけた。
「そもそもね水銀燈」
「んん?(うがい中)」
「こんなことでもめたって仕方ないでしょう」
「……ふぅ。まあ私たち仲が悪ぅいものね」
「あなたは……(うがい中)」
「で、結局あの子の所に行くんでしょお?」
 水銀燈の再攻撃に吹き出しかけたがかろうじて持ち直した真紅は、早々にうがいをすませて鏡に映る水銀燈の目を覗き込んだ。
「でもあなただって行くんでしょ、めぐのところ」
「そうだけどぉ? 何ともないわよぉ」
「せいぜい、帰ってきて開口一番『もうアリスになれなぁい……』だとか抜かさないようにすることね」
 水銀燈の顔がこわばった。やや思い当たる節があったらしい。むしろそのことをまっさらに忘れてから見舞いにいくつもりだったようで、空のコップを持つ手が小刻みに震えていた。
 水銀燈をこれほどまでに怯えさせるめぐの所業とはいかに。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/08/09(火) 21:52:44.75 ID:hoPvEG+60
 それっきりでむっつりと口をつぐんだ因縁の二人は、おのおの櫛を力強く握って腰まで届くほどの長さを誇る髪を整えていた。
 先入観に歪んだ視線を通してさえ美しいと感じるウェーブのかかった髪を水銀燈が何となく眺めていたとき、真紅が櫛通りの悪いところにひっかかり苦戦し始めた。
 いつもなら解けるまで面白おかしく眺めてやろうと腕をこまねく水銀燈だったが、今日は珍しく「ここ、絡まってるわよぉ」と手助けに入った。
「あら、ありがとう」
 こともなげに水銀燈を一瞥して真紅は礼を言って、また沈黙。
 彼女は密かに水銀燈の髪も絡まらないかと期待していたが、そんな反撃の機会は淡く消え去っていった。水銀燈は櫛を置いて顔を洗い出す。肩がびくりと跳ね上がった。
 遠くで目覚まし時計がなる音がした。
 なかなか鳴り止まない。寝床から抜け出さずにどうにか止めようと奮闘しているようだ。
 何かがずり落ちる衝撃が降ってくる。……結局、失敗したようだ。
 一拍おいて、せわしないアラームが黙る。
 真紅は一瞬悩んでから、ぽつりとつぶやいた。
「……今日、なのね。水銀燈」
 うう、とうめきながら顔を上げてタオルを探る水銀燈に真紅がタオルを差し出す。ありがと、とそれを広げて顔に当てる。水銀燈はそれを無視してしばらくあー冷たかったぁ、などとこぼしていたが、威勢のいい文句の勢いはなくなってゆく。
 そしてタオルを真紅に返し、彼女と目が合いかけてふいとそらす。
「……まあ、そうなんでしょうねぇ」
「やっぱり。みんな分かっているとは思うけど……確認しておきたかったのだわ」
「ま、考えない方が楽よぉ」
「考えてたからこそ、こんな時間に起きてるのにね。私たち」
「お馬鹿さん同士よぉ」
 鏡に向かって最後の確認をする水銀燈は、親しげに、それでいてじゃれるように鼻を鳴らした。真紅は怒ったふりをして水銀燈のしたり顔を頬をつねり、キメ顔の妨害にかかった。
 何しやがるのぉ、と水銀燈がすかさずカウンターつねりを繰り出す。互い違いに顔を引っ張り合う形で数秒固まる。お互い道化じみた顔で向かい合うことになり、最初はにらみ合っていたが、こらえきれずすぐに二人は笑い出した。
 ばっかじゃないの!? それはアンタでしょぉ! と頬を放した手でお互いの腕をはたき合って声なき声で笑い転げていると、先程の目覚まし時計の主がゆっくり動き出す気配が天井から伝わってきた。
 こんな姿を他の姉妹に見せる訳にはいかないという認識は一致したらしく、笑いの余韻を引きずる二人はなんとか口元を引き締めて身支度を済ませる。
 大急ぎで顔を洗った真紅が、部屋を後にしようとする水銀燈の背中に投げかける。
「あ、今日、お昼には帰ってきてね。みんなで買い出しにいくから」
 やれやれと水銀燈は手をふった。つまりは銀様カーの出動命令である。
「はいはぁい……また除雪だわぁ」
「どうせこれから乗るでしょ。変わらないのだわ。──それと、水銀燈」
「なによぉ」
 タオルを首からかける真紅は、握手とはまた違った角度で手を差し出してきた。指先は上、手のひらは水銀燈より。チョップでも仕掛けてくるつもりぃ? と挑発する猫なで声は飲み込んで、仕方なさそうに水銀燈はその手に同じ角度で平手打ちをした。
 ぱん、と小気味良いやりとり。
 そのまま無言で立ち去る水銀燈、タオルを洗濯かごに投げ込む真紅。二人の顔は、目覚めたての時よりは幾分かはっきりして、そして少しだけ苦笑が浮かんでいた。
 晴れた一日がくる予感に満ちている。
 今日は、大晦日だ。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/08/09(火) 21:53:11.43 ID:hoPvEG+60

   +

 見慣れたその個室では、やはり彼女が唄を歌っていた。
 カーテンを引いて覗き込むと、開け放たれた窓から鼻先を斬りつけるような冬の風が水銀燈にぶつかってきた。
 風の流れが若干変化したことに気づいためぐは、唄の続きを急いで畳み込んで嬉しそうに振り返ってくる。その頬は秋に「最近調子が良くなくて」と言っていた頃よりはずっと血色が良く、水銀燈は内心でそっと安堵の息を漏らした。
 顔のゆるみが読み取られたらしい。めぐは、おはよう水銀燈来てくれたのねと形式的に言い置いてからでデヘリと笑って水銀燈のほうへ身を乗り出してきた。
「なあに、私が生きてたから安心した?」
 相変わらず水銀燈の気の緩みにめざといめぐに、彼女も通例の「んな訳ないでしょぉ」を返してから手近なパイプ椅子を開いた。
 鞄をあさって、ヤクルトを二本出して片方をめぐに差し出す。
「ん」
「わ、ありがと。この飲んでも飲んでも喉が潤わない感覚が病み付きになるのよね」
「もとから病み付きだけどねぇ」
「それ禁句。でも、前よりはずいぶん顔色良いでしょ」
「そうだけど……寒くて赤くなってるでしょ、ほとんど。さっさと窓閉めなさいよぉ」
「良いじゃない別に。大晦日の浮かれた町を見下してやるのは私の仕事」
「さいあくぅ。ハタチまで病人やってるから根性曲がるのよ」
「へへ。長生きするほど根性は曲がってくものなのー。……それに、こうして窓を開けてると水銀燈は必ず来てくれるのよ。唄もつけると効果抜群」
「ふぅん? なんかの召還術ぅ?」
「あは、どうだろ。でもなんだかこうして窓を開けておくと、そのうち窓から水銀燈が来そうな気がして。不思議よね」
 ヤクルトの容器を傾けながらめぐは枕の下を細い手で探った。取り出したのは彼女の手のひらに収まりきらないほどの大きさの黒い羽だった。
 一瞬あっけに取られて水銀燈は絶句した。色々と言いたい言葉が喉元までせり上がってきて、慌ててヤクルトで全部を胸中におさめる。
 そんな彼女の反応が予想外だっためぐの頭の中に、何か悪いことでもしたかとわずかな罪悪感が生まれたが、めぐはそれを取って食うようにくるりと羽を指先で回した。
「あの……水銀燈? どうしたの? これ苦手? ねえ苦手?」
「おばかさぁん! 鳥の羽なんてどってことないわよぉ……それにその羽、よく見たらカラスじゃないの。全くびっくりさせるんだからこの子は」
 ぶちぶちと悪態をつく水銀燈にめぐは首を傾げた。
「黒い鳥なんてカラスしかいないけど……」
「いるのよぉ、私、一羽だけ知ってるわぁ」
「へえ?」
「……何でもないわよぉ。ほら、早いとこ窓閉めて。アンタどころか私も風邪引くからぁ」
「はーい」
 朝の日差しが覗き込むように差し込んでくる。町に連なる白い屋根がそれを反射して、病室の天井までまぶしく照らしていた。
 あ、窓重っ! チックショ! 重ッ! と窓枠に手をかけて悪態(対看護婦さん用に鍛えた)をつきまくるめぐを無視して、水銀燈は町を眺めた。
 普段はめぐをかわすことばかり考えているためにあまり気にかけたことはなかったのだが、この部屋は水銀燈の知る中で一番高く見晴らしの良い場所だった。
 めぐの父親がここに個室を移したと、かつてめぐは言っていた。

 愛されているのね。お父様に。めぐ、あなたはそれに気づいていないのだけれど。
 ──気づいたら救われる?

 閉め切った窓ガラスにそっと手を添えるめぐの面持ちは冬の気配がしみ込んで陰っていた。すがめる目には水銀燈と同じ景色が映り込んでいる。
 一年の最後の一日。
「……もっと大きかった気がするわぁ、この町」
「そうかな。そう……かもね。体ばっかり大きくなって」
「本当にねえ」
「そうそう、そこのすぐ下に昔教会があったわよね」
「ああ、あの廃墟じみてた所ぉ?」
「ん。あそこ、昔病室を抜け出して二人で肝試ししたの……覚えてる?」
 水銀燈は少し考えて、懐かしそうに苦笑いした。──確かに知ってるわぁ、その記憶。
「覚えてるけど、そうねぇ」
 ぎ、と椅子に座り直し、少々つやっぽく足を組み替えてから水銀燈は言い放つ。
「何か奢ってくれないことにはねぇ」
「んー? 銀様はリンゴはお嫌いかな?」
「嫌いじゃないわよ」
「剥かせていただきます」
「いい子ぉ」
「……よかったの? こんな年末に妹さんたちほっぽりだして」
「あとで大仕事が待ってるから良いのよぉ。今日は、昼までずっと付き合ったげる」
「本当!?」
「そ。だから今日はうんと話しましょうねぇ」
「やった! デレきた!!」
「ちょ、何言ってんのよお馬鹿さぁん!」
 大喜びでナイフを取り出しリンゴを剥くめぐに呆れた、本当に病人なのぉ? と吐き捨てて水銀燈は膝に頬杖をつく。
 そして思った。
 ──仮に、めぐがローゼンの作った幻影ではないとして。
 今ここにいるめぐが、自分と同じように夢を見ているものだとして。
 こうして親しく話したことを、彼女が覚えていればいい。
 そうすれば、前よりは素直に笑える気がする。
「さ、水銀燈! リンゴ食べる? できれば上目遣いで。ちょっとだけ苦しそうに」
「めぐ……」
 ……やっぱり無理かもしれない。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/08/09(火) 21:54:20.37 ID:hoPvEG+60

   +

「暇ね」
「暇だな」
「……もっと遅く来ればよかったのだわ」
「何だよ」
「何でもないわ。……年末でも何も変わらないのね、この家は」
「……だいたいなんだってんだよ、うちに急に押し掛けてきてさ。姉ちゃんが勘違いして出かけてっちゃったじゃないかよ」
「本当ね。のりは相変わらずのようだわ」
「そっちじゃなくてさ……」
「何? 別にいいでしょ、私がここに来たって」
「よかない! こっちにだって色々準備があるだろ! 部屋だって片付けてないし」
「あら、私が来ると知ってたら片付けてくれてたの?」
「……誘導尋問だぞ、これ」
「ただの墓穴だわ」
「くっ」
「とりあえず紅茶を淹れてちょうだい」
「今ちょっと手が放せない」
「……」
「あ、コード抜くなよ! 絶対抜くなよ! 分かったから、今淹れてくるから」
「賢明ね」
「懸命なんだよ」
「バカなこと言ってないでさっさとしなさいな」
「上から目線で……ちくしょう」
「何か言った?」
「いーえー。いってきます」
「……ジュン」
「何だよ」
「抱っこして頂戴」
「………」
「………」
「……はぁあ!? 無理に決まってんだろ! お前は何か!? 幼稚園児か!?」
「ちょっと! そこまでは言い過ぎなのだわ、無礼ね! 何なの下僕のくせに」
「下僕って……というか、そんなこと急に言うなって」
「照れてるの?」
「照れてない」
「恥ずかしがらなくても良いのに」
「そんなことない!」
「あら怖い」
「こいつ……」
「さ、早く紅茶を。セイロンがいいわ」
「………」
「!」
「………」
「………」
「……持ち上げるのは無理だけどな。これでいいだろ」
「………」
「照れてるのか?」
「照れてない」
「恥ずかしがらなくても良いんだぞ?」
「そんなことないのだわ!」
「……今度こそ、紅茶淹れてくるから」
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/08/09(火) 21:55:28.46 ID:hoPvEG+60

   +

「………ふー」
 全工程を完了した薔薇水晶は、今まで押さえ気味にしていた呼吸を取り戻すように一気に息を吸って、天井に向かって吹き上げた。
 机の上には紫色のアッガイが誇らしげに立っている。
「終わった……」
 前方にぐっと拳を突き出して、同じく前に向かってポーズを決めるアッガイと触れ合った。
 自分の分身だから、薔薇水晶の感慨もひとしおである。
「へぶす! ……さむ」
 埃が舞わないようにと自室を閉め切り、スパッツとタンクトップだけ身にまとって作業にあたっていた薔薇水晶だったが、気が緩んでようやく本来の室温を思い出したらしい。
 得体の知れないくしゃみを一つ、椅子にかかっていた毛糸のセーターを羽織って換気にかかる。窓辺は少し凍っており、力をかけるとバリバリとはがれる手応えがあった。
 魚のように滑らかに風が入り込んでくる。そろそろお昼だ、屋根のヘリからゆっくりと歩く程度の早さで雪解け水が滴っている。いい天気だ。
 庭の雪はまだふかふかで、ひとまず溶ける様子はない。──買い出しから帰ってくるまでに、このままで残ってるといいな。溶けると、雛苺、泣くだろうし。
 そこで大喜びで跳ね回る姉達を想像して、ちょっと高校生にしては子供っぽいなどと考えて微笑んでいると、ドアから軽やかにノックが突き抜けてきた。
「……どーぞ」
「お邪魔するかしら……ってばらしー! 生足! 生足!」
「なに……せくしーばらしーの……魅力に、気づいた?」
「そーじゃないかしら!」
 ドアの前に立つのは、全身ぬかりなくもこもこに着膨れした金糸雀だった。本来外出用のはずの綿入りジャンパーの下には薔薇水晶と同じような毛糸のセーターを着ているが、首にはYシャツの襟元が見え隠れしていて、しかもおなかの膨れ具合を見るにおそらく腹巻きまで完備しているようだった。ズボンの上からレッグウォーマーを装備して冷気を遮断し、さらに厚手の靴下、もふもふスリッパを履いているあたり、実に冬装備のプロである。
 そんな自分よりも少しだけ背の低い、冬山にでも登りそうな姉をじっと眺めて薔薇水晶は、
「……体隠してデコ隠さず」
「ツッこむとこそこかしらー!!」
ニヤリと笑った。
 おデコは寒くないんだもん、慣れてるんだもんとしきりに気にしながら金糸雀は暖房のスイッチを入れた。薔薇水晶は「久しぶりの外気だったのに……」と不満げに窓を閉めた。
 そして何故かセーターを脱ぎだす。
 戦慄する金糸雀。
 あられもないというよりはだらしのない、とにかく露出の多い薔薇水晶を必死に止めながら、金糸雀は懇願した。
「お願いだから、お願いだからそれは着ていてほしいかしら!」
「ええ……どうして……素肌に毛糸、痛い」
「だったら何で素肌で羽織っちゃったの! そっちのほうが気になるかしら」
「……脱ぐよ」
「やめて、見てるだけで寒い」
「……まさか敏感肌ちくちくプレイ?」
「な、何言ってるのかしら!」
「仕方ない……別の着る」
「ぜひそうしてほしいかしら。できれば下も、も少しあったかくね」
「はーい……金糸雀、そんなに寒がり、だったっけ」
「受験生は寒がりなものと決まってるかしら」
 のろのろと立ち上がりクローゼットの物色にかかる薔薇水晶の後ろ姿をほっとして眺め、根拠のない知識を披露しながら金糸雀はしもやけ気味の指先を温めるようにこすった。
 そしてお腹のあたりを探り始め、何かを取り出した。
 ……かっぱえびせん。のりしお味。
 膨れていたのは、腹巻きのせいだけではなかったようだ。
 少しは冬耐性をもつ装備に変えた薔薇水晶は、その取り出す一連の動作を眺めて、
「……えびせんは、孵らないよ?」
「そうそう、わたしカナリアだから……って孵化させたかった訳じゃないかしら!!」
ニヤリと笑った。
 ノリツッコミにどっと疲れを覚えた金糸雀だったが、ふぅと一息、薔薇水晶に問いかけた。
「開けていい?」
「いいけど……どうしたの、ここ来て」
「ちょっと構ってほしかっただけかしら。あと、この前の差し入れのお礼」
「構ってちゃん……」
「ふふ、そうかもしれないかしら」
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/08/09(火) 21:57:19.40 ID:hoPvEG+60
 バリ、と袋を開けて、金糸雀は目の前のちいさなテーブルにえびせんをおいた。所々に薄紫、濃紫の塗料が散っている。それに気付いて不思議そうに眺める金糸雀に、ああ、それねと薔薇水晶は笑った。
「アッガイ、作ってたから。新聞紙引くのわすれちゃってて…」
「あ、そっか。完成したかしら?」
「うん」
 机の上に立つアッガイを指で示してから、全コンプ、全コンプと唱えてそれを持ち上げ、本棚のアッガイシリーズの一番端に並べた。
 九体。壮観である。
 ほぉー、とまた不思議な歓声を上げて、金糸雀は薔薇水晶に笑いかけた。
「仲間入り、かしら」
「……えへ」
 テーブルの脇に座って、薔薇水晶はひとつえびせんをつまんだ。さくさくと気持ちのいい音を響かせながら本棚を眺める。
 まだスプレーのにおいがすこしだけ残る部屋で、ぼわぼわと暖房だけがせわしなく働いている。
 居間の方から家に残った姉妹達がにぎやかに言い争うのが聞こえてくる。
 ドアが開く気配。出迎えに出た誰かがまた「真紅ー! しっかりー!」と悲鳴を上げている。また真紅が「例の風邪」をぶり返したのだろう。午後には熱が引いているようにと、薔薇水晶はこっそり祈った。
「まだ水銀燈、帰ってこないかしら」
「……きたら買い出し、だね」
「ね! 楽しみかしら」
「……勉強、いいの?」
 その言葉に、九ヶ月で培った反射神経が「だ、大丈夫かしら!」の返答を形作りかけたが、金糸雀は一瞬考えてから首を振った。
「そ、その手にはもう乗らないかしら」
「あ、そっか……」
「あればらしー、素で忘れてたかしら?」
「うん」
「受験はもうないから、やりたい放題かしら!」
 得意げに話す彼女の目元にはクマがうっすら残っている。どうやら今まで溜めていた娯楽を全て消費しにかかっていたらしい。
 ……むしろ逆であるべきでは、と薔薇水晶は言いかけたがやめておいた。
 だんだんとえびせんがクセになり、二本三本一気食いを始めた二人はしばし無言になった。四本。まだいける。五本。さすがにきついかしら。六本。顔ヤバい。
 超ペースで消費されるえびせん。当然、すぐになくなってしまう。残りが一本だけであることに気付き、二人は手を伸ばしかけた体制で静止した。
 空気が張りつめる。
 牽制。
 視線がぶつかる。
 目を閉じる。
(さぁ……えびせんゲームを、始めましょう……)
(守らなきゃ……カナにできるのは、のりしおを守ることかしら!)
 二人は某アクション映画のように気で闘っていた。
 身じろぎすら許されないような空気。
 加速する暖房!
 上昇する室温!
「……もらうね」
「ちょ、反則かし」
「えい」
「ああああああ」
 飽きたらしい薔薇水晶があっさりと最後の一つをかすめ取り、暖房のスイッチを切った。さすがの金糸雀も暑かったらしく、とくにそれには文句も言わず、無言で上着を何枚か脱いだ。
「……えびせん、ごちそうさま」
「一人で食べると、ニキビできちゃうかしら。だからいいの」
「ツンデレ……」
「それは水銀燈か翠星石かしら」
「……ツンデコ?」
「こら! お前もデコ人形にしてやろうかしら!」
「いやんやめて」
 プロレス技をかけるようにぶつかってきた金糸雀の勢いをもろに受けて、薔薇水晶は座った体制から仰向けに床に転がった。しかし金糸雀は、
「あー……技なんて知らないかしら……」
何も考えていなかったらしい。
 とりあえず同じように仰向けに寝転がって、一緒に天井を眺めた。外が明るいから、電灯はつけていない。
 雀が近くの電線でさえずっている。
 玄関では「ち、違うのだわ! そんなことないのだわ!」という裏返った声が響いている。ようやく真紅が正気に戻ったらしい。純情な五女を三女がいじり倒す様子が手に取るように分かる。
 えびせんのせいで指先がざらざらしている。
 床はちょっとだけ冷たい。硬くて寝そべるにはあまり褒められたものではない、カーペットも何もない打ちっぱなしの床だったが、二人はあまり気にしていなかった。
「プロレス技かけるなんて、キョーダイっぽいのに。チェック漏れかしら」
 ぽつりとつぶやいた言葉は、天井に届くまえに散ってしまう。
「よくよく考えたら、不思議かしら。八人姉妹で、一番上と下が五歳しか違わないなんて」
 いろんな感情が混ざった瞳を薔薇水晶に向けるが、眼帯をしている方の横顔だったので、金糸雀は彼女の目を見ることができなかった。
 そんな雰囲気を読み取ったのか、ぐりんと顔を金糸雀の方に向けて薔薇水晶は断言した。
「……夢だし」
 言ってみれば簡単なことだ。そう続けるように再びニヤリとする薔薇水晶。金糸雀はその妙にしっくりくる言葉に吹き出した。
「……かしら!」
「ね」
「それにしてもばらしー、さっきの振り向き方ちょっと怖かったかしら。まるで昔の水銀燈みたい」
「昔……」
「おっ? ばらしー、知りたいかしら?」
「知りたい……!」
「そのまえに何か言うことないかしら」
「おねがいお姉ちゃん……」
「もう一声」
「お帰りなさいませご主人様」
「何でかしら!?」
「お願いします……お姉様ぁ……」
「あ、ちょ、ちょ、そっ、何触って! こ、こら」
「……茶番はともかく」
「はいはい、分かったかしら……ふぅ。それで、昔水銀燈はね……」

 その後、いやあああああんたまんないいいいいいい、という叫び声が家中にとどろいたことを水銀燈は知る由もない。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/08/09(火) 21:58:42.05 ID:hoPvEG+60

   +

 水銀燈が帰ってくるまえに、家の前の雪をお掃除しておくの! と、雛苺が言い出したため、真紅をリビングに持ち運んでソファーに落ち着けた後、翠星石と蒼星石をキッチンに残し、雪華綺晶は彼女と共に銀世界へ繰り出した。
 余程面倒だったらしい、車の上の雪をざっと脇にどけて、ろくに雪かきもせず発車した跡が玄関前にありありと残っていた。除雪の手間はその分増えているのだが、「わー! 水銀燈がまっさらなとこ残しといてくれたのー!」と雛苺が喜んでいるため不満はない。
 足跡の残っていない白銀に身を投げ出そうとする幼い姉を引き止める。
「ん? なあにきらきー」
「それはまた後のお楽しみですわ。さ、お仕事しましょ」
 玄関脇の収納からママさんダンプと小さめのシャベルを取り出し、後者を雛苺に渡した。渋々受け取る雛苺。雪を片付けてしまうのがやや寂しいようだ。
「うー……きらきーは妹なのにしっかり者なの」
「伊達にアレだけの量、食べてませんわ」
 妙な根拠に胸を張る雪華綺晶をよそに、雛苺は「シャベル装備! これでヒナ無双なの!」とさっきの憂鬱はどこへやらテンションだだ上がりで雪かきを始めた。
 日差しは照りつけているものの、膝まで積もった雪にはかなわない。溶けることなく残った雪は、表面がダイヤモンドのかけらを散らしたようにまぶしく輝いていた。
 それらの光を一身に受けて、雪華綺晶の色を忘れてしまったかのような純白の長い髪がなびく。
 だいぶ雪も片付き、かまくら作りにちょうど良さそうな山が出来上がった頃、雛苺は軽やかにママさんダンプを操る雪華綺晶を見て顔をしかめた。
「きらきー……まぶしいのよ」
「あっ、ごめんなさいお姉様。……といっても」
「そうね、きらきーのせいじゃないものね。でも」
 でも、の次に何が続くか予想できず、雪華綺晶は雛苺の目を内心不安に思いながら見つめた。
 強い光にゆがめていた顔が、柔らかく緩んだ。
「とってもきれいなのよ。羨ましいの」
「……お姉様」
 ママさんダンプに乗っていた大量の雪を全力でひっくり返して雪山にのせ、雪華綺晶は嬉しいのともっと別の何かに突き動かされて雛苺に抱きついた。
「お姉様。私、ボディについて褒められたの、多分始めてですわ」
「き、きらきー、何だか誤解を招きかねない発言なのよ」
「いいの! いいのよ! だってあなたは特別!」
「きらきー! ストップストップ!」
 何かおかしな方向に進みつつある二人を引き止めたのは、
「……あの」
「あっ」
 雛苺の親友、柏葉巴だった。
 ダッフルコートを着込んで買い物袋を下げる巴は、玄関先でじゃれあう二人を遠巻きに覗き込みながら苦笑いした。
「……お久しぶり、雛苺。それと雪華綺晶さん」
「ト……っ」
「お久しぶりですわ。柏葉さん」
 優雅に体制を整え会釈する(しかし隣にはママさんダンプ)雪華綺晶の隣で、雛苺は喉を詰まらせたように立ちすくんでいた。
 何も言えなくなっている雛苺に、巴は買い物袋をちょっと上げて微笑んだ。
「大掃除してたら、ゴミ袋が足りなくなって。買い出しついでに通りかかったの」
「トモエ……」
 出てこない言葉のかわりに雛苺は巴に駆け寄り、勢いよく抱きつく。
 困惑しつつも巴が雛苺の頭をなでてやると、雛苺は半べそになって数ヶ月分の不満をぶつけ始めた。
「トモエのばかぁっ!! ばかぁ! なんで会いにきてくれないの! ヒナ会いたかったのに! ばか、ばか!」
「ご、ごめんね、雛苺、私……」
 巴があやすように雛苺を抱きしめると、雛苺は縋るように一層強く抱きついてきた。
「高校がバラバラになると、寂しいね。部活も忙しくて、帰りは夜になっちゃうし。ごめんね、会いに来れなくて。ごめんね、ごめんね……」
 巴は有栖学園に入学しなかった。私立よりは公立がいい、部活も真剣に続けられる硬派な学校がいい、と彼女の両親が取り決めたためである。
 そのため雛苺とは滅多に会えず付き合いが疎遠になってしまい、高校には姉妹がいるものの雛苺はこのことをひどく寂しがっていたのだった。 
 最後にあったのは祭りの時。夏ぶりの再会である。
 雪華綺晶はママさんダンプをつかみ直しながら首を傾げて微笑みながら巴に目配せした。
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/08/09(火) 21:59:22.17 ID:hoPvEG+60
「でも、年末のごあいさつができてよかった」
 巴が雛苺の顔を覗き込む。今にも涙がこぼれそうな顔で雛苺はすねていたが、気持ちの整理がついたのか、両手の手袋でそれを隠すようにぬぐった。
 そして、また笑顔。
「そうなの。今年中に会えなかったら、どうしようって思ってたのよ」
「うん……本当に、良かった」
「 か し わ ば と も え さ ん ? 」
 いいムードになっていた雛苺と巴の間に、不気味な北風が通り抜けた。
 風上には、雪華綺晶。
 その長く美しい髪が、風に煽られて広がる。
 まるで威嚇するように。
 ぎらりと歯を見せて笑い、巴にささやくように話しかける。
「大掃除の途中ではなくて?」
 その金色の、それ自体暗闇のなかでも光を放ちそうな隻眼に射抜かれた巴は、まるで「時間切れですわよ」と語りかけられているように感じた。
 しかし巴も負けてはいない。
 剣道の修練で養った威圧を最大限生かし、雛苺を放しつつ「そうね……忘れるところでした……ありがとう、き ら き し ょ う さ ん」と余裕たっぷりに返した。
 それじゃ、ほんとに帰らなきゃ。とまた道路に出た巴を、雛苺は慌てて見送りに出た。それを雪華綺晶も追いかける。
「それじゃあ、また」
「トモエ! またね!」
「帰り道に気をつけてくださいましー」
 脅しともとれる台詞を吐く雪華綺晶。
 歩いてゆく巴を雛苺はしばらく見つめていたが、ある時なにか決心したように叫んだ。
「トモエ!」
「なにー?」
「トモエは、次に──次にヒナと会えた時も、ヒナのお友達でいてくれるかしら!」
 巴はその問いかけにきょとんとしたが、すぐに彼女なりに納得したらしく、雛苺と同じように声高に答えた。
「当たり前でしょう! 来年も、再来年も、友達でいて!」
 その答えに雛苺は今にも泣きそうな顔をして、それでいて破顔した。
 持っていたシャベルも投げ出して、両手を振る。
「良いお年を! 良いお年を、トモエ!」
「ええ、良いお年を!」
「良いお年を迎えやがれですわ!」
 それとなく悪意をにじませて雪華綺晶も彼女を送る。
 彼女が道の角を曲がり見えなくなったとき、雛苺は振り返って雪華綺晶に抱きついた。顔が見えないように伏せたままぶつかってきたため、雪華綺晶は若干太い声を漏らした。
「ゔ! お、お姉……っ」
「──泣いてないのよ!」
「?」
「ヒナ、泣いてないのよ! お姉ちゃんなんだもの! ぜんぜん平気なのよ!」
「お姉様……」
「それとねきらきー、いもーととしんゆーは比べられないのよ。どっちも大好きなの」
「あ、……もしかして、バレてました?」
「バレバレなのよ。ケンカしちゃだめ」
「だって」
「言い訳きんし!」
「は……はい……」
 雛苺が雪華綺晶をやりこめて、雪華綺晶がそれとなく雛苺を堪能していたその時、遠くから雪を蹴散らして走るワゴンのエンジンのうなり声が聞こえてきた。
 それは家の前の道路をまっすぐに走りこちらへ近づいてくる。
 そして、姿を現したのは。
「うちの車なの!」
「ちょっとぉ、私の車でしょ?」
 車の窓を開きながら異議を申し立てる、水銀燈だった。
「お姉様方ー! ばらしーちゃーん! 黒薔薇のお姉様がお帰りです!」

   +

「さてと。うちにある材料はこれで全部ですね」
「姉さん、小麦粉が見つかったよ」
「おおでかしたですぅ蒼星石!」
「えへへ」
「……できれば期限が切れてなければ、もっとよかったですけど」
「えっ!? あ、本当だ。去年までのだね……ごめん、翠星石」
「翠星石じゃなくて姉さんがいいです」
「え、わ……わかった」
「それじゃ、メモに線をひいて、と」
「よし! 買い物のメモ完成!」
「さすが我が妹ですぅ」
「ね、姉さんがほとんどやったんだからね!」
「ふふ。そうですけど、翠星石はやる気がなきゃここまでやらないですよ」
「まあ、確かに。やる気のない姉さんはひどいからね」
「ひどいって……うう」
「ごめんごめん」
「とにかく、蒼星石がいるから、翠星石は頑張れるんですよ」
「……姉さん」
「なんてね、ですぅ」
「……あれ? 姉さん、水銀燈、帰ってきたよ」
「やーっとですか! 全く待たせやがるですぅ。いくですよ」
「うん。……姉さん」
「何ですか?」
「手、つないでいい?」
「アタボーですぅ。──もう放しませんからね」

【後半、全員集合編に続く】
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2011/08/09(火) 22:03:10.90 ID:hoPvEG+60
以上です。
>>232で「こなああああああああああああゆきいいいいいいいいい」となっていますが「こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい」だと思ってください。凄い仕様だ……
相変わらず長い上にぐだぐだですみません。
後編はもうすこし待っていてください。それでは。
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/09(火) 22:03:56.53 ID:fxXJ2COEo
乙〜
最終話か……
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/08/09(火) 22:12:25.41 ID:hoPvEG+60
あ、しまった。「粉/雪」です。
本当に凄い仕様ですな。
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/08/09(火) 22:15:29.33 ID:fxXJ2COEo
sagaれば解決な……
粉雪
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/10(水) 11:59:58.08 ID:xHOCLCAIO
おつおつ
最終話も楽しみ
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/16(火) 21:33:33.13 ID:wu75/nmf0
ようやく完成しました、ドールズハウス最終話の後編です。これで本当に最後です。
まさか前編と全く同じ量になるとは思ってませんでした。
真夏になんで年越しの話を書いているんだろうとか度々疑問に思ったりなんだり。
あと毎度ながら百合要素が入っています。銀薔薇好きなんですもの。
それでは投下させていただきます。
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage yuriyuri]:2011/08/16(火) 21:34:35.69 ID:wu75/nmf0
『Dolls' House 最終話 ゆめのおわりはいつもまっしろ』


【後編】

 お昼くらいは許すですよ。今日の夕飯はフル稼働なんですからね。と宣言し、翠星石がワゴンに積み込んだのは膝に乗る程度の編みバスケット。隙間からちらちらとアルミホイルが見え隠れしているが、これより大きなサイズの入れ物がなかったのだとか。
 このあたりで一番大きなデパートに行くために八人姉妹がみっしりと乗り込んで出発して十分後、早くも辛抱ならず手の震えが止まらなくなった雪華綺晶は後部座席のバスケットに忍び寄っている。
 何とか守り抜こうとそれを抱きかかえてにっちもさっちも行かなくなった翠星石との攻防が始まり、車内はすでに混沌の様相を呈していた。
 あの秋の大惨事ドライブから色々な変遷があり、結局席の並びは運転手水銀燈、助手席に薔薇水晶、真ん中の列に雪華綺晶と真紅と蒼星石、後ろの列に翠星石と雛苺と金糸雀という編成で安定している。
「まだ十二時になってないです待ちやがれです! 酒の切れたアル中ですか!」
 彼女としては、午前中の食事はお昼ご飯ではないらしい。
「お姉様……翠のお姉様ぁ……あぁ……」
「いいいやああ、なんでわざわざ髪の毛を前から垂らすですか!? なんでその隙間から目を見開いてこっち見るですか!?」
「二人とも騒がしいわよ。少しはおとなしくして」
 優雅に目を閉じながらペットボトルの紅茶で唇を濡らしているのは真紅。隣で膝立ちになって翠星石に手を伸ばす雪華綺晶の太ももの裏側を幼子にするようにぴしゃりと叩いて戒めた。
 きゃ、と驚いた雪華綺晶は頬を赤らめて「お姉様ったら……ダイタン」とあらぬ方向へ暴走し始める。その方面について免疫のない真紅がムキになって反駁しようと姿勢を崩したところで、蒼星石が「ストップ、ストップ」とこめかみのあたりを触りながら止めにはいた。
 むう、とむくれた雪華綺晶は進行方向に向き直ってすとんと座り直した。後ろではようやく敵襲が収まって安心した翠星石が、牽制か何かはよくわからないが「ですぅ!」と鼻息荒く言い放った。
「赤薔薇のお姉様をからかうの、楽しいんですのよ……」
「雪華綺晶、姉をからかうとはいい根性ね」
「太もも程度でそんな、大慌てして。ふふふ」
「だ、だって貴方が変なことを」
「青薔薇のお姉様、どう思われます?」
「はは……どうだろうね。姉さん、まだ食べちゃだめなの? もうほとんど十二時だよ」
 頑なになっていた翠星石は蒼星石に覗き込まれて「むぅ……」と揺らぎ、背もたれの上にちょっとだけ顔を出しながら水銀燈の方を伺った。水銀燈は助手席に居座りちょっかいを出してくる薔薇水晶を受け流している真っ最中である。
「水銀燈……あとどれくらいで着くですか」
「んー? そうねぇ、あと十五分くらいね」
「……じゃいいですよ、お昼にしますか」
「お姉様! お姉様! 愛してますわ!」
「アンタはいっぺん落ち着くですぅ!」
 子猫のように威嚇する翠星石の横で、座席の後ろに挟んであった雑誌を仲良く一緒に眺めていた雛苺と金糸雀は、「毎度毎度、戦争かしら」「姉妹は食べ物でモメるものと相場が決まってるのよ」と頷き合った。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage yuriyuri]:2011/08/16(火) 21:35:02.02 ID:wu75/nmf0

   +

 やや混み合う駐車場に車を止めて、その中で翠星石特製おにぎりをかじる姉妹達は、今回の大掛かりな買い出しのまとめ役・金糸雀から各自指示を受けていた。
 八人がまとまって動いても誰が考えたって無駄かつ無茶なだけである。食品売り場の棚の間をこの人数がうろちょろすることを考えるだけで胃が痛くなる蒼星石が、今回の計画はおまかせかしらと大張り切りだった金糸雀に事前にグループ分けを頼んでおいたのだった。
 金糸雀も次女である。リーダー格の水銀燈、お母さん役の翠星石にやや対抗したくなったらしい。
「──さて、いいかしら?」
 授業中だけかけていたオレンジのフチの眼鏡をきゅっと片手で整えて、金糸雀はリュックからメモを二枚取り出した。
「これから二つの班に分かれてもらうかしら。食べ物の買い出しには、真紅に蒼星石、翠星石、それとカナが行くわ」
 人差し指と中指に挟んだ片方のメモをピッとかざしてから自分のポケットにしまって、もう片方をひらひらと見せた。
「ええ、ヒナもお菓子選びたいの!」
「ふふふー、そういうと思ってたカナは対抗策をちゃんと考えてあるかしら!」
 隣の雛苺にそのメモをしたり顔でわたす金糸雀。そのメモには、
「……お楽しみ班?」
「かしら! お楽しみ班の水銀燈、雛苺、雪華綺晶と薔薇水晶には、トランプとかそこらへんのものから好きなの一つ、選んできてほしいかしら」
「………!」
 金糸雀は声にならない歓声を上げる雛苺からメモを取り返し、水銀燈にそれを回した。水銀燈が内心で(子守役ねぇ……)と苦笑いを浮かべたのは内緒である。薔薇水晶は、お楽しみ班はともかく水銀燈と組めた時点で全く異論がないらしく、姉妹達に見えない角度で金糸雀にグーサインを送った。
 にや、と金糸雀もそれに応える。なにやら午前中にやりとりがあったらしい。
「買い物班のメモには買わなきゃいけないもの、お楽しみ班のメモには買っちゃ駄目なものが書いてあるかしら」
「買ってはいけないもの……ですか? お姉様」
「そうかしら。ウノとかはもう家にあるでしょ?」
「あ、確かに」
「そんなとこ。それじゃ、迷子にならないように気をつけて、みんな行ってくるかしら!」
 おー、と姉妹達は拳を上げた。

   +

 おにぎりで燃料チャージした末っ子三人組は、水銀燈を引っ張り回しながら玩具コーナーを奔走していた。
 こんな特別な日に「好きなものを一つ」と言われたら、嬉しくないはずがない。その楽しみはクリスマスの比ではなかった。
 あのクリスマスイブの夜、なんだかんだで「薔薇水晶のための」パーティーをしたからクリスマスはまだ祝っていないだろうという流れが姉妹達の間にできていて、その勢いは大晦日に集約した。
「海外ではクリスマスに年末を祝うのよ。それだったら年末にクリスマスを祝ったって何の間違いもないのだわ」と真紅が最後の一押しをしたために、彼女達の十二月三十一日はどこの家よりも盛大になる運びとなったのだった。
 あれもこれもと提案する雛苺にぴったりとくっついて賛同する雪華綺晶、じゃあこれは……とマニアックなもの(合コン向けのセクハラトランプ)を提案する薔薇水晶。彼女達に何とか追いつきながら(ここのところ飲み会やらで大変だったらしい)水銀燈は「一つだけよぉ。ちゃんと選びなさぁい……」としきりに確認していた。
「銀姉、このトランプいいと思うんだけど……」
「……やめときなさぁい」
「こ、こ、この『恋人いる?』って質問っ……」
「分かった、分かったから、戻して来なさぁい」
「……銀姉、つれない」
「つれないのよぉ、私は」
「……でも気だるい銀姉もせくしー」
「ばっ、」
 バカなこと言ってないであの子達んとこ行きなさい、とまくしたてようとしたが、薔薇水晶はそのタイミングを熟知しているらしくひらひらと水銀燈をかわして雛苺のもとへ歩いていってしまった。
「……今日は連れてきてくれて、ありがとね」とだけ残して。
 全く……と水銀燈は前髪をかきあげながら、まくしたてるための呼気をゆるく吐き出した。
 すっかり馴れ合いだ、言い訳する余地もなく。秋ごろにこの柔らかい空気に逆らったのは何だったのか。
 何だったのか? ……何でもなかったのだ、多分。
 そう、何でもない。そう喉の下で繰り返して、水銀燈は腕にやや隠れた口元を緩ませた。
 ───何でもない、ただ、ちょっとだけ願いが叶ったような気がしただけ。

 遠くで「人生ゲーム! これがいいのよ!」「おお……おこたでやる盤ゲームの、定番……だにゃ」「それで決まりですわね」と妹達がはしゃいでいた。
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage yuriyuri]:2011/08/16(火) 21:36:10.64 ID:wu75/nmf0

   +

 蒼星石はまた一つ、メモの品目に線を引いた。とびきり明るい黄色のペンは、金糸雀が用意していたものである。勇んで買い物カゴを押し突き進む翠星石を引き止めながら進む昼の食品売り場は、年越しのみかんやらおつまみやらを買い出す親子でそれなりに盛況だった。
「それにしても」
 真紅が紅茶の缶を物色しながらつぶやく。
「……静かね」
 その場にいた三人はにぎわう店内で一瞬考え込み、ややあって意図するところを汲んだらしく頷いた。
「ま、食べ物の買い出しはしっかりした子に任せるが吉かしら」
「アンタがしっかりしてるかはよく分からんですけどね」
「ちょっ、カナだってお姉さんかしら」
 金糸雀がサラダ油をカゴに加える。
「あ、蒼星石、油チェックかしら」
「はいはい」
「……でも、グループ分けを考えついたのは蒼星石だったかしら」
「金糸雀、それは翠星石だって思いついたですよ」
「私も思いついたわよ」
「ああああ」
 みんなで動いた方が楽しいんだから、楽しいんだから……とぶつぶつ言い訳をしつつ金糸雀は唐翌揚げの素をかごに入れた。
「唐翌揚げのアレ、チェックお願いかしら」
「はいはい。……金糸雀? メモ、僕がもってるんだけど」
「え? うん、分かってるかしら」
「……覚えてるの?」
 蒼星石がもっているメモは、翠星石がリストアップした膨大な量の品を書き出したものである。金糸雀はそれを昨晩だけ借りてメンバー編成をしたのだった。……猛勉強して覚えない限り、
 まさか、という顔をする蒼星石に金糸雀は不思議そうに返した。
「そうだけど……どうかしたかしら?」
「……すごいな、君は」
 唐突に褒められて疑問に思いつつも誇らしげに笑う金糸雀を見て、真紅はふうとため息をついた。紅茶の缶を決めたらしく、ひとつカゴに入れる。
「金糸雀、あなた相変わらずアンバランスね」
「あ、アンバランスって何かしら!」
「うん……何でもないの。ただ日本史は余程きらいだったのね、って」
「う。そうなの、なんであれだけは上手に覚えられなかったのかしら」
「姉妹達はみんな不完全で……って話、いつかしたなぁ」
「なんの話?」
「こっちの話」
 カゴを進められずに、やり場なく苛立たしげに前後に押したり引いたりしていた翠星石はトン、と一つかかとを鳴らした。
「ほらほら、ジャリどもがおもちゃ売り場に夢中になってるうちにさっさと仕事するですよ!」
 がらがらと車輪をやかましくがたつかせて歩いてゆく翠星石を追いかけつつ、残りの三人はひそひそとささやきあう。
「……翠星石、何かあったのかしら? 今日はやたらとカリカリしてるけど」
「そうね」
「ああ、あれはね。楽しみなんだよ。それとちょっとだけ寂しがってる」
「楽しみ?」
「うん。姉さんね、みんなで料理しようってイベントのときはいつもああなんだ。よほど早く帰ってみんなで夕飯を作りたいらしいね」
「やっぱり翠星石はツンデレかしら」
「ツン……ああ、そうだね。でも多分、帰っちゃうのも勿体ないんだろう。複雑なんだよ。翠星石も」
「そうね……」
 目を細めて真紅はあれこれとコショウを選んで回る翠星石を遠く眺めた。
 やっぱり、姉妹一優しい子よ、あなたは。

「……翠星石? コショウは家に在庫があったんじゃなかったかしら」
「むふふ、今回限りですからね、ちょっと高いやつを買うことにしたんですよ」
「あなたって子は……」
「無駄遣いするには絶好の状況ですよ! 先のことなんて考えなくていいですからね!」
「……ごめん二人とも、前言は半分くらい撤回しておくよ」

   +

 結局予定になかったものまで買い込んだ買い物班と人生ゲームを選んできたお楽しみ班とが合流して、てんやわんやのうちに帰ってきたのが二時ごろ。
 荷物を抱えてぐったりと玄関になだれ込んだ八人は、おのおの好き勝手に散らばり始めた。そこに号令をかけたのが翠星石である。
───翠星石とパンを作りたいやつ、今すぐ手を洗ってエプロンしてキッチンに整列しやがれですぅ!
 これにつられなかった姉妹は、当然ながらほとんどいなかった。
 ただ水銀燈だけは、「ごめんねぇ……私、ちょっと寝るわぁ……」とおぼつかない足取りで部屋に入っていった。朝早くからめぐと攻防戦を繰り広げ、昼からは高校生とはいえやんちゃな妹達の引率をしていたのである。いくら慣れたとはいえハードな半日だったようだ。
 銀姉、私がぴろーとーくしたげる……と息巻いてついていこうとした薔薇水晶が真紅と蒼星石にがっちりロックされたのは別の話である。
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage yuriyuri]:2011/08/16(火) 21:36:39.22 ID:wu75/nmf0

 しばらくして、玄関からわらわらと姉妹達が出てきて、庭に向かう光景がそこにあった。
 もちろんパン作りに飽きた訳ではなく、パン生地が発酵するまで時間がかかるからそれまで何か暇つぶししよう、という話になったのだった。
 早くくんくんの形のパンを作りたいの、と不満を呈した雛苺に、すかさず雪華綺晶がそれではしばらく雪遊びでもしていませんか、お姉様ずっと楽しみにしてらっしゃったでしょう? 部活でもやりましたけど、二人っきりでしたし。と満面の笑みで提案した。
 そういうわけで、白銀の庭。
 雪だるまのための雪玉をそれぞれ一つずつ転がしていた三人と四人だったが、いつしかそれは競い合いに発展する。
「なにやってるかしらヒナ! そっちにまだ前人未到の雪がのこってるかしら!」
「うぃー…これ以上無理して押したら崩れちゃうのよ……」
「お姉様! 私がこっちを固めてるスキに、転がしてくださいまし」
「翠星石……そっち、転がしたら……泥つくよ……」
「くっ……薔薇水晶! 乙女はね、汚れることを恐れているだけじゃ大きくなれないんですよ!」
「むやみに名言を作らないでちょうだい……あっ、崩れる」
「それに姉さん、泥じゃ雪だるまは大きくならないよ」
 その庭はいつの間にやらボケツッコミの応酬行き交うやりたい放題の空間に成り果てていた。
 さて、転がす限界に近づいた二つの雪玉を並べてみて、
「こっちの方が大きいですわ」
「何を言ってるの。こっちでしょう」
「こっちかしら!」
などとやりとりしたあげく、
「で、早く小さい方をのせて雪だるまさん作るのよー」
という雛苺の鶴の一声で、当初の目的を思い出した姉妹達が「……じゃあこっち、のせようか」というように一瞬でまとまりを見せた。
「……ところで、これどうやってのせるの?」
 困り顔の蒼星石が、口元に手をやった。
 いくら小さい方とはいえ、さっきまで高校生がよってたかって本気で作っていた雪玉である。高さは腰にぎりぎり届かないくらい、腕を回しても抱えきれないほどの大きさを誇っているそれはとても彼女達に(無傷で)持ち上げられるような代物には見えなかった。
 これは削ることも視野に入れなければならないかもしれない……と固唾をのんだ姉妹達の中で雪華綺晶だけは、けろっとした顔で雪玉に歩み寄った。
 ぽん、ぽん、と検分するように触れてから、雪玉の下に手を回す。
 ぐっと力を入れる。
 軽々と持ち上げる。
 ……もう一つの雪玉の上に乗せる。
「あ、きらきー、もすこし手前」
「こうでしょうか」
「ん、ぴったりなのよ」
「んふふ……ねえお姉様、褒めてくださる? 褒めてくださる?」
「きらきー偉いのよ! えらいこえらいこ」
「ああ……潤む……潤むわ……!」
 ごろごろと雛苺に甘える雪華綺晶。雛苺はさも当然とでもいうように彼女と戯れていた。
 絶句していた残り五人であったが、薔薇水晶が何とか口を開いた。
「……きらきー、そんなにパワフルだっけ」
「あら、ばらしーちゃん。知りませんでした?」
 そして雪華綺晶は頭ごと抱きしめてくる雛苺の腕ごしに、にこりと柔らかな視線を翠星石に送った。
「いつも言ってますけども、伊達にあれだけ食べてませんのよ」
 一秒。
 二秒。
 三秒。
 翠星石は雪華綺晶に歩み寄って、雛苺ごと力強く抱きしめた。
 はあ、と白い息まじりにかすれた声で言った。
「ああ……よくぞここまで立派に育ってくれたですね……!」
 えっ、とより一層の混乱に陥った残り四人を取り残して、雪だるまを前にドラマは進行してゆく。
「あの量を用意するのは……大変だったんですよ……でも雪華綺晶、いえきらきー! アンタは無駄にしないでこれだけ丈夫な子に育ったですよ! 文句なし! 悔いなし!! きらきーは翠星石の自慢の娘ですぅッ……!!」
「ああ、お姉様……お姉様! いえ、お母様っ!!」
「わー、ヒナ挟まってるのーあったかいのー」
 考えることを放棄したらしい残り四人は、「お、おめでとう……おめでとう……」と拍手するしか選択肢がなかった。
 蒼星石は密かにパイプ椅子が転がっていないか探してしまったという。

「……翠星石。そろそろパン生地が出来上がったのではなくて?」
「げっ、タイムアップですぅ」
「はあ、姉さんってば……」
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage yuriyuri]:2011/08/16(火) 21:37:33.11 ID:wu75/nmf0

   +

 水銀燈がベッドからはい出して、もうお風呂にでも入ろうかしらぁと考えたのはそれからしばらく経った後。すっかり暗くなった時計を目をこらして見る。……五時半。ちょっと寝すぎたかもしれない。
 ドアを開けると香ばしい匂いが風の流れにのって鼻先からうなじへと通り過ぎていった。パンが焼き上がったらしい。居間からは元気のいい話し声が響いてきている。
 夕飯を作りながらくんくん探偵の年末スペシャルでも眺めてあーだこーだ言い合っているだろう妹達を想像して微笑み、適当な着替えをつかんで風呂場に直行する。
 まだ眠気が頭から追い出せていない。だからといって寝たりないのではなく、ただ目覚めたばかりで眠りの浅瀬に足を浸したままでいるというだけである。
 朝とはまた違った色のぼんやりとした目で服をさっさと脱いで、風呂場に踏み込む。お湯を沸かしてあるのは知っていた。今日は大晦日、日付が変わらないうちに風呂に入っておこうと準備にかかっていた真紅を眠る直前に見かけていたからだ。
 さて湯船に浸かってしまおう。温まれば何でも解決する……と破綻した理由を背に湯船のふたを取る。……無い。誰かが取っていたようだ。それにしても妙に湯気が立っている。だれかもう先に入っていたのだろうか。
 何か妙だわぁ、とようやく頭を使い始めた水銀燈がその視線の先に見たのは、
「………」
「………」
眼帯も髪飾りも取って、一糸まとわぬ姿でお湯につかる、
「ば、ばば薔薇水晶!!」
「ぎ……っ」
 ぎんねええええええええええっ! という叫びは残念ながら、またはたいへん好都合なことに、姉妹達に聞こえるような声の形をなさなかった。

 水銀燈が迅速に謝って風呂場を後にしようとしたのが一分前。待って、と腕をつかんで薔薇水晶が彼女を引き止めたのが五十九秒前。
 そして今現在、二人で湯船に浸かって一言も話すこともできないでいる。
 体育座りでぼこぼこと顔を半分沈めて息を吐きながら、薔薇水晶はそっと横目で水銀燈を伺った。
 水銀燈は薔薇水晶に構わず、湯船の縁に腕を乗せて向かいの壁をじっと見ていた。くちばし型のピンで上げた銀色の髪が白い背中にところどころかかっていて、直視できずに目をそらした。
 どうしてあのとき、無我夢中で手を伸ばしてしまったんだろう。
 頭には何の考えもなかったのだ。ただ、初めての──ちがう、ずっと気にしないでいた感情が、緊張で固くなった喉のスレスレのところまでこみ上げてきたのだ。
 多分、眼帯がないからだ。お父様のくれたお守り、私の烈しさをこっそり左目に隠し持つための紫色の封印。
 どうしよう。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 どうすることもできないで黙ってるだけなのに、こんなことして、銀姉には迷惑に決まってる。そうに決まってる。
 目が回るほどに沢山の考え事に支配されて薔薇水晶の思考が一歩も動けなくなったとき、ねえ。と水銀燈が滅多に聞かないトーンの声で投げかけてきた。
 薔薇水晶が肩を跳ね上げて振り返ると、水銀燈は顔の向きはそのままに薔薇水晶を見つめていた。視線が合うと「ああ、やっぱり」とこぼしてまた壁に視線を戻した。
 何か怒らせたかな、と薔薇水晶は落ち込みかけたが、その陰り顔にお湯の波がざばっとかかった。……水銀燈がやったらしい。
 状況が飲み込めずきょとんとする薔薇水晶に向かって呆れたような笑顔を見せ、水銀燈は薔薇水晶の顔を指差した。
「……何、泣いてんのよぉ」
「え」
 薔薇水晶は真偽を確かめようと目元に手をやったが、既に波にさらわれていてどこからが涙でどこからがお湯なのかわからなくなってしまっていた。
「……泣いてたの?」
「ええ、ばっちり。迷子みたいな顔でねぇ」
「……うそ。やだ」
「ほんとだってば」
「やだ、そんな、やだぁ……」
 薔薇水晶は慌てて顔を覆うが、もはやどうにもならなくなっていた。目がぼやけるのは湯気だと思ってたのだとか、泣くなんてカッコわるいことしてないものだとか、言い訳ばかりが思いついては、涙で引きつる胸の中でじわりとほどけてゆく。
 困惑と羞恥と罪悪感と、そのほか目一杯のあるだけの感情をかき回したような感覚に戸惑う薔薇水晶を、覚えのある感覚が包んだ。
「だからねぇ、難しく考えないでいいのよぉ……困った子」
 頭に腕を回されて、こつんと彼女の、水銀燈の頭にぶつけられる。隣り合わせに座っているらしい、ぐちゃぐちゃになった視界を頼りに、薔薇水晶はそれだけをなんとか把握した。
「甘えたいなら甘えなさい。言いたいなら言って。好きなようにするのがスジってもんでしょぉ……半分、妹なら」
 いたずらっぽく「半分」だけ強調して、しかしすぐに語調を改めて水銀燈は続ける。
「まあでも……私のせいでもあるわよねぇ。ごめんなさいね、構ってあげらんなくて」
 その言葉は薔薇水晶の胸の中にすとんと落ちて、徐々に形にならなかった思いを固めてゆく。ゆっくりと前髪を撫でられる感触を一つ、二つと数えてから、薔薇水晶はぽつんと一言目の前の水面に沈めた。
「ぎんねえ、ひとりじめできないんだもの」
 その声は思った以上に不機嫌な子供のようで薔薇水晶は自分のことながら驚いたが、すぐにもう一言二言と続ける。
「全然、話せないんだもの。さみしい。さみしいよ。もっと一緒にいてよ」
 ごつ、と触れ合った頭をもう一度ぶつけ直した。自分の頭ん中はかき混ぜすぎてほとんどシチューみたいになってるけど、銀姉のはどうなんだろ。少しは散らかってくれてると嬉しいな、と一部だけ残っている冷静な部分が考えていた。
「それに聞いてないもの……私、言ったのに。私だけだもん。銀姉から一回もきいてない」
「え?」
「銀姉、好きって。私何度も言った」
「……そうねぇ」
 むくれながら上目遣いでにらんでくる薔薇水晶に一度だけ苦笑してから、水銀燈はスッと目を細めた。
 笑っているような、もっと違うような、薔薇水晶が初めて見る目つきだった。
 捉えられて、目を反らせない。
 何もされていないのに息が乱れた。
「じゃあこんなのはどうかしらね」
 熱気で赤みを帯びた唇から漏れるのは、いつもと違う甘ったるい吐息。
 薔薇水晶は目の前に回り込んでくる水銀燈に身を固くした。
 目を反らせない。
 鼓動が早まる。
 熱いものが脳髄まで突き上げてきて、しびれるような気がする。
 声が出せない、音にならない。
「薔薇水晶、私は」
 顔が近づく。
「あなたのこと、」
 ───どうしよう、お父様。私、とんでもないところに堕ちちゃったのかもしれない。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage yuriyuri]:2011/08/16(火) 21:38:03.40 ID:wu75/nmf0



(……らしーちゃん、ばらしーちゃん)
 どこか、海の中に沈んでいるみたいだ。
 水面には膜が張っていて、外がよく見えない。
(ばらしーちゃん、ばらしーちゃんたら!)
 だめだ、よく聞こえない。最後に聞いた声なら、よく覚えてる。
 それから、それから……これは、思い出すと大変なことになる。
 まるで海がまるごと煮込まれているみたい。
(……ごちそうは全部、私が食べてしまいましょうか)
「……それはダメっ!」
「あら、ようやくお目覚め」
 脊髄反射のように跳ね起きた薔薇水晶が見たのは、ほっとした顔の雪華綺晶と心底申し訳なさそうな顔でそっぽをむく水銀燈だった。ここは……和室? 風呂場から一番近い客間にいるらしい。
「あ、ぎんねえ。きらきー……」
「もう、心配しましたのよ? あんなにいい笑顔で鼻血を垂らしながらのぼせてるんですもの……心臓が止まりそうだったというか、つられ笑いしてしまいそうだったというか」
「むう……私」
 ずっと薔薇水晶をあおいでいたらしい団扇で自分の前髪をふわっとなびかせて、雪華綺晶は布団に横たえられた彼女のお腹の辺りをぽんと叩いた。
 視線をずらすと自分が何もかけずに布団の上に転がっているのが見えた。上半身を起こしたが、特に具合が悪いようには思わず薔薇水晶はしばらく不思議な顔をしていた。
 鼻血? 鼻血って……と鼻に手をやると、なんともまあ大雑把に丸めたティッシュが両方に詰められているらしいことを知った。気まずそうな水銀燈の視線を感じて慌てて引き抜くと、悪意なき主犯であるらしい雪華綺晶が「そ、そんな勢いよく……っ! 血が出ちゃいますわ!」とあられもない口調で注意した。
 物腰は丁寧なくせにこういうところは妙に荒っぽい雪華綺晶である。
 一応鼻の辺りをそっとこすって再び惨事が起きる気配が無いことを薔薇水晶が確認していると、雪華綺晶が布団の脇に正座してもじもじと薔薇水晶ににじり寄った。
「そ……それで、ばらしーちゃん……一体お姉様とどこまで」
「ちょっ」
 その一言をきっかけにしてあの一瞬かつ重大な出来事を洗いざらい思い出した薔薇水晶がぼんと顔から火を噴くと、
「ばばばばらしーちゃん! そ、そ、そこまで!?」
事実よりずっと先まで想像したらしい雪華綺晶に、だんまりだった水銀燈が見かねてフォローを入れたが時既に遅しだった。
「ちょっと雪華綺晶。なにもそこまでとは言ってな」
「……わかりましたわ、お姉様。雪華綺晶はおりこうですもの。決してお邪魔をしたりはしません。例え咲くのが百合の花としても、造花でない限りそれを摘み取るのは姉妹とて許されませんものね」
「……ねえきらきー? きらきー? 戻っ」
「どうかお二方お幸せに! どうぞお幸せに!」
 雪華綺晶は後ろ手でスタン! とふすまを引き、ちょこんと丁寧に廊下に正座して閉めていった。とても薔薇水晶に乱雑鼻ティッシュを仕込んだのと同一人物とは思えない滑らかな動作であった。
 なにかとんでもない電波の残滓を残し、雪華綺晶が駆け抜ける音が遠ざかっていく。取り残された水銀燈と薔薇水晶はどうしてみようもなくただ言葉と空気を探っていたが、やがて水銀燈が気まずそうに口を開く。
「ちょっと……早かったわねぇ、アンタには」
「……早くないもん」
 ちゅーくらい。知ってたのと、ちょっと違ったけど。と布団から立ち上ろうとする薔薇水晶に、水銀燈は優雅に手を貸した。照れ笑いをしながら掴む。
 ぐ、と立ち上がった勢いに任せて、水銀燈が引き寄せたのか、薔薇水晶が体を預けたのか、抱き合う形になる。
「……また鼻血出すわよ」
「銀姉さっきまであんな……だったのにね。……スイッチでも、あるの?」
「さあ、どこにあるのかしらねぇ」
「───じゃ、押したげる」
 さっきとはちがう触れ合うだけのそれを水銀燈に押し付けて、薔薇水晶は駆け足で和室を後にした。
 水銀燈は唖然として。
 そっと唇を細い指先でなぞり。
 誰にも見せたことのない照れ笑いをそっと手のひらのうちに隠して。
 夕飯の待つ居間に向かった。

   +

 クリスマスとお正月を一斉に祝っておこうという大掛かりなごちそうだったために、食卓の上はにぎやかであった。
 話題はみんなで作ったパンでもちきりである。やはりとでもいうべきか、真紅のパンはクトゥルフ神話にでも出てきそうな奇怪な形をしている。
 一方で蒼星石のパンは売りに出しても文句のつけどころが無いほどきれいな形に焼き上がっていた。
 それを囲んで、大いにしゃべって。味わって。
 これまでの、数ヶ月の中で一番大騒ぎして。
 ひとしきり夕飯を楽しんだ後で待っているのは、いよいよ大詰めの人生ゲーム大会である。
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage yuriyuri]:2011/08/16(火) 21:39:06.08 ID:wu75/nmf0


 居間には八人全員が入れるほどのこたつが出されていた。いつも使っているテーブルやら椅子やらは立てたり重ねたりして部屋のはしっこに追いやられている。
 外はまた降り出した雪に覆われて、どんどんと音を失っていった。まるで世界にこの家しかないようだ、というのはよく言ったものだと姉妹達は思った。
───夢から覚めようとしている、そのことには触れずとも分かっていた。
 テレビは常につけられて、やかましいBGMとして一役買っていた。入れ替わり立ち替わり歌手が出てくるたびに、「こいつは最近調子に乗り過ぎですよ」だとか「か、カナのお気に入りのバンドかしら!」などとヤジが飛んだ。
 広げられた盤の上では、色とりどりの八つの車を模したコマがちまちまと追い抜いたり追い抜かれたり捕まったり、とせわしなく動いている。
「ちょっとぉ……なんでカジノ地獄にハマるのよぉ……」
「さっさと回すです水銀燈! 1か8が出なかったらベットは没収ですよ! ヒヒヒ!」
「くっ……あああ! 7って!」
「惜しかったのー」
「残念だったね……はい、借金手形」
「次は私ね。……あ、偶数」
「わああ、ついに真紅もカジノ入りかしら」
「ま、待って! 私みんなと違ってサラリーマンだから……持ち合わせが……」
「ふふふ……お姉様、かわいそう……かわいそう……」
「やっぱりショッパナから大金が手に入るスポーツ選手に勝てるものはいないですよ」
「かしらかしら、ご存知かしら!? なれるもんなら政治家の方がずっとずっと稼げるのかしら!」
「金糸雀……政治家、スキャンダルですぐ……だめになるよ……」
「そ、そんなこと………いやあああ! 愛人とのスキャンダルでフライデーされたかしら、タレントと政治家は……フリーター……に……」
「か、カナ! 息をして! 息をするのよ!」
「あ、姉さん……姉さんの家が燃えたよ。保険もってる?」
「えっ」
 そんな風につつき合っているうちに、ゲームは終盤に近づいた。
 決着がつくかつかないか、数マス単位でせめぎあう八人姉妹達は、災害やら事故やらに順番に遭ったために金額的にも大きな差を付けないままにラストコースにさしかかった。
 最後の一本道。
 それは、人生ゲームにおける天国と地獄。
 これまでに積上げてきたものが容易に崩れ去り、すかんぴんの手持ちに大金が降って湧いたりするそこはキスアンドクライと呼ぶにふさわしい修羅の道であった。
「さぁ……決着をつけましょぉ……姉妹達!」
『望むところ!』
 水銀燈が閣下だったときの風格を持ち出し始めるほどに白熱した時。

────いよいよ今年も残り三分となりました!

 いつの間にか歌合戦からチャンネルをかえられていたらしいテレビに映るバラエティ番組が、そんなコールを発した。

 ぴり、とえも言われぬ衝撃が姉妹達の間に走った。
 それは胸の底に蓄えられた、全員バラバラであり共通の感情。
 さて、そろそろねぇ。水銀燈がつぶやいた。
「決着、着かなかったじゃなぁい……八人でやると、結構かかるのねぇ」
「はは……予備のコマまで使ってるんだから、当然かもね」
 蒼星石が肩をすくめた。見つめる先には、ゴールを前にして止まってしまったみんなの車。
「ま、この決着はいつか必ずつけてやる……ですぅ!」
 ゲームは必ず、楽しく終わらせるですよと、翠星石は笑った。
「そうね。だから、絶対に集まって、もう一回しましょう。人生ゲーム」
 一年の終わりに向かって盛り上がってゆくテレビを見つめて、真紅が静かに頷いた。
「一回だけじゃ気が済まないかしら。全員が勝って、負けてを経験するくらいやり込むのかしら!」
 もっていた札束と借金手形を軽快にこたつにおいて、金糸雀は伸びをした。
「うぃー、ヒナも楽しみにしてるのよ。もちろんトランプとかウノとかもするのよ。あと、ご飯も一緒に食べるの」
 伸びをする金糸雀に横から雛苺が抱きついた。
「……今度は、私も……行けますので。そちらに。仲間に入れて……いただけますか?」
 心配そうに上目遣いで言う雪華綺晶の頭を、蒼星石は笑ってくしゃくしゃに撫でた。
「歓迎するよ」
「あの……私も」
「もちろんだわ。おいでなさいな」
 真紅が頷くと、薔薇水晶は嬉しそうな顔を隠すようにうつむいた。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage yuriyuri]:2011/08/16(火) 21:39:46.75 ID:wu75/nmf0

───カウントダウン始まります! 10! 9!

「私たちもやるかしら!」
「もちろんよぉ」
「まったくとんだナイスタイミングですぅ。この夢の終わりってのは」
 姉妹達は改めてこたつに入り直し、視線をかわしながら数える。


『8!』
 いつか憧れていた絆を、ここにあるとそっと確かめて。
『7!』
 いつか間違えてしまったことを、きっとやり直せると頷いて。
『6!』
 あの時感じた寂しさに、もう涙を流さなくていいと微笑んで。
『5!』
 あの時出せなかった答えは、ここで見つけたと呟いて。
『4!』
 離れたくないのに、と迷ったかつてを思い出して。
『3!』
 離れたくないから、と祈ったかつてを思い出して。
『2!』
 あの日、夢見た輪っかの作り方を、確かに胸に抱いて。
『1!』
 あの日、放したみんなの手を、もう一度つなぎ直して。


───またいつか。きっといつか。この楽しい夢がおわっても、どうか笑い合えるように。

『今年一年、ありがとう! これからよろしくおねがいします!』




 おしまい
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage yuriyuri]:2011/08/16(火) 21:40:28.50 ID:wu75/nmf0

以上です。
最初の方は(もちろん今もですが)文章が驚くほどつたなかったり、二年近く投げてみたりといろいろありましたがようやく完結です。
スレがさらに活気づきますようにと祈りつつ。
長い夢の話に、おつきあいいただきありがとうございました。
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/16(火) 22:34:00.40 ID:qWvmbD+7o
乙でした〜
最高です!
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/16(火) 23:41:08.54 ID:qFjAP+5IO
長い間の連載おつかれさまでした!
これからまとめて読みます!
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) :2011/08/21(日) 20:47:48.06 ID:pFL4eS9w0
乙です
又何か書いてください!
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/22(月) 05:59:00.70 ID:619msrOIO
遅くなりましたが乙です
姉妹みんなが可愛らしくて良かったです
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) :2011/09/01(木) 15:55:25.79 ID:hEe/cH4k0
意外とアイデアって探すの難しいね
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
260 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:46:08.93 ID:VmWHs5x50
半年以上も間をあけてすみません…

「人形達のシャングリラ」  第一幕 第二場






小雨が、降っていた。

ドイツ・デュッセルドルフのとある農村地帯。

とうに刈り入れの終わった小麦畑の間を流れる小さな川にかかる石造りの橋の下で…
銀髪に赤い瞳の少女は、1人で身体を石の壁にもたれかからせ、地面にぺたんとへたり
込みながら、うつろな目で水の流れを追っていた。

10歳を過ぎたばかりの彼女の身体は、一言で言えばやせ衰えていた。
三度のご飯が、満足に食べられない日が続いているからである…。
261 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:47:37.35 ID:VmWHs5x50
少し前までは、こんな事などあり得なかった。

世界大戦のおり、彼女…水銀燈の父親はドイツ帝国海軍の潜水艦艦長として、数々の殊勲を挙げた。
ドイツのUボート艦隊は世界一だ、と父は休暇で家に戻った楽しい宴の度にそう言い、
一人っ子の幼い水銀燈を膝に乗せながら美しい妻と歓談していたものだった。

小さいとは言えユンカー(ドイツ貴族)の家に婿入りした無骨な軍人の、そして彼の家族の
もっとも楽しい時間は、しかし大戦の敗北とともに霧散した。
その理由は、彼が挙げた対戦の緒戦における殊勲そのものだった。


1915年、5月7日。
前年に始まった世界大戦のさなか、水銀燈の父親の指揮する潜水艦・U−20は、敵国イギリス
近海のアイルランド沖で哨戒活動任務に就いていた。

この任務は、ドイツ帝国が既に同年2月に発動していた『無制限潜水艦作戦』に基づいていた。
ドイツ海軍は開戦当初、中立国船舶への攻撃を禁止し、攻撃前の事前警告を潜水艦に義務付けていた。
ところが、イギリス海軍は、中小型の船舶に武装を施し、偽装してあたかも非武装の一般客船に
見せかけた武装商船を使用する対潜水艦作戦を発動した。
こうした卑劣な作戦によるドイツ側の損害は軽微にはおさまらず、少なくないUボートが
偽装した商船の砲撃によって撃沈されたのである。
これが、ドイツ海軍が無制限潜水艦作戦を実行に移した背景であった。

7日の13:00時、浮上して自ら監視をしていた艦長の双眼鏡に、水平線上を進む大型船舶が映った。
U−20は前日および前々日に計3隻の船舶を撃沈しており、燃料・魚雷も残り少なかったが、
艦長は攻撃が可能であると判断し、潜行して先回りを試みる。
そして14:10時、U−20は潜望鏡深度での攻撃を開始した。
発射された2本の魚雷のうち一本が命中、船体に大規模な爆発を引き起こす。
それが致命傷となり、ルシタニア号は1198人の乗客と共に海の藻屑と消えた。

問題は、死亡した乗客の中に、かなりの数の米国人がいたことだった。
262 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:49:17.72 ID:VmWHs5x50
米国は当初、世界大戦に参戦する事に後ろ向きの姿勢を見せていた。
当時の日本と同様、米国も国土から遠い遥か彼方で起きている戦争にわざわざ加担
すべき理由もなく、戦争特需によって利益を得ようとしていたのが実情で、この姿勢は
かねてよりの米国のモンロー(孤立)主義にも沿っていた。
しかし非武装の客船に乗っていた多くの同胞が無差別攻撃により殺されたという事実は
米国世論を大いに刺激し、米国民はモンロー主義から反ドイツ主義へと急激に転換し、
アメリカ合衆国の世界大戦参戦への大きな契機となってしまったのである。

…このような情勢の変化の中で、小さな水銀燈の置かれる境遇も翻弄された。

大戦初期、新兵器であるUボートの艦長であり、赫々たる戦果を挙げている父を持つ
水銀燈は、学校の友人達や周囲の大人たちから羨望と賞賛の眼差しを一身に受けていた。
国内ではメディアがさかんにこの戦果を書きたて、ある者は沈みゆくルシタニア号を
模したコインまで販売するほど、賞賛の嵐は凄まじかった。
水銀燈もまた、そんな父を誇らしく思っていた。
…が、米国が参戦してドイツの旗色が悪くなると、そのような眼差しはいつしかなくなって
いき、ドイツが敗北に直面した瞬間、それはあからさまな敵意と蔑視となって彼女とその
一家を刺した。

ど う し て ル シ タ ニ ア 号 を 沈 め た ん だ 

ど う し て ア メ リ カ に 参 戦 の 口 実 を 与 え た ん だ 

お 前 の 父 親 は ド イ ツ を 危 機 に 陥 れ た ん だ
 
お 前 の 父 親 の せ い で ド イ ツ は 負 け た ん だ

お 前 の 父 親 の せ い で 俺 達 の 生 活 は 苦 し く な っ た ん だ

幼い水銀燈は深く傷ついた。
仲の良かった友達は、積もり積もった鬱憤や不満のはけ口を強引に見つけ出そうとした周りの
大人たちがするように、いつしか彼女を遠巻きにして嫌悪の目を向けるようになっていた。
敗軍の将兵として帰還してきた父はもっとひどい仕打ちを受けていた。
人前で公然と罵られ、腐ったゴミを投げつけられ、外を歩く事すらままならなくなった。
生真面目な父は決して反駁・弁明をすることはなかったが、それは同時にストレスを自分の
中にのみ溜め込むことをも意味していた。
ついに父は酒浸りになり、母は収入の途絶えた夫のために、ユンカーとして保有していた
土地を切り売りして日々の生活や酒代に充て、慣れない針子の内職にも手を出さなければ
ならない状況となった。
現実から逃避しようと努めた父は、そのうち酔って家の中で暴れまわるようになった。
263 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:50:30.30 ID:VmWHs5x50
荒れ散らかった部屋の真ん中で丸太のように転がっていびきを上げている父親。
そんな夫のかたわらで、静かに泣きながら食器の破片を片付けている母親。
平穏な日々はとうの昔の思い出と化してしまったことを、ドアの陰で震えている
水銀燈は十分すぎるほどに理解していた。

そんな日々を壊してしまった父親を、母親に暴力を振るって泣かせる父親を、水銀燈は
心の底から嫌悪した。もう、あの潮臭くも温かい腕に抱かれたいとは思うことも叶わなかった。
死んでしまえ。ただ、それだけだった。

彼女のそんな想いが顕在化してしまったかのように、敗戦から4年後の今年、父親は酒で
内臓を悪くして死んだ。葬式に来てくれた人は少なかった。
かつて父の同期だった元海軍軍人や、近所の仲の良かったわずかな知り合い、そして面識すら
ないどこかの父娘だけが、寂しい葬式の参列者だった。
葬式の時も、水銀燈は父親の死そのものに涙を流さなかった。
むしろ、喪服姿の母親が見せた涙に彼女は驚いていた。母親の悲哀にこそ彼女は
涙を浮かべざるを得なかった。

わずかばかりの軍人恩給も途絶え、残された水銀燈と母親の生活は困窮の一途を辿った。
ユンカーの母親が受け継いでいた土地や農園は、父の酒代と生活費とでわずかに手元に
残るばかりで、二人は、針子の収入と地元の農民から入ってくる雀の涙ほどの農地賃借料で
口に糊してしばらくは過ごしていた、が…

父が死んだ年の初めにドイツを襲ったハイパーインフレが、二人の生活をも容赦なく舐めた。

わけがわからなかい、というのが、水銀燈の、いやドイツ国民全体の率直な思いだった。
あれよあれよという間にマルクの価値は下がり、物価は留まることなく上がっていく。
じゃあもっとマルクが欲しいと思っても、このハイパーインフレは市場の均衡を保てる
だけの紙幣の発行の追随を全く許さなかった。

確実にいえることはただ一つ、収入がほぼゼロとなった水銀燈と彼女の母親は、『飢え』に直面したのだ。
264 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:51:41.19 ID:VmWHs5x50
国民規模の生活困窮で、学校の授業はなくなった。
暖房のたき木がないのはもちろん、夜の明かりのランプの油もない。
それだけならばまだいい。寒さは、ベッドの毛布にくるまることで耐えられる。
夜に明かりのもとで何かやるような体力すらそもそも無い。問題は、食料品だった。
物価の暴騰で、近くの商店に並ぶ食料品に手が届かなくなってしまったのである。

軽度であったとはいえ、飢えは辛いものだった。
用を足しにいくことすら億劫なほどに体力は消耗する。
口腔の中にはいつの間にか唾液が溜まり、飲み込めば腹が不機嫌な音を
立ててちゃんとした栄養分を送れと催促する。

1923年の秋も深まり始めた頃、二人は栄養失調の一歩手前まで追い詰められていた。

ところが、不思議な事に、ある時を境に、二人の食卓にはわずかばかりとは言え
黒パンとスープが戻ってきたのである。

とんとご無沙汰だった食事に対面したある夜、水銀燈は、まるで犬のようにパンと
スープにむしゃぶりついていた。
突然の栄養に驚いた胃が食事を受け付けず、彼女は飲み込んだものを吐き出して
しまいそうになったが、精一杯の抵抗で必死に押し戻し返してしまうのだった。
途端に冷え切った身体に温かいものが行き渡り、水銀燈は生気を取り戻していた。
黄色っぽくくすんでいた肌が健康的に赤く染まっていくのを、彼女はパンを頬張り
ながら驚いて見ていた。

そんな娘の幸せそうな様子を見ている水銀燈の母親。
少女と言ってもおかしくない時期に結婚して子供を産んだ水銀燈の母親は、40を少し
越えていたとは言え、痩せてもなおその美しさを全身にたたえていた。
笑顔を向ける娘に微笑みかけながらも、飢えとはまた別の疲れを滲ませていたが、
食べるのに夢中の水銀燈は気づきはしなかった。

どうして今日の昼間、お母様は私にしばらく外に出かけるように言いつけたのだろう…
そんな疑問は、とっくに水銀燈の頭から消えうせていた。
夜、水銀燈は、久しぶりにこんこんと眠ることができた。
265 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:52:48.68 ID:VmWHs5x50
あれからしばらく経ち、相変わらず困窮は続いていたが、何日かに一度は、食卓に
黒パンとスープが戻ってくる日が来るようになった。
そんな日は、決まって昼間、水銀燈は母親に言われて外に出かけるようにされていた。
水銀燈はそう言われるのが嬉しかった。夜にはちゃんとした食事が待っているからだ。
だから今は、お腹が空いていても、ここで1人で耐えていられる。
お母様と、楽しい食事の時間が過ごせる…。

とはいえ、今現在の空腹には耐え難いものがあった。
うつろな目には、川の流れの下で勢いよく泳ぐマスやコイの幻想がちらちらと入る。
それを感じた胃が、むなしい声を上げる…

ふと、そんな水銀燈のそばに、何かがやってくる気配があった。
飢えると、身体機能は著しく低下するが、反対に勘のようなものは鋭敏になる。
水銀燈がおっくうな様子でゆっくり振り向くと、そこには、一羽のカラスが、雨に濡れた
翼を休めて彼女を見ていた。
さてはこれも幻想なのかしら、と思った水銀燈は、カラスのぎらとした目の奥の光に、
それが現実のものだと認識しなおした。

『あなたも…1人なのぉ?』

声をかければ驚いて飛び去ってしまうかもと思いながらも、思わずそう言った自分の声が
ひ弱なことに、水銀燈は改めて驚いた。
カラスは飛び去らなかった。
周囲をきょろきょろと見まわし、やがて壁にもたれてへたり込んでいる水銀燈にぴょんぴょんと
近づいてくる。

水銀燈は、骨ばった小さな手を差し出し、カラスの背に触れた。
なぜか、そうしても大丈夫なような気がしたのだ。
カラスは、水銀燈の手の平を受け容れた。
存外に温かいカラスの身体に、水銀燈はまたびっくりする羽目になった。

『いいわね、あなたは…わたしも、あなたみたいに自由に飛びまわれたら…』

静かに口をついて出た自分の言葉の続きを、水銀燈はふと考えてみようとした。
カラスは驚いたようにまたぴょんと跳ね、彼女の顔をちらと振り向き、小雨の中を飛び去っていった。
水銀燈は、言いようのない寂しさに襲われた。
266 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:53:51.00 ID:VmWHs5x50
…うつらうつらと浅い眠りに就きかけた水銀燈は、聞き覚えのある羽音に意識を取り戻し、
ゆっくりと目を開けた。
さきほどのカラスが、何かをくちばしに咥えて水銀燈に向き合っているのを彼女は見た。

季節外れのコケモモの実がついた枝が、彼女に差し出されていた。

『これ…わたしにくれるのぉ?』

カラスは、枝をその場に取り落とし、ぴょんと下がる。
折られてきたばかりであろう瑞々しい枝を、驚きつつも水銀燈は抱くようにして胸に寄せた。
すぐに食べてしまいたいと思ったが、彼女の頭に浮かんだのは母親の事だった。
これを持って帰ったら、お母さま、きっとよろこんでくれるわね、と…。

『ほんとうに、ありがとぉ…』

涙を滲ませながらお礼を言った水銀燈に、カラスは小さく鳴いて応えた。



橋の下から出て、家までの道をよろめきつつもしっかりコケモモの枝を抱きしめながら、
大好きなお母様の笑顔を思いながら歩く水銀燈…そんな彼女のあとを、まるで見守りでも
するかのように、カラスが飛んだり、あるいは地面を跳ねたりしながらついていく。

その頃、彼女が目指す家では、母親が寝室のベッドの上で、何もまとわず汗ばんだ身体を
投げ出され、シーツに顔を埋めるようにして荒い呼吸を整えていた。
水銀燈が我が家を遠目に捉えるころには、食卓には黒パンとコンソメの瓶が置かれて、
玄関のドアからは村人の男が出て行くところだった。


…水銀燈が、幼い頃に飢え死にを免れることができたその理由を知るのは、のちの事だった。
267 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:55:25.96 ID:VmWHs5x50
小雨が、降っていた。


同じ頃、デュッセルドルフの別地域・とある教会


若き経済博士・ローゼンは、今日もまた娘を連れて出かけていた。
目的地は、家から少し離れた田舎にある教会である。少し前に葬式の列に参加した、あの
そばにあった教会である。
さりとてローゼンは祈りのためにここに来たわけではなく、これは娘に教会芸術を見せて
おきたいと思ったための外出だった。
そう、こんな荒れた世相だからこそ、娘にはせめて豊かなもの、美を見せてやりたい…
機会があればパリのルーヴル美術館に娘を連れて行ってやりたいところだが、今の状況では
望むべくも無い。いずれは、巨匠達の壮大なテンペラ画やフレスコ画、彫刻を見せてやりたい
のだが…。

1918年に設立に関わったドイツ民主党(DDP)に籍を有し、収入もそれほど高額ではない
とはいえ約束されている彼の、愛娘にしてやれる家族サービスが今回の外出である。
ルーヴルには及ぶべくも無いが、この教会にも鮮やかなステンドグラスが、キリストの磔刑や
天使達を模した彫刻が、正十字の刻まれた壁の装飾がある。
本来、女性的センスである“美”を教えるのは母親の役割である、とローゼンは思っていた。
しかし、彼の妻は、愛娘の母親はもうこの世にはいない。
私が、亡き妻の分まで、しっかり一人娘を…雪華綺晶を育ててやらなければ…。

ともすれば、現在の絶望的なドイツ経済に頭を悩ませてしまいがちなローゼンだったが、
雪華綺晶の白いドレス姿の華奢なシルエットが、教会の中を興味津々にあちらへこちらへと動き回るのを
見るのは癒される。

バカの一つ覚えで経済学しか身につけていない父親に不満一つ言わず、愛らしくついてくる娘…。
僕は娘に救われているんだな、とローゼンは今更ながら思っていた。
そんなローゼンが座って娘を眺めている長椅子の一つに、見覚えのある黒服の神父が一人、
後方の出入り口から近づいてくる。
268 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:56:38.40 ID:VmWHs5x50
『よく降りますね。』

ローゼンの横に少し距離を置いて、眼鏡を掛けた初老の神父は優しい微笑みを浮かべて座った。

『え…はぁ。』

突然のことに、ローゼンは生返事を返す事しか出来なかった。

『そういえば、この前の旧軍人の方の葬儀に参列されてましたな。この近くにお住まいですか?』

『…少し、離れてはいますが。』

『それはそれは…あそこにいるのは娘さんですかな?』

自分の身長より高いところにある天使像を、ぴょんぴょんと跳ねながら見ようとしている
雪華綺晶の姿を、神父は微笑ましげに眺めて言う。

『はい。』

『ふぅむ…可愛らしい子だ。敬虔そうな顔をしておりますね。』

『ええ…私などとは比べ物にもなりません。』

言ってしまってから、ローゼンはこの返事を後悔した。聖職者を目の前にして言うことでは
なかったのではないかと…。

『ほぅ。あなたはそうではない…と?』

『はい。失礼ながら、私は宗教を信じてはいません…。』

『それはまた、なぜですかな?』

覚悟を決めたように言うローゼンに、神父は嫌そうな顔一つせず尋ねる。

『“神が全能である”、私はどうしてもこれが信じられないからです。』

『聖書の一節ですな。信じられないというのは…』

『あなた方聖職者は、天にましますという我らが神が全能であると信じて疑わない。
 しかし私から見れば、どうしてあなた方が盲目なまでの信仰心、いや狂信を抱ける
 のか理解できないのです。』

『なるほど。この世界…我々が生きる社会に、現に大いなる苦しみや悲しみがある
 ことが、あなたを苦しめているのですね。』
269 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:58:46.76 ID:VmWHs5x50
『そうです!!』

ローゼンは思わず膝を叩いた。自分の疑問をそこまで理解してくれている聖職者が
いようとは、彼は思ってもいなかった。

『やはりあなたは敬虔だ。そこまで考えて信仰心と言うものを考えるということは、
 本に書いてあることを、まるで学生のように一字一句鵜呑みにすることなどよりも
 はるかにあなたの心が神に近いという何よりの証拠です。』

『…それはともかく、全能であるはずの神が、なぜ苦しみの中にいる我々を救いは
 しないのか…、それが私には分からないのです。』

『…あなたは、娘さんを愛しておられますか?』

『もちろんです。』

『彼女が、より良い人生を歩んでいく事を願っておられますか?』

『ええ。』

『いずれ自転車に乗ることを許しますか?』

ローゼンは、神父が何を言わんとしているかを悟った。

『…はい。』

『おや。自転車に乗れば転んでケガをするかもしれないし、自動車とぶつかるかも
 しれない。それでもあなたは自転車を与えるのですか?』

『…自ら学ばせることも、大事な事だと思うからです。』

『神も、そう願っておられるのですよ。』

予想していた答えを、その通り神父は言った。しかし、ローゼンは堰を切ったように口を開いた。
270 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 02:59:18.35 ID:VmWHs5x50
『…ですがしかし!!ことのレベルは子供の自転車程度の話ではありません!!
 我がドイツが現在、いかに嘆かわしい状況にあるかご存じないはずはないでしょう!?
 屈辱的なヴェルサイユ条約、フランスのルール進駐、結果生じたハイパーインフレと
 国民生活の甚大な困窮化!!ついに先日にはミュンヘンで大規模な叛乱まで起きた!!』
 
『…』

神父は、穏やかに聞いているだけだった。ローゼンは続ける。

『今、ドイツを循環する経済は、人を豊かにするのではなく、殺してまわっているのです。
 私は悔しい。私の愛する科学である経済が単なるマネーゲームに堕し、現実に生きる人々を
 苦しめている事が。そして何より、それに対して何も出来ない自分の無力さが!!!』

まくし立てて荒れた息を整えるローゼン。
黙ってそんな彼を見ている神父。
ローゼンの悲痛な叫びは、しかし雨音のために離れたところにいる雪華綺晶には届いていない。

『…神父様、どうして神は、何も…』

頭を抱え込むようにして俯くローゼン。
神父は、ややあって口を開いた。

『やはり、あなたこそ最も敬虔な方ですよ。今のお話でそれが良く分かりました。』

『…私は、別に…』

『あなたは、こうした状況を変えるためにご自身で何が出来ますか?』

唐突に神父が尋ね、ローゼンは戸惑いを覚えた。
しかし、回答に時間は掛からなかった。

『…もしも、もしもですが、私がドイツ中央銀行たるライヒスバンクの総裁になれれば…
 微力ながら、祖国経済復興の礎となるよう私の全身全霊を掛けるのですが…。』

『そうなった暁には、あなたは必ずこのドイツを救えるのですか?』

今までになく真剣な眼差しで、神父はローゼンを見据えた。
返ってくる答えも、また迷いのないものだった。

『…ええ。』

そう言ったとき、教会の奥にある丸いステンドグラスから陽光が差し込んだ。
色とりどりの鮮やかな光の筋が空間を照らし、イエス・キリストの磔刑像がよりくっきりと
その輪郭を浮かび上がらせた。
271 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 03:00:21.75 ID:VmWHs5x50
『おとうさま、なんのお話をしていたの?』

いつの間にか二人のそばにやって来ていた雪華綺晶が、ローゼンの顔を笑顔で覗き込んでいた。
両手を後ろ手に組んでぐいと上半身を寄せている愛娘の頭をなでながら、ローゼンが言う。

『雪華綺晶、神父様にご挨拶は?』

穏やかな笑みを浮かべる神父に、雪華綺晶はスカートの両すそを持ってお辞儀をした。

『ごきげんよう、神父さま。』

『ごきげんよう、娘さん。』

微笑みあう時間が、少しだけ流れた。

『…では、そろそろ失礼します。』

ややあって雪華綺晶を促しつつ席を立ち、神父に挨拶して出入り口へと歩いていく父娘に、
神父は両手を合わせて応えた。

『はい。あなた方に神の祝福があらんことを。』



そして、微笑を深めながら、こう小さくつぶやいた。

『…そして、あなた自身が願う地位があなたに与えられんことを。』


小雨は、止んでいた。




ライヒスバンク総裁・ハーヴェンシュタインが急死したのは、その少し後のことだった。
272 :人形達のシャングリラ :2011/10/30(日) 03:01:06.95 ID:VmWHs5x50
今回はここまでです。ではまた。
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/30(日) 03:05:39.85 ID:gCfEKMKIO
>>272
こんな深夜におつなんだぜ
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/30(日) 10:30:12.65 ID:pxxVJVwpo
続きキター
乙です
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山口県) :2011/11/28(月) 22:20:54.48 ID:mxJEaY0g0
乙カレー
次も待ってるぜ
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/30(水) 23:35:37.42 ID:JI9Loxuoo
◆雨続き◆

め「うーん……」クンクン

J「どうした? 服の匂いなんか嗅いで」

薔「ついに匂いフェチに目覚めたの……?」

め「違うわよ。このところ雨続きでしょ? 室内干ししたからなんかにおうのよね」

J「あー、あの独特の生乾きの香りね。でもこっちまでは漂ってこないぞ」

め「ファブリーズしまくったから」

J「偉大だな、ファブリーズは」

薔「あのね、めぐ……。室内干しに対応した洗剤を使えばいいんだよ……」

め「え? そんなの、あるの?」

薔「うん……」

J「よく知ってるな、ばらしー」

薔「……いいお嫁さんになれるかな?」

め「なれるなれる」

薔「だって、JUM……///」チラッ

J「ん? ああ、良かったな」

薔「……」

め(フラグを折る以前に立ってすらいない)
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/30(水) 23:36:37.36 ID:JI9Loxuoo
(ザーッ……)

薔「また降り出したね、雨……」

め「あーもう、暇だひまだぁ」ゴロゴロ

J「どっか出かけろよ」

め「雨だし出かけるのめんどい」

J「じゃあ静かにしてろ。あと人の部屋の床をごろごろ転がるな」

め「ヒーマーだーよー。あーそーぼーうーよー」ガタガタ

J「こら、人の座ってる椅子をがたがた揺らすな! 僕は今本読んでるの!」

め「ちぇー、桜田くんのケチ。桜田ケチ」

J「誰だよ」

薔「そんな時間を持て余しためぐに朗報……」

め「んー?」

薔「ここに色んな道具を持ってきた……」ドサドサ

J「勝手に人の家をあさるなよ」

薔「この中から選んだものでめぐが一発芸をする……そうすれば私も暇つぶしになるしめぐも楽しい」

め「おお、なるほど。その手があったか」

J「やめとけ。こういうのは滑るぞ」

め「ふっふっふ、甘いね桜田くん。私の本気で君たちの腹筋をケイレンさせてやろうじゃあないか」
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/30(水) 23:37:16.29 ID:JI9Loxuoo
め「んーと……んじゃ、これ」ガサゴソ

薔「取り出したるはダンボール紙……」

め「これを……よっと」

め「桜田くーん、見てみてー」

J「だから今本を……なんで頭の上にダンボール紙のっけてるの?」

め「一発芸いきまーす」

薔「ほほう……」

め「ものまね『ヘーベルハウス』」

め「ハーイ」ヒョイ

J「……」

め「……」

薔「……」

J「……だからやめとけって言っただろ……」

め「……なんかごめん……」
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/30(水) 23:38:01.28 ID:JI9Loxuoo
め「ええい! この程度であきらめてたまるか!」ガサゴソ

J「学習しないなぁ」

め「よっしゃ、次! この浮き輪使います!」

薔「おお……」パチパチ

め「えっと、それじゃあ……」

J「……」

薔「……」

め「うーんと……」

J「……」

薔「……」

め「と、通り抜けフープ〜」ヒョイッ

J「……」

薔「……」

め「……ダメ?」

J「かなりダメ」
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/30(水) 23:39:03.48 ID:JI9Loxuoo
め「あーもうやめ! 私のハイレベルなユーモアに二人がついてこれないのよ!」

J「はいはい」

薔「正直がっかりだよ……」

め「結構言うよねぇ、ばらしー」ゴロン

J「結局寝転がるのか」

め「だってヒマじゃん」

(ザーッ……)

J「……」パラッ

め「……」ゴロゴロ

薔「……」

め「……海行きてえな」

薔「どうしたの? いきなり……」

め「いや、浮き輪見てるとなんとなく思ってさぁ」

J「時期的に無理あるだろ。泳いだら風邪ひいちゃうぞ」
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/30(水) 23:40:04.22 ID:JI9Loxuoo
め「泳ぐって言えば、桜田くんはカナヅチっぽそうだよね」

J「失礼だなあ。僕だって人並みには泳げる」

薔「……ちょっと残念」

め「なんで?」

薔「JUMが泳げなければ……私がかっこよく助ける。そして禁断のマウストゥーマウス……///」

J「そういうのは男女逆じゃないか? ふつう」

め「んー。じゃあさあ、ばらしー」

薔「?」

め「私と桜田くんが目の前でおぼれたら、どっち助ける?」
薔「JUM」

め「即答かよ……じゃあ、私と水銀燈」
薔「水銀燈」

め「……私としんk」「真紅」

め「……」
薔「……」

め「……私とこの浮き輪」

薔「うk……しょうがないからめぐ」

め「何よ、しょうがないからって! 私はばらしーにとって浮き輪と同等それ以下なわけ!?」

薔「違うよ……浮き輪より上だよ……」

め「しゃあ、勝った!」グッ

J「いいのかよそれで」

め「桜田くん……人間、満足することを忘れたら欲望の虜になってしまうのよ?」

J「なにを悟ってるんだ」
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/30(水) 23:40:58.27 ID:JI9Loxuoo
め(暇だなあ……)

め(せめて雨が雪に変わればいいのに)

め(さすがにまだ無理があるか)

め(……)

め(ばらしーの持ってきた小道具で、なにか面白いのないのかな)ガサゴソ

め(……モップ)

め(ギターに見えなくもないわね)

め「……ウィーウィルウィーウィルロッキュー」ジャカジャカ

J「……」

薔「……」

薔「ウィーウィルウィーウィルロッキュー」

め「!」

薔「ウィーウィルウィーウィル」

め「ロッキュー!」

め&薔「ウィーウィルウィーウィルロッキュー!!」

J「……何叫んでんの、二人して」
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/30(水) 23:41:33.94 ID:JI9Loxuoo
め「ふっ……時代はロックなのよ、桜田くん」

J「そうなのか」

薔「私たちのシャウト……熱いソウル……感じたかい?」

J「とりあえずモップ返してくれ。僕の家のだろ、それ」

め「えー!? これギター代わりなのにぃ」

J「お前は小学生男子か」

薔「大丈夫、めぐ……エアギターというすばらしい発明がある……」

め「おお、それだ! ばらしー、冴えてるわよ」

薔「ふふ……ロック魂が私に乗り移った」

J「あ、それとさ」

め「ん? なんだい、ボーイ?」

J「せめて窓閉めとけよ。近所に丸聞こえだぞ」

め&薔「……」

め&薔「///」カーッ
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/30(水) 23:42:54.65 ID:JI9Loxuoo
〜数日後〜

め「うむむ……」クンクン

J「また服の匂い嗅いでるぞ、こいつは」

薔「やっぱり、匂いフェチだったんだね……」

め「違うってーの。また最近雨続きだったでしょ? だからばらしーにすすめられた洗剤使ったんだけど、なんかいい匂いしないのよね」

J「自分じゃ気づかないだけかもよ? 第三者の視点的な意味で僕が嗅いでみようか、お前の服」

め「黙れ変態」

J「ひどい」

薔「少し、失礼……」クンクン

薔「……本当」

め「でしょ? ばらしーの服みたいないい匂いしないの。なんでかなぁ」

J「そりゃ、お前の体臭だr め「ぶっとばすぞ」

薔「……洗剤、洗濯機のところに置いてるの?」

め「ん? そうだよ」

薔「ちょっと見せてね……」スタスタ

薔「……」

薔「……めぐ」

め「なにー?」

薔「これ、洗剤じゃなくて布用接着剤……」

め「なんと。道理で服がごわごわしてたわけだ」

J「なぜ間違える」
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/30(水) 23:44:21.25 ID:JI9Loxuoo
おしまいです
おやすみ
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/01(木) 08:23:22.40 ID:mt1PRa6IO
>>283
まさかの近所バレwww
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/01(木) 08:59:38.50 ID:HeDu4PAIO
おつおつ!
またこの3人組がみれてうれしいww
288 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 20:26:47.27 ID:IuClZpcMo
いつのまにかスレが復活していた
乙〜
289 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:40:15.52 ID:DbF9HvcO0
あけましておめでとうございます。初っ端からご容赦下さい。

「人形達のシャングリラ」第一幕 第三場

201X年、桜田ジュンのアトリエ。




…手の中の湯のみのお茶が冷え切っている事に、桜田の話を聞いていた内閣調査室職員・
上条当麻は、その話が終わり、桜田がずずずとお茶をすするまで気づかなかった。

外は風が一段と強くなってきたらしい。

しばし出来た間を破るべく、上条は率直な感想を述べた。

「…当時のドイツは、教科書なんかじゃ分からない位に、苦しい状況だったんですね…。」

一息ついた桜田老人は、ややあって満足そうに頷いた。

「そう言ってもらえて嬉しいよ。経済は、決して机上で済ませていい次元の話じゃあない。
 それは、人々の生活に否応なく結びついてくるものなんだ。
 それを実感として理解してもらえたのならば、話を聞いてもらった甲斐があったよ。」

「はぁ…。いや、それにしても桜田さんのお話はかなりリアルですねぇ。
 100年近く前の、それも遠くはなれたドイツでのお話なのに、まるで当時のドイツに
 いて、ハイパーインフレの惨状を肌で感じて来られたみたいです。
 もしかして、お話に出てきた人々と、桜田さんは交流があったんじゃないですか?」

気負い込んで聞いてみた上条だったが、桜田の答えは彼の予想したものではなかった。

「…あの時代、ドイツ国民は、ほとんどの人々が例外なく僕が話したような辛酸を舐めざる
 を得なかったんだ。そんな中で、あの人はどうだった、この人はこんなに苦しんでいた、
 とかいう話はあまり重要じゃあない。雪華綺晶という少女にしろ、水銀燈という少女にしろ、
 彼女らそれぞれは当時あの国であの空気に打たれていた大多数の一つ…その中に浮かんでいた
 記号に過ぎない。」

「…??」

「かの有名な作家の司馬遼太郎はかつてこう言った。
 小説『坂の上の雲』は、当時生きていた人間であれば、誰であろうとその主人公になり得た。
 秋山兄弟や正岡子規がその主人公に選ばれたのは、彼らが出来すぎた程に物語性を持っていた
 からに他ならない、とね。」

「?…!!」

「…では、先へ進もうか。今度は舞台を変えて、同じ時期の我が国の話をしよう。」

「はい、お願いします!!」

290 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:41:04.71 ID:DbF9HvcO0
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


1923年9月、東京市。この日の帝都の空は、残暑の中みごとに晴れ渡っていた。


11時を過ぎた頃。市ヶ谷の参謀本部ビルに向かう軍服姿の男がいた。

50代も後半になろうかというその男の肩には、三本の赤線に白銀の
星が三つ…要するに大佐を示す肩章がついている。



参謀本部とは、陸軍において軍事行動の作戦指導を行う組織であり、
陸軍省、陸軍教育総監部に並ぶ日本陸軍の主要機関である。

参謀本部というと、その性質上、陸軍省の下に置かれているものだと
誤解してしまいがちだが、陸軍省の長たる陸軍大臣が内閣の一員である
一方で、参謀本部は天皇の隷下にあり、そのトップである参謀本部総長は
天皇から直接命令を受けるようになっている事実からも、この組織が日本
陸軍という組織の中で確固たる位置を占めていることが分かる。



この柴崎元治という大佐は、次期参謀本部次長の椅子が用意されていると噂されている
ほどに、期待を受けている将官だった。常識的に見れば、平時にあって、彼ほど輝かしい
軍歴が待っていそうな将官は他には中々見受けられないだろう。

…だが、今、彼の顔はひどく曇っていた。
陰鬱そうな小皺が彼の眉間を覆い、頬にはまだ新しい痣が生々しく残っている。
291 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:41:41.91 ID:DbF9HvcO0
痣が出来た理由は実に簡単だった。
昨晩、参謀本部での書類仕事が遅くなった柴崎の帰途で、二人連れのサラリーマン風の
酔っ払いがからんできたのである。

『やぁ、税金泥棒がいるぞ!』

『お前ら街中でも平気でサーベル下げやがって、電車にでも乗られたら迷惑なんだよ!』

『聞いてんのか、おいこら!』

酔っ払いにしてはしっかりした拳も痛かったが、それ以上に痛かったのが、
税金泥棒という言葉であり、それを酔っ払いはじめ現在の日本の大衆に吐かせている
風潮だった。

先の大戦で、世界は近代科学兵器による総力戦の惨禍に恐れおののき、二度とこうした
悲劇が起こされないよう、各国が代表者を出し合い、話し合いによって国際紛争を
未然に防ごうとするべく、国際連盟なる組織を作り上げた。

その常任理事国となった日本では、もはや新たな戦争は起こるまい、起こさせるまいとした
楽観的な言論潮流が見受けられるようになった。

そうした中から、帝國陸海軍という組織に対し、その規模の縮小をはかり、以って
税金の無駄遣いを減らそうという考え方や、もっと極端な者になると、陸海軍そのものを
廃止せよという考え方まで出てきていた。

…柴崎個人は、国際連盟主導による世界平和の実現という構想自体には賛成の
立場を保持していた。軍人といえど人間である。いったん大命下れば陛下の名の下に
戦わねばならないが、平和が許されるのであれば、ただ静かに座していればよい。
部下に[ピーーー]という必要もなく、夥しい税金を消費する必要もない。
むしろ、平和を維持するための対外的な暴力装置として、我々陸海軍は在るべき…
彼はそう思っていた。
292 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:42:33.64 ID:DbF9HvcO0
だが世間は彼のそうした想いなど斟酌しなかった。
空気は、明らかに軍人蔑視へと向かっていった、

いつしか軍人である事は恥であるという空気すら生まれ、参謀本部員ですら、
勤務時間外は極力私服で過ごすようにする者も少なくなくなった。

街で軍服姿を見れば眉をひそめられ、雨の日にマントを着たまま電車に乗ろうと
すれば公然と罵声を浴び、公共の場でも入場を断られる事すらある。

今でさえ、市電通りを時おりすれ違う通行人から、柴崎は蔑みの目を感じてしまう。

…それ位ならまだいい、軍人だからこそ、もっと辛い事もある…。

柴崎は参謀本部ビルに入り、エレベーターを目指しながら、苦渋の顔でそう思った。
今から、その辛酸を分かち合わなければならないのだから。
293 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:43:05.05 ID:DbF9HvcO0
その頃、東京市立品川第二尋常小学校。

来年には小学校を卒業する生徒が1人、職員室で教師と向かい合っていた。

「柴崎一樹…君は…陸軍幼年学校を受験したい、だと?」

「…はい。」

椅子に座りながら、忙しそうに扇子で自分を仰いでいる眼鏡面の中年教師と、
それに向かい合って立つ、あまり押しの強くなさそうな、真面目そうな男の子。

「君ねぇ…将来は軍人になりたいの?」

「はい。」

教師は、パチンと音を立てて扇子を閉じた。

「…将来の事を考えるとだね、軍人になるのはやめておいたほうが懸命だよ。
 知っているかい?幼年学校に限らず、きょうび陸軍士官学校や海軍兵学校は
 志望者数が低くなっている。」

「…」

「確かに、考え方によっては、難易度の低くなった陸士や海兵は大穴かも知れない…。
 ま、君の成績であれば、大穴狙いなんてのは有り得ないか。」

「…」

「要するに、だ。軍人なんてこれからははやらないってことだよ。
 どうせこれから戦争なんて起こらないだろうし、近々大規模な軍縮が行われる
 って噂もある。軍人が今世間でどんな扱いを受けているか、君もお父さんを
 見ていたら分かるだろう?」

「…」

「とにかくだ。君は優秀なんだから、このまま普通の中学に進学したほうが懸命だ。
 幸い君の家庭は豊かだし、金銭面で中学を断念せざるをえない事由はない。
 お父さんも、君が中学に上がる事を望んでいらっしゃると思うぞ?」

「…父と、相談します。」

「…そうかい。」

一礼して職員室を出て行く柴崎一樹に、中年教師は憮然としつつ、畳んでいた
扇子を開き、まとわりつく残暑を再び追い払いはじめた。
294 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:43:51.49 ID:DbF9HvcO0
場所は戻り、市ヶ谷・参謀本部



[ 参謀第二部 ]


杉板に墨汁でそう書かれた掛札のある扉を開くと、中にいた部員達が書類仕事の
手を止め、いっせいに立ち上がった。

「第二部長に、敬礼!」

緑がかった黄土色の軍服姿が、事務机の並ぶ部屋に入りかけた柴崎に敬礼を投げる。
敬礼を返し、いつものように自分の机にカバンを置くと、部員達は敬礼を解き、
めいめいの仕事へと戻っていく。

柴崎がこれから対面しなければならない辛さを思って椅子に腰かけると、まさにその相手…
参謀第二部では最若手の部員である少尉が、いそいそと柴崎の机の前にやって来た。

制帽を小脇に抱え、一礼する若い少尉のあどけなさが残る顔を見て、柴崎の心は
一段と曇る。

「部長、…その、先方からのお返事についてですが…」

ああ、やはりか。

緊張の面持ちで待つ少尉を前に、柴崎は気づかれないようにそっとため息をついた。
少尉の直属上官として、柴崎は、若い部下のために結婚相手を紹介するという不文律的な
役目を引き受けていたのだった。

柴崎が彼に紹介したのは、柴崎の知り合いの一般的な家庭のお嬢さんだった。
それほど良家というわけでもないが、相手は躾の行き届いた器量よしで顔も良しの
文句のつけようもないお嬢さんで、しかも運のいい事に、お嬢さんは柴崎づてに
少尉と何度かの面識があった。

流れで仲人的な立場に立った柴崎は、表立っては会えない二人の間に立ち、それぞれの
意志を確認していた。そろそろ身を固めないとと焦っていた少尉はもちろん、お嬢さんの
ほうも実直そうな相手を気に入り、話は良い方向に向かっていた…はずだった。
295 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:44:34.98 ID:DbF9HvcO0
柴崎は、実に苦しげに切り出した。

「実はな…すまん。昨日、向こうから…丁重にお断りします、と返事があったんじゃ…」

「…!!」

少尉は息を飲み、顔色を青ざめさせた。少尉の後ろで聞いていた部員達の仕事の手も止まった。

「ワシも色々とりなしたんじゃが…すまん、どうしても覆す事は出来なんだ…。」

「…すると、部長…お嬢さんは、自分の事を…」

「いや、それは違う!お嬢さんは、貴様と見合いするのを本当に楽しみにしていなさった。
 …断りを入れたのは、ご両親の独断じゃ…。」

「では、どうして…」

「…相手が軍人では、きょうび世間体が悪い…とのことじゃ…」

その瞬間、聞き耳を立てていた第二部の全員が苦しげな嘆息を吐き出した。
軍人として、最も辛い瞬間を、この部屋にいた全員が共有したのだ。

「…力及ばず、貴様には本当に申し訳ないことをした。この通りじゃ…」

机に手をついて頭を下げた柴崎に、少尉が我に帰り、慌てて言う。

「そんな、部長は本当によくして下さいました!感謝しても、しきれません…」

「…すまない。」

「…いえ、本当にありがとうございました。」

また縁があればよろしくお願いいたします、と無理に作った笑顔で少尉は言った。
296 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:45:13.79 ID:DbF9HvcO0
そのまま自分の机に戻ろうとした少尉を呼びとめ、柴崎は彼を伴って窓際の
灰皿へ煙草を吸いに立った。彼が出しかけた安煙草を押し戻し、自分の「さくら」を
勧めて火をつけてやった柴崎は、胸いっぱいに吸った煙を天井に叩きつけるように
吐き出した少尉が眼を真っ赤にしているのを見て、胸を痛めつつ自分も煙草を咥えた。

窓から見える空は、
東寄りのはるか彼方には、浅草に12階建てのビルディングが見える。
浅草12階と呼ばれる、東京一の高さを誇るそのビルは、しかし、今日に限ってはひどく頼りなく見えた。
297 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:45:49.35 ID:DbF9HvcO0
「…えらく、不気味な入道雲じゃな…。」

どす黒い入道雲が、東京のからりと晴れた空を、少しずつではあるが、侵食し始めている。

「太陽が…」

いつの間にか柴崎と同じように外に目をやっていた少尉が、ぽつりとつぶやくのを柴崎は聞いた。

「…!!」

太陽が、血のように真っ赤に染まっている。真紅、という表現のしっくりくる状景だった。
それが、いつの間にか浮かんでいる塵のような霞の向こうに、不気味に映えている…。

…一体、何かの前触れか何かなのだろうか。

柴崎は頭を捻ったが、考えすぎかもしれない、どうせ昼間から一雨来るんだろうと思い直す。

…ともあれ、もうそろそろ仕事をはじめねばと柴崎が煙草を灰皿に押し付けたその時だった。

腹の底から響く轟きが、どこからともなく聞こえてきた。

灰皿に目をやっていた柴崎と少尉は、どちらからともなく目を合わせる。
机に向かっていた他の部員達も、何事かと手を止めた。

ガラス戸が震え始め、いつしかはっきり音を立てて上下し始めた。

この時、すでに部員の全員が立ち上がり、周囲を落ち着かなく見渡し、やがてそうさせられた
かのように窓の外を見た。

垂れ込めるどす黒い入道雲が光った。
それは、稲妻などとは違う、もっと不気味で…人間を生理的に凍りつかせるものだった。



…そして、それは突然やって来た。
298 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:46:50.77 ID:DbF9HvcO0
まるでソロバンを一気に傾けたように、部屋の中にいた柴崎はじめ部員たち全員が、
揺り上げてくる強大な力に突き飛ばされ、同じ方向へと引き倒された。

あちこちで悲鳴が上がり、机の上にあった書類やらいろいろな物があちこちで落下し、
頭を抱えてうずくまる部員たちに容赦なく降り注ぐ。

咄嗟に窓のへりにしがみついた柴崎は、転倒を辛うじて免れ、生まれて初めて遭遇する
大地震に肝を潰していた。ひび割れたガラス窓の向こうを見ると、激しく上下左右する
視界の向こうに、東京中のありとあらゆる建物がゆれで翻弄され、ぐずぐずと崩れて
いくのが見え…そして、先ほどまで天高くそびえていた浅草12階ビルが、中ほどから
ぼろりと崩れ、満員の劇場があったはずの最上階が地面へと人をばら撒きつつ落下し、
遂に叩きつけられ…土ぼこりの中に消えていくのを見た。

「あ…ああ…何ということじゃ…」

揺れは収まる気配がない。

家に残してきた妻の事、学校にいるはずの息子の事…様々なことが頭の中をよぎる。
柴崎は、窓べりに手を添えたまま、よろよろと背後を振り返った。
天井から下がった電球は空中ブランコのように激しく振り回され、その下では
あらゆる場所から弾き飛ばされた書類や埃が舞い、部員たちがうずくまり、
あるいは右往左往している。額から血を流している者もいた。
何かが落ちる音、ガラスが割れる音、悲鳴、地響き、それらが一つの轟音と
なって、部屋中を、いや東京中を支配していた。

うろたえるな、と、自分自身が平静でないことを理解しつつもそう叫ぼうとした
柴崎は、すぐそばで床に手を着いている少尉が自分に何か叫んでいるのを見た。

何を言っている、と耳に手を当てるしぐさも出来ず、聞き返そうとする柴崎の身体が、
不意に弾き飛ばされた。

もんどり打って板張りの床に投げ出された柴崎は、自分を掴み飛ばした少尉の
背後から、支那大陸課の巨大な書類棚がゆっくりと倒れてくるのに気づく。

慌てて少尉に手を差し伸べようとした彼を、横合いから転がってきた事務机が
容赦なく打ち付ける。体中の激痛が、彼の肺にあった空気を一気に押し出し、
柴崎の意識は遠のいていった。
299 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:47:55.07 ID:DbF9HvcO0
「…二部長!!二部長!!!」

目を開けると、まず目に入ったのは、自分を揺り起こしている数人の部員と、
その頭上であちこち破口を開けている板張りの天井だった。

…気を失っていたのか!

思わず部下の手を借りて立ち上がった柴崎だったが、突然込み上げてきたものに
突き動かされ、彼は後ろへ下がり、床に胃液をぶちまけた。
部下の目があるということにも、地震酔いにやられたということにも気づかず、
唾液まで搾り取られた柴崎はよろよろと振り返り、部員らに向き直る。
まだ足元が揺れているような気分に囚われつつ、口を開く。

「現状は…」

「本部内は大混乱です。死亡者・怪我人も出ています。電話は全く通じません。
 部長、急ぎ本部内の指揮をお執りください!」

「あ、ああ…」

額から血を流しつつも一気に報告する部員にやっとのことで返事をした柴崎は、改めて
窓の外を見た。

世界は先ほどよりも塵に覆われていたが、見渡せるもの全てが廃墟と化していることは
一見してよく分かった。それだけではない。市内のあちこちから、炎がくすぶり出している。

あの大破壊が昼食どきで、東京市中のカマドに火が入っていたであろうことを思い出した
柴崎の背に冷や汗が流れた。妻は…息子は…しかし今は、軍人としての責任がある!

「急いで警視庁・陸海軍省その他の当局と連絡をとれ!救護室は怪我人の治療に当たれ!
 それと銃器庫には見張りを立てておけ!部外者を近寄らせるな!
 あとは延焼物をこの建物周辺からなるたけ片付けろ!可能なら市民の救助もやるんじゃ!
 ぼやぼやするな、急げ!」

聞いていた全員が、怒号と悲鳴の飛び交う廊下へと飛び出て行く。
 
柴崎も後を追おうとして、思わず足を止めた。
300 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:48:54.48 ID:DbF9HvcO0
自分が先ほどまで横たわっていたすぐ側に、書類棚が倒れこんでいる。
その棚と床の間に、うつ伏せになった若者…一緒に煙草を吸っていたはずの少尉の
姿があった。即死だった。

自分を庇って死んだ少尉の無念の眼差しをそっと閉じてやり、柴崎はしばし瞑目して
いたが、このままここにいると脱力したままそのうち動けなくなってしまうだろう
ことを予感した彼は、立ち上がって最後の敬礼を少尉に投げ、足の踏み場の無い
部屋を急ぎ足で出て行った。

…炎は、木と紙の廃墟と化した東京中に、じわりと広がりつつあった。
301 :人形達のシャングリラ [hokakyara]:2012/01/02(月) 23:49:31.26 ID:DbF9HvcO0
今回はここまで。今年、良い年になればいいですね。ではまた。
302 :以下、あけまして :2012/01/03(火) 08:10:01.18 ID:4Xy/+Q/AO
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/01/20(金) 23:34:38.47 ID:PBMlZDLw0
乙です!!
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 14:51:27.34 ID:OwTRUtQYo
HDD整理してたら昔このスレでゲーム企画とか動いてた時の制服設定が出てきたんで、真紅に着せてみた。
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/38.jpg


305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 14:53:35.87 ID:OwTRUtQYo
HDD整理してたら昔このスレでゲーム企画とか動いてた時の制服設定が出てきたんで、真紅に着せてみた。
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/38.jpg


306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 15:42:20.67 ID:OwTRUtQYo
HDD整理してたら昔このスレでゲーム企画とか動いてた時の制服設定が出てきたんで、真紅に着せてみた。
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/38.jpg


307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 15:43:54.69 ID:OwTRUtQYo
うあー、何回書き込んでるんだ。すいません。
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 16:47:31.01 ID:fT9TNXS9o
いいぞ
三回保存した

その調子で全姉妹やってくれ m9(`・ω・´)
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/03/18(日) 20:27:41.55 ID:b5f5Gaybo
すごい
かわいい
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/19(月) 13:16:13.86 ID:W5T+h4Xzo
ヒナにも着せてみた
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/39.jpg
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/19(月) 14:26:42.93 ID:5ZSZmMO9o
(・∀・)イイヨイイヨー

次は双子かばらすぃー希望
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/20(火) 11:27:09.87 ID:kIt3lFh+o
この人の絵柄……どっかで見たことがあるようなないような……
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/20(火) 13:43:31.85 ID:46SenWbgo
ばらしーの朝はジュンへの妄想から始まる

朝の祈り

神様

教会

ウエディング

初夜

えへへ…
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/40.jpg

今日も元気なようです。



>312
大分前にちょこちょこ女の子スレに描いてたから見覚えのある人もいるかとww
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/20(火) 13:45:22.69 ID:46SenWbgo
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/41.jpg

「やれやれ、今日もケンカしちゃったのかい?」

「…いいからだまって背中を貸しとくですぅ」

「はいはい」


315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/20(火) 23:38:57.30 ID:kIt3lFh+o
乙ですぅ

絵師さんが居るのってすげぇ久しぶりな気がする
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/21(水) 12:39:14.74 ID:W53Aoymwo
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/42.jpg

カナと銀。この二人の組み合わせって原作でもかなり好き。
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/21(水) 13:22:12.33 ID:5ef0em8ko
銀ちゃんが優し過ぎる件

なんか……ちくしょう、カナそこを代われ
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/21(水) 20:14:51.79 ID:5ef0em8ko
SSは別連載持っててすぐには書けないけど

非常にムラムラしたので
取り敢えず双子を壁紙にしてお茶を濁させてもらったぜ!

絵師さんthx
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/22(木) 14:04:27.84 ID:wyGQTJzPo
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/43.jpg
趣味は昼寝。


320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/22(木) 23:10:54.28 ID:QU2hkE02o
「ふわぁ……あら、美味しそうな苺ですのね」ヒョイパク
「あーっ! ヒナの苺勝手に食べちゃ駄目なのー!」
「ごちそうさまです」
「むー! きらきー、食いしん坊なんだからー」
「ええ。食いしん坊ですのよ……ですから……」
「ひゃうっ……んむ……」

「…………ごちそうさまです」
「うう……きらきーのえっちぃ……」

「あ、貴方達……仲が良いのはいいけれどいい加減にするのだわ。少しは人目も考えて頂戴」
「あぅぅ……ヒナ悪くないのよ、きらきーがいきなりちゅーしてくるから……」
「でも嫌がっていなかったのですわ、雛苺も」
「……どちらでもいいから、次からはキスするなら二人だけの場所でして頂戴。見ているこちらが恥ずかしくなってしまうのだわ」
「了解ですわ♪」
「分かったら早く行きなさい」
「はいっ♪ さあ参りましょう、雛苺」
「ちょ……ヒナは了解してないのよー!」

「ふぅ……全く……(私もそういう相手が欲しいのだわ……)」
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/03/23(金) 13:52:42.53 ID:qQBzqOfAO
久々に覗いたら素晴らしい事に
ありがたやありがたや
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/26(月) 12:41:43.39 ID:aGxITegbo
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/44.jpg
真紅 ミーツ 真紅

ドールと出会う話とか読んでみたい
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/26(月) 12:54:30.15 ID:eMCFPvjpo
おお
あなたが神か

ちょっと毛色違うけど「ドールがうちにやってきたトロイメント」ってSSがあるよ
Arcadiaってサイトの「投稿掲示板」→「チラシの裏」で題名で検索
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/27(火) 12:43:59.61 ID:ZP815Drko
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/45.jpg
TVで偶然カナっぽい髪型を見たので描いてみた。

>323
早速見に行きました。おもしれーww
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/27(火) 15:56:42.69 ID:bbc0wMV3o
>>324
結婚してくれカナ
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/27(火) 16:14:55.15 ID:2HqtRAIWo
あれ、おかしいな
俺まだ書き込んでないはずなのに

取り敢えずカナは俺の嫁な
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/27(火) 16:57:49.99 ID:h2LfAHfAO
カナなら今俺とエッチしてるよ
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/27(火) 17:36:20.42 ID:2HqtRAIWo
なん……だと……

ってよく見たらキルミンの人じゃないかー懐かしい
また描いてくれて感謝感謝でつ
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/28(水) 12:10:01.48 ID:Ss9nfkhpo
上の絵の元になった髪型、名古屋巻きという名前があるそうです。
友人に言われて初めて知ったww



http://joy.atbbs.jp/rozen/img/46.jpg

むきますか?むきませんか?
 むきます
 むきません

どっちを?
 服を
 皮を




330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/28(水) 12:36:48.00 ID:jJciOE/6o
何の皮だッ

全くけしからん、もっとやれ
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/29(木) 19:42:13.75 ID:eAGkhNuOo
てすてす
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/30(金) 12:56:47.47 ID:AmJtBJduo
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/47.jpg
ヒナ ミーツ 雛苺。

ふにふにするのが大好きになるに違いない!
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/30(金) 15:58:57.63 ID:oktNJo5xo
なんとゆうπ
ふにふによりも雛苺ならちゅっちゅしたくなるのでは
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/30(金) 16:15:42.30 ID:oktNJo5xo
あと
素直な感想

マ ミ さ ん 何 し て は る ん で す か


巨乳ヒナってマミさんに似てるよね!!!
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/31(土) 12:54:49.89 ID:NwTw2Rrdo
>>324
亀ですが
読んでくれてありがとう
残念人形で済みません
あと更新してなくて済みません


ヒナ良すぎるっす……あと色ボケばらすぃもww
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/01(日) 12:26:13.18 ID:bfptvaYHo
http://joy.atbbs.jp/rozen/img/48.jpg

(そう…ま「け」なかった世界では、自分自身がミーディアムになるのねぇ…)
「はじめまして、私…ふふっ」


「あなた、いったい誰?」


―今、新たな物語が始まる―



ていう妄想。



>333
つまりイチゴ…!

>334
いわれてみれば!

>335
残念人形がかわいく思えるのは映像がないからなんだろうか…ww

337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/02(月) 05:59:17.56 ID:i636eOYpo
銀お姉ちゃん可愛いかしら!
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東日本) [sage ]:2012/04/05(木) 22:25:53.94 ID:9oftOX0g0
>>323
読んできました。非常に面白い♪

口調が合ってるのでそうかなと思ったらやっぱりww
微妙に名前も合わせてあるしね
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 17:18:07.10 ID:mg5rGPGlo
>>336
亀でごめんなさい
残念人形は誰か描いてくれないかなと思ってる内に本編でぶさきー大暴れにww
確かに、絵がないから欺瞞されてしまう面はあるかもしれず……

>>338
一応名前はそれっぽいものにしてみました
やりすぎるとくどいのでありそうな字面を探すのに一苦労


更新止まってて済みません
同じArcadia内で別のローゼン二次の方に時間取られてまして……
長いだけでグダグダなんですが、今更ブッチする訳にも行かず
ずるずる続けてます

気の長い話ですが、残念人形の話はまた夏頃には再開したいと……
覚えていたらその頃にでもまた見て貰えれば嬉しい限りです
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) :2012/05/06(日) 01:23:03.42 ID:Q+Aw7U3AO
スレタイ検索でなぜか出ないんだよなぁ
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2012/05/06(日) 11:34:28.36 ID:7SXNUQ/do
スレタイでググればばっちりこのスレ出るじゃん
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/05/06(日) 14:44:37.35 ID:Q+Aw7U3AO
その発想はなかった
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