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【とある魔術の】優「ディープブラッド?」【スプリガン】 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 21:52:03.35 ID:Y5OBrmo0
すまん禁書とスプリガンのSSを書かせてくれ

◆禁書目録編◆
01. http://www.unkar.org/r/news4vip/1290612914
02. http://logsoku.com/thread/raicho.2ch.net/news4vip/1290698741/
03. http://unkar.org/r/news4vip/1290784615

◆グラビトン事件編◆
http://logsoku.com/thread/raicho.2ch.net/news4vip/1291388814/
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コナン「博士からメールが来たぞ」 @ 2025/07/23(水) 00:53:42.50 ID:QmEFnDwEO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1753199622/

4日も埋まらないということは @ 2025/07/22(火) 00:48:35.91 ID:b9MtQNrio
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1753112915/

クリスタ「かわいいだけじゃだめですか?」 @ 2025/07/19(土) 08:45:13.17 ID:AK1WfFLxO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752882313/

八幡「新はまち劇場」【俺ガイル】Part1 @ 2025/07/19(土) 06:35:32.67 ID:BGCulupRO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752874532/

【安価・コンマ】力と魔法が支配した世界で【二次創作】 @ 2025/07/18(金) 23:44:57.84 ID:Xc8IdKRvO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752849897/

どかーんと一発 @ 2025/07/18(金) 21:10:10.35 ID:CEsRuBor0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1752840609/

冒険者育成学校 @ 2025/07/18(金) 01:36:01.28 ID:PkrtUMnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752770160/

たてづらい部!! @ 2025/07/17(木) 23:24:46.15 ID:o3A0TqwG0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1752762285/

2 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 21:53:11.79 ID:Y5OBrmo0
 幼い少女が金色に輝く稲穂の草原を走り回っていた。
 少女の背丈程もある稲穂のせいで、周りはよく見えない。
 友人達はもう先に行ったしまったのだろうか。
 いくら走っても姿が見えなかった。

 少女は走って、走って、走って、金色の草原を抜けた。
 目の前に、のどかな田舎風景が広がる。
 藁葺き屋根の時代錯誤な古めかしい家。田畑を耕す老爺。
 少女の友人達は、迎えに来た母親に連れられて、家路へと向かっていた。

 少女はぽつりと、一人とり残されてしまった。
 妙に悲しい気分になって、泣きそうになってしまう。
 だが、泣いている姿を誰かに見られたら恥ずかしいと思い堪えた。
 夕陽が沈みかけている。
3 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 21:54:28.57 ID:Y5OBrmo0
 カアと、カラスが鳴いた。

 遠くから少女を呼ぶ声がする。
 声がする方向を見ると、少女に向かって手を振る母がいた。
 少女は嬉しくなって、先程まで涙が流れそうになっていた目を手で擦ると、
母親に向かって駈け出した。

 母親は少女を優しく抱き抱えると、頬ぞりをする。
 少女はくすぐったそうに笑うと、嬉しそうに母に語りかけた。

 友達と鬼ごっこをしたこと。大きな葉っぱでお面を作ったこと。
 野兎を見つけたこと。
 母はそう、と嬉しそうな笑みを浮かべて相槌を打っていた。
4 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 21:55:09.46 ID:Y5OBrmo0
 家の前につくと、父がちょうど神社から帰ってきた所だった。
 
 父は袍(ほう)と呼ばれる、平安時代の貴族が着るような服を着ていた。
 父は小さな神社の宮司だった。
 社務所も無い小さな神社なため、家から社まで毎日のように通っていた。
 社までは結構な距離があるため、行き来だけで大変な労力を要するが、
父は苦しい顔一つしたことがなかった。
5 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 21:56:17.76 ID:Y5OBrmo0
 それが神主としての務めだと、父は誇らしげに言った。
 少女はそんな父親を尊敬していた。
 父は少女を抱き寄せると、大きな手で優しく頭を撫でつけた。

 ――幸せな日々だった。
6 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 21:57:09.39 ID:Y5OBrmo0
 少女はうっすらと瞼を開ける。
 少女の目尻には涙の流れた跡が残っていた。
 どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。
 少女が目元を手で拭うと、辺りを見回す。

 いつもと変わらぬ風景が広がっていた。

 五、六メートル四方の正方形の部屋に、僅かな家具。
 それに風呂場とトイレ。
 人が住む上で最低限の部屋といった所だ。
 部屋に窓はない。
 窓は無いが、壁の一面にはビル群が並ぶ都会の夜景が映しだされていた。
 電子的に作り出された擬似風景だ。

 恐らくは外の風景を写しとって、映像として壁に投射しているのだろう。
7 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 21:57:49.09 ID:Y5OBrmo0
 少女は枕に顔を当てたまま壁に備え付けられた時計を見る。
 時計の短針は三の時を指していた。

 少女は仰向けになって天井を呆と眺めると、先ほど見た夢を思い出そうとする。
 だがはっきりと思い出すことは出来なかった。
 記憶に靄がかかったように、断片的にしか夢を思い出せないのだ。
 夢とは、得てしてそういうものなのかも知れない。

 ただ、幸せな夢だったのだと思う。
 少女の胸にはほのかな温もりが、未だ残っていたのだから。

 少女は小さく笑みを浮かべると、再び眠りについた。
8 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 21:58:17.59 ID:Y5OBrmo0
 学園都市にあるマンションの一室で、目覚まし時計のアラームが響き渡る。
 まだ歳若い青年が布団に入ったままアラームを止めると、時計の短針は八の字を指して
いた。

 御神苗優――優は布団から出ると、眠たそうに欠伸をしながら部屋の中を見回した。
 部屋の中にはソファーやテレビ等、最低限生活できるだけの家具が揃っていた。
 部屋の広さは、以前住んでいた物件と同じ2DKだ。
 
 以前、とあるがこれには訳がある。 
9 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:00:23.27 ID:Y5OBrmo0
 以前住んでいた優の部屋は、禁書目録の少女が放った
 ドラゴンブレスの一撃により、天井が大きく破壊されてしまったのだ。
 
 その威力は凄まじいの一言であった。
 なにせ、八階にある優の部屋の天井を突き破り、
 十五階に位置する屋上をも貫いて宇宙(そら)へと向かってしまったのだから。
 
 部屋から満天の星空を覗く事ができると言えば聞こえはいいが、
 要は天井に大穴が空いてしまったとうことなのだから、もうそこには住むことができなかった。

 百歩譲ってそれだけならばまだ良かったのだが、さらにもう一つ、
 引越しを余儀なくされた要因があった。
10 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:01:40.71 ID:Y5OBrmo0
 禁書目録の一件が解決してから優は、僅かな手荷物を取りに
 自分の部屋に戻ってみると、そこには人だかりができていた。
 当然とも言えよう。あれだけ派手に天井を壊してしまったのだから。

 優は野次馬にぺこぺこ頭を下げながら部屋へと通してもらうと、
 荷物を手に、直ぐにその場をあとにしようとしたのだが、そう簡単にはいかなかった。
 
 屋上まで貫いたドラゴンブレスの光を見た住人が通報したのか、危うく、
 学園都市の治安維持機関であるジャッジメント(風紀委員)と、
 アンチスキル(警備委員)に連行されそうになったのだ。
11 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:02:38.00 ID:Y5OBrmo0
 AM(アーマードマッスル)スーツの力と、
 自動二輪車という名の文明の利器を使って全力で追手を振り切ると、
 優は直ぐにアーカムに連絡をいれ、新しい隠れ家を用意してもらえるように取り計らった。
 それが、今住んでいる部屋だった。

 優は気だるそうに歯を磨いて顔を洗うと、服装を整える。
 これから出かけなければらない。
 朝食を一緒にとる約束を、アーカムの会長――ティア・フラットとしたからだ。
12 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:04:10.37 ID:Y5OBrmo0
 ティアが学園都市に来訪したのは、つい先日の事であった、
ティアはどうやら、学園都市のお偉方と会合をするために、
ここ学園都市へと来たらしい。
 アーカムと学園都市は、これまで公式にも、非公式にも接触を持ったことが
無かったため、今回のアーカム会長の来訪は、非常に珍しいことであった。
 
 会合の内容は末端の人間にが知らされていないが、
優はアーカムと学園都市の会合という珍事件に興味があったため、
野次馬根性でティアから直接話しを訊こうと思っていた所だ
13 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:05:10.23 ID:Y5OBrmo0
 優は、街に買い物をしに行く位の気分で服装を整えると、
部屋をあとにした。

 ティアとの待ち合わせ場所は、三沢塾と呼ばれる建物の前だった。
 三沢塾は、十二階建ての四つのビルを合わせて、
正方形の形になるよう配置された風変わりな建物である。
 ビルとビルの間には通路が設けられ、それぞれのビルを行き来できる
ようになっている。

 優が以前住んでいた街でも塾はあったが、これ程までに巨大な塾は
初めてであったため、優は半ば感心するも、半ば呆れていた。
14 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:05:42.85 ID:Y5OBrmo0
 だが無駄に目立つビルではあったため、待ち合わせの目印としては最適であった。

 優は三沢塾に到着すると、直ぐに目当ての人物を見つけた。
 待ち合わせに場所にいたのは、二十代半ば程の歳に見える女性だった。
 肩ほどまでに伸びたウェーブがかった髪。
 黒のズボンに、白の長袖のワイシャツ。首元には黒のチョーカーがつけらている。

 派手すぎず、かといって地味すぎない、大人の色気をかもしだす服装だった。
 彼女の傍を通り過ぎる通行人は、男女問わず、彼女に見入るように首を向けていた。

 優から見ても、その女性は確かに美しくは映ったが、如何せん、
魔女の肩書きに相応しい中身を知っているため、素直に一人の女性として
扱うことはできなかった。
15 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:06:22.33 ID:Y5OBrmo0
 優は女性――ティアに声をかけると、ティアは相変わらずの微笑を浮かべて応えた。

「優、レディをあまり待たせるものではないわ」

「待たせるって……ちゃんと指定された時間には着いただろうが」

「男は女よりも早く待ち合わせ場所に着いていなきゃだめなのよ」

「そういうもんかね〜」

 今いち納得がいかないのか、優は口をへの字に曲げた。

「それより、今日はどこでメシを喰うんだ?」

 その問いかけにティアは、

「そうね」

 と言って、両腕を組むと考える素振りを見せる。
 ややあって指で示したのは、大きな看板に「アイゼリヤ」と書かれた
ファミリーレストランだった。
16 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:07:07.00 ID:Y5OBrmo0
「あそこなんてどうかしら?」

「ファミレスって……アーカムの会長なんだからもう少し奮発してくれよ」

「あら、それじゃああなたは、高級レストランで気取った食事でもとりたいのかしら? 
私は嫌よ。朝からテーブルマナーを気にしながら食事するなんて」

 確かにティアの言う通りであった。
 巨大財閥の会長が食事するようなレストランの場合、それに見合った
行儀作法が要求される。
 ナイフの並び方からスープの飲み方まで、高級レストランに相応しい
食事の作法を求められるのだ。

 当然、そんな行儀作法を優が心得ているわけがない。
17 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:08:49.04 ID:Y5OBrmo0
 それに、今優が着ている服装は、どう見ても高級レストラン向きではない。
 ネクタイを着用していない客――つまり、高級レストランで食事するだけに
見合った服装をしていない客は、丁寧に門前払いされてしまうからだ。

 優は肩を竦めると、

「まあ、それもそうだな」

 と言って、ティアが示したレストランへと向かって行った。

18 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:09:28.85 ID:Y5OBrmo0
 レストランへ入ると、かわいらしいエプロンをしたウェイトレスが
直ぐ様対応してくれた。
 始めに人数を――見れば分かるとは思うのだが――訊かれ、次に喫煙席、
禁煙席かを訊かれて、やっと席に通された。

 ウェイトレスが案内したのは、窓際の小さなスペースだった。
 一メートル四方の小さなテーブルに、向かい合うように配置された座席が二つ。
 優は未だ二十歳ではなく、ティアは煙草を吸わないため、当然禁煙席だ。

 優が無難にモーニングセットを二つ頼むと、対応したウェイトレスは
かわいらしい笑みを浮かべて一礼すると、メニュー表を取り下げて行ってしまった。
19 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:10:09.17 ID:Y5OBrmo0
 モーニングセットが運ばれてきたのは、注文してから十分程経ってからだった。
 運ばれてきたモーニングセットは、ハムと野菜を挟んだサンドイッチが二つと、
サラダボウルとモーニングコーヒーが一つのテンプレート通りのメニューだった。

 料理を運んできたウェイトレスは、最後に注文のし忘れがないかを確認すると、
深々と一礼して去っていった。
 優は愛想良く笑みを浮かべてウエイターを見送ると、さっそくとばかりに話を
切り出した。

「それで、今度はどんな厄介事を俺に背負わせようとしてんだ?」
20 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:11:06.68 ID:Y5OBrmo0
「あら、何のことかしら?」

 ティアはコーヒーカップを持ち上げたまま澄ました顔で優を見ると、
とぼけたように言った。

「とぼけたって無駄だぜ? あんたが直接俺を呼び出したくらいなんだ。
どうせまた、面倒な任務にきまってらあ」

 言いながら、優は禁書目録の件を思い出していた。
21 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:11:56.19 ID:Y5OBrmo0
 炎の魔人を操る魔術師や、鋼鉄の糸を使う馬鹿強い女と戦うはめになって、
極めつけに極大のレーザー砲のようなものを放つシスターときた。
 さらにそこにあの悪名高い染井芳乃と、一般人の、奇妙な能力を持った
上条当麻を巻き込んでまでの大立ち回りだ。

 優の部屋は半壊の上、引越しを余儀なくされて、上条当麻はドラゴンブレスの
余波を受けて病院に担ぎ込まれ、おまけに部屋の持ち主である優は風紀委員や
警備員に睨まれる。
 禁書目録の一件だけでもこれだけの実害を被ったのだ。
 そんな事件のあとに、アーカムの会長に食事に誘われたのだから、
何かあると勘ぐるのも仕方がない。

 優は訝しげな視線をティアに送りながらサンドイッチを掴むと、
一口ばかり噛み切った。
22 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:12:45.20 ID:Y5OBrmo0
 ティアはコーヒーカップに口をつけてコーヒーを飲むと、
ソーサー(受け皿)にコーヒーカップを戻す。
 カチャリと、陶器と陶器が軽く触れる音が鳴った。

 ティアは暫く、コーヒーカップを見るように目を伏せていたかと思うと、
口を開いた。

「そうね。それじゃあ本題に入らせてもらおうかしら」

「やっぱりかよ」

 げんなりと、肩を落とす優を見てティアは軽く笑った。

「ふふっ。とりあえず話を訊いてちょうだい」

「へいへい」

 と言いながら、優は背中を椅子の背もたれに深く預けるとそれで、
と言って続きを促した。
23 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:13:33.23 ID:Y5OBrmo0
「優、あなた吸血鬼(ヴァンパイア)の事をどこまで知ってるかしら?」

 唐突な質問であった。
 優は目を丸くしてしばし驚いたような顔をしていたが、腕を組んで
考えこむようにして首を軽くひねると、口を開いた。

「吸血鬼ね。確か吸血鬼の始まりは太古の神話まで遡ることができるはずだな。
ローマ神話の『ラミア』、バビロニア神話の『ラマシュテュ』のような怪物が
始まりとされていて、今と昔では習性や姿に多少の違いがあるな。
まあ具体的に言うと、昔の吸血鬼は醜くく描かれることが多かったが、
今の吸血鬼はブラム・ストーカーの書いた『吸血鬼』の影響もあってか、
紳士的に描かれていることが多いな。
習性の方は多少の違いはあるが、概ね血を吸う事で一致してるはずだぜ」

 優は一息つくと、言葉を続ける。
24 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:14:13.49 ID:Y5OBrmo0
「――まあ、俺達は書物や伝説に描かれているような吸血を語らなくても、
 本物の吸血と出会ってるけどな」

 そう、優とティア、そしてもう一人のスプリガンであるジャン・ジャックモンドは、
とある任務で吸血鬼と呼ばれす存在と邂逅していた。
 吸血鬼と出会ったのは、ルーマニア。
 吸血鬼伝説が色濃く残る地であった。
 優とティア、ジャンを合わせた三人のスプリガンは、古城の地下に作られた
遺跡の調査、そして封印のために現地へと向かった。

 敵対組織「トライデント」との戦闘を辛くも抜けて優達が目にしたのは、
超古代文明の生命工学(バイオテクノロジー)の工場だった。

 今となっては伝説と化した狼男(ワーウルフ)、吸血鬼といった生物が、
太古の昔にこの遺跡で量産されていたのだ。

 そしてスプリガン達一行はそこで狼男、吸血鬼と恐れられた怪物と出会うことになる。
25 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:14:58.42 ID:Y5OBrmo0
 優達が出会った吸血鬼は、小説や伝記に描かれている吸血と特徴が
概ね一致していた。
 血を吸う習性や怪力、冷酷で残虐な性格、驚異的な回復力と長命な寿命、
そのどれもが書物に書かれている通りだった。

 拳を握った手を振るえば頑丈な石造りの柱を砕き、普通の人間ならば死ぬような
一撃を受けても尚生きており、人の血を吸えば傷は塞がる。
 そのどれもが、優が目の当たりにした吸血鬼の力だった。

 また、一応はトライデントに属していた吸血鬼が、己の仲間であるはずの傭兵をエサと
称して血を根こそぎ吸ったことからも、吸血鬼の冷酷な本性を覗い知ることができた。

 吸血鬼はこうも言っていた。

 自分達吸血鬼は優れた生物で、人間は下等な生物であると。
 現に、優が対峙した吸血鬼は、人間を家畜と称して蔑んでいた。
26 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:15:46.35 ID:Y5OBrmo0
 だが、その吸血鬼ももういない。
 ティアの魔術によって異空間に閉じ込められてしまっのだから。
 いかな吸血鬼といえど、異空間に閉じ込められたのならば為す術はない。
 あとはゆるりと朽ちていくのを待つだけだった。

 ティアは優の答えに満足したかのように頷いた。

「それじゃあ、ディープブラッド(吸血殺し)のことは知っているかしら?」

「ディープブラッド?」

 優は分からない、とばかりに肩を竦めた。
27 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:16:51.23 ID:Y5OBrmo0
「ディープブラッドは吸血鬼と対となる存在として創られた生物よ。
 その役目は、いざという時に吸血鬼を滅ぼす強力な武器となること。
 吸血鬼ほどの力ある生物が暴走した場合の事を考えれば当然ね。
 姿形は人間と全く変わらないわ。吸血鬼のように力が強いわけでもないし、
 血を吸うわけでもないわね。
 ただ一つだけ、ディープブラッドにだけ備わった特殊な力があるの。
 ――それは血よ」

「血?」

「そう血よ。ディープブラッドの血は特殊なの。
 吸血鬼が一滴でもディープブラッドの血を吸ってしまえば、
 たちまち吸血鬼の肉体は灰と化してしまうわ。
 でも、吸血鬼はディープブラッドの血を吸うことをやめることができないの。
 なぜだか分かる?」
28 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:17:29.87 ID:Y5OBrmo0
「いいや」

「空腹の人間の前に、極上の料理を出された時の気持ちを想像すればいいわ。
 そう――吸血鬼はディープブラッドの誘惑に抗うことはできないの。
 ディープブラッドを目の前にした瞬間、飢えた狼のように首筋に牙をたてるわ」

「そして灰と化すか……。吸血鬼にとってディープブラッドはご馳走でもあり、
 天敵でもあるってことか」

優が、ティアの言葉を続けるように言った。

「その通りよ」

「それが今回の話か?」

 ティアは首を小さく振る。


29 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:18:54.48 ID:Y5OBrmo0
「慌てないでちょうだい。この話には続きがあるの」

「続き?」

「ディープブラッドも吸血鬼も、今の時代では半ば伝説と化していたわ。
 だれも実際にそんな生物がいるとは信じていなっかたわけね。
 でも私達は、本物の吸血と出会ったわ。
 恐らくは、吸血鬼と人間の間で交配が進み、現代まで生き残ったのでしょうけど。
 そこでアーカムはディープブラッドの捜索を始めるわ。
 吸血鬼が生き残っているのならば、ディープブラッドも生き残っているはずだ、とね」

「それで? 見つけたのか?」

「ええ、見つかったのよ。日本のとある山間部にある、小さな村で起こった事件が
 きっかけでね」

 そこで、ティアの表情が一瞬暗くなるのを優は見た。
30 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:19:59.88 ID:Y5OBrmo0
「私達が見つけたディープブラッドは、十六歳の少女だったわ。
 その娘は、生まれ育った村を一人の吸血鬼に襲われている。
 吸血鬼は突然村に現れて、夜になると村人を襲い、襲われた村人は
 吸血鬼の眷属となって次々と村人を襲っていったわ。
 そして村人全てが吸血鬼と化すと、ディープブラッドの少女を最後に襲った」

 あまりにも凄惨な事件に、黙って話を訊いていた優の表情は自然と厳しくなる。
 暫く間をおいて、ティアは実に言い辛そうに瞳を逸らすと、話の続きを語った。

「結果はあなたの想像している通りよ。
 吸血鬼も村人も――その娘の両親さえもが、ディープブラッドの誘惑に抗うことが
 できずに灰と化したわ」
31 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:20:45.29 ID:Y5OBrmo0
「ちょっと待てよ。そんな大事件があったんじゃあ、
 裏の世界で有名になってるんじゃあねえのか?」

「当然、揉み消されたわ。村ごとね」

「――っ!」

 優は心底不愉快そうに顔を顰めた。

「どうしてその娘の両親は吸血鬼になったんだ?
 ディープブラッドじゃあなかったのか?」
32 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:22:01.78 ID:Y5OBrmo0
「さあ? 戸籍上は血の繋がった両親だったのだから、
 その娘だけが特別だったんじゃあないのかしら?
 隔世遺伝なのかもしれないしね」

「……その娘は今?」

「学園都市にいるわ。
 正確には、学園都市の三沢塾と呼ばれるビル内に監禁されている、
 といった方が正しいわね」

 それは偶然にもティアが待ち合わせ場所に指定してきたビルであった。
 いやティアの事なのだから、偶然ではないのだろうが。

「何だよだそりゃあ!? どういう事だティア!?」
33 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:23:10.65 ID:Y5OBrmo0

 急に大声を上げて立ち上がった優を、ティアは手で制する。
 優が周りを見渡すと、他の客が何事かと優を見つめていた。
 優は慌てて席に着く。

「学園都市は普通の街ではないわ。超能力の開発を目的とした街なのよ?
 そんな所にディープブラッドなんて希少な能力を持った少女が現れたのならば、
 科学者達が放っておくわけがないわ。
 非人道的行為を行ってでも、実験を行おうとするでしょうね」

 優はそこまで訊くと、席を立って店の出口へと向かおうとする。
 ティアはそんな優の背中に向かって声を掛けた。
34 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:23:56.78 ID:Y5OBrmo0
「どこへ行くつもり、優?」

 その問いに、優は首を曲げて横顔を向けると答えた。

「決まってんだろっ! そんな話を訊いて黙ってられるかよっ!
 その三沢塾とかいうビルに行って、その娘を助けに行くんだよ!」

「待ちなさい。今回は私も行くわ」

「ああ? ……って止めねえのかよ?」

 優は驚いたような顔で、ティアの方を向く。

「当たり前じゃない。こんな話を訊いて、あなたが黙っているはずがないと知ってて
 話したんですもの」

「……それもそうか。でもいいのかよ?
 スプリガンが学園都市側にちょっかいを出すことになるんだぜ?
 下手したらアーカムと学園都市で問題にならねえか?」
35 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:24:25.91 ID:Y5OBrmo0
「大丈夫よ。スプリガンは遺跡に隠された超技術の調査と発掘、
 それに封印が目的ですもの。
 ディープブラッドが太古の技術から生まれた生き物であることを考えれば、
 なんら問題ないわ。
 それに、他国のご機嫌を伺って遺跡を発掘してたのでは何もできないのだから」

「そんじゃあ何の気兼ねなく、そいつらをとっちめてイイってわけだな?」

「勿論よ。スプリガンはいかな勢力にも屈しないわ」

 二人はそのまま店の外へ出ると、店の直ぐ傍にある三沢塾まで歩く。
 ファミリーレストランから近いということもあって、三沢塾には五分ほどで着いた。
 二人揃って、高くそびえる四方のビルを下から見上げていると、
優が思い出したように口を開いた。

「そういえば、そのディープブラッドの女の娘は何て名前なんだ」

 ティアはビルを見上げたまま、それに答えた。

「――姫神秋沙(ひめがみ あいさ)よ」
36 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:25:16.59 ID:Y5OBrmo0



 夕陽が沈むと、街灯一つ無い村は暗闇に包まれた。

 少女は両親に連れられて、藁葺き屋根の日本家屋に入って行った。
 このいかにもお化けがでそうな旧家が、少女の家であった。

 両親と一緒に夕飯を食べて風呂に入ってしまうと、少女は九時頃には
床に入ってしまった。
 昼間の遊び疲れがどっと押し寄せたのだろう。
 重たそうに瞼目を閉じると直ぐに、意識は夢の世界へと誘われてしまった。

 深い眠りについていた少女は、硝子戸が倒れるような大きな音で目覚めてしまう。
 寝ぼけ眼に手で目を擦ると、辺りを見回す。
 少女が眠る部屋に明かりは一切ない。
37 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:26:00.45 ID:Y5OBrmo0
 暗闇の中、何が起こったのか両親に質すべく、少女は手探りに、
縁側へと続く障子を開けようとする。
 少女の居る部屋から何処か別の部屋へ行こうとすると、必ず縁側を
通る必要があったのだ。

 障子を開けると、縁側を挟んで庭が目に映った。
 鯉がいる小さな池と、樹齢数十年程度の杉の木が一本だけある、小さな庭だ。
 少女は縁側を抜けて、両親が眠る寝室へ向かおうとしたところ、
硝子戸を強く叩く音がした。
38 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:26:34.18 ID:Y5OBrmo0
 ちょうど少女の直ぐ傍、縁側の硝子戸からその音は聞こえた。
 少女はびっくりして体を震わせると、直ぐに音がした方を見た。

 視線の先、縁側の硝子戸には人がへばりついていた。
 ちょうど、夏になると硝子戸に引っ付いてくる蛙のような格好だった。
 だが少女からすれば、それは真夜中の怪人に見えた。

 少女は慌てて飛び退くと、怯えるような瞳で怪人を見る。
 暫く、恐怖で震えながら怪人を見続けていると、それが怪人ではなく
良く知る人間である事に気付いた。
39 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:27:13.32 ID:Y5OBrmo0
 怪人の正体は、少女の家から数メートル離れた位置に住む老爺ではなかろうか?

 「化物の正体見たり枯尾花」とは、横井也有が呼んだ句であるが、
少女の心境も正しくそれであった。
 少女はほっ、と胸を撫で下ろすと、おずおずといった様子で老爺に話しかけた。

 ――お隣の……おじいさん?

 老爺は薄く笑うと、頷いた。
 少女は老爺の笑みに不気味なものを感じながらも、硝子戸に
かけられた鍵を開けると、戸を開いた。

 少女と老爺は顔馴染みであった。
 顔なじみとはいえ些か無用心ではあるが、まさか老爺が泥棒などするはずがなかろう、
と考えての行動である。

 老爺は、悲喜が混じったような複雑な顔をすると、少女の頭を撫でた。
 頭を撫でていた老爺の手は、暫くして少女の肩に置かれた。
40 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:28:06.87 ID:Y5OBrmo0
 少女は顔を上げて老爺の顔を覗き込もうとするが、ちょうど月の光が逆光となって、老

爺の顔は闇に包まれた。
 ただ、薄く笑った老爺の八重歯が、犬の犬歯のように鋭く尖っていることに気がついた



 ――済まないね。

 老爺は本当に済まなそうに詫びると、少女の肩に置いた手にぐっと力を込めて、
少女の首元に歯を立てた。
 
 ――少女の首筋から、血が一滴流れた。
41 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:29:14.01 ID:Y5OBrmo0



 嫌な夢を見た――気がした。

 少女は勢いをつけてベッドから起き上がると、壁に投写された擬似風景を見る。
 人工的に作られたビル群には、太陽の日射しが降り注いでいた。
 時計を見ると、短針は十の時を指していた。
 もうそろそろ起きなければいけない時間であった。

 額から流れた汗を手で拭う。
 眠ったまま汗をかいたのだろう。寝間着が汗を吸って気持ち悪かった。
 少女は白色の寝間着を脱ぐと、そのまま風呂場へと向かった。
 体についた汗をシャワーで流したかったのだ。

 胸部の下着を外し、下腹部に履いた下着を脱ぐと、風呂場に備え付けられた
シャワーの蛇口を回す。
42 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:30:42.33 ID:Y5OBrmo0
 始めは冷たかった水が段々と温まっていくと、ちょうどいい加減の温度になる。

 シャワーを浴びながら、少女は額を壁に擦り付けると、両腕で体を抱きしめる。
 はっきりと思いだすことはできないが、精神的外傷(トラウマ)を抉るような夢を見た
気がして、自然と体が震えた。

 暫くそうしていると、風呂場に備え付けられた通信機から、電子的な呼び出し音が
鳴った。
 ボタンを押すと、通信機に付属されているスピーカーから、神経質そうな男の声が響く。

「姫神君。そろそろ時間だが、準備はいいかね?」

「……大丈夫」

 少女――姫神秋沙は、抑揚のない声で呟くように言った。
43 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:34:22.52 ID:Y5OBrmo0
 



 姫神秋沙という名のディープブラッドの少女が監禁されているビルは、
生徒の立ち入りが一般生徒、教員の出入りが禁止されていた。

 ビルの窓は全て暗幕で覆われ、ビルの正面入口には、あきらかに堅気ではない黒服の男
が二名、ガードとしてついていたが、わざわざ物々しい警備がしかれている正面から
潜入するなど愚かしい行為をするはずもなく、優は隣接するビルからワイヤーを伝って、
屋上のダクトからビル内へと潜入した。

 ティアは別ルートでビル内に潜入するらしく、三沢塾に着くと早々に、優とは別れてし
まった。
 どうやらティアは、魔術を行使して下からビル内に潜入するらしい。
 優は上、ティアは下、ちょうど挟み撃ちのような形でビル内に潜入することとなるわけだ。
44 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:35:37.25 ID:Y5OBrmo0
 ダクト内は暗く狭い。

 口にペンライトを咥えてホフク前進をすると、優は僅かに光が差す切れ目を見つけた。
 優は光の切れ目の上まで到達すると、ダクトの床を手で探る。
 擦るようにダクトの床を触っていると、手に凹凸(おうとつ)のようなものが触れた。

 床に耳を当てて下に人の気配が無いことを確認すると、
ちょうど半月状の形をした――中心に穴が空いた――凹凸に指を掛けて、
思いっきりり引っ張る。

 キィーと、蝶番(ちょうつがい)が僅かに軋む音がすると、ビルの照明がダクト内の暗
闇に光をもたらす。
 優は、先に頭だけを出してビルの廊下を見回すと、再度人がいないことを確認して床に
下り立った。

 廊下にはワインレッドの色をしたカーペットが敷かれ、壁には「12F」と彫られた
金属のプレートが、廊下の角には監視カメラが備え付けられている。
 当然、監視カメラの視野に治まるようなヘマはしない。
 優は監視カメラに映らないように歩くと、「警備室」と彫られたプレートが付けられて
いる扉の前で止まる。
45 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:37:41.43 ID:Y5OBrmo0
 慎重に音がしないよう扉を開けると、何台ものモニターが置かれた薄暗い部屋に警備員
らしき男が一人いた。
 ティアから渡されたビルの見取り図によると、どうやらこの一室で、ビルに設置された
監視カメラの映像を全て確認しているらしい。

 優は気配を殺して男の背後に廻ると、ちょん、と肩を突付く。

「お仕事ご苦労さん!」

 男が振り向いた瞬間、優が鳩尾に拳を一発当てると、男は昏倒する。
 気絶した男は、数時間は起きないだろう。
 これで監視カメラを気にせずビル内を移動できると同時に、ビル内の様子を
監視カメラを通して知ることができる。

 優は監視カメラを操作すると、ティアから別れる前に貰った写真に写った少女と、
同じ特徴の少女を探す。
46 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:39:13.60 ID:Y5OBrmo0
 黙って監視カメラの映像が映しだされたモニターに目をやること五分。
 優は目的の少女を見つけた。
 少女は六階の廊下を、白衣を身に纏った神経質そうな男に連れられて歩いていた。
 写真と同じ、黒い長い髪に整った前髪にどこか気だるそうな目。
何故かは分からないが、巫女装束を着ている。

 少女の居場所を特定した優は警備室を出ると、非常階段へと向かった。
 エレベーターを使った方が早いのだが、エレベーターを使うと扉が開いた瞬間に、
ビル内の人間と鉢合わせてしまう危険性がある。
 そう安々と使えはしなかった。
47 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:40:58.64 ID:Y5OBrmo0
 優は勢いよく階段を下りると、十一、十、九階と階を下っていく。
 だがその勢いも、八階にさしかかった所で止められる。
 優がちょうど八階の廊下に繋がる扉前へと到着した時だった。
 殺気――まるで弾丸のように肌に突き刺さる空気としか言い様がない――を感じると、
優は飛び退いて八階の廊下へと転がり込んだ。
 僅かな間を置いて、優が先ほどまでいた位置に弾丸が飛び交う。
 
 どういうわけか、優が忍び込んだがばれたらしい。 
48 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:41:50.89 ID:Y5OBrmo0
 八階の廊下から階段を覗きこむと、階下から複数の武装した男達が階段を
駆け上がってくる姿が目に映った。
 男達の装備は厳つい。
 ヘルメットとガスマスクに赤外線ゴーグル、
防弾チョッキと「H&K MP5 SD3(サブマシンガン)」の装備ときたものだ。
 このビルを守る私兵のようなものだろう。
 
 直ぐに階段近くの扉から離れると、優は今いる位置とは反対方向にある階段へと向かう。
 見取り図によると、このビルは非常階段が二つあるのだ。

 だが、もう一つの階段からも兵士は昇ってきていたようだ。
49 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:43:37.91 ID:Y5OBrmo0
 八階の中央部――エレベータが配置された広い空間に着いた頃には、
前後から挟み撃ちにされてしまう。

 兵士達はエレベーターの広間に雪崩れ込むと、円形に広がって優を取り囲んだ。
 優は油断なく前後左右に広がった兵士達を睨みつける。
 兵士の数は目測で十五人ほどだろうか。
 兵士と優との距離は三、四メートル程であるから、接近戦に持ち込めば難なくこの場を
切り抜けることができるであろう。

 ビル内に設置されたスピーカーから声が響き渡ったのは、そんな事を考えていた時だった、

「やあ、侵入者君。ご機嫌はいかがかな?」

 スピーカーから響いたのは、神経質そうな男の声だった。
50 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:45:03.44 ID:Y5OBrmo0
「おや、どうしたのかな? 恐くて声が出ないのかな? 安心するといい。
 君には何処の国に雇われたスパイか吐いて貰う必要があるからね。
 ここで殺しはしないよ」

 はん、と優は小馬鹿にしたように鼻で笑うと、スピーカーに向けて声を向けた。

「そいつはお優しいこった。――で、あんたはどこの誰なんだ?
 なんだったらここに来いよ。茶ぐれえだすぜ」

「ふふっ。おもしろい男だ。私はここの研究機関の最高責任者を務めている
 『踵部(しょうぶ)』というものだ。まあ、短い期間であろうが覚えておくといい」

「踵部ね……。あんた、ここの様子が丸分かり見てえだが、一体どこから見てんだ?
 警備室の人間は伸びてるはずけなんだけどなあ」
51 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:47:34.24 ID:Y5OBrmo0
「なあに簡単なことだよ。
 そこにいる兵士一人一人に超小型のカメラが取り付けられていてね。
 その映像を通して、こうして君とお喋りをしているというわけだ」

「なるほどな」

「他に質問はあるかね?」

「それじゃあお言葉に甘えてもう一つ。――姫神秋沙って娘を攫って何を企んでる?」

「姫神……そうか君は彼女が目的か。
 攫うなんてとんでもないよ。君は何か誤解をしているようだね。
 彼女は自分の意志でここにいるのだ。それに私は平和に役立つ研究をしているにすぎないよ」

「平和……にね」

 優は真面目に話を訊く気がないのか、暫く小指で耳をほじると、
 つまらなそうに耳穴から抜いた小指に息を吹きかけた。

「どうにも胡散くせえんだよなあ。あんたの言う平和ってやつがよ」
52 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:49:31.81 ID:Y5OBrmo0
 踵部はふん、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、

「どうとでも言うがいいさ。悪いが話はここまでだ。
 ――彼を殺さない程度に傷めつけて拘束したまえ」

 と言った。
 
 踵部の声を合図に、二人の兵士が無言で優に歩み寄ると、腰にぶらさげていた警棒を掲げる。
 そのまま力強く、優に向かって振り下ろした。
 だが、警棒は空を切る。

 二人の兵士は狼狽したように辺りを見回そうとするが、それは叶わなかった。
 いつの間にか背後に廻った優によって、兵士は蹴り飛ばされていく。
 兵士は、三メートルほど仲間を巻き込んで吹き飛ぶと、仲間の兵士と重なるように
倒れ伏した。
 吹き飛んだ反動で、兵士のガスマスクが外れる。

 沈黙が場を支配した。
 暫しの間を置いて沈黙を破ったのは、スピーカーから響く男の声だった。

「……君は一体何者だ?」
53 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:51:00.38 ID:Y5OBrmo0
 男の声に、先程までの余裕はなかった。

「あんたは馬鹿か? 潜入しといて名前を名乗る奴がいるかよ」

「――それもそうだね。どうやら君を無傷で捕らえるのは無理なようだ。
 ――殺してもかまわん。やれ」

 踵部の命令を忠実に受け取った兵士達は、サブマシンガンの銃口を優に向ける。
 MP5系のサブマシンガンの一分間の発射速度は800発。
 秒間にすると役13発にも及ぶ。
 十五人もの兵士――と言っても兵士二人は倒れ伏しているが――
 一斉に撃たれでもしたら、普通の人間ならばあっという間に蜂の巣にされてしまう。

 そう、普通の人間であれば……。
 
 数人の兵士が優の脚に向けて銃口を向けると、サブマシンガンのトリガーを引いた。
 優は後ろに大きく飛び退くことでそれをかわす。 
54 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:53:14.85 ID:Y5OBrmo0
 そのまま優の背後にいた兵士二人に肘鉄と拳を喰らわせると、勢いを[ピーーー]ことなく、
隣に立つ兵士へ向かって一足飛びに近づいた。 
 兵士は警棒を取り出して対応しようとするが、優は相手の手首を抑えると、
兵士の顎に掌底をあてる。

 数メートル離れた位置にいる兵士が、パニックに陥ったのか、
仲間の身を顧みずに銃弾を放つ。
 優は別の兵士の影に隠れると、銃弾の盾にしてやり過ごす。
 兵士の隙間を縫うように移動すると、優は兵士の手首に自分の腕を絡め、
肘に強い掌底を当てるとテコの原理で兵士の骨を折った。

 十数人いた兵士を戦闘不能に追い込むには、三分も掛からなかった。
 優は呻き声を上げて倒れ伏している兵士を一瞥すると、兵士に付けられたカメラを
通して見ているであろう踵部に向かって、声を張り上げた。
55 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:55:42.73 ID:Y5OBrmo0
「それで次はどうするんだ? あんたが直接相手でもしてくれんのか?」

 モニターの向こうで、歯噛みして締めて悔しがっているであろう踵部に向かっての
挑発のつもりだったが、予想に反して、スピーカーから返ってきた声は踵部の笑い声だった。

「ふふふっ、ははははっ! 素晴らしい。どうやら君の相手は実験体達では無理なようだね」

「実験体?」

「そこに倒れている兵士達の口元を見たまえ」

 優は言われるがまま、兵士の口元に視線を移す。
 兵士の口元からは、鋭利に尖った八重歯が覗いていた。

 ――まさか。

「そう、気づいたようだね。彼らには、私が培養した吸血鬼の細胞を植えつけていてね、
 人工的に作られた吸血鬼というわけさ。
 だが、初戦は人工的に作られた吸血鬼に過ぎない。
 力も回復力も、オリジナルと比べれば数段劣る」
56 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:57:06.15 ID:Y5OBrmo0
「てめえっ!」

 優は激昂した。
 人を吸血鬼に変えるなど、許されていいことではない。

「ふふっ。それ以上の事を知りたいのであれば、六階の大規模実験室にきたまえ。
 君を招待しよう。待っているよ」

 スピーカーから流れた声は、そこで終わった。

 優はスピーカーに向かって悪態をつくと、エレベーターのボタンを押す。
 わざわざ自分の懐にまで招待してくれるというのだ。
 遠慮無く招待されてやろういというものだ。
 
 エレベーターが到着するまでの暫しの間、優は考えこむような所作をする。
 踵部は吸血鬼の細胞を培養したと言っていた。
 ならば、吸血鬼の細胞はどこから手に入れたのだろうか?
 答えが出ぬまま、優は到着したエレベーターに乗り込んでいった。

 向かう先は六階。
 見取り図によれば、大規模な研究フロアだった。
57 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 22:59:34.57 ID:Y5OBrmo0
 金色の髪をした、黒い烏のような姿をした男は、少女を見ると笑った。
 男の周りには、牙を生やした村人達がいる。
 大人から子供までいる村人達は、赤い目を光らせて悲しそうに少女を見つめていた。

 少女はその光景を見て悟った。
 知っている。
 少女は本で読んだことがあった。
 金の髪をした男は吸血鬼と呼ばれるモンスターで、吸血鬼に噛まれた者は、
吸血鬼の仲間となって意のままに操られると。

 吸血鬼はゆっくりと腕を上げると、少女に向けて指を指した。
 それが合図かのように、吸血鬼と化した村人達は少女へと群がる。

 枯れ木のように細い腕をした老人が、小さな手をした子供が、信じられない力で
少女を抑えつけた。
58 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:06:00.50 ID:Y5OBrmo0
 少女は口元を手で押さえつけられて、叫ぶことさえ出来ない。
 吸血鬼の男は愉悦の表情を浮かべて少女を見下ろすと、少女に歩み寄る。
 顎門(あぎと)を大きく開くと、吸血鬼は少女の首元に牙を突き立てた。

 牙の切っ先が首元に刺さり、少女の首筋から流れた一滴の血液が吸血鬼の喉を潤す。
 吸血鬼は恍惚の表情を浮かべた。
 ディープブラッドと呼ばれる少女の血液は、吸血鬼からすれば上等のワインのように
感じたからだ。

 吸血鬼の身に異変が起きたのは、吸血鬼が少女の首元に牙を立ててから一秒も
経過していない頃であった。
59 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:07:21.13 ID:Y5OBrmo0
 突然、吸血鬼は少女から離れると、呻き声を上げて倒れ伏した。
 僅かの間を置いて、倒れ伏した吸血鬼の体は一瞬で灰と化す。 
 吸血鬼の眷属と化した村人達は、困惑した表情で灰と化した主を見つめる。

 村人達は一瞬で理解した。
 少女の血は吸血鬼にとって芳醇なワインでもあり、毒でもあると。 
 だが悲しいかな、吸血鬼となった者はディープブラッドを目の前にして、血を吸うことをやめることはできない。
 そう、まるで暗闇に灯る火の中に、自ら飛び込む羽虫のように。

 村人達は順に歯を立てていく。
 ある者は謝罪の言葉を述べて、ある者は涙を流して。
 そして灰と化した。
 
 ――例外なく、少女の両親さえもが灰と化した。

 少女は灰となった人間だったものを見つめると、涙を流して泣き出した。
 誰もいなくなった村に、少女の泣きじゃくる声だけが反響した。

 それは、姫神秋沙が幼き頃の悲しい記憶。
60 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:10:16.61 ID:Y5OBrmo0

 

 姫神は巫女装束に着替えると、五階にある自分の部屋から六階にある
研究フロアへと移動した。

 いつものように椅子に座らせられると、血を抜かれ、そのあとに薬物を投与される。
 踵部という科学者の話によると、ディープブラッドの血は、あらゆる病に対する抗体と
なるとのことだった。
 どうやらディープブラッドの血には、あらゆる病原菌に対して攻撃を加える特性が
あるらしかった。

 只、ディープブラッドの血と他者の血は適合しないため、薬として活用するには、
ディープブラッドの血から抗体を取り出す必要があるらしいのだが、どうにもそれが
上手くいかないらしい。

 薬物を投与されるのにも訳があった。
 人体に害を及ばさない程度の毒物を投与され、ディープブラッドの血がどのような反応をするのか試すらしい。

 姫神が見たこともないような機材を使用して、投与した毒物の反応や、脳を計測する。

 ――これは人体実験だ。

 姫神もそれは知っていたが、実験を止める気はなかった。
 身の自由は無いに等しかったが、外に出て他者に迷惑を掛けるよりはよかった。
61 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:11:42.92 ID:Y5OBrmo0
 ディープブラッドの血は吸血鬼を呼ぶ。
 吸血鬼は人の血を吸い、血を吸われた人間は吸血鬼の眷属となって、犠牲者を増やす。
 そして、最後には自分だけが残されてしまう。
 そんな悲劇をもう繰り返したくはなかった。
 だから今の状況は姫神にとっても望む所だった。

 それに踵部は言った。
 ディープブラッドの研究が進めば、吸血鬼を呼び込む奇異な血を何とか出来るかも
知れない、と。

 姫神にとって、その言葉は希望の光だった。

 姫神にも、普通の少女としての願望がないわけではない。
 もしも、願いが叶うのであれば――自分には許されないことかもしれないが、
人並みの幸せを歩みたかった。

 ――例え、踵部の言っていることが嘘かもしれないと分かっていても、
姫神は実験を止めることはできなかった……。
62 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:13:36.59 ID:Y5OBrmo0



 優はエレベーターから出ると、六階の大規模実験室へと向かう。
 それが踵部の指定した場所だった。
 本来なら罠と疑うところであるが、今回はあえて踵部の誘いにのった。
 真正面から向きあって、踵部の顔面を殴りたかったからだ。

 大規模実験室は白い壁で覆われた大きな部屋だった。
 壁は頑丈そうな金属で作られている。
 四方を囲う壁の一面には大きな硝子窓が取り付けられている。
 そこには、白衣を着た三十代半ばの男が、愉悦の表情を浮かべてこちらを見下ろしていた。

 優は白衣の男を睨みつけると、声を張り上げる。

「てめえが踵部かっ!?」

「そうだとも。『初めまして』御神苗優君」

 部屋に備え付けれたスピーカーから、男の声が響く。
 男――踵部が優の名を口にすると、優は一瞬眉を顰めた。

「私には、トライデントに所属していた友人がいてね。
 ――とは言っても、トライデントは一年程前に解体されてしまったが。
 その友人から貰ったブラックリストに、君と似たような顔をした少年が
 いたのを思い出したのだよ。
 そう、アーカム財団に所属するS級エージェントとして、君のデータが記載されていたわけだ。 いや、私も君の正体を知って驚いたよ。まさか君のような若者がスプリガンだとはねえ」
63 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:14:49.19 ID:Y5OBrmo0
 だが、と踵部は言葉を続ける。

「そのおかげで、私の実験体が倒された事に納得がいったよ」

 トライデントは欧州、欧米、日本の巨大企業によって経営されていた軍事組織である。
 遺跡に封印されていた超技術を、兵器として転用していたトライデントが絡んでいたのならば、
吸血鬼の細胞を踵部に渡したのも、恐らくはトライデントにいた人間であろう。
 優は頬を掻くと、呆れたような表情で踵部を見た。

「顔だけでよくもまあ、そこまで調べたもんだ。
 あんた見たいな科学者にまで俺の名が知れ渡ってるとは、勇名も考えようだな。
 それで? 俺にぶん殴られて下らねえ実験は止める気になったかよ?」

「冗談を言わないでくれたまえ。言っただろう? これは平和のための実験だと」

「それがあの兵士達か?」
64 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:16:50.67 ID:Y5OBrmo0
「あんなものは実験の初期段階でしかないよ。
 私の目的はオリジナルの吸血鬼以上の吸血鬼を作ること。
 だが、それには銀の弾丸がいる。
 自らが作った吸血鬼に反旗を翻されて殺されてしまったのでは、
 たまったものではないからね」

「だから、姫神秋沙が必要なわけか……」

「その通りだ。
 姫神秋沙の血液を研究して銀の弾丸を量産する。あれ一人では少々心許ないからね。
 飴と鞭で統率された最強の軍隊。この実験が成功して人造吸血鬼を戦場に投入することが
 できれば、世界から争いはなくなる。そうは思わないかね、スプリガン?」

 ただの人間とディープブラッドの血液を使用して、吸血鬼の軍団を統率する。
そういうことだろう。

 だが――。

「そんな事で平和になるわけねえだろうがっ!」
65 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:17:56.89 ID:Y5OBrmo0
 真っ白な壁で覆われた部屋に優の声が響いた。
 踵部は見下すような目で優を見下ろすと、口を開いた。

「ふむ。やはり君はこの崇高な目的が理解できないようだね。
 では、君には実験に協力してもらってから死んでもらうとしよう」

 踵部は顎をしゃくり上げると、周りにいる研究員に合図を送る。
 研究員は踵部からの合図を受け取ると、端末のコンソールを操作する。

 やがて、部屋の壁に備え付けられたスライド式の扉が開かれると、
 中から現れたのは屈強な体をした三人の男だった。

 どの男も似たような格好をしているため、見分けがつけ難い
 荒々しく息を吐く男達の口元に注視すると、鋭く尖った八重歯が二本生え揃っていた。
 三人の男達が人造吸血鬼なのは明白であった。

「その三体は特別製でね。君に実験相手を頼むよ」

 始めろ、と踵部の合図と同時に、三人の人造吸血鬼は一直線に走りだした。
66 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:21:46.83 ID:Y5OBrmo0
 人造吸血鬼のスピードは、普通の人間と比べると確かに速かった。

 だが、それでも優には対処しきれないスピードではない。
 優は人造吸血鬼の一撃を後ろに飛び退いてかわす。
 一体の人造吸血鬼が放った拳が虚しく空を切って、白色の床に大きな窪みを作る。

 続け様に二体の人造吸血鬼が、左右から優を挟むように拳を振るおうとする。
 優は右から迫る人造吸血鬼の腕を掴むと、肘を腹にいれ、そのまま投げ飛ばして
左から迫る人造吸血鬼へと投げ飛ばす。
 左から迫る人造吸血は、投げ飛ばされた右の人造吸血鬼に巻き込まれて、
吹き飛んでいく。

 残った人造吸血鬼が態勢を立て直すと同時に、優が大振りの蹴りをいれると、
蹴りを受けた人造吸血は踵部のいる壁面まで吹き飛んでいった。

 僅か数秒で、三体の人造吸血鬼は沈黙した。

 優は口端を持ち上げて笑みをつくると、硝子越しに立つ踵部を見る。
67 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:23:17.04 ID:Y5OBrmo0
「さて、それじゃあ次はあんたの番だぜ」

 だが、自らが作り出した人造吸血鬼がやられたというのに、
踵部は狼狽える素振り一つ見せることはない。
 むしろ、勝ち誇ったような笑みさえ浮かべていた。

「御神苗君。君が勝利を宣言するにはまだ早いんじゃあないのかね?
 ほら、彼らを見てみたまえ」

 優は踵部に示されるままに人造吸血鬼達に目を向ける。
 三人の人造吸血鬼は、腕を支えにして立ち上がろうとしていた。

「言っただろう特別製だと。
 オリジナルと同等とまでは言わないが、君が倒した警備兵どもよりは強いぞ」
68 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:25:04.53 ID:Y5OBrmo0
 一体の人造吸血鬼が完全に立ち上がると、優に向けて手をかざす。
 優はぞわりと這うよう感覚を受けて、横に飛び退いた。
 つい先ほどまで優がいた空間に目をやると、そこには炎が舞っていた。
 真っ赤に燃えた炎が空間を焦がす。

 優が驚いたように炎を見つめていると、パチ、パチと、ゆっくりとした拍子で
手を打つ音がスピーカーから響く。
 視線だけを動かして踵部を見ると、踵部が優の健闘を讃えるように拍手をしていた。

「よく気がついたね。さすがはスプリガン。
 お気づきの通り彼はファイアスターター(発火能力者)だよ。
 そして残りの二体はカナビノイド(幻覚発症)にマッッスルトレーサー(筋肉操作)だ。
 何れもレベル3だが、なめてかからない方がいいぞ」

 優は踵部を睨みつけた。

「てめえ、ここの学生を実験体にしやがったな!?」
69 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:26:46.01 ID:Y5OBrmo0

 ここ学園都市で超能力を使える人間は、大半は学生で占められる。
 大人の超能力者がいないわけではないが、割合としては学生の方が圧倒的に多いのだ。
 そのため、自ずと答えは導きだされていた。

「それがどうかしたかね? 科学の発展には犠牲はつきものだよ御神苗君」

 踵部は全く悪びれる様子もなく言い切った。
 優は握った拳を大きく振ると、声を張り上げる。

「てめえだけは絶対に許さねえっ!!」

「そんな科白は、そこにいる実験体に勝ってからにしたまえ」
 
 見ると、カナビノイド、マッスルトレーサーの人造吸血鬼も立ち上がって、
三人の人造吸血鬼は完全に態勢を立て直していた。
 優は腰に下げたオリハルコン(精神感応金属)製のナイフを順手に構えると、
いつでも攻撃に対処できるよう腰を僅かに落として、重心を安定させた態勢をとる。
70 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:29:53.97 ID:Y5OBrmo0
 じりじりと距離を詰めてくる人造吸血鬼。
 始めに動いたのはファイアスターターだった。

 ファイアスターターが手をかざすと、優の周りに炎が生じる。
 優は素早く駈け出すと、炎をかわす。

 続いて動いたのはマッスルトレーサーであった。
 マッスルトレーサーは自身の能力で体の筋肉を膨張させると、
 人の胴回り程に太くなった腕を優に向けて振り下ろした。

 ドンッと、雷が落ちたかのよな音と共に衝撃が走る。

 優は一足飛びにマッスルトレーサーの背後に廻ると、ナイフを振り下ろそうとする――。

 ――いや、振り下ろそうとした所でピタリッと止めた。
71 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:31:27.45 ID:Y5OBrmo0
 優は目をめいいっぱい見開くと、驚愕の表情をつくる。
 気が付くとそこはもう、白い壁で覆われた実験室ではなかった。

 亜熱帯特有の木が生い茂り、日本ではまず見かけない、カラフルな色をした
蛇や鳥が闊歩するジャングルだった。
 ギャアギャアと鳥が鳴く。
 湿った空気、高い気温、小川の流れる音。
 これが本当の景色ならば、優は都会のど真ん中からどことも知れないジャングルに
迷い込んだことになる。

 ――だが、そんな事は有り得ない。

 恐らくはカナビノイドの能力による幻覚であろう。
 優は目を閉じると、辺りの気配を探る。

 視覚に頼ればどうしても幻覚に惑わされてしまが、気配だけはよっぽどの達人でも
無い限り消すことはできない。
 辺りの気配を探ってから暫く、背後に気配を感じた。
72 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:32:48.18 ID:Y5OBrmo0

 直ぐにしゃがむと、優の頭上を人造吸血鬼の蹴りが通過する。
 続けて拳が振りろされた――気配がした。

 ――人造吸血鬼が一人、背後にいる。

 優は拳を避けると同時に、体をねじって背後を振り返ると、
そのまま人造吸血鬼の胸にナイフを突き立てた。

 手応えはあった。だが、心臓に刃は届いていない。
 この硬いタイヤに突き刺さったような感触は――。

「マッスルトレーサーの吸血鬼かっ!?」

 マッスルトレーサーは僅かに苦悶の表情を見せるが、刃を突き立てた態勢のままの
優に拳を放った。
 ハッとした優は、ナイフを残したまま飛び退る。

 互いに距離をとるように相手を伺っていると、ちりちりと、火が燻るような気配を感じた。
 それは、ファイアスターターが放つ炎が生じる前の、独特の気配だった、
 優は駈け出すことで炎をかわす。
 だが、炎は優を追尾するかのように追いかけてくる。

 ちっ、と優は舌打ちを一つすると、ファイアスターターの気配がする方へと向かった。
73 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:33:55.92 ID:Y5OBrmo0
 カナビノイドの幻覚は厄介だが、気配を消すことができない人造吸血鬼の位置は、
優からすれば丸分かりだった。
 とりあえず、カナビノイドを倒すのは後でいいと判断する。

 マッスルトレーサーはどうか?
 これも、人造吸血鬼が持つ怪力と、マッスルトレーサーの能力を併せての
肉弾戦を挑んでくるだけであったため、とりあえずは放っておいてよかった。

 では、ファイアスターターはどうか?
 これが一番厄介だった。発火前に僅かに気配はするため、かわすことは難しくは
なかったが、それでもマッスルトレーサーと戦っている最中にファイアスターターの
能力を使用されては、かわすことがグッと難しくなる。

 だから優は、ファイアスターターに目をつけたのだ。
 ファイアスターターと優との距離は二十メートルほどだろう。
 優は幻覚のジャングルに茂木々を掻き分けながら、ファイアスターターとの距離を
確実に詰めていく。
74 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:35:38.76 ID:Y5OBrmo0
 優はまず右に目を向ける。
 ナイフが胸に突き刺さっているのは、マッスルトレーサーの人造吸血鬼だろう。
 ならば、左から迫ってきているのはカナビノイドの人造吸血鬼だ。

 二人の吸血鬼が大きく拳を振り上げる。
 その姿はまるで、合わせ鏡のようだった。

 優は腰を落として態勢を整えると、向かってくる敵に対処すべく構えをとる。
 刹那、優の立つ位置に、炎が生じる気配を感じた。
 人造吸血鬼三人による、三重の攻撃だった。

 ――マジかよっ!?

 優はほんの一瞬、驚愕の表情をつくる。

 炎が優に襲い掛かると同時に、二人の人造吸血鬼の拳が、炎を切りさいて
力強く振り下ろされた。
75 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:39:07.16 ID:Y5OBrmo0
 人造吸血鬼の拳がジャングルの土――実験室の床にめり込む音と同時に、
炎から生まれた副産物――煙が二人の人造吸血鬼と優の姿を包んで隠した。

 それは、硝子窓の向こうから、スプリガンと人造吸血鬼の戦闘の様子を眺めていた
踵部からも、同様の光景だった。
 踵部たち科学者からは、ジャングルではなく、白い壁に覆われた実験室が見えている
わけであるが、発火から生じた煙はカナビノイドがつくった幻覚ではないため、
踵部たち傍観者にも見えているのだ。

 そのせいで、煙が晴れるまでスプリガンの生死は分からない。
 だが、踵部は確信していた。

 ――勝った――と。

 暫くして煙が晴れていくと、まず目に映ったのは拳を床にめり込ませた
人造吸血鬼の姿だった。
 二人の人造吸血鬼は互いの拳を交差させるように床に突き立てていた。

 優の姿は――人造吸血鬼の交差する腕に阻まれて、様子がよく分からなかった。
 どうやら膝をついて俯いているのだけは分かったが……。
76 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:40:39.87 ID:Y5OBrmo0
 踵部は意外そうな顔をする。
 人造とはいえ、実験体の吸血鬼の腕力は並の人間とは比較にならない。
 しかも、片方の人造吸血鬼はマッスルトレーサーの能力で筋力を強化しているのだ。
 踵部の予想では、御神苗優の肉体は四散しているであろうと、思っていたのだ。

 ドサリッと、重い砂袋が倒れるような音がした。
 それは、優の傍にいた二人の人造吸血鬼が倒れ伏した音だった。
 倒れ伏した人造吸血鬼の背中――ちょうど心臓の位置からは血がドクドクと流れていた。

 優はゆっくりと立ち上がると、勢い良く腕を振り下ろした。
 振り下ろした手から銀色に光る何かが、レーザーのように投擲された。

 トスンと、乾いた音が響いた。

 それは最後に残った人造吸血鬼――カナビノイドの心臓にナイフが突き刺さった音だった。
 そう、立ち上がりざまに優の手から投げられたのは、オリハルコン製のナイフだった。
 
 カナビノイドは、何が起こったのかも分からずに、倒れ伏した。
 同時に、優にかけられた幻覚が解ける。
 優から見える世界が、元の実験室に戻った。

 踵部は化物でも見るかのような目で、優を見た。
77 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:42:27.33 ID:Y5OBrmo0
「バ、バババババカなっ!? そんな!? なぜ!?
 あの三体が負けるなんて……。有り得ないっ! 認めないぞ私は!!」

 踵部は動揺を表すかのように大きく腕を振ると、まるで目の前にある現実を
認めたくないとばかりに、首を左右に振った。

 優はそんな踵部の言葉を無視して、倒れ伏したカナビノイドの元へと向かう。
 労るようにカナビノイドの体をを抱き起こすと、優はカナビノイドの胸に突き立っ
たナイフを、ゆっくりと引き抜いた。

 カナビノイドの体を下ろすと、優は悲痛な顔をして人造吸血鬼達の死体を一瞥する。
 踵部はそんな優の様子を、狼狽えながらも眺めていた。
 実験体となった犠牲者への同情、憐憫、そんな感情は踵部には分からない。

 やがて、踵部へと向けた優の顔には、はっきりと怒りの色が滲んでいた。

 踵部は優と目を合わせた瞬間に恐怖した。
 怒りと殺意が混じったような視線に、身が震えた。
78 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:44:19.00 ID:Y5OBrmo0
 優はナイフを軽く振って血を払ったかと思うと、硝子窓越しにこちらを見つめる
踵部に向かって、もの凄いスピードで駈け出す。

 人造吸血鬼達が突き刺した拳で所々ひび割れている床を走ると、優は壁を蹴って
大きく跳躍する。
 優は体をひねって一回転すると、勢いそのままにオリハルコン製のナイフを
硝子窓に突き立てた。

 特別製の硝子窓に亀裂が入る。
 亀裂は始めは小さな傷でしかなかった。だが、亀裂は段々と広がり、まるで大きな
蜘蛛の巣のように全体へと広がっていった。

 踵部や科学者達は、その光景を呆然として眺めていた。
 やがて、衝撃に耐え切れなくなった窓硝子は大きな音と共に砕け散ると、
粉々になって散っていった。

 優は踵部の前に降り立つ。
 尻餅をついた踵部は、恐怖で顔が引きつって、最早最初に出会ったような余裕は
微塵もなかった。
 優は不快そうに顔を顰めると、拳を振り上げる。
 この目の前いる矮小な男を殴らなければ、優の気が済まなかった。
79 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:45:24.10 ID:Y5OBrmo0
「待って!」

 拳を振り下ろそうとした瞬間、か細い少女の声が優の耳にはいった。
 優は拳をピタリッと止める。
 声がした方を向くと、そこには巫女装束の少女とディアがいた。
 巫女装束の少女は――姫神秋沙だ。

 姫神は踵部の前まで立つと、正座をして踵部の前に座る。
 写真と同じように眠たげな目をした少女は、無表情に踵部を見つめた。

「ここでのやり取り。全部訊いた」

 踵部は頬を痙攣させるかのようにひくつかせる。

「私に言ったこと。全部嘘だったの?
 私の血を使って病気を治す薬にすること。
 私の血を研究して吸血鬼を引き寄せないようにすること。
 全部嘘だったの?」
80 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:46:35.48 ID:Y5OBrmo0
「そんなことは――」

 ない、と弁明しようとした所を、優の射るような眼光によって止められる。
 踵部はひぃ、と情けない声を出すと、怯えたように体を竦めた。
 姫神は悲しそうに目を伏せる。

「やっぱり嘘だった。――私は不幸を呼び寄せてしまう」

 姫神は唇を噛み締めて項垂れる。

「彼女の血は吸血鬼を呼び寄せてしまう。
 ――だからそこの男は、ディープブラッドの血を研究して、吸血鬼を呼び寄せなくすると
 言って、彼女に研究に協力するよう言ったのよ」

 ティアは、汚らわしいものを見るかのような目で踵部を見ると、そう言った。
81 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:47:58.01 ID:Y5OBrmo0
てめえ、どこまで腐ってやがる!」
 
 優の怒りが頂点を超えた。
 踵部の白衣の襟を持ち上げると、優は腕を大きく振りかぶって踵部を
殴りつけた。
 踵部は、実験用の機材を巻き込んで数メートル吹き飛ぶと、大きく腫らした顔を
涙で汚して優を見る。
 怯えて竦んだ踵部の焦点は、もうどこに合っているか分からなかった。

「あなたの事は学園都市側に通報させてもらったわ。
 直ぐに拘束されて、あなたは然るべき罰を受けるわ。
 言っておくけれど、あなたのした事は重罪よ。生半可な罰が下されるとは思わないことね」

 踵部に言葉が届いているかは分からないが、ティアは冷酷に踵部を見つめるとそう言った。

 優は僅かの間項垂れている姫神を見ると、ティアに視線を移した。

「で、この娘はどうするつもりなんだティア?」

「当然、アーカムで保護するわ」
82 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:49:27.17 ID:Y5OBrmo0
「保護って、アーカムの金庫にでも放り込むつもりかよ?」

「私はそれでも構わない」

 優とティアのやり取りに、突然、姫神が口を挟んだ。

「それはどういうことかしら?」

「そのままの意味。私がいると吸血鬼を呼び寄せてしまう。
 そうなればまた大勢の人が死んでしまう。
 それ位なら私は金庫に閉じ込められた方がいい」

「ちょっと待てよ! どうしてそうなる!? 何で直ぐにあきらめちまうんだ!?」

「仕方がないこと。どうすることもできない」

「だったら、俺が何とかしてやらあ!」
83 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:50:52.79 ID:Y5OBrmo0
 捨鉢になった姫神の態度に苛立つのか、優は語気を荒らげた。

「それは本気かしら優?」

「ああ、本気だ!」

 そう、と言うと、ティアは薄く笑みを浮かべた。

「それじゃあ、その娘のことはお願いね」

「ああ! ――って、そりゃあどういう意味だティア!?」

「どういう意味って、そのままの意味よ」

「だから意味が分かんねえって!」

「あなたにその娘の面倒を見てもらおうって言ってるのよ」

「益々意味が分からねえよ!」

 ティアは小さく息を吐いた。
84 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:53:15.64 ID:Y5OBrmo0
「ディープブラッドの血は、私の魔術で抑えることができるわ」

 それを訊いた姫神は、僅かに目を開くと、ティアを見る。

「本当に?」

「ええ、本当よ。ただ、私の魔術でディープブラッドの血を抑えても、
 あなたを狙う輩は絶えないでしょうね。だからあなたは、優に守ってもらいなさい」

 姫神は優を見る。
 先ほどまで悲哀に染まっていた瞳には、希望の光が湧いていた。

「あなたは私を守ってくれる?」

 優は一度頭を掻いた。

「ああ、守ってやるよ。大口叩いた手前もあるしな」

「それじゃあ決まりね。優、あなた今度からその娘と一緒に住みなさい」

「は? ちょ、ちょっと待って! 何でそうなるんだ!?」

「あら、その娘を守ってあげるんじゃあなかったのかしら?」

「いや、そう言ったけどよお……。
 ――俺は男で、その娘――姫神は女だぞ。男と女が一緒に住むなんて、
 その――」
85 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:53:58.26 ID:Y5OBrmo0

「私は構わない」

 姫神が優の言葉を遮るように言った。

「お前なあ……。よく考えてからものを――」

「あなたは私のことを守ってくれるって言った」

「いや、そうだけどよう、だからって――」

「あれは嘘?」

 次々と出す言葉を遮られていくと、優は僅かに体を仰け反らせた。
 やがて、観念したかのように大きく息を吐く。

「……分かったよ。一緒に姫神と住む。これでいいんだろうティア?」

 ティアは軽く笑うと、小さく頷いた。
86 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:55:31.64 ID:Y5OBrmo0
 姫神を見ると――姫神は歳相応の少女の笑みを優に向けていた。



 夢を見た。
 暗闇の中、少女はただ一人ぽつんと立っていた。
 誰かを傷つけたくなくて、人と関わるのを避け、自ら暗闇の中に身を投じた少女はしかし、
孤独には耐え切れなかった。

 暗闇に身を投じて暫くは、ただ泣いた。
 泣きつかれた頃には、闇の中で生きるすべを身につけていた。
 心を殺して、光を求めず、ただじっとしていること。
 そうしていれば、とりあえずはなんとかなった。
 
 少女が闇に身を投じてから、どれだけの時間が経った頃であろうか……。
 闇の中に光が射した。
 光の中から力強い男の手が差し伸べられた。
 それは、少女からすれば、天から伸びた蜘蛛の糸のように感じられた。

 少女は迷わず手を掴む。
 男の手は力強く少女の手を握ると、少女を光へと呼び戻した。
 
 少女を救ったのは、若い男だった。
 男の名は――御神苗優と言った。
87 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/19(日) 23:58:59.17 ID:Y5OBrmo0



 三沢塾の一件から数日後の朝。
 優は、フライパンの上にしかれた油が焼ける音で、目が覚めた。
 まだ眠たげな目を手で擦ると、大欠伸を一つしてリビングへと向かう。

 リビングとキッチンは一体型だ。
 キッチンに目をやると、制服の上にエプロンを着込んだ姫神秋沙がいた。
 姫神は優に気が付くと、フライパンをコンロにかけたまま首だけ振り向いた。

「おはよう。いま目玉焼きを焼いているから先に顔を洗ってきて」

 優は姫神に言われるがまま、洗面台へと向かう。

 姫神との共同生活が始まって数日、家の家事はほとんど姫神が行っていた。
 始めは優も家事を行おうとしたのだが、姫神がどうしてもと訊かず、
結局優が折れることになった。
 ただ、優が全く家事をを行っていないかと言うと、そう言う訳でもない。
 優も偶には家事を手伝ったりしていた。

 冷たい水で顔を洗って歯を磨くと、優はリビングへと戻って、食卓へと着く。
 食卓には目玉焼きとご飯、味噌汁が二人分並んでいた。
 頂きます、と言って両手を合わせると、優は箸を持って目玉焼きに醤油をかけて口へ運ぶ。

 そういえば、と優は箸で挟んだ白身を胃の中へ送り込むと、口を開いた。
88 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/20(月) 00:00:08.12 ID:ZIned5E0
「姫神は今日から学校だったな。お前、大丈夫か?」

 姫神は箸を止めると、相変わらず眠たげな目で優を見た。
 
「大丈夫。心配ない」

「ならいいけどよ。そうだ、これ」

 と言って、優はがさごそとポケットを探ると携帯電話を取り出した。

「入学祝いってわけじゃあねえけどよ、何かあったら携帯で俺に電話しろよ」

 姫神は携帯電話を受け取ると、小さく頷いた。

「分かった」

 そのまま、他愛もない会話を交えて食事を終えると、姫神は学校に向かうために
玄関のドアを開ける。
 優は姫神を見送るために、玄関先までついて行く。
姫神は玄関から数メートル離れた位置まで歩くと、振り返って優に小さく手を振った。

 姫神の手首に付けられたブレスレットが太陽の光を反射する。
89 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/20(月) 00:01:16.88 ID:ZIned5E0
「行ってきます」

「おう、行ってこい!」

 優は笑顔で応えた。
 姫神の姿が見えなくなるまで玄関先見送ると、優は頭を掻いた。

 姫神の入学する学校は、何の因果か上条当麻と同じ学校であった。
 いや、入学する学校を決めたのはティアなのだから、偶然ではないのだろう。
 ティアなりに考えがあってのことであろうが、優は上条当麻の周囲で起きる事件に、
姫神が巻き込まれるのではないかと心配であった。

 ティアが作成した銀のブレスレットにより、吸血鬼を呼び寄せることはなくなったとはいえ、
それでもディープブラッドの稀少性は変わらないのだから、姫神自身が事件に巻き込まれる
可能性も否定できない。

 優の予感が的中するかしないかは、また別の話であるが……。
90 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/20(月) 00:01:59.86 ID:Uaj6soAO
お、こっちに移ったか
全部見てたよ
91 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/20(月) 00:02:28.76 ID:ZIned5E0
誰も見てないだろうけど、
これでディープブラッド編は終わり

じゃあ、おやすみ!
92 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/20(月) 00:03:32.69 ID:riuzvwAO
>>1
次も期待してるぞ!!
93 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/20(月) 00:09:39.87 ID:GQ1yhsDO
乙でした。
続きにも期待。
94 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/20(月) 00:11:56.07 ID:6SOR0aco

ヘタ錬■■■■■■さん…
95 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/20(月) 00:13:06.58 ID:ZlOTrEAO
こんなにシリーズ化してるとは知らなかったぜ
過去スレ含めて追いついた。乙乙


あれ?姫神が上条に会わずに転校してくるとか漫画版じゃね?
96 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/20(月) 00:35:24.92 ID:ZIned5E0
ごめん、今更だけど

>>73
の終わりと

>>74
の始まりとの間に、下の一文が抜けてたわ

ファイアスターターまで残り五メートルと迫った所で、左右から人造吸血鬼の気配がした。
97 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/20(月) 05:24:26.21 ID:uAF9pMAO
乙です。
超俺得です。
スプリガンでSS考えてたけどこっちのが面白いんで支援。
98 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/20(月) 07:55:39.69 ID:TxBcAAAO
次はジャンを……ジャンと染井を登場させてくれぇ……
99 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/20(月) 10:48:54.95 ID:GQ1yhsDO
>>97
さあ、書き溜めを始めるんだ。
100 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/20(月) 19:29:43.71 ID:JBZ.lmko
スプリガンと禁書のSSとか正に俺得だわ
>>1頑張ってくれ、ずっと読んでるぞ
101 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/21(火) 13:22:17.68 ID:zI4sb.SO
一部単語はGEPを含むVIP Serviceの仕様で変換されるよ
例えば「しね」「ころす」を漢字で書くと
[ピーーー]
こうなる

メ欄に saga と入れれば回避可能
sageじゃなくてsagaね
102 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/21(火) 21:26:08.11 ID:zmwpWLs0
1です
思ったよりも反響があってよかった

>>101
ありがとう。次から気をつけるよ

とりあえず、次の話は今書いてる最中なので
一週間〜二週間あとにまら投下します

それじゃ、また
103 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/22(水) 01:47:42.90 ID:d1gBVcAO
>>102
結構長いな。ま、気長に待つさ
104 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/22(水) 03:25:07.54 ID:whP8ZYAO
下に同じく
105 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/22(水) 17:13:50.40 ID:R0fjPuso
魔術で変化したワージャガーをイマジンブレイカーでそげぶするとどうなるのっと
106 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/22(水) 22:59:30.53 ID:d1gBVcAO
>>105
やっぱ解除されんじゃね?
107 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/30(木) 19:25:57.97 ID:SjwgV5A0
1です

次回投下の予告をしにきました
今週の日曜日 21時くらいから投下はじめます

ではでは、よいお年を
108 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/30(木) 23:52:53.30 ID:IiIRbUDO
>>107
おk、待ってます。
109 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:05:43.50 ID:8Q3fnjc0
それじゃあ、予告通りの時間なので
投下始めます

ちなみに、今回話が長くてまだ全部書き終わってないので
前後編にわけます

今回の話は前編です
では、投下開始します
110 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:07:22.33 ID:8Q3fnjc0
七月の中旬、学園都市は汗ばむ陽気となった。

 曇一つ無い空を晴天と呼ぶが、本日の天気は正にそれだった。
 街を歩く人間は少しでも涼もうと、ビルの日陰に吸い込まれていく。
 街角に備え付けられたベンチを見れば、ハンカチを取り出して汗を拭うサラリーマンに、
日傘を差した妙齢の女性が、手に持った扇子で扇ぐ姿が見て取れた。
 八月まで、まだ十と数日はあるというのに、気温の上昇はとどまることを知らない。
111 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:08:11.06 ID:8Q3fnjc0
 そんな熱気の中、一人の女性が困ったような顔をして道に立ち尽くしていた。
 この女性、ある男と待ち合わせをしていたのだが、道に迷ってしまったらしく、
途方に暮れているのだ。

 女性の年齢は、二十代後半にさしかかろうという所だろうか。
 大人の女性らしく、出る所は出て、引っ込む所は引っ込む、何とも悩ましい
体型をしている。
112 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:09:01.38 ID:8Q3fnjc0
 長袖の白いワイシャツを腕まくりして、黒のタイトスカートを着こなす姿は、
やり手のキャリアウーマンのようにも見えた。
 美人ではあるが、どこか疲れたような、気だるげな目が印象に残る顔立ちだ。
 そんな女性が困ったように立ち尽くしていれば、声を掛けない男は世の中に
いないであろうが、残念な事に、女性が立つ通り道には、人が通る気配はなかった。
113 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:09:44.42 ID:8Q3fnjc0
 女性は辺りを見回して、人の通る気配がないことを悟ると、あきらめたかのように
一息吐いて、近くにあったベンチに腰掛けた。
 ベンチの傍に生えた大きな樹木がちょうど日陰になって、日向よりも涼しい。
 日向と日陰の温度差はそれほどではないが、それでも、太陽の光を浴び続けるよりは
ずっとよかった。

 ミーン、ミーンと蝉の鳴く音が響く。
114 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:10:35.49 ID:8Q3fnjc0
 ベンチに腰掛けること十分。女性の額に玉のような汗が浮かんだ。
 女性の首筋を伝って、胸の谷間に汗が滑り込む。
 それ程までに、今日は暑いのだ。
 天気予報によると、三十四度を超えるらしい。
 まめに、水分の補給をしなければ脱水症状を起こしてしまう気温であった。

「今日は暑いな……」

 女性は誰に言うでもなく呟くと、ワイシャツのボタンに手をかけた。
 ワイシャツにかけられたボタンを一つ一つ外していくと、女性の胸を覆う下着が露になる。
115 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:12:03.88 ID:8Q3fnjc0
 しかし、女性は一向に気にした様子もなくワイシャツを脱ぐと、
ベンチの背もたれに脱いだ服をかけてしまった。
 女性は手を団扇に見立てて自身を扇ぐと、下着を露出したまま、
すっかりリラックスしてしまう。

 往来の真ん中で突然服を脱ぎ出し、自身の裸体を晒す行為に快感を覚える女性の事を、
一般的に痴女と呼ぶが、女性には別にそんな趣味があるわけではない。
ただ暑いから服を脱いだだけのことである。
 暑ければ服を脱ぎ、寒ければ服を着る。女性の思考は実に単純だった。
 普通の人間ならば、羞恥心という名の脳のフィルターが邪魔して、
往来の真ん中で服を脱ぐなんてことはしないが、この女性に限って言えば、
脳のフィルターが故障しているのか、はたまたフィルターに大穴が空いてるのかは
知らないが、人の目など気にせず、徐(おもむろ)に服を脱ぎだしてしまうのだ。
116 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:13:43.19 ID:8Q3fnjc0
 ――女性は所謂、変人なのだろう。

 さて、そんな変人の前を一人の男が通り過ぎようとしていた。
 金の長髪を後頭部で束ねた白人の青年なのだが、目付きが鋭く、
どうにも話しかけ辛い雰囲気を醸し出していた。
 美男子と言う言葉が相応しい顔立ちをしてはいるが、傍(はた)から見れば
街のチンピラだ。
 
 普通の人間であれば、青年に話しけることを躊躇してしまうところだが、
女性はベンチから立ち上がると、青年の風貌を毛ほども気にした様子もなく声をかけた。

「君――ああ、エクスキューズミーかな? ――ともかく、道を尋ねたいのだが」

 白人の青年は、女性の方を振り向いた。
117 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:16:07.12 ID:8Q3fnjc0
 振り向いた先には、上半身下着姿の女性がたっている訳だが、
青年はそんな女性の姿など眼中に無いといった様子で、口を開いた。

「あん、道?」

 意外にも、青年が話す言語は日本語だった。
 女性は英語か、それとも仏語か、はたまた伊太利亜語か、
とにかく日本語以外の言語が返ってくるものとばかり思っていたので、
僅かに驚いたが、とりあえず日本語が通じる事が分かると、そのまま続けて尋ねた。

「そう。この近くのはずなんだが、どうやら道に迷ってしまったようでね。
 助けてはくれまいか?」

 そう言って、女性は青年に地図を見せる。
118 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:17:05.70 ID:8Q3fnjc0
 地図には赤い丸印で、男との待ち合わせ場所が囲われていた。
 青年は、女性と肩が触れ合うほどに近づくと、地図を覗き込んだ。

「ここに行きたいのだが、分かるだろうか?」

「ちょっと貸してみろよ」

 言われるがまま、女性は青年に地図を手渡した。
 暫く、黙って地図を眺めていた青年は、地図を折り畳んで女性に返すと、
顎を僅かに上げて行き先を示した。
119 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:19:32.97 ID:8Q3fnjc0
「ここから、五十メートル先に真っ直ぐ行くとコンビニが見えてくるから、
 そこを左に曲がりな。直ぐ近くにディトールっていうカフェがあるはずだ」

「ああ、そうか。ありがとう」

 女性は行き先を確認するように、青年が顎で示した方を向くと、
小さく頭を下げて礼を言った。
 そのまま、男との待ち合わせ場所に向かおうと、ベンチにかけたワイシャツを持って、
女性はその場を立ち去ろうとするが、数メートル程歩いた所で青年に声を掛けられ、
足を止めることになる。
 振り向くと、青年は面倒くさそうに眉を顰めて、女性を見ていた。
120 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:21:07.33 ID:8Q3fnjc0
「何か用かな?」

「人の趣味にケチをつけるつもりはねえんだが――」

 と前置いてから、青年は言葉を続ける。

「――アンタ、街中でストリップでもする趣味があるのか?」

 女性は最初、青年が何を言っているのか理解できなかったが、
軽く俯いて自身の格好を確認すると、ああ、と気がついたように呟いた。

「私にストリップの趣味はないよ。ただ、今日は暑いからね。
 私の体を見ても劣情を催す男などいるまいし、それならば構わないだろうと
 服を脱いだのだが――気になるかね?」

青年はおどけたように肩を竦めた。
121 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:22:55.89 ID:8Q3fnjc0
「いいや、別に。――ただ、そんな格好してるとアンタ、アンチスキル(警備員)に
 しょっぴかれるぜ」

「アンチスキルにか……それは困るな」

 常識から考えれば、上半身下着姿の女性が学園都市を彷徨いていたなら間違いなく、
アンチスキルに連行されてしまうだろう。変人にもそれ位は理解できた。
 女性は顎に手を当てて考えるような所作をすると、暫く黙りこんでから口を開いた。

「確かに、君の言う通りだな。――仕方がない。少し暑いが、服を着てから行くとするよ」

 恥じらいではなく、法規上の理由で渋々と納得したのは、さすが変人といった所か。 
 女性ワイシャツをはおると、ゆっくりとボタンを止めていく。
 最後に、背中程まで伸びた髪を書き上げた。
 
 青年はそんな女性の仕草を見て、色々な意味で残念な美人だ、
と貶しているようで褒めているような評価を内心下していた。
122 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:24:52.92 ID:8Q3fnjc0
「それじゃあ」

 と言った女性は、太陽から降り注ぐ光を眩しそうに手で遮ると、
青年が教えてくれた道筋を辿って、その場をあとにした。
 残された青年は女性を見送ると、決まりが悪そうに頭を掻いた。

 男との待ち合わせ場所――ディトールという名のカフェに着いたのは、
女性が青年と別れてから五分程経った頃であった。
 店内の一角――窓際の小さな席には、既に男が、憮然とした態度で座っていた。
 女性は申し訳なさそうに小さく笑を浮かべると、男と相対する席に腰掛けた。

「済まない。どうやら待たせてしまったようだな」

 男は腕を組んで大きく息を吐くと、ちらりと女に目をやって、

「全くだぜ。俺は、待つのは性に合わないんだがな」

 と、ぼやくようにように言った。
123 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:29:27.66 ID:8Q3fnjc0
「道に迷ってしまってね。親切な青年に道を教えてもらったんだ」

「道に――ね。俺はてっきり、またストリップでもかまして、アンチスキルにでも
 捕まったんじゃあんねえかと、心配したぜ」

 男の口ぶりからすると、女性が突然服を脱ぎだしてしまうのは、
一度や二度で止まらないようであった。この男も、女性の奇妙な行動には、
ほとほと困っているようだ。
 女性は小さく笑う。

「ふふっ、ストリップ――か。さっき、道を尋ねた青年にも同じことを言われたよ」

 男は呆れたように女性を見る。
124 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:31:43.26 ID:8Q3fnjc0

「おいおい。まさか本気でストリップでもかましたのか?
 ここで脱ぐのだけは勘弁してくれよ」

「ストリップとは心外だな。私はただ、暑いから服を脱いでいるだけなのだが……。
 ――まあ、それはともかく、もう暑いからといって無闇に服を脱いだりはしないよ」

「ほう。あれだけ俺が言って訊かなかったのに、どういう風の吹き回しだ?」

「なに、青年に言われてしまってね。アンチスキルに捕まるぞ、とね」

 ああ、と男は納得したような声を出した。
 この男も、女性が突然服を脱ぎ始める度に、女性としての恥じらいを
言い聞かせてきたのだが、女性は分かったのか分からないのか訊いた者が迷う
返事をすると、訳の分からない理屈をこねて、また脱ぎだしてしまうのだ。
 
 仏の顔も三度まで、という諺があるが、男も釈迦に倣って三度目の説明を終えた頃には、
女性が突然脱ぎだしても何も言わなくなってしまった。
 そんな男にとって、法規を引き合いに出した青年の説明は、実に奇抜なものだった。
 灯台下暗し――ただ、男が気が付かなかっただけなのかもしれないが……。
125 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:33:02.33 ID:8Q3fnjc0
「そうなると、俺はその奇特な青年に感謝しねえといけねえわけだな。
 これで、白昼のストリップショーとはお別れってわけか」

 揶揄するように言った男の言葉に女性は、なんとも複雑そうな顔をするだけで、
何も答えなかった。
 さて、と女性は仕切り直すように言った。

「そろそろ本題に入りたいのだが」

 女性は真面目な顔をする。
 それを受けて、男の顔も真剣なものに変わった。

「実験は次のフェイズへシフトした。――そろそろアンチスキルや
 ジャッジメント(風紀委員)が騒ぎ始める頃だろう。――その時は頼むよ――」

 女性は最後に、男の名前を口に出したが、それは、店内の喧騒によって
よく聞き取れなかった。
126 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:34:18.79 ID:8Q3fnjc0
 青年――ジャン・ジャックモンドは、学園都市の喧騒を避けるように、
人通りの少ない道を歩いていた。

 人通りの少ない道を歩くのには訳がある。
 ジャンが人混みが苦手だというのもあるが、それだけではない。

 ティア・フラットによってジャンに言い渡された任務は、大まかに言うと
学園都市で起こる事件の調査なのだが、事件というものはそう簡単に起こるものではない。
 つい先日発生したグラビトン(虚空爆破)事件のような犯罪は稀なもので、
学園都市に暮らす殆どの人間は、日々を平穏に過ごしているのだ。
 そうなると、ジャンは調査する対象がなくなって暇になるわけだが、部屋に篭って
じっとしているなど、短気なジャンに耐え切れるはずはない。

 では、どうするのか? 答えは簡単だ。
 自分から事件を探しに行けばいい。
127 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:36:31.24 ID:8Q3fnjc0
 どんなに平和な国であろうと、事件が全く発生しないという事はないのだから、
路地裏にでも行けば、事件の一つや二つ起こるだろうと踏んだのだ。
 その考えは見事に当たり、ジャンは僅か二、三日で数十人にも及ぶ不良に
絡まれることになるのだが――ジャンの挑戦的な目付きにも問題はあるが――当然、
全ての不良を返り討ちにしている。

 とはいっても、毎日がそんな殺伐としているわけではない。
 現に、今日の収穫は上半身下着姿の妙な女一人であった。
 実に平和――上半身下着姿の女性が歩いてる日常を、平和と呼べるか疑問であるが――
なものである。

 ただ、ジャンにとって収穫もない散歩は、実に退屈なものだった。
 ――そんな頃だろうか。ジャンの持つ携帯電話の呼び出し音が鳴ったのは。
 ジャンは携帯電話のボタンを押すと、電話にでる。
128 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:37:50.60 ID:8Q3fnjc0
「佐天か。なんか用か?」

電話の相手は、ついこの間知り合ったばかりの少女――佐天涙子(さてん るいこ)であった。
ジャンの持つ携帯電話のスピーカーから、快活そうな少女の声が響く。

「ジャンさん、今ヒマですか?」

「あん? 何だ、藪から棒に」

「いや〜、実は初春(ういはる)をジャッジメントの仕事に持ってかれちゃって、
 私は今ヒマなんですよね〜」

「それで?」

「だから、これから初春の仕事振りを見に、ジャッジメントの第一七七支部に
 行こうかなって思って。御坂さんや白井さんもそこにいるみたいだし、
 ジャンさんもどうかな〜って思って誘ったんですけど」

「ジャッジメントの支部――ね」

 ジャンは考えるように、視線を宙空に向ける。
 ちょうど学園都市を歩き回るのも飽きた頃であったし、ジャッジメントの支部
というものにも興味はあった。
 ならば。
129 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:39:39.79 ID:8Q3fnjc0
――断る理由はない――か。

「オーケー分かった。ちょうど暇だったし、そのジャッジメントの支部っていう

 やつにも興味あるからな。で、どこで待ち合わせをする?」

「えーと、ジャンさんは今どこにいるんですか?」

 ジャンは周囲を見渡すと、学園都市のあちこちにある、学区、番地が
彫られたプレートを見る。

「――だな。分かるか?」

「分かりますけど……、これまた随分と辺鄙な場所にいますね。
 そこに何か用でもあったんですか?」

「まあ――な」

 とジャンは意味深な笑い――佐天には見えないが――を浮かべた。
 電話向こうの佐天は、不思議蔵に小首を傾けると、ジャンとの待ち合わせ場所を指定する。
 佐天が指定したのは、ジャンがいる場所から三駅ほど離れた場所だった。 
 ジャンは佐天との電話を終えると、その場をあとにした。
130 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:41:18.71 ID:8Q3fnjc0



「な、なんでこんな所に野獣がいますの!?」

 佐天と合流して、ジャッジメント第一七七支部に足を踏み入れたジャンの耳に
初めに入ったのは、白井黒子(しらい くろこ)の発した、素っ頓狂な声だった。
 黒子は室内にある自分の席から立ち上がると、ずかずかと音を立てて、ジャンに近寄る。

「ここはあなたの様な野獣が来る所ではありませんのよ。
 ――ああ、それとも何かよからぬ事をして、自首でもしに来ましたかしら?」

 ジャンは黒子の問いに答えること無く、僅かに眉を上げると室内を見渡した。
 室内には御坂美琴(みさか みこと)、初春飾利(ういはる かざり)、
佐天涙子の他に、眼鏡を掛けた生真面目そうな少女――と言っても、
初春や黒子と比べると幾分か大人びているが――がいた。
 美琴は来客用のソファーに、初春と黒子、それに少女はオフィスチェアに座っていた。
 ジャンはその中から、最も話しが通じそうな相手として初春を選ぶと、口を開く。
131 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:43:15.94 ID:8Q3fnjc0
「おい、こいつ前会った時とキャラが違わねえか?」

 前――とはグラビトン事件の時のことだろう。
 初春は苦笑いを浮かべて、それに答えた。

「白井さんは、普段は礼儀正しい人なんですけど、偶にこうなっちゃんです」

 初春は、まるで欠陥があるロボットの取り扱いを説明するかのように言ったが、
或いは、グラビトン事件の際にジャンから受けた仕打ちを、まだ根に持っている
のかもしれない。
 恐らくは後者なのだろうが、ジャンには初春の説明の方が分かりやすかったようだ。
 黒子はキィ〜、と金切り声を上げる。

「裏切りですわ! 私、今、親友に裏切られましたわ!」

「その通りじゃないの」

「お、お姉様まで!」

 合いの手を入れたのは、黒子と同じ学校に通う先輩の美琴であった。
132 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:47:01.55 ID:8Q3fnjc0
 美琴はジャンの方をちらりと見ると、言葉を続ける。

「それで? あんたは何しに来たわけ?」

 ジャンは一寸ばかり肩を竦めると、直ぐ横に立つ佐天をちらりと見やってから言った。

「こいつに誘われてな。まあ、暇だったっていうのもあるが、ジャッジメントにも
 興味はあるからな。ああ、邪魔したら悪かったな」

「邪魔だなんて、そんな事ありませんよ。むしろいつでも来てください。ねっ、古法先輩」

 初春は満面の笑みを浮かべてそう言うと、眼鏡をかけた少女に目を向けた。
 先輩――と言う呼称から、初春や黒子の上に位置する人間であろうと、ジャンは捉えた。
 眼鏡をかけた少女は自分の席から離れると、ジャンの前に立つ。

「あなたが――ジャンさんね。噂は白井さんや初春さんから訊いているわ。
 私はここ、第一七七支部に所属する固法美偉(このり みい)って言うの。
 よろしくね」

 ジャンは、少女――固法美偉と握手を交わす。
133 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:48:56.56 ID:8Q3fnjc0

「あなたがジャッジメントに興味を持ってくれて嬉しいわ。
 ほら、ジャッジメントって地味な仕事が多いから、普段はジャッジメントのこと
 なんか気にしない人が多いのよ」

「地味な仕事?」

 ジャンが言うと、意外な所から答えが返ってくる。

「そうよ。ゴミを拾ったり、道を教えたり、迷子を捜したり、本当に大変なんだから」

 美琴はまるで、我が事のように染み染みと言う。
 ジャンは不思議そうに美琴を見た。

「何でジャッジメントでもねえ、お前が答えんだ?」

 ジャンの質問は尤もだったが、美琴は惚けたように視線を逸らせて、

「いや、それは――ほら、あれよ!
 黒子からジャッジメントの事をよく訊いたりしてるから!」

 と自らの動揺を隠すように早口で言った。
134 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:51:44.83 ID:8Q3fnjc0
 美琴が慌てたのには理由がある。
 今から遡ること数日前、美琴は密かにジャッジメントとして活動したことがあるからだ。

 きっかけは黒子との些細な喧嘩であった。
 売り言葉に買い言葉で、半ば強引にジャッジメントの仕事を引き受けることになった美琴は、
古法と一緒に学園都市を巡回警邏することになるのだが、実際に体験するジャッジメントの
仕事は、美琴の想像していたのとは違い、非常に地味な仕事ばかりであったのだ。
 当然、不器用な美琴にそんな地味な仕事が務まるはずもなく、僅か一日ばかりで

 ジャッジメントの仕事に辟易した美琴は、その時ばかりは黒子を尊敬したようだが……。

 ジャンは片眉を上げて、やhはり不思議そうに美琴を見るが、暫くすると首を小さく
傾けてから、視線を初春に向けた。
 ジャンは尋ねる。
135 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:52:59.04 ID:8Q3fnjc0
「超能力を悪用する奴が現れたらどうするんだ?
 こんだけ超能力を持った連中がうようよしているんだ。
 一人や二人どころじゃなくいるんだろ? そういう奴らが」

 ジャンの言葉を訊いて、黒子の機嫌が僅かに悪くなる。
 それも当たり前と言えよう。
 自分の住んでいる街に犯罪者が紛れ込んでいる、と言われたのだから。
 事実とは言え、そんな事を言われて嬉しい人間がいるはずもない。
 
 一直線に言葉を投げかけるのは、ジャンの悪い癖であった。
 初春は苦笑いを浮かべて答える。
136 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 21:58:22.40 ID:8Q3fnjc0
「そういった場合は、アンチスキルの出番ですね。
 私達ジャッジメントは、学生で構成されているから、あまり大きな事件に関わることは
 できないんです。
 あ、でも、ジャッジメントの目の前で犯罪が起こった場合は、話は別ですけど」

「成程な。それじゃあ基本的に、ジャッジメントは危険な目にあうことはないってわけか」

 その言葉を訊いた初春、黒子、古法のジャッジメントに所属する人間は、
僅かの間、困ったような顔をして互いの顔を見合わせる。暫くして、初春が
おずおずといった様子で語りだした。

「実はここ最近、おかしな事件が起こっているんです」

「おかしな事件?」
137 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:00:30.91 ID:8Q3fnjc0
「はい。――前にあったグラビトン事件、ジャンさんは覚えてますか?」

「ああ」

ジャンはあと一歩の所で、獲物をどこかの誰かに掠め取られていたため、ようく覚えていた。

「その時の犯人――介旅初矢(かいたび はつや)さんって言うんですけど、介旅さんの
 レベルは、学園都市のバンク(書庫)――学園都市に在籍する学生の名簿みたいなもの
 なんですが――よると介旅さんのレベルは2なんですね」

「それが?」

「介旅さんが発生させた爆発は、こちらで計測した限りでは、レベル4なみの威力を
 持っていたんです。――つまり、レベル2の人間がレベル4の爆発を発生させたことに
 なるんですよ」

 そして、と初春は続けた。

「ここからが本題なんですが、それと似たような事件が、ここ数日の間で複数
 確認されてるんです。しかも中には、ジャッジメントに捕縛されたことを逆恨みした
 人達がいて、あちこちでジャッジメントに所属する学生を襲ったりしているらしいんですよ」

 そこで、佐天が慌てたような声を上げた。
138 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:02:25.67 ID:8Q3fnjc0
「ちょ、ちょっと待ってよ初春! 私、そんな話訊いてないよ!
 初春は大丈夫なの? 白井さんや古法先輩は?」

 捲し立てるように言った佐天に、初春は苦笑いを浮かべて、

「幸い、私と古法先輩は大丈夫ですけと……」

 と言うと、意味ありげな視線を黒子に向けた。
 黒子は肩を竦めると、なんとも言えない妙な顔をして口を開いた。

「な、ぜ、か、私ばかりが狙われてますの。当然、全員返り討ちにしてますけれども――」

 そこで、黒子は一旦言葉を区切ると、息を大きく吸い込んで、ゆっくりと吐いた。

「――それでも、次から次へとキリがありませんわ」

 黒子が、昨日、私に挑んできた不定の輩は十ニ人を超えますわ、と言うと、
佐天はうへえ、と言って一歩身を引いた。
139 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:04:34.01 ID:8Q3fnjc0
 ジャンは腕を組んだまま、考え込むように押し黙っていたが、暫くして普段は見せない
真面目な顔をすると、口を開いた。

「その、学園都市のバンクやらが間違ってる可能性はないのか?」

「つい一日前までレベル1だった人間が、翌日にはレベル3になっていたことが
 ありましたのよ。常識的に考えて、そんな事があると思いますの?」

「ないのか?」

「ありえませんわ。例えるなら、オタマジャクシが突然カエルになるようなものですもの」

 黒子がきっぱりと否定する。

「じゃあ、レベルを一気に上げる方法はないってことか?」
140 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:05:45.45 ID:8Q3fnjc0
その質問には、黒子も困った顔を浮かべると、助けを求めるように初春を見る。
初春は黒子を見て小さく頷くと、口を開いた。

「それなんですが――ジャンさんは、レベルアッパー(幻想御手)という道具を知っていまか?」

「レベルアッパー?」

「はい。学園都市の掲示板で流れている都市伝説の一つなんですが、それを使うと、
 レベルを一気に上げることができるらしいんです」

「何だ。んな便利なモンがあるんじゃあねえか」

 初春は首を横に振る。

「でもあくまで噂であって、レベルを一気に上げるなんて――そんなことは有り得ないんです」

 はん、とジャンは鼻を鳴らした。
141 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:07:14.27 ID:8Q3fnjc0
「まあ、そりゃそうだな。そんなモンが開発されてたら、今頃そこら中、
 レベル5で溢れかえってるわけだしよう」

 初春は頷く。

「私達も始めは、ただの噂として処理しようとしました。
 でも、今の状況を見ると、その噂もあながち嘘ではないと思えてくるんです」

「でも、さっきそんなことは有り得ないって言ってたじゃねえか」

 ええと言うと、初春は真剣な目でジャンを見た。

「ですから、もしもそれが――レベルアッパーが実際に存在したとしたら
 ――レベルアッパーを使ってレベルを上げていたとしたら――」

「全部、辻褄が合うわけか」

 その場にいる誰もが口を閉じて考え込んでしまった。
 そして、未だ空想のままのレベルアッパーを想像する。
 形は? 入手方法は? その前に誰が、一体どのような目的で作ったのだろうか? ――と。

 皆が一斉に思考の渦に囚われる中、始めに沈黙を破ったのは美琴の声だった。
142 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:11:26.67 ID:8Q3fnjc0
「その、レベルアッパーって、こっちで手に入れることはできないのかしら? 
 レベルアッパーが絡んでるような事件が幾つか起こってるんでしょ?
 だったら、どこかにレベルアッパーの流通ルートがあるんじゃないの?」

 その疑問には、古法が答えた。

「確かに、ネット上にはレベルアッパーの情報がいくつも上がっているわ。
 でもそのほとんどが、虚偽の情報なの。
 中には本当の情報もあるでしょうけど――だからといって、ネット上の情報を
 全て確かめるわけにもいかないのよ。そんなことしたら、幾ら人手があっても足りないわ。
 ネット上の情報に関しては、一応、初春さんに調べてもらってはいるけれども、
 今のところは良い成果は得られていないわね」

 美琴はう〜ん、と唸ると腕を組んで、再び押し黙ってしまった。
 次に口を開いたのは佐天だった。
143 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! [sage]:2011/01/02(日) 22:13:06.97 ID:m6dzAJM0
×古法
○固法
144 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:13:48.83 ID:8Q3fnjc0
「あの、白井さんに絡んできたっていう人達から、何か情報を聞き出したりはできないんでか?」

 黒子は肩を落として言った。

「私達もそう考えましたけど、その方達は貝のように口をつぐんで、
 一切何も話そうとしませんの。何れの方達もせいぜいが軽い障害罪で、
 しかも学生ですから、長期拘留はできませんし、だからといって、
 自白を強要させることもでできませんの」

 ジャンは腕を組んで壁に背中を預けると、口を挟んだ。

「そうなると、地道に聞き込みをするしかないわけ――か。んなチマチマしたことは、
 俺の趣味じゃあねえな」

「あなたの感想は求めていませんわ」

 黒子はジャンをねめつけると、続けて、

「言っておきますけれど、この間のように、余計なことはなさらないでくださいまし。
 これはジャッジメントの仕事なのですから。――お姉様もですのよっ!」

 と言って、生徒を叱りつける教師のような顔でジャンを一瞥すると、
続けて美琴を見た。
145 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:15:05.91 ID:8Q3fnjc0
>>143

oh...
146 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:20:08.98 ID:8Q3fnjc0
 この部屋の中で、最も後先考えずに行動しそうな人間だからだろう。ジャンと美琴は、
黒子によって釘を刺されてしまう。
 一般人を――いや大事な人間を事件に巻き込みたくないという気持ちから、黒子は
厳しい口調で言った。

「私としては、お姉様が一番心配ですの。正直、あの野獣よりもお姉様の方が先に、
 首を突っ込んでしまいそうですし」

 美琴はビクリッと体を震わせた。黒子の言葉を否定できない。
 黒子や初春、固法が危険な目にあっているというのならば、黙っていることはできない。
少しでも早く事件を解決しようと、今日の帰りにでも早速、調査を始めようと考えていたからだ。
 御坂美琴とは、そんな少女であった。
147 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:20:56.19 ID:8Q3fnjc0
 美琴は目を逸らすと、乾いた笑いを発してごまかす。
 ジャンは――ジャンは訊いているのかいないのか、何もない空間をじっと眺めていた。
 美琴はそんなジャンの様子が気になったのか、訝しげな目でジャンの横顔を見る。
 だが、ジャンが何を考えているかは、窺い知ることができない。

 ――何考えてるのかしら?

 暫く、ジャンの横顔を呆と眺めめながら思考を巡らしていると、

「お姉様っ! 分かりましたの!?」

 と言う声が耳元で訊こえて、美琴はびっくりする。
148 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:21:52.78 ID:8Q3fnjc0
 はっとして声がした方を見ると、息がかかりそうなほど近くに、黒子が立っていた。
 美琴は一歩身を引いてから言う。

「わ、分かったわよ。だから、そんなに興奮しないで。――ね?」

「それでしたら、よろしいですの」

 黒子は美琴の答えに満足して頷いた。
 初春に佐天、それに固法は、そんな二人のやり取りを見て、苦笑いを漏らした。

 時刻は午後五時を過ぎた頃、第一七七支部の窓に西日がさす。
 学園都市に住まう生徒は、午後六時には自宅に帰らなければならない決まりがある。それを指して、完全下校時刻という。
 午後六時には、学園都市を巡回しているバスが運行しなくなり、店も閉まってしまうのだ。

 あと四十分もすれば、完全下校時刻を知らせるアナウンスが街中に響くだろう。
 学生が外を出歩いていい時間は、もう少しで終わりを告げようとしていた。
149 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:22:49.69 ID:8Q3fnjc0
あれから十分ほどして、その場は解散となった。

 茜色に染まる街の中を、初春と佐天が並んで歩く。傍に黒子や美琴、固法の姿はない。
 学園都市に住まう学生の大多数は、学校指定の寮に住むことになっているのだが、
全員が同じ学校に通っているわけではないため、必然的に帰り道は分かれしまうからだ。
 同じ学校に通っているのは、美琴と黒子の二人組と、初春と佐天の二人組で、
固法だけはそのどちらでもない。
 まあ美琴、黒子、初春、佐天の四人は中学生で、固法だけが高校生なのだから仕方がない。

 ちなみにであるが、ジャンはジャッジメントの支部を出ると、用事を思い出したと言って、
さっさと帰ってしまっている。
150 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:24:31.99 ID:8Q3fnjc0
 さて、そんな経緯もあって、初春と佐天は二人きりで寮へと向かっているわけだが、
並んで歩く二人の間に会話はない。いつもは他愛もない話に花を咲かせているはずなのだが、
どうにも、ジャッジメントの支部を出てから佐天の様子がおかしい。
 はあや、ふうと溜め息を吐いては、俯き加減に歩を進めている。何度か、初春の方から
話を振るが、話を訊いているのかいないのか、佐天は生返事を返すばかりであった。

 明らかに、佐天が何か悩みを抱えているのは明白であるが、初春にはその見当がつかない。
だからといって、このままというわけにもいかない。困っている時に助け合ってこそ、
親友というものである。
 
 初春は隣を歩く佐天の横顔をちらりと見ると、口を開いた。
151 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:25:55.23 ID:8Q3fnjc0
「佐天さん、さっきから暗い顔してますけど、何かありましたか?」

 佐天ははっとしたように顔を上げると、動揺を隠すような作り笑いを浮かべて言った。

「べ、別に何でもないよ。やだな〜、初春」

「本当ですか?」

 初春は足を止めて佐天の顔をじっと見つめると、心配そうな顔をして言った。

「何か、悩みがあるなら言ってくださいね。私達、親友なんですから」

 佐天は足を止めると、ニ、三度目を瞬かせて親友の顔を見た。
 初春は困った笑顔をする。

「佐天さんの様子がおかしいことくらい、私には分かりますよ」

「そっか。――そうだよね」

 佐天は僅かに目を伏せると、小さく息を吸った。
 そして、ぽつりと呟くように言い始める。

「――さっきの話を訊いててね、ずっと考えてたんだ」

「さっき?」
152 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:27:26.44 ID:8Q3fnjc0
「うん、レベルアッパーの話。
 ――ねえ、初春。レベルアッパーを使ってレベルを上げるのってやっぱりダメなのかな?」

 初春は、訝しげに首を傾ける。

「佐天さん?」

「だってさ、何もしないでもレベルを上げることができるんだよ?
 そんな凄い道具があるなら、誰だって使いたいと思うじゃない」

「そうかもしれませんけど――でも、ズルはいけないと思います」

佐天は真剣な目をして、初春を見る。

「どうして?」

「どうしてって……」

 佐天の目に気圧されて、初春は目を逸らす。そして、顔を俯かせて考え込むようにすると、
黙りこんでしまった。
153 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:28:47.78 ID:8Q3fnjc0
 なぜ、どうしてと問われて、明確に反論できる材料を、初春は持っていなかった。

 レベルアッパーは法律で禁止されているわけではない。
 副作用でもあれば別であるが、現在のところそのような報告はない。
今現在起こっているレベルアッパー絡みの事件だって、レベルアッパーを使用して
増長した学生が、調子にのって能力を暴走させているだけだ。
 つまり現行の法律では、レベルアッパーを使用したからといって、咎めることはできない
ということで、使ったとしても、せいぜい他の人間からやっかみを受ける程度である。

 佐天は、黙り込んでしまった初春をつまらなそうに見て、

「ほら、初春にだって答えることはできないじゃん」

 とどこか、非難するような声で言った。
154 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:30:29.83 ID:8Q3fnjc0
 初春はばつが悪いように俯くと、下を見たまま言った。

「佐天さんは……、レベルアッパーが欲しいんですか?」

 佐天はうん、と言ってゆっくり頷いた。
 初春は顔を上げて佐天を見る。

「どうしてですか?」

「どうしてって、初春はレベルアッパーが欲しくないの?」

「私は――皆が頑張ってレベルを上げているのに、ズルはしたくありませんから」

「ズル――か。
 ねえ、初春。学園都市に来る人達って、皆、超能力を使いたいと思って集まってくる
 んだよね?
 でも、中にはレベル0――無能力者として認定されちゃう人もいるわけで、
 そんな人達がレベルアッパーを使ってレベルを上げることができれば、
 幸せになれると思うんだけど、私間違ってるかな?」

「それは……」

 初春は、言葉に窮した。
155 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:32:56.32 ID:8Q3fnjc0
 確かに、佐天の言う通り、レベルアッパーがあれば、皆幸せになれるのかもしれない。
 無能力者と不名誉なレッテルを貼られた人間達が、肩身の狭い思いをしているいるのも
知っている。中には、スキルアウト(武装無能力集団)という名の、無法者の無能力者が
集まってできたグループまで存在するのだ。
 低能力者と高能力者の間にでさえ、目には見えない確かな溝があるのだ。
無能力者なら尚更である。

 佐天涙子もレベル0――無能力者なのだから、そんな学生達の気持ちが痛いほど
分かるのだろう。
 だが、レベルアッパーを使用すれば、これらの問題は全て解決できるのだ。レベルアッパーを
使用すれば、レベルの優劣がなくるのだから。

――だけど。

本当にそれでいいのだろうか、と初春は思う。ただ、漠然とそう思った。
156 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:34:30.47 ID:8Q3fnjc0
 そんな風に思ったのは、初春がレベルアッパーに対して懐疑的な目を向けているから、
というのもあるだろう。
 人は新しいものを受け入れる際に、僅かな抵抗を覚えるともいう。もしかしたら、
それなのかもしれない。
 だがそのどちらも、根本的な理由ではない気がした。

 ――こんな時。

 美琴や黒子だった何と言うのだろう。きっぱりと佐天の考えを否定するのだろうか?
 固法だったら? ジャンだったら?

 そこまで考えると、初春はかぶりを振った。
 今、この場にいない人間の答えを当てにしても仕方がない。自分が答えを出さなければ
ならないのだ。
157 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:36:28.70 ID:8Q3fnjc0
 だが、深く考えれば考えるほど、意識は思考の海に沈んでいく。そうなると、
考えは纏まらない。
 初春は難しい顔をすると、俯いて黙りこんでしまった。

 佐天は、そんな初春を見て悲しげな表情をすると、一度目を閉じた。そして、
次に目を開けた時には表情は一転して、いつものような明るい顔をしていた。
 佐天はできるだけ、明るい調子で言った。

「な〜んてね! やだな〜、初春。冗談に決まってるじゃない。全部ウソ。
 そんなに困った顔しないでよ。もう、初春はかわいいな」

 初春は何度も目を瞬かせる。直ぐには状況を理解できなかった。

「本当にごめんね、初春。まさか、そんなに真剣になって答えるなんて思わなかったから」

 佐天は謝りながらも、笑いを堪えきれないのか腹を抱えていた。
 つまりは――どうやら、佐天によってからかわれたのだろう。
158 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! [sage]:2011/01/02(日) 22:39:46.65 ID:p.Y5h8A0
>>138でも、不逞の輩が不定の輩になってましたな。
159 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:39:47.91 ID:8Q3fnjc0
 初春は顔に朱をのぼらせて、

「さ、佐天さん!」

 と言うと、口を尖らせて佐天をねめつけた。
 初春が頬を膨らませて怒る姿は、起伏の少ない体もあって、幼子の姿を思わせた。
 佐天は笑いながら何度も謝る。ちょっとした冗談のつもりだったのだろう。

 初春は、もう知りません、と言うと佐天を置いて歩き始めてしまった。どうやら
からかい過ぎて、すねてしまったようだ。
 佐天は、かわいらしく怒る初春のあとを追うと、初春の背中に向けて、本当にごめんね、
と言った。
 初春は振り返ることなく言う。

「もう、知りません!」

 大股に歩く初春を、佐天が小走りに追いかける。
 佐天は初春の機嫌を伺うように、初春さ〜んや、初春先生などと声を掛けるが、
初春はあえてそれを無視した。
 初春だって、別に本気で怒っているわけではない。ただこのまま、からかわれっぱなし
というのが少し悔しくて、だから仕返しのつもりで、ちょっと怒っているふりをしている
だけなのだ。
160 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:41:11.77 ID:8Q3fnjc0
>>158

うん、そうなんだ。相変わらず誤字脱字が多いんだ……
161 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:43:06.44 ID:8Q3fnjc0
 佐天がからかって、初春がすねたように怒って、最後には、お互い一頻り笑い合うと
元の関係に戻る。それが、二人の関係であった。
 今だってきっと、初春が後ろを振り返って佐天と顔を合わせれば、元通り、
いつもの二人に戻れるはず――なのである。
 だが――。

 ――本当に、そうなんでしょうか?

 そう考えた瞬間、初春は急に不安になった。
 もし、先ほどの佐天の言葉が本心からで、初春も気づかない大きな悩みを抱えていたとしたら、
このまま、何もなかったかのように振り返って、本当に元の関係に戻れるのだろうか。
 初春は、憂いを帯びた顔をしてゆっくり振り返ると、おずおずと言った。

「さっきの話……本当に冗談なんですよね?」

 佐天はほんの一瞬――瞬きをすれば見逃してしまいそうな僅かな間、寂しそうに
目を伏せると、笑顔をつくってうん、と頷いた。
162 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:43:44.31 ID:8Q3fnjc0
 初春はその一瞬を見逃すことはしなかった。だが、これ以上踏み込んだら二人の
関係が壊れてしまいそうな気がして、それ以上問い質すことはできなかった。
163 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:45:42.76 ID:8Q3fnjc0



 一方その頃、ジャンは日の光が届かない廃ビルの中にいた。
 中は薄暗く、カビ臭い。
 折れて曲がった鉄骨や、所々剥がれている壁面、それに累々と積もった埃から、
このビルが廃墟となってから長い時間が経過していることがよく分かった。
 大方、経営困難で倒産した会社のビルといった所だろう。
 こんな廃ビルに買い手がいるはずもなく、更地にするにしても金がいるため、こ
うやってずっと放置されてきたのだ。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり、という諺があるように、こんな廃ビルを
好んで使う輩もいる。
 犯罪を犯して逃亡する者、薬の密売人、不良グループ。いわゆる、日陰者と呼ばれるような
人間達だ。そのいずれも、ろくな輩ではないのは確かだ。
164 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:47:12.52 ID:8Q3fnjc0
 壁に目を向けると、「Big Spider」と真っ赤なスプレーで描かれていた。
 ビッグスパイダーとは恐らく、不良グループのチーム名なのだろう。
 彼ら――彼女らかもしれないが――は、スプレーでデカデカとチーム名を描くことによって、
この廃ビルが、自分たちの縄張りであることを主張しているのだ。

 ――まるで犬だな。

 不良グループにとっても、犬にとっても、縄張りというものは大事なものだ。
 縄張りは生活圏内を示すものであって、昔くさい言い方をすれば領地なのだ。
165 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:49:37.40 ID:8Q3fnjc0
 人も動物も、安全な場所を求める傾向にある。それが領地で、
領内では安全を約束される。
 だが、時には他者によって領地は侵略されてしまうことがある。そうなれば当然反撃に
でるが、それに失敗すると、後は坂を転げ落ちるように没落していって、
最終的には領地の全てを侵略者に盗られてしまう。
 昔ならば、領主は首をはねられている所だが、ここは現代の科学が全ての都市で、
領地――縄張りを治めているのは学生だ。負けても、せいぜい他のチームに吸収されて
お終いといった所だろう。

 ――随分とまあ、平和な抗争なこって。

 軍隊一つと遺跡を巡って争ったことがあるジャンからすれば、それは子供どうしの喧嘩に
思えた。――いや、実際に子供どうしの喧嘩なのだが。
166 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:52:21.79 ID:8Q3fnjc0
 ジャンはそんなことを考えながら、廃ビルの奥へと足を進めた。
 ジャンがわざわざこの廃ビルに来たのには訳がある。
 ある情報を得るために、ジャンは、この廃ビルを治めるビッグスパイダーの人間に用があったのだ。

 きっかけはそう、ジャッジメントの支部での話である。
 少女達が話していたレベルアッパーなるものに、野生の勘か、きな臭いを感じ取った
ジャンは、レベルアッパーを手に入れようと考えた。
 だがジャッジメントである初春や黒子が、レベルアッパーの情報を必死にかき集めようと
しているのに、一向に情報が集まらないところ見ると、まず正攻法ではレベルアッパーの情報を
得ることはできないだろう。

 ならば、蛇の道は蛇。裏の情報を得るには、裏に関わる人間に当たればいい。
167 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:56:17.14 ID:8Q3fnjc0
 幸い、ここニ、三日ばかり不良達との喧嘩に明け暮れたジャンには、当てがあった。
それが、この廃ビルである。

 ――さて、連中は。

 ――居た。

 ビルの二階、中央部に置かれた一斗缶に火を灯して、火を囲むように円をつくって
座り込んだ若者が八名。
 ジャンは若者達に向かって歩みを進めた。かつかつと、ビル内に靴音が響く。
 その音を聞いて、今まで談笑していた若者の一人が振り返った。
 薄暗い闇の中に浮かぶ金色の髪に、切れ長の目をした白人。
 それを見た若者達は、一様に驚いた表情をする。
168 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:57:41.79 ID:8Q3fnjc0
 ここ最近、街の不良が、金色の髪をした白人に喧嘩を売って、そのいずれもが
返り討ちにされている。そんな噂が、無法者達の間で囁かれていた。
 血の気が多い若者が喧嘩を売って返り討ちにされたというのであれば、何も珍しい話ではない。 高レベルの能力者ならば、それも可能であるのだから。
 だが無能力者が、数十人もの人間を、ことごとく返り討ちにしたというのであれば、話は別だ。

 その噂は、無法者達の間で瞬く間に広がった。
 勿論、ビッグスパイダーの間でもその噂は広がっていた。

「あんた、噂の……」

 若者の一人が立上がって言った。
169 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 22:59:53.75 ID:8Q3fnjc0
「噂? なんだそりゃあ?」

 ジャンは片眉を上げて訝しげに若者を見ると、そう言った。

「あんた、滅法強いって噂の外人だろ? 俺達の間で、その話を知らねえ奴はいねえぜ」

 ああと言うと、思い当たる節があったジャンは納得した。

「そうかい」

「それで、ここに何しにきた? 喧嘩ならよそでやってくれ」

 若者達は、実に迷惑そうにジャンを見て言った。
 せっかく盛り上がっていた所に、無粋な闖入者が来たのだから仕方がない。
 ジャンは手を振って答える。
 今日はそんな用件で、こんなカビ臭いところに来たわけではないのだ。
170 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:01:35.10 ID:8Q3fnjc0
「お前らにちょっと尋きたいことがあってな。――レベルアッパーって知ってるか?」

「レベルアッパー?」

 唐突な質問である。
 若者は周囲の仲間の顔を見回して言った。

「誰か、知ってる奴いるか?」

「いや、知らないっすね」

「あ、俺知ってますよ、ほら、最近うちらの間でも有名じゃないっすか」

「確かあれだよな。レベルを上げることができるとかなんとか」

「そうそう」

「でもそんなもん、俺らの間で持ってる奴なんかいたか?」

「さあ。なんせ、眉唾モンだからなあ」

 若者達の間でそんな会話がなされる。
 その内、一人の若者がおずおずと手を挙げた。
171 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:03:31.98 ID:8Q3fnjc0
「俺、それ持ってますよ。――多分ですけど」

「多分?」

 ジャンはその若者を怪訝そうに見た。

「いや、これなんですけどね」

 そう言って若者が取り出したのは、どこにでも売っている音楽プレイヤーだった。
 若者は自身なさ気に言う。

「これ、売人から買ったやつなんですけど、でも音楽でレベルが上がるなんて
 有り得るわけないじゃないすっか。だから俺、試したことがないんすよね」

 ジャンはその若者に近づくと、レベルアッパーだという音楽プレイヤーを受け取った。
 音楽プレイヤーの液晶画面には、「Level Upper」と表示されていた。
 確かに、この若者が言うように、音楽を聞いてレベルが上がるなど有り得るとは思えない。
 だからといって、偽物とも思えなかった。

 ――音楽を聞いてレベルアップね。ゲームじゃあるまいし。

 ――いや、待てよ。
172 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:04:39.23 ID:8Q3fnjc0
 その時、ジャンの脳裏に、グラビトン事件を起こした介旅少年の姿が思い浮かぶ。

 ――そうえいばアイツも音楽を聞いてたな。

 偶然の一致かもしれない。
 だが、偶然にしては、あまりにも出来すぎているように思えてならなかった。
 もし、レベルアッパーの正体が音楽で、介旅少年がそれを聞いてレベルを上げたとしたら。
 可能性は十分にあるだろう。
 ジャンは若者に向かって言った。

「おい、コイツを俺にくれねえか?」

「は? いやいや、駄目っすよ。それ結構高かったんすから」

「いくらだ?」

「え?」

「いくらだって聞いてんだ」
173 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:05:32.06 ID:8Q3fnjc0
 若者は考え込むように腕を組むと、右手の指を五本立ち挙げた。

「五万か?」

「は、はいっす」

「じゃあ、十万で買取ってやる。お前もそれでいいな?」

 えっと、若者は驚いた声を上げた。
 本当はニ万円程度のものなのだが、ふっかけるつもりで五万円にしたのだ。
 まさか、その二倍で買い取ってもらえるとは思わなかったのだ。
 若者としては、両手を挙げて大喜びしたいところである。

「ほらよ」

 ジャンは財布から十枚の紙幣をとりだすと、若者に手渡した。
 若者は嬉しそうな顔をすると、さっそく渡された紙幣を数えだしている。
 ジャンは用件は終わったとばかりに、直ぐさま踵を返すと、廃ビルをあとにした。

 突然現れて、突然去っていった外国人に、その場に残された若者達は唖然とした顔をしていた。
174 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:07:59.88 ID:8Q3fnjc0

 学校が終わると、黒子は早速街のパトロールへと向かった。

 いつもならば、決められたルートを巡回するのだが、今回はわけあって、
普段は見回ることがない路地裏を、重点的にパトロールしていた。

 路地裏は表の道と違って、精神的な寂しさを感じさせた。
 太陽から降り注ぐ日の光に差があるわけでもなく、特別道が汚いわけでもない。ただ、
圧倒的に人の通行量が少ないのだ。
 おかげで、街の不良達が好んで使う道となっている。人目につかない道ということから、
無頼の輩には都合がいいのだろう。

 黒子の目的は決まっている。噂のレベルアッパーである。
 パトロール前に行った支部の小さな会議で、犯罪の温床となっているレベルアッパーから
捜索を行い、これ以上加害者を増やさないように努めることで意見は一致したのだ。

 レベルアッパーの捜査を行うにあたって、黒子達第一七七支部のジャッジメント達はまず、
基本に倣って、学生への聞き込みと、街の巡回を中心に行っていた。
 大抵の事件であれば、協力的な学生達の証言や通報によって、事件は直ぐに解決へと
導かれるのだ。
 だが、今回は違っていた。
175 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:10:46.11 ID:8Q3fnjc0
 普通の真面目な学生達はレベルアッパーを噂程度にしか知らず、通報をしようにも、
何を見て通報をすればいいのか分からない。そんな事では、情報が集まるはずもない。
 マニュアルに従って捜査を行うことは、無駄と言えた。
 ならば、レベルアッパーについて詳しく知っていそうな人間に、聞き込みを行うしか
ないわけである。
 つまりは、裏の情報に精通していて、かつレベルアッパーを使用しそうな人間。
 
 これらの条件が最も当てはまるのは――そう、スキルアウトの連中といったところか。

 そのため黒子達、第一七七支部のジャッジメントは、人通りが少なく、スキルアウトが
集まりそうな場所として、路地裏を捜査の対象として挙げた。
 無頼の輩から有益な情報を聞き出すことができれば御の字だが、レベルアッパーの
取引現場でも押さえることができれば、一気に事件を解決へと導くことができるだろう。
 まあ――。

 ――そう上手くいくとは思えませんけど。
176 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:11:51.26 ID:8Q3fnjc0
 黒子は大きく息を吐くと、煉瓦作りの壁に挟まれた道の角を曲がった。
 角を曲がった先は十字路になっていた。その十字路の中央に少女が佇んでいる。
 黒子はその少女に、よく見覚えがあった。

 ――あれは。

「お姉様! お姉様ですの!?」

 十字路の中央に立っていたのは、麗しのお姉様――御坂美琴であった。
 美琴は、黒子の声に驚いたように体をビクリッと震わせると、声がした方を振り返った。
 黒子の姿を視界に入れた美琴は、げっと呻き声を上げると、上体を逸らした。

「黒子! なんでこんな所に!?」

「それはこっちの科白ですの! お姉様こそこんな所で何をなさってますの!?」

 美琴はやましいことがあるのか、あからさまに目を逸らした。
177 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:13:42.28 ID:8Q3fnjc0

「わ、私は、ほら――そう! 散歩よ、散歩!」

「散歩〜? このような所に、お姉様が散歩ですの?」

「そ、そうよ。悪い?」

 黒子は訝しげな目で美琴を見る。

「お姉様。まさか、レベルアッパーのことについて、お調べになっているわけじゃあ
 ありませんでしょうね?」

「あは、あははは……。なんのことかな〜?」

「お姉様。笑ってごまかそうとしても無駄ですのよ」

 黒子はずいっと顔を寄せると、じっと美琴を見つめた。
 すると、黒子の視線に耐え切れなくなった美琴が、渋々と語り出す。
178 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:16:53.47 ID:8Q3fnjc0
「だって、事情を知ってるのに黙って見てることなんか、できるわけないじゃない。
 あの時――グラビトン事件の時はアイツが助けてくれたから、初春さんも私も
 傷つかずに済んだけど、でも次は分からない。
 ――明日にはもしかしたら、黒子が傷ついているかもしれない。佐天さんが、
 固法先輩が傷つくかもしれない。
 そんな風に考えたら、私だけ黙って待っていることなんかできなっかたのよ!」

 黒子は感極まった顔をすると、美琴に抱きついた。

「お姉様! そこまで私のことを考えてくれていたなんて、黒子感激ですわ〜!」

 黒子は美琴の胸に顔をうずめて、頬をすりよせる。
 美琴はそんな黒子の、行き過ぎた愛情表現に若干引きながらも、無下に扱うことはできず、
ただなされるがままにしていた。
 だが黒子は、でもと言うと、美琴から体を離した。
179 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:20:05.45 ID:8Q3fnjc0
「それとこれとは話が別ですわ。お姉様の心配は大変嬉しいのですが、だからといって、
 一般人であるお姉様を、危険に巻き込むわけにはいきませんの」

 でも、と美琴が口を挟む前に、黒子の言葉がそれを遮った。

「――ですから、私はお姉様が危険なことをなさらないように、監視する必要がありますの。
 お姉様が行く所、黒子もお供しますわ」

 ――それじゃあ。

「私もレベルアッパーの捜索を手伝っていいってこと!?」

 黒子はコホンと咳払いをすると、ただしと付け加えた。

「無茶だけはなさらないでくださいまし」

 美琴はニ、三度目を瞬かせると無い胸を張って言った。

「まっかせない! 私を誰だと思ってるの? 学園都市が誇るレベル5よ!
 どんな不良だってやっつけてやるわよ!」

 息巻く美琴を呆れた顔で見ると、黒子は頭を抱えて、

「――それが心配ですの」

 と美琴に聞こえないように呟いた。
180 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:22:34.10 ID:8Q3fnjc0




 美琴を加えて、改めて捜査を開始した黒子が向かったのは、スキルアウトのたまり場
となっている廃ビルだった。

 繁華街から離れ、人目を避けるように路地裏を抜けると、区画整理などで取り壊しが決まった
ビルが、未だ残ったまま乱雑に並ぶ地域がある。窓には玻璃はなく、ビルの壁面には、
カラフルな色彩でパンクな絵が描かれていた。
 ビルとビルの間の細い道には、柄の悪い不良達が地べたに座り込んで話し込んでいる。
 中には、黒子や美琴達を見ると、声をかけてくる輩もいた。

 そこは、表通りと比べると異質な世界であった。

 異界では、ジャッジメントの小娘一人が持つ権力など通じはしない。
 黒子はそれを重々承知しているため、あえてジャッジメントの証である腕章を外していた。
 ジャッジメントの腕章を外したのには、もう一つ理由がある。
 黒子と美琴がわざわざこんな場所まで出向いたのは、スキルアウトの人間から
レベルアッパーの情報を聞き出すためだ。
181 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:27:02.66 ID:8Q3fnjc0
 だが、スキルアウトとジャッジメントは、追われる者と追う者の関係で、ジャッジメントに
対して、日頃の鬱憤が溜まっているスキルアウトの人間など、ごまんといる。
 そんな輩と話すにあたって、ジャッジメントの腕章を付けていたのでは、聞き出せる情報も
聞き出せなくなってしまう。
 ただでさえ、短気な美琴が一緒なのだ。ここは、石橋を叩いて渡るような気持ちで、
いつもより慎重に行かなければならなかった。

 黒子はとりあえず、適当に道端に屯している若者から、聞き込みを開始することにした。

「あの、お話し中のところ申し訳ありませんけど、少し訊きたいことがありますの。
 よろしいかしら?」

 あん、と威嚇するような声を上げて、人相の悪い男が黒子の方を振り返った。
182 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:29:45.13 ID:8Q3fnjc0

「嬢ちゃん。俺になんか用かよ?」

 黒子は怯むことなく、毅然とした態度で言った。

「私、探し物をしておりますの。――レベルアッパーというものをご存知ありませんかしら?」

 人相の悪い男は首を傾げると、知らねえなあと言った。

「あなたはどうですの?」

 次いで答えたのは、剃り込みの入った坊主頭の男であった。

「俺も知らねえなあ。ていうか、レベルアッパーってなんなんだよ?」

 ――まず、そこから説明しなければなりませんのね。

 黒子は内心、溜め息を吐いた。

「簡単に言えば、超能力のレベルを上げることができる道具ですわ。
 まあ、まだ噂の域をでませんけども」

「レベルを上げることができる道具ねえ。そんなもんあるわけ――」

 そこまで言うと、男の表情がはたと変わる。

「――待てよ。一ブロック向こうにある、確かダミーマンセルっていうチームだったか。
 そこの啓二って野郎が、レベル0だったのにその、ラベルリッパー? リベルタッパー?
 ああ、レベルアッパーか。とにかくそれを使ったら超能力を使えるようになったって、
 言いまわってたらしいぜ」

 中々耳寄りな情報である。
183 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:34:28.31 ID:8Q3fnjc0
「それはいつの話ですの!?」

「ニ、三日前だったと思うけどなあ」

「ありがとうですの!」

 黒子は腰を深く下げて礼を言うと、お姉様と言って、美琴を伴ってその場をあとに
しようとするが、待ちなという怒号ともとれる声を男にかけられて、二人はピタリッと
足を止める。
 黒子は恐る恐る、背後を振り返った。
 もしかしたら、ジャッジメントだとばれたのかもしれない。黒子と美琴に、緊張が走った。
 いつでも逃げれるように、二人は身構える。

「あんたら、常盤台の制服着てるっつうことは、まだ中学生なんだろ?」

「それくらい見ればわかりますわ。それで?」

 黒子は刺のある言い方で返したが、男は一向に気にした様子はない。

「だったら気ぃつけるんだな。俺達は硬派なチームだから、堅気の連中には
 手を出さねえが、ダミーマンセルの奴らはそんなのお構いなしだ。
 悪いことは言わねえから、あいつらには関わらねえ方がいいぜ」

 黒子はほっと胸を撫で下ろして肩の力を抜いた。見れば、美琴も緊張を解いてしまっている。
どうやらジャッジメントだとばれていないようだ。
 黒子はにこりと笑顔をつくると、男に向けて言った。

「ご忠告ありがとうですわ。
 でも私達、どうしてもその啓二さんに、レベルアッパーのことを訊かなければなりませんの。
 お心遣いは感謝しますけれど、行かせてもらいますわ」
184 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:36:18.27 ID:8Q3fnjc0
 黒子の言葉を訊いた男は、肝の太え嬢ちゃんだと言って豪快に笑うと、
それ以上引き止めることはしなかった。
 黒子は美琴と一度顔を合わせると、互いの意を確認するように頷いて、異界のさらに
奥へと足を踏み入れた。

 暫くすると、今まで黙っていた美琴が口を開いた。

「スキルアウトって乱暴者の集まりだと思ってたけど、あんな風に筋の通った人達もいるのね」

「そうですわね。私も正直面食らってますわ。厳つい顔に反して、根は優しいのかも
 しれませんわ」

 スキルアウトの中では、珍しく筋の通った男達であったことは、黒子も素直に認めていた。
 不良なりの仁義を貫き通す。まるで、一昔前の映画にでてくる極道のようである。
 彼らのおかげで、スキルアウトに対する黒子の見方は、僅かに変わっていた。
 出来うることならば、啓二という男も、そのよううであればと願わずはいられないが、
その願望は、直ぐに打ち砕かれることになる。
185 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:38:51.45 ID:8Q3fnjc0
 ダミーマンセルが根城にしている廃ビルに到着した黒子と美琴は、まず、
啓二という名の男を探すことにした。
 廃ビルの中にいたダミーマンセルの構成員は十五名ほどで、啓二という男も直ぐに見つかった。
 
 啓二は黒子や美琴と然程変わらない年齢の、整髪料で髪を後ろに撫で付けいる学生だった。
目は細く、開いているのか閉じているのか分からない。下唇にはピアスをしていた。いかにも
といった容姿の不良である。

 目的の人物を見つけた黒子は、早速とばかりに聞き込みを始めた。

「あなたが啓二さん――で宜しいですのね。あなたに訊きたいことがありますの。
 ――ここ最近、レベル0であるあなたが、超能力を使えるようになったと吹聴している
 らしいですけど、本当ですの?」

 啓二はにやにやといやらしい笑みを浮かべながら答えた。

「さあ、どうだったかな?
 そんなこと言ったような、言わなかったような。
 それよりアンタら中々かわいいな。俺と付き合わない?」

「お断りしますわ。それより、レベルアッパーをご存知ありませんか?」

「へえ〜、常磐台の制服じゃん! てっことはお嬢様? 超レベル高いじゃん!」
186 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:41:19.85 ID:8Q3fnjc0
 啓二は黒子の問いに答えることなく、全く関係のない話をする。
 二人を取り囲む男達も、下卑た笑い声や口笛を鳴らして、それぞれ勝手に囃し立てる。
 男達の野卑な言葉遣いを訊いて、黒子の眉間に一瞬皺が寄った。

「……人の話を訊いておりますの?」

「いや〜、ちょうど俺フリーでさ。彼女が欲しかったんだよ。アンタら運がいいね!
 俺と付き合うことができるなんて!」

「ですからレベルアッパーを――」

「これからどこ行く? ゲーセン? カラオケ? それともホテルに直行?」

 ギャハハと場末の酒場で上がるような、下品な笑い声がビル内に響く。
 どうやら、この啓二という男は人の話を訊かないようである。
 野卑な言動、粗野な振る舞いに、黒子の我慢は限界を迎えようとしていた。

 黒子でさえこうなのだ。短気な美琴は、とうの昔に我慢の限界を超えていた。
 パチリッと音をたてて、美琴の体を紫電が走る。
 黒子が音のした方を見ると、既に、幾筋もの電流が美琴から放射されていた。

 このままでは、この場にいる全員を電流で痺れさせかねない。
 それでは困る。まだ、レベルアッパーに関する情報は得られていないのだから。
 黒子は男達には訊こえないほどの小さな声で、美琴に語りかけた。
187 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:43:16.03 ID:8Q3fnjc0
「お姉様! 気持ちは分かりますけども、ここは我慢してくださいまし!」

「黒子、ごめん! もう――」

 無理、と今までの苛立ちが爆発したような声を上げると、美琴は雷を放射する。
 雷は美琴を取り囲む男達に向かい、数人に命中した。
 雷を受けた男達は、白目を向いて倒れる。
 死んではいないところを見ると、一応手加減はしているのだろう。
 
 残った男達は、皆一様に驚いた顔をして、美琴を見ていた。
 啓二が声を上げる。

「こ、こいつ、エレクトロマスター(電撃使い)だ!」

 男達がザワつく。
 黒子は溜め息を吐くと、やっぱりこうなりますのね、と呆れともあきらめとも
取れる言葉を呟いたが、その口端は持ち上がっていて、実に嬉しそうであった。

「こうなったら、仕方ありませんの!」

 黒子は服の下に隠し持っていたジャッジメントの腕章を取り出すと、二の腕に取り付けた。

「ジャッジメントですの! 全員、おとなしく従っていただきますわ!」
188 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:45:24.64 ID:8Q3fnjc0
 啓二が驚いた顔で言った。

「て、てめえら、ジャッジメントだったのか! よくも俺を騙しやがったな!」

「そんなこと知りませんわ。――それよりも、レベルアッパーのこと、訊かせて
 いただけますわね?」

 くそっと吐き捨てるように言って、啓二は腕を天に掲げると、黒子に向かって
振り下ろした。
 黒子は啓二のとった行動の意味が分からず、訝しげに見た。
 だが、その行動の意味は直ぐに分かった。

 黒子と美琴の体に、急に人一人が乗っかったような重みがかかる。
 か細い体では重さに耐え切れず、二人は膝をついた。

「重力系の……能力者……でしたのね」

「く……黒子……! 大丈夫……!?」

 二人は苦しげな声を上げる。大人一人分――70キロもの重みが、掛かっているのだ。
細身の少女が支えるには辛い。
 程なくして、二人の少女は地に倒れ伏した。

 残った男は啓二を入れては八名。最初の半分程の数だ。
 男達は啓二のつくった重量場にとらわれないように、黒子と美琴を囲った。
189 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:47:11.93 ID:8Q3fnjc0
「これでもう、おイタはできねえな」

「啓ニ! 力を解くなよ! 下手に暴れられたら困るからな!」

 男の一人が顎をしゃくって、二人の少女を示した。

「おいどうする? このまま犯っちまうか?」

 その言葉を訊いて、黒子と美琴の背中にぞわりと這うようなものを感じる。
 こんな下卑た男共に操を捧げるなど真っ平ごめんだ。考えただけで虫唾が走る。
 黒子は太股に巻かれたベルトに手をやる。ベルトには十センチ程の長さをした、
釘のようなものが付いていた。

 黒子は釘の数本に指を触れる。そして頭の中で演算を行い、釘の転送先の座標を指定する。
そうすることによって、釘は瞬時に黒子の指から消え、啓示のつま先へと刺さった。
 突然現れた痛みに驚いた啓示は、情けない声を上げて痛みをうったえる。
 その瞬間、重力場が消えた。好機到来である。

 お姉様、と黒子が言うと、示し合わせたかのように美琴が電撃を放つ。
 電撃は啓ニの元へと向かい、意識を奪った。
 体にかかる重みから開放された二人の少女は立ち上がると、周りを取り囲む男達を
睨みつけた。
 男達は一瞬、怯んだそぶりを見せるが、直ぐに表情を取り戻すと、口端を持ち上げて
笑みを浮かべた。
190 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:49:12.11 ID:8Q3fnjc0
 ――おかしいですの。

 あれだけ力の差を見せつけられたというのに、男達は一瞬怯んだだけで、逃げ出す
そぶりも見せない。むしろ、余裕の笑みを浮かべている。

 ――何かまだ、切り札を隠しもっているのかもしれませんわね。

 だが黒子には、男達を警戒する気持ちはあれど、恐れを抱くことなかった。
 黒子はレベル4のテレポーター(空間移動能力者)で、美琴は学園都市に七人しかいない
レベル5だ。まず、負けるような要素はない。

 ――とりあえず、ここにいる殿方達は拘束させていただきますの。

 そう考えた黒子は、太股に巻かれたベルトに手を伸ばすと、ベルトに付いた釘に指を触れた。
 釘を瞬間移動させて、男達を拘束しようと考えたのだ。頭の中で演算を行い、釘の移動先を
座標指定する。
 あとは念じるだけで釘が跳躍する――はずだった。
 
 突然、キィーンとした耳鳴に似た音が黒子を襲った。

 ――これは……能力が上手く発動できませんの!
191 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:50:41.74 ID:8Q3fnjc0
 耳鳴りのせいか演算が行えない。能力を使えないのだ。
 美琴も耳を押さえながら、男達に向かって電撃を放つが、思った方向に電撃は向かわず、
虚しく散っていった。

「黒子、能力が……うまく使えない……」

「私も……ですわ……このままでは――」

 本当に嬲りものにされかねない。
 音の正体は分からない。だが、こんなタイミングよく奇怪な音が鳴って、能力が使えなく
なったことを鑑みると、男達が何かしているのは間違いなさそうだ。
 現に、男達はにやにやと下卑た笑みを浮かべて、黒子と美琴を眺めていた。

 ――能力者だけに有効な兵器、というところですわね。

 まずその辺りだろうと、黒子は目星をつけた。
 じりじりと、男達は二人を取り囲む円を縮めてくる。
 黒子と美琴は肩を寄せ合って、身の危険を感じながらも、澱みない目で男達を睨みつけた。
 男達が足を進めて、二人に近づいてくる。黒子はいざとなったら、ジャッジメント仕込みの
体術を駆使して、この場を切り抜けようと考えていた。

 ――せめてお姉様だけでも……。
192 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:52:47.44 ID:8Q3fnjc0
 黒子はジャッジメントだ。多少の危険は覚悟している。
 だが、美琴はレベル5とはいえ、一般人だ。ジャッジメントとして――いや、御坂美琴を
敬愛する後輩として、せめて美琴だけでも逃がしてやりたかった。
 黒子がそう密かに決意した時、ビル内に声が響いた。

「おいおい、随分と楽しそうなことしてるじゃあねえか。俺も混ぜてくれよ」

 野太い男の声だ。声からはがさつな印象を受ける。
 その場にいるもの全てが、皆一斉に声がした方を見た。
 黒子と美琴は一瞬、金色の髪をしたゴロツキのような外人を思い浮かべたが、声の主を見て、
思い浮かべた人物とは違うことに気付く。

 廃ビルの入り口から、不敵な笑みを浮かべて現れた男の体は、巌のようにガッシリとしていて、
短く切り込んだ髪は逆立っている。歳は二十後半から三十前半といったところだろう。
 黒子と美琴は男を見て、同時に同じことを考えた。

――猪武者みたい――ですわね。
193 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:54:35.75 ID:8Q3fnjc0
 黒子はかぶりを振る。
 悠長にそんなことを考えている場合ではない。まだ男は、敵か味方もわからないのだ。
 ――いや、どう見ても、男は堅木の人間とは思えない。ならば、敵の可能性の方が高い。

 ――泣きっ面に蜂、ですわね。

 黒子と美琴を囲む不良の一人が、男に近づいていく。
 不良はうっとうしそうに男を見ると、恫喝するように言った。

「おい、おっさん! 俺達は見ての通りお楽しみ中なんだよ! 痛い目見たくなかったら、
 さっさとどっか行っちまいな!」

 男は、ちらりと黒子と美琴を見てから、目の前に立つ不良に目を向けた。

「あのお嬢ちゃん達、何かしたのか?」

「うっせえな! テエメには関係ねえだろうが!」

 そうかい、と言って男は腕を組むと、溜め息を吐いた。
194 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:56:38.63 ID:8Q3fnjc0
「別に、あのお嬢ちゃん達がどうなろうと知ったこっちゃねえが、見て見ぬ振り、
 っていうのもできなくてな。――なんだったら、お嬢ちゃん達に変わって、
 俺が相手をするぜ?
 こっちもちょうど退屈しててな。遊び相手が欲しかったんだ」

 男は挑発的な笑みを浮かべて、不良を見た。
 不良は頭に血を上らせて顔を真赤にすると、ふざけてんじゃあねえぞという怒声と共に
 腕を振りあげ、男に殴りかかろうとする。

「危ないですのっ!」

 黒子は思わず大声を上げた。
 だが、黒子の心配は杞憂に終わる。
 端的に言うと、不良の拳が男に届くことはなかった。不良の拳が男に届くよりも速く、
男の拳が不良の鳩尾を突いていたのだ。
 があっと呻きを声を上げて、不良はその場で昏倒する。

 男は倒れ伏した不良を一瞥してから、で、次はと言って、残りの不良達を挑発した。
 男の挑発を受けて、頭に血を上らせた残りの不良達は、黒子と美琴を放って、まるで
餌に群がるハイエナのように突進した。
195 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 23:58:35.48 ID:8Q3fnjc0
「いけません! 逃げて!」

 黒子はまたも大声を上げた。
 男が強いのは分かったが、黒子には今でも聞こえる耳鳴りのような音は、どうやら男には
聞こえていないようだ。そんな素振りを見せないのだから、間違いないだろう。つまり、
男は無能力者ということだ。
 残った相手は六人で、男は一人だ。ならば、無能力者である男に勝ち目はない。
 黒子はそう思ったが――。

 ――実際は違った。

 男は強かった。
 多勢に無勢であることを十分理解している男は、まず、周りを取り囲まれないように動いた。
 そして次に、全ての不良が視野に治まるようにして、攻撃が来る方向を一点に絞った。
こうすることによって、右や左、背後を気にせずに一点に集中できるというわけだ。
戦い慣れた人間が採る戦術である。
 そうなると、後は男の土壇場だ。目の前にいる不良を次々と殴り飛ばし、つい今しがた、
最後の不良が地面に倒れ伏した。

 ――随分と戦い慣れてますわね。
196 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! [sage]:2011/01/02(日) 23:59:51.95 ID:e.OgKIE0
>>巖のように〜


巖だけにか、ってやかましいわ!
支援
197 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/03(月) 00:00:08.29 ID:nba9nBQ0
 まず、素人にできる動きではなかった。
 美琴は、能力者でもないのに、あの人すごいわね、と呑気なことを言っていた。
 男が六人の不良を倒すまでに、三分とかからなかった。
 その間、黒子と美琴は、不良達が男の拳によって吹き飛んでいく様を、呆然として眺めていた。
 
 男は地に倒れ伏した不良達をつまらなそうに見ると、次に黒子と美琴を見た。
 コヨーテのような鋭い目と、少女達の目が交わる。
 二人の少女は一歩退いた。
 もしかしたら、男の次の目標は自分達かもしれない。能力を上手く使えない少女達には、
目の前の男に抗う術はなかった。

 ――やりますの!?

 だが、だからといって、抵抗もせずにやられるつもりはない。それは美琴も同様で、
二人揃って、いつでも攻撃に対応できるように構えをとる。
 男はそんな二人を気にする素振りも見せずに、二人の横を通りすぎた。二人はほっとすると
同時に、不思議に思った。

 ――どこへ行くんですの?

 男の行き先は直ぐ分かった。
198 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/03(月) 00:03:29.95 ID:nba9nBQ0
 廃ビルの角、ひっそりと隠れるように置かれたワンボックスの車。
そのリアゲート――ワンボックスカー特有の収納扉――は大きく開かれている。車内には
音響機器が積まれていた。
 男はリアゲートの前に立つと、フンとつまならそうに鼻を鳴らしてから、音響機器に向かって
肘を振り下ろした。勢いよく振り下ろされた男の肘は、精密機器を内包した木製の箱を容易に
打ち砕き、ひしゃげた音響機器は断末魔(ノイズ)をまき散らして沈黙した。

 音響機器が壊された瞬間、黒子と美琴を蝕んでいた耳鳴りのような音がピタリッと治まった。
 どうやら、ワンボックスカーに積まれていた音響機器が、不快な耳鳴りの原因だったようだ。
となれば、男は黒子達を助けてくれたのだろう。
 
 一連の男の行動を理解した二人の少女は警戒を解くと、男に歩み寄った。
 先ず、二人は深々と腰を下げて礼を言う。
 男は二人の突然の行動に面食らっているようだった。ばつが悪そうに目を逸らすと、
照れ隠しに頬を掻いている。
 二人は、風貌に似合わない男の行動がなんだか可笑しくて、くすりっと小さく笑みを漏らした。
 黒子は自己紹介を始める。
199 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/03(月) 00:05:30.27 ID:nba9nBQ0
「私、白井黒子と申しますの。この――腕章を見て分かる通り、ジャッジメントに所属
 していますわ。こちらは――」

「知ってるよ。常盤台のレールガン(超電磁砲)だろ?」

 美琴は目を瞬かせた。

「どうして私のことを知ってるの!?」

「あんたは有名だからな。制服と――噂通りの勝気な顔を見れば、誰だって分かるさ」

 ああと言って、美琴は納得した。勝気な顔、というのは少々引っかかるが、とりあえず
助けられた手前もあるため、何も言わないことにした。

「それで、おじさん――でいいのかな――は、どうして私達を助けてくれたんですか?
 普通の人なら見て見ぬ振りなのに。そもそも、どうしてこんな所に?」

美琴は歳上で初対面ということもあって。できるだけ丁寧な言葉を選んで尋ねた。

「別に助けたつもりはねえさ。ただ退屈だったから、ガキ共とじゃれ合いたくなったのさ」

「だから、こんな無法地帯を彷徨いていたってことですのね。あきれましたわ」

「まあそう言うな。おかげでお前らは助かったんだからよ」

「……そうですわね」
200 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/03(月) 00:07:25.12 ID:nba9nBQ0
「じゃあ、あの妙な音を出す機械はなんなんですか?
 あの音がしてから私達、上手く能力を使えなくなったんですけど」

「ありゃあ、対能力者用の音波兵器だよ」

「対能力者用の音波兵器?
 そんな物がどうしてスキルアウトの連中なんかに……。
 ――それよりも、どうしてあなたがそれを知ってるんですか?」

 対能力者用の音波兵器など美琴は知らない。ましてや、ジャッジメントである黒子でさえも
知らなかった。
 ならば、なぜ男がそんな事を知っているのか気になるのは、当然といえよう。

「俺ぁ傭兵だからな。そういった事にも詳しいのさ」

 傭兵と訊いて、黒子の顔が険しくなる。

「傭兵が、学園都市になんのようですの? もし、学園都市で暴れようとするのならば――」

 ここで捕縛する、と黒子の目は言っていた。
 スキルアウト七人を、素手で倒すような男だ。もし、罪もない人間に手をかけるような
人間ならば、例え恩人といえど、容赦はしない。
 男は黒子の視線を軽くいなすと、肩を竦めて言った。

「傭兵って言っても、今じゃあしがない雇われボディーガードだ。お嬢ちゃんが
 警戒することはねえさ」

「そう――ですの。それならば結構ですわ」
201 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/03(月) 00:08:23.37 ID:nba9nBQ0
「もう用はねえかい? じゃあ俺は、そろそろ雇い主を迎えに行かなきゃあいけねえ
 時間なんでな。行かせてもらうぜ」

「待って欲しいですの」

 背を向けて去ろうとする男を、黒子が引き止めた。
 男は億劫そうに振り返る。

「あん? まだ用があるのか?」

「あなたの名前を訊かせて欲しいですの」

 男は不敵な笑みを浮かべて名を言うと、その場を去っていった。
 美琴がぽつりと呟いた。

「なんか、台風みたいな人だったね」

「台風というよりはゴリラですわ」

 気が付くと、日が傾き始めていた。
202 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/03(月) 00:09:41.03 ID:nba9nBQ0
「とりあえず、帰ろっか」

「そうですわね。
 ――ああ支部に帰ったら、今日の事を報告しないといけませんのね。
 疲れた体には酷ですわ」

「あんたも大変ね〜」

 染み染みと言った美琴に、黒子が抱きつく。

「ああ〜、ですからこうやって、お姉様分を補充しないと」

「あ、こら、抱きつくな! 変な所触るな! ――っ! 黒子ーーー!!」

 顔を真っ赤にした美琴の体から電撃が放射され、黒子の体を刺激する。
 電撃を受けた黒子は、呂律の回らない舌で何かを喚いていた。
 
 二人がジャッジメントの支部についた頃には、時計の短針は五の字を少し過ぎていた。
203 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/03(月) 00:12:28.30 ID:nba9nBQ0
というわけで、今日はここまでです
本当は、前編と後編に分けることなる一気にやるつもりでしたが――
書いてる内に、思ったより長くなってしまい断念しました

続きはまた一周間〜二週間です

ちなみに今回の話のタイトルは

【とある科学の】ジャン「レベルアッパー?」【スプリガン】

です。
204 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! [sage]:2011/01/03(月) 00:14:56.88 ID:1GQxFng0
乙!
初めてリアルタイムで見れたよ!
205 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! [sage]:2011/01/03(月) 01:03:37.97 ID:ArM15kAO
乙ー
高槻じゃなかった暁か
206 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! [sage]:2011/01/03(月) 01:06:45.70 ID:.QC5MEIo
生還者来たな
こうなるとボーが本格的に懐かしくなる
207 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! [sage]:2011/01/03(月) 09:06:15.52 ID:GXfUuoAO
ジャンとか隼人とか、皆川のチンピラっぽい2枚目なのに3枚目なキャラが大好きな俺にとって最高だぜ
208 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! [sage]:2011/01/03(月) 18:08:39.30 ID:SH9xKcAO
船長やマックスもでないかな…
209 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/14(金) 21:51:32.51 ID:n5WjCFjE0
1です

二週間くらいで続きを書くといいましたが
――すまん、ありゃ嘘だ

というわけで、今週中に書き終わらなそうなので
来週、来週には書き終わらせます
一応投下前日にまた予告を書きます
SS・小説スレは移転しました
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/ Mobile http://ex14.vip2ch.com/test/mread.cgi/news4ssnip/

210 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/15(土) 00:07:25.88 ID:Axar6uPAO
何かSS速報に移転したほうがいいらしいよ
SS・小説スレは移転しました
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/ Mobile http://ex14.vip2ch.com/test/mread.cgi/news4ssnip/

211 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/15(土) 11:40:00.75 ID:P2HyYJ4Y0
お、本当だ
じゃあ次はSS板に書き直すよ
SS・小説スレは移転しました
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/ Mobile http://ex14.vip2ch.com/test/mread.cgi/news4ssnip/

212 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/15(土) 23:17:14.57 ID:Axar6uPAO
書き直さなくても
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1294924033/に依頼すればそのまま移転できるはずじゃ…

SS・小説スレは移転しました
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/ Mobile http://ex14.vip2ch.com/test/mread.cgi/news4ssnip/

213 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/16(日) 15:23:56.64 ID:86GlooZZ0
>>212

ありがとう
早速、移転願いをだしてきました
SS・小説スレは移転しました
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/ Mobile http://ex14.vip2ch.com/test/mread.cgi/news4ssnip/

214 :真真真・スレッドムーバー :移転
この度この板に移転することになりますた。よろしくおながいします。ニヤリ・・・( ̄ー ̄)
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/18(火) 08:23:49.15 ID:C74J0qvSO
移転おつ
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/22(土) 04:55:27.04 ID:0HJVp+gAO
明日来てくれるかな?
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 17:04:38.42 ID:59w8R0VE0
1です。

とりあえず、明日の21時から投下始めます
それじゃあ、明日また
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:05:35.34 ID:pGtFJDmg0
じゃあ、時間なので始めますか
その前に注意書き!

※このSSを読む物、一切の過剰な期待を捨てよ※

では、始めます
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:07:01.39 ID:pGtFJDmg0

 黒子と美琴がスキルアウトに聞き込みを行っている頃から、時は一日遡る。

 廃ビルに屯する若者からレベルアッパーを買い取ったジャンは、レベルアッパーを片手に、
自室のベッドに寝転んでこれからの行動を考えていた。

 超能力の発動には脳の働きが大きく関わる。ならば、レベルアッパーも脳になんらかの
作用を及ぼしていると、容易に想像することができた。
 そうなれば、レベルアッパーを解析するには、脳に詳しい人間を頼る必要があるのだが、
ジャンにそんな知り合いはいない。
 いや、いないわけではないが、その人物は医者のいない貧しい村を転々としているため、
下手をすれば地球の裏側に居ることもあるのだ。
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:09:01.29 ID:pGtFJDmg0
 ちなみに、日本の裏側というとアルゼンチン共和国――正確にはアルゼンチンの沖――
であるわけだが、一般の空路で行くと片道で丸一日かかってしまう。アーカム専用の
コンコルド――超音速旅客機を使用したとしても半日はかかるのだ。ジャンにそんな余裕はない。
 となると、学園都市内で脳に詳しい人物を探さなければならないわけだが……。

 そこまで考えが至ると、ジャンの行動は早かった。ベッドから勢い良く飛び上がると、
夜遅くだというのに携帯電話を手にして、内蔵メモリーに登録されている電話帳を呼び出す。
 ジャンはま先ず、アーカム日本支部に居る山本――ジャンの上司にあたる人物――に
連絡をとると、今回の事件のあらましを全て話した。
 事情を了解した山本は直ぐに、夜遅くにも関わらず、学園都市内で大脳生理学の権威である
女性に連絡を入れ、約束を取り付けてくれた。
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:10:18.47 ID:pGtFJDmg0
 山本が紹介してくれたのは、木山春生(きやま はるみ)という名の、腕は確かだが、
変人で有名な女性らしい。
 待ち合わせ場所は、学園都市内の至る所にチェーン店を展開しているファミリーレストランで、
翌日の午後三時を待ち合わせの時間として指定してきた。
 偶然にも、相手が指定した待ち合わせ場所はジャッジメント第一七七支部から近い位置であった。

 翌日、相手に指定された時間に従って、ジャンは待ち合わせ場所のファミリーレストランへと
向かったわけだが、その前に寄る場所があった。

 ジャッジメント第一七七支部である。
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:14:37.14 ID:pGtFJDmg0
 ジャンは荒事の類は得意であるが、地道な情報収集や、訳の分からない単語を言い並べ
られて、延々と講釈を訊き続ける事を最も不得意としている。
 木山春生のようなお偉い先生から、頭の痛くなるような話を訊くのは御免なのだ。
 
 これまで主だって受けてきた任務が、破壊工作や潜入、遺跡の警護なのだから、
それも仕方ないといえよう。
 つまりは、難しい講釈を噛み砕いて説明してくれるような人間に、話し合いの場に同席して
もらいたいという事である。よって、初春でも一緒に連れて、通訳の代わりをさせようと
考えたのだ。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:17:22.12 ID:pGtFJDmg0
 そんな不遜な事を考えながら、ジャンは支部の入り口の前に立つ。
 
 ジャッジメントは学生が運営しているとはいえ、一応は学園都市の治安維持の一翼を
担っている。それゆえ、ジャッジメントの各支部は、高度なセキリュティによって守られ
ている。
 入り口の頑丈な扉もその一つで、部外者が勝手に入れないよう、ジャッジメントの支部
に入室するためには、指紋、静脈、指先の微振動パターンをクリアするか、入り口に
備え付けられた監視カメラから中に居る人間が顔の確認を行った後、中から扉を開けてもらう
必要があるのだ。

 普段、佐天や美琴が部屋の中に入る際は、後者の手段を取っている。
 勿論、ジャンも部外者であるため例外ではない。
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:19:08.21 ID:pGtFJDmg0
 ジャンが入り口に備え付けられたインターホンを押すと、インターホンに備え付けられた
スピーカーから直ぐに初春の声が響いた。

「は〜い――ってジャンさんじゃあないですか。どうしたんですか今日は?
 あ、今入り口のセキリュティを解除しますね」

 呼び出しに応じた初春が忙しなく言い切ると、機械的な電子音が鳴って、入り口の
セキリュティが除されたことを知らせる。程なくして、頑丈な扉が自動的に開かれ、
ジャンを招き入れる。
 あっさりと開かれた扉を見てジャンは、セキリュティの甘さに内心呆れながらも足を進めた。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:22:44.88 ID:pGtFJDmg0
 支部の中に入ると、そこに居たのは初春と固法の二人だけであった。
 あの口煩い少女――白井黒子――の姿はない。
 今日を入れて二度しか支部に足を踏み入れたことがないジャンであったが、
何とはなしに珍しい光景だと思ったので、初春にそれとなく尋いてみると、街の巡回に
出ているとの事だ。この暑い中、ご苦労な事である。
 
 部屋の中程まで入ると、初春は来客用のソファーを示したが、待ち合わせの時間が
近付いていることもあり長話をする気はなかったので、ジャンは壁に背を預けて、
昨日から今日ここに至るまでの経緯を掻い摘んで話した。

 話を聞き終えた初春は、私でお役に立てるのなら、と言って話し合いの場への同席を快く
引き受けると、固法に外出許可を願い出た。仕事中である以上、勝手に外に出るわけには
いかない。誰かしらに許可を求めて、了解を得なければならいのである。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:24:27.67 ID:pGtFJDmg0
 少し離れた位置から二人の話を訊いていた固法は首肯すると、詳しい事は帰って来てから
報告してちょうだい、と言って二人を見送る。本当ならば固法もついて行きたい所だが、
二人揃って外出して支部を空にするわけにいかないので、今日の所は留守番だ。

 話がついた所でジャンと初春は支部を出る。
 二人が支部をあとにしたのは、木山春生が指定した時間から二十分程前だった。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:28:10.63 ID:pGtFJDmg0
                



 支部から待ち合わせの場所のファミリーレストランまではそう離れていない。男の足で
十二、三分といった所である。
 だが、女性の足ではそうもいかない。早歩きでやっと十二、三分といった所だ。
 男と女――ジャンと初春では身長に大きな差があるのだ。その分、歩幅が違うのだから
仕方がない。
 
 だからといって、初春を置いてさっさと一人で待ち合わせ場所に行くわけにもいかない。
 それではなんの為に初春を連れてきたのか分からない。
 結果、さりげなく歩く速さを初春に合わせたジャンが待ち合わせ場所についたのは、
木山春生が指定した約束の時間きっかりであった。

 店の中に入ると、ジャンは写真を片手に木山春生の姿を探す。山本から送られてきた
写真には、白衣を纏い、気だるげな目をした妙齢の女性が写っている。
 送られてきた写真に間違いがなければ、この女性は二日前に、道の真ん中で上半身を
露出していた痴女である。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:30:41.28 ID:pGtFJDmg0
 痴女――とはジャンが勝手に断定しただけで、彼女にそのよう趣味はないのかも
しれないが、だとしても、上半身を露出した姿を男に見られてもなんとも思わないよう
女性は、まともな思考をしているとは思えなかった。
 或いは、科学者とは皆、頭のネジが一本や二本は外れているのがデフォルトなのかもしれない。

 ――素敵にイカれている、といった所か。

 皮肉と賞賛を交えた、ジャンなりの評価である。
 目を細めて写真に写っている女性とにらめっこをしているジャンは、すっかり本物の木山を
探すのを忘れて物思いに耽っていた。

「あの人じゃあないですか」

 気がつくと、背伸びをしてジャンの手に握られた写真を除きこんでいた初春が、
目線で窓際に座る女性を指して言った。
 初春が目で示したのは窓際の日当たりのいい席で、そこには確かに白衣を纏った女性が座っていた。
 ジャンは写真に写る女性と、窓際に座る女性の顔を見比べて同一人物であることを確認すると、
初春を伴って歩み寄る。

 女性――木山は二人を仰ぎ見た。
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:32:53.80 ID:pGtFJDmg0
「君がジャン・ジャックモンド君だね。先日電話があった山本という男から名前だけは
 訊いていたよ。そっちの少女は――」

「ジャッジメント第一七七支部所属の初春飾利です。今日は木山先生にお話を伺いに来ました」

 ジャッジメント、と口の中で噛み締めるように呟いた木山は、先ほどから立ち続けでいる二人に
気がつくと、すまない、席にかけたまえ、と言って木山の対面の席を手で示す。
 二人は木山に勧められるがまま、席に腰掛けた。
 席に座った二人を認めると木山は、さて、と言って口火を切った。

「まず自己紹介からさせてもらおうか。大脳生理学を専攻している木山春生だ。花飾りの少女は
 私とは初対面だろうが――」

 君は、と言って木山はジャンを見る。

「――数日前に会ったばかりだったね。ジャン・ジャックモンド君」
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:35:10.63 ID:pGtFJDmg0
 ジャンはテーブルの下で足を組むと、太太しい態度で、ああ、と答えた。
 二人の関係を不思議に思った初春が、不思議そうな顔をしてジャンと木山の顔を交互に
見やってから口を開いた。

「あの、お二人は知り合いなんですか?」

 初春がジャンと木山の関係を不思議に思うのも仕方ない。
 ジャンはつい最近学園都市に来たばかりで、学園都市の科学者である木山とは接点が
ないように思えたのだから。
 
 まさか、恋人ということはあるまい。
 別に、容姿が釣り合っていないからというわけではない。二人とも整った顔立ちをしている。
特に木山は服装さえ整えれば、誰もが道ですれ違うたびに振り返るような美女に変わるだろう。
ただ、性格の面で二人は噛み合っていないと初春は感じたのだ。
 
 そんな初春の疑問に答えたのは木山だった。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:39:03.81 ID:pGtFJDmg0
「二日前に道に迷ってしまってね。困っている所を彼に助けてもらったのだよ」

 初春は、へえと感心するような声を上げる。

「私てっきり、ジャンさんが木山先生のお世話になるようなことがあったのかと
 思っちゃいましたよ」

「おい、コラ。そんなに俺の頭が悪そうに見えるのか?」

「べ、別にそういう意味で言ったんじゃあありませんよ!
 そんなこと、これっぽちも思ってませんからね!」

 初春の天然な回答に、ジャンが突っ込みを入れる。初春は慌てた様子で言い訳をした。
 そんな二人の様子を見て、木山は薄く笑んだ。

「君達は仲が良いね。もしかして恋人同士なのかな?」

「ち、ちちちち違いますよ! こ、恋人同士なんかじゃあありませんから!」

 顔を真っ赤にした初春が早口で言った。
 ジャンは興味なさそうに涼しい顔をして、木山の言葉を受け流す。
 木山は言葉を続ける。

「ふむ、そうなのか。確かに恋人同士というには無理があるかもしれないな。
 といっても、毛並みも違うから兄妹というわけではないだろうし……」

 二人はどんな関係なんだい、と木山は尋ねた。
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:41:57.78 ID:pGtFJDmg0
 どんな、と尋かれて、初春はなんと答えればいいのか迷ってしまった。
 ジャンとは会って間もない。この数日でジャンと会った回数は両手で数えきれるくらいだ。
 初春自身はジャンのことを友人だと思っているが、当の本人が初春のことをどう思っているか
は分からないのである。
 まあ、ジャンの性格を考えれば、いかにもそんな事は言わなそうであるが。
 友人――いや、よくて知り合いといったところだろうか?
 赤の他人――ということはさすがにまずないだろう。

「私はジャンさんの――」

「ダチだよ」

 ふえ、と初春がまぬけな声を上げた。

「ジャンさん」

 初春は感極まった顔をしてジャンを見た。
 ジャンが初春に対して、はっきりと自分の気持ちを表したのはこれが始めてだったのである。
初春からすれば、それだけでもここに来た意味はあった。
 だが、今日はそんな事を言いに来たわけではない。

「んなことよりも、レベルアッパーのことを尋きてえんだけどな」

 木山は、ああと思い出したように声を上げた。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:44:42.71 ID:pGtFJDmg0
「話が脱線してすまない。確かレベルアッパーという道具の話だったね。それで?」

 何が尋ききたいのだ、と木山の目は言っていた。
 ジャンは肘で初春の肩を突付くと、これまでの経緯を説明するように促す。
今まで熱っぽい目でジャンを見ていた初春は、はっとして我に返るとこれまで得た情報を
話し始めた。
 
 話の途中、ジャンの持つレベルアッパーの現物を渡すと、木山は実に興味深そうに眺めていた。
 一通り説明を受けて話を理解した木山は、ふむ、と言って顎に手を当てると、考え込むように
沈黙した。
 暫く考え込んでから木山は口を開いた。

「話の経緯は理解できた。中々興味深い話だ」

「あの、お話を訊いて、木山先生はどう考えますか?」

「実際にコレを解析してみなければ判らないが――コレは能力者のレベルを上げている
 わけだろう?
 ならば、脳に何らかの作用を及ぼしている可能性が極めて高いな。
 そういった意味では、テスタメント(学習装置)に近いのかもしれない」

 木山は右手に持ったレベルアッパーを弄びながらそう言った。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:46:34.07 ID:pGtFJDmg0
「テスタメント?」

初めて訊く単語に初春は首を傾ける。勿論、ジャンとて初めて訊く単語である。

「脳は五感――触覚、味覚、聴覚、視覚、臭覚の五つの刺激を受けることにより
 成長する。例えばソムリエや一流レストランのシェフは、異常に臭覚や味覚が
 発達しているだろう。
 つまりは外部から受け取った刺激を敏感に察知して脳は成長するわけだ。
 だが、通常一流と呼ばれる感覚を習得するには、長い年月をかける必要がある。
 それがなぜか分かるかね?」
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:47:49.86 ID:pGtFJDmg0
 初春は首を横に振った。

「人間は脳の中の情報を引き出そうとする際、ニューロンのネットワーク――つまり脳
 の神経細胞を介して情報を引き出すわけだが、この神経細胞がちぎれていたり、
 細かったりすると情報を上手く引き出すことができない。
 だから人間は、経験を重ねることによって神経細胞を強化し、情報を引き出し易くするのだな。
 人間は余程強い刺激を受けない限りは、一度で物事を記憶することができず、
 何度も刺激を受ける必要があるわけだ。
 私達が使用している文字や言葉だって、何年も経験を重ねて習得する必要があるだろう?」

「確かにそうですね」
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:50:01.27 ID:pGtFJDmg0
「脳は外部から受けた刺激を、300億以上ものシナプスによって0と1の信号で伝達する。
 シナプスを道路だとすれば、外部から受けた刺激――情報は車のようなもので、
 ニューロンは車の行き先を示していると思ってくれればいい。
 では少し実験をしてみようか」

 そう言って木山は、自分の左手で右手の甲を抓った。

「今、『痛み』という名の車がシナプスという名の道路を走ってニューロン――目的地へと
 到達した。よって、私の脳は痛みを理解したわけだ。これが経験だ。
 経験を何度も積み重ねることにより、私は学習して手の甲を抓ることをやめるわけだ。
 だが、学園都市にはそんな事をしなくても経験を積み重ねてくれる装置がある。
 それがテスタメントだ」

 木山はテーブルに肘を乗せ、顔の前で両手を組んだ。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:53:44.50 ID:pGtFJDmg0
「テスタメントは脳に0と1の二進法で信号を連続して送り、短時間で経験を積ませる
 装置だ。筋肉の動きや言語は0と1で表すことができるからね。
 テスタメントを使えば、あらゆる言語も直ぐに話せるようになる。私は使用したことは
 ないが、テスタメントならば超能力のレベルを上げることが可能なのかもしれない。
 ――ただ、超能力の発動にはパーソナルリアリティ(自分だけの現実)が関わってくるからね。
 実際の所はなんとも言えないな」

「パーソナルリア――なんだそりゃあ?」

 ジャンは難しい単語が飛び交って頭が痛いのか、こめかみを指で押さえながら言った。
 その質問には初春が答える。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:55:48.44 ID:pGtFJDmg0
「パーソナルリアリティというのは『自分だけの現実』という意味ですね。
 つまり超能力を発動するには、現実の世界にある常識を無視した世界を、
 頭の中で創造する必要があるということです」

 例えば――と初春はジャンの手を握る。

「ジャンさん。今から私の心を読んでみてください}

「心を? んなもん無理に決まってんだろうが」

 初春は、そうですよね、とジャンの手を離してから、でもそれが、超能力を
使える人間と使えない人間の違いなんです、と言った。

「さっき言ったように、超能力者は頭の中に自分だけの世界を創造します。
 それがパーソナルリアリティで、その世界を強く認識することによって、超能力を
 使えるようになるんです。
 高位の能力者ほど、自分の創造した世界を強く認識しているんですよ」

 ただ、と初春は付け加える。
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:56:58.48 ID:pGtFJDmg0
「普通は現実世界の常識に囚われて、中々自分だけの世界を創ることはできないんです。
 さっきのジャンさんのように、常識に囚われて超能力を否定してしまうんですね」

「つまりアレか? 空想力――っていうよりは妄想力か――が大事ってことか?」

 その通りです、と初春は良く出来ましたと言わんばかりの笑みで答えた。
 ジャンは頭を小刻みに振って、小さく何度も頷く素振りを見せた。
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 21:59:08.73 ID:pGtFJDmg0
 初春が言ったように、現実世界の常識に囚われず、自分だけの世界を創造するということは
非常に難しい。誰だって一度は異能の力を持った自分を想像する。しかしそれと同時に頭の
片隅で考える。

 できるはずがない、ありえない――と。

 自分で想像したことを自分で否定するのだ。
 これは超能力者なら誰もが一度は考えることで、主にレベル0からレベル2までの能力者に
共通して起こりやすり現象でもあり、これがレベルの停滞――伸び悩みを生む。

 高位のレベルを目指すのならば、自身の創造した世界に懐疑的な考えを持たず、全面的に
肯定しなければならないのだ。端的に言えば自信――信じる力が強い人間ほどレベルが高いということである。
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:00:35.43 ID:pGtFJDmg0
 だがそうなると、レベルアッパーの謎は益々深まる。
 パーソナルリアリティは信じる力――ジャンの言い方に直すならば妄想力――なのだが、
たかだが音楽一つでそういった社会の常識というしがらみを払拭できるとは思えないのである。
 木山もその考えには賛成のようで、聴覚からの情報一つでそんなことは不可能だ、
ときっぱり否定した。

 結局の所――。

「レベルアッパーを解析してみなければ、何も分からないな」

 と木山は言った。
 確かにその通りである。今はレベルアッパーに関する情報が少ない。これ以上
レベルアッパーの正体を探っても無駄であろう。絵に描かれた餅の味を推論しても仕方が
ないのだ。後はレベルアッパーの解析結果を待つしかないのである。
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:03:49.53 ID:pGtFJDmg0
 一息置いて、喉が渇いたことに気がついた三人は、冷たい飲み物を頼む。
 初春はメロンゾーダを、ジャンと木山はアイスコーヒーをそれぞれ注文した。
 
 注文してから直ぐに飲み物は届けられた。三人は冷たい飲み物で喉を潤す。
 ジャンが何気なく店の壁に備え付けられた時計を見ると、時計の針は四時を少し過ぎた
所を指していた。
 ここに到着したのが三時だから、気がつけば一時間も小難しい説明を訊いていた事になる。

 メイゼル博士――アーカムお抱えの科学者からオリハルコン(精神感応金属)の精製方法を
訊いた時には、ジャンは10分で夢の世界へと旅立ってしまったのだから、十分健闘した方
だろう。
 ジャンは心の中で自分に賞賛を送ると、アイスコーヒーの入ったグラスを空にする。
 グラスをテーブルに置くと、カランと氷がグラスにぶつかって小気味よい音を響かせた。
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:07:07.58 ID:pGtFJDmg0
 初春はジャンの隣で木山とレベルアッパーに関する話を続けている。ジャンは少々難し
い話をするのに飽きてきたのか、欠伸をして窓の外に映る風景に目を移した。

 太陽から降り注ぐ直射日光によるアスファルトが炙られ陽炎を作っている。外は実に
暑そうだ。通りを歩く人々も額に汗が滲んでいることから実際熱いのだろう。ジャンも
つい一時間ほど前までは、あの暑い空気の中を歩いてたのだ。
 今は冷房のよく効いた店内にいるからなんともないが、木山との話が終わればここを
出ていくことになるだろう。
 それを考えると、この話し合いももう少し続いて欲しいものだ――とジャンは思う。

 あの、とジャンを呼ぶ初春の声がした。
 窓の風景から視線を戻すと、こちらを見る木山と初春の姿があった。
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:09:08.97 ID:pGtFJDmg0
「ジャンさんはどう思いますか?」

 ――何が、だろうか?
 ジャンは二人の話に耳を傾けず外の風景に目をやっていたのだから、なんと答えればいいか
分からなかったので、何がだ、と素直に答えた。
 初春はもう、話を訊いてなかったんですか、と呆れた声で言った。

「ですから、レベルアッパーをばらまいた人の目的ですよ! だってそうじゃないですか?
 そんな事しても何の得もないんですし」

「私は愉快犯だと思うのだがね」

 木山はそう言った。
 それに初春は反論する。

「そうでしょうか? 私は自己顕示欲の強い人がレベルアッパーの開発者で、
 自分の作った作品をババッーって見せびらかしたいだけだと思うんです!
 ジャンさんもそう思いませんか!?」
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:10:37.97 ID:pGtFJDmg0
ジャンは木山と初春の顔を交互に見てから口を開いた。

「まず、自己顕示欲が強いヤツっていう事はねえな」

「ど、どうしてですか?」

「自己顕示欲が強い割にはレベルアッパーの広まりが悪いからだよ。俺が調べた限りでも、
 レベルアッパーを実際に持っているヤツっていうのは思ったより多くねえからな。
 自己顕示欲が強いヤツだとしたらおかしいだろうがよ。
 それに、自己顕示欲が強えっていうんなら、レベルアッパーを発表して売りに出せばいい
 話じゃあねえか。レベルアッパーは禁止されてるのか? されてるわけじゃあねんだろ。
 なら、そうした方が金も名誉も手に入って一石二鳥じゃあねえか」

「うっ、確かにそうかもしれませんね」
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:13:16.56 ID:pGtFJDmg0
 ジャンの言う通りである。
 自分の功績を世に知らしめたいのであれば、こそこそと裏でレベアッパーを広めなくても
いいのだ。
 初春はジャンの説明に納得して頷いた。
 でだ、とジャンは言葉を続ける。

「先生が言っていた愉快犯っていうのもねえな。これも今説明したのとほぼ一緒の理由だ。
 愉快犯っていうヤツは世間を騒がせて喜ぶ迷惑野郎だからな。
 裏でこそこそと、なんて事はまずしねえ。
 やるとしたら、もっと人の目につくやりかたでやる」

 それに、とジャンは補足する。

「別にレベルアッパーを作ること事態は犯罪じゃあねえんだろう?
 なら犯罪者ってわけでもねえだろうに」
 
 木山は成程、と納得した声を上げると君は鋭いね、と言った。
 続けて、

「では君は、レベルアッパーを開発した人間の目的とはなんだと思うのかな?」


 と言ってジャンに答えを求めた。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:18:04.72 ID:pGtFJDmg0
 そんな事ジャンが知るはずがない。
 ジャンはただ、訊かれるままに自分の思った事を素直に言っただけなのだ。当然
レベルアッパーを開発した人間の事など、微塵も考えて発言したわけではない。
 だが、だからといって分からないと答えるのも決まりが悪い気がしたので、頭の中を
錯綜する情報を整理することにした。

 まず考えたのは、レベルアッパーを広めている理由だ。
 スキルアウトの人間から訊いた話によると、レベルアッパーの入手方法は大きく分けて
二つある。
 
 一つはネット上の隠しリンクからのダウンロードで、これは偶然隠しリンクを見つけた
人間がレベルアッパーを手に入れるパターンだ。
 もう一つはレベルアッパーをコピーした人間から、幾らか金を支払って手に入れるパターン
だ。
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:20:26.21 ID:pGtFJDmg0
 前者のパターンは、無料でレベルアッパーを入手することができるが、隠しリンクを見つける
ことは難しいらしく、非常に手間と時間を要するようだ。

 後者のパターンの場合は、インターネット上の掲示板で売人とコンタクトを取った後、
数千円から数万円を支払ってレベルアッパーを入手するのだが、相手を見誤れば偽物を
掴まされる場合もあり、確実性はない。売人に渡った金はそのまま懐に消え、開発者へ金が
届けられているようなことはないようだ。

 売人と開発者との間に繋がりは無いということである。
 どうやら、営利目的や慈善事業でレベルアッパーを広めているわけではないようだ。

 ――金でも名誉でもなく、ただレベルアッパーをばらまいてるってわけか。

 だが、なぜそんな面倒な手段を採ってレベルアッパーを広めようとする?
 レベルアッパーに違法性はないのだ。広めたいのであれば、堂々と広めればいい。
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:22:09.91 ID:pGtFJDmg0
 ――それができないのか?

 下手に広まって、アンチスキルやジャッジメントに嗅ぎつけられでもしたら、
レベルアッパーを解析されてしまうだろう。そうなれば何れは開発者の元へ辿りつく。

 ――そうなっては困るのか?

 レベルアッパーの開発者は正体を隠しながら、アンチスキルやジャッジメントに知られる
事なく、着実にレベルアッパーを広めていく。

 隠しリンクを使用すれば、レベルアッパーは爆発的に広まることはないし、数少ない
目撃情報は不確かな情報となって幽鬼のように彷徨い、都市伝説のような存在として
多くの人間へ行き渡るだろう。
 都市伝説のような不確かな情報であれば、アンチスキルやジャッジメントも捜査に
乗り出すことはない。仮に捜査を開始したとしても、その時にはレベルアッパーは
十分広まりきっているのではないだろうか。

 ――アンチスキルやジャッジメントにできるだけ知られずに、レベルアッパーを広めるのが
   目的ってことか。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:23:25.76 ID:pGtFJDmg0
 しかし、どんな手段を取ろうとレベルアッパーの情報は何れ、アンチスキルや
ジャッジメントの耳に入ることだろう。人の口に戸は立てられない。レベルアッッパーを
使用した人間の口から情報が漏れるということだ。

 ――いや、それも織り込み済みか。

 恐らくはそういった事態も予測済みだろう。
 ならば、アンチスキルやジャッジメントが動き出す前に、多くの人間にレベルアッパーを
広める事が目的なのだろうか?
 いや、それではただ世間を騒がせてお終いである。その先があるはずだ――とジャンは
何となく思った。

 その先――。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:24:37.08 ID:pGtFJDmg0
 もしも、能力者のレベルを上げる事が、レベルアッパーの目的ではないとしたらどうだ。
 
 ウイルスは侵入、感染、潜伏と段階を経て、発病する。もし、レベルアッパーがウイルスの
ようなもので無害を装って脳内に侵入したとしたら、今は感染、或いは潜伏期間なのかも
しれない。
 潜伏期間を終えたウィルスは、何れは時間を経て一斉に発症する。
 まるで――。

「時限爆弾だな」

「えっ?」

「それはどういう意味かな?」

 初春が驚いたような声を上げると同時に、木山は興味深そうにジャンに尋ねた。
 ジャンは頭を整理して考えた事を全て話した。
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:26:08.28 ID:pGtFJDmg0
 こういった面倒な説明は生来ジャンの不得意とするところだ。
二人に上手く話すことができるかは怪しい。しかし、話を訊きながらしきりに相槌を打つ木山と
初春を見ると、ジャンの拙い説明も二人には十分伝わっているようだ。
 
 ジャンの話を訊き終えた二人は目を丸くする。
 始めに口を開いたのは初春だった。

「――つまり、レベルアッパーの本来の目的は能力の向上ではなく、別にあるということ
 ですか……。
 俄には信じられませんけど、でも、ジャンさんの言った通りだとすると、これから大変な
 事態になるってことですよね?」

「あくまで推測だけどな」

「だとしても、ジャンさんの話を訊いた限りでは、あながち的はずれな事を言っているとは
 思えませんし――」

木山先生はどう思いますか、と初春は尋ねた。

「私は犯罪心理学の専門家ではないからね。なんともいえないよ」

 ただ、と木山は言葉を付け加える。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:28:08.75 ID:pGtFJDmg0
「レベルアッパーに副作用か……。考えもしなかったが、もしかしたら有り得るのかも知れない。
 だとしたら、レベルアッパーの解析を急がなければならないな」

「お願いできますか?」

「できるだけ善処しよう。なあに、三日もあれば解析は終わるさ」

「三日――ですか。では、ジャッジメントはその間、引き続きレベルアッパー保持者の確保と
 保護に務めればいいわけですね」

「そうしてくれると助かる。
 もし本当にレベルアッパーに副作用があるならば、これ以上被害者を増やすわけには
 いかない。私も協力は惜しむつもりはないよ」

「はい。よろしくお願いします、木山先生」

 そう言って、初春はかわいらしく頭を下げた。
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:30:38.75 ID:pGtFJDmg0
 話が纏まった所でジャンは店の時計を見る。時計の針は、五時に迫ろうとしていた。
もう後一時間もすれば完全下校時刻である。そうなる前に一度支部に戻る必要がある。
 
 今回の話し合いの結果を、初春が固法に報告しなければならないのだ。
 ジャンは初春に一声掛けて席から立ち上がる。初春もジャンに続いた。
 木山は迎えに来る人間がいるらしく、店に残るようだ。会計は任せたまえ、と店員から
渡された伝票をひらひらと仰いで、ジャン達を見送った。
 
 ジャンは無愛想な顔で基山に礼を述べると店を出た。初春もジャンに続いて、木山に礼を
述べてから店を出た。
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:31:57.47 ID:pGtFJDmg0
 店に残った木山は、二人が店を出るのを確認すると、大きな溜め息を吐いた。
 木山の顔は――普段もそうだが――ひどく疲れているよう見えた。
 
 暫くして、一人の男が来店する。
 男は応対に現れた店員に一言断りを入れてから、店の中を見渡して、木山春生の姿を
見止めると、直ぐに移動を開始した。
 男は目的の席まで移動すると、木山の対面の席に腰掛ける。
 男を見て、木山が口を開いた。

「まるで、タイミングを計ったかのような登場だな暁」

 男――暁巌(あかつき いわお)は、口端を持ち上げて笑みをつくると、木山の問いに
答えた。
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:34:58.94 ID:pGtFJDmg0
「出待ちは辛かったぜ。あまりにも待たせすぎるから、ちぃーとばっかし学園都市の
 若いヤツと遊んできちまった」

「君は私がいくら言っても自重してくれないな。まあ、アンチスキルやジャッジメントに
 睨まれない程度には、抑えてくれているらしいが」

 それより、と木山は言葉を続ける。

「ここに来る時、彼には気付かれなかっただろうね?」

彼――。

「ジャンの野郎か? あいつは妙に鼻と勘が効くからな。まあ大丈夫だとは思うが、
 念には念をいれて、あいつが店から離れきったのを確認してから店に入ったぜ」

「さすがは傭兵だな。その調子で最後まで頼むよ」
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:37:28.98 ID:pGtFJDmg0
「ああ、まかしときな。あんたの予測だと、後三日もあれば計画は全部バレるんだろう?
 なら、そん時にはアンチスキルも出張ってくるわけだ。そうなったら存分に暴れさせて
 もらうぜ!」

 暁は実に楽しそうな表情でそう言った。バトルジャンキー(戦闘狂)の血が騒ぐのだ。
 命の瀬戸際での戦い。それにより得られるカタルシス(精神的抑圧の開放)。
 故に暁は、傭兵という、相手の命も、己の命さえも軽んじる職業に就いているのだ。

 だがだからといって、無闇に人殺しをするほど堕ちてはいない。暁はあくまで、
命の瀬戸際で得られる興奮と快感を重視しているのであって、相手を[ピーーー]事に喜びを
覚えるような快楽殺人者ではないのだ。

 木山は溶けた氷で満たされたグラスを手で弄ぶと、口を開いた。

「彼は――ジャン・ジャックモンドは私の計画に立ちはだかるだろうか?」

 暁は当然だとばかり頷いた。

「まあ、これから起こる事を知ったら、あいつの性格だ。間違いなく邪魔しにくるだろうな」
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:39:30.90 ID:pGtFJDmg0
 言った男の顔には、サディスティック(加虐的)な笑みが浮かべられていた。

「勝てるのかい? ライカンスロープ(獣人)である彼に?」

 勝つさ、と暁はきっぱり言い切った。

「しかし、君は彼とは一度共闘した仲だと訊くが? その――」

「俺があいつと戦う事に抵抗を覚えるんじゃあねえかって、心配か?」

 木山は小さく頷いて暁の言葉を肯定した。

「安心しな。俺もあいつもそんなデリケートな感性しちゃあいねえよ。戦場で敵として
 出会ったら互いに躊躇なく戦うさ」

「それは頼もしい限りだ。だが、くれぐれも殺しは控えてくれよ」

「分かってるさ。まあ、腕の一本、足の一本ぐれえは相手に覚悟してもらうけどな」

「できれば、穏便に事を進めたい所だが、そうは行かないのだろうな。まあ、計画を
 成し遂げるのが最優先だ。
 ――もしかしたら、私も多少の無茶はするかもしれないな」

 木山は、これから起こるであろう事態を想定して覚悟を決めた。
 例えどんな人間が、どんな組織が、国が、世界が相手だとしても、退かぬ覚悟を己の心に
刻み込んだ。
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:42:58.44 ID:pGtFJDmg0
ごめん、メシまだなんだ……。
適当に食べていいですか?
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 22:52:21.79 ID:pGtFJDmg0
誰もいないようなので、とりあえず休憩します
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/23(日) 23:05:58.88 ID:AlayHr050
乙ー

ゆっくり食べてきてくれ
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:16:03.43 ID:pGtFJDmg0
おお、人がいた!

じゃあ、続きから投下していきます
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:17:31.66 ID:pGtFJDmg0



 つま先で地面を軽く蹴ると、キィーキィーと金属の擦れる音がした。
 公園のブランコを揺り篭のように揺らし続けて、どれだけの時間が経過しただろうか。
 十分かもしれないし一時間かもしれない。どれだけの時間こうしていたかは覚えていないが、
とにかく長い時間、呆としながらつま先で地面を蹴って、ゆらゆらとブランコを揺らし続けて
いた事は確かである。

 揺れるブランコに座ったまま、少女は顔を俯かせて地面に目をやった。
 昼間白く輝いていた太陽の光は、いつの間にか赤い夕陽の色に変わっており、太陽は少女に
別れを告げて地平線の彼方へと沈もうとしていた。一日の終わりの始まりである。
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:18:57.32 ID:pGtFJDmg0
 携帯電話を手に取って、薄く光るディスプレイに目をやると、時刻は午後五時を
少し過ぎた所だった。完全下校時刻まで残り約一時間。
 本来なら、バスや電車が動かなくなる前に自宅へ帰るべきなのだろうが、少女はブランコに
腰掛けたまま、相変わらずキィー、キィーとブランコを揺らし続けている。

 別に自宅に帰るのが嫌な訳ではない。どこかに用事がある訳でもない。この公園にいたい
訳でもない。それでも少女はブランコから降りようとしないのである。

 ――いや、降りられないのかもしれない。

 多分、決心がつかないのだ。
 少女の手には、手の平に納まる大きさの音楽プレイヤーが握られていた。
 音楽プレイヤーのディスプレイには、電子文字で「Level Upper」と曲名が
表示されている。
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:20:23.65 ID:pGtFJDmg0
 少女がレベルアッパーを手に入れたのは今朝方の事である。
 いつものようにネットサーフィンをしていると、とあるサイトで偶然見つけた隠しリンクから
レベルアッパーをダウンロードすることができたのだ。
 
 だが、手に入れたレベルアッパーが本物か偽物か、少女には判別がつかない。もし偽物で、
人体になんらかの悪影響を及ぼしでもしたらと考えると、怖くてレベルアッパーを使えない。

 自室で悩む事数分。
 部屋に閉じ篭って悩んでいても仕方ないと考えた少女は、気分転換にと、レベルアッパーが
入った音楽プレイヤーを手に外に出ると、街をぶらぶらと練り歩くのだが、胸の中にある
もやもやした気持ちは払う事ができず、最終的には小さな公園に辿りいて、呆としたまま
ブランコをこぎ続ける事になるのだが、結局レベルアッパーを使う決心がつかないまま、
今に至るのだ。
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:23:12.39 ID:pGtFJDmg0
 そもそも少女は、つい最近まで自身のレベルの低さなど気にしていなかったのだ。

 全く、といえば嘘であるが、必要以上に自身のレベルの低さにコンレックスを抱いていた
ことはない。
 つい先日までは、親友の初春飾利や、同じ無能力者の仲間達と楽しく過ごせていれば、
それで十分学園生活を満喫できていたのだ。日常生活で得られる幸せという名のヴェールに
よって、コンプレックスは覆い隠されていたのだ。

 だがいつからか、心の奥底に隠されたコンプレックスは肥大化していった。
 いつの間にか、心の奥底くに隠されたコンプレックスは、少女の日常から漏れ出る僅かな
不安を吸うことによって、巧みな話術で人を奈落へと誘うエビル(悪魔)へと成長していた
のである。
 エビルは言葉巧みに少女を誘惑し、奈落の底から手招きする。少女はかろうじて、
今ままで悪魔の誘惑に耐えてきた。しかし、少女の足は着実に奈落へと向かっている。
 恐らく、レベルアッパーもエビルが用意した奸計だろう。
 
 あと一歩。あと一歩で少女は奈落に落ちる。
 エビルは奈落の底で舌なめずりをして、少女が来るのを今か今かと待ち侘びていた。
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:24:18.70 ID:pGtFJDmg0
 少女は奈落の淵に立ちながら考える。

 ――不安。
 不安がエビルを成長させたなら、いつから自分は不安を感じるようになったのだろうか、と。
 初春と一緒にいた時は、楽しくて不安を感じる暇もなかった。同じ無能力者の仲間と遊んで
いる時だってそうだ。
 少女はいつだって、毎日が楽しかった。学校だって――勉強は難しかったが、それでも、
真面目に能力開発に取り組んでいればいつかは自分も――と、思える事ができていた。

 つまり、ある一定の境目までは、少女の日常は充実していた事になる。心の奥底に隠した
コンプレックスに、気付くことはなかったのだ。
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:26:45.99 ID:pGtFJDmg0
 ――境目。
 それは多分、御坂美琴、白井黒子の両名と出会った頃だろう。
 
 御坂美琴、白井黒子と出会ったのはつい最近の事で、それまでは、二人の事は名前だけしか知らなかった。少女にとって二人は、最近まで別の世界の人間だった訳である。

 御坂美琴が持つレベル5の力と、白井黒子が持つレベル4の力を見せられて、少女は、
この世には住む世界が違う人間がいる事を痛烈に思い知った。自分と彼女達は作りが違う。
 きっと自分は欠陥品なのだと、心のどこかで思うようになった。

 何よりも決定的だったのは、いつも一緒に遊ぶ仲良しグループ――御坂美琴、白井黒子、
初春飾利――の中で、自分だけがレベル0――無能力者だったことだ。
 グループの中で唯一人、無能力者である少女は、故に疎外感を覚えていた。

 四人一緒に並んで歩いていたつもりが、気がついたら少女だけが取り残されて、数歩後ろを
下がって歩いていたのだ。少女の声は彼女達に届かない。いくら歩いても、前を歩く彼女達と
少女の差は縮まらなかった。

 レベルの差が生んだ隔絶された世界。
 少女は――行き場を見失った。
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:28:06.14 ID:pGtFJDmg0
 「佐天さん」

 突然、頭上からよく知った声が訊こえた。
 顔を俯かせていた少女――佐天涙子は、その声を訊いただけで、頭を上げること無く
声の主が誰であるか分かった。
 
 佐天はゆっくりと頭を上げる。
 視線の先にはやはり、頭に満開の色とりどりの花を咲かせた親友――初春飾利が目の前に
立っていた。
 そして初春の後ろにはもう一人、佐天がよく見知った青年が立っていた。

「初春、それにジャンさん。どうしたの、こんな所で?」

「私達はちょっと用事があって、その帰りなんですけど――」

 それよりと、初春は言った。

「佐天さんこそ、ブランコに乗ってボーとしちゃってどうしたんですか?」

「わ、私はその――」

 佐天は言葉を詰まらせる。
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:29:59.58 ID:pGtFJDmg0
 初春は親友であると同時にジャッジメントでもある。
 ジャッジメントがレベルアッパーの調査に乗り出したのは佐天も知っている。
 レベルアッパーを手に入れたから、使おうかどうか悩んでました、などと口が裂けても
言えるはずはない。
 
 だから佐天は、自分の中の後ろめたい感情を隠すように、いつも通り振舞うように努めた。

「そ、そんな事はどうでもいいよ! それより用事って?
 あ、もしかして二人してデート? やるぅ、初春!」

「もう、違いますよ。佐天さんは、直ぐにそうやって茶化すんですから」

 ごめんごめんと、佐天は謝った。

「――で? それじゃあ、二人は今まで何してたの?」

 佐天には、二人が一緒にいる理由など皆目見当がつかなかった。
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:32:31.37 ID:pGtFJDmg0
 二人に共通する接点が思いつかない。
 ジャンは何となく、人を寄せ付けない雰囲気があるから、初春が無理矢理どこかにでも
誘ったのだろかと、と佐天は考えた。
 そんな佐天の考えを見透かしたように初春は、お仕事ですよと言った。

「ジャンさんが手に入れたレベルアッパーを、木山先生っていう大脳生理学の専門家に解析を
 お願いしてたんです。――と言っても、木山先生に合わせてくれたのもジャンさんなんです
 けれど」

「レベルアッパーを――ね。それで? 調査に進展はあったの?」

「大きな進展はこれといって。ただ、ジャンさんの推測では、レベルアッパーには副作用が
 あるかもしれないらしいんです」

「副作用?」

 ――嘘。

 レベルアッパーに副作用があるなど、佐天には信じられなかった。いや、信じたくなかった
のかもしれない。
 副作用がある以上、せっかく手に入れたレベルアッパーを使えない。そんな危険を冒してまで
レベルアッパーを使用するほど、佐天は愚かではない。

 ただ、レベルアッパーが使えないということは、これまでと変わらず佐天は無能力者のまま
ということだ。レベルアッパーに一筋の希望を見出していた佐天の落胆は大きかった。

 初春は言葉を続ける。
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:35:08.39 ID:pGtFJDmg0
「今の所はそういった事例は報告されていませんが、もしかしたらこれから先、
 レベルアッパーを使った人にはなんらかの副作用が生じるんじゃあないかって――佐天さん?」

 初春は心配そうな声で呼びかける。
 見ると、佐天の顔は幽霊でも見たかのように真っ青になっていた。

「どうかしたんですか、佐天さん?」

「べ、別になんでもないよ」

「顔を真っ青にして、なんでもないわけないじゃないですか! 体の調子でも悪いんですか?
 どこかベンチで横になって休んだ方がいいんじゃないですか?」

 そう言いながら、容態を心配した初春が、佐天に手を差し伸べる。
 だが佐天は、差し伸べられた初春の手を振り払った。

「別になんでもないって言ってるでしょ!」

 黄昏時の公園に佐天の声が響いた。
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:38:02.62 ID:pGtFJDmg0
 手を振り払われた初春は、信じられないものでも見たかのうような目で、佐天を見る。

 ――実際信じられなかったのだろう。底抜けに明るい親友が、苛立たし気な声を上げて
差し伸べた手を振り払ったのだから。

 それはジャンも同じで、初春の後ろから目を大きく見開いて佐天を見ていた。
 佐天は取り乱したように言う。

「私、レベルアッパーを手に入れて――それなのに副作用なんて。そんなのって――」

「佐天さん……レベルアッパーを手に入れたんですか?」

 初春はおずおずと尋ねた。
 思わず口走った言葉は、もう撤回することはできない。
 佐天は観念したかのように小さく頷いた。

「……それで、使ったんですか?」

 佐天は首を横に振る。

「結局、使う決心がつかなくて」

 そうですか、と初春は安堵の息を吐く。
 まだレベルアッパーに副作用があると完全に決まった訳ではないが、可能性がある以上、
使わないにこした事はない。
 でも、と佐天は言葉を続ける。

「使おうかどうか迷ってだけで、初春に合わなかったら多分使ってたと思う。
 ――ううん、使ってた」

「佐天さん……」
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:40:36.15 ID:pGtFJDmg0
「私だって能力者になりたかった! 能力者への憧れはどうしても捨てられなくて――だから私」

 ねえ初春、と今にも泣きそうな顔をした佐天が初春に問う。

「仮に――仮にレベルアッパーに副作用がなかったとしても、やっぱりレベルアッパーを
 使っちゃいけないのかな?」

「それは……」

 やはり、初春は言葉に窮した。
 初春はつい先日、同じ質問を佐天から受けている。
 その時も今と同じ様に、初春は明確な応えを提示することはできなかった。
 
 ただ、以前と違うのは、ジャンが一緒だったことである。

「別に、使いたけりゃあ使えばいいじゃあねえか」

 ジャンさん、と初春が嗜める声を上げる。

「俺から言わせれば、レベルアッパーなんて便利なモンを否定するテメエらの方が
 異常だね。今回はたまたまレベルアッパーに事件性が見られたから、テメエら
 ジャッジメントがレベルアッパーの規制に乗り出しんだろうが。
 ――道徳? 倫理観? 結局、テメエらはそんな小難しい単語を並べて、レベルアッパーの
 正当性をうやむやにしちまってるだけじゃねえか」
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:42:29.91 ID:pGtFJDmg0
 ジャンの歯に衣着せぬ発言は続く。

「なんの力も持たねえ連中からすれば、それは詭弁なんだよ。テメエらはそうやって、
 力を持たねえ連中の事情なんか無視してきたんじゃあねえのか?
 だから、コイツみてえなバカな連中が、何も考えずに力を手に入れようとすんだよ。
 それで手に入れた力に振り回されてちゃあ、ザマぁねえけどな」

「佐天さんはバカなんかじゃあないです!」

「バカだよ。バカだから一人でうじうじ悩んで、安易に力に頼ろうと考えんだ。そういうヤツに
 限って、力の理由を考えようともしやがらねえ」

「力の……理由……?」

 泣き顔の佐天が問い質した。

「力ってヤツは人間の意志一つで方向性が決まる。
 ――銃を使う人間が人を殺そうと考えれば、銃は殺人の道具になるし、誰かを守りたいと
 思えば、銃は全く逆の性質に変わるってのと同じだ。制御して本当の力なんだ。
 力に振り回されちゃあ意味ねえぜ。――佐天、お前はどうなんだよ?」

「私は――私は、初春達に置いてけぼりにされたくなくて――御坂さんや白井さんが
 羨ましくて――無能力者な自分が嫌で――だから――だから私は――」

 嗚咽混じりに、佐天はそう言った。
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:44:04.70 ID:pGtFJDmg0
 「結局、力に振り回されてるわけじゃねえか」

 突き放すような声をジャンは上げる。
 え、と佐天はジャンを見た。

「そうだろうがよ。力に囚われちまって前が見えてねえ。例えレベルアッパーを使って
 能力者になったとしても、テメエが力に固執している限りはいずれ同じ轍を踏むぜ?
 そん時にはどうする? レベルアッパーの代わりでも探すか?」

 それじゃあワープロ以下の学習能力だな、とジャンは吐き捨てるように言った。

「それじゃあ、私はどうすればいいんですか!? ジャンさんならその答えを教えて
 くれるんですか!?」

 知るか、とジャンは佐天の言葉を切って捨てる。

「テメエの頭は飾りか? その可哀想な頭で精一杯考えるんだな!
 そうやって考える事もしねえで答えを求めるから、テメエはダメなんだよ!」

 ジャンは語気を荒らげて答えた。
 そして最後に、

「たく、柄にもなく説教たれちまったぜ」

 とぼやいて言葉を結んだ。
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:47:01.94 ID:pGtFJDmg0
 暫くの間、気まずい沈黙が場を支配した。
 そんな中初春は、おろおろと辛辣な発言をした金髪の青年と親友に、困ったような顔で
視線を何度も送っていた。

 ジャンは苦虫を噛み潰したような顔つきで、公園の景色を睨みつけるように眺めている。
 佐天は、ジャンの罵倒とも叱咤とも取れる発言を受けて落ち込んでしまったのか、顔を
伏せてしまっている。

 空気が重い。
 厳しい言い方であるが、ジャンの言った事は概ね正しい。それ故に、佐天を慰める言葉を
初春は思いつかなかった。
 その内、唐突に佐天が声を上げて笑い始めた。
 初春は困惑した目で佐天を見る。心に負担が掛かり過ぎて、壊れてしまったのではないかと、
半ば本気で心配した。

 一頻り笑うと、佐天は顔を上げる。顔を上げた佐天の顔は、憑き物が落ちたかのように
晴れ晴れとしていた。

「はっきり言ってくれてありがとう、ジャンさん。――それに、初春も」

 心配かけてごめんね、と続けて佐天は涙で濡れた目元を手で拭うと――微笑んだ。

「佐天……さん」
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:48:44.85 ID:pGtFJDmg0
 初春は佐天の顔を見て察した。底抜けに明るい、お調子者の親友が戻ってきたのだ。初春は
感極まって佐天を抱きしめた。

 突然抱きしめられた佐天はわわっ、と声を上げて僅かの間狼狽えるが、直ぐに落ち着き
を取り戻して、初春を優しく抱きしめた。暫く、互いの温度を確かめるように二人は抱き合う。
 
 そんな二人を少し離れた位置で眺めながら、ジャンはもういいのか、と尋ねた。
 何を、とは言わなくても佐天には分かった。
 佐天は名残惜しそうに初春の体を優しく引き離すと、ジャンの顔を見据えて答えを述べる。

「ジャンさんの言う通り、私、バカだったんです。ただ力があれば自分が変われる気がして、
 何も考えずにレベルアッパーに頼ろうとしてました」

 ごめんなさい、と佐天は丁寧なお辞儀をした。
 ジャンは、俺に謝るような事をしたわけじゃあねえだろうが、バカ、とこれまた
辛辣な言葉で返す。
 でも、と佐天は言葉を紡いだ。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:50:57.61 ID:pGtFJDmg0
「バカ、バカって言い過ぎなんですよ!
 はっきり言うにも程があるでしょ!
 私はこれでも、かよわい乙女なんですから!
 ジャンさんの言葉で私がどれだけ傷ついたか全く分かってないんですね!
 もう少し、レディ(女の娘)の扱いを勉強した方がいいんじゃあないですか!?
 顔が良くてもそれじゃあ、女の娘にはもてませんよ!」

 言葉の締めに舌を出して思いっきり悪態をついた佐天は最後に、全てやり遂げた顔で
すっきりした、と実に満足そうに言った。
 佐天の子供じみた報復にジャンも面食らったようで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を
暫くすると、やがて声を上げて笑い出した。笑いながらジャンは言った。

 ――その方がお前らしい、と。

 佐天は暫くの間、拗ねた子供のように頬を膨らませていたが、やがて堪えきれなくなったのか、
ぷっ、と吹き出してから笑いだした。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:51:49.35 ID:pGtFJDmg0
 ――置いて行かれたわけじゃあなかった。

 ――私が、歩みを止めたんだ。

 ――初春や、御坂さんや白井さんはずっと歩き続けていたのに。

 ――いつからか、私だけが道を見失って迷子になってたんだ。

 ――色んな問題を自分で勝手に抱えて、前が見えなくなってんだ。

 ――多分、皆当然のように私がついてきてると思って、私が遠ざかった事に気が付か
   なかっただけなんだ。

 ――ジャンさんはきっと、私達とは違う場所に立ってるから気づいたんだ。

 佐天は心の中で、ジャンに向けてもう一度感謝の言葉を述べた。ジャンが言った
力の意味は今でもよく分からないが、それでも自分が進むべき道は定まった。
 一つ大きなハードルをクリアして成長した佐天涙子は、仲間達と共にまた歩み始めたのだ。
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/23(日) 23:53:49.08 ID:pGtFJDmg0
すいません今週はここまでです。
結局最後までいけませんでした。
ホント スイマン。

それじゃあ、また一週間〜二週間後に。
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/23(日) 23:55:23.29 ID:8Tp5qiSwo
乙乙
この説教はいいな
佐天さんにストレートに届くいい言葉だ
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/24(月) 00:00:04.30 ID:NO5yQ/Rq0


やっぱり佐天さんは強い娘
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/24(月) 00:01:27.33 ID:nQC2Z+eDO
乙でした。

ところで暁はAMスーツ着てるのかな?
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/24(月) 00:06:19.71 ID:eEwxo0od0
>>284

そこらへんは後ほど書く予定です
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/24(月) 10:34:44.67 ID:eDdNxgUAO
ライカンスロープのジャンとしては力の使い方なんて産まれてきた頃から考えてたことだろうからなぁ
重みが違うな
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/24(月) 21:59:30.29 ID:eGLC24LAO
良いSSだな。
上げさせて貰うぞ。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/29(土) 21:23:00.10 ID:G6pJQzCAO
暁がいてボーがいないと何故か違和感
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/05(土) 17:27:14.01 ID:j+wOqIs/0
いつもの予告を――
次の投下は明日の21時です。
では、また明日に。
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/05(土) 18:54:21.86 ID:x6yaFZ4AO
キタアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 19:08:38.32 ID:tNpV8uyAO
よし、期待して待ってる
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:06:48.51 ID:hPWMs98l0
じゃあ、時間なので始めます
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:08:25.88 ID:hPWMs98l0
あれから、ジャンが初春と佐天を伴ってジャッジメント第一七七支部についた頃には、
時計の短針は完全下校時刻に迫ろとしていた。

三人が支部内に入ると、まず目についたのは死人のように机に突っ伏した、白井黒子と
御坂美琴の姿であった。
ジャン、初春、佐天の三人は、机に突っ伏している二人を横目に、固法美偉の元へ向かう。
固法は、帰り仕度のために窓の鍵を締め歩いていた。そこに初春が声をかける。

「ただいま戻りました、固法先輩」

あら、おかえりなさい、と固法は窓の鍵をかけながら、首だけを向けて答えた。
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:09:34.83 ID:hPWMs98l0
 固法は、ちょっと待っててね、と断ってから全ての窓の鍵を掛け終えたのを確認すると、
今度は体を三人がいる方向に向けてそれで、と口火を切った。

「随分遅かったようだけど――その、木山先生から何か良い情報は訊けたかしら?」

 固法の問いかけに、初春が首を横に振る。

「今の所、新しい情報は特にありません。やっぱり大脳生理学の専門家でも、
 今ある情報だけでは、レベルアッパーが人体に及ぼす影響を推測することは難しいみたいです。
 ――木山先生はテスタメント――五感を刺激して脳に情報を直接インストールする装置――と
 同じ作用を、レベルアッパーが及ぼしてるんじゃあないかっていってましたけど、でも、
 そんな事はありえないって否定してましたし」

 ただ、と初春は付け加える。
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:11:07.59 ID:hPWMs98l0
「これはジャンさんの推測なんですけど――もしかしたらレベルアッパーには副作用が
 あるかもしれないんです」

「副作用? ――それはどんな?」

「それは私達にもまだ分からないんです。でも木山先生も、それは有り得るかもしれない、
 とは言ってました」

 そう、と頷いて固法は僅かの間、頤(おとがい)に右手の親指と人差指を当ててて
考える素振りを見せてから、次の問いを発した。

「ジャンさんの持っていたレベルアッパーの現物はどうだったの?」

「あれでしたら、木山先生に解析を頼んであります。
 ――木山先生は三日あれば解析が終わるって言ってましたけど」

「――三日ね。
 そうなるとその間私達は、これ以上加害者――いえ副作用の可能性がある以上被害者を
 増やさないように、レベルアッパーを所持している人間を保護する必要があるわね」

 そこで、佐天が気まずそうに手を挙げて、

「私、保護第一号です」

 と言った。
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:13:01.26 ID:hPWMs98l0
 固法は佐天を見て目を二、三度瞬かせると、状況が呑み込めないのか、説明を求めるように
初春に視線を送った。
 初春は困ったような顔をして答えた。

「えーと、複雑な事情があって――とにかく簡単に言うと、佐天さんがレベルアッパーを
 手に入れたってことです」

 ――複雑な事情?

「まあいいわ。
 あえて、あなた達の間で何があったかは訊かないでおきましょう。
 ――もう問題は解決してるんでしょう? だったらそれでいいわ――」

 それより、と言って固法は壁にかけられた時計に目をやる。
 時計の針は五時四十五分を示していた。

「ほら早く帰らないと、帰りのバスがなくなわよ。報告書は明日でいいから早く帰りなさい」

 後十五分も経てば、完全下校時刻となる。
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:14:41.33 ID:hPWMs98l0
 完全下校時刻を過ぎると、学園都市を循環するバスやモノレールが運行しなくなり、
学生が出入りするような店も閉まってしまう。
 大人であれば、自家用車や自動二輪車に乗って、完全下校時刻うを過ぎた後も楽に
自宅へと帰ることができるのだが、学生は免許を持っていない――持つことができないのだ。

 そのため、学生の場合は完全下校時刻を過ぎてしまった場合、自宅へは自力――徒歩で
帰らなければならなくなるのだ。少女の足で自宅まで帰るのは少々難儀である。
そんなのは御免だ。
 初春が慌てた様子で言った。

「ああ、もうそんな時間なんですね! 佐天さん、ジャンさんも早く帰らないと、
 帰りのバスがなくなっちゃいますよ!」

「四十五分ってことは、あと十五分でバスが止まっちゃうじゃん!
 初春、早く帰ろ! ――ってジャンさん、そんなにのんびりしてたらバスに
 乗り遅れちゃいますよ! ほら、早く!」

 佐天はそう言って、ジャンの腕を掴んで出口へと向かう。
 初春もそれに続いた。
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:17:40.52 ID:hPWMs98l0
 二人の少女は青年を伴って慌ただしく出口に向かうと、お先に失礼します、
と固法に一声かけてから支部をあとにした。

 固法は苦笑いを浮かべて三人を見送ると、室内を見渡して、

「――後は」

 と誰ともなく呟いた。

 戸締りは全て済ませた。後は固法が最後に支部を出て、セキュリティが作動していることを
確認すれば帰れるはずなのだが――。

 固法は困った顔をして、未だ机に突っ伏している美琴と黒子に歩み寄った。
 黒子と美琴が疲れて帰ってきた事情を知っている固法は、できうることならば
このままま放っておきたい所だが、この二人を先に帰さなければ、固法は帰る事ができない
のである。
 固法は仕方なく、二人を起こす事にした。

「白井さん、御坂さん。二人とも早く起きなさい。あと十五分もすれば完全下校時刻よ。
 ほら、早く起きて。二人が帰らないと私も帰れないのよ! もう!」

 黒子が頬を机にくっつけたまま答える。
 長時間机にくっついていた黒子の頬は赤くなっていた。 

「固法先輩、後五分だけ。五分だけこうさせてくださいまし。
 無礼な殿方との交渉は黒子には荷が重すぎましたわ」

「なに言ってるの! ほら、立って帰る支度する!」

 黒子ははあい、と何とも抜けた声を上げて立ち上がると、おぼつかない足で帰り支度を始めた。
 固法は続けて美琴を起こす。
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:19:20.17 ID:hPWMs98l0
「御坂さんも! 学園都市に七人しかいないレベル5が、こんなだらしない姿しないの! 
 ほら立って帰る支度する!」

 美琴は机に伏せたまま、黒子に向かって手を差し出して言った。

「黒子〜、テレポートで私を部屋まで連れてって〜」

 黒子は自分の荷物を纏めながら、嫌ですわときっぱり断った。

「私だって疲れてテレポートどころではありませんの。
 お姉様、都合のいい時だけ私のテレポートに頼らないでくださいまし」

 ケチ、とぼやいてから美琴はやっと重い腰を持ち上げる。
 荷物を纏め終えた黒子は、お姉様早く、と美琴を急かして出口へと向かった。
気だるげな顔をした美琴もその後を追う。
 そして最後に、お先に失礼しますわ固法先輩と礼をすると、黒子は美琴を連れて
支部をあとにした。

 部屋に一人残された固法は、大きな溜め息を一つ吐くと外に出て、出入口のセキリュティが
正常に作動している事を確認すると、時間を気にしながら足早に家路へとついた。
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:23:08.24 ID:hPWMs98l0




 異変が生じたのは翌日だった。
 その日、学園都市のあちらこちらで、学生が突然意識不明になる事件が発生する。
 幸い、付近をパトロールしていたジャッジメントや、近くを通りがかった学生の通報により、
直ぐに病院へ担ぎ込まれた。

 だが、当初熱射病で倒れたと思われていた学生達は、どれだけ時間が経っても意識を
取り戻すことはなかった。容態を訝しんだ病院側が、患者に精密検査を実施したが、
特に異常らしい異常を見つけることはできなかった。臓器も脳も、データ上は正常に
稼働しているのだ。

 脳が正常に稼働しているのに、意識だけがない。意識を失った学生達は皆まるで、
ぐっすりと眠っているかのようであった。

 さらに翌日、アンチスキルとジャッジンメントによる大規模な合同捜査が行われる。
 この日には、意識不明の患者は七千人を超えていた。
 学園都市の人口が約二百三十万人――内学生が人口の八割を占める事を鑑みれば、
患者の数は微々たるものだが、それでもたった二日で七千人もの意識不明者が、しかも
突然に現れたのだから異常な事態であることに変わりはない。

 合同捜査本部は早速、意識不明となった患者になんらかの関連性がないか調べ始めた。
 捜査は順調に進み、以外にも早く、関連性は見つかることとなる。

 まず、意識不明となった患者の殆どが学生である事。次に、いずれの患者も、
レベルアッパーを所持、使用した形跡見られる事。この二つだった。
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:25:59.64 ID:hPWMs98l0
 捜査本部は直ぐに大人数を投入して、レベルアッパーを所持、或いは使用したと思われる
人間の保護に取り掛かった。
 しかし捜査本部が動く前から、レベルアッパーを使用した人間の末路は、学生達の間で
真しやかに囁かれていた。その情報はネットを経由して多くの人間に伝わり、レベルアッパーを
使用した人間達に不安の種を植えつけた。

 所詮はネットの情報。嘘か真実か分からぬ情報など、当てにならない。
 ――そう高を括っていたレベルアッパーの使用者達は、実際に周辺で起きる
謎の意識不明事件を知って、不安の種を開花させる。不安の花は疑心暗鬼を生じ、
確実に心を蝕んだ。
 そして、不安に耐えかねた者から順に、自らアンチスキルやジャッジメントに
保護を願い出ると――程なくして意識を失った。

 結局、捜査本部が何もすることなく、大多数のレベルアッパー所持者、使用者が保護される
事となった。

 一方その頃、合同捜査本部――上からの通達により、ジャッジメント第一七七支部も
慌ただしく動いていた。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:27:47.94 ID:hPWMs98l0
 レベルアッパー所持者の捜索。または使用者の保護。それに、未だレベルアッパーの危険性も
知らずに、力に溺れて犯罪を犯している人間の捕縛。やる事は山済みである。

 黒子や初春、固法を含め、支部に属する殆どのジャッジメントは外に出て捜査に当たっていた。
 支部一つ辺りの担当区域は広くはないが、それでも数千人の学生が捜査対象として
挙げられている。第一七七支部に所属するジャッジメントの数は十数人でしかない。
担当区域の学生と、ジャッジメントの数は釣り合っていないことになる。つまり、
ジャッジメント一人辺り数百人の学生をカバーしなければならないのだ。

 よって、第一七七支部に所属する人間は、未だかつてない仕事量に忙殺されていた。
 そんな忙しい中、第一七七支部に顔を出す事もできず、暇をもてあましていた少女が二人いた。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:29:16.55 ID:hPWMs98l0
 一人は御坂美琴。常盤台中学に通うレベル5。通称、電撃姫である。

 落ち着きがなく、人一倍正義感が強い彼女は、今回のレベルアッパーの騒ぎをただ黙って
見ている事ができず、無理を承知で黒子に協力を打診する。
 始めは、民間人を巻き込む事はできないと返答を渋っていた黒子も、やがては美琴の熱意に
押されて、協力を了承した。

 またいつかのように、美琴が暴走しないよう監視の意味も含めて、黒子は美琴とバディを
組むことになる。二人の活躍は目紛るしく、レベルアッパーを使用して、喝上げや、
一方的な暴力を振るう輩を次々と捕縛していった。
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:30:24.11 ID:hPWMs98l0
 もう一人の少女は佐天涙子。柵川中学に通うレベル0の少女である。
 彼女は最近親しくなった青年――ジャン・ジャックモンドが運転する
自動二輪車――バイクの後部座席に乗って、青年と共に学園都市中を走り回っていた。

 佐天はどこにでもいる普通の女子中学生である。
 だから、レベルアッパーの捜査に関わる事はできない――いや、関わる事はしない。
 気持ちだけを先行させて闇雲に捜査に首を突っ込んだ所で、足手まといになる事は
目に見えているのだから。

 故に、佐天は一人暇を持て余していた。
 しかし、そんな佐天を無理矢理連れだした男がいた。
 佐天を連れだした男の名は言わずもがな――ジャン・ジャックモンドである。
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:33:04.35 ID:hPWMs98l0
 ジャンはヒマか、ヒマだなと一言二言言葉を交わすと、二の句を告げる前に佐天を
バイクの後部座席に半ば無理矢理乗せて、目的地も告げずに何処かへと向かいだした。

 体に降り注ぐ心地良い風を感じながら、ジャンの背中にひしと抱きついている事数十分、
バイクが止まったのは不良のたまり場で有名な地域だった。
 その地域は治安が悪い事で有名で、あのジャッジメントでさえおいそれと手を出す事が
できない地として有名である。

 ――なんで。

「こんな――こんな危ない所に私を連れてきちゃったりしたんですか!?」

 佐天の疑問は最もである。
 見れば、こんな所――と佐天が言った小汚い路地には、柄の悪い男達が屯(たむろ)
していた。男達は何事かとばかりに、怪訝な顔して青年と少女に目を向けている。
 佐天は男達と目を合わさないように、顔を背ける。目を合わせたら難癖をつけられて、
拐かされてしまいそうだからだ。

 ジャンはフルフェイスのヘルメットを脱いでバイクのキーを外してから、

「あん、んなもんヒマだからに決まってんだろうが」

 とにべも無く言った。
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:34:48.17 ID:hPWMs98l0
「ヒマ? ヒマって言いました!? ジャンさんはヒマだからこんな危険極まりない
 場所に乙女を連れ出すんですか!?」

 何を言ってんだお前はとジャンは呆れた様子で言葉を返す。

「お前が強くなりたいっていうから、ここに連れてきたんだろうが」

「そんなこと――」

 ――私もジャンさんみたいに強くなれますか?

「――あ。言いましたね」

「お前もしかして忘れてたのか?」

「……はい」

 強くなりたいとは本心から言ったが、そんな事はすっかり忘れていた。
 強くなりたくない訳ではない。ただここ数日で、佐天を取り巻く世界が目紛るしく
変化していったがために、記憶の奥にしまわれていたのだ。

 ――しかし。まさかジャンがあの時の事を覚えていたとは以外である。
 ジャンは大きく溜め息を吐いた。

「たく、仕方ねえな。いいか、今度は耳をかっぽじってよーく訊けよ。
 この、俺様が、直々に、お前を、鍛えてやる。いいな! 分かったか!?」
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:36:24.07 ID:hPWMs98l0
「――はい」

 としか言い様がない。
 ここで結構です等と言ったら、このまま一人、この危険が跋扈する地域に置いてかれ
そうである。
 しかしながら、納得がいかない事が一つある。

「私を鍛えてくれるのはいいんですが、どうしてこんな所に?」

「んな事も分かんねえのか? 強くなるには実戦が一番だからに決まってんだろうが」

「実戦って――」

 佐天は気取られないように、不良達へ目を向ける。

「――もしかして――ううん、もしかしなくても嫌な予感がするんですけど」

「察しがいいな」

 つまり、あの不良達の相手をしろという事だろうか。

「嫌ですよ! だって私女の子ですよ! 喧嘩なんて一度もしたことないし!」

「安心しな。別にいきなり喧嘩させようなんて思っちゃいねえからよ」

「じゃあどうするんですか?」
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:38:14.70 ID:hPWMs98l0
「まあ、まずはこのゴミ溜めみてえな空気に慣れることからだな。
 ――見ろよアイツら。アイツらきっと、風呂にも入りやしやがらねえぜ」

「ちょ、ちょっとジャンさん声大きすぎ! 訊かれたらどうするんですか!」

「俺は別に構わねえぜ」

「ジャンさんが構わなくても、私は構うんです!
 私はジャンさんみたく強くないんですよ!」

 その、変な事とかされちゃったらどうするんですかと、佐天は頬を赤く染めて言った。
 ジャンがいる以上、そんな事はないだろうが――もし、本当にそうなってしまったら、
どうするつもりなのだろうか。
 責任をとってくれるのだろうか? ――いや、それはないだろう。
 ジャンは佐天の体を見て、視線を下から上へ動かすと、小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「テメエのような尻も胸もねえ真平ら、誰も襲いやしねえよ」

「なっ!」

 佐天は頬をひくひくと痙攣させる。
 顔を真っ赤にして怒り心頭といった様子の少女は、大声を上げて抗議した。
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:41:25.23 ID:hPWMs98l0
「本当失礼ですね!
 いいですか! 私はまだ中学生なんですよ!
 その――出る所が出てないのも仕方ないんです!
 もう後数年もすれば、それこそナイスバディなレディになるんですから!」

「ナイスバディね――」

 ジャンは意味深な目を佐天に向けて、

「――望み薄だな」

 と残念そうに呟いた。
 その一言が佐天の怒りに火を点けた。

「あ、今の発言ムカッときましたよ! ええ、きましたとも!
 いいですかジャンさん。 この際だからはっきり言わせてもらいますけど、
 女の子っていうのは酷く傷つきやすいんです。
 前も言いましたけど、ジャンさんの心無い一言一言でどれだけ私が傷ついているか……。
 それに初春に対する態度と私への態度があからさまに違うし――もう少し
 私に優しくしてくれたって――」

 いいんじゃないですかと言葉を続けようとした時、佐天は背後から知らない男の声で
オイと声を掛けられる。
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:43:54.92 ID:hPWMs98l0
 頭に血が上っていた佐天は、後ろを振り返ることなく強い口調で、
邪魔しないでくださいと言った。
 しかし声は止まず、背後にいるであろう男は、今度は佐天の肩を掴んで、
もう一度オイと声を掛けた。

 佐天は鬱陶し気にその手を振り払った。――振り払って、背後を振り返る。
 そこに立っていたのは、いかにもといった凶悪な風体をした男達だった。すると、
佐天が振り払った男の手は、この、人を二、三人は殺していそうな顔をした男のものだろう。

 周囲を見渡すと、二人はいつの間にか、不良達に囲まれていた。相手は七人。
 ――故事にある、四面楚歌の状態である。

 佐天は慌てて、ジャンの後ろに隠れた。
 二人を取り囲む男達の視線は、佐天ではなく、ジャンへと向けられている。
 その内、一人の男が口を開いた。先ほど、佐天に声を掛けた男である。
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:47:17.42 ID:hPWMs98l0
「おい、アンタ」

「私!?」

「違えよ。そこの金髪の外人さんだよ」

「俺ね」

「そうアンタだ、アンタ。アンタだろ? 街の不良(ワル)どもを伸してまわっている
 外人っていうのは」

 佐天はぎょっとしてジャンの顔を見た。
 この馬鹿外人は何をしているんだ、と思ったのだ。
 凶悪な顔をした男は、佐天の顔をちらりと覗き見てから言葉を続ける。

「アンタにはうちのチームの連中もやられちまっててなあ。
 いや、なに。自分から喧嘩売っといて負ける馬鹿の事は、こっちも気にしちゃあいねえんだ」

 けどよ――と男はジャンを睨みつけると、続けて、

「女連れてうちらの縄張りに来られたんじゃあ、こっちも黙ってる訳にはいかねんだ!」

 と吠えた。
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:54:15.57 ID:hPWMs98l0
 ジャンは涼しい顔をして、で、と返す。
 そんな二人のやり取りを佐天は、戦々恐々として眺めていた。
 できれば、あまり不良達を挑発するようは発言は自重してほしいものだが、
ジャンに限って言えば、自重と言う言葉は無縁だろうから、佐天の望みは叶わないのだろう。

 男は、凶悪な顔をさらに凶悪にすると、やっちまえと一言だけ言葉を放った。
それを合図に、周りを取り囲む男達はジャンに――巻き込まれる形で佐天にも――群がった。

 ジャンは佐天を抱え込むと、まるで風のような速度で、男達の包囲を抜けた。
 男達はジャンの姿を捉えられぬまま、犬のように首を振ってジャンの姿を探す。
 その内、ジャンの姿を探す男の一人に見事な蹴りが命中する。蹴りを受けた男は、
錐揉みのように回転しながら吹き飛んでいく。

 他の男達は、吹き飛んでいく男を呆然と見ていた。だが直ぐに何が起こったのか察知すると、
慌てて辺りを見回す。しかし、そこに青年と少女の姿は見当たらない。
 そして、また男が一人吹き飛んだ。男の頬には赤く赤く、靴の跡がくっきりと残っているだけ
である。青年と少女の姿は――やはり見当たらない。

 透明人間とでも戦っているような気がして、男達は恐怖した。
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:56:02.96 ID:hPWMs98l0
 勿論、直ぐに何らかの能力ではないかと疑いはしたが、あの金色の髪をした異国の人間は、
能力者ではないと男達は噂で訊き知っていた。
 
 ならば。
 ――あの少女が能力者である可能性が高い。

 そこまで考えが至ると、男達は円形の陣を組んで名も知らぬ少女に警戒する。
 しかし男達の警戒も虚しく、次々と仲間は吹き飛ばされていく。
 やがて、残ったは佐天に声を掛けた凶悪な顔をした男一人だった。
 男はすっかり訳も分からない存在に恐怖してしまい、勢い良く振りまいていた威勢は
鳴りを潜めている。

 やがて、男の背後で足音がした。男はゆっくりとした動作で背後を振り返る。
 ――振り返った瞬間に、男の顔面に誰とも知れぬ足が命中した。
 それが男の見た最後の記憶であった。

 全ての男が沈黙したのを確認したかのように、少女を抱えた青年が現れた。
 青年は少女を下ろす。
 佐天は地に足を下ろすと、足をふらつかせてジャンに寄りかかる。ジャンは意地悪な
笑みを浮かべながら口を開いた。

「随分なご活躍じゃねえかお姫様」
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 21:58:21.02 ID:hPWMs98l0
 ――活躍?

 ――とんでもない!

「活躍って、ジャンさんがただ速く動いて、私を振り回しただけじゃないですか!」

 抗議するような目でジャンをねめつけて、佐天はそう言った。
 佐天が言うように、ジャンは驚異的な速度で走りまわしっていただけなのである。
 ――小柄な体躯の佐天を振り回しながらだが。

 つまり、男達の頬にくっきり残っている足跡の正体は佐天のものであり、
ジャンは佐天を凶器として振り回していただけなのだ。

 いいじゃねえか、とジャンは悪びれる様子もなく言った。

「よくない! ジャンさん! 次にこんな事したら殴り飛ばしますからね!」

「へいへい」

「何ですか、そのやる気のない返事は!? もう少し私を勞ってくださいよ――もう!」

 分かった分かったといいながら、ジャンは佐天の頭に手を乗せて撫でつけた。
 佐天は膨れ面になりながら、僅かに頬を赤く染めてジャンに撫でられるままにする。
 ジャンに頭を撫でられる事は、佐天も嫌いではなかった。

 結局、その日は訳も分からぬ内にジャンの喧嘩に巻き込まれて、佐天は散々な目に
あっただけであった。
 ただ一つだけ、その日を堺に金髪の外国人の相棒として、妙な能力を使う中学生らしき少女が
挙げられる事となる。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:01:33.67 ID:hPWMs98l0
ちょっとだけ休憩させてくだせえ
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/06(日) 22:03:13.01 ID:zQwiQz7ho
逆ジャイアントスイングか
腕が抜けるな…
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:24:49.85 ID:hPWMs98l0
再開
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:26:00.95 ID:hPWMs98l0
「あれから大分時間が経ってしまった……」

 月明かりだけが差し込む薄暗がりの部屋の中、酒が入ったグラスを片手に木山春生は
そう呟いた。
 男――暁巌は、アルコール度数が強めの酒が入った酒瓶を片手に、黒革の、いかにも
高そうなソファーに寝そべりながら木山を見た。

 暁は、月明かりに照らされた木山の顔を覗き見る。
 少しアルコール度数が強い酒を飲んでいるせいか、グラス数杯分しか酒を飲んでいないにも
関わらず、木山は少し酔っているように見えた。
 木山はグラスに残った僅かな酒を煽ると、グラスをゆらりと回す。グラスに残された氷が
互いにぶつかり、小気味良い音を立てた。

「二年と百八十五日――いや、もう少しで百八十六日か……」

 随分時間が経ってしまったな――そう言って、木山は自嘲の笑みを浮かべる。
 後一時間ほど経過すれば、明日になる時刻だった。
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:27:23.52 ID:hPWMs98l0
「二年と半年前、私は教師をしていた。――いや、教師をやらされていた、
 と言った方が正しいか。私は教員免許を持っていてね。
 ふふっ、君は似合わないと言って笑いそうだな。自分でもそう思うよ。前触れもなく、
 上から突然教師になれと言われた時は、私も何かの冗談と思ったさ」

 くつくつと鍋が煮えたぎるような笑い声を上げると、暁から少し離れた位置にある
椅子に腰掛けたまま、木山は部屋の一面に備え付けられた大きな窓硝子に目を向けた。

 窓硝子の向こうには、大小様々なビルが淡い光を放っていた。ビルの下は繁華街
となっており、完全下校時刻以降も営業をしている希少な店が、色とりどりの電飾の光を
放って、客を呼び寄せている。
 今日の夜空も雲一つなく、月がよく見えた。

 木山は憂いを帯びた顔で月を眺めならがら、

「綺麗な月だ。あの子達にも早く見せてやりたい」

 と今にも消え入りそうな声で呟いた。
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:28:40.40 ID:hPWMs98l0
 木山は視線を黄金色の光を放つ月に向けたまま、話の続きを語った。

「私に辞令を下したのは、木原幻生と言う狒々のような顔をした老人でね。
 当時の私の上司だった。教員免許など、酔狂で取ったのが仇になったよ。
 当時の私は、社会的なしがらみから、木原幻生の辞令を断ることはできなかった」

 今の私からは考えられないことだが、と木山は苦笑いを浮かべた。
 暁と木山は、契約を交わして以来、自身の事を話す事はなかった。口を開けば
仕事の話しばかりである。それ故に、木山が自身の事を語るのは珍しかった。
 暁は青白い天井を見つめたまま、木山の話に耳を傾ける。

「それだけ、木原幻生の研究に関心を持っていたんだ、私は。結局私は、
 渋々ながらも木原幻生の話を受けることになる」

 そこで一旦言葉を区切ると、木山は視線を暁に向けた。
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:30:58.36 ID:hPWMs98l0

「――君は、チャイルドエラー(置き去り)を知っているか?
 ――ああ、その様子だと知らないのだろうな。――チャイルドエラーとは、何らかの事情で
 学園都市に捨てられた、身寄りの無い子供達だ。『置き去り』、と書いてチャイルドエラーと
 呼ぶ」

 ――身寄りの無い子供達。

 親に望まれずに生まれた子供。戦争によって親が死んだ子供。経済的事情から捨てられた子供。
親に売られた子供。愛情を無くした親から見捨てられた子供。

 先進国、途上国、後進国を問わず、何処の国でもそういった話はある。
 暁がまだ傭兵として世界各地を練り歩いていた頃には、銃を手に戦争に参加する子供までいた。
 貧困に喘ぐ土地でも、富める土地でも、同じ境遇の子供は生まれる。世の中ままらない
ものである。

 過酷な経験をしてきた暁だ。今更そんな話に同情する訳もなく、ただ感情を込めずに
ああ、そうかいと返事をした。

「私の受け持ったチャイルドエラーの子供達は、AIM拡散力場を制御する実験の被験

 体として選ばれたんだ。実験と言っても、人体に害のあるものでは――」

 ――なかったはずなのだが。

 声を発しはしなかったが、暁には木山の唇がそう動いたように見えた。
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:33:28.56 ID:hPWMs98l0
 少しばかり間を置いてから、木山は話の続きを語ろうとする。
 その前に、ちょっと待てと暁が口を挟んだ。

「話の腰を折って悪いが、その、えーあいえむ? かくさんりきばっていうのは、
 なんなんだ?」

 ああ、と木山は何かに気がついたような声を上げた。

「AIM拡散力場というのは、能力者が無自覚に発してしまう微弱な力場の事だ。
 力場と言っても、目に見える訳ではなく、精密機器を遣わなければ計測すらできないのだがね」

「能力者自身、無意識に能力を垂れ流しているようなもんか。
 丁寧なご説明ありがとさんよ、木山先生」

 どこかからかうように言って、それでと暁は続きを促した。
 始めは木山の話しなど酒の肴程度に訊いていたが、話を訊く内に、
暁は続きが気になっていたのだ。
 木山は、酒の入った瓶の口をグラスに傾けて盃を満たすと、続きを話し始めた。
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:37:07.86 ID:hPWMs98l0
「私は実験が始まるまでの間、子供達の成長を真具(つぶさ)に記録するよう命じられた。
 ――半年間、教鞭を取ったが――子供というのは無邪気なものでね。教師生活は大変だったよ。
 悪戯はする。人の気にしている事はずけずけと言う。何を考えているか分からないし、
 怖いもの知らずで、馴れ馴れしくて、大人と違って無条件に人を信用して――」

 本当に、子供の相手はもううんざりだと言った木山は、しかし、言葉に反して穏やかな
笑みを浮かべていた。

 ――嘘が下手糞な女だ。

 暁は木山の顔を見てそう思った。言葉でどう言おうが、真実そう思っているわけでないことは、
幾ら暁でも容易に分かる。それと同時に、この女もこんな顔ができるのかと内心、僅かばかり
驚いていた。

 暁は木山の事を、仕事一辺倒で笑み一つ見せない女――実際にそうなのだが――だとばかり
思っていたのだ。驚くのも無理はない。
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:41:39.97 ID:hPWMs98l0
「そのガキ共は、あんたみてえな仏頂面の女でも懐いたのかい?」

 木山は苦笑いを浮かべて、君もずけずけとものを言うな、と言った。
 そして、

「懐いてくれたんだよ――私みたいな女に」

 と儚気な少女のような顔をして答えた。

「あの子達は、一般的な観点から見れば不幸なのかもしれない。それぞれに様々な理由が
 あるとはいえ、親に捨てられたのだから」

 知っているかと木山は尋ねる。

「あの子達が住んでいた施設は、週に二度しか体を洗わせてくれない。しかも、
 湯に浸からせてくれるわけではなく、十数分程の決められた時間内にシャワーで
 済ませるんだ。
 週に二度だぞ? 週に二度といったら、七日の内二日だ。衣服だって満足に与えられない。
 食事も最低限の栄養を摂取できる程度の味気ない料理だ」

 今ままで淡々と語り続けた木山だったが、話している内に堪えきれなくなったのか、
ここにきて初めて言葉に激情が滲んだ。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:43:36.98 ID:hPWMs98l0
 暁は木山の話を訊いて、チャイルドエラーの子供達に心の中で僅かばかり同情したが
――ただそれだけである。

 傭兵の観点から日常を捉えるのは間違っていると重々承知しているが、木山の語った以上の
悲惨な状況にある子供などいくらでも知っているのだから、暁からすればチャイルドエラーの
子供達が置かれている状況など大したものではないように思えた。

 それに、木山の話を訊いている限りは、そのチャイルドエラーの子供達は幸せそうに思えた。
貧困と不幸はイコールではない。反対に、幾ら裕福であっても幸せだとは限らないのだ。
 幸福、不幸の概念は人によって様々だ。金が幸せに直結する者もあれば、愛情や友情など
といった目には見えない概念を幸せに結びつける者もいる。
 十人十色――つまりは、幸福や不幸の形は人の数ほどあるという事だ。

 チャイルドエラーの子供達も――日本という平和な国の枠組みの中では――十分な生活を
送っていたわけではないだろうが、しかし、それでも子供達は幸せな日々を過ごしていたのでは
ないだろうか。
 暁がそう言うと、木山は君の言う通りだと答えた。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:47:03.59 ID:hPWMs98l0
「人の幸せなど千差万別だ。
 ――あんな環境にありながら、あの子達は実に幸せそうに日々を過ごしていたよ。
 本当に――子供というのはよく分からないな」

 暁にも子供の事はよく分からないので同意した。
 木山は困ったような笑みを浮かべて、君に同意されると複雑な気分だなと返した。
 ここで話が終われば美談で終わるのだろうが、そうはいかないのだろう。
 
 木山は僅かに肩を震わせた。
 寒いのだろうか? ――否、違う。恐らく、罪に怯えているのだ。
 科学という名の宗教を信奉する女は、己の命を対価に他者の死を贖う死神にとくとくと
懺悔を始めた。

「私が教鞭を取ってから半年程経った頃に実験は行われた。実験の名目は、
 AIM拡散力場の制御。能力者が無意識に出す力場を、科学の力でコントロールする事が
 実験の目的――だったはずだ」

 ――だったはず?
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:48:09.89 ID:hPWMs98l0
「――違ったのか?」

「――そうだ」

 木山は手に持ったグラスを置いて両手で顔を覆うと、語気を荒らげた。

「――何もかも全て嘘だった! AIM拡散力場の制御!?
 ――違うっ!! 本当の実験の目的は、私達にも巧妙に隠されていた!
 本当は――能力が暴走する際の法則を解析するための実験だったんだ!
 意図的にAIM拡散力場を刺激し、能力者の力をを暴走させて、実験データを得るための
 ――何も知らない子供達を使った――」

 人体実験だったんだ、と嗚咽を混じりに木山は言った。
 暁は酒瓶に口をつけて、酒を煽った。何故かは分からないが、無性に酒を飲みたくなったのだ。
 口の中に酒の苦味が広がる。
 理由は分からないが、上等な酒は――先ほどよりも不味く感じた。
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:51:29.55 ID:hPWMs98l0
「その日から、子供達は皆昏睡状態に陥ったよ。実験に関わった職員には緘口令が敷かれ、
 上には実験は成功したと虚偽の報告をして、全ては封殺された」

「ガキ共はどうしたんだ?」

「貴重なサンプルとして未だに生かされたまま保管されているよ。
 ――昏睡状態に陥ったままね」

「あんたは何もしようとしなかったのか? 上にチクるとか、やりようは幾らでも
 あるんじゃあねえのか?」

「あらゆる手は尽くしたさ。アンチスキルにも通報はしたし、木原幻生の事も告発しようとした。
 事故の事だって調査しろと再三通知は出したんだ! ――しかし」

 木山は嫌悪感を表すかのように、唇を噛み締めて渋面をつくる。
 表情から察するに、全て駄目だったのだろう。
 恐らくは上に握り潰されたといった所か。暁には直ぐに予想が就いた。
 
 全ての者がそうだとは言う訳ではないが、何処の国も、権力を握った人間は己が権益を
守るために躍起になる。横の、或いは縦の繋がりを利用して、己が犯した悪事を
もみ消そうとするのだ。
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:56:04.89 ID:hPWMs98l0
「残された手段は一つだ。
 私自身があの子達を救い出すこと。それには、膨大な演算を行うことができる
 スーパーコンピュータが必要となる。
 そう、学園都市が誇るツリーダイアグラム(樹形図の設計者)が必要となるんだ。
 ――だが、上はツリーダイアグラムの使用許可を認めない」

 ツリーダイアグラムの使用は一般の研究員には認められていないと訊く。
 ならば、木山がツリーダイアグラムの使用許可を求めたところで、突っぱねられて
お終いだろう。

「だから私は、レベルアッパーを開発したんだ」

「アレにそんな効果があるのか? あんな音楽で?」

 暁は怪訝な顔をして尋いた。

「レベルアッパー自体にはツリーダアイグラムのような効果はないよ。レベルアッパーはそう、
 ツリーダイアグラムを組あげる装置といった所だ」

「どういう意味だ?」

「レベルアッパーにはあるプログラムが組み込まれている。
 私の脳波を使用者に上書きするプログラムだ。レベルアッパーを使用した人間の脳波を、
 私という脳波で統一することによって、私は自分以外の脳を演算機器として使用することが
 できるようになる。千人、万人もの脳を演算機器として使用することができれば――」

「ツリーダイアグラムに匹敵する演算機器になるってわけか」

「その通りだ。レベルアッパーを使用した人間は、私の脳波を上書きされることによって、
 他者と脳を共有する事になるのだから、一時は能力は向上するだろう」

 だがと木山は口籠る。
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 22:57:48.94 ID:hPWMs98l0
「私の脳波を強要され続けた人間はいずれ、私に脳の自由を奪われてしまい、
 最終的には――意識を失うだろう」

 それでも、木山は計画を止めることはしないのだろう。
 木山は己がこれから為そうとしている事が分かっていて、あえて悪事に手を染めようと
いうのだ。退かぬ覚悟。暁も嫌いではない。

 ただ、問題が一つ浮上する。
 レベルアッパーを使用した人間は、いずれ意識不明の昏睡状態に陥るという。そうなれば、
いずれジャッジメントやスキルアウトが動き出す。となると、木山は学園都市の治安維持機関を
全て敵に回すことになる。無謀である。
 まあ、そのために暁が雇われたのだろうが。

「問題となるのは治安維持機関だ。せっかくツリーダイアグラム並の演算ができるように
 なっても、落ち着いて演算ができないのであれば、子供達を救うことはできない。
 そのために暁、君を雇った」

「ああ、知ってる」

「君の相手は強大だ。勝ち目は薄い。――恨むか?」
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 23:00:14.02 ID:hPWMs98l0
 ――恨む?

「おいおい、何言ってやがる! 俺の相手は学園都市なんだろ!?
 強大な敵はむしろ大歓迎だね! 学園都市全てを敵に回す事ができるんだ!
 こんなスリルのある依頼はそうあったもんじゃねえ! 逆にアンタに感謝したいぐらいだぜ!」

 それに、学園都市全てを敵に回すアンタの覚悟が気に入ったと、暁はかかと笑った。
 木山は呆れた顔をして暁を見た。

「君も変わった男だ。君は人の事を変人変人とよく言うが、君の方がよっぽど
 変人じゃないかね?」

「ははっ!  よく言われるぜ!」

 木山は椅子から立ち上がると、窓の前に立つ。女の全身を月の光が照らした。
 月明かりに照らされて浮かぶ木山は、色気の無い服の上に相変わらず白衣を纏っていて、
暁が出会った頃と変わらない服装をしていた。

 月明かりに浮かぶ女の姿は、まるで殉教者である。
 殉教者は白衣をはためかせて、ゆっくりと暁の方に振り返った。
 木山の目の下には隈が目立つ。暁はこの白衣を纏う殉教者が眠っている姿を殆ど見たことが
ない。例え眠りついとしても、二時間程の睡眠をとった後に直ぐ起きてしまうのだ。
 それでは、目の下に隈ができてしまうのも仕方がない。
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 23:02:42.27 ID:hPWMs98l0
 ――この女は。

 子供達を救おうと必死なのだ。
 起きている間はいつも研究に没頭している。常に子供達を救う手段を模索しているのだ。
 贖罪なのかもしれない。子供達を意識不明に陥れた張本人の一人として。

 木山は泣いているのか、笑っているのか分からない顔をして、暁に尋ねた。

「私は――私のしている事が間違っているのはよく分かっている。それは承知の上だ。
 それでなんと言われようと構わない。しかし――子供達が目を覚ました時、私を見て
 なんと言うだろか?」

 ――私はそれが怖い。

 女はそう言った。
 暁は慰めの言葉なと知らない。知っていたとしても、他者を慰めるような人の良い
性格はしていない。
 だからただ一言。

「もう寝ろ」

 そう言葉を送った。

 眠れば何も考える必要はない。後ろ向きな考えもする事はない。
 暁なりの不器用な気遣い――なのかもしれない。
 木山は寂しそうに笑って、寝室へと足を向けた。最後に、寝室のドアを半開きにして、
木山は振り返ると、おやすみと言った。

 暁はソファーに寝そべったまま瓶を振って、返事を返した。木山はそれを確認して寝室へと
入っていった。
 静まり変えた部屋の中で、暁は時刻を確認する。
 時計の針は二時を指していた。もう昨日は終わりを告げて、今日が始まったのだ。
 暁は酒瓶に残った酒を飲み干すと、ソファーの上に寝そべったまま、眠りに就いた。

 それは、木山春生が暁巌と出会って一月が経過した頃で、ジャン・ジャックモンドと
出会う半月前の出来事だった。
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 23:03:38.77 ID:hPWMs98l0
今日はここまで!
多分、続きは来週でいいと思う。
うん、来週には書き上げるさ!

じゃあ、また。
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/06(日) 23:56:43.81 ID:zQwiQz7ho
暁渋いなぁ
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 00:29:38.48 ID:gpsjDz3qo
期待して待つ。推敲はガンバレ。あと、癖なのか
無意識なのか判ってやってるのかはわからないが、
漢字のレベルをちょい下げてくれればベネ
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 03:38:22.80 ID:x8huHddAO
安定して面白いな

しかし中一女子にしては身長がデカい佐天さんが小柄な体躯と言われると違和感あるが、まあ相対的な意味か
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 07:15:02.55 ID:gQG7lT0AO
スプリガンしか知らんがおもろいのぅ
ジャンと暁の対決に期待
338 :1 :2011/02/07(月) 23:08:02.26 ID:uM59ivRa0
>>335

推敲は……正直全くと言っていいほどしてませんな……。
後、やたら漢字が多かったり、難しかったりするのは仕様です。
339 :1 :2011/02/07(月) 23:12:20.94 ID:uM59ivRa0
>>336

佐天さんの身長は……失念してました。
160cmなんですな……。

>>337

スプリガンしか知らなくて大歓迎!
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/13(日) 18:46:26.00 ID:kkHErnaAO
まだかいの
341 :1 :2011/02/13(日) 19:45:55.35 ID:RP5dtHPC0
いきなりですが、今日の21時30分位から投下始めます。
うへえ、いきなりの予告ですみません。
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/13(日) 20:02:19.38 ID:AhD2dufA0
期待
343 :1 :2011/02/13(日) 21:32:17.93 ID:RP5dtHPC0
じゃあ、時間なので始めます
344 :1 :2011/02/13(日) 21:33:44.36 ID:RP5dtHPC0
「木山春生さんご本人で宜しいですか?」

 早朝、木山春生の自宅を訪れた宅配業者の男は、玄関の扉を開けた妙齢の女性を見て
そう言った。
 女性――木山春生は気だるげな目で男を見ると、続いて、男が両手で大事に抱え込んでいる、
木製の箱に視線を移す。箱の上部には送り主と、宛名が描かれた薄赤色の伝票紙が貼りつけられて
いる。

 男は木山の視線に気が付くと、ズボンのポケットから伝票用紙を取り出し、宛名と、送り主の欄に記載されている名前を、はっきりと丁寧に口に出す。

「送り主はアルマ・ノイルクラスさんで――宛名は木山春生さん」

 ――ご本人で間違いありませんよね?
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:35:14.66 ID:RP5dtHPC0
 男は再度、念を押すように木山に尋ねた。
 木山は男の問いに答える事なく、失礼と一言断りを入れてから伝票用紙を受け取る。
 男ははあ、と気の抜けた返事をして木山に用紙を手渡した。

 伝票用紙の送り主の欄には、英語で「Alma Noilcras」と書かれている。
 カナでルビも振られていた。
 送り主の住所はアメリカ、品名は――作業着と書かれている。

 ――作業着?

 木山がいつも身に纏っている作業着――白衣ならば間に合っているはずだが……。現に今
だって、下ろし立ての真っ白な白衣を纏っているのだから、白衣など頼むはずもないし、それに
頼んだ覚えもない。
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:36:45.94 ID:RP5dtHPC0
 何かの間違いでなかろうかと訝しんだが、宛名に書かれている名前は自分のもので、宛先に
記載されている住所も間違いなく自分のものだ。どうやら間違いなく自分宛の荷物であるらしい。

 暫く黙考していた木山は、男の迷惑そうな視線に気が付く。
 見れば、男は未だか未だかと、苛立たしげに木山が受け取りのサインをするのを待っていた。
 木山に時間はあるかもしれないが、男には次の配達先が待っているのだから、白衣を纏った
妙な女一人に、配達を手間取っている暇はないのだ。

 木山は男の視線に居心地の悪いものを感じて、仕方なしに受け取りのサインをする。男は
サインを確認すると荷物を玄関に置いて、慇懃無礼な態度でまた宜しくお願いします、と言葉を
残して去っていった。
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:37:40.01 ID:RP5dtHPC0
 木山は男が去ったの確認すると、玄関のドアを閉めて背後を振り返る。
 視線の先には、知らぬ男――女かもしれないが――から送られてきた木箱が置いてある。

 あからさまに怪しい荷物に、木山は箱の中身を確かめるのを躊躇していた。
 当然だ。馬鹿ではない限り、誰だって、見知らぬ人物からの送り物には警戒するだろう。

 学園都市のセキリュティが厳しいのは木山とて知っている。信頼もしている。
 特に学園都市外部から学園都市内部に流入する人や物は、厳しくチェックされるのだから、
木山の目の前にある荷物にだって危険はないのだろう。
 だがしかし――。

「どうしたものか」
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:39:04.11 ID:RP5dtHPC0

 木山は腕を組むと、背中を玄関のドアに預ける。
 開けるべきか――開けざるべきか――。判断に悩む所である。
 そうだ、と木山は名案を思いつく。

 ――あの男なら。

 危険物や、ブービートラップの扱いにも長けているだろう。なにせ傭兵なのだから。
 善は急げと、木山はあの男――暁巌を呼ぶ。
 木山が声をかけてから直ぐ、筋肉質の体躯をした、霊長類ヒト科の中で最も戦闘に特化している
であろう男が現れた。
 木山は早速、事情も説明せぬまま、これなんだがねと箱に目を向ける。

「箱? ――ああ、さっきのチャイムは宅配業者か。中々でけえ荷物だな。この大きさだと、
 機関銃でもバラせば入らねえこともねえが――」

 ――で、と暁は問う。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:41:17.02 ID:RP5dtHPC0
「この箱がどうかしたのか? 爆弾でも入ってんのか?
 ――まさか死体が入ってるとか言うんじゃあねえだろうな。朝からやめてくれよ
 気持ち悪(わり)い。
 いくら傭兵だからって、死体が好きな訳じゃあねえんだぜ。しかも俺ぁ、さっきメシを
 食ったばかりなんだ」

 勘弁してくれよ全く、と冗談めかした口調で暁はぼやいた。
 木山は溜め息を一つ吐いて、違うよと呆れた口調で返すと、箱に貼られた伝票用紙に指を
置いて円を描く。

「宛名には私の名前が記載されているのだがね――どうも送り主の名前に覚えがない。
 私が忘れている――という可能性も有り得なくはないが――いや、やはりその可能性は無いな。
 忘れてくれ。――とにかく、私の知らぬ宛名が書かれた荷物の処遇に、私は困っている訳
 なんだが」
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:42:22.33 ID:RP5dtHPC0
「箱を開けて、中身を確かめちまえばいいじゃあねえか」

「いや、さすがに顔も知らぬ相手からの送られてきた荷物など、開ける

のは躊躇してしまったね。箱を開けてドカン、となるのは嫌だろう」

木山は握った拳を開く動作をして、爆発の様子を表した。
暁は考えすぎだろう、と言葉を返す。

「学園都市外部から内部に流入する物なら、やたらと厳しい検査がある

はずだろうが。なら、その箱の中身は安全なんじゃあねえのか」

「私もそんな事は知っているのだがね。――まあ、念には念を入れてと

いうやつだ。今日は大事な日だからな。万が一という事もある。全てを

終えるまでは、できるだけ慎重にいきたいんだよ」

「それで俺に白羽の矢が立った訳か」
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:43:04.07 ID:RP5dtHPC0
>>350

やばい、間違った
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:44:59.90 ID:RP5dtHPC0
「君ならそういった危険物だったとしても、取り扱いは馴れているのだろう――」

 ――頼むよ暁。

 そう美人――依頼人に頼まれたのでは、暁も断る事はできない。
 やれやれと、暁は大儀そうに箱に近づくと、先ず伝票用紙に書かれている送り主の名前を
確認する。
 送り主は――。

 ――Alma Noilcras。

 その名前を見て暁は、んと首を傾げた。
 暁はその名前に覚えがある。
 それは、暁の記憶に間違いがなければ、腐れ縁の悪友が使用している偽名の一つではなかっか。

 ――いや、スペルを見る限り間違いない。
 これが、暁の思う通りの男が使用している偽名ならば、アルファベットの綴りを入れ替える
ことにより、その男の名が浮かび上がるはずである。
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:46:12.90 ID:RP5dtHPC0
 アルマ・ノイルクラスが暁の知るあの男らなば、自身の名のアナグラムを好んで偽名に
用いていたからだ。
 予め答えを予測していた暁は、直ぐに送り主が誰であるか知る。
 男の名は――。

 ――Lali Marcason。

 これはやはり――。

「ラリーの野郎が送ってきた荷物じゃねえか!」

「ラリー? ラリーとは君の事を私に紹介してくれたあのラリー・マーカスンのことか?」

「ああ、そのラリーだよ」

「しかし、彼がなぜ私に? 品名は作業着と書かれているが……」
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:48:07.00 ID:RP5dtHPC0
 作業着、と言って暁は怪訝な顔をするが、直ぐに納得がいった顔になる。
 どうやら、ラリーなる人物が送ってきた荷物に心当たりがあったようだ。
 送り主が知った人間であるのならば、箱を開ける事を躊躇する必要はない。

 暁は直ぐに木箱の封を解くと、緩衝材として入れられた藁(わら)をどけて、荷物を取り出す。
 藁に埋もれて隠されていたのは、日本という平和な国には似つかない物騒な銃器(モノ)と。
 そして、かつて暁が使用していた作業着――AM(アーマード・マッスル)スーツが
入れられていた。

 学園都市の厳重な警備を抜けて、この様な物騒な物を送りつけてくるのは、さすがはラリーと
言ったところか。
 これで存分に暴れられるというものだ。
 暁は一年ぶりに見る作業着を見て、凶悪な笑みを浮かべた。
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:49:17.94 ID:RP5dtHPC0



 合同捜査本部が発足して四日が経った。
 そしてそれと同時に、木山春生がレベルアッパーの解析に必要な日数として提示した
三日が過ぎた頃。
 レベルアッパーを巡る一連の事件は急激な速度で終結へと向かう。

 きっかけは、早朝、合同捜査本部に入れられた一本の電話だった。
 右に左にと、アンチスキルの隊員達が忙しなく動く中、電話に応対したのは、眼鏡を掛けた
二十代前半の歳若い女性で、名を――鉄装綴里(てっそう つづり)と言う。

 鉄装は三年ほど前からアンチスキルに所属しているのだが、内気な、おどおどした性格が
災いしてか、三年経った今でも職務には馴れず、上司である女性に怒鳴られることも
数々(しばしば)である。
 故に、上司である女性からのマンツーマンによる指導は未だに続いていた。
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:51:01.99 ID:RP5dtHPC0
 鉄装自身も未だ一人前に程遠い存在である事は分かっているから、上司の言葉は釈迦の
説法とでも思って有り難く受け取っているのだが、それが現場で活かされる事は、残念ながら
少ない。
 だから上司の小言は一向に減らないのだろうが……。

 上司の女性が言うには、鉄装には覇気が足りないのだそうだ。
 覇気――人を御そうとする強い意志と言えばいいのか、それが足りないのは、鉄装の顔にも
有り有りと表れていた。
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:52:57.74 ID:RP5dtHPC0
 困っている訳でもないのに、八の字に曲がっている事が多い眉。おどおどとして、小鹿の
ように迫力のない目。丸縁の大きい眼鏡からは知的な印象ではなく、ひ弱で頼りない印象を
受ける。
 傍から見れば、何かに追い詰められているようにも見えなくない。なんとも情けない
アンチスキルである。

 彼女は精神病でも患わっているのだろうか?
 ――否、違う。
 ただ臆病で、人よりも抜けているところがあって、そんな自分に自信が持てないだけなので
ある。
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:55:16.05 ID:RP5dtHPC0
 実際、一週間程前に発生した銀行強盗事件では、建物の中でナイフ持って暴れている強盗
の制圧に赴いたにも関わらず、些細なミスから逆に人質にとられている。
 その少し前に行われた射撃訓練では、同僚の発泡した銃声音に驚いて尻餅はつくし、
さらに前の日には、何もない所で三回は転んでいる。実に間が抜けている女性である。

 そんな女性に、荒事が目立つ、学園の治安維持を担う職務が務まるとは思えない――事実、
彼女自身何度もそう思ったそうだ――のだが、平和を愛する心と最後まであきらめない根性は
本物なようで、おかげで今もアンチスキルを続ける事ができている。
 意外と彼女に合った職場なのかもしれない。
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:57:54.27 ID:RP5dtHPC0
 さて、そんな鉄装綴里が受け取った電話の相手は、レベルアッパー被害者を収容している
病院の医師からだった。

 鉄装は先ず、ああ、お世話になっていますと呑気な挨拶から始める。
 医者の方も慇懃に挨拶を返すと、それでですね、今日電話を差し上げたのは――と
話を切り出した。

「はあ、脳波ですか? ええ、まあ知ってますけど。学生時代に教わりましたから。
 脳波パターンは人それぞれによって違うんですよね。ええ、はい。それで――」

 はいぃ、と鉄装は素っ頓狂な声を上げる。
 鉄装の声に驚いて、周りの同僚達が何事かと視線を送る。が、直ぐに何事もなかったかの
ように作業に戻っていった。
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 21:59:00.99 ID:RP5dtHPC0
「レベルアッパーで意識不明になった患者全てが、その、ある一定の脳波パターンを
 発信し続けている――と言う事なんですか?
 でも、そんな事は――ええ、やはり有り得ない事なんですよね。それで、合同捜査本部にある
 バンクで学園都市に住む人間の脳波パターンと照らし合わせて欲しい、と。
 その、患者が発信し続けている脳波パターンは――ああ、もう既にメールで」

 はい、分かりましたと言って、鉄装は最後に礼を述べてから電話をきる。
 そして慌てた様子で、机の上に置かれた端末からバンクにアクセスし、医者から送られてきた
脳波パターンを検索に掛けた。

 バンクに登録されている人数は膨大で、検索の進捗を示すプログレスバーが一杯になったのは、
五分程ほど経過した頃だった。
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:00:45.91 ID:RP5dtHPC0
 ――検索の結果、該当する人物が1名存在します。

 端末上にはそう表示されていた。
 検索に引っかかったのは白衣を纏った女性で、目の下にある隈が印象に残る脳科学の
権威である。

 名は――。

 鉄装はそれを確認すると、慌てた様子で上司の女性の元へと向い、早口で報告をした。
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:05:11.96 ID:RP5dtHPC0
 いかにも偉そうな人間が使用するような机。革張りの真っ黒なオフィスチェア。
重要な書類や、研究に必要な書籍が陳列されたセラミック製の戸棚。来客者用のテーブルに
ソファー。
 そこは、脳科学を専門に扱う研究棟の一室だった。

「対象――確認できません」

 全身に防護プロテクターを付けたアンチスキルの隊員が、胸元に付けられた通信機に向かって
そう言った。
 通信機に備え付けられたスピーカーから、女性の声が返ってくる。

「了解――何か手掛かりが残ってるかもしれない。室内をくまなく調べるじゃん」
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:07:11.30 ID:RP5dtHPC0
 了解しました――アンチスキルの隊員はそう答えると、部屋の中にいる他の隊員に向かって
指示を出す。
 指示を受けた隊員達は頷くと、即座に室内の捜索を開始する。

 戸棚にある書籍、資料。机の引き出しの中からパソコンまで、室内にあるありとあらゆる物が、隊員達の手によって調べられていく。
 捜索を開始して間もなく、隊員の一人がパソコンの電源ボタンを押した時だった。

 パソコンの電源が入ると同時に、ディスプレイ上に0と1の羅列が無数に飛び交っていくと、
パソコン内部のHDD(ハードディスクドライブ)は異音を上げて回転し、中のデータを急速に
削除していく。

 ――ブービートラップだ。
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:08:29.02 ID:RP5dtHPC0
 HDDの中には、重要な手掛かりが残っているかもしれないのだから、アンチスキルの隊員達は
一様に焦りの色を見せる。
 一人の隊員が直ぐ電源ボタンを押し、HDDの異音が止まない事を確認すると、続けて
電源コードを乱暴に引き抜くが、それでもHDDの回転が止まる事はない。

 そうやって、隊員達があたふたしている内に、HDDの異音は止まる。HDD内に残った
データの削除が完全に終わった証だ。しかし、それで全ての作業を終えた訳ではない。

 苦虫を噛み潰したように歯噛みする隊員達へと追い打ちをかけるように、パソコン本体は
黒い煙を上げて――小規模な爆発を起こした。
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:09:47.06 ID:RP5dtHPC0



「どうやら、学園都市の犬が嗅ぎつけたようだな」

 薄暗い廃ビルの中、木山春生はそう言った。
 そうみてえだな、と木山の横に立つ暁が言葉を返す。

 買い手がつかず、長い間放置されて朽ち果てたビルが並ぶ区画。
 無頼の輩が路地を闊歩し、普通の人間はまず近づくことをしない地域に、木山と暁は
潜伏していた。

 木山の傍らに置かれたノートパソコンのディスプレイ上にが、アラートが表示されている。
 研究棟に置かれたパソコンが自爆する前に送った信号を受け取って、木山に危険を知らせて
いるのだ。
 木山はノートパソコンを折り畳むと、ビルの天井を見上げて言った。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:11:48.53 ID:RP5dtHPC0
「学園都市は常に三機の人工衛星で監視されている。都市のあちこちには監視カメラも
 備え付けられているんだ。奴らの監視の目をくぐり抜けるのは容易ではない。
こんな廃ビルに隠れていても、直ぐに嗅ぎつけて来るぞ」

 ――そう来るのだ。
 アンチスキルが。ジャッジメントが。学園都市が。
 木山春生を追って。木山の目的も知らず、木山の夢を――願いを打ち砕くために。

 だがそんな事は先刻承知。
 約二年と半年という長い間、木山は子供達を救う手立てを探し続けていたのだから。
 計画を完遂させるため、入念にシュミレーションを重ねてきたのだから、ジャッジメントや
アンチスキルの妨害など想定済みである。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:14:03.61 ID:RP5dtHPC0
 それを防ぐために、一流の傭兵と名高い暁巌を雇ったのだ。
 そう簡単に、計画の邪魔はさせない。

 木山は、そこら辺に落ちていたボロボロの椅子に腰掛けると、目を閉じて、未だ眠り続けて
いる子供達を救う手段を探すために、静かに演算を始めた。

 その一流の傭兵はというと、不敵な笑みを浮かべて、未だか未だかと落ち着きなく敵を
待ち構えていた。

 暁は、今朝ラリー・マーカスンから届けられたばかりのAMスーツを着用している。傍に
置かれた木箱には、手榴弾や銃器が積まれている。アンチスキルを迎え撃つ準備は、既に
整っているというわけだ。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:14:54.40 ID:RP5dtHPC0
 何せ、木山春生と契約を交してから久しぶりの実戦なのだから、楽しみでしょうがないのだ。

 ――互いの命をかけた、イカれたギャンブル。

 無慈悲な銃口が向けられ、硝煙の匂いを撒き散らす銃弾が飛び交い、白銀の刃が命を刈り
取ろうと襲い掛かる。そんな危険極まりない戦場でしか味わう事ができないスリルを、
一日千秋の思いで暁は望んでいた。
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:17:37.55 ID:RP5dtHPC0



 合同捜査本部に連絡を入れた医者の情報により、木山春生がレベルアッパーの開発に関わって
いる事が知れてから一時間が経過した頃、その情報は、全アンチスキル、およびジャッジメント
の支部に届けられる。

 合同捜査本部から一報が届いた時、第一七七支部には白井黒子、初春飾利、固法美偉と
他十数人のジャッジメントと共に、御坂美琴、佐天涙子、それにジャン・ジャックモンドもいた。

 美琴は捜査協力のため、ジャンはレベルアッパーの解析を木山が終えただろうと思い、佐天を
伴って初春を誘いに来たのだが――合同捜査本部からの連絡が届いたのは、その矢先の出来事で
あった。
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:19:34.95 ID:RP5dtHPC0
 木山の事をよく知らない人間は、ああ、この人が犯人だったんだ、と悠長な感想を述べて
いたが、木山と直接会って、レベルアッパーの解析を依頼したジャンや初春の驚きは、
それは計り知れないものであった。

 初春は半ば放心している。ジャンは目を細めて、顔を顰めている。
 そんな中、固法が口を開いた。

「上から命令が届いているわ。目的は――」

 そこで一瞬言葉を詰まらせると、固法は初春とジャンの顔を覗き見る。
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:21:05.48 ID:RP5dtHPC0
「――逃走中の木山春生の確保。監視カメラによる被疑者の追跡は、第十九学区の
 ――廃ビルの乱雑する区画で途絶えているわ。あそこはスキルアウトの溜り場になってるから、
 監視カメラはほとんど壊されてるし、それ以上の追跡は不可能だったみたいね。
 被疑者は廃ビルの中に隠れている模様。私達ジャッジメントは、アンチスキルの仕事
 を補佐するのが目的となります。以上――」

 何か質問はありますか、と固法は一同を見渡して言った。
 挙手をして、黒子が質問する。

「補佐――とおっしゃいますけれども、具体的に私達は何をなさいますの?」

「具体的には、各ジャッジメントが担当している区画の見回り――これは被疑者が他の
 区画へ逃走した場合の備えね。それと、周辺地域にいる住人の避難が主な任務になるわ」
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:23:31.71 ID:RP5dtHPC0
「周辺地域にいる住人といいますと、第十九学区にいる無頼の輩の事ですの?
 あのような輩が、アンチスキルの言う事を素直に訊くとは思えませんけれども……」

「言う事をきかせるのが私達の任務よ。下手をすれば、あそこでアンチスキルが
 発砲するかもしれないし。言う事をきかないなら、力付くにでも引っ張ってちょうだい。
 ――他に質問は?」

 初春がおずおずと手を挙げる。

「木山先生はアンチスキルに捕まったらどうなるのでしょうか?」

「これだけ大きな騒ぎを引き起こしたんですもの。司法がどう判断するかは判らないけれども、
 暫くは外の世界に戻ってこれないでしょうね」

「そう……ですか……」

 初春はしゅんと落ち込んだように項垂れる。つい先日、話しをしたばかりの女性が
被疑者なのだ。複雑な心境だろう。
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:24:54.74 ID:RP5dtHPC0
 固法は初春の肩に手を置いて、

「あなたは、直接木山春生と話した事があるから、色々と心境は複雑でしょうけれど、
 これは仕事なのよ。もし、迷いがあるようなら、今回の任務からは外れてもいいわ」

 と静かに、だが厳しく言った。
 初春は僅かに逡巡した後、首を横に振って、大丈夫ですと力強く言葉を返す。
 固法はそう、と言って初春の肩に置いていた手をどけた。

 そして、十数人に及ぶジャッジメントのメンバーを見渡して、それぞれに指示を出すと、
仕事に取り掛かるよう号令を発した。
 忙しなく動きまわる隊員達を尻目に、ジャンは人の隙間を縫うようにして支部を出る。それに
気がついたのは、佐天ただ一人だけだった。
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:26:32.74 ID:RP5dtHPC0
 ジャンは外に出るとフルフェイスのメットを被り、路肩に駐輪していたバイクに跨る。
 そのままアクセルを絞って発進しようとした時だった。後部座席に、人一人分の重みを
感じたのは――。
 後ろを振り返ると、ヘルメットを着用した佐天が座席に跨り、上目遣いにジャンを見つめて
いた。

 ジャンは一際大きな溜め息を吐くと、とりあえず下りろと強い口調で言う。
 しかし少女は、絶対に嫌です、ときっぱりとした口調で答えた。

「俺がこれから何処に向かおうとしてるか分かってんのか?」

 ――知っている。

 何をしようとしているかまでは分からないが、これから何処へ向かおうとしているのか
ぐらいは、佐天にも予想がついた。
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:31:39.10 ID:RP5dtHPC0
「知ってます! またあの時のように、一人で木山春生っていう人の所に向かうつもり
 なんですよね!?」

「分かってんならついてくんじゃねえ!」

「い、嫌です! 私もついていきます! ついてくったらついていくんですから!」

「あのなあ、俺はこれからドンパチやるかもしれねえ場所に向かおうとしてんだぞ?
 んな危険な場所にテメエみてえなガキつれていけるか!」

「私の事は構わなくていいんです! ケ、ケガをしたって文句いわないから!
 だから、私も連れてってください!」

 ジャンは普段はしないような凶相で佐天を威圧するが、佐天は僅かに怯むだけで、
真っ直ぐな瞳でジャンを見つめ返す。街の不良どもは、ジャンに睨まれただけで一目散に
逃げ去っていくのだから、よほど怖い面相なのだろうが、それに耐える佐天もさる者である。

 一分ほど二人は睨み合って、先に折れたのはジャンの方だった。
 ジャンは呆れたような顔をして、口を開いた。
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:34:18.08 ID:RP5dtHPC0
「――どうして、そこまで必死になってついてこようとするんだ?」

「私は――」

 佐天は己の心に問う。
 レベルアッパーを作った人間の目的に興味があるから――というのもあるだろう。
 レベル0や、レベルの低い能力者達が、どうしてあなたの作った物のために振り回されなければ
ならない――と強く問い質したいのもあるだろう。

 しかし、多分どちらも正解じゃない。
 佐天はきっと、最後まで見届けたいのだ。レベルアッパーが引き起こした事件の終わりを。
 間近で。誰よりも近く。一度、レベルアッパーに振り回された人間として。

 そうする事によって、何かが変わる訳ではないだろうが、しかしそれでも、自分はこの事件を
最後まで見届けなければならない気がした。

 だから――。
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:35:54.60 ID:RP5dtHPC0
「――最後までこの事件を見届けたいんです! よく分かんないけど、最後まで見届けなきゃ
 ならない気がするんです!」

 結局、理屈ではないのだろう。
 感情、直感――いや、本能か。何れにしても佐天を突き動かしたのは、人の心がもたらす
未知の動力なのかもしれない。

 ジャンはそんな佐天の答えに満足したのか、フルフェイスの下で、ふっと笑った。
 小馬鹿にされたと思ったのだろう。佐天は顔をむっとさせて抗議しようとするが、
しかしそれは叶わなかった。
 
 バイクが急発進したのだ。
 抗議する間もなく、バイクから振り落とされないようしっかりとジャンの腰に手を回して、
佐天は悲鳴を上げた。
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:37:14.46 ID:RP5dtHPC0
 バイクが第一七七支部から完全に遠ざかった頃、支部に残った美琴が、ジャンと佐天の姿が
見えないことに気が付いて黒子に尋ねる。

「ねえ、あいつは?」

 あいつ、と黒子は首を傾けた。

「ああ、あの野獣の事ですの。あの方でしたらそこら辺にでも――」

「いないのよ。それに佐天さんの姿も――」

 へ、と黒子は甲高い声を上げる。
 そう、何度室内を見渡してもジャンと佐天の姿が見えないのだ。美琴は一応、手洗い場
の方まで見て回ったが、そこにもいなかったのだから、もう支部内に二人はいないとしか
思えないのである。

 まさか、と黒子はひくひくと頬を痙攣させながら言った。
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:38:19.53 ID:RP5dtHPC0
「あの方、もしかして佐天さんを連れて、木山春生の元へ向かったのでは……ありませんよね」

「あいつの性格からして、そのまさかでしょうね。前もそうだったし」

 ジャンには前科がある。
 前の――グラビトン事件が起こった時には、一人で勝手に犯人の元へ向かっていたのだから。
 きっと、今回もそうなのだろう。

「きっとそうなのでしょうね」

 黒子は大きな溜め息を一つ吐く。

「どうするの?」
380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:40:44.18 ID:RP5dtHPC0
「テレポートで直ぐに連れ戻しに行きますわ。このまま放っておいたら、あの野獣の事ですし、
 スキルアウトと勘違いされてアンチスキルに捕縛されてしまいそうですから」

「じゃあさ――」

 ダメですわ、と黒子は美琴が何かを言う前に言葉を遮る。

「ま、まだ何も言ってないじゃない!」

「どうせ、連れて行って、とか言うに決まってますわ。お姉様の言う事など、黒子はお見通し
 ですのよ」

「そうだけど、それは佐天さんの事が心配だからで……」

「佐天さんは私めが無事に連れ戻しますわ。ですから、お姉様はここでおとなしくしていて
 下さいまし」

「でも、私のレベル5の力があれば、何か手伝う事だってできるかもしれないし」

「それはそうですけれども、ですが――」
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:42:39.46 ID:RP5dtHPC0
「お願い黒子! ここまで事件に関わっておいて、じっとなんかしてられないの!
 今だって、レベルッパーを使ったおかげで、昏睡状態に陥っている人がいっぱいいるんでしょ!
 だったら、その人達を助けるためにも、私にも手伝わせてよ!」

 黒子は顎に手をあてて思い悩む。
 確かに、軍隊一つ相手にできるレベル5の力を借りれば、事件の解決が容易になるだろう。
 しかし、敬愛するお姉様を事件に巻き込むのも躊躇われる。

 だが――。
 黒子は美琴の瞳をしっかりと見つめる。
 黒子を見据える、凛とした大きな瞳。その瞳には、確固たる信念が宿っていた。
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:43:22.25 ID:RP5dtHPC0
 こうなってしまっては、黒子が何を言っても、テコでも動かないだろう。

 仕方がないと、黒子は観念する。
 どうせここで断っても、後で無理矢理ついてくるのだから。
 そんな事になるくらいならば――。

「分かりましたわ。お姉様も連れていけば宜しいですのね?」

 黒子、と美琴は歓喜の声を上げる。

「さ、私の手に掴まって下さいまし。今からテレポートして、あの野獣に追いつかなければ
 なりませんから」

 そう言って、黒子は手を差し出す。
 美琴は差し出された黒子の手をしっかりと握った。

 そうして直ぐに、二人は空間跳躍を開始した。
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:45:19.91 ID:RP5dtHPC0



 防護服を身に纏ったアンチスキルの隊員達が、第十九学区を駆け回る。
 路地裏から、廃ビルの中まで、隊員たちは捜索の手を隅々まで広げる。

 何事か、と呆然としてその光景を眺めていたアンチスキルに属する学生達は、
やがてただならぬ事態であることを察知して、蜘蛛の子を散らすように、第十九学区から
逃げ出していった。

 その場に、涙目になりながら走りまわる鉄装綴里もいた。
 鉄装は実戦に向いていない。争いごとを厭(いと)う性格をしているのだから仕方ないのだが。

 それでもアンチスキルに自ら望んで所属している以上は、本人の性格など関係なしに実勢にも赴かなければならない。それが仕事というものだろう。
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:46:34.44 ID:RP5dtHPC0
 複雑に入り乱れる薄暗い路地を抜けて、鉄装の隊はとある廃ビルの前で止まる。
 各チームから寄せられた情報を集約すると、鉄装達の目の前にそびえるこの廃ビルに、
木山春生と、共犯者と思わしき男が潜伏しているとの事だった。

「いくじゃん」

 そう、独特の口調で指示を出したのは、鉄装の上司でもあり、隊を纏めるチームリーダーで
――名を黄泉川愛穂(よみかわ あいほ)と言う。

 黄泉川は二十代半ばと若い女性でありながら、非常に優秀なアンチスキルで、指揮官でもある。
385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:48:25.99 ID:RP5dtHPC0
 背中程まで伸びた艶やかな黒髪を首筋辺りで纏め、大人の女性らしい豊満な胸は、
多くの男を虜(とりこ)にしてきたことだろう。凛とした顔つきに、男勝りな性格は
しているが、それも彼女を彩る魅力の一つであった。

 しかし、性格に若干の難があるために、今までどんな男とも上手くいった事はない。彼女に
とっての生きがいは、そんな自分に言い寄ってくる男共ではなく、俗に言う悪ガキと呼ばれる
問題児達の面倒を見ることなのだから。元から男の事など眼中にないのである。

 故に、彼女にとってアンチスキルは天職と言えた。
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:49:31.99 ID:RP5dtHPC0
 隊員達は黄泉川の的確な指示を受け、廃ビルの中へと足を進める。
 程なくして、木山春生と男は見つかる。
 隊員達は木山と男を扇状に囲み、ゴム弾を装填した自動小銃を向ける。

 二人の被疑者は、武装したアンチスキルの隊員達を見つけても、狼狽えることもせず、
むしろ男の方はアンチスキルを歓迎しているようにも見えた。
 黄泉川が問う。

「木山春生に――その共犯者じゃん?」

 その通りだ、と木山は不遜な態度で答える。

「アンチスキルが私に何か用かな?」

「しらばっくれなくてもいいじゃん。私達がここに来た理由ぐらい、お偉い先生には分かってる
 はずじゃん」

 くつくつと木山は笑う。
387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:50:27.97 ID:RP5dtHPC0
「こういった場合は、アンチスキルも動いてくれるのだな」

「どういう意味じゃん?」

 黄泉川は怪訝な顔をして尋ねる。
 しかし木山は、いや何でもない、こっちの事だと言って、会話を打ち切る。
 そして、アンチスキルの隊員などいないかのように、悠々と廃ビルの外へと歩みを進めようと
する。が、当然木山の進路上にはアンチスキルが立ちはだかる。

 どきたまえ、と木山は静かに言った。
 だが、どけと言われて道を開けるバカはいない。
 木山は仕方ないな、と呟いて、

「暁」

 と短く男の名を呼んだ。
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:51:38.89 ID:RP5dtHPC0
 瞬間、男の姿が消える。同時に、木山の前に立ちはだかった、屈強な体躯をしたアンチスキルの
隊員達は――宙に舞った。

「発砲を許可する! 撃てっ!」

 男――暁が手を出した瞬間に、黄泉川は号令を発する。
 黄泉川の号令を受けて、隊員達は自動小銃を構え、一斉にゴム弾を斉射する。

 ダダダダッと、砲火の音がビル内に響く。
 暁は木山をかばうようにして、立ちはだかる。
 隊員達の放ったゴム弾は見事、暁に全弾命中するが、暁は手を顔の前で十字に交差させて、
倒れること無く、未だ隊員達の前に立ちふさがっていた。

「全弾命中したはず……ですよね?」

 震える声で鉄装が言った。動揺しているのだ。
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:52:40.27 ID:RP5dtHPC0
 ゴム弾とはいえ、当たればそれなりの威力を持つ。それを全弾受け切ったのだから、鉄装が
驚くのも無理はない。
 うろたえるんじゃあない、と黄泉川の激が飛ぶ。

「体を硬化する能力者かもしれない! 相手を能力者だと思って対処するじゃん!」

 了解、と隊員達は一斉に応える。
 暁はそんな隊員達を見て――凶悪な笑みを浮かべた。
 先生さんよう、と暁の怒号とも言える声が響く。

「先に外で待ってな! 直ぐにこいつら片付けるからよう!!」

 木山は頷いて、

「あまり女性を待たせるものではないよ、暁」

 と言った後、歩を進めた。

 ははははっと暁は笑う。
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:54:07.54 ID:RP5dtHPC0
 笑って――ギラギラとした目をアンチスキルへと向ける。
 暁は握力を確かめるように拳を握り、口端を持ち上げる。

 仏教には、釈迦如来の警護を担当する仏神として金剛力士――いっぱんに言う仁王がいる。
仁王は、独鈷杵(どっこしょう)と言われる、様々な形状をした短剣のよう武器を振りかざし、
魔を打ち払うと言う。

 アンチスキルの前に立ちはだかった暁は、その仁王と見紛う気迫を見せていた。
 仁王は拳を地面に叩きつけて、口を開いた。

「さーて、こっから先は通行止めだ!! テメエら、しっかり俺を楽しませろよ!!」

 暁の拳によって大きく凹(くぼ)んだ地面。それは、男の膂力(りょりょく)が尋常ではない
ことを示している。
 アンチスキルはすかさず、ゴム弾を発砲する。しかし、暁はゴム弾を意に介した様子も見せず、
豪腕を振るう。
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:55:00.94 ID:RP5dtHPC0
「どうしたどうしたっ! 学園都市を守るアンチスキル様がこの程度か!!
 ゴム弾なんか使わねえで、実弾使えよ! 実弾をよう!」

 また、アンチスキルの隊員が一人吹き飛んだ。
 暁を仁王――と評したが、それは間違いであった。その時の暁は仁王をも超えていたのかも
しれない。

 暁の言葉に乗せられる訳ではない。だがしかし、彼の言う通りゴム弾では暁を止める事は
できないだろう。
 黄泉川はそう判断すると、隊員達に向けて実弾の装填を命令する。
 隊員達は直ぐに命令を実行し、実弾入りのマガジンに入れ替える。

 そして、直ぐ様態勢を立て直すと発砲した。
 情けない声が訊こえる。――これは鉄装の悲鳴か。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:56:11.08 ID:RP5dtHPC0
 暁は実弾を受け止める事はせず、今度はとてつもないスピードで避けた。
 次々と排出される薬莢。立ち込める硝煙。響く発砲音。
 廃ビルの中は、一瞬で戦場と化した。

「ははははっ! やっと面白くなってきやがった!」

 笑いながら、駆け回る暁。
 アンチスキルの隊員達は、必死に暁を捉えようとする。しかし、暁のスピードについていけず、
的は定まらない。

「こんのう!! 調子に乗るなぁ!!」

 黄泉川が吠える。同様に隊員達も吠える。暁は口端を持ち上げて笑う。
 混沌とした戦場。その中で一人、鉄装は涙目になりながら発砲を続けていた。
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:57:15.33 ID:RP5dtHPC0
「おらおら、こちとら鬱憤(うっぷん)がたまってんだ! もっと気合入れて相手しろや!!」

「気合入れて相手してやってんじゃん!」

 お前ら、あんな事言われて悔しくないのか、と黄泉川は隊員達に向けて怒号を発するが、
それは無理があると言うものだろう。
 この戦場で、暁に呑まれず対抗できるのは、黄泉川唯一人なのだから。
 あー、もう、と黄泉川は己の部下の情けない姿に、嘆くような声を上げる。

「お前ら! 少しはあの筋肉ゴリラを見習うじゃん!! 戦いに大事なのは気迫じゃん!
 相手の気迫に呑まれたらおしまいじゃんよ!!」

 良い事言うじゃねえか姉ちゃん、と暁は言う。
 姉ちゃんじゃねえ黄泉川愛穂って名前があるじゃん、と黄泉川は返す。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:58:12.75 ID:RP5dtHPC0
「たく、うちの隊員達にも、あんたみてえな気迫が少しは欲しいじゃん!!」

 そう言いながら、黄泉川は防弾シールドを持って、果敢に接近戦を挑む。
 シールドを振り上げる黄泉川。暁は回し蹴りを放ち、シールドを粉砕した。
 衝撃で、黄泉川が吹き飛ぶ。大したダメージを受けたわけではないが、まさか、頑丈な
防弾シールドを蹴り砕くとは――と驚きの色を隠せないようだった。

 吹っ飛んでいく黄泉川に向けて暁は、

「悪いな、黄泉川!!」

 と言った。
 先輩、と鉄装が黄泉川に駆け寄り声を掛ける。
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 22:58:51.52 ID:RP5dtHPC0
「大丈夫ですか先輩!? ケガはありませんか!?」

 鉄装に支えられながら、黄泉川は立ち上がる。

「大丈夫じゃん。それより射撃を続けるじゃん!! あいつを止めるじゃんよう!!」

「でも……」

「行け!! 鉄装ぅ!!」

 黄泉川が叫んだ。
 は、はいぃと、鉄装は何とも情けない声を上げて銃を構える。
 その内、アンチスキルが発砲する銃声だけが、暁の手によって確実に減っていった。
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 23:00:09.38 ID:RP5dtHPC0
今日はここまでです。
来週は……ちょっと無理かも。多分再来週ですな。
では今日はこれにて。
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/13(日) 23:02:26.58 ID:VPNTxMDoo
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/13(日) 23:07:46.40 ID:AhD2dufA0
乙 楽しみにしてます
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/13(日) 23:08:21.34 ID:1yGENZTz0
乙。
やっと暁にマッチョスーツがついて戦闘が楽しかったw
ジャンとの再開が楽しみだわ。がんばってくれ
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/13(日) 23:27:20.13 ID:e8Ty1YbFo

暁のは機械式だっけか?
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/13(日) 23:30:34.71 ID:RP5dtHPC0
>>400

暁のは機械式ですな
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 09:11:23.41 ID:m7dcWMbAO
レベルッパーってなんか美味しそう
403 :1 :2011/02/15(火) 21:29:41.44 ID:bfeJYiFN0
脱字が生んだ新しい料理!
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/15(火) 21:41:46.55 ID:ug5gxa/to
どこの1だよww
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 20:28:42.00 ID:dHKausfT0
1です。

一応明日の21時頃にまた投下する予定です。
明日でレベルアッパー編を終わらせたいけど……
終わるかな……
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 21:58:38.54 ID:0fgumPWz0
まってました!
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:07:46.62 ID:JOCQKsEO0
じゃあ、始めますか。
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:10:02.12 ID:JOCQKsEO0
 暁がアンチスキルとの交戦を始めてから間もなく、木山は廃ビルの外へと出る。

 廃ビルの中からは狩る者――暁の咆哮と、狩られる者――アンチスキルの雄叫びに、
銃声とビル内を駆け回る足音が入り乱れて、混沌とした戦場を形成していた。
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:11:22.57 ID:JOCQKsEO0
 ――檻。
 そう、今や廃ビルは檻と化したのだ。
 人喰い虎と、程よい抵抗をしてくれる狩猟者を閉じ込める檻に。人の味を覚えた虎は、
決して檻から獲物を逃さない。虎は生来の狩猟者なのだから。

 では、檻の中から逸早く出てきた女はなんなのだろうか?
 人――ではないのだろう。人ならば、虎は逃したりはしない。
 看守、或いは飼い主――というのも違う。唯の虎ならばいざ知らず、一度人の味を覚えた
虎を飼い慣らせる者などいはしないのだから。

 ならば、女はきっと、虎と同じ側に立つ獣なのだろう。
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:16:34.07 ID:JOCQKsEO0
 さしずめ、虎をも恐れぬ狡猾な狐といったところか。
 狐は人の考えつかぬ方法で獲物を狩る。寓話や民間に伝わる伝承では、狐はよく人を化かす
生き物だとも言われている。

 かの有名な大妖怪、白面金毛九尾の狐(はくめんきんもうきゅうびのきつね)などは、
類稀なる頭脳と美貌で多くの国や王朝を滅ぼしてきたという。 ――それが、
一般に認知されている九尾の狐なのだ。

 ――しかし一説によると、九尾の狐は孤独を恐れ、愛情に溺れ、運命に翻弄された悲劇の
ヒロインだという。
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:17:31.43 ID:JOCQKsEO0
 だとすれば、木山もまた、九尾の狐なのかもしれない。そう――かつての教え子を愛するが故に
化生と化した狐。それが木山春生の正体なのかもしれない。

 何か用かな――雌狐(めぎつね)は静かに、しかし良く通る声でそう言った。
 そりゃあこっちのセリフだな、と男の声が返ってくる。
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:18:52.26 ID:JOCQKsEO0
「こんな寂れた所でデートって訳でもねえだろ。なあ、木山先生さんよう」

 木山の視線が先、十メートルほど離れた位置には男――ジャン・ジャックモンドがいた。
 ジャンの傍には、制服を着用した少女が、木山の方を複雑な表情をして見つめている。
 木山は少女に一瞥をくれてから、それはお互い様だろう、と言った。

 ――白々しい。

「君とてこんな所になんの用だ? まさかデートという訳でもあるまい?
 その少女は――新しい恋人かな?」
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:19:46.73 ID:JOCQKsEO0
 わ、私ですかと少女は反応する。

「わ、私は別にジャンさんとそんな関係じゃありませんから! ええ、違いますからね!
 断じて違います! こんな野蛮人なんか……その、別になんとも……」

「ひどい言われようだな」

 木山は半ば同情するような口ぶりでそう言った。

「なあに、こいつはこんぐらいの方がいいのさ。少し前までは柄にもなく難しいことを考えて、
 落ち込んでやがったからな」

「そうなのか? そうは――見えないが」

 木山は少女の顔をまじまじと見つめる。
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:22:48.78 ID:JOCQKsEO0
 背中ほどまで伸ばした黒髪に、桜の花びらを模した、かわいらしい髪飾りをつけた快活そうな
少女である。
 どこからどう見ても、少女に暗い影はない。
 何かの間違いではなかろうか――と木山は思った。

 こいつはレベル0でな、と言ってジャンは左手を少女の頭に置く。
 少女は顔を動かさぬまま、目線だけを上へと向けた。

「ついこの間まで、その事でうじうじ悩んでいやがったんだ。で、こいつは悩んだ挙句に、
 副作用があるとも知らねえでレベルアッパーに手をだそうとした訳だ。
 ――まあ、ここにいるって事は、結局レベルアッパーは使わなかったわけだが」

 ――揺さぶりか?

 ――今更そんな事で。
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:24:07.30 ID:JOCQKsEO0
「それで?」

「別に。ただそれだけだよ」

 木山は目を細める。

「君は――私に彼女への謝罪を求めるのかい?」

「ケッ! だれがんなこと言ったよ。こいつが、レベルアッパーを使おうとしたのは自分の
 意志じゃねえか。自分から望んで意識失くしたんなら、こいつの自業自得だバータレ」

「では」

「言ったろ。それだけだって。――けど、こいつからはアンタに何か言いてえ事がある
 みてえだぜ」

 木山は少女に目を向ける。
 少女と木山の目が合った。
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:25:22.46 ID:JOCQKsEO0
「君の名は?」

「さ、佐天涙子――です」

「佐天涙子――か。君は、私に何か言いたい事があるのかな?」

「あ、あの」

「遠慮はしなくてもいい。私は全てを覚悟した上で、今回の事件を引き起こしたのだから」

「覚悟って……。じゃあ、尋きますけど、どうしてレベルアッパーを作ったりしたんですか!?
 あれのおかげで、大勢の人間が苦しんでいるんですよ!?」

「それがどうかしたのかい?」

「それがって……!」

 木山は全く悪びれる様子もなく言葉を返した。
 佐天は予想だにしない木山の返答を訊いて絶句する。

「悪いって思ったりしないんですか!? レベルアッパーを使った人は皆、意識を失ってる
 んですよ!!」
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:27:06.34 ID:JOCQKsEO0
「彼も言っていただろう。自業自得だ――とね。勘違いしないでほしいが、私は一度たりとて、
 レベルアッパーを使えなどど強制した覚えはないよ。今、意識を失っている者達は皆、
 自主的にレベルアッパーを使って、勝手に意識を失っただけなのだよ。
 それに、ワクチンソフトは用意してあるのだから問題ないだろう」

「――だとしても、ひどすぎます!
 レベルの低い能力者はみんな、レベルを上げようと必死なんです!
 そんな、人の弱味につけこむような真似までして、いったい何が目的なんですか!?」 

「必要なんだよ」

「え?」

「より多くの脳が」

「それって、どういうことですか?」

 そうだな、と言って木山は腕を組む。

「君は、大事な人はいるかい? 友人でも家族でも、恋人でもいい」

「……いますけど」
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:28:58.81 ID:JOCQKsEO0
「では、君の大事な人が殺されたとしよう。想像してみたまえ」

 大事な人が殺される。
 今まで一度たりとも、そんな事を考えた事がなかった少女は、その時初めて、
大事な存在の死を想像した。
 例えば――初春がある日、突然暴漢に襲われて、ナイフで刺されたとしよう。

 アスファルトの上に転がる死体。胸に深々と刺さったナイフ。ああ、初春のか細い体から、
おびただしい量の血が流れている。白い制服が、あんなにも真っ赤に染まっている。
 暴漢は――嗤っている。

 ――想像しただけで酷く、嫌な気分になった。
 動悸が激しくなり、初春を失った悲しみと、初春を奪った者への憎悪で、心がどす黒くなる
のを感じた。
 当然、それは佐天の頭の中で起こった出来事でしかないのだが、それでも嫌なものは嫌に
違いない。

 木山は、近くの瓦礫に腰掛けてから足を組み、鬱屈とした目で話しを続ける。
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:31:05.20 ID:JOCQKsEO0
「大事な人が殺された君は、当然、アンチスキルやジャッジメントに訴えでる」

 それが当然だろう。

「だが、アンチスキルやジャッジメントが動いてくれなからったどうする?
 いやそれだけではなく、周りにいる誰もが、君の大事な者の死を無かったことにしようと
 したらどうだ?」

「そんな事はさせません……!」

「しかし、周りは誰も助けてくれないのだよ。アンチスキルもジャッジメントもあてにならない。
 君の大事な者を殺した存在は、のうのうと高いびきをかいて平和に暮らしている。
 しかも合法的にだ。そんな中、君ならどうする?
 唇を噛み締めて、ただ堪えるか。それとも――どんな手を使ってでも、君の大事な者を殺した
 輩を捕らえ、君自信の裁量で罰を下すか……」
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:32:48.02 ID:JOCQKsEO0
 どんな手を使ってでも――。
 それは、手段を問わずということだろうか。
 だがしかし、アンチスキルもジャッジメントも動かない、などという事はありえるのだろうか?
 少なくとも、佐天の知り合いのジャッジメントならば、決してそんな悪をのさばらしにしておく
ことはしない。

 佐天がそんな事を考えていると木山は、君達ならどうする、と誰もいない空間に向かって
問いを発した。

 佐天は木山の視線を追う。
 廃ビルの陰――そこにはいつの間にか、二人の少女が立っていた。
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:34:08.26 ID:JOCQKsEO0
「さあ、その時になってみないと分かりませんわ」

 そう言ったのは、ジャッジメントに所属する少女――白井黒子で、

「私は……」

 と思いつめたような表情をして、意外にも、言葉を詰まらせたのは
レベル5の少女――御坂美琴だった。

「白井さんに――御坂さんまで」

 どうしてこんな所に、と佐天は言外に含む。
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:35:06.60 ID:JOCQKsEO0
 それには黒子が答えた。

「佐天さんと、ついでにそこの野獣がいなくなった事に気が付いて、わたくしのテレポートで
 直ぐに追いかけましたの。そうしたら――」

 木山と佐天が話しをしていたのだろう。
 木山は二人の闖入者に一瞥をくれてから、佐天に視線を戻して、私はね――と口を開いた。

「あの子達を救うためなら、どんなことでもすると決めたんだ」

 ――あの子達。

 それがすなわち。
 ――木山春生の大切な存在。そして、行動原理となっている因子。
 かけがえのない誰かのために、木山は戦っているのだ。

 問答は終わったとばかりに、木山は静かに目を閉じた。
 あなたの目的は概ね理解しましたわ、と黒子が言った。
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:36:08.97 ID:JOCQKsEO0
「ですが、だからといって、罪のない人達を巻き込んでいいわけではありませんの。
 例えあなたが、どんな立派な目的を持っていたとしても、他の誰かに犠牲を強いていい
 理由にはなりませんわ!」

 木山はあえて何も答えない。
 黒子は一歩踏み出して、右の二の腕に付けられたジャッジメントの腕章を見せる。

「木山春生。あなたをレベルアッパー事件の首謀者として拘束させていただきますわ!」

「君には無理だ」

「その自信はどこからくるか分かりませんけれども、わたくしを見た目で判断しない方が
 よろしいですわよ」

 黒子はつかつかと木山に歩み寄る。
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:37:41.04 ID:JOCQKsEO0
 能力を使わないのは、たかが科学者一人、素手で十分だからだと考えたからだ。
 しかし、黒子の歩みは直ぐに止まる。
 木山の背後に立つ廃ビル。その廃ビルにぽっかりと空いた穴から一人の男が現れたからだ。

 木山はゆっくりと目を開けると、腕時計に目をやる。

「十五分か。少し手間取ったか」

 男は、まあなと答えた。

「中々ガッツのある姐ちゃんがいたからよ、つい熱くなちまった」

「暁、君の悪い癖だ。――まあいい。おかげで有意義な時間を過ごすことができた。
 さあ、行こう」

 木山はそう言って立ち上がる。
 行くのはいいが、と言って男――暁は周囲を見渡す。
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:39:44.66 ID:JOCQKsEO0
「どうなってんだこりゃあ?」

 ジャン・ジャックモンドの姿がここにあるのはいい。それは予想内の出来事で、
暁も望んでいた事なのだから。
 だがしかし、明らかにこの場に似つかわしくな者がいる。少女が三人。
 しかもその内二人は――。

「なんでテメエらがここいにいるんだ?
 ジャジメントの嬢ちゃんと、それに――レールガンの嬢ちゃんも――か」

 ――暁と面識があるのだ。
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:40:53.13 ID:JOCQKsEO0
 二人の少女の脳裏に、数日前の出来事がフラッシュバックする。
 スキルアウトのたまり場となっていた廃ビル。
 黒子と美琴を取り囲み、下卑た笑みを浮かべるスキルアウトの若者達。
 能力者の能力を封じる音波兵器。
 そんな時に突然現れたのが、自らを傭兵――今はボディーガードらしいが――と名乗る男。
 去り際に教えてくれた男の名は――。

 ――暁巌。

 黒子と美琴は同時に男の名を口に出した。
 二人は息を吸うのも忘れて、目を大きく見開くと暁を凝視する。体は石にでもなったかのように
硬直し、一ミリたりとも動くことはしない。

 だがそれはほんの一瞬の出来事で、二人は直ぐに体の硬直を解いた。
 そういう事でしたのね――と黒子が口を開いた。
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:43:09.85 ID:JOCQKsEO0
「あの時は、ボディガードなんて、あなたのような猪には似合わない仕事をしていると
 思いましたけれども――」

 黒子はキッと暁を睨みつける。

「今のあなたの立ち位置を見て、ようやく納得がいきましたわ。さすがは傭兵といったところ
 ですわね。火薬の匂いには敏感なのですから。
 こんな事なら、あの時に問答無用で捕縛しておくべきでしたわ!」

「相変わらず威勢のいい嬢ちゃんだ。――けど、そういった一人前の啖呵をきるにはちーっと
 ばっかし早えな!」

 そう言い切った瞬間に、暁の気勢が増した。
 気迫に押されて、黒子はおもわず後退る。黒子の本能が警鐘を鳴らし、脳が逃げろと
命じたのだ。
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:43:59.70 ID:JOCQKsEO0
 ――不覚。

 黒子はジャッジメントにあるまじき醜態を晒した。
 そんな中、美琴が一歩足を踏み出した。そして黒子を追い越し、木山の元へと向かう。

 お姉様、と黒子が呼び止めるが、美琴は構わず足を進めた。
 暁が木山の前に出る。
 しかし、構わないと言って木山は暁をどけた。
 美琴は、木山の目の前まで来ると足を止めて、口を開いた。
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:44:39.43 ID:JOCQKsEO0
 ――不覚。

 黒子はジャッジメントにあるまじき醜態を晒した。
 そんな中、美琴が一歩足を踏み出した。そして黒子を追い越し、木山の元へと向かう。

 お姉様、と黒子が呼び止めるが、美琴は構わず足を進めた。
 暁が木山の前に出る。
 しかし、構わないと言って木山は暁をどけた。
 美琴は、木山の目の前まで来ると足を止めて、口を開いた。
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:45:46.05 ID:JOCQKsEO0
「一つだけ尋かせて」

「君が学園都市に七人しかいないレベル5の一人、御坂美琴――か。
 ――なにかな?」

「あんたが誰かのために戦っているのは分かったわ。けど、あんたは自分がしている事に
 後悔はしないの?
 大勢の人を巻き込んで、学園都市全体を敵にまわして――」

 しない、と木山は断ずる。

「むしろ、何もせずにいたほうが、私はきっと後悔する」

「でも、他にやりようが――」

「ないんだ」

「そんなはずは――」

「ないんだよ。それは君がよく知っているだろう?」

 美琴の目が大きく見開かれ、僅かに肩が震えた。
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:46:50.93 ID:JOCQKsEO0
 木山は淡々とした口調で言葉を続ける。

「私は上層部の事を調べるうちに君の事も知った」

「知ったって……なにを?」

 木山は声を潜めて、

「この学園の裏で行われている実験の全容を――有り体に言えば君の『妹』達の事を――だ」

 と言った。
 少女の端正な顔が歪む。

「――っ! ……そう」

 木山は唐突に、

「君は私に自分を重ねているのか?」

 と尋ねた。
 美琴は眉根をひそめただけで、何も答えない。肯定も否定もしない。
 しかし木山は、そうか――そうなんだな、と一人納得したように呟いた。
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:49:41.16 ID:JOCQKsEO0
 そして、

「私からも一ついいかね」

 と言った。

「……なに?」

「これは元教育者として、そして先達としてのアドバイスだ」

 美琴は顔を曇らせたまま木山を見る。

「君は自分自身を私に重ねているのかもしれないが、もしそうなら――それは間違っている、
 と言っておこう」

「え?」

「確かに、私と君の立場は似ている。なにせ、君も私と同じで、学園都市に含むところが
 あるのだからね。
 しかし、だからと言って、君が私と同じ道を歩むとは限らないのだよ。
 君と私は立場は同じでも、周囲の環境や根本的な生き方が違うのだから」

 木山は少しだけ目元を和らげる。

「君は君のやり方で進めばいい。自分が正しいと思うことをし、実行したまえ。
 結果はおのずとついてくるのだから。私はこんなやり方しか思いつかなかったが、
 君ならきっとできるはずだ。
 ――そして、私のやり方が間違っていると思うのなら、私を止めてみたまえ」
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:51:13.47 ID:JOCQKsEO0
 木山の傍にいた暁が、なに焚きつけてんだ先生、と言った。
 美琴は――美琴は木山の言葉を訊いて困惑したようだった。敵に背中を押されると同時に、
挑戦状を叩きつけられたのだ。
 美琴は僅かに逡巡の色をみせるが、直ぐに迷いを振り払い覚悟を決める。

「私を焚きつけたこと、後悔しないでよね!」

 後悔させてみたまえ、と木山は薄く笑んで挑発した
 ふん、と美琴は鼻息を荒らげて黒子の元へ向かった。

「黒子!」

「なんですの」

「あいつ――暁が出てきた廃ビルに、きっとアンチスキルの人達がいるから。
 ここから避難させてあげて」

 暁が現れた際の言動から、廃ビルの中で何が行われたか、美琴には直ぐ分かった。
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:52:13.41 ID:JOCQKsEO0
「お姉様はどうしますの?」

「私は――木山を止める!」

 ふう、と黒子は息を吐いた。

「やっぱりこうなりますのね」

「ごめんね、黒子」

「いいんですのよ。こうなることは、なんとなく分かってましたから」

「――じゃあ、お願い」

 了解ですわ、と言って黒子はジャンプ(空間跳躍)した。

「佐天さん」

 はい、と突然名前を呼ばれた少女は、慌てた様子で声を上げる。
 美琴は、ちらりとジャンに視線を向けた後に、

「そこのバカのせいで、こんな事に巻き込むことになってごめんね」

 と言った。
 バカは相変わらずの仏頂面をしたまま、片眉をつり上げた。
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:54:16.35 ID:JOCQKsEO0
「あいつらをやっつけて、こんな事件直ぐ終わらせるから、少し離れてて!」

「え? は、はい! あ、でも――」

 ジャンはどうするつもりなのだろうか、と佐天は思った。
 そもそも、木山に用があったのはジャンのはずなのである。佐天はそのついでに付いて来た
だけにすぎないのだが……。

 しかし、肝心のジャンは木山にではなく、暁に目を向けているようだ。
 いや、目を向けているというよりは、鋭い眼光で睨みつけていると言った方が正しい。

 何を思って、暁を睨みつけているかは、佐天には分からない。だが、ジャンと暁の間に
因縁めいたものは感じていた。
 何か、言葉に出来ない予感めいたものを胸に秘めながら、佐天は人間大の大きさをした瓦礫の
物陰に隠れた。
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:56:15.10 ID:JOCQKsEO0
「で、あんたはどうするの?」

 佐天が安全な場所に隠れたのを確認すると、美琴はバカ――ジャンを見てそう言った。
 ジャンは、暁に視線を向けたまま答える。

「とりあえずぶっ飛ばす」

「ぶっ飛ばすって、木山のことを?」

 違えよと言って、ジャンは顎をしゃくり上げた。

「先生さんの隣にいるゴリラだよ」

「ゴリラって――あの暁って人のこと?
 なにあんた、あいつと知り合いなの?」

「まあな」

ふうん――と鼻を鳴らして、美琴は意味深な目を向ける。
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:57:26.31 ID:JOCQKsEO0
「まあいいけど。それじゃあ、あいつはあんたにまかせるから。その間に私は木山を捕まえるわ」

「捕まえるのはいいけどよ、あの先生戦えるのか? 科学者っていうのはこう、
 ひ弱なイメージがあるからな。お前の電撃一発で伸びちまうんじゃねえのか」

「知らないわよそんなの。でも、レベル5の私を前にしても、余裕の態度をくずさないし、
 もしかしたら、何か武器を隠しもってのかもしれないわね。
 まあ、だからといって負けるつもりはないけど」

「ああ、そうかい。けど――」

 ジャンは突然、真面目な顔になると、心を見透かすような目で美琴を見る。
 美琴はその目を見て、僅かにたじろいだ。
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 21:58:03.46 ID:JOCQKsEO0
「け、けど――なによ?」

 ジャンは暫くの間美琴の顔を見つめてから、

「――いや、なんでもねえ」

 と言った。

「なによ! そこまで言ったら言いなさいよ!」

「なんでもねえよ。いくぞ」

「ちょっと、あーもう!」

 いつものよう口喧嘩を交えながら、二人はそうやって、各々の戦場へ向かった。
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:00:06.06 ID:JOCQKsEO0
「君は、デュアルスキル(多重能力者)を知っているか」

 二人が対峙して間もなく、木山は唐突にそう尋ねてきた。
 美琴は怪訝な顔をしながらも答える。

「知ってるわよ。確か、能力を二つ以上使えるっていう都市伝説でしょ」

 そう、能力を二つ以上使えるなど、ネット上ではよく見かける都市伝説――ゴシップで
しかない。
 ない――と言い切れるからには理由がある。
 学園都市には、能力者が使える能力は一つだけという定説があるからだ。
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:01:39.11 ID:JOCQKsEO0
 これは、 特例能力者多重調整技術研究所――通称、特力研が行った実験によって得られた
結果で、未だこの定説は覆されていない。

 実験内容は公にはされていないが、学園都市が公式に発表している説明によると、二つ以上の
能力を使おうと試みた場合、どうやら人間の脳に大きな負担をかけてしまうようで、
場合によってはかなり危険な状態に陥ってしまう――との事だった。

 一部の者達の間では、デュアルスキルの実験を行った際、数えきれない程の能力者が実験の
犠牲になったと、真しやかに囁かれていたりもする。
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:03:31.04 ID:JOCQKsEO0
 それが根も葉もない噂であればいいが、もし事実だとしたら――学園都市は非道な実験を
繰り返すことによって科学を進歩させてきた、科学者という名の悪魔が住まう街という事になる。

 だがあくまで噂であって、学園都市側はそんな事実はない、ときっぱりと否定している。
 ただ、否定したからといって、噂が絶える訳ではない。信憑性のないゴシップを面白可笑しく
扱うのが、大衆の常なのだから。

 美琴も、大衆の一人としてそれ位は知っていた。
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:05:39.77 ID:JOCQKsEO0
 木山は白衣のポケットに突っ込んでいた左手を、科学者らしい白々とした顔に持って行き、
左目を覆い隠すように置いて口を開いた。

「その通りだ。だが、知ってはいても実際に見たことはないだろう?」

「当たり前じゃない。都市伝説なんだから」

「見てみたいとは思わないかね?」

 はあ、と美琴は呆れたような声を上げる。

「そんなの無理に決まってるじゃない。あんた科学者なのに、そんな事も知らないわけ?」

「当然、知っているよ」

「だったら」

「だから――」

 君に見せて上げるのだよ――そう言って、木山は顔面をなぞるように左手を下ろした。
 重い物など暫くは持っていないであろう細指が顔から離れ、徐々に木山の左目が露になる。
 木山の左目は――黒く光る瞳を残して、真紅に染まっていた。
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:08:08.07 ID:JOCQKsEO0
「な……なによ……その目」

 美琴は変わり果てた木山の左目を見て、驚き、動揺を露にする。

「私は先程、デュアルスキルと言ったが、あれは訂正しよう。私が使うこれは――」

 マルチスキル(多才能力)だ、と言った瞬間――木山の周囲に十数本の氷柱が浮かび上がる。
 空気中にある僅かな水分を集めて凝固し、細く鋭い氷を作りだしたのだ。
 宙に浮かぶ氷柱は、射角を調整するような動きをみせて、鋭く尖った切っ先を美琴に
向けると――白く輝く流線を描いて射出された。

「ちょ、ちょっと嘘!」

 一本、二本、三本と次々と迫る氷柱を、美琴は飛び跳ねるようにしてかわし、指先から
電撃を放射して撃ち落とす。
 パキリ、パキリと氷が砕ける音が辺りに響いた。

「あんた、能力者だったの!?」

 美琴は声を張り上げて、問い質す。
 違うよ、と木山はあっさり否定した。
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:09:20.10 ID:JOCQKsEO0
「なら、なんで能力が使えるのよ!」

 簡単な事だよ、と言った木山は、右手の人差指をこめかみに当て、コツコツと叩く。

「今現在、レベルアッパーを使用した者達の脳は私の支配下にある。
 数千――いや一万はある脳を私一人が統べているのだ。それだけの脳を私一人が使う事が
 できるのだから、複数の能力を同時に使用する事も容易い」

「そういうわけ……。だったら――人の脳味噌使って偉っそうにしてんじゃないわよっ!!」

 美琴は手の平を木山に向け、雷を放射する。
 青く発光する稲妻はしかし、木山に命中する事はなかった。
 美琴が稲妻を放射するよりも早く、木山は能力を使用して、純水の膜を己を囲むように
張ったのだ。

 純水は電気をほぼ遮断する。
 いかな、レベル5の能力者が放った稲妻とて、科学の法則を打ち破る事はできない。
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:10:35.47 ID:JOCQKsEO0
「だったら、これでどうよっ!!!!!」

 美琴の右手から、指向性を持った強力な磁力が発せられる。
 あちらこちらに放置されているコンクリートの塊が、美琴の右手に引き寄せられる。
 コンクリートの中に入れられている鉄筋が、美琴の発した磁力によって吸い寄せられて
いるのだ。

 美琴は集めたコンクリートの塊を、磁力の力を利用して宙に持ち上げ、目標を定めると、
磁極を反転した。
 
 大量の磁気を帯びた鉄筋コンクリートの塊は、大きな磁石へと変貌し、美琴が磁極を
反転することにより、互いに反発しあって、さながら砲の弾のような速度で発射された。
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:12:59.67 ID:JOCQKsEO0
 空気を切り裂き、轟音を上げ、着弾する度に土煙が上がり、着弾の衝撃で舞い上がった
コンクリートの破片がパラパラと飛び散る。
 こんな攻撃をくらえば、普通の人間ならば一溜まりもない。

 しかし、木山には普通というカテゴリーは当てはまらない。
 複数の能力を同時に併用できる人間は、科学を行使する人間から見れば超人なのだから。 
 だからこそ美琴は、躊躇なく攻撃を行う。

「容赦がないな」

 未だ土煙が舞う中、木山の声が美琴の耳に届く。

「しかし、その程度の攻撃では私を倒せないよ」

 土煙が晴れ、木山の姿が現れる。
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:14:47.58 ID:JOCQKsEO0
 ――無傷。
 ある程度予測はしていたが、木山には傷一つ付いていなかった。
 白衣についた砂埃が、唯一の戦果か。
 その唯一の戦果も、今しがた木山の手によって払われてしまったが……。

「――もう終わりかい?」

「冗っ談――」

 言わないでよ、と美琴は吠えた。
 体から強力な磁力を発し、今度はコンクリートの塊だけではなく、道路の標識や、
朽ちて折れ曲がった鉄骨を幾つも引き寄せると、全て木山に向けて発射した。

 次々と飛来する鉄骨に道路標識。それにコンクリートの塊。
 木山はそれを、超能力として最も認知度の高い、サイコキネシス(念動力)の力で軌道を
逸らしていく。
 目標を見失った鉄骨や道路標識はコンクリートの地面に突き刺さり、コンクリートの塊は
細かく砕けていく。
448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:16:34.66 ID:JOCQKsEO0
 戦闘が始まってから未だ、美琴は木山に一撃も与えることはできていない。

 美琴が弱いわけではない。
 能力者としては美琴の方が圧倒的に上なのだから。
 ならばなぜ、木山にダメージを与える事ができないのか。

 ――簡単な事だ。
 猟銃を握った人間を相手に、狐は真正面からぶつかったりはしない。
 狐は俊敏な足で人間を惑わし、己が領域へとおびき寄せ、相手の急所に牙を突き立てる
生き物なのだから。

 木山はつまならそうに美琴を見て、

「この程度か。正直ガッカリだよ」

 と言った。
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:22:53.56 ID:JOCQKsEO0
「この程度か、ですって!? 上等じゃない!
 だったら、今直ぐあんたをギッタギタのボッコボコにしてやるんだから!」

「無理だな」

「無理かどうかなんて、なんであんたに分かるのよっ!」

「分かるさ。――君は頭に血を昇らせながらも、意識的に力をセーブしているようだからね」

「それは――」

 木山の言った事は事実である。
 あれでも、美琴は手加減していたのだ
 美琴は僅かに狼狽えた。
 優しすぎるんだよ君は――と木山は言った。

「無関係な人間や、君の周りいる誰かが傷付くのを極端に恐れているんだ。
 だから、敵である私にも手心を加えてしまう」

「……だったら、どうだって言うのよ」

「ならば、君は私に勝てない。
 なぜなら、私は私の目的を阻害する者に容赦するつもりはないからだ。それが例え誰であれ、
 私の前に立ちはだかると言うのならば、どんな手を使ってでも障害は排除する」
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:24:20.14 ID:JOCQKsEO0
 目的のために誰かを[ピーーー]必要があるのなら、私は躊躇なく[ピーーー]よ――と木山は冷徹な目を
向けて言った。
 だからといって、美琴は怯まない。
 美琴も美琴なりの覚悟を持って、木山と対峙しているのだから、退くわけにはいかないのだ。
 だから、

「やれるもんなら、やってみなさいよ!」

 と怒鳴りつけるような声を上げて、息巻いた。

「脅しではないよ」

 木山は問う。

「だったらどうだっていうのよ。尻尾巻いて逃げろって言うの?
 ふざけないで! 私は絶対にあんたを止めるって覚悟を決めてここに立ってるんだから!
 意地でもあんたを止めるわよ!」
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:25:48.26 ID:JOCQKsEO0
>>450

saga入れるの忘れてた。
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/02/27(日) 22:27:10.27 ID:JOCQKsEO0
 目的のために誰かを[ピーーー]必要があるのなら、私は躊躇なく[ピーーー]よ――と木山は冷徹な目を
向けて言った。
 だからといって、美琴は怯まない。
 美琴も美琴なりの覚悟を持って、木山と対峙しているのだから、退くわけにはいかないのだ。
 だから、

「やれるもんなら、やってみなさいよ!」

 と怒鳴りつけるような声を上げて、息巻いた。

「脅しではないよ」

 木山は問う。

「だったらどうだっていうのよ。尻尾巻いて逃げろって言うの?
 ふざけないで! 私は絶対にあんたを止めるって覚悟を決めてここに立ってるんだから!
 意地でもあんたを止めるわよ!」
453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/02/27(日) 22:28:30.89 ID:JOCQKsEO0
 目的のために誰かを殺す必要があるのなら、私は躊躇なく殺すよ――と木山は冷徹な目を向けて
言った。
 だからといって、美琴は怯まない。
 美琴も美琴なりの覚悟を持って、木山と対峙しているのだから、退くわけにはいかないのだ。
 だから、

「やれるもんなら、やってみなさいよ!」

 と怒鳴りつけるような声を上げて、息巻いた。

「脅しではないよ」

 木山は問う。

「だったらどうだっていうのよ。尻尾巻いて逃げろって言うの?
 ふざけないで! 私は絶対にあんたを止めるって覚悟を決めてここに立ってるんだから!
 意地でもあんたを止めるわよ!」
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/27(日) 22:31:02.80 ID:JOCQKsEO0
 そうか、ならば仕方ないなと無表情に答えると、木山は右手を上空に掲げ――振り下ろした。

「死にたくなければ、死ぬ気で抵抗した方がいいよ」

 があっ、と呻き声を上げて美琴はその場に膝をつく。
 大人一人分――いやそれ以上の重みが突然、細身の少女に伸し掛ったからだ。

「ぐっ……これって!」

 ダミーマンセルとかいう、スキルアウトののチームに所属する少年――確か啓二と
言ったか――が、美琴と黒子を苦しめた能力を、木山が使用しているのだ。

 膝を立て、重力操作の能力になんとか抗おうとするが、レベル5とはいえ、肉体は成長途中の
少女の体なのだらか、抗いきれるはずもなく、美琴はついには地面に押し付けられるように、
倒れ伏した。

 アスファルトの路面に頬をひっつけたまま、美琴は木山を狙って電撃を放とうとする。
 しかし、その前に木山が動いた。
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/02/27(日) 22:33:43.07 ID:JOCQKsEO0
「悪いが、このままとどめをささせてもらうよ」

 木山の手がタクトを振るう指揮者のように動く。
 木山の振るう手に誘われるように、水が――球状をした幾つもの純水が、美琴の周りに現れる。

 複数だったそれは、互いに互いを吸収し、一つの大きな純水の塊となり、美琴の体を覆った。
 ガボガボと、美琴の口から空気の泡が漏れ、徐々に肺腑から酸素が失われていく。
 電撃を放射しようとしても、純水は電気を通さず、体を動かそうとしても、重力場があるうちは体を動かす事ができない。

 完全に手詰まり――チェックメイトだ。
 事実、美琴は頭の片隅で死を覚悟した。

 ――我ながら悪趣味な攻撃方法だ。

 木山は純水の塊の中で掻(もが)く美琴を見て、目を逸らした。
 死に迫る少女を見て、悦に浸る趣味は木山にはない。むしろ掻き苦しむ姿が、未だ昏睡状態に
ある教え子達とかぶって、嫌な感じがした。
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/02/27(日) 22:35:13.75 ID:JOCQKsEO0
 ――だが、目を逸らした事で僅かな隙が生まれる。

「つ……捕まえたっ……!」

 突然、木山の両手首を掴む者が現れる。
 木山は激しく狼狽しながらも、大きく目を剥いて自分の手首を掴む存在を確認する。

「なっ!?」

 木山の視線の先にはやはり、全身ずぶ濡れの御坂美琴が――ぜえぜえと息切れをした
状態で――立っていた。

「馬鹿なっ! 電撃を発する事もできず、動くことさえできないあの状況でどうやって!?」

 それは――と木山の問いに答える者があった。
457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/02/27(日) 22:37:26.95 ID:JOCQKsEO0
「わたくしがお姉様を救い出したからですわ」

 いつの間にいたのか、美琴の直ぐ側には――美琴と同じく全身ずぶ濡れ状態の――白井黒子が
いた。
 黒子は、

「アンチスキルの方々を救い出すのがもう少し遅かったら――ここの来るのがもう少し遅かった
 ら、お姉様の救出が遅れて危ういところでしたけれどね」

 と言葉を付け加える。

 ――なるほど。

 全てを理解した瞬間、ゼロ距離で放った美琴の電撃が木山の体を包んだ。
 意識が遠のきそうになるのを堪えながらも、木山は確かに――敗北を感じた。
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/02/27(日) 22:40:32.89 ID:JOCQKsEO0
本当はこの後に、暁VSジャンが続いてますが、
今日はここまでで……。
一応、来週には終わる……と思うので……容赦くだせえ。
では。
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/27(日) 23:08:45.79 ID:YRlsp6V10
来週を楽しみにしています
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/27(日) 23:44:15.32 ID:42bMXIjd0
待ってるよ。
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/28(月) 20:12:09.26 ID:71PZeJbz0
乙乙
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 13:01:16.24 ID:/sY3L3QG0
1です。

いつも通り、今日の21時位から投下します。
では。
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 14:54:23.75 ID:5oHTiO1ko
舞ってる
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 20:33:16.73 ID:bOqeT3iDO
はーい
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:16:24.06 ID:/sY3L3QG0
前回の続き。

暁の浮気癖に辟易した木山は、酒の勢いもあってか、フランスの青年ジャン・ジャックモンドと
一夜を過ごしてしまう。ジャンは一晩で木山に惚れてしまう。
しかし、ジャンには佐天涙子という恋人がいた。
ジャンの浮気を知った佐天は、古代の兵器バーサーカーを起動させ、木山を亡き者にしようと
企む。
ジャンと木山の命ガバーサーカーによって刈り取られようとしたその時だった。
学園都市のヒロイン。御坂美琴が現れる。

というのは嘘で、続きから始めます。
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:18:44.93 ID:/sY3L3QG0
「暁ィィィィ!!!!!!!」

「ジャン!!!!!!!!」

 御坂美琴と木山春生が戦闘を繰り広げている隣で、ジャン・ジャックモンドと暁巌は壮絶な
肉弾戦を繰り広げていた。
 AMスーツによって強化された暁の豪腕が容赦なく振られ、ジャンの肩をかすめる。強化された暁の拳は、コンクリートを容易に砕き、鉄をも穿つ。
 人が当たれば骨は粉々に砕け、肉はちぎれ飛んでしまうだろう。
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:21:00.92 ID:/sY3L3QG0
 必殺――正にそう呼ぶにふさわしい一撃である。
 そんな拳なのだから、掠めただけでもそれなりの威力を持つ。実際、先ほど掠めた暁の拳に
よって、ジャンの肩から――僅かにだが――血が流れ出している。

 だからといって、ジャンの動きが鈍ることはない。
 スプリガンであるジャンにとっては、怪我など日常茶飯事で、肩から僅かに流れる血など、
怪我の内には入らないからだ。
 ジャンは肩から滴り落ちる血など毛先も気にせず、ステップを踏むかのように暁の周りを
俊敏に飛び回り、確実に拳や蹴りを命中させていく。
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:22:07.14 ID:/sY3L3QG0
 だが、暁に命中した拳も、蹴りも意味を為さない。
 AMスーツの耐衝撃吸収機能によって、ジャンが命中させた攻撃は衝撃を吸収されて
しまうからだ。

 スーツに覆われていない、剥き出しの顔面にでも命中させる事ができれば、確実にダメージを
与えることはできるのだろうが、暁は百戦錬磨の傭兵で、しかも戦闘経験が豊富なのだから、
その分動きも、勘も鋭い。ジャンといえども、中々攻撃を顔面に当てる事はできない。

 それは暁も同じで、いかな百戦錬磨の傭兵といえども、驚異的な脚力と反射神経を持つ
ジャンには、中々攻撃を当てる事ができないでいた。
469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:23:17.05 ID:/sY3L3QG0
 つまりは、互いに致命傷を与えることができないという訳である。
 ただ、どちらかが僅かにでも気を緩めれば、決着は直ぐにつくのだろうが……。
 依然、両者共にそんな気配はない。
 
 互いに致命傷となる一撃を最優先でかわしながら、反撃を加えていく。
 残像混じりに互いの拳が何度も行来し、空を切り、或いは掠め、激しい攻防が続く。
 ジャンの蹴りが暁の腹に命中し、お返しにとばかりに暁の蹴りがジャンへと振舞われる。
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:24:03.32 ID:/sY3L3QG0
 ジャンはそれを、後ろに大きくジャンプする事でかわす。
 そこで二人は一旦睨みあい、膠着状態となる。

 互いに牽制しあうように睨み合う事数秒。
 ジャン、と暁が大声を張り上げた。

「楽しくねえか! この死が迫るような感覚がよう!」

「んなもんはテメエだけだ! このタコ!」

「はん、そうかい。けど、俺にはお前も楽しんでるように見えるけどなあ」

 暁は歯を剥き出しにて、威嚇するような笑みを浮かべる。
 ジャンは顔を顰(しか)めて、鬱陶(うっとう)し気に言葉を返す。
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:24:54.87 ID:/sY3L3QG0
「俺をテメエみてえなバトルマニア(戦闘狂)と一緒にすんじゃねえ!」

 だいたい――ジャンは腕を組んで暁を睨みつける。

「テメエは一年前にトライデント抜けたんだろうが。だったらおとなしく隠居でもしてろ
 オッサン!!」

「俺はトライデントを抜けたが、傭兵までやめた覚えはねえぜ、ジャン。
 なんてたって、俺の生きがいは強えヤツと闘う事だからな。
 ――そう例えばジャン、お前だよ」

 勘弁してくれよたく、とジャンはぼやいた。
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:26:09.94 ID:/sY3L3QG0
「そういうのは御神苗のバカの役目だっつうの。俺にんな面倒な事を押し付けんなよ」

「冗談言うなよジャン。俺はよう、一年前にお前と出会ってから、御神苗だけじゃなく、
 お前にも目を付けてたんだぜ。こんな化物みてえな野郎と闘いてえって――ずっと
 思ってたんだ」

「おいコラ、オッサン。人を勝手に化物呼ばわりすんじゃねえよ。
 それに、俺の事を化物って言うんなら、その筋肉服を着てるテメエも十分化物じゃねえか」

「おいおい、テメエこそ人を勝手に化物呼ばわりすんじゃねえよ。俺はこれでもちゃんとした
 人間なんだぜ」

「頭のいかれた――が抜けてるけどな」

 かもしれねな、と暁は口角を持ち上げて笑った。
 で――とジャンは話題を変える。
473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:28:38.15 ID:/sY3L3QG0
「なんでテメエはあの女に雇われてんだ?
 色仕掛け――はねえか。あの女直ぐに脱ぎ出す露出狂で、なんつうか女としての魅力が
 なあ……ねえとは言わねえが……」

 ひでえ言いようだな、と暁は苦笑いを浮かべる。

「理由ねえ。――んなもんおもしろいからで十分だろうが」

「おもしろい?」

 ジャンの片眉が一寸ばかり上がる。

「ああ、そうだ。おもしれえって事は大事だぜジャン。
 なんてったって刺激の無え人生なんて退屈でしょうがねえからな。唯生きるなんてえのは、
 徐々に腐っていくのと同じだ。俺はそんなのはご免だぜ。
 生きる事を約束された人生なんかより、いつ銃弾が飛んでくるか分からねえ殺伐とした
 人生の方が、俺にはよっぽ性にあってんだ」
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:29:30.07 ID:/sY3L3QG0
「殺伐とした――ね。だからテメエはあの女に手を貸して、学園都市と一戦交えようって
 腹な訳か」

 まあそれだけじゃねえがな、と暁は意味有りげな言葉を吐いた。
 耳聡く、その言葉を拾ったジャンが怪訝な目を向けるが、暁はなんでもねえよと、
それ以上何も語ろうとはしなかった。

 言葉を介した二人の会話はそこで終わった。
 後はただ、互いの気が済むまで力で語り合うのみ。
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:30:36.28 ID:/sY3L3QG0
 力による対話を野蛮――と罵る者もいるだろうが、それは偏った考えでしかない。

 暴漢に襲われたら誰だって反撃はするし、知人との口論の末に取っ組み合いの喧嘩にもなる。
 大衆は娯楽として勧善懲悪を望むが、それだって、正義を標榜する者が力で悪を打ち破って
いる。

 力による支配は神話の時代から変わらない。
 旧約聖書によれば、悪徳の町ソドムに硫黄の礫と大地震を引き起こして滅ぼしたたのは、
イスラフィールと呼ばれる天使であるし、ヨハネの黙示録でも、審判のラッパを鳴らし、人類に
裁きを下すのも天使なのである。
476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 21:31:46.06 ID:OmmTJ9WRo
ジャンは自分の血を見ると獣化してしまうから
スプリンガンの活動は怪我をしないようにしてたんじゃないかなあ。
朧、COSMOS戦を経て獣化を抑えることができる様になっても
それはわざわざ傷付く理由にはならんだろうから
ジャンに限って言えば怪我は縁遠いものじゃなかろうか。
477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:31:56.54 ID:/sY3L3QG0
 人だけではなく、人が神と呼ぶ上位存在まで、最終的には圧倒的な力を行使する事によって
相手をねじ伏せてきた訳だ。

 つまりは、対話と言う名のコミュニュケーションだけではなく、純粋な力を行使する事で、
生物は互いを理解し、争いを終えてきた訳である。
 最も、人には法律という名の厳正なルールブックと、知性や理性といったリミッターが
脳に付けられているから、多くの者は対話で物事を解決しようとするが。

 ――しかし、暁とジャンに限って言えば話は別だ。
 彼らにとって、最もシンプルでベターな争いの解決方法が力なのだから。
478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:38:02.93 ID:/sY3L3QG0
>>476

このSSを書いてから何度もスプリガン見直してるけど、ジャンってほぼ毎回必ず怪我
してるんだよね。
怪我しなかったのって、過去話と、ゴールドラッシュの時くらいなんだよ。

後、ジャンは自分に自信がありすぎて、油断しているようなイメージがある。
479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:39:28.95 ID:/sY3L3QG0
 二人の会話が途切れてから数秒が経過した頃。
 先に動きを見せたのはジャンの方だった。
 
 ジャンは足の筋肉を収縮させ、身を低く屈めると力強く地面を蹴り、さながら豹のように
――駆けた。
 驚異的な反射神経と身体能力を持つジャンだからこそ行える、瞬間移動に見紛う移動方法で、
勢いそのまま、暁の顔面に向けて右拳を振り下ろす。

 暁はそれを、左腕で受けた。
 パンッ、と空気が破裂するような派手な接触音が響くが、衝撃はAMスーツによって
吸収される。

 ――ちっ、相変わらず厄介なスーツだぜ!、
480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:40:33.78 ID:/sY3L3QG0
 攻撃が通じぬ事に苛立ちながら、ジャンは休まず拳を打ち続ける。自慢のスピードで撹乱し、
時にはフェイントを交えて拳を振るうも――しかし、暁にダメージを与える事はかなわない。

 幾ら百戦錬磨の傭兵といえども、ジャンの攻撃を全て避ける事は不可能なのだから、
腕や脚を使ってガードをする。

 だが、それではAMスーツにダメージを吸収されてしまい、攻撃は意味を為さない。
 暁にダメージを与えるのであれば、AMスーツに覆われていない頭部を狙うしかないのだ。
481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:42:05.35 ID:/sY3L3QG0
 ――んな簡単にいったら苦労はしねえけどな。

 当然だ。
 暁とて、頭部以外の攻撃は意味を為さないと了解しているのだから、
 頭部に向かってくる攻撃を警戒しているに違いない。

 そうなれば、ジャンが頭部に攻撃を命中させる事は非常に難しい。
 相手は幾千もの戦闘を生き抜いてきた、リターナー(生還者)の二つ名を持つ傭兵なのだから。
482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:43:26.41 ID:/sY3L3QG0
 ――しまった!

 そう思った時には既に手遅れだった。
 戦闘中の余計な思考が、ジャンの動きを僅かに鈍らせた。
 
 暁の左手が、ジャンの右腕を掴む。
 AMスーツの力によって数十倍になった握力で、万力のようにジャンの腕を締め上げる。

 骨が軋む音が筋肉や血管を伝ってジャンの鼓膜を刺激し、ミシミシとひびが入る音まで
聞こえる。
 このままの状態が後一秒でも続けば――。
483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 21:43:31.57 ID:WP/RJL0po
そういえば、ジャンはオリハルコンナイフとか
使かわないよな
484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:44:33.47 ID:/sY3L3QG0
 ――馬鹿力がっ! 骨がイかれちまう!

 窮地――である。
 暁ほどの手だれを相手に、片手で相手をするのは厳しい。
 それに、このままで身動きがとれないと、暁の攻撃を受けてしまう。

 鉄を穿つ程の拳だ。そんな攻撃をまともに受ければどうなるかは、想像に難くない。
485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:47:07.70 ID:/sY3L3QG0
>>483

ジャンの相手が大抵、生身+銃で十分な相手ばかりだからね。
ジャンに黒星をつけたのは、朧とロードス島の青銅魔人くらい。
486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:48:21.03 ID:/sY3L3QG0
 だが、暁の左手がふさがっているという事はすなわち、頭部の防御がお疎かになるという事でも
ある。

 これは好機でもあるのだ。
 ジャンは右腕に激痛が走るの堪えながら、左手で暁を殴りつけた。それと同時に、暁の右手が
ジャンを殴りつける。

 意識が飛びそうになる程の衝撃を頬に受けながらも、ジャンはたたらを踏むように、足で
暁を蹴って後方に跳ぶ事で、右腕の戒めから逃れ出る。
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:49:17.83 ID:/sY3L3QG0
 くらくらとする頭を痛む右腕で押さえながら、ジャンは暁を睨みつけた。

 幸い、右腕は砕かれずに済んだ。
 骨に響くような痛みが続くことから、ヒビ位は入っているのだろうが、戦闘に支障はない。
 暁に殴られた頬も、口の中が切れている程度で、ダメージはそれ程大きくはない。

 後ほんの僅かでも蹴りが遅れていれば――脱出が遅ければ間違いなくまともに攻撃を受け、
下手をすれば下顎を砕かれていたかもしれないが……。
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:51:44.37 ID:/sY3L3QG0
 一方、暁の方はというと。
 首に手を当てながら、ニ、三度右に左にと傾けて、首の調子を確かめていた。

 どうやら、様子を見る限りは大したダメージを受けていないらしい。
 ジャンの拳を受ける直前に、顔を逸したからだ。

 あの一瞬で、二人は攻撃を避けるべく行動を起こしたのだ。
 並の反射神経と格闘センスで出来る回避行動ではない。

 ククククッ、と暁が笑いを漏らす。
 闘いを――楽しんでいるのか。不気味である。
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:53:17.92 ID:/sY3L3QG0
 暫くの間笑ったかと思うと、暁はふいに視線を移す。視線の先では、木山春生と御坂美琴が
激戦を繰り広げていた。

 あっちは盛り上がってる見てえだな、と言って暁は己の身の丈程はある、コンクリートの
瓦礫に手をかける。
 朽ちたビルから落ちてきたものだろう。重量は数百キロをゆうに超えている。

 暁はその瓦礫を持ち上げ、

「じゃあ、こっちも盛り上がんねえとな!」

 と声を張り上げると、ジャンに向かって放り投げる。
 同時に、、瓦礫に追従するかのように、暁も駆けた。
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:55:55.74 ID:/sY3L3QG0
 空気を切り裂く音と共に、瓦礫が――暁と共に――飛来する。
 瓦礫をまともに受け止める事はまず無理だろう。
 ならば、避けるしかない。

 ――避けるしかないのだ。

 ジャンは身を屈め、アスファルトの地面を蹴り上げ、ロケットのように力強く前進すると、
瓦礫がぶつかると思われた瞬間に身をひねり、瓦礫をかわす。
 轟音を耳に残して、瓦礫はジャンの横を過ぎ去っていく。

 続いて、暁の姿がジャンの視界に映る。
 両者の視線が交わった時から、脳からアドレナリンが過剰に分泌され、自分を含めた周囲の
動きがスローモーションになる。
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:56:50.16 ID:/sY3L3QG0
 筋肉の収縮が、体内を巡る血の流れが、心臓の鼓動が全てゆっくりとした世界で、二人は
大きく腕を振りかぶり、相手の顔面めがけて拳を突進させる。

 互いの拳が命中した瞬間――時間は元のスピードを取り戻す。
 それと同時に大きな衝撃音が響き、二人は吹き飛ぶ。一度、二度、三度とバウンドし、
数メートル程体を地面に擦るようにスライドして、無様に着地した。
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 21:57:33.10 ID:/sY3L3QG0

「がっ……痛えな……!」

 呻き声と共に、ジャンがゆっくりと立ち上がる。
 暁はダメージが残っているか、未だ体を仰向けにしたまま寝そべっていた。
 ジャンは暁へと歩み寄る。

「……情けねえ。また、負けちまったか」

 暁は空を見上げたまま、ジャンに視線を向ける事なくそう言った。
 スプリガンに負けたのは、これで二度目なのである。
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 22:03:49.98 ID:/sY3L3QG0
「俺のパンチよりも先にテメエのパンチが当たったからな……。
 おかげで俺のパンチの威力が削がれちまった」

「タコが。だからって痛くねえ訳じゃねえんだよ! マジで顎が吹っ飛ぶかと思ったぜ」

「そうすりゃあ、その減らず口も少しは減るかもな」

「おい、ぶん殴るぞテメエ」

軽口を叩く暁をジャンはねめつける。
それより――と暁はやっとジャンへ目を向けた。
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 22:04:33.71 ID:/sY3L3QG0
「あっちの方はどうなってやがる」

問われたジャンは、こことは別の戦場へ目を向けて、

「あっちも終わったみてえだな」

 と言った。
 暁は右腕を支えになんとか上体を起こすと、ジャンの視線を追い、勝敗を確かめる。

「負けちまったか……」
495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 22:06:17.02 ID:/sY3L3QG0
「ならいい加減教えちゃあくれねえか。あの先生は一体何をしようとしてたんだ?
 あの先生の言った事だけじゃあ、どうも要領を得ねえ。俺ぁ、元々その事を尋きに
 こんな所まで来たんだぜ」

「ガキ共を助けるためだとよ」

 暁は淡々とした口調でそう言った。

「ガキ?」

「自分の教え子が学園都市の実験体にされて意識不明なんだと。
 で、助けだす方法を探るために、ツリーダイアグラムっつう演算機器が必要らしいが、
 学園都市側が一介の研究員である木山に使用許可を認めるはずもねえ。
 だからレベルアッパーを使って、人間の脳を演算機器の代用にして、ガキ共を救う手立てを
 探るんだと」
496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 22:08:18.11 ID:/sY3L3QG0
 人体実験か、とジャンは誰にでもなく言った。

 ここにきて漸く、今回の事件の全容を理解したのだ。木山が述べたあの不可解な例えも、
自分をなぞって言ったのだろう。
 
 だとしたら、木山もまた被害者なのかもしれない。
 だからといって、木山のした事が許される訳ではないのだろうが……。
 暁がゆっくりと立ち上がる。

「おい、どうするつもりだ」

「決まってんだろ。俺はあの先生の護衛を依頼されたんだぜ。だったら、あの女引っ下げて、
 逃げるに決まってんだろうが」

「まだあきらめてねえのかよ」

「当たり前だろうが。あの女があきらめるまで、俺の仕事は終わらねえんだ」
497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 22:11:00.86 ID:/sY3L3QG0
 暁がそう言って、木山の元へ向かおうとした時だった――。

 木山春生の体に異変が訪れる。
 両手で頭を抱え、激しい痛みに襲われているかのように大きく口をひらいて呻き声を上げると、
程なくして、膝をついた。

「なんだ……ありゃあ……」

 呆然とした様子でジャンが口を開いた。
 木山の体から、無色透明の一本の筋が宙に向かって伸びたかと思うと、それは空気を送られた
風船のように先端から膨らみ、徐々に形を成していく。

「……胎児……か……」
498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 22:13:34.35 ID:/sY3L3QG0
 息を吐くのも忘れて、己の目に映る光景に見入っていた暁が呟く。
 暁によって胎児――と呼ばれたそれは、母(木山)と己を繋ぐへその緒(筋)を断ち切り、
独立して宙に浮いていた。

 それの頭部は異様に大きく、手足は短い。頬まで裂けた口に、ギョロリとした大きな赤い目。
頭部には、宗教画に描かれるような天使の輪が浮かんでいる。

 異形――無垢なる胎児を示すには相応しくない言葉ではあるが、宙に浮かぶそれは正しく
異形だった。
 異形は大きく開かれた目を三百六十度回転させて、周囲の景色をなめるように見回すと――。

 ――ギぎGiイいIヤYaやAあアぁaァaァァ!!!!!

 およそ赤子とは考えらえない、首を絞められた鳥のような産声を上げた。
 それは、この世に生を受けた喜びの声か。
 ――それとも。
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 22:15:31.07 ID:/sY3L3QG0
短いですが、今日はこれまで。
一応、来週までには終わる……予定なんで。
その時にまた、よろしくお願いします。
500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 22:46:06.85 ID:if5h247D0
501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 23:09:12.42 ID:8glIb9yho

むしろジャンはコスモス戦までは獣化してナンボみたいに思ってた節がある印象があるんだけどなぁ
もっかい読み返そう
レス返しは投下完了後でいいと思うよ
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/07(月) 05:56:52.23 ID:q3moL4gAO
自分から進んで獣化したのは朧の時だけじゃね
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/07(月) 15:21:07.43 ID:oE4T+lxK0
獣人伝承編じゃ、はっきりと獣化を否定してるが、家族の死で自分の意思だけで獣化している。
一方、月夜の山と最終戦闘では、完全に自分の意思で獣化を押さえ込んでいる。
曰く「自分を見失ったせいで朧に良い様にやられた」
  「俺の反射神経とスピードなら、冷静な判断さえ失わなければ負けることは無い」
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/13(日) 02:00:24.91 ID:Jp828vCAO
>>1大丈夫かな
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/13(日) 02:01:42.92 ID:9ejAZO1Ko
>>1はAMスーツ着てるから大丈夫だろ
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/13(日) 16:30:41.86 ID:RNu83L3m0
>>504
>>505

難民指定されましたけど、生きてますよ〜。
とりあえず、今週の投下はちょっと取りやめでいいですかね……。
来週の土日のどちかにまた投下させてくだせえ。
ではでは。
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/13(日) 16:35:15.31 ID:RNu83L3m0
ちなみに皆無事?
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/13(日) 19:34:08.01 ID:DH9bXciUo
東北の日本海側ですが
無事ですよ
ただ、ガソリン、灯油が
調達の見込みがないのがいたい
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/13(日) 19:39:38.16 ID:9ry92Wg+o
東海圏なので問題ない
再開は落ち着いてからでいいと思うが?
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/13(日) 21:08:46.17 ID:adP2jUnAO
気が紛れるなら投下するといい。

電気ヤバいなら寝とけ
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/13(日) 22:16:20.62 ID:RNu83L3m0
おお、皆無事でよかった。
とりあえず、続きはまた今度で。
512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/13(日) 23:54:44.52 ID:fGpg+Wvm0
無事で何より。
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/20(日) 14:13:48.29 ID:BOE4Ah0X0
1です。

次の投下は明日の21時にします。
では、また明日。
514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:17:30.41 ID:p9BdsJbX0
じゃあ、始めます
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:20:50.74 ID:p9BdsJbX0
「なによ……これ……」

 突然目の前に現れた異形を目の前にして、茫然自失としながらも、肺から空気を
絞り出すようにして出た言葉がそれだった。

 体は硬直し、未知なる恐怖に全身の毛が逆立つ。自分の意志に反して足は勝手に振るえ、
汗が額を伝って頬を流れた。瞬きすらも忘れたかのように、目は大きく見開かれたままと
なっている。

 美琴はレベル5の能力者ではなく、一人の少女として当たり前の反応をした。
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:21:24.82 ID:p9BdsJbX0
 ギョロリと異形の大きな赤い目が動く。

 ――美琴と異形の視線が重なる。
 ひっ、と悲鳴を上げると、美琴は異形の視線に圧されるようにして一歩退いた。
 ふいに、美琴は己の手を握る存在者を感じる。

 白井黒子だ。
517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:22:16.05 ID:p9BdsJbX0
 じっとりと汗で湿った手。黒子もまた、目の前の異形に恐怖しているのだと美琴は知る。

 黒子もジャッジメントである前に、一人の少女なのだ。むしろ、中学校一年生の少女に、
ジャッジメントとして毅然とした態度を取れと言う方が、無理があるというものだろう。

 恐ろしい程静寂とした空間に、ゴクリと生唾を飲み込む音が響いた。
518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:23:28.63 ID:p9BdsJbX0
 異形は二人を敵――敵味方の区別があるかは分からないが――と認識したのか、大口を開け、
鼓膜をつんざくような咆哮を上げた。
 びりびりと大気が振動し、異形の周囲の大気が目に見えて分かる程歪み、朽ちたビルの壁面に
ヒビをつくり、ボロボロと崩れ、突き出た鉄骨が音叉(おんさ)のように細かに振動する。

 人の心に不安を掻き立てるような声に、二人の少女は思わず両手で耳をふさぐ――が、
それでも音は少女の細指をすり抜けて、びりびりと鼓膜を刺激する。

 感覚器が刺激され、平衡感覚が狂い、視界がぐにゃりと歪み始めた頃――音はピタリと止む。
519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:26:25.11 ID:p9BdsJbX0
 咆哮が止んだ。
 代わりに、パラパラと礫が地面に落ちる音が聞こえる。
 異形の周囲に散らばっている数十センチ程の大きさをした瓦礫が、糸で吊るされているかの
ように浮かび上がり、小さな破片を落としていく。

 瓦礫は、異形の周りをクルクルと漂うように回っていたが、やがて動きは緩慢になり、
ピタリと宙空に制止する。
 美琴と黒子は、黙ってその光景を見ている事しかできなかった。

 蛇に睨まれた蛙のように、体が弛緩(しかん)して動かなかったのだ。
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:28:27.11 ID:p9BdsJbX0
 お姉様、と黒子は異形と目を合わせたまま小声で話しかける。

「直ぐに『アレ』から距離を取るべきだと――黒子は思いますの」

「良い――考えだと思うわ」

 それでは、と言って黒子はテレポートを行うために、脳内で緻密な演算を始める。
 周囲の空間を把握し、テレポート先の座標を固定するまで、一秒にも満たない時間だった。

 ――その僅かの間に、異形が動いた。
 
 突然、浮翌遊する瓦礫が次々と二人に襲い掛かる。

「ちょ、黒子!」

「分かってますわ!!」

 間一髪。
 黒子は美琴と共にテレポートをする。
521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:29:25.63 ID:p9BdsJbX0
 瓦礫は目標を見失い、地面と衝突して粉々に砕け散った。
 ほっ、と胸を撫で下ろして安心したのも束の間、異形の周囲にある瓦礫が次々と浮かび上がり、
二人に向かって飛来する。

 黒子はその度、脳内で緻密な計算を行い、テレポート先の座標を指定し直して何度も跳躍する。
 しかし、何度テレポートを繰り返しても、瓦礫は黒子を追跡するように幾つも飛来する。

 幾つも、幾つも、幾つも――。
 際限がない。
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:30:37.19 ID:p9BdsJbX0
 不幸な事に、ここは朽ちたビルが立ち並ぶ区画だ。
 弾となる瓦礫はそこら中に、転がっている。

 本来なら、学園都市の然るべき機関が区画整理を行い、道端に落ちている瓦礫の撤去や、
朽ちたビルの補修、或いは取り壊しを行うべきなのだろうが――。

――職務怠慢ですわね。

 黒子はテレポートを行いながらも、心の中で毒突いた。
 瓦礫が飛来する。
 黒子、右と美琴が叫ぶ。

「しつこい――ですわよっ!!」

 すかさず、黒子は美琴共に空間転移する。
 何度も、何度も――。
523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:31:43.42 ID:p9BdsJbX0
 これで――。

 ――何度目のテレポートでしたかしら。

 黒子は胡乱(うろん)な頭で考える。
 支部からここまでの移動に二十四回。
 廃ビルの中に倒れ伏していたアンチスキルの隊員達を、安全な場所へ送り届けるために三十三回。
 移動のために八回。
 そして飛来する瓦礫をかわすため、今行ったテレポートで六回。

 計七十一回。

 ――新記録ですわね。

 度重なる能力の使用に、黒子の脳は限界を超えていた。
524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:33:41.75 ID:p9BdsJbX0
 度重なる能力の使用に、黒子の脳は限界を超えていた。
 視界がぐにゃりと歪み、頭の中はミキサーで捏ねくり回されたかのように澱んで、
いつ意識を手放してもおかしくはない状況にあった。

 にも関わらず、彼女がテレポートを続ける事ができるのは、気力と――姉と呼び慕う
御坂美琴の温かな手の感触があったからだった。

 だがしかし、そんな無茶がいつまでも続くはずがない。
 どれだけ精神力で肉体を補おうとしても、限度というものあるのだから……。
 事実、黒子は今自分がなぜ、テレポートを繰り返しているのか解らなくなってきていた。

 黒子は最後の力を振り絞って二、三十メートル程跳躍すると、

「お姉様……申し訳ありませんが……黒子はここまでですわ……」

 と苦しげな顔をして美琴に体を預け、意識を手放した。
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:35:37.10 ID:p9BdsJbX0
「――黒子っ!?」

 美琴は黒子の体をかばいながらも、次々と飛来する瓦礫を迎撃する。

 鉄芯入りのコンクリートの塊が飛んでくれば、協力な磁場を展開して軌道を逸らし、
ただの石屑が飛んでくれば電撃で粉微塵にする。時には、金属製の標識やマンホールの蓋を
シールドとして活用し、攻撃を防ぐ。

 飛来。
 ――迎撃。
 飛来。
 ――迎撃。
 飛来。
 ――迎撃。

「ああ、もうっ!! 本っ当にしつこいわねっ!!」

 防戦一方である。反撃は一切ない。いや、正確には反撃できないのだ。
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:37:08.17 ID:p9BdsJbX0
 美琴の力ならば、この程度の弾幕など、レールガン(超電磁砲)一発で掻き消す事は
容易(たやす)い。
 だが、防御から攻撃に転じれば、僅かな隙が生じる。そうなれば、黒子の体に瓦礫が命中する
可能性がある。
 だから美琴は、防御に徹した。大切な後輩を守るために――。

 しかし、防御に徹しているだけでは、戦いに勝つことはできない。そんな事は美琴も承知して
いる。――承知しているのだ。

 防御に徹したという事は勝ちを放棄した訳ではない。――いかにして状況を打破するか、勝機を
窺うという事なのだ。

 だからこそ、美琴はじっと耐えて機を窺う。機は必ず訪れると信じて……。
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:39:13.00 ID:p9BdsJbX0
 ――突如、美琴の背後から銃声が鳴る。

 それは、機が訪れた音。
 鋼鉄の弾丸が瓦礫を撃ち落とし、異形の肉を裂き、穴を穿つ。
 美琴の耳に、戦場に似つかわしくない、飄々(ひょうひょう)とした声が届く。

「おいおい、しっかりしろよ。それで本当にレベル5なのか」

 美琴を守るかのように、眼前に男が立ちはだかる。
 太陽に当てられた金色の髪が目に痛い位に輝きを放ち、風に揺られてそよめき、硝煙の匂いが
美琴の鼻腔をくすぐる。

 男は首だけを美琴に向けると、口角を持ち上げて不敵に笑った。
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:40:36.54 ID:p9BdsJbX0
「遅いわよ! このバカッ! 助けるならもっと早く助けなさいよ!」

 助けられた手前、普通ならば素直に礼を言うべきなのだろが、美琴はあえて悪態を就いた。
 そいつは悪かったな、と男――ジャン・ジャックモンドはおどけた調子で言った。

「こいつを取りに行くのに時間が掛かっちまってな」

 ジャンは肩に銃を置く。

「それ……どっから持ってきたのよ」

「暁の野郎が――な」

 廃ビルの中に隠し置いていたのだ。
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:41:18.87 ID:p9BdsJbX0
「持ってき来てたって訳。……呆れたわ。学園都市になんて物騒なモン持ち込むのよ」

「まあそう言うな――」

 よ、と言葉を続けつつも、ジャンは異形に向けて銃を撃つ。
 銃口から射出されたリップスティックのような形状をした弾丸は、内包したパチンコ玉のよう
小さな弾丸を拡散させ、点ではなく面で対象を制圧し、蜂の巣のような弾痕を残す。
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:44:31.98 ID:p9BdsJbX0
このような特殊な弾丸を射出する銃を、通称ショットガン(散弾銃)と呼ぶ。

 ショットガンといえば、一発弾丸を発射するごとに、手動で薬莢(やっきょう)を排出しな
ければならないイメージがあるが、ジャンの持つショットガン――名をフランキ・スパス12
というのだが――はセミオートマチックポンプアクション――半自動的に薬莢を排出してくれる
ため、一々手動で薬莢を排出する必要はない。

 つまりは、弾丸を連続して発射する事ができるという訳だ。
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:45:42.76 ID:p9BdsJbX0
「たくっ、来た早々爆発に巻き込まれるわ、戦闘バカに絡まれるわ、挙句の果てにはB級映画の
 怪獣が出てきやがった。とんでもねえ街だな、学園都市っつうのうは」

 ぼやきながらも、ジャンは攻撃の手を緩めない。
 引き金を引く度に薬莢が排出され、、銃口から射出された弾丸が、内包する小さな鉛玉を
拡散させて異形の体に無数の穴を穿つ。

 異形は――苦しんでいるのか、太く短い手足をバタつかせて、金切り声を上げる。
 しかし、次第にその手足も削られていき、ジャンが全ての弾丸を打ち終わる頃には、異形は、
文字通り肉の塊と化していた。

 ジャンはショットガンに弾薬を詰めながら、物言わぬ肉塊から目を外すと、それでと言った。
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:48:02.72 ID:p9BdsJbX0
「気ぃ失ってるみてえだけど、白井は大丈夫なのか?」

 美琴は目を大きく開いて穴だらけとなった肉塊を見る。それからやっとジャンの方に目を向け
て、問いかけに答えた。

「あっ――う、うん、多分能力の使いすぎだと思うから大丈夫だと思う。この娘には、ちょっと
 無理させすぎちゃったみたい」

 はあん、とジャンは鼻を鳴らした。

「じゃあ、そいつ連れて下がってな」

「は?」

 美琴は口を半開きにして間抜けな顔をした。

「なに言ってんのよ。あの怪物なら今あんたが倒したじゃない。だったらもう危険な
 事なんか――」

「まだだ」

 見ろ、とジャンは怪物を顎で示す。
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:49:01.49 ID:p9BdsJbX0
「嘘……再生してる……の」

 肉塊に穿たれた無数の穴から肉が盛り上がり、コロコロと鉛玉が地面にこぼれ落ちる音が鳴る。 暫くすると、吹き飛んだ手足も再生し終え、異様に盛り上がった肉によって、異形の体躯は
元の大きさの数倍にまで膨れ上がっていた。

「見た通りだ。あのバケモンはこのくらいじゃあ死なねえよ。解ったらとっとと逃げろ。邪魔だ」

「邪魔って、あたしはまだやれるわよっ!」

「そいつを連れてか?」
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:49:46.80 ID:p9BdsJbX0
「それは」

 無理だろう。
 誰かを庇いながら相手にできるような相手ではない事を、つい先程身を持って知ったばかりだ。

 肝心な場面で力になられない自分が悔しくて、美琴は歯噛みする。
 ぽん、と美琴の頭にジャンの手が置かれる。

「ガキが無理してんじゃねえよ。こっから先は俺らにまかせときな」

 まあそう言う事だな、と声が割って入った。

「あんたは」

 声の主は、銃を携えた暁巌だった。
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:50:56.10 ID:p9BdsJbX0




「AIM拡散力場の集合体――か」

 未だ、体の各所に美琴から受けたダメージが残る中、木山は無理矢理にも体を起こして、自身
が生み出した怪物を眺めると、誰にでもなくそう呟いた。
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:52:32.19 ID:p9BdsJbX0
 ――AIM拡散力場。
 能力者が無自覚に流す微弱な電波。

 木山はそれを、自身と他者の脳を繋げる、謂わば通信装置として活用した。つまりは、
AIM拡散力場を通して、一万を超す能力者達の脳を束ね、巨大なネットワークを構築したのだ。

 そうやって構築したネットワークを利用して、木山はツリーダイアグラムに匹敵する演算を
行い、子供達を救う手立てを見つけ出そうと考えた訳だ。
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:53:44.11 ID:p9BdsJbX0
 しかし――予期せぬ事態が発生する。
 木山の脳の制御下に置かれていたネットワークが、暴走を起こしたのだ。

 鎖が外れ、自由の身となったAIM拡散力場――否、力無き者達の意識の集合体は何を
思うのだろうか。

 ――妬み。

 ――羨み。

 ――憎しみ。

 ――悲しみ。
 
 ――怒り。

 ――恨み。

 ――嘆き。

 ――苦しみ。

 或いは――。



 ――その全て。
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 21:55:41.91 ID:p9BdsJbX0
「負の感情の集合体か」

 木山は自嘲の笑みを浮かべる。
 宙に浮かぶ怪物が、自分の心の醜さと浅ましさを現しているような気がした。

 なあに笑ってやがんだ先生、と語りかける者があった。
 声の主は――暁巌だった。

「無事だったか」

「あんたも――まあ、大丈夫そうだな」

 木山は薄く微笑った。

「無事……なものか。まだ体が痺れて……思うように動かない。肩を貸してくれると助かる」

 仕方ねえな、とぶっきらぼうに言いながらも、暁は木山を抱き抱えて 異形から離れるように
走り始める。

「――私は肩を貸してくれと頼んだが?」

「こっちの方が動きやすいんだよ」

 それもそうか、と木山は納得した。
 そして、暁と男の名を呼んだ後に、アレを止めてくれと言った。
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:00:56.44 ID:p9BdsJbX0
「止めるのはいいが、先にあんたを安全な場所に送り届けるのが先だぜ」

「だったら、私を車の所まで連れて行ってはくれないか」

 車――とは、ここ――第十九学区に逃走する際に使用した青いスポーツカーの事だろう。
 言われるがまま、暁は木山の車が置かれた場所まで足を向ける。

「私の予測が正しければ、今現状、アレに攻撃を加えても無意味だ」

「どういうこった?」

「アレはAIM拡散力場の集合体――君に解り易く言うのであれば、私が利用した者達の
 意識の集合体だ。ならば、レベルアッパーによって意識不明になっている者達がいる限り、
 アレは存在し続けるという事だ」

「不死身って事か」

「異様に再生力が優れていると言った方が正しいな。アレを傷つけたところで、直ぐに再生を
 始めるはずだ」

「じゃあアレを倒すにはどうしたらいい?」

「元から断てばいい。つまりは、レベルアッパーというウィルスを消失させるワクチンを打てばいい」
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:03:03.70 ID:p9BdsJbX0
「おいおい、今から病院回ってワクチンを打ちに行くなんてチンタラしてたら、あのバケモンに
 学園都市は破壊されぞ」

「安心したまえ。レベルアッパーは音で脳に刺激を与えたように、ワクチンソフトも音で脳に
 刺激を与える仕組みになっている。私の車に備え付けられているモバイル端末からハッキングを
 かけて、学園都市中にワクチンソフトを流せば、数秒で事は済む」

 成程、と暁は納得した。
 だが、それと同時に思う事もあった。
 ワクチンソフトを流すという事は、レベルアッパーの消失――つまりは計画の終わりを
意味する。
 それでは、子供達は――。

「いいのか」

 暁は神妙な顔をして尋ねる。
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:04:30.16 ID:p9BdsJbX0
 木山はこつこつとこめかみを叩いて、大丈夫だと答えた。

「演算は既に終わっている。安心したまえ」

 だから――。
 アレを止めてくれ、と木山は改めて傭兵に依頼した。

「まかせときな。――まあ、あんたに頼まれなくても俺はやるけどな。なんてたって、
 あんなバケモンと戦えるなんてそう滅多にねえからなあ」

 暁は口端を持ち上げて、獲物を前にした獣のような笑みを浮かべると、木山を目的の車まで
送り届け、戦場へと舞い戻って行った。
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:11:15.05 ID:p9BdsJbX0



 異形は呻き声を上げると、大気中にある僅かな水分を凝固させ、鋭利な氷の刃物を幾つも
作り出す。
 宙に浮いた刃は目標を定めると、切っ先を向けて襲い掛かる。

 ジャンと暁は、右に左にと体を揺さぶるようにしながら駆け、氷の刃をかわしながらも、
ズシリと重い黒金から鋼鉄の弾丸を射出して、反撃をする。

 異形は弾丸によって体を削られていく度にノイズ混じりの呻き声を上げ、苦しげに手足を
バタつかせる。
 ――が、やはり異形の体は直ぐに再生を始め、元の――否、元よりも幾倍に肉は膨れ上がって、
体は大きさを増す。その大きは既に、十数メートルにはなっていた。
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:12:15.47 ID:p9BdsJbX0
 意味を為さない――というよりも状況を悪化させるだけの攻撃に、ジャンは苛立ちを
覚えていた。
 だからといって攻撃の手を緩める訳にもいかない。
 ちっ、と舌打ちをする。

「たくっ、厄介なバケモンを生み出してくれたもんだぜ」

 ぼやきながらも、ジャンは足を止めない。氷の刃が休みなく向かってくるのだから止められない
のだ。

 ――嫌になる相手だ。

 ジャンの最も不得意とする相手だ。
 幾ら攻撃を加えても確かな手応えがない。面倒だ――とも思う。可能ならばこういった
手合いは、暁にでもまかせておきたいところだ――が。

 そういう訳にもいかない。
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:13:14.43 ID:p9BdsJbX0
 目の前に浮かぶ怪物は止まらない。市街地にでも現れれば、有象無象問わず無差別に攻撃を
繰り出し、甚大な被害を及ぼすだろう。
 寂れた場所で、かつある程度避難が完了している第十九学区だから未だ被害はないのだ。

 ここから、この怪物を出す訳にはいかない。
 断じて。

 正義感を振りかざす訳ではないが、ジャンは大量殺人を見過ごすような真似はしない。
 口は悪いが、心の内に――決して表には出そうとしない――優しを秘めているのが、
ジャン・ジャックモンドなのだから。
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:15:45.47 ID:p9BdsJbX0
 もう少しで、戦闘が始まってから五分は経過する。

 戦闘が始まる前――。
 暁は語った。

 異様な再生力の要因となっているもの、木山春生が為そうとしている事を簡単に説明し
十分の間、アイツをここに足止めしろ――と。
 タイムリミットまで残り五分を切った時だった。

 きゃあ、と少女の悲鳴が上がる。
 異形の放った攻撃の流れ弾が、身を隠していた佐天の近くに落ちたのだ。

「バッカヤロウ!!」

 その言葉は誰に吐いたのだろうか?
 異形か、佐天か――或いは自分にか。

 兎にも角にも、ジャンはがむしゃらになって駆ける。
 この学園都市に来てできた、知り合いを守るために――。
 ――佐天を守るように立ちふさがる。
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:20:01.49 ID:p9BdsJbX0
ジャンさん――と涙目になりながらも、佐天は安堵の笑みを浮かべる。

「無事か?」

 ジャンはいつもの生意気そう顔で余裕の笑みを浮かべると、そう尋(き)いた。
 はい――と佐天は言葉を返そうとしたが。


 ――それは出来なかった。
 赤い飛沫が少女の顔に飛ぶ。

「えっ?」

 何が起こったのか、始め、佐天には理解できなかった。
 目を大きく見開き、己の顔に付着した液体に触れる。

 真紅の色をした、粘着質の液体。液体の96%を構成する赤血球と呼称される物体が、液体が
赤い原因なのだと、佐天は小学校の頃に習った記憶がある。

 人はそれを血――と呼ぶ。

 血の中に含まれる鉄分が鉄の錆びた匂いをさせ、佐天の鼻腔を刺激し、遠のこうとした意識を
現実に引き戻す。あ、あ、と呻き声を上げ、

 ジャンを見る。
 血の色に染まった氷の刃が、ジャンの腹部を貫いていた。切っ先からは、ポタポタと滴が
滴(したた)り落ちている。
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:22:56.87 ID:p9BdsJbX0
「ジャン……さん?」

 恐る恐る尋ねる。
 ジャンは苦しげに顔を歪ませながらも、佐天に心配をかけさせまいとしているのか、
笑みだけは崩さなかった。

「ジャンさん! ジャンさん! ――ねえ、ジャン!! 何か……何か言ってよ!!」

 うるせえな、とジャンは額に大量の汗を滲ませながら、腹部を貫いた氷の刃を力尽くで
引き抜く。

「喧しいこと……この上ねえな……お前は……」

 傷を負っても、相変わらずの減らず口はなくならない。
 バカ、と佐天は怒鳴りつけた。
 そして傷口に手をやって、懸命に溢れ出す血を止めようとする。

「なに……やってんだお前。んな事は……いいから……さっさと逃げろ」

 嫌々と佐天は涙を流しながら首を振る。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:24:42.32 ID:p9BdsJbX0
「なんでテメエが……謝る」

「私のせいで……私のせいだから……」

「バカ……。誰が……んな事言ったよ」

「でも!」

「デモもヘチマもねえ……! いいからさっさと逃げろ!」

「そんな傷でまだ戦うんですか!? 無茶ですよっ!」

「傷? ……こん位の傷ならまだ戦えるさ」

 無理しないでください、とそれでもなお食い下がろうとする佐天に、ジャンは腹部の傷口を
見せる。
 腹部の傷は――普通なら有り得ない事なのだが――少しずつ肉が盛り上がり始め、あれだけ
溢れ出していた血も止まりかけていた。

 嘘っ、と佐天は声を漏らす。
 ジャンはばつが悪そうに顔を背けると、俺は半分人間じゃねえんだよと言い残して、異形に
向かって駈け出した。

 佐天は、悄然とした様子でジャンを見送ることしかできなかった。
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/21(月) 22:26:08.12 ID:p9BdsJbX0
今日はここまで。
続きは、多分今週の日曜……だと思う。
ではでは。
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/03/21(月) 22:28:09.38 ID:c7lgYDtNo
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2011/03/22(火) 09:50:52.05 ID:wR++oBmC0
>>1
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/03/22(火) 11:50:08.31 ID:eoGOJixv0

このジャンは、獣人化の衝動が抑えられるのか。
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/03/22(火) 12:42:26.75 ID:rl8CKpIAO
コスモス後なら出来るでしょ
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/23(水) 14:29:32.59 ID:/CgJyuv20
本物のスプリガンにボコボコにされても獣人化しなかったしな
555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 14:06:49.45 ID:lzPVat+A0
1です。

いきなりですが、今日の21時くらいか投下始めます。
ちなみに、今日の投下でレベルアッパー編は終了です。長かった……。
では、21時にまた。
556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:05:27.25 ID:lzPVat+A0
じゃあ、始めます
557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:06:36.59 ID:lzPVat+A0
 ――自分が人間ではないとに気づいたのは、何時の頃だっただろうか。

 ――嗚呼確か、十歳の誕生日を迎え、子供という名の殻を破り始めた頃だったはずだ。

 ――あれはそう、生まれ故郷のフランスで、母親のマリアと弟のマークと共に、娼婦街で
   過ごしていた時だった。

 ――その時の娼婦街は酷い有様だった。
558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:07:50.80 ID:lzPVat+A0
 娼婦街で働く貧者達の収入の大半を奪い取る、金の匂いと、弱者をいたぶる才能を持った、
シンジケート(犯罪組織)という名の悪魔に牛耳られていたからだ。

 当然の事ながら、収入の大半を奪われる貧者達はさらに貧しくなり、日々の生活もかつかつで
あった。

 抵抗は許されない。

 十人やそこらの規模の犯罪組織であれば、街の者総出で歯向かえばなんとかなるが、
相手は百人近くの構成員で束ねられた大犯罪組織だ。貧者の剣が届くはずもない。
559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:08:52.30 ID:lzPVat+A0
 警察も当てにはならない。――というよりは当てにできない。

 娼婦街は謂わば、最下層に位置する貧者――主に女達が、国の庇護を受けない代わりに、
国に助けを求めることをしない条件で出来た、掃き溜めのような街だ。

 故に、国に助けを求める事はできない。仮に助けを求めたとしても、恐らく国は
動いてくれない。なぜなら、国にとって娼婦街の貧者達はお荷物であり、国の恥部なのだから。
――もしかしたら、死んで欲しいとさえ、思っているかもしれない。
560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:10:26.27 ID:lzPVat+A0
 結局、何処にも行き場のない貧者達は、どんなに辛くても娼婦街に残るしかなく、
泣く泣く収入の大半を上納金として、シンジケートに納めていた。

 しかし、娼婦街の片隅に捨てられていた赤子が十歳の誕生日を迎えた頃、転機は訪れる。
その日を境に、娼婦街に存在したシンジケートのアジトは、一人の少年によって次々と
壊滅させられていき、最終的には、娼婦街から手を退かざるをえなくなる。

 シンジケートは完全なる敗北を喫したのだ。人間離れをした驚異的な力を持つ、たった一人の
少年の手によって。
561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:11:39.43 ID:lzPVat+A0
 少年の名は、ジャン・ジャックモンドと言う。
 それ以来、ジャンは娼婦街のマルス(守護神)のような存在となった。

 その頃にはもう、ジャンは娼婦街の娼婦達や飲んだくれの親爺達と家族のような付き合いに
なっていた。
 誰の目にも、平和が訪れたように見えていた。

 だが、シンジケートは完全にあきらめていはなかった。奴らは懲りずに、度々上納金の
支払いを求めて娼婦街に現れるようになる。
562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:12:34.85 ID:lzPVat+A0
 その度に、ジャンがシンジケートの連中を追い払う事になるのだが、ここで事件が起こる。

 今まで、一度たりとも傷を負った事のないジャンが、ある日の抗争で初めて傷を負う。一発の
銃弾がジャンの体を捉え、傷つけたのだ。

 傷が――痛みが――ジャンの本能を呼び覚ます。
563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:15:07.04 ID:lzPVat+A0
 瞬時に体の筋肉が膨れ、爪や犬歯が異様に伸び、顔は獣に近づき、瞳は猫のような縦に細い
黒目へと変化する。撃たれた傷は驚異的な速度でふさがり、体内に残された銃弾がコロンと音を
たてて落ちる。

 ――太古の技術によって創られたライカンスロープ(半獣人)の姿がそこにあった。

 一度そうなってしまったジャンは、敵と認識した動くものを破壊するまでは止まらない。
 その場に居た、十数人の武装したシンジケートの構成員は、一分も経たずに、文字通り肉の
ボロへと変わった。
564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:16:07.57 ID:lzPVat+A0
 血の海に一人佇むジャンは、その時初めて、自身が人ではない――ライカンスロープである
事を知った。そして、それは街の人間達にも知れ渡る事になる。

 しかし、街の人間達はジャンの正体を知ってもなお、誰一人街から追いだそうとはしなかった。
 堪らなくなって、ジャンは母に尋ねる。

 ――どうして何も言わない! 怖くないのか?

 ――俺は人間じゃないんだぞ!?
565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:17:58.59 ID:lzPVat+A0
 母は静かに答えた。

 ――いいかいジャン。

 ――あんたが何者であろうと、私達にゃ知った事じゃないよ。

 ――あんたは私やこの街の人が育てた事にゃ、間違いないんだ。

 ――あんな事でビクついてちゃ、こんな商売やってられないよ。

 ――それに私達はね、あんたよりよっぽど恐ろしいものを相手に仕事をしているんだよ。

 ――人間という化物を――ね。

 思えば、その時に言った母の言葉が、今のジャンを形成する要因となっているのかもしれない。
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:20:42.73 ID:lzPVat+A0



 戦闘が始まって十分が経過した頃、学園都市中になんとも形容し難い音楽が鳴り響く。
 それは聴く者しだいでは耳障りな雑音にも聴こえただろうし、或いは放送機器のテストを
行っているようにも聴こえただろう。

 だがしかし、異形と対峙する二人の男だけは、その音の意味を理解していた。
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:21:45.28 ID:lzPVat+A0
 即ち――。
 木山春生が事をを成し遂げたという事だ――。

 それを指し示すかのように、異形はノイズ混じりの叫び声を上げて突然苦しみだす。
 対レベルアッパー用のワクチンソフトの効果が、確実に現れているのだ。

 ならばこの怪物は、もう傷を再生させる事はできない。
 なぜなら、意識不明に陥っている者達と怪物を繋ぐラインが、今この時をもって断たれたの
だから。

 後はただ、眼前に浮かぶ怪物を力で叩き伏せるのみ。
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:23:06.29 ID:lzPVat+A0
「暁ィ!! やるぞ!!」

「ああ!! いい加減ガキのお守りも飽きてきたところだっ!!」

 二人はそれぞれの特性を活かし、攻撃を加える。
 ジャンは俊足の足を活かし、残像が生み出される程の超スピードでかく乱しながら、
暁はAMスーツの怪力を活かして肉弾戦を挑みながら――手に持つ黒金の引き金を引き、
鋼鉄の弾丸で、確実に怪物の肉を削ぎ落としていく。

 ここにきて、ばらばらだった二人の息がぴたりと合う。まるで、歯車の歯が噛み合うかの
ように――歯と歯の間に挟まった石を噛み砕き、砂へと変えていく。
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:24:55.77 ID:lzPVat+A0
 無論、異形も抵抗はする。

 氷の刃を作り、瓦礫を射出し、水をかき集めて津波を発生させ、重力場を形成して、
己の存在を否定しようとする存在を駆逐しようとする――が、かわし、受け止め、或いは
迎撃され、二人の男によって異形の放った攻撃はことごとく無効化されていく。

 もはや異形に、ジャンと暁を止める術はなかった。
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:27:17.82 ID:lzPVat+A0
 容赦なく、弾丸の雨が降り注ぐ。
 十数メートルあった異形の肉体は徐々に削られていき、数分が経過した頃には、
二、三メートルにまで縮んでいた。

 銃弾が肉に埋まる度にバタつかせていた短い手足は既になく、残るは胴体と頭だけとなり、
もはや宙に浮くだけの力はないのか、地に寝そべるように倒れている。
 文字通り、虫の息――である。

 ジャンは異形を見下ろすように目の前に立つ。同じく、暁もジャンの隣に立って異形を
見下ろすと、二人の男は銃口を異形の眉間に押し当てる。

 異形は、まん丸とした目を男達に向ける。まるで、何かを訴えるかのように。
 それを受けて、ジャンが口を開く。
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:28:06.52 ID:lzPVat+A0
「ちぃーとばっかし可哀想な気もするが――けど、このままって訳にもいかねえしな。
 恨むなら恨みな」

 ま、そういう訳だ、と続けて暁が口を開いた。

「うちの先生が勝手に生み出しといてなんだが、これも依頼なんでな。消えてもらうぜ」

 二人の指が引き金に掛かる。
 ――その時だった。

 ――俺だって能力者になりたかった。

 声が――頭の中に直接語りかけるような声が――響く。
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:29:35.71 ID:lzPVat+A0
「なんだこりゃあ? 声が直接……頭に響きやがる」

 暁は銃を握っていない方の手を耳に当て、辺りを見回すように、声を発信している者を探す。
 しかし、辺りにはジャンと暁しかいない。

 少しばかり離れた位置に御坂美琴、白井黒子、佐天涙子の姿はあるが、明らかに声質が違う。
 それに、この声は三人の少女にも聞こえているようで、驚いた顔をして、暁と同じ様に辺りを
見回している。

 頭に響くような声は続く。
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:30:34.02 ID:lzPVat+A0
 ――しょうがないよね。出来が違うんだから。

 ――所詮は凡人なんだ。天才に敵う訳がない。

 ――努力しても、あいつには追いつけない。誰も俺を見てくれない。

「こりゃあ……こいつの中に残っているガキ共の意識か」

 異形を形作る力なき者達の声――。
 無視され、阻害され、無能力者という名の欠陥品の烙印を押された者達の――誰にも
聞き入れられる事がなかった心の中の叫び。
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:31:08.41 ID:lzPVat+A0
 ――少し力があるからって馬鹿にしやがって!

 ――私はこんな惨めな思いをするために、この街にきたんじゃない!

 ――助けて……。誰か助けてよぅ!

 ――辛い……。苦しい……。惨めだ……。

 むーちゃん、と佐天は友人の名をぼそりと呟いた。
 頭に響く声の中に、少女の善く知った声が混じっていたのだ。
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:32:57.02 ID:lzPVat+A0
 ――あいつらの俺を見る目。人を見下すようなあの目がっ……!

 ――どこに行っても、レベルという名の序列が付き纏う。

 ――レベル0の私には、この街は肩身が狭い。

 美琴は未だ気を失ったままの後輩を抱きしめながら、気づいてあげられなくてごめんね、
と呟いた。

 精神面で強い美琴には解らない気持ちもある。
 つまりは、路傍の石に転んでこなくそっと立ち上がる者もいれば、地面に倒れ伏したまま、
立ち上がれない者もいるという事だ。

 人間、それぞれ違う行動原理で動いているのだから、それは仕方がないの事なのだが、
美琴はそんな当たり前の事に気付かなかった自分が情けなかった。
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:33:36.76 ID:lzPVat+A0
 ――だから、レベルアッパーを使ったっていいじゃないか!

 ――力が必要だっていうんなら、どんな手を使ったって!

 ――見返してやる!

 ――あいつらに……学園都市に私達の存在を知らしめてやるっ!

「私はそんな子供達の願いを利用したんだな……」

 そう言葉に出したのは、事件の首謀者として、終りを見届けに来た木山だった。
 力なき者達の声は、確かに木山春生に響いた。
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:34:23.77 ID:lzPVat+A0
 そんな中、ジャンはイラついたうような表情をして、静かに、だが善く通る声を上げる。

「結局、どいつもこいつも、力に振り回されちまったって訳か」

 下らねえと低い声で、とジャンは吐き捨てるように言った。

「使う側が、いつの間にか使われる側になってやがる。この街のガキ共は本当にどいつも
 こいつも、自分にとって何が大事か見失ってやがるな。呆れはてて、ものも言えねえぜ」
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:35:49.46 ID:lzPVat+A0
 同感だな、と暁も眉間に皺を寄せて言った。

「ぐちぐち文句垂れる暇があったら、もっと別の事にエネルギーを向けろよな。
 だからつけ込まれて、んな酷ぇめにあうんだよ。
 ――ま、それが分かってたら、病院のベッドでおねんねする事はないか」

 二人の言い放った言葉を、強者の理屈と捉える者いるだろう。
 しかし、誰だって初めは弱いのだ。暁やジャンだって勿論そうである。

 この声の主達はそれを理解していない。
 他者を特別だと思う事で、自身の不甲斐なさを誤魔化しているだけなのだ。

 言い換えれば、自分で自分を貶めているだけなのである。
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:36:40.87 ID:lzPVat+A0
 ジャンは不愉快そうに顔を顰(しか)めたまま、

「あばよ、ガキ共。目え覚めたら、今度はもう少し頭を柔らかくするんだな」

 と言って、暁と呼吸を合わせるように、同時に銃の引き金を引いた。

 閑散とした第十九学区に銃声が響く。

 肉の奥深くに隠れた、三角柱状の核と思わしくき物体を破壊された異形は活動を止め、
残った肉体はサラサラと砂状になって、風に飛ばされていった。
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:37:38.44 ID:lzPVat+A0



いいのか、と木山は訊いた。
いいんだよ、とジャンは返す。

「しかし、君は私を捕まえに来たのではないのかね?」

「誰がんな事いったよ。俺はただ、あんたがなんでこんな面倒な事件を起こしたのか、
 訊きにきただけだっつうの。
 ――ま、その上でふざけた事をぬかしたら、とっちめるつもりだったのは確かだけどな」

 木山は薄く笑んで、

「君も暁と同じく、変わった男だな」

 と言った。
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:38:25.75 ID:lzPVat+A0
 ジャンは蠅を追い払うかのように手を振って、煙たげな顔をする。

「あんな筋肉ゴリラと一緒にしねえでくれねえか。迷惑この上ねえぜ」

「彼も――そう言うだろうな」

 木山はクスクスと笑った。
 ジャンは不意打ちを受けたような顔をして、

「あんたも笑うんだな」

 と、失礼な事を言った。
 君も失礼なやつだ、と木山は言葉を返す。

 そして、礼は言わないよ、と神妙な顔をして言った。
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:39:35.32 ID:lzPVat+A0

「誰がんなモン頼んだよ。いいから、俺の気が変わらねえうちに行っちまいな。
 こっちは疲れてんだ」

 お言葉に甘えてそうさせてもらうよ、と行って木山は後ろを振り返る。そのタイミングで
丁度、木山が逃走の際に使用したスポーツーカーが目の前に止まる。

 運転席には暁が座っていた。

 木山は助手席側に座ってジャンに一瞥をくれると、出してくれと暁に言った。瓦礫が散らばる
アスファルトの道を、車は走り去っていった。
583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:40:21.82 ID:lzPVat+A0
 逃がしちゃっていいんですか、とジャンの背後から声がかかる。
 振り向くと、そこには佐天がいた。

 ジャンは、知らねえよとぶっきらぼうに言葉を返す。
 佐天はジャンの横に並び立つと、口を開いた。

「何も考えないで逃がしちゃったんですね」

「ああ。悪いかよ」

「いいえ。別に」

 そうかい、と言ってジャンは沈黙した。
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:41:14.31 ID:lzPVat+A0
 十秒にも満たない時間、沈黙が場を支配したが――私気にしませんから、という佐天の
言葉によって、沈黙は破られる事になる。
 ジャンは片眉を上げて、目線だけを少女によこす。

「ジャンさんが半分人間じゃなくたって、全然」

 だって、と佐天はジャンの前に躍り出ると、満面の笑みを向けて、

「地底人でも宇宙人でも怪物だとしたって、ジャンさんはジャンさんなんだから」

 と言った。
 ジャンはぱちくりと瞬きをする。

 一瞬――ほんの一瞬だが、佐天の顔に見入ってしまう。
 ジャンはそれを誤魔化すように顔を背けて、なに言ってやがんだテメエ、と言った。
 
佐天は不思議そうな顔をする。
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:42:50.27 ID:lzPVat+A0
「何言ってるんですか?
 ジャンさんが私に教えてくれたんですよ。力があろうがなかろうが、私は私。
 ジャンさんだって、人間だろうが人間じゃなかろうが、ジャンさんなんだし」

 それを、あの時私に教えてくれようとしたんじゃないですか、と佐天は尋ねた。
 ジャンは顔を背けたまま、さあ、どうだったかな、とやはりぶっきらぼうに言葉を返す。

「ああ! なんですかそれ! もしかして、あの時適当な事言ったんじゃないですよね?
 ひっどいな。私、あの時のジャンさんの言葉で、自分が馬鹿だったって気づけたのに」

「ほう、そいつは良かったな。バカ」

「ひっどーい! もう、本当に信じられませんね! やっぱり顔は良いのに、性格悪いですよ
 ジャンさんは!」

 ほっとけ、とジャンは言った。
 佐天は、じゃあほっときます、と言ってつんとした後に――ややあって堪えきれなく
なったのか、クスクスと笑った。

 丁度その時だった――。
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:44:02.76 ID:lzPVat+A0
 おーい佐天さん、という掛け声と共に、美琴と――意識を取り戻した黒子が手を振って現れる。
 佐天は手を振り返して、御坂さーんと声を返した。

 一方その頃。
 白井黒子の献身的なテレポートによって、安全な場所に移されたスキルアウトの元に、
合同本部から通信が入る。

 こちら突入部隊隊長と応答したのは、廃ビルの中で防弾シールドごと吹き飛ばされた
黄泉川愛穂だった。
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:45:19.40 ID:lzPVat+A0
「はい、ええ。――申し訳ありません。
 私達の部隊はジャッジメントの学生によって助けられたので、なんとか無事です。
 しかし、守るべき学生に守られるなんて、情けない限りです。
 ――はい、ええ、怪我をしてはいますが、命に別状はありません。直ぐに部隊を――」

 はっ、と黄泉川は黄泉川らしくない甲高い声を上げる。

「レベルアッパーによって意識不明となっていた患者が、全て意識を取り戻した!?
 ――ええ、それは本当ですか? はい、はい。分かりました。では、これより私達を
 助けだしたジャッジメントの学生と共に、本部に戻ります。はい。では――」

 黄泉川が通信を終えると同時に、周りで聞き耳をたてていた隊員達から歓声が上がる。
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:47:42.16 ID:lzPVat+A0
「やりましたね隊長!」

「良かった。本当に良かった」

それぞれ、思い思いの言葉を口にだす隊員達。しかし、黄泉川はそんな隊員達を一喝する。

「お前ら、喜んでばかりもいられないじゃん!
 今回の事件に限っては、うちらは被疑者を取り逃がし、学生に守られて情けないばかりだ!
 私自身も含め、本部に帰ったら一から鍛えなおしじゃんよ!!」

 了解――敬礼と共に、力強い返事が帰ってくる。
 不満の声は一切上がらない。それだけ、黄泉川率いる部隊の士気は高いのだ。

 こんな大人達によって、学園都市が守られている事を自覚している学生が少ないのは――何とも、皮肉なものだ。

 しかし、それで良いのかもしれない。
 アンチスキルによる防衛力を常に自覚している事態というのは、それだけ学園都市が危険に
さらされている状態なのだから……。
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:48:30.61 ID:lzPVat+A0




 あの事件から数日が過ぎた。

 早いもので、七月も終わりを告げようとしている。
 あれから、ジャン達一行は、アンチスキルによってみっちりと絞られる事になる。
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:53:12.23 ID:lzPVat+A0

 事件を解決したとはいえ――学生の身分で危険に身を投じたのが主な理由だ。
 無論、外の人間であるジャンも取り調べ兼、説教を受ける事になる。

 ジャンの取り調べに当たったのは黄泉川愛穂だった。
 黄泉川はジャンの反抗的な目を見るなり、笑みを浮かべた。ジャンは 黄泉川の趣味に合う
人間――つまり問題児だった訳である。

 説教は遅くまで続き、ジャンが開放されたのは六時間も経過した頃だった。他の者達が
二時間程の説教で済んだ事を考えると、ジャンがどれだけ黄泉川に気に入られたのか判る。

 ――とはいっても、当のジャンは一切堪えた様子は見受けられないが……。
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:57:27.67 ID:lzPVat+A0
 佐天なんぞは、アンチスキルの説教の後に、泣くほど心配した初春によって追加で
説教ををされ、その日一日ヘトヘトだったと言うのに、なんとも対照的な二人である。

 これは余談だが、数日経った今でも行方の知れない、木山春生、暁巌の両名と最後に
会話をした人物として、ジャンが聴取を受けたりもしたが、のらりくらりと適当な事を言って
かわしたらしい。

 おかげでまともな調書は作れず、ジャンはアンチスキルから睨まれる事となる。
 まあ、ジャンが木山春生を逃した事が知れていないのは、幸いといったところか――。

592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:58:32.45 ID:lzPVat+A0
 兎にも角にも、学園都市は平穏と取り戻した訳だ。

 よって、必然的に、学生は学業に専念しなければならなくなる。
 そんな佐天に待ち受けていたのは、夏休みに入る前最後の、能力テストであった。

 うんざりとした気持ちでテストを受ける者が多い中、佐天は違った。今までの佐天であれば、
良い結果など得られないと、半ばあきらめた状態ででテストを受けるのだが、その日の佐天は
気合を入れてテストに挑む事となる。
593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 21:59:38.00 ID:lzPVat+A0
 予知能力、透視能力、読心能力、精神感応、念動力の五つの基本テストもそうだが、
とりわけ最終テスト――即ち能力の発動テストはより一層熱心に励んだ。

 その結果、審査を行う教師陣は佐天のあまりの変わり様に感嘆とした声を上げる事となる。

 テストは四時間程で終わり、結果は長方形状の小さな紙で知らされる。
 佐天は落ち着いた様子で紙を受け取り、確認する。
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 22:00:15.86 ID:lzPVat+A0


 総合判定C+。
 ――LEVEL判定1。
 ――能力名はエアロハンド(空力使い)
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 22:01:37.99 ID:lzPVat+A0
 受け取った紙にはそう記載されていた。

 つまり――。
 佐天は――能力者として学園都市に認められた訳だ。

 喜び勇んだ佐天は先ず、親友である初春に結果を知らせ、互いに喜びを分かち合うと、
次に――。やはり――というか、なんというか。

 ――つい最近知ったジャンの家を訪れ、インターホンも鳴らさずに鍵の掛かっていないドアを
勝手に開けると、自信満々に通知結果を突き出した。

「見てくださいジャンさん!! 私ついに――ついにレベル1のエアロハンドになりましよ!!」

 惰眠を貪っていたジャンは返答の代わりに、羽毛の詰まった枕を投擲し――少女の顔面に見事
命中させた――。



                                          了
596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 22:03:20.68 ID:lzPVat+A0
「いかがでしたかな、統括理事長」

 口髭を蓄えた、三十代半ばのイギリス紳士のような男が、宙に浮かぶモニターの映像を見て口を
開いた。

 三十メートル程の正方形の正方形の部屋。薄暗く、中央に置かれた円柱状の特殊硝子で
覆われたビーカーの中は、弱アルカリ性の培養液で満たされている。

 その中には、白銀の身の丈程はあろうかという長い髪の毛を揺らし、頭を地、足を天に向けて
プカプカと浮かぶ男――否、女、老人、少女、少年、罪人、聖人、そのいずれにも見える
人の形をした物体は、口を真一文字に結んだまま、声を発した。

「中々愉快な余興だった。AIM拡散力場の集合体か。――いい実験になったよ」
597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 22:04:14.65 ID:lzPVat+A0
「それは良かった。ではテストは合格という事で――」

 口髭を蓄えた男は、ビーカーの中に浮かぶ物体に目をやって、微笑った。

「これで、私を統括理事会に加えて頂けると――?」

 いいだろう、とやはり口を開く事なく物体は答えた。

「今、現時点をもって、君を統括理事会に加える。理事会は君を歓迎する事だろう――
 ラリー・マーカスン」

 男――ラリー・マーカスンは不敵に笑みを浮かべて、慇懃に礼をした。



                                           続
598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 22:07:36.64 ID:lzPVat+A0
以上!
レベルアッパー編は終わり。総括。
長い、の一言。

次は明日の21時に――やるかもしれない。
やんなかったら、また一週間〜二週間ばっかし日を空けて投下します。
では。

599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/03/26(土) 22:10:51.65 ID:D8BVm8mKo

期待してまっていましよ!
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/03/26(土) 22:29:35.92 ID:NPxbaMTO0

たのしみにしていまっす。
601 :VIPに変わりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/26(土) 22:37:06.32 ID:warLsepDO
乙 また新しい遊びを見つけたのかラリーw
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/26(土) 23:03:50.52 ID:lzPVat+A0
全然関係ないけど、調べてみたら、VIPで結構スプリガンと禁書のクロスものって、
幾つか書かれてるんだね。昨日調べて少しは驚いたわ。
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:06:13.97 ID:ysTBKhwD0
じゃあ時間なので、今書き溜めである分を投下します。
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:08:34.42 ID:ysTBKhwD0
 主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。

 主なる神は人に命じて言われた。
「園のすべての木から取って食べなさい。 ただし、善悪の知識の木からは、決して食べては
 ならない。食べると必ず死んでしまう。」
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:09:36.94 ID:ysTBKhwD0
 主なる神は言われた。
「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」

 主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、
人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。

 人はあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、自分に合う助ける者は見つける
ことができなかった

                         バチカン所蔵 旧約聖書
                         創世記二章 第十五節から十九節より抜粋
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:11:09.73 ID:ysTBKhwD0
 主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。
 
 蛇は女に言った。
「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」

 女は蛇に答えた。
「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。
 でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、
 と神様はおっしゃいました。」
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:12:16.27 ID:ysTBKhwD0
 蛇は女に言った。
「決して死ぬことはない。 それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを
 神はご存じなのだ。」

 女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。
 女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。

                            バチカン所蔵 旧約聖書
                            創世記三章 第一節から六節より抜粋

608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:13:12.82 ID:ysTBKhwD0
 主なる神は言われた。
「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って
 食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。」

 主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させる
ことにされた。

 こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、
きらめく剣の炎を置かれた。

                        バチカン所蔵 旧約聖書
                        創世記三章 第二十二節から二十四節より抜粋
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:14:08.54 ID:ysTBKhwD0



         【とある魔術の】優「エデンの果実?」【スプリガン】



610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:16:02.68 ID:ysTBKhwD0
 闇夜が支配する学園都市に、月光に照らされた少女の姿が浮かび上がる。

 首筋まで伸びた、赤みがかった茶色の髪。黒いベルトで額に掛けられた大きめのゴーグル。
常盤台中学校指定の夏服。手には、P90(プロジェクトナインティー)と呼称される、
ベルギー製のサブマシンガンが握られている。
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:16:45.65 ID:ysTBKhwD0
 風が吹き、丈の短いスカートがめくれ、少女の下着がちらりと覗く。

 少女は、二十と数階建ての高層ビルの屋上に立ちながら、眼下に広がる街の明かりを虚ろな
瞳で眺めると、風にそよめく髪を手で抑え、それから――。

「了解しました、とミサカは命令を忠実に実行するために、再度確認を求めます」

 と唐突に、宙に向かって言った。
612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:18:59.43 ID:ysTBKhwD0
 他に人影はない。
 この場には、少女一人だけしかいない。少女が携帯電話やそれに準じる通信機器を持っているかといえば、そうでもない。

 独り言――という訳でもない。
 少女が放った言葉は――空気にでも話しかけていない限り――明らかに、誰かに対する
返答なのだから。

 無論、少女が何かしら特殊な事情を抱え、空想の世界の住人と話しをしている事も有り得なく
はない。

 が、しかし――。
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:20:51.11 ID:ysTBKhwD0
「目標を改めて確認します。目標はアーカム財団に所属するスプリガン、
 御神苗優(おみなえ ゆう)の抹殺。それが不可能な場合は本施設への拉致、誘拐へと
 プライオリティ(優先順位)を移行します。但し、追って指示がある場合は、それに従う事。
 以上で宜しいですか、とミサカは改めて確認します」

 この少女の場合、遠く離れた場所にいる何者から指示を受け――どんな仕組みでかは
知らないが――それに答えているというのが正解だろう。
 少女の意識ははっきりしているようだし、精神を病んでいるような顔つきにも見えない。
614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:22:05.94 ID:ysTBKhwD0
 それに少女が持つ銃は、そこらの玩具店で売っているモデルガンではないし、
弾倉に込められているのは実弾だ。
 ならば、少女は堅気の人間ではないのだろう。

 学園都市の外から内へ、銃器を持ち込むのは容易ではないし、内から銃器を入手するのだって
難しい事なのだから。
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:23:36.47 ID:ysTBKhwD0
 少女はやはり、誰もいない空間に向かって、

「了解しました。現時刻、二○○○時より作戦を開始します、とミサカは命令を忠実に
 実行するため、ターゲットの情報をネットワークから引き出しつつ、行動を開始します」

 と何とも独特の口調で話しかけると、あらかじめ屋上の手摺に巻きつけておいたワイヤーを
伝って、手慣れた手付きで軽やかにコンクリートの地面に降り立ち、月の光も届かない閑散と
した路地へと消えていった。
616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:24:28.00 ID:ysTBKhwD0




 禁書目録の少女が起こした騒動が一段落就いてから、ディープブラッドの血を色濃く受け継ぐ
少女との同棲が始まり――そして御神苗優が学園都市に身を寄せて早半月が経過した。

 八月も終わろうとしているのに、今日も学園都市は絶好の真夏日よりである。
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:26:13.76 ID:ysTBKhwD0
「だから、いつになったら俺は帰る事ができるんだよっ!?」

 真夏の太陽の光が照りつける中、優は学園都市で隠れ家として使用しているマンションの
一室で、片手に持った携帯電話に向かって大声を張り上げた。

「禁書目録のお嬢ちゃんの傍には上条当麻がついてるし、秋沙は俺と一緒に戻れば
 問題ないだろう。あん? せっかく学校に通い始めた秋沙を、もう転校させるのかって?
 いや、そりゃあ確かにそうだけどよ……」

 優は弱ったような顔をする。
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:28:32.79 ID:ysTBKhwD0
 しかし大学は夏休み中で、休学届も出しているとはいえ、優にも大学生活が待っているのだ。

 高校時代もそうだったが、アーカム資本の大学に通っているとはいえ、
会長――ティア・フラット・アーカムは、自身の持つ絶大な権力を持って出席日数――という
よりは単位を操作してくれるはずもなく、夏休みの日数も残り少ない。

 要は、このまま学園都市に滞在し続けると大学に通う事ができない為に、優はもう一度、
大学一年生からやり直さなければならなくなってしまう訳だ。
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:30:05.46 ID:ysTBKhwD0
 高校三年生の頃にも同じ様な目に合ったが、その時には何とかギリギリ出席日数が
間に合った為、クラスの同級生と一緒に卒業する事はできたが、今回もそうだとは限らない。

 優としては、高校時代の二の舞は御免なのだ。
 故に、未だ単位に余裕があるとはいえ、少々焦りを覚えていた。
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:31:17.35 ID:ysTBKhwD0
「た、確かに、秋沙の事も大事だけどよう、たまには、たまにはだよ。俺の事も勞ってくれよ
 ティア。はっ? 暫くこっちに滞在してくれだって? ジャンも居るから寂しくない?
 ちょ、ちょっと待てティア! そりゃあ一体――おいティア! もしもし? もしもーし?」

 携帯電話から、一定の間隔で単音が鳴る。通信が途絶、或いは終了した事を示す、
一般に善く認知されている機械的な音である。
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:32:40.65 ID:ysTBKhwD0
「はあ!? あの女、一方的に電話を切りやがった! 信じらんねえ……。
 これがアーカム財団の会長様がする事かよ。いつか絶対ぇ、仕返ししてやっからな、
 こんちくしょう!」

 自分が勤める企業の会長に対して――というよりは、ティア・フラット・アーカムの持つ
恐るべき力を知っていて、これだけの悪態を就けるのは、優と――後はジャン・ジャックモンド
位なものだろう。
622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:35:00.89 ID:ysTBKhwD0
 優はしかめ面をして携帯電話をベッドの上に投げつけると、ティアのやつ、会長になってから
性格悪くなったんじゃねえのかとぼやきながら、リビングへと移動した。

 リビングには誰もいない。
 姫神秋沙(ひめがみあいさ)は家に居ないのだ。
 家の中は静かなものだ。今の時間はまだ学校に行っているのだ。
623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:38:30.33 ID:ysTBKhwD0
 優が姫神と出会ってからは、一週間と少しが経過した。
 
 始めはぎこちなかった共同生活も慣れたもので、今では少し歳の離れた兄と妹のように
暮らしている。

 初めて出会った時、表情の変化に乏しかった姫神も、今では――少々他人と比べると分かり
難いが――喜怒哀楽、様々表情を見せてくれる。

 ただ一つ、家では何故か巫女装束を着ているのは、出会った時から変わらないが……。
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:40:20.52 ID:ysTBKhwD0
 学校生活も順調なようで、あの人一倍お人好しな性格をした上条当麻が、何かと気に
かけてくれるらしい。

 たまに、奇抜な趣味趣向をした青髪の男と、金髪で黒眼鏡(サングラス)をかけた男の
知り合いと一緒に、ゲームセンター等に連れて行ってもらっているとの事だ。
 友達の事を話す姫神は、歳相応の少女らしい顔をする。

 これまで暗い人生を歩んできた姫神には、これからはできるだけ明るい未来を
送って欲しい――と優は親さながらに思った。
625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:41:28.20 ID:ysTBKhwD0
 時計の針が時間を刻む音が部屋に響く。
 時刻は午後三時三十分。
 
 姫神がそろそろ学校から帰って来る時間である。

 優は帰ってくる姫神を迎えようと、冷蔵庫を開け、冷たい飲み物を取り出すと手近なグラスに
注ぎ、テーブルの上に置く。

 丁度その時だった。

 玄関のドアから、鍵を開ける音が聞こえる。
 隠れ家の鍵を持っているのは優と姫神だけなのだから、必然的に、姫神が帰ってきた事が判る。
626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:44:05.41 ID:ysTBKhwD0
 廊下を歩く足音がリビングに向かってくると、ドアノブに手を掛ける音がした。

 優は椅子に腰掛けたまま、おかえり、と口を開こうとしたが、リビングに現れた人物を
視界に入れると、口を大きく開けたまま、この世のあらゆる災厄が詰まっているという
パンドラの箱を開けたような顔をしてl体を硬直させてしまう。

 傍から見ると、何とも間抜けな姿である。
627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:45:12.86 ID:ysTBKhwD0
「はあい、優ちゃん。久し振りね。禁書目録のお嬢ちゃんの一件以来かしら」

 肩程までに伸ばした白金色(プラチナ)の髪。悪戯を企む子供のような笑み。

 リビングに現れたのは、裏の世界では遺跡荒らしとして有名――否、悪名を轟かせている
少女――といっても優と然程歳は変わらないはずだが――だった。
628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:46:54.93 ID:ysTBKhwD0
「そ、染井芳乃(そめいよしの)!? なんでここに!? ていうか、なんで俺ん家を
 知ってんだよ!?」

 芳乃はにひひと笑うと、優の向かいの椅子に腰掛ける。

「私の情報収集能力を舐めないで欲しいわね。この私にかかれば、あんたの隠れ家なんて
 直ぐに分かっちゃうんだから。あ、ちなみにここの鍵はピッキングで開けさせてもらったわよ」

「てめえはストーカーか。その情報収集能力をもっと別の方向に使えよ」

 優はげんなりと肩を落とした。
629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:48:11.94 ID:ysTBKhwD0
「あら、十分使ってるわよ。未だ見つかっていない遺跡や発掘品を探して、高値で
 売り飛ばすっていう私の商売にね」

「まあだ懲りてねえのかよ。んな罰当たりな事してっと、いつかの時みたいに酷い目にあうぞ。
 今度は俺も助けねえからな」

「いやんそんな事言っても、優ちゃん優しいから何だかんだ言って助けてくれるじゃない。
 ――それに、私があんたを助けた事だってあるんだから、おあいこじゃないのさ」
630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:50:15.77 ID:ysTBKhwD0
 芳乃の言う事は事実である。

 染井芳乃は何度か、命を落としてもおかしかくはない事態に何度か遭っているが、
その度に、優と協力し、或いは助け、助けられたりもしている。

「バカヤロー! てめえが助けた回数よりも、俺が助けた回数の方が圧倒的に多いじゃねえか!
 それにてめえが関わったおかげで、厄介な事件に発展した事だって一度や二度じゃねえんだ   ぞ!」
631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:51:27.19 ID:ysTBKhwD0
 それもまた事実である。

 彼女が関わった事件は、優が普段請け負う任務に比べ、一回りも二回りも厄介な事件である
事が多い。それは、彼女が事件を引っ掻き回しているせいでもあるし、元から大きな事件に
関わっているからでもある。

 芳乃は彼方に目をやって、そうだったかしらととぼけた後に、にやにやと謀略家じみた笑みを
浮かべて、そんな事を私に言っていいのかしら、と言った。
632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:52:19.14 ID:ysTBKhwD0
「私知ってるんだから」

「は? 何をだよ?」

「あんたがロリコンになった事よ」

「ロ、ロリ――なんだって!?」

優は慌てたように、机の上に身を乗り出す。
633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:53:07.43 ID:ysTBKhwD0
 芳乃は落ち着いた様子で、あら、こんな所に冷たい飲み物が、と白々しいセリフを口に
出すと、テーブルの上に置かれた――優が姫神の為に用意した――グラスに口を付け、
中の液体を一気に飲み干した。

 そして、グラスを握った手の人差し指をぴっと向けて、

「あんた、姫神秋沙ちゃんって娘と同棲してるでしょ。しかも相手はあんたよりも三歳も
 年下で、一週間も前からべったりだそうじゃない」

 と言った。
634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:54:23.17 ID:ysTBKhwD0
 優は動揺を露にして、なんの話か解からんな、とあからさまにすっとぼける。
 しかし――。

「なに、すっとぼけてんのよこの変態。あんたもしかして、その娘に手ぇ出したりしてない
 でしょうね? いい? 昔から言うでしょうが。男女七歳にして同衾せず、ってね。
 そもそも、あんたみたいなデリカシーのない男と一緒にいるその娘の精神が、
 私には理解できないわ。
 あっ、もしかしてあんた、その娘の弱味とか握ったりしてないでしょうね?
 そんな事してたら、私があんたの息の根を止めるわよ」

 ――芳乃の追求は止まない。しかも酷い言い草である。
 優は必死になって否定する。
635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:55:08.28 ID:ysTBKhwD0
「んな事する訳ねえだろうがっ! 人を犯罪者みたいに言うんじゃねえよっ!
 だいたい、秋沙と一緒に暮らしてるのだって訳があってだな……」

「理由って――姫神秋沙がディープブラッドの血族だから?」

 優は頬をひくつかせて、なんとも言えない顔をする。

「お前……どこまで調べたんだよ。秋沙の情報は秘匿されているはずだぞ」

「そこは、三沢塾に忍び込んでちょちょいと」

 ――情報を盗み出したのだ。
636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:55:56.71 ID:ysTBKhwD0
「人造吸血鬼だけで構成された部隊――か。随分と悪どい事を考えたものよね。
 学園都市って思ったよりも物騒な街なのね」

「そんな事を言う為に、わざわざ俺の家を探し当てたのか? 用件を言えよ。
 どうせまた厄介事を持ち込もうとしてるんだろ?
 とりあえず聞くだけ聞いてやるよ。――じゃねえと、帰りそうもなさそうだしな……」

 さっすが優ちゃん、と芳乃はにんまりと笑みをつくる。
637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:56:29.60 ID:ysTBKhwD0
「そう、そうなのよ! 優ちゃんにどうしても頼みたい事があって、わざわざ訪ねたのよ」

 実はね――と芳乃が語り出そうとした時だった、

「ただいま優」
638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:57:41.72 ID:ysTBKhwD0
 リビングのドアの前には、いつの間に帰ってきていたのか、日本人形のような髪型をした
少女――姫神秋沙が立っていた。

 姫神は芳乃と優の顔を交互に見やってから、冷淡な目を優に向けて、

「浮気」

 とただ一言口に出した。
 優は大いに焦燥した。
639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/27(日) 21:58:28.85 ID:ysTBKhwD0
とりあえず書きためてるのはここまで。
続きはやっぱり一週間か二週間後に投下します。
では。
640 :VIPに変わりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/27(日) 22:04:13.03 ID:kHa5DCUDO
乙。これは妹達編突入かな? そして冒頭の聖書の件がスプリガンの雰囲気を出してるな
641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/03/27(日) 22:05:14.97 ID:HK855Owo0
乙、ム、一方さんの出番はどうなるのか。

次回を楽しみにしてます。
642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(石川県) [sage]:2011/03/27(日) 22:24:06.44 ID:Z1hCx6pu0
乙。芳野やっぱいいキャラだよな、見てて楽しい

>>641
優なら木原神拳を使ってくれると信じてる
いや、優が無理でも朧なら、超能力使えなくなるツボとかをry
643 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/03/27(日) 23:06:50.44 ID:KqwelvCto

アンブロシア編みたいのが始まるのかと思った
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/03/29(火) 20:28:32.87 ID:z0Pao2EF0
今回は「妹達(シスターズ)編」という名の「エデンの果実編」です。
期待してる一方さんは……。どうなることやら……。
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/01(金) 05:35:11.66 ID:b/XeR54DO
一方さんって「箱船」の時のちっこい大佐を思い出すのは俺だけでいいはず。
646 :名無しNIPPER [sage]:2011/04/01(金) 16:52:51.97 ID:1vaxY4GDO
そういえばスプリガン世界にも超能力はあるんだよな。方舟の大佐やトニーとか。その辺からも話を膨らませそうだよな。
647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/01(金) 20:49:50.56 ID:IUTdEzvWo
映画の敵もサイコキネスっぽいの
使ってないっけ?
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/01(金) 22:57:52.67 ID:ix9Etv+X0
映画なんてものはなかった……
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/02(土) 00:59:51.32 ID:r27N0Bq+0
映画は、賛否あるが10年たって見直すと普通にアクションは大友で正解だったと思うよ。
いろいろ言われてるのは、御見苗の過去と、ジャンがしないのとかそのあたりだし。
つうか、あれって普通に映画化しようとすると、話を水増ししなきゃ難しいし。
体からコード生やしたマクドガルや、AMスーツ、武器のデザイン。
ナレーションの草野仁は悪くなかった。

と、10年前に酷評した人間が、再評価してみる。
650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/02(土) 20:36:26.49 ID:Bj6tO9a70
1です。

いつも通り、明日の21時くらいから投下始めます。
では、また明日。

>>649

個人的に映画版は、漫画版スプリガンを頭から追いだして見れば、
そこそこ見れると思う。ただ、漫画版が好きな人には苦痛な気が…。
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 21:16:07.65 ID:sm30G30s0
すいません、キリのいい所まで進めたいので、
22時30分くらいまで待ってください。
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/04/03(日) 21:21:32.76 ID:93Hs/zzgo
了解
リバースバベル潜りながら待ってる
653 :名無しNIPPER [sage]:2011/04/03(日) 21:43:22.93 ID:n13luAgDO
じゃあ俺は神酒飲みながら待ってるよ。
654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/03(日) 21:48:53.19 ID:jJB9Ht8No
じゃあ俺は分身烈風脚の特訓しながら待ってる
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:33:19.52 ID:sm30G30s0
じゃあ始めます
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:36:13.32 ID:sm30G30s0

 染井芳乃――と姫神は眉一つ動かす事なく、相変わらず抑揚のない口調で、テーブル越しに
向かいに座る少女の名を口に出すと首を傾げた。
 次いで、隣の椅子に座る青年に顔を向けて、

「優の友達?」

 と尋ねた。
 優は実に嫌そうな顔をして、切りたくても相手が切ってくれないただの腐れ縁だ、と否定する。
657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:37:21.84 ID:sm30G30s0
「あんた、私には本っ当に容赦なくもの言うわね」

 不満そうな顔をして芳乃が口を開いた。

 本当の事じゃねえか、と優が言葉を返す。
 芳乃は猫をかぶって、いやん私達生死を共にした仲じゃない、と言った。

 その言葉に思う所があるのか、優はこれでもかという位眉間に皺を寄せてより一層嫌そうな
顔をつくると、

「生死をかけてるのはいつも俺の方ばっかりじゃねえか。
 てめえはいっつもお宝の事しか考えねえで、事件を引っ掻き回しやがって。てめえの
 尻拭いをさせられるこっちの身にもなりやがれ」

 と抗議する。
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:39:02.65 ID:sm30G30s0
 芳乃は視線を外すと素知らぬ顔をして、さあ覚えてないわね、と言った。

 まるで要領を得ない二人の会話を、今まで黙って聞いていた姫神は大いに当惑する。

 なにせ優と芳乃で言っている事がまるで正反対なのだから、これで二人の関係を推し量れと
言う方が無理があるだろう。姫神は考えあぐねたあげくに、一つの結論を導き出す。

 ――二人の話を纏めるとこうだ。

「腐れ縁で生死を共にした仲で。でもいつも生死をかけてるのは優の方で。芳乃――さんが
 事件を引っ掻き回して優が尻拭いをする関係なんだよね」
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:41:41.03 ID:sm30G30s0
 姫神の言葉を解り易くすると、なんだかんだ文句を垂れつつも、御神苗優という名の男が
トラブルに首を突っ込む癖を持った困った女性――この場合、染井芳乃か――を、命をかけて
守る関係だという事だ。

 何やら誤解があるかもしれないが、少なくとも姫神の中ではそう結論づけた。
 つまりは――。

「二人は恋人同士?」

 違う、と優と芳乃は直ぐに否定する。

 姫神はほっとすると同時に、思案したあげくに出した答えを即座に否定された事が
納得いかないのか、不満そうに眉を顰(ひそ)めて、じゃあ二人の関係はなに、と尋ねた。
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:43:06.26 ID:sm30G30s0
 優はこれ以上話がこじれては堪らないと、染井芳乃という人間を表現する上で最も適した
言葉を瞬時に脳から引き出して伝える。

「遺跡荒らし?」

「そうだ。破壊した遺跡は十六、使用不能にした遺跡が二十九もある事から、こいつは裏の
 世界ではそう呼ばれてんだ。しかもこいつは、遺跡から出土したお宝や珍しい物を高額で
 売りつける、あこぎな商売してんだ」

 今じゃあ壊した遺跡は十八よ、と芳乃は訂正を付け加えるが、優は偉そうに言ってんじゃねえよ
と叱りつけた。
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:43:49.63 ID:sm30G30s0
 姫神は優の説明を受けて納得がいったのか、ぽん――と軽く手を打ってから、

「つまり優は遺跡を守る人で芳乃さんは遺跡を壊す人って事?」
 
 と言った。

 二人の立ち位置を端的に表現した発言である。
 優は、まあそんなところだな、と姫神の言葉を概ね肯定した。
662 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:46:18.16 ID:sm30G30s0
 ――だがしかし、厳密に言うのならば、スプリガンの仕事は遺跡の守護だけではない。――封
印、或いは破壊もスプリガンの任務だからだ。

 なぜならば、どれだけ高い文化的価値がある物でも、この世に存在するだけで世界に悪影響を
及ぼす遺物ならば、命をかけてでも破壊しなければならないからだ。

 実際優だって――良かれと思ってとはいえ――これまでに幾つもの遺跡を再起不能にしている。 そう言った意味では、優も遺跡荒らしなのかもしれないが……。
663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:48:34.60 ID:sm30G30s0
 ただ優が何者であろうと、姫神にとっては家族――或いはそれ以上に大切な人物である事に
変わりはない。

 率直に言えば、姫神秋沙は優に特別な感情を抱いている。但し、憧れと好意が入り交じった
――であるが。

 実は姫神自身、どちらが本当の気持ちか自分でも判っていない。

 自分を救い出してくれたヒーローのような存在だから御神苗優を好きなのか、そんな事は
関係なしに、一人の男として御神苗優を好きなのか区別が就いていないのだ。

 人に――異性に好意を抱いたのはこれが初めてなのだから仕方がない。判断材料があまりにも
少なすぎるのだ。

 当然ながら、色恋沙汰に人一倍鈍い優がそんな姫神の気持ちを知る由もなく、今のままだと、
まず間違いなく二人の仲が進展しないであろう事だけは分かる。
664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:50:04.15 ID:sm30G30s0
 さて話が一区切りついたところで、芳乃は指でトントンとテーブルを二度叩き、
私の紹介がすんだところでそろそろ本題に入っていいかしら、と目を半目にして尋ねた。

 優は、ああと声を上げた。芳乃の話が途中だった事をすっかり忘れていたのだ。

 優は仕方無しに話を聞こうとするが――。
 その前に、姫神の方にちらりと目を向けてわざとらしく咳払いをすると、

「ああ、うん。――ちょっとこれから、こいつが俺に大事な話があるらしくてな、悪いけど
 自分の部屋に戻っててくれねえか」

 と言った。
665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:51:34.90 ID:sm30G30s0
 「どうして?」

 姫神が尋ねる。
 優は弱ったような顔をして答えた。

「どうしても何も……。お前が聞いてもつまらない話だからに決まってんだろ」

「つまらないかどうかは私が決める事で優が決める事じゃない。それにつまらないかどうかは
 聞いてみないと判らない」

「いや、まあそりゃあ確かにそうだけど……。こいつの話なんて、お前が聞いたところで
 チンプンカンだぜ。だったら――」

「だったら私にも聞かせて欲しい」

 優が言葉を言い終わる前に、姫神は言葉を返す。
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:53:14.51 ID:sm30G30s0
 優はさらに弱った顔をして、右手で頭を掻くと――深く息を吐く。
 そして体ごと姫神に向けて真面目な顔をすると口を開いた。

「本当のところを言うと、お前を危険に巻き込みたくねえんだ。遺跡荒らしって呼ばれてる
 こいつが、わざわざ出向いて持ち出すくらいの話なんだぜ。物騒で危険極まりない厄介事に
 決まってる。
 そんな話をお前に聞かせて万一危険な目に合わせてみろ。俺を信頼してお前を預けたティアに
 合わせる顔がなくなっちまう」

 だから――優は諭すような口調で言葉を続ける。

「何も聞かずにいた方がいいんだ。せっかく普通の高校生として生活できるようになったんだ
 から、わざわざ自分から危険に首突っ込むような真似は止せよ。な、分かるだろ?」

 しかし――。
667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:54:16.63 ID:sm30G30s0
「優の言ってる事は解ってる。私が守られてるだけの存在だっていうのも解ってる。
 でも。だからって一方的に隠し事をして欲しくない。危険だっていうなら尚更。
 だって私は優の事を家族だと思ってるから」

 ――姫神は退かない。
 
 さすがにここまで言われては、優も無理にとは言えない。だからといって立場上、
はいそうですかと言う訳にもいかないのだが……。

 そこで漸く芳乃が口を挟んだ。
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:56:18.20 ID:sm30G30s0
「あんた何時からそんな及び越になったのよ。スプリガンのくせに情けないわね。
 男だったら、お前は俺が守るくらい言ってあげなさいよ。
 それともなに? あんたこの娘を守る自信がないってわけ?」

「あのなあ、そういう問題じゃねえだろう――」

 優が何かを言おうとするのを芳乃は止める。

「言い訳はよしなさいよ。結局あんたはその娘を守りきる自信がないだけじゃない。
 だったら始めからそう言えばいいのよ」
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:56:57.08 ID:sm30G30s0
「んな訳ねえだろうが」

「だったらいいじゃないのさ」

 それは、と優は奇妙に顔を歪ませる。
 それから思い悩んだ末に、

「ああ分かったよ! いいさ、矢でも鉄砲でも何でも持ってこいってんだ!
 この俺が絶対に愛紗を守りきってみせるからよ!」

 と無駄に意気込んだ。
670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 22:59:11.29 ID:sm30G30s0
 ――完全に芳乃の挑発に乗せられてしまっている。これでは芳乃の思うつぼだ。

 現に、挑発を仕掛けた当の本人は、してやったりと言わんばかりに、にんまりと笑みを
浮かべながら、良かったわね姫神ちゃん――と少女に視線を向けて、一瞬片目をつぶる動作を
する。

 結局、姫神はその場に同席する事を許された訳だ。

 話が纏まったところで、芳乃は早速とばかりに本題に入り始めようとする。――がその前に
先ず、一センチ程の厚みを持った一冊の書物をテーブルの上に置く。

 優は不思議そうな顔をしながら本の裏表を眺めた後に、パラパラと音をたててページを捲る。
 それは――。
671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:00:40.82 ID:sm30G30s0
「どこにでもある旧約聖書か。こんなもん持ち出して一体どうするつもりなんだ?」

 慌てないでちょうだい――芳乃は制する。

「優ちゃん、旧約聖書の創世記二章から三章には何が書かれているか知ってるかしら?」

「創世記の二章に三章ね……。確か神が人類の始祖――アダムとイヴを創造してから、
 エデンの薗を追放するまでが書かれてるはずだぜ。
 エデンの薗が在ったされる場所は諸説あるが、イランの隣、アルメニア共和国の近くに
 存在したっていうのが、今んとこの有力な説だな。
 まあ実際のところは、どこに存在したかは今でも不明だけどな。アーカムの遺跡調査室も
 捜しまわってるはずだぜ」
672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:02:59.59 ID:sm30G30s0
「エデンの薗?」

 姫神が尋ねる。

「ああ、愛紗は知らねえのか。
 エデンの薗っていうのは、旧約聖書に書かれている地上の楽園って言われる土地の名前だ。
 聖書によると、大地にはあらゆる食用果実の樹木が生い茂り、地球上に存在するあらゆる
 動物が暮らしていたんだそうだ。
 で、その土地の管理者として選ばれたのが、人類の始祖と言われているアダムとイヴだ。
 アダムとイヴは動物達と一緒に、樹に生えた果実を口にして平和に暮らしたが、
 ある日エデンの薗を神様から追放される事になるんだ」

「どうして? アダムとイヴをエデンの薗の管理者にしたのは神様じゃないの?」

「別に神様だって理由もなく二人をエデンの薗から追放した訳じゃねえ。そもそもは、
 アダムとイブが禁忌を犯しちまったのが原因さ」
673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:04:32.60 ID:sm30G30s0
「禁忌?」

「そう、ずる賢い蛇に唆されたイヴが、知恵の実――こいつはエデンの薗に在ったから
 エデンの果実とも呼ばれてるんだが、それを食べちまって、そのままアダムにも食べさせ
 ちまう。
 神様に決して口にするな、と言われていたにも関わらず――だ」

「約束を破ったからって追放したの? 酷い。悪いのは知恵の実を食べるように唆した蛇なのに」

「そうでもねえさ。神様は知恵の実はだけは食べるなってきつく言い含めてたらしいからな。
 幾ら蛇に唆されたって、食っちゃいけないものを食った事には変わりねえんだ。
 アダムとイヴも十分悪いさ。まあ、それと同じくらいに蛇も悪いんだけどな。
 おかげで、蛇は一対あった足を罰として取られちまって、今みたいにニョロニョロと這って
 動きまわるようになったらしいぜ」
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:05:20.53 ID:sm30G30s0
「足があったの? 蛇に?」

「そうらしいぜ。――って言ってもあくまで聖書の中の話だけどな」

 姫神は足のある蛇を想像する。

 ただ、蛇は這うから動きが速いという既成概念があるために、頭の中で出来上がった二本足
の蛇は、異様に足が遅く間抜けであった。

 それがなんだか可笑しくて、つい微笑ってしまう。

「アダムとイヴはどうして知恵の実を食べちゃいけなかったの?」

「そいつは知恵の実が持つ特性のせいさ」

「知恵の実の特性って――名前からして頭が良くなる事じゃないの?」
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:06:41.11 ID:sm30G30s0
「簡単に言えばそうなんだが、それけじゃねえんだ。それを説明する為には先ず、
 アダムとイヴの事を話さなくちゃならねえ。
 ――アダムとイヴはな、不老不死で、善悪の知識がない、赤ん坊のように無垢で穢れ無き魂を
 持った男女の番(つが)いだったんだ。
 けれども、アダムとイヴは知恵の実を食す事によって、その二つの大きな特性を失う事に
 なっちまう。
 生老病死――つまり病気や怪我、老いで死ぬようになったし、それと同時に善と悪がこの世に
 ある事も識っちまった事で、罪悪を背負うようになり、魂は穢れちまった訳だ」

「不老不死じゃなくなったり善と悪がこの世にある事を識ってしまうのはいけない事なの?」

 さあな、と優は肩を竦めた。
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:08:39.68 ID:sm30G30s0
「そいつは神様にでも直接尋いてくれ。
 人類が余計な知恵を身につけて、自分の思うとおりに動かなくなったのが気にくわなかったのか
 もしれないし、ただたんに、約束を破ったのが気にくわなかっただけかもしれねえ。兎に角、
 俺は神様じゃねえからその質問には答えられねえな。
 ――まあ、直ぐ傍に欲にまみれた人間が約一名いるから、神様の気持ちが全く解からねえ
 訳じゃねえけどな」

 優の視線が、真向かいの芳乃に注がれる。

「それで、そのエデンの薗がどうかしたのか? もしかしてお前、エデンの薗を見つけた、
 なんて言うんじゃあねえだろうな?」

 だとしたら世紀の大発見である。
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:10:57.13 ID:sm30G30s0
「んな訳ないでしょうが。
 幾ら私でも殆ど情報が残っていない楽園なんか探せる訳ないじゃない。
 それに、エデンの薗なんかどうでもいいのよ。お金にならなそうだし」

 芳乃は、熱心なクリスチャン(キリスト教徒)が聞いたら激怒しそうな言葉をさらりと吐いた。

「じゃあなんだよ? 俺に創世記の講釈を垂れさせる為に、わざわざ俺の家を探し当てて、
 犯罪紛いの事までして押しかけたっていうのか?
 そりゃあご苦労なこった。だったら用は済んだだろう。さっさと帰った」

 しっしっ、と優は犬を追い払うかのように手を振る。
 芳乃は呆れた顔をして、人の話は最後まで聞きなさいよ、と言った。

「あんた、私が今ここで帰ったら間違いなく後悔するわよ」

 するか、と優は小馬鹿にした調子で言った。
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:12:49.64 ID:sm30G30s0
「あっそ。じゃあ、エデンの果実の在り処が分かったて言っても、まだそんな事を
 言えるのかしら?」

「あん、なんだって!?」

 あまりに衝撃的な発言に、優は思わずテーブルの上に身を乗り出し問い詰める。

「どういう事だそりゃあ! おい、答えろ芳乃!」」

「ちょ、ちょっと少しは落ち着きなさいよ」

「これが落ち着いてられっかよ! いいから話せ!」

「分かった、分かったからまずは落ち着きなさいよ」

 優、と姫神も声を掛ける。
 優はばつが悪そうに頭を掻いてから、音をたてて椅子に腰を下ろした。
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:13:50.40 ID:sm30G30s0
「――で、エデンの果実は何処にあるんだ?」

「ここ、学園都市よ」

「学園都市に? ここは科学至上主義の街だぞ。なんでエデンの果実なんつうオカルトを
 抱え込みやがるんだ……?」

「知らないわ。私もそこまでは情報を掴めてないのよ。ただニ年位前、ある科学者が突然、
 エデンの果実と共に学園都市にふらりと現れた、としか分かってないのよ」

「科学者? 何者だそいつは?」

「さあ? それも分かってないのよ。ただその科学者はこう言っていたそうよ。
 『人類はアダムとイヴの時代からやり直さなければならい』って」
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:16:12.04 ID:sm30G30s0
「アダムとイヴの時代から? 俺達に素っ裸にになって、イチジクの葉からやり直せって事か?
 そいつは最高のエコだな」

 優は軽口を叩く。

 旧約聖書によると、知恵の実を食べる前のアダムとイヴは、イチジクの葉でそれぞれの
生殖器を隠していたらしい。その記述を引き合いに出した冗談である。

 ――だが、女性二人を目の前にして言っていい冗談ではない。
 姫神と芳乃は口を合わせて、最低、下品、とそれぞれ口々に優を罵った。

 優は気まずそうに目を逸らすと、自分の軽薄な発言を少しばかり反省してから
――そ、それで、お前はその話を俺に教えて何を企んでんだ、と半ば強引に、誤魔化すように
して話題を変える。
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:17:20.68 ID:sm30G30s0
 芳乃は愛想良く笑みをつくってから。、

「あら、なんのことかしら。私はただ優ちゃんの役にたちたくて、善意で情報を提供したのよ」

 と言った。
 その言葉を受けて、優は渋い顔をする。

「嘘をつけ嘘をっ! お前この間の時だって、ティアから五億も報酬もらってただろうが!」

「当然じゃない。あれは正当な対価よ。禁書目録のお嬢ちゃんを助けだしたのは私だし、
 治療をしたのも私だわ。それに、あんな危険な目にあったのに、一応は最後まで
 付き合ってあげたんだから、五億なんて安いもんよ」
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:18:25.45 ID:sm30G30s0
「じゃあ報酬も出ねえのに、なんで今回は自分から積極的に手を貸すんだよ?」

「だから、それは優ちゃんの為――」

「それはないな」

 言い切る前に、優は言葉を遮る。

「金にうるさいお前がタダ働きなんてするはずねえからな。どうぜ、今回の事だって金が
 絡むんだろう?」

「そんな事はないわよ。私だって偶にはタダで良い事をするわ」

 どうだか、と優は目を半目にして疑うような眼差しを向ける。
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:20:06.09 ID:sm30G30s0
 優は芳乃が訪ねてきてからどうも嫌な予感がしていた。――否、予感というよりは経験か。

 二人は決して長い付き合いではないが、数多の修羅場を共に何度もくぐり抜けている。その
経験から、脳が警鐘を鳴らしているのだ。

 ――関わるな、と。

 しかし、そういう訳にもいかない。
 なぜならば――。

「で、スプリガンのあんたとしては、この話を聞いてどうするつもり? まさか放っておく
 訳じゃないでしょうね? そんなはずないわよね。
 もし、エデンの果実がただの遺物じゃなかったとしたら、スプリガンであるあんたの
 出番だもの」

 芳乃は優の心中を見透かしたように言った。
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:21:20.05 ID:sm30G30s0
 そうなのである。
 
 ただの――なんの力も持たない遺物ならばいい。だがもしも、今の人類の手に余る遺物で
あれば、封印、或いは破壊して二度と人類の手に触れないようにしなくてはいけない。

 それが優の――スプリガンの役目なのだから。
 だから優は、

「分かったよ。俺達、アーカムの方でもその科学者とエデンの果実の事は調査しておく。
 ついでに手に入れた情報はお前に流せばいいんだろう?
 どうせ隠したって、妙に利くその鼻でいずれはバレちまうんだろうからな」

 と、芳乃が何か企んでいるのを知りながらも、エデンの果実の調査に乗り出す事を決意する。
685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:23:42.50 ID:sm30G30s0
「さっすが優ちゃん。話が早くて助かるわ」

 芳乃は屈託のない笑顔を向けてそう言うと、あっ、と何かを思いだした様な声を上げてから、

「そうそう、情報料も忘れないでちょうだいね」

 と付け加えた。
 優は呆れ顔で大きく肩を脱力させると、苦笑いを浮かべながら頷く事しかできなかった。

 話を終えた頃には時計の針は午後五時三十分を回っていた。
 日は沈み始め、学園都市のビル群が西日に照らされて茜色に染まる。

 街には明かりが灯り始め、昼から夜の様相へと移り変わろうとしていた。
686 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:25:09.18 ID:sm30G30s0
 時間もあってか、芳乃は帰ろうとするが、

「芳乃さんは晩ご飯を食べていかないの?」

 と言葉をかけて引き止めたのは姫神だった。

 芳乃は、あらいいのかしら、と声を上げて嬉しそう笑みを浮かべると、わざとらしく
落ち込んだ様子をつくってから、でも優ちゃんがね、とすねたように言った。

 姫神はじっと優を見つめて、優とただ一言、青年の名を呼んだ。それだけで十分意味は
伝わるからだ。

 優は姫神の視線に気圧されてか、不承不承ながら芳乃の同席を許した。
 優と姫神の共同生活が始まってから初めて客を迎えたからだろうか、それからの姫神の行動は
きびきびとしていた。
687 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:26:21.21 ID:sm30G30s0
 芳乃を伴って近くのスーパーマーケットに行き、本日の晩ご飯へと変わる食材を買い込むと、
雑談を交えながら家へと戻り、愛用のエプロンを巫女服の上に着用して料理を始める。

 トントン、と包丁がリズムを刻み込む音が室内に響き渡り、魚の焼ける香ばしい匂いが食欲を
そそる。
 料理が出来上がったのはそれから三十分後――午後七時五十分を少し過ぎた頃だった。

「姫神ちゃんって見た目通り、和食が好きなのかしら?」

 芳乃はおかずの鰤の照り焼きを箸でほぐしながらそう言った。
688 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:27:33.95 ID:sm30G30s0
 洋食も得意――姫神はふっくらとした白米を口に運びながら答えた。

「芳乃さんは料理とかしない?」

「私は普段はしないわね。遺跡を調査してる時だってレーションばっかだし」

「れーしょん?」

「軍用の携帯食よ。まあ日持ちを優先して作ってあるから、味はあんまりおいしくないけど。
 あっ、でもレーションがなくなったら、現地で食材を調達して料理したりするけど」

「遺跡。映画とか見てるとジャングルの奥地や砂漠の真ん中にあるけど。食材は――」

 どうするのか尋ねようとしたところ、訊かない方がいいぞ、と言う優の言葉によって遮られる。
689 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:29:19.63 ID:sm30G30s0
「どうして?」

「いや、こうやって文明的な食事をしている時に話すことじゃねえからな」

「そう言われると余計気になる」

 優は箸の先を姫神に向けて、

「お前なあ、ジャングルにスーパーがあるとでも思ってんのか」

 と訊いた。

「あるわけない」

「だったらどういう食事をとっているか判るだろうが」

「河を泳いでるお魚さんとか?」

「まあ、確かにそれもあるけど……」

優がそう言った瞬間――。
690 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/04/03(日) 23:32:07.36 ID:93Hs/zzgo
愛紗。私は秋沙
691 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:32:19.59 ID:sm30G30s0
 ――パキパキと氷がひび割れるような音がした。

 その異音に逸早く気が付いたのは姫神だった。音の正体を探るかのように首を回し
――見つける。

 料理が置かれたテーブルの直ぐ側、街の夜景が一望できるリビングの大きな窓に音の正体が
あった。
 窓ガラスにはヒビがはいっていた。それも、明らかに銃弾と判る痕を残して。

 姫神は目を大き見開いて、瞬時に何者かから銃撃を受けている事を察する。
 そんな緊迫した状況の中、優は漆塗りの器の縁に口を付けて味噌汁をすすると、

「お前の過激なファンじゃねえだろうな」

 と口を開いた。
692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:33:52.11 ID:sm30G30s0
>>690

oh...
グーグル先生の予測変換にまかせてたら…
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:36:15.00 ID:sm30G30s0
「覚えがありすぎて、どこのどいつか分からないわね。それより、あんたの方を疑いなさいよ。
私よりもあんたの方が恨まれてるんだから」

芳乃は里芋を箸で割りながら言葉を返す。
二人共、直ぐ側で銃弾が打ち込まれたというのに、微塵も動じた様子がない。

「俺の方は大丈夫だっつうの。アーカムを相手にしてまで喧嘩しかけてくる馬鹿なんて、
そうそういないからな」

「分かんないじゃないのさ。ほら、いつだったか、あんたが修学旅子に行った時になんか、
どっかの忍者集団が襲ってきたじゃないのさ。あの時って、確かアーカムの方から
 圧力かけてたんじゃないの?」

「あの時みたいな連中なんかそうそういないだろう。第一、狙う物がねえ」
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:37:25.12 ID:sm30G30s0
「あんたの命があるじゃないのさ」

「シャレになんねえ事言うな!」

「あら、ごめんなさい」

 ――パキ。

 ――パキパキ。

 二人が会話をしている最中も、銃弾は次々と撃ちこまれていく。
 姫神はどうすればいいのか分からず、次々とヒビがはいる窓ガラスを呆然として眺める事しか
できなかった。

「あんた、五分位前からこの部屋が狙撃されてたの気づいてたでしょうに、どうして何も
 言わなかったのよ」

「あん? どうせ狙撃したところで無駄だからな。放っておいてもいいかと思ってよ」
695 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:38:51.18 ID:sm30G30s0
 芳乃はやっと、変わり果てた姿となっている窓ガラスに目を向ける。

「なるほどね。随分頑丈な窓ガラスじゃないのさ。さすがスプリガンの隠れ家って
 ところかしら」

「まあな。RPG(対戦車ロケット)を二、三発ぶち込まれたところで平気な防弾ガラス
 だからな。スナイパーライフルに使われる7.62ミリ弾や12.7ミリ弾が当たった
 ところで、ぬ(貫通)けやしねえさ」

「だからってこのままって訳にいかないでしょうに。他に住んでる人にバレたらどうすんのさ?」

「まあ大丈夫だろう。銃声がしないって事は相手はサイレンサー(消音器)を付けてるって
 事だし。このフロア(階層)に住んでるのは俺達だけだからな」
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:40:27.95 ID:sm30G30s0
「金にもの言わせて貸しきったって訳ね。お金があって羨ましいわ。さすがアーカム財団ね。
 私も就職しようかしら」

「それだけはマジで勘弁してくれ」

「やあね、冗談よ。本気にしないでちょうだい。それより、相手は二人かしら?」

「あん? ああ、狙撃手が一人と――もう一人はもう直ぐそこまで来てるな」

「だったら――」

 芳乃の顔が引き締まる。
 どうするのだろうか、と姫神は芳乃の動きを見守る。

 芳乃は――。

「姫神ちゃん。この里芋の煮っころがし最高においしいわ。鰤の照り焼きも良い焼き加減だし、
 いいお嫁さんになれるわよ」

 ――姫神が作った料理をおいしそうに口に放りこんでいった。優もそれに追従する。
697 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:41:34.46 ID:sm30G30s0
 姫神は呑気に食事を続ける二人を、呆れとも驚きともつかない表情で見つめていた。

 その時だった――。

 かんしゃく玉が破裂するような音と同時に、玄関のドアが乱暴に開け放たれる音がしたかと
思うと、廊下を走る音が聴こえ、リビングのドアが開け放たれる。

 刹那、料理が盛られた器ごと、テーブルはひっくり返される。

 優がテーブルを下から蹴り上げて、表面を侵入者の方へと向けたのだ。優はそのまま姫神を
胸に抱き寄せると、テーブルの影に隠れる。

 開け放たれたリビングのドアから銃弾が降り注いだのは、それから一秒も経過していない
頃だった。
698 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:44:47.58 ID:sm30G30s0
「で、どうすんのよこれ」

 白米が盛られた漆器を片手に、芳乃がぼやく。

「テーブルは防弾素材で作られているから暫くは持つからな。その間にひとんちの晩飯を
 メチャクチャにしてくれた馬鹿野郎を制圧するさ」

 野郎じゃない、と姫神が言った。
 声に震えがない事から、すっかりこの状況に慣れてしまったようだ。或いは優が傍にいる
おかげか――。

「相手は女の娘だよ優」

「マジか?」

 優はそっとテーブルから顔を出して、相手の顔を覗く。
 テーブルの外は弾丸の嵐で、直ぐに顔を引っ込めてしまったが、無粋な侵入者の顔を確認するには十分だった。

 侵入者は確かに女の娘だった。それも、かわいらしい――である。
699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:45:40.07 ID:sm30G30s0

「おいおい、あんなかわいい娘が銃をぶっぱなすなんて、世も末だな」

「いいからなんとかしなさいよ」

 弾がつきたのだろう。
 丁度、弾幕が途切れたタイミングで芳乃は優を足蹴にして、テーブルから追い出す。

 ――あの女、いつかひでえ目にあわしてやる。

 優はそんな事を頭の中で考えながらも、素早く相手の懐に潜り込み、肩を極めて床に
叩きつける。
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:47:51.28 ID:sm30G30s0
「どこの組織のエージェントか知らねえが、相手が悪かったな。ま、殺しはしねえから安心しな」

 少女は、ぐぅと呻き声を上げて頬を床につけたまま、しかし表情は一切変えることなく、
目だけで優を見つめと、

「流石ですね御神苗優、とミサカは肩の痛みをうったえながら語りかけます」

 となんとも癖のある口調で語りかける。

「あん? お嬢ちゃんミサカって言うのか? 随分口を割るのが早いな」

「ミサカはどこの国のエージェントではありません、とミサカあなたの言った事を否定します」

「だったらなんでい?」

「話す前に、きっちりと極めた肩を離してくれませんか、とミサカは懇願します」

 優はためらいなく、少女に言われるがまま肩から手を離す。
701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:49:55.71 ID:sm30G30s0

「随分簡単に開放してくれるのですね、とミサカは呆れながらもあなたに感謝します」

 少女は痛む肩に手を当てながらそう言った。

「たとえお嬢ちゃんが何かしようとしても、俺ならお嬢ちゃんを直ぐに制圧できるからな。
 なんだったら試してみるかい?」

「いいえ、とミサカはあなたの力量を身を持って知りましたので、直ちに攻撃行動を止める事を
 誓います」

「殊勝なこった。だったら、なんで俺を狙ったのか教えてもらえるか?
 それとも俺じゃなく、姫神や芳乃を狙ったのか?」

「違います。ミサカが狙ったのは――あなた、御神苗優です、とミサカは嘘偽りなく話します」

「だったら目撃はなんでい?」
702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:54:00.49 ID:sm30G30s0
「それはあなたの命です、とミサカは今更ながら無謀な事をしたと反省しつつ答えます」

「なんで俺の命を狙った?」

「それはついさっきまでの任務です。ミサカがあなたの殺害に失敗したため、プライオリティは
 次の段階は移ります、とミサカは包み隠さず答えます」

「プライオリティだ?」

「ミサカの次の任務は、あなたの拉致、誘拐となります。ですがあなたは強く、素直に
 拉致されるような方ではないようなので、ミサカは反則技を使わせて頂きます、
 とミサカは次の行動に移りつつ答えます」

 その時の優は知る由もなかった。
 少女の宣言通り――少女の言う反則技を使われて、自身が拉致されてしまう事を……。
703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:54:45.82 ID:sm30G30s0
「それはあなたの命です、とミサカは今更ながら無謀な事をしたと反省しつつ答えます」

「なんで俺の命を狙った?」

「それはついさっきまでの任務です。ミサカがあなたの殺害に失敗したため、プライオリティは
 次の段階は移ります、とミサカは包み隠さず答えます」

「プライオリティだ?」

「ミサカの次の任務は、あなたの拉致、誘拐となります。ですがあなたは強く、素直に
 拉致されるような方ではないようなので、ミサカは反則技を使わせて頂きます、
 とミサカは次の行動に移りつつ答えます」

 その時の優は知る由もなかった。
 少女の宣言通り――少女の言う反則技を使われて、自身が拉致されてしまう事を……。
704 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 23:55:57.68 ID:sm30G30s0
今日はここまで。
最後間違って二回投下したけど気にしないで。
では、続きはまた一週間から二週間後に。
705 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/04/04(月) 00:04:33.74 ID:yw+N+5v4o

箱舟の絶滅動物と戯れながら待ってる
706 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/04(月) 00:19:23.80 ID:Z89b6Qhf0
バーサーカーと戦いながら待ってる。
おかしい、5回以上首飛ばしてるのに停止しない。
707 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/04(月) 00:21:24.48 ID:z7YFzie20
>>706

それバーサーカー違いや!
708 :名無しNIPPER [sage]:2011/04/04(月) 15:33:25.41 ID:RLM1svlDO
乙。どうせなら機械化小隊でてこないかな。ノンモの舟に出てきたジャックリッパーとか。軍人気質で結構いいキャラしてるし、完全版に掲載されてた話では大佐になったみたいだし
709 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/04/05(火) 22:13:28.91 ID:scPU1h5bo
マシンナーズ・プラトゥーンって響きに意味も無くワクテカしたもんだ

おつ! 続き楽しみにしてるぜ!
710 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/06(水) 00:31:10.34 ID:VIxSH5p/0
リッパーの民間人には手を出さないってポリシーが素敵!
そして最後に御神苗の背中に向けて笑いかけたのがイイ(・∀・)
711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/04/08(金) 20:44:33.64 ID:1z/ym+Hx0
>>709
ナカーマ
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/17(日) 19:40:04.13 ID:RngSLJ+A0
すいません。
今週はちょっと投下を見送らせてください。
来週、来週には必ず……。
713 :名無しNIPPER [sage]:2011/04/17(日) 20:01:02.77 ID:Kj0htpdDO
了解
帰らずの森を攻略しながら待ってる
714 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/04/22(金) 22:03:30.05 ID:BAyr55Li0
やっと追いついた!
スプリガンのSS読めるなんて嬉しすぎるww
次の投下を楽しみにしてるよ
715 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 21:19:24.77 ID:NJzW3UlU0
今日は22時〜23時の間に投下します。
それまで暫し待ってください。
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/04/24(日) 21:23:11.00 ID:4hQaEd8so
舞ってる
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/24(日) 21:55:17.66 ID:hbfAPKcr0
ちょうどよかったです
仁を見終えたばかりなので
718 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 22:48:56.27 ID:NJzW3UlU0
じゃあ、始めます。
719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 22:50:08.92 ID:NJzW3UlU0
「あれから、御坂さんの様子がおかしいんです」

 八月の中旬。

 学園都市の至る所でチェーン展開をしている、ファミリーレストランの一角で起こった
出来事である。

 相談を持ちかけたのは三人の少女の内、長い黒髪の少女で、相談を持ちかけられたのは、
金色の長い髪を首筋で束ねた白人の青年であった。

 青年――ジャン・ジャックモンドが口を開く。
720 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 22:51:25.82 ID:NJzW3UlU0
「いきなり呼び出して、相談ってなにかと思えばんな事かよ」

 ジャンはいつものように街中を散策しているところを突然、佐天涙子に呼び出されたのだ。

 特に目的があって街をぶらついていた訳ではないが、だからといって誰かに縛られるのを
好まないジャンは、不機嫌ながらも、無碍に断る事もできず、仕方がなしに少女の呼びかけに
応えたのだ。
721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 22:53:02.47 ID:NJzW3UlU0
「話は最後まで訊いて頂けませんことかしら」

 頭の両サイドで髪を束ねたもう一人の少女――白井黒子がジャンをねめつける。

「あなたがお姉様の事をどう思っているかは知りませんが、わたくし達にとってお姉様は
 大切な存在ですの。ですから、黙って訊いて頂けせんかしら」

 慇懃無礼な言い方ではあるが、これは仕方がない。他人にとってどうかは知らないが、
自分達の中で重要な問題を『そんな事』で済まされたのでは、腹に据えかねるというものだ。

 まあ、黒子とジャンのそりが合わないというのもあるが……。
722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 22:54:26.06 ID:NJzW3UlU0
「突然呼び出したのは悪いと思っています。でも、御坂さんの事に関する大切なお話なんです。
 お願いします。ジャンさんの力を貸してください」

 続いて必死に頼み込んだのは、遠目に見ても目立つ花飾りを頭に乗っけた
少女――初春飾利だった。

 少女は真剣な眼差してジャンの顔を見据える。

 初春だけではない。佐天も黒子も、三人揃っていつもとは違う真面目な調子でジャンの顔を
見据えていた。

 余程深刻な悩みなのだろう。
 それも仕方がないか。
723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 22:54:21.86 ID:NJzW3UlU0
「突然呼び出したのは悪いと思っています。でも、御坂さんの事に関する大切なお話なんです。
 お願いします。ジャンさんの力を貸してください」

 続いて必死に頼み込んだのは、遠目に見ても目立つ花飾りを頭に乗っけた
少女――初春飾利だった。

 少女は真剣な眼差してジャンの顔を見据える。

 初春だけではない。佐天も黒子も、三人揃っていつもとは違う真面目な調子でジャンの顔を
見据えていた。

 余程深刻な悩みなのだろう。
 それも仕方がないか。
724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 22:55:32.20 ID:NJzW3UlU0
 なにせ、学園都市に七人しかういないレベル5で、三人の少女にとってかけがえのない友人に
関する事なのだから。

 ジャンはとりあえず、黙って佐天の口から語られる言葉を聞く事にする。

 佐天は意を計るように青年の蒼い瞳を覗き込むと、続いて隣に座る友人達に目を向け、
それから深呼吸して息を整えてから語りだした。

「私が御坂さんの様子がおかしいと気づいたのは、夏休みに入って一週間位経った頃なんです」

 それは夏休みに入って一週間が経過した頃、四人でショッピングを楽しんでいた頃の
出来事らしい。
725 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 22:56:39.89 ID:NJzW3UlU0
 ――初春、今年の海はこれで男達を悩殺だよ!

 ――佐天さん! そんな大胆水着なんてちょっと私には早すぎますよ!

 ――そんな事ないって。白井さんなんかほら。

 ――なんですの?

 佐天の指差した先には、布面積の少ない水着を試着した白井黒子が立っていた。
 呆然とした様子で初春が尋ねる。

 ――それ、海に着用にして行くつもりなんですか白井さん?

 胸を――無い胸をはって黒子が答える。

 ――いけませんかしら? 
726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 22:58:07.90 ID:NJzW3UlU0

 ――その……恥ずかしくはないんですか?

 ――恥ずかしい? とんでもない。大人の女というのは周囲の視線を受け
   て肌が美しくなるのですわよ。

 それに、と黒子は言葉を続ける。

 ――このアダルティックな水着を着用していれば、お姉様も
   オープンハート間違いなしですわ! 

 両腕で己を抱きしめると身をくねらせ、自身の創った世界に浸る黒子に、佐天も初春も
少し引いていた。
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 22:59:27.11 ID:NJzW3UlU0
 友人とはいえ、時々――いや多々として、彼女の変態――独創的な考えについていけない
場面が、彼女の知り合い達にはある。

 そんな少女の行動に一番悩まされているのは――。

 ――御坂さん。どうしたんですか?

 御坂美琴で、白井黒子のストッパーであるはずなのだが……。
 いつもならばここで、なんらかの突っ込みは入るはずなのに、それがないことを訝しんだ
佐天が声をかける。

 美琴は少し離れた位置から三人のやり取りを、嬉しさと寂しさを混ぜたような表情で
眺めていた。
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:00:30.56 ID:NJzW3UlU0
 ――御坂さん?

 ――え、ごめん、なに?

 二度目の呼びかけで美琴はやっと気づいたようだった。はっ、とした様子で佐天の問いかけに
答える。

 ――ボッーとしちゃって、どうしたんですか? いつもの御坂さんらしくないですよ。

 ――いつもの私らしくない……か。

 本当にどうしたのだろうかと、今になってやっと美琴の様子がおかしい事に気がついた
佐天は、心配になって問いかける。

 ――大丈夫ですか? もしかして具合でも悪いんですか? だったら今直ぐに病院に……。

 ううん、と美琴は首を振る。

 ――違うの。そうじゃないんだ。ただ――。
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:03:13.04 ID:NJzW3UlU0
 ――ただ?

 ――ただ、こうやって黒子がバカやってるのを眺めるのも悪くないなって思ってさ。

 美琴は今にも消え入りそうな笑顔で笑った。

 ――お姉様、なにしてますの! ほらこっちに来てくださいまし。黒子がお姉様に
   似合う水着を選んでさしあげますわ。

 ――いっ!? いいわよ別に! あんたの選ぶ水着、布面積が以上に少ないし。

 ――それ位でなければお姉様の魅力を引き出すことはできませんの。
   さあ! さあ! 黒子に身を委ねてくさいまし!
730 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:05:04.41 ID:NJzW3UlU0

 美琴のスカートに手を伸ばし、試着室でないにも関わらず脱がしにかかる黒子に、
美琴は電撃を浴びせる。

 いつもの光景だった。
 先ほど見せた美琴の笑顔を除けば――だが。

 佐天はそれからなんとなくではあるが、美琴の様子を気にかけるようになる。
 そうやって視野の端で美琴の姿を気にかけて一週間が経過した頃。八月の上旬の話である。

 やはりいつもとはどこか様子が違う――どこと尋かれても上手く説明はできないが――美琴を
気にして、佐天は意を決して声をかける事になる。

 それは佐天と美琴が偶然二人きりになった時の事だった。
731 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:06:41.56 ID:NJzW3UlU0
 ――御坂さん。

 佐天はおずおずといった様子で美琴の名を口に出す。
 ん、と美琴はいつもと変わった様子もなく顔を向けると、小さく首を傾けた。

 ――なに、佐天さん?

 あの、その、と意を決したにも関わらず、いざとなってしどろもどろになる佐天に美琴は
笑いかけた。

 ――あははっ、どうしたの佐天さん? そんなに慌てちゃって。

 ――そのですね?

 ――ん、なに?

 佐天は暫く視線をさまよわせていたが、ぎゅっと拳を握ると、今度こそ意を決して尋ねる。
732 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:07:44.87 ID:NJzW3UlU0
 ――御坂さん!

 ――はい?

 ――なにか悩みがあるんじゃないですか!?

 美琴は二、三度目を瞬かせてから驚いた様子で、

 ――どうしたの突然。

 と言った。

 ――突然じゃないんです。ずっと前から、なんとなくですけど、御坂さんの様子が
   おかしいなって思ってたんです。

 普段は見せる事ない陰りのある顔。
 佐天はこの一週間で、美琴がそんな顔をするのを何度か確認していた。
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:09:05.52 ID:NJzW3UlU0
――何か悩みがあるなら話してくれませんか? 私がダメなら初春や白井さんにでも。
  だから――。

 友達だから――。
 話して欲しいと訴えかける。

 美琴は――美琴はぎゅっと何かを堪えるかのように目を罪ってから、眉根を
痙攣(けいれん)させ、それから目を伏せた。

 ――ごめん。言えないんだ。

 明確な回答を拒む拒絶。それが美琴の答えだった。
 そう――ですか、諦めの言葉を口に出して、とそれ以上追求する事は佐天にできなかった。

 あんな顔をされては――。
 それ以上問い質す事はできなかったのだ。

 全てを語り終えた佐天は沈み込んだ表情で俯いていた。
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:10:23.58 ID:NJzW3UlU0
「それから佐天さんは、私や白井さんに相談を持ちかけてきたんです」

 佐天の代わりに初春が言葉を続ける。

「本当は私も――白井さんも、御坂さんの様子がおかしい事にはなんとなく気づいてたんです」

 お友達ですから、と初春は少し寂しそうに笑った。
 お姉様の後輩として当然ですわ、とは黒子の言である。

 皆考える事は一緒なんですと、と初春は言った。

「私も白井さんも、御坂さんの様子が気になって、佐天さんと同じように御坂さんに
 尋いてみたんです」
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:11:24.49 ID:NJzW3UlU0
「で?」

 ジャンは続きを促す。
 初春は首を横に振る。それだけで意味は十分に伝わった。

「結果は佐天さんと同じでした。私達よりも付き合いの長い白井さんにまで
 教えてくれなかったんです」

「お姉様はバカですわっ!」

 黒子が突然声を張り上げた。

「わたくしにまで悩みを打ち明けてくださらないなんて、そんなに黒子は信用なりませんの!」

 拳を振りあげドン、とテーブルに叩きつける。
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:12:45.80 ID:NJzW3UlU0
 衝撃でテーブルの上に置かれたグラスが揺れた。周囲の客が何事かと好奇の視線を送るが、
直ぐに興味をなくして元の様子に戻っていく。
 沈んだ顔の三者を見渡してから、ジャンが漸く口を開いた。

「俺にどうしろってんだ?」

 黒子が尋ねる。

「あなたは何かご存知ありませんの? 思えば、お姉様の様子がおかしくなったのは、
 あの事件があってからのような気がしてなりませんし」

「あの事件?」

 訝しげな顔をしてジャンが尋ねる。

「今もなお逃走している木山春生と暁巌の両名が引き起こした事件ですわ」
737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:14:49.25 ID:NJzW3UlU0
 ああ、とジャンは声を上げた。

 ジャン自身も関わったのだから忘れるはずもない。学園都市に在籍する多くの学生を
巻き込んで起こった、通称レベルアッパー事件の事である。

「あの事件ではあなたも『一応』は活躍なさっていたでしょう。ですから心当たりがないかと、
 こうして尋ねているのですわ」

 黒子は一応を強調して言った。
 ジャンが活躍した事は事実なのだが、それを認めたくないが故の抵抗のつもりだろうか。

 しかし、ジャンは黒子の言を気にした様子もなく言葉を返す。

「知らねえな」

「本当ですの?」

 ずい、と身を乗り出し。眉間にしわをよせて黒子は再度尋ねる。
738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:15:57.98 ID:NJzW3UlU0
「隠し事をなさったら許しませんわよ」

「知らねえものは知らねえんだ。第一だな、本人がなんでもねえって言ってんだから
 放っておけよ」

 そんなの冷たすぎますよ、と急に立ち上がって佐天が発言した。

「ジャンさん冷たすぎませんか!? 少しは親身になって相談にのってくれても
 いいんじゃないですか!」

 お二人とも落ち着いてください、と初春がなだめる。――が、二人は構わずジャンに詰め寄る。
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:19:33.75 ID:NJzW3UlU0

「あなたはお姉様がどうなってもいいとおっしゃいますの!?」

「御坂さんが人に言えない悩みを抱えてるんですよ! だったら――」

 それだよ、とジャンは声を上げた。
 突然の事に、二人は一瞬で毒気を抜かれて間抜けな顔をする。

「どういう事ですか?」

 唯一冷静な初春が尋ねる。
740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:22:41.23 ID:NJzW3UlU0
「あいつは人に言えない悩みを抱えてる訳だ。それも余程深刻な、だ。だったらお前たちが
 探るべきじゃねえだろう。誰にだって言えない秘密はあるだろうさ。――親友にでさえな」

「それは――」

 佐天が反論しようとするが、言葉が続かない。

 かつて、レベルアッパーを手にした無能力者の少女は、誰にも相談する事なく一人孤独
に悩み続けていたのだから。

「――そうかもしれませんね」

 反論のしようがなかった。
 黒子はそれでもなお反論しようと言葉を模索するが、出てくる言葉は相手の事を考えない
独りよがりの意見ばかりで、結局黙するしかなかった。

 言葉を失った二人の少女が落ち着いた様子で席につくのを確認すると、
ジャンは言葉を紡ぐ。
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:24:46.97 ID:NJzW3UlU0
「探るのはお前たちの自由だ。けれど、お前らの探ろうとしているものがなんなんのか
 理解してやってんのか?
 あいつがお前らに何も話さなかった理由を考えたりはしなかったのかよ。人の心に土足で
 ズカズカと上がりこむのは、あまり上品とは言えねえんじゃあねえのか?
 なあ、白井よう。違うか?」

 ジャンは不愉快だと言わんばかりに眉間に皺(しわ)を寄せ、静かに、だが善く通る声で
言い放つ。

「あいつがなにを抱え込んでるのかは知らねえ。けど、一度お前らの口から尋いて断られた
 以上、後はあいつから話してくれるのを待つしかねえんじゃねえのか?」
742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:25:55.71 ID:NJzW3UlU0
「でも――でも、何かあってからじゃあ遅いんですのよ!」

「確かに、な。あの跳ねっ返りは一人で悩みを抱え込むタイプだからな。おまけに、
 自分の周りの連中が傷つくのを極端に恐れてやがるから、まず、お前らに相談を持ちかける
 事はねえだろうさ」

 まるで女版御神苗だな、と内心呟く。

「それが分かっていながら、あなたは何もするなとおっしゃいますの?
 そんな事、わたくしにはでできませんわ!」
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:27:45.28 ID:NJzW3UlU0
 だから落ち着けよタコ、とジャンは黒子を宥(なだ)――本当に宥めているのか?――める。
 本来ならそういった役割ではないのだが……。

「だったらこうしようぜ。俺があいつの見張り役になってやるよ」

「あなたが――ですの?」

 黒子は不安と疑いが入り交じった目でジャンを見る。

「なんか、余計心配ですわ」

「あのなあ、こう見えても俺は腕はたつぜ。あの時伸びちまった誰かさんと違ってな」

 ジャンはレベルアッパー事件の事を言っているのだ。
 黒子は能力の使い過ぎにより意識を失い、怪物との戦いでは何もできなかったのだ。
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:30:34.65 ID:NJzW3UlU0

「それに、俺ならもし万が一なにかあっても平気だろう」

「そんな事はありませんわ」

「あん?」

 ジャンが視線をよこすと、黒子は頬を赤く染めて顔を背けた。
 ――照れているのか……? 素直ではない。

「お、おおおお姉様はお優しい方ですから、あなたのような野獣でも、何かあったら
 悲しむに決まってますわ」

 そうですよ、と初春が黒子に続く。

「御坂さんはジャンさんと同じで素直じゃないから、表面上は辛辣なもの言いをしますけど、
 本当はジャンさんの事を大切に思ってるはずですよ。――きっと、ですけど」
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:32:52.11 ID:NJzW3UlU0
「どうだかな」

 初春は苦笑いを浮かべた後に、

「だから、私はジャンさんにも危険な目にあって欲しくないんです」

 と言った。

「わたくしも『ジャッジメント』としてですが、あなたが危険な目にあうのは好ましく
 ありませんわ。あくまでジャッジメントとしてですけれども……」

「素直じゃねえやつだな」

「うるさいですわよっ!」

 そんな三者のやりとりが行われている中、佐天が口を開く。
746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:33:43.27 ID:NJzW3UlU0
「どうだかな」

 初春は苦笑いを浮かべた後に、

「だから、私はジャンさんにも危険な目にあって欲しくないんです」

 と言った。

「わたくしも『ジャッジメント』としてですが、あなたが危険な目にあうのは好ましく
 ありませんわ。あくまでジャッジメントとしてですけれども……」

「素直じゃねえやつだな」

「うるさいですわよっ!」

 そんな三者のやりとりが行われている中、佐天が口を開く。
747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:35:17.00 ID:NJzW3UlU0
「私は、ジャンさんに御坂さんの事をお願いした方がいいと思います」

「佐天さん!?」

「それは、この野獣に万が一の事があってもいいって事ですの?」

 そ、そうじゃなくて、と佐天は慌てたように弁解する。

「いや、だってまだ御坂さんが危険な事に首を突っ込んでいるか分からないわけですし、
 それにジャンさんならきっと御坂さんの事をなんとかしてくれるって気がするんです。
 ――しませんか、ね?」

 黒子と初春は互いの顔を暫く見つめた後に、続いてジャンの端正な顔を見つめ、
最後に佐天の顔を見ると黒子が口を開いた。
748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:36:11.11 ID:NJzW3UlU0
「佐天さんは随分とこの野獣を信頼してますのね」

「いや、ほら、レベルアッパーの時だって私達の事助けてくれましたし」

「私達じゃなく『私』の事をじゃないですか?」

 う、初春――と顔を真っ赤にした佐天が初春の肩を揺する。

 初春は、いつも私のスカートをめくるお返しですよ、と言った。
 そんな二人のやりとりを尻目に、ジャンはで、どうするんだ、と尋ねる。

 三人は顔を見合わせて、互いの意を確認するように頷くと、異口同音にジャンに依頼する。
 
 ――御坂美琴を頼むと。
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:37:37.78 ID:NJzW3UlU0
 ジャンはいつものように不敵な笑みを浮かべ、その依頼を受けた。
 そうして、その場は解散となり、ジャンは三人の背中を見送るとぽつりと呟いた。

「妹達――か」

 あの時――御坂美琴が木山春生と話し込んでいた時、木山は周りに聞こえないように
声を顰めてそう言った。

 あの場にいた黒子や佐天は聞き取れなかった言葉をなぜジャンだけが聞き取れたのか?
 答えは簡単だ。

 ジャンはライカンスロープなのだ。常人より五感が優れている。即ち、
耳が良いという事である。
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:38:38.99 ID:NJzW3UlU0
 妹達――という単語が何を示すのかジャンには解らないが、あの時の尋常ならざる
美琴の様子から、ただ事ではないのだけは分かる。

「また、面倒な事に首を突っ込んじまったな」

 だからジャンは、白井黒子に詰め寄られた際、御坂美琴が苦悩している要因について、
心当たりがあるにも関わらず知らないと答えたのだ。 

 ジャンは面倒事を双肩に背負い込んだのを感じて、大きな溜め息を吐いた。
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:40:32.91 ID:NJzW3UlU0
今日はここまで!
続きはなるべく早く書くつもりですけど、最近ちょっと文章がぱっち浮かんでこないので、
直ぐに書けるかどうか……。
とりあえず、一週間〜二週間後にまた投下する予定ではあります。

ではでは。
752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/24(日) 23:56:34.46 ID:NJzW3UlU0
>>714

それと追ってきてくれたには感謝を!
スゴイ嬉しいです。
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/04/25(月) 00:03:08.34 ID:3hSHdz3wo

ゆっくりでいいからしっかり書いて欲しい
ジャンさんの細胞の生命力並みにしつこく待ってる
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/25(月) 02:21:23.90 ID:30eU0DgQ0
おうとも、ノンモの船のデータ閲覧しながらだったら、全然暇しないしな。
755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/05/04(水) 23:40:40.36 ID:vke0YkIP0
ここのSS読んでスプリガン保存版全巻買っちまったwwww実家に全巻あるのにwwww
まあ実家にあるのは通常版だし、
噂に聞いてたFIRST MISSIONとGOLD RUSH初めて読めたからいいんだけど
絵柄のせいか、GOLD RUSHでのジャンさんがすごく若く見えてワロタ

最近皆川作品から離れてたし、ピースメーカーとかアダマスとかちょっとずつ集めようかな
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/08(日) 18:53:42.31 ID:IlyZqh6y0
ごめん、今日無理かもしんないです。
休み中だらけてたんです。いや本当にすいません。
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/08(日) 19:54:35.19 ID:oXk/YqeVo
ok

ところで、ルナヴァースってできはどうなの?
758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/08(日) 21:00:34.94 ID:IlyZqh6y0
ルナヴァースってやった事ないんだよね……。
開発はACシリーズを制作しているフロムだっていうのは知ってるんだけど、
キャラゲーという事で敬遠してたから……。
誰かやった事ある人います?
759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/08(日) 21:21:11.35 ID:7uk/pTNDO
遊んだ事はないけどニコニコ動画でスプリガンで検索すれば、ゲームのプレイ動画が見れますよ。
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/08(日) 21:48:54.49 ID:IOKEtz3ao
ダラダラでいいので続けてくれ。まじ面白い。

>>757
当時やったがACよりも遥かにマゾゲーと感じた。
戦闘、探索共にシビアめで、新米スプリガンの苦労をたっぷり味わえるよw

爽快AMスーツ無双ゲーだと思って買うと後悔するけど、
ストーリーはしっかりスプリガンしてるし、
OP詐欺含めてしっかりフロムゲーなので、個人的には好き。
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/08(日) 22:16:11.04 ID:oXk/YqeVo
>>760
そういえば主人公AMスーツ着てるみたいだな
原作で出てくるスプリガン
AMスーツ必要ないようなやつばっかだけど
AMスーツはやっぱ強いよなあ
762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/08(日) 22:21:01.03 ID:W6hkGN+0o
世間の評価は知らんが個人的には面白かったよ
主人公オリジナルだけどクリア後は優とジャン使えるし難易度もそこそこ
操作感はトゥームレイダーそのまんまだけどな
763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/08(日) 22:34:08.19 ID:2iMpdBdRo
アーマードコアと操作感覚が似ているというお話もあったかと思いますが……。
気のせいでしたでしょうか・・・・・・。
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga sage]:2011/05/08(日) 22:37:49.24 ID:Di/oji2G0
ルナ・ヴァースは結構たのしかったよ。
3タイプのアーマードマッスルスーツがあってスーツによって攻略法が変わったり、
主人公が成長すると隠しルートを行けるようになったり、
単なるキャラゲーではないボリュームの作品だった。
見た目はメタルギアの出来そこないみたいな感じだったけど。
あとラスボス戦で格闘よりミサイルのほうが有効だったのは泣いた。
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/08(日) 22:48:52.29 ID:IOKEtz3ao
移動と旋回はACママだね。銃にはロックオン的なものもある。
あとはぶら下がりとか忍び歩きとか。
766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/08(日) 23:02:23.36 ID:W6hkGN+0o
マップも結構凝ってて面白いしな
ラストの月面だけはただの跳ねゲーになってていただけなかったが
767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/09(月) 02:38:59.35 ID:w6jMDD++0
スピードタイプがなれると結構面白かったな。
ムーンライトはフロムのお約束だったけど、グレネードランチャーと
高速振動ナイフにディフェンスLV3で突き進むのもよかった。

768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/09(月) 21:35:37.64 ID:1K4BKyjm0
意外とゲームのスプリガンに手出してる人いるんだな……
ここに来るスプリガン達が善く調教されているのが良く分かったww
769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/14(土) 21:58:24.13 ID:/PWThC1N0
今週はちゃんと投下します。
一応、明日の21時くらいを予定しているけど、場合によってはまた時間ずれるかも……

ちなみに、今更ですが自分は禁書の小説を読んだ事はないので
色々とアレな部分があるだろうけど、まあそういうモンだと思ってください
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:05:26.46 ID:ZSOv8XP50
じゃあ、時間なので投下始めますけど……
今回は注意事項が一つ……

今回の投下する話ではスプリガン勢は一切からみません!

では投下始めます
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:07:21.61 ID:ZSOv8XP50

 ――美琴ちゃん一人で大丈夫かしら。

 心配する母親を宥め、彼女を学園都市へ向かわせる事を了承したのは父親だった。

 父親は母親の両肩に手を置いて一言二言を語りかけると、次に幼い少女の頭に手を置いて、
ゆっくりと愛おしそうに撫でてから、

 ――行ってきなさい。

 と柔和な笑みを浮かべて言った。
772 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:08:49.13 ID:ZSOv8XP50
 一人娘を聞き知った程度にしか知らない街に送り出すのだ。

 本当は己も不安であろう。だがしかし、父親は娘の思いを尊重し、信じて、笑顔で送り出そうと
決めたのだ。

 少女は満面の笑みで頷き、父親の胸に顔をうずめ、すりすりと顔を寄せて喜びを表現した。

 父親は娘にされるがまま身を預け、母親は少し残念そうな顔をした後に娘を抱き寄せ、
愛おしそうに頬ずりをした。

 それから数日後、少女は両親に見送らながら学園都市の土を踏む。
773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:09:25.48 ID:ZSOv8XP50
 学園都市の広大な土地と、隣接する県――千葉県や埼玉県、神奈川県がそれにあたる――との
堺にある検問所で、両親とは一旦のお別れだ。

 なぜなら、学園都市に住まう学生には学校指定の学生寮が用意され、補助金や奨学金などに
よって、一人で生活するには十分な環境が賄われているからである。
774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:10:39.89 ID:ZSOv8XP50
 本来なら仕事がある父親はともかく、母親だけでも子供と共に学園都市に住むべきなのだろうが、学園都市は文字通り学生のための都市であり、研究員やその他諸々の特別に許されていない
大人の在籍はは許されていないのだ。

 故に、学園都市の総人口二百三十万人の内、八割は学生で占められている訳だが……。
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:12:01.72 ID:ZSOv8XP50
 そのような経緯を経て親元を離れた幼い御坂美琴嬢は、学生寮に住みながら小学校に通い、
外の世界――つまり学園都市の敷地外にある学校と同じ基礎教育と共に、能力開発を受ける事に
なる。

 能力開発というからには、頭部に電極を付けて脳に微量な電気を流したり、薬物を投与して
脳細胞を活性化させたりなど、まず普通では考えられない教育をする。

 解りやすく外の世界で行われている事に例えるならば、一流のアスリートを育てるために、
機械を使った効率的なトレーニングやプロテインの投与を行っている、といったところか。
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:13:07.24 ID:ZSOv8XP50
 とはいっても、体に害があるような事は一切せず、食事や校外の生活まで能力開発の
一環として管理される訳ではないため、学生は外の世界の住人と変わらずのびのびと
学園生活を満喫している。

 ――御坂美琴もそうであった。

 学園都市に来て間もない頃は、親元から離れた寂しさと幼さからホームシックになったりは
したが、活発で社交的な性格をしている美琴は直ぐに沢山の友達ができ、能力開発の授業にも
積極的に取り組んでいった。
777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:13:59.84 ID:ZSOv8XP50
 そのおかげか、学園都市に来て一年が経過した頃――御坂美琴が七歳になった頃には、
少女は全くの無能力者であったにも関わらず、指先から蒼く細長い電流を出せるようにまでなり、
レベル0からレベル1へと早々に昇格する。

 さらに一年が経過した頃にはレベル2へと昇格し、それからさらに三年が経過する間に
レベル3、レベル4へと順調に昇格し、最終的にはレベル5――学園都市の頂点へと上り詰める。
778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:15:44.48 ID:ZSOv8XP50
 ――学園都市に足を踏み入れてから五年。

 十一歳という若さで彼女は、学園都市に約二百万人いる学生の頂点に上り詰めたのだ。
 これは驚異的速度と言える。

 常人であれば、レベル一つ上げるだけでも下手をすれば数年掛かると言われているのに、
彼女はたった一年で先ずレベルを一つ繰り上げてしまったのだ。
779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:16:26.00 ID:ZSOv8XP50
 ましてや、レベル4からレベル5に至る道は他のレベルの比ではない。

 それは彼女が中学校二年生――十四歳になった現在でも、レベル5に至った人間が七人しか
いない事を鑑みれば善く解るだろう。

 当然の事ながら、少女の名は学園都市中に響き渡る事となる。
780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:17:07.41 ID:ZSOv8XP50
 曰く、教師陣からは教育指導の模範と言われ、年齢を重ね、普通の小学校から名門と
謳(うた)われるお嬢様学校――常盤台中学に入学した頃には、校名と自身が最も得意とする
能力の使用法を合わせて、『常盤台の超電磁砲(レールガン)』と呼ばれるようになる。

以来、彼女自身も好んでその名を使うようになる。
781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:19:26.67 ID:ZSOv8XP50
 努力によって掴みとった高いステータスと、それに伴って周囲の人間から自然と送られる
羨望の眼差し。

 容姿もかわいらしく品行方正――彼女を善く知る人間が聞いたら驚くだろうが、
少なくとも周囲の人間はそう思っている――なのだから、非の打ち所がない万人が想像する
理想のお嬢様と言えた。

 だがしかし、誰も彼女が抱える闇を知らない。
782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:20:45.19 ID:ZSOv8XP50
 ……それも仕方がないのか。

 誰も、天高く輝く太陽の実情など気にはしない。人はただ、太陽から降り注ぐ陽光に気を
配られ、地球から遠く離れた惑星で何が起こっているかなど頭の範疇にはないのだから。

 ――太陽に陰りが現れるきっかけとなったのは――彼女が小学四年生だった頃。その時は
まだレベル3だった少女に接触する者があった。
783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:21:55.62 ID:ZSOv8XP50
 始まりは、寮母からの突然の呼び出しであった。

 何か悪い事をしたのだろうか――と内心首を傾けながら向かった先に居たのは二人の男で、
一人は少女の姿を確認すると、慇懃に挨拶を混じえて、頭上から見下ろす形で語りかけてきた。
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:23:16.93 ID:ZSOv8XP50
――君も識っているとは思うが、人間の手足というものは、脳から送られる微弱な電気信号を
  受け取って動かされているよね。

――でも、世の中にはそんな事もできない人々もいるんだ。

――私達はそんな人々を救うために、研究を行っている者達なのだが、脳というのは構造が
  難しくてね。

――未だに全容を解明できていない。

――そこで君に頼みがあるんだ。
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:23:59.15 ID:ZSOv8XP50
 雄弁に語る大人はそこでやっと身を屈めると、目線を少女に合わせてから目元を和らげ、
にっこりと微笑んだ。

 ――君の力を貸して欲しい。

 その申し出に少女は快く答えた。
 男は、そうか、と破顔して喜んだ。
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:25:38.10 ID:ZSOv8XP50
 ――ありがとう。これで多くの人々が救われる。

 ――では先ず、君の親御さんの承認を得る必要があるのだが――。

 その前に。
 少女には気になる事があった。

 何も考えず、誰かの為になればと了承したが、具体的に何をすればいいのかまだ聞いていない
のだ。

 そう尋ねると、男は困ったような笑みを浮かべて、ああすまない、そうだったね、と
もう一人の男と顔を見合わせてから、口を開いた。
787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:27:02.05 ID:ZSOv8XP50
 ――なに、長期的な束縛をするつもりはないよ。

 ――私達が欲しているのはね、君の脳のデータと。

 ――DNAマップ(遺伝子地図)なんだ。

 少女は幼いながらも博識で、DNAマップが肉体の設計図であり――つまりは自身の全てを
人前にさらけ出すという事を承知で。

 やはり――。

 ――快く了承した。

 そして後に己の浅はかさを呪い――善意から悪意が生じる事も知った。
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:27:54.50 ID:ZSOv8XP50



 彼女が、提供した脳データとDNAマップの使い途について不信を抱いたのは、
中学二年生の春――つい最近の事であった。

 ――ねえねえ知ってる?

 ――学園都市のどこかで軍用クローンが量産されてるって噂。

 その噂を耳にしたのは偶然であった。
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:31:18.74 ID:ZSOv8XP50
 美琴が通う中学校にある円形の大きな広場。
 その広場で春の日差しを気持よく浴びていると、たまたま居合わせた同輩の学生が
噂していたのだ。

 ――レベル5のDNAマップを使ってるって話でしょ。

 ――レベル5って七人しかいないんだよね?

 ――それって、もしかしたらうちの学校に通ってる御坂美――。

 他愛の無い噂話に夢中になっていた女学生は、そこでやっと美琴の姿に気が付き、
しまったといわんばかりに口に手を当てた。

 それから、周囲の友人を伴って気まずそうに美琴に向かって会釈をすると、そそくさと
その場をあとにした・

790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:32:24.70 ID:ZSOv8XP50
 ――馬鹿馬鹿しい。

 その時はそう判じた。
 しかし、後になって奇妙に自身と合致する噂話に胸騒ぎを覚えた美琴は、独自に調査を始める。

 先ずは数年前、自身に接触してきた二人の研究員を捜す事から始めた。
791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:34:35.13 ID:ZSOv8XP50
 美琴は先ず、幼い頃にもらった名刺を頼りに、二人の研究員を訪ねる。応対した二人の男は
懐かしそうに美琴の顔を眺めた後に、久し振りだね、と先ず口を開いた。

 美琴はお嬢様学校に通う生徒らしく、慇懃に挨拶を述べてから本題を切り出した。

 話を聞き終えた二人の男は互いの顔を見合わせてから、愉快そうに笑った。
792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:36:06.14 ID:ZSOv8XP50
 男達は一頻り笑った後に、いや、すまないと詫びてから、そんなのは根も葉もないただの
噂だよ、と言った。

 美琴もそう思った――否、そう思いたかったからわざわざ足を運んで尋ねたのだ。
 結局、噂は噂でしかなかった訳だが。

 ――美琴は安堵の息を吐いて、もう一つついでとばかりに尋ねる。
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:37:59.27 ID:ZSOv8XP50
 ――あの、それでですね、もう一つ伺いたい事があるんですけど。

 ――うん、なんだね?

 ――私の提供したデータとDNAマップは今どのような用途に使われてるんでしょうか?

 ――それは――。

 はたと男の顔色が変わる。
 男は気まずそうに一度目を伏せてから、

 ――私達にも総べて知らされていないんだ。

 と数秒間を置いてから言った。
794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:40:19.98 ID:ZSOv8XP50
 ――どういう事なんですか?

 訝しげな顔をして美琴が尋ねる。

 ――君から提供されたデータは様々な研究に流用されているんだ。

 ――それこそ私達が専門に研究している人体工学から、畑違いの機械工学まで様々にね。

 ――それは。

 美琴も承知している。
 母親を混じえて契約書にサインをした際、美琴は説明を受けていたのだから。

 男は頷いてから言葉を続ける。
795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:41:27.19 ID:ZSOv8XP50
 ――その内、私達が知る事ができる情報は人体工学に使われているものだけなんだ。

 ――それ以外の情報は、特殊な手続きを踏まない限り私達でも知る事はできない。
   申し訳ないがこれは決まりでね。

 ――それじゃあ、ここ以外で使われている私の情報は今どうなっているか判らないって
   事なんですか?

 申しわけないが、と言ってから男は低く唸った。
796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:42:28.83 ID:ZSOv8XP50
 ――だったら私が直接行って訊いてきます。

 ――それも……無理なんだ。

 ――どうしてですか!?

 ――君から提供されたデータは既に機密扱いとなっているから……だ。

 ――でも、データを提供した本人なんですよ私は。それでも……。

 やはり、無理なのだろう。
 口では言わずとも、苦渋に滲んだ男の顔が全てを告げていた。
797 :とある複製の妹達支援 [saga]:2011/05/15(日) 21:43:42.11 ID:Ah7YFTiEo

禁書目録「しょう、怪我は平気!?」

迫間「このぐらいの怪我は慣れてるじゃん! いいから走れ!」

脳震盪を起こすように狙って打ったが、それでも時間が経てば回復してしまうだろう。

迫間「(こうなったら、迷ってられない……プラントで匿うしかない!)」

目指すは第五学区のクローンプラント。

禁書目録「しょう、後ろ!」

迫間「んなっ!? 嘘だろ!?」

インデックスの声に促されて背後を確認すると、既にダメージから回復した神裂が猛追を始めていた。

――本当に同じ人間か!?

インデックスや迫間は逃げる事に精一杯で、走りながら追撃に対応している余裕はない。
だが、それに対して神裂は、尋常ならざる速度で追跡しながらも、攻撃の体勢を整えていた。

追う者は前方だけに注意していればいいが、追われる者は前方と後方を気にしなければならないのだ。

神裂「(彼の言う通り、覚悟が足りなかった……!)」

たかが学生相手と侮った。素人相手に本気になる事も、その必要もないと考えていた。

しかし、生と名乗る少年の見せた戦いは、紛れもなく戦士のそれだった。
戦い慣れている、というのが神裂の抱いた率直な感想である。

神裂「(制限時間(リミット)が迫っている以上、私に手段を選んでいる余裕など無かったのに……!)」

だからこそ、どんなに卑怯な手段であろうと、インデックスを無事に回収する為になら迷わず使う。
高速で走りながらも、神裂は抜刀術の構えを取り、その『標的』を定めた。
放つのは、『七閃』ではなく、自らの最強の一撃。

しかし、『唯閃』の標的は禁書目録ではなく――
798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:43:46.83 ID:ZSOv8XP50
 ――それじゃあ。

 自身のDNAマップがどのように扱われているのか分からないのと同じではないか。
これでは、あの女学生のが噂して事柄についても完全に否定できない。

 ――では、なぜこの男達は始めにその可能性を否定したのか……?
 そこまで考えが至ると、美琴はゆっくりと静かに、しかし責め立てるように強く。

 ――答えて。

 男達に問い質す。
799 :797 [sage]:2011/05/15(日) 21:46:02.23 ID:Ah7YFTiEo
うわー!誤投下すみませーん!orz
お気に入り開きながらだと、これだからー!
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:46:09.47 ID:ZSOv8XP50
 始め丁寧だった口調は、激した今、乱暴に変わり果てていた。

 ――私のクローンが造られている可能性はあるの?

 男の一人が焦燥した様子で口を開く。

 ――美琴君。我々は科学者であると同時に人間だ。科学者だからといって、探究心が勝り、
   倫理的に悖る行いをする事はありえない。
   それに君と契約を交わした際には、そのような勝手な行いはしない、と制約した――。

 はずなのだ――と言葉を続けようとしたところで、男は口を閉じてしまう。
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:48:23.33 ID:ZSOv8XP50
いや気にしないでokですよ! ちょっとびっくりしたけど……
しかもこれは悪滅とのクロスですな……。
スレタイだけは知ってたけど、今度見させてもらいますね。
802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:49:40.54 ID:ZSOv8XP50
 ……見てしまったのだ。
 目の前の少女が魅せる真っ直ぐな瞳を――。

 男はその瞳に見据えられて、自分が酷く格好の悪い言い訳をしている事を自覚すると、
可能性の話ではあるが、と前置いてから、

 ――私はそのような倫理に悖る事が行われているのを……残念ながら否定できない。

 と弱々しく言った。
 もう一人の男は否定も肯定もせず、ただ項垂れていた。
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:51:30.15 ID:ZSOv8XP50
 美琴は、

 ――そう……。

 と酷く落ち込んだ様子でただ一言漏らすと、暫く何か堪えるように俯いてから、
男達を一瞥して無言でその場をあとにした。

 結局、彼(か)の研究者との数年振りの再会は、美琴の疑念を払拭する事ができず、
逆に不信を強める結果に終わっただけだった。
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:53:49.30 ID:ZSOv8XP50
 あれから――あの研究者達と出会ってから、あらゆる手を尽くして情報を求めた。

 正攻法から、人に言うのを憚られる事まで。兎に角がむしゃらになって、過去の自分が
望んで手放した人体の設計図を捜した。

 どんな些細な情報も見逃さず、電脳世界上に散らばっている、普段なら下らないと
一蹴するような情報まで。果ては、裏社会に通ずる住人にまで、捜査の手を伸ばした。
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:55:58.60 ID:ZSOv8XP50
 そうやっている内に二ヶ月が経過した。
 春が終わり、じめじめとした梅雨の季節を過ぎて六月になり、それでも有力と言える情報は
少ない。

 少ながい――が、一つだけ確かな情報を掴んだ。

 学園都市の頂点に立つ七人のレベル5。その中でも、さらに頂点を極めた少年が、学園都市内
で二年程前からある重大な実験に協力している、と。
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:57:15.84 ID:ZSOv8XP50
 関係があるかは判らない。

 学園都市最強の少年が、自身の寄越したDNAマップにどう関わっているかなど、美琴には
想像できなかった。

 それもそうだろう。

 同じレベル5とはいえ交流を持っている訳ではなく、言葉を交わした事も、会った事すらない
人物に接点があるとは到底考えられない。

 有り得ないだろう、まさかそんな事は――と思う。思うと同時に、頭の片隅で『もしも』を
考えると、やはり放っておく事はできなかった。
807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 21:58:46.06 ID:ZSOv8XP50
 丸一日。授業そっちのけで思案した。

 結果――美琴は秘密裏に行われているその重大な実験についても、並行して捜索する事を
決める。

 ――その矢先だった。

 美琴は学校帰り――息抜きに向かった学園都市を一望できる高台で――。

 悪魔の悪戯か、神の采配か。偶然にも己と似通った特長を持った少女――否、違う。そこに
居たのは見間違うはずもない、まぎれもなく己自身だった。
808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 22:00:06.28 ID:ZSOv8XP50
 さらさらと風になびく短めの髪。常盤台中学指定の制服。密かに気にしている発育途中の未だ
未成熟の体――。

 視覚から与えられた情報が、稲妻の如く神経を介して脳に伝えられた瞬間、美琴の肌は泡立つ。

 驚き、口を弛緩させ、両の眼を見開いて瞳を大きく震わせた『御坂美琴』と
対峙したのは――髪型も、顔も、体型すらも鏡のように寸分違ない、まるで鏡が
そこに在ような。

 ―――『御坂美琴』だった。
809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 22:01:53.80 ID:ZSOv8XP50
 否、そんなはずはない。

 御坂美琴に姉妹はいない。いつの間にか妹が出来た、などと両親から聞いた事もない。善く
出来た3Dホログラムでもない。気配は確かにそこにあるのだらか間違いないだろう。

 ならば、そこにあるのは間違いなく。

 現実でしかない。
810 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 22:02:59.76 ID:ZSOv8XP50
 ――初めましてお姉様。

 もう一人の自分が口を開く。

 ――あ。

 あんたは――と言葉を続けようとしたが、呻き声のように声が漏れただけで、意味を為さない。

 ――こうして実際にお会いするのは初めてですねお姉様、とミサカは運命的な出会いに
   胸を踊らせながら語りかけます。

 ――ミサカ? お姉様? は、どういう事よ?
811 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 22:04:00.82 ID:ZSOv8XP50
 独特の口調で、自らをミサカと名乗る少女は語りかけてくる。
 美琴は突然の事に大いに狼狽した。

 ――あんた……一体なんなのよっ!?

 ――ミサカはミサカですが、とミサカは言葉を返します。

 ――っ! そうじゃなくて! 私と同じ姿形をしたあんたは何かって尋いてんのよっ!!

 ――ああ、そういう意味ですか。ミサカはお姉様を元に造られた体細胞クローンです、
   とさらっとお姉様に真実を教えます。

 ――なっ!?
812 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 22:05:12.34 ID:ZSOv8XP50
 その言葉を聞いた瞬間、美琴の心臓の鼓動が早鳴り、呼吸の仕方を忘れてしまったかのように
息が止まる。

 ――その様子ですと、やはりお姉様には実験の事を知らされていないのですね、と
   ミサカは心の中で思った事をあえて言葉にします。

 ――じっ……けん……。

 美琴は肺腑から息を絞り出すようにして、やっとそれだけを声に出した。
 
 ――ではこの少女は。
 自分と同じ姿形をしているこの少女はやはり――。
813 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 22:06:16.40 ID:ZSOv8XP50
――はい。私は――いえ、私達はこの学園都市で最強と謳われているレベル5、
  アクセラレータ(一方通行)をレベル6へ進化させる実験の為に製造された――。

 それ以上は聞きたくなかった。

 彼女が捜し求めていた事実が目の前にあるというのに、美琴はその場から逃げ出したくて
仕方なかった。目をつむり、耳をふさいで恥も外聞のなく大声で喚きちらし、何もかも全てを
拒絶したくなった。
814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 22:07:05.02 ID:ZSOv8XP50
 しかし――。

 ――合計二万体のモルモット(実験動物)です、とミサカは告げます。

 抗う事は許されず、無慈悲にも事実は告げられる。――それも最悪の形で、だ。

 美琴はこの世の終りを迎えたかのように顔を歪め、嫌々をするようにゆっくりと首を振ると、
脱力してへたりとその場に座り込んでしまう。

 それからコンクリートのタイルに両手をつけて項垂れる。
815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 22:08:08.10 ID:ZSOv8XP50
 三十分はそうしていただろうか。
 
 美琴がなんとか平静を取り戻して顔を上げた時には――呆れてか、失望してかは判らないが――
妹はもうその場にはいなかった。

 あったのは地平線に沈んでいく太陽の日差しと、高台の下に広がる学園都市の街並みだけ
だった。
816 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/15(日) 22:11:03.82 ID:ZSOv8XP50
と、今日はここまで。
なにげに続きはある程度書けてるけど、投下するには中途半端なので自粛……。
たぶん、来週には投下できると思います。

では、またいつも通り一週間〜二週間後にでも。
817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/05/15(日) 22:28:10.30 ID:hxsAeQrH0
乙!!次回も楽しみにしてるよ
818 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/20(金) 22:01:34.08 ID:mewQ86ET0
さて、今週も週末がやってまいりました!
という訳で今週はいつも通り投下する予定です。

ちなみにですが、本SSの時系列はイカのようになってます。

7月の上旬(1日〜10日)
・ジャン来日
・グラビトン事件勃発&解決

7月の中旬(11日〜20)
・レベルアッパー事件勃発&解決

7月の下旬(21日〜31日)
・佐天の通う学校で期末試験が行われる
・佐天レベル1のエアロハンドへ
・学生は夏休みへ

8月の上旬(1日〜10日)
・御神苗優が学園都市入り
・禁書目録編突入&終了
・優、住居移転

8月の中旬
・ティアが学園都市の重役と会談をする
・優、ティアと共に三沢塾へ
・ディープブラッド編突入&終了
・姫神、二学期の開始と共に当麻の通う学校へ
819 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:13:42.36 ID:7/eqr8GY0
じゃあ、始めます!
820 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:16:07.97 ID:7/eqr8GY0
 自身のDNAマップから造られたクローン――否、妹との出会いから二ヶ月は経過した。
その間に様々な出来事が起こった。

 自身を姉と呼び慕う後輩の少女に紹介されて、二人の――初春飾利、佐天涙子という
新しい友達ができ、それから暫くして金色の髪をした異国の男と出会い、
ジャッジメント(風紀委員)を狙った爆発事件に巻き込まれ、学園都市に住まう学生達に波紋を
広げたレベルアッパー事件に正義感から自ら関わり、事件解決に一役買った。
821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:17:47.43 ID:7/eqr8GY0
 夏休みに入ると友人達と一緒にショッピングをしたり、他愛もないお喋りをして
日々を過ごした。

 新しい水着を買って大きなプールにも行き、自身が勝手にだが――ライバル視している
雲丹(ウニ)のような頭をした少年と――時代錯誤な事だが――決闘を行い、信じられない事に
自身の敗北という形ではあるが、一応の決着をつけた。

 短い期間に目粉るしく世界が変わり、あっという間に夏休みが過ぎ、二学期が始まると
また学校に通い始める。
822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:19:25.84 ID:7/eqr8GY0
 二ヶ月。

 口にすると短いようで長い期間に危ない事件に巻き込まれ、或いは自ら首を突っ込んだりも
したが、それでも充実した時間を過ごした。

 ――表面上は、だが。

 彼女の――御坂美琴の心の表面は、喜怒哀楽――相変わらず起伏は激しかったが、しかし
奥深く、最奥とも言うべき心の裏側は――誰にも悟られる事なく――妹達の事もあって
少しずつ黒く濁っていった。
823 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:22:55.31 ID:7/eqr8GY0
 そう――。
 誰も彼女の心の奥底にある闇に気づかない。

 誰にも知られる事なく、彼女が闇夜の学園都市を駆けまわり、自身の持つ能力を利用して、
不正な手段で研究所内にあるコンピュータにアクセスし、妹達の――自身のDNAマップを
元に造られたクローン達の事を調べ上げたのを知らない。

 学園都市の裏側で行われている実験の全容を知り、それが妹達の命を散らす非人道的な
実験である事を知って心を痛め、密かに実験を中止に追い込もうと画策しているのを
――誰も知らない。

 彼女が周囲の人間に心配をかけまいと、どれだけ無理をして平静を装っているか、
誰も気がつかない。気がついては――くれない。
824 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:26:22.64 ID:7/eqr8GY0
 それは、彼女自身がそうなる事を望んだのだから仕方がないとは言え、それでも中学校二年生の少女が歩むには非常に険しい道だった。

 本当はみっともなく子供のように大声を上げて、涙を流し、誰かに助けを請いたかった事も
あるのに、彼女自身があえてそれをしなかった。
 そうする事で、彼女は周りにいる人間を巻き込まないように配慮したのだ。

 だから、彼女には味方と呼べる者はいなかった。彼女はただ一人、身ひとつで学園都市の闇に
立ち向かう。

 ――今だってそうだ。
825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:27:31.58 ID:7/eqr8GY0
「これで――ラストッ!!」

 美琴の指先から流線形の青い電撃が放射されると、赤や青の管が伸びた縦に長い箱や、
暗闇の中、薄青くぼんやりと光を放つモニター付きの計測器をショートさせていく。

 それらは、アクセラレータをレベル5からレベル6へ導くために行われている実験に必要な
機材で、美琴は闇夜に乗じて学園都市に幾つかある研究施設に忍びこみ、密かに破壊活動を
行う事によって事件を阻止しようと考えたのだ。
826 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:28:37.93 ID:7/eqr8GY0
 それだけではない。

 どのような実験を行うにしても、大かれ少なかれ金がかかる。そして、何処からかは
判らないが、出資される資金にも限りはあるはずなのだ。

 だから美琴は、高価な研究機材を破壊する事で研究費用を嵩ませ、人を傷つける事なく、
資金面から実験を中止に追い込もうと考えた訳である。
827 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:30:40.40 ID:7/eqr8GY0
 そして実験に関わったであろう研究施設に向かい、全ての研究機材を破壊し終えた今、
美琴は警備に引っかかる事なく研究施設を脱出し、建物と建物の間にある細い路地を
駆けていた。

 路地には街灯一つなく、眼前に広がる漆黒は、まるで霧のように景色を覆い隠し、
空から差し込む僅かな月明かりだけが、頼りないながらも唯一の照明だった。
828 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:31:43.28 ID:7/eqr8GY0
 ――そんな暗澹(あんたん)とした場所だったからだろうか。
 美琴は闇の中に溶け込む何者かの気配に、数メートルまで接近してやっと気が付いた。

 瞬時に、美琴の体に緊張が走る。

 そこにいる者は暴漢、スキルアウト、或いは追手か――。何れにしてもロクな者ではない。
829 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:33:29.39 ID:7/eqr8GY0
「――誰?」

 眼前に広がる闇に向かって問う。
 しかし答えは返って来ず、ただ虚しく声が響いただけだった。

 美琴は腰を僅かに落とし、警戒露に両手に電撃を帯電させると、今度ははっきりと強く
問いかけた。

「誰だって尋いてんのよ! そこにいるのは判ってんだから答えなさいよっ!!」

 びりびりと美琴の声が響く。
 すると、少しばかり間を置いて闇が――否、闇の中にいる何者かが答えた。
830 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:34:29.89 ID:7/eqr8GY0
「相変わらずキャンキャンうるせえなお前は。いつもそうやって、誰彼構わず噛みついてんの   か?」

「あんた……!」

 闇の中から聞こえた声は、飄々とした男の声だった。
 それも善く知った――。

「なにやってんのよ、こんな所で」

「今日は暑いからな。散歩だよ」

「散歩? こんな真夜中に」

「人の事を言えんのかよ。それはお前も同じだろうが」

 時刻は深夜一時。
 学生が出歩いて良い時間帯ではない。
831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:35:17.19 ID:7/eqr8GY0
「私は――私はいいのよ」

 はあん、と闇の中の男は鼻を鳴らす。

「不良娘ってやつか。親が聞いたら泣くな」

「うるっさいわね! あんたには関係ない事でしょうが!」

「関係ない――ね。悪いな、そうでもねえんだ」

「……どういう意味よ?」

 訝しげな顔をして美琴は問うが、男はそれを全く無視した。
 そして、

「俺はまわりくでえのは嫌いなんだ。だから率直に尋くぜ。今何処から出てきて、
 何をしてきた?」

 と逆に問いを発した。
832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:36:10.45 ID:7/eqr8GY0
 美琴の顔が強張るのを男は闇の中から察する。

「な、な……なんの話よ」

 たっぷりと間を置いて、少女の口から詰まり詰まり漏れた声は震ていた。動揺しているのは、
明らかである。
 男はもう一度、今度は強い口調で問い質す。

「もう一度尋くぞ。お前は、あの研究所に潜り込んで、何をしてやがった?」

「なっ!? あんたっ、私の事を――!!」

 ――いつの間に尾けていたのか……。
 美琴の表情が見る見る内に驚愕に変わっていく。
833 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:37:08.22 ID:7/eqr8GY0
「テメエはなんだ? 超能力を使えようが、ただのガキだって事に変わりねえだろうが。
 そのガキが、テロリストみてえな真似して、何をしようとしてやがる?」

「――ずっと尾けてたの……?」

「ああ。俺の趣味じゃねえがな」

「――ずっと見てたの……?」

「ああ」

「――っ! あんたっ!!」

 美琴は舌打ちを鳴らし、ぎゅっと拳を握ると、男へと詰め寄り、胸ぐらを掴んで闇から
引き摺り出す。男の――西洋絵画の中から抜け出てきたような端正な顔立ちが、月明かりに
照らされる。
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:37:50.30 ID:7/eqr8GY0
「誰にも知られたくなかった! 誰にも見られたくなかった! それを――それをあんたはっ!!」

「そいつぁ、悪かったな」

 その言葉が引き金だった。

「こんのォオォ!!!!」

 悪びれた様子もなく、軽口を叩く男に激高した美琴が男の頬を殴りつける。
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:39:03.12 ID:7/eqr8GY0
 男は黙って美琴の拳を頬に受けた。それから、表情一つ変えることなく、青く澄んだ瞳で
見下ろして、

「気は済んだかよ……」

 美琴とは対象的に冷静に言葉を投げかける。

「だったら今度こそ答えちゃあくれねえか。テメエは、一体なにに首を突っ込もうとしてやがる?
 いや、もう首を突っ込んでんのか……?」

 美琴は顔を俯かせたまま何も答えない。
 それには構わず男は思うままに言葉を続け――。

「研究施設を襲撃してるって事は、何かの実験と関係あるのか? それにテメエがなんらかの
 形で関わってんのか? ――おい、聞いてんのかよ?」

 そして。
 最後に投げかけた問いが――。

「あの時、木山が言ってた『妹』達ってのが何か関係してんのか?」

 ――核心をつく。
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:39:44.12 ID:7/eqr8GY0
「なっ!?」

 その言葉を聞いた瞬間、美琴は弾かれたように顔を上げ、まじまじと男の顔を見つめた。

「当たりか」

「なんで――あんたがそれを知ってんのよ――」

 妹達。
 それはあの時――レベルアッパー事件の首謀者である木山春生が美琴に投げかけた言葉。

 しかし、それは誰にも聞こえる事無く美琴の耳にだけ届いた言葉だったはずだ。
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:42:10.26 ID:7/eqr8GY0
 ――なのに、どうしてこいつが?

「聞こえてたって……いうの? あの時の木山の言葉が。――ううん、そんなはずない。
 だってあの時、あんたは木山から十メートル以上は離れてたじゃない。それに木山は
 私にだけ聞こえるような小さな声で言ったはずよ。
 それで聞こえるなんて、能力者でもない限りありえないわ」

「そうでもねえぜ」

「なによ。あんたが空気中の振動や、音の波を拾える能力者だとでも言うつもり?」

「おいおい忘れたのかよ。初めて会った頃に言ったろ。俺は無能力者だってな」
838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:43:27.53 ID:7/eqr8GY0
「それじゃあ……ハッキングでも仕掛けて私の事を調べたっていうの?
 知らなかったわ。あんたみたいな原始人でも操作できる端末が存在したなんて」

「いいや。全くって訳じゃあねえが、俺はそういったごちゃごちゃしたモンを操作するのは
 得意な方じゃねえな」

「だったら」

「言わなかったか?」

 男は己の右耳を右手の人差し指で、トントンと軽く叩いて、

「俺は鼻も利くが、耳も良いって事をよ。おまけに目も良い。おかげであん時のお前らの会話も
 丸聞こえだったぜ」

 と、どこか自慢気に答えた。
839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:44:21.83 ID:7/eqr8GY0
 美琴は、教師に叱られているような学生のように目を伏せ、自身が抱える秘密を隠す為に
沈黙を守る。

 夜風が二人の頬を撫でるように吹く。暫く、会話もないまま静かな時間が過ぎた。

 男は目を細め、俯むき加減に目を逸らす少女を黙って眺めていたが、やがて苛立ちを
現すかのように頭を掻き毟ってから、いい加減うんざりしたかのように一つ大きな溜め息を
吐いて、

「だんまりかよ」

 と、ぼやいた。
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:45:10.55 ID:7/eqr8GY0
「まあ、頑固なテメエが素直に言うとは思っちゃいなかったけどよ」

「――話はそれだけ……?」

「まあな」

 美琴は、あっそと素っ気なく言って男の横を通り抜け、暗闇広がる路地へと足を進める。

 男は首だけを動かし、彼女の背中を追うように視線を動かすと、待てよ、と声を投げかけた。

 美琴は全身が闇と同化する一歩手間で足を止め、男の次の言葉を待つ。
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:45:57.26 ID:7/eqr8GY0
「まさかお前、木山と同じように、学園都市全てを敵にまわそうとか考えてるんじゃねえ
 だろうな?」

「――だったらどうするつもり?」

「もしそうだって言うんなら、止めときな。お前にはあの女みてえに、誰かを傷つけてまで
 目的を達成しようなんざ無理だ」

「そんなの――分かってるわよ」

 男に言われるまでもなく、そんな事は本人が善く承知している。
 だから、美琴は誰も傷つけない方法で決着を付けようと考えたのだ。
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:46:40.39 ID:7/eqr8GY0
 男は小さく息を吸ってから、ならいいさと言った。そして、そのままその場から
立ち去ろうとした時――。

「私からも一つ尋かせて」

 美琴は思い立ったように背後を振り返ると、男の背中に向かって声をかけ引き止めた。
 男は足を止めると、首だけを美琴に向ける。

 奇しくも、先程とは逆の構図であった。
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:47:13.66 ID:7/eqr8GY0
「あんたは誰かに頼まれて私の事を調べてたの?」

「――ああ」

「そう……。それじゃあもう一つ尋かせて」

 美琴はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「――あんたはどこかの国から派遣されたスパイなの? それとも学園都市の狗?」

「そりゃあ、どういう意味だ?」

 男が振り返る。
844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:48:16.63 ID:7/eqr8GY0
「はっきり言えば、私はあんたを疑ってるのよ。だってそうじゃない。グラビトンや
 レベルアッパーの時のあんたの動き、普通じゃなかった」

「そりゃあ俺が世界最強だからだろう」

「茶化さないで。私は、あんたの動きが人間の常識を遥かに超えてるって言ってんのよ。
 人があんなスピードで動くなんてありえないわ」

「そうでもねえぜ。俺の知り合いに同じようなヤツが後二、三人はいるからな」

「デタラメ言わないでよ! ――それに私があんたを疑ってるのはそれだけじゃないんだから」

 あんた――と美琴は鋭い眼光で男を射抜く。
845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:49:29.87 ID:7/eqr8GY0
「あの暁っていう傭兵と知り合いなんでしょ」

「知り合いっつうよりは腐れ縁だな」

「どっちでもいいわよ。私が問題にしてるのはあの男と面識がある事よ。だっておかしい
 じゃない! 普通の人間が傭兵なんかと知り合う機会なんてあるはずないんだから!」

「おいおい、テメエの国が平和だからって、俺の生まれ故郷まで平和だとは限らねえんだぜ。
 自分の尺度で人を推し量ってんじゃねえぞ」

 男は不快そうに、少しばかり眉間に皺を寄せた。
846 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:51:23.16 ID:7/eqr8GY0
「だとしても、あんな男と知り合いだって時点で、あんたは十分怪しいのよ!」

「勝手に人をスパイやらイヌ扱いして失礼なヤツだなお前は。そりゃあアレか?
 テメエ自身に疾(やま)しい事があるからか?」

 美琴は痛い所を突かれたとばかりに、苦々しげに顔を歪めてから、

「――じゃあ、あんたはなんなのよ!? スパイでも学園都市の狗でもないって言うんなら、
 どうして私なんかに構うのよ!?」

 と責め立てるように問う。
 男は憐れむような視線を美琴に投げてから、テメエなあ、と言って頭を掻き、そして
少しばかり躊躇ってから、

「――あいつらに頼まれたんだよ」

 と言った。
847 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:52:09.62 ID:7/eqr8GY0
「あいつら――って、黒子達のこと? どうして――あっ」

 そこで美琴は、以前佐天涙子とした会話を思い出す。

 ――だからあの時、佐天さんは私の事を心配して。

 ――ううん、佐天さんだけじゃない。黒子も、初春さんも……。

「タコが。テメエの様子がおかしい事くらい、あいつらとっくに気づいてやがるぞ」

 ――私は馬鹿だ。

 ――いつも通り振舞っていたつもりだったのに。

 ――余計な心配をかけさせちゃった……。
848 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:53:01.84 ID:7/eqr8GY0

「……ごめん」

 美琴はぽつりと呟いて、この場にいない友人達に謝罪した。

 ――でも、私はあの妹(こ)達の事を救うまでは戻れないから。

 ねえ、と男に語りかける。

「あん?」

「今日の事、黒子達には言わないで。お願い。――もし言ったら、私はあんたの事を――」

 絶対に許さないから、と美琴は親の仇でも見るような目で男を睨みつけてから、
今度こそ本当にその場をあとにした。
849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:53:55.80 ID:7/eqr8GY0
 残された男は、少女が暗闇の中へ溶け込むように消えるのを見送ると、
空に浮かぶ月を見上げ、眩しそうに目を細めてから、自身もまた闇の中へと
消え去っていった。

 それは、八月の中旬から下旬へ日が移り変わろうかという、まだ夏の暑さが残る日の
出来事であった。
850 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 21:57:52.43 ID:7/eqr8GY0
というわけで今日はここまで。
今日投下した分でだいたい15Kくらいなんですが、投下してみると思ったより短いですな

ちなみに今回、このまま思ったとおりに進むと前回のレベルアッパー編なみに長くなりそうで……
正直どれだけかかるか分かりません……

まあ、なるべく一週間〜二週間のペースで投下するように頑張ります。

ではでは
851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県) [sage]:2011/05/22(日) 22:02:24.90 ID:gPqhZcWYo
マクドガル大佐よりもチートな一方通行さん相手にジャンがどう動くか楽しみです。
852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 22:03:06.87 ID:7/eqr8GY0
あ、あとこの間話題に上がったルナヴァースは、時間を見つけて買おうと思ってます。
なんか調べてみたら、キングスフィールドの骸骨が隠しで使えるっていうのが、すごいそそられたww
853 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/05/22(日) 22:06:01.64 ID:1AUoUbNQo

早く書いて薄くなるのよりはきっちり書いてくれればいぜ
プンッ
って効果音で動ける人間か
朧と優くらいか?
854 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/22(日) 22:08:14.14 ID:jDG7y5RDo
お疲れ様でした。
855 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 22:09:09.51 ID:7/eqr8GY0
>>853

いやいや、ボーさんがいたじゃないですか
856 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 22:10:02.24 ID:7/eqr8GY0
間違ったorz
853じゃなく854だ……
857 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/22(日) 22:44:59.46 ID:7/eqr8GY0
>>853

自分で期限決めとかないと、多分全然書かなくなるんで。
一応今まで投下してきたものは手抜いた覚えは……推敲していない以外は多分ないけど……
実は手抜いてるように感じてたりするのか……?
858 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/05/23(月) 00:18:32.23 ID:Ha++Q8T6o
いやいや、十分なクオリティだと思うよ
あと、ブランシェさんは死んじゃってますからカウントしなかったんですわ
859 :名無しNIPPER [sage]:2011/05/23(月) 09:31:12.68 ID:Udnmr4uDO
惜しいひとを亡くしたで、ボーさんは
860 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/05/29(日) 23:30:00.26 ID:94edZUsMo
まったくだ。いい性格だったのにボーさん。DNAマップ取られてて蘇ったりしないかな

乙。楽しみにしてる
861 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/30(月) 20:49:35.80 ID:8ea8kieC0
>>858
>>859
>>860

ボーさんは……
始めは一度死んだ人間をよみがすのはどうかと思ったんですけど
自分の方でも正直ボーさん登場させたい欲求があるので、
次回、シスターズ編が終わったら、生き返らせる事なく再登場させます
862 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/05/30(月) 23:18:06.58 ID:NbUIXtcao
スプリガン側だと機械化されたり屍術師の操られてそうだよなぁ
まぁ学園都市でも機械化かクローンしてそうでそう大差ないけど

2万人のボーさんが繰り出す分身烈風拳からの竜巻風陣脚…
胸熱だな
863 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2011/05/31(火) 16:00:31.41 ID:g0e9Wcnoo
この世界では削板さんが分身烈風拳やら竜巻風陣脚やらかしてそうで怖い
あれ純粋な修行の成果だから、鍛えれば誰だって出来る筈だよね
864 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/06/04(土) 02:58:35.76 ID:2tzYwPZAO
爆裂粉砕脚を忘れて貰っては困る
865 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/05(日) 19:34:35.70 ID:b0wwMbLY0
すいません、今日ちょっと無理っぽいです
来週、来週こそは必ず……
866 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/06/05(日) 20:00:44.43 ID:je7gzQV1o
おk、アンブロシア育てながら待ってる
867 :名無しNIPPER [sage]:2011/06/06(月) 20:34:25.66 ID:mv5lwQnDO
>>861
今更だがこの書き込みに俺歓喜!
868 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/11(土) 21:49:55.60 ID:un4usDGL0
週末がやって参りました!
今週の更新はいつも通り明日行います。
手が空いているスプリガンの方々は奮ってご参加くだい。
869 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 20:03:41.79 ID:9Q8Mrp4O0
>>868

うへえ、すいません。今日はトリック終わってから投下します……
870 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:23:56.64 ID:9Q8Mrp4O0
じゃあ、始めます
871 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:26:05.87 ID:9Q8Mrp4O0
 神は女に向かって言われた。

「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。お前は、苦しんで子を産む。
 お前は男を求め、彼はお前を支配する。」

創世記第三章十六節より



 薄暗く、不気味に浮かぶ発光ダイオードの明かりだけが灯る大きな部屋。

 四方は鋼鉄製の壁で覆われ、網目状の模様をした鉄製の床には、赤や青のチューブが
散りばめられており、床から生えるように伸びた円筒状のガラスケースに接続されている。
872 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:29:31.29 ID:9Q8Mrp4O0
 墓石のように、幾重にも規則正しく羅列されたガラスケースの内側は液体で満たされており、
液体の中を漂うように少女のシルエットが浮かぶ。

 甲高い電子音が鳴り、風船から空気が抜けていくような音と同時に、部屋の隅に設けられた
扉の電子ロックが解除されると、現れたのは、白衣を纏った研究員と思わしき二人組の男女だった。

一人はじっとりとした髪の、毛先が縮れた神経質そうな顔の男で、もう一人はショートカットの
青みがかった黒髪の、優しそうだが、どことなく顔に陰のある女性だった。
873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:31:20.49 ID:9Q8Mrp4O0
 男がガラスの内側に浮かぶ少女の肢体を眺めてから、隣に立つ女に、喚き立てるようにして
何かを命令する。女は不満げに顔を歪めてから、ぶつくさと文句を言いながらも、なにやら
機械を操作し始める。

 すると――。

 硝子の内側を満たしていた液体が、見る間に排出されていく。そして、液体が全て排出され
終わると、次はモーター音と共に、ガラスケースがゆっくりと吸い込まれるように消えていく。

 最後に残されたのは、膝を折って項垂れるように座り込んでいる――全身ずぶ濡れの――裸の少女だけだった。
874 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:33:48.75 ID:9Q8Mrp4O0
 すかさず、女の研究員が手に持った毛布を少女の肩にかける。
 少女は毛布を抱き抱くように掴むと顔を上げ、眉一つ動かす事なく、

 ――ありがとうございます、とミサカは感謝の意を述べます。

 と抑揚のない声で礼を述べた。
 それには、女は寂しそうに微笑んで返す。

 男が一歩前に出る。
 それから実験動物を見るような目で少女を見下ろし、ふん、とつまらなそうに鼻を
一度鳴らしてから口を開いた。

――おめでとう。

 それは素直に受け取れば祝福の言葉だが、少女がこの世に生を受けた意味を知る者が使えば、
全く真逆の意味に変わる言葉だった。

 当然だが、男は少女が生み出された理由を知っている。男はそれを承知で言葉を
投げかけた訳だが……。

 つまりは――。

 ――君は今日、この日をもってこの世に生を受けた。気分はどうだい?

 子供じみた嫌がらせである。
875 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:37:28.78 ID:9Q8Mrp4O0
 しかし。

 ――はい。バイタル、血圧、言語能力ともに良好です、とミサカは申告します。

 少女は男の言葉を一向に気にした様子もなく言葉を返す。
 そんな少女の態度が気にくわなかったのだろう。男はつまらなそうにちっ、と一度舌打ちを
鳴らし、不快そうに顔を歪めてから、口端を持ち上げて少女を嘲るかのような笑みを作ると――
まあいい、と言った。

 ――そうか。では、君の脳にデータが正常にインストールされているか、私にテスト
   させてくれまいか?

 ――テストですか? データが正常にインストールされているのは、これまで製造された
   個体で実証されているのでは、とミサカは素直に疑問を投げかけます。

 ――ウ、ウルさいッ!!

 ――がっ!
876 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:40:05.02 ID:9Q8Mrp4O0
 それは突然の出来事だった。

 男は少女の返答を聞いた瞬間、実に面白くなそうに顔を歪めてからヒステリックに
喚き散らすと、少女の右肩目がけて足を踏み下ろした。
 その衝撃で、少女は毛布をはだけて床に倒れこんでしまう。

 ――ちょ、ちょっと何やってるの!?

 女が驚いた声を上げると、男と少女の間に割って入る。そして、倒れた少女を心配そうな
面持ちで抱き起こし、拾った毛布を再度かけ直すと、蹴られた箇所――右肩を優しく手で撫でた。

 ――あんたいきなり何するのよ!?

 ――黙れッ!! この人形が悪いんだ!! 人形は人形らしく、私の言う事を聞いていれば
   いいのに、口答えなんかしやがって! このっ!!

 ――ぐっ!

 男は取り乱したように手を振り、怒鳴り声を上げてもう一度――忌々しげに少女を蹴った。
 男の足は今度は腹部に命中し、衝撃で少女の口から呻き声が漏れる。
877 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:44:45.08 ID:9Q8Mrp4O0
 ――いい加減にしなさいよ天井!

 女が怒鳴りつけると同時に男の両肩に両手を置いて、さらに追撃を加えようとするのを
止める。
 しかし――それでも尚、男は止まろうとしない。

 男は余程、この少女に恨みがあるのか……。否、そうではない。この男と少女の繋がりは
希薄なもので、至って淡白な関係なのだから、恨み、恨まれたりするような事態になるはずは
ないのだ。

 それならばなぜ、男はこれ程までに激高しているのか?

 理由は簡単である。
 男はただ単純に、ただなんとなく、少女の言動が男には気に障っただけなのだ。謂わば、
子供さながらに癇癪を起こしている訳なのだが――。

 それは研究所で数ヶ月も、半ば軟禁状態で仕事をしているせいなのかもしれないし、
或いは男の心が元から歪んでいるせいでもあるだろう。
878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:46:50.46 ID:9Q8Mrp4O0
 ただどちらにせよ、少女にとって不幸である事に変わりはない。
 なにせ、自分の考えを素直に述べただけで二度も蹴られたのだ。こんな理不尽な事は
ないだろう。

 普通ならば少女の方が怒って当然なのだが――生憎、この少女にそんな感情は無い。――否、
全く無いという訳ではないのか。

 正確には、普通の人間と違って感情の起伏が少なく、合理的に物事を観測するように
造られているために、滅多に笑ったり怒ったりする事はない、と言った方が正しいだろう。

 それを知っているからこそ男は、日頃たまった鬱憤を晴らすために、適当な難癖をつけて
少女に暴力振るったのだ。しかも、少女が抵抗しないのを知っていて、である。

 男として――否、人して最低の行為である事に間違いないが、性根の腐った男には
そんな事は関係ない。
879 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:48:43.85 ID:9Q8Mrp4O0
 本来ならば激した男を誰かが止めるべきなのだろうが、生憎とこの場に居るのは男に
蹴られた腹を痛そうに抱えている少女と、同僚の女性研究員だけしかいないのだから、
誰にも暴走した男を止められる者はいない。

 勿論、同僚の女性も男を必死になって止めようとするが、相手が男なために、どうしても
止めきることはできず、結果として男が更なる暴力を少女に振るうのを僅かに遅らせただけ
だった。

 轟々(ごうごう)と響く機械音に混じって、共鳴するかのよに喚く男。それを必死に
止めようとする女。裸のままうずくまる少女。

 場は正に混沌としていた。

 そんな時だった。
 鋼鉄の壁で覆われた大部屋に、明瞭な男の声が響き渡る。

 ――何をやっている?

 ――あっ、こ、これは……。
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:51:03.82 ID:9Q8Mrp4O0
 不意に響き渡った何者かの声を聞いた瞬間、先ほどまでの強気が嘘だったかのように、
男は動きを止め挙動不審な動きをする。同時に、女は男から離れ、少女の元へと駆け寄った。

 ――二度も言わせるな天井。私は何をしていたのかと聞いている。

 ――これは、そ、そのですね……。

 天井(あまい)という名の男は、必死になって言い訳を考えるように視線を彷徨わせる。
 それから僅かばかりして、善い言い訳が思いついたのか、気味悪く愛想笑いを浮かべて言った。

 ――そ、そう! これは、この実験体が悪いんです! この実験体が反抗的な態度を
   とったから私は教育をしてたのですよ。

 天井、と少女の傍らにいる女が責め立てるような声を上げる。

 ――あんた何言ってるのよ! この娘はただ、自分の意見を言っただけじゃない!
   それをあんたが――。
881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:53:07.78 ID:9Q8Mrp4O0
 ――ウ、ウルさいッ! 実験体が造物主様に意見を言うなんて許されるものか! 
  ラットは黙って私達の言う事を聞いていればいいんだっ!

 ――その通りだ。

 そう答えた何者かは、音もなく、まるでテレポートでもしたかのようにその場に現われた。

 ――それらは所詮、私達の実験によって消費される為に生み出された物でしかない。
   物は黙って人間に従っていればいい。

 ――なっ、チーフ!

 女が突然現われた何者か――チーフ(主任)と呼ばれた男に向かって抗議の声を上げた。

 ――この娘達は実験に関わっているとは言え、人間なんですよ!? 
   幾ら量産されているからといって、そんなのは――。

 ――酷いか、芳川?

 芳川(よしかわ)と呼ばれる女の言葉を紡ぐようにチーフが言った。
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/12(日) 23:57:48.81 ID:9Q8Mrp4O0
 ――なる程、確かにそうだな。我々が行っている事は表の世界に居る者からすれば、
  さぞや酷い事なのだろう。だが、それがどうした? お前はそれを承知でここにいるのでは
  ないのか?

 お前だけではない、と男は天井にも目を向けた。

 ――この研究に関わる者全てがそうなのだ。我々は例えこの手を血に染め、人非人と呼ばれて
   でも、人類の未来のために貢献しようと思った――謂わば共犯者なのだよ。
   今更マトモな振りはやめたまえ。お前とて、今天井がしたような――いやそれ以上の
   事をしてきたのだから。

 チーフの言葉を受けて、芳川は苦痛を堪えるように唇を噛み、顔を歪めた。
 それでも尚、チーフは罪人を責め立てるように言葉を続ける。
883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:02:41.84 ID:R4yilFKV0
 ――今までどれだけ殺した?そこに転がっている、あの少女と同じ姿をした実験体は、
   これまでにあの少年によって何体破壊された?

 ――10000と……31人です。

 芳川がぽつりぽつりと、まるで教会の神父に懺悔するように答えた。
 チーフとは違い、少女達を物としてではなく人して数えているのに、芳川の性格が善く
現れている。

 ―― 一○○三一、か。ハッ、よくもそれだけ殺したものだ。

 ――では目的の為に後何体壊す必要がある?

 ――9969……人です。

 ――そうだ。解っているじゃないか。我々は御坂美琴嬢のDNAマップを元に造りだされた
   計二万体のクローンを、ツリーダイアグラムによって導きだされた答えに従って、
   学園都市一位の超能力者、アクセラレータに破壊させる必要がある。
   全ては新しい人類を生み出すために。――まさか、忘れた訳ではあるまい?
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:06:34.15 ID:R4yilFKV0

 芳川は悔しそうに口を真一文字に結んで、自身の犯した罪から逃れるように瞳を逸した。

 天井は先程から、芳川の事を下卑た笑みでにやにやと、おもしろそうに眺めている。まるで、
芳川がさも自分よりも劣っているかのように。決してそんな事はないのに、打ちひしがれる芳川を見て優越感に浸っている。
 
 チーフは冷淡な目で芳川をつまらなそうに見てから、芳川、と静かに女の名を呼ぶ。
 芳川は沈痛な面持ちで、チーフの次の言葉を待つ。

 チーフは、

 ――甘いな芳川。貴様に優しさなど似合う筈もなかろう。

 と憐れむような、それでいて蔑む口調で言葉を投げかけると、少しばかり間を置いてから、
そこに無様に横たわっている一九○九○号に服を着せて、今回の任務の説明をしてやれ、
と指示を残し、来た時と同様に、音も無くその場から消え失せていった。

 横たわる少女は虚ろな目で、腹部と肩に鈍い痛みを感じながらも、他人事かのようにその
光景をじっと眺めていた。
885 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:08:00.23 ID:R4yilFKV0




 予測不能な行動だった。
 少女はある意味宣言通り、反則とも言える行動をとった。

「ちょ……」

 御神苗優が止める間もなく少女は――。
 丈の短いスカートの裾を、恥じ入った様子も全くなしに捲り上げた。

 当然だが、少女の健康的な太もも周りを覆い隠すカーテンがなくなると、下着が露になる。

 下着の色は。

 ――赤と白の縞模様だった。

 不可抗力である。
 優とて、自分よりも明らかに年下であろう、少女の下着を見るのには抵抗がある。しかも、
優の背後には横倒しになった頑丈なテーブルから顔を覗かせるように、姫神秋沙と染井芳乃が
顔を出しているのだ。
886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:09:17.72 ID:R4yilFKV0
 いつもの優ならば――自分に責任が無いとは言え――少女に配慮して顔を背けるか、
背を向けるかした事だろう。

 だがしかし、あえてそれはしなかった。
 少女に劣情を催したとか、下着の色が気になったからではない。

 仕方がなかったのだ。

 まさか、自身の命を狙って来た者を目の前にして、目を逸らす訳にもいかないだろう。それでは
殺してくれと言うものである。
 だから優は、自身の良心に対して必死に弁解をしながらも、少女から目を背ける事は
しなかった。

 そして、それと同時に少女のとった行動に対して疑問を覚えていた。

――反則技って……まさか、色仕掛けなんて言うんじゃねえだろうな……?

 だとしたら肩透かしである。
887 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:10:41.47 ID:R4yilFKV0
 幾ら若いとは言え、スプリガンである優がそのような捻りもない手段に引っかると、
この少女は思っているのだろうか。

 それに、芳乃に問われた際にも否定したが、優は俗に言うロリコン――ペドフィリアや
少女趣味ではないのだ。少女の行動に驚きさえすれども、興奮するような事はなかった。
つまり、少女の身を張った行動は、全く無意味に終わったと言う訳だ。

 となると、優はこれ以上少女の行動がエスカレートしないように、止めねばなるまい。
 一人の大人――否、男として優にはその責任があるように思えた。

 そんな経緯もあって、

「おい、いい加減に」

 しろ――と見るに見兼ねた優が、少女の馬鹿げた行動を止めようとした時だった。
888 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:12:23.89 ID:R4yilFKV0
 少女は太腿に巻かれたベルトに備え付けられた拳銃を右手に握ると、撃鉄を引き起こし、
銃口を自身の側頭部に向けた。
 呆気にとられていた優は、黙って少女の行動を見過ごす事しかできなかった。

 否、それだけが理由ではない。

 呆気にとられていたと同時に、例え相手がなにかしらの抵抗を見せても、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた自分ならば、いつでも相手を制圧できるという自負心が、優の判断を誤らせた。

 ――スプリガンらしからぬ失態である。
 
 優は少女を刺激しないように、

「……なんのつもりだ?」

 と静かに尋いた。
 少女は感情を一切込めずに淡々と答える。
889 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:13:59.10 ID:R4yilFKV0
「先程、ミサカは宣言しませんでしたか? 反則技を使わせて頂きます、と。
 ですからミサカは、宣言通りあなたをこの場から連れだすために反則技を使ったまでですが、
 とミサカは当たり前のように言葉を返します」

「俺を……連れだすためだ……? それとお嬢ちゃんの命をかける事になんの関係が
 あるってんだよ?」

「さあ? それはミサカにも解りませんが、ミサカがミサカの命を人質にとる事で、あなたは
 黙ってミサカについて来てくれるはずだと――そう聞きましたが、とミサカは自分でも
 理解出来ない事を言います」

 つまり、前代未聞な事だが暗殺者――といっても元だが――が自身の命を人質にとった訳だ。

「どうにも馬鹿げた話だな……」

 優は呆れたように言った。
890 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:15:41.07 ID:R4yilFKV0
「なんで俺が、俺の命を狙ってきたヤツなんかのために、言う事をきかなきゃなんねえんだ?
 悪いが俺はそこまでバカじゃねえんだ。いいか、分かったな。分かったら、さっさとその物騒な モンをしまいな」

 優は手首を扇ぐように振って、少女の短慮を諌める。
 まさか本気で引き金を引くまい。ただの脅しだろう、とタカをくくっているのだ。

 だがしかし、優の思惑とは反対に――。

「その通りですね、ミサカもそう思います。ですが――」

 少女は引き金に掛けた人差し指に力を込める。

「ミサカはただ黙って、与えられた任務を遂行しなければならないのです、とミサカは
 最後の言葉をあなたに告げます」

 ――なっ!? まさか本当に――!!

 引き金に掛けられた少女の指に、さらに力が込められる。
891 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:19:42.83 ID:R4yilFKV0
 このままでは間違いなく、少女を死を迎える。銃口から発射された弾丸が少女の
頭蓋をえぐり、脳を破壊するだろう。

 死の間際。

 だというのに、それでも少女の表情は変わらない。まるで、恒常的に死を受け入れている
ような、平然とした顔をしたまま、引き金を引く指に力を込めていく。

 初めて出会った時から表情は一切変わらなくとも、少女は本気で自分で自分の命を
絶とうとしているのだ。

「優ちゃん!

「優!」

 芳乃と姫神がそれぞれ大声を上げた。

 銃声が鳴り。
 弾丸が少女の頭蓋をえぐられ、少女は絶命したと思われた。

 ――だがそれよりも早く。
 優の手が、少女の右手から銃を弾き飛ばしていた。

 ――このっ!

「ばっかやろうがっ!!!!!」

 優は服の襟元を掴み上げて少女を引き寄せると、怒りと焦りを綯(な)い交ぜたような
怒鳴り声を上げた。
892 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:21:13.15 ID:R4yilFKV0
「てめえ、何考えてやがるっ!! ふさげんのも大概にしやがれ!!!」

 少女は僅かに目を見開いた。
 なぜ優が怒っているのか、なぜ自分が怒られているか解らない、といった顔だ。

 少女は暫く、怒りで顔に深い皺を刻んでいる優の顔をまじまじと眺めていたが、
やがていつもの無表情に戻り口を開く。

「……理解できません」

 それが、命の恩人に向けて放った少女の第一声だった。

「なぜ……あなたはミサカを……助けたのですか? ミサカは始め、あなたの命を狙っていた
 というのに。……非合理的な行動をとったあなたに、ミサカは頭を悩ませます」

「……おい、本当にそう思ってるのか?」

 優は眉間にさらに深い皺を刻む。
893 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:22:21.98 ID:R4yilFKV0
「はい、とミサカは肯定します」

「だったらてめえは、あのまま死んじまった方が善かったとでも言うつもりかよ!?」

「死――ですか。それは物であるミサカにも通用する概念なのでしょうか、とミサカは
 疑問を提示します」

「なん……だと?」

「ミサカは生まれた時から物として扱われてきました。そんなミサカにも命はあるのでしょうか、
 とミサカは質問を変えてもう一度あなたに尋ねます」

 優は大きく目を見開き、

「どういう……意味だ……?」

 と言って、少女の襟元を掴んでいた手を離すと、怪訝な顔をして尋ねた。
894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:25:28.52 ID:R4yilFKV0
 ミサカは――と少女は虚ろな瞳で優の顔をまじまじと見つめながら、口を開く。

「――ある実験の為に、大量に生産されたクローン体なのです。これまでに生産された個体数は
 二○○○○。内、一○○三一までのシリアルナンバー(個体番号)は実験を全うし、
 全て廃棄処分されました、とミサカは告げます」

「廃棄――処分……? 死んだって……いう事かよ……?」

「あなた方人間の観点から見ればそうなりますね、とミサカは肯定します」

「んな馬鹿な事が――」

 信じられるだろうか?
 たった一つの実験のために、二万もの――クローンとはいえ――人命を犠牲にしようというの
だ。実験などといかにも科学への貢献のように大儀名分を掲げているが、やっている事は殺人を
遥かに通りこして、もはや虐殺としかいえない。

 そのような血生臭い実験が知らず知らずのうちに、学生の学舎で行われているなど
誰が信じるだろうか。普通ならば誰も信じない。
895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:29:04.44 ID:R4yilFKV0
 しかし、御神苗優は違った。

 ――いや、三沢塾の件もある。

 ――否定はできねえ……か。

 突然の告白に愕然としながらも、冷静に頭の中で情報を整理しつつ、少女の口から語られた
事柄を、十分に有り得る事として捉えた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 芳乃が突然、横倒しになった――弾痕だらけの――テーブルの縁に手を乗せ、
身を乗り出すようなポーズで口を挟んだ。

「あんたの年齢、どこからどう見ても十三かそこらよね。って事は、あんたが生み出された
 のって、十三年も前ってこと? そんな事ありえないわよ! だって確かクローン技術が
 確立されたのって――」

 五年前だな、と優が芳乃の言葉を引き継ぐように言った。
896 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:30:34.26 ID:R4yilFKV0
「けれども芳乃、お前忘れてねえか? 学園都市は、外の世界よりも二十年分は技術が
 進んでるって話だぜ。だったら、十三年前にクローン技術が確立されてても別に
 おかしい事はねえさ……」

 優は事実を確認するように少女に視線を向ける。

 しかし――どうやら、芳乃と優の考えは間違っていたらしい。
 少女は首を横に振って否定した。

「確かにあなたの言う通り、学園都市では十年程前にクローン技術を確立させていた
 らしいですが――けれども、実験が発足したのは約二年前で、ミサカ達が生み出されたのも
 丁度その頃なのです、とミサカはあなたの発言を訂正します」

 二年前だと――優が驚いた声を上げた。
 芳乃がきょとんとした顔で尋ねる。
897 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:31:57.83 ID:R4yilFKV0
「何驚いてんのよ? 学園都市ではクローン技術が十年前に確立されてたんだから、
 二年前にあの娘が造られたとしても――ああそうすると、今度はこの娘がたったの二年で、
 こんなにも大きく成長したって事になる訳ね」

「それだけじゃないと思う」

 今まで黙って話を聞いていた姫神が発言する。

「どういう事、姫神ちゃん?」

「確か――今から五年前に開かれた国際会議で。人間のクローンを造り出す事は条約で
 禁止されたはず。その条約には学園都市も批准してるはずだよ。小萌先生が授業で
 教えてくれた」

 へえ、と芳乃は関心した様な声を上げ、

「つまり、この娘の言う事を全て信じるとしたら、学園都市は重大な条約違反を犯してるって
 訳ね。何だかお金になりそうな善いネタを掴んだわ」

 最後に、にししと奇妙な笑い声を上げた。
898 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:33:40.67 ID:R4yilFKV0
 その間、優は目を細めてじっと少女の顔を見つめていた。そしてそれから少しの間、
うんうん唸って首を捻っていたかと思うと――突然、はっと何かを思い出したような顔をして、
そうか、と大声を上げた。

 その声に驚いた芳乃が、びくりと体を震わせる。

「な、なによ突然! べ、別にいいじゃない。条約違反の悪党をゆすって、金を絞りとったて
 罰はあたらないわよ。それともまた私のビジネスにケチつけるき?」

 そうじゃねえよ、と優は答える。

「やっと思い出したんだよ」

 何を、と芳乃は不思議そうな顔をして尋ねる。
899 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:34:48.18 ID:R4yilFKV0
「そこのお嬢ちゃんの多分――原型となった女の娘の事をだよ」

「……なんであんたが知ってるのよ?」

「学園都市に初めて来た時にな、誰かと間違われて絡まれちまってよ」

「絡まれた? この娘の元となった女の娘は、随分と元気なようね」

「まあな。おかげで同じ顔してるっつうのにギャップがありすぎて、今まで気がつかなかったぜ。 確か名前は――そう、御坂美琴――だったか」

 間違いねえな、と優は少女に確認の意味を込めて視線を向ける。
 少女は頷く事で答えを返した。

 丁度そこで姫神が、あ――と声を上げた。

「……御坂美琴」

「あん? その娘の事、秋沙は知ってるのか?」

 優が問う。
900 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:36:04.47 ID:R4yilFKV0

「多分」

「多分?」

「上条君から名前だけは聞いてたから。何もしてないのに。いつもその人に追い掛け
 回されるって。だから多分。優はその人に上条君と間違われたんだと思う」

「また上条か……。あいつはトラブルと縁があるのかねぇ……」

「上条君。いつも自分の事を不幸だって言ってるから。そうなのかも」

あいつと関わってから俺も不幸になった気がするよ、と優がぼやくと、姫神は、

「類は友を呼ぶ」

と言葉を返した。
901 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:38:04.70 ID:R4yilFKV0
 笑えない話だが、それには優も反論する言葉が思いつかなかった。
多分――認めたくない事だが――上条当麻の無鉄砲ぶりに、シンパシーのようなもの感じていた
からだろう。

 だが優は、それを認めると本当に自分が不幸になってしまう気がした。だから嫌そうに顔を
顰(しか)める事で、抵抗の意志を示す。

 姫神はそんな優を見て微笑むと、そんな優だから――と聞こえないように呟いた。
 そんな二人のやり取りを尻目に、芳乃が少女に問う。

「ちょっといいかしら」

「なんでしょうか?」

「その――御坂美琴? って女の娘があなたの原型となってるのよね?」

「はいそうですが、とミサカは頷きます」

「それじゃあその娘が積極的に、実験に加担してる事になるのかしら?」
902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:39:34.02 ID:R4yilFKV0
「いいえ、それは違います。記録によると今から数年前、エレクトロマスター(電撃使い)で
 あるお姉様が、体の不自由な方々を助ける為に提供したデータが巡り巡って裏へと回り、
 それを密かに利用してミサカ達が造り出されたのだと、ミサカは誤解のないように事実を
 述べます」

「人の善意につけこんだって訳か……!」

 優が不愉快そうに顔を顰める。

「じゃあその娘は、何も知らされてねえって事かよ!?」

「はい――」

 ですが、と少女は補足するように言葉を付け加える。

「以前ミサカとは違う別のシリアルナンバーが、お姉様と直接会っています。その時のお姉様の
 様子から、お姉様は薄々ミサカ達の事に勘付いていたようです。恐らくは実験の事も――」

「気づいてるっていうのか?」
903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:42:06.01 ID:R4yilFKV0

「はい。今から一週間程前に、お姉様が実験に関係する施設を襲撃しましたから、
 まず間違いはないかと思います。と、ミサカは半ば確信めいた事を言います」

「襲撃だ? 普通の女の娘がんな事するなんざ、よっぽど切羽詰ってるってことか……」

 そこで少女は首を傾げた。

「あの……先程から気になっていたのですが、あなた方はお姉様の事を善く知らないのですか、
 とミサカはおそるおそる尋ねてみます」

「そりゃあそうだろう。俺はそのお嬢ちゃんとは一回しか会った事ねえし、芳乃や秋沙だって――」

 優はそこまで言うと、言葉の続きを促すように、視芳乃と姫神に視線を向けた。
 二人は首を動かすことなく、目だけを横にシフトさせて互いの顔を見やってから、

「私は会った事すらないわ」

「私は名前だけ」

 と、順番に言った。
904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:44:14.99 ID:R4yilFKV0
 これまでの話の流れから、ある程度答えは予測できていたが、二人共、御坂美琴の事に
ついては、優と同様に善く知らないらしい。

 優は二人の答えを確認するように、な、と言い、少女に向けて一寸ばかり肩を竦めた。

「本当にお姉様の事を知らないのですね、とミサカは呆れたように言います」

「そんなに有名なのか?」

 優が訝しげな顔をして問う。

「ええ。おそらくこの学園都市では、スプリガンや遺跡荒らしと呼ばれているあなた方よりも
 有名だと思います、とミサカは少しばかり胸を張って答えます」

「へえ」

「なにせ、お姉様はレールガンの異名を持つ、学園都市に七人しかいないレベル5の
 一人ですから、とミサカは誇らしげに言います」
905 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:45:30.47 ID:R4yilFKV0
「レベル5――」

 ――なるほど、それで。

 ――御坂美琴は研究所を襲撃するなんて、無茶な真似をした訳か。

 ――おかげで合点がいった。

 ――けど。

 今もこうして御坂美琴のクローン体が、何者かの指示によって活動を続けているという事は、
襲撃が失敗したか、或いは研究所を襲撃した程度では実験を阻止する事はできなかったという
事だろう。

 しかし――少女とはいえ――曲がりなりにもレベル5が動いたのだ。失敗するなどという事は
まず有り得ないだろう。

 つまり、襲撃は成功したが、それだけでは実験を中止に追い込む事は出来なかったという
事ではないのか。
 となれば。

 ――それだけ重要な実験て事なのか?
906 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:46:37.72 ID:R4yilFKV0
 ――だとしたらこの実験。三沢塾の時とは違うのか……。

 ――もしかしたら、上の人間が一枚噛んでるのかもしれねえ、か。

 ――いや、下手したら統括理事会が……。

「どうかしましたか、とミサカは先程から黙りこくってしまったあなたに声をかけます」

 すっかり考え込んでしまった優を呼び戻したのは、少女の声だった。

「ああ、いや、なんでもねえ。――それより、お前はこれからどうするつもりなんだ?」

「当然、あなたを研究所まで拉致します――と言いたいところですが、ミサカにはその為の
 手段は残されていませんし、あなたも黙ってミサカについてきてくれるとは思えませんから、
 正直ミサカ自身どうすればいいのか判りません、とミサカはこれからミサカがとるべき行動
 に迷いつつ答えます」

 だったら――優は真剣な眼差しで少女の顔を真正面に見据えて口を開いた。
907 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 00:48:02.37 ID:R4yilFKV0
「俺をその研究所とやらに連れてっちゃくれねえか」

 は、と少女には珍しく、間の抜けた声を上げる。

「……本気で言っているのですか、とミサカはあなたの正気を疑うような発言に耳を疑います」

「ああ、俺は本気だぜ」

「わざわざ敵に拉致されるなど正気とは思えません。理由を……教えてはくれませんか、
 とミサカは困惑しながらもあなたに尋ねます」

 理由ねえ――と呟くように言って、優は何かを考えるように目を宙空に向ける。それから
視軸を再び少女に戻すと、理由は色々あるが、と前置いてから答えた。

「なにより一番気にくわねえのは、お嬢ちゃんみたいのをぽんぽん生み出して――どれだけ意義
 があるか知らねえが――下らねえ実験に利用してるって事だな」

 と言った。
 その答えに少女は絶句する。
908 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 01:18:00.20 ID:R4yilFKV0
「あなたは……そんな事の為に……」

「そんな事だ? おい、いい加減にしろよ……!」

 そんな事――。
 
 少女からすれば何でもない言葉のつもりだったが、優にとってそれは、聞き捨てならない
言葉だったのだろう。こらえきれなくなった怒りを発散するかのように、優は怒鳴り声を上げた。

 そしてその行動は――少女には理解できなかったが――同時に衝撃的でもあった。

「てめえを造り出した連中が、てめえの事をどう扱ってるかなんざあ俺は知らねえし、
 知ったこっちゃねえ。けどこれだけ善く覚えとけ。
 他の誰でもねえ、自分自身が自分の事を『物』扱いしたら、その時には本当に、人は人の
 意のままに動く機械になっちまうって事をよ……!」

「ミサカは――」

 少女は呻き声を上げてたじろいだ。
 優の言葉が、少女の中にある『物』と『人』との境界を壊したせいで、少女は自分が 『物』なのか、『人』なのかすっかり判らなくなっていた。
909 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 01:20:18.08 ID:R4yilFKV0

「ミサカ…………ミサカは本当は――」

 『人』と『物』のせめぎ合いの中、少女が何かを言いかける。
 ――その時だった。

「話は全て聞かせてもらった。なるほど、御神苗優。君らしい言い分だ」

 突然スイッチが切り替わったかのように、少女の口調が変わる。声はそのままなのに、
まるで別の誰かが少女の体を借りて語っているような。

「……誰だてめえ?」

 警戒露に優が問う。
 少女の口を介して、何者かが答える。
910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 01:21:10.17 ID:R4yilFKV0
「ああ、失礼をした。恥ずかしながら私がこれの生みの親でね。部下達からは『チーフ』などと
 呼ばれているよ」

「てめえが元凶か……!」

「そう敵意を向けないでくれ御神苗優。君は何か誤解をしている」

「なんだと……?」

「私の行っている実験は、人類の為を思えばこその事だ。決して三沢塾にいた愚劣な輩が
 行っていたように、愚かな実験を行っている訳ではないのだよ」

「悪党は皆そう言うんだよ」

「かもしれないな。ならば、私は私の正当性を証明する為に、君を私の研究所へ招待しようと思うのだが」

「なに……?」

優は眉をひそめた。
911 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 01:22:37.02 ID:R4yilFKV0
「私は前々から君に興味があってね。特に一年前。南極での事があってからはより一層に」

「南極だと……。てめえ……何者だ……?」

「それは研究所でゆっくり話そうと思うのだが――」

「後のお楽しみって訳か。……いいぜ。そっちからわざわざ誘ってくれるなんざ、
 願ったり叶ったりだ。喜んで招待されてやる。でもって、その人を見下したような態度が
 二度と出来ねえように、顔面を一発ぶん殴ってやるからな……!」

 チーフはふっ、と嘲るかのように笑った。
 そして、楽しみにしているよという言葉と共に、研究所の住所を言い残すと――少女へと
意識を返したのだろう。気を失って倒れこんだ少女を優が抱きとめる。

「あんた……まさか本当に行くつもりなの?」

 呆れた調子で芳乃が尋いた。

「ああ、悪いかよ」

 優は少女を持ち上げると、手近なソファーに寝かせつける。
912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 01:23:55.40 ID:R4yilFKV0
「あんた馬鹿? どう考えたって罠じゃないのさ! だったら行く必要なんかないわよ!」

「だろうな。けど、あんな後味悪い話聞いて黙ってられる程、俺ァ人間できてねえんだ。
 それに相手は俺をご所望のようだしな。このまま何も対策をとらないままじゃあ、
 下手したら秋沙にまで迷惑かけちまうかもしんねえ。せっかく普通の生活を送れるように
 なって、表情も豊かになったんだ。俺なんかのために、また秋沙を危険な目に合わせる訳には
 いかねえのさ」

「随分とまあ、姫神ちゃんの事を大切にしてるのね」

「かもな……」
913 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 01:26:49.71 ID:R4yilFKV0
 それは。

 ――もしかしたら、秋沙に俺自身の過去を重ねあわせてるのかもしれねえ。

 ――それに。

 優は少女の額に手を乗せる。

 ――こいつの事も他人事じゃねえからな。

 優は思い出していた。
 中東イランの発掘現場で突然拉致され、知らぬ間にキリングマシーン(殺人機械)に
仕立て上げられた頃の自分。与えられたのはNo.43という無機質な識別番号。上官の命令に
ただ従い、キリングマシーンとして過ごしていた虚しい日々を……。

 それ故に、学園都市で行われている非道な実験の全容を知って、憤ってもいた。

 黙々と装備を整え、優が――少女が襲撃したせいで半壊した――玄関のドアノブに手を掛けた頃――。
914 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/06/13(月) 01:28:50.97 ID:R4yilFKV0
「優……」

 姫神が心配そうな面持ちで声をかける。
 優は困ったような顔をして、姫神の頭を撫でながら言った。

「悪いな。ま、直ぐに帰ってくるから、おとなしく芳乃と一緒に待ってくれや」

「本当に……帰ってくる?」

「ああ」

「……絶対?」

「信じろって。俺は――」

 優は玄関の扉を開けると、

「――スプリガンなんだぜ」

 と言って、扉を閉めた。
915 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/13(月) 01:30:42.44 ID:R4yilFKV0
さて、今日はここまで。
なんか迷走してる気もするな……文章が……
続きは一応、一週間〜二週間ですけど、今回はもしかしたら長くなるかも……
あまり期待しないでくだせえ

では!
916 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/13(月) 02:33:01.42 ID:3hxCsvrJ0
おつ。
次回もまってるよ。
917 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/13(月) 07:09:01.96 ID:l7itUQKao
お疲れ様でした。
918 :名無しNIPPER [sage]:2011/06/13(月) 09:28:20.45 ID:9hW/LJDDO
乙。
もうここまできたら優と一方通行を無理に絡ませないでよくね?
ぶっちゃけ初登場時の一方通行って源双燕並みの勘違いキャラだから
919 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/13(月) 20:37:24.84 ID:R4yilFKV0
>>918

ああ、ネタバレになるけど今回一通と優は戦わないよ。
始めの考えた大まかなプロットだと一通VS優だったんだけど、レベルアッパー編
を投下してる時に、あれ?ジャンの方が美琴と絡んでる分一通と戦う理由があるな……って
事になって、今に至るわけで……

ちなみにスレ立て当時の予定だと、今回の話ではジャンが一切登場せずに、結構あっさり目に
終わる予定だったという裏話がありましてね……あっさりすぎてボツにしました
920 :名無しNIPPER [sage]:2011/06/24(金) 09:38:25.48 ID:pF85nApDO
そろそろ次スレか?
921 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/26(日) 19:58:56.67 ID:EyEBmoBT0
すいません。やはり前回予想してた通り今週は無理そうですorz
多分、来週には投下すると……と思います。期待しないで待ってて下さい。
922 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/18(月) 01:58:02.21 ID:6YlFRpcco
待ってるんだぜ
923 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/21(木) 21:25:43.81 ID:rjnfhErFo
待ってるんだよ?
924 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/26(火) 15:20:09.09 ID:B7BvRUc2o
待ってるお
925 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/31(日) 05:07:55.05 ID:jNbM2Sas0
忙しいけどまってるぜ
926 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2011/08/04(木) 14:12:48.93 ID:nuqzUFX10
test
927 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/07(日) 21:30:23.11 ID:rb9Q8XO50
気長に待ってるよー
928 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/30(火) 19:42:50.89 ID:aNPHM94qo
気付けばもう二ヶ月か…まだまだ、待ちまっせ
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
929 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) :2011/09/06(火) 06:02:49.99 ID:XtThk6/E0
まだかよ
930 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/15(木) 09:52:12.31 ID:tNZThwI20
待ってる!!
でも忙しいなら無理しないでくれー
931 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/09/30(金) 15:34:10.17 ID:QXSHqd0s0
優の家でドラゴンブレスったけど樹形図の設計者は落ちたんかね
932 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/09/30(金) 15:36:43.35 ID:QXSHqd0s0
優の家でドラゴンブレスったけど樹形図の設計者は落ちたんかね
待ち
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