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智「さあ、おとぎ話をはじめよう」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:00:57.85 ID:sZDacFKmo
 前スレ
 ニュー速VIP 智「さあ、おとぎ話をはじめよう」
 http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1294396628/

 このスレはブランド暁WORKSのゲームタイトル、るいは智を呼ぶ、るいは智を呼ぶFD−明日の向こうに視える風−、
 並びにコミュ−黒い竜と優しい王国−の前者寄りのクロス作品です。
 両方共に多大なネタバレを含みます。(【閲覧】さんや『伝説』の事など)
 これからるいは智を呼ぶ、或いはコミュをプレイしようと思っている方は見る際にご注意ください。

 また、選択肢によってエンドが多岐にわたり変化します。
 フラグの立て逃しがないよう、ご注意ください。

 VIPから来られて且つ書き込める方は前スレに誘導をお願いします。
 何卒。
【 このスレッドはHTML化(過去ログ化)されています 】

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ぶらじる @ 2024/04/19(金) 19:24:04.53 ID:SNmmhSOho
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713522243/

旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713353246/

木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aaorz/1713351945/

いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713279251/

【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713277692/

こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713183168/

【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713091115/

アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713089503/

2 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:09:03.42 ID:sZDacFKmo
 前スレ>>618、ありがとうございます。

 セーブ1
 惠ルート チャプター36

 セーブ2
 はじめから

 セーブ3
 はじめから

 EXTRA
 まだ開けません。

 >>3
 どれにしますか?
 また、最初から視ますか?
3 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 12:14:18.07 ID:MX2Nx4lIO
3
4 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:16:33.07 ID:wLo99zNy0
続きじゃないのかよwwwwwwwwwwwwwwww
5 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:17:53.56 ID:sZDacFKmo
 俺も続き選ぶと思ってたよwwwwwwwwwwwwwwww
 つーか自分で出しておいてなんだけど、なんで2じゃなくて3なんだよwwwwwwwwww
 とりあえず始めますwwwwwwww
6 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:18:37.00 ID:sZDacFKmo
 つまり、これは呪いの話だ。
 呪うこと。
 呪われること。
 人を呪わば穴二つのこと。
 人間はどこまでいっても一人ぼっちだ。
 しかし誰かと繋がらないと生きていけない、というのもまた、呪いなんじゃないだろうか。
 だから、これは呪いの話。


 さて。
 おとぎ話てはどういう意味だろう。
 昔そんなことを思って、調べてみたことがある。
 そうすると、『子供に聞かせる伝説・昔話など』という他にもう一つ、『現実離れした空想的な話』というのがあった。
 つまりは、現実に置いて限りなく有り得ない、または起こらない出来事こそ、おとぎ話といえるのではないかと僕は思う。
 だから、これはおとぎ話。


 僕に運命は視えない。
 だからそんな詳しいことだなんてわからない。
 例えばこれが砂漠に落ちているほんの数粒程の可能性だったとして、僕に知る術はない。
 けれど、思えば僕らの存在自体そういうものだ。数億分の一の確率の異分子だ。
 だからつまり、これは――そう、呪いの話。
 でも、それじゃあ締まらない。だから僕はこの未来を開くのにもう一つの言葉を使おう。
 曰く、『おとぎ話』を。
7 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:19:23.14 ID:sZDacFKmo
 ――あなたは、スカートです。


 そう言ったのは死んだ母さん。
 お前はスカートになるのだ……なんて無体を命じられたわけでなく、普通にスカートを履きなさいというだけの話。
 勿論昔は恨まない日はなかった。
 なにせ僕は『オトコノコ』なのだから、なんでそんなものを、と不条理な命令に対して怒りのぶつけどころに迷ったりもした。
 けれど今はそのお陰でしっかりと卑屈なお姉様に育ったのだから結果オーライだと思う……多分。

 それでもどうにも好きになれない。
 足下が落ち着かないから。

 それともう一つ。
 視線を感じる。すれ違う人がこちらを振り返る。
 口笛が背中をくすぐる。

 これだから好きになれない。
 繊細で幸薄層で麗しいご令嬢、そんなものに僕はなりたいんじゃない。
 別に同姓にもてたいからってこんな格好をしているんじゃない。

 僕は男なんだ!

 ……なんて、いえたらどれだけいいことか。
 これも生きるため、はたまた言いつけだから仕方がない。

 目的地、たまり場その2、テナントのあまり入ってないビルの屋上へ向かって歩きながらそう思う放課後だった。
 ……思わない日は殆どないけれど。
8 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:19:58.03 ID:sZDacFKmo
 事の発端はこよりちゃんの発言だった。

こより「そいえばセンパイ方!鳴滝の学校では最近都市伝説が流行っているのですよ」

智「都市伝説」

 都市伝説――怪談話ともまた違う、独特の雰囲気の物語。
 有名所で言えばメリーさん、口裂け女、人面犬。あとはハンバーガーの肉にミミズが使われてる、なんてのも聞いたことがある。
 殆どは事実無根の虚偽話。どこにでもあるような嘘。
 勿論そんな中でも本当の話はある。
 例えば僕らの住む街にある都市伝説。『バイクに乗った黒い王子様が夜な夜な美少女を攫う』だとか。
 何を隠そう、我らが同盟一のプライドの持ち主、花城花鶏がその張本人だからだ。
 視線で花鶏を追うと、僕の考えていることがわかったのかその銀髪(本人曰く『プラティナブロンド』)を手で靡かせる。

花鶏「ふっ、遂に私もこよりちゃんみたいな可愛い子達に噂され、誘われる日が来たのね」

茜子「セクハラーの脳内は今日も蛆が湧いてますね」

 茜子の毒舌も花鶏の耳には入らないらしい。
 視線が明後日の方向に向き、げへへへへと涎を垂らしていた。乙女に有るまじき姿。
 ……見なかったことにしよう。

こより「たはは……勿論花鶏センパイの話とか……『無敗のフードファイター』とかの話もあったッスよ」

伊代「『無敗のフードファイター』って……」

るい「はぐはぐはぐ……んぁ?」
9 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:20:40.64 ID:sZDacFKmo
 るいはここに来る前に買ってきたお菓子を只管に食べていた。
 これだけ食べても太らない、というのは少したけ羨ましくもある。

るい「……ごくん、なになに、どーしたの?」

智「いや、なんでもないからるいは食べてていいよ」

るい「そお?じゃ遠慮なく」

 僕がよしをすると、再び食べ始める。
 本当、犬っぽい。
 そう思いながらこよりに視線を戻すと、今度は茜子が真ん中に立っていた。

茜子「そういえば都市伝説といえば茜子さんも知ってますよ」

茜子「ラーメンの中に入っているメンマ、あれは実は割り箸を汁につけて作っているのです」

こより「嘘だっ!」

茜子「本当です、本当。清純派乙女智なら知ってますよね?」

智「うん、確かスープの中に割り箸を落ちたのを知らないで、数日後に見つけて食べてみると美味しかったっていう話だよね」

こより「そんなぁ〜、鳴滝、具の中でメンマが一番好きだったのに〜」

茜子「いつの時代も真実とは非情なものなのです」

こより「ひーん」

 茜子の言葉を尻目に、こよりはさんざめく。
10 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:21:22.37 ID:sZDacFKmo
伊代「こらこら、嘘言わないの。メンマはシナチクって言って、筍の一種でしょ」

茜子「ちっ、空気よめデカ胸」

伊代「え、何よそれ。私、間違ってないわよね、ね?」

こより「いやいや、元々都市伝説の話なんですから、初めから話半分ッス。騙されてナンボッスよ」

 フォローした筈なのにされた人からも責められる伊代。やはりイケてない。
 その空気のよめなささえなければ……いや、なかったら伊代が伊代じゃないか。

智「……伊代、これからも伊代は伊代のままでいてね」

伊代「うぅ……なんだかよくわからないけど、ありがとう……」

 閑話休題。
 ようやくこよりに主導権が戻る。
 るいも食べ終わり、花鶏も現実に戻ってくる。

こより「実はですね、高倉市の都市伝説なんですけど……」

るい「あ、それ私も聞いたことある!」

 こよりが話し始めると、るいも声をあげた。
 二人の話の内容をつなげ合わせると、こうだ。

智「『少女Aに連れられて怪物が現れる』?」

伊代「纏めると、そういうことよね」
11 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:21:48.22 ID:sZDacFKmo
 こよりの話は怪物の話だった。
 人の二〜三倍の大きさ(怪獣レベルの大きさでないぶんリアリティがある)の怪物が最近高倉市には出現するらしい。
 例えば大きな人間の形、例えば竜の形。
 目撃証言は多数あるが、友達の友達の話、だとかどれも確信を得ない。故の都市伝説、といったところ。

 一方、るいの話はそれにちょっとしたアクセントが加わったものだ。
 そういった怪物達を連れているのは数年前から現れた幽霊ともわからない少女――便宜上『少女A』という名を与えられた少女が彼女を見た人を連れていき、怪物にするらしい。
 これもよくあるものだ。知らない人についていったら怪物になる、と。
 天狗についていった子供が天狗になる、なんていう話も聞くし、亜種なのかもしれない。

 るいの話からこよりの話が独立した、というような感じ。

智「さて、皆様。如何ほど?」

茜子「茜子さんは猫の形がいいです。巨大な猫を従えて茜子さんはアカネコ・オブ・キャットクイーンとなり世界を征服します」

花鶏「誰もんなこときいてないっての。……っていうか、その話高倉市限定なの?」

こより「はいッス!鳴滝も気になってネットで調べてみたら、全部高倉市でした!」

 高倉市は、僕らの住む田松市から電車で四つ向こうで着く街だ。
 ここら付近よりももっと発展していて、しかしその分不良な人たちも多い、らしい。
 そんな街限定の話。手を伸ばせば届く分、少しばかり興味をひかれる。

伊代「でも、全部都市伝説なんでしょ?だったら、やっぱりないことなんじゃないの?非現実的だし」

 伊代の言うことはもっともだ。都市伝説だから本当じゃない。
 けれど、それが全てに当てはまらない、ということは証明されている。
12 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:22:21.53 ID:sZDacFKmo
 そもそも、だ。
 非現実的だなんだのというけれど。

茜子「私たちの存在自体、非現実的です」

 茜子の言葉が一閃、僕らを引き裂く。
 そう。
 僕らは皆呪われている。身体のどこかに同じ痣がある。
 皆元るいは未来を約束できない。
 鳴滝こよりは通ったことのないドアを開けられない。
 白鞘伊代は固有名詞を呼ぶことができない。
 茅場茜子は人と触れることができない。
 花城花鶏は……わからないけど、同じように呪いを背負ってるはずだ。
 そして僕、和久津智は――本当の性別を知られてはならない。だからこうしてスカートをはいておんなのこをしているのだ。
 そんな僕らが都市伝説について非現実的だだの科学的ではないだの語れるわけがない。

花鶏「それはそうだけど。少女Aはまだしも、怪物は流石に現実離れし過ぎじゃないかしら」

伊代「そうよね、人間の数倍の大きさの怪物って……ちょっとね」

こより「そこで、鳴滝から提案があるのです!」

 ローラースケートを履いたこよりはついーっ、と皆の前に躍り出た。
 二つに括られた長いツーテールが揺れる。

こより「皆で調べに行きましょう!」

 器用に跳ねる。うさぎちゃん可愛い。
 ……じゃなくて。調べにいく?何を?
 無論、都市伝説を。
13 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:23:09.64 ID:sZDacFKmo
るい「はいはーい!るいねーさんは賛成―っ!!」

 同じようにるいも手を上げて跳ねる。

るい「話聞いた時から思ってたんだよねー!なんかこうさ、バキューン、ドカーンッ!って感じでさ、実際にあったらかっこよさそうじゃん!」

花鶏「また頭悪そうな擬音を。……私はどっちでもいいわ。まぁ暇つぶしにはなるかもね」

 花鶏は本当にどちらでもよさそうだ。
 多分多数決で多いほうに賛同するのだろう。

茜子「茜子さんは賛成です。猫型があるなら茜子さんは」

伊代「それはもういいから!……あなたはどうするの?」

 伊代は自分の意見は言わず、僕に話を振ってくる。
 多分伊代は反対派だけど、今は賛成3棄権1だから僕が賛成したら賛成、反対したら反対にするのだろう。
 ……僕はどうしようか。




 >>14
 1 賛成する
 2 反対する
14 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 12:46:31.73 ID:8orspOtU0
なら2で
というか早いwwwwww
15 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 13:00:09.57 ID:NxCig3vE0
ゆんゆんサイコー
16 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 13:00:24.63 ID:sZDacFKmo
 >>14
 よかった、誰もいないと思ったよ……
 早いっていうのは立てるのがか、それとも投稿が、かな。
 立てるのは再発だから絶対に暫くかかるし、投稿がなら前に書いたものを貼りつけるだけだからね……
 書いていないところは普通になる。


 ……なんとなく、嫌な予感がする。
 幼い頃から僕の勘は当たったりする。
 だからこの勘に付き従ってみよう。

智「……僕は反対かな」

こより「えぇ〜っ、どうしてですかぁ〜?」

 こよりが僕の答えにジト目で唇をとがらせる。
 そんなに行きたかったのかな……?
 そんなのを変な感じがしたから、ということで済ますわけにはいかないだろう。
 僕は頭をフル回転させて、考える。

智「ほら、皆。よく良く考えてみてよ。さっき花鶏と伊代も言ってたじゃない」

智「巨大な化け物でしょ?そんなのいるわけがないよ」

るい「だから、それを確かめにいくんでしょ?」

智「確かにそうだけど、もしそんなのがいたとしても、僕らが行ったぐらいで見つかるわけないし見つかるぐらいならもうたくさんの人に見つかってるよ」

智「それがないってことはやっぱりいないからじゃないのかな」

 それに、と僕は付け足す。
17 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 13:04:29.38 ID:8orspOtU0
投下がな

まあ二回目だから真雪先生を狙うのもありかな
18 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 13:07:57.86 ID:sZDacFKmo
るい「……それに?」

 るいの聞き返しを聞いてから、僕は心配そうな顔をイメージして言う。

智「本当にそんなのがいて、僕らが偶然それを見つけちゃったら……無事でいられる保証はないし……」

智「誰かが怪我をしたら、僕はなんであの時止めなかったんだろうって後悔するだろうから」

こより「はきゅ〜んっ!」

 こよりが僕の憂いに胸打たれていた。
 ……計画通り。

こより「ともセンパイ、鳴滝たちのことを……わかりました!ともセンパイに心配はかけません!鳴滝はオトナな女なのです!!」

るい「う〜ん……ま、智が言うなら仕方が無いか」

 るいは強いし、自分に自信を持ってるから少しだけ渋っていたけれど僕の言うことということで大人しく言うことを聞いてくれた。
 花鶏はそんな僕らを見て鼻で笑い、伊代は笑顔を浮かべながら僕の背中を軽く叩く。

伊代「やるじゃない、あなた」

茜子「腹黒い貧乳ブルマです」

智「まあね……ってなんで僕がブルマ履いてること知ってるの!?」

茜子「茜子さんに秘密は全ておみとおしなのです」

 両手を上げてゆーらゆーらと揺れる茜子。
 やっぱり僕の天敵だ、この心を読む能力!
19 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 13:11:03.25 ID:sZDacFKmo
 ゾクッ、と。背中を何かを悪寒が駆け巡った。
 僕がそれに反応するより早く、何か――いや、一人しかいない!花鶏が僕に抱きついてきた!?

智「ぎゃわ!?」

花鶏「へぇ、智ちゃんブルマ履いてるんだ?その下はなに?もしかして履いてないの!?」

 そう言ってスカートの下に花鶏の手が潜り込む。
 太ももをつつつー、と辿り、その僕の秘密の領域に……

智「やぁのやぁの、それやぁの!!」

 貞操が!違う、僕の呪いが!!
 かーごめかごめ、と脳内で呪いの音楽が流れる。

花鶏「大丈夫、私に全部任せてくれれば、天国に連れて行ってあげるわ!」

智「別に連れていってほしくないよ!!」

 真の意味で連れて行かれちゃうよ!
 助けて!助けて!!

こより「智センパイがピンチです!!るいセンパイ!」

るい「バッキュン!!」

 僕のピンチに気付いたるいが花鶏を思いっきり(手加減はしているだろうけど)殴る。

花鶏「ぷぎゅる」

 花鶏はカエルの潰れたような悲鳴を上げて倒れた。
 ……僕の貞操は守られた!
20 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 13:19:52.05 ID:sZDacFKmo
 僕は助けてくれたるいを崇めるように膝をついて、胸の前で十字を切り手を合わせた。

智「るい、ありがとう、本当にありがとう……!」

るい「いいっていいって。トモは私の嫁だからね!」

 男だけどね。

こより「そうやってると、ともセンパイ、シスターみたいですね……センパイなのにシスターとは、これ如何に?」

伊代「シスターは二種類の意味があるからね。姉妹の意味と、修道女の意味。あなたがいうのは姉妹の方で妹のことを指してるし、姉という意味なら別におかしくはないわ」

こより「ほうほう、勉強になりましたッス、伊代センパイ!」

茜子「ちなみに、辞書などには乗っていませんが後一つ意味があります」

 へぇ、そうなんだ?
 聞いてみると、ニヤリと笑う。

茜子「レズのカップル相手のことです、シスターとも」

花鶏「レズの智ちゃんシスター!?どこどこ、花鶏おねーさまが智ちゃんの純潔うばっちゃうっ!!」

 ひっ!花鶏が起きたっ!!

智「るい、助けてるい!」

るい「よっしゃ、シスターのるいねーさんが智のことまもっちゃる!」

 そのシスターは姉の意味だよね!?
21 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 13:31:37.49 ID:sZDacFKmo
 そんなこんなでいつもの如く騒ぎながら、日が暮れていく。
 日が暮れても街灯がついても、僕らは騒がしい。
 人の届かない場所で相変わらずに騒ぐ。
 しかし、僕らのいる場所はここだけれど、外面的にはやはり帰らなければならないところがあるのだ。

伊代「……そろそろ暗くなってきたし、解散しましょうか」

こより「さんせーッス!実はこより、もうお腹ぺこぺこで……」

 その言葉を聞いて、るいは酷く激しく、お腹を鳴らした。
 ぷっ、と思わず吹出す。

るい「……お腹すいた」

茜子「それでは暴食魔人が暴れる前に解散といきましょう」

花鶏「そうね。それじゃあさっさと帰りましょうか」

 るいのお腹の悲鳴が決めてとなり、解散の運びとなる。
 僕は伊代とこよりと帰るのが同じ方向だったから当然一緒に帰るのかと思ったけれど……

伊代「あ、私図書館いかなきゃ。借りなきゃいけない本があるの」

こより「鳴滝はお母さんから買い物を頼まれているので、ここでお別れです」

 と、その二言でそこで解散となる。

るい「よっし、じゃあ――」
智「また、明日」

 るい以外のまた明日が街の雑踏に一瞬だけ響き、紛れ、消える。
 さて、僕も帰ろう。
 何度が振り返りつつ、僕らは僕らの家へと帰ってゆく。
22 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 13:42:05.35 ID:sZDacFKmo
智「…………?」

 僕は皆と別れてから高層ビルが並ぶ街を出る前に、足を止める。
 振り返る。誰もいない。
 ……なんだろう、今のは。

 僕はなんとなく今の感覚が気になり、その方向へと向かう。
 人ごみの中をまぎれ、駆け足で行く。
 そのうち、辺りは何やら如何わしい、ヤがついたり極めたりする人たちがいそうな、如何にもという場所になる。
 一応、此処も繁華街の一部だ。しかし、大人しかおらず……ここでは制服は目立つ。
 少しキョロキョロと周りを見るが、何も無い。誰もいない。

智「……気のせいかな」

 僕はそう思い、立ち去ろうとする。
 ――と、まさにその瞬間。
 近くのビルの、屋上が爆発した。

智「っ!?」

 人々が足を止める。僕もそれに違わず足を止めた。
 人によっては携帯電話を取り出してその爆発を写真取る人もいた。
 何をしているんだ、写真を取るぐらいなら消防が先じゃないのか。
 そう思って周りを見渡して――――

「………………」

 ――――そこに、少女がいた。
23 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 13:49:43.45 ID:sZDacFKmo
 人ごみに埋もれてしまいそうな小柄な影が、道に溢れる人の間に見え隠れする。
 なんてことない、普通の少女だ。
 制服のようなものを来て、花鶏とはまた違うベレー帽をかぶって――――

 奇妙だ。

 僕はさっき、思ったじゃないか。
 大人しかおらず……ここでは制服は目立つ、と。
 だったら――この少女はなんだ?
 お父さんやお母さんのような人物が周りにいる様子もない。
 僕のようなそこそこ年齢がいっている学生ならまだしも、ここまで小さな女の子が来る必要は此処にはない。
 そして、最も奇妙なことは。

 ――彼女は、爆発した方向ではなくその逆の、ビルに隠れた方向を向いている。
 何が或るのかは見えない。けれど彼女はビルではなくて、その向こうを見ているように感じた。

 そして。
 目が、合った。
 その刹那――――

「どけっ――――!」

 駆け出す。
 何を見たのかわからない。
 わからないけれど――追わなきゃ、と思った。

 どうして?
 態々関わる必要などないじゃないか。
 僕には呪いがある。人には関わってはいけない呪い。
 それなのに、なぜ踏み出し、追う必要がある?

 そうは、わかっていても。
 僕は彼女の後を追って、走りだしていた。
24 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 13:58:52.18 ID:sZDacFKmo
智「すいません、どいてください!」

 少しでも眼を離したら雑踏に消えてしまいそうな少女を追いかける。
 彼女は走る。脇目も振らず。
 そして、その足元には――――

智「……ボード?」

 まるで、スケートボードのような。
 そんな形をしたよくわからないものがあった。
 ……本当に、よくわからない。

 そんな少女が、空を見上げた次の瞬間――
 再び、爆発が起こった。
 奇しくも、先ほど少女が見ていた方向から。
 人々の足は止まる。しかし少女は止まらず、追いかける僕も止まらない。

智「……本当、なんで追いかけてるんだろう僕は」

 わけがわからない。
 僕の人生のモットーは、草木のように静かに暮らすことなのに。
 もうここまできたら、せめて事情は聞かないと気が済まない。
 目の前で、少女が細いビルとビルの間に入る。

智「よーっし、袋小路だ……!」

 そうして意気揚々とそこに入った瞬間。
 ベレー帽がふわりと、顔に向かって飛んできた。
25 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 14:10:35.48 ID:sZDacFKmo
 思わず受け止めて、振り払う。
 追っていたのがバレた、と思ったのは一瞬。
 少女は倒れていた。

智「ちょ……ちょっと、大丈夫!?」

 事情だけ聞いてさようなら、と思ったけれど倒れている人(それもこより並に小さい女の子)を見捨てるわけにはいかない。
 揺さぶって死んでいないことだけを確認して、背負う。やはり軽い。

 ……たしか此処は、尹央輝に駅の向こうに行く方法を聞いたときに通ったところに近い気がする。
 フェンスを片手だけで登れるかはやってみないとわからないけれど……と思ったところに近くに運良くロープが落ちていた。
 これ幸いとばかりに拾い、腰に巻いて固定する。
 ここまでしても起きないということはきっと気絶しているだけだろう。外傷はあまり見当たらないから、脳震盪の可能性もある。
 どちらにしても――早くいこう。
 表通りが騒がしい。また爆発が起きたらしい。

 僕は一気奮闘して、駅の向こう側を、僕の家を目指した。
26 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 14:17:32.41 ID:7ksue3Ok0
支援
27 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 14:25:41.94 ID:sZDacFKmo
 おにぎりを握った。
 理由は一番簡単なもので、基本的に外れがないから。
 そして本当の理由は、買い物のし忘れで材料がないから。
 だからおにぎりも単純な塩むすびです。

「うっ……っ…………ここ、は……?瑞和……じゃない……」

 丁度、五つ目のおにぎりを作り終わったところで声が聞こえた。
 僕は氷をいれた水と作ったおにぎりを乗せたお皿をお盆に載せて、寝かせたベッドへと行く。

智「おはよう、ゆっくり眠れた?」

「っ!!!!!!」

 飛び起きた。
 やはり確認した(触診で)とおり、怪我はなかったみたいだ。
 ……触診と言っても、いやらしい意味はありませんよ、決して。

「こ、こここ、ここどこっ、お前だれっ!」

智「どうどう、落ち着いて夜子ちゃん」

夜子「!!!!!!」

 名前を言ったことに、驚愕の顔をする。
 僕は微笑ましい笑顔を浮かべながらガラスのテーブルにお盆をおき、ソファーに重ねて置いてあるベレー帽とピンク色の携帯を指さした。

智「失礼ながら、名前を知るのに少しだけ拝見させていただきました」

 本当は、電話もした。発信服歴から一番多かった……五樹って人に。
 出なかった。仕方がなかったから彼女の名前だけ見た。
 四宮夜子――――と、いうらしい。
28 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 14:33:18.21 ID:sZDacFKmo
夜子「……」

 睨まれる。僕はそれに苦笑した。
 それは当然だ。倒れていたら病院か警察へ。
 それを思ったのは、ベッドに寝かせておにぎりを握り始めてからだった。

智「……まぁ、路地裏で倒れてる時点で何かわけありだと判断したわけで。何かに追われてたら危ないから、連れてきた。OK?」

 夜子はまた驚いたような顔をした。面白い。
 そしてうつむく。

夜子「また……やっちゃった…………」

 そのまた、というのがよくわからなかった。
 もしかしたら前にもこんなことがあって、通りがけの人に助けられたのかな?
 だとしたら良い人もいるものだ。

智「まぁ、反省するのは後でも。おにぎり食べる?お水のむ?それともシャワーでも浴びる?」

夜子「…………」

 睨まれた。ショックだ。
 これでも、学園で後輩たちからも黄色い声を貰っているのに。

智「……ま、全員が全員じゃないからね」

夜子「……?」

 首を傾げる。
 君は知らなくて良い世界だよ、夜子ちゃん。
29 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 14:41:22.84 ID:sZDacFKmo
智「とりあえず今日はゆっくりしていって。急ぎの用があるなら今すぐでもいいけど、せめて作ったおにぎりは食べていって」

 夜子はおにぎりを見る。
 我ながら、美味しそうにできたと思う。
 くー、と可愛い音がなった。

智「可愛い」

夜子「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 笑顔で言うと、夜子の顔が真っ赤に染まる。
 そしてそれを誤魔化すようにおにぎりに手を伸ばした。
 僕も一つ手に取り、頬張る。
 一口食べて、塩加減が絶妙だった。
 夜子をみると、バクバクと食べて、アッという間に一つ無くなった。そして二つ目に手を伸ばす。
 だけど……そんなに急いで食べると……

夜子「っ!!」

 どんどん、と胸を叩く。
 いわんこっちゃない、用意していた水を渡して、夜子は急いで飲む。
 少し力を入れれば折れそうな首が、ごくんごくんと鳴る。

夜子「ぷはっっ!……死ぬかと思った…………」

智「大袈裟だなぁ……でも気をつけてね?」

 僕は笑いながら、一人では味わうことの出来ない夕食の時間を過ごした。
30 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 14:51:05.33 ID:sZDacFKmo
 夕食を食べ終わり、茶碗を洗った後。
 夜子はあいも変わらず、携帯を弄りながらベッドを占領していた。
 今日は泊まるのかな、それともでていくのかな。どちらでも構わないけれど。
 明日のご飯を炊く準備だけして、居間に戻り、押入れから毛布を取り出す。
 冬ならいざしらず、暖かくなってきた今ならこれ一枚で十分だ。

智「寝るときになったら電気消してね」

夜子「……消していい」

智「眼、悪くするよ」

夜子「…………」

 カコカコカコ、とボタンを撃つ音だけがした。
 僕はそれをBGMに床の上に寝っ転がって毛布を被る。

夜子「……ソファーで寝ないの?」

智「そのソファー、バネが壊れてて寝たら身体いたくするの」

 そう、というそっけない返事。
 数分して、パチン、と携帯を閉じる音。そして電気が消える。
 もぞもぞ、という音が聞こえたから、恐らくは今日は寝ていくのだろう。

智「おやすみ」

夜子「…………ねぇ」

 就寝の挨拶をしたら、訊ねる声が返ってきた。
31 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 15:03:33.72 ID:sZDacFKmo
智「なあに?」

 自分と出来ている後輩の女の子にでも言いそうな口調で聞き返す。
 少しの沈黙があった後、言う。

夜子「……どうして、何も聞かないの」

 ――そう、僕は何も訊いていない。
 どうしてあの如何わしい区域にいたのか。
 どうして爆発の方向を見上げていたのか。
 どうしてあんな路地裏で倒れたのか。
 そして。
 足元にあったボードのようなものは、どこにいったのか、とか。
 そういったことは、一切訊いていない。

智「……聞いてほしそうになかったから、かな」

夜子「…………」

 睨まれた、気がした。
 バサ、と音がする。僕に背を向けたのかもしれない。
 もう寝るのかな、と思って心を無にしかけ、危うく聞き逃すところだった。

夜子「……名前」

 名前……なまえ、ナマエ。
 もしかして、僕の名前を聞いているのだろうか。
 そういえば言っていない。夜子の名前を知ったから教えて気になっていた。

智「和久津智。和久井の和久に、津波の津。それに、知るの下に太陽の方の日を書いて、和久津智」

夜子「……和久津。覚えておく」

 そういって、すぐに寝息が聞こえた。
 僕が寝る寸前に、ありがと、と聞こえたのは恐らく気のせいだろう。
32 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 15:13:42.68 ID:sZDacFKmo
 朝起きると、既に夜子はいなかった。
 恐らく帰ったのだろう。昨日の元気さなら心配ない。
 僕はそう思いながら制服に着替え、キッチンに行く。
 ……ちんまりとしたおにぎりが一つだけ、おいてあった。




智「早く、早く、早く」

 少し準備に時間を食い過ぎてしまった。
 このままでは学校に遅刻する。
 優雅に――なんていっている暇はない。全力で走る。
 いつもはいる宮和も既にいなかった。

智「うわーん」

 通りがけの公園で、時間を見ようと時計台を見上げた。
 そこに、足があった。

少女『――――――――――――』


智「――――」

 思わず足を止めた。


 るいが言っていた都市伝説の話を思い出す。
 それは、まるで幽霊のような風貌で、選ばれたものを唄で誘うらしい。


 つまり、だ。
 僕が見ている、時計台に腰をおろし、何かを語りかけるように唄っている彼女こそが。

智「少女、A――――」


 これが。
 僕らの、呪われたおとぎ話の始まり。



 ちなみに。
 学校にはギリギリ間に合った。
33 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 15:14:36.92 ID:sZDacFKmo
     Chapter

  1 呪いの話とおとぎ話
  2 溜まり場にて
  3 都市伝説を捜そう!
  → 夜子との出会い。 ←今回はこっち
  4 少女Aが呼んでいる←次はここから
  5 僕の居場所
  → ???
  6 邂逅
  7 最初の戦闘T
  8 最初の戦闘U
  → バッドエンドT

 一度ここで終了。

 そういえば、夜子の兄弟姉妹であろう名前の子って、夕って言ったよね。
 そして智ちんと茜子さんの子供の名前も夕。
 これってぐうぜ(ry
34 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 15:24:41.47 ID:NxCig3vE0
そういや智と茜子の子供とかあったな
FDの内容とか結構忘れてるもんだな
35 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 15:25:27.02 ID:wLo99zNyo
この夜子は暁人に一回助けられたあとなの?
36 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 15:31:20.62 ID:ItAOa1Mho
めぐ√を考えるとあとっぽいが、√によって全く変わることもあるな
37 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 15:52:15.44 ID:QRexX1jVo
はじめからワロタ
38 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 16:50:50.81 ID:sZDacFKmo
 >>35-36
 一応、コミュ組はバビロンがジャックを倒した後。
 王様がホモ発言をした後からルートに入る前までの出来事。
 セーブ1だとカゴメルートだったけど、ルートは人によって変わるかも。
39 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 17:40:05.85 ID:sZDacFKmo
 製作速報だから人がいる限りのんびりと。
 とりあえず次の選択肢まで





 夢をみた。
 どこか遠い日の夢…………

 僕は見知らぬ丘に立っていた。
 そこには僕を含めて五人が揃っていた。
 全く見ず知らずの人たち。共通点などあろうはずもない人たち。
 そして、僕らは――


「……つさま……和久津さま」

 呼ぶ声が聞こえる。
 夢の残響を引きずりながら目を開けると。

智「うわぁっ!?」

 宮和の顔がドアップで映った。
 学校だ。
 僕は何時の間にやら寝ていたらしい。

宮和「優等生の和久津さまが寝ていらっしゃるとは珍しいことですね」

智「うん……最近唄が、ね」

宮和「歌?」

智「ううん、なんでもないよ」

 呪われている上に幽霊にとりつかれた――だなんて。笑い話にもならない。
40 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 17:41:20.65 ID:sZDacFKmo
宮和「そうですなのですか?顔色が少しばかり悪いようですし、これが必要なら……」

 そう言って宮和は自らの鞄を探り、『それ』を出す。

智「持ってますから!」

宮和「残念です」

 その言葉通り、心底残念そうにそれを戻した。
 ……いや、僕はブルーデイに御用達のものなんてもってないけど。

宮和「では、和久津さまは最近どうなされたのですか?また哀れなお犬様をお拾いになられたのですか?」

智「いや、拾ってないよ」

宮和「そうですか。なら今度宮が拾って和久津さまの元へもってゆくことにします」

智「引き取らないよ!?」

宮和「そうですか。しかしツンデレさまの和久津さまなら引きとってくださると宮は信じております」

智「信じられても引き取らないからね!」

 色々思考がズレているのが冬篠宮和だ。
 『天才』さんならぬ『天災』さん……同時に、『最強の和久津さまストーカー』……最大の危険因子だ。
 でも頭の回転も早く色々とフォローもしてくれるから邪険にできない。
 身体測定の日なんて、何度助けられたか……
41 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 17:41:53.35 ID:sZDacFKmo
宮和「……お疲れのようですのにズルズルなさらない和久津さまは流石でございます」

智「……何そのズルズルって。ずる休みのこと?」

宮和「はい。こう、ずるずると」

 奇妙な動きをする。
 のんびりとした動きで、足を引きずり左右に動く。
 ……なんだか前にも同じようなやりとりをした覚えがある。

宮和「意外にこれが心地良く。和久津さまもいかがでしょう?」

智「遠慮しとく」

宮和「そうですか……ズルズル」

 再ブーム化したらしい、宮和は帰りのHRが始まるまでずっとズルズルしていた。
 ……本当、誰が教えたんだろう。

42 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 17:42:54.93 ID:sZDacFKmo
智「せかせか……」

 心持ち早く、下駄箱へと向かう。
 それでも、気品は忘れず。スカートが翻るのははしたない、というのがこの学校だ。

下級生1「和久津先輩、さようならー」

下級生2「さようならー」

智「ごきげんよう」

 営業スマイルで挨拶。
 きゃあきゃあという黄色い声が後ろに去る。
 あの子達いつも一緒だなぁ……仲いいのかな?

 そう思いながら下駄箱をあける。
 見慣れた手紙が今日は……

宮和「五通、でございますね」

智「わっ!?」

 影もなく後ろから宮和が現れて、僕を驚かせる。
 本日二度目。しかもこんな短期間に。
 というか気配消すのがうまくなってる気がする。
 いつか着替えてる途中に僕の背後に現れたりするんじゃないだろうか……
43 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 17:43:27.49 ID:sZDacFKmo
宮和「今日は急いでらっしゃるようで、追うのが大変でした」

智「そ、そう……そんなつもりはなかったんだけどね」

 そう言って、僕らは(僕は下駄箱の手紙をゴミ箱に捨ててから)昇降口を出る。
 すっかり長くなった日が燦々と僕らを照らした。
 思わず手で影を作る。宮和をみると、全く平然とした様子で隣を歩いていた。
 これが本物と偽者の差か……

宮和「和久津さま、途中までご一緒してもよろしいでしょうか?」

智「あ、うん、別にかまわな――」

 宮和のほうを見るために回り込みながら返事をしようとして。
 つまりそれは学校の方を見ることで。
 そのヘリに――

少女A『――――――――』

 また、彼女はいる。

宮和「和久津さま?」

 黙り立ち止まった僕を宮和は怪訝に思い、名を呼ぶ。 
 しかし、それも遠い。

 少女は今日も唄ってる。
 少女は今日も答えない。
44 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 17:44:09.28 ID:sZDacFKmo
 ――けれど。
 今日の唄は、少し違った。
 呼んでいるような気がした。僕を。僕らを。

宮和「わく……」

智「ごめん宮。用事を思い出しちゃった」

 申し訳なさそうにいう。
 それでも宮和はいつもの微笑を湛えたままに答えた。

宮和「構いません。どうぞ和久津さまの用事を済ませてくださいませ」

智「本当にごめんね」

宮和「いえいえ。今度デートに付き合ってもらえさえすれば」

智「それは……機会が合えば、ね」

宮和「承知いたしました」

 ゆっくりと、優雅に頭を下げる宮和は本当にお嬢様だ。
 そんな彼女に本当に申し訳なく思いつつも、僕は玄関で宮和と別れた。



 さて、と。
 宮和が見えなくなってから僕は考える。
 たまり場には……どうしよう。


 >>45
 1 行く
 2 行かない
45 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 17:45:30.19 ID:PnKWlA4xP
行かない!
46 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 18:02:48.70 ID:sZDacFKmo
 うはぁ、>>45センパイは全てのやり直しを請求するのですか……
 まぁそうでないと始めからの意味はありませんしね……



 →行かない


 ……行かないでおこう。
 少女Aは僕を――僕らを呼んでいるんだ。
 僕は伊代に今日は用事で行けないとメールして、高倉市へ向かった。
 そこに、呼ばれている気がしたから。


 色んな制服の人がごった返す。勿論制服だけではなく、スーツの人の姿も多かった。
 初めてきたけれど、沢山の人がいた。
 とりあえずいく前に適当にぶらつこう。
 なんとなく、今行っても誰もいない気がしたから。

 適当にぶらつく。
 歩道橋に差し掛かった。

『結奈、セカンドシングル発売!』

 足を止めて上を見ると、巨大なスクリーンにミニマムな美少女がマイクを握って踊っていた。
 どうやら今いったセカンドシングルとやらのPV映像らしい。

「あ、結奈ちゃんだー、かわいいよねー」

「ジモッピー(地元民を指すスラング)の期待の星だっけ?でも確かに可愛いよね。お春さん抱きしめたくなっちゃう」

「……そうでしょうか」

「そうだよ、まゆまゆ〜まゆまゆもああいう格好すれば凄くかわいいのに、どうしてそんな恰好なの?」

「……ほっといてください。それと、まゆまゆではなく――――」

 三人の女の人の声が後ろを通り過ぎる。
 女三人揃えば姦しいとはよくいうけれど、喧騒の中でも聞こえるのだ本当のようだ。
47 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 18:22:09.91 ID:sZDacFKmo
 三人組が去った後も上を見上げていると、どん、とぶつかった。

「おい、どこみて――」

智「ごめんなさい、よそ見してました」

 難癖をつけられる前に手を前で交差し、お嬢様らしくお辞儀する。
 相手の男性は毒気を抜かれたような顔をしてお、おう、とどもった。
 こういう見た目に生まれて何かを思わなかったことはないけれど、こんな時には便利だと思う。

男「き、気をつけろよな」

智「はい、ありがとうございます」

 注意をされたら礼を、感謝を。そう書いてあるのは我らが南聡の校則、第十二条。
 今の僕、正しく南聡の模範生だ。
 最も、模範生は学園帰りにこんなところに寄ったりはしないけれど。

 男はそれでいいのか、何やらちゃんとしていた自分がバツが悪そうに去っていく。
 ごめんね名も知らぬ人。そしてさようなら名も知らぬ人。

 僕はよそ見をするのをやめて、歩道橋を渡りきる。
 暫く道沿いにあるいて行くと見えたのは自然公園だ。
 多分人工樹林だろうけれど、自然があるのは素晴らしいことだろ思う。
 そんな公園の真ん中に、一つの像が立っていた。
 形は、人が祈りを手を胸の前で握り、祈っているようなモノ。それに羽が生えていた。
 ――まるで、何かに黙祷するような形。

智「……『鎮魂と祈りのモニュメント』か」

 レリーフをよみ、つぶやく。
48 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 18:23:08.35 ID:PnKWlA4xP
さっきの選択でゆんゆんがコミュのメンバーになるって言ってたから…!
つい・・・!
49 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 18:32:50.81 ID:sZDacFKmo
 ――五年前、ここで大規模なテロが合ったらしい。
 七日七晩続いたテロは、爆心地付近では生き残りが殆どないまま終わった。
 思い出してみると、そういえばそんなこともあった気がする。 
 何せ五年前だ。記憶は記憶に押しつぶされ、思い出さなければ消えて無くなるのみ。
 それなのに――何か聞いたことがある気がしたのはどうしてだろう。
 五年前、五年前、五年前。
 考えても答えは出ない。唱えてみても思い当たるフシはない。

智「……ま、いいか」

 その銅像のレリーフから眼を放して、後ろを振り向く。
 そこには――知らない制服を着た女の子が立っていた。

「……………………」

 まるで病人そうな白い肌。
 あまり生気が宿っていない茶色に似た瞳。
 眼をこすると消えてしまいそうなぐらいな気迫。

 そんな彼女が、像を僕の真後ろで立って、ジッと見詰めていた。

智「…………」

 僕は不思議に、また不気味に思いつつも去る。
 なんとなく、あやめ先生に似た雰囲気を感じた。どうしてだろうか。

 ようやく、日が朱く染まり始めた。
 少女Aはまだ歌っている。
 僕は足をこの街の外側へと向けて、迷わず歩き始める。
50 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 18:34:51.40 ID:sZDacFKmo
     Chapter

  1 呪いの話とおとぎ話
  2 溜まり場にて
  3 都市伝説を捜そう!
  → 夜子との出会い。 ←今回はこっち
  4 少女Aが呼んでいる←次はここから
  5 僕の居場所
  → 居場所のない人 ←今回はこっち
  6 邂逅
  7 最初の戦闘T
  8 最初の戦闘U
  → バッドエンドT


 >>48
 まぁ気にしませんよ。こっちはVIPと違って落ちるって概念がありませんから。
 のんびりと、やっていきます。
51 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 18:58:55.88 ID:wI7zqc0co
こっちにきたのか。のんびり見させてもらいます
52 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 19:14:27.86 ID:wLo99zNyo
のんびりやってくれ
ちなみにいつぐらいまでかかりそう?
53 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 19:58:20.67 ID:wY33eFPu0
わーいブクマがまた一つふえたよー
54 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 20:35:39.83 ID:t4U4Kr5AO
ゆんゆん…。
ゆんゆん!
55 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 21:09:26.48 ID:7ksue3Ok0
支援
56 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 21:22:00.61 ID:MJ6nFUtUo
続いててよかった・・・

がんばって
57 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 22:21:52.28 ID:sZDacFKmo
 >>52
 さあてねぇ、一ヶ月後かもしれないし、一年後かもしれない。
 ……それは冗談としても、7日から11日まで全力で朝から夜まで書いてあれだからね。
 それでも共通部分はいくらかあるし、わからないな


 とりあえず今日中には第一幕は閉じさせようか
 っていうか皆ゆんゆん好きだな!
58 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 22:25:29.39 ID:sZDacFKmo
 紅蓮に太陽が輝く。時刻は既に夕方。僕はやはり廃ビルにいた。
 たまり場の廃ビルじゃない、僕の家からは随分と離れた廃ビルだ。
 今にも崩れ落ちそうな、ところどころ錆びて剥げている階段を登る。
 唄が強くなる。
 屋上についた。この扉の向こうに、いる。
 『少女A』が。
 ドアノブを捻る。少しだけ力をいれる。錆びているのか、重く嫌な音が鳴る。
 僕はそれらを全て振り切り、ドアをこじ開けた。

 涼しい風が舞い込み、赤い逆光が射す。
 眩しさに目を細めながらも、僕はその場へと踏み出した。

 その場には既に揃っていた。 僕を含めて五人。即ち、四人が。

「あ、最後も女の子だ」

「あーや。そんなに注視しないの」

「あれ、もしかして全員女の子?」

 三者三様の台詞。
 しかし、何も言わない最後の一人には見覚えがあった。

「オマエは……!」

 彼女は日が当たらないように黒い帽子を深くかぶっていた。
 影で暗くて見えにくいが、その顔は驚愕に染まっているように視える。
 彼女が誰かって、忘れたくても忘れられるはずがない。
 パルクールレースにて、茜子と僕の身体と、花鶏の本を賭けて戦った――――


 尹央輝だったから。
59 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 22:26:17.27 ID:7ksue3Ok0
更新きてるー
60 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 22:28:18.08 ID:sZDacFKmo
智「央輝!?どうしてこんなところに……」

央輝「それはこっちの台詞だ!なんでお前がこんなところにいる!?」

 奇遇すぎる再会。
 他の三人には全く見覚えがないだけに、央輝がいるだけで随分と変な感じがする。

「へ、あれ?知り合い?」

「そうみたいだねぇ、繰莉ちゃんびっくり。でもまぁ、こっちだって知り合いなんだしお互い様じゃない?」

「あーやだけ私たち二人ぶんの知り合いだね」

「いやいや、偶然ですよ偶然!」

 向こうは女の子三人で姦しい。特に一人、こよりんと同じような香りがする。
 僕と央輝は顔を合わせる。

央輝「……とりあえず今は喧嘩してる場合じゃないかもな」

智「うん、賛成。向こうが誰かも聞かなきゃ」

 そう言い合い、僕ら二人は彼女らに近づいた。

智「あのー」

「あやややっ、く、繰莉ちゃん先輩、よろしくお願いしますっ!」

 繰莉ちゃん先輩、と呼ばれたウェーブのかかった長い髪をもつ女の子がふむ、と口を釣り上げる。

繰莉「よろしい。この繰莉ちゃんにお任せなさい」

 そういって、僕らの前に出た。
61 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 22:33:01.33 ID:sZDacFKmo
 一度こほん、と咳払いして。

繰莉「偏平足の香山裕司さんがこういった。かやー」

智「………………」

 何なのこの人?

繰莉「あれ、繰莉ちゃん外しちゃった?外しちゃった?」

央輝「……ああ、本当だ。全く笑えない」

 央輝がズバリ、という。どこから出したのか、手元のライターを弄っていた。
 繰莉はおおう、と央輝の真っ直ぐな物言いに少しだけ身を引いた。

央輝「なんだこいつは?胡散臭すぎる」

繰莉「胡散臭いとは失礼な。繰莉ちゃんはね、これでも精一杯に生きてるんだよ?」

央輝「ハッ、なんだそれは。私だってな、伊達に本土で生きてきたわけじゃないんだぞ」

繰莉「はーいはい、すごいねー」

 央輝の言葉に繰莉は適当に答えた。
 凄く投げやりだ。

央輝「な……!?馬鹿にしてるのか!?」

繰莉「あれぇ、バレちゃった?」

 ニマニマと、繰莉ちゃんが笑う。
62 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 22:36:05.05 ID:sZDacFKmo
繰莉「………………」

央輝「――――――!」

 二人は口論を繰り広げる。
 口論とは言っても、それは名ばかりものだ。
 繰莉が央輝を煽って、央輝がそれに怒る、といった様子。
 止めるのは――無理そうだ。

智「…………諦めた」

「あややっ!?」

 僕の嘆息に反応するのは繰莉ちゃん先輩と呼んだ少女。
 こよりん臭が僅かにする子だ。

智「僕は和久津智。君は?」

 ニコッ、と優等生お姉様の笑みを浮かべて自己紹介。

「あ、えっと……あややは阿弥谷縁と申しますです。こちらは友達のよっしーこと芳守南堵ちゃん」

芳守「……ども」

 人見知りをする子なのか、僕を警戒しつつ軽く頭を下げる。
 よろしく、と握手を求めるととりあえずは握手してくれた。
63 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 22:46:52.86 ID:sZDacFKmo
央輝「オイお前!こいつを何とかしろ!ムカツイてかなわん!」

繰莉「おんやぁ、それはご挨拶だね、ゆんちゃん?」

央輝「な、なんだそれは!馬鹿にしているのか!!」

繰莉「いやいや、これは繰莉ちゃんなりの親愛行動よ。そっちの二人はアーチンによっしーだしね」

央輝「それでもやめろ!お前からもなにかいってやってくれ!」

 央輝が唯一知り合いの僕を頼ってくる。
 どうやら繰莉は央輝を手玉にとっているらしい。というか名前央輝言ったんだ。
 ……いや、変な名前で呼ばれて、訂正をしたんだろう、おそらく。でないというはずがない。
 央輝も央輝で、こういう手合いは苦手そうだ。
 僕もあまり好きじゃない。僕は手玉にとるほうなのだ。

智「……そんなわけで、諦めてください」

央輝「くそっ!」

繰莉「それで、あーちん達は何の話してたのん?」

 わからないようで繰莉ちゃん先輩は隣に立っていたアヤヤに問いかける。
 えっと、と一呼吸置いてからアヤヤは答える。

アヤヤ「こちらは和久津智さんといいますですよ、繰莉ちゃん先輩」

繰莉「へぇ、どうも。私は蝉丸繰莉ちゃん。超探偵だよ」

智「探偵?」

繰莉「のんのんのん。『超』探偵。超、超大事。忘れるな」

 ……変人確定。というか蝉丸?
 胡散臭い『騙り屋』が脳裏をよぎった。
64 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 22:48:11.82 ID:sZDacFKmo
繰莉「ふむ。じゃあともちゃんね」

智「……うん、別にいいや」

 思考放棄。
 あややや、という声が聞こえる。
 惠も改めて芳守さんとアヤヤに自己紹介して、ようやく進む。

繰莉「さて、皆の衆。少女Aという存在を知っているかな?」

 繰莉が突然に語り出す。
 ますます騙り屋っぽい。

繰莉「高倉市内の都市伝説で噂になる少女A。彼女の姿を見る者は多くとも、しかし現実に観測されたことはない」

繰莉「なぜなら、そこには一つのトリックがあったから」

智「……超探偵さんはそれを明かしてくれるの?」

繰莉「いいや。探偵はまとめるだけ。ヒントを拾って集めて眺めてまとめる。推理するのは警察の仕事だよ」

 ああもう、あなたは騙り屋さんと一緒にコンビ組んでればいいよ。
 央輝を見ると、ハッ、と笑った。
 どうやら私の気持ちを思い知れ、と思っているようだ。
65 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 22:49:13.79 ID:QRexX1jVo
 A /     ∩___∩     \_WW/
 ・  ≪     | ノ      ヽ    ≫ A ≪
 A ≪    /  ●   ● |   ≫ ・ ≪
 ・  ≪    |  ///( _●_)//ミ   ≫A ≪
 A ≪   彡、   |∪|  、`\  ≫ ・ ≪
 ! ≪ / \   ヽノ /_> /  ≫ A ≪
   ≪ \|-─●─●-/ /   ≫ ! ≪
MMM\  |       / ̄     /MMM\
       |  /\ \
       | /    )  )
       ∪    (  \
            \_)
66 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 22:50:11.86 ID:sZDacFKmo
繰莉「こほん。……そして今、我々は観測するのさ」

繰莉「ほら――もう、いるよ」

 それを合図にしたように唄が強くなる。
 僕も、アヤヤも、芳守さんも、央輝も弾かれたように顔をあげた。
 まるで拘束されているような服。ベルトのようなものが何重に積み重なっている。
 首輪と腕輪がチェーンで繋がれてそれでもなんともなさそうにする。
 そして髪は白い、白い、白い。羽織っているマントも白く、帽子も白い。殊更に何者にも染まらない無垢な少女を象徴しているように。
 彼女は唄う。それはもう、不思議な唄を。不思議と、胸を締め付けられるような唄を。


 彼女は今日も唄ってる。
 彼女は今日も答えない。
 しかし――今日の唄は少しだけ違って。
 その唄は、彼女は僕らを呼んでいた。



智「少女、A」


 少女Aと名付けられた少女は。
 ただ只管に歌い続けていた。
 外界の僕らを全く見やることもなく。
 ただ只管に――――
67 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 22:55:54.75 ID:sZDacFKmo
 紅の光が消える。
 電気すら通っていないビルは闇に覆われる。
 けれど、僕らはそんなことを気にせずただ目の前で唄う少女を見ていた。

 唄が近くに聞こえる。身体の中に入り込んでくる。
 耳を塞いでも逃げられない、距離などもなんの意味を持たない。
 彼女が座る給水塔が、フェンスが、床が。一瞬で音もなく破壊された。

 しかし、そんな唄だけの静寂も一瞬。
 僕たちだけしかいない屋上に――青白い光が渦巻く。
 まるで、何かを産み落とそうとしているかのように。

 都市伝説を思い出す。
 『少女Aに連れられて怪物が現れる』。
 都市伝説はやはり都市伝説らしい。この少女Aを視たのは僕ら五人だけだ。
 そして僕らが初めて集まって、コレが現れる。
 だからつまり。
 僕らが、怪物を呼んだ。

 けれど。

智「――違う」

 僕らが呼んだのはこれじゃない。
 本能じゃない、何かがそれを告げる。
68 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 22:57:16.17 ID:sZDacFKmo
 ――現れるのは紅い腕。
 今まさに何かに手を染めてきたかのような紅い腕。

 ――現れるのは蒼い足。
 地獄で色を忘れて、血を通わせていないような蒼い足。

 ――現れるのは紅蒼の槍。
 ツートンカラーで彩られるそれは正しくジャベリンの形。
 血に染まった紅い腕でそれは振るわれる。

 そして、どれも鋼、鋼、鋼――――
 
 ――現れたのは、紅と蒼の混ざりあった『怪物』。
 人の数倍の大きさのそれは、例えるならば『騎士』のような形をしていた。

 声が出ない。
 手も動かない。
 足が凍りつく。

 人が異質な、そして想定外なものに出会ったとしての始めの反応は驚きでも恐怖でもなく、思考の停止だ。
 何が起こったか理解できず、それを現実から遠ざける。
 故に、人は動かない。これを現実と認識しないが為に。


 しかし――その異質の怪物は動く。
 僕らを、そしてその後ろの少女Aを狙わんとして。
69 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 23:10:25.46 ID:sZDacFKmo
 一週間と少し前の、夜子の事を思い出す。
 あの足元のボード――あれも、こんなものによく似ていた気がする。いや、きっと同じだ。
 形は違えども、起源は一緒。
 それは、ポメラニアンやゴールデンレトリーバーを同じ犬だと判断するように。男爵とメイクイーンをじゃがいもの種類だと思うように。


 ■■■■■■■■――――!


 巨大な騎士は鋼の身体で吼える。
 八対と四本の歯がギラリと光る。
 光源などないにもかかわらず。

 それは踏み出した。
 響くのは予想以上に軽い地鳴り。

芳守「っ……!」

 芳守さんが唾を飲む。
 そして同時、騎士が駆け出した。
 それに宿るのは――敵意、悪意。そして、殺意。
 幻想ではない意思が僕らを討たんと狙う。

 それは――一直線にいた僕を狙った。
 僕の足は、まだ動かない。

央輝「クソッタレが!避けろ!!」

 ヒュンっ!と視界の端でナイフが飛ぶ。
 それは勿論のことながら鋼の身体に弾かれたが、一瞬だけは気をそらした。
 その瞬間に、僕は央輝から足蹴を喰らう。

智「――――っ!」

 央輝も瞬間に後ろに飛ぶ。
 丁度僕がいたところを騎士の刃が過ぎった。
70 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 23:18:12.36 ID:wLo99zNyo
>>57
せめてセンターまで
できれば2次までやってくれるとうれしいなー


俺の活力になるからっていう個人的なわがままです
71 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 23:20:15.58 ID:sZDacFKmo
 央輝は僕を足蹴にして、自分もすぐさま避ける、という行動は間違っていなかった。
 しかし――避ける方向を間違えた。
 騎士から距離を取るのではなく、動きにくい懐の方向へと動くべきだったのだ。

 騎士は一歩で距離を詰める。
 央輝は今ようやく、着地した。
 槍が、今度こそ獲物を逃さないと鋭く光る。
 ズダン!と央輝は横に転がるように移動する。
 縦に、槍の後傷がつく。
 今のを交わしたのは流石裏社会で生きる尹央輝というところだろう。
 だけれど――騎士はもう央輝を最初の生贄として認定したらしい。
 後はない。

アヤヤ「ゆんちゃん!」

 アヤヤの切羽詰ったような声。
 それの意味を、央輝も分かっている。
 次の攻撃は、もう避けられない。

 ――想像されるのは鮮血。
 規模の違う一撃をその身に食らい、宙を舞う黒い少女。
 そんな幻想を、僕は眼を閉じて首を振って振り払う。

 させてたまるか!

 だけど、どうやってやる?
 ――幻想の鮮血が――――
 駄目だ!どうする、どうする、どうする!?
 どうすれば、どうすれば――央輝を救える!?皆を助けられる!?
72 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 23:22:31.66 ID:sZDacFKmo
 ――唄が聞こえる。
 少女Aは目の前の惨状にもかかわらず、ただ唄う。
 何かを求めるように。
 僕らを呼んだ時とはまた違う。

 都市伝説。
 少女Aに連れられて現れる怪物。
 実際には違う。五人集まった僕らがつれてくるのだ。
 だから、僕らにもある。
 これと、同じようなモノが――――!

智「――こい」

 僕は、ただそう意志を持って告げる。
 騎士が僕の前に立ちはだかる。
 そして、その槍を振り上げた。
 僕はそれから目を逸らさない。最後の最後までただ、視る。

央輝「く――――!」

繰莉「ゆんちゃんっ!」

 風斬音と共に。
 無比の刃が振り下ろされる。
73 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 23:30:35.48 ID:sZDacFKmo
 ギィン!と。
 成り立ての夜の静寂を打ち破る金属音。
 唄は何時の間にやら止んでいた。
 けれどそんなものは関係ない。

芳守「あ……」

繰莉「ほう……」

 芳守さんは呆然として。
 繰莉は感心したように声を上げる。

 まず、朱の腕が見えた。それが、騎士の攻撃を何の苦もなく弾いたのだ。
 先ほどと同じ、巨大な青白い渦が出現した。
 手の先は騎士のような五本指でない、三本の鉤爪。
 人間でいう肘と手の間の場所にはトンファーをそのまま取り付けたかのようにくねった刃が伸びていた。
 そして装甲のない腹部は僅かに黒く、それ以外は振るわれる鞭のような尻尾までも全てが朱い。

央輝「な……これ、は…………!?」

 振り向いた央輝は愕然とする。
 彼女がみた、それは正しく――――

アヤヤ「り……竜…………?」

 青白いゲートを通り、央輝の背後に出現したその姿は正しく――竜。
 騎士よりも一回り大きい朱い竜だった。
74 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 23:31:11.92 ID:sZDacFKmo


 ■■■■■■■■――――――!!


 誕生を祝う咆哮。
 同時に脳裏に描かれるのは朱い銃身と弾倉。
 それは全て朱い竜。

 一、二、三、四、五――――
 装填されるのは無論弾丸。
 その役割を担うのは僕、央輝、繰莉、アヤヤ、芳守さん。
 一つでも動かすのは十二分。
 それが五つ。十分にもほどがある。

 やれるか?やれる。問うまでもない。
 今しがた、あの断罪の槍を弾いたように。
 あの英雄気取りの騎士を――返り討ちにせよ。


 朱い竜は――応じる。
 僕らの国を、王国を守るために。
75 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 23:32:12.22 ID:sZDacFKmo
 紅い竜が地を蹴る。
 ただ命令を下した僕らを置き去りにして主へと攻撃を下した騎士へ飛び込む。

 驚きに慄く騎士に、鉄槌の一撃を。

 轟音が轟いた。
 竜の爪は軽々と騎士の表面装甲を引き剥がす。
 連撃。
 左腕につけられた刃が引き剥がされた装甲の下を切り裂く。

 火花が飛び散る。
 雷でも落ちたような重音。
 まるで身体が置き去りになったかのように感じた。

 そこまでされてようやく騎士は持ち直し、素早く飛び去り朱い竜と距離を置く。


 ■■■■■■■■――――!


 その声は怒り。
 生まれたての退治されるべき竜が人間様へ噛み付いたことに対する怒号。
76 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 23:38:39.98 ID:sZDacFKmo
 それでも、竜は臆さない。
 竜はどの世界においても最強と称される生物だ。
 それがどんなに子供であろうと、引く理由がない。

 騎士は竜へと槍の切っ先を向け、腰に構え、駆ける。
 大きく、数歩。たったそれだけで距離は縮まる。
 人間には大きい屋上というフィールド。数倍の大きさの生物には狭すぎる。

 騎士が振るうのは槍、そして拳。
 竜と、そして繋がる僕はそれを迎え撃つ。

 轟音轟音、また轟音。
 連続して振るわれる拳は捌くのが精一杯だった。
 竜の体が重い。どうしようもないほどに。
 まるでパソコンが難しい作業をやって処理落ちしているように。
 相手が何をしてくるか、どんな動きをするかすらハッキリと視えているのに身体が追いつかない。
 形勢は――変わらない。

智「ぐっ!?」

 竜の腕のガードが真下から弾かれる。
 捉えられた。
 思うが同時、騎士がせせら嗤う。
 表情すらないのに嗤ったのを理解した。


 やられる――っ


 ブォン!と風を切った。
 それは――朱い尾。
 ギィン!と酷く大きく、騎士の身体が揺さぶられ、後ずさりする。
 今のをしたのは、僕ではない。

央輝「――よくも、私を驚かせてくれたな」

 央輝が、怒りを不敵な表情へと変えていた。
77 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 23:50:12.47 ID:sZDacFKmo
央輝「――はははっ!これはいい!」

 央輝が、嗤う。
 グンッ、と身体が引っ張られる感触がした。
 朱い竜が距離を詰める。

 騎士はそれを迎え撃つために、その槍を身構えた。
 央輝は竜を真正面からつっこませる。
 振るわれた槍を、アッパーカットで打ち上げる。
 そして――再び、その腕の刃を振るった。

 ――殺れ。

 央輝の行動には意志が込められていた。
 同じ弾倉に入っているからか、それがわかる。
 しかしながら――このまま央輝だけに任せたら危ない。そんな気がする。
 僕は――――


 >>76
 1 央輝をフォローする
 2 央輝を止める
78 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/12(水) 23:51:17.17 ID:sZDacFKmo
 ははっ、バロス。
 間違えてやがんのばーか、ばーか!!


 ……最安価
 >>79
 1 央輝をフォローする
 2 央輝を止める
79 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/12(水) 23:52:32.41 ID:Zvw+aHsJo
1
80 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 00:00:20.70 ID:Al96rPapo
 →央輝をフォローする


 だが、央輝の行動は正しい。
 攻撃をすることは間違っていない。だから僕は、それを止めようとは思わない。
 ――竜の知覚を使って、央輝をフォローする。

 ――騎士が自分の振るった右腕の刃を交わす。
 ――騎士は再び、手にもつ槍をふるおうとする。
 ――しかし、影になっている右腕に、『何か』が集まり始めていた。

智「――央輝、右腕だ!」

央輝「何っ!?」

 同時に。
 央輝は弾き、右腕が振るわれる。
 それに溜まっているのは――電気。

 恐らくは、一歩遅かったら間に合わなかった。
 胴体に向いていた左手の爪の起動は修正され、強く振るわれた右腕をたたき落とした。
 放出された電気が地面に向かって発射されて夜になり始めた闇が白く染まる。
81 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 00:06:27.63 ID:Al96rPapo
央輝「ぐ――――!」

 央輝は眩しくて眼を開けていられない。
 僕は竜の知覚を通しているから見えているけれど、それをしていない央輝は一瞬、行動を制限された。
 竜の視界で、騎士の槍が直線に煌めく。
 やばい――――!

 今から竜の動きに割り込んだとしても、間に合わない。
 この一撃はきっと、竜を磔にするためのモノ。
 食らったが最後、先程の電気を流されてしまうだろう。
 どうする!?どうやって切り抜ける!?
 そう思うが刹那、騎士は竜を磔にした――

 ――と、次の瞬間、竜が掻き消えた。
 否。
 竜は騎士の真後ろに回りこんだのだ。

繰莉「ともちゃん達だけじゃつらそうだからね」

智「……助かる、探偵さん」

繰莉「のんのんのん。『超』探偵。超、超大事」

央輝「ぐっ……クソが、倍返しだ!!」

 僕は繰莉の訂正と央輝の怒号を心地良く聞きながら、見失った竜に戸惑う騎士に、尾でその巨体を薙ぎ払う。
 備え付けられているフェンスに激突し、それがひしゃげる。
 そのまま崩れ落ちなかったのは単純にその質量が意外にも軽いからだろう。
 同じように、騎士に致命傷にも至らない。
 手をついて起き上がるが未だに何が起きたか理解していないと思う。

 それは――引力、いや『磁力』。
 回り込めたのは真横に磁力で自らの身体を飛ばし、続いて斜方向に引き寄せて後ろに回りこんだ瞬間に解除したからだ。
 それを一瞬でやってのけたのは繰莉。
 流石変人、伊達じゃない。
82 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 00:11:36.76 ID:Al96rPapo
央輝「遅れるな!」

繰莉「わかってるよん。――いくよ、ともちゃん。ちゃんと怪しいところがないか見ててね」

智「おっ、け!」

 グンッ、と竜の身体が引き摺られる。
 それでも問題はない。少しぐらいタイミングがずれたところで繰莉がフォローしてくれる。
 しかしそれも攻撃するのが僕なら、だ。央輝はそもそもに身体能力がからか、そんなスピードでも
 先程までとは段違いの速さに騎士は動揺し、しかしジャンプして飛び越えるようにそれを回避する。

央輝「――おい!」

繰莉「にゃあ」

 央輝の呼びかけに、繰莉が答える。
 グルン、と180度回転し、フェンスに足をかけて『反発』で騎士を追いかける。
 騎士よりも更に速く飛越し、真上から尻尾で真下へと弾き落とす。
 丁度屋上の真ん中に騎士は落ち、コンクリートが砕けて砂埃が舞う。

 まだ、倒れない。

智「止め――!」

 騎士の身体から磁力を発させる。
 朱い竜はその真上。
 そのまま重力と磁力、そして竜自体の攻撃翌力で決める――――!
83 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 00:14:09.91 ID:Al96rPapo
 ズン、と。
 騎士が無造作に、槍を地面に突き立てた。
 無論、柄を下に、刃を上にして。

 繰莉はそんなのを気にせずに、磁力を最大限まで発揮して竜の身体を騎士へと引き寄せる。
 央輝はぐっ、とこの一撃で仕留めんと、竜の拳に力を溜めた。
 同時。
 突き立てられた槍に、電撃が走る。
 そして、それを推進力に、朱い竜へと槍が突き進む――

繰莉「やっ」

央輝「なっ――」

 繰莉が慌てた声を走らせる。
 央輝が驚愕の声をあげる。
 だけどもう間に合わない。
 央輝は攻撃に集中して身体の制御に回れない。
 繰莉は磁力を最大限にしたために他の方向に磁力を割けない。
 勿論――僕も、何も出来ない。
 万事休す。

 ――――それでも。

 それでも、と。

 拒絶するのならば――




 僕は、未来を――『視』る。
84 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 00:15:15.11 ID:Al96rPapo
 風を切り、空気を切り、音を切り。
 全てを切り裂いた槍は。

 グォン、と。

 ただ、朱き竜の横を紙一重で避けていった。
 勿論、それは僕や繰莉がなにかをしたからじゃない。
 最初から槍が外れる軌道上に入っていたからでもない。
 ただ、単純。

アヤヤ「あ……アヤヤだって、やるときはやるんです!」

 この場には、五人がいた。それだけの話。

 『反発』の壁。
 相対速度で時速数十キロを超えるスピードの中、紙一重で交わすのが精一杯だった。
 だけれども、それで十分。


 竜の夕焼けよりも朱い腕節が、紅と蒼を上下に分断した。
85 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/13(木) 00:23:08.02 ID:Al96rPapo
     第一幕
     Chapter

  1 呪いの話とおとぎ話
  2 溜まり場にて
  3 都市伝説を捜そう!
  → 夜子との出会い。 ←今回はこっち
  4 少女Aが呼んでいる
  5 僕の居場所
  → 居場所のない人 ←今回はこっち
  6 邂逅
  7 最初の戦闘T
  8 最初の戦闘U
  → バッドエンドT

 ※おしらせ※
 第一幕Chapterを埋めたため、
 EXTRA1 『真雪と智のアイドルユニット』
 が解放されました。


 本日は終了です。
 皆様、お疲れさまでした。
 ゆんゆんルート、頑張りましょー
 ……そしてセーブ1の惠ルートはいつになったら続きをやるのか。


 ちなみに、EXTRA1は第一幕のChapterを埋めれば出るだけで、2以降はそうとは限りませんから。
86 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 00:33:09.15 ID:8Sjd6Vm10
87 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/13(木) 00:33:30.70 ID:D0v+hQ1Bo
もうゲームつくれよwwwwwwww
88 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/13(木) 01:55:04.95 ID:dPZR6DFbo
うおおおまさか本当に智ちんだったとは
vipでスレタイだけみつけたんだけど落ちて超気になってた!

応援してる!


89 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/13(木) 06:51:05.18 ID:9D3QzY6Ao
>>85

まさか向こうのスレに書いた内容が実現するなんて
90 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/13(木) 12:03:44.22 ID:Al96rPapo
 ひゃっほう、VIPのエロゲヒロイン人気投票で智ちんが一位になったよ!やったね智ちん!
 でもあれだよね。自分の大好きなキャラが周りの人に知れると嬉しいんだけど、その分遠くに行ってしまうようなな気分があるジレンマ……

 >>87
 そんな能力があれば作ってるしwwwwwwww
 プログラムの才能は皆無だしwwwwwwwwww


 ……今から続きから全力で、といいたいところですが。
 残念ながらわたくしにも明後日と明明後日に重要な試験がある故に……
 まぁでも、少しは書くんだけどね。
 始まります。
91 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:04:30.93 ID:Al96rPapo
こより「あ、センパイセンパーイ!」

智「お、こよりん二等兵」

こより「はいっ!まだまだ成長期の鳴滝二等兵であります!何れは伊代センパイみたいにボンッとなりたい所存です!」

 こよりはこよりで需要はあると思うけど。
 学校ではラブレターを貰ったとか聞いた覚えがあるし、昔王子様と結婚する約束をしたとかなんとか。

こより「センパイおねーさまはいつものところへ行くのですか?なら鳴滝もご一緒します!」

智「ごめんね、今日はちょっと用事があって」

こより「えぇ〜っ!もしかして彼氏ですかぁ!?」

智「いやいやいやいや」

 もしそんなものができたら嫌だ。想像するだけでも嫌だ。

智「少しだけ、ね。明日はいくよ」

こより「はいっ、わかりました!じゃあセンパイ方に伝えておきますね!」

智「うん、よろしくね」

 頭を撫でてあげて、こよりと別れる。

 『あの日』から数日。
 僕は繰莉とアヤヤ、あと芳守の知り合いに会いに行くことになった。
92 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:12:47.41 ID:Al96rPapo
 静寂が戻った屋上。
 変わったところといえば、上から下にポッカリと穴が出来たことぐらいだろうか。
 僕らを攻撃したあの騎士と、シンクロしていた竜は既に青白い渦に消えていた。

アヤヤ「き、緊張したよぅ……!」

芳守「あーや、頑張ったね。私は何もできなかったのに」

 よしよし、と泣きかけのアヤヤを芳守さんが宥める。
 穴を覗いている繰莉はほー、と感心したような声をあげている。

央輝「……なんだったんだろうな、一体」

 央輝が話す相手は僕しかいない(アヤヤと芳守さんは抱き合っているし、繰莉とはウマがわない)ため、近づいて先程のことについて話しかけてきた。

智「……わかんないや、とりあえずは、少女Aが呼んだものだってことぐらいしか」

央輝「そうだな……」

智「それにしても、央輝随分と興奮していたみたいだったけど」

 もしかして彼女もるいと同じ好みをしているのだろうか?
 そう思ったのも束の間。

央輝「ばっ、馬鹿か!あれは単純にアレに仕返しをできると思っただけだ!勘違いするな!」

 それにしては、大きなおもちゃを見つけたようだったけれど……
 
93 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:15:56.00 ID:Al96rPapo
 パン、と一拍。繰莉が手を打った。
 空気を入れ替えるように、繰莉は猫のように伸びる。

繰莉「とりあえずさ、出てどこか気の休まるところにいこうよ。さっきの騒ぎ、下にバレてるかもしれないしね」

智「……そうだね。あまり警察のお世話にはなりたくないし」

繰莉「おんやぁ?ともちゃん本当は悪い子?」

智「僕の人生の目標は植物のように静かな人生なんだ」

 なるほどね、と繰莉。

央輝「私も同感だ。警察は面倒だしな」

繰莉「ゆんちゃんは見るからに悪い子だしね」

央輝「お前!張り倒すぞ!」

繰莉「きゃーこわいこわい」

 こんな状況でも、繰莉は央輝を弄る。
 本当に食えなさそうな人。
 アヤヤを宥めながらこちらの様子を伺っていた芳守さんにも下にいくと告げて、皆で降りる。
94 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:16:37.24 ID:Al96rPapo
 途中にあった自動販売機で飲み物を買う。
 高倉市内にある大きな自然公園についたときには月も真上、だけど人は少なくなかった。

アヤヤ「ところで、ともちゃんのその制服、南聡学園のですよね?」

智「あ、知ってるんだ?」

アヤヤ「偏差値も高いですし、有名ですから。お嬢様学校なんですよね?漫画みたいにオネエサマとかいたりするのかなぁ、なんて」

智「いるには……いるかな」

 ……僕のことだ。

アヤヤ「そうなんですか!いやぁ本当に漫画みたいなのってあるんですね!」

アヤヤ「アヤヤ、実際に二次元に行くならアクセプターがいいなぁ、こう、『阿弥谷縁は改造人間である』とかそんな感じで!」

 よくわからないことを口走っているような。
 ……気にしないでおこう。

芳守「あそこらへんがいいんじゃないかな」

繰莉「じゃ、あそこにしようか」

 四人がけのベンチに端から央輝、僕、アヤヤ、芳守さんの順に座り、まるで舞台上の役者のように繰莉は目の前に立つ。
95 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:19:43.13 ID:Al96rPapo
央輝「それで……どうするんだ?別に私は仲良しごっこをやるつもりはないぞ」

繰莉「んー……それじゃあ、改めて自己紹介でもする?」

央輝「人の話を聞いているのかお前は」

繰莉「いやいや、結構真面目よ?何せ、繰莉ちゃん達は『繋がって』いるんだし、必要なことだと思わない?」

智「……そうだね、あんなことになっちゃったし。じゃあ僕から――」

 再び、順に自己紹介。
 今度は女の子だっただけに先程よりスムーズだった。
 アヤヤの反応は面白く、

アヤヤ「ゆんちゃんって可愛いですねー」

 と言うと、睨まれて縮こまってみたり、

アヤヤ「えっ!?ともちゃんって先輩だったんですか!?あやや……申し訳……」

 だとか。
 小動物っぽい子だ。キャラはつかめた気がする。
 繰莉ちゃんは相変わらず。だけど、ちゃん付けを強要された。
 ……わからない世界だ。

 そうして、全員分の自己紹介が終わり。
 芳守さんが呟く。

芳守「それにしても……なんだったのかな、アレ」

 沈黙が落ちる。
 それには誰も明確な答えを持っていない。
 先ほど少しばかり話した僕と央輝も、よくわからない。
96 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:22:00.78 ID:Al96rPapo
繰莉「アバターだよ」

央輝「アバター……だと?」

 予想外の方向から答えが飛んできた。
 それに央輝は鸚鵡返しする。

繰莉「少女Aが選んだ五人を一つのアバターに装填するの。それ以外の五人は装填できないし、欠けても補充できない」

アヤヤ「く、繰莉ちゃん先輩……?」

 アヤヤの問いかけも聞かず、繰莉ちゃんは続ける。

繰莉「今あるアバターの数は……十二十じゃ聞かないんじゃないかな、百は優に越しているはずだよ。その中の大半がラウンドって呼ばれるカバル――うーん、ギルドみたいなモノに入ってる」

繰莉「ちなみに襲いかかってきたアバターはBK、ビギナーキラーと呼ばれるアバターね。強くなるために生まれたてのアバターを破壊しようとする悪い子達」

繰莉「ラウンドもそう言うのをとりしまれないから今力が弱くなって――」

智「ちょ、ちょっとまって繰莉ちゃん」

繰莉「んゆ、なにともちゃん」

智「……それ、何の話?」

繰莉「だから、あの朱い竜と紅蒼騎士の話だよ?」

 繰莉ちゃんは当たり前のように言う。
 僕らの知らない情報を当然のようにもっていた。
97 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:24:49.96 ID:Al96rPapo
繰莉「ともちゃん、探偵の仕事はどういうことか覚えてる?」

智「……ヒントを集めて、まとめる」

繰莉「そう。んで、探偵は事件が始まってからそうするの。それを始まる前にするから『超探偵』」

 つまり、繰莉ちゃんが言いたいことは事件(朱い竜が出現する)前にその情報を纏めていた、ということ。
 なるほど、超探偵だ。

智「……つまり、僕らが出したり、倒したりしたあれが『アバター』って呼ばれてて、それを纏める組織が『ラウンド』っていうこと?」

繰莉「あーん、探偵の仕事は説明することなんだけどにゃー」

 纏めるのはどこいった。
 やれやれ、と呆れたように繰莉ちゃんは首を振る。

央輝「……それで、つまりアレはなんなんだ?アバター、なんてそんなものがあったらもうとっくに世界は喧嘩しているだろう」

繰莉「まぁ、つまりー、『アバター』が都市伝説、夜な夜な飛び交うスカイフィッシュの正体ってワケね」

アヤヤ「なるほど……あれ、ってことは……五年前に爆心地に見えた巨大な人の影って、もしかして!?」

繰莉「可能性が高い……けど、掴んだ情報によると最古のアバターは二年前らしいよ?繰莉ちゃん的には五年前から既にっていうのは面白そうだけどね」

アヤヤ「そうですかー」

 五年前――心当たりがないはずなのになんかこう、もにょる。
 少しだけ、イライラする。
98 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:26:09.16 ID:Al96rPapo
芳守「そういえば」

 今まで会話に参加しなかった芳守がいきなり言う。
 注目が集まった。

芳守「確か、私の昔の彼が竜にやられたって……」

アヤヤ「昔の彼氏っていうと……例のアレ?」

芳守「うん、あーやが助けてくれたときの……彼。あの時はクスリのキメ過ぎで厳格でも見たんじゃないかって思ったけど……」

智「……竜」

 脳裏に浮かぶのは、先ほど僕らが出した朱い竜。
 『アバター』にどんな種類があるのかはわからないけれど、噂でも竜を見た、というのは聞いた。
 つまり、僕らの他にも竜はいるわけだ。

アヤヤ「っていうと……つまり……瑞和先輩が?」

芳守「うん。あくまで、可能性だけど……」

 瑞和先輩、というのがその竜の使い手である確率が高いのだろう。
 繰莉ちゃんの情報を聞いてみるのもいいけど……そっちの、アバター使いの先輩の話を聞いてみるほうが確実かもしれない。

繰莉「へぇ、アキちゃんがねぇ……こりゃ面白くなってきた」

智「繰莉ちゃんも知ってるの?」

繰莉「知ってるも何も、屋上で不可侵条約を結んでいる後輩さ」

央輝「フン……」

 央輝はその言葉に不機嫌そうに漏らした。
 そういえば央輝、学校とか行ってなさそうだしね……
99 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:31:53.66 ID:Al96rPapo
 不可侵条約っていうのがいまいちわからないけど、知り合い以上の関係であるのはわかった。
 アヤヤの先輩で繰莉ちゃんの後輩。
 つまり僕と同学年ってことだ。

智「ダメで元々、話を聞きに行くことって出来ない?」

繰莉「どう思う、後輩ちゃん」

アヤヤ「あやややっ、アヤヤですか!?えっと、智先輩とかは綺麗なのでご遠慮したいところだったり……」

 ……何の話をしているのかわからない。
 そんな顔をしていると央輝がライターをカチカチしながら言う。

央輝「……ええい、じれったい。さっさとしたらどうだ」

アヤヤ「あや、あやややや〜……」

 央輝に萎縮されて、小さくなるアヤヤ。
 上下関係の設立だ。

智「……繰莉ちゃん、アヤヤがどうして渋るのか、知ってる?」

繰莉「ああ、それはね……あやちんはアキちゃんにホの字なの。傍から見てる分でも凄くわかるぐらいにね。アキちゃんもそれがわかっててスルーしてるからにゃあ」

 ホの字……つまり、惚れている?
 ……もしかしてアキちゃん、瑞和って男なの?
 それなら理解は通るがする。いや、別に女でもいいけれど、アヤヤは別にそんなようには見えないし……
 まぁ兎にも角にも、アヤヤは悩める乙女だということだ。

アヤヤ「うー、うー……」

 アヤヤは唸り、悩む。
 僕はなんとなく微笑ましくなる。
 僕にはこの呪いがある限り、一生恋や恋愛なんてできないから。
100 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:34:59.29 ID:8Sjd6Vm10
更新きてるー
101 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:35:11.41 ID:Al96rPapo
 だからアヤヤの肩に手をおいて、微笑む。
 学園の人に見せたらきゃーきゃー言われること間違い無しのスマイルだ。

智「大丈夫、僕はアヤヤのことを応援する。僕は今は恋愛に興味ないから」

アヤヤ「智先輩……うっー!」

 最後に唸ったかと思うと、バッ、とアヤヤは両手を上げて立ち上がる。
 そして振り切ったように叫ぶ。

アヤヤ「決めました!皆で行きましょう!それでアッキー先輩に全部言ってもらいましょう!!」

芳守「あーや、声大きい」

アヤヤ「あ、あやややや〜」

 注意され、しょぼんとした表情で再びベンチに着く。本当に微笑ましい。

智「じゃあ……僕もそろそろ帰らなきゃいけないし……そうだね、三日後に駅前で集合ってことでいい?」

繰莉「おーけー、迎えにいくよ」

アヤヤ「アヤヤも問題ないです!……あ、ゆんちゃんはどうしますか?」

央輝「ゆんちゃんじゃない、私の名前は尹央輝だ!……三日後は用事がある」

アヤヤ「そうですかー、残念です……」

智「それなら日にち変えようか?」

央輝「いい、後でその情報を教えてさえくれれば問題ない」

 しょぼーん、としたアヤヤの頭をなんとなく撫でながら央輝に問うと、そんな言葉が返ってきた。
 僕の腕の中でアヤヤはあややや、と照れるのが印象的だった。
102 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:43:34.02 ID:Al96rPapo
 そして、メールアドレスを交換して帰路についた。
 僕と央輝は同じ田松市なので、とりあえず同じ電車にのる。
 言葉はあまり交わさなかった。
 田松市について、僕が家に向かって歩き始めると、央輝も僕について歩き始めた。
 ……もしかして家はこっちの方向なのかな?

智「……央輝の家って、どのへんなの?」

 試しに聞いてみると、僅かな沈黙の後に答えが。

央輝「気にするな」

 とはいっても、気にする。
 こんな黒尽くめの女の子が近くにいたら、誰でも。
 それに――彼女には前科がある。
 パルクールレースで僕らに買ったら、僕を奴隷にすると宣言した。
 さらに、どんなことをするのかと聞いたら、私が如何わしいことをする、とも。
 ……怖気が走った。
 能力は僕のほうが上だとしても、央輝は夜の社会で生きているのだから恐らくは勝てない。るいや花鶏でもおそらく大変なレベルだろう。
 そんな彼女に襲われたら、きっと僕は一溜まりもない。アッという間に剥かれる。
 でも彼女は仁義を通すし……大丈夫な気はするけれど……
103 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 12:54:23.55 ID:Al96rPapo
 遂に僕らは僕の家の近くに差し掛かる。
 そこでも央輝は僕についてきた。本当に、なんなんだろう。
 と、思った矢先に央輝が立ち止まる。
 僕も釣れれて数歩先をいったところで立ち止まる。

智「……どうしたの央輝?」

央輝「……ここらへんでいいか」

 不穏な言葉が聞こえた。

智「……な、なにが?」

 央輝は僕の言葉には答えず、一歩詰め寄る。
 僕は一歩下がる。
 怪しい笑みが怖い。とても怖い。

央輝「脱げ」

智「……………………………」

 脱げ。ぬげ、ヌゲ。
 ……えぇええええええっ!?筋は通すんじゃなったの、尹央輝!!

智「み、見逃してくれるんじゃ!?」

央輝「それとこれは話しが別だ。さあ、早く脱げ」

 いや、だめ、だめ!
 だって脱いだら僕は――――だめ!

 幸運にも、家はすぐそこだ。鍵はポケットに入ってる。
 こうなれば、三十六計逃げるに如かず!!
104 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 13:10:34.00 ID:Al96rPapo
 僕は央輝が来る前に、背を向けて駆け出した。
 僕の行動に央輝は一瞬だけ硬直して、直ぐに叫ぶ。

央輝「あっ、コイツ、待てっ!!」

 央輝も僕を追いかけ始める足音がした。
 央輝と僕の体力の差は前回のレースではっきりとしている。持久戦になれば僕が勝てる。
 しかしながら、央輝は体力は余り無い代わりに――走りだしてから最高速度になるまでのスピードが早い。
 これは僕が央輝に捕まらないための鬼ごっこだ。だから今広げた差を詰められたらジ・エンド。

智「待てないよ―――――――!」

央輝「別に殺しはしない!ただ脱げと言っているだけだろう!」

智「だから死んじゃうんだよっ!」

 央輝にはきっとわからない。
 これは僕の、僕らの呪われた事情だから。
 闇の社会で生きるだけの央輝には、絶対――――

央輝「追いついたぞ」

智「ひゃわっ!!」

 ズダン、と素早く地面を蹴る。
 角を曲がる。また曲がる。
 この距離なら僕が家についても鍵を開ける前に掴まってしまう!どうにかして体力を落として距離を離し、その隙に家に逃げこまなければ!
105 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 13:20:57.81 ID:Al96rPapo
 ――と、考えているうちに背後にあった足音が消える。
 僕も最後の一つの角を曲がって、警戒しながら先程の道を覗き込んだ。
 ……いない。

智「……もしかして、諦めてくれたのかな……?」

 いや、それはないかな。
 央輝はきっと、どこかで待ち伏せしている可能性が高い。
 一メートルもない距離なら、僕は一瞬で終わりだ。

智「えっと……」

 自分の近所のあらゆる道を思い浮かべる。
 アパートへの最短距離はあれ、遠回りをするとこっち。
 そのなかでダブっている場所。恐らくはそこにいる可能性が高い。

智「……大きく遠回りして、逆側からいこう」

 勿論、警戒は怠らない。
 噂では尹央輝は吸血鬼だ。闇に溶けるコウモリの眷属。
 ならばどこから現れたとしてもおかしくはないのだから。
 僕はそのことを念頭におき、慎重に自分の家への道を辿りだした。
106 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 13:35:14.87 ID:Al96rPapo
 ……結果から言うと、央輝には見つからなかった。
 ほっとした。

智「どこかにいても、きっとそのうち帰るよね」

 アパートが見えて、僕は安堵する、

 ……最初からその可能性を考慮に入れていなかったのは、単純に僕の落ち度だ。
 だから、これは――そう、自己責任なのだ。

 鍵を取り出し、穴に入れて捻る。
 ガチャン、と音がなった。
 僕はドアノブを捻って部屋に入り、今日はゆっくり寝て休もう――と思った瞬間だ。
 ガンッ、と何かがドアに引っかかった。

智「……え」

央輝「遅かったじゃないか」

 僕が入った部屋の向こう。
 つまり、ドアを挟んで外に――吸血鬼がいた。
 口を酷く広げて、綻ばせている。

智「ぁ…………」

 眼を、見てしまった。
 途端に――恐怖が倍増する。
 身体が動かない。腰が抜けて尻餅をつく。
 央輝はそれを見てつまらなさそうに鼻を鳴らし、部屋に入ってきた。

 前にも――こんなことがあった気がする。
 パルクールレースの終盤。央輝が僕に向かって[ピーーー]といい、その眼をみた時に足が動かなくなったときにソックリだ。

 なんなんだこれは。
 なんなんだこれは。
 これはまるで――特別な才能みたいじゃないか。
 るいの驚異的な力のような。茜子の人の心を読むような。
 これは、眼を合わせた人を――――凍らせるような。
107 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 13:48:07.32 ID:Al96rPapo
央輝「……全く、手間をかけさせる」

 央輝の手が、僕に伸びる。
 リボンがスルリと外され、ブラウスのボタンも一つ一つはずされる。
 僕は動けない。
 それは、恐怖だ。
 呪いを踏んでしまうかもしれない、という圧倒的な恐怖――――

智「あ、あ…………」

 思わず、口から漏れる。
 思い出すのは、子供の頃に見た骸。
 近所の仲の良かった女の子に秘密を話してしまい、襲ってきた骸骨。
 それが――ノロイ。
 ブラウスのボタンが外され、次はYシャツを残すべきとなる。

央輝「……心配はするな。殺さない」

 そうは言っても、危ない。
 僕はこれの下にブラは付けていない。これだけは僕が男で或るための最後の一線だから。
 今、僕はそれを後悔する。付けていたら、まだなんとかごまかせたかもしれなかったのに。
 央輝はまた上から順番にボタンを外していき、徐々にそれが開かれる。

央輝「……ん?お前、胸小さ――――っ!?」

 ――央輝は、気付いた。
 僕のは胸が小さいどころじゃあない。
 ないのだから。

 そこで、金縛りが解けた。
 しかし、僕に訪れるのはやはり恐怖。
 呪いを――踏んでしまった。
108 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 13:57:11.94 ID:Al96rPapo
 ……しかしながら。
 まだ、僕は死んでいない。
 現状で判断するのは難しい。
 呪いがいつくるのか、どう襲い来るのかはわからない。
 先程脳裏に見たアレこそが、そうなのかもしれない。
 だとしても、だ。
 僕は央輝に剥がされた制服を押さえつつ、つぶやく。

智「……意外に、平気かも」

 身体に変化はない。
 昔は、全身が危機を訴えていたのに。
 今は、何も無い。
 それより、今はこっちのほうが先決だった。

央輝「お、おま……男…………?」

智「……央輝」

 僕の真実を知った央輝が慄く。
 驚いているところ悪いけれど、僕も彼女に聞きたいことがあった。

智「……とりあえず、上がっていってよ。今のことも含めて、全部説明と――聞きたいこともあるから」

央輝「あ、あぁ……わかっ、た」

 央輝は動揺している。
 それに普通なら男だとわかった奴の部屋には入らないだろう。
 なのに何も言わず、二言でオーケーを下したのがその証拠だった。
109 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 14:00:41.03 ID:Al96rPapo
 ……とまぁ、こんなことがあった。
 このことについては、また直ぐに話す機会があるだろう。

 今はそれよりも、だ。
 今日が丁度あの日から三日目。
 そんなわけで僕は電車に揺られて再び『新都心』まで、というわけだ。
 今日は私服で、ガードはバッチリ。
 ……ブラは、やはり最後の一線で付けていないけど。

『次は――新高倉駅、新高倉駅』

 駅のアナウンスが鳴る。
 目の前の電車の窓に僕の姿が映る。
 ……うん、今日も女の子。

智「じゃあ、行こうか」

 今日も今日とて、バレないように。
 僕は『新都心』へ一歩をまた踏み出した。
110 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 14:01:16.63 ID:Al96rPapo
 こんにちは!鳴滝こよりッス!
 実は最近悩んでることがありますです。
 それは鳴滝のセンパイおねーさまことともセンパイの様子がおかしいことです。

 皆といるときはそうでもないのですが……なんというか、少し引いたような感じなのであります。
 そして今日、鳴滝は溜まり場にいく途中にともセンパイと会いました。

こより「あ、センパイセンパーイ!」

 ともセンパイを見るととても嬉しくなります。
 何故でしょう?優しいから?
 うーん……わかんないッス……

智「お、こよりん二等兵」

こより「はいっ!まだまだ成長期の鳴滝二等兵であります!何れは伊代センパイみたいにボンッとなりたい所存です!」

 どーやったらあのスイカやメロンみたいな大きさにできるのか……
 未来への宿題ッスね。
 そんな鳴滝をセンパイは生暖かい目で見ているのでした。
111 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 14:01:53.41 ID:Al96rPapo
こより「センパイおねーさまはいつものところへ行くのですか?なら鳴滝もご一緒します!」

 えへへ、ともセンパイと二人っきりーと幸せに浸るのも束の間。
 ともセンパイの返事でそれは淡くも崩れ去るのです。

智「ごめんね、今日はちょっと用事があって」

 ズガン、と脳天にトンカチを貰ったかのような一言。
 心なしかお星様が見たような気がしました。
 ともセンパイが今までこうして直接いうようなことはあまりありません。
 だから鳴滝はセンパイに……その……大事なひとが出来たのかと思ったわけでして…………

こより「えぇ〜っ!もしかして彼氏ですかぁ!?」

智「いやいやいやいや」

 センパイは苦笑いしながら否定をしましたが、鳴滝の目は誤魔化せません。
 これは……ともセンパイの貞操の危機が!
 まさか花鶏センパイ以外にともセンパイを狙っている人がいるなんて!
 ……ともセンパイは鳴滝からみてもとても魅力的な人です。ですから男子から見たらもっともっとかもしれません……
 あうぅ……
112 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 14:02:30.79 ID:Al96rPapo
智「少しだけ、ね。明日はいくよ」

 ともセンパイは鳴滝を励ますためか、微笑みながらそんなことを言ってくれました。
 やっぱりともセンパイは優しいです。
 ……ですので!鳴滝はどこの馬の骨ともしれない男性の方にともセンパイを任すわけにはいかないのです!
 気づいたら騙されて傷物、なんて……
 ……ぶるぶるぶる。

こより「はいっ、わかりました!じゃあセンパイ方に伝えておきますね!」

 嘘です。
 茜子センパイがいたら真顔でそう言われちゃいますね……

智「うん、よろしくね」

 センパイはおねーさまスマイルを浮かべて鳴滝の頭を撫でてくれました。
 すると途端に罪悪感が募ります。
 うぅ……センパイ、鳴滝は悪い子です……センパイのお願いを聞けませんでした…………
 そんな心持ちのまま、鳴滝は人ごみへと消えていくともセンパイをこっそりと追いかけるのです。
113 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 14:03:10.53 ID:Al96rPapo
 こっそりと追いかけているうち、ともセンパイがどこに向かっているか気づきました。
 駅です。或いはその向こうかもしれませんが、そちらはともセンパイの家の方面なので、それならわざわざこちらまで来ないと思うわけです。
 しかし……

こより「鳴滝には……危険ッス…………」

 駅には改札というものがあります。
 アレは切符やパスを通して……『開く』ものです。
 いえ、勿論いくつかは通ったことがあります。
 しかしともセンパイの行く先が私の知らない場所だったら……
 ……どうしよう。
 いえ、解決方法も勿論あるのです。改札の扉が閉まらないうちに切符やパスを通し、開いたまま通ることです。
 しかし、誰もいなかったら……?

こより「早くしないと……ともセンパイがいっちゃう」

 騙されて傷物にされちゃいますよう!
 誰か……誰か!
 神様仏様、どうか、どうか鳴滝を助けて下さい……!

 そんな真摯な鳴滝の願いが届いたのか。
 神様は本当に奇跡を起こしてくれました。

るい「……こよちん、なにしてんの?」

 声がして、振り向いたら……センパイ方がいらっしゃったのです。
114 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 14:03:38.88 ID:Al96rPapo
花鶏「こよりちゃんがまだこんなところにいるなんて珍しいわね……何かあったの?」

 鳴滝は嬉しくて嬉しくて、涙がこぼれてきました。
 呪われたこの世界にも、奇跡ってあるんですね……

伊代「ちょっ、あなたどうしたの!?」

茜子「ちびちびうさぎが茜子さんたちを見ただけで泣くとは……ただごとではありませんね」

るい「……こより、何かあったの?るいねーさんに話して?」

 皆さんの温かい言葉が身に染みます。
 センパイ方に助けを求めましょう。
 そして一緒に……


こより「――ともセンパイを、助けて下さい!」
115 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/13(木) 14:05:50.29 ID:Al96rPapo
    Chapter

  9 戦いの後
  10 迷探偵こより!
  11 第一次遭遇  ←次ここ
  12 改めまして
  13 誤解の解き方
  14 半分だけの本当
  → ???
  15 コミュの代償
  16 始まりの終わり

 今日は終了。
 追加シーンのせいで惠より央輝の方が量多いように視える。
116 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 15:53:38.02 ID:Al96rPapo
 僕が駅についたとき、時計台の下には既に超探偵が立っていた。
 ……結構目を引く。けれど性格は残念。
 がっかり美人だ。

繰莉「あ、きたきた」

 小帰宅ラッシュの人ごみの中に僕を見つけ、大きく手を振る。
 僕はスカートが翻らないように小走りで駆けて、その場所へと向かう。

繰莉「少し遅かったね?あ、よっしーと後輩ちゃんはもう向かってるよ」

智「そうなの?じゃあ案内してもらえる?」

繰莉「合点承知」

 チェシャ猫のように口の端を吊り上げる。
 やはりこの先輩は化猫という言葉がよく似合いそうだ。



「……あれが、……の待ち合わせ相手?女の子じゃ…………」

「……えいえ、わかりませんよ。人畜無害そうな風を装って、……センパイを……に落とそうとしているのかも……!」
117 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 15:55:06.86 ID:Al96rPapo
智「……?」

 人ごみを振り返る。
 だれもいない。

繰莉「どーしたのともちゃん?」

智「ううん、なんでもない」

 なんだか聞き覚えのあるような声が聞こえたような気がしたんだけど……
 あと、感じたことのある気配……
 …………気のせいかな。

智「……あれ、そっちは公園じゃないの?」

繰莉「今しがたメールが来てね。あきちゃんたち、今は公園で話してるっぽいよ」

 アウトドアな人なのかな。
 まぁアヤヤが惚れてるっていうぐらいだし、多分いい人な気がする。
 通るビルのウィンドウに映る自分の顔。笑顔を浮かべて練習する。
 ……うん、問題なし。

 そうだ。着くまでの暇つぶしと同時に、情報収集をしよう。

智「そういえば、その瑞和って人ってどんな人なの?」

繰莉「あきちゃん?あきちゃんは……あやちんを男の子にしてもっとフェミニストにした感じだね。悪く言えば偽善者ってやつかな」

智「偽善者」

 偽善者といえば僕もだ。
 呪いを踏んでしまうことを恐れて人と一線を引くくせに、どこまでも厳しく出来ない。
 泥沼に潜り込んだ人がいたら見過ごせない。
 植物のような人生が信条のくせして。事なかれ人生を目指しているくせして。

智「……気が合いそう」

繰莉「そお?あ、みえてきたよ」

 道が開き、緑の自然が豊かになる。
 真ん中には噴水があり、その場所付近に最近知り合った二人の姿。
 そしてその他にいるのは……六人。
118 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 15:55:39.69 ID:Al96rPapo
「あ、先輩」

 唯一いる少年がこちらに気付く。
 惠の予想では確か瑞和は男だから……恐らく彼がそうなのだろう。
 ……ふむ、確かに人畜無害そうで人生の切り抜け方も上手そうだ。


「見て見て!あの男、沢山女の子つれてるわ!くそ、羨ましい…………!」

「もしかして、あの子達みんな……?」

「と、……センパイも食べられちゃうんですかぁ!?」

「もしそうなったら……ガルルルル…………」

「どうどう。落ち着いてください。様子を見てからでも遅くはないはずです」


 …………気のせい、だよね?
 なんだか本当にものすごーく、聞き覚えのある声が聞こえた気がしたんだけど。というか聞こえたんだけど。
 ……気づかない振りをしよう、そうしよう。

「あ、繰莉さんお久しぶりです」

繰莉「べにちゃんおひさー元気してる?」

「ええ、そりゃあもう!」

 僕らが近づいて、アヤヤと芳守さんも僕らの側に回った。
 さて、ここからだ。
119 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 15:56:31.37 ID:Al96rPapo
 いるのは六人。
 瑞和。べにちゃんと呼ばれた子。アチャーファッションのちまい子。
 メイド服の女の人。耳にピアスをして目付きの悪い子。
 そして――黒い黒い、黒い女の人。
 央輝ともまた違う黒さにまみれていた。

智「――――」


 いつか見た夢。
 僕の知らない記憶。
 丘の上で集まった僕を含めた五人。
 その中の一人に――彼女が――――


 次の瞬間。
 背筋に悪寒が走った。

「……化猫。その女は誰だ?」

繰莉「まぁまぁ、そんな殺気だたないで。単純にアキちゃん――あとべにちゃんたちかな、聞きたいこと――ってあれ、いーちゃん?」

 繰莉ちゃんの視線が目付きの悪い子で固定される。
 チッ、と舌打ちされた。どうやら知り合いみたいだ。
120 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 15:57:36.21 ID:Al96rPapo
「……てめぇ、どうして……それに瑞和の知り合いだと?ふざけろ」

瑞和「あれ、先輩知り合い?」

繰莉「うん、繰莉ちゃんが今お世話になってるおねいさん達。いーちゃんの縄張りだから」

「……ククッ、伊沢だから、いーちゃんか。チンピラ、貴様にはちょうどいいあだ名だ」

 チッ、と伊沢と呼ばれた女の子は再び舌打ちをする。
 縄張りとか物騒な単語が聞こえたけど……まぁ央輝もあれで縄張りとか部下とかもってるから……

「……それで、その人はどこのどなたなんですか?なんだか物凄く接点ありそうにはみえませんけど……訳ありですか?」

 カエル帽をかぶった眼鏡ちみっ子がズレた軌道を修正する。

瑞和「……確かに。先輩、紹介と説明お願いできる?」

繰莉「もちのろん。そもそもそのつもりだったしね。こちら――」

 繰莉ちゃんが言いかけたところに待ったをかける。
 黒い女の人の目が細くなった。すごい怖い。

繰莉「……どうしたの?」

智「……自分で言うから」

繰莉「そう?ならお願い」

 繰莉ちゃんはあっさりと引いた。
 そして僕が代わりに前に出て、視線をその身に受け止める。
121 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 15:58:36.72 ID:Al96rPapo
 視線で人が死ぬなら僕は既に死んでいるだろう。
 ……恨まれる覚えもないのに、一番強そうな人から殺気が出てるし。

智「えっと……僕は、和久津智。南聡学園の二年生、です」

「南聡!?うわぁ、お嬢様じゃない!」

「お前も十分そうみたいだけどな」

「……ふん」

「僕っ子ですか。ぷらすお嬢様。ステータス高いですね」

「……それで、お嬢ちゃんはなんのようできたの?」

 三者三様に反応を示した後、メイド服の女性が質問をしてくる。
 直球で言うべきか否か、少し迷う。繰莉ちゃん、アヤヤ、芳守さんと視線を交わす。
 皆言え、と言っているように思えた。
 ……しょうがない。
 こうして僕はいつもハズレくじを引くんだ。

智「実は……目覚め、まして」

瑞和「……何に?」

智「……アバター?」

 何故に疑問形、とは思いつつもいう。
 ぞわり、と空気が一変したかのように感じた。
122 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 15:59:11.35 ID:Al96rPapo
 ガタン、と立ち上がるのは伊沢さん。

伊沢「テメェ、それをどうして俺達にいう必要があるんだ、それともなにか、俺達を倒して名をあげようとか企んでんのか、あぁ!?」

「ちょっ、伊沢!落ち着いて!」

伊沢「うるせぇ!板胸は黙ってろ!」

「板……っ!?」

 禁句だったのかなんなのか、べにちゃんはそれで言葉につまる。
 伊沢さんは僕を威圧しながら近づいてくる。

伊沢「さぁ答えろ。テメェは一体なんの為に……ッ!?」

 伊沢さんが奇妙な動作をとった。
 まるで何かを防御するかのような――

 同時。
 砲弾が飛んできた。

るい「るいちゃんきーっくっ!!!」

 手加減無用のるいちゃん砲弾。
 防御したとはいえ直撃した伊沢さんは数メートル、『飛んだ』。

 ――って、るい!?
123 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 15:59:58.20 ID:Al96rPapo
「智に手を出す奴には容赦しないぞ!!」

 吹き飛んで動かない伊沢さんに向かってるいはいう。
 僕は呆然とする。繰莉ちゃんたちも唖然とする。

「ほう」

 黒い女の人が感心したように呟く。
 それはきっと賞賛だ。
 防がれたのにあれほどに理不尽な力に対しての。

「え、え、え!?」

「な、何が起こったんですか!?」

 べにちゃんとカエルの子は未だに理解が追いついていない。
 当たり前だ、いきなり飛んできた爆弾に対処できる方がおかしい。

花鶏「全く、飛び出すなら飛び出すっていえっての」

智「あ、花鶏!?」

花鶏「やっほともちゃん。助けに来たわよ」

 別に呼んでないよ!?

こより「センパイ!無事ですか!?」

伊代「どうやらまだ無事みたいね」

茜子「にゃーたちも助太刀しますぞ」

智「こより!?伊代と茜子まで!?」

 どうして皆こんなところにいるの!?

るい「ガルルルルルルルル…………」

智「るいも戦闘態勢やめてよ!?」

 なにこれ!?なにこれ!?
 混乱する僕の視界の奥で、るいの一撃を食らった伊沢さんがゆっくりと立ち上がる。
 ……うそだぁ……手加減したるいの攻撃を防御したとはいえ、すぐに立ち上がれるなんて……
124 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:00:58.08 ID:Al96rPapo
伊沢「クソやろうが……バカみたいな力もちやがって、それがテメェのコミュか……」

るい「コミュだかカミュだかしらんけど、智に手ぇだすやつは私が許さんからね!」

伊沢「そうかよ……なら」

 伊沢さんは胸の中に手を突っ込み――それを僕らに向けた。
 銀色に輝くそれは、平和な公園内では只管に浮く。
 ――拳銃。

伊沢「一緒に死ね」

瑞和「ばっ、やめろ伊沢!」

 その彼女の反応に瑞和が即座に対応する。
 るいの盾になるように、立ちはだかった。

伊沢「うるせぇ瑞和!テメェも一緒にぶち抜くぞ!!」

 暴走して我を亡くしている。
 駄目だ、このままだと――


「――ほう、ならやってみるがいい」


 静かに、冷淡な声が僕を追い抜いた。
125 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:01:27.14 ID:Al96rPapo
伊沢「ぬ」

 それが、彼女の断末魔。
 次の瞬間には地に沈んでいた。

「ふん、他愛もない」

瑞和「……流石カゴメさん、お見事です」

カゴメ「暁人。お前も私のパートナーなら私の手を煩わせないようにしろ。でなければまずはお前から殺す」

暁人「なんでだよ!」

 るいも花鶏も唖然とする。
 るいの一撃でも倒れなかった彼女を、彼女――カゴメさんは一瞬で地に伏したのだ。
 まるで、魔法でも使ったかのように。

茜子「――魔女」

 茜子がボヤく。
 茜子に言わせるとは相当だ。
 しかし、それ以上にどんな言葉も似合わないことも事実。

 ――彼女は、魔女だった。

 そして、伊沢さんは最後に何を言おうとしていたのだろう……?
126 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:02:24.65 ID:Al96rPapo
 落ち着いたところで、僕らは場所を移した。
 公園のど真ん中から、森の奥。
 ここならよっぽどなことをしない限りバレないだろう。

繰莉「それで、ともちゃん。彼女たちは?」

 繰莉ちゃんは早速それを聞いてきた。
 るいと花鶏は周り皆を警戒し、こより、伊代は借りてきた猫のように大人しく、茜子はただカエル帽の子を眺めていた。
 ……茜子はなにしてるんだろう。いや、いつもやってることはわからないけど。

智「うーんと……友達。この赤髪のがるい。銀髪のが花鶏。うさぎちゃんがこより。眼鏡が伊代。それで、茜子」

るい「ガルルルル……」

智「るい」

るい「しゅーん……」

 ピシッ、と軽く叩くと瞬く間に縮こまる。
 全く……別に何もないのに……
 警戒をする気持ちはわからないでもないけれど。るいは素性を知らない仲間でない人には決定的に警戒するし。
127 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:03:12.99 ID:Al96rPapo
花鶏「ねぇ智。次は私たちの番よ。順番に紹介して頂戴」

 花鶏が急かす。
 まぁ確かに順番的にはそうなんだけど……僕もまだまともに知らない人たちが六人いるし……
 そう思い戸惑っていると、アヤヤがビシッ、と手をあげた。

アヤヤ「阿弥谷縁です!気軽にアヤヤって呼んでください!」

 それを皮切りに、僕の知り合い側は流れるように名乗る。

芳守「芳守南堵。よろしく」

繰莉「繰莉ちゃんは蝉丸繰莉。調べ物があるときにはこの超探偵にお任せだよ」

花鶏「蝉丸?あの胡散臭い詐欺師の知り合い?」

 流石花鶏。僕も聞けなかったことをズバッと聞く。
 ん?と繰莉ちゃんは目を丸くした後に考える素振りをみせた。
 そして直ぐに思い当たったのか、ぽん、と手を叩く。

繰莉「……あ、もしかしていずるっちのことかな」

るい「え、知ってるの!?」

 るいがいち早く反応する。
 そりゃあそうか。何があったかわからないけど、るいにとっては恩人らしいから。

繰莉「あれは繰莉ちゃんの遠いとおーい親戚。一応血はつながってるってレベルだけど、親族の中じゃ一番仲いいかもね」

 そりゃそうでしょうね、と花鶏。
 やはり彼女も変人だと見抜いていたようだ。
128 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:03:58.27 ID:Al96rPapo
暁人「……そろそろ俺もいいかな?」

アヤヤ「ど、どうぞ瑞和先輩!」

 瑞和が少し呆れの入ったように言うと、アヤヤは慌てて許可をだす。
 彼はあはは、と少しだけ笑い、咳払いを一度。

暁人「俺は瑞和暁人。一応このコミュのリーダーをやってる」

花鶏「……コミュ?コミュニティ――グループのこと?」

 花鶏はなんのことかわからず、首を傾げて自分のもつ知識から引き摺り出す。
 しかしそれでも正解からは程遠い。

暁人「あれ、知らないのか?俺はてっきり……」

繰莉「アキちゃん、アキちゃん」

 繰莉ちゃんに呼ばれ、瑞和は言葉を中断させて振り向く。

暁人「ん?」

繰莉「ともちゃんのコミュは、繰莉ちゃんたち。そっちの子達は全く関係ないの」

暁人「なん……」

 しまった、といったような表情をした。
 僕がアバターに目覚めた、といってから伏兵のように登場したから、勘違いしても仕方が無いとはおもうけれど。
129 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:04:28.04 ID:Al96rPapo
カゴメ「だから暁人は馬鹿なんだ。ちゃんと確信も持たないままそうやって不用意に口走るから」

暁人「うるせー、じゃあお前はわかってたのかよ」

カゴメ「無論だ。そもそもその化猫が連れてきた時点でなんらかの関係があると思うのが普通だろう」

 ぐっ、と瑞和は押し黙る。
 多分何度も口喧嘩で負けているんだろうな、となんとなくおもった。

カゴメ「……比奈織カゴメだ。好きな言葉は暴力と恐怖。好きな事は暁人をいじめることだ」

暁人「さらっと変な事いってんじゃねぇよ!」

 ……比奈織カゴメ。
 さっきの瞬殺コンボといい、今の台詞といい……とても敵には回したくない。
 あと……勘も鋭そう。ぼろを出さないように気をつけなきゃ……

暁人「えーっと……このちまいのは」

「待ってください暁人さん。自己紹介ぐらい自分で出来ます」

 そう言うのはカエル帽に眼鏡をかけたあちゃーファッションの女の子。
 年齢は……こよりぐらい?
130 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:05:10.95 ID:Al96rPapo
「柚花真雪です。ちなみにこのファッションは世を忍ぶため。この帽子と眼鏡をはずすとアイドル並の美貌に変身します」

伊代「え、それ本当?」

真雪「はい、嘘ですが」

伊代「………………」

 伊代がなんだか複雑そうな表情をした。
 いいたいことはよくわかる。とてもわかる。
 ではお春さん、と真雪はメイドさんにハイタッチでバトンを受け渡す。

春「私は春日部春。気軽にお春さんってよんでもらって構わないからね」

 ぼよん、とその胸の物体が揺れる。
 ……もしかしたら、伊代以上かもしれない。
 花鶏もそれが気になるようで、バレないように伊代のと見比べていた。

春「んで、この子は伊沢っち。ちょっと問題ある子だけどいいこだよ」

伊沢「うるせぇ、さわんな」

 お春さんが伸ばした手を伊沢が弾く。
 チッ、ともう何度目かになる舌打ちをした後、不機嫌そうに名乗る。

伊沢「……伊沢萩だ。女だとかぶっこいたら殺す」
131 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:06:03.43 ID:Al96rPapo
 物騒な……え?
 危うく聞き逃すところだったけど……『女だと言ったら殺す』って言ったんだよね?
 つまり……今の発言からすると……

こより「お、男の方だったんですね……」

 僕もずっと女の子だと思ってた。
 ナチュラルに間違われるとかすごい。
 僕もそれなら、普通にパンツルックとかでもよかったのに……

伊沢「ほら、最後はテメェだ」

「え、あ、う、うん……」

 最後の子は、べにちゃんと呼ばれていた女の子。
 瑞和が言っていたように、どことなくお嬢様っぽい。
 ちらちらと、僕の隣の花鶏を気にしている様子だった。

「あ……う……た、竹河、紅緒……です」

 紅緒、故にべにちゃん。なるほど、理解した。
 それでも――初め会ったときはもっとアクティブな子かと思ってたのに。
 名乗り終わったあとも、ちらちらと花鶏のことを気にしていた。

暁人「……紅緒、どうかしたのか?」

紅緒「ふぇ!?い、いやなんでもないなんでもない!!暁人は気にしなくていいから!」

 なんでもあることありありだ。
 一体なんなのか……
132 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:06:49.41 ID:Al96rPapo
花鶏「……ああ、なるほど。紅緒ちゃんか」

 隣から納得の言ったような声が聞こえた。
 えっと……花鶏さん?その口ぶりだと、何か知っているような……
 花鶏は微笑を湛え、そして髪を掻き上げる。

花鶏「……久しぶりね、紅緒ちゃん?」

 ビクッ、と紅緒の身体が震えた。

紅緒「お……お久しぶりです、花鶏さん……」

 すぐ横にいる瑞和も何か怪訝な顔をしていたが、次の瞬間に何かに思い当たったような表情をした。

暁人「紅緒……もしかして、前に言ってたファーストキスを奪われた年上のかっこいいタイプのハーフやらクォーターやらの女の人って……」

紅緒「いやぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!いーわーなーいーで―――――っ!!!」

 ……なるほど、合点がいった。
 花鶏がやったのか。

こより「なむなむです……」

伊代「可哀想に……」

智「元気だしてね……」

花鶏「ちょっと!どうして私が悪者よ!!」

 同盟被害者の会は竹河紅緒さんに心から同情した。
133 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:07:22.20 ID:Al96rPapo
るい「……それでさー智、結局なんなのこの人達」

 なんなの、と言われても返答に困る。というか君たちは本当なんできたんだ。

こより「たはは……ともセンパイが悪い人に騙されて傷物になっちゃうかと思って……」

智「ならないよ!!」

 だって傷物なる以前に死んじゃうし!

花鶏「でも智……本当にどういうこと?」

 花鶏の口調は、少しばかり僕のことを攻めていた。
 その理由は――思い当たる。

智「え、えっと……偶然であった知り合いで……」

 けれど、僕はお茶を濁して逃げようとする。
 しかしながら、相手は花鶏だ。頭の回転が速い彼女に口論では勝てない。

花鶏「偶然程度で、こんなに多くの人と繋がるつもり?」

 花鶏は責めている。
 迂闊に人の手を求めた僕を。
 人とは違うくせに、人を求めようとした僕を。

花鶏「わかってるの、智?私達は――」

 『呪われて』いるのよ。
 言外に花鶏はそう告げた。
134 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:11:27.86 ID:Al96rPapo
 ――分かっている。
 呪われていることぐらい、わかってる。
 普通の人が僕らを受け入れないことぐらい、わかっている。
 僕らは僕らの同類にしか受け入れられない。
 人は、異質を排除するから。
 だから花鶏は僕を攻めている。
 そんな態々傷つくような真似をして、と僕のことを思って攻めている。

智「……ごめん」

 僕は知っている。
 僕の居場所はあの高架下だ。
 一階と二階以外に何も入っていないテナントビルの屋上だ。
 呪われた同類の、皆がいる場所だ。
 わかってる。
 それなのに、花鶏は僕が謝っただけじゃ怒りが収まらないのか、口にしてはいけないことを口にしようとしかける。

花鶏「そもそも智、あなたは自分の呪いすら――」

伊代「ちょっとあなた。そのへんにしておいたら?その子だって、ちゃんと反省してるじゃない」

花鶏「…………」

 花鶏が自分の言葉を遮った伊代を見る。
 しかし伊代もこれは譲らないで、花鶏に真正面から向き合った。
 やがて、先に折れたのは花鶏。

花鶏「……わかったわよ」

伊代「そう……嬉しいわ」

 やはり不本意そうだったが、今は分が悪いと思ったのだろう。
 この話は伊代は済んだとばかりに、今度は僕にむきあった。
135 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:13:35.33 ID:Al96rPapo
伊代「それであなた。この子が感じていた挙動不審といい、今日のを休んでまで来たことといい……説明してもらえるんでしょうね?」

 こよりが後ろで手を組んで申し訳なさそうにこちらを見る。
 原因はこよりかもしれないが、こんな状況を招いたのは僕だ。だから心配ないよ、と笑みを返す。
 しかし……元々話がまとまれば何れは皆にも話すつもりだったけど……少し迂闊だったな。

繰莉「説明ならこの繰莉ちゃんにおまかせあれ」

智「わっ!?」

 説明に困っていたら、にょきっ!と繰莉ちゃんが突然生えてきた。
 きっと神出鬼没スキルでも持っているんじゃないだろうか……?

花鶏「ふぅん……アンタに、私たちが納得のいく説明ができるっていうのね?」

 少しばかりいぶかしむ花鶏に自信満々に返す。

繰莉「もっちろん。アキちゃん達に聞こうとしたこともこれについてだから、よく聞いていてね」

 超探偵・説明モードだ。
 中々仲間以外は信用しない花鶏は茜子に能力の発動を強制することも忘れない。
136 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:16:32.23 ID:Al96rPapo
繰莉「この高倉市には幽霊が住んでいる――数年前からまことしやかに囁かれている都市伝説」

繰莉「その名は少女A。彼女は今日も唄ってる。彼女は今日も答えない」

こより「あ、それ鳴滝も聞いたことがありますよう」

伊代「というか、二週間ぐらい前にその話をしたわね……それで、それが何か関係あるの?」

繰莉「まぁまぁ落ち着いて。探偵の話は安楽椅子にでも座ってのんびり聞くことをオススメ」

 にまにまとチェシャ猫がわらう。

繰莉「……それで今回の事の発端は丁度その二週間前。少女Aが繰莉ちゃん達にもみえた、っていうのが始まり」

花鶏「……その達っていうのは、そいつらのこと?」

 ピッ、と瑞和達六人を指さす。
 繰莉はいんや、といって自らを含めた五人の名を呼びながら指折り数えた。

繰莉「繰莉ちゃん。あやたん。なんちゃん、ともちゃん。あと今日は居ないけどゆんちゃん。この五人だよ」

智「……あ、ゆんちゃんっていうのはあの央輝のことね」

茜子「姑息貧乳を奴隷にしようとしていた、あのちびちびヤンキーですか」

伊代「あの子まで関係してるの……?というかあなた、何かあったような素振りは全然見せなかったじゃない」

 伊代は言外に僕を少しだけ攻めていた。
 せめて、何かあるのなら言ってくれ、と。
137 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:17:55.62 ID:Al96rPapo
 僕は短く、ごめん、とだけ言った。
 もう一つ惠の痣のこともまだ隠している。言おうとしても、今は言えないけど。
 あちら側にいる紅緒が『奴隷にしようとした?』等と茜子の漏らした物騒な言葉に若干の反応を示す。
 こうしてどんどん誤解が広がっていく。
 ああ、やっぱりこの世界はどうしようもなく呪われている……

花鶏「……それで?智やアンタ達が少女Aとやらを見たって言うのはわかったわ。……嘘も言っていないようだし」

 茜子が黙っていることが何よりの証拠。

繰莉「ふむ、信じてもらえてなにより。……今のは原因、そして今が結果。だから次は過程についてのお話し」

 繰莉ちゃんの独壇場はまだ続く。

繰莉「少女Aは今日も唄ってる。少女Aは今日も答えない――そんなへんてこな幽霊ちゃんが加わっただけの日常が続いたある日、つまり四日前」

繰莉「少女Aはかくかたりき――曰く、『どこにいきたい?』、ってね」

繰莉「そして、繰莉ちゃんは集まった。少女Aの唄に乗り、少女Aの元に集わされ――そして、生み出した。丁度夕焼けの色のような、朱い、朱い竜をね」

暁人「朱い竜」

紅緒「それっ、て……」

 瑞和が鸚鵡返しに呟き、紅緒が僅かに慄く。
 心当たりが――あるのだろう、恐らくは。
 さっきの紹介の時もコミュだとか何だとかいってたし、やっぱり間違っていなかったようだ。
138 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:19:37.90 ID:Al96rPapo
繰莉「……だけど生み出る前に上半身は紅、下半身は蒼のツートンカラーの騎士が現れてさぁ大変」

繰莉「危うく繰莉ちゃんも、あやちんもよっしーも、ともちゃん、ゆんちゃんすら死んじゃってたかも」

伊沢「……ってことは」

春「倒したんだね、そいつを」

真雪「……そう、なんですか、アヤヤさん?」

アヤヤ「え、は、はい……智先輩と繰莉先輩ちゃん、ゆんちゃん……後アヤヤも最後に少しだけ……」

 導きだされた事実とアヤヤの肯定に、にわかに場がザワつく。
 瑞和は、何か思うところがあるのか神妙な表情をしていたが。

繰莉「話を続けるよ。それで一応はその場を離脱した繰莉ちゃん達。その後落ち着くまで話して――なんちゃんがあることに気付いたの」

芳守「……瑞和が、あの時後始末してくれて……あの時の奴が竜を見たとか言ってて……それで、もしかしたらって」

 何があったのかはわからない。クスリをきめてたとか言ってたしまともじゃないには違いない。きっと、因果応報。
 瑞和はアチャー、と言ったような顔をしてもう一人の男の子を見る。

暁人「……全部、伊沢が悪い」

伊沢「あぁ?テメェがその女から目を離したのが悪いんだろうが」

 つまり実行したのは伊沢、というわけだ。
139 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:20:07.97 ID:Al96rPapo
繰莉「それで、僅かな可能性を胸に秘めてアキちゃんにともちゃんを連れて話を聞きにきたってわけ。それをいーちゃんが先走って絡むから」

伊沢「……うるせーよ。勘違いさせるほうが悪い」

真雪「どう考えても伊沢さんのせいです」

紅緒「だよねー」

カゴメ「だ、そうだぞチンピラ。謝ったらどうだ」

 ぐっ、と味方側からも責められて屈辱そうな顔をする。
 またもや舌打ち。しかしそれでも僕の前に一歩踏み出して、口にする。

伊沢「……すいませんでした」

 キレっぽく喧嘩っ早い。
 だけどちゃんと理にはかなっていないことはしないで……素直だ。
 認定。伊沢萩、いい子。

智「ううん、こちらこそ誤解をまねくようなことをいって……さっきの、大丈夫?」

 一般人の領域をはるかに超えたるいちゃんきっくとか。
 カゴメさんの見えない攻撃とか、色々。

伊沢「あんなん大した事ねーよ。……それより、ちゃんと言ったからな」

 ぷい、とそっぽを向き、あちらへと帰る。
 そして見るからに不機嫌そうに、チンピラ座りをした。
 更に認定。ツンデレちゃん。
140 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:20:42.95 ID:Al96rPapo
伊代「……ねぇあなた。さっきの話、本当なの?」

 伊代が黙っている茜子に問う。
 対して茜子は即答。

茜子「はい、嘘は言っていません。恐らくは全部本当です」

こより「……だからかぁ、ともセンパイが少しだけおかしかったのは」

 茜子の言葉を受けて、こよりはようやく納得したように漏らす。
 そこで今まで黙ってたるいが頭から煙を出しそうな勢いで考えつつ、言う。

るい「るいねーさん馬鹿だからわかんないけど……聞いた都市伝説が本当にあって、それにトモが巻き込まれたってこと?」

花鶏「まぁ受動ならその解釈で間違いはないわね。……でも言ってくれても良かったじゃない?」

 私たちに比べたらよっぽどマシよ。
 花鶏の語尾にはきっとこの言葉が着くだろう。
 そうだ、僕らは呪われている。それを踏んだら理不尽に殺される。
 それなら、まだ人が操っている竜だとかなんだとかの方がいい。

智「……みんな、ごめん。あと、ありがとう。本当は、今日の情報を纏めてから話そうと思ってたんだ」

伊代「ってことは……私たちもあなたも、互いを信じる力が足りてなかったってことね。……うん、これでお相子。綺麗サッパリに忘れましょう」

茜子「……反吐がでるほどの綺麗事です」

 茜子の毒舌も、今は気持ちいい。
 皆もまた、僕の為を思ってしてくれた行動だったから。
141 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 16:21:24.07 ID:Al96rPapo
カゴメ「……なるほどな、それよりも私からも聞きたいことがあるのだが」

 黒い魔女が僕らの前へと出る。
 ただそこにいるだけで萎縮しそうだ。

カゴメ「その赤髪の女の力。おかしくないか?」

 ぎくり、とした。
 全く見えなかったところから一直線に飛んできて、防御されたにもかかわらず数メートル飛ばす。
 スピードはスプリンターとか言えばなんとかなるかもしれないが、吹き飛ばした方はそうはいかない。
 納得のいく理由を……

カゴメ「そっちの青いチビも人が言うことが嘘か本当かわかるようだな」

 聡い。
 ただべらぼうに強いわけじゃない。

伊代「ちょっ……どうするのあなた」

花鶏「智」

 伊代が、花鶏が僕を呼ぶ。
 僕は――――


 >>142
 1 本当のことを言う
 2 なんとかして誤魔化す
142 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 16:40:32.83 ID:9efwOLIR0
前スレは1だった気がするから2で
143 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/13(木) 16:58:18.44 ID:4jYt+Abj0
BADになんのかな
144 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/13(木) 17:37:21.75 ID:FEcKx3QXo
バッドエンドでもまゆまゆと会えるなら悔いは無い
145 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2011/01/13(木) 17:44:38.85 ID:p6rJn4J5o
BADになったら、そこでSS終了です
なんてことになったら、緊張感出るよね
146 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 18:18:56.03 ID:Al96rPapo
 とりあえずちょいちょい修正しつつ貼り終わり、選択肢をだし、
 疲れたーっと思いながらベッドの上に寝っ転がって10分して更新押してみても選択結果がなかったら
 30分ぐらい寝ようかって本格的に寝っ転がった結果、そのままぐっすりだったなんて
 別にそんなことはありませんでしたので。全く。

 ……飯食べてから書きます。ビシビシかきます。
 ちなみに、皆さん気にしているようですがBADにはなりません。
 カゴメさんは『何故か』智さんにはやさしいようですので。

 ではでは。
147 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 19:56:28.03 ID:Al96rPapo
 →なんとかして誤魔化す


 ……何を言っても、そんなに誤魔化せる気はしない。
 けれど呪いのことを言うのは駄目だ。
 なら――口先三寸でなんとかする!

智「じ、実は……この二人はちょっと不思議な特技――いや、体質を持ってるんです」

伊代「ちょっ、ちょっとあなた」

茜子「待つのはアナタです、うし乳」

伊代「うっ……」

 茜子の言葉に伊代がつまる。
 ぐっじょぶ、茜子。

カゴメ「……それで?その不思議な体質とやらはなんなんだ?」

 花鶏がちらめで僕を見た。
 なんとかなるんでしょうね、とでも言いたげな視線だ。
 なんとかならないかもしれないけれど……なんとか、する!

智「るいは普段ならセーブされている人間のリミッターを自在に外すことができて、茜子は人の無意識の行動で嘘をついているのかどうかがわかるんです」

花鶏「……………………苦しいわね」

茜子「……………………全くです」

 後ろから心無い言葉がグサグサとささやき声で聞こえてくるけれど、仕方がないじゃない!
 だって、これしか思い浮かばなかったんだもの!
 真実を話したらみんなのこともバレちゃうから、半分でも嘘を織り交ぜるしかなかったんだよ!
148 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:06:17.29 ID:Al96rPapo
アヤヤ「へぇ〜、普段出している以上の力を出せるって、そういう体質の人って本当にいるんですね〜」

 アヤヤは感心したような声を出す。
 そう、普通の人ならばこの程度でもごまかしが効く。
 なぜなら普通の人だから。痣があって、呪いと常人では測れない力があるだなんてそんなこと普通は思わないだろう。
 ……つまり、普通じゃ測れない人――人間なのに見えない攻撃をする人とか――なら見抜かれる可能性がある、ということだ。

カゴメ「………………」

 うわぁあああああああっ!
 睨んでる!カゴメさんすごいこっち睨んでるよ!!
 怖いよ〜っ!

智「な……何か?」

 僕が聞き返すと、カゴメさんは僅かに眼を細めた。
 あ、これ死んだ。
 最近も死ぬ思いはしたけれど、まさか呪い以外で死ぬなんて思ってもなかった…………
 ――と、僕は一瞬だけ思ったけれど、別にそんなことはなくカゴメは興味を失ったみたいに他の方向を向く。

カゴメ「……まあいい、大体わかった。それで化猫、何が聞きたい?」

繰莉「んにゃ、繰莉ちゃん?えーっとねぇ……アバターとかそこら辺のところ詳しくかな。贔屓にしてくれてる人がよく依頼してくるから少しは知ってるけど、詳しいところはしらないし」

暁人「先輩……」

 瑞和は呆れたように息を吐いた。
 綺麗に話しが明後日の方向へ言ったことに、心の底から安堵する。
 伊代も、『ひやひやしたわ』と後ろから聞こえた。
149 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:07:11.58 ID:Al96rPapo
真雪「では、私の出番ですね」

暁人「任せた」

 真雪の指で押し上げられた眼鏡がきらりと光る。
 教える、真雪先生のコーナー!だ。

真雪「アバターと接続者は八六式と呼ばれる方法で分類されます。ちなみに巷で有名なスカイフィッシュをアバター、それを操る人を接続者と呼びます」

真雪「先に接続者のことから。接続者は五人のみ、それ以上でもそれ以下でもありません。また、その五人のチームをコミュといいます。言い方は他にもありますが、これが主流ですね」

真雪「コミュ内のアバターに対する権限は全て等しく、意見がぶつかったときは多数決にて決定します。つまり、味方を作っておいたほうが特、というわけですね」

真雪「アバターは接続者一人から召喚できますが、その分とても重くなります。五人で繋いだ時とは雲泥の差です。バトる時には召喚時に一撃で決めるか、または三人以上がお勧めですね」

真雪「アバターは基本六種類に分類されます。『騎士型』『巨人型』『魔弾型』『魔犬型』『器物型』、そして『竜型』。繰莉さんたちのは朱い竜と言ってましたし、恐らく『竜型』でしょう」

アヤヤ「うわぉ、カッコイー!」

真雪「『竜型』は稀少価値が高いレアなアバターで、特殊能力も強力です。その分使いづらいので気をつけてください。ちなみに基本的にはアバターの力は初期から変わりません」

真雪「あとは……BKのことですね」

アヤヤ「あ、それは繰莉先輩ちゃんから聞きました。確か、ビギナーキラーっていうんですよね?」

真雪「ええ、まぁ……はい。先ほど基本的にアバターの力は変わらないと言いましたが、例外があって、アバターを倒すとレベルアップして強くなるんです」

るい「……それならガンガン倒せばいいんじゃないの?どんどん強くなって、どかーん、バキーンッ!って」

真雪「それが……そうもいかなくて…………」
150 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:07:54.50 ID:Al96rPapo
芳守「……どういうこと?」

真雪「……話を戻しますけど、ビギナーキラーは初心者を倒し、レベルアップを目的としたコミュです。コレを念頭に置いて、話を聞いてください」

 真雪は戸惑ってるような表情を見せた。
 けれど言わなきゃいけないと判断したのか顔を上げる。

真雪「アバターはコミュの象徴で――命。アバターが破壊されたとき、そのコミュもまた、滅びます」

繰莉「……なるほどね」

 繰莉ちゃんがほぅ、と息を吐く。

真雪「知っていますか?最近、高倉市では外傷なしの集団死が多発してます」

こより「な、鳴滝ニュースで見ました。お母さんが怖いねって…………」

花鶏「……つまり、全部そのアバターとやらが壊された結果、ということ?」

真雪「も、勿論、中には普通に死んでる人もいるでしょうけど……そういうことになります」

 アバター……つまり僕たちの場合はあの朱い竜が破壊されたとき、コミュ……僕らもまた、滅びる。
 ……随分と、厄介なものを僕は背負ってしまったみたいだ。

智「……呪われてる」

 全く、救いようがないくらいに。
 自らの呪いだけで精一杯だというのに、これにまだ追加する。トッピングじゃないんだぞ。


 ――本当に、この世界は呪われている。
151 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:08:22.40 ID:Al96rPapo
アヤヤ「……ち、ちょっとまってください、び、ビギナーキラーも、コミュなんですよね!?」

 アヤヤが何かに気づいたように瑞和へ、真雪へと問いかける。
 真雪も彼女が何をいわんとしてるか気が付いた。
 僕は、まだわからない。

真雪「……そうです」

アヤヤ「ってことは……アヤヤ達が倒したアバターは…………」

 僕もようやく気が付いた。
 ビギナーキラーも、アバターでコミュだ。
 つまり、僕らが倒したあの騎士のコミュは。

暁人「……真雪、俺が言おうか?」

真雪「……いえ、いいです。私は引き受けましたから」

 やはり、真雪は覚悟を決めて。
 真実を突きつける。

真雪「……コミュに、例外はありません」

アヤヤ「う、あ……」

 アヤヤが呻く。
 アヤヤは優しい人だろう。短い間しか付き合ってなくとも、なんとなくは理解できる。
 だから、ショックなのだ。
 知らなかったとはいえ、人を壊してしまったことが。
152 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:09:47.93 ID:Al96rPapo
こより「ってことは……ともセンパイは……」

 こよりも、震える。
 不可抗力だったとはいえ、僕もそれをしたんだ。
 否定はできない。

繰莉「因果応報だね」

 そんななか、冷徹に、凛とした声が響く。

繰莉「元々BKだってウチらを殺そうとしていたんだよ。殺されても文句は言えないっしょ。寧ろ人を殺すんだから逆に殺される覚悟も持っていないとね」

花鶏「……同感ね。人を傷つけるなら自分もそうされるかもしれないということを考えなければいけないわ」

 繰莉の意見に花鶏が賛同する。

伊代「で、でもっ!人を殺すのは、やっぱりいけないことだと思うわ!だって、そんな、そんな……」

るい「……他人を傷つける奴は、そこで死んだほうがいい。じゃなかったら、未来にもっともっと多くの人を傷つけたかもしれない」

 ……僕も、るいに同感だった。
 理性では人を殺してはいけないと理解していても、もっと多くの人がそれで助かるのなら僕はやってしまうかもしれない。
 そんな奴は人間じゃない、化物だと滅茶苦茶な理論を振るい、その暴虐な理不尽を殺していたかもしれない。
 ……そんなことをする未来が、あったかもしれない。
 一触即発の空気が流れる。

紅緒「まっ、待って!喧嘩しないで!!」

 そこに慌てて飛び込んできたのは紅緒だった。
153 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:10:33.85 ID:Al96rPapo
アヤヤ「紅緒、ちゃん…………」

紅緒「アヤヤちゃん、芳守ちゃんも。聞いて。私は――私達は、ビギナーキラーを……そして、一般人やコミュを多く破壊したジャックを殺したわ」

 一般人やコミュを多く殺したジャック?
 そういえば、前にニュースで見た記憶がある。
 通り魔のような仕業で、凶器もわからない、人間をバラバラに引き裂いた事件が相次いであって……犯人はジャック・ザ・リッパーと呼ばれていた。
 そうか……アレもアバターの仕業だったんだ……

芳守「紅緒、が?」

紅緒「うん。最初のBKはやっぱり私も知らなくて、殺したんだって気付いた時には何日もご飯が喉を通らなかった……すごく、罪悪感に苛まれた」

紅緒「アイツは悪いヤツだったんだ、今まで何人も人を殺したんだって思っても、やっぱり駄目だった」

紅緒「けど、二度目のジャックは望んで引き金を引いたの。これ以上の犠牲を増やさないようにって」

紅緒「つまり何が言いたいかというと……あーわけわかんなくなってきた!」

 僕もわからない。
 きっとこの場にいる誰にもわからない。

カゴメ「板胸が。胸だけでなく脳も足りなくなったか」

紅緒「い、板……っ!?」

 また紅緒が凍りつく。
 さっきの伊沢さんが言ったときにも固まったし、やっぱり禁句なんだろう。
 少しだけ、空気が和んだ。
154 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:11:44.79 ID:Al96rPapo
 紅緒は足りなくないもん……ちゃんとあるもん……と呟きながらうつむく。

伊沢「それにしても、チビ。テメェは意外と余裕なんだな」

繰莉「繰莉ちゃんは結構な修羅場を見てきてるからね。死にも慣れる事が探偵の仕事なのだよ」

暁人「それにしては一度本当に死んだかと思ったけどな」

繰莉「にひひ、アキちゃんもあの時は――」

 繰莉ちゃんの言葉が唐突に止まる。
 同時に、光った。
 身体を何かが突き抜ける。
 自分の意志ではなく、他の何かによって。

るい「……トモ?どうかしたの?」

智「え……いや、だって……」

 今光ったのは、四人。
 僕と、繰莉ちゃんと、アヤヤと、芳守さん。
 そして、それは皆にはみえていない――?

アヤヤ「今……」

芳守「光っ……た?」

 その言葉に反応したのは、瑞和だった。ただ、短く。

暁人「アバターの……起動信号?」
155 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:12:47.71 ID:Al96rPapo
 アバターの起動信号。よくわからない。
 けれど、何か不吉なカンジがするのはよくわかった。

智「ねぇ!それどういうこと!?」

カゴメ「そのままの意味だ。アバターが召喚されたとき、そのコミュの人達はそれぞれにしかわからない光を発する、らしい」

 らしい、というのはカゴメさんがアバターを持っていないから?
 しかし今はそんなことはどうでもいい。
 今ここにアバターは召喚されていない。
 だから召喚したのは残る一人――

智「央輝だ!」

 携帯を取り出して、コールする。
 心臓が高鳴る。
 もしかしたら、とは思ったけれど数コールで出た。

央輝『……なんだ』

智「央輝!?」

央輝『だから何だと聞いている。そんな大声を出して、私を怒らせたいのか!?』

智「い、いや……竜の召喚があったから、何かあったのかと……」

央輝『なっ、何故わか……ああなるほど、さっき光ったのかそうだったのか』

 と、央輝は言う。
 やっぱり召喚したのは央輝だったようだ。
156 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:18:21.17 ID:Al96rPapo
央輝『それで、用はそれだけか?』

智「……央輝は、無事なんだよね?何も問題ないんだよね?」

央輝『……ああ、問題ない。いつでも使えるのかと思って出してみただけだ』

 なんとなく、ライターを出してカチカチしているのが目に浮かぶ。
 心からほっとした。
 央輝は田松市の裏事情に通じている。
 もしかしたら央輝の身自体にも何かあったのかと思ったのだ。
 壊されて死ぬことを恐れなかったわけじゃないけれど、コレは本当のことだ。
 ……そもそも央輝なら、なんて事なさそうに竜の召喚もしないで処理しそうだけど。

智「そうだ、ついでに今さっき貰った情報を話しておくね」

 コミュとアバターのルール。
 アバターが滅べばコミュも滅ぶということ。
 それを言おうとして、央輝は遮った。

央輝『いや、いい。帰ってから聞く』

智「そっか。うん、そうだね」

 そういえば、言うのを忘れていたけれど。
 あの時から央輝は僕の家で食住を共にしている。
 それについても、また後ほどに。

智「それじゃあ、何かあったらよろしく」

央輝『ふん……何かあったとしても、お前にいうようなことはない。自分で何とかする』

智「うん、央輝ならきっとそうだろうね」

央輝『……相変わらず、食えない奴だ……切るぞ』

 そう言って僕の返事を待たずに央輝は切った。
 よかった、何事も無くて。
157 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:24:42.44 ID:Al96rPapo
 携帯を閉じる。安堵の息が漏れた。
 本当に、心配した。

アヤヤ「えっと……央輝先輩はなんと?」

智「あ、うん。ただ出せるのか実験してみただけだって。本当人騒がせだよね」

 ……ああそうだ。
 ついでに皆にも言っちゃおう。

智「そういえば、央輝も『痣』を持ってたよ」

花鶏「は?なにそれ……え、それ本当?」

 花鶏は僕がサラッと言ったことに一度スルーしかけて、もう一度問いかけてきた。
 皆も一様に驚きの顔を示す。
 だから僕はもう一度言う。

智「少し色々あって、見させてもらったの。今は僕の家にいる。本当は皆のところに連れていこうと思ったんだけど、」

花鶏「なんですって……痣持ち……!?嘘、しかも一緒に住んでるですって!?くそ、羨ましい……!」

るい「花鶏には私らがいるんじゃんよ〜」

茜子「そうです。置物メイド茜子さんと暴食メイドがいます」

花鶏「あんたら両方共全然役にたってないじゃないの!」

 それからあーだこーだと騒いでいると、瑞和が僕の肩に手をおいた。
158 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:26:45.30 ID:Al96rPapo
暁人「えっと……和久津、だっけ?」

智「あ、え、はい、和久津です」

 思わず、スマイル。
 それに少しだけ瑞和は戸惑って、しかし問いかけてくる。

暁人「痣って何?」

 そういえば言ってなかったっけ。
 ……別に言っても構わない……かな、痣のことだけなら。
 それになんでこんなバラバラなタイプがコミュでもないのに一緒にいるのか気になっているだろうし。

智「僕らは皆違うところにに『痣』があるんだ。それで何かしらのシンパシーを感じて付き合ってるの」

 なるほど、と瑞和は二、三度頷く。

暁人「……まぁいいや、ついでにメールアドレスとか教えてもらえる?アヤヤの様子とか、コミュ関係で何かあれば連絡するから」

智「本当?助かるよ」

 数日前と同じように、赤外線で交換。
 そして、一先ずこの舞台は閉じる。
159 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage saga]:2011/01/13(木) 20:29:46.35 ID:Al96rPapo
    第二幕
    Chapter

  9 戦いの後
  10 迷探偵こより!
  11 第一次遭遇
  12 改めまして
  13 誤解の解き方
  14 半分だけの本当
  → 嘘つきさんと黒魔女さん ←今回はこっち
  15 コミュの代償
  16 始まりの終わり

 さて、明日は少しだけ、EXTRAでも書きますかね……
 ともかく、今日は以上。とあるフラグがたちませんでした。
 まぁ、一番最初の選択肢で夜子の方を選んだので今回の選択肢は都合がよかったり。
160 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/13(木) 21:09:53.28 ID:8Sjd6Vm10

SS・小説スレは本日、移民大会議を行います。(板が新しくなります)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1279375638/

161 :真・スレッドムーバー :移転
この度この板に移転することになりますた。よろしくおながいします。ニヤリ・・・( ̄ー ̄)
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/13(木) 22:27:17.56 ID:r7PS5K7xo
 てふてふ
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/13(木) 23:16:19.08 ID:r7PS5K7xo
 さてさて、皆様。
 昨日製速に移動したばかりだったのに、すぐさまこちらに移動と慌ただしくて申し訳ございません。
 恐らくはここに腰を据えて書くこととなりますので、よろしく申し上げます。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/14(金) 01:21:22.00 ID:K/jzFck7o
さてさて、作者様。
もう楽しみで仕方ないぞコンチクショウ!
恐らくはここに腰を据えてニヤニヤすることとなりますので、宜しくお願い申し上げ奉る。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/14(金) 02:58:03.85 ID:nwtF0aWyo
なくなってて若干パニックになりましたよっと
乙乙 試験もがんばってくだしあ
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/14(金) 03:21:12.56 ID:mF8z+y+No
試験も続きもがんばって
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/14(金) 08:09:35.24 ID:NTOiN4/DO
最後まで頑張れ
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/14(金) 12:53:17.77 ID:cBU51YOVo
移転したのか
EXTRAを楽しみにしつつ試験頑張ろう
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/14(金) 22:39:48.09 ID:cuYCfpfIO
今日は更新なしか?
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/14(金) 23:49:11.00 ID:t5QPkme4o
 ……ほんのさわりだけ、開始。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/14(金) 23:51:24.82 ID:t5QPkme4o
 ――――ザザ――――ザザザザ――――ザ―――――

 ザザザ――――ザザ―――――――

 ―――――――――ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ―――――――――



 じゃり、じゃりと草木を踏む。
 ここは一体どこだろう。知らない場所だ。

 一筋だけの光が木々の隙間から視える。
 この先にいけば、一体何があるのだろうか。ここから出られるものがあるのだろうか。
 そう思うと、力が湧いてきたような気がする。
 深呼吸して再びじゃりじゃりと草木を踏む。

 暫く歩くと、一つの屋敷が見えた。
 足を止めて、全体を見渡す。
 人の気配は全くない。
 しかし、建物は建物だ。そこに一歩足を踏み入れようとして――やめた。

 ――こっちじゃない。

 そう頭の奥の何かが叫んでいた。
 そうして足を向けたのは、雑草が生えっぱなしの庭。
 そこに迷うことなく、立ち入っていった。

 そこにあったのは――御座だった。
 時代劇などでよくありそうな、姫などが居そうな暖簾が下がっている。
 そこに足を踏み入れて、ミシ、と音が鳴った。

「……智?」

 声がした。
 暖簾がゆっくりと、下から開く。

 中から顔をのぞかせたのは――和服を着た美少女だった。
 白すぎる、不健康そうな肌。
 その正反対の真黒な和服。
 歪すぎる美少女だった。
 彼女は眼を細めて、立ち入った者を凝視する。

「智じゃ、ない。あなたは――誰」

 それに疑問詞は付いていない。
 彼女はは答える前に続けた。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/14(金) 23:52:26.18 ID:t5QPkme4o
「ここは私と智だけの世界。他の人が入るなんて――そんなの、ありえない」

 彼女と、智。
 その二人だけの世界。
 ……よく、わからなかった。
 暫くまた凝視され、納得が言ったようにふぅん、という。

「あなたも、みえるのね」

「でも――それだけ。掴み取れない。ただ在る未来を『観』るだけ」

「う、ふ、ふ、ふ、ふ……観えて、掴めて――そこで初めて、『視』えるの。私にはそれができて――あなたにはできない。わかる?」

 首を振った。
 そもそも彼女が何を言っているのかもわからない。
 視えるだとか観えるだとか……ここがどこすらもわからない。

「ふぅ」

 彼女は溜息を吐いた。
 殊更、疲れたとでも言いたげに。

「……智は、まだ探しているのね。いい加減に諦めてしまえばいいのに…………」

 その智、という人はだれだろう。
 一体何を探しているというのだろう。
 ……こんなに、寂しそな彼女を置いて。
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/14(金) 23:53:56.12 ID:t5QPkme4o
「ねぇ、『観劇者』さん」

 彼女は呼ぶ。
 誰を?この場には彼女を除いたら一人しかいない。
 その智という人ではなく――自分のことだ。
 彼女はやはり答えをまつでもなく、続けた。

「私と智には私たちしか要らないけれど――私は今、酷く退屈なの」

「あなたはただ『観』えるだけみたいだから、危害は特にないし――どうせなら暇潰しに付き合って頂戴」

 暇潰し?
 何をするのかわからないから、とりあえず首を傾げてみた。

「私が『視』るから――あなたはただ『観』るだけでいいの」

「そうね……智が恐らくは絶対に見ないであろう未来を『視』てみようかしら」

「あのカエルの子。確かアイドルだったわね……それなら――こんなのはどうかしら」

「智とあの子が――ね」

「興味――あるでしょう?」


 >>174
 1 はい
 2 いいえ
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/14(金) 23:55:59.16 ID:EM4aIx3dP
YESYESYES!
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/14(金) 23:58:37.57 ID:t5QPkme4o
「う、ふ、ふ、ふ、ふ」

 彼女は、嗤う。
 酷く壊れた笑みで。

「そう、そうね。なら――『視』てみましょう」

 そう言うと、彼女は大きく息を吸い込んだ。
 そして、虚ろな眼で、吐き出す。
 得体のしれない何かを、呼び出しているかのように。

「――――ほら、『視』えた」

 ぽぅ、と彼女の手に白い光が灯る。

「あなたも――『観』ましょう」

「ほら、これをただ見詰めて――――」

 彼女に言われた通り、ただ見つめる。
 視界が、揺らぐ。
 足元が、覚束無くなる。
 そして視界が反転して――――




 ――――ザザ――――ザザザザ――――ザ―――――

 ザザザ――――ザザ―――――――

 ―――――――――ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ―――――――――
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/15(土) 00:10:57.88 ID:8I5IiYj2o
宮和「……とても盛況でございましたね、和久津さま」

 宮和が話しかけてくる。
 僕はそれに笑顔で頷いた。

 今日は南聡学園音楽祭当日。
 紆余曲折あって、僕と八人の仲間たちはピンク・ポッチーズという卑猥(伊代談)なバンド名でバンドをすることになったのだ。
 僕は音楽が全くできなかったため、ボーカルをした。
 それでも、手を振っただけで大盛況だ。

 ……ちなみに言っておくと、だけれど。
 宮和の家の問題だったり、僕らの呪いが宮和にばれたり。
 挙句の果てには宮和と僕が結ばれたり――なんてことは、なかった。
 まぁ、呪い踏んじゃうしね。

こより「それにしても、ともセンパイ超かわい〜です!」

花鶏「本当よね。敵ながら天晴なセレクトだわ」

宮和「和久津さまのことなら、この宮にお任せでございます」

 宮和が敬々しく、ドレスの端を持ち上げてお辞儀をする。
 僕は宮和の選んだドレスを来ていた。
 まるでウェディングドレスだ。
 ……まさかこんなモノを着るハメになるなんて。

 オトコノコなのに……
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/15(土) 00:22:28.46 ID:8I5IiYj2o
智「じゃあ……着替えてくるねー」

 そのために僕は皆と一緒に着替えるわけにはいかない。
 皆がバンドの成功で騒ぎあっているうちに制服を回収し、教室を脱出する。

 ドアをしめて、ふぅ、と溜息を吐く。
 やっぱりオンナノコの中に混じるとオトコノコは大変だ。
 ここは僕らの更衣室、ということで人通りが殆ど無い。
 だから付近のトイレに――と、向かい始めたところで、僕の後ろから声がかかった。

「あ、いたいた。智さーん!」

 聞き慣れた声に、くるり、と後ろを振り返る。
 そこには、眼鏡にカエル帽子――やっぱりあちゃーなファッションを具現化した少女がいた。
 柚花真雪。僕のコミュ、アヤヤ、繰莉ちゃん、芳守の知り合いの瑞和――バビロンコミュの一人。
 初対面、という点さえ超えれば、なかなかに話せる少女だ。茜子と声も似ている気がするし。
 そして、その後ろには――全く見慣れない大人の人。
 どことなく緊張してしまう。

真雪「智さん、聞きましたよ。すごかったですね。紅緒さんや暁人さん達もすごかったって言ってました」

 このコンサートにはこの真雪を筆頭とする、高倉市の知り合いも呼んだ。
 色々お世話になった気もするし――知り合いがいるとしれば、皆のやる気も上がると思ったからだ。
 僕は真雪の賞賛に笑いながら答える。

智「あはは、ありがと。でも所詮素人の焼け付き刃だったけどね」

真雪「ご謙遜なさらずとも。それにしても、すごい人気でしたね、智さん」

智「これでも、一応ここのオネエサマをやってるからね」

 と、真雪に答えて視線を移す。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/15(土) 00:33:21.00 ID:8I5IiYj2o
智「それで、まゆまゆ。そちらの人は……?」

 男の人だ。
 どちらかというとイケメンの部類。できる大人、といった様風だ。
 ……どこぞの胡散臭い記者とは大違い。

真雪「……まゆまゆではありません、真雪です。……それで、こちらの人はですね……」

「初めまして、和久津さん。私、こういう者で」

智「あ、これはどうも、ご丁寧に……」

 頭を下げつつ、名刺を出す。
 僕もそれを会釈しながら受取り、眼を落とす。
 ……『芸能プロダクションVIP』。
 芸能プロダクション……?VIPといえば、聞いたこともある気がする。
 確か、高倉市のジモッピー期待の星、結奈ちゃんがそのプロダクションだった。

智「それで……その、芸能プロダクションの方が、僕になんの……?」

「和久津さん!どうか、君のそのカリスマと容姿をもって、お願いがある!」

 すごい迫力で、ずい、と詰め寄られる。
 僕は一歩、つい下がってしまう。
 そして彼は頭をすごい勢いで下げた。

「……どうか、我々のプロダクションに入ってアイドルになってくれないか!?」

 ……………………。
 え?
 アイドル?……って……あの……歌って、踊る?
 真雪を見る。縦に一度だけ頷いた。
 そして名刺を見て、再び男の人を見て。

智「えぇええええええええええええええええええええええええええええええっっっ!!?」

 そに僕の悲鳴は、南聡学園中に響き渡った……らしい。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/15(土) 00:33:59.48 ID:8I5IiYj2o
 ここでひとまず。
 プロダクション名はコミュ内に出てなかった気がするので適当に。
 とりあえずは次は試験以降……ですね。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/15(土) 00:35:48.30 ID:8I5IiYj2o
 連投ごめん。
 実はあそこで選択肢出したけど、いいえを選んでもはいを選ぶまで進まない奴なんだぜ!
 しかも10回とかきり番ごとに【閲覧】さんの反応を変えるのも用意してたんだぜ!
 それなのに……ッ!
 ……ごめん、ただの逆恨みだわ…………
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/15(土) 00:56:53.12 ID:dlwRcO8oo
あえてNOを選ぶ空気の読め無さを発揮しようとしたら、
先越されたんだが、むしろ読めていたようだ
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/16(日) 01:08:20.69 ID:H6Ly4qQ50
今日は来ないのかな
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/16(日) 02:49:29.43 ID:HRMf3USSO
ヒント
センター試験
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/16(日) 23:31:32.92 ID:9zKccsN0o
ようやく終わった・・・
さて、>>1は明日かな?
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/17(月) 12:30:57.23 ID:bUIc6Rfeo
こんな所に来てたのか…
普段VIPとか来ないから焦った
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/17(月) 22:39:23.39 ID:fqdtB9bSo
 >>1だけど、すまんね、今日も更新なしなんだ……

 昨日一昨日のセンターで心が折られたわ……
 すごいローテンション。明日には頑張って戻すから……
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/17(月) 23:56:16.78 ID:6OhJltuF0
俺浪人生だけど>>1と同じ大学目指すわ
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/18(火) 01:35:09.12 ID:wB2qB55to
俺も浪人生だけど.>>187と同じ意見だわ
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/19(水) 14:26:18.33 ID:6xxzM8HLo
ちょくちょく落ちてるね
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/19(水) 16:11:01.10 ID:ZnsrgVsLo
 おや、治ってる。
 昨日落ちてたからあと数日は落ちてるかなぁと思ったけど案外早かったね。

 さて、ゆっくりと書き始めましょう。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 16:28:46.66 ID:ZnsrgVsLo
 音楽とは可能性である。
 なんでも学園の卒業生で世界的有名な指揮者となった人が、いつかの音楽祭の時にそう言ったらしい。

 まぁ、確かに可能性だ。
 僕ら八人と一人、そんなに大人数でやるバンドなんて他に中々ないだろう。
 それも楽器も様々だ。
 ベース、ギター、ドラム、キーボードだけならまだしも、チェロ、トライアングル。果てにはテルミン。
 ……なんというか、これでよくも成功したものだ。

 そして、見事成功を収めた次の日。
 僕は何故か、高倉市にある少し隠れた名店……かどうかはわからないけれど、落ち着いた雰囲気のある喫茶店に来ていた。
 ……いや、何故か、じゃない。
 呼ばれたからだ。
 誰にかって?それは勿論――

智「……『芸能プロダクションVIP』、ね」

 そこからだ。
 僕はその名刺をひらひらさせる。
 あの日、音楽祭当日。若い好青年の人が僕にアイドルになってくれないか、と言ってきたのはとても記憶に新しい。というか昨日だ。
 とりあえずあの姿(宮が選別したドレス)で話を聞き続けるのも、いきなりだったから冷静さがなかったのも相まって、今日にしてもらったのだ。
 その日のうちにあの人を連れてきた真雪から話を聞くと、どうやらそこでちょっとした小遣い稼ぎをしているらしい。
 そんな彼女の上の知り合いの眼に僕が止まり、また僕の知り合いである真雪に仲介を頼んだ、ということ、らしい。
 さてはて、本当に音楽とは可能性だ。
 何せこんな僕にも一曲歌った程度で偉いヒトの眼に止まるのだから。
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 16:31:14.52 ID:3bJhvQqE0
きてるー
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 16:39:59.24 ID:ZnsrgVsLo
 そんなことを考えつつ、頼んだコーヒーに口を付けていると二人の男女が歩いてきた。
 片方は真雪、そしてもう片方は昨日見たスーツの人とは違う、体格の良い男の人だ。
 真雪は相変わらずあちゃーファッション(他に喩えようにもこれしか言い用がない)で僕に軽い笑顔を向ける。

真雪「お待たせしましたー。あ、こちらは私の直属の人です」

智「どうも、初めまして。和久津智です」

 真雪がいうのと同時に軽く頭を下げる。
 僕も素早く立ち上がって、お嬢様風にご挨拶。
 その際に上から下まで見下ろす。
 本当に体格がいい。なんていうか顔もゴリラみたい。
 ……〈ゴリラさん〉と呼ぶことにしよう。
 そうして僕に対して座るように、真雪と〈ゴリラさん〉が座る。

〈ゴリラさん〉「好きなもの頼んでいいからね、事務所からお金でるから!」

真雪「いっそこの店で一番いいのとか頼んでもいいと思いますよ」

智「あはは……今は別にお腹空いてないから……」

 これもあるし、と軽くコーヒーを持ち上げる。
 まぁ、おかわりは自由なわけだけれど。
 そうですか、と真雪は相槌をうってから店員を呼んで、ソーダフロート、〈ゴリラさん〉はアイスコーヒーを頼む。
 数分後に来て軽く口をつけてから、ようやく本題へ。
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 16:50:36.86 ID:ZnsrgVsLo
真雪「さて、本題に入りますが……ところで昨日の人は他の企画が忙しくて来られないそうなので」

智「あ、そうなんだ」

 企画一つ任されるほどの人材。
 つまり僕を勝手にスカウトしたり――そういったこともできるレベルの人、ということらしい。
 若そうなのにしっかりしてる。

真雪「……と、そんなわけで。マネージャーさん、よろしくです」

 真雪は小遣い稼ぎ程度――バイトレベルらしいから、つまりはやはり橋渡し役なのだろう。
 だから早々に〈ゴリラさん〉にバトンタッチした。

〈ゴリラさん〉「昨日、あの人から聞かされて驚いたよ。どうしていきなりーってね。でも昨日の映像と、今日の君を見て……うん、わかったかな」

智「何がでしょう?」

〈ゴリラさん〉「君をプロデュースすることに全く問題がないこと。ルックスも清楚系で申し分ないし、歌唱力もまだまだ伸びそうだしね」

 ……どうやら僕の評価は何故かとても高いらしい。
 まぁそんなことを言われたところで、僕が昨夜決意したことは曲げるつもりは中々にないけれど。
 とりあえず、話の内容だけでも聞いてみよう。

智「あの……アイドルって一口に言っても、一体どんなことを?」

〈ゴリラさん〉「よく聞いてくれたね。とりあえず……この子を知っているかい?」
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 17:03:46.97 ID:ZnsrgVsLo
 そう言いながら〈ゴリラさん〉が鞄から取り出すのは、一つのCD。
 一瞬だけ真雪の肩が強張ったきがした。
 ジャケットに金髪の白いドレスを着た可愛らしい女の子がポーズをとっている。
 僕は彼女を知っている。
 最近有名になってきた、高倉市のマイナーアイドル……

智「結奈ちゃん、ですね。高倉市出身の将来が期待されるアイドル……」

〈ゴリラさん〉「そう!結奈ちゃんだ!僕は彼女のマネージャーをしていてね、とてもかわいらしい女の子なんだよ!」

 〈ゴリラさん〉がそう力説する。マネージャーもやっているのなら道理だろう。
 その隣で真雪は、何やら居心地が悪そうに縮こまった。
 ……なんだろう?
 まあとりあえず、今は話を聞いているのだからそっちを片付けるのが先決か。
 僕は活動内容を聞いてこのCDを出してきたことを考えて、一つの答えを導き出す。

智「……それで、僕を結奈ちゃんに次ぐ次世代アイドルの一人としてプロデュースする、と?」

〈ゴリラさん〉「惜しい!実に惜しい、結奈ちゃんに次ぐ……じゃないんだ」

 おや、まぁ。
 しかし、次ぐ、じゃないと言われても。ならば先駆?僕のほうが後からなのにそれもおかしな話だ。
 そもそも、僕と結奈ちゃんは左程年は離れていないだろうし。恐らく僕とこより程度の差だ。
 なら……なんだろう?
 そう考えていると、直ぐに〈ゴリラさん〉が回答を言ってきた。

〈ゴリラさん〉「上から聞いた話では、君には結奈ちゃんと共に次世代アイドルを目指してもらうと言っていた。勿論僕も賛成する」

智「共に」

 思わず鸚鵡返し。
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 17:16:15.58 ID:ZnsrgVsLo
 つまり、それは。
 僕と結奈ちゃんがユニットを組む、ということか。
 なるほど、出初めのマイナーロリっ子アイドル、そこに真逆とも言えないがタイプの違う人とユニットを組ませることで対象となる世代も広がるだろう。
 効率的だ。

〈ゴリラさん〉「どうだろう?ああ、ああ。今直ぐ答えろ、なんていわない。せめて前向きに考えてもらえないかな?」

 僕は聞きながら、コーヒーを飲み干す。
 空になったコーヒーをテーブルに置いて一拍、ゆっくりと首を横に振った。
 これは勿論、昨日話しを聞いて冷静になってから考えた結果だ。

智「残念ですけど……お断りさせて頂きます」

〈ゴリラさん〉「な……ど、どうして!?アイドルっていったら、普通女の子にとっては憧れじゃないのかい!?」

 確かに――『普通の女の子』にとっては憧れといえるだろう。こよりならピョンピョンしながら喜ぶかもしれない。
 けれど、僕は違う。
 普通の女の子、どころじゃない。普通ですらない上に、男の子なのだ。
 アイドルになれば、嫌でも注目される。追いかけてこられた記者なんかに着替えているところを見られたら終わりだ。
 僕は、呪われているのだから。
 ……勿論そんなことはいえないから他の理由で返す。

智「僕の通う南聡学園は、昔ながらの厳しい学校として有名です。外に出かけるときに制服は勿論、買い食いも駄目、バイトなんてもってのほか」

 特に、バイトなんて、の部分にイントネーションを置く。

智「それなのにアイドルの仕事だなんて……バレたらきっと退学ですし……一応進学も考えてますから」

 これは嘘だ。
 しかし嘘も方便、バレたら後でやめました、とでも言えばいいのだ。
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 17:27:30.91 ID:ZnsrgVsLo
智「ですので、申し訳ございませんが……」

〈ゴリラさん〉「そこをなんとか!一日だけでも考えてもらえないかな!?」

 食って下がる、〈ゴリラさん〉。
 しかしながら僕にも命がかかっている。
 ここは心を鬼にして、お金をコーヒー代だけ置いて立ち上がる。

智「ごめんなさい。他を当たってください、本当にごめんなさい」

 本当に申し訳なさそうに頭を下げて、その場を去る。
 橋渡し役の真雪にも申し訳ないけれど、本当にこればかりは駄目だ。
 僕は振り返らないで喫茶店を出る。

智「……昼間、かぁ。ご飯食べておけばよかったかな?」

 それでも、奢らせる気はしない。
 なんか餌で釣られたような気分になるし。

智「今日は皆、溜まり場にいるかな……いっそこっちにきたんだし、アヤヤ達に会っていくのもいいかも……」

 そう考えながら歩き出すと、後ろからちみっ子が追ってきた。

真雪「智さん、待ったください、智さん!」

智「まゆまゆ」

 先程まで喫茶店にいた真雪だ。
 少し走った程度なのに、随分と息を切らしている様子。

真雪「まゆ、まゆではありませ、真雪、です……!」

智「落ち着いて落ち着いて」

 急かさずに、二、三度深呼吸させる。
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 17:42:50.74 ID:ZnsrgVsLo
真雪「ぜえ、ぜえ……ふぅ……」

 やっぱり真雪はインドア志向のオタクっ子らしい。
 なんとなく、宮がエロゲを勧められたという話を思い出した。
 ……多分気のせいだ、うん。

智「……それで、どうしたの真雪?」

真雪「智さん、私の話聞いてもらえませんか?」

 ああ、つまり真雪も説得しに来たのか……

智「真雪の話って……さっきの話のこと?なら僕は何を聞いても――」

真雪「それでもいいですから!何を聞いても変えないっていうなら、私の話を聞いてからでもいいでしょう?」

 ……何やら必死だ。
 僕は少しだけ考える。真雪がここまで真剣になるだなんて珍しい。つまりそれほどの理由がある。
 それなら、僕も、真面目に答えるべきなんじゃないか?

智「……わかった、話だけなら聞くよ」

 次の瞬間、真雪の表情がぱぁっ、と明るくなる。

真雪「本当ですか!?それなら――少し長くなるので、私の家にいきましょう。パソコンも必要なので」

智「え?」

 そうして。
 何故か真雪の家に招待される運びとなったのだ。
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/19(水) 17:49:33.17 ID:ZnsrgVsLo
 続きは夜に。いや、もう暗いけどさ。
 勉強もしなきゃいけないからね……

 ……どうでもいいけど、昨日落ちてたせいでハッピーバースディー、僕!!ができなかったんだぜ!
 くそったれめ!
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/19(水) 20:01:05.34 ID:6xxzM8HLo
俺は勉強の息抜きに読ませて貰ってるぞ
少し申し訳ない気もするが・・・
まあ頑張ってくれ
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/19(水) 23:00:26.59 ID:ZnsrgVsLo
 >>200
 いやいやいやいやいや
 読んでくださる読者サマが申し訳ないとか気になさらないで結構ッスよぅ

 勉強の休憩の口実がSS書くことで、SSの休憩の理由が勉強なんよ。
 そもそもSSは暇二割、楽しんでもらうため四割、自己満足四割で構成されています。(割合には個人差があります)
 つまり、自分が好きで書いてることだから気にしないでくださいませ。


 再開
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 23:02:41.80 ID:3bJhvQqE0
がんばれ
勉強もがんばれ
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 23:11:58.79 ID:ZnsrgVsLo
智「……真雪ってひとり暮らしだったんだ」

 真幸の家に住むマンションに入り、玄関を覗いていう。
 靴が圧倒的なまでに少ない。
 少なくとも人が二人以上住んでいるようには見えない。

真雪「ええ。そういえば智さんは暁人さんの家にいた頃しか会ってませんでしたね」

智「あ、そういえば。どうして瑞和の家に?」

真雪「実はですね、押しかけ厨が現れたのです」

 部屋に入ってパソコンを起動するまでの間、ざっと事情を話してくれる。
 真雪がネットでちょっとしたノベルを書いていること。
 その関係で真雪のファンがストーキングしてきて家を突き止められたこと。
 その人達は痛い人達らしく、何を言っても、否定すらしても照れているだけだと思い込む妄想癖が激しいことなどなど。

真雪「……そんなわけで、私はロリコン暁人さんの開いた口の中に飛び込むことになっていたのです」

智「え、瑞和ってロリコンだったの?」

真雪「はい、嘘ですけど」

 ……………………。
 そういえば嘘つきでしたね。
 にっこりとして真雪はパソコンに向き直る。
 表示された画面にはアイコン一つなかった。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 23:21:14.63 ID:ZnsrgVsLo
智「どうしてアイコンがないの?」

真雪「ほら、壁紙が全部見えないじゃないですか?」

 言われてみると、デスクトップは所謂萌絵に飾られていた。
 なるほど、世の中にはそういう趣向な人もいるのか。
 しかしマウスをくるくる、と動かすだけでインターネットが開く。

智「うわっ、どうして?」

真雪「ふふっ、マウスジェスチャーですよ」

 マウスジェスチャー?言葉を辿るなら、マウスを使ってパソコンに指令を伝えるとかそんな感じみたいだけど……
 宮あたりとかが知ってそう。今度聞いてみよう。
 しかしまぁ、何も知らなかったら魔法みたいだ。

智「……ってそうじゃなかった。真雪、僕に話ってパソコンの中身が関係あるの?」

真雪「ええと……どういう順番で話しましょうか……」

 一つのウィキページを開いたところで真雪は頭を巡らせる。
 ベッドから見えた画面にはアクセプターwikiと書いてあった。
 アクセプター……聞き覚えはない、かな。
 眺めていると、真雪がよいしょ、と椅子から立ち上がった。

真雪「先に用足してきます。少し待っててくださいね」

 そう言って直ぐに部屋を出て行く。
 僕なら自分の部屋に他人を一人になんてできない。
 いや、盗まれるものとかはないんだけど……実は一本だけ、AVが部屋に隠されてるから……
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 23:33:20.95 ID:ZnsrgVsLo
 まぁそんな特別事情は僕だけらしいし、女の子で友達同士なら別に問題はないのかな。
 アクセプターが少しだけ気になるけど他人の部屋のものを弄るのは信頼に罅いれることになりそうだから自重しよう。
 そう思って僕は改めて真雪の部屋を見渡す。
 本棚が二つに、漫画やラノベがぎっしりと詰まっている。
 ゲームもある。成人向けのゲームも綺麗に並べられていた。

智「……まぁ、僕たち皆18歳以上だからね」

 確かめるようにつぶやいておく。
 あとは僕が座っているベッドに、机、椅子……机の上にはパソコンと、電気スタンドぐらい。
 ……ひとり暮らしなのに、嫌に変な感じがするのはどうしてだろう?
 そんなことを考えていると、扉が開いて真雪が戻ってきた。

智「お帰り、まゆ――――」

 言葉が、とまる。
 さっき喫茶店で貰ったCD、それを取り出す。
 それを、今入ってきた少女と並べた。

智「…………結奈、ちゃん?」

真雪「はじめまして、結奈で〜す☆」

 テレビ越しにでも聞いたことのある声で、笑う。
 きらっ、と星でも舞いそうなウインク。
 そこにいたのは、紛れもない有名になりかけているマイナーアイドル、結奈。
 しかし、その下――服はどう見ても、紛れもなく先ほど部屋を出て行った家主の物。

智「……え、真雪……結奈?」

 我ながら、あまりの事に動揺していた。
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 23:44:49.54 ID:ZnsrgVsLo
真雪「はい、真雪で、結奈です」

 今度は真雪の声で。
 ……うわ〜っ!なにこれなにこれ!?
 まゆまゆって実はアイドルだったの!?
 あ、それなら合点が行くかも。今までのあちゃーファッションは全部この正体を隠すためと考えれば。
 さっきの結奈のマネージャーさんが真雪と一緒に来たわけとかも、色々。

智「わぁ」

真雪「……意外に、反応が薄いですね」

智「いや、これでも驚いてるよ」

 ただ、それよりも納得の方が大きかっただけで。
 例えるなら、伊代が名前を言わなかったのとか、茜子が人と触るのを極端に嫌っている正体がわかったように。
 それに比べれば、アイドルがその正体がバレないように変装する、だなんてわりとよくあることだろう。

智「……つまり、僕は真幸とユニットをくまされそうになってたってこと?」

真雪「ええ、まぁ……そういうことになりますね」

 ささっ、と慣れた手つきで真雪は下ろした髪を直し、眼鏡を再びかける。
 これだけで大変身。女の子ってすごい。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/19(水) 23:55:23.50 ID:ZnsrgVsLo
真雪「……質問は色々とあるでしょうが、今は後回しにしてもらえると助かります」

 先に釘を刺すと、真雪は再びパソコンの前の椅子に腰掛けて、パソコンに向き直る。

真雪「こっち来てもらえますか?椅子はありませんけど」

 そのくらいなら構わない。
 ということで真雪の後ろから中腰でパソコンを覗き込む。

真雪「……さて、と。さっきネットでちょっとしたノベルを書いてることはいいましたね?」

 一度頷く。
 真雪は示すように、パソコンの左上表示されている、アクセプターwikiの部分でカーソルをくるくると回す。

真雪「そのノベルが、これ。アクセプター。聞いたこと、ありませんか?」

智「残念ながら」

真雪「そうですか。最近は有名になってきたんですけどね……紅緒さんとか携帯ストラップに付けてますし」

 あ、ネット世界のものだけどリアルでもそこそこ有名なんだ。
 ……それで、真雪が――その物語を書いている?

智「すごいね」

真雪「いやいや、この作品は私一人で書いているってわけではないんですが……」

 真雪から今度はアクセプターのルーツを聞く。
 元々は大手掲示板で始まったちょっとした企画だったこと。
 それに皆が設定を書きこんで、物語を作っていったこと。
 その中に真雪が含まれていること、などなど。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/20(木) 00:07:55.41 ID:U1ThtU3Eo
智「つまり、真雪について軽く纏めると」

 一、真雪は黒い竜、バビロンの接続者だ。
 二、真雪はアイドル、結奈の正体だ。
 三、真雪はアクセプタースレの中で三人しかいないコテの一人だ。

智「……ってことでおっけー?」

真雪「あとオタクっ娘、学園系のヒロインも追加でお願いします」

 ……なるほど。
 ただのあちゃーファッション系の人だと思ってたら、大間違いだった。

智「……ちなみに、このことは瑞和とか紅緒とか知ってるの?」

真雪「いえ、知りません。今のことを全部知ってるのは、現時点では智さんだけですね」

 それは、アイドルの秘密を知れて光栄……というべきなのかな。
 それでも、同じコミュの仲間にすら言ってないなんて。

真雪「おかしなことではないと思いますけど。暁人さんやカゴメさんの関係も、幼馴染、としか聞いてませんし、必要以上には互いに触れないほうがいいでしょう?」

智「……そう、かも」

 僕も、僕らも互いの奥深くには中々触れない。
 同じ呪われている仲間だとしても、それを踏んでしまうのが怖いから。
 ……だとしても、だ。
 ここで一つの疑問が浮上してくる。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/20(木) 00:15:25.09 ID:U1ThtU3Eo
智「ねぇ、まゆまゆ」

真雪「まゆまゆではありません、真雪です。……で、なんですか?」

智「どうしてまゆまゆは僕にその――全部を話そうと思ったの?」

 今のことを全部知っているのは僕だけ、と言った。
 プロダクションの人はきっと真雪がアクセプターの何かを書いてるなんて知らないし、コミュのこともしらない。
 コミュの方はアイドルやアクセプターの方を知らない。
 アクセプターの住人はコミュやアイドルだということを知らない。
 ……きっと、真雪の両親も全てを把握はしていないだろう。
 なのにどうして、それらを全て僕に話そうと思ったのか。
 ……候補はいくつかあるが、どれも確信を得ない。ならば直接聞くのが一番だ。
 真雪は少し眼を細めた。

真雪「だから、まゆまゆでないと…………そう、ですね……もうこの際、真正面からお願いします」

 キィ、と椅子が音を立てた。
 椅子の上部が回転し、真雪が僕と至近距離で見つめ合う。
 真摯に。
 きっと、次の発言に嘘はついてこない。
 そう言い切ることができた。

真雪「智さん」

智「……なに?」

真雪「お願いします。……私と、ユニットを組んでアイドルになってもらえませんか?」

 やはり、というかなんというか。
 予想通りのお願いだった。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/20(木) 00:26:40.57 ID:x+/6XzJgo
がんばれrrr
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/20(木) 00:27:33.90 ID:U1ThtU3Eo
 僕は再び、ベッドに腰を下ろした。
 少しだけ溜めてから問いかける。

智「……一応聞くけど、どうして?」

 ユニットになれば、要相談だけれどギャラも減るだろう。
 自分一人の時より人気が二分されて落ちてしまう可能性もあるだろう。
 今がのびしろの結奈に、僕とチームを組むことでメリットが有るとは思えない。
 真雪は少しだけ、ほんのすこしだけ迷ってから言う。

真雪「……実はですね、まだ本決定ではないんですが……アクセプターのアニメ化が企画に上がってるんです」

真雪「それだけじゃありません、他の商品とも色々とタイアップするんです」

智「……それが何か問題あるの?真雪としては自分の書いている作品がメジャー化して喜ぶべきなんじゃ?」

真雪「はい、それだけならそうなんですけど……結奈に、問題があるんです」

真雪「結奈に、アクセプターの主題歌の依頼がきているんです」

智「なんと、まぁ」

 それはなんていう偶然。
 色々と複雑に絡まった糸が一つの模様を作り出しているような。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/20(木) 00:44:12.92 ID:U1ThtU3Eo
真雪「私、書き手としてアクセプターに関わってますから、こういう形で関わるのは嫌、といいますか……」

真雪「……それに、最近アクセプターの方の作品をまとめている人……Hermさんも全然現れませんから……」

真雪「このままの状態だと私か、もう一人の天國さんがアクセプタースレの代表として呼び出されてしまいそうな立場にあるんですよ」

智「……なるほど」

 なんとなく真雪の言い分はわかった。
 書き手として、ネットの住民として楽しんでいたのにアイドルとして参加するなんてアンフェアだ、といいたいのだろう。
 伊代に言ってあげれば感激するかもしれない。

智「つまり、僕とチームを組んだら、仕方ないともおもえる……って?」

真雪「平たくいえば……そういうことになります」

真雪「アクセプターの方はせめてHermさんか天國さんに任せればいいんですが、アイドルの方は色々と柵があって……活動をしているからひとり暮らしも容認されていることもあるんです」

真雪「だから、断るに断れなくて……」

智「なる、ほど」

 真雪にも色々とあるのは分かった。
 そんな時に舞い込んできたユニット化の話。
 藁にも掴みたい気持ちだったに違いない。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/20(木) 00:56:03.71 ID:U1ThtU3Eo
 ……けれど。
 僕にも僕で、問題がある。
 第一に、あのひらひらのドレススカートだ。
 あれを履くことはまだしも、下から見られたり、胸のほうが見られちゃったりしたら一巻の終りだ。

真雪「……智さん」

 真雪が懇願するように僕を見る。

智「……まゆまゆ、此処に来る前にも言ったけど、僕は――」

真雪「お願いします。どうか、力を貸してもらえませんか」

 ぺこり、と勢い良く頭をさげる。
 拍子に、眼鏡が落ちてかしゃん、と音を立てた。
 それでも、真雪は拾おうともしない。

智「う……」

真雪「お願いです、智さん……自分勝手な虫のいい話だって言うのは私にも分かってます。けど、これしか方法がないんです」

 そんな真雪の必死の懇願。
 僕だって、命がかかっている。
 ここで断らなければ、死んでしまう可能性もある。

 なのに――
 どうして、僕は手を差し伸べてしまうのだろう。
 きっと、呪われているからだ。
 自分が呪われているから、他人の不幸を見捨てることができないんだ――――
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/20(木) 01:01:34.57 ID:U1ThtU3Eo
智「二つだけ、条件があるの」

真雪「……はい?」

 僕の言葉に、真雪がようやく顔をあげる。
 それにお姉様スマイルで笑いかける。

智「一つ。僕の学校にちゃんと承認をとった上で、僕はとりあえず研修生扱いにすること」

智「二つ。アクセプターの方もそうそうに解決すること」

智「これが守れるんなら、アクセプターのタイアップが終わるまではユニットを組んであげてもいい――かな」

 真雪の顔が、笑顔に変わる。
 それは正しく、アイドル、結奈の笑顔で――

真雪「ありがとうございます、智さん!」

 可愛いらしい、笑顔だった。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/20(木) 01:02:32.44 ID:U1ThtU3Eo
 続く……
 というかこれ、おまけというより智主人公のまゆまゆルートだな
 普通にKとの戦いもありそうだぜ……
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/20(木) 02:13:40.07 ID:yA6IGIgPo
すげぇ wktkするミックス展開だ
乙乙
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/20(木) 03:59:31.60 ID:x+/6XzJgo
全くもって問題ないwwwwwwww

期待してるよwwwwwwww
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/20(木) 11:18:30.04 ID:AmGyiLYNo
面白そうな展開になってきたな
まゆまゆも智ちんも両方好きだから、すごく嬉しい
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/20(木) 16:43:18.59 ID:iqpnIdoco
わくわくまゆまゆルートとな?
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/22(土) 10:37:27.34 ID:bc8Weeb+o
まだかなー
まあ気長に待つとしよう
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/22(土) 13:31:27.63 ID:As89M+Oxo
 どうでもいいけど、ここにいる人見事なまでに専ブラばっかりだな!

 再開します
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 13:43:59.49 ID:As89M+Oxo
あやめ「――以上で、本日の授業を終わります。緋本さん、号令を」

〈赤色〉「起立、礼」

 ありがとうございました、と教室内に男女混合の挨拶が合唱する。
 かえろかえろー、と群れだって帰る女子生徒もあり、今日はどこいくー、と相談しあう男子生徒もある。
 僕はそのどちらにも属さないし、属せない。
 それに、他の居場所もあることだしね。
 そして荷物を纏めて帰ろうとしていたところ、あやめ先生がついー、と寄ってきた。

あやめ「和久津さん」

智「はい、なんでしょう?」

あやめ「進路相談のことで、少しお話があるの」

 あやめ先生は素晴らしい先生だ。面白い授業もするし、感受性も良い。
 生徒からの信頼も厚い。それに、こうして生徒のためを思って一生懸命に行動する。
 成績の良い僕が進学しないというのはなんともアレなことなのだろう。その道を選べば確かに僕のためにもなるのだし。
 だからこそ、無碍にすることなど出来ない。

智「わかりました。直ぐに職員室に向かいます」

あやめ「いえ、プライベートで人気のない場所が良いので、進路相談室を使います」

 おや、と思う。
 今までは進路するかしないか、という話だったので職員室だった。
 なのに今日は進路相談室。
 何かあるのかな。でもあやめ先生のことだし、特にはなさそうだけれど。
 なので僕はほほえみを浮かべつつ返す。

智「わかりました」

あやめ「ありがとうございました。では、ついてきてもらえますか?」

 僕は忘れ物がないか調べてから鞄を畳み、あやめ先生の後を追った。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 13:52:41.01 ID:As89M+Oxo
修正 ×あやめ「ありがとうございました。〜」
    ○あやめ「ありがとうございます。〜」



 進路相談室は、どことなく独特な雰囲気があった。
 堅苦しい、とも違う。おちつく、というのも変だ。
 話しやすい場所――そんな雰囲気があるような気がする。
 最も僕の主観だから、実際ここに来るような人はプレッシャーなどを感じて落ち込んでいるはずだからまたかわるのだろうけれど。

あやめ「座ってください」

智「はい」

 言われたとおりに座り、あやめ先生はその対面に座る。
 僕はいつものとおりに切り出す。

智「すいませんけれど、先生。僕はまだ進学を考えてなくて……一応、先生のお話は参考にしているのですが……」

 僕のその言語を聞いて、あやめ先生はきょとん、とした顔をした。
 それは直ぐ笑顔に変わり、僕も思わず言葉を止めてしまう。

智「……どうかしましたか?」

あやめ「いえ、今日はその話ではないのですよ」

智「え?」

 進路の話だっていうからてっきり、進学を進めることだと思ってたのに……
 僕は首を僅かに傾げて、先生の次の言葉を待つ。
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 14:04:00.58 ID:As89M+Oxo
あやめ「和久津さん、アイドルにスカウトされたのですってね?」

智「えっ、あ……」

 そっちか!
 そういえば条件として出したときに直ぐに話を通すとか言っていたっけ。
 ……あやめ先生から言うって言うことは、まだ上の方に話は通ってないのかな。

智「ええ、条件の一つとして学校に許可をもらえたら、と言ったのですが……やっぱり駄目でしたか?」

あやめ「とんでもない!いえ、勿論まだ校長や理事長に話は通してはいませんが、私は和久津さんを応援しますよ!」

 バンッ!と僕とあやめ先生の間にある机をおもいっきり叩く。
 少しだけひやっとしたが、どうやら防音になっているみたいで外の様子に変化はなかった。

あやめ「昨日の和久津さん方の演奏を聞いて、先生は感動していました。しかもそれが理由でスカウトされただなんて……可能性とは素晴らしいことですね」

智「は、はぁ……」

あやめ「和久津さんはとても優秀なので進学もしてほしいですが、そちらを選ぶのならば仕方がないと思いました。歌でそれを聞く人々を元気にさせることも一つの道ですからね」

 ……どうやらあやめ先生は授業のように感情移入しているらしい。
 つまり、これは上に問題はないと口添えするということ……?

あやめ「ですから、先生は和久津さんを応援します。もし歌手になれたら、その時は全力でがんばってくださいね」

智「あ、ありがとうございます……」

 そんなこんなで。
 第一段階はクリアしてしまったのだった。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/22(土) 14:14:02.88 ID:NCPYpKX2o
キターーーー 待ってたよ神様!!
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 14:18:00.52 ID:As89M+Oxo
智「……と、そんなわけで本決まりじゃないんだけどアイドルになりかけてます」

 溜まり場で、僕は皆に今日のことについて話す。
 学校から許可が出たら短期間だけ体験でアイドルをすることを。
 勿論、結奈――真雪のことは伏せてある。
 誰にも話していないことを話したことは説得するためでもあっただろうけれど、それ以上に信頼してもらえたこともあっただろうから。

こより「ともセンパイがアイドルですかぁ〜すごいッス、センパイ!」

花鶏「それなら、私がファン第一号になっちゃおうかしら」

智「宮みたいなこと言わないで、花鶏」

 というか、進路相談室を出たからそれを話して、実際に言われた。
 宮和がこの場にいないのは家の用事とやららしい。でも来れるときには来る、とは言っていた。
 呪いを負っていない宮和が僕らの仲間になれたのは一口に言えばその性格だと思う。
 疎外感が僅かにあっても、それを微塵も気にせず、しかしその一線には触れない。僕も何度助けられたことか。
 ……流石に擬似女の子の日の遅れまで調べるのは勘弁して欲しいけれど。

るい「智がアイドル……それってやっぱり、あの時のバンドで?」

惠「素晴らしいね。智、君はやはり色々な才能を秘めているようだ」

智「やだな、そんなことないってば。それにまだ本決まりじゃないし、僕が嫌だったり、相手側が違うと思ったら契約しないから」

 皆が手放しで僕を褒める。
 なんとなく照れてしまう。あの時成功したのは皆の力あってこそだったのに。

茜子「もし僕っ子その一がアイドルになったら、茜子さんはそのステージの置物になります。勿論猫どもも一緒です」

伊代「ライブの邪魔じゃないの!……でも、あなた。大丈夫なの?その……あれ、とか」

 あれ、というのは呪いのことだ。
 伊代が不安になるのも仕方のないことだろう。僕らは人と交われないそれがあるのだから。
 僕が心配したように、アイドルになれば注目され、それが知れ渡る可能性も高くなってしまうのだから。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 14:36:26.36 ID:As89M+Oxo
智「細心の注意は払うし、周りも気をつけはするから大丈夫……とは言いがたいけど、皆は心配しないで。もし何か言われたとしても皆のことは絶対に守るから」

花鶏「守られたくはないわね。私は守る側よ。そしてその恩で智ちゃんのその胸とか腰とかお尻とか〜っ!!」

こより「花鶏センパイが一番先に不審者として捉えられそうッス……」

るい「トモはアタシんだかんな!……それはそれとしても、トモのボディーガードも悪くないかな」

 もし無敵乙女るいが僕のボディーガードなら頼もしい。
 ……いや、逆に僕のことを知ろうと襲ってきた人が可哀想だ。

惠「まぁ、智がそういうなら心配はいらないだろう。危険は冒さないだろうしね」

こより「そうですね〜でもでも、何かあったら鳴滝は全身全霊でお手伝いします!」

伊代「そうね。ばらさないから心配しないで、なんて言わないで、いつでも頼って頂戴。今はいないあの子も、きっと協力してくれるわ」

 今はいないあの子、というのは央輝のことだ。
 日は高いし、出てこれないのも仕方が無いとは思うけど。
 宮和に続いてレア度の高い央輝でも、同じ痣を持ってる僕らに対してはなんとなく柔らかい節がある。
 きっと伊代の言うとおり、何だかんだ言いながら力は貸してくれることだろう。

智「皆……ありがとう」

茜子「ま、そもそも踏まないことが一番良いんですけどね」

 ご尤もで。

 今日も今日とて、平和に過ぎていく。
 高倉市ではまだ集団死が幾つかあるらしい。暁人達はラウンドに頼まれて、きっと奔走していることだろう。
 この平和を分けてあげるために、少しくらいなら手伝ってあげてもいいかもね。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 15:01:38.92 ID:As89M+Oxo
 日は巡って、真雪から電話が来た。
 話を聞くと、どうやら南聡学園の上の人が驚くことに許可を出したらしい。
 僕も驚きた。
 だから一先ず、自分の仕事を見学に来ないか、という話だった。
 受けてしまった以上、断るわけにも行かずに――そもそも断るつもりもないけど――僕は高倉市に向かうことになった。


〈ゴリラ〉「お待ちしていました、和久津さん」

智「あ、はいどうも」

 指定された場所に行くと、僕を待っていたのは結奈のマネージャーの〈ゴリラ〉さんだった。
 ……そうか、結奈のマネージャーってことは、これからは僕のマネージャーってことにもなるのかな?
 場所は広場。どうやら野外ミニライブとのことらしい。

結奈『みなさーん!もりあがってますかー!!』

 スピーカー越しに拡大された声が聞こえた。
 あの時、真雪の部屋で聞いた声――

智「観に行っていいですか?」

〈ゴリラ〉「ああ、構わないよ。だけど表には見えないようにね」

智「わかりました」

 僕は証明などの作業をしているスタッフや機材の間をくぐり抜け、ステージ横に辿りつく。
 そして表を覗き込んだ。
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 15:11:09.90 ID:As89M+Oxo
結奈「――――♪」

 結奈が、歌っていた。
 マイクを持たない手で振り付けをする。
 それだけで、ワッ、と会場が盛り上がる。
 流石未来有望のアイドル。地元民の心は完全に掴んでいる。

 数分もすると曲が消え、最後にも観客の割れるような拍手が巻き起こった。
 結奈はそれを笑顔で受け止めながら、マイクを通してお礼を叫ぶ。

結奈「みなさーん!ありがとうざいましたー!セカンドシングル、是非買ってくださいねー!」

 買うよー!などという声を背に、結奈は手を振りながら退場し、こちらへと向かってくる。
 その額には僅かながら汗が滲んでいるが、結奈は全く気にしない。

真雪「――あ、智さん」

 瞬間、結奈が真雪に切り替わる。
 なるほど、完全に切り替えていたみたいだ。アイドルモードと日常モード。
 真雪の声で、結奈が僕にしか聞こえない声で囁く。

真雪「どうでしたか、私のライブ」

智「うん、すごかったよ。観客も凄く盛り上がってたし」

真雪「そうですね」

 真雪は嬉しそうに笑う。
 アイドルを楽しんでいるのだろう、恐らくは。
 だから楽しくない――アイドルとしてアクセプターに関わること――は、したくないのだ。

真雪「今日はこれで終わりですから、少しだけ待っててくださいね」

智「うん、わかった」

 真雪はすれ違うスタッフにお疲れ様ですーと結奈の声で言いながら、僕がきた道をもどって行く。
 ……本当、アイドルってすごい。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 15:23:56.55 ID:As89M+Oxo
 さて、僕は真雪の働き振りを見に来た。
 そして、ミニライブを目撃して、すごいな、と思った。
 その結果が――

智「どうして、僕は真雪の部屋に?」

真雪「まぁまぁ、いいじゃないですか。紅茶飲みます?ペットボトルですけど」

 もらうことにした。
 コップに注ぎ、とりあえず一口。
 一息ついて、真雪がほう、と息を吐く。

真雪「……さて。まずは智さん。ありがとうございます」

 そのお礼は、きっと引き受けてくれたことについて。

智「いいって。お礼を言われるような事はまだ何もしてないよ」

 結局は僕が決めたわけだし。
 すると真雪は軽く笑う。

真雪「それもそうですね」

智「いやいやいやいや」

 思わず突っ込む。
 流石にそこで普通に認めるのはないと思う、うん。

真雪「冗談です。感謝、してますよ。肩の荷がすこし軽くなりました」

智「それはよかった」

 真雪は前と同じように、素早く再びパソコンでアクセプターwikiを開く。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 15:35:02.32 ID:As89M+Oxo
 かちかち、とやっている真雪の背中を見ながら、僕はなんとなく話題を振った。

智「そういえば、コミュネットで見たけどラウンドの方少し騒がしいみたいだね」

真雪「そうですねぇ……暁人さんがたまに奈々世さん……あ、ラウンドの偉い人なんですけど、その人から決闘の鎮圧だとか、仕事を拾ってくるんです」

 その話なら聞いたことがある。
 バビロンはラウンドに入っていないけれど、殆ど飼いならされている、みたいな感じで。

真雪「その度に事情を聞くんですけど、どうも芳しくないみたいで……ラウンドに反発して抜ける人も最近多いらしいですよ」

智「そうなんだ……」

 やっぱりコミュネットも大変らしい。
 力を持つとそれだけで気が大きくなる人もいる。アイツみたいに。
 その奈々世さんとやらも忙しいことだろう。

真雪「まぁ今のところは平和で、何も――――…………」

 突然、真雪の言葉が止まる。
 本棚にところ狭しと詰まっている漫画の背表紙を追っていた視線をもう一度真雪に向けた。

智「……真雪?」

真雪「…………あは、いえ、なんでもありませんよ」

 振り向いて、笑顔。
 ……なんとなく、怪しい。
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 15:44:01.33 ID:As89M+Oxo
智「まゆまゆ、何かあったの?」

真雪「だから、まゆまゆではなく――」

 言いかけてるところで、立ち上がって真雪を取り押さえる。
 今表示しているウインドウを消させないために。

真雪「うわ、ちょ智さん!やめてください!」

智「だーめ」

 椅子ごと真雪をパソコンから引き剥がし、画面を覗き見る。
 そこに書かれていることは――

智「………………」

 誹謗中傷だった。
 アクセプタースレの、たった一人のSSに対する心無い批判。
 そしてそれの的は、スレに三人しかいないコテの一人。
 ユキ――真雪だった。
 思わず、僕も凍りついてしまう。
 真雪を抑えたまま、マウスでスクロールする。
 およそ30レスほどに渡って、ユキに対する色々な人の批判が綴られていた。

智「……何、これ」

真雪「……だから、やめてくださいって言ったのに」

 口を尖らせて、真雪は言う。
 呆れたように、ため息を漏らした。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 16:00:48.42 ID:As89M+Oxo
真雪「……最近、仕事で少し忙しかったですから、全くスレ見てなかったんですよ」

真雪「その間に誰か、私のアンチがスレの空気を持っていったんでしょうね」

 冷静に、真雪は分析する。
 でも、僕は何も思えない。
 これはただの悪口だ。暴言だ。言葉の刃だ。
 アドバイスでもなんでもない――ただ自分が気に食わないという理由だけで人をとぼしめているだけだ。

智「……どうして」

真雪「ネットですから。顔も何も見えない人に対しては何だって言えるんですよ。自分にもバレる危険性だってないのですからね」

 先ほどと同じく、真雪は僕の言葉に冷静に答えた。
 抑えている真雪を離す。
 真雪は僕の手からマウスをとり、軽く眼で追った後にウインドウを閉じる。
 そして表示されたのはやはり萌絵が貼りつけられたのデスクトップ。
 僕に背を向けてて、真雪の表情は見えない。

智「真雪」

真雪「……なんですか、智さん?」

 真雪は僕の方へと振り返る。
 そこにはなんてことのない顔をした真雪の姿があった。

真雪「まさか、私が謂れの無いの誹謗中傷で傷つくとでも?中学生のポエム以下の意味不明な煽りで顔を真赤にするとでも?」

真雪「煽り煽られはネットの基本。このぐらい勝手に出来なきゃ名無しの意味なんてないじゃないですか。ここはスルー能力が要求されるところです」

 真雪はふふん、と鼻で笑う。
 けれど――どことなく、今の言葉は早口だったような気がした。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/22(土) 16:10:58.33 ID:As89M+Oxo
 それは、そうだ。
 真雪はアクセプターを愛している。別の仕事で関わってはアンフェアだと思うほどに。
 そこの住人からこんな誹謗中傷を受けて――傷つかないはずがない。

 けれど、真雪はなんてことないように笑う。
 それはその気持ちをばれさせまいとしていることなのか。

智「真雪」

真雪「なんですか?先程もいいましたけど、私は別に――」

智「そっちじゃなくて。今日は真雪のアイドル活動の様子を見に来たわけだし、そっちの話を聞かせてもらえる?」

 僕は話を方向転換する。
 このまま問い詰めて、真雪の心を吐露させるのは簡単だ。
 だけど、それじゃあきっと意味がない。なら、心を違う方向に向けさせてそれを忘れさせる。
 真雪は僕の言葉を聞いて一瞬だけ真顔になって、そして口の端を持ち上げた。

真雪「いいでしょう、智さんには先輩になる私の凄さをとくと聞かせてあげます」

智「お手柔らかに」

 その後、真雪のして来た仕事の話は数時間に渡って続いた。
 仕事を誇らしげに言う真雪は完全に、とは言わないが、先程のことはそれなりに吹っ切れてはいるようだった。


 ……アクセプター、ね。
 少し、調べてみることにしよう。
 幸いにも、こちらにはパソコンのエキスパートがいることだし。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/22(土) 16:12:04.28 ID:As89M+Oxo
 一旦終了。
 まだまだ続きそうだ……本編まだ一ルートも終わってないのにな!
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/22(土) 16:18:45.50 ID:UJ3LEpEGo
乙乙
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/22(土) 16:45:59.60 ID:Gwz0Cw5IO
テラ乙
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/22(土) 17:50:18.19 ID:bc8Weeb+o
来てたのか
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/24(月) 00:13:22.82 ID:8gPLw40Bo
こより「じゃじゃーん!今日のお菓子は『きのことたけのこの中間の山里』ッスよ!」

花鶏「何その中途半端なネーミング」

 今日も溜まり場は平和です。
 本日の集まりはレギュラーの六人、プラス要素として二名となっております。
 その二名、というのも三パターンほどあるのだけれど今日の場所はその二――つまり屋上の方なので央輝はいない。

こより「これぞ、永遠の戦争に決着をつけるべく生まれた至極のお菓子ですよう!」

 こよりがぴょんぴょん跳ねる。
 その手に持つ四角い紙のパッケージに描かれているのはきのことたけのこ。
 その名前こそ、こよりが言った『きのことたけのこの中間の山里』なのだ。

るい「甘いのはそんなにすきじゃないけど、少しだけ興味あるかも」

茜子「茜子さんにその供物を捧げるが良いです。すると徳ポイントを3ほど差し上げます」

こより「どぞどぞッス!」

 僕も少しだけ興味あるかも。
 寄ろうとすると、宮和がクイ、と裾を引いてきた。

宮和「和久津さま。あれは、どういう菓子類なのですか?」

 そう聞いてくる、ということは宮和はあまりそういうのを食べたことがないのだろう。
 僕は軽く微笑みかけ、逆にその手をつかんだ。

智「食べればわかるよ。大丈夫、不味いなんてことはないと思うから」

宮和「そうでございますか。なら、宮は和久津さまと一緒に初めての共同作業を……」

智「違うよ!?」

 ただ一緒にお菓子をもらいに行くだけで何が共同作業なのか。
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/24(月) 00:24:22.49 ID:8gPLw40Bo
 そして宮和のその言葉に反応するレズが一人。

花鶏「ちょっと!聞き捨てならないわね。智の初めてを貰うのはこの私よ!」

宮和「和久津さまの貞操は譲れません」

茜子「おおっと!大魔王セクハラーがリングに乱入したー!そしてメイド姿に定評のある智さんの純潔の行方は――!」

智「ないから!定評ないから!!それにどっちにも上げるつもりないから!」

 そもそもないし!
 しかし盛り上がった場は中々に下がらない。
 渦中の花鶏と宮和は何か僕への愛情(耳にしたくないぐらいの妄想を含む)で勝敗を競っているし、茜子はそれを更にヒートアップさせる。
 るいも隙あらばと飛び込もうとしているし、こよりと惠は端っこで笑っている。
 希望の綱の伊代は、というと……

伊代「ちょっと!あなた達、いい加減にしなさい!
    そもそもどっちのものでもあるわけないでしょ!私達は皆女の子なのよ!
    それにしたって当の本人がどっちも嫌だっていっているのだし、まずは許可を取るところから始めるべきじゃないの!」

こより「伊代センパイ、相変わらずズレてるっす」

智「駄目だよこより、そこが伊代らしさなんだから」

伊代「へ?何よ、私何か間違ったこと言った?」

 やっぱり、イケてなかった。
 でも伊代のお陰で騒ぎが中和されることが多々あるし、伊代はやっぱり必要なのだろう。
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/24(月) 00:37:10.31 ID:8gPLw40Bo
 閑話休題。
 二人いれば争いが起きて、三人いれば派閥ができる。
 ここにいるのはそれ以上の八人だ。話をするグループもまた分かれる。
 とりあえず一つのグループに眼を向ける。

宮和「で、あるからして和久津さまにはこのようなお姿がお似合いになるのです」

花鶏「中々目の付け所がいいわね。けど、智にはもっと似合う格好が――」

 ……見なかったことにしよう。
 屋上のもう一方の端ではこよりとるい、そして伊代がいる。

伊代「……ねぇ、私ってそんなに駄目な娘?イケてない?」

こより「だ、大丈夫ですよう!伊代センパイには伊代センパイのいいところがありますから!」

るい「そうそう、イヨ子にだっていいところはあるって!」

 ……なんとなくおいうちをかけてる気がしないでもないけど、伊代のフォローはあの二人に任せておこう。

茜子「聞いてますか、ボクっ娘一号」

智「へ?あ、ごめん聞いてなかった」

茜子「全く。これだからボクっ娘一号は何時まで経っても賢者にクラスチェンジできないのです」

惠「へぇ。智、君は今は魔法使いなのかい?」

智「いや、魔法なんて使えないから!」

 このままだとそうなりそうだけど。

茜子「そうですね、どちらかというと遊び人です。そのボディで夜な夜な男を連れ込んではにゃんにゃんしているのですね、わかります」

惠「智、君は――」

智「してないから!茜子も適当な事言わないで!」

 茜子を話のグループに入れるとやっぱり変な方向に話しがいく。
 ちょくちょく軌道修正しないと僕のイメージが変な方向に行くよ!
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/24(月) 00:49:58.33 ID:8gPLw40Bo
 わいわいと騒ぎ、時にグループが混ざり、また人が入れ替わる。
 そうすると話の内容もガラリと変わる。
 一種の万華鏡みたいだ。

 偶然に輪から僕と惠が同時に外れる。

惠「やぁ智。よく思うことだけれど、やっぱり皆賑やかで面白いね」

智「僕にしてみたら惠も十分に面白いと思うよ」

 惠はそれにやはりいつもの微笑を称える。
 そこで僕はふと或ることを思い出した。その事自体は前々から考えていたのだけれど、つい話す機会がなかったから忘れていた。
 いいや、この際いってしまおう。

智「そういえば惠。たまにはコミュで集まろうと思うんだけど、どうかな?」

 思えばアイツらを倒してから集まったのはたったの一回だけだ。
 それも音楽祭に招待するときで、禄に何か話したというわけでもなかった。
 コミュネットの方も大変らしいし、方針も決めておく必要もあるだろう。

惠「気が向いたら、といいたいところだけれど、リーダーの智が言うなら仕方がない。日にちにもよるだろうけれどできるだけ行くことにしよう」

智「ありがとう、惠。アヤヤたちには僕から連絡しておくから決まったら連絡するよ」

こより「ともセンパイ〜!助けてください〜!」

るい「メグムー!ちょっとこっちこっちー!」

 見ると、こよりは花鶏に追い掛け回されていた。
 るいの方はよくわからないけれど、惠を所望しているようだ。

智「じゃあ、惠。またあとで」

惠「ああ」

 そうして僕らはまた、万華鏡のように変わる話の輪へと入っていく。
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/24(月) 01:06:03.17 ID:8gPLw40Bo
 夜になる。
 僕らはだれからともなくビルを降りて、そこで解散する。
 僕と同じ方向なのはこよりと伊代だったが、こよりは何か用があるとかで早々に別れた。
 住宅街の道を、伊代と二人で歩く。

伊代「それで、あの子ったらね……」

 伊代がグチグチと漏らす。
 それは今日のことについて。
 名前は言えない伊代だけれど、その内容で普通に理解はできた。

伊代「もうちょっとだけでもいいから大人しく……と、私、ここだから」

智「あ、うん、わかった」

伊代「おやすみなさい、また明日ね」

智「おやすみ……と、伊代ちょっとまって!」

伊代「?」

 僕は伊代の愚痴に相槌を打ちながら、一つのことを切り出すタイミングを考えていた。
 今が丁度、いいタイミングだ。

智「えっとさ、前に言ったあのこと……調べてもらえた?」

伊代「え……あ、ああアレね。ごめんなさい、つい忘れちゃってたわ」

 そう言いながらがさがさと鞄の中を探り、一つの茶封筒を取り出す。
 なんとなくそれっぽい。

伊代「あなたのお願いだから何も聞かないけど……そういうことはあまりしたくないのよ?」

智「うん、本当にありがとう、伊代。これが僕の予想通りなら、あの子を励ませるから」

 あの子、について詳しく言うつもりはないけれど、手伝ってもらったのだからこの程度は言わないと。
 伊代はふっ、と眉間に寄せていた皺を緩めて、微笑する。

伊代「そう、ならよかった。あまりしたくないけど、あなたが何か困ったこととかあったら言ってね。できるだけ力になるから」

智「ありがとう。お休み」

 そうして、手を振って僕らは別れた。
 口で言ってくれるだけでも十分だったのに、こうしてプリントアウトまでしてくれて……本当にありがたい。
 歩きながら、街の街灯で中身を確かめてから僕は携帯を取り出した。

 それを送る相手は、ただ一人だけ――――
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/24(月) 03:01:03.47 ID:I9esIfgTo
きてたー
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/24(月) 11:42:19.52 ID:4RUgD3DOo
気になるところで切るなぁ・・・
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/25(火) 02:18:07.78 ID:Z6V/U5pNo
俺の最近の楽しみだぜ
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/26(水) 01:19:34.16 ID:pgacgNb7o
 うはぁ……楽しみにしてもらってるだけに休むのがこころ苦しいッス……
 二日間休んじゃったから、明日は更新したい。する……と言い切れないのがごめんなさいorz
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/26(水) 01:33:59.65 ID:UcXwhPHAo
僕らはみんなリアル世界に呪われている


リアルは大事だよ!
失踪が一番悲しいので定期的に生存報告してくれればうれしいよ!
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/26(水) 23:50:40.94 ID:pgacgNb7o
 放課後、人のごった返す新高倉市。
 制服姿の学生が駅へ入り、そして出て行く。
 僕は勿論出て行く方。
 高くなってきた太陽が僕を照らし、掌で影を作り、片目を瞑って空を見上げる。

智「……そろそろブレザーもいらないころかなぁ」

 僕に取って夏というのは天敵だ。
 理由は単純解明、薄着になるから。
 薄着になるとラインも見られやすくなるし、下手すれば胸が見られる。ブラジャーを付けないのは僕の最終防壁なのだ。
 史上最強のストーカーが席の斜め後ろにいるし、少しでも油断したらバレてしまいそう。気を引き締める必要がありそうだ。
 ……それはさておきまして。
 携帯を取り出す。時間を確かめる。ジャスト、問題なし。
 南聡学園のお嬢様に誰もが振り返る。そんな好奇の視線の中、僕は軽く背伸びした。

智「さてと、いきましょうか」

 心持ち早く、歩道橋へと向かう。今時間ジャストということは、つまりは移動時間を含めると過ぎてしまうからだ。
 しかし、スカートは翻さず、あくまで優雅に。
 中を見られると致命的。下手すればブルマ越しでもバレることもあるかもしれない。
 ……こうして生きている以上はバレていない証拠なのだけど。
 カゴメさんに見られた時でもカゴメさんは僕を女だと思ってるようだったからセーフだったし、見られても僕自身を女だと思わせればごまかせるのだろうか?
 ……そんなことは出来ないと思うけれど。

 巨大スクリーンが観えるいつもの歩道橋。
 そこに既に待ち人が立っていた。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/26(水) 23:59:28.27 ID:pgacgNb7o
 待ち人は軽く眼鏡をあげると、ジト目で僕を見遣る。
 とりあえず愛想笑い。

智「ごめん、待った?」

真雪「ええ。全く、智さんが呼び出したくせに遅れるなんてどういう了見ですか?」

 待ち合わせの時間は七分ほど過ぎている。
 少し遠い場所だった、なんていいわけにしかならないだろう。
 真雪の言ったとおり、僕が真雪を呼び出したのだから。

智「ごめんね」

真雪「仕事では遅れたらダメなんですよ?そこのところわかってるんですか?」

智「うん、十分前行動とかよく言うよね」

真雪「わかってるならしっかりしてください」

 やれやれ、といったように真雪は首を振る。

真雪「万が一智さんが遅れたとしたら、先輩の私にも巡ってくるんですから」

智「先輩って……」

真雪「だってそうですよ?年齢上は智さんの方が二つ三つ上かもしれませんが、仕事的には私のほうが先輩になるんですから」

 まぁ、確かにそうなる。
 しかし……真雪が先輩。
 なんというか様にならない。

真雪「……今失礼なこと考えてませんでしたか?」

智「ううん、そんなことないよ?」

真雪「嘘ですね。実は私、人の心が読めるのです」

智「うそっ!?」

真雪「はい、嘘ですけどね」

 嘘でした。
 茜子にどことなく似てるから、そうであってもおかしくないとつい思ってしまう。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 00:09:42.83 ID:SfQrQuMPo
真雪「……」

 真雪は微笑む。
 良い印象つけるための笑みではなく、大笑いしたあとの満足したような笑み。

真雪「とりあえず、今日は今ので勘弁してあげましょう。それで、今日はまたどうして呼び出したんですか?」

智「んー?それはまぁ、えっと……」

 ただ、本命の用事を言うだけじゃ芸がない。
 というか、それだけで呼んだんですか?とか呆れられそうだ。
 だから――そうだ。

智「デートしよう」

真雪「……は?」

智「デートだよデート。日の方のdateじゃなくて、男女がラブラブする方のデート」

 ススス、と真雪は少し僕から距離をとった。

真雪「男女がラブラブって……私たち女ですよ。もしかして智さんって百合百合なんですか?そういえばあのステージの皆さん、全員女の子でしたね」

 ああ、しまった。確かに今のは誤解されても仕方がないレベルだ。
 宮和や花鶏に言っていたら多分嫌な状況になること間違い無しの言葉だ。
 だから慌てて僕は言い繕う。

智「違う違う、仲のいい女の子同士で遊びにいくだけでもデートとかよく言うでしょ?」

真雪「……まぁ、確かに紅緒さんとか言ってますけど」

智「でしょ?それに、僕は根っからのノーマルです!」

 僕=男だから、ノーマル=女の子が好きであっているわけだけど。
 別に女の子が好きってことを否定したわけじゃないし、別にいいよね。
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/27(木) 00:15:10.38 ID:pTHEFLhKo
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 00:22:14.06 ID:SfQrQuMPo
真雪「……それなら、まぁ構いませんが」

智「なら、まずは適当に歩こうか」

 笑いかけて、そうして僕らは歩き出す。
 さて、どこに行こうか。
 喫茶店でケーキとか食べるのもいいかもしれない。
 公園でのんびりするのも悪くない。

智「真雪、どこか行きたいところとかある?」

真雪「……いえ、特には。でも、強いて言うなら……そうですね、のんびりしたいです。最近少し忙しかったので」

 ――それだけが理由じゃないでしょう?
 そう問いかけようとする口を、紡ぐ。
 真雪はこの小さな身体で、僕より幼い年で大人の世界を泳いできた。
 そしてこれからは僕の先輩となる。
 だから、そんな恥ずかしい弱音なんか見せない。
 だから、僕も気づかないふりをするべきだ。
 ……態々本命の用事は最後に回したのだから。

智「それじゃあ、まず公園にでも行ってのんびりしようか。その後喫茶店にでも行こう」

真雪「……そうですね、構いませんよ。今日は智さんプロデュースですし、プランは任せます」

 そう言ってニヤリと笑う。
 お手並み拝見、とでもいいたいのだろうか?
 でも先ほど言ったとおり、公園で動きたくなくなったらそのまま日が暮れるまで話していればいい。
 僕は進路を公園へと向ける。

智「それでは、参りましょう?」

真雪「……ふふっ、なんですかそれ?」

 お姉様風にして、笑われる。

智「一応、学園では優等生のお姉様ですから」

真雪「じゃあ私は、『はい、お姉様!』と笑顔で答えればいいわけですね?」

 それでは、改めまして。

智「それじゃあ、参りましょうか真雪?」

真雪「はい、智お姉様!」

 ……意外と、恥ずかしかった。
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 00:31:27.34 ID:SfQrQuMPo
 公園について、敷地内の端のほうにある木の影の芝生に座る。
 眺めると、色んな人がいた。
 ノースリーブ、スニーカーでランニングしている人。
 学校帰りでアイスクリームを舐めながらデートしている人。
 僕らと同じように、同性同士、或いは異性で腰を休ませてまったりしている人。

真雪「……」

智「……」

 ポフ、と背中を倒す。
 芝生の上だ、別に大した問題はない。
 影を作ってくれる樹の葉は、太陽光を反射してキラキラと煌めいていた。
 静かだ。
 すぐ隣に座る、真雪の息遣いが聞こえるほどに。
 ……ちょっとだけ、自己嫌悪。

智「……ねぇ、真雪」

真雪「はい、なんでしょうかお姉様」

智「それはもういいから」

 くすくすと笑う。
 意外と……というより、普通にノリの良い真雪だ。これからも何度かこのネタは使われるかも知れない。

智「真雪の話、聞かせてほしいな」

真雪「……それは、どれの私ですか?」

 どれの。
 アイドルの真雪。
 SS作家の真雪。
 オタク娘の真雪。
 きっと、真雪はその中のどれの自分か、を聞いている。
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 00:41:26.80 ID:SfQrQuMPo
 息を吐いて、数秒考えた後、答える。

智「全部、真雪でしょう?」

真雪「……はい?」

 真雪がこちらを向いたきがした。
 気がした、というのは僕が上を向いているから真雪を確認できないからだ。

智「だから、全部真雪。アイドルなのもSS作家なのもオタクなのも、ついでに学園系ヒロインなのもバビロンコミュの一人なのも」

智「全部、ぜーんぶ。真雪のことでしょ?」

 そう。
 全部が全部、僕の知ってる柚花真雪だ。
 だからどの真雪の話、なんていわない。

真雪「……そうですね、全部が全部、私ですもんね」

 ふふふ、とまた笑う声が聞こえた。
 笑顔になるならそれでいい。気晴らしになるなら構わない。
 僕は真雪を励ますために高倉市まで来たのだから。

真雪「とはいっても、色々とありますけど?」

智「んー……それじゃあ、前に一人暮らしを許して貰う、とか言ってたけど……家族はなにしてるの?」

真雪「そうですね、家は片親――あ、離婚しているので、母親に親権があるんですけど」

 ぎくり、と思った。
 まずいことを聞いてしまった?
 すると、またくすくすと含み笑い。

真雪「大丈夫ですよ、言いたくなかったら別にいいません。私もきにしませんし」
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 00:52:26.64 ID:SfQrQuMPo
 気にしてない、とは言っても多分、気にしている。
 ……というのは少し考え過ぎかな。
 でも真雪はあのことも平気そうな顔をして普通に言っていたし……一応、心にだけ止めておこう。

真雪「お父さんとは今でも連絡をたまにはとりあってるんですよ。でも海外出張が多くて、今もどこの国にいるのかわかりません」

真雪「お母さんはあのマネージャーとはまた別の……そうですね、売り込みの方をするマネージャーのようなものです。智さんも顔を合わせるでしょうけど、今は東京にいるので暫くは逢えませんね」

智「そうなんだ……」

 真雪のお母さん、か。
 なんとなく、変な感じがした。

真雪「……そういえば、智さんはどうなんですか?家族と住んでるんですか?」

智「ううん、お父さんもお母さんも事故で死んじゃった。今は田松市に一人暮らし」

真雪「それは…………」

 一瞬、真雪の息が詰まるが今度は僕が笑って吹き飛ばす。

智「気にしないで。昔のことだし――お父さんもお母さんも、僕に大切なモノを残してくれたから」

 小さいころ、仲の良かった女の子につい自分の秘密をしゃべってしまった時。
 全身の穴という穴から汗が噴き出して、『何か』が僕を襲いかかってきた時。
 今でも、夢に見る――
 けれど、その時にお父さんもお母さんも、僕の手を握っていてくれた。助けようとしてくれた。
 とても、温かい手だった。

真雪「……そうですか。羨ましいですね」

智「…………」

 僕は、その時の真雪の言葉は何も聞こえなかった。
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/27(木) 00:53:58.72 ID:SfQrQuMPo
 クイックセーブ、クイックセーブッ!
 昼間に再開できたらいいな
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 01:16:25.83 ID:dbidxR0/0
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/27(木) 01:41:58.77 ID:QqUAAZbto
乙 押されるのは何時か…wwww

[Quick Load]
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/27(木) 01:57:40.70 ID:u8bS65aKo
稀にゲーム終了するとQSが消えるのあって、うける
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/27(木) 11:35:42.16 ID:pTHEFLhKo
「クイックロードしますか?」


はい←
いいえ
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/27(木) 12:59:04.71 ID:Wb3bvTBl0
はい
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/27(木) 13:51:45.54 ID:SfQrQuMPo
 あ、ありのまま起こったことを話すぜ!
 『戻ったらやろうとしていたクイックロードネタが既に使われていた』。
 何を言ってるか(ry
 そんなことよりも、ゆたんぽで低温火傷してマジ痛い。


 再開します
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 14:03:56.96 ID:SfQrQuMPo
 例え僕らが何もしなくとも、世界は廻る。
 日が徐々に傾いていく。

智「そういえばさ――――」

 時間はなくなるけれど、僕は未だ本命を切り出さない。
 いつも溜まり場でするようなくだらない話、とりとめのない話を続ける。
 そうして互いに、まだ笑いあう。

 空が朱く染まり、 舗装された道も、木も、噴水も同じ色になる。
 いつしか真雪も僕と同じように芝生の上に寝っ転がっていた。
 これで手でも繋いだら恋人みたいだ。
 ……傍から見たら仲のいい女の子同士にしか見えないんだろうけど。

 ……いっそ、真雪には本題も何もいわなくていいかもしれない。
 今日という日が気分転換になって、それで真雪が元気になってくれればいい。
 今更ながら、ふと考えた。
 どうして僕は真雪のことをひどく気にかけているんだろう。
 隣に転がる真雪の方へ顔を向ける。
 そこには丁度同じタイミングでこちらに顔を向けた真雪の顔があった。
 二人とも一瞬だけ唖然として、そして破顔。

 まぁ、難しいことなんて考えなくてもいいかもしれない。
 理由なんてこれからいくらでもつけることが出来る。ユニットを組むなどというなら尚更だ。
 さて、それなら。
 言うべきことも特にはなくなったし、このままだったら日が暮れて夜になる。この街の夜はどことなく危険だ。
 露天商も公園の入口付近に陣取ってシートを広げていた。
 もう良い子は帰る時間です。
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 14:11:43.54 ID:SfQrQuMPo
智「帰ろうか」

 そういって僕は身を起こした。
 くぅ〜っ、と鳴きながら背伸びをする。こきこき、と関節がなる音がした。
 そのままスカートの中を見られないように起き上がる。
 お尻付近を払う。夕日色に染まった芝生が落ちた。

真雪「そうですね。あ、智さん、待ってください」

智「ん〜?」

 真雪も素早くたって軽く下になっていた部分を払うと、素早く僕の後ろに回り込む。

真雪「髪に色々とついてますよ。とりますからじっとしててください」

智「あ、うん」

 自分のファッションはイマイチなくせに、こういうところに目敏いのが真雪だ。
 いや、いつも気を使っているからこそああいう風になるのかな。
 どこからかとりだした櫛で真雪は僕の髪を梳く。
 数秒の、沈黙。或いは数十秒だっただろうか。
 それを打ち破ったのは、真雪だった。

真雪「……今日は、ありがとうございました」

智「…………」

真雪「智さん、私を励ましてくれるために相手をしてくれたんですよね?」

智「……どうだろうね」

真雪「誤魔化さないでください。髪の毛ぶちりますよ」

智「ぎゃあ」

 それは嫌だ。
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 14:23:11.18 ID:SfQrQuMPo
真雪「全く……本当、智さんってお人好しですよね。ユニットを組んでくれって頼んだ時も、結局引き受けてくれましたし」

智「違うよ。僕はただ――」

 プチッ、と皮膚が引っ張られる。
 痛かった。

真雪「あなたは黙って聞いてればいいんです」

 なんとなく、今はジト目の真雪な気がした。

真雪「……本当に、ありがとうございました」

智「……いえいえ、どういたしまして」

 ここでまた何か余計なこと言って髪の毛を毟られるのはごめんだ。
 素直に受け取っておくことにした。
 真雪から切りだしてきたんだ、もうお礼ついでに言ってしまおう。

智「まゆまゆ、僕の鞄の中に赤いクリアファイルあるからさ、それとってくれない?」

真雪「はい、いいですよ。あと、まゆまゆではなく真雪です」

 心地良かった櫛が僕の髪から離れて、留め具が外れる音がした。
 とって、とはいったけれど実際に観てもらうのは真雪だ。
 そこには、伊代に調べてもらったアクセプタースレのユキ叩きをした人のIPが抜いてある。
 思ったとおり――ユキ叩きを先導していた人のIPはこぞって同じだった。
 単発IDばっかりだったからおかしいと思ったんだ。
 それでも話に流されてユキを叩いていた人もいたけれど、それでもあのとき見た30レスの半分にも満たない。
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 14:34:29.01 ID:SfQrQuMPo
真雪「智さん、これ……」

 軽く眼を通したらしい、真雪の声が聞こえる。
 肩越しに振り返って、淡く微笑んでみた。

智「……少しでも、真雪が元気になるかもって」

 皆が皆真雪を嫌っているわけではない。
 IDをバラバラにして人を多く見せかけたとしても、それが一人だとわかってしまえば意味はないだろう。

真雪「……これ、犯罪ですよ?」

智「それほどまでに真雪のことを思ってたってことじゃ……ダメ?」

真雪「…………」

 ぺらぺらと捲る。
 その音に混じって、真雪のため息が聞こえた。

真雪「全く……本当、こんなことしなくてもこれだけがスレの総意じゃないってわかってますのに……」

真雪「流れをこっそり変えようとしてる人もいましたし、ばかみたいに真正面から文句をいう人もいました」

真雪「ま、全部自演だなんだと切り捨てられてフルボッコでしたけどね」

 色々な感情が混ざったため息を、またひとつ。

智「でもさ、そういうものを見せられたらまた違うでしょ?」」

智「頭ではこれ自演じゃないの?とか思ってても確証がなくて落ち込んじゃうけど、実物をみたらそんなのを見てもほくそ笑むことができるでしょ?」
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 14:43:39.63 ID:SfQrQuMPo
 クス、とまた一つ。

真雪「智さん、性格悪いですね」

 僕もまた、笑う。

智「僕は勝つことが大好きなの。勝利の味をしゃぶりつくしたいんです。1Fでレベルあげてニンジャになってゴブリン無双するとかそんな感じの」

智「圧倒的な力と陰湿な策略で、よわっちー虫けらを高笑いしながらぷちっ、とか特に好き」

真雪「本当に最低ですね」

 でも、とまた真雪は続ける。

真雪「ありがとうございます。スレの人のことはあまり悪く思いたくなかったんですが、誰かの策略だってことは理解できましたので」

智「いえいえ」

 実際に僕がお礼を言われるようなことは特にしていない。
 伊代に頼んで調べてもらっただけ、それを真雪に渡しただけだ。
 でも、なんとなく真雪が喜んで清々しい気分。

智「それじゃあ、改めまして。帰ろうか?」

真雪「はい。あ、駅まで送りますよ」

 真雪はクリアファイルを戻した鞄を僕に渡してくれて、僕はそれを受け取りつつ笑顔で答えた。

智「うん、それじゃあよろしく」

 夕焼けに染まる道を、僕らは行く。
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 14:50:52.40 ID:SfQrQuMPo
 芝生の上で話していたのと同じように、またとりとめのない話をする。
 やっぱり、真雪は笑っている方が可愛いと思う。
 だってアイドルだもんね。

 帰宅ラッシュ。僕が来た時より多くの人が出入りする新高倉駅。
 その時計台の下で僕は真雪に軽く振り返る。

智「ここまででいいよ、ありがとう」

真雪「いえ、こちらこそ。良い気分転換になりましたから」

 本当、なんとなく憑き物がとれたような顔してる。
 まだ僕は微笑んで、改札に向かって踏み出そうとして。

真雪「待ってください」

 真雪の声が聞こえて、また振り返る。
 道行く会社員らは僕らのことなどまるで気にも止めずに、直ぐ横を通って行く。

智「……なあに?」

真雪「えっと……その……ありがとうございました、本当に。感謝してます」

 真雪の顔が珍しく赤い。
 それに微笑んで、僕もまた言葉を紡ごうとするが、真雪に遮られる。

真雪「だからっ!智さんもその――秘密のこと、喋りたくなったらいつでもいってくださいね」

 心臓が、止まったように感じた。
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/01/27(木) 15:02:03.60 ID:SfQrQuMPo
 黙ってはいけない。取り繕え。
 つばを飲み、冷や汗をかいていないことを願いつつ喉から言葉を捻り出す。

智「どう、して……」

真雪「わかりますよ。今までは私だって嘘をついて生きてたんですから」

 なるほど、と理解する。
 真雪は今まで嘘をついて生きてきた。
 アイドルである自分を隠しながら生きてきたのだ。
 ならば、男の子であることを隠しながら生きていることがバレたって、おかしい話ではない。
 僕が、そのことを苦しいと思っているのだから尚更。

真雪「智さんの秘密。……苦しくなって、どうしようもなくなったら――私に言って下さい。私、先輩ですから」

 それに、私も秘密を智さんに話しましたし、と。
 照れくさそうに、しかし胸を張って真雪は言う。
 それに対して、僕もぎこちなく笑顔を返す。

智「う、うん。……それじゃあね、また今度」

 同時に、僕は雑踏へ踏み出す。
 逃げるように。
 その場から、離れるように。


 失敗した、失敗した!
 あまりに近づきすぎた!
 いや、もしかしたら最初から気づいていたのかも知れない。敢えて言わなかっただけかもしれない。
 落ち着け、僕。 冷静になれ。頭を冴え渡らせろ。
 深呼吸して、鼓動を整える。
 どちらにしても――まだ秘密までバレていないし、真雪もそれを暴こうとはしないだろう。
 でも、それでも、もしかしたら――――
 真雪の手伝いをするのは、これ以上はやめた方がいいかもしれない…………
 それを塗りつぶすように、言葉が脳裏に響いた。
 『大丈夫。真雪は、大丈夫』、と。
 先程まで弱気になっていたというのに、僕には――根拠もなしに、何故かそう思えた。
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/27(木) 15:03:47.85 ID:SfQrQuMPo
 次からHermの痕跡を追います。
 とりあえず中断。
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/27(木) 15:06:16.31 ID:eJjXC7/zo
wwktk
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/27(木) 20:02:25.03 ID:pTHEFLhKo
ジト目って可愛いよね
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/28(金) 20:53:43.83 ID:/i1sTcvXo
 申し訳ございませんが、明日から六日ぐらいまで試験が連続していますので更新できません。
 ご了承くださいませ……
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/28(金) 21:00:11.79 ID:JBZ3gOgVo
合格して続きかいてくれよwwwwww
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/01/28(金) 23:07:03.94 ID:Opye5Rfoo
かなりお預けだな・・・
まあ落ちないから安心だ

私立かな?試験頑張れ
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/05(土) 18:15:43.49 ID:JXV5kBgko
 一週間で五つの試験……終わった……
 本命は落ちたけど……滑り止めは受かったからとりあえずは安心だ
 あとは結果待ちで、U期受けるかどうか決めるか。

 明日予定します
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/05(土) 18:24:43.50 ID:QgQpbWugo
おめでとうと言っていいのだろうか

再開待ちます
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/06(日) 22:47:05.09 ID:Qs8PtHFGo
よし……じゃあおとぎ話を続けよう。
一週間ぶりだから書き方手探りだから少しゆっくりかもしれんけどね。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 23:02:01.87 ID:Qs8PtHFGo
 ――それから。
 僕と真雪の距離はどことなく、更に近くなったような気もする。
 溜まり場に行くのと比べると半々ぐらいだろうか。
 どうしてだろう、近づきすぎるのは駄目だと分かっているはずなのに。
 大丈夫だ、という思いが心の底に染み付いて離れない。

智「……どうしてかなぁ」

真雪「?智さん、どうしました?」

智「いいや、なんでも」

 そんなわけで、今日も今日とて真雪の家にいる。
 最近こっちに来たら真雪の家に寄るのも通例になっていた。
 いや、勿論此処に来るためだけに高倉市に来るわけじゃない。真雪の仕事の見学だったり、例の企画の話が僕を交えてあったり。
 ソッチの方の話はまだこちらでも話が出ていないし、進んでいる、とは言いがたいけれど。
 だから僕ももう暫く活動を続けることになりそうだ。
 ちなみに今日はボイストレーニングがあった。僕はそもそも男だから出せる音域にも限界があるのだけれどそれを広げるためのトレーニング。
 正直、結構しんどい。

真雪「はい。紅茶でよかったですよね?」

智「ありがとう」

真雪「いえいえ。そういえば、智さんってコーヒー派でしたっけ?」

智「どちらかというと、だけどね」

真雪「お嬢様みたいなのに意外ですよね。あのライブの様子だと、なんかこう、屋外のテラスでお姉様とかいう後輩と優雅にティータイムに勤しんでそうです」

 真雪の部屋には漫画やゲームが多く、発言もそれらに連動していることが多い。
 今回のはこれまた、絵に書いたようなお嬢様像だ。

智「それは漫画の中だけでしょ。……いや、強ちそうでもないのかな?」

 宮和とか、それっぽそう。

真雪「わかってます、いるとしてもめったにいませんよね。紅緒さんとかも智さんとはベクトルの違うお嬢様ですけど、そんな姿微塵もありませんし」

智「そうなんだ?」

 世間話もそこそこに。
 折り畳み椅子を真雪の横に開いて、そこに座って共にパソコンを見る。
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 23:14:30.02 ID:Qs8PtHFGo
 真雪の巡回サイト――ネットニュースサイトや、結奈のホームページ――などがパッパッと目まぐるしく表示される。
 もう最近はどの順番でどのサイトを開くのか大体分かってきた。

真雪「あ、この漫画アニメ化するんだ」

智「え?どれ?」

真雪「これです。私の本棚にもありますので、読みたかったら借りていってください」

智「うん、そうするね」

 真雪の読んでる漫画はマイナーなものも多いが、面白い物も多数ある。ハマってしまいそうなぐらいだ。
 ニヤリ、と真雪の浮かべた笑みと共に眼鏡がきらりと光った気がした。

真雪「まぁ、それはあとにして――と」

 ダブルクリックで開かれるのは今やもうお馴染みとなったアクセプターwiki。
 そして、その本スレ。
 あの叩きのあと、真雪がまた投下したことによってまた火が燃えている。
 ……ちらりと真雪を横目で見る。眼があった。
 ふっ、と嘲る。

真雪「……流石に、もうなんともありませんよ。叩きが怖くてネット住民やってられません」

智「……そうだね」

 前に比べれば十分落ち着いている。
 また何かあれば今度はもうひとつの提案だったカフェにでも連れて行ってあげようか。
 こよりとかアヤヤとかなら安くて美味しい場所を知ってそうだ。
 考えながら、僕は紙コップに注がれた紅茶を飲み干す。

智「それにしても……Harmさん、だっけ?全く出てこないよね」

真雪「そうですねー……あ、紅茶おかわりいります?」

智「うん、お願い」

 そういって真雪が二リットルのペットボトルに手を伸ばす。
 僕はつい、とマウスを掴んで、アクセプターwikiの履歴を辿ってみた。
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/06(日) 23:25:38.71 ID:G1otEhNPo
アーーーーッ!!
Harmさーーーーーーーん ;;
283 :うぁ、HarmじゃなくてHermだった…… :2011/02/06(日) 23:28:01.87 ID:Qs8PtHFGo
 直前の更新履歴。
 『Ver.0.9をアップしました』
 簡素な報告のみが足跡として残っていた。
 その日付は、本当に随分前の物。一ヶ月より更に前だった。

真雪「Hermさん、口数はあまりなかったんですよ。でも律儀な人だったことは文章からよくわかりました」

智「そうみたいだね」

 真雪がよそってくれた紙コップを受取り、マウスを手渡す。
 ほら、とでもいうように真雪はそのまま履歴をスクロールする。

 『Ver.0.8をアップしました』
 『Ver.0.7をアップしました』
 『本スレ>>125氏作成のロゴを使用させて載きました』

 ――なんて、本当に更新の報告ばかり。
 でも中々に近間隔だ。
 真雪の言うとおり、真面目な人だったのだろう。


 ――何か、引っかかった。


真雪「それじゃあ、戻しますね」

智「まって、まゆまゆ」

 左上の戻る、までカーソルを移動しかけ、それが止まる。
 真雪が顔全体で僕の方をみて、首を傾げる。

真雪「どうかしましたか?」

智「いや……」

 どうして、僕は止めたんだろう。
 何かが引っかかった。でも何が引っかかったのかわからない。
 なんだろう、なんだろう、なんだろう……
 真雪も怪訝そうな顔をしている。何か、いわなきゃ……!
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/06(日) 23:37:51.14 ID:sxns8Wz/o
おかえり待ってたよ
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 23:47:31.42 ID:Qs8PtHFGo
智「り……履歴、見てみない?」

真雪「それはまた、どうして?」

智「いや、なんとなく。今回は随分時間開いてるみたいだけど、この頃は近間隔で、昔はどのくらい開いてたのかなって」

 とりあえず口から出任せだ。
 何があるのかはわからないけれど、僕がなんとかしなきゃ進まない。

真雪「……そうですね。本当にもしかしたらですけど、昔も開いてたことあるかもしれませんしね」

 多分、それはないと真雪もわかっている。
 ユキ、天國、Herm。スレに三人しかいないコテハン。
 それが意味するところは、単純に考えても昔から居る人だろう。
 だから真雪は大体更新頻度がどの程度だったか知っているはずだ。
 それでも、僕の言った言葉に少し、ほんの少しだけ希望を託してみたのだ。

真雪「…………」

智「…………」

 『Ver.0.5をアップしました』
 『本スレ>>560氏作成の絵を使用させて戴きました』
 『キャラクター紹介のキャラクターを追加しました』

 正しく質素な報告が並ぶ。
 『Ver.0.2をアップしました』と、いうところをようやく過ぎて――

真雪「……あれ?」

 スクロールが止まった。
 かちかち、とダブルクリックされてその場所が黒く反転する。
 スペースたった二つ分――その場所を記される。

智「あれ……何か書いてたのかな」

真雪「そうですね……一つだけならミスかも知れませんけど、二つとなると中々……これ、何か書いた後みたいですね、調べてみましょう」

智「できるの?」

真雪「私を誰だと思ってるんです?数年前に某政府のサイトにハッキングを仕掛けたのを誰が知らないんですか?」

智「嘘だぁ」

真雪「はい、嘘ですね。でも、wikiには更新復歴が残るようになってますからこのぐらいなら簡単に調べられますよ」

 そう言ってついつい、と真雪は素早く操作する。
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/06(日) 23:58:28.92 ID:Qs8PtHFGo
 そこに現れるのは、httpで現れる文字列。

智「……URL?」

真雪「えっと……画像のリンク、みたいですね。ページ先はHermさんの個人ページの中みたいです」

真雪「自分で自作絵をアップしてみたけど、気に入らないから消した――とか、そのへんじゃないでしょうか」

智「とりあえず、見てみようよ」

真雪「ですね」

 そのURLをプラウザのアドレスバーにコピーアンドペーストし、エンターキーを押す。
 404エラー、ページが表示出来ませんでした……なんてことはなく、僅かな数瞬の間を置いて真雪の言うとおり、絵が出現する。
 瞬間、僕らは凍りついた。

智「これ、は……」

真雪「こ、これって…………!?」

 表示されたのは――絵だ。グロでもリョナでもなんでもない、変哲もない絵。
 マイナーなアニメのキャラか、或いはオリジナルのイラストにしか見えない絵だ。

 だが、それは。
 知らない人に関して言えば、の話。

 筒みたいな帽子、コスプレのようなどこの国のものとも言えない奇抜な衣装。
 作者が自ら書いたと思われるその絵は、僕らには簡単に、こう答えることができる。

 『少女A』、と。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 00:16:16.75 ID:nhkcZXkgo
 それは、佇む少女だ。
 それは、唄う少女だ。
 それは、呼ぶ少女だ。

 接続者を呼び集め、コミュを形成する選ばれぬ者には見えない少女。
 五人を集めて一つのプレゼントをした後には影も形も無くなる一つの都市伝説。
 彼女を巡る噂はまた幾つかある。

 ――ある条件を満たせばもう一度会うことが出来る。
 ――もう一度会うことが出来れば為すべきことを導いてくれる。
 ――それは死神で、死の寸前にのみもう一度会える。
 ――或いは彼女は天使で、何れ大いなる救いをもたらす。
 ――或いは、それは……

 全部、ネットの噂だ。

智「これって、やっぱり、どうみても……」

真雪「アレ、ですよね」

 殆ど人とコンタクトを取ろうとしないHerm氏。
 今や全くスレにも顔を出すことのないHerm氏。
 この絵は、実際に見たとしか思えないほどに似ている。

真雪「……これ、タイトルが『singing-girl』……『歌う少女』ってなってますね」

智「少女Aが歌うことも知ってる。じゃあ、間違いなく……」

 突然湧いた、一つの真実。
 そこから、同時に疑念へとつながる。

智「連絡……本当に、ないんだよね」

真雪「……はい。全く」

 疑念が、形を持ち始める。
 ――いや、これはあくまで可能性だ。逆に、接続者でありはじめたから連絡を絶ったということもありえる。
 だから、確信のないことは言うことをよそう。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 00:30:59.76 ID:nhkcZXkgo
真雪「こ、これ……どうしましょう?」

智「えっと……」

 どうしよう。
 Herm氏が接続者だとわかった、だから、それで――?
 まさか接続者全員に聞いてまわるわけにはいかないし、それをするにしてもあまりにも膨大すぎる。
 この街に住んでいることがわかっても、たったこれだけの情報じゃ……
 と、不意に、ピン、と閃く。

智「こんな時こそ、胡散臭いのを」

真雪「胡散臭いの、ですか?」

智「そうそう。今回は騙る方じゃなくて――探偵の方をね」

 『超』・超大事。
 そんな言葉が脳裏に去来した。
 思い当たったのか、真雪も納得の言ったような表情をした。

真雪「……繰莉さんですね。そういえば、前に暁人さんから聞いたんですけど――」

 話を聞く限り、繰莉ちゃんもアクセプターの原作者――もといまとめ役のHerm氏の所在を探っていたらしい。
 なるほど、尚好都合。

智「少しばかり、情報貰うことにしようか」

真雪「でも……どうやって?」

智「うーん……会社とかの依頼なら、こっちから渡すわけにはいかないね。引っ掻き回されそうだし……」

 考えを巡らせる。
 真雪が眼に入る。再び頭の上に電球が浮かぶ。
 もうこうなったら、あるもの全部使っちゃおう。

智「真雪がコテのユキだって明かして、暁人から調べてることを聞いて、Herm氏の事を少しでも教えてほしいって言えば多分なんとか」

真雪「いけますか?」

智「あの人の性格からすると……五分五分ってところかな……」

 あの化猫はあいかわらずにも読み辛い……
 それでも、やらないよりやったほうがいい。

智「兎にも角にも。万が一のことがあったら一大事だし」

真雪「……ですね。探し当てて、Hermさんの無事を確認しましょう」

 顔を見合わせて、頷く。

 ――ここに、Herm氏探索隊が結成したのだった。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 00:32:50.61 ID:nhkcZXkgo
続く。

一時間半で七レスか……微妙なところだな……
モチベーションが上がればスピード速くなるんだけどね。まぁこればっかりはしょうがないか。
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 00:44:34.83 ID:jMrHYpZTo
俺と言うファンがここにいる
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 01:38:27.47 ID:axeE0Ub5o
ここにもファンがいるぞ
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 01:40:39.64 ID:pT3+ViuD0
俺もいるぜ
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 02:02:07.80 ID:QOCyCkVro
ここにもいるぞー
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 02:14:27.24 ID:QuBekQ8V0
お前らだけにいい格好させないぞ
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 09:31:19.68 ID:+SlfMW/Mo
おっと、俺を忘れて貰っちゃ困るな
296 :銀河美少年 [sage]:2011/02/07(月) 14:03:52.91 ID:jMrHYpZTo
颯爽登場! タウバーン!!
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 19:33:19.96 ID:nhkcZXkgo
 >>290-296
 一体……何がおこってるんだぜ……?
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 19:35:49.29 ID:jMrHYpZTo
モチベーションの足しになればと思っての愛読者メッセージなんだぜ
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 19:47:45.24 ID:nhkcZXkgo
 >>298
 なるほろ……
 とりあえず風呂に入ってから書くので一時間前後ぐらいを目処に再開する予定をします。
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 19:49:34.67 ID:7gM1TNrvo
正直荒らしっぽいぞ
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 21:04:21.24 ID:nhkcZXkgo
 >>300
 まぁまぁ、実際そんな一言でも心が揺れ動くのは確かですから。
 銀河美少年だとか反応に困るネタに走られるとアレですけどね。

 じゃ、書きます。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 21:20:16.45 ID:nhkcZXkgo
 Herm氏探索隊の活動が始まった。
 拠点は今までと何も変わらず、真雪の家。
 その活動の様子をご覧いただこう――

 の、前に活動報告を。
 繰莉ちゃんに真雪一人で接触してもらって、情報を明け渡して貰った。
 一応その時の繰莉ちゃんの様子も真雪に聞かせてもらったけれど、何も疑っていない様子だったらしい。
 とりあえずは一安心。ほとぼりが冷めたら繰莉ちゃんだけじゃなくて僕のコミュを集めて報告をしようと思う。
 ちなみに真雪はもう瑞和達に話したりしている。アイドルだということは秘密にしておいて。

 僕の方は溜まり場の方には暫く行けない、と言っておいた。
 多分アイドル活動の方だと勝手に解釈してくれたのだろう、普通に頷いてくれた。
 まぁ宮和や惠、央輝も来るようになっているから別段問題ないだろう。伊代も緩衝材になってくれるはずだ。
 その伊代に頼れば……こんなことを一切しなくて済むのだろうけれど。

智「……また、ダメ?」

真雪「はい……やっぱりユキの名前が良くないみたいで……」

 メールボックスに届いたメールを見て、僕らは嘆息する。
 僕らがいましていることは、Herm氏のIPを調べる作業。
 繰莉ちゃんからの情報で、とある人とHerm氏のメールのやりとりの内容を知った。
 その中に『雷雨で停電があってデータが消えた』という一文があった。
 そのメールのあった日――雷雨で停電したのは高倉市の北部の方のみ。それでもまだ十分に広い。
 だからこそ、こうしてIPを割り出す作業にかかっているのだ。

真雪「でも……IPがわかったところで、どうするんです?もう一度繰莉さん使うんですか?」

智「いんや。そこで僕のツテを使います」

 つまり、伊代を。
 IPから住所を割り出す、なんてことはきっと伊代には造作も無いことだと思う。
 IPから全部を調べてもらう、ということは流石にはばかられる。前に頼んだ時には伊代にも釘を刺されたことだし。

真雪「……そんなことできるツテがあるんですか?」

智「うん、まぁ色々と」

 そんなことを話しながら、真雪はまた見つけたアクセプター関連のサイトを調べ、Herm氏の足跡がないか調べる。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 21:27:36.47 ID:axeE0Ub5o
>>300
思った
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 21:34:47.05 ID:nhkcZXkgo
 そうして、何も手がかりがないまま三日。
 そろそろ精神的にも参ってくる頃だ。

真雪「うーん……やっぱりうまく行きませんね……」

智「そうだね……」

 二人して頭を悩ませる。
 真雪は関係する知り合い殆どにあたったらしい。以前に瑞和の家に非難する原因となった押しかけにも、だ。
 そこまでしても見つからないと、本当に諦めの気持ちもわいてくる。

真雪「……一度、休憩しましょうか」

智「そうだね。……そうだ、真雪。僕、まだあのアクセプターのゲームやってないんだけど」

真雪「そうなんですか?なら体験ということでここでやってみましょうか」

 真雪はスタートに登録してあったショートカットから素早くゲームを開く。
 ゲームが始まった。

 内容は結構なハードボイルドな風で始まった。
 主人公の礼道要が深夜の街の影から影へと走り、人外の『同類』を倒す。
 そして、その『同類』に襲われていた三人組の少女に対して、今見たことを忘れろという――
 そこまではよかったのだ。問題はここから。
 だがその三人組の少女は、特撮オタクっ娘だったのだ。
 淡々と敵を倒す要に彼女たちは必殺技の提案をしたり、なんなり、と話をズレた方向へ持っていく。
 最初のハードボイルドは一変して、ギャグ調のノベルゲームになったのだ――

 勿論、ノベルゲームだ。立ち絵がある。
 だから僕は、なんとなくそれが引っかかった。

智「……ねぇ、真雪。このゲームってHermさんが作ってるんだよね?」

真雪「ええ、まぁ。シナリオを編集したり、BGMを借りてきたり……ですね」

 それはそうだ。BGM等も一人で作れたらどれだけ多才だという話になる。
 だからきっと、僕の予想は正しい。

智「じゃあさ、この立ち絵――これも、どこかからもらってきたんじゃない?」

真雪「――あ」
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 21:47:28.39 ID:nhkcZXkgo
 意外な盲点。
 態々アクセプター関連のサイトを巡って足跡を探していかなくとも、逆にHerm氏が借りてきた場所には足跡があることになる。
 すぐさまタイトル画面に戻り、スペシャルを開く。
 そこには、キャラクターの名前、その横に提供してもらったサイトが書いてあった。

真雪「……このサイトも、このサイトも……まだメールをしていないサイトですね」

智「ビンゴだね」

 顔を見合わせて、笑う。
 そして軽く握った手をぶつけ合った。
 気分転換も、たまにはいいものだ。別視点から物事を考えるにはうってつけなのだから。
 メールボックスを開き、そして真雪が内容を打とうとして――止まる。

真雪「…………」

智「まゆまゆ?」

真雪「……大丈夫、でしょうか」

 それは恐らく、今まで出したメールの返事からだろう。
 オブラートに包んで返してくれる人もいるにいたが、あからさまな敵意を向けて切り捨てる人も少なくはなかった。
 スレなら匿名だけれど、直接言われると結構響くらしい。

智「…………」

 僕は黙って、真雪の小さい背中を叩く。

智「まゆまゆの気持ちが伝わったら、きっと応えてくれるよ」

真雪「でも……」

智「だいじょうぶ」

 ――いつか、夢の中で聞いた誰かの口調を真似る。
 その時の僕は何かがあって冷静でなかったけれど、その言語に温もりを感じた。
 だから僕はその誰かの口調を真似て、もう一度。

智「だいじょうぶ」

 ――真雪には、僕がいるから。
 言外にそう告げる。
 真雪が僅かに不安そうな顔で僕を見た。僕はそれにその不安を吹き飛ばすようにとびっきりの笑顔で答える。
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 21:55:59.67 ID:nhkcZXkgo
 目を瞑り、大きく深呼吸。
 その後、真雪は力一杯腕を伸ばした。
 こきこき、と関節が音を立てる。
 そして一言。

真雪「よし」

 そういうと真雪は手をキーボードに伸ばして、カタカタとキーを打ち始めた。
 打ち慣れた文面。誤字がないか見直してから送信ボタンを押す。
 ……が、真雪はそれを押さないで全て一旦消去した。
 それに、僕は何も言わない。
 真雪は再び文章を打ち始める。今まで送ったものとは全く別の文章で。
 二回、三回と修正しつつ――完成したメールを確認する。

真雪「……これでダメなら、もう諦めてもいいです」

智「大丈夫だよ。きっと、伝わるから」

 送信ボタンへマウスを動かす真雪の手に僕の手を重ねる。
 体格の差もあって僕よりずっと小さな手は、しかし僕よりずっと力強かった。

真雪「じゃあ、押します」

智「うん」

 カチ、と一度。
 送信ボタンが一度凹み、設定されたアニメーションが流れる。
 そしてほんの数秒後、『送信が完了しました』と表示された。

真雪「……あとは結果をまつだけ、ですね」

智「そうだね……」

 日が暮れるまでは、まだ随分と時間があった。
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 21:56:12.00 ID:QuBekQ8V0
きてたわあ
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 22:12:29.88 ID:nhkcZXkgo
 その後、日はどっぷりと暮れて。

智「じゃあ攻撃」

真雪「あ、だめですよ。その前にデッキから一枚と、雪コスト2払って『嘘つき』使います」

 二人してカードゲームを興じているとき、パソコンから『メールでございます、お嬢様』と言う声がした。
 僕と真雪は同時にパソコンの方を見て、そして顔を見合わせる。

真雪「きましたね」

智「そうだね。早速見てみようか」

 素早くパソコンの前に移動して、その新着メールを開く。
 ネームは、『Terato』。多分『Terato Blog』の管理人だ。
 名前は忘れたけれど、怪物の一人の絵をデザインした人。
 ごくん、と唾を飲む音だけが部屋に響き、本文へスライドする。

テラト『ユキさんからのメール拝見しました――』

 始まりがそう綴られたメールは、以下のようなものだった。
 Herm氏の消息については自分も気になっていること。ユキが近所らしくて驚いていること。
 IP開示は繊細な問題なので、チャットで話してそれから決めるということ。
 そのすぐ下には待ち合わせるチャットルームのURLがあった。
 これから一週間、六時から十二時までそこで待機してくれるらしい。
 時計を見れば、もう六時は過ぎている。

智「真雪」

真雪「……はい。早速行ってみましょう」

 そういって真雪はパソコンの前の席を僕にゆずる。

真雪「智さんもお願いします。私はモバイルから入るので、智さんはパソコンから」

智「うん、わかった」

 ベッドに座る真雪を横目で見ながら、僕はパソコンの前に座ってそのアドレスへアクセスする。
 さて、名前は……『わくわく』でいいかな。
 振り向いて、真雪とアイコンタクト。そして同時に、インする。
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 22:27:00.61 ID:nhkcZXkgo
 ――わくわくさんがチャットインしました。
 ――ユキさんがチャットインしました。

ユキ:はじめまして、Teratoさん

わくわく:はじめまして。ユキの付き添いです

テラト:ども。はじめましてユキさん、わくわくさん

 そんな感じで始まったチャット。
 テラトさんは別にアンチユキというわけでもなく、どちらかというとユキファンの人だった。
 メールの文面からも予測できていたことだけど、これにはとても安心した。
 話を少し聞くと、今のスレでは肩身が狭くて、その荒らしてる人の手動は天國さんでないかと疑っているみたいだった。
 真雪は答えづらく声を漏らしたので、僕が『そうかもしれませんけど、ユキは同じスレの人は疑いたくないって言ってます』とフォロー。
 それに対してのテラトさんの発言は好印象だ、というものだった。
 そして数分後。

テラト:わかりました。IPは書いたtxt圧縮してユキさんのメールアドレスに送ります

ユキ:ありがとうございます!

わくわく:ありがとうございます!

テラト:いえいえwwそれよりお二人とも仲いいみたいですね。同級生か何かですか?

ユキ:バイト仲間……みたいな感じです。仲はいいですよ

テラト:ひょっとして、付き合ってるとか?

智「いやいやいや」

 つい言葉に出して突っ込んでしまった。
 慌ててそのまま打つと、ユキも同じ発言をしていた。
 テラトさんは笑い、じゃあ、応援しています、という言葉と共に落ちた。
 それを追うように、僕らも退出する。

 ――わくわくさんが退出しました。
 ――ユキさんが退出しました。
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 22:41:19.88 ID:nhkcZXkgo
真雪「メール来てます。パスは『accepter』」

 アクセプター。
 元々はaccept。意味は受け入れる。
 つまりアクセプターは受け入れる者、という意味だ。
 テラトさんは真雪の申し出を受け入れてくれた。アクセプターだけに、なんていうかすごいと思う。

智「よかったね、いい人で」

真雪「はい。でも彼氏彼女はないですけどね。私たち二人とも、女の子ですから」

智「あはは」

 僕は軽く笑って、茶を濁す。
 ――きっと、真雪に僕の本当の性別を明かすことはない。
 こころ苦しいけれど、これはやっぱりそういうモノだから。
 真雪は僕が避けた椅子に座って、圧縮ファイルを開く。
 中には『今度オフ会でもしましょうww』というメッセージと共にHerm氏のIPアドレスが記されていた。

真雪「えへへへ」

智「ふふっ」

 また、二人顔を見合わせて笑う。

 僕はその後、伊代に起きていることを確認して今回の用事を告げた。
 何かいってきたらどうしようか、といくつか考えがあったけれど、以外にも伊代は返事二つで承諾してくれた。
 本当に、感謝してる。今度何か奢ろらせてもらおう。
 僕はそう決意して、携帯を閉じる。

 外は、すっかりと暗くなっていた。
 僕はただそれを見て、偶然眼に映った月が綺麗だなぁ、としか思わなかった。
 ……もうそんな時間になっていることが、どんな結末を生むか知らずに。
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 22:53:29.31 ID:nhkcZXkgo
真雪「智さん、智さん。ご飯食べていきます?」

智「うん、お願い」

 本当ならこの時点で気づくべきだったのかも知れない。
 もう夕食を食べる時間――七時をとっくに過ぎていることに。

真雪「じゃあ、さっきの続きしましょうか」

智「いいよ。今度こそ負けないから」

真雪「ふっ、ベテランの力を見せてあげます」

 また、二人でカードゲームをして。
 三回ぐらい終わって、ふと時計をみる。

智「九時半か……九時半!?」

 時計を二度見して、思わず叫んでしまった。
 しまった、ここまで長居するはずじゃなかったのに!
 この街の駅周辺はそれなりに柄の悪いのがいる。アバターがいるとはいえ、危険にはかわりない。

真雪「……どうしました?」

智「ぼ、僕帰らなきゃ!」

真雪「ああ、それなら泊まっていったらどうですか?明日日曜ですし、問題はないでしょう?」

 真雪が笑顔でそう提案する。
 その顔を見て、僕はギクリとした。
 きっと、真雪は――初めからそうさせるつもりだったんじゃないだろうか、と。

真雪「ベッドはこれ一つしかありませんけど、二人ぐらいなら入りますし」

智「いや、でも僕、」

真雪「外は危険ですよ?アバター見られたら、ラウンドから制裁くるかもしれませんよ?コミュ狩りにも顔が割れて狙われるかも」

智「うっ……」

 僕がひるんだ隙を、真雪は見逃さない。

真雪「泊まって、いきますよね?」

 僕には、縦に頷く選択肢しか残っていなかった。
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 23:01:13.75 ID:QuBekQ8V0
これはわくわくする展開
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 23:03:32.34 ID:nhkcZXkgo
 結局、お風呂も借りて。(この時、細心の注意を払った)
 寝間着はないから普通に私服で寝ることになった。

 ちなみに、寝る場所をわけようと奮闘したわけですが、無駄でした……

真雪「それじゃあ、電気消しますよ」

智「……うん」

真雪「なんで背中向けてるんですか?」

 今の僕に出来る最大限の抵抗。
 それは壁……というか窓のほうを正面にして寝る。これで向い合って寝るという愚行を避けることができる。
 理由は……特に思いつかなかったけど。

智「いや……なんとなく」

真雪「……まぁいいです」

 そういうと、真雪は電気を消した。
 もぞもぞ、と背中の方に真雪が潜ってくる。
 そして、沈黙。
 僕と真雪の二人分の息と、やけに大きく聞こえる秒針の音だけが部屋に響いていた。

智(……寝た、かな?)

 僕がそう思った瞬間。

真雪「智さん、まだ起きてますか?」

 びくんっ!とするのを無理矢理抑えつける。
 ……バレてない、だろうか?

真雪「……寝てるんですか?」

智(ねてますよー、熟睡中ですよー)

 僕は心の中でつぶやく。
 また、後ろで真雪が身じろぎする。
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 23:15:21.18 ID:nhkcZXkgo
 そして、後ろから。

智(ッ!?)

 真雪の小さい手が、僕を抱きしめるように伸びてきた。
 僕は身体を固まらせて、何が起きるんだ!?と思考を巡らせる。

真雪「……智さん、もし起きてたら、聞いてもらえますか?」

 ……真雪、本当はわかっててやってるんじゃないの?

真雪「私、智さんに凄く感謝してます」

 その言葉には、嘘は混じっていなかった。
 ぎゅっ、と僕を抱きしめる力が強まる。

真雪「アイドルの仕事を引き受けてくれたのもそうですし……私が叩かれた時、励ましてくれて、すごく励みになりました」

 つまり、これは真雪の心からの気持ち。
 真雪が僕に対して抱えていた、感謝の思い。

真雪「それに……今日も、励ましてくれなかったらもしかして……私、諦めていたかも知れません」

智「…………」

真雪「智さんがいて、ただ言葉をくれただけで……すごく、嬉しかったんです」

 真雪だ。
 今ここにいるのは、柚花真雪だ。
 アイドルも、オタクも、SS作家も、何もかも全部ひっくるめた、素の柚花真雪だ。

真雪「だから、改めてお礼を言います」

 彼女は、囁くように、優しく告げた。

真雪「ありがとうございました、智さん」

 真雪が自分の身体全体を僕に押し付けてきた。
 小さい身体でも、どくん、と心臓が跳ね上がる。
 思わず唾を飲み込みかけて、ぎりぎりで堪える。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 23:18:20.01 ID:nhkcZXkgo
 そのまま、一秒、二秒、三秒、四秒…………

真雪「……おやすみなさい」

 真雪の手が離れる。
 小さく、しかし力強い手が僕の背中へと消える。

 真雪は寝たのかどうかわからない。
 それでも、僕は先程の真雪の独白に、答えるように言った。

智「こちらこそありがとうね真雪。それから、これからもよろしく」

 僕の言葉に対するのは、寝息のみ。
 振り返らずとも、真雪がなんとなくどんな表情をしているかわかった気がした。

 目の前のカーテンの隙間から星空が僅かに見えた。
 今日は、よく眠れそうな気がした。
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/07(月) 23:21:16.47 ID:nhkcZXkgo
 本日はここまで!
 次回は未定です。

 どうでもいいけど、智とロンドって声優同じなんだよね……なんとなくにつかない感じがしてならない。
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/07(月) 23:28:07.63 ID:QuBekQ8V0
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/08(火) 02:36:15.68 ID:8xjlxYY7o
おつかれ
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 00:06:54.25 ID:npTPbt5co
 今更ながら、どうしてエクストラを先に始めたのかと思うこの頃……
 クイックロードします
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 00:20:33.80 ID:npTPbt5co
 伊代から連絡があったのは、翌日の昼間の事だった。
 真雪が起きた後もベッドの中で惰眠を貪っていた僕はその着信音に叩き起こされる。
 メール内容は僕が教えた情報で絞り込めるだけ絞り込んだ住所四つ。
 それと、簡潔なメッセージ。
 『頼まれたこととは関係ないけれど、アイドル活動が忙しくてもたまには溜まり場に顔を出してね。皆待ってるからね、智』とのこと。
 メールの最後に僕の名前を付けているところ、伊代らしい。
 溜まり場、早く顔を出せるようになるといいなぁ。

智「ってわっ!?」

真雪「あ、どうぞお構い無く」

智「いやいやいや!横からメール覗かれてたら気にするよ!?」

 しかも音すらなかったし!
 そんな僕の驚きはなんのその、真雪は僕の横に並んでベッドの上に腰掛ける。

真雪「どうやら、住所絞り込めたようですね」

智「うん、そうみたい。あの日に停電があって、このIPアドレスの家は四つだけみたい」

 それでも四つ、というべきか。
 足で尋ねるには多いのか少ないのかわからない、なんとも中途半端な数だ。

真雪「それにしても、皆待ってるですか……」

 ふぅ、とため息を吐いて、真雪はベッドを背に倒れる。
 ぽふん、と軽い音がした。

智「……どうかしたの?」

真雪「いえ……少しだけ気になったことがありまして」

 真雪はベッドに伸びたまま、僕の方を見る。
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 00:35:49.28 ID:ARSJ/mOwo
寝ようとしたらキテルーww
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 00:37:12.61 ID:npTPbt5co
真雪「私は――私たちは、コミュです。黒い竜で繋がれた運命共同体です」

 この場でいう私たち、というのは真雪、瑞和、紅緒、お春さん、伊沢のことを指している。
 黒い竜、バビロン。
 それに繋がれた五つの命は、バビロンが破壊されると共に命を落とす。即ち運命共同体に違いない。

真雪「それでも、繋がっていても、私たちはギブアンドテイクの関係なんです」

真雪「暁人さんはフェミニストですから泊めてとかくれましたけど、でもやっぱり私たちは知り合いの域を出ないんです」

 繋がれたのは、切欠だ。
 その人と仲良くなるための権利を得た状態。
 いうなら、道端で、曲がり角で通りすがりの人とぶつかることとなんらかわりはない。
 そしてそのまま進まず――しかし繋がれているから、必要最低限の接触はしている状況。

真雪「それなのに――智さんたちは、繋がれてないのに」

 その人が例え死んだとしても、心以外のことに置いて全く人生には些細ないはずなのに。
 それなのに、どうして共にいるのか、呼ばれて、仲良くできるのか。
 理由は簡単。僕らは皆呪われている。運命共同体ではないけれど、同じ運命を辿ってきた仲間。皆一人ぼっちだった、そして初めて出会えた仲間だから。
 そのことを真雪は知らない。だからそういうことを言える。
 でも、僕は別に怒ったりはしない。
 ただ真雪は――僕らのことをうらやましがっているだけなのだから。

智「なれるよ、真雪だって。瑞和や、紅緒たちと。ただ歩みよって、互いのことを話せば仲は深まるんだから」

真雪「……親ですら、血のつながりがあっても、深まるとは限らないのに?」

 ――この部屋に真雪の母親はいない。
 ――この部屋に真雪の父親は来ない。
 それでも。

智「――それでも、だよ」

智「血の繋がりですら絆を肯定できなくても、それが否定していることにはならないから」

 僕らが、その証拠だ。
 血の繋がりのない僕ら。同じ境遇だけな、偶然道を共にした僕ら。
 そんな僕らでも、今は絆で繋がれているのだから。
 真雪がそれを出来ない理由はない。
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 00:47:12.33 ID:npTPbt5co
智「嘘の仮面を被るのをやめて、自分の弱音をさらけ出して」

智「それで、あとは一緒にお風呂にでも入れたらもうそれで十分だよ」

 どの口がそんなことをいうんだ、と心の底で誰かが僕を糾弾した気がした。
 胸が痛い。心臓が張り裂けそうだ。
 でも、僕はその口を止めない。
 なぜだろう、自分が苦しんでまでそうする理由はないはずなのに。
 ああ――簡単だ、そんなこと。
 嘘つきの僕と、嘘つきの真雪。まるで鏡を見ているようで。
 そんな自分によく似た真雪に、落ち込んだ顔をしてほしくない。ただそれだけの話。
 これも一つの、絆。
 僕と真雪を繋ぐ、類似点と云う名の糸。

真雪「――例え、繋がれてなくても?」

智「――例え、繋がれてなくても」

 絆を結べる。
 友にもなれる。

智「真雪はいい子だから。大丈夫、僕が保証するよ」

真雪「智さん」

 真雪は今にも消えそうな、淡い笑みを浮かべる。

真雪「……ありがとうございます。なんだか智さんにはいつも弱音を吐いてばかりで」

智「それだけ信頼してるってことなら、嬉しいかな」

真雪「うふふ」

智「あはは」

 笑う。
 心のそこから。
 鏡合わせの僕らは、やはり共に笑う。

真雪「これも――智さんのいう絆ですか?」

智「真雪がそう思うのなら、そうなんだよ、きっと」

 それから、また僕らは暫く笑いあった。
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 01:01:35.03 ID:npTPbt5co
真雪「……さて、本題に戻りましょうか」

 今度は椅子に座って僕と向かい合う真雪。
 ちなみに僕は先ほどと相も変わらず、ベッドに腰掛けている。
 僕の携帯から書き写した住所を書いた紙を、真雪は透かしてみる。

真雪「住所を絞れたのはいいんですが……これからどうしましょう?」

智「順当に考えれば、順番に訪問するのが手っ取り早いんだけど」

真雪「Hermさんが接続者なら……きっと警戒しますね」

智「だね」

 僕と真雪は頭を悩ませる。
 その四人の中からHerm氏を見つけて、接触する方法だ。
 実際に尋ねる、電話――どちらも接続者なら、恐らく警戒するだろう。

真雪「何か、メールアドレスが分かる方法があればいいんですけど……」

智「いや、それじゃあ変わらないし……わかってたらそもそもこんな回りくどいことする必要もなかったし」

 メールアドレスだなんだのといっても、わからない。
 多分伊代でも……いや、伊代なら分かりかねないけど、流石になんども頼むのは気が引けるし。

真雪「そうですねぇ……わかるのは、住所と電話番号ぐらい。メールもダメとなるなら……やっぱり直接尋ねるしかないんでしょうか……」

 住所と電話番号。メールはだめ…・・
 ……あれ?

智「あれ、メール……できるんじゃない?」

真雪「えっ、本当ですか!?どうやって?」

智「アナログ・メール。今でもやる人はいるよね」

 メールが普及する前は、これでやり取りするのが普通だった。
 英語の教科書とかでもたまにそういうのがあったりしたような気がする。

智「お手紙書こう」

真雪「おお……古の技術が」

 古というほど昔じゃないと思うけど……
 とりあえず、突破口は見えた。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 01:05:05.03 ID:RJFLv4240
きてるー
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 01:15:49.94 ID:npTPbt5co
 内容は簡潔に。
 冒頭には『お間違いでしたら失礼します』と但し書きを書いて、自分(ユキ)と名乗る。
 もしもHermさんなら下記のメールアドレスに連絡をお願いします、と。
 ちなみに、僕が例の絶妙な遠まわしな言い方を使って(『拝啓、母上さま』と書いたものと同じように)書こうとしたら、真雪に怒られました。

真雪『読めませんよ!これとか、これとか!これも!』

 ゆとりばんざい、アイニードゆとり。


 そんなこんなで真雪主導のもと、まともなアナログ・メールを送ること三日。
 真雪が手紙に書いた捨てアドにデジタル・メールが返ってきたことを聞いた。
 ここ二日間、連続で溜まり場に行っていたから少しだけ顔を出して理由を告げて、こうして真雪の家にお邪魔させてもらっている。
 ……もう何度目か、数えるのをやめた。

智「それで、Hermさんからきたの?」

 僕が尋ねると、真雪は少しばかり眉を潜めた。

真雪「いえ……実はHermさんからじゃなくて、Hermさんのリアル友人からなんですよ。それも内容が少し変で……」
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 01:22:14.62 ID:lVbXCOV00
確かに短編かと思ったら真雪編しっかりやってて笑ったwwwwwwww
まあvipじゃないしのんびりやればいいよ

328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 01:34:55.93 ID:npTPbt5co
智「変?しかも、Hermさんの友人って……」

 普通、それならHermさん本人に届くはずだ。

真雪「はい。Hermさんがその人の家でネットを借りていたのかどうなのかは定かではありませんけど……とりあえず、見てください」

 真雪は最小化していたウインドウを開き、そのメールを示す。
 冒頭は『Hermの友人です、とりあえずReclusとでも名乗らせてください』という文から始まっていた。
 Reclus――意味は隠遁者。
 これから察するに……HermはもしかしたらHermit、これまた隠者を縮めたネームなのかもしれない。
 そしてそのメールの内容は、奇妙と言っても過言ではないものだった。

リクラス『Hermのことはオフで説明します。ただし、以下のことを約束してください』

 1、私の本名は訊ねないでください。
 2、私の姿を携帯カメラなどで撮影するのはやめてください。
 3、私と会うこと、及び私の住所を現状で知っている以上の人に教えないでください。
 4、必ず一人で来て下さい。
 以上の四点を約束してもらえるなら――オフに応じる、と。

智「……これは、まぁ」

 言葉がでない。
 警戒するにしても、相当だ。異常、といってもいいぐらい。

真雪「……ネットじゃ用心深いのは珍しくないですけど、ここまでくると……かなりキてますね。怪しいってレベルじゃないです」

智「本当にね……これじゃあ一人じゃダメだね。僕だけでも、真雪だけでも」

 一応外面的には女の子、ですので。
 一対二ぐらいなら油断しているときの一撃で一人倒して、もう一人もなんとかしたとしても、三人以上になると流石に難しい。
 まぁ、イザという時の切り札はあるけれど。

真雪「そうですね……とりあえず私たち二人まで認めてもらえるように交渉しましょうか」

智「それがいいね」

 真雪はすぐさまパソコンに向かって、交渉のメールを打つ。
 それに対してのReclus氏の返答は返事二つだった。
 続いて日取りまで示してある。次の日曜の午後一時。待ち合わせ場所は少し新都心から離れた場所。
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 01:41:55.95 ID:npTPbt5co
真雪「……どうします?念の為に何人か隠れて付いてきてもらいましょうか?」

智「できれば、そうしたいところだけど」

 るいねーさんとか、あとりんとか。
 最強的な、カゴメさんとか。
 後ろ盾を万全にしておきたい僕としては、誰か一人でも連れてきたいところだけど……

智「見つかって、余計に関係が拗れたら困るし」

智「次善策としては……もしも帰って来なかったら、と誰かに事付しておくのがいいかも」

真雪「……それは考えたくありませんけどね」

智「そうだね。だから、危険な香りがしたら逃げることを最優先に考えよう」

 そうして、僕らは十分に警戒をした上で、Reclus氏と邂逅することになった。
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 01:44:05.89 ID:npTPbt5co
 今回は以上。
 都会の雪はべちゃべちゃだね……うざったい。
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 13:21:35.69 ID:nkf9L1ETo
乙でした
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 16:15:43.07 ID:npTPbt5co
 >>327
 ああ……自分でも短編で終わらせるつもりだったんだ……
 なのに……どうしてこうなった。

 再開
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 16:34:17.17 ID:npTPbt5co
 約束の当日。
 指定された場所を見た時点で都心から離れているのはわかっていたけれど、実際に来てみると本当に離れている。
 山の傍で、周りは林。山道の入り口、その付近のバス停に僕らは立って、呼び出した人を待つ。
 人の目にも付きづらく、民家も疎ら。

真雪「……イザとなったらバビロン呼びます。もう、絶対」

智「そうだね……僕もいつマクベスを呼んでもいいように心がけておかなくちゃ」

 そんな展開が訪れないことを祈るばかりだけれど。
 それにしても、本当に用心深い相手だ。必要以上に人と顔を合わせたくない理由もあるのだろうか。
 実はとても有名人で、街中で顔を見せると騒ぎになるから、とか。

真雪「ないです、ないない」

智「ですよねー」

 だったらこっちも十二分に騒ぎになるだろう。
 高倉市限定(最近は少し全国的にも売れてきた)のアイドルがいるのだから。
 変装済みですが。

 僕らが待ち合わせ場所で十分ほど立ち往生していると、相手は四人で現れた。
 四人組は全員男。荒事向けとは言いがたい。
 眼鏡が二人に太めが二人。文系サークルの仲間っていっても納得してしまうほど。
 そんな彼らに、真雪が前に出た。

真雪「どうも、私がユキです。リクラスさんたちで、合ってますか?」

リクラス「はい、そうです。初めまして、ユキさんの作品はいつも読ませてもらってます」

 対して答えたのは太めの男の片割れ。
 身長は僕より少し高いぐらい。小さめの小[ピザ]、といったほうがわかりやすいと思う。
 その人と後ろの三人に対して、僕も一応挨拶をする。

智「初めまして、僕はユキの付き添いで和久津といいます」

リクラス「どうも。僕のことは、やっぱり『Reclus』と呼んでください」

真雪「はい、かまいません。そういう約束ですから」

リクラス「ありがとうございます。とりあえずは僕が代表して話しますので、後ろの三人は付き添いと認識しておいてください」

 しておいてください、ということはきっと残りの三人もHerm氏の知り合いなのだろう。
 けれど解説者が何人もいても、話は脱線するだけだ。
 ここはリクラス氏の言う事を大人しく聞いておこう。
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 16:38:13.49 ID:1WFZ0xH5o
がんばってwwwwww
335 :おおう……ピザ→デブです、さーせん [saga]:2011/02/12(土) 16:48:06.23 ID:npTPbt5co
リクラス「それで……僕らは一体何を話せばいいんでしょうか」

 互いの視線が交差する。
 もしも、この中にHerm氏がいないというのなら。
 この四人は恐らく、Herm氏のコミュだ。
 ……まぁあくまで可能性でしかないけれど。
 先ずはこの張り詰めた雰囲気をどうにかしないといけない。真雪も色々と聞くことは考えてきただろうし、任せておこう。

真雪「それでは、まず……Hermさんは今どうしているんですか?近況は知ってます?」

リクラス「い、いえ……実は最近会っていなくて……」

 リクラス氏が僅かに吃る。
 こんな時に茜子がいたらな、と思う。嘘を簡単に見抜けるだろう。
 だがない物ねだりをしても仕方がない。
 真雪は肩を僅かに落として、息を吐いた。

真雪「そうですか……じゃあ、ほぼネットだけの付き合いだったんですか?」

リクラス「え、えっと……」

リクラスの仲間1「……そのぐらいはいいんじゃないか?」

リクラス「そ、そうだな……いえ、Hermとはリアルの知り合いです。暫く前までは頻繁にあってました」

 お仲間さんの口添えで真雪の問いに答える。
 つまりこれは嘘ではない――ネットだけの付き合いではないということだ。
 また接続者である確率が高まる。

 また、真雪はいくつかの質問を投げかけて、相手はただそれに答える。
 緊張を解くことを優先しているようで、他愛ない質問だった。
 それが終わって、真雪は僕の方をちらりと見る。

真雪「それじゃあ、次は……和久津さん」

智「うん」

 真雪、ちゃんと僕の名前まで漏れないようにしてる……
 と、まぁそれはさておき。打ち合わせ通り、僕は携帯を取り出して準備していたその画面を相手に見せる。

智「この画像、知ってますか?Hermさんのサイトにあったもので、本人が書いた物らしいんですけど」

リクラス「これは……っ!」

 真雪と僅かに視線を交わす。
 後ろの人も見えたようで、動揺しているようだ。
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 17:01:27.77 ID:npTPbt5co
智「これについて、何か知っていることがあれば教えてもらえませんか?」

リクラス「どうして……あなたがたはこの画像が何か関係あると……?」

 リクラス氏も中々に回転が早いらしい。
 普通の人ならこれは単純に暇潰しで書いたものだ、と思い何ら関連性があるとは思わないだろう。
 だから、それをわざわざ見せた僕らの異常性が示される。
 言うべきか、言わざるべきか。
 それが今回の最大のターニングポイントだ。

真雪「……えっと」

 言いかける真雪を、手で制した。
 一度だけ深呼吸。
 ……どうせ聞くのだ、ならば早いほうがいい。

智「――少女A、あったことありますよね?」

リクラス「っ!?」

真雪「智さんっ!?」

 真雪まで苗字で僕を呼んでいたことを忘れて動揺する。
 だが、これでいい。これで十分だ。

智「皆さん……接続者で、同じコミュなんですよね?」

リクラス「すると……やはり、あなたたちも……!?」

真雪「……はい、同じです。少女Aに呼ばれて、繋がれました」

 真雪も観念したのか、リクラス氏の問いに答える。
 その時、やはり僕のことを軽く睨んだ気がする。
 もう一度溜息。自らも緊張していると言うように。

智「一応。僕らには、敵対する意思はありません。だから、こうして明かすことにしました」

リクラス「それは……僕らだって、無駄な争いは……」

智「そうですか、安心しました」

 ほっ、と息を吐く。
 殊更に安心したと素直な感情を示すように。
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 17:16:57.29 ID:npTPbt5co
 そんな僕の反応を見て、リクラス氏達も視線を交じらわせる。
 すぐにそれは終わり、そしてリクラス氏は再び僕らと向き合う。

リクラス「……わかりました。あなたたちを信頼します」

真雪「それじゃあ……!」

リクラス「ええ、話します。Hermのことも……僕らのことも」

 僕らが女の子二人組、というのが幸いしたかもしれない。
 普通に善良な人ならば、あからさまな憎悪など持つことは出来なかっただろうから。

リクラス「実は……」

 リクラス氏はその重い口を開ける。
 僕らはただそれを待って――言葉を聞いた。

リクラス「Hermは……死んだんです」

真雪「えっ……!?」

智「そんっ……」

 投下された爆弾に、僕らは思わず声を漏らす。
 人気のない道路に、重い沈黙が落ちた。
 リクラス氏はぽつりぽつりと語り始める。
 Herm氏がどうしてそうなったかの顛末を――――

 少女Aに呼ばれて、アバターに出会い。
 新しい玩具を手に入れた子供のように、どんなことができるのか調べて。
 夜中にこっそり集まっては度々、アバターを操る実験を繰り返して。

リクラス「すっかり、僕らは友人になって――そう、アクセプターのスレをHermに教えたのも俺だったんです」

真雪「そうなんですか……」

リクラス「ええ。見せたら、Hermすっかり気に入っちゃって。それで『よし、俺このネタを纏めてゲーム作るわ』とかいいだして」

リクラス「僕らも、少し協力してたりしたんですよ」

 リクラス氏は笑う。
 遠い過去の思い出を懐かしむように。
 実際に、楽しかったのだろう。
 繋がれ、友となり、親しくなり――部活動や何かをしているようで。

 そして――そんな中、その事件は起こった。
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 17:35:27.13 ID:npTPbt5co
 その日も集まったリクラス氏たちは、いつもアバターを操っていた場所に向かったらしい。
 しかし、そこには既に先客がいた。だから他の人気のない場所でアバターを操ることにしたのだ。

智「そこで……」

リクラス「ええ……僕らが出すとほぼ同時に、いきなり馬鹿でかい怪物に襲われたんです」

 他のアバターの襲来。
 コミュ狩りか、BKか。それとも単純にキレたコミュだったか。
 リクラス氏たちがここにいる、ということはアバター自体は無事だったという証明になる。
 だが――アバターの無事は本体の無事とは限らない。
 アバターの弱点は本体部分。そう真雪に聞かされたこともある。
 だから、即ち。Herm氏は脆弱なその弱点を狙われたのだ。

リクラス「僕らは……血だらけで転がるHermの側によることもできなくて……ただ、ただ走って逃げることしかできなかったんです」

リクラス「逃げて帰って、布団の中で震えて……大きな玩具だったはずのアバターはもう僕らには死神にしかみえなかった」

リクラス「だから僕らは話しあって……金輪際互いの関係を絶とう、と。アバターを使わないようにする、と決めたんです。こんなもの、なかったほうがよかった」

真雪「そんなことが……でも、使わないようにするって、関係を断つって……なかったほうがいいって……」

 真雪は息詰まる。
 手探りで、何かを探すようにもがく。

真雪「もしなかったら……Hermさんはリクラスさん達に会わなくて……アクセプターはきっと、ありませんでした……」

リクラス「そう、ですね……そうかもしれませんね……」

真雪「別に、Hermさんが死んだほうがよかった、なんていうつもりは絶対にありませんけど……」

 真雪が言いたいのは、そんな関係をなかったことにしないでほしかったということだ。
 血の繋がりですら絆を肯定しないのに、偶然に繋がった絆を、その偶然を否定するとその貴重な絆もろとも否定することになるから。
 真雪の言いたいことを理解し、リクラス氏もまた胸を抑えた。

リクラス「ええ、ええ。わかってます。僕らも、あの日々は楽しかったですから」

 それは、きっと本心。
 先程の昔話の最中に垣間見せた表情ときっと同じ物。

リクラス「でも、やっぱり……怖くて。だから、皆Hermとの関係を隠して、バラバラに別れたんです」

智「それじゃあ、今日は」

リクラス「ええ――あの日以来、ということになります」

 リクラス氏は乾いた笑みで笑った。
 申し訳ない気持ちが溢れ出した。
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 17:48:14.70 ID:npTPbt5co
智「……今日は、ごめんなさい。秘密は絶対に守りますし……また、何かあったら声をかけてください。出来る限り力になります」

リクラス「ありがとう。こちらこそ……あまり力にはなれませんけど、Hermのことでまた聞きたくなったら」

真雪「はい……」

 真雪は生返事だけを返して、深く溜息を吐いた。
 そして空を見上げる。
 僕らのことなど露知らず、空にはただ青い空が広がっていた。

真雪「やるせないです」

 本当に……やるせない。
 Herm氏は死に、そしてアクセプターは永遠の未完成で幕を閉じた。
 この気持ちは、一体どこにぶつければいいのだろう。

智「……それじゃあ、今日はこれで。ありがとうございました、それと改めてごめんなさい」

リクラス「いえ、こちらもこそ。アクセプターNは未完ですが……Hermが愛したアクセプターを、あいつの分まで愛してあげてください」

リクラス「あいつ、ネットじゃ無口でしたけど……すごく入れ込んでましたから」

真雪「……はい。Hermさんの分まで、私は――アクセプターの物語を綴っていこうと思います」

 ユキとして。
 その言葉にリクラス氏たちは笑みを浮かべた。

リクラス「それじゃあ、今度……はないと思いますけど」

真雪「また、ネットで」

リクラス「そうですね、名無しとして」

 そして、僕らはその場を後にする――
 その直前、嫌に甲高い声が人気のないバス停に響き渡った。

「その人は悪い詐欺師だから騙されちゃだめですよ!Hermさんにとりいってまで天國さんを追いだそうとするなんて、もう最低!」

「そんなクズ共と関わると、碌な事にならんぞ!今のうちに、縁をきることだな!」

 沈鬱な空気を掻き消す、闖入者。

真雪「……この声、もしかして……」

 真雪が呟き、振り返る。
 そこには妙な格好をした女子二人組が立っていた。
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 18:03:46.51 ID:npTPbt5co
智「え、真雪、あの二人組知ってるの?」

真雪「ええ、前に言ってた押し掛け厨です!人の話を聞かない、最悪のバルバロイですよ、本当!!」

 ハンドルネームは聖☆羅と幽というらしい。
 ……これまた、痛ましい。
 その☆羅の方が嫌に耳障りな声で叫ぶ。

☆羅「放れてっ!今すぐ放れないと呪われますよ!この悪魔!詐欺師!去れ、去れっ!!」

幽「何でも貴様らの思い通りになると思うなよ……っ!」

智「うわぁ」

リクラス「な、何事ですか!?」

 リクラスさんも突然の乱入者にまた動揺する。
 なにこれ、凄く痛ましい。
 そういえば真雪、押し掛け厨にも聞いてみたって言ってたっけ……でもメールからでどうやってここまで……
 ……考えられる選択肢としては、押し掛け厨の性質から言って……

智「ストーカーしてきたの!?」

幽「ふっ、悪の行いを隠そうとしても無駄だ。このオレの眼からは――決して逃げられない!!」

 そんなこと言ってもストーカーじゃん!?

リクラス「え、えっと……あの……?」

 混乱してわけがわからないリクラス氏達や僕らに、☆羅達が近づいてくる。

☆羅「あなたがHermさんですか!?Hermさんですよね、そうですよね!?」

☆羅「この悪人たちは貴方に取り行ってアクセプの利権を奪おうとしてるんです、悪魔なんですよぉ〜っ!!」

リクラス「え、えっと……?」

リクラスの仲間「何なんですか、一体……」

智「悪人たちって……」

 僕もだよね。
 あったことすらないのに、どうしてだろう。

真雪「いえ、別に私はアクセプターの権利とかいりませんし……天國さんを応援したいとも思ってますよ」

☆羅「嘘つきぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!うそつき、うそつき!!大嘘つきっ!!!」

幽「このオレ達の眼を欺けると思うなよっ……!!」

 なにこれ、本当にバルバロイ。
 ここまで人の話を聞かない人ははじめて見た。
 手足を振り回して、駄々っ子のように暴れる二人。
 ……もういい加減に、堪忍袋の緒が切れる。
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 18:16:02.01 ID:npTPbt5co
智「あなたたち、いい加減に……っ!?」

 言いかけて――気付く。
 視界が突然暗くなった。太陽が雲で隠れたとしてもここまでじゃない。

リクラス「な……」

 例えるなら、そうだ。
 ビルが突然立って、光を遮ったような。

 それは、また――☆羅達が北方向とはまるで逆方向。
 その彼女らがきっと、一番にそれを目撃した。だから、もう何も喋らない。
 再び、僕らは振り返る。
 そこには――巨大な怪物が建っていた。

真雪「あ……アバター……っ!?」

 僕がみたアバターは少なくとも、これが異質だということはすぐに理解できた。
 前に見たバビロンよりも大きく、巨大。軽く見積もって五メートル以上。
 分類するならば、恐らくは『器物型』ということになるだろうそれは、繰り返すが巨大な城のような姿をしていた。
 腕も無ければ足もない。代わりに茨のように触手が伸びていた。

☆羅「きっ、きゃ――――――――っ!!?なにあれ、なにあれ、きゃ、きゃああああ――――――――っ!!!」

幽「う、うわ……、怪物……あ、あ、うあ、どうしよ、どう……うわぁ…………っ!!!!」

 日本語の通じなかった二人も、明らかな異質物に悲鳴をあげる。
 黒鉄の城塞が揺らめいた。それに過剰な反応を示したのは、何も知らぬ存ぜぬの二人だけではない。
 リクラス氏たちも、必要以上に眼を見開いて、怯えていた。

リクラスの仲間2「あいつだ……あいつだ!!」

 その瞳に宿るのは、恐怖。

智「あいつ……?まさかっ……!?」

 言いかけて、気付く。
 殆ど、他のアバターにあったことがないだろう彼らが怯えるに足る理由は――これしかない。
 あれが、あれを操ってる人が――

「K!全員消せっ!!」

 新手の声が、響き、動かぬ城に命ずる。
 我が領域に入りし侵入者を全員葬り去れ、と。
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 18:33:17.21 ID:npTPbt5co
 城が、揺らめいた。
 大樹のようにしなり、上へと弾かれた城砦の一部が一息にたたき落とされる。

 ――真雪が危険だ。

 理由もなしにそう思い、叫ぶ暇もなく慌てて真雪の服の襟を掴んでこちらに引き寄せる。

真雪「にょわっ!?」

 ヒュンっ!と音を立てて、赤い触手は真雪のいた場所の直線状を鞭のように縦に薙いだ。
 それでもコンクリート道路には傷ひとつつかない。真雪だけを狙った触手攻撃のようだった。
 ……と、観察している暇はない!

智「逃げるよっ!」

リクラス「は、はいっ!」

 僕はそのまま真雪をお姫様だっこして、リクラス氏たちと共に近くの山道へと駆け込む。
 僕らを捉えることなど容易い触手は、林に入った僕らを追おうとして躊躇した。

智「っ……!」

 それでも、木々の間を縫って僕らを追ってくる。
 それよりも早く、逃げなきゃっ!

リクラス「あいつ……あいつが、どうしてっ……!?」

智「あいつって、やっぱりあれが……!」

リクラスの仲間「そうだ!あいつが、あれがHermをっ……!」

真雪「あれが……Hermさんを……!?」

 あの黒い城が、Herm氏を殺して――
 そして、また、リクラス氏達を狙って現れた。
 後ろを見る。触手との距離は詰められている。前にもう林はなく、先程の道に繋がる道路がある。
 抜けたら、もうきっと逃げられない。

智「……真雪、行ける!?」

真雪「え、だ、出せますけど……無茶ですよ!いくら二人でも、それぞれ単騎じゃ……」

智「勝とうなんて考えてない!ただ、皆が逃げる隙をつくる!」

 そうしないと――ここにいる皆に未来はない。
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 18:46:46.44 ID:npTPbt5co
 小さな林を抜ける。
 今いる道から緩やかなカーブの下った先に黒い城が見えた。
 先程よりこちらよりになっているのは気のせいではないだろう、きっと。

智「真雪!」

真雪「――わかりました!智さんも私も、生きて帰りましょう!!」

 真雪は僕の返事に答える。
 僕の腕から降りて、真雪は立つ。
 そして、少しばかりだけ遠くなった、しかし伸びてくる触手を操る城に僕らは立ちふさがる。

真雪「高速呪文、圧縮召喚――――!」

智「来い――――!」

 そして僕らは同時に唱える。
 目の前の不条理な敵に対して、普通じゃ逃げ切れない圧倒的な力に対して。


 ただ――
 それでも、と。


智「――――マクベスッ!」
真雪「――――バビロンッ!」

 膨れ上がる、青白い渦。
 その先から現れるのは――黒鋼を纏う十の尖角を持つ黒き竜。
 その先から現れるのは――朱鋼の鉤爪を振るい、撃つ朱き竜。

 二匹の竜の姿に――城は一瞬、たじろいだ。


 ■■■■■■■■――――――!!


 ■■■■■■■■――――――!!


 その咆哮は、これからの反撃を意味する鬨の声だ。
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 18:47:35.43 ID:npTPbt5co
 多分、今日はここまで。
 次は明日以降になると思います。
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 19:03:38.47 ID:nkf9L1ETo
盛り上がって参りました
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/12(土) 19:25:56.64 ID:5MHpgm/m0
これはwwktk
死亡ルートもありそうだな
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/12(土) 19:29:07.75 ID:In7TGaj+o
やばいな… またコミュやりたくなってきた…
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/13(日) 02:39:21.42 ID:MFkO8NHoo
おつおつわくてかだぜ
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 00:23:04.06 ID:KlFd1l/Bo
こんなに更新が待ち遠しいとは…
2chに恋するバレンタイン
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 17:07:47.93 ID:Y11V4xcio
 >>349
 そんなこといわれたら……書かなきゃいけないじゃないか……
 バレンタインイベントを書くか否か……本編の合間にEXTRA書いて、その合間に短編書くというのはいかがなものか
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 17:14:23.60 ID:dU97SycCo
バレンタインイベント見たいwwwwww

智ちゃんはあげるのかもらうのか
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 17:32:10.58 ID:Y11V4xcio
 そうか……一人でも需要があるなら……
 だがしかし、リアルタイムでは書かない。なぜならだらだらと引き伸ばしそうだから!
 そんなわけで今から書き溜めようかと。間に合わなかったらごめんね。
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 17:34:35.88 ID:dU97SycCo
できる範囲で構わない
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 17:53:54.95 ID:KlFd1l/Bo
oh パンナコッタ
寂しい独り身のバレンタインの愚痴を書いたつもりがまさかのシナリオ発展にwwww
wwktkが止まらないぜ 楽しみにしてる! けど無理しないでね!!
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 20:13:31.56 ID:8XAXKYafo
智ちんの為にチョコ作った
さあ一緒に食べようか
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 21:02:04.93 ID:Y11V4xcio
 ※これはるい智限定バレンタイン特別編です。
  コミュのキャラクターはでてこないので悪しからず。
  また、本編とはあまり関係がありません。
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:02:31.21 ID:Y11V4xcio
後輩女子1「これ、受け取ってください!」

 そういって差し出されるのは赤と白のストライプ柄でラッピングされたモノ。
 ハート型に形どられたそれは、恐らく季節限定の例の物。
 ――チョコレート。

 今日二月十四日は世間一般で言うバレンタインデー。
 日本では女の人から好きな男の人にチョコレートを渡すことが習慣になってる。
 最近では、義理チョコだとかいって友達に位置する男子に渡したりすることもある。

 そう、だからこの女の子のしていることはおかしくはない。
 ――相手が、女の子の格好をしているということ以外は。

智「あ、うん……ありがとう」

 こういうときはどういう反応をすればいいのか分かりづらい。とりあえず愛想笑い。
 僕自身は男で、そりゃあ女の子が顔を赤らめて僕にチョコを手渡ししてくれる、というのは嬉しい。
 けど、僕は今女の子だよ!?
 この学校、お嬢様学校ってよく言われてるけど、男の子普通にいるんだよ!?
 なのにどうして、まぁ。

後輩女子1「やったぁ、和久津先輩が笑ってチョコレート受け取ってくれたっ!」

後輩女子2「じゃ、じゃあ私のも受け取ってくださいっ!」

智「あはは……ありがとう、二人とも。大事に食べさせてもらうよ」

 きゃっきゃと騒ぎながら後輩女子は僕の前から去っていく。
 どんな反応をすればいいのか困るけれど……でも、ここまで喜んでくれるならいいのかもしれない。
 彼女達もきっと、本気で僕のことが好きというわけではないだろうし。
 多分だけど、そう――憧れのようなものなんだろう。
 孤高で可憐な美しい美少女のお姉様、というものに。
 ……完璧なまでにそんなニーズに応えてしまっている自分が憎い。
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:03:10.70 ID:Y11V4xcio
男子生徒1「ああ……和久津さん、今日も綺麗だ……」

男子生徒2「本当にな……今日、チョコあげる相手とかいるのかな……」

 ちらり、とそういう声が聞こえた。
 たまに突貫して僕に挨拶をしにくる同級生の男子だ。
 そういった人たちには勿論挨拶は返す。僕のモットーは『柔らかく、されど触れ難く』だから。
 そして、そこの彼ら。僕がチョコレートを渡すことはありません。
 なぜなら、僕は男の子なのだから。
 僕の〈呪い〉がある限り――好意を持った人にチョコレートを渡すことなどない。
 それが女子であれ、また、限りなくありえないだろうけれど男子であったとしても。

智「……そう、思ってたんだけどなぁ」

 今日、僕の鞄の中にはチョコレートが入っている。
 勿論校門で手渡されたそれだとか、下駄箱に入っていたそれだとか、さっき貰ったそれとかではなく。
 自分で作った物。
 そう、僕は男なのについに身も心も女の子になってしまって、好きになった男の子に――
 ――なんてことはあるはずもなく。寧ろあったら死にたくなる。

 単純に溜まり場の皆にあげるものだ。
 別に、誰からいいだしたわけでもない。誰かが催促したわけでもない。
 これはただ、僕から皆に対する贈り物だ。
 今までありがとう、そしてこれからもよろしく。
 出会ってからもうすぐ一年にもなるし、丁度いい頃ではないか。 

宮和「くんくん……何やら和久津さまから良い香りがいたします」

智「うわっ!?」

 突然背後に現れた宮和に、僕は驚かざるを得ない。
 というか匂いも嗅いでるし!
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:03:52.99 ID:Y11V4xcio
智「宮……驚かさないでよ。匂いもかがないで」

宮和「申し訳ございません。和久津さまを見ていたらつい……では改めて、おはようございます」

 優雅に礼をする宮和。
 今日という日でも、相変わらずに変わらない。
 とりあえず今は廊下だし、二人で並んで教室へと向かう。

宮和「今日はバレンタインでございますね。和久津さまは既にいくつか貰っていたようですが」

智「そうだね。宮も何人かからかもらいそうだけど、そこのところどうなの?」

宮和「実は、下駄箱に二つばかり」

 流石天才さん、もとい天災さん。ちゃっかりと貰っているようでした。
 しかし、僕が知る限り宮和にアピールする人は目立つほどはいない。隠れファンというやつかな。

宮和「しかし和久津さまは五つも入っておりましたね」

智「なんで知ってるの!?」

 僕より後に来たはずなのに!
 そんな僕のツッコミは全く気にせず、宮和は

宮和「没収されてしまう可能性もあるので、早めに食べなくてはなりませんね」

 南聡学園は何かと古臭い学園だ。
 後者全体の作りもそうだし、空気もどことなく堅苦しい。
 そこそこ名の知れた進学校ということもあって、現代では風化しそうなほどな校則もここでは幅を聞かせている。
 ここ数年は保守派の年の召した先生と革新派の新しい先生とで学風を巡る抗争も起きているらしい。
 バレンタインの出来事としては昔からあることなのか、とりたてて荷物検査をしたりということはない。
 ただし、一部の先生のみている前であからさまに持っていれば、即没収。
 どこぞのエルダーのように机に山積みになっていることなどはないけれど……去年も十分量が多かった。
 だから宮和の言うとおり、早めに消費しなくてはならない。このままだと鞄が破裂しそうだし。

智「そうだね……早めに食べておかないと」

宮和「そんなわけで、和久津さま。こちらをどうぞ」

 どういうわけなのかわからないけれど、宮和はつい、とそれを取り出す。
 それは、本日何度も見た。
 渡している形でもみたし、貰う形でも。
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:04:40.48 ID:Y11V4xcio
 とりあえず受け取る。
 赤いリボンに包まれた、これまたハート型の箱に包まれている。

智「これは……」

宮和「ネットの友達から聞いたのですが、友チョコ、と言うものでございます。和久津さまだけに」

 それは……僕だけに、という意味なのか、それとも『智』チョコということなのか。

宮和「勿論、後者でございます」

智「人の心読まないで!?」

 全く恐ろしい。
 でもそれはそうだ。宮和ならわざわざ友チョコなんて言わずに、『私の気持ちでございます』とでもいいそうだ。実際去年言われたし。
 僕は宮和から貰ったチョコを大切にしまうのと同時に、皆の分とはまた別にラッピングしたものを取り出す。
 無論、周りに先生がいないか確認するのも忘れない。
 そこから出すのは、透明な袋にいれて煌めく金色のリボンで縛ったもの。

智「はい、これ」

宮和「これは」

 宮和の珍しい顔を見た。
 いや、前も見たことがあるかも。アレは確か、宮和とデートの約束をしたとき。

宮和「チョコレート……でございますか?」

智「うん。宮和にもお世話になったから。これからもよろしくね」

宮和「和久津さま……ああ、宮は、宮は感激で胸が一杯です」

 恍惚とした表情で、僕から受けとったチョコレートを胸で抱きしめる宮和。
 感激してもらえるのは嬉しいのだけれど、そのままだと溶ける気がする。
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:05:12.75 ID:Y11V4xcio

宮和「ついに……ついに和久津さまに宮の心が伝わったということでございますね……!」

智「  違  う  よ  !!?」

 どこを勘違いすればそうなるの!?
 ともすれば冗談に聞こえるけれど、宮和の場合は自分から『冗談です』と言わない限り本気だから怖い。
 冗談だとおもって肯定すると、忘れた頃にそれを実行に移す。
 性質の悪い悪徳金融のようだ。

智「全くもう、早く行こう。もしかしたら机の中にも入ってる可能性だってあるんだから」

宮和「しかし和久津さま。和久津さまが必死に汗水垂らしてお作りになったチョコレートを宮にくれるということは、それは即ち宮に、」

智「行・く・よ!」

 僕はまだ何かいう宮和を置き去りにして先に進む。

宮和「お待ちください、和久津さま」

 僕は宮和の呼ぶ声にスピードを僅かに緩めて、溜息を吐く。
 今日はまた一段と、陰鬱な学園生活になりそうだった。
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:06:51.21 ID:Y11V4xcio
智「……と、そんなことがあったのです」

伊代「あなたも大変なのね……ここのレズ以外にも攻められるなんて。男性からしたら羨ましい限りだとは思うけど」

 溜まり場その一、つまり高架下にて。
 僕ら同盟メンバー六人は揃い踏みっていた。

花鶏「ふふん、智のその裸体を触ってしゃぶって味わい尽くすのは私だけで十分よ」

智「僕は誰のでもないよ!?」

 花鶏は油断すると宮和と同じようなことをしそうだ。
 早めに否定しておかないとあとが怖い。

智「とまぁ、そんなわけで。今日余ったもののおすそ分け」

るい「あ、るいねーさんも貰ったんだけど、全部一口ずつは貰ったからあとはあげる」

 るいも僕と同じように鞄からチョコレートを取り出す。
 言うとおり、全部一度開けた跡があった。それを見てこよりは驚きの声をあげる。

こより「あり、るいセンパイ、確か甘いもの苦手じゃありませんでしたっけ?」

るい「確かに甘いモノは苦手だけどさー、丹誠込めて作ってくれて、それで必死になって告白してくれたんだよ?一口だけでも食べなきゃダメっしょ」

 こういう時に自分のことは二の次になるるいだ。
 しかし、鞄から出てくる量は十を超える。見たところ鞄に教科書類は入ってなく、チョコがたくさんだった。ダメな子。
 ……でも、結構女子にもててるんだね。前に聞いた限りじゃ、女子からだけらしいけど。
 多分かっこいいからもててるんだろうなぁ……羨ましい。
 伊代からは、女子から女子になんて、不毛なことを……という言葉が聞こえた。
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:07:27.91 ID:Y11V4xcio
花鶏「そうね、皆元もたまにはいいこというじゃない。私も結構貰ったけど、それは味わいながらゆっくり食べさせてもらうことにする予定よ」

茜子「こいつ、独り占めするつもりだ」

花鶏「なによ茅場。私が貰ったのよ、私がどうしようと勝手じゃない。それとも、何かいうつもりなら今日の夕食は覚悟しておくことね」

茜子「例えばどのように?」

花鶏「パセリのみ」

茜子「申し訳ございませんでしたお嬢様、不詳茜子さんはお嬢様に従いたく存じます」

 見事な身の翻しだった。

伊代「全く、何をしているのよあなた達は……あら、これ最近できた店のじゃない?」

こより「え、あ、ほんとだ!ともセンパイ、ともセンパイ!これ貰ってもいいですか!?」

智「うん、いいよ」

こより「はぅ〜っ!」

 こよりは身体全体で喜びを示しながら、それをあけて綺麗に形作られたそれを一粒口に放り込む。
 狭い高架下で、器用にくるくると回った。

花鶏「これも結構有名なやつね。流石お嬢様学校、やるわね。ま、私の貰った奴ほどじゃないけれど」

 とかいいつつ、食べる花鶏。

智「あはは、僕が買ったわけじゃないけど、喜んでもらえてなにより」

茜子「茜子さんはその表が漆黒、裏が鮮血色のリバーシブルチョコをいただきますよ」

伊代「普通に黒と赤っていいなさいよ」

るい「甘くないの、ないの?」

こより「るいセンパイ、これとか甘さ控えめですよ!」

 僕とるいのを合わせると、沢山の種類があった。
 ちょっとしたチョコパーティだ。
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:07:55.04 ID:Y11V4xcio
茜子「それにしても……この日に皆ここに集まっているということは、やはり独り身なのですね」

 茜子が呆れたように溜息を吐く。
 それにいち早く過剰反応したのは伊代。

伊代「いいのよ!この日に予定がある人と、聖なる日を性なる日にしている人は皆裏切り者なんだから!」

こより「鳴滝的には、幼い頃約束した王子さまの面影を未だに引きずっていたり……」

花鶏「男なんて皆獣よ、必要ないわ。だから、そんなこよりちゃんに女の良さを教えてあ・げ・る――っ!」

こより「ひぇええええっ、おたすけ〜っ!!」

 逃げるこより、追う花鶏。
 多分暫くしたら戻ってくるだろう。

茜子「……暴食王るい一世はどうですか?」

るい「んー……きょーみない」

 まぁるいに限っては性欲より食欲、睡眠欲だと思うし。
 そんなことを考えながら静観していると、伊代の眼鏡が光が入ってこないはずなのにギラリと光って僕の方を向いた。

伊代「それより、あなた。男の子にモテそうな外見してるじゃない!実は裏切り者なんじゃないでしょうね!?」

智「いや、確かにもててるけど……さっきも言ったとおり、自称最強のストーカーもいるし、僕自身付き合うつもりないし」

 僕がオトコノコだしね……
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:08:26.86 ID:Y11V4xcio
 そうやって伊代と話していると、後ろからガバッ、と身体を抑えつけられた。

智「わひゃぁっ!?」

こより「ああ、ともセンパイが捕食されてしまった……」

 遠くにこよりの声が聞こえた。
 ってことは……花鶏か!?

花鶏「智ちゃんの胸、腰、お尻……すらっとした慎まやかな体型で、とってもいいわ」

智「ちょっ花鶏、らめっ!」

花鶏「ここ?ここがいいの?」

 そういいながら花鶏の手は胸から下へと伸びていく。

智「やぁのやぁの、それやぁの!」

るい「花鶏ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 ズバン!
 いつものようにるいが花鶏を引き離し、僕を助けてくれた。
 るいねーさんは神様です。

花鶏「……いっ、たいわね……何すんのよ皆元!」

るい「それはこっちのセリフじゃ――――――っ!!」

 もめにもめた。


 るいと花鶏は喧嘩して、伊代はダイエットとの葛藤でチョコを食べるか食べまいか迷っていて。
 こよりはチョコを食べて一喜一憂して、茜子はマイペースで黙々と、またはたまに話に加わりつつ食べていて。
 僕らの溜まり場は、やはり平和だった。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:08:54.87 ID:Y11V4xcio
 僕とるいが持ってきたチョコも全員でわけあって食べて、そして尽きて。
 いつもと何ら変わらないで話し合いながら、笑い、そしてやはり日は暮れる。

伊代「……バレンタインっていっても、私たちにはやっぱりあまり関係がなかったわね」

こより「そうですねー、鳴滝、ずっとこのままでもいいと思いますけど」

茜子「一番先に負け組を脱するのは誰なんでしょうね」

伊代「負け組いうなっ!」

 茜子の言葉に伊代が突っ込みつつ。

花鶏「それじゃ、今日はお開きにする?」

るい「……そうだね」

 るいは少しばかり名残り惜しそうだ。
 まぁそれもいつものこと。すぐに顔を明るくする。

るい「んっ!それじゃあ――」

智「ちょっと待って」

 そんなるいに申し訳なく思いつつも、遮らせてもらう。
 解散する気満々だった皆が、僕に注目する。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:09:55.68 ID:Y11V4xcio
伊代「どうしたの?何か忘れ物?」

智「うん。忘れ物というか……皆に渡すモノ」

 そういいつつ、僕は鞄を開いて五つの包を取り出す。
 宮和に渡したものと同じ入れ物、しかし、中身は少しばかり多い。
 僕は皆に、宮和以上に感謝している。人の温もりを教えてくれて、そして仲間の良さを教えてくれたから。

 ひとりずつに、ひとつずつ渡す。
 その間、皆は何も言わない。僕も何も言わない。
 るい、花鶏、こより、伊代、茜子。
 全員に渡して、そして僕はまた再び、皆の前に立つ。
 一度だけ深呼吸して――言う。

智「皆に出会って、もうすぐ一年」

智「つらいことも悲しいことも、嬉しいことも楽しいことも沢山あった」

智「でも、それは全部皆がいてくれたから乗り越えてこられたと思う」

智「だから――皆に、ありがとう!あと、これからもよろしく!」

 シン、と一瞬だけの静寂。
 そして次の瞬間に、皆は五者五様の反応を示した。
 笑ったり、髪をかきあげたり。元気に答えたり、頷いたり。そして、ただ貰ったものを握り締めたり。

智「それじゃあ、皆!また明日!」

花鶏「じゃあね」

こより「センパイがた、ばいばいであります!」

茜子「サラバイなのです」

伊代「うん、じゃあまた」

るい「じゃあ、バイバーイ!」

 一際、るいの声が大きくて。 
 そして僕ら、同盟のバレンタインは終わりを告げる。


 来年の今、僕らがまだここに集まっているかどうかはわからない。未来は、全くもって不規則極まりないのだから。
 けれど、なぜだか今日は――来年も、皆と一緒にいると。そう確信することができたのだった。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 21:10:52.96 ID:Y11V4xcio
 バレンタイン特別編、終了!
 ちかれた……
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/14(月) 21:19:44.40 ID:lG/PhViS0

いいものみれた
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 21:39:57.01 ID:nNSmWrZUo
宮和いいキャラだなぁ
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 22:12:05.88 ID:KlFd1l/Bo
乙です! 良い暴走具合が楽しめました!
本編も楽しみにまってます ^^
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/14(月) 22:45:31.48 ID:8XAXKYafo

良かった
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/15(火) 01:07:41.85 ID:6jIzC7mpo


やっぱりクオリティ高いなwwwwww
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/15(火) 16:26:49.60 ID:Mkh8/K/po
 クオリティ高いっていわれるとやっぱりうれしいね、本当。
 ホワイトデーイベントは逆にコミュメンバーのみでやってみるかな。
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/15(火) 23:59:28.39 ID:vIo+NGpro
クオリティ高いっていうか、自然に脳内再生される感じ
違和感を感じないのがすごい
続き待ってます
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/17(木) 16:43:41.47 ID:WSvqz3HNo
 まゆまゆ編まとめ
 >>171-178 >>191-198 >>203-214 >>222-234 >>239-243
 >>249-256 >>264-270 >>280-288 >>302-315 >>320-329
 >>333-343
 ↑からつづけます
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/17(木) 17:00:21.78 ID:WSvqz3HNo
 しかし、相手の反撃には音すらない。
 前方のあらゆる方向から、普通に弾くだけでは足りない触手が二体の竜に伸びる。

 だが。
 それは黒鋼、朱鋼に届くことなく途中で引きちぎられる。

 正体は、バビロンの黒い重力壁。
 森羅万象、現存のあらゆる攻撃をもってしても届かないであろう無敵の楯。

真雪「単騎ですから、全力でいきます!」

智「うん!」

 真雪にただそれだけ返し、黒き楯に阻まれた触手をマクベスで引き千切る。
 その時に、やはり感じる。
 ――マクベスが、重い。
 『竜型』は強力なアバターだ。フル接続ならば、他種のアバターを全くと言っていいほど寄せ付けない。
 だがしかし、やはり強力な分、操作が難しい。

 ヒュン!と先程の声から察するに、『K』という名の城砦アバターは再び鞭を振るう。
 バビロンが受け止め、マクベスが狩る。
 その隙に触手は僕らを相手にしようとはせず、僕らの背後にいるリクラス氏たちを狙った。
 結果は無論、同じ。
 人間部分すら守る重力の楯は無比の威力を持つ。


  ■■■■■■■■――――――!!


 その結果に城砦は、初めて打ち震えた。
 それは怒り。
 ドラゴンのみならず、それに守られる人にすらダメージを与えることの出来ない怒り。

真雪「う……く……っ!」

 真雪が呻き声を漏らした。
 ……先程もいったとおり、『竜型』は非常に強力なアバター。故に操作が難しい。
 単騎ならば、全く、一割の力も引き出せないほどに。
 それでもこうして防げるのは、やはり能力の賜物だろう。
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/17(木) 17:14:25.56 ID:WSvqz3HNo
 だが、それでも。
 一人だから、いくら防御を司るプリーストでも楯の綿密な操作が出来ない。
 だから真雪が叫んだとおり、全力で展開する必要がある。
 即ち、だ。
 強力な魔法が沢山のMPを消費するように、アバターの魔翌力も減少が激しくなる。

 ――短期決戦しか方法はない。

 別に、無理に倒さずとも良い。
 ただ一撃食らわせて、この状況では敵わないと認識させるか、あるいは鞭の届かないところに全員で逃げればいい。
 ただし、その状況を作り出すのに時間をかけてはいけない。
 防御の要であるバビロンを失うと、マクベスでも多少は磁力の壁で弾けるとはいえども結局のところ、魔翌力切れの結末がまつだけだ。
 だから、『K』が僅かでも怯めばいい。
 その隙に、マクベスの磁力反発の超加速で相手のその城壁を崩せばいいのだから。

 だと、いうのに。


 ■■■■■■■■――――――!!


 Kは幾度弾かれようとも、ちぎられようとも、決して攻撃の手を緩めない。
 触手で風景を壊さないように迂回し、横に、斜めにとそれを振るう。
 それをまた防ぐ、引き千切る――
 だが、鞭は数を増す。
 一本が二本に、三本に、四本五本、六七八九十――――

「今度こそ逃がさない!俺達のアバターを見たものは全員消す!」

 城壁の向こう――或いはその中から、イッちゃってる声が響く。
 その言語に呼応するかのごとく、また数は増える。
 真雪がやはり呻き声をあげる。

真雪「うっ…………ぐ……ぅっ……!本格的に、ヤバイですね……!」

智「だね……人生で関わり合いたくないタイプっていうか……」

 そんなことをいっても、関わってしまったのだから仕方が無いのだけれど。
 それでも、コミュは五人のはずだ。三人以上の賛成があって、ようやく動かせるのがアバター。
 この動きはどう考えても三人じゃない、四人か、まずければ五人。
 ヤバイのが五人揃ったのか、或いは一人の考えが他の四人の考えにも異常をきたしたのかはわからないけれど、碌でも無い。
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/17(木) 17:29:08.42 ID:WSvqz3HNo
「消せ、殺せ、殺せ!K、早く、早く!!」

 まるで癇癪をおこしたかのよう。
 その瞬間に、僕は見た。Kはその姿を解いて触手を出しているところを。
 つまり、Kは無数の触手の集まりなわけだ。それが塊り、とぐろを巻いた蛇のように城の形を形成している。
 ……だから、どうということはないけれど。

「消せ、はやく、けしてくれぇえええええええええええっ!!!」

 一二三四五六七八――――
 無数に襲いかかる触手。その全てを、黒の楯が受け止める。

真雪「ぐ、っ……!数が、大すぎます……!」

 次々に襲い来る触手。
 それがやはり唸り、襲いかかり豪雨のようにもみえる。

真雪「マクベスは、動けないんですか!?」

智「やろうとしてるけど……!」

 スコールのように降り注ぐ鞭は、黒の楯でようやく止められているレベルだ。
 マクベスでも僅か弾けるとはいえ――楯の範囲から出ると一瞬でスクラップ。
 そうすると、僕だけじゃない、惠や、アヤヤや芳守や繰莉ちゃんだって死んでしまうハメになる。
 迂闊な博打はできない。
 短期決戦が唯一の活路とわかっていても。今の僕らには俊敏さも力も何もかも足りていない。
 このままじゃ、ジリ貧に終わる。

 ちらり、と背後を見る。
 リクラス氏達は僕らが食い止めてるのを、膝を震わせながら、しかし尻餅をつく事無く怯えた表情で見ている。
 恐らくは、Herm氏がやられたことがトラウマとなってアバターを出すことができないのだろう。
 ここは、やはり僕らだけしかない。

真雪「智さんっ!」

智「今考えてる!」

 ――もう、苦肉の策だ。
 バビロンとマクベスで触手を食い止め、それで僅かずつ距離を広げて逃げる。
 一撃も入れられない、というのなら相手の触手に伸びる限界があり、あの城はやはり城で、動けないという希望的観測に託したほうがいい。
380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/17(木) 17:45:17.87 ID:WSvqz3HNo
智「真雪、マクベスと二人でKの触手を食い止めて、時間を稼ぐ!」

真雪「……それしか、策はなさそうですね!」

 一撃必殺のバビロンの黒炎、そしてマクベスの反発弾。
 それを使うことが出来れば恐らくは一撃なのだろうが、それはできない。
 真雪は防御壁の展開で精一杯だし、マクベスの方の弾は城に着弾する前に触手を分解して効力を失うだろう。
 なればこそ、逃げの一手しか方法がないのだ。
 マクベスをバビロンの楯から出して、磁力壁を展開。遅いかかる触手を弾く。

智「聞いてましたか、リクラスさん!皆僕らの楯の効力から出てしまわないように、逃げてください!」

リクラス「く……くそ、あいつ、あいつ……!!」

 リクラス氏は膝を震わせながらも歯噛みして、Kを睨みつける。
 先ほど察したとおりに、Herm氏を殺されて恐ろしく思う気持ちも勿論だが、許せない、敵をうちたいという気持ちもあるのだろう。
 しかし一歩は踏み出せない。

リクラスの仲間「変なコト考えるな!逃げるんだよ!」

 そのうちにリクラス氏の仲間が彼を止めて、共に逃げに入る。

真雪「☆羅さんと幽さんはリクラスさん達について逃げてください!」

☆羅「うわぁ〜〜〜〜〜〜ん!」

幽「もうダメ、もうダメ……!」

 聞いているのかいないのか、☆羅と幽も叫びながらリクラス氏達の後を追って逃げる。
 ……さっきまでのうるさいのはどこにいってしまったのだろう。

真雪「ここから……執念どころですね」

智「うん」

 バビロンとマクベスは後ろの六人を守るように立ちはだかる。
 真雪の言うとおり、ここからは二体の竜の魔翌力と時間との勝負だ。
 うまく成功することを……!
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/17(木) 17:56:43.51 ID:WSvqz3HNo
 横に広がったバビロンとマクベスの防御壁範囲を合わせると、それなりに広い。
 バビロンだけでは多少漏らしていた触手も、マクベスが並ぶことで今のところは完全に防ぎきれている。

智「よし、この様子だと……」

 いける。
 その確信は、背後からの悲鳴によって一気に霧散する。

☆羅「きゃあああああ――――っ!!」

真雪「!? ☆羅さん!?」

 見ると、背景を縫って移動してきた触手が何時の間にやら回り込んでいた。
 リクラス氏達も思わず尻餅をついて、こちらを見遣っていた。
 それは恐怖に歪んでいて。

智「――くっ!」

 反応仕掛けた真雪を制し、マクベスで一息にリクラス氏たちを飛び越える。
 襲いかかってきた数本の触手を、右腕で薙ぎ払う。

リクラスの仲間2「うぁああああっ!?」

リクラス「囲まれて……!?」

 よくよく、周りを見る。
 四方八方、あらゆる物陰から、それは眼を光らせていた。
 少しでも隙が有らば、目撃者を殺さん、と。

真雪「ぃっ……智さん、後ろをお願いします!」

智「う、うんっ!」

 リクラスさん達を傷つけないように、背を向けたマクベスとバビロンの距離を詰める。
 視覚だけでなく、竜と感覚を同調してみても、結果は同じ――

真雪「……囲まれて、ます……!」

 それは、虫一匹逃げる隙がないほどに。
 Kの触手は僕らを逃さんと取り囲んでいた。
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/17(木) 18:04:25.47 ID:WSvqz3HNo
「Kの城塞からは……誰も出さない……、出られない……!」

リクラス「こ、このままじゃ……」

 四方八方から襲いかかってくる触手。
 それをバビロンとマクベスがやはり防ぐ。
 轟音が轟き、僅かに地が揺らぐ。

☆羅「も、もう帰りたいよぉ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

幽「お父さんお母さんごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 城塞に閉じ込められた僕らに、ただKは攻撃の手を増やす。
 今は防ぎきれているが、もはや飽和状態だ。
 それで仮に防ぎきれたとしても――残り少ない魔翌力はすぐに尽きて、僕らはこの無数の鞭に撃たれてしまうだろう。


 こうなったら、もう、方法は……



 >>383
 1 バビロンとマクベスの残った力を集中させて、Kに突っ込む。
 2 襲い来る出来る限りの触手を打ち倒して、少なくなった方向に逃げる。
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/17(木) 18:10:39.03 ID:egoioeM8o
1
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/17(木) 18:33:36.25 ID:WSvqz3HNo
 →バビロンとマクベスの残った力を集中させて、Kに突っ込む。



 こうなれば、破れかぶれ。
 もう初めに提案していた方法しか案は残されていない。

智「真雪!防御、任せられる!?」

真雪「っ、どうするつもりですか!?」

智「マクベスの力でなんとかKに一撃を入れる!」

 真雪は僕の言いたいことを察したのか、頷いた。
 リクラスさん達をバビロンの黒き楯の効果範囲から漏れないように足元に集める。

真雪「それじゃあ……全力でいきますっ!!」

 ゴッ!とバビロンの残された魔翌力が大きな爆発力を生む。
 最後の力を振り絞る黒き竜の楯にKの触手の殆どは途中で喰われたかのように引き千切られた。

智「いっ、けぇええええ―――――――っ!!」

 マクベス――磁力、反発。
 こちらも、残された力を振り絞ってKへとマクベスを射出する――!
 相手はマクベスの超加速を知らない。この距離なら、一撃は入れられるはずだ。

 ……そう思った僕の考えは、一瞬で打ち破られた。
 ――マクベスのスピードが、思った以上に上がらない。

智「そん――っ」

 単騎接続。それが一番大きな理由だろう。続いての理由はレベルアップ後の操作の難しさを考慮していなかったこと。
 僕がマクベスを出したのは、あのソリッドを倒したぶりなのだから。
 これが繰莉ちゃんだったなら、或いは可能性があったのかもしれないが。

真雪「っ、智さん!?」

智「くっ――このまま、突っ込むしかない……!」

 磁力場を展開して、襲い来る触手を弾きながらマクベスはKへと歩み寄る。
 一瞬で一撃をいれることはできなかったけど、これだとなんとかギリギリ……

 だけど――僕は更に計算違いをしていた。
 それは、バビロンの魔翌力、その残量。

真雪「あ、だ、ダメ、魔翌力が、こっちに触手が!きゃあっ!!」

 先ほど、触手を喰いちぎったバビロンの魔翌力は、既に尽きていた。
 そうなったら、マクベス本体ならまだしも、バビロンの楯に守られていた僕らに防ぐ術はなく。

 ――紅が、跳ねた。

 誰のだ。 これは、ダレノダ?
 鞭の動きに伴って、一直線に塗られたのは、赤い血。
 沈み、僕の足元に出来るのは赤の血溜まり。

真雪「きゃ、きゃぁあああああ―――――――っ!!!」

 叫び声――
 真雪、真雪。
 せめて、真雪だけでも。
 僕の『とっておき』を使えば、まだ間に合――――

 ぐしゃ、と。

 ――紅が、散った。
385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/17(木) 18:34:11.62 ID:WSvqz3HNo
 ……どこか遠くで、声が聞こえた。


『ああ、この未来はダメね』


『――摘んでしまいましょう』


 そうして世界が遠くなる。
 僕の意識も遠ざかる。

 その中で思ったのは、誰かに救われたのだということ。
 ならば、そのチャンスを生かしてやろう。
 こんな醜態を二度も晒さない為に、心の底にこれを刻んでやろう。


 さあ、もう一度。


 ――――よりよき結末を探しにいこう。
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/17(木) 18:34:49.07 ID:WSvqz3HNo
真雪「教える、真雪先生のコーナー!」

真雪「よもやEXTRAにすらバッドがあるとは、流石の真雪先生にも予想外です。いや、>>346さんに予想はされてましたけどね」

真雪「さて、ここで踏んだ人はきっとコミュの原作を知らない方でしょう」

真雪「あるいはただこのテキストを見たいだけの全クリ厨かもしれませんね」

真雪「まぁ全てのテキストを見たい気持ちは私にもわかりますが、仕事なのでとりあえず話を進めましょう」

真雪「さて、ここで必要なのは力よりも知恵です」

真雪「そもそもいくら天下のバビロン、マクベスの竜コンビと言えど、それぞれ単騎接続ではあまりにも無謀ですからね」

真雪「こういう時にはヒントは大体地の文にも書いてありますね」

真雪「『風景を傷つけないように』『木々の間を縫う』……痕跡を全く、残させようとしていませんね」

真雪「というか……いつも思うのですが、このコーナー、ヒントではなく答え合わせですよね。次は強制的に進むようになってますし」

真雪「ま、別にいいですけど」

真雪「……とまぁ、今回はここまで。それでは次は本編の真雪先生のコーナーでお会いしましょう」

真雪「それでは真雪先生との約束です。選択肢は正しく――」

 ブツンッ
387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/17(木) 18:35:56.86 ID:WSvqz3HNo
 一度終了。
 正しい選択肢は後ほど。
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/17(木) 19:56:24.11 ID:BrLOptAro
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/17(木) 21:07:13.37 ID:RlF9DjyV0
乙!
展開は元より、>>1は日野と衆堂コンビの、あの形容し難い言い回しを再現してくれるから好きだわ
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/17(木) 21:19:32.27 ID:egoioeM8o
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/19(土) 23:53:29.65 ID:OErk/BNzo
 よし、じゃあ眠気の許す限り。
 できれば、この場のKを終えて、『あなたは何を望みますか?』まで書きたいな。

 ちなみに誰も突っ込まないけど、『とっておき』については本編で。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/20(日) 00:06:48.36 ID:vadtmFT8o
 →襲い来る出来る限りの触手を打ち倒して、少なくなった方向に逃げる。




 逃げの一手しかない。
 マクベスの磁力弾で牽制し、バビロンの重力壁でそれでも襲い来る触手を喰いちぎる。
 その隙に、触手が少なくなった方向へと逃げる。

 だが、それでも足りない。
 何度も繰り返すが、アバターは人を完全的に超越したモノだ。
 ただ僅かに牽制した程度じゃ、人の足でこの幾多の鞭から逃げるのは不可能。

 人は空を飛べない。
 世界は光に追いつけない。
 この優しい王国では、なるようにしかならない。
 故に、僕らはこの場から逃げ切れることが出来ずに――死ぬ。


 ――――それでも。


 それでも、と――――


 僕は抗う。
 最後の最後まで。
 その不屈はきっと、視えなかった道すら視い出してくれるから。

 目まぐるしい勢いで僕の思考は巡る。
 触手がスローになったようにすら思える。
 きっと、花鶏は力を発動した時、こんな体験をしているのだろう。
 つまり、一種のゾーン状態。

 あのKが襲いかかってきて、今に到るまで――
 ほんの些細な事でいい、先程の作戦をベースに、ただ逃げる方法を。生きて変える方法を。
 奴らが神経質になっていること。その事を再確認しろ。
 そして、その方法を――実現しろ。
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/20(日) 00:21:44.04 ID:MnsSp46/0
きてたー
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/02/20(日) 00:25:41.19 ID:vadtmFT8o
智「――真雪!バビロンの壁で、周りの触手倒して!」

真雪「っ、出来ますけど!一時的に止めたところで、意味ありませんよ!?」

智「第二波をマクベスの磁力弾で牽制する!その後はすぐに教えるから、早く!」

 真雪は僅かに逡巡して、リクラス氏たちを一瞥した。
 しかしそれしか方法がないと判断したのか、ハッ、と肺の中に残っていた空気を全て吐き出す。

真雪「失敗したら、死ぬまで恨みますからね!?」

 きっと、その前に死んでる。
 だからきっとそれは真雪なりの激励と、プレッシャーなのだろう。
 この作戦の失敗は赦さないぞ、と。
 まぁ、許す許さないの前に、その感情を抱くことすら許されないけど。

 ゴッ!と十の尖角から発される黒が爆発したように吹出す。
 それは均衡状態だった触手を喰い、引きちぎった。
 僅か、隙ができる。

真雪「智さんっ!」

智「任せてっ!!」

 マクベスの口の中では既に磁力弾が鎮座している。
 磁力の性質を持つものならば、その力を分子レベルで強めることで分子それぞれの磁力を反発させて引き剥がすその威力は正しく一撃必殺。
 しかし、近しいものから狙うために触手から分解してしまうだろうし、魔力の消費も大きいからそう連発もできない。
 だからこの一発こそ勝機!

智「いっけぇっ!!」

 マクベスの口内から煌めく黄金の弾がKを撃たんと飛び出した。
 無論、城塞はそれを弾き落とそうとして鞭を振るう。
 が――その鞭は、跡形もなく、消滅した。


 ■■■■■■■■――――――


 低く、重い音で慄く。
 その声は動揺。その声は戦慄。
 宙で僕らに襲いかからんと待ち構えていた触手は僅かにその身を引いて、動きを止める。
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/20(日) 00:40:44.84 ID:vadtmFT8o
真雪「で、智さん!この後はどうするんですか!?」

智「逃げる!」

真雪「……へ!?」

 僕が即答すると、真雪も唖然とする。
 しかし、そんな呆ける暇はない。
 僕は真雪の声には全く答えず、大きく息を吸い込んだ。

智「きゃぁああ――――っ!!だれか、助けて――――――――っ!!!」

 恥も外聞も何もあったものじゃない。
 僕の声を聞いて、またKは微か、蠢いた。
 まるで周りを調べるかのように。異変がないか確かめるかのように。

智「みんな、どこでもいいからバラバラに逃げて!ほら、真雪も!」

真雪「え、うあっ!?」

 呆然としていた真雪を再びお姫様抱っこ。
 そして同時に触手の少ない方向へと走りだす。

「Kっ!逃がすな、殺せぇっ!!」

 城壁の向こうから切羽詰った声。
 ブンッ、と頭上を鞭が風切る。

真雪「きゃぁっ!!」

智「大丈夫、真雪!?」

真雪「な、なんとか……」

 一応腕の中の真雪も確認しつつ、周りを見渡す。
 皆、弾かれた蜘蛛の子のようにバラバラに散って逃げていた。
 よし、これなら――いける。
 僕は逃げながら、バラバラになった僕らを追うことで待ちぼうけにされたマクベスの操縦に戻る。

 此処から先は、僅かながらの賭けになる。
 マクベスの残った魔翌力は後僅か。これが切れてしまってはおしまいだ。
 だが――やるしかない。
 近くにあった看板、バス停留所、そして山道に不法投棄された金属類。
 それら全て、磁力でひきつけて――――放つ!!

真雪「と、智さん!?」

 その威力は周りの木々を薙ぎ倒す。
 そして、申し訳なく思いつつも、人のいない民家の壁を打ち砕く。
 アバターの力は強大だった。僅かな魔翌力でもここまで周りに被害を与えることができたのだから。
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/02/20(日) 00:57:05.68 ID:vadtmFT8o
 木々を倒した時には轟音が鳴った。
 民家が壊れたときも同様だ。
 故に、今周りにいる人は何事だ、災害が起きたのか、と鳩が豆鉄砲食らった顔で慌てて飛び出す。

真雪「な、なにしてるんです!?」

智「――Kは、周りに痕跡を残させようとしなかった」

 だから、自分たちの正体を知るリクラス氏たちを消そうとした。
 だから、自分たちがここにいたことを悟らせない様、風景を壊さなかった。
 あまりにも神経質になっているそこをついて、動揺させたというわけだ。
 だが、まだこれだけでは足りない。
 慌てているとはいえ、触手の数は多い。このままだと全員ではないにしても誰か一人でもやられる可能性は高いだろう。
 最後の一押しが必要だ。
 つまり――あの城壁に、一撃を。
 僕は腕の中の真雪に命令を下す。

智「真雪!マクベスを持ってKに突進して!」

真雪「……はいっ!!」

 すぐに考えに行き当たったのか、真雪は返事を返す。
 マクベスをその手でつかみとり、残った魔力を防御ではなく全て移動に回す。
 加速――『増加』。
 残った魔力を全て注ぎ込んだそれは、速い、とはいえずともKとの差を詰めるのに十二分。

 そして、その加速が限界に達した瞬間。
 マクベスはバビロンを、まるでロケットのいらない燃料部のように――乗り捨てた。
 同時、バビロンを起点として、マクベスを磁力反発。更に加速し、ミサイルのようにKへと襲いかかる!

「なっ!?」

 逃げまわった僕らにかかりきりになって脆く手薄となった城塞。
 それに直撃、マクベスは圧倒的な『竜型』の力を手当たり次第に振るう。
 狙うのは、Kに隠れている本体。

「もっ、戻せ!全員、Kを戻せぇっ!!」

 逃げた皆を狙おうと四方に散っていた触手が踵を返して戻ってくる。
 その多さは流石にマクベスには捌けず、おいうちをかけることは不可能だった。

 そして、反応する暇もなく。
 Kは、その姿を跡形もなくゲートの向こうに消していた。
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/20(日) 01:09:06.37 ID:vadtmFT8o
智「あ……あぶなかった……」

 魔翌力残量を見る。
 もはや車ならマークが点灯しているレベルだ。

真雪「本当、ですね……」

 真雪も同じく、腕の上で息を吐く。
 そしてバビロンとマクベスは魔翌力切れで、同時に青いゲートに姿を眩ませた。

真雪「……もう、こんなことしたくないです……」

智「うん……心臓に悪い……」

真雪「それを考えたの、誰でしたっけ!?」

 僕でした。


 逃げていたリクラス氏達が戻ってきた。
 その顔には完全に安堵の表情が浮かんでいる。恐怖も、抜けきってはいなかったが。
 僕は真雪を地面に下ろして、とりあえず無事を確かめることにした。

智「怪我はありませんか?」

リクラス「ええ……いえ、一人だけ木に足をとられて捻りましたが、このぐらいは些細なものです。命の重さに比べたら」

 ご尤もで。
 その怪我をしたリクラス氏の仲間も、ひきつっていながらもうすらと笑っていた。
 命あることに感謝しているのだろう、きっと。
 くいくい、と僕の服の裾が引っ張られた。真雪だ。

真雪「……智さん、智さん」

智「ん、なにまゆまゆ」

真雪「まゆまゆではなく、真雪です。……あの二人」

 真雪が見ている方向を見ると、あの押し掛け厨だという二人組と眼があった。
 両手をワナワナと震わせている。
 あの時の状況から、きっとアバターのことなんて全く知らない人だろう。
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/20(日) 01:24:52.51 ID:vadtmFT8o
真雪「……どうします?」

智「どうします、といわれても……」

 あの勘違いの高さは変人レベルだ。
 どういいわけをすればいいのか、僕自身にもわからない。
 考えているうちに、☆羅の方が駆け寄ってきた。
 もう一人の幽の方も彼女を追いかけてきて、並ぶ。

☆羅「ゆ、ユキさんとかっこいいお姉さん!」

智「かっこいい……?」

 僕はどちらかというと、可愛い部類じゃないかと思うのだけれど。
 ……男としては、微妙なところだけれど。
 多分、真雪をお姫様抱っこしてたところ見て、勝手な印象をもったのだろうか。
 しかし僕のその疑問詞付きの言葉には何も答えず、☆羅はグッ、と拳を強く握る。

☆羅「わたしたちは勘違いしていました!感動しました!」

幽「オレはもう……驚愕以外の感情を持つことができない……!!」

真雪「……へ?」
智「……え?」

 図らずして、真雪と同時に驚きの声が漏れた。
 二人の眼を見る。
 そこには、まるで無垢な子供が舞台上のヒーローに向ける、キラキラとした憧れの眼差しがあった。

☆羅「すごいです、本物のヒーロー!なんですかあれ、召喚獣ですか!?ドラゴンですよね、ドラゴンですよねあれ!!」

幽「竜使い……!しかも黒と赤の二体で、カッコイイ……!ま、まさかこんな秘めた力をもっていたなんて……!!」

☆羅「わたしたち誤解してました!お二人はガチですよぉっ!まさかドラゴンを操って悪のモンスター使いを倒す正義のヒーローだったなんて!」

幽「魔族のふりをしていたのは奴らの眼を欺くため……オレとしたことが迂闊だった!貴方たちこそが本物の魔狩人だ!」

智「魔狩人って何さ……」

真雪「それに魔族のふりなんてしてませんしね」

 二重の意味で、痛い人達だった。
 ……まぁ、勝手に良い方向に解釈してくれたのはいいことだけど。
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/20(日) 01:41:12.31 ID:vadtmFT8o
 閑話休題。
 ほとぼりが僅かに冷めて、リクラス氏達は本当に申し訳なさそうな口調で謝ってきた。

リクラス「本当に助かりました……僕らは何も出来なくて……アバターを出すことすら……」

智「いえ、仕方のないことだと思います。それよりも、身元身辺に注意してください。きっとまた狙ってくる可能性がありますから」

 その注意に、リクラス氏ははい、ありがとうございます、と言った。
 ちらと、真雪を見る。
 真雪の傍らでは、先ほど興奮していた二人が号泣していた。
 ……真雪には二人にHerm氏のことを説明するようにお願いした。勘違いしているようだったから。

智「真雪」

真雪「智さん……」

 近づいて呼ぶと、真雪は妙に悲しそうな顔で僕を見た。
 眼を伏せて、口元を歪ませる。

真雪「……やっぱり、淡々と言ったつもりでも感情が込み上げてみますね」

智「うん……だろうね。ごめんね真雪、態々説明させちゃって……」

真雪「いえ…………!」

 ぽんぽん、とあやすように真雪を撫でる。
 真雪はそれに顔を僅かに赤らめて、しかし甘んじて受け入れてくれた。
 しながら、泣いている二人に話しかける。

智「そこの二人、今日あったこと……誰にもいっちゃダメだからね?」

☆羅「はい、勿論!口が裂けてもいいません!例え魔族の拷問を受けたとしても!」

幽「あなたがたの秘密を漏らすぐらいなら、オレは死を選ぶ……このアミュレットに誓って……!」

 先ほどまでの嘘つき呼ばわりからは考えられない素直さ。
 それには苦笑しか出てこない。

智「あはは……でも、本当に気をつけてね?もし言ったらさっきのがまた襲ってくるから」

☆羅・幽「ひぃいい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 一応、釘をさして置いて、と。
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/20(日) 01:52:40.09 ID:vadtmFT8o
智「……本当は、Hermさんのお墓に花でも供えに行きたいけど」

真雪「今はここから逃げるほうが先ですね……」

 Kを狼狽させるために周りの木々を倒したし、民家も破壊してしまった。
 騒ぎが大きくなる可能性もあるし、消防が来る可能性もある。
 或いはKが戻ってくる可能性も。
 なるべく早く、ここから逃げなければ。

リクラス「本当にありがとうございました。助かりました」

☆羅「勇者さま……!」

幽「オレたちは、伝説と出会った……!」

 三者三様の言葉を聞いて、僕は僅かに苦笑する。
 そんな大したことをしたわけじゃない、いや命を助けたわけだけどそれはあくまで結果だ。
 僕と関係のないところで起きていたら、君子危うきに近寄らず、見捨てていた可能性もいなめない。
 だから僕は苦笑する。
 そんな僕なのにそうしてお礼を言われたことに。

 僕の手に僅かな温かい感触が走った。
 見ると、小さい真雪の手が僕の手を握っていた。

真雪「じゃあ、帰りましょう」

 真雪は僅かに笑みを浮かべて、僕に語りかける。
 僕はそれに何故か照れてしまい、しかし隠すように笑みを浮かべる。

智「うん、帰ろうか」

 さあ、帰ろう。
 いつものように真雪の家で紅茶でも飲みつつパソコンを眺めよう。
 そして家に帰って枕を高くして寝よう。

 Kのことは、どうにかしなければならないけれど。
 今は精神も肉体も疲れきっているから。
 だから、今は帰ろう。
 命がけの日々から、平和な日常へと。

 僕は、真雪の小さな手を握りながら、そう思った。
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/20(日) 01:54:20.73 ID:vadtmFT8o
 くそう……目標に辿りつかなかった……
 次こそは……次こそは…………!

 ……ところで。
 シーンいれた方がいいですかね?そんな濃密にはかけませんけど。
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/20(日) 01:57:25.84 ID:Dal5fYaQ0
入れた方がいいに決まってるよ!!!!!
まゆまゆの喪失シーンとか超大事
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/20(日) 01:59:52.53 ID:ejLiWgiUo
智ちんが攻められるのを見てみたい。
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/20(日) 10:00:29.62 ID:CsEAuBi/o
>>403
大いに賛成する
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/20(日) 10:27:32.88 ID:gIAolAW1o
呪いの扱いどうすんのか四苦八苦する主の姿を想像して萌えた
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/21(月) 00:08:21.34 ID:+Ut8GFJpo
 主はないわ、主h(ry

 見切り発車オーライー
 ま、大まかな展開は考えてありますけどね。バレも元々ある予定でしたし。
 それよりも智ちんがKとの最終決戦をするなら、アイドル智ちんのお披露目をどうするかが問題になるわけで(ry
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/21(月) 00:22:19.33 ID:+Ut8GFJpo
 あれから、数日経って。
 僕はいつもの通りに真雪の家に入り浸っていた。
 同盟の皆にはメールや電話でアイドル活動が忙しいと言ってあるけれど、そろそろ顔を出さなきゃ不味い。
 もういっそ、真雪を紹介しようか、とも考えたりしてみた。
 宮の前例もあり、そして真雪自身にも多少の隠し事があるから深く詮索することはないだろうし、嘘つき繋がりで茜子や惠とは中々にいい友だちになれそうだ。

 ……そんないつかの計画はさて置いて。
 今日の僕らは何をするでもなく、ただぼーっとベッドに並んで横になっていた。
 いや、今日だけではなく。昨日もきたけれど、その日もこうだった。

 ほう、と溜息を一つ。
 吐いたのは僕か、真雪か。或いはその両方。
 数日前明らかになったのは、Herm氏が既に亡くなっていたこと。
 あの時はKに襲われたりなんなりで色々と切羽詰っていたから思う暇もなかったけれど……落ち着いて考えると、嫌に心が重苦しくなる。

 人が一人、死んだ。
 それでも、世界は回ってる。
 この優しい王国ではなるようにしかならないのだから。
 あの時真雪がつぶやいたとおり――『やるせない』。

真雪「……そういえば、智さん」

 真雪が横に寝転ぶ僕の方を見て呼んだ。
 僕はチラリとだけ真雪を横目に見て、また天井を眺める。

智「なぁに?」

真雪「その後、リクラスさんから何か連絡とかありましたか?あの……Kのこと、とか」

智「今のところは何もなし、至って平和だって」

 あの時襲ってきたK。
 すぐにまた再来する危険性があったが、その動きは全く無く、平和なものだった。
 この部屋の外では、あまりにも。
 また、空気が重くなる。

 どこからともなく、溜息。
 それを吐いたのは僕か、真雪か。或いはその両方。
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/21(月) 00:36:46.96 ID:+Ut8GFJpo
 再び沈黙を打ち破るのは、やっぱり真雪。
 それは重苦しい雰囲気になっている自分を嘲笑うような鼻息だった。

真雪「柄にもないですね、こうしんみりとなるのも」

 よいしょと、その小柄な身体を起き上がらせる。
 くっ、と背伸び。関節腔内の空気が破裂音を立てた。

真雪「リクラスさんにもHermさんの分まで作品を愛してくれといわれましたし、私もそれに頷きました」

真雪「だから――Hermさんの事を悔やむのはこれまでにしましょう」

 パン、と一度。
 両手を合わせて、大きな音を部屋に響かせる。
 切り替えのスイッチだ。ただそれをするだけで、部屋の重苦しい黙祷の雰囲気がいつもの部屋に戻る。

智「……真雪はすごいね」

真雪「私が何度も沈んだところを励まして、このポジティブ思考にしたのは誰だと思ってるんですか?」

智「誰かな、僕の知ってる人?」

 ぴんっ、とデコピンでおでこを弾かれた。
 たった少しだけの痛みだったけれど、眼を覚ますにはこれで十二分。
 僕も真雪と同じように、ベッドから身体を起こす。
 至近距離で顔を見合わせて、僅かに笑いあう。
 切り替え、完了。

智「ところで、アクセプターのスレってどうなってるのかな」

真雪「さあ……最近、というかあの日の数日前からスレ見てませんしね……」

 真雪は自分の名前を出してHerm氏のIPを聞き出そうといろんな所に顔を出した。
 それがよからぬ噂――例えばあの押し掛け厨が追ってきた理由のような――を呼ぶ可能性もあったわけで、それはまた誹謗中傷の元になる。
 いくらスルースキルが強化されたとはいえ、それを真正面から受けるほど真雪もお人好しではなかったわけだ。

智「それじゃあ、見てみる?企業の方から何か連絡が来たりしてるかも」

真雪「……そうですね、見てみましょうか。隙あらば、Herm氏が現れなかった場合と頭に付けて、天國さんに権利を譲ることもしましょう」

 くすくすと少しだけ笑い、真雪はパソコンを立ち上げる。

 ――久しぶりのアクセプター本スレは、空気が一変していた。
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/21(月) 00:50:15.51 ID:+Ut8GFJpo
『ユキさんはガチ!私はユキさん設定こそ正統だと思います〜〜〜!!』

『皆惑わされるな。真実を見極めるのだ。ユキさんこそ、アクセプターの世界を綴るにふさわしい……!』

 この二つのIDで表示された二つのレス。
 ここ最近の殺伐としたスレの雰囲気なら叩かれるハズ、だったのだが。

『ユキさんの時代来ました!やっぱ空気感が違いますよね』

『ずっとユキさんのファンだったけど、叩かれてて書き込めなかったんですよ。戻ったみたいなので記念』

『俺もユキさん派。天國さんのもいいけど、ユキさん世界の方が優しくて俺によし』

 ……と、ユキ擁護が多く出現して逆にアンチがでてきにくい空気となってしまっていた。

智「……これは、まあ。一体誰が……」

真雪「誰がもなにも、それはもう」

 僕らの脳裏に浮かぶのは二つの顔。
 スレの空気を変えに入った二つのレスは、どことなくそんな彼女たちの雰囲気が漂っている気がする。
 真雪がいうには、押し掛け厨にはその仲間が沢山いたらしい。その仲間達にもきっと協力してもらったのだろうとのこと。
 ……結局は匿名だし、直接聞いたり、警察紛いのことをして確認しないと本人かどうかはわからないわけだけれど、それでもいい。
 彼女らにせよ、その他の人にせよ。この好意はありがたく受け取ることにしよう。

智「……それにしても。ついでに、『ユキさん』が女の子で、カッコイイお姉様とラブラブ百合百合してるっていうのは……」

 なにこれ?
 そのレスを見て唖然とする僕とは対照的に真雪は笑う。

真雪「ふふふ、いいじゃないですか。こうしてラブラブなんですから」

 まんざらでもなさそうに、真雪は自分の身を僕に摺り寄せてくる。
 僕は腰を浮かせて近寄ってきた分、真雪から離れた。

智「いやいや、それは違うでしょ」

真雪「それは残念です」

 残念も何も。百合百合な気質を持つのは花鶏だけで十分です。
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/21(月) 00:52:31.17 ID:yfUgmKUA0
すごい時間に来てた
くそぅ、眠れねえ
411 :>>410 寝ていいよwww起きてから見てよwwww :2011/02/21(月) 01:04:01.30 ID:+Ut8GFJpo
 真雪は素直に僕から離れると、またパソコンへと視線を戻した。
 そして確かめるようにそのレスを眺めて、僕に疑問を投げかける。

真雪「そういえばカッコイイで思い出したんですけど、智さんって意外と身体しっかりしてますよね?」

智「へ?」

真雪「私結構軽い方ですけど、あんな軽々とお姫様抱っこして走って、それでもあまり息切れもしてませんでしたし……」

 ……あっ。
 そういえばそうだった!逃げるときに真雪をお姫様抱っこしたんだ!
 おんぶとかならまだしも、結構深窓のお嬢様敵女の子にはしちゃいけないことだよね!?

真雪「その時に少し身体触りましたけど……筋肉とか結構ついてるみたいでしたし」

智「あと、その、えっと……!」

 ヤバイヤバイヤバイ!
 取り繕え、誤魔化せ、僕!
 このままバレたりしちゃったら、僕は……っ!!

 ……と。
 真雪が、ふっ、とまた笑った。

真雪「冗談です。まぁ筋肉は多少ついてるみたいでしたけど、智さんあの逞しい人達と付き合いがありましたし、そのぐらいあってもおかしくなさそうです」

 逞しい人というのはるいのことだろうか。
 しかしそんなことに思考をさく余裕もなく、僕は真雪の態度の翻しように戸惑いを隠せない。

智「えっと……?」

真雪「前にもいいましたよね。秘密のこと」

 ――思い出すのは、いつかの夕暮れ。
 新高倉駅で別れ際に見抜かれたことを告げられた時。
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/21(月) 01:18:16.06 ID:+Ut8GFJpo
真雪「気にならないっていったら嘘になりますけど。私は智さんがその秘密を明かしてくれるまで詮索するつもりはありませんよ」

真雪「……話さないってことは私のことを信頼してないのかな、と思う時もありますけど」

 ――そんなこと。

智「そんなことない!」

 もし、呪いが解けてこれを言えるのだとするならば。
 きっと今は、同盟の仲間よりも、誰よりも先に真雪に僕の本当を話すだろう。
 ……それによって真雪が離れていく可能性も否めない。

 それでも。
 この嘘つきな少女に、僕が嘘をつくことを辛く思っているから。
 例え、軽蔑すらされなくとも。罵倒の言葉すらなく、目の前を去られても。
 僕はきっと、後悔しない。
 この少女には――柚花真雪という女の子には、僕が僕でありたいと思ったから。

 僕の大声に真雪は驚いたのか、眼を見開いた。
 しかしそれも一瞬。すぐに真雪は破顔する。

真雪「なら、いいです。私は待ちます、智さんが本当の事を教えてくれるまで」

 いやに潔く。
 僕はその真雪の言葉と表情に、胸を刺されたかのような痛みを感じた。

智「……まだ言わない僕がいうのもなんだけど、どうして……?」

 真雪は、僕に全てを明かした。
 アイドルであること。
 アクセプタースレのユキであること。
 なのに、隠し事をしている僕には何も言わず、聞かず、待つという。
 僕がきっと真雪の立場なら――絶対に聞く。問いかける。
 真雪は僕の言葉に少しだけ考える素振りを見せた。

真雪「……理由なんて、特にないのかもしれませんね」

智「嘘でしょ?」

 真雪はバレましたか、と舌を出す。
 真雪も相当に聡い。だから理由に思い当たって、その上でないと言い繕った。
 ……僕、相当性格悪いと思う。それすらも聞こうとするなんて。
 でも真雪は何も言わず、椅子の背もたれに身体を任せて口を開いた。
 ギィ、と椅子が軽く軋む音がなる。
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/21(月) 01:39:16.09 ID:+Ut8GFJpo
真雪「智さんの秘密がなんなのかわかりませんけど……きっと、私と同じようなものなんでしょう?」

真雪「私が皆さんにアイドルであることを隠していたように、普通に生活するためには必要なことなんでしょう?」

 そうだ。
 普通の生活をするために、僕は呪われていることすら隠さなければならない。
 ……その時点で一般人基準の普通の生活ではないけれど、それは置いておくとして。

真雪「智さんも隠しているのが私の勘違いでなければ、辛そうでしたし……きっとそれを言いたくても言えない理由もあるんですよね?」

 チクリ、とまた心に針が刺さったような小さな痛み。
 真雪は僕以上に、僕のことを想ってくれていた。
 僕は小さく、頷く。

真雪「それなら仕方がありませんよ。理由も聞きませんし、訊こうとも思いません。ただ私は待ちます」

真雪「あ、さっきの言葉、語弊がありましたね。私が待つのは智さんが本当の事を教えてくれるまでじゃなくて、本当の事を話せるようになるまで、ですね」

真雪「話せるようになったとわかったら、今度は堂々と暴きにかかりますのでそのつもりで」

 真雪は、それでも笑顔で。
 僕の隠し事をその時が来るまで全く聞かないと言ってくれた。
 嬉しさと罪悪感が混ざり合い、なんともいえない気持ちが沸き起こった。
 それでもやっぱり嬉しさが優って、僕は真雪の眼を真っ直ぐに見詰めてお礼を告げる。

智「真雪……ありがとう」

真雪「いえいえ」

 平和で、長閑な日々だった。

 この優しい王国では、なるようにしかならないかもしれない。
 どうにもならないことも多いかもしれない。
 けれど、今は風の止んだ凪の日々で――僕はそれを味わえる幸せを身を持って噛み締めていた。
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/21(月) 01:40:05.64 ID:+Ut8GFJpo
 まだだ、まだ(まゆまゆ編は)終わらんよ!
 ……今日は終わりですが。
 なんだか変なこと書いた気がするけど気にしないっ!
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/21(月) 01:43:54.22 ID:wvOk7wmFo
乙! 
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/21(月) 01:44:36.96 ID:yfUgmKUA0

なんだかんだで呪い踏む瞬間が楽しみ
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/21(月) 09:02:34.12 ID:fqIVawtgo

やっぱりまゆまゆも智ちんも可愛いよね
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/21(月) 14:33:42.91 ID:Lky4NFFpo


いいよいいよ
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 00:18:26.11 ID:YG5Ykgwco
 ぴんぽーん、と夕ごはんの支度をしていると我が家のチャイムが鳴った。
 時刻は七時半ジャスト。遅くもなく夕ごはんをつくるにも微妙な時間にどうして家にいるのかと聞かれれば、理由がある。
 今日は久々に溜まり場に行ってきたから。

 顔を出したと同時、るいから熱烈なハグを受けたのは記憶に新しい。
 花鶏はクールぶってても心配していたと伊代にチクられて顔を赤らめて、こよりも手放しで喜んでいた。
 伊代とは頼みごともあったから二、三言で済み、茜子は……よくわからなかったけど、いつもより優しかった気もする。
 久々に顔を合わせたこともあって――こんな時間まで話し合っていたのだ。

 そして帰ってきて冷蔵庫を物色し、料理を始めた瞬間にチャイム。
 何らかの作為を感じずにはいられない。

智「もしかして昼間にも来てたりしたのかな?」

 電気代の集金か何かで、それで帰ってきたのを知るやいなや訪れてきたのとか。
 どうこう考えているうちに、もう一度チャイムが鳴る。
 慌てて手を水で洗い、お気に入りのエプロンで軽く拭きながら玄関へと向かう。

智「はぁ〜いっ」

 僕のアパートにインターホンはない。だから覗き窓から誰が来たのか、というのを確かめるために覗く。
 ……何も見えなかった。
 まるで、何かが抑えているような、というか抑えているのだろう、指か何かで。
 ……少しだけ怪しい。
 三度、来客を告げる音が鳴る。
 僕は鍵を開けるか開けまいか少しだけ迷って、ドアの向こうへと声をかけた。

智「間に合ってますっ!」

 迷惑なセールスや宗教の勧誘ならこれで大体は収まる。
 一拍置いて、聞き慣れた声が聞こえた。

「私です!真雪です!」

 それは、切羽つまったような声で。
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 00:27:11.60 ID:YG5Ykgwco
智「真雪!?一体こんなところまで、どうしたの!?」

 その声に僕は愚直にも真っ直ぐ問いかける。

真雪「実は、紅緒さんが攫われて……っ!以前に粛清したことのあるコミュらしいんですけど、一人のところを……」

真雪「それで、今日の十二時にとある場所に呼び出されてっ……!暁人さんは見捨てられないっていってますし、頼れるのは智さんしか……!」

 僕はその真雪の声に背中を押されるように、慌てて鍵を開く。
 そして彼女の表情も確かめずに叫んだ。

智「それ本当!?」

 対して、彼女の顔は。
 声とは相対して、全く慌ててすらいない、逆に相手を嘲るような表情で。

真雪「はい、嘘なんですけどね」

智「…………………………。」

 思わず、沈黙の最後に『。』まで付けたくなるような衝撃。
 ドアが閉まらないように抑えた手とはまた逆の手で、顔を押さえる。
 ……騙された。

智「真雪……」

真雪「えへへ、来ちゃいました」

 にへら、と真雪は笑う。
 時刻は既に七時半過ぎ、こんな時間に追い返すというのも酷だ。

智「……とりあえず入ってよ」

 仕方がなしに、僕は真雪を家に入れることにした。
 僕の部屋に一つだけあるアダルトビデオは妖怪のビデオにカモフラージュしてあるし、隠さなきゃいけないものも隠してある。
 だから、問題はない……筈だ。
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 00:43:26.98 ID:YG5Ykgwco
 おじゃまします、と普通に入り込んできた真雪は、周りをきょろきょろを見回しながらソファーに座った。
 別に僕は何も言わない。僕だって最近は真雪の部屋に入ったらベッドに座るし。

真雪「ここが智さんの部屋ですか……綺麗ですね」

智「まぁ、そりゃあ生活する場だからね」

 このアパートは部屋は一つきり。五、六人も部屋に入れば一杯になる。
 皆もたまに来ることがあるから、こうしてかたしておかないと。
 そして僕は台所に向かい、そこから真雪に質問を投げかける。

智「それで真雪、どうしていきなり家に?別に構わないけれど」

 さっきは嘘ではぐらかされたけれど、やはり聞いておかなければならない。
 真雪に僕の家は教えていないから恐らくはプロダクションに聞いてやってきたのだろう。
 態々そんなことをしてまで僕の家にやってくる理由が思い浮かばなかった。
 こっちに用事があってそのついで、というならいざしらず。真雪がこちらにくる理由にも心当たりはない。
 しかし、返ってきた答えは、至極単純、別に裏を読む必要すらないことだった。

真雪「単純にサプライズ。それと……智さんの家って来たことがなかったな、と思いまして」

智「それはまぁ、確かに」

 僕は驚いたし、真雪の家だけ行ってて、僕の家に来ないというのもなんとなく不公平だと思う。
 伊代辺りに言わせれば、『フェアじゃない』だろう。
 本当に、考えてすぐに思い当たるはずの理由だった。

智「それでも、こんな時間に態々来るって……」

真雪「そう、それですよ智さん。私、実は四時前ぐらいに来てたんですよ、驚かせようとアパートの前に待機して」

 ストン、とキャベツを切った音が一際大きく鳴った。
 ……四時前といえば、つまり今から大体四時間ぐらい前だろう。
 勿論僕は家に帰らずに直で溜まり場へ向かった。
 知らなかったとは言え、真雪をスルーしたことになるのだ。それは悪いことをした。

真雪「家の前で待ってると隣の人ですか、男に間違えられて声かけられましたし、よく見直されて『なんだ女か……』とか言われましたし!」

真雪「『なんだ女か』ってなんですか?なんでがっかりされなきゃいけないんですか!?」

智「あはは……隣の人、女装っ子好きだから……」

 僕の天敵である。
 人生に置いて、全く関わりたくない人種。
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 00:57:11.47 ID:YG5Ykgwco
 そんなことがあって真雪は多少なりとも興奮しているのか、色々と口調がおかしかった。
 それでいらついたのと、暫く待っても来なかったから、少し街の喫茶店で時間を潰していたらしい。
 それでもストレスは完全には解消できず、早く帰ってこなかった僕(八つ当たりには違いないのだけれど)にあたっているわけだ。
 僕はそんな真雪の愚痴を聞きながら適当に相槌をうって、料理を仕上げる。
 それを持って、僕は真雪のいる居間へと向かう。

真雪「私は学校終わってすぐに来たのに、どうして、」

智「はいはい、愚痴はそこまでにして。これでも飲んで、落ち着いて?」

 コトン、と真雪の前にもそれを置く。
 コンソメのオニオンスープ。
 いつもならフランス風、とか変に凝るけれど今日は遅くなったこともあって簡単な物。本当に玉ねぎ以外入っていない。
 淡い狐色のスープが器の中で揺れた。

真雪「…………」

智「ね?」

 沈黙に、僕は笑顔で返す。
 とりあえず反応を見せて、スープに口をつける。
 まだ熱いから、少しだけ息を吹きかけて、音を全く立てずに口に流した。
 それから、一息だけ吐いて一言。

真雪「……暖かいです」

智「そう、よかった。ご飯も食べるなら用意するけど、どうする?」

 茶碗は一つだけしかないというわけではないし、量もるい並に食べるのでなければ十分すぎるほどの量はある。
 テーブルに並べられた僕の夕食を見て、そして僕の顔を見てから軽く頭を悩ませて。
 真雪は照れくさそうにほほえみを浮かべてから、お願いします、と頷いた。
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 01:12:59.28 ID:YG5Ykgwco
 ご飯を食べてから、また一息ついて。

真雪「……智さんって、料理お上手だったんですね」

智「うん。そういえば、振るう機会なかったね」

真雪「はい。比奈織さんと同じくらい上手かもしれません」

 カゴメさんはどうやら幼馴染スキルとして料理スキルも備えているらしい。
 家庭的な魔女。意外だ。

智「気に入ってもらえてなにより。たまになら真雪の家でもつくってあげるよ?」

真雪「任せてもいいんですか?それなら、たまにお願いします」

智「任されました」

 真雪は笑う。僕も笑う。
 ……うん、やっぱり、良い。
 真雪はなにかに文句を言っていたりする時や、落ち込んだりしている時より笑っている方が全然良い。

智「……そういえばさ、アクセプターの方も落ち着いたよね」

真雪「ええ。その代わり、天國さんが及び腰になっちゃいましたけどね」

智「そのくらいは甘んじて受け止めてもいいと思うけどなぁ……」

 ――きっと、あのユキ叩きは天國氏主導で行われていた。
 あの押し掛け二人組も権利がどうのこうの言っていたし、恐らく間違いないはず。
 それでも、天國氏が叩かれないのは、スレの皆があの空気にしたくないと思っているから。
 だから、その原因を作った天國氏はそのぐらいの罰は受けていいと思う。

真雪「……そういえば、丁度待ってる間携帯で見ていたんですけど。その件で、遂に智さんの手を借りる自体になりそうです」

智「僕の手?」

真雪「そもそも智さんが私と仲良くなった理由のようなものです。えっと……この部屋にパソコン……あった、使っていいですか?」

智「うん、勿論」

 変な画像とか動画とかは入ってないし。
 真雪は僕の言葉に小さく頷いて、部屋の端にあるノートパソコンに手を伸ばした。
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 01:29:16.11 ID:YG5Ykgwco
 真雪がパソコンを立ち上げている間、僕は真雪の言っていた『事態』に関して頭を捻る。
 僕と真幸が仲良くなった原因は、そもそもなんだっけ?
 Herm氏のことを調べる時には自然な距離になっていたし、絵を見つけた時も既に随分と仲がよかったように感じる。
 なら――真雪を励ました時?
 いやいや、それはないだろう。僕の手を借りる理由もわからないし。

真雪「あれ、智さん……アクセプターwiki、お気に入りに入れてるんですね?」

智「あ、うん。真雪のこと、少しでも知りたいからね。最近読み始めたんだ」

真雪「そうですか……アクセプターNの方はやらないんですか?」

智「うーん……永遠の未完って聞いたから、なんとなくね……」

真雪「ま、そうですね。きっと私も始める前に完成しないものだって聞いたら手を出さなかったかも知れません」

 ま、それはさて置いて。
 真雪はそのwikiを開いて、現行スレをまた開いた。
 ……元々流れの早かったスレだったけれど、今日はまた一段とすごかった。
 ぱっ、と付いているレスを見て、理解する。
 それもそのはずだ。

真雪「来たんですよ」

 そう、来た。
 ついに、この時が。

真雪「『初めまして。私は神代エンタープライズのメディア事業担当の者です』――」

 それ以前の砕けた感じとは全く違う、打って変わって堅苦しい文章。
 それが長々と長文で綴られていた。
 思わず、三行で、といいたくなる。

智「……あ、そういうこと」

 そこまできて、ようやく理解した。
 この話が進むと、何れはアクセプターのアニメ化――そして、主題歌の依頼。
 そもそも僕が真雪に頭を下げて頼まれたのは、このアクセプターに別のベクトルから関わるのが嫌だったから、だ。
 なるほど、仲良くなった理由だ。

真雪「はい、そういうわけです」
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 01:49:06.27 ID:YG5Ykgwco
 僕は納得して、再びパソコンの画面に眼を落とした。
 Herm氏、つまりアクセプターNの代表者不在の中、スレの雰囲気を読み取って企業が狙いを定めたのは天國氏ではなく、ユキ。
 つい先日までならまだしも、及び腰になっている天國氏相手ならユキが代表となっても仕方のない事だった。

 勿論、その天國氏も黙ってはいない。
 この機に乗じて真雪を出しぬき、メジャー化しようとしていたのは天國氏だった。
 だから真雪が代表となったことに不満を表し、挙句の果てにはユキの作品を批判して総叩きを食らっている。
 それもスレが一気に伸びている原因の一因だ。
 真雪もそもそも天國氏に権利を譲るつもりだったが、こんな雰囲気ではそれを言った所で逆にスレ住民が認めないだろう。

真雪「困りましたね……」

智「……そうだね。天國さんに譲ればベストだったんだけど、これじゃあね……」

 複数の人がまとまって作った作品は、著作権を手に入れづらい。
 しかし勝手にやるわけにはいかない。そうするとマスコミもいい餌を見つけたと企業のイメージを悪い方向に扇動するからだ。
 だから、そのスレの代表者に狙いを定めてスカウトし、交渉させてその人ごとアクセプターの権利を買い取ろうとするのが企業の目的。

 真雪――ユキのメールアドレスなど調べればいくらでも手に入っただろう。例えば繰莉ちゃんにお願いしたら、瞬く間に。
 しかし、企業はそれをしなかった。なぜなら、これみよがしにスレに宣伝し、目立ち、住民を誘導する目的もあったのだろうから。
 これだから大人は狡い。

 その結果、真雪は天國氏に権利を譲るという手段をとることができなくなってしまった。

智「……いっそ、この人の提案に断ってみたらどう?」

真雪「きっとそうしても、企業の方はアクセプターの商業展開を諦めないでしょうね」

 やっぱり、そうだろう。
 それができるなら、真雪は最初からそうしていた。そして、僕とユニットを組もうとする必要もなかっただろう。

真雪「……断るには断るつもりです。私はスレはスレ、メジャーはメジャーで、別物だと考えて勝手にやっていけばいいと思っていますので」

真雪「でも、本当の権利者であるHermさんがいないから、それも難しい。一時的な代表に私がなって勝手に決めてもダメでしょうしね……」

智「本当なら、ここでHermさんの安否を報告できればいいんだけど……」

 彼の死亡を発表出来れば、きっと真雪が正式な代表者とスレ住民から認定されて、交渉のテーブルに立って独断で判断を下すことを許されるだろう。
 しかし、もしそうしたなら。Herm氏の死が明るみに出て、リクラス氏達が矢面に立たされるおそれがある。
 ――Kはそれを見逃さないだろう。
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 01:59:23.38 ID:YG5Ykgwco
 相手はあのキレてしまっているコミュ。
 判断は慎重にしなければならない。

智「……兎にも角にも、これは僕らだけで決められる問題じゃないと思うの」

真雪「……そうですね。リクラスさん達に聞きましょう。それで、了承が取れたら……」

智・真雪「Hermさんの死を、公表する」

 顔を見合わす。
 いつもなら笑っているところだろうが、今日はそうはいかない。
 真雪は眼を俯かせる。

真雪「……リクラスさん、嫌がるでしょうね」

智「そこは応相談。リクラスさん達への交渉は僕がやるよ。いくつか案はあるし」

 そう、方法はいくらでもある。
 Herm氏が死んだことの証明は、リクラス氏達の協力が必要不可欠だけれど。
 それを発表する方法は星の数……とは言えなくとも、彼らが表に立つだけじゃない。
 企業もなるべく早く、アクセプターを商業化したいことだろう。なら利害は一致している。

 使えるものは何でも使おう。
 それが例えば、路傍に落ちている石だとしても。

智「それじゃあ真雪は☆羅さんや幽さんへのメールの作成お願いできる?勝手に公表したりすると、色々と面倒なことになりそうだし」

真雪「わかりました。じゃあ、リクラスさん達への交渉、お願いします」

 こうして、僕らはアクセプターをより良い方向へと導くために、動き出した。
 それがいい方向だという確証はないけれど、そうであることを願いながら。
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/22(火) 02:00:13.95 ID:YG5Ykgwco
 ここまで……
 くそう……やはりまだあのシーンまではいかないか……
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 02:02:48.55 ID:m/RgRSdm0
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/22(火) 07:43:08.03 ID:qufHLzLIO
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/22(火) 09:39:24.08 ID:crB1wkKuo

るい智とコミュまたやりたくなるなぁ
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/22(火) 10:09:03.43 ID:Ect4I4mJo
伊代の声をどっちにするか
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/22(火) 22:12:30.67 ID:YG5Ykgwco
 さ、智ちんの誕生日まであと二時間ほど。
 終えるのは無理だけれど、進めるところまで進めてやろうじゃないか。
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 22:31:14.34 ID:YG5Ykgwco
 ――交渉は、トントン拍子に進んだ。

 リクラス氏たちは僕が特別何かをいうわけでもなく、二、三回のメールのやり取りで了承。
 曰く、『いつまでもHermのことを秘密にはしていられない』とのこと。
 Kの襲撃の後、リクラス氏達はHerm氏の死を改めて確認したらしい。
 事故死で処理された、とのことだった。
 それで何か思うところがあったのか、先程の言葉を出したときにはやけにあっさりとしていたと思う。

 その後は企業。
 真雪と相談しながら文面を練り、以下を伝えた。
 つまり、真雪にメジャーデビューの意思はなくて、そしてHerm氏が既に死亡しているということ。
 こちらが代表として権利問題についてはスレ住民と話し合う代わりに、そのHerm氏の訃報についてはそちらで発表してもらいたいこと。
 しかし、リクラス氏達、関係者は事情があってメディアの露出を避けねばならないので彼らについては報道しないことを条件にだした。

 ――数日後、企業からはこれが答えだというように、一つのニュースがネット上を駆け巡った。
 『ネット上で静かな人気を誇る『アクセプターN』の原作者Herm氏は既に死亡していた』、と。
 僕らとの交渉の通り、リクラス氏達が表沙汰に出ることはなく、やはり表向き上の理由と同じように事故死だと報道された。

 本スレは弔辞で埋め尽くされた。
 さようなら。ご冥福を。忘れません。残念です。悲しいです――――
 ユキも、天國氏も。その他の名無し達もその言葉を綴った。
 Herm氏にそれが届くことはないけれど――きっと彼も、嬉しいだろう。ここまで多くの人間が、彼の作ったゲームを待ち望み、慕ってくれていたのだ。
 彼の愛したアクセプターは、これほど沢山の人達にも愛された。
 永遠に完成しないアクセプターNを、これからも愛してくれる人が止まないことを僕は切に願う。

 これは、Herm氏のいた証だから。
 これは、Herm氏の愛した物語だから。
 これは、Herm氏の――――。

 電子の海に記憶として埋もれても。
 たまに、誰かに思い出してもらえん事を。
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 22:41:44.01 ID:YG5Ykgwco
 ――それから、また更に数日が過ぎた。
 原作者の死は、そう簡単に割り切れないのか関連スレやwikiでもお通夜ムードが続いていた。
 僕と真雪はそれを黙って見つめていた。

 しかし、それはまた一つの書き込みから一変する。
 それはアクセプターのロゴデザインを提供したという一人の名無し。
 彼は楽しいことが好きだったと。過去を偲び、やりとりの記憶を投下した。
 僕と真雪はそれを黙って見つめていた。

 その小さな思い出は他の人の思い出へと伝播する。
 こんなことがあった、あんなことがあった。
 少しでもHerm氏と関係を持った人たちが、彼についての物語を語る。
 僕と真雪はそれを黙って見つめていた。

 そしてそれは、いつしかスレを正常な流れに戻す。
 志半ばで亡くなったHerm氏の為にも、こんなところで立ち止まっているわけには行かないとでも言うように。
 彼の作った物語を閉ざしてはいけないと叫ぶように。
 誰かが物語を書いた。別の誰かがそれから刺激を受けて新しい物語を記した。
 そしてまた別の誰かがそれを見て、新たなアイディアを閃かせた。
 それは、まるで波紋のように広がっていく。
 僕と真雪はそれを黙って見つめていた。

 雰囲気の戻ったスレで、誰かがレスする。
 早急に解決しなければならない問題について。
 それは、アクセプターの商業展開。
 そこで、ようやく。

智「そろそろ、だね」

真雪「ええ。解決、しましょう」

 柚花真雪――『ユキ』は、傍観者を止め、動き出す。
 一つの問題に解決を突きつけるために。
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 22:56:58.84 ID:YG5Ykgwco
 真雪はスレに企業とした交渉の話をする。
 自分はメジャーデビューの意思はないこと。
 色々な条件の対価として、自分が皆の意見を纏める代表となったこと。

 そして、自分の意見。
 メジャー化には賛成し、ただしHerm氏の名前を第一に冠してもらうこと。
 こちらからはwikiやその他の資料を提供するだけにして、実際の制作はこちらが全く関わらず、プロに任せること。
 メジャーはメジャー、スレはスレで別々に続ける。
 それが、真雪の理想型。
 そして、最後にユキはこう締めくくる。

ユキ『これはあくまで私の理想型であり、これにしろというわけではありません』

ユキ『寧ろ皆の意見を聞いて、変えていきたい所存です』

ユキ『ですので、皆さん。皆さんは『アクセプター』がどうなっていけば嬉しいですか?どうか、その意見を聞かせてください』

ユキ『Hermさんの残した、愛した物語に、その未来に。あなたは何を望みますか?』

 あなたは、何を望みますか――
 その言葉は、僕らの名前も顔も知らない誰かに届き、そして彼、或いは彼女の思考を稼動させる。

 その言葉に従って、wikiではすぐに投票場が設けられた。
 『賛成』と『反対』のみの質素な投票。
 『反対』が過半数を上回れば、またどんな未来がいいか投票すると考えていたのだけれど、それは杞憂に終わる。
 期日五日間で広げられた投票は既に二日目で決まったも同然だったのだから。
 九割以上の賛成が、そこにはあった。

 真雪はその結果に思わず笑みを零した。
 自分の意見を分かってもらえて、嬉しくて嬉しくて。
 僕はそんな真雪が、たまらなく愛しくなった。

 こうして、『アクセプター』は同じでありながら違う二つの物として共存していくことになった。
 スレはスレ、メジャーはメジャーとして。
 世界は在るが儘、続いていく。
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 23:20:11.18 ID:YG5Ykgwco
 『アクセプター』のメジャー化が紆余曲折あったとはいえ、ようやく決定して。
 僕のアイドルデビューも近づく羽目となった。
 そもそも僕はこれが理由で真雪と仲良くなったのだし、当然の帰結だとは思うけれど。
 だが、これっきりだ。流石にアイドルは続けられない。
 なにせ、僕は男の子なのだから。同じユニットということは勿論、控え室等も真雪と同じになるだろうし、危険度が高すぎる。
 だが真雪と会う理由がなくなってしまうのは寂しいから、同盟の皆に紹介してしまおうと思う。

 僕は今日、その事を告げに高倉市に来た――わけではない。今歩いているのは僕だけではないのだから。
 えらく先延ばしにしていた、マクベスコミュの定期集会。
 阿弥谷縁、芳守南堵、蝉丸繰莉、才野原惠、そして僕和久津智。
 だが今回はただ集まっただけじゃない、惠に提案したときには考えもしなかったけれど、今日は列記とした理由がある。

智「……いた、おーい、まゆまゆーっ!」

 人があまり通らない歩道橋の上。
 そこに、見慣れたカエル帽を被った少女がいた。
 彼女の口が動く。車の音で聞こえなかったけれど、まゆまゆではなく真雪です、と言ったように見えた。

 そして、その真雪も僕と同じく今日は一人ではない。
 瑞和暁人、竹河紅緒、春日部春、伊沢萩、そして魔女の比奈織カゴメ。
 僕らを含めて、計十一人が集まるのはきっと、ソリッドを倒す時の特訓をしたとき以来だ。
 まず伊沢が、真っ直ぐに駆け寄ってきた僕らに眉を細める。

伊沢「……なんだお前ら。おいチビ、テメェが呼んだのか?」

繰莉「いーちゃん、なんだはないでしょうに、これでも繰莉ちゃん達はお知り合い、なんだからねぇ」

 くひひ、と化猫が嗤う。
 伊沢はチッ、と舌打ちをうって不機嫌そうにベストのポケットに手を突っ込んだ。

アヤヤ「せんぱぁーいっ!休みの日にまで会えるだなんて、アヤヤ感激ですっ!もう気分アゲアゲですよ!」

暁人「俺は寧ろ気持ちが落ち込んだがな」

アヤヤ「酷っ!?」

 アヤヤは例のごとく瑞和に体当りして撃沈していた。 
 そこを芳守と紅緒がよしよし、と慰める。

春「んー、それで、朱い竜の皆さんはどうしてきたの?」

繰莉「ウチらは何も聞いてないよん。ともちゃんが繰莉ちゃん達を誘導してきたの」

 お春さんの問いに、繰莉ちゃんが答える。
 そう、集会にかこつけて、マクベスコミュの皆を誘導してきたのは僕だ。
 そして、その先にバビロンコミュがいたのは偶然ではなく、こちらは真雪が誘導した。
 ……カゴメさんあたりは口元を釣り上げているし分かっていると思うけれど。
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/22(火) 23:20:24.61 ID:crB1wkKuo
きてたー
智ちんの誕生日明日か
ちょっと早いけどおめでとう!
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/22(火) 23:32:57.54 ID:Fjp3V0fTo
あと30分だ
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 23:36:37.83 ID:YG5Ykgwco
惠「それで智。どうして僕らを此処に集めたんだい?理由があると思うのだけれど」

智「うん、勿論」

 そう、繰り返すがここに皆を集めたのにはとある理由がある。
 マクベスもバビロンも関係のあること。

真雪「……それじゃあ、智さん」

 真雪と顔を見合わせて、僕は頷く。
 打ち合わせ通りに。

智「ねぇ、皆。『アクセプター』って知ってる?」

 僕はそう問いかけてから、話し始める。
 僕と真雪にここ最近あった出来事を。
 アクセプターNの原作者Herm氏が最近顔を出さずに心配していたこと。
 ひょんな事で、Herm氏が接続者だとわかったこと。
 その友人に話を聞きにいき、彼は暴走系のコミュに殺されて、そしてその日にそのアバターに襲われたこと。
 真雪が結奈だという情報を除いて、全ての事を話した。

アヤヤ「ま、真雪ちゃんと智先輩にそんなことが起きていたなんて……で、でもでも、アクセプターの作者さんって確か事故死って報道されてなかったですか?」

紅緒「あ、それ私も見た。うん、事故死ってなってたよ」

芳守「つまり、隠蔽された……?」

繰莉「そりゃ、アバターなんて世間には知られてないんだし、そんな化物に殺されたなんて報道できるわけないっしょ?というかともちゃん達……超探偵の繰莉ちゃんを差し置いて何してんにかにゃー」

暁人「猫先輩は企業から依頼されてたからそれのせいだろうに」

 そんな巫山戯た、救いようのなかった結末に半数が動揺する。
 もう半数――カゴメさんを筆頭に、伊沢やお春さん、惠は全く真逆に、冷静だった。

惠「それで、智、真雪。君たちはどうしてそれを僕らに話したんだい?」

伊沢「けっ。どうせまともな理由じゃないに決まってるぜ」

 その伊沢の呟きは的を射て当を得ている。
 碌な理由じゃない。僕も冗談だと思いたかった。
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/22(火) 23:40:40.43 ID:G7MD0bRWo
あれ、結局智ちんのコミュメンバーははいぇんふぇーなの? 恵なの?
EXTRAだから微妙に違うって認識でいいのかな
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/22(火) 23:53:49.39 ID:YG5Ykgwco
智「実は、真雪もなんだけど。そのHermさんの友人であり同じコミュである、リクラスさんから最近連絡がきたの」

カゴメ「ほう」

春「どんなの?」

真雪「その撃退したときにバビロンやマクベスを出して……そのせいで、今度は私たちが追われている、と」

伊沢「……あ?」

 その電話がきたのは、つい先日だった。
 第一声は真雪の言ったとおり、『今度は和久津さん達が狙われている』。
 話を聞くと、リクラス氏達は偶然に、ネットでマクベスやバビロンの情報を見つけたそうだ。
 初代ジャック、二代目ジャックを倒した双竜はセットにはされなくとも、コミュネットではそれなりに有名だ。
 その話に対して――誰かが捏造だ、と騒ぎ始めた、とリクラス氏は言っていた。

 僕はその話を聞いて、今更?と思った。
 バビロンにしてもマクベスにしても、ジャックを倒したのは一ヶ月以上前のことだ。今更にも程がある。
 真雪の話を聞いたところ、バビロンは最近活動していないそうだし、マクベスなんて月一でコミュが集まるかどうかだ。
 リクラス氏の話では、そうやって騒ぎ立てることで反論する人たちから情報を集めているのではないか、という話だった。
 それは色々な掲示板で行われていて、同時間に三人から五人くらいで煽っているらしい。
 『五人』。丁度、コミュの人数だ。
 つまり、リクラス氏が初めに言ったとおり、Kのコミュが僕らを狙って活動を始めた、と認識するのが一番間違いないだろう。

紅緒「……聞いただけでゲッソリする」

春「そうだねぇ、お春さん浮気相手になったことあるんだけど、バレた時、奥さんが包丁持って――」

紅緒「言わなくていいですから!」

 お春さんの話は中々にヘビーだった。

暁人「本当、中々に厄介な手合いだな」

真雪「はい……完全にイッちゃってるコミュでしたから……」

アヤヤ「真雪ちゃんにそこまで……ちなみに、以前の押し掛け厨とどちらが……?」

真雪「完全にアッチです。比較対象にすらなりません」

 真雪の返答に、アヤヤが慄く。
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/23(水) 00:02:44.93 ID:PuytMxaOo
智ちゃんおめでとおおおおおおおおおおおおおおお
443 :>>440 その認識でOKです。 EXTRAは都合のいいルートを本編から進んだ状態なので。 :2011/02/23(水) 00:04:40.36 ID:Uv/ysIfio
伊沢「そうなっちまったもんはしかたねぇとしても、簡単な話だろ。狙ってるっていうんならこっちから出向いてぶっ潰せばいいだけの話じゃねぇか」

智「それが出来れば苦労しないんだけどね……」

 Kは秘密主義だ。足跡を一切残していない。
 声は聞いたけれど、それだけで無数にいる人間から絞れるとは思えない。

暁人「……奈々世さんに確認してみる。実はラウンドに加盟してたりするかもしれないし」

真雪「お願いします。特徴的なアバターなので、見かけたら絶対知っているはずです」

 ラウンドへの確認も確証できた。
 僕もお礼を言おうと思うと、黒の魔女が割り込んでくる。

カゴメ「私も独自のルートで洗って置いてやろう」

智「え?」

暁人「あれ、カゴメが動くの?珍しい」

 瑞和が驚いたように声をあげた。
 幼馴染の瑞和が言うのだ、恐らく相当に珍しいことなのだろう。
 その当のカゴメは全く彼の言葉には答えない。

カゴメ「見つけたら八つ裂きにするか、高倉湾に沈めておいてやろう」

暁人「もう少し穏便なのはないのか」

 また瑞和がツッコむが、魔女は応えない。
 それで、とりあえずは纏まった。

智「とりあえず、誰かに辿りつく可能性もなきにしもあらずだから、一人で行動するのはやめ――――」

 締めくくりに、もう一度注意を促そうとしたその瞬間だった。
 嫌なくらいに耳に残る、その声が聞こえたのは。
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/23(水) 00:04:54.44 ID:h0xRX2pGo
今日が誕生日か
おめでとう智ちんちん
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/23(水) 00:13:38.23 ID:B1YiEK9C0
誕生日おめでとう智ちん
支援
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/23(水) 00:24:00.29 ID:Uv/ysIfio
☆羅「いたぁ――――っ!!ユキさんとお姉さん――――っ!!」

幽「魔狩人殿―――――――っ!!」

 周りの注目を一身……いや、二身に引くその声の持ち主は、以前真雪を困らせたという押し掛け厨。

真雪「また……」

 真雪が諦めを含んだように溜息を吐く。
 真雪はこれで僕の知る限り三度目の邂逅だ、そりゃあ諦めたくもなる。

カゴメ「なんだアレは」

智「あはは……なんだろうね……」

 人間、というには思考があまりに常人離れしすぎている。
 やはりバルバロイというのが一番相応しい。
 彼女らはそんな僕らのことを構いもせず、歩道橋をドタドタと駆け上がってくる。

☆羅「ユキさぁん……!捜しましたよ、ユキさん!」

アヤヤ「あぅ……」

 アヤヤもさっき真雪に聞いていたから知っているようで、縮こまる。
 他の紅緒達も異質な生き物を見るような顔だったので、真雪と共に前に出て引きつった笑みで迎える。

智「えっと……二人とも、きてくれたところ悪いんだけど、今少し取り込み中で……」

☆羅「そのことですよぉっ!ユキさん、ネットに顔でちゃってるんですっ!!」

真雪「えっ!?」

 真雪は驚愕する。
 そんな、まさかなんで!?
 目の前で取り出された携帯画面に映された画像は、それは確かに紛れもなく真雪だった。

幽「これだ!名と姿は異なるが、オレの真なる眼で見抜けないものではない――――!」

 そこには、コンサート衣装に身を包んだ真雪。
 その下には、『結奈 アクセプター主題歌記念コンサート』と記されていた。
 ちなみに僕のことが書かれていないのは、今回より結奈がユニットを組むというのがサプライズ企画だから。

☆羅「これ、コンサートの告知写真ですけど、これじゃああの魔族の人たちが絶対きちゃいますよぉ〜〜〜〜っ!!」

紅緒「……あれ、結奈ちゃん……?あれ、でも今まゆまゆって……?」

 後ろでちらりとみえたのか、紅緒が反応した。
 しかし彼女らはそれを背景と捉え、僕らに詰め寄る。

幽「物語の紡ぎ手にして魔狩人……そして歌姫であったとは、貴女は神に愛されているようだ……」

繰莉「……話が見えないね。繰莉ちゃん達にも教えてほしいな」

智「えっと、これは、その……」

 なんて、なんていえばいいんだろう?
 しかし、尚押し掛け厨の暴走は続く。
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/23(水) 00:32:55.56 ID:Uv/ysIfio
☆羅「絶対絶対絶対絶対絶対絶対っ!あの人達ここに来ますよぉ〜〜〜〜っ!!」

智「えっとね、二人とも。少し落ち着いて!今は少し黙ってて!」

幽「そのような猶予などっ!何を恐れる必要がある、あの赤と黒の竜の力を以てすれば――ハッ、魔族など!」

惠「! 君らはマクベスのことを……」

真雪「それは、この二人がさっきのKとの戦いの時に巻き込まれたからで……」

 ああ、ああ!
 止まらない、止まらない!
 誰か、お願い、この二人の暴走を止めて!

☆羅「のぎゃぁ」

幽「ご」

 ――そんな、僕の願いが届いたのか。
 二人は絞め殺される猫のような鳴き声を残し、黙った。
 見ると――カゴメさんがアイアンクロー気味に二人の頭部を掴んでいた。

カゴメ「十分で戻る」

暁人「か……カゴメ、さん?」

カゴメ「安心しろ、暁人」

 背中に大きく[ピーーー]と書いてある魔女は、瑞和にほくそ笑む。

カゴメ「命の保証はする」

 それ以外の保証はしない、と。
 そんな言葉を残して、誰が止める暇もなくカゴメさんは歩道橋から消える。

智「あはははは……」

 後には、笑い声しかでてこなかった。
448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/02/23(水) 00:35:24.28 ID:Uv/ysIfio
 [ピーーー]→死ねです、すいません。
 とりあえず今日はここまでで……重ねてすいませんが。


智「ハッピーバースディー、僕!!」


 智ちん、姉さん誕生日おめでとう!
 誕生日SSを書こうとしたけど諦めた。EXTRAすら終わってないのに書く暇なんてないからね……
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/23(水) 01:58:37.88 ID:ESrLB7cG0
ハッピーバースディー、智!!

そして乙
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/23(水) 09:52:29.76 ID:IdfvR+sPo
乙&ハッピーバースデー!
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/25(金) 23:39:47.63 ID:FusatlNxo
 気がつくとはや二日休んでるのか……
 三日連続で休むのは流石に気がひける

 再開
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/25(金) 23:49:55.85 ID:FusatlNxo
アヤヤ「あやややや……あの二人、どうなっちゃうんでしょう……」

暁人「なるようにしかならないな」

 せめて冥福を祈ろう、とカゴメさん達の行き先を拝む二人。
 いやいや、まだ死んでません。

繰莉「そ・れ・よ・り・も……繰莉ちゃんてきには、さっきの二人が結奈ちゃんとまゆっちを同一人物って言ってたのが気になるにゃー」

紅緒「あ、確かに。言われてみれば、まゆまゆと結奈ちゃんってどことなーく似てるような気もするし」

 やはり目ざとく、繰莉ちゃんはそれに気付く。
 流行に余裕で付いて行きそうな紅緒も反応した。

真雪「まゆまゆではなく、真雪です。えっと……」

 真雪はいつものように自分の名前に対する訂正をいれたあと、僕に向かってアイコンタクト。きっと意味は、『どうしましょう?』だと思う。
 僕は少しだけ眼を伏せる。イントネーション的には、『気はあまり進まないけれど』。
 そして再び視線を合わせ、真雪にわかる程度で微笑む。意味は『真雪の好きなようにすればいいよ』。
 それが伝わったのか伝わらないのか、真雪もまた、少しだけ考える素振りを見せてから息を吐き、微笑む。

真雪「……そうですね。何れはバレることですし。変なときに切り出すよりは今、緊急事態にかこつけちゃいましょうか」

智「それじゃ、僕のことも適当に」

真雪「ええ、お願いします」

 僕と真雪は並ぶ。
 そしてそれぞれのコミュのメンバー、合わせて八人に向き合った。
 これからやるであろうライブの事を考えると、これぐらいの人数どうってことない。

真雪「実はですね――――」

 そして僕らは語り出す。
 ちょっとした、僕らの秘密を。
453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 00:00:24.46 ID:h4SqY9bio
真雪「……と、いうわけで。」私柚花真雪は一見オタ娘、実は接続者、そしてその実態は結奈というアイドルだったのです」

智「ちなみになんで僕と真雪がそこそこに仲がいいかって理由は、次のライブで僕が真雪とユニットを組む手筈になっているからです」

 静かになった。
 中で惠だけが、ほう、と声をもらす。
 一応同盟メンバーと宮和には僕がアイドルデビューすることは話していたから、他の人よりは衝撃が少ないだろう。

紅緒「え、ええぇええええ―――――――っ!?」

 紅緒が皆を代表して、声をあげた。
 続いてアヤヤも、同じように驚きの声を張り上げる。

アヤヤ「っということは、ということは!?真雪ちゃん=結奈ちゃんで、アクセプターの主題歌を真雪ちゃんが歌うってことですか!?」

真雪「はい。ついでに智さんもこれを機にアイドルデビューってところですね」

智「まだ本決まりじゃないからどうなるかわからないけれどね」

 今回のコンサートで僕の人気が低かったり、結奈の邪魔だったり。
 或いは僕自身がやっぱり自分には合わない、と断ったりするとこの話は一度きりの特別だったということになるだろう。

暁人「……結奈って、あれだよな?あの朝の天気予報とか、最近よく出てる……」

繰莉「ほほう、これはこれは」

春「こりゃ、驚いた」

 二人の声を皮切りに、次々と驚きの声が漏れる。
 その中でやはり意外だったのは――

伊沢「結奈……まじかよ」

 この、伊沢の声だった。
 なんていうか、そういうのはあまり興味あるように見えなかったから。
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 00:08:26.51 ID:h4SqY9bio
 瑞和も僕と同じことを思ったようで、すぐに突っ込む。

暁人「……俺的にはお前がアイドル知ってるほうが驚きだよ」

伊沢「…………」

 一瞬、しまった、というような顔をした。
 しかしそれをすぐに打ち消し、言葉を紡ぐ。

伊沢「……けーこの奴が、CD持ってんだよ」

 しかし、その顔の赤さと眼の泳ぎ用は隠せない。
 答えるまでの一瞬の間も致命的だ。
 僕がつかなくとも、ここにはそういった人の弱点が大好きな人間がひとりいる。
 それも、とびっきり意地の悪い猫が。

繰莉「……刑事さん、私には真相がわかりました。これは不幸な事故だったのです……」

 嫌に芝居のかかった動作で皆の注目を引き寄せて、繰莉ちゃんは伊沢を指差す。

繰莉「実は、犯人はロリコンだったのです!」

伊沢「ばっ……ちげぇよ!勝手なこといってんじゃねぇ!」

 繰莉ちゃんの発言を、伊沢は慌てて否定する。
 その取り繕い用が更に怪しい。

紅緒「伊沢……サイテー」

伊沢「うるせぇ板胸。てめぇになんかこれっぽっちも興味ねぇよ」

紅緒「いたっ……板胸っていった――――っ!!」
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 00:17:57.57 ID:h4SqY9bio
 てんやわんや。
 そこで十分立ったのか――カゴメさんが先程の二人を連れて返ってきた。
 外見は何も変わってない。
 しかし、借りてきた猫のように大人しくなっていた。

暁人「……何したんだ」

カゴメ「暁人。一つだけいいことを教えておこう」

 紅緒と伊沢の騒ぐ声をBGMに、そのカゴメの言葉は嫌に澄んで聞こえた。

カゴメ「人を一時的にでも支配する方法は――暴力と恐怖だ」

 同時に、☆羅、幽の両名が震え上がる。
 ……よっぽど、怖い目にあったのだろう。
                        (有象無象共)
カゴメ「それよりこれはなんだ。そこらの板胸とチンピラが騒いでいるみたいだが」

 ……今この人、あの二人を指して有象無象って言った気がする……
 しかし瑞和、以外にもこれをスルー。

暁人「実はな――――」

 端的に、僕らが彼らに話したことをそのままカゴメさんにも話す。
 ほう、とやはり動揺は見せず、口元の端だけを釣り上げた。

カゴメ「醜いアヒルの子は、得てして白鳥だったわけだ」

真雪「え、えっと……」

暁人「直訳すると、褒められてるぞ」

真雪「わぁ……あ、ありがとう、ございます」

 予想外の直球な褒め言葉に真雪はしどろもどろになりながらもお礼を言う。
 それにしても、『醜いアヒルの子』。得てして妙だ。アヒルじゃなくてカエルだけれど。
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/26(土) 00:24:14.96 ID:b6SwUqhto
伊沢いいなぁ
457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 00:31:38.01 ID:h4SqY9bio
 紅緒と伊沢の紛争も魔女によって鎮圧されて、皆が静かになったところで本題へ。

智「……それで、話は戻るのだけれど」

 真雪がアイドルだとか、そういうのよりも何よりも。

智「現状に置ける最善策を見出したく思います」

惠「つまりはアイドルである彼女が狙われる可能性が高くなったからそれの対策を、ということだね」

 僕の言葉を惠が噛み砕く。
 うん、分かりやすくていい。

紅緒「っていっても、そんな四六時中ついてるわけにはいかないし……」

智「そこは大丈夫。少なくとも二人以上で、ひと目のない場所にいかなければまず襲ってこないから」

 Kは人目を酷く嫌った。
 自分が認知できる範囲ならいい。あの無数の触手で吹き飛ばせばいいだけだ。
 しかし、街中ではそうは行かない。
 もしかしたら数十メートル先のビルの屋上から見ている人がいるかもしれない。
 自分が始末するより先に写真をとって、ネットやら知り合いやらに画像が送信されるかもしれない。
 目撃者を全員消せない状況にある限り、真雪を襲うことはまず不可能だ。

智「まぁそれでも近くに一人や二人いて欲しいかな……仕事中は最近僕もいるから大丈夫だと思うけど」

暁人「それなら、また俺の家に避難するか?まだ紅緒もいるし、なによりカゴメがいる」

真雪「……いいんですか?」

 そのカゴメさんは何も言わない。ということは許可が出たも同然だ。
 カゴメさんがいるだけで千人力だ。この黒い魔女ならきっと、何十のアバターに囲まれても屈せずに生きて帰る。
 ――そんな気がした。

アヤヤ「アヤヤもなるだけ気にかけるようにします!」

繰莉「じゃあ繰莉ちゃんは動向を調べるね。死なない程度に」

伊沢「俺のところにきやがったら、後腐れなくぶっ飛ばしてやるぜ」

 ……かくして。
 朱黒の竜コミュによる大会議は終わりを告げたのだった。
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 00:42:26.05 ID:h4SqY9bio
 日は過ぎる。
 やはりひと目のあるところではKの行動は全く確認できなくて。
 カゴメさんや繰莉ちゃんによる多方向からの調査も成果をあまり見せなかった。

 そして。
 僕らのコンサートも迫る。

 そして今日は――その衣装合わせ。
 僕と真雪の二人は、それをするために事務所の衣装室にいた。
 勿論、その二人きりで。

真雪「……智さん、これ後ろ大丈夫ですか?」

智「うん、大丈夫だよ」

 真雪が着るのは、白を基調にしたフリフリドレス。
 ただ白だけでも味気がないために、目立たない程度に青の部位も混じっている。
 これにティアラでも乗っければ、どこかのお姫様のようだ。

真雪「そうですか。よかった」

 ふふ、と真雪は笑う。
 真雪ではなく、結奈の顔で。しかし、真雪として。とても可愛い。人気になるのがとてもわかる気がした。
 そしてその彼女は、僕の手元を見て質問を投げかけてくる。

真雪「智さんは、着ないんですか?」

智「え、えっと……」

 僕の手にも、同じく衣装があった。
 ――真雪の着ているものと、全く相違ないシロモノが。
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 00:56:02.05 ID:h4SqY9bio
 ちなみに、この衣装は下着まで決められている。
 偶然にもスカートが捲れた時に見えた下着があまりにもイメージからかけ離れているのでは困るからだそうで、また新品の物が用意されていた。
 だから――僕の最終防衛ラインであるブルマも脱ぎ捨てなければならない。
 その上で見られてしまえば僕は比喩でもなんでもなく虫の息だ。
 流石にパンツだけでは、僕が僕である象徴は隠せない。

 ……方法としては、前貼りを採用しようかと思ってる。
 今年の水泳の授業においても使用しようかと思っていた最後の案だ。
 しかし、しかし、だ。
 これを行うためにはまず僕が一人きりでなければならない。
 つまり――真雪にいられたら困るのだ。

智「……僕、身体が貧相だから……見られたくなくて」

真雪「そんな事言ったら私だって小さいですし、起伏なんてないに等しいですよ」

 ご尤もで。
 言葉が止まる。
 衣装室に沈黙が訪れる。
 言葉が出てこない。真雪をこの場から出すための方便が思い浮かばない。
 だって予想してなかったよ!着替えるのにも、ちゃんとお店の試着室的なものがあると思ってたよ!!
 沈黙を貫く僕に真雪は痺れを切らしたのか、しかし溜息すら吐かずに丸椅子から立ち上がる。

真雪「……ちょっと私、ファンレター見てきますね」

智「へ?あ、うん」

真雪「もしかしたら、読みふけっちゃって十分ぐらい帰ってこないかもしれませんねー」

 わざとらしく、真雪はそう呟く。
 きっと真雪は分かってていっている。そうやって油断を誘って僕の着替えを見ようとしているのではないだろう。
 僕の秘密が服の下にあることを恐らく察して――気を使ってくれているのだ。
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 01:14:54.82 ID:h4SqY9bio
 かちゃ、とノブを捻り、真雪は振り向かずにでていこうとする。
 やはりその動作に全くの迷いはない。

智「真雪」

真雪「はい?」

 そこを、僕は呼び止めた。

智「……ありがとう」

 本当に、最後まで自分から僕の秘密を確かめようとしない真雪に対して、礼を告げるために。
 真雪はその言葉を予想していた、とでもいいたけに優雅に振り向いて、口元を綻ばせる。

真雪「いえいえ。では、行ってきます」

 後ろ手に真雪は手を振って、ドアから出て行く。
 パタン、とドアが閉まると後には静寂だけ残された。

智「……さて、と。それじゃあ急いでやらなくちゃ」

 折角真雪が気を使ってくれたのだ、これをつかわなければ駄目だ。
 僕は服を脱ぎ捨てて、鞄から用意しておいたセロテープを取り出す。
 僕のは小さくもなく大きくもない。人並み……だと思いたい。これなら、前貼りで恐らくはスカートの中を見られたとしても誤魔化すことは出来るだろう。

智「……それにしても、コンサートまであと少し、か……」

 結奈のアクセプター主題歌単独イベントと謳われる今回のイベントは、一曲目、二曲目こそ結奈が出しているシングルの曲だ。
 だが、三曲目のニューシングル――これこそアクセプターの主題歌、『こころのプリズム』の時に、結奈からのサプライズという形で僕が登場する。
 そして同時に、今回の曲はユニットで歌う、と宣言するのだ。
 それが終わり、ようやく僕の役目は御免……ということになる。

智「問題は……Kかな」

 そう、目下の問題はKだ。
 結奈=真雪を襲ってくる、というのは恐らく確定事項。
 だから、今回のイベントまでは動かないでほしいのだけれど……それも難しい。
 イベントだからこそ、狙ってくる可能性が高いのだ。

智「……どうしたものか……」

 ハァ、と僕が溜息を吐く。
 鏡の向こうでも、僕が同じように溜息を吐いた。……裸で。
 って僕バカじゃないかな。なんで態々裸で前貼りの作業しようとしてるんだろう。服来たままでも、なんとかできるとおもうのだけれど。
 
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 01:19:15.98 ID:h4SqY9bio
 僕はまたバカみたいな行動をしていたことに対して溜息を吐いて、作業を再開する。
 丁度、まさに、その時だった。

 ――扉が、勢い良く開いたのは。

真雪「智さん、智さん!この手紙見てくださいっ!!」

智「え」

 パリン
 遠くで、ガラスが割れたような音がした。

 ………………。
 え?
 なにこれ。

 落ち着こう。現状を確かめよう。
 僕は真雪がいないうちに着替えようとしていた。
 その際についコンサートのことを考えて、その関係でKのことに思考がいってしまって。
 それで、着替えが全く進まなくて。
 殆ど何も着ていない鏡姿の僕を見て、ようやく再開しようとしたわけだ。
 その瞬間、真雪がすごい勢いで走ってきてドアを開いた。
 よって、僕は、上から下まで完全に見られたことになる。
 つまり、だ。
 板胸どころが、胸がなくアソコがあり――つまり、つまり。男としての身体を、真雪に見せたということ。

真雪「はわ……」

智「………………っ!」

 二人で、一拍置く。
 そして。

真雪「ぎゃあ――――――――っっ!!?」

 アイドルの格好で、真雪がパニくる。

智「ぎゃあ――――――――っっ!!!」

 僕もパニくる。

 ふたり分の絶叫が、衣装室に響き渡った。
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/26(土) 01:20:24.55 ID:h4SqY9bio
 今日はここまで。
 それでは、また……
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/26(土) 01:23:07.50 ID:dvMmuZsN0


ノロイ様くる方かな
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/26(土) 07:31:39.92 ID:zMJf3Lqqo
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/26(土) 08:12:37.74 ID:5apJbt+lo
板胸かわいい
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/26(土) 09:45:09.19 ID:lTbPUUxOo
乙、ついに踏んだか
どうなるやら
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/26(土) 09:53:42.21 ID:iHl/3ivGo
乙ー
パリン聞こえたってことは、今才能とノロイさんは智ちん側にあるのか。これは楽しい展開
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/26(土) 10:16:34.55 ID:6cMTq0dGo
         。 。
       , -'―'-、
   /i\(::(・ω・)  wktk
   ⌒'⌒/レ::::::::レ  
       .しー-J
469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/02/28(月) 23:41:37.42 ID:uduAASblo
 軽くだけ書こう
 ノロイさんはいつもどおり本気は出しませんのでそのツモリで
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/02/28(月) 23:51:46.79 ID:uduAASblo
 それから、僕らの悲鳴を聞きつけて事務の人たちの足音が聞こえてが来て。
 真雪が慌ててドアを閉め、適当な理由をでっちあげている間に僕は急いで再び服を来て、追い返して。
 その後、ようやく一息ついてからだった。

智「……僕、生きてる?」

 その事実に気がついたのは。
 キョロキョロと周りを見渡す。
 鏡に映った自分を見遣る。
 足先から頭の先。全く変わらない、僕だ。

智「どうして……」

 僕は呪われている。
 その呪いとは、本当の性別がバレてはならないということ。
 それを破ってしまったら、死ぬ――――そう思っていたのだけれど。

智「なにが、どうして」

 踏んだ、という感触はあった。
 ぴりぴりと第六感が危険だとランプを点灯していた。
 けれど――まだ死んでいない。

智「もしかしたら……セーフだとか……?」

 いやいや、それはないだろう。
 だから踏んだ、という感触があったのだから。
 だとすれば、だ。もしかしたら呪いが僕の命を取りに来るまで、余裕がある――?

智「……うーん?」

 僕は傾げる。鏡に写る僕も同じく傾げる。
 やはり、僕はまだ生きているらしい。
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/01(火) 00:03:05.76 ID:myStGLMEo
真雪「えっと……智、さん……?」

 その声に、僕は思わず飛び跳ねる。
 そうだ、そうだった。
 僕が呪いを踏んだ理由は、真雪に本来の姿を見られてしまったことだ。

智「あ、その、えっと……」

真雪「えっと……か、確認いいですか?私も今頭の中こんがらがっていて……説明を要求したいんですけれど……」

 そうだ、それもそうだ。
 いきなり真雪が戻ってきた事に対しても聞きたいところだけれど、その前に僕の罪の説明が先だ。
 ……まさか、こんな形で明かすことになるとは思っていなかったけれど……
 深く、深呼吸。覚悟を決めた。

智「……まず、ごめん。今まで、僕は真雪のことをずっと騙してた」

真雪「ということは、やはり」

智「うん……真雪が見たとおり、僕は――本当は、男の子だったんだ」

 明かした。
 真雪の反応はどうだろう?
 驚き?戸惑い?驚愕?唖然?……憤然の方が、まだいい。
 僕はずっと騙してた――それが例え呪いのせいだったとしても、言い訳にすらなりはしない。
 だから、僕に対して怒りを覚えて、罵倒されて、見放してくれていい。ただ黙って関係を断つことになるよりは、ずっといい。
 僕自身のエゴだとはわかっていても、そう思わずにはいられなかった。

真雪「――その、えっと」

 真雪が口を開く。
 僕は判決を待つ罪人――正しくその気持で言語を待つ。
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/01(火) 00:17:21.85 ID:myStGLMEo
真雪「説明……してもらってもいいでしょうか」

 真雪の求めるのは請求。
 僕がずっと彼女を騙していたことに対する正統な理由、免罪符。

真雪「智さんが無意味に男の娘やってるとは思えないですし……それに、言わなかった、言えなかった理由も……あるんですよね?」

智「それは――」

 ないわけがない。寧ろ理由しかない。
 けれど、それは結局言い訳だ。僕が本当に罪悪感を感じていたのならば死すら恐れずに呪いを踏んだ事だろう。
 僕はそれを初めに前置きする。『言い訳にしかならない』と。
 それに対して真雪は答えた。『それでも構いません』と。

智「わかった。なら、僕の応えられる範囲で答えるよ」

 どうすれば分かりやすいか、うまく説明できるか。頭をフル回転させる。
 真雪に見られた当初こそ狼狽してならなかったけれど、今は自分でも驚くほど冷静だ。
 どうやら極限まで追い詰められてしまって、逆に肝が座ったらしい。
 死が目前にあってここまで落ち着いていると、もはや投げやりになったとしか言わざるを得ない。
 当然だ。僕がかぶっていた仮面、肩に乗っていた嘘を纏めて剥がし落としたのだから。
 もう一度、深呼吸。
 もう何も怖くない。呪いがどんな形で僕の命を奪うのかはわからないけれど、きっと逃げ切れないから。
 さて、それじゃあ話そう。
 僕の、嘘の話を。

智「そうだね――けど、もう一度言わせて貰うけど。ごめんなさい。本当にごめん。嘘をついて、騙して、本当のことを話せなくて、ごめんなさい」

真雪「智さん……」

 真雪がそう名前を呼ぶのを合図に、僕は言う。
 僕の全てを。
473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/01(火) 00:28:59.42 ID:myStGLMEo
智「信じてもらえないかも知れないけれど――最後まで聞いてほしい」

智「僕は、呪われているんだ」

 真雪の目が丸くなる。
 当然だ。『呪い』だなんて突拍子のないことを聞いて、驚かない方が珍しい。
 それならまだUMAのほうが信憑性ががあるだろう。
 僕は続ける。

智「呪うこと。呪われること。人を呪わば穴二つのこと」

智「いつでもある、どこにでもある、そんな『呪い』が僕にはかけられているんだ」

智「それで、僕の正式な『呪い』は――『本当の性別がバレてはいけない』ことだったんだ」

 信じてもらえなくとも構わない。
 真雪がこれを嘘だと判断し、『どうして嘘をつくんだ』とせめてくれても良い。
 だって、僕は。

智「それを踏んだら――僕は、死ぬ」

 きっと、死んでしまうのだから。呪いを踏んだ代償として、命を削りとって行かれてしまうのだから。
 その言葉を聞いて、真雪は僅かに動揺した。

真雪「え、で、でも、智さんまだ生きてますよね!?」

智「うん、そうだね。僕もこの年で踏むのは初めてだからよく知らないけれど、きっと直ぐに死ぬような仕組みじゃないんだと思う」

智「でも、限り無く確実に、僕に死はやってくると思う。それがいつになるかはわからないけれど……恐らく、数日中に」

真雪「そんっ……」

 愕然とする。それに僕は驚かずにはいられない。
 だって、それは僕の言葉を信じているということだから。
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/01(火) 00:41:34.00 ID:myStGLMEo
真雪「それじゃあ、智さんは……私が見たせいで、死ぬってことですか……?その、『呪い』とやらで……」

智「う、うん、そうだけど……信じてくれるの?」

 僕が言うのも何だけれど、随分と荒唐無稽な話じゃないかと思う。
 普通の人が呪いだと言われても頭が狂ってるとしか思われないだろう。
 僕の問いに、真雪は考えをまとめている様子で答えた。

真雪「まだ、半信半疑ですけれど……それなら、智さんが起こしていた不自然な行動に説明がつきますから」

真雪「踏んだら死ぬ……っていうのなら、それこそずっと秘密にしていなければならない事も理解できます」

真雪「……アバターなんてものもありますし、『呪い』なんてものがあってもおかしくはないかもしれませんし」

 僕が真雪の家で一緒に寝泊まりすることを極端に嫌がったこと。
 真雪を背負って移動したときにあまり息を切らしていなかったこと。
 その他にも色々――僕の隠していた全てのことが何よりも僕のことを語っている。

智「……うん、そうだね。ありがとう、信じてくれて。そして、改めてごめんなさい」

真雪「智さんが謝ることじゃっ!!」

 丸椅子に座っていた真雪が勢い良く立ち上がる。
 しかしその行動にハッ、としたのか、直ぐに眼を伏せて弱く言う。

真雪「智さんが謝ることじゃ、ありません」

真雪「智さんの呪いを図らずとも暴いてしまったのは私ですし、そもそも此処に来ることをお願いした私に全部の責任があります」

智「違うよ……」

 違う、真雪のせいなんかじゃ断じてない。
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/01(火) 00:53:56.85 ID:myStGLMEo
智「真雪のお願いだって、断ろうと思えば断れた。そもそもスカウトが来た時点で危険性は十分にわかってたんだ」

智「真雪と親しくなるに連れて、いつかはバレてしまうだろうことも理解できてた」

智「それなのに、僕は弱っていた真雪を見捨てられなくて――――いや、違う」

 そうだ、違う。
 見捨てられなかった?違うだろう。
 僕に鉄の意志が在れば断れた?違うだろう。
 これは、僕がこれがいいと願って、選んだ道だから。

智「僕が勝手に失敗して、勝手に自滅したんだ」

 だから、真雪のせいなんかじゃない。
 絶対に。

智「その気になればいくらでもあったんだ。今日だって真雪が部屋から出て行った瞬間に逃げ出すことだって十分に可能だった」

 それをしなかったのは、やっぱり僕がそうであれと思ったから。
 そこに真雪の責任は一切なく、単純に僕一人の責任だ。
 だからやっぱり、僕は一人で選択して、そして一人で失敗したのだ。

智「これが――僕の全て。隠していたことの全部」

智「真雪は僕を罵ってくれて構わない。『呪い』なんてものがあっても、僕が男で嘘を付き続けていたことは到底許されることじゃないと思うから」

智「ここから出て行けと言われればすぐにでも出て行く。罵詈雑言があれば甘んじて受け入れる」

智「そうしなければならない義務が、僕にはあるから」
476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/01(火) 01:05:55.93 ID:myStGLMEo
 僕はそれきり、口を噤む。
 さあ、判決を待とう。真雪の心情の裁量に任せよう。
 それが僕の罰であるのだから。

真雪「えっと……その……」

 真雪は戸惑っているみたいだった。
 当然だ。この嘘つき少女は限りなく優しい少女だから。
 物事を隠していた僕に対して、その時が来るまで秘密でも構わないと許してくれた少女なのだから。

真雪「……一つだけ、聞いてもいいですか?」

 優しい嘘つき少女は訊いてくる。

智「一つと言わなくても、僕の応えられる範囲なら何でもいいよ」

 それにただの嘘つきな僕は大人しく答えた。
 真雪はえっと、とまた戸惑うように胸の前で手をいじり、そして決意を持った瞳で僕の眼を見た。

真雪「智さんは……避ける方法はいくらでもあったっていいましたけど……なら、どうしてその方法をとらなかったんですか……?」

 どうしてその方法をとらなかったのか。
 僕はその問いに少しだけ頭を悩ませた。
 そしてすぐにその答えに辿りつく。とても、とても簡単な答えに。

智「…………楽し、かったんだ」

真雪「……えっ?」

智「楽しかった。真雪と一緒にいるのが、楽しかった」
477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/01(火) 01:22:32.26 ID:myStGLMEo
 僕は続ける。
 真雪と過ごした日々を思い出しながら。

智「僕が引き受けたとき真雪が見せた笑顔が可愛かった」

智「結奈の仕事を見たときにはすごく感激した」

智「真雪の家で紅茶を飲みながら漫画やアクセプターについて話すのも楽しかった」

智「一緒に真雪の家で泊まったときには心が暖かくなった」

智「真雪と一緒に見た高倉市の夕焼けは、今でも鮮明に思い出せる」

 眼を瞑れば、全ての光景が思い出せる。

智「最初は同じ嘘つきだから共感して……少しだけ協力してあげようって気持ちだったけど」

智「もう一人の僕だった真雪が、僕は別の、普通の優しい女の子にしかみえなくなって」

智「その笑顔を曇らせたくなくて、守ってあげたくて――そして、一緒にいるのが楽しかったんだ」

智「呪いがあっても、今回は大丈夫だった、次も大丈夫だ、なんて根拠のないことを信じたくなるくらいに―― 一緒に、いたかったんだ」

 きっと、この気持ちはこういうのだろう。
 恋、と。
 それが死の寸前にわかり、そして話すことになるだなんてどんな皮肉だろう?
 でも――後悔はなかった。
 自分の身の丈に合わない想いを、全て言うことができたのだから。

真雪「……………………」

智「……………………」

 長くて短い沈黙の後。
 真雪は、その口を開く。
478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/01(火) 01:23:07.98 ID:myStGLMEo
 すいません、中途半端ですが此処で一旦
479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/01(火) 01:35:56.71 ID:t8dlzgbpo
480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/01(火) 02:17:44.20 ID:Z5SOk4if0

智ちん…
481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/01(火) 07:01:34.10 ID:UiAmXwsl0
482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/01(火) 09:09:44.62 ID:SRAzKVRRo

相変わらず焦らすのが上手いね
智ちん可愛すぎて身悶えしちゃう
483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/01(火) 19:17:23.78 ID:DOpYnsVZ0
本当にゲームをやってるみたいだわ

乙!
484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/03(木) 00:05:28.78 ID:A2kCf9r9o
 さて……書くか
 自分には経験ないけれど、原作を参考にしながら頑張るしかないな……
485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/03(木) 00:19:37.45 ID:A2kCf9r9o
真雪「私は」

 真雪は一度そこで言葉を止めた。
 彼女は緊張を解すように唾を飲む。
 指の先を弄りつつ、何かを探すように口にする。

真雪「私は……智さん、私が智さんの秘密を知って、何を思ったかわかりますか?」

真雪「初めは勿論驚きましたけど……私は、こう思ったんです」

真雪「ああ、よかった、って」

智「えっ……?」

 真雪は自らの胸に両手を当てて、眼を瞑る。
 自らの想いを引きずり出し、さらけ出すために。

真雪「私、ずっと前から智さんに惹かれてたんですよ?冗談でも、ラブラブしてるっていいたくなるぐらいには」

真雪「別に私は同性愛者じゃありませんし、ノーマルだと自分でも思ってましたから初めは少し戸惑ってました」

真雪「でも、普通に考えて言えるはずありませんよね?智さんは『普通』でしたから私はそんなこと言えませんでした」

真雪「それでも、いつか智さんが抱えていたその秘密を明かしてくれた時に、私もこれを言おうとしていたんです」

真雪「それが、こんな形でいうことになるなんて思いもよりませんでしたけど……だから、智さんの秘密を知って、私は思ったんです」

真雪「『智さんが男でよかった』、って……」

真雪「私は背格好も趣味も普通とは程遠いですから、恋くらいは普通にしたかったですから」
486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/03(木) 00:27:01.45 ID:A2kCf9r9o
 再びの、沈黙。
 こんな時どう答えればいいのかよくわからない。
 そんな空気を真雪は勘違いしたのか、慌てて言い繕う。

真雪「べ、別に智さんがその、呪いで死んでほしいとか言ってるわけじゃありませんよ、本当ですよ!」

智「うん……わかってるよ」

 というかそっちの方向で勘違いするほうが難しい。

智「そっか……真雪も、僕のこと…………」

真雪「……はい……なんかこう、改めて言われると恥ずかしいです」

 僕もそうだ。
 なんとなくこう、もにょる。

 顔を伏せて、思う。
 本当に、皮肉だ。
 僕は呪いを踏んで全て言うことができて。その事が切欠で真雪は僕のことが好きだと言うことができて。
 両思いだとわかったのに。
 僕は、僕は――――

真雪「……智さん、顔あげてください」

智「へ……」

 真雪の声に反応して、僕は伏せた顔を上げて。
 その瞬間に、なにやら柔らかいそれで口を塞がれた。
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/03(木) 00:40:01.38 ID:A2kCf9r9o
真雪「ん……ふぅ……ぅ」

智「んんっ……!?」

 何かが口の中に入ってきた。
 ……伏せるまでもなく、真雪の舌だ。
 侵入してきた舌は、僕のそれと少しだけ絡み、そしてすぐに離れた。

真雪「ぷは……」

智「あ……ま、まゆまゆ……?」

 唇が離れて、真雪は感触を確かめるように指で自分の口をなぞった。
 それに対して僕はただただ動揺することしか出来ない。
 きっと顔は真っ赤になっていることだろう。

智「なん、何……何してるのっ!?」

真雪「何って……きす、です」

 真雪もいつもの顔で、しかし頬は赤くなっている。
 恥ずかしいならしなきゃいいのに!

真雪「だって……智さん、呪いで死んじゃうん……ですよね?」

 真雪に言われ、再び真実を確かめる。
 そうだ、僕は恐らく死ぬ。
 それがどんな形かはわからないけれど。

 一瞬、幼い頃の記憶がフラッシュバックした。
 とある公園で仲良くなった小さな女の子に、秘密を話して呪いを踏んでしまった時のことが。

 ――黒いのがいた。
 家の屋根に、天井の隅に、窓の外に。
 ベッドの下に、お風呂の中に、テレビの後ろに、玄関の外に。
 鏡の中に、トイレの中に、本の中に、タンスの下に、外の道路に。
 周りは暗闇だ。僕は意識を失っているのか、或いは呪いを踏んだため死が迫っていたから不鮮明なのか。
 見えないはずなのに、そこにそれらがいるのはわかった。
 そして一瞬だけ、その姿が映る。

 ――黒い、骸骨。
 それが、呪いの正体。
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/03(木) 00:50:21.50 ID:A2kCf9r9o
智「うん、僕はきっと遅かれ早かれ、アレに追いつかれる」

真雪「……アレ?」

智「黒い骸骨……今思い出した、僕は幼い頃にも一度呪いを踏んだことがあったから」

真雪「……逃げ切ったんですか?」

 えらく、不鮮明だけれど。
 きっとアレこそが呪いを踏んだ時に代償を奪っていく存在だと思う。
 どうやって逃げ切ったのかは覚えていないけれど……僕の手を握って、名前を読んでくれていた人がいた事は覚えている。
 きっと、お父さんとお母さん。
 あと――誰だっけ?他にもいたような気がするけれど。

真雪「それなら……今度は私が智さんを逃げ切らせます」

智「え、それがキスと何の」

 僕が言うよりも早く、直ぐ目の前にあった真雪の顔がもう一度零距離に迫った。
 それは、一度目とは違って軽くだけ触れて、直ぐに離れる。

真雪「……智さん、諦めてますから」

智「そりゃあ……だって」

 アレから逃げ切れるとは思えない。
 記憶の中ではアレは色んなところから現れて、僕を付け狙ってきた。
 それならどんな場所にいようと、例え核シェルターの中だろうと逃げ切れないだろう。
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/03(木) 01:00:07.33 ID:A2kCf9r9o
 だからだ、と真雪は言った。

真雪「私は智さんに死んでほしくないです。折角、両思いで結ばれたのに直ぐに離れるなんて、認めません」

真雪「一度逃げ切ったのならもう一度逃げ切りましょう。私も協力しますから」

智「まゆ、まゆ」

 それでも、僕はまだ逃げられるなんて思えない。
 これは呪いだ。人知を超えたモノだ。
 子供の頃逃げ切ったから、真雪がいるから、なんて。そんなのは逃げ切れるという理由にならない。
 そう考えるのを予測したように、また真雪は言う。
 ふっ、と淡い、消えそうな微笑を浮かべて。

真雪「これでもまだ不十分なら、逃げきるしかない理由を作らせてあげます」

 逃げられる理由は真雪に創れなくとも、逃げきるしかない理由は創れるらしい。
 つまり、それは。

真雪「智さん。私の為に、生きてください」

 ――真雪の為に。
 結ばれた、愛しい人の為に。
 いくら逃げ切れない、逃げられないと言っても。大切な人に、そう言われてしまったら。
 生きるしか、逃げきるしかないじゃないか――――

智「真雪……」

真雪「智さん……ちゅっ」

 三度目のキス。
 しかし、今度は真雪の侵入を許さない。
 入ってこようとしたのを入り口で食い止める。
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/03(木) 01:12:17.85 ID:A2kCf9r9o
真雪「んんっ……!?」

 そして逆に僕から真雪を唇へと侵入する。
 驚き、呻いて離れようとした真雪を、僕は抱きしめて引き寄せる。
 真雪の口膣は暖かく、子供的な未発達なぷにぷにとした感触があった。

真雪「んっ……」

 諦めたように、真雪は僕のを甘んじて受け入れる。
 内部で舌同士が絡みあう。
 キスがこんなにも甘いものだなんて、初めて知った。
 初体験。なんとなく淫靡な響き。
 その感触を名残り惜しく思いつつも、僕は真雪から身を離して、唇も同様に離す。
 混ざり合った唾が生々しく、互いの唇を糸のように繋いだ。

真雪「……ロリコン」

智「真雪がそうしたくせに」

 自分が逆に責められたことに不満があったのか、真雪は文句もならない文句を言い、僕はそれに返す。

真雪「残念です、後何年かするとパッツンパッツンになってますから」

智「それなら、その時はもうロリコンじゃないかな?」

真雪「全く、趣味がころころ変わりますね」

智「変わらないよ。だって、真雪が趣味だから」

 唖然とした顔を、また塞ぐ。
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/03(木) 01:22:29.23 ID:A2kCf9r9o
 幾度もそれを繰り返して。
 真雪の頬はもう染まる隙間などないくらいに紅く染まっている。

真雪「……えへへ」

 真雪がはにかむ。
 とっても可愛い。膝の上にのせて一日中抱きしめたくなるくらいに。
 ああ、ダメだ。
 僕はダメになってる。

真雪「……智さん。好き、ですよ」

 その言葉に、きゅん、と胸が締め付けられる。
 本当に、ダメだ。
 今までずっと女の子として生きてきたハズなのに。もう何もかも男の子になるくらいにダメになってる。

智「真雪、僕も……僕も、好きだよ」

真雪「……あう」

 面と向かって言われ、真雪は嬉しさと恥ずかしさが混ざった表情をした。
 ついさっき、同じことを僕に向かっていったくせに。
 仕返しとばかりに、連呼する。

智「真雪、好きだよ。すごく好き。大好き」

真雪「……ふへへ」

 我慢しきれなくなったのか、凄くだらしない顔をしている。
 きっとそれを見た僕の顔も、他の人には見せられない顔になっているだろう。
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/03(木) 01:37:02.20 ID:A2kCf9r9o
 僕の男の象徴がいきり立つ。
 もう前戯はここまでにして、いい加減にしてほしいと主張する。
 ……真雪がいいなら、僕はすぐにでも結奈の衣装を着た真雪を押し倒していることだろう。
 惜しむらくは、ここは衣装室で僕らは待たせている状態だということだ。
 こうして二人の意志が疎通するまでに随分と時間を要した。これ以上の時間は取らせてもらえないだろう。

智「……今は、ここまで……かな」

真雪「そう、ですね……凄く時間も経ってしまいましたし……」

 急いで衣装を着ないと。もはや前貼りだのなんだのとはいってはいられない。
 僕の頭の中に渦巻く煩悩を追いやり、なんとか其れを治めて。
 ようやく、着替え始める。

真雪「……やっぱり、智さん男の子なんですね……」

 真雪から声がかかった。
 見ると、真雪がワンピースを脱いだ僕の身体をマジマジとみている。

智「……見られると恥ずかしいんだけど」

真雪「さっきの仕返しです」

 あうう……
 僕は別にMじゃないはずだけれど、そうして見られるとさっきの余韻を引きずって直ぐに身体が反応してしまいそうだ。
 煩悩よされ!

真雪「……智さん」

智「なぁに?」

真雪「頑張りましょうね。私も手伝いますから」

 真雪は、そういう。
 僕は、生きなければならない。僕自身の為に、そして真雪の為に。

真雪「それから、『続き』しましょう」

 あと……『続き』の為に。
 それから僕らが衣装室を出るまで、また数分かかったのだった。
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/03(木) 01:38:29.23 ID:A2kCf9r9o
 一旦ここまで、本番はまた後ほど。

 もう三月……卓上カレンダーがもうお雛様智ちんになってるよ……
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/03(木) 01:47:56.98 ID:Obz0U5uIo
乙。

お雛様智ちんはかわいいよね。
495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/03(木) 20:02:08.17 ID:cV/YZKnKo

お内裏様は俺な
496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 01:05:26.99 ID:2eXN5ekCo
 こんな時間だけどこっそりと。
497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 01:08:09.95 ID:cLkMgwEro
やた
498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 01:24:06.90 ID:gWKYIgK+o
あ… 明日9時から仕事なのにまさか投下?
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 01:24:22.86 ID:2eXN5ekCo
 衣装合わせを終えて、最後の打ち合わせをした後。
 僕は真雪の家に再び泊まる運びとなった。
 衣装部屋のような甘い雰囲気はそこにはなく、未だ見えない呪いに対して出来る限りの警戒をした。
 ……真雪にそれが見えるのか見えないのかはさて置いて、傍に誰かがいてくれるだけでも心強いものだった。
 それが愛しい人、心が通じ合った人ならば尚更。
 それが原因なのかどうかはわからないけれど、その日は無事に、五体満足で朝を迎えることができた。

 翌日、皆にも連絡をとろうか、と思ったけれどやめた。
 踏んで未だ来ていないのか、或いはセーフだったのかはまだわからない。けれど変化はまだないのだ。
 それなのに余計な心配を掛ける必要はないと思う。
 何もなかったら何もなかった、何かあったらその時に。それからでも遅くはない……と思う。

 さて置いて。いや、置いてはいけないけれど目下、新しい問題が浮上したために一旦縁に置いておこう。
 こちらの問題はまた、前々から懸念していた問題でもある。
 僕が着替えている最中に真雪が飛び込む原因となった物――とある一つの手紙。
 標準サイズの便箋にびっしりと汚いミミズの這ったような文字が書かれていた。
 敵意を持たれた相手にナイフを向けられたときのように、正しく『踏んだ』時のように、ヤバイという感覚が人目で駆け巡った。
 頭、いっちゃってるの?
 目の前にこれを書いた人がいたら、思わずそう言ってしまいたくなるほど。
 早々に読むのを諦めた僕に真雪曰く、『裏切り者。でも大丈夫。ライブ会場でキミとボクは永遠になる』と要約されるらしい。
 なんと、まぁ。
 こんな下らない、アイドルにはよくありそうな脅迫文で僕は呪いを踏むことになったのか、と怒りと情け無さを僅かながらに覚えた。
 けれどそれも、宛名を見て吹き飛んだ。

 ――――『K』。

 僕の記憶が正しければ、あの黒彩の城壁がそう呼ばれていた。
 偶然にしては出来過ぎた。手紙の内容から考えてもアレらだと考えるのが妥当だろう。
 ……そんなわけで。
500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 01:42:56.93 ID:2eXN5ekCo
智「僕らで、なんとかしようと思うんだ」

 呪いを踏んだ翌日、また、結奈のアクセプター主題歌記念コンサートの一日前。
 僕ら、マクベスコミュは高倉市にある喫茶店にて集まっていた。
 理由はただ一つ。『K』の横暴を食い止め、考えを改めさせるために。
 ソリッドのように壊す、までとは言わない。再起不能にして、後は瑞和にでも頼んでラウンドに何とかしてもらう。
 ちなみに真雪は隠れて僕についてきている。呪いから逃げ切らせると言った以上は徹底的らしい。
 役に立つのかはさておき、心強い味方だった。

繰莉「ほむほむ……なるほどねぇ」

 繰莉ちゃんはクリームソーダを啄きながら相槌をうつ。
 その隣では芳守がアイスコーヒーを啜った。

芳守「私は別に構わない。和久津が狙われるっていうのなら、前と同じで戦う理由はあるから」

 でも、と紡ぐ。

芳守「和久津も確か、コンサートに参加するんだよね?」

アヤヤ「おぉ、そういえば」

惠「そうだったね。そこのところは大丈夫なのかい?」

 皆が一斉に、その点を突いてきた。
 だからこその僕らだ、と説明する。
 真雪は今回のコンサートの主催だ。初めのトーク、1stシングル、2ndシングルを歌い、その後に今回の主賓であるアクセプターの主題歌を歌う。
 その際に僕も登場するのだ。
 ちなみに、名前というか芸名は『結奈』から『結』の文字を貰って『結香』となっている。予め言っておくけれど、僕が決めたわけではない、断じて。
501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 01:57:52.99 ID:2eXN5ekCo
 さてなんだったか、そうそう、僕らだという理由についてだ。
 トークと二曲、その間、僕は余裕がある。しかし、真雪は先程も言ったとおり主催で、必要不可欠な存在。
 故にバビロンが戦うとしたら最高でも四人接続になる。バビロンはマクベス以上に強いけれど、アレは厄介で難しい。
 だから開始までに若干の余裕がある僕らが戦おうというわけだ。

繰莉「なーるほーどね」

 くるりくるり、とクリームソーダの中でスプーンが円を描く。

繰莉「繰莉ちゃんは構わないよ。調べても尻尾すら全然つかないし、倒したらその尻尾を隠すも方法も聞いてみようかな」

アヤヤ「アヤヤも構わないです!人々を脅かす、心が悪に染まった輩はこのアクセプターアヤヤが許しませんよ!」

芳守「あーや、落ち着いて落ち着いて」

 周りを見ると、いきなり大声を上げたアヤヤに少しばかり埋まっている席の客がこちらに注目していた。
 アヤヤはそれを認識し、縮こまる。ハムスターみたいだ。

智「惠は?」

惠「この状況に置いて断るほど僕が薄情だと、智、君は思っているのかい?」

 いつも思うけれど惠の言い回しは独特だ。
 けれど同盟でもコミュでも付き合い、大体はわかるようになってきた。
 僕は惠がこの状況で断る程薄情だとは思っていない。つまりに惠が言いたいのは、それが正しいということだろう。
 恐らく惠の言い回しのどこかに呪いが隠されているのだろうけれど、僕は追求しようとは思わない。
 ただ今云うべきは一つだ。

智「ありがとう、惠」

惠「僕だけなくて、皆にも言うべきじゃないかな?」

智「そうだね。ありがとう、皆。それと、明日よろしく」

 皆、顔を合わせて頷いた。
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/06(日) 02:13:40.07 ID:2eXN5ekCo
智「コンサート会場は、ここ」

 用意しておいた地図を広げて、指差す。
 今回も市民ホールだとかそういう場所は使わず、高倉市にある観光スポットの一つである『いぶき公園』にある野外小ホールを借りて行われる。
 雨が降れば移る可能性もなくはないが、九〇%以上の確率で明日は晴れだ。問題ない。

アヤヤ「ふむふむ……それで、これがどうしたんですか?」

芳守「あーや、少しは考えよう。多分、これからその『K』とかいうのが現れそうな場所を絞り込む……んだよね?」

 芳守正解。千点あげる。
 しかし、その絞り込みが一苦労。
 当たり前だ、高倉市は『新都心』と呼ばれるほどに発達している街だ。ビルの数は半端ではない。

智「ですので、プロの判断を聴こうと思いまして」

 ピコン、とない猫耳が立ったような気がした。

繰莉「んー、りょーかい。繰莉ちゃん、この街の地理なら隅から隅まで知ってるよん」

 スプーンを加えて、身を乗り出す。
 僕から渡された赤ペンを直ぐに地図に走らせた。

繰莉「公園からほど近く、屋上が解放され、また人気の少ない場所……ってなると、結構絞れるのよね」

 丸は三つ。
 つまり候補地は三つだけ、ということだ。
503 :スプーンを加えて→咥えて :2011/03/06(日) 02:31:25.72 ID:2eXN5ekCo
惠「三つか。もし二つ外れたら、登って降りるのに労力を要するけれど」

アヤヤ「運動は得意ですけど……その後にアバター操るとなると自信ないです」

芳守「私は運動自体そんなに好きじゃないから……」

 一回目で当たる確率は三分の一。
 二つ外れる可能性は六分の五。
 アヤヤの言ったとおり、外れたら急いで他の候補地に行かなければ行けない。ならば身体が疲れるのは必須。
 この中で一つ……どれだろう。
 頭を悩ませていると、いきなり一つの光景が『視』えた気がした。

 それは繰莉ちゃんが丸つけた場所ではない。
 それよりもまだ遠い、しかし距離的には目視できるだろう場所。

智「ねぇ、繰莉ちゃん。ここって、もしかして公園見えたりする?」

繰莉「んゆ?あーうん、確かに見えるけど……少し遠くだから楽しめないよ?」

智「うん、それでいいの。だって、アイツらは成るべく自分たちの姿をみられたくなくて、ただ見て真雪を狙い攻撃するだけでいいんだから」

繰莉「……あぁ、そういえばそうだったね。繰莉ちゃんつい、人気のない場所でコンサートを楽しむ感じで考えちゃった」

 直感で、理由はこじ付けだ。
 けれどなんとなく根拠のない確信がある。
 ここに奴らが来るっていう光景が『視』えた気がしたから。

智「ここ。きっとここに、奴らは来る」

 ……それでも、万が一、ということもある。
 るい達にも協力してもらって、手分けしてビルの前で待ち伏せて、五人組が入るところを確認してもらうことにしよう。
 というか初めからこの方法でいけばよかったんじゃないか、と今更ながらに思った。

 兎にも角にも、頑張ろう。
 『K』を止めて、真雪と共にコンサートを盛り上げる為に。
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 02:32:57.59 ID:2eXN5ekCo
 なんか文としては繋がってるのにすごい矛盾のあることを書いた気がする。
 夜中のテンションじゃダメだね、やはり。
 でもきっとこの先も夜に書くんだろうなぁ……

 続く
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 02:45:56.20 ID:rmlockejo
乙。
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 22:06:55.73 ID:Dn0SEwluo

結奈が歌ってるときに戦うシーンは本編でも好きだった
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/07(月) 23:53:23.86 ID:F8hlrrVZo
 智ちんのバスタオルか……Tシャツもパーカーも財布も買ったからお金が……くそ……
 ジャージも普通に着てても問題なさそうな奴だなぁ……さて、どうしよう……



 再開……の前に矛盾点訂正。
 まゆまゆはコンサート終わるまで瑞和の家で寝泊りしているはずだったので……

 >>499
 僕は真雪の家に再び泊まる運びとなった。
 ↓
 少し遠くはなるけれど、僕の家に真雪もついてくることになった。
 理由は単純解明。逃げさせると豪語したからには、傍にいないといけないと思ったらしい。
 瑞和の家には連絡して、真雪は今日は僕の家に泊まるということだけ伝えた。『何かあったら直ぐに』という辺りはやはり瑞和だ。
 そして家で。衣装部屋のような甘い雰囲気は〜(以下同文)


 では再開
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 00:17:36.24 ID:5Um/uRw8o
「……ん……もさん…………」

 ゆさゆさ、と身体全体が揺すぶられる。
 その揺れに、僕は眠りから強制的に目を覚まさせられる。
 ゆっくりと眼を開き、カーテンから僅かに挿し込む光を捉え、そして目の前に広がるのは。

真雪「智さん!」

智「うわっ!?」

 真雪だった。
 思わず飛び跳ねてしまう。
 それはそうだ、普通に優しく起こされるのならまだしも、すごい剣幕で焦ったように起こされるとこちらも驚くだろう。
 その真雪は僕が起きたのを見て、安堵を浮かべる。

真雪「よかったです。何かうなされてたみたいなので……もしかしたら、『呪い』とやらが智さんを襲っていたのかと……」

智「うなされて……」

 うなされて、ということは寝心地が悪かったか、或いはそこまでの悪夢を見ていた、ということになる。
 記憶を引きずりだしてみる。
 ……夢は、視ていた気がする。でもどんな夢だったのかは思い出せない。
 しかし夢を覚えていないというのは普通だ。ましてや悪夢だというなら、脳が思い出すのを拒否しているのかもしれない。
 仮に思い出せるとしても、無理して思い出す必要はないだろう。

智「……うん、大丈夫。ありがとう真雪、心配してくれて」

真雪「いえ。智さんが苦しんでいたら助けるのは当然のことですよ」

 そう言って、まだ眠気が抜けきらない僕の頬に軽くキスをする。
 そして身を翻し、ウインク。

真雪「朝食は私が作ります。食パンでいいですよね?」

智「うん、お願い」

 腕を伸ばし、カーテンをつかむ。
 一瞬引くのを躊躇った。もしかしたら、この後ろにあの幼い頃に見た骸骨がいるかもしれない。
 大きく深呼吸をして、息を整える。
 大丈夫、昨日も無事だった。なら、今日も大丈夫。
 僕は意を決して、一思いにカーテンを開く。
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 00:29:29.55 ID:5Um/uRw8o
 そこには、今まで通り変りない快晴の青空。
 小鳥が二、三羽、群れを成して飛んでいた。

智「……ふぅー」

 力が抜ける。
 大丈夫だ大丈夫だと思っていても、やはり怖いものは怖いらしい。

 チン、とトースターが鳴る。
 それにお皿によそり、四角いマーガリンをのせて真雪は現れた。

真雪「お待たせしました」

智「ありがとう。じゃあ早速」

 パンしかないけれど。
 頂きます、と和久津家にふたり分の挨拶が起こった。

真雪「……智さん」

智「ん、何まゆまゆ?」

真雪「やっぱり、今日の戦闘は私達もいたほうがいいんじゃないですか……?」

 食べかけのパンを更に置いた。
 今日は真雪の、そして僕のコンサート当日。
 そして同時に、Kを止める日でもある。

真雪「フル接続のマクベスがバビロンにも劣らないほど強いのは分かってます。けれど、やっぱり心配なんです」

智「大丈夫だよ。ちゃんと戻ってくるし、それからちゃんとステージにもあがるから」

真雪「でも……それでも……」

 万が一、というものはある。
 真雪はそれを心配している。
 完璧なんてない。絶対なんてない。だから、それにより近づける為に真雪は僕の元にいようとしているのだろう。
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 00:41:25.43 ID:5Um/uRw8o
真雪「私はライブなんかより、智さんの方が心配なんです」

真雪「ライブが失敗することなんかより……智さんが戻ってこない事のほうが……」

智「まゆまゆ」

 正直、その気持ちは嬉しい。
 食事中でなければきっと抱きしめているかもしれない。
 だけれども、その申し出は受けることはできない。

 今日は、アクセプターの主題歌を聴きに来る人が全国から来る。
 真雪の歌を聞きに来るために。真雪のコンサートを見るために。
 真雪にはライブ『なんか』かもしれないけれど、そんなことはあるはずがない。

智「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」

真雪「私はっ!」

智「真雪はアイドルだからね」

 遮る。

智「僕らのわがままで、全国の応援を無に帰すわけにはいかないでしょう?」

 でもと、真雪は紡ぐ。
 真雪にとってはそんなことより僕のほうが大事なのかもしれない。
 けれど、やっぱり。真雪はコンサートを盛り上げてほしい。そして、僕が帰ってくるのを待っていてほしい。
 ……亭主関白じゃないけれど。
 それに、だ。
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 00:58:29.44 ID:5Um/uRw8o
智「僕も、真雪のコンサート楽しみにしてるし」

真雪「……へ?」

 取り出すのは精密機器。
 分類は……わからないけれど、ラジオ端末だろう。
 真雪は其れを見て眼を丸くした。

智「コンサートの様子、ラジオでやるらしいから。僕、実は真雪の歌一回も聞いたことないからね」

 それに、真雪のBGMに戦いをする、というのも乙なモノだ。
 最も一曲中に終わらせて、二曲目の間に急いで移動しなければならないけれど。

智「真雪が傍にいればそりゃ勇気も元気も湧いてくるけどさ。歌でも、僕は十分にもらえるよ」

智「だから、僕の為にもコンサートに出てほしい。なんか、なんて言わないで、僕と歌うときの為に場を盛り上げてほしい」

 聞いて、真雪はくすり、と笑う。

真雪「智さん、意外に余裕ですね。その呪いとかだって、来るかも知れないのに」

智「それは勿論怖いけどさ。余裕ないよりはある方がいいと思わない?」

 後ろ向きに熱血よりは前向きに卑劣のほうがいい。
 怖くても、逃げるよりも戦わなくちゃいけない。やっつけなくちゃいけない。
 恥も外聞もなくして逃げまわるよりは、誇り高く死ぬほうが――とはいわないけれど、余裕があったほうがいいじゃない。

智「それに、[ピーーー]ない理由があるから、ね」

真雪「……ふふ」

 真雪も笑う。
 僕も笑う。

 平和な、朝だった。
512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/08(火) 01:01:45.22 ID:5Um/uRw8o
 少ないですがここまでで。
 次は近日中の昼に再開で、Kの決着までを書くつもりです。

 ではでは。
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/08(火) 01:02:39.33 ID:5Um/uRw8o
 おおう、[ピーーー]があった……
 [ピーーー]ない→死ねない です、すいません……
514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/08(火) 01:10:44.17 ID:Am1OKjNqo
乙。

まゆまゆのルート、もうすぐ終わりか……。
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/09(水) 06:51:42.14 ID:tB6L2i4Qo

何かこれが本編と勘違いしそうになるわ
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/10(木) 19:03:43.86 ID:poQvyE4oo
 >>515
 多分ルートの一つとして数えてもいいぐらいの長さだと思うから仕方がないと思うの。
 

 本当は明日更新予定だったけれど、急遽予定が入ったので明後日更新します。
 近日とかいっておいて5日もあいてすいません、何卒宜しくお願い致します。
517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/12(土) 16:58:19.74 ID:SStTVYkao
生きてる?
518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/12(土) 20:06:03.45 ID:/InmdWcno
 なんとか。

 色々〜っていうか地震関係で少しゴタゴタしてました。
 マジすいません。
 今から書く、といいたいですけど、今日中の再開は無理そうです……
 重ねて、申し訳ございません……
519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/12(土) 20:29:07.95 ID:tAyBXAW4o
いや、無理しないでくださいな。この状況で書けとかいう人は誰もいない
生きてるってわかっただけでも安心です。落ち着くまでリアルに専念してください
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/12(土) 20:57:52.21 ID:SStTVYkao
ここだったのが幸いだな
落ち着くまで待ってるぞ
521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/16(水) 22:28:35.34 ID:A8hUgtyvo
 地震こわいマジ怖い
 いつM7が来るかと気が気でないよ!

 何も無ければ明後日に書きたいと思います。
 時間は未定。計画停電が不規則だしね……
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/03/18(金) 00:37:42.18 ID:3Be8PoaQo
落ちついてからでいいから待ってるよ
523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/18(金) 18:14:16.50 ID:FdvrmJKLo
 始めます。
 でも、前言っていたようにKの終わりまで書くことができないかもしれませんが。
524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/18(金) 18:26:33.66 ID:FdvrmJKLo
 夕方までは何事も無く。
 僕と真雪は直前の打ち合わせという形でスタッフの人達と話し合っていた。
 真剣にこの企画を成功させようとしている彼らの姿を見ていると、僕が一時的に抜けて、成功するかしないかとハラハラさせるのは僅かながらこころ苦しい。
 しかし、それよりも何よりも目先の問題。

 着信が入った。
 コール一つで切れたそれは、恐らく目標であろう人物を見かけたという合図。
 もう数十分もしないうちにコンサートが始まる。
 僕は僕と真雪以外にいない控え室で急いで着替え、出口へと足を向けた。
 勿論、ラジオ端末も忘れない。

真雪「智さん」

智「ん、どうしたのまゆまゆ」

真雪「まゆまゆではなく、真雪です」

 そう言いながら、結奈の衣装に身を包んだ真雪はトコトコと扉に手を掛けた僕に近づいてきた。

真雪「私が智さんの秘密を知ったときに言ったこと、覚えてますか?」

智「当然」

 僕が呪いから逃げきるのに協力する。
 それで足りないなら、逃げきるしかない理由を作る。

 そして僕らは音もなく、軽い口付けを交わした。

智「それじゃ、真雪。また後でね」

真雪「はい、待ってます」

 扉を開けて、出て行く。
 私服のワンピースを翻し、僕は走る。
 様々なしがらみが創りだした、戦場へと。
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/18(金) 18:43:21.46 ID:FdvrmJKLo
 昼から、気温は落ちなかった。
 寧ろここの一帯は昼間よりも熱くなっているかもしれない。
 初夏の陽気にすら負けない彼らの熱気は、ステージ上に寄せ集められていた。

真雪「ふぅ」

 本音を言うなら自分も戦いたかった、と真雪は溜息を吐く。
 そうしたなら、圧倒的だったはずだ。瞬間で決着がついたはずだ。
 コンサートの開始が僅かに遅れるというだけで、それは簡単な解決策だったはずだ。
 なのに心通わせた彼は、其れをよしとしなかった。
 その理由には少し納得がいかなかったけれど――今こうして影から観客を見て、真雪は理解する。

 アイドルの追っかけらしいの、アニメ系オタクらしいの、地元の復興会、観光協会のお偉いさんらしい一団。
 少数ながら、アクセプターらしい怪人のコスプレをしている人までいる。
 ファンの大事さは分かっていたつもりだったけれど、こうして今まで以上に自分の為に集まってくれた人たちの期待を、裏切ってはいけないだろう。

『それでは、アクセプター主題歌決定記念コンサートをこれより開始します!』

 熱く、熱く、熱く。観客の声が燃え上がった。
 真雪はそれに背中を押されるように、ステージの端から中央へと移動する。
 彼女が出てきただけで、会場内の熱気は倍以上に膨れ上がったような気がした。
 マイクの前に立つ彼女はまるで、新手の宗教の教祖、或いは神体のようだった。

真雪「――――」

 マイクを手に取る。
 一瞬、場が静まり返った。
 しかし、それは嵐の前の静けさに他ならない。
 彼女がただ一言叫ぶだけで、堤防に押しとどめられた水は溢れかえるだろう。
 それに負けないように、両脚をしっかり踏ん張って。
 彼女は大きく声を張り上げる。

真雪『はじめまして、こんにちは!はじめましてでない人も、こんにちはです!結奈で―――――すっ!!』

 ステージの上の支配者は、大切な人との約束を果たすためにその身一つで暴風とも呼べる熱気を受け止める。
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/18(金) 19:01:02.13 ID:FdvrmJKLo
智「始まったかな?」

 階段を登りながら時間を確認して、僕はラジオ端末の音量を上げた。
 ちょっとしたノイズが混じっていたけれど、聞くのには十二分。
 そこから聞こえてきた声にアヤヤが僕に訪ねてくる。

アヤヤ「真雪ちゃんのですか?」

智「うん、BGMがあったほうが盛り上がらない?」

芳守「余裕だね、和久津」

繰莉「まぁまぁ、何事も余裕があったほうがうまく行くもんよ」

惠「出口だ、準備はいいかい?」

 勿論、と皆が顔を合わせて頷く。
 壊すような勢いで、僕らはドアを押し開く。
 その先では五人ばかりの先客が、フェンス際で驚いて臆病な小動物のように僕らへ振り返った。

智「お久しぶり……になるのかな?その節はどうも」

 声をかけるも、反応はない。
 寧ろフレンドリーに返されたら困るところだけれど。

芳守「なんというか……小さい人たちだね」

繰莉「ぷっ……そう思ってもいっちゃダメよ、よっしー」

 芳守の発言に繰莉ちゃんが思わず吹出す。
 Kの君はそんなことを意も介さず、呪うように呟く。

Kの接続者「……お前らは消す。Kを見た奴は消す」

アヤヤ「アヤヤ達は見てないんですけど……」

惠「言うだけ無駄だよ、阿弥谷。こういう手合いは言葉では通じない」

 そう、相手側に話し合いの余地など初めから無い。
 見た奴は消す。殺す。そんな考えのコミュだ、話しあおうとするだけ意味が無い。
 それなら、カゴメさんじゃないけれど――道は一つ。
 言葉が通じないなら、暴力と恐怖でねじ伏せる。
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/18(金) 19:15:23.16 ID:FdvrmJKLo
 ラジオから声がする。

真雪『それでは皆さん、聞いてください!まずは結奈のファーストシングル――『Friends』です!』

 同時、聞き覚えのある前奏が鳴り響く。
 実際にその場所にいたら、どれだけの迫力だったのか。
 惜しい、実に惜しい。
 でも、僕は僕の役割を果たさなきゃいけない。
 真雪が僕に協力してくれるように――僕は真雪を守らなくちゃいけない。
 いや、いけない、じゃない。強制じゃないし、僕が僕自身の意志で真雪を守ると決めたのだから。
 僕は真雪を、守る。その為にKと戦う。

智「それじゃあ、こっちもこっちのライブを始めようか」

Kの接続者「消す、消す。お前らを消さないと……俺達は危ないんだよ……!」

 理解も出来ないし、言葉を交わすことすらできない。
 コミュニュケーションを拒絶したKのコミュ。
 そんな彼らは殺意と怯え、恐怖と憤然が入り交じった意志で絶叫する。

Kの接続者「――――聳えろ、Kぇ!!!」

 青白く渦巻くゲート。
 その奥から姿を表すのは彼らの漆黒の意志がそのまま反映されたような黒鉄の城塞。
 その名は、K。

繰莉「お?確かにこれはでかいね」

 それでも余裕そうな繰莉ちゃんの声を聞きながら、僕は意志を込めて宣言する。

智「――――来い、マクベス!!」
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/18(金) 19:30:01.62 ID:FdvrmJKLo
 すいません、もう少し書こうとしたけどそうしたら止めどころがなくなるのでここで。
 多分これからはいつもの通りに2、3日以内にはかけると思います。
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/18(金) 20:09:07.92 ID:qWahPiRMo
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/18(金) 23:48:52.89 ID:8r/E/94Zo
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/21(月) 00:57:28.28 ID:dynLLY1Wo
 自分だけなぜか地域が表示されない件について

 できるところまでいきます
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/21(月) 01:00:22.57 ID:NA1NLIHLo
wwwwktk
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/21(月) 01:02:29.62 ID:dynLLY1Wo
 同じく青白く暴走する渦から現れるのは、僕らの王国、その象徴である朱い竜。
 バビロンとは違い、『竜型』にしては平凡なその身体でも一アバターにしては十分な力をそなえている。
 今正しくみえている夕焼けのような朱を反映したような朱の竜、マクベス。

 以前とは違う、あの時は一人だったけれど、今は五人のフル接続。
 これで負けたら――いや、それはない。
 僕は死ぬわけにはいかないのだから、負けるはずがない。


 ■■■■■■■■――――――


 マクベスが吼える。
 王国を侵略する者を撃退せんと、獰猛に城塞へ牙を向く。


 ■■■■■■■■――――――


 Kが唸る。
 動けない城塞は幾多の触手をその城壁から崩して城へと襲いかかる竜へと伸ばす。

 縦、横、斜め――――
 いくら痕跡を残せないとは言っても、竜を撃退しなければ始まらないKはあっという間に増加した触手を縦横無尽に振るう。

 しかし、マクベスは屈しない。

アヤヤ「――――っ」

 プリーストの役割は楯。
 真雪がバビロンの黒い壁を最大限に利用出来るように、アヤヤはマクベスの磁力の楯を完全に掌握し、展開できる。
 マクベスに襲いかかった触手は、まるでドームの形を沿うようにマクベスを避けて通る。
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/21(月) 01:18:47.83 ID:dynLLY1Wo
 短期決戦だ、素早く済ませるためには受け止め、自らの行く手をさえぎさせてはいけない。
 だから、受け止めるのではなく受け流す。

惠「そこだっ!」

 マクベスの爪が弧を描く。
 その線上にあった鞭は鋭利な刃物で切られた食材か何かの如く、分離する。
 惠の攻撃スキルは天下一品だ。
 まるで居合のように、一瞬で目標物を切断する。

 勿論、それしきで黒の城塞は怯まない。
 更に赤い鞭を増やし、切られた部位すらも回収する余力すらある。

芳守「くっ……!」

 芳守の顔が歪む。
 同じく竜の感覚を見ている僕にもわかる。短期決戦だというのに、隙がない。
 マクベスの磁力――反発のスピードを生かせるのは恐らく一度きり。短時間で決着をつけるためには一撃で決めなければいけない。
 なぜならアチラがこちらの全力のスピードを知らない時しか攻撃のチャンスはないのだから。
 距離を一瞬で詰められるという技があると知れば、相手は更に数を増やし、その場に釘付けにする戦法を取るだろう。今ですら触手の数は多く、その場から動けないのだから。
 だが、このままいてもジリ貧で、勝機すら見えない。

智「なら、七割程度で。繰莉ちゃん」

繰莉「ほいほいっ」

 まるで見えない糸でも繰るかのように、繰莉ちゃんはつい、と指を動かす。
 惠が切り裂いた部分から、無理矢理にマクベスの身体をねじ込ませ、突破する。
 切り裂かれ薄くなった上に磁力の楯で反発されては、触手の檻から抜け出すのは容易い。
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/21(月) 01:32:38.73 ID:dynLLY1Wo
Kの接続者「おっ、追えっ、K!」

 慌てたように声が走る。
 鞭はしなり、声に従って檻から逃げた竜を追う。

繰莉「くるり、くるり……ってね」

 しかし、メイジの繰莉ちゃんは補足させない。
 アヤヤや惠の手も借りつつ、四方八方から襲い来る触手を躱し、躱し、躱し。
 いともたやすく、常に密度の低いところに移動する。

 繰り返し、繰り返し。
 マクベスは徐々にKとの距離を詰める。
 けれど。

芳守「最後の一線が、濃い」

 『竜型』にしては素早く、EXも半端ないマクベスでも最後の一線は抜けない。
 黒鉄の城壁は全てが触手の集合体だ。

 押し切れど、引き裂けど、朽ちることのない、正しく黒鋼の城塞。
 一閃じゃ引き裂けない。二閃でもまだ足りない。三閃もやる暇すらない。
 攻撃でも回避でも、あらゆる触手を突破することは不可能だ。

アヤヤ「ど、どうするんですかっ!?魔力も減っていきますよ!」

智「待って、今考えてるから!」

 チェックはできても、チェックメイトはできない状態。
 スチールメイトを待つにしては時間が足りない。
 ならば、切り札を切るしかない。
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/21(月) 01:49:55.13 ID:dynLLY1Wo
智「――磁力弾を使う」

惠「魔力の残量は大丈夫かい?」

 金属である以上逃れされない性質を突いた最強の攻撃は、やはり多くの魔力を使う。
 脳裏に浮かぶ竜のステータスに視点を移す。
 フル接続だから最小で済むとはいえ、戦闘序盤から連続して使い続けた磁力楯の代償は大きい。

智「最小形成で一発ってところかな」

芳守「……結構キツイ状態だね」

智「もしかして弾で押し通す分含めても、よっしーには隙見えない?」

芳守「冗談」

 芳守は笑う。やってやる、と。
 僕にも多少感覚はみえてるけれど、やはりローグの芳守には及ばない。
 だから彼女に、惠の一閃、アヤヤの楯、繰莉ちゃんの移動、そして磁力弾。全てを勘定にいれて、届くか届かないかの隙を見極めてもらう。

 そうしている間にも、結奈の一曲目はもう既にラストのサビに入りかけていた。
 真雪を早く処理したいKとしては、焦っているのだろう、どんどん触手が増えていく。

Kの接続者「K……早くしてくれ、早くそいつらを……!」

アヤヤ「本当、イッちゃってますね……」

繰莉「よそ見してるとあたっちゃうよん」

 アヤヤの感情に動かされたように僅かに乱れた楯を、移動でカバーする。
 装甲が多少弾かれたが、スペックに異常はない。

アヤヤ「あやややや!すいませんですよ!?」

繰莉「謝罪はあとあと。今は前向いて弾くのにしゅーちゅ」

 繰莉ちゃんは本当に頼もしい。
 アヤヤのフォローをしつつも、致命的な攻撃は一切として受け入れない。
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/21(月) 02:03:19.22 ID:dynLLY1Wo
 地を這い、風を裂く触手。
 爪で引き裂き、牙で砕き、楯で弾き、脚で避ける。

芳守「――――」

 芳守の呼吸が深くなる。眼を瞑り、瞑想をするような状態になっている。
 恐らくは自分の感覚を一切として遮断し、竜の感覚で僅かな隙すらつかみとろうとしているのだろう。
 そんなことを露知らず、触手は無音に、縦横に看板を避け、地面に傷すら付けずにマクベスに迫る。
 それを、避ける、避ける、避ける――――
 その、まさに次の一瞬。

芳守「今っ!!」


 ■■■■■■■■――――――


 号令。
 先ずは眼前。
 絡み合いながら迫る触手を、爪が引きちぎり、置き去りにする。

 同時、引き裂いた触手を避けながら、マクベスは最大磁力で地面と自身の身体を反発する。
 横、背後から竜を貫こうとした槍は空を切った。

 僅かに動揺する城塞。
 けれどまだ距離はある。
 更に前方からと、先ほど空を切った触手が一辺に朱い竜へと襲いかかった。
 しかし、磁力の楯がそれを許さない。
 ドーム状に展開された楯は、マクベスの周りだけを避けてあらぬところへ飛んでいったり、互いにぶつかり合って崩壊を誘導した。
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/21(月) 02:12:32.72 ID:dynLLY1Wo
Kの接続者「くるな……くるなよぉっ……!!」

 城の奥か、内部かで、狂気は喚く。
 そんなことを言っても、だ。

繰莉「もう、射程圏だにゃー」

 マクベスの口内に黄金の弾が出来上がる。
 朱い竜最大の切り札、磁力弾。
 磁力の元素を持つモノが近づく限り、それは原子レベルの反発を発動する。
 例えそれが、無敵の合金だろうが、黒鉄の城だろうが、だ。
 あとは、これを打ち出すだけで、終わり――――――ッ!!


 思った、瞬間。

 音が消えた。
 第六感が何かを訴え、僕は上を向いた。

 空が、欠けていた。
 基本的に、屋上に備え付けられている給水塔、それが視界に傾きながら、僕らへと落ちていた。
 それだけなら、まだいい。
 だって、その後ろには。その落ちてくる給水塔の影には。

 髑髏が――――
 髑髏が――――
 髑髏が――――



 ノロイ――――――――――が
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/21(月) 02:23:01.93 ID:dynLLY1Wo
 『居』た。


 やっぱり、僕を追っていた。
 呪いを踏んだ僕を、ノロイは隙を見つけて襲ってきた。
 今度こそ、確実に僕を仕留めるために――――

 ダメだ、ダメだ、ダメだ。
 マクベスの弾をこちらに向けて撃ったら間に合うかも知れないが、そうしたらマクベスがKにやられて皆が死んでしまう。
 しかし、Kに磁力弾を放ったら、給水塔は僕に向かって落ちて、そして僕は潰れる。直ぐ周りの皆はどうなるかわからないけれど、ノロイは僕が狙いなのだから恐らく無事じゃないかと思う。
 ……どちらにしても、僕は死ぬ。ノロイに殺されて、死ぬ。

 ごめん、真雪。
 僕は心の中で謝罪する。
 約束を守れなかったことに対して――


 ――私が智さんを逃げ切らせます。


 ――不意に。
 真雪の声が聞こえたような、気がした。

 音が戻る。
 給水塔がおちる。
 そして――――
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/21(月) 02:29:06.25 ID:dynLLY1Wo
 ゴシャアァアアアアン、と。
 酷い轟音と共に、給水塔が真横に弾かれた。

 残り僅かな夕焼けに照らされた、その巨体を僕の視界は捉える。
 十の尖角。
 七対十四の赤い眼。
 そして、目の前の城塞よりも黒い、黒い、黒い、漆黒の黒鋼。
 見間違うはずもない。
 そのアバターは、そのアバターの名前は。


 ■■■■■■■■――――――


 バビロン――――
 その咆哮に、僕は背を押されるように叫んだ。

智「――放てぇっ!!」

 黄金色の球体は朱い竜の口内から弾かれる。
 そして、そのままKへと飛び込んでいって。
 触手ごと、Kの城塞の大半は風に解けるように消えていって。


 一つの、決着がついた。
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/21(月) 02:46:17.25 ID:dynLLY1Wo
 二曲目が終わった。
 観客のボルテージは最高潮に達している。
 僅かなMCを挟んで、次の歌こそ、今回の目玉である歌なのだから。

真雪『皆さーん!楽しんでますかー!』

 わーっ!と歓声が真雪の声に答える。
 それに真雪は思わず素の笑いを浮かべる。
 智さんの言う事を守って、ちゃんとコンサートをしていてよかった、と思った。

真雪『次は、お待ちかねのアクセプターの主題歌……ですが、その前に!』

 ちらり、と彼女はステージの端を見る。
 先程まであたふたとしていたスタッフが手で大きく丸を作っていた。
 一応引き伸ばし用の会話も残してあったが、問題ないみたいなので初期の予定通りに真雪は言葉を紡ぐ。

真雪『今回、アクセプターの主題歌を歌うのはなんと、私だけではないんです!』

 僅か、ざわめきの波が広がる。
 ネットで噂を聞きつけた人はやっぱり、というような表情をして、何も知らない人はなにそれなにそれ!?、と興奮と困惑の混じった表情を浮かべていた。
 真雪の視界の端に、智と一緒にいた六人組がいるのが視界に映った。
 彼女たちもきっと、これを楽しみに来たのかな、と真雪は僅かに笑った。

真雪『それでは、紹介します!今回、私とユニットを組む新人アイドルの――結香ちゃんでーす!』

 その声に合わせ、真雪と同じ白のドレスに身を包んだ彼はステージ上へとあがる。
 人々の反応は様々。可愛い、だったり、綺麗、だったり。
 中には本名を叫ぶ人も居たような気がしたが、周りの喧騒に混じって消えた。

 真雪はステージ上に上がった智へと笑いかける。
 『おかえりなさい』、と。
 智も同じく、真雪へと微笑みかけた。
 『約束、守ってくれてありがとう』、と。

 それはほんの一瞬。
 それだけで全てが彼と彼女の間で伝わり、そして彼らは前を、歓声へ向く。
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/21(月) 02:57:11.61 ID:dynLLY1Wo
智『初めまして、紹介に預かりました結香です!驚かれた方も少なくないと思いますが、今回は結奈ちゃんとユニットを組ませていただくことになりました!』

 声に反応して、僅かに会場は盛り上がる。
 一応は、受け入れてもらえたようだった。
 ルックスは真雪とはまた別の方向に良いのだから当然といえば当然だが。

智『今日のライブが初でちょっと緊張していますが、精一杯歌いますので皆さん楽しんでいってください!』

 打ち合わせ通りの台詞を行って、そして真雪を再び顔を見合わせる。
 互いに、それは笑顔で。

 そして二人とも同じく観客を見た。
 アイドルの追っかけ、アニメ系オタク、地元の復興会、観光のお偉いさん一団。
 そして、自分たちのコミュや、同盟の人たちへ。
 彼らはマイクを通して、届ける。

真雪『それでは、皆さんお待ちかねの、アクセプターの主題歌!聞いてください!』

智『『こころのプリズム』!』

 このライブを最高のモノにするために。
 彼らは自分たちにできる精一杯で、観客へと歌い尽くす。
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/21(月) 02:58:28.18 ID:dynLLY1Wo
 今日はここまで!

 次のエクストラはどうしようか……いや、随分先の予定だけれど。
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/21(月) 03:03:37.35 ID:p0UxmUVQo
乙。

声優つながりでロンドとの絡みが見たいかな。
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/21(月) 14:18:06.06 ID:6cry84lro
乙乙
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/23(水) 00:27:14.13 ID:NjhnY5yoo
 更新は明日

 >>544
 そういえばまだロンドは一度も登場してないね。なんとなく使いづらそうなんだよね……
 では本編か、できなかったら同じくエクストラのちょっとした部分で


 今までで立ち絵アリで登場してないのは、作品別に
 るい智:小夜里さん(名前のみ)、蘭ちゃん
 コミュ:五樹、ロンド、いろは、支倉さん、奈々世さん(名前のみ)、ディヴィット、九倉さん、花子先生
 あとは特上かな?
 どうやって出すかは自分の腕次第か……軽く燃えてきた。

 私は、広くリクエストを募集しています。
 自分に発想力がないわけではないと思います、うん。
 とにかく、多くの人に楽しんで貰いたいのでリクエストとかがあればなるべく行いたいと思います
 バレンタインイベント然り。
 今のエクストラ然り。

 では、今日はこのへんで
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/03/23(水) 00:32:14.31 ID:E2ika5Bdo
智とロンドは掛け合い的な意味で相性悪そうだな
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/23(水) 22:56:55.22 ID:NjhnY5yoo
 おとぎ話をはじめます。
 選択肢を出す予定ですが、ただエンドが変わるだけです。
 あとテキスト量が飛躍的(具体的に言うとシーン一つ分)に増えたり。

 では始め
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/23(水) 23:18:00.56 ID:NjhnY5yoo
 ――結果的に。
 ライブは大成功だった。

 結奈はローカルアイドルからオタク系アイドルへとクラスチェンジして、アクセプターは商業化に見事な弾みをつけた。
 今回ユニットを組んだ『結香』――つまり僕も、結構すんなりファンに受け入れられた。
 見た目が清楚系だということも一役買ってるらしい。今回のイベントで僕のファンになった、という書き込みも掲示板で見つけた。
 事務所の方からすると、まだまだ結奈と比べれば10:1ぐらいの割合だけれど、何れは人気を二分するだろうと鼻息を荒らげていた。
 ……まだ、この後どうするのかは決めていない。


 そういえば、僕をノロイから守ってくれたバビロンのことだけれど。
 あれは当然のことながら真雪がライブ中に出したわけではなく。
 真雪が残りのバビロンコミュに僕らがピンチになったら助太刀してくれるように頼み込んでいたそうだ。
 僕らだけでやると息巻いた甲斐なく、しかし真雪は僕がノロイから逃げきる手伝いをすると約束したことをちゃんと果たしてくれた。
 ライブ終了後改めてお礼を言うと、当然です、と笑って言われた。
 心からの、感謝を。

 ……話はもどるけれど、あの時はノロイはアレだけで終わるとは思えなかったのだけれど、数日たった今、あの黒い髑髏は見る影もない。
 Kを倒した直後とも違って、恐らくもう来ないだろうと宣言できる。
 理由はわからない。一度襲って満足したのかもしれないし、実は僕がまた隙を見せるのを待っているのかも知れない。
 けれど、今は来ない、と確信を持って言うことができた。

 最後に、Kのことだ。
 僕は時間がなかったから、惠たちや助けてくれた瑞和たちに後処理を任せた、その後の話。
 瑞和はお得意のコネクションを使って、ラウンドのお偉いさん――奈々世さんに任せたそうで。
 これからみっちり、コミュの、ラウンドの世界を教えて人を二度と傷つけさせないらしい。
 これはこれでよかった、と思う。
 Herm氏の死は許されざることだけれど、だからと言って死を死で洗い流すのはまた別だ。
 ……僕が言えることじゃないんだけどね。
 その後の事は訊いていない。素直に受け入れたのかも知れないし、未だに見たものは消す、と息巻いているのかもしれない。
 けれど、それはまた別の物語だ。
 いつか巡り巡って語ることもあるかもしれないけれど――今は、全く関係の無い、ただのおとぎ話だ。
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/23(水) 23:27:18.11 ID:NjhnY5yoo
智「おじゃましまーす」

真雪「どぞどぞ」

 今日も今日とて、僕は真雪の家におじゃまする。
 いつもの通りパソコンを二人で覗く。
 アクセプター、結奈のブログ、事務所の公式ホームページ。
 他に新規で大型掲示板に立てられた結奈・結香の専用スレッドのウインドウが並ぶ。

真雪「色々ありますねー『これから頑張ってほしい』とか、『結奈ちゃんマジ天使』とか」

智「下らなかった、とか叩いてる人もいるみたいだけど」

真雪「そういうのは叩きたいから叩いてるだけですよ。スルーして結構です」

 そういうアンチは全体でもごく一部で。
 総評では素晴らしかった、というものだった。

真雪「『結香ちゃんは絶対性格もいい。断言できる』なんてのもありますよ?」

智「あはは……」

 性格どころが性別を見誤ってます、なんてことは言えるはずもなく。
 僕らはライブについての感想を笑いあいながら見て過ごした。
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/23(水) 23:37:12.36 ID:NjhnY5yoo
 一段落して、ベッドに移動する。
 僕が腰掛けると、真雪はその僕の膝の上に腰掛けた。

智「……まゆまゆ?」

真雪「いーじゃないですか、一応カレカノなんですし。あと、まゆまゆではなく真雪です」

 傍から見たらカレカノどころか姉妹にしかみえないだろうけれど、僕は甘んじで真雪を受け入れた。
 膝の上の真雪は、まるで等身大の人形のようだった。
 力一杯抱きしめたら壊れてしまいそうなくらいの細さ、小ささ。
 ふわり、とした手入れの行き届いた髪が僕の鼻孔をくすぐる。
 平和な日常だった。

 そんな時、真雪が思い出したように僕に後ろ目に視線を向けてくる。

真雪「ところで、智さん。その……ノロイの方は、その後どうなんですか?」

智「予想していたほど、別に何も変化はなく」

 先程も言ったとおり、ノロイは来ない、と断言できる。
 なんでかはわからないけれど、理由を考えても仕方ないと思う。
 呪いもノロイも、どうしてあるのかすらわからない理不尽極まりないものなのだから。

智「でも、真雪が守ってくれなかったら本当に死んでたかも」

真雪「約束、でしたもんね」

智「そうだね、約束だもんね」

 僕らは互いに互いを守る約束をした。
 僕が一方的に真雪を守る、なんて言えないのは少しだけ男として恥ずかしい。
 けれど、これはこれでいいものだと思った。
 足りないところを補いあいつつ、過ごしていく日常というのも、いいものだと。
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/23(水) 23:51:15.23 ID:NjhnY5yoo
真雪「そういえば、もう一つ約束――してましたよね」

智「え、な」

 に、と紡ぐ前に。
 僕のそれは、柔らかなそれで塞がれた。
 小さくて柔らかい、まるで蕾のような、まだ咲き切っていない感触。
 少しだけ、イケナイコトをしているような気持ちが沸き上がった。
 けれど僕は僕の口を塞いだそれを求めた。
 知恵の実しかり。人というのはイケナイコトを求めてしまう生き物だ。

智「ちゅぷ……ぺちゅ、ん、ちゅう、んは……っ」

真雪「ん……ふう……ぅ」

 濃厚な、甘いキス。
 真雪の口の中は不思議な味がした。
 こうともいえない、ああともいえない。何に形容することもできない。
 強いて言うなら、真雪味とでもいうしかない味。
 けれど、全く嫌ではなかった。寧ろ、これがそうなんだ、というような感慨すらある。

真雪「んゆ、ぷはぁ……すごい……」

智「……それで、約束って、なんだったっけ?」

真雪「智さん、意地悪はナシです」

智「ごめんごめん」

 約束というのは、僕らが生き残ったら『続き』をしようと言うアレのことだろう。
 じゃなかったら、いきなりこんなことをするはずがない。
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 00:04:39.34 ID:JagKDasXo
智「……でも、真雪。本当にいいの?」

 それは僕に操を捧げることに対して。
 真雪にはまだ未来がある。子は成せども結婚することもできない僕と結ばれて本当にいいのか、と。
 真雪が自分の胸に手を当てて、眼を瞑った。

真雪「……わかりません。続きをしようと言った時も、今も……男の人と付き合うなんて考えたこともありませんでしたから」

 でも、と。

真雪「あの時も、ついさっきのキスも。悪い気はしなかったです。寧ろ、それはとっても嬉しいなって」

 真雪ははにかむ。
 可愛い、可愛い、可愛い。
 もう、抱きしめたくなるくらいに可愛い。

智「まゆまゆっ」

真雪「にょわっ!?」

 自制もできずに、膝のうえの真雪を抱きしめる。
 ワタワタと慌てて手を振るのがまたとても可愛らしい。
 力を入れすぎない程度に真雪を抱きしめて捕まえて、下ろしてある髪の毛に顔を埋める。

智「いーかおり」

真雪「く、くすぐったいですよっ」

 数秒か、或いは数十秒か真雪の香りを堪能して、漸く解放する。
 しかし真雪は僕の膝の上からはどかず、上半身を捻って僕へと振り返る。

真雪「いきなりなにするんですかロリコンっ!」

智「大丈夫、僕は真雪コンだから」

真雪「そういう問題じゃないで」

 言い切る前に、先ほどいきなりキスをした仕返しとばかりに僕もキスをする。
 先ほどとは違って眼を開いたまま。真雪の驚いた顔が視界を埋め尽くす。
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 00:21:34.82 ID:JagKDasXo
 そのまま、軽い真雪を抱き上げてベッドに寝かせる。
 僕はその上に重なるようにした。
 傍からみたらお姉様がお気に入りの後輩を襲っているようにしか見えないだろう。

 唇を離す。真雪が少しだけ遠ざかる。
 けれど心の距離は近付いているような気がした。

真雪「はふぅ……」

 赤らめた顔で、僕を見る真雪。
 その頬を、そっと撫でる。
 猫や犬のように、気持ちのよさそうな顔をする。
 それをやめて、今度は額を軽くぶつけた。

智「……いい?」

 僕は真雪の眼を至近距離で見つめて問いかける。
 潤んだ瞳。紅く染まった頬。不安気に震える身体。
 それらを全て抑えるように、真雪は僕との僅かな隙間の胸の前に再び手を当てて、頷く。

真雪「はい……智さん。私の何もかもを。全部を、いっぱいにしちゃってください」

 よくできました、と言うように、先ほどくっつけていた額にキス。
 そのまま真雪を言葉で誘導しながら服を脱がせる。
 女の子の姿をしていたのがこんなところで役に立つなんて思わなんだ。
 上着を全部剥いで、下着姿にする。
 水玉模様の子供らしい下着を穿いている真雪は、それはそれで魅力的だった。
555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 00:32:41.04 ID:JagKDasXo
 少女と女の、丁度堺にあるような色香がある。
 先ほどキスをしたときに蕾だと感じたのは的を射ていたらしい。

 真雪は小さく震えている。
 僕は真雪の髪を掬い上げて、キスをした。

智「こわいことはしないよ」

真雪「それはわかってますけど……」

 わかっていても、止められないものはある。
 だから僕は真雪の緊張を解すのに努めるべきだ。

 真雪のお腹に触れる。
 ぴくっ、とまた真雪は震えた。
 僕はそれを気にせず、渦巻きを描くようにお腹を撫でる。

真雪「ん……くぅ……」

智「我慢しなくていいよ。くすぐったいだろうから」

真雪「ふぁ……あう、んっ……」

 僅かに身をよじる。
 頃合いだ、と思い手を話すと、一気に力が抜けたらしく、ふはぁ、という声と共にぐったりとした。

真雪「……えと、ありがとうございます」

智「どういたしまして」

 いつもの嘘つきもいいけれど、素直な真雪も可愛らしい。
556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 00:48:57.61 ID:JagKDasXo
 手を回して、小さなブラジャーを取り外す。
 まだまだ成長盛りだと信じたい胸は薄くて、肌はきめ細かい。
 ほんの少しだけ盛り上がっている丘に、ポツンとそこだけ一人前にとんがった先端があった。
 ……こよりが何かを言った気がしたが、気にしないでおこう。

智「触るよ」

真雪「んく……っ、ぁは……っ、ふぅううううんっ……!」

 やはりまだ揉むというほどの大きさはなく、撫でる、という形になる。
 けれど真雪にはお腹とは比べ物にならないようで、僅かに喘いだ。

真雪「……智さん、今私の胸触って笑いましたね……?」

智「違うよ、胸に笑ったんじゃなくて。真雪の反応がすごく可愛かったから」

 もう可愛い、という在り来たりの形容詞しか出てこない。
 それくらいに、真雪は愛おしくて可愛かった。
 それに胸の大きさなんて関係ないと思う。ちっぱいでもメロンでもスイカでも。
 ……そりゃあ欲を言えば大きい方に引かれるけれど。

智「でも小さいのには小さいのなりの需要が」

真雪「……そんなこといって……」

 真雪は僕の手を確かめるように握った。
 僕も握り返す。
 もう一方の手は、真雪の胸を撫でながら。

智「……もう大丈夫?」

真雪「はい……身体がぽかぽかします。智さんの手……あついです」

 震えはもう完全に止まっている。
 そろそろ愛撫も終えようか。そう思い、ゆっくりと手をしたにずらしてゆく。
557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 01:10:00.83 ID:JagKDasXo
真雪「そ、そこはぁ……」

智「大丈夫だから。力抜いて、ね?」

 根拠がなくとも安心を優先に。
 初めて触る未知の領域を、僕はさっきの胸よりも慎重になぞる。

真雪「ふぅうっ……あっ」

 やっぱり予想以上に敏感らしい。女の子って不思議。
 僅かながらに濡れている気もする。さっきので感じてくれていたのなら嬉しい。

真雪「んわ……あ、はぁあああっ、あ、うんっ、くぅっ……!」

 幾度かなぞった後、ぴっちりとした秘部に少しだけ指を入れてみる。
 途端に悲鳴とも嬌声とも呼べない声が上がった。
 少しだけ指を浮かせると、隙間からほんの少しだけ粘り気のある水音と共に糸が垂れた。

智「……すごい」

真雪「そんなマジマジと見ないでください……恥ずかしいです」

 誘ったのはどっちだったっけ。
 そう問いかけようとしたのを飲み込み、ふっ、と息を吹きかける。
 予想外の行動だったのか、ビクンと真雪の身体が跳ねた。

真雪「はふ、あうあう……」

 真雪は荒らげた呼吸をする。胸が膨れ、そしてしぼむ。
 ああ、愛おしい。今直ぐにでも抱きしめたい。
 けど、初めては痛いと聞く。よく濡らしてからでないといけないだろう。
 真雪の秘部から少しだけ愛蜜が漏れる。この量は果たしていいのか悪いのか。

智「……そうだ」

 いいことを思いついた。
558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 01:27:42.07 ID:JagKDasXo
真雪「……とも、さん?」

 くい、と真雪の脚を持ち上げる。
 そして真雪の秘部に顔を近づけて――舐めた。

真雪「ふぁっ!?」

 真雪の腰が跳ねる。
 僕はそれに構わずに、舌を這わせるのを続けた。
 身体の奥から湧き出る要求のままに、舌を伸ばす。

真雪「ひっ、あ、く……!や、だめですよ……っ!」

 真雪の静止すらも無視する。
 先ほど指いれた時の反応から見るに、恐らくは痛いだろうから無理に割れ目を舌でこじ開けるようなことはしない。
 上から下へ、下から上へ。唾液を絡ませながら舐め上げる。

真雪「あ、あ!だめ、汚い、ですから!よごれて……んんっ……!」

 真雪が両手で僕の頭を押しやろうとするが、全く力が入っていない。
 秘部は段々とやわらかくなってきた。
 さっき指で開いた隙間から、割れ物でも扱うようにそうっと舌を入れる。

真雪「はぁあっ……!あく、ん……!した、だめ、舌……!」

 指をいれた時よりは大分余裕になっているのか、すんなりと舌は入った。
 そのまま軽く舐め回す。
 真雪の性器の中は、襞やぶつぶつはなくて綺麗なものだった。

 舌の動きに反応して、真雪は腰をうねらせる。
 意識はしてない……と思う。多分生物の本能的な物。
 もう痛みはなさそうだ。この様子だと大丈夫そうな気がする。

 舌をゆっくりと引き抜くと、先程の数倍はあろうかという愛蜜が引き抜いた先から漏れた。
559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/24(木) 01:29:06.75 ID:JagKDasXo
 ……ごめん、限界。モチベーションが持たない……
560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(茨城県) [sage]:2011/03/24(木) 01:35:02.83 ID:ok1hcZQao
561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/03/24(木) 05:42:23.72 ID:mTezex4wo
おつ
562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 14:00:07.87 ID:JagKDasXo
智「それじゃあ……いくよ?」

 僕はスカートを上げてブルマごとパンツをずり下ろす。
 僕のソレはもう今まで感じたことのないくらいにいきり立っていた。
 ずっと女の子をしていたからダメなんじゃないかと思っていたけれど、ちゃんと反応している。

 そんな僕のモノを見て、真雪は眼を丸くした。

真雪「あは」

智「どうかしたの?」

真雪「いえ……あの時もマジマジとはみてませんでしたけど、やっぱり智さん、男の人なんだなぁって」

 少しだけショック。
 そりゃあ見た目は学校で大人気になるレベルの女の子だけれど、中身はれっきとした男の子なのだから。

智「それじゃあ、少しは男らしいところも見せないとね」

真雪「はい……よろしくお願いします」

 もう一度、真雪の脚を持ち上げて、僕の後ろに回るように置いて。
 僕は自分のモノに手を押し当て、真雪の割れ目に先端を押し当てる。
 意図せず、ソレが一度びくんと震えた。

真雪「優しく……してくださいね」

智「努力はするけど、うまくできるかわからないよ」

真雪「そこは嘘でも頷いてください」

 相手が嘘つきなのに?
 相手が嘘つきなのに。
 顔を見合わせ、ぎこちない笑み。
563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 14:13:05.71 ID:JagKDasXo
智「力抜いて……いく、よ」

 頷く真雪を確認してから、僕は腰を進めた。
 産毛一つない割れ目は、指や舌をいれた時より堅く感じた。

真雪「ひぐぅ……っ!!」

 真雪が痛みに顔を歪め、仰け反る。

智「痛い?今日はここまでにしておく?」

真雪「だい、じょうぶです……!一思いに、やっちゃってください……!」

 成長の遅く見える身体は、まだ男のモノを受け入れるようにできていないのだろう、ぴっちりと真雪の秘部は閉じていた。
 そこを無理矢理にこじ開けるのだ、その痛みは尋常ではないはずだ。
 けれど、真雪は僕と繋がることを望んでくれた。僕も同じくそれを望む。
 だから、心のなかですまなく思いつつも、力を入れてゆっくりと、しかし真雪に痛みを長く感じさせない為に速く奥へと向かう。

真雪「あ、んは、ああ……!ん、裂け……んぐうううっ!」

 真雪が痛みに喘ぐと共に異物を押し出そうとする感触がモノに伝わってきた。
 真雪の中は、気持ちいいというよりもキツクて押しつぶされそうな感触のほうが強い。
 僕はそれを耐えつつ、更に奥へと進める。
 少し進めたあと、こつん、という感触があった。多分そこが真雪の一番奥なのだろう。これ以上は進めない。

智「真雪……奥まで、入ったよ」

真雪「はぁ、はぁっ……智、さん……ぅ」

 少し動くだけで痛みがあるのか、真雪は身を捩ることもできない。
 
564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 14:26:32.87 ID:JagKDasXo
真雪「智さんの……私の中で、脈うって……すごい……こういうの、本当なんですね」

 ネットをうろつき、ゲームや漫画が大好きな真雪だ。
 きっとそういう十八歳以上対象のゲームをやって、知識としてはしっていたのだろう。

 とりあえず奥まで到達して安心したのか、真雪の膣内は締め付き過ぎぐらいだったのがいい具合に緩み、動けるようにはなっていた。
 けれど、やはり入り口から僅かに漏れる血の色は真雪の呼吸と相まって痛々しい。

智「大丈夫?さっきよりは楽になったけど、きっと動くと、まだ痛いでしょう?」

真雪「……痛いですし、それは、とっても魅力的な提案ですけど……」

 上体を起き上げようとして、やはり痛いのか、或いは力が入らないのかそのまま倒れそうになる。
 真雪の手が泳ぐ。
 その小さな、頼りない手を僕は掴んでゆっくりと引き上げる。

真雪「初めては、大事なモノですから……ちゃんと、最後までやりたいです」

 近くで、真雪が力なく微笑む。
 けれど、恋人握りに握られた手は、離さないとでも言うように力が入っていた。

智「わかった。でも、痛かったらいつでも、ね?」

真雪「はい、お願いします」

 抱きしめあう形になった真雪を僕の胸に押し寄せて。
 真雪も逃げたくなる気持ちを抑えるように、僕の背に手を回して。
 今度は入るのと逆に、真雪の中からモノを引きぬく。
565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 14:40:24.06 ID:JagKDasXo
真雪「んぐ……!」

 苦悶の表情を浮かべる。
 いくらこれが神聖なものだとしても、真雪の苦しむ顔はあまりみたくない。
 だから僕は、真雪の顔を上に向けて、そのままキスをした。

真雪「んぅ……!あふ、んっ、ふっ……!」

智「ん、ちゅ……ちゅぱ、ふぅっ……」

 キスの快感とまじらせれば、多分少しは和らぐだろう。
 摩擦の痛みを和らげようとする潤滑油が溢れ出して、僕はそれで強引に擦りつける。
 初めての、痺れるような快感が奥底から沸き上がってくる。

真雪「ふは……とも、さん……ともさん、智さん!ふぐ……あぁう、あぁああっ!」

智「真雪の中……すごくキツくて……でも、気持ちいい……」

真雪「そ、ですか……?もっと、気持ちよくなって……っ!ともさん、キス、キス……!」

 唇を寄せると、痛みを紛らわすためか、貪るように真雪はキスをして来た。
 くっつきあった胸が鼓動を刻む。
 それは僕のか、真雪のか。恐らくは両方。
 とくん、とくんと混じり合う振動は、僕らがまるで一つの存在であるかのような錯覚を生み出した。

 錯覚でなければいい。そんなおとき話であればいい。
 ここは優しい王国で、なるようにしかならない世界で。
 約束や誓いや、血の繋がりでさえなんの効力も生み出さない場所で。
 でも、この一瞬だけは――そんなおとぎ話を信じたって、罪にはならないでしょう?
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 14:51:59.04 ID:JagKDasXo
真雪「智さんの心臓……すごく、バクバクいってます……」

智「真雪のだって」

 僕は湧き出る欲望を抑えきれずに、腰を先程よりも速くしてしまう。
 やはりというか、なんというか。真雪は電撃が走ったように仰け反る。

真雪「は、ふぅんっ……んっ、ひぅっ!ふああ、あ、あ……はふ、んく……!」

 水音が先程より激しくなる。
 少しでも痛みをやわらげようと、真雪の本能がそうしているのだろう。
 まだ痛いはずなのに、痛いと一言も口にしない真雪がいじらしくてたまらない。
 僕は本当に、どこまでもこんな小さな優しい嘘つきに、溺れてしまっているようだ。
 その事を自覚することすらも、とても愛おしい。

智「真雪……」

真雪「んああ……っ!あ、ふあ、ああぁ……!ふぅんん……んくぅ……とも、ひゃん……っ!…」

智「真雪っ!」

 衝動のままに、僕は真雪の名前を呼ぶ。
 何もかもが頭から飛んでいく。
 もう真雪しか目に入らない。

 猿のようにひたすら腰を振った。
 真雪の声も比例して大きくなる。
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 15:06:04.17 ID:JagKDasXo
真雪「あっ、あっ、はあああぁっ!!ともさんのが、ともさんのがっ……!」

 吸いつくようにキスをする。
 互いの唾が絡みあい、淫靡な感触を生み出す。
 真雪と触れている唇が、胸が、身体が。全身が熱く燃える。
 繋がっているというその事実が、僕をどうしようもなくダメにする。

 もっと、もっと真雪を感じたい。
 気持ちよくして、気持ちよくなりたい。
 けれど、やはりもう僕は限界で。

真雪「とっ、智さんっ、ともさんっ!!」

智「真雪っ、いくよ……っ!」

真雪「は、あ、あ……あぐ、ひぁああぁああああっ!」

 真雪の中に出したい。真雪の中を僕で満たしたい。
 そんな欲望を押し切る。
 中で出すわけには行かない。

 鋭い痺れが走る。
 後頭部の後ろで、火花のような白い光が何度も瞬いた。
 爆発する。

 最後に残った理性で真雪の中から引きぬくと同時、僕のモノは真雪の血や蜜と混じって派手に白濁をまき散らした。
 真雪にも、僕にもかかる。
 けれど――何も、悪い気はしなかった。
 それは、真雪を繋がったことで、気持ちよくなった結果であるのだから。

智「はぁっ、はぁっ……真雪……」

真雪「あは、は……はぁっ、はあっ……とも、さん……」

 最後に僕らは、またとびっきり濃厚なキスをした。
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 15:16:38.30 ID:JagKDasXo
 それからシャワーを浴びて服装を整えたのは一時間後。
 同じく並んでベッドに腰掛ける。
 僕らのモノで汚れたシーツは今丁度、洗濯機の中でグルグルと回っていることだろう。

 並んで隣に座る。
 距離は先ほど膝の上に座られた時より遠いはずなのに、近い気がする。
 なんとなく気恥ずかしい。

真雪「……これで私たち、一緒ですね」

智「そう、だね」

 なんとなく、僕はこの嘘つきの策略にハマってしまったのではないか、と思う。
 それは始めから。ユニットの依頼を持ってきたその時から。
 あの時はまだ男の子だとバレてはいなかったのだから、策略も何もあったものではないけれど。

真雪「……そういえば、智さん。結奈・結香の件ですけど」

 真雪は素知らぬ顔で別の話題を持ってくる。

智「これからどうするのか、って?」

真雪「はい……私としては智さんと一緒にお仕事したいですけど……智さんの事情も考えると、強く進めることもできませんし……」

 僕がアイドル化したとしたら。
 基本真雪と一緒だとしても、色々と別の仕事が入ることは間違いないだろう。
 胸はないからグラビアはないにしても、夏とかはラフな格好で人前にでることもあるかもしれない。
 ノロイのことを考えるなら。ここでアイドルを降りるのが普通だ。



 僕は――――
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/24(木) 15:17:49.15 ID:JagKDasXo
 >>570
 1 アイドルを続ける
 2 アイドルはやめる



 にゃんにゃんシーンをかけるシナリオライターさんはすごいと思いました。まる。
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/24(木) 17:17:08.08 ID:0NfPgnHFo
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/25(金) 15:34:32.78 ID:+jOxYb5go
 →アイドルは続ける



智「僕は――真雪と一緒に続けたい」

 僕の言葉に真雪は驚き、目を見開いた。

真雪「智さん、でも、智さんがばれたら命に関わるんですよ?それでも……」

智「うん、それもコミで。僕は真雪と一緒に歌って、踊っていたい」

 今はまだマイナーアイドルだけれど、今回のことで全国に知れ渡る日も遠くないと思う。
 そして何れは僕の秘密も暴かれる、なんてことがあれば、考えるだけでも恐ろしい。
 ――それでも、と。
 最近はお馴染みとなった、魔法を唱える。

智「別にアイドルを続けなきゃ真雪と一緒にいられない、ってわけではないけれど。僕は傍で、真雪の力になりたいから」

智「真雪が僕を守ると言ってくれたように。これからは僕がずっと、真雪を支えていきたい」

 今までは、本当に僅かで。アクセプターの主題歌を共に歌うことしか力になれなかった。
 けれど、真雪のパートナーになれば沢山、力になれる場面は増えるはずだ。
 それは本当に嬉しいことだと思う。
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/25(金) 15:43:37.82 ID:+jOxYb5go
真雪「恥ずかしい台詞ですね」

智「それは言わないお約束」

 真雪は悪戯的に笑い、僕は苦笑い。

智「楽観的だけどさ。僕は大丈夫だよ、きっと」

智「これまでも大丈夫だった。だからこれからも大丈夫、ってね」

真雪「それでも……見つかってしまうときはあるかもしれませんよ?私がちょっとした偶然で見てしまったみたいに」

 その時はその時だ。
 さっきも恐ろしい、とは言った。けれど、僕はいつか、真雪ではないけど言ったんだ。

智「この呪われた世界を、やっつけてやる」

 人と人は繋がらない。
 血の繋がりですら保証しない。
 ここはそんな呪われた世界で、優しい王国だ。
 認め合えるのは、通じ合えるのは、信頼できるのは同種だけ。
 例えば、僕とるい達のように、一人ぼっちで世間を泳いできたように。
 例えば、僕と真雪のように、嘘で身を固めてきたような。

智「それに、万が一があっても。真雪も言ったよね?」

真雪「智さんを逃げ切らせてあげますって?」

智「そう。嘘じゃないんでしょう?」

真雪「当然」

 ノロイから逃げ切らせるというのはつまり、守ってくれるのと同じことだ。
 真雪はつい先日、言葉通り逃げ切らせてくれた。一度あったんだ、二度も三度もきっとできる。
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/25(金) 15:57:02.51 ID:+jOxYb5go
智「また約束を結ぼう」

智「互いに互いを支えていく約束を」

 真雪は口元を釣り上げて、問いかけてくる。

真雪「死が二人を別つまで?」

智「僕は別にそれでもいいけど、真雪が望むのなら、こういうのもいいんだよ?」

 僕は立ち上がり、芝居かかった風に真雪の前に跪く。

 永遠なんてない。
 終わりがあるからこその永遠だ。
 けれど、やっぱり僕らはおとぎ話のように誓い合う。

智「例え死んでも、永遠に」

真雪「後悔しませんか?」

智「そっちこそ。小さな小さな、嘘つき姫」

 そして僕はやはり芝居かかったように、真雪の手をとり、騎士よろしく、手の甲に軽くキスをする。

真雪「ずっと、一緒にいましょうね」

智「もちろん。僕に刻まれた呪いが解けなくても、解けたとしても、ずっと」
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/25(金) 16:07:11.42 ID:+jOxYb5go
 これからの未来に不安がないわけじゃない。
 未来はいつも不規則で、やっぱり僕の正体がバレる時もくるかもしれない。
 でもそれ以上に、期待に満ち溢れている。
 それだけを胸に、未来を歩き出していこう。

 例え呪いを踏んだとしても嘆かない。
 真雪と一緒に精一杯、道を探して駆け抜けよう。
 予測なんてしなくていい。行き当たりばったりで構わない。
 行き当たったらやっぱりその時になんとかすればいい。

 僕は真雪を見る。
 真雪は僕を見る。
 やれる。
 きっと僕らならどんなことだってできる。

 だから、後ろ向きになんて、マイナスになんて一切考えないで。
 駄目だった時のことなんて気にしないで。
 前を見据えて、馬鹿みたいに走って行こう。


 さて、じゃあまずは皆に真雪を紹介するのが先かな?
 それとも、事務所の方に真雪と言って、続けるということを報告しようか。
 どちらでもいいし、別に今やらなくとも構わない。

智「今日はどうしよう?」

真雪「とりあえずは、遊びにいきませんか?」

智「そうだね。それから考えても遅くないし」

 そうして僕らは行先も考えずに街に出る。
 これから起こることを楽しみに。
 まだ見ぬ明日を、夢に見ながら。

 そうして僕らは日常へと帰ってゆく――――
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/25(金) 16:07:52.59 ID:+jOxYb5go
 ――――ザザ――――ザザザザ――――ザ―――――

 ザザザ――――ザザ―――――――

 ―――――――――ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ―――――――――



「ふぅ」

 気がついたら、僕の目の前には色の白い美少女が変わりなく佇んでいた。
 いや。変わってはいる。
 ついさっきとも思える時、彼女の顔はまだ歪であっても飄々としていたというのに。
 今の彼女は、少しばかり疲労が溜まっているように見えた。

「ふぅ」

 彼女は、手の中の光を見て、また溜息を吐いて。
 ぐしゃり、と。
 その光を潰した。
 青白い光は霧散する。

 どうして。
 疑問が当然のことながら湧き上がる。
 あんな幸せそうな未来を、どうしてそんな簡単に握りつぶしてしまうのか。
 その疑問に答えるように、彼女は答えた。

「だってこの未来も――何れは袋小路だもの」

「もしこの未来が智に見つかったら、きっと智は悲しむでしょう?」

「だって、智の精神はもう随分と擦り切れているもの」
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/25(金) 16:08:57.36 ID:+jOxYb5go
 わからない。僕にはわからない。
 理由は理解できた。
 彼女がどうしてその未来を潰したのか、芽を摘み取ったのか、その理由は。

 だけれど。
 その未来は袋小路だというのに、どうして彼女は。
 潰したことに対して、そんな憂い気な顔をしているのだろう――?

「ふぅ」

 またひとつ、溜息。

「ああ、智。私の愛しい、愛しい智。どうか、どうか――――」

 彼女は壊れたオルゴールのように同じ言葉を何度も紡ぐ。
 言葉の通り愛おしそうに。
 そしてまた、悲しそうに。
 さらには、求めるように。


 世界が遠ざかる。
 意識が朦朧とする。
 どうやら僕はこの彼女と智という人の世界から弾きだされるらしい。

 周りは全て黒。
 その漆黒の心地良さに身を任せ、僕は身体を休めることにする。

 ――また、この世界に来ることになる。
 意識が途切れるとき、そんな気がした。



 ――――ザザ――――ザザザザ――――ザ―――――

 ザザザ――――ザザ―――――――

 ―――――――――ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ―――――――――
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/25(金) 16:12:21.36 ID:+jOxYb5go
 まゆまゆ編まとめ
 >>171-178 >>191-198 >>203-214 >>222-234 >>239-243
 >>249-256 >>264-270 >>280-288 >>302-315 >>320-329
 >>333-343 >>377-386 >>392-400 >>407-413 >>419-426
 >>433-447 >>452-461 >>470-477 >>485-492 >>499-503
 >>508-511 >>524-527 >>533-542 >>549-558 >>562-568
 >>571-576

 EXTRA1 『智と真雪のアイドルユニット』――――Clear
 次はどうするか……なんだか『るいは真耶を呼ぶ』とかどっかから降りてきたけど、ボツですねこれは。
 ではでは。
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/25(金) 16:43:56.55 ID:dSgVAFeho
乙。
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) :2011/03/26(土) 00:47:28.21 ID:GkJ/ntwN0

今までの話をロードするときも>>577みたいな形式にしてくれたらありがたい

……と思ったがそれじゃあ惠ルートロードできないな(´・ω・`)
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/26(土) 04:06:14.72 ID:pYYrKeLxo
GJ超乙。超、超大事。
他のルートも楽しみにしてます。
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/26(土) 21:09:19.84 ID:V1t+Twvvo

エロシーンが来てたとは
どうでもいいが名前が一緒だから生々しいというかシンクロするというか
次も期待してる
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/27(日) 17:20:57.12 ID:vmrhQH3Ro
 セーブ1
 惠ルート   チャプター36

 セーブ3
 央輝ルート チャプター17

 一応。
 どっちがいいですかね?
 ちなみに、安価にして2とかやられたら色々アレなので省きました。
583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/27(日) 17:24:36.06 ID:dFMtc57mo
セーブ3かな。
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟県) [sage]:2011/03/27(日) 18:37:05.84 ID:p2vdwKE9o
ここは3で
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) :2011/03/28(月) 15:04:55.46 ID:lgDYVwxX0
3で
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/28(月) 17:09:00.98 ID:eUUkYJfOo
 あいあいさー
 では今日か明日始めます
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/03/29(火) 19:32:10.30 ID:AhdNN6Ag0
久しぶりに来たけどまだやってたのか
お前らも暇だな智ちんぺろぺろ
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/29(火) 21:31:31.68 ID:6AnL7RUdo
 → セーブ3 央輝ルート
 >>6-32 >>39-49 >>58-84 >91-114 >>116-141 >>147-158
 要望にあったまとめです。惠、央輝のシーンを除いて共通ですが。

 本編は久々なので少々手探りしながら書きます。
 ですので時間のかかり具合には眼を瞑ってもらえるとありがたく存じます。
 ……では。

 はじまりー
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/29(火) 21:53:01.37 ID:6AnL7RUdo
 ざくっ、ざくっ。
 リズミカルでもなく、しかし一定の感覚で食材を切る。
 最近の朝は少しだけ早い。それはいいことだ。
 早起きは三文の徳、とも言うし家を出るまでにちゃんと眼が覚めて、頭が覚醒していれば大体のことには対処できるだろう。
 ……まぁ、その理由が僕にとっては最悪なモノでしかなかったのだけれど。

 それでも、後ろ向きよりは前向きに。
 悪いことの中での少しの幸せを。
 いいことはあった。早く起きることで朝食の下ごしらえをすることでワンランク上の食事にすることができる。
 それでも、いつもなら例の食パンのみで済ませたりしたのだろうけれど。
 ここ最近は、いつもと少しだけ違うから。

央輝「飯はまだか?」

智「もうちょっとでできるから、少しだけまっててー」

 ここからは見えないけれど、テーブルの前で少しだけそわそわしている央輝を思い浮かべる。
 フォークとナイフを持たせたら、かちかちテーブルとぶつけていそうだ。

 夜より朝は簡潔に。
 ホウレンソウとハムを細かく切って炒めたモノに少しだけ調理酒を入れて蓋で閉じ、蒸す。
 丁度トースターからパンが飛び出す。
 皿にのせ、そして白身とベーコンが一体化した目玉焼きを上に重ねる。中は食べやすいように固め。
 すぐさまトースターの中には二枚目のパンが放りこまれ、同時にベーコンを焼き、その上に卵を落とす。
 スープカップにはインスタントだけれどコーンスープを。本当ならこれも皿がいいけれど、朝は飲みやすいカップの方が良い。
 そろそろだ、と思ってホウレンソウとハムの蒸し炒めを皿に移し終わると再びトースターが鳴る。
 そしてできたてのベーコン玉子焼きを上にのせて、二人分の朝食は完成だ。

智「できたよー」

央輝「お、おう」

 直ぐに央輝の前に皿を並べて、僕も真正面に座る。
 しかし央輝は僕の方を見ず、料理をじっと見詰めていた。

央輝「よ、よし。食うぞ?」

智「召し上がれ♪」

央輝「よし」

 黙々と食べ始める央輝。
 そして、それを見る僕。

 ――最近は、これが日課だった。
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/29(火) 22:05:07.15 ID:6AnL7RUdo
 央輝がこの家に住み始めたのは、僕らが少女Aに集められた丁度その日からだ。
 ……僕の秘密を、呪いを知ってしまったから。


智「…………」

央輝「…………」

 あの日。央輝と共に家に上がった後。
 僕は呪いによる死の訪れを戦々恐々と待った。
 その間、央輝は不思議といってもいいぐらいに口を挟まなかった。

 しかし。
 三十分待った。
 呪いは訪れなかった。
 拍子抜けするほどに、何も。
 片鱗すらない。

 ひとまず、僕は生きていた。
 呪い、どうなったのかな。死なないのかな。
 現状況で判断するのは早いけれど。

 そもそも、僕らは呪いに関して知っていることがあまりにも少なかった。
 今まで怖がったり戦いたりはしていたけれど、突き詰めて考えることは避けていたから。
 呪いは踏んで、いつくるのか。踏んだら即死んでしまうのか。
 其れすらも知らなかった。

 そして、踏んでみると――――

智「思ったより、平気かも」

 呪いは後から襲ってくるものなのか。
 それとも、何らかの事情で回避できるものなのか。
 結局、全部わからないままだけれど。とりあえず、僕は今はまだ生きている。
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/29(火) 22:18:16.78 ID:6AnL7RUdo
 ごめん、>>590はなしで。
 よく見返したらもう『平気かも』って書いてた。

 差し替え↓

 ――――――――――――――――――

 央輝がこの家に住み始めたのは、僕らが少女Aに集められた丁度その日からだ。
 ……僕の秘密を、呪いを知ってしまったから。


 とりあえず、コーヒーを出した。
 横にスティックシュガーを並べる。入れたければ、という意味だ。
 央輝は入れずに一口啜る。うん、なんとなくイメージ通り。

智「……それで、央輝は。なんで僕を脱がそうとしたの?目的は果たせたの?」

央輝「ああ。目的は、果たせた」

 央輝は僕が男だと知っていたコトに対して驚いていた。
 だから男だと確認することが目的だったわけじゃないはずだ。
 故に僕の本当の性別と関連性を持つ事情が浮かんでくる。
 ――〈呪い〉。

 何故央輝がそのことを知っているのか――考えればしっくり来るものもある。
 パルクールレース終盤――僕の痣を見て、驚いたような声を出したこと。
 痣の形とその意味を知っているのは同類か、その同類に教えられた人物だけだ。
 そして央輝は前者。
 あのレース中と、そしてついさっきと……あの眼に睨まれたら、尋常じゃないぐらいに恐怖がせり上がってきたのだから。
 きっとそれが央輝の〈才能〉なのだろう。確信は持てないけれど。

智「一応聞くけど……央輝も、呪い持ち……なんだよね?」

央輝「そうだ」

 きっぱりとした口調で言い放った。
 やっぱり、と腑におちる。
 でなければ先程の理由も意味のないものになってしまうから。
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/29(火) 22:28:17.81 ID:6AnL7RUdo
央輝「それを聞く、ということはやっぱり……アレが、お前の呪いなんだな」

智「うん、そう」

 カップの中の黒いコーヒーを見る。
 反射して、央輝の顔が映っていた。

央輝「……何故だ?」

智「何が?」

央輝「どうしてそう落ち着いていられる?お前は呪いを踏んだんだろう、死ぬかも知れないんだぞ。それとも、回避できる手段でも掴んでいるのか?」

智「いや、そんなのないけど……死ぬのは勿論怖いし」

 呪いを踏むことは死ぬことだ。死は恐怖だ。
 即ち、呪いは恐怖だ。
 そう考えて、信じてきたとは思えないくらいに怖くなかった。

智「でも……なんとなく、踏んでない気がする」

央輝「お前の呪いがソレじゃなかったとでも言うつもりか?」

智「いや、僕の呪いは勿論コレなんだけど……だって死んでないし」

 僕の言葉を聞いて、央輝が浮かべたのははにかんだ笑みだった。

央輝「ふん……呪いは別に直ぐに来るわけじゃない。運が良ければ一日二日は空く」

智「え、そうなの?というか央輝は呪いがどういう風に来るか知ってるの?」
593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/29(火) 22:41:25.90 ID:6AnL7RUdo
 央輝の方を見ると、央輝は眉間に少しばかり皺を寄せていた。
 それは嫌悪、それは恐怖。
 夜の街で畏怖される央輝が恐れるほどの恐怖――――

 央輝はライターを弄び、火をつける。
 自然と、僕の視線もそれに吸い寄せられた。
 重苦しい沈黙の後、央輝はようやく、言葉を紡ぐ。

央輝「影が来る」

智「……影?」

 そうだ、と央輝。

央輝「影だ。黒い影が死を摘みに来る。呪いを踏むことが不可解な死を生むわけじゃない。私たちを殺すのは影だ」

 影。黒い影。
 眼に見える姿で。
 呪いは――ノロイとなって、僕らに襲いかかってくるらしい。

央輝「恐ろしい」

 あの尹・央輝にそこまで言わせる。
 ノロイ――本当に恐ろしいものなのだと実感した。

智「……まぁ、それの対策はおいおいに」

央輝「そんな余裕があるのか?」

智「央輝もさっきいったでしょ?運が良ければ一日二日は空くって」

智「それに……なんとなく大丈夫な気がする。さっき踏んでない気がしたのもきっとそのせいだとおもう。央輝もわかるでしょう?」

央輝「……フン」

 僕らは呪いに敏感だ。
 死の匂い、とでもいうのだろうか。そういうのが近づくと、五感以外の何かが危機を告げる。
 今はその匂いがしない。だから、大丈夫。変な根拠だと自分でも思うけれど。
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/29(火) 23:00:31.51 ID:6AnL7RUdo
智「それじゃあ、お腹も空いたしご飯か何かつくろうと思うんだけど、央輝も食べる?」

央輝「今のさっきで……のんきな奴だ。まぁいい、食わせろ」

智「うん。じゃあ割と期待して待ってて」

 央輝は茜子よりはマシだけど、細身だ。マトモな食事をしてなさそう。
 だから僕が栄養たっぷりの食事を取らせて、太ったところを……なんて考えているわけではなく。
 マトモな食事をとってなさそうだからこそ、僕が作るものは良いものを。
 そして友好関係の第一歩をば。
 今後は嫌でもあの竜と、そして呪いの件で付き合うことになりそうだから、それは重要なことだ。

央輝「全く……前の時も、今の時も。お前は本当に見た目に反しておかしな奴だ」

智「あ、そうだ。央輝、嫌いな物とかある?」

央輝「人の話を聞いているのか……ない」

 それは好都合。
 ご飯を炊く時間はないから、手早くパンで済ませてしまうとしよう。
 と、考えていると。

央輝「おい」

智「なに?」

 振り返ると、神妙な顔で央輝がこちらの顔を覗き込んでいた。
 思わず、僕も向き直る。

央輝「……済まなかった。お前の呪いがどんなものか知らなかったとは言え、踏ませてしまったのは私の落ち度だ」

央輝「だから出来る限りオマエが呪いを避けるのに協力する。……方法があるかどうかはわからないが」

智「え、うん。ありがとう」
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/29(火) 23:08:13.33 ID:6AnL7RUdo
 央輝が謝るだなんて、すごい意外だった。
 けれど、よくよく考えてみるとそうでもなかったかもしれない。
 そういう人たちは仁義というか筋を通すとよく聞くし。

智「それじゃあ、新しい同盟結成を祝して、料理を早く用意しないとね」

央輝「だからオマエは……同盟だと?」

智「うん、同盟。少女同盟とか、聞いたことない?ないなら……そう、約束よりも強い約束、だと思ってくれれば」

 利害の一致、目的の方向が一緒だから手を組む――だなんて悲しすぎるもの。
 だから、約束より強い、強固な約束ということで。

央輝「……フン、いいだろう。だがオマエにこれ以上の借りを作るつもりはないからな」

智「うん、わかった。とりあえずご飯を作るね」


 ……と、そんなこんなで。
 その日より央輝は僕を呪いから逃がすことから協力するという宣言どおり、僕の部屋で寝泊りすることになって。
 同時に央輝に大しての『餌付け』が始まったのだった。
596 :大して→対して [saga]:2011/03/29(火) 23:23:16.84 ID:6AnL7RUdo
央輝「ふぅ……今日もうまかった」

智「お粗末様でした」

 おいしいおいしいと綺麗に平らげてくれると、やはり嬉しいものはある。
 るいもるいでいいけど、ただちくわにマヨネーズを詰めたものでもうまいぞーって叫びそうだからね……

智「そういえば、央輝」

央輝「なんだ?」

智「そろそろ、皆のところに行ってみない?あの――コミュの集まりの時、皆にも話しちゃったから」

 近いうちに連れて行く、と。
 あれからもう数日だ。そろそろ痺れを切らす頃だと思う。
 だけど央輝の反応は素っ気無いもので。

央輝「今日は用事がある」

智「本当に?場所の関係なら、日陰の場所に皆を呼ぶけど……」

央輝「本当に、用事だ。最近良くない噂を聞きつけて私の事を嗅ぎまわってる奴がいるそうだからな」

 良くない噂、というと。
 やはりそれは、〈呪い〉のこととなるわけで。
 そうなると僕には止める理由はない。
597 :大して→対して [saga]:2011/03/29(火) 23:23:57.62 ID:6AnL7RUdo
央輝「ふぅ……今日もうまかった」

智「お粗末様でした」

 おいしいおいしいと綺麗に平らげてくれると、やはり嬉しいものはある。
 るいもるいでいいけど、ただちくわにマヨネーズを詰めたものでもうまいぞーって叫びそうだからね……

智「そういえば、央輝」

央輝「なんだ?」

智「そろそろ、皆のところに行ってみない?あの――コミュの集まりの時、皆にも話しちゃったから」

 近いうちに連れて行く、と。
 あれからもう数日だ。そろそろ痺れを切らす頃だと思う。
 だけど央輝の反応は素っ気無いもので。

央輝「今日は用事がある」

智「本当に?場所の関係なら、日陰の場所に皆を呼ぶけど……」

央輝「本当に、用事だ。最近良くない噂を聞きつけて私の事を嗅ぎまわってる奴がいるそうだからな」

 良くない噂、というと。
 やはりそれは、〈呪い〉のこととなるわけで。
 そうなると僕には止める理由はない。
598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/29(火) 23:28:03.93 ID:6AnL7RUdo
智「わかった、気をつけてね。今日の夕食は魚にする予定だから」

央輝「ああ、オマエも身辺に気をつけておけよ。ノロイにしても、嗅ぎまわる奴にしても」

 ノロイの方はアレから殆ど一週間だ。心配はないと思う。
 理由はわからないけれど。

 家の前で分かれることにして、仲良く玄関まで一緒に行く。

智「それじゃあ、また夜に――」

央輝「時間があれば」

 僕の言葉を遮って、央輝は続ける。

央輝「時間があれば、行ってやる。前に聞いた場所でいいんだな?」

智「……うん。待ってる」

央輝「時間があれば、だ。過度な期待はするんじゃない」

 照れ隠しか、央輝は帽子を深くかぶって。
 そして僕らは家の前で別れた。


 僕らはなんとか、うまくやっていけている。
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/29(火) 23:31:49.45 ID:6AnL7RUdo
    第三幕
    Chapter

  17 央輝といっしょ
  18 ??? ←次ここ


 二度書き込みが……>>597も見なかったことに……
 くそ、ミスが多い。まとめるときはちゃんとまとめないといけないな。
 次回は近日。18、19分は纏めて書きたい。
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/29(火) 23:42:37.41 ID:VdfWIZIAo
乙。
601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/29(火) 23:43:47.42 ID:H90jzpdIo
乙! 
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/02(土) 00:20:29.22 ID:W9D5rRBQo
 書こうとして全然筆が進まなくてメモ帳に下書き書いてたら
 『そういえば今日エイプリルフールだったな』とか『嘘といえば茜子さんだろ』とか『茜子アフターのとある四月一日とかいいな』とか
 いろいろ考えてた結果がこれだよ!本編四レス分しかかけなかったよ!
 今書いてる場所は原作のリテイクシーンのはずなのに……どうしてこんなに時間がかかるのか……

 明日更新します。絶対。必ず。
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/04/02(土) 00:24:41.81 ID:KKldHv4Uo
エイプリルフールだろうと、伊代さんはやってくれるはず
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:25:38.87 ID:W9D5rRBQo
 僕らの溜まり場は地上より二、三分の場所にある。
 日の入りは良好。駅からも数分という好物件だ。
 屋根がないのが玉に瑕。雨が振った時や、強い日差しを防げない。
 まぁでもその時はもう一つの溜まり場があるから問題なし。
 そんな溜まり場に休日なのに皆が集う。別に示し合わせているわけでもないのに、素晴らしい出席率。
 先生は感動しました、なんてね。

 話は少し変わるけれど、先生といえばあやめ先生。あの人の授業は脱線も多い代わりに、比較的印象に残りやすい授業をしてくれる。
 そして、担任しているだけの薄情な人とは違って進路にも親身に相談に乗ってくれる、男女共に人気のある素晴らしい人だ。
 そんな人に僕は進学は考えておく、とだけ言って複雑な顔をさせている。先生は僕が進学するつもりがないのがわかっているようだ。
 でも仕方がないと思う。だって僕らはみんな呪われているのだから。
 明日をも知れない、将来すら思い描けない運命を背負っているのだから。
 そんなわけで、今日の話題は未来についてだ。
 様々な呪いを背負っている僕らだけれど、それに触れない限りは命は繋がる。
 生きている限り、未来は訪れる。
 だから、それについての話。

智「皆って、将来の事とか考えたことある?」

 いの一番に答えるのはるい。
 勿論それは分かりきってる答えで。

るい「明日のことなんてわかんない」

智「いや、そういうのじゃなくてさ。なんかこう、漠然とした夢っていうか」

 そういったものならるいも話すことはできるだろう。
 話すだけなら、別に約束ということにはならないのだから。

花鶏「私は花城家の再興ね。父も母もやるだけ無駄だ、みたいな様子だけれど私だけは絶対に諦めないわ」

伊代「貴方……まだそんなこといってるの?」

花鶏「当然でしょ。誰が諦めるものですか」
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:26:28.90 ID:W9D5rRBQo
 花鶏の夢についてこれ以上つつくと、爆発してしまいそうなので焦点を他に移す。

智「こよりんちゃんは?何か考えてることとか」

こより「鳴滝ですか?鳴滝は……数年後にはバリバリ働くキャリアウーマンになってるハズッスよ!」

茜子「このチビチビがそんな風になるところなんて想像できませんね」

こより「酷っ!?」

 茜子の辛口がこよりを貫く。
 しかし、うん。その通りだ。こよりがバリバリ働くところなんて想像もできない。

こより「い、いやでもですよ!鳴滝にはそういう遺伝子が混ざっているハズなのです!」

智「と、いうと?」

こより「鳴滝のお姉ちゃんはバリバリ働くスタイルも良い正しくキャリアウーマンなのですよ!だからその血を持つ鳴滝にも可能性は!」

伊代「あら、貴方お姉さんなんていたの?」

 初耳に、皆が眼を丸くする。
 こよりは自分のことのように胸を張った。

こより「はいっ、勉強も出来て優秀な自慢のお姉ちゃんなのです!」

 こよりがそこまで言うのだ、よほど良い姉なのだろう。
 つまり、こよりはその姉の影を追いかけているということだろうか。
 スタイルの良い、仕事のできるこより。
 ……やっぱり、その領域にたどり着いたこよりが想像できない。
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:26:55.45 ID:W9D5rRBQo
花鶏「でも私は、こよりちゃんには今のままでいてほしいわね。特にその小さな胸とかその小さな胸とかその小さな胸とかッ!」

こより「ひぇえ〜っ!る、るいセンパ〜イっ!」

 野獣からツーテールのウサギちゃんは両手で胸を押さえて、るいの影に隠れる。
 視界の隅でるいと花鶏の闘争が始まったけれど、それはさて置いて。

智「伊代と茜子は?」

茜子「私はガギノドンに連れられて猫の国に行くのです。そして茜子さんはにゃー共に囲まれて幸せに暮らしましたとさ、おしまい」

伊代「おしまいじゃないわよ!私はとりあえず進学しようかなって考えてるけど、その先はまだ何も考えてないわね」

 るいは話聞いてないけど、多分進学もしなくて、刹那的に生きて行くだろうし。
 結局、皆なにも考えていないということで。
 夢のない現代の若者たちだった。

智「なんだかなぁ」

茜子「ここで茜子さんの豆知識コーナー。言葉の語尾に『だなぁ』と『み○を』をつけると、なんでもみ○をになります」

伊代「そりゃあ『み○を』って言ってるんだからそうなるでしょうに……それより貴方は?貴方も何もいってないわよね?」

 伊代が逆に問いかけてくる。
 その言語に反応して、何故か皆が僕の方を見た。
 そんな注目されるほど大層な夢を持っているわけじゃない。
 つい先日までは、進学しないとは言っても碌に何をするかなんて考えてもいなかったのだから。
 けれど、今は――皆と会ってからは、違う。

 皆といることが楽しい。
 皆といると嬉しくなる。
 けれど、僕らはみんな呪われていて、世界からは受け入れられない。
 だから、僕は皆と一緒に未来を歩いていこうと思うんだ。
 守り守られて。そうして生きていけたら、どれだけ幸せなことだろう。
 ただ、平和で、皆と一緒にいる――それが、僕の夢。
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:27:21.40 ID:W9D5rRBQo
 僕がそれをまとめて皆に言おうとした瞬間。
 屋上のドアが開いた音が響く。
 皆の視線が、僕からそちらの方向へと向いた。
 もしかしたら央輝かな、なんて淡い希望を持ったけれど、全く違った。
 全く知らない、見たこともない無精ひげをはやした中年の胡散臭い男。

「やぁこんにちは、俺の名前は三宅」

 男はそう名乗った。

三宅「しがない記者をやってる者なんだけどね。少し聞きたいことがあって。時間いいかな?」

 しがない記者というよりも、三流のフリーライターといった面持ちがある。
 頭をがしがしと掻きむしりながら、原稿に四苦八苦してパソコンを打ち込んでいそうだ。

智「記者……」

花鶏「胡散臭い」

 男嫌いの花鶏が身も蓋もないことをいう。
 しかし、もっともだ。僕も一番先にそう思ったし、今もそう思う。
 記者が一体何のようだ。普通はこんなトコロまで来るはずがない。

三宅「嫌だな、そんなに警戒しないでよ」

 記者は気さくに話しかけてくる。
 そして一歩、こちらへ動く。

三宅「実は最近の不況についての記事を書いているところでね」

 また一歩。

三宅「このビルみたいにテナントがスカスカな建物はネタとして相応しいだろう?」

 更に一歩。
 徐々に僕らとの差を詰めてくる。
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:27:51.89 ID:W9D5rRBQo
 皆もそれぞれに警戒してる。
 花鶏はもとより、るいはいつでも飛びかかれるようにしてあって、こよりはそのるいの後ろ。
 伊代と茜子はすこし距離をとっている。

 イザとなれば、というモノはある。
 るいや花鶏がいるし、僕だって油断してるところに一撃ぐらいは入れられる。
 最終手段としては、朱の竜だっていることだし。
 それでも、ゆっくりと測るように距離を詰めてこられるのは不快だ。

智「……パス」

茜子「……シュート」

 茜子に聞くと、僅かに首を振る。
 黒寄りの灰、といったところか。白とは絶対的にいえないらしい。
 この結果なら、初対面の相手だとしても信頼するに値するだろう。
 ……どうするか。適当に言いくるめれば諦めてくれるかな。
 今にも跳びかかりそうなるいと花鶏を視線で押しとどめ、代わりに僕が一歩前に出る。

智「……それで、どうして僕らに?」

三宅「おっ、聞いてくれる気になったかな?さっきの続きだけど、そのネタに相応しいビルに入って登ってきたら――」

 記者が僕に説明を再開しようとしたその時。
 バン、と先ほど記者が入ってきた時よりも強く、扉を壊すような勢いで一つの影が飛び込んでくる。
 黒いコートを翻し。
 同じく黒い帽子を深くかぶって。
 それは僕には最近関わり深くなった、よく見知った顔。

央輝「……やっぱりここだったかハイエナ野郎が」

 尹央輝。
 一時的な、僕の小さな同居人。
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:28:18.53 ID:W9D5rRBQo
花鶏「智も連れてくるとはいってたけど。穏健じゃないわね」

 花鶏は敏感に央輝の一言目から感情を察知したようだ。
 央輝は短い付き合いの僕でもわかるとおり、苛立っている。

三宅「げ、おま……あ、いや……」

 一瞬、記者が狼狽える。
 慌てて取り繕うが仮面は一秒に満たないとしても十分すぎるほどに剥がれた。
 加え、央輝の台詞。僕らに大してではなかっただろうから、きっとこの記者に向けられた――『ハイエナ野郎』。
 湧き出ている怒りも加味すると、いい意味ではないだろう。

智「央輝、ハイエナ野郎って……」

央輝「オマエは少し黙ってろ。先にケリを付けさせてからだ」

 僕の方をじろりと一睨み。
 言われたとおり黙ることにする。
 今の央輝に口を挟めるほど僕に度量はない。君子危うきに近寄らず、だ。
 皆にも視線を合わせて、その旨を告げておく。
 央輝は物怖じもせずにつかつかと記者に向かって歩み寄り、そして嗤う。

央輝「随分と嗅ぎまわってくれたようだな。それであたしに気づかれたら今度はこっちか。つくづくとクズだなオマエ」

三宅「あ、いや俺はただの記者――」

央輝「黙れ」

 トン、と地面を叩く音がしたと思ったら。
 央輝は記者の頬を横殴りに蹴り飛ばしていた。
 すごい跳力だ。自分の身長より十センチ以上も上にあるモノを蹴り飛ばすなんて……

 ってそうじゃない!
 蹴り飛ばしたよこの人!?
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:28:51.13 ID:W9D5rRBQo
 僕も唖然とする。皆も唖然とする。
 きっと蹴られた当人も相当に。

 蹴られ、よろめいたところに膝蹴りが今度は腹に食い込む。
 ぶっ、と息が詰まったのか、記者は無様に腹を押さえて膝を突いた。

三宅「な……何を」

央輝「うるさい」

 膝を突いたまま央輝を見上げたところに、更に下から蹴り上げる一撃。
 止める暇すらない。
 記者はもう起き上がらず、顔を押さえて地面を転がった。
 そこで僕らは、ようやく解凍されたように動き出す。

伊代「ちょ、ちょっと待ってよ。この人が貴女に何をしたのかは知らないけれど、貴女そんな暴力に訴えたって仕方が無いでしょう?」

 反射的に動いてしまったのは伊代だ。
 社会のルールを守ろうとする我らが委員長は得意の空気読まない行動を行う。

こより「い、伊代センパイ……」

伊代「いいから、ここは私に任せて!これから仲間になるんなら、先ずは協調性を高めないといけないんだから!」

 それはごもっともだけど。
 そもそもこの面子自体に協調性がないような……
 そんな事実にも気付かず、伊代は央輝に向かって続ける。

伊代「いい?何が相手に問題があっても直ぐ暴力に訴えちゃダメよ。自分たちだけで解決しなさそうなら、先ずは第三者を呼んで……」

 伊代得意の長い説教に央輝は眼を細める。
 やばい、すこし切れかかってる。

伊代「それでお互いに話しあって謝罪すべきところがあるなら互いに対応すればいいし、もしも大きくなりそうなら警察にも……」

央輝「黙れ、うるさい奴だな!」

 やはりというか、なんというか。央輝は切れた。
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:29:17.64 ID:W9D5rRBQo

伊代「だ、だってこんなこと目の前でやられたら、」

智「まぁまぁまぁまぁまぁ」

 央輝に怒鳴られても空気を読まない伊代と、今にも跳びかかりそうな央輝に割り込む。
 僕相手なら央輝も多少慣れと、あと借りがあるから大きなコトにしようとは思わないだろう。

智「央輝もこれから説明してくれるだろうから、それから説いても遅くないでしょ?ね?」

伊代「た、確かにそうだけど……でも今目の前で起こった問題に対しては、」

こより「まぁまぁ、伊代センパイはこっち、こっちですよぅ」

伊代「え、ちょっ、ちょっと」

 くいくいと伊代を引っ張って、こよりは皆のところに下がらせる。
 グッジョブ、こよりん。
 そして改めて、央輝に向き直る。

智「それで、どうして?様子からして用事が終わったわけじゃないみたいだけど」

央輝「……ソイツがあたしの用事だ」

 ライターを手の中で鳴らしながら、顎で指すのはやはり顔を押さえて悶絶している記者。
 なるほど。記者は記者でも、秘密を暴こうとするパパラッチのような記者だった、ということか。
 だとすれば、僕らのことも央輝と同じ――〈呪い〉の関係で探ろうとしてきたのだろうか。
 どうやって判明したのかは全くわからないけど、その線が濃厚そうだ。

智「なるほど……ということは、ありがとう?」

央輝「フン……オマエを助けようとしてやったわけじゃない。ついでだついで」

 素直じゃない。『コレは貸一つだ』ぐらい言えばいいのに。
 同じ呪いを背負った仲間だからだろうか?それとも餌付けのお陰かな?
 どちらにしても、初めて会った頃よりは柔らかくなっている。
612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:29:44.52 ID:W9D5rRBQo
るい「智……結局、どういうことなの?るいねーさん難しいことわかんない」

花鶏「脳筋は黙ってなさい。それで、智は知ってるみたいだけどその用事について詳しく聞かせてもらえるかしら」

 話に割り込んできたるいと花鶏を一瞥し、央輝は記者へと視線を向ける。
 そうだ、まだ終わってない。
 きっと釘を刺さなければこの記者は僕らを嗅ぎ回ることを止めないだろう。

央輝「オマエと話して興が削がれた。おい、インチキ記者!」

 その言語に、記者がビクリと反応する。
 央輝は近づいて、その胸ぐらをつかんだ。

三宅「う……」

央輝「二度とあたしと、コイツらの周りを嗅ぎ回るな。次見かけたらこんなモノじゃ済まないぞ」

 そういって、央輝は手に持ったライターを記者の前に翳す。
 丁度、自分の眼の直線状に入るように。
 ―― 一緒に暮らすようになってから聞いた央輝の才能は、『感情の増幅』。目線を合わせた者のその時の感情を何倍にも跳ね上げる〈才能〉。
 そして火は動物の本能的に恐怖を誘う物だ。
 その恐怖を抱いた瞬間、感情を増幅させれば、さながら蛇に睨まれた蛙にすることが出来るだろう。
 その予測のとおり、記者の顔色が悪くなり、見てわかるほどに冷や汗が垂れ落ちる。

三宅「ひっ……」

央輝「早く行け……でないと、二度とペンを持てない身体にしてやる」

 央輝が凄む。
 同時に、掴んでたむなぐらを離した。
 記者はへたりこみ、尻餅を付いた。
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:30:14.53 ID:W9D5rRBQo
三宅「ひ、ひっ……」

央輝「チッ……さっさと行け!」

三宅「はっ、はひっ!!」

 記者は命からがら、猛獣から逃げるように目を血走らせて屋上から走り去る。
 ドアを閉めることすら忘れるところをみると、よほど怖かったのだろう。

こより「うひゃぁ……半端ないッス……」

 こよりが皆の心を代弁する。
 しかし、これで一先ずの問題は終わった。
 とりあえず、記者……三宅、だっけ?さようなら、もう会うこともないだろうけれど。

智「……さて、と。じゃあ改めて自己紹介と、それからさっきの説明をしようか」

央輝「フン……あたしは別に、そんなことしなくてもいいんだけどな」

智「まぁまぁ」

 央輝は本当に一匹狼だ。
 そんな狼に餌付けしただけだけど懐かれてることは……誇っていいのかな?

花鶏「……さっさと始めましょう。暗くもなってきたし、聞きたいこともあるから」

 花鶏がじろり、と央輝を睨む。
 央輝も同じく、花鶏に視線を返した。
614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/02(土) 19:30:45.61 ID:W9D5rRBQo
央輝「……なんだ。文句でもあるのか?」

花鶏「ええあるわ。大ありよ」

 二人の間で火花が散ったような、気がした。

伊代「ちょ、ちょっと!貴方達、喧嘩はダメよ!これから仲良くするためにはぶつかることも必要だけれど、だからっていきなり――」

央輝「オマエは黙ってろ!」

こより「伊代センパイ……こんなこともありますです」

 怒鳴られ、萎縮する伊代をこよりが慰める。
 僕の方は花鶏に説得を試みることにする。
 理由はこっちの方なのだから、こちらを押さえれば収まるはずだ。

智「ねぇ花鶏、どうしたの急に?さっきのことなら、後で――」

花鶏「その事じゃないわ。こいつは許されないことをしてるのよ」

茜子「して、その許されざることとは、何ぞや?」

 茜子の問いに、びしっ、と花鶏は央輝を指さして、叫ぶ。

花鶏「アンタ、智と一緒に暮らしているらしいじゃない!不公平よ!私ですらまだ智に手を出してないのに!」

智「そんなこと!?」

 僕が突っ込むと、今度は矛先がこちらに向く。

花鶏「そんなことじゃないわ!重要なことよ、智の処女は私が貰うって約束したんだから!」

るい「ちょっ、ちょっと何言ってんのさ!」

 今まで静観していたるいが割り込んできた。
 ナイスるい!そのまま花鶏を止めてくれれば――!

るい「智はアタシんだ!花鶏にも、いえんふぇーにも、絶対やんねー!!」

 るいも!?
 ああ、花鶏も、掴みかかるのはやめて!収集つかなくなるから!

 てんやわんやで先程の空気はどこへやら、遠くに飛んでいってしまった。
 これはこれで……よかったのかな?
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/02(土) 19:35:36.63 ID:W9D5rRBQo
    第三幕
    Chapter

  17 央輝といっしょ
  18 問題の処理
  19 ??? ←つぎここ

 もしかしたら惠ルートより選択肢少なくなるかも……
616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/02(土) 19:51:11.46 ID:F1ClDrDro
乙。
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/03(日) 12:36:15.92 ID:orSIEDlbo
ゆんゆんゆんゆん!
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/04/04(月) 13:37:11.22 ID:90HdqHLCo
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/06(水) 23:53:19.61 ID:2/8gIdzOo
 学校が始まって疲れがやばい

 明日書く
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/07(木) 23:44:43.67 ID:4ZJND4doo
 書こうとした瞬間に地震とかまじビビる

 ではぼちぼちと
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/08(金) 00:11:22.69 ID:x02WkD/Go
智「ふんふんふーん♪」

 央輝がリビングでぼーっとしている中、僕は鼻歌まじりに料理をする。
 今日はハンバーグの予定だ。

央輝「…………」

 央輝は相変わらず黙ったまま、ぼーっと空を眺めているのだろう。
 たまに話をふってくるけれど、それだけだ。
 今日の帰り道には、あんなに愚痴を漏らしながらも話していたというのに――――


 ――昼間、るいと花鶏が一悶着起こした後。
 改めて、皆と自己紹介をする運びになったのだった。

央輝『尹央輝だ。一応同じ呪い持ちということで挨拶はするが、あまり慣れ合うつもりはない』

花鶏『……AAAってところかしら』

茜子『板胸二号ですね、わかります』

央輝『なっ……!AAはある!それに、胸ならコイツの方が小さいだろう!?』

 と、僕が央輝に指をさされたりはしたけれど、それは置いておいて。
 裏町の狂犬も僕らの手にかかれば弄られ役も同然だった。

 その後は伊代がまた長々といった言葉を、半切れで押しとどめたり。
 また花鶏や茜子に弄られて恫喝したり。
 それでも怖じけない二人に『なんなんだこいつらは!』と僕に八つ当たりしてみたり。
 ……と色々あったけれど、僕だけでなく皆ともうまくやっていけそうだった。
622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/08(金) 00:30:05.69 ID:x02WkD/Go
 あと、さっき言ったとおり帰り道にもよく口は回った。
 『アイツは次に胸を触ってきたら殺す』だの『眼鏡の話はくどすぎる』だの。
 それでも、あの記者にやったみたいに暴力に訴えたりしないということはそれなりに折り合いをつけたということなのだろう。

 そんな日の夕食だ。
 ちょっとぐらいグレードアップしてもいいかもしれない。
 それなら、ハンバーグから煮込みハンバーグにしてみるのもいいかも。

智「ソースは、と……あれ?」

 調味料を確認すると、綺麗にそこにあったハズのウスターソースが消え失せていた。
 いや、単純にいつの間にか使ってなくなってただけなんだけどね。
 ウスターソースは殆ど使わないから買い置きなんてない。
 頑張れば他のでできないこともないけれど、料理に拘る僕としてはちゃんとウスターソースからデミグラスを作りたい。
 それに、折角央輝が皆と仲間になった日記念なのだ。妥協してはいけないだろう。

智「……よし、買いに行こう」

 ガス台の火を止めて、エプロンを脱ぐ。
 身だしなみの確認。朝も確認したけれど、女の子として崩れていないかどうか。

智「うん、問題なし。央輝、少し書い忘れた物買ってくるから、留守番よろしくね!」

央輝「ん、ああわかった。だが一応周りには気をつけておけよ」

 ノロイのことなら、もう心配しなくても問題ないと思うんだけどなぁ……
 央輝は心配性なのかな?それとも同じ呪い持ちだからなのかな?
 或いは……別の理由でも、あるのかな。
623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/08(金) 00:40:49.12 ID:x02WkD/Go
智「ま、気にしても仕方が無いか」

 靴紐をきゅっ、と結んでとんとんとつま先を叩く。
 ドアノブを回し、いってきまーすと声をかけてアパートを出る。

智「月まんまるーい」

 夜空に浮かぶ月に手を伸ばしてみる。
 ぴょん、と一度ジャンプ。
 当然なことに届くわけもなく、地面に落ちる。
 もう二、三度、跳ねてみる。
 当たり前に月はたったの少しすら近くにならないで、遠くに佇んでいる。
 でもその当然がなんとなく嬉しかった。

智「さて、と。早くコンビニに行って買ってこなくちゃ――――」

 と、思い前を向いた瞬間。
 人がいない夜道に、影が過ぎった……気がした。
 一瞬、たったの一瞬だったけど。

 それは、見覚えのある――――


 >>624
 1 女の子の影だった気がする
 2 男の影だった気がする
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/08(金) 01:01:46.94 ID:17dMWMqRo
2
625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/09(土) 12:33:50.25 ID:WKJXZiaOo
 →男の影だった気がする


 一瞬ちらとみえた背格好は、紛れもなく男の物だった。
 僕よりは普通に高くて、ちょっと猫背だった感じのモノ。
 その姿はどこかで、見たことがあるような気がした。
 あまり男の人とは知り合っていないのだけれど……誰だっけ?
 ……うーん?

智「……まぁいいか。本当に気のせいかも知れないし、さっさと買いに行こう」

 知り合いだったとしても、こんな夜に話すのはなんとなくアレだしね。
 そう思いながら少しばかり駆け足で、僕はコンビニへと向かった。


 そしてその帰り道。
 人気の少ない路地を通りながら、僕は足音を後ろに聞いていた。

智(……ストーカーさん?)

 だとすれば色々と危ない。
 いや相手が武術の達人とかでない限り、対処は簡単だ。
 伸びてきた手を掴んで捻り、足元を掬い上げて転ばせた直後顔面でも腹部でもに向かって蹴飛ばす。
 そして後は走って逃げる。これでカンペキ。

 しかしながら、相手が僕のことを知って付いてきていたならそんな一度限りの攻撃は関係がなくなる。
 なぜなら一度見せてしまえば警戒されて、うまく仕掛けることができなくなってしまうから。
 逆に逆手に取られてしまう可能性もあるかも知れない。
626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/09(土) 12:49:03.18 ID:WKJXZiaOo
智(そもそも、いつからだっけこの足音)

 気がついたのは路地に入って、周りのノイズがなくなってからだ。
 もしかしたらコンビニからついてきていたのかもしれない。
 けれど、路地で待ち伏せしていた可能性も捨てきれない。
 さて、如何なものか。

智(わからないなら、いっそ確認してしまえばいいか)

 危険を冒すのは得策ではないけれど。
 知らない相手なら先程の迎撃法で対処できる、知ってる相手なら証拠でもかき集めて通報する。
 仮に、もし相手が行きずりの相手で何かしらの武術をかじっていたとしても。
 僕には、切り札があるから。

 街灯の上では蛾がひらめいていて、電気にやられたのか真下に墜落した虫もいくつか死んでいた。
 その下で僕は立ち止まる。
 後ろの足音も止まった。まるで僕が歩き始めるのを待っているかのように。
 振り返る。闇に紛れる人間の輪郭だけはみえた。それ以外の情報は一切わからない。
 口内に溜まった生唾を飲み込んだ。
 人間にとって最も恐ろしいモノ、というのは正体不明らしい。
 ノロイなんていう意味不明なものと深く関わっている僕でも、誰か知らない人間相手は恐ろしいと思うみたいだ。

智「……僕に、なにか御用ですか?」

 闇に向かって、柔らかに話しかける。
 怖気付いて逃げればそれでよし、逃げなければ迎撃する。
 そう思っていると、ゆらり、と影が滑った。
 街灯の明かりに近づくに連れて、徐々にその姿が顕になる。

 ――シワだらけのワイシャツを着ている男。
 ――無精髭を生やしている人畜無害そうな顔をした男。
 ――青年と言うには年を食っている、中年と言うには少し若く見える男。

 ――そして。
 ――今日の昼間、央輝にボコボコにされ、僕らにその正体をばらされた、男。
627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/09(土) 13:00:10.64 ID:WKJXZiaOo
智「貴方は……」

 記者――確か、三宅といったか。
 偽名かも知れないけれど、とりあえずは三宅と呼ぶことにしよう。
 その三宅は央輝が言うに、僕らの呪い――才能のことを嗅ぎまわっていたらしい。
 故に、央輝の周りに現れ、僕らに接触を図ってきた。
 どうやって僕らのことと央輝のことを知ったのかはわからない、というのも央輝からの情報だ。
 そしてその悪意を持った人間が人気のない場所で、僕の目の前に立っている。
 何かがあるに違いない。

智「……昼間の記者さん。もう一度聞きますけど、僕に何か御用ですか?」

 先ほどとは少しニュアンスを変えて、鋭くする。
 警戒をしているぞ、と言葉から表すように。そうして下手なことをいわせなくする。
 しかし三宅は、動こうとしない。
 それどころか――

三宅「――――ふ」

 この胡散臭い中年は、

三宅「ふははははっ、はははははっ!!」

 嗤っていた。
 何を考えているのか全く理解出来ない。いや、できないほうがいいのだろう。
 人を食い物にしようとする人間の考えなんて、理解出来ないほうがいい。

智「……何が」

三宅「黙れっ!」

 問いかけようとした瞬間、酷い形相で睨まれ、出鼻を挫かれる。
 別に恐ろしくはない。相手が憤れば憤るほど冷静になれるから。

 そして三宅はまた、酷い笑みを浮かべた。
 笑っているけれど笑っていない。笑顔になる理由とは反対の理由を秘めながら。
628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/09(土) 13:13:29.17 ID:WKJXZiaOo
三宅「お前らのせいでなぁ……俺は企業から今の仕事をクビになったんだよ」

三宅「それだけならいいさ!俺が酷く仕損じたからって、他の企業にも俺の事を流しやがった!」

三宅「お陰で評判はボロボロさ……これもどれも、全部お前らのせいだ!」

 威勢だけはいい。だけど、内容は支離滅裂だ。
 酷く仕損じたのは自分の責任。評判がボロボロなのも自分の評判。
 だというのに、言っていることは責任の押し付け。
 俺は悪くない、悪いのはアイツだ、という小学生レベルの発言。
 こんなバカみたいな奴の話は――聞く価値もないだろう。

智「それだけなら、僕帰ります」

 背を向ける。
 逆上して駆けてきても、足音の大きさで距離はわかる。
 そこをカウンターでぶつけてしまえばいい。

 けれど。
 三宅は別に僕に向かって走ってはこなかった。
 代わりに、怒鳴りにも近い声が投げかけられる。

三宅「――――侵略しろ、ソリッド!」

 夜、真暗闇の、街灯と月明かりしか知らない世界を。
 無機質に近い、青白い渦が辺りを包み込んだ。
629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/09(土) 13:30:23.59 ID:WKJXZiaOo
智「なっ……!?」

 物体――
 そうとしか形容の出来ない形のそれが、そこにはあった。

 まるで円錐を逆にしたような独創的なフォルム。
 幾多の歯車、と幾何学物体で出来ている。
 足すら持たず、顔のような部分には女神のように彫刻が彫られていた。
 骨だけのような細い腕の先はまるで鉤爪のようになっていて、尾にも同じものがあり合計三つ、垂れている。

 先程の青白い渦といい、この不可思議な物体といい。
 確信せざるを得なかった。
 アバター。そしてそれの召喚を命じた三宅は、接続者だということを。

三宅「ひゃははっ!どうだ、驚いたか!?これからこいつでアイツらが執心のお前、お前の仲間を殺す!それで全部終わりだ!ははははははっ!」

 無駄に大きい笑い声だけが響く。
 仮にも住宅街だ、それでも出てこない、ということはこの近辺に住んでいる人はあまりいないのだろう。或いは外に出ているかもしれない。
 どちらにしても、助けは見込めない。

 ……逃げてもいい。ここは住宅街だ、逃げ場なんていくらでもある。
 けれど、コイツは今僕を、僕の仲間を――つまり、皆も殺すと言った。
 おそらくは、本当に実行する。自分の仕事が失敗した理由を他の人にむけるような人物だ、まともな神経をしていない。
 だからここで逃げてしまったら僕を後回しにして皆を攻撃するかもしれない。
 それなら――戦うしか、立ち向かうしかないじゃないか。

 僕は前を向く。
 目の前には不可思議な、この世のものとは認められない無機質な生物がいる。
 僕一人の力なら、こいつと戦うことは不可能だ。人の力をコレはとっくに超越している。


 ――――それでも。
630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/09(土) 13:35:45.07 ID:WKJXZiaOo
 ――それでも、と。


 諦めることを拒絶するというのなら――――


 同じ物体で、
 同じ法則で、
 同じ世界で。

 即ちアバターで。

 この世の理でないものを使うというのなら、同じ暴力で打ち破る。
 イメージする。
 込められるのは弾丸。僕という一つの意志。
 それに『在れ』という願いを込めて。

 そして、僕は叫ぶ。

智「――――――――来い!!」
631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/09(土) 13:53:19.91 ID:WKJXZiaOo
 青白い渦が再び現れる。
 つい先程まで余裕に満ち溢れていた三宅の顔が、瞬く間に驚愕へと移行した。

 現れるのは、朱。目の前の水色の無機物に相対するような朱い鋼。
 竜を形取る僕らの魂の象徴。
 今繋がっているのは僕と――近くの僕の家にいる央輝。
 それでもこの場にいないうちは一人で戦うしかないけれど、相手も一人。十分だ。


 ■■■■■■■■―――――――


 朱の竜が頭をもたげる。
 そして凶悪な鬨の声に、水色の無機はたじろいだ。

三宅「竜……!?おいおいなんだよこれ!?きいてねぇぞ!!」

 動揺が走る。
 今が――勝機!

 竜が疾走する。
 一人分では明らかに遅いけれど、この短い距離を詰めるには竜の歩幅では二、三歩で十二分だった。
 つかんだモノを引き裂く鉤爪で、容赦なく切り裂く。

 ガギン!という激しい金属音と共に、装甲が剥がれた。
 続いて二撃――と思うよりさきに、無機物は宙へと飛行して回避する。

三宅「くそっ、くそっ、くそっ!?最後まで邪魔をしやがってっ!!」

 浮いた無機は竜の鉤爪の届かぬ上部から三本の手を鋭く伸ばす。
 二つは地面を浅く削りとったが、一本は腕を捉えた。
 ガァン、という音は左肩から鉤爪に貫かれる音だ。
 切り落とされたわけではなく、貫通した。まるで糸で縫い付けられたように、竜の左手は動かない。
632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/09(土) 14:09:27.94 ID:WKJXZiaOo
智「ぐっ……!」

 右手で左手を貫いた腕を切り落とそうとして、踏みとどまる。
 自分の自由は左手が地面と縫い付けられたからなくなったとしても、これはこれで有利に働く。
 主に。
 空に浮いて竜の届かない場所にいるアバターを、引きずり下ろすときとか。

 相手のアバターから伸びた手(左手を貫いた手)を掴んで、力任せに竜は引っ張る。
 空中にいると支えるものは何もない。水色の無機は力で引っ張られた分、竜の真正面からへと飛び込んでくる。
 激しい金属音。それは竜と無機がぶつかった音。
 竜は無機が上からぶつかってきても倒れずに踏みとどまり、超至近距離で二つのアバターは睨み合う。


 ■■■■■■■■―――――――


 竜は吼える。
 無機物の上部に噛み付いた。
 しかし、歯は全くと言っていいほどに食い込まなかった。
 先程の装甲は鉤爪で簡単に剥がれたのに……部位によって、堅さが違うの!?

 噛み付いたけれど意味がなく、棒立ちになった一瞬を相手は見逃さない。
 至近距離なら、適当に振っても当たるだろうと思ったのか、竜を地面とつなぎとめている一本を除いた二本が竜へと振るわれた。
 胴体の装甲を剥ぎ、頭に強烈な一撃。倒れなかったのは不幸中の幸い。
 しかし、ダメだ。この距離じゃ不利すぎる!

三宅「うおっ!?」

 反射――『反発』。
 竜本体と相手のアバター本体の磁力の極を同じにして、強制的に引き剥がす!
 結果、宙に浮いている相手が激しく吹き飛ばされて、竜を貫いていた腕もちぎれることになった。
633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/09(土) 14:31:33.33 ID:WKJXZiaOo
智「っ……」

 相手のリーチは長い。一人だったら素早く距離を詰められず、反撃される。
 だから自分から動くことはできず、竜は踏み出そうとしてたたらを踏んだ。
 対して無機物は大きな損傷は初撃のモノのみの様子で、ユラリ、と普通に起き上がった。
 吹き飛んだ時にぶつかったコンクリートにも損傷は全くなかった。
 アバターは見た目に反して質量が軽いとしても、それはおかしいと思った。
 だって、すごい勢いで吹き飛んで、コンクリートにぶつかったのに……

 しかし、それを思う前に。
 三度、青い渦が現れて水色の無機を取り込んだ。

三宅「クソ、時間切れか……!覚えてやがれ!」

 逃がさない、と追撃をしかけようと竜を動かすけれど、青い渦に消える直前にアバターの腕を伸ばして竜を牽制し、三宅はその間に走って逃げた。
 ひとりだけになった路地で、僕は最後の言葉について少し考える。
 時間切れ――即ち、魔力切れ。
 けれど、こんな短時間で魔力が切れるものだろうか?EX能力を使っていれば話は別だろうけれど、しかしそれだとしたらいつ使っていたのだろう?
 宙に浮いたとき?それとも、コンクリートにぶつかったとき?
 ……わからないや。

智「とりあえず……撃退できてよかった」

 僕がアバターを持っていると知れば、当然周りの人もそうじゃないか、と疑う。
 そうすればアイツも皆を襲うことに慎重にならざるを得ない。
 偶然にもことがうまく運んだ。これ以上にいいことはない。
 ……不安なのは、アイツがもう一度来るかどうか、だけれど。その時は央輝もきっといるだろうし、二人でならきっとまた勝てる。
 央輝、と考えて、少し引っかかった。
 しかし直ぐにそれに思い当たる。

智「晩ご飯まだ作ってなかった!」

 手に持っているウスターソースを確認して、僕は自分の家へと足を向ける。
 央輝は理由を話せば許してくれるかもだけれど、それでもお腹をすかせて、待っていたら悪いから。
 だから僕は、なるべく早く帰れるように足を走らせた。
634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/09(土) 14:35:16.65 ID:WKJXZiaOo
 ちょっとした、事後の話。
 事情を央輝に話して、夕食を食べたあと。
 芳守さんから電話がかかってきた。

芳守『……もしもし』

智「もしもし、どうしたの芳守さん……って、当然か」

 聞いてからばかだな、と思う。
 そもそも繋がりさえしなければ、僕と芳守さんは全く接点のなかった人種だ。

芳守『やっぱり、今日の起動は和久津だったの?』

智「うん。逆恨みで喧嘩打ってきた相手がアバター使いで……撃退した。あ、勿論壊してはないよ」

芳守『……そっか。なら、うん。安心した。和久津も無事みたいで』

 どうやら芳守さんもなかなかに人が良い人種らしい。

智「ごめんね、心配させちゃって」

芳守『ううん。あーやも心配してるから、伝えておくね』

智「うん、よろしく芳守さん」

芳守『……ねえ、ところでどうして私だけさん付けなの?あーやはアヤヤで、蝉丸は繰莉ちゃんなのに』

智「そういえば……うーん、どうしてだろう?」

 なんとなく、としか言いようがない。
 〜って呼んで!なんて言われた覚えもないし。

智「……嫌なら、芳守か南堵って呼ぶけど……」

芳守『それじゃあ、芳守で』

智「わかった、芳守。それじゃあね」

芳守『うん、それじゃあ』

 それで、僕らは会話を終える。
 少しだけ、仲良くなったような気がした。
635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/09(土) 14:38:52.04 ID:WKJXZiaOo
    第三幕
    Chapter

  17 央輝といっしょ
  18 問題の処理
  19 記者の再来
  → ???
  20 ???←つぎここ


 遅くなって誠に申し訳ありませんでしたorz
636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/09(土) 14:46:43.58 ID:0xDg6d8Co
乙。
637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 00:03:05.54 ID:FtjdBuZlo
智「今日もおでかけ?」

 帽子とコートを深くかぶり直した央輝に僕は問いかける。
 呪いを踏んで早二週間――僕の生活は何も変わらず、至って平穏なものだった。
 だから央輝は殆ど大丈夫だと判断したのだろう、先日より外出する日のほうが多くなった。
 それでもちゃんと朝食と夕食を食べに家には一日一回以上戻ってくる。餌付けって素敵。

央輝「別に大した用事じゃない、何時までも頭がいないと組織ってものはなりたたないからな」

央輝「それに、逐一情報を仕入れておかないと敵対勢力に責められたときは溜まったものじゃない」

智「やっぱり、央輝にも敵は多いの?」

央輝「ああ。が、基本的に口は聞ける立場にある。こんな無様な呪いでも、役に立つことはあるのさ」

 基本的に影や暗闇しかあるかない尹央輝。
 それはネット上や街では睨んだだけで人を殺す吸血鬼として恐れられている。
 日の当たるところを滅多に歩かない――いや、歩けないことも、その話に信憑性を僅かながらもたせているのだろう。

智「そっか。でも央輝――呪いが解けるって話になったら、どうするの?」

央輝「? どういうことだ」

智「だから、呪いと才能があるから今の央輝の地位があるわけで。呪いが解けたら央輝はどうするの、ってこと」

 日の当る世界を歩けるようになったら。
 夢の世界を当たり前としてうけとれるようになったら。
 その事を僕は央輝に問いかけている。
638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 00:14:11.83 ID:FtjdBuZlo
央輝「……そうだな」

 央輝は百円ライターを手の中でかちかち、と弄る。
 それが少しばかり不安な時や、いらついたりしている時にすることに気づいたのはつい最近のこと。
 今は怒っているようには見えないから、不安の方が正しいんだと思う。
 ……不安?何に対して?
 問いかけようとして、やめた。
 央輝は央輝の立場や、それに伴った考えがある。同居人というだけでその領域に踏み込もうというのは無粋というものだ。
 幾秒か経過して、央輝は漸く口を開いた。

央輝「……わからん。目の前にその状況があれば、あたしは掴むかも知れないし、掴まないかも知れない」

央輝「だが――そうだな。オマエら達と一緒に太陽の下を歩いてみるのも、悪い気はしない」

智「そっか」

 僕は思わず笑顔。

智「それじゃあ、行ってらっしゃい」

央輝「ああ。和久津、ノロイは回避しても、あのゲスがまた現れる可能性もある。周りにはくれぐれも注意を払え」

央輝「オマエの料理を、あたしはまだ食いたいからな」

智「うん、わかった。ちなみに、今日は中華風にする予定だよ」

央輝「そうか、わかった。なるべく早く帰ることにする」

 そう言って、央輝は行ってきますも言わないでマントを翻す。
 けれど、央輝はきっと帰ってくるだろう。僕はなんとなくそう確信できた。
639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 00:19:41.03 ID:FtjdBuZlo
 尹央輝。
 裏町によく顔が聞く、ネット上では吸血鬼と云われている怖い人。
 けれど呪われている者同士だからか僕とはなんとなく馬が合うらしくて、仲良く出来ている。

 ……央輝は太陽の下を僕らと歩くのも悪い気はしない、と言った。
 僕もそう思う。僕は男の姿で、央輝は太陽を直に浴びることができて。
 こよりが新しい場所への先陣を切って、伊代は皆の名前を呼んで、茜子の手を引っ張って。
 るいのまた明日、の声で解散する。花鶏は……わからないけれど、いい方向に向かうのは間違いない。
 それはとても素敵な未来だ。

智「そんな未来を実現するためには、まず敵を知ること」

 敵――呪い、呪われた世界。
 それを打ち倒すには、あまりにも僕らの持つ情報は少ない。
 それなら、仕入れるまで。
 よく知ってそうな人に。

智「あ、もしもし宮?ごめん、今日は腹痛と頭痛と、あと筋肉痛を併発したから休むって適当に先生に伝えておいて」

 今日は学園サボって、訊ねにいくことにした。
 つまり、ヒント屋――騙り屋さんに。
640 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 00:23:53.59 ID:FtjdBuZlo
 るいに聞いて、街中のとある一点をうろつく。
 いるかどうかは運次第。けれど一日も待ってたらくるだろう。
 ――と、思っていた矢先に目立つ着物姿を見つけた。

智「よかった、見つかって」

 コレならすぐに用事は済みそうだ。
 人ごみをくぐって抜けると、彼女は既に他の人と対話をしていた。
 本人とは違って、結構なミニマムボディ。
 そんな彼女らが同時に僕に気付いた。

いずる「おんやぁ、面倒屋くんじゃないか」

繰莉「おんやぁ、ともちゃんじゃないの」

 ……この人達は、絶対直接血がつながってると思うの。
 すごく遠いーとかじゃなくて、直系で。
 繰莉ちゃんの反応に少しだけ驚いたのは、いずるさん。

いずる「あれ、もしかして知り合いかい?」

繰莉「うん、ちょろ〜んとね」

智「……繰莉ちゃんがこっちにいるなんて珍しいね」

繰莉「繰莉ちゃんのお仕事はあっちいったりこっちにいったり大忙しの大繁盛なのだよ」
641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 00:25:17.56 ID:FtjdBuZlo
 繰莉ちゃんが廻る。
 くるりくるり。

いずる「時に面倒屋くん。必要なのはヒントかい?それとも探偵かい?」

繰莉「ともちゃんならアキちゃん並にお安くしとくよ」

 残念ながら、繰莉ちゃんじゃ役不足じゃないかと思う。
 超探偵とはいっても、流石に呪いのことまでは知らないだろうし。

智「……騙り屋さんのほうで」

繰莉「あらま残念。まぁ繰莉ちゃんのほうはともちんに少し用事あるからまたせてもらうけどね」

 そういって繰莉ちゃんは近くのガードレールまで移動して、腰掛ける。
 どうやらこちらの話は聞く様子はない。
 それを確認してからか、いずるさんは本題を切りだす。

いずる「それで、君が来たということは……んー、あれかな。呪いの話」

智「はい」

いずる「嫌にハッキリというねぇ、あの時は眉唾だって信じなかったくせに」

智「今は少し状況が変わりまして。藁でも掴みたい状況なんです。僕に払えるものはなんでも払いますから、お願いできませんか?」

いずる「んー……それじゃあ、命」

 いずるさんはまるで蛇のように舌なめずりをして、そういう。
 びくっ、とした。
642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/04/10(日) 00:25:46.21 ID:TxXbDmZZ0
コミュしか知らないが懐かしすぎる
643 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 00:27:09.15 ID:FtjdBuZlo
いずる「……とかいうと、面白いと思わないかい?」

智「……驚かせないでくださいよ」

 僕の反応にいずるさんはケタケタ笑う。
 面白い面白いといいながら。僕は全く思えないけど。

いずる「……さて。本当なら君に払えるものはないんだけどね。今ので少しぐらいは語ってあげようじゃないか」

智「ないって……そんな簡単に」

いずる「ないね。はっきり言うよ」

 取り付く島もない。

いずる「……さて。呪いの話か。どんなことが聞きたいんだい?」

智「えっと……じゃあ単純に解き方で」

いずる「前にも言ったじゃないか。呪いとは仕組みだって」

智「そうだけど……古今東西、森羅万象ありとあらゆる呪いを解くそんな便利道具とかないの?」

いずる「ないね、ないない」

 きっぱりといいきるいずるさん。
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 00:28:31.33 ID:FtjdBuZlo
いずる「そもそもね、そんなものがあったとしたら世の中に必要な人は他にもいるし、それこそ君なんかが買うには額が違いすぎるんだよ」

智「……結局、世の中金か」

 せちがたい世の中だ。
 というか実は持ってるんじゃないの?それで隠してるだけなんじゃないの?

いずる「現金の時もあるし、そうでない時もある。私には後者のほうが多いけどね」

智「……そういえば、るいの時も変な人形もらってたよね。なんなのあれ」

いずる「その人の念が詰め込まれたものにこそ価値がある……とかいうとそれっぽくないかい?」

智「なんだかずるい」

 いずるさんは再びケタケタ笑う。
 話を戻して。

いずる「それじゃあ、ヒントを与えよう。今回もまた、ゲームに例えよう。ゲーム内でよくある呪いの道具……あるね?」

智「大抵装備したらマイナス面があったり外せなくなるけど」

いずる「そうそう。だけどね、モノによってはマイナス面をあまり補うプラス面があるものもあるんだよ」

智「……それって、るいの力とかの話?」

 僕以外に共通する、呪い、痣、女の子の他のみんなの共通点。

いずる「おや、気づいていたのかい。なら話は早い。プラスがあるからマイナスが、つまり〈才能〉があるから〈呪い〉がある」

いずる「そう考えれば話は早いんじゃないかな?」
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 00:30:22.61 ID:FtjdBuZlo
智「……ちなみに、マイナス面しかない場合はどうすればいい?」

いずる「さあてね。それも(呪い〉だと割り切るしかないんじゃないかい?流石にそこまではサービス対象外だよ、面倒屋くん」

 残念。
 ……少しだけ纏めてみよう。
 僕含めて共通するのは、呪いと痣。含めないと更に女の子と才能が該当する。
 女の子であることと才能。これがヒントにならないだろうか?

いずる「ま、頑張んなさいね。応援はしてあげるよ」

智「……はい、ありがとうございました」

 何の役にも立っていない気がするけども。
 いずるさんが離れていき、今度は入れ違いに繰莉ちゃんが近づいてくる。

繰莉「んー?ともちゃん少し暗いけど、どうしたん?」

智「……ううん、なんでもない。それで、超探偵さんの用事っていうのは?」

繰莉「おー、そうだったそうだった」

繰莉「よっしーから聞いたよん。前の起動の話」

智「ああ……お騒がせしちゃった?」

繰莉「いんや?ともちゃんは勝算のない戦いはしなさそうだからね」

繰莉「それより、そのアバター……どんな色と形だった?」

智「……え?」

 思わず首を傾げてしまう。
 どうして繰莉ちゃんはこんなことを聞くんだろう。

智「えーっと……水色……空色に近い薄い水色で、円錐を逆さにしたような……」

 思い出せる限り、あの三宅のアバターについて説明する。

繰莉「ふむふむ……水色の『器物型』のアバターか……はずれかにゃー、色は同じなんだけどね」

智「……もしかして、探偵の仕事?」

繰莉「そーよ?実は近頃、水色の『魔犬型』のアバターが見かけたコミュを手当たり次第に殺ってるって話しでね。ジャックの再来とかコミュネットでいわれてんの」

 水色の魔犬。確かに色だけは同じだ。
 コミュネットっていうのがなんのことなのかよくわからないけど、名前から察するにコミュ同士のネットワークってところかな。

智「………………」

 …………なんだか、変な感じがする。
 僕の直感は意外に当たる。だからこれを伝えておくのも悪くないだろう。
646 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/10(日) 00:31:21.88 ID:FtjdBuZlo
智「……三宅」

繰莉「え?ミケ猫?」

智「ちがくて。三宅。僕らを襲ったフリーの記者の苗字が、三宅っていうの」

 偽名の可能性もなきにしもあらずだけれど、それならそれで探偵さんにはわかりやすいだろう。

繰莉「ふむ……で、それが?」

智「繰莉ちゃんの仕事を増やすのは心苦しいんだけど……もしかしたらヒントになるかも。だからそいつの動向の調査をお願いできないかな」

 本当にもしかしたら、という可能性だけれど。
 荒唐無稽な、鼻で笑われそうな推理だけど。
 そうだったとしたら――対策をねらなければならない。

繰莉「ふむ……うい、わかった。他でもないともちゃんの頼みだ、引き受けた。報酬はいつものスイス銀行によろしく」

智「どこの殺し屋よ」

 にゃはは、と笑いながら繰莉ちゃんが遠ざかる。
 すぐに人ごみに紛れて見えなくなった。

智「…………」

 この予感が、外れればいいけれど。
 空を見上げると、一雨きそうな天気だった。
647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/10(日) 00:34:42.76 ID:FtjdBuZlo
    第三幕
    Chapter

  17 央輝といっしょ
  18 問題の処理
  19 記者の再来
  → ???
  20 騙り屋さんと超探偵
  21 ???←つぎここ
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/10(日) 00:38:21.24 ID:VmFYN+c3o
ktkr
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/10(日) 00:52:40.17 ID:Wl4YzD8ko
乙。
650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/12(火) 23:15:31.71 ID:etgtEB+1o
 さらに数日して、電話が来た。
 もしもし、という言葉に答えたのはもしもしではなく、報告。

繰莉『智ちゃんの直感、当たったよ』

 その言葉で理解した。
 ――三宅がコミュを狩っている。

繰莉『アイツのアバターは遠目に見ただけだけど、確かに『器物型』だったよ。けどね、どういうわけか『魔犬型』にも変形できるの』

繰莉『名付けるなら、多変型アバターってとこかな』

 他変型アバター。
 なるほど、やっぱりそうだった。
 僕の直感は当たったのだ。

繰莉『繰莉ちゃんはもうちょい話を煮詰めるから、また今度ね。何かあったら連絡ちょうだい』

智「うん、わかった。ありがとう」

 電話をきる。央輝は今、シャワーを借りているところだった。
 好都合だ。きっと今の僕はまるでひどい顔をしているから。
 それでも万が一、ということはあるだろう。だから、僕は窓を開けて、ベランダへと出た。

 僕は溜息を一度吐く。
 あの三宅に殺された複数のアバター。それは一体幾つになるのだろう。
 一つにつき、五人。手当たりしだいだから、少なくとも五は倒しているだろう。

智「……僕の、せいだ」

 へたれこむ。
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/12(火) 23:27:48.75 ID:etgtEB+1o
 そうだ、僕のせいだ。
 僕があの時、あいつが逃げるのをただ見ていなかったら。
 皆には危害が及ばないだろうと楽観視して、見逃さなかったら。
 こんなことにはならなかった。傷つかなくていい人が傷ついて、そして死んだ。

智「……くそっ」

 がん、と手すりに手を打ちつける。びりびりと痺れる感触が手を伝わる。
 きっと三宅は、僕らに復讐しにくるはずだ。
 そのために他のコミュを狩り、レベルアップを繰り返しているのだ。
 僕との一対一の時、には勝てなかった。自力でも『器物型』や『魔犬型』と『竜型』は全く違うから。
 だからアイツはレベルアップして力をつけ、そして復讐することを選んだのだ。

 ――全ては、僕の責任だ。

 悔やんでも悔やみきれないだろう。
 恨まれても仕方がないだろう。
 それほどの事態を、僕は引き起こしてしまった。

 このまま放っておいたら、まだ被害が広がる。
 そして十分レベルアップしたところで僕らに襲い掛かる予定だろう。
 その後は、

 ――血の色が脳裏を過った。

智「っ!」

 皆が――
 るいが、花鶏が、こよりが、伊代が、茜子が。
 僕の、大事な仲間が、■されてしまう。
 ■■されて、■■■になって。そして無残な最期を遂げる。

 そんなことになったら――僕は、死んでも償い切れない。
 死んでも、死にきれない!
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/12(火) 23:48:33.47 ID:etgtEB+1o
 それならば、どうすればいいだろう。
 僕はそれに対しての決断を下せないまま、ふらふらと部屋に戻った。

央輝「和久津、オマエベランダで何して……どうした。顔色が悪いぞ」

智「央、輝……」

 央輝は既にシャワーから上がっていて、その黒い髪をバスタオルで拭いているところだった。
 そんなすっきりとした状態だったのに、僕の陰鬱とした表情を見せてしまって申し訳ない気持ちが溢れた。

央輝「……本当にどうしたんだ?ノロイを踏んだ時も飄々としてたオマエが、何にそこまで動揺してる?」

 央輝には、やはりどこまでも見抜かれているようだ。
 僕が心の底から後悔の念に苛まれて、そして未だに結論を出していないことを。

智「ねぇ、央輝」

央輝「……なんだ?」

智「央輝は……自分のせいで、取り返しのつかないことになったら……どうする?」

 僕の問いに首を少し傾げながら、央輝はバスタオルを自分の首にかけた。
 央輝に聞くことは間違っている。これは僕自身で決めなければならないことだ。
 しかしながら、日本人というのは過半数を占める意見に従うことが多い。集団心理というものだ。
 一つでも意見があれば、それに食いつく。
 ああ――僕は最低だ。本当は胸の内で決まっている癖に、央輝の答えに託けて、それに対しての決断をとらせようとしている。
 けれど、本当にこうでもしないと――僕にこの決断は下せない。

央輝「……オマエの言おうとしている意味がよくわからないが……そうだな、アタシなら」

 だって、

央輝「アタシなら――その取り返しのつかなくなった理由を取り除くだろうな」

 つまり、僕の状況でたとえるならば、それは。


 アイツを、三宅を。人を、殺してしまうということだから――――
653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/12(火) 23:59:11.12 ID:etgtEB+1o
 ――壊したアバターを思い出す。
 僕は既に一度、人を殺してしまった。
 怖かった。恐ろしかった。知った日は何も口を通さなかった。
 それと同じことをする。そう思うだけで、足が震えて、心臓が鼓動を打つだろう。

 しかし、それでも。
 僕はこうしなければならないと、心の底では思っていたのだ。
 因果応報、という言葉がある。
 簡単にいうならば、自分のした行動は善悪の行動を問わず、巡り巡って自分に返ってくる、ということだ。
 だから、僕が引き金を引いたこのコミュ狩りの事件は僕が幕を閉じなければいけない。
 そうなってしまったのだ。

智「……やろう」

 央輝が首を傾げた。すぐに説明するから、少しばかり待ってほしい。
 僕はやる、ということを言葉にして、意志がしっかりと固まったように感じた。
 僕が、やる。
 この因果を終わらせる。

 しかし、そのためには僕だけじゃ力不足だ。
 レベルアップがどれほどのものかはわからないけれど、恐らく僕だけじゃあ絶対に叶わない。
 繰莉、芳守、アヤヤ。そして央輝。
 残りのコミュの協力も必要不可欠だ。

 それすらも、こころ苦しい。
 アヤヤはあのビギナーキラーを殺しただけでとても苦しんでいた。
 また、今回の戦いで死ぬ危険性もあるかもしれない。

 それでも、僕はやらなきゃいけないんだ。
 自らのツケを、払うために。

智「……央輝。話――聞いてくれる?」

 まずは、それの一歩を踏み出すべく。
 僕は央輝へ僕の悩んでいた理由と決断を説明しはじめた。
654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/13(水) 00:02:39.23 ID:uzxEqwJfo
    第三幕
    Chapter

  17 央輝といっしょ
  18 問題の処理
  19 記者の再来
  → ???
  20 騙り屋さんと超探偵
  21 因果のツケ
  22 ???←つぎここ

 本当に忙しくて困る……
 なるべく更新するようには努力しますが、気長にお待ちいただけると幸いです。
 まことにもうしわけありませんorz
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/13(水) 18:07:16.53 ID:CQEoZYULo
乙。
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/13(水) 18:46:30.94 ID:EYOJ//iIO
おつー
いくらでも待つぜ
657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/04/14(木) 17:24:56.21 ID:vnb4Vsxxo
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/15(金) 23:17:53.81 ID:lQYV+KEDo
>>656
ありがとう、ありがとう。
そう行ってもらえると勇気が湧いてくる。


これからすこしばらくは一度書いたのに加筆、修正だけど頑張るよ。
再開
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:21:37.42 ID:lQYV+KEDo
 皆には暫くの間僕と惠はたまり場に行けない、と言っておいた。無論あの時央輝にも説明はして、確認はとってある。
 そして僕らは、今あの場所に来ている。
 少女Aが僕らを誘き寄せて、初めて朱いアバターを使って、他のアバターを毀したところに。
 今もまだ、屋上の真ん中にはポッカリと穴が空いていた。

智「……来るかな」

央輝「さぁな。こなくても、アタシたちだけでやるんだろう?」

智「勝てる確率は、ないに等しいけどね」

央輝「勝つにせよ、負けるにせよ。ケリはアタシ立ちがつけなきゃいけない。微塵も負けるつもりはないがな」

 そうはいっても、相手はかなりレベルアップしたアバターだ。二人だけじゃ絶対に勝てない。
 だからみんなをどういう風に説得しようか、という点についても考えなくちゃ行けない。
 ……大変だ。

 と、その時。ドアが開いた。
 来た。
 一番前は繰莉ちゃん。いつもの通り飄々とした表情だ。
 次に芳守。ほんの少しだけ緊張しているのはきっと勘違いじゃない。
 そして――最後に、アヤヤ。
 どういう風に繰莉ちゃんが説得したのかわからないが、その目には僅かに闘士が宿っている。

 そうして、あの時以来、初めて五人が集まった。

繰莉「簡単に説明はしておいたよ。その上で納得させて連れてきた」

 そういう繰莉ちゃんに、僕は一度だけ頷いた。
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:23:10.30 ID:lQYV+KEDo
智「みんな。話は大体聞いたと思う」

 前に出る。
 別に僕はリーダーなんかじゃない。ただの一コミュの一員だ。
 だから僕に勝手に決める権利はない。他の四人が反対して、僕をコミュから追い出せばそれで終わりだ。
 そうしたら、もうどうしようもない。ただ死を待つだけになる。
 そんなのは嫌だ。
 僕は僕の仲間を――守りたい。

智「……無茶だって言うのはわかってる。僕らの為に命を賭けてくれっていうこともおかしいってわかってる」

 聞くと、レベルアップを数回繰り返すと、本当に段違いに強くなるらしい。
 一撃だったのが二撃、三撃と、回数も必要になる。
 だから一度レベルアップしただけの朱い竜にはとても、いやそれ以上に不利なのだ。

智「でも――僕は皆を守りたいんだ」

 るいを――
 花鶏をこよりを伊代を茜子を――
 それだけじゃない。力を付けすぎたアイツは他の一般人ですら狙う可能性もある。
 恵を宮をあやめ先生を佐知子さんを浜江さんを小夜里さんをいずるさんを――――――
 僕の仲間だけじゃない。僕が繋がった人達、全員。
 僕は、それを守りたい。皆が幸せであるように、願いたい。

智「だから――みんなの力を貸してほしい。お願いします!」

 頭をさげる。
 僕は嘘つきだ。そして天邪鬼であり、偽善者だ。
 人と繋がりたくないと嘯き。そのくせ困っている人がいると助けようとして。
 そんな僕が誠意を見せる方法といえば、これしかないのだ。
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:25:07.22 ID:lQYV+KEDo
 重い、深い沈黙。
 僕はそんな中、眼を瞑ってただ皆に頭を下げる。
 一番に口を開くのは、繰莉ちゃんだ。

繰莉「……繰莉ちゃんはね、理不尽なことがだぁいすき」

繰莉「不思議なことが好き、秘密が好き、謎が好き」

繰莉「そんでそういう人の弱みとか秘密とかを整理して並べて眺めるのが好き」

繰莉「でもね……それよりも大好きなことは、そういう理不尽を解き明かし、たたき潰すこと、なんだよね」

繰莉「だから探偵をやる。不思議なこと、秘密のこと、謎のこと。どれもが知らなければ理不尽な事態だからね」

 つまり、これは肯定だ。
 僕を手伝ってくれる、という。

芳守「……私には」

 続いて、芳守が。

芳守「私には、そんな崇高な考えはないんだけどね。ただ普通に友達と生きて、ただ死んでいく、それだけでいい」

芳守「こっちに来る前はそうでもなかったんだけど。都会に来て、もっとキラキラな人生を生きて行くんだって息巻いてた」

芳守「だけど、今はもうそれで十分。十分すぎるの」

芳守「もし……もし、そんな普通なことすらも願えないっていうなら。その願いを邪魔する存在があり、それを打ち破る力が私にあるなら――私はそれを赦さず、壊す」

 芳守に何があったのかは知らない、わからない。
 けれど、彼女にも――譲れないモノは、ある。
 これも、肯定。
662 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:26:59.46 ID:lQYV+KEDo
央輝「……和久津。顔を上げろ」

智「央輝……?でも」

央輝「いいから上げろ」

 有無を言わさない声色に、僕は顔をあげる。
 央輝、繰莉、芳守。
 そして、アヤヤが真っ直ぐにこちらを見詰めていた。
 彼女と数秒見つめあい、彼女は視線をそらし、歩いてフェンスぎわまで行く。

アヤヤ「……今も、ここのどこかに人を殺してるコミュがあるんですよね」

智「……うん。何れは、一般人すらも狙うかもしれない、人を殺すことをどうとも思わない怪物が」

アヤヤ「それなら……やらなくちゃ、いけませんね」

 くるり、とアヤヤは両手を広げて回転する。

アヤヤ「アヤヤは、ずっと憧れてたんですよこういうの!アクセプターの礼堂要のようなヒーローに!強きを挫き、弱きを護る!そんなヒーローに!」

アヤヤ「それに……前にもこんなことがありました。その時は実感なくして怯えるだけだったけど、瑞和先輩達が倒したってきいて、すごいと思いました」

アヤヤ「今回、アヤヤもやったら、瑞和先輩みたいになれるかな〜、なんて……」

 あはは、というアヤヤの笑い声は、霧散する。
 ふぅ、と溜息を吐く。とてもにつかわない。
663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:28:54.82 ID:lQYV+KEDo
アヤヤ「アヤヤには……そんな堅苦しい理由なんて、ないんですよ」

 ぽつり、と呟く。

アヤヤ「よっしーと同じです。何れは友達が巻き込まれてしまうかもしれない。日常が壊されてしまうかもしれない」

アヤヤ「そして、智先輩とも同じです。……自分の手の届くところにある、みんなを……守りたいんです」

 今までは、もっと狭い場所しか守れなかったから、と。
 自分は分相当のことしか出来ていなかったから、と。

アヤヤ「先輩は自分のことを勝手だ、なんて言いましたけど、それが誰かのためならそれは十分な理由になるんですよ。強い、強い理由に」

 アヤヤは僕をみる。
 僕もアヤヤをみる。
 そして、同時に残りの三人も見た。

アヤヤ「怖くないって言ったら嘘になります。殺人犯でも殺すことにも躊躇いがあります」

アヤヤ「でも、それがもっと多くの人を救うというのなら。アヤヤは、覚悟を決めます」

アヤヤ「この、呪われた世界を打ち破るために。アヤヤは、力を貸します」

 呪わた世界をやっつける。
 そのフレーズに、思わず笑いがこみ上げてきた。
 そして――その言葉は、肯定。
 黙っている央輝にも、ここに来ている時点で了承を得ている。
 全員の意志が、ひとつの方向性を向いた。
664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:33:54.45 ID:lQYV+KEDo
智「――僕らはバラバラだ。繋がれない、一人ぼっちで世界を生きる人間だ」

央輝「――だが、世界には一人じゃどうにもならないこともある」

繰莉「――だから、私達は手を組む」

芳守「――互いに力を合わせて、問題を破るために」

アヤヤ「――理不尽な、呪われた世界を倒すために」

 僕らは手を重ね合わせた。
 本来なら協力するはずもなかった、コミュで繋がれた五人。
 ひとりじゃ出来ない。でも皆がいればできる。
 

 僕らは僕らの為に――
 そしてまた、皆のために。
 こういうのを、なんていうんだっけ。
 少年漫画が好きそうな奴。
 見えないものに付く名前。


 そうだ――同盟だ。


 僕は、今再び。
 皆を護るための、同盟を結んだのだ。
665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:38:57.65 ID:lQYV+KEDo
央輝「名前」

 不意に、央輝が言う。

央輝「なんにしても、先ず形からだ。チームの名前はそのチームの象徴であり命。アタシたちには丁度龍がいる、ならその龍の名前を決めてやろう」

 『ピンクポッチーズ!』……何故かこよりがどこかで叫んだ気がした。
 それを振り切り、僕は言う。

智「ここは僕らの王国だ。故に如何なる者の侵入も、侵略も赦さない」

智「だから――『マクベス』。『マクベス』が良い」

 『マクベス』。
 シェイクスピアの四大悲劇の一つの名でもある。
 モデルとなった実在する王のマクベスは自らが王となる為に従兄を殺した。
 そして、反対勢力や王位継承の可能性のある者を何がなんでも殺害した。
 ――自らの王国を守るために。
 だから僕はその名を貰い受ける。

繰莉「……いいね、『マクベス』。気に入った」

芳守「『マクベス』……」

アヤヤ「アヤヤも支持します。カックイー名前ですね」

央輝「ふん……悪くないんじゃないか」

 賛成多数により、決まった。
 僕らの王国を護る朱い竜――名は、『マクベス』。

智「やろう。僕らと、僕らの王国を護るために――僕らの意志の象徴、朱き竜、『マクベス』で」

 そうして、僕ら『マクベス』コミュは屋上を去る。
 これからすべきことは沢山ある。それらを成し遂げるために。
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:40:42.93 ID:lQYV+KEDo
カゴメ「それで……どうして私の部屋にいる?」

暁人「俺の部屋だよ!!」

カゴメ「暁人のものは私のもの。私のものは暁人のものかもしれないがそうでないかもしれない」

暁人「そこはせめて俺のものであって欲しかった!!」

 ……何故か、僕らは瑞和の部屋にいた。
 その理由は解明。

アヤヤ『瑞和先輩の部屋ならパソコンで色々コミュネットについて調べられますよ!』

 とのことだった。
 別に男の子の部屋に上がるのは問題ない。僕だってこんなナリだけど、一応はそうだし。
 ……けどね。

カゴメ「……何だ和久津」

智「……いえ、なんでもないです」

 なんで夢の裸Yシャツの人がいるのかってことだよ!
 パソコンを操作して僕らに向けてくれる真雪(彼女はナビゲーターの真似事が好きらしい)は少しだけ驚く。

真雪「比奈織さんが苗字でも名前を呼ぶなんて暁人さんぐらいなので珍しいですね」

智「そうなの?」

暁人「そういえばそうだ。カゴメは大体自分であだ名をつくってそれで呼ぶからな」
667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/15(金) 23:41:10.18 ID:nK/KTBceo
キテターーー
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:41:57.64 ID:lQYV+KEDo
 当のカゴメさんはふん、と鼻で笑い、

カゴメ「暁人程度が私を分かっているつもりだとは。これは明日にはアバターの雨がふるな」

暁人「幼馴染なのにわかってちゃいけないのか!?」

カゴメ「勿論私は暁人の事を隅から隅まで知っている。そのパソコンの中の奥に眠っている秘蔵画像の容量や好きなジャンル、そしてその枚数など……」

暁人「ぎゃーっ!!」

央輝「……騒がしい奴らだ。黙らせてやろうか」

真雪「……スルーしてください、きりがないので」

 向こう側で騒いでいるカゴメさんと瑞和、そして奥の部屋から出てきて現状に驚く紅緒を全て視界から排除する。
 ……というか、紅緒もいたんだ。真雪だけだと思ってたのに。
 真雪はカチカチ、と素早くインターネットを開き、お気に入りに入っていたものをマルチタブで一気に開く。

真雪「では、前に説明したものの続きから。央輝さんは話聞きました?」

智「一応ざっとは話したよ」

真雪「そうですか。なら大丈夫ですね」

 教える、真雪先生のコーナー!パート2!だ。
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:42:39.27 ID:lQYV+KEDo
真雪「前回はアバターの分類……つまり八六式の六の方を説明しましたよね」

真雪「今回は接続者……コミュのメンバーの分類、八六式の八の方をまずは説明したいと思います」

 接続者の分類は八種類のクラスに分かれて、それによって操作の適正があるのだそうだ。
 基本クラスのファイター、ローグ、メイジ、プリースト。
 ハイクラスのロード、ビショップ、サムライ、ニンジャ。
 それがどれか知るためにはこのコミュペディア(コミュの初心者入門の辞書)にあるアンケートと始めて繋がったときのイメージでわかるらしい。

真雪「基本的には正しく基本クラスの四つが揃っていればまずその四人接続であれば問題はありませんが……どうですか?」

繰莉「繰莉ちゃんはメイジ。アバターの足みたいだね」

芳守「私はローグみたい」

紅緒「え、本当!?芳守さん、私と一緒一緒!」

 そばで聞き耳を立てていた紅緒が喜ぶ。
 なんとなく、仲間がいるのは嬉しい。わからないでもない。

アヤヤ「アヤヤはプリーストみたいですね」

真雪「おぉ〜、私と一緒ですねアヤヤさん」

アヤヤ「まゆっきーと一緒ですかぁ〜!色々教えてくださいね!」

真雪「当然です。この真雪先生が手とり足取り教えて差し上げます」

 くくく、と真雪は笑う。
670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:50:42.63 ID:lQYV+KEDo
 さて、僕は、と……
 真雪がアヤヤに講義しているので、勝手に動かしてみる。
 ビショップ。
 ビショップのステータスは、攻撃7、防御7、移動7、索敵7。
 器用貧乏、下手の横好き……みたいだ。

智「……はぁ」

央輝「……オマエのクラスはビショップか」

智「うわぁっ!?」

 何時の間にやら央輝が横から覗いていた。思わずビックリする。
 他の人に見られる前に素早く画面を戻して、訊ねる。

央輝「どこか抜けているオマエらしい」

智「ぼ、僕のことはいいから!央輝はなんだったの!?」

央輝「アタシか?アタシはどうやらニンジャらしい」

 ニンジャ。攻撃9、防御4、移動8、索敵8のハイクラス。
 防御が低いのが玉に瑕だが、プリーストが入れば問題がないと書いてある。
 そして、攻撃が今のコミュの中で一番高い。央輝自体のスペックもニンジャのように素早く高いし、そこらのファイター以上の攻撃力は出せるだろう。
 ……僕が本格的にいらない子になってしまった。

智「……一応、まとめ役なのに」

 部屋の隅でざんざめいた。
671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:52:37.73 ID:lQYV+KEDo
 クラスの話題も一段落して。

真雪「さて……とりあえずは役割が決まったところで、標的の二代目ジャック……もとい、ソリッドの情報収集を始めましょう」

 真雪がコミュペディアのタブを閉じ、現れるのは2chと同じ形式の掲示板。
 上にはコミュネットと名うってある。

真雪「基本的にはここにそれぞれのコミュが持つ情報が集まります。智さん、央輝さん。必要ならアドレスなどパソコンに送りますがどうしますか?」

智「あ、じゃあお願いしようかな」

央輝「アタシは別にいい。こいつと一緒にいるからな」

真雪「そうですか。では智さん、あとでメールアドレスを教えてくださいね」

 そういって真雪はパソコンにもどり、一番上に上がっていたコミュ狩りのページを開く。



673 名無しさま[]:20××/××/××(水)01:34:12
    二代目ジャック、またやったってさ
    もう何件目?知ってる限りで5いってるんだけど



 そこの言葉をみて、怒りと寒気が同時に湧き上がった。 
672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:53:32.20 ID:lQYV+KEDo
 その下にも、まだ書き込みが残されている。
 深く一度深呼吸して、真雪が開いた掲示板を覗く。


674 名無しさま[]:20××/××/××(水)01:56:29
    同じジェヴォーダンって所に何らかの作為を感じる

675 名無しさま[sage]:20××/××/××(水)02:10:43
    お前らsageろよ

676 名無しさま[sage]:20××/××/××(水)02:28:37
    >>673
    多分出てないの入れたら七件あたりじゃない?わかってる中でもやったのが全部二代目ジャックってわけじゃないだろうし
    まぁまたバビロン辺りがなんとかしてくれるんじゃないの
    ラウンドはまた役立たずか

677 名無しさま[]:20××/××/××(水)02:35:35
    もうラウンドに期待するほうが馬鹿だろ
    時代は俺達ストライダーだぜ!

678 名無しさま[]:20××/××/××(水)02:37:57
    >>675
    sage厨Uzeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!

673 名無しさま[sage]:20××/××/××(水)01:34:12
    俺さ、二代目ジャックに目の前で友達のアバターやられてさ・・・
    見てたんだけど、レベルアップで強くなってるにしても超堅いんだよ
    そのくせ打撃だけじゃないみえない攻撃もしてくるしさ・・・
    わけわかんねぇ
673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:56:35.97 ID:lQYV+KEDo
 と、真雪がカーソルを673で止める。

真雪「これは大きいヒントですよ」

 真雪は673の周りでカーソルをくるくると回しながら言う。

真雪「みえない攻撃、という時点で相手の能力は絞られます。漫画でもおなじみのワイヤー系、気・念動系などですね」

真雪「まぁ私たちが倒したジャックはすごく細い糸のようなものだったのですが、そこまで堅くはありませんでした」

真雪「つまり――ワイヤーは除外。私の考えでは、おそらくは念動系じゃないかと考えています」

繰莉「その理由は?」

真雪「ほら――ここ。すごく堅いって言ってるでしょう?念動力で自らの形を分子レベルで固めてしまえば、ダメージも通さないというわけです」

アヤヤ「そんなことができるんですか!?」

真雪「……レベルアップ前ならそんなことは出来ませんでしたでしょうが、レベルアップして魔力も上がるとそれだけで出来ることも増えます」

真雪「智さんは実際に一戦交えたんですよね?どうだったんですか?」

 真幸の質問に、僕はあの時のことを思い出す。
 首筋に噛み付いたときはとても固かった。逆に、最初の一撃の時は簡単に吹き飛んだ。
 あとは……単騎にしては動きがよかったことぐらいか。

智「……たしかに、至近距離になったとき、念力で固めたと考えたら通るかも」

 念動力を足や手を動かすことなどに利用し、素早さを速くする。
 そして真雪の言ったように原子、分子レベルで固めて、防御力を高くする。
 しかし実際にはどうか分からない。
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/15(金) 23:59:49.88 ID:lQYV+KEDo
真雪「……ま、先入観ほど怖いものはありません」

真雪「その可能性が高い、ということだけを脳内にとどめておいて、実戦でローグが見極めることが大切です。ね、紅緒さん」

紅緒「へ?あ、うん。芳守さん頑張って!」

芳守「……なんだか不安」

 もし攻撃が念動力だったとしたら、磁力の壁では防げない。
 ……対策方法を考えなきゃ。

真雪「さて……あとは実戦ですね。智さんと央輝さんは二回、繰莉さんアヤヤさん芳守さんは一回ずつしか操作してないんですよね?」

アヤヤ「アヤヤはそれどころじゃありませんでしたからねぇ……」

真雪「そこで!この黒い竜のバビロンが胸を貸そうというわけです!」

暁人「ちょっ、真雪なに勝手に決めてぎゃぁあああぁああああああああっっ!?」

カゴメ「暁人、よそ見している暇があるのか?」

 ……やっぱり、見なかったことにしよう。
 見ても何が起きていたのか、全く理解できなかったし。

真雪「……とはいっても、時間をかけてもあちらがさらにレベルアップしてしまいます。期間は向こうの連絡先を突き止めるまで、ということで」

繰莉「ほぅ。それじゃあ繰莉ちゃんももう少し時間かけないと練習する時間もなくなっちゃうね」

真雪「一週間程度で破壊が5オーバーですから、とりあえず明後日以内にはよろしくお願いします。明日練習しましょう」
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/16(土) 00:00:31.89 ID:5IrlyP0Oo
真雪「……さて!今日はそろそろ止めにしましょう。もう夜も暗いですしね」

 そういって、時計を見やる。
 既に時間は十時過ぎ。

アヤヤ「すごく遅いです。瑞和先輩、泊めてくれませんか?」

暁人「帰れ」

アヤヤ「あやややや〜」

 しゅん、とする。

暁人「……そっちの二人は田松市なんだろ?今日ぐらいなら泊めるけど」

真雪「あ、暁人さん酷いです!私を泊めるときはすごく渋って、アヤヤさんを泊めないくせに新しい知り合いの女の子は泊めるんですか!?」

紅緒「うっわ、さいてー」

カゴメ「天誅が必要だな」

暁人「いや、単純にアヤヤは近くてその二人は遠いからいたいいたいいたいいたいたい!?カゴメおま何してぇぇえええええ!?」

カゴメ「ツボ押しだ」

暁人「いやそれ絶対ツボじゃないぃいいいいいいいいいいいっっっ!!!」

 なんだか僕らがきてから瑞和がずっとカゴメさんにいじめられている気がする。
 僕らのせいだとしたら、なんとなく申し訳ない。

アヤヤ「どうしますか?もしよろしければ一人ぐらいならアヤヤの家でも大丈夫ですが」

繰莉「そうだねぇ……繰莉ちゃんがお世話になってるところも、一人ぐらいなら工面できるかも」

芳守「私は……ごめん、無理だと思う」

 ……え、なんで泊まること前提になってるの?
 いや、もうこんな暗いしありがたいといえばありがたいんだけど。
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/16(土) 00:08:00.93 ID:5IrlyP0Oo
智「うーん……いや、やっぱり僕は迷惑になりそうだから自分で探すことにするよ。央輝はどうするの?」

央輝「アタシにはこっちにも一応ツテがあるからな。そこを頼るつもりだ」

 央輝の勢力は一体どこまで広がっているんだろう……?
 それを聞いて紅緒はがっくりと肩を落とした。

紅緒「そっかぁ……残念。色々とおはなししたかったんだけどね」

智「それはまた今度ってことで。僕からも、花鶏との関係を少し聞きたかったけどね」

紅緒「あはは……それは、まぁ。今度ってことで」

 紅緒は苦笑い。
 やっぱり女の子にキスを奪われるというのはノーマルの人には思い出したくない思い出なのだろう。

央輝「アタシは先に行くぞ」

智「待って、僕もいくから。それじゃあね、紅緒、真雪。あと、瑞和とカゴメさんも」

アヤヤ「それでは、アヤヤも家に帰るとします。では皆さん、また明日!」

芳守「それじゃあ私も。おじゃましました」

繰莉「んじゃアキちゃん達。明日の模擬戦よろしくね。んじゃ」

紅緒「それじゃあね〜っ!」
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/16(土) 00:28:06.63 ID:5IrlyP0Oo
 紅緒たちに見送られてマンションをでた。
 話を聞くと、駅付近の繁華街にホテルなどがあるらしい。
 しかしアヤヤと芳守は反対方向で、繰莉ちゃんもこれから少し調べごと。
 央輝は別れの挨拶だけして、路地裏に消えてしまった。

 そして僕は一人、ネオンの光に照らされた道を歩く。
 チャライ格好をした男に声をかけられた。そちらを見もせず、歩く。
 さて。まだ終電は終わってないし、でも明日には特訓が待っている。

智「どうしましょう」

 下を、車が駆け抜けていった。
 僕は歩道橋の上に立っていた。昼間と違って、人通りはとても少ない。
 手すりに正面からよしかかり、顎をついて真下を走る車を眺めながら考える。
 ホテルに泊まる程度のお金はある。いっそ一人で恋人御用達の部屋に泊まってもいいし。
 最近は便利だ。別に受付をしなくてもお金を入れて好きな部屋の番号を押すだけでいいのだから。

「またせたな」

 男の声が車音に混じって聞こえた。
 鉄の塊を絞ってだしたかのような硬い声。
 誰かと待ち合わせでもしていたのだろう、しかし僕には関係の無いことだ。

「一ヶ月も開いてしまったが、その分の利子もちゃんとまとめてやる。俺は借りは返す主義だ」

「この俺に恩を売れることを光栄に思え――和久津智」

 名前を呼ばれて、僕は顔を上げた。
 振り返る。
 そこには――声のトーンのとおりに一人の男がいた。
 白い制服にダークブルーのネクタイ。表情も相まって堅物な委員長系を連想させた。
 それだけならよかった。もっと冷たい、鎧でも纏っているかのような何かを感じた。
 無論、こんな人に覚えはない。
 男は続ける。

「先程も言ったが、一ヶ月前に夜子を拾ったくれたそうだな」

「今日はその礼だ。我斎五樹――好きなように呼ぶといい」

 男は――酷く冷徹で堅物な支配者―― 一つの『王』を連想させる男は、そう名乗った。
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/16(土) 00:31:31.63 ID:5IrlyP0Oo
    第三幕
    Chapter

  17 央輝といっしょ
  18 問題の処理
  19 記者の再来
  → ???
  20 騙り屋さんと超探偵
  21 因果のツケ
  22 僕らの王国
  23 情報収集
  24 王様との邂逅
  25 ???←次ここ

 今さらだけど、恵ルートと央輝ルートといったけれど嘘になるかも。
 それぞれ選択肢によってはコミュのキャラとのルートがあったりなかったり……
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/16(土) 00:41:47.54 ID:S+LXd8MJo
乙。

とりあえずニンジャのステータスがちょっと高いように思う。
他の上級職(ロードは知らん)はステータスの合計値が28であることを考えるとね……
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/16(土) 00:46:53.80 ID:5IrlyP0Oo
 >>679
 あ、ビショップ=オール8で考えちゃってた
 攻撃9、防御4、移動8、索敵7 で28かな……?

 まぁ自分の勝手なイメージだからわからないけど……公式でてないよね?
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/16(土) 01:01:02.15 ID:S+LXd8MJo
>>680
でてないよ!
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/04/16(土) 23:27:18.09 ID:81mLLM5Ko
王様と暁人は出会ったあとだっけ
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/17(日) 00:32:34.75 ID:F8VFSfgQo
 >>681
 ありがとう。
 もしかしたらビショップをのぞく三つのステもでてたかなと思っちゃったから安心した。

 >>682
 あい、そうです。
 るい智組、コミュ組共に共通ルートは滞り無く終わっている状態でのスタートですので。
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/17(日) 01:00:30.48 ID:lRxFD1nzo
>>683
ステータスとかはここを見たほうがいいよ。
http://kilauea.bbspink.com/test/read.cgi/hgame2/1288433321/
685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/17(日) 22:26:50.12 ID:F8VFSfgQo
 >>684
 これまた親切に……ありがとうございます。


 多く更新する時間がなければ、少しずつでも多く更新すればいいのよ。
 再開
686 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 22:39:48.44 ID:F8VFSfgQo
智「それで……その我斎さんがなんの御用事?」

我斎「礼だ」

 同じく尊大な態度で返す我斎さん。
 その態度から見るに、どう見ても礼に来たようには見えないのだけれど。
 多分、最初に抱いたイメージは間違ってないと思うの。
 『王様』。
 うん、変に苗字で呼ぶより、しっくりとくる気がする。
 まぁ暫定上は我斎、と呼ぶことにしておこう。

智「お礼?なんの」

我斎「夜子を拾ってくれたことについてだ。何度も言わせるな」

 よるこ……ヨルコ、夜子。
 四宮夜子。
 僕が少女Aと合う直前に、街中で騒ぎになっているところを助けた少女の名前だ。
 形容するなら犬のような、一途で純情そうな可愛い子だという覚えがある。懐くまでは噛み付きそうだけれど。
 その子を拾ったことに対する……お礼?

 僕は我斎を改めて、上から下まで見下ろす。
 どう見ても親、というわけではないだろう。制服着てるし。
 ならば兄弟か。しかし名乗ったとおり、苗字は我斎、名は五樹。四宮夜子との共通点は名前に数字が入っていることぐらいしかない。

智「ずばり、従兄弟かなにか?」

我斎「好きにとるといい。俺が夜子の保護者だということになんのかわりもない」

 まぁ、可愛くない。
 我斎は腕を組んだまま僕の横に立って、下界の車道を眺める。
687 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 22:58:05.99 ID:F8VFSfgQo
我斎「夜子を拾った、というからどんな物好きかと思えば」

智「さっきから拾った拾ったって、一応保護者なら助けた、ぐらいいってあげたら?」

我斎「これまたとんでもない物好きのようだ。存外、道化に似ているかもしれん」

 無視ですか、そうですか。
 それに道化――つまりピエロ――に似ているといわれても嬉しくない。

智「まぁ、まずは一つ二つ質問いいかな?」

我斎「言ってみろ」

 おや、案外簡単に許可が出た。
 なら遠慮無く。

智「そちらさんたちもアバター使いってことでいいの?」

 ほう、とため息が漏れた気がした。

我斎「貴様もか」

智「まあね。丁度、おたくのお嬢さんにあった翌日に」

 少女Aに、あった。
 今思うと夜子との出会いと少女Aとの出会いは関連性があるのかもしれない。
 だって問題が連続してやってくるだなんて一難去ってまた一難という話じゃない。
 不幸は不幸を呼ぶ、ここは呪われている世界だからそんなことがあったとしてもおかしくないのかもしれないけれど。
688 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 23:19:49.43 ID:F8VFSfgQo
智「まぁそれはいいとして」

我斎「なんだ、聞かないのか」

智「何を?」

我斎「俺のアバターについて。見たのだろう?」

 ――足元を滑っていたボードのようなもの。
 あれがおそらく夜子のアバターだろう。
 同時に、保護者だと名乗る我斎のアバターでもある。
 あのアバターについて、いくつかの疑問はもちろんある。
 でも、僕は。

智「興味ないかな」

我斎「ほう」

智「だって、別に僕はコミュネットに深入りするつもりもないし。危険を犯して戦わなければならないほどの理由があるなら、別だけど」

我斎「物は言いようだな。やはり貴様も、道化という言葉がよく似合う」

 それはやっぱり褒められているようなきがしない。
 我斎の行っている道化、というのは偽善者という意味によく似ている気がした。
 情けは人のためならず。助けるのは他人のためではなく自分のため。偶然すれ違っただけの人でも、そのままのたれ死なれると自分の目覚めが悪いから。
 それが僕の言った危険を犯す理由になってしまっているから偽善者。そんな偽善者が仮面をかぶって本心を遠ざけているから道化。
 この我斎という男は、結構僕のことを見通せているようだった。
689 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 23:31:08.06 ID:F8VFSfgQo
我斎「改めて本題を済ませよう。夜子が世話になった」

智「いえいえ、それほどでも」

 捻りのない短調のやりとり。
 ただ普通とは違うのは、この王様が全く礼をしているように見えないというぐらいだろうか。

我斎「先程も言ったとおり、俺は借りは返す。何かあれば連絡するがいい」

 といい、我斎は電話番号らしき数字がを書かれた紙切れを僕に渡す。
 こういう貸し借りは早めに無くしておいたほうがいい。僕にはバレてはいけないこともあることだし。
 だから僕は、紙を受け取ったと同時にその紙を握りしめた。
 ぐしゃ、と手の中でそれがゴミクズとなる。

智「それならここから近場のホテルでも用意してもらえないかな?それでもう貸し借りはなしでいいから」

 沈黙が数秒過ぎて。

我斎「は――」

 目の前の無愛想な王様は。
 唐突に。
 なんの前触れもなく。

我斎「は、ははははは」

 笑った。
 心底、というほどではないけれど、面白いものをみた、とでも言うように。
690 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/17(日) 23:42:39.92 ID:F8VFSfgQo
我斎「面白い。この俺への借りを、宿泊一つで済ますか」

智「じゃあ我斎さん。他に何かできるの?」

我斎「貴様の想像の及ばない所、までだ。それを貸しとして返せ、と言ったら切って捨てるがな」

 僕の想像の及ばないところ。
 基本、貸し借りと考えて真っ先に考えるのはお金。ならこれは違う。
 それなら情報?いや、それも違うだろう。想像が及ばない、というのには当てはまりそうだけれど、それほどじゃない。

智「なら、土地とか?」

我斎「まだ足りん」

 僕の発言を一蹴する。土地を手に入れる、でもまだ足りない。
 うん、それならたしかに僕の想像の範囲外だ。
 それができると誇る王様……自分に自信があるにも程がある。

智「やっぱり、尊大な王様だこと」

我斎「貴様も大概だ。この俺への借りの価値をまるでわかっていない」

智「わかってたとしても、やっぱりいらない。力が大きすぎるのも考えもの」

我斎「だが大きすぎて悪いものではあるまい」

智「出る杭は打たれちゃうの」

我斎「ならば打つ方を破壊するのみだ」

 我斎五樹。
 やっぱり、王様という第一印象は間違ったものではなかったみたいだ。
691 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/18(月) 00:05:14.25 ID:anZ4Guwzo
 我斎は僕から二歩ほど離れ、振り返る。
 やはり偉そうに。一応貸しがあるのはこっちなんだけど。

我斎「少し待て。取れたら場所と部屋の連絡を寄越す」

智「それはどうも。出来れば恋人同士がえっちぃ事する場所はなしにしてほしいんだけど」

我斎「善処しよう」

 善処しようって、実際にはやるつもりがないと言っているようなものだと思うんだ。
 最悪泊まるだけだからカプセルホテルだったとしても文句は言わないし、ラブホテルだったとしても布団があるだけいいだろう。
 僕は我斎と逆の方向へと足を向けて、そして同じように振り返る。
 数メートルの距離。傍から見たら他人同士にしか見えないだろう。

智「それじゃあね、王様。もう会うことはないと思うけど」

我斎「いや。和久津、貴様とはきっと、また会うことになる」

智「じゃ、その時はお手柔らかに」

 それだけで、僕は身を翻す。
 そのまま互いに振り向かずに、僕は繁華街へ、我斎は住宅街へと消える。

 そうして僕は、王様への謁見を終えたのだった。
692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/18(月) 00:08:50.70 ID:anZ4Guwzo
    第三幕
    Chapter

  17 央輝といっしょ
  18 問題の処理
  19 記者の再来
  → ???
  20 騙り屋さんと超探偵
  21 因果のツケ
  22 僕らの王国
  23 情報収集
  24 王様との邂逅
  25 五樹我斎
  26 ???←次ここ


 以前、恵ルート、央輝ルートと言ったような気がするけど。
 ルート増えそう。コミュ組のルート。■■とか、■■とか。
 ……まぁ、多分全部はやるはめにならないよね!だいじょうぶだよね!
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/18(月) 00:09:50.22 ID:anZ4Guwzo
にゃあ王様の名前逆にした!
修正版↓


    第三幕
    Chapter

  17 央輝といっしょ
  18 問題の処理
  19 記者の再来
  → ???
  20 騙り屋さんと超探偵
  21 因果のツケ
  22 僕らの王国
  23 情報収集
  24 王様との邂逅
  25 我斎五樹
  26 ???←次ここ
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/04/18(月) 00:10:52.33 ID:UJydxNXko

セーブは上書きも出来れば空きスロットも残ってるつまり
695 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/18(月) 00:20:53.25 ID:5/d3V26Vo
乙。

ロンドのルートは期待していいのか?
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/19(火) 23:42:45.09 ID:HJIuPt1Ho
がさいさんいいよなぁ
乙です
697 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/23(土) 08:47:59.36 ID:P0/vn9b6o
 ……あーうん、本当にごめんね。
 ほぼ一週間も放置だよ。なにこれ本当に時間ない。先週よりない。

 昼間か夜に再開します。本当に遅れて申し訳にないです。
698 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/23(土) 08:49:52.15 ID:tXPCWyCQo
忙しいんだろうから無理すんなよ
699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/23(土) 23:17:20.23 ID:P0/vn9b6o
 >>698
 その言語、とても嬉しいです。ありがとうございます。
 今回はのは恵ルートを央輝ルート風に手直し修正したものですが、これからも書いていこうという意欲が湧いてきます。
 重ねて、ありがとうございます。


 では、再開。
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/23(土) 23:42:41.20 ID:P0/vn9b6o
 小鳥のなく声が聞こえた。
 緑色のしわひとつないカーテンの間から、僅かに日の光が差し込んでいた。

智「……朝かぁ」

 視点を前に移すと、そこは見知らぬ天井。
 当然だ。ここは僕の家じゃなくて、紹介されたホテルの一室なのだから。
 昨日、あの後連絡があったのは意外にも我斎ではなくてその彼の保護下にあるちまい子の方だった。
 はじめにあったのは、以前の時のお礼。それでも僅かに躊躇いがあったような気がするのは気のせいじゃなかっただろう。
 そしてその後は昨日僕が泊まった(つまりこのホテル)の場所と部屋番号を言って、最後には『今度また改めてお礼をすることになる』とのこと。
 礼儀はしっかりしているのか、あるいはあの王様から夜子の方からも借りは返すように言われているのか。
 ま、どちらでも構わないけれど。僕は昨日我斎に言ったとおりホテルの手配でちゃらにしたつもりだし、これ以上のお礼とかは受けとりたくない。
 人と関わることは、僕の呪いを踏むことに近づくということでもあるから。

智「さてと。それじゃあ待ち合わせ場所に行こうかな」

 昨日の夜、皆にメールをした。繰莉ちゃんは調べ物をするらしいから午後に合流するらしいけれど。
 僕は身支度を素早く整えてホテルを出る。
 待ち合わせ場所は件の歩道橋。話が出たときは央輝の方を思わず見てしまったけれど、問題ないとのことだった。
 多分、皆が揃うまで近くの日陰で待って、それから出てくるのだろうと予想。
 当たるとしても外れたとしても、央輝には央輝なりの考えがあるのだろうからきっと言っていたとおり、問題ないだろう。


紅緒「あ、智さんだ。おーいっ!」

 掛け声と同時に大きく手を振る姿。
 待ち合わせた歩道橋についたら既に二人の人物が暇を持て余していた。
 瑞和暁人、竹河紅緒。傍から見ていると年頃のカップルにしか見えない。

智「おはよう二人とも。はやいんだね」

暁人「ま、一応センパイだからな」

紅緒「正義の味方ですから!」

 二者二様の答え。
 どちらにしても嬉しく、心強いことこのうえない。
701 :修正  央輝の方を思わず見てしまったけれど→央輝には思わず大丈夫か確認をとってしまったけれど [saga]:2011/04/23(土) 23:50:36.93 ID:P0/vn9b6o
 カゴメさんは繰莉ちゃんと別方向から調べ物。
 真雪の方はなんとお仕事らしい。こよりと同じぐらいそうなのにすごい。
 と、三人で談笑して数分、すぐに新しい影が現れた。

アヤヤ「オハヨウゴザイマス、先輩方!」

芳守「今日はよろしくね」

 アヤヤと芳守が来たのは同時。
 話を聞くと、あの後芳守はアヤヤの家に泊まったらしい。
 仲がよろしいことで。

 ――彼女らとは、昨日誓い合った。
 自分の仲間を、世界を、王国をその手で護るために。
 今日来たことでそれは事実だと、心のそこから本気だと知ることができる。

 少しだけ、二人の目の下にクマがあるように見えた。最後の最後まで、やっぱり考えもしたのだろう。
 それについて紅緒は気を使うように言う。

紅緒「……ねぇアヤヤちゃん、芳守さん。智さんもだけど。もし嫌なら――やめてもいいんだよ?」

アヤヤ「その代わり、紅緒ちゃんがやるの?」

紅緒「――――――」

 紅緒は間髪入れないアヤヤの言葉に押し黙った。
 アヤヤの意志も、既に固まっている。
 一度犯した過ちを悔やむことで、アヤヤは一回り大きくなっているような気がした。
 良くも悪くも。芯ができた、とでもいうのかな。
702 :修正  央輝の方を思わず見てしまったけれど→央輝には思わず大丈夫か確認をとってしまったけれど [saga]:2011/04/23(土) 23:55:54.94 ID:P0/vn9b6o
芳守「紅緒。私たちは私たちの意志でやるの」

 アヤヤの前に出て、芳守は告げる。
 決してイヤイヤではないのだと。

芳守「切欠は、私たちが理由じゃないかもしれない。私たちが手を貸す理由はないかもしれない」

芳守「でも、和久津と、央輝と繋がって……二人とも、もう私たちの世界の一部なの」

芳守「放っておいたら壊れてしまうかもしれない。だから、私達は打って出る」

芳守「……紅緒達が動くのは、万が一、があった時ね」

 万が一。
 ソリッドにマクベスがやられてしまったとき。
 ジャックを倒した経験のあるバビロンならば、倒してレベルアップされた後でも連戦続きのソリッドを倒すことができるだろう。
 しかし、そうなってしまっていると既に僕たちは――死んでいる。
 紅緒が心配するのは、きっとこのことだ。
 助けられたはずの命を見逃してしまうことを、正義の味方を名乗る紅緒は許せないのだろう。

紅緒「そんな、態々一体だけで危険を犯して戦う必要なんてないじゃない……私たちも参加すれば、もっと勝率が――」

 しかし。
 それは、違う。

智「紅緒、それは違うんだよ」

 聞いて、えっ、というような顔をこちらへと向けた。

智「その災の種を運んできた僕がいうのもなんだけど……種を運んできたからこそ、自らの手で摘み取らなきゃいけないと思ったんだ。皆はそれに賛同してくれたんだ」

智「だから――僕の、僕たちの手でそれを止めるんだ」

紅緒「智さん…………でも、私は」

暁人「紅緒、それぐらいにしておけ」

 興奮する紅緒を諌めるように瑞和が割り込む。

紅緒「暁人、でもっ!」

暁人「ちょっと、こっち」

 止めにかかった瑞和にさえ食って掛かる紅緒を、瑞和は軽く引き寄せ、何かをささやく。
 きっと紅緒を宥めるような何かだろう、すぐに紅緒はおとなしくなった。
 ……少しだけ、元気がないけれど。
703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 00:08:44.45 ID:SEng8f2lo
 そんなタイミングを見計らったかのように、お春さんと伊沢が並んで現れた。

春「お待たせ」

伊沢「しちめんどくせェこった……あ?」

 と、伊沢が僕らを見て怪訝そうな声を上げる。

伊沢「なんだ、俺らが最後かと思ったら。まだオマエラ一人足りてねぇんじゃねぇか」

智「あー……それには止むを得ない事情がありまして」

 央輝は日向には迂闊には出てこれない。呪いを踏んだら一大事、だからこそ僕も強くいうことができないし……どうしたものか。
 考えると同時に僕のポケットの中で携帯電話が震えた。

智「っと、ちょっとまってて」

 着信は、その央輝から。
 反射的に通話ボタンを押して、直ぐに所在を尋ねる。
 しかし、帰ってきた言葉はこっちはこっちで勝手について行くから、移動しても構わないとのこと。
 それをそのまま伝えると、やはり真っ先に反応したのは伊沢だった。

伊沢「ケッ、俺達に面見せたくないってか」

暁人「いや、俺と紅緒、あとまゆまゆは昨日顔見たけど」

伊沢「……まぁ、いい。さっさといくぞ」

 ごまかすようにそう言って、伊沢は踵を返す。
 その先は街の郊外の方向へと向かっていた。
704 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 00:10:23.77 ID:SEng8f2lo
智「どこへ?」

伊沢「決まってんだろ。練習場だよ。俺の舎弟を自称する奴に用意させた」

 思わず尋ねた問いに、伊沢はなんてことなさそうに答えた。
 ……本当、いいやつだ。

伊沢「……言っておくけどな、バビロン並じゃなきゃジャックレベルまでレベルアップした奴には勝てねぇ」

伊沢「それなのに操作を鍛えるなんて焼け付き刃かと思うかもしれねぇが、案外そうでもねぇ」

伊沢「レベルアップした奴は力が強いが、その分重くなり動きが端直になる。だから速い攻撃の先をよんで避ける術を覚えろ。死んでも覚えろ。じゃなきゃ殺す」

 結局、死ぬらしかった。
 暁人がツンデレめ、とつぶやいていたのが耳に入ったけれど、幸運にも本人の耳には入らなかったようだ。
705 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 00:23:27.75 ID:SEng8f2lo
 本当に、死ぬかと思った。
 バビロンの能力は重力操作――ただの『竜型』よりも遙かに大きいくせにそれより速い。
 手加減なし……いや、壊さない程度というのが手加減に含まれないなら、手加減はなかった。
 マクベスが一撃を食らい、地面に伏すたびに血走った眼で叫んだ顔は、きっと生涯忘れない。

伊沢「オラオラァ!さっさと立ちやがれ!まだくたばってんじゃねぇぞ!」

 心の隅では殺すつもりだったに違いない。
 繰莉ちゃん以上に移動を操れない僕には紙一重で交わすのが精一杯だった。
 ……直撃することもしばしばあったけれど。
 それでも致命傷にはならなかったのは央輝のお陰だ。
 
央輝「オマエ……調子に乗るなよ」

 軽めの攻撃を二、三撃受けて、そして伊沢が吠えて、そこで初めて央輝が姿を見せた時、彼は少しだけたじろいだような気がした。
 しかし直ぐに獰猛な表情に戻り、マクベスにラッシュを浴びせた。
 だがそのマクベスの攻撃も負けてはおらず、本気を出した央輝と目にも留まらぬ打ち合いを続けた。
 その甲斐あってか、繰莉ちゃんが来る頃には芳守は随分と先読みが上手になり、アヤヤのシールド展開サポートのタイミングも様になってきた。

繰莉「やってるねぇ、そろそろ私も混ぜてよ」

 フル接続となったマクベスは、コレが二度目。
 互いに消耗したままで本当の模擬戦をやってみた結果、戦場の支配率は6:4と言ったところだっただろうか。
 レアクラスのニンジャ、央輝の観察眼と伊沢にも匹敵する格闘センスは伊達ではなく、圧倒的だと思われたバビロンにひたすらに食いついていた。
 初心者相手にここまでやられたことが気にくわないのか、終わった後に少し不機嫌だったのも忘れないだろう。

伊沢「チッ……次やるときは覚えておけよ」

央輝「フン、オマエこそな」

暁人「いや、次ないから」

 藪をつついて蛇が出る、瑞和は二人に睨まれていた。
 それを尻目に、仕事の早い繰莉ちゃんの持ってきた封筒の中身を確かめる。
 中身は隠し撮りか何かだと思われる写真と。そして、生きている連絡先。半日でこれを調べたのだとすれば、仕事がはやいにも程がある。
706 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 00:26:20.27 ID:SEng8f2lo
 繰莉ちゃんは封筒から一枚の名刺と、何枚かの写真を手に取り、皆に見せつけるように振る。
 そこには当然のことながら連絡先、そして三宅が映っていた。

繰莉「一応、これが生きてる連絡先。泊まってるホテルもつきとめた。彼だけを殺すならそこをマクベスなりなんなりで強襲すればすむことなんだけど……」

紅緒「すむことなんだけど?」

繰莉「一人でレベルアップしたアバターを動かすのは限りがあるでしょ?それに、ともちんやめーちんの時には『魔犬型』にはならなかった。そうする余裕がなかっただけかもしれないけどね」

繰莉「つまり。これらから導き出される答えは一つ」

伊沢「共犯者がいる、ってことか」

繰莉「いーちゃん、それ私の台詞。超探偵から探偵の仕事をとったら超しかのこらないよ」

 割り込んだ伊沢に、繰莉ちゃんがブーたれる。
 しかし軽く横に首を振った後、封筒の底にあった写真を取り出した。

紅緒「……まぁ少なくとも、相手のコミュの内三人以上が敵、ってことよね」

暁人「それにしても、多変型アバターか……厄介だな、そんなものがあるなんて思ってもなかった」

春「そうだねぇ、そんな色んな種類のモノを使い分けられたらお春さん困っちゃう」

伊沢「……俺はつっこまねぇぞ」

 バビロンコミュが口々に口にする。
 やはりジャック以外にも幾つかのコミュと戦ったことがあるんだろう。
 そういう考察は頼りにはなる。
707 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 00:27:48.68 ID:SEng8f2lo
智「……とりあえず、現時点で手に入る情報はコレが限界、か……」

繰莉「そうだね、少なくとも、繰莉ちゃんの手に入る情報ではこれ以上はむり」

 ……さて。
 拠点フェイズ、作戦フェイズと来て次は戦闘フェイズ……に移りたいところなんだけれど。
 如何せん、相手の出現位置がわからない。
 一応繰莉ちゃんにも連絡先はつきとめてもらったけれど……これを使っても引きずり出せるとは思わない。
 僕や央輝がしても相手は怪しむだけだし、アヤヤや芳守、繰莉ちゃんがしてもどうしてってことになる。
 そんな僕の悩みはよそに、芳守は出なかった情報に関して繰莉ちゃんに聞いていた。

芳守「相手の能力はわからなかった?」

繰莉「うんにゃ、そこまでは」

暁人「使えないな、先輩」

繰莉「アキちゃん。繰莉ちゃんは相手のアバターの認識下に入らないように最高の注意を払ってたんだよ?寧ろ一歩間違ったら死んじゃってたんだから、褒めてほしいぐらい」

 ……今、なんていった?

智「今、なんていったの?」

 思わず、そのまま聞いてしまう。

繰莉「え?繰莉ちゃんは相手のアバターの認識下に入らないように最高の注意を払ってた?」

智「違う、その後!」

繰莉「それじゃあ……寧ろ一歩間違ったら死んじゃってたんだから、褒めてほしいぐらいってとこかな?もしかしてともちゃん褒めてくれるの?」
708 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 00:30:38.56 ID:SEng8f2lo
 一歩間違ったら、死んでいた。
 なにもしない一般人は今は殺さなくとも――自分のことを探る一般人は殺す?
 どうして?決まっている。
 自分が殺人を犯していると、バレるのが恐ろしいから。
 自分が記者だから、それは必要以上に知っていることだろう。

智「これだっ!!」

アヤヤ「あややややっ!?な、ど、どーしたんですかっ!?」

 大声を上げて立ち上がり、右隣で資料を見ていたアヤヤが動揺する。
 その反対側の央輝が眼を細めて訊ねてくる。

央輝「何かいい方法でも思い浮かんだのか?」

智「うん、アイツが直接アバターで物理攻撃をすることに頼らなかったら、もしかしたら能力が視える可能性があるかも。繰莉ちゃんそこそこ俊敏そうだし」

智「それにこの作戦だったらアイツはほぼ確実に釣れる。呼び出せる」

暁人「……呼び出すって、電話するだけじゃだめなのか?」

伊沢「……瑞和、馬鹿かテメェは。確かに相手のアバターはこいつらに執心かもしれねぇ」

伊沢「そのために確実に勝つためにレベルアップしてんだぞ。自分たちで満足だと思うまででてくるわけねぇだろうが」

春「それに、もしかしたら戦闘前に能力がわかるかもなんでしょ?だったらこっちの作戦の方がいいんだよね、智ちゃん?」

智「うん。……でもそのためには、繰莉ちゃんにもう一仕事してもらわないといけないかも」

繰莉「へ?」

 繰莉ちゃんは珍しく、呆けたような声を上げた。
709 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/24(日) 00:33:07.98 ID:SEng8f2lo
    第三幕
    Chapter

  17 央輝といっしょ
  18 問題の処理
  19 記者の再来
  → ???
  20 騙り屋さんと超探偵
  21 因果のツケ
  22 僕らの王国
  23 情報収集
  24 王様との邂逅
  25 我斎五樹
  26 決戦前日
  27 ???←次ここ

 とりあえず明日には、三幕終わらせます。絶対。
710 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/24(日) 00:34:01.88 ID:pt5Eb5vIo
711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/04/24(日) 09:35:03.86 ID:Wh53DbCuo
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 16:47:20.31 ID:SEng8f2lo
 翌日。
 繰莉ちゃんこと私蝉丸繰莉ちゃんは田松市のホテル前で待っていた。
 昨日の夕方、ともちゃんの作戦を聞いて実行するためにここにいるの。
 結構良い作戦だったと思う。運が良ければ能力がわかるかも、というのも本当。
 ただ唯一問題があるとすれば……繰莉ちゃんの命が一番危ういってことかにゃ〜

繰莉「にゃー」

 足元に寄ってきた黒い猫がこちらを見上げるので優しい優しい繰莉ちゃんは朝食用に買った肉まんの皮の部分を少しちぎってあげたの。
 なぁご、とお礼をいうように一度なく。
 それからハグハグと食べる黒猫の頭にそっと手を置いてみた。

「ガギノドンー」

 その言語にぴくり、と反応した黒猫はすぐさまその声の方へと走っていった。
 おやおや。首輪なしだから野良だと思ったのに飼い主がいたのかな。
 そう思ってそちらの方向を見ると、一度見たことのある顔があった。
 繰莉ちゃん、仕事柄一度みた顔は覚える主義なのよね。
 確か、茜子とともちゃんが言っていたような気がする。

繰莉「こんにちにゃあ」

茜子「……こんにちは」

 すこしばかり警戒しているようだけれど構わない。
 暇つぶしとばかりに少しだけ話をしよう。
713 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 16:48:17.67 ID:SEng8f2lo
茜子「うさんくさいん親戚がこんなところでなにしているんですか?」

 うさんくさいんっていうのはいづるっちのことかな?これまた辛辣なことで。
 ともちゃんの知り合いには本当面白いのが多いね。繰莉ちゃん楽しいよ。

繰莉「ちょっと暇潰し。ところでともちゃんは?」

茜子「あの名探偵貧乳ブルマは暫く私たちには会えないといって行方知らずになりました」

 すこ〜しだけ不機嫌そうにいうのも束の間。
 茜子だから……アカちゃんかな。アカちゃんは繰莉ちゃんに質問してくる。

茜子「今は私たちよりも貴方達のほうが知っているのではないですか?」

 うーん、ともちゃんがどこまで話しているのかにもよるにゃあ……
 でも質問して来るってことは会えない理由は言ってないってことだから、ここは適当にはぐらかすかな。

繰莉「いんや?繰莉ちゃんは知らないよん」

茜子「……アナタもきっと、姑息貧乳や私と同じ人種ですね」

 はぁ、とアカちゃんは溜息を吐く。
 ……あ、そういえば。この子、目とか動作とかで嘘ツイてるのわかるんだっけ?
 半信半疑だったからすっかりと忘れてた。というか繰莉ちゃん的にはちゃんと隠せたと思ってたんだけどなぁ。

茜子「まぁいいです。あの姑息僕っ子もチビチビヤンキーも意味なく何かをすることはないでしょうし」

 そう言ってアカちゃんは黒猫――ガギノドン?を抱き上げた。

茜子「それでは、また会う日まで。無いとは思いますが」

繰莉「うん、まったねぇい」
714 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 16:48:54.97 ID:SEng8f2lo
 人の波と僅かな間を保ちつつ去っていくアカちゃんの背中を見送った。
 ふむ……ふっしぎだなぁ。
 繰莉ちゃんは謎があると解きたくなる性分なのだよ。
 何か隠している気配がプンプンするのよね。
 今度こっそり……ともちゃんたちのこと調べちゃおっか。いづるっちも何か知ってそうな感じだったし、そこからアプローチをかけるのもいいかもね。

 ……っと、危ない危ない……危うく、見逃すところだった。
 ホテルから出てきたその男性に駆け寄る。
 中年。頼りなさそう。猫背。痩せ型。筋肉質でない。
 そういった特徴を持つ、そいつに繰莉ちゃんは用意した写真を握りしめながら話しかける。

繰莉「こんにちにゃ〜」

「え、あ、ああこんにちは……俺に何かようかな?」

繰莉「うん。えー、三宅康博さん、ですよね?」

 軽く警察ぶって見る。
 ソイツ――三宅は何故名前を知っているのかと名前をしたが、すぐに返してきた。

三宅「あ、ああ。そうだけど……」

繰莉「三宅さん……私はね、掴んだんですよ」

三宅「……何を?」

 インテリぶって、くい、とメガネを押し上げる。

繰莉「無論、アナタが殺人を起こしている証拠を、ね」

 そして繰莉ちゃんは不敵に、にやり、と笑う。
715 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 16:51:06.39 ID:SEng8f2lo
 僕と芳守は近くのビルの影で繰莉ちゃんの様子を見ていた。
 三宅は動揺を隠そうとしているがもう茜子でなくともバレバレだ。

芳守「……蝉丸、大丈夫かな」

智「多分大丈夫。ダメなら僕らが頑張ればいいだけだよ」

 ――僕が提案した作戦は、こうだ。
 まず、面が割れていない繰莉ちゃんが一般人(それでも超探偵)を装い、三宅に近づく。
 超探偵の繰莉ちゃんは再来ジャックの正体を追っているうちに三宅を多く見かけたことを告げる。
 今繰莉ちゃんは証拠を掴んだとはいったけれどまだ完全なる証拠を掴んだわけじゃない。でもほぼ確実だから言質をとっておこうと思ってね、という。
 ……ちなみに、この理由におかしな点はある。
 再来ジャックの調査、とは言ったものの、そもそも三宅は一人もジャックのように殺してはいない。つまり表の世界ではただの外傷なしの集団死として扱われている。
 只管にアバターを壊した『魔犬型』としてそうコミュネットで言われているだけだ。
 勿論そこに突っ込まれたら知り合いにアバターをもつ人がいてね、といえと伝えてある。繰莉ちゃんなら口八百で誤魔化せそうだけれども、一応。
 しかしながら、こんなに動揺していてはそのことをいう必要はなかったといえるだろう。

芳守「……蝉丸が離れた」

 もし、僕が三宅ならば。
 そういう危険因子は、すぐさまに取り除く。
 だから――

芳守「アイツも蝉丸を追いかけ始めた」

 追いかけて、一人になったところを殺るだろう。
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 16:56:35.23 ID:SEng8f2lo
智「フェイズ2に移行するよ。芳守、頑張ってね」

芳守「うん、出来る限り頑張る」

 手の中で、元々用意しておいたメールその1を皆に送る。
 僕は芳守の肩を叩いて路地裏から近道を通って抜ける。
 一人になったところを殺る、とは言ってもそれを読んでいるのだから一人になるわけがない。
 そういうふうに、仕組まない限りは。
 そして、アイツが他のメンバーに連絡しないとも限らない。
 だから尾行を芳守が道路からと、央輝が路地裏からの二箇所から三宅とその周囲を監視してもらう。
 これが、フェイズ2。

 ラストのフェイズは三宅、ないし残りの仲間が繰莉ちゃんが一人になったところを攻撃する時点で行う。
 直接攻撃を仕掛けようとした瞬間、或いは能力攻撃をしようとした瞬間にマクベスで割り込むのだ。
 ちなみに舞台にする人気のない場所、というのは本当に人気がない。
 瑞和たちが自分の知り合いにそういうのが簡単にできる奴がいる、ということで舞台をつくりあげてもらったのだ。
 結構瑞和の人脈も馬鹿にできないものだと思ったのは余談。
 そして僕らは一箇所に集結し、アイツを破壊する。

 路地裏を駆けている途中、着信があった。
 央輝からだ。

央輝『二人に増えた。どうやら仲間を呼んだみたいだな。おそらく予想通り、三人以上が相手になるだろう』

智「わかった。それは繰莉ちゃんには?」

央輝『和久津から伝えろ。アイツと話すとイライラする』

 かちかち、と手の中でライターを鳴らしている姿が目に浮かんだ。
 僕は苦笑いし、わかったといってすぐさま繰莉ちゃんに連絡をとる。
 コール音を聴きながら、思う。
 本当、繰莉ちゃんごめん。囮なんかにしちゃって。もう少し頑張って。
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 16:59:05.43 ID:SEng8f2lo
 数分後、央輝からは三人に増えた、と連絡があった。
 僕は先回りした場所でアヤヤと合流し、先程の連絡後、すぐに見張りをうちきった央輝とも合流する。

 場所は――町外れの使われていない廃れたクラブ場。
 瑞和や伊沢曰く、コミュのアバターギグでも使われたことのある会場だという。
 それについては詳しく聞かなかったけれど、字面をなぞればコミュネットの祭りのようなものなのだろう。
 そこの全体を見渡せる、しかし相手からは見えにくい司会席のような、解説席のような場所に僕ら三人は集結する。

央輝「……化猫じゃないほうのヤツはどうした?」

智「芳守は最後の人数の確認。確認したら裏口から入るように言ってある」

アヤヤ「私達はとりあえず、よっしーが来るまで耐え切る必要もあるわけですね」

 来る前に倒せたらそれはそれで万々歳だけど。
 相手はレベルアップしたアバターだ、そんな甘い考えが通じるはずがない。
 芳守からメールが入る。

芳守『ポイントよりおよそ百メートル。人数は三人』

智「了解、それじゃあ見つからないように裏口から……と」

 さて、後は繰莉ちゃんが場所に入って、相手が殺ったと思う瞬間にアバターを召喚する。
 ……タイミングよくないと相手も攻撃を中断する可能性もあるし、繰莉ちゃんがやられてしまう危険性もある。
 どちらかといえば前者の方が重要度は低い。だから心持ち早く召喚するようにしないと……
 それでもグッドタイミングが一番望むものだ。

智「……頼むよ、繰莉ちゃん」

 全ては、繰莉ちゃんの手腕にかかっている。
718 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 17:00:12.43 ID:SEng8f2lo
 ……さて。
 ともちゃんにはなるべくはタイミングを見てほしいって頼まれた。
 能力の方の攻撃スピードはどうかわからないけれど、『魔犬型』のアバターのスピードは速い。
 下手すればやられる。
 繰莉ちゃんがやられたらきっと皆もすぐに後を追ってくるだろうなぁ……
 ま、ともちゃんたちなら繰莉ちゃん欠いたぐらいでも勝ちそうな気はするけど。
 そうしたら繰莉ちゃん一人だけ死んじゃうのか……
 それは嫌だな。死ぬつもりはないけれどね。

 予め貰っていた鍵で会場のドアを開き、ドアを閉じずに開けっ放しで入る。
 距離が必要だ。全力でない程度に距離をとって、振り返る。
 すると丁度三人が入ってくるところだった。
 ここまでは、ともちゃんの計画通り。
 次のタイミングで繰莉ちゃんの運命は決まる。

繰莉「あれぇ、どうしたのミヤさん。そんなに怖い顔して」

三宅「はっ、お前に俺達のことをばらされたら困るからなぁ……今までの奴らと同じ通り、殺させてもらうぜ!侵略しろ、『ソリッド』!!」

 青白い、召喚ゲート。
 中からは水色の『魔犬型』――――
 さて、タイミングはどうしようか?


 >>719
 1 自身の安全をとって早く出す
 2 ギリギリまでタイミングを見極める
719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/24(日) 17:03:38.34 ID:HxCvSVybo
720 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 17:25:38.05 ID:SEng8f2lo
 →自信の安全をとって早く出す


繰莉「わぁお、なにそれ、なにそれ!もしかしてそれで殺してたの?」

三宅「そんなことを聞いてもいみねぇだろ?なぜならお前はここで死ぬんだからな!やれ!」

 少しばかりソリッドの身が沈んだように感じた。
 ――来る!
 そのまま突進されてしまえば、こっちのアバターを召喚しても間に合わない。
 ……皆には申し訳ないけど、仕方がない。
 勝算を上げる機会を捨ててしまうのは惜しいけれど、命が関わるのだから許してくれるはずだ。 
 だから繰莉ちゃんは。このタイミングで召喚を命ずる。

繰莉「――マクベスッ!」

 青白いゲートが会場を淡く照らす。
 その中から現れるのは――朱。
 朱鋼の腕甲、朱鋼の装甲、朱鋼の頭蓋。
 まるで夕焼けの色のように朱い―― 一体の竜。
 三宅の顔が驚愕に満ちる。繰莉ちゃんはしてやったり顔。
 これだから人の裏を読むのはやめられない。

三宅「そ――こいつは、アイツの――――!?」

 動揺している。
 今だ。地面とマクベスを磁力で反発して、一気にソリッドの元へ、駆け抜ける――


 ――私は、気づいていなかった。
 マクベスを召喚した瞬間に、その場に風がおこったことを。
 そして、気付かなかった風が一体何を意味していたのか、ということを。
721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 17:51:37.50 ID:SEng8f2lo
 初めに聞こえたのは、メキ、という何か固いものが押しつぶされるような音だった。
 同時に感知したのは一つの事実。
 何かみえないものにマクベスがぶつかって、その装甲がプレスされるように押しつぶされている、という事実。

智「何!?」

 繰莉ちゃんは相手がソリッドを構えた瞬間にマクベスを召喚した。
 それは仕方が無いことだと思う。そのあと、マクベスの姿に動揺し、硬直したソリッドに全速力で向かう、ということも。
 しかし。
 これは何だ?
 マクベスの胸部が、何か見えない物にぶつかって。その時のマクベスのスピードは磁力反発によって、初速がほんの瞬間的にも銃の初速を超えるもので。
 そして先ほどのような音が聞こえて。
 次の瞬間にはその『何か』は、ぶつかったマクベスの装甲を貫き、それなりの大きさの風穴を開けていた。

央輝「クソッ、何がおきてる!?」

 理解ができない。
 思わず芳守を仰ぐが、首を振った。

芳守「わからない!何か固いモノにマクベスはぶつかって、貫通したことだけしか!」

アヤヤ「それより、前、まえっ!!」

 アヤヤが叫ぶ。
 見ると、ソリッドが既に再起動していた。

 マクベスは『何か』にぶつかった瞬間に、それを自身を貫通させるまでに数秒のロスをした。
 そして、押しとどめられてスピードが落ちた。さらに風穴があいたことによる今度はこちらの動揺でマクベスの移動と攻撃が止まった。
 だから――相手に復帰する時間を与えてしまうことになった。

 ズガン!と一撃。
 風穴が開いて罅の入った装甲を、レベルアップして『竜型』並となった攻撃力が引き裂いた。
 装甲は簡単に剥がれてしまい、そしてマクベスは僅かに吹き飛ばされる。

 そして連撃。
 回避、防御、攻撃。
 いずれの動作を行う暇すらない。その前に攻撃をされて、選択肢が失われる。
 そこにただあるのは、一瞬の隙で全てを奪われた竜に対する暴虐。

智「く……っ!?」

 足をもがれ、腕をちぎられ。
 僕が最後にマクベスの視点からソリッドを見てみたまさにその時。



 ――薄い青色の魔犬は、縦にその尖すぎる爪を振り下ろした。
722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 17:53:40.19 ID:SEng8f2lo
『――――本当にこれでいいの?』

 そうだ、否定しなければ。

 余計な事は考えないで。
 ただ皆と一緒にいるために。


 ああ――――こんなものは―――――――
 


智「やり直しを要求する!!!!」



 望まない――――
 これでは駄目だ。

 こんな道は棄却せよ。
 さあ、もう一度。


 ――――よりよき結末を探しにいこう。
723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:01:40.98 ID:SEng8f2lo
真雪「教える、真雪先生のコーナー!」

真雪「二度目以上の方はこんにちは、初めての方ははじめまして。今日の真雪先生のコーナーです」

真雪「さて、ここにきてバッドエンドです。もうこんなのいらねーよ!とか思っている頃でしょうか」

真雪「なければないで、寂しくなるものなのですよ?」

真雪「さて、今回のバッドエンドは……」

真雪「よくある選択肢間違いってやつですね。難しい選択肢でした」

真雪「結果だけ見ると、やってやろうとしたのに返り討ち……智さんらしくないですね」

真雪「まぁこの際のポイントというポイントはこれといって見当たりませんね。これから同じようなのがあったら、エロゲ経験で鍛えた選択肢選びを頑張って駆使してください」

真雪「じゃ、真雪とみんなとの約束です。セーブはこまめに大切に――」

 ブツンッ
724 :ロード>>>718 [saga]:2011/04/24(日) 18:03:54.94 ID:SEng8f2lo
 →ギリギリまでタイミングを見極める


繰莉「わぁお、なにそれ、なにそれ!もしかしてそれで殺してたの?」

三宅「そんなことを聞いてもいみねぇだろ?なぜならお前はここで死ぬんだからな!やれ!」

 少しばかりソリッドの身が沈んだように感じた。
 ――来る!

繰莉「――マク」

 思い、留まる。
 ソリッドには動く様子がない。
 レベルアップしたアバターは速い。だから足元でためる必要性なんてない。
 つまり――能力!

繰莉「……!」

 繰莉ちゃんの背後から、何かが頬を撫でる。
 腰ぐらいまである長い自慢の髪が揺れる。
 ここは室内で、風なんか絶対におきないはずなのに。
 三宅の口が、何かの文字を形作る。


 ――この瞬間。
 繰莉ちゃんは最後まで聞くことなく、召喚を命じる――


繰莉「――――――踊るよ、マクベス」
725 :ロード>>>718 [saga]:2011/04/24(日) 18:04:33.84 ID:SEng8f2lo
 青白い光が出現する。
 三宅たちが動揺し、何かは繰莉ちゃんに向かう寸前で止まった。
 素早く、そこにある何かに向かって竜、マクベスは爪を振るう!

 ズバン!と『何か』を切り裂いたような、ラッパ音だけがした。
 腕より遅れて、足が。頭が。胴体が。尾が順番に現れる。
 三宅の顔が驚愕に満ちる。繰莉ちゃんはしてやったり顔。
 これだから人の裏を読むのはやめられない。

三宅「そ――こいつは、アイツらの――――!?」


 一。
 訪れるのは感触。
 朱い竜へと繋がれる違和感。

 二。
 装填されるのは五つの意志。
 装填されるのは五人の人間。

 三。
 それはあまりにもシンプル。
 人が扱う感情を具現化したもの。

 四。
 そしてコレは武器。
 剣、盾、法、領土、国境。すべてを兼ね備えた物。

 五。
 全ては私たちの王国を護るために。
 私たちの意志で、力で――ソリッドを倒すために!
726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:05:25.63 ID:SEng8f2lo


 ■■■■■■■■―――――――ッ!


 五つの魂を込められた、マクベスの名を与えられし竜は吠える。
 犬如きが竜の前に立つのは百年速いと。

「おい三宅!なんだよこいつ、接続者じゃねーか!」

「それに前にお前が言ってた朱い竜だよな!?なんでこいつが持ってんだよ!!」

 動揺が三宅のコミュ内に走る。
 その隙を見逃さない――!

 グンッ、と繰莉ちゃんが竜を先導する。
 下からアッパーカットのように繰り出すのはタイミングを見極めたゆんちゃんの仕事だ。

 大きく振られた、当たれば首をもぎ取るであろうその一撃は、紙一重で空を切る。

三宅「テメェら動揺するな!やらなきゃやられるんだぞ!?」

 自分自身も動揺してるくせによく言う……それにしても惜しい。あと少しだったのに。
 と、次の瞬間にポケットの中の携帯が震えた。
 ともちゃんからの撤退命令。
 確かにここにいるのも危ないし、皆のいる司会席に向かうことにする。
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:06:46.86 ID:SEng8f2lo
智「っ、芳守、今のわかった!?」

芳守「……っ、ごめん…………!」

 先程の、みえない攻撃。
 繰莉ちゃんが『そこにある』というように引き裂き、破裂音が響いた。
 それがなんなのか、芳守に聞いたのだ。

芳守「……柚花がいってたような、念力系統じゃない。それだけは確か」

 確かに、見えない力を引き裂いたところでラップ音なんて鳴るはずもない。
 だとすれば考えられる力はなんだ?
 気体を操る……いや、ない。だとしたら、凄く堅いという情報に説明が付けられない。
 一体なんだ、なんだ!?

アヤヤ「っ、智先輩!来ます!!」

智「っ!!」

 アヤヤが思考の迷路に入りそうになる僕を現実に戻す。
 繰莉ちゃんにはその場は巻き込まれる危険性があり危ないからこっちにこいと連絡した。
 だから今移動を司るのは僕の役目なのだ。
 磁力――『反発』。
 足元の磁力場に対して同じ極の力を生み出し、それを強い力で反発させることにより、バビロンとまではいかないが並の『竜型』より速いスピードを誇る。
 前回の戦いではあまりにも少ない接続だったために使わなかったが、これが本当のスピードだ。

 しかし、それでも――空色の犬には追いつけない。
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:09:06.60 ID:SEng8f2lo
 僕が反発した方向に一瞬で先回りされる。
 振り下ろされる、三本爪。
 それすらも前回と比べて大きくスピードを上回っていた。

 ギィン!と爪が縦に振られたのに横に、マクベスの装甲に弾かれる。
 肩から持って行かれた、と思った攻撃は、思ったより軽傷。人で言うなら掠り傷程度。

アヤヤ「あ、危なかった……!」

 アヤヤの役目はプリースト。マクベスの重要な盾の部位。
 磁力の壁。今のはマクベスの肩のまさにその表面に一点集中し、弾いた。
 正しく間一髪。

央輝「ふっ!」

 央輝が掛け声と共にマクベスの右腕の刃を振るう。
 しかし、ガギン!と容易に受け止められた。
 ギリギリギリ……!となる金属音は、まるで鉄に鋏をいれたときのようにぴくりとも動かない。
 そんなバカな。
 本当に、これではあまりにも硬すぎる――!

央輝「っ、和久津、避けろ!!」

智「っ!!」

 先ほどとは逆の、もう一方の腕が振るわれる。
 今度は真横。
 移動してもおそらく、間に合わない。
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:11:03.50 ID:SEng8f2lo
 活路は、上か。足先なら犠牲にしてもまだ戦える。
 飛ぼうと思い、背筋に悪寒が走る。
 あそこは、危ない気がする……!

智(ならば――――!)

 咄嗟、閃く。
 考えるよりも速く、後ろでも横でも、まして上でもなく、前に!
 突進するようにソリッドへと突撃し、無事に横に振られた斬撃は回避、そのまま地面に折り重なって転がる。
 次の瞬間、先ほどマクベスがいたところに、ズン!と直径二メートルほどのクレーターが出来た。
 ――見えない攻撃だ。
 先ほど上に飛ばなかったのは正解だ。自分から死に行くところだった。

 グオン!と央輝はもつれあったままの状況でソリッドの首もとに噛み付かせた。
 またしても甲高い金属音。
 先ほどとは違い少しだけめり込んだ竜の牙は、しかしそれ以上には食い込まない。

芳守「本当、一体……っ!あーや、胴!!」

アヤヤ「え、えっ!?」

 戸惑うアヤヤをよそに、ドゴン、と竜が少しだけ浮いた。
 『魔犬型』はもとより攻撃力はそれほどない。しかし過去のジャックや今のソリッドのような酷くレベルアップしたアバターは別だ。
 一撃で竜の装甲を引き裂き、最低なら二撃で仕留める。
 それでも何故浮くだけで、装甲が剥がされなかったのかというとそれは攻撃した部位にあった。
 ――足。足には攻撃性能はなく、爪は取り付けられていない。さらには細いために威力も小さい。

 しかしレベルアップした『魔犬型』にはほんの少し浮くだけでも十二分。
 覆いかぶさっていた邪魔者がいなくなり、一瞬で移動、距離をとる。
730 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:13:59.26 ID:SEng8f2lo
央輝「チッ、逃がしたか……」

 噛み付いていた央輝は苛立ちを隠さず、舌打ちする。
 少しだけ食い込んでいた程度ではソリッドを留めるには至らなかった。
 そしてまた相手の動きに翻弄される打ち合いが始まる――
 と、その時ようやく後ろの扉が開いた。
 僕の移動制御が持って行かれる。

繰莉「ヒーローは遅れて登場〜ってね!」

アヤヤ「遅いですよ繰莉先輩ちゃんっ!!」

 本当だよ、繰莉ちゃん!
 本職が来たことで御用御免になった僕は全体の制御に回る。
 そして繰莉ちゃんはいなくなった空席へと収まり、ニヤリ、と笑う。

繰莉「――本職、なめちゃだめだめだよ」

 先ほどより速くなったマクベスが再起動する。
 それにソリッドが僅かに動揺するのも一瞬、また、先読みし、先回りする。
 だが、その先読みは完璧ではない。

繰莉「なんてね」

 マクベスはソリッドの元に付く前に、急激に方向転換。
 予め仕掛けておいた磁力場だ。真正面に進んでいた物体に横のベクトルを加えると、その物体は斜めに進む。
 だから、本来ならまっすぐ突っ込むべきだったところに、斜めに突っ込む。
 ソリッドは修正してまた真正面から受けようとするも間に合わない。

央輝「――くれてやる」

 すれ違い際に、尾のビンタを置き土産としてやった。
731 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:17:14.40 ID:SEng8f2lo
 不意打ち気味に顔面に食らったソリッドが、揺らぐ。
 先ほどとは違ってちゃんと感触があった。
 繰莉ちゃんはふむ、と考えるように呟く。

繰莉「ねぇともちゃん、めぐちゃん。前にソリッドと戦ったとき、一人にしては動きがよかった。そういってたよね?」

智「え、そ、そうだけどそれがなにか……」

繰莉「黙って答えてちょ。……じゃあ、そのソリッドは……軽かった?」

 僕はステータスと竜の視界を見ながら考えを巡らせる。
 確かあれは器物型だった。浮いていた。けれど。
 単騎接続の反発で吹き飛ぶのは、やはり軽かったと言えるのではないか。

智「――確かに軽かった!だって磁力で操った鉄骨で貫けたもの!」

繰莉「やっぱりね……相手の能力の正体がわかったよ」

 え?
 ローグの芳守でもわからなかったのに……繰莉にわかったの?

 ギィン!と竜の爪と犬の爪が交差する。
 僅かながらも欠けるのはやはりマクベスの爪で、ソリッドの爪は刃こぼれすらない。

繰莉「アイツの能力は――疎密を操る力。見えない攻撃は空気を密にして打ち出している攻撃」

 繰莉ちゃんは開幕の見えない攻撃の時に風が起こった、と言った。
 つまりそれは、周りの空気をまとめたからだ、と判断したのだ。
732 :修正 繰莉「ねぇともちゃん、めぐちゃん。前に〜→繰莉「ねぇともちゃん。前に〜」 [saga]:2011/04/24(日) 18:20:08.42 ID:SEng8f2lo
央輝「……なるほどな、それなら確かに理論は通る。前の戦いの時は疎で軽くして動きをよくし、今は密で攻撃を通じないようにしているわけか」

アヤヤ「そんな方法が……繰莉先輩ちゃんすごいです!」

芳守「あーやはちゃんとまえみて!防御には余裕が無いの!」

アヤヤ「あややややや〜っ!!」

 アヤヤが眼を回して慌てる。
 残念だけれど今は心を鬼にするしかない。少しの油断が命取りだ。

 それにしても、戦う時間が――長い。
 時間はマクベスにとっては天敵だ。マクベスの磁力を操る力は強力な分、魔力の消費が激しい。
 繰莉ちゃんがくるまでにマクベスは攻撃を回避する手段が防御以外なかったために魔力の消費はこれでのこり半分しかない。
 相手の能力がわかった今、早急に決めなくてはならない。

智「央輝――やれる!?」

 先ほど、相手の首にはマクベスの牙が食い込んだ。
 それは危なく防御――密にするのが間に合わなくなりかけた、ということだ。
 つまり――防御が間に合わなくなるぐらいに速く、攻撃を仕掛ければいい。

智「央輝!」

央輝「……やってやる。アタシを誰だと思っている?」

 央輝は僅かに笑った。
 結構なピンチな状況に置いてすらも。
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:21:04.57 ID:SEng8f2lo
芳守「……!?待って、風の動きがおかしい!」

 芳守は相手の見えない攻撃が空気を圧縮したものだと知った今、風の動きを読んでいた。
 昨日のバビロンとの模擬戦は立派な役に立っていたようでわかった今は素晴らしいぐらい読みが鋭かった。
 しかし、その芳守が慌てたような声を発した。

 口の中で小さく数え始める。
 一、二、三、四、五、六、七。そこで数字の数は止まる。
 つまり、七つの空気弾をソリッドは創り上げた、ということだ。
 それらを全て潜りぬけ――ソリッドへ一撃を入れなくてはならない。

智「繰莉ちゃん――!」

繰莉「……あやちん、マクベスの方の磁力操作、任せた!智ちんは移動方向の操作をお願い!繰莉ちゃんは地面の磁力場の設置をやる!」

 素早く繰莉ちゃんが判断を下す。
 手分けした最適化。ここでアヤヤの盾の出番はないのだから切羽詰っているところに回す以外使いようはない。
 それにアヤヤの担当はもとよりマクベスに展開する盾の操作。マクベス自身の極操作も対して代わりはしない。

繰莉「それじゃあ――行くよっ!!」

 右前方、真左。
 右後方、左後方、まっすぐ。
 芳守が言う空気弾の位置情報を元に、マクベスは会場内を縦横無尽に駆け巡り、疾走する。
 そのたびにスピードもさらに加速していく!
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:22:42.07 ID:SEng8f2lo
 ソリッドもマクベスの先回りをしようと試みながら、空気弾をドンドン生み出す。
 しかし全て種は割れている上に加速していくマクベスにソリッドは追いつけない。
 先程まではそんなスピードではなかったのにどうしてそれほどまでに速いのか。

 それは、繰莉ちゃんの設置した磁力場にあった。
 マクベスの進路方向にあわせ、NSNSNSNSNSNSN……のラインを繰り返す。
 アヤヤが操るマクベス自身の極も、単感覚でそれを繰り返している。 
 つまり――リニアモーターカーの原理だ。
 『引力』と『反発力』、その両方を利用した移動の最適化――

 そしてスピードもやがてはソリッドの視認すら追いつかなくなり――
 青い犬は、朱き竜の位置を一瞬、見失った。

 逆に、芳守には超スピードにおいてもソリッドの位置を捉えている。
 ――昨日のバビロンとのスピード対決で、散々慣らされたのだからコレくらいできなくては。

 感覚によって伝えられたモノに、繰莉ちゃんが自身の権利を取り戻す。
 スピードはそのままに、ソリッドの背後に――回りこむ!!

智「央輝――――――ッ!」

央輝「オォォオ――――――ッッッ!!!」

 ズパン、と。
 マクベスの刃が、閃く。
 防御するどころか、視認できない袈裟切りにソリッドは――斜めに、右足と三分の二の胴、頭を残して切り落とされた。
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:23:56.52 ID:SEng8f2lo
 ズン、と切り落とされた部位だけでなく、切り離された部位も、地面に沈む。
 しかし、これでもまだ生きている。
 縦に真一つ切らなかったのは――可能性があったから。
 僕らはそれを確かめに行かねばならない。
 アヤヤと芳守をその場に残して、僕らは会場へと降りた。


智「三宅」

三宅「ひっ……!」

 そこには、マクベスに睨まれて逃げることも戦うこともできない、怯えた三人の男がいた。
 そう――三人だけ、だ。
 残りの二人は、影も形も見えない。

三宅「ひ、あ……た、助けてくれ!もうなにもしない!アバターも壊さない!お前らにも手を出さない!」

三宅「金か、金なら払う!言い値でいい!いくらなら見逃してくれる!?」

 ああ――なんて、見苦しいことだろう。
 今まで散々、いろんな人の命乞いを切り捨てておいて。なんて傲慢な生き物なんだろう。
 そんな奴にも一つだけ確かめなきゃいけないことがある。

智「……ひとつだけ、聞かせて」

三宅「な、なんだ。なんだ、俺に答えられることなら、なんでも答えよう!」

智「……残りの二人は、どうしたの?」

 ひくっ、と三宅の顔が引きつった。
 ――もう、確かめるまでもなかった。
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:26:13.36 ID:SEng8f2lo
央輝「ゲス野郎が」

 央輝が吐き捨てる。
 そんな言葉すら生ぬるい。

智「お前たちは、許さない」

 自分でいい、怒りが込み上げてくる。
 人の命を奪っておいて、同じコミュの人の命でさえ奪っておいて――命乞いができるなんて。
 まるで自分を特別な何かみたいに思っている奴なんて、絶対に。
 許さない。

智「だから――見逃さない」

三宅「あ、ひ……ソ――――ソリッド――――――――――ッッッ!!!!」

 倒れていたはずの、ソリッドが動いた。
 姿を変えて、まるで生き物とも呼べない形になった。
 所々欠けているのは先ほど切り落としたからだろう。
 それも、修復されていく。……全体を疎にして、欠けた部位を補っているのだ、おそらくは。

繰莉「まだ、足掻くんだね」

三宅「い、いけソリッドォッ!こいつらを、ブチ殺せ――――!」

 繰莉ちゃんの言葉を無視して、三宅は命令を自らのアバターへと送る。
 僕らの背後のソリッドから、三本の腕が伸ばされる。

智「央輝」

 ただ、短く。
 僕は央輝の名前を呼んだ。

央輝「ああ」

 そして、次の瞬間。
 マクベスは円を描くように刃を巡らせ、三本の腕を同時に引きちぎった。
737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:28:03.61 ID:SEng8f2lo
 ズン、と再び地に落ちた音は随分と軽い音だった。
 削れた部位はもう、修復されない。

繰莉「……元々の状態で負けてんだから、疎になった状態で繰莉ちゃんたちに叶うわけないじゃん」

三宅「あ……は……ははは…………」

 三宅は、ただ乾いた笑みと気持ち悪い薄ら笑いを浮かべることしか出来ない。
 そして僕は、マクベスに命じた。
 初めて接続したとき。脳裏に閃いた、『磁力』を使った防ぐすべすらない最強の攻撃。
 残りの全ての魔力を集結し――その弾を吐きださせた。
 電気のようなものを帯びた、その金色に光る円球。
 それは徐々にソリッドへと近づいていく。
 ……本来ならもっと速くやることも可能だ。だけれど、これでいい。
 ソリッドに金色の弾が近づくと共に、ソリッドは何の前触れもなく、自壊していく。
 バラバラに。風に消えるように。

三宅「な、あ…………」

 バラバラになっていく自らのアバターを見て、三宅は顔を青ざめる。
 ――アバターである限り、金属の節約からは絶対に逃れられない。
 マクベスの発した弾は、そのアバターの機体に反応して、機体の素材を原子、分子レベルで反発させてバラバラにさせるものだ。
 機体に近づくに連れて、加速度的に速度を増して行く。
738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/24(日) 18:29:06.20 ID:SEng8f2lo
 三宅は僕の足元にすがりついた。
 惨めにも、人間のように。
 ――化物の、癖に。

三宅「た、助けてくれ!やめてくれ!なんでもする、なんでもするから、どうか命だけは――――っ!!」

智「そういった人たちの命を、アナタは幾つ奪ってきたの?」

 三宅の表情が固まった。
 僕はその顔に対して、とびっきりの優等生スマイルを浮かべる。

 見ると、ソリッドは上部にあった人の形をした像しか残されていない。
 僕はそれが消えるのを眺めながら、告げる。

智「――バイバイ、化物。地獄へお還り」

 そして、最後の一粒になり、風に消える。
 音もなく、そこには三つのモノができあがっていた。
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/24(日) 18:35:32.16 ID:SEng8f2lo
    第三幕
    Chapter

  17 央輝といっしょ
  18 問題の処理
  19 記者の再来
  → ???
  20 騙り屋さんと超探偵
  21 因果のツケ
  22 僕らの王国
  23 情報収集
  24 王様との邂逅
  25 我斎五樹
  26 決戦前日
  27 フェイズ、オールグリーン
  → バッドエンドU
  28 命を奪うこと

 第三幕終わり。
 ここまで大まかな流れは恵ルートとと一緒というかまんまです。すいません。
 次回からは今までの選択肢でルート変化……といいたいところなんですが。
 見てる人あまりいないでしょうけれど、一応集計。
 このまま央輝ルート、或いはコミュルート。どちらがいいでしょう?
 ちなみに夜子を助けた状態なのでコミュルート予定でしたが、夜子助ける場面を書いてたのは恵、央輝のみ二択の状態だったので……
740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/24(日) 18:56:20.91 ID:HxCvSVybo
コミュルート
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/24(日) 19:05:57.01 ID:AzJHwOd+o
お疲れ様
コミュルート…というのもいいんじゃあないかな
742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/04/24(日) 22:55:40.54 ID:y51QWf8Ko
ここで大穴タマネギ√
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/24(日) 23:40:33.36 ID:OrEuWzfeo
みてるよー
両方みたいなーといってみる
片方ならこみゅかなーせっかくクロスだしねー
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/04/27(水) 00:20:32.45 ID:JKWKIzUzo
雰囲気的に決まりそうだけど、俺もコミュルートに一票
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/27(水) 23:33:07.17 ID:N1MslMWYo
 把握しました。
 しかしながらやはり時間がないので、お詫びと言ってはなんですが脳内ルート分岐を公開。
 

 ■
 ┣恵
 ┃┣恵
 ┃┃┣恵エンド1
 ┃┃┗恵エンド2
 ┃┗コミュ
 ┃  ┣???
 ┃  ┗???
 ┗央輝
   ┣央輝
   ┃┣央輝エンド1
   ┃┗央輝エンド2
   ┗コミュ
    ┣???
    ┗???

 となっています。
 ???は二人だけ決まってて、あとの二人は展開次第で変更なるかも。
746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/29(金) 23:15:54.52 ID:MZ8CjfyHo
 もしかしたら環境依存文字とかで上の表が見れてない人がいるかもしれないけれど。
 とりあえずおよそ一週間ぶりに始めます。
747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/29(金) 23:40:48.44 ID:MZ8CjfyHo
 空は濁っていた。
 新都心だけでなく、田松市でも似たようなものだ。月が見える日はよくあるけれど、綺麗に空が染まっているのは最低でも五日に一度程度。
 それも当然。自動車が走れば排気ガスが出る。火を使えば二酸化炭素が現れる。人が多ければ多いほど、それの割合は加速的に増加する。
 そんな濁った空を見上げながら、僕はため息を吐いた。

智「皆と最後に話したのは、いつだっけ」

 結構前な気がする。
 少なく見積もっても一週間は前。ソリッドのことについて集まった日から、倒してから数日。
 なんで倒したあとに直ぐ溜まり場にいかなかったのかというと。僕ら――マクベスコミュには時間と言う名の休養が必要だったからだ。
 僕らは――人を殺めたのだ。それが、例え多くの命を奪った怪物だったとしても。
 まぁ家にいた央輝や、色々よくわからない場数を踏んでいる繰莉ちゃんは大丈夫みたいだけれど、普通な女の子というしかないアヤヤ、芳守はそこそこにダメージをうけてしまっていた。
 そして僕はというと、学校には惰性で通い、そして帰宅してご飯を作るという生活を三日間ほど送った。
 央輝はそんな僕に何も言わなかった。きっと央輝も通った道なのだろう、これは自分で乗り越えるしかないことだから。
 そしてそんな生活から抜けだそうと一念発起したその日、それが来たのだ。
 以前の戦いから舌の根も乾かぬうちなのは申し訳ないけれど、今日はそれについての緊急集会だ。
 央輝が視界の隅で煙草を吹かす。

央輝「そんなに会いたいなら会いにいけばいい。アタシは別に止めやしない」

央輝「それをしないのはまだオマエの心の整理がついていないからだろう」

智「それjはそうなんだけどね。そういう時だからこそ、過去の日常をふと考えたりすることもあるの」

央輝「……アタシにはわからんな。まぁオマエの好きにすればいい。アタシもそれまではアイツらに会おうとは思わん」

 ふぅー、と央輝の口から煙が漏れる。
 行きたいなら、央輝だけでもいけばいいのに。それをしないのは僕がいなかったら喧嘩になる可能性があるからだろうか。
 そう思っているのなら嬉しい。少なくとも央輝は、喧嘩をしたくないと、同じ〈呪い〉を負っている仲間と決別したくはないと思っているのだろうから。
748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 00:08:44.91 ID:Z+aRX2Aco
 ぱんぱん、と弾ける音。

繰莉「それじゃ、ともちんの独り言にも一段落ついたところで、本題に入ってもいいかな?あーちんもそろそろいいよね?」

智「あ、うん。ごめんね」

アヤヤ「……はい、大丈夫です。ですです」

 今回の招集はまたもや僕が行った。
 そして今回は他のコミュメンバー……央輝にすら、話についての情報は一切与えていない。
 補足としてなんで皆が集まった時点で直ぐ始めなかったのかというと、心に対する配慮だった。
 一人では大丈夫になったとしても、五人が、その行動を起こした五人が集まったら無理矢理にでも記憶は引きずり起こされるだろう。
 アヤヤの傷は結構深かったようで、だからそれが落ち着くまで各自適当に、ということになったのだった。
 そしてそれが終わり、ようやく本題に入ることを繰莉ちゃんが提案したのだ。

智「それじゃあ。とりあえず、ごめん、色々な意味で。あんなことがあったあと、直ぐに厄介ごとが舞い込んできてしまって」

芳守「和久津が気にすることじゃないと思う。前のは一種の人災だったし、今回だって和久津が首を突っ込んだ結果じゃないんでしょ?」

 そう言ってもらえると少しだけだけれど気が楽になる。
 ありがとう、と心のなかでつぶやいて、それから改めて向き合った。
 ……どこから話そうか。とりあえずは大まかにまとめて、それから聞かれた事に対して補足する、でいいかな。

智「じゃあとりあえず簡単な説明の前に。皆、『カエサルレギオン』って聞いたことあるかな」

央輝「なんだ、それは」

 開口一番に反応したのは央輝だった。
 当然な気がする。央輝は裏社会に通じる情報をもっていて、ネットの一部でしか公開されていないコミュネットのことをあまり調べない人だろうから。 
 続いて反応するのは超探偵さん。

繰莉「『カエサルレギオン』。コミュネット最大の『結社』、『円卓』を仕切る『円卓卿』で最も新しい『円卓卿』である通称カエサルが仕切る『円卓』からは独立した『結社』のことだね」

 きらん、とメガネが反射で光ったような気がした。反射するようなものはないのに。
 とりあえず流石情報通。よくご存知だ。
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/04/30(土) 00:26:04.51 ID:Z+aRX2Aco
アヤヤ「流石繰莉先輩ちゃんです。けど……通称、なんですか?」

繰莉「そーよ。カエサルっていうのは本人が名乗る通称で、本名や顔は同じ席を並べる『円卓卿』ですらなーんもしらんの」

繰莉「理由は簡単。『円卓卿』の会議をほとんど欠席していて、出てきても代理人で、その代理人が一方的に意見を押し付けるだけだから」

 その言葉を聞いて、央輝が不愉快そうに鼻息を吐いた。

央輝「ふん……いけ好かないな。顔を見せず、影の番長でも気取っているのか?」

繰莉「それはわからないけど、少なくとも『カエサルレギオン』が『円卓』を僅かながら敬遠しているのは確かかな。ああちなみにさらって流したけど、『結社』っていうのはコミュが集まった集団のことね」

央輝「……そのぐらい知っている」

繰莉「そお?それならいいんだけど」

 繰莉ちゃんが知らない人への説明をひと通り終える。
 少なくとも、『カエサルレギオン』がそれなりに巨大な力を持っていると理解はしてくれたようだ。
 そこで芳守が僕の方を向いた。

芳守「それでその『カエサルレギオン』がどうしたの?」

智「ああ、うん」

 こほん、と一度だけ咳払い。
 頭の中で軽くまとめてから、一気に放出する。

智「その『カエサル』から、僕ら『マクベスコミュ』へ。件の『カエサルレギオン』に入らないかと勧誘がありました」

繰莉「ほう」

 繰莉ちゃんは冷静に受け止め、央輝はすこしばかり困惑している様子。
 芳守は驚きに目を見開いていて、アヤヤは僕の言葉から僅かに一拍置いて。

アヤヤ「えぇええええええええええええええっ!?」

 驚愕の声が、真夜中の濁った空に響いた。
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/30(土) 00:47:56.06 ID:Z+aRX2Aco
 だめだ、ねむい。ていうかねてた。
 3レスしかかいてないけど、中断です。ごめんなさい、本当にごめんなさいorz
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/30(土) 07:53:24.71 ID:ZsBiv88qo

ゆっくり休んでくれ
752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/07(土) 23:10:43.27 ID:0KxJbtq3o
 GWの初めに書いて早一週間。
 モチベーションが上がらなくて全くかけなくて、ダラダラと過ごしてしまった……
 実は今日もそんなに気分が乗ってないけど、このままだと泥沼にはまりそうな気がする。
 でも、『今日逃げたら明日はもっと大きな勇気が必要になるぞ!と』ってことで、書く。
 ……ダラダラと言い訳ごめんね。更新確認してた人も、待たせちゃってごめんね。

 再開
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 23:24:32.94 ID:0KxJbtq3o
 時は遡って。
 マクベスがソリッドを倒してから三日目。
 宮和の追撃をふりきって帰ってきた僕は、制服もそのままにベッドに倒れ込んだ。
 央輝は部屋にはいなかった。部屋のメモ(何か用事がある時には事付しておくようにと約束した)に『今日は帰らない』とあったから、きっと本業のほうで何か用事があるのだろう。

智「……ふぅ」

 溜息を吐く。
 ここ三日間はいつもこんな感じだ。
 やる気がしない。心が重い。身体がだるい。
 病は気から、というけれど、まさにその通りだとこの件で実感した。
 例え相手が人を何人も殺していても。後悔しないと、許せないと憤怒していても人を殺してしまったことには変りなく。
 やっぱり何かの一線を超えてしまうまでは、きっと同じようなことがある度にこうなってしまうと思う。
 そう思っていられる限り、僕がまだ人間であるという証明にはなるのだろうけれど。

 メールが届く。今日も溜まり場にこないのか、という世話焼きな伊代からの確認だ。
 あの日以前から顔を出していないから、僕らはもう随分と顔を合わせていないことになる。
 皆に会いたい。会って、他愛ない話をして、街を闊歩して、そして手を振って別れたい。
 それをするだけで、きっと肩の荷が降りたような気分になれることだろう。

智「……うん、そうだよね」

 今日はまだ無理だ。けれど明日こそは行ってやろう。
 僕はそう強く心に決めて、ぐっ、と身体に力を入れる。
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/07(土) 23:28:45.07 ID:5GfI2f4Uo
待ってたぜ!
気分が乗らなかったらゆっくりでいいんじゃあないかな
755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/07(土) 23:42:05.95 ID:0KxJbtq3o
智「それには先ず腹ごしらえからだよね」

 モチベーションを保つためには体力が必要だ。
 前日に体力のつくものを食べても明日にまでは影響しないのではないか、と思われるかもしれないけれどそれは違う。
 夕食に肉類などのタンパク質を十分に取ることで、明日の朝の目覚めはよく、あまり眠くもならなくなる、という実験結果もある。
 ……テレビからの情報だから、もしかしたら嘘かもしれないけれど。そう信じるだけでも十二分に効果はあるのだから、信じてやろう。

智「でも、冷蔵庫には何もなかったような」

 ここ最近は本当にやる気が出なかった。
 学校へ行って、帰ってきて、ベッドに倒れて、出来合いのご飯を食べて、そして寝る。
 出来合いでもちゃんとしたものを食べたい(央輝に食べさせるということもある)僕は買い物にはいかなくともちゃんと作っていたのだ。
 当然、買出しに行かなければ食料は底をつく。

智「……丁度いい機会かも。ここで外に出れれば、明日もきっと大丈夫」

 昨日は大丈夫だった。だから今日も大丈夫。
 ……なーんて、そんな訳はない。今日何もなかったからって明日車に轢かれない可能性がないわけじゃないし、今朝起きられたからって明日も起きられるとは限らない。
 でも、神様だってそんな幻想を抱くことぐらいは許してくれるだろう。

智「よしっ、じゃあいこう。央輝がいないからいいものを食べるってわけじゃないけど、とりあえずは美味しい物を食べたら元気が出るし!」

 でも僕一人で食べるのは申し訳ないから、央輝にはまた今度ごちそうを食べさせてあげよう。
 央輝は喜ぶかな?喜んでくれると嬉しいな。

 僕はそんな風に考えながら、家を出たのだった。
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 00:07:28.70 ID:Kxs3vlO3o
 買い物から帰る道、どっぷりと日が暮れていた。
 僕はそこの、あまり人気のない住宅街で立ち尽くしていた。
 夕焼けに長い影が伸びる。

 その先には知った顔がある。つい先日に知ったばかりの顔。
 不遜で冷徹で、そしてどうしようもないくらいに尊大な。
 ――――そんな、『王様』が。

我斎「迎えに来てやったぞ、和久津智」

 人の気は全くない。
 狙ってやったのか、それとも演出をしたのか。
 わからないけれど、危なくなったら叫んで逃げてはいさよなら、とは行かなさそうだ。
 だから僕は我斎の言葉に答える。

智「誰も、迎えなんて呼んでないけど」

我斎「前に言ったはずだ。『また会うことになる』と」

 そんなどうでもいい約束をよく覚えていることで。
 というか『また会うことになる』って、そっちがこっちに会いに来るってことだったんだ。
 伸びた影の先に立っていた我斎は腕を組んだまま、僕に命令をする。

我斎「ついてこい、場所を変える」

智「とはいっても、僕は荷物を持っているもので」

 軽く手を持ち上げて、その荷物(今日の夕食の食材)を表す。
 我斎はそれに一瞥くれただけで、全く表情すら揺るがせない。

我斎「心配するな、それは届けさせておく」
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 00:19:01.94 ID:Kxs3vlO3o
我斎「夜子」

 我斎は短く呟いた。
 その言葉だけで十二分で、先の曲がり角からその名前を呼ばれた少女が姿を表す。
 キビキビと、その背格好には似合わない動きで夜子は我斎の傍に立った。

我斎「和久津の荷を運べ。そしてその後持ち場につけ。場所は指定位置だ」

夜子「はい、五樹」

 夜子はただ返事をしたあと、僕の前に立って手を差し出した。
 荷物を渡せ、という意味なのだろう。
 こんな小さな女の子に荷物を持たせるのはアレなんだけど……断ったら何が起きるかわからないから、渡すのが懸命だろう。

智「お願いね、夜子ちゃん」

夜子「……ん」

 僕から荷物を受け取った夜子はやっぱり僕の言葉に短く返事を返して、素早く僕の家の方向へと向かっていく。
 これで我斎のお誘いを断る理由はなくなったわけなんだけど。
 荷物を運ばせるのと同じように、断ったらただじゃ済まない気がする。
 何故かはわからないけれど、僕の第六感がそう警告を上げていた。

我斎「行くぞ」

智「どこへでも」

 僕は王様に付き従う従者の如く、彼の背を追った。
758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/05/08(日) 00:48:52.66 ID:Kxs3vlO3o
 そこはビルの屋上だった。
 僕らの溜まり場とはまた違う。逆にここからそこが見える場所だ。
 そこに目を向けても、皆はいなかった。
 もう帰ったのか、それとももう一つの溜まり場にいるのかは定かではないけれど。

智「それで――我斎は、なんの用なの?」

我斎「今日は時間がある。そう急く必要もない」

 そっちにはなくても、僕はご飯食べたいんだけど。
 人の都合を考えない人だね、やっぱり。

我斎「俺は見ていた」

智「何を?」

我斎「一つのコミュを破壊するのを、だ」

 音が消えた気がした。
 風が僕の頬を撫でて、髪を揺らす。

我斎「一部始終を。釣り上げから処理まで、必死に足掻いているのを見物していたぞ、和久津」

 実際に見ていたのか。
 それとも、カメラか何かで覗いていたのか。
 しかしそんなことはどちらでもいい。
 見られていた、という事実だけが重要なことだ。
 僕は動揺を隠し、バレないように頭をフル回転させて取り繕う。

智「もしかしてストーカーかなにか?」
759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 01:10:22.27 ID:Kxs3vlO3o
我斎「その目は万里に届く。あまねく不義を見逃さず、怒りをもって断罪する」

 我斎は僕の言葉になんの反応を示さず、謳うように唱えた。
 何かの劇か、ミュージカルの台詞か、或いは偉人の名言か。
 脳内検索してみるけれど、心当たりはない。

智「それ、なんの台詞?」

我斎「ある男の伝説だ。意味のない幻想だ。夜明けには消える」

 朱い光はビルに消える。
 夜明けどころか、たった今ここでは夜が始まったばかりだ。
 皮切りに訪ねてきたのは我斎。

我斎「『カエサルレギオン』という名を知っているか」

 直訳するとカエサルの軍団。
 意味を求めるなら、古代ローマにおいてのカエサル――『皇帝』のもつ、或いは指揮した軍隊といったところかな。

智「ごめんなさい、僕昔話には興味はないの」

我斎「勉強が足りないな。コミュネットにおける、強大な力を持つ武闘派『結社』の一つだ」

智「如何せん、コミュの世界には興味はなく、ラウンドの人とも接触はしていないもので」

我斎「『黒い竜』とは親密を築いている癖にか」

 我斎はせせら笑う。どうやら僕らの関係はこの王様には筒抜けのようだ。

 しかし、なるほど。
 武闘派コミュ集団。
 故に軍団。故にカエサル。
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 01:27:46.74 ID:Kxs3vlO3o
智「それで、その軍隊さんがどうしたの?」

我斎「それを統べる覇者は、『カエサル』と名乗っている」

智「そりゃあ『カエサルレギオン』なんだから、そうじゃなきゃ」

 僕が突っ込むと沈黙が訪れた。
 下界では街頭がパチパチと少し濁った白い電気を放出させる。
 それ以外に光は、ただ天から世界を照らす月光しかない。

我斎「俺は全てを見ていた」

我斎「お前が化物を倒すところも、招いた因果に終止符を付けるところも、その結果に訪れた何もかもを」

我斎「――その目は万里に届く。あまねく不義を見逃さず、怒りをもって断罪する」

我斎「貴様の問いに答えてやろう、和久津智」

 月光は、屋上に佇む僕らを照らした。
 自分自身のものではない仮初の光で、舞台上の役者に当てるスポットライトのように。

我斎「それは――『カエサル』というおとぎ話だ」

 生唾を飲み込んだ音が、酷く大きく響いたような気がした。
 少しばかり考える。話の流れから、直ぐ様回答は導きだされた。

智「つまり、あなたが『カエサル』」

我斎「そうだ、俺が『カエサル』」

 武闘派コミュ集団の主。
 猛き騎士たちを纏める皇帝。

 それが――『カエサル』。
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/08(日) 01:44:47.11 ID:Kxs3vlO3o
 それは酷く簡単に受け入れることができた。
 見た目で抱いたイメージはそのまま、『覇王』だったわけだから。

 けれど、疑問は残る。
 彼がカエサルだとして。それを僕に明かす理由が何もかも理解出来ない。
 王様は淘汰される。それは民の手によって。
 ならば民に顔を見せるようなことをするべきでないのが普通だ。

 僕のそんな疑問をよそに、我斎は続ける。
 そんなモノ直ぐにわかるのだから、説明する必要などないとでも言うように。

我斎「復讐と報復とは別物だ。復讐は感情で、報復は行為だ」

我斎「報復は善ではなく、また悪でもない。ただそれは正しいだけだ」

智「それがどうかしたの?」

我斎「簡単なことだ。お前がやったのは『報復』だ。一を切って百を救う為に行った正義だ」

 これは励ましか、或いは褒められているのか。
 どちらにせよ、王様からこんな言葉が僕に向けられるだなんて思っていなかった。
 実際には僕らが撒いた種であり、最終的に僕らに火の粉が降りかかる前に潰しただけだったから。
 そんな風に面食らっていたから、つい次の言葉を見逃しそうになってしまった。

我斎「それを行えた『朱い竜』だからこそ――権利がある」

智「……なんの?」

 聞かずとも、理解できた。
 この王様は『正しい』――『正義』だ。
 ならば、同じ行いをしたモノに対して、同士に対してなすべきことは一つだ。

我斎「――だから」

 『赤い竜』には、権利があるから。
 強靭な鋼のような意志は、鋭くその鋒を僕に向けて。

我斎「お前を手に入れようと思う、和久津智」

 そんなことを、いってのけた。
762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/08(日) 01:49:13.13 ID:Kxs3vlO3o
    第四幕
    Chapter

  29 事後のお知らせ
  30 覇王からの勧誘
  31 ???←次はここから


 >>754
 ありがとう
 でも、言ったとおりに今日書くことから逃げたら、明日は書くのにもっと大きな決意が必要になるから
 ゆっくりでも、一度リセットしなきゃ何もかけなくなっちゃうからね……
763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/08(日) 02:03:55.19 ID:QpwxJ+aPo
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/09(月) 00:56:22.45 ID:I8mU0+MFo
乙! いつも楽しみに読ませて頂いております。

レギオン参加ルートなんて見れたら面白そうだなぁ
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/09(月) 01:01:39.26 ID:Puf5JD3So

いよいよ動き出しましたなぁ王様が
766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/09(月) 02:02:38.25 ID:bLXevslMo

ssでここまで続ける>>1はめずらしいな
767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/09(月) 13:06:31.99 ID:urj02+11o

お前を手に入れたいとか告白に聞こえるね
768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/09(月) 20:37:15.35 ID:HYzLXK4no
乙!
>>767
花鶏「」ガタッ
769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/14(土) 15:56:11.66 ID:HFiqoo2lo
 今までの倍の乙の数だと……そんなに王様が好きか!
 まぁ十分に嬉しいのだけれども!

 >>764
 恵、央輝で参加or不参加が決まります。
 そこの部分まで今日中に書けるといいなぁ。

 >>766
 一度立てたスレは何がなんでもENDの文字を出す。
 それが自分のSS作家としてのポリシーですから。

 >>767
 暁人にもまんま同じこと言ってますけどねww


 じゃあゆっくりと再開
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/14(土) 16:19:37.57 ID:HFiqoo2lo
 と、先日あった出来事をダイジェストで話す。
 とは言っても『カエサル』は人前に姿を表さないことで有名だ。それが僕の目の前に表したとなれば大問題だから、その『使い』が来たということにしておいた。

芳守「つまり、私たちは覇王殿から見初められたって事ね」

 ぎしっ、と芳守はフェンスによしかかり、軋ませる。
 見初められる、とはいいえて妙だ。
 『お前を手に入れようと思う』なんて言葉は、何も知らない人が聞いたら『無理にでもお前を俺のものにする』という告白に聞こえないでもないから。

央輝「『カエサルレギオン』か。アバターなんていう強大な力を手に入れてやることの、妥当なところだな」

智「力を手に入れたらそれを振るいたくなるのは殆どの人に共通するからね。問題はそれの方向がバラバラじゃなくて、一つに纏め上げてるってところ」

 そして、そのリーダーから直々に勧誘されたところ。

アヤヤ「そんなお偉いさんから勧誘されるのは嬉しいことなんでしょうけど……」

智「そうだね、『どうして僕らを勧誘するのか』、だよね」

 権利がある、と王様は言った。しかしそれだけでは理由としては今一足りないところだ。
 彼曰く――『円卓』なぞ綺麗事を云うばかりの平和主義で、そいつらに任せると逆に酷い方向へと向かうのだという。
 『円卓』は二年前から続くコミュの政府だ。政府というのは自分たちに都合のいいルールばかりを告げて、無理に民を圧迫する。
 それが爆発したらどうなるか、なんて。言うまでもないことだ。
 事実、増えすぎたコミュの中には『円卓』の主義についていけず、脱退する者も多い、らしい。
 それはつまるところ、『円卓』の政治の瓦解が近いことを意味している。
 そしてそれが崩れ去った後に残るのは、膨大な数のコミュと、空白の『王』の席。
 さあさ皆さん御出でなさい、一番に来たものにはコミュネットを好きにする権利を差し上げましょう、とその空白の席は謳う。
 野心のあるものならそれを目指してもおかしくはない。
 しかし、一人では確実に上り詰めるのは不可能だ。だから、群れが必要だ。王になる自分を中心とした磐石の地盤が。
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/14(土) 16:39:22.89 ID:HFiqoo2lo
 『円卓』の崩壊を見据えた者は我斎のみ為らず、他にも複数のコミュが手を組んでいる。
 勿論一際大きいのは『カエサルレギオン』ではあるものの、他の『結社』が一度に襲いかかってくると自分は無事でも流石に周りは危ういらしい。
 更には表面には出ていないが、『円卓』の中でも何時かの為に纏まる動きも見受けられるようだ。
 やはり武闘派勢力である『カエサルレギオン』はポストラウンドを狙う『結社』の目の上のたんこぶであり、邪魔な存在だ。
 それに被害なく対抗するには、やはりこちらも勢力を拡大し、より強いコミュを引き入れる必要があるわけだ。
 つまり、それが――

繰莉「繰莉ちゃんたち、『マクベス』のコミュだった、ってわけね」

智「そういうことになるね」

 同レベルならば追随を許さず、多少のレベル差も覆せるポテンシャルをもつ『竜型』。
 更には強制的にアバターに干渉できる『磁力』のEX持ちと来たものだ。
 流石にバビロンの重力操作には叶わないだろうけれど練習でいい勝負はしたし、他のアバターより頭ひとつ飛び抜けているのは確か。

芳守「それで、結局厄介事の話に戻すけど」

 芳守が話の流れを元に戻す。

芳守「大体分かるけど、どうして和久津は私たちを集めたの?勧誘されたことに対しての事後承諾ってわけじゃないんでしょ?」

智「うん、勿論。別段僕がマクベスコミュのリーダーってわけじゃないし、寧ろこのコミュは民主主義だと思ってるから」

 仮の立場――代表しての立場は必要だと思うけど。
 それは今はどうでもいいことだ。

智「民主主義は所謂多数決の原理。だから僕らも多数決で決めようと思う。偶然か必然か、コミュは五人組なわけだしね」

 そして僕は皆を見渡す。
 ちょっとした、しかし僕らの未来を決める大会議の始まりだ。
772 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/14(土) 16:53:10.91 ID:HFiqoo2lo
智「それじゃあ、まずはアヤヤからお願いできるかな?」

アヤヤ「えぇぇっ、アヤヤですかぁ!?」

 びっくりとした表情でアヤヤは僕を見遣る。
 それに対して頷きつつ。

智「うん。だってアヤヤは他の人の意見に結構左右されそうだから。繰莉ちゃんや央輝はいうまでもなく、芳守も結構筋はあるからね」

アヤヤ「そ、そそそそそんなこと、アヤヤは、アヤヤは……あややややや……」

 軽くしょんぼりとする。小動物みたいだ。
 けれどここは心を鬼にしなければ。他の意見に左右されやすいってことは自分の本当に言いたい意見を言えない、ということだ。
 望んでいる方に向かうならいい。けれど望まない方に向かったら?
 そんな思いはして欲しくはない。だからアヤヤを一番先に指名した。

アヤヤ「……はぁ――――――」

 深い、溜息を一つ。
 思考を冷静に、澄ませる為には効果的なこと。
 目にしっかりとした意志の宿ったアヤヤは芯の通った言葉で夜の空気を震わせる。

アヤヤ「アヤヤは、反対です」

智「それはどうして?」

アヤヤ「アヤヤたちが選ばれたのって、強さ以外では一を切って百を救う……英雄だから、ということですよね?」

 復讐と報復は別物だ。復讐は感情で、報復は行為だ。報復は正義ではなく、悪でもない。ただ正しいだけだ。
 王様はそういった。
 報復ができた僕らこそに権利があると、そうとも言った。
773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/14(土) 17:07:02.63 ID:HFiqoo2lo
アヤヤ「だったらやっぱり、アヤヤは反対です」

アヤヤ「だってそれって、目の前に困ってる人を切り捨てるってことですよね?大事の前の小事ってことですよね?」

アヤヤ「アヤヤは……命を救うのに、大きいも小さいもないと思うんです」

アヤヤ「勿論、ついこないだのアレはどうしようもなかったと思いますけど……でも、例えるなら、小さな村と大きな都市が襲われていて、小さな村には人が少ないからみすてる、だなんて」

アヤヤ「無理をすれば両方助けれる力があるのに、そういうことを平気でできるグループなんかには、入りたくない、と……」

アヤヤ「アヤヤは……そう、思って……」

 自分の意見を堂々と告げいていたアヤヤはいきなり周りの視線に動揺をし始め。
 次第に身を縮ませた。

智「……ありがと、アヤヤ」

アヤヤ「い、いえいえ……お役に立てたのなら、恐悦至極に存じます……」

 苦笑い。
 僕は次に、芳守に目を留める。
 視線で直ぐにわかったようで、芳守は両手で腕を組んだ。

芳守「私はアヤヤの意見に賛成。アヤヤの理由は勿論だけど、私にはもっと別な理由もある」

智「それは?」

 芳守はふっとした微笑みを一瞬だけアヤヤに向けた。

芳守「友達と普通に暮らすこと。別に大きな組織に入って何某を支配して、その一分をもらうとかどうでもいい」

芳守「平穏無事であれば、私には何もかもはそれでいいの」
774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/14(土) 17:25:01.30 ID:HFiqoo2lo
 何か特別であるよりも、普通であれ。
 そういえば前にも芳守はそんなことを言っていたような気がする。
 普通であることは難しい。普通で居続けることはもっと難しい。
 それを彼女は既に知っているのだろう。じゃないと、こんな言葉が出てくるはずもない。

智「うん、わかった。それじゃあ次は……」

 既に反対二票。
 繰莉ちゃんも央輝も、全く予想がつかない。
 けど……どちらだとしても、僕がやることは一つだけ。

智「それじゃあ央輝は?」

央輝「アタシか。アタシは一応、というべきか、とりあえずは賛成だな」

 僕は思わず面食らってしまった。
 意外だ。央輝は仮にも田松市の裏を渡る吸血鬼と呼ばれるほど畏怖されてるから、上に誰かがいるのは望まないのではないかと思ってた。

央輝「……妙な顔をしているな。なんだ、アタシの意見に何か文句でもあるのか?」

智「う、ううん!別に、少し意外だっただけで!だって央輝、一応は仕切ってる立場だから誰かの下につくのは気にくわないんじゃないかなぁと」

央輝「確かに気に食わないな。だが、それはそれだ」

央輝「オマエが言うとおり、アタシは支配する立場の方だ。だが、コミュネットでそれをやろうとしても一つのコミュだけではできないのだろう?」

央輝「それなら他の誰かを祭りあげてそいつを影で操るなり殺して乗っ取るなりしたほうが手っ取り早い」

智「なるほど……央輝らしいね」

 本当に、どこまでも央輝らしい。
 誰かの下につくといったら既に乗っ取るところまで考えているだなんて。
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/14(土) 17:45:36.48 ID:HFiqoo2lo
 最後は繰莉ちゃんだ。
 賛成1、反対2。
 先ほども言ったとおり、繰莉ちゃんの考えは予測出来ない。
 なにせ、超・探偵だし。

智「そんなわけで繰莉ちゃん、どうぞ」

繰莉「んゆ?ああ、賛成だよ賛成」

 それは嫌にあっさりとしていた。
 央輝と同じく聞いた時から決めていたのだろうけれど、それにしても簡単に。
 そして繰莉ちゃんは僕が聞く前から、同じように説明を始める。

繰莉「理由は三つ。一つ、コミュ活動するなら後ろ盾があったほうがいい。まぁそれは『円卓』でもいいんだけどね」

繰莉「二つ目。情報が仕入れやすい。ほら、繰莉ちゃん超探偵だから、色々頼まれるのよね、あちらこちらから。入り込めばそれも手に入れやすいし、情報制御もしやすいからね」

繰莉「そしてその三。まぁコレが最も大きな理由なんだけど――」

 繰莉ちゃんはいつもどおりメガネの奥で目を細め、そして意地悪そうに笑う。
 さながらふしぎの国のチェシャ猫だ。

繰莉「楽しそうだから」

 何をどうすればその結論に達するのかはわからないけれど。
 何はともかく、これで賛成2、反対2。
 つまり。

央輝「オマエはどうなんだ、和久津。結局オマエの意見で私たちの未来が左右されるが」

智「うん、わかってるよ」

 つまり、最後の一人――僕の意見で決まる。
 実をいうと、僕の意見は初めから決まっていた。だからこの結果がどうなるかはわかってる。
 それでも僕は、皆の顔を一瞥し、そして軽く息を吸い込む。
 そして、云う。

智「僕は――――」

 僕の意見は――――
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/14(土) 17:46:51.72 ID:HFiqoo2lo
 続く!
 参加or不参加まで書きたいとか言ってて、引き伸ばしてちゃわけないね!
 なるべく一週間は開けないようにしないな……
777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) [sage]:2011/05/14(土) 19:00:21.15 ID:NcIWz8oTo

ここで切るとすっごい安価展開っぽく見える、ふしぎ!
778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/14(土) 23:50:41.21 ID:HRniFpYYo
乙!
779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/15(日) 01:44:19.34 ID:s2wx/2pgo
安価かとおもって読んでる途中で慌てて更新したわ
780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/15(日) 10:52:28.78 ID:LSU7TTpNo
いぇんふぇーと恵によって変わるなら参加になるのかな・・・?
乙でした
781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/20(金) 23:57:38.57 ID:TfAlOKfZo
 >>777 >>779
 実は自分も投稿した後思った!だからつい安価にしようかとか考えちゃった!
 けど安価にしたら脳内作成シナリオが破綻するからやめたよ、ごめんね紛らわしいマネして!

 今日はぼちぼち、適当なところまで。少なくともこの集会は終わらせてしまおう。
 コミュルートだとピンクポッチーズをどう組み込むか、だなぁ……出番全くないしね!このままだと『智ちんがコミュの世界に迷い込んだようです』になっちゃうしね!
 まぁ愚痴というかなんというか、無駄口はこのへんにしておきましょう。

 再開
782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 00:07:15.34 ID:g0a5Qkvyo
智「僕は――相手の誘いを受け入れようと思う」

 皆の表情は特には揺るがない。
 恐らく、皆どちらに転がっても、それは多数決で決まったことだから仕方がないと思っているのだろう。

繰莉「はいはい、ともちゃんともちゃん」

智「はい、繰莉ちゃん」

繰莉「いちおーきくんだけど、どうしてともちゃんはこっちに投票したの?ともちゃんの考え方的には、『君子危うきに近寄らず』だと思ってたんだけど」

 繰莉ちゃんの僕に対する見解は的を射ている。
 なんども繰り返すけれど、僕は、僕らは呪われている。他人と手を繋ぐことなど許される筈もない業を背負っている。
 そんな僕がどうしてわざわざ組織に来いという申し出を受け入れるのか、確かに理解は難しいだろう。
 僕の呪いと、そして踏んだ後の恐ろしさも知っている央輝も帽子の奥で僕を見据えた。

央輝「……そうだな、オマエにしてはらしくない判断だ。当然、理由があるんだろう?」

智「と、言われましても」

 コレといって、大きな理由なんてものは存在しなかった。
 ただ、強いて言うなら――



 >>783
 1 少し気になる子がいるの
 2 こうした方が僕らの為になると思ったから
783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/21(土) 00:14:10.93 ID:LqtzfdHpo
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 00:27:32.97 ID:g0a5Qkvyo
 → 少し気になる子がいるの


智「少し気になる子がいる……からかな」

 脳裏に浮かぶのは小さい女の子。鋭い心を持っていて、でもどこかぎこちなくあどけなさが残る小さな騎士。
 初対面の対応は悪くなかったと思う、御世辞にも決していいとは言えなかったけれど。
 でもなんとなく、僕はその子の事が気になった。
 あのままだと、何時かそのまま壊れてしまいそうに思えて。

央輝「なんだそれは」

 央輝はせせら笑った。
 無理もない、なにせ王様や騎士と直接あったのは僕一人。ならば何をいっているんだこいつ、となるのは当然だ。
 だから僕は特に否定もしない。

智「それだけだよ、僕がこっちに投票した理由は。特に難しくもないと思うんだけど」

央輝「フン……まぁいい、帰るぞ。もう決着はついたんだろう?」

智「まって、まだ終わってないから」

 出口へと向けた央輝の足が止まる。
 そして怪訝そうな顔で僕を見た。

央輝「なんだ、もう賛成3、否定2でそのカエサルレギオンの傘下に下ることが決まったんだろう?これ以上なにかあるのか?」

智「あるよ。多数決の原理っていうのは単純で素敵だけど、それでも少数の意見を蔑ろにしちゃいけないと思うんだ」

 というか僕は初めからこうするつもりだった。
 全員が賛成、もしくは全員が反対なら関係ないとは思いはした。でも結果的に意見は割れているのだから当初の予定通りに。
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 00:42:11.60 ID:g0a5Qkvyo
智「アヤヤと芳守の意見は僕らの意見に人数負けしたけど、それでも重要な意見、そうは思わない?」

アヤヤ「えーっと……つまりそれって、学校で習ったみたいに少数の意見の尊重……とかなんとかいうやつですか?」

智「うん、そう。ただ多数決で決まるんなら、そもそも皆に理由を聞いた意味なんてなくなっちゃうしね」

 軽く肩をすくめておどけて見せる。
 ふむ、と繰莉ちゃんは顎に手を当てて、央輝はこれみよがしに溜息を吐いた。

芳守「それで、和久津は、どの程度で落とし前を付けるつもりなの?参加する、参加しないの意見はどうやっても二律背反だし、交わらないと思うんだけど」

智「簡単だよ。参加したい人は参加して、参加したくない人は参加しなければいいの」

 とっても簡単な理論。
 レギオンに入りたい人は入ればいいし、入りたくない人は入らなければいい。
 勿論、そうすればコミュの戦力は減り、突発的な戦いになった時にはきつい状況になるかもしれない。
 けれどこっち側――荒事をするであろう側は、決定的なセンスがある央輝と、機転のよくきく繰莉ちゃんだ。並のコミュ程度なら簡単に抑えられる。

智「でも一応多数決に負けているから、大事になった時には参加してほしい。僕らだって負けるつもりは特にないけど、『もしも』があるかもしれないからね」

 磁力は確かに強いけれど、例えばバビロンの重力には勝てない。
 他にも相性の悪い敵など多く存在するだろう。そういう相手と対峙するであろう時には呼び出しをかける。

智「それが妥協点。どう?」

 問いかけるのは賛成側の二人。
 これでダメなら、残念ながらアヤヤと芳守には共に参加してもらうしかない。
 けれど最初の返事はやはりというかなんというか、やっぱり即答だった。
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/21(土) 01:00:33.64 ID:g0a5Qkvyo
繰莉「繰莉ちゃんはいいよん。そこら辺が妥当だと思うし、初めに人数少なく申告していると相手も多少甘く見てもらえるから背中を刺しやすくなるだろうしね」

 とても打算的だ。
 けどそれも悪くない。戦力を見誤せることも一種の戦略でもあるのだから。
 そして僕らは直ぐに残り一人の賛成者に眼を向ける。
 彼女はいつ出したのか、月光だけが照らす夜に赤い火の玉をつけた筒を口に咥えて、煙を吐く。

央輝「……参加するでもしないでも、好きにしろ。お前らが参加しないでも万が一負けることがあったらアバターの破壊を回避する努力だけはしてやるからな」

 実際にはきっと、負けたとわかれば直ぐにでも消し去り、自分から相手のアバターに飛び込んでいくだろう。
 ……いや、飛び込んでも恐らく、最後まで生きるつもりではいるだろうけれど。

 ともかく、ここに今回の案件は可決した。
 案件の内容は『カエサルレギオン』に参加するか否か。
 賛成派は参加して、否定派は参加しない。
 ただし、否定派は賛成派だけでは無茶そうな事件に遭遇した場合、協力する。
 羊皮紙にしたためるのはもったいない、ただの口約束、指切りで構わない。
 少なくとも、僕らの王国を自ら望んで出て行く人などいないだろうから。



 これは、ありえたかもしれない可能性の話。
 砂漠に落ちているほんの数粒程度の可能性の物語。
 だから、この話を開くのに少しばかり使い古された言葉を使おう。
 曰く――『おとぎ話』を。



 ――――さあ、おとぎ話をはじめよう。
787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 01:01:55.52 ID:g0a5Qkvyo
    第四幕
    Chapter

  29 事後のお知らせ
  30 覇王からの勧誘
  31 民主主義コミュ
  32 気になる子の事
  → ???


 本日は以上!
 さぁこのおとぎ話が語り終わるまでに一体いつまでかかるのか!?
 ……なるべく早くします、はい。
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/21(土) 01:27:30.86 ID:KjofSiS6o
wwktkが止まらない展開 乙!

我らが王国の主の紡ぎし物語は
廻る廻る 2chの片隅で 廻る廻る メビウスの輪の様に
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/21(土) 08:46:49.89 ID:JamL14TLo
790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/29(日) 21:55:19.31 ID:zkGAG4J7o
 おまたせしておりますです……
 大まかな道筋は考えてるけど結構見切り発車なので少ししかかけないかもですが再開します。
791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/29(日) 22:13:33.01 ID:zkGAG4J7o
智「そんなわけでそちらに行くのは三名となりました」

 電話をかけるのは我らが覇王さま。
 僕らの話し合いの結果を簡潔に説明する。
 しかし、事実とは少し曲げて。アヤヤと芳守の二人は引き込めなかった、ということにした。
 敵を騙すには先ず味方から。まだ味方かどうかすら怪しいのは仕方がない。

我斎『ほう。しかし意外だったな』

智「何が?」

我斎『お前がレギオンに入る、といったことだ。どこぞの浅はかな道化のように拒否反応を示すと思っていたぞ』

智「一から説明したほうがいい?」

我斎『必要ない。大方予想がついている』

 それはそれは、また素晴らしい頭脳を持つ王様で。
 となれば、大体の考えは筒抜けだと考えた方がいいのかな?

我斎『連絡は追って寄越す。俺から直接指示を下すことはまずない。専ら『ナイト』から連絡が行くだろう』

智「……『ナイト』?」

我斎『夜子のことだ。お前がどう呼ぼうと構わんが、夜子が『ナイト』であることを繋がらないようにしろ』

 ……コードネームって奴かな。
 カエサルには敵が多い。本名で行動するには危険過ぎる。
 だから一人でも十二分に戦える夜子が『ナイト』というコードネームでカエサルの代行をしているのだろう。
 きっと僕が夜子と初めてあった時も、その行動の一つだったのだろうと推測できる。
 そして夜子がナイトだとバレていけないのと同じように、我斎五樹=カエサルとバレてもいけないだろう。
792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/29(日) 22:29:20.76 ID:zkGAG4J7o
智「了解しました、それでは指令が来るまで待機させて頂きます」

我斎『和久津、お前に従順な振りは似合わんぞ』

 バレてました。
 何か帰そうと言葉を漂わせてると耳元にぷつん、という音がした。
 全く、自分勝手な王様なこと。
 部屋の中に戻り、ぽい、とベッドに携帯を投げ捨てた。
 ソファーに腰掛けていた央輝が僕の方へと視線を移す。

央輝「……早かったな。で、結局そのカエサルとかいう奴はどうなんだ?」

智「簡単にいえば……食えない奴、かな」

 その言語を聞いて央輝は嗤った。

央輝「それはオマエのことだろう。オマエ以上にマヌケそうに見えて狡猾そうにも見える奴はそうそういないぞ」

智「ありがとう、央輝」

央輝「……今のはお礼を言う所ではなかったのだがな。散々知っているつもりでも、やはりオマエはおかしな奴だと認識させられる」

 別におかしくてもいいじゃない、そうでもしないと人生生きていけないよ。
 と言いかけたのは飲み込む。央輝ならきっと食う物と信念さえあれば生きていける、とでもいうだろう。

智「とりあえず追って連絡を寄越すって。それが明日か明後日か、はたまた一月後か、なんてわからないけど」

央輝「そうか。まぁいつだろうと関係ない、寧ろアイツらの元に戻るチャンスができたと思うべきじゃないのか?」

智「そうだね。皆とはもう暫く顔をあわせてないし、明日久しぶりに顔を出してみるのも悪くないかも」
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/29(日) 22:43:58.23 ID:zkGAG4J7o
 脳裏に思い浮かべるのは溜まり場。
 少し昔、皆と集まっていた日の出来事。
 伊代からのメールは定期的に来る。本当に顔を出すのもいいだろう。

智「央輝は行く?一応放課後になるけど、いくんなら溜まり場その1に集まるように言っておくけど」

央輝「……アタシは」

 ほんの僅か、一拍だけ置いて。

央輝「……そうだな、行かせてもらうとしよう。慣れ合うつもりはないが、跳ね除ける必要もない」

 央輝も随分と変わったように思える。
 証拠といえば不十分かもしれないけど、ノロイがこなくても僕の家によくいるのがその証と言えるかもしれない。
 変わって悪いことなんてない。それが僕らと出会ったあとで、それがいい方向なら尚更。

智「それじゃあ放課後ぐらいにここに電話する。そしたら駅付近で待ち合わせで」

央輝「ああ。遅れない努力はしよう」

智「うん。それじゃあ僕は寝るよ。おやすみ央輝」

 央輝のそっけない生返事を聞きながら、僕はベッドに潜り込む。
 とりあえず夜子からの連絡が来るまでは――束の間の休息を過ごさせてもらうとしよう。
794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/29(日) 22:50:38.08 ID:zkGAG4J7o
 あーもうなんだ。なんでこんなに眠いの?馬鹿なの?死ぬの?
 なんでだよ本当にもー、眠い眠すぎるのに書いてる量が少ない。
 こんなんだったら書き溜めして明日にでも回したほうがよかったじゃん、私ってほんとバカ。
 ……はー……

 ごめんなさい、本当ごめんなさい。
 こっちの都合(睡眠不足)でまだ深夜とも言えない時間なのに中断してごめんなさい。
 期待してくれてる人たちに本当に申し訳ない……

 ……うん、次は絶対に10レスは書こう。先に宣言する。書く、絶対。
 それで埋め合わせになるとは思わないけど、それぐらいしかできないからね……

 本当、重ねてすいません……
795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/29(日) 23:00:50.31 ID:b6hd2YCbo
乙。
無理はしないほうがいいよ。
次も期待してます。
796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/30(月) 10:54:15.62 ID:r2/bBDBNo
久しぶりにきてたー
ゆっくり待ってるから無理すんなよ
797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/04(土) 22:40:44.45 ID:8T+ipHjFo
 ありがとー、ありがとー
 そして重ねてごめんなさいでした。
 先日はどうも自分の不甲斐なさに錯乱してしまい、少々お見苦しいところを……
 今日は大丈夫。な、ハズ。

 うん、言い訳はいいから早く書けってね。
 今回10レスは書くと宣言したし、気張っていこう!
798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 22:56:44.32 ID:8T+ipHjFo
 天気がよく、麗らかとした晴れな翌日。
 僕はコンクリートブロックの堤防を駆け足で下る。
 そして最後に少しばかり高い二メートルちょいの段差を慎重に飛び降りた。
 目の前には緑色のフェンス、その向こうに川。後ろにはどこぞの不良達がしたのであろう落書き。
 落書きといえば道路の真ん中にある看板の表裏によく意味のわからない悪戯書きがしてあることがあるけれど、あれは一体どうやってやっているんだろう。
 常識的に考えれば人のいない夜中にその近くに車を止めて落書きをしているんじゃないかと思うけれど。
 夜中は暗くてきっと良く見えない。そんな中に懐中電灯なり携帯ライトなりを付けて看板に落書きをしているところを想像すると、とてもシュールに思える。

智「そういうのを確かめる活動をしてみてもいいかも」

 名付けるなら、『夜中に現れる看板落書き犯を追え!』ってところかな?
 ピンクポッチーズ(仮)の活動に候補がまたひとつ。

智「っと、早く行こうかな」

 央輝には学校を出た時点で既に連絡してある。もしかしたらもうついているかもしれない。
 橋はおよそ100メートルぐらい先。今は曲がりくねった道で見えないけれど、それも直ぐだ。
 だというのに、踊っている心は自然に僕の足を駆け足にさせた。

智「皆元気にしてるかな?」

 伊代からの話では元気すぎて困っているらしい。
 常識人(自称)の伊代には一人であの濃いメンバーを捌くのは難しいことだろう。
 そこら辺の労いの言葉も考えつつ、スピードは更に上がる。

 徐々に橋が迫る。
 五十メートルも進んだところでその下に佇む仲間たちが見えてきた。
 数は前と全く遜色なし。
 自然に笑みがこみ上げてきて、そんな中に手を振りながら僕は駆けた。
799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 23:16:39.05 ID:8T+ipHjFo
るい「ひっさしぶりーっ、とも――――ッ!!」

 ガバッ、と僕を一番に捉えて抱きしめてくるのはるい。
 尻尾が生えていたら振り切れるほどに振りそうなその喜びようは正しく犬のようだった。
 続いてピンクのツーテールなうさぎちゃんがるいの後を追いかける。
 僕はるいの背中を落ち着かせるように撫でながら、そのメンバー最年少に声をかけた。

智「久しぶり、こより。元気にしてた?」

こより「はいです!私も含めて、センパイ方も皆元気にしてましたよ!」

 それをきいて改めて安心する。
 僕はるいを少しばかり横に寄せてこよりの頭を優しく撫でる。
 こよりはそれを受けて気持ちが良さそうに目を瞑った。

智「それじゃあ、橋の下に戻ろうか。もう長袖じゃ暑い頃になってきてるし、涼しいほうがいいでしょう?」

 そう言うとるいとこよりは僕を中心に左右に開き、そして寄り添ってきた。
 なんというか、女の子に好かれているというよりは小動物になつかれているというような感じしかしない。
 そうして傍から見たら仲の良すぎるオンナノコ達をしながら橋の下へ戻るなり、銀髪が靡いた。

花鶏「自分から呼び出した癖に重役出勤ね」

智「ヒーローは遅れて登場っていうのが昔からの様式美」

 花鶏は例えるなら懐かない猫ってところだろうか。気高く他人の力を借りない、プライドの高い猫。
 ああでもそうしたら茜子と重なるかな?そう思いながら視線をずらすと、そこにはやはり猫を抱いた茜子が居た
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 23:38:55.65 ID:8T+ipHjFo
茜子「ヒーローというよりはどちらかというと乙女の塊です。そこらに転がってれば自称王子様が迎えに来てくれますよ」

こより「王子様……はきゅーん!」

 王子様とかいう単語に心をときめかせるこよりが一番の乙女の塊じゃないかと思う。
 茜子は猫には猫だけど、嘘つきだしネコモドキとか。そんな動物いるのかどうか知らないけど、いてもおかしくないように思える。

伊代「女の子が生き倒れてそこに話しかけてくる男の人なんて碌なもんじゃないわよ。
    そもそも生き倒れてなくても私の胸を見ながらナンパしてくる男子だっているのに緊急事態なら尚更でしょ」

こより「でもでも、鳴滝たちが困ってる時に助けてくれたカッコイイ男の人とかいますよ!」

伊代「あのレースで手伝ってくれた人のこと?あの人だってその子に対して下心とか持っていたじゃない」

 きっと二人の行っているのは央輝が提案したパルクールレースを手伝ってくれた男の事だ。
 才野原惠。いきなり僕に告白してきた人。

智「あはは……そういえばあの人とはあれっきり音沙汰もないな……お礼も言ってないのに」

花鶏「男なんて皆ケダモノよ。智みたいな可愛い子が『お礼』だなんていうと『ならその身を差し出せ』とか言うに決まってるわ」

るい「そりゃあ花鶏の事だろーが!」

 自分のことを棚においた花鶏の発言に、るいが牙を向く。
 しかし花鶏は意にもかえさず――いや、きちんと反応していた。

花鶏「失礼な。私は無理矢理はしないわ、ちゃんと合意の上でやっているのよ」

るい「トモとかこよりとかにしょっちゅう手を出してるのはどこのどいつだっ!」

花鶏「ふっ……皆元、いい言葉を教えてあげるわ。心して聞きなさい」

 皆に衝撃が走り、一瞬の静寂が場を包み込んだ。
 花鶏は目を閉じて不遜な笑みを浮かべたかと思うと、カッ!と目を見開く。

花鶏「感じていれば……和姦!」
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 23:53:47.47 ID:8T+ipHjFo
 再び、一瞬の間を置いた後。

るい「んなわけねー!」

 るいが切れて、花鶏に掴みかかる。
 一発目が入った。
 しかしそれで黙ってやられる花鶏ではなく、直ぐ様人間業とは思えない反応を見せて反撃に出る。

るい「――――――――――!」

花鶏「――――――――――!」

 てんやわんや。
 それに巻き込まれないように少し離れるのが僕を含めて四人。

伊代「あの子達も飽きないわね……」

茜子「所謂犬猿、食いしん坊わふわふが犬なら年中発情期は猿ですね」

こより「言い得て妙ッスね茜子センパイ……」

智「こうなったら暫く元に戻らないしね。放っておくしかな、」

 い、と言おうとした瞬間。
 目の前で起こっていた争いは一瞬にして沈静化していた。
 しかし、るいも花鶏も立っていない、立っているのは他の割り込んだ人物。

央輝「……久しぶりに顔を出してみればこれか。オマエラ、よくやっていけるな」

 尹央輝だった。
 鎮圧したるいと花鶏を見下して、呆れたように溜息を吐いた。
802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 00:04:57.38 ID:7tY3Tgrao
こより「い、央輝センパイ!」

央輝「あまり騒ぐな、私は別に慣れ合いたいわけじゃない」

 取り付く島もない。
 けど、央輝も来てくれたということはやはり仲間意識も少しは感じているのだろう。
 その事に少しだけ胸が嬉しくなる。
 ……けれど。

智「央輝、今のはまずかったよ」

央輝「……何?和久津、何を言って――――っ!?」

 それを全て言う前に、彼女は後ろから羽交い絞めにされて口を塞がれる。
 復活した花鶏だった。
 見ればるいも既に蘇っていて、士気は十二分に高まっている。
 そうして捕まえられた央輝に向かってそこそこの威力であろう拳を付きだした。

 央輝は素早く花鶏の拘束を振りほどき、るいの拳を回避する。
 そうすれば勿論当たるのはその後ろに居た花鶏になるわけで、

花鶏「ふがっ!?」

るい「あ、この!」

央輝「クソが、格の違いを教えてやる!」

 ……切れたのが、三人になりました。
 そりゃあるいと花鶏の性格から考えてやれらたらやり返すだし、央輝も黙ってやられるタイプじゃないし。
 そうして三つ巴の決戦が始まった。

伊代「全く、この子たちは、もう……!」

 伊代が呆れと怒りを混じらせた溜息を吐く。
 かくしてここに、新しい人間関係が出来上がったのだった。
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 00:28:23.36 ID:7tY3Tgrao
 楽しい時間だった。
 最後に別れたときと何ら変りないいつもの関係。
 それがとても、楽しくて嬉しかった。

 僕らは話をした。
 一昨日の話。昨日の話。今日の話。
 学校で流行ってること。都市伝説の噂。昨年の今頃の話。
 天気の話。迫ってきている試験の話。つい前にあったレースの話。
 とりとめのないこと、くだらないこと、傍から聞いてればつまらないこと。
 そんなもっと楽しい話があるんじゃないか、と言えるくらいの話を、夜まで続けた。

智「んー、暗くなってきたね?」

花鶏「そうね、いくら日が長くなったとは言っても日は暮れるものだから」

央輝「……アタシにとっては煩わしいことこの上ない季節だ」

 はっ、と央輝が自嘲する。
 何もそんなことをする必要はないと思うのだけど。
 それとも、日が長いとやっぱり、その日の元を歩ける人々を羨ましく思ったりするのだろうか?

こより「とりあえず、今日はもう終わりッスね。実は鳴滝、明日の宿題が溜まっているのです……」

智「ちゃんとできたら今度えらいえらいしてあげるよ」

るい「明日のことは明日考える!それがるいねぇさんクオリティー」

茜子「この犬、そのうち公園で寝泊まりしていそうだ」

伊代「有り得そうで怖いわ……あなた、ちゃんと泊めてあげなさいよ?」

花鶏「そのおっぱいを揉ませてくれたら考えないこともないわ」

央輝「……下らん」
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 00:44:09.96 ID:7tY3Tgrao
 やはり最後の最後まで僕らがしたのはなんてことのない話で――

 だから僕は皆に感謝の気持ちを込めて言わざるを得なかったのだった。

智「……皆、ありがとうね」

 不意にお礼を言う僕に、央輝を除く皆はやはり五者五様の表情を見せた。
 得意げに笑ってみたり、興味なさ気に髪を払ってみたり。
 照れたような笑みを浮かべてみたり、微笑みを返してみたり、或いはただこちらを凝視してみたり。

智「ありがとう。きっと言葉だけじゃ伝えきれないと思うけど、ありがとう」

 ――今日、皆は以前と何も変わりがなかった。
 そんなわけが普通はあるわけがない。いきなり用事があるから暫く会えないと言って、戻ってきて。皆が変わっていなくとも、質問はしてくるだろう。
 それでも、皆それをしなかった。
 僕らを置いてけぼりにしないように、以前から全く日が開かないであったように接してくれた。
 感謝は――してもしきれない。

伊代「いいのよ。あなたたちにもあなたたちの用事があったんでしょうし、私は気にしてないわ」

こより「鳴滝もですよ!別にともセンパイたちがちゃんと帰ってくるんでしたら、鳴滝は何も文句はないです!」

花鶏「ま、でも次からは少しでも話してくれるかしら。それでも一人二人いないぐらいでそんなかわらな――」

茜子「旦那旦那、実はこの白頭が一番心配してたんでっせ」

花鶏「あっ、この、茅場!夕飯セロリだけにするわよ!」

 逃げる茜子を顔を赤くした花鶏が追いかける。
 なんというか、微笑ましい光景だった。
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 01:01:22.37 ID:7tY3Tgrao
智「あははっ……うん、今度は何かあったら、先ず相談するよ。皆は同じ呪われた仲間、だしね」

伊代「ええ、それがいいわ。私たちにできることなら何でもしてあげたいって思っているんだから」

 僕の言葉に珍しく伊代が皆の思いを代返して。
 そしてその日はお開きとなったのだった。
 
 やっぱりここは、僕の場所には違いなくて。
 それを守るためなら、きっと僕は何でも出来るに違いないと思った。



 そんな日常を幾日か繰り返したある日の帰り道。
 その日もやはり、央輝がいなくて、帰ってこない日だった。
 狙っているのか、はたまた偶然なのか。
 ……多分、前者なのではないかと思う。そのぐらいのことは、やってのけて見せそうだ。

 僕の目の前にいるのは小さな少女。
 しかし少女とは思えないほどの気迫と、鋭い気配を持っている、僕の知る限り最も小さい『騎士』。

夜子「――指示を持ってきた」

 四宮夜子。
 我らが覇王様と恐らく同じコミュで、右腕として動いているであろう女の子。
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 01:14:40.46 ID:7tY3Tgrao
 我斎に承諾の連絡をしてから覚悟はしていたつもりだ。
 しかし、僕は驚かざるを得なかった。
 だって、まさか電話で済まされるとばかり思っていたから……

夜子「……?」

 少しばかり戸惑う僕に夜子は怪訝そうな表情を浮かべた。
 それに僕は直ぐ様首を横に振る。

智「ううん、なんでもないよ。それよりここじゃあ人目が多いし、公園にでも行こうか?」

夜子「そこなら、問題はない」

 いかにも肩ひじを張っているような答え方。
 許可をもらって(?)、僕らは移動を開始する。
 夜子は僕の横を、少し遅れて歩いていた。身を隠したりする素振りはない。
 ……大丈夫、なのだろうか?

智「ねぇ、夜子ちゃん」

夜子「……ちゃん付けは、しないで」

智「じゃあ、夜子。外……普通に出歩いて大丈夫なの?」

夜子「……五樹から聞いてない?」

 一度頷く。
 そう、と短くつぶやいて、少しばかり考えるような素振りを見せた。

夜子「……私は、代行者だから。五樹の正体がバレないようにする『騎士』だから」

智「……でも、そうしたら夜子ちゃんの正体がバレる可能性があるんじゃないの?そこから芋づる式に、とか」

夜子「問題ない。だって、私の正体を知ったコミュは全部、」

 ――壊しているから。
 夜子は、確かにそう言った。
807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 01:26:35.35 ID:7tY3Tgrao
 つまりは、そういうことだ。
 夜子は『騎士』として、今までずっと一人で自らの仕える『王様』を脅かす敵を排除していた、というわけだ。
 その数は、きっと並のコミュの数など優に越えているのだろう。

智「……そう、なんだ」

夜子「そう。あと、ちゃん付けしないで」

 再び釘を刺された。
 けれどなんとなく、夜子にはちゃん付けをしたくなる。
 その身丈の年齢に似合わない空気を纏っているから、かな。少しでも年相当らしくして欲しいって感じているのかも。
 多分これからもきっとちゃん付けをしてしまうことがあると思うけど、仕方が無いと思いました。まる。

 近くの公園にたどり着く。勿論子供など一切遊んでいない。
 虫が電気で焼け焦げる臭いがして、一つだけ立っている自販機がジジジ……と電気をほとばしらせていた。

智「……夜子ちゃん、何か飲み物に好き嫌いとかある?なければ適当に買ってくるけど」

夜子「……なら、ブラック。あとちゃん付け」

 わかっているのかこいつ、とでも言いたげなジト目で見られて、僕は苦笑せざるを得なかった。
 そして自販機に駆けて、注文された通りの品を押す。
 ブラックを押した後、僕もコーヒーにしようとして思いとどまり、オレンジジュースのボタンを押した。
 振り返ると夜子は手持ちぶたさに、ブランコを囲うポールに座って足をぷらぷらさせていた。

智「はい、ブラック」

夜子「ん」

 彼女は黙って腕を伸ばして、それを受け取った。
 僕は夜子の隣に座り、まだ持ったオレンジジュースに手をつけないで彼女を見守る。
808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 01:39:11.54 ID:7tY3Tgrao
 そして一口。

夜子「……! けほっ、げほっ!」

 苦さにむせていた。
 それもそうだ。僕も眠気覚ましにはよく飲むけれど、僕もブラックは苦いと思う。
 折角だからチャレンジしてみようとでも思ったのだろうか、なんでこのタイミングで……
 まぁ、いいか。夜子ちゃんも背伸びしたいお年頃だということで。

智「大丈夫?こっちまだ手をつけてないけど、交換する?」

夜子「けほ、問題……ない。飲める」

 それでも僕はまだ手をつけないで、夜子が再び口にするのを待つ。
 そしてまた、むせ返った。
 口の橋から少し飛び出る。

智「苦手なら苦手っていえばいいのに。ほら、こっち向いて」

 ハンカチをポケットの中から取り出す。南聡生にとっては常識です。
 そしてそれを拭って、夜子の手からブラックを抜き取った。
 代わりにオレンジジュースを握らせる。
 夜子が咳き込みながら、聞いてもいないのに言い訳を始める。

夜子「……けほっ。だって、五樹が、けほっ!……ブラックしか、飲まないから」

智「今まではどうしてたの?」

夜子「一度五樹の前でむせてから、絶対に砂糖を入れられるようになった」

 なんという……

智「飲めないなら無理しなくていいと思うよ。夜子ちゃんはまだ小さいんだし」

夜子「……ううん。絶対に飲めるようになる。あとちゃん付けないで」

 騎士だと言うところ以外にも、夜子ちゃんには譲れない一線があるようだった。
809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/05(日) 01:43:54.01 ID:7tY3Tgrao
    第四幕
    Chapter

  29 事後のお知らせ
  30 覇王からの勧誘
  31 民主主義コミュ
  32 気になる子の事
  → ???
  33 懐かしの我が家
  34 小さな騎士の話
  35 ???←次ここ


 本日はここまでー
 夜子ちゃん可愛いよ夜子ちゃん。書いてて本当に楽しい。
 では、また来週……かな?できたら平日に一度位書きたいけど、世の中そんなに甘くはないだろうね……


 あと今更気がついたけど、

 >>792 6行目
 何か帰そうと言葉を漂わせてると
          ↓
 何か返そうと言葉を漂わせてると

 でした、すいません。
810 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/05(日) 01:46:16.97 ID:w5v7fNKlo
811 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/06/05(日) 11:51:00.36 ID:SBtm1sAao

夜子ちゃん可愛いよね
812 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/05(日) 17:17:03.40 ID:IHslTRqGo
乙!
813 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/05(日) 17:17:38.16 ID:IHslTRqGo
乙!
814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 21:55:25.41 ID:UFg6mT29o
 閑話休題。
 手持ちぶたさに空になった缶を手の中で転がしつつ(夜子はまだ飲みきれていない)問いかける。

智「それで、指示ってなぁに?」

 夜子はちらり、と横目で僕を見て、再び手元の缶の口元に視線を戻す。
 ふー、と息を吹きかけ、少し濁った音が返ってきた。

夜子「カエサルレギオンには序列がある」

夜子「名前のとおり、『カエサル』――五樹が一番上なのは変わらない。カエサルレギオンのトップのコミュのリーダーだから」

 言いながら、コーヒーを口の中に流し込む。
 今度は蒸せることはなく、しかし眉間に皺を寄せ、なんとも言えない顔になっていた。

夜子「その直属下にいるのが、私。一人だけで並のアバター以上の力を持つから」

智「一つ聞いていいかな?夜子以外のコミュメンバーはどうしてるの?」

夜子「知らない。きっと必要な時には五樹が教えてくれるだろうから」

 じゃあ夜子以外にも他のメンバーも別機動隊として動いているかもしれないんだ。
 当然かもしれない。指令を伝えるルートが一つだけだと、そのルートは破壊されてしまったら命令系統が狂ってしまうし。
 どちらにしても、今の僕には関係ない、か。きっと夜子が生きている限り、夜子からの命令しか僕は受け取らないだろうから。
 もし仮に夜子にもしもの事があったら……なんとなくだけど、本人が出てきそうな気もするし。

夜子「……続きだけど、私の下には幹部の人間が居る。勧誘したてのコミュより信頼のおけるコミュで、必要な時にはその幹部に命令を下して尖兵を動かす」

智「つまり、カエサルレギオンは縦社会であり、国に例えると国、企業、下請け、孫請け……ってなってるってことだよね?」

夜子「その認識で間違ってない」
815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 22:08:01.69 ID:UFg6mT29o
 それで、と僕はやはり紡ぐ。

智「夜子ちゃんの下には幹部がいて、夜子ちゃんはそこに命令するわけだけど……どうして僕には直接?」

 訊くと、夜子は苦虫を噛み潰したような顔をした。
 いや、手元のコーヒーを飲んだような、といったほうがいいかも。
 そしてなにやら不服そうに返してくる。

夜子「五樹がそういってきた。和久津のコミュには直接命令を下せって」

 あと、ちゃん付けるな。と付け足す。
 きっとそうする必要性がわからないのだろう、それでも我斎の命令だから従う。
 ……王様の考えていることはなんとなく分からないでもない。
 僕たちは『竜』だ。『竜』は『王国』の紋章であり、そして護る者だ。なにがいいたいかっていうと――まぁそういうこと。

夜子「……それで、五樹からの命令だけど」

 僕は夜子の方を見た。
 すると、それは正に、缶の中身を全て飲み込む瞬間だった。

夜子「んん……んっ…………」

 ごくん、と小さく夜子の喉がなる。
 そうして大きく息を吸い、溜息。
 その動作になんとなく微笑ましくなり、笑みを浮かべてしまう。

夜子「……なに」

智「なーんでも」

 可愛いな、って思っただけ。
 それでも夜子は不快を示すが、しかし話が進まないと思ったのかようやくそれを告げる。
816 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 22:24:22.19 ID:UFg6mT29o
夜子「三日後に、ラウンドの『円卓会議』がある」

 ラウンドの会議――繰莉ちゃんから聞いた覚えがある気がする。

智「確か、『カエサル』はその会議を一度も出席していないとかなんとか」

夜子「……そう」

 少しだけ夜子は眼を丸くした。なんで知っているんだ、とでも言いたげに。
 しかしそれは数秒で戻る。

夜子「ラウンドに加盟したのは名前だけ。五樹は方針に従う気なんて殆ど無いし、ただそうするだけで一部の円卓卿を油断させようとした」

夜子「それももう意味のないものになっているけど」

 一時的なものだったとしても、油断させれたのは大きいと思う。
 ラウンドの仕組みがどんなものかは知らないけれど、そちらの人を引きぬくことだって可能といえば可能だろうし。

智「で、その円卓会議がどうしたの?まさかぶち壊せなんてことは言わないだろうけど」

夜子「これが指令」

 夜子はポールによしかかるのをやめて、背筋を伸ばして立つ。
 そして顔だけ横に――つまり僕の方へと向けた。

夜子「『カエサル』の代理として、円卓会議に参加すること。代理人としての意見についてと場所日時は前日にこちらから知らせる」

 なるほど、そう来たか。
 我斎の汚さ――というか周到さに軽く歯噛みする。
 別にこちらにとって不利益があるわけではないんだけどね。
817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 22:39:33.18 ID:UFg6mT29o
 我斎五樹にとって、強いアバターが敵に回ることは得策ではない。
 勿論自分のアバターは負けないという自信はあるのだろうけれど、幹部以下はそうもいかないかもしれない。
 それでもストライダーなら脅威にはなりかねない。戦争は数であり、数は力であるから。
 我斎は仮に僕らがカエサルレギオンを抜けたとしても他の結社に取られない為の布石をうったのだ。

 武闘派最大の結社――そのトップの代理人。
 そんな肩書きを持ったコミュが、どうして抜けた、という情報を仕入れても仲間に引き入れることができるだろう。
 僕にはきっと出来ない。
 絶対的にその情報はフェイクだと考え、まだ影で繋がっていると勘ぐってしまうから。

夜子「拒否権はない」

 退路も防がれる。
 けれど、まぁ――先程も言ったとおり、こちらに大きな不利益があるわけでもない。
 強いて言うならば、『狙われやすくなる』。ただそれだけ。
 だが、我斎が言ラウンド瓦解後の戦争が起きるまでは滅多にそういうこともないだろう。
 それに、後ろに道はないわけだし。

智「わかった。前日に連絡……ってことは二日後だね」

夜子「そう。出来れば一人が好ましいって五樹はいっていたけど、お前が舐められたくないのならあの黒いのも許可する、とも言ってた」

 黒いの――央輝。
 我斎は一体どこまで僕らのコミュのことを知っているのだろう。
 もしかしたら、全部知っているのかもしれない。
818 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 22:48:50.09 ID:UFg6mT29o
 夜子は僕から視線を外して空を見上げた。
 僕も同じく見上げる。
 綺麗な円状には程遠い、黄色の月が浮かんでいる。
 夜子は数歩歩いて、そして肩越しに僕の方を振り返る。

夜子「……五樹からの指令は以上。コーヒー……ありがとう」

 少しの間があったのは色々と葛藤でもあったのだろう。
 その事に対して、僕は微笑みながら首を横に振る。
 気にしないで、と。

夜子「それじゃあ、また」

 夜子はそう言うと、再び前を向いて公園の出口へと足を向ける。
 そんな後ろ姿を見て、僕は――――



 >>219
 1 夜子を呼び止める
 2 そのまま見送った
819 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 22:50:08.03 ID:UFg6mT29o
 うっはぁ、安価すごく間違えたッス……


 >>820
 1 夜子を呼び止める
 2 そのまま見送った
820 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/06/12(日) 23:03:20.14 ID:mJFsDD5n0
821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 23:25:44.47 ID:UFg6mT29o
→ 夜子を呼び止める


智「待って!」

 思わず声をかける。
 どうしてかけてしまったのかは自分でもわからない。
 けれど、必要な事だと思ったのだ。

夜子「……何?」

 立ち止まりこちらを向いたのを確認してから携帯を取り出し、時計を見遣る。
 時刻は七時を回ったところだ。今から高倉市に行くと半も過ぎるだろう。
 タイミング的にはちょうどいいものかもしれない。

智「用事はこれで終わりなんだよね?」

 夜子は一度だけ頷いた。

夜子「そうだけど、何か?」

 央輝は今日は偶然にも帰ってこない。
 今日の晩餐は僕一人。

智「ご飯食べよう」

夜子「は?」

 夜子は何を言ったのか理解出来ない、と言わんばかりに凍りついた。
 数秒の静寂が通りすぎて、再び彼女は覚醒する。

夜子「……いまなんて言ったの?」

智「ご飯、僕の家に来て一緒に食べない?って言ったの」
822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 23:35:58.63 ID:UFg6mT29o
 少しばかり脚色したけど、許容範囲だろう。
 夜子は眼を見開く。

夜子「……なに言ってるの」

智「何って……今日の晩ご飯は一人で寂しいから……かな」

 嘘だ。本当は夜子ちゃんと一緒にご飯食べたいだけだ。
 嘘も方便。
 夜子はやはりまだ戸惑っているようで、それで少しばかり眼を泳がせる。

夜子「……い、一緒に食べる理由がないから」

智「一緒に食べない理由もないよね?」

 第一の言い訳封じ。
 続いて、

夜子「いっ、五樹が待ってる」

智「あの人が待つなんて思えないんだけど……」

 軽く当てずっぽうだったのだが、黙ったところを見るとそのとおりなのだろう。
 第二の言い訳封じも成功。

夜子「……今日の報告が」

智「ポケットに入れてる通話機器は飾り?」

 逃げ場を無くして、夜子はあうあうと口を開いたり閉じたりする。
 なんでそんなに慌てているのだろう?嫌われてはいない……と思うのに。
823 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/12(日) 23:49:39.27 ID:UFg6mT29o
 それでも夜子は頷かない。
 ……かくなる上は最終手段で行こうかな。

智「ねぇ夜子ちゃん、確か『王様』から僕にちゃんとお礼を言うように言われてる筈……だよね?前にそう言ってたし」

夜子「え、あ、うん、五樹からそう言われて……っ!」

 言いかけて、気付いたのだろう。
 僕が言おうとしていることに。
 僕は満面の笑みで詰みの言葉を放つ。

智「お礼はいいからさ、今日の夜付き合ってくれないかな?」

 それでも、夜子は逃げ場を探そうとして。
 視点を僕に定めず、あっちこっちに行ったり来たりして。
 そして何も見つからなかったのか、がっくりと肩を落とした。
 ……逃げるのは簡単だけど、逃げたら逃げたで王様に告げ口をするとでも考えているんじゃないかと思う。
 本当に嫌なら別に言ったりはしないけど、つまりそれは逃げ出した時というわけで。
 僕は肩を落とす夜子に近づいてエスコートをする紳士のように手を差し出した。

智「嫌ならいいよ。あくまで夜子ちゃんに任せるから」

 再びの沈黙。
 夜子は暫くジト目で僕を見つめた後、深い溜息を吐いた。

夜子「……わかった、付き合う。五樹に言われても困るし。あと、ちゃん付けるな」

 その言語を事実だと言うように、おずおずと差し出される手。
 身体と同じく小さくて、力を入れたら折れてしまいそうな小さな手。
 その手を僕は優しく握りしめて、微笑んだ。

智「それじゃあ、我が家にご招待」

 僕らはゆるりと、恐らく夕食を作っているのだろういい香りのする住宅街を歩き出し、僕のアパートへと向かう。
824 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/12(日) 23:51:36.83 ID:UFg6mT29o
    第四幕
    Chapter

  29 事後のお知らせ
  30 覇王からの勧誘
  31 民主主義コミュ
  32 気になる子の事
  → ???
  33 懐かしの我が家
  34 小さな騎士の話
  35 四宮夜子は懐かない?
  → ???
  36 ??? ←次ここ


 今日はここまで。
 というか……いつの間にか800超えてるんだね……このルート、1000行くまでに終わるかな……
825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/13(月) 00:36:35.71 ID:1sB+5ikbo
おーつー
よるこかわゆす
826 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/06/13(月) 17:00:38.31 ID:zVkTIEDbo
夜子ちゃんキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
827 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/13(月) 17:24:42.88 ID:jyi2Kz5so
 ミス発見しちゃった
 >>808で夜子のコーヒー取り替えたはずなのにその後もコーヒー飲んでる……

 >>808の二行
 >そしてそれを拭って、夜子の手からブラックを抜き取った。
 >代わりにオレンジジュースを握らせる。
 を脳内削除していただけると幸いですorz
828 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/13(月) 17:29:50.52 ID:lgqLqrMuo

がんばれ
829 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/13(月) 18:22:36.80 ID:RzLHipOMo
830 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/19(日) 20:19:35.58 ID:3brb1dvXo
 すいません、本来なら今日更新しようかと思っていましたが私用でできなくなってしまいました。
 ので明日更新します。
 誠に申し訳ございません……
831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/21(火) 01:50:13.30 ID:s9B88yaDo
 そわそわしていた。
 人の家に入ったり食事を誘われたりすることが殆どないのかな?前は平気だったのに。
 ……誘われたとはいえ自分の意志で来たって言うのが問題なのかも。
 まぁどんな理由にしても、僕にはさほど関係はなく。

智「できたよー」

 ベッドの上に腰掛けている夜子ちゃんに笑いかけながら、ガラステーブルに二人分の食事を並べた。
 いつもなら央輝が座る場所に。けれど今だけは夜子の席に。
 今日の晩餐は簡単に麺類にしてみた。
 アスパラ、ベーコン、ソーセージを適当に切って炒め、塩コショウで味付け。その中にうどんを投入した焼きうどん。他にはさっぱりとした味の胡瓜の浅漬け。
 夜子を待たせたら悪いと(なんとなく居心地悪そうだった)思ったから、ささっと仕上げてみました。
 すん、と鼻をひくつかせた。そしてその席にすっぽりと収まる。

夜子「……頂きます」

智「召し上がれ♪」

 上機嫌に言う僕を疑いの眼差しで一瞥してから、夜子は箸を伸ばした。
 とりあえずうどんを一口。その後に浅漬を。
 ちょっとしょっぱいかもしれないけれど、浅漬で中和してくれるはずだ。特に手の込んだ料理ではないけれど、十分なはず。
 夜子はまた、僕をちらりと見てからゆっくりと食事を始めた。
 どうやらご飯は認めてもらえたようだ。
 相手が誰でも、食べて喜んでもらえるのは嬉しいことだ。気になっている子なら尚更。

智「それじゃあ僕も、いただきまーす」

 その言語に返事はなく。
 けれどもそれはなんとなく心地いい空間だった。
832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/21(火) 02:01:00.09 ID:s9B88yaDo
 食事も終わって、一息。
 直ぐに立ち上がる夜子を僕は手で制した。

夜子「……まだなにかあるの?」

 再びのジト目さん、こんにちは。
 しかしそんな目で見られても僕は見逃すわけにはいかないのだ。
 なぜなら、そう、なぜならば。

智「帰っちゃダメだよ、今日は家に泊まるんでしょ?」

夜子「なっ……!?」

 僕の言葉に一瞬だけ驚いたような顔をして、そして睨みつける。

夜子「誘われたのはご飯だけだから、私は帰る」

智「まぁまぁお待ちになってナイトさま。僕は確かにはじめ、夕食に夜子を誘ったけど――よくよく考えてみてよ」

夜子「……何を」

 それは軽い脅しの後のこと。
 我斎五樹の名前を出した直ぐ直後に、僕はこういったのだ。
 『お礼はいいから、今日の夜付き合って』、と。

智「であるからして、事態は既に夕食だけではないのです」

夜子「――――っ」

 夜子は親の仇であるかのような顔で僕を見て。
 そして喉から搾り出したような声で言った。

夜子「……卑怯者」

智「ありがとう、褒め言葉だよ」

 皮肉に対して笑顔で返す。それに夜子は少し鼻白む。
 どうあがいても言いくるめられると判断したのか、諦めたように溜息を吐いてソファーへ倒れる。
 ……なんとなく好感度マイナスの道を辿っているような気がしないでもない。
833 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/21(火) 02:12:36.01 ID:s9B88yaDo
 時計の秒針が嫌なくらい大きく部屋に響く。
 僕らの間に会話はなくて、あるのはただの静寂だけだった。
 テレビでも付けてみようか、そうしたほうが会話できるかな。
 ……と、そんな事を考え始めたあたりで、夜子はようやく口を開いた。

夜子「……和久津」

智「なぁに、夜子ちゃん」

夜子「……ちゃん付けるな」

 息を吸って大きくため息を吐いた。
 僕は少し笑って、『少し待ってて』と告げてから立ち上がる。
 台所に最初から用意しておいた温かいお茶をまた二人分湯のみにいれて持ち帰り、夜子の前においた。

智「粗茶ですが」

夜子「…………」

 夜子は鼻でふっ、と息を吐いた後に両手で包み込むように少し熱い湯のみを持って、ズズ、と口に含んだ。
 ソファーの上に体育座りをして啜るその姿はなんとなく心開かぬ小動物を連想させる。
 まぁそれでも、十二分に可愛いのだけれど。
 僕も一口飲んで、ふぅ、と息を吐く。
 どうして味噌汁でもなんでも、温かいものを飲んだらほっ、として息を吐きたくなるのだろう。永遠の謎かもしれない。

夜子「……和久津は」

 一旦区切り、口を噤んだ。
 多分言葉を手探りで探っているのだろう、それがわかるから僕はただ待った。
 折角話しかけてくれたんだし、話の腰を折るのも悪いから。
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/21(火) 02:27:39.57 ID:s9B88yaDo
夜子「前にも、聞いたような気がするけど。……どうして、何も聞かないの」

 前、というのは随分昔なような気がする。
 まだ僕がこちらの世界について何も知らなかった頃だ。
 夜子が何かに追われてて、そして追いかけたら倒れてて。そして拾ったあの時の事。
 すこしだけ僕は頭を捻らせて、答えた。

智「聞いてほしいの?」

夜子「別に」

 吐き捨てられた。
 しかし、夜子は続ける。

夜子「……気になっただけ。私を誘ったのは何か裏があるんじゃないかって思っただけ」

 そんなことはない……とはいえない。
 裏というか、どちらかといえば下心。
 独り身に見える小さな『騎士』さんにほんの少しでもお近づきになれればと思う気持ち。

智「強いていえば、そんなものだよ」

夜子「……嘘つき」

 嘘ではないけれど。
 ほんのすこしだけ、夜子は手元の湯のみに向かって笑ったような気がした。
 だったら嘘にしておくのもいいかな、と僕は思ったのだった。
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/21(火) 02:30:31.95 ID:s9B88yaDo
 筆がすっごいいい感じに進むのに眠い……
 くそ、なんでこんな時に限って……ピロートーク(笑)まで書きたかったのに……
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/21(火) 09:40:17.26 ID:E+8Qn2EIO
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/06/22(水) 00:06:38.43 ID:5maQiYW3o
ピロートーク気になる
838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/26(日) 01:15:35.34 ID:u2UGDTlRo
 ことん、とテーブルの上に湯呑みが置かれる。
 中を覗くと空になっていた。

智「まだ飲む?」

夜子「いい」

 軽く首を横に振りながら夜子は答えた。
 そう、とだけ僕は返して、また沈黙が下りる。
 夜子の様子を伺うと、ソファーの上で体育座りをしたままテーブルの下あたりに目を向けていた。
 次にその沈黙に耐え切れなくなったのば僕の方で、今度はこちらから。

智「ねぇ、やっぱり一つだけいいかな?」

夜子「別に、構わない」

智「ありがとう。えっと、それじゃあ……」

 適当に頭を巡らせて、面白くなりそうな物をチョイスする。

智「夜子って、我斎のこと好きなの?」

夜子「ぶっ!?」

 何も口に含んではいない筈なのにそんな反応をして見せる。
 あわあわと慌てたように体育座りを崩して手と足を頬り投げ、ぴこぴことせわしなく動かした。

夜子「わっ、わたっ、いつ……!?いつきはっ、その……だけどっ……!なんていうか、わたしは、えっと、えっと、その……!?」
839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/26(日) 01:31:54.60 ID:u2UGDTlRo
 なんというか、微笑ましい。
 娘を見ているような気分になる。この歳からいた事なんてないし、これから先もいないだろうけれど。
 兎も角とりあえずぴっ、と夜子に笑顔を向けながら指を突き刺した。

智「はいっ、落ち着く!深呼吸!」

夜子「…………!」

 顔を赤くしながらぶんぶん頭を縦に振る。その横には左右対称に握りこぶしが並んでいた、
 『すってー、はいてー』とレクチャーし、言葉通りに落ち着かせることに成功した。

智「どう、大丈夫?」

夜子「はぁ、はぁ、はぁ……なんとか……」

 息を切らしながらも落ち着かせて、きっ、と僕を睨みつけた。

夜子「なんで、そんな変なことを聞いた」

 言葉に刺がある。やばいやばい、おこらせちゃったかも。
 言葉で巻きつつ、質問に答えてもらえるようにする方法は、と……

智「夜子ちゃんが気になるから、だよ」

夜子「…………」

 もう何度目になるかの、ジト目。
 何を言っているんだお前、とでも言いたげな視線がどんどん突き刺さってくる。
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/26(日) 01:59:43.35 ID:u2UGDTlRo
智「いや、気になるっていっても性的とかそういうんじゃなくてね?夜子ちゃん、いつも一人で戦ってるんだよね?」

夜子「……そう。私は『騎士』だから」

智「うん、それはわかってるんだけど。でもさ、一人だったら危ないよね?僕が拾った時だって結構危なかったんじゃないの?」

夜子「……?よくわからないけど、私は、『騎士』だから」

智「えっと、だからそうじゃなくてね……なんていえばいいのかな……」

 夜子は僕の様子を見て『訳がわからない』、といいだげな表情を見せる。
 言いたいことを察して欲しい……と思うのはきっと間違いなんだろう。
 多分、夜子と僕の考えは根本的にズレているのだろうから。

智「簡単にいえば……夜子はどうして我斎の騎士になったのかってこと」

夜子「騎士であることに理由はいらない。ただ五樹の為に生きて、五樹のために死ぬ」

智「そう、それだよ!」

 いきなり声をあげた僕に夜子は目を見開いた。
 しかし僕はそれに全く気付かず、まくし立てる。

智「夜子は騎士だから一人で戦う。五樹――我斎の為に騎士として戦う。まずはそうだよね?」

夜子「……うん」

智「ここで、夜子は『騎士であるのに理由はない』って言ってるのに我斎の為に戦っているわけだよね」

夜子「……それがどうかしたの?」
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/26(日) 02:17:32.83 ID:u2UGDTlRo
 犬を指さされて、『あれは犬だ』と言われた様な顔をする。
 やっぱり僕の予想は外れてなかったと思う。
 夜子には我斎のために戦うのが『当然』なのだ。
 しかし、世の中に理由のないことなんてない。人間の手では完全なランダムなど出来ないように、あらゆる事象にそう足る理由があるのだ。

智「僕がいいたいのは、つまり……夜子はどうして我斎の為に戦ってるの?ってこと。騎士だからっていうのは見当違いの答えだからナシだよ」

夜子「えっ……どういう……?」

 やはり困惑する。
 これはもう少し解説が必要なようだ。

智「だから、ここで最初の質問が来るの。夜子は我斎の事が好きなのか、だから騎士として我斎の下で、我斎の為に戦ってるのか、って具合にね」

 数秒置いて、ようやく夜子はその遠回りした説明を飲み込んだ。
 流石にこれで理解したのか、一度頷いた後に困ったような表情を見せる。
 最初にぶつけた質問からそうじゃないのかなって思ったんだけど……どうやら見当違いの理由だったらしい。

夜子「…………五樹は………私は。………………」

 空気が濁る。
 コレはいけない。お嬢様学校のお姉さまとして、この空気は中々に捨ておけない。
 バン!と両手で床を叩いて、その勢いで一気に立ち上がった。
 ……がしかし、それでも勢いが足りなくてそのまま尻りもちをつく。
 どさっ、とそのままの音がした。

智「いっつつ……失敗失敗」

夜子「……和久津、一体何して」

 素早く立ち上がり、遮るように合掌する。
 この話はコレで終わり、との意味を込めて。
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/26(日) 02:37:26.58 ID:u2UGDTlRo
智「今日はもう寝よう。ベッドは前と同じように使っていいよ、僕が誘ったんだから」

夜子「えっ、でも」

智「でももかかしもなし!まだ少しだけ早いけど、子供は早く寝て早く起きる!」

 強制終了、シャットダウン。
 機械でコンセントを無理に抜いたりするのはオススメしない。
 しかし、キャパシティを超える作業をさせてしまってコマンドが効かなくなるよりは無理矢理終了させたほうがずっといいだろう。

智「ほらほら、布団の中入って。それともシャワー浴びる?着替えはないけど」

夜子「え、遠慮しとく」

智「それじゃあはい、どうぞー」

 ぐいぐいと手を引っ張って、布団の上に夜子を転がす。
 未だに目を丸くしていたけれど、寝るまでの間に冷静に戻るだろう。
 クローゼット内の毛布を取り出して床に投げ捨て、ライトのスイッチに手を掛けた。

智「それじゃあ消すよー」

夜子「あっ、ちょっ、ちょっと待って、けいたい、携帯」

 跳ね上がったように起き上がった夜子にテーブルの上にあった携帯を手渡しして再び寝かせる。
 やはりきょとんとしたままに、ベッドに仰向けに寝っ転がった。
 再び電灯に手をかけて、今度は何も言わないままにスイッチをオフにする。
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/26(日) 03:09:09.88 ID:u2UGDTlRo
 いきなり暗くなった部屋の中、手探りでほっぽった毛布を探り当て。
 自分の身体にかけてから、ベッドの上に声を掛けた。

智「じゃあおやすみー」

夜子「う、うん。おやすみ……?」

 まだ少し何が起こっているのかわからない様子で、夜子は単純に鸚鵡返しをしてきた。
 恐らく今はまだ携帯を握って首を傾げている頃だろう。少々に無理矢理過ぎたかもしれない。
 僕も部屋を明るくしないように毛布の下で携帯を開くと、まだ九時にもなっていなかった。早寝にも程がある。
 でもまぁ……さっきの空気は打ち消せたような気もするから、別にいいかなと思わなくもない。
 しかし……多分、そろそろ…………

夜子「……和久津、和久津」

 案の定、頭の中が整理ささった夜子が僕の名前を呼んだ。
 狸寝入りしてもよかったけれど、さっきの今で寝てしまうのはあまりにも不自然だ。

智「なに、夜子ちゃん」

夜子「ちゃん付けるな」

 最早テンプレ化しかけているこの流れを経て、本題に入る。
844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/26(日) 11:02:44.20 ID:u2UGDTlRo
夜子「……わざと?」

 多くは語らず、しかしそれで十分過ぎる質問。
 さっきみたいにズレていることについては全く予想も何もつかないのに、こう言うことに対してだけ聡いのは反則だと思う。
 少しだけ、溜息。しかし夜子ちゃんには聞こえないように。

智「えっ、何が?」

 白々しく返す。
 一瞬だけ何かを言いかけたような音が響き、迷うような数秒を置いてから夜子は僕の問いに答えた。

夜子「……やっぱりなんでもない」

 誤魔化された、と思ったことだろう。
 煙に撒かれた、と感じたことだろう。
 しかしそれでいい、それで構わない。
 あんな重い空気を無理やり効き出すようなことは僕は望まない。必要な無理にでも効き出すけれど、今はそういう場面ではない。
 それに、夜子ならいつかは言ってくれるだろう。
 今はまだ、心も全然開いていなくて、家に、夕食に招くと言っただけでも迷惑そうな顔をする関係だけれど。

 それでも、きっと、いつかは。

 その想いに整理がついた時か、或いはその重みに耐えられなくなった時か。
 それとも単純に、僕が信頼できるようになったらか。
 はなしてくれるんじゃないかなって思う。

 だって――

夜子「……ありがと」

 こんなにも素直で可愛い子なのだから。
845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/26(日) 11:05:09.66 ID:u2UGDTlRo
    第四幕
    Chapter

  29 事後のお知らせ
  30 覇王からの勧誘
  31 民主主義コミュ
  32 気になる子の事
  → ???
  33 懐かしの我が家
  34 小さな騎士の話
  35 四宮夜子は懐かない?
  → ???
  36 お泊り会にて
  37 ??? ←次ここ

 ごめんなさい、寝落ちしてました……
 ピロートークというか夜の話し合いというか。
 兎も角、次回へ続く!
846 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/27(月) 18:02:33.06 ID:1W+VM/AIO
847 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 00:24:38.68 ID:UhY/LCoyo
 一発ネタ

――――――――――――――――

 パリン、と。
 部屋の窓ガラスが割れた音がした。

るい「トモッ!!」

 るいが僕の名前を読んだ。けれどもう遅い。
 来る。
 『アレ』が、来る。
 来てしまう。

 脳内で呪いのBGMが流れる。
 『かーごめ、かーごめ』、と。
 既にそこにいる。僕にはそれがわかった。
 ほら。
 その、割れた窓ガラスの手前にあるカーテンの後ろに。

 そして風でカーテンが揺れて――――
 その姿が顕になる。

 そこにいるのは、そう。
 まるで死神の鎌のようにククリナイフをその手に持った――

カゴメ「私だ」

 カゴメさんだった。


 ……特にオチはない。

――――――――――――――――


 呪いさんのBGMで思いついただけです。オチなんて必要なかった。
 でも実際、ノロイさんではなくカゴメさんが追いかけてきたら怖い。マジ怖い。
 では少しだけ始めます。
848 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/03(日) 00:46:30.03 ID:UhY/LCoyo
央輝「……くだらん。全くもって、くだらない」

 央輝はボヤく。
 視点の先にあるのは一つの酒飲み場。
 扉の前に佇む男性が大きな欠伸をする。
 『円卓』。それの頂点に立つ『円卓卿』の会談。

智「なるべくでいいから、喧嘩腰にはならないでね」

央輝「承諾しかねるな。オマエが私をここに連れてきた理由はそういうことだろう?」

 ククッ、と口元を釣り上げて央輝は嗤った。
 ちょっと危険な徴候。隙あらば中で偉そうにふんぞり返っている円卓卿を殴り倒すかもしれない。
 少しだけ警戒しておこう。
 携帯をみる。時間は七時五十九分――いや、丁度八時になった。

智「ん、八時ジャスト。それじゃあ参りましょうか。打ち合わせ通りに」

央輝「何かあれば。やっても構わんのだろう?」

智「……ほどほどに。仮にも護衛だから、喧嘩を買うような事はしないでね?」

 言って、その扉の前へと向う。
 眠たそうにしていた見張りの人がそのバーに近づく僕らを認めて立ちふさがるように前に出た。

「ちょっと君たち、ここは今日は貸切で――――」

智「えっと、僕たちはこういう者で」

 言いかけたのを遮り、胸の中から我斎より預かった代理証明書を出そうとする。
 コレを出せば恐らくよっぽどのことがなければ普通に入れるはずだとの話。
849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/03(日) 01:02:01.23 ID:UhY/LCoyo
 ――が。
 ズバン!と顎下から突き上げるような一撃に見張りのお方は吹き飛んでいった。
 背後の扉にすごい音を立てて衝突する。

央輝「御託はいい。VIPだ、さっさと通せ」

 頭が真っ白になる。
 まさか見張りに止められただけで暴走するなんて流石の僕も予想してなかった。
 さっさと通せ、と言われた見張りは既に白目を向いて気絶している。運が悪かったら顎の骨砕けてるかもしれない。
 ご冥福をお祈りします……ではなくて。

智「いきなりなにしてるの央輝!?喧嘩腰にならないでって言ったよね!?」

央輝「突っかかってきたのは向こうだ」

智「いやいや、単純に貸切だから誘導しようとしてただけだよ!」

 本当に予想外だった、頭が混乱している。
 少し落ち着こう、深呼吸して……吐いて。うん、落ち着いた。

智「……全くもう。少しは央輝も落ち着いてよ……?」

央輝「フン。そんなことよりさっさと入るぞ。『円卓卿』とやらの顔を拝んでやる、その為にアタシはオマエについてきたんだからな」

 いいえ、護衛です。
 ……それにしても、今度こそ目を光らせておかないと中にいる円卓卿の皆さんの命に関わりそうだ。
 扉の前で気絶している見張りさんに心のなかで謝りながら横に寝かせて。
 古くも新しくもない鉄製の扉を僕は開いた。
850 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/03(日) 01:36:34.78 ID:UhY/LCoyo
 開いた瞬間に音が漏れてきた。
 テンポの早いテクノ調のモノ。バーといったらなんとなくムーディ系のものを予想していただけに拍子抜けだった。
 ……いや、多分バーのマスターすらも出入りさせていないのだろう。恐らくこの音楽はメンバーの誰かの趣味に違いない。
 そう思いながら扉を全部あけきると、先程の音で既に注目していたのか数多の視線が僕らを射抜いた。
 ざっと見て二十人以上。恐らくこれら全員が接続者。
 正直そんな人達の視線が集められていると、生きた心地がしない。

 しかし怖気づく必要はないだろう。僕は我斎――カエサルの代理で、つまりは今限りの円卓卿。
 危害を加えられたら即ち、それはカエサルレギオンに楯突くという話になる。相手方が戦争を今すぐ起こしたいのでなければ攻撃はしてこない。
 つまりその間だけは僕らの身柄は保証されているわけだ。
 だから僕らは屈せずにバーの中へと足を踏み入れて、数十人が一つ集まっている一つのテーブルへと向かった。

 見ると真ん中に有るのは丸いガラステーブル。椅子に座っているのは合計十二人。
 成程、『円卓卿』。彼らがそうというわけだ。
 近づきながら一瞥する。男性が十一人、女性が一人。それぞれの後ろに立っている一人、二人はきっとそのコミュのメンバーなのだろう。
 立ち止まる。視線は相も変わらず僕らに集まったままだ。
 素晴らしいほどの敵意、歓迎など少しもされていない空気。軽くドキドキする。
 中で、卓に座っている一人が僕らを見て声をあげた。

「なんだお前ら。見張りはどうした」

央輝「見張り?あの表で寝ている碌に使えない男のことか?」

「……チッ」

 央輝の言葉に敵意が膨れ上がる。
 もうどうしようもない、央輝は無視してとっとと進めよう。
 内ポケットから先ほど出しそびれた、封筒に入った手紙を円卓の中心、ガラステーブルに投げ入れる。
 幾つかの視線はそれを追ってテーブルの上で止まり、また幾つかは僕らに訝しげな表情を向けていた。
851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/03(日) 02:09:28.10 ID:UhY/LCoyo
智「カエサルの代理で。それお手紙です」

 瞬間、緊張が走ったような気がした。
 円卓卿は互いに目配せをし合い、その中でも普通そうな男がそれを拾い、中を覗く。
 ひと通り上から下まで眼を下ろし、横の円卓鏡に回して僕を見遣る。

「……どうぞ、お座りください。お付きの方はその席の後ろに」

 開いている席は一つ、その席を指して彼は言った。
 我斎が何を書いたのかは知らないけれど信頼に足る物だったらしい、会合に参加することを許された。
 央輝と眼だけでコンタクトを取り、円卓の半分より左側に空白として佇むソファーに腰を下ろした。
 それでも剣呑な雰囲気、緊張は緩まずとして先程の男とは違う、円卓の中で中央に佇む男が僕を、僕の後ろに立つ央輝を見る。

「カエサルの代理、か。まぁそれでも初めての顔だ、一応挨拶はしておこうか。俺は九倉、九倉光一。見たとおり円卓卿の一人さ」

 先ほどの男を示して、彼は議長の川畑、と言う。
 それにしては九倉――九倉さんは自分から喋るのが好きそうに見える。一応イケメンという部類に入りそうな芸能人かぶれの男。
 議長格。けれど自分は議長ではない――場を支配する人物ではない――とすることで周りからの文句を抑えているのだろう。
 つまり、川畑さんは飾りのお役目のようで。九倉さんはどうやら狡賢い人物のようだ。
 面被り認定。僕が言えたことじゃないけれど。

九倉「えーっと、君の二つ隣にいるのが許斐。で、こっち側の円卓卿紅一点なのが高遠。円卓卿で口を出すのは俺を含めた今の四人さ」

九倉「他の人も意見を出さないわけではないが『よく喋る』というのは俺たちだ。だから今日のところは今の名前だけ覚えておいてくれればいい」

 九倉さん、川畑さんに、許斐さん。高遠さん。
 うん、覚えた。とはいっても僕だって今日は何を言えばいいのかわからないけれど。
852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/03(日) 02:29:42.05 ID:UhY/LCoyo
九倉「それで――君はなんていうんだい?」

智「えっ?」

 思わず聞き返してしまう。央輝の視線を後頭部に感じる。
 僕はカエサルの代理だ。だから必要ないと思ったのだけれど。
 そう思ったのが顔に出ていたのか、九倉さんは答えるように言った。

九倉「君はカエサルの代理人とは言え彼の部下なのだろう?ならば我らがラウンドの一員とも言えるわけだ、だから名前を聞いた」

九倉「言いたくなければ言わなくとも構わないけれど、とりあえず呼び名はないと不便だ。何でもいいから適当にお願いできるかな?」

 和久津智、と口走りそうになり、『わ』の音で慌てて口を噤む。
 僕は、僕らはカエサルレギオンの一員だ。円卓の誰が我斎を、その失脚を望んでいるか知れたものではない。
 だからこそ我斎は『カエサル』、夜子は『ナイト』と名を偽ってコードネームのようなもので行動しているのだ。
 ならば顔を見せた以上名すらも知られてしまうとヤバイことになりかねない。僕はカエサルレギオンの一員である以前に、あくまで一学生でもあるのだから。
 息を吸い、吐く。
 思考をクリアにする。
 瞬間、パッと思いついた単語をそのまま口にした。

智「……ルーク。『ルーク』です」

 『ルーク』。チェス駒における城壁や城の形をとっているモノ。
 名前の原型において諸説はあるけれど、確かペルシャ語の戦車の意味を持つ『rokh』が有力だったはずだ。
 そして同時に、新人の意味を持つ『ルーキー』の由来でもある。
 これ以上に今の僕の立場にぴったり一致する単語は中々にないのではないだろうか。

九倉「ルーク。ルークか」

 確かめるように九倉さんは何度か繰り返す。
 そんな様子に痺れを切らしたのか、先ほど名前を紹介された許斐さんが声を上げる。
 ちなみに許斐さんはオールバックに革ジャンを羽織っている『如何にも』な人だ。

許斐「九倉!そんなカエサルの代わりの呼び名なんてどうでもいいだろ」

九倉「そう凄まないでくれよ。それに呼び名は必要だ。カエサルは表に出てこない以上彼女らがまた来る可能性も否めないのだから」

九倉「しかし、そうだな。これ以上時間をとるのもなんだ、会議を――『円卓会議』を始めよう」

 やはり、議長の川畑さんではなく、九倉さんがそれの宣言をする。
 ……なんとなく、僕はこの人を好きになれない様な気がした。
853 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 02:32:04.62 ID:UhY/LCoyo
 今回は以上。
 ストーリーはここから加速する!……かもしれない。
854 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/03(日) 02:39:01.09 ID:aherVoLno
乙!
wwktkしてきた
855 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/03(日) 17:00:30.58 ID:4sUp6QmZo
856 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/16(土) 01:04:20.01 ID:Y9QFzLFLo
二週間も開いてまじごめんなさい
明日と明後日は更新する予定です、でも本当すいません
857 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/07/16(土) 18:23:51.98 ID:j9JFglKco
おー生きてたかー
のんびり待つぜー
858 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/16(土) 23:36:01.71 ID:Y9QFzLFLo
川畑「さて。それでは今回の議題を」

 全員が川畑さんの言葉に耳を傾けたところで、彼は咳払いを一つ。

川畑「アバター・ギグについて、及びその対策、対処」

 幾人かの円卓卿が目配せをする。
 考え込まずに顎に手を当てて考えにふける人もいるが、それは一人二人だ。
 周りを伺っていると、コツンと頭を軽く叩かれた。

央輝「……おい。アバター・ギグとは、なんだ?」

 耳元に近づけて囁くように問いかけてくる。
 そんな事を言われても、僕も知らない。別にカエサルにはこの円卓会議に出席……つまり『味方になることを行動で示せ』と命令されただけだ。
 今回の円卓会議については全く何も聞かされているはずがない。
 しかし、ギグという言葉から察するに……

智「アバターの見せ合い、見世物……ううん、それだけじゃつまらないだろうから多分戦わせたりするイベントだと思う」

央輝「……なるほどな。それならこの平和主義共が問題視するのもわかる」

智「うん、そうだね。でも気になるのは分かるけど、睨まれるから我慢しててもらえると嬉しいな」

 事実何人か――許斐さんとか――は相談をしてるとでも思っているのか、こちらを睨むようにして伺っていた。
 僕はそれに気付かなかったように笑みを浮かべて、続けてください、と軽いジェスチャーを交えて促す。
 許斐さんは短く舌打ちだけをして視点を前へと戻す。
 同時に後ろからも舌打ちが聞こえた。……なだめたいけど、眼を付けられたばかりだし今は我慢。
859 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/16(土) 23:55:46.58 ID:Y9QFzLFLo
「アバター・ギグの問題点はそのまま、その存在自体ですよね。我らがラウンドにとって、アバター同士の戦いは絶対の御法度ですから」

 お隣りの優男風な人が言う。
 線が細く、声も柔らかい。そのまたお隣りさんと違って、育ちが良さそうな感じ。

九倉「そうだな。俺達は仮にも平和主義だ、どうしても戦うとなると否定的にならざるを得ない」

九倉「しかし、だ。だからといって俺達ができることも少ないわけなんだが……高遠、君はどう思う?」

 九倉さんは噛み砕いた言葉を高遠――唯一の女性円卓卿へと投げる。
 その高遠さんもまた、少しばかり考える素振りを見せた。

高遠「そうですね……話し合いで解決できるのなら、それが一番なんですが」

「そう簡単にうまくいくのなら、初めからそうしていますしね。いや、実際そうしたのでしたか?」

許斐「うるせーぞ神代。少し黙ってろ」

 申し訳ありません、と神代と呼ばれた優男さんはこれまたにこやかに許斐さんに返す。
 どうやら許斐さんの手下か、彼本人かのコミュがしたのだろう。そして、失敗した。
 置いてけぼりな状況だけれど、少しずつどんな話をしているのか全貌が見えてくる。

川畑「しかし、そうですね。幾度か使者を見に行かせてはいますが、全く心の底が見えてきませんし」

「それだけじゃないだろ。殆どのコミュはちゃんとした『暗黙の了解』を飲み込んでいるが、当てはまらないコミュが一つだけあるじゃねーか」

 その言語を聞いて、九倉さんがほぅ、と息を吐き出した。
 高遠さんもなにやら苦そうな表情を見せた。
 そしてまた円卓卿か、或いはその仲間かの誰かが呟く。

「"ノーマッド"か」
860 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/17(日) 00:17:37.04 ID:2FlNvmfLo
 ノーマッド。
 遊牧民や放浪人の意味を持つ英語、スペルはnomad。
 その語感は恐らく、アバターの名前だろう。
 そして『暗黙の了解』からの文章の繋がりを考えるならば……

智(……アバター破壊)

 瞬間、脳裏に二つのアバターが過る。
 朱と蒼の騎士。そして空色の魔犬、器物。
 どちらも僕が、僕らが破壊したアバターだ。
 そしてどちらも、アバターを多数破壊したアバターだ。
 だから僕がまた。それを討つ光景が脳裏に浮かんでしまった。
 まだ見ぬ■色の■■型――それを僕の、僕らのアバターが――――

智「っ!」

 思わず立ち上がってしまった。
 イケナイ、と思ったときにはもう遅い。先ほど央輝と話をしていた時とは比にならない、この場に入ってきたときと同じように視線が全て集まってきた。

川畑「……ルークさん、どうかしましたか?」

 動揺するな、ちゃんと冷静さを保て。
 先ほど過ぎったのは紛れもなく『夢物語』だ。果てしない『幻想』だ。
 そんな未来は存在しない。だから頭を落ち着かせろ。
 頭を冴え渡らせる。クールに、冷静にと何度も何度も言い聞かせ、そこでようやく声を発した。

智「……そのノーマッドって、主催者とは違うんですか?」

 その程度なら立つ必要はない。けど、別に構わないだろう。
 先程まで全く発言していなかったカエサルの代理さんが発言しようとした、のならコレぐらいオーバーでもない。
861 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/17(日) 00:41:54.78 ID:2FlNvmfLo
高遠「……そういう意見も、ラウンドの一部からは出ています」

 僕のその問いかけに、高遠さんが答える。
 しかし腑に落ちないとでもいうように、その評定は曇っていた。

高遠「しかし、ノーマッドが倒したアバターの数は少なくとも三つ、最高で七つ以上。もう既に暴走するボーダーライン上、という話も上がっています」

智「つまり、主催者=ノーマッドならレベルアップがしたいのだとしてもそんな綱渡りの様なことはしない、と?」

高遠「簡単に言ってしまえば。ですのでノーマッドは主催者ではない、という意見が濃厚です」

川畑「加えさせてもらえるのなら、主催者がアバター・ギグを行っている理由も全くわかっていません。なのでノーマッドが主催者であるという説も捨てきれず、判明するまでは保留ということになっています」

九倉「どちらにしても、ノーマッドだけが唯一ギグの中で『殺人許可書』を持っている。このことから主催者とは何かしらの繋がりがあるに違いない」

 何れにしても。
 アバター・ギグが何を目的としているのか、何がしたいのか。
 それがわからなければ、ラウンドも交渉のしようがなくどうしようもない、ということか。

許斐「……で、どうするんだよ九倉。繋がりがあるに違いないからって何かできるってのか?」

九倉「それを考えるのがこの会議じゃないか。俺も頭を捻るけど、何かいい案があるのなら是非言って欲しいね」

 周りの円卓卿も口々に意見を交わし合う。
 が、やはり口から出るのは交渉か現状維持のどちらか。
 ノーマッドを潰してしまう――というのも聞こえたが、誰よりも早く高遠さんが反応してその話を潰してしまう。

 そして僕はというと、そんな彼らを見ながらラウンドの存在のあり方をただ眺めるのだった。
862 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/17(日) 00:48:04.27 ID:2FlNvmfLo
    第四幕
    Chapter

  29 事後のお知らせ
  30 覇王からの勧誘
  31 民主主義コミュ
  32 気になる子の事
  → ???
  33 懐かしの我が家
  34 小さな騎士の話
  35 四宮夜子は懐かない?
  → ???
  36 お泊り会にて
  37 円卓
  38 ???←次ここ


本日はここまで
38終わったらルート確定……予定。というか選択肢三回(後一回はこれから)中二回とも、もう特定キャラ選択されてるから確定してるけどね!
……ご察しのとおり、あの子です。もう一人がわからなくても、恐らく次でわかるかな。
863 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/17(日) 01:28:21.89 ID:2CNpCL8io
864 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/17(日) 23:46:25.48 ID:2FlNvmfLo
 時間も時間になり、会議も大詰めを迎えた頃。
 やはり九倉さんがかぶりをふった。

九倉「……そろそろいい時間だな。それじゃあ川畑、今日の会議の結果をまとめてくれ」

川畑「ええ。……基本的には結論は先延ばし。行うのは監視と調査」

九倉「何かが判明した時にはその時に緊急集収をかける、という事でいいかな。さて、問題はその監視と調査を行うのが誰か、ということだが――」

 九倉さんの眼が許斐さんへと向いた。
 恐らく以前も彼のコミュ、或いは彼の仲間がそれをやったのだろうからそれをたくそうと考えたのだろうけれど。
 九倉さんが口を開くよりも早く、手が一つばかり上がった。

高遠「私が。私が調査と、出来ればそれ以降の交渉も仕りたいと思います」

九倉「高遠が?」

 僅かに動揺が走る。が、それはほんの僅か。
 漣のように一瞬で引いていく。

神代「高遠さんなら適任でしょう。殆どのコミュに接触し、ラウンドに引き入れているのも彼女ですし。それに、前と同じ人を送るのと違う人を送るのでは違う人の方が見えてくることも多いはずです」

九倉「……うん、そうだな」

 神代さんの発言に九倉さんも逡巡して同調する。
 どうやらまとまったようだ。それよりも僕が思うべきは現在のラウンド加盟者は高遠さんが殆ど勧誘してきた人ばかりということだ。
 確かに円卓卿唯一の女性だし、温和そうだ。案内人の役目を持つのならそういう人の方がいいだろう。
865 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/17(日) 23:57:12.93 ID:2FlNvmfLo
九倉「それじゃあ、高遠。ソッチの方はよろしく頼む」

高遠「ええ、承りました」

 ――これで、円卓会議も終了か。
 そう思った瞬間に、九倉さんが僕を捉えた。
 僕も九倉さんに反応してそちらを見ると、九倉さんは白々しく、如何にも今思いつきました、とでもいうように言う。
 ……いや、白々しく思ったのは僕が九倉さんがこちらを見ているのに気がついていたからで――きっと他の人は誰も疑問に思わなかったことだろう。

九倉「あ、そうそう。ルーク、だったかな?」

智「……なんでしょう?」

 僅かに警戒心を抱きながら、僕は九倉さんに言葉を返す。
 彼は人当たりの良さそうな顔を浮かべながらも周りがこちらをまだ見ていることを察しつつ、続ける。

九倉「一応、高遠には決まったワケだが。出来ればカエサルの方からも応援を要請してもらえないかな?」

高遠「九倉さん!?」

 何を思ったか声を上げる高遠さんを九倉さんは手で制す。

九倉「そう声を荒らげないでくれ高遠。別に高遠だけで足りないと言っているわけではないし、カエサルレギオンの暴力を使って解決しようとしているわけでもない」

高遠「ならどうして……!?」

九倉「簡単だよ。虎の威、さ」

智「……なるほど」

 カエサルレギオンはコミュネットでも有名な武闘派コミュだ。
 ラウンドも力のあるコミュの集まりではあるが、如何せん平和主義。
 だれもが交渉をしようにしてもそもそも丸腰の人間に持ちかけられたら門前払いするに違いない。なぜなら自分の方が優位に立っているのだから。
866 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/18(月) 00:13:09.05 ID:P43q0tkpo
 しかし、カエサルレギオンは違う。
 ラウンドに加盟しているとはいえ、それでもカエサルの監視下にある結社だ。
 交渉するラウンドが人間ならば、その傍にいるカエサルレギオンは謂わば武器――いや、繋がれた猛獣に近い。
 正しく虎の威を借りる、というわけだ。
 カエサルレギオンを傍に置くことで、いつでもこちらはそちらを武力行為で止めることができるのだぞ、というカードとするわけだ。
 我斎がこの案を飲むにしても飲まないにしても、ただアバター・ギグ対策を考えるなら効果的な方法であるとは言える。

智(――けど)

 九倉さんの、真意が読めない。
 確かに先ほど言った理由も一つではあるのだろう。
 しかしそれはいうならば見た目を取り繕っている薄い皮のような部分しかない。
 中身は別にある――何故かそう感じた。

 最悪の事態を想定するならば。
 九倉さんはアバター・ギグの主催者と本気で事を構えるつもりでいて。
 そして交渉のカードの為に前線に配置したというカエサルレギオンにダメージを与えるつもりではないか。
 火種は連鎖する。火薬庫は爆発する。それは何れ戦争に繋がる。
 その時、アバター・ギグとの戦いで戦力を失ったカエサルレギオンが戦争を勝ち抜けるだろうか?
 少なくとも勝率が減少するのは間違いない。

 ……今のは、あくまで最悪の想定だけれど。
 もしコレを本気で考えているとするのなら、九倉さんは恐ろしい人だ。
 なにせ表向きの理由をすらすらと息をするかのように並べて、真意を尾首にも出さないのだから。
 恐ろしく、恐ろしい。

智「……一応、話してはみます。けれど答えは期待しないでください」

九倉「ああ、ああ。動いてくれたら万々歳、の気持ちぐらいで待っているよ」

 九倉さんは微笑を浮かべていたけれど。
 その目は、全く笑っていないように見えた。


 そうして、この日の円卓会議は終了を迎えて。
 僕のカエサルレギオン、初めての活動は終わりを迎えることになったのだった。
867 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/18(月) 00:54:16.14 ID:P43q0tkpo
央輝「それで、どうだったんだ?」

智「個人的な収穫としては上々……ってところかな。ありがとね央輝。央輝がいたから結構自由に動けた」

央輝「……ふ、ふん。これは貸しだ、わかっているな?」

智「まぁね。僕に出来ることなら何でもいってよ」

 多分ご飯を作れとかそのあたりに落ち着くんじゃないかと思う。
 本当、柔らかくなったとおもう。……あくまで僕らに対してだけ、だけど。
 円卓会議の場を解散と同時に早早に抜けだした僕らはこの深夜近い時間になっても輝きを失わないネオン街を歩いていた。
 そんな人工的な光を浴びながら、央輝は帽子をくい、と上げて呟く。

央輝「それにしても、九倉、か」

智「……央輝も、わかった?」

央輝「……ああ。オマエとはまた別の意味で、喰えない奴だ。腹の底で何を考えているかわかったものじゃない」

 なるほど。
 央輝のは僕みたいにきっと理詰めではなくて、野性的な本能だろう。
 だから逆に信憑性がある。僕が間違っていなかったんだと確認できる。

央輝「最も、何かしてきたとしても頭から喰らってやるだけだがな」

 また血走るような眼で物騒なことを。
 ……聞かなかったことにしておこう。

 そして僕らはまた他愛ない話をしながら帰路へつく――
 と、その時。
 ポケットの中の携帯電話が震えた。
868 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/18(月) 01:18:08.73 ID:P43q0tkpo
 立ち止まってそこから携帯を取り出した。
 それはメールではなく着信。
 名前を見るとなんとなく出たくなくなる様な人の名前が表示されていた。

智「………………」

央輝「なんだ、どうした?」

 しー、と人差し指を唇に当てて静かにして、のジェスチャー。
 それで着信だと理解したのか、直ぐ近くのコンクリートビルによしかかって辺りを見遣る。
 きっと警戒してくれているのだろう、ありがたい限りだ。
 そんな央輝に片手で謝りながら、僕は通話ボタンを押す。

智「はい、もしもし」

『わたしくるりちゃん、いまあなたのほしにいr』

 プツン。
 思わず電話を切ってしまう。
 というか何さあなたの星って。規模でかすぎるでしょう。
 切った電話のディスプレイを見つめる僕を怪訝な顔で見る央輝を尻目に、携帯はもう一度震えた。

智「はい、もしもし」

『ちょっとちょっと!いきなり切るなんて酷いんじゃないかなぁともちゃん!』

智「……あいにく、自分と同じ星にいることを告げる妖怪はご存知ありませんので」

『それはそうだけどさ。繰莉ちゃんがネタを振ったんだから、もう少し聞いてくれてもよかったんじゃないかにゃー?』

 電話の開いては繰莉ちゃんでした。
869 :開いて→相手 [saga]:2011/07/18(月) 01:43:44.98 ID:P43q0tkpo
智「……それで、どうしたの?」

繰莉『んー、繰莉ちゃんの情報網に引っかかったからねぃ、寝床のお誘いってところかにゃー』

 それだけで理解した。
 繰莉ちゃんの情報ネットワークがどのように広がっているかわからないけれど、今日僕らがここにいることをつかんだのだ。
 そして同時、ラウンドの円卓会議にカエサルの代理として参加したことも。
 超探偵だから、そこら辺の情報を知りたがっているのだろう。
 ……しかし、その予測は直ぐに裏切られた。

繰莉『情報の方は今日じゃなくてもおいおい教えてもらうとして。とりあえず親睦会ってところかな』

智「……親睦会?」

繰莉『ん、そうそう。繰莉ちゃん、ともちゃん、ゆんちゃん。カエサルんとこに入った三人だけど、じっくり話し合ったこと無いわけじゃない?』

繰莉『だから、その仲を深める意味での親睦会。まぁ繰莉ちゃん的には今日あった出来事も教えてもらえると嬉しいけど、それは第二希望ってことで』

 どちらかといえばそっちが本命な気がするんだけど。
 ……だが。繰莉ちゃんはあの胡散臭いんと違ってあまり口から出任せは言わない気がした。
 煙に巻いたりはぐらかすことはしそうだけど、嘘と本当を入り交じらせることは殆どないような気がする。仲間には尚更。
 だからきっと親睦会をしたいのは本当のことで。
 故に、少し悩んだ末に僕は――――



 >>870
 1 誘いに乗る
 2 用事があるからと断る
870 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/18(月) 01:47:45.16 ID:Z+T4ptJV0
871 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/18(月) 01:57:38.08 ID:P43q0tkpo
 →誘いに乗る



智「――うん、いいよ。央輝は……いくかどうかわからないけど、頑張って説得してみる」

 コミュメンバー同士の仲を深めるのも悪くはない。
 あまり深めすぎると危ない事態になりかねないけれど、繰莉ちゃんはそこらは心得ていることだろう。
 僕の色よい返事に電話向こうの声は少し弾む。

繰莉『うんうん、それでもオッケーだよん。んじゃあメールで送るから、待ってるからね』

 次の瞬間に電話は切られていて、数秒もしないうちにメールを受信した。
 開くとここからは然程遠くはない場所のようだった。
 さて……問題は。

智「……央輝、少し提案があるんだけど」

央輝「……なんだ?」

 繰莉ちゃんと央輝の相性はあまりよくない。というか央輝が口が達者な人類が嫌いなだけだ。
 だから素直に言ってもついてきてくれないだろうし。ここは口八百でいこう。

 そんなこんなで、僕は央輝を『ご飯』で釣ることに成功したのだった。
 本当、央輝はごはんのことになるとるい並になってしまうから可愛い。
 ……これから起こるだろうことに少しだけ身を縮こませつつも、繰莉ちゃんの指定したお店へと足を向けた。
872 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/18(月) 01:58:59.21 ID:P43q0tkpo
 本日はここまで
 続きは来週……といいたいところなんですが、実は今週、来週とテストがあるのです。
 ですので更新できないかもわかりません、ご了承くださいませ……
873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/18(月) 02:03:39.13 ID:Z+T4ptJV0
おつ
874 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/18(月) 07:23:42.73 ID:sUgk3KUyo
875 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/08/01(月) 22:29:32.98 ID:OXUVShYbo
生きてるか?
876 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/02(火) 14:56:55.22 ID:HXImgUTyo
まだ試験期間かな?
877 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/02(火) 15:18:32.08 ID:yO6mbWmHo
 >>875‐876
 いえ、先日――土曜に終わりを迎えました。
 ちゃんと生きています。とりあえず一日だけ羽を伸ばしたかった次第です。
 こちらも本日致す予定です。おまたせして申し訳ございません。
878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/02(火) 15:21:13.03 ID:yO6mbWmHo
 ……一日じゃなかった、二日でした。
 もういいや、今から始めます
879 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/02(火) 15:38:51.27 ID:yO6mbWmHo
伊沢「……で、なんで俺まで呼ばれなきゃいけねーんだ」

繰莉「まぁまぁいいじゃんいいじゃん。いーちゃんだって今日はここで泊まるつもりだったんでしょ、こっちに来たんだし」

 ついた先はというと、飲み屋やバーに似た雰囲気の場所だった。
 客として入ったら、どうやら違うらしく、オーナーのお姉さんに奥の――住宅としての雰囲気が隠れない場所に通される。
 その先で居たのが、この二人だった。

伊沢「別に俺は縄張りに余計な虫がついてないか寄っただけだ、それでこっちに誘ったのはテメェじゃねぇか」

繰莉「まぁまぁまぁまぁ」

 そういいながら多分表から持ってきたであろうガラスのコップに氷を入れて何かを注ぐ。
 多分お酒。僕らはみんな二十以上だから関係ないけれど。
 伊沢は舌打ちをしながら軽くコップを振り、それを煽った。

央輝「……どういう状況だ和久津」

智「さぁ……僕にも少しわからない」

 さっきの言葉から推測するに、この辺りは伊沢の縄張りってやつで。
 繰莉ちゃんはそこに住んでる……?ああいや、そういえば繰莉ちゃんがお世話になってるところが伊沢の縄張りだとか言ってた気がする。
 なるほど、合点がいった。つまりここは繰莉ちゃんのお世話になっている場所、ということだ。
 その繰莉ちゃんはお酒を飲む伊沢を傍目に見ながら入り口に立ち尽くす僕らの方をようやく見遣った。

繰莉「やっほーともちゃん、ゆんちゃん」

央輝「……和久津。オマエ、アタシを嵌めたのか?」

智「別に嘘は言ってないよ。電話口で交渉したから、ちゃんと食事出してくれるって言ってたし」
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/02(火) 16:02:05.82 ID:yO6mbWmHo
央輝「……ふん、なら、精精元だけは取らせてもらうとしよう」

 元って、別に央輝は何も払わないじゃない。
 と思ったけれど、違った。恐らく十中八九繰莉ちゃんは央輝をいじりに入る。
 その分の元、ということなのだろうか。るい以上ではないけど央輝も食べるし、繰莉ちゃんに対するお返しのつもりか。
 ……まぁ理由はともあれ、とりあえず席に座ることは約束してくれた。
 僕らは繰莉ちゃんに促されるがまま、彼女らとガラステーブルを挟んで向こう側の、座り心地の良さそうなソファーに腰を下ろす。
 コトン、とコップの中身を一気飲みした伊沢は少し顔を赤くしながら、真正面に座った僕らを一瞥する。

智「どうも、その節は」

伊沢「……よぉ。確か和久津、と……そういえばテメェの名前は聞いてなかったな」

央輝「…………」

 央輝は伊沢を軽く横目に見ただけで、視線から外す。露骨な無視だ。
 央輝と伊沢は多分同類。雰囲気というか、そういったものが似てるようにも思える。
 ……二人とも口先には弱くて、強がっていても根では優しいところとか特に。
 しかしそれはつまり鏡だ。鏡に移る自分を好きと思える人はナルシストぐらい。
 だから、まぁ入った瞬間こうなるだろうとは思った。そしてそれを少しでも摩擦して収めるのが僕の役目であろうことも。
 僕は伊沢が央輝に文句を言う前に、紹介を済ませてしまう。

智「尹央輝、あの時もお世話になったと思うけど、僕らのコミュの一人だよ」

伊沢「……ああ。近頃こっちの方まで足を伸ばしてる、中国系の頭だろ」

 驚いた。
 いや、伊沢が央輝について知っているのもだけど、それよりも央輝がこっちまで範囲を広げていることについても、だ。
 田松市から高倉市まではそう遠くはないとは言えども、田松市内でも組織間のいざこざはあるはずだし。
881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/02(火) 16:33:50.30 ID:yO6mbWmHo
 それを聞いて、央輝は鼻で嗤う。

央輝「オマエのような矮小勢力でも知っているんだな」

伊沢「あぁ?誰が矮小勢力だ、ブチ殺すぞ」

央輝「できるものなら、な。舎弟がいるとはいえ、実質縄張りを管理しているのはオマエ一人だ。囲まれてしまえばどうしようもないのが、アタシに勝てるのか?」

伊沢「テメェ一人ぐらいならどうってことねーよ。今からそれを証明してやろうか?」

 ああ、やっぱりこうなった。
 溜息を吐く。本気で戦ったりするようなことは……しないよね、多分。
 それでも一応止めなきゃ……

智「央輝、落ち着いてよ。ほら、繰莉ちゃんも止めるの手伝って!」

繰莉「繰莉ちゃんは非暴力員なのでそんな面倒なことしないのだ」

智「いいから手伝ってよ!?」

 正直僕だけでは央輝を押さえれても、伊沢を抑えられる気はしない。
 だから迷ってなんかいられないのだ。
 繰莉ちゃんは意地悪そうにニヤニヤと笑って、そして今にもテーブルを乗り越えて掴みかかりそうな伊沢の肩に手をおいた。
 露骨に嫌そうな顔を伊沢は浮かべた。

伊沢「……なんだよテメェ」

繰莉「いーちゃん落ち着いて。まーたしかにここらはいーちゃんの縄張りだけどさ、今日は繰莉ちゃんが二人を呼んだんだから」
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/02(火) 16:53:57.49 ID:yO6mbWmHo
伊沢「だからなんだってんだ。あっちが先に喧嘩を売ってきたんだ、こっちが買ったって――」

繰莉「いーちゃん、繰莉ちゃん、例の件は断ってもいいんだけどにゃー?」

 瞬間、伊沢の顔が僅かに思案顔になる。
 例の件、というのが何かわからないけれど、超・探偵さんの腕は本物で、調べてもらっていることも多々あるのだろう。
 そして今回投げた依頼が断られることに対して得られる対価――つまりメリットとデメリットを秤にかけているのだ。

伊沢「…………」

繰莉「いーちゃん」

 ダメ押しをするように繰莉ちゃんはもう一度名前を呼ぶ。
 伊沢はそれを無視して先ほどと同じコップに同じお酒を注ぎ、また煽った。
 バン、と小さくテーブルが揺れたが、コップにもテーブルにも傷ひとつない。

伊沢「帰る」

央輝「なんだ、逃げるのか」

智「央輝!」

伊沢「勝手にしろ。俺はテメェの口車には付き合わねぇよ」

 せせらわらった央輝に、立ち上がった伊沢は冷たい視線をぶつけた。
 それを見て央輝はつまらなさそうにふん、と鼻息を漏らす。
 伊沢が部屋からさって、僕はこれみよがしに溜息を吐いた。

883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/02(火) 16:58:17.30 ID:yO6mbWmHo
智「……央輝、だからあっちこっちに喧嘩売らないでよ……」

央輝「格下相手にどうして遠慮する必要がある?それにアタシはいつもこうだ」

 確かにそうだけどね……
 でも周りに事も考えてほしい。例えば僕のこととか。
 再び溜息を吐く僕に、繰莉ちゃんはニマニマとしながら話しかけてきた。

繰莉「さってともちゃん。これで貸し一だからね?」

智「……央輝」

央輝「知るか。オマエが勝手にやったことだろう」

 取り付く島もない。
 繰莉ちゃんに何を請求されてしまうのかは少し不安だけれど……
 それでも、この場を収めるための代償ってことで諦めることにしよう。

智「……はぁ」

 本当に、どうしてこうなったのか。
 僕らの夜は、まだ始まったばかりで。
 これから飲食と、他愛ない雑談で更けていく――――。
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/02(火) 17:03:11.32 ID:yO6mbWmHo
    第四幕
    Chapter

  29 事後のお知らせ
  30 覇王からの勧誘
  31 民主主義コミュ
  32 気になる子の事
  → ???
  33 懐かしの我が家
  34 小さな騎士の話
  35 四宮夜子は懐かない?
  → ???
  36 お泊り会にて
  37 円卓
  38 事態収拾
  → ???
  39 ???←次ここ

 ここまでー
 ルート判定終了。もう名前出しちゃうけど、多分39、40で夜子、繰莉の共通ルートは終わり。
885 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/02(火) 20:13:03.14 ID:HXImgUTyo
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

ゆっくりでいいと思うよ
886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/06(土) 22:25:57.69 ID:2g4hLujfo
 11時〜12時の間に更新開始します
887 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 23:39:04.25 ID:2g4hLujfo
我斎『知ったことか』

智「ですよねー」

 切って捨てられた。
 円卓会議の際に九倉さんに言われたことをそのまま告げた結果がこれだ。
 まぁ僕も当然じゃないかなと思う。

我斎『『ルーク』、か。和久津、お前にはペテン師の称号をやろう』

智「心外ですね国王サマ。私めはいつでもこの命を差し出せますよ?」

我斎『そんな三文芝居はいい。しかし貴様がそう思っていようがいまいが、その名を名乗る間は壁として存分に使ってやろう』

 せせら笑われた。
 王様は尊大です。まるで底まで読み取られているよう。

我斎『お前にはまだまだ動いてもらう。報告は直通で構わないが、こちらからの通達は夜子を通して行う』

智「承知致しました……あ、ちょっと待って」

我斎『なんだ』

 聞き返す時すらも偉そうだ。
 電話の向こうでふんぞり返っている姿が眼に浮かぶ。

智「アバター・ギグ……一度見にいってみたいんだけど」

 これは央輝と繰莉ちゃんと話し合って決めたことだ。
 僕らはアバターに関してあまりに知識が少ない。
 それは戦闘知識でもあるだろうし、操作知識でもある。
 だから他のアバターの戦闘を見て参考にしよう、ということだ。
888 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/07(日) 00:17:10.18 ID:bW/q/3wuo
我斎『…………』

 電話の答えは無言だった。
 迷っているのか、或いは呆れているのか。
 まぁ待っていれば直ぐに返事が返ってくるだろう。

我斎『よかろう。手配しておく』

智「それはありがとうございます……手配?」

我斎『なんだ知らないのか。ギグにはチケットがある。参加者には無料で配られるが、お前はそうではあるまい』

 なるほど、故にギグ、か。
 見世物のようなものなのだろう、つまり。
 しかし、接続者に対して見世物をしても意味はない。
 そうか。つまりこれこそがラウンドがギグをどうにかしようとするもう一つの理由。

智(一般人への存在流出、か)

 確かにギグの存在自体がラウンドの理念に反する、とは言っていた。
 しかしそれだけでは足りないのだ。
 力を持てば見せたくなる、ふるいたくなる。そうした要求を認めて発散させるのがギグでもある。
 +の面と−の面が表裏一体となっているわけだ。だから、先ほどの理由だけでは足りない。
 だが一般人を観客としているならまた別。ラウンドの理念にはアバターの存在を漏らさない、というのもあるのだから。
 それなら危険視する理由にもなる。
 ……話がそれてしまった。

智「うん、ならお願いする」

我斎『そうか。ではな、追って連絡をする』

 そっけなく、電話は切れる。
 ……我斎って意外と計画立てたりするのが好きだったりするんだろうか。
889 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/07(日) 00:28:31.85 ID:pgd7ZIZ8o
お、キテター 今日もご苦労様です!
wwktk wwktk
890 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/07(日) 00:52:46.63 ID:bW/q/3wuo
 少し調べてみたところ、一番早い日にちで一週間後だった。
 どうやら僕らがアイツらを誘き出したようなところでやるらしい。
 僕らがまた連絡をとって予定を合わせた頃、我斎からの連絡があった。カエサルとしての司令は夜子を使うくせに、それ以外はそうでもないようだ。
 我斎五樹、物の手配大好き説浮上。
 ……なんて。自分で動いてるわけ無いよね。


 そしてその当日、僕は相も変わらず溜まり場に居た。

こより「そいえばセンパイ方って、受験とかしたりするんですか?」

茜子「茜子さんは受験などしません。猫の王国に勉強など必要ですか、いいえ必要ありません。ですからそもそも茜子さんには勉強など必要ないのですにゃー」

伊代「現実逃避しないの!そもそもあなたは学校自体あまりいってないんだから他の人以上に勉強してなきゃいけないっていうのになんであなたはそうやって現実を無視して……」

花鶏「あーはいはい、そうねそうね」

 伊代はやっぱり空気よめない子。もはや定番過ぎて適当に流されるのが流れになっている。
 央輝はというと、もう我関せず、だ。
 いらいらを紛らわすように貧乏揺すりをしているけど。

智「それよりもさ、一番はるいでしょ?どうするの?」

るい「るいねーさんがそんなことするとおもう?」

花鶏「少なくとも胸を張るところじゃないわね」

 まぁ当然にわかりきった答えだった。
 僕はもう受験しないと決めている。迷っていたけれど、呪いとの付き合い方を考えるとそっちの方がいい気がした。
 どちらかというと、僕が気になるのは同年代の花鶏と伊代だ。
891 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/07(日) 01:18:51.57 ID:bW/q/3wuo
智「こよりと茜子はまだ先だからいいとしてもさ、伊代と花鶏はどうなの?僕は受けないつもりなんだけど」

花鶏「私?私は一日でも早く家の復興をしたいから……どうでしょうね」

 そういえば昔からずっとそんな事を言ってたっけ。
 だったら受験にしてもそのまま仕事につくにしても、一番の近道を通るってことになる。
 ……なんだか詐欺に引っかかりそうで怖い。でも花鶏のことだし、大丈夫な気がするけど。

伊代「私は、一応受験はするつもりよ。できれば都会の方……って思ってるけど」

こより「ええっ!?伊代センパイ、この街からでていっちゃうんですかぁ!?」

伊代「あくまで可能性の話、だけどね。でもたった四年程度なら大丈夫じゃない?長期休暇には戻ってくる予定だし」

るい「でもイヨ子、大丈夫なの?だってイヨ子は……」

伊代「大丈夫よ。ねぇあなたもそう思うでしょう?」

 急に振られて、僕は少しだけ慌てる。
 僕としても、この街からは誰も出て行って欲しくない。
 逢えないのは勿論のことだし、僕らは同じ痣で繋がれた仲間なんだからそう思っても仕方が無いはずだ。
 でも伊代のいうこともわかる。会えなくなるとはいっても、永遠に、というわけでもない。
 けれど、だけど、それでも――――。

央輝「学歴など、イザとなったらなんの力も持たない」

 意外なところから声が飛んできた。
 裏社会に浸かっていた央輝は学歴なんてものを持っていない。だから無視を極めていたのだけれど。
892 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/07(日) 01:32:55.84 ID:bW/q/3wuo
央輝「例えばオマエが偶然暴漢の類に眼を付けられたとする。その時学歴は何をしてくれる?何もしてくれるわけないだろう」

伊代「確かにそうだけど、そもそも学歴っていうのはそういう時に必要なことじゃなくて、生きていく上での最小限に」

央輝「生きていく上?生きていく上で必要、といったのかオマエは」

 央輝はせせら笑う。
 央輝に学はない。精精文字の読み書き程度のものだろう。
 難しい言い回しは言えるけれどコトワザとか四字熟語とか、知らないものはある。
 しかし――生きている。
 央輝はそんな学歴などなくても、生きている。

央輝「生きるのに必要なのは学歴じゃない、力だ。個人の力がそれでもあるし、群れの力はそれ以上のものだ」

央輝「生きたいのなら、本当に必要なモノを間違えるな」

 伊代は押し黙る。
 いつもの伊代ならそんなことはない、とか色々反論しそうなものだろうけれど、思うところがあったのかもしれない。
 というか央輝、つまりそれは行くなって事だとわかっていってるのかな……
 多分、わかってるはずだ。でなきゃそもそも馬が合わない伊代に何かを自分から言うはずがない。
 その央輝は何食わぬ顔でこちらを向く。

央輝「和久津、そろそろ時間だ。行くぞ」

智「えっ、ああ、うんそうだね」

 時計を見ると、確かにいい時間だった。
 少しばかり悪くなってしまった空気をかき消すように、僕は声を張り上げる。

智「じゃあ、僕ら今日用事があるからこれで!じゃあね、皆!」

 るいとこよりは同じように大きく。
 花鶏、茜子、伊代はそれなりな声で。
 僕は今日もお別れをする。
 明日、また同じ場所で会えることを信じて。
893 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/07(日) 01:40:18.65 ID:bW/q/3wuo
 …………………………


「そういえば、トモといぇんふぇーっていつも何しているのかな」

「……確かにそうね。結構前に二人して一回来なくなって以降、あまりこういうことはなかった筈だけど」

「その日以降で二人が一緒に来なかった日は二回ぐらいあったわ。今日が三回目ってことね」

「……ふむ、なんだか陰謀のかほりがします」

「そですねぇ……そうだ!センパイ方、鳴滝、いい方法思いつきましたよ!」


「気になるなら調べればいいッスよ!ピンク・ポッチーズ出動です!」

「だからやめてよねその卑猥な名前!」



 …………………………
894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/07(日) 01:41:00.37 ID:bW/q/3wuo
 今回は以上です!
 筆が……筆が遅い……!
895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/07(日) 01:47:38.52 ID:QVWYSKVoo
896 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/08/08(月) 19:48:41.18 ID:wBUH96x2o
897 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/13(土) 23:54:35.94 ID:3/ksT+rCo
 うはwwwwwwコミケでモチベーションマックスwwwwwwww
 なのに疲れがヤバイwwwwww眠いwwwwwwwwだから明日書くんだぜwwwwww
 すいませんorz
898 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/15(月) 00:53:21.76 ID:U35zL9Bco
 体力がヤバイ……全然回復してない……
 でも少しでも書く……!
899 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/15(月) 01:07:09.33 ID:U35zL9Bco
智「おまたせー」

繰莉「おーすともちゃん、今日はいい天気だね」

央輝「もう夜だがな」

 電車に乘って三駅。
 僕らはやはり高倉市にいた。
 どうして高倉市なのだろう?コミュ人口が多いというのはわかるけれど、そもそもどうして高倉市に多いのか。
 多いから多いのだ、などといわれても納得できないし、それに呼ばれ方が違うとしても全長ニ、三メートルの巨人の都市伝説なんか聞いたこともない。
 本当に、この高倉市限定なわけだ。

智「むむ……不思議だ……」

央輝「……おい、何を唸っている?」

 央輝に見咎められた。
 別にどうってことのない内容だけど、なんとなく聞かれていたら恥ずかしい。
 僕は軽く首を振りながらなんでもない、と返した。

繰莉「それよりさ、さっさとはいっちゃわない?そろそろ参加締め切りだし、始まるみたいだよ」

智「そうしたいのは山々なんですが」

 そもそも、チケットが無いし。
 手配はした、とはいっていたけれど、無償で入れるわけではないだろうし……どうしたものか。
 とそう思っていると、クイッ、と服の裾が後ろから引っ張られた。

智「……ん?」

 何事か、と思い振り向くが、そこには誰もいない。
 というか帽子だけが浮いていた。
 ……いや、そんなわけはない。僕はそのまま視線を下に下ろす。

夜子「…………」

 そこにはお馴染み王様の使いっ走りである騎士殿がいた。
900 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/15(月) 01:25:25.92 ID:U35zL9Bco
 その表情は呆れと苛立ちが入り交じって、なんだかムスッとしている表情に見える。
 夜子は本当顔に考えていることがよく出ると思う。
 振り返ると央輝と繰莉ちゃんには影になって見えないのか、首を僅かにかしげていた。
 視線を戻す。底には相変わらず夜子がいる。

夜子「……五樹から」

 そういって手に握らされるのは一枚のチケット。
 ちらりと目に入った情報によると、コレ一枚で三人分の効果があるらしい。ちなみに5000円だった。

智「あ、うんありがと」

夜子「それから、私も入るから。そっちが何か余計なことしないかの見張り」

 それは我斎からだろう。
 それをわざわざ言ったというのは、つまり余計なことはするな、ということだ。
 だけど最初から余計なことをするつもりなんてなかったけど。無茶をするのは自分に危害が及ぶ時ぐらいだ。

央輝「……さっきから、誰と話しているんだ?」

智「へ?」

 ふと横を見ると、央輝と繰莉ちゃんがそれぞれ立っていた。
 夜子は先ほどまでの不機嫌そうな表情を消して、僅かに二人を一瞥する。

繰莉「んん?どうしたのこのちんまい子、迷子かなにか?」

央輝「それならお前も同じ程度だろう……というかオマエがチケットを手に持っているということは、コイツがもってきたということか?」

智「ああ、うん。夜子って言って、以前知り合ったレギオンの末端。僕と知り合いだから指令とかにもこの子を使うっていってた」

 嘘だ。この場で真実を言うのは憚られた。
 夜子がまた僅かに眼を見開いたが、それでも一瞬で元に戻る。
 夜子は見た目に反して中々聡い子だ。多分意図を悟ったのだろう。
901 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/15(月) 01:41:51.21 ID:U35zL9Bco
夜子「それじゃ、私はこれで――――」

智「そうだ。このチケット一枚で三人入れるらしいんだけど、これ二人で使ってよ」

 夜子の言葉にかぶせるように、僕は繰莉ちゃんの方にチケットを差し出す。
 それを繰莉ちゃんは一先ず受け取るが、後ろから央輝の疑問が飛んできた。

央輝「? 別に構わないが……和久津、オマエはどうするんだ?」

智「そりゃあ勿論、」

 夜子の手を掴む。
 ビクッ、と反応したような気がしたけど気にしない。

智「夜子ちゃんと入るよ」

夜子「!?」

 びっくりしたような顔をする。そりゃあ当然だ。
 監視をしにきた対象と一緒に入る理由が見つからない。

繰莉「繰莉ちゃんは別にいいよ。終わったらそのまま解散って形でも構わないし」

智「ありがとう。央輝は?」

央輝「否定する理由がみつからん。まぁ精精気をつけろ、としかいいようがないな……行くぞ」

繰莉「あいあい。それじゃあね、ともちゃん。また今度」

 小さくを振りながら、人の流れに消えてゆく二人。
 それを見送り終わったところで、ようやく夜子は放心状態から目が覚めたようで慌てて言葉をぶつけてくる。

夜子「な、どうして和久津と私が一緒に入るの?私は五樹から和久津を見張っておけといわれて、それでここに来ただけでだからつまり、一緒に入る必要はないのに!」

智「まぁまぁ、別にいいじゃない?何か余計なことを言えばすく止められるし、何かあれば僕がごまかすから、ね?」

夜子「……納得いかない」

 それでも、なんとなく僕は夜子と一緒にいたかったんだ。
 それが、正しいような気がしたんだ。
902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/15(月) 02:04:16.21 ID:U35zL9Bco
智「とりあえず央輝も繰莉ちゃんも先にいっちゃったし、僕らもいこうか」

夜子「…………」

 つい、と夜子は僕の言葉には答えずに会場へ向かって歩き出す。
 やはり相変わらず不機嫌。
 でもきっとあの二人の前ではこういった表情をみせようとはしないだろう。その分心開かれていると思えばいい。
 そう思うと少しだけでもうれしくなる。

智「ねぇ夜子ちゃん。今日も泊まっていかない?」

夜子「いかない。家のほうが近いし。あと、ちゃんつけるな」

 そんな他愛ない会話を繰り返す。
 それが会話と呼べるものなのかどうかは甚だ疑問だけれど。

 そうしている内に会場入りの順番が回ってきて、夜子は会場の出入りを見張る黒服にチケットを渡した。
 肌は黒く、見るからに外人といった面持ち。左脇が不自然にふくれあがっているような気がした。
 その黒人男性が僕らの頭数を数える。僕と夜子で一、ニだけだから十分なはずだ。
 確認して会場入りを示す。夜子は僕に眼で合図して先に行き、僕もその後を追う――――
 その時だった。

「―――――ンパァ―――イ」

 聞きなれた声が。
 振り返る。誰もいない。いるのはなんだ、と迷惑そうに顔をしかめる、順番待ちの客ぐらいだ。
 いや、いないはずはない。だって確かに聞こえたのだ。
 宮和とか、そのへんの声ならいざしらず。僕の仲間の声を、聞き間違えるはずなど無いのだから。
 キョロキョロと視界を動かす。人の間を縫って、遠くまで見通す。
 そこに、見えた。

「どこですかぁ、センパイ方ぁ――――、ひぇぇええええ――――ん」

 眼をぐるぐるにして、それでも器用に人にぶつからないで移動しているこよりちゃんの姿が。
903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/15(月) 02:22:15.28 ID:U35zL9Bco
 呆れた。
 前にもこんなことがあったような気がする。
 僕の後を追いかけてきて、そして変に首を突っ込んできた事が。

 僕はため息を吐いた。我ながら様になる姿だったに違いない。
 この場では放っておくのが一番なのだろうけれど。
 それでもここはアブナイ場所で、そしてこよりちゃんはうさぎちゃんで。闇市に迷い込んだ小動物がどうなるか、なんてわかりきってる答えだ。
 故に、僕は――――叫ぶ。
 大声で、少女の名前を。

智「こより―――――――――ッ!!」

 ピクン、とないはずのうさぎの耳が動く。
 そしてその顔は、僕を捉えた。


 会場内には大音量の音楽が響きわたっていた。
 まぁギグは祭りのようなものだ。これぐらいでないと盛り上がりにかけるだろう。
 そしてそんな大音量でも聞こえるぐらいの声で、こよりは言う。

こより「流石はともセンパイ!あの人混みの中から鳴滝めを見つけてくださるなんて、恐悦至極であります!」

 ぴょこんと跳ねる。
 嬉しそうな顔で寄ってきたこよりも、仕方がなしに中に入れることに。一枚で三人分、というのが幸いした。
 しかし夜子は『誰?』とでもいいたげな視線を僕とこよりに向けていた。
 僕に会えたことでテンションの高くなっているこよりはそんな夜子にも気付かず、只管に話しかけてきた。

こより「実はですね、他のセンパイ方とも一緒に来ていたのですけど……人の波に当たってしまい、茜子センパイを守るのに必死で鳴滝流されてしまいました……」

 ということは皆が来ているようだ。
 茜子と伊代が心配だけれど、るいと花鶏がいるならまぁなんとかなるだろう。
 ……こよりみたいに流されてないよね、多分。

智「……こより、一応連絡してみて。僕は伊代にするから、こよりは花鶏に」

こより「ハイッ、わかりました!」

 音の少しでも小さな方向へ行こうとこよりが離れた瞬間、夜子は直ぐに問いかけてきた。

夜子「あの子、誰?和久津のコミュ?」

智「ううん、違うよ。僕の友達。ここに来る前に会ってたんだけど……皆でついてきたみたい」

 その言葉に夜子は呆れ顔を示した。
 確かにつけられる、というのはあるまじき自体だったかもしれない。
904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/15(月) 02:44:31.48 ID:U35zL9Bco
 僕も伊代にメールをする。
 こよりと合流して聞いたことと、それとお金のかかるこの会場内にいること。
 あと皆の無事を確認するメールを。
 電話のほうが早いが伊代は名前を呼べない。『あの子』では全くわからないからメールでしたほうがわかりやすいと思った。
 思ったとおり、数分もしない内に返ってきたメールは長々としていたがわかりやすい文章ではあった。

 まずは追いかけてきたことの謝罪と、皆が無事だということ。こよりの身が保証されたことに安堵したこと。
 今度溜まり場に来た時に詳しく聞かせてもらう、ということと――後は花鶏と電話をしているこよりの方から聞いてということを。
 そのメールに眼を通し終わったと同時に、こよりが戻ってきた。

こより「センパイ方は無事だということでした!それと、今日のところはアブナイフンイキなので帰るそうです!」

智「そう、わかった。ありがとうね」

 花鶏のことだから次にあったら〜とか言ってそうだけど、こよりにとっては大事なことではないみたいだ。
 そこでようやくこよりは僕の直ぐ側にいた夜子を見つける。
 少々驚いたような顔で眺め、そして僕へと問いかける。

こより「ともセンパイともセンパイ、そちらはどなたですか?さっきまでいなかったように思えるのですけど……」

 対して夜子は、やっと気付いたとでもいいたげに溜息を吐く。
 僕は最初からずっといたよ、と笑いながら前置きをして、答える。

智「夜子っていうの。少し冷たいかもしれないけど、本当は優しい子だからこよりも仲良くしてあげてね」

 こよりも少しだけ眼を丸くした後、元気よく頷く。
 そして夜子の前に立って、満面の笑みを浮かべた。

こより「では改めまして、鳴滝こよりであります!以後お見知りおきを!」

夜子「……四宮夜子」

 名前を僕が言ってしまったから苗字を言っても変わらないと判断したのか、夜子は苦々しげにそう紹介した。
 それをみて少しばかり微笑ましく思っていると、ライトの具合と音楽が変化する。
 アバター・ギグの夜が始まる。
905 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/15(月) 02:45:32.98 ID:U35zL9Bco
 今日はここまで
 キャラ……崩れてない、よね?大丈夫だよね?
906 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/08/15(月) 08:51:34.07 ID:NvU+tRmzo

面白くなってまいりました
907 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/15(月) 11:38:32.29 ID:F8UoM99Vo
908 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/16(火) 14:12:53.25 ID:naCn+47f0
乙!!
909 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/16(火) 14:13:25.44 ID:naCn+47f0
乙!!
910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/21(日) 01:04:31.53 ID:Hximx5qko
 よし、書くか
 それにしてももう900超えてるのか……次スレ入りそうだな
911 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/21(日) 01:22:29.71 ID:Hximx5qko
 わあぁああああ、と雑多な歓声が響く。
 観客たちの視点の先は設置された大型トレーラーの側面、それに映しだされた巨大な液晶画面だ。
 どうやら本日の対戦カードを公開しているらしい、それっぽい名前が幾つも並んでいる。
 その中でも歓声が大きくなるのはきっと何連勝もしている有名アバターなのだろう。
 このアバター・ギグは所謂ギャンブルの側面も兼ねている。どちらが勝つか、などという単純なものだった。
 そういうのははまってしまうとやばいと思うので僕は別に誰々に賭けたということはしていない。仲間内だとこよりだとかが好きそうだ。
 あとはアヤヤも一度試しにやってみたら当ててしまって味を占めそうなタイプで、繰莉ちゃんは綿密に、それこそアバターの接続者の調査まで行ってから賭けをしそう。

夜子「…………」

 隣の夜子が息を飲む。
 先ほどまでの中で一番、といっても過言ではない程歓声があがる。
 それこそ、会場で流されている大音量の音楽すら一瞬見失ってしまうぐらいに。
 画面に映し出された名前は、勿論片方は知らない名前。
 だがもう一方は知っている。
 ある意味、僕らがここにいる原因になっているアバター。

智「……『NOMAD』」

 それに対しての詳しいなど僕は知らない。精々円卓会議で聞いた程度だ。
 曰く対戦相手を破壊する唯一のアバターである。
 曰くギグの主催者と繋がっているだろうコミュである。
 曰く――――
 全ては伝言であり、信憑性はあるとはいっても僕にとっては噂の域を出ていない。
 故に百聞は一見にしかず。話し合いでは『戦闘の参考』とは言ってまとめたものの、円卓会議で話を聞いた央輝はどちらかといえばこちらの方に注目をしているだろう。

こより「? ? ?」

 ふとこよりを見てみれば、前情報など一切ないこよりは辺りを見て、そして対戦カードみて動揺していた。
 小さく笑ってぽんぽんと頭を軽く撫でる。
912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/21(日) 01:46:53.98 ID:Hximx5qko
 どうこうしているうちに試合が始まる。
 蒼い渦――それを眺めてこよりは飛び上がるようにして驚いた。
 最初の試合は騎士型と巨人型。どちらも初参戦らしい、観客の盛り上がりに軽く欠ける。

智「お手並み拝見……ってところかな」

こより「はえ?こ、これってどういうことなんですか?ともセンパイ〜」

夜子「…………」

 またも呆れたように息を吐く夜子。
 まぁアバターを見慣れていない――僕のを一度しか見ていないこよりにこの光景は少し厳しい話だろう。
 軽くこの舞台がどういうものなのか説明に入る。
 夜子もたまに僕の説明に欠けているところをぶっきらぼうに付け加えてくれたりした。
 ふんふん、とうなずいていたこよりは最後の方になると軽く目を回して首をかしげている。

こより「えっと……つまり、これは賭け試合のようなもの……ですか?前に説明された時の壊し合い、みたいのはない、公式試合、みたいな?」

智「まぁ平たくいえばそういうこと。ラウンド――コミュネットの与党さんはそれを認めてはいないけど、ね」

夜子「でも止めはしない。できないの方が正しいけど」

 ノーマッドがいなければ黙認はする、といったところだろうか。
 それでもラウンドの――九倉さん的には自分が手綱を握りたいところなのだろう。
 でなければ相手の目的を知りたいだなんて思わないはずだ。

智「それにしても……」

 一応、必殺技っぽいのが発動したりして相手を打ち倒したりしたりしてるとしても、だ。
 一番盛り上がる取っ組み合いの殴り合い、なんて試合は一つもなく。
 初めは腹のさぐりあいで始まって我慢できなくなったほうが攻撃、我慢強く待った方はそれにうまく対処できるかどうかで勝敗が決る。
 その結果が必殺技の発動だ。
 相手の能力を見切って発動するか、見切れないで発動されるか。
 仮にも異能の力、迫力はあるにはあるのだが……如何せん、その異能を持っている側から言わせて貰うと。

智「なんとなく、迫力に「迫力に欠けますよねぇ」

智「……え?」

「……え?」

 重ねて言われて、思わず声をあげた。
 相手側も不思議に思ったようで、こちらを振り返る。
913 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/21(日) 01:58:49.27 ID:Hximx5qko
「おや、まぁ」

「ええと、確か……アヤヤさんのコミュの……智さん、でしたよね?」

 知っている顔が二つ。
 というかこんなところでもメイドさんと見るに耐えないファッションなんだ。

智「春さんと真雪……だっけ」

真雪「はい、そうです。いやぁ偶然ですねこんなところで会うなんて」

 本当に偶然。
 こよりも一応見たことのある顔なので、ご無沙汰してます!と頭を軽く下げる。
 しかし夜子は一切関心を持たない……かとおもいきや、一歩下がったところでまるで親の敵のように二人を見ていた。

夜子「うぅう…………!」

智「……夜子?どうしたの」

春「ああ、その子そっちの知り合い?」

 え?と思い見ると、春さんは満面の笑みを浮かべて夜子を見ていた。
 夜子はそれに対して更に顔を強ばらせて、しかし負けじと彼女を睨む。
 ……どういうことなの。

智「どういうこと?」

真雪「……さぁ、私にもさっぱり……」

 真雪にも全くわからないといったような表情だった。
 しかし夜子が毛を逆立ててこんなに毛嫌いしているということはきっと何かあったのだろう。
 きっと、トラウマになるような何かが……
914 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/21(日) 02:14:10.31 ID:Hximx5qko
春「心外だねぇ、そんなに嫌われるようなことはしてない筈なのに」

 春さんは心外そうに呟くが、それに対して夜子は必死の形相で一歩前にでた。

夜子「う、嘘だっ!わ、わわわたしの初めて……!」

 初めて?
 僕が首を傾げると同時、春さんはまた夜子に一歩踏み出す。

夜子「きゃうっ!!」

智「えっ」

 するとまるで逃げるように飛び上がり、僕の後ろに回りこんだ。
 こよりも先ほどまでの夜子の様子からは全く予想できなかったのか、目を丸くして事態の推移を見守っていた。
 僕も驚いた。夜子がかわいいのは知ってたけど、こんな悲鳴をあげるだなんて思ってもみなかった。

春「ふむ、こりゃ参った」

 困ったように春さんは呟くけれど、その表情は全く困っていない。
 寧ろこの状況を楽しんでいるようにも思える。
 僕と同じで全く状況を察せていない真雪も、少し疑いの眼差しで春さんを見る。

真雪「お春さん、何をしたのか知りませんけど、このへんにしておきましょう」

春「そうだねぇ、これ以上嫌われても嫌だしね」

こより「……何がなんだか」

 それは僕もいいたい。
 夜子は相変わらず僕の後ろからスカートの裾を掴んで春さんを睨みつけているし。

春「それじゃあね、オチビちゃん♪」

夜子「うるさい、さっさとあっちいけっ!!」

 怖い怖い、といいながら春さんは人混みの中に戻っていき、真雪も『ではまた』と軽く頭を下げてからその後を追って消える。
 丁度無機型の一撃が巨人型に当たったようで、騒がしい程の歓声があがった。
915 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/21(日) 03:13:15.95 ID:Hximx5qko
 夜子が春さんに何をされたのか、ということは置いておくとして。(今度機会があったら聞くこととして。)
 辺りが静かになる。音楽すらもなくなり、ライトが全て消え去る。
 画面に大きく、二つのアバター名が示される。
 画面を二つに割ってそれぞれのアバターのシルエットも映しだされる。
 何の変哲もないオーソドックスな魔弾型と、片手がドリル――いや、槍となっている巨人型。

 一方は全くの無名。
 即ち挑戦者。
 眼の前の名声と富に目が眩んで挑戦を果たす冒険者。

 一方はこの地における蛮王。
 唯一の殺人許可を持つアバターにして、その振るう力は強力無比。
 無謀なる挑戦者の首を弾き、その血肉とする王者。

 ノーマッド。
 その名が示された刹那、観客はこれまでになかったほどに盛り上がる。
 その名を叫ぶ。崇めるように、囃したてるように。
 もう片方の名など気にしもしない。あれは唯の贄であり、王者に捧げる供物であるために。

智「……オッズって何倍程度なんだろう」

夜子「軽く10倍以上。でもこの試合だけ特別ルールだったはず」

こより「あれ、そうなんですか?」

夜子「当たり前。ノーマッドは幾つもレベルアップしてる、まともに戦って勝てるはずはない」

 その勝てるはずはない、にはきっと自分達を除いて、というのが付け加わっているはずだ。
 カエサルのアバター、エル=アライラー……噂でしか聞いたことはないけれど、強さはきっと本物に違いない。
 なにせ夜子一人で並のアバター以上の力を発揮するのだから。
916 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/21(日) 03:28:09.13 ID:Hximx5qko
 夜子から聞いたルール曰く。
 挑戦者アバターは一分間生き残ったら勝ち。
 別にノーマッドに傷をつける必要もない。ただ生き残ればそれで勝ちなのだ。
 その結果は1000万の賞金。

こより「い、一千万ですか……!?」

夜子「そう、一千万。接続者は五人だから一人あたり二百万の計算」

 一分間で稼ぐにしては十二分すぎる大金。
 だがそれに命を賭すとなるとまた事情は変わってくる。
 僕なら絶対にそんなことはできない。命を奪う、奪われることの恐ろしさを身をもってしっているから。
 夜子はそんな僕の思っていることはお見通し、とでもいうように続けた。

夜子「基本的に、ノーマッドに挑むのはビギナー。少女Aに呼ばれて一ヶ月も経っていない初心者」

こより「? なんで初心者が態々そんな危険を冒すんですか?」

智「初心者だからこそ、だよ」

 初心者は、当然のことだが力を手にいれたての少年少女、或いは青年淑女らのアバターだ。
 力を手に入れたての彼らがまずしたいこと。それはその力を振るうこと。
 そこらの人以上の力を手に入れて気が大きくなるのだ。
 そして彼らは他の自分達と同じような存在を知り、『自分達はこいつら以上になる』と荒唐無稽なことを思い始める。
 その為にはまずは名を売る必要がある。ギグという殴り合いの場で。
 同時に金も手に入る。一石二鳥じゃないか、とビギナーたちはその大きくなった気で一歩を踏み出してしまうのだ。

 蒼白い光――その中から出るのは、先ほどのシルエット通りのアバター達。
 紫色の魔弾型。そして。
 海より、空より、何よりも濃い青色の、その左手のランスだけが不釣合いになっている巨人型のアバター。
917 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/21(日) 03:49:55.54 ID:Hximx5qko
 試合開始のシグナルが鳴る。
 魔弾型は予想通りに蛮王から最大限に距離をとった。

 十秒が経過する。
 ノーマッドは動かない。
 二十秒が経過する。
 戦況は変化を見せない。
 三十秒が経過する。
 観客は静まり返り、静かに時を待つ。
 四十秒が経過する。
 全員が息を潜める。何をすることも忘れる。
 五十秒が経過する――

夜子「動く」

 青色の巨人がその腰をあげる。
 躍動した、と思った瞬間にはその左腕の槍を突き出していた。
 ただ突き出しただけでない。
 伸びる。
 その巨体からは考えられない度と勢いで、その槍は『伸びた』。

 ――その音を文字にするには難しい。
 ただ一つだけいえるのは、その音を聞いた誰もが思うことは決着の二文字だということ。
 そして音が消える。
 僕らは見た。そして音を聞いた。
 まるでこの世の万物を貫くがごとく研ぎ澄まされた殺意が、狙い済まして人の命を断つのを。

 割れる様な歓声、怒声、悲鳴。
 様々な感情が入り交じった喧騒をBGMに、本日のアバター・ギグは今日もまた五人の命を散らして幕を閉じる。
 こよりは目の前でそんな光景を見て、言葉をなくしていた。
 こよりにとって、僕らより実感は薄いかもしれない。アバターを操ることを知らず、他の四人と繋がることを知らないのだから。
 それでも、こよりは知ったのだ。今この場で人が死んでしまったことを。
 何か言葉をかけようと僕が声をかけようとした瞬間、夜子が再び僕のスカートの裾を引っ張る。
 そしていう。

夜子「あれがノーマッド」

 ――そう、あれがノーマッド。
 この黙認されている無法地帯の蛮王。

夜子「あれが、いつかの私達の、カエサルの敵」

 敵。カエサルの。夜子の。
 引いては、僕らの。
 いつかの、敵。
 夜子は覚悟しておけ、と言外に告げてから空を見上げた。
 僕もつられて見上げる。
 ああ、空は地上のことなど知ったことかとでも言うようにとても澄んでいて――――そして紅い月が、僕らを見下ろしていた。
918 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/21(日) 03:50:22.53 ID:Hximx5qko
 今回は以上
 すいませんが来週はお休みさせて頂きます、ご了承くださいませ
919 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/08/21(日) 05:53:45.84 ID:TwfK3to+o
920 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/21(日) 11:01:53.22 ID:xdvYN7oko
921 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) [sage]:2011/08/21(日) 19:32:26.48 ID:oxBpXHwLo
922 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/21(日) 19:57:42.25 ID:4C264FUao
923 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/06(火) 17:35:00.37 ID:eotCLdJZo
 来週は、といっておいて二週経過していた……だと……
 本日更新予定です、遅くなってすいません
924 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/09/06(火) 22:32:19.98 ID:izyl423ao
主のペースで頑張ってください
無理は禁物です
925 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 01:27:44.91 ID:ateXuKooo
 オオトリの手番も終了して、観客はやはり興奮ムードで退場を開始する。
 しかし半数程は賭けて当たった券をお金と引き替えに設置されているテントの下へと集まっていた。
 けれど僕らはそんなことをする必要もなく。

智「帰ろうか」

 僕のその言葉で、こよりも夜子も出口に足を向けた。
 人の流れもやや強いため、逸れないように注意する。

「あっ」

 そんな中で少しばかり聞き覚えのある声が僕の耳に届く。思わず僕も声のした方向をみた。
 振り向き立ち止まる僕と離れないよう、きゅっ、と服の裾を掴む手が二つ。
 こよりはそこそこに力強く、しかし夜子は申し訳程度な感じ。多分相も変わらずに無愛想なのだろうと思って苦笑したくなる。
 しかし目の前の人を目にして、流石に笑い顔を浮かべるのはあり得なさ過ぎた。

こより「? 誰ですか、ともセンパイ?」

 こよりだけが『?』を浮かべる中、夜子はきっと警戒をしていたに違いない。
 僕も居るのは知っていたけれど、まさかこの人数で会うなんて思ってもいなかった。
 『円卓』の誇る『円卓卿』、その中の紅一点。
 確か、名前は……

智「高遠、さん?」

奈々世「そういう貴方は……『ルーク』さん、でしたね」

 そう言って僅かな微笑を浮かべるのは、その人だった。
926 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/07(水) 01:34:21.43 ID:8yR/eTmYo
待機
927 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 01:48:57.01 ID:ateXuKooo
こより「『ルーク』?」

智「ごめんねこより。後で教えてあげるから、いまは話合わせておいて」

 短く耳打ちして、軽く身構える。
 温和そう……には見える。いや、僕の印象が間違ってなければ温和な人だ、間違いなく。
 しかし仮にも曲者ぞろいに見えた円卓卿の一人、実力は折り紙つきで不意打ち気味に変な質問を投げかけてくる……なんてこともあるかもしれない。
 少なくとも、多数のストライダーをラウンドに引き入れたという説得術には注意すべきだと思う。
 そんな僕の心中を知ってか知らずか、高遠さんは気取った様子もなく話しかけてくる。

奈々世「奈々世、で結構ですよルークさん。何事も信頼関係ですからね」

 高遠……改めて奈々世さんはそう言ってきた。
 確かに名前呼び、というのは距離が縮まった様な気がしないでもない。そういったことを考えてのことだろうか。
 ……いや、多分この人は打算的な考えなど無いように思える。『皆仲良く』を地でいくような性格をしていそうだし。
 ならばこちらも、すこしばかりは心を開いたフリをする、というのが流儀というものだろう。

智「じゃあ、僕のことは和久津で。でも、他の人には……」

奈々世「はい、わかりました。……一応、理由を聞いてもよろしいですか?」

 軽く夜子を見遣る。好きにしろ、と目が語っていた。
 それなら、タブー……というか禁則に触れそうなことを隠して、事実を織りませよう。

智「僕はカエサルの直属みたいなものですから」

奈々世「……やっぱりそうですか」

 瞬間、奈々世さんは目を伏せる。
 しかし瞬きの後にはしっかりと僕の目を見つめていた。

奈々世「では、改めてよろしくお願いしますね和久津さん」

智「こちらこそ、よろしくお願いします奈々世さん」

 ……多分、奈々世さんはラウンドの水面下で何が起きているのかを知らないだろう。
 ある意味、稀有な存在だ。だからこそここでよろしくすることに意味があるのだと僕は思う。
 ……最も、奈々世さんはカエサルの部下である僕の力を借りようだなんて思ってもいないのだろうけれど。
928 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 02:05:55.35 ID:ateXuKooo
奈々世「ところで、そちらのお二人は和久津さんのコミュですか?」

 やっぱり来た。
 やはり気になるところだろう、観客層は一般が大勢だが、接続者がこんなところに無関係な人を連れてくるはずがない。
 とはいってもこよりは知ってるだけの一般人(?)、夜子はカエサル本人のコミュだ。
 本当のことを言えるわけがない。

夜子「――っ」

 何かを言おうとした夜子を手で制して、笑みを浮かべながら奈々世さんの問いに答えた。

智「ええ、そのようなものです。二人とも、妹のようにかわいいんですよ」

 いいながら両手で二人の頭の上に手を置く。
 こよりは少し照れているのが見て取れたが、やっぱり夜子は軽く膨れているのがわかった。
 そんな対照的な二人の反応をみて、奈々世さんは自然な笑みを浮かべた。

奈々世「そうですね、とても可愛らしいです」

こより「えへへ……」

 純粋に褒められてこよりは完全に照れた。
 使える者は何でも使う……というわけではないけれど、いい具合にプラスに働いたと思う。
 カエサルレギオンの人でも、こういう世話味のいい人はいるんだ、ぐらいの認識をもたせることには成功したはずだ。

智「あ、そういえばカエサルの方からラウンドにこの件に関しての是非の連絡は行きましたか?」

奈々世「……ええ、残念ながら結果は言うに及ばずでしたが……和久津さんはその意向を知っててきてくれてたんですよね?それだけでもう十分です」

 すごいこの人。いや、嫌味じゃなくて純粋にすごい。
 きっと世界平和は実現することができる、とか素で思ってそうで、逆に尊敬する。
 なんで信者が多いのか、と思っていたけれど、納得する性格だった。
929 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 02:21:28.46 ID:ateXuKooo
夜子「……高遠奈々世は、ラウンドを象徴する平和主義。自分の思うことは実現できると信じて疑わず、自分の周りの人間も同じ理想を持っていると信じている」

 奈々世さんと別れた後、夜子は説明するように僕にいう。

智「だから自分がどうしようもない現実に直面してしまった時は脆い?」

夜子「そう」

 例えば、コミュ狩り。例えば、ギグ。
 ギグに関しては脆いわけではないけれど、コミュ狩りに関しては瑞和たちから少しだけ話しを聞いた。
 とはいっても僕らの前、バビロンが倒した切り裂きジャックについて、のことだけど。
 その際、ジャックを退治するために九倉さんがラウンドでジャックを破壊する、という案を出したらしくやはりその時に奈々世さんは反論したらしい。
 けれど『ならばどうする』と言われた時には何も言えることはなかったのだという。

智「典型的な姫様ポジション」

こより「でもでも、そういうのってすごいですよね!鳴滝、尊敬しちゃいますよぅ!」

 僕も多少なりとも思ったことをこよりも言って、僕はなんとなく嬉しくなった。
 夜子は呆れているようにも見えたが、仕方がない。
 なにせ奈々世さんに言ったとおり、僕らは兄弟姉妹のようなものなのだから。
 閑話休題。
 そうして会場を抜けて暫く歩いたところで、僕らは違う道を行く。
 最後にもう一度『家に泊まらない?』と冗談交じりに言ってみたらやっぱりジト目が返ってきた。
 そして路地に入っていく夜子に僕らは声を投げる。

智「それじゃあ夜子、また今度」

こより「バイバイですよう!」

 僕の言葉と、こよりの元気な声に対しての夜子の返事は、

夜子「ん。また今度」

 のみだった。
 けれど、返してくれただけでも結構な進歩じゃないかと思う。
 僕とこよりはなんとなく顔を見合わせて笑い、他愛ない話をしながら田松市へと帰っていくのだった。
930 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 02:24:08.30 ID:ateXuKooo
    第四幕
    Chapter

  29 事後のお知らせ
  30 覇王からの勧誘
  31 民主主義コミュ
  32 気になる子の事
  → ???
  33 懐かしの我が家
  34 小さな騎士の話
  35 四宮夜子は懐かない?
  → ???
  36 お泊り会にて
  37 円卓
  38 事態収拾
  → ???
  39 祭りの夜
  40 ???←次ここ

 少ないですが、本日は以上です。

 次は少しばかり時間が飛ぶ予定です。
 とりあえず四章はこのスレ中に終わらせたい……!


 >>924
 ありがとうございます、無理をしない程度に頑張って行きます
931 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/07(水) 02:31:29.81 ID:kYKv98V/o
932 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/09/07(水) 08:51:08.18 ID:B+LUVBwLo
933 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/09/11(日) 12:35:55.47 ID:QS6b+mW00
934 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/13(火) 02:40:48.13 ID:69uqbH/So
 コミュスレが復活してるー!
 のは嬉しいけどおいておくとして。

 本日更新予定、です
935 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/13(火) 21:15:59.74 ID:69uqbH/So
 今日も今日とて情報収集。
 とはいっても足を使うことは殆ど無い。主にコミュネットから。
 そしてもう一つは、我らがコミュの超探偵。

繰莉『そういえばさー、試合結果見た?』

智「うん、聞いたよ。確か今日で三勝目だってね」

繰莉『そそ。しかもその三勝目はノーマッドを除けば成績ナンバーワンのミスJhだっていうから驚きだよねぇ』

 携帯を肩と耳で固定して、素早くパソコンのページを開く。
 表示されるのはアバターギグのページ。
 そこには本日の結果、というページが記されており、その中に一つの名前があった。
 『殺戮の暗黒竜』と銘打たれたそのアバターは、僕らも練習相手として対峙を果たしたことのある相手だ。

智「バビロン、強いよね」

繰莉『そうみたいね。まぁ能力が能力な上に竜型だし』

 対戦相手は繰莉ちゃんの言ったとおり、ノーマッドに継いで戦績が優秀な無機型のミスJh。
 五戦全勝、どうやら正体不明の能力で勝ち進んでいたらしい。
 ……結局、バビロンには負けてしまったみたいだけれど。

繰莉『私達も参加してみる?』

 からかうような口調。僕が真面目に頷いたら更に加速するだろう。
 だから僕は首を振りながら答える。

智「遠慮しとく。おうえサマからお叱りがきそうだし」

繰莉『そだね』

 けらけらと電話の向こうで笑っているのが脳裏に浮かんだ。
 相変わらずのチェシャ猫面をしていることだろう。
936 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/13(火) 21:28:13.10 ID:69uqbH/So
智「あ、そういえば」

繰莉『ん、どうしたの?』

 ふと、脳裏に思い出したことがあった。
 定期連絡というか、近況報告というか。バビロンの話を聞いたついでに聞いた話。
 僕の、僕らの。残り二人のコミュメンバーから。

智「最近、学校に行ってないんだって?」

繰莉『ん、あー……うん、そうね。超探偵の方の用事でね』

 探偵の方の用事で学校を休むのか、この人は。
 それにしても、確か聞いた話ではと指折り数えて、結構な期間休んでいることだと思う。
 繰莉ちゃんぐらいなら簡単に依頼達成とかなりそうなものだけど。

智「一体何調べてるの?」

繰莉『ん……探偵黙秘義務ってやつでひとつ』

智「黙秘なんかしそうにない化け猫先輩が何をいうやら」

繰莉「うっさいなぁ、繰莉ちゃんだって一応はプライバシーを守るの」

 確かにあっちこっちで依頼内容を話してたらいくら優秀でも探偵として失格か。
 でも、なんだろう。
 繰莉ちゃん、聞いた時に少しだけ答えに詰まったような気がした。
937 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/13(火) 22:04:25.38 ID:69uqbH/So
繰莉『ま、とにかく。それも先日終わったし、明日から学校に出るつもり』

智「あ、そうなんだ?じゃあアヤヤにもそう伝えておくね」

繰莉『うぃームッシュ。そんじゃ、また何かあったら連絡するね』

 それじゃあ、とこちらも別れの挨拶を告げてから携帯を閉じる。
 そのまま僕はパソコンへと意識を向けた。
 ラウンドの情勢、ギグへの対応、そしてその他の行動。
 王様ならとっくに把握しているだろうけれど、こちらで勉強しておいても損はない。

智「奈々世さんだけでもやっぱり、追いつかなくなったか……」

 あの日以来顔を出していないアバターギグ。
 やはり穏健派の奈々世さんだけでは足りなかったらしい。
 カエサルレギオンを『虎の威』だと九倉さんは言った。それの参加が得られなかった以上は代わりで代用すべきだ――
 きっとそうでもいったのだろう。
 実際にその判断が下されるのには時間がかからなかったはずだ。
 なぜなら、力を振るう場所としての、抑止力としてのギグはもはや限界が近いから。

 バビロンが三勝目を上げる数回前に、連勝を重ねていた一つのアバターが遂に禁忌を破ったらしい。らしい、というのはやはり実際にみていないから。
 そのアバターは無論のことながらその次のギグでノーマッドに破壊された、と聞いた。
 破壊の蛮王、ノーマッド。
 今やギグはラウンドの警戒対象である。交渉する相手ですらない。
 たった一つの火花が落ちるだけで火蓋はきられてしまうだろう。
 そうなってしまえば、後は戦争だ。ギグを存続したいものと、ギグを潰したいもの。
 勿論誰も彼も唯じゃすまないだろう。勿論、カエサルだって。

智「どうしたものか」

 椅子の背もたれによしかかり、天井を見上げる。
 そこに吐いた溜息は、あっという間に霧散して消失した。


 ――みんなで、幸せになれますように。
 僕はきっと、多分いつまでもそう願う。
938 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/13(火) 22:06:01.68 ID:69uqbH/So
 集中できない……なぜ…………?
 明後日続き書きます。
939 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/13(火) 22:11:33.18 ID:FOe0axdJo
940 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/09/14(水) 00:27:06.67 ID:1XTmt+lno
乙。
941 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/14(水) 15:46:43.66 ID:+69F+gdMo
>>934
コミュスレって本スレのこと?
どっかで別のSSスレがあんの?
942 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/14(水) 18:00:15.47 ID:ChPwem3Do
>>941
本スレです
943 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/14(水) 22:21:13.80 ID:UDIGCjflo
コミュとるいとものSS……そんなものがあるだと……!?

どっちも好きな作品だから期待して見させてもらうわ
944 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/16(金) 02:18:28.21 ID:goGPAMOao
智「けれども少年の悩みの全ては、もはや過去の遺産となりましたとさ」

 火種は落ちた。
 無論のことながら、僕の意志ではなく。
 世界はどうやら、僕は関係なくしても回っているらしい。
 とはいっても、それは例えるなら離れの倉庫で起こった火事のようなもので。
 その離れの持ち主にちょっとした損害はあっても、まだ戦争足り得ないものだった。
 ……最も、もうあと一押しでもすれば離れの火は母屋に燃え移るに違いないのだけれど。

「ねーねーそこのお嬢ちゃん、ちょっと話を――――」

智「急いでますので」

 駅前でお客をキャッチする如何にも軽薄そうな男をするりとかわす。
 それ以降は反応もしない、聞く耳すら持たない。
 追ってくる気配があれば引き離す勢いで早歩きする。
 よっぽど僕個人に対して執念を持つ相手でなければこれで振り払える。

智「さて、と」

 僕は今、田松市を出て高倉市へと来ている。
 別に王様に呼ばれたわけでも、超探偵に招かれたわけでも、ましてや円卓の会議にきたわけでもない。
 呼ばれた、とその一点に関してはあっているけれど、少なくとも上の人達ではないし、上の人たちであったとしても今のコミュネットの情勢ではこなかったかもしれない。
 それでも僕がここにきたのは、無意識下でコミュネットのあれこれより彼女のほうが優先順位が上だと思ったからだろう。

智「夜子ちゃんは一体どこにいるのかな、と」

 四宮夜子捜索隊(ただし僕一人)の活動が始まる。
945 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/16(金) 02:35:28.91 ID:goGPAMOao
 事の発端は僅か一時間程前。
 例のごとく溜まり場で他愛ない話をしていた僕らは、夕焼けに手を振って別れを告げた。
 それからほんの数分してから、僕の携帯が震えた。

智「おや?」

 誰だろう、こよりか伊代か、そのあたりかな。何か伝え忘れたことでもあったのかな。
 そう思いながら碌に発信相手を見ずに通話ボタンを押した僕は向こうから聞こえたノイズに戸惑った。
 スンスン、と鼻水を啜る音に混じって喧騒が嫌に大きく聞こえてきた。
 そこでようやく、想定していた二人のうちのどちらでもないことに気がついた僕。

智「どちらさまでしょうか?」

 下着の色とかを聞いてくる変態なら迷わず切る。
 どこかで僕の電話番号を仕入れたストーカーさまにはご丁寧にご引き取り願おう。
 どちらにしても軽く恐ろしい存在なために戦々恐々としながら返事を待つと、雑音に混じって小さく聞き覚えのある声がした。

『……わたし』

 誰?と思わず聞き返しそうになるのも束の間。
 幼く聞こえる女の子の声で、こよりを除いて僕の電話番号を知っている人など早々居ない。
 導きだされる答えは一つ。

智「……夜子?」

夜子『…………』

 返事はなかったけれど、そうだと確信できた。
 彼女にしては覇気がなかったから少し気付くのに遅れてしまった。

智「どうしたの、一体。もしかして我斎からの命令?」

夜子『……うぅ』

 呻き声。
 少なからずショックを受ける。あの夜子が、気丈だけど打たれ弱いあの夜子が、なんでこんなことになっているのか、と。
946 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/16(金) 02:48:34.02 ID:goGPAMOao
智「ど、どうしたの夜子ちゃん?なにかあったの?」

夜子『ちゃんつけるな』

 即答で返ってきたいつものやり取りに、少しだけほっとする。
 少なくともこの反応を出きるだけの元気はあるというわけだ。
 そして数秒だけ沈黙が降りて、夜子はこちらの元気まで奪い取るような深い溜息を吐いてからぼそぼそと呟くように言う。

夜子『…・・五樹の、五樹が……』

智「……我斎がどうしたの?」

夜子『五樹に……おこられた…………』

智「……………………はぁ」

 曖昧な相槌を打つことしかできなかった。
 あまりに意外な理由過ぎて、脳が動作不良を起こしたようだ。
 もう一度夜子の言ったことを吟味して、再出力する。
 『我斎五樹に、怒られた』。
 うん、何もかわってないね。というかこれだけなの?他に何かあったわけじゃないの?
 色々言いたいことがごっちゃになっている僕をよそに、夜子は続ける。

夜子『和久津……わたし、どうしたらいい…………?』

 バイクの音が一際大きく電話の向こうで聞こえた。
 聞きたいことも言いたいこともまだ何一ついえてもいないけど、とりあえず僕がやることの方針はここで定まった。

智「ねぇ夜子、今どこにいるの?」

 ――これが、発端と言えるかもしれないけど言えないかもしれない、一つの通話記録。
947 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/16(金) 03:32:19.90 ID:goGPAMOao
 そんなわけで夜子を探すことになった僕だけど。
 正直どこにいるのか検討もつかない。

智「田松市ならまだしも、高倉市の土地勘は僕には全然ないからなぁ」

 この新都心は広い。大きい広場、公園、住宅街などの区分はわかっていても、ビルの立ち並ぶ場所はどこを見ても同じにしか見えない。
 方向音痴ではないけれど、ちゃんとどの方向からきたか、どの方向へ行くのかを把握していないと同じ場所をグルグル回ってしまうことになりそうだ。

智「どうしたものか」

 結構前だったけど、あの音から鑑みるに車通りの多い場所にいるはず。
 それで、人通りの多い場所。
 立ち止まって頭を悩ませる僕を周りの人はチラリとだけ見て、追い抜かしていく。
 少ない人は色々な方向へ散っていくけれど、大勢のそれは一つの流れのようなものを作っていた。

智「まぁ、悩んでてもしかたがないか。見つからなければまた電話すればいいだけのことだし」

 そう思い、僕もようやくその流れに沿って動き出す。
 向かう先は繁華街。
 おそらく新都心で最も栄え、賑やかであり、そして犯罪の多い場所。
948 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/16(金) 03:49:32.88 ID:goGPAMOao
 数分後。
 入り口近くの自販機にもたれかかっている夜子を見つけた。
 まさかこんなすぐに見つかるなんて思わなかった。強運にも程がある。

 赤と白だけの印象的な、最近はスーパーでもめっきり見なくなった甘酒の缶が周りに十以上転がっていて、その真中で夜子は寝入っていた。
 百人中九九人は通り過ぎる。その内の六割は見向きもせず、残りは物珍しそうな顔で見ながら。
 そして百人中の一人は お人好しな世話味のいい少年だった。
 手持ちぶたさに携帯を弄りつつ不意に誰かを探すように辺りをきょろきょろと見渡す。
 目が合う。

暁人「…………あ」

智「……どうも、こんばんは」

 軽く会釈をしながら流れから断絶された彼らに近づく。
 瑞和は僕を見つけたことに驚いているようで、『あ、ああ』という生返事が返ってきた。
 近づくと、夜子は完璧に寝入っているようだった。酔っているのか、人工的なライトに照らされている顔が僅かに赤い。
 眼の前にしゃがんで、頬をぷにぷにしてみる。

夜子「う、うぅん……すぷー」

 僅かに身動ぎして、しかし直ぐに寝息を立てる。かわいい。
 しかし、やっぱりこれは酔った末に眠ったようで。多分酔う直前までいじってたであろう携帯を拾い上げて、後で返そうとポケットに突っ込んでおく。

智「……甘酒って酔えるものなんだ」

暁人「いや、コイツだけだと思うぞ。っていうか……」

 見ると、瑞和は悩むようにぐるぐると人指指先だけを回して、ピッ、と僕の方へと向けてきた。
 そして直ぐに夜子にも向ける。

暁人「お知り合い?」

智「まぁ、上と下の関係というかなんというか」
949 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/16(金) 04:00:17.69 ID:goGPAMOao
 瑞和は目を丸くして、僕と、夜子を何度か交互に見遣った。
 そして納得したように数回頷いて、口を開く。

暁人「なるほど、驚いた」

智「僕的には瑞和が夜子と知り合いだってことのほうが驚きなんだけど」

 知り合いかどうか聞いて、そして驚くというのはそういうことだ。
 確かに、ご最も。というような顔をして曖昧に瑞和は笑う。
 世界は狭い。知り合いと知り合いが知り合いだった、なんていうのはよくある話のようだ。

暁人「何、上と下の関係ってことはそちらもそーいうこと?」

智「まぁ、一応。平和主義の二名に関しては本当にピンチな時にだけ参加っていうことで手をうってあるの」

暁人「平和主義っていうと……」

 瑞和はアヤヤと芳守の顔を思い浮かべたことだろう。
 間違ってない。というか央輝は見るからに血の気があるし、繰莉ちゃんは言わずもがな、だろう。

暁人「……まぁ、うちの後輩を大事にあまり巻き込まないでくれたら嬉しい」

智「うん、なるべくそのつもり」

 なるべく、ではある。
 戦争になったらいくら我斎の命令だろうと盾になるつもりはないし、央輝は漁夫の利とか狙ってそうだけど無理矢理抑えつけて逃げ出す予定。
 けれど。
 元々はその予定だったけれど――なんとなく、そうはならないような気がした。
 なぜだろうか?
950 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/16(金) 04:28:02.74 ID:goGPAMOao
智「それで、僕は夜子から電話きたから迎えにきたんだけど……連れて帰っていい?」

暁人「あー……じゃあ悪いことしたかな」

 俺のしたことは必要なかったか、とでもいいたげで、バツの悪そうな顔をした瑞和は後頭部をぽりぽりと掻く。
 僕はその行動を不思議に思って見ていたが、すぐにその言動の意味を理解した。
 視界に入った、人混みの奥。
 他の有象無象にまみれていても関係ない程のオーラというか、雰囲気が漂ってきていた。
 ここまでの雰囲気をもつのは滅多にいない。僕の知っている限りでは、カゴメさんか、或いは。

我斎「待たせたな」

 我斎五樹しかありえない。
 なるほど、瑞和も我斎と知り合いだったから夜子を知っていたのか。
 或いは僕と同じように夜子を知ったから我斎を知った可能性もあるけれど。

暁人「警察が来る前に間に合ってよかった」

 我斎は地面に抱きついている夜子と、そして瑞和の隣にいる僕を一瞥する。
 何か発見をしたように表情を僅かに動かすが、直ぐにその鉄面皮の下に掻き消えた。

我斎「ふむ……訊くが」

暁人「ああ」

我斎「甘酒で、ここまで酔えるのか?」

 瑞和とのやりとりを眺めながら、我斎の姿をあらためて上から下まで見下ろす。
 姿はいつもと何ら変りないのに、眼鏡をかけているだけですごく印象が変わる。
 さながらどこぞの進学校の生徒会長のよう。
951 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/16(金) 04:39:34.97 ID:goGPAMOao
我斎「まぁいい。……和久津」

智「え?」

 右耳から左耳へ受け流していた話がいきなりこちらに振られて、思わず呆けた声をあげる。
 見ると王様は相変わらず偉そうに腕を組んで、同じ高さに居る筈の僕を見下ろしていた。

我斎「夜子を連れて席を外せ。俺は道化と少しばかり話す」

智「……りょーかい。じゃあ公園辺りにでも」

我斎「終わったら連絡を入れる、そうしたなら連れてこい」

 その言葉に返事はしない。
 本当、我斎は変わらない。きっと終わったならこっちにこい、といっても人ができることを何故自分がする必要がある?と真面目に返してきそうだ。
 嘲笑いと一緒に。
 それに対しても文句はいいたいけれど、仮にも使えている相手。何もいざこざがないほうがいい。
 というわけで、僕は夜子を軽くゆする。

智「夜子ー、よーるーこー?夜子ちゃーん?」

夜子「うぅううう……すー、ぷー……」

 起きない。ちゃん付けにも反応しない。
 ので、仕方がなしに背負って移動することにする。俗に言うおんぶというやつだ。
 周りの目から奇異の視線が来るが仕方が無い。僕は最後に瑞和と我斎を見て、別れを告げる。

智「それじゃあ、瑞和。今度機会があれば」

暁人「ああ、またな」

 そうして僕らは別れる。
 次に会う時にも、また普通に話せる関係であればいい。
952 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/16(金) 04:40:27.26 ID:goGPAMOao
 とりあえず今はここまで。
 次回は少し未定……でも五日以内の予定。
953 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/16(金) 08:14:28.57 ID:HtWuFTBNo
954 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/16(金) 08:16:28.88 ID:fAsVbaY5o
955 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/09/16(金) 10:29:04.43 ID:xlkT7GoRo

956 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/18(日) 08:00:59.91 ID:RYnAfPito
夜子「……んー…………?」

智「あ、眼覚めた?」

 寝ぼけ眼で目を擦る、歳相応に見える可愛らしい仕草にほんわかとしつつ。
 来る途中に自販機で購入したペットボトル水を手渡す。
 何も考えずに受け取った夜子は暫くその手に握らされたものを眺め、思い出したようにそれを口元へ運び――
 こつん、と結構な勢いで歯にぶつかった。

夜子「……いたい」

智「あはは……まだ酔いが抜けてないみたいだね」

 本当に甘酒で酔ったのかは、甚だ疑問だけれど。
 夜子の手の上からペットボトルを抑えて、蓋をあけてあげる。
 そこでようやく夜子は水を口にすることが出来た。

 静かな夜――というわけでもない。新都心から然程も離れていないこの自然公園は昼間よりも多くの人がいるぐらいだ。
 少し歩けばすぐに繁華街。学校や仕事帰りでお疲れの人々をキャッチする人も多いことだろう。
 それでも、この場は夜子の喉の鳴る音が聞き取れる程には静かだった。

夜子「――ぷは。……うぃー」

智「ほらほら、口端から溢れてるよ」

 ささっ、と取り出した乙女の嗜みであるハンカチで同じくささっ、と夜子の口元を拭く。
 なすがままになる様子をみるとやっぱり酔いは抜けておらず頭も働いてないみたいだ。
 寝起きということもその要因に含まれそうだけど。
957 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/18(日) 08:17:59.38 ID:RYnAfPito
 僅かな沈黙。でも嫌な沈黙じゃない。
 ほんのり温かくて心地良い、そんな沈黙。
 ベンチに隣り合わせで座っている僕らは暫しの間空で瞬く星を眺めて、そこで夜子は言う。

夜子「……瑞和は?」

智「我斎と話してるよ。迎えにきてくれたんだって」

 そう。と短く返された返事。
 果たして聞いているのか聞いていないのか。我斎にあんな姿を見られたとなればいつもの夜子ならとち狂いそうなものだけど。
 いや、そもそも『あんな姿』を夜子自身把握していないのだからいいのかな……?

智「そういえば、聞いてもいい?」

夜子「…………んー?」

智「我斎に怒られたっていってたけど、何したの?あの人、夜子のことにはあまり起こらないイメージがあるんだけど」

夜子「……んー」

 字面にすると同じだが、語尾の上げと下げでどういう意味かは結構わかる。
 ちなみに今回の前者は語尾上げで疑問形、後者は語尾下げで思考しているのだとわかる。
 僕の言葉の意味をじっくりと働かない頭で噛み砕いて、たっぷり十秒。

夜子「……どくだんせんこう、を」

智「独断専行」

 少しだけ変換に時間がかかったけど、多分合ってるはず。
 少なくとも『毒弾閃光』ではないはずだ。
958 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/18(日) 08:33:31.00 ID:RYnAfPito
智「ふむ」

 独断専行。夜子が?
 それがどういう意味を持つか、それを飲み込むのに些か時間を要した。
 夜子が我斎に黙って独断専行なんてするはずはない、と思う。夜子は王様の忠実なる騎士だから。
 だからそんな騎士が独断専行をするというのは、王様に愛想を尽かして命令に逆らう時か、或いは――

智「喜んでもらえると思って。良かれと思って、か」

夜子「うぅ〜……」

 落ち込むように、唸る。
 なるほど、それで怒られたから思考がショートしたわけだ。
 喜んでもらえて、褒めてもらえると思ったのに。それが裏切られたわけだから。

智「よしよし」

夜子「うぅ〜〜〜〜……」

智「唸らない唸らない」

 軽く夜子を僕側に傾けて、撫でて落ち着かせる。
 理性のない野生児には何度も言い聞かせるのが一番なのだ。
 そのうち、何度も何度も繰り返し撫でても何もいわなくなった。しかし横顔はしゅん、と落ち込んでいるように見える。
 もしも夜子に耳と尻尾が生えていたなら、両方共垂れ下がっていることだろう。
 さて、ここで。
 僕の本来の目的を果たすことにいたしましょう。
959 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/18(日) 09:04:39.54 ID:RYnAfPito
智「――別に、気にすることなんてないんじゃないかな」

夜子「…………?」

 夜子は顔を真正面から横の僕の方へと動かし、無意識だと思うけれど首を小さく傾げた。
 だからね、と僕は一旦区切って、わかりやすいように言葉を選びながら続ける。

智「夜子は我斎の為に独断専行をした。確かに、独断専行は我斎の本意ではなく叱るべき対象だったのかもしれない」

夜子「……あぅ」

智「でも」

 でも。
 僕の言いたいことは我斎の本意かどうかではない。

智「誰かを心から想ってやったことが、間違いなはずはないんだよ」

 そう。
 誰かを思うことが間違いなわけじゃない、夜子が我斎を想うことが間違いなはずはない。
 確かに、その行動が取り返しの付かない結果を生み出すこともある。けれど僕はそうでない例を知っている。
 例えば伊代。
 伊代は追われていた茜子を助けた。その結果、僕らと結びついて同じ痣を持った仲間とめぐり合うことが出来た。
 もし伊代が茜子なんてどうでもいいと想ってしまったなら、そうならなかったはずだ。最も、その時の僕らは伊代や茜子の存在は知らなかったことだろうけれど。
 言ったらアレだが、要領の悪い伊代でさえそうなのだ。
 賢い夜子がそうして、失敗をするはずがない。

智「それにさ」

 ましてや、その対象が我斎ならば。

智「我斎がさ、夜子のしたことを全部無駄にして、切って捨てると思う?」

 首を横に振る。
 そうだ。夜子は賢いけれど、我斎はもっと賢い。戦局を掌握しているといっても過言じゃないかもしれない。
 そんな我斎が独断専行をしたからと、夜子の戦略を無駄にするはずがない。
960 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/18(日) 09:12:05.81 ID:RYnAfPito
智「だから、気にすることなんてないんだよ」

智「確かに、叱られるのは嫌だったかもしれない。嫌われたと思うと身体が震えるかもしれない」

智「でも、でもね」

智「我斎はきっと夜子の独断専行を無駄になんかしないで、もっと完璧なものに昇華する」

智「それはさ、やっぱり喜ぶべきことなんだよ」

 なぜかって、それは――――

智「大切な人の役に立つことができたんだから、ね」

夜子「わく、つ……」

 夜子は僕の名前を呼ぶ。
 それに対して僕は微笑で答えた。
 すると夜子は、確かに。そう、確かに。
 笑った。

夜子「和久津、なんだか、お母さんみたい」

 そういって、笑ったのだ。
 それだけでこの場に来た価値はあったと、心から言える。
 僕が夜子を励ましてあげたいと想って起こした行動が、今正しく成功したのだ。
961 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/18(日) 09:13:48.31 ID:RYnAfPito
 今回はここまで。
 なんという夜子ルート一直線。でもまゆまゆではあった、『ああいうシーン』はない予定。
 とりあえず第四章はもうちょっとだけ続くんじゃよ。
962 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/18(日) 09:47:47.03 ID:tTvbidw6o
963 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/09/18(日) 10:10:27.42 ID:fEg/InCfo
964 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/09/19(月) 00:36:27.82 ID:GoshkWJBo
夜子かわいい
965 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/19(月) 08:59:58.54 ID:OsD7lqKJo
966 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) :2011/09/20(火) 16:54:09.85 ID:SdG3l4xAO
毒弾閃光笑ったW
967 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/23(金) 01:16:17.95 ID:bJQwNJu/o
智「それで、実際のところどうなの?」

 ネオンのライトに照らされる横顔へ投げかける。
 僕の背中には夜子。お母さんみたい、といわれて調子にのって甘えさせてたら直ぐに寝てしまった。
 あんな素直な夜子を見るのはきっと今日が初めてで最後だろう。
 ……それはさておき。
 我斎はふん、と鼻で一蹴する。

我斎「お前の言うとおり夜子は優秀だ。そしてこの状況はうまく使わせてもらう」

智「それなら別に、怒らなくてもよかったんじゃ?」

我斎「王国には秩序がある。いわれてわからないお前ではあるまい」

 確かにそうだろうとは思ってました。
 王の命令を無視する騎士など特攻をさせられる雑兵にも劣る。
 だから処罰を下す。要でもあるから大したことは出来ずに怒るだけだったかもしれないけど、それでも夜子には十二分。
 でも。

智「夜子だって我斎のこと想ってやってるんだから、もう少し優しくしても」

我斎「それはお前や道化が既にしているだろう。別段俺がする必要性はない」

 しかし、と我斎は続ける。
 僕と、その背中に背負われる小さな女の子を見た。

我斎「存外、懐かれているようだな。夜子にしては珍しい」

智「そうなの?話の流れからして瑞和にもそうっぽいかんじだけど」

我斎「確かに有象無象よりは近しい距離だろう。だが和久津、お前の方がずっと近い」

 それはよろこんでいいことなのか悪いことなのか。
 まぁ罅のコミュニケーションの成果ということで。
968 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/23(金) 01:33:52.48 ID:bJQwNJu/o
智「まぁ我斎の方がやっぱり優先度大な気がするけど」

我斎「当然だ。騎士の一番は常に王でなければならない」

 なるほど、そこも調教済み、と。
 そんな会話を交わされているとも露知らず、小さな騎士は背中で寝息をたてる。

智「一つ、聞いてもいいかな」

我斎「なんだ」

智「我斎はさ、夜子の事どう思ってるの?」

 夜子から我斎への感情は忠誠、そして好意だ。
 その好意がどこまでのものなのか僕には判別がつかないけれど、恋心に近しいものだと思う。
 だから我斎は夜子に対して何を抱いているのか。ただそれが気になった。

我斎「夜子は剣だ。現状況ではそれ以上でもそれ以下でもない」

我斎「そして夜子もそれを知り得ている。その上での俺と夜子の関係だ」

智「っ――――」

 その答えが来る可能性は十分すぎるほどにあった。だって我斎は、必要以上に冷酷だから。
 夜子の好意を知った上で存分に利用していると思っていたし、夜子もそれを知っているだろうとは薄々感じていた。
 けれど、何故だろう。
 その答えを聞いた僕の心に、途轍もない闇が落ちたのは。
969 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/23(金) 01:47:25.66 ID:bJQwNJu/o
智「そん、なの……そんなのって……」

 そんなのって、ない。
 だって夜子は我斎が十中八九好きで。それで忠誠を尽くして。
 それなのに、報われない。
 そんなのって、ない。

我斎「お前にはわからん。俺のことも、そして夜子のことも」

 わからない。
 僕にはわからない。
 なんで我斎は夜子の好意を知っていて、命を賭けさせるような真似をさせれるのか。
 そして夜子も報われないことを知っていて、命を捧げるような真似ができるのか。
 僕には何もかもわからない。
 なんで、僕自身がこんなおかしな気持ちになるのかすらもわからない。

我斎「一つ教えておいてやろう」

 我斎の声が頭に響く。

我斎「騎士であると宣言したのは夜子だ。俺のために生きて、俺のために死ぬと言ったのは夜子だ」

我斎「他の誰も見向きをしなかった夜子を拾い上げてやった俺に尽くすといったのもな」

智「…………?」

 何かが引っかかった。
 そこをうまく言葉にして問いただそうとすると、釘を刺される。

我斎「俺がいうのはここまでだ。あとは夜子本人からでも聞き出せばいい」

 我斎はそういうと、僕に背を向ける。
 そして少しばかり人の少なくなった繁華街を行く。
 僕も少し戸惑ったあと、後を追った。
 背中で眠る小さな騎士は、やっぱり僕よりも王様を選ぶのだろうから――――
 そう考えたら、胸の奥がチクリと痛んだような気がした。
970 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/23(金) 01:53:59.79 ID:bJQwNJu/o
我斎「ギグの話だが」

 歩いてる中、不意に我斎が前置きする。
 僕の返事も聞かず、そのまま続けた。

我斎「お前はもう何もしなくていい。いや、俺が命令するまで何もするな」

智「……どういうこと?」

我斎「すぐに分かる」

 殊更今言う必要はない。つまりはそういうことだ。
 空気は生ぬるい。今日の新都心の空はガスで濁っている。


 ――僕の両目は、何も見通すことができなかった。
 我斎のことも、夜子のことも。何もかもを。
 僕は無知である以上に無知だった――――


 その、たった数日後。
 主催者であるNOIZが死に、アバター・ギグが壊滅した。
971 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/23(金) 01:59:06.83 ID:bJQwNJu/o
    第四幕
    Chapter

  29 事後のお知らせ
  30 覇王からの勧誘
  31 民主主義コミュ
  32 気になる子の事
  → ???
  33 懐かしの我が家
  34 小さな騎士の話
  35 四宮夜子は懐かない?
  → ???
  36 お泊り会にて
  37 円卓
  38 事態収拾
  → ???
  39 祭りの夜
  40 覇王と騎士と


 第四幕、終了!
 五幕は次スレにするとして、残りの埋めはどうするか……
 バレンタインイベントみたいにお題で何か書くかな……リクエストとかあれば欲しい。
 何もないならこっちが適当に決めるか、或いは埋めで次スレへ、ということで。
972 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/09/23(金) 02:01:44.58 ID:Z/cuBnZRo

時期的に月見とか
973 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/09/23(金) 02:05:48.80 ID:b70MJwM+o
974 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/23(金) 09:07:28.17 ID:a2T67v0Ho
975 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/23(金) 21:41:26.79 ID:38a+zGBoo
976 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/24(土) 00:48:01.17 ID:KXY1gf2no
 なるほど、月見か……
 秋ってことを考えるとハロウィンでもいいけど、月見の方がうまくまとめられそう
 というわけでそちらでいきます。うまく埋めれるか不安だけれどwwww
977 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/09/24(土) 01:01:14.43 ID:pUPhTmrh0
智ちんに「月が綺麗ですね」とか言われたら「死んでもいいわ」
978 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/28(水) 01:49:06.78 ID:KM9nGyVro
あれ結局どうするの?
埋めればいいの?

リクエストきいてくれるなら、茜子さんとまゆまゆが智ちんを取り合ってるのを一つよろしく!
979 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/02(日) 21:41:15.28 ID:zfGkbpcfo
 先週と今週が忙しすぎて困る……書き溜めもできていない……
 構想はぼんやりとしか頭の中には無いし……欝だ…………

 よぅし!とりあえず書こう!書きながら考えよう!それからでも遅くはない!はず!
 完全なるifです、智ちんが軽くすけこまし(予定)です!でも短編だから仕方が無いよね!
 では始まり始まりー
980 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/02(日) 22:04:55.91 ID:zfGkbpcfo
 拝啓、母上さま。

 おひさしぶりです、おげんきですか。
 以前と同じく明け方、杉の梢に光る星を探してみましたが終ぞ見つかることはありませんでした。
 けれども星は微かにそこにあり、同じくして愛もここにあります。
 ご縁のない方々には怒られるかもしれませんが、いつもどこにでも転がっているものなのです。

 多少余裕のできてきた今日この頃。
 先日叔父様、叔母様から許可を頂き住まいを移すことと相成りました。
 つきましてはそのご報告と以前のお手紙からの経過を申し上げたいと存じます。

 杉の梢の件と同じくして以前。
 契約を取り交わしたことはご報告した通りにて。
 つい一年と半年ほど前、前よりの契約を交わした時より丁度一ヶ月後頃。
 この一年と半年の間に様々な紆余曲折もございましたがそれはさておきまして。
 今更ながら、新たな契約を結んだことをご報告致します。

 とは言いましても、事後承諾を頂く他なりません。
 私としても突飛なことだったのです。更には選択肢すらなかったのです。
 当然のことながら母上さまに危害が及ぶことなど無く、失敗してしまった場合は私自身の命を持って支払われることになります。
 母上さまにあうことができるのも、そう遠くないかもしれません。
 冗談はさておき。
 一先ず、羊皮紙に私の血でしたためた契約は死ぬまで未来永劫繋がることを承知頂きたく存じます。

 さて、母上さま。
 このお手紙がお手元に届くことはないと存じ上げておりますが、報告致します。

 貴女さまの息子である、私、和久津智は。
 なんとか、今も生きています――――。
981 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/02(日) 22:20:34.69 ID:zfGkbpcfo
智「浜江さん、何かお手伝い出来ることはありますか?」

 僕は台所に入りかけていた浜江さんにそう問いかける。
 浜江さんはいつものような険しい顔でじっと僕を見た後、やっぱり例のごとく重々しい口を開いた。

浜江「……智さま。私は仕事場ではご容赦しません。それでもよろしいのなら――――」

智「はい、構いません先生」

 厨房というのが相応しいこの屋敷の住人になってから早半年以上。
 たまに浜江さんのお手伝い、もといその技術をご教授頂こうとするといつも問いかけが返ってくる。
 律儀だとは思うが、これは一応惠と同様にこの屋敷の主人である僕に対する線引き――よく言えば切り替えのための問答なのかもしれない。
 台所と書いて戦場と読むそこでは、僕は主人ではなく生徒、浜江さんは使用人ではなく先生なのだから。

浜江「……よろしい。ならば早う準備を手伝いい」

智「はい」

 ふと食堂を見ると、惠が肘をついて僕の方を見ていた。
 軽く微笑んでいたので僕も微笑み返して、厨房へと入る。

 ――今日は気合をいれよう。
 僕は人知れず意気込む。
 なにせ今日は十五夜で――久しぶりに皆がみんな、勢ぞろいする日なのだから。
982 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/02(日) 22:34:05.58 ID:zfGkbpcfo
 技術の享受と、下ごしらえが全て終わって解放されたのは夕方を回った頃だった。
 軽く溜息を吐きながら食堂へ入ると、そこそこに人数が集まっていた。

 花鶏、こより、伊代と央輝も。
 今日招いている人数には半分も及ばないけれど、十二分すぎる数だ。

こより「あ、ともセンパイ!そのエプロン、ともセンパイがつけてるとまるで新妻みたいですよ!」

智「あはは……これでも男にかわりないんだけどね……」

花鶏「新妻智ちゃん……ありね」

智「だから僕男だってば!?」

 まだ学園には女学生として通ってるし、正しく女のようだとよく言われるけれど。
 僕専用のエプロンを脱ぎながら、きょろきょろとあたりを見渡す。
 他にもいないかな、と思ったけれどやっぱりきていないようだ。
 そんな僕の姿を見て、伊代が軽く笑う。

伊代「あの子たちは、まだ来てないわよ?」

惠「そうだね、来ていたのなら僕が知らないはずがない。なぜなら僕は、この屋敷を知り尽くしているからね」

 少しだけ驚く。そんなに顔に出ていただろうか?
 そんな心を見透かしたように、央輝は溜息を吐いた。

央輝「オマエはわかりやすすぎだ。それでよく呪いを守り抜けたな」

智「それは僕もそう思うよ」

 何度かバレたりはしてたんだけどね……
 それは言わないでおこう。
983 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/02(日) 22:45:29.62 ID:zfGkbpcfo
智「ちょっとお手洗い行ってくるよ。みんな、時間までゆっくりしていってね」

こより「うぃうぃ!お気をつけていってらっしゃいませ!」

 何を気をつけるのかわからないけれど、とりあえず笑顔で頷き返しておいた。
 さてと、あと来るのはるいと宮和と、あとはそれから――――
 と考えているとチャイムが鳴り響いた。

智「誰か来たのかな?」

 この時間だし、多分招いた誰かだ。
 そう思い手洗いは後回しにして玄関へと向かう。
 その途中で同じく玄関へ向かう佐知子さんとばったりとあった。
 驚いたような顔をしたのも一瞬、直ぐに佐知子さんは温和な表情に戻る。

佐知子「智さん。本日お誘いしていた、例の――」

智「はい、わかってます。佐知子さんは今来てる人数分のお茶を用意しておいてもらえる?」

佐知子「承りました」

 わざと敬々しくスカートの隅を持ち上げて、一礼。
 そして身を翻して僕が来た方向へと向かった。
 ……やっぱり、メイドさんっていいなぁ……男児の夢というか、なんというか……

智「っとと、こんなコトしてる場合じゃなかった。はやくいかないと」

 早くドアを開けないと、待ちくたびれてしまうだろう。
 そう思い、僕は早々に玄関へと駆け足で進む。
984 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/02(日) 22:57:33.87 ID:zfGkbpcfo
 扉を開けると、そこには今屋敷にいる人数に差し迫る人数がいた。

カゴメ「遅いぞ和久津(弟)。ホストならばもっと早くしろ」

暁人「お前はどれだけお客様なんだよ!」

カゴメ「知っているか暁人。私は神様だ、そしてお前は路傍の石に過ぎない」

暁人「そこは『お客様は』だろ!?というかどこまでも俺をとぼしめないと気が済まないんだなお前は!」

 そのやりとりに、少しだけくすっと来る。
 カゴメさんとはたまに……ほんのたまに、あそこであうこともあるけれど、こんなやりとりを見たのは久しぶりだ。
 その影に隠れて、紅緒と春さんが顔をだす。やや遅れて、伊沢も。
 ……あの子の姿は、ない。
 表情にそれを悟られないようにしつつ、仕事で鍛えた営業スマイルを向けた。

智「いらっしゃい、みんな。まだ時間あるけれど、今日は楽しんでいってね」

紅緒「こっ、こちらこそお招き頂き恐悦至極に存じたてまるりまする……あれ?」

伊沢「……なにやってんだ『無し』」

紅緒「なっ、無し!?何が、どこが!?胸、胸のこといってるの!?」

伊沢「頭のことだアホ。テメェの胸は板だろうが」

紅緒「なっ、な――――――――っ!!!」

暁人「頭に関してはお前も同じようなもんだけどな」

伊沢「あぁ?何だ瑞和、テメェぶちのめされてぇのか!?」

カゴメ「そうしたなら、まず初めに地面に転がるのは貴様だということを覚えておくといい」

 こき、とカゴメさんの指が鳴る。
 開けっ放しの扉を、風が吹き抜けた。
985 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/02(日) 23:14:34.20 ID:zfGkbpcfo
 パンパン、と僅かに張り詰めた空気を、春さんが手を叩いて入れ替える。

春「はいはい、そこまでそこまで。今日は折角お誘いいただいたわけだし、諍いはなしなし」

 相も変わらずこの人はメイド服らしい。喫茶店の仕事着と聞いたけれど、どれだけ払えば雇えるだろうか。
 ……いやいや、そんな妄想はよそう。変な目で見られる。
 そんな春さんに毒気を抜かれたのか、カゴメさんは溜息を吐いて伊沢は後頭部をがしがしと掻きむしる。
 流石春さん、うまく丸め込んだようだ。

紅緒「板……無し……板…………板………………」

 ……若干一名ほど、精神的ダメージを強烈に受けている人がいるけれど。
 みなかったことにして、総勢五人を屋敷内へ招き入れる。
 皆が集まって、佐知子さんがお茶を用意した厨房もとい談話室へと向かう道すがら、瑞和は言う。

暁人「そういえばここにたどり着いて思ったけど広いなここ。比奈織の屋敷に匹敵するんじゃないのか?」

比奈織「……確かに同程度の規模はあるだろう。が、敷地面積を含めると私のほうが断然上だ」

暁人「いや、そんなところではりあわなくてもいいだろうに。ってもどっこいどっこいな気がするけどな。あの時は小さかったから広く感じたのもあるんだろうし」

春「ま、今はもう無いものと比べてもどうしようもないんじゃない?お春さんとしては今を生きる方が大事大事」

智「そうだね、僕もあまりそういうのは気にしないし……それに、広ければいいってものでもないから」

 伊沢が『何いってんだこいつ』みたいな目でみるけれど、こればかりは住んでみないとわからないだろう。
 まず移動するのに時間がかかるし、住んでいる人数が少ないと嫌に寂しく感じることもある。
 使用人が多ければいいのだろうけれどここに住んでいるのは僕と惠、住み込みで働いているのは浜江さんと佐知子さんだけだ。
 それだけならただっぴろい空間など必要ない。掃除も追いつかなくなってしまうし。だから僕らの生活する部屋以外はきっと埃まみれだ。
986 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/02(日) 23:31:16.60 ID:zfGkbpcfo
 ようやく辿り着いた談話室前。僕は道を譲って五人に言う。

智「それじゃあ、準備ができたら浜江さんか佐知子さんが会場に誘導すると思うからここでゆっくりしててね」

暁人「ん、和久津はどうするんだ?」

智「僕は部屋と、少し用事。佐知子さん……若い方のメイドさんが僕の分もお茶を用意してたら、僕の代わりに飲んで会話に参加してって伝えておいて」

 春さんの返事を後ろに、僕は歩き出す。
 紅緒がまだ『板……』とつぶやいていたけれどそれは他の人に任せておこう。
 パッ、と廊下の電気が一気に点灯する。
 もう日も沈んで、時間が近づいてきたらしい。


 僕は惠の部屋の直ぐ側にある部屋に入って、ベッドの上に放り投げておいたハードカバーの本を一冊でも入れたらいっぱいになるだろう小さなバッグをとる。
 その中に携帯電話と財布、あと念の為に学生証を投げ入れて閉じておく。
 他のものは浜江さんに頼んでおいたからきっと時間になったら手渡してもらえるだろう。

智「……ふぅ」

 ベッドに腰掛けて、溜息をはく。
 カーテンを占めていない窓からは暗い闇が顔をいっぱいにのぞかせていた。

 色々なことがあった。
 様々なことがあった。
 全てはもう過去の話。
 けれど、僕はやはりあの日に想いを馳せずにはいられない。
 あの日――二年生も終わる、あの日に――――
987 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/02(日) 23:40:40.75 ID:zfGkbpcfo
 こんこん、と部屋のドアがノックされる。
 反射的に振り返り、はぁい、と答えてしまう。
 扉の向こうは、佐知子さんだった。

佐知子「宮和さんと、阿弥谷さん、芳守さんが到着しました。あと、準備も出来たようなので庭にどうぞと浜江さんが」

智「あ、わかりました。すぐにいきます。佐知子さんは門の方で残りの人がきたら誘導をお願いします」

佐知子「かしこまりました」

 あと残りは……と呼び折り数える。
 全員から今日のこの時間は来れる、と聞いていたから多分大丈夫なはずだ。
 ……もしかしたらあの二人が来ない可能性も考えたけれど。
 いや、今はよそう。来る時にはきっとくる。そうに違いない。

智「よぅし、とりあえず最後の仕上げの手伝いをしなくちゃね」

 浜江さんがいくら優秀だと言っても厨房から庭に食事を運ぶのは一苦労だろう。
 庭にどうぞ、と言われても手伝わないわけにはいかないだろう。
 僕は鞄をもって部屋を出る。部屋の電気を消すと、外からはもう既に黄金色の満月が顔をのぞかせていた。
988 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/02(日) 23:55:04.41 ID:zfGkbpcfo
 厨房に向かうと既に蛻の殻だった。
 おや、と思い食堂の窓から庭を見ると既に全ての食事が並んでいて、皆思い思いに近くの人と話していた。
 その中で僕に気付いた一人が大きく笑顔で手を降ってきた。

るい「おおい、トモ〜!はやくはやくーっ!!」

 いつの間に来たんだろう、と疑問に思うけれど確かに主催が待たせては仕方がない。
 鞄を壁に置いておき、開いていた引き戸を開けてそのまま外へ出る。
 るいは学校を半年も前に卒業したのにもかかわらず制服を来ていた。まさか留年したわけじゃ……ない、よね?
 はぁ、とすぐ近くにいた花鶏が溜息を吐いて、ジト目でるいを見る。

花鶏「こいつ、食事を運び出したらいきなりどこからともなく現れやがった。全く、才能がなくなっても食い意地ははってるわよね。そのまま太ればいいのに」

るい「ふふんだ!花鶏、才能がなくなって自分が何も出来ないから少し悔しがってるんだよ、きっと!私、大食いで食っていけるもんね!」

花鶏「……それは、喧嘩を売ってると受け取ってもいいのかしら?」

るい「んだよ、やるかー!?」

花鶏「ふん、後悔しても遅いわよ」

 てんやわんや。
 才能のなくなった二人の喧嘩は見ていて微笑ましいものだった。
 というより、二人ともわざとやっているように思える。
 だって、立ち回っている時にふと見える顔が、二人とも同じで――――

伊代「るいも花鶏も、二人とも笑ってるものね」

 そう、笑っている。
 過去を懐かしむように、あの頃に戻ったのが面白いように。
 いい笑顔で、笑っているのだ。
 それは、周りでその諍いを見ていた人も巻き込んで、皆笑顔で二人を囃したてる。
989 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 00:08:44.73 ID:yJdPesPho
 少しして、先にるいの体力が尽きた。
 才能がなくなって運動を始めたらしいが、それでも体力はまだ花鶏に及ばないらしい。
 最後に一撃を喰らってよろけ、尻餅をついたところを花鶏が手を差し伸べる。
 るいも照れたように笑いながらその手を掴んで、この場は終わり。
 きっと次にまたあった時も同じようなことをきっと二人はするのだろう。
 それこそ、仲のいい親友が互いの仲を確かめるかのように。

 余興も終わって満月も登り始める。
 用意された複数の円型テーブルの上には和洋折衷で様々な料理がならんでおり、中には団子などお菓子を揃えたテーブルもある。
 無論のことながら、浜江さんの手作り。本当に尊敬する。
 さて、あとは残りの人を待つばかりのみ――というところで佐知子さんの姿が見えた。
 その隣にはもう一人、来ていない人のうちの一人である超探偵さんがいた。

繰莉「やっほぅ、待たせてごめんねぇ」

伊沢「遅いぞ化け猫。早くしやがれ」

伊代「でもまだ始まる時間じゃないし、そう責めるのは違うんじゃないかしら?そもそも早くつきすぎていた私達が――」

央輝「いいから!お前は黙ってろ!」

伊代「でも――」

カゴメ「五月蝿い黙れ」

 伊代完全沈黙。
 央輝にはまだ抵抗しても、流石にカゴメさんになるとどうしようもない。
 苦笑いしていると繰莉ちゃんはひょいひょいと会場をすり抜けて、僕の前までたどり着く。
990 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 00:23:39.98 ID:yJdPesPho
繰莉「どうやら繰莉ちゃんが最後みたいだね?本当待たせてごめんねともちゃん」

智「伊代の言ったとおりまだ時間じゃないし、それに最後じゃ――――」

繰莉「のんのん。繰莉ちゃんが、最後なんだよ」

 僕は頭に疑問符を浮かべる。
 るい、花鶏、こより、伊代、央輝、宮和。
 瑞和、カゴメさん、紅緒、春さん、伊沢。
 アヤヤ、芳守、繰莉ちゃん。
 そして惠、佐知子さんと浜江さん。
 今いるのはこれだけであって、まだ、

繰莉「二人たりない……そう思ってるんじゃないの?」

智「…………どういうこと、繰莉ちゃん」

アヤヤ「いやぁ、それはもう少ししたらわかりますよ、きっと」

 僕が繰莉ちゃんに問いかけたのを、瑞和のところにいたアヤヤが割り込んでくる。
 同様に芳守と――惠も。
 僕のコミュ、マクベスのコミュ。僕を除くこの四人が、どうして残り二人のことを知っているのだろうか。
 周りを見渡すと殆どの人はわかっていないような顔をしていたが、紅緒は僅かに表情が揺らいだ気がした。

智「……繰莉ちゃんたちはあっちの方はまだわかるとしても。どうして惠までそんな物知り顔なの?」

芳守「簡単だよ。才野原はこの屋敷のもう一人――和久津以外の主人だからってだけ」

惠「そう、だから僕に打診がきたんだ。準備のための、ね」
991 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 00:29:31.04 ID:yJdPesPho
智「準備?なんの――――っ!?」

 言いかけて。
 後ろから左右に、衝撃が走る。
 右腕と左腕、それぞれ力強く抱きしめる衝撃が。

暁人「ぶっ」

 瑞和が吹いた。

紅緒「うわぁ……!」

こより「かわい〜!」

 紅緒とこよりが感嘆の声を上げる。
 何、何がどうなっているの!?
 そう想って、僕は腕を掴んだ正体見たりと左右を見て。
 そこでようやく、全ての合点がいった。

真雪「えへへ、どうです智さん?」

茜子「両手に花ですね、全く羨ましいことです」

 伊代が茜子の言葉に『あんたがいうことじゃない!』と野暮なツッコミを入れた。
 けれど、茜子の言うとおり、コレはそう――
 両手に花だ。
 両手に――花嫁だ。

 どこにいたのか、柚花真雪と茅場茜子は。
 純白のドレスに身を包んで僕を左右から抱きしめていた。
992 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 00:39:59.65 ID:yJdPesPho
 なんで、どうして?
 どうしてこんなことに……!?
 ギュッ、と右手を抱きしめていた茜子が混乱している僕の腕を抓った。

茜子「智さんが悪いんですよ。私だけかと思ったら……よくよく考えておくべきでした」

 はぁ、と溜息を吐く。
 ――そうだ、僕は茜子と結ばれた。
 呪いを踏んで、一人怯える茜子を見捨ててなんか置けなくて。
 僕は茜子をとても愛おしく想ってしまって――――

真雪「そうですね、智さんが私をあなた方に紹介した理由を考えておくべきだったと思います。私の方が先なんですし、茜子さんは譲ってもらえません?」

 ぎゅっ、と左腕を掴む真雪は離さないとでも主張するように僕の腕を更に抱きしめた。
 ――そうだ、僕は真雪と結ばれた。
 様々な事情を抱えて袋小路に迷い込んだ、僕に似た小さな小さな嘘つきに共感してしまって。
 その笑顔を取り戻したいと願ってしまって――――

 そうだ、僕は。
 つまり、所謂ところの。
 二股――を二人にかけてしまっていたのだった。
 そう……
 その、はず……なんだけど。

茜子「それがどうかしたんですか?智さんは真雪さんという彼女がいながらにして、私に手を出した。これは私の方が魅力的だったということに違いないです」

真雪「いいえ、そんなことはないです。智さんはやさしいですから、ただ見捨てておけなかっただけです。だから私のほうが智さんは重きを置いているはずです」

茜子「それならただあなたも見捨てれらなかったということに――――」

真雪「そういうことをいうなら先に結ばれた私に優先権が――――」

 ……どうして、こうなってるの?
993 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 00:51:07.68 ID:yJdPesPho
 二人の花嫁が僕を挟んで喧嘩する。
 つい先程まで目の前にいた繰莉ちゃんがにやにやしながら僕らを眺めていた。
 ……大体、理解できた気がする。

智「……あのー」

真雪・茜子「「なんです?」」

 僕が声を出すと、二人合わせて僕の方を向いた。
 なんでこんなところだけ息ぴったりなのか、そう思わざるを得ないけれど……
 とりあえず先に聞いておかなければ。

智「僕、は二人に……その、二股、をかけてしまったわけだけど……その、なんていうか……怒って、ないの?」

 二人の毒舌を喰らう覚悟で問いかける。
 しかし覚悟に反して言葉は何も僕の心を抉り取ったりはせず。
 ただ、『何言ってるんだろうこの人』とでもいいたげな視線を二人して僕へと投げかけていた。

真雪「……ま、確かに二股はイケナイコトだと思いますけど……逆に二人でよかったというべきかなんというか」

茜子「そうですね。智さんなら二股どころかどこぞのコマーシャルのように七股をかけていそうです」

真雪「そして素知らぬ顔をして皆同時に付き合うんですね、わかります」

智「えぇー……」

 僕ってそんなイメージだったの!?
 ショックを受ける僕に真雪と茜子は更に続ける。

真雪「だから、別に智さんなら仕方が無いというかなんというか。智さんの魅力は、私も十分すぎるぐらい知っているわけですし」

茜子「それに……二股かけてたからといって別れたら、そこのハイエナ共がすぐに群がってくるに違いないでしょうし」

 その視線の先はるいや花鶏達。
 気まずそうに視線を逸らすということはきっとそうなのだろう……
994 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 01:01:44.76 ID:yJdPesPho
茜子「だから、私と真雪さんは考えたわけです」

真雪「もういっそ、智さんに私達のどちらかを決めてもらおうと」

 ……どうしてそうなった。
 そう問いかけたら『智さんのせい』という答えが返ってくるに違いないので、喉に出かかったその質問は飲み込む。

茜子「皆の前で選んでもらえれば、皆もきっと手を出さないでしょうし」

真雪「そういうわけで、智さん」

 すっ、と両腕にかかっていた負荷が消える。
 そして二人とも、僕の目の前に並んで立つ。
 よくよく見てみると、二人ともドレスのデザインは微妙に違った。真雪は華やかに身を包んでいるのに対し、茜子は少し大人しめの雰囲気に見えた。
 そして二人とも、手を差し出す。
 真雪はその白いロンググローブを履いたまま、茜子は片手だけわざわざグローブをとって。
 僕へ、選べというように差し出す。

智「え、えっと…………」

真雪「さぁ、智さん」

茜子「どっちを選びますか」

 時間はもう開催時間の七時に差し迫っている。もはや一分もないだろう。
 だからきっとそれまでに選べ、ということに違いない。だからこそ、今のこの場を選んだのだ。

 僕の、
 僕の答えは―――――――
995 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 01:19:28.54 ID:yJdPesPho
 ――僕に、もう未来は見えはしない。選択肢なんてもっての外だ。
 だから、僕は。
 ただ、僕の思うがままに動く。


智「僕は――――!」

 瞬間。
 今日のために仕掛けておいたチャイムが、僕の声量を上書きするように盛大に鳴り響く。
 ――ジャスト七時!
 僕は慌てて近くに置いてあった、ジュースを注いであるコップを手に取り、高く振り上げた。

智「今日は集まってくれた皆に感謝する!ここまで辿りついたことに、辿りつけたことに、ここまで支えてくれた全ての人に感謝する!」

 ――ここにいない人たちにも。
 あやめ先生、小夜里さん、いずるさん、蘭ちゃん、任甫さん、専務さん。
 夜子、我斎、ロンド、副島さん、奈々世さん。

 ――無論、ここにいる人達も。
 佐知子さん、浜江さん。
 伊沢、春さん、紅緒、カゴメさん、瑞和。
 宮和、央輝、伊代、こより、花鶏、るい。
 芳守、アヤヤ、惠、繰莉ちゃん。
 茜子、真雪。

 これまで会えた皆に感謝を。
 そして、これから会う支えてくれる誰かにも、感謝を。

 茜子と真雪は破顔していた。
 呆れのような、笑いのような、そんななんともつかない表情。
 それでも、悪い気はしていない気がする。

 他の皆も同様に。
 ただ、僕のその合図を待っている。

 そして僕は、声高々に告げた。
 今までの、これからの感謝を込めて。

智「――乾杯!」

 ――――乾杯!!


 それは、田松市の外れにある大きなお屋敷で。
 満月の見守る十五夜に、遙か彼方まで響き渡った――――
996 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 01:33:13.17 ID:yJdPesPho
 夜も更けて。

 ……佐知子さんはいつの間にか、予定を立てた日から今日までに人数分の部屋の掃除を済ませておいたらしい。
 半端ではない人数だったが、どうにかなったようだ。すごい。
 皆が寝入った中、僕は円縁に座って祭りの残骸であるテーブルだけが残った庭を眺めてコップを煽った。
 中身は勿論余ったジュース。お酒などでは断じて無い。

惠「……こんなに客が来たのは、きっと初めてのことなんじゃないかな?」

 背後に立って同じように残骸を眺めていた惠はそういう。
 きっと惠はよろこんでいるのだろう。こんな平和な日常が訪れたことを。
 彼女自身にまだ節約があったとしても、それは噛み締めて喜ぶべきことだから。

智「そっか。じゃあ、今日は記念すべき日だね」

 庭だって、こんなに綺麗じゃなかった。
 何かを隠すように生い茂っていた草葉は綺麗に取り除かれ、今はもう立食パーティーが出来るくらいの状態だ。
 というか今日はそれをやったのだし。

智「――よっと」

惠「いくのかい?」

 僕は立ち上がり惠の方を向いた。
 当然のように差し出されていた手にコップを手渡して、僕は頷き返す。
 いつもより深い微笑を讃えて惠は暗闇に染まった室内へと消えていき、そしてコップの代わりに一つのビニール袋をもって返ってきた。
 それともう一つの物も大事に抱えて。

惠「朝には帰るだろう?」

智「勿論。何か伝えることはある?」

惠「そうだな……」

 惠は考える素振りを見せて。

惠「適当に、お願いするよ」

智「わかった。適当にだね」

 トントン、とつま先で地面を叩く。
 惠は笑みを浮かべて、僕も微笑み返す。
 きっと僕らはこの屋敷で過ごすのだろう。真雪や茜子が増えたりもするかもしれないけど、『その時』までずっと一緒に。

惠「いってらっしゃい」

智「いってきます」

 僕らは最後にそれだけを交わして。
 僕は月も傾きかけた夜に屋敷を出る。
997 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 01:42:29.15 ID:yJdPesPho
 ――僕は人気のない廊下を歩く。
 いや、人は居る。見張りというか、夜勤の人が。
 けれど僕は秘密裏に、こっそりとここに入ったのだった。

 立ち並ぶ引き戸、そして部屋番号と下に書かれた名前を見る。
 2011、2012、2013…………
 何度も来たからもう覚えている。2014。
 そこが、目的地。

 こっそりと、音を立てないようにして部屋に侵入する。
 内部では物音一つない。
 淡く光る時計の数字と針が、今の時間を示していた。
 まだ満月は僅かに見える。沈んでなんかいない。
 僕はそこにいる、そこに寝ているその人の傍に、パイプ椅子に腰掛けて近くの小さなテーブルにお土産の品を丁寧に置く。
 そして、もうひとつのお土産を花瓶に挿した。

 そっと、彼女の頬を撫でる。
 この世の誰よりも愛おしい。僕の幸せを誰よりも願ってくれた人に、今日は最後にお礼をいいたかった。

智「――姉さん、来たよ」

 姉さんは――和久津真耶はただ静かに僕の言葉を享受した。
998 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 01:53:43.41 ID:yJdPesPho
 あの日から、姉さんはずっと眠り続けている。
 呪いの、コミュの。全ての仕組みの裏をかいて、僕らの周りは平和になった。
 けれど、そこには――姉さんだけが足りない。
 姉さんだけがいない。
 僕の幸せを願ってくれた姉さん。その僕の幸せには、つまり姉さんの幸せも含まれていたというのに。

智「……惠が言ってたよ。感謝してもしきれないって。今まで殺した罪はこれから滅ぼさなきゃいけないけれど、それでも殺さなくていい状況をくれた姉さんには感謝してるって」

 惠は『適当に』、といっていた。
 僕は惠の心を『適当に』表した。
 言葉遊びみたいだ、と僕は心の隅で笑う。

智「今日持ってきた花はね、ガーベラっていうんだ。前ももってきたことあったよね?」

 夜闇、月の光で輝くのはピンク色とオレンジ色のガーベラ。
 ガーベラ自体の花言葉は『希望』や『神秘』をさし、そしてピンク色は『崇高な美しさ』、オレンジ色は『我慢強さ』を指す。
 僕はいつまでも姉さんの『崇高な美しさ』を忘れず、『希望』持ち、『我慢強く』待つ。
 そう込めて、以前もこの花をもってきた。
 今日も、同じ理由を込めている。

智「……今日はね、僕らの家で皆を招いてパーティーを開いたんだ」

 僕は語る。
 眠っている姉さんに、今日あったことを。
 そして昨日のことを。
 これからの、明日のことを。
 ただひたすらに、話し続けた。
999 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/03(月) 02:05:33.16 ID:yJdPesPho
智「……そうそう、今日は十五夜だからね、お土産に月見団子をもってきたんだ。浜江さんの手を借りながらだけど、僕が作ったんだよ」

 本を見ながらなら一人でも作れるけれど、姉さんにあげるのなら生半可なものでは駄目だ。
 だから厳しい審査をくぐり抜けて、僕は姉さんへの月見団子を作った。
 プラスチックの容器に入った団子は合計10つ。
 おみやげとは称したけれど、半分ずつ。
 僕は一つ、無言でそれを食べて、飲み込む。

智「……ほら、姉さん。月が綺麗だよ」

 二つ目を食べながら、窓の外を見る。
 都会にしては珍しく、空も星も綺麗なぐらいに輝いていた。
 そして、丸く光る、満月も。

智「僕、いつか姉さんとどこか静かな場所で月見したいな」

 それは願望だ。
 いつ叶うかもわからない、願いに違いない。
 そんな未来を引き寄せる力も、僕にはもうない。

 どうこうしているうちに、半分の五つを食べ終えてしまう。
 けれど僕は帰らない。
 だって――そう。まだ僕は姉さんを諦めてなんかいないのだから。

智「姉さん。こんな綺麗な月の日には、物語でも語ろうかと思うんだけど、どうかな?」

 返事は勿論ない。
 けれど、姉さんは『いいわね』と言ったような気がした。
 だから僕は語りだす。

 ありえなかった未来、ありえなかった過程、ありえなかった結末――
 全てがもはや過去となってしまっている、夢物語。
 曰く――――おとぎ話を。


智「さあ、おとぎ話をはじめよう」


 皆を、姉さんを何もかも掬うため。
 僕はまた、あらゆる、見果てぬ可能性のある夢物語を語る――――
1000 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/03(月) 02:09:32.57 ID:yJdPesPho
 次スレ 智「さあ、おとぎ話をはじめよう」 Re:2
 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1317575308/

 さあ、おとぎ話をつづけよう――
1001 :1001 :Over 1000 Thread
              わ〜い、>>1001ゲット〜
               __
                    ‖ _~",ー 、,,_
      |           ‖ /  |ノ  ,>
   \ |  /      ‖ /ヽ_,:-−'´
                ‖/~         ヽ | /
                    ‖     ,   ))
       ,、      ,、   /'ll__/ ヽ
      / ヽ__/ ヽ/ _‖   _  ヽ.    ∧___∧
    /       /  ´ ‖ー/  `   l ロ. / _    _
    / ´ 、__,  ` |.    ‖∨      ,! || | l--l `
   _l    ∨    ヽ/ ̄)( ̄ ̄`"::::ノ (⌒ヽ, ..ヽノ   ,
  ( ヽ_        /   /ll `'ー、....::ノ ∀\/ー- /`l  ヽ
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智「さあ、おとぎ話をはじめよう」 Re:2 @ 2011/10/03(月) 02:08:28.35 ID:yJdPesPho
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吾郎「青道高校?」 @ 2011/10/03(月) 02:04:50.30 ID:gmi/wlrAO
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【エロゲは】こんな俺達、私達とお話してください【人生】 @ 2011/10/03(月) 01:45:06.41 ID:B2fXjf0s0
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禁 @ 2011/10/03(月) 01:23:01.07
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五和「目覚めた安価は走り出した」レッサー「未来を描くため」 @ 2011/10/03(月) 01:00:33.63 ID:hFdSZeR80
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スズカですが、山田さんの件を解決してきました @ 2011/10/03(月) 00:26:49.62 ID:065qsRe5o
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秘書とゆかいな仲間たち パート156 @ 2011/10/02(日) 23:59:49.37 ID:mRrVRQcFo
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マミストさん「でそ根」 @ 2011/10/02(日) 23:49:50.40 ID:lvAgsh5AO
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