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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:23:03.83 ID:y0wtUb+50
 登 場 人 物 紹 介

  ぼく――――――――――戯言遣い。

春日井春日―――――――――――――。

 哀川潤―――――――――――請負人。

狐面の男――――――――――人類最悪。

想影真心――――――――――人類最終。

垣根帝督―――――――――――冷蔵庫。

罪口積雪――――――――――武器職人。

絹旗最愛(零崎愛織)――――――殺人鬼。

『心理定規』――――――――――――。

式岸軋騎―――――――――――技術屋。

浜面仕上――――――――――爆発しろ。


前作:
絹旗「それじゃ、超零崎を――超始めましょうか。」
麦野「零崎」滝壺「ぜろざき」

はじめまして。
前2作は投降SSという形で某まとめブログに甘えました。
どうせなら完結させようと思いスレ立てに臨んだ次第です。

基本キンセプトは禁書×戯言(人間)ですが、もとの設定を尊重し、
設定の間隙を縫うように物語を交差させています。
だから学園都市お留守番組の物語です。
ステファニーだけは虐殺したけどな。ははは。
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:24:00.15 ID:y0wtUb+50
◆    ◆


 名前と家族の物語。
 名前と殺しの物語。
 名前と呪いの物語。
 名前は家族を縛り。
 名前は殺しを縛り。
 名前は呪いを縛り。
 名前は能力を縛る。
 皆違って、皆いい。


◆    ◆
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:25:16.87 ID:y0wtUb+50
◆    ◆


「逃げるのか?」

 空間の崩落も意に介さず、人類最強の赤色は少女に呼びかける。
 挑発以外の何者でもないが。
 私は怯え続ける。
 名前の持つ意義。
 名前の持つ意味。
 その効果。
 その能力。
 そしてその結末。
 血みどろの、ありふれた光景。
 私達の世界は
 目の前の赤色よりも、赤色だった。
 いつだって
 私の世界も
 彼が現れるまでは。
 きれいな体なんてない。
 みんな血で薄汚れている。
 彼の純白のメルヘンを除いて。
 彼の翼は私の翼。
 その翼で飛んでいくために
 飛んで行きたかったけれど
 名前を呼んでもらうことも心地よくて
 結局、生き恥を晒してきたのかも。
 名前は重り。
 でも名前を呼んで欲しい。
 板ばさみの私だけれど。 
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:26:03.72 ID:y0wtUb+50
「そうやってお前が自分の名前から逃げてる限り、術も何も使えるわけがねーんだよ。」

 目的の彼は私の目の前にある。
 彼以外の能力は使えない。
 その能力が私達に牙を剥く。
 為すすべも無い。
 為す術がない。
 ジャミングが入っているらしい。
 私の能力も、もちろん。
 でも開発された能力以外に、
 私は血で受け継いだ能力を持っている。
 私は血で洗われたスキルを持っている。
 私は血みどろの術を持っている。
 それは――もう二度と使いたくないものなのだけれど。
 私は殺さない世界の人間。
 しかし人は殺し続けている。
 かつてこの能力で殺してしまった。
 かつてこの能力は壊してしまった。
 最愛の人物を。
 当時の許婚を。
 狂わせて
 陥れて
 それから私は
 誇るものもなくただ汚れた。
 でも彼の翼は
 いつまでも白くて
 白い、白いままで。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:26:49.45 ID:y0wtUb+50
「前は自分が出来損ないになるだけで済んだけどな、今回は垣根の命まで絡んでるんだ。」

 彼の命。
 私が何よりも大切なもの。
 私の名前を肯定してくれたもの。
 私の存在を受け入れてくれたもの。
 その存在基盤が、私の名前に委ねられる。
 人を[ピーーー]しかできなかった名前が
 人を狂わすしかできなかった名前が
 自分も狂わせそうになった名前が
 破壊のための名前が
 陵辱のための名前が
 蹂躙のための名前が
 彼を救うために必要な最後の鍵になるなんて。
 なんて皮肉なんだろう。
 まるで仕組まれていたみたい。
 神様がいるのならば
 この術で呪ってやりたいくらい。
 人を呪わば穴二つ。
 一つは神様のためのもので。
 もう一つには私が入るだけだから。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:27:37.54 ID:y0wtUb+50
「お前がやる気を出せば済む話で、お前がやる気を出さないんだからな。」

 他のみんなも私を見つめる。
 赤色は言わないが、みんなの命も私次第だ。
 震える。
 膝も
 肩も
 心も
 瞳も
 ただそれは
 恐怖によるもので
 本来は私達が司るはずのもの。
 追放されたのではなく
 出来損ないの想操術士。
 それが私。
 何よりも己の家系に恐怖する『時宮』。
 それが――私。
 恐怖に司られた『呪い名』
 それが
 私。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:28:41.49 ID:y0wtUb+50
「名前如きに縛られてんじゃねえ!名前で能力を縛るんだろうが!力に潰されるな!」

 名前。
 『呪い名』と『殺し名』。
 人を[ピーーー]ための名前。
 人を[ピーーー]ための名前。
 私もその一人。
 結局名前からは逃れられない。
 あの人も、彼女たちも、名前に則って戦っている。
 彼女たちはそれで死んだ。
 人間らしく、笑って。
 名前がある限りは飛べないもの。
 何にも比して重いもの。
 逃れられない。
 生まれは変えられない。
 蛙の子は――蛙。
 どんなにお玉杓子を気取っても
 グロテスクに身を変える。
 足が生え
 腕が生え
 尻尾がなくなり
 蛙になるの。
 私も結局――蛙。
 グロテスクな
 おぞましい
 蛙の血を継いでいる。
 家系の血を継いでいる。 
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:29:50.08 ID:y0wtUb+50
「やれよ、時宮!お前のやる気でお前が望んだハッピーエンドだ。やる気スイッチ押して欲しきゃいくらでも押してやる!」

 彼を救うため
 彼を救うため
 彼を救うため
 彼を救うため
 彼を救うため
 彼を救うため
 彼を救うため
 …
 
 恋焦がれる故に、呪詛が紡がれて――また私の名前を呼んでくれるのなら。
 私は名乗ろう。
 私は戦おう。
 非戦闘なんてまっぴら。
 血統なんて関係なく
 家系なんてどうでもよく
 能力なんておかまいなく
 自身だって省みない。
 ただ、あなたにもう一度呼んで欲しいだけだから。
 優しく。
 また受け入れてください。
 私の存在を受け入れて。
 私は名乗る。
 あなたは呼ぶ。
 そんな当たり前をください。
 あの心地よさが
 忘れられない。
 恐怖と術は使いよう。
 あなたのために
 もう一度だけ――。 

9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:30:27.88 ID:y0wtUb+50
◆    ◆


 冷蔵庫を子供がパカパカすると電気代が大変…。そうだ、冷蔵庫に脳を付けよう。


◆    ◆ 
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:31:38.72 ID:y0wtUb+50
 狐面の男との戦争が終わり
 ぼくたちは鴉の濡れ羽島にやってきていた。
 ぼくと、崩子ちゃんと、真心。
 なんか崩子ちゃんと哀川さんは崩子ちゃんの実家に遊びに行っていたらしい。
 なんとなく抱き枕を取られて悔しかったから真心を派遣して連れ帰らせた。
 帰って来て、いの一番に包帯だらけの哀川さんにぶん殴られたけど。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:32:37.87 ID:y0wtUb+50
 今回はひかりさんのお誘いだった。
 骨董アパートも倒壊して、いつまでも病院にいるわけにもいかなかったので
 好意に甘えることにした。
 というか月に二回のペースでお誘いは来るんだけど。
 友は生死の境を彷徨う大手術の末に生還。
 しかしまだまだ意識は薄い。
 飛んでいってしまいそうなほどに。
 吸い込まれてしまいそうなほどに。
 1日に数時間しか起きていられないようだった。
 時刻さんの洗脳から解けたときの真心のようだと思う。
 だから、今回は見送り。
 直さんにも席を外すように言われたし。
 …本音を言えば、友のマンションを仮宿にしたかった。
 この島で、あの人には会いたくないから。
 まあ、もうあっちはぼくを困らせる算段を完璧にしているんだろうけれど。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:33:18.42 ID:y0wtUb+50
 今回はひかりさんのお誘いだった。
 骨董アパートも倒壊して、いつまでも病院にいるわけにもいかなかったので
 好意に甘えることにした。
 というか月に二回のペースでお誘いは来るんだけど。
 友は生死の境を彷徨う大手術の末に生還。
 しかしまだまだ意識は薄い。
 飛んでいってしまいそうなほどに。
 吸い込まれてしまいそうなほどに。
 1日に数時間しか起きていられないようだった。
 時刻さんの洗脳から解けたときの真心のようだと思う。
 だから、今回は見送り。
 直さんにも席を外すように言われたし。
 …本音を言えば、友のマンションを仮宿にしたかった。
 この島で、あの人には会いたくないから。
 まあ、もうあっちはぼくを困らせる算段を完璧にしているんだろうけれど。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:34:36.08 ID:y0wtUb+50
一応、沈利ちゃんにも声をかけたけれど、着信拒否にされていた。
 メールも帰ってこない。
 まあしょうがないか。
 パンツ盗んじゃったもんな。
 そのパンツはジェリコやナイフと一緒に天井裏に隠していた。
 真心がアパートを崩したときは血眼で捜した。
 手にガラスが刺さるのなんて気にしなかった。
 ここ一番というところでTバックの感触を感じることは重要だ。
 出夢くんとの決闘のときにももちろん穿いていった。
 狐さんとの一戦のときも。
 その後病院に担ぎ込まれたとき、病院のお医者さんたちはどう思ったのかな。
 らぶ美さんがますますセメントになっていた気はしたけれど。
 まあ――戯言か。

 その時のぼくは、まさか世界大戦やら何やらが起こっていることも知らなかった。
 ましてや、沈利ちゃんがその渦中にいるということも。
 そしてぼくたちが、ヒーローの出払った学園都市で、ある少女のためだけのヒーローに関与することも。
 だからある意味では、生き別れた兄妹の行く末が悲劇であることも僕たちの責任なのかもしれない。
 
 この体験を通して、ぼくは――
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:35:45.35 ID:y0wtUb+50
◆    ◆


「あ、いらっしゃいました!!」

 僕に会うのが待ちきれなかったみたいに、ひかりさんが船着場に走ってくる。
 とても27歳とは思えないロリロリな走り方に少しクラクラきていると、
 崩子ちゃんに足を思いっきり踏まれた。
 もはやパターンだな。

「ひかり、久しぶりだぞ。」

「真心ちゃん!!ようこそいらっしゃいました!!」

 真心はひかりさんと会えてテンションが上がっているようだった。

「お久しぶりです。ひかりさん。」

「お兄ちゃんと私がお世話になりました。」

「戯言使いさんも、崩子ちゃんも、10月ぶりです!!」
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:36:47.94 ID:y0wtUb+50
 …ふーん。
 あれはやっぱりひかりさんだったのかな。
 9月から10月。
 イリアさんがぼくに寄越した「お試し期間」の出張メイド。
 結局、ひかりさんなのかてる子さんなのかは分からず仕舞いだった。
 確かに10月のメイドさんも自称ひかりさんだった。
 いや、例えアレがてる子さんでも、裏で話を合わせるくらいのことはしているだろう。
 ここはお互いしか知らないことをさらっと聞いて確認するのがスマートなんだけど…
 
「ひかりさん。」

「はい、何でしょうか。」

「10月に京都にいらしたとき、ぼくと何回キスしましたっけ?」

「0回じゃないでしょうか。」

「嘘だ!!お互いに!!貪るように!!100回以上はしたはずだ!!」

 …
 ひかりさんに引かれた。
 まあ、0回なんだけれど。
 記憶は正しいのだけれど。
 というかぼくが異常なだけなんだけど。
 よし、アレはひかりさんだったんだなぁと納得できた。
 解決済みの質問の項に移しておこう。
 すいません戯言でした、と謝っておく。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:38:07.66 ID:y0wtUb+50
「お兄ちゃん、恥ずかしいのでやめてください。それに、キスくらいなら私が何回でもしてあげます。」

「いいや、崩子ちゃんは7年後まで温存してこそ価値がある。まだキスなんてしちゃいけないよ。」
 
「ほっぺもですか?」

「そこが一番ダメなんだろうが!!」

「…」

「いーちゃん、キモいぞ。」

「…」

 …
 強く生きようと思った。
 荷物を取ってイリアさんの屋敷に向かう。

「あ、あかり姉さんやてる子もいますから、荷物などはそのままにお願いします。」

「でも…」

「いいんですよ。ここは鴉の濡れ羽島。〈絶望の果て〉です。そして私はここのメイドですから。」

「…わかりました。お任せします。」

「ふふ、はい。ご主人様。」

 ふんわりとした笑顔。
 グサッと来たよこうグサッと。
 僕の心をここまで揺さぶる魔翌力をこめた言葉「ご主人様」。
 もうね、ヤバいね。
 この気持ちは初めてチョコレートを食べたカカオ農園の子供たちのものと同じなんじゃないか。
 なぜこうもふんわりしているのにグサッと鋭いアッパーが放てるのか。
 この人『未元人物』なんじゃねえか常識が通用しねぇ!!
 なんて哲学的な思考に身を委ねていると、ぼくがこの島で最も恐れる人物がやってきた。
 船着場に至る小さな階段の上から見下ろしてくる
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:38:52.67 ID:y0wtUb+50
「やあいっきー。久しぶりだね。」

「現れやがったな穀潰しめ。」

 春日井春日。
 とある事情でぼくたちが彼女の勤め先を潰してしまったので、半月くらい居候させてあげた。
 ぼくを人生史上またとない危機に陥れた人物。
 『七愚人』の候補にも挙がりながら、性格を理由に拒否された人物。
 あらゆる動機を持たないで行動できる人物。
 「選ばない」を「選ぶ」ことができる人物。
 動物に関する学問の権威。
 きれいなお姉さん。

「そんな挨拶ないよね。せっかくメイドを派遣してあげたのに。」

「だからそれが迷惑だってんだよ。」

「…私、迷惑だったんでしょうか?」

 ひかりさんをシュンとさせてしまった。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:39:32.97 ID:y0wtUb+50
「いいや、今のは言葉の綾です。むしろ嬉しかったです。アパートの再建の際には――」

「ん?再建だって?まるでついに倒れたかのような言い草だね。」

「ああ、春日井さんは知らないんですよね。この真心って奴が食っちまいまして。」

 『一喰い』。
 いいや、この場合は『暴飲暴食』のほうか。
 本人はよく覚えていないようだけれど。
 戦闘能力だけなら人類最強をも凌駕すると言われた殺し屋の必殺技だった。
 今は真心が完コピして時々使っているらしい。
 その頃の真心はぐでんぐでんだった。
 幸せになっている連中は許せない――
 それだけの理由でアパート1棟を倒壊させ、しかし死者は出さなかった。
 例外なくみんな病院送りになったけれど。
 真心は存在証明が欲しかったのだろう。
 しかし暴力でしかそれをできなかった。
 ただ不器用だっただけだ。
 悪意も、殺意なんてあるはずもない。
 今は真心も家族みたいなもんだから、そんなことを蒸し返す輩はどこにもいない。
 うん。どこにも。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:40:13.90 ID:y0wtUb+50
「そうなんだ。じゃあいっきーが隠していた女性用下着ともそれでお別れになってしまったんだね。それともそのとき穿いていたのかな?」

 空気が凍った。
 12月の日本海の孤島だから寒くないわけがないが、でもこの冷たさは異質だった。
 だってぼくは汗とかかいてるし。
 冷や汗?
 脂汗のほうが近いかな。
 崩子ちゃんに距離を取られた。
 真心に目を逸らされた。
 ひかりさんは顔を伏せている。
 この女、いきなり核爆弾を投下しやがった。

「えーと、戯言遣いさん?」

「お兄ちゃん?」

「いーちゃん?」

 あーあ。
 怒ってるみたいだ。
 みんな自分のパンツだと思っているのかな。
 それなら早く誤解を解かないと。
 パンツ野郎だと思われてしまう。
 だがそのように対策をとる前に、春日さんに先を越されてしまった。
 それは詳細情報の提示という形で。 
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:40:55.61 ID:y0wtUb+50
「あ。皆は気にする必要ないよ。サイズ大きめの紐Tバックだったから。」

 詳細情報。
 麦のんのパンツを示していることは僕には一目瞭然だ。
 崩子ちゃんと真心は自分のパンツではないと分かりホッとして
 ただ気持ち悪がる作業に移ったが、
 
 ひかりさんはカァッと顔を真っ赤にした。
 
 …まさか。
 ひかりさんはそういうパンツを所持しているのか。
 これは滞在中にパンツ検査が必要だな。
 まあ麦のんパンツは今だ健在なんですけどね。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:41:47.13 ID:y0wtUb+50
「あのパンツは私がすり替えておいた私のパンツなんだけどいっきーなら気付いてたよね。」

 …今この女、何て言った?
 麦のんのパンツじゃない?
 はいフリーズ、僕の鼓動。
 はいレリーズ、僕の論理的思考力。
 じゃあ出夢くんとの決闘に、ぼくは春日さんのパンツを穿いていっていたということか?
 あれだけじゃない。
 狐面の男と澄百合学園でやり合ったときも穿いていた。
 言わば勝負パンツ。
 …だから負けたのか?
 いや、色、形状、匂い、手触り。
 全て麦のんオリジナルだったはずだ。

「…ふざけるな。アレは確かに麦のんのパンツだった。」

「麦のんか。初めて聞く名前だね。」

 墓穴だった。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:42:32.63 ID:y0wtUb+50
「この話、長くなりそうですか?」

「ええ。この女とはここで決着をつけないといけなそうなので。」

「わかりました。では、崩子ちゃん、真心ちゃん、行きましょう。」

「ひかり、いーちゃんを生かしておいていいのか?」

「[ピーーー]価値があると思いますか?」

「ありませんね。」

「ですよね。では、行きましょう。館の主人がお待ちですよ。」

 ぼくからできる限り距離を取って移動する3人だった。
 …いきなりアウェーか。
 というかひかりさんに嫌われてしまった。
 荷物とか持って行ってくれなかったし。
 僕のだけ。
 どうしよう。
 どうやってフォローしようか。
 残ったのは僕と春日さんのみ。
 なんか不敵な笑みを浮かべている。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:43:36.39 ID:y0wtUb+50
「ふふふ。いっきーはこれで私以外とはお話できないね。」

「…何のつもりですか、春日さん。」

「別に。ただいっきーとの久しぶりの会話を楽しみたかっただけだよ。
 できることならこれからこの島にいる間中ずっとお話していたいとさえ思う。」

「はぁ…ありがとうございます。」 
 
 何故かお礼を言ってしまった。
 …ちょっとドキっとしちゃったじゃないか。
 心なしか夏よりも美人になったんじゃないかな。
 うーん。
 冬の日本海というシチュか?
 そういえば人間失格にもシチュ萌えを指摘されたなぁ。
 恐るべし、日本海シチュ。
 
「ということはパンツの件は…」

「もちろんただのネタだよ。私からフォローしとくから心配いらないよ。すり替えたのは本当だけどね。」

「いや、滅茶苦茶心配なんですが。…マジですり替えやがってたのか!?」

 この人のフォローって地獄に落ちる介添えみたいな感じだもんな。
 飛び降りようとしている人の背後から思いっきり押す感じで。
 ろくなもんじゃねえ。
 そしてすり替えがマジか…。
 ああ。
 ぼくは何を頼りに生きていけばいいんだ。
 もうどうにでもなぁれ。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:44:40.03 ID:y0wtUb+50
「どうにも信用がないね。まあいいや。いい加減寒いから私達も行こうよ。」

 そう言うと、僕のほうに歩み寄ってきて腕をとり自分の腕と絡ませる。
 成すがままになっていた僕だが、

「…何故腕を組む。」

 と精一杯の抵抗は口にする。
 嬉しいけどさ
 やっぱり、ちゃんとしておきたい一線がある。

「だって…春日、若いオトコノコがいないと死んじゃうんだもん。」

 いきなりぶりっ子をする春日さん。
 上目遣い。
 心得ていた。

「だからその辺の茂みで一発ヤッてから行かない?」

「お断りします。」

「本当につれないね。」

 まあ、久しぶりの会話が楽しかったのは否定しない。
 でもまさかここで拉致られるとはね。
 イリアさんに挨拶もできないとかね。
 本当に、人類最強の赤色はぼくを面倒に巻き込むことが上手だと思った。
 それを乗っ取ろうとする人も。
 どうやら僕を巻き込むというスキルは、哀川潤を名乗るうえで必須のようだ。

25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/04(金) 20:45:21.87 ID:y0wtUb+50
まあ書き溜めはこんなもんで
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/04(金) 21:25:26.30 ID:TUvUqp0zo
乙。とうとう続編か
メ欄に「saga」って入れると死 ね→[ピーーー]とかならなくていいぜ。「さげ」じゃなくて「さが」な
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/04(金) 23:31:23.98 ID:y0wtUb+50
>>26
出鼻をくじかれた感じがしてたので非常に助かりました。
ありがとうございます。

これはタイトルまずったかな。
冷蔵庫×『時宮』って感じでタイトルなんだが…
キンセプトって何だよコンセプトだろ。
殺す。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/04(金) 23:34:14.54 ID:y0wtUb+50
◆    ◆


 というわけで
 中型輸送ヘリコプターの貨物室。
 鴉の濡れ羽島から直行だが、崩子ちゃんや真心はいない。
 あろうことか
 海に突き落とされて、はしごを昇らされた。
 海難救助に使うようなアレ。
 なんかイリアさんパニくってたし。
 崩子ちゃんなんかぼくを追って海にダイブしたし。
 本当に――滅茶苦茶だ。
 鴉の濡れ羽島も大混乱の最中だろう。
 
 本当に、戯言でも吐いてないとやってられない。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/04(金) 23:40:17.53 ID:y0wtUb+50

「ねぇいっきー。あの人が哀川潤っていう人?」

「いや、なんというか…いい加減に腕を放してください。」

 春日さんも連れて来られていた。
 なので2人して毛布にくるまって目の前の人物を睨みつけているところだ。
 真っ赤なスーツを着た人物。
 人類最強の請負人。
 哀川潤。
 相変わらず不敵に笑う。 

 春日さんにはまだ腕を組まされている。
 これはおふざけとかではなく、純粋な不安感から来るものだろうから、そんなに強くは言わないけれど。
 あと、純粋に寒い。
 冬の日本海マジ洒落になんねー。

 もう一つ洒落にならないのは、春日さんの体だった。
 日本海パワーで服が体に引っ付いてラインが浮き出ている。
 直視できない…。
 まさか春日さんに欲情する日が来るとはね。
 これで白衣だったらマジで一発ヤってたかもしれない。
 まあ、ぼくにそんな度胸はないんだろうけど。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/04(金) 23:54:52.39 ID:y0wtUb+50
「おーす、いーたん。と春日井春日?は、随分ラブラブじゃねぇか。
 まさか戯言遣いに私よりもいちゃいちゃしてくれるお姉さんがいるとはね。
 ちょっとこの私が珍しく嫉妬しちゃうよ。お前って奴は本当にすげぇよな。
 この私が嫉妬するなんざ本来ありえねぇ話だぜ?嫉妬される方が多かったからな。
 今となっては嫉妬する人間もいなくなっちまったが。」

「…」

「おいいーたん、そんなに怒るなよ。どうせ暇だから鴉の濡れ羽島なんかに行ったんだろ?
 なら私の仕事を手伝ってくれよ。今回も相変わらずヤバめの仕事なんだって。」

「…」

「おい戯言遣い、いい加減に――」

「何してるんですか?赤音さん。」

「――ッ」

「え?いっきー。赤音さんってあの『死地愚人』の?」

「園山赤音、『七愚人』です。そんな戦場のピアニストみたいな感じではありません。」

 ぼくは目の前の「哀川潤もどき」を採点する。

「成り代わるとか言ってましたからもっと分かりにくいと思ってましたが、ぼくくらいに実物と親しければ
 全然見抜けるレベルです。いいや、一回戦ったことがある人なんかは絶対に見抜けますね。それくらい酷い。
 それくらいお粗末な変装だ。まずオーラが違う。そして、哀川さんは、絶対に「ヤバい」なんてぼくには言わない。
 正直、以前に成り代わりを警戒したことがあるんですが――全然大したことなかったので拍子抜けです。」
 
 淡々と続けるぼく。
 様子を伺う春日さん。
 何も言わない哀川さん。
 その時点で――偽者の証明だ。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:05:37.18 ID:BOkZXy320
「…流石だよ、少年。」

 思った通り哀川さんの口調が――豹変した。
 ぼくたちが知る、『七愚人』の園山赤音に「成り代わる」。
 壁の落書きに上書きをするように。
 この場合は『哀川潤』の方が落書きだ。
 そういえば、ぼくと春日さんの共通の知り合いって貴重だよな。

「いっきー。お姉さんわけわかんない。」

 春日さんが分からないのも無理はない。
 だってぼくは、これに一杯食わされたからこそ判別できたんだ。
 事前知識もあった。
 「彼女」が『哀川潤』を乗っ取るという、宣言。
 挑戦状のようなものを叩きつけられていたのだから。
 哀川潤の仕草で
 哀川潤の口調で
 哀川潤の振る舞いで
 哀川潤という存在に取って代わろうとする、「誰でもない彼女」

「春日井春日さんだね。ご高名はかねがね。わかりやすく言えば、私は何者かにそっくりになって、
 その人物という席からオリジナルを追い出して自分がその席に座ることを生きがいとしているんだ。」

 春日さんは何とも味のある表情をする。
 これは嫌悪感を隠そうともしない人間に特有の表情だ。
 生理的嫌悪を感じるとすぐに逃走に移る彼女の癖。
 ここでもそれが喚起されたらしい。
 パラシュートを探し始めた春日さんを押さえながら、ぼくは話を聞き続ける。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:07:21.74 ID:BOkZXy320
「やはりある程度クセのある人間に成り代わるには、接触がある人間も抹殺しないといけないのか。
 春日さんは騙せていたようだしね。おっと、何もしやしない。むしろ君達が必要なんだよ。
 仕事があるというのは本当だ。別に取って食おうってわけじゃない。抹殺なんてとんでもない。」

 信じられるか。
 しかし、改めて「彼女」だと確認すれば、この行動の意味もわかる。

「イリアさんとコンタクトを取りたくなかったからって、冬の日本海に落とすのはダメでしょう。」

「ん?私はてっきり玖渚ちゃんあたりがいると思って上陸を避けたんだが。」

「…そうですね。確かに、あいつなら簡単に見分けてしまうでしょう。」

 友の現状を知らないなら、知らないままのほうがいい。
 抹殺でもされたら――ぼくはこの人をどうすればいいのかわからない。

「仕事って何なんですか。園山赤音さん。」

 ここで春日さんが口を出してきた。
 「誰でもない彼女」は哀川潤になりきるように大げさに髪をかきあげ
 
「垣根帝督」

 と答えた。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:11:35.73 ID:BOkZXy320
 ぼくはありえない人物の名前に動揺する。
 学園都市の、序列第二位の超能力者。
 『未元物質』。
 5月に友の家に「遊びに」来た風来坊。
 ぼくは喧嘩別れしてしまった。
 友や哀川さんは連絡を取り続けていたらしいけれど。
 連絡が10月にぱったり途絶えて心配していた。

「少年も面識はあるだろう?」

「…はい。残念ながら。」

 そうか、と
 愉快そうに笑う赤音さん。
 自分の予測が当たって喜ぶような雰囲気。
 どうせどこかで裏は取ってあるくせになぁ。
 こういうところからも小物臭が漂う。
 やはりあなたに
 哀川潤の存在は大きすぎる。

「ははは。少年、君の周りは相変わらずメチャクチャだね。じゃあ今の彼の状態までは知っているかい?」

「…今のていとくんの状態?」

「そう。いまの、状態。死んだほうがマシっていうのはこういうときに使う言葉なんだって納得させられるよ。」

 一枚の写真を取り出し、ぼくたちに見せる「彼女」。

「う…。」

 春日さんでさえ気分を害するものが――そこには写っていた。
 何だこれは?
 これでも――生きているのか?
 何で脳が3つ?
 この馬鹿でかい物体は?
 何と繋がれている?
 ――これは何だ?
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:15:25.55 ID:BOkZXy320
 ぼくの疑問、というか混乱は妥当なもののようで

「生きている。定義によるだろうが、生きている。思考が完全に関数電卓みたいになってしまっているらしいけれどね。」

 解説が入った。

 いや、関数電卓なんてもんじゃないか。
 適当な例えを探す「誰でもない彼女。」

「…こんな写真をどこで?」

 吐き気をこらえながら尋ねるぼく。
 春日さんは写真を見るまいと完全に目を閉じている。
 それくらい――異常。

「学園都市の、内部告発のようなものだよ。」

 あくまでサバサバと
 「誰でもない彼女」は語りだした。
 その内実の感情はうかがい知れないが。
 知りたくもないけれど。

「こんなの見たくないから早急に始末して欲しいだと。処分だ。勝手だよね。こんなんにしたのはお前らだろうと思うよ。」

「じゃあ…。」

「しかし断るにはあまりにも惜しい依頼だとは思わないかい?なんせ、この依頼主は
 私を『人類最強』だと思って依頼してきたんだよ。請負人の地位を確立する一歩目となるかもしれない。」

 赤音さんのトーンで
 哀川さんのように猛々しく
 宣言する「彼女」。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:22:21.95 ID:BOkZXy320
「そんなの手伝えるわけがないでしょう。」

 春日さんが断固とした口調で拒否を表す。

「私といっきーをそんなドス黒い何かに取り込むのはやめてください。私はここで失礼しますから。」

 パラシュートを背負い飛び降りようとする春日さん。
 おい待て。ぼくを置いていくな。
 せめてぼくの分のパラシュートを寄越せ。
 この人のことだから、既に自分以外の分のパラシュートは捨ててしまったかもしれなかったが。

「やめたほうがいい。ここは海のド真ん中だ。それに春日井さん、あなたは学園都市に入るのに必要なんだ。」

 首だけこちらに向ける春日さん。

「春日井春日。こんなに著名な科学者とそのお友達ならば、さしもの街側も拒まないだろう。拒む理由がない。」 

「『七愚人』であるあなたの方が著名でしょうから私が必要だとは考えませんが。」

「言ったろう、私はもう『園山赤音』には飽きたんだ。今は誰が何と言おうと『哀川潤』だよ。
 当然、学園都市ではそのように振舞うつもりだ。つまりは、もう科学者ではない。むしろ厄介者さ。
 だから少年、私のサポートをよろしく頼むよ。」

「…じゃあ私は入り口まででいいんですね。」

「帰るときも必要だから、友達のところにでも泊めてもらっててくれないか。科学者仲間の一人や二人いるだろう?」

「…」 

「…」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:24:55.35 ID:BOkZXy320
 ぼくは
 我慢ならなかった。
 もうぼくの周りを脅かすのはやめて欲しかった。
 それに、春日さんのあんな人間らしい表情は初めて見たから…。
 今の春日さんのためなら、頑張れる。
 偽者でなくとも
 本物の哀川さんが相手でも、戯言を遣ってやる。

「赤音さん、いい加減にしてください。少なくとも春日さんは巻き込まないでください。」

「いっきー…。」

「少年の方は覚悟が決まったようだね。」

 笑いだけは哀川さんだった。
 不快感。
 不愉快感。
 人類最強は
 そんなお遊戯で務まるものではない。

「はい。ぼくはもう諦めてお手伝いしますから、春日さんはどうか解放してくださいよ。」

「解放とは人聞きのわるいことを言う。まるで私が誘拐やら監禁やらしているふうじゃないか。」

「現在進行形でしているじゃないですか。」

「いっきーやめてよ。そうやってまた自分を犠牲にするんだよね。」

「春日さんは関係ないですから、当たり前のことを言っているだけです。」
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:26:42.10 ID:BOkZXy320
「8月にそういうのは卒業したんじゃなかったの?」

 8月とは、姫ちゃんのために泣いたあのときのことだろうか。
 …ならそれは間違いだ。
 アレは切欠に過ぎなかった。
 狐面の男との戦争の、プロローグに過ぎなかった。
 顔合わせだったに近い。
 序幕にもなっていなかった。

「むしろ9〜11月にかけて悪化しましたよ。ある男との戦争でね。そのとき、ぼくは世界を救うって決めたんです。
 春日さん。あなたはぼくが救いたい世界の一部です。守りたい世界の一部なんです。だから、黙ってて下さい。」

 そう。
 ぼくは決めたんだ。
 『人類最悪』から、世界を救ってやると。
 そして――救った。
 勝負に勝ったんだ。
 今さらその世界を破壊なんかさせない。
 どんなどうでもいい奴でも、守りきってやる。

「いっきー…。お姉さん、濡れちゃった。」

「いいセリフを台無しにしないでください。」

 その一部始終を黙って見ていた「彼女」は

「ふ、ふはははは…。ははははははははははは!!」

 狂ったように笑い出す。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:31:41.20 ID:BOkZXy320
「あはは、いいね。面白い。随分どころじゃない成長だ。うん。それでは約束しようか。少年の漢気に敬意を示して。」

「春日井春日の安全は絶対に保証しよう。一切の害悪を遮断しよう。哀川潤の名にかけて。これでどうだい?」

 そんなの
 そんなの何も変わってないじゃないか。
 そんな口約束を信じられるか。
 バカにするな。
 そう言い掛けて

「わかりました。それなら結構です。」

 と春日さんが応じた。

「春日さん!!」

「いっきーの気持ちも嬉しいんだけどね。…本当だよ?でもそこまでいっきーに頼りきりにはなりたくないんだ。
 いっきーの重荷になりたくない。ここから歩いては――流石に京都まで帰れないだろうしね。
 園山赤音さんもそんな考えなしではないだろうし。実際、友達も何人かいるから大丈夫だよ。」

「春日さん!!」

「大丈夫だから!!」

 春日さんが大声を出した…。
 本当に珍しい。
 驚いた。
 普段は一定の抑揚の無い話し方をする人が、怒鳴る。
 感情なんて持っていないと思っていた人が
 その感情をむき出しにする。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:38:07.20 ID:BOkZXy320
「大丈夫だから。私そんなに弱い女じゃないのいっきーは知ってるよね。」

 ぼくを見据えて
 春日さんははっきりと言う。
 大声を出すというのは春日さんウォッチャーからしたら本当にレアだから
 その言葉に偽りがあるとも思えない。
 春日井春日。
 改めて、ぼくは彼女という人間を認識する。
 「選ばない」を「選ぶ」ことができる人物。
 何の動機も持たずに何でもやってのける人物…。

「その私は違うよ。」

 ぼくの中身を精査したかのように
 ぼくの中で組みあがりつつあった新しい「春日井春日」観が否定される。
 本人によって否定される。

「私はいま明確な目標を持った。動機も。――いっきーに迷惑をかけない、そういうね。」

 …本当にこの人は
 人を困らせることしかしない。
 面白いなぁ。
 ようし
 困ってやろうじゃないか。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:41:23.22 ID:BOkZXy320
「…わかりました。春日さんの好きにしてください。どうせ戯言ですから。」

「ふふ。大声出してごめんねいっきー。」

 頭をなでられる。
 遊ばれているようだった。
 春日さんの笑みからはいつもの邪悪さは感じないけれど。

「頼りにしてるよ。戯言遣い。」

「…本当に、随分と仲睦まじいようだ。うらやましいね。」

 「彼女」が割り込んでくる。

「話もまとまったことだし、今後に備えて休んでおいてくれよ。私は操縦室に用がある。」

「わかりました。」

 はぁ。
 …また、厄介事なのは確定じゃないか。
 崩子ちゃんにまた怒られるな。
 なるだけ、傷を負わないように帰ろう。
 ぼくには帰る場所があるんだから。
 悲しませたくない人が、いるんだから。

「いっきー。話もまとまったことだし今後に備えてえっちなことしようよ。」

「お前は黙っとけ。」

 旅は道連れ。
 でも、不幸にまでは引き込もうと思わない。
 それはぼくが負えばいいだけだ。
 そして、帝督くんの件も。
 帝督くんをあの状態にしておきたくないという気持ちは本当だ。
 哀川さんに「退屈から助けて欲しい」なんて言ったようだが
 ぼくが、助け出してやる。
 戯言遣いの名にかけて。
 待ってろよ。『未元物質』。
 
 ヘリは学園都市に向けて順調に飛んだ。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/05(土) 00:46:30.06 ID:BOkZXy320
推敲済みのは以上で終わりです。
これ需要あるのかな。
オナニーなのでフィニッシュまでこき続けるだけですが。
書くのではなく、こくのだ。

あと、次は場面が変わってステファニー戦後の最愛ちゃんの場面なんですが、
ステファニー戦そのものが短いのでまだ上げてないのです。

どうしましょう。
頑張って長くして並行してスレ立てます?
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/05(土) 01:37:08.60 ID:zO+MoGaAO
需要大有りだよ
最近戯言スレが増えて嬉しいです
43 :名無しNIPPER [sage]:2011/03/05(土) 07:20:52.27 ID:KQoZ9NHDO
需要ならここにあるぜ!それはそうと乙!
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:17:03.62 ID:cWK+k8160
禁書SSにしようと思ったらいつの間にか戯言SSになってました的な。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:27:58.57 ID:cWK+k8160
ステファニー戦はどこかに貼っておきます
貼ったら誘導します

何で戯言にしちゃったんだろう。
西尾の作風とか途中で完全に変わるじゃないかよ。
密室殺人とか言ってたころが懐かしいよ。

というわけで投下します
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:29:42.05 ID:cWK+k8160
◆    ◆


「はい、これで終わりです。」

「……うぅ…超痛かったです…。」

 義手は神経や筋肉を正確に縫合する必要があるタイプだった。
 下手に痛覚を遮断すれば
 神経が繋がってなかった、なんてことにもなりかねない。
 神経と感覚の一致を確認しながらの作業である。
 だから麻酔はなしの手術となった。
 
 地下街で処方した痛み止めの効果が残っているうちに脇腹の詰め物をし
 痛覚が蘇ってきたところでの義手の取り付け。
 よって愛織はマジ泣きである。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 見たことのない器具・工具も愛織の不安を煽る。
 『心理定規』がずっと左手を握っていなければ手術なんてできなかったろう。
 ついさっきまで愛織の呻き声が響いていた。
 積雪の工房に彼女の悲鳴が轟いていた。
 最後の方は涙も体力も尽きたようで、ピクピク痙攣していただけだったが。
 今は大分落ち着いたようだ。
 泣き顔の愛織ちゃん超可愛いよ。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:31:53.04 ID:cWK+k8160
「あまり動きますと脇腹の傷に障りますよ。」

 ステファニー・ゴージャスパレスとの縁を消化し
 『猟犬部隊』を虐殺して積雪の工房に来ていた。
 殺風景な土間。
 愛織は作業台と思われる台の上に布団を敷いて寝かされている。
 脇腹の詰め物と義手の取り付けはここで行った。
 滅菌仕様なので破傷風とかそっち方面の心配はないらしい。
 窒素を纏う能力者たる愛織にはそもそも心配なかったのだが。
 
 布団は愛織の汗でびしょびしょで
 治療のために愛織の上半身は裸である。
 細い鎖骨。
 小さな肩。
 きれいな肌。
 守るよりも守られる側の、華奢な体つきである。
 発展途上の乳房は薄く、肋骨は透けている。
 柔らかそうなお腹は右半分がいびつで
 赤黒く染まっているが
 とりあえずの処置は終わったので、あとは回復を待つのみだ。
 人間の再生能力で肉体と融合し、皮膚を形作る有機性人工皮膚を用いた。
 内臓を守るために有機性人口脂肪も中に入っている。
 まだ異物感が凄まじいけれど。
 
大事なことなので繰り返す。
 治療のために、愛織の上半身は、裸である。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:33:35.92 ID:cWK+k8160
 しかしちょっと待って欲しい。
 愛織はワンピースを纏ってはいなかったか。
 丈が短く、健康的な太ももが露出したウールのワンピース。
 愛織の着ていたものなら冗談抜きで「ひとつなぎの大秘宝」間違いなしだ。
 上半身を裸にするということは、その衣服の機能上、構造上、必然的に下半身も…
 ということにはならなかった。

 またもや『心理定規』である。
 彼女が気を利かせて超実用的なスウェットを用意してきた。
 脇腹を治療しなければならないので腰パン状態だが
 余計なことには変わりない。
 まるで「お姉ちゃん」のような働きをする『心理定規』だった。
 もちろん、距離単位は零崎縫織や萩原子荻のものを参考にしているので
 愛織の主観では『心理定規』は「お姉ちゃん」なのだが…。
 
 傷の手当をし
 義手を取り付けて
 今はひと段落といったところである。
 ちなみに義手は人識にも渡したハイエンドモデルだ。
 …あれ?
 なんで『心理定規』がいるのだろう?

 それには『猟犬部隊』との『非戦闘』を振り返らなければならない。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:36:46.16 ID:cWK+k8160

 等間隔に並んで銃器を構え投降を促す『猟犬部隊』だが、
 積雪は釘バットを構える愛織を制止し
 持っていたケースを開けるという動作を以って応えた。
 即座に銃弾が積雪とケースに集中するが
 『罪口』にはあらゆる武器が通用しない。
 積雪の後ろにひょっこり隠れる愛織にも届かない。
 愛は届いても
 鉛弾は届かない。
 
 そしてケースの中から出てきたものにも、やはり通用しなかった。
 中から出てきたのは円盤状のもの。
 ケースは2つあったので、合計して2つの円盤状の何かが
 積雪の目の前に置かれる。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:38:30.07 ID:cWK+k8160
 それが成長した。

 実際には、折りたたまれていた関節が開いて骨格の細い人型のロボットとなった。
 だが「成長」という表現の方が近い。
 うねうねと気持ちの悪い動きで
 積雪の前に立ち上がる。
 息を呑む『猟犬部隊』の隊員たち。
 気が早い人員はもう弾倉を空にしていた。

「最初からこっちを使えばよかったですね。」
 
 積雪がにこやかに語る。

 まるで『スターウォーズ』のドロイド兵のようだった。
 小さい頭の中には光が満ちている。
 生活感を感じさせない細い腕は4本あり
 それぞれが昆虫の節のように動いている。
 腕には『罪口商会』の作品が取り付けられ
 下半身は危ういバランスの二足歩行だった。

「コンセプトは『スターウォーズ』です。」

 まんま『スターウォーズ』らしかった。

「…もしかして、超グリーバス将軍ですか?」

「おお、愛織さん、ご存知でしたか。」

「…はい。映画は超チェックしてますので。まさか積雪さんの口から『スターウォーズ』…。」

「そうですか。それは重畳。では、この光景は楽しんでもらえるでしょう。」
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:39:35.16 ID:cWK+k8160
 積雪が手を叩く。
 武器に愛された
 呪われた者のオーダー。
 『敵性を殲滅せよ』

 2体のグリーバス将軍が動き出した。
 滑らかな筋肉を持った昆虫がいれば
 こんな動きをしただろう。
 
 首を刈り
 腹を抜き
 四肢を穿ち
 
 そんなことが人数分繰り返された。
 『猟犬部隊』の名誉にかけて弁明しておくと
 彼らは攻撃し続けた。
 というかずっと撃ち続けていた。
 しかし『罪口』はそんなものは意に介さない。
 しかし『罪口』はそんなものを攻撃と認識しない。
 これは実力とか装備とかの問題ではなく
 ただの格差問題だ。
 「闇」の人間と
 「裏」の人間の
 階層問題。

 そして 
 あっという間に
 
 『猟犬部隊』は犬のえさになった。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:41:35.87 ID:cWK+k8160

「…いいでしょう。これで研究所の皆様方に喜んでいただけますね。」

 胸から取り出したノートにメモを取りながら
 満足げに頷く積雪だった。
 最近はロボット兵器まで手を出しているらしい。
 『罪口商会』
 着々と学園都市の裏の世界で地位を築く。

「…まだ超いますよ。」

 愛織が積雪の影から唸り
 『猟犬部隊』が出てきた穴の奥を凝視する。

「…ん?おや、あなたは…?」
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:42:25.28 ID:cWK+k8160
 まず聞こえたのは
 カツコツ、という足音だった。
 そして
 ドレスの少女が現れた。
 少女は笑みを浮かべて積雪に話しかける。

「『心理定規』です。積雪さん、お久しぶりですね。」

「ああ、『心理定規』さんですか。お久しぶりですね。」

「『心理定規』お姉ちゃん!超大丈夫でしたか?『猟犬部隊』がいたようですが。」

「ええ。ずっと隠れてたから、何とかね。」
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:44:06.55 ID:cWK+k8160
 『心理定規』

 対象と自身の心理的な距離感を概数値化し
 調節することでその通りの間柄になることができる。
 
 現在の距離単位は

 『心理定規』――罪口積雪間:30 
 『心理定規』――零崎愛織間:5
 
 前者は、積雪とちょっと親しい顧客の距離感。
 後者は、愛織と「お姉ちゃん」たちとの距離感。
 つまり、零崎縫織や萩原子荻と同じ距離感。

 もちろん『心理定規』と罪口積雪は初対面だが
 こちらから名乗り、「お久しぶり」と補足することで面識があると誤解させた。
 能力のおかげで積雪は不信感を感じていない。
 
 『心理定規』と零崎愛織はむしろ敵対していたが
 「お姉ちゃん」と同等の心理的な距離ならば
 そんな感情は持ちようがない。

 ここで『心理定規』がちゃっかり混じったのである。
 彼女が愛織を背負って工房まで来た。

 回想終了。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:45:37.49 ID:cWK+k8160
「1週間くらいで物を握れるくらいには慣れるでしょう。慣れですよ、慣れ。」

「ふーん。義手って、もっと野暮ったいと思ったけど、案外かっこいいのね。」

 愛織の左手を握り締めたまま、右手をつんつんする『心理定規』。

「…なんか超不思議な感じです。右手には感覚があるのに動かせない。
 …でも窒素は超右手を覆っていますから、これ、窒素の超操作で動かせるんじゃないですか?」

 くいくい、と動かす。
 頬には涙のあとが残るが。
 気丈に振舞う。
 『愚神礼賛』の妹だから。
 この程度では音を上げられないと思う。
 それに、得体の知れない男――つまり積雪に弱いところを見られたくない。
 「お姉ちゃん」にあとでたくさん甘えよう。
 という思いで
 神経はまだ通ってないが、動かすだけならできてしまっていた。
 根性論の軋識。
 その妹。
 つまり『ド根性妹』ということか。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:47:02.05 ID:cWK+k8160
 積雪は面食らったように唸る。

「…便利な能力ですね、『窒素装甲』。」

「望んで手に入れたものでは、超ないですけどね。」

 これは――奪われないために身についた能力だ。
 自由を
 尊厳を
 未来を
 家族を
 
 身につけたというよりも身についたもの。
 憑いたもの。

「それより、『家族』っていうのはどういうことなんですか?積雪さんは超『罪口』ですよね?」

 疑うように
 抉るように
 じろりと目を向ける愛織。
 一応、義手をつけてくれた恩人なので睨むようなことはしないが。

「…」
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:49:01.14 ID:cWK+k8160

「その通りです。まあ――曲識くんとの友人関係の延長といったところですか。
 彼とは音楽、つまり仕事以外のところで繋がっていたかったですから。」

 『罪口』とか『零崎』とかは関係なく。
 だから愛織の『家族』であっても『零崎』ではない。
 愛とか友情なんていうのは恥ずかしいので口に出さなかったが。
 
 愛織は、はあ…なんて納得したのか否かよくわからない返事をしたが
 優先度は低い質問だったようで
 すぐに核心の質問を積雪に投げかける。 

「…で、『零崎一賊』が全滅したっていうのは超本当ですか?」

「はい。残念ながら。裏の世界はこのことで随分盛り上がりましたよ。」

「…」

「……誰がやったんですか?」

「あなたは知らなくてよいのです。仇討ちは何も生みません
       ――あなたを救ってくれた方々を裏切らないように、幸せに生きることです。」

「でも…それだと『零崎』じゃなくなっちゃいますよ。お兄ちゃんとも…。」

 『零崎』は流血のつながり。
 『家族』のために戦い、
 人間らしく笑って死ぬ。
 そのための集団。
 全てに絶望した者にしか与えられない資格。

「…」
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:50:41.79 ID:cWK+k8160
「愛織さん。妹に玉砕を望む兄など存在しません。
 軋識さんも曲識くんも、あなたには幸せに生きて欲しいと思っていると思いますよ?」

「積雪さん…」

「下手人ですが――はっきり言ってあなたの手に負えるものではありません。
 挑んでも無駄死にです。それだけはしてはいけません。」

「…」

「…」

 愛織は黙り込んでしまう。
 『家族』について本当に考えているようだった。
 ようやく何かを得たと思いきや
 すぐに奪われて。
 本当にこの子は――救われない。
 誰かこの子を幸せにできる人が現れてくれないと
 この子は
 人を殺すだけ殺して
 最悪の状態で死んでいくだろう。
 野垂れ死に
 獄死
 もしくは
 もっとつらい死に方。
 いずれにしても――少女に許された死に方ではない。
 曲識ではないが、せめて人間らしく死んで欲しい。
 死なないという選択肢がベストではあるが
 この子は、どう考えても長生きしない。
 積雪の『呪い名』の直感はそう告げていた。 
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:52:04.94 ID:cWK+k8160
「それに、報復をしなくても『戦う者』であり続ければよいのです。それだけのことですよ。」

 積雪は半ば強引に結論を出した。
 愛織には前を向いて生きて欲しかった。
 これ以上同じ話題では余計に暗い気持ちにさせてしまうだろうし。
 『罪口』たる積雪には『零崎』の言う『家族』を理解しきれていないということもあった。
 戦わないという選択肢がないことは充分に分かっていた。

 そしてこの後の商談が支えていたというのもある。
 というわけで、早速切り出した。

「さて、その『エスカリボルグ』の『代償』ですが…。」

「え?『代償』?」

 ぱちくりとした目で語る愛織ちゃん。

「…」
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:53:22.39 ID:cWK+k8160
「はい。ああ、『罪口』との取引は初めてですか。」

 ここで笑顔が営業スマイルっぽくなった。
 つまり嘘くさくなった。

「『罪口』は一般客からは『代償』を以って商品をお渡しします。
 特別にその義手はサービスということで…。」

「ならこれも超サービスでいいじゃないですか!?」

「…」

 どう考えても義手>釘バットだろう
 値段的に考えて。
 ウガー!!となった愛織を、どうどう、と『心理定規』が静める。

「いやぁ、あんまりサービスしすぎると、本家から睨まれて粛清されてしまいかねませんから。」

 申し訳なさそうに頭をかく。

「…。」

「納得していただけましたね?なぁに、簡単なお手伝いをしていただきたいのです。」

 膝を詰めてくる積雪だった。
 何をさせるつもりなんだこの親戚のおじちゃんは。
 超とんでもない人間に『家族』を名乗られてしまった。
 お兄ちゃん…。
 『家族』を思い出す。
 懐かしむ。
 しかし積雪の出した人物名が衝撃的すぎた。
 猶予さえ残されないほどに
 余裕さえ食いつぶされるほどに
 愛織の頭はその人間の記憶で支配された。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:55:44.25 ID:cWK+k8160
「垣根帝督という人物をご存知ですね。」

 同時に
 先ほどからずっと黙っていた『心理定規』の肩が
 積雪も驚くほどにビクッ!と跳ね上がり
 その目は血走り始める。

「彼がどうしたのよ!?」

 彼女の豹変振りには愛織も積雪も面食らったが
 しかし積雪は表面上は冷静を取り繕い、続ける。
 愛織はそんな両者を不安そうに見ている。

「ある決闘に敗れた彼の身柄は材料系の研究施設のどこかに安置されていると聞きます。」

 愛織の不安は置き去りに、積雪は淡々と話しを進める。
 不気味なくらいに。
 
 『心理定規』の興奮をなおざりに、積雪はスラスラと話を進める。
 不思議なくらいに。 
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:57:25.73 ID:cWK+k8160
「そしてそこで超能力を吐き出して兵器開発を行っていると。原料の供給者として。」

 さらに顔を近づけてきた。
 営業スマイル。
 虚構を顔に張り付かせ
 まるで能面だ。
 そのなかでも自己主張をやめない刺青。
 家紋を刺青にしているのだろう。
 恐怖。
 知らない種類の。

 『心理定規』が握る左手の力が強くなってきた。
 痛い。
 でもそんなことを言い出せないほどの圧力が彼女の瞳から漏れている。
 恐怖が
 あふれ出ている気がした。
 これも自分が知らない種類の恐怖だろう。

 前門の『罪口』、後門の『心理定規』。

「ねえ、愛織さん。」

 緊迫の中で
 恐怖の中で
 核心に迫る 

「私は――垣根帝督が欲しいのですよ。手伝ってくださいますね。」

「欲しいってどういうことよ!!」

 『心理定規』が爆発した。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:58:35.97 ID:cWK+k8160
◆    ◆


「哀川のお姉さん、伊織ちゃんくたびれちゃいましたよう。」

 女子にしては高い身長に
 こだわりのニット帽をかぶり
 両手はステイリッシュな義手を付け
 軽そうな空気を持つ少女、無桐伊織が
 全身を赤色基調のコーディネーションで固めた女にもたれかかる。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/06(日) 23:59:38.31 ID:cWK+k8160
「いやー。まさかの私もここまで人識くんが上手く隠れてるとは思わなかったもんでな。」

 伊織ちゃんをめんどくさそうに払いのけながら
 赤い女性は心底楽しそうに笑っている。
 これが
 本物の哀川潤だ。

 そのころ
 本物の哀川潤は
 無桐伊織の依頼で、零崎人識を探していた。
 依頼主、伊織ちゃんと一緒に。
 闇口衆の拠点から帰るときに哀川潤が請け負ったものだった。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/07(月) 00:00:43.66 ID:bDcKIkGj0

「じゃあまだ人識くんが遠くに行ってないうちに捕まえようぜ。」

 とのことだったが…
 もう3日は探しているのに、全く見つからない。
 ここはすでに本州に入ってしまっている。
 白神山地。
 世界遺産のド真ん中。
 手がかりすらも掴めない。
 鬱蒼とした森のなかで
 殺人鬼を探す。
 風のざわめき。
 小川のせせらぎ。
 規模が規模なら、ただの畏敬の対象でしかない。
 ただの自然が誇る暴力でしかない。
 そんなどうでもいいことが思い浮かぶほどに
 はっきり言って八方ふさがりだった。
 死神の力を半分受け継ぐ石凪砥石と連れ立っての逃亡だったので
 しょうがないといえばしょうがない。

 異質の格が違う。
 最下層にして特権階級。
 『殺し名』序列第七位、石凪調査室――『死神』 
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/07(月) 00:01:57.62 ID:bDcKIkGj0
「うーん、こうなったら、『人探しでは哀川潤以上かも』という人を頼りますか…。」

「え?そんな奴いるの?」

「エラルド=コイル。」

「あ、ごめんな伊織ちゃん。それ私。」

「えぇ!?」

「L、コイル、ドヌーヴ、三大探偵はみんな私。まあ私を探そうとする奴は結構引っかかる。
 みんなには内緒だぜ?」

「何でLまで名乗ってるんですか!?」

「私の本名は哀川=L=潤だから。」

「その心は?」

「Loneliness」

「もうやめて!!」

 楽しくおしゃべりをしていた。
 ありえない組み合わせの2人ではない。
 大厄ゲームを通じて、ある程度の信頼関係はできていたわけだし。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/07(月) 00:03:09.79 ID:bDcKIkGj0
「まぁそういうわけで伊織ちゃん、そろそろ私はタイムアップだ。」

「えー、哀川のお姉さんどこ行くんですか?私一人で人識くんを探すんですかあ?」

 いんや、と指を振る哀川さん。
 チッチッチ。

「ちょっと偽者の動きに網張っておいたらよ、面白いネタを見つけてね。
 まあ、こいつは私とも縁がある奴だしな。」

 というわけで、面白い仕事だ、と伊織に笑いかける。
 いつもとは違い、笑みに迫力は無い。
 あの暴力的な赤色を感じない。
 何か変だなと思いつつ。

「へー…あれ?人識くん探しのお代って、次の仕事も人識くんと一緒に手伝う、ですよね?」

「おおお、覚えてたか。そうだよん。また手伝ってもらうぜ。ただし一人でな。」

「…うなー。」
 
 マジかよ。
 めんどくせ。
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/07(月) 00:04:31.07 ID:bDcKIkGj0
「しょうがないじゃん。見つからなかったんだから。これ終わったらロハで人識くん探し請け負ってやんよ。」

 と言って、一枚の写真を取り出した。
 それは――偽者が持っていたものと全く同一のもの。
 哀川潤の目が暗くなる。
 『死色の真紅』へと変貌する。

「垣根帝督。こいつを助け出さないといけない。もう依頼されちまってんだよ。とっくの昔、5月にな。
 一姫、小唄、出夢、クソ親父や崩子ちゃんの件で後回しになったが、こっちも処理しときたい。…っても、もう遅いんだが。」

「遅い?」

「こうなっちまった。」

 写真を伊織に見せる。

「…うわー。何ですかこれは。悪趣味なオブジェですか?Nice Boat?」

「人間だよ。まだ生きてる。植物状態ってのか?それとも電卓状態?とにかくそんな感じにされちまってる。」

「…」
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/07(月) 00:06:03.16 ID:bDcKIkGj0
「こいつ、いい奴だったんだぜ?本当に。それがこうだ。学園都市の闇に堕ちたとか言ってたが…。」

 人類最強は空を見上げた。
 といっても、ここから空は見えない。
 木々の葉が折り重なるように
 哀川潤の視線を受け止める。
 哀川潤の懺悔を受け入れる。
 風が吹いて
 葉が少し動いても
 まだその上には上がある。
 結局見えない空だった。
 …滅入るなぁ。
 『赤い鷹』は空を求めているのに。
 飛べない。

 一方でこの行動は
 伊織には
 涙がこぼれないようにしているように見えた。
 伊織は少し心が揺れる。
 哀川のお姉さんでも、泣くことがあるんですね…。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/07(月) 00:08:39.28 ID:bDcKIkGj0
「哀川のお姉さん…泣いてるんですか?」

「…はっ!一歩間違えば私も、真心ちゃんもこうなってておかしくなかったからな。おかしくて涙が出ただけだよ。」

 また強がって…
 そういうところ、人識くんとそっくりですよね。

「ちょっと因縁があってね。垣根をこうした奴らと、私を製作しやがったクソ親父。面白い因縁が。
 せめて、垣根をさくっと殺してやるのが人情ってもんだろ。
 この件に関しては殺しも許してやるよ。相手がゴミ以下だからな。」

 その言葉に
 伊織の纏う空気が変わる。
 軽薄そうな空気は一掃され
 濁った重厚な殺意が満ちていく。
 曇った純粋な殺意で満ちていく。
 まるで『ただそうである』ように。
 早蕨の兄弟に指摘されたように。
 早蕨刃渡には「最悪」と評され
 早蕨薙真には「そういうもの」と評された
 殺人鬼の本性が
 目の前の人物により封印されていた不殺が
 
 解かれた。
 
 膨大な殺意。
 莫大な殺気。 
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/07(月) 00:14:52.79 ID:bDcKIkGj0
「…うふ、うふふふ…。」

 不気味に笑う。
 嗤う。
 零崎双識が最後に発掘した才能。
 その忘れ形見が
 その使命を果たさんとして。
 半年分のツケを払おうと。

 木々のざわめきが大きくなる。
 森が恐怖しているのか。
 森が威嚇しているのか。
 彩る。
 殺意が伊織の化粧となり
 伊織を鮮やかに彩る。
 殺気によるモテカワメイク。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/07(月) 00:16:26.12 ID:bDcKIkGj0
「わかりました。では、零崎を――開始します。」

「あはは、その意気だよ。伊織…いや、えーと。」

「舞織です。お兄ちゃんにつけてもらった、名前。零崎舞織。」

「そうかそうか。では舞織ちゃん…『自殺志願』、学園都市に突撃してぶっ殺しまくろうか。」

「任せてください。」

 異色のコンビも学園都市を目指す。
 
「あ、舞織ちゃん。学園都市までは鋏は仕舞っとけよ。職質に引っかかるぞ。」
73 :名無しNIPPER [sage]:2011/03/07(月) 18:06:07.45 ID:/QiyTUXDO
今気づいた。乙〜
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:09:32.13 ID:IsVcDC9H0
自分で書いてて惰性感がすごい。
さっさと簡潔させよう。
というか設定無視のカップリング系が多い理由がわかった。
その方が書いてて楽しいもん。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:14:50.46 ID:IsVcDC9H0
◆    ◆


「趣味の悪い棺桶だよなぁ。ガラス製の円筒形で液体入りときた。下らねえ。」

 『窓の無いビル』
 これ以上ないほどに完結に形容された呼称である。
 この建物には一切の『外界』との接点が存在しない。
 窓も
 ダクトも
 ドアはもちろん
 何も無い。
 完全な密室。
 この中で殺人が起こっても、密室殺人とは呼ばれないだろう。
 事故か自殺
 そう済まされてしまうだろう。
 それほどまでに、密室。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:15:54.54 ID:IsVcDC9H0
 その一室
 四角いスペースの真ん中
 円筒形の透明な容器に満たされた赤い液体の中で
 逆さまに浮かぶ男がいる。
 この空間に照明具の類は存在しない。
 ただ、部屋の四方の壁に備え付けられたモニタ類や
 機械類のパイロットランプが彼らを照らす。

 容器の前には背の高い男が立っていた。
 死装束のような純白の浴衣を流し
 顔には屋台で売っていそうな狐の面をつけ
 下駄まで履いた男。
 脇には小学館の雑誌を挟んでいる。
 
 …どこから突っ込めばよいのかわからない世界。 
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:16:53.58 ID:IsVcDC9H0
「死んだはずの弟子が訪ねて来るとは。これだから人生はやめられない。」

 容器の中の男の声色にはあらゆる喜怒哀楽が含まれている。
 この言葉からも
 喜んでいるような
 怒っているような
 悲しんでいるような
 楽しんでいるような
 雑多な感情が読み取られる。
 もしくは――何も感じていないか。

「『人生はやめられない。』ふん。1700年も生きているだけあると説得力が違うな。」

 これに対する狐面の男も
 やはりつまらなさそうに応じる。
 視線はむしろ壁のモニタ類を眺めているようだ。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:17:44.32 ID:IsVcDC9H0
「…こんなに精巧な監視カメラをこの街の隅々に流せるもんなのか?」

「カメラだけではない。…が、君が知る必要もない。西東。」

「おっと、その名で俺を呼ぶな。俺はもう因果から追放された身だ。」

「では何と呼べばいいのだ、弟子よ。」

「…『人類最悪』でも『遊び人』でも、そんな風に呼べばいい。どちらでも同じことだ。」

 一度、狐の面を被り直す。
 鋭い目が一瞬だけ容器の中の男を捉える。
 容器の中の男は表情を変えない。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:19:07.28 ID:IsVcDC9H0
「こっちとしても驚きなんだぜ、師匠――ヒューレット助教授。まさかこんなところでこんなバカやってるとはな。」

「バカとは失礼な。これは因果を超克するに必要な『プラン』の管理をしているんだ。」

「『プラン』ふん。それこそ、因果律に対する挑戦だな。侮辱だな。俺も明楽も…純哉でさえ指摘していたことだ。」

「しかし君達は失敗した。そして因果から追放された。そうだろう?」

 挑発するような笑みを浮かべる。
 狐面の男は表情を変えない。

「そうだ。10年前、俺たちは大失敗を仕出かして――因果から追放された。」

 モニタは日常を映し出し
 同時に非日常を映し出す。
 希望輝ける学生生活と
 暗く染まる学生生活と
 人類の進歩につながる正義の実験と
 人類の名を汚すだろう凄惨な実験と
 
 それを見ながら、しかし感情を押し殺したような声で
 狐面の男は続ける。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:19:51.88 ID:IsVcDC9H0
「しかし――『プラン』なんてものはな、自分で書いた物語を自分で読んでるようなもんなんだよ。
 自分で設定した因果律を追って何が楽しい?
 物語には終わりがある。
 だから物語を加速させる。
 その過程を愛でる。
 そして終わりを楽しむ。
 それが因果に対する俺の、俺たちのスタンスだ。
 人生ってのはな、何があるかわからないから楽しいんだぜ。」

「…イレギュラーは確かに楽しみではあるが。」

「『イレギュラーは確かに楽しみではあるが。』ふん。まるで全てが思い通りに行くかのような話しぶりだな。
 …そうか。学園都市はお前が全知を司り自身の因果を貫徹させて世界を進めるためのゲージというわけか。」

「ご名答。」

「やっぱりな。下らねえ。」
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:21:04.92 ID:IsVcDC9H0
 モニタの向こうでは赤ん坊が生まれた。
 お腹を痛めた母親の嬉しそうな顔。
 同じく興奮する父親の嬉しそうな顔。
 まだ学生といっても通用しそうな、若い夫婦。
 前途は幸せに満ちているようだった。
 
 モニタの向こうでは少女が死んだ。
 犯されて
 殴られて
 最後は命乞いまでさせられて
 犬のように
 はいつくばって
 そのまま頭を撃ち抜かれ
 容赦なく殺された。
 あっけなく殺された。
 矛盾なく死んだ。

 あくまで無表情に
 狐面の男は言い放った。

「…そこまで理解していて、なぜ非効率な道を好む?」

「『なぜ非効率な道を好む。』ふん。おもしれーからに決まってるだろう。バカが。」
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:21:57.35 ID:IsVcDC9H0
「確かに私も、面白いものには価値を感じるし、興味もある。」

 狐面の男の背後から声がした。
 大して驚きもせずに振り返ると
 金髪の――人間の形をしたものが立っていた。
 人間の形をしているが、人間ではない。
 それが容易に分かってしまう。
 それを分からせてしまう、圧倒的な存在感。
 暴力的だった。
 同時に壮美的でもあった。
 普通の人間ならば本能的に畏敬の念を抱く。
 天使を思い描く。
 
 対して、容器の中の男からは焦りを感じた。
 表情は変わらないが
 彼が浮かぶ液体の気泡が大きくなった。
 その液体は体内に浸透し
 細胞の一つ一つに干渉していく。
 そうして生命エネルギーを生んでいる。
 その液体に乱れがあるということは――容器の中の男に乱れがあるということ。
 乱れは焦り。
 乱れは怒り。
 乱れは落胆。
 
 男性にも女性にも見える
 大人にも子供にも見える
 聖人にも罪人にも見える
 容器の中の男は、しかし間違いなく人間に違いないのである。 
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:23:07.34 ID:IsVcDC9H0
「エイワス…。どういうつもりだ?」

 唸るような声で尋ねる容器の中の男。
 呪うようにつぶやく容器の中の男。
 声色からは――

「どういうつもり?私は価値と興味を見出すものの前に現れる。それは私の自由だよ。」

 狐面の男は
 『エイワス』と呼ばれる「人間」をまじまじと見る。
 …どこか朽葉に似ている。
 
 円朽葉
 死なない少女。
 平安時代からは確実に生きている少女。
 殺し屋に――完膚なきまでに殺された少女。
 死を望んだ少女。
 
 しかし朽葉は人間だった。
 「死なない」という点を除けば、自分と何も代わらない人間だった。
 ということは、やはり目の前の「人間」とは違うのか。

「そういえばだ。朽葉。死んだぜ。」
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:24:17.61 ID:IsVcDC9H0
「そうか。良かったんじゃないか?自分の最初の研究に幕が下ろせて。」

 容器の中の男は苛立ちとともにそう答える。
 これは明確に読み取れた。
 狐面の男も
 『エイワス』も
 冷たい視線を向ける。

「その朽葉とは?」

 『エイワス』が狐面の男に尋ねる。

「死なない人間だ。」

「死なない…。」

「ああ。全ての因果から追放された人間。人は死ぬ、そんな当たり前の因果からも。」

 『エイワス』は
 愉快そうに
 唇をゆがめる。

「面白い。それは面白い。君とはもっと話したい。もっと面白いことを聞きたい。」
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:25:17.71 ID:IsVcDC9H0
「ふん。俺が面白かろうがつまらなかろうが、そんなことは同じことだ。なあ、ヒューレット。こいつは何だ?」

 自分のことを「君」呼ばわりする者には当面は会ったことがなく
 そして、とても人間とも思えなかったので
 かつての「師匠」にその存在を尋ねる。
 するとその「存在」は自ら名乗る。

「私は『エイワス』。かつて、クロウリーと呼ばれる魔術師に必要な知識を必要なだけ与えた存在だ。」

 狐面の男はもはや容器の中の男を見ていない。
 それに背を向け、『エイワス』と正面を向いて会話を続ける。
 しかしこれを聞いた狐面の男は
 チラッと振り返り、
 軽蔑の一瞥を容器の男に与える。

「『必要な知識を必要なだけ』ふん。…全ての学問を1桁の年で究めたっていう触れ込みの
 『七愚人』の主犯、ヒューレットが、そんなチートをしていたとはな。がっかりだよ、師匠。」

 容器の中の男の顔色が変わる。
 赤いようでもあり
 青いようでもあり
 白いようでもあり
 ――少なくとも、冷静ではない。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:26:21.86 ID:IsVcDC9H0
「『エイワス』…そろそろ自重していただきたい。」

「何故だ?私は今や、あなたの『プラン』よりもこの男の因果律の話のほうに価値と興味を感じている。」

 これはもはや挑発だな、と狐面の男は思った。
 なので乗ってみた。
 これが成功すれば、自分の目的はほぼ達される。

「…ほう。ということは、俺にも必要な知識を、必要なだけ、与えてくれるのか?」

 ブクッ!
 気泡の中でも取り立てて大きいものが出る。
 円筒形の容器のランプに黄信号が出た。

「…いいだろう。それは君次第だが。」

 『エイワス』は意地悪そうな顔で容器の中の男にはっきり聞こえるようにそう言った。
 狐面の男も、犯しそうに笑いながら
 人差し指を立てる。 

「『それは君次第だが。』ふん。俺の求める知識はたったの1つだけだ。」

 モニタの向こうでは
 雪が積もるどこかの地で
 駆動鎧が動き回っている。
 車を追っているようだ。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:27:23.12 ID:IsVcDC9H0
 狐面の男は、その面を取った。
 相変わらずの鋭い眼光が容器の中の男を射抜く。
 今度は、容器の中の男は、明確に身震いした。
 大きな気泡が沸く。
 円筒形の容器のランプは赤く点滅を始める。
 狐面の男は、立てた指をそのまま倒して
 ――容器の中の男を指した。
 ヒヤリと笑う。
 犯しそうに笑う。
 嗤う。
 ――表情が消えた。


「この老いぼれの殺し方を教えてくれ。」

「――ッ!!」
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:28:19.26 ID:IsVcDC9H0
 計器類やモニタ、無線に干渉を始める容器の中の男だが
 できない。
 いつもはできている当たり前の作業ができない。
 『エイワス』がジャミングしているに違いない。
 そういう作業ができない容器など、さだの牢獄だ。
 それこそ、ただの棺桶だ。

 容器の中の男は明確に怒りを露にして
 殺しそうな目で『エイワス』を睨みつける。
 その『エイワス』は涼しい顔で、そんなことか、と言わんばかりの顔で
 髪の毛をいじりながら答える。

「ああ、そんなの簡単だ。この生命維持装置n――」

「エイワス!あなたは何を考えている!やめろ!」

「やめろ?誰に口を聞いている?」
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:29:15.67 ID:IsVcDC9H0
「『生命維持装置』これが?――なら、これをどうにかすればいいのか。」

 狐面の男は適当に、
 本当に適当に
 計器類やパイロットランプの周辺をいじり始めた。
 壊れても
 どうなっても
 構わないと言わんばかりに。

「なんつーかよぉ、本当に棺桶になっちまうな、それ。」

 液体が青くなった。
 容器の中の男は悶え始める。

「…あがが…や…やめ…てくれ…頼む…。」
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:29:58.87 ID:IsVcDC9H0
「お前はよぉ、ヒューレット。」

 ついには師匠を「お前」呼ばわりして
 狐面の男は計器類の操作を続けながら
 
 液体が紫色になった。
 容器の中の男は痙攣を始める。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:30:29.98 ID:IsVcDC9H0
「人の物を盗りすぎなんだよ。」

 計器類をいじりながら。
 容器の中の男は回転を始める。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 00:35:20.00 ID:IsVcDC9H0
「何でよぉ、さっきから、学園都市なのに、モニタ越しに人が死んでるんだよ…。」

 計器類を回しながら
 容器の中の男は咳をし始める。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:37:14.65 ID:IsVcDC9H0
「何でよぉ、学園都市なのに狂う人間が出てくるんだよ。」

 液体が緑色になった。
 容器の中の男が血を吐いた。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:37:51.35 ID:IsVcDC9H0
「何でよぉ、ガキなのに笑ってるほうが少ないんだよ!!」

 狐面の男は計器板を殴って破壊した。
 狐面の男の拳も擦りむけるが、気にしないで続ける。
 容器の中の男は白目を剥いて海老反りの体勢になる。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:38:28.35 ID:IsVcDC9H0
「こんなのは俺のMS-2じゃねえ!こんな掃き溜めじゃねえんだよ!」

 さっきまでの様子とは違い、喚き散らす狐面の男。
 拳は血に汚れ
 雑誌が脇から落ちる。
 狐の面を容器に荒々しく投げつける。
 面は容器に当たってそのまま落ちる。
 そのころには
 容器の中の男が動かなくなっていた。

 この空間に生きた人間は狐面の男のみ。
 あとは『エイワス』と呼ばれる存在。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:39:26.44 ID:IsVcDC9H0

「何で俺が今日ここに来たと思う?お前を殺して、俺たちのMS-2を取り返しに来たんだよ!」

「…君たちのMS-2?」

「ああ。まだER3プログラムがER2プログラムだった時代だ。『人類最強』を作ろうという企画を立てた。
 それを担当した部署がMS-2。目的は『因果を崩壊させること。』まあ、大失敗に終わったんだが。」

 狐面の男は
 モニタ越しに外の世界を見ながら答える。
 暗い世界と
 明るい世界
 両者を同時に見ながら。
 呼吸を整えながら。

「ついこの前だ。MS-2の後継の部署が『人類最終』を作り上げたっていうんで、奪いに行った。
 そしたらよ、俺らが使ってた機材が全くないんだ。」

「あのクソどもが自分で一からできるわけがねえ。事実、小道具は大事に大事に使ってた。
 だから、大型計器なら尚更大事に使うはずなんだ。おかしいと思わねえか?」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:40:44.65 ID:IsVcDC9H0
「研究結果の価値も重要度もわかんねーような連中だ。俺らが失敗だと即断した実験を大真面目
 に追実験して結果に一喜一憂するような、無能どもだ。おかしいんだよ。」

「そしたら、俺の同期が面白い話を聞かせてくれた。――ヒューレットが自分のラボに持ち込んだ、だとよ。」

「俺らは一時期こいつの教えを受けてたからよく知ってる――こいつの部屋なんか存在しねぇんだよ。」

「『節操を持たない』『執着しない』これらを貫徹するため、自分のラボを持たない。
 それがこいつの一つの特徴だったんだよ。」

「だから、俺は確信したね。こいつがどこかで『人類最強』の研究をパクってるとな。」

「それで、ここに辿り着いたってわけだ。」

「…アレイスター……。」

 魔術師史上最悪の男
 アレイスター・クロウリーは
 既に死亡していた。
 人類最悪の手に係り
 殺された。
 やってみればあっけないものだった。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:41:33.60 ID:IsVcDC9H0

「これから、ここをどうする気だい?」

 アレイスターの死亡を確認しながら
 『エイワス』は問いかける。

「あー…考えていなかった。」

「…」

「まあこの街は俺のものだ。どうしようが俺の勝手だ…が、ここは俺にとっては終わった場所だ。」

「君にとってここは、興味もないし価値も無い、と。」

「そうなるな。」

 狐面の男は狐の面を拾い上げ、再び被る。
 そしてモニタに集中し始める。
 統括理事長は死んだが
 街はそのままの姿で動き続ける。
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:42:28.54 ID:IsVcDC9H0
「…アレイスターを殺してしまったが、どうする気だ?」

「そいつが生きていようが死んでいようが、そんなことは同じことだ。」

 再び『エイワス』に向き直る。
 両者の視線が交錯する。

「そんなことよりも、だ。お前は何なんだ?因果から追放された…というよりも強い独立性を感じる。」

 朽葉よりも強い独立性。
 因果からの疎外感。
 それが強すぎると思った。

「さきほどの説明以上のことはこの世界では表現できない。」

「『この世界では表現できない』ふん。まるで異界の人間だな。」

「異界という表現も一側面は捉えている。」

「…『因果律そのもの』という表現はどうだ?」

「それは少し違うな。私も因果の中に漂うものに過ぎない。」
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:43:50.91 ID:IsVcDC9H0
「『それは少し違う』ふん。まだ考える時間が必要だな。よくわからねえ。」

 もう話すことはないと言わんばかりにモニタに向き直る。
 モニタの向こう側は平常運転。
 自分の持ち物が汚された
 それ以上の感覚は狐面の男は持ち得なかった。

「当面はこの街をどう回していくかを考えたほうが良さそうだな。
 適当に理事会の人間に回させて…いや、俺が理事長の後任を直々に選ぼう。」

「自分が統括理事長になるという考えは?」

「ない。下らねえ。俺は自由に動きたい。理事長の肩書きは逆に邪魔だ。」

「…汝の欲するところを成せ、さすればそれが汝の法とならん、か。」

「ああ?」

「この男が著した書物『法の書』の最重要の節だよ。そして私が感じたあなたの生き様だ。」

「…」

「どうした?『人類最悪』?」

「ク…クククク…クハハハハヒャヒャヒャハハヒャヒャヒャヒャヒャ!」

「…何がおかしい?」

 『エイワス』すらも動揺させるような
 狐面の男の笑い。
 『人類最悪』の笑い。
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:44:56.49 ID:IsVcDC9H0
「そんなの…グロティウス時代の自然法の概念と何ら変わらねぇじゃねぇか!アハハハハハ!
 そんなもののためにこんな酔狂な鳥かごを用意したのか!?アハハハハハハハハハハハハ!」

 死してなお逆さまに浮かび続ける容器の中の男を振り返り

「お前は本当の大馬鹿野郎だよ!ヒューレット!アハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 男はしばらく膝を叩いたりして笑っていた。

 狐面の男はひとしきり笑い終わると
 急に冷静になり
 『エイワス』に向き直る。

「ところで、ここは携帯の電波は入るのか?」

「さあ。やってみればいいんじゃないか?」

「『やってみればいいんじゃないか』ふん。言われるまでもねぇよ。」

 狐面の男は胸から携帯電話を取り出し、コールする。
 ワンコールで相手は電話に出た。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:45:50.52 ID:IsVcDC9H0
『はい。わたくしです。』

「木の実か。『十三階段』の残ってる面子をすぐにかき集めろ。」

 息を呑むような女性の声がした。

『…わかりましたが、何かするんですか?あと、もう5人もいませんよ?』

「お前は黙って俺の言うとおりにしておけ。」

『…わかりました。他には?』

「いつでも俺をサポートできるようにしておけ。それだけだ。」

 一方的に電話を切る。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:46:52.13 ID:IsVcDC9H0
「よし。後は統括理事会を集めて、ここの人間のデータを見ていくだけだな。」

「…統括理事会の招集は私がやろう。」

「俺が一人一人に電話すりゃいいんじゃないのか?」

「そんなので奴らが来るわけがないだろう。」

「そんなに偏屈な奴らなのか。」

「一人は常に駆動鎧を着込んでいるくらいだ。」

「自意識過剰なくせに認識不足だな。典型的な小物だ。」

「私もそう思う。」

「ここの人間のデータはどうすれば見られるんだ?」

「まさかとは思うが、統括理事会のデータだよな?」

「もう一つの方のまさかさ。この街の人間の全てのデータだよ。」

「…正気か?230万人はいる。」

「一人あたり2秒で460万秒、約7.7万分、約1300時間、約5日とちょっと、不眠不休で、か。無理だな。」

「だろう。」

「じゃあ、成績優秀な人間の周囲のデータに絞ろう。それならじっくり読んで1日くらいだろうよ。」

「わかった。手配させよう。」
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:47:40.89 ID:IsVcDC9H0
「…お前にそんな権限があるのか?」

「この部屋から出た電波の指令には誰も逆らえないさ。」

「なるほどな。ではお願いしようか。…そういえばよ、何故そんな協力的なんだ?」

「君の行動からは、何か価値があって興味を感じるものが出てくるような気がするからだよ。」

「そんなことがあれば、それは俺が独り占めするさ。」

「そうはさせない。…で、早速だが、その『十三階段』とは何だ?」

「因果を追放された俺は世界に直接関わることはできないからな。俺の手足として動く奴らが必要なんだ。」

「私をその中に入れてくれよ。」

「眼鏡をかけてないからダメだ。」

「これでいいのか?」

「どこからその眼鏡を取り出した?」

「顕現したんだ。」

「『顕現したんだ』ふん。まあいいだろう。お前はどう考えても『替え』が効かない存在だ。」

 『エイワス』が『十三階段』に加わった。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:48:51.55 ID:IsVcDC9H0
「全て今日中に終わらせるぞ。とりあえず俺は宿に帰る。5時間後に召集しておけ。」

 狐面の男は
 『エイワス』と
 容器と
 中の死体を後ろに残して
 『窓のないビル』から出て行った。

「随分長かったのね。」

 胸にはサラシを巻いて
 ブレザーを羽織り
 ミニスカート。
 露出を生きがいとしているような女にそんなことを言われる。
 『案内人』
 『窓のないビル』の中と外を仲介する『座標移動』の能力者。
 結標淡希。

「『随分長かったのね』ふん。当たり前だ。人を殺すには時間がかかるんだよ。」

「あはは。人を殺す、ね。誰を殺したっていうのよ。」

「ヒューレット。お前達の認識では、アレイスターと言えば通じるのか?」

 結標がズッこけた。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:49:30.50 ID:IsVcDC9H0
「そんなことできるわけがないでしょ!!言っていい冗談と悪い冗談があるのよ!?」

 狐面の男に詰め寄る。
 しかし狐面の男は飄々としている。

「『言っていい冗談と悪い冗談がある』ふん。どちらも同じ冗談だろう。そんな価値観ごときで揺らぐものは同じことだ。
 明日にはその価値観がひっくり返っているかもしれないんだぜ?とても信用できる概念ではない。」

「…」

「疑うな。ならば確認してくればいいだけだろう。まだ死体はあるはずだ。」

「…私の仲間がそれを行うわ。待ってなさい。」

 『座標移動』は消えた。
 仲間とやらを呼びに行ったのだろう。
 狐面の男は『窓のないビル』のなかに残される。
 最低限の照明しかない廊下。

「…先に俺を出せよ。バカが。」
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:51:24.20 ID:IsVcDC9H0

現在の『十三階段』

一段目:一里塚木の実
二段目:絵本園樹
三段目:右下るれろ
四段目:エイワス
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/08(火) 00:56:24.90 ID:IsVcDC9H0

狐さんが学園都市の全権を握ったところで第一段階は終了です。
書き溜めが完全に尽きたので文学で勉強がてら
また書き溜めていきたいと思います。
しばらくは書き込まないのでageておきます。
結末は決まってるのに中盤がまだ固まってません。
中盤グダグダは必至でしょうか…。

よろしければ感想など書き込んでくだされば望外の喜びです。
アドバイス、罵倒、帰れコールなど大歓迎です。
109 :名無しNIPPER [sage]:2011/03/08(火) 08:31:42.78 ID:0JN7t+UDO
乙。しかしアレイスターェ…
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 21:30:22.02 ID:IsVcDC9H0
原作から表現引っ張ると被るな…
しかしよりによって行くわよ幻想殺しと被るとは。ついてない。
しかも心理定規の部分で。
明らかにこっちがパクってんじゃねーかよ。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/10(木) 18:00:50.06 ID:uI9U+sHAO
いいから早く書いてくださいお願いします
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/11(金) 14:42:23.98 ID:Mhh/ZKZo0
◆    ◆


 名前は?――捨てました。
 家族は?――捨てました。
 恋人は?――死にました。


◆    ◆
113 :名無しNIPPER [sage]:2011/03/11(金) 20:34:30.98 ID:X0u0P/bDO
何か妙な所で切れてるが、大丈夫か?もしや地震の影響?
地震情報:http://ex14.vip2ch.com/earthquake/
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/12(土) 01:29:34.69 ID:pKZcnKfw0
>>113

こき手です。
いいえ。私は関西圏の人間なので地震の被害はないです。
ただちょっと推敲追加の部分があったので、矛盾などがないかを練り直していたところでした。

2時ころには投下開始したいのですが…。いけるかどうか。
週末のいずれかには必ずドバっと投下いたしますので。軽く100レスくらいは埋めたいところです。
地震情報:http://ex14.vip2ch.com/earthquake/
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/12(土) 05:41:30.40 ID:ghcVM/Lqo
無事でなにより。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:36:44.24 ID:IoESkcfN0
拙文にお付き合いくださる方々に感謝の念を抱きつつ

投下していきます。

新約?何それおいしいの?
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:38:09.56 ID:IoESkcfN0
◆    ◆

「そういえばよ、『俺の敵』。『呪い名』に関して、俺なりの解釈があるんだが。」

 ジェリコを突きつけられた状態。
 0距離。
 外す心配の無い距離を求め
 狐面の男は自分から近づいてきた。
 妖気に当てられたようにぼくは動けず。
 蛇に睨まれた蛙のようにぼくは動けず。
 後から考えれば
 結局このときから、ぼくは狐に化かされていたのだ。
 いまや銃口は
 その額に当てられているのに。
 その状態で
 狐面の男
 西東天は
 ぼくに話しかける。
 まるで通常通り。
 まるで平常通り。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:41:37.87 ID:IoESkcfN0
「…命乞いなんて。」

 かろうじて言い返そうとするが
 すぐに止められた。

「いいから聞いとけ。これは俺の遺言でもある。」

 ここに来ても
 傲岸不遜に言い放つ。
 『人類最悪』
 西東天。
 生殺与奪の権はぼくに握られているにも関わらず。
 ぼくは何の苦労もなしに
 この人の物語を畳むことができる。
 もう読み返す人もいないだろう物語を。
 世界の全てから独立した物語を。
 世界の何もかもから疎外された男の生涯を。
 狐面の男は
 動けないぼくを無言で見つめたあと
 何かの底から響く声をぼくに向けた。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:42:35.00 ID:IoESkcfN0
「お前は零崎人識の鏡のような、対極の存在だと、自認しているし、他認もされている。」

 月の明るい日に
 ぼくたちの因果が交わった場所
 澄百合学園跡地で
 狐面の男とぼくは
 最後の戦いに臨んだ。
 因果の決着をつける戦い。
 他の場所では
 『人類最強の請負人』哀川潤と
 『人類最終の存在』想影真心との
 まさに人類の限界を超えた戦いが行われている。
 
 そんなものの横では
 『人類最弱の戯言遣い』ぼくと
 『人類最悪の遊び人』西東天の
 まさに人類の堕落を超えた会話も交わされている。
 
 その言葉に
 ぼくは何も答えなかった。
 ぼくは何も応えなかった。
 黙って終わりを突き付けながら。
 未だ終えようとしない男を見つめながら。
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:43:25.03 ID:IoESkcfN0
「それってよ、お前が『零崎』の対極の対極の対極の――『呪い名』にあたる存在だってことじゃねえのか?」

 ぼくは答えない。
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:44:02.22 ID:IoESkcfN0
「『零崎』ってのは、突然「成る」んだよ。他の魑魅魍魎とは違ってな。」

 ぼくは答えない。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:44:34.95 ID:IoESkcfN0
「理由もなく人を殺す存在、こう言えば確かにおぞましいが、奴らには奴らなりの美学がある。いや、あった。」

 ぼくは答えない。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:45:10.35 ID:IoESkcfN0
「それは『家族愛』だ。これは俺が奴らを殲滅する指揮をとった人間だから分かることだがな。」

 ぼくは答えない。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:45:49.98 ID:IoESkcfN0
「つまり、一貫した目的はあるんだよ。殺人鬼としての殺人に理由はなくとも。それは『家族を守ること』。」

 ぼくは答えない。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:46:25.27 ID:IoESkcfN0
「転じてお前は、何の目的もなく、何の理由もなく、ただ人を助ける。無差別に。」

 ぼくは答えない。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:46:56.62 ID:IoESkcfN0
「しかしその過程で実に多くの人間が狂い、殺され、死んでいった。」

 ぼくは答えない。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:47:41.87 ID:IoESkcfN0
「萩原子荻が指摘した『無為式』。言い得て妙だと思うぜ。伊達に『零崎一賊』を相手取っていたわけではなかったということだ。」

 ぼくは答えない。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:48:13.10 ID:IoESkcfN0
「お前が直接に手を下したわけではないのに、たくさんの人間が死ぬ。それこそ、無差別に。」

 ぼくは答えない。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:48:46.37 ID:IoESkcfN0
「助けようとしてそれ以上の人間を巻き込んで、手を下さずに殺す。」

 ぼくは答えない。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:49:23.07 ID:IoESkcfN0
「これは生き様だ。意識しているわけではない。」

 ぼくは答えない。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:50:25.49 ID:IoESkcfN0
「結論。お前のような、一見善良に見える人間は『零崎』の『呪い名』にあたる。どうだ?」

「…ぼくが善良ですか?」

「『最悪』に敵対している以上、善良なんじゃねえの?」

「それは違う。世界は二項対立では終わらない。善と悪しかないわけじゃないでしょう。ぼくらは両方悪かもしれない。それ以外かも。」

「『ぼくらは両方悪かもしれない。』ふん。確かにな。しかしまあ、善でも悪でも、そんなものは同じものだ。安くはない。」

「相変わらず適当ですね。」

「まあな。」
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:51:35.82 ID:IoESkcfN0
 なぜこの人は
 こんなにも冷徹で
 こんなにも最悪なのだろう。
 こんなにも貫徹で
 こんなにも適当なのだろう。
 『人類最悪』は続ける。
 終わらせないように続ける。
 ぼくは続ける。
 終わりを突き付け続ける。
 少なくとも、この災厄は終わらせようと。

「敢えて名づけるとすれば、『一崎』か?お前の名前とも符合するし、まずまずのネーミングだと思うが。」

 ぼくは答えない。
 どう考えても安直だと思いながら我慢した。

「『一崎』だから、『いーちゃん』。笑えるな。」
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:55:40.16 ID:IoESkcfN0
 『零崎』が『殺し名』ならば
 『一崎』は『呪い名』。
 『零崎』の対極の対極の対極に位置する『一崎』という『呪い名』。
 無差別に人を救おうとし、しかし多くの人間を巻き込んで
 直接手をかけるよりも多くの人間を殺す
 そんな存在。
 0と1で表現される世界の真理。
 0は出力で
 1は入力で
 それだけの違いしかない。
 おぞましさには変わりない。
 オペレーションのルールには背かない。
 根こそぎにラジカルで
 そしてデジタルな世界。
 殺すか殺さないか
 それだけしか区別できない世界。
 「選ばない」を「選ぶ」なんてできない世界。
 それは結局、選ばないだけなんだから。
 0と1でしか表現されない世界の背理。
 そんなことが言いたかったのだろうか。
 
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:56:40.77 ID:IoESkcfN0
 ぼくは耳が痛かったことは認めよう。
 ぼくの短慮と無遠慮で
 どれだけの人が無駄死にしていったか。
 どれだけの人間が壊されていったか。
 玖渚友しかり。
 妹しかり。
 出夢くんがやっぱり一番の被害者だろう。
 彼らの道が狂うことはなかったんじゃないか。
 ぼくに関わってしまったばかりに。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:57:29.67 ID:IoESkcfN0
 でも
 狐さんには言われたくなかった。
 この人は何もしないで殺す。
 ぼくよりも性質が悪い。
 そう思う。
 出夢くんも萌太くんも
 頭巾ちゃんも姫ちゃんも
 頼知くんも真姫さんも
 みんな、こいつが殺したんじゃないか。
 自分では何もしないで
 手足を使って。
 自分のものではない手足を使って。
 
 ぼくの抗議を無視して
 狐面の男はしばらく笑っていたが
 急に素に戻る。
 いつもの、全てを見下ろした態度。
 鼻につく態度。
 それが許される風格を以って
 自分自身に終止符を打った。
 男の物語は完結する。
 ここからはただのエピローグか、作者コメントか。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:58:12.97 ID:IoESkcfN0
「さて、人間らしく笑ったことだし――殺されるとするか。」

「…ふざけるなよ。」

 ぼくは答える。

「そもそも前提がおかしいでしょう。」

 ぼくは答える。

「ぼくは救いたいこともあれば殺したいこともあった。
 呪いたいこともあれば捨て去りたいこともあった。
 語りたいこともあれば笑いたいこともあった。
 その逆もあった。
 でも、全て中途半端になってしまった。
 あなたの言うように、目的がなかったから。
 それ自体が目的だったから。」

 ぼくは答える。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:58:41.96 ID:IoESkcfN0
「救おうとして救いきれずに周りを巻き込むだけ巻き込んで殺し
 殺そうとして殺しきれずに周りを傷つけるだけ傷つけて生かし
 呪おうとして呪いきれずに周りを騒がすだけ騒がせて死なせ
 捨てようとして捨てきれずに周りに迷惑をかけるだけかけて放置し
 語ろうとして語りきれずに時間が切れて諦め
 笑おうとしてどうすればわからずにただ相手を困らせた。」
 
 ぼくは答える。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:59:15.07 ID:IoESkcfN0
「後悔しなかったことなんてない。
 恥の多い人生でした。
 目的なんて、理由なんて、一貫したものはなかった。
 ただ、目の前の人間を見殺しにできないだけです。
 力量も資格も可能性も考えないで突っ込んで
 引き際もわきまえていないで
 保身だけは上手で。
 スタンドプレーばかりでその場を濁し
 結局は無かったことにした。
 全て戯言ということにしてきた。
 全て戯言にしてしまえば、自分の無力を感じることもなかったから。
 とりあえず後悔しておけば、自分の責任を問われることもなかったから。」
 
 ぼくは答える。
 それは答えというよりは、懺悔か。
 そして明日への宣言。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 19:59:58.43 ID:IoESkcfN0
「でもね、狐さん。
 ぼくはあなたとの戦いの中で、人間を始めることにしました。
 過去のぼくは死んだ。
 でも生まれ変わるんじゃない。
 生き返るんだ。
 ゼロから始めたら、また同じことを繰り返すでしょう。
 これまでの経験や後悔を背負って、ぼくは人間を再開する。
 早く死にたいと思っていたぼくは
 姫ちゃんか、萌太くんか、頭巾ちゃんかもしれない。
 とにかく彼らとともに死んだんだ。
 今のぼくは過去のぼくとは全く違う。
 生まれ変わったんじゃない。
 変種した『人類最弱』だ。
 だからぼくは目的を持つ。
 それはあなたを殺さないこと。
 あなたの邪魔をすること。
 あなたの物語は終わらせない。
 あなたの望みが叶ってしまう。」

 ぼくは答える。
 
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:00:25.86 ID:IoESkcfN0
「ぼくの今の目的はあなたの邪魔をすることです。
 あなたの目的を阻害するためなら
 ぼくは人を救う。
 ぼくは人を殺す。
 ぼくは人を呪う。
 ぼくは人を捨てる。
 ぼくは人と語る。
 ぼくは人と笑う。
 その逆も。
 全部、今までできなかったこと全部、やってみせます。」

 それがぼくの物語だ。
 ぼくの回答だ。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:02:03.48 ID:IoESkcfN0
「ふん。そうか。下らねえ。」

 狐さんはぼくに応えた。

「なら『俺の敵』、今後一生、俺の遊びに付き合う覚悟はあるのか?
 俺はこんな人間だ。
 まだ何かしでかすだろうよ。
 そして
 人が
 殺され、
 救われず、
 呪われ、
 捨てられ、
 語られることもなく
 笑われるような、
 またこんな最悪が引き起こされるだろう。
 それでも俺を生かしておいていいのか?」

 ぼくはジェリコを下ろした。
 こんなもの、もう必要ない。
 ただ必要なのは、狐さんの目を見ること。
 今まで通りに睨み続けること。
 そして、ファイナルアンサーだ。
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:02:32.42 ID:IoESkcfN0
「殺さないのはぼくの、戯言遣いの真骨頂です。
 生かさないし殺さない。
 あなたが生き続けて最悪の饗宴を続けるなら、ぼくはそれを止めて
 あなたの生きる理由を阻害して、し続けるだけです。
 あなた以外の人は救います。
 あなた以外の人は殺します。
 あなた以外の人は呪います。
 あなた以外の人は捨てます。
 あなた以外の人とは語ります。
 あなた以外の人とは笑います。
 しかし
 あなたは救いません。
 あなたは殺しません。
 あなたは呪いません。
 あなたは捨てません。
 あなたとは語りません。
 あなたとは笑いません。
 あなたは世界の敵だからです。
 
 ――そんな針の筵で、勝手に生きて、勝手に死んでください。」

 狐さんは笑った。
 ただ顔を歪めただけだったのかもしれないが。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:02:58.95 ID:IoESkcfN0
「いいね。『俺の敵』。いいだろう。」

 狐面の男はぼくから遠ざかる。
 その背景には月が出て
 妖狐の風格が漂う。
 得体のしれない雰囲気。
 化かされているような感覚。
 世界を敵に回しても、どうとも思っていない様子。
 でもぼくはひるまない。
 ぼくが世界を守るから。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:03:28.71 ID:IoESkcfN0
「約束したぞ。今回の勝ちはお前に預けておく。」

 そんなとき
 哀川さんと真心の決着がついたようだった。
 哀川さんの優勢勝ちといったところか。

「俺の娘と俺の孫の勝負がついたようだ。」

「みたいですね。」

「ふん、自慢の娘だ。…さて、あいつらの前で、もう一度くらいは恰好をつけてもいいだろう。
 もう一度、俺にジェリコを突きつけろ。あのシーンを演出するんだよ。」

「…まあそれくらいならいいでしょう。」

 ぼくたちは再び、緊迫のやり取りを再現したのだった。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:04:06.41 ID:IoESkcfN0
◆    ◆


「なんてやり取りを覚えているか?『戯言遣い』。」

「今のショックで忘れたよ。」

 第一学区。
 場所は学園都市の統括理事長室。
 ほとんど使われていないような木目調の高そうな机と
 革張りの椅子。
 毛足の長い洒落た絨毯と
 それに釣り合う豪華な応接セットに
 学園都市の全てを見渡すような大きく広くピカピカの窓。
 半パノラマのようだった。

 そしてぼくの前に座る男。
 ぼくが殺さなかった男。
 『人類最悪の遊び人』
 西東天。
 狐の面を外した状態で
 理事長席に座っていた。
 相変わらずの死装束姿。
 面は壁にかけてある。
 まるで装飾のように。
 
 …何でお前がここにいるんだよ。
 もうお前怪異だろ。
 阿良々木さん呼ぶぞ。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:04:41.18 ID:IoESkcfN0
「不思議そうな顔をしているな。いいだろう。疑問を解き明かしておこう。」

 狐さんは立ち上がり、
 ぼくにソファに座るように促しながら
 自分も、今度はソファに座る。
 
「長い話になる。そして俺はお前を逃がすつもりが全く無い。」

 西東天はククク、と可笑しそうに笑う。

「傑作だよなぁ。」

 ぼくは笑わない。

「…――本当に、戯言ですよ。」
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:05:40.93 ID:IoESkcfN0
◆    ◆


 事の顛末はこうだ。
 
 〜いーちゃんサイド〜
 
 覚悟を決めたぼくと春日さんは
 特にえっちなこともせずに
 ヘリが学園都市領空に入るまで
 この町の知識について、知っていることを共有する作業をしていた。
 春日さんは淫乱だが本来はすごい科学者のはずで
 ぼくは序列第二位の帝督くんや序列第四位の沈利ちゃんと面識があったから
 この作業は有意義なものだった。

「超能力というのは実在しますよ。」

「うーん。どうにも信じられないんだ。」

「こう、ビームっていうのも見ましたし、ファサファサしてるのも見ました。」

「擬音語ではどうにも要領を得ないね。」
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:06:29.52 ID:IoESkcfN0
「あと、春日さん。」

「ん?」

「そろそろ腕を放してもらってもいいでしょうか。」

 春日さんとぼくは、まだ腕を組んでいた。
 組んでいたというよりも…
 絡められているような。
 ぎゅー。
 徐々にぼくに体重をかけてきているような気もする。
 これがまた良いにおいなんだよ。

「だって寒いし。」

「僕の毛布をあげますから。」

「いっきー。私達は腕を絡ませた状態でお互いの吐息がかかる範囲しか動けないように手錠で拘束されてるのを忘れたの?」

「嘘つくな!!」

「私の心はもういっきーの手錠でがんじがらめなんだ。」

「…春日さん、そんなこと言ってると、本当に襲いますよ?」

 春日さんのうなじをついつい見ながらそんなことを言ってみる。
 だからぼくはライオンになって、春日さんを襲うことにしたのさ
 なーんて。
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:07:08.46 ID:IoESkcfN0
「そんな勇気を持ってないのはわかってるから大丈夫だよ。」

「ここに来てセメントか!?」

「いっきー。君は結局何が欲しかったんだっけ?」

「愛だよ愛!!」

「私は愛はあげられるけれど体はあげられないよ。」

「いろいろ矛盾しまくってるぞ!?」

「愛の形は人それぞれ。私は君に愛をあげるからいっきーは私に体を寄越せ。」

「女王様の発想だよ!!」

「愛がなければ性に目覚めればいいのに。」

「パンとお菓子の関係じゃなくね!?」

 さっきの春日さんはどこに行ったんだろう。
 感動も乾かないうちにこれだよ。
 おーい。
 帰っておいでー。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:07:48.48 ID:IoESkcfN0
「斜道卿壱郎博士は明らかに学園都市に敵対心を持ってたから兎吊木垓輔を被験者に天才を作ろうとしていたわけなんだよ。」

「天才?超能力者じゃなくて?」

「私達の認知の限界かな。超能力なんて実物を見ても理屈で否定しちゃいそうだし。」

「ああ…そうですよね。」

 でもぼくはリアルに相対したからな。
 パンツの件ではずっと怯えてたし。
 この現実感の違いなんだろうなと思う。
 春日さんには
 そんな嫌な現実感は持たせるつもりはないけれど。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:08:29.63 ID:IoESkcfN0
「…そういえばパンツだよ!入れ替えたってどういう意味だよ!?」

「…?いっきーの紐パンをもらって私の紐パンを置いといたんだよ?」

「そんなマジで不思議そうな顔すんなよ!何で小首をかしげてかわいこぶってんだよ!?」

「てへ。」

「誤魔化されねーぞ!?」

「だってびっくりしちゃってさ。でも私のパンツじゃないし。
 これはどこで盗ってきたんだろうとネットカフェで過去の下着泥棒被害のデータベースをハッキングしても何か違うし。
 そこでいっきーの所有物だと理解してね。
 ああ変態プレイのために買ってきたのかと思うと涙が出てきたから。
 誰も穿いたことがない売り物そのままのパンツでナニするよりも私の使用済みのほうがありがたがるかなと思って。
 宿を貸してもらってるお礼のつもりだったんだけど。
 一肌脱ぐ代わりにパンツを脱いだって感じかな。
 そういえば麦のんって誰?」

「…」

 こんだけの最低な長セリフを長い舌の滑舌で歌うように紡ぐ春日さん。
 しかも無駄に澄んだ声。
 もう損しまくってるよね。
 ぼくは好きだけど。
 大好きだけど。
 子荻ちゃんの次に。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:09:17.62 ID:IoESkcfN0
「…学園都市の序列第四位、麦野沈利で、麦のんですよ。」

「なるほど。それで麦のんのパンツというわけか。よく生きてお別れできたね。」

「奇跡だと思ってます。」

「上半身と下半身がお別れしてたかもしれないよ。」

「まっさかー。」
 
 ありえるんだよね。
 というか、確かあの同人部隊がそうなってた。
 改めて思う。
 今生きてるのは奇跡だ。

「いっきーと麦のんさんはお友達なのかな?」

「うーん…着信拒否にされていたので、友達と呼べるかは微妙なラインでしょう。」

「それは友達ではないよ。」

 ばっさりと言い切る春日さん。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:09:48.35 ID:IoESkcfN0
「いっきーはさっきの写真にも随分ショックを受けていたようだけど。」

「帝督くんですね。彼は…恋敵?みたいな存在だと勝手に思ってます。」

「恋敵?」

「玖渚のマンションに結構長い間お泊りしていたようで。」

「私だっていっきーのアパートに泊まったじゃない。」

「そうですけど…。」

「一つ屋根の下にいる男女がにゃんにゃんしない方がおかしいっていっきーも分かってるんじゃない。」

「そういう話ではない。」

 危うく危うい方向に誘導されるところだったかも。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:10:34.85 ID:IoESkcfN0
「でも安心した。いっきーに友達なんかできてたら嫉妬に狂った私が殺してるところだった。」

「友達で嫉妬なのかよ!?」

「そりゃそうだよ。いっきーの友達ってレアな存在でしょう。」

「ぼくにだって友達くらい…。」

「そんなにいないよね。」

「…はい。」

 知り合いは多いんだけれど…。
 園樹さんは友達。
 崩子ちゃんは下僕だし。
 春日さんは友達(断言)。
 深空ちゃんと高海ちゃんは時々連絡をくれるだけだし。
 真心…は友達。
 玖渚はご主人様にして恋人。
 人間失格は鏡の向こうの自分で…
 みいこさんと音々さんは恩人。
 奈波は敵。
 小唄さんと哀川さんは…何だろう?
 木の実さんも何だかなー。敵以上知り合い未満?
 るれろさんとはあまり関わりたくないし…。
 狐さんとも、もう懲り懲りだ。
 あとは…
 
 あれ?
 実は知り合いもそんな多くなくね?
 もしくは――まだ生きている知り合いが少ないのか。
 捨てても殺してもいないけれど
 ただ、失った人たちの数。
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:11:13.41 ID:IoESkcfN0
「ところで春日さん。学園都市の知り合いというのは?」

「少しだけなんだけれど。例えば…芳川桔梗なんて人知らない?遺伝の分野ではけっこう有名なんだけど。」

「寡聞にして存じません。」

「じゃあ…天井、はなしで。甘い話はなしで。木山春生とか。」

「天井の件はそれが言いたいだけだろうと。木山?聞いたことはあるような…。」

「脳に関する分野の人だよ。私はこっちはてんで分からないからそれしか言えないけれど。」

「へぇ…」
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:11:50.05 ID:IoESkcfN0
 やっぱり科学者なんだなぁと思う。
 本来はこんなところにいたら社会の損失になるような人なんだけど。
 何でだろう。そんな気が一切しない。
 これが春日さんの凄さなのかもしれなかった。
 ダメ凄い。
 でも
 このままニートはダメだろうな。
 いつまでも鴉の濡れ羽島にいるわけにもいかないだろうし。
 思い切って提案してみるか。

「…春日さん、学園都市で研究稼業に戻るというのはどうですか?」

「却下。」

 即答だった。
 心なしか、ぼくを見る目も冷たくなっているような気がする。
 さっきまでの弾むような声ではない。
 …これはただごとではないな。
 地雷を踏んでしまったようだ。
 すぐに軌道修正したいと思うけれど
 けれど、もしかしたらこういうところに大事なことがあるのかもしれない。 
 後悔しないためには。
 春日井春日を失わないためには。
 もう誰も
 失いたくはないから。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:12:22.85 ID:IoESkcfN0
「何故に?」

「ぷーい。」

「…って何故何故に!?」

「合格。基本を忘れちゃダメだよいっきー。」

 乗り突っ込みを強要された。
 親指を突き出してウインクしながら言う春日さん。
 シリアスなのかギャグなのかどっちかにしてくれよと思うが。
 シリアス方面だったようで。

「あの街は墓場そのものなんだよ。」

「墓場?」

 なぜかここでぼくの肩に頭を乗せる春日さん。

「そう。あそこで研究するということはね、殺すことになるんだ。」

「殺す…。」
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:13:38.80 ID:IoESkcfN0
「かく言う私も実験動物は数限りなく殺しちゃってるけど。あそこは人間を実験動物としている。」

 春日さんは動物関連の研究者だから。
 卿一郎博士のところでは犬をけしかけられたっけ。
 だから、思うところはある。

「さっきの帝督くんのようにですか?」

「もっとひどいだろうね。」

「アレよりも…。」

「正直言うとこれから入るのも嫌なくらい。一部の良識ある学者はものすごく毛嫌いしているよ。」

「実験動物として人間を使うことをですか?」

「当たり前でしょう。」

「ER3プログラムでは割と普通だったので、科学者はみんなそうかと思ってました。」

「侮辱してもらっちゃ困るよいっきー。」

 ジト見の春日さん。
 これはこれでレアかもしれない。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:14:13.94 ID:IoESkcfN0
「私は違うから。」

「…はい。すみませんでした。春日さん。」

 素直に謝っておこう。
 これもぼくの処世術の一つ。

「うん。わかればいいんだ。」

 また頭を撫でられた。
 春日さんの目がまたいつも通りのものになる。
 何も見ていないような目。
 超俗しているような表情。
 頭をぼくの肩に乗せて片腕をぼくと組んでいるので、
 頭を撫でるという行為によって春日さんはものすごく体勢を崩している。
 もたれかかるように。
 全てを委ねるように…は違うか。
 悪い気はしないけど、これって、やっぱり子供扱いなのだろうか。
 愛はあげる。
 これはそういうことなのだろうか。
 …春日お母さん?
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:14:41.58 ID:IoESkcfN0
「変わらず仲がいいね。妬いてしまうよ。」

 赤音さんが操縦室から出てくる。
 哀川潤のコスプレはまだ続けているところを見ると、出落ちではなかったようだ。
 マジで存在を乗っ取るつもりらしい。
 ドンマイだ。
 
「そろそろ学園都市の領空だから、春日井さんはスタンバイを頼む。」

「春日さんに何をさせるつもりですか?」

「そういきり立つなよ、少年。ちょっとした条件なんだ。見てみたまえ。」
 
 ぼくたちは誘導されるがままに操縦席に移る。
 
 …何かユニークな形状のヘリコプターが目の前で制止していた。
 制止というと止まっているように聞こえるが、
 空間の座標に固定されているように
 そこからブレる気配が全くないという意味だ。
 
 ガトリングとしか見えないものをこっちに向けてる気もする。
 妙に人間くさい動きをするヘリコプターだった。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:15:19.47 ID:IoESkcfN0
「…えーと、目の前のは戦闘ヘリのようですが。」

「『六枚羽』と言われている、ハイエンドモデルだね。」

「これやばくね?」

「さっき無線で侵入許可を取ったから大丈夫だ。春日井春日を乗せてると連絡した。」

「じゃあ何でガトリングの連装砲がこっち向いてんだよ。」

「春日井春日を確認させろということだよ、少年。だから春日井さん、こっちへ来て欲しい。」

「だって。いっきー。」

「お願いだから言うことを聞いてください。」

「後でいっきーの膝枕ね。」

「…」

「よし。連中からも見えているな。」

 赤音さんは春日さんをコックピット横あたりに押し込んだ。
 無線で連絡を入れる。
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:16:12.03 ID:IoESkcfN0
 こう使うのか。
 声色は確かに哀川さんだけど…。
 何なんだろう。
 赤さが足りない。
 …これなら壁の外で降りて陸路で行っても良かったよな。

「少年。らしさだよ、らしさ。」

「らしさ…。」

「哀川潤らしさが重要なんだ。本来なら強行する予定だったんだが、君の覚悟に敬意を表してだ。…と、お返事だ。」

『…ああ。そうだ。私?私は『人類最強の請負人』哀川潤だ。…ああ。』

「どうなりました?」

「最寄の着陸地点まで誘導してくれるようだ。」

 何とかなったようだった。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:16:45.84 ID:IoESkcfN0
「いっきー。怖かったよー。」

 役目を終えた春日さんがぼくに抱きついてくる。
 胸が。胸が。
 もう一生分の春日井春日を味わっている気がする。

「怖い要素が一個もなかったですよね。」

 かろうじて冷静さを保つ。

「向こうの人が私のことをえっちな目で見てきたんだ。」

「サングラスしてましたよね。」

「関係ないよ。」

「大アリだろ。」

「二人とも、すぐに着陸のようだから、貨物室でじっとしていてくれ。」

「だそうです。春日さん、行きましょう。」

 春日さんはもはや当たり前のように腕を組んでくる。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:17:20.48 ID:IoESkcfN0
「ホテルで膝枕ね。」

「ホテルなんか泊まるか。知り合いのところに行け。」

「いっきーは焦らしプレイが好きなの?」

「別に焦らしているつもりは…。」

 焦らしというのは終着点でそういうことをするからこその『焦らし』だ。
 予定がないのに焦らしとは言わないだろう。

「本当はドキドキしてるくせに。正直になりなよ。」

「正直も何も…。」

「春日さんに踏まれたり縛られたりしたいですって言いなよ。」

「そんな欲求はない。」

 そんなどうでもいい会話をしていたら
 いつの間にか着陸体勢に入ったようだった。
 高度が見る見る下がる。
 上空からなら「外壁」は大したことなさそうだったが
 いざ目線を低くしてみれば、大変な圧迫感がある。
 進撃の巨人にも耐えられるだろう。
 この中のどこかに、帝督くんがいる…。
 自然と緊張してくる。
 春日さんが首筋を舐めてきた。
 思わずビクリとしてしまう。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:17:56.91 ID:IoESkcfN0
「…緊張感を台無しにしないでください。」

「リラックスだよ。いっきー。」

 この人は緊張というものを感じないのだろうか。
 飄々とした雰囲気を維持している。
 組んだ腕は徐々にきつくなっているけれど。
 そっちの方が、春日井春日の本当の姿なのかもしれないけれど。

「私はいっきーのアタッチメントに徹するからね。」

「ふざけんな離れろ。」

「えー。つれないなぁ。」

 着陸。
 扉が開く。
 学園都市の土を――踏めなかった。
 土ではなくてアスファルトでした、なんて下らない話ではない。
 警備員。
 後にそう呼称される治安維持部隊の存在を知るのだが、
 このときのぼくはそんなことは知らず。
 銃口を突きつけられる展開に思考が停止していた。
 対テロ装備のような完全武装。
 特殊車両類も揃い踏み。
 確実に全方位を囲まれていた。
 春日さんと組んだ腕がさらにキツく絞られたことで、思考が戻る。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:18:32.39 ID:IoESkcfN0
「いっきー。何これ?」

「知りませんよ。おい哀川潤。何とかしろよ。」

「流石の私も予想外だった。」

 お前がそんなでどうする。
 軍隊のような中から、隊長格と思しき人間が出てきた。
 この人も背が高い。
 …ぼく基準で人の身長を表現したらみんな「背が高い」じゃないか?
 その「背が高い」人が拡声器を片手に言うことには

「とりあえず侵入の容疑がかかるじゃん。春日井春日はどこじゃん?」

 許可取ったんじゃねえのかよ。
 騙されたのかこいつは。
 ぼくも春日さんも哀川潤もどきを睨む。
 もどきは不敵な表情を浮かべているが、
 全くなっていない。
 しかししばらくすると、春日さんが名乗り出た。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:19:45.93 ID:IoESkcfN0
「私ですが。」

「春日井春日は私と一緒に来るじゃん。他の二人は担当部署までご同行願うじゃん。」

「拒否したら?」

「しかるべき措置を取るじゃん。」

「私と彼には腕を解くと爆発する爆弾が仕掛けられているので彼とは分かれられません。」

「嘘つくなじゃん。爆弾の有無くらい簡単にわかるじゃん。」

 怒るでもなく、呆れた様子で言うじゃん子さん。
 反省するでもなく、長い舌をでろっと出して言う春日さん。

「ばれちゃった。」

「ばれないとでも思ったんですか?」

「少年。ここは哀川潤っぽく派手に暴れようと思うのだが。」

 赤音さんの不意の提案。
 なんとかする方向性は暴力にしたらしい。
 そこはぽい方がいいだろうと思ったので、
 素直に従った。

「ぽさで言えばそうですよね。」
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:20:16.44 ID:IoESkcfN0
「…では、少年のアドバイスに従って、一暴れするとしようか。」

 納得するように頷いて
 赤音さんは戦闘を開始した。
 瞬く間に軍隊が薙ぎ倒されていく。
 哀川潤には及ばないが
 そこそこの戦闘力は有しているようだった。
 部隊の注意はそちらに向かう。
 というか何気に人のせいにしたぞこいつ。
 
「いっきー。どうしようか。逃げる?」

「逃げてもすぐに捕まると思いますから、ここはじゃん子さんに従いましょう。春日さんは安全でしょうし。」
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:21:03.34 ID:IoESkcfN0
「いいえ。その必要はないわ。」

 いつの間にか
 後ろに人が立っていた。
 声から察するに女の子のようだった。
 振り返ろうとするぼくたちを牽制するように、背中に何かが当てられる。
 …銃にしては柔らかいなと思う。
 ぼくたちの後ろに現れた女の子は
 一まとめにするようにぼくたちを後ろから抱きかかえていたのだった。
 抱きかかえるというか、覆うというか。
 
 そうか。
 これは胸だ。
 
 春日さんのものよりも明らかに大きい。
 しかも柔らかさがリアルだ。
 まさかノーブラか。
 秘かに興奮していると、春日さんに腕をひねられた。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:23:18.41 ID:IoESkcfN0
「じっとしてなさい。演算が狂うと死ぬわよ。」

 演算?
 帝督くんもそう言っていたかもしれないが…。

 ぼくに思考をまとめる暇はなかった。
 ぼくたちの視界には軍隊の銃口ももうなかった。
 
 次の瞬間には
 ぼくたちは最低限の調度が揃えられた部屋にいた。
 全てが安っぽい。
 まるで簡易製品であつらえたようだった。
 狭い空間には
 カーテンが閉まった簡易ベットに
 軸を固定されたテーブル。
 対面するように設置されたソファ。
 後ろからの羽交い絞めが解かれた。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:25:04.91 ID:IoESkcfN0
 ぼくたちはソファに座るように言われた。
 女の子もぼくたちに対面するように座る。
 
 いきなり目のやり場に困った。
 柔らかいはずだよ。今の時代にピンクさらしだぜ。
 きれいなウエストは空気に痴漢されまくってるし。
 短いスカートでぼくの前に座るなよ。
 いや本気でどこを見ていいのかわからない。
 しょうがないので胸を見ることにしたけれど。
 そして春日さんは対抗意識を燃やして脱ぐな。
 
 部屋が動き出す感覚。
 キャンピングカーの車内かと考えが及んだころ
 簡易ベットのカーテンが開いて
 中からは
 金のアクセサリーをゴテゴテ付けて
 金髪にサングラス。
 アロハシャツを無造作に羽織り
 学ランをその上から羽織った男が出てきて
 ぼくたちに対面するように
 女の子の隣にどっかりと座る。
 かなり鍛えているようだった。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:25:55.25 ID:IoESkcfN0
 春日さんが隣でつばを呑んだ。
 ゴクリ。
 ぼくは負けじとシャツをめくろうとしたが
 春日さんに止められた。
 そして腕の連結を解除された。
 現金な女め。
 
「俺は土御門元春。こっちは結標淡希だ。」

 自己紹介された。

「春日井春日。分かってるだろうけれどね。こっちはいっきー。」

 いっきー?といぶかしむ二人。
 手元の資料を漁り出す。
 …ぼくの資料があるのか。ちょっと興味ある。
 ぼくの経歴は玖渚が妄想に従って改変してるはずだから、変な資料になってるはずなんだけど。
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:26:49.76 ID:IoESkcfN0
「あ、ぼくは他人に本名を名乗ったことが1度しかないことを誇りに思っているくらいだから、
 いーちゃんでもいっくんでもいっきーでも好きなように呼んでよ。あと、ぼくを本名で呼ぶと例外なく死ぬからね。」

「本名で呼ぶと死ぬ能力か。悪辣な力だな。いいだろう。いっくんと呼ぶことにする。」

 能力ではないんだけれど。
 元春くんの納得の仕方らしいから口は出さないが。

「で。これは何かな?合コンにしては面子が足りないと思うけれど。」

 春日さんのセリフです。念のため。
 春日さんの視線がさっきから元春くんの腹筋に集中している。
 軽口なのかマジなのか、測りかねる。
 しょうがないからぼくは淡希ちゃんの胸に視線を向ける作業に徹した。
 淡希ちゃんは本気で嫌そうだった。
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:28:03.44 ID:IoESkcfN0
「…本当にこんな人たちを統括理事長代行に会わせていいの?」

「オーダーなんだからしょうがないだろう。」

「統括理事長代行?」

「ああ。そうだ。少し前、この街のトップが代わった。その人から、春日井春日とそばの男を連れて来いとのオーダーだ。」

「そう。いっきー何かやっちゃった?」

「まだ何かやるほどの時間は経ってないだろ。」

「むしろ、これから何かやってもらうらしい。」

 元春くんは不思議な感じだった。
 声色の端々からは嬉しそうな感じがするのに
 それを不機嫌さで取り繕っているような。

 淡希ちゃんもそうだ。
 胸しか見ていなかったからわからなかったが、
 どうやらにやつきを抑えるのに必死のようだった。

 様子がおかしい。
 春日さんが切り込んだ。
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:28:55.92 ID:IoESkcfN0
「土御門と言ったね。」

「ああ。」

「お姉さん系の女は嫌い?」

 ただ落としにかかっただけだったようだった。

「こいつはシスコンだから無理よ。」

 横から口を挟む淡希ちゃん。
 慌ててソファから身を起こす元春くん。
 仲良しのようだった。

「おまっ…。」

「へー。シスコンなんだ。」

 春日さんががっかりしたように俯く。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:30:55.06 ID:IoESkcfN0
「そしてメイドマニアよ。」

「メイド?」

 ぼくの琴線に引っかかるものがあった。
 春日さんはぼくの横顔をうかがう。
 元春くんはもうどうにでもなれといった感じで投げやりだ。
 今度はぼくのターン。

「ぼくはメイドという存在に敬意を表しているけれど、君はメイドをどう思う?元春くん。」

「ああ、メイドは素晴らしいにゃー。神が生んだものは妹とメイドだけだと思ってるぜい。」

「つまり妹メイドこそ至高だと?」

「ずばり!だにゃー。いっくんは分かってるぜい。」
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:34:08.32 ID:IoESkcfN0
「フザっけんなこの野郎!」

 ぼくは元春くんを思いっきり怒鳴りつけた。
 目を丸くする3人。
 特に元春くんはポカーンとしている。

「きみの言うメイドはシスコンの補完要素に過ぎない!メイドという存在に対する侮辱だ!」

 ぼくは立ち上がって威圧するように元春くんに叫ぶ。
 思いの丈をぶちまける。
 初心者にありがちな間違いをここで正してやろうという心遣いからだ。
 ぼくほどのメイディアン上級になると、その存在だけでご飯3杯はいける。
 だからメイドにいらない属性をつける連中には制裁を加えないといけない。
 今のぼくは使命感で一杯だ。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:35:15.32 ID:IoESkcfN0
「ほーう。いっくんは妹メイドの良さがわからないと。」

 対する元春くん、いいや、土御門も立ち上がり
 ぼくと睨みあう状態になる。
 元春くんの方が背が高いけれど。
 でも、ぼくはめげない!
 ひかりさん!力をください!

「妹でメイドだから良いのか?メイドが妹だから良いのか?妹メイドなんて存在は記号的萌えジャンルの足し算に過ぎない!」

「久しぶりにぷっつんしちまったぜよ。いっくん。」

 威圧感が出てくる。
 この威圧感は、人を殺したことのある人間の威圧感だ。
 沈利ちゃんとか。
 なるほどね。
 それでもぼくはひるまない!
 シスコン出夢くん!力を分けて!

「上等だ!土御門!」
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:38:51.08 ID:IoESkcfN0
「いい加減にしなさい変態ども。」

 淡希ちゃんがヤレヤレポーズで割ってはいる。
 ここで決闘でもされちゃ敵わないとでも思ってるのか。
 土御門のリターンエース。

「ショタコンは黙ってるにゃー。」

 今度は淡希ちゃんが慌てた。

「…それで、淡希ちゃんはショタコンか。君たちの変態さ加減はより取り見取りだね。」

「いっきー。お姉さんも年下の方が好きだからショタコンだよ。」

「いいえ。ショタコンとは『鉄人28号』の主人公、正太郎少年に萌えて萌えて仕方ないお姉さんにちなんだ造語です。
 あのくらいの年の少年たちに萌えてこそのショタコン。春日さんは違います。ただの年下好きの淫乱です。」

「一言多いよね。」

 そんな会話に、淡希ちゃんがわなわな震えながら飛び込んでくる。
 そしてシャウトした。

「ショタコンだったら何にゃにょにょ!」
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:40:30.03 ID:IoESkcfN0
「…」

「…」

「…」

 淡希ちゃんは噛んだ。
 ぼくたちは空気を読んだ。
 とっさに目配せをするぼくら。
 …通じた!
 無言で頷く。
 そうだよな。こんなとこで喧嘩しててもしょうがないよな。
 ぼくと元春くんは一瞬で冷静になり、どちらともなく握手を交わす。
 
「…元春くん。言い過ぎたみたいだ。ごめんにょ。」

「俺のほうこそ、いっくん。すまんかったにょー。」

「ショタコンでも私はいいと思うにょ?」

「あんたらー!!」
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:44:46.41 ID:IoESkcfN0
 淡希ちゃんがわたわたしながら事態の収拾を図るが
 もう遅い。
 そんなの、ぼくらにとっては燃料に過ぎない。
 だって顔真っ赤だもん。
 大声を出すたびにきれいなお腹がプルプルと震える。
 眼福眼福。

「そろそろ到着するにょ。元々そんなに遠くじゃないからにょ。」

「そうかにょ。また語り合おうにょ、元春くん。」

「次は友達も呼ぶにょ。」

「私も混ぜてくれにゃい?」

「春日さんみたいにゃ美人は大歓迎にょ。」

「「「イエーイ!」」」

 キャンピングカー内の調度品全てが消えた。
 『座標移動』
 恐ろしい能力だ…。
 まさかあんなことになるとは。もう二度としないよ。
 春日さんも超能力の存在を信じてくれたところで
 ひどく悪趣味な建物に到着した。

 下ろされる。
 すっかり身軽になったキャンピングカーから4人で降りる。
 最後はずっと正座だったから、足が痛い。
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:46:52.79 ID:IoESkcfN0
「いっくんは理事長室、春日さんは理事会会議室に案内する。ついてきてくれ。」

「え?逆じゃなくて?」

「ああ。理事長代行のご指名だ。…あの人の指名とか、いっくんは実は凄い人間じゃないのか?」

「まさか。ぼくはどこにでもいる戯言遣いだよ。」

「ははは。そっちの方がありえないぜい。」

「いっきー。気をつけるんだよ。無茶はダメだからね。」

「あなたはぼくのお母さんですか。」

 言われて悪い気はしないけれど。
 
 とりとめもない話をしながら廊下を歩いていたら
 いつの間にかぼく一人になっていた。
 目の前には理事長室。
 …この感じ、以前にも感じたことがある。
 『空間製作』
 狐面の男にゾッコンな人の『異能』だ。
 学園都市の超能力者にも、同じようなものが存在しても不思議じゃない。
 なるほど。
 戦闘開始というわけね。
 ぼくは胸一杯に空気を吸い
 高そうな扉をノックして、
 理事長室に入ったのだった。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 20:50:27.11 ID:IoESkcfN0
書き溜め終了です。
次は狐さんサイドで、狐さん目線の地の分から始まります。
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/13(日) 21:00:19.03 ID:IoESkcfN0
age忘れ
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/18(金) 01:06:11.76 ID:GSVbu0IOo
楽しみに待ってるぜい
186 :名無しNIPPER [sage]:2011/03/27(日) 21:02:03.26 ID:kHa5DCUDO
…エターか?
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/27(日) 22:28:42.73 ID:l2ZrXXk90
>>186

>>1です。放棄ではないです。
ただ続きがあまりにもグダグダで読んでて自分でイラったので書き直しているところです。
コメントついてるかなーと覗きに来ることはしています。
ここは放置しても3ヶ月は大丈夫そうなので、少し時間をかけようと思っているものでもあります。

あまり人もいませんしね。ありがとうございます。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/27(日) 22:29:38.35 ID:BH/niM0so
私待つわ
いつまでもまつわ
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/11(水) 01:57:09.60 ID:4MOn1jJr0
>>1です

免許取れたので2ヶ月ぶりに更新します。
5月中に完結を目指して頑張ります。
今3割といったところです。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/11(水) 01:58:50.12 ID:4MOn1jJr0
 〜狐さんサイド〜

 暇だ。
 あの露出女は消えてしまった。
 目の前で
 ヒュッ、と。
 消えた。
 わかりやすい超能力だは思うが。
 超能力と聞いて誰もが思い描くものだろう。
 テレポート。
 なるほど。
 この建物の内外の出入りを司る存在か。
 今まで遭ったことのある、どの異能とも違う。
 例えば匂宮出夢。
 両手を広げて力任せに殴るだけだが、その破壊力は常人の想像を遥かに超える。
 例えば時宮時刻。
 こいつは…俺もよくわからねえが、催眠術とかで説明できるのか?
 しかし露出ちゃんは違う。
 説明するまでもなく異能。
 説明すら放棄するほどに異常。
 誰が見てもどう見ても
 まさしくここで開発された能力。
 学園都市特有の能力。
 ということは俺の所有物。
 MS2の生みの親たる俺には所有権を主張する権利があるからだ。
 というか統括理事長殺しちゃったからな。
 もう俺の天下じゃねえか。
 ……あんなのがここにはゴマンといるのか。
 俺の縁もあながち捨てたもんじゃねぇな。
 ここは俺の求める人材の宝庫になるかもしれない。
 俺を先に外に出していさえいれば言うことなしだったんだが…。
 そこは教育次第といったところだ。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/11(水) 01:59:45.03 ID:4MOn1jJr0
 暇だ。 
 はっきり言って今週のサンデーは外れだった。
 読み返す気にはならない。
 そもそも戻ればヒューレットの逆さま死体が待っている。
 あの『生命維持装置』とやらだけでも回収するべきなのかとも思うが…。
 それはあとで考えよう。
 加齢臭で使えたもんじゃないかもしれないしな。
 元より、俺は使うつもりなんてないが…。
 もう死んだようなもんだしな。
 都市全てを監視しているような感じのモニタは相変わらずだろう。
 本当に好き勝手やってたんだなこの老いぼれは。
 どうやら、歳を取ると他人の人生を邪魔するしか楽しみがなくなるらしい。
 俺はもうそういう領域を超えているから関係ないけれどな。
 他人の邪魔をしないと動けないんだ。
 娯楽じゃない。
 生活必需品だ。
 俺にとって人の邪魔をすることは奢侈品ではなく
 必需品なんだ。
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/11(水) 02:00:53.54 ID:4MOn1jJr0
 あーあ、暇だ。
 しょうがない。
 脳内であの露出女の露出をどうにかする作業に移ろう。
 素材はいいんだがな。
 姉萌えである俺にとっては、あの先輩お姉さま系は正直言うとストライクだ。
 ぐっと来るものがある。
 理事長権限で浴衣でも着せてみるか。
 …ほう。なかなか。
 俺の子狐さんも反応するか。
 浴衣は剥かないほうがいいな。
 剥いてしまうと興が殺がれる。
 まあ、剥いても剥かなくても、そんなことは同じことか。
 同じではないか。
 全く違うな。
 これは違った。
 反省しないとな。
 浴衣は下着を着けない。
 穿った見方をすれば浴衣自体が下着ってことだ。
 俺は下着は残す派だ。
 全裸よりもパンツのみの方が興奮する。
 乳首よりも下乳よりも腋と横乳が至高だ。
 ん?
 ということは浴衣よりも巫女服か?
 しかしそれでは下着ではなくなる。
 これは難しい問題が出てきたな。
 暇になったらやってみよう。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/11(水) 02:02:07.69 ID:4MOn1jJr0
 さて、折角だからこのビル内の探検でもするか。
 …………
 ……
 すぐに行き止まりか。
 まあそうだろうな。
 空間移動系の能力者の運用を前提にしているのだろう。
 全ての空間が役割ごとに切り離されていると考えるべきだ。
 あとで『エイワス』に図面でも持って来させよう。
 そして露出ちゃんと探検だな。
 暇だ。
 
「『人類最悪』、まだこんなところにいたのか?」

 噂をすれば影。
 ぶっちゃけ『エイワス』とか言われても分からねえよな。
 人間じゃねえってことは否応なしに理解させられるが。
 何なんだこいつは?
 いつかその疑問を解いておかないと困る気がする。
 来るべき時が来れば、勝手にどうにかなってるんだろうがな。
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/11(水) 02:03:08.35 ID:4MOn1jJr0
「『まだこんなところにいたのか』ふん。いたくているわけじゃない。」

「では何故ここにいる?」

「置いていかれたんだ。」

「案内人にか。」

「露出の多い女だ。」

「それが案内人だ。」

「案内人というのか。洒落てるな。」

「…理事会は5時間後に招集としておいたが、遅らせるか?」

 そんな可哀想なものを見る目で俺を見るな。

「いいや。このまま予定通りにしろ。俺の中では今日の予定ができている。」

「そうしよう。」
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/11(水) 02:03:50.05 ID:4MOn1jJr0
 …得体の知れない奴め。
 こいつをこれ以上使いたくない。
 こんな感情は初めてだ。
 分からない。
 分からないことは、面白くない。
 同時に面白くもあるが。
 愉快ではないと表現したほうがいいか。
 面白いが、愉快ではない。
 これだな。
 まあできることからコツコツやっていくか。
 こいつしか知らないこともあるだろうし。
 やっぱりいろいろ聞いてみよう。
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:04:46.04 ID:4MOn1jJr0
「…この『生命維持装置』なんだが、中身を抜けば回収できるか?」

「もちろんだ。ただ、これを操れるのは『冥土返し』なる凄腕の医者だけなんだ。」

「『冥土返し』ふん。ここにいたか。なら連れて来いよ。」

「死んだ。」

「は?」

「死んだ。」

「…。」

 ついてねぇな。
 あの『冥土返し』が学園都市に棲んでいたことも驚きだが
 カエルさん、死んでたか。
 あれは代わりが効く存在ではなかった。
 いいところで下位互換が手札にいる程度だ。
 絵本園樹。
 『十三階段』が2段目。
 随分と出世したもんだな。
 緊急性のあることではないから、後に回すか。
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:05:44.35 ID:4MOn1jJr0
「ああ、それと『リスト』。これだ。」

「ふん。仕事が速くて何よりだ。ご苦労だった。」

 普通の大学ノート一冊分ってところか。
 へぇ…。
 なかなかの充実ぶりじゃねえか。
 これは1日かかるかどうかってところだな。
 万事順調だ。
 
「一応『生命維持装置』の状態を見ておけ。お前ならできなくもないだろう。」

「やってみよう。」

 どうせお前は何でもできるんだろう。
 もったいぶってるだけでな。
 そんなことは同じことだけどよ。
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:06:44.92 ID:4MOn1jJr0
…。
暇だ。
 まだ帰って来ないのかよ。
 もう随分経ってるぞ。
 『エイワス』もいつの間にか消えていた。
 『やってみよう』
 ふん。
 やってねぇじゃねえか。
 しょうがない。
 他にできることも無いから、『リスト』をチェックしておこう。
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:08:03.17 ID:4MOn1jJr0
えー、まずは…。
 序列順か。
 レベル5の第一位から第七位までと、その交友関係を中心にしたものをオーダーしたんだった。
 
 序列第一位『一方通行』
 本名は不明。
 
 最強から無敵になろうとして失敗。
 ああ、あの実験はそういうものだったのか。
 悪いタイミングで勧誘しちまってたんだな。
 贖罪。
 妹達。
 モルモットが『妹達』か。
 全部繋がった。
 演算補助。
 悪党。
 ヒーロー願望。
 ベクトル操作能力。
 ロリコン。
 『グループ』。
 ん?あの露出狂も『グループ』か。
 結標淡希。
 ということは連れてくるのは…。
 リーダーだから土御門だろうな。
 『グループ』って何だ?
 暗部組織?
 汚れ仕事やってたのか?
 ヒューレットのことだからなぁ。
 『殺し名』の連中にさせるべきことをこいつらにさせてたのかもな。
 ロシアで戦闘中。
 なんだ、第一位様は今ここにいないのか。
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:08:47.65 ID:4MOn1jJr0
 土御門元春

 二重スパイ。
 イギリス清教。
 陰陽師。
 ああ、あのジジイの孫だ。
 どこかで聞いた名だと思ったら。
 『グループ』のリーダー。
 シスコン。
 肉体再生。
 魔術・科学勢力の仲介。
 …魔術?
 何だそれ。
 『エイワス』に尋ねる事柄が増えたな。
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:09:30.97 ID:4MOn1jJr0
 結標淡希

 露出。
 ショタコン。
 『残骸』。
 …ほう。なかなか骨のある女じゃねえか。
 少年院。
 メシマズ。
 座標移動。
 テレポートのことか。
 ベジタリアン気質。
 月詠子萌。

 …プライベートなことが多かったな。
 ストーカーがいたんだろう。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:10:16.11 ID:4MOn1jJr0
 海原…エツァリ?

 どういうことだ?
 …ここでも魔術か。
 結構重要な要素かもな、魔術。
 魔術の重要度が上がったな。
 ロリコン。
 御坂美琴。
 ストーカー。
 原典。
 アステカ。
 読む気もしない武器の名前。
 金星の光、と。
 よく分からねえ。

 警備員はどうでもいいか。
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:11:24.16 ID:4MOn1jJr0
 序列第二位『未元物質』
 本名は垣根帝督。

 …。
 DQNネーム界の期待の新星だな。
 『スクール』
 こいつも暗部組織か。
 …『呪い名』に『空操人形』に『砂皿緻密』。
 面白えなぁ。
 第一位との戦闘に破れ調整中。
 脱走歴あり。
 潜伏先は京都、城崎。
 …。
 見覚えのある住所じゃねえか。
 『人類最強の請負人』との面識あり。
 …。
 俺の娘と面識があるだと?
 ということは。
 どう考えてもこれは玖渚友のマンションだな。
 ということは。
 俺の敵とも関係があるだろう。
 くくく…。
 俺の敵。
 尊敬するね。
 どう間違ったらそんな人生を歩めるのかね。
 ご教授願いたいぜ。
 メルヘン。
 自覚あり。
 冷蔵庫。
 …。
 冷蔵庫だ?
 意味分からねえ。
 分からないことだらけだな。
 これは誰かの解説がないとキツそうだ。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:12:17.11 ID:4MOn1jJr0
 …ふん。


 どうやらその解説者がやっと帰ってきたようだ。
 目の前には結標淡希と、土御門元春。
 いつの間にかと言えばこっちもいつの間にかだ。
 やはり土御門を呼びに行っていたのか。

「土御門元春だな。」

「…。」

「銃なんか下ろせ。俺に用があって来たんだろ。」

 撃つ気なんかないだろうが。
 構え方を見れば大体分かるんだよ。
 こちとらどれだけの修羅場を作り出してきたと思ってるんだ。
 淡希は…俺からはどう考えてもアウトレンジの地点。
 まあ狭い廊下だからそう大した距離でもないが。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:13:03.05 ID:4MOn1jJr0
「ア、アレイスターを殺したってどういうことだってばよ!?」

「落ち着け。土御門元春。口調がナルトになっているぞ。」

「…もう大丈夫だぜぃ。いやいや今は暗部モードだ。…どういうことだ!?」

「お前も忙しい奴だな。入ってみろよ。死んでるから。」

 騒がしい奴だ。
 銃なんざ下ろせっての。
 結標は追わないで俺を監視しているようだ。
 よく訓練されているようだな。
 …。
 沈黙。
 …。
 遅いな。
 何のリアクションも無い。
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:13:54.54 ID:4MOn1jJr0
「結標淡希。行ってやったほうがいいんじゃないか?」

「私に指図しないで頂戴。」

 つれない女だ。
 そそられるね。
 …。
 ……。
 土御門から何の反応もない。
 いくらなんでもこの沈黙はおかしいだろう。
 ヒューレットの死亡を確認したいだけなら、それこそ10秒で十分だろうが。
 何が起きた?
 淡希もそわそわし始めた。
 可愛いもんだ。

「…やっぱり罠だったの?」
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:14:48.86 ID:4MOn1jJr0
 問いかけられる。
 罠?
 何で俺が淡希を罠なんぞに嵌めなきゃいけない?
 いやそりゃ嵌めたいけど。

「『やっぱり罠だったの』。ふん。何のことだ?」
 
「とぼけないで頂戴。やっぱりね。アレイスターが死ぬなんてありえないのよ。」

 …?
 随分と神格化されたもんだな、ヒューレット。
 死ぬわけないとよ。
 もう死んでるくせに、大したもんだな。

「私はまだ死ぬわけにはいかないのよ。あなたたちの狙いを吐いてもらうわ。」

 吐く?
 拷問でもする…気らしい。
 左腕。
 ワインのコルクを抜く栓抜きが刺さっていた。
 これはテレポートの応用か。
 久しぶりに味わう感覚だ。
 肘より下。
 鮮血が俺の左腕を滴り落ちる。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:15:32.88 ID:4MOn1jJr0
 しかし淡希の次のアクションが起こされることはなかった。
 俺に栓抜きを刺した直後
 淡希は白目を剥いて倒れたから。
 俺は何もしていない。
 生命の危機に瀕して『スタンド』能力が開花した、なんて展開はない。
 あんなものはフィクションの中にしかない。
 考えられる選択肢は…。

「『エイワス』。お前か。」

「『人類最悪』、すまないな。間に合わなかった。」

 消えたと思っていた『エイワス』が現れた。
 不自然なまでの自然さで
 淡希の背後に立つ『エイワス』。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:16:33.91 ID:4MOn1jJr0
「余計なことを。土御門もお前がやったのか?」

「やるもなにも、ただ気絶させただけだよ。」

「『気絶させただけ』。ふん。淡希はまだ分かる。土御門は何故気絶させた?」

「私は価値と興味を持った者の前にしか現れない。彼からは何も感じない。」

「その認識は捨てろ。そいつらはお前と同格になる。俺の中でな。」

「…どういう意味だ?『人類最悪』?」

「『十三階段』の五段目と六段目。こいつらにくれてやるって言ってるんだよ。」

「…。それは…。」

「俺は面白ければそれでいいと考える人間だ。」

「…。」

「拗ねるなよ。お前が特別なんてことは百も承知だ。ただ、『十三階段』はそんな考えでは構成されていないのさ。」

 ガキか。
 こいつも所詮は何かの能力者って程度なんだろうかね。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:17:35.03 ID:4MOn1jJr0
「…。分かった。理解はしていないが、分かった。二人を起こすか?」

「まずは俺の腕の出血を止めて栓抜きを抜けよ。」

「私にもできることとできないことがある。」

「これはどう考えても『できる』に分類できるだろうが。」

「できない。すまないな。『人類最悪』。」

 …ガキか。
 消えやがった。
 自然なまでの不自然さで
 溶けるように消えた。
 …痛ぇ。
 血が止まらない。
 腕を上げよう。

 今さらながら土御門の絶叫が響く。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:18:38.34 ID:4MOn1jJr0
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああぁあぁぁあ!」

 いいリアクションだな。
 その声で淡希が起きた。
 寝ぼけた顔もそそるぜ。
 
「結標!結標!マジかしら!アレイスターどう見ても死んでるかしら!」

 誰だよ土御門。
 金糸雀か?
 確かに策士だろうけど…なあ…。
 暗部一の頭脳派ってことか?
 そんなことはどうでも良すぎて逆に重要になってくる現象が起きるぞ。
 サングラスかけた金糸雀なんて需要ねえよ。

「…。本当なの?」

「本当かしら!結標も来るかしら!」

「落ち着け。土御門。口調が金糸雀になっているぞ。」

「…もう大丈夫だぜぃ。いやいや今は暗部モードだ。…結標、こっち来い。マジだ。」
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:19:47.56 ID:4MOn1jJr0
「でも…。」

「疑うねぇ。淡希。」

 鎮まれ…。俺の子狐よ…。
 俺の子狐さんを前にしてそんな困惑した顔して欲しいぜ。

「まあヒューレットのことは後でもいい。この栓抜きを抜いてくれねえか?そろそろヤバそうだ。」

 腕を突き抜けて先端がこんにちは状態。
 テレポートじゃなきゃできない業だぜ。
 
「結標。信じろ。この人の話は聞いたほうがよさそうだ。」

「…。」

 栓抜きが消えた。
 そして想像を越える量の血が噴出してきた。
 うお…。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:21:08.19 ID:4MOn1jJr0
「結標!」

「…わかったわよ。」

 包帯が現れた。
 過剰ともいえる量だが。
 止血はできているのだろう。  
 
 でもどうしてピンクなんだ?
 ピンクの包帯?
 いや包帯でもない…。
 なんか生温かいぞ。
 淡希は羽織っていたブレザーを抱き寄せるように…。
 その姿勢は前かがみで自分の身を本能的に守るようにしていて…。
 そうか!
 これはそういうことか!
 子狐さんも歓喜だ!
 土御門も歓喜だ!
 男は誰でも歓喜だ!
 おっぱい。
 乳房。
 男なら畏敬の念を抱かざるを得ないもの。
 これは本能に刻まれた意志だ。
 神の言葉だ。
 物語を彩る花だ。
 本に挟むしおりだ。
 土御門と目が合った。
 言葉はいらない。
 なぜなら、俺たちは男だから。
 無言で拳を合わせる。
 そこにはロマンしかない。
 男のロマンしかない。
 男でごめんなさい。
 しかし俺たちは男で最高だと思っている。
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:22:08.96 ID:4MOn1jJr0
「土御門元春。『十三階段』の五段目に指名する。」

「あんたに一生付いていくぜぃ!」

「結標淡希。『十三階段』の六段目に指名する。」

「何よそれ!!」

 やや自棄気味に叫ぶ淡希。
 本当に襲いそうだ。
 素数を数えて落ち着こう。
 素数は1とその数でしか割れない孤独な数字。
 俺に勇気を与えてくれる。
 2…3…5…7…11…そして13…。
 結標の後ろには『エイワス』がいた。
何そのドヤ顔?
 何そのグーサイン?
 お前の仕業か。
 GJ過ぎる。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:24:44.92 ID:4MOn1jJr0
「世界の終わりを迎えるとき、俺の傍にいる手足にして、替えの効かない者たちを集めた集団…だった。」

「世界の終わり?」

「ああ、そうだ。俺は唯一、世界の終わりを希求している…。と言いたいところだが、そのゲームは俺の負けで終わった。
 だから今はインターバルといったところか。今回の『十三階段』は、純粋に『面白い奴』を集めた集団にするつもりだ。」

「面白い…。」

「ああ。面白い連中。お前たちは面白い。そして代替も効きそうにない。しばらくでいい。俺と共にいろ。」

「…。」

「…。」

 顔を見合わせる2人。
 だいぶ長い付き合いと見た。
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:25:41.19 ID:4MOn1jJr0
「その沈黙は了承ととるぜ。まあ何と言おうがお前らには俺と一緒にいてもらうがな。」

「アレイスターはどうやって殺した?」

 ここでそれを聞くか。

「普通に殺した。『生命維持装置』を適当にいじってな。」

「あれで本当に死んでいるのか?」

「死んでるんじゃねえの?お前もそう思うだろう?」

「まあ…。死んでいるようにしか見えないが…。あいつは『魔術師』だぞ。」

「そう。『魔術』についての解説を求める、土御門。陰陽師なら何か知っているだろう?」

「これからこの街をどうするつもり?」

「俺の道楽に付き合う『面白い奴』の補給場にしたい。とりあえず理事会を招集してある。お前らも来るか?」

「…親船最中が言っていた召集か?」

「ほう。親船最中。コネクションでもあるのか?」

「理事会の中の戦友、といったところかしらね。」

「親船最中。『冷静侵略』とも言われた外交官を戦友と表現するか。いいね。ますます気に入った。」

 あいつもこの街に関わっていたか。
 元は俺の縁だから驚くものでもないか。
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:26:33.05 ID:4MOn1jJr0
「あなたは何者?」

「まだ名乗るべき時ではないな。『狐さん』とでも呼んでおけ。」

「狐さん…。」

「…。」

「まずはよ、淡希。早くここから出ようぜ。加齢臭で敵わねぇ。」

「…。そうね。行き先は?」

「第…どこだったか、どっかの学区のホテルまで。」

「じゃあとりあえず第3学区まで飛びましょう。大事を取って数回で行くわよ。」

 そうして、俺たちはやっとこさ辛気臭い棺桶を抜けた。


現在の『十三階段』

一段目:一里塚木の実
二段目:絵本園樹
三段目:右下るれろ
四段目:エイワス
五段目:土御門元春
六段目:結標淡希
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:27:27.95 ID:4MOn1jJr0
◆    ◆


 結局ホテルは第3学区だった。
 木の実の手配した宿だからだろうか。
 スイート。
 ダブルベッド。
 …。
 期待には添えそうにないけどな。
 結標はいつの間にか新しいサラシを巻いていた。
 畜生め。
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:30:05.32 ID:4MOn1jJr0
「まあ、魔術っていうのは大体こんなもんだ。」

 土御門から『魔術』についての講釈を聞かされて余計にわけわからなくなった俺は
 『エイワス』から渡されたリストの中から『面白い奴』を抽出する作業を2人に手伝わせることにした。

「できればレベル5の連中は何人か『十三階段』に入れたいんだがな。」

「上位4名はロシアにいるか行方不明かで、あとは少しアクが強い。現実的な線として、第二位を探すのがベストじゃないか?」

「行方不明なんだろ?」

「あくまで噂だが、どこかに『保管』されているという話を聞いたことがある。」

「『保管』?『保護』じゃなくてか?」

「意識不明の植物状態なんでしょう。能力だけは引き出せる状態でね。」

「『能力だけは引き出せる状態で。』ふん。そんなに有用な能力なのか?」

「『未元物質』。その名の通り、この世に存在しない物質を顕現する能力よ。」

「チートじゃねえか。」

「ぶっちゃけな。でも『一方通行』も酷い能力だと思うぜぃ。」
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:31:53.86 ID:4MOn1jJr0
「こっちはいくらでも対策できるだろう。…そんなことはどうでもいい。今は第二位だ。
 だが植物状態なら仲間にしてもしょうがないな。レベル5は保留にしておくか。」

 じゃあレベル5の交友関係から引き出した連中のリストを見ていくか。

 絹旗最愛。
 …。
 
「絹旗最愛…。いきなり大当たりじゃねえか。『零崎愛織』。生き残りがいたのか。『零崎』。」

「その子も行方不明よ?」

「いいや、こいつは絶対に生きている。生きていないと困る。決定だ。七段目はこいつで決まりだ。」

 土御門は微妙な表情をしている。
 淡希も。
 何でだ?

「狐さん、この子を仲間にするなら、あまり…なんというか…。」

「煮え切らねぇな。何があった?」

「…俺たちはこの子に少し関わってしまっているが…。哀れなんだよ。優しくしてやってくれないか?」
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:32:48.65 ID:4MOn1jJr0
「どういう意味だ?」

「狐さんは、『零崎』だからこの子を仲間にしたいんでしょう?それって…『殺させる』ってことじゃないの?」

 どうやら、汚れ仕事担当要員に『零崎』を勧誘しているとでも思っているようだ。

「『殺させるってことじゃないの。』ふん。連中の殺しは生き様だ。俺の意図するところではないさ。
 それに、今回は戦闘を前提にしていない。本当に『面白い奴』を集めたいだけだ。『零崎』は面白い。」

「ならいいのだけれど…。」

「逆に聞くぞ。お前らは『グループ』だ。絹旗は『アイテム』。こういう組織は普通は敵対してるんじゃないのか?」

「敵対という敵対はしていないぜ。意識はしている、程度だな。抗争のときも直接殴り合ったわけじゃない。」

「ああ、そういえば抗争なんてあったようだな。台風の目は…。またもや第二位ときた。」

「そんなに第二位に執着しているのなら、『滞空回線』で探せばいいじゃない。」

「『滞空回線』?」

「アレイスターがこの街の隅々まで張り巡らせていた超小型の監視カメラのことだ。あの部屋のスクリーンに映っていたろう?」

「ああ、あの悪趣味なモニタが映していたものか。」

「その気になれば何でも見られるんじゃないの?」

「なるほどな。『生命維持装置』を回収するがてら見てみよう。」
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:33:38.07 ID:4MOn1jJr0
「そういえばアレイスターの遺体はどうする気だ?」

「『エイワス』がどうにかするだろう。俺はどうする気もない。」

「なんだその『gbだいぃd』?何かの暗号か?」

「『エイワス』だ。」

「『gbだいぃd』なんて聞いたこともないわね。」

 …。
 価値と興味を感じる者の前にしか現れない。
 それは存在を伝えるという意味でも適用されるらしいな。
 あいつは本当に何者なんだ?
 ただの能力者説は希薄になった。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:34:43.61 ID:4MOn1jJr0
「俺の勘違いだったようだ。園樹にでも処理させよう。『十三階段』の二段目だ。」

「二段目、ね。一度全員に会ってみたいわね。」

「召集はかけてある。今は一段目がこの街にいて、二段目と三段目を呼んでいるところだ。」

「四段目は?俺が五段目で結標が六段目なら…。」

「永久欠番だ。」

 こうでもしておかないと、またノイズがかかるだろう。
 『エイワス』。
 存在を知る者自体がほとんどいない。
 存在を知ることができるものがほとんどいない。

「やっぱ垣根帝督と絹旗最愛は欲しいところだな。あとは…佐天涙子。こいつは素晴らしい。」

「は?」

「佐天涙子って…。『超電磁砲』の関係者ね。…無能力者じゃないの。これといった特技もないし…。」

「バカが。何の特技も特徴も無い、能力もない。普通の女子中学生だ。だからいいんじゃないかよ。」
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:35:27.48 ID:4MOn1jJr0
これは俺の趣味だがな。
 普通が最高だ。
 特に、周囲が歪んでいればなお良い。
 レベル5序列第三位の『超電磁砲』
 レベル4のテレポーター、白井黒子。
 卓越したPCスキルを持つ『守護神』
 こんな抜きん出た連中を相手にできる「普通」の女子中学生。
 最高の一言に尽きるね。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:36:42.86 ID:4MOn1jJr0
「この子なら…。絶対に学園都市にいるわね。」

「特に暗部やらとの関わりもないようだし、後回しでいいな。」

「よし。大体まとまったな。『滞空回線』による垣根帝督の探索、絹旗最愛の探索、そして佐天涙子の勧誘。」

「3人でいいの?」

「レベル5の関係者しか見てねえからな。後で面白い奴なんざいくらでも見つかるだろう。席は残しておくほうがいい。」

「何人くらい集めるつもりなんだ?」

「ざっと13人といったところか。『十三階段』なんだしな。ただし特にはこだわらない。」

「あっそ。」

「さて、次のタスクだ。統括理事会を招集してある。実はもう1時間もない。」

「あら。随分と話し込んでたみたいね。」

「それだけではねえけどな。」

 今はこれくらいでやめておこう。
 1時間は棺桶の中で、こいつらとのやり取りで潰れたからな。
 ペナルティは後からじっくり払ってもらうぜ。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:37:39.44 ID:4MOn1jJr0
「学園都市の運営だが…。俺は理事長を継ぐ気は無い。適当な後釜に託そうと思っている。」

「ええ。狐さんには継いで欲しくないわね。」

「同感だにゃー。」

 …。
 信用ねぇな。
 まあ『暗部』にいたんだから人を見る目は鍛えられているはずだ。
 妥当な評価といったところだろうな。
 負け惜しみじゃねぇぞ。

「ふん。分かってるじゃねえか。…誰か理事で推薦あるか?」

「そんなの親船最中以外ありえないじゃない。」

「一番マシという点では異議なしだにゃー。」

「…土御門、仕事モードじゃないの?」
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:38:49.71 ID:4MOn1jJr0
「今は『グループ』の仕事ではないから。臨機応変に対応するぜぃ。
 例えば今ここにテロリストが乗り込んでくれば、仕事モードになる、みたいな感じだにゃー。」

「頼もしい限りだ。ではそういう感じで理事会は進めていこう。木の実も呼んでおくか。」

 あいつは大体ワンコールで出る。
 プルルル…ガチャ
 ほらな。
 ドッピオより速い。

『はい。木の実です。狐さん、びっくりですよ。今園樹さんと一緒にいるんです。』

「園樹と?随分速いな。」

『それが、園樹さん、学園都市出身で、ホームもここらしいんですよ。』

『そ、そそそそ、そんなこと狐さんに言わないでよ…。』

「そうか。園樹がいるなら話は早い。今から『十三階段』の六段目を派遣するから、
 『冥土返し』の遺した『生命維持装置』を使える状態に戻しておけと伝えろ。」
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:40:19.81 ID:4MOn1jJr0
『狐さんから言ってくださいよ。私じゃ園樹さんと会話になりませんから。』

「お前はそういうところがエグいんだよ。仕方ない。園樹に代われ。」

『は、はひっ!きき、狐さん、お久しぶりでひゅ…。』

 噛んだ。

「園樹。一度しか言わないからよく聞け。今からそこに『十三階段の六段目』を派遣する。
 協力して『冥土返し』の遺した『生命維持装置』を稼働状態にしておけ。中の死体はどうとでもしろ。」

『え、ええええ、し、死体ですか…?冥土返し先生の生命維持装置…?』

「以上だ。木の実に戻せ。」

『はいはい大丈夫ですからね…。あ、代わりました。』

「今どこにいる?」

『ホテルです。あ、今エレベーターに乗りました。』

「メリーさんみたいな奴だな。ならそのまま部屋に来い。」
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:41:41.27 ID:4MOn1jJr0
 それから数分後
 本当に2人は来た。
 『十三階段・一段目』一里塚木の実
 『十三階段・二段目』絵本園樹

 木の実の服装はいつもどおりの地味目なものだが
 園樹は着ぐるみを着ていた。
 最近CMでよく見る「ただいマンボウ」の着ぐるみ。
 その中身はどうせ白衣と水着なんだろう?
 …。
 流石の俺でもそれは引くわ。

「…。」

「…。」

「あ、どうも。一里塚木の実といいます。気軽に『木の実』とお呼び下さい。」

「あ、あああああ違うの。これは違うのよ…。そんな目で見ないでよぉ。わた、私まだ誰にも迷惑かけてないでしょぉ…。」

「一段目と二段目、木の実と園樹だ。こっちは五段目の土御門と六段目の淡希。」

「あ、どうも。土御門元春といいますですにゃー。これは新手のテロか。」

「結標淡希。着ぐるみとは斬新ね。」

「あ、コラ。」
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:43:02.03 ID:4MOn1jJr0

 後悔先に立たず。
 そして後に立つ。

「うわぁぁぁぁぁぁああああん!やっぱり私なんか生きてないほうがいいんだぁぁぁぁ!
 死ぬ前にいっくんとまたお話したかったよぉぉぉぉ!もう死んでやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「すみません。さっきからこの調子で。」

 園樹の扱い方は俺しか習得していないようだからな。
 それと戯言遣い。
 あとは…るれろ?

「ふん。ほら園樹。俺の左腕を見てみろ。お前の大好きな怪我があるぞ。」

「うわぁぁぁぁぁぁ…え?狐さん、怪我したんですか?見せてください。」

 変わり身の早い奴だ。
 どこから出したよその救急箱。
 淡希のサラシがほどかれていくのは残念だが
 しょうがないか。

「うわぁ…。栓抜きみたいな傷ですね。しかも深いですよ。どうしたんですか?これ。」

「何で栓抜きだって分かるんだよイレギュラーな凶器だろ栓抜きなんざ。」

「貴族階級の人たちだと、凶器に使う人けっこういますよ?カッとなったときとか刺しちゃったって。
 で、普通のお医者さんには行けないから、私みたいな闇医者に見せたり…。でもこんなに深い傷は初めて。」

「そうか。ちょっとした事故だよ。大したことじゃない。」
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:44:02.75 ID:4MOn1jJr0
 園樹が俺の左腕の手当てをしている間
 木の実は新入りの二人に『園樹にしてはいけないこと』を叩き込んでいた。
 手際のいい奴だ。
 しかも『空間製作』で園樹からは絶対に見えないようにやっている。
 エグっ。
 空間製作エグっ。

「…はい。これで消毒も止血も完璧です。お大事にね。」

「ありがとよ。…でだ、電話で言ったことだが…。」 

「狐さん、私が分かってるから大丈夫よ。行きましょう園樹さん。」

 なぜか淡希が主導権を握ろうとしていた。
 淡希の姿をマジマジと見た園樹曰く

「あ…。あなた、私とファッションが似てるね。」

 返して曰く

「やだ何言ってるのあなたマジでやめて気持ち悪い。」

「ちょっ」

「ちょっ」

「バッ」

「ふぇ?」
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:47:31.45 ID:4MOn1jJr0
 …。
 地雷を踏んでそのまま踏み潰しやがった。
 淡希、かなりできる。

「さっさと行くわよ。じゃあ狐さん、後は任せて頂戴。」

 そう言って淡希と園樹は消えた。
 微妙な空気と引きつった顔だけが残される。

「狐さん、あの二人は大丈夫なんでしょうか。」

「しっかりとした主従関係ができればどうとでもなるだろう。」

「それ大丈夫じゃないぜぃ…。」
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:48:14.11 ID:4MOn1jJr0
「そんなことよりも今は理事会のほうが重要だ。土御門、木の実。場の仕切りは頼んだ。」

「…はい。空間の仕切りは私にお任せください。」

「理事の性癖は大体把握してるぜぃ。」

「…ふん。どうにかなりそうだな。」

 こうして理事会に臨むことになった。
 別に書くべきこともないから割愛するが。
 まずは俺と親船最中の舌戦になった。
 もともと因縁があった仲だから。
 個人的な中傷がメインの舌戦になった。

「やあ西東くん奇遇だね死ね」

「ハハハ老いぼれ殺した次はババアが相手か楽しい人生だな死ね」
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:49:25.15 ID:4MOn1jJr0
 こんな具合だった。
 次いで、ヒューレット(アレイスター)が死んだことを発表した。
 ここでモビルスーツを着た老人が喚きだしたので
 木の実が別室送りにした。
 それから誰も喚かなくなった。
 俺は理事長の椅子を誰かに明け渡すことを宣言した。
 親船最中以外の全員が自己主張を始めたので
 木の実が別室送りにした。
 そして親船最中だけが残った。


「俺の出番が全くなかったぜぃ。恐るべし『空間製作』。」

「こんなのただの技術ですよ。原理はこんなもんです…えいっ!」

「うぉぉ、俺の手を取って自分の胸に押し付けるなんてっ!」

「はい説明ありがとうございます。…どうでした?」

 ちっちっち、と土御門。

「踏まれた足が痛いです、が正解だろ?」

「―――!やりますね。土御門さん。」

「伊達に命のやり取りはしていないってことだ。」

 ここでは早くも仲間意識ができていたようだった。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:50:22.52 ID:4MOn1jJr0

「相変わらずだね、西東くん。」

 一人だけ残った理事席。
 スーツの老婆が悠然と構えている。
 対する議長席。
 暫定の議長だが、こちらも悠然と構える。
 和気藹々とするあちらの二人とは違いこの二人はお互いに殺意を隠そうともしない。

「なぁに、ババア。都合よくお前だけ残ったからな。お前に頼みがあるんだが。」

「理事長のことだろう?」

「それしかねえよな。引き受けろよ。」

「引き受けないわけがない。ただ君のことも十分に監視させてもらうよ。」

「勝手にしろクソババア。じゃ、後は頼んだぜ。せいぜい面白い奴を量産してくれよ。」

「MS-2だっけ?君の所有物。まずはそれを君から合法的に取り上げることから始めるとしよう。」

「合法だろうが非合法だろうが、そんなことは同じことだよ。ここは俺の所有物。
 お前は管理人に過ぎない。勘違いしてるんじゃないぞ。おい木の実、土御門、戻るぞ。」
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:51:36.27 ID:4MOn1jJr0
「私は傀儡では済まない。」

「お前は『窓のないビル』へのアクセスを持たない。それだけでもう負けてるんだよ。
 ガキどもに選挙権をやりたきゃやればいい。守りたきゃ守ればいい。好きに政策を打てばいい。俺は口出ししない。
 …だが俺はヒューレットのようにガキを使い捨てるようなことはしない。その点だけはお前に約束しておく。
 そこだけは勘違いしないで欲しいところだ。」

「…。」

「だから少しの好き勝手は許せ。悪いようにはしない。」

「とても信じられないね。」

「信じてもらわなくて結構だ。」

 これ以上の言い争いは意味がない。
 理事会が開かれた部屋を出る。
 親船最中は賢明な人間である。
 そこで会話の終了を受け入れ、自らも帰り支度を始める。
 呼び出されたのか、秘書らしき男が入って来た。
 無視して出た。
 戯言遣いならゴチャゴチャ考えるんだろうが
 俺はそんなことはない。
 構成員の二人を連れて出た。
 さて、とりあえず候補の3人を探そう。
 …そうだ。
 戯言遣いも招待してやんなくちゃな。
 用意が済んだら呼んでやるか。
 もちろん真心もセットでな。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:52:33.87 ID:4MOn1jJr0
 ◆    ◆


 少し自分語りをしようと思う。
 需要なんてないだろうけれど。
 でも、私がここにいたという証明になるのなら。

 私は『時宮』の家系に生まれた。
 『呪い名』序列第一位。
 その本家の人間として生を受けた。
 生まれながらに戦わないことが運命づけられていて
 生まれながらに殺し続けることが宿命づけられていた。
 仕込まれて。
 仕込まれて。
 段々とそういうふうになっていったのか。
 仕組まれて。
 仕組まれて。
 生まれたときからそうだったのか。
 今となっては全くわからないけれど。
 気付いたときには立派な想操術士だった。
 恐怖を操るおぞましい人外。
 それが私だった。
 そのときは
 おぞましいとは思わなかったけれど。
 科学がいくら歩んでも
 未開がいくら照らされても
 たとえこの世界から全ての謎が取り除かれようが
 恐怖はなくならないだろう。
 迷信に惑う心がある限り。
 理性がいくら進んでも
 魔境がいくら開かれても
 たとえこの社会から一切の神秘が失われても
 恐怖はなくならないだろう。
 人間が全く消えてしまっても
 恐怖だけは残る。
 恐怖は人間に先行して存在したというのが『時宮』の価値観。
 生命がまだ単細胞だったときから
 恐怖はあったのだという。
 恐怖から逃れるために
 生物は進化して。
 ついに人間までなった。
 だから恐怖には抗えない。
 それは進歩に抗うことだから。
 生物としての本分に逆らう行為。
 それはできないようになっている。
 だから本来なら恐怖は進歩を生むはず。
 それを
 弄って
 弄んで
 あっちへこっちへ
 振り回して
 ついには死にまで至らせる。
 生物の本質につけこんだ術。
 想操術には抗えない。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:53:14.21 ID:4MOn1jJr0
 私は自分の出自に疑問を持ったことはなかった。
 むしろ誇らしかったくらい。
 でもそんな価値観は一昼夜で変わってしまう。
 
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:53:50.81 ID:4MOn1jJr0
 私には許婚がいた。
 私は彼を愛していた。
 私が14歳になったとき
 彼の家と結納を交わした。
 彼の家といっても
 『時宮』の分家なのだけれど。
 私に稽古をつけてくれていた家だった。
 そこの叔父さんは
 よく私を嫌らしい目で見てきたことが嫌だった。
 べたべたと触ってきたことも嫌だった。
 分家の人間は本家の人間には敵わない。
 血の濃度の問題なのか。
 そういうときはいつも睨みさえすれば
 勝手に恐怖に取り付かれて。
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:54:30.32 ID:4MOn1jJr0
 結納のときも
 叔父さんは私を舐めつけるようにじろじろと見てきた。
 和の正装をした私たちを
 祝福していた人がいたとは思えない。
 しかし『時宮』の血は継いで行かないといけないから。
 子作りは作業としてとても重要なものだった。
 私は許婚を愛していたし
 たぶん彼も私を…。
 今となっては分からないし。
 思い出は美化されるものだけれど。
 そしてここまで書けばみんな分かると思うけれど。
 でも、最後まで聞いて欲しい。
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:55:06.89 ID:4MOn1jJr0
 結納の晩が新枕とは慣習で決まっていた。
 処女を捧げるときの痛みで
 本能が想操術をかけてしまわないように
 新婦は相手を確認してから
 目隠しをして愛し合うことになっていた。
 
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:55:44.08 ID:4MOn1jJr0
 月が綺麗…なんてことはなく。
 荒れた庭の風流なんて14歳の私には分かるわけもなく。
 蒸し暑い夜だったとしか覚えていない。
 蚊帳のなか、蝋燭の明かりを頼りに
 ゆらゆらと揺れる炎に酔いながら
 許婚を待った。
 彼は少し遅れてきた。
 確認する。
 許婚だと思った。
 華奢な身体に
 整った顔立ち。
 柔和な物腰。
 私は目隠しをして
 身体を開く。
 恥ずかしいけれど
 これが伝統だから。
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:56:16.76 ID:4MOn1jJr0
 腕を後ろ手に縛られて強引に口づけされた。
 少しお酒臭かった。
 浴衣の帯がほどかれる。
 開封された肉体が外気に触れて。
 それだけで声が漏れた。
 下卑た笑い声が聞こえた。
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:57:05.45 ID:4MOn1jJr0
 ちょっと待って。
 どうして。
 どうして腕を縛られたの?
 パニックに陥る。
 腕はほどけない。
 あの人はこんな笑い方をしない。
 みんなの想像通り。
 つまらないでしょうけれど、現実なんてこんなもの。
 叔父だった。
 『擬態』は私たちのスタンダードな術の一つ。
 これさえ完璧にできればどこに出ても恥ずかしくない想操術士とされる。
 許婚に擬態した叔父が私を貪っていた。
 そう気付いたときには
 抵抗のしようもなく。
 彼はどこにいるの?
 そんな疑問を持つ前に
 私は考えられなくされていた。
 思考できない。
 痛みと羞恥とパニックと――快感と。
 後継者ができればいいんだろう?
 指で掻きまわしながら
 言った。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:58:02.18 ID:4MOn1jJr0
 違う。 
 私は彼の子供を生みたい。
 どうせ生まなければいけないのなら。
 これは本能からの叫び。
 でも後の祭り。
 まさしく真名板の上の鯉だった。
 口を無様にパクパクさせて
 体中から汗を出して
 濡れていた。
 どうしようもなかった。
 言い訳だと思うのかな。
 感じていたのは事実なのだし。
 太腿を握られ
 なすすべもなく開かれる。
 私の中身が晒される。
 羞恥で体が熱くなるが
 これだけは許したくない。
 私は必死に足掻くけれど
 余計に興奮させてしまうだけで。
 叔父が入ってくる。
 激痛だ。
 術が勝手に発動してしまうくらいの。
 握られた太腿と
 押さえつけられた足と
 異物を受け入れる、身体の真ん中と。
 痛い。
 痛い。
 処女の感覚を楽しむように
 ゆっくりと腰を沈める叔父。
 実際はまだ全然入ってなかったようだったのだけれど。
 まだ私の膜は健在だから。
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 02:59:38.41 ID:4MOn1jJr0
 ここで雄叫びが聞こえた。
 同時に、叔父が吹っ飛ぶような感覚も。
 握られていた太腿に変な力がかかり、思わず悲鳴が出た。
 爪で引っかかれたような感じになったらしい。
 許婚だった。
 彼も閉じ込められていたらしい。
 これは後で知ったことだが。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 03:00:26.54 ID:4MOn1jJr0
 私の腕の戒めを解こうとしてくれたけれど
 起き上がった叔父に阻まれる。
 ここからはメスを奪い合うオスの闘争だった。
 肝心な部分が伝聞・推定形なのは許して。
 私はまだ目かくしをされていたのだから。
 肉と肉がぶつかる音と
 骨と骨がこすれる音。
 鈍い音をずっと震えながら聞いていた。
 そうして音が止み
 私の身体に手をかけたのは
 叔父だった。
 叔父は私のお尻を何度も叩いた。
 叩くたびに彼の名を呟いた。
 彼は負けていた。
 無力を嘆く彼の声が聞こえた。
 すすり泣いているようでもあった。
 術をかけられていたのかもしれない。
 叔父は私の髪を引っ張り向きを変えさせた。
 彼に見せつけながら
 私を這い蹲らせて
 後ろから突き立てる。
 息ができないほどの痛み。
 死んじゃうと本気で思った。
 後ろの穴を犯されていたようだった。
 今でも膜は健在なのだから、そうなのだろう。
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 03:01:00.17 ID:4MOn1jJr0
 私のそんな姿を見ながら
 彼の中でも再び燃えるものがあったのかもしれない。
 ズルズルという音が聞こえた。
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 03:01:50.45 ID:4MOn1jJr0
 彼は
 私の目隠しを解いていた。
 何のための行動だったのか。
 叔父の術中にあったと私は思いたいのだけれど。
 あの人は
 私の目を見てしまった。
 恐慌状態の私の目を。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 03:02:37.34 ID:4MOn1jJr0
 すぐに
 私の術にかかる。
 暴走した想操術は彼に何を見せたのか。
 私を見て――絶叫し、畳の上でもがき始めた。
 痛い。
 ドタドタ。
 痛い。
 ドタドタ。
 痛い。
 叔父はまだ私の腰に手を当て腰を動かす。
 そのうち、あの人が動かなくなった。
 私はどうしていいのかわからず
 ただただ突かれた。
 疲れた。
 そして、ここで憑かれたのかもしれない。
 上半身に力を込め
 叔父を見上げた。
 やはり叔父は
 発狂した。
 まあそれは然るべき術の結果なのだけれど。
 焼きゴテがズルリと抜けた。
 いくらか楽になる。
 あの人のもとに這っていく。
 動かないあの人は
 泡を吹いて死んでいた。
 端正な顔立ちはやせこけて。
 髪も白くなり。
 やがてもう一人も動かなくなって。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 03:03:18.64 ID:4MOn1jJr0
 使用人が何かを感じ取ったのか
 別室にいた家族を呼んできたようだった。
 私の術は
 特に優秀だった兄と
 とっさに顔を逸らした父を除いた全員を支配した。
 思い思いのパニックを表現したあとには
 まさに蝋のごとく疲弊しきった顔でみんな死んでいた。
 兄は私の目を優しく覆ってくれた。
 何かをささやきかけてくれた。
 私はそれを聞いて気を失った。
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 03:04:07.49 ID:4MOn1jJr0
 目が覚めると、許婚の家系は断絶されていた。
 つまり皆殺しにされていた。
 兄の独断だった。
 これを以って兄は『時宮時刻』の称号と共に追放されることになる。
 その原因を作った私も、もちろん。
 父は厳格だった。
 母は死んでいた。
 納得はできないけれど。
 もう自分が嫌だった。
 最愛だった彼を苦しませて殺してしまった自分の術が。
 身内を騙すことに長けた術そのものが。
 そんなものを代々継いできた『時宮』そのものが。
 封印することを誓った。
 名前も、術も、何もかも。
 もうこんなことで愛する何かを失いたくなかったから。
 「こんな世界は滅ぶべきだ。」
 追放され、人里に降りたところで兄はそう言った。
 こんな世界は間違っている。
 僕たちは何も悪いことはしていないのだから。
 そうだろう?時音。
 そこからしばらく呼ばれなくなる名前を兄は呼んでくれた。
 兄はそれっきりどこかに消えた。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 03:05:30.43 ID:4MOn1jJr0
 私は
 学園都市に行くことが決まっていた。
 学園都市には『時宮』の研究機関がある。
 父のせめてもの情けだろうか。
 それとも、『時宮』からは逃れられないという死刑宣告なのだろうか。
 学園都市に行くといっても、『暗部』に直行だった。
 傭兵とか実験動物と同じ処遇。
 それも後から知った。
 『スクール』という組織だった。
 それは――ここが私の「学園」という壮大な皮肉だったのか。
 私には監視がついた。
 名前は最後まで分からなかったが、明らかに空操人形だった。
 露骨に生気の無い顔に
 ぎこちない動作。
 ヘッドギアでどういう交信をしているのかは知らなかったが
 私はあいつが一度としてヘッドギアを外した光景を見たことが無かった。
 メンバーはひっきりなしに変わった。
 私にとっては「ごっこ遊び」以上ではなかった。
 きまぐれに受けた能力開発で『心理定規』が発現したときは爆笑した。
 どう逃げても『時宮』からは逃れられない。
 だって『心理定規』って『時宮』そのものじゃない。
 大爆笑だ。
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/11(水) 03:06:35.97 ID:4MOn1jJr0
 せめて少しでも変わりたくて
 洋装を始めた。
 洋装(笑)だろうけど
 私にはそれだけ特別だった。
 髪も染めた。
 髪型も変えた。
 馴れないヒールでよく転んだ。
 そうして今の『心理定規』ができていった。
 そうしてある日
 『第二位』が堕ちてきた。
 何故か彼には本名を名乗ってみたくなった。
 どういう反応をするのか。
 やっぱり『呪い名』って分かるのかな。
 どれだけ何を知っているのか、純粋に興味があった。
 彼は何も知らなかった。
 純粋な少年で
 でも
 彼は
 垣根帝督は
 私の名前を「いい名前」と言ってくれた。
 
 それだけ。
 ただのメンヘラだった私は
 それだけで何とも言えない高揚感を得た。
 中毒になってしまうほどに。
 彼の私を呼ぶ声を待ちわびるほどに。
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) :2011/05/11(水) 03:09:15.56 ID:4MOn1jJr0
書き溜めが尽きたのでここで今日は終わりです。
なんかやたら凝ったSSと刀語SSが上がっているのを承知で上げます。

構ってちゃんですいません。
続きは週末あたりに頑張ります。
お目汚しすいません。
でも、これは私の[田島「チ○コ破裂するっ!」]だから。
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/05/15(日) 11:00:48.11 ID:sjHYoVRp0
乙です
うわ……これはいいSSだ……
頑張って下さい、楽しみにしてます
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/15(日) 11:03:25.66 ID:sjHYoVRp0
……すいませんsage忘れました
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/15(日) 17:17:39.40 ID:Fob4HShk0
私は極度の構ってちゃんなので、投下していきます。
>>1です。

>>256さん
 ありがとうございます!元気でます!お互い頑張りましょう!
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/05/15(日) 17:28:00.92 ID:Fob4HShk0
◆    ◆


「とまあこんな感じだな、俺の敵。」

「そんな感じって……とりあえず淡希ちゃん万歳ってことでいいんですか?」

 その点に関しては全面的に同意だけれども。
 お姉さん系っていいよね。
 ぼくの周りには妹系は寄ってくるんだけどお姉さん系ってのはあまりいなかった。
 春日さん?
 哀川さん?
 みいこさんにはふられちゃったし。
 音々さんは説教しかしてこないし。
 子荻ちゃんも大人っぽくてよかったなぁ。
 いずれにせよ彼女たちにはいいように遊ばれてきた感がある。
 それに引き換え淡希ちゃん。
 久々にこっち側が主導権を握れた戦いだったと思う。
 春日さんや元春くんの協力あってのことだけど、この勝利は大きい。
 どう攻略していくべきなんだろうか?
 胸か。胸なのか。
 子荻ちゃんは胸を褒めてから一気にデレた。
 ということは淡希ちゃんも……。
 胸を褒めて褒めて『確かめたいから触らせて』なんて言えb

「…戯言遣い。さっきから思考がトリップしてないか?」
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:31:02.72 ID:Fob4HShk0
 危ない危ない。
 狐さんに突っ込まれたことで思考が元に戻る。
 
 狐さんから今の地位への就任の過程を聞いて
 ぼくは改めてこの人ダメだなと思った。
 ダメな大人の典型例だ。
 子狐さんとかマジきめぇよ。
 春日さんと同じくらいダメな人だ。
 みんなもこうなっちゃダメだよ。
 ちなみに「今の地位」とは影の王()笑のことね。
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:32:24.74 ID:Fob4HShk0
どんぴしゃだった。
 狐さんがかつての師匠を殺して
 理事会とやらを召集して
 元春くんと淡希ちゃんを『十三階段』に入れて…
 ここまでが1週間くらい前のことだという。
 警備員との死闘に疲れて
 木の実さんの『空間政策』でこの建物を本拠地にしたのが昨日。
 狐さん政権になって間もなく、ぼくたちは学園都市に侵入してしまったのだった。
 
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:33:36.60 ID:Fob4HShk0
「お前さ、ひょっとして俺のこと大好きじゃねえの?」

「なんか自分でもそんな気がしてきましたよ。」

「あの偽者に拉致られてここまで来るとはなぁ。何か偽者が興味を引くようなものでもあったのか?」

「別に。ただ『哀川潤』の名声が確立していない学園都市から存在を奪ってやるとか言ってましたよ。」

「『存在を奪ってやる』ふん。身の程知らずが。」

「赤音さんになりすましてたんですから、それなりに頭は切れるはずなんですけどね。」

「『頭は切れる』。ふん。そんなことは同じことだよ。バカのほうが利口ってこともある。」

「そんなもんですか。」

ここで一旦話を切った。
 狐さんは一瞬外に目をやり、またぼくの方を見る。
 狐面の中から抉るような視線を感じる。
 またぼくは――この男と対峙するはめになってしまっていた。
 まるでぼくが知らないところで動く狐には化かされっぱなしだった。
 まさか学園都市の裏ボス的位置にこの男がいるなんて誰が思うんだよ。
 
 本当に――戯言だ。
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:34:27.94 ID:Fob4HShk0
「なあ、はぐらかすなよ。本当は何の用で来た?」

「…。」

 しつこいなぁ。
 ぼくの自由意志で来たわけじゃないんだって。
 おまけに春日さんまで。
 ぼくと一緒にいて碌なことがあるわけがない。
 さっきも震えてたし。
 気丈なことを言っても怖いはずなんだよ。
 可愛いなぁ。
 こうして敵地(帝督くんのことを思えばそう表現してもいいはずだ)で顔が利く知り合いに会えたんだから
 本当は狐さんに飛びついてうれし泣きするような場面なんだろうけれど。
 なぜだろう。
 全くそんな気持ちにならない。
 むしろ最悪の上があったのかと思う状況だ。
 鬼武者で例えると、オオワッシャで苦戦してたところにマーベラスという感じ。
 しかもこの場合「改」の方だ。
 もう分からないかな。
 さて…
 帝督くんのことは自分で何とかするか。
 それとも狐さんを利用するか。
 正直、狐さんを利用すれば事は簡単に進むと思う。
 でも狐さんが動いてくれるか分からないし。
 それに狐さんが帝督くんをどう扱うかも怪しいところだ。
 そこのところを上手く交渉できればいいだけなんだろうけれど。
 戯言遣いの本領発揮といきたいところだ。
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:35:28.97 ID:Fob4HShk0
「じゃあ当ててやろうか?俺の敵。」

「…。」

 何だこの嫌な予感は。
 この男、まさか全部知ってるのか?

「そう構えるなよ。これはただの推測、思考ゲーム。なんなら何か賭けようか。」

「…。こっちには何も札はありませんよ。」

「あるじゃねぇか。春日井春日。」

「…それは」

「春日井春日を『十三階段』に迎えたい。お前はそれに文句をつけなければいい。安いもんだろ?」

「そんなこと認められるわけがないじゃないですか。」
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:36:18.49 ID:Fob4HShk0
「お前が賭けに負けなければいいだけの話だ。」

「そもそも賭けって、あなたの勝ちかあなたの負けかしかないじゃないですか。」

「なんだ、分かってたのか。」

「当たり前でしょう。」

 ぼくにメリットは何も無い。
 それどころか、もし狐さんが全てを知ったうえで「ゲーム」とか言ってる可能性はかなり高い。
 破棄させて当然だ。

「じゃあ賭けの話はなしだ。名残惜しいがな。」

 相変わらず――読めない。
 何を知っているのか。
 どこまで知っているのか。
 もしぼくらと帝督くんの関係まで知ったうえでの話なら
 ここで帝督くんのことを言ってしまてもいいが――
 まだ危険だ。
 でもこっちの要求は…
 こっちは、ここでズバッと言っちゃった方がいいかもしれない。
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:37:20.54 ID:Fob4HShk0

「狐さん。ぼくたちは本当に拉致されただけなんですよ。だから一刻も早く鴉の濡れ羽島に返して欲しいんですけど。」

「俺としてもそれがベストだとは思うんだが、誰かさんが侵入しちまっただろ?
 ここは資源もなければ人口も小さい。頭脳と技術で生きてる街だ。
 だから外部からの侵入者にはかなりデリケートな部分がある。
 侵入者が入って1ヶ月くらいは中から『誰も』出れないくらいにはな。」

「一ヶ月も中から誰も出れないなんてあるわけないでしょう。」

「それがあるんだよ。この街の警察権力は血眼でお前らを捜してるはずだ。
 今は戦時体制といってもいいくらいの物々しさがある。
 要塞兼収容所兼研究所なんだよ、この街は。ER3の母体がまともな街なわけないだろ。」

「それじゃ、ぼくたちはどうなるんですか。」
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:38:28.68 ID:Fob4HShk0
「俺としても不本意だが、しばらくは行動を共にする他ないんじゃねえの?
 だから春日井春日もお前も、五体満足で生き残ろうと思ったら『十三階段』に入るほかないんだ。
 お前たちを思いやってのことだよ。
 お前たちのような『面白い』人間がこんなところで捕まっていいわけがない。
 あのクソジジイが生きてれば『滞空回線』とやらで一発で見つかってたぜ。
 幸い、それは俺が握っている。いい時代になったもんだ。なあ、俺の敵。」

 こう言うと『十三階段』ってのは反政府組織みてぇだな、と狐さんは哂った。
 嗤った。
 そんな――

「なら、さっきの賭けはなんだったんですか。」

「軽くびびらせてやろうと思っただけだよ。どうせ結果は変わらない。
 それと、お前に文句を言わせないための予防線だった。今となっては無意味だが。」

 狐さんは深く腰掛けていたソファから立ち上がりぼくに背を向けてドアの方に向かった。
 話すことはもうないと言わんばかりに。

「交渉ごっこは終わりだ。物語は筋書き通りに動く。お前も俺もそれには干渉できない。」

 ぼくの悪い予感は的中した。
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:39:39.50 ID:Fob4HShk0
「垣根帝督だろ?お前とこの街の接点と言えばよ。俺も奴には興味があるんでね。」

 やはり――知っていた。
 狐さんは顔を青くしたぼくを見下ろすようして続ける。

「もう詰みだ。賭けで勝敗がついていたらなら…文句は言えない約束だったけどよ、文句くらいは言わせてやる。
 しかし有無は言わせねえ。春日井春日は『十三階段』の八段目に内定…末広がりのいい数字じゃねえか。
 お前は…『十三階段』のオブザーバーってところか?
 お前には『段』を与えたくないもんでな。まあ仲良くしてくれや。
 分かったらその鴉の濡れ羽島に電話でもしてやれ。まだパニくってんだろうからよ。」

 ぼくは狐さんの言うことに従うほかなかった。
 身を守るためだと思えば狐さんと行動を共にすることだっておかしくないよね。
 別に言い訳ではない。
 ………。
 ごめんなさい。
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:40:38.04 ID:Fob4HShk0
 携帯電話は海に着水したときに壊れてしまっていたし、そもそも学園都市内と外部は
 連絡が取れない仕様になっているらしい。
 よってその部屋の電話を使わせてもらうことにした。
 いまどき黒電話。
 いろいろ特殊な加工を施すには黒電話くらいの大きさにしたほうがデザインが良くなるという。
 ジャミングとか
 外部と通信を繋ぐ機器とか。
 これで沈利ちゃんとは完全に切れてしまったが、もう女々しいことは言わないでおこう。
 
 ぼくは病院の番号と抱き枕の番号、それに玖渚の番号くらいなら覚えているんだ。
 それしか覚えていないというのが正解だが、
そもそも赤外線でやりとりをする時代にあって
 他人の電話番号をまじまじと見ることももうなくなってしまったんじゃないだろうか。
 ぼくの携帯は赤外線通信なんてできる機種ではなかったから言い訳でしかないんだけれど。
 黒電話から崩子ちゃんの携帯まで、すぐに繋がった。
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:41:22.41 ID:Fob4HShk0
「あ、崩子ちゃん。ぼくだよ。ご主人様だよ。」

「その声は…お兄ちゃん!大丈夫なんですか?五体満足ですか!?」

 電話口からは何かが割れる音や破裂する音、
 それに女の人の悲鳴や叫び声、衛生兵を呼ぶ声などがこだまし、
 崩子ちゃんの溜め息も聞こえた。

「……なんだか大変そうだけど、崩子ちゃんこそ大丈夫?」

「大丈夫じゃないです!全部お兄ちゃんのせいですからね!今は忙しいのであとで掛けなおして下さい!」

 切られた。

「……切られました。」
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:42:14.64 ID:Fob4HShk0
 これは後から知った話だけれど、
 狐さんやぼくの予想通り、鴉の濡れ羽島は大混乱していたらしい。
 イリアさんのブチギレ加減がひどかったらしい。
 あかりさん、ひかりさんはもちろん、メイド長の玲さんや招待客である料理人の彼女も被害を受けたらしい。
 「らしい」と伝聞形になってしまうのは真心から聞いた話だから。
 崩子ちゃんとてる子さんが活躍して当身をし、何とか大人しくさせたという。
 ちなみにこのとき真心はもう海を泳ぎきって日本海沿岸の原発が多い某県に上陸し、
 陸路輸送ヘリの進路を予測して走り続けていたと本人は語っている。
 やっぱり規格外だあいつ。

「なんだ。振られたか。じゃあ先に顔合わせと行こうか。」
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:43:26.63 ID:Fob4HShk0
 ぼくと狐さんは理事長室から出て、みんなが待つ会議室に行った。
 まあ理事長室でも何でもなかったんだけどね。
 この建物自体も不法占拠みたいなんだけどね。
 全て『空間製作』の成せる技なのだろう。

「春日さんのことなんですが…」

 先を行く狐さんの背中に語りかける。

「くどいねえ。文句だけだぞ。」

「いえ。今回の『十三階段』は何を目的にしている組織なんですか?」
 
 前はぼくと敵対するための組織だった。
 その中には『殺し名』や『呪い名』の魑魅魍魎も籍を置き、
 結局内部分裂のような形で消滅したのだった。
 だからもしそんなことがあれば、春日さんを置いておくわけにはいかない。
 今さらだが
 重要な点だ。

「今回はインターバルだ。純粋に面白い奴を俺の手元に置いておくためのものだよ。」
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:44:43.22 ID:Fob4HShk0
「ならいいんですが。」

「何だ?さっきから春日さん春日さん…お前ら付き合ってたりするのか?」

「まさか。ただ、また他人を巻き込みたくないだけですよ。」

 狐さんは呆れたようにぼくに向き直る。

「お前なあ。それ例の『呪い名』発動してないか?
 俺の目的を潰すためなら殺して解して並べて揃えて晒してくれるんじゃなかったのか?」

「今回は狐さんと事を構えるということではなさそうなので。」

 今回は、おそらく共同戦線という形をとりそうだ。
 帝督くんを人間にするという点では目的は同じなのだから。
 問題は…。

「帝督くんですが、当てはあるんですか?」

「ない。だから今は別の奴にアプローチしてるところだ。」

 再び歩き出して、狐さんは平然と言った。

「零崎愛織。零崎の生き残りだよ。どうやらこの街にいたらしい。
 そいつを仲間にしようと動いているところだ。
 どうやら研究所荒らしをしているようだ。
 ここ1週間で二桁の規模で研究所が潰されている。」

「…あなた『零崎』を殲滅した張本人ですよね。」
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:45:43.32 ID:Fob4HShk0
『零崎』の本分は復讐にある。
 その殲滅した本人を前にして殺しにかからないわけがないと思うんだけど。

「大丈夫大丈夫。」

「その自信はどこからくるんですか。」

「ケンチャナヨ。」

「いきなりかなり不安になったよ!」

「というかこの建物は登録上は研究所、実態もまんま研究所だった。」

「襲撃される気まんまんですね!」

「『滞空回線』ではちょくちょく捉えてるんだがな。動きが速いし、何より、厄介な仲間がいるようだから迂闊に手は出せない。」

「その『滞空回線』ですか?さっきも出てきましたよね。何ですかそれは。」

「微粒子ほどの大きさしかない全自動小型カメラだよ。電力も自弁してくれる。」

「何ですかその全自動盗撮機は。」

「だろ?後で見ようぜ。」

 狐さんと嫌なところで意気投合してしまった…。
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:47:17.83 ID:Fob4HShk0
 でも『零崎』の生き残りか。
 あの人間失格が聞いたらなんて言うかな。
 教えてやりたい気もするけれど、連絡先を知らない。

 そんな話をしている間に『十三階段』が待つ部屋に着いたようだった。
 同じ形のドアばかりが並ぶ廊下。
 狐さんは迷わず突き当たりから3番目のドアを開けた。

「元々は研究所だったって言ったろ?これはさしずめ割り当て研究室ってところか。広いぜ?相当重要な研究をしていたんだろうよ。」

 部屋の広さや機密保持のレベルでその人の研究の重要性が分かるとも言う。
 ドアを開けると
 確かに広い。
 大学の中規模の講義室くらいはあるだろう。
 半分がリノリウムで、半分が畳だった。
 畳のあの独特の匂いが鼻をつく。
 部屋の中には
 木の実さんと春日さん
 淡希ちゃんに園樹さん
 元春くんと黒く長い髪をして制服を着た女の子がいた。
 それぞれの荷物だろうか。それらは部屋の隅に一箇所にまとめられ、
 みんなの周りにはお菓子や飲み物、携帯電話などが転がっていた。
 畳でくつろいでいるようだ。
 懐かしい感じがする。
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:48:15.11 ID:Fob4HShk0
「いっくぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!会いたかったぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあああ!」

 いきなり園樹さんにボディアタックをされる。
 できれば遠慮したいんだけど。
 何だよこの薄気味悪いマンボウは。
 顔だけ出てる園樹さんがなんか捕食されてるようにしか見えないぞ。
 怪訝な顔を読み取ったのか、春日さん。

「いっきー知らないの?『ただいマンボウ』だよ。最近CMでやってる。」

「ああ、うちテレビないんで、そういう時流には乗れないんですよね。」

 あんな4畳半の部屋にテレビなんか置いたら行動スペースが目に見えて潰れる。
 まあもうアパートは倒壊して、しばらくホテル暮らしだったから、その環境は改善されていたんだけど。
 でもいつもの習慣は恐ろしいもので、基本的にテレビがない生活だったから見ないで済んでしまうのだ。
 崩子ちゃんはNHKしか見ないお利口さんなので、どうしてもCMにはキャッチアップできない。
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:48:59.61 ID:Fob4HShk0
「お久しぶりですね、戯言遣いさん。」

「はい。お久しぶりです。木の実さん。」

 一里塚木の実。
 この中では一番の常識人かもしれない。
 園樹さんを半ば遠ざけるようにして木の実さんと面と向かう体勢を作る。
 
「園樹さんなんですが、ちょっとこの中に溶け込めないみたいなので、戯言遣いさんにお任せしてもいいですか?」

「はぁ…。分かりました。」

 相変わらずえぐい。
 端正な顔立ちをぐちゃぐちゃにして泣きじゃくる園樹さん(着ぐるみ)にすがりつかれるぼく。
 どんな絵なんだろうな。
 淡希ちゃんがすごい見てくるし。
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:49:45.42 ID:Fob4HShk0

「えっと…淡希ちゃん。どうかした?」

「……別に。ただ、春日さんというものがありながら他の女の人と抱き合うあなたのメンテリティーに驚愕してるだけよ。」

 …また何か吹き込みやがったな。
 春日さんはぼくから顔を逸らして笑いをこらえるのに忙しいようだった。
 もう知らん。
 勝手にしろ。
 穀潰しめ。
 なんか春日さんを守ろうと孤軍奮闘してきた自分の努力が無駄に思えてきた。
 
「春日井春日。」

 ぼくの後から入ってきた狐さんが春日さんを呼ぶ。

「『十三階段』の八段目に指名する。説明は受けているだろう?」

「ええ。でもできれば辞退したいというのが本音です。」

「春日井春日。これはお前を保護する処置でもありうることを理解して欲しい。
 今迂闊に外に出てみろ。あっという間に警備員に捕まるぞ。
 お前たちは侵入者扱いだ。どんな扱いを受けるかわからん。」

「いっきーも同意見?」

「……はい。今出て行くのは危険だと思います。
 少なくとも今はこの男といたほうが安全ですし、
 今回の『十三階段』は戦闘を前提にしたものではないので。」
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:50:19.76 ID:Fob4HShk0
「そう。わかったよ。いっきーがそう言うなら。」

 えらく簡単に話がついた。
 ええー。
 狐さんに向き合った春日さんは、軽く会釈をした。

「よろしくお願いします。えーと…狐さん?」

「ふん。今はそう呼んで結構だ。予想外に最高峰の人材が手に入ってこちらも満足だ。よろしくな、春日井春日。」

「やだよいっきー最高峰の人材だって。」

 ほぼ無表情で元春くんの肩を叩きまくる春日さんだった。
 その元春くんは何か憔悴しているような。
 頬がこけてる。
 …この短時間に何があった。
 割とまじめに。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:51:07.15 ID:Fob4HShk0
 
「改めて紹介しておこう。……これは春日井春日。世界的な動物学者だ。」

「春日井春日です。よろしく。」

「そしてこっちがこの街の人間で無能力者の佐天涙子。普通の女子中学生だ。」

「たははー。佐天涙子と申します。なんかこんなすごい人たちの中にいて場違いだなーとは自覚ありますが、よろしくです。」

「園樹さん。この娘は…。」

「いっくんの思ってる通り。九段ちゃん枠での採用だよ。」

「なるほど。じゃあ彼女の周囲も?」

「歪んでるというか…少なくとも普通ではないね。」

「ふうん…。」

 こんな娘の周りも歪んでるなんて
 改めて自分の判断が正しく思えてくる。
 少なくとも今は――狐さんと一緒にいた方が安心かもしれない。
 確信に変わりつつある。
 かっこよく春日さんの手を引いてバックれるという選択は完全になくなった。

「涙子、こいつが例の戯言遣いだ。あまり話すなよ。」
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:52:05.21 ID:Fob4HShk0
「話すな?」

 おいおいハブかよ。
 慣れてるけど。
 涙子ちゃんはにこにこしてぼくを見ている。
 悪い印象は持たれていないようだった。

「お前と話した奴は何かが狂いだすからな。事前知識があるだけでも随分緩和されるだろうと思って入れ知恵をしておいた。」

「はっは。狐さんには言われたくないですよ。」

「そうですよ。ほぼナンパだったじゃないですか。」

 そんな涙子ちゃんが明るく切り出した。
 ナンパ?
 こんな着流しの白装束を着て狐のお面を被って小学館の雑誌を読んでるような変質者が?
 通報コースだろう。
 一分の迷いも無い。
 なんで付いて来ちゃったんだよ。
 警戒心がない娘だ。

「狐さん……あなた……。」

「違う、落ち着け、戯言遣い。」
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:53:06.92 ID:Fob4HShk0
「初春と急にはぐれちゃったなぁと思ったら狐さんと二人きりで路地裏だったんですから。」

 路地裏って…
 都会のエアスポットランキング一位じゃないですか。

「……ペド野郎。」

「違う、落ち着け、俺の敵。」

「『俺のものになれ』なんて、女子中学生に言うセリフじゃないですよね?」

「狐さん、アウトー!」

「ちょっと待て涙子、それは完全に脚色だろうが!」

「てへへ、そうでしたっけ。」

 何か楽しそうな狐さんだった。
 そしてそれをすごい形相で睨む木の実さんだった。
 『俺のものになれなんて私でも言われたことないです』とか言ってる。
 空間製作で口元が見えないようにしているけれど、横からは丸見えだった。
 動揺してる動揺してる。
 でも涙子ちゃんか。
 元気そうな娘だ。
 何より狐さんに積極的に絡んでいく姿勢が素晴らしい。
 その無警戒ぶりが気になるところだけれど。
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:54:30.82 ID:Fob4HShk0
「狐さん、いっくんはどうするんだにゃー?」

 元春くんが聞く。
 というかこの男はぼくたちが入ってくるまでハーレム状態だったのかよと思うと腹が立ってきた。
 頬もこけるわな。ざまぁ。
 で、なんか春日さん元春くんに近くないですか?

「オブザーバーといったところか。行動は共にする予定だ。」

「というわけで、皆さんよろしくお願いします。
 ぼくは今までに1人にしか本名を名乗ったことがないのを誇りに思っているので、
 いっくんでもいっきーでもいーちゃんでも好きなように呼んでください。」

 一応挨拶はしたものの…。
 ぼくからは離れたがまだ半ベソの園樹さん(in着ぐるみ)。
 涙子ちゃんに嫉妬心むき出しの木の実さん。
 若いオトコノコに興奮を隠せない春日さん。
 ハーレムでやつれた元春くん。
 元気な涙子ちゃん。
 露出狂でショタな淡希ちゃん。
 まだ見ぬるれろさん。
 相変わらずいい加減な狐さん。
 この中で実は一番地位が不安定なぼく。

 大丈夫なんだろうか。

「それではこれから、零崎愛織、通称絹旗最愛の捕獲計画でも考えるか。」

 狐さんが畳に腰を下ろす。
 『十三階段』に、何故かぼくも加わって会議が始まった。
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:55:01.67 ID:Fob4HShk0
「あ。いっきー。膝枕は?」

「今はそれどころじゃねえだろ。」
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2011/05/15(日) 17:55:52.56 ID:Fob4HShk0
現在の『十三階段』

一段目:一里塚木の実
二段目:絵本園樹
三段目:右下るれろ
四段目:エイワス
五段目:土御門元春
六段目:結標淡希
七段目:佐天涙子
八段目:春日井春日
オブザーバー:戯言遣い
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga ]:2011/05/15(日) 17:59:35.83 ID:Fob4HShk0
>>1です。書き溜めは以上です。
思ったより速くなくなっていって焦りました。

来週末には絶対に続きますが、順調にいけば水曜日くらいに一区切り投下したいと思います。
何故か続編の構想が練りあがる一方で今期の筆が進まないという。

フレンダ×常識は『緋色の英雄』待ちという認識で。

そしてこれは私のオナニーなのでageておきます。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/22(日) 12:59:37.93 ID:lVqdopMc0
期待大だ〜
頑張ってくれ、応援してる
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/25(水) 23:39:56.88 ID:VZ8kBBSM0
まだかなまだかな
私いつまでも待つわ
だからゆっくりと書いて下さい
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 23:58:28.83 ID:m8aE6yF50
ずっと待ってる
だから必ず来て
貴方には期待してるんだから
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/21(火) 06:49:19.55 ID:8ITIoRRDO
支援
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/08/09(火) 10:13:48.52 ID:oZ2kI4Jc0
>>1です

自分の文章を見るのは3ヶ月ぶりです。
あれから1週間に1つ試験がある感じだったので
更新が死んでしまいすみませんでした。

まあインターンシップも全部落ちたし?
時間ができたのでぼちぼちまた書いていこうと思います。
よろしければお付き合いください。

にしてもまだ禁書が息してることに少し驚いている。
バランスがよくなったということなのだろうか
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大分県) [sage]:2011/08/13(土) 03:55:39.90 ID:a0sD/Nao0
おせーよ
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/19(金) 18:07:21.91 ID:gP5ehihF0
おおう、来てくれたか

更新楽しみにしてるぜ
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