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死んじゃわない彼女と夢見がちな僕等 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 13:21:14.41 ID:M4hWSeDR0


……寒々とした日が続く今日日、2月という冬真っ盛りなこの忌々しい季節。



本能にしたがうなら、マイホームで炬燵に入りぬくぬくとした部屋の中でくだらないテレビでも見ていたいのだけど……。
平日の真昼間というわけで学生という身分である僕は大人しく登校せざるを得なかった。
その学校も残すところあと2校時、はやく帰りたいな。

「じゃあ、次のページを開いて―――」

と先生のやる気のなさそうな声が響き、辺りからぱら…ぱら…とページをめくる音が聞こえる。
とりあえず、と僕も教科書を捲る。
そして教科書とノートの位置を変えるために教科書を持ち上げた。

(落書き……?)

そのとき、机の上に何かが書かれているのが見えた。
だがそれは窓から差し込む日光で反射していて、ぱっと見何を書いているかわからない。

「……」

さて、この授業は始まって十数分だが、まったくさっぱりわからない内容の授業にも飽きてきたところだ。
すでに寝ている奴もいる。

(暇つぶしにはなるか)

僕はそんな軽い気持ちで読み始めた。
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諸君、狂いたまえ。 @ 2024/04/26(金) 22:00:04.52 ID:pApquyFx0
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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
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二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 13:21:54.64 ID:M4hWSeDR0


――――――――――――

君がこれを見ているときには
わたしはもう、この世にはいないだろう。

だが、そのことを悲しく思わないで欲しい。
それがわたしの意志であり、願いなのだから。

――――――――――――

3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 13:25:03.91 ID:M4hWSeDR0

可愛らしい丸文字のそれは、2〜3度書きなぞってあった。
何だこれは。終わり。
いやいや終わらせるな……少し考えよう。

恐らくこれは遺書? だろう。
しかしなぜ机に遺書を残したのか。
ここは選択教科用の教室で、僕以外の人がこの席に座っていてもおかしくはない。
ということは……誰にみられてもよかったのか。そして、文字はほとんど擦れていない。
僕たちの授業が始まる前にも、この教室は使われていたはずだ。
となると……。前の時間に使っていた奴が書いた可能性が高い。

僕はふと教室の窓から、向かいにある校舎の屋上を見てみる。
ちなみに今、僕のいる教室は南館4階(もっとも苦痛なのは授業より教室移動だ)そして北館も4階建て。
つまり同じ高さな訳だが、この教室からなら北館の屋上もフェンス越しに見える。
校舎の間に設けられた憩いの場……いわゆる中庭はなかなか広く、それ故校舎の間隔も広い。
視力はずば抜けて良いということもないが、何もない場所に人影を見つけることなどは容易い。

(まさかとは思うがな…)

これといって騒ぎはないし、それに屋上は生徒が立ち入らないように施錠されている。
だから何もないはずだ。
おそらく勉強に疲れた生徒が、退屈な授業に飽きて机に突っ伏しながら気まぐれに書いた落書きにすぎないだろう。
そう思いながらも僕は屋上へ視線を向け続ける。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 13:26:14.65 ID:M4hWSeDR0

……誰もいない?

杞憂だったか。それで良い
そして僕は、視線を文字がびっしりと書かれているであろう黒板へ向けようとした。

(……っ!)

一瞬、ちらと見えた人らしき影に動揺し、思わず椅子がガタッと音を立ててしまった
その音に気づいた何人かが何事かとこちらを見てくる、恥ずかしい。

確かに、人影が見えた。

……少し待て。

僕はあまり目立ちたくはないし、授業をサボるなんて汚名も着たくはない。
だが……気になるのは確かだ、もし本当に自殺なんてされたら後味悪いしな。

うん、なら行くしかないだろう。

僕は意を決し。

「先生、ちょっと体調が悪いので保健室へ行ってもいいですか」

生徒が板書を書き写すのを待っている先生へ、僕は手を上げて言う。
こんなこと、小学校の頃の作文発表会が嫌で逃げ出したとき以来だ。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 13:27:41.39 ID:M4hWSeDR0

「ん?そうか、なら行って来い」

先生は特に気も留めず、返事をした。
長年、教師をやっていればよくあることだ、昨日も途中退出した奴もいるしな。
どうでもいいらしいので、僕はさっさと席を立つ。

おっと、そうだ。

僕は教室を出る前に、数少ない友人である奴のがっしりとした肩を叩いて小声で話しかけた。

「戻ってこなかったら、荷物、よろしくな」

「ちっ……サボりかよ。わーったわーった、行って来い」

奴は僕を快く送り出すと、なぜかカイロを渡してきた。ありがたく受け取ろう。
教室の扉を開けると、机に伏せていた生徒が顔をあげる。
だが、俺が扉を閉めるときにはすでに顔を伏せ、教師の語らいを子守唄にして夢を見ている様子だった。

「あー……、変に沈黙が降りてると。結構勇気いるんだな」

まだ、すこしどきどきしている。
そんなことよりはやく行こう。
授業をサボった上に、自殺も止められなかったのでは話にならんからな。
北館へ行くには、校舎間にある通路を通ればいいのだが、一番の近道には教室がずらりと並んでいるのだ。
だから、少し遠くなるがその通路の反対側から屋上へ上がることにする。
教師に見つかるのも嫌だし、言い訳するのも面倒だ。
僕は自然と足を速める。そして屋上への階段を上りきり、扉を確認する。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 13:31:24.20 ID:M4hWSeDR0

「やっぱり……誰かいるのか」

何をどうしたのかは知らないが、屋上への扉の鍵と鎖についた南京錠は丁寧に外されていた。
ただ単に閉め忘れなのかも知れないが…。
その扉のドアノブに手をかけ、ゆっくりと引いた。
すると、ぶわっ……! と、扉の隙間から風が吹き込んできた。

風が冷たいな……ずっと春とか秋だったらいいのに。
冬は嫌いだ、寒いからな。夏も、暑いから嫌いだ。
そんなもやしっこな僕には、この寒さは耐え切れない。
さっさと自殺願望者の首根っこを捕まえて、はやく戻りたいところだ。
僕は奴から譲り受けた、カイロをポケットの中でにぎにぎしつつ、あたりを見回す。

……そいつは割とあっさり見つかった。まぁ遮蔽物なんてほとんどないからな。

「…何やってんだ。あんたは」

つい、呆れた口調になってしまう。
それも仕方ないことだろう。
そいつは細い腕で、自分の体を抱きしめ。体育座りでフェンスにもたれ掛かっていた。
小さい顔をあげて僕を見つけると彼女は開口一番こう言った。

「…や、やぁ。今日は、と、とっても冷えるね…」

「まったく、人騒がせな奴だな」

腕を組んでふぅ……と大きく息を吐く。吐き出された息は、白くたなびくように僕の後ろへ消えていった。
そう言うと、そいつは口を引きつらせて微笑む。寒いんだろうと思うけど僕は何か違和感を感じていた。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 13:33:15.20 ID:M4hWSeDR0

「ふふ……そうか、君があれを見たんだね」

嬉しそうに微笑むけど、やはりその笑顔はぎこちない。いつからここにいたんだ。
いや、さっきの授業が終わってからだろうけど。

「なぁ……自[ピーーー]る気ないなら、戻らないか」

そろそろ限界そうな彼女に一つ提案してやる。

「そ、それはいい案だ。は、はやく戻ろう。わたしが凍死してしまう」

そいつは立ち上がり、先に扉へ向かっている僕の後をおぼつかない足取りでついて来る。

(こいつ、小さいな)

何なんだこいつ、自[ピーーー]る気ないのかよ。
何がしたかったんだ、という疑問は置いておいて。
まず、僕はそう思った。
150cmくらいか? ちなみに、僕は165cm。
そして、全体的に華奢なのだ、たとえるならよく出来た人形。
その容姿は、綺麗な黒髪を肩まで伸ばし、前髪を小さな白い髪留めで止めている。
そして透き通るような白い肌、高校生には見えない童顔。
出会いが素敵な出会いであれば、一目で恋に落ちてしまう
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:35:09.01 ID:M4hWSeDR0

なーんてこともあったかもしれない。

おっと、勘違いしないでもらいたいが。
僕は、俗にロリコンと呼ばれる人たちの類ではない。
好みの顔がちょっとロリっぽかっただけだ。

「君、はやくしてくれないかな? わたしは今すぐこの扉を閉めたいんだ」

いつの間にか彼女は僕を抜きさっていたようだ、扉の向こう側で手招きしている。

「あぁ、悪い」

僕もさっさと建物の中に避難する。
すると、彼女はすぐさま扉を閉めた。
校舎の中は、風がないのでそこまで寒くはない。
だが、決して寒くない訳ではない、僕はポケットのカイロをまたにぎにぎする。
ふと横目で見ると、彼女はご丁寧に錠を掛け直し、赤くなった手に息を吐いて揉み手をしていた。

「あんた、どうやって鍵を開けたんだ?」

僕は思ったことを口にする。
すると

「……き、企業秘密だ」

こいつ、そっぽを向きやがった。まぁ、深く追求しないでやる。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:37:43.09 ID:M4hWSeDR0

それだけ話すと、場に軽い沈黙がおりる。
ま、初対面な訳だし。僕は初対面の人とフレンドリィに会話するほどのコミュニケィション能力を持ち合わせてはいない。
いやほんと、まったく残念なことにな……。

「……ほら」

まともに喋れない癖に沈黙も苦手な僕は、まだ寒そうに手をこすり合わせている彼女に、カイロを差し出す。

「ん?」

いきなりの僕の行動に戸惑い、彼女は首を少し傾げる。
これを、どうしろ? と
その目が語っているような気がしたので、僕は言葉を継ぎ足す。

「寒そうだからな。ないより、マシだろ?」

さっきは風が強く、伏し目がちだったせいか、彼女の目はあまり印象になかったが
彼女の瞳は大きくて綺麗で、真っ直ぐに見つめられると少し照れる。

「ああ、ありがとう」

僕の意図がちゃんと伝わったのか、にこりと笑うと僕の差し出したカイロに両手を伸ばす。
ぴとっ!と彼女の冷たくて小さな手がカイロと僕の手に触れる。

「!!」

予想外の行動に、今度は僕が戸惑う。

「あぁ、温かい…」

ふにゃ、と無邪気な笑みを浮かべて、僕の手を摩ってくる。
彼女の手はすべすべして、柔らかくて、かなり恥ずかしい。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:39:05.67 ID:M4hWSeDR0

「お、おい…僕は、カイロをあんたにあげようとしただけで…」

これ以上は耐えられそうにないので、ちゃんと説明してみる。
すると彼女は

「む? いいじゃないか。このほうがより、温かい」

……どうやら、心からそう思っているようだ。

すり…すり…

あまり強く言うこともできず黙っている。でもやっぱり恥ずかしい。

(……)

しばらくその行為は続く…。
……だっ、駄目だ!顔が赤くなってくる。
僕は、顔を背けるついでに、手すり越しに誰かいないか探す。
授業中な上に異性と手を繋いでいた、なんてところを見られると
変なうわさを流されかねない。
……そんな僕の気持ちにも気づかずに、彼女はにこにこしながら言う。

「ふわぁ…やはり人肌はいいものだね」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:40:32.52 ID:M4hWSeDR0

自殺願望がある奴には、見えないんだけどなぁ。
いっそのこと、自殺をしようとした理由を聞いてみようか?
いや……ヘヴィな話だと、僕が参ってしまう。

などと考えていると

「ふふっ……とても面白い顔をしているよ、君」

いつのまにか顔をじっくりと見られていたようだ。
からかう様な、少し余裕ぶっているというか、上から目線というか。とにかく、そんな笑顔で彼女は言ってきた。

「む……失礼だな。顔だけで、誰かを笑わせられるようにはできていないと思うんだけど」

意味によっては、明日から引きこもりたくなる言葉だったな。

「あはっ!違うよ。面白い表情をしている、という意味だよ」

彼女は、口を開けて笑ってしまったのが恥ずかしいとでも言わんばかりに、口元を袖で隠す。
く……ちょっとかわいいじゃないか。
僕の無言をどう勘違いしたかは知らないが彼女は続けて言ってきた。

「ん……そうだね。君の顔立ちは……どちらかと言うとわたし好みかな?」

ちなみに、このやり取りの最中にも彼女は僕の手を離そうとはしない。
手を握られながら、そんなことを言われてしまえば
並大抵の男は勘違いしてしまうだろう。
だが僕は………………勘違いしそうだな。
多分、僕の顔はもっと赤くなっているだろう。自分でもわかる。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 13:41:08.34 ID:m/XQDOpDO
期待
sagaれよ言おうと思ったら途中からsagaってたでござる
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:43:25.39 ID:M4hWSeDR0

そしてついに指摘されてしまう。

「??…大丈夫かい?君、顔が赤いよ。……熱でもあるんじゃないかな」

と言って、心配そうに顔を覗き込んでくる。
……こいつはかなりの天然かもしれん

「い……いや、大丈夫だ。そ、それよりっ」

無理に話を変えようとして、俺は少し言葉に詰まる。
やはり聞かないほうがいいのか?
だが…。

「?」

僕の言葉を待つように、小首をかしげてこちらをじーっと見据えている。
不審に思われる前に、思い切ってその話題を振ってみる。

「……あの落書きは、遺書のつもり、だったのか?」

冗談めいて言ってみたが、少し緊張しているのは隠せていないだろう。
…地雷だったか?
しかし、僕の予想に反して、彼女は笑みを絶やさずに即答した。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:45:34.65 ID:M4hWSeDR0
「ああ、そうだよ」

意表をつかれた、が。
考えてもみろ、まったく飛び降りる気がなかったのと、そそくさと校舎に戻ったところをみると
そこまで深刻な悩みを持っているのではないんじゃないか。と思い直す。
それならば、変に気を使わなくても、いいか…。

「何で……?自殺する気じゃなかったのか」
「ふふっ……なんだい。わたしが死んでいたほうがよかったかな?」

ジョークを交えて話す余裕もあるんだな。

「見ず知らずの奴に死んで欲しいなんて思わないさ。なんで自殺なんてしようとしたんだ?」

流石に、理由を聞くのはまずいか?
いや、この流れから想定すると欝だ死のうとか軽いノリだったのかもしれん。
欝だ死のうを、軽いノリだと判断するのは……時と場合と人によるけどな。あれそれってそう判断しちゃあ駄目じゃないか。

彼女は少し戸惑う。

「……こんなこと言うと、変な奴と思われるだろうね」

もう思ってるさ。
そう口の中で呟きながら、次の言葉を待つ。
彼女は、僕と重ねた手を見つめゆっくりと話し始める。

「わたしは、だね」

うんうん。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:46:56.22 ID:M4hWSeDR0

「死ねないんだ」

うん……ん?

死ねない?どういうことだ。

「ある人は思ったことがあるだろう。なぜわたしは飛べないのか?
ああ、鳥になりたい、鳥のように空を飛びたい、と」

見えない何かに訴えかけるように、彼女は両手を広げた。
それが、死にたいってことと何か関係があるのか?

「人は夢を見るんだ。自分に出来ないことを」
「夢……」

僕は、その響きを確かめるように呟く

「死ねないわたしは、死ねる夢を見る。だからわたしは死にたいんだよ」
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:48:32.75 ID:M4hWSeDR0

――――――−-‐

そのとき僕は、言い表せないような、寒気みたいなものを感じた。
それが何かはわからない……ただ
何を言うべきか、何を言わざるべきか、そんなことばかり考えていた。

「ふ、ふふっ…変なことを言ってしまったね。あまり気にしなくていいよ」

彼女は、手を離す。

「ぅあっ……」

小さな呻き声に似た声が聞こえる、それが僕の口から発せられた声だったことに、僕は気づかない。
彼女はにっこりと微笑むと

「それじゃあ、ね。……今日、きみが止めてくれて嬉しかったよ」

彼女は僕との距離を空けるように後ろへ数歩下がった。
そしてそのまま……手すりに手をかけ、階段を下りて行こうとする。

「ゆ、夢はッ……!」

慌てて声を掛けるが上ずった声しかでてこない。
それでも、彼女は歩みを止めてくれた。
きちんと話すために、僕はこほんと軽い咳をする。

「夢は……叶えてみれば、そういいものじゃないかもしれない」
「……」
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:50:14.52 ID:M4hWSeDR0

彼女の顔は、見えない。

「あんたの夢は……まぁ、変っちゃあ変だけどさ。できないことをしたいって気持ちは……わかる。
でも、その夢で終わらせちゃっていいのか? もっといい夢を持てるかもしれないのに」

まだ返事をしてくれない。僕は変なこと言ったかと思いつつも、喋り続けることしかできない。

「お嫁さんでも看護師だったり保育士なんかでもOLだろうが教師にだって、
 色んな夢をあんたは見れるんだからさ……死んで、夢が叶うなんてこと……言うなよな……」

流石にOLを夢だというのはどうだろう、突発的に喋ってしまったことを後悔する。だがそれももう遅い。
そのせいか、徐々に僕の言葉は語気が弱くなっていく。
それでも彼女は振り向いてくれない。
さてこれは困ったぞというところで、場に静寂だけが流れる。

「……じゃあ」

しばらくして、やっと彼女は僕の言葉に返事をしてくれた。その声は、少し震えているような気がしたけど。

「きみが、わたしに違う夢を見させてくれないか?」

そう言って彼女は振り向いた、笑顔を絶やさずに……。
僕はその目をじっと見つめる……彼女も僕の目を見つめた。
その目からは一筋の涙が流れている。
嬉しくて泣いているんじゃない、だけど何が悲しくて泣いているのかもわからないんだ。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:51:52.47 ID:M4hWSeDR0

「僕が、あんたに……?」

どんな夢を見させてあげれるだろう。

「だめ、だね。こんなこと言うなんて」
「構わない」

僕は、笑顔のまま泣く彼女に何かしてあげたかった。
大したことできないだろうけど
こんな僕でいいんならな。

「あんたのために、人並みな、平凡な夢を見させてあげるよ」

そう言うと彼女は驚いたように目を丸くした。
こんな変なことを言う自分なんかに、死にたいって言う自分なんかに
協力してくれるなんて思ってなかったって、そういう表情。
彼女の顔は段々と俯いていくと、小刻みに肩が揺れはじめた。

「お、おい、どうかしたのか?」
「………い、いや」

くつくつと、喉の奥から出しているような声に少し戸惑う。
何かおかしなことを言っただろうか?
と、先ほどの言葉を思い出してみる……。

「……ッ、わ、笑うなよっ!」
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:53:18.96 ID:M4hWSeDR0

思い出して僕は赤面する。
冷静に考えると、僕はかなり恥ずかしいことを言ったんじゃないか?
場の空気に流されたとはいえ……あんたのために。だって? 漫画やアニメじゃあるまいし……。

「ふふっ……きみも、おかしな人だね」
「うるさいなっ……。で、どうするんだよ」

僕は返事の催促をするが、彼女は疑問符を浮かべ小首をかしげている。
この動作を見ていると、アライグマ君にいじめられている子リスを思い出す。
まったく気づかないようなので、僕はまたまた言葉を継ぎ足す。

「夢、見たくないのか?」

あぁ、と納得した表情になる。
そしてにこりと笑う、何か思いだしたような笑顔だ。
大きく一歩、子供がするような動作で僕に近づく……近づきすぎだろ、これ。
彼女との距離は約20cm、半頭身くらい高い僕を少ししたから見上げる。
対し、僕は半歩さがり仰け反る。
それに構わず彼女は唇を軽く突き出し、頬を朱に染め、左手の平と右手の甲を体の前で軽く合わせながら
口を開いた。

「みたい……です、あなたと。おなじ夢が」
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 13:55:03.92 ID:M4hWSeDR0

「なっ……」

何を思ってこんなことをしだしたのか、わからないけど。
破壊力だけは抜群だった。僕は挙動不審になり、目が合わせられなくなる。

「ふふん、実に礼儀ただしい頼み方だろう? ……あれ、どうしたんだい
 また面白い顔になっているよ。 あ、もちろん表情がだね」
「な、なんでもない……が、あんたはいろいろと間違ってる」
「そうかい……? わたしの友達から教わったのだけれども……」

友達……なるほど、純粋な子によからぬことを吹き込んで遊んでるってわけか。
いい趣味してやがる……。
と、悪態づきながらにこにこ微笑んでいる彼女に視線を向ける。

「わたしは黒木ゆき、よろしくおねがいするよ」

そして彼女は手を差し出す

「僕は……―――――」

差し出された手を僕はしっかりと握る。
その手は温かくて、小さかった。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 13:57:25.19 ID:TLdyoDGAO
凄い厨二病な子たち
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 14:07:52.69 ID:o7z87JRJo
お互いが厨二だね。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 15:25:46.21 ID:Xh1TnDpAO
だがそれがいい
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 15:26:59.11 ID:M4hWSeDR0

    *

……寒々とした日が続く今日日、2月という冬真っ盛りなこの忌々しい季節。

現在は5時限目と6時限目の間、休憩時間だ。
いきなりだがこの俺、御崎健司は陸上部に所属している。
誰にでもお分かりいただけるだろうが、この寒空の下で行う野外スポーツというのはかなり辛い。
俺は走高跳、ハイジャンを主に練習しているのだが……。
正直あまり得意ではない、陸上を始めたきっかけというのが足が遅かったから、だ。

だが顧問に短距離走をしたいと言うと、全力でお勧めされなかったのだ。
こっちのほうが向いているということで妥協に妥協を重ねてこのありさまだよ

ともあれ、早く暖かくなっていただきたい。と思いながら窓の外を眺めていると

「よーう、健司ー」

よく聞く声がすぐ隣から発せられた。それに答えるべく俺は視線を動かす。

「横島か、どうした?」

そこには黒縁メガネの男がいた。
こいつは横島紀明、一言で人格を説明すると絡みがうざい。

「べっつにー? てかどしたのどしたのー? 一人で黄昏ちゃってー」

「極寒の地でもうすぐ薄着で駆け回ることになんだぜ、憂鬱にもなるだろー」

といって、俺はぐでーんと机に突っ伏すがそいつはへらへら笑いながら話続ける。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/06(日) 15:29:49.74 ID:M4hWSeDR0

「はっはー、そんならさぼっちまえばいーのよー」

「そうは言ってらんねーよ、部長に殺される……」

そう、陸上部の部長はとてつもなく恐ろしいのだ、身長180大の俺でもだ。

「きぃちゃんねー。ま、陸上部にはいっちったのが運の尽きよ、諦めるしかにぃね」

「はぁ……」

俺が深いため息をついていると

「あんれ、ところで高峰は?」

「そういえばあいつまだ戻って来てないな」

「どったの? オレは別教室だったからわっかんにー」

俺たちと横島は選択科目が違うので別々の教室で授業を受けるときがあるのだ。

「あいつ、途中で授業フケやがってな……まったくけしからん」

「はははー、健司に言われちゃおしまいさー」

「くっ! 横島、言うじゃないか」

しょっちゅう寝不足だと言って保健室で休ませて貰っている俺は、もう先生方にも飽きれられて何も言われないくらいだ。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/06(日) 15:31:12.06 ID:M4hWSeDR0

そのとき、ガラガラッと教室のドアが開く音がした。
休み時間なので誰が戻ってきてもおかしくはないが、ゆっくりと教室に入ってくる人物はちょうど噂をしていた人物だった。
中肉中背のその人物……高峰は一直線で俺と横島のとなりへやってくる。

「やっと帰って来たな? このサボり魔め」

「はは、お前には言われたくない」

噂をすればなんとやら、高峰は俺の嫌味を鼻をすすりながら軽く返す。
心なしか頬も赤いような気がする。

「なにしてたのさー、もしかして逢引かなー? かなー?」

「そ、そんなわけないだろ」

あからさまに目線をそらした。こりゃあ黒だな……。久しぶりの餌だぜ、ふへへ
さらに問い詰めようとしたとき、授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

「やべっ、授業の準備してない。健司、荷物ありがとうな」

逃げ道ここにあり、とばかりにそそくさとその場を去る高峰。

「むむーん、んじゃオレも戻っときますかねー」

「おう、さっさと去れ」

しっしっ、と手を振って追い払うような仕草。

「ひどいやひどいや!! 親友を無下に扱うなんてぇー!」

そういいながらだばだばと歩いて戻っていった。
さて、みんな大好き


睡眠学習の始まりだ。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/06(日) 19:34:28.93 ID:zAjO84HVo
期待
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/08(火) 00:55:23.14 ID:7DeFjes40
    *

時は進み放課後
部活動に参加していない生徒は速やかに帰宅する時間だ。
正門からぽつりぽつりと人が流れていく。
一人で帰るもの、二人で帰るもの……とにかくそれぞれが自分の帰路についている。

中には真っ直ぐに帰らない、あまりよろしくない生徒もいるだろうが……。
そんなことを考えつつ、黒木は自分もその一部であることに気づき、苦笑する。
部活動に参加しておらず、人付き合いも苦手とする黒木は基本的に直帰だった。
唯一の友人は生徒会だとかであまり構ってはくれないし……。
と、黒木は少し拗ねてみた。

だが今日は違う……見ず知らずの男の子と知り合い、相談に乗ってくれる約束をしたのだ。
心なしか気分がいいように感じる。
そこで黒木は、あれ……? と少し不安を覚える。
見ず知らずの誰かで、あまり接したことのない男性

( 男は羊の皮をかぶった狼なのだとお母さんが言っていた……)

黒木が幼少のころ母はそんなことを黒木に言い聞かせ、父は隣で苦笑していた。
そんな昔のことを思い出し、黒木はふと髪を撫でるように触った。
指先では小さな髪飾りがしっかりと存在している。
それに微かな安堵感を覚えるが、まだ残る不安を煽るかの様に一際強い風が吹いた。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:56:47.24 ID:7DeFjes40

「っくちゅん!」

黒木は慌てて口元を押さえたが鼻水が垂れてしまった。体を冷やしてしまったのだろう。
その様は幼い外見に相応の姿で、思わず大丈夫? と声を掛けたくなるほどだ。
だが黒木に声を掛けるものは一人もいない……、結構な時間を待っていたのだ。辺りに生徒の姿は見えない。

「……うぁー、ティッシュあったかなぁ」

ずず、と鼻を啜りながらもティッシュを探してポケットの中を探る。

「……悪い、待たせた」
「んぁ?」
「わ、どうした。鼻水が垂れてるぞ」

後ろを振り向くとさきほどの男子……高峰が小走りで近寄ってきたところだった。

「っ!? や、やぁ」

別に驚くほどのことではないのだが、なぜか身構えてしまう。
出会ったときはあれほどのことをしていたといのに、黒木はやはりどこかおかしな女の子だった。

「……? あぁ、ティッシュないのか? っと……ほら」

高峰はポケットティッシュを取り出して鼻水が垂れたままの黒木に手渡す。
ふと触れた手はとても冷えていて、高峰はどこか申し訳なさそうな表情をした。

「ありがとう……んっ」
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 00:59:08.21 ID:7DeFjes40

黒木は素直に渡されたティッシュで鼻をかもうとするが
手が悴んでしまって上手くいかないようだ。

「ったく、しょうがないな」

見かねた高峰は片手でティッシュを押さえてやる。

「ほら……ちーん」
「ちーん」

されるがまま、黒木は鼻をかんだ。
高峰は綺麗に鼻水を拭きとってティッシュを丸め、ポケットティッシュの袋の中に入れると
またポケットの中にしまった。

「すまないね……」
「それは言わない約束だろ?」
「……?」
「ま、まぁ。待たせといてなんだけど、はやく行こう」

そんなやり取りをしつつ、やがて二人はゆっくりと歩き始めた。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/08(火) 08:21:35.02 ID:zh5UfP5Fo
乙かな?
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/08(火) 16:15:54.21 ID:7DeFjes40

「喫茶店とかでいいよな?」
「……わたしはどこでも構わないよ?」
「じゃあ近くにお店があるから、そこに行くか」

二人は並んで歩くが、歩幅が合わないせいか黒木が遅れ気味になる
そのたびに高峰は歩調をあわせる。

「うぅ……ほんと、寒いね」

さっきから感じていたことだ、黒木は気を紛らわすかのように高峰に微笑みながら呟くが
それで寒さが和らぐことはない。

「あー、ごめんな。連れに絡まれちゃってさ、遅れた」

高峰は申し訳なさそうに謝った。

「えっ? あぁ、そういう意味で言ったんじゃないんだよ?」

と黒木、そして「わたし、あまり人と話すことないから……何話したらいいかわからなくてね。はは」と自嘲めいて笑う。

「や、でもさ……そうだ」

ふと何かを思いついたかの様に、高峰は自分の首に巻いていたマフラーをするっ、解くと
その様子を不思議そうに見ていた黒木の首に巻きつけた。

「……?」
「少しはマシになるだろ?」

にこりと高峰は微笑んだ。

「あっ、ありがとう……暖かいよ」

黒木もにこりと微笑む、寒さのせいか頬が赤く染まっていた。
そして二人は再び歩き出すが、黒木は顔をマフラーに埋めてしまい
それ以上の会話は喫茶店にたどり着くまでお預けとなったのである。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/08(火) 16:17:34.23 ID:7DeFjes40

    *

からんからん……と乾いた音が人の少ない店内に響いた。
まだ晩御飯には少し早い時間なのだ、この店は自営業の喫茶店にしてはそこそこ繁盛しているほうだ。

「いらっしゃいませー、何名様ですかー? ……って高峰君か」

店の奥からやってきた、いかにも気だるそうな雰囲気をかもし出している男は
僕の顔をみるなり笑顔で話しかけてきた。

「おいおい、接客する態度じゃないだろ……伊藤」

僕が苦笑いしながらそういうと、伊藤……伊藤翔は笑ってごまかした。

「ところでそっちの子は誰? 彼女?」

伊藤が黒木を指差すと、黒木はきょとんとした顔で首をかしげた。

「……わたし?」

黒木にはあまり冗談は通用しないようだ……、伊藤も少し困った顔をしている。

「あーはいはい、そんなんじゃないって」

そんな風に僕が流してやると

「こーらぁ伊藤ぅ! なにやってんだ早く料理運べ!」

厨房から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。

「いっけね……あ、悪い高峰。適当なとこ座ってて」

と言うなりそそくさと戻っていった。

「だから接客……まぁいいか。禁煙席でいいよな」
「え? う、うん……」

僕はこっちだ、と黒木を誘導して禁煙席の壁際の席に荷物を下ろして座った。
黒木もそれに倣って、マフラーを外すと荷物と一緒に隣の椅子に乗せて座った。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/03/08(火) 17:45:24.73 ID:7DeFjes40

「ふぅ……あ、せっかくだし何か頼むか」

と僕はメニュー表を取って机の上に広げた。
何を頼もうか、と僕はメニューを見つめて思案する……。
まぁメニューは全部知っているんだけど。
なぜかさっきから緊張した面持ちの黒木が頼みやすくするための配慮、だ。

「あんたも何か頼むか?」

何て言いながらから黒木のほうを見やると、黒木は目を輝かせてメニューを見つめていた。
少し僕は面食らうがその視線の先を見て、あぁと納得した。

「…………」

女の子は甘いものは大好きだろう、黒木はいちごのタルトを無言で見つめているのだ……。
僕は何も言わずにその顔を観察していると、何か思い出したかの様に瞳の輝きが消え
しょんぼりとした表情になった。
その一部始終を見ていると何故だか普通の女の子に見えてしまうから不思議だ。
そう思ってしまったことがどこかおかしくて、僕は微笑んでしまう。

「……?」

僕が黙り込んでいたのに気づいてか、黒木はしょんぼりとしたまま顔をあげる。
そして僕と目があった瞬間、何ともいえない表情をした。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/09(水) 23:29:47.03 ID:G4Q6VOqs0

「あ、あはは……」
「頼まないのか?」
「持ち合わせがなくて、ね……」

そう聞くと黒木は少し恥ずかしそうに言った。
何だ、そういうことか。

「すいません」

注文を頼むべく、僕は近くを通りがかった伊藤を呼び止める。

「はいはい、ご注文はお決まりになりやがりましたか?」

店長に怒られて少し自暴自棄気味な伊藤は、かなり乱暴になった丁寧語で注文をとりに来る。
こいつの知り合いへの馴れ馴れしさには割りと慣れた。

「いちごタルト一つと、ミルクティー二つ」
「はい、いちごふふんふとふんふふふティーがふんふんですねかしこまりましたそれではお待ちください」

伊藤はメモを取りながら早口で注文を繰り返すと厨房へ戻っていった。
不真面目に見える奴だが、やることはちゃんとやる男だ……と願いたい。
すると、さっきまでぽーっとしていた黒木が、ぽつりと呟いた。

「きみ、いちごタルト好きなのかい」
「あー、甘いものは好きだなぁ。ははは」

そういうと黒木は少し恨めしそうな顔で僕を見てきた。……そこまで欲しかったのか。

「うー……」
「はは、そう唸るなって。全部奢るほど僕は気前がよくはないんだ」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/09(水) 23:31:07.56 ID:G4Q6VOqs0

あと、と僕は付け足す。

「ミルクティー、流石に飲めるよな? あんたが飲めないなら無駄になるんだけど……」
「え? うん……飲める、ミルクティー好きだよ」
「そうか、それならよかった」

適当に注文したけれど、ちゃんと当たりを引けてよかった。
……この子はあまり人の話を聞かないな……やはりどこか抜けている。
と、ちょうどそのとき、伊藤がやってきた。

「はいおまた、こちらいちごタルトとミルクティーになります。料金は高峰のバイト代から引かせてもらうから、ではごゆっくりー」
「えっ、おい」

なぜかいちごタルトを二つテーブルに並べると
伊藤は僕を無視して去っていった……。
相も変わらずきょとんとしている黒木はどうしていいか分からずに、渡されたカップを握り締めている。

「……?……?」
「あー、つまり奢りってことだよ」

本当は一つのタルトを二人で分けよう、って思ってたんだけどな……おのれ伊藤。
それにしても、何故この子はここまで他人の好意に鈍感なのだろうか……。
普通は気づくぞまったく。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/09(水) 23:32:47.69 ID:G4Q6VOqs0

「食べていいのかい……?」
「そう言ってるだろ、はやく食べないと両方とも僕が食べるからな」

と言って、僕はご丁寧に4ピースに分けてあるタルトをひとつ摘んで、口に運ぶ。
……うん美味しい。指に残ったタルトの欠片を口に放り込み、ミルクティーで流し込む。
ちょうどいい熱さのミルクティーが体の芯から温めてくれる……。と甘味の余韻に浸っていると

「あっ、……ありがとう」

黒木はそう呟くと、タルトに手を伸ばす。
そして上に乗ったいちごが落ちないようにゆっくりと口に運び、小さな口でタルトを齧った。

「美味しいね……」

心の底からそう思っているといわんばかりの屈託のない笑顔で黒木は言った。
そう言ってくれると、少しばかり減った僕のお給金も報われるだろう。
何て考えていたら、黒木がそういえば。と言って僕に問いかけてきた。

「伊藤……くん? はきみの友達なのかな、あとバイト代って」
「まぁ、友達かな。僕はここでバイトしてるんだよ、それで伊藤とも知り合った」
「へぇ……でも、本当によかったのかい?」

恐らく給料のことだろう。鈍感なくせに、そういうのは気にしたりするんだな。

「いいよ別に、ちょっとしたお小遣い稼ぎでやってるんだからな。使い道は僕の勝手だ」
「そう……ふふっ」
「な、なんだよ」

突然笑い出した黒木に僕はたじろぐ。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/09(水) 23:35:34.81 ID:G4Q6VOqs0

「い、いや? きみは優しいね……ぶっきら棒だけど」
「どうしたんだよ、いきなり」

よくわからないけど褒められたようで、僕は少し照れる

「とても懐かしいよ」
「……?」

黒木はまだふふふ、と笑い続けている。今度は僕がどうすればいいかわからなくなる番だった。

「……ふぅ、すまないね。ところで、わたしの相談に乗ってくれるってことだったけど」
「あぁ……そうだったな」

いや、すっかり忘れていたというわけではないんだけど……。
いざとなるとどうすればいいのか分からないな、とりあえず……っと

「将来の夢、からだよな」

決して簡単に、単純に思っていたわけじゃあない。
ただ、このあと僕は予想以上にどうしようもない状況に、足を突っ込んでいたと知る。
まぁ……皆さんお察しの通りだろうけど。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/09(水) 23:36:45.82 ID:G4Q6VOqs0
遅筆ですいませんでした
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/10(木) 03:47:41.34 ID:lyNPTLhAO
乙ー
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/10(木) 17:37:08.44 ID:qpy++OGIO
こういう小説形式は製速では珍しいから期待してる
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/11(金) 22:42:44.82 ID:fOSAYmcr0
    *

「…………」
「…………」

人が一人、二人とカランコロンと音を立てて店内に入って来る中
禁煙席の壁際の席に座る制服姿、学生の男女は
……ただただ黙って座っていた。

ただし片方は涙目だったりする。

制服を着た男女がこういった店に出入りするのはあまり珍しくはない光景だが
その二人はなかなかに目立っていた。といっても、さきほどまでだが……。

「なぁ、本当に何もないのか?」

中肉中背、むすっとした表情で人の普通という普通を突き詰めたような男が不意に問う。

「…………」

しかし、問われているほう……小柄でセミロングの黒髪に小さいが、存在感のある白い髪飾りを付けているのが印象的の女の子は、手元のカップに視線を落としたまま、答えようとしない。

「何かあるだろう、自分のやりたい事とか」

男は尚も問い続ける。

「…………」

それでもやはり、女の子は無言のまま。

「特技はないのか? 趣味は? 子供のころになりたかったものがあるだろう」

「…………」

女の子は無言で首を横に振る。
地震情報:http://ex14.vip2ch.com/earthquake/
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/11(金) 22:44:13.33 ID:fOSAYmcr0
男はふーっ、と息を吐いてまた続けた。

「このままでいいのか、あんたは危機感が足りないんだ。もう皆、進路は決め始める頃なんだぞ」

どう聞いても、学生が進路相談しているように聞こえるだろう……だろう?
なので最初は異様な雰囲気の二人に対し、奇異の視線を浴びせていた客たちだが、もうあまり気にはしていな様子だった。

「いいか、今からが一番大事なんだぞ。進学したいなら評定や学力テストでいい点取れるように勉強しなくちゃいけないんだ
 女性の高卒が就職するってのはあまり聞いたことないけど、それにしたって大まかな目標は決めておくべきだろう?」

どこかの真剣ゼ○の先生のような説教をする男。
対し、女の子は

「ぐぬぬ……」

眉をひそめて唸っていた。
次に男は、手元にあるノートの切れ端を見て表情を柔らかくした。

「……聞いたところ、テストは平均あたりのようだな……なかなかやるじゃないか」

「………えへへ」

初めて褒めてもらえたせいか、女の子は視線を上げて照れたように笑う。
しかし男は

「だが、平均点を基準にするのは駄目だろ? 所詮は平均、壊滅的に学がないわけでもないが
 特筆すべきことでもない。”みんなと一緒だから大丈夫”という考え方はあまり褒められたもんじゃないぞ」

と言い放った。

「……あぅ」

地震情報:http://ex14.vip2ch.com/earthquake/
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/11(金) 22:46:31.19 ID:fOSAYmcr0
再び視線をカップへ注ぐ女の子。
中にあるミルクティーはすでに冷めきっている……。
こんなことならさっさと飲みきってしまえばよかったと女の子は後悔していた。

「でもま、目標を見つければ努力はできるさ。だけど……それが見つかるのはまだまだかもしれない
 いつか近い将来に夢を見つけられたとき、今この時にやらなくて後悔するのは馬鹿らしいだろ?
 だから今から、できるだけのことをできるだけやっておくべきだと僕は思う」

「…………うん」

女の子は少しずつ言葉を咀嚼して、嚥下するように頷いた。
その様は、お母さんの言葉を小さいながらにしっかりと理解しようとする子供によく似ていた。

「じゃあ、今日はもうこんな時間だし、帰るか。また明日から……ゆっくりと焦らずに、探して行こうか」
「うんっ」

男の言葉に、今度はしっかりと頷いた。席から立ち上がり、荷物を背負った男に連れて
女の子も席をたちマフラーを手にしっかりと持った。

「ありがとうございましたー、また来いよなー」
「ご、ごちそうさまでした」
「あぁ、どうせ明日になれば嫌でも来ることになる」

店の入り口に向かう途中、接客をしている男が慣れ慣れしく呼びけると
女の子はそれにたどたどしく答え、女の子と一緒にいた男は少しむすっとして答えた。
そして二人は店をでる。カランコロンと音がしたが、扉を閉めると暖かい空気とともに音も遮断されてしまった。

地震情報:http://ex14.vip2ch.com/earthquake/
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/11(金) 22:48:04.09 ID:fOSAYmcr0

「うぅっ……」
「寒いな……」

そとに出た瞬間に襲い来る、冷たい風に顔をしかめながらも二人は歩き出した。
そして店から少し離れたところで女の子が手に持ったマフラーを差し出す。

「これ、ありがとうね」
「あぁ……」

男はそれを受け取ると、来るときと同じように女の子の首にマフラーを巻いた。

「あぅ……?」

されるがままだった女の子が疑問の声をあげると男は、はははと笑い

「いいよ、貸してやる。また今度返してくれればいいからさ」
「でも……」と女の子、それでも男は笑いながら「いいんだって、こんな寒いとあんたは凍死しそうだしな」と言った。

「……ありがとう。ふふっ」

その言葉を聞いて、女の子はにっこりと微笑んだ。
男は照れたように頬をかくと

「あとさ、送っていこうか? もう薄暗いし、さ」と訪ねる。

しかし女の子は「いや、大丈夫だよ」と断り「わたしの家、ここから結構近いんだ」と付け足した。

「……そっか」

男はじゃあ、大丈夫だな。と呟き

「また明日な。黒木」と言って微笑む。

「うん、また明日。ばいばい高峰くん」女の子も笑顔で返した。

地震情報:http://ex14.vip2ch.com/earthquake/
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/11(金) 22:51:33.61 ID:fOSAYmcr0
今日は終わり。
地震怖いよね、僕のとこも揺れました。
どうしようもないですけど、被災者の方が無事あることを祈っています。
海岸近い人は津波にも気をつけて、では。
地震情報:http://ex14.vip2ch.com/earthquake/
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/12(土) 11:28:28.59 ID:TAgV8fFao
おつおつ。

支援
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/13(日) 14:31:19.26 ID:+f4Djw5j0
    *

辺りはもう薄暗い。
喫茶店を出て、黒木と別れてから十数分。
僕は人気のない道をとぼとぼと歩き続けていた。
僕の家はもうすぐそこ、住宅地が密集するところにある。

ちょっと寄り道をして帰るとき、薄暗い中で自分の家の明かりを見つけると
自然とウキウキ……稚拙な表現だが、そんな気持ちになったりしないだろうか?
なんて、誰に問うでもない他愛のないことを考えながら、自然と僕は足を速める。

それと、あと何歩で家に着くか! ってこともやってみたりな、いやほんと他愛ないことだが。
まぁそんなのは小学生の頃に卒業したよ。ははは。

「101……102……103」

心なしか歩幅も大きくなる。
僕は104、105と言って我が家の玄関へと立った。
車庫に目をやるが、まだ母さんは帰って来ていないらしい
こんな時間に帰ってくるのが珍しいくらいだけれども。

僕は玄関の扉を開ける、鍵はかかってはいない。
そのまま体を滑り込ませるように家の中に入ると、扉についたドアマンが自動で扉を閉めてくれる。
そして靴を脱ぎ、スリッパへ履き替えると、僕はそそくさとリビングへ向かった。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/13(日) 14:34:25.02 ID:+f4Djw5j0

「あ、にいちゃん。おかえりんこー」

どこからともなく陽気な声が聞こえてくる、おそらくは炬燵の中だ。

「ただいまん……って言うわけねえだろ」

僕が返事をするとあははーとこれまた陽気な笑い声が聞こえてきた。
そこいらに背負っていた鞄を降ろし、炬燵へ足を滑り込ませると
猫のように丸まった妹がひょっこりと顔をのぞかせる。
えぇと……一応紹介しておくが、これが僕の妹。高峰鈴……これでも中学二年生だ。

「それよりおなか空いたよー、遅くなるならメールくらいしてよね」

「あぁ悪い悪い。そんな遅くなったか? ってまだ5時すぎじゃないか」

「十分遅いのー、はやくしてよね」

言うだけ言うと鈴は炬燵の中に潜りなおした。

「ったく、炬燵の中で寝るなよ。風邪引くぞ」

そう忠告すると、あいあいー。と気の抜けた返事を返してきた。
さて、まずは着替えないとな……。
と炬燵の温もりに浸りたい欲望に、何とか打ち勝って立ち上がると、
脱いで放ったらかしにされたニーソックスを発見してしまった。
だらしないなぁ……もう。そうぼやきながら、僕はそれを拾うと洗濯機に放り込みに行く。
そして一旦自室に行き、制服をつるすと部屋着に着替え
リビングに戻る、すると鈴は炬燵から半身を乗り出して、リモコンを片手にテレビを見ていた。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/13(日) 14:37:52.04 ID:+f4Djw5j0

「……なんか見たいものでもあるのか?」
「んーん……面白い番組探してるの」

ピッ、ピッと鈴がリモコンのボタンを押すたび、瞬時に画面が移り変わっていく。
何番組か飛ばしたあと、鈴がテレビをぼーっと見つめだした。
何を見ているのかとテレビを横から眺め見ると、画面には昼間の町が映し出されていた。
頭頂部からハゲている、脂っこそうなおじさんがマイクを片手に演説みたいなことをしている。
音が小さくてよくわからないけれど、その演説を聴いているじいちゃんばあちゃんは真剣に演説を聴いていた。

「なにやってんだ? それ」
「ん、あれ。結構前に地震あったじゃん、この時期の昼間に」
「あぁ……」

と僕は納得する。あれは4〜5年前だったかな
この町に……ってまぁこの町だけじゃないんだけど、なかなかの規模の地震があった。
町は内陸部にあるので、津波の被害はなかった……だが
耐震工事を行っていない木造住宅の倒壊やら、落下物などの被害で被害者死亡者はかなりの数になった。
さらに、あるデパートが……手抜き工事だったか鉄骨がなんだったか、覚えてはいないけれど
これまた倒壊、何人もの家族連れの客が閉じ込められそりゃあもうすごい騒ぎになったと記憶している。
それを含めてもこの町だけで被災者は100を越えたそうだ。そのとき僕は学校で船を漕いでいた。
いきなりの地震に体は過剰反応し、椅子から転げ落ちたのも過去の思い出だ。運よく学校は無事だったけどな。

つまり、今日はその地震があった日。今日のお昼に、災害でなくなった方たちを追悼していたのだ。
町長らは予算をケチり耐震工事を遅らせたことを反省し、災害の恐ろしさを忘れないために毎年追悼式を催している。
しばらくして、テレビから微量であるがサイレンの音が聞こえてきた。
僕は立ったまま軽く黙祷を済ませると、まだテレビをぼーっと見つめている鈴に話しかけた。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/13(日) 14:44:02.81 ID:+f4Djw5j0

「今日は何がいい?」

「ハンバーグ」

「またか……時間かかるけど?」

「うぅー、いーよ別に」

鈴は少し考えるように唸るとそう言った。
おなか空いてるんじゃないのかよ。

「はぁ、しょーがないなぁ」

面倒だと感じながらも僕はエプロンを身につけ、キッチンへ向かう。
材料あったか忘れたけど……鈴はハンバーグが好物なのでひき肉は安いときに買いだめたりしてる。
冷凍庫を開けると冷凍された合いびき肉が1パックあった、それをレンジで解凍しながら
僕はハンバーグの作り方を軽ーく思い出してみる。

まずは玉ねぎをみじん切りにします、すでに切ってあるのでこちらを炒めます。炒め終わっているのがこちらにありますので次はパン粉に牛乳を入れ……分量は下の通りです、ひき肉をいれ少し捏ねたら卵を入れ、塩コショウ、ナツメグを適量。租熱を取った玉ねぎを入れてタネを作ります、すでに捏ね終わっているものがありますので、それを3等分にしてフライパンに油適量を引き、焼いていきますね。片面を中火で焼いて焼き色が付いたらひっくり返して弱火、蓋をしてじっくり焼きます。焼き終わってあるものがこちらにありますのであとはお好みでソースを作って完成です★
そんな訳に行ったら楽、なんだけどなぁ。
あとあれって過程で出来たものは、最後まで作ってスタッフがおいしく頂いたりするのかなぁ。

取り留めのないことを考えながら、僕は玉ねぎを微塵に切る作業を始めた。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/13(日) 22:49:34.38 ID:+f4Djw5j0
   *

ピピッピピッピピッ……
……うぅん。
ピピッピピッピピッ

無機質で無感情で機械的な音が僕を攻める。
もう何度聴いたかわからない、無限に繰り返されるその音に僕は心底うんざりするも
ある種の不安を覚えることをやめられない。

凍りつくような部屋の空気に手を出し、その音源を手探りで探す。
こつ、と僕の指先が何かに触れ、ついにそれを探し出した。
僕はいまだに耳障りな音を出し、小さく振動しているそれを掴み
黙らせるべく頭頂部のスイッチを押し込んだ。
ただそれだけで、僕を悩ませる音はすぐに鳴り止んだ。

「…………ふぁ」

大きな欠伸をしながら、ゆっくりと僕は起き上がった。
布団が肌蹴て朝の突き刺すような寒さが、僕の半身を攻め立てる。

「うー、寒いよー」

「…………?」

どこからともなく聞こえる声に、寝ぼけた頭はすぐには反応できなかった。

「寒いっていってるでしょー」

次の瞬間、僕の腹に回された細い腕によって、僕は再びベッドに横たわることになった。
ご丁寧に布団まで被りなおして。
どうやら鈴が僕の布団の中にもぐりこんでいたようだ。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/13(日) 22:51:02.30 ID:+f4Djw5j0

「……おい、鈴」

「うぅん、にいちゃんあったかいよ。あいしてるよー」

「何寝ぼけてんだ、ほらどけって」

もそもそと僕の体を使って上へ這いずりだして、鈴は頭を僕の胸元にこすり付けてくる。
完全に寝ぼけているときのこいつは手に終えない……。

「んんー……にいちゃんちゅっちゅ」

「あっ、やめろ馬鹿っ! 汚いだろ!」

さらに、こともあろうか鈴は僕の首に腕を回し、首元に唇を押し付けてきた。
あぁもう、鬱陶しい!
鈴は寒いのが大の苦手だ、だからこんな寒い日には僕の布団にもぐりこんできたりする。
寝ぼけた鈴の相手をする僕の身にも、なってもらいたいものだが……。

「あうぅ〜……」

「ったく」

尚も絡んでこようとする鈴を無理やりに引き剥がし、僕は布団から這い出る。
さすがの鈴も、布団を出てまで絡もうという気はないらしく、そのまま布団に丸まった。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/13(日) 22:52:13.90 ID:+f4Djw5j0

やっとの思い出布団から出た僕は
棚の上においてあるリモコンのスイッチを押し、暖房をつけた。
こうでもしないと、こいつは布団から出てこない。
さてと……制服に着替えて僕は部屋を出た、そのまま一階へ降りてリビングへと入る。

机の上には昨日のハンバーグが残ったままだった。
結局、母さんは帰らなかったのだろう、急ピッチの仕事があるって言ってたしな。
ラップがかけられているハンバーグを冷蔵庫にしまう、置いておけば鈴が勝手に食べるだろう。

それから……と僕は簡単な朝食を作り始める、何、トーストと目玉焼き、それに適当にサラダを作るだけだ。
トースターに食パンを入れ、フライパンを熱して卵を割りいれる。水を入れて蓋をすると
卵が焼ける間に、レタスを食べやすい大きさに千切って洗う。そうこうしているうちに目玉焼きが焼けたようだ。
僕は半熟のほうが好みだからな、それを皿に移しかえるとパンが焼ける前にトマトときゅうりを切って洗う。
ドレッシングは市販のものを使う、シーザードレッシングが鈴の最近のお気に入りだ。

あとは食器を並べて少し待つだけだ。

「ふぁ……ぁ、おはようにいちゃん」

いつのまにか鈴は降りてきていたようだ。僕に頭を擦り付けていたせいか、長めの髪はボサボサになっていた。

「おはよ、顔洗ってこいよ」

「ういー……」

そういうと、鈴はまだ不安の残る足取りで洗面所に歩いて行った。
途中でこけたりしないか心配だけれど、まぁ大丈夫だろ。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/13(日) 23:33:54.45 ID:+f4Djw5j0

冷蔵庫から牛乳といちごジャムを取り出して机に並べていると。トーストが焼きあがった。
それと同時に鈴も戻ってきた、鈴は髪をツインテールにして括っている。

「あ、鈴。今日は僕バイトあるから」

「ふぇ? あ、そっか。うんわかった」

鈴は椅子に座るとトーストにジャムをぬりながら「じゃあ、あたし今日は食べに行こっかなー」と呟く。

「友達と? あんまり無理言って、迷惑かけるんじゃないぞ」

「はぁい、わかってますって」

「それにお前、学年末テスト近いだろ、遊んでばっかじゃ駄目だぞ」

「んむ……へーきよへーき、普段から真面目に勉強してますから、にいちゃんはあたしを信じられないっていうの?」

「そういっていっつも赤点ギリギリとって来るんだろ……」

信用してほしいなんて何ともおこがましいことだろうか。

「えへへー」

「なぜ照れる」

鈴は二つに分けた髪の右側を、指でくるくると弄繰り回す。
するとゴムが脆くなっていたのか、ぱちんと切れてしまい
右房の髪がばらばらに広がった。

「あっちゃぁ」

「ばーか……ほら、あまり時間ないんだろ、貸せって」

「んー」
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/03/13(日) 23:38:04.00 ID:+f4Djw5j0

僕は鈴から新しいヘアゴムを受け取ると、左と大体同じ位置くらいで髪を縛った。

「ほらよ」

「えへー、ありがとー」

鈴は髪を縛ってもらっている間にも朝食を食べる手を休めない。
最後に牛乳を一気に飲み込むと、鞄を掴んで立ち上がった。

「んじゃいってきます」

おどけて敬礼のポーズなんてやって見せる。あまりにも不恰好な敬礼で、少し僕はくすりとした。

「いってらっしゃい」

鈴が家を出て行ったので、必然と僕がこの家に一人残されてしまう。
どこか寂しいと感じてしまうのは、僕がまだまだ幼いからだろう、と自嘲めいて笑ってみる。
この家は、三人家族には少し広く感じて
四人家族だと狭すぎるほどだと感じたあの頃。

あの頃に戻りたいなんて思わない、思いたくない、思わせない。
僕はそこで思考を止め、トーストを口に放り込む。
ホットミルクでも何でもないので、非常に冷たく、口にするのが躊躇われるような牛乳を一口飲み
そして残りを一気に飲み込む。

下手したらおなか壊しそうだな、なんて漠然と思ったけれど。
朝から嫌な言葉と思考を、心の奥底に流し込むにはちょうどいいとも思った。

食べ終わった食器を片付け、僕は鞄を肩にかける。
玄関で靴を履き、しっかりと靴紐をしめたら

いってきます。

誰もいない家を後にした。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/03/13(日) 23:41:06.80 ID:+f4Djw5j0
今更ですけれど、小説形式は初めてなので感想なり批判なり書いてくれると嬉しいです。
厨二病だってことは言うまででもないので言わなくていいです。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/14(月) 23:32:18.59 ID:uz8Abtrso
完結させることが第一
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/03/17(木) 15:32:16.70 ID:mNCRNaMuo
まだかい
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [saga]:2011/03/20(日) 02:03:46.07 ID:KmO9G8f30
  *

考えごとをしていると、時は割かし早く進むものである。まぁ大したことではないんだけど。
ただ、そのどうでもいいことが頭から離れずに、僕の頭の中に鎮座し続けた。
当然、授業にも身が入らず、僕の両腕はノートをただひたすら書き込むオートマティックな機械へと変貌していた。
前方では、板書を終えた先生が説明を終え、そろそろ授業終了のチャイムがなるだろうと腕時計を眺めているようだった。
教室はすでに雑談を始めた生徒によってざわついている。
僕の自動書記が文字を書き連ね、ちょうど一応の役割を終えたときだ。
授業終了のチャイムが校内に鳴り響き、号令がかけられる。きりーつれいあじゅじゅしたぁー。

そんなこんなでもう昼休みだ。

さて、食堂にでも行くかとノートと教科書を閉じて席を立とうとした瞬間だった。

「おーい、御崎ー」

「ふぁ……? なんだよ」

「部長さんがお呼びだぜ」

「んなっ!?」

先ほどまでいつもどおり睡眠学習に耽っていた健司が、そんな感じのやり取りをしていた。
そんな感じ、と言ったのはまだ健司は寝ぼけていて、呂律が回っておらずに聞き取りづらかったためだ。
とりあえず……誰だか覚えてないけれど、クラスメイトが言うには
あの陸上部部長が来ているということらしい、僕にはあまり関係ないけれど。

「えー、あー、うん。いないって言ってくれ」

「へぇ……それは困ったなぁ」

「っ……!」
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [saga sage]:2011/03/20(日) 02:06:33.55 ID:KmO9G8f30

そのとき御崎健司は恐怖していただろう、己よりも小さき体から放たれる無類の殺気を、重圧を
御崎健司はその背中で感じ取っていたのだ。
振り向けば殺られる、振り向かなくとも殺られる。
そんな無差別で無慈悲な選択を強いられていた。

ぎぎ……という機械的な音が聞こえてきそうなほど、健司の体は強張っていた
その様はあまりにも滑稽で、あまりにも……哀れだとこの場にいる全ての生命体は感じ取ったはずだ。

「あっ! ぶ、部長! ちわっす、な、何かご用ですかっ!?」

「あはっ、いい挨拶だね。そういうところだけ、ボクは評価してあげる」

「あぐっ」

現陸上部部長、木下希、通称きぃちゃん……横島命名。
穏やかな口調に、陸上で鍛えられた引き締まったボディ、小柄な体をいかにもなスポーツ少女に見せるポニーテイルが特徴のこの女子は
一瞬にして健司の首を背後から絡め取った。鮮やかな手つきだ、健司は避けようとしたが完全に技が決まっている。
見事なチョークスリーパー、首を根こそぎ掻っ攫いそうなレベルだ。

「御崎、御崎はいまだ授業中に居眠りをしているんだね。先生方から聞いたよ、どういうことかな?」

「……ぎ……あ……」

声にならない断末魔とでも言うか、断末魔といえばぎゃーとかぐわーとかだけれど
死ぬ瞬間の声すら出せないとは実に可哀想……かな?
死んだことがないので僕にはわからないな。

「……陸上部はあんな奴ばっかなのか? だって、あのハゲ。ボクを、皆の目の前で、侮辱したんだよ?
 それに、授業中寝るほど辛い練習をしてるのか? それでも結果が残せないんだな?ってさ……!」

ふむ、どうやら御崎を馬鹿にされたことより、陸上部を馬鹿にされた怒りのほうが大きいようだ……。ま、それは当たり前だけど。
その怒りは、先生をハゲ呼ばわりしている時点でひしひしと伝わってくる。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [saga sage]:2011/03/20(日) 02:10:58.07 ID:KmO9G8f30

「…………」

きぃちゃんさんがやり場のある怒りをぶちまけているが、すでに健司は虫の息だ。
触らぬ神にたたりなしとはよく言うが、そろそろ僕も健司の救済を考えなくてはならないだろう。

そう判断するより先に、無情な僕に対し、健司を助ける有情な存在がいた。
悪魔か鬼か……そいつはこの空気を、いとも簡単に無視してそれに介入した。

「やーやーやー、きぃちゃん。だーいたーんだねぇ、昼間っからそういう体と体、
 肉欲と肉欲が絡み合うドロドロとしたものは、あんまり見たくないにー」

「ん……横島。相変わらず、横島の言っていること、ボクにはよくわからないよ」

「わからない……? 首絞めに見せかけて自分の胸を押し付ける!
 素直じゃない女の子の必殺技ぁ! あ、当ててんのよっ! といわんばかりのそのポーズ!
 これだけでも凶悪、さらにその技には大きな利点があるに!
 グッドなスメルで同時攻め! 感触と匂いからなる攻撃に、平然としていられる男子はいぬわぁい! 
 それらを全てを理解してわからない? きぃちゃんの純粋キャラはすばらしいね
 ……戦慄せざるを得ないよ、恐るべし」

横島はかなり興奮しているらしい、ずり落ちるメガネを素早い動きで修正しながら雄弁に語る。
ただその言葉全てに説得力を感じるかは人それぞれだろうな……と僕は思う。
だってきぃちゃんさんはかなりスレンダーなボディだからだ。

「……とりあえず、君はボクに喧嘩を売っているって事?」

さすが横島、きぃちゃんさんの怒りのボルテージはますます高まっていくばかりだ。

あっ、健司の口元から泡が噴いている(だがその顔には満面の笑みが浮かんでいた)
どうやら僕は殺害現場をリアルタイムで見ているようだ。
ただ……僕を含め、このクラスの人たちはきぃちゃんさんを擁護するだろう。
事件は迷宮入り!
健司の笑顔の理由も、健司にしかわからないことだろう。
63 :県名でるとか聞いてない [saga]:2011/03/20(日) 02:13:23.22 ID:KmO9G8f30

「んにゃ、ナイスなチョイスだと思うに。できればオレもして欲しへぷぅっ」

横島が全てを言い切る前に飛んだ、きぃちゃんさんは飛んだ。
ワンステップで鮮やかに、助走すらつけずに横島へ向かって跳んだ。
その蹴りは、吸い込まれるかのように、空中にレールを引いているかのように
容赦なく横島の鳩尾に叩き込まれた。

強烈な一撃によって、横島の体は2メートル吹き飛ぶ、そして机に衝突して地に伏せた。

「……おい、見てみろよ……こいつ等の顔、笑ってるんだぜ? これ」

一部始終を見届けていたクラスメイトがぽつりと呟いた。
女子はまったく関心がないようで、転がる二人には目もくれない。
ただ、数人の男子生徒が、その場で黙祷していた。
現行犯のきぃちゃんさんはその場で横島を見下ろしていた、まったくの無表情で……。

まぁそれはそれとして。
困ったものだ、と僕は思う。
この騒動だけで昼休みの三分の一を浪費した。
健司を誘って食堂へ向かおうとしていた僕は、当然のごとく昼食がない。
あまり多く食べるほどではないけど、何も食べないと午後の授業が辛い。
一人で行くのもなぁ……とりあえず健司たちをたたき起こすか……。

「おい、起きろよ健司」

ぺしぺしと頬を叩くが、一向に目覚める様子はない。

「ん……? あれ、君はえーっと……確か……」

後ろから声が聞こえてきたので、振り返ってみるとそこにはきぃちゃんさんが立っていた。

「あー……高峰」

「そう、高峰君。久しぶりだね……いつ以来だったかな」

「さぁ?」
64 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/20(日) 02:14:50.61 ID:KmO9G8f30
僕はもう覚えていない、面識はあるが、すれ違っただけで挨拶を交わすほどの仲でもないからだ。
どこで面識があったかと言うと、健司と横島、二人ともに繋がりがあったわけで
必然と僕ときぃちゃんさんが知り合うことにもなるのだ。

「……あのときはお世話になったね」

少し恥らうような……それはもじもじ、というか己を恥じている、と表したほうがいいだろう
とにかくそんな感じできぃちゃんさんは言った。

「たまたまだよ、たまたま気づいたら、たまたま当たってたんだ」

「あはは。そういうところ、君らしいよね」

らしい? 僕らしいってなんだ? 僕の人物像のドコを見て、ドコを知ってらしいって言うんだ。
わからない、でもきぃちゃんさんにはわかるんだろう。ということにしておく。

いまだに目覚めない健司の腹を拳で叩くと、「ぐほぉっ!?」と元気の良い返事を返してくれた。
僕は、半身を起こし首の感触を確かめて健司に対して、おはようとだけ言った。

「じゃあ、ボクはもう行くよ。健司、今度また注意されることがあったら、わかってるよね」

「ひ、ひぃ」

喉の奥から搾り出されたような声。
その声を出したのはもちろん健司で
その声を出させたのはもちろんきぃちゃんさん。

殺気、さっきの殺気。……くだらないことは言わないでおこう。
きぃちゃんさんは獅子をも睨み殺せそうな視線で健司に釘を刺す
五寸釘くらいかな、いやもっと大きいか。
じっくり5秒間、健司を睨みつけていたかと思うと、踵を返して教室を出て行った。
65 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/20(日) 02:17:05.16 ID:KmO9G8f30

まるで嵐が去ったあとのようだ、と僕は軽く呆然としたが
空腹だったことを思い出して、気を取り直す。

「健司、食堂行こう。もう目ぼしいパンはなくなってると思うけど、ないよりマシだろ」

「ちょっとは俺の心配をしたらどうだ……」

ったく、と僕は健司に手をさしだすと。
ぐぅぅ、と健司は唸りながらも手を取って起き上がった。

「そういやぁ、横島の糞野郎は?」

ははは。糞野郎か、まぁそれも仕方ないか。

「そこで寝てる、いいんじゃないか? いい夢見れてそうだしさ」

僕は財布がポケットにあることを確認し、食堂へ向かって歩き出す。

「お、おい、ちょっと待てって」

振りかえると、ズボンのポケットに手を入れた健司が、軽く前傾姿勢で歩きづらそうにしていた。

「ん?」

「あ、いや……ははは……ちょっと待ってくれ」

「いいけど、売り切れちゃうぜ」

しばらくその場で突っ立っていると、健司はよしっ、と言って歩き出した。

「どうしたんだ?」僕が聞くと、笑いながら「俺、匂いとかに弱いんだよ」と答えた。

性格的には……犬っぽいのかな、どうでもいいけど

「何のことだ……?」と疑問が消えない僕に対して

「ちょっと変だってことさ……」と自嘲めいて呟いた。

それは知っているけれど。

ま、いいかと会話に区切りをつけて僕らは教室を出た。
66 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/20(日) 02:27:05.97 ID:KmO9G8f30
遅くなってしまい、申し訳ありません。
花粉症ですだからどうだってことはないですが

ファンタジーSSや禁書SSやらが一覧を埋めるなか、こんなSSがあると何かと疎外感を感じます。
自分が好きで書いているので構いませんけれど。

>>58
最後までやりとげられるかわかりませんが尽力させていただきます。

長くなってしまいますが最後に、自分は語彙が非常に乏しく、また文法も正しいと胸を張って言えません。
よろしければそういったミスなどを指摘していただけると幸いです。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/20(日) 09:32:15.60 ID:0FN3kBumo
おつ
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) [sage]:2011/03/20(日) 19:24:04.06 ID:9ow3AyKAO
健司匂いフェチか・・・

下手な作家より文章力ありますよ
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/03/21(月) 16:05:59.92 ID:m7bprZ2L0
おもしろい、乙

これ電撃文庫にでも応募すればいけるんじゃね?
70 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/03/22(火) 00:19:29.56 ID:Ny69xjJg0


しばらくの間、無言で廊下を歩いていた健司は
ふと僕に話しかけてきた。

「おまえさぁ」

「ん……」

「部長のこと、なんつーか嫌ってるってほどじゃないけど、どこか敬遠してるよな」

「そんなことないさ、てか起きてたんだ?」

「まーな……慣れてるし」

口から泡を吹くほど首を絞められても、慣れているからという理由だけで
ぴんぴんしていられるのは、健司の頑丈さゆえだろう。
僕ならば2、3回は首が折れてるな。

「でさ、結局のところどうなんだよ」

「だから、別にそんなことないって」

「嘘つくなよな、なんだかんだでお前とは長い付き合いなんだぜ?」

「それならさ、毛嫌いしてる理由ってのもわかるんじゃないのか?」

不必要に問い詰められ、僕は少しむっとして言い返した。

「まー……部長は暴力って言葉を人にしたようなお方だからな」

健司は笑い飛ばした。あれだけ痛めつけられたのに、あまり気にしてはいないようだ。

「でもよ、あれは俺が悪かったわけだし、からかった横島だって悪かっただろ?
 意味もなく暴力を振るうことなんてないぜ、部長は」

「そのくらいはわかってるさ」

「んな……昔のことなんて、気にする必要ないと思うけどなぁ」

唸るようにそう言って、健司は気まずそうに頭を掻く。
71 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/22(火) 00:22:01.24 ID:Ny69xjJg0

「別に。自分を見てるようだ、何て思ってない」

「ははっ! そうなんだろう、だけどな、高峰」

さっきまでの妙に生真面目な顔とは裏腹に、快活に笑った。
そして健司は続ける。

「俺は、今のお前となら関わりたいとは思わなかったぜ。昔の……部長みたいなお前だったから
 他人のために……妹のために本気で怒れるお前だったからこそ、俺はお前と関わりたかったんだ」

こいつは、ほんと昔から変わらない。
臭いセリフを平然として言えるところや、自分の思ったことをきちんと言えるところが。
僕も、こんな奴だったからこそ、今まで付き合ってこれたのかもしれないな。

「そりゃ、どうも」

曖昧な答え方をして、どこかおかしくて、僕は笑った。

「最近は、随分と丸くなりやがったけどな。久しぶりに暴れてーなぁ」

「……きぃちゃんさんにどやされるぜ」

「おっと、そいつぁ勘弁願いたいな。……あとお前、その変な呼び方やめねーか?」

一瞬、何のことだろうかと悩んだが、きぃちゃんさんの呼び方について、らしい。
こういう呼び方は少し馬鹿にされるだろうか?

「……この呼称には畏怖と尊敬の意を込めてあるんだ」

「嘘だな」とばっさり切って笑った。

「嘘だ」短く答えて笑った。
72 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/03/22(火) 00:23:55.91 ID:Ny69xjJg0

特に意味はないけど、やめるつもりはない。
そんなことを言って笑いあいながら廊下を進んでいく。
すると、僕らの前方から一人の女子生徒が向かってきたのが見えた。
二人広がって歩くと邪魔になるだろうと思い、僕と健司は右へ避ける。

僕は初対面の人をじろじろと見るような、不躾な癖を持ってはいないのだけれど
その女子生徒は、すれ違う人の視線を釘付けにしてしまうような存在感を持っていた。
腰まで伸びる長く艶やかな黒髪をたなびかせ、凛と歩く様は否応無しに人を惹きつける。
しかし、少し観察しただけだが、僕は中身と外見が一致していないような
違和感を感じた。

多分それは……おしとやかそうな外見とは裏腹に、鋭い眼光を持った切れ長な目のせいだ。
そして鋭い目が、僕を捉えた。
慌てて視線を外すが、それでも女子生徒は僕を見続けているようだ。
何か探られているかのような視線だ、居心地が悪い……。

「あーっ!」

突然の大声に、僕と健司は驚く。
その声は今まさに通り過ぎようとしていた女子生徒から発せられたのだ。
「なんだ?」と怪訝そうな顔で健司は女子生徒を見やると
今気づいたかのように、目を丸くした。
知ってるのか? と僕は聞こうとしたが、それより先に女子生徒が僕の正面に立った。

「思い出したっ! お前だよお前! えぇっと、確か高峰だ!」

「は? はぁ、そうですけど」
73 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/03/22(火) 00:26:16.02 ID:Ny69xjJg0

初対面なのにお前呼ばわりされて、さらに呼び捨てだ。
だけど僕は、その程度で憤慨するほど短気ではない、全然気にしていないさ、全然まったく微塵も。
僕をお前呼ばわりした女子生徒は、久しぶりに出会った親友に接するかのよう
僕の肩をばしばしと叩いた。

「なんだおい、敬語なんて使わなくていいよあたしたち同い年なんだしさぁ」

「あぁ、そう」

何とかしてくれ、と健司に援護要請をアイコンタクトで送ったが
健司は肩をすくめて首を振った。くっそ。

「ところであんたは誰なんだ」

当然の疑問で質問だ、僕はこんな失礼な奴と知り合ったことすらない。

「いやー、何で思い出せなかったんだろうな。ちゃんと名簿でみたことあったのによ」

「うんうん、で? あんたは一体誰なんだ」

「あたしとしたことが……まぁタカくんが影薄かったってことだよな」

「……てめーは誰だっつってんだろ」

自分のものとは思えないほど低い声が出たことに驚く。
少し、本気で怒りそうになっていたようだ……。
するとちっとも進展しない会話に、ようやく健司が割り込んできた。

「あーっと、確か生徒会長さんだ。集会やらなんやらでお前も見たことはあるだろ?」

「…………」

生徒……会長? 記憶に、ないな。
74 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/22(火) 00:28:26.11 ID:Ny69xjJg0

「え? なに? 本気で言ってたのかタカくん。冗談かと思って無視してた
 ほぉー、ふぅーん……ま、いいけどね、あたしの努力が足りないってことだし」

そして口唇を歪めて嫌らしく笑った。

「いや、さすがに高峰のが悪いぜ。これは」

「……しょうがないだろ、人の顔と名前をおぼえるのは苦手なんだ」

極力、相手の顔は見ないし、相手に僕の顔が見えにくいよう立ち回ってるつもりだ。

「へぇ……ふむふむ……」

僕が健司の小言に卑屈になって答えている間、失礼極まりないこの誰かさん……
生徒会長らしき人は、何か考えているように、また鋭い目で僕を観察していた。
もちろん、そういった目つきで観察されることに快感を覚えるわけもなく
僕は、ただただ不快感を募らせていく。
なんなんだこいつは……。

「なるほどなるほど、まぁ大体わかったよ。とりあえずタカくんはいい目をしてる
 あたしと同じところに目をつけるくらいだからな! ゆきはかわいいだろ? な?
 ほら、あたしは生徒会長なんてやってるからさ、あんまり構ってあげれないんだけど
 タカくんになら任せられるな、うんうん……頼んだぞー」

言いたいだけ、自分の言葉だけを並べて、相手に有無を言わさずに
失礼な会長さんはどこぞへと消え去っていった。

「……」

憮然として立ち尽くす僕に

「まー、なんだ……頑張れ」

健司は左肩にポンと手を載せた。
75 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/22(火) 00:34:56.12 ID:Ny69xjJg0
>>68 >>69
お褒めに与り、光栄です。
応募……というのはかなり言いすぎだと思いますが、そう言っていただけるだけで僕は嬉しいです。

此度もご愛読いただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/22(火) 10:19:37.25 ID:OyVoiaCSO
乙カレー

読んでてすごく気持ち良い
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) [sage]:2011/03/26(土) 16:53:09.95 ID:BxUjGqdAO
まだか〜?
生きてるか〜?
78 :遅くなってすいませんでしたまる [saga]:2011/03/29(火) 00:50:09.50 ID:Qs8UJuwQ0

    *

頑張れるものを持っていない、知らない、見つけていない。
そんな人に対して「頑張れ」と言うのは

ひどく残酷なものだろうと僕は思う。

人は常に目標とする何かを欲し
生きるための何かを欲す。
それは僕も例外ではないだろう。

見つけ出せている人はすばらしく幸せで
見つけ出せていない人はすさまじく不幸せ。

なんて極論までには至らないが……。

とりあえず、人は生きる指針、目標を見つけるために生き
見つけてから生きるために生きる。それは生に対する執着心ともなり
それは夢を見ることに繋がる。
夢見ることを、人は常に心の奥底のどこかの片隅で欲しているものだと僕は思う。
つまり、僕らは夢見がちなわけだ。いつかのいつかを夢見て生きているのだから。

だけど、たとえ自分の全てを、努力を労力を精神力を、向けられるモノがあったとしても
それが報われるわけじゃない。
でもそれが無いなら。
夢を夢見ていても、力を向けられるモノがないのなら

頑張りようがないじゃないか。

それはひどく自己中心的な考えで、甘えで、馬鹿げたことを言っている。
……そんなことは重々承知している。痛いほど、辛いほどに。
いつか見た夢も、解れ、破れ、粉々に、微塵に散って
欠片を集めて継ぎはぎだらけにしたそれを、小さな体で必死に抱えて守って。
どう考えても自分のキャパシティが限界を超えてるっているのに……。
79 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/29(火) 00:52:10.45 ID:Qs8UJuwQ0

いや、これ以上はいい、とりあえず僕はそういう考えも共感はできるということだ。
否定はしない、共感はするが賛同もしない。

……かなりレールから脱線したような気がするが、今この瞬間の僕が言いたいことは
「頑張れ」だなんて投げやりで無責任で適当なことを言うんじゃない
そう言いたいわけだ。
その人が友達なら、近しい間柄ならば、愛しい存在ならば尚のこと。

ま、これは僕の主観的な考えであって、僕にはそういう考えを誰かに押し付ける気もない。
ただ、他人のちょっとした不幸を傍観してせせら笑うのはやめていただきたいな……。

「いや、にしてもお前、あの生徒会長に目ぇつけられるとはなぁ!」

そんな僕の心境を知ってか知らずか、健司は食堂から帰る道中も
引っ切り無しに話続けた。

「……」

僕はそれを話半分で聞き流し、今日は本当に余計なことばかりを考えるなぁとか
我ながら面倒な思考回路を持ってやがる、とか、とかとか。
そんなことを考えていた、のだ。

「運がいいのやら悪いのやら……。器量よし、技量よし、頭脳明晰で運動神経抜群!
 おまけにこの高校きっての美人さんと来た! ただし、人格に難有りの奇人変人。
 彼女に告白すれば最後、そいつの末代まで吹聴するような輩だ」

飽きもせずに健司が喋り続けている話題は勿論、あの失礼な会長さんのことだ。
いつも眠そうな奴なのに、こういうときだけ水を得た魚のようになる。
 
80 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/03/29(火) 00:54:25.52 ID:Qs8UJuwQ0
「……ふぅん、よく知ってるな」

「お前が知らなさ過ぎるだけだっつーの」

僕がむすっとして適当に褒めてやると
そう言って快活に笑った。

「そう言えばよ、会長さんが言ってたゆき? だったか、ありゃあ誰のことなんだよ」

……? そんなこと言ってたか。
唐突過ぎて、僕の脳の一部は停止していたようだ、まったくもって記憶にない。
にしてもゆき……うん、誰だったかな。

「覚えて、ない」

「おいおい……この後に及んで、あの! 会長さんの人違いだったなんていうつもりか?
 きっと、お前の知ってる誰かだぜ」

妙に強調するなぁ、それほどまで優秀有能な超人なのか。
まぁ名簿見たぐらいで話したこともない僕を特定できるってこと自体、凄いんだけどな。

「……そうだといいけど」

さして興味もなさそうに呟く。
ゆき……ゆきちゃんねぇ……、どこかで聞いたような。

そうやって数少ない人物と名前を掘りあげている間
健司が静かになっていたことに気づく。

「ん……、どうした健司」

「いや、あの子……」

その視線の先をたどると、僕らの教室の前で立ち尽くす、見覚えのある女の子の後姿が見えた。
華奢で小柄な体躯の女の子は、教室の中をのぞいては止め、のぞいては止めを繰り返しているところだった。

あぁ! と両手をぽん、と叩いてしまうほど
僕の中の蟠りが一気に解ける。

昨日の自殺未遂少女だ……。未遂って言えるような状況じゃなかったと思うけど。
殺人未遂だって殺人計画立てたら未遂だ、って聞いたことが無きにしも非ずなので
それでいいか、いいよね、いいだろう。自己完結。
81 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/03/29(火) 00:55:58.78 ID:Qs8UJuwQ0

しょうもない考えを取っ払って、僕は女の子の背中に呼びかける。

「……えーっと、黒木。何してんだ」

「っ!? ひゃぁっ」

いきなりすぎたかもしれないが、黒木、それは驚きすぎだぜ。
髪の毛が逆立ちそうなほど飛び跳ねた黒木は、その場でくるりと一回転すると一歩下がりバランスを崩す。
そして、ぽすんと尻餅を付いた。

「や、やぁ。高峰くん」

尻餅を付いた状態で、取り繕うように笑顔を作ると、黒木はそう言った。

「大丈夫かよ」と僕が手を差し出すと、黒木は一瞬手をとろうとしたが何を思ったか引っ込めてしまう。
僕が手を差し出したままの情けない格好で怪訝に思っていると

「だ、大丈夫。わたし一人で起きられるよ」

一人で出来るもんっ! てやつだろうか? 成長期に入った子供が、幼い自立心やらを燃やして対抗するアレ。
僕はその様子を優しく見守り、軽く黒木の様子を観察していた、そして今更ながらあることに気づく。
おぼつかない動作で何とか立ち上がった黒木の手には
昨日貸した僕のマフラーが握られていたのだ。

「あぁ、わざわざ届けに来てくれたのか、ありがとう」

「う、うん……それもあるんだけれど」

礼を言ってマフラーを受け取った僕に対して、何かを言おうとするが。

「……?」
82 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/29(火) 00:57:26.44 ID:Qs8UJuwQ0

黒木は急に黙り込んでしまう。
喉に小石でも詰まったかのように、声が出ないようだ。
不審に思った僕が、言葉の続きを促そうと口を開きかけたとき

「へぇ、この子が昨日言ってた子か……」

事の行く先を傍観していた健司が、割り込んできた。
慎重に相手を探るような声音で。

健司がこういった態度を取るのは珍しい。
どうかしたのだろうかと考えていた僕は、返事をするのに遅れた。

「あぁ、そうだ。で? どうしたんだ黒木」

「へ? あ、うん……その」

上目遣いで健司のほうをちらりと見ながら、さらに言い淀む。
この大男が怖いのだろうか、確かに外見はなかなかの強面だが……。
仕方ない、と僕は中腰になって黒木の目線と同じ高さになる。

「このおじさんが怖いのか? 大丈夫、同い年の女の子に、いいようにされてる奴だし。
 寝る子が育ちすぎて、平均よりちょっと大きいくらいなんだよ
 だから、気にすることない。言いたいことはちゃんと言ってごらん」

なるべく優しく、宥めるように窘める。
その台詞に、そこはかとなく健司を馬鹿にしたような語句が入っているのは気のせいだ。

「ぐっ……言い返せねぇ……わーったよわーったわーっかりましたぁー。
 邪魔者は退散させていただきますー、へーんだ」

拗ねたようにそう言って後ろ向きに手を振りながら、健司はその場を離れていった。
僕の間違ってはいない印象操作に対し、間違った挑発を返しながら、だ。
まぁ、目の前で軽く怯えている少女にとっては邪魔者だったのかもしれないが。

「あ……そういうんじゃ、ないんだよ。怒らせちゃったかな」
83 :短いですけど、終わりですすいません [saga sage]:2011/03/29(火) 01:00:44.15 ID:Qs8UJuwQ0
「はは、そんなこと気にするような奴じゃない。それで? 用がないなら
 僕から先に質問させて貰うけど」

そんな意地悪なことを言って、僕は微笑む。
なかなか進展しそうになさそうだしね、大切な用事ならば、ちょっと煽れば喋ってくれるだろう。

「よ、用ならあるよっ! でも……うぅん、やっぱりきみから話してくれないかな」

割と必死に反応されてしまった、だが引き下がるようだ。
よくわからん……、僕は痒くもない頭を掻くと例のあ奴のことについて質問する。

「あんたの知り合いと思しき人物から、ゆきのことをよろしくと言われたんだけど?
 心当たりとかあんの」

黒木は「あぁ〜……」などと遠くを見るような目でぽつりとぼやいた。

「多分、ていうか絶対、るりちゃんのことだね、それ」

るりちゃん……? アレがそんな可愛らしい名前などしているのか。
名づけ親もあんな子に育つとは夢にも思わなかったことだろうな。
普通ならば、親の顔が見てみたいわ! などというのだろうけど
僕はその親に同情するね。

「……高峰くん、凄い失礼なこと考えているね?」

「い、いや? 別にそんなことはないぞ。にしても、そうか。あんたの友達か
 まったく面識の無い他人に、訳のわからないことを言われて混乱してたんだ」

すさまじい……ジト目? とでもいうのだろうか、じとーっと言う擬音が聞こえてきそうなほど
黒木は僕を見つめ、そして「はぁ」と嘆息する。

「余計なことはしないで、って言ったんだけどね? 失礼なこと言われたなら、わたしが変わりに謝るよ。ごめんね」

可愛らしく小首をかしげて許しを請う様は、瞳は……なんだろうか、男としての何かを。
くすぐってはいけない何かを刺激している、ような気がする。
そんな目で見つめられちゃ、許さないわけにはいくまい。
今回の件は綺麗さっぱりすっかり水に流してさしあげましょう。

「まぁ別にいい、済んだことだしさ。これで僕の質問は終わり、次は黒木の番だぜ」

「む……ん、そうだね……るりちゃんが……うん、よし」

小さな両の手で、気合を入れるかのように頬を叩く。
ぱちんと乾いた音とともに、柔らかな頬が小さく揺れた。

「今日も、一緒に帰らないかい? それとも、何か用事、あるかな?」

精一杯の明るい笑顔、僕は知らぬうちに、こくんと頷いていた。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/03/29(火) 15:31:16.97 ID:N3hTSNJR0
おもしろいな
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/29(火) 15:49:04.04 ID:OqRG1qFeo
応募してくればいいものを
86 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/03/30(水) 02:35:11.34 ID:dFdsn4D/0
    *

人の脳は人の都合のいいように出来ている。

自分の本当にしたいことを、嘘や建前で入念に何重にも囲んで閉ざして。
忘れたいことや思い出したくないことをバラして隠して。

でも所詮は人だ。完全に完璧なわけじゃない。
都合には不都合があり、壁には抜け道があり、閉ざした心には錠前と鍵穴が付いていた。

ちょっとしたことで崩れて壊れて中身が出てしまう。
その中身は、頭蓋を割ればでてくる薄ピンク色の脳みそなんかじゃない。

そんな綺麗なもんじゃあ断じてない。
黒く、もっと黒く、どす黒い、汚らしい汚物のような感情が。
罪悪と後悔が。

湧き出るように吹き出るように、零れ出るかのように。

いや、まったく……最近、よくこんなフレーズばかりを思いついてしまうな。
自己陶酔もほどほどにしておけと、自分で自分に自分なりに釘を刺しておこう。
勿論、五寸釘で。深く深く、より深く。

あと、誰かに誰かを投影するのも、な。やめようか。
気持ち悪すぎて反吐がでるぜ。

「―― だからさ、やめといたほうがいいぜ」

「……? 悪い、何の話だ」

「たかみねー、今日はなんだかぼーっとしてるっていうかにゃんと言うかに
 ちょっとおかしいよん?」
87 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/30(水) 02:36:47.71 ID:dFdsn4D/0

黒木との対話を済ませ、席に戻ったときにはすでに
健司と横島の二人が僕の席を取り囲むように陣取っていた。
残り少ない昼休みを、少々遅くなってしまった昼食と他愛のない雑談で過ごそうって腹だ。

きぃちゃんさんの一撃を食らってノックダウンしていた横島は、すでにリスポーンしており
持参の弁当を用意して、僕の机の大半を占領していた。
それが僕の記憶に残る最後の光景だったかもしれない。
いつのまにか両手に持っていたあまり物のアンパンは、すでに封が開けられており
誰かがひと齧りした痕が残っていた。パンからはみ出た黒い餡がそれを物語っている。

「こいつぁ……重症だな」

「ハッ! やはりこれは恋煩いかにっ!? たかみねにも春がっ!!
 行けぃ!!! たかみね!! 愛とは誑かされることさっ!!!!」

なるほど、確かにこいつは重症だ。
馬鹿らしすぎて笑っちまう。

「躊躇わないこと、な」

自ら騙されに行くなんて、どういう神経してやがんだと。
いやでも、昼ドラ的にはあながち間違いではないのかもしれないけれどさ。
その辺、宇宙刑事的にどうなのだろうか。

なははー、と横島は楽しそうに笑い、対照的に健司はしみったれた顔をしている。
88 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/30(水) 02:38:35.41 ID:dFdsn4D/0

「どうした健司、お前のほうが重症かもしれないぞ。ただでさえ老け顔だってのに
 救いようがなくなるぜ」

「んなっ!? 誰が老け顔だ!! それにまだ救いはある!!!」

何を根拠にそんなこと、人はピークを過ぎたらあとは老けていくだけさ。
悲しきかな、地上でもっとも進歩した人類であろうと、寿命という生命の枷、老化には抗えないのだ。

「どーどー、落ち着くにーおっさん」

「糞っ……DNAが悪いんや……あんな劣性遺伝子、わいは欲しゅうなかったんや……」

ほう、気にしてたんだ。コンプレックス、劣等感。
口調がエセ関西人っぽくなってるぜ。

「気にするなっていうのもなんだけどさ、僕は良いと思うぜ? 長身で渋くて髭。
 ダーティーでダンディなおじさん……。男は憧れると思うけどな?」

「そ、そうか? それならいいんだけどよ……」

語呂がいいから適当に使ったけど、ダーティーて汚いってことじゃなかったっけ。
まぁ本人は気づいていないようだから、別にいいか。

「……髭か、高校卒業したら考えてみるか……」

健司はそう言いながら片手で顎をさすった。
割と真剣に僕のアドバイスを聞いていたようだ。
言っておいてなんだが、その顔で髭を生やすと、どうみても世捨て人が悪人にしか見えなくなるだろう。
僕ならばお近づきになりたいとは思わないな。
89 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/30(水) 02:40:59.00 ID:dFdsn4D/0

「ま、それはいいんだけどさ? 健司は僕に、何をやめろと言ったんだ」

「あぁ……ゆき、黒木ゆきだったか? あの子とつるむのはやめろって、いったんだよ」

「ふぅん? どうして」

まさか、あんな純粋そうな顔をしておきながら麻薬取扱者やらマフィアやら何だのと関係がある
なんて言いだしはしまい。
どうせあのことなんだろうけど。でもそれって他クラスの奴にも伝わっているほどの大仰なものなのか?

「昨日聞いたときはまさか、何て思ったけどよ。お前確か
 "授業をサボってぶらついていたら、屋上にいる女の子と出会って雑談をしていた"
 って言ってたよな? 本当はそれだけじゃなかったんだろ」

「へぇ? 健司は知っていたんだ? 黒木のこと」

「……オレっち、蚊帳の外なんだがにゃぁ?」

横島はめそめそと泣きまねをしながら、弁当を食うために箸を進める。
感情表現の豊かな奴だ。
しかし健司は、横島の構ってちゃんオーラを無視しながら僕との対話を続ける。

「あぁ、同じ部の奴から聞いてな。何でも、自殺未遂が過去に何度もあったらしい」

そして少しの間だけ溜めて。

「飛び降り、自傷、首吊り……ほかにもあるかは知らんが、ざっとそんなもんだ」

「メジャーだな。だけどそんなに経験豊富だとは僕も思わなかったな」

まじかよ。
90 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/03/30(水) 02:42:39.86 ID:dFdsn4D/0

「そして、そのどれもで……"死ななかった"
 飛び降りの件では、手遅れだ……手遅れのはずだったって医者が言ってたそうだ
 どこから流れたかは知らねーけどな、その医者の息子からなのかもしれねぇ」

『死ねないわたしは、死ねる夢を見る。だからわたしは死にたいんだよ』

脳裏で彼女の声がフラッシュバックする。
まじで?

「無限アップでもしたんじゃにゃいのー」

ほう、黒木が大量生産されているのか、それは……いや、何でもない。

「自分でも言ってたらしいぜ、わたしは死ねないんだ、って
 んでさ、噂の出所が出所なだけに、皆気味悪がってよ……」

「腫れ物を触るみたいに、か」

「あぁ、それも間違っちゃいねえよ。あからさまに嫌われているわけじゃない、だけど
 鬱陶しがられているし、仲間ハズレや無視なんてする奴もいるようだぜ」

「私! 負けない!」

誰が言ったかは言わずもがな、横島はめげない。
見習いたいほどだな。

「だからよ、あいつとつるむのはやめとけ、お前が変に浮いて変に傷つくだけだって」

「それで? それだけの理由で? 馬鹿馬鹿しい」

健司の言い分はわかる、僕を気遣ってのことなんだろう。
だけどさ。
91 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/30(水) 02:46:12.80 ID:dFdsn4D/0

「そーゆう、他人がラップをかけて、他人がその上に落書きをして、さらに汚して。
 それだけを見て、ラップの中の料理をまずそうだ、害だ、悪だ。何て決め付けるの
 ……僕は大ッ嫌いだな。健司も、同じ考えなんだと……思ってたけど?」

心底失望した、幻滅した。

「なんだかよくわからない比喩だに……」

横島がつまらなさそうに呟く、何だよもうめげてんのかよ。
僕が睨むように、試すように健司を見続けていると
しばらくの間黙り込んでいた健司が、参った、とでも言うかのように両手を挙げた。

「わーったわーったよ……、そんな睨むなって。はぁ、俺も変わっちまってんのかねぇ
 ……あの子にひどいことしちまったかな。今度、謝らないとな
 またちゃんと紹介してくれよ? 高峰」

健司はどこか気まずそうな笑顔でそう言った。
やっぱりこいつは分かってくれる。

僕が健司の言い分を承諾しなかったのは
もちろん、黒木はもう僕にとっての友達であったからで
そして、健司はすでに僕にとっての友達だったから。

友達は選びに選び、選り好みして厳選に精選を重ねるほうだから。
僕は蟠りを作りたくはなかった。
健司が引かねば……僕は黒木を切っていたかもしれない。
そんなことにならなくてよかった、そんなことにしてくれなくてよかった。

僕は後々そう思えるだろう、どれだけ自分が気持ち悪かろうと……。
92 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/30(水) 02:48:49.61 ID:dFdsn4D/0

「いいけど、あれ以上の紹介文は思い浮かばないぜ?」

「おいぃ!?」

「オレもその子に俄然興味がわいてきたに!! たかみね! オレにも紹介するんだにー」

お断りだ。
こいつに黒木を合わせたらどんなことになるか……。

「お断る!!」

「言うと思ったけどに!? 即答かよ!」

そう言うと健司が笑い、横島がいじけ、僕は少し笑った。
その瞬間、お話に一区切りをつけるかのよう、校内に授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

「ほら、さっさと去ね」

「ぐぎぎ……」

悔しがるかのよう唸った横島は、案外素直に自分の席へと戻って行った。
そして健司も戻るだろうと思ったとき。

「……高峰、さっきのあれ、ありゃあ撤回させてもらうわ」と健司。

「……あん? なんのことだよ」とぶっきら棒に僕。

「お前、全然変わってねぇよ」

「……そりゃ、どうも」

褒められてるのやら、なんだかひどく曖昧な言葉だ。
僕にとっては。


「あ」


アンパン……全然食べてねーじゃんかよ。
93 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/03/30(水) 02:54:05.49 ID:dFdsn4D/0
>>84 その言葉が僕のカツゲンです、ありがとうございます。

>>85 やはり、僕の処女作ということで……ここで皆様に見ていただくのでさえ恥ずかしいというのに
その道のプロの方にお見せするなど、恐れ多いです……。てか無理です。

本を読まないとインスピレーションが降りてこないので割かし不定期になります。申し訳ありません……。
ではでは。

94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/30(水) 08:17:59.34 ID:a7/BwuPDO
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2011/04/01(金) 10:15:57.39 ID:7IBC6ZZro
おつかれ。
はじめてなんだから、気ままに書くのが一番だろ
96 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/04/03(日) 01:22:41.62 ID:0/1wC4fS0
  *

……日常だ。

つまらないほど、飽きたりないほどの日常が僕の日常だ。
だからと言って非日常を焦がれるほど欲しているわけでもない。
だが、ひっそりと、着実に、僕の人生は非日常という標識を目指して傾いて行ってるのかもしれない。
そんな予感がする、そしてほんのりと悪寒も。
何故そんな予感がするのか、それは恐らく
類稀なるほんのちょっとの好奇心が、悪戯に無意識にハンドルをまわしているからだ。

自覚はないけれど。

ま、それは嘘だ。

そんなことはどうでもいい。
先を見越すより、今を見つめなおそう。

まずは状況把握からだ。
僕ら……僕と黒木は約束どおりに待ち合わせて学校を出た。
現在の時刻は午後4時前と言ったところだろう。

同じ道で下校している生徒は多く、男女の組み合わせも人数も様々である。
勿論、1人で下校する生徒もいる、以前までは僕もそうだったし。
それらは顔も名前も知らない、僕の人生にとってモブ同然の先輩後輩同級生たちだ。
……こういう考え方っていやだね、何様だって話。

でもそれは僕の人生にとってだけであり、彼等の人生では彼等が主人公、僕がモブとなる。
そんなことは当たり前。彼等が僕をモブ扱いするならば、僕も彼等をモブ扱いしようぞ。
これで引き分け、相討ち、同時討ち。綺麗さっぱり遺恨は残らない。

恨みっこなしだぜ! と脳内で格好良く決めて一旦終了。
97 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/03(日) 01:24:21.15 ID:0/1wC4fS0


再開。


ところで僕らの眼前を歩くカップル。
いや、兄妹なのかもしれないしただの友達なのかもしれない。
それは僕の知るところではないが……。
とりあえずだ、彼等を一言で表してみよう。

日常、違うな。
非日常、といえば殺伐とした感じを受ける、違うな。
恋人、ふむ……彼等の様子からはちと違う。

青春。
うん、いい響きだ、青春。
ようやく覚え始めた互いの歩幅、どこかよそよそしくも互いに歩み寄ろうとする会話。
はにかむように笑いあう声……。たまに訪れる静寂も心地よく感じているのだろう。

……ん? いや、別に僕は他人の会話を盗み聞きしたり、人間観察なんて無粋な真似をしているわけじゃないんだ。

聞こえてしまう、見えてしまうものは仕方がない。
見せ付けるのが悪い。

さて見苦しい言い訳はこの程度で。
そう青春。僕らの状況はそれに似て非なるものかもしれない。
だが、きっと本質は同じ。
僕にも時期的には少し早い、青い春が来ているのだろうか。

で、あって欲しいけど。

さて、お気づきの方も多いかもしれないが、周囲の声が聞こえる
他人の行動を観察する暇がある。

ということから、僕らがまったくの会話をしていないことが伺えるであろう。
一緒に帰ろうと誘ったのは黒木で、了承したのは僕だ。
となれば黒木から僕に対してのなんらかの用事があるはずなのに。

だが、当の本人との間には、今の今までそれらしい会話は無かった。
黒木はどこか機嫌がよさそうに見えるがその理由も僕には分からない。
98 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/03(日) 01:27:18.02 ID:0/1wC4fS0

「〜♪」

こんな寒い日にも関わらず、黒木の足取りは軽やかだ。
ちなみに今日は自前のライトブラウンのマフラーを装着してきており、僕が貸すまでもなかった。
そして僕の少し先を歩く黒木に話しかけるべく、僕は閉じていた口を開く。

「やけに嬉しそうだな?」

「きみはやけに詰まらなさそうだね?」

顔だけをこちらに向けてそう答える。
その顔は拗ねたようであり、笑ったようでもあった。

「別に」

「別に、かぁ。ふふっ、そうだね……わたしの知っている普段のきみだよ」

そういう黒木は、僕が知っている中でも得に上機嫌だった。
虚勢を張ったような口調は変わらないが。
自分の上辺だけを見てイメージを固定されるのはあまり好きではないが
別段、嫌な気はしなかった。

「でさ、約束通り帰路を共に歩いているわけだけど。何か御用ですか?」

僕はバイトで喫茶店へ向かわなくてはならない、つまり途中で分かれることになるのだけど
用件があるならば、早く言ってくれないと……。
話す時間は有り余るほどはないのだから。

だが、何かしらの用事がある、という僕の予想に反して
黒木は僕の隣を歩きながら笑ってこう言った。

「御用がなければ、一緒に帰っちゃいけないのかい?」

と、いうことらしい、ならば何故……。
それは聞くだけ野暮というものだろう、嬉しそうに僕の隣を歩く少女には。
99 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/03(日) 01:30:25.20 ID:0/1wC4fS0

「や、そんなことはないけどさ……」

「ふふん、そう言ってくれると思ってたよ」

そういって無い胸を張る黒木を見て、僕は苦笑する。

「じゃあね……知ってると思うけど、わたしは友達が少ないんだよ」

突然何を……聞いたことないぜ、そんなこと。

「ふぅん?」

「だから、きみがいいなら。これからも、わたしと一緒に帰らないかい?」

そりゃ……願ってもないことで。
魅惑的で誘惑的なお誘い、だがそれは同じ時に同じ道を通う人間が一人増えるだけのことだ。
拒絶する理由はない。

少し不安そうに僕の顔を覗き込んでいる黒木。
それに対して僕は

「いいぜ、僕も友達は少ないんだ」

と言って黒木の柔らかな黒髪を、流れに沿って優しく撫でた。
手が触れた瞬間、黒木はピクリと体を震わせたが、それは一瞬のこと
あとは気持ちよさそうに目を細め、されるがままだった。

「ふふっ……嬉しいよ」

「そう言っていただけて、光栄だね」
100 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/03(日) 01:32:33.16 ID:0/1wC4fS0

何だか照れくさくて僕は視線を黒木から外す。
本当は、照れくさかっただけじゃ、ないんだけど。

似ていた……幼さにの残る顔つきに、儚げな表情、突き放せばもう元に戻らないような
危うさまでもが。

チクリと胸を刺す痛み、横島の言っていたような恋煩い何てもんじゃないんだよ。
喉に小骨が刺さったような不快感、古傷から膿が湧くような不浄感。
僕は……何をしている? 何がしたいんだっけか。

余ほど変な顔をしていたのだろう、気づけば黒木が後ろ向きで歩きながら
僕の顔を見つめていた。
危ないぞ、と注意するよりも先に黒木が口を開いた。

「大丈夫かい? ひどく気分が悪そうに見えるけど」

「あ……いや、気にしないでいい。稀によくあるんだ
 頭痛と胸痛と吐き気と眩暈がするだけだ」

「そ、それは、重症だね? も、もしかして……」

とその場で立ち止まる黒木。
そしてしばらく腕を組み顎を摩るような仕草をしていたかと思うと

「きみ、童貞をこじらせてしまったんじゃないかな?」
101 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/03(日) 01:35:17.45 ID:0/1wC4fS0

「……は?」

突然、よく響くような声音で、恥らう様子もなく、黒木はそう言った。
唖然と憮然と呆然と呆気に……な、何を言っているんだ僕は。
いや、そうじゃない、何がそうじゃないんだ。落ち着け。

なんといったこの少女は、なにを拗らせたって? 誰が!?
違う怒るとこはそこじゃなくて……。
てか怒ってねーし!!

「以前るりちゃんから聞いたよ、思春期から中高年の男性が発症するんだってね……」

妙に神妙……な顔つきの黒木。
その花も恥らうお年頃の少女が口にしてはいけないような言葉を、なんらかの病気だと認識しているようだ。
とりあえず、これはまずい。
よく考えて欲しい、まだ人気のある場所で、少年少女が行き交うこの通りで。
青春を謳歌している彼等の空気に雰囲気に、あの言葉はなんらかの影響を与えたのだ。

それがどういう影響なのかはご想像の通りだ。

現に、僕らの先を行くお二方の間には何とも言い難い気まずい雰囲気が流れていらっしゃる。
モブの青春なんぞどうでもいいが、これはまずい、非常にまずい。
目立ちすぎる……!

「その病気を治す方法がだね……。うーん、るりちゃんは何て言ってたかなぁ
 確か……そう、異性とドッキンっんぐむむっ!?」

「それ以上は言うなっ!!」

もう言ってしまたようなものだけど、僕は必死になって黒木の口を手で塞ぐ。
毛糸の手袋をしているので直接の柔らかさ何て分からないけど
それでも吐きだされる息が熱いほど伝わってくる。
102 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/04/03(日) 01:39:08.08 ID:0/1wC4fS0

口を塞いだまま、僕は黒木を小脇に抱えて人通りのいない裏路地に向かった。
思いのほか……というのは失礼か、人間とは以外と軽いものだなと思いながらも
僕はあの気まずい空間から脱出した。
脱出というか強制連行というか……、あまりよろしくない行為であった。

「……むぐぐぐぐ」

離せと言わんばかりに、抗議の視線を送る黒木。
そうは言ってもな……ここでこの手を離したらなんと言われるか……。
だがずっとこのままというわけにも行くまい、仕方なく僕は口を塞ぐ手を離し
浮いていた黒木の両足をそっと地面につけさせた。

「むぅ……何か言うことがあるんじゃないかな」

「あぁ、えっと。……すいませんでした」

すっかりご機嫌斜めだ。むすっとした表情の黒木はあまり見なかったから、新鮮だとも感じる。
何て考えていると
あまり僕に反省の色が見られなかったのか、不服そうな顔で黒木は僕を見つめる。

「どういうことか、説明してもらえるかい?」

その声音には拗ねたような怒りが込められていた。
文句を言いたいのは僕のほうだよ……。
ご要望にお答えして分かりやすく親切懇切丁寧に教えてやる。無理だけど。

「……いいか? あんたが言おうとしていたことは、とてもまずいことだ。
 何がまずいかって?
 そう、たとえば……だな。それは裸を見られることよりも恥ずかしいことなんだ」

「ひゃっ! はだかっ!?」

真剣な眼差しで僕がそういうと、黒木は一瞬で顔を真っ赤にする。
うんうん……歳相応の反応だ、いや本当は僕と同じ歳なんだろうけど。
年齢というか精神年齢や外見での話だよ。
103 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/03(日) 01:41:37.47 ID:0/1wC4fS0

「なななな、なんでそんなことを……」

両掌を頬にあてがい、羞恥によって身悶える。
見ていて面白い光景だが、このままでは僕がバイトに遅刻してしまう。

「分かったか? だからあんなこと、人前で言うんじゃないぞ」

「…………」

コクコクと無言で二度、首を縦に振る。
そしてその後、しばし何かを思案していたかと思うと
おもむろに口を開いた。

「で、でも……それできみの童貞が治るのなら……。
 わ、わたしはっ! 恥ずかしいけど……協力、するよ……?」

「……………………」

今度は僕が無言になる番だった、頭の中が真っ白になり思考できなくなる。
テンパるとかそんなチャチなことじゃない、思考回路が焼きただれたかのように
文字通り思考が途切れる、途絶える、いくえふめい。
ならば、と役割を果たさなくなった脳の一部を一度遮断して
僕は眼前を見やる。

言ってしまったことをすでに後悔しているのか、さらに襲い掛かる羞恥に身悶えている同級生。
見た目は幼いが、少女はすでに立派な高校2年生。
犯罪ではない。と自分を擁護してみたり。

そこでハッとなって我に返る。
人の脳は一部が使い物にならなくなっても、ほかの部分が使えなくなった部分の役割を担う。
と聞いたことがある、たぶん恐らくこの状況とは関係ないだろうが……、聞いたことがあるだけだ。

とりあえずだ、この少女に僕が言うべきことは――。

「あぁ……お願い」

といいかけて口を閉ざす。ナ、ナニヲイッテイルンダボクハ!
いまだ悶えながらも不審そうな目で僕を見やる黒木。
今度こそちゃんと修正してあげなくてはならない。
104 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/03(日) 02:22:11.81 ID:0/1wC4fS0

「いいか? 童貞を拗らせるなんてことはない。
 そんな病気は存在しないし、僕はそんな病気にかかってはいない。
 ただ、ほんのちょっぴり気分が悪かっただけなんだ」

これで、おわかりいただけたであろうか。

「む……じゃ、じゃあドッキングする必要はないんだね……」

……ドッキングの方法も何を比喩されているかも知らないだろうが。
どこか不満げな黒木に対し

「あ、あぁ。大丈夫だ、その必要はないし問題ない」

僕はその問いを肯定した。
ふぅ、素直に言うことを聞いてくれて助かる……
まぁ今回はその素直さのせいで全力で焦ることになったんだけれど。

もう少し、他人の話を疑おう? な?
いや、そこが黒木のいいところなんだが。
聞き分けのよい子と評そう
冗談は通じないけど……。

「あ……」

とそこであることに僕は気づく、いや気づいてしまった。
それは何かというと
左腕に巻いた腕時計が4時10分を指そうというのだ。

「ん? どうかしたかい?」

不思議そうに、戦慄する僕を見る。
1から12までの数字の羅列、短い針と長い針が指し示す現実、それが意味なすことは。
時間がない……。その言葉だけが僕の復活したばかりの脳に駆け巡る。

バイト開始時刻は4時15分、なるべくバイトの時間を増やすために僕が頼んだことで
ホームルームが少し長引こうと十分に間に合う時刻だ。
だが今回は違う。
体感ではほんの些細な時間であったが、世界は思ったよりも早く進んでいたようだ。
ここからバイト先の喫茶店まではさほどの距離がないとはいえ
5分でたどり着けるかはひどく曖昧だ。
となれば刻一刻を争う。

「……悪いっ! バイトに遅れそうなんだ、僕は先に行くよ!」

「へ……? あ、うん。わかったよ、またあとでねー」

ことの重大さをまるで理解していない黒木は
無垢な笑顔で僕を見送った。

「あぁ、またあとで」

そして僕は走り出す。
105 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/03(日) 02:23:07.64 ID:0/1wC4fS0
限が悪いですけど、一区切り。
お疲れ様です。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 09:50:47.65 ID:jy+CExyno
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/04(月) 01:26:57.28 ID:7WzGR0HDO
乙ー

面白いが
もうちょい早かったら嬉しい
108 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/04/06(水) 18:18:48.41 ID:HY0uMqjT0

しばらく走ると、路地裏を抜けて少し広い通りに出た。
車道を渡ろうと急ぐが
ちょうど赤信号になってしまったため、僕は足止めを食らうことになる。
それにしても……準備運動もせずに走りだしたので、すでに息切れと動悸が激しい。
運動不足だろうか? この歳でざまぁないな、と自嘲めいて笑う。
その瞬間にも、僕はゆっくりと呼吸を整えていく。

ここまでくればあと少しだ、やっと落ち着いた心臓をいたわりつつ
赤から青へと変わった信号を合図に、また走り出す。

車道を通り抜けてしばらく直進すると、右側の視界にやっと目的の喫茶店が移りこんだ。
そしてお情け程度の小さい専用の駐車場をショートカットして、喫茶店の裏口へと回る。
少し立て付けの悪い扉を開き、僕はどこからか漂ってくる料理の匂いで
肺をいっぱいに満たしながら後ろ手で扉をしめた。
寒い外気を、大量に吸っては吐きと何度も循環させていたので少々喉が痛む。

だが、たどり着いたことだけで安心していてはいけない
僕はまだ休んでいたいと思う自分を律し、着替えるべく入ってすぐ隣の部屋へと進む。

開きっぱなしの扉を通って中へ。
そこは従業員用のロッカーが陳列し、休憩用の質素な椅子と机が置かれただけの殺風景な部屋。
一番右のロッカーは無造作に開かれ、その周囲には学生服が散らかっている
あれは伊藤のだ、皺になるからきちんと吊るせといつも言っているのだが……。
っと、無駄なことを考えている余裕はない。
だがそのすぐ隣が僕に与えられたロッカーなので、嫌でも目に付き嫌でも考えてしまう。
ちなみにそのまた隣が、店長の夫さんのものだったりする。
109 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/06(水) 18:21:45.08 ID:HY0uMqjT0

後で伊藤に文句つけてやる。

そうぽつりと呟いて僕は着替え始める。
学生服を脱いでハンガーに吊るし、ロッカーから制服を取り出す。
それらを素早く身に付けてローファーを履き、僕は部屋をでる。

そして制服の乱れを直しながら、僕はキッチンへ向かった。

「相変わらず、似合わねーな」

キッチンに入るなり、女性のきつい声が僕に向けて放たれる。
その声は怒ったようであり……やっぱり怒ってるんだな、と僕はため息をつく。

「お褒めに預かり、光栄です……郁江さん」

僕がそう言って言葉を返した恐らく30代後半の女性は
金色に染め上げた長髪を後ろで束ね、白いコック帽を被っており
服装も帽子同様に白のエプロンを装着していた。
式宮郁江……しきみや いくえ。
それが我等が店長のフルネームである。

今、僕が着ている制服も郁江さんの趣味によって仕立て上げられたもので
白のウイングカラーシャツに黒のベストと蝶ネクタイ、下も黒のパンツ。
まさにと言ったウェイターの制服だ。
ただの喫茶店にこんな格好は不似合いだとは思うけど……。

そんな格好にも少なからず理由はある。
立派なお店は作れなかったが、制服だけはきちんとしたものを着せたかった。
だ、そうだ。
もっとも、低身長な僕にはお世辞にも似合っているなんて言えないが。
110 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/06(水) 18:24:11.81 ID:HY0uMqjT0

「なんでかなぁー? 何でだと思う? 教えてやろっか。
 おめーの顔だよ、もっとこう……ウェイターってのはクールであるか
 にこやかであるかなんだよ。おめーのむすっとした顔っつぅのがいけ好かねぇんだよなぁ」

「そうですか、じゃあ僕はホールでますね」

たかだかバイトに、自分の思想を押し付けられても困るんだけど……。
気難しそうな顔で、途中から一人ごちっている郁江さんを軽くいなし、キッチンを出ようとする。

「そうですか……じゃねーよ、何逃げようとしてんだオラ」

「……ちっ」

そう簡単には逃がしてもらえなさそうだ。
僕は小さく、誰にも聞こえないように舌打ちをした。

「あぁ? てめー今舌打ちしたな」

だめじゃねーか……、どうやら僕には、人に聞こえないよう舌打ちをするスキルがないようだ。
そんなスキルいらないけど。まぁ戯言は置いといて……。

「してませんよ、パスタが茹で上がる音じゃないですか?」

「ばーか、さっき湯ではじめたばっかだっつーの」

そりゃ、タイミングが悪かったですね。とは言わない、火に油を注ぐようなものだ。

「おら、遅れてきた罰だ。突っ立ってねぇでさっさと皿洗え」

「うぐっ!? はいはい……わかりましたー」

「はいは一回だろ?」

「はぁい」

「伸ばすな」

「へい!」

「てめー……」

「はい」
111 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/06(水) 18:28:35.48 ID:HY0uMqjT0

お決まりのような言い合い、本気で怒ってるようで冗談が通じるのが郁江さんのいいところ。
最後は本気で怒りそうだったけど……。
その死線、デッドラインの一歩手前で踏みとどまるのが楽しいのだ。
とまぁ、これ以上ちんたらしてると流石にお給金に響くので
僕は言われたとおり、エプロンを装着して皿洗いをはじめるか、と嫌々汚れた食器類と向かい合った。

蛇口を捻って、凍りつくような冷たい水の中に手を入れ、スポンジを泡立てながら食器を洗う。

「ぐおお……」

唸りながら洗い続ける。
しばらくすると、徐々に感覚がなくなっていく感覚というのだろうか
変な言葉だが……。

「ぬああ……」

そんなことを言ってる間にも冷水は僕の両手を蝕む。
食器を洗い始めて数秒で、僕の両手は限界に近づいてるし……。
指先がきちんと動いているかも分からないのに、流れ出る水が手に当たるたびに鋭い痛みが生じるのだ。
そしてようやく全ての食器に付いた泡を汚れごと流しきり、水を止める。
次にタオルで手に付いた水を拭い、両手を振るう。

「……この時期の水仕事はお断りしたかったんだがな」

バイトに遅れた僕が悪いんだけどな。ま、それは水に流そうか。
僕は特に何かを考えることもなく
自分のものとは思えないほど冷たい、感覚の鈍った両手を息を吹きかけて擦る。
もうしばらく休んでやろうかと思ったけど
忙しなくフライパンを振る郁江さんが許してくれるはずもなかった。

「お? 終わったか、そんならテーブル拭いて来い」

「……はい」

もう一度舌打ちしそうになるのを何とか堪える。
112 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/06(水) 19:04:36.80 ID:HY0uMqjT0
無意識というのは怖いものだね?
あと弁解しておくが、僕は別にバイトの仕事が嫌いなのではなく
何て言うのかなぁ……うん、やっぱ嫌いだ。お小遣い稼ぎで已む無くやっているだけだ。
僕は弁解を諦め、手早くエプロンを取り外すと、テーブル用の布巾を濡らしてよく絞る。
そして僕がちょうどキッチンを出ようとしたとき

「店長ー、注文っすけどー……って、いよう高峰、遅かったじゃんか」

伊藤が顔をひょっこりとのぞかせてそう言った。

「ちょっと送れちゃってな、さっきまで死よりも辛い過酷な作業を強いられていたんだ」

嫌味交じりに僕が理由を説明すると、郁江さんはあきれ果てたように嘆息した。

「なぁにアタシが悪い風に言ってんだコイツは……。と、注文だったな」

おらさっさとよこせ、と郁江さんが言って伊藤が伝票を手渡す。
それを眼前のボードに貼り付けると、またフライパンを振り始めた。

「あ、俺パフェ作っから。高峰ホール出といて」

伊藤は中学を卒業したあたりからこのバイトを始めたそうだ。僕は高校に入ってからだったかな。
なので同い年でも僕の先輩ということになる、だからと言って敬意なんざ微塵も持っちゃいないが。
まぁ、そういうわけで簡単なデザートやサラダならば、伊藤にでも作れるし
僕は作らされる、接客より精神的に楽だからかまわないけど。

「わかった、どうせ今から出るところだったしな」

と僕は手に持った布巾をちらつかせる。
そしてそういえば、と僕は続けた。

「亮介さんはまだなんですか? そろそろ夕飯時ですし、郁江さん一人じゃあ」

亮介さんとは店長の夫さんのことだ、この店の料理はほとんどこの二人が作っている。

「あん? もーそろ帰ってくんだろ。愛華迎えにいってっからな、ったく……」

またまた説明しておくと愛華さん……まなかさんというのは亮介さんと郁江さんの愛娘である。
現在大学1年生、現役バリバリだ。美術大学に通っており、まなかさんへの亮介さんの溺愛っぷりは
郁江さんからも、もちろん僕らからも見ていて恥ずかしいほどだ……。

夫婦揃ってキャラの濃い人たちだなぁ、とバイト入りたての僕は常々思っていたものだ。
まぁ実際、僕なんかの存在が薄れるどころか消し飛ぶほどだし。

「ははは……それはそれは」

いつもどおりでよかったですねと呟いて、僕はホールへ出た。
113 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/06(水) 23:26:26.37 ID:HY0uMqjT0
すみません仮眠取っていたらこんな時間になってしまいまして……。
今日はもう書ける気がしないので落ちます、申し訳ありません。

>>107
善処します^w^
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/04/07(木) 20:39:54.92 ID:RdQv7f5M0
なかなか面白いじゃないか!!

>>1 誤字脱字は指摘した方がいいかな?
115 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/07(木) 21:15:09.69 ID:aSHRNXbj0
>>114
初めてですので、お、お手柔らかにお願いします。
116 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/04/09(土) 18:06:48.76 ID:zpAOhtJH0

    *

バイト開始から何時間が経ったであろう。
いつもならば、ふと気になった時に時計を見て
まったく進んでいないことに絶望を覚えたりもするが
今日は惰性というか慣性というか……だらだらと仕事をこなしていたおかげで
軽く2時間は経過していることに気づいた。
だが、この時間帯は地元の常連客が来店する時間で
客足が伸びる=注文が増える=で僕の仕事量も増えるという負の連鎖に囚われることになる。
この数時間、目まぐるしい仕事の螺旋から逃げ出すことなど、できはしないのだ。
あぁなんと悲しき運命、僕の命運はいまここで尽き果てようというのか……。

ま、お客さんが来てくださるのは大変よろこばしいことなんですがね。
僕にとってではなく、勿論この店にとってだが。

いやしかし、ここで愚痴っていても仕方がない。

僕は、あまり生産性のない行動は好きではないのでね……ふふっ。

別に、いつもより歩幅を狭めて使用済み食器を運んでいたら
郁江さんに睨まれたとか全然関係ないんだからな。

「すみませーん」

「あ、はい、少々お待ちください」

食器を運び終わり、再びホールに出た途端に僕を呼ぶ声。
こんな格好をしていなければ、誰が僕なんかを見つけて声掛けるというのだろうか。
ポケットに差し込んであるボールペンを抜き取り、声をかけた人物のもとへ向かう。
向かおうとした。
117 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/09(土) 18:11:08.78 ID:zpAOhtJH0
が、
そこでカランコロンと新たな客が襲来したことを告げるベルが鳴る。
まぁ誰かが接客するだろうと無視することに決めたのだが
突如現れた影が、それをよしとしなかった。

「……私が聞く、たっくんは案内して」

その人物が誰かは分かる。
僕をたっくんなどと呼ぶのは、数少ない知り合いのうちただ一人。
愛華さんである。栗色の髪にウェーブを欠け、レース付きのカチューシャ付けている。
服装は勿論、本場のウェイトレス(……がどんなものかは僕も存じ上げないが)の格好だ。
身長は僕と同じくらいで、こういう表現はあまりよろしくないと思うが……。
実に女性的らしい体躯をしている。

そのおかげで、外見からは柔和そうなイメージを彷彿とさせるが、それにそぐわぬほど
愛華さんは常に冷淡なほど無表情なのだった。

ここまでの思考でおよそ1秒、すでに紹介文を考えていたとは敢えて言うまい。

「わかりましたー……」

とりあえず、この場は愛華さんに任せておこう。
僕は入り口に立つ、来客を案内すべく早足で向かった。

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」

「2名様だ、タカくん」

……? タカくん、そんな風に呼ばれたこと……あぁ。
この声には聞き覚えがあった。
対人物用の図鑑が恐ろしいほど、おぞましいほど欠落している僕でも
半日前に対面した人物のことは覚えている。
118 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/09(土) 18:14:58.06 ID:zpAOhtJH0

「2名様ですね、かしこまりました、喫煙席と禁煙席どちらになさいますか?」

「あたしがヤニなんて吸うと思ってんのか? あ?」

「禁煙席ですね? それではお席のほうへご案内させていただきます」

「……さ、さりげなく無視してんなよ。あたしが変な奴みたいに思われるだろ?」

へぇ? 自覚はあったんだな。
気づいていても、それを正せないのなら無意味だと僕は思うんだけど?

「……なんだよ、僕に接客以上の仕事をしろって言うのか?
 こう見えてもなかなか忙しいんだぜ」

「はぁん……? まったくそうは見えないけどな
 ま、いいけどね。じゃあはやく案内していただけるかな? ウェイター君」

そいつは僕を全身くまなく観察するとにやにやと、嫌らしく唇をゆがめてそう言った。
暗に僕の格好を貶しているのだろう、被害妄想ではない、たぶん恐らく。
似合っていないのは百も承知なので、僕はあまり気にしないが。
……糞、好きでこんな格好してるんじゃねえんだよ。

「……ん? 会長さん、二人って言ってたよな?」

僕がぱっと見たときには会長さん一人しかいないように見えたが。

「あん? あぁ、ゆき……お前が誘ったんだから、恥ずかしがってないで出て来い……」
119 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/09(土) 18:17:18.12 ID:zpAOhtJH0

会長さんがそういうと、その影から一回り小さな女の子がひょっこりと姿を現した。
女の子は白のコートを羽織り、赤いチェック柄のプリーツスカート、黒のストッキングという
小柄な女の子によく似合う可愛らしい格好をしていた。
髪にいつもの白い髪留めをつけて。

「や、やぁ」

それは見間違うわけもなく、忘れるわけもなく、先ほど分かれたばかりの黒木であった。
何故ここに? と僕は少しうろたえたが、表情には出さないことに成功した。
そういえば、別れ際に「またあとで」って言ってたな……気にしてなかったけど
こういうことか。

「よお」

動揺を隠しただけではなく、僕は笑顔を浮かべて返事することにも成功した。
ついでに軽く手なんかもあげてみたり。

「……ゆきには優しいんだな? タカくんは。妬けちゃうねぇ」

「会長さんは僕なんかに優しくされたいのか? まぁなんだ、さっさと席に案内させろ」

少し詰まらなさそうにぼやく会長さんに、僕は優しく笑ってそう言うと歩き出す。
それにつられて、二人は僕の後を追ってきた。
禁煙席の奥、そこに二人を座らせて僕は接客へ戻る。

「では、ご注文がお決まりになられましたらお呼びください」
120 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/04/09(土) 18:20:31.95 ID:zpAOhtJH0

「では、ご注文がお決まりになられましたらお呼びください」

一礼してそそくさと引っ込む僕。
にしても、何でまた。
それもよりによって会長さんなんかと……
まぁ友達が少ないと黒木は言っていたから、ほかにいなかったんだろうけど。

そこで僕は
毛嫌いしているはずの会長さんと、普通に会話していたことに気づく。
……どれだけ失礼なことを言われようと
少し経てば許してしまえるような、そんな性格だったか? 僕は。
しばらく自分を軽く見失いかけてしまったが、すぐに思い立つ。
いや、僕の問題じゃあない。多分……会長さんのせいだろう。

大人しそうな外見に吊りあわぬ釣り目、さらにそれを裏切る人懐っこい声。
第一印象は最悪であったが
……少なくとも、今は嫌悪感を抱いてはいない。
さらに、好意を持っていないと言えば、嘘にはなる。
い、いや、駄目だ。こんなこっ恥ずかしいこと考えてたら……。

「……たっくん顔赤い、けど、とてもいい顔してる」

「うわぁっ!?」

急に現れた愛華さんのおかげで、無理やり思考が飛ばされていった。

「……いまならたっくんでも、いい絵が描ける」

「……やめてくださいよ」

愛華さんはそういって、キッチンへと入っていった。
相変わらず、よくわからない人だ。
とは口にはださない、悪口を言っているつもりではないが
こんな言葉でも亮介さんに聞かれたら、僕は微塵に砕け散るであろうから。

「おい高峰、向こうのテーブル片付けてくれー」

出来上がった料理を運ぶ伊藤が、顎を使ってテーブルを指す。

「ああ、わかった」

どうやら、少しサボりすぎたようだ。

「よし……やるか! ……はぁ」

気合を入れてすぐに出す。
僕の体に、やる気を溜められる高等なタンクは
備わっていないようだった。

「はぁ」

もう一度、僕は嘆息してテーブルへ向かった。
121 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/09(土) 21:20:46.29 ID:zpAOhtJH0
うう……展開遅いですよね……どうしましょうか。
あと登場人物がどんどん増えていったり……。

まだまだ構想練らなくてはならないので
ペースは相も変わらず遅いままです、のんびり見ていってください。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/09(土) 23:42:06.93 ID:3AK60A8qo
おつー
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2011/04/10(日) 00:00:44.09 ID:973fYPoJ0
いいぞいいぞー
124 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/20(水) 22:20:40.57 ID:YPruw5Nz0
ぐぬぬ……今週中には……今週こそは……投下しま、す…。
125 : ◆Fq2QReZI2Y [saga]:2011/04/23(土) 12:31:54.42 ID:HFB0Av+m0
    *

とある喫茶店のとある席。
本来は4人掛けとなるべきテーブルと椅子は
長身、長髪の女性と小柄な女の子が占領していた。

そこが人気の店であれば、迷惑行為にもつながるやもしれない。
だがそんなことはなく、2人は気にもせずに思い思いの雑談を繰り返していた。

その2人のうち、小柄な女の子……黒木ゆきは小休止とばかりに打ち止められた雑談の合間に
いまここにいる自分たち以外のもの、すなわち他の利用客の様子を眺めみることにした。
家族連れからカップル、老人やら少し柄の悪そうな青年たち。
老若男女問わずに、客の年齢層は幅広い。ごく普通の飲食店なのだから当たり前なのだろうけど。

さて、なぜそんな至極普通のありふれたどこにでもありそうな飲食店へ来ているのかというと……。

「んで、どうなんだよ。ゆき」

制服姿の長身の女性が語りかける。

「……? なんのこと」

「はぁー……お前、タカくんがお前の話を聞いたんじゃないかって勘ぐってんだろ?
 そんでわざわざあたしを誘ってまで会いに来た、つまりあいつの様子を知りてーんだ」

「んーん、 そうじゃないよ。わたしはただ、この店のタルトが食べたかっただけなの
 とーってもおいしいんだよ?」

「ふぅん、ま、そういうことにしといてやるよ」

無邪気に笑う黒木に対し、女性はにやにやと笑った。
126 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/23(土) 12:34:12.81 ID:HFB0Av+m0

「でもよー……ほんっと変な奴だよな。タカくんは
 あたしの記憶から丸っきり抜け落ちてたんだよ。影が薄いってレベルじゃねーよ」

「そうかな? カッコイイし、優しいよ。高峰くん」

「はぁ? あれがカッコイイ、か? あんなどこでもいそうな奴が?
 ゆき、お前には男を見る目がねーな」

「お、おとこを見る目?」

「そ、いいかゆき……男ってなぁな、甲斐性がなくちゃいけねー」

「かいしょう?」

女性は神妙に語りだす。顔の話から何故経済面の話へ向かったかは甚だ疑問ではあるが。
路線を切り替える役目を持った人物は、幸か不幸か……その場には誰一人として存在しえなかった。

「要するに経済力だ、自分や将来できるであろう家族を養えるかどーかだ」

「なんだか嫌な話になってるね
 でもそれとこれと、何の関係があるの」

黒木は苦笑いをしながらそういう。
だが、女性はそれをも無視して続ける。

「ゆきから聞いた話によりゃあ、成績はいいほうかもしんねーけど
 将来有望ってほどにゃ頭が冴えてるとはあたしは思わなかったな。
 世渡りも下手糞そうだし、愛想も悪いしさー」

「随分と辛口だね、もぅ……その辺でやめにしようよ」

静止など知らぬ存ぜぬと思いのまま話続ける女性。

「だからよ、付き合うんならもっとマシな奴にしとけって」
127 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/23(土) 12:36:18.63 ID:HFB0Av+m0

「つっ、付き合っ!?」

そこで状況は急変した。
女性がにやにやと笑みを浮かべているのは変わらずだが
黒木の顔は見る見るうちに赤みを帯びていく。

「わわわわたし、は! そんなつもりないよ!!」

「はぁーん? どうだかってぇ!?」

さらにもう一変、ぱしんと乾いた音がしたかと思うと
女性の嫌らしい笑みが一瞬で苦痛に歪む。
女性は衝撃を受けたと思しき後頭部を両手で押さえ、鋭い目つきで犯人を捜そうと
文字通り血眼になる。

「ほかのお客様のご迷惑になるような行為は慎んでください」

文面だけ見れば、怒りやら冷徹さが含まれているように思えるが
その声には呆れたようなイントネーションが含まれていた。
この時点で声の主は憤慨していないという事実が垣間見える。

「あんだよ……ちょっとくらいいーじゃんか、タカくん」

女性は真後ろに現れた高峰の姿を見るや否や、拗ねたように呟いた。

「よくねーですよ。会長さん、どうせ黒木に余計なこと吹き込んでたんじゃないのか?」

「んなことねーって、からかってるだけさ。コミュニケイションだ、分かるかな?」

「分かるけど……ほどほどにしてくれよ? さっきだって大変だったんだからさ」

「へぇ? 大変だったって? 何が?」
128 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/23(土) 12:39:30.26 ID:HFB0Av+m0

再び嫌らしい笑みを浮かべている会長に対して
高峰は困ったように眉をひそめた。

「……会長さん、あんた分かってて言ってんだろ?」

「ははん、さぁーな? あとよ……タカくん」

がたりと椅子が音を立てた、会長が席を立ったのだ。
さらに立ち上がった勢いを利用して、ずいと高峰に迫る。

「る、るりちゃん?」

2人の距離は目と鼻の先。黒木は1人、突然の剣呑な雰囲気にあわあわしていた。
高峰はがらりと変わった会長に威圧され、知らずのうちに身構えるが傍から見ると至って冷静に見える。
そしてしばらくの間睨みあっていた両者だが、会長から先に破顔した。

「ぷっ……くくっ、そう身構えるなって
 あたしには、九条瑠璃って名前があんの。
 お前のお世辞にもよろしいなんて口が裂けてもいえないような大変お粗末なアルバムに
 よおく刻み付けといてくれるかな?」

あからさまな挑発、九条が何を思って高峰を挑発しているのかは
黒木にも高峰にも分かりはしない。
そして九条の笑顔がさらに2人を困惑させる。

「……はん、僕の名前もろくに覚えられないのにな?
 会長さんが何に怒っているか皆目検討付かないが、ちょっと理不尽じゃないか」

高峰も負けじと言い返す、困惑しつつもその言葉には何かしらの余裕があった。

「るりちゃん……高峰くんも……」

控えめに吐き出された言の葉が、強制的に2人を止める。
いままで2人の会話に直接的に関わってこなかった黒木が
不安の表情を浮かべながら、何かを堪えるように震える瞳で睨みつけた。
129 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/23(土) 12:49:13.67 ID:HFB0Av+m0

「もう……、駄目だよ? 喧嘩しちゃ」

「……いや大丈夫だ、これもコミュニケイションの一環だからな」

「そーそー、あたしたち、仲良しこよしだもんな?」

あははははは、と2人分の笑い声が周囲に響く。
それは自然な笑い声であり、得にこれと言った怒りなどないように感じられた。

「それならいいんだけど……」と黒木は安心したように呟く。

「ところで、職務怠慢野朗君はこんなとこで何やってんだと」

からかうような口調で九条はそういって、再び席に着いた。

「ああ……、あそこのウェイトレスが見えるか?
 あの人はここの店主の娘さんで、式宮愛華さんって言う美大の現役生なんだが
 僕らの比じゃないくらい要領がよくてね。このくらいの客足なら
 ほとんど一人で仕事をこなしちまうんだよ……」

少し離れたところで甲斐甲斐しく働く愛華を見やって
高峰は肩を竦めた。いつもの仏頂面で。

「へぇー、すごいんだねぇ」

「よかったじゃんか、タカくんの仕事量が減って。願ってもないことだろ?」

「ま、そりゃそうなんだが……
 することがなさすぎて、手持ち無沙汰になるのも考えものだぜ?」

そしてため息。要するに暇すぎる暇を潰しに来たのだろう。
130 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/23(土) 13:31:38.49 ID:HFB0Av+m0

「暇だからって、んな辛気臭い顔で来るなって……。
 曲がりなりにもあたしたちは客なんだからな?」

そこでまたも来客を告げる鐘が鳴り響いた。

「その通りでございますね。ちょうどお仕事が舞い込んできたし、僕は職務をまっとうさせてもらうよ」

「うん、頑張ってね」

「おー、さっさと行ってこい」

黒木は笑顔で九条は背もたれに深く腰掛けながら見送った。
ここからでも入り口は見える位置に存在するが
扉やら観葉植物やらで隠れて来客は誰かはわからない。

入り口へ向かった高峰の背中が遠くなっていき、
こちらの話し声はもう聞こえないだろうというところで黒木は再び口を開いた。

「ね、どうかしたの? るりちゃん……今日はちょっと変かも」

「……ん、かもな。なんかよぉ」と気難しそうな顔で九条は言う。

「自分がわからないことがあるってのは、どうにも気持ちが悪くていけねー
 あいつ、ただ斜に構えたような奴なわけじゃねんだ。外見では仲良くしてても
 実際は完全に見下してるような勘違い野朗でもねぇ……」

苛立ちのせいかぐしぐしと乱暴に片手で頭を掻く九条。
長い黒髪が乱れ、女性特有の甘い匂いが周囲に撒き散らされる。
131 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/23(土) 13:40:11.48 ID:HFB0Av+m0

「本質が読めねんだ……タカくんの、それに……名前も。
 書類上はちゃんと表記されて漢字も明記されてるんだ。
 だけどよ、名前と顔が一致しないっつうか、
 あいつの顔を見てもその名前が出てこねんだ。きっと、あたしの苛立ちはそこ」

「ただ、忘れてるって訳じゃないのかな。わたしも……高峰くんの名前、教えてもらったはずなんだけどね」

どうしてか思い出せないの、と長いまつげを伏せて悲しそうに呟く。

「あたしが忘れるなんて、ありえねぇ。確実に覚えてんだ。
 でも猛烈な違和感が邪魔をする。これで正しいのかって、本当はほかの文字じゃないかってな」

「そう、だね。でもそれは高峰くんのせいじゃないだろうし。
 そんなことで怒るのは可哀想だよ」

「ああ、だな……」

九条は不承不承に頷いて席を立った。

「? どこへいくの、るりちゃん」

「ちょっとな……」にやりと笑って。
 
「面白可笑しそうになってっからよ」とだけ言った。
132 : ◆Fq2QReZI2Y [saga sage]:2011/04/23(土) 13:51:18.98 ID:HFB0Av+m0
あ、続きは明日投下させていただきます……。
それまで書き溜めます、でゅわでゅわ。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/01(日) 02:16:49.92 ID:BJpnJ7tDO
待ってるからね
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