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紬「タックマン?」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:08:19.75 ID:LjwDMhJO0
ムギちゃんが好きすぎてつい書いてしまったんだ……。

※注意
・ヒーローもの。厨2要素あり。
・一部キャラ崩壊。
・長い。
・主要キャラが死ぬかも。
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諸君、狂いたまえ。 @ 2024/04/26(金) 22:00:04.52 ID:pApquyFx0
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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714052788/

二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:11:58.58 ID:LjwDMhJO0
某国 科学研究機関

研究員「博士、"上"から連絡です」

博士「ほうっておけ。どうせ研究費削減だとかなんだとかをちらつかせてお説教がしたいだけだろう」

研究員「いえ、別件です。なんでも、組織の関係機関が次々襲撃されているとか」

博士「"変異種"にか?」

研究員「いえ、違うようです。通常兵器を用いていたようです。おそらくは敵対国家の特殊部隊かと」

博士「ふん。無駄なことを。今に見ておれ、この変異種研究が成功したあかつきには、やつら目にものみせてくれる」

博士と呼ばれた白衣の男は培養カプセルを見つめる。

博士「時代は暗闇に向かおうとしている。異常気象。犯罪、テロの増加。紛争。そして、変異種の出現。だがわが国は生き残る。この研究によってな」

???「そうはならない」

博士「っ!?」

気付いたときには既に博士の首にはナイフが突きつけられていた。
横目で先ほどまでいた研究員を探す。口から泡を吹いて床に伏していた。音も気配も感じられなかった。いつのまに。

博士「貴様、敵国の者か。何が目的だ」

???「研究データを渡せ。そうすれば命は奪わない」

博士「くっ……。仕方があるまい」

博士はポケットに手を入れ、中を探る。

???「やめておけ。この距離ではナイフのほうが速い」

謎の敵は冷静に言い放つ。博士の手が止まった。

博士「……くそっ」

博士は観念したように机の中から情報記憶端末を取り出し、謎の敵に渡した。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:12:34.74 ID:LjwDMhJO0
博士「これが研究データの全てだ。満足したらさっさと出て行け」

???「いいや、まだだ」

謎の敵は端末を博士のPCに差し込む。

博士「何をしている? じき警備員が巡回に来る。そうすれば貴様は終わりだ。データを見るのは持ち帰ってからでも遅くは無いだろう」

???「そんなに私に早く帰って欲しいのか? いや、帰って欲しいだろうな」

キーボードを高速で叩きながら謎の敵は操作を進める。

???「ここ以外のPCでこの記憶端末からデータを引き出そうとすると自壊プログラムが作動する仕組みになっている。そうなれば二度と情報を引き出すことはできない」

博士「……ちっ」

???「自壊プログラム解除は完了した。さらに、元データに自壊プログラムを移動させた。これでもうお前達がこのデータを引き出すことはできない」

博士「貴様、こんなことをして、どうなるかわかっているのか。この時代は暗闇に向かっている。この研究は暗闇から人類を救い出すのだぞ」

???「人間は強い。お前が変えなくても、自分達で変えていける」

博士「だが、こんなくだらない仕事をしている貴様も、結局は力にすがって生きるしかないのだろう? 貴様もこの時代の被害者なんじゃないのか?」

???「……」

博士「どうだ? 私につかんか? 貴様を変異種にしてやろう。この人工変異計画によって進化することで、世界を支配する側に立つのだ」

???「興味が無い」

博士「だが、貴様はこうして戦いの中にいる。力が必要なはずだ」

???「……人の強さは、力ではない」

博士はこの覆面で表情の読めない特殊部隊の兵士から、なにか恐ろしいもの――狂気にも似た、強固なものを感じ取っていた。

博士「くくく……面白い。ならば、貴様にひとつ、プレゼントをやろう。貴様の組織ではない、貴様個人に対してだ」

博士は培養カプセルのスイッチを押し、中から一つのアンプルを取り出した。

博士「これは、人工変異計画の成果だ。これを注射することで、人間は進化することができる。この世界を支配する次なる存在"変異種"にな」

???「……何を、考えている」

博士「こうなれば私の研究は終わりだ。だが、ここで何もかも終わりにしたくない。これは、私の科学者としての個人的な願いだ」

博士の目に嘘は無かった。まっすぐな瞳で覆面の兵士を見つめていた。

博士「君が真に必要となったとき、これを使うと良い」

???「……」

博士「さあ、行け。警備員が来る」

謎の兵士は無言のまま、情報記憶端末とアンプルを持って走り出し、すぐに姿を消した。なるほど優秀だ。
どのセキュリティにもひっかからずここまで到達し、そして誰にも気付かれず消え去る。
そういえば聞いたことがある。「ナイトストーカー」と呼ばれる特殊部隊の噂を。
行き過ぎた力を持とうとする組織や機関に制裁を加える、世界のパワーバランスを保つために組織された特殊部隊。

博士「ナイトストーカー(暗闇の追跡者)か。この時代に、一体何を貫きとおそうというのかね」

信念も、真心も、なにもない時代。それが現在だ。こんな時代に、彼らは何を守ろうというのか。
守りたいと思ったものが、一体どれほどくだらないものか、本当にわかっているのか。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:13:17.47 ID:LjwDMhJO0
日本某所 特殊部隊「ナイトストーカー」本部 長官室

???「長官、ただいま戻りました」

長官「ご苦労だった、"エージェントT"、いや、ツムギ」

紬「任務を遂行したまでです」

紬は情報記憶端末を長官に差し出した。

長官「中身を見たかね?」

紬「興味がありません」

長官「そうか。正直だな、いやはや張り合いが無い。だが、だからこそ君は優秀なのかもしれんな。そういえば、君がナイトストーカーに入ってからもう2年になるな」

紬「そうですね。それが何か」

長官「君も二十歳になったんだ。故郷に顔を出してみてはどうかね。ご家族も……」

紬「家族はいません」

長官「……すまなかった」

紬「話はそれだけですか?」

長官「いいや、まだ続きがある。君に会いたいという人がいる」

紬「『琴吹 紬』にですか? では、そんな人間はもういないと伝えてください」

長官「ところが、そういうわけにはいかん。相手は強敵でね。政界、財界にも相当手が及ぶ大物だ。ナイトストーカーは独立戦力だが、日本にある以上日本の権力からは逃れられん」

紬「……組織存続のためならば、どうぞご命令を」

長官「いいや、ダメだ。君は人間だ。人間としての君でいなければならない。だから君は選ばねばならない」

紬「……会いましょう。その物好きに」
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:13:52.36 ID:LjwDMhJO0
ナイトストーカー本部 面会室

紬「……斉藤。やはりあなたなのね」

斉藤は紬の姿を見ると顔を輝かせ、立ちあがった。

斉藤「お嬢様」

紬「やめて。もう私はあなたの主人ではないわ」

斉藤「……紬様を探しておりました。『あの日』からずっと、世界中をくまなく。盲点でしたよ。まさか国内とは。機密性の高い特殊部隊の所属になるとは、考えましたね」

紬「別に、あなたから逃げるためにしたことではないわ。自分で選んだことよ」

斉藤「長官からお話は聞きました。入隊から半年で最も優秀なエージェントとなり、多くのテロ組織やテロ国家の陰謀を事前に阻止してきたのだとか」

紬「……」

斉藤「しかし、そんなことを続けていればいつか命を落とします。帰りましょう。私たちの街へ」

紬「言いたいことはそれだけかしら。なら悪いけどもう帰って――」

斉藤「――いいえ、まだあります。例の『黄金』が現れました」

紬「!? ……それは」

斉藤「確かな情報です。我々の街に――桜が丘に、再びヤツが現れました」

紬「……この二年間。一心不乱に戦い続けたわ。理由なんて無い。強くなるためでも、生きるためでも、死ぬためでもない。そしておそらくは、復讐するためでもない」

斉藤「……」

紬「あの日から、ずっと私の時は止まったまま。だけど、もしかしたら、動きだすかもしれない。『あれ』に会えば」

斉藤「紬様」

紬「斉藤。つれて帰って頂戴。私の故郷に――桜が丘に」

斉藤「はい! 仰せのままに!」
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:14:54.65 ID:LjwDMhJO0
日本 琴吹邸

斉藤「どうぞ、お嬢様」

メイド達「お嬢様、お帰りなさいませ!」

紬「これは……」

斉藤「かつての状態を保っております。皆、お嬢様がいつお戻りになられてもよい様、常に備えておりました。どうぞ中に。お食事をご用意いたします」

斉藤に連れられ、ダイニングへ。大きな机の最も奥の席へと導かれる。ここは琴吹家当主。かつて父が座っていた椅子だ。
さらに斉藤は書類を持ってきて紬に見せた。

斉藤「会社と、旦那様の持ち株は全て私が管理しておりました。旦那様の個人資産も、全て私が。これらはもちろん、お嬢様の意のままにお使いください」

紬「斉藤、あなたは……」

斉藤「お嬢様は、何かを成し遂げようとしているのでしょう? ならば、それを最大限補佐するのが私の役目です」

紬「そう……。斉藤、ご苦労様」

斉藤「琴吹グループ会長は現在暫定的に私が勤めておりますが、お望みならいつでもお嬢様にお譲りいたします」

紬「それはまだかまわないわ。しばらく表の世界に出る気にはなれないから」

斉藤「そうですか」

紬「斉藤、早速だけれど少し頼みたいことがあるの。琴吹には応用科学部門があったわね。自衛隊向けに防弾器具などを開発している」

斉藤「左様で」

紬「強化服が欲しいの。体格や顔を隠して、防御力を高めるものが」

斉藤「強盗でもするおつもりですかな?」

斉藤がいたずらっぽく言うが、紬は全く笑わずに応える。

紬「その逆よ。いうなれば……正義のヒーローといったところかしらね」
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:15:53.00 ID:LjwDMhJO0
日本 桜が丘

純「うひー、遅くなっちゃったよー。最近このへんも治安悪いし、さっさと帰ろう」

近頃は平和だった桜が丘にも犯罪が増加している。二年前に通り魔殺人があってからは特に顕著だ。
バンド練習を終えた鈴木純も、小走りで家に向かっていた。
と、その時、後ろから服をつかまれ、引っ張られる。

純「な、なにっ?」

大柄の男にそのまま引きずり倒され、裏路地まで引きずられてしまう。

純「やめてっ、放してよ!」

抵抗しても力が違いすぎ、引き剥がせないまま、裏路地の奥まで純は運び込まれてしまった。

純「ひぅ……!」

つれてこられた先には、大柄な男が数人座っていた。皆、人相が悪く、どう見ても温厚な集まりではない。
純は混乱していたが、さすがにこうなると状況を把握せざるを得なかった。
強盗、誘拐、略奪、強姦――殺人。いくつかの物騒な言葉が脳裏をよぎる。

男「へへっ、女だ。悪かないぜ」

男2「大事そうに抱えてんのはなんだ? ギターか?」

サングラスをかけた男は純のベースを奪い取り、ケースを開ける。

男2「きたねえベースだぜ。まあ、ちょっとくらいは金になるか」

純「や、やめて! それだけは……」

男2「あぁ? てめぇ、今の状況わかってんのか? てめぇが守るべきは、こんなベースじゃねえよ」

ビリッ

純「っ!!」

まるで紙のように簡単に、軽々と純の上着がやぶり取られる。

男2「自分の身体の心配しな、お嬢ちゃん? ん? 初めてか?」

純「や、やめてよ……」

男2「こんな時代に、こんな時代で独りで出歩くとは、おめぇ、ただのバカだぜ。不運って同情すらされねえよ」

男「へへっ。さっさとやっちまおうゼ。俺もう我慢できねーよ」

男3「俺もだ! こんなバカっぽい女好みなんだよなぁ」

純(な、なんなの、こいつら……)

汚らしい欲望。およそ人間とはいえないこの目。人を傷つけることを、喜びに感じている。
信じられない。こんな人間が実在しているなんて。優しい世界に生きてきた純には、全く理解できなかった。この男達を。
人を苦しませて、目の前に苦しむ人がいて、なんとも思わないのだろうか。なぜそれでも笑っていられるのだろうか。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:16:35.48 ID:LjwDMhJO0
純(どうして……)

男2「なあ、幸せってのはな」

サングラスの男は澄んだ笑顔を純に向けた。まるで、純に同情しているかのような。哀れんでいるかのような表情だった。

男2「幸せってのは、誰かに与えられるもんじゃねえ。自分で作り出すもんだ。てめぇみたいなやつにはまだ理解できないだろうがな」

純「わかんない。わかんないよ……」

男2「そうだろうな。じゃあ、せいぜい楽しみな」

男「へへっ」

男3「いただきまー……ふべっ!!」

その瞬間、男3は頭を地面に叩きつけて倒れていた。

男「なんだっ!」

目の前に、真っ白な人間が立っていた。白い。ここにいた全員が抱いた感想はそれである。
純白のボディスーツに純白のマント。そして白い奇妙なマスク。身体の数箇所に、「T」字の意匠が施されている。
その奇妙な真っ白な人物は、右手で見張りに立っていたはずの仲間を引きずっていた。

男「てめぇ……」

男2「何者だ」

純白の人物「……」

男「へっ、コスプレヒーローごっこってやつか? この街にも頭のおかしいヤツが増えてるって聞いたが」

男は懐から黒光りした重厚なものを取り出す。銃。日本ではなじみの無い武器だ。

男「こいつを見な。悪いことはいわねぇ、帰り――ぐぉ!!」

一瞬で間合いを詰めていた純白の人物の肘打ちを喰らい、男は倒れた。

男2「何が目的だ」

純白の人物「……秩序」

男2「はっ、頭おかしいんじゃねえのかよ。ケンカは強いみたいだが、頭の中まで筋肉なのか?」

純白の人物「それは時代が決めることだ」

男2「ならなおさらだぜ。てめぇみたいなやつ、誰もおよびじゃねえんだよ。この時代も、この街もな」

サングラスをかけた男は、他のチンピラたちとは全く異質な雰囲気をまとっていた。隙が無い。
純白の人物も、攻めあぐねているようだった。
ゆっくりと、男はサングラスを外す。

男2「噂にくらいは聞いたことあんだろ? 俺は――」

純白の人物「……っ!」

男の右目は赤く輝いていた。これは正常ではない。純白の人物もそれを察知し、とっさに伏せた。

男2「――変異種だ」

その刹那、男の目から放たれた赤い閃光がさっきまで純白の人物の頭部があった空間を通過した。
後ろの廃ビルの壁面が爆散する。恐ろしい威力だ。人間が喰らえばひとたまりも無いだろう。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:17:20.01 ID:LjwDMhJO0
男2「よけたのは褒めてやる、ならこれはどうだ!」

男の視線の先にあるのは――純。

純「えっ……」

既に純に高エネルギーの塊が接近し、その身体を破壊しようとしていた。
が、何かが間に割って入る。

爆発。

男2「……女をかばったか。バカなヤツだぜ、ヒーロー気取りで命を落とすとはな。そんなのは不運とはいわねえ、自分の脳無しを恨むんだな」

煙が晴れる。おそらく、さっきのヒーロー気取りの破片が散らばっているだろう。あの女も、人一人間に入ろうが防げる威力ではない。死んでいるはずだ。
と、男は考えていた。が、それは裏切られた。
白い塊が、そこにはあった。いや、マントだ。白いマントが、人間二人分を覆っている。

男2「まさか……」

純白の人物は立ち上がる。全くの無傷、かばわれた少女、純もかすり傷ひとつ負っていない。

男2「お前、化け物――」

そこまで言った時には既に、男は意識を手放していた。一瞬にして間合いを詰めた純白の人物の一撃を喰らっていたのだ。

純白の人物「……」

純「あの……」

純白の人物「もうすぐ警察が来る。君は事情を話してくれれば後は家に帰れる」

変声期で声を変えているのか、ガラガラしたよくわからない声だった。

純「ありがとう、ございました……」

純白の人物「……秩序を守っただけだ。例には及ばない」

純「ヒーロー、なんですか……?」

純白の人物「この街が必要とするなら」

純「わかりません。なんで、こんなことするのか。この人たちも、あなたも……」

純白の人物「君は善良な人間だ。だから、理解ができない。そして、それが正しい」

純「でも……それじゃあ……」

純白の人物「……」

純白の人物はベルトにマウントされていた黄金色で半月形の金属を手に取り、上に向かって投げた。鋭く飛んだ金属はビルの屋上の柵にひっかかり、固定される。
そのまま金属についていたワイヤーが高速で巻き上げられ、純白の人物はビルの上に飛び乗る。そうして闇に消えていった。
パトカーのサイレンが聞こえる。警察が来たようだ。助かった。だが、純の頭は別の疑念が支配していた。

純「……わかんないよ……」

純白の人物は、一体何者か。この街の必要とするヒーローなのか。それとも……。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:18:05.86 ID:LjwDMhJO0
日本 琴吹邸 地下

紬「斉藤。実戦テスト完了よ」

斉藤「バトルスーツの感触はいかがでしたか、お嬢様」

紬「まずはクリア、といったところね。最初の相手がよかったわ。この段階で『変異種』とやれるなんて」

斉藤「お嬢様、変異種と戦ったのですか!?」

紬「そうよ、適当なチンピラでは、たとえ銃を持っていたとしても、素手で殲滅できてしまうわ。スーツを着た意味は変異種への対策。それ以外ないわ」

斉藤「スーツに防弾、防刃、耐熱、対衝撃性能をつけるだけではなく、マントに高エネルギー兵器耐性をつけたのはそういう意味でしたか」

紬「身体から『ブラスト』と呼ばれる高エネルギー収束光線を放つ変異種は多くいると聞いたわ。予想が上手く行ったわね、そのマント、なかなかよ」

斉藤「お嬢様……。私はお嬢様の成し遂げたいことをサポートするとは言いましたが、お嬢様の命を危険に晒すことは――」

紬「――それ以上は許さないわ、斉藤」

斉藤「失礼しました」

紬「斉藤、今の私にとって生きるということは、戦うことなのよ。きっとあなたには理解できないだろうけど」

斉藤「はい。私は、お嬢様には平和な世界で笑っていただきたいと常に考えております」

紬「それは、あなたが光の世界の住人だからよ」

紬(光の世界――。そういえば、今日襲われていたあの子、鈴木さんだったかしら。確か、高校の後輩だったわ)

思い出してしまう。あの時のことを。幸せだったころのことを。

紬(けいおん部の、放課後ティータイムの皆は……。唯ちゃんは、今、どうしてるんだろう)

彼女らは、まだ光の世界の中で笑っているのだろうか。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:18:43.28 ID:LjwDMhJO0
日本 週刊さくら 編集部

澪「『純白のヒーロー『タックマン』夜の街に現る』。なんですかこれ」

編集長「次の特集記事だ。二日以内にタックマンの写真を撮って来い。以上」

澪「い、いやいやいや! そう言われましても、こんな眉唾な噂を記事にするんですか? 強盗にあった被害者が錯乱しておかしな供述をしてるだけでしょう?」

編集長「私の筋の情報では、昨晩の強盗事件にかかわった全員が全く同じイメージの『ヒーロー』の存在を供述している。純白のヒーローをな」

澪「そ、それはいいんですけど、『タックマン』ってのは一体なんです?」

編集長「被害者の少女、鈴木純が名づけた。『なんだか、タックマンって感じだった』そうだ。私にもわからん」

澪「はぁ」

と、ここで澪のあまたに引っかかるものがあった。

澪「あれ、ちょっと待ってください。今、鈴木純って」

編集長「ああ、今回の事件の被害者は鈴木純という名だ」

澪「それって……」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:19:16.37 ID:LjwDMhJO0
日本 喫茶店

澪「久しぶりだね、鈴木さん」

純「雑誌の人が取材に来るって聞いて、断ろうとしたら、澪先輩だなんて、びっくりしました!」

澪「別に敬語なんて使わなくて言いよ。もう、先輩じゃないし、むしろ、取材している側の私が敬語で話すべきかな」

純「そんな、澪先輩は今でも私の目標なんですから!」

澪「私は、そんな人間じゃない……」

純「澪先輩……。あの、すみません、先に質問していいですか?」

澪「ん、いいよ」

純「ベース、今はやってるんですか?」

澪「いや。もうしばらく触ってないよ」

純「そうですか……」

澪「ごめん」

純「いいんです。ムギ先輩がいなくなって、みんな……」

澪「昔の話はよそう」

純「……すみません」

澪「さて、これからはお仕事の時間だ。まず何か頼もう。私のおごりだよ」

純「は、はい! じゃあ、私はミルクティーで」

澪「私はストレートティーにしよう」

しばらくして、注文した品が運ばれてきた。澪はそれを一口すすると「まずい」とだけ小声言って、純のほうを向いた。

澪「ごめんね、あんまり良いお店とか知らなくてさ」

純「いえ、いいんです。こうして澪先輩と会えただけで私、うれしいですから」

澪「そう……。あ、ごめん、取材、いいかな」

純「はい。どんとこいです」

澪(どんとこいです、か……)

久々に、昔の知り合いに会った。ベース、紅茶。それに……ムギ。彼女を思い出すものがたくさんある。
思い出したくない過去が、嫌でも這い出してくる。頭の底から、今の自分を削り取るように。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:19:53.53 ID:LjwDMhJO0
日本 N女子大学


律「――澪?」

律の脳裏には、涙を流す澪のビジョンが焼きついていた。
不思議だった。自分と澪には不思議な絆があるのか、澪が悲しんでいる時はすぐにわかった。こういったビジョンが届くのだ。
だが、かれこれ一年は澪と会っていない。なにをしているのか、どこにいるかもわからない。
ひきこもりを脱出して週刊誌のカメラマンをやっていると風の噂に聞いたことがあるが。

女子1「律、大丈夫? ぼーっとして」

女子2「なんか顔色悪いよ?」

律「あ、ああ。ほら大丈夫。どこも悪くないって」

すかさず律は作り笑いを浮かべた。偽りの笑顔を貼り付けるのにも、もう慣れたものだ。
この二人の女子学生も、自分と同じで、本当の友達がいないから仕方なく群れている。そうやって自分を守る。
本当に笑っていなくても笑い、本当は心配して無くても互いを気にかけるふりをする。それだけの関係。
律は本当の笑顔をあれからずっと取り戻せていない。
ムギがいなくなり、けいおん部が、放課後ティータイムがばらばらになったあのときから。

律(澪……。みんな。どうしてるんだ?)
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:20:30.68 ID:LjwDMhJO0
日本 N女子大学 軽音楽部

梓「ここはね、こうやって、ほら、弾けた」

部員A「すごーい。ありがとうございます、部長!」

梓「いいよ。わからないところがあったら何でも聞いてね」

部員A「はい!」

梓「ふぅ……」

今年から軽音楽部の部長を任されて、毎日忙しい。高校三年生のときも部長だったが、あの時は部員がたったの三人だ。今とはわけが違う。
でも、毎日いろいろなことがあり、それに追われていれば、余計なことは考えなくて良い。ずいぶん気が楽な生活だ。
充実もしていて、幸せといえるだろう。

憂「梓ちゃん!」

梓「ん、憂。遅いよ、もう練習始まってるし……」

憂「それどころじゃないよ! 純ちゃんが!」

梓「純が……どうしたの……」

憂「純ちゃんが、強盗に襲われて……」

梓「っ!?」

――ムギ先輩。どこに行くんですか?

憂「梓ちゃん!? どこいくの!?」

梓は無意識のうちに走り出していた。
いても立ってもいられなかった。

梓(どうして、あの時のことが……。私は……また、大切な仲間を……)

もう自分は、大切な仲間を失いたくない。


憂「行っちゃった……」

部員A「あの、純先輩、大丈夫なんですか……?」

憂「うん。さっき電話で話して、怪我もなかったし大丈夫だって。でも襲われて不安だろうから一緒にお見舞いにいこうかと思ったんだけど……」

部員A(じゃあなんであんなに大げさに言ったんだろう)
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:21:07.76 ID:LjwDMhJO0
日本 N女子大学近辺

梓は走りながら携帯を取り出し、電話をかける。数度目のコールで純は電話に出た。

梓「純! 今どこ!」

純『今、××の喫茶店だけど』

梓「わかった!」

純『ちょ、あず――』
ブチッ

梓(待ってて、純。私が守ってみせる。今度こそ、仲間を!)
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:21:43.12 ID:LjwDMhJO0
日本 喫茶店

純「ん、切れた。なんだったんだろう」

澪「お友達?」

純「ええ、梓からです」

澪「そっか。懐かしいな……。まだ、バンドやってるの?」

純「はい。大学の軽音部の中で、私と梓と憂で組んでます。梓、部長なんですよ!」

澪「N女子大の軽音部ってかなり部員がいたよね、それで部長か。それはすごいね」

純「はい。まあでも、唯先輩にはまだまだ追いつけないですけど」

澪「唯、か……。すごいな、あいつは」

純「18歳でプロデビュー、瞬く間に日本中を魅了した歌姫ですからね。いまや雲の上の存在ですよ」

澪「私も週刊誌の仕事やってるから、唯のすごさは身にしみて知ってるよ。あいつは本当にすごいよ。まるで光の妖精だ。私にはまぶしすぎる」

純「そんなことないですよ。澪先輩だって……」

澪「気休めはやめてくれ。私は、現実が見えたんだ。たくさん裏切られて、たくさん悲しいことがあって、それで今ここにいる……こんな卑しい仕事をしている」

純「澪先輩……」

澪「唯に気付かれないように追跡して、男と会っていないか監視したり、写真をとったり……そんなことだって、今の私はする。そうだ、何より大切な親友だった、唯を食い物にして生きてるんだ、私は」

純「でも、そうしないと生きていけない人だっています。澪先輩の仕事だって立派な」

澪「そんなことがまかり通って、あたりまえのようなこの世界で、私は、その底辺に生きてるんだ……頂上の唯を見上げながら、ずっとはいつくばって……」

純「……」

澪「それが、生きることなんだって。本当は気付いてた。だけど、私はずっと認められなかった。だから自分だけの世界に閉じこもった。でも、それじゃ生きていけないんだ。お金もなきゃ、だめだ。だから今こうして働いてる。卑しいことをして、お金を得ている……」

純「澪先輩、私は、それでも――」

梓「――純!!」

突如として、静かだった喫茶店に鬼のような形相をした少女が飛びこんできた。

梓「純、怪我とかしてない? 大丈夫!?」

純「あ、梓、周りに迷惑だよ!」

梓「あ……」

周囲の客たちは困惑した表情で梓を見つめていた。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:22:18.90 ID:LjwDMhJO0
梓「――で、純は謎のヒーローとやらに助けられて無事で、ここで澪先輩に取材されていると、そういうわけ?」

純「うん、まあそんな感じ」

梓「はぁ、もう、心配させるんだから」

純「ごめんごめん。先に連絡しとけばよかった」

梓「まあ、無事だったならもういいよ。それより……澪先輩。お久しぶりです」

澪「久しぶり、梓。もうお邪魔になるだろうからね、私は行くよ。鈴木さん、これ、私の連絡先。なにか思い出したこととかあったら、ここに」

梓「待ってください。澪先輩」

澪「……何?」

梓「澪先輩、記者になったんですね。知りませんでした」

澪「言ってなかったからね」

梓「……澪先輩。私、まだ尊敬してます。澪先輩のこと」

澪「……ごめん梓。私はそんな人間じゃない。軽蔑されたほうがまだ、気が楽だ」

梓「そんなこと、簡単そうに言わないでくださいよ……」

澪「じゃあね、私は行くから、ここで何か飲んでいくと良い。疲れてるみたいだからね」

澪は五千円札をテーブルに置き、喫茶店を後にした。

純「梓、大丈夫?」

梓「……大丈夫。私は大丈夫。今度こそ、守って見せるから。純も、憂も」

梓(私は部長なんだ。仲間を、絶対に失ったりはしない)
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:22:58.24 ID:LjwDMhJO0
数週間後 日本 桜が丘

澪(相変わらず、タックマンが出たという情報はそこらに転がってても、直接お目にかかれはしないな)

あれから数週間。タックマンは何度も出現し、犯罪者を倒し続けていた。誰一人として殺していない。
情報によると、タックマンは基本的に素手だそうだ。素手でナイフや拳銃を持った相手と戦って勝つのだから、ただのヒーロー気取りではない。相当な力の持ち主だろう。
澪はタックマンが"変異種"なのではないかとも推測していた。
変異種とは、最近噂になっている、突然変異した人類のことである。政府や科学者は存在を否定しているが、記者をしている澪にとってはなじみの薄い言葉ではない。
噂の多くでは変異種は常人よりも遥かに高い身体能力と頭脳を備え、それに加えて特殊な能力を有しているそうだ。
鈴木純を取材したときも、変異種と思われる犯罪者の話を聞いた。目から光線を出したとか。あまりにもファンタジーで、にわかには信じがたいが。
だがそれが事実だとすれば、タックマンも変異種である可能性が高い。光線を防いだそうだし、誰もがタックマンの身体能力は人間の域を出ていると証言している。

澪(タックマンなんてのはくだらないと思ってたけど、変異種の情報を記事にできたら……)

澪は記者としてもカメラマンとしても新米で低く見られている。だが、変異種のようなインパクトのある存在を明らかにできれば編集部内の地位もあがるだろう。
我ながら小さいことを気にすると思ったが、別に澪にとってヒーローが街をまもるだの犯罪だのはあまり重要ではない。
ようは良い記事を書いて給料をもらえればそれでいい。タックマン自体や変異種自体が世界をどう変えるかには興味はないのだ。

澪「ふぅ……」

街を適当に歩いてタックマンの目撃情報を聞いてみるが、特に有用な情報は得られない。

澪(そういえば、街で知らない人に話しかけるなんて、昔は考えられなかったな)

昔の澪は恥ずかしがりやで、知らない人には絶対に話しかけることなんてできなかった。
大人になったのだろうか。成長したのだろうか。いや、どちらも違う気がする。
きっと何かが欠けてしまったのだ。何か大切なものを失ったから、今の自分は空っぽで。
そんな空っぽな人間を、この時代は大人と呼ぶのだろう。


――私も、大人になったら、大人になるのかな。


誰かの声が、響いた。とても透き通った歌声が、空の奥から響いてきたみたいに。

澪「唯――」

――そういえば。澪は思い出す。
今日は唯……日本の歌姫『平沢 唯』のライブイベントだった。この桜が丘でだ。
その取材に行はずの同僚に連絡をとる。なにか強い力がそうさせているように。
唯のライブをなんだか見たくなった。彼女がデビューしてからテレビでその姿を見るたびにテレビを消してきた。何故かはわからない。
嫉妬していたのかもしれないし、そうではないかもしれない。どちらにせよ、今無性に唯の姿が見たかった。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:23:42.94 ID:LjwDMhJO0
日本 桜が丘 ライブイベント会場

唯「みんなー、今日は応援に来てくれて、ありがとー!」

オオおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

会場は熱気に包まれていた。皆、平沢唯の熱狂的なファンである。いまや日本中どこを探しても平沢唯一色であり、しかし一過性のブームではなくこれから何年も続くと思われた。
唯はメディアなどに過度に持ち上げられた広告アイドルではなく、実力派のアーティストである。
一気に才能を開花させたギターの技術と絶対音感に支えられた歌唱力、癒しの歌声に、麗しい容姿。作詞、作曲のセンスも並外れている。
いまや日本の音楽界を牽引する存在だ。彼女の歌は評論家や音楽通ですら認めている。
さらにその独特のキャラクターでバラエティ番組などにも出演し、いまやお茶の間の人気者でもある。
そして今は世界にすら羽ばたこうとしている『光の妖精』それが平沢唯であった。

紬「久しぶりね、唯ちゃん……」

そんな観客にまぎれて、紬は客席に座っていた。斉藤の用意した特別席を断り、一般の席をとった。
客として唯のライブを見に来たのではないし、特別席を利用して目立ち、唯の目にとまりたくはない。。
あくまで、国民的スターの平沢唯を狙った犯罪を警戒しての行動だ。

唯「今日はみんな楽しんで行ってね。それじゃあ最初の一曲!」

ライブが始まった。

紬(唯ちゃん。変わらないわ……)

唯は昔と何も変わってはいない。明るくて、活発で、優しくて、澄んだ歌声を持っている。誰よりも魅力的で、輝いている。
『光の妖精』。唯をよくあらわしているあだ名だと思う。
歌は、唯のオリジナルだろう。彼女にあったアップテンポもあれば、悲しいバラードもある。しかしどれも魅力的だ。
唯のギターの演奏も歌唱も、あのころと雰囲気は変わらないが、技術は飛躍的に進歩していた。
唯が一つのことに熱中したときの上達は目に見張るものがあったが、この二年ではさらに予想の上を行ったようだ。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:24:15.14 ID:LjwDMhJO0
唯「それじゃあ、最後の曲だよ!」

気付いたときには、最後だった。ライブイベントは3時間。唯を懐かしむうちに、それほどの時間が流れていたというのか。

唯「……知ってる人もいるかもしれないけど、この桜が丘は、私の故郷なんだ」

唯の雰囲気が変わった。なにか思いつめているような、悲しんでいるような。

唯「私には大切な仲間がいて、毎日が輝いてた。みんなは私を輝いてるって言ってくれる。でも、やっぱりまだ、なんか寂しいかな」

紬「唯ちゃん……?」

唯「みんなといた日々の輝きは、戻ってこないのかな……。大人になっちゃうって、そういうことなのかな」

観客達は言葉を失っていた。唯はいつも明るい。いつも前向きで、見るもの全てに元気を与えていた。
こんな唯の姿を見るのは、初めてだった。

唯「みんなごめんね。この街に帰ってくると、たくさん思い出がよみがえってきちゃって。私、歌うことしかできない。歌うことで、今の気持ちもきっと伝えられると思う」

唯「最後の曲は私の大切な仲間が……親友が、作ってくれた曲です。今はもう会えない、どこにいるのかわからない、でも、今でも大切に思ってる人の曲です。曲の使用許可はとってません。だから、勝手に使ってるって知ったら、どうか私をしかってください。それでもいいから……会いたいよ……ムギちゃん……」

美しい声はかすれて、最後のほうはもう何をいっているのかすら聞き取れない。

唯「うん。私は大丈夫。だから精一杯歌うよ。『ふわふわ時間』!!」

紬(唯ちゃんのこと、傷つけてたのね、私は)

やっと気付くことができた。自分だけが世界一不幸になった気がして、皆の前を離れた。
だけど、違う。そうやって不幸ぶって他者を省みなくなることが、さらに不幸を伝染させる。誰かを悲しませる。

紬(だけど、今更唯ちゃんの前に現れて、今まで奪ったものは返すことはできない。私にはその資格は無いし、その力もないわ)

走り出してしまったのだ。打ち出した銃弾はもうとまらない。自分はもうとまれない。
どうしようもない闇が降り立つこの街で、犯罪との戦いを始めてしまった。そんな自分が誰かとかかわるということは、その誰かを危険に晒すということだ。
今更昔には戻れない。戻ってはいけない。自分もまた、大人になってしまったのだから。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:24:54.58 ID:LjwDMhJO0
日本 桜が丘 ライブイベント会場 記者特別席

唯「ふわふわ時間!!」

澪「唯……」

大切な仲間。唯は、なにも変わらず、純粋なままだ。大人になっても、輝きを保ったままだ。
そんな唯が、澪にはまぶしすぎた。唯はムギを純粋に心配し、ムギのために悲しんでいる。他者のために悲しめる人間だ。
自分とは違う。自分はそんなことは思えない。

澪(私は、きっとムギを許すことなんてできない……)

輝いていたはずの未来を、失った過去を。すべて、ムギのせいだとしか思えない。そうとしか思えない自分はとてつもなく醜い。
だけど、それがわかっていても、変えることは出来なかった。自分自身の真実から目をそらすことはできなかった。

澪(二年前。私の全ては終わったんだ――)
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:25:28.46 ID:LjwDMhJO0
二年と少し前 日本 桜が丘高校 音楽室

律「ムギのやつ、卒業式に結局来なかったな……連絡もつかないし。どうしたってんだ……」

澪「ムギ……梓に送る曲、一緒に演奏できたらいいけど」

唯「ムギちゃん、きっと来るよ。信じて待ってよう」

三人は音楽室でムギを待っていた。梓は少しあとから来る。ムギの提案で、梓には特別な曲をプレゼントする予定だ。
だが、肝心のムギが今朝からいない。メールを送っても返事は無いし、携帯にも出ない。家の電話にかけてみたが、常に通話中で繋がらなかった。

さわ子「みんな!」

勢いよく扉をあけて入ってきたのはさわ子だった。三人は顔を輝かせる。さわ子にムギへの連絡を頼んでいたのだ。
だが、すぐに不穏な気配を感じ取って三人の顔は暗くなった。

さわ子「みんな、落ち着いてよく聞いてね。昨晩、ムギちゃんのご両親が……亡くなられたわ」

澪「っ……!」

澪はその場でへたりこんでしまう。耳を押さえてガクガクと震えだした。『死』というキーワードが恐怖に弱い澪の臨界点を容易に超えてしまったのだろう。

唯「そんな……」

律「ムギは、ムギはどうなったんだよさわちゃん! ムギの両親は、やっぱり事故かなんかなのか!?」

律は動転してさわ子の肩をつかみ、ゆさぶる。

さわ子「落ち着いて、りっちゃん。ムギちゃんは無事よ」

律「……そ、そっか……よかった……」

唯「でもなんで、ムギちゃんのお父さんとお母さんは……?」

さわ子「それは……生徒にはあまり言うなって言われたけど、あなたたちには言わなければならないことね。……殺人よ」

律「殺人!? 一体誰が……」

さわ子「強盗目的、なのかしら。ムギちゃんの家がお金持ちだっていうのは知ってるでしょう。昨日の夜、ムギちゃんの卒業祝いに三人でディナーに出かけていたその時に……」

唯「じゃあムギちゃんは、目の前でお父さんとお母さんを……?」

さわ子「そういうことになるわ。唯ちゃん、りっっちゃん、澪ちゃん。こんなときあの子を支えられるのはあなたたちだけだと思うの。だから……」

律「もちろんだ! なあ、唯!」

唯「うん。ムギちゃん、きっと悲しんでると思う。悲しいとき、独りでいるのは、怖いよ……」

律「そうと決まればさっそくムギに会いに行くぞ!」

さわ子「え、今から!?」

律「もっちろん!」

唯「あずにゃんはどうするの?」

律「梓は私たちの卒業がたぶんかなりこたえてると思うんだ。今こんなことを知らせたら、きっとふさぎ込んじゃうと思う。だから今は黙っておこう。ムギが元気になったら、ムギの元気な顔も見せて安心させて、あの曲を贈ってやろうぜ!」

唯「……うん。そうだね。それがいいと思う」

律「澪もそれでいいよな!」

澪「ミエナイキコエナイ……」

律「おいおい」
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:26:06.67 ID:LjwDMhJO0
二年と少し前 日本 桜が丘高校 音楽室

律「ムギのやつ、卒業式に結局来なかったな……連絡もつかないし。どうしたってんだ……」

澪「ムギ……梓に送る曲、一緒に演奏できたらいいけど」

唯「ムギちゃん、きっと来るよ。信じて待ってよう」

三人は音楽室でムギを待っていた。梓は少しあとから来る。ムギの提案で、梓には特別な曲をプレゼントする予定だ。
だが、肝心のムギが今朝からいない。メールを送っても返事は無いし、携帯にも出ない。家の電話にかけてみたが、常に通話中で繋がらなかった。

さわ子「みんな!」

勢いよく扉をあけて入ってきたのはさわ子だった。三人は顔を輝かせる。さわ子にムギへの連絡を頼んでいたのだ。
だが、すぐに不穏な気配を感じ取って三人の顔は暗くなった。

さわ子「みんな、落ち着いてよく聞いてね。昨晩、ムギちゃんのご両親が……亡くなられたわ」

澪「っ……!」

澪はその場でへたりこんでしまう。耳を押さえてガクガクと震えだした。『死』というキーワードが恐怖に弱い澪の臨界点を容易に超えてしまったのだろう。

唯「そんな……」

律「ムギは、ムギはどうなったんだよさわちゃん! ムギの両親は、やっぱり事故かなんかなのか!?」

律は動転してさわ子の肩をつかみ、ゆさぶる。

さわ子「落ち着いて、りっちゃん。ムギちゃんは無事よ」

律「……そ、そっか……よかった……」

唯「でもなんで、ムギちゃんのお父さんとお母さんは……?」

さわ子「それは……生徒にはあまり言うなって言われたけど、あなたたちには言わなければならないことね。……殺人よ」

律「殺人!? 一体誰が……」

さわ子「強盗目的、なのかしら。ムギちゃんの家がお金持ちだっていうのは知ってるでしょう。昨日の夜、ムギちゃんの卒業祝いに三人でディナーに出かけていたその時に……」

唯「じゃあムギちゃんは、目の前でお父さんとお母さんを……?」

さわ子「そういうことになるわ。唯ちゃん、りっっちゃん、澪ちゃん。こんなときあの子を支えられるのはあなたたちだけだと思うの。だから……」

律「もちろんだ! なあ、唯!」

唯「うん。ムギちゃん、きっと悲しんでると思う。悲しいとき、独りでいるのは、怖いよ……」

律「そうと決まればさっそくムギに会いに行くぞ!」

さわ子「え、今から!?」

律「もっちろん!」

唯「あずにゃんはどうするの?」

律「梓は私たちの卒業がたぶんかなりこたえてると思うんだ。今こんなことを知らせたら、きっとふさぎ込んじゃうと思う。だから今は黙っておこう。ムギが元気になったら、ムギの元気な顔も見せて安心させて、あの曲を贈ってやろうぜ!」

唯「……うん。そうだね。それがいいと思う」

律「澪もそれでいいよな!」

澪「ミエナイキコエナイ……」

律「おいおい」
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:26:44.39 ID:LjwDMhJO0
澪「だけど……」

律「澪?」

澪「だけど、ムギがこのまま私たちの前に出てこなかったら?」

律「何言ってるんだよ、お前」

澪「ムギは私達も拒絶するかもしれない。その時は、どうするんだ……?」

唯「澪ちゃん、ムギちゃんは……」

澪「お前達は、ムギのなにを知ってるんだ? 知った気になって、勝手に自分達が力になれるって思ってるだけかもしれない」

律「……」

澪「私は怖がりだから、想像できるよ。ムギが感じてる恐怖。ムギはきっと、人間というもの全てに対しての信頼を失ってるんだと思う。お前達はムギがそんな人間じゃないと思ってるかもしれないけど、人はどうしようもない恐怖をしったら、そうなってしまうものだ」

律「でも、ムギは私たちの仲間だ。拒絶されても、私たちがなんとか」

澪「なんとかできないことだってある!!」

律「……!!」」

澪「私たちだって大人になる。大人になったら、大人にならなきゃならないんだ! 今まで見たいに、皆と一緒にずっと輝いているなんて、できるわけがない! いつか終わりが来るよ!」

唯「でも、仮にそうだとして、ムギちゃんがいなくなったら、澪ちゃんはどうするの……?」

澪「それでも、私はその輝きにすがり続けたいんだ……ムギと同じ進路にして、みんなと同じバンドでこれからも、ずっと……。弱い私でも受け入れてくれる、みんなと一緒に居たい」

唯「ムギちゃんがいなくても、バンドとしてやっていきたいんだね」

澪「そうだ、そうだよ……。正直に言うよ。私が考えてたのは、将来のことだ。ムギの心配なんてこれっぽっちもしちゃいなかったんだ……。弱い私を受け入れてくれる放課後ティータイムという場所が存続するかどうかだけが心配なんだ……」

唯「……そう思うなら、残念だけど、それは無理だよって言うしかないよ……。そんなの、ムシがよすぎる」

律「お、おい、澪、唯! お前ら何言って……」

唯「澪ちゃん、前にりっちゃんが病気で休んだとき、ムギちゃんが『りっちゃんの代わりは居ません!』って叫んだでしょ? 私も、今、その意味が本当にわかったんだ」

律「ムギ、そんなことを……」

唯「誰の代わりもいない。みんなが居て、私がいて。それが放課後ティータイムだったんだ。だから、誰が欠けても続かない。もしムギちゃんが戻ってこなかったら、私は……」

澪「抜ける、のか?」

唯「……」

唯は黙ってうなづいた。

澪「ムギひとりのために、私と、律と、梓を……三人を見捨てるのか?」

律「澪……」

澪「私は、自己中心的な人間だ。全部、自分が安心するためになんでもしてきた。こうやって、自分でも驚くほど冷酷に考える頭が憎らしいよ……。もちろん、私はみんなのこと、大好きだ。でも結局それは……私の弱い心を支えてくれる。それだけの利用価値でしかなかった。それをわかってしまったんだ。唯とも、ムギとも違う。そんな純粋な心なんて、私にはない……」

唯「それがわかってしまって、澪ちゃんはこれからどうしたい? やっぱり、これからも同じでいたい?」

澪「私は……私は……」

律「ま、まあ唯も澪もおさえろよ。ムギが帰ってこないって決まったわけじゃないって」

だが、この時すでに律にも予感はあった。ムギは帰ってこない。きっと、ムギとはもう二度と会えない。
そして、放課後ティータイムもこれで終わりなのだ。澪が自らの本心を吐露したことで、澪は自らを軽蔑し、唯はムギの居ない放課後ティータイムと決別した。 

律「じゃあ私はどうすればいいんだよ……」

――私は部長なんだぞ。なんで誰も、頼りにしてくれないんだよ。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:27:21.80 ID:LjwDMhJO0
現在 日本 桜が丘 ライブイベント会場

純「すごかったねー、唯先輩のライブ」

梓「うん。唯先輩、ちゃんとギターの練習欠かしてないなあ」

憂「おねえちゃん可愛かったー」

純「憂、ライブ中も『お姉ちゃん可愛い』しか言ってなかったね」

憂「だって可愛いんだもん!」

純「はいはい。で、明日は唯先輩、オフなんだよね」

梓「うん、ライブイベントの後だからね。丁度良いし実家に帰ってゆっくりするってメールで言ってた。ね、憂」

憂「そうだよー。明日はお姉ちゃんと一日中一緒にいられるんだ」

梓「でも、明日のお昼は私と純も混ぜてよね」

憂「うん。お料理用意して待ってるからね」

純「憂の家に遊びにいくのはよくあるけど、唯先輩がいるのはかなり久しぶりだね。高校以来だよ」

梓「なつかしいね。私も最近唯先輩とメールでしか話してないから。楽しみだなぁ」

憂「梓ちゃんは本当にお姉ちゃんのことが大好きなんだね!」

梓「そ、そんなんじゃないけど!」

憂「隠さなくて良いよー。お姉ちゃん、ほんとに可愛いもんね!」

純「梓もそろそろ認めて良いんじゃない? いまや日本中が老若男女問わず唯先輩のファンんなんだから、梓が唯先輩大好きでも全然普通でしょ」

梓「そ、そうかもしれないけど、やっぱりだらしないころの唯先輩を知ってる身としては……」

純「梓も頑固だねー。ツンデレってやつかー?」

梓「違うってば!」

憂「あれ……?」

純「ん、憂、どうしたの?」

憂「ううん、なんでもない。なんだか知ってる人がいたような気がしたけど、きっと見間違いだと思う」

梓「じゃあ、今日はお買い物して帰ろうか」

憂「うん!」

憂(見間違いなんかじゃない。あのブロンドに碧眼、間違いなく紬さんだ……)

お姉ちゃんを悲しませた元凶が。どうして今、この街に――?

憂「ごめん梓ちゃん、純ちゃん、私トイレ行って来るね」
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:28:04.04 ID:LjwDMhJO0
日本 桜が丘 ライブイベント会場 舞台裏

唯「みなさんイベントおつかれさまでしたー」

唯は笑顔を振りまきながら廊下を歩き、楽屋へ入る。

唯「……ふぅ」

そして、楽屋に入って水を一杯飲んだ唯の顔に、普段の柔和な笑みは無かった。

唯「ムギちゃん……みんな……」

故郷に帰ってきた。歌手になってから忙しくて、しばらくこの桜が丘に帰ってきたことは無い。
あの忙しさが、悲しみを忘れさせてくれていた。

???「あの、アポイントをとっていた、週刊さくらです。取材させてもらってもよろしいですか?」

ドアの外から声がする。女性の声だ。ドア越しなので濁ってはいるが、ずいぶん良い声だと思った。

唯「あ、いいですよ。入ってください」

唯はとっさに営業時の笑顔に戻る。これが大人になって手に入れた力。嘘でも笑顔になれる力。
大人になって、唯は少しだけ大人になった。大人になってしまった。そのことが、少し悲しかった。

???「失礼します」

唯「あ……」

澪「久しぶりだね、唯」

唯「澪ちゃん!」

気付いたときには、唯は澪に抱きついていた。今までの思いが決壊したのだ。
長年積もった寂しさに、もう耐えられなかった。

唯「澪ちゃん、私、私ね! みんなにずっと会いたかった。本当はずっと会いたかったの!」

澪「わかってるよ。私も同じだから」

澪は強く抱きしめてくる唯の背中を優しく叩いた。

唯「あの時澪ちゃんにあんなこと言って、ごめんなさい。私、やっぱり寂しかった。私も弱い人間だった。澪ちゃんと同じだったよ……みんなといられなくなった寂しさを紛らわせようとずっとギターに没頭して、歌手になって、忙しくて、その忙しさで寂しさを紛らわそうとして……」

澪「わかってる。私もあの時は、悪かったと思う。唯が皆のことを本当に大事にしてたのに。自分の都合ばかり押し付けようとした」

そうだ、澪は唯のことをこれっぽっちも恨んでなどいない。うらんでいるとしたら……。

唯「そうだ、澪ちゃん、明日お昼あいてる? 明日は憂とあずにゃんと純ちゃんと一緒にうちでお昼食べるんだ。よかったら澪ちゃんも来ない?」

澪「そうだな……このライブの記事を書き上げればノルマは無くなるから、明日の朝までになんとかしてみるよ」

唯「うん、待ってる!」

澪「ああ。じゃあ、そういうことだから、サクサク取材すすめるからな」

唯「どんとこいです!」
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:28:42.28 ID:LjwDMhJO0
日本 桜が丘 ライブイベント会場

憂「やっぱり、あなたなんですね」

紬「……憂ちゃん。お久しぶりね」

憂「なぜ、いなくなったんですか」

紬「綺麗になったわ。唯ちゃんとそっくり。きっと、あなたなら女優にでもアイドルにでもなれるわね」

憂「答えて下さい! お姉ちゃんは、泣いてたんですよ! 紬さんがいなくなってから、ずっと!」

紬「……そう、みたいね。今日のライブで、それを思い知らされたわ」

憂「あなたが壊したんです。お姉ちゃんを待っていた未来の全てを。輝きを……」

紬「でも、唯ちゃんは幸せだわ。歌手になり、皆に好かれる歌姫なんだもの」

憂「あなただって本当はわかっているはずです。そんなものが本当にお姉ちゃんが望んだ幸せであるはずがないと」

紬「……そうね。認めるべきだわ。唯ちゃんは誰よりも仲間を大切に思っていた。唯ちゃんの望んだ幸せは、きっと仲間との未来のはずだわ」

憂「そう思うなら、何故お姉ちゃんにあってあげないんです! 今でもまだ遅くは無い。お姉ちゃんに会ってあげてください! お姉ちゃんは、自分の心の一部を、ずっと『あの時』においてきたままなんです。紬さんがいなくなった、あの時に……」

紬「でもね。望んだ幸せが手に入らないということを知ることが、大人になるということよ」

憂「確かにお姉ちゃんは大人になりました。大人になって、大人になりました。でも、それはあの時においてきた何かのせいで、心が欠けてしまったからなんです。あなたという仲間が、お姉ちゃんの心を占めていたから。それがなくなって、お姉ちゃんは空っぽになりました」

紬「……」

憂「あなたはそうやってわざと突き放したことを言っていますが、本質的にはお姉ちゃんと似た人間です。誰よりも仲間を大切にしていたはずです。お姉ちゃんの笑顔が空っぽになったことだって、わかってるんじゃないですか?」

紬「あの空っぽな笑顔が、大人になるということよ。……ええ、わかってるわ。それが唯ちゃんには似合わないということ。そして、それが憂ちゃんの望むものを――唯ちゃんの本当の笑顔も奪ってしまったということも」

憂「……紬さん、あなたのことだけは、やっぱり許せません。でも、お願いです」

憂は跪き、地面に頭をつけた。

憂「お姉ちゃんに会ってあげてください。お姉ちゃんはきっと紬さんを必要としています」

紬「憂ちゃん。お願い、頭をあげて」

憂「嫌です。お姉ちゃんの苦しみが晴れるまで、私はやめません。これでも拒絶するなら、力ずくでも連れて行きます」

紬「わかったわ。唯ちゃんに会うわ。だからお願い。頭を上げて」

憂「わかりました。……明日、お姉ちゃんはずっとうちに居ます。いつでも良いです。来てください。できるなら――梓ちゃんもいる、お昼ごろがいいです」

紬「覚えておくわね」

憂「これは私のアドレスです。もし都合が悪ければ連絡をください。連絡もなしにすっぽかすようなことがあれば――」

――殺してやる。
そんな目をしていた。

紬「大丈夫よ。私もそう言った手前、覚悟もできたわ。お昼、ご一緒させて頂くわね」

憂「はい。私はもう行きます」

紬「さようなら、憂ちゃん」

紬は小さなメモ翌用紙に書かれた憂のアドレスを見つめた。lovely-sister-love。全く、昔から行き過ぎた愛情の持ち主だと思っていたが、これほどに過激とは。これは変異種なんかよりも強敵かもしれない。
紬は苦笑した。しかし悪い気分ではなかった。ふんぎりのつかなかった自分に、チャンスを与えてくれた。
自分だけでは唯に会いに行くなど考えもしなかったし、その勇気もなかっただろう。
そうだ、自分が唯を悲しませたのは事実だ。その清算をしなければならない。
自分はタックマンとして戦っているが、その前にまだ『琴吹 紬』なのだ。紬であるかぎり、紬としての関係から逃れることは出来ない。
決着をつけよう。
明日、琴吹紬を消し去り、タックマンとして生まれ変わるのだ。

それに、梓もいる。

紬(梓ちゃん――)
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:30:32.88 ID:LjwDMhJO0
二年と少し前 日本 桜が丘高校 音楽室

梓「先輩達、卒業しちゃった……。私、独りぼっちなんだ」

誰もいない音楽室。いつもティータイムをしていたあのテーブルには、梓だけが座っていた。
ムギの両親のことは聞いた。そのことで、唯と澪が険悪な雰囲気になったことも、律から聞いた。
律は言っていた。梓は部長として頑張ってくれと。自分は部長として無力だったと。

梓「唯先輩……澪先輩……律先輩……」

いつも彼女らが座っていた席を見る。しかし、もういない。いないのだ。
この音楽室には、これから純と憂が通ってくれることになる。だが、新しい仲間が入ってきても、失った仲間は戻っては来ない。
代わりなど、いない。

梓「ムギ先輩……」

紬「なに、梓ちゃん?」

梓「えっ……ムギ先輩!? どうしてここに……?」

紬「誰か来たら、驚かせようとおもって隠れてたの」

梓(可愛いこと考える人だなぁ)

そういえば、以前にもこんなことがあった。少しだけ距離を感じていたムギと親密になったきっかけになった出来事だ。
あの時も、梓とムギは二人っきりで音楽室にいた。

梓「あの、ご両親のこと……」

紬「いいのよ、気にしなくて。これは私のことだから、梓ちゃんが悲しい顔をすることじゃないの」

梓「あの……先輩方、みんな……」

紬「梓ちゃん、私ね、壊れちゃった」
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:31:06.21 ID:LjwDMhJO0
梓「え……」

紬「私は、もう放課後ティータイムにいることを幸せに感じる人間じゃなくなってしまった。だからいてはいけない」

梓「何、言ってるんです」

紬「今日はね、お別れを言いに来たの」

梓「おかしいです、そんなの……」

紬「おかしいわよね。私も、おかしいと思う。だけど、私は壊れてしまった。撃ち出された銃弾は、もう元には戻らない」

梓「まだ、皆待ってます。みんなのところに帰りましょう。私も、一緒に……」

紬「もし、自分を偽ってみんなの元に戻ったとしても、私の笑顔は本物ではなくなるわ。空っぽになってしまう。空っぽの笑顔で接されるみんなの気持ち、考えられる? 梓ちゃんは、耐えられる?」

梓「なんで、そんな意地悪いうんですか……? ムギ先輩は、優しい人なのに……」

梓は泣いていた。その涙をぬぐう者は、いない。

梓「嘘だって良いじゃないですか。嘘でも。ムギ先輩が居なくなるよりましです。ムギ先輩がいないくらいなら、嘘の世界でも、夢でも良い。私は一緒が良いです」

紬「ごめんね、梓ちゃん」

紬はそっと梓を抱きしめる。

梓「ほら、ムギ先輩、暖かいじゃないですか……。やっぱり、ムギ先輩はムギ先輩なんです。私の知ってる、優しくて、あったかい、ムギ先輩のままじゃないですか……」

紬「梓ちゃん……」


はちみつ色の 午後が過ぎてく Honey sweet tea time はちみつ色の 午後が過ぎてく Honey sweet tea time


梓「ムギ先輩……」

ムギは歌っていた。いつもと同じ、優しい歌声で。本当は誰よりも歌が上手いムギ。本当は誰よりも才能のあるムギ。それでも前に出ず、皆の後ろで控えめに笑っていたムギ。
そんなムギが、初めて独りで弾き語りをした歌。
ムギの優しい体温に包まれながら、梓の身体に歌がしみこんでいた。はちみつが紅茶に溶けていくように。

紬「梓ちゃん。本当はね。別の曲を贈ろうと思っていたの。だけど、梓ちゃんの顔をみていると、やっぱりその資格は私にはないなって、そう思ったわ」

梓「……絶対に、帰ってきてください」

紬「その約束は、できないわ」

梓「またここで、今度は、その新曲、聞かせて欲しいです……。約束です」

紬「……約束はできないと言ったはずだけれど……。覚えてはおくわ」

紬は梓に背を向け、音楽室の扉を開く。

梓「ムギ先輩。どこに行くんですか?」

紬「戦いに行くの」

梓「何と戦うんですか?」

紬「私の許せないもの、全てと」
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:32:05.77 ID:LjwDMhJO0
日本 桜が丘 繁華街 ゲームセンター

律「くそー、また負けた」

今日は暇だ。知り合いはみんな唯のライブに行った。
律自身は全く行く気になれなかった。皆とばらばらになって以来、楽器には触っていないし、音楽にも興味が無くなった。
あんなに好きだったのに。毎日ドラムを叩いていたのに。今ではドラムは家の物置で埃をかぶっているだろう。
いまゲームセンターで得意でもないゲームで負け続けているのも、きっと気晴らしだ。
好きなことなんかじゃない。
好きなことなんて、そもそも無い。
あの時、全て失った。

律「つまんね。帰るか」

ゲームセンターを出た律は、さっさと家に帰ろうと歩き始める。
もう暗い。こんなときに出歩いていたら危険だろう。最近は治安もよくないし。
繁華街は人通りが多い。ここを通っていけばそうそう人に襲われることもないだろう。

律「?」

律の進行方向上に。妙な男が立っていた。黒いコートを着て、フードを目深にかぶった男。気のせいか、律のほうを見ている。
が、目を合わせないようにして律はその男とすれ違った。

フードの男「貴様か」

律「は?」

と、その瞬間、律はとっさに身を引いていた。何か嫌な予感がした。澪が悲しんでいる時のようなあの嫌な感覚。
姿勢を低くする。と、その瞬間、風を切る音。それからしばらく無音だった。周囲の人間全てが停止している。

フードの男「やはり、避けるか」

律「え……?」

ぼとり
嫌な音がした。考えたくない。しかし、見開いたその目には嫌がおうにもその光景はとびこんできた。
道行く人々の頭が……首が切断され、落下していた。
誰も切られたことに気付かず、先ほどの表情と変わっていない、普段と同じだ。
身体も、誰ひとつ倒れることなく、先ほどの姿勢のまま。

律「なんだよ、これ……」

フードの男「その感覚が貴様の能力か?」

律「い、意味わかんねーよ! なんでこんなこと……!」

フードの男「問答無用」

フードの男は指を二本前に突き出した。あれはあの指の間に真空を発生させ、発生したかまいたちで周囲の物体を切断する、あの男の『能力』。
律には直感的にここまで理解できた。
そして、男のかまいたちが一度には直線的にしか攻撃できないことも。

律(軸をずらせば!)

つまり面の攻撃だ。軸をずらせば避けることはできる。縦横斜め、どうすればいいのかは指の突き出しかたから推測可能。
さっきは横に一気になぎ払う攻撃だったから姿勢を低くすることで避けられた。今度は、縦。
横に一気に飛ぶ。さっきまで居た地面が大きくえぐれていた。

律(よし、次の攻撃までに射程外に逃げれば……)

フードの男「ほう、能力を把握したか。その『超感覚』は能力の分析まで行えるようだな。厄介なヤツだ」

男は一気に踏み込み、接近してくる。だめだ、男のほうが圧倒的に速い。
あのかまいたちはもちろん直接攻撃にもつかえる。むしろ、指で直接切ったほうが攻撃翌力は上だ。

フードの男「ここで死んでもらおう」

一気に律に追いつき、手を振り上げる。
律は死を覚悟した。目をつぶる。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:33:18.55 ID:LjwDMhJO0
律「っ……!! ……?」

攻撃が、こない。おそるおそる、律は目を開けた。

フードの男「貴様、何者だ!」

タックマン「タックマン。この街では、そう呼ばれている」

タックマンはフードの男の腕をつかみ、攻撃を止めていた。

フードの男「ふん、ただの人間が、ヒーロー気取りか?」

タックマン「……」

タックマンは何も言わず、高速の蹴りでフードの男を蹴り飛ばした。
フードの男は空中で回転して姿勢を戻し、着地する。並外れた身体能力。間違いなく変異種だろう。

律「あ、あんたは……?」

タックマン「これを着ていろ。安全だ」

タックマンは律に純白のマントを投げつけた。

タックマン「すぐに終わる」

フードの男「その通り、貴様は死ぬ」

フードの男は両腕をクロスして構え、一気に振りぬいた。
十字型の真空波がタックマンを襲う。逃げ場はほとんどない。
が、タックマンの姿が次の瞬間に消えた。

フードの男「上か!?」

事前に電柱にワイヤーを引っ掛けていたのか、タックマンは電柱の上まで登っていた。
フードの男はさらに真空波で追撃する。電柱が切断されるが、タックマンは身を翻し、跳躍した。

フードの男「空中では避けようもあるまい! 終わりだ!」

さらに真空波がタックマンを襲う。

タックマン「ブースト・オン」

その瞬間、タックマンのブーツの裏側から炎が噴出し、タックマンは空中で急激に姿勢を変えた。

フードの男「何!?」

タックマンは素早く着地し、ブーストによって初速を高めながらフードの男に向かって突進する。

フードの男「愚かな、接近戦はむしろ私の得意とするところだ!」

変異種は常人を遥かに超えた身体能力を持つ。これは時に能力以上の武器となる。
それだけではない。男には真空をまとった手刀がある。あれはいかなる防御力を持っていようと関係なく貫く必殺の攻撃。
タックマンは蹴りを繰り出す。所詮は人間の動き。軌道は見えている。これを避けて手刀を叩き込めば勝ちだ。

タックマン「甘いな」

フードの男「っ――ぐぉ!!」

突如としてブーツのうらから再び炎が噴出し、タックマンの蹴りは一気に加速した。
さらに軌道まで変わったその蹴りは、男を上から地面に叩きつける。

フードの男「貴様……!」

男は指を二本突き出し――ぼきり、と、嫌な音とと共にその指は明後日の方向を向いた。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:34:08.96 ID:LjwDMhJO0
タックマン「お前の負けだ。目的を言え」

フードの男「誰が貴様のような狂人に……ぐぉ!!」

ぼきり。さらに指が折れる。
タックマンに慈悲など微塵も感じられない。こいつは、本物の狂人だ。

タックマン「何故、ただの女子学生を狙った」

フードの男「ただの女子学生? はっ、貴様は強いが、全くの無知だ。ただ、強いだけの、気が狂ったピエロにすぎない」

タックマン「何……」

フードの男「その女は、変異種だ。それも私などとは比べ物にならない。エヴォルドクラスのな……この世界を滅ぼすほどの力を秘めている。故に、滅ぼさなければならない」

タックマン「でたらめだ。この女子学生は、体力も学力も一般的だ」

フードの男「貴様、変異種のことを何も知らないな。変異種は何時目覚めるかわからない。誰もが変異種の因子を持っている。人類全てがな……そして、もうその女は覚醒を始めている。注意するがいい、今度貴様が戦う相手は、その女かもしれない……」

タックマン「それはどういうことだ」

フードの男「……」

男は泡を吹いてそのまま事切れた。毒を飲んだようだ。

タックマン「くそっ……」

律「な、なあ……」

タックマン「怪我は無いか?」

律「ああ、これ、返すよ」

律はマントを差し出すと、タックマンはあっさりとそれを受け取った。

タックマン「すぐに警察が来る。君は事情を話してくれ」

律「事情ったって、なにがなんだか……」

タックマン「通り魔が何人も殺して、自殺したといえばいい。私のほうも手を回している。君は今晩中に帰れる」

律「あんたは、なんなんだ? なんでこんなことをしてる?」

タックマン「秩序を望んでいるだけだ」

律「そんなもんのために、命をかけるのか? 何も見返りは無いのに」

タックマン「人間の価値観とはそういうものだ。誰もが理解できるような価値を持たない人間もいる」

律「それがあんたってわけか……でもそれって、悲しくないか? だって、誰か仲間と本気で笑い会えたり、しないだろ?」

タックマン「……そうかもしれないな」

タックマンはそう言うと、半月形の武器を投げてビルの上に昇り、去ってしまった。
と、タックマンの去った跡に、何か紙切れが落ちていることに律は気付いた。

律「lovely-sister-love? なんじゃこりゃ」

いや、これは見覚えがある文字列だ。
これは……。

律「憂ちゃんの、アドレスだ……」
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:36:02.34 ID:LjwDMhJO0
とりあえずは一端ここまでです。これでたぶん四分の一くらいです。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:51:31.82 ID:LjwDMhJO0
あ、>>23ミスってる。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:52:07.21 ID:LjwDMhJO0
>>23

日本 琴吹邸

さわ子「ついたわよ。面会謝絶だから、きっと誰も入れないわよ」

律「そんなこと知るか。ムギのピンチは放課後ティータイムのピンチだ」

唯「それにしてもおっきい家だねー。ムギちゃんの家、実は初めてきたよ」

律「ムギはたぶん、昔自分の家に友達を呼んで、その友達にひかれた。っていうか、拒絶されたことがあるんだと思う。だから私たちを呼ばなかったんだ」

唯「え、そうなの? うらやましいとしか思えないけどなぁ。ていうか、りっちゃん、なんでそんなこと知ってるの?」

律「知ってるんじゃない。ムギが普通に憧れてたり、別荘に船とかがあったりしたときムギが怒ってただろ。たぶんそうだって程度だよ」

唯「りっちゃんすごいなぁ」

律「部長だからな!」

そう言いながら律は呼び鈴を鳴らした。

斉藤『はい』

映像付きの豪勢なインターホンで斉藤が出る。

律「あ、私たち、紬さんの同級生で……」

斉藤『お帰りください。お嬢様は傷心です』

律「そこをなんとか」

斉藤『面会謝絶とお伝えしたはずですが、山中先生』

さわ子「うっ」

唯「おじさん、なんでそんないじわる言うの?」

斉藤『お嬢様は今、ご家族を失った悲しみで誰にも会いたく無いといっておられます。お嬢様の大切なご学友といえど、今のお嬢様に会わせることは出来ません』

唯「……そっか。ムギちゃんが決めたことなら、しかたないね」

律「おい、唯!」

唯「でもね、おじさん。ムギちゃんにこれだけ伝えておいて。『私たちは仲間だから、どんな苦しみでも分かち合える』って」

斉藤『……わかりました。お伝えしておきます』

唯「ありがとう」

唯はにっこり笑った。

唯「りっちゃん、帰ろう」

律「唯……」

唯「ムギちゃんが決めたことだもん。きっとムギちゃんは自分だけで乗り越えなきゃならないって感じてるんだよ。だから、私もそれを信じる。それでもダメだったときは……」

律「そうだな、その時は、私たちが全力で手を差し伸べる」

唯「うん!」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 04:53:17.93 ID:LjwDMhJO0
>>23 には上記の部分が入ります。申し訳ありませんでした。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/03/17(木) 05:29:45.46 ID:mbj9h1aAO
タックマンって言うからムギちゃんがB型肝炎ウイルスに感染したのかと思った。

>>1
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/03/17(木) 07:30:40.32 ID:mW8SzQ7AO
元ネタあるの?
期待
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:38:32.41 ID:LjwDMhJOo
>>38 基本的にはけいおんを元にオリジナル設定を付け加えています。
が、展開や雰囲気は映画『バットマンビギンズ』『ダークナイト』を参考にしています。元ネタというほどではないと思いますが。
ムギがヒーローになるというアイデアはバットマンのプロットと共通した部分があるので。
変異種なども能力などはオリジナルですが、イメージなどは『Xメン』を参考にしています。

続き投下します。これで二分の一くらいまでいきます。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:39:39.50 ID:LjwDMhJOo
日本 桜が丘 律の家

律「どうしてタックマンが憂ちゃんのアドレスを? タックマンの正体は実は憂ちゃん……ってことはないわな」

自分のメールアドレスをわざわざメモ帳に手書きして持ち歩くやつがどこにいる。
それにタックマンは覆面をして正体を隠している。わざわざ身元の割れそうなものを好き好んで持ち歩くことはしないだろう。
ならば、一体何故。疑問は募るばかりだ。

律「……だーっ! もう、悩むのは性に会わん! 憂ちゃんに電話してみっか!」

携帯で憂にかける。数コールとたたずに憂は電話に出た。

憂『はい、憂です。律さんですか、お久しぶりです』

律「おー憂ちゃん久しぶり」

憂『どうしたんですか?」

律「あ、ああ、なんとなく声が聞きたくなっちゃってさ」

律(さすがに「おまえがタックマンか?」とかいきなり聞けるわけがないよなぁ)

律「あ、あのさ……ちょっと相談があって……」

憂『相談ですか? 私に?』

律「うん、ちょっと聞きたいことが……」

憂『そうだ、丁度良いです。明日、うちに来ませんか?』

律「明日?」
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:40:27.51 ID:LjwDMhJOo
憂『お姉ちゃんが帰ってきてるのはご存知ですよね。明日、梓ちゃんと純ちゃんを呼んで、うちでお昼を食べるんです。よければご一緒しませんか? お姉ちゃん、きっと喜ぶと思うんです』

律「憂ちゃん、知ってるだろ。私は唯にあわせる顔がない。あの時、ばらばらになるみんなを前に何もできなかった私が……」

憂『それは律さんだけの責任じゃありません! お姉ちゃんも、澪さんも、律さんも……そして紬さんにも、責任があります』

律「憂ちゃん……」

憂『仲間って、みんなでピンチを乗り越えるものだと思うんです。だから、部長だからって、全ての責任を負う必要はないんです」

律「それでも、私は」

憂『今日お姉ちゃん、澪さんに会ったと行っていました。澪さんも食事に誘ったそうです。澪さんは、仕事が終わり次第来ると』

律「澪が!? でも、それならなおさら、私は二人の前でどんな顔すればいいんだ……?」

憂『そうですか……。なら、紬さんが来るかもしれないと言ったら、どうです?』

律「えっ、今なんて……」

憂『紬さんがこの街に帰ってきました。お姉ちゃんのライブで会ったんです。話もしました』

律「ムギ……? そんな、嘘だ……」

憂『本当です。それが律さんにとって幸せなことか、不幸なことかはわかりませんが』

律「……ムギが、明日来るかもしれないっていうのは?」

憂『私が一方的に誘ったんです。紬さんは乗り気じゃありませんでしたけど……』

律「……」

ここで律の脳裏に突如としてイメージが浮かび上がった。
ムギの顔を思い浮かべたとたん、そこにタックマンのマスクが重なったのである。

律「憂ちゃん、ムギにメールアドレスを教えたか? メモかなにかに書いて」

憂『は、はい。でもどうして』

律「いや、なんとなく聞いただけだ。忘れてくれ。そうだな、皆が来るなら、私も明日行くよ。遅くに電話してごめん、おやすみ」

憂『え、律さん、どうし――』

律は電話を切り。思考をめぐらせていた。律の脳裏によぎったイメージ。あれは一体なんだ。
今日自分を襲った男が言っていた、「超感覚」。それと何か関係があるのか。
それとも自分の思いすごしなのか。
しかし、確かにタックマンは憂のメールアドレスが書かれたメモを残していった。それはムギに渡されたもののはずだ。
ならばタックマンとムギは何らかの関係があるはず。

律「ムギ……みんな……」
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:41:02.12 ID:LjwDMhJOo
日本 琴吹邸

斉藤「お嬢様、お疲れ様でした」

紬「斉藤、変異種について調査して頂戴。『エヴォルドクラス』という言葉がキーワードよ」

斉藤「御意に」

紬「ふぅ」

斉藤「変異種とまた戦ったのですか?」

紬「ええ、そうよ。あまり強くはなかったけれど、何人もいたら厄介かもしれないわ」

斉藤「お嬢様、このようなことはあまり申し上げたくはありませんが、もうこのようなことはお止めになっては?」

紬「何故?」

斉藤「旦那様は……あなたのお父上は、このようなこと、きっと望んではいません」

紬「どうして? 父は悪を憎み、悪に立ち向かった人間だわ」

斉藤「それはお嬢様や奥様を――たくさんの宝物を守りたいと願ったからです。お嬢様が傷ついていると知ったら、きっと悲しむでしょう」

紬「そうね、私は親不孝よ。きっと、地獄に落ちるでしょうね」

斉藤「お嬢様!」

紬「大丈夫よ、斉藤。私は死に急いでるわけじゃないわ。ただ、私にはこの街でなさなければならないことがある。それを成そうとしているだけ。それまでは、死なないわ」

斉藤「お嬢様。自らの生き死にを自ら選択できるような時代ではございません。ましてやお嬢様の生きる世界は、あまりに過酷過ぎます」

紬「確かに、今、死んでしまったら何も変わらないでしょうね。でも、もう少し、もう少しなのよ……」

斉藤「なにか、考えているのですか?」

紬「企んでいる、と言っても良いわ。それが成就されたとき、私の肉体が死んでも、この世界が変わっていくことになる」

斉藤「……」

紬「おやすみ、斉藤。変異種の件、一週間以内に頼むわね」

斉藤「三日で済ませます」

紬「そう、優秀だわ」
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:41:29.95 ID:LjwDMhJOo
日本 琴吹邸 寝室

紬「増え続ける犯罪。そして変異種」

変異種とは、一体なんなのだろう。何故、その多くが犯罪者になるのだろう。
――誰もが変異種の因子を持っている。
あの男はそう言っていた。それが本当なら……。変異種は、思ったより多く、身近にもいるのではないか、という考えに思い至る。
変異種は周囲からの奇異の目に耐えられず、社会から孤立し、犯罪に走る。そうでないものは社会に溶け込むため、能力を隠し生活する。
ならば、表面化している変異種の多くが犯罪者であるということに納得はいく。変異種=悪人という図式は成立しない。

紬「そして――黄金」

初めて変異種に出会ったあの日。
全てが終わったあの日を思い出す。

紬「明日は早いわ、もう寝なさい、琴吹紬」

明日なにが起こるかわからない。寝られるうちに寝ておかなければならない。特殊部隊時代の教訓である。
そして自分を強制的に眠らせる術も心得ている。紬は自らの意識をシャットダウンし、すぐに眠りに落ちていた。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:41:59.73 ID:LjwDMhJOo
十数年前 日本 琴吹邸

紬「ぱぱ、ぱぱ!」

紬父「そうだ、こっちだ紬。自分の足で歩くんだ」

紬母「あ、あなた、紬が転んだら……」

紬父「紬は他の子より歩けるようになるのが遅れている」

紬母「他の子なんて関係ないわ。紬がもし怪我したらと思うと私……」

紬父「私たちの子を信じるんだ。紬は強い子だよ、なあ、紬」

紬「ぱぱ、ぱぱ!」

紬は立ち上がろうとする。何度も、何度も。自分の足で。
何度も転んで、何度も立ち上がり。その目に溜まった涙をぬぐいもせず。

紬父「そうだ、紬。人間は強い。たくさんのことを、自分の力で変えていけるんだ。もうすこしだ、頑張れ!」

紬母「紬……」

そして、紬は父のもとに到達した。

紬父「紬、よくやったぞ! さすが、私たちの子だな!」

紬母「難産で、身体の弱い子になるって先生が言ってたから、私、心配だったけど、紬は強い子なのね……」

紬父「そうだぞ。紬、君は自分の足で歩けるんだ。人の強さは、力だけじゃ決まらない。やり通す意思が、本当の強さを生み出すんだよ」
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:42:33.72 ID:LjwDMhJOo
約十年前 日本 桜が丘 琴吹ビル最上階


紬「すごーい!」

紬父「どうだ、父さん、ここで仕事してるんだぞ。すごいだろー」

紬「この街で一番おおきいビルなんでしょ? ひとが虫みたいにちっちゃくみえるね!」

紬父「ああ。でもな、紬。ここから見える人、一人ひとり、毎日頑張って生きてる。たとえ小さく見えても、みんな私や紬と同じ、大切なこの街の仲間なんだ」

紬「仲間……?」

紬父「ああ、大切な仲間だ。紬、まだ、君にはこの意味がわからないかもしれない。でも、覚えておいて欲しい」

紬「おとうさま?」

紬父「君にも、いつか仲間ができるだろう。大切な仲間が。めったに出会えない、愉快な人たちと出会うことも、できるかもしれない」

紬「愉快な人。それって、わたしをいじめない?」

紬父「ああ、君はその仲間達に、たくさんの幸せを貰ったり、その中でたくさんの経験をつんだりするだろう。仲間のいる日々は、何より楽しいものになるだろう」

父は、悲しそうな顔をした。その意味は、その時の紬にはわからなかった。

紬父「だけどね、紬。幸せは永遠じゃない。大人にならなければならないときもある。いつまでも輝いてなんていられない。人は強いけど、世の中は今、とっても生きにくいんだ」

当時の日本は大不況に落ちいっていた。国の財政状況が悪化すると同時に治安も悪くなり、犯罪率は増加の一途をたどっていた。
人は一枚の紙切れに人生を左右され、職を失い――命までもを、失う時代だった。人が人ではなくなる時代。
しかし紬の父は自らの会社を圧迫してでも慈善事業や寄付に取り組み、少しでも多くの人を救おうとした。
桜が丘の発展と治安維持にも貢献し、桜が丘は豊かで安全な街として知られていた。
犯罪と戦う彼の意思が桜が丘の人々にも伝わり、日本中で人々の心はすさんでいたが、桜が丘の人々は希望に満ちた表情をしていた。

紬父「君は仲間たちをお別れをしてしまうことになるかもしれない。大切な人と離れ離れになってしまうかもしれない」

紬「おとうさまとも?」

紬父「ああ、私ともいつまでも一緒にはいられない。きっと私が先に死ぬだろうし――娘に先に死なれるのは困るしね。だけど、忘れないで欲しい」

父は腰を落とし、紬と目線を合わせる。まっすぐな目だった。濁りの無い、一人の人間として誠実な心をささげだす覚悟を紬に感じさせた。

紬父「たとえ距離が離れても、心は――心で一緒にいることはできる。仲間を信じ、思い続ければ、心は一つだ。ずっと離れない」

紬「心……?」

紬父「そう、心だ。仲間を大切に思う気持ちを、ずっと持ち続けて欲しい。それが私が紬に望む、唯一のことだ」

紬「おとうさま……。うん。きっと、大切にするよ。いつか出会う、大切な仲間たちを」

紬父「偉いぞ、紬」

父は紬の頭を少しだけ乱暴に撫でた。大きい手。父親のぬくもりが宿っていた。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:43:44.11 ID:LjwDMhJOo
二年と少し前 日本 桜が丘ホテル レストラン

紬父「卒業おめでとう、紬」

紬母「おめでとう、紬」

紬「ありがとう、お父様、お母様」

三人で乾杯する。もちろん紬はジュースである。

紬父「桜が丘女子高校は良い所だっただろう?」

紬「ええ、とっても」

紬父「そうだろうそうだろう。なんせ、母さんの母校だからね」

紬「ええっ! 私、そんなこと一言も……」

紬母「ごめんね、紬。この人に止められてたの」

紬父「卒業祝いにとっておこうと思ってね。私と母さんの馴れ初め話だ。高いぞー」

紬「まあ、お父様ったら」

紬父「ははっ。紬は……軽音楽部に入っていたんだね。仕事が忙しくて結局一度も身にいけなくてごめんよ」

紬「うん、いいの。お父様は今の日本にとって大切な人だから」

紬父「なんだ紬、子供なんだからもっとわがまま言っていいんだぞー。誰に似たんだ?」

紬母「私よ。紬がこんなに良い子になったのも、私の教育の賜物ね」

紬父「ちがいない。それで、軽音楽部の仲間は、最高の仲間になったかい?」

紬「はい。お父様の言ったとおり」

紬は花のような笑顔を浮かべる。紬は髪や容姿は母親似だったが、眉毛とこの笑顔は父親譲りだった。

紬父「一緒の大学に行くんだろう。よかったな、紬。仲間を大切にするんだぞ」

紬「もちろん。お父様に言われるまでもなく」

紬父「お、言うようになったなこいつー」

紬「ふふっ、お父様ったら」

???「随分楽しそうだな、おたくら」

その時、琴吹家三人のテーブルに金色のスーツを着た男が近寄ってきた。

紬父「ん、何か用ですか?」

黄金「ああ、まずは自己紹介だ。俺は『黄金(ゴールド)』って呼ばれてる。あんたは――きくまでもねえよな。この国であんたを知らねえやつはいねえ。ミスター琴吹」

紬父「そうか。よろしく、黄金さん。それで、何のようかな? 今、家族との食事中なんだけど」

黄金「ああ、悪いな。俺も家族の団欒を邪魔したくねえ。なんで、用件から先に済ませちまうぜ」

黄金は右腕を挙げる。見る見るうちに、その右腕は形を変え――金色の、まるで金属の刃物のように姿を変えた。
さらに黄金はその刃物の腕を振り下ろす。紬の父に向かって。

紬母「あなた!」

紬父「!?」

黄金「あーあ、家族には手を出さないでやろうと思ってたんだがな」」

黄金の右腕は、紬の母の肩から胸までを切り裂いていた。
夫をかばったのだ。即死だった。一瞬にして、さっきまで紬の前で美しい笑顔を浮かべていた女性は物言わぬ肉塊となったのだ。

黄金「無駄死にだぜ、奥さん」

まるでゴミを見るような目つきで、黄金は腕を引き抜き、紬の母を蹴り飛ばした。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:45:40.21 ID:LjwDMhJOo
紬父「……斉藤は」

黄金「こいつか?」

黄金は後ろに立っていた男に目配せすると、手下らしきその男は斉藤を引きずってきた。頭から血を流している。

黄金「安心しな、気絶してるだけだ。俺の目的は――あんただけだからよ」

紬父「……なるほどな」

黄金「随分物分りが良いな」

紬父「娘には、本当に手を出さないんだな」

黄金「ああ、俺は無駄は嫌いなのさ。こんなガキ一人生きてたって世界は変わりはしねぇ。だが、あんたは違う。あんたは世界を動かせる人間だ。俺のような――変異種と、同じ」

紬父「物理的な力を持たなければ何も変えられないと考えているのか? その考え方が、いつか自分の首を絞めるぞ」

黄金「ほざいてろ。まあ、ここまでてあんたの出来の良いおつむなら気付いたとは思うが、あんたは目障りなのさ。俺みてえな、悪党が生きにくい世の中にしちまった」

黄金は一歩前に出る。正面から、紬の父とにらみ合う。

黄金「俺が望んでるのは、てめぇ見たいな良い子ちゃんが幅を利かせない世の中だ。正義、平和、平等、秩序。反吐が出る。その言葉は全て、俺のような人間を排除するために使われてきた」

紬父「やはり君は――君達は変異種か」

黄金「ああ、俺の手下はみんなそんなやつばっかりだぜ。みんな、お前が守ってるような『善人』どもに社会から追い出された、はみ出し者だ」

紬父「……」

黄金「秩序ってのぁ、都合の良い言葉だよな。『みんなと同じじゃないから』俺たちは排除された。平和を守るために、俺たちは傷つけられて生きてきた。お前が全ての人を守ると宣言した、この街でだ!」

紬父「だが、傷つけられて、傷つけていては、君は君を傷つけた者達と同じになる」

黄金「ああ、そうだ! 綺麗ごとじゃねえんだよ。俺たちには力がある。正義って力が……バケモンが俺たちを排除した。俺たちも同じだ。この社会が作った『正義』と同じ、バケモンになって、てめぇらの語る正義だとか、モラルだとか、そんなのをぶっ壊してやる」

紬父「目に見える力が何もかもを左右する時代を望んでいるのか」

黄金「その通り。正義だとか秩序なんてのは、弱いだけで群れるしかねぇ多数派を守るための仕組みだ。俺たちは奴らより少ないってだけで異質とされ、排除された。なら今度は、俺たちが群れ、それ以上の力でぶっつぶす。それが世界の正しい形のはずだぜ。今まで、正義ってバケモンで俺たちを支配してきた奴らに、それ以上のバケモンを教えてやる」

紬父「君は勘違いしているようだが……。人間は強い。目に見える力が無くても、世界を変えていける。心によってだ」

黄金「なら、なんで奴らは俺に怯え、排除した! やつらは弱いからだ、一人では何も出来ないから、だから俺一人に恐怖し、群れ、排除した! お前が、お前がこんな世界にした。こんな街にした!!」

紬父「……私はただ、力が無くても生きていける街を作りたかっただけだ」

黄金「そんなご立派な願いの影で傷ついた人間がいるとも知らずにか?」

紬父「……すまなかった」

黄金「いまさらてめぇを許すことはできねぇ。俺は正義じゃねえ、善人でもねぇ、ただの復讐者だ。てめぇに下すのは罰じゃねえ、恨みの鉄槌だ。だから謝っても、許すことはねぇ」

紬父「覚悟はできている」

紬「お父様……やめて」

紬はうずくまって母のなきがらに顔をうずめ、泣いていたが、父が死を覚悟したと知ると父の手をつかみ、すがった。

紬父「紬……。いいんだ。恐れることはない。いずれはくる別れだ」

紬「お父様……」

黄金「最期に、娘に何か言ってやりな……。そのくらいは、待ってやれる」

紬父「紬。許しなさい。この世界には許せないことはたくさんある。だけど、怒りに怒りでぶつかって、その先に立っている者は誰もいない。君は優しい子だ。君を傷つける者もきっとその優しさで包み込んで、一緒に生きていける。そしてそんな優しさが誰かに伝われば、それはいつか世界を変えることだってできる」

紬「やめて……お別れの言葉は、聴きたくないよ……」

紬父「そして、私を失っても、君を大切に思っている仲間がいる。仲間を大切にしなさい。これが私の最期の願いだ」

黄金「最期までご立派だよ、あんた。良い父親だったな」

紬父「最高の娘がいたからさ。私は、最高の父親になることができた」

黄金「はっ、かっこいいよ」

黄金の右腕が、紬の父の腹部を貫通していた。黄金は何も言わずに腕を引き抜き、きびすを返す。手下達も潔く引き下がった。

紬「お父様……お父様ぁ……! だれか、誰か来て! お父様を、お母様を助けて!!」
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:46:34.92 ID:LjwDMhJOo
約二年前 日本 某貧困街


両親が死に、桜が丘を飛び出した紬は『黄金(ゴールド)』を探し日本中をさまよっていた。

紬(情報ではここにヤツが……。待っててね、みんな。復讐が終われば、私は帰るから。みんなの元に戻って、また……)

無理やりみなの前から姿を消したが、紬は皆を裏切るつもりは無かった。
自分はこの復讐をとげられず、死ぬかもしれない。その時のことを考え、あえて突き放した。
この復讐が終われば、またみんなで――。

情報にあった酒場の扉を開ける。ここは『黄金』の行き着けの酒場と聞いた。
ムギはポケットの中も拳銃を握り締めた。法を犯して手に入れたものだ。家から充分な金は持ってくることが出来たから、造作も無いことだった。
中に入ると、ガラの悪い男、恰幅の良い男、いろいろ居たが、『黄金』の姿はすぐにわかった。
金色の趣味の悪いスーツ。
ヤツだ。

紬「久しぶりね」

紬は黄金の向かい側の席に座った。

黄金「おお、これはこれは、あの大富豪、琴吹家のお嬢様。俺になにか用かな? 一目惚れか?」

紬「ふざけないで」

紬は銃を出し、黄金の頭に付きつけた。

黄金「おお、怖い怖い。綺麗な薔薇にはとげがあるとはよく言ったもんだ」

紬「あなたが私の父に復讐したように、私もあなたに復讐する。どう、正当な結果だと思わない?」

黄金「そうだな、あんたは俺と同じことがしたいわけだ」

黄金は、ゆっくりと手を伸ばし、紬の持っている銃をつかんだ。

黄金「手が震えてるぜ、お嬢さん、ああ、心配すんな、武器を奪ったりはしねえよ。ただ――」

そして、しっかりと銃口を自らの頭につけ、固定した。

黄金「復讐は大好きだ。だから手伝ってやろうと思うだけさ」

紬「……私が撃てないとでも?」

黄金「いいや、大切な両親を殺されたんだもんなぁ、そりゃ、俺を許すなんてできねえよ。わかるぜ、その気持ち。だから、撃てよ。遠慮はいらねえ」

紬「……っ」
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:47:06.23 ID:LjwDMhJOo
黄金「どうした? 怖いのか? 引き金を引いて、復讐して、自分も『悪』になるのが。正義の道から外れるのが、怖いのか?」

紬「……この引き金を引けば、あなたと同じになってしまうのね」

黄金「お嬢さん、何もわかっちゃいねえんだな」

黄金は紬から素早く銃を奪い取り、自らのこめかみに当て、迷わず引き金を引いた。

紬「!?」

黄金「あー、うるせえうるせえ。耳が破れるかと思ったぜ」

紬「そんな……」

黄金のこめかみに着弾した銃弾は完全につぶれていた。黄金の皮膚は金色の金属に変化しており、傷一つ無い。

黄金「お前は俺と同じにはなれねぇ。力が足りねぇ」

黄金は紬を哀れみの目で見つめていた。

黄金「復讐すらできず、お前という弱者はただ、立ち尽くすだけだ。知ってるか? この世界は平等じゃねえ、強いやつもいれば弱いやつもいる。価値あるやつも居れば、価値の無い人間もいる」

紬「……」

黄金「お前は[ピーーー]価値すらねぇんだよ。すこしその辺を見ればどこにでも転がってる、ゴミみてえな人間の山のひとつの塵にすぎねぇんだ」

紬「うっ……」

黄金「お嬢さん、両親を殺されて悲しいだろうなぁ。この世の絶望全てを見た気分だろうなぁ。だが、お前が恐怖の、絶望の何を知ってる?」

黄金はテーブルに置かれたグラスの中身を一気に飲み込んだ。まずそうだな、と紬はなんとなく思った。

黄金「お前の感じる絶望なんてちっぽけなもんさ。この世界の闇は、お前が思うよりずっと深い。まあ、あんな街で育ってきたあんたには難しいかもしれねえな」

黄金は紬につかみかかる。
紬はもはや腰が抜けて力が入らず、なすがままだった。

黄金「この店には警官も裁判官も政治家もいるんだぜ。だが、皆俺の『力』を頼りにこの世界で権力を得た奴らだ。俺がここでお前を殺そうがレイプしようが黙認するし、お前の死は世界の誰も気付かないままだろうよ。お前を失っても誰も何も変わらず、明日が来る。泣いて、笑って、怒って、一日が終わる。それの繰り返しだ」

黄金は紬を引きずって店の裏口に向かう。

黄金「本当に絶望が知りたいなら、まずはここから始めるんだな」

裏口の扉を開け、紬を外に放り出した。冷たい泥水が紬の上質な服をぬらした。

黄金「またいつでも遊んでやるよ」

そして、その扉は閉まった。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:47:45.52 ID:LjwDMhJOo
紬「うっ……うぅ……」

紬は泣いていた。両親が死んだ夜以来、涙は出ていなかった。あの日、全て枯れ果てたと思っていた。
だが、涙が止まらない。悔しいのか、悲しいのか、わからない。だが、何もかもを失った気がした。
自分の信じていた世界が、何もかも崩れ去ったかのようだった。

紬は立ち上がることすらできず、その場で這い蹲って泣いた。惨めだった。
そんな惨めな姿こそが自分の本当の姿で、自分はその程度の価値しかないのだと、思い知った。

少年「おねえちゃん、おなかいたいの?」

顔を上げると、小汚い少年が前に立っていた。周囲を見ると、路地のどこかしこにボロ切れを着た人々が座り込んでいた。
皆、目に生気が無い。人生の何もかもに絶望しているかのようだった。

少年「大丈夫?」

紬「ええ、ありがとう」

少年は紬の体を支え――すぐに放した。
紬の体が再び地面にたたきつけられる。

少年「まいどあり」

少年は紬の財布を手に満面の笑みを浮かべていた。

紬「どうして……」

少年「この国は金持ちにばかりお金が入ってくるんだろ? なら俺たちに分けてくれてもいいじゃん。じゃあね、お金持ちのお姉ちゃん。そこで這いつくばって、あとで警察にでも泣きつけばいい。まあ、警察が『黄金(ゴールド)』の仕切ってるこのストリートに来るわけないけどね」

紬「……どうして」

少年「さっさと帰ったほうが良いよ。ほら、みんなあんたの腕時計や服を欲しがってる。このままだと、丸裸だけじゃすまないね。内臓もとられるかも。ここでは死体なんて発見されないから、誰も殺しを躊躇したりしないしね」

紬「……どうして」

少年「どうしてって、そりゃあ、みんな金持ちを憎んでるからさ。お姉ちゃんのこと、[ピーーー]だけじゃ物足りないと思ってる奴もきっといるんじゃないかな。ま、俺はこのへんでいくよ、じゃあね。運がよければまた会えるかもね」

少年はそういって姿を消した。
そして、周囲の人々が殺気づく。

――腕時計は俺のだ。
――俺は靴。
――俺はレイプできればそれでいい。

そんな会話を小声で交わしていた。

紬(ここで、終わり……?)

何もかも、終わりなのか? 何も成せないまま、全て終わってしまうのか? 価値の無い人間の価値の無い人生のまま、なにもかもが。

紬(いやだ……!)

――そうだ、こっちだ紬。自分の足で歩くんだ。

紬(お父様、私は……!)

――紬、人間は強い。たくさんのことを、自分で変えていけるんだ。

紬「私は、生きる……!」

紬は立ち上がった。自らの意思で。
貧民街の暴漢立ちが迫る。だが、紬は絶望してはいなかった。

紬「生きて見せる。自分にできるなにかを成し遂げるために……!」


そして。


数時間後、ボロボロになった紬がそこにはいた。
だが、立っていた。ナイフを突きつけられようが、殴られようが、蹴られようが、紬は立ちあがり、そして暴漢たちの手を逃れ、立っていた。
逃げることしかできなかった。
だが、今は弱くても、これから変えていくことが出来る。それが人間だ。

紬「……強くなる。強くなって……変えて見せる。この世界を」

そうつぶやき、紬は夜の街に消えていった。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/03/17(木) 09:50:17.10 ID:LjwDMhJOo
ここで前半終了です。この過去編あたりはまんま『バットマンビギンズ』ですね。
検閲部分は「こ ろ す」です。

続きも出来次第投下します。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/03/17(木) 13:29:10.42 ID:W1NPgCgAO
アメコミから能力と背景を引用してんのね、乙
アメコミは映画程度の知識しかないが、澪記者やってるから蜘蛛になんのか?
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage saga]:2011/03/17(木) 15:07:10.12 ID:mW8SzQ7AO
>>39
言われてみればアメコミっぽいノリだな

ところでメール欄にsagaで検閲は消えるぜ
殺す
死ねとかね
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga]:2011/03/19(土) 06:13:32.08 ID:whhP9ezKo
>>53 ありがとうございます。 テスト「殺す」「死ね」

帰省していたので少し間が開きました。都道府県名も変わっていると思いますが本人です。
続きを投下します。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:14:51.57 ID:whhP9ezKo
あれ、上げてしまったみたいです。すみません。sage と saga 両方でいいんですかね。とりあえず投下します。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:15:55.68 ID:whhP9ezKo
翌日 正午 日本 桜が丘 平沢家

憂「いらっしゃい、梓ちゃん、純ちゃん」

唯「おおー、あずにゃんではないかー!」

梓「ちょっと唯先輩、いきなり抱きつかないでください!」

純「相変わらずだなぁ、唯先輩」

憂「変わらないのがお姉ちゃんの良いところだよ」

唯「よいではないかーよいではないかー」

梓「もう唯先輩、いつまでも子供なんだから」

純「梓もまんざらじゃなさそうだね」

憂「梓ちゃんも変わらないねー」

憂は困ったように、しかし幸せそうに笑い、梓たちを奥に案内した」

憂「澪さんももう来るの、お姉ちゃん」

唯「さっき仕事が終わったから、着くのは一時くらいになるってメールが来たよ。先に食べててって」

憂「そっかぁ。律さんもそのくらいになるってメールで言ってたから、先にいただいちゃおうか?」

純「一時くらいまでだったら待ってていいんじゃない? そんなにお腹すいてるわけじゃないし」

梓「どうせならみんなで食べたほうがおいしいよ。せっかく久々にけいおん部が集まるんだから」

憂「それもそうだね。それでいい? お姉ちゃん」」

唯「わ、わたしゃもう腹へってしにそうだじぇー、ういー」

憂「はいはい。なにかお姉ちゃんにはつまむもの持って来るね」

純「憂だって相変わらずじゃん」

憂「ふふっ」

梓「それにしても律先輩と澪先輩が来るなんて、憂から聞いたときはびっくりしちゃいましたー」

唯「あずにゃんうれしそうだね!」

梓「そういう唯先輩こそ」

唯「そりゃうれしいよー」
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:16:39.13 ID:whhP9ezKo
憂(紬さんのことはまだみんなに言ってない。本当に来てくれるかもわからないし……)

憂は迷っていた。紬が戻ってきたこと。それがおのおのにとってどういう意味をもつのか、それは本人にしかわからないのだ。
悲しいことなのか、嬉しいことなのか。
だが、確信もあった。少なくとも、それは唯にとってはこの上なく嬉しい出来事なのだ。
たとえ琴吹紬がどう変わっていようと、唯を拒絶しようと、関係ない。唯は紬が今生きている、その事実を自らの目で確認できるだけで良いのだ。
仲間がたとえ自分を嫌っても、拒絶しても、唯は愛することを止めはしない。好きになることを止めはしない。
自分の好きな人にどれだけ嫌われようと、きっと唯はその人を好きで居続けるだろう。
唯にとって、好きということは、愛するということは、そういうことだ。

憂(それはきっと悲しい生き方。だけど、お姉ちゃんにしかできない生き方だから……)

唯はいろんなものを好きになってきた。たくさんの『好き』を抱えて生きる人間だ。
そしてその『好き』という気持ちに疑いを持たず、ただまっすぐに走り続ける。自分自身の心を歪みの無い姿勢でうけとめる。
それは多くの幸せを唯にもたらし、唯は周囲にたくさんの幸せを振りまける人間になった。
だが、そんな生き方はよいことだけではない。
唯には多くの不幸が降りかかった。世界中の誰もが抱えきることの出来ない『業』を抱えている。

誰かに嫌われたとき――その人が、自分の大切な、大好きな人だったとき。人は、どうするか。
多くは、その人を嫌いになってしまう。嫌いになることで、心の平静を保つ。
だが、唯はそれをしない。できない。
自分を嫌う人間すら、迷い無く愛してしまう。
それは、どれだけ辛いことだろう。憂には想像もできなかった。
唯はまっすぐに生きている。それは、一見単純に見えるが、何よりも難しい生き方でしかなかった。
だから憂は、そんな姉を愛した。世界中の人間が唯を嫌おうと、たとえ唯が憂を嫌い、傷つけることになっても、未来永劫愛し続けることを誓った。
唯は人を愛し続けることができる。こんな時代に、愛することをやめない。『唯一の』人間だろう。
だから憂はそんな唯の未来を『憂い』、唯を支え続ける。

そうやって二人は生きてきた。これまでも、そしてこれからも。
だから、憂は決意していた。

憂(もしも、紬さんがお姉ちゃんを傷つけたら……それでもお姉ちゃんは許すだろう。でも、私は――)

――私は、紬さんを許さない。

人を許し、愛することしかできない唯の代わりに、自分の手を汚そう。
そう、決意したのだった。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:17:04.98 ID:whhP9ezKo
日本 桜が丘 秋山家


澪(今日はまたみんなに会える)

澪は仕事を終え、一度家に戻り、着替えていた。これから唯の家に向かう。
一度裏決別した唯や梓たちとまた会うことは澪にとって最大の恐怖になるかと思われたが、自分で思っていたより澪は落ち着いていた。

澪(謝ろう。あの時の私は弱かった。それは今もだけど、今はすこしだけ違う。私は、大人になった)

大人になってたくさんのものを失ったが、成長したこともある。恐怖心を克服、とまではいかずとも、自ら抑え付けることが可能になった。
それはつまり、自分の心に嘘をつくことができるようになったということ。時代はそれを成長と呼ぶ。

澪(でも、いいんだ。皆を傷つけるくらいなら。私はこの弱さを抑え続けてみせる)

澪「じゃあ、言ってくるよ」

扉を開ける。

澪「あ……」

律「よっ」

そこには、律が居た。

澪「律……」

律「行くんだろ、澪。唯んちにさ」

澪「律、私、私……!」

気がつけば、澪は走り出していた。荷物もなにもかも放り出して、律の胸に飛び込んでいた。

律「澪。久しぶり。それと、おかえり」

澪「ごめん、律……ただいま。今まで、迷惑かけた」

律「私も、同じだよ。だから、もういいんだ」

澪「ずっと、弱い自分と向き合ってた。今日、みんなまた会える。私、謝りたくて……」

律「ああ、行こう、澪。行ってまた、みんなで笑おう。あの時みたいにさ」

澪「うん……!」
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:17:40.07 ID:whhP9ezKo
日本 琴吹邸


紬「斉藤、今日は私用で外出するわね」

斉藤「それは結構なことで」

なんとなく斉藤の機嫌がよさそうだ。きっと、今日けいおん部のみんなに会いに行くことを察知したのだろう。
斉藤はタックマンではなく琴吹紬としての幸せな人生を歩んで欲しいと願っている。
その気持ちは嬉しいが、今の紬には重荷にしかならなかった。
自分は、今日過去と決別するために行くのだ。復縁したいわけではない。

紬「なにか街に起こっていない?」

斉藤「ええ、今日は今のところ、平和そのものです」

紬「そう」

紬はそう言って扉に向かう。

斉藤「お待ちください、お嬢様」

紬「何かしら」

斉藤「その格好で外出なさるのですか?」

紬の格好は、一言で言うと質素だった。シンプルなセーターに動きやすさを重視したジーンズ。
昔の紬では考えられない格好をしている。

斉藤「お嬢様にふさわしいお召し物をご用意いたします。もう少しお待ちを」

紬「べつに、かまわないのだけど……」

昔は、いっぱしの女の子として可愛らしい服装に憧れたりもした。だが、今はそんな気分にはなれない。
どんな服を着ても、自分自身の本質は変わりはしないことを知った。惨めな姿こそが自分の本当の姿なのだと。
それ以上に――

紬は待っている間にテレビをつける。ニュースでも見よう。
紬は斉藤含む部下達に情報収集をさせているが、紬――タックマン一人で桜が丘の全ての犯罪をカバーできるわけではない。
犯罪だけではない、火災などの災害から人々を救出することもタックマンの使命だ。
世の中で何が起こったかをできるだけ自分でも把握しなければならない。

アナウンサー『緊急速報です。××銀行桜が丘支店に強盗が――』

紬「……!」

斉藤「ご用意できましたので、どうぞこちらに……お嬢様?」

斉藤が戻ってきたとき、すでに紬の姿は消えていた。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:18:54.80 ID:whhP9ezKo
日本 ××銀行桜が丘支店


銀行員「お、お金は用意します。だから撃たないで……」

強盗A「さっさとこの袋に金をつめな。入るだけ全部だ。早くしろ!」

銀行員「はいぃ!」

強盗B「ちょろいもんだぜ。銃さえありゃ、日本じゃなんだって出来る」

警察『君達は包囲されている、至急武器を捨てて出てくるんだ!』

強盗A「ちっ、サツか! もう来やがった!」

強盗B「あわてんな。俺たちのバックには『黄金』がついてる。人質をとってサツと交渉すりゃあ、黄金の息のかかった交渉人が車を用意してくれるさ」

強盗A「そうだな、完璧だ!」

強盗B「もう警察もこわかねぇんだよ。あいつらは恐怖してる。得体の知れないものに対してな。黄金が変えちまったんだ。変異種に対する恐怖がこの国を麻痺させちまった。俺たちは恐怖を食いものにすれば良い」

強盗Bは人質にとって客の中の一人に視線を移す。

強盗B「いざとなったら、あいつがいる」

と、その時、人質の中の一人が、子供が彼をにらんでいることに気付いた。

子供「……」

強盗B「なんだ? その目は。おい、クソガキ」

親「す、すみません。うちの子が!」

強盗B「親はすっこんでろ。俺はガキに聞いてんだ。舐めた態度とりやがって」

子供「お前なんてこわくないぞ」

強盗B「ああ?」

子供「お前なんて怖くない!」

強盗B「おお、ご立派だね、ボウズ」

子供「こんなことしても、タックマンがお前をやっつけるぞ!」

強盗B「ご立派なのは良いことだが。他人頼りじゃいけねえよ」

強盗Bは子供の額に銃をつきつける。

子供「怖くないぞ……!」

強盗B「そりゃ、お前は平和な世界にそだって、こいつがなんだか知らねぇからだ」

強盗Bは冷徹な目つきのまま銃口を別の場所に向け、引き金を引いた。

どさり。
鈍い音と共に、一人の人間が倒れた。

子供「えっ……お母さん……?」

少年の母だった。
一瞬で物言わぬ躯に成り果てた少年の母は、光のない目で天井を見つめていた。

強盗B「人間なんてもろいもんだ。一瞬で、死ぬんだぜ」

子供「そんな……」

強盗B「それでもお前はご立派なことを言い続けられるかよ? 力もねぇくせに」

子供「僕は……」

強盗B「ま、ゆっくり考えな。天国でな」

強盗Bはなんの感情もこもってない乾いた声で、引き金を――
引けなかった。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:19:26.70 ID:whhP9ezKo
強盗B「あぎゃああああああああああああ! 腕が! 腕が!!」

タックマン「……クズが」

突如現れたタックマンの振り下ろした手刀が強盗Bの腕を折ったのだ。

強盗A「出やがったな! 出番だぜ」

人質の中から、一人の女が立ち上がった。妖艶な美女だ。年齢はわからない。二十代半ばといったところか。
紬と同じ、長くウェーブしたブロンドが美しい。

美女「あなたがこの街の『ヒーロー』ね。会いたかったわ」

タックマン「私が来るのがわかっていたような口ぶりだな」

美女「わかっていなければ、私が出ることなんて無かったわよ」

タックマン「変異種か」

美女「ご名答」

その時、高速で『何か』が接近するのがかろうじて見えた。タックマンは即座に反応して身をよじる。
先ほどまでタックマンが居た場所の後ろの壁に大穴があいていた。

タックマン「その髪……」

美女「そう、あたしの能力は髪を操ること。鋼鉄よりも硬く鋭いこの髪のムチ、いつまでよけらるかしら?」

美女の髪が三つの束になり、再び放たれた。早い。銃弾ほどのスピードではないが、その質量がパワーを増し、相当な破壊力に達している。
三方向からの同時攻撃。タックマンは横に飛ぶことで二つまでは避けるが、一発を喰らってしまう。

タックマン「ぐっ!」

スーツが防いでくれたが、衝撃まではなくならない。タックマンは大きく吹っ飛び、壁に激突した。

美女「いいこと教えてあげる。あんたが今まで倒した変異種はみんなクラス1か2。まだ常人の領域でも対処できるレベルなの。でも、あたしはクラス3よ。クラス3はもはや人間が努力しても、武装しても絶対に到達できないレベルの戦闘能力を持っているわ。あんたがいくら強くても、所詮は人間。限界がある」

タックマン「くっ……」

美女「立ち上がるのね。根性はあるわ、認めてあげる」

タックマンはブーストを駆使したダッシュで一気に間合いを詰める。

美女「あら、接近戦なら勝てるとでも?」

タックマンの突きを難なく避け、美女はそのしなやかな足をタックマンのわき腹に叩き込んだ。
が、びくともしない。

美女「ふふっ、とっても硬いのね」

タックマンがその隙に出した攻撃をさらに回避する。
美女の――クラス3の変異種の反応速度にとっては全く問題にならない攻撃速度だ。

美女「じゃあこういうのはどう?」

タックマンの腹部に、今度は髪の塊がめり込んでいた。

タックマン「がっ……!」

大きな拳のように変形した髪が二つ。タックマンを連続で殴りつける。容赦なく、徹底的に。
タックマンは耐え切れず、地面に伏した。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:19:52.65 ID:whhP9ezKo
美女「終わりよ」

大きな手となった髪でタックマンの首をつかみ、持ち上げる。

美女「その前に、あんたの苦しむ顔が見たいわ。きっとセクシーよ」

髪の束がタックマンのマスクをはがそうとする。

子供「タックマン!」

タックマン「っ!」

次の瞬間、美女の髪の束が地面にぼとりと落ちた。
開放されたタックマンが着地する。

美女「……隠し武器ってわけね」

タックマンの腕のプロテクターからは金属の刃が覗いていた。キーンと音を立てている。
おそらくは高振動ナイフ。鋼鉄すら切り裂く代物だ。

タックマン「クラス3……。私に刃物を使わせた犯罪者はお前が一人目だ」

美女「じゃあここで終わりにしてあげるわよ!」

髪は自在に伸ばすことができる。切り落とされても問題は無い。
美女は髪の束を収束し、破壊の奔流としてタックマンを襲う。
先端を尖らせ、ドリルのように高速回転させた髪。これならばタックマンのアーマーも意味を成さず、貫ける。

が――
タックマンの体を貫くはずだった何分割にもなってが地面に横たわっていた。

美女「嘘……」

タックマンはゆっくりと近づいてくる。

美女「嘘、嘘よそんなの!」

美女は髪を何度も再生し、タックマンにぶつける。が、それらはことごとくタックマンのナイフの前に宙を舞った。
タックマンは歩をやめない。降りかかる攻撃を全て紙一重で見切り、ナイフで切り刻んでいる。

美女「嘘よ、嘘……私が人間ごときにぃ!!」

タックマン「違うな」

タックマンはいつのまにか、美女の眼前に立っていた。
そしてタックマンは美女の耳に顔を近づける。どうすることもできなかった。

タックマン「人間は強い」

それが美女の意識の途絶える直前に聞いた最後の言葉だった。
美女の腹部にはタックマンの拳がめり込んでおり、美女は意識を手放した。
スピードでは確かに負けていたが、タックマンの拳は重い。ヒットすれば変異種だとしても耐えられない。

強盗A「な、なんだよ、てめぇ、バケモンじゃねえか……」

強盗Aは変異種の中でも高い実力を誇っていた美女が負け、腰が抜けていた。
タックマンは静かに強盗Aに近づく。

強盗A「なんだよ、なんなんだ! 俺たちでもねえ、変異種でもねえ、ほんとの化け物は……」

タックマンは強盗Aの持っていた銃を蹴り飛ばした。
強盗Aは完全に戦意喪失していた。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:21:03.98 ID:whhP9ezKo
事態は終息した。
――しかし、タックマンは腕を押さえてうずくまっている強盗Bの首根っこをつかみ、地面にたたきつけた。

強盗B「うげぁ!!! なんなんだよ! 終わったんじゃねえのかよ!」

タックマン「貴様、なぜあの子の親を殺した」

強盗B「へ、へへへ……知るかよ、ムカついたんだ」

ぼきり。
強盗Bの無事だった腕が本来ありえない方向を向いた。

強盗B「ッぎアアアアアアアアアアアアあああああああああああああ!!」

タックマン「何故だ!! 言え!!!!」

強盗B「へ、へはははは!! 俺を殺すのか!? ほらどうした正義のヒーロー! てめぇ、ムカついてんだろ!? 俺を殺してぇんだろ! じゃあ俺の気持ちもわかるよなぁ、ムカついて殺せよ、俺と同じになれ!!」

タックマン「っ!!!」

タックマンは強盗Bの首を絞め上げる。

タックマン「それが望みならばやってやる!」

子供「やめてよ!」

タックマン「っ!」

タックマンの腕から力が抜け、強盗Bが地面に落ちた。

子供「やめて……そんなの、だめだよ……」

タックマン「この男は君の母親を殺した」

子供「でもだめだよ……タックマンは、ヒーローなんでしょ……?」

タックマン「悲しくないのか? 苦しくないのか? 母を殺されて」

子供「悲しいに決まってる、苦しいに決まってる……」

タックマン「なら、なぜこの男を許そうとする」

子供「許せないよ……許せない! でも、殺されたから殺して、殺したから殺されて……そんなんじゃ、最後は誰もいなくなっちゃうよ……」

タックマン「……」

子供「タックマン、お願い。人を殺せばヒーローじゃなくなる。タックマンはヒーローで居て欲しいんだ!」

タックマン「……!」
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:21:29.42 ID:whhP9ezKo
美女「……ふふっ、茶番は終わり?」

タックマン「もう気がついたか」

美女はもう意識を取り戻していた。さすがにハイレベルな変異種。頑強さも他と違う。

美女「もう戦う意思はないわ。任務も終了したしね」

タックマン「どういうことだ」

美女「あたし"たち"の目的は銀行じゃないわ、あんたの足止めよ。本来の目的のための、ね」

タックマン「何だと……!」

美女「今頃はボスが手に入れてるころでしょうね。あたし達の切り札"エヴォルドクラス"を」

タックマン「エヴォルドクラス……まさか」

――律っちゃん!

子供「タックマン、どこ行くの!?」

タックマン「……君は、勇気ある少年だ。いずれはこの街を救う真の英雄(ヒーロー)になれるかもしれない。その強さを――勇気を、失わないでくれ」

子供「僕は、タックマンみたいに強くは無いよ」

タックマン「私はヒーローではない。ヒーローにはなれない。私には、この街を救うことはできないだろう。だが、君なら――君のような勇気ある人々なら、この街を、この時代を、光で照らすことが出来る」

子供「タックマン……」

タックマンは通信機のようなものを取り出し、ボタンを押す。すると数秒で銀行のガラスを突き破り、白い塊が飛び込んできた。
いや、違う。バイクだ。装甲車のように重厚なバイクだった。『T−ポッド』。琴吹産業応用科学部による一人乗り軍用車両の改造品である。
一台で戦車と同等の攻撃力、防御力と高い機動性を誇るがコストがかかりすぎて正式採用は見送られた。世界で実際に使っているのはタックマンただ一人。
タックマンはT−ポッドに乗り込み、エンジンをエンジンを全開に。
一瞬で100キロを越え、銀行の人々からタックマンの姿は見えなくなった。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:22:06.64 ID:whhP9ezKo
日本 桜が丘 秋山家から平沢家までの道のり


律「〜でさー」

澪「ふふっ、相変わらずなんだな、律は」

律「そうさ、お前もだろ、澪」

澪「……そうかもな、自分では大人になったと思ったけど、律と一緒にいると、まだあの時――けいおん部だった時みたいだ」

律「実は、私もだ」

澪「そうなのか?」

律「ほんとは、さ。澪と会うまで、ずっとふさぎこんでた。誰にも見せないようにしてたけど、心の中はずっと孤独だった。あれからもいろんな人と友達になったけど、なんていうかそれまでの『友達』とは違ってた。ただ寒い身体を温めあう、っていうか、上手く言えないけど、互いに孤独だから寄り添いあうだけで、心は遠い、みたいな」

澪「放課後ティータイムの皆で演奏するとき、私も確かに心が一つになったような気がした。……私も、きっと律と同じことを考えてる」

律「放課後ティータイムの皆で、また演奏したい」

澪「うん」

律「できるといいな、澪」

澪「……ムギ……」

律(そうか、ムギが帰ってきたって、知らないんだ)

しかし、それをここで言うのは戸惑われた。澪はムギを少なからずうらんでいたはずだ。
今はどうかわからない。だが、澪のムギに対する信条がわからないと、言い出すことはできない。

律「あのさ、澪。ムギのこと」

澪「うらんでるよ。まだ」

律「……そっか」

澪「きっと、許せないと思う。でもさ、こうも考えられるんだ」

律「?」

澪「確かにムギのことはうらんでる。でも、その憎しみより、『会いたい』って気持ちが、本当は強いんじゃないかって」

律「澪……」

澪「唯と、律と、また会えて、わかったんだ。会いたくないと思った相手でも、やっぱり本当は会いたい気持ちもあるんだって。その気持ちに自分も気付いてなかっただけだったんだ」

澪は過去を懐かしむように、優しい目で言った。

澪「私はムギを嫌いになった。けど、その気持ちと私がムギを好きな気持ちは違うんだ。ムギが私から奪ったものより、ムギが私にくれた幸せのほうが、ずっとたくさんあった。だから私はムギに会いたい、許せなくても、嫌いになっても、それ以上の『好き』でムギと向かい合える、今なら、そう思うから」
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:22:42.46 ID:whhP9ezKo
律は驚いた。
そうだ。皆同じなんだ。
唯も、澪も。そして、自分も同じだ。
唯は皆が大好きだから、放課後ティータイムからいなくなった。澪は皆が好きだけど、放課後ティータイムが無くなり、嫌いになった。
自分は皆が大好きだけど、放課後ティータイムがばらばらになるのを見ているだけで、何もせず、一人自暴自棄になった。
みんな、同じだ。
そして――梓も、ムギも。
同じなんだ。ずっと、心は一つだったんだ。
『いつまでも一緒に居たい』。同じ気持ちだった。
その気持ちに正直になれなかったんだ。

律「澪……。本当は、ムギは……っ!?」

澪「律っ!?」

律は地面に叩きつけられ、気絶していた。
律の後ろには、金色のスーツを着た男。
周囲には何人ものガラの悪い男達、完全に包囲されていた。

黄金「よお」

澪「お前は、裏社会の帝王『黄金(ゴールド)』……!」

黄金「ほお、こんな綺麗なお嬢さんに知ってもらえるなんて、光栄だぜ」

澪は記者という仕事上、汚い話についても一般人以上の知識がある。
黄金という男の名と風貌くらいは記憶していた。

澪「どうして律を……私に何の用だ……」

黄金「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困る。お前には用はないさ。用があるのは、この『俺たちのお姫様』さ」

澪「律が……どういう意味だ」

黄金「教える義理はねえよ、じゃあな」

澪「待て!」

澪が黄金の丸太のような腕にしがみつく。

澪「律を放せ!」

黄金「なんだぁ? でかい乳当ててきて、誘ってんのか?」

びくともしない。力が違いすぎる。

黄金「お前に手を出す気はねぇよ、命があることに感謝して、家に帰りな。ほら、手を放せよ」

澪「放さない……律は親友なんだ、絶対に、お前なんかには渡さない」

黄金「良いね、そういうの好きだぜ――だが」

黄金が腕を一振りすると、澪の身体は軽々と宙に舞い、道路のアスファルトの地面に激突した。

澪「うぐっ!」

黄金「お前には力が足りねえ、大切な親友を守る力が」

黄金は再び律を抱え上げ、歩き始める。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:23:09.03 ID:whhP9ezKo
澪「待て……!」

下から声がする。黄金が自分の足元を見ると、澪が地面を這って近づき、黄金の足にしがみついていた。

澪「今度こそ、私は、仲間を……」

さっきの激突で意識が朦朧としているのか、うつろな目でうわごとのようにつぶやいている。
――人間は強い。目に見える力が無くても、世界を変えていける。心によってだ。

黄金「ちっ。気にいらねえな……。おい、お前、この女を可愛がってやれ。俺たちは先に戻る」

ヘビのような男「キヒヒ、良いんですかい?」

黄金達は律を連れて車に乗り込み、すぐに遠くに走って行った。
澪は朦朧とした意識のなかでその車の後ろ姿を見ているだけしかできなかった。

ヘビ男「キヒヒ、俺、こんな顔だからさぁ、どどど、童貞なんだぁ! こんなキレーな女で童貞捨てられるとか、ゆゆ、夢みてぇだぜェ!」

全身をヘビのような鱗に覆われた男が澪に近づく。

ヘビ男「でもよぉ、ここ、この舌には自信あるんだぁ! 俺のチ○ポしごいてたら気持ち良いからよぉ、これでお前の全身も、なな、嘗め回してやるよぉ、気持ちいいぜぇ!」

ヘビ男は口を大きく開き、舌を出す。止まらない。通常では考えられない量が口からせり出してくる。
およそ2メートル。ヘビ男の身長より高い。
舌はゆっくりと澪の顔に近づく。

がしっ

ヘビ男「へぁ!?」

ヘビ男はびたーんという綺麗な音を立てて壁に叩きつけられた。

タックマン「下衆が」

タックマンがヘビ男の舌を握っていた。

ヘビ男「へ、へめぇ!!」

タックマンは思いっきりヘビ男の舌を引っ張る。
ヘビ男はものすごい勢いでタックマンの方向に飛んでいく。

ヘビ男「ひゃ、ひゃめれ! グギャ!!!」

タックマンの渾身の拳がヘビ男の顔面にめり込んでいた。
ヘビ男は再び吹っ飛び、頭を電柱にぶつけ、気絶した。

タックマン「大丈夫か」

澪「うっ……お前が、タックマン……? そうだ、律は!」

タックマン「そうだ、律っちゃんはどこに!!」

澪「連れ去られた……車に乗せられて……」

タックマン「車の特徴とナンバーは!?」

タックマンはやけに焦っていた。
澪はぼんやりとした頭で思い出す。確か車の後姿は見たはずだ。車には詳しくないから、車種は特定できないが、ナンバーは見たはず。

澪「……黒のワゴン、ナンバーは○○○○」

タックマン「わかった! 君は警察に連絡しろ、いいな!」

タックマンはすばやくバイクに乗り込み、一気に走り去った。
澪の頭は少しずつクリアになっていく。そして――気付く。

澪「あいつ、律っちゃんって……」
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:23:36.90 ID:whhP9ezKo
日本 桜が丘 平沢家


憂「澪さん、いらっしゃ――」

澪「――律が」


唯「ゆゆゆゆ、誘拐された!? 律っちゃんが!?」

梓「警察に連絡したんですか!?」

澪「そうだ、投げ飛ばされた時に携帯が壊れたんだ、頼む、電話を使わせてくれ!」

憂「これ使ってください!」

澪は警察と電話で話し始める。冷静さを失っているようで、時折憂がフォローしているようだ。

梓「律先輩が……」

唯「どどど、どうしようあずにゃん……」

梓「……唯先輩」

唯「私のせいだ……みんないなくなっちゃう……ムギちゃんも……今度は、律っちゃんも……みんな、私の大好きな人が……」

唯は震えていた。得体の知れないものに対する恐怖からか。
いや、違う。梓には、唯にはもっと別の――もっと深いトラウマのようなものがあるように思えた。

梓「唯先輩……」

梓は唯を抱きしめる。
唯の抱えている苦しみはわからない。だが、抱きしめることは出来る。
唯は梓の悲しい時、いつも抱きしめてくれた。だから――

梓「唯先輩、大丈夫です」

唯「だめだよ、あずにゃん。私、あずにゃんのこと、もっともっと好きになっちゃう……好きになっちゃったら、また、失っちゃうよ……」

梓「いいんです。唯先輩……。私はいなくなりません。律先輩もきっと無事です。ムギ先輩も……根拠は無いけど。きっと、みんなで笑い会える日が来ます」

純(……なにこのラブラブ夫婦って言ったら空気読めない認定されるから黙っておこう)

憂「純ちゃん」

純「は、はひっ!」

憂「澪さんのこと頼むね、あと、戸締りも!」

純「憂は!?」

憂「私、行かなきゃ」

純「ど、どこに! 憂! ……行っちゃった」
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:24:02.28 ID:whhP9ezKo
日本 桜が丘


タックマンはT−ポッドで街を疾走していた。
が、黒のワゴンなど珍しくは無い。決め手に欠ける。
こうしている間に、律はどんどん遠くに行っているかもしれない。
マスクに搭載された通信機をオンにする。

タックマン「斉藤!」

斉藤『はい』

タックマン「琴吹産業の作った衛星があったわね、あれを使ってこの街と周辺の車両を調べられる?」

斉藤『可能ですが……あれは国に依頼されて作ったものです。個人が勝手に操作すればもちろん犯罪に』

タックマン「かまわないわ、やりなさい! 桜が丘と周辺の監視カメラも使って、黒のワゴン、ナンバー○○○を探しなさい!」

斉藤『承知しました』

通信を切る。

律。エヴォルドクラス。一体何を意味するのか。
あの女は『ボス』という言葉を使っていた。ならば、『変異種』が組織だってこの街で暗躍している可能性が高い。
そして、斉藤のあの言葉。――「例の黄金が現れました」
黄金は変異種たちを率い、犯罪組織を作った男だ。

タックマン(この件に、ヤツもかかわっているというの……?)
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:24:38.83 ID:whhP9ezKo
日本 桜が丘 車内


律「くそっ、この縄をとけ!」

黄金「その気になれば、自分でそのくらいは引きちぎれるはずだぜ? なんたってお前は、『エヴォルドクラス』。俺たち変異種の『王女様(クイーン)』なんだからな」

律「変異種? クイーン? なにいってんだよ、頭おかしいんじゃないのか!?」

黄金「おかしくねえさ」

律「!」

律はとっさに身をかがめた。
先ほどまで律の首があった部分を、鋭利な刃物に変形した黄金の指が通過していた。
事前に察知していなければこの距離では避けられなかっただろう。
以前使った『超感覚』よりも数段強力になっている。さながらこれは『予知』だ。

黄金「な、お前は特別だ。俺が攻撃する前に感知し、避けた」

律「……私が……?」

黄金「変異種はクラス1からクラス5まで存在する。段階的に能力は強くなり、5まで到達すれば国一つの命運を左右する戦略兵器となる。が、それでもまだ『人間』と根本的には変わらねぇ」

律「人間と、同じ? お前が?」

黄金「ああ、俺は所詮クラス4だからよ。だが、お前は違う。人間を――変異種すらも超越した存在。神に最も近い存在に進化(エヴォルド)する可能性を秘めた『エヴォルドクラス』だ。俺以上の、最高にいかれたバケモンのクイーンなのさ」

律「なんだよ、それ……」

律はあたまを抱える。
――私が化け物の王様? そんなの、悪い夢だ……。

律「なんなんだよ……」

黄金「いつか、受け入れる時が来る。自分自身の本来の姿と向き合わなくちゃならねえんだ、誰もがな。よかったじゃねえか。お前には誰よりも強い力がある。自分の本性が惨めじゃねえってことだけは、わかってるわけだ」

律(そんなもん、いらない)

誰よりも強い力?
そんなもの、求めては居ない。
強くなくても良い。そんなものあっても、幸せにはなれない。
大切なものと共に生きていくこと、それが幸せなんだ。

律(こいつは、それを知らないんだな、かわいそうなやつだぜ、全く)

律はなぜかこの黄金という男に同情すら覚えた。
強さ以外の価値を、この男は知らないのだ。それは、何より悲しいことだというのに。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:25:28.24 ID:whhP9ezKo
日本 桜が丘 国道×××線


斉藤『紬様、ご報告いたします』

タックマン「見つかった!?」

斉藤『はい、ワゴンは現在○○地点、××道を北上中」

タックマン「それは確か……」

タックマンは通信を終了し、T−ポッドを降りた。T−ポッドは自衛モードに入り、装甲を全て閉じ、白の球体となった。
これで盗まれることも、持ち去られることも、レッカーされることも破壊されることも無い。
タックマンは今走っていた道路の脇から下の道路を見下ろす。この国道×××線と××道はこの場所で上下の関係で交差する。

タックマン「なら南から……来た!」

黒いワゴンを確認したタックマンは、道路の反対側に走り、そのまま飛び降りた。
ジャストタイミング。
タックマンは黒のワゴンの上に着地した。

黄金「何!?」

ワゴンの中の黄金は、突如天井に物体が落下してきた衝撃に一瞬ひるむ。
その瞬間だった。天井が爆発した。

黄金「うお!!」

何が起こっているのかわからない。爆発は小さく、天井に穴が開いただけで車内の人間に怪我はないが、爆発で混乱したドライバーは車のコントロールを失っていた。
まずい、脱出を――律のほうを見る。が。

黄金(いないだと!?)

車が電柱に衝突した。

タックマン「……」

タックマンは車の爆発を静かに見つめていた。その腕には気絶した律が抱かれている。
天井を破り、律を引きずりだした瞬間に見たのは、間違いなく黄金(ゴールド)だった。
こんなところで、復讐を果たしてしまったのか。なにか、苦いものがタックマンの口のなかに走る。

タックマン「……!?」

その時、車が突然四散した。自分が使った爆薬の影響ではない、これは。

黄金「ぬあああああああああああ!!!!」

煙を吹いていた車の残骸から、黄金が勢いよく飛び出したのだ。
それだけではない。その驚異的な跳躍で、こちらに向かっている。

タックマン「何っ!?」

ずしん、と地響きを立ててタックマンの前に着地した黄金。そのスーツはボロボロに破れているが、その身体には傷一つついてはいない。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:26:04.82 ID:whhP9ezKo
黄金「てめぇ……やってくれたぜ、ヒーロー気取りがよぉ」

タックマン「……貴様が組織のボスか」

黄金「ああ、その通り、俺が変異種を率いてこの街で楽しく遊んでる部活の部長さんさ! そしてそこの眠り姫は俺たちのクイーンだぜ、ヒーローォ!!」

タックマン「この少女を何に使うつもりだ」

黄金「へっ、てめぇが大事そうに抱えてるそいつが、鍵なんだよ。世界をぶっ壊すためのなぁ!! へへっ、正義のヒーローならその小娘からぶっ殺したらどうだい? そしたらお前は世界を救った『英雄(ヒーロー)』になれるんだぜ!」

タックマン「……私はこの街の人々を守る。貴様の好きにはさせない」

黄金「お前狂ってるぜ、本当に何を守るべきか。自分の守ろうと思ってるものが何なのか、本当にわかってんのかよ。本当は、お前はヒーローにもなれねぇ、ただの狂った獣なんじゃねえのか?」

タックマン「それはこの街が決めることだ。貴様ではない!」」

黄金「へっ、かかって来いよ。意見を押し通してえなら、力がねえとな」

タックマン「言われなくとも、そうさせてもらう!」

タックマンは律を地面にそっと寝かせ、黄金のほうを向き直る――が、そこには黄金の姿は無い。

黄金「どうした、俺はここだぜ?」

タックマン(後ろ!?)

気づいた時にはもう遅かった後ろから黄金の丸太のような太い腕によるラリアットでタックマンは地面に叩きつけられる。

タックマン「がっ!!」

黄金「てめぇのスーツがどれだけ硬かろうが、俺は越えられねえよ。俺の能力『黄金』は俺自身の身体を鋼鉄以上の硬度を持つ金属に変化させる」

黄金の身体が徐々に変わってゆく。金色の金属。全身がメタル化してゆく。

黄金「これが、俺の本当の姿だ」

タックマン「くっ!」

タックマンは素早く起き上がり、黄金の腹部にけりを入れる。が、びくともしない。

黄金「蚊が刺したみてぇだ」

タックマン「ならこれはどうだ!」

タックマンの腕から隠しナイフが飛び出す。高振動ナイフ。鉄板ですら切り裂く威力――
――ぱきん。
虚しい音と共に、ナイフの破片が宙を舞った。
黄金の首に完全に入ったはずだ。だが、破壊されていたのはナイフだった。

黄金「んなおもちゃで、俺を切り裂けるかよ」

タックマン「……うがっ!」

タックマンの顎を黄金の膝が蹴り上げる。重い。一発一発が大砲のようだ。
飛びそうな意識をなんとか手放さないようにするのがやっとだ。

黄金「今ので意識を保つか。さすがにクラス3を倒しただけはあるぜ。だが俺はクラス4だ、相手が悪かったな」

タックマン(そんな……)

これが、変異種の力。今までとは違う。あの常人を遥かに越えた力を持つクラス3を倒したタックマンの力が、全く通用していない。
これがクラス4の――これが変異種の、真の姿。

黄金「そろそろ死ね。……その惨めなお前の『本当の姿』を晒してからな」

黄金はタックマンのマスクに手をかける。もう、タックマンに戦闘能力は残されていない。

タックマン(これで、全てが終わる……)

タックマンとしてこの街に秩序をもたらそうとした。このどうしようもない時代にで、正義を追い求めた。
自分はヒーローにはなれないという自覚はあった。不安と戦い続けた。
それでも、何か成せることがあると信じて。

だが、それもここで全て終わる。
タックマンとしての戦い。琴吹紬の、短く、惨めな人生。全て、終わりだ。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:26:59.72 ID:whhP9ezKo
――紬。

紬(お父様?)

ああ、幻覚が見える。走馬灯とかいうやつだろうか。
いよいよ自分も本格的に死に近づいてきたらしい。

――紬、あきらめるのかい?

紬(お父様。私、ダメだった。お父様みたいに、この街を変えることはできなかった。仲間を守ることも、できなかった……)

――君は、そんな結果に満足しているかい?

紬(まさか。いまさら自分の命に執着はしないけれど、何かを成せなかった自分の人生に、満足しているはずがないわ)

――なら、また立ち上がれば良い。君はまだ生きている。まだ、自分の足で歩くことができる。

紬(お父様は、私が戦って、傷ついて、それでも良いの?)

――いやだよ。君は私の宝物だったから。だけどね、紬。私は、嬉しいんだ。君がそうやって自分の意思で、命をかけてでも何かを守り通そうとするようになったことが。

紬(お父様……)

――さあ、紬。立ちなさい。君はまだ生きている。生きて、成すべきことがあるはずだ。

紬(お父様、私は……)

タックマン「……っ!」

意識が戻る。黄金の手は今まさにマスクをはがそうとしていた。意識を失っていた時間は一秒も無かったらしい。

タックマン「おおおおおおおおお!!!!」

黄金「何っ!!」

タックマンは黄金の腕をつかみ、押しかえし始めた。

黄金(なんだこいつ、すげえ力だ!!)

タックマン「私は、生きる!!!」

黄金「なんなんだよ……!」

タックマンは黄金の腕を完全に押し返し、立ち上がる。
そして、がむしゃらに、型もなにもない、むちゃくちゃに黄金に向かって突進した。

タックマン「うあああああああああああああ!!!!」

黄金「こいつっ!!」

タックマンの先ほどとは比べ物にならないスピードの突きにギリギリ反応して、黄金は硬質化した腕でガードする。
ビキッ
あまりの衝撃に、金属の腕の表面にヒビが入る。

黄金(ヒビだとっ、この俺に!!)

だが、いくら力が強かろうが相手は人間だ。この身体にヒビが入るほどの力で殴れば、拳は砕けているだろ――

黄金「ぐがぁ!!!」

そこまで考えたところで、タックマンの拳がさらに黄金の腹部をお捉えていた。

黄金「がっ、あがっ……!」

胃液が逆流する。こんな衝撃は黄金も受けたことがなかった。まるで腹のなかでダイナマイトが爆発したみたいだ。

黄金「て、てめぇ……うごっ!!」

見ると、タックマンの拳からは血が流れていた。だが、タックマンは気にせず黄金を殴りつける。
殴りつけるたびに、タックマンの拳から骨の砕ける音がする。

黄金「バカが、てめぇが先にもたねえぞ!」

黄金も負けてはいない。硬質化した拳でタックマンを殴りつけた。
タックマンはその衝撃に宙を舞い、壁に激突する。後ろの壁が崩れるほどの威力。今度こそひとたまりもないだろう。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:27:26.45 ID:whhP9ezKo
タックマン「……私は、生きる……!」

だが、タックマンは立ち上がった。拳は完全に砕け、全身の骨も、内臓も無事ではないだろう。
衝撃は脳にまで達しているはずだ。それでも、立ち上がった。

黄金「なんなんだよ、てめえ……」

黄金は生まれて初めて、一人の人間に恐怖した。
昔から、黄金は誰よりも強かった。それ故憎まれ、人々に迫害された。だが、自分が最強だという自負は常に持ち続けた。
人間は弱いから、自分を恐れ、故に迫害するのだと。そう思っていた。
だが、目の前の人間は違った。

このタックマンというヒーロー気取りの狂人は、最強のはずの自分の拳をいくら受けても立ち上がり。
最強の自分の肉体にヒビをいれ、拳がくだけようと、殴りつけた。

そして今また、こいつは立ち上がろうとしている。

何故だ。

何故、人間がそれほどまでに強くなれる?

黄金「何故だぁああああああ!!!」

タックマン「……人間は強い。自分達で世界を変えていける。心によって……!!」

――君は勘違いしているようだが……。人間は強い。目に見える力が無くても、世界を変えていける。心によってだ。

黄金「何故、何故てめェがあの男の、あの胸糞悪い野郎と同じことを言うんだよぉ!!!」

黄金はタックマンを殴りつける。タックマンの細いからだは簡単に吹っ飛ぶ。
だが、タックマンはそれでも立ち上がった。

タックマン「……」

黄金「……?」

何か、おかしい。先ほどとは雰囲気が違う。
自分ののど下に食いつき、今にもひきちぎりそうだった野獣のオーラはもう出ていない。

黄金「こいつ、気絶してやがる」

タックマンは気絶しても尚、立ち上がったのだ。
精神が肉体を凌駕していたタックマンだが、肉体がついに限界を迎えてしまった。

黄金「はっ、ははははははは!! 俺の勝ちじゃねえか、結局、ダメだったんじゃねえか!!」

だが、黄金は気付いていた。足が震えている。
自分は確実に、この人間に恐怖していた。

黄金「てめぇは生きていては俺の計画を邪魔する存在だ。だから、消えてもらうぜ」

黄金は腕を刃物に変化させ、タックマンの首に突きつける。

黄金「終わりだ」
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:27:57.24 ID:whhP9ezKo
タックマンの首をなぎ払――うかと思われた黄金の腕は、何もない空間を切っていた。

黄金「何っ!」

憂「させない……!」

少し遠くに、見たことの無い少女が立っていた。タックマンの身体を抱えている。この一瞬でタックマンを救い出し、あそこまで移動したというのか。

黄金「てめぇ、変異種だな」

変異種は、近くで能力を使っている変異種をなんとなくだが感知することが出来る。
それは変異種の能力と同時に発せられている波動が関係しているらしいが、黄金ほどのレベルになれば、相手の能力がどの程度強力かも把握できるようになる。

黄金「クラス4……。超スピードが能力ってとこか?」

憂「……」

少女は答えない。二人はにらみ合う。――が、憂の姿は次の瞬間消えていた。

黄金「っ、ぐお!」

突如真横に現れた少女のハイキックが黄金の顔面をえぐった。タックマンの拳ほどではないが、かなりの威力だ。さすがにクラス4の変異種といったところか。
だが、体勢を崩すほどではない。黄金は腕を少女に振り下ろし――少女の姿が消えた。

憂「ここです」

黄金の腕の上に少女が立っていた。
黄金がとっさに腕を振ると、再び少女は消える。

黄金「くそっ!」

腕を周囲に振り回すが、少女は風のように消え、現われ、攻撃をかわす。
気づいた時には、黄金は転倒していた。少女の足払いにひっかかったのだ。
普段なら足を取られる威力ではなかったが、タックマンとの戦闘のダメージと少女の攻撃が全く見えないことによってバランスを失っていた。

黄金「てめぇ、テレポーターか!」

憂「答える義務はありません」

少女は冷たい目で言うと、横たわる律の元に瞬時に移動する。

憂「律さんは返してもらいます」

黄金「てめぇ、その小娘の知り合いか?」

憂「答える義務はありません」
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:28:48.71 ID:whhP9ezKo
黄金(ちっ、こいつ、厄介だな)

テレポート能力と判明したわけではないが、実際に味わった感触ではそれに類する能力だろう。
と、そこに、黄金は上空にあるものを見る。鳥のような影――いや、あれは、違う。
にやり、黄金の口元がつりあがった。

黄金「へっ、わかったよ。『俺は』『その小娘には』手をださねえ」

憂「……」

黄金「だが……こいつは別だ!!」

黄金はタックマンに向かって走り始めた。少女はすかさずタックマンの元に移動する。

黄金「いまだ!」

憂「……っ! しまった!」

少女が振り返ったころには、律の姿は無かった。
上空に――鳥のように見えた変異種に連れ去られていたのだ。

黄金「やっと到着しやがったか。おせえぜ」

それだけではない。ぞろぞろと、男や女が集まっていた。少女にはわかる。彼ら全てが変異種だと。

黄金「終わりだ」

憂「くっ……!」

少女はタックマンを抱えると潔く後ろを向いて走り出した。
クラス4だけあってかなりのスピードだ。加えて、一瞬で移動する能力を連続で仕様している。
能力で移動できる距離はあまり長くないようだが、追いつけるレベルではない。

黄金「逃がしたか……だが、クイーンは俺の手の中だ。お前達の負けだぜ」
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/19(土) 06:29:35.26 ID:whhP9ezKo
これで全体の四分の三が終了です。次回の投下が最後になります。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/19(土) 07:28:25.79 ID:I8wjsTgSO
面白いな
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/19(土) 09:39:30.54 ID:fPKtII0AO

いいねぇ
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/03/19(土) 12:19:33.01 ID:GFxirYPAO
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/03/19(土) 12:19:54.21 ID:8fp4ghrAO
>>1
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(和歌山県) :2011/03/21(月) 23:31:48.44 ID:0JM4hnGA0
マダー
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/22(火) 00:15:52.05 ID:A0O8EXjso
>>82 一応生存報告。今夜徹夜で書くつもりなので書き切れたら最速で朝には……。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/22(火) 05:24:03.83 ID:A0O8EXjso
想定より長くなってしまったので、まだ最後まで行きませんが投下します。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:24:52.10 ID:A0O8EXjso
日本 桜が丘 路地裏


憂「はぁ…はぁ……ここまで来れば……」

タックマンを地面に降ろす。思ったより重くはなかった。スーツは軽い素材でできているのだろう。
だが、それにしても軽すぎる。男性の平均体重にも届いていないのではないか。
それだけではない。なにかタックマンには違和感がある。いま抱き上げても、感触がずいぶんとやわらかい部分がある気がする。

憂「もしかして……」

タックマンは女性なのではないかと思った。
元々、タックマンが男性であると明言したものはいない。ただ「〜マン」という名前がついていただけで、こんな力の持ち主は男性であろうと思い込まれていただけのことだ。
しかし、変異種でもない。変異種独特の波動は全く感じない。

憂「……」

タックマンを見る。表情の見えない白いマスク。この人は、このマスクで本当の自分を隠して戦い続けている。
このどうしようもない時代で、たった独り、正義を貫き通そうとしている。
正気の沙汰とは思えない。

だが、だれかがやらなければならないことだ。

どんな時代でも、世界を変えるために誰かの陰で、みなのために戦ったものがいた。
時間は何も解決してくれはしない。意思を通す存在が――世界を変えようと戦う者が必要だ。
彼らは後の時代、英雄と呼ばれることになる。が、それは珍しいケースであるといえるだろう。
ほとんどは、志半ばで倒れ、誰でもないただの狂人として時代に消えていくことになる。
このタックマンも、きっとそうだ。変異種ではないこのただの人間が時代を変えようと戦っても、きっと勝つことは出来ない。
変異種の力は想像を超えている。クラス4ですら、もはや人が何人集まろうが、どんな兵器を使おうが太刀打ちすることはできないのに。
それなのに、その先が存在する。
世界に十人いるといわれるクラス5。そして究極のエヴォルドクラス。

タックマンはそんな世界を相手に戦わなければならない。
タックマンに、輝かしい未来などないのだ。

憂「この人、どうしよう……」

自分の家に運ぶ? そう考えたのは一瞬だった。今は唯がいる。
やはり、身元を確認しなければならない。

憂「し、失礼します……!」

そうして憂はマスクに手をかけた。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:25:20.22 ID:A0O8EXjso
日本 とても大切な場所


「ムギちゃん」

「ムギー」

「ムギ」

「ムギ先輩」

紬「あ、あれ、ここは……?」

唯「音楽室だよ。ムギちゃん寝ちゃってたんだね」

律「ムギの寝顔写真ゲットー」

澪「こら律、私のカメラ!」

梓「ムギ先輩、大丈夫ですか? 疲れてるんですか?」

紬「うん、ちょっとだけ、ね。悪い夢を見たの」

唯「悪い夢?」

紬「私のせいでみんな離れ離れになって、みんな孤独になって……悲しい夢」

唯「そっかぁ。それはやな夢だね」

紬「ええ、何より悲しかったのは、私のせいでばらばらになってしまったのに、みんなきっと私を許してしまうということ。私がみんなを悲しませたのに、私を受け入れようとすること」

澪「ムギ、お前は、その夢の中で、嫌われたほうが楽だと思ったってことか?」

紬「そうなの。誰に嫌われても、誰に恨まれても自分の意思を貫きとおそうとおもっても、考えるのはみんなのこと。振り払おうとしても、それがずっとつきまとう。みんなの優しさが、重くのしかかってくる」

律「ムギ……」
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:25:53.84 ID:A0O8EXjso
梓「ダメです!」

紬「梓ちゃん?」

梓「ダメです……ムギ先輩、とっても優しいじゃないですか。だからいろんな気を使って、遠慮して、そうやって傷ついていくんです。でも、そんなの、ダメです……」

唯「あずにゃーん」

唯が梓を後ろからふわりと抱きしめた。

唯「あずにゃんは良い子だねぇ、よしよし」

梓「もう、唯先輩。茶化さないでください」

唯「でもね、ムギちゃん。私もあずにゃんと同じ気持ちだよ。ムギちゃんは、ムギちゃんだもん」

紬「私は、私?」

唯「本当のムギちゃんは、そこにいる。そこにしかいないよ。だからムギちゃんが、本当の自分がどこにいるか迷うことなんてないんだよ。ムギちゃんの全部ひっくるめてムギちゃんで、私は――私たちは、そんなムギちゃんが大好き!」

紬「唯ちゃん……」

澪「私もだ。ムギ、人は誰かに対して嫌いな部分や好きな部分があると思う。でも、どんな面を持っていても、ムギが私たちにくれた幸せは変わらない」

律「ムギがけいおん部に入ってくれて、嬉しかった。たくさんの幸せを運んできてくれたんだ」

梓「ムギ先輩……。ムギ先輩は、優しいムギ先輩です」

紬「でも、そうやってみんなが優しくするから、だから私は……!」

梓「だって、その優しさは、なによりもまずムギ先輩が私たちにくれたものだから」

紬「……!」

梓「ムギ先輩はきっと自分の本当の姿を嫌って欲しいって思ってるんですよね。でも、本当の姿なんて元々、ないんです。ムギ先輩はムギ先輩で、可愛くて、ちょっと不思議なムギ先輩のままで」

唯「だから、ムギちゃんは気にしなくていいよ。ムギちゃんの貫き通したいことをやって」

紬「みんな……やめて……私に優しい言葉をかけないで……そんなの、辛いだけだよ……」


私は、本当の私は――
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:26:20.73 ID:A0O8EXjso
日本 琴吹邸


紬「――私は!!」

そこはよく見知った天井だった。自分の部屋だ。
紬は荒く息を吐く。全身が痛む。そうか、夢じゃなかった。

紬「私、負けたのね」

斉藤「お嬢様、お目覚めになられましたか」

紬が目覚めたのを察知したらしい斉藤が扉をあけ、駆け寄ってくる。

紬「斉藤、どのくらい寝てた?」

斉藤「三日でございます」

紬「そう……」

ずきずきと、まだ身体は痛む。全員の肉は切れ、骨は砕けているだろう。
黄金に、勝てなかった。勝てなかったのだ。その事実をまざまざとつきつけられる。

紬「斉藤、あなたがここまで?」

斉藤「いえ、それは……」

憂「私です、紬さん」

扉の前に立っていたのは、憂だった。

紬「憂ちゃん……?」

斉藤「平沢様が、お嬢様をここまでお連れになり、毎日ここに来て様子を見てくださっていたのです」

紬「どうして、憂ちゃんが?」

憂「紬さん……」

その瞬間、憂の姿が消えた、と思った時には憂の姿は紬の目の前にあった。

紬「その力は……」

憂「私、変異種なんです」

紬「えっ……。まだ、夢を見ているのかしら」

憂「夢じゃありません。私は確かに変異種です。そして――」

???「――唯も、ね」

憂の後ろから現われたのは、眼鏡をかけたショートヘアの利発そうな少女。

紬「和ちゃん!?」

和「久しぶりね、ムギ」
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:26:51.75 ID:A0O8EXjso
日本 桜が丘 週刊さくら編集部


澪「どうしてですか! 誘拐をこの目で見たんですよ!」

編集長「秋山。もう一度言う。この件からは手を引け」

澪「できません。親友の命がかかっているんです。警察も動かず、メディアも取り上げない。なら私たちが――」

編集長「やめろ。わかっているだろう、警察も、メディアもいまや黄金の犯罪はタブー視している」

澪「ならなおさら週刊さくらがやるべきです! このままじゃなにも変わらない!」

編集長「無理だ。あれは金で買える力じゃない。恐怖だ。黄金にいつ破壊されるかわからないという。この会社も……」

澪「……なら、この件は私個人で動かせてもらいます」

編集長「やめろといっているだろ! 私は会社の都合だけで行っているんじゃない、秋山、お前の命だって」

澪「すでに親友の命のかかった戦いです!!」

編集長「……!」

澪の怒号は編集部全体に響き渡った。
いままで控えめだった秋山澪のこんな姿は誰もが始めて目にしたのだ。

澪「失礼します」

澪はきびすを返し、週刊さくら編集部を後にする。
この時代に正義はない。大きな力に、正義に頼ることはできない。
だから戦わなければならない。自分自身の力で。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:27:28.68 ID:A0O8EXjso
日本 琴吹邸


憂「私はもう帰ります。お姉ちゃんがお仕事休んで、家にこもりっきりだから」

和「お疲れ様。唯によろしく言っておいてくれる? 近いうちに、会いに行くから」

憂「はい。では、失礼します」

憂は一礼し、紬の部屋を出て行った。

和「ムギ、なにがなんだかわからないっていう顔してるわ」

紬「え、ええ。その通りよ。なぜ、憂ちゃんが、変異種で、和ちゃんが来て、それで、唯ちゃんも、変異種?」

和「混乱してるのね。そうね、整理しましょう。私が来た理由は――斉藤さん、あなたから説明してくれますか?」

斉藤「はい。お嬢様、変異種についての調査の件ですが、あれから丁度三日目です。お約束どおり、調査結果を報告させていただきます」

紬「それってつまり」

斉藤「はい。日本における変異種の専門家。それが真鍋様です」

和「正確に言うと、変異種研究の専門家の助手、なんだけどね」

紬「和ちゃんが? 和ちゃんは、確か文系だったはずじゃ」

和「今どき、理系文系だなんてあまり意味を持たない区分よ。それに、変異種は遺伝子の変異だけが全てじゃない。むしろ社会的な――まあこれは後で説明するわ。とにかく、私の来た理由は斉藤さんに呼ばれたから。変異種についてあなに説明するために、ね。それが私がここに来た理由。憂と会ったのは実は偶然」

紬「じゃあ、憂ちゃんは……」

斉藤「先ほどの説明のとおり、平沢様は変異種であり、変異種と戦って敗れたお嬢様を救い出し、ここまで連れかえってくださった。ただそれだけだそうです」

紬「ええ、なんだか随分身近だった人が別の役割で出てきたものだから、混乱してしまって」

和「これで落ち着いた?」

紬「そうね。大丈夫、どうにか納得できるわ」

和「なら、確認させてもらうわね。ムギ、あなたは変異種について、まだ知りたい? まだ引き返せるわ。変異種に――この世界の深淵を覗けば、きっとその深淵にも心を覗かれ、えぐられる。その覚悟が、あなたにある?」

紬「ええ、もう私は引き返せないところまで来てしまった。ここで退くのは、いままで迷惑をかけてきた皆を裏切ることになるから」

和「そう、なら私もとめたりはしないわ。ムギの望みのままに」

紬「話して和ちゃん。あなたの知っていることを」
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:28:00.25 ID:A0O8EXjso
和「ええ。どこから話そうかしら。そうね、まずは、何故私が変異種研究をしているのか」

紬「そうよ、和ちゃん、国立のK大学の、確か社会学部に行ったはずじゃ」

和「実は、戯れにとって遺伝子工学の授業が楽しくてね。気付いたら教授に気に入られて、いつのまにか教授の――変異種研究家の助手になっていたの」

紬「そうなの? じゃあ憂ちゃんと……唯ちゃんが、変異種だっていうのは」

和「知っていたわ。長い付き合いだもの。それもひっくるめての関係よ」

紬「そうなんだ……知らなかった。唯ちゃん、そんなそぶりは見せたことがなかった」

和「それはそうよ、唯はそのことを知らないんだから。正確には、覚えていない、というべきかしらね」

紬「覚えていない? 唯ちゃんは自分が変異種だって、知らない?」

和「唯はね、過去にあったある出来事で記憶を失っているの」

紬「ある、出来事?」

和「それについて私も全てを知っているわけじゃないし、話すとあまりに長くなるから、悪いけれど省略させてもらうわね。要約すると、憂と唯は幼いころから強い変異種として数多くの視線を潜り抜け、唯がその中で記憶を失った出来事をきっかけに二人は桜が丘で身を潜めてくらすことになったということよ」

紬「ちょっと待って! 幼いころから戦いを続けて、この街に流れ着いたって、和ちゃんと唯ちゃんは幼馴染じゃ……」

和「それはちょっと複雑でね、唯と憂は特別な変異種なの。『デュアルライナー』って言ってね。常人の二倍の命と、二つの能力を持つ特殊な変異種」

紬「二倍の命?」

和「このあたりは複雑なのだけど、簡単に言えば唯と憂は命を共有していて、二人分の生命力を二人ともが持っているということよ。寿命も普通の二倍。また、能力も互いに二つずつもっているわ。だから私たちの二倍くらいは生きてるわけ、あの二人は。私が知り合ったのは私の幼いころで、その時唯は記憶喪失したてだったから私が最初の友達だった。だから幼馴染だってのは間違いないわね」

紬「……」

和「まあ、わかりにくいわね。いいのよ、あの二人の例はあまりに特殊だから。あの二人も複雑な人生を歩んでいて、私は少しだけそれにかかわった。今知っておくべきはこのくらいよ」

紬「そう、なんだ」

和「それじゃあ、授業を始めましょうか。変異種について、ムギは今どのくらい知ってる?」

紬「ええっと、高い身体能力を持ち、特殊な能力を秘めた人々で、ランクが1から5まで存在する。そして、エヴォルドクラスという王がいるらしいと、そのくらいしか」

和「そうね、間違ってはいないわ。実のところ変異種について明確だとされているのはその程度のことで、明らかになっていないことのほうが圧倒的に多いから」

紬「なら、和ちゃんはエヴォルドクラスについて……」

和「それについては、少しだけ話せることはあるわ。でもその前に、変異種について基礎的な部分を少し説明させてもらうわね」

和は眼鏡を外し、曇ってもいなかったその眼鏡を吹いた。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:28:51.75 ID:A0O8EXjso
和「変異種というものは、言ってしまえば人間が別の生物に進化するその途中の段階よ。人間という種は最初から変異種の『因子』を持っていて、その因子がこの時代になって一気に人間の変化を促進したというわけ。だから変異種というものは人間以外の何者ではなく、むしろ時代が生み出した、人間のもう一つの姿ということもできる」

紬「もう一つの、姿……?」

和「ええ、この時代――人は社会に埋没し、意思を失った時代。数多くの社会問題に突き当たり、無限の発展を夢見ていた人間達もついに気付いたのよ、人間の限界にね。宇宙を知り、人が万能ではないことを知り。そして、自らの心にすら押しつぶされる、そんな弱い存在であることを自覚した。だから変わろうとした。もっと別の、もっと強い存在に。自らを取り巻く世界を変えられる力をもった存在に」

紬「それが、変異種……。弱さを押し隠すもう一人の自分」

和「そう。変異種は人間なの。生物学的に言うなら、変異種は人間と二世代以上の交配が可能よ。ここから言っても、変異種は人間とそう大きく変わっているとは言いがたいわね。だから、私は社会的なものだと考えている。時代が生み出した、社会的な変化だと。クラスは因子がどれだけ働いているかの目安であって、クラス1もクラス5も本質的には同じ」

紬「じゃあ、エヴォルドクラスというのは、まさか」

和「きっとムギならもう想像はついたでしょうね。エヴォルドクラスはその終着点よ。そう、人間とは全く別の生物に進化する可能性を持った変異種のこと。未だ、現われてはいないけれど、その存在は変異種達も研究家たちも予測していたわ。この時代がいずれエヴォルドクラスを生み出すことになるだろう、とね。そして、ムギ……現われたのね」

紬「……奴らは、律っちゃんがエヴォルドクラスだって。この世界を変える鍵になるって」

和「エヴォルドクラスがどういう力を持っているのかは誰も知らないし、予測も出来ない。けど、間違いないのはそれが人間より明らかに『優秀な種』であろうことは疑いようが無いという点よ。それこそ、人間が想定していた神――全知全能の存在といえるほどにね」

紬「神……そんなものが現われたら」

和「人間の世界は終わり。自らがこの星で最も優れていると思い込むことで傲慢に生き続ける私たちは、その後ろ盾もなにもかも失う。それが――神が目の前に現われることが人間にとって幸せなことか、不幸なことかは、私にはまだわからないけれど」

紬「どちらにせよ、奴らが律ちゃんの力を利用して世界を破壊するつもりなのは間違いないわ」

和「ええ、何らかの方法で律の因子を目覚めさせ、究極の存在に進化させるつもりなんでしょうね。残念ながら、私にはその方法までは予測できないけれど」

紬「だいたい、理解できたわ。敵の目標が……。和ちゃん、ありがとう」

和「別にかまわないわ。友達だもの」

紬「……唯ちゃんを裏切った今でも、私を友達だと思ってくれるの?」

和「唯は案外ずぶといところがあってね、きっと裏切られたなんて考えたこともないでしょうね」

紬「和ちゃん……」

和「でも、私からはこれしか言えないわ。ムギ、あなたにもたくさんの事情があるだろうけど、唯に一度でいい、会ってあげて欲しい。きっとあの子、喜ぶわ」

紬「……」

和「じゃあね、私、唯に会いに行くから」

紬「ええ、危険だから、送らせるわ」

和「悪いわね、じゃあ、元気で」

紬「あ、あの……それと、私がやっていることは」

和「大丈夫。人は誰にでも別の姿がある。あなたにも、唯にも。いちいち詮索はしないわ」

紬「そう……。ありがとう」
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:29:19.66 ID:A0O8EXjso
日本 桜が丘 平沢家


唯「律っちゃん、ムギちゃん……」

憂「お姉ちゃん……」

梓「唯先輩、あれからずっと……」

あの日からずっと、唯はうなされていた。仕事もなにも手につかず、まとわりつく頭痛に耐えられず、ただ寝ているだけだ。
梓が看病に来てくれているが、一向に回復する気配はない。
これは精神的な疲弊からくるものだ。その原因を取り除かない限り根本的な解決は望めそうにない。

梓「律先輩、大丈夫なのかな」

憂「わからない」

梓「どうなっちゃんだろう。私たちも、この街も……」

憂(紬さん……お姉ちゃんのこんな苦しみもきっと、あなたが原因なんだと思います。あなたの弱さが、こんな事態にしてしまった)

タックマンが紬であると知ったとき、憂は紬に激しい怒りを覚えた。
唯を裏切り、大切な仲間を裏切り、帰ってきたと思えばただの人間がヒーローの真似事をし。
なのに律一人守れず、唯はいまこの状態だ。
もちろん、紬を救い出すこと以外なにもできなかった憂自身にも責任はある。
だが、タックマンとは違う。憂は変異種だが、戦いを望まず生活している。
戦うことを使命としたタックマンとは、背負うものもなにもかもが違う。
だが、だからこそ。

憂(だからこそ、紬さんにしかできない選択があるはずです。私にはできないこと、律さんを、お姉ちゃんを、そしてこの街を闇から救い出す、あなたにしかできない選択が)

紬は、タックマンという姿を選んだ。戦い続けるという道を。
それは愚かな選択だ。だが、選んだからには、やりとげなければならない。やり遂げなければ、本当に価値のない人生となる。
タックマンはヒーローではない。愚かで、弱くて、この歪んだ時代に矮小な幻想を貫き通そうとする狂人に過ぎない。
だが、それでも、ヒーローにはなれなくとも。その意思を貫き通し、何かを成し遂げた時。
その時、何者かになれるはずだ。

タックマンが何者かになれたとき、その時は……。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:29:46.85 ID:A0O8EXjso
日本 琴吹邸


斉藤「お嬢様、お体の調子はいかがでしょうか」

紬「斉藤」

斉藤「どういたしました?」

紬「私、強くなった気がしていたの。この二年戦い続けて、タックマンという鎧を着て、変異種と戦って、勝って」

斉藤「ええ、お嬢様はとてもお強くなられました」

紬「でも、実際は違った。あの時と同じだったの……。復讐心や怒り、制御できると思っていた自分の心に勝てず、今なら勝てると思っていたあの男――黄金に、手も足もでない。私は、自分自身にも、倒すべき敵にも勝つことができない。あの時と同じ、弱くて、惨めな姿が私」

斉藤「……」

紬「タックマンはいつかヒーローになれる。そううぬぼれていたこともあった。でも違った。タックマンという仮面を被っても私はまだ私のまま。タックマンはヒーローにはなれないし、この街すら変える事もできない。そして今、世界の命運がかかった戦いを始めてしまった。この街すら戦えない私が」

斉藤「お嬢様は、止めたい、とお考えですか?」

紬「わからない。自分自身のことすら、わからないの。タックマンとは何なのか、琴吹紬とは誰なのか。わかっていたつもりだった、でも、今ではなにもわからなくなっている」

斉藤「……お嬢様。ご案内したい場所が」

斉藤はポケットから取り出す。

紬「それは……?」

斉藤「この鍵をお使いください。旦那様の、書斎の鍵でございます」

紬「お父様の?」

斉藤「私にはタックマンが何者かを決めることはできません。お嬢様のお心を全て知ることもできません。これは、お嬢様にしか乗り越えることのできない問題です。私は、その手助けをするだけです」

紬「斉藤……」

紬は立ち上がる。すかさず斉藤が体を支える。が、それを紬はそっと制した。

紬「大丈夫よ。私は、自分の足で立って歩ける」
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:30:14.67 ID:A0O8EXjso
日本 琴吹邸 書斎


扉を開けた先は、埃の舞う薄暗い部屋だった。斉藤もメイド達も一度も入ったことが無いらしい。

紬「ここが、お父様の書斎」

並んだ本棚の中に本がぎっしりと入っている。経営学など、会社に関係するものもあれば純粋な学術研究の本など様々だ。
が、その奥にタイトルの書かれていない本をいくつか見つけた。
手にとって開く。

紬「これは……変異種についての資料だわ。お父様は、ここで一体何を……?」

父の会社の仕事はうっすらと把握はしていたつもりだったが、変異種に関する何かをしていたという覚えない。
単に知識を得たかったのだろうか。
部屋の端に、机があった。紬は椅子に腰掛け、机に載せられたライトを付ける。
机の上には、一冊の本が――日記が、置かれていた。

紬「お父様の、日記?」

ぱらぱらと捲る。父が日記を書いているということは聞いたことがあったが、実物は見たことがなかった。
日付を見ると、死ぬまでの一年間を書き記した最新の日記だ。
ページを捲り、最後の日、父が殺されるあの日に到達した。


"3月×日
明日、紬の卒業式だ。紬もついに大学へ行くそうだ。友達もみんな同じ大学に卒業したの、と嬉しそうな顔で話してくれた。
今夜、紬と食事に行く約束をしている。私は、今晩、たくさんのことを紬に話してあげるつもりだ。
いままで、私はたくさんの過ちを犯してきた。そのことを紬に隠し続けた。紬はもう大人だ。知る権利がある。
何から話せばいいのか、日記に書いて整理してみようと思う。話すことはたくさんある。
そうだ、私が親友を裏切ってしまったことからにすべきだろう。

私には親友がいた。互いをとても大切に思っていて、ずっと一緒に輝いていこうと誓い合った仲間が。
彼が変異種だという事実を知った時、私はショックを受けた。だが、そんなことは気にしないと友達であり続けた。
彼は喜んだ。私が受け入れてくれたと思ったからだ。だが、それは間違いだった。私の弱い心は、変異種を受け入れるには足りなかった。
私は彼を『救うため』に変異種の研究をした。会社を使い作り上げたその機械は、『変異種の波動を吸収し、因子を無効化する』ものだった。
つまり、私は変異種を普通の人間に戻そうとしたのである。それが救いだと。
だが、その考えは間違っていた。私が彼に『もう安心だ、君の病気は治る』といったとき、彼は言った。『俺は病気じゃない!』と。
そうして彼は私の前から姿を消した。数日後私の耳に飛び込んできたのは、彼が自殺したというニュースだった。
そうだ。変異種は病気じゃない。私は根本的に間違っていたんだ。
私は人々を守ろうとした。だが、心のどこかで変異種をその中から除外していた。それが私の弱さだった。
私は私と『同じ』弱い人々と群れて、そこからあぶれたものを迫害する。正義という言葉を盾にして。
私は心が醜かった。人々は私を人格者と今でこそ称える。だが、昔も今も同じだ、臆病で卑怯な私こそが、本当の姿なんだ。

そんな私の本当の姿を、紬にも知ってほしい。
紬なら、きっと別の道を選ぶことができる。あの子は誰よりも優しい。きっと、この世界を優しさで包みこむことができる。
そして強い。紬はどんなことがあっても、絆を捨てたりはしない。『絆をつむぐ』。それがあの子の名だ。
あの子ならば、乗り越えられるだろう。どんな困難も、仲間と共に。
明日、全てを話し、紬に軽蔑されてもかまわない。いや、紬は私を軽蔑したりしないだろう。
紬の優しさならば、きっと私の心すら救ってくれる。
救われる価値のない私をもきっと、その優しさで……"
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:31:04.75 ID:A0O8EXjso
紬「お父様……!」

涙が、とまらない。初めてだった。完璧だと思っていた父の苦悩を知ったのは。
同じだったんだ。紬と同じ、悩み、苦しみ、人の心を傷つけ……。
父も、弱い人間だった。その弱さを、ずっと隠し続けただけだったんだ。
琴吹家当主、琴吹産業社長、琴吹グループ総帥、慈善活動家、人格者。数々の仮面で覆い続けた弱さ。

紬「それは私のタックマンと同じ。夢はいつしか終わり、ヒーローではなくなる」

父は街を、この日本を救うために戦い続けたが、ついに黄金の手によって倒れ、この街は闇に堕ちた。
彼はヒーローにはなれなかった。志半ばで倒れた、どこにでもいるような弱い人間だった。

紬「お父様……私も、同じです。お父様の思うような人間ではありません……」

大切な仲間を裏切ってまで選んだタックマンの道。
だが、力が無い。守ろうとしたものを守る力が。

紬「ヒーローにはなれない。輝きもなにもかも、全て私には遠すぎる……」

斉藤「お嬢様、紅茶をお持ちいたしました」

紬「斉藤……お父様は……弱い人間だったのね。私と、同じ」

斉藤「いいえ、それは違うと、はっきりと申し上げることが出来ます」

紬「どうして?」

斉藤「人間というものは誰しもそうやって傷つけあうものです。心の弱さを、力の弱さを隠すために寄り添って生きていく、それが人間です。ですが、心の中身が人の全てを価値付けるのではりません。人は行動し、何かを成すことができる。旦那様は……あなたのお父上は、この街に希望をもたらしました」

紬「希望を……?」

斉藤「ええ。これをご覧ください」

斉藤は袖をまくりあげ、腕を見せる。そこには、見慣れない刻印があった。

紬「それは?」

斉藤「これは変異種収容所の刻印でございます」

紬「変異種収容所?」

斉藤「政府が極秘で作り上げた、変異種を捕らえ、監禁する施設でございます」

紬「斉藤、あなたは……」

斉藤「ええ、変異種です。いえ――だったというべきでしょうか。旦那様が私の能力を消すことで私を救い出してくださいました」

紬「能力を消す……この日記に書いてあった、波動を吸収する機械のことね」

斉藤「旦那様は人道家でございました。故に人間を強制収用することなど許すことができず、収容所の廃止を求めた。だが政府の出した答えはノー。変異種の持つ力は人に危害をもたらす可能性があると」

紬「そんな……」

力をどうつかうのかは人それぞれの責任だ。銃自体が人を殺すのではない。人を殺すのは人間だ。
力そのものが罪ではない。

斉藤「旦那様のご友人が変異種だったということは、もう知っていますね? 旦那様はご友人を守るために、そして収容所の人間を助け出すために、変異種をただの人間に戻す機械を作り上げた。能力を無効化された我々は解放され、私はご恩を返すために旦那様に仕えることに」

紬「……」

斉藤「しかし、旦那様のご友人はそれを変異種への差別だととり、旦那様を拒絶しました。旦那様はそのことで自分を責め続けました。ですがお嬢様、これだけは知っておいて欲しいのです。私は、旦那様に救われました。彼はこの世界を救えるヒーローにはなれなかったかもしれない。しかし、私の世界には光が差しました。私だけではありません、街にいる何人もの人々が、そうやって旦那様に希望を与えられたのです」

紬「斉藤……」

斉藤「世界を救う英雄になるのは確かにこの時代においては難しいことです。それどころか、人一人を救うことすらこの時代ではなかなかできないことでございます。しかし旦那様は少なくとも、私の心は救ったのです。希望の光を残したのです」

紬「そう。そうなのね。そうだったんだ……」

紬はしばらくうつむき考えていた。が、顔を上げ、微笑んだ。
まるで昔にもどったかのような、光り輝く笑顔で。

紬「ありがとう斉藤。何か、わかった気がする」

メイド「お嬢様!!」

突然、メイドが書斎に駆け込んでくる。

紬「どうしたの突然、なにがあったの!?」

メイド「琴吹ビルが……!!」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/22(火) 05:31:32.96 ID:A0O8EXjso
日本 桜が丘 繁華街


憂「あ、澪さん」

自分の家に帰る前に買い物を済まそうと繁華街に寄っていた憂は、見覚えのある顔に気付き、声をかけた。
が、澪は答えない。上を見続けている。周囲を見回すと、皆同じように同じ方向を、街頭巨大モニターを見つめていた。

黄金『よぉ、桜が丘の諸君」

憂「こいつは、律さんをさらったヤツ……」

澪「ああ、ついに現われたか」

黄金『突然だが、てめえらにはモラルがあるよな、善意、正義、秩序、良識、そんなもんがべっとりと、顔を覆い隠すマスクみてぇに張り付いてるはずだ』

黄金は自分の首を絞めるジェスチャーをしてみせる。

黄金『苦しいよなぁ、息が詰まりそうだ。そんな世の中が好きか? 居心地は良いか? 違うよなぁ。誰かから物は奪いたいよなぁ。欲しいものを盗みたいよなぁ。ムカつくやつは殺してぇよなぁ。だが、お前らはできねぇ。その理由は、モラルってやつがあるからだ。そう、何時も言う。そう思い込んでいる』

憂「……」

黄金『だがそれは嘘だ。本当は、力がねぇからだ。理想を実現する力が。望みどおりにしようとすれば秩序とやらが自分を排除する。それに抗えないのが怖いからだ。お前らが群れて正義だのなんだの主張し続けるのは、弱い自分を隠すためだ、そうだろ?』

憂は、少しだけこの男の言うことが理解できてしまう自分を呪った。
憂は変異種だ。変異種ゆえに人々に迫害されたことも、持ちろんある。自分だけならまだ良かった。唯が傷つけられたときの怒りは、今も忘れられない。
自分たちを人々が群れて傷つけたのは、彼らがあまりにも弱いからだ。そんな人間の弱さを、軽蔑している。
憂が人間を傷つけないのは、あくまで唯が人間を愛しているからだ。それ以外の何もない。
本質的には、憂は黄金の考えを否定できる立場ではなかった。

黄金『だが、そんな時代も終わる。はっきりとな。今日、世界は変わる。弱い人間の時代は終わり、より優れたものが優れたものとして生きていける、そんな正しい世界がやってくる。こいつによってだ』

カメラが切り替わる。

澪「律っ!!」

そこには律の姿があった。なにやら銅像に縛り付けられて眠っている。

黄金「この街の平和の象徴が、てめぇらの大好きな平和をぶっ壊す舞台になる。こいつは傑作だろ!?」

憂「あれは……」

琴吹グループ前相殺の――紬の父の銅像。彼の死後、人々が自主的にお金を集め、作り上げたものだ。
彼を慕う人々が琴吹ビルの屋上に建設した、平和を願う銅像。この街のシンボルである。

澪「あいつら律をどうするつもりだ……!!!」

澪は突然走り始める。

憂「ま、待って下さい澪さん! 行ってどうするんですか!」

澪「律を助けるんだ! あいつは私の――私たちの大切な仲間だ。だから絶対に失いたくない!」

憂「でも、澪さんに何ができるんですか。勇気と無謀を履き違えないでください。澪さんが死ぬことになります。澪さんが死んだらお姉ちゃんが悲しみます。そんなの絶対いやです。そうなったら、私、澪さんを許せないと思います」

澪「じゃあ、どうすればいいんだよ……」

憂「私も一緒に行きます」

澪「憂ちゃんが?」

憂「はい。私は――変異種ですから」
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:32:09.79 ID:A0O8EXjso
日本 琴吹邸


紬「……」

放送ジャックが終わった。紬は放送の間、言葉を発することができなかった。
黄金は琴吹ビルを乗っ取り、その屋上で何かを行うことで律を覚醒させようとしている。

斉藤「あの銅像はお嬢様がこの街をお去りになった間に、旦那様に救われた皆様が感謝を込めて作り上げたものです」

紬「……斉藤」

斉藤「なんでしょう、お嬢様」

紬「私、傷も治っていないし、そもそもただの人間だわ。きっと、行っても勝つことはできないでしょうね」

斉藤「はい。私も同意見です」

紬「斉藤、あなたは私を止める?」

斉藤「はい。それはもう、お嬢様が死んでは何もかもが終わりです」

紬「そう、ありがとう……。私、行ってくるわ」

斉藤「行ってらっしゃいませ。私は、私たちは、いつでもお嬢様の帰りをお待ちしております。いつでも、いつまでも」

紬「帰ったら、おいしい紅茶を期待しているわ」

斉藤「もう、お嬢様のほうがお上手では?」

紬「まだまだ、教わってないことばかりよ、斉藤。それを知るまで、きっと死ねないわ」

斉藤「ならば取っておきの技を今度伝授しましょう」

紬「楽しみにしてるわよ、斉藤……。さよなら」
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:32:37.26 ID:A0O8EXjso
日本 桜が丘 琴吹ビル前


刑事「警部、突入部隊は」

警部「そんなもん、要請してねぇよ」

刑事「で、ではどうやってこの事件を」

警部「ほっとけ。黄金に手出ししても無駄死にするだけだ」

刑事「しかし……」

警部「じゃあ何人雑魚をあつめりゃ、あの変異種軍団から琴吹きビルを取り返せる」

刑事「それは……」

警部「無理なんだよ。結局、この世界で正義を貫こうなんてな」

刑事「くっ……何もできないなんて……」

警部「お前も大人になれ、俺も昔はそうだった。こんな時代にでも正義を貫こうとして、警察に入った。だが、無理だった。何もかわらねぇ。動き出しちまったんだ、この世界は。もう止まらねぇ。人間が、自転をとめることなんてできねぇ、それと同じさ」

タックマン「それは違う」

刑事「……!」

警部「……てめぇ、ヒーロー気取りか。何しに来た。世界でも救おうってのかよ。たった一人で」

タックマン「琴吹ビルを解放し、人質を救出する。それだけだ。人は自転を止めることはできない。だが、いまここで起こっていることを変えることはできるはずだ」

警部「狂ってる。中にはおよそ400人の人質と、50人のテロリスト――しかもそいつらは全員変異種だ。どうしようもない」

タックマン「なら黙って見ていろ」

タックマンは戦車のようなバイクに乗り込んだ。

刑事「死にに行く気ですか!?」

タックマン「私は今生きている。成すべきことを成さなければ、死んでいるのと同じことだ」

タックマンはエンジンを全開にして走り出した。そのままスピードを落とすことなく真正面から琴吹ビルに突っ込む。
シャッターの閉まった琴吹ビルの入り口に大穴が開き、そのまま通り抜けた。

刑事「……成すべきこと」
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:33:06.29 ID:A0O8EXjso
日本 桜が丘 琴吹ビル内部


ビルの内部にT-ポッドで侵入に成功するや否や、タックマンを銃撃の嵐が襲う。
防御形態に入ったT−ポッドはそのまま武装した変異種達に突撃した。変異種たちが吹っ飛ぶ。
人質はここにはいない。別の階に集められているようだ。

タックマン「斉藤」

斉藤『はい、なんでしょう』

タックマン「T-ポッドのソナーのデータを送るわ。琴吹ビルの内部構造は持っているわよね、それと会わせれば、今人質と敵がどこにいるのかわかるわ」

斉藤『すでに準備は完了しております』

タックマン「優秀だわ。人質のいる階は?」

斉藤『200人が3階に、もう200人が13階に。見張りもその二つに集中しております。また、最上階に一人、屋上に一人――おそらくこれは田井中様でしょう』

タックマン「わかったわ」

タックマンはエレベーターの扉に爆薬を投げ、やぶる。扉の奥に入り、半月系の武器を上方向に射出。そのままワイヤーを引き上げる。
三階の階段は警戒されているだろう。ならばこちらから攻める。
エレベーターの扉を内側から爆発させ、内部に噴煙弾を投げ込んだ。
敵は思わぬ場所からの攻撃に動揺を広げる。さらにこの状況では下手に攻撃できない。仲間に当たる可能性もある。

テロリストA「ちくしょう、みえねぇ!!」

テロリストB「落ち着け、人質を抑えろ!」

テロリストA「な、なんだこいつ、うあぁ!!!」

テロリストC「ど、どうなってんだ!!」

やがて煙が晴れ、そこに立っているのはタックマンただ一人だった。
人質は一箇所に集められて座っていた。皆、琴吹産業の社員だろう。

タックマン「斉藤、二階は」

斉藤『二階の見張りは一人――今階段から三階の様子を見にきております』

二階から繋がる階段の陰に立っていると、のこのこと男が会談を歩いて上がってきていた。
どうもそう深刻な事態だとは思っていないようだ。突然後ろに現われたタックマンが手刀を繰り出すと簡単に気絶した。

タックマン「斉藤、三階までの障害を排除したわ。警察に連絡して三階の人々を避難させて。琴吹の名前を出せば従うわ」

斉藤『そのようにお伝えします』
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:34:00.23 ID:A0O8EXjso
日本 桜が丘 琴吹ビル前


憂「澪さん、準備は良いですか。ここからあの大穴の向こう、琴吹ビルの内部まで移動します。確認しておきますが、私の移動は壁が途中にあったらできませんし、上や下に飛ぶこともできません。あくまで普通に無理なくいける場所に一瞬で移動するだけです」

澪「ああ、わかった」

憂「それと、中は危険です。私から離れないでください」

澪「ああ。頼む」

憂「行きます!」

憂は澪を抱きかかえ、琴吹ビル内部に瞬間移動した。
琴吹ビル内部。銃を持った男たちが倒れている。

澪「ずいぶん荒れてるな」

憂「先客がいるみたいです」

憂の視線の先には、真っ白な塊――T-ポッドがあった。

澪「タックマンか……」

憂「行きましょう。タックマンが先に敵をある程度片付けてくれているはずです」
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:34:28.96 ID:A0O8EXjso
日本 桜が丘 琴吹ビル内部 十三階


テロリストD「ぐぉ!!」

タックマン「……」

これで十三階も制圧した。人質を解放すれば残るは律のみ。

???「ヒャハァー!!!!」

タックマン「ッ!?」

とっさに身をかわす。今まで感じなかった巨大な殺気が突如として現われたのだ。

???「かわしたか。ヒヒッ、そうじゃなきゃ面白くねぇ!」

そこに立っていたのは若い男だった。少年と言っても良い。高校生くらいだろう。
どこにでもいそうな普通の風貌をしているが、その手には光でできた刃が握られていた。

少年「ヒヒッ、ボスの言うとおりだ。人間にしてはヤルねぇ」

タックマン「子供か。家に帰れ」

少年「あぁ?」

少年は一瞬でタックマンの正面まで踏み込み、光の刃を突き出す。

少年「誰がガキだオラぁ!!! 俺はクラス3だ、てめぇら人間とは格が違うんだよぉ!!」

タックマン「くっ!」

身をかわすが、光の刃はタックマンの防刃、対高エネルギー仕様のマントを軽々と引き裂いた。

少年「俺の剣にとっちゃ、全て紙切れみてぇなもんだ!」

タックマンは攻撃を避け、その隙にけりを繰り出すが軽がると避けられてしまう。クラス3の反応速度の前ではタックマンのスピードは通用しない。
だがこれは以前の美女との戦いで想定済みだ。

タックマンは破れたマントを取り外し、少年に向かって投げつけた。
少年は軽々と光の刃でマントを引き裂く。が、その先にタックマンはいない。

少年「目くらましか……後ろか!?」

タックマン「上だ」

天井からタックマンが落下し、少年の脳天にかかとを直撃させた。一撃で少年は昏倒する。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:34:58.33 ID:A0O8EXjso
タックマン「……こんな子供が……。っ!?」

その時、腹部に電撃のようなものが走った。

タックマン「う……ぐぁ……」

見ると、何か鋭いものが腹部を貫通していた。
これは、髪。鋼鉄のように硬質化した髪が一束に集まり、タックマンを貫通したのだ。

美女「これで終わりと思った?」

タックマン「お前は……っ」

美女「借りは返す。それがあたしの流儀でね」

タックマン「うぐあああああああ!!!!」

タックマンの腹部を貫通した髪が周囲に広がろうとする。
タックマンに降りかかる激痛は半端なものではなかった。

美女「あはははははは!! 死ね、ヒーロー!!」

タックマン「っおおおおお!!!」

タックマンは腹部の髪をつかみ、一気に引き寄せた。

美女「!?」

強い力で引き寄せられた美女は抵抗する隙も無く、空中では回避もできず、タックマンの肘うちに勢いよく飛び込む形となる。

美女「あがぁ!!」

タックマン「……」

タックマンは腕の振動ナイフで髪を切り落とし、腹部から引き抜く。

美女「く、くそ野郎……殺してやる……殺して……」

美女はそれでも立ち上がる。タックマンへの憎悪が周囲の空気すら歪ませている。

美女「この姿にだけは、なりたくなかったんだけどね……。終わりよ、ヒーロー野郎」

美女の身体に、伸びた鋼鉄の髪が巻きつく。何十にも折り重なり、彼女の身体を防護する。
やがて、大きく膨れ上がり原型をとどめない化け物がそこにいた。

美女「この姿を見を見て生きてたやつはいない。死になぁ!!」

腕を振り上げる。さらに腕にまとわりついた髪が高速で回転し、ドリル上に先端を尖らせた。

タックマン「!」

スピードはない。タックマンは攻撃を難なくかわす。美女の攻撃を受けたコンクリートのビルの床は大きくえぐれていた。
これを喰らえば一瞬で肉片にまで分解されてしまうだろう。このスーツですら意味を成さない。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:35:28.79 ID:A0O8EXjso
美女「あはははははは!!! これが変異種のパワー!! あんた達人間の時代は終わったんだよぉ!!」

ビルの壁や天井、床を大きくえぐり、破壊しながら髪の怪物はタックマンに攻撃を繰り返す。
スピードは無くタックマンに攻撃を当てることはできないが、攻撃力が違いすぎる。
それだけではない。この姿には全く攻撃する隙が無い。全身を何十にも鋼鉄の髪に守られているのだ。
タックマンは爆薬を投げつける。これならば髪の鎧に穴をあけられるかもしれない。動きの鈍い髪の怪物はそれを避けることができず、まともに爆発を喰らう。

美女「そんなもん、効かないねぇ」

確かに、髪の鎧には穴が開いていた。が、それは一瞬のことだった。すぐに髪が再生し、体を覆う。

タックマン「くっ……」

美女「おとなしく死ね!!」

タックマンの武器の攻撃力ではこの装甲を打ち抜き、中の美女にまで攻撃を届かせることはできない。
T-ポッドさえあればそれも可能だったろうが、一回からここまで呼び出すことはできない。自動操縦では階段全てを上るほど精密には動かせない。
その時、エレベーターの扉に開いた穴が目に入った。先ほど突入時にあけたものだ。

タックマン「……」

美女「防戦一方ねぇ、もう万策尽きたのかい!?」

タックマン「……」

タックマンは立ち止まった。構えをとき、無防備だ。

美女「はっ、ついにあきらめたか……死にな、これがとっておきの技……」

美女は装甲の髪を全て前面に集中し、巨大なドリルを形作り、高速回転させる。

美女「これで終わりよぉおおおおおおお!!!!」

タックマン「……っ!」

タックマンが後ろに飛んだ。後ろには、エレベーターの扉。爆薬であけた大穴の向こうにタックマンは後退していた。

美女「逃がすかぁ!!」

かまわずドリルでエレベーターの扉を削り、穴を広げて中に突進する。エレベーターの内部には逃げ場が無い。
この中でタックマンはミンチになって死ぬことになる。

タックマン「……下を見るべきだったな」

美女「……えっ?」

気付いたころには、美女は落下していた。
タックマンはエレベーターの中に確かに立っていた、が、それはそう見えるだけだったのだ。
タックマンはワイヤーで床のない場所に立ったように見せかけ、美女を誘い出した。

美女「ちくしょおおおおおおおおおおおおお!!!」

美女は叫びながらなすすべもなく落下していった。

タックマン「……」

あの美女は落下して、生きているか、死んでいるかはわからない。
だが、今はそれを考えている暇はなかった。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:36:27.08 ID:A0O8EXjso
タックマン「最上階には、黄金がいる……」

タックマンはエレベーターから再びワイヤーで上昇する。
最上階の一つ前でエレベーターの扉から出る。最上階に続くエレベーターはない。最上階は社長室。専用のエレベーターを使わなければならない。
当然社長室行きのエレベーターの位置もパスも知っている。すぐに乗り込み、最上階に向かった。

タックマン「……」

黄金は強い。以前は、なすすべも無く敗北している。
だが、タックマンの手の中には、対抗策が握られていた。

――「君が真に必要となったとき、これを使うと良い」

ナイトストーカーに居たとき、ある変異種研究者に渡されたもの『人工変異薬』。
これを使うと因子が活性化し、変異種になることができる。
あのとき手に入れた記憶媒体と個人的な分析によると本物で間違いないだろう。

これを使えば、黄金と互角に戦うことも、もしかしたら、勝つこともできるかもしれない。

タックマン「……私は」

そして、最上階に到着した。
ゆっくりと、扉は開く。

黄金「……来たか」

タックマン「……」

黄金「お前ならここまで来るってわかってたぜ。ああ、あいつらごときが止められるはずねぇもんな」

タックマン「人質を返せ」

黄金「この先にいるぜ。俺をぶっ殺せば進める。簡単じゃねえか。そうやってここまで来たんだろ? そうやって生きてきたんだろ? ならここでもルールは同じだ。強いやつが目的を遂行できる」

タックマン「本当に、そんな世界を望んでいるのか」

黄金「ああそうだ、その通り! てめぇらくだらねぇ人間達の世界が俺たち変異種にとってどれだけ生きにくいかわかるか! てめぇに!」

黄金は袖を捲る。そこには、刻印があった。斉藤と同じ、刻印。

黄金「人間共は変異種をとっつかまえて強制収容所に入れた。何も罪を犯してねえ俺たちを『怖いから』ってくだらねえ理由で迫害し、暴力を振るった。挙句の果てには、『お前達を治療する装置が完成した』だ。俺たちは変異種を強制的に人間に戻す実験のモルモットにされた。病気というレッテルと安い同情を投げつけ、善意とやらを満足させるためだけにだ!!」

タックマン「……」

黄金「これがてめぇの守ろうとしている人間の真の姿だ!! モラルだとか正義なんてもんは、自分達を守るために使ってるにすぎねぇ。その本質は、誰もが欲望にまみれている。バケモンなのさ。てめぇも同じだ。そろそろ、気付いてんじゃねえのか? てめぇこそが、誰よりも狂ったバケモンだってな」

タックマン「……」

黄金「そうさ、バケモンだ。変異種も、人間共も、てめぇみたいなバケモンは求めてねぇよ。この時代も、この世界も、この街もてめぇを受け入れることはねぇ。いつかてめぇが全ての犯罪者を駆逐したとしたら――人間共はてめぇを追い回すだろう。利用価値がある間は泳がせるだろうが、結局はいらなくなれば処分する」

タックマン「それでもかまわない」

黄金「泣かせるねぇ、ヒーロー。そうまでして守りたいものって、一体なんだ?」

タックマン「守りたいものは、数え切れないほどある。人は生きているだけでたくさんの人から幸せを貰う。私は私に幸せをくれた全ての人を守りたい」
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:36:55.16 ID:A0O8EXjso
黄金「はっ……。ははっ、ははははははは!!! あーっはっはっは!!! はははははっはははははっははははっはははは!!!!」

タックマン「誰にでもあるはずだ。お前にも」

黄金「へっ、守りたいもんなんてねぇよ。あいつはもう、死んじまったんだからな……。ったく、バカだぜ、そんなもんのためにここまでやるなんてよ」

一瞬だけ、黄金は悲しそうな目でタックマンを見つめた。
まるで、失った何かがそこにあるように。
過去のどこかにおいてきた大切なものが、タックマンの中にあるかのように。

黄金「さて、おしゃべりは終わりだ。決着、付けようぜ」

タックマン「……」

タックマンは右手にある『人工変異薬』を見る。

タックマン「……!」

が、強い決意をこめ、顔を上げた。右手を前に出し、強い力で握り締める。
容器が壊れ、中の液体が床に落ちた。

――人間は強い。

タックマン「人間は強い。自らの力で全てを変えられる」

黄金「なら、全てを救ってみせろ、てめぇの言う守りたいものを俺から守り、証明してみせろ、ヒーローォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

黄金は徐々にその身体を金属に変換する。その重厚な巨体がタックマンに迫る。
だがタックマンはひるまない。
もう迷いはなかった。

タックマンと黄金の最後の戦いが始まった。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/22(火) 05:38:58.11 ID:A0O8EXjso
今回はここで終了です。今回の投下で終わると予告していたのですがあまりにも長くて体力が持ちませんでした、すみません。
ただ、もう少しで間違いなく終了ですので、もう少しお付き合いいただけると幸いです。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2011/03/22(火) 09:31:46.64 ID:wR++oBmC0
>>1
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/03/22(火) 13:23:46.00 ID:AhHZ1oBAO
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(和歌山県) :2011/03/22(火) 23:39:18.41 ID:/JuNKLDS0
おれの中でのタックマンの見た目は
ゼットマンに出てくるアルファスみたいなイメージ
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/03/23(水) 02:25:55.19 ID:slHna8RAO
あぁ確かにデザインに女性的ライン入れればよく合うな
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/24(木) 05:48:41.13 ID:R5eHM0g7o
今から最後の投下をします。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/24(木) 05:49:08.18 ID:R5eHM0g7o
日本 琴吹ビル内部

テロリストE「[ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー]えあああああああああああ!!」

憂「っ、遅い!」

襲い掛かる変異種を一撃で昏倒させる憂。あらかたタックマンが片付けたおかげで相手をするのは軒並み雑魚で済みそうだ。
だが、問題は――

テロリストF「ヒャッハー!!」

澪「ひっ!?」

憂「澪さん!」

――澪を守りながら戦わなければならないことである。
憂は瞬時に澪とテロリストとの間に移動し、振り下ろされた腕を受け止める。重い。憂の全身の骨が軋むほどの衝撃だ。
この重さは単純な筋力ではない、もっと根本的な……。

憂「くっ……!」

テロリストF「俺の能力は腕の重さを一時的に上昇させる! 潰れちまいなぁ!」

この男は馬鹿に違いない。たとえ低ランクの能力であっても正体がわからないうちは厄介なものだが、タネがわかれば対処するのはそう難しくない。
憂は後ろの澪が安全な場所まで後退したことを確認すると、男の背後に瞬時に移動した。
男の重量を増した腕は自分でも支えきれず、床を突き破った。

テロリストF「ぬ、抜けねぇ!」

憂「……」

やはり馬鹿だ。変異種は能力を使用するために基本的に脳が常人より発達しているが、その発達した脳を知性に置き換えることができるかは人それぞれだ。
人間にも、馬鹿がいれば天才もいる。変異種もそれは同じである。使い手によって能力が腐ることも輝くこともある。
そう、変異種は人間と何も変わらない。ただ、力が強い。それだけだ。

憂は無慈悲にも手を抜こうと必死になっている男の顔面を蹴り上げ、気絶させた。

憂「澪さん、大丈夫ですか」

澪「う、うん……。すごいんだな、憂ちゃんって」

憂「そんなことありませんよ。私にとっては出来て当然のことです。息をするような。……でも、こんなことができても、本当にやりたいことって、なかなかできないものだと思います。皆さんと、同じです」

澪「そっか。……同じなんだな」

憂「さあ、上に行きましょう。屋上には、律さんがいます」

澪「ああ」
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:49:52.36 ID:R5eHM0g7o
>>113 いきなりミスりました。すごい規制されてる・・・


日本 琴吹ビル内部

テロリストE「死ね死ね死ね死ね死ねえあああああああああああ!!」

憂「っ、遅い!」

襲い掛かる変異種を一撃で昏倒させる憂。あらかたタックマンが片付けたおかげで相手をするのは軒並み雑魚で済みそうだ。
だが、問題は――

テロリストF「ヒャッハー!!」

澪「ひっ!?」

憂「澪さん!」

――澪を守りながら戦わなければならないことである。
憂は瞬時に澪とテロリストとの間に移動し、振り下ろされた腕を受け止める。重い。憂の全身の骨が軋むほどの衝撃だ。
この重さは単純な筋力ではない、もっと根本的な……。

憂「くっ……!」

テロリストF「俺の能力は腕の重さを一時的に上昇させる! 潰れちまいなぁ!」

この男は馬鹿に違いない。たとえ低ランクの能力であっても正体がわからないうちは厄介なものだが、タネがわかれば対処するのはそう難しくない。
憂は後ろの澪が安全な場所まで後退したことを確認すると、男の背後に瞬時に移動した。
男の重量を増した腕は自分でも支えきれず、床を突き破った。

テロリストF「ぬ、抜けねぇ!」

憂「……」

やはり馬鹿だ。変異種は能力を使用するために基本的に脳が常人より発達しているが、その発達した脳を知性に置き換えることができるかは人それぞれだ。
人間にも、馬鹿がいれば天才もいる。変異種もそれは同じである。使い手によって能力が腐ることも輝くこともある。
そう、変異種は人間と何も変わらない。ただ、力が強い。それだけだ。

憂は無慈悲にも手を抜こうと必死になっている男の顔面を蹴り上げ、気絶させた。

憂「澪さん、大丈夫ですか」

澪「う、うん……。すごいんだな、憂ちゃんって」

憂「そんなことありませんよ。私にとっては出来て当然のことです。息をするような。……でも、こんなことができても、本当にやりたいことって、なかなかできないものだと思います。皆さんと、同じです」

澪「そっか。……同じなんだな」

憂「さあ、上に行きましょう。屋上には、律さんがいます」

澪「ああ」
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:50:36.20 ID:R5eHM0g7o
日本 琴吹ビル 最上階


黄金「おおおおおおおおお!!!」

タックマン「っ!」

黄金の繰り出した一撃をタックマンは受け止める。すさまじい衝撃は全身を一瞬で駆け抜け、タックマンの立っている床のタイルが粉々に砕け散った。
だが、倒れるわけにはいかない。タックマンは突き出された黄金の腕を取り、関節に手刀を振り下ろす。
黄金の体が前のめりになる。関節を殴られ曲がった腕に自身が引っ張られたのだ。
思ったとおりだった。黄金の身体は硬いが、関節まで完全に硬質化はしていない。関節への攻撃は通る。

黄金「はっ!」

が、体勢を崩したまま黄金はタックマンの胴体にタックルし、タックマンを床に引きずり倒した。
体重、体格が違いすぎる。一度組み伏せられてしまえば終わりだ。
が、タックマンは即座に反応し、腰から半月形のアンカーを射出した。ワイヤーを伴ったそれは近くの柱に巻きつく。
一気にワイヤーを巻き込み、タックマンは完全に組み伏せられる前に黄金の下から床を滑りながら脱出した。

黄金「上手く逃げたな。やるじゃねえか、前とは別人だ」

確かに黄金のほうが力が上で、タックマンはいまだ不利だ。だが、タックマンも無策ではなかった。
関節への攻撃、極力攻撃を受けない防御手段。対策はとってある。
勝てる可能性は著しく低い。しかし、絶対に勝てないと諦める段階ではない。

黄金「見せて見ろよ。俺を恐怖させた、お前の力の全てを……!」

黄金は再び突撃する。黄金の攻撃は直線的で、全くフェイントなどが織り交ぜられていない、完全な力押しだ。
だが、力のあるものが行う力押しは、下手な小細工を織り交ぜるよりも遥かに厄介だ。そこに漬け込むことはむしろ難しい。
戦術もなにも無い突進だが、これは黄金のもつ、自らの力への自信が生み出したものだ。

タックマンは黄金の攻撃を避ける。巨体で大振りな分、軌道は読みやすい。
タックマンは振り上げた腕の隙間を狙い、脇腹に蹴りを入れる。黄金は一瞬たじろいだが、ほぼダメージは無いようだ。

黄金「効かねえな」

黄金の厄介なところはその防御力だ。タックマンの持つ武器では有効打はない。銃弾も、爆薬も通じない相手だ。
それに、タックマンは銃火器を直接的に使用することだけはしたくなかった。
あの日、琴吹紬が黄金に銃を向けた時、悟ったのだ。そんなものが本当の強さを生み出すのではないと。
そうだ。人間は強い。

強くなることができる。

タックマンの拳が黄金の顔面を捉える。すでに以前の戦いで砕けていた拳から血が噴出す。黄金は少しぐらつくが、決定打には至らない。
が、かまわずタックマンは黄金を殴りつける。

黄金「このッ、調子に……!!」

黄金の大砲のような拳がタックマンの身体を捉えた。しかし、タックマンは吹き飛ばない。
以前の戦いなら数メートル吹っ飛んでいたはずが、タックマンは持ちこたえたのだ。

黄金「何!」

タックマン「おおおおおおおおおおお!!!!」

再びタックマンは黄金の顔面を殴りつけた。黄金の攻撃によって肋骨はぐちゃぐちゃになっている。肺や内臓を傷つけなかったのだけが幸運といえる程度だ。
だが、そんなダメージを全く気にせず、タックマンは黄金を殴り続けた。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:51:02.73 ID:R5eHM0g7o
黄金(まさかこいつ、あの時と同じ……!)

以前一度倒れたタックマンがこの世のものとは思えないパワーを発揮した。痛みを感じないかのように、黄金を攻撃する姿は――

黄金(――いや、違う)

タックマンがまたいきなりパワーアップしたのではない。
自分の力が、下がっている。

そうだ、黄金の身体は鉄壁の皮膚で覆われている。
だが、脳や内臓までは硬質化できはしない。タックマンの攻撃でぐらついたとき、確かに表面上のダメージはなかったが、その衝撃は脳にまで達していた。
関節への攻撃もそうだ。関節までは硬質化しない。ダメージは蓄積する。
ボディへのダメージも蓄積し、今になって響いてきたのだ。

タックマンは得たいのしれない力の暴走に頼るつもりなどなかったのだ。いや、覚えていたのかどうかも怪しい。
タックマンは自らにできる最大の行動を遣り通している。ただ、それだけだ、常にそうやって生きている。

黄金(そうか――こいつは)

化け物なんかじゃない。
やっとわかった。何故、タックマンは人間の強さを信じ続けるのか。何故、あの男と同じことを信じ続けられるのか。
タックマンはこの街を、この世界を救うに相応しい真の英雄(ヒーロー)になる資格を持っている。
それはタックマンが、人を信じ続けているからだ。
だがこの時代がそれを許さない。人々は信じる心を失い、本当のヒーローであるタックマンはヒーローにはなれない。
タックマンは狂人でも、怪物でもない。狂ってしまったのは、この時代だ。
タックマンは弱い人間で、ずっと悩み続けて、それでもここに立っている。こうして戦っている。
弱さを受け入れ、それでも乗り越えようとしている。

それは、本当のヒーローの姿。

黄金(お前は、ヒーローなんだな……)

人は誰もが自分自身の弱さから逃げている。弱い自分を仮面で隠している。
タックマンもそうだと思っていた。その仮面は弱い自分を隠すためのものだと。だが、違った。
タックマンの姿もまた、タックマンという人間の本来の顔なのだ。
タックマンは仮面を被ることで、弱い自分と真正面から向き合っている。自分自身すら、戦う対象としている。
弱い自分と向き合ってもなお、信じ続けている。人を、自分を、この世界を。

それは、本当の強さ。

黄金「……」

そして黄金は、膝をついた。蓄積されたダメージが限界に達したのだ。
もう、動くことすらできない。体こそ無傷に見えるが、脳や関節、内臓へのダメージはそう簡単に回復できるものではない。

タックマン「私の、勝ちだ」

黄金「お前は、すげぇよ……ヒーロー」

タックマン「……」

黄金「だがな、勝負は俺の勝ちだ」

タックマン「何……?」

黄金の身体を覆う黄金の皮膚が消滅していく。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:51:30.39 ID:R5eHM0g7o
黄金「何故、俺がこのビルを選んだのか考えなかったのか? 屋上の『波動吸収装置』。そいつが今作動したのさ」

タックマン「波動吸収装置だと?」

黄金「さっきも言ったとおりのシロモンだ。変異種から波動を吸収し、能力を消し去る。過去に開発されたがここの前社長――琴吹の野郎がこのビルに封印した。それだけじゃねえ、このビルは街の中心にある。効果範囲はドーム状に広がることから……計算上、屋上で発動した装置の効果はこの街を丁度覆うな。電力の供給に時間がかかっちまったが」

タックマン「何が目的だ。この街の変異種から能力を奪い」

黄金「別に、変異種を絶滅させようってんじゃねえさ。むしろ逆だ。吸収した波動の使い道が問題なんだよ」

タックマン「……まさか!」

黄金「そうさ、この街に変異種を集めたのもこのためだ。街全体から集められた変異波動は、『エヴォルドクラス』に流れ込む! そうしてエヴォルドクラスは覚醒し、この世界を変える」

タックマン「そんなことは、させない!」

タックマンは屋上へ続く階段へ足を踏み出す。

黄金「待てよ。その前に、やることが残ってるぜ。……俺を殺せ。殺さない限り、上にはいかせねえ」

黄金は自分の腹を指差す。

黄金「屋上へ続く階段には爆弾を仕掛けている。そして、その解除スイッチは俺の腹ん中だ。俺を引き裂いて取り出すしかねえよなぁ。今なら、ナイフでも簡単だぜ」

タックマン「……」

タックマンは黄金の元へ、ゆっくりと近づく。

黄金「へ、へへっ……。そうだ、てめぇはヒーローだ。この世界を守るなら、俺を殺してその覚悟を見せろ」

タックマン「私は……」

タックマンは、マスクに手をかける。躊躇無く、勢いよく顔から引き剥がした。

黄金「……!?」

紬「私は、あなたを殺さない」

黄金「お前……」

紬「殺しても、何も変わらない」

黄金「は、ははっ、お前だったのか……そいつぁ悪い冗談だ」

紬「……」
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:51:58.78 ID:R5eHM0g7o
黄金「なあ、お嬢さん。俺を殺せ。お前は、俺を殺すに値する充分な理由と、力がある。それだけじゃねえ、俺は警察にも顔が利く。逮捕なんかしても同じだ、ここで終わらせないと、また同じことになる。俺は俺の生き方は変えられねぇ」

紬「その時は、私があなたをまた倒す。同じ生き方しかできないのなら、あなたが変わるまで同じことを続ける」

黄金「そんなんじゃあ、ダメだぜ、ヒーロー失格だ。俺は人をまた傷つけるだろう。それを未然に防ぐことはできねえ、俺を殺すのが最善だ」

紬「それがヒーローだというのなら、私はヒーローにならなくてもいい」

黄金「っ! ……そうかい。それがあんたの答えか、お嬢さん。――いや、琴吹紬」

紬「……」

紬は再びマスクを被り、黄金に背を向けた。

黄金「俺の弟は、お前の親父と親友だったんだ。大切な、たった一人の家族だった。ある日あいつは自殺したよ、親友に裏切られたと言ってな……。べつに、それが理由だったんじゃねえ。だが、俺とお前は、同じだと思っていたんだ」

タックマン「……」

黄金「結局、それも違った。俺とお前は同じじゃない。俺はどうしようもないクズになりさがり、お前はヒーローになった。どこで、間違っちまったんだろうな……」

タックマン「後悔しているのか?」

黄金「いや、後悔はしてねぇよ。俺はお前との勝負に勝った。エヴォルドクラスは覚醒し、この世界は変わる。俺の望みどおりに。その先に俺の幸せが待っているのかは、わからねえがな……」

タックマン「まだ、なにも終わってはいない」

黄金「諦めな、もう手遅れだ。見ろ、窓の外を」

タックマンは窓の外に目線を移す。光が、空を包んでいた。
不気味な虹色の光。このビルを中心に街中に拡散しているようだ。

黄金「この世界は変わり始めた。能力が覚醒した証拠だ。こうなれば、誰にも取れめられはしない」

タックマン「言ったはずだ。まだ何も終わっていない。人は、自分の力で全てを変えられる」

タックマンは走り始める。
その姿には、もう迷いも恐怖も無い。

黄金「くっだらねえ……」

タックマンは窓を突き破り、宙に躍り出た。体勢を整え、上方にアンカーを射出する。
すぐにタックマンの体が引き上げられ、姿は見えなくなった。

黄金「あんなやつに、俺は希望を抱いてんだ……やっぱ俺は、まだ、変われねえ。あの時の弱い俺のまま……」
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:52:25.58 ID:R5eHM0g7o
日本 琴吹ビル


憂「……!」

階段を上っている最中、突然憂の動きが止まる。

澪「どうした、憂ちゃん」

憂「私の能力が、消えました……」

澪「え……一体、何が!?」

憂「わかりません。何か、恐ろしいことが……」

階段を上りきり、最上階のひとつ前に到達する。ここにももう敵はいない。

澪「階段はもうないぞ、どうやって上にいけば……」

憂「専用エレベーターがあるみたいです。あそこ、見てください」

二人は専用エレベーターに乗り込むが、パネルを見て少しだけうなだれる。

憂「6桁のパスワードが必要……そんな、これじゃあ」

完全なノーヒント。加えて、手当たり次第に入力してはロックがかかる仕様だろう。

澪「いや、まだだ」

澪は認証パネルに「199172」と打ち込む。
すると、パネルには「CLEAR」と表示された。

憂「どうして……」

澪「ムギの誕生日なんだ」

憂「そうか、紬さんの……」

ここから繋がっているのは琴吹産業の社長室。つまり紬の父の仕事部屋だ。
彼の死後は保存され、使用者が居ない。つまり、パスもそのままの可能性があった。
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:52:52.59 ID:R5eHM0g7o
エレベーターで最上階に到達する。
扉が開くと、そこにはほうけたように佇む大男が一人。黄金。律をさらった犯人だ。

澪「お前……律はどこだ!!」

黄金「ああ、だれかと思えば、あのエヴォルドクラスの知り合いか」

澪は黄金に走りより、襟首をつかんだ。

澪「律を返せ!!」

黄金「別にもう、俺が隠してるわけでもねえよ。走り出しちまった」

澪「何……!」

憂「澪さん、なにか様子が……」

窓の外から、強い光が差し込んできていた。

澪「なんだ、この光」

黄金「世界が、変わるのさ」

憂「この光……」

何か不気味な感じがする。肌にぬるぬるとしみついてくるような、何か。

憂「律さん……?」

そして、律の気配が周囲の空間すべてに拡散しているような、そんな感覚。

澪「律……。っ!?」

澪の体から突然力が抜け、崩れ落ちる。
憂はとっさにささえる。

憂「澪さん!」

返事がない。完全に気を失ってしまったようだ。

憂「一体なにが……」
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:53:18.91 ID:R5eHM0g7o
日本 桜が丘 平沢家


唯「律っちゃん……!」

梓「唯先輩、目が覚めたんですね!」

唯「あずにゃん……律っちゃんが……律っちゃんが、呼んでる……」

梓「えっ」

唯は起き上がったと思えば、再び倒れた。

梓「唯先輩! 唯先輩!」

なにか、恐ろしい気配を感じる。
梓にもわかる。肌にぴたりと張り付いてくるような、そんな不気味な気配がこの街全体を取り囲んでいる。

梓「……律、先輩?」

梓は意識を失い、唯に覆いかぶさるように倒れた。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:53:51.06 ID:R5eHM0g7o
日本 琴吹ビル 屋上


タックマン「律っちゃん!」

屋上の中央の銅像に、律は縛り付けられていた。銅像の下には『波動吸収装置』。そこからのびたチューブが律の身体に接続されている。
おそらくこのチューブを通して波動を流し込んでいるのだろう。

タックマン「くっ!!」

屋上に到達したはいいが、律から発せられる強い光が周囲からの鑑賞を拒むように斥力となってタックマンの体を押し返し、律に近づけない。
その時、

律「……いやだ」

タックマン「!?」

律が、口を開いた。

律「いやだ……こんな世界、いやなんだ……」

タックマン「律っちゃん!」

律「誰も私を本当の笑顔にしてくれない……こんな世界は、もう嫌だ……」

タックマン「律っちゃん……今行くから!」

タックマンは律から発せられる力に逆らい、前進する。気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。

律「いやだ、もう、嫌なんだ……失った日々は帰ってこない。私たちは、大人になってしまった……」

タックマン「律っちゃん……!」

律「とりもどすんだ……幸せを。あの日々を……もう一度……」

タックマン「律っちゃん、今行くから……絶対に、あなたを見捨てたりしない……」

タックマンは一歩、また一歩、少しずつ、ほんの少しずつ、前へ進む。
確かに、小さな一歩かもしれない。
だが、確かに前へ進んでいた。

律「あのころに戻りたい……みんながいる、あの場所に……」

タックマン「律っちゃん……私は、ここにいる」

律「澪……唯……梓……。ムギ……」

タックマン「私は、ここにいるから!!」

律から発せられる光に焼かれ、スーツはもうボロボロだった。
だが、それでもタックマンは前に進む。

手を伸ばす。もう少しだ。
もう少しで、届く。律に――大切な、仲間に。

律「ムギ……」

タックマン「届いて……!」

律「私を独りにしないで……」

タックマン「あなたは、独りぼっちじゃない」

律「戻ってきて欲しいんだ……」

タックマン「私は――」

タックマンの手が、律に触れた。
光が、広がってゆく。






紬「――私は、ここにいるから」
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:55:28.71 ID:R5eHM0g7o
幸せな世界

律「おい、みんな起きろー」

唯「ふぇ……?」

澪「んっ、私、寝てたのか……?」

梓「うにゃ……私、一体」

律「お前らなー、部活中に居眠りするなよなー」

唯「そっか、えへへ、ごめんね律っちゃんー」

澪「なんだか、疲れてたみたいだ」

梓「す、すみません律先輩」

律「まあ、まだムギも来てないからいいけど」

唯「そうだ、ムギちゃんは?」

律「大切な用事があって、遅れるってさ」

唯「そっかあ、じゃあ今日はティータイムは無しかなぁ。残念」

梓「唯先輩はムギ先輩にお菓子しか求めてないんですか……」

唯「そ、そんなことはないよぉ。てへっ」

澪「まあ、良いんじゃないか? 大学生になったんだし、ムギにもいろいろあるさ。そ、その――彼氏、とか」

唯「おおー、大人だねー」

梓「ムギ先輩はそんな……」

律「いや、ムギは好奇心旺盛だから、案外わからんぞぉ」

唯「よし、ムギちゃんを尾行だ!」

澪「それ普通に犯罪だろ!」

唯「えー澪ちゃんのケチンボー。だいたい、高校のとき何回かやったじゃーん」

澪「さすがにそれとこれとは別だろ。こういうのはもっとプライベートな……大人な話なの!」

唯「澪ちゃん顔真っ赤ー」

澪「うっ……」

梓「……」

律「どうした、梓」

梓「なんだか、嬉しいです」

律「嬉しい?」

梓「当たり前の日常だけど、とっても大切で、かけがえの無いもののような気がして」

律「……そっか。梓は、今、幸せか?」

梓「はい! 律先輩は……聞くまでもないですね。悩みなんてなさそうですし」

律「中野ぉー! 私に悩みがないだとー、うりゃうりゃ、こちょこちょー!」

梓「ちょ、律先輩、くすぐったいですよぉ!」

律(……そっか。全部夢だったんだ)

辛い夢を見ていた。みんなが離れ離れになってしまい、孤独になる夢を。
でも、そんなことになるはずがない。この放課後ティータイムの幸せを壊せるものなど、いるはずがない。
みんなと一緒に笑い、泣き、怒り。そうやってゆっくりと進む時間。これが私の求めていた現実。私の求めていた世界。

律「私は、幸せになれたんだ……」

ある音楽会社の新人発掘イベントに放課後ティータイムの演奏を送った。すると驚くべきことに、最終選考まで残った。
最終選考で残ればCDデビューだ。放課後ティータイムの実力なら、きっと負けない。
そうだ、これが幸せだ。掴み取るはずだった、幸せ。

紬「なら、最終選考で落ちたグループはどうなるの?」
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:55:58.12 ID:R5eHM0g7o
律「ムギ……!」

いつのまにか、そこはN女子大の部室ではなくなっていた。
音楽室。
桜が丘高校、けいおん部の部室だ。

立っているのは、紬と律、二人だけだった。

紬「この幸せは、虚像よ。あなたの作り出した、儚い幻」

律「う、嘘だ。こんなにリアルで……こんなに身近で……変異種とか、変な能力とかもない。あんな悪夢とは違う。これが正しい現実なんだ!」

紬「律っちゃん……あの世界が、そんなに嫌いだった?」

律「そうだ、私は……もう、嫌だったんだ……ずっと、辛かった。みんないなくなって私の前から消えて……」

紬「……」

律「恨んでいないフリをしてた。苦しくないフリをしてた。ただ、部長としての責任からみんなに顔を合わせづらいって……でも違う。本当の私は、もっと臆病で、澪よりも、よっぽど怖がってたんだ……」

紬「律っちゃん、誰よりも本当は女の子らしいもの」

律「澪とあった時、何かが変わると思った。けど、違ったんだ。何も帰ってこない。過去は帰ってこないあの幸せは、消えてしまったままなんだって……それを認めるのが、大人になることなんだって」

紬「そう。そして律っちゃんは大人になったわ」

律「違うよ、ムギ……私は、大人になんてなりたくなかった。だから今、こうして世界を変えたんだ。この現実を勝ち取った。ムギ、見ろよ、この世界は完璧だ」

律は指をぱちんと鳴らすと、N女子大学の部室の映像が何もない空間に映し出された。
そこでは澪、唯、梓――そして、律が笑っている。

律「ムギ、あとはお前だけだ。ムギがいれば、この世界は本物になる。永遠になる。そうだよ、失った未来がここにある。取り戻せるんだ。この力で……やり直せるんだよ、ムギのご両親のことも……無かったことにできる」

紬「……」

紬は黙って首を振った。

律「どうして……どうしてだよ……ムギだって、苦しんだはずだ、怖かったはずだ。全部、全部なしにして、皆と幸せになれるのに。なんで……」

紬「私にとって苦しかった日々でも、みんなにとっては、頑張って生きた日々だから」

律「……!」

紬「この世界にあふれるたくさんの幸せを、律っちゃんは消してしまうの?」

そうだ。
何もかも元に戻して、無かったことにして。
そうすれば、放課後ティータイムは続くかも知れない。
だが、そうやって消えた過去は? 現在は? 未来は? どこへいく?
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:56:26.57 ID:R5eHM0g7o
放課後ティータイムが最終選考をクリアしたら、そうでない未来でプロになっていたほかのグループの運命が変わる。
それだけではない。もっとたくさんの運命が変わる。

紬「私たちの願いがかなうとき、誰かはその陰で涙を流すわ。律っちゃんは、それでいい?」

律「それで……それでいじゃないか、ムギ……。それでも、夢でも、嘘でも、自分勝手でも、良いじゃないか……私たちは、人間は、生きているだけで誰かを傷つける。私たちだって誰かに運命をもてあそばれ、傷つけられて、苦しんだ……もう、もう充分じゃないか……」

紬「そう、私たちは生きているだけで誰かを傷つけている。だから。だからこそ――それ以上の優しさを知る。傷を知るから、誰かに優しくできるの」

律「……嫌だ……そんなの」

紬「律っちゃん」

紬は律を抱きしめる。

律「怖いよ、ムギ……」

紬「だったら私が勇気をあげる」

律「独りは、嫌だ……」

紬「大丈夫。律っちゃんは独りじゃない」

律「ムギ……」

律も、紬を抱きしめた。ゆっくりと、しかし深く、その体温を確かめるように。

律「ムギの鼓動、伝わってくる……」

紬「うん、私は、生きてるから。今、生きているから」

律「そっか……生きてるんだ」

紬「生きていれば、その先の未来を自分で変えていける。だから、律っちゃんも、立ち止まらないで。怖くなったら、私が勇気を挙げる。律っちゃんは独りじゃない」

律「……ムギ」

紬「私は――」




タックマン「――私は、ここにいるから」
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:56:57.57 ID:R5eHM0g7o
日本 琴吹ビル 屋上


タックマン「……律っちゃん」

タックマンは腕の中で眠る律を見つめていた。
呼吸はしている。チューブを無理やり引っぺがし、波動吸収装置を破壊したが命に別状は無いようだ。
光は晴れた。この桜が丘に、いつもの空が戻ってきた。

この世界が一度律によって改変されたのか、それとも律が作った別の世界に放課後ティータイムのメンバーだけが呼び出されたのか、それはわからない。
ただ一ついえることは、あの世界は完璧だった。この世界に変わるほどの強固な現実感を持っていた。
律が本当に神に至ったのか、能力が止まった今はもうわからない。あれは、もしかしたらただの幻影だったのかもしれない。

そして、もう一つの考えに行き着く。今のこの世界もまた、誰かに作り出されたのではないのか。
エヴォルドクラスの力で何度も世界は変えられ、気付かぬうちに自分達は生まれ、死に。
この世界は誰か強大な存在の見る夢であり、自分たちの喜怒哀楽はそのなかのとても小さな出来事で――。

タックマン「――でも、律っちゃんは確かにここにいる」

だが、律はタックマンの――琴吹紬の腕の中に眠っている。
これはきっと、夢ではない。
それでいい。律が生きている。琴吹紬にとっては、それだけでいいのだ。
それが、幸せの形。

澪「律!」

憂「律さん!」

階段を抜けた後の扉から、澪と憂が飛び出してきた。

タックマン「どうやってここに……階段には爆弾が」

憂「能力が復活したんです。あの光が無くなってから」

吸収した波動を律が全て放出してしまい、波動は持ち主のところに帰ったようだ。
憂ならば爆弾が仕掛けられていても能力ですりぬけることができるだろう。

澪「……タックマン」

タックマン「この少女を頼む」

タックマンは腕の中の律を差し出す。

澪「律を、助けてくれたんだな」

タックマン「……」

タックマンは二人に背中を向けた。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:57:38.83 ID:R5eHM0g7o
タックマン「街中の変異種に能力が戻った。ボスを失った彼らはこの街で暴れまわるだろう」

そうだ。街から聞こえてくる。爆発音、人々の悲鳴。
黄金がこの街につれてきたテロリスト達だ。ビルの50人だけではない。街中にいる。

澪「戦うのか? そんなボロボロなのに……」

タックマン「そうやって生きることを選んだ」

澪「……ムギ、なんだろ?」

タックマン「……澪ちゃん」

澪「……」

タックマン「私を憎んでも、良いよ」

澪「憎いよ……。でも、私はムギに、たくさん幸せを貰った。だから……。だから、この街が変わったら。この街がタックマンなんて必要が無いくらい、平和になったとき……そのときまで、ずっと、待ち続けるよ。ムギを……」

タックマン「……ありがとう」

タックマンは走りだし、屋上から飛び出した。
背中のマントが変形し、グライダー状になる。
タックマンはビル街の風に乗り、すぐに見えなくなった。

澪「……ムギ」

憂「澪さん、紬さんは……」

澪「ムギは――タックマンは、この街を救う真のヒーローだ。だけど、この時代がそれを許さない」

澪は涙を流していた。
大切な親友を、紬を思い、紬のために、ただ、それだけのために悲しんでいた。

澪「だから闇の中から見守り続ける。みんなの孤独を救うために、自分だけが誰よりも深い闇の中からみんなを見守っている……。永遠の孤独の中で、この世界を守るために戦い続ける――」


――静かなる守護者。闇の騎士、なんだ。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:58:17.11 ID:R5eHM0g7o
エピローグ


こんにちは皆さん、平沢唯です。律っちゃんが誘拐されて寝込んじゃったけど、律っちゃんは無事帰ってきました。
なので私も今日からお仕事再開です。もうちょっと休んでたかったなーって言うと、憂に怒られちゃった。

唯「みんなー、私の復活記念兼桜が丘チャリティライブに来てくれてありがとー」

このライブはこの事件で傷ついた桜が丘のために募金を集めるライブ。収益は全て桜が丘に寄付されちゃいます。
CDが売れたときにお金は一杯もらえたので別に困りません、やったね。
あ、桜が丘でいろんな怖い人が暴れまわってたんだけど、それはもうタックマンって言う正義の味方がほとんど捕まえちゃって、今は平和そのものです。
警察の人とか検察の人もなんだかがんばったみたいで、怖い人たちのボスだって人はいろんな起訴を待っている状態みたいです。

それよりも、このライブ、すごいんだよ!

唯「今日はね、スペシャル編成なんだよ! 実はこのライブ、平沢唯のライブじゃなくて別のバンドのライブなのです。ご紹介します、放課後ティータイム!」

ステージのスモークが上がり、中からみんなが出てくる。

律「いやー、音楽復帰早々こんな大舞台とはなー」

梓「やってやるです!」

澪「や、やっぱり、やめないか。いきなりこんな、練習も全然できてないし……」

律「あーもう、昔に戻ってんぞ澪ー。ここまできたんだ。やっちまえ」

唯「私の高校時代組んでいたバンドで。私の、とっても大切な仲間たちです!」

お客さんたちからは「かわいー」「がんばれー」等の暖かい声援が飛んでいた。

唯「メンバー紹介! まずは、ドラムで部長の律っちゃん! とっても元気な女の子です!」

律っちゃんはドラムパフォーマンスで応えました。やっぱり久しぶりだからちょっとぎこちない。
けど、お客さんたちは拍手と歓声で律っちゃんを応援してくれる。律っちゃんはちょっと照れたようにはにかみました。

唯「そしてベースの澪ちゃん! かっこいい、大人の女性って感じです!」

澪ちゃんはがちがちに固まっちゃって動けない。昔と変わらない、可愛い澪ちゃんです。

唯「――ちょっと恥ずかしがりやで、可愛いです」

会場がどっと笑いにつつまれました。

唯「次に私たちの大事な後輩、可愛い可愛いあずにゃんです!」

梓「ちょっと唯先輩! 普通に紹介してください!」

唯「あ〜れ〜。おやめになって〜」

梓「もうっ……相変わらずなんだから」

あずにゃんが可愛いのも、相変わらずだよ。

唯「気を取り直して、ギターの中野梓ちゃんです!」

梓「やってやるです!」

唯「さあ、みんな、準備は良いよね」

律「おお」

梓「はい!」

澪「あ……ああ……」

唯「まずは一曲目、『私の恋はホッチキス!』」
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 05:59:20.25 ID:R5eHM0g7o
澪「……!」

澪(すごい、出だしのリフ、こんなに久しぶりなのに昔と変わらない……いや、それ以上かも……って唯、歌!)

唯(歌詞わすれたー!)

澪「なんでなんだろう 気になる夜 君への この思い便箋にね 書いてみるよ」

澪(早く歌え)

唯「もしかして 気まぐれかもしれない それなのに枚数だけ 増えていくよ」

好きの確率 割り出す 計算式 あればいいのに

キラキラ光る 願い事も ぐちゃぐちゃへたる 悩みごとも

そうだホッチキスで とじちゃおう!

始まりだけは軽いノリで 知らないうちに熱くなって

もう針がなんだか 通らない ララまた明日

澪(なんだ、この感覚……)

律(久しぶりなのに、体が動く)

梓(先輩方、すごい……やっぱりこれが)

唯(これが、放課後ティータイムなんだ!)

だけど。

唯(ムギちゃん……)

こんなに満たされているのに、満ち足りることは無い。こんなにすばらしいのに、最高にはなれない。
そこには何かがかけていました。
大切な音が。


唯「みんな、次が最後の曲だよ!」

ええー、という声が会場をつつみます。うん、私も、名残惜しい。けど、終わらなきゃ。
どんなに楽しい時間も、いつか終わりがくるんだ。

唯「次の曲は、私が昔、大切なものを失いかけたときに作った詩です。この詩に私たちの大切な仲間が曲をつけてくれました。その人とは今会えないけれど、私は大切なその人にこの曲を届けたい――U&I!」

キミがいないと何もできないよ キミのごはんが食べたいよ  もしキミが帰ってきたらとびきりの笑顔で 抱きつくよ

――私も、大人になったら、大人になるのかな。

キミがいないと謝れないよ キミの声がききたいよ  キミの笑顔がみれれば それだけでいいんだよ

――紙切れなんかに、私たちの未来は決められないぜ!

キミがそばにいるだけで いつも勇気もらってた  いつまででも 一緒に居たい この気持ちを伝えたいよ

――私は、このメンバーとバンドするのが楽しいんだと思う。

晴れの日にも雨の日も キミはそばにいてくれた  目を閉じれば キミの笑顔 輝いてる

――卒業しないでください……。



唯「――思いよ、届け!」

たくさんの思いを乗せて、この詩を歌う。
ムギちゃん。

ムギちゃんは、独りじゃないよ。
離れてても、心は一つだから。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 06:00:03.49 ID:R5eHM0g7o
ライブが終わり、みんなといったん別れて自分の楽屋に戻る。
芸能人って難しい。みんなと一緒にいられないことばかり。
やめちゃおうかな――冗談じゃなく、真面目に思った。

歌うのは好き。演奏するのも好き。だから、プロとしてみんなに歌を聞いてもらえるのは好き。
でも、みんなと一緒に演奏するのはもっと好き。大好き。

放課後ティータイムとして、またやっていけるのかな。
そんな未来を選んでも、いいのかな。

えへへっ、とだらしない顔で私は楽屋のドアを開けました。

唯「あ、あれっ」

マネージャーさんが迎えてくれると思ってたそこには、男の人が数人倒れていました。

唯「あ、あの、大丈夫?」

タックマン「こいつらは、君を狙っていた犯罪者だ」

唯「あっ。キミは……タックマン、さん。でいいのかな?」

タックマン「……」

唯「私を……助けてくれたんですか?」

タックマン「犯罪者を捕まえる。ただそれだけだ」

嘘です。
この人、悪い人じゃない。人のために傷つくことができる、そんな人だと思います。
その真っ白な姿は、誰かに似ていました。

唯「あ、あの……抱きしめてもよかですか!」

タックマン「……好きにするといい」

唯「じゃあ、遠慮なく。えいっ」

私はこの真っ白な人を抱きしめました。
思ったよりも、ずっとやわらかくて――そして、あったかい。

唯「とっても、あったかいんですね」

タックマン「このスーツは体温を遮断する」

唯「なら、きっと心があったかいんだね」

タックマン「……」

唯「優しいんですね。みんなのために戦って」

タックマン「私はヒーローじゃない」

唯「……私、大切な友達がいたんです」

なんでだろう。この人を見ていると、この人に抱きついていると、思い出してしまう。

唯「その人は、ずっと私たちの後ろで微笑んで、後ろから私たちを見守って、支えてくれて」

ムギちゃんのことを。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 06:01:39.67 ID:R5eHM0g7o
唯「その人は、誰よりもたくさんのことができるけど、それを誇ったりもしない。ずっと誰かに幸せを分けてくれて、それを幸せに感じる。そんな優しい人でした」

タックマン「……」

唯「とっても優しくて、やわらかくて、あったかくて。とっても大好きな人でした……」

タックマン「いつかまた、会えるよ」

唯「えっ」

タックマン「生きていれば、いつかまた会える」

タックマンさんは、そう言って私の頭を撫でてくれました。
とても懐かしい感触でした。
とても優しくて、あったかい手。

唯「……うん」

タックマン「……さよなら」

タックマンさんは、寂しそうにそう言って、ドアの外に出て、歩いていきました。
どこに行くのかはわかりません。私はその後姿を見つめることしかできません。
でも、きっとどこかで誰かに幸せをわけて、自分が傷ついても、それを続けて。

その優しさで、みんなを抱きしめてくれるんだと思います。

唯「また、会えるよね。だから、それまでは、少しだけお別れ……」

私は大人になって、澪ちゃんも、律っちゃんも、あずにゃんも大人になって。

私たちは変わっていく。

時間の流れをとめることはできない。

私たちはこの街で泣いたり笑ったり。たくさんの苦しみや哀しみを抱えて生きている。

でも、私たちは生きているから。

だからまた会える。

幸せだったあの日々はもどってこない。だけど、もらった幸せはずっとなくさず、持ち続けてる。

だからまた、会えるよ。


その日まで……それからも、私たちはずっと一緒だよね。ムギちゃん。





そうして純白の英雄、静かなる守護者の背中は次第に小さくなり、夜の闇に消えていった。

たった一人で、消えない痛みを抱えながら。優しい闇のなかへ――



      TACKMAN THE TSUMUGI' TRIGGER END
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/03/24(木) 06:11:16.01 ID:R5eHM0g7o
これで紬「タックマン?」は終わりです。回収していない伏線は、続編で回収すると思います。
続編は、少なくとも最終章として梓「光の天使 闇の騎士」を予定していますが、明かされなかった唯の過去や澪、律についての事件も書こうと考えているので、次に書くのは何になるのかはわかりません。
スレがけっこうのこっているので、書きあがり次第続編もこのスレに投下しようと思っています。

とりあえずあとがきのかわりにひとつ言えることは、ムギちゃんは可愛いという非常に重要な事実です。
あまりの可愛さに執筆作業中に床を転がってしまった回数は計り知れません。それくらいムギちゃんは素晴らしいキャラクターで、二次創作も非常に楽しいと同時に緊張もしました。

とまあ、長々語っても結局続きを書かなければならないので、このへんにしておきます。
続編投下前に一度設定や登場人物のまとめを投下すると思います。あと、回収されていない伏線のまとめも。

この非常に長いSSにここまでお付き合いいただけた皆様、ありがとうございました。SSは初めてですが、気合でなんとか最後まで来ることができました。
また投下するときもよろしくお願いします。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/03/24(木) 12:06:54.31 ID:u7AYBjVAO
乙、続編あんのか
唯の能力気になってたんだわ
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/03/25(金) 03:45:57.55 ID:mbbp48jAO
乙乙
ムギちゃんマジヒーロー
続きも期待
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) :2011/03/25(金) 22:00:21.05 ID:R7tWD6ymo
設定など・暫定まとめ


☆時代背景・世界設定
基本的には『けいおん!』原作およびアニメの設定に準拠しています。
紬「タックマン?」本編中の時期は主に高校卒業から二年後の、律が大学三年時点です。
「けいおん!」本編との大きな違いは、主に日本の治安、経済状況。変異種の存在。そして桜が丘という街の設定です。
紬「タックマン?」作中では日本は大きな不況から脱出しきれていません。また、それに伴って犯罪率が大幅に増加しています。
変異種については本編で語ったとおり、近年一気にその存在が知られるようになりました。
変異種の因子自体は人間に常に存在していますが、増加したのは社会的な存在という和の考察の通り、時代背景からくる人々の絶望が原因です。
桜が丘については原作、アニメでの設定的な規模は把握していませんが、この作中においてはかなりの大都市です。
『桜が丘市』とも呼べる規模で、高層ビル街、繁華街、商店街、住宅街、駅も複数内包しています。未開発地域もあります。
また、桜が丘高校だけではなくN女子大学もその中にあるという設定になっています。(国立K大学は違いますが)

☆用語設定
・琴吹産業:琴吹家の取り仕切る「琴吹グループ」の中心となる超大企業。多くの企業を傘下にいれている。
唯がギターを買った音楽店も「系列のお店」なので琴吹産業をさすわけではなく傘下の企業をさす。
傘下の企業が多いとは言ってもあくどい吸収合併などを繰り返しているわけではない優良企業。
前社長(紬の父)にどの系列企業の人々も少なからず恩があるため、紬をみると親切にしたがる。
応用科学部にて、タックマンの装備などを秘密裏に製作している。

・変異種:近年増加した特殊能力を持った人々。遺伝上は人間と同じ生物。
人間は元々次なる存在に進化するための因子を持っており、その因子が近年の社会情勢によって開花した。
変異種は歴史的にも少なからず存在し、世界に強い影響力を持った人物などは変異種であったかもしれないという仮説が存在する。
日本では古代の卑弥呼や中世の陰陽師達がそれに該当するとされるが、確かめようが無いため真相は不明。
忍者は変異種集団だったという説を興奮して話したがる外国人研究者が多いが日本の歴史家は否定している。
変異種のクラスは1〜5。これは因子の状態を表す言葉であって、単純に波動の強さを数値化しただけである。
故に、能力が便利か、戦闘に向くか等は考慮されておらず、クラス1がクラス3より戦闘向きという例も少なからず存在する。
ただ、クラスが上がると波動が強力になるため、身体能力と脳が発達する。
脳の発達は能力を使うためのもので、実際に知能が上がるかは個人に依存するが平均的には変異種の知能は高い。
クラス5は世界に10人しか確認されていない。
クラス5になると一国の運命を個人で左右するレベルであり、核兵器に匹敵する扱いを受けている。
国連が秘密裏に採決した条約によって変異種の存在は一般には発表されていないが、近年の増加状況により隠し切ることができていない。
大学などの変異種の研究も限られた者によるものによらなければならず、情報公開してはならない。

・エヴォルドクラス:人間が変異種を経て行き着く進化の先。神に等しき、宇宙を律する存在といわれている。
変異種の存在理由である『進化』の結果であり、必ず現われると予知されていた存在。
変異種達もそれが現われることを本能的に察知している。
エヴォルドクラスは自由に世界を変えることができるため、現在の人間社会にとっては非常に危険な存在である。
そのため、人間にも変異種にもエヴォルドクラスを否定する者、肯定する者が別れて存在している。
歴史的に何人存在していたのかは不明。0人かもしれないし、無数にいるかもしれない。
世界が改変されても誰も気付いていないのかもしれない。
作中で判明しているのは、田井中律がエヴォルドクラスであるという事実のみ。
律は作中ラストでけいおん部がN女子大学でも放課後ティータイムを続ける世界を作り出した。
しかしムギに拒絶されたことでその世界を消し去り、本当の世界で生きることを決意したため、改変は無かったことになった。
実際には改変が無かったことになったのか、元の世界が再び作り出されたのかは不明。
謎の多い能力だが、少なくとも世界を自由に創造するというのは間違いない。

・タックマン:真のヒーローになる資格を持っていたが時代に拒絶され、静かなる守護者『闇の騎士(ダークナイト)』となった存在。
モデルはもちろん、超人気アメコミから、『闇の騎士(ダークナイト)』ことバットマン。
真っ白な風貌をしており、女性であることを隠すために身体より大きめのプロテクターを着込んでいる。
琴吹紬の元来持つ腕力から拳闘を得意とするが、ナイフを使った戦闘や各種武器をしようしたトリッキーな戦いも駆使する。
高性能のスーツと琴吹紬が2年間の失踪の間に培ったあらゆる戦闘技術が変異種へのディスアドバンテージを補っている。
単純な戦闘能力は変異種のクラス3と同程度であり、足りない部分は知識、経験、閃き、天性のセンスでフォローする。
主な武器は振動ナイフ『T−ブレード』。半月形のアンカー『T−シューター』。
移動手段として高性能バイク『T-ポッド』を使用している。
名づけ親は鈴木純。理由は「タックマンって感じだったから」。
非常にストイックで、どのような悪人でも殺さないというポリシーを持つ。
スーツを着ているだけでパワーアップするという都合の良い機能はなく、防御力を除けばほぼ紬自身の力で戦っている。
もっと機械装甲を追加したパワードスーツにする案もあったが、あくまで人間としての戦いを望む紬が拒否している。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/25(金) 22:01:47.21 ID:R7tWD6ymo
☆人物紹介
琴吹 紬:本作の主人公。両親を殺されたことをきっかけに二年間失踪し、桜が丘への帰還をきっかけに悪と戦う道に入る。
設定は原作、アニメ準拠で、謎の多い部分をかなり拡大解釈した結果の姿。
家庭の資金力、驚異的な腕力、高校生の域を遥かに超えた作曲、謎に包まれた過去など、改変する必要も無いほどの万能性を持つ。
両親が死に、復讐も出来ず生きる気力を無くし二年間ただ戦いの中に居たが、タックマンになることで生きがいを見出した。
それは人々を救い英雄(ヒーロー)になれるという幻想に基づくものであったが、数々の事件や出会いを経て変化する。
最終的には、復讐心や怒りを越え、自らの痛みを抱えながらも人々を守り続けることができるようになる。
その姿は唯によって、高校時代誰よりも力がありながら皆を見守り、優しさで包み込んだ紬の姿と似ていると評価されている。

平沢 唯:本作のヒロイン。放課後ティータイムの解散以後もギターを練習し続け、プロ歌手となった。
設定はほぼアニメ準拠だが不明だった点に大きくオリジナル設定を紛れ込ませており、改変点もある。
しかしその過去はまだ明かされておらず、今後語られる予定なのでここでは詳しくは語らない。
アニメ本編での演奏技術の向上をそのまま受け取るなら、プロデビューしてもおかしくはない才能を持つ。
少し抜けたところがあるが、放課後ティータイムの解散以後は落ち着いたようで、プロの世界でしっかりやっていっている。
多くのもの、多くの人を好きになり、嫌いになってしまうことはできない人間。
バンド解散後もみなのことを気にかけており、梓とは仲たがいもせず連絡を取り合っている関係。
作中におけるエヴォルドクラスの事件解決後はメンバーと和解し、バンドを再結成している。
放課後ティータイムを再開するため、プロをやめようか検討中。
もちろんただやめるだけでなく、放課後ティータイムとして再デビューを狙う。
『デュアルライナー』と呼ばれる特別な変異種だが、記憶を失っているためそのことを知らない。

田井中 律:エヴォルドクラスとして本作の中心となった。
放課後ティータイム解散後は普通にN女子大に通い、普通の生活を送っていた。
しかし友人も表面上の付き合いであり、薄っぺらい人間関係に嫌気が差していた。
部長としての責任感、親友達と別れた寂しさなどを表面的には隠していたが、その分思いが強く積もり積もった。
そうしてエヴォルドクラスとしての因子が目覚め、黄金にその存在を察知されてしまった。
個人レベルの演奏技術は一般的だが放課後ティータイムという仲間との相性から最高の演奏が可能になる。
律をエヴォルドクラスに使用と思ったのは『世界を律する存在』だから。名前的に。

秋山 澪:解散後、ショックから引きこもっていたが社会復帰し、週刊誌の記者となる。
高卒の記者として舐められており、重い現実に押しつぶされそうになりながらも日々を生きていた。
紬の両親の死をきっかけに自分の臆病さを嫌悪するようになり、無理やり大人になる。
しかし律との再開をきっかけに過去の自分を少しだけ取り戻した。
紬のことは恨みながらも好きという気持ちを失っていない。
音楽から離れていたが高い演奏技術と歌唱力は健在。プロになるほどに努力した唯ほどではないが、実力は本物。
特に歌唱だけなら部分的には唯以上に評価されている。
作中ラストの唯とのツインボーカルにより、再びファンクラブができてしまった。

中野 梓:解散後も先輩達を純粋に尊敬し、ひたむきに音楽を続けている真面目な後輩。
唯とは相変わらずの仲で、周囲からはラブラブと認識されているが本人は否定している。
原作、アニメからほとんど設定が変わっていない人間。
憂、純と共にN女子大軽音部でバンドを続けている。また、軽音部部長でもある。
なぜか出番が少なかったが、別に作者が嫌ってるわけではない。むしろペロペロ。

平沢 憂:唯の妹であり、クラス4の変異種。さらに『デュアルライナー』。
過去は謎に包まれている。それらは続編で判明する。
判明しているのは、唯のことを何より大切に思っているということ。

鈴木 純:梓、憂の友人。わりと自由でさばさばした性格だが、空気は読める。
実はかなりの出番を予定されていたが途中で忘れてしまった。ごめん純ちゃん。
続編ではもっと出るかもしれない。

真鍋 和:唯の幼馴染。K国立大の変異種研究家の助手となった。
唯の過去にまつわる物語でもっと出番が増える予定。

斉藤:紬の執事。元は変異種であり、強制収容所から紬の父に救い出された経験がある。
紬に傷ついて欲しくないと願いながらも紬の理想を叶えるために協力する。

黄金:オリジナルキャラクター。『黄金』の能力を持つクラス4の変異種。本作の敵(ヴィラン)。
変異種ゆえに強い迫害と差別にあってきた過去を持つ。
強制収容所で能力を消されそうになったことと、弟が自殺したことから人間社会への復讐を誓う。
モラルや正義は弱い人間達が自分を守るために唱えているだけだと考え、強い者が生き残る世界を望んだ。

☆回収していない伏線等
○ナイトストーカー
紬は二年間の失踪の間、『ナイトストーカー』という組織に所属していた。
その時期の物語も、おいおい明らかになっていく予定。
○デュアルライナー
唯と憂の能力。この能力にまつわる事件で唯は記憶を失い、桜が丘に来ることになった。
全貌は後々明かされる予定。
○天使に触れたよ
この物語中では卒業式周辺の出来事がなかったことになっている。そのため、放課後ティータイムは『天使に触れたよ!』をまだ梓に演奏していない。
ムギ抜きでは決してできないこの曲を、果たして梓に贈ることが出来るのか。
○タックマンの目的
タックマンには目的があり、それを達成できれば死んでもかまわないと考えている。
それが何か、これ以降明らかになってくるかもしれない。(作中で言っちゃってるかもしれない)
☆今後の展開
今後、澪、律のストーリー(タイトル未定)を経て、最終的には唯「一心同体!」、そして最終作、梓「光の天使 闇の騎士」を予定しています。
唯「一心同体!」では、唯の過去について全て明かす予定です。
梓「光の天使 闇の騎士」では、タックマンの進む道の果てに一つの答えを出そうと思っています。
たぶんまた長くなると思いますが、お付き合いいただけるというかたはまたよろしくお願いします。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/03/25(金) 22:02:30.34 ID:R7tWD6ymo
今回は設定のまとめだけです。続編と投下するまでまた間があくかもしれません。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/03/26(土) 09:10:50.75 ID:2jDN7igDO
おつおつーん
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(和歌山県) :2011/03/26(土) 20:07:40.93 ID:FBioS6Px0
ネタバレになるなら答えなくてもいいんだけど
律のエヴォルドクラスとしての資質な無くなったの?

あと澪に死亡フラグ立ってない?ダークナイト的に考えて
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/04/13(水) 04:16:37.39 ID:HulktAtno
>>139 律については、波動による強制的な覚醒を中断できただけでまだエヴォルドクラスの資質が残ったままです。
澪の台詞はそういえばビギンズのラストと同じでしたね。しかし配役とかを映画に当てはめているわけではないので特に死亡フラグというわけではないです。

随分遅くなりましたが、続きを投下します。
タイトルは『澪「その笑顔に救われたから」』です。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:17:42.89 ID:HulktAtno
日本 桜が丘

売人1「おい、なんでこの街を選んだんだよ」

売人2「今どき日本で潤ってるのはこの街くれぇだ。羽振りが良いやつらから搾り取るために決まってんだろ。わかったらさっさと運べ!」

売人1「だ、だけどよ、この街には……」

売人2「馬鹿、あんなの噂だ。それに俺たちには用心棒もいる」

売人1「へっ、へへ。そうだな。怖かねえよな、キチガイコスプレ野郎なんざ」

タックマン「それは私のことか」

売人1「っ!?」

売人2「お、おいどうし……うごぁ!!」

倒れた二人の男を見下ろすのは、純白の衣を身にまとった、静かなる守護者。

タックマン「街に麻薬を持ち込もうとする動きか……なにか臭うな」

???「臭うのはてめぇだぁ」

そこに立っていたのは、髪を立てた小柄な男だった。

タックマン「用心棒か」

小柄な男「俺はよぉ、てめぇみてぇな奴が嫌いなんだぁ」

タックマン「奇遇だな。私もだ」

小柄な男「ほざけやぁ!!」

男は一気にタックマンの懐に飛び込む。この速度からして、男は間違いなく変異種だろう。
タックマンは即座に反応し、男の突き出したナイフを避けた。

小柄な男「甘いぁ!!!」

男は空いた手をナイフと共に突き出した腕の脇からタックマンに向けて出す。
その袖から金属の塊が飛び出す。小型の銃だ。

タックマン「!」

放たれた銃弾を左腕のプロテクターで受け止める。衝撃はあるがダメージは通らない。
そして右腕はすでに男の腹部を捕らえていた。

小柄な男「うごぁああ!!」

タックマン「雇い主は誰だ」

小柄な男「へ、へへへ……面白ぇ。コスプレキチガイがぁ……」
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:18:12.43 ID:HulktAtno

相当な距離を吹っ飛んだが、体格のわりにタフなのか、男はすぐに立ち上がった。

小柄な男「俺様はクラス3だ……見せてやる」

小柄な男B「これが」

小柄な男C「俺の能力だぁ」

タックマン「分身か。三人が限界か?」

小柄な男「三人で充分だぁ!!」

男達はタックマンを取り囲み、三方向から飛び掛った。

タックマン「単純だな」

タックマンの姿が突如消失する。

小柄な男「うぼぁああ!!!」

小柄な男三人がタックマンのいた地点で衝突し、倒れた。
頭からの衝突だったため、さすがの変異種も脳震盪からは逃れられない。

タックマン「……三人が限界だったかはわからないが、どうにせよ結果は同じだったようだな」

呼んでいた警察のパトカーのサイレンが近づく。
これでは意識がはっきりするのを待って、情報を引き出すことはできない。

タックマン「何かが始まる……この街で……」

それは、頭から離れない、粘着質な予感だった。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:19:07.36 ID:HulktAtno
約三年前 日本 桜が丘 桜が丘女子高校


紬「ねえ、律っちゃん。願いが一つだけ叶うとしたら、律っちゃんは何を願う?」

律「んー。難しいことをきくなぁ」

紬「ごめんね、なんとなく、気になっちゃったの」

律「そっか。そうだなー、私はまず、願いを叶えられる数を無限にするかな」

紬「それはダイナミックね!」

律「そうだろー。それで、その後は、そうだな。新品の高いドラムセットとか……まあ、大金持ちになれば手っ取り早いか」

紬「お金があれば叶うことなら、お金持ちになりたいって言う願い一つでなんとかなっちゃうわね」

律「じゃあ、お金じゃ叶わない願いを考えないとな」

紬「お金じゃ叶わない願い事。それは案外、難しいことかもしれないね。律っちゃん、もうたくさん持ってるから」

律「私が?」

紬「うん、律っちゃん。お金じゃ手に入らない幸せをたくさん持ってるもの」

律「ど、どう反応すればいいんだよ」

紬「そのままの意味。うらやましいなって」

律「そうかな……。そうでも、ないんじゃないか? ムギだって。いや、ムギこそ、そうだよ」

紬「そうかな?」

律「そうだよ」

紬「律っちゃんが言うなら、そんな気がする!」

律「なら、そうなんだと思う。それで、いいんだ」
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:19:46.78 ID:HulktAtno
現在 日本 桜が丘 私有スタジオ



唯「――っと、こんな感じかな」

澪「すごいな唯! 少しやっただけでばっちりじゃないか」

唯「へへー。これでもプロになるために頑張ったんだよぉ」

澪「それにひきかえ律ときたら……」

律「わ、わりぃ。やっぱりブランクあるし」

澪「まあ、私も律のことを言ってられないか。しばらく音楽から離れてただけあって、唯と比べるとだいぶ落ちるな」

唯「あずにゃんは相変わらず上手いよねー。私よりもずっと上手いかも」

梓「そんなことありません! 唯先輩、さすがプロって感じです」

唯「あずにゃんに褒められたー!」

唯は梓に抱きつき、頬ずりをする。

梓「もう、そういうところも直したらどうなんですか?」

唯「だめだよー、あずにゃん分がないと演奏もダメになっちゃうし」

澪「相変わらずだな、二人とも」

律「……」

澪「どうした、律?」

律「いや、早く二人に追いつかないとな。サボってた分!」

澪「ああ」

放課後ティータイムは再結成した。
唯は一度所属事務所をやめようとしたが、事務所になんとか引き止められ、自由にバンド活動をすることを許されている。
事務所としても、大スターの唯を放したくはなかったのだろう。放課後ティータイムのCDデビューもその事務所から約束されている。
しかし、彼女らとしてはそう面白い話ではなかった。あくまで実力で勝負したいと考えていたからである。
実力でプロにまで上り詰めた唯にくっついてそのおこぼれにあずかるような形になるのはだめだ。
メンバー全員が唯に負けない力を付けなければならない。そんな考えの下、彼女らは連日練習に励んでいた。

梓「そうだ、けっこう練習しましたし、お茶にしませんか?」

ここは唯の私有のスタジオである。桜が丘でバンド活動するために唯が買い取ったものだ。
それ以来唯は実家で生活している。

唯「わーい、あずにゃんのお茶だー」

皆が席に着く。
梓は高校時代、ひそかに紬に紅茶の淹れ方を習っていたらしく、N女子大学でもティータイムを続けていた。
今もこうして唯たちに練習の合間に紅茶をいれている。

唯「おやつは私が用意しました!」

唯は買ってきたケーキを机の上で披露する。
芸能活動で溜め込んだお金がある今の唯には紬が持ってきていたような高級品も手の届かない品ではない。

澪「なんか、思い出すな」

律「そうだな。昔みたいだ」

唯「そうだね。ムギちゃんがいれば、完璧だったのに……」

梓「唯先輩……」

律「……」

澪「……大丈夫。そのうちひょっこり顔見せるさ」

唯「うん。なんだか、私もそんな気がするんだ。そう遠くないうちに、この街で会えるような」
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:20:55.43 ID:HulktAtno
日本 桜が丘

律「じゃあ、私たち、こっちだから」

唯「ばいばい、律っちゃん、澪ちゃん」

澪「最近犯罪が増えてるから、気をつけろよ」

梓「先輩方も気をつけてください。では、また」

唯たちと別れ、澪と二人歩く。

律「……」

澪「ムギのこと、考えてるのか?」

律「エスパー!?」

澪「わかるよ、律のことなら。わからないことも、変わったこともある。けど、わかることも、変わらないこともある。幼馴染として、それくらいの特権は許してくれてもいいだろ?」

律「そっか……。うん。実はさ、ムギ、この街に帰ってきてるらしいんだ」

澪「!?」

澪は純白の衣を身にまとった、この街の静かなる守護者の姿を思い出す。
律はあの事件が収束したとき気を失っていた。あえて聞いてはいなかったが、紬の正体がタックマンであるということにも気付いていないだろうと思っていた。
しかし、それは澪の楽観的な考えだったのかもしれないと思い至った。
澪は紬の――タックマンの「律っちゃん」という一言でタックマンが紬であるという真実にたどり着いた。
それは放課後ティータイムという強い絆があってこその悟りだっただろう。
ならばそれはもちろん自分だけではなく、律にも起こり得るはずだ。
そもそも――。澪は自分自身の行動を根本的に振り返る。
なぜ、紬が街に帰ってきたこと、タックマンとして悪と戦っていることを、皆に隠しているのか。

澪(私は、嘘をついているのか?)

タックマンの正体を皆に隠している理由はなんだ。自分自身でも、強く意識はしていなかった。
ただ、タックマンの正体は隠さねばならないという、どこから沸いて出たのかもわからないルールによって自分を縛り付けていた。
理由なんてないのか?
いや、そうじゃない。紬自身がそれを望んではいない。皆に正体を知られれば、かならず誰かは紬を助けようとするだろう。
澪は無理やり他人の選んだ人生に介入するような性格はしていない。しかし律はどうだ。唯は? 梓は。
確かに皆分別はあり、他人を思いやることができる人間だ。しかし、思いやるということの形は人それぞれだ。
澪はタックマンが戦い、傷ついていくという選択を尊重したが、それは見方によっては残酷なことで。
無理にでも押さえつけ、命を守ることもまた優しさの形である。
それが理由だ。澪が仲間達にすらタックマンの正体を話さなかった、理由。
かけがえのない親友である律にすら、話すことはできなかった。

律「みーおー?」

澪「……ん、ああ」

律「びっくりした?」

澪「あ、ああ。そりゃあ、そうだろ。ムギがこの街に帰ってきてるなんて、大ニュースじゃないか!」

律「まあ、そうなんだけどさ」

澪「……どうしたんだ?」

律「このまま、ムギに会ってもいいのかな、って」

澪「律……?」

律「なんていうか、さ。ムギが私たちのもとから離れたことって、意味があるんじゃないかって。そして今、ここに戻ってきても私たちの前に出てこないことも、何か意味があって……それを邪魔することになるんじゃないのかなって思うんだ」

澪「なんか、らしくないな」

律「あの事件の日、なんとなくなんだけど、ムギに励まされた気がするんだ。心が通じ合ったような、そんな気が。澪の言うとおり、昔の私だったら無理にでもムギに会いに行ったと思う。でも、今は違う。私、弱かったんだなって、わかったんだ。人の人生をどうこうできる資格なんてない」

澪「本当に、そう思ってるのか?」

律「わからないよ。自分の心のことならわかるものだって思ってた時もあった。だけど、今は違うって思う。自分の心だってわからないことだらけで、世の中わからないことだらけで。だから怖い。わからないものを怖がって、動けなくて、ずっと独り震えてて」

澪(律……)

律は自分の感情を上手く言葉にできないのだ。そして、澪にはその気持ちが痛いほどわかった。
わからないという恐怖。行く先が全く見えない、暗闇の中を進むようなこと。生きるということ。
律は変わってしまった。先の見えない暗闇すら切り開こうとしていたあの活発な少女はいま、見る影もない。
不安で、怖くて、誰かを頼りたくて、だけど拒絶を恐れ前に踏み出せない。
それは、大人になるということ。
人を思いやるということ。弱さを自覚するということ。壊れてしまうということ。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:21:26.97 ID:HulktAtno
あのときの強かった律はもういない。人は変わっていく。変わっていかなければならない。
澪は、ひそかに期待していた。律が、紬に会いに行こうと提案してくれることを。
弱い自分を引っ張って、いつも新しい世界を見せてくれた律。何もないところにも楽しみを見つけられた律。
誰よりも強い律。
澪が惹かれ、尊敬し、追いかけた幼馴染。あのときの律は、もういないのだ。

澪(だけど)

期待は裏切られた。だが、そんなことはたいした問題ではなかった。
今はそんな律がなにより愛おしい存在に思えたのだ。

律「澪?」

澪「それでも、いいよ」

澪は律を抱きしめていた。小さな体。それは昔から変わっていない。
澪はあれからさらに背が伸び、身体もモデルのように発達した。しかし、律は何も変わらない、幼さを残す少女のままだ。
体格が一回りも違ってしまっている。今の澪の腕の中に、律はすっぽりと入ってしまっていた。

律「み、みお、恥ずかしいよ……」

澪「少しだけ、こうさせていてくれないか?」

律「……うん」

律は実は澪に匹敵するほどの照れ屋だ。いや、現在の澪はある程度それを克服しているので、根本まで追及すれば律のほうが上なのかもしれない。
律は自分自身の弱さを巧妙に隠してしまう技術があるぶん、直接的な心のぶつかり合いは苦手だ。

澪「律、ムギに会いたいか?」

律「会いたい……何もかも、いろんな現実とか、事情とかを無視できるのなら、今すぐにでも会いたい」

澪「そっか……。じゃあ、行こう」

律「えっ」

澪「今から行こう。ムギの家に」
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:21:55.48 ID:HulktAtno
日本 桜が丘 琴吹邸前


唯「おーい」

梓「どうしたんですか? こんな時間に呼び出して。しかもムギ先輩の家の前って……」

澪「ムギが、帰ってきたんだ」

唯「ええ!?」

梓「それ、本当ですか!」

唯と梓はただ驚いた表情を浮かべたが、しばらくすると互いに顔を見合わせて笑顔になった。

唯「やったねあずにゃん!」

梓「はい!」

澪(……二人は、強いんだな)

紬のことでいちいち深く悩み、うじうじと足踏みをする律や自分とは違う。
唯と梓は、高校のころから大きくは変わっていないように見えた。
現実に押しつぶされ、笑顔を失ってしまった私たちとは違う。

そうだ。笑顔だ。

澪(私は、律の笑顔が見たいんだ)

だから、こうしてこんな愚かなことをしている。
この町が平和になるまで待つと、紬の考えを尊重すると、約束したはずなのに、いまこうして皆を連れ、ここに立っている。
紬の心を裏切ることになるかもしれない。それを知っていながらも。

澪(だけど)

澪「私だけじゃない。みんな、ムギのことが大好きなんだ」

澪は意を決し、呼び鈴を鳴らした。

斉藤『はい。……秋山様。それに軽音楽部の皆様』

澪「用件はわかっているはずです。ムギに、会わせてください」

斉藤『……平沢様』

唯「へっ、私?」

斉藤『以前、私にお聞きになったことをお答えします』

唯「それって……どうして、こんないじわるするのって……」

斉藤『そうです。その答えが見つかりました。私は、怖がっていたのです』

唯「……」

斉藤『私にはお嬢様の本当の心がわからない。だから、お嬢様の言葉をそのままにかなえるしかなかった。傷心のお嬢様を癒す術を知らなかった。だから、あなた達に会いたくないというお嬢様の言葉をそのままに受け取りました。しかし、それは間違いだったと気付いたのです。今ならわかります。お嬢様には皆様が必要です』

唯「おじさん……」

斉藤『心と心は通じ合いません。私が良かれと思ってしたことが、お嬢様の傷を深めてしまうかもしれない。そう考えると、私は前に進むことができなくなったのです。これではお嬢様の執事失格です。時に、主人の言葉すら乗り越えたその先に主人の幸せを見つけることも、執事の役目であるというのに』

澪「じゃ、じゃあ」

斉藤『どうぞお入りください。お嬢様は私が説得いたします』
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:22:25.59 ID:HulktAtno
日本 桜が丘 琴吹邸


斉藤「お嬢様」

紬「わかっているわ。皆が来たのね」

斉藤「はい。この斉藤、どのような処分も受ける覚悟でございます」

紬「いいのよ。いずれ決着を付けなければならないことだから。それに、斉藤、あなたが私のために考えてくれた結果なんでしょう?」

斉藤「お嬢様……あの時、旦那様が無くなった日の翌日も、皆様がおこしになったことを……」

紬「ええ、覚えているわ。私もインターホンの映像を見ていたもの」

斉藤「あの時の選択はもう二度とやり直すことは出来ません。時間は戻りません。しかし、今からやり直すことはできると思うのです。お嬢様、どうか、皆様にとって、お嬢様にとっての幸せとはなにか、充分に考えた上でのご決断を」

紬「斉藤、少し聞いても良い?」

斉藤「はい、お嬢様」

紬「斉藤は、やっぱり私が戦いをやめて、皆と一緒にバンドをして、そうやって生きていくことが私の幸せだと思う?」

斉藤「はい。それは断言することが出来ます。私にお嬢様の幸せの形を決める資格はありません。これはただ、単純な……私の願いです」

紬「ありがとう。斉藤。私、皆に会うわ。ただし、服はこのままで」

斉藤「そのままで、でございますか?」

紬「ええ。今の私が一体どういう人間なのか、一目でわかって欲しいから」
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:23:12.12 ID:HulktAtno
日本 桜が丘 琴吹邸


四人が通されたのは食堂。ドラマや映画にでてくるような大きなテーブルを取り囲むように椅子が配置されている。
ずいぶん互いの距離が遠い。思わず心細くなる。

澪「……」

皆、無言だった。何を考えているのかは、澪にはわからない。心は通じ合わない。
紬との思い出を振り返っているのか。紬と会ったら何を話そうか考えているのか。何も考えられないのか。

長い沈黙を経て、扉が開く。

澪「――!」

紬「みんな、久しぶり」

そこに居たのは、変わり果てた姿となった、かつての親友だった。
頬はこけ、Tシャツとジーンズから覗く肌には細かい切り傷や痣。美しかったウェーブのブロンドもすっかり痛んで、煤けた色をしていた。
海のように深いエメラルドグリーンの瞳は心なしか濁ってしまっていた。
そこにあったのはもはや、あの美しい少女、琴吹紬とは言えない、消耗しきった身体だった。

澪「ムギ……!」

体が震えた。ここまでとは思っていなかった。
原因は、おそらくタックマンとしての変異種達との戦いだろう。
特異な能力を駆使し凶悪な犯罪を繰り返す彼らとの戦いは外傷だけにとどまらず、多大なストレスを紬に与えていたのだ。

澪(どう、すればいいんだ?)

澪は、こんな姿になってしまった紬にかける言葉がみつからなかった。
律や梓、唯のように変わらない顔を見せてくれるものだと思い込んでいた。思い出の中の少女達と同じ美しい姿をしているのだと。
だが、それは違った。
ましてや、桜が丘高校の中でもひときわ輝いていたあの紬である。
この変わりようをどう表現して良いのかすら見つからなかった。

唯「ムギちゃーん!!!」

澪(唯!?)

唯「むぎゅー!」

唯がはじけるように飛び出し、紬に抱きついていた。

紬「ゆ、唯ちゃん!?」

唯「久しぶりだね、ムギちゃん! あえて嬉しいよ!」

紬「……」

澪「……」

紬はあまりのことに何を言って良いのかわからないらしい。澪も同じだ。

梓「ちょっと、唯先輩、いきなり抱きつくのは」

唯「あずにゃんいけずー」

梓「そういう問題じゃありません! ムギ先輩、困ってるじゃないですか!」

立ち上がり、唯と紬に声をかけたのは梓だった。
昔となにも変わらない調子で紬を気遣いながら、唯をたしなめている。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:23:50.83 ID:HulktAtno
紬「ゆ、唯ちゃん。梓ちゃん……?」

唯「なーに?」

梓「なんですか、先輩?」

紬「私のこんな姿を見て、なんとも思わないの? 汚くて、惨めな、私の本当の姿なのよ? これがあなた達を裏切った私の――」

唯「――ムギちゃんは、ムギちゃんだから」

紬「ぁ……」

梓「そうです。ムギ先輩は、ムギ先輩じゃないですか」

唯「だから」

梓「お帰りなさい。ムギ先輩」

澪(そうか、そうなんだ)

バカみたいだ。なんでこんなに悩んでたんだろう。
それでいいんだ。秋山澪もまた、秋山澪でしかない。ムギがムギであるように。
自分を押さえつけてまで接して、それが親友のやることなんかじゃないんだ。

澪「ムギ……会えて嬉しいよ。お帰り」

紬「唯ちゃん、梓ちゃん、澪ちゃん……」

澪(律は……)

澪は律の座っている席を見る。さっきからやけに口数が少ない律。
うつむいて……よく見ると、涙を流していた。

紬「律っちゃん……」

律「ムギ……よくも勝手にどっかにいってくれたな……」

澪「律……」

律「部長として、絶対許さない……! ちくしょー、大好きだ、ムギー!!!!」

律もまたはじけたように立ち上がってムギに駆け寄り、抱きしめた。

唯「ちょ、律っちゃん私の!」

律「唯だけずるいんだよ!」

唯「なにおー!」

紬「みんな……」

紬の目から。枯れ果ててしまったその瞳から、一筋の光が覗いていた。
涙。

紬は泣いていた。

紬「みんな……ごめんなさい、私……私……みんなにずっと迷惑をかけて……」

唯「大丈夫だよ、ムギちゃん」

律「みんなムギが大好きだよ」

紬「……! そっか。そうなんだ。ありがとう、みんな。――ただいま」
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:24:28.76 ID:HulktAtno
日本 桜が丘 琴吹邸


律「――つまり、ご両親がなくなってから、世界中を放浪してたってわけか」

紬「ええ、ここに戻ってきたのもつい最近なの」

梓「二年も一人で旅を? 誰にも言わずに? お金とか、大丈夫だったんですか?」

紬「そうね、いろんなことをしたわ。時には、生きるために悪いことも。そうやって頭が麻痺してきて、少し善悪の区別すらつかなくなったこともあった」

澪「ムギ……」

唯「たくさんおなかすいたんじゃない? ムギちゃん、随分とやせてるよ?」

紬「ふふ、そうね。高校のころは食べ物に困ることなんてなかったから、随分太っていたわね」

唯「でも今のムギちゃんも好きだよ! なんかたくましくて、ワイルドって感じ」

澪「おい、唯!」

紬「いいのよ、澪ちゃん。唯ちゃんにそういってもらえると、私も嬉しいから」

律「それで、ムギ。部長として聞きたいことがあるんだ」

紬「どうぞ、律っちゃん部長」

律「私たちのところに、放課後ティータイムに戻ってくる気はないのか?」

紬「……部長としてじゃなく、律っちゃん個人の意見が聞きたいな」

律「ムギ、戻って来い」

澪(律……!)

律「私たちにはムギが必要なんだ。放課後ティータイムはみんながそろわないと、放課後ティータイムじゃないんだ。ずっと、何かが欠けたままなんだ」

紬「……みんなは、どう思ってる?」

梓「私も同じ気持ちです! ムギ先輩、お願いです、私たちと一緒にまたバンドやりましょう!」

紬「澪ちゃんと、唯ちゃんは?」

澪「私は……ムギに帰ってきて欲しいっていうのが本当の気持ちだ。でも、強制はしない。ムギの意思を尊重するよ。ムギがそれ以上に大切なことをしようとするなら、それを応援する」

唯「私は……」

唯は非常に深くなやんだような表情を見せたが、すぐにぱっと笑顔になった。

唯「私は、ムギちゃんのお茶が飲みたいなぁ」

梓「唯先輩、ふざけてません?」

唯「ふざけてなんかないよー。ムギちゃんのおかしも食べたいし。ムギちゃんに抱きつきたいし、何より――ムギちゃんの笑顔がみたいな」

唯は優しい目で紬を見つめる。

唯「私、あんまり賢くないから、上手く気持ちを伝えられない。だけど、自分の心にだけは嘘をつきたくないよ。だからムギちゃん、私、ムギちゃんがたとえ放課後ティータイムに帰ってこなくても、ムギちゃんと一緒にいたい。ムギちゃんがここを出たくないならここに毎日来るし、ムギちゃんがまたどこかにいくなら、私、一緒に行く」

紬「だめよ、唯ちゃん!」

唯「だめって言われても行くよ! ムギちゃん、わがままだよ。勝手に居なくなって、私、怒ってるんだよ? ずっと、毎日ムギちゃんのこと考えてたんだよ。いまだって頭の中はムギちゃんで一杯。だからムギちゃんのわがままの分、私がわがまま言ってもいいはずだよ!」

紬「唯ちゃん……」

律「よし、唯隊員。それでいこう」
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:24:59.52 ID:HulktAtno
唯「な、なにぃ、律っちゃん隊員が動いた!」

律「ムギ、お前のわがままでいろいろあったんだから責任とってもらうぞ! 私のわがままを聞け! これからはムギに毎日会いに来るし、ムギがどこかに行くならついていく! 嫌って言ってもだ! わかったな!」

紬「律っちゃん……!」

澪「やれやれ……」

梓「せ、先輩がたは非常識です!」

律「まさかの裏切り!?」

梓「でも、私もその提案、乗ります。ムギ先輩。嫌って言っても逃がしません」

澪「お前ら……。私はまあ、拒否する理由もないから賛成ということで」

紬「みんな……」

律「ムギは。ムギはどうしたい?」

澪「これは私たちのわがままだ」

唯「ムギちゃんがなんと言おうと、私たちがやり通すわがままだよ」

梓「ムギ先輩の気持ちを、聞かせてください」

紬「私、私は……」

――その時。
暗闇が彼女らを飲み込んだ。

澪「なんだ、停電か!?」

唯「くらっ、あずにゃんどこー!?」

梓「唯先輩、暗闇にまぎれて私の胸揉まないでください」

唯「あ、ちっちゃいからわからなかった」

梓「唯先輩!?」

律「とにかく落ち着けみんな!」

少しして、再び電気はついた。

律「あれ、ムギは?」

斉藤「皆様、ご安心ください。備え付けの非常用電源が作動いたしました」

澪「ムギは、どこにいったんですか?」

斉藤「お嬢様は停電の原因を探しに出られました」

唯「そんな危ないこと、ムギちゃんがやることないんじゃないの?」

斉藤「お嬢様はこの家の主。何かを持つものには責任が伴うのでございます。ご安心ください。お嬢様は無事にお帰りになります」

澪「ムギ……」

斉藤の悲しげな顔を見れば明らかだ。何か事件か事故が起こり、紬はそれに対処しに行った。澪にはそれが容易に理解できた。

澪(そっか、ムギはやっぱり……)

紬はこの街の、静かなる守護者。
始めてしまったのだ。
撃ち出された銃弾は、もう止まらない。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:25:48.33 ID:HulktAtno
日本 桜が丘


――お嬢様、送電施設が何者かに占拠されました。

タックマン(やはり、この街に新たな脅威が迫っている……)

タックマンはT-ポッドで電灯を失い、完全な漆黒に染まった夜の街を疾走している。
目的地は桜が丘の送電網の大元となっている送電施設だ。大規模停電の原因はそこにある。

タックマン「道が……」

しかし、突然の停電は交通の混乱を引き起こし、道路は導きを失った車であふれかえっていた。

タックマン「装甲閉鎖。T-ウイング展開。ロケットブースター」

音声認識によって、T-ポッドの白い装甲は流線型に閉じ、両サイドに戦闘機のような翼が展開される。
そのままブースターによってT-ポッドは車の溜まり場に突っ込む。

タックマン「上昇!」

T-ポッドは衝突の直前に機首を上げ、飛び立った。

タックマン(長くはもたない。目的地に早く着陸しないと)

ロケットブースターを維持するだけのエネルギーを供給することはさすがにこのT-ポッドでも無理だ。
タックマンは機首を送電施設に向け、ロケットブースターを噴射した。
上空からの突撃。普通なら――普通でなくとも自殺行為である。

タックマン「――くっ!!」

多大な衝撃と共にT-ポッドは送電施設の壁を突き破り、内部で胴体を擦りながら速度を落としていく。
正規の着陸では遅いという判断だが、予想以上の衝撃にタックマンの身体もばらばらに引き裂かれそうだった。
やがて完全に速度を失ったT-ポッドからタックマンは這い出る。

???「動かないでください」

タックマン「――!?」

気付いたときには、すでに背後から頭に銃を突きつけられていた。

???「久しぶりだと言っておきます」

タックマン「何者だ」

???「おや、忘れてしまったんですか? 大切な『仲間』なのに」

タックマン「まさか、その声……」

???「そうです。エージェントEですよ。タックマン――いえ、エージェントT」

エージェントE。紬が以前、特殊部隊『ナイトストーカー』に所属していた時期の、同僚。
眼鏡をかけ、細長いからだに長身が特徴的なこの男は、潜入工作を得意としていた。

エージェントE「まったく、美しいあなたが組織を抜け、幸せにでもなるのかと思えばこんなくだらないごっこ遊びを。私はがっかりですよ、エージェントT」

タックマン「貴様、ここで何をしている」

エージェントE「何って、あなたがよくご存知でしょう? 私はナイトストーカー。得意なのは潜入工作。これはその結果ですよ」

タックマン「送電を停止して何をするつもりだ」

エージェントE「今までと同じです。平和を守るお仕事ですよ。あなたならご理解いただけるかと」

タックマン「街一つ停電させてすることなど、ロクでもないことだろう」

エージェントE「まさか。むしろこれだけの規模であたらねばならない任務。それは即ち、この国の――いえ、この世界の命運を握るとも考えられませんか?」

タックマン「世界の?」

エージェントE「そうです。今回の任務はナイトストーカーの主要メンバー全てが動員されています。これでこの件の重大さを理解できるでしょう?」

タックマン「まさか、エージェントZが、この街に……?」
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:26:17.16 ID:HulktAtno
エージェントE「もちろん。世界を守るための最重要任務。『最終兵器』であるエージェントZが表舞台に出てくるのも必然とはいえませんか?」

タックマン「何を、企んでいる」

エージェントE「いいでしょう。今は違いますが、あなたは仲間です。下手に争うことになるのも面倒ですしね。ナイトストーカーはあくまで世界のバランスを保つことを目的としている。私がこんなテロリストまがいの行為を働いているのも、正当な理由あってのことですよ。全てを、とは言いませんが、あなたには少しだけ教えておいてあげましょう」

エージェントEは細い手足を大げさに振り、芝居がかった口調でタックマンに突きつけていた銃を降ろした。

エージェントE「発電所を破壊したのは、ある人物を救助するためです。人道的な行動だと思いませんか?」

タックマン「ある人物とは?」

エージェントE「あなたも知っている人ですよ。大切な恩師。名は、山中さわ子」

タックマン「さわ子先生が!? いや、救助とは……」

エージェントE「拘束されているのですよ。彼女はとある理由で非人道的な扱いを受けています。我々は彼女を解放するためにここに来た」

タックマン「どういうことだ」

エージェントE「勘が鈍ったんじゃないですか? 強制収容所、変異種。あなたがタックマンとして戦った中で直面したキーワードだったはずです」

エージェントEは潜入工作を得意としているだけに、下調べは入念に行う。
この街と、タックマンの情報はすでに手中に収めているようだ。

タックマン「山中さわ子が変異種となり、強制収容所に監禁されているというのか。しかし強制収容所はすでに廃止されたはず。監視衛星からもそれらしい施設は」

エージェントE「甘いですね。人は自らと違うものを排除し、団結を固める。強制収容所は人間にとって必要なものです。廃止されるはずがありませんよ。今でもまだ続いています」

タックマン「地下か」

エージェントE「その通り。やれば出来るじゃないですか。それでこそ最も優秀とうたわれたエージェント」

タックマン「茶化すな。発電所を襲った目的もそのためか」

エージェントE「収容所は非常に非人道的な防御システムで守られています。いえ、守る気がそもそも無いと考えて良いでしょう。システムは非常にシンプルですがやぶりにくい。そう、全てが電力で自動化されており、人の出入りが起こった瞬間に核爆弾施設全てが吹き飛ぶようになっています。この街ごと、ね」

タックマン「核だと……? 一人の人間に何故それほどのことを。そもそも収容所に人の出入りが無いと言うのは……」

エージェントE「不可解でしょうね。しかしこういうのはどうでしょう。山中さわ子は世界を左右するほどの力を持っている」

タックマン「クラス5か!」

エージェントE「その通り。この国はクラス5を秘匿し、世界のパワーバランスを乱している。だから我々の介入が必要となった」

タックマン「山中さわ子を脱出させ、なにをするつもりだ」

エージェントE「あなたも長官の性格は知っているでしょう。『人間は自らの生き方を選択しなければならない』」

タックマン「自由にしようというのか。だが、そんな力を持ってしまえばなにもかもが思い通りにはいかない。力には、責任が伴う」

エージェントE「もちろん、なにもかも思い通りにことは運びませんよ。だけど、彼女は選ばなくてはならない。選択のその先に何があるか、それはまだ誰にもわかりませんが」

タックマン「信じて、良いのか」

エージェントE「少なくとも、ここまでに嘘はないと誓って言えます。あなたとは仲間でしたからね、情もあります」

タックマン「……」

エージェントE「そして、仲間として聞いてくださいますか? あなたはこの件に一切関わらないで欲しいんです。話がややこしくなりますからね。発電所を襲い、違法とはいえ国有の施設である収容所を襲うなどというのは正義の味方であるタックマンが関わることではありませんよ」

タックマン「……良いだろう。今は信用してやる。だが、ナイトストーカーと言えども一線を越えれば私の敵となる」

エージェントE「わかっていますよ。あなたの恐ろしさはよく知っています。あなたは暗闇から、我々を監視する。それでかまいません」

エージェントEは狡猾な笑みを浮かべた。

タックマン(信用できるか……? こいつを、ナイトストーカーを)
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:26:49.89 ID:HulktAtno
人を好きになるということ。
それは心が壊れてしまうということ。

「大切な人を失って、君は何を思う?」

「私にとって、あの子達は希望だった」

「君の失った過去を取り戻す鍵になると、そう思っていたのかね?」

「私は何も失ってなんていない。元から何も持っていなかった」

「それは君の選択の結果だ。だが、それを変えていくことも出来る」

「いいのよ、もう、この暗闇の中で全ては終わる」

「終わりはしない。始まるんだ。これから君が始める。何もかもを」

選べ、山中さわ子。

人は自らの運命を自ら選択しなければならない。それが君に課せられた使命であり、唯一与えられた権利だ。

選べ、山中さわ子。


君が歩むべき未来を。








   澪「その笑顔に救われたから」
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/13(水) 04:31:45.99 ID:HulktAtno
今回の投下は終了です。まだ序章ですが。
このお話は続編ではありますが、澪、律、さわ子が中心になってくると思います。
あと多分、聡も話に絡んできます。聡が出るSSが苦手という方はご注意ください(恋愛方面の出番ではありません)。

しめっぽいお話が続きますが、次からはもう少し話が早く展開すると思います。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/13(水) 06:44:04.31 ID:0qz8YsjDO
おつゥ
次の投下が楽しみだ
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/04/13(水) 21:54:53.18 ID:7AoUDmUAO
おぉ何か熱い展開だな、嘗ての戦友の実力に期待
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/13(水) 22:49:48.55 ID:9zol+vJX0
ほのぼの系+バイオレンスが好きな俺得
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/05/03(火) 17:22:12.80 ID:XsCjfw0Oo
書き進めていた部分が気に入らなくて大幅にボツってしまったのでかなり遅れています。
とりあえずほんの少しだけ書き進めたので投下します。短いです。
聡が嫌いな方は注意。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/03(火) 17:22:45.03 ID:XsCjfw0Oo
日本 桜が丘


聡「んじゃ、また明日ー」

友人達と別れ、帰路に着く。最近物騒だ。夕日が沈む前に帰らないと何が起こるかわからない。
自分の姉が少し前に誘拐されている聡にはそのことがなによりも現実的に理解できた。

聡「ん、なんだ?」

ふと、遠くから何かが聞こえた。何かを呼ぶ声。そして、それをかきけそうとする怒号。
――暴力。その二文字が聡に大きくのしかかった。

「たすけて……だれか……」

聡はおそるおそる、人気のないその裏路地を覗き込む。
そこには、聡と同年代と思われる少女と、彼女を蹴り飛ばし、踏みつける男がいた。

男「これはてめェが財布をスッた罰だ!! 誰にも助けてもらう資格はねぇ!!」

少女「ごめんなさい……ごめんなさい……」

聡(あいつ、悪いことをしたんだ。だからあれはその代償なんだ)

聡は、少女に同情しようとしていた自分にそう言い聞かせる。
悪人に同情することで自分にも何らかの被害が及ぶかもしれない。そう思うと、ここは立ち去るべきだと思った。

聡「……っ! やめろ!」

立ち去るべき、なのに。
気がついたら、飛び出して男の腕をつかんでいた。

男「なんだ、てめぇ」

聡「警察につきだせば充分だろ! そんなことをする必要はながっ!!?」

全て言い終わる前に聡の身体は地面に伏していた。
男に顔面を殴られたのだ。なんの躊躇も無く。

男「うぜぇな。今どき良識人ぶんなよ、クソガキ」

聡「……っ!」
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/03(火) 17:23:11.28 ID:XsCjfw0Oo
とてつもなく後悔した。なんで自分は殴られているんだ。知らない女の子のために。しかも悪人だ。
悪人のために自分は殴られた。最悪だ。わりにあわない。
でも、そんな理不尽が普通におこるのがこの時代だ。わかっているはずだった。
自分を賢いと思っていた。だけど違った。馬鹿なんだ。結局、同じだ――姉ちゃんと。

聡(姉ちゃんだったら、きっとこうしただろうな……)

男「おい、立てよガキ。まあ、ご立派に出てきたんだからそっちのクソアマのかわりに俺のこの気分を満足させてくれるんだよな?」

聡「……クソはお前だ。満足してたいなら一人でオナニーでもしてろよカス」

男「あ?」

男は聡の腹部を蹴り上げる。
胃の中のものが逆流し、口から噴出する。格好悪いな。などと冷静に考えてしまう。
女の子の前だから、格好付けたかったのだろうか、自分は。
そんな力、あるはずないのに。

男「てめぇ、ボコるだけじゃ済まさねぇぞ……。てめぇ見たいな善人気取りは……そうだ、こうしよう」

男は少女の服に手をかけ、一気に引き裂いた。

少女「ひっ……!」

男「お前、俺の目の前でこの女をレイプしろ、そうすりゃ許してやる」

聡「……」

男「やらなきゃ、両方俺の気の済むまでぶん殴る。もしかしたら、加減がきかなくて死んじまうかもな」

聡(……代償、か)

これは自分の無謀の代償。正義を貫くなんていう自己満足に浸ろうとした代償。
世界は、悪をとがめるためにできているわけではない。バランスとは、人間に都合の良いようにできてはいない。
悪行に代償が伴う時代があれば、逆に正義に代償が伴う時代もある。今は後者。
バランスからの逸脱が代償を求めるとすれば、今、この世界は悪こそが真実。ならば、正義を行おうとすれば当然その代償が必要だ。

そんなに、難しい理屈じゃない。
弱かったんだ。自分の善の心にも打ち勝てないくらいに、自分が。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/03(火) 17:23:37.27 ID:XsCjfw0Oo
聡「……殴りたければ、僕を殴れよ。僕だけでいい。その子のぶんも、殴ればいい」

男「……怒りを通り越して、哀れに思えてきたぜ。てめぇが守ろうとしているものが一体なんなのか、わかってんのか? この女に、そこまでして守る価値はあんのかよ」

違う。

男「おい、このガキ、お前の知り合いか?」

少女は首を横に振る。

男「じゃあ、何の思い入れもないよなぁ。この親切な馬鹿がお前のかわりに殴られてくれるってよ。どう思う?」

少女「……帰って」

聡「……!」

少女「そんな同情、求めてない。これはあたしの代償だ」

違う。

男「ひゃはははははははぁ!! 狂ってるぜ! この世界より、ずっと、てめぇが馬鹿なんだよ! 今からでも遅くはねぇ、認めろよ。この女を犯せ。俺たちと同じ世界で生きろよ。俺は、親切で言ってやってんだぜ?」

そうだ。この男の言うことは正しい。
この世界で生きていくということは、目をつぶるということだ。自己満足なんてものを捨てなければならない。
本当に正義を求め続けるという欲望を捨てなければならない。
自分自身の真実から、目をそらさなければならない。

だけど、違うんだ。
その女の子を助けたいわけでも、正義を為したいわけでもない。

男「じゃあこういうのはどうだ。おい、このガキを殺したらお前だけは許してやるよ」

男は少女に、ナイフを持たせる。

少女「……本当に?」

男「ああ、俺は親切だからな。嘘はつかない。そいつを殺せば――お前を助けてくれようとしたこの正義の味方を殺せば、お前は許される」

少女「……」

少女は、聡にゆっくりと近づく。
震える手で、なんとかナイフをその手に繋ぎとめながら。

少女「あんたが、あんたが馬鹿だったのよ。あたしは悪くない、あたしの代償を奪おうとした、あんたに対する代償」

ぶつぶつとつぶやきながら、少女は聡にナイフをつきつける。

男「おら、やれよ!」

少女「あ、アアアアアアアアああああああああああああ!!!!」

少女は奇声を発し、それを振り下ろした――男の腹部に向かって。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/03(火) 17:24:03.38 ID:XsCjfw0Oo
男「……あ?」

男はすこし放心した後、自分の血に染まった腹部を見た。
そして、倒れた。

少女はさらに男に馬乗りになり、ナイフを引き抜き、もう一度突き立てる。
何度も、何度も、くりかえし、男にナイフを突き立てた。

少女「うああああああああああああ!!!」

聡「やめろ……」

少女「よくもっ! よくもっ!!!」

聡「やめてくれよ……!」

なんで、上手く行かないんだろう。こんな結果、望んでなかったのに。
いい奴でも、悪い奴でも、最後には笑って過ごして欲しいのに。
傷つけあうなんて、悲しいだけなのに。

少女「はぁ……はぁ……」

聡「なんで、殺した」

少女「あたしを傷つけた、代償」

聡「それは、お前の悪に対する代償だったはずだろ」

少女「そんなもん知らないわよ……」

少女は聡に再びナイフをつきつける。

聡「僕を殺すのか? 殺人現場を見た僕を」

少女「あんた、いい気になってんじゃないでしょうね。あたしを助けたとか、そんな都合のいい夢をみてんじゃないでしょうね」

少女の表情には、あらゆるものへの憎悪が映っていた。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/03(火) 17:24:30.14 ID:XsCjfw0Oo
少女「あたしを抱きたかった? 女だから、同情した? ……馬鹿にしないで、あんたなんかの助け、誰も求めてない」

聡「ちがう! 違う。人が人を助けるって、そんなに難しいことじゃないんだ。もっと簡単で、助けたいって、単純な気持ちがあって、理由なんてない」

少女「なにが違うってのよ……全部同じ。あんたも、あたしも、そこで死んでるそいつも……みんな、同じなのよ。結局、弱者のまま。自分の思ったこと、全て成し遂げられなくて、立ち止まって……」

聡「違う、違う……僕とそいつは、同じじゃない。お前も、きっとそうだ。同じ人間なんていない。みんな別々の気持ちと戦って、勝てなくて、その気持ちを伝えられない」

――だから、こうやって憎しみあう。

少女「……もう、いいわ。帰りなさい。二度と、あんたの顔なんて見たくない。善人気取りなんて、ウザいだけよ」

聡「……」

少女はナイフをおろし、背を向け、歩き始めた。

聡「待って!」

少女「?」

少女の肩には、上着がかけられていた。

聡「そんな格好じゃ、歩けないだろ」

少女の服はさっき男にやぶられてボロボロだ。肌も見えてしまっている。

少女「……優しい人間になったつもり?」

聡「さあね」

少女「……」

少女は何も言わず。そのままどこかに消えた。

聡「たすけてって、言ったじゃないか」

それだけだ。本当は、それだけなんだ。
それだけで、充分なんだ。人が人を助けるって。

だけど、この時代にはそれが許されない。異常だからだ。
もし人を助けるためになにもかも犠牲にし、あらゆる代償をその身に受け、しかしそれを成し遂げる力を持つものが存在するとすれば。
それはある時代ではヒーローと呼ばれ、そしてこの時代には『バケモノ』と呼ばれるのだろう。

悪はどの時代でも存在し続ける。
だが、正義はそうじゃない。無くなってしまう時だってある。
本当の敵は、悪ではなく、きっと――
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/03(火) 17:30:26.48 ID:XsCjfw0Oo
短くてすみませんが、ここで今回は終了です。
なんだかオリキャラばっかりでてきて申し訳ありません。個人的にもオリキャラを使うようなSSは好まないんですが、けいおん部を悪人に出来ないのでしかたなく出させてもらっています。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/04(水) 03:37:37.77 ID:kwPvdV8P0

オリ悪は特定キャラのファンも安心して読めるから良し
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/05/11(水) 01:12:03.79 ID:39d3h1Aso
続き投下します。さわちゃんの出番はいつなのか
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/11(水) 01:12:43.36 ID:39d3h1Aso
日本 桜が丘 田井中家


聡「ただいま……」

律「おー、聡。おかえり」

聡「……」

律「んー。なんかあったのか?」

聡「ねーちゃん」

律「どーした? 給食でも残したん?」

聡「ちげーし。……じゃなくて、あのさ、ねーちゃん、前、誘拐されたじゃん」

律「まーな」

聡「その時、どうだった。どんな気分だった?」

律「……なんか、あったんだな?」

聡「なんもないよ。なにも起こってない。なにもできてないし、なにもしてない。だから、嫌なんだ……」

律「……怖かったよ。そりゃ、怖い。死ぬかと思ったんだから」

聡「……」

律「でも、ほら、こうして生きてるんだからさ。だから大丈夫。だから、独りじゃ無い」

聡「……俺は、まだ本当の絶望を知らない」

律「知らなくても、いいんじゃないか?」

聡「……」

律「知らなくても、いいよ」

聡にはわからなかった。
みんなの背負う哀しみ。ずっと想像しても、たどり着けない。
誰もが感じている、痛み。
誰にも、そんなもの、感じて欲しくない。なのに、この世界にはそれがあふれかえっている。
こんな世界でいいのか?
いつだって、そう思っている。だが、俺は、この世界の絶望の何を知っているというんだ?

なにも知らない。
皆が感じる苦しみの一部だって、感じ取れない。
心と心は通じ合わない。
人の感じる痛みをわけあうことはできない。
だから、いつまでも人は争い、傷つけあい、痛みを抱える。

どうすれば、終わる。

それとも、もう終わらないのか。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/11(水) 01:13:10.34 ID:39d3h1Aso
日本 桜が丘


紬「ただいま、斉藤」

斉藤「お嬢様。お疲れ様でした」

紬「皆は帰らせたわね」

斉藤「はい。後日また来ると」

紬「そう……」

ナイトストーカー。山中さわ子。そして、クラス5。
エヴォルドクラスに続いて、また世界を揺るがす存在が、こんなに近くに現われてしまった。
あくまでエージェントEの言うことを信じるならば、だが。運命的なものを感じてしまうのは事実だ。
これが、タックマンとしての運命だというのか。

大切なもの、守ろうとするもの。それらがいやおう無く巻き込まれていく。
生きている限り、人は誰かを傷つける。誰もがそうで、それは紬も例外ではない。
いや、それ以上に紬の業は深い。
戦いから守りたいと、遠ざけたいと思っても、それすら叶わない。
小さな願いですら、叶えてくれない。
それは、タックマンという生き方の代償なのか。
この生き方を選択した自分自身の背負うべき代償だとでも言うのか。

停電からは復旧した。
つまり、強制収容所から山中さわ子を救出するミッションは成功したということだろう。
これは当然のことだ。ナイトストーカーは精鋭中の精鋭揃い。皆が紬と互角以上の実力を持つ。
いわばタックマンが複数いる。そんな戦力と実行力を持ってすれば国営の機関への潜入などたやすいことだ。
送電施設への襲撃のような大胆すぎる作戦は初めてだが、クラス5絡みならば納得も出来る。
だが、クラス5、山中さわ子を手に入れ、ナイトストーカーは何をしようとしているというのか。

選択。

人は自らの生き方を選択しなければならない。

長官はいつもそう口にしていた。
彼が山中さわ子にそういったとしたら。選択を迫ったとしたら。
彼女は、何を選ぶのだろうか。
三年間一緒に居て、でも、わからない。人の心はわからない。心は通じ合わない。
通じ合わないという真実と、痛みを抱え、それでも生きていく。

紬「さわ子先生……」
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/11(水) 01:14:04.04 ID:39d3h1Aso
日本 桜が丘 田井中家



律「聡ー、もう学校行く時間だぞー」

聡「ごめん、体調悪くて……」

律「そっか。私はもう大学行くから、辛いなら寝てろよ。じゃ」

聡「いってらっしゃい」

あわただしく家を出る律。元気だな、と思う。あきれているのではなく、感心している。
あれだけ大掛かりな誘拐劇の被害者だというのに、今ではケロッとしている。いや、それ以前よりも元気になったくらいだ。
それに比べて。

聡「僕は、だめだな」

強がって姉の前では「俺」と自称してはいても、結局は弱い「僕」のままだ。
姉が遭遇したものとは比べ物にならないほどに小さな悪に遭遇しただけでくだけそうになるこの心。
足が震え、なにもできなくなる。学校にいく気力もでない。
この世界が敵ばかりのような気がして。

聡「……」

悪。
底知れない恐怖。
人の心の奥底に、想像できないほどの闇が潜む現実。
自分と同じ、人間に。なによりも身近な存在に。

聡「どうすればいい……」

ふと考え付き、聡は立ち上がった。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/11(水) 01:15:02.13 ID:39d3h1Aso
日本 桜が丘


聡(大丈夫だ、できる……)

人通りが少なく、一般に『ヤバイやつが集まる場所』と言われる所まで来た。
手には布に巻いた包丁。そして。

聡「立ち向かうんだ……!」

聡は、家にあった服を切り裂き、縫い合わせて作り上げた手製の覆面を装着した。
不恰好な覆面だったが、これが弱い自分を隠してくれると思った。
そうだ、あの少女もナイフで男を返り討ちにした。
武器さえあれば、対等にやりあえる。

聡「……」

人の気配。いる。ここを根城にする『悪』。

売人A「困るんだよなぁ、ウチの商品の信用さげるようなことしてくれちゃってさ」

男「わ、悪かったよ、勘弁してくれよ!」

売人B「クズが、謝って済む問題じゃねえんだよ」

売人Bは男の腹を蹴り上げる。

聡(やっぱり、この街にもこんなやつらが増えすぎた……腐ってるんだ)

こんなのは、許されないことだ。
変えなければならない。

聡(僕だって、ただ見てるだけじゃ嫌だ)

売人A「俺たちだってギリギリなんだぜ、互いに足ひっぱらねえようにしねえとなー?」

売人B「徹底的にわからせてやろうぜ」

男「ごめんなさい……ごめんなさい……」

聡(変えるんだ!)

聡は物陰から、包丁を構え、飛び出した。

聡「あああああああああああああああ!!!」

売人A「!?」

それに反応した売人Aは反射的にその手につかんでいたものを盾にした。

ずぶり

包丁が肉を裂き、人の身体の奥深くまで貫く感触。

聡「……そん、な……」

男「ぐ……が……」

聡が持っていた包丁は、売人たちに殴られていた男の胸を貫いていた。
位置、深さからみても、ほぼ致命傷と素人にも判断できる。

聡「なんで……」

売人A「くそっ、何者だ!」
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/11(水) 01:15:28.97 ID:39d3h1Aso
売人Aは放心状態の聡につかみかかり地面に組み伏せた。

売人B「てめぇ、どこの差し金だ」

聡「そんな……」

売人は聡の覆面を剥ぎ取る。

売人A「なんだ、ガキだぜ」

売人B「何が目的が。俺たちを殺してヤクを奪おうとしたのか?」

売人A「見ろよこいつ、人を殺したのは初めてみたいだぜ。たぶんカタギの、ただのガキだ」

売人B「ってことは。てめぇ、覆面かぶってヒーローごっこか」

聡「……」

売人B「最近多いんだよなぁ、こういう奴。タックマンとかいうヒーロー気取りの真似して、覆面かぶって自警団ごっこってな」

売人A「あのな、俺たち変異種なんだよ。素人が殺せるわきゃねーだろ」

売人B「クソガキ、てめぇ俺たちのことクズだって思ってんだろ。クズだから、悪だから、消えていいって。殺してもいいって」

聡「……そうだろ。その通りだろ。この街に、お前らなんかいらない」

売人B「そういう奴は決まってそういう。正義なんて幻想のために『他人を傷つけてもいい』と本気で思ってる。だがな、そう思ってるならあえて教えてやるよ。てめぇも俺たちと同じだ。同じどうしようもないクズで、しかもそれを自覚せず、他者を傷つけることで自分を美化しようとする。守ろうとする」

売人Bは聡の胸倉をつかみ、強引に立たせ、顔を近づけ、諭すように話しかける。

売人B「そうやってでしか生きられない人間もいる。俺だって自分がクズだってわかってんだよ。だが、そんな生き方しかできない。こんな世界に、こんな時代に生まれりゃ、そんなことであふれている。『こんなはずじゃなかった』って、誰もがつぶやいている。お前が悪人だって切り捨て、殺そうとした人間もだ。自分の罪の代償を背負いながら、傷つきながら、毎日生きてる」

聡「そんなの……わかってる。わかってるけど、お前と同じになりたくない。だから……!」

売人B「だからくだらん覆面を着け、強くなった気になって、俺たちを殺そうとして、俺たちを傷つけることで自分を許そうとしたのか? その結果を、見ろ!!」

売人Bは聡の顔をつかみ、無理やり倒れている男のほうに向ける。
聡がさっき刺殺した男。血だまりは広がり、もう息をしていない。

売人B「お前が傷つけた。お前が殺した! これで俺たちと全く同じ……いや、それ以上の『悪』ってわけだ。わかるよな」

聡「そんな……僕は、そんなつもりじゃ……!」

売人B「いいぜ、『俺は』許してやる。だからお前に選択する権利をやる」

売人Bは聡の包丁を拾い上げ、聡の手に持たせた。

売人B「お前が自分のしたことは正しかったと信じるなら、お前自身を殺せ。その包丁で腹を裂き、苦しみのた打ち回りながら死ね。それが当然の代償だ。そして、間違いだったと認めるなら、これ以上はなにもしない。さっさと家に帰れ。そしてくだらない幻想を再び持たないようにもっと賢く生きろ」

売人A「おいおい優しすぎんぞ、それでいいのかよ」

売人B「かまわん。さあ、クソガキ、選べよ。自分の生きる道は、自分で決めるもんだ」

聡「僕の……僕の選択に対する、代償……」

僕は、なんてことをしてしまったんだ。
何を、焦っていたんだ。
助けられなかったから。あの女の子に、拒絶されたから。
わかっていたはずなのに。こんなことには意味が無いって。虚勢だって。
間違ってるって。最初から、わかってた。自分は正義なんかじゃない。利己的で、弱くて。
自分というものを大きく見たくて。認められたくて。他人より上でいたくて。
そんな汚らしい欲望のために他人を利用しようとしていた。

この覆面で弱い自分を隠し、正義という高尚な言葉で貧弱な自分の生き方を補強し。
耳障りの良いただの言葉で自分を囲み、自分とその周りの世界を美化しようとする。
どこにでもいる『善人』の一人にすぎない。
善人という名の、真の役立たず。
どんな人間にも悪があるのに、それを認めず、自らを善人と思い込み続ける愚かな人間。
その有象無象の中の一つのかけらが僕自身で、それは誰にでもすぐわかることで。
悪に立ち向かう特別な存在にはなれなくて。
そんな力もなければ、そんな生き方を選ぶ勇気もない。

それに気づいてしまった。気づいてしまったんだ。
自分自身の真実を、知ってしまった。なら、そこに希望は無い。絶望しかない。
自分の未来にも、過去にも、なにもないって、価値はないって、気づいてしまったから。
希望なんて無い。
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/11(水) 01:15:56.20 ID:39d3h1Aso
聡「――!」

売人B「っ! なんだ……!」

なんだ?
何かが違う。今までとは、なにかが変わっている。
視界がクリアになる。あの空がよく見える。真っ青で、真っ黒い空。

売人B「こいつ、波動が。因子が覚醒しているのか……!」

売人A「ヤバイぜ、さっさとやっちまわねえと!」

売人B「言われずともな!」

売人Bは右腕を振り上げる。右腕は光に包まれ、やがて刃を形作る。

聡(なんだ……これは……)

全てがスローに、クリアに認識できる。今までとは違う。
売人たちのことが手に取るように『理解できた』。
その腕に光る刃も、怖くない。まるで子供が振り上げた小枝のように些細なものに思える。
今までとは全く違う。世界が変わってしまったように思える。
いや――違う。
変わったのは、自分だ。
自分が変われば、世界が変わる。

聡「無駄だ」

光の刃を素手で受け止めながら、聡は冷静に言い放った。

売人B「なっ」

そのことを完全に理解する前に、聡の姿は消えていた。

売人A「どういうことだ!?」

売人B「変異したようだな、厄介だぞ」

売人A「どうすんだ!」

売人B「こっちは二人、相手は目覚めたてだ。有利に変わりは無い」

聡「それはどうかな」

二人の背後から、先ほどとは違う、自身に満ち溢れた声。

聡「『俺』にも真実がわかった。俺自身の勝ち取るべき真実がな」

売人B「何……」

聡「こいよ、遊んでやる」

売人A(ちっ、こいつ、けっこう強力な波動。クラス4だ。どうする)

売人B(慎重に行くぞ。お前は左だ)

売人A(おうっ!)

聡「子供に二人がかりか。底が知れるな」

売人A「おおお!!」

売人Aが指先にエネルギーを収束する。多くの変異種が持つ遠距離攻撃能力『ブラスト』。

聡「ふっ!」

聡は手のひらをつきだす。すると、ブラストは見えない壁に阻まれたかのように何も無い空間で停止した。

売人B「そこだ!」

裏に回っていた売人Bが腕の光刃を振り下ろす。

聡「見え透いている」

聡は振り返り、売人Bの刃を寸前でかわす。
が、売人Bの身のこなしも只者ではない。即座に体勢を整え、聡の胴をなぎ払おうと横に剣を振る。
――その瞬間、聡の姿が消えた。
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/11(水) 01:16:21.57 ID:39d3h1Aso
売人B「消えた!?」

聡「消えたんじゃない。ただ高速で移動しただけだ。見えなかったのか? ウスノロ」

売人B「なっ……」

その声は売人Bの背後から聞こえていた。
まさか、この一瞬で背後にまわったというのか?
そんなことは。

聡「ありえない、馬鹿げていると?」

売人B「……」

聡「お前たちが教えてくれたんだ。感謝しているよ。これがこの世界の真実の姿。実にシンプルじゃないか」

聡の、この少年の表情は今までとは全く違っていた。
絶望を越え、新たなる現実を手にしたのだ。
自信と諦めに満ちたその表情は、まるで宗教画に何度も描かれた聖職者の如く。

聡「強ければ自分の思ったことを押し通せる。シンプルで、完全な答えだ。誰にも否定はできない」

売人A「くっ、しねえええええええええ!!」

聡「そう、そしてお前達はもうこの俺に意見するには力が足りない」

再び放たれた売人Aのブラストを、今度はその視線を向けただけで停止させてしまった。

売人A「そん、な……」

聡「あまりに無力だ」

売人B「なんなんだ、お前は……!」

売人たちの足は震えていた。
目覚めさせてしまった。得体の知れないものを。
悪ではなく、善でもない、もっと厄介なものを。
奴は、恐怖そのものだ。

聡は売人Bに手をかざす。
すると売人Bは宙に浮き上がった。

売人B(念動力……なのか……!?)

聡「何か言い残すことはあるか? あったとしても、別に聞く気はないがな」

売人B「クソガキが……」

聡「終わりだ」

次の瞬間、空中に浮いていた売人の身体は跡形も無く粉々に爆散した。

売人A「ひっ、ひあああああああ……なんだよ、なんなんだよ、こいつ……! だれか、誰か助けて……!」

聡「助けて、という言葉をお前が聞き入れたことはあるか?」

売人A「や、やめて……何でもするから……」

聡「だめだ」

聡がその手に力を入れる。
――その時、聡の腕を誰かがつかみ、静止した。

聡「なんだ、俺の邪魔をするのか?」

タックマン「……」

聡「邪魔するな」

タックマン「それがお前の正義か?」

聡「邪魔をするなと……っ!?」

聡が『自分が殴り飛ばされた』と気付いたのは、それから一瞬後になってのことだった。

聡「――!?」

――殴られた!? あの一瞬だぞ、全く反応できないほどのスピードで!?
今の自分は変異し、常人を遥かに超えたスピードを得ているはずだ。なのに、なんで。
理解できない。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/11(水) 01:16:47.89 ID:39d3h1Aso
今の自分なら、変異した自分なら、多くのことが手に取るように理解できた。
変異種の能力。波動。自分にできること、できないこと。
そして、突如現われたこの純白の仮面、タックマンが変異種ではないことも容易に感じ取ることが出来る。
なのに、それなのに。

ただの人間の拳を受け、倒れている自分がいる。

タックマン「理解できないことは、怖いか?」

聡「……なんで」

タックマン「人は理解できないことを恐怖し、それに名前をつけることで自分の世界の中に閉じ込めようとする。だがそれは所詮はレッテル張りだ。理解したように錯覚し、恐怖を振り払おうとする防衛反応に過ぎない。それは本当の強さではない」

聡「わけわかんねぇよ……!」

聡は立ち上がり、手のひらをタックマンに向ける。
が、タックマンはするりと懐に飛び込み、腕をねじりあげた。
集中しなければ念動力を使用できない。

タックマン「お前は自分自身で選択することを諦めた。その結果、自分のものでは無い力に頼った」

聡「悪いのかよ! 誰だって強いわけじゃない……守りたいものを守るためには、こうするしかない弱い人間だっているんだ。お前みたいに誰でも強くなれるわけなんて、ない!」

タックマン「なら、お前の守りたいものはなんだ。それは、自分自身が思い込んでいた『世界観』なんじゃないのか。絶望を、世界の底を知った気になって、自分の中の真実を他人にも押し付けようとしたんじゃないのか? その結果がその能力だ」

聡「うるさい!!」

強引にタックマンの腕を振り払い、拳を振るう。
が、タックマンは風のように避けてしまう。

聡「なんだよ、なんなんだよ……!」

タックマン「誰にでも死角はある。それは変異種にも例外ではない。反応速度が常人より速いなら、反応できない位置から攻撃するまでだ」

聡の顎がタックマンの拳によって突き上げられる。

聡「がっ!!」

タックマン「それは背後だけではない。人の視界など案外もろいものだ。真正面にも死角はある。無意識に目をそらそうとしている真実だ。それと同じこと、お前は自分自身から目をそらした」

タックマンの攻撃が聡を捕らえる。一つとして反応できない。
クラス4の、上位変異種としての力を備えたこの身体がまったくタックマンのスピードに追いつけない。
いや、スピードならタックマンと互角、それ以上のものを持っているはずなのだ。
だが、タックマンの判断力、観察力はそんな身体的なスペックを遥かに凌駕している。
相手の全く反応できない位置から攻撃を繰り出している。たったそれだけのことで、身体能力で勝る相手をこれほどに圧倒している。

聡(こいつは――異常だ!!)

理解できた。
今まで幾多の犯罪者が、変異種が感じてきたであろう感情を。
変異種ではない、人間ではない。

仮面を被り、正義を為す。それだけのことをたった一人で成し遂げ続けるタックマンの存在。
それはこの世界では何にも勝る異常。あってはならない存在。

――本当の、怪物。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/11(水) 01:17:43.59 ID:39d3h1Aso
ヒーローの存在できない世界で、あがき続け。苦しみ続け、傷つき続け、それでも諦めないこの仮面の戦士は、誰よりも悲しい存在。
誰にも求められず、憎まれることしか出来ない。
人間にとっても、変異種にとっても、敵でしかない。

タックマン「人を殺した罪を償え」

聡「……いやだ」

タックマン「……?」

聡「いやだああああああああああああああ!!!」

突如、聡の身体が光輝き始める。

タックマン「なんだ……!」

光が晴れた時には、聡は居なくなっていた。

タックマン「消えた……」

タックマンは残された売人を警察に突き出すため、端末を操作し始める。

タックマン(それにしても……あの男の子、律っちゃんの……)

以前何度か見た、律の弟に似ていた。
しかし、雰囲気が違いすぎる。あれほどに傲慢な意思は感じられなかった。
他人の空似であって欲しい、とは思うが、そう上手くは行かないであろうという予感も同時にある。

タックマン(身近な人がまきこまれていく……)

それが、タックマンの代償なのだろうか。
この時代の求めないヒーローもどきとして世界とたった一人で戦い続ける、究極の狂人。
そんな意地を張り通した結果が、これなのだろうか。

タックマン(でも、それでも、守りたい)

この街を。大切な人々を。
誰かが誰かを傷つけ、傷つけられる。そんな現実を前に、諦めてしまいたくない。
ただの人間でも、きっと世界を変えられると、信じているから。

そう信じ続けているからこそ、タックマンは誰よりも間違っていて、誰よりも正しいと自覚しながら、戦える。
戦い続けることが出来る。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/11(水) 01:19:47.25 ID:39d3h1Aso
いまいち盛り上がりに欠けてますが、今回はここで終わりです。
タックマンの強さは前作よりかなり上がっているので、聡がクラス4の中でも弱いってわけではないです。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/14(土) 17:01:08.20 ID:rK4wnn1DO
律がエヴォルドクラスってことは聡は……
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/15(日) 19:42:57.37 ID:qazIvUZO0
聡より唯がエヴォルドな気がする兄弟対比的に
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/15(日) 20:49:16.77 ID:51zDlQFDO
なんていうか、聡は他の変異種とは違う特別な変異種な気がする

どんどんレベルが上がる的な
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/06/08(水) 01:37:47.39 ID:hp7a8BNv0
此処に来て未完なのか?
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/08(水) 14:33:56.31 ID:AqD/jxRfo
そういうわけではないです。少しリアルが立て込んでいまして、書くのが遅れています。
もうしばらくしたら続きを投下できると思います。
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/08(水) 14:34:39.29 ID:AqD/jxRfo
そういうわけではないです。少しリアルが立て込んでいまして、書くのが遅れています。
もうしばらくしたら続きを投下できると思います。
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/08(水) 14:35:17.97 ID:AqD/jxRfo
何故二回書いたし・・
186 :182 [sage]:2011/06/08(水) 23:56:06.58 ID:hp7a8BNv0
急かしているようで申し訳ない。
千切れない程度に首を長くして待っていますので、
何よりも作者さんの都合を優先して、無理せず投下をお願いいたします。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/06/12(日) 23:59:11.83 ID:k2YfG5s4o
乙!
のんびり待ってるぜ!
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/06/19(日) 03:36:32.51 ID:i3ah48K2o
短いけど投下します
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/06/19(日) 03:37:24.88 ID:i3ah48K2o
日本 桜が丘


聡「はぁ……はぁ……あれが、タックマン……この街の守護者か」

ただの人間だったころはなんということはなかった。
この街を守ろうとする正義の味方だと思っていた。みんなのために戦ってくれる善人の一人だと。
しかし、タックマンはこの街の善人の一人ではない。もっと別の存在だ。
今ならわかる。
奴は何かが違う。変異種とも、人間とも。

あいつはヒーローではない。それを超えたものだ。

聡「っ……」

どうすればいい。
顔を隠し、正義を守ろうと立ち向かおうとした。しかし、そうして得たのは絶望だけ。
絶望がもたらしたのは、どうしようもないこの破壊の力。

聡「僕は、どうすればいいんだ」
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/19(日) 03:37:51.78 ID:i3ah48K2o
数日後 日本 桜が丘 週刊さくら編集部


澪「この街にもう一人の仮面のヒーロー出現、か」

律の弟、聡が行方不明になってから、数日がたった。
街の犯罪件数は近頃また上昇している。タックマンが現われてから下降気味であったはずだが。

編集長「なんでも、噂じゃ『ワイズマン』って呼ばれてるらしい。ボロ布の覆面とマントを羽織ってるから賢者(ワイズマン)に見えるんだとさ」

澪「ワイズマン……」

編集長「だがこいつはとんだくわせもんかもしれねえな。こいつ、出会った犯罪者を全員殺してやがる」

澪「犯罪者を対象にした、無差別殺人者、ということですか?」

編集者「ああ、そうとられても仕方がねえ。そもそも覆面の自警団ってだけで、犯罪者とすれすれの存在なんだ。なのに、犯罪者を殺してるとなれば……」

澪「確かに、これをヒーローと呼ぶのは少し早計ですね」

編集者「ま、調べてみないことには何もわからんがな。所詮はまだ噂の段階だ」

澪「わかりました。すこし当たってみます」

編集者「ほどほどにな」

澪「はい」
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/19(日) 03:38:25.62 ID:i3ah48K2o
日本 桜が丘 某喫茶店


澪「いきなり呼び出してごめん、忙しいのに」

紬「いいのよ」

澪と紬は向かい合い、紅茶を飲んでいた。澪が呼び出したのだ。
紬の姿は以前より、ますますやつれて見えた。

澪「この街にもう一人の『仮面』が現われた。ワイズマン、なんて呼ばれてるみたいだ」

紬「そう、みたいね」

澪「何か、知ってるのか?」

紬「わからない。わからないけど、一つ言える事は――人を殺すのならば、私の敵になりえるということ」

澪「そっか……」

それはそうだ。タックマンが犯罪者を殺すことはない。
タックマンが憎むのは世界を蝕む悪そのものであり、人間ではない。

澪「前はみんなで押しかけて、悪かった。ああは言ったけど、私はまだ、迷ってる。ムギがやりたいことのために、私達が負担になるって、わかってるから」

紬「優しいのね」

澪「それはムギのことだと思う」

紬「……」

澪「ムギ、本当は、この街を、この世界をたった一人で救えるなんて、思ってないんじゃないのか?」

紬「どうして、そう思うの?」

澪「今のムギは、生きるために何かをしてるんじゃなくて、何かのために生きてるみたいだ。まるで、それを成し遂げることができたら、命を失ってもかまわないみたいに」

紬「……そう、ね。きっとそう。この世界にはヒーローはいない。私がこんなどうしようもない世界の現実に対して抗ったとしても、きっと世界は静かなまま。一人の人間が世界を変えるだなんて、おこがましいもの」

澪「だったら」

紬「でもね、運命を変える力は一人ひとりの手にある。私が戦うことで、私が正義のシンボルとなることで、もしかしたら、この街に生きる人の心が変わるかも知れない。ほんの少しでも良い、そうやって変わっていくことができたら、きっと――」


――そこには、ヒーローが生まれるかもしれない。
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/19(日) 03:38:51.97 ID:i3ah48K2o
澪「……」

紬が去り、澪は呆然とそこに座っていることしかできなかった。

澪「ムギ……」

悪こそがパラダイムなんだ。誰だって、その真実を知りながら目をそらしていた。
善人ぶって、自分の心を慰めて、そうやって生きている。
悪を認めるのは怖いから。自分自身が穢れてしまうのを恐れているから。
だが、それは弱さだ。

この時代に正義はない。正義のない世界にヒーローは生まれない。
正義を主張し、真実に抗うものは狂人として消えていく。
しかし、こんな世界に、正義そのものとして――人間を越え、人々の心の中に存在するシンボルとなることが出来たら。
世界は変わり、ヒーローの存在できる世界になるかもしれない。

それは、無謀だった。
賭けという言葉ですら表現できない。全くの無謀。
人の心を変えること。それが何よりも難しい。
それを誰よりも強くしりながら、成し遂げようとしている。
暗闇に包まれた世界で、たった一人、光を信じながら走り続けている。
自分がヒーローにはなれないと知りながら。やがてヒーローの生まれる世界を作るために。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/19(日) 03:39:20.18 ID:i3ah48K2o
日本 桜が丘 某所


サングラスの男「ここもそろそろ潮時だな」

スーツの男「ああ、いい金にはなったが、厄介な奴がいやがる」

サングラスの男「タックマン……ふざけた野郎だ。だが、俺たちだってバカじゃねえ、引き際ってやつは知ってる。もうこの街には用はねえ」

???「そうだな、その通りだ」

スーツの男「誰だ!」

スーツの男は声の主に向かって銃を向ける。
声の主はボロ布で顔と身体を隠している。
最近噂になっている、「ワイズマン」だろう。

スーツの男「……二人目のヒーロー気取りか……。タックマンのせいで、こんなパチくせぇやつも相手にしなきゃならなくなった」

サングラスの男「奴が示した正義って希望にすがりたいんだろうが、そりゃ愚かってもんだ。誰もが奴みたいに強くなれるわけじゃない」

ワイズマン「……」

スーツの男「死にな。リボルバーブラストォ!!」

スーツの男は手にしたリボルバーから『ブラスト』を発射する。
先ほどまでワイズマンが立っていた場所に大穴が開く。完全に蒸発しただろう。

スーツの男「へっ、それが正義の代償だ、ヒーローさんよ」

ワイズマン「お前の悪の代償はどうした」

スーツの男「!?」

ごきり。鈍い音を立てて男の首の骨が砕けた。
背後にまわっていたワイズマンが指で軽く触れただけで、男は絶命したのだ。

サングラスの男「なんだてめぇ……波動が一定しねえ……どんどん上昇して……!」

ワイズマン「お前も死ね」

ワイズマンが視線を向けた瞬間、サングラスの男の口から全ての内臓が勢いよく吐き出された。

サングラスの男「ウッぶアアアアアアアアあああああああああああああ!!!!」

ワイズマン「……クズが」

タックマン「クズなら、殺してもいいのか?」

ワイズマンの背後には、いつのまにかタックマンが立っていた。
ワイズマンがゆっくりと振り向く。

ワイズマン「遅かったな。人を救うんじゃなかったのか、ヒーロー?」
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/19(日) 03:39:47.30 ID:i3ah48K2o
タックマン「……」

ワイズマン「お前の示す正義と、俺の執行する正義に、何の違いがある。お前の独善を俺に押し付けるな。俺はお前とは違う」

タックマン「何……!」

ワイズマン「こいつらは金を持っている。つかまっても警察と交渉し、すぐに自由になるだろう。そうなればまたこいつらの食い物になる人間が出るだけだ。だったらここで殺したほうが、善良な人間が生き残る可能性が高い」

タックマン「……」

ワイズマン「お前の理想はご立派だが。所詮は独善だ。人を守るということは理想論では成し遂げられない。奴らは悪を選択した。その代償を負わせる者がいなければ、バランスは成り立たない」

タックマン「善と悪の境界線は誰が決める。誰が彼らを裁く権利を持っている」

ワイズマン「そんなものは俺が決める。善悪に境界線など存在しない。ならば誰かがその歪みや嘘を背負ってでも、悪を断たなければならない」

タックマン「誰もそんな権利などもっていない! お前のやっていることは、ただ自らの欲求を満たし、人を傷つける行為だ」

ワイズマン「なら、お前は正義そのものだとでもいうのか? ヒーロー」

タックマン「……っ」

ワイズマン「お前自身の歪みは誰が断罪する? 全てはバランスだ。お前が現われたから、俺が存在する。必然だよ、ヒーロー。俺はお前の歪みから生まれたんだ」

タックマン「あくまで人を傷つけるというのなら、私はお前を倒す」

ワイズマン「やってみろ。その力があるならな」

タックマン「っ!」

タックマンは風のような動きでワイズマンに接近する。
そしてその拳でワイズマンの顔面を捉え――られない。

タックマン「消えた!?」

ワイズマン「念動力にも使い方がある。光を曲げてしまえば、お前に俺の位置は特定できない」

タックマン「なっ……!?」

ワイズマン「そして、極限まで空気を圧縮し、解き放てば――」

タックマン(まずい!)

タックマンはとっさにマントを被る。

――爆発。
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/19(日) 03:40:14.14 ID:i3ah48K2o
一瞬にしてそこにあった全てが粉みじんに吹き飛んだ。

タックマン「ぐっ……」

瓦礫の中からタックマンが這い出す。恐ろしい威力の攻撃に、耐久力の高いスーツですらボロボロになってしまっていた。

ワイズマン「生きていたか。そうでなくては面白くない」

タックマン「はぁ……はぁ……」

ワイズマン「立場が逆転したな」

タックマン「何の……ことだ……」

ワイズマン「『前の』俺が、まだ生きていたころ。お前に会ったよ。丁度こうやって俺を見下ろし、正義を語っていた。不思議なもんだな、世界はめぐり、こうして俺はここにいる」

ワイズマンは手を握り、前に突き出した。

ワイズマン「この手の中に何があるかわかるか?」

タックマン「……」

ワイズマン「お前の心臓だ」

タックマン「……!」

ワイズマン「念動力にはこういう使い方もある。完全にお前の心臓を『握っている』ぞ。力を込めれば、すぐに壊してしまうことも出来る」

タックマン「……何が望みだ」

ワイズマン「バランスだよ、ヒーロー。善悪の境界線をお前は踏み越えようとした。だから俺が修正する。悪は悪だと切り捨てれば、もっとシンプルに平和は訪れる」

タックマン「くだらないな」

ワイズマン「……そうか、さよならだ、ヒーロー」

ワイズマンはその手をぐっと握り……。
――吹き飛んだ。

ワイズマン「っ――!?」

背後から突っ込んできたT−ポッドがワイズマンの体を跳ね飛ばしたのだ。
タックマンは事前に遠隔操作でT−ポッドを誘導していた。

タックマン「うかつだったな。その『念動力』とやらは精神を集中しなければ対象に強い力を及ぼせない。また、対象の動きを予測しなければその影響力も下がる――」

タックマンはすばやく立ち上がり、不規則なステップで、しかし高速でワイズマンに接近し、ワイズマンの腹をえぐりこむように殴りつける。

ワイズマン「ぐぉ!?」

タックマン「まだだ!!!」

ワイズマンは後ずさり、距離をとろうとするが、タックマンはその隙を与えない。
ぴったりと懐についたまま、連続攻撃を叩き込む。

ワイズマン(この力は……!)

波動を感じない、確実にただの人間だ。
なのに、今の、圧倒的な破壊力を得たはずの自分を確実に圧倒しているこの力。

人間の可能性?
人が普段セーブしているとされている潜在能力?

それとも、もっと別の、根本的な……。

強さなのか?
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/19(日) 03:40:50.77 ID:i3ah48K2o
タックマン「――!?」

と、その時、ワイズマンを確実に追い詰めていたタックマンが何かに気付いたかのように突如身を引いた。

ワイズマン「……!」

ワイズマンはその隙をつき、光を曲げ、姿を消す。ダメージを受けすぎた。一度退くしかない。

タックマン「逃げたか……何のつもりだ」

エージェントE「あら、ばれていましたか」

タックマン「その独特の殺気。忘れたくとも忘れることは出来ない」

エージェントE「それは光栄に思いますよ、エージェントT」

タックマン「何故だ」

エージェントE「はて、何のことでしょう」

タックマン「『あれ以上攻撃していたらお前が私を狙撃していた理由』だ」

エージェントE「そこまでわかっていたのですか。いやはや、さすがというべきでしょうね」

タックマン「違うな。お前が私にわざと気配を読ませた。『自分はお前を狙っている』と」

エージェントE「まあ、そこまでばれているなら隠す必要も無いですね。そうです。私は彼の……『ワイズマン』の保護を仰せつかっていまして」

タックマン「何故だ」

エージェントE「単刀直入に聞きますね。まあ、私もあなたのそういうところは嫌いではありません。そうですね、彼が『クラス5』へいたる可能性の高い変異種だから。とでも言いましょうか」

タックマン「何……」

エージェントE「ナイトストーカーは波動の大きさを観測する装置を所持しています。それによれば、ワイズマンの波動は一分一秒ごとに増大している。そう時間を待たずクラス5に到達するほどのスピードです。いえ――もしかしたら、それを超えるかも」

タックマン「エヴォルドクラス、ということか」

エージェントE「それとは少し勝手が違うみたいです。まあナイトストーカーが求めているのは神だのなんだのではなく、もっと明確な力ですから。仮にエヴォルドクラスだったとしたら興味も用もなかったでしょう」

タックマン「つまりナイトストーカーの目的は、あくまでクラス5、ということか。クラス5を集め、何をするつもりだ」

エージェントE「世界を救うんですよ。我々の基本理念は何も変わってはいません」

タックマン「……」
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/19(日) 03:41:20.16 ID:i3ah48K2o
エージェントE「……信用できない、という『表情』をしていますね。仮面の上からでもわかりますよ。ならばそうですね、こういうのはどうです」

エージェントEは耳のインカムを取り、内ポケットから通信機を取り出した。
そして両方地面に落とし、踏み潰す。

エージェントE「これでここの会話は誰にも聞かれません。つまり機密情報を話してもバレないということです」

タックマン「どういうつもりだ」

エージェントE「どうもこうもありませんよ。あなたに真実を話すといっているんです」

タックマン「……話せ」

エージェントE「この街に『滅び』がやってきます」

タックマン「『滅び』だと?」

エージェントE「ええ。『滅び』が何を意味しているのか、具体的にどういうものかは私も知らされていませんが、『それ』はこの桜が丘で生まれ、街を食らい成長し、やがて世界を滅ぼすに至る一種の『怪物』だそうです」

タックマン「怪物……?」

エージェントE「この街でエヴォルドクラスが生まれたのも、『滅び』が始まる前に世界を別のものに変化させてしまうという、一種の防衛反応であるという仮説も一部の学者は唱えています」

タックマン「防衛反応? 一体誰の」

エージェントE「この街自体の、ですよ。生物とは一種の『構造』です。魂とは情報。肉体とは細胞の、そして原子の。我々の生死感を超越したものだってこの世界には数多存在するんですよ。それはエヴォルドクラスであり、そして『滅び』もそのようなものです。この街という、人間を材料とした『構造』は、時に人でいう魂として機能する。」

タックマン「……確かなのか」

エージェントE「わかりませんよ。与太話の可能性もあります。しかしエヴォルドクラスの力が本物であることは、他でもないあなたが体感したはずでは?」

タックマン「……」

確かに、エヴォルドクラスが生み出す世界は本物だった。
人間の価値観や考え方では計り知れないものが、この世界には確かに存在する。

タックマン「その滅びと対抗するために、ナイトストーカーはクラス5を集めているのか」

エージェントE「そう。我々と共に戦ってくれるクラス5を集めているのですよ。『滅び』を倒すために。もちろん、それは本人の自由意志に任せますが」

タックマン「……」

エージェントE「あまり言いたくありませんが、あなたはこの街を救うことはできません。あなたは『滅び』と戦うには、あまりに非力すぎる。予測では、『滅び』の持つ力はエヴォルドクラスの持つ創造の力を『破壊』に置き換えたもの。つまり神が人間に牙を向くということです。とてもじゃありませんが我々常人の入り込める余地はありませんよ、『滅び』との戦いにはね」

タックマン「……」

エージェントE「そろそろ私は行きますよ。通信できなくなった言い訳をしにいかないといけないので。では、ごきげんよう」

タックマン「そんな……」

この街が、滅びる。

タックマン「そんなこと、絶対にさせない……」

――あなたは『滅び』と戦うには、あまりに非力すぎる。

たとえ力が無くても、できることがあるはずだ。
非力なただの人間にも、できることが。
必ず。

タックマン「この街を、滅ぼさせたりなんか、しない!」
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/19(日) 03:49:22.99 ID:i3ah48K2o
今回はここまでです。
この物語の結末は既に決まっているのですが、展開は初期のプロットから大幅にずれてしまっていて、自分でもどうなるかわからない迷走状態です。
本来『タックマン』が戦うのは悪人ではなく自分自身を含めた全ての人々の心の弱さであるというテーマからも若干脱線して、再び桜が丘は破滅の危機に突入します。
人の命を救うために、自分とは全く別次元のレベルの戦いに首を突っ込んでしまうタックマンの戦いがどこに向かうのか、といったところです。

地味な話なので受け入れられないかなと思っていたのですが、思ったより多くの方々が待っていてくださって、励みになっています。
これからもよろしくお願いします。
199 :182 [sage]:2011/06/19(日) 04:32:30.35 ID:R//d+4BT0
乙です。
地味とのことですが、ルーツのバットマンと同じような重みのあるダークさがハマっていて
面白く読ませて頂いてます。
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/19(日) 18:34:38.92 ID:PEDKj2zS0
聡はタイバニのルナティック+スケアクロウかのう
強がってるとかじゃなく完全に別の人格に支配されてんのかな
あと菫が赤いスーツきてタッグ組むと(ry
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/19(金) 21:47:51.96 ID:cEnYQv1po
まだかっ!
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:08:58.49 ID:vrmooJWNo
お待たせしました。続き投下します。
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:09:31.63 ID:vrmooJWNo
日本 桜が丘 平沢家


唯「なんだか天気が悪いね」

憂「そうかな、お洗濯日和だと思うけど」

唯「ううん。そうじゃなくて――そうなんだけど。でも、胸騒ぎがするっていうか……」

憂「どうしたの? お姉ちゃん、体調でも悪いの?」

唯「……やっぱり、そうだ」

唯は突然立ち上がる。

憂「どうしたの、いきなり……」

唯「呼んでる」

憂「お姉ちゃん?」

唯「私を呼んでる」

憂「……お姉ちゃん? 何も聞こえないよ」

唯「……」

憂は唯の顔を覗き込む。

憂「……!」

――漆黒の瞳。

その目は全ての光を吸い込むかのような黒に染まっていた。

憂(これは……あの時の!?)

唯「行かなきゃ」

憂「ダメ、お姉ちゃん!」

憂は唯を抱きしめようと両腕を広げたが、強い光と共に唯の姿が消失した。

憂「……そんな、お姉ちゃん……」

漆黒の瞳。過去に見た。姉の、唯の『本当の姿』。
迷っている暇は無い。

憂「――もしもし、和ちゃん! お姉ちゃんが!」
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:10:10.51 ID:vrmooJWNo
誰も知らない場所 光の中


唯「……ここは?」

???「――驚いたわ。あなた、たどり着いたのね」

唯「あなたはが、私を呼んだの?」

???「漆黒の瞳。そう、『紛い物』でありながら、その力はオリジナルよりも先に進んでいるようね」

唯「どうして?」

???「……あなたが私に何を聞きたいのかはわからないけれど、理由なんてないの。理由なんていくら考えても、ずっと過去にさかのぼってどこにも執着しない。事実こそが全てなのよ」

唯「でも、あなたはそう考えてないから、ここにいるんでしょ?」

???「――そう、意識が変わっているのね。この空間のレベルに適応している。だったらあなたがここに来た意味もわかるはず」

唯「意味なんて無いよ」

???「それは、私とあなたが同じだから。それだけ」

唯「いいえ――同じじゃない」

???「……そう。そう考えたとしても、結局あなたはここに帰ってくることになる。もう時間切れだけれど――また会いましょう」

唯「あなたは……」

???「私はエルダー。次に会えるときを楽しみにしているわ」

そして次の瞬間には、唯は見覚えのある場所に立っていた。

唯「あ、あれ、私、なんでこんなところに?」

桜が丘高校のグラウンド。
さっきまで自分の家にいたはずなのに、どうして。
それに、真っ暗だ。さっきまで快晴だったはずなのに。

さわ子「唯ちゃん」

唯「え……さわちゃん?」

さわ子「久しぶりね、唯ちゃん」

唯「なんで……? 私、夢を見てるのかな……。家にいると思ったら、学校に立ってて。それで、もう夜になってて。目の前には、転勤して遠くに行っちゃったはずのさわちゃん」

さわ子「混乱してるのね。でも、私は本物よ、ほら」

さわ子は優しく微笑むと、唯の頭を撫でた。

唯「あっ……」

さわ子「ね?」

唯「ほんとだ……さわちゃんだ。さわちゃんだ!」

唯は勢いよくさわ子に抱きついた。

さわ子「もう、どうしたのよ、甘えん坊ね」

唯「だって……わけわからなくて、怖くて……」

さわ子「子供みたいよ、唯ちゃん。もう、卒業したんでしょ」

唯「でも、先生はずっと先生だから……わたしの前にずっといてくれる人だから……」
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:10:38.51 ID:vrmooJWNo
さわ子「そんなこと無いわよ。生徒はいつか先生を追い越すもの。唯ちゃんは、とっくに私より立派になってるわ」

唯「そうかな……」

さわ子「そうよ」

憂「お姉ちゃん、そいつから離れて!」

唯「――へ?」

さわ子「!」

突如現われた憂がさわ子に飛び蹴りをかまし、隙を突いて唯を抱きかかえて後ろに飛びのいた。

唯「う、うい!? どうしたの急に――っ!?」

憂の手刀によって唯は意識を手放す。

さわ子「憂ちゃん。あんまりじゃないの? 自分のお姉ちゃんに手をあげるなんて」

憂「……お姉ちゃんになんのようですか。さわ子先生……。いえ、クラス5」

さわ子「……別に、用なんて無いわ。教え子に会うことの何が悪いの?」

憂「お姉ちゃんはもう、変異種のイザコザに関わらないで生きて良いんです。充分すぎるほどの不幸にあってきました」

さわ子「……」

憂「思い出さないていいことです。全て。忌まわしい過去として、消え去ってしまえばいい。お姉ちゃんは何も知らないまま、幸せなまま生きていればいい」

さわ子「憂ちゃん。それは傲慢よ。決めるのは唯ちゃん自身。どのような生き方であってもね」

憂「私は、お姉ちゃんのためなら傲慢でも、何でもかまわない! 世界が滅びても、知ったことじゃない!!」

その表情からもわかる。憂の決意はあまりにも固い。

さわ子「そう」

憂「……」

憂はさわ子の隙を探っている。しかし、見つからない。
隙が無いのではない。――隙だらけに見えすぎる。さわ子は憂の一挙一動にまったく注意を払ってもいない。

憂(でも、相手はクラス5……一筋縄ではいかない)

さわ子「ねえ、私は争いに来たわけじゃないの。話をしない?」

憂「話すことなんてありません。お姉ちゃんが変異種と関われば……全てが滅ぶ」

さわ子「……どういうこと」

憂「デュアルライナー計画。知らないんですか」

さわ子「……なるほど、『知らされていない事実』か。そうね、なら憂ちゃんがその『デュアルライナー計画』について私に教えてくれるなら、ここは退いてあげてもいいわ」

憂「ふざけないでください。関係がないなら、知らないままお姉ちゃんと金輪際関わらないでください。先生。私は先生のことが嫌いで言ってるんじゃないんです」

さわ子「わかってるわ。唯ちゃんが好き、なんでしょう。他の人間が路上の塵にも見えてしまうほどに、どうしようもなく」

憂「それがわかっているなら……」

さわ子「だめね。こっちにも事情があるの。今までは責任から逃れて自分を閉じ込めてきたけど。そのせいであの子たちを哀しませてたって、知ったから」

憂「あの子たち……?」

まさか、と憂は思う。さわ子もまた、悔いているのか?
紬の失踪。そして放課後ティータイムの皆の心が傷ついたこと。
そして今、その償いのために何かをしようとしている。そういうことなのか?
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:11:09.70 ID:vrmooJWNo
さわ子「世界を左右する存在といえるクラス5。それなのに世界から逃げるなんて、できないものね」

さわ子は胸ポケットからボールペンを一本取り出す。

さわ子「私とゲームをしましょう。憂ちゃん。私が勝ったら『デュアルライナー計画』について、あなたたち姉妹の素性について教えてもらうわ」

憂「私が勝てば、どうなるんです」

さわ子「何でも言うことを聞くわ……さらに」

さわ子は持っていたボールペンを指で弾き、空中に放つ。ボールペンは不規則な回転で球を描きながら、空中に浮遊している。

さわ子「ハンデ戦よ。闘うのは私自身じゃない」

回転するボールペンの中心に黒い球体が現れ、それはやがて周囲の光を吸収していく。

さわ子「デビルズ・サンクチュアリ発動。現れなさい、悪戯好きな赤子悪魔『サタニックニューボーン』」

そして球体の中から、真っ黒な生物がぬるりと顔を出した。随分と小さい。人間の赤ん坊とそう変わらない。
『サタニックニューボーン』と呼ばれたその生物は四本足で着地し、真っ黒な身体に唯一光る赤い両目で憂を見た。
純粋な目。何も感情がこめられていない冷徹な瞳。

さわ子「この子に一発でも有効打を与えられたら憂ちゃんの勝ち。この子にあなたが『降参』すれば私の勝ち。シンプルでいいでしょう?」

憂「……わかりました」

憂は目の前の赤子をにらみつける。クラス5の能力『デビルズ・サンクチュアリ』によって生み出されたこれは、「人造生物(ホムンクルス)」か「召喚獣」の類だろう。
あのボールペンの回転によって周囲の分子を吸収して作り上げたか、もしくは何らかの「門」を開き別の場所から転移させたか。
原理は理解できなかったが、完全には理解する必要が無い。
倒せば問題ないのだから。

憂「……っ!」

憂は一瞬で赤子の前に移動し、踵を振り下ろす。

憂(手ごたえがある……これは!)

感じた確かな手ごたえ。しかし、憂が破壊していたのは砂。赤子のような形状に固められた砂の塊だった。

憂「!?」

さわ子「ハズレ」

赤子はさわ子の脚の後ろに立っていた。この一瞬で移動したのか。

憂「空間転移……」

さわ子「そんなたいそうなものじゃないわ。先に教えておいてあげる。この『サタニックニューボーン』は砂で身体を作り上げている。だからさっき憂ちゃんが破壊した砂のかたまりも元はこの子の身体だった」

憂「つまり……」

さわ子「この子が砂に接触している間はこの子の本体は地面を移動し続ける。攻撃しても効果がないわけじゃないわ。攻撃が当たる直前に本体が砂の中を高速で移動したのよ」

憂(本体……)

さわ子の言う『本体』が一体どういうものかはわからない。何か核のような物質があるのか。それとも、魂のような、霊的なものか。
しかしどちらにせよ、あの赤子の体に惑わされてはいけない。あれは地中を移動する砂の塊。
砂の中のどこかに潜む本体に攻撃を加えなければダメージは与えられない。

憂「くっ……」

さわ子「じゃあ、もっと激しくいくわ」

赤子は四足移動で憂に接近する。たいしたスピードではない。憂は簡単に蹴りで赤子を破壊するが、砂の塊が弾け飛んだだけだ。

憂(これじゃいくらやっても……)

さわ子「そろそろ攻撃もしようかしら」

さわ子が指を鳴らすと、憂の真下の地面から砂の塊が突き出した。硬化した砂の塊が鋭い槍となって憂を狙ったのだ。
憂は辛うじてそれをかわす。当たっていたらひとたまりもなかったかもしれない。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:11:41.95 ID:vrmooJWNo
さわ子「余所見しちゃだめよ」

憂「えっ」

気付いたときには憂の体は大きく宙に浮いていた。赤子の突進攻撃をモロにうけたのだ。
恐ろしいパワーだった。何テンポか遅れて、憂の全身が引き裂かれるような痛みに襲われる。

さわ子「能力だけじゃない。単純なパワーもスピードもクラス4では太刀打ちできない水準の小悪魔。あまり油断しないほうがいいかもしれないわよ」

憂「うっ……くっ……」

地面に叩きつけられる憂。なんとか受身はとったが、あの一撃でダメージはどうしようもないほどになっていた。
普通の人間なら肺が破裂していただろう。

さわ子「降参する?」

憂「誰がっ」

憂はたちあがろうとするが、両足が不意に引っ張られ、膝をつく。
見ると、両足が地面にずぶずぶと埋まっていた。
憂は瞬間移動でその場から逃れる。が、移動した先の地面からも砂の槍が無数に突き出す。
必死でそれをかわす憂。地面から無数に繰り出される攻撃。そして圧倒的なスピードとパワーの赤子。
――これが、クラス5の能力。

さわ子「……一つだけ教えておいてあげる」

攻撃の、手がとまった。

さわ子「この子悪魔は、私の召喚する悪魔の中で最も弱いわよ。そう、沢山のライオンやトラの中の、ただの猫みたいなものね」

憂「……!」

さわ子「この子に苦戦するようなら、あなたに唯ちゃんを守ることなんて到底できないわね」

憂「何を……!」

憂(私にお姉ちゃんを守れない……?)

好き勝手を言って……! 何も知らないくせに……!
何も知らないくせに……! 私達のこと、何も知らないくせに……!

殺してやる。
殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。

憂「コロシテヤル……」

そして、憂の瞳は漆黒に染まる――

「なにやってるの、憂」

しかし、優しい手がその頭をなでた。

憂「……!」

さわ子「あなたは……」

和「生きるとか死ぬとか、そんな物騒なこと、あなたには似合わないわよ」

憂「和ちゃん……!」
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:12:19.33 ID:vrmooJWNo
日本 桜が丘 田井中家 律の部屋


澪「なんだよ、急にとまりに来いなんて――いや、わかってるよ。聡、まだ帰ってこないんだろ」

律「……もう昔みたいに子供じゃないってのはわかってるけど。でも」

澪「難しい年頃だからな……」

律「でも、私、見たんだよ、聡がいなくなる前に」

澪「見たって、何を?」

律「聡が、何か切羽詰ったような顔で何かを呟いてたところ。――変えなきゃならない。変えなきゃならないって」

澪「変えなきゃならない?」

律「意味はわかんないけど。そう、ずっと呟いてた。顔を青くしながら、何かをしないと死んじゃうみたいに切羽詰まって……」

澪「……」

変える。
澪には、どうしてもあの事件――律がエォルドし、世界を変えようとした事件を思い出した。
あれはタックマンによって止められたが……。
いや、よそう。
この時代だ。人が一人失踪することなどよくある。あるものは事件にまきこまれ、あるものは精神を病み、自分から。
聡にもその兆候があったに違いない。

律「……やっぱり私、ダメだ。みんなのことも、聡のことも、みんな、全部……私のせいだ」

澪「なに……言ってるんだよ」

律「だって……! だって私の好きな人は全部、みんな、いなくなって! 手から零れ落ちて!」

律の綺麗な瞳からは、それに相応しい輝きの、大粒の涙が流れていた。

澪「律……」

律「好きになれば、みんな消えていく……私が、みんなを不幸にして……」

紬から聞いていた。律の能力のこと。エヴォルド――進化の力。
それは存在しているだけでも周囲に影響を与える。もしかしたら、律によって今までも何度か世界に細かな改変がなされていた可能性もあるという。
そのことを律自身も本能的に知っているのだろうか。
だが。

澪(やっぱり律、美人なんだな)

小さな子供のころから知っている相手。高校まではあまりにも当たり前の存在すぎて、意識することは無かった。
だが、一度長く離れて、律のことを再認識した気がする。もちろん、他の皆のことも別の側面をみるきっかけにはなった。
しかし灯台下暗しとはいうが、自分は律のことをたぶんほとんど知らなかった。
知ってると思っていた。軽音部にいたときは、律のことなら誰よりもわかるとすこし優越感に浸ったときもあった。
だけど、知れば知るほど、律のことを知らないということばかりが澪の前に突きつけられる。

律「み、みお……?」

律が顔を赤らめる。これは知っている。律はまっすぐ感情をぶつけ合うのは苦手だ。
誰よりも明るく誰よりも鈍感のように見せて、心を覆ったからの中は柔らかですぐに折れてしまう。

澪「律ってさ……可愛いんだな」

律「え……な、何言ってんだよ」

さらに顔を赤くして、目をそらす。本当に何を言っているんだろう。意味がわからない。
律のことを面と向かって褒めたことなんてほとんど無かった。あの時は、心と心が通じ合っていた――と、思っていた。
でも、そうじゃない。心と心は通じ合わない。伝えなければならない気持ちもある。

澪「律」

澪はまっすぐに律を見つめた。
逃げない。伝えないと。この気持ちを今伝えなければ、また手遅れになる。
もう、失いたくない。

澪「私は律のこと、好きだよ」
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:12:45.97 ID:vrmooJWNo
日本 桜が丘 琴吹邸


斉藤「最近生傷が絶えませんね、お嬢様」

紬「……」

斉藤「どうか、なされましたか?」

紬「どうして、私になにかあると思うの?」

斉藤「お嬢様は外側の傷にはお強いですが、内面は私達と同じです。仮面をしていなければ私にもわかります」

紬「仮面、か。タックマンになることで、やはり私は自分の弱さを隠しているだけなのかしら。他人に対しても――自分に対しても」

斉藤「お嬢様。逃げるということは悪いことではございません。人は、立ち向かわなくても生きることができます。前に進まなくとも生き続けることができます。だから時には逃げ、時を待つことも必要です」

紬「でも……。斉藤、もしも、もしもよ。この世界が近いうちに滅びるとしたら。残された時間が少ないとしたら……あなたは、どうする」

斉藤「滅びる……。ですか」

紬「時間には誰も逆らえない。やがて必ず来る滅び――たとえば人の死のように、この世界にも死が迫っているとしたら。あなたはどうする」

斉藤「私は。そうですね……受け入れるでしょう」

紬「受け入れる? 諦めるの?」

斉藤「諦める。そうですね。諦めるとは、「明らめる」即ち「明らかにする」と言うこともできます。それは抗えない運命を受け入れることです」

紬「でも……世界には生きたいと願う人が沢山いるわ」

斉藤「だとしても、抗えば決して壊れない壁にぶつかり、自分の身体がくだけてしまうでしょう。たとえ誰のためだとしても、何人のためだとしても、同じことです」

紬「……そう」

斉藤「お嬢様。もし、この世界全てを救うおつもりならば、それは間違ったことだというしかありません」

紬「……どうして」

斉藤「それは人の力を超えたことだからです。他者の運命を自由にしようなどと、それは傲慢でしかないのです」

紬「傲慢……そっか」

傲慢、か。納得できた。タックマンは人間だ。人間に出来ることは限界がある。
たとえ変異種に勝てても、変異種は人間だ。人間は人間になら勝つことができる。
しかしそれは単に何かを壊す行為だ。何かを壊すことは何かを守ることより、ずっと簡単なことだ。
誰かを守るための力。それも結局は守りたい誰かを傷つける者を壊すための暴力に過ぎない。
その暴力で「世界を救う」。

これは傑作だ。悪質なジョークだ。
こんなことを本気で考えていたのだ。狂っている。

だが――

紬「――人の運命を変えること。それが傲慢なのだとしたら、それを背負えるのはタックマンしかいない」

斉藤「……それがお嬢様の答えですか」

紬「ええ。斉藤、私……」


私、世界を救うわ。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:13:16.65 ID:vrmooJWNo
日本 桜が丘 廃ビル


少女「……またあんた、犯罪者を殺してまわってたの」

ワイズマン「それがお前に何の関係がある」

少女「べつに、ないけど」

ワイズマン「なら黙っていろ」

少女「……あんたさぁ、なんでずっとその覆面してんの? 正直ダサい」

ワイズマン「格好つけてるわけじゃない」

少女「でもさ、けっこう可愛い顔してたじゃん」

ワイズマン「……俺の顔はこれでいい。この下にあるものは……あの弱かった子供は死んだ」

少女「嘘つきだよ。あんた」

ワイズマン「……なら、その嘘つきになぜ付きまとう。確か、『昔の俺』に対して言ったよな。あんたの顔なんて二度と見たくないと」

少女「……だってあんた、覆面してるし」

ワイズマン「なら、この覆面をとって中の『死人』の顔を見せればお前は消えるのか?」

少女「ふんっ、女々しいのよ。そうやって理屈屋気取って。そういう男って、嫌われるのよ」

ワイズマン「ならそんな俺に毎日こうやって傷の手当をして、飯を恵んでくれるお前は相当なもの好きだな」

少女「なっ……! べ、べつにあんたが好きでやってるわけじゃないわよ! ただ、この上着の分、借り、返さないとしゃくだし」

ワイズマン「悪人のくせにか。バカだな、お前は」

少女「バカはあんたでしょ。いつも正義と悪のバランスとか言ってるけど、結局あんたが納得できないだけじゃない。なのにそんな覆面に頼って、善悪を超越した何かになったつもり?」

ワイズマン「……」

少女「あんたが変異種になって、強くなったからって心まで強くなるわけじゃないのよ。結局あたし同じよ。弱くて、どんな願いもかなえられないから逃げ続ける」

ワイズマン「そうだな」

少女「なっ……!?」

ワイズマン「俺は逃げてるかもしれないな。だが……逃げて、逃げて、逃げ続けた先に……」

少女「なによ」

ワイズマン「いや、なんでもない。俺はもう寝る」

少女「……ふん」
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:14:05.83 ID:vrmooJWNo
日本 桜が丘 桜が丘高校グラウンド


和「山中先生、お久しぶりです」

さわ子「真鍋さん……?」

和「はい。憂から連絡があったので、教授の自家用ヘリでちょっと飛んできました」

さわ子「自家用ヘリって、あなたいったい……」

和「何者か。聞かれるべきはあなたですよ、山中先生」

真鍋和の姿は高校のころと変わらず落ち着いていて、いかにも普段どおりといった感じだ。
なにも変わったところが見られず、変異波動も感じられない。ただの人間だ。

さわ子「普通の子が入るような余地はないわよ」

和「そうかもしれませんね。でも……憂と唯が関係しているなら話は別です。憂、唯を連れて下がってなさい」

憂「うん、和ちゃん!」

憂は和が来てまるで犬がご主人様に尻尾を振るように嬉しそうだった。
なんだ、この少女がそこまで頼もしい助っ人なのか?

和「憂、あなた二つ目の能力を使おうとしたわね。あれは禁じ手よ。唯を守ろうとするあまり、唯を危険にさらしてしまうわ」

憂「うん、ごめんなさい……」

和「わかればいいの」

和は憂のあたまをまたなでる。憂は顔を赤らめて目を細めた。
ただならぬ雰囲気、と言った感じだ。この二人の組み合わせを見ることは少なくなかったが、高校時代ここまで親密な雰囲気を見せただろうか。

和「と、いうわけで山中先生。私は久々にあった憂を可愛がらなければならないのでそろそろ退場してもらっていいですか」

さわ子「な、何言ってるのよ。そんなわけには」

パァン。
さわ子の耳に飛び込んできたのは、乾いた破裂音だった。

さわ子「……これは……!」

和「その赤子悪魔の姿はフェイクですね。本体は核となっている『虫』です。先生の能力『デビルズ・サンクチュアリ』は転送した『悪魔』を核として、周囲の物体で包み込み『人造生物』を作り出す。そういう認識でかまいませんか」

和が一瞬で投げつけ、地面にささっていたそのヘアピンは地面に潜んでいた『サタニックニューボーン』の核となっていた虫を正確に射抜いていたのだ。
その結果かく乱のために地上に出していた赤子の像が弾け飛んだ。

さわ子(変異種ではない……いや、いまのは変異種でなくとも、ある程度の技術と知識があればできる、けど)

この真鍋和という少女は計り知れない何かを秘めている。
オーラもなければ威圧感もない。ただの少女だが、何かがおかしい。

さわ子(試してみるか)

さわ子が指を弾くと空間が歪み、黒い球体が現れる。そこから一瞬で黒い人型の砂象が形成された。

和「新しい悪魔ですか。さっきよりも強そうですね」

さわ子「名前は『ドラグスレイブ』。可愛がってあげてね」

ドラグスレイブは先ほどのものと違い、人型で近接戦闘に特化した悪魔。パワー、耐久力、スピードどれもどの変異種とも――あの黄金とも比べ物にならない。
核も硬化した砂像内部に保護されているため、今度はヘアピンでは打ち抜けない。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/23(火) 21:14:34.01 ID:vrmooJWNo
和「そんなに可愛いとは思わないですね。なので――」

和は眼鏡に手をかける。

憂「和ちゃん、それは!」

和「――お断りします」

和が眼鏡を取った瞬間、ドラグスレイブは消滅した。

さわ子「……!」

和「まだやりますか。先生の能力がいかに強力でも、私の『魔眼』にはさして影響しませんけど」

眼鏡を外した和の瞳は、見たことが無いような深い色に光っていた。
――魔眼。和の言うその意味はわからない。波動は感じず、変異種の能力ではなさそうだ。
強引にやればこの『デビルズ・サンクチュアリ』が負けるはずはない。しかし、今は手札が少なすぎるか。

さわ子「……そう。ここで本気でやりあってもいいけど。今はやめておくわ。あなた達の絆に免じてね」

さわ子が指を鳴らすと、その隣に黒い壁が現れる。そこに足を踏み入れると、その反対側に足は出てこない。空間転移だろう。

憂「和ちゃん」

和「深追いはしないわ」

さわ子「じゃあね、二人とも、唯ちゃんと仲良くね」

和「先生に言われなくとも、私達は唯のことが大好きですよ」

さわ子「そっか」

さわ子は安心したように笑った。本心なのかは和にはわからなかったが。

憂「すごい……すごいよ和ちゃん! クラス5に勝っちゃった。やっぱり和ちゃんは私達の王子様なんだね!」

和「そんなことはないわ。あんなものはこけおどしよ。強引に攻撃されてたら十秒も生きられなかったでしょうね」

憂「……そう、なんだ」

和「魔眼は変異種の能力ほど便利ではないしね。能力の強弱に関わらないのは本当だけれど、クラス5にもなれば押し切ればなんとでもなるわよ」

憂「……なのに、私達をかばったの?」

和「そういうことになるわね」

憂「和ちゃん……。そういうこと、お姉ちゃんも私も喜ばないのに」

和「でも、結果的に憂を守れたわ。私はそれだけで充分よ」

憂「……もう」

和「さ、唯を連れて帰りましょう。今日は泊まるわ」

憂「うん……。あ、和ちゃん。お風呂、一緒にはいろっか」

和「あら、子供みたいね」

憂「和ちゃんと会うと、いつもこうだね」

憂は本当に子供みたいな――唯がよく浮かべるような無邪気な笑顔を浮かべた。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) :2011/08/23(火) 21:17:21.93 ID:vrmooJWNo
今回はこれで終了です。
ラノベ新人賞にでもなんか投稿すっかーと思ってシコシコ書いていたらこっちを放置してしまいました。

なんの心境の変化か、百合百合です。苦手な方は申し訳ございません。
おそらく次の投下はあまり間をおかずになると思います。
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/23(火) 22:24:58.00 ID:cTBTw2peo



和「お断りします」
   ハハ
   (゚ω゚)
  /  \
((⊂ )  ノ\つ))
   (_⌒ヽ
   丶 ヘ |
εニ三 ノノ J
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/23(火) 23:01:29.13 ID:uHYGmj1M0
百合展開は我々の世界ではご褒美です
特に律澪は至高です

百合云々差し置いても普通に面白い
次も気長に待ってるよ
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/23(火) 23:12:01.05 ID:ugB3x8lno
乙!
待ってたー!!
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/23(火) 23:13:36.59 ID:mm5iW1Qfo
最近このSS見つけて読み始めたんですがすごい面白いですね
次の投下も楽しみに待ってます
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/08/24(水) 00:58:00.17 ID:SaBrZQUyo
乙 何となく律紬になると思ってたが律澪なのか
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/26(金) 18:04:19.13 ID:EF8IawbQo
短いですが、続きをば。
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/26(金) 18:05:06.94 ID:EF8IawbQo
短いですが、続きをば。
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/26(金) 18:05:39.38 ID:EF8IawbQo
何故二回書いたし・・・
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/26(金) 18:06:09.17 ID:EF8IawbQo
日本 桜が丘 田井中家 律の部屋


律「好き……って」

澪「好きなんだ。私、律のこと」

律「えっと、そりゃ、私も好きだけど……」

澪「そうじゃない。友達とか、幼馴染とかって意味じゃなく、もっと特別な意味なんだ」

律「え……み、お……?」

律は呆然と澪を見つめるだけだった。理解できないらしい。それはそうだろう、あまりにも突然だ。
そういう流れでもそういう空気でもなかった。何もかも唐突だったのだ。

澪「……やっぱり、変かな」

律「いや、だって、そんな突然……」

澪「私だっていきなりだと思うし、突然だと思う。でも、伝えたいと思った。泣いてる律を見て、支えたいと思った」

律「……」

澪「律が苦しんでるとき、哀しんでるとき、いつも隣にいるのが、私だったらいいなって。そう思った。そしてそれ以上に――」

律「澪……」

澪「それ以上に――律の笑顔が見たいんだ」

言ってしまった。自分でも気付かなかった気持ち。気づいてしまった本当の気持ち。
心に秘めておけば、このままずっとなにもかも平和だったかもしれない。
口にしてしまえば、何かが壊れて、もうもとにはもどらないかもしれない。
それでも、伝えなければならない。

だって律は泣いていた。
笑顔が似合う律が。
泣いていたんだ。

律「……あのさ、一つ、聞いていい」

澪「……」

無言で頷く。

律「それってさ、愛の告白ってことで……いいんだよな」

澪「……うん」

律「……ぷっ」

律は頬を膨れさせ、目を細めて息を噴出した。
そして大口をあけて笑う。
澪はどういうことかわからず、ぽかんと律の顔をみることしかできない。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/26(金) 18:06:51.99 ID:EF8IawbQo
律「はははっ、ごめんごめん。なんか、おかしくなっちゃって。……澪って、ほんとにそういう言葉、キザっていうか甘甘っていうか……澪っぽいなって!」

澪「え、えええ!!?」

律「でも、気持ちがすっごく伝わってきた。ありがとな、澪」

澪「え、ああ……」

律「澪……キスしよっか」

澪「……?」

律「キスするんだよ」

澪「え、ええ!?」

律「ダメ?」

澪「ダメじゃないけど……その。なんていうかいきなりすぎるというか」

律「じゃあ強引にするから」

澪「そ、それはだめだ! ファーストキスは海辺で夕日を見ながらって決めてるから!」

律「え、若干ドン引き」

澪「うそっ?!」

律「冗談だって。知ってるよ。だったら今度海に行こう。唯と梓も誘ってさ。……ムギも。で、二人で夕方にこっそり抜け出して……」

澪「それ、いいかも」

澪と律は指を絡ませあい、身体を密着させ、ベッドに倒れこんだ。

律「……最初から、わかってたのかもしれないな」

澪「ん?」」

律「ムギだよ。『本人同士が良ければ女の子同士もアリだと思う』って言ってただろ」

澪「私達二人を見て軽音部に入ったみたいだし、確かにそうかもしれない」

律「きっと、背中を押してくれてたんだよ。自分の気持ちに気付かないままの私達の」

澪「……そうかも」

律「ムギって、いつも見守ってくれてたと思う。私たちを」

澪「……うん」

律「やっぱり、私達、みんな揃ってないと、ダメだよな」

律はそう言って、そのまま目を閉じた。
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/26(金) 18:07:40.67 ID:EF8IawbQo
数日後 日本 桜が丘


変異種A「や、止めてくれ、たのむ!」

ワイズマン「……ダメだ」

ワイズマンの目の前の変異種がまた一人、爆散した。

変異種B「もう、絶対に悪いことはしないから、だから助けてください! おねがいします!」

ワイズマン「お前は人の命を奪った。奪われた命を取り戻すことはできない。何かが失われたことは、何かをさらに失うことでしかバランスを保てない」

ワイズマンが指を弾くと、もう一人の変異種の男が縦に真っ二つに切れた。
その断面には歪みが全くみられない。単純な斬撃ではなく、ワイズマンの念動力によって細胞を細胞を正確に引き剥がしたのだ。

変異種C「おおおおおおおおおお!!」

雄たけびと共に、ワイズマンの死角からブラストが放たれる。

ワイズマン「無駄だ」

変異種C「ガッ……!?」

そのブラストは放った男の胸を貫いていた。

ワイズマン「いまの俺に死角は存在しない」

変異種D「なんだよ……反則だろ……」

ワイズマン「違うな。これがバランスだ」

ワイズマンが右手を強く握りこむと同時に、変異種Dの心臓が破裂する。
が、まだまだだ。以前に滅ぼした組織が雇った変異種犯罪者たちがあと10人ほどいる。
気配を隠し、物陰に潜み、チャンスをうかがっている。

ワイズマン「面倒だ」

右足を振り上げ、一気に地面に振り下ろした。同時に強力な重力がワイズマンの周辺に瞬間的に発生する。
大気、建造物ごと圧縮され完全な平地となったワイズマンの周囲には、生き物の気配は残っていない。

ワイズマン「……」

能力が加速度的に上昇している。以前タックマンに突かれた死角は念動力の応用で生み出された『思念のセンサー』によってなくなっている。さらに反応できないスピードの攻撃も体の周囲に常に纏う歪曲波で無効化し、反射もできる。もはや防御に弱点は無い。
もともと高かった攻撃力はさらに暴力的に成長していた。人間の細胞レベルにまで干渉する精密性と、範囲攻撃を可能とするパワーを手に入れた。意識の集中をせずとも意識への『条件付け』によってある程度の能力は反射的に行使できる。タックマンに以前集中力を分散され、攻撃ができなかった経験に基づいた強化だ。
いまなら、誰にも負けることは無い。そう思えた。
波動はクラス4の中でも最上級にまで膨れ上がった上、能力自体が戦闘向きなため、クラス5にも負ける気はしない。

だが。

タックマンに勝てるビジョンが浮かばない。

ワイズマン「くそっ」

負けるはずが無い。どう計算してもタックマンのスペックではいまの自分には太刀打ちできない。
なのに。何故。
何故、タックマンは強い。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/26(金) 18:08:19.77 ID:EF8IawbQo
エージェントE「おやおや、お困りのようで」

ワイズマン「……お前、以前から俺につきまとっているな。なんの用だ」

エージェントE「気付いていたんですか。いやはや、さすがですねぇ」

ワイズマン「用が無いなら俺は行くぞ」

エージェントE「いえいえ、ありますよちゃんと。タックマンのことが気になっているんでしょう」

ワイズマン「何……」

エージェントE「あなたは善悪はバランスだと考えている。殺せば殺される。そんなシンプルな秩序こそが人間が本当に必要とするものだと」

ワイズマン「それがどうした」

エージェントE「では、あなた自身はどうです。あなたは何になりたいのですか?」

ワイズマン「……俺自身が、だと?」

エージェントE「あなたは、ヒーローになりたいんですか」

ワイズマン「……ヒーロー? 俺が? ふざけているのか、お前」

エージェントE「ふざけてなどいませんよ。いたって真面目です。真面目も真面目、大真面目ですよ」

エージェントEはけらけらと笑った。

ワイズマン「カンに障る」

エージェントE「それは失礼。では本題です。この世界を救ってみませんか?」

ワイズマン「何?」

エージェントE「この街にもうすぐ滅びがやってきます。我々はそれと闘う同志を集めている。あなたは選ばれたんですよ」

ワイズマン「……滅び、とはなんだ」

エージェントE「それはおいおい。今はご挨拶程度とさせていただきます。おそらく、この段階ではいい返事を期待できそうにないですしね」

ワイズマン「待て」

エージェントE「なんですか?」

ワイズマン「この街は……滅びるのか?」

エージェントE「はい。このままでは、いずれ必ず」

ワイズマン「……そうか」

エージェントE「では、失礼」

エージェントEは一瞬で姿を消した。ワイズマンのセンサーにはもちろん引っかかっているが、それでも視覚では捉えられない動きだ。なかなかの実力がある――おそらく、タックマンに匹敵する。

ワイズマン「この街が滅びる」

ワイズマンには、相手が嘘をついているのかわかる。
脳波、心臓の鼓動、発汗量、目の動き、頬の筋肉を思念のセンサーによってスキャンすればたやすいことだ。
そしてエージェントEは嘘をついていない。奴の言っていたことは全て真実だ。

ワイズマン「……」

この街を救えばヒーローになれる。やつが提案したのはそういうことだろう。
ヒーローになればタックマンを超えられると。

ワイズマン(俺が、タックマンに劣等感を抱いているだと……?)

社会に認められる行為、英雄的行為をすることがタックマンに勝つことに繋がる。そういうことなのか?

ワイズマン「……くそっ」

226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2011/08/26(金) 18:09:03.40 ID:EF8IawbQo
日本 桜が丘 廃ビル


ワイズマン「……」

少女「おかえり」

ワイズマン「……」

ワイズマンは無言で固い床に寝そべる。

少女「なによ、無視?」

ワイズマン「……お前、明日世界が滅びるとしたらどうする」

少女「はぁ、何いってんの。頭打った?」

ワイズマン「たとえばの話だ。どうする?」

少女「……謝るかな」

ワイズマン「誰に」

少女「お父さんと、お母さんに」

ワイズマン「……」

少女「あたし、夢があったんだ。でも両親に反対されて、家、飛び出して。この桜が丘に来た。でも、見てのとおりあたしは何も出来なくて、根無し草。まともに一人で生きてくこともできなくて、盗みとか、働いて……」

ワイズマン「……そうか」

少女「……ね、キスしよっか」

少女はそういって、ワイズマンの上に身体を重ねる。

ワイズマン「逃げるのか?」

少女「逃げても良いじゃん。あんただって同じ。過去から逃げてる。あたしたち、似たもの同士だと思わない?」

ワイズマン「……かもな」

少女「じゃあ一緒に逃げようよ。もう正義とか悪とか、どうでもいい世界に。二人で逃げよ。逃げて、逃げて、逃げ続けて……きっと、あたしたちの生きられる世界があるよ」

ヒーローになるということ。
人として生きるということ。

ワイズマン(弱さを受け入れること)

少女「……あんたのこと、初めてあった時からずっと――大嫌いだった。今もそう。いちいち変なことにこだわって、格好つけて。そんなまどろっこしいあんたが嫌い」

ワイズマン「そうだろうな」

少女「でもね、そんなに嫌いになったのは、初めてだった。嫌なことから全部逃げ続けてきたあたしが、嫌いってはっきり言ってやりたいと思った初めての人だった。こんなに一人の人間にこだわったのは、初めてだった」

ワイズマン「……」

少女「あんたのことが大嫌い。だから……あたしのそばにいてよ……。あたしのこと、もっと傷つけてよ……傷つけあおうよ……」

一番近くにいる相手は、「一番傷つけることになる相手」でもある。
愛した人を傷つけまいと、守ってやろうと考えることは罪ではない。しかしそう考えるあまり、愛した人を傷つけても自覚がなくなってゆく。
「こんなに愛しているのに」「守っているのに」「尽くしているのに」「なぜ、傷つく?」
そうしてすれ違い、彼らの愛は空虚なぬけがらとなる。

だが、互いに傷つけあうことを知っているなら。互いに憎しみあう運命を知っているなら。
二人は永遠にもなれる。

かつて、誰かがそう言った。それが誰かなのか、わからない。だが、その言葉は真実だ。
少女は知っていた。愛するということは、傷つくということ、傷つけるということ。それはワイズマンの心にも伝わっていた。
――そしておそらくは、その奥に眠る田井中聡にも。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) :2011/08/26(金) 18:11:34.80 ID:EF8IawbQo
今回はここで終わりです。やたら恋愛方面に突っ走ってしまってます。
聡が恋愛面で活躍しないとか言ってた自分は果たしてなんだったのか・・・。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 18:43:27.17 ID:eJpfb89So
あまり間を空けずの投下ありがてえ
毎回面白いです乙
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/27(土) 07:04:15.08 ID:ApPa3A/Io
乙!待ってたよ〜
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/27(土) 07:05:44.50 ID:ApPa3A/Io
乙!待ってたよ〜

ていうか、聡の能力に激しく一方通行さんが被る件についてwwwwww
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/04(火) 23:32:10.60 ID:mwwTh/eEo
まだかなー
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/10/10(月) 11:39:48.26 ID:gVsuutpD0
大体、月一程で投下して頂いているので、もうそろそろかと思ったり。
しかし、SS速報はよほどの事が無い限り落ちないので、アニメだと1クール、
3か月以上続くのも珍しくない訳で…
本編よりSSの方に思い入れが強くなったりしているかも。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(和歌山県) :2011/11/08(火) 23:00:47.24 ID:Itx3USJA0
まだか
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/11/09(水) 00:22:29.04 ID:N333pmQq0
まだか
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/27(日) 22:40:24.82 ID:AtvsOeFSO
>>1
三ヶ月経ったぞ
何も書かないとDAT落ちしちゃうよ
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/27(日) 23:23:51.51 ID:1rQw15wDO
せっかく面白いのにこのままじゃもったいないかも
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