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とある一位の精神疾患 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:19:43.45 ID:haW3nCUxo

・不定期更新、頻度低め

・完全捏造、オリジナルキャラ多数

・性的描写、残酷描写あり

・恋愛描写少なめ

・不謹慎ネタ
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VIPでTW ★5 @ 2024/03/29(金) 09:54:48.69 ID:aP+hFwQR0
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満身創痍 @ 2024/03/28(木) 18:15:37.00 ID:YDfjckg/o
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part8 @ 2024/03/28(木) 10:54:28.17 ID:l/9ZW4Ws0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1711590867/

旅にでんちう @ 2024/03/27(水) 09:07:07.22 ID:y4bABGEzO
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にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:18.81 ID:AZ8P+2+I0
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にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:02.91 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459562/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:20:43.46 ID:haW3nCUxo

あれは一体、いつのことだったのだろうか。


                         「気持ち悪い……なんて生意気な目つきなの」


「一方通行」と呼ばれる者が、初めて自分の目で見た世界。
それは、大層暗く汚い場所だった。


                        「その薄い色の髪の毛、目も、そっくりじゃない」


体中が脈打っているのではないかというほどの痛み。
寒くて、全身の皮膚が逆立っているような気さえしてくる。


                 「名前も、顔も、どこまで私を苦しめれば気が済むのかしら」


悪臭が鼻の奥に突き刺さる。涙を流すほどに酷い。
氷のような指先は細かく震えるばかりで感覚すらない。


                      「なにを見ているの。いやらしい、吐き気がするわ」


右耳から暖かい液体が流れていく。左からだけ聞こえる声はやまない。
口の中は固まりかけた血液と、胃液の味でいっぱい。

 
                「あんたのようなものが大きくなったら、きっとあの人みたいに
                         どこかの阿婆擦れをはらませるに違いないわ」


物心ついてからと言う表現が当てはまるのかはわからない。
まだ名前も付いてなかった「この」自分を傷つける女。
彼女と初めてあったときのことだ。


                       「そうなる前に、「お母さんが」処分してあげるわ。
                                       感謝しなさいよ……」


その日、「この」自分が生まれたのだった。





                     「……――百合子」




3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:21:16.79 ID:haW3nCUxo

             どん→
        ピ↑      ↓              バタン↓
ザ――→         どん→      きぃ、             ふァん♪
    ガガッ  ガチャン↓    ↓
                どん→  ガリッ ――――→カン↑カン↑カン↑カン↑カン↑カン↑カン↑
                   ↓  ↑        
       痛          ザァアアアアアアアアアアアァアアアアアァァァアアアアァアァア↑
                                        ぱしゃ。










           →あ
           ↑  \           ↑
               ↓         」
           と           /
                る ――――



                    ユ
            →          リ  コ
             →           位
              →      一
               →            の





                  ア ク      レ ―――――――¬
                ↑ 精  セ ラ  疾  _____/
                    ↓ 神     「
                             |    
                             ↓

                              タ
                             患






                                苦
    じゃり↓   うわああ!ぁぁ! ァ→           ごぼ↑ごぼ→ごぼ↓
  トン♪              キ――――――――――z_____    バシャ
トン♪   ガチャ                                 ↓ 
 トン♪  ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓
        ギィィィィィィィイィイイイイイィィィイィイイイィイィイイィ    げほっ! ごほ、ガガガガガガ↑
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:21:59.77 ID:haW3nCUxo

ふと、ベッドの上の人影が起きあがった。
伏せていた白いまつげの下から真っ赤な瞳が現れる。

枕元の携帯電話を開くと、表示時刻は午前3時を回ったあたり。

暗く、物が散らかっているが、自分の部屋だ。
それを確認すると、部屋の主である人影、一方通行は枕に顔をうずめた。

シーツを握りしめる両手にも、布団を蹴った形のままの脚も傷一つ無い。
暖かく、柔らかい布団。干したばかりの匂いがする。

静かだ。

途端に、胃を突き上げるような感覚が襲ってくる。

「ゥ、」

口元を覆って洗面所まで手探りで進んだ。

目眩が酷い。もはや瞼を閉じている方が賢明に思えた。

電気をつけて白い洗面台に顔を突っ込むようにする。
閉じたままの瞼の裏が赤く染まる。

古くなった水道管が詰まったような音の後に、
ビタビタと堅い物の上に少量の液体が飛び散る音が聞こえた。

蛇口を捻ると、勢いよく水が流れ出した。
静かだった部屋は流れる水の音と誰かが激しく咳込む音が際だつ。

ちょっと待てよ。
一方通行はパチリと目を見開く。

「誰かが」咳込む音?
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:22:26.82 ID:haW3nCUxo

洗面台の鏡をのぞき込む。

青白い顔で苦しげに咳をしながら彼を見つめているのは、真っ赤な瞳、白い髪を持つ少年。
目尻に涙を溜めながら、嗚咽混じりにえづいている。
すべての音が遠くで鳴っているように思える。

違う。これは、

いくら吐き出そうとしても、禄に食事をしていないものだから、唾液と胃液程度しか出てこない。
指を喉に突っ込んで無理矢理吐き出したい。
しかし、一方通行の指は洗面台の縁を握りしめたまま、ぴくりとも動いてはくれない。

そればかりか、彼の唇は勝手に動いた。

「ごめ、ごめンなさい、ごめンなさい、ごめンなさい、あ、あ、あ、ご、」

一方通行は大いにショックを受けていた。

こんなの、自分じゃない。
彼はそう考える。

明け方に怖い夢を見て、泣きながら嘔吐して許しをこう。
それも、いつもより弱々しく、少し高い声で。

まるで「小さな子供」のような。

まるで、「自分の体じゃない」ような。

そして悟った。

そろそろ「この」自分も、潮時なのだということを。

ふと気づけば、洗面台を握りしめる手の感覚が戻っている。
聴覚が戻り、頬を暖かい涙が伝っていく感覚も戻っていた。

流れ続ける蛇口の水で顔を洗い、口をすすぐ。
意を決して鏡を見つめると、当惑したような、絶望したような表情で荒い息をついている。
一方通行の姿が見える。

戻って来た。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:22:53.52 ID:haW3nCUxo

ふーっと長く、息を漏らした。
流れ続ける水を止めて、寝間着代わりのTシャツの裾を引っ張って顔を拭う。

それでやっと、自分が汗だくで荒い息をついていることに気づいた。
一方通行はそのまま服を脱ぎ捨て、風呂場に入っていく。

洗濯機に放り込もうとして下に落ちた服を入れ戻す事もできない。
らふらと風呂場のタイル壁に手をついた。

下を向いたままシャワーの蛇口を捻る。
一瞬冷たい水が出て、その後すぐに適切な温度の暖かい湯が彼の頭にざっとかかる。
湯に暖められて、ふんわりとした蒸気が立ち上った。

シャワーの湯にはだいぶ温度差があったはずだ。
彼はそれに身を縮めることもしなかった。

かちかちと小さな音がする。
一方通行はそれでやっと自分が小刻みに震えて、歯が鳴っていることに気づいた。

どうかしている。
そんなこと、あるわけ無い。
ずきずきと頭の芯が痛んだ。

曇りかけた鏡を拭う。
映っているのは怯えた顔だ。

ただでさえ白い肌には血の気が無く、青ざめている。
体格は中性的だ。ひょろ長く、筋張りもせず、なめらかさにも欠けるどっちつかず。

アンバランスで、頼りなく、気味が悪い。そう映ったのである。
全裸になってようやく女性でないとわかる程度の容姿を隠すように鏡は徐々に曇ってゆく。

次は、

シャワーの奔流に痛む頭を突っ込み、目を堅く閉じながら、一方通行は思った。

次は戻って来られないのではないか、と。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:23:23.77 ID:haW3nCUxo




                  1 不眠症




8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:23:51.09 ID:haW3nCUxo

御坂美琴は今日に限って、待ち合わせより1時間も早く待ち合わせ場所を訪れた。

待ちあわせと言っても気になる彼とのものではなく、いつもお決まりの3人組みである。
場所も決まってファミリーレストランのボックス席だ。
先についているのも、何と言うことは無い。単に予定がなかったからに過ぎない。
先に着いて冷たい飲み物でも飲みながら借りていた漫画本でも読もうかという所だ。

連日決まった顔ぶれで現われるために店員にも顔を覚えられてしまったらしい。
席を案内されるのではなく、彼女の顔を見ただけですっと窓際の禁煙席を指した。

「お好きなお席にどうぞ」

「ありがと」

窓際の一番壁際に客は居ないらしい。今日はラッキーだ。
そう思って、彼女は少々機嫌良くそちらへ足を向けた。

入り口が見えるよう、奥の方のソファー席に腰掛け、一息つく。

ドリンクバーだけ頼もうと顔を上げた瞬間。
1つ向こうのボックス席にこちらを向いて座っている人物に、彼女はようやく気がついた。

テーブルに肘をつき、それで額を支えながら何か書き物をしているその人物は、
窓から差し込む陽光に白い髪を輝かす、御坂美琴の元宿敵だ。

「一方通行?」

思わず漏れ出た声にびくりと肩を震わせると、彼は隠すように左手で手元を覆った。

「……オリジナル」

呆けたような声に美琴は少々面食らう。
そんな調子で話すような人だったっけ?
思い返してみても、悪態か嘲笑じみた台詞くらいしか記憶になかった。

少々今でも打ちとけきっているとは言えない仲だが、何故か今日は話せる気がして
美琴は鞄を手に一方通行の向かいの席に移動した。

「何でオマエが……おい、座ンじゃねェ」

「堅いこと言わないでよ」

ベルを鳴らしてドリンクバーを頼む。

その隙に目の前の少年は手早く書いていたものを畳んで封筒に突っ込んだ。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:24:40.31 ID:haW3nCUxo

「手紙書いてたの?」

「オマエには関係ねェ事だろォが。首突っ込むな」

好奇心丸出しの問いに対してというには取りつく島がなさすぎだ。余裕がない。


「別に、今時珍しいじゃないって思っただけよ」

ドリンクバーを取りに立つと、向かいから横柄な調子でコーヒー、と催促された。
見下ろした顔が何だか疲れているように見えたのと、何だか機嫌が妙に良かったため、
テーブルに戻るときの美琴の手にはカップが二つ握られた。

「はい」

「ン」

コンと置かれたカップに礼を言うどころか一瞥もせず、一方通行は手元に集中している様子だ。
封筒の縁にきっちりとノリを付け、丁寧に封じていく。
あの調子ではペーパーナイフも入らないだろう。

変だ。

御坂美琴は彼を知っている者なら誰もがそう思うことを、まさに考えた。

礼を言わないのは普通だ。
だが手紙を書いたり慎重にノリ付けたりする作業が似合う奴じゃない。
そんなの、普段の彼の行いから見たら、可愛らしすぎて寒気がする。

「もしかして、ラブレターとか?」

罵詈雑言の嵐か、小馬鹿にしたような嘲笑か。
そう言っていたものを想像していた美琴は次の言葉に面食らった。

「ある意味では、そうかもしれねェ」

あまりの衝撃に、御坂美琴は手元のカップ倒す。

「あァ? 気を付けろガキ」

首元のチョーカーに指を滑らせ、一方通行が指でテーブルをコンと叩く。

衝撃の向きをどう操作したのか、倒れたカップがかたりと立ち上がった。
テーブルいっぱいに流れ出したアップルティーが、
その衝撃の余波で跳ね返るようにカップの中に戻って行く。

スイッチを切りながらカップを変えてこいという目の前の人物の顔を、
美琴は穴があくほど見つめ返した。

「アンタ、本当に「あの」一方通行?」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:25:11.42 ID:haW3nCUxo

もしかすると、美琴は無意識に気づいていたのかもしれなかった。
常日頃の無礼すぎる言動で応えて欲しかった可能性もある。

しかし目の前の白い男は、ただ疲れているか、うんざりしているように見えた。

「オマエの頭が愉快なのは今に始まった事じゃねェが、」

ふーっと静かに長い溜息をついて、世にも億劫そうに赤い瞳が美琴を睨んだ。
一方通行はそっと手を伸ばし、美琴の取ってきたコーヒーに口を付ける。

白いまつ毛が伏せられる。
黒い液体が通過しているだろう喉がこくりと小さく動いた。

「勘だけはイイ線行ってるかもなァ?」

その意味を美琴が考えている内に、一方通行は封筒などの荷物を手早くまとめていく。

軽そうな書類ケースを持つのと逆の手で素早く杖をついて、面倒そうに立ち上がると
細い指を美琴につき付け、こう言った。

「会計、オマエの奢り」

「へ?」

それだけ言うとカツカツと軽い音で杖を操って、出入り口に向かって歩いて行った。

急いで丸めてある伝票を取る。
何と言うことは無い。二人とも飲み物だけ。

まあこれくらいなら仕方ない。次に会ったときに自分も何か奢らせよう。
美琴は未だに信じられない気持ちで窓の方を眺めた。

突然だった。

鋭く堅い音。

その後、柔らかいものが地面に落ちる音がして、店員の女性が短く悲鳴を上げた。

「お客様? あ……大丈夫ですか!? すみません!!」

はっ立ち上がり、出入り口に目を向ける。

白い人影が横倒しに倒れている。

ゆさぶり、肩を叩くのに全く反応を示さない。

店員が振り返って、美琴と目が合う。

誰にともなく叫んだ。

「救急車! はやく! 呼んで!!」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:25:46.26 ID:haW3nCUxo

いつもの病院、いつもの診察室。

いつものカエル顔に、いつも通りののんびり調子で医師は美琴に告げた。

「寝不足による貧血だね」

「は?」

紙のように真白い顔になった少年に付き添って救急車に乗り。
処置室の前の長椅子で最悪の事態に思いを巡らしながら待たされ。
深刻そうな声で診察室に呼ばれた彼女にかけられた言葉が、前述のものである。

「……ミサカネットワークの不調だとか、脳障害の後遺症だとかそういう?」

「いや、ただの貧血だね? 電撃はやめてくれないかな? ここは病院でね」

何とか憤怒を抑えつけ、美琴はそれでも静電気をぱちりと鳴らした。

ふざけている。
あんなに酷い倒れ方で、死人のような顔をしていたくせに。
あんなに待たせて、友人の約束をすっぽかさせて、心配させたくせに。

無駄だった心配を燃料に、怒りのボイラーはフル稼働。

「もう目が覚めると思うけどね?」

「行ってきます……」

ゆらりと立ち上がり診察室を出ていく。

その背中に、冥土帰しは確かに修羅を見たという。

「……ただ」

たった一人の診察室に独り言にしては真剣すぎる声が響いた。

「貧血にしては、少々気になることが多すぎるけどね?」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:26:13.21 ID:haW3nCUxo

かつかつとリノリウム床にローファーの靴底が響く。

通り過ぎるナースにお静かにと注意されたが、少女は止まらない。

病院の廊下、肩で風をきるように歩く少女は
先ほどストレッチャーが運び込まれたばかりの病室に、ノックもせず押し入った。

「アンタねぇっ!! ふざけるんじゃないわよおおおおおっ!!」

物凄い音を立てた扉と大声に、既に身を起こしていたベッドの上の人物が身を震わせた。

細すぎる左腕から伸びた点滴管を握り締め、乱れた白い髪を直そうともしていない。

真っ赤な目が、心底怯えたように見開かれている。

美琴の脳内には怒鳴りつけたい文句が溢れすぎている。
喉の奥でどれから叫ぶか順番争いの真っ最中だ。

一瞬の静寂。

そこに、は、は、と浅く荒い呼吸を聞き取り、美琴の頭の中の冷めている部分がそれに反応した。

白い塊がシーツと絡まり、ベッドの向こうに転がり落ちる。

点滴ポールが倒れて大きな音を立てる。

いつもより余計に高い、もはや上ずったような悲鳴が部屋中にこだました。

「ィやだ、ごめ、あ、いた、ァい、いや、うァ、い、こわい、なに、ェあ」

「ッ!?」

ぶるぶると震え、這って、壁際に身を寄せて、無様に怯える白い生き物。

「だ」

涙の膜を通して美琴の姿をいっぱいに映す。

震える唇が、何度もどもった。

そして言った。

「だれ」

美琴が壁際のナースコールを押すより早く、騒ぎを聞きつけた冥土帰しが扉を開けた。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:26:44.54 ID:haW3nCUxo

「ちょっと二人にしてくれないかな?」

それだけ言われ、彼女は再び廊下に閉めだされている。

御坂美琴はどうにか自分の目撃したものに整理をつけるべきだという思考に思い至った。

一方通行。
貧血?
妙な言動?
コーヒー代=問題なし。
手紙? 書類ケース。
救急車。
店員。
寝不足。
昏倒。
怒。怒。怒。 驚く?
だれ=誰。
一方通行。
御坂美琴。
一方通行? 妹達→実験(→凍結)。妹達≒御坂美琴。
御坂美琴=認識不能?

認識不能?

昏倒→強打? 頭部?

一方通行=(御坂美琴≠怖い)。 ←× ←×!?
(御坂美琴=怖い)≠一方通行

一方通行=?
一方通行(=)=一方通行(≠)

一方通行(≠)→損傷? 障害? 能力? 弊害? 後遺症? ……

言語化する暇も無い程に加速する思考に歯止めをかけたのは、背後で開いた病室のドアだ。
弾かれるように立ち上がる。

「ちょっと入ってくれないかな?」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:27:20.60 ID:haW3nCUxo

そっとね、と付け加えられ、御坂美琴は再び病室に入った。

彼女の顔を見てベッドの上の少年はびくりと身を縮めたが、再びベッドから落ちる事は無かった。

「君?」

とても静かに、そして優しげに掛けられた冥土帰しの声に、赤い瞳がぱちりと不思議そうに瞬いた。

「この人は誰かな?」

じっと見つめ、確かめ、何度もどもった後で、小さな声が答えた。

「だれ」

美琴が何か言う前に、冥土帰しが遮る。

「では君の名前をこの人に教えてくれないかい?」

たっぷりの沈黙の後、子どものように従順な声が答えた。




「ゆりこ」




学園都市の第一位は、今や
抑揚のない、しかし怯えきった声でそれだけ答えるのが精いっぱいだった。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 05:28:08.68 ID:haW3nCUxo

書けたらまた来ます。
日にちや頻度はかなり未定です。
がんばります。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/04/03(日) 06:18:39.23 ID:UfVmognAO


素晴らしく鬱エンド一方通行な感じがなんともグッド
あまり投下間隔が長いと気分を持ち直してしまうので、書き貯めて短い間隔で投下する方が良いかと
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/03(日) 07:55:00.19 ID:mRwPLYZs0
>>1
これは続きが気になりますね。
遅くても待っているのでご自分のペースで頑張ってください。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 08:44:18.65 ID:xD+4XDLDO

暗い雰囲気が最っ高だねェ
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 10:25:57.43 ID:eQwrzg2jo
百合子ネタというと上条さんとの絡みばかりの中シリアス(サスペンス?)という切り口が新鮮だな
期待しえん
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/04/03(日) 11:51:45.02 ID:Gam+/YZgo
虐待かな?
期待
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/04/03(日) 11:57:38.66 ID:ATkxKtULo
多重人格の工程ですかね?
乙です
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/03(日) 12:43:57.03 ID:+EqAtLWuo

できるだけ頑張ってみようと思います。
続きです。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 12:44:23.89 ID:+EqAtLWuo

おきた

くらい

そと、よるだ

だれ

「オイオイ、もォちょっとくらい粘れ」

しろい、あかい
へンだな

「はぁっ……はぁっ、」

おンなのこ、だれ

あし、けが、ちがでてる
いたい、いたそう
ぶたれてる、けられてる

「あはっ! こりゃ瞬殺かァ?」

「げうっ!?」

いたいっ

「せめて頭使えよなァ? 集団で奇襲かけるとか」

なに、このひと、こわい

わらってる

「つっまンねェーンだよ、毎回毎回、自爆するか、一撃で終いじゃよォ?」

くび、しめてる

しンじゃう
ぼくにはわかる

「ここまで弱いと逆に辛いンだぜェ? こっちも」

「あ、ぐ」

「退屈で死ンじまいそォでさァ! もはやこれは精神攻撃だよなァ!」

わからない、なに

これ、なに
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 12:45:11.31 ID:+EqAtLWuo

「俺に……一方通行に正面から突っ込んでくるンじゃねェよ」

あくせられいた

「聞いてンのか乱造品ッ! いい加減学習しやがれッ!
 俺を撃つな! 殴るな! 近づくなッ!! 分からねェのかァ、自滅ばっかしやがってよォ!」

がン、がン、ごつ、めき、ぶち、どさ、びたびたびた

「粗悪品! 脳味噌使えボケがッ! 入ってねェのか!? あ゛ァ!?」

めぎゃ

どぼっ

「ほらァ! ここに! 詰まってる! だろォがッ! 生きてるうちに使え!
 ココは殺される前に使うもンなンですよォ! そンなこともできねェか!?」

こわい

もう、おンなのこが、おンなのこじゃ、ない

にンげンじゃなくなった
なくされた

「返事はどォした? あ? ネットワークで全員に伝えましたかァ?
 第一位からのアドバイスだ。嬉しィだろ? 次回から精々活かして頑張ってなァ?」

ぼと

「はァ……」

なんでかなしそう
なんで

へン

あくせられいた、へン

あくせられいた、こわい

あくせられいた

しろい、あかい、こわい、わからない

でも、ちょっと、ぼくのかおににてる
かも、しれない

あのこみたいになりたくない
いたくなりたくない

あくせられいたには、ちかづかない

あのひとと、おンなじくらい、こわいとおもう


たぶン、きらい
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 12:45:57.58 ID:+EqAtLWuo





                 -1 ねられない




26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 12:46:24.51 ID:+EqAtLWuo

おきた

また、くらい
よる

そと、くるま

おンなのこ、まえのより、もっとちいさい

「楽勝……だってンだよ……」

あくせられいた

あくせられいただ

おンなのこ、あばれている、ころしている
あれ
ほンとうにそうかな、ころしているのかな

あくせられいた、さっきと、ちがう、かな

がた

なに

おとこのひと

なにかもってる

「邪魔を、するな」

しってる、こわいものだ、あれはこわいもの、ぼくはしっている

あくせられいたもこわがってる

にげなきゃ

にげられない

あくせられいた、にげない、にげられない
ぼくもにげられない

わかる
にげたら、おンなのこがひどくなる、たぶン

あくせられいた、こわがってる

おとこのひとも、こわい、ふるえてる
あのひとは、あくせられいたが、こわい

ばン

おおきい、おと、うるさい、なにか、こっちくる、きたらいやだ、こわい、きっといたい

いやだ、にげなきゃ、あくせられいた、にげないとだめ

ゆっくりにみえる

くる、きた、いたい、はいってくる

いたい、いや、いや、いやだ、いや


 さ わ ら な い で
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 12:47:00.32 ID:+EqAtLWuo

おきた

あかるい

へや、しろい

ひとり
だれもいない

あくせられいたも、おンなのこもいない
おとこのひともいない

うで、なンかいたい、なンだ、ついてる、うでからなにかでてる

こわい

そとでおとがする

だれかくる

がら

おンなのこ
どこかでみたことある、かも、しれない
おもいだせない

おこってる

すごくおこってる

こわい

こわい、こわい、こわい

もういやだ
あのひとみたい

わからない

どこ

だれ

こわいよ

あくせられいた

だれでもいいよ

こわいから、だれか、ぼくをたすけて
ゆりこをたすけて
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/03(日) 12:47:27.98 ID:+EqAtLWuo

書けたらまた来ます。
それでは。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/04/03(日) 12:47:50.87 ID:Gam+/YZgo
乙乙
多重人格っぽいな
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 13:00:48.74 ID:mu5eN+cDO
面白いんだが…途中で放棄したりしそうで怖いな
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/03(日) 13:02:40.16 ID:r3ojCCzI0
これは支援。期待wwktk
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/03(日) 13:27:13.52 ID:dKrW2z4mo
ゆりこって名前で育てられた男・・・でいいんだろうか
それにしても面白い
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 13:34:22.03 ID:6lM3RIcSO
百合子っていう僕っ娘の女性人格かもしれない
続きwktk
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 14:15:35.50 ID:TZzmtq8G0
百合子=女性が本人で人格一方通行が攻撃とか防御の男性人格で、人格一方通行は何回か消えたり作られたりしてる……かな

シャワーシーンで男だと言っているのは人格一方通行の視点だし、自分を女性だとは認識できない状態かも
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/04/03(日) 14:44:44.08 ID:ATkxKtULo
>>34
「お母さん」がどっかの阿婆擦れを孕ませる云々言ってるから元々が男なのは間違いないだろ
展開予測になりそうだからあまりつっつくと不味いかもだが
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 15:00:54.27 ID:TZzmtq8G0
>>35
あ、そうだな。見落としてた
確かにあまり書くと展開予測になるな。感想と支援以外は控える
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 22:37:40.46 ID:m/qGFxQF0
何この俺得スレ
すばらしすぎるわ、マジおつ
頑張ってくれ
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/04(月) 02:21:03.93 ID:ixqODfWho
なんという俺得スレ
おつおつ
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/04(月) 11:55:02.41 ID:kKNJlYkOo

2話目できました。
続きです。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 11:55:36.02 ID:kKNJlYkOo

上条当麻は帰路を急いでいた。

今日買わなければならない物が脳内でリストになり、冷蔵庫の在庫と照らし合わされる。

もやし、卵、にら。餡かけにして。
パンが無かった、補充。
炊飯の予約スイッチは? 入れてきている。
汁物。とろろ昆布が少々残っていたはずだ。

授業中にも脳味噌をこれくらい稼働できれば補習の回数も減るだろう。
が、それは無理な相談だった。

ふとポケットの携帯電話が振動する。

「御坂美琴」

もはやお決まりのビリビリ中学生からのメールだ。

また「勝負しろ」だの「ゲコ太」だのという文字が飛び込んでくるのではないか。
十二分にある可能性を危惧し、上条当麻はメールの文面を薄眼でチラリと眺めた。

「ん?」

違う。
足を止め、もう一度文面を読み返す。

「もし来れるなら病院に来て。冥土帰しが呼んでる。協力してほしい。おねがい」

いつもは口語調で、少量の絵文字をささやかにちらばせたメールを送ってくる。

推測だが。

上条当麻の頭の中で何かが組み上がっていく。

急いでいるか、怒っているか、取り乱しているか。
もしくは、ピンチ。

携帯を閉じて走り出す頃には、先ほど夕飯について回転していた脳内が
すでに最悪の事態に備えてさまざまな単語と可能性を提示し始めていた。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 11:56:10.89 ID:kKNJlYkOo





                  2 記憶喪失




42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 11:56:58.39 ID:kKNJlYkOo

「……で、何があったのでせう?」

冥土返しから手渡された氷嚢を腫れ上がった左頬にそっと押しあてながら
上条当麻は恨めしげな声を出した。

「ごめん……」

横で項垂れる美琴。
文句を言いたいような、自分も謝らなければならないような気分にさせられた。

たしかに、駆けつけるまでに色々と考え込みすぎたのは少々、まずかった。

御坂美琴が辛そうな顔をしながら病院の正面玄関で待っていたのもよろしくなかった。

勢い余って少女の手を取り「無事か、美琴」などと口走ったのはそれほど悪くない筈だが
その直後、走ってきた勢いを殺しきれずにつんのめり、彼女を押し倒してしまったのは大失敗だ。

美琴の電撃を纏った右手が素晴らしいまでの軌跡を描いて
少年の左頬に吸い込まれていったのは、その数秒後であった。

「……ごめん」

「いや、俺もすみませんでした……」

結局後者の気持ちが勝った。
一瞬の気まずい沈黙を、冥土帰しの咳ばらいが一掃した。

「わざわざ来てもらってすまないね? 実はちょっと、君にも確かめて欲しくてね」

不思議そうな顔でもしていたのか、目の前の医者はリラックスさせるように微笑を浮かべ
上条当麻に理由を話しだした。

「さっき彼女が付き添って運び込まれた患者に面会してほしいんだ」

「? 俺が?」

一瞬そんな事か、と拍子抜けした。
しかし、その言いまわしが気になった。

「そうだよ」

「知り合いですか? 俺の……運び込まれたって事は、何か怪我を……」

身を乗り出す少年を宥めるように、冥土帰しは両手を広げて見せた。

「知り合いといえば知り合いかもしれないね? でも、もしかしたら初対面だ」

「?」
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 11:57:48.44 ID:kKNJlYkOo

「外傷はないよ。安心してくれて構わない。ただ……」

先入観は持たず、普通に見舞いに来たように面会してほしい。
そして、決して怖がらせないでほしい。

それだけ言われて、上条当麻は診察室から連れ出された。

あまり中身の宜しくない頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。

「ここだね」

廊下の隅の隅、指示されたドア横のプレートには「スズシナユリコ」と掲示されていた。

スズシナユリコ?

面識はない、はずだ。
偽名か、もしくは本当に初対面かもしれない。

冥土帰しがコツコツとドアをノックする。
返事は無い。
きっかり2秒待ってから、音を立てず、そっとドアが開かれた。

「やあ、お見舞いのお客さんだよ?」

にこやかに語りかける声は、まるで小さな子供に向ける用のもの。

「おみまい」

しかし、抑揚無く帰ってきた声は、どこか聞いたことのある中間の音程。
上条当麻は内心ますます首を傾げた。

視界を遮る医者の背中が横に退くと、ベッドの上の細い人物が彼の目でもようやく確認できた。

「あれ?」

ぽかんと不思議そうに口をあけてこちらを眺める。

見覚えがあった。
その色も形も珍しい、見間違える筈のない特有のもの。

「一方通行? なんだ、入院してたのってお前……、?」

ただ、表情だけが違った。

眉を寄せてこちらを睨みはずの赤い眼は、警戒心と好奇心丸出しだ。
上条当麻の姿を観察しているだけ。

「あ」

普段引き結ばれているか、もしくは片側だけ吊りあがっている唇は緩み、何か言いたそうにはくはく動く。

「あくせら、れいた」
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 11:59:08.93 ID:kKNJlYkOo

違う。
一方通行ではない。

上条当麻の直感がそう告げた。

「だれ」

やっとのことで発音された言葉を聞きとって、後ろの美琴が小さなため息をついた。

「自己紹介してくれないか?」

「え? ああ……俺は」

冥土帰しに促され、自分の名前を名乗る。

だれ?
その一言で胸騒ぎが拡大した。

一方通行でない。もはや確信めいてきた。
忘れるはずがない。

それに、からかいでそういう態度を取っていたとしても、美琴に対してならまだしも
自分に対してこんな幼児のような演技はできない。
一方通行の中で自分はそういう、弱そうな姿を見てはいけない種類の人間だ。

「あ、あ、あ」

「ん? 聞いたことがないかな? この人は上条、当麻だよ?」

ベッドの上の人物が首を傾げた。

「とうま」

「どこか悪いのか? 何で入院、というか……そのなんで」

反射的に上条当麻はそう口に出した。
冥土帰しの咎めるような視線に、しまったと口をつぐむ。

しかし本人はただ反対側に首を傾げ直すだけだ。

「ゆりこ」

「ゆりこ?」

こっくりと頷く。
後ろの美琴がそっとベッドに歩み寄った。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 12:00:30.02 ID:kKNJlYkOo

「ねぇ、本当はからかってるだけなんでしょ? 私の事分かるでしょ?」

「え、あ」

少しだけ怯えた色を乗せて、白い少年は身を引いた。

「御坂美琴よ。超電磁砲でも、オリジナルでもいい」

縋るような声で美琴は言った。

「み、みと」

先ほどよりもたっぷり時間をかけて何度もどもった。

「みこ、と」

ひっ、と少女が息を飲む音がした。

冥土帰しはそれを遮るように、二人の背中を押して病室を出ていくようにと指示した。

「ごめんね、疲れていたのにお客さんを呼んでしまったかな?」

「あの、の、ぼ、くは」

「うん、どうしたんだい?」

ドア越しに二人の会話が聞こえる。
閉じたドアにもたれていた美琴が、ずるりと滑り落ち、しゃがみこんだ。

「なんで……」

「御坂」

「この顔も、アンタの顔まで、分からなかった……」

「何があって」

答える前に大きく開いたドアに遮られる。

「診察室に行こうか?」

静かな医師の顔だった。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 12:01:30.54 ID:kKNJlYkOo

診察室は静かだった。

脳のMRIが大きく映っているのを見ないように、二人は顔をそむけている。

「さて、こういうのは大抵保護者に話すんだが、今彼を保護者に合わせないべきだと思う」

冥土帰しは切りだした。

「保護者? って」

「君は知っていると思うが、黄泉川愛穂だね? まあその訳は後だ。
 彼の症状だが、君を呼んでいることと、あの面会で分かったかとは思うが」

はっきりと言い切らないうちに、上条当麻はその発言を引き継いだ。

「記憶喪失……?」

「君のものとは違うが、そう思う。脳には全く損傷は無いけれどね?
 まあ、先天性のものと、以前負った外傷はあるが、これが関係しているかどうかは」

脳の損傷と聞いて、美琴がスカートを握り締めた。

「無い? じゃあ、前の傷の後遺症が……言語野に障害があったから!」

「その可能性は低いように思うけどね? 気になるのは、彼の状態だ」

「変だろ!」

上条が立ちあがって一方通行の病室の方を指差した。

「脳に異常はない。記憶だけが無くなっている!
 記憶はエピソード記憶や意味記憶の集合体だ。でもあの話し方は……」

「全て失っている。話し方、習慣、性格、気質なども含めて」

上条当麻の人格は、記憶喪失で失われることはなかった。
もちろん記憶喪失前後の人格が完全に一致しているかは分からない。
しかし、似たような行動や言いまわしをすると何度も指摘され
そこに関して言えば、誰にも違和感を指摘されたことはなかった。

「まだはっきりとは分かっていないが、彼には8〜9歳までの記憶はあるようだね?」

「9歳?」

美琴がいぶかしげな声を上げる。

「でも、その……あの態度とか、話し方は……」

言いづらそうにしているが、意図は伝わった。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 12:02:23.80 ID:kKNJlYkOo

あの表情、発音、動き方は9歳とは思えない。
妹達の打ち止めが10歳程度として、テスタメントやネットワークの情報を差し引いても
まだ彼女の方に軍配が上がる。

先ほどの「先天性」という言葉がちらりと脳内をかすめた。

「知能は……2歳程度と言っていいね。ただ、そこに関して言えば記録が残っている」

ばさりと机の上の山を崩す。

「それは?」

「一方通行、いや、鈴科百合子が学園都市にやってきた時に受け取った調査報告書だね?」

もちろんコピーだが、とつぶやく。
そのときふと、美琴は先ほどからあまりに不自然だった問題に気づく。

「ちょっと待って、ゆりこ、って? あの、さっきも自分でそう言ってたけど……まさか」

「彼の本名だよ? 都市内では使われていないがね?」

「はぁ!? いや、でも今彼って……」

二人が落ち着くまで、冥土帰しは辛抱強く待った。
並べられた椅子に座りなおし、気まずそうにこちらに話しの続きを促す。

二人に飴の入った小さなカゴを差し出しながら、医師は続ける。

「性別か名前のどちらかが間違っていると言いたいんだね?
 確かに彼の肉体は……生まれた時は、男性だ」

「生まれた時は?」

イチゴ味の飴を口の中で転がしながら、美琴は耳敏く捉えた。

「「今」は……」

「プライバシーがあるからね」

あまり上手いとは言えない言い方で濁し、冥土帰しは自分も1つ飴玉をとった。

「日本では、男に女性名をつけたり、その逆も、そういうことは特に禁止されていない」

ゆたか、という女性もいれば、さとみという男性もいる。
そう説明されたが、流石にこれは苦しかった。

「でも、男に「百合子」というのは……」

「しかし本当だ。彼が学園都市に来ることが決まったとき、約9歳だったそうだがね?
 体格は6歳児の平均と同程度。知能は、直前の児童相談所での簡易検査の結果で」

2歳児相当。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 12:02:53.25 ID:kKNJlYkOo

こっくりとした濃厚な沈黙が部屋を満たした。

「記憶が戻る可能性は大いにある」

その一言に、二人ははっと顔を上げた。

「君のように脳を物理的に破壊されたわけではないからね。
 記憶を刺激するような話をしたり、一緒に過ごすうちにいつ記憶が戻ってもおかしくない」

「でも逆に……」

「そう、戻らない可能性もある」

疲れたような瞳が診察室や廊下を見通しているように、一方通行の病室の方向を見つめた。

「先ほど看護師が点滴を変えに行ったんだが」

とても沈痛な声だ。

「彼は成人を過ぎた女性が怖いようだ。また、若い男性の……こちらは医者だけのようだが。
 その傾向がある。いや、白衣を着た男が正しいか」

理由は不明だが、と付け加えるのを聞いて、上条当麻は納得したように頷いた。

「そう、黄泉川愛穂と同居人の芳川桔梗は成人している」

「私は……」

「さあ、彼が怯えていたのは第一印象の問題だと思うね?
 看護師の入ってきたときの取り乱し様に比べれば、君はまだ全然彼と話すことができると思うよ?」

そう、と反省と後悔、それに少しの安堵が混じった声が答えた。

「しかし、あの状態が続くなら、彼の保護者は面会に来られない」

乾いた唇を少しなめて、上条当麻は冥土帰しの瞳を正面からとらえた。

「俺が話しに来ます」

私も、と急いで後に続く美琴と、真剣な顔つきの上条に向かって
人を安心されるような頬笑みを疲れた顔に浮かべながら、最高の医者は約束した。

「ありがとう。必ず彼の納得するような治療をするよ?
 幸い僕は白衣を着ていても彼に怖がられないで済んだ。精いっぱい努力するよ」

右手が差し出される。

「やってみよう」

上条当麻は、念のため左手を差し出す。
おっと、と声を上げて、冥土帰しも左手で握手に応じなおした。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 12:03:23.64 ID:kKNJlYkOo

つづきが書けたらまた来ます。
それでは。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/04(月) 12:24:45.41 ID:SxeTgSvDO
最近はどこ見てもオリキャラばっかだな……胸温
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/04/04(月) 12:34:37.55 ID:Jm60MGmio
乙乙
おもしろいな

さて、ゆりこの見舞いに行ってくる
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) [saga]:2011/04/04(月) 12:39:46.90 ID:NnFzTjCAO
上条「御坂死ね」一方通行「御坂死ね」佐天「御坂死ね」初春「御坂死ね」御坂妹「御坂死ね」打ち止め「御坂死ね」俺「>>1期待!!」
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/04(月) 12:42:09.94 ID:2s5E2Q4AO
面白い
>>1
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) :2011/04/04(月) 12:54:59.69 ID:TbJ4Trubo

これは期待だな
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/04/04(月) 15:34:33.27 ID:kOaCdvPy0
乙。いいねいいねェ最高だねェ!!

期待
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/04(月) 16:45:30.40 ID:+/icMb3IO
やばい、凄く面白い…期待してる
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/04/04(月) 17:33:06.56 ID:/PSN5fY0o
産まれた時は「男性」
>>2の「処分」
そして「百合子」

oh…
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/04(月) 19:29:33.89 ID:u5tWntwe0
おつとしか言い様がない
マジでおつ
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/04/04(月) 19:40:40.25 ID:0MI+OvrT0
のっけからハマってしまった
続き楽しみに待ってるぞっ
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/04/04(月) 19:41:19.70 ID:tFlfHW1yo
乙。続き楽しみにしてます!

>>57
まさか・・・そんな・・・oh・・・
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/04(月) 19:44:14.04 ID:G1MHSZ1D0
乙!!
続きが楽しみすぎて舞ってます。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/04(月) 21:11:52.74 ID:kKNJlYkOo

よし。
続きいきます。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 21:12:28.39 ID:kKNJlYkOo

おきた

くらい

なにもみえない

めに、なにかついている、かもしれない

「オイ! 離せ! 放せ! クソ! 何だよ、実験なのかこれェっ!?」

あくせられいた

すこしちがう、かな
でもたぶン、あくせられいた
まちがい、ない

うごけない

あし、うで、くっついている

「一方通行」

おとこのひとだ

こわい

こえだけでも、わかる
めがみえないとき、とくべつ、わかる

このひと、こわい

「き、木原くン? はは……なンだよ、これ? 縄抜けの実験でもやンのかァ?」

あくせられいたは、こわくない

あくせられいた、たぶン、このひとと、なかよしだ

こわくて、かたまっていた
でも
ちから、ぬける
あンしンしてる

あくせられいた、まえより、きらい、すくなくなった

このひとは、しらないひと
でも、あくせられいた、やっぱり、このひと、しってる

ぼくは
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 21:13:22.21 ID:kKNJlYkOo





                 -2 おぼえてない




65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 21:13:48.78 ID:kKNJlYkOo

「縄だあ? 馬鹿言うな、ワイヤー入りの拘束服だよ、クソガキが」

きはらくンは、なンか、いじわる

「へェー? いい趣味してンなァ? で? 引きちぎっちまっていいンですかァ?」

あくせられいた、ちっとも、しンぱい、していない

「強がるんじゃねぇよ。第一、能力使えないのにどうやって引きちぎるってぇ!?」

あし、もちあがる

うえにうかぶ

あし、いたい

「ひっ!? ……あ? えァ?」

「能力使えねぇだろ。対能力者用の拘束だ、大人しくしてろ」

あくせられいた、なにかしたい
でも、しても、できない

「なンで、クソ、演算が……おい、何なんだこれッ!! おろせ! 外せ!」

うごけない

あしいたい

あたま、おもい

「血ぃ登ってきてんなぁ。顔真っ赤じゃねぇかクソガキ。
 最後に拝むのがそんな愉快なツラじゃ、当分忘れられそうにないねぇ」

さいご

「は、ァ? さい、最後ォ? もォ実験、しねェの……?」

くるしい

あくせられいた

あたま、いたい、おもい

「実験体のデータも、取り終わったら絞りカスだろぉ? 一方通行ぁ!
 産業廃棄物を高額で買ってくれる奴がいたからには、このチャンスに売り飛ばさねえとな」

「て、め」
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 21:14:16.04 ID:kKNJlYkOo

がンがン、する



あくせられいた、おこってる

おこってる、こわい

こわい

「嘘だろ……は、木原くン、嘘」

いき、くるしい

「うるせぇんだよ、ガキ! もうてめぇは用済みだ」

「約束したのに! こわくねェって言ったじゃねェか!」

なみだ

「何で俺がガキなんか怖がらなきゃならねぇんだ」

「他の奴はみンなそォだ! こわいって! ちかづかねェじゃねェか!」

「勘違いすんじゃねぇぞ、一方通行」

ぼくは、こわい

「ほンとだ! こっちくるなって、目も合わせない! 俺のこと、怖いから、どっかいけって!」

「笑っちまうな! 明日は腹筋痛くて仕事になんねぇぞ!?」

こわい

「怖いんじゃねぇ、気持ち悪くて吐きそうなんだよ、てめぇのそのイカレたツラがよぉ!」

もう

「騙したな、てめェ! 死ねッ! くたばれ! 殺す! ころす! 殺してやるッ!!
 オマエは平気だと思ったのに! 騙した! 裏切った! アイツと一緒だ! 殺す、殺す!」

こンなの、ききたくない

「……やってみろ、クソガキ」

「ァぐっ!?」

がくン

おちる
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 21:14:42.88 ID:kKNJlYkOo

おきた

くらい、やね、ある

だれかいる

だれ

おンなのこ



みと
み、こ

「これより第1回目の実験を開始します。
被験者一方通行は所定の位置に着いてください、とミサカは伝令します」

なにかもってる

それ

だめだ、それは

「反射を……」

だめ

あくせられいた、だめ

それは

「あァ、そうかい」

パン





ごとン

「?」

あくせられいたが
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 21:15:10.33 ID:kKNJlYkOo

あのこは

しンだ
ころした

あくせられいたがころした

また
またころした

こわい

こわい

あくせられいたは、たぶン、ぼくも、ころす

かも、しれない

いやだ

いや、かな

いやなのかな

いたい、は、いやだ
でも

それより、こわい

「あァ……?」

あくせられいた

おどろいてる
なンでかな

しなない、と、おもったかな

うそ

だって、あくせられいたがころした

ころした

ころす、あくせられいたは、こわい

こわい
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/04(月) 21:15:37.99 ID:kKNJlYkOo

続きが出来たらまた。

それでは。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/04(月) 21:28:57.50 ID:OOoAsEZDO

時系列がわからん…
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/04/04(月) 21:45:07.59 ID:c3fNY86a0


>>70
考えるな 感じるんだ
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/04(月) 21:45:47.69 ID:BEeRVoie0

そろそろ俺の打ち止めちゃんがアップを始める頃かな
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/04(月) 21:57:10.13 ID:kOaCdvPy0
この木原くんは死んでよかった。

>>1乙なんだよ!
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/04(月) 21:57:53.98 ID:u5tWntwe0
難しいけど凄く好き

おつ
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/04(月) 22:35:26.40 ID:wx9GWnUSO
すごく好み
支援乙
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/04/04(月) 23:12:36.06 ID:F+lA225eo
打ち止めー!はやくきてくれー!
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) :2011/04/05(火) 15:15:42.81 ID:D/NtMusV0
すげぇ乙
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/05(火) 15:25:41.63 ID:T4x123JDO
これは支援せざるをえない
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/05(火) 15:26:30.22 ID:MGZSdlt10
ていうか>>3が秀逸すぎて怖いくらい
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/05(火) 17:28:46.62 ID:ZNlGZR9IO
あれか
子供の睾丸潰してチンポ切り落とした母親のやつか
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/05(火) 18:07:47.96 ID:mkZuxuhw0
oh…

まあなんだ…最後の希望はいつ降臨するのかね
…するよね?
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/04/05(火) 18:26:09.19 ID:VNOQt7C0o
とりあえず救いようのない鬱展開を希望
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/04/05(火) 19:19:37.85 ID:QVudDOiUo
>>80
おいやめろ
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/06(水) 06:13:20.18 ID:jDwse24IO
性的描写に微かな期待
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/06(水) 13:05:33.79 ID:AH12KWz+o

できました。

今日は色々な意味でちょっとアレです。
一方通行に理想がある人は見ないでください。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:06:04.94 ID:AH12KWz+o

翌日は、学校が終わってすぐに駆けつけた。
御坂美琴が病室のドアをノックすると、中から冥土帰しの、どうぞという声が聞こえてきて
そっと入室すると、ベッドの上の人物は病衣に袖を通している所だった。

「あ、ごめんなさい。診察中だった?」

「もう終わったから、大丈夫だよ?」

袖を通したはいいが、甚平タイプの病衣に戸惑っている。
どうしていいかわからない、と言いたげに冥土帰しを見上げるが、本人はそれをかわして
すれ違いざまに美琴の肩をぽんと叩いた。

「手伝ってあげてね?」

「へ」

振り返ると病室のドアが閉まる所で、まんまと逃げられてしまった。

「み、みと」

困ったような声でおずおず様子を伺う。
御坂美琴は覚悟を決めた。

「えーと、こっちが下。ここを結ぶの」

「むすぶ」

不器用そうに震える指が紐を堅結びにしようとするのをそっとやめさせ
美琴はそれを蝶結びに直してやった。

「こう」

「、」

「ここをひっぱると解ける」

「あ」

結び目をしげしげ眺める様子がまさに子供のそれだ。

美琴はこの白い生き物を一方通行だと思うことをやめにした。

「いい? 一度結んで」

「ン」

「そう、こっち、下でしょ? こっちをこう持って……そうそう。で、くるっと」

丁寧過ぎるほどの蝶結び講座だった。
が、一度聞いただけでもう片方の紐も結べるようになったのを見て、美琴は認識を改めた。

知能が低いと言っても、知らないだけなんだ。
頭は良い。それも、かなり。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:06:33.19 ID:AH12KWz+o

そこまで考えて美琴は当たり前だと思う。
少なくとも頭の中に詰まっている脳は学園都市の最高峰なのだ。出来の悪い訳がなかった。

「あ、ありが、と」

「どういたしまして……」

この拙い発声やら発音も、教えれば良くなるのだろう。
美琴はそう思いながら、ベッド脇のパイプ椅子に腰かけた。

罵詈雑言のあらん限りを尽くした会話をつつがなくとめどなく続けられる程度には。

「あの、昨日はごめんね? びっくりさせちゃって」

罵詈雑言で思い出した昨日の自らの失態に、美琴は少々顔が熱くなるのを感じた。

先ほど困ったような顔をしていたのもその所為だろうに。
一方通行を怯えさせるというのは変な気がしたが、それより子供を苛めているようで
今となっては美琴はあの時激昂していた自分を怒鳴りつけてやりたかった。

「み、と」

頭を下げる美琴に驚き、下げた頭を上げさせようと頬に手を添える。

「わ」

「あ、あ、あ、ご、ごめンなさ」

叩かれでもしたように戻って行った手を捕まえる。

「ご、ごめんね! びっくり、し、し、した、だけだからっ!」

「あ、う、」

どもりが感染してしまったらしい。

「み、みと」

「ん? ああ……みこと」

「みこ、と」

「みこと」

「みこと」

「そうそう」

原始的なコミュニケーションであった。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:07:02.67 ID:AH12KWz+o

「みこと」

「何? えっと……」

微かに微笑む目の前の白い生き物を『一方通行』と呼ぶのは、美琴からしてもお断りだ。
かといって、あくまでも少年に対して『百合子』と呼んで良いものか、と逡巡が生じた。

「ゆりこ」

「え、えーと……」

「ぼく、は、なまえ、ゆりこ」

「ゆ、百合子……」

「ン」

何やら満足げだ。
自分の名前に違和感を感じている様子はない。

「どうして百合子って名前なのかしらね」

ぽつりと漏れた独り言を、百合子は残さず聞きとっていた。

抑揚のない小さな声。

「ゆりこは、わるい」

美琴が不思議そうな顔をしたからだろうか。
ちょっと考え込んでから、説明めいた言葉を並べていく。

「ン、ゆりこ、は、わるいなまえ」

「悪い名前……って」

「ぼくはにてる、にないように、しな、きゃ、だめ、だから」

余計に分かりづらい。
それを顔に出さないようにしながら、美琴は曖昧な返事をした。

記憶が戻るか、話し方が上手くなるまで、訊かないことにしよう。

その時だった。
病室のドアがノック無しに乱暴に開けられ、彼女が入室してきたのは。

「やっほう。今日も元気に殺しに来たよ、第一位」

病室に断末魔と間違えてもおかしくないほどの悲鳴が響いた。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:07:37.85 ID:AH12KWz+o





             3 心的外傷後ストレス障害




90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:08:05.52 ID:AH12KWz+o

数分後。

学園都市最強のレベル5は落ちつかなげに浅く早い呼吸を抑えもせず
無表情で涙をぽとぽと零し、時折しゃくりあげるように痙攣するだけの生物に成り下がっていた。

「は、は、うゥ、く」

その背中をそっと擦ってやりながら、美琴はため息をついた。

「話には聞いていたけど……番外個体……ね」

それに答えたのは、先ほど百合子が上げた悲鳴に対して
一番早く病室に駆け込み、番外個体を閉めだした張本人。

「うん。ミサカと一緒にお見舞いに来たんだけど……」

しょんぼりとうなだれるのは、御坂美琴の体細胞クローン、妹達の司令塔、打ち止めである。

手に持った紙袋から着替えが覗いている辺り、一方通行の荷物を届けに来たようだ。

「ミサカが先生にお話を聞いているうちに番外個体だけ勝手に入って行っちゃったの
 って、ミサカはミサカはミサカが置いてけぼりにされただけでなく
 この人をここまで怯えさせた番外個体の罪は重いと断言したり!」

「ミサカミサカ……混乱するわ……」

当の番外個体は2番手で駆けつけた冥土帰しに捕まり
診察室で打ち止めの代わりに現状報告を聞いている。

「どの道妹達のうちの誰か1人が把握できていれば同じ事だからって
 ミサカはミサカはこの人の傍にいる事を選択してみる」

にっこり笑って、打ち止めは百合子の顔を覗き込んだ。

濡れた赤い目がその顔を見て、ようやく涙をぬぐった。

「みこ、と」

「ううん、お姉様はこっちだよ? って、ミサカはミサカはお姉様を指差し自分との差を強調したり」

不思議そうな顔で打ち止めの顔を眺めている。
何か考え込んでいるようだ。

「私は打ち止め。一緒に住んでたの! あなたの着替えも持ってきたんだよ?
 って、ミサカはミサカは紙袋を指差して注意を促してみたり」
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:09:16.33 ID:AH12KWz+o

焦ったような困ったような顔をする理由が美琴にはなんとなく分かったような気がした。

打ち止めの独特な口調に圧されているのだろう。
助けを求めるように見上げるのに、大丈夫、と微笑むと、少し遠慮がちに口を開く。

「ら、ァす、」

「打ち止め。らすと、おーだー、だよ。
 ってミサカはミサカはリピートアフターミーを要求したり」

「らすと」

「うーん、愛称ということで許可! って、ミサカはミサカは一方通行とミサカの親密性を……」

美琴が止めようとする前に、打ち止めは小さな掌で口元を覆った。

本人が名乗る以上、覚えていないような呼称で接されるのはストレスになるだろう。

そう告げられてはいるが、美琴のそれよりも深く根付いた打ち止めの生活習慣は
まだ完璧には打ち消しきれない。

「あくせられいた」

繰り返す百合子の顔に浮かんだ怯えに打ち止めは慌てた。

「あ、ごめんなさいっ! 間違えちゃったのって、ミサカはミサカは誠心誠意謝ってみる!」

百合子の白い髪をそっと撫でる打ち止めに、例の遠慮がちな調子で唇が開かれる。

「らす、と、は、あくせられいた、しってる、かな」

「え?」

ぴた、と手がとまる。

「よる、くらい、く、くるまのなかで、おとこのひと、なにか、なにかもって」

うわごとのように呟くのを聞いた途端。

打ち止めが百合子の懐に飛び込んだ。

「……一方通行! 一方通行! 思い出したの!? お姉様、この人……!」

突然抱きしめられて当惑し、パニックになっている百合子。
今にも泣き出しそうな打ち止めを引き離し、美琴は叫んだ。

「落ちついて打ち止めッ! ちょっと待っ……百合子? 百合子しっかりして!」

過呼吸を起こしてのたうち回る少年を抑えつけ、美琴はナースコールのボタンを押した。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:10:39.28 ID:AH12KWz+o

「君のDNAは何か彼と因果があるのかもしれないね?」

冥土帰しの言葉に、美琴と打ち止めが項垂れる。
番外個体だけが面倒くさそうに明後日を向いていた。

「いいかい? 君たちも辛かったり、混乱するのはわかる。
 でもね? 一番辛くて、混乱していて、怖がっているのは他ならぬ彼なんだよ?」

「ごめんなさい……」

「反省してます……ってミサカはミサカは早とちりを思い出して赤面したり」

「ミサカ悪くなぁいもん! 大体ちょっと記憶なくしたくらいで皆大げ……痛ぁ!!」

打ち止め渾身の一撃を喰らった頭部を押さえて、番外個体はうずくまった。

「何すんの!」

「こっちが言いたいのって、ミサカはミサカは姉の威厳をもって叱ってみる!
 大体初対面の人に「殺しに来た」なんて言われたら……」

「ぶっひゃ、あの顔、最高だったよねぇ!! マジでぞくぞくきちゃう」

反省の様子など微塵も無くケタケタと笑い転げるクローンを見下ろして
御坂美琴は皺の寄った眉間を抑えた。

「このミサカにとっては今の第一位でも昔の第一位でも、どっちでも変わらないんだよ。
 痛めつけて喘がせてあげたいのは変わらないし? 顔だって変わらないもんねぇ?」

そう言って爪を噛む番外個体に打ち止めが物言いたげに地団太を踏んだ。

「大体あの凶悪面が、いつまでも記憶なくして涎垂らすようなステキな失態晒す訳ないじゃん?
 今のうちに楽しまないと損しちゃぁう! ミサカは割を食いたくないだけでね?」

記憶が戻ると確信している。
だから、今の一方通行に、百合子にどう思われても構わない。
百合子がどう壊れてもいいのだ。

一方通行という人物を困らせ、痛がらせ、最終的に殺せれば過程はどうあれ構わない。

その真意が透けて見えて、美琴は顔をしかめた。
すごい妹を持ってしまった。

「それはどうかな?」

同じ顔を突き合わせて騒ぐ3人の間に割って入ったのは冥土帰しの一言だ。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:11:08.29 ID:AH12KWz+o

「はあ? 何それ?」

「僕はあまりこういう「最悪の場合」の話はしないんだが……
 今回は医療でどうにかなる問題じゃないからね?」

ふぅ、とため息をひとつ。
冥土帰しはデスクの上の飴が詰まったカゴを取りあげ3人にすすめた。

打ち止めは嬉々としてイチゴ味を選び、美琴はそれを見てDNAの恐ろしさを味わった。
一方番外個体の方はといえば、渋々というポーズをとってはいるが、飴の包み紙を
丁寧に剥がす様子からして満更でない。

「意見が分かれて喧嘩する時は、大抵お腹がすいているか、甘いものが足りないからだね」

朗らかに笑って飴を取ってから、冥土帰しは正面のスクリーンに脳の映像を映し出した。

「人間の脳は、コンピュータに例えられることが多いけれど
 実際はそれより遥かに精密で、遥かにいい加減なものでね?」

百合子のものだと指示されるが、生憎と3人には脳の構造や疾患に関する知識はない。

「敢えて例えるなら、彼のコンピュータはあまり上等な作りではないね。
 製造段階で外装にへこみ。内部に血栓……これはそうだね、回路不全だ」

太めの指がとんとんと叩いた部分は、葉脈のような血管が一際白くくっきり映る。

その部分は血が流れていない、死んだ部分だと説明が続いた。

「そして、銃創。ここだね。外装が砕けて、CPUだのメモリだのが機能を停止した」

「それを担っているのがミサカネットワークなんだよねって、ミサカはミサカは確認したり」

「ああ。そして記憶などが収まっているHDが今問題になっている部分だ」

脳の中間を指す指に、視線が集まった。
番外個体がじれったそうに先を促す。

「でも外装だのメモリだのって、記憶に関係ないんじゃないの?
 別に今まで平気だったんだし、今更問題になるっていうのがミサカにはよくわかんない」

ガリガリと飴を噛み砕きながら番外個体が言う。
もういっこ、との催促に答えて、カゴが差し出された。

「問題はコンピュータと違って買い替えが効かない、部品交換ができないことだね。
 彼の肉体は大分ダメージを受けている。それが原因かもしれないが」

「?」

「通常記憶喪失というのは、何か脳に衝撃をうけたり、強いストレスを感じたり……
 そういった誘発剤、つまり引き金となるものが見つからないんだよ」
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:11:35.30 ID:AH12KWz+o

寝不足により起こった貧血。
確かに記憶喪失と結び付くかと言われれば、少々弱いような気もする。

「そういうケースもあるんじゃない? ストレスならそれこそ」

このミサカとか、と自分の鼻をチョンとつっつく番外個体を打ち止めが横目で睨んだ。

「無いとは言えないね? 現に症例があそこにいる。
 ……けれど、そうなったのには理由があるはずだ。記憶を失っても仕方がない程のね」

真剣な眼差しがスクリーンに注がれている。

「あの子は強い子だよ。それがああなってしまう程なんだ。
 僕には想像もつかないが、それほどまでに理由があったのだと思うと、楽観視はできない」

気まずげな沈黙。

しかし、当の番外個体はけろりとして椅子を蹴った。

「ミサカには関係ないね」

「アンタね、今の聞いてたでしょ? 今はそういう事言ってる場合じゃ……」

「お姉様にはわからないだろうけど、ミサカはそういう生き物なの」

立ち上がった美琴よりも、さらに上。
吊りあがった眦がグリグリと睨みつけて来る。

「同じDNAでもね、ミサカの本質はどちらかというと、あのクソッタレな第一位の同類なの。
 どんなにあれがカワイソーな姿になっても、このミサカは態度を変える事なんてできない」

野生のネコ科の獣を思わせる残忍な表情が覗く。

「困らせて、痛めつけて、怖がらせて、泣かせて、殺したいの。
 理性が他にどうしたいと考えても、本能は止められないんだよ?」

それに言い返そうとした美琴の唇に人差し指を押し当てる。
ついでとばかりに飴玉を2、3個くすねて番外個体は出ていった。

「……彼女も本当は心配しているんだね」

「へ、あ……アレで!?」

美琴が動揺し、打ち止めがやれやれとため息をつく傍で
冥土帰しはニコニコと曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:12:03.42 ID:AH12KWz+o

上条当麻がようやく病院にたどりつく頃には、日が傾き、光にうすく色がつき始めていた。

途中でスキルアウトが女の子に絡んでいるのを助け、犬に追われ、道路工事で回り道
携帯を学校に置いてきて逆戻り、からもう一度同じ犬に追われるというフルコースだ。

とぼとぼと病室に向かう姿からは哀愁が漂っていた。

しかし、病室の前に掲げられた「スズシナユリコ」の文字を見て
上条当麻は背筋を伸ばした。

深呼吸を2回。笑顔を心がけながらスライド式のドアに手をかけた。

「えーっと、おじゃましまーす……?」

開けてしまってから思い出した。しまった、ノックをしていない。

男の部屋だしまあ良いだろうと、あまり良くない良い訳で自分を納得させてから
先ほどまで美琴が腰かけていたパイプ椅子に座った。

「……寝てるのか?」

1日で2度も過呼吸を起こしたせいで、酸素マスクのようなものを取り付けられている。

「昨日より悪くなってはいないだろうか……」

安らかとは言い難い寝顔で浅く息をつき、シーツを堅くにぎりしめている。

「ン、」

ばさ、と中途半端に長い髪が枕を打った。

「、っィやだ、やめ、」

魘されている?
顔をよく見ようと立ち上がると、音に反応したのか、薄い背中がビクンと反った。

「おい!? ちょ……起きろ一方……百合子!」

骨ばった肩と頬を叩く。

堅く閉じられていた瞼が薄く開いた。
その隙間から涙がこぼれる。

「は、あァ、とま」

「ん? ああ、うん……大丈夫か? 怖い夢でも見たとか、どっか、痛いとか」

ごしごしと目元を擦る様子が目新しい。

酸素マスクのようなものが邪魔なのか、不思議そうに触っている。
上条当麻にはそれを取っていいものか判断しかねたので、あまり触らないようにとだけ言った。

「なあ、大丈夫か?」

「い、いたく、ない、けど」

「じゃあ怖い夢?」

「ンー、わかンない」

かくりと首をかしげる。困ったような顔つき。
これが百合子のデフォルトなんだな、と上条は1人頷いた。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:12:29.76 ID:AH12KWz+o

「みこと」

「ん? 御坂も来てたのか?」

「ン、あと、らすと、きた」

「らす……打ち止めか?」

「みさかは、みさかは、」

「打ち止めだな」

体を起こそうとモソモソ足掻くのを手伝ってやる。
泣いた所為で少し目が腫れていた。

病室の窓からはオレンジ色の夕焼けが差し込んでいた。

「まさかお前とこんな風にのんびりお喋り出来る日が来るとはなー」

妙な可笑しさがこみ上げる。

「はは、変なの。まあ嬉しいけど」

「うれしい」

「ああ」

にへにへと閉まりのない笑顔で向かい合う2人。
美琴が居れば何をしているんだと頭を抱える所だが、今のところストッパーはいない。

その緩んだ空間を木っ端みじんに吹き飛ばすべく
入り口のドアが本日3度目の轟音を立てて開かれた。

「やっほう第一位! 番外個体ちゃんだよ〜?」

「ひゥ」

電流を流されたように痙攣する百合子の視線の先を辿ると、噂の大きな御坂さん。

「お、お前……ここ病院」

「いーからいーからぁ。ほら、どいて」

怯えたように裾をつかむ百合子をかばうように、上条当麻は腕を広げる。

「誤解だって。お見舞いだよ? それともこのミサカにはお見舞いの権利もないのかにゃ?」

「み、まい」

「そうそう、今は百合子ちゃんだったね? あっひゃひゃ、笑けるー」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:13:32.50 ID:AH12KWz+o

伸ばされた腕をかいくぐり、番外個体はベッドの隅に腰掛けた。

「表情ってでかいね。あなたの顔じゃないみたい」

上からじりじりと覗き込む顔に、百合子は不器用に身を引いた。

「ぎゃはは! 逃げない逃げない。やっぱり怖いのかにゃーん?」

「う、」

びくびく、おろおろ。

行き場の無い手で上条のシャツの裾を握ったまま。
もう片方の手は落ちつきなく上げたり下げたりを繰り返す。

「おい、可哀そうだからやめてやれって……」

「うるさいなあ。ミサカ今忙しいの!」

ギッと睨みつける視線が鋭い。
美琴もときには野生のヤマネコを想像させるが、番外個体はトラかヒョウの獰猛さだ。
打ち止めはさしずめ愛玩用の子猫がいいところだが、と無駄な思考がよぎる。

「いいね! 最高にいい! その表情!」

「あ、」

新しいオモチャを検分するように、番外個体は嬉しそうに百合子の顔を眺める。

付けっぱなしだった人工呼吸器をはぎ取り、白い髪に指を差し込む。

「気にいったー」

がぶり、と音が聞こえるようだった。

危機感なく半開きになっていた薄い唇に、番外個体が横ざまに咬みつく。

は、はああああああああああああああ!?

声の出ない驚きは外野の方が大きかった。
上条にとっては青天の霹靂と言っていい。

あれ?
仲悪いんじゃなかったの?
というかそれ絶対入ってるよね?
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:14:21.34 ID:AH12KWz+o

「ン、く、」

百合子は必死に番外個体の肩を押し、離れようとする。
が、力の使い方もわからないか細い少年の腕と軍用クローンでは勝負が見えていた。

体勢も悪い。

百合子が未だ上条の裾を放せないでいるのに対し、番外個体は上からのしかかり
片腕で後頭部を抑えて逃さず、肩をベッドに押さえつけるコンボ技だ。
細い足が布団を蹴ってもがくのがわかる。

上条当麻は、DNAに逆らってまで発育の良いその乳房が
少年の平たい胸に押しつぶされて形を変えているのを冷静に観察していた。

不意に、堅いものが歯にぶつかる、かりっという音が響き、番外個体はつっと身を引いた。

離れた唇から唾液がこぼれるのを舌で舐めとり、満足そうに笑う。

「鼻で呼吸していいんだよ? 第一位?」

深い潜水から戻った人のように深く呼吸するのを宥めてやってから、乱れた髪を整える。

「ミサカは番外個体。み・さ・か・わ・あ・す・と! 言ってごらーん?」

「わ、わァす」

がたがたと震えながら、百合子が答える。

「及第点だよ、ユリコチャン」

その白い頬にちゅ、と音を立てて口づけてから
番外個体はやおらぎゅっと細い体を抱きしめて嵐のように去って行った。

「な、な……何だったんだ……」

濃厚なキスシーン(但し一方的な)を特等席で見せつけられた男子高生は未だ硬直。

「あまい」

「へ?」

振り返ると、百合子がもぐもぐと口を動かし、れ、と舌を突き出した。

薄い舌の上には黄色の飴玉が一つ。

「飴……」
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:14:59.24 ID:AH12KWz+o

がっくり、と肩を落とし、椅子に戻った上条当麻に対して、百合子はあまり気にしていないようだ。

返って落ち込んだ様子の上条を心配しているようだ。

「とうま」

「んー? いやぁ、何でもないんですよ、何でも」

へへへ、と力なく笑うのを、百合子は無邪気な様子で眺めた。

「とうま、も、ほしかった、かな」

「へ?」

顔を上げた瞬間、ぷち、と唇に何かが当たった。

エ、の形に開けられていた口の中に、つっと堅くて滑らかな物が入ってくる。
ごく近くにある真っ赤な瞳を眺めている内に、それはすいと離れていった。

離れ際に唇とちらりと舐められて、上条当麻の意識は再起動し始める。

「……のぁあああ!? な、な、なにしてるんでせう百合子くんっ!? 上条さんは男の子ですよっ!?」

「あめ」

いつの間にか自分の口の中に移動した砂糖菓子を噛み砕きながら、上条当麻は吠えた。

「ほしかった、かな、と、おもった」

きょとん、とした様子でとんでもないことを口走る様子に、上条は思い出す。

そうだ、こいつ、9歳……いや、2歳なんだった。

犬にかまれたと思って忘れよう、そう思った瞬間。

ドサリと背後で物が落ちる音が聞こえた。

「あ、みこと」

「え」

少し嬉しそうな百合子の声に、首関節がゆっくりと後ろを向かせる。

予想通り、顔面蒼白な御坂美琴が常盤台指定カバンを取り落とし、棒立ちになっていた。

「……アンタ、おかしいと思ってたわ……好きでも無い女の子と同居して。
 あれだけ女の知り合いが多くても浮いた話一つないって……」
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:15:27.21 ID:AH12KWz+o

ぶるぶると震え、すっかり色をなくしている。
それは上条当麻にも言えたことだった。

「い、いやあの、御坂さん? それは誤解で」

「そう、そうよね。いくら女の子に囲まれて何もなくても納得だわ。だって本人がゲイで」

「スト――ップ!! 待って! 違います! 上条さんは女の子が好きですのことよっ!」

「百合子は一応男の子でしょうが! ねえ!?」

急に話を振られ、不思議そうな顔をした百合子だったが、しばらく考え込むようにした後。
いきなり病衣の上をはだけて、胸元を覗き込んだ。

「ちょ、ちょ、だめよ百合子! ゲイの人の前で軽々しく服を……」

「違うっつってんだよ!!」

首をかしげながらズボンの前の部分をぐいと引っ張り、中を覗き込んでから
百合子はまじめくさって美琴に向き直った。

「おとこのこ」

「ほらぁ!!」

「ほらじゃない! というか確認しなきゃ分からないのでせうか!?」

「でもさっき、アンタ、き、きききききききき」

「あれは事故だああああああああああああああああ!!!」

頭を抱える二人を余所に、百合子は番外個体がそっと握らせてくれた二つ目の飴玉を
口に放り込んでいた。

「ああ、不幸だぁああああああああ!!」

叫ぶ上条当麻の唇から、ほのかにレモン味の残り香が漂っていた。
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/06(水) 13:15:54.23 ID:AH12KWz+o

今日はここまで。
書けたらまた来ます。

展開予想は怖くなるので、控えめ気味で、どうぞよろしく。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/04/06(水) 13:25:56.32 ID:zrdDrBFz0
あわきん、早く来い
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/06(水) 13:27:24.10 ID:pHgr7VgPo

外野は見守るだけ
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/06(水) 13:27:55.33 ID:IO6SFSOR0
おもしろい!!
乙!!
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/04/06(水) 13:46:52.12 ID:vw8x9y48o
きてたあああ
乙です!!!
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/06(水) 15:09:02.11 ID:h+QC/OVDO
番外可愛いなあ
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/04/06(水) 15:32:29.46 ID:oCpVJtFy0

超期待してます
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/06(水) 16:18:54.94 ID:FEgEMtS5o
ふおおおおおおおお
おつ!
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/06(水) 16:28:42.41 ID:cFSBkOGDO
誰か絵師を!
挿し絵を持てー!
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/06(水) 17:14:26.86 ID:bZ/e8nFIO
乙乙!
あわきんが来るのは危険すぎるだろ…
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/06(水) 17:58:57.92 ID:PghEa62v0
>>1乙!!
ん?ついてるってことは母親に「処分」されなかった…のか…?

まあ展開予測になるからあんまり言わんが。

期待してるぜ
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/06(水) 18:01:09.27 ID:FpppQUPf0
はじめてのキスは、レモンの味でした
相手は男の子でした

美琴も番外も打ち止めもかわいいな
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/04/06(水) 18:31:08.01 ID:8YMeDn3to
色の豊かな綺麗な文章だなー。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(佐賀県) [sage]:2011/04/06(水) 23:48:56.53 ID:fZSFhHIEo
まさかの番外百合とじは
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/07(木) 00:33:56.57 ID:eULsmJoN0
最高だね!
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/07(木) 02:10:00.56 ID:wkOe+cUIO
超乙!うおぉ、すごく続きが気になる
更新が楽しみだ
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/07(木) 08:40:25.63 ID:Ewv9OTd/o

続きいきます。
全体的に捏造パートに入ってきました。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/07(木) 08:40:53.06 ID:Ewv9OTd/o

おきた

あかるい

あったかい、へや
おり、みたいな、さくがある

「木原くゥゥゥン! 飯まだァ!?」

ちいさい、あくせられいた

かべにはなしてる

「うるせぇクソガキ! まだ11時だ!
 が、ちょっと待っとけ、今そっちにいくわ!」

かべがしゃべった

きはらくンのこえ、かな
なンだかうれしそう

「……なンで?」

あくせられいた、うれしくない
きげンが、わるいかんじ

さくのむこうに、きはらくンがきた

がちゃン
とびらがあく

「一方通行ッ!! てんめぇ! このクソガキがっ!」

きはらくン

せがたかい
あくせられいた、だっこされてる

さかさまじゃ、ない

ちゃンとおなか、たかいたかいされてる

「うァっ!? な、なにしやがる! 放せ!」

あくせられいた、たかい、こわい

きはらくンはうれしい
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/07(木) 08:41:20.89 ID:Ewv9OTd/o

「この前の身体検査の結果、統括理事会から返事が来やがった!
 お前が第一位だ! レベル5の第一位に、お前みてぇなクソガキがなっちまったんだぜぇ!?」

きはらくン、よろこンでいる

あくせられいたは

「へ? レベル、5? それ……それ、本当なのかァ?」

びっくりしてる

きはらくンのかみのけをつかむ
きはらくンは、あくせられいたとちがって、かみのけが、ちゃいろ

あくせられいただけ、しろい

しろい、は、とくべつ、かな

「マジだよクソッタレ! 大マジだ! 研究費も降りた。新しい機材増えるぜ?」

「それはあンまり嬉しくねェ。この研究所、ぼろじゃン」

「黙れモルモット。最新の機材がねぇと安全な実験できねぇだろ?」

わしゃわしゃ

きはらくンの、ては、おおきい、あったかい

「ンー、でもそンなの。他の奴は喜ばねェよ……」

「ふざけろ。あいつらも喜んでたぜ? これでメシが食いつなげるってよ」

でも、それはうそだ、と、おもってる

「だってよォ! あいつら目も合わせねェもン。俺のこと、気持ち悪ィンだ……」

「ばぁか! そりゃお前、頭が上がらねぇんだよ。
 こんなちっこいクソガキが飯のタネなんだぜ? 自分で自分が恥ずかしいって奴だ」

「そォかなァ……怖いンじゃ、ねェの? そういう風に話してるやつ、居たぜェ?」

「ああ!? んな腰ぬけがいるのか。どうしようもねぇな!
 まぁいい。よーし、そんじゃ、今日は特別に甘いモン食わしてやる! 祝いだ!」

「マジでっ!? 木原くン、話がわかるじゃねェか! えっとな、俺なァ……」

「もう持ってきたっての。ホレ、黒蜜堂のフルーツゼリー。でっかいやつ!」

「やったァあああああああ!! 木原くン! 半分こしよォぜ、半分こ!!」
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/07(木) 08:41:52.14 ID:Ewv9OTd/o





                 -3 すごくこわい




121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/07(木) 08:42:35.04 ID:Ewv9OTd/o

おきた

ここは、またへやだ
おりのあるへや

ちいさい、あくせられいた

「クソガキー、起きろー! 実験始めんぞ。顔洗って着替えやがれー」

かべからこえがでる

きはらくンのこえだ

「うるせェ、クソ木原くン……」

ごしごし

あくびをした

ふくは、ぼくのいまのと、にてる
ちょっとおおきい

あくせられいたは、ぼくより、ちょうちょむすびが、へたくそだ
むすびが、たてになってる

がちゃン
とびらがあく

「今日は何の……をォ?」

「アホみてぇなツラしやがって、しまりがねぇぞ、第一位クン?」

きはらくンのこえだ

でも

「な、何ですかァ? その愉快なド金髪頭」

「イメチェンだ、イメチェン!」

「顔のはァ?」

「これもイメチェンだっつの。ワイルド系を目指そうと思ってよぉ」
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/07(木) 08:43:02.78 ID:Ewv9OTd/o

かみのけが、へンないろだ

それから、かおになにか、かいてある

「これシール?」

「マジよ、マジ。触るんじゃねぇぞ。結構ヒリヒリしてんだからよ」

もようのないほうのほっぺただけで、きはらくンがわらう

あくせられいたのかみのけが、くしゃくしゃされた

「カッコイイか?」

「ぶっ……! 似あわねェ! インテリ木原くンがグレたァー!!」

あくせられいた、わらう
わらってる

「てんめぇ……まあいい。その内このカッコよさが分かってくるぞ」

「ならねェよ! バァーカ!!」

あくせられいたは、きはらくンと、てをつないだ
いっしょにあるいてく

ながい、ろうか
しろ、ばっかり

「えっ……おい、もしかして木原さんじゃないか?」

「うわ、何だよあれ」

ざわざわ
ひとがいっぱい、いる

「木原くン、今日は挨拶もされてねェじゃン! やっぱ変なンだ?」

「ありゃ俺のワイルドさにビビってんのよ。器が小せぇなー!」

「……俺が手ェつないでっからじゃねェかな?」

「あ? お前の檻に行くときだってこんなもんだったぜ?」

「オリって言うンじゃねェ! ……って、それ怖がられてンじゃねェの?
 研究者ってそういうカッコの奴いねェもン」

「……かもしれねェな」
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/07(木) 08:43:29.47 ID:Ewv9OTd/o

ぼくはおもった

きはらくンはやさしい

「ま、俺の恐れられ具合に比べりゃ、ただちょっくら実験動物じみた色のガキなんざ
 鼻くそみてぇなもんだな。何が怖ぇもんか、こんなひょろっちいガキ!」

「あァ!? 何だとクソ木原!」

「てめぇ、昨日あのアホみてぇに高いゼリー食わしてやったの誰だと思ってやがる!」

「オマエ自分で半分食ったじゃン!」

「俺の買ったもんを俺が食って何が悪い。お前に半分くれてやっただけ慈悲深いだろぉが」

「木原くンのばァか!」

「言ってろクソガキ」

あくせられいたは、きはらくンのてを、はなさない

「……ァりがと」

きはらくンは、あくせられいたがすきだ

「……んー? おぅ」

あくせられいたは、きはらくンがすきだ

「ばァーか」

「うっせ、クソガキ」

ぼくは

あくせられいたが

わかンない
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/07(木) 08:43:57.36 ID:Ewv9OTd/o

ここまで!
それではまた。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/07(木) 09:05:49.75 ID:DE9O1yuE0
若き日の木原くンマジ好青年

126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/07(木) 09:07:44.45 ID:DVfPgCpDO
乙乙
仲いいなお前らww
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チリ) [sage]:2011/04/07(木) 09:22:26.40 ID:smMWvDr/0
>>1
在りし日の木原親子が可愛過ぎて生きてるのが辛い
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage ]:2011/04/07(木) 12:05:13.52 ID:YNY7AD3G0
>>127
在りし日……そうか、そうだったのか……
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/07(木) 12:09:00.01 ID:AO9JXzFwo
原作読んだ事無いんだけど、実際この頃の木原君どうだったっていう話は有るの?
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/07(木) 13:02:07.21 ID:UP8c0Wq20
信じられない事に昔は一通におどおどしてたインテリだったそうだが
一発でセロリが木原と見抜いたと言う事は昔から刺青はあったんじゃないか
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/07(木) 13:43:23.24 ID:V5OPIpVKo
ビビりインテリくんってのはあくまで一方さんの印象だからな
武者震いをビビって震えてるのと勘違いしたのかもしれない
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/07(木) 15:29:25.62 ID:N0qPfyQAO
>>130
当時の木原くンはオドオドインテリというか、一方通行自身には特別興味が無かったから、顔を合わせる機会そのものが少なかったとかじゃないかな?
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/08(金) 02:23:42.80 ID:MgZY5c0DO
超おもしれえな
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/08(金) 15:41:29.55 ID:LxPJ5xbb0
追いついた、おつ

ワーストもゆりこも可愛すぎるだろ
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/08(金) 18:06:30.62 ID:OURwXRlz0
この木原くンは死ぬべきじゃなかった。
>>1乙!!
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/09(土) 01:03:33.70 ID:P4Ax/ToX0

木原くンマジ木原。
続きいきます。
オリジナルキャラ注意報。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/09(土) 01:06:36.99 ID:P4Ax/ToX0

朝の冷たい色をした光。

布越しで和らいでいたものが、しゃきっというカーテンレールの気持ちのいい音
と共に
百合子の白い右頬を照らした。

ガラス越しでもちりちりと刺さるような刺激を感じる。
薄い瞼がつと持ちあがる。

「ン。」

ゆっくりと体を起こすと、目の前にはカーテンを開けに来た少女がいた。

常盤台の制服。
御坂美琴?
いや、ちがう、と百合子は首を傾げ、微笑んだ。

「おはよ、う。みさか、いちまンきゅうせン、きゅうじゅう、ごう。」

「あ……おはよう、ございます……と、ミサカ19090号は朝の挨拶をします」

「一方通行」が病院にやってきてから、すでに1週間が経っていた。

成人女性や、この病院に勤める医師の殆どを苦手としている「百合子」の簡単な
世話は
同じ病院で調整中の妹達が進んで引き受けていた。

診察やリハビリの余暇が有り余っていた事もある。
が、何より大きく変わってしまった彼に興味津津というのが正直な所だ。

中でも19090号が熱心だった。
性格的にも通じる所があったのか時折静かに談笑するのを冥土帰しは目の端で確
認していた。

「よくミサカだとわかりますね、ミサカ達の見た目は殆ど同一だというのに……

 ミサカは百合子が名前を覚えてくれたことに少しの優越感を感じます……」

「いちまンきゅうせンきゅうじゅう、ごう、は、やさしい。すぐわかる。」

ほやほやと微笑む姿に俯いていた少女の顔もつられた。

「……名前が長いですね、ごめんなさい。
 何かもっと言いやすい名前だったら良かったのですが……とミサカは申し訳な
くなります」

それに対して考え込むように宙を見つめる百合子。
1909号は慌てていった。

「何かあだ名か通称で呼んでもかまわないのですよ、とミサカは……」

「ン、でも、ちゃンとする。そのほうが、うれしそう、だから。」


138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/09(土) 01:12:32.31 ID:P4Ax/ToX0

そう言って笑う百合子に19090号はしばし見とれた。

彼女の名誉のために言うと決して恋愛感情などではない。
彼女は白痴趣味も幼児趣味もない至って見た目年齢相応の感性の持ち主だ。

つまり、見とれていたのは百合子の病衣から覗く白い鎖骨と
その下にうっすらと続いていくなめらかな胸骨のラインだった。

「何を食べればそこまで細くなれるのですか? とミサカは己の欲望をぽろりと零します」

「えゥ、。」

不思議そうな顔で少女の視線を辿ると百合子は病衣の紐をしゅっと解いた。

「、ンー。」

袖から腕を抜きひらひらと動かす。

「な、何故脱ぐのですか! とミサカは口だけ窘めます……!」

「いちまンきゅうせンきゅうじゅゥごう、と、あンまりかわらない、かな。と、おもう。」

ひんやりとした指が19090号の手首を握った。

「ひゃ」

「あっ、う、ごめンなさい、あの。」

「あ、いえ、すみません、びっくりしただけです……とミサカは撤回します」

掴まれた腕を凝視しながらダイエットに励む思春期の少女は答える。

同じくらい?
たしかにそうかもしれない。だがそれでいいのか。
多分だが、身体年齢は相手の方が上で。しかも男性だ。多分だが。

自身の健康的なレベルぎりぎりに絞られた体躯を眺めるが目の前の白く皮の薄そうな
細い手首を見ると、もう少し細くなっても良い気がする。

悶々とした思考の渦に苛まれていると、いつの間にか横に人影が現われていた。

「君はその年頃の標準値と照らし合わせると明らかに『やせすぎ』なんだけどね?」

「ひっ! と、み、ミサカは何やらバレては不味い人に見つかったような悪寒を感じ
 なんのことやらとシラを切ることに決めたことをひた隠しつつ
振り向きます……!」

「……不運な口癖だね?」
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/09(土) 01:13:56.37 ID:d405Jx7Zo

苦笑いをする冥土帰しに百合子は自ら声をかけた、

「あ、の。おはよゥ、ござい、ます。」

「おやおや、おはよう百合子。元気みたいだね?」

「は、ァ。えと、う、うン。」

良い傾向だと頬を緩める。
数日の会話訓練や指導のためか。百合子の発音は少しだけましになっていた。

「ほそくなりたい、の。」

「え、えーと、ミサカは……」

「もう、ほそい。もっと、したら、しンじゃう、。」

「え、えぇえー……と……」

素直に見上げて来る視線に耐えきれずミサカ19090号は明後日の方を向いた。

「そうだね、むしろもう少しふっくらしていた方が魅力的だと思うけれど。
 まあ、何より、百合子。君が言ってはいけないね?」

「う。」

冥土帰しが伸ばした手にギクっと身をすくめ百合子は困ったようにうなだれた。

「ちょっと、瞼を見るよ? 痛くないからね」

ぴっと下瞼を引っ張り、口の中を見てから冥土帰しはため息をついた。

「そろそろものを食べないと。元気にならないよ?」

「え? と、ミサカは百合子を振り返ります……」

「あ、ゥ、えと、ごめンなさ、。」

辛そうに下を向く少年。

鈴科百合子が一番最近口にしたものと言えば、番外個体に握らされた飴玉くらいのものだった。

点滴ポールに引っかかったビタミン入りの高カロリー輸液が、ごく緩慢な速度で
百合子の生命を維持すべく血管に潜り込んでいく。

白い少年は刻一刻と枯れていくように見えた。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/09(土) 01:14:31.17 ID:d405Jx7Zo





                  4 拒食症




141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/09(土) 01:15:17.93 ID:d405Jx7Zo

その健やかな朝の、たった6時間前の話になる。

鳴り響く警報の中で、その研究員はただ両手を上げていた。

照明が落ちて辺りは暗い。
さっきまで部屋の外から聞こえてきた悲鳴や銃声も、ぴたりと止んでいる。

侵入者がいるのは分かっていた。

しかし、それ以外は何も。

数は? 武器は? どこから、どうやって。何が目当てで。

いや、最後の質問は訊くだけ無駄だ。
研究員は背にしているデスクを振り返る。

この研究所には様々な実験のバックアップデータが残っている。
勿論その内のいくつかは機密性の高い重要なものだ。おそらく侵入者の狙いは、

「そのまま」

「ひっ!?」

突然の声に振り向こうとする首筋に、何か冷たいものが当てられた。

「こ、殺さないでくれッ!!」

高々と両手を上げた。

自衛手段の拳銃は袖口に隠してある。
もっと近づいてきてからタイミングを図ってから……

そう思った途端、袖口の不自然な重みが消えた。

「あらら。頼りにするならもう少し手入れをしないと。いざという時困るわよ?」

女、いや、もう少し幼い声?
拳銃がない。
まさか能力者か。

「両手を組んで頭の後ろに」

どこか笑いを含んだような男の声。これで2人?

「単刀直入に聞こう。木原数多の取り扱っていた研究データが欲しい」
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/09(土) 01:17:03.86 ID:d405Jx7Zo

3人目!

きっとまだ居るだろう。
この研究所は最新鋭のセキュリティに、警備員も研究員も桁違いに動員されている。

最深部の資料室まで到達できたのは3人だけかもしれないが、きっと外には。

「返事がないようですね?」

2人目の声が答える。
すぐ後ろだ。心臓が跳ね上がった。

首筋に突き付けられた何かが角度を変え、天窓からの微かな星明かりに
やんわりとその形を浮かび上がらせる。

「ひ、」

ナイフ。
この学園都市で扱われる武器としては最も粗末な部類に入る。

しかし、それはただのナイフではなかった。

黒い濡れたガラスのように、ぬめった輝き。
ごつごつと厚みがあり、逆に、切っ先はちりちりと振動しているように鋭い。
何かの資料でしか見たことのない打製石器のようだというのが一番説明として適している。

「少し痛い目にあった方が話しやすいでしょうか?」

切るナイフじゃない。
突き刺して、はぎ取るための、もっと凶暴なものだ。

それを握った、まだ若い男の腕がくんなりと持ちあがる。
ヘビが鎌首をもたげるように研究員の首筋を這いあがり、薄い刃が強張った頬を撫でる。

生温かい液体が頬を伝って、ぴたりと白衣に雫を落とした。

涙? いや、血だ!
ナイフの当たる部分がかっと熱くなる。
どきどきと鼓動する心臓がそこにあって、今にも飛び出して行くように。

「き、きは……」

研究員の震える唇からそれだけが聴きとれた。

3人目がまた口を開く。
こいつが交渉役か?

「そう、木原数多のものだ。全部」
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/09(土) 01:17:30.72 ID:d405Jx7Zo

何を言っている?
木原数多だと?

研究員の脳裏に、およそ研究者らしからぬ風貌がよぎった。

「考え事ですか。余裕ですね? できれば声に出して欲しいものですが……」

頬から離れたナイフが喉仏の辺りを優しくなぞる。
悲鳴が自然と口から洩れた。2人目は脅しと許しときた。
それからはもう、堤防が崩れるように思考が言葉になる。

「き、木原数多の研究は価値がない。それを不思議に」

「価値ならある。人によってはな?」

3人目が即答。こいつは逃げ道か。
1人目が笑う。

「そうそう。別に未元物質のアクセス管理コードが欲しいとか
 超電磁砲のDNAマップを寄越せとか言ってる訳じゃないのよ?」

「価値がないなら自分たちにくださっても構わないのでは?」

2人目が背後で囁く。

「ねぇ。そうでしょ? 何も盗まれなかった事にしたらいいじゃない?
 私たちだけの秘密にしましょうよ。要らないんでしょう? 木原数多の研究データなんて」

1人目。なんてことだ。まるで悪魔に唆されているようだ!

「誰も確かめないでしょうね、暗部に落ちた研究者の手記なんて。
 それを守って死ぬなんて……」

死ぬ?

死ぬ……!

研究員の背骨が一気に冷えた。
ごめんだ。あんなもの、そうだ。彼らの言うとおりだ。くれてやれ! 誰も気づかない!

「わ、かった。左の3つ目のキャビネット、Kの棚……」

「電子キーは?」

「I2K6-dn8x」
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/09(土) 01:18:13.37 ID:d405Jx7Zo

3人目の男が壁際に寄り、キャビネットを確かめる。
スニーカーを履いているらしいが足音が無い。

電源を断たれた暗闇の中。
ペンライトを銜えてキーを打ちこむ横顔は、なんとまあ、まだ高校生くらいではないか?

「……木原の研究なら、その段の幻生の物と間違えてるんじゃないか?」

迷わず木原数多の分厚いファイルを手に取る金髪の男に、研究員は声をかけた。

「あの結晶の研究は凄まじかった。今でもしばしば話題に」

「どうでもいい」

「そのファイルに残っているのはただの日誌だ!
 木原数多は1匹の実験動物の所為で狂人になった研究者の屑だった!」

感情的な言葉を吐くうちに、研究者は背後の気配の消失に気付いた。
あとの2人も金髪の男の手元にあるファイルを覗き込み、内容を確認している。

何故?
そんなに大切なものなのか?

研究員の頭にかっと血が上る。

「昔は凄かった! 「机上の空論」でしかない物を次々立案して
 「樹形図の設立者」に「実行可能」を証明させて!」

しかし、その才能がずば抜け過ぎていたのが問題だった。

いくら「樹形図の設立者」ができると言っても、その検証や運用には途方もない年月。
それに莫大な研究費がかかった。

もし実現すれば世紀の大発見。ただし、今までの常識を全て亡きものにされる可能性も。

その研究に金を出す者はいなかった。

研究者はまくしたてる。
聴衆などどうでもいい。彼は若かったころに戻っていた。
木原数多の才能に憧れ、彼の元で何の実験かも知らないデータを収集して喜んでいたころに。

「才能は埋もれた! そして、あの化物がやってきて、木原数多の残りの人生を喰った!」

その日を研究員は忘れなかった。

何重もの拘束に頑丈な檻。獰猛な実験動物が研究所に移送されてきた日を。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/09(土) 01:18:40.62 ID:d405Jx7Zo

3人の侵入者は冷たくこちらを見据えている。

もはや研究員の気が済むまで聞いてやろうという心積りかもしれない。

「化物がやってきて、彼の人が変わった。外見を変え、実験動物に過剰に接した」

化物はやがて人間のような振る舞いを始めた。
木原数多もそれを人間のように扱った。

化物でもなく、実験動物でもなく。

そして、

「研究費用が底をついた。
 木原数多の研究が、アレの能力を進化させる為のものではなかったからだ」

研究所の機材が売却された。
昔の実験動物が売却された。
研究員たちが次々解雇された。

一番高価なものが1つだけ残った。
 ..
「アレだ」

当時の研究員の中に、それを名前や通称、実験コードなどで呼ぶ者はいなかった。

ただの「アレ」か、「化物」だ。
それで十分。それが真実。

「アレを売ってほしいという機関はいくらでもあった。
 その中の1つが付けた値は木原数多の「机上の空論」を実証するに足りるほどの額だった」

木原数多はその機関にアレを売った。
そうせざるを得ない状況だった。

「そうして得た金で木原数多が研究し始めたのが、そのデータだ!」

バン、と拳がデスクの天板を叩いた。
研究員はもう若くはない。

若いころから趣味で集めてきた様々な実験データを他人に横流すのを。
それに適切な値段を付けることを覚えた。

そしてその内のいくらかを、木原数多が購入した。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/09(土) 01:19:48.09 ID:d405Jx7Zo

「彼は「机上の空論」など、もう忘れていた。アレの最新のデータ。
 それにしか興味を持たなかった!」

研究員はもう若くない。
埋もれた天才に憧れたのは昔の話だった。

「昔話をご馳走様」

「本当、もうお腹いっぱいだわ」

「では、そろそろ失礼」

3人が連れだってドアの方に向かっていく。

まるで今まで話していた話題は昨日拾った捨て猫が可愛いとか
最近の食事がレトルトばかりだとか、そういったものだったように振る舞う。

「そのデータに! 価値など、ない!」

金髪の男が振り返った。

「あるさ。埋もれた天才、木原数多の最後の机上の空論だ」

気がつけば研究員は屋上で横たわっていた。

周りを見回せば、今晩この研究所にいた全員がそこかしこに座って何かを待っている。

屋上に唯一通じている階段の鍵は中からしか開かない作りで
しかも夜間は電子キーが自動的にロックで固定されている。

朝になって日勤の研究者たちが来るまでの間、研究所の襲撃事件が知られる事はなかった。

また、侵入してきた3人組(たった3人だ!)が何を目的としていたのかも知られていない。

研究所から盗まれたものはないかという警備員の質問に答える者は誰1人いなかった。

木原数多の生涯の研究をまとめたファイルは、とある暗部組織の手中に収まり
翌朝の回診の後には学園都市最高の医師の机の上に乗せられていた。

そして、その最高の医師はといえば。

「百合子こそ、これ以上細くなっては死んでしまうのでは……
 とミサカ19090号はにわかに心配になってきます……」

「や」

「……しょうがない子だね?」

拒食症の少年に21連敗の真っ最中であった。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/04/09(土) 01:20:56.84 ID:d405Jx7Zo

それでは、書けたらまた来ます。
がんばります。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/09(土) 01:23:21.19 ID:zumlv40zo
おつうううううう!!
木原くン・・・
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/09(土) 01:33:45.07 ID:ufQS1fUDO

19090号きたー!
最後の「や」が可愛くてわらた
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2011/04/09(土) 01:46:58.21 ID:nlVEfOSSo
乙。これは期待!!!!!
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/09(土) 01:49:46.67 ID:3XK+zDLD0
>>1乙!
http://wktk.vip2ch.com//vipper3814.jpg_nTz4U2XbxTrGXyxrYSKL/vipper3814.jpg
勢いで描いたんだが、うpロダ初めてでな・・。
これで見れる?
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/09(土) 01:53:43.15 ID:0BJPsElB0
おつー、これはおもしろい

>>151
GJ!!
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/04/09(土) 02:10:46.02 ID:dqCycED00
そろそろ黄泉川たちの視点が見たい
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/09(土) 03:17:52.37 ID:B1eoCGKY0
木原くんってまじで何なんだろう?

本当にまじで最近木原くんがいい人なのか悪い人なのかわからん。
まあ悪人のなかでなんだが
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/04/09(土) 08:32:53.31 ID:+3YekgILo
良くも悪くも自分に素直な人だったんじゃないかと
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/09(土) 12:24:08.76 ID:fjGo6G+n0
おつ!がんばれ

>>151もgjだ
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/09(土) 14:20:08.55 ID:ikHHM+Dd0
一気に読んだ 期待!!
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/04/10(日) 15:22:40.86 ID:Wz5VkZkDo

>>151
素晴らしい。ありがとうございます。そして結婚しよう。
丘の上の白い教会で2人だけの式をあげよう。

じゃ、つづきいきますよ。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/10(日) 15:23:14.92 ID:Wz5VkZkDo

おきた。

ここは、どこだろう。

おりのようなへやだ。
せまい。
くらい。

ちいさな、あくせられいたがいる。
ねている。

びーっ、と、おおきなおとがした。

「被検体、時間だ。本日の実験を開始する」

かべからこえがでる。

きはらくンのこえだ。

「……」

あくせられいたは、まるで、ねむってなンていなかったように、すぐたちあがった。

ふくは、ぼくのとにている。
かなりぶかぶか。

ちょうちょむすびができないから、かたむすびをしてある。
ほどけなくなってるようだ。
あくせられいたは、それをかぶって、あたまとうでを、もそもそとだした。

がちゃン。
とびらがあいた。

きはらくンだ。
でも、かおにもようはない。
かみのけも、ちゃいろかった。

「今日は磁場の操作を応用した金属の変形、移動実験だ。
 被験体は、まず第9実験室で計量を行ってから栄養食を……」

かしゃン。

きはらくンのあしが、ゆかのなにかをふンだ。

「オイ、被検体」

「……」

しろいいたにのった、なにか、たべものみたいだ。

「何がしたい。具合なら悪くないはずだ。なぁ? 採取した血液も呼気も問題なかった」
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/10(日) 15:23:41.01 ID:Wz5VkZkDo

こわい。

あくせられいたは、こわがってない。
きはらくンに、おこっている、みたい。

「……」

「いいか、言いたいことがあるなら今のうちだ。言っておくがハンストならやめとけ。
 中心静脈経路からブドー糖を投与することだってできるんだ」

「……」

「ハナっから胃瘻っつって、胃に穴あけてチューブで流動食流し込む方法とるかもしれねぇ。
 いいか、拒食はストライキにはなりゃしねぇ」

あくせられいたのえりをつかむ。

「ハンストでもなく、ただの緩慢な自殺だとか言いだすんじゃねぇよな?
 くだらねぇ事なら今すぐ能力者用拘束かけて電動ドリルで腹に風穴開けてメシを流し込む」

こわい。

こわい。

しろくて、ながいふく。
くびがくるしい。
おとなの、おとこのひとだ。こわい。

おとなはちからがつよくて、ぼくはよわい。

だからこわい。

「もう一度だけ言うぞ被検体」

こわい。

「何か、言いたいことがあるなら、今のうちだ。
 今すぐ何か俺に意見してみるか、そこのエサを食うか、ココに」

ゆびがおなかにささる。

「穴があくかだ。5秒やる」

「いらねェ。要求だ」

あくせられいたがしゃべった。

なンだか、のどがかわいたみたいに、かさかさした声だった。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/10(日) 15:25:01.77 ID:Wz5VkZkDo





                 -4 たべたくない




162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/10(日) 15:25:42.35 ID:Wz5VkZkDo

「……何だ、被検体」

きはらくンは、ちょっとだけ、いらいらしているみたいだった。

「俺を被検体と呼ぶのをやめろ」

あたまがいたいみたいだった。

「あー、ガキ」

「ガキもだめだ」

「何だ、その、お前は……」

「お前もなし。固有名詞をつけろ、雇われ科学者」

きはらくンが、へンなこえをだした。

「……まさか、そんなアホみてぇな理由のために……
 8日間もの絶食をしたなんて言い出すんじゃねぇだろうな?」

「あァ、言い出すね」

はぁー、とためいき。

「ガキかてめぇは」

「少なくとも生後10年未満の人類ではあるなァ?」

「ぐ」

きはらくンがこまった、というかおをした。

あくせられいたのかおはうごかない。

「えー、あー、名前? スズキ? だったかぁ?」

「ちげェし、それで呼べとは言ってねェ」

「固有名詞っつったのはてめぇだろぉが」

ちっ、としたうち。

ちょっとだけ、こわい。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/10(日) 15:27:25.12 ID:Wz5VkZkDo

「俺がそのスズキに見えるかってのが問題だクソボケ。
 それにその頃の記憶なンざねェ。知ってるだろ? 覚えてねェの」

「あぁ、まぁ……」

「このアタマ、目玉でよ。
 そーいういかにも日本人の平凡な名前が似合うと思うンなら随分イイセンスだ」

ちょい。
かみのけをつまむ。

なんだかあまりきれいなしろじゃない。

「俺に名前付けろって? シロとかポチで構わねえなら付けてやるけどなぁ」

「誰が犬だ。つゥか昨日の実験の時に鉄骨でその頭カチ割っとくべきでしたかァ?
 オマエにつけて欲しいンじゃねェよ。オマエで我慢してやるっつってンだ。
 被検体被検体と始終ピーチクパーチクうるせェ研究員なンざてめェぐれェだっつの」

ぼくはべつに、わるくないとおもうけれど。

しろ。

「……実験。おい、実験の開始時間があるからそろそろ行くぞ」

「行かねェし、実験してやンねェ。俺を名前で呼べ。そしたら言うこと聞いてやる」

「あー、マジでぶち殺してぇわお前」

「どォぞ?」

「科学者が非力なネクラちゃんだと思ってるんならその考えを改めろよ」

「いいねェ、精いっぱい殴って複雑骨折でもしてろ」

「明日からお前の事ぶち殺す方法研究するわ」

けンかだ。

あくせられいたは、きはらくンがあンまりすきじゃない。

きはらくンは、あくせられいたがきらい。

「よし、今日は実験だ。こうしよう。お前の名前は『アクセラレータ』だ」

「あくせられいたァ? なンですかァ? その愉快な名は」

「元は加速装置。
 物体を加速させたり物質の運動する方向を変えてんだから似合いだろぉ?」

「? あァ、この能力かァ?」

「コンピュータの処理能力を上げまくるためのソフトやハードも
 アクセラレーターっつぅが、まあお前も演算の処理能力は高性能だ。文句はねぇだろ」
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/10(日) 15:27:54.68 ID:Wz5VkZkDo

あくせられいた。

ちいさなこえがした。

「当て字は『一方通行』。攻撃が当たらねぇんだから当たり前だ。
 いいか? お前は一方通行だ」

「俺が」

しンとしずかになった。

「ぷっ……」

「あ!?」

「ぎゃははっ! な、なンですかァ? その愉快な横文字はァ!?」

「俺が考えたもんじゃねーぞ? お前の能力名なんだから、身体検査の結果だしよ」

「にしても能力名=名前って語彙力無さ過ぎじゃねェ? カッワイソー!」

「おい黙れクソガキ! あぁ、ほら時間がやばいっつーんだよ!」

きはらくンが、はずかしそうにせかした。

「何て言えばいいのかくらいわかるよなァ?」

あくせられいたはいじわるだ。

「……実験場に移動するぞ、一方通行」

「了解、木原くン、だっけかなァ?」

「てっめ、君だと!? 何様だコラ!」

「どんな攻撃も通用しない被検体の一方通行サマですけどォ? 健忘症かよ木原くン?」

あくせられいたが、りょうてをつきだす。

きはらくンが、てじょうをかけた。

せまいおりからでていく。
いっしょにあるいてく。

ながい、ながいろうか。
しろ、ばっかり。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/10(日) 15:28:20.96 ID:Wz5VkZkDo

「あー、腹減ったァ」

「時間が押してるからなぁ、朝飯は抜くか。どーせ食いたくねぇみてーだし」

「今なら木原くンの腕すら旨そうに見える」

「分かった分かった。計量の前に食事だな」

「あの食事何とかならねェの? 宇宙食でももうちょいマシだろ」

「栄養分は足りてるだろぉ」

「クソ不味ィンですよォ。つーか味がねェ。肉食わせろ、肉」

「あぁっそ。他に要求は? ハンストしてまで頼むのが名前だけってことはねぇよな?」

「ンー、そォな。部屋、まともにしろ。狭い。暗い。不衛生。
 ベッド堅い。枕低い。毛布薄い。トイレ汚ェ。あとこの手錠うぜェ」

「我儘だなてめェ!」

「ガキだもン」

「くそ、殺してぇー」

「まァまァ。住み心地がよけりゃその分実験もはかどるしィ?
 逃げようなンて思いもつかねェようになるかもしンねーしィ?」

「やっぱ明日からお前の殺し方研究するわマジ」

「精々がンばれ。木原くン?」

きはらくンが、あくせられいたのあたまをこづいた。

「いでっ!?」

「あ? 反射はどーした、一方通行」

「今のはサービスだっつの。サービスで切ってあげたンですゥ」

「またまたー。まだチビたクソガキくんは頭を撫でて欲しかったんでちゅかぁ?」
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/10(日) 15:28:50.65 ID:Wz5VkZkDo

ぐしゃぐしゃぐしゃ。
しろいかみのけが、かきまわされた。

「ぎゃァあああああ!! 何しやがる!」

あくせられいたがあたまをふって、うでをおいはらう。

「照れなくていいんでしゅよー」

きはらくンがりょうてで、あたまをもさもさする。

「くっそ、喰らえアホがっ!!」

「おおっと、今頃反射かよ。要求にこたえてやったのによぉ」

きはらくンとすこしだけ、なかがよくなった。

うれしそうだ。

ぼくは、すこしうらやましい、かも、しれない。

「クソがァ……」

あくせられいた。

ねえ、あくせられいた。

ぼくはあたまがわるいから。
ごめンね。

わからないよ。

「ンなもン要求してねェよクソ木原くン! ばァーか!」

きはらくンが、あくせられいたに、なまえをつけてくれるまで。
あくせられいたはいったい、どンななまえでよばれていたの。

それがなンでか、きになるンだよ。

「うっせ、クソガキ。一方通行」

「あァ?」

「お前よぉ」

あくせられいた。

「笑うと子供みてぇだな」

ぼくには、まだ、わからないよ。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/10(日) 15:29:28.80 ID:Wz5VkZkDo

ここまで。
書けたらまた来ます。それでは。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2011/04/10(日) 15:51:32.65 ID:TlvLWT7zo
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/10(日) 16:46:50.18 ID:h3L7EcFjo
木原くうううううううん
日記奪っていったのはグループの皆さんかな
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/11(月) 01:47:23.44 ID:e9HYZsUi0
テクパトルダンスとトなんとかの槍を使いこなす優男ったら一人しかいないじゃないですかー!やだー!
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/04/11(月) 02:10:43.95 ID:XNi0zetAO
これはやばい、まじでやばい
木原くンとショタセラレータのやりとりがかわいすぎて宇宙がやばい
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/11(月) 19:21:03.80 ID:ZrEKVMlDO
乙乙
一方さん食べなきゃよけいガリになっちまうよ
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/11(月) 23:34:21.21 ID:Ps7dYSa30
まだ立ってから十日立ってない…だと…!?
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/04/13(水) 18:19:55.61 ID:tpMuNHi6o
期待
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/14(木) 23:40:35.92 ID:lY3r1d5SO
4日こないだけで待ち切れなくなってしまう
完全にこのスレ中毒になってしまった
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/04/14(木) 23:45:20.36 ID:4vjX1/Omo

書けましたんで投下しに来ました。
4日もいなくてごめんねハニー。

そいじゃ続きいきます。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:45:51.60 ID:4vjX1/Omo

昼を少し回った頃。

学園都市の誇る名医が一人。
自分の診察室で小さめの二段弁当箱を広げながら分厚いファイルに目を通していた。

診察室のブラインドは下ろされて、中はほんのり薄暗い。

窓に背を向けているせいで、彼の手元のファイルにも
足元の床にもブラインド越しの日光が縞模様を照らし出す。

そして、向かいの椅子。
いつもは患者の腰掛ける丸椅子に座ってくるくると回転しては遊んでいる金髪の男も
白い光と薄緑の影が作った縞模様に染められていた。

「それにしても、よく見つかったね?」

ため息とともにしげしげとファイルを見つめ、冥土帰しは心底感心した調子で言った。

ファイルについていたディスクを卓上のノートパソコンに読み込ませる。
目の前の金髪の男は満足そうに椅子の回転を止めた。

「まぁ、伊達に暗部でトップ張ってないってことですたい!
 グループの仕事は速くてウマいって評判なんですぜい?」

「何やらファストフード店のような売り文句だね?」

苦笑いに対して、金髪の男、土御門元春の口元もつり上がる。

横縞になった光が彼の目元を照らし、室内だというのにかけっぱなしのサングラスと
その奥を照らした。

隠されているその目は1ミリたりとも笑ってはいない。

「ファストフードね。
 そういえば百合子くんは今頃お昼ご飯を食べてるのかにゃー?」

冥土帰しが、弁当箱のおかずの段に詰められた椎茸の天ぷらに
今まさに伸ばしていた箸をピタリと止めた。

「ああ……美味しく食べているよ。血管から……」

「に゛ゃー!? まだダイエット中とは見上げた根性だぜい」

あぅー、と情けない声を上げて、もう1回転。

「結標だってダイエットにあそこまでしないというのににゃー」

本人が聞いていたら即座に首から上だけ座標移動で吹き飛ばされそうな事を口走る。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:46:22.09 ID:4vjX1/Omo

「まあ昔から食べる方ではなかったみたいだけどね、この記録を見ると」

もぐもぐと口を動かしながらパソコンの画面を見つめる。

一回の食事量から嗜好、かけた時間や順番まで揃っている幼少期のデータに
どこかやりすぎの感は否めなかったが、今役に立っているので文句はない。

途中まで『栄養食』の字がズラズラと続いた後に
いきなり小学校の給食のようなメニューにがらりと変更されているのが不思議だ。

「成長してからはそこそこ食ってたみたいだぜい? まあ個人的な感想だけどにゃー。
 って、あらら。昔っから肉好きは変わらないみたいですたい」

ハンバーグやから揚げなどのメニューだけは毎回軒並み完食。
確かに、と冥土帰しは頷いた。

「しかし病院の食事にも肉は出ているんだけどね。彼は食べないねぇ」

「本気で人が変わっちまってるぜい。というか、食性が?」

「肉食だったのかい?」

「あいつはフライドチキンにご一緒のポテトを付けない派なんだぜい?
 何でも肉だけで腹を満たしたいとかで」

トレイ山盛りのチキンを淡々と喰らって行く様は圧巻であった。
グループの3人は自分の分を食べる事も忘れて硬直したことを土御門は遠い眼をして語る。

ダイエット中だったのかサラダしか頼んでいなかった結標淡希に至っては
静かに涙を流し始める体たらくだった。

土御門はその後、真面目な顔をした結標淡希の愚痴を聞く羽目になった。
曰く、一方通行は1度取り込んだ食物のエネルギーを
どこかに座標移動しているに違いないらしい。

「栄養学を少し学ぶべきかもしれないね……
 しかしあの体の一体どこに入ってどこに脂肪が蓄えられるのかは多少不思議だけれど」

くだらない話に場が和んだ瞬間、冥土帰しの目がパソコンの画面に吸い寄せられた。

スクロールを止め、該当箇所の記述を読み返す。

「これは……」

それは一方通行が木原数多の研究所に来るまでの概略を「正しく」まとめたものだった。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:46:48.64 ID:4vjX1/Omo

「特力研に入ったのは、木原数多の研究所を出てから?
 8歳までは民間の家庭に……どういうことだ。書庫の記録と逆になっている」

その言葉に、土御門が満足そうに答える。

「それだ。木原数多のデータはつい最近まで、8年分以上ある。
 つまり、彼が研究した『一方通行』のデータが最も完全に近い」

「これは……しかし、能力開発の初期段階のデータが、無い」

学園都市の異能の力は天性のものではない。
カリキュラムを受け、薬品や機材や治療の末に手に入る、開発の結果だ。

その最も初期段階にみられる処置が、そのデータファイルには見当たらない。

「木原数多がそれを研究しないなど、ありえない。そうだろう?」

土御門の目がすっと細まる。

「それに、この空白期は……」

資料のどこを読んでも、8歳までの過程が無い。
一般の家庭に生まれ育ったとしても、ここまで無いことは「ありえない」。

画面を睨む冥土帰しに、土御門はファイルに差し込まれたカルテの一部を指した。

彼が初めて研究所に来た日のカルテだ。

「その原因の一部は、多分これ」

たった半ページにも満たない部分だ。
それで説明代わりにされている。

『8歳以前の記憶を喪失。
 外傷、あり、計47カ所、全治4か月。
 手術痕、あり、計2カ所、経過良好。
 レベル4以上の能力者と断定』

研究所に来るまでの概略の欄は相変わらず、『不明』の2文字が躍っている。

「記憶を……喪失……?」

「ああ。その記述が気になっている。ココに持ってくれば何か役に立つだろう」

体重の移動に耐えかねた丸椅子が、きっ、と小さく軋んだ。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:47:17.06 ID:4vjX1/Omo

土御門は診察室のドアに手を掛けながら、振り向かずに繋げる。

「ファイルを渡したからには成果を期待したい。
 それに、これは暗部としてでなく、一個人としてだが……」

「……何だい?」

きちりと土御門の方に顔を向け、静かな声で冥土帰しは訊き返した。

「『一方通行』を死なせたら、殺す」

部屋の空気が急に堅く尖ったように思える。

ブラインドの光が作る縞模様に照らされた男の拳が、ふいに握りしめられた。

「それは、記憶が……戻らない場合の……?」

少しの沈黙。

握られた手をほどき、ふらふら振りながら、土御門は言った。

「にゃー、そういう感傷的なコトじゃないぜい?
 こっちの用があるのは記憶でなくて能力ですたい!」

肩越しに振り返り、へらりと笑う。
            ハード           ソフト
「能力が使えるような体に戻してくれれば、人格はどうでもかまいませんぜい?」

返事を待たず、金髪の男は廊下に出ていった。

「……その割には、きちんとお見舞いに行くんだね?」

階段側ではなく病室の方に向かって行った足音に、冥土帰しは弁当箱の
最後に残った鰆の焼き物を口に放り込み呟いた。

笑顔のふりが上手いけれど、年寄りに見抜かれてしまうようではまだまだ子供だ。

ファイルを開き、また1から目を通して行く。

まずは百合子の拒食症を直さなければなるまい。
昔同じ努力をした先人の日誌を、冥土帰しはゆっくり手繰り始めた。

紙の間から、きつく挟まれていた紙片が落ちる。

金髪に刺青の男性と、彼に肩車される小柄なアルビノ色の少年の幸せそうな写真だった。
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:47:47.17 ID:4vjX1/Omo





              5 双極性障害(うつ状態)




182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:48:14.56 ID:4vjX1/Omo

日光が燦々と差し込む時間に紫外線カットの厚いカーテンを引いて、病室は薄暗い。

鈴科百合子はベッドの上でとろとろと微睡んでいた。

彼はあまり日の光が好きでない。
毎朝19090号が開けてくれるカーテンも朝食を運んできてくれる人に頼んで閉めてもらう。

昔はそんな事なかったはずなのに、このベッドがある部屋に来てからは
太陽の光が当たると何やら肌が火照ってひりつくのだ。

肌が気味悪い程白くなっているし、ちょこちょこ目に入る前髪も白くなっているのも変だ。

もしかしたら思い出せないうちに物凄く長い時間が立っていて
自分はもう老人なのではないかと思った事もある。

腕や足を見ると特別皺があったりするわけではないが、時間が立ったのは多分正解。

歩くことはできないし、たまに周りの人が何を言っているのかわからない。

背が高くなっている気がする。
声もおかしかった。

先生に言われて毎日午後は杖を使った歩行の訓練を受ける。

あまり上手くいかなくて、百合子はいつも教えてくれる妹達や
療法士に申し訳なくなってしまう。

そして、とても惨めな気分になる。

周りの人はきちんと歩けて、ご飯を食べて、自分の事は何でもできるのに
自分はベッドから降りる事もまともにできない。

腕についた変な管は取ってはいけないと言われた。

食事をしようとすると酷い吐き気で殆ど戻してしまうから、食べられない分の栄養を
その管から体の中に送っているんだそうだ。

高い棒の先についた何だか気持ち悪いオレンジ色の汁が腕に入ってくるのは嫌だったし
暖められていない液体のせいで肘から先がいつも冷え切っていた。

しかし、その管を取ることは出来なかった。まだ食事もできない。

色々なことが毎日起こって、皆が自分を心配して、励ましてくれた。

それが悲しい。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:48:44.45 ID:4vjX1/Omo

どうしてこんなに駄目なのだろう。
それなのに、何でそんな風に優しいのだろう。

みことも、とうまも、せんせいも、らすとも、わァす、はちょっといじわるだけれど。
それに、19090号を始めとした妹達に、それから……

もしかしたら、と百合子は思う。

もしかしたら、皆は自分を、別の誰かと間違えているんじゃないか?

それはとても怖くて、とてももっともらしい考えだった。

ともかく、百合子は気が滅入っていた。

夜眠ろうとしても、そういった事がぐるぐると駆け巡る。
思考につかれて浅く眠りに落ちると、今度は酷い悪夢を見る。

何故かいつも、起きた時には悪夢の内容を覚えていない。

しかし、その夢の中で感じた胸騒ぎや恐怖や疑問だけは澱のように溜まって行って
また中身の上等でない頭を延々と悩ませる。

自分が叫ぶ声で目を覚ましたり、起きると涙が流れていたりもする。

もう沢山だった。

寝不足気味で、一日中ドロドロした眠気がさらに思考力と集中力を奪っていく。

問題ばかりが肥大していくように思えた。

誰もいない所でひっそりと消えて無くなってしまいたい。

そんなことばかり考え、疲れきって、ベッドの上で乱れたシーツに包まって丸くなっている。
おかげで、誰かの気配にも気付かなかった。

ぷに。

「ふ、。」

小さな刺激に意識がゆるりと覚醒した。

柔らかく深い泥の中から浮上していくように、徐々に感覚が戻ってくる。

薄く瞼を開ける。
また滲んでいた涙が睫毛にたまって、酷く重たい。

誰か、いるのか。

「……ほら、駄目ですよ。ああ、起きてしまったじゃありませんか」

「別に良いじゃない。今のうちじゃないと出来ないのよ? これ」
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:49:10.83 ID:4vjX1/Omo

寝起きの、ほやほやと漂うだけで纏まらない頭で百合子は考える。

誰だろう。
声に覚えがないけれど。

男の人が1人。
女の人が1人。

「それはそうかもしれないですが、寝ている病人の頬をつつくのは悪趣味では」

「いや、でもこれは……もうちょっとだけ……」

ぷに、ぷにぴとぴと

「く、ふァ。」

遠慮がちだった人差し指が徐々に大胆に、掌全体で頬を包み込むように触れて来る。

あ、あったかい。

さらさらと撫でて来る手は不思議と嫌ではない。
その手が浮上する意識を加速して、現実に引き戻そうとする。

いやだ。
ぼくは、もっと眠っていたい。

ごそごそとシーツに潜ろうとする。

「ほら、嫌がってますよ!」

そうだよ。
おきるのは、いやだ。

溜まった眠気に浸かっていなければとっくに覚醒していてもいいはずだ。
連日連夜の寝不足は細い体には相当堪えていたらしかった。

「起きないから大丈夫よー。何、貴方も触りたいの? 今のうちだと思うけど」

「え、えぇー? いや、自分は遠慮し」

「ほらほら!」

ぴとり。

「ひ、うァっ。」

突然頬に触れた冷たい何かに、意識が一気に水面に浮上した。

心臓がドクリと撥ねて、指先に氷水が流れ込んだようにガタガタと震えた。

「あらま」

「……さっき飲み物買いに行ってたの、自分でしたよね。
 手、まだ冷えてるんですよ。それに、まあ、色々ありまして」

申し訳なさそうに苦笑する男の人と、恨めしそうな顔の女の人。

百合子は2人の指先が自分の頬にあることに気付き、早速硬直していた。
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:49:36.50 ID:4vjX1/Omo

「にゃー!!」

一瞬固まった空間。
そろそろガタが来てもおかしくない豪快さで入り口のドアが開けられた

「あァうっ、。」

ビクリと体を起こすと、唯一見覚えのある金髪の男がほたほたやって来るところだった。
助けを求めるように手を伸ばす。

「も、もと、もとはる。」

「ぶフっ!?」

横にいた女性の方が変な声を上げた。

目の前までやってきた土御門元春の派手なシャツをつまむ。
百合子はもはや隠しようのない涙目で彼女をオドオド見上げた。

「は、ゥ、だれ。もとはる。」

「あーあー怖がられちまったぜぃ? 何したのかにゃー?」

ぽふぽふと乱れた百合子の髪を撫でながら、土御門は苦笑交じりに二人に声をかける。

「まさか結標、襲った、とか言わないよにゃー?
 というか海原がついていてそのような大惨事なことは……」

「だ、大惨事とは何よ!? そもそもそんなことしてないし!」

「いや、ある意味寝込みを襲ったと」

「あれは違うでしょ!? というか海原だってやったじゃないの!」

「やめた方が良いと自分は言ったつもりですが……結標さんがムリヤリ自分まで」

「結標……ショタコンだと思ってたんだが、高校生までイケル人だったんだにゃー」

「違ーッ!!!」

やいやい騒ぐ3人に、百合子は気圧される。

「う、ご、ごめンなさィ。」

「へ?」

「ねて、たから。まだ、おひるなのに。だか、だ、から、ごめンなさ、。」

涙目になった学園都市の第一位がそのようなことを拙い口調でつぶやくのに
見舞客の1人、結標淡希は額を押さえた。

「あー、何てことなの。まさか、こうまでね」
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:50:15.42 ID:4vjX1/Omo

酷く参ったという態度に、百合子は更に惨めな気分になった。

何だかよくわからないうちに、この女の人をガッカリさせてしまったらしい。
自分は心底だめなやつのようだ。

「あ、く、。」

悲しい。怖い。辛い。申し訳ない。消えたい。やりなおしたい。
そんな思いだけが百合子という入れ物にどっぷりと注がれていく。

泣きだしそうに鼻の奥が痛みだした時、背中をどんと強めに叩かれた。

「ゥあっ。」

「お前がそんな辛気臭い顔しなくていいんですぜい?
 こら結標! 百合子にそんな顔するのは筋違いだにゃー」

「あ、ごめんなさい! そういうつもりじゃなかったのよ!」

「、、。」

慌てて顔を覗き込んでくる女の人。

まだ、少し怖い。

それに、何故か体がおかしい。胸のあたりが苦しい気がする。
何かあったのだろうか。

そっとそのあたりを抑えていると、男の方が申し訳なさそうな声を出した。

「すみません、体調が悪いなら自分の所為かと」

「ん? あぁ、「海原」だもんにゃー。どうする? 皮剥いでくるか?」

皮を剥ぐ?
何やらこわい言葉が聞こえた気がして、百合子は土御門の服をきつく握り締めた。

「あ、いえ。逆に混乱させてしまうかもしれませんし、自分はショチトルの所に行きます。
 帰る時に声をかけていただきたいのですが……」

「わかったわ。じゃあまた」

「ええ。……鈴科さん」

多分、自分の事だ。
恐る恐る顔を上げると、穏やかそうな笑顔の男はドアの傍でこちらを向いていた。

すまなそうに頭を下げる。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:51:02.57 ID:4vjX1/Omo

「気分が悪くなってしまいましたね、ごめんなさい。僕の所為です。
 本当に、ごめんなさい。……その、お大事に」

「ゥ、えと、あ、りがと、ございます、。」

「いいえ。それでは」

にっこり笑って、男はそっと出ていった。

胸のつかえがとれたような気がする。
百合子は握りしめていたシャツを放して大きく呼吸した。

「具合悪いの、治りましたかにゃー?」

解放されて早々ドサリとベッドの隅に腰掛ける土御門に
結標と呼ばれた女は顔をしかめた。

「う、うン。ごめン、なさィ。」

「謝ることはないんだぜーい」

「貴方は退きなさいよ。というかパイプ椅子使えばいいでしょう?」

「いす、は、か、かたい、から。」

脚をひっこめて、ベッドヘッドにもたれかかり膝を抱える。

空いたスペースに土御門が乗り上げて、結標も隅の方にそっと腰を下ろした。

「ねぇ、最近気分はどうなの? 点滴をしてるみたいだけど……体調が悪いのかしら」

「ゥ。」

結標の痛いところをピンポイントで突いた質問に、百合子は思わず視線をそらす。

「そうそう、結標も言ってやって欲しいぜよ!
 百合子くんったらもう1週間以上殆ど何も食べてないんですたい」

ぎらりと光る瞳が百合子を見つめる。

「……貴方、もう細くなる所がないじゃない」

「ダイエットじゃありませんぜぃ結標さーん」

状況を説明された結標は目元を赤らめて咳払いをひとつ。

「そう。食べられなくなってしまうのは辛いだろうけれど、たとえ戻してしまうようでも
 口には入れた方がいいと思うわ」
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:51:29.74 ID:4vjX1/Omo

「ああ。水分なんかは少しでも体内に吸収されるし
 もしかしたら一部は戻されないかもしれないからにゃー」

土御門もそう続ける。

「う、ン。」

曖昧な返事をして目をそらしてしまう。
二人が顔を見合わせているのが気配で伝わってきた。

けれど、辛い。

食べ物の臭いで吐き気がしてしまう。

目の前にあるものが食べ物に見えない。
トレーの上にあるそれが、どうしたって何か汚物のようなものに見えてしまう。

お腹はすくが、食欲が沸かない。

ふ、と息をつく。

何かガサガサいう音に顔をあげると、土御門が持参した袋を漁っていた。

「百合子、お皿がそこの棚にあったはずだから、出してくれないかにゃー?」

「お、さら。」

「そうそう」

突然の要求に、白いまつ毛がぱしぱしと瞬く。

ベッドのサイドボードには確かに清潔そうな皿が2枚入っていた。

「ふたつ、ある、。」

「大きい方がいいかにゃー」

「ン。」

大きい方を差し出す。

「どーも」

その皿の上に、土御門は小さいナイフと赤くて丸い果物を2つ取り出した。

「定番、というか。ベタねー……」

結標が酷評する。
しかし彼は嬉しそうだ。

「いやー! やってみたかったんだにゃー!
 お見舞いに行って林檎剥いてやるっていうのが!」
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:51:55.84 ID:4vjX1/Omo

「、りンご。」

「いい匂いするんだぜい?」

はい、と渡された1つは、見た目よりずっしりと重く、ひんやりしている。

百合子はしげしげと手の中の物を眺めまわした。
珍しいのだろうか? こんなものが? それを結標は訝しがるが、気付かない。

表面はワックスでも掛けられたかのように光沢のある紅色。
うっすら粉をふくへたの辺りは色が薄いが、香が強い。

す、と吸い込むと、微かに酸味があった。
嫌な匂いではない。が、逆に綺麗すぎる気もする。
相変わらず作りもののようにも見える。

「もとはる、これ。」

自分は食べられない。
そう言おうと顔を上げると、すでに一つ目の皮が1/3ほど剥かれていた。

「んー?」

「う、あ、えと、。」

「ああ、もうちょっと待って欲しいんだぜい」

くるくる。さりさり。するする。

長く骨ばった指が動くたびに、らせん状になった紅い皮が白い皿に落ちる。
途切れないように一定に進んでいく様子に百合子はぽかりと口を開けて魅入った。

「器用なものねー。私絶対、できないわ」

「まあコツですたい! 刃物使いは一時期練習したからにゃー」

「あぁ……そういうこと……血なまぐさいわねーもう!」

ひそひそ話す二人の会話は、もう少年の耳には届いていなかった。
立てた両膝を抱え込み、滑るように動く土御門の手先に注目している。

「ほい、剥けたぜい」

「う、わ。すごい、もとはる、いいな、ァ。」

「練習すれば誰でも出来るもんだにゃー」
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:52:27.35 ID:4vjX1/Omo

はいどうぞ、と1/8カットの林檎を差し出されるが、受け取る事は出来なかった。

「どした? 食べたくない?」

「あら。随分じっと見ているから食べる気になったかと思ったのに」

「い、っゥ。」

じっと見ている、なんて他の人間に言われると何だか恥ずかしい。

林檎をつまんだ土御門の手から今にも果汁が滴りそうで。
でも受け取ったら食べるしかなくて、百合子はおたおたと慌てて視線を動かした。

「じゃあ、結標! 食えっ!」

サイドボードのティッシュボックスを見つけた時には、既に林檎は結標の口元に移動していた。

「貴方ねぇ……まあいいわ。はい」

さく。

白い前歯が薄く蜜色をした林檎をかじりとる。

しゃり、しゃりしゃく。さくさくさく。こくん。

「大きすぎ。食べづらいわ」

百合子の目の前で、一切れの林檎が結標の体内に消えていった。
ちらりと彼女の赤い舌が唇を舐めた。

「、。」

綺麗な林檎の香がする。
掌の中で少しだけ温もりの移った林檎を見つめた。

「もうちょっと小さくするかにゃー。一口サイズ」

「その方が誰にでも食べやすいと思うわよ」

1/8をまた3等分する。

「はい、どーぞ」

それがまた百合子の口元に差し出される。

「う。」

「食べない? じゃあ結標」

「はいはい」

さくさく。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:52:53.79 ID:4vjX1/Omo

はい。と差し出される。

数秒経っても食べないと、結標がそれを食べる。
さくさく。瑞々しい音が静かな部屋に響く。

「私にばかり食べさせないでくれる?」

「じゃあ俺も」

じゃくっ。ざくさくさく。しゃくしゃく。ごくん。

「久しぶりに食べると結構美味いもんだにゃー」

「確かにね」

「お、いしい、の。」

「あー、おいしいぜい? 百合子も食べる?」

一際小さな一欠片が口元に寄せられる。

いい香りがする。
美味しいらしい。
食べ物らしい。

細く唇が開かれ、長く骨ばった指の先から、そっと果物の欠片を銜え取った。

「ン。」

「口に入れて、噛むのよ?」

少し上を向いて、そっと口の中に入れた。

かり。

端を噛む。
甘い汁が出て来る。少し酸っぱい。
辺りを漂う香りと同じ味がした。

かり。

口の中で、形が崩れる。
じんわりと滲みだした果汁が唾液と混ざる。
香りが強くなった。
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/14(木) 23:53:33.24 ID:4vjX1/Omo

さく。しゃく。しゃく、さく、さく。

「噛んだら、飲んで」

こくん。こくん。

少しの量の食べ物を二度に分けて飲み下した。
喉に少し引っかかる。
長い事食べ物を通していないからか、異物感があった。

「は、。」

「お水飲む?」

結標が優しく笑いかける。
小さく頷くと、ミネラルウォーターのボトルからグラスに注いで渡してくれる。

それで口の中の甘酸っぱさを流して、ようやく一息ついた。

「どう? 気持ち悪い?」

少しだけ考える。

「わるく、ない。」

「美味しかった?」

「、、。う、ン。」

「じゃあ、もういっこ」

「うン、。」

土御門が持ちこんだ林檎1/4個分が細かく切り分けられて百合子の口に収まった。

それっぽっちで、もう食べられないと音をあげると、百合子が握りしめていたほうの林檎は
夜、妹達にでも剥いてもらうようにと言い渡して、二人は引き揚げていった。

結標の方は何も言わなかったが、土御門だけは、またすぐ来ると言った。

美味しいものをまた持ってくるらしい。
だから、その時までにもっと沢山食べられるように訓練しておかないといけないらしかった。

二人がいなくなると、病室が急に静かになったように感じられた。

サイドボードに紅い林檎が転がしてある。
微かな酸味が鼻腔を通り抜ける。

真白いシーツを引き上げて、真白い少年はその隙間に滑り込んだ。

久しぶりに胃に物が入り、吐き気がない状態だ。
眠気が押し寄せて来る。

うとうと目を閉じながら、百合子は思った。

林檎を剥いてくれる人がいて、それを近くで食べてくれる人がいて、楽しかった。

今日はあまり悲しくない一日だった。

午後のリハビリの時間になって、妹達が病室にやってくるまで。
百合子は久しぶりの安眠に浸っていた。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/04/14(木) 23:54:00.02 ID:4vjX1/Omo

今回はココまでで。
書けたらまた。

それでは。
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/15(金) 00:20:07.75 ID:5oD1wTq20
乙!
ほのぼのっていうか、優しい雰囲気で和んだにゃー
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/04/15(金) 00:30:46.23 ID:T9OJ7nsu0
乙乙
続きが気になって仕方ない
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/04/15(金) 00:35:10.91 ID:ld+rcAJH0
乙です!
最近ここに日参しないと一日が終われない…。
和みグループににやけた。
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [saga]:2011/04/15(金) 00:37:43.73 ID:t5QJx9I+0
追いついた

木原くンと一方通行が仲良すぎて萌える
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage saga]:2011/04/15(金) 00:39:21.96 ID:nu0VGGtv0
乙です!毎回楽しみで楽しみで仕方がない!
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/15(金) 02:06:47.59 ID:bBN1E25DO
乙乙
肉だけに笑った
土御門はほんと良いキャラしてるよな
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2011/04/15(金) 02:22:02.58 ID:w3gqCPyVo
いやーいいですなぁ
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/04/15(金) 17:37:48.78 ID:uy7jmMJ70
>>1
寂しかったぞ!来てくれてありがとう!

いいねェいいねェ最っ高だねェ!
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/04/15(金) 18:51:32.27 ID:i4s/Ahduo

書けたので来ました。
林檎刺す刃さんが人気で嬉しい限り。

それでは続き行きます。
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/15(金) 18:52:04.24 ID:i4s/Ahduo

おきた。

くらい、うごけない。

いた、い。
からだ、が、ずきずきする。

なにも、みえない。
めに、なにか、まかれて、る。

だれか、の、こえがする。

きこえづ、ら、い。

「これは生きてるんでしょうか?」

だ、れ、だろう。

「本当に能力を?」

ひと、たくさん、いる、の、かな。

あくせら、れいたは。どこ。

「嘘でしょう。あり得ない」

「ああ」
「確かに」
「しかし実際にここに」
「そんな、誰か確かめたか?」「いや、誰も……」
「間違えたのでは」「そんな風には見えない」「あの髪は?」「資料は無いのか」
「誰が連れてきたんだ、こいつを。その資料くらい」「ほら、あの人だよ」「だから、誰だよ?」
「随分前にここをやめていった変態外科医がいただろう」「ああ、あの人が?」「何だって」
「それこそ怪しい。処分しきれなくなって置き去りにしたんじゃ」「まさか誘拐してきたんじゃ」
「おい、確認は」「身体検査を手配して」「いや、あの拘束をといて暴れられたら困るだろう」
「じゃあどうするっていうんだ」「面倒なことになったな」「そろそろ研究に戻りたいんだがな」
「何言ってる。本物だったら今やっている研究より余程意味が」「そんな訳ないと言ってる」
「身体検査」「書類」「両親」「誘拐」「身元調査」「病原菌」「実験」「拘束」「研究」「能力開発」

うるさ、い。

あたまが、い、たい。

「お前ら、何固まってる」

だれ、。

「木原さん。この子供が送られてきまして、何でも能力が……」

「ああ、知ってる知ってる。誰の研究所だと思っていやがる。
 とりあえず処置をするから、関係ない奴は研究に戻れ」

「はい」

き、はら、く、。

いたい、よ。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/15(金) 18:52:43.89 ID:i4s/Ahduo





                -5 とてもかなしい




205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/15(金) 18:53:15.19 ID:i4s/Ahduo

おきた。

あかるい。ベッドのうえ。
カーテンでかこまれている。

うでに、くだがささっている。
しろいぬのが、たくさんまいてある。

めがかたほう、みえない。
これも、しろいもので、ふたしてる。

うごこうとした。

りょうてがベッドのさくに、へンなてじょうでつながれている。

あしはうごかない。

こえもでない。

いたい。ねむい。

「どうなんだ、容体は」

きはらくン。

どこにいるンだろう。

「酷いものですよ。全身47カ所に傷。骨折2カ所、左目は網膜剥離。
 足先は血栓がつまって壊死しかけていましたよ。血流操作かなにかで
 無理やり持たせていたようですが。目ももう少し対処が遅かったら完全に失明……」

カーテンのむこうで、だれかうごいた。

そこにいるの。

「なるほど。事故か?」

「いえ、人為的なものですね。長いことかかって出来た傷です。
 それに手術の痕が2カ所認められました。術後の経過は良好なようですが」

「頭部か? 能力開発の痕では?」

「違います。というか、これは……」

しゃり、とカーテンがひっぱられる。

きはらくンと、だれかがはいってくる。
よくみえない。
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/15(金) 18:53:45.12 ID:i4s/Ahduo

「あ? 起きてるぞこいつ」

うン、おきている。

ぼくは。
あと、かれも、おきている。

「本当だ。能力は拘束してありますが、そもそも話せるかどうか……」

「オイ、おまえ。名前は?」

はなしかけられている。

だれにはなしてるンだろ。

のどがはりついて、こえがでない。

「わ、かンね……ェ」

「混乱しているようですね」

「名前くらい言えるだろう!」

あたまが、ぼうっとする。

「……しら、ねェ。ここ、は?」

くちからこえがかってに。

あくせられいた。
ぼく。

そう、あくせられいたがはなしている。

ぼくはみている。

「ここは、俺の研究施設だ。あの医者に連れてこられたんだろう?」

「そ、ォだ。せンせ……は?」

「お前を置いて帰ったぞ。研究材料にしろと言われた。お前は……」

「木原さん、いけません! この子はまだ怪我人です!」

うそだ。
と、くちびるがうごいた。

きはらくンが、すこしだけこっちをみる。

ちょっとだけ、めがあった。
そらされる。

「うるせぇなぁ……医務室の雇われ風情がよぉ。黙ってろ!
 いいか!? こっちはこれから先の人生がかかってんだ!!!」

めのまえが、まっくらになる。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/15(金) 18:54:18.45 ID:i4s/Ahduo

おきた。

くらい。

おりのあるへやだ。
せまくて、くらい。

あくせられいたは、ねている。
まだ、しろいぬのを、たくさんつけている。

だれかが、おりのむこうに、いる。

「身体検査の結果は?」

あ。
きはら、くンだ、。

「少なくともレベル4以上と」

もうひとり、おとこのひとのこえがする。

「クソが……手ぇ抜きやがったな。
 おーおー、気持ちよさそうに寝てやがるぜ。何様のつもりだかなぁ?」

「は、はぁ? しかし、怪我の痛みに演算妨害されながらの結果ですので……」

「痛みだぁ? あー、お前あれか。実験動物に触りたくねぇタイプかよ」

「うっ、いや、その……」

「あーあー。かまわねぇよ。俺もそーだし。やりづれーよなぁ? 汚ぇし。臭ぇし。
 ハツカネズミとかもよぉ、あの目見てるとブチ殺すのがカワイソーになっちまって……
 ありゃもうダメだわ。直視しないように気を付けてんのよ、日頃から」

「は、はぁ……?」

「お前はアレよ。データ取ったり収集すんのが好きなだけだろ? 収集癖っつーのかね」

「ッ!?」

がた。がしゃん。

おとがした。

「構わねぇよ? 研究者なんて職につく奴は大体変態って相場は決まってる。
 オイオイ、俺は頭ごなしに叱りつけたりしねぇさ。そうビビんなって、趣味がバレたぐれぇで」

「は、い」

きはらくンのこえが、ひくくなる。

「別にどうってことねぇよ。
 ウチの機密データが外部流出したら真っ先にお前を潰すってダケだ」

「ヒっ!?」
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/15(金) 18:54:49.22 ID:i4s/Ahduo

がた。

おおきなおとがした。

あくせられいたが、そっとねがえりをうって、おりのむこうをみる。

「……起きてやがったか」

きはらくンは、まためをそらす。

なンで、ぼくのことを、みてくれないのだろう。

「おい被検体。この前の身体検査、手ぇ抜きやがったな?」

「……はァ?」

「はーじゃねぇよクソボケが。次はねぇぞ! ったく」

きはらくンは、あたまをガシガシかいた。

よこのおとこのひとが、とけいをみている。
そして、おりにさげてあったノートになにか、かきこンだ。

「起床、と。……木原さん、あの色、何なんですかね? 生まれつきでしょうか?」

あくせられいたのことだ。

「いや、ありゃあ反射の所為だな。
 メラニン色素が肌に沈着することで細胞はある意味劣化すんだろ?」

「それはいわゆる色素斑では……劣化という程ではないように思いますが?」

「本来メラニン色素が無いと紫外線で皮膚がボロボロになる。その為の機能だろ?
 それ以前に反射で紫外線をとっぱらっちまえばどうだ?
 害を引き起こすメラニンなんざ最初から必要ねぇってこった」

「はぁ……」

「先天性アルビノの治療には応用可能だな。
 ま、それについて詳しく聞きたきゃ8-dの班員に訊けよ!」

「8-d班、ですか?」

「今その研究任せてんの、そこだから。
 ちなみに壊死部分の体細胞への血液循環させてた事例を研究してるのは2-e班。
 割れた鼓膜の代わりに音波を微量に調節していた事例は7-a班。
 骨折していた脚を電気信号で動かしていた事例は1-b班と4-b班」
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/15(金) 18:55:48.39 ID:i4s/Ahduo

すらすらと、むずかしいことばがでてきた。

「お前がデータ欲しがりそうな研究してるのはそれくらいだ。
 あの辺は外部の製薬会社や医療機器の研究所が欲しがりそうな情報も多い」

「あっ!? いえ、じ、自分は……!」

「ああ、分かってるよな? 情報が漏れたらお前はこのオリん中で暮らしてもらう」

ひっ、と。いきをのむおとがした。

「お、お先に失礼します!」

かつ、こつこつ、ばたン。

「……」

きはらくンは、まだこっちをむいてくれない。

「外部に漏らされちゃこまるんですよぉ。
 こいつ一体で、どれだけの実験が思いつくかっての!」

「……」

ふう、っとためいき。

「こいつが生きてるうちに終わりますかねぇ?
 衰弱死寸前のガキの研究なんてごめんだぞ……オイ。しっかり治して協力しろよ?」

「……」

あくせられいたに、はなしかけてるンだろうか。

「案外よお」

あくせられいたは、こたえない。

じっときはらくンを、にらみつけている。

「俺は死ぬまで、てめえの研究してっかもなぁ?」

なにかをまっている、みたいだった。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/04/15(金) 18:56:22.11 ID:i4s/Ahduo

ここまでです。
そろそろ折り返し地点かもしれません。

あと、病気とか怪我とか能力とかのことは結構適当なので信じないでくださいな。

それではまた。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東日本) [sage]:2011/04/15(金) 19:10:29.89 ID:nqhb32S+0
乙!
このスレの木原くンと一通さんが好き過ぎてヤバイ
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/15(金) 19:47:14.47 ID:UyjKlaAAO

>>1は医療関係の勉強か何かしてるの?
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/15(金) 20:10:00.43 ID:zm/7VZp70
おつ

ここ楽しみすぎる
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/15(金) 22:02:44.26 ID:haWiq6HK0
待ってた…!乙
楽しみにしてます
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/15(金) 22:16:11.77 ID:5oD1wTq20
>>1乙。
あんま忠実じゃないけどグループ。
http://wktk.vip2ch.com//vipper4212.jpg_hNgs9m2BBpuEl1144qAQ/vipper4212.jpg
せっかくなので海原追加ver
http://wktk.vip2ch.com//vipper4213.jpg_GKj3ksLakKw0C83iNYNy/vipper4213.jpg
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [sage]:2011/04/15(金) 23:10:13.71 ID:a48HhU+O0
>>215
GJ
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/15(金) 23:57:04.83 ID:sQdM41aDo

林檎刺す刃に笑いそうになって、でも何だか切なくなって泣きそうだよ
木原くンが何考えてるのかわかんなくてもやもやする
だがそれが良い
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/04/16(土) 00:39:57.18 ID:3u7764070
乙乙!
木原くンの不器用な言動がなんか…目から汗が出る
一方さんとゆりこの幸せを願いつつ、グループにときめきがとまらん

>>215
うおおおあああ
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/17(日) 12:58:41.61 ID:a9C66BBDO
1乙!
最近カッコイイ木原君をよく見掛けるな
俺得な良い傾向だと思うのであります
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/19(火) 20:46:29.13 ID:khKdrK3qo

こんばんは。続きですよ。

>>212
ファッキン底辺文系野郎です。医療系は趣味で、独学あるのみ。
信じたら尻の穴が消滅する呪いがかかっているので、話半分で読んでくださいハニー。

>>215
マーベラス。マジで信じられん幸福をありがとうマジ天使マジ。つーかほのぼの。最高。
ハネムーンは旅行でギリシャの小さい島に行こうね。
夜の桟橋で足の裏を波に揺られながら満点の星を数えるんだよハニー。

つーか忠実かどうかなんてどうでもいいから自分だけの現実を大事にしてくださいハニー。
読んでる人はみんな上手い事フィルター掛けて最適化をおすすめしますハニー。

それでは続きいきますハニー。
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/19(火) 20:46:55.74 ID:khKdrK3qo

それは、とんでもなく突然で酔狂で無茶で理不尽で考えなしの一言だった。

「そろそろ外出してみようか」

「え。」

ようやく点滴が取れた拒食症のやせっぽちの少年が間抜けそうに口を半開きにした。
近頃では病院内を杖と手すりに頼って徘徊できるまでに回復している。

が、それはそれで問題ありだ。
唐突の張本人である冥土帰しは寝不足気味の目を瞬かせた。

今朝早くに個体調整で入院している妹達から連絡を受けたせいで少々寝不足だ。

「早朝に申し訳ありませんが」

朝早くにかかってきた電話の主は、欠片も悪びれない様子で淡々と言った。

「百合子が行方不明です。とミサカ10032号は
 端的に状況を説明できる言葉を模索しド真ん中ストレートが有効であると判断しました」

これの所為で朝食は病院で取る羽目になった。

当の脱走少年はと言えば、冥土帰しが到着したころ既に発見されていた。

19090号のベッドの下で床にへばりつき、毛布に包まってガタガタと震えていたらしい。
安定剤をワンショット打たれて引っ張り出される大捕物の末に無事保護。

未だ彼の容体が落ちついたとは言い難い状況だ。頭が痛い。
冥土帰しは午後の診察を少々減らして、調べものと仮眠に当てる事を心に決めた。
とはいえ急患があれば駆けつけるのは決まっている。

加えて言うなら、発見当時の状況も頭痛の種の一つだ。

ベッド下で震える白い少年を安心させるため、妹達が総出で頑張っていたのは良い。

しかし猫を呼ぶように舌を鳴らし猫じゃらしを振る妹達と
ますます萎縮する第一位の構図には苦笑を禁じ得なかった。
学習装置の開発協力者である布束砥信とは一度深く話し合う必要がある。

早朝の脱走事件も解決し、鈴科百合子は日課である午後のリハビリを終えた所である。

「が、いしゅつ。」

「そうだよ? 君も身体的には健康な少年なんだからね。
 たまにはお日様の光を浴びなければ腐ってしまいそうだ」

今や危険な路地裏よりもベッドの下の方が似合うような少年は眉を寄せた。

「や。」

「紫外線の事なら気にしなくて大丈夫だよ?
 ちゃんと痛まないように対策は練ってあるからね」
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/19(火) 20:47:25.83 ID:khKdrK3qo

下を向いてしばし考え込む。なんとか言いわけを探しているのが丸わかりだ。
くすりと笑ってしまうと口をへの字にして、真っ赤な瞳が冥土帰しを睨む。

「どォしても。」

「そう、どうしてもだよ。患者は先生の言うことを聞かないといけないね?」

うぐ、と困った声を出す。
ちらちらと左右に目を泳がせ、広げた両手の指先をそわそわと擦り合わせた。

「いたい、くない、かな。ひりひりは。」

「ああ、大丈夫。痛まないよ。それにヒリヒリもしない」

「ぜったい。」

「絶対だ」

うー、だの、あー、だのと呻いてはいたが、結局あきらめてこくりと頷く。
以前の凶暴さを思い出して、冥土帰しは治療計画を組み立て直す予定を立てる。
未だ記憶の回復するような兆しはない。

「それじゃ、これが紫外線を殆どカットできるタイプの日焼け止めだよ。
 上半身は服の下まで日が射すから、一応隠れる所も塗っておくんだよ?」

「は、ァい。」

大きなチューブをベッド脇の机に置く。
手にとって、物珍しそうにしげしげ眺める百合子はここ数日で幾分元気になったようだ。

「そうそう、脚も忘れず塗っておくといいね?」

こっくり頷いて、おもむろに病衣を脱ぎ始めた百合子に背を向け、扉を閉める。
冥土帰しはファイルの置いてある診察室に戻りながらこっそりため息をついた。

「やるべき事は多そうだ」

リハビリが一段落ついたら外見年齢相応の振る舞いを教える必要がありそうだ。

いっそのこと妹達の学習装置が使えれば楽かもしれない。
冗談にもならない事を考えてしまった。
学園都市の第一位が軍用ゴーグルを付けて子猫を追いかけるのはあまり好ましくない。

何にせよ、彼の記憶が戻らない以上、必要なものが増えてくる。

彼の場合、「安心」と「教育」が特に欠乏しているようだった。

正体の知れない悪夢を見て不安で飛び起きる。
続いている不眠症のため、その体力はいつまでたっても回復しきらないままだった。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/19(火) 20:48:02.61 ID:khKdrK3qo





               6 広場恐怖症(前編)




224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/19(火) 20:48:37.58 ID:khKdrK3qo

鈴科百合子の外出に付き添って欲しいと言われた時、19090号は真っ先に挙手をした。

ここの所彼に付き合って院内に籠りきりだったこともあり外出は少々喜ばしい。
19090号もそれほどアウトドア派という訳ではないが、たまには街を歩きたいのだ。

普段控えめな彼女が主張したことに冥土帰しや他の妹達は驚いているようだったが
重ね重ね勘違いしないでいただきたい。
彼女にとって「百合子」は友人か弟のようなものである。

支度を手伝うといって妹達の病室を出ると、暇を持て余しているらしい10032号も
ハートのネックレスをしゃらりと揺らして後ろから付いてきた。
つくづく悪運の強い固体だと19090号は思う。

「19090号がここまで百合子と仲良くなるとは意外でした。
 一番怖がると予想していたのですが、とミサカ10032号は当てが外れてがっかりします」

無表情で横を歩く10032号に痛いところをつかれ、19090号はぐむ、と息を漏らした。

口下手というのか、気弱というのか、彼女はあまり話すことが得意でない。
特に意見を求められることに弱い。

「た、確かに一方通行には恐怖を覚えますが……
 彼と百合子は、その、別人です……と、ミサカ19090号は苦し紛れに言い返します」

しどろもどろな調子に小声。

10032号は鈴科百合子と19090号の類似性が友を呼んだのだと内心納得する。

が、それで会話を終わらせるつもりはない。

妹達の中でも交流のチャンスが少ない19090号だ。
この機会を逃す程10032号は間抜けではないのである。

「では19090号は百合子の記憶が戻り一方通行と同一になった場合
 彼にどのように接するのでしょうか、とミサカ10032号は意地悪な質問をしてみます」

「そっ! ……れ、は」

ぱくぱく口を動かして、表情を曇らせ、目を左右に泳がせて、立ち止り、うーんと唸って
10032号を恨めしげに睨み、顔を上げて何かを言いかけ、顔を真っ赤にしてまた俯く。

「み、ミサカは……」

百面相のあとで泣きだしそうに顔を歪めたのを見て、10032号は首を傾げる。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/19(火) 20:49:04.93 ID:khKdrK3qo

「そこまで真剣に考えないでください。単なるジョークです。
 イッツミサカジョーク、とミサカ10032号は白い歯を輝かせます」

「……」

「そこはHAHAHAと笑っていただきたいのですが?
 とミサカ10032号はあまりのスベリっぷりに涙が止まりません」

「あなたの頬に涙が流れていることはまったく確認できませんが……
 とミサカ19090号はにわかに指摘しました……」

「さあゴチャゴチャ言っていないで百合子の病室に向かいましょう。
 ハリーハリー! とミサカ10032号は19090号の背を押しつつ邁進します」

「わ……! 押さないでくださっ……あああああぁぁぁぁ! とミサカ19090号はぁ……!」

相も変わらずスズシナユリコのネームプレートが掲げられた病室のドアを開ける。
中に入った二人を出迎えたのはいつも通りのほんやりとした笑顔だった。

が、

「あ、。」

「おお……」

「ひゃっ!?」

タイミングがあまりよろしくなかった。

薄い病衣を床に落とし、下着一枚にシーツをかけただけの格好で少年はくるりと振り返る。

「19090ごう。」

両手に乳白色の半透明の粘液をたっぷりと溜めて、へらりと緩んだ頬にまで
それがこびりつくように跳ね返っている。

こぼれおちたジェル状の液がミルク色に薄く引き延ばされた太股に流れて滴る。
細く伸びた足先までをくまなくベトベトと覆って、さらに指先からベッド下のリノリウム床に
微かに糸を引いてぱたぱたと雫を落としている。

薄く骨が浮いたあばらや鎖骨や、とにかく体の前面が液体まみれだ。

困ったように笑う百合子を前にキッカリ3秒制止。
10032号は「お邪魔しました」とだけ言い置いて、スライド式のドアを静かに閉めた。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/19(火) 20:49:31.25 ID:khKdrK3qo

「19090号、あまりお気落としのないように。思春期の少年にはよくあることですよ。
 とミサカ10032号は聞きかじりの知識で19090号を慰めま」

「違います! というか、そもそもそうじゃ無いですよね確実に!
 とミサカ19090号は10032号に詰め寄ります、というか何故閉めたんですかあああ!」

ガクガクと自分と同じ顔をした少女をゆすぶって、19090号はもう一度扉を開けた。

「はぁ……失礼します、とミサカ19090号は仕切り直しました……」

出ていった時と同じ状態で困り顔を傾げる百合子。
その頬をぬぐってやりながら、19090号もまったく同じ顔をした。

「一体何がどうなったのですか……とミサカ19090号は途方にくれます」

「これ、ぬらないと。いけないって。」

そういっておずおず差し出されたのはひしゃげたチューブ入りの塗り薬。
どうやら日焼け止めらしい。
反対の手には新品のチューブの先端に貼られている銀紙がつままれていた。

10032号と19090号の頭に、同時にここまでの経緯が見えた。

チューブのキャップを外して絞りだそうとしたのはいいが、どうやっても出てこない。

強く握りしめても振っても出てこないため、ひっくり返して先端を確認。

新品であるために銀紙が張られている。

この所為で薬が出てこなかったのだと納得し、開封。

さっきまでと同じ力で握りしめていた為に内部に圧力がかかる。

一気に中身が噴き出し、大惨事へ。

「……とりあえず零れた分を塗ってしまいましょう、とミサカ19090号は促します」

「う、うン。」

体温で温まってドロドロと流れ出しそうな塗り薬を掌に掻き集め
百合子は申し訳なさそうにため息をついた。

「それにしても随分飛び出しましたね。全身に塗っても余りそうですが。
 とミサカ10032号は脚に付着している分を塗り伸ばしてみます」

「ひ、つめた。」

細く骨ばった脚にべたべたとした薬剤が馴染んでいく。
薄く塗る分にはぱっと見で薬がついているとは分からない。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/19(火) 20:50:47.02 ID:khKdrK3qo

「伸びがいいですね、私用に一本欲しいくらいです。」

「は、ァ。」

「背中にも塗るのでしたら手に溜めた分寄越しなさい
 とミサカ10032号は右手を突き出します」

指の間から薬がこぼれないようにおろおろしている百合子がゆっくり瞬きした。

「せなか。」

「そうです」

「ぬってくれる、の。」

「19090号の方がお好みですか? とミサカ10032号は……」

その脇腹を19090号が突いた。

「あ、りがと。」

掌から温くなったジェルをすくい取り、10032号はベッドに乗り上げた。。
少年はおとなしく俯いて項と剥きだしの背中を差し出す。

「これは……」

「ン。」

背骨がごつごつと突きだした背中は他と変わらない白さだったが
皮膚の状態は大きく異なった。

まるで路線図のように、古い傷跡が重なって交差し、背中全体を覆っている。
左右の肩甲骨の上にケロイド状になった皮膚がひきつった。
左の脇の下から長い縫合の痕が一際目立って横切っている。手術の後のようだ。

10032号はすっと目を細めて、そっとその背中に掌を置いた。

「うァ。」

びくりとした反応が皮膚を通して伝わる。

「あ、痛いですか?」

「ンン、や、つめたい。だけ。」

「……そうですか」

薬を塗りこめるように手をすべらせる。
掌や指先にひっかかる傷跡の些細な隆起が分かる。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/19(火) 20:51:13.31 ID:khKdrK3qo

10032号は思う。

反射の使える一方通行がこれほどの傷を負うなんて、と。
能力が使えるまでの間に一体どのように過ごし方をしていたのだろうか、と。

「こんなに痛そうですが」

「え。」

服からはみ出すような腕、脚には目立つ傷は無い。
しかし良く見ると、細かい引き攣れやよじれがあった。
目に見えなくても薬剤ですべりの良い指先にはそれらが引っかかる。

背中の傷は一番酷いように思えた。

背骨の突起に沿って一つずつ等間隔についている丸い痣のようなものが気になった。

細い指先で触れたような、直径1センチにも満たないもの。

10032号の目には煙草を押しつけた痕に見えた。

きっかり等間隔で、完全な円形に。
偶然当たったのではなく、作為的につけられた痕だ。

綺麗すぎる傷跡がその酷さを物語っている。

「痛くはないのですね、とミサカ10032号は確認をとります」

「う、ン。」

肩甲骨のあたりでてらてらと皮膚のきめを消したように光る広範囲の傷は火傷痕だろう。

突きだした骨で薄い皮膚がさらにひきつっている。
今にも裂けて骨が露出しそうに痛々しい。

それらを深く塗り隠すように薬を塗りつけていると、不意に背中が細かく振動し始めた。

「ふっ、、。」

押し殺したような声。

「い、痛んだのですか!? とミサカ10032号は背中をさすって宥めます!」

「くっ、ふは、ちょっと、まって。」

よじるようにその手から逃れようとするのを、肩を掴んでひきとめる。
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/19(火) 20:51:46.75 ID:khKdrK3qo

「どうしました? 10032号に不当な扱いを受けたのですか? とミサカ19090号は
 10032号に疑いの眼差しを……」

「ち、違います! きちんと丁寧に扱っていました! とミサカ10032号は弁明します!」

まったく同じ声での良い争いを、小さく隠すような笑い声が打ち消す。

「ど、どうしたのですか、百合子……」

「え、えは、ふふっ。こ、こしょぐったィ、。」

「……」

同じ容姿が今度は笑みの形に揃う。

鈴科百合子は目尻に溜まった涙を不器用にぬぐって、不思議そうな顔をした。

「も、もう一回言ってみてくれませんか? とミサカ19090号は……」

「ゥえ、えと。こしょぐったい。」

「くすぐったい?」

「こ、こしょぐったい。」

にや。にへ。

「ふふふ、どこがこしょぐったいのですか? 百合子。
 こうですか? とミサカ10032号は腰のあたりをさわさわ」

「ふやっ、くく、そこ、は。」

「もしかして脚がこしょぐったかったのですか? でもまだ塗り終わっていません……
 我慢してくださいね、とミサカ19090号は膝の裏に薬を塗る作業に戻ります」

「あっ。ふ、ゥあ、そン、ちょっ、ま。」

「ここですか?」「ここでは?」「我慢してください」「動いては塗りにくいですよ」「じっとして」
「今のあなたに紫外線が当たると皮膚が炎症を起こしてしまいますし」「それは大変です」
「丹念に塗らなくてはいけませんね」「首の後も塗りますよ」「膝と肘は塗っておかないと」
「耳を忘れてしまう所でした。危うく芳一化現象です」「脇腹も塗ってきおましょう」「お腹も」

「い、やァあああああああああ、、、。」

こぼれ出した薬剤を使い切り、全身に塗り込め終わった頃。
百合子はぐったりとベッドに横倒しになっていた。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/19(火) 20:52:13.48 ID:khKdrK3qo

目尻には涙が光り、笑いすぎたために腹筋が痙攣している。

「はっ、ァ、ふ、はァっ、うう、、、。」

息を荒げ、頬を紅潮させて下着一枚の格好で半べそかきながら乱れたシーツにくるまる。

まるで悪代官にいいようにされた町娘のような状況の百合子を余所に
二人は彼の外出用の服をクローゼットの着替えから選んでいる所だった。

普通の男子高校生ならば、
『女子中学生2人に押さえ込まれて粘液まみれの両手で全身を撫でまわされる』
というのはむしろご褒美に等しいが、百合子にとってはただの拷問である。

「長袖でなければいけませんね、とミサカ10032号は荷物を漁ります。
 どれもこれも似たようなものばかりで面白みに欠けています」

「ある程度ゆったりしたものでないと……病衣に慣れているので負担になりそうです。
 と、ミサカ19090号は主張します……これはどうでしょう」

「そうですね、では下は、とミサカ10032号はスキニーばかりのジーンズを引っ張ります」

拗ねて蓑虫状態になっていた少年は15分で無理やり支度をすまされた。

出発の準備を整えられて診察室の前に立ったときにはすっかり病人らしからぬ出で立ち。
先ほどまで病衣でごろごろし、半裸で粘液にまみれ蓑虫になっていた人物とは思えない。

白いゆったりとした半そでのパーカーの下に黒の細身の長袖。
妙に丈が長く、不思議な幾何学模様のラインが入っているが、そこまで違和感はない。

「準備はいいみたいだね?」

「う、うン。」

何やら疲れて見える百合子に、冥土帰しはトートバッグを一つ渡した。

「はい。これをしっかり身につけておくんだよ」

「これは……なんですか? とミサカ19090号はバッグを漁ります」

中から出てきたのは黒いキャップと日傘。
それに目立たないデザインの眼鏡。

「帽子と日傘は分かりますが、眼鏡、ですか。とミサカ19090号は百合子に手渡します」

「ああ。彼はメラニン色素が抜けているようで、視界にも異常が出ているからね。
 瞳に紫外線が入らないようにというのもあるが、まあ能力で補いない分の視力補強だよ」

不思議そうにしていた百合子だが、そっと眼鏡をかけると嬉しそうな声を上げた。

「まぶしくない。」

「調子はいいようだね?」

「うン。」

嬉しそうに眼鏡をかけたり外したりしている百合子の頭にキャップをかぶせ、杖を持たせ
日傘まで差しかけてやりながら、ミサカ19090号は冥土帰しに軽く会釈をした。

「……あの、それでは行ってまいります。百合子の面倒は私が見ますので……
 その、お任せください、とミサカ19090号は起伏に乏しい胸を張ってみます」

「無理はしなくていいからね。
 何かあったら病院の個体に連絡するなりなんなりしてくれれば、迎えに行くこともできる」

一応、と連絡先を記した紙を百合子のジーンズのポケットに突っ込んだ。

病院の裏口からこっそりと抜け出すことにも成功。
いざ、鈴科百合子の初外出、もとい野外歩行訓練が始められた。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/19(火) 20:52:57.68 ID:khKdrK3qo

今日はここまでです。
というか長すぎるので前後編になりましたごめんなさい。

ちょっと頭痛がひどいので皆さんもファッキングッドナイトをお過ごしください。
では。
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/04/19(火) 21:11:08.68 ID:YmLzT7Sx0
乙ハニー。
このスレの妹達と百合子の関係がすごく好みだ。お大事に
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/04/19(火) 21:20:55.85 ID:oM9c/+cyo
来てた!お疲れ様ですー
百合子の外見が一方通行であることを忘却しそうになる
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/19(火) 21:26:22.13 ID:VrxDoDdDO
白い粘液まみれの百合子を想像したら…っ!

ふぅ……
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/19(火) 22:01:26.28 ID:xqX564IDO
うはー。ミサカ達個性でて可愛いなあ
いじけて丸くなってる百合子も可愛い。持ち帰りたい
次回も楽しみにしてるけどお大事になー
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟県) [sage]:2011/04/19(火) 22:24:11.02 ID:OAEQe/dA0
乙ー!
百合子もミサカもかわええです。
無理はしないでください。お大事にー
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/04/19(火) 22:26:06.31 ID:P6Szo05F0


白濁液でドロドロだと…?
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/04/20(水) 00:33:11.90 ID:9BDI9G1D0
乙です。
毎回続きが気になってしょうがない。

支援絵描いたんだが…見えるかな?
http://wktk.vip2ch.com/vipper4641.jpg
http://wktk.vip2ch.com/vipper4642.jpg
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/04/20(水) 01:18:21.91 ID:2LwjvxLP0
学パロとかの人か
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/04/20(水) 17:09:08.31 ID:9Bv7PjId0
>>215 >>238 GJ!!超GJ!!!
このスレ神絵師さん多すぎ
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/20(水) 21:37:25.82 ID:luSgexIf0
欠陥通行のキャッキャウフフがああああ
うわあああああああああ
http://wktk.vip2ch.com//vipper4726.jpg_Y26fL2edKGza8woMU6XC/vipper4726.jpg
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/21(木) 07:33:06.69 ID:TrlVVv180
>>241逆レイプにしか見えねえええええええええ!!
超GJ!!
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/22(金) 17:27:46.14 ID:5Ek5vhSOo
>>241
これはいい逆レイプ
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/25(月) 19:11:44.64 ID:UtMppsZb0
続き気になってしょうがない
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/04/27(水) 15:41:43.81 ID:qxkzaEwQo

ご無沙汰です。頭痛から発熱して寝込んでました。ごめんね。
なんか心配してくれたりお大事にとか言ってくれたりありがとう。
1列に並べ。順番に抱きしめてやるよハニー共め。

って、あれ夢でも見てるのかな……
絵がいっぱい、ある、だと? 自分がこんなに幸せになることって……

>>238
なんというか表情豊かでほっこりしました。無音マンガぽくて最高です。マジ鼻血。
2枚も描いてくれてありがとう。そのうえ早技とか見習いたいです。書く速度的な意味で。
結婚してからも毎週あえて待ち合わせデートするような夫婦になろうねハニー。

>>241
微笑ましいなおい。そして黒のボクサーはこちらの予定通りで大変ありがとう。
できることなら背景をピンクで塗った理由を可愛いお口から直接聞きたいところです。
映画を見る時は自然と手を握り合うような素敵な夫婦生活を送ろうハニー。

つーか、乙とかコメントとか絵とか、すごく嬉しいし励まされます。
これがあるから書けてるようなもので。いつもありがとう。
しかしどんどん投下開始のコメントが長くなります。面倒くさい。嘘。本当は愛してる。
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:42:13.70 ID:qxkzaEwQo

外は気持ちよく晴れていた。
午後の、まだ早い時間。太陽は真上から少し角度を付けている。

「わ、ァ。」

眩しがって細めていた目が一瞬大きく見開かれる。
白い少年は雲が薄くたなびいている空をゆっくり見上げ、目をそっと閉じた。

「ひかりが、あったかい。」

今彼の姿を写真に撮ったら、きっと酷いハレーションを起こすだろう。
太陽の強い光が白い肌とキャップから漏れた細い髪に当たって、きらきらとこぼれおちる。

「陽光の暖かさは、私も好きです。……ずっと浴びていると少し眠たくなりませんか?
 と、ミサカは日向ぼっこからのお昼寝の至高性を示唆します」

「うン、。きもちいい。」

紫外線がきちんと防げている事を確認して、しばしその場で戸外の空気を楽しんだ。

普段意識することのない小さな葉擦れや風の音。遠くで走る車や、チャイムの音色。
風に乗ってくる土や、アスファルトや、若葉や、花の、少し生臭く生き生きとした香。
どこかで洗濯物でも干しているのか、石鹸のような匂いが混じる。

薄い瞼を通して太陽の光が目の奥までじんわりと温めてくれるようだ。
たしかに、これはずっとしていたら眠たくなる。

「こンな、だったかなァ、。」

ちり、と違和感が百合子の脳髄の片隅を焼く。

「……何が、でしょう? とミサカは質問に質問を返します」

「え。」

今、自分は何か言っただろうか。
何を感じたのだろう。
ただ突然に一瞬前の思考を思い出せなくて、百合子は曖昧に首を振るだけだった。

「は、はやく、いこ。」

「わ……わかりました。きちんと日傘の陰に入っていてくださいね?
 とミサカは少しはしゃいでいる百合子に念を押します……」

「ン。」

19090号が持っている日傘を杖とは反対の手で支える。
杖初心者の百合子に合わせ、のんびりとしたペースで2人は歩きだした。

時折傘を傾けて日差しを浴び、深く息を吸い込み微笑むその姿を
19090号はどこか感慨深い思いでネットワークの共有記憶データベースに記録した。

一方、ミサカネットワークでは「こしょぐったい」という不思議ワードが広まり。
全世界の妹達の間でダントツ人気の流行語になっていた。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:42:42.51 ID:qxkzaEwQo





               6 広場恐怖症(後編)




248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:43:13.09 ID:qxkzaEwQo

学園都市を巡回するバスに乗った所で、19090号は隣に座る少年に切りだした。

「何故あれほど外出を嫌がったのですか? とミサカは百合子の横顔を覗き込みます」

「う、。」

つつ、と目を逸らす百合子の膝を軽く小突いて、19090号は注意を向け直させた。

平日、真昼のバス内は無人で、運転手すらいない空間はお喋りにもってこいだ。

何せこの都市のほとんどを占める学生は授業中。
スキルアウトも出歩かない、最も過ごしやすい時間帯と言っていい。

これは百合子にとってかなり都合が良かった。
彼にとって人は怖いのだから。

大人の、と言っても精神的に年齢を重ねていない状態の百合子からしたら
高校生以上の女性ほぼ全般がこれに当たる。

更に白衣を来た、これも高校生から中年までの男性も恐怖の対象だ。
この科学の都市では白衣などそこまで珍しくもない。
実験の合間にちょっと一息、などという気軽な研究者も学区によっては良くある光景だ。

ちなみにこの対象から外れた冥土帰しはどこか腑に落ちない様子だった事を付け加える。
子供の判断とは時に残酷なものだ。

話を元に戻す。

「……百合子が冥土帰しの言うことを素直に聞かないのは2度目です。
 1度目は食事の拒否でしたか、とミサカは思い返します」

うぐ、と百合子が再び呻いた。
耳が痛いと言ったところだろうか。

未だ少食な百合子はいつも病院で出された食事を残す。

しかし8日間にも及ぶ、いや、病院に来る前から発症していただろう拒食が
殆どきれいに治った事に19090号は少々驚いた。

あの医師は無理強いすることを極力しない。
元から担当する科の向き不向きもあるのだろう。
精神的なモノからくる拒食は彼の担当ではない。

適材適所ということで、一方通行の元同僚が何とか食わせる事に成功したと聞く。
何でも、人に信頼させて首を縦に振らせることが一番の得意というが、何やら犯罪臭い。

その後回復し、ある程度食事ができるようになってはいる。
が、未だ1人では、文字通り食指が動かないらしい。
目の前で人が食事をしているのを見て、ようやく空腹を思い出す程度だ。

味覚も変わってしまったのか、肉より野菜。「こってり」より「さっぱり」を好むようだ。
特に果物が好きらしく、19090号は林檎を剥いてくれと頼まれたこともある。
こっそりナースステーションで見つけた婦長に剥いてもらったのは内緒だ。
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:43:47.09 ID:qxkzaEwQo

「あ、あ、あれは。どォしても、たべられな、。」

「まあ……最近は頑張ってご飯も1膳食べられるようになりましたね、偉いです百合子
 と、ミサカはお姉さんぶりたいことを隠しつつも頼れる存在であることをアピールします」

そっと隣の少年の頭を撫でる。
膝の上でキャップをいじっていた手がビクンと跳ね上がった。
掌がそっと撫でるだけだと知って落ちついたようだ。

どうやら手を頭上に持ってこられると反射的に殴られると思ってしまうらしい。
それに気付かないふりをしてやるのにも、19090号はもう慣れた。

「、、ひとに。」

「え?」

小さな声をこぼす口元に耳を近付ける。

「ひと、あうから。」

ごにょごにょと呟く。
何事か続けて話しているが、どんどん尻すぼみになって聞き取れはしない。

19090号は、自分が小声であるという自覚を持っていた。
また、弱気で人と話すことを苦手としていることも。

しかしそれを外部から見た時ここまで弱弱しく人を苛立たせるとは思ってもみなかった。

咳払いを一つ。

「……つまり、その、百合子は人に会うのが怖いから駄々をこねた。
 ということで、いいのでしょうか? とミサカは確認を」

「え、っと、あの。うン、、、あ。やっぱ、ちがう、かも。」

「えぇー……? とミサカは頭上にクエスチョンマークを浮かべます」

バスが大通りの角を曲がり、百合子の肩が少しだけ19090号に触れた。

気を抜いているのか、少しばかりの体重が19090号の左肩にかかる。
かすかな重みが何となく嬉しくなることもしばし。

「……」

「、、。」

それきり、百合子は黙って俯いてしまった。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:45:18.51 ID:qxkzaEwQo

本当は、ただ怖がっているだけだ。
それは少年自身も分かっている。

彼は臆病だ。

人が怖い。
大勢の人も怖い。
そんな人たちの中で、自分1人がパニックに陥るのが怖い。

倒れたり、怯えたり、呼吸が出来なくなったり、顔が熱くなったり、話せなくなったり。
そういう「どうしたらいいか分からない」状況を作るのが嫌だ。
そうした失態を重ねてしまう事自体が怖い。

周りの人はそういう自分をどう思うんだろうか。

ただ、今隣にいる少女のように親切な人がいる。嫌われたくない。
自分の失態を見て愛想を尽かしてしまうのじゃないかと思うと、泣いてしまいたくなった。

「、。ごめンなさい。」

堅いジーンズを握り締めて、涙が出て来るのを我慢した。
そんな風に、弱弱しいからダメなのだ。

ぎゅっと目を瞑ると瞼の隙間から一粒だけ涙がこぼれた。

「……何故謝るのですか?
 百合子は何も悪いことをしていないのに、とミサカは不思議がります」

泣かないでください、とそっと髪を撫でられる。

「、でも、わがまま、した。」

「ええと、はい。確かに、あれは良くありませんでしたね。
 ……冥土帰しは貴方の健康を思って、外出した方が良いと勧めたのですよ?」

「ン、、。」

「ですから……うー、ええと、はい。次からは、あまり食わず嫌いな反応を、しない方が?
 と、ミサカは窘めてみますが、これは表面的な意見であって、その……」

徐々に二人とも小声に、尻すぼみになっていく。
元から似た者同士の弱気者だ。こういうところがいけなかった。

「ええと、み、ミサカ、は……」

「ご、め、なさい、、、。」

静かな車内に、ふーっと長い吐息の音が重なった。

「ミサカは……百合子の友達です……
 と、ミサカ19090号は様々な思惑渦巻く胸中を無視して一番重要なことを伝えます……」
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:45:52.47 ID:qxkzaEwQo

伏せられ通しだった白い睫毛がふと持ちあがった。

「え、。」

「みしゃ、ミサカは……」

うー、だの、あー、だのといって顔を紅くする。
一通りもじもじと萎縮してから、19090号はそっと横の少年を振り返った。

「夜中に怖い夢を見たなら、起こしてくれればよかったのに……
 と、ミサカは遠慮がちな百合子の水臭さにもどかしさがいっぱいです」

「あ、」

信号に引っかかったのか、バスがゆるやかに減速し、停止した。

「ァ、れは。ちが。」

「このミサカを頼って部屋まで来たのに、起こさないなんて、中途半端です。
 なぜ、最後まで頼ってくれなかったのですか、とミサカは……」

「だって。」

ぐん、とエンジン音がして、バスが再び動き出す。

「だって。」

「怖くないです。とミサカは小さな声で言いました」

「。」

車内放送が下りるはずの停留所の名前を告げる。
少女の細い指が停車ボタンを押す。

「ミサカ19090号は、百合子のことを嫌いになんか、なりません。
 と、ミサカは緊張を隠して微笑みながら約束します」

ね、と釘を刺されて、手の中のキャップを被らせる。

手擦りに立てかけてあった杖と日傘を持ち、反対の手を百合子に差し出した。

「百合子はまだ杖がヘタクソなのですから……
 転びそうになったらこのミサカにつかまればいいのですよ、とミサカは手を差し出します」

その手に、ゆっくりと自分の手をかざし、一瞬ためらい、指を引っ込める。
白い指を、なめらかな少女の手が捕まえ、そっと握る。

壊れそうなものを触れるように恐々と握り返しながら、百合子は小さく笑った。

「、ごめ。」

「いいえ、違います。とミサカは注意しました」

「あ。」

バスが停留所で停車した。
杖をついて立ちあがりながら、少年は少女の耳元で囁く。

「あ、りがと。」

「はい……とミサカは微かな達成感や幸福感と共に答えました」
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:46:30.57 ID:qxkzaEwQo

一方その頃。

御坂美琴はいつもの4人組みでファミリーレストランの窓際を陣取っていた。

「本当ですって! 噂になってるの、知らないんですか?」

少々レトロなセーラー服に似合う長い黒髪を揺らして断言する少女。
大人しそうな見た目を溌剌さで補える、気持ちのいい朗らかな声。
今日も話題の中心は佐天涙子の仕入れてきた出所の怪しげな都市伝説だ。

彼女の隣に座る初春飾利は既に学校で同じ話を聞かされていたようである。
パフェのアイスに夢中で、殆ど話半分以下というところだ。
くりくりとした大きな瞳を嬉しそうに蕩かせてスプーンを口に運ぶ動作が愛らしい。

それだから、その話に真正面から反応するのは美琴ともう一人。
意外に生真面目な面を持つ白井黒子だけだ。

「……と言われましても、ありがちなデマではありませんの?」

血統書付きの愛玩動物を思わせるような近づき難さを醸し出す彼女だが
全体的にちんまりと可愛らしい小作りな容姿が、それを可愛らしさに変えてしまっている。

「お姉様」と二人きりにしなければ文句なしの美少女だ。
かたや御坂美琴の方も涼しげで健康的な美しさを兼ね備えているのだ。
黙っていれば絵になる二人である。と、初春飾利はスプーン越しに考察。

しかしながら下着の趣味に関しては、両名とも世間一般の美少女との間に
大きく差を開けられるほどの残念具合ではある。
その美的センスだけは足して二で割ってくれというのが周囲の胸中。

こと下着に関しては、この四人の中で初春飾利ほど気を使っている者はいないだろう。
と言っても、「ああん、だめようっふんあはん」などという仲の男性がいる訳でもなく。

専らその選び抜かれた無難かつ可愛らしい下着を覗き、評価するのは
横に居る佐天涙子であるのが悲しい所である。

「本当に本当なんですよー!
 これは私が入院していたときに知り合った看護師さんから聞いた話で!」

「それがそもそも怪しいんですの。何故そのような方と今更怪談話を?」

「実はその人も結構な都市伝説マニアだって事で、退院する時にアドレス交換を……」

社交的な事だ、と美琴は苦笑いをする。

この「都市伝説」の内容を聞き始めてから、背中にじわりと嫌な汗がにじんでいる。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:46:57.50 ID:qxkzaEwQo

「だから、本当に居るんですよ! 『ウサギ男』!」

これが今回彼女が仕入れてきた都市伝説である。

「本当に白くて、目が紅いらしいですよ!」

「それは、ただの色素欠乏症な殿方ではありませんの?」

違うんですよぅー、と佐天は身を乗り出す。

「ウサギの生態をコピーされているせいで、すっごく怯えやすいらしいんです。
 大人を見ると急いで逃げたり、震えながら隠れたりするらしいですよ!」

「それは、ただの臆病な殿方ではありませんの?」

「ってだけじゃなくって! なんと主食は野菜と果物らしいんです!
 で、夜宿直の人がライトで廊下を照らすと、そこに寂しくてしくしく泣いているウサギ男が!」

「それは、ただの偏食で寂しがり屋な殿方ではありませんの?」

「しかもしかもっ! 黒い首輪を付けているそうですよ!
 かつ、病院の名簿にも受付の記録にもないのに、いつの間にか廊下に現れるとか!」

「それは、ただのチョーカーをはめた影の薄い殿方ではありませんのっ!?」

むぅ、と佐天は丸い頬を膨らませた。

「御坂さんはどう思いますっ!?」

「ほふぇっ!?」

変な声が出てしまった。
背筋を冷や汗が伝っていく。

やばいやばいやばい。

何故こんな話が漏れているのかしらん。
リアルゲコ太先生サマ、緘口令はどこへいったのでありましょうか。

「え、えっとー……私も、色素欠乏症で入院してる、ごくフッツーの?
 臆病で偏食で寂しがり屋でチョーカーをつけた影の薄い患者さんなんじゃないかなー」

って? 思う? みたいな?
と、言い訳がましい語尾が付随。こういう咄嗟の誤魔化しは苦手である。

ええい、そもそも今日は先ほど言った特徴を全て兼ね備えた「ウサギ男」の
お見舞いに行く予定だったのだが、さて、何故このような矢面に立たされているのか。
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:47:28.54 ID:qxkzaEwQo

「そんなぁー! それじゃつまらないじゃないですか」

へちょりと突っ伏してテーブルと仲良くなり始めた佐天に
美琴はどぎまぎする心臓を抑えながら微笑んで見せた。

「大体都市伝説なんてそんなものよー?」

「そうですの。大体ウサギの生態だなんて……コピーして良いことがありますの?」

お姉様が味方になった事でふふん、と勝ち誇る黒子の言葉に、横から初春がのっかる。

「あー。でも、ウサギは耳が長いじゃないですか。
 音が良く聞こえるっていうのはメリットかもしれませんね、ウサギ男」

その言葉に佐天ががばっと起きあがる。

「そうでしょ初春ー!? ほら、学園都市の闇の研究機関が極秘に開発をですねぇ……」

「ウサギの耳が殿方に生えているんですの……!?」

心底気味が悪いと言いたげに、黒子が悲痛な声を上げた。

「そういう話は聞いてないですけど」

それはそうだろう。

学園都市の第一位がバニーボーイの店ラビリン学園都市店にお務めだとか
そんなの、想像しただけでまさに恐怖の怪談になっちゃうくらいのブラクラ的光景である。

色は何かしら、アンゴラかしら、ロップイヤーかしら、などと現実逃避的な非生産思考に
埋没している美琴を置いて、会話は続くよどこまでも。

「ウサギの耳でしたら、そういった方よりもお姉様のような
 お可愛らしい容姿に付属すべきパーツではありませんこと?」

ねー、おねえさまーぁ、と懐いてくる黒子をべりりと引きはがす事は忘れない。

「うーん、御坂さんはどちらかと言えば猫耳の方がお似合いですよー」

「ちっちっち、甘いねー初春。そこはツノと虎柄ビキニでしょ!」

「お姉様の特長を存分に引き出したチョイスですの!」

何時の間に自分がコスプレすることになったのだ。

と、その時だった。
道に面した窓の外で白いものが動いたのは。

「へ?」
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:47:59.58 ID:qxkzaEwQo

ばっと窓を振り向くと、歩道の真ん中で立ち止まる二人組。

あら、目が可笑しいぞ美琴さん。
学園都市の第一位と第三位のそっくりさんが見えるわ、まあ大変病院に行かなくちゃ。
というか頼むから行かせてくださいお願いします。などという祈祷の甲斐も虚しく。

やわらかに微笑む細長い方の人影の唇がゆっくりと動いた。

み、こ、と。

日差しを避けるために被っていたキャップの下から、嬉しそうな色を乗せた瞳。

負けた。
御坂美琴は面倒事を覚悟して、二人に向かってそっと手招きをして見せた。

気恥かしそうな様子で妹達の一人と手をつなぎ、もう片方の手で杖をぎこちなくついて
ゆっくりとファミレスの入り口に向かう。

美琴の仕草で二人に気付いた三人の少女は、それをぐるりと見送ってから
今度は美琴の顔を凝視し始めた。

「どういうことなの」

とじりじり睨みつける視線から外れようと無駄な努力をしながらも
美琴はやっと入店してきた二人に手を振った。

「こ、こっちー」

三人分の視線が、しゅぱり、と近づいてくる二人にパン。

「みこ、と。、おはよ。」

黒いキャップで人相も分からず、殆ど性別不詳、年齢不詳の人物にズーム。

「もうこんにちはの時間ですよ、とミサカは、指摘しました。
 今日は良いお日柄ですね……お姉様。とミサカはお手本を示して、みます」

そしてその横の、まさにもう一人の美琴というべき少女にしゅびっとパン。

再度、カメラ引いて二人の全身を収め、足元から舐め上げるように煽りで眺める。

「お姉様」

「この人たちは」

「どういうことなんですかッ!?」
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:48:26.81 ID:qxkzaEwQo

刺さる視線に怯え、ひょろ長い方の人物が御坂美琴のそっくりさんの後ろに隠れる。

「妹……です。と、ミサカは即座に返答いたしました」

その言葉に黒子がきゅっと眉をあげる。

「妹さん、ですの? しかし、常盤台で見かけた記憶はありませんの……」

「実はこの子ちょっと体が弱くてね。今は入院してるの!
 本当は別の学校に通ってるんだけど、常盤台の制服が着たいってきかなくてさー!」

割り込むようにして捲し立てる美琴。
それに対して、そっくりさんは小首を傾げるような動作をした。

「いえ、あの、ミサカは……」

「ね! そうよね?」

「ええと……は、はい? お姉様? と、ミサカは返答を強要されます……」

押されてたじたじのそっくりさんをテーブルに着かせるため、少々席の移動が行われる。
幸いゆったりとしたソファー席だ。
美琴の隣にいた黒子が、佐天と初春の間にテレポートすれば事足りた。

「さ、百合子。奥へどうぞ、とミサカは背後に隠れている恥ずかしがり屋さんに促します」

「うン、。」

モソモソと座るほっそりとした正体不明の人物。

その人から杖を受け取り、通路側に立てかけて。
ようやくそっくりさん、もとい妹さんは席に着いた

「というか、百合子がここに居るなんてどうしたの? 散歩にしちゃ病院から遠いじゃない」

どうやらこの帽子に眼鏡という不審者丸出しの人物は、御坂姉妹共通の知り合いらしい。

とにかくつかみどころがない。
殆ど口をきかないが、漏れて聞こえる声は中低音。
体格はほっそり、服はゆったりという外見が輪郭を曖昧にしている。

白すぎる肌はなめらかだが、細い骨格がかえって目立つ。
一言で言うなら、正体不明。もっと言うなら怪しかった。

「今日から野外歩行訓練なので、同行しているのです、とミサカは説明します」

「ばす、のった。」

「そうなの? すごい、歩くの上手くなったのね」

「ン。」

美琴の掌がぽんぽんと頭を撫でるのに、されるがままになっている。
少なくとも彼女より年下には見えないが扱いはまるで幼い子供だ。
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:49:11.82 ID:qxkzaEwQo

「百合子、室内に入ったら帽子をとるものなんですよ、とミサカはそっと教授します」

妹までが彼、または彼女の姉のように接している。

「あ、ゥ、はい。」

その人物は大人しく、ぱさ、と目深に被っていたキャップを外した。
中途半端な長さの真白い髪が、頬や首に落ちる。

シンプルな眼鏡の奥に、陰で隠れていた赤色の瞳が
自分を見つめる3人の視線を浴びてきょときょとと揺れた。

「えと、あ、ァの、、。」

「自己紹介してあげて」

美琴がそっと促すのにつられて、小さく頭を下げる。

「ゆりこ、です。こンにちは。」

「あ……こんにちは?」

釣られて頭を下げる女子中学生一同は順に名前を名乗った。
一通り紹介が済んで、百合子と名乗った人物が一息ついた途端
これ以上我慢できないとばかりに佐天涙子は切りだした。

「もしかして百合子さんはモデルさんとかなんですか!?」

「う。」

「ぶフっ!!?」

美琴が口に含んだアイスティーに噎せる。

「……何故そのように思われるのですか?
 と、ミサカは思考の跳躍についていけずに混乱しました」

「だって帽子と眼鏡で変装っぽいですし!
 背も高くてスタイルいいし、めちゃくちゃ肌綺麗じゃないですか!」

一体何を食べればそんなになるのだ、とごちる佐天。
美琴と19090号は百合子の頭越しに顔を見合わせた。

「えーと、百合子はそういうのじゃないの。この子と同じ病院に入院してる人でね?」

「杖ついてましたよね。脚がお悪いんですか?」

初春が尋ねる。
しかし百合子はその頭上を凝視しており、かつ絶句していた。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:49:49.93 ID:qxkzaEwQo

「、。」

「そ……そうです、とミサカは百合子に代わって即答します」

「へぇー」

追求を逃れるために、美琴は大きく手を上げて店員を呼んだ。

「ドリンクバー二つ追加で、あと何か食べる?」

「百合子、食べられますか? とミサカは……」

「ごはンは、あンまりほしくない。」

「じゃあご飯以外は少し食べられるのですね?
 これを注文しましょう。残ったらミサカがいただきます」

メニューの一番後ろを開き、どれがいいかと選ばせる。
様々な色がちりばめられたパフェの特集ページに、百合子は一通り目を通した末に

「、あかいの。」

とだけ口にした。

「イチゴのデラックスパフェを一つ、とミサカは……」

「ち、ちいさいの、。ちいさいやつが、いい。」

「大きいのです。食べられるだけ食べてもらいます。と、ミサカは言い切りました」

忙しい昼時を回って余裕があるからだろう。
店員も微笑ましいとばかりにくすりと笑って、デラックスと復唱した。

「うゥ、、、ちいさいって、いったのに、。」

「食べられなくなったらこのミサカが手伝います」

「私も一口欲しいかも」

美琴も助け船を出してやる。
こと食べ物の事になると特別消極的な百合子を知っているからこそだ。

「ほンと。」

「本当よ」

黒子の蜂蜜色の瞳がすっと影を帯びた。

「お姉様……黒子にはそんな事言ってくださいませんのに……」

「アンタと百合子は事情が違うの。この子あんまり沢山食べられないんだから」
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:50:50.30 ID:qxkzaEwQo

恨み事を連ねる黒子の横。
初春飾利はオレンジジュースを啜る百合子の様子をただ眺めていた。

そして、その左右でシンメトリーのように同じ顔をした御坂姉妹を眺める。
まったく同じポーズで肘をつき、アイスティーのグラスをけだるそうにストローで撹拌する。

もう一度百合子に視線を戻す。
溶けかけた氷をストローでつついて沈ませようとしているのを見つかって
気恥かしそうに微笑まれた。

「初春? ういはるー?」

「佐天さん、私なんだか夢をみているようで……ほっぺたつねってください」

「スカートもめくってあげようか?」

「それはいいです。はぅ、上流階級の香がします……」

うっとりと目の前の三人を見て悦に入っている。

「でも今回ばかりはちょっとわかるかもなー。だって本当にそっくりなんでももん、妹さん」

てっきり噂の超電磁砲クローンってやつかと思いましたよ!
と笑う佐天に、美琴の頬がひきつった。

「デラックスイチゴパフェのお客様」

「こちらです、とミサカは百合子の前を示しました」

タイミング良く運ばれてきたパフェは、これでもかとばかりに大きかった。

背の高いグラスの下から、イチゴソース、ホワイトチョコレートのブラウニー、
カットされたイチゴ、生クリーム、またホワイトチョコレートのチップ入りストロベリーアイス、
イチゴのシャーベットが乗って、さらにこんもりと乗せられた生クリームにイチゴソースと
美しくカットされたイチゴがこれでもかとばかりに乗っている。

一番上にちょこんと乗ったミントを除けば、白と赤だけで構成された夢のような食べ物だ。

「おっきィ、、、。」

「さあどうぞ、百合子」

19090号が渡した細長いスプーンを、百合子はそうっと天辺のクリームに突き刺した。
赤いソースの絡んだ純白のクリームをはくりと銜えて、幸せそうな顔をする。

「、、おいしい。」

「それは何よりです、とミサカは安心します」
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:51:32.08 ID:qxkzaEwQo

予想より気に行った様子で、テンポよくスプーンを口に運ぶさまを
5人の少女は和やかに見守った。

「はうう、白くて赤い人が白くて赤いものを食べてます……!」

「写メ撮って良いですか!?」

「なんというか無邪気ですの……」

「おいしい? 百合子。いつもより食べるわね」

ン、と頷き、ほやほやと笑う百合子は、再びパフェにスプーンを突っ込む。

そしてこんもりとアイスをすくって、美琴に差し出した。

「あー。」

「へ?」

「ひとくち、たべるって。だからあー、して。」

かつて命をめぐって壮絶な確執のあった相手に向かって「可愛い」と思ったことに
美琴は大いなる敗北感を感じた。

「……あーん」

「お姉様! ずるいですの!」

「あー。、、くろこも、ほしい。」

「え? そ、それはまさかお姉様との間接キッ……」

黒子がはいともいいえとも言わないうちに
百合子はスプーン山盛りにアイスをすくっていた。

「あー。」

「あーんですの!」

もぐもぐと口を動かしながらガッツポーズを決める黒子を余所に、佐天涙子と初春飾利も
イチゴパフェのおすそ分けにあずかっていた。

「あ、百合子さんも私のチョコレートパフェ一口食べます? ブラウニーのところ」

「くれるの。」

「はいどうぞ」

「あー。」
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:52:04.39 ID:qxkzaEwQo

間接キッス間接キッスと騒ぐ未だ黒子を横眼で見ながら
御坂美琴は学園都市の第一位にパフェを喰わされたことを今更悔いていた。

「百合子。自分の食べる分を減らそうという無駄な抵抗はおやめなさい、とミサカは……」

「はい。あー。」

「……たしかに美味しいパフェであることは否定できません、とミサカは考察します」

長い時間をかけてパフェを完食し、暖かい紅茶を一杯飲んでから
2人組の乱入者はそそくさと席を立った。

「ええと、ミサカ達の合計は……」

「ああ、いいわよ。私がご馳走したって事で」

「しかし、お姉様、ミサカは外出用のお財布を持ってきましたので、とミサカは遠慮します」

首から下げた赤いガマ口の財布をそっと掲げる19090号に、美琴の頬が緩んだ。
我が妹ながら、愛い奴め。

「妹がお姉様に遠慮するんじゃないの」

「……あの、では、ありがとうございます、と、ミサカはお姉様にご馳走してもらった事を
 心底嬉しく……あ、別にお金が浮いたからではなく……!」

「わかってるわよ」

「みこと。あ、ァ、りがと、ございます。」

「うん百合子。気を付けてね」

「は、ィ。」

仲睦まじく肩を寄せて。
19090号が百合子の歩行を支えてやりながら、二人はゆっくりと店を出ていった。

美琴の隣に一瞬で戻ってきた黒子が、彼女の腕に巻きついて
んふふー、と満足げに息をついた。

「何だか可愛い二人組でしたねぇ」

「でも一瞬ビックリしたよね! 百合子さん、あの色地なのかなぁ?」

首を傾げる佐天に、美琴はグラスを傾けながら口を挟んだ。

「能力の弊害だって、昔本人に聞いたわ」

「私も能力があればあんな風にカッコいくなれるかもなぁー! なんて……」

へへ、と笑う。屈託のなさは彼女の美点だ。
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:52:39.82 ID:qxkzaEwQo

「ああ、私もあんなカッコいくて可愛い美人なお姉さんになりたいなぁー」

「げふッ!?」

御坂美琴は本日何度目だと言う程に咳込んだ。
タイミング悪く飲み物を口に含んでいる所を狙われているような気さえする。

黒子が背中をさすりながら、お姉様、と嘆かわしそうな声を上げた。

「大丈夫ですの?」

「う、うん……まあ、ね」

向かいでは初春が佐天にストローを向けて論争中だった。

「佐天さん、何言ってるんですか? あれはどう見ても妹さんの彼氏じゃないですか」

は? と美琴は間抜け顔を晒した。
まあ確かに仲が良いとは思ったけど、それってそれって、どうなの?

まさか妹に先を越されたか、と頭を抱えるお姉様は、今や尊厳ゼロの状態だ。

「でも百合子さんって言ってたじゃん」

「あれはきっと偽名かあだ名ですよ!」

「えぇー? あんなに細い男の人っている?」

その答えに、初春は個人差だと言い返し、そっと頬杖をついた。

「うーん、でも素ではああいう感じなんですね。
 あの時はもうちょっと、こう、怖いカンジの印象だったんですけど……」

その呟きに、美琴ははっと顔を上げる。

「初春さん、アイツにあった事あるの?」

童顔の友人は一瞬考え込んで、こう答えた。

「でも、もしかしたら人違いかもしれないですね。一瞬だったので。
 それか、百合子さんにもそっくりな兄弟が居るかもしれないですし、私が見たのは」

百合子の飲み残したグラスの中で、氷がからんと鳴りながら崩れた。

「お兄さんだったのかもしれませんね」
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/04/27(水) 15:53:21.29 ID:qxkzaEwQo

はい、ここまででした。
外出編はおしまいです。

それではまた。
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/04/27(水) 16:17:10.29 ID:mkmYovUAO

初春の本体にびっくりしたり百合子は可愛いなぁ

しかし、会話してて「あれ?」って思うレベルなのに皆ナチュラルに受け入れてて……何か、良い子達だと思ったよ
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/04/27(水) 17:28:21.39 ID:U2cMhkODo
おつ

>何でも、人に信頼させて首を縦に振らせることが一番の得意というが、何やら犯罪臭い。
土御門…
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/27(水) 20:08:00.25 ID:hBWFFTXa0
乙!
もう全員天使
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/04/27(水) 20:44:50.27 ID:sBl1F5IAO
>「おっきィ、、、。」

百合子ちゃん可愛過ぎておっきおっき
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/28(木) 00:05:17.68 ID:636JJSaDO
乙乙ー

初春の発言が意味ありげだな…
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/28(木) 03:17:03.95 ID:C0K1UzJDO
乙乙
初春が良い味だしとるのお
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/28(木) 06:59:32.30 ID:SPuVbUeIO
>>267
お前のせいでもう卑猥にしか聞こえないwww
どうしてくれる
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(西日本) :2011/04/29(金) 13:51:09.47 ID:J1ovb22C0
続き全裸待機
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/29(金) 23:37:18.64 ID:SBuGB0jSO
トラウマ百合子ちゃんおいしいです
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/30(土) 01:13:50.09 ID:QY1ulb6DO
やべぇ…やべぇよ

百合子可愛すぎだろ…

百合子マジ天使でもみんな天使

続き待ってます!頑張ってください!
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/01(日) 00:38:35.80 ID:qjUOL9zNo
だが男だ
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/05/01(日) 01:08:34.40 ID:vDI/AVCDo
何か問題でも?
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/01(日) 02:39:49.32 ID:th0C3jFZ0
手術後その1は背中だった。
だが、下着はいた状態で手術後その2は(多分)見えなかった
あとは……わかるな?
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/01(日) 13:57:19.35 ID:qjUOL9zNo
何も問題ありません
一方さんはチンコあるからこそ光るんどえす
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/05/02(月) 09:26:35.36 ID:qx+y40wVo

続きをお持ちしました。

一応>>1にも書いてある事ですが、もう一回注意書き。ちゃんと目を通してくださいね。

今回以降は【R-18G】要素が予告なしに入ってくるかもしれません。
えっちなやつじゃないです。いたいやつです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~    ~~~~~~~~~~~~~
また>>1に書いてある「性的描写」もチュッチュペロペロな内容でなく、いたいやつです。
もしパンツ脱いで待ってる方がいたら、速やかに履いてください。風邪ひくよ。
                       ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

つまんない話はここまでにして続きいくです。あ、オリキャラ注意報です。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:27:06.22 ID:qx+y40wVo

めのまえのドアがひらく。ぎぃっと、おとがする。

からだじゅうが、とっても、いたい。どこもかしこも、ちぎれてしまいそうだ。
だれかにたすけてほしい。

ドアのかげから、おとこのひと。

しろくて、ながいふくをきている。

「はい、どちら様……」

ぞわ。
だめだ。このひとは、いけない。

ひゅうひゅう、と、のどからおとがもれる。

くるしい。

「せ、先生ェ、たすけて……」

ああっ、だめ。

だめだ。

だめだよ。あくせられいた。

ちいさいあくせられいたは、しらないのかな。このひとは、こわいんだ。

なんでだろう。

このひと、しらない。
いや、しってる、かな。わかンない。

だれだっけ。

でも、こわい。こわいひとだ。

「ああ……何てことだ! こんな、ひどい……一人でここまで来たのかい?」

そのひとが、あくせられいたにうでをのばす。

さわらないで。

ぼくは、さわらないでほしい。
いやだ、このひとは。

ばちン、とおおきなおと。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:27:34.28 ID:qx+y40wVo

「ぐッ!?」

おとこのひとのてが、はンたいがわに、はじかれる。

「たすけ、て、先生、治して。治し……っう゛、ェ!」

げふ、とせきがでる。ちのあじ。
じめンに、くろっぽいつばが、ぽたぽた。

ずり、とあしをひきずる。
そのあとに、こすれたあかいあと。

ちが、でている。

あくせられいた、いたい。
たすけてほしい。

もう、それだけしかない。

あくせられいたは、それだけしか、おもっていない。

「今のは何だい? 僕に何をした?」

「先生、せンせェ……痛ェ、治して、何でもします、なンでも、入れてください、たすけて」

「応えてくれ! 何があった!」

もういちど、おとこのひとは、てをのばす。

ばち。

「何故触れられない? 一体何を……」

「せ、」

「まさか、いや、でも……」

「たすけ、て。足が、とれちまう、いたい……」

そのひとは、いえにもどって、なにかをもってきた。

「何?」

「これを腕に嵌めるんだ。そうしたら入れてあげる」

「これ、手錠?」

「ん? ああ、電子手錠だ」
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:28:32.37 ID:qx+y40wVo

おもちゃみたいな、まるいふたつのわっか。

それを、あくせられいたはふるえながら、いっしょうけンめいはめた。

ぴぴ、かちり。
ちいさいおとがする。

「あ、ぎッ!?」

ずきン。

いたい、
いたいいたいいたい。

からだが、つめたいじめンに、ごちりとぶつかる。

したをかンでしまった。

「ひっ、ィ、だ……ァ……」

くちのはじから、ちがまざったつばが、どろっともれる。

きもちがわるい。

からだがさむい。

がたがたとゆれる。

つらい。
くるしい。
たすけて。

なンで、このひとは、きはらくンじゃないの。
たすけて、くれない。

「可哀そうに。可哀そうな子だ」

つめたいゆびが、あくせられいたのかみをなでる。
ざらざらで、すながついていて、べとべとしている、しろいかみ。

「さあ、おいで。僕が痛いのを治してあげる」

「っ、ねがィ……たすけ……っ」

いたい。

いたい。

じわりとなみだがでる。
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:28:58.97 ID:qx+y40wVo

おとこのひとが、うでをとって、なにかをちゅうしゃした。

ちゅうしゃはいたい。
きらい。

あくせられいたも、ひっとこえをだした。

「いた、あィ……」

「我慢」

おしまいだよ。といわれる。
ちゅうしゃのあとに、ばんそうこう。

いちばンちいさい、きずあとなのに。
もっと、べつのところに、はってくれればいいのに。

そうっとかかえあげられる。
からだがふっともちあがる。

ゆかについていたぶぶンが、らくになる。

ふわふわ、うかンでいるみたいに。

つかれて、くたびれて、もうねむってしまいたい。

ねむって、このいたいのも、くるしいのも。
ぜンぶ、わすれてしまいたかった。

「せ、」

めがかってに、とじていく。

ねむい。

「一人でこんなところまで、悪い子だね」

しずかにしてよ。

ぼくは、ねむいンだ。

ちのあじがするくちのなか。
なにかあたたかい、ぬるぬるするものが、ゆっくりはっていった。
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:29:25.18 ID:qx+y40wVo





                 -6 どうしよう




284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:30:09.11 ID:qx+y40wVo

おきた。

くらい、へやだ。
おおきなベッド。
おなかをしたにして、よこになっている。

からだのかンかくが、あまりない。
それに、うごけない。
うでには、まだ、てじょうがはまったまま。

はやくにげなきゃ。
おとこのひとが、こっちにくる。
ぱた、ぱた、と、スリッパのおと。

「やあ、起きたね。具合はどう? まあ応急処置しかしていないけれど」

「い、たく、な……」

「痛み止めが効いているね。ぼうっとするだろう」

うれしそう。

おでこにくっついたかみを、はらってくれる。

「逃げて来たんだね?」

「ン」

こっくりとうなづく。

「悪い子だね。一人で、お母さんから逃げて来るなんて」

「言わないで、くださ、ィ」

「さあ? その怪我を見るに、今回はまた特別酷かったね」

かさかさにかわいたのどに、つばをおくる。

ゆっくりうなづく。

「背中の、その肩甲骨の火傷はアイロンかい?」

「うン、煙が出るやつ」

「高温蒸気か。服が皮に張り付いて固まってた。痛み止めが切れたら酷く痛むだろうね」

「うン……」
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:30:35.82 ID:qx+y40wVo

いやだなあ。

いたいのは、いや。
くるしいし、きぶンはわるくなる。

いたくて、がまンできずに、ぼくがなくと、あのひとはおこる。

あのひと。

あのひとって、だれだっけ。

「君、ここに来た時僕に何したか、覚えている?」

「?」

やさしそにわらう。

でも、ぼくはしっている。
このひとはいけない。

「僕の腕をはじいたでしょう」

くうきが、とたンにつめたくなった。

「……あッ!? ちが、」

「違わない」

ベッドのはじに、ゆっくりとすわってくる。

にげたい。
うごかない。

「僕を拒絶したね」

「し、て、ない」

いきがくるしい。

「嘘だろう」

あくせられいたのかみを、つめたいゆびがなでる。
いつのまにか、すなも、どろもおちて、きれいになっている、しろいかみ。

「僕が嫌いだね」

ぎゅっと、ゆびがたわむ。

かみがにぎられ、ひきつれる。

「痛ッ、そ、ンな……違」
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:31:02.18 ID:qx+y40wVo

「酷いなあ。酷い子だ。悪い子だね」

おかしい。

このひとはおかしいンだ。

「ご、ごめンなさい、ごめンなさい!」

「僕の事を、騙した」

もう、ダメだ。
どうしたって、きいてくれない。

だからいったのに。

このひとは、こわい。

「違う! あれは、間違」

「悪い子だね」

からだにかぶっていたシーツがひきはがされる。

ほうたいと、しろいぬのでおおわれて、おおきなシャツをきているらしい。

「あ、あ、あ、」

「僕はあんなに君を大切にしてあげたのに」

おおきなはさみが、せなかのぶぶんをきりさく。

つめたい。

「僕がどれだけ、傷ついたと思う?」

「ごめンなさいっ! もうしませ……」

「おそいよ」

ばちン、っと、なにかがはじけるおと。

「ひ、ギっ!?」

せなかがあつい。

いたみは、かンじない。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:31:28.57 ID:qx+y40wVo

「な、」

「へぇ、鉄鞭って、こんなに深く傷つくものなんだねえ」

「え……」

ながい、ぎんいろのぼうをもって、おとこのひとはこっちをみおろしていた。

ぼうのさきには、ながいくさりがついている。
くさりについたトゲから、くろっぽいものがぽたぽたおちていた。

「鉄、?」

「鞭だよ。悪い子を躾けるための物だね。しかしアンティークでも使い道はあるな」

ゆっくり、おとこのひとがふりかぶる。

「や、やめ!」

ばちンっ。

「――っ!」

「ああ、肉が弾けた。感じない? ……そうか、痛み止めが回っているんだね」

「何、何で?」

「大人用の薬だから、麻酔みたいになってるんだ。これは薬が切れたら失神するかも」

「いやだ、もうやめてくださ」

ばちン。

からだが、ひどくゆれる。
あつい。

びっ、とあかいものがとびちって、シーツがよごれる。

「君は、可哀そうだね。そして、とっても、悪い子だ」

ことばをくぎって、そのたびに、1かいずつぶたれる。

「最後だよ」

「え?」

1ばンおおきなおとがして、それでおしまいになった。

いたくない。
でも、ものすごくあつい。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:31:55.01 ID:qx+y40wVo

「これ以上すると、骨が見えるかも。筋肉が出てるから」

「そ……治して、くださ」

「嫌だよ」

「え」

ぎし、とベッドがなる。

「だって、君、悪い子だもの」

みみのすぐうしろで、こえがした。

「い、や」

「それに今は痛くないだろ? 今は」

めのまえに、ちいさいチューブがさしだされる。

ああ、だめだ。

あれがはじまる。
こわい。
いたい。
こわい。

「君は悪い子だから、もう、手加減してあげなくてもいいんだ」

「いや、だ。嫌、嫌だ、来るな、来ないで、くださいっ、やめて、やめ」

「うるさい」

「ぐ」

しゃべりつづけるあくせられいたのかおを、よこにあったまくらでふさぐ。

くるしい。
いきができない。
なにも、みえない。

「ン、う゛……」

「静かにしてなきゃ」

きゅ、とチューブのふたがまわるおとがする。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:32:27.08 ID:qx+y40wVo

それからは、もう、なにもわからない。

きがついたときには、からだじゅうが、しぬほどいたかった。
もえているようにあつくて、すこしもうごけなかった。

せなかが、どく、どく、とふるえて、からだのなかみが、ぜンぶとびだしていきそうだ。

「ああ、あ! うあ、いた、痛い! いだィっ! 嫌だあああああ!!」

「うるさいなぁ」

「もうやだああっ! いやだ、はなして! さわンなァ! もう、いたい、いやだあ!」

こえがかれて、のどがいたい。
さけびすぎだ。

なきつかれて、のどがかわいた。
もう、つばもでてこない。

いっそしンじゃったほうがやさしい。

でもこのひとはぜったいにはなしてくれない。

まだ、これをつづける。

きずだらけのせなかが、おとこのひとのシャツのボタンにこすれて、いたい。

「全身痙攣してるね、つらい?」

「つらい! つらいっ! もうやだ! やめ」

「大丈夫だよ。死にそうになったらまた、すこしだけ治してあげるね」

そうして、おなかのそこを、ひどくかきまわす。
いたい。
ちぎれそうにいたい。

もう、ぼくのおなかのなかは、とっくにドロドロくずれているとおもう。

「もうやめて! やめろ!」

「うん、もう、終わるから……」

「ッ、やだ、それ、嫌だ! やめて! それいやだっ!」

「やめろって、言ったじゃないか」

「いやだ、きもちわるい、それ、痛……うあああああああああ!?」

ぶつ、とテレビをけすようなおとがした。
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:32:57.06 ID:qx+y40wVo

おきた。

ここは、どこだろう。
うまくうごけない。
なにもみえない。

かおをうごかすと、ごつ、とつめたいものにぶっつかった。

「痛……」

こえは、まだかすれている。

「お、起きた。案外タフだね、君は」

あのおとこのひとだ。

「ひ、ゥ」

「体、痛くないだろう? 応急処置もしたし、痛み止めも打った」

「うごけ、ねェ」

「それはそうだよ。厳重拘束、電子手錠。その上檻は4重だ。能力も使えないね」

ゆかはかたい。
そして、つめたい。

あつくなっているおでこを、ぐっとゆかにくっつける。
つめたくてきもちがよかった。

「のうりょく?」

「そうだよ。僕の手を弾いた。何か異能の力があるんだろう。
 最初は痛みも自分で中和していたようだし」

「?」

あくせられいたはだまったままだ。

「これから知り合いの研究所にいくんだ。君の怪我を治してくれるよ」

「先生は、治して、くれねェの?」

「ああ、僕は……」

すこし、しずかになった。
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:33:23.66 ID:qx+y40wVo

「その人の方が、うまくやってくれるさ。何事も」

よくわからない。

どこかに、つれていかれるンだろうか。

そのひとって、だれだろう。
このおとこのひとみたいな、こわいひとじゃ、いやだな。

「うまく?」

「そう」

おとが、だンだン、とおくなっていくきがする。

「それからね」

「?」

ひどく、つかれた。

からだがあつい。
もう、ねむってしまいたい。

「例の約束のことだけど」

「……守ります」

「いいよ」

「え?」

おとこのひとは、すこしかなしそうにいった。

「君は良い子だと思ったんだけどねぇ。もう、いらない」

「そっ……え?」

「うん、もういいよ。他にまた探すさ」

やくそくって、なに。

きになる。
ねむっちゃいけない。
きかなきゃ。

「だからさ、もういいんだ、君は」
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:33:50.06 ID:qx+y40wVo

「さようなら、僕の百合子」


バチッ、と電源の落ちるような音が聞こえた気がする。


「あッ、。」

鈴科百合子は、たった一人の病室のベッドの上で、荒い息をついていた。

「。」

何だ?
今、自分は一体、何の夢を見ていたのだろう?

呼吸が酷く困難だ。
涙と冷や汗で体がぐっしょりと濡れて、口の中はからからに乾いていた。

背中が痛むような気がして、そっと、肩越しに指をすべらす。
とっくに完治した傷が、つるりとした痕を残している。

「、。」

今、何があったのだろう?

何を思い出したのだろう?

思い出した? いや、待て、自分は何か忘れている?

何も分からない。
むしろ、今この病室が夢なのかもしれない。

もう、何も分からない。

誰か助けてくれればいのに。

誰が?

あの薄茶色の髪の、優しい少女か?
彼女とよく似た、姉妹? そして少しつっけんどんな姉?
壊れもののように触れて来る小さな女の子? 意地悪な女?
黒い髪の暖かそうな青年? 穏やかな医者? サングラスをかけた遠慮のない彼?

つぎつぎ、浮かんで消える顔が、さらさらと零れ落ちていく。

夢だったら。

もう、いっそ誰にも、逢いたくないのだろうか。

そんな考えに翻弄されて、涙がもう一筋、白い頬を伝っていった。
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/02(月) 09:34:23.05 ID:qx+y40wVo

今日はこれで。

そして駄目押しの注意書き。

このSSは児童ポルノ、並びに未成年の性行為や暴力行為を含む一連の行動
ほか児童の虐待などを支援するものではありません。
というか「虐待萎え……」って思ってくれたらいいと思います。
つまり、ここでの「性描写」wktkおっきするよりメシマズ萎えして欲しくて書いてます。
要するに「性欲を興奮させ又は刺激するもの」じゃないってことです。おわり。
      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/05/02(月) 09:42:38.77 ID:KLnTlkpBo
ヒャッハー!救いが見えてこねぇぜ!!
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/05/02(月) 10:17:48.88 ID:WZPjHSBAO
>>1乙…いや>>1鬱が正しいか
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/02(月) 10:33:25.14 ID:PgrBDlcxo
「性欲を興奮させ又は刺激するもの」じゃない

…あれ?
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/05/02(月) 11:19:27.23 ID:s5FlYPpAO
一方通行の過去を御坂達が知ったらどうなるんだろう

今までと同じようにはいられないよな
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/05/02(月) 11:29:26.78 ID:m3Yr/yK3o
朝から乙です
一方通行にも百合子ちゃんにも幸せになって貰いたいな
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/02(月) 11:57:52.58 ID:NN4UQPvDO
乙!!

一方通行にはナニ無いの?
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/05/02(月) 12:07:11.54 ID:/A32EcUUo
ヒント:尻
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/02(月) 12:22:29.48 ID:x/x5mNNIO
本当に面白いです。虐待が、というものではなく、入り込みすぎて胸が苦しくなるというか…
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/05/02(月) 12:30:33.24 ID:AgDdHgQAO
>>1マジ乙!

どんなシリアスだって、おぉ!と思えば
面白いと表現するものさ。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/02(月) 13:39:08.14 ID:NtYEwhKDO
1乙!

これはなんとも辛いな…
木原君が癒してくれる事を信じるんだぜ…
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/02(月) 15:19:02.47 ID:8apUU3EDO
こう胸が、ぎゅうっと・・・
御坂妹が見た火傷痕は今さっきのアイロンなのかうあーうあー
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/02(月) 17:54:24.47 ID:cCaMluG+0
痛ええええええええええってなった
やばい痛そう辛い
でも続き読むよ
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/05/02(月) 20:59:58.81 ID:dTcGeMuc0
バニーボーイの店ラビリン学園都市店に笑い(ラーメンズ?)
その後の回想編に辛くなった
ああ面白いなもう
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/02(月) 21:01:03.60 ID:WglB0Itv0
確かにありふれたエピソードかもしれん・・・

しかし、これ以上にアクセラレータに相応しい過去があるだろうか?
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/05/02(月) 23:37:49.90 ID:rCJNjgjAO
原作一方通行さんもこういう過去ありそうだよな
悲しいわ……

百合子?の「ン」が気になった
一方通行さんに戻るっていうか 思い出してきてるって事なのかな

続きが気になる 引き込まれる
ほのぼのしたと思ったら虐待エピソードって素敵な落差だww
虐待された児童が、助けを求めた先(施設や学校など)でまた性的虐待を受ける事って実際あるんだよな…
嫌な現実だ
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/05/03(火) 00:52:14.09 ID:iuUfuEvu0
あああ一方さぁぁん…ってなる
ほんとに幼い子視点で書かれてるのに目に浮かぶように脳内再生される
<<1の表現力は素晴らしい
一方さん幸せになれるかな…
でも百合子人格と一方人格どっちも幸せって想像つかない
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/05/03(火) 01:11:34.45 ID:B/yuLC7S0
なにこれやばい…続きが気になりすぎ…
これ読むと一層原作の一方さんに救いをもたらしてほしい気持ちに駆られるな…
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) :2011/05/06(金) 02:18:13.10 ID:f+DvtL2I0
いやだ明日(今日)学校なのに全く眠れる気配がしない・・・ものっそ涙でる。くそ、持ち上げてから落とす、これが貴方様の戦法かっ
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/05/06(金) 02:48:00.62 ID:R3BogRrAO
(スレを)持ちageて(更新キター!と喜んだ俺の気持ちを)落とす、それが>>311の戦法かっ
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/06(金) 03:25:01.24 ID:xPvqyuHDO
1乙

一方通行さん…百合子…

幸せになれるといいねー…

314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/05/06(金) 05:06:34.77 ID:X+XurLrAO
展開が気になる話だ
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) :2011/05/06(金) 18:13:02.56 ID:Y3lBAoum0
ああああああああああああああああああ更新キタと思ったのにただのageだったこの悔しさが貴様に分かるかァァァァァァァァァァァァァァ!!?


sageましょうね
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/05/06(金) 18:15:20.47 ID:Y3lBAoum0
と言いながら自分もVIPから帰ってきた後でsageて無かったよごめんなさいROMるついでに吊ってきます
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/05/06(金) 21:48:36.93 ID:UHDC1m7e0
ドンマイです
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/07(土) 22:34:55.13 ID:GqW+eyt1o
>>315
すごく…すごく良く分かるよ…
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/10(火) 22:15:03.12 ID:tnz/QX7SO
続きまだかなぁ
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/11(水) 11:24:04.78 ID:FewuQVrDO
1乙ー。

百合子たん……

大丈夫。私はそんな一方通行と百合子を応援してる。
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/12(木) 12:48:15.02 ID:yWXxvDXIo
私待つわ
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/05/13(金) 13:09:42.04 ID:bpBVFm3jo

続きができました。おそくてごめんね。

>>306気付いてくれて地味にうれしい。
これで一発ネタ的なスレ立ててやろうかと思った事もあるくらい好きです。
むしろ上条さんの方が似合うかもしれませんが、ラビリン。

え? 一方さんのナニ?
嫌ですね、そんなの、もちろんありますん!

それじゃ行きます。今日はサービスシーン大盛りだよ。
大盛りすぎて前後編になりました。ゴメン。
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:10:12.59 ID:bpBVFm3jo

上条当麻は困っていた。

それというのも、部屋のロ―テーブルを挟んで向かいに座る
ちんまり可愛らしい異国の少女のせいである。

「ねぇ? とうま」

いつもくりくりとまん丸に輝く深い海色の眼は、今日ばかりはぐりりとつり上がり
目の前の獲物を食らおうとする猛獣並みの威圧感を放つ。

振り乱した絹糸のような銀髪が一筋、引き結ばれた形のよい唇に貼りつき
どこか艶めかしいような、恐ろしいような形相を仕立てている。

「は、はい……一体何の御用でせう、インデックスさん……」

「とぼけても無駄かもっ! 証拠は上がっているんだよ!」

カッ、とスタンドライトの明かりが芝居がかった調子で上条当麻の顔面を照らす。

「くっ、いえ、何のことやら……」

眩しさに顔をしかめ、横を向いて白を切る。

その鼻先に、何故か洗濯したての濃灰色をしたボクサーパンツが突きだされる。
ちなみにおろしたてだ。

「とうま! ここで黙秘してもカツドンは出ないんだよ! それよりこれはなんなの?」

「ぱ、ぱんつです。俺の……」

「違うんだよ! お洗濯物を畳むのは私の仕事だけど、一度も見た事ないんだからっ!」

図星。
はい、上条当麻は日頃トランクス派です。だって安いんだもん。

「新しく買ったんだよ……うん」

「何で? ねえ何でなのとうま? とうまぱんつなんて沢山持ってるよね?
 なのにどうして新しいのを買ったのかな!? しかもサイズが違うんじゃないのかな!?」

とうまはこんなに細くないでしょ! と突き付けられたボクサーは、たしかにSサイズ細身。

「う、ぐ、いや待てインデックス。それは、えーと。そう、間違って持って来ちゃっ」

「何でとうまが男の人のぱんつを間違えてもってくるのかな!? そういう趣味があるの!?」

「ありませんッ!」
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:10:49.34 ID:bpBVFm3jo

少年はうぐうと呻いて頭を抱えた。

「俺はホモじゃない、ゲイじゃない……
 上条さんは女の子が好きな普通の健全な男子高校生……」

「逆に怪しいかも」

「お前までそんなことを言うかーっ!?」

散々だ。
ああ、人に親切にするのも、相手がちょっと違うだけで
こんなにも印象を変えてしまうものなのですね。

レミゼラブル。この世は狂ってる。

「そもそも、これ履いて帰ってきたんだよ? なんで学校から帰ってくるだけでぱんつが……」

インデックスが何かに気付いたように、はっと顔色を変える。

「……まさかどこぞの女の子と、え、え、えっちなことを」

「おいコラ! 万年非モテの上条さんのどこにそういうフラグが見えるんだ!?」

この男、殴り倒したい。
そう考える者は数知れず。唯本人の知らざるのみ。
いわんや、禁書目録をして知らざらん所であるはずもなき事なり。

「そこかしこに。そういえば最近帰ってくると何やら石鹸の良い匂いがすることが……
 そしていつもと違うぱんつ、何やら良くなっている毛並み……」

「俺は犬か! そもそもお前が心配するようなことじゃあ」

良い終わる前に、インデックスの小さな手がバンとロ―テーブルを叩いた。
手が痛そうだ。

「〜っ、そうじゃないのっ! とうまはどうしてそう分からずやなの? 私はとうまが心配で
 スフィンクスと二人お留守番をしている時に何が起きているか知りたいだけなんだよ!」

「インデックス……」

「だってだって、とうまはすぐ誰彼構わず助けに行くし、怪我もするし……
 ううん、彼女が出来たならそれでもいいの。何で私には教えてくれないの?」

また危ない事に首を突っ込んでいるの? 何か私には言えないようなとんでもない事なの?
それとも後ろめたいの? 私が妬むような事なの? それとも、それとも、ねえねえとうま!

心配性で一途な彼女の言い分を受け止めて。
上条当麻は目の前できゃんきゃん不安そうに吠える子犬のような少女を
それこそ愛犬にしてやるように、むぎゅりと優しく抱きしめた。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:11:16.41 ID:bpBVFm3jo

「ふひゃ!?」

間抜けた声が鼻にかかる。
よく日に焼けた首筋と鎖骨が、まつ毛の触れそうなほどに近くにある。
インデックスはぱちりぱちり二回かっきり瞬きをしてから、じたじた暴れ出した。

「な、どうしたの? とうま?」

「なんつーか……」

諦めたような、思いつめたような、呆れたような、安心したような、そんな声色。
は、と漏れたため息が耳元をかすめる。
インデックスは乗り上げてしまった他人の膝の上で小さく身をすくめた。

「う、ん?」

「ゴメン」

「はへ?」

「もう全部言うけど、実は……」

学校が終わってから、病気になった友人を見舞いに毎日病院に行っていました。

「……は? そ、れだけ?」

「ああ、まぁ」

だはぁ、とインデックスの口端から史上最大級サイズのため息が漏れ出た。

胡乱げな瞳を少年に向け、純白のシスターは恨み事を連ねる。

「とうま。私を見くびりすぎかも……こう見えてもイギリス正教の修道女なんだよ?
 傷病者のお見舞いならむしろ、私が行って献身的に介護してもいいくらいかもっ!」

白くやわらかな掌がペチンと少年の額を叩く。
それにおざなりな反応を示し、言い辛そうに上条当麻は二の句を継いだ。

「いや、実はそいつ……記憶喪失なんだ」

「え」

記憶喪失。
忘却、損失、消去。

なんと因縁じみた言葉だろう、とインデックスは翡翠色の目を見開いた。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:11:55.36 ID:bpBVFm3jo

「お前にとっては、あんまり聞きたくない事かと思って……
 だから、危険だとか、魔術師がどうとか、そういう事じゃねーんだ。ゴメン」

素直に頭を下げた少年の額に、再度ペチリと軽い叱責が飛んだ。

「あいて」

「確かに、好きな言葉じゃないんだよ。記憶を無くす辛さは私にも良く、分かるから」

でもね。

抱きすくめられた体勢のままで、くっと上げられた顔は
すでに不安そうに歪むいたいけな少女のものではなく。

ただ、清廉さを漂わせた聖母のような修道女の顔を、彼女は浮かべている。

「私のことはそんなに心配してくれなくても、大丈夫かも。
 だって、私にはもうとうまとの思い出がたっくさんあるんだよ?」

「インデックス……」

「だから、今一番必要な人を心配してあげて欲しいんだよ。私も、とうまも。
 あのね、今幸せな人じゃなくちゃ、大切なものを失ってしまった人は慰められないんだよ」

だから、だからね。

「今度病院に行く時は、私も連れてってくれたら、嬉しいな」

ふんわりマシュマロのようにやさしく笑うインデックスの髪を、少年はくしゃりと掻き混ぜた。

ああ、こいつがこんな風で、本当によかった

「ああ、一緒に行こう、な」

ぱっと笑ってから、近すぎる距離に気恥かしくなり、二人の間に体一つ分の隙間が出来た。
にっこりと、インデックスが微笑む。

「……ところでとうま」

「んー?」

だからすっかり忘れていたのだ。

「あのぱんつは結局何なのかな?」

例のぱんつのことを。

「あ゛」
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:12:25.05 ID:bpBVFm3jo





             7 双極性障害(躁状態) 前編




328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:13:05.15 ID:bpBVFm3jo

前日の話をしよう。
少年がぱんつ片手の白い修道女に問い詰められる前日、夕方ごろの話だ。

鈴科百合子は堅く両目を瞑って、ぶるぶる震える指先で上条当麻の姿を探した。

「と、とうま。」

「大丈夫だって、ここに居るだろ? 怖いんだったら瞑ってろよ」

さまよっていた指先が、上条当麻の太股のあたりに直接触れた。
触った部分に縋るように、微かに力がこもる。震えている。

裸の背を丸めて座りこむ百合子を、後ろから抱え込むように腰かけているせいで
湿った脚同士がひたりとくっつく。

「ひゥ、は、はやく。っ。」

細い首筋が唾液を飲み下したように動く。
先ほどまで火照ったように熱かった白い肌に触れると、緊張のためか幾分冷たい。
ぴったりと触る掌に、思い出したように体がびくつく。

「や、なに。」

「うお、悪い。何か冷たくなっちゃってるけど、寒いか?」

「ン、。だから、はやく、してっ。」

は、は、と細かく息をつく。
やはりこの瞬間は苦手らしい。

何度も繰り返しているのだから、そろそろ慣れて欲しいと上条当麻はチラリと考えた。
が、仕様のない事だ。

「眼瞑ってるんだぞ? 良いって言うまで」

「ン、。」

「口も、な? でも鼻で息するなよ? 逆流するからなっ」

「う、う、。」

「……じゃあ、いいか? かけるぞ?」

「、、、うン、、っ。」

視界の遮られた百合子の頭上と背中一面に、何か暖かい液体がどばりと掛けられた。
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:13:41.00 ID:bpBVFm3jo

二人のいる病院内の入院患者用小浴室に、ぎにゃあ、と酷く哀れっぽい悲鳴が響いた。

「いた、いたい、いたァああああああっ。」

白い髪の毛をシャンプーの泡まみれにして、俯く鈴科百合子は
眼のあたりをぎゅっと両手で押さえた。

転んだ時の衝撃を考えてか、緩衝用の木材で覆われた浴室は少々ゆとりのある広さだ。
一般家庭の風呂3つ分くらい、というとわかりやすいか。

洗い場は3カ所。
四畳半程度の広さがあって、介護用に作られた病院施設らしく手擦りが多い。

奥にある湯船は大人が3人ほど、のんびりと脚を伸ばせるくらいの大きさで
これもまた木製の浴槽からヒノキの香りが漂ってくる程の贅沢さ。

しかし現状は温泉施設じみた浴室には似つかわしくないほどの大惨事である。

「ほら、じっとしてろ! 髪の毛すすぐから眼つぶれって言ったでしょうが!」

「あ、あわ、めに、はいったっ。し、しみる、しみる、、、。」

上条当麻はシャワーノズル片手に盛大なため息をついた。

もはやシャンプーハットとかそういう問題ではない。
そもそもサイズが合わないのでシャンプーハットが使えない事は大分前に確認済みだ。

しかし、何故髪をすすぐ間眼を瞑っている事が出来ないのだろうか、理解に苦しむ。

「もー、しっかりしてくださいよ百合子さん。はい、シャワーで顔流すぞー」

「ン、おねがっ、、、とう、あぶっ、ンぐっ。」

「口は閉じてなさいっ!」

「ン゛っ、、、。ンー、。」

口を閉じて必死に震えながらシャワーの流れに耐えている後ろ姿を見ていると
どうしても小型犬でも風呂に入れているような気がして、少年は再度ため息をついた。

「……はい、すすげましたよー」

「ぷァっ、、、。もう、おしまい。」

おそるおそる眼を開くと、瞳だけでなくそれ自体真っ赤に充血している。
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:14:22.62 ID:bpBVFm3jo

「うん、おしまいだ。浸かってあったまったら出るからな」

「、、、ぬるくしても」

「……まあいいでしょう」

嬉々として湯船についた青い方の蛇口をひねりに這っていくのを見ながら
上条当麻は自分の頭を洗いだした。

鈴科百合子の入浴介助は、上条当麻の仕事である。

何故そうなってしまったのかは想像に難くないだろう。

通常介護師や看護師の仕事であるそれは、百合子の「成人女性」「白衣の青年」嫌いに
ことごとくフィルタリングされているのだ。
かといって、他の世話同様、妹達に任せると言うのも何やら不安が付きまとう。

しかし、彼の脚が悪く、歩行もおぼつかないのは実際で。
普段の彼を見ている者に、滑りやすい浴室に杖を持ち込むことは自殺行為だと理解できた。

最初に「私が」と手を上げたのはもちろん打ち止めであった。

「あの人はこのミサカが責任を持ってお風呂にいれてあげるの
 ってミサカはミサカは右手を上げてここに宣誓したりッ!」

そしてもちろん却下である。

どーしてどーしてと泣きべそをかく打ち止めを、冥土帰しは辛抱強く説得した。

「彼が転んだり、バッテリーに不調をきたして浴槽でおぼれた時
 君では助け起こして担ぎあげられないだろう?」

もっともである。

ちなみに番外個体は百合子の精神と肉体への大いなる損害を慮って
丁重にお引き取りいただいた次第だ。
ただし今までに2・3回は入浴中にタオル一枚で突撃をかましている。

冥土帰しは忙しく、さて、残ったものの中で考えてみよう。
少年を風呂に入れても問題なく、担ぎあげるくらいの体力を有し、成人女性でもなく、
白衣を着ておらず、2日に1度は尋ねてきてくれるのは誰であろうか。

上条当麻であった。
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:14:49.46 ID:bpBVFm3jo

普通に一緒に風呂に入って、手伝ってあげるだけでいいと言われて
「やったあ、広い風呂だし家で入るより水道代が浮くじゃんか」と二つ返事で引き受けた。

が、現実は同年代の少年と、腰タオル一枚でほぼ毎日一緒に風呂に入り
背中を流し、髪を洗ってやり、一緒に浴槽で100数えるという、何ともしょっぱい状況だ。

ちなみに補修が続いて来れない時には、代打で他の人間が風呂係を担当しているらしい。
ついぞその人物に会った事はないが、面倒見のいい人なのだろう。
と、思ってしまうあたりが上条当麻の面倒見の良さで、ついでに欠点でもある。

思いをはせながら泡だらけの短い髪をすすぐと、後ろから遠慮がちな声がかかる。

「と、とうま。」

「んー?」

流しきって振り向くと、浴槽のふちに腰掛けて脚だけ浸す少年と眼があった。

「肩まで浸からないと湯冷めして風邪ひくぞ?」

「ン、、、あのね。」

言いづらそうにうー、とかあー、とかやってから、鈴科百合子は切りだした。

「せ、せなか、あらってあげる。」

「はぁ?」

介護している人間が何を言い出すのだ。

「10032ごうが、いっしょにおふろのだいごみは、あらいっこです、って。」

「ああ……」

余計な事を吹き込まれたらしい。

が、せっかくの申し出なので、上条当麻はボディーソープをつけたナイロンタオルを渡した。

「じゃあ……お願いします?」

「はいっ。」
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:15:16.17 ID:bpBVFm3jo

もそもそ這って寄ってきて、背後の椅子に腰かけてから、百合子は全身全霊をこめて
タオルをモサモサ泡立て始めた。

たっぷりの白い泡を両手すくい取って、納得したようにうんうん、と頷き

「えいやっ。」

その泡まみれの両手を上条当麻の背にぺとりとくっつけた。

「違う――――ッ!!」

「えっ。」

そのまま、ぬるぬると両手を這わせる少年に、上条当麻はついに
己のツッコミ魂を解放した。

「だ、だ、だって、ぼく、いつもこうだし。」

「それはお前のお肌が弱いからです! 上条さんのお肌は割と鉄壁なの!
 タオルでごしごしやっても大丈夫なんですッ!!」

両手を泡まみれにしてポカンと唇を半開きにし、中性的な少年は首を傾げた。

「ご、ごめンなさい。」

「いえいえ、いいんですよ……」

「こう、かな。」

両手がナイロンタオルを持って、遠慮がちに背中を擦る。
力が足りない。むしろくすぐったいようだ。

「もうちょっと強くしてくれないか?」

「こ、こうっ。」

ごし、と一生懸命な力がこもる。遠慮なしで擦っているようだが、丁度いい。
むしろ最初から力が足りていないので、これくらいの方がありがたかった。

「あー、きもちいい」

「ほンと。」
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:15:52.95 ID:bpBVFm3jo

「うん、サンキュなー」

「うン。あ、お、おかゆいところは、ございませンか。」

「また10032号か……」

「うン。ございませンか、とうま。」

「……もーちょい、上」

「はィ。」

ごしごしごし。
おお、これはもしかすると、良いかもしれない。

何ともいえず疲れの抜けていくような気分の後。
ふと背中からタオルが離れる気配があった。

「ん? ああ、どうも……」

「えいやっ。」

ぺと。

「ん゛?」

背中一面に、生温かい感触。
滑らかながらところどころにゴツゴツととっかかりのあるそれが、背中でぬる、と動き出した。

「ストップ――――!!!」

「うわァ。」

背中に密着する第一位を引きはがし、上条当麻は吠えた。

ゼイゼイと息をつき、浴室の床に向き合って座る。
びっくり顔の百合子は、体の前面を泡にまみれさせ、大人しく浴用イスに腰かけている。

「ま、まちがった、かな。」

「誰に習ったんだ?」

「わァす。」

「番外個体……」
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:16:27.32 ID:bpBVFm3jo

何か間違っていたのか、痛かったのか、と慌てる百合子の泡をシャワーで洗い流し
ついでにテキパキと自分の体も流してから、上条当麻は問答無用で百合子を浴槽に放り込んだ。

「うう、ごめンなさい。」

「いえ、お気になさらず。でもいいか? 絶対、今のは、やっちゃダメ!」

「はィ、、、。」

気分は父親同然である。
しかし何が悲しくてこのような真似をされなければならないのか。

もう忘れよう、上条当麻は心に誓った。

「よろこンでくれたンだけどな、、、。」

「へ?」

「さっきの。」

爆弾発言である。

隣で膝を抱えて湯に浸かる少年の肩を、上条当麻はガシリと掴んだ。

「だ、誰にやった……って、まさか」

昨日、上条当麻は補修で一日風呂係を休んでいる。

「昨日風呂に入れてくれた人、とか」

「うン。」

何してんの!? ねえ番外個体さん、何がしたいの!?
頭を抱える少年に、百合子は嬉しそうに語る。

「いっしょーできない、おもしろいたいけンした、って。わらってた。」

「それはそうだろうよ……」

学園都市の第一位とソープ嬢ごっこをした事のある人間など、恐らくこの2人だけであろう。
ああ、とため息が漏れ出た。

その肩を、ちょいと細い指がつつく。

「と、とうま。もうでたい、、、あっつい、、、。」

頬と耳が赤い。しかし、脂肪がない所為で湯冷めしやすい体質を慮っておくことにする。

「あと20数えたらな」

「ううう、いち、にィ、さン、、、。」

「もっとゆっくり」

「しーィ、ごー、ろーく、、、。」

父親じみていた。
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:16:57.17 ID:bpBVFm3jo

そして脱衣所で、事は起こった。

「あ、ぱんつ忘れた……」

プールの授業の時によくあるあれである。

幸い水着で来た訳ではないので、元通り穿いてきたものをつけて帰ればいいのだが
一度風呂に入ってさっぱりしてしまうと、なんとなく気が進まない。

体育があった事もあるが、自分の衣服が汗臭いような。
錯覚であって欲しいと上条当麻は切に願った。

「不幸だ……」

がっくし、と首を垂れる少年に、後ろで髪をモタモタ拭いていた百合子が顔をあげる。
髪からボタボタ水が垂れるせいで、新しい病衣に水玉模様が出来る。

「あの、あのね。かしてあげる。」

「……いやいや、流石にぱんつは」

「まってね。」

そそくさと自分の脱衣籠から携帯を取り出し、カチカチと操作を始める。

「携帯、使えたのか……」

「ひらがなとかたかな、19090ごうにおしえてもらってる、から。」

聞いて驚け。
現代学園都市において、鈴科百合子は読み書きが不自由だったのだ。

一緒に外出訓練を行っていた19090号が、ファミレスのメニューすら読めない事に気付き
ようやく発覚した事だが、その後彼女は根気強く識字の教育を行っているらしい。

同時に携帯電話なども簡単に教えている様子だが、その熱心さはもちろん
確実に吸収し学習していく百合子の貪欲な好奇心にもまた驚かされるばかりだ。

そしてその優良学生は教えてもらったばかりの携帯電話をそっと耳に当てている。

「ゆりこです。うン、、、。おふろ、です。あのね、とうまがぱンつわすれたので、、、」

「言いふらすなッ!」

「、、、うン。ぼくのやつ。え、、、あ、じゃあ、それ。はい。おねがィします。」

ぷち、と電話を切った途端、脱衣所の入り口がガラリと開いた。
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:17:23.78 ID:bpBVFm3jo

「持ってきましたよ、百合子、と19090号は……ふぇっ!? な、何故裸なのですか!?」

泣きそうに顔を歪めてドアの陰に隠れるのは19090号。

上条当麻は必死に腰のタオルを押さえて後ずさった。

「って、おい! 鍵かかってませんでしたか!?」

「み、ミサカもこう見えて電気使いの端くれですので、錠に磁力を帯びさせ
 シリンダーを回すくらいならお手の物です、とミサカ19090号は眼を逸らしながら……」

「あ、19090ごう、ありがと。」

横に立てかけてあった杖を取り、百合子は19090号から何かを受け取る。

「は……はい。百合子。一応新品を持ってきましたが、サイズは流石に
 貴方の物しかありませんでしたので、その……少々きついかと、とミサカは目測します」

「腰のあたりを見つめるなっ!」

「あぅ……」

「はい、とうま。あたらしいのなら、いい、かな。」

「うぐ」

いつも通りの病衣姿の少年に、常盤台制服の少女に囲まれている。
いつまでも腰タオルというのは流石に嫌だが、わざわざサイズ違いの下着を借りるほど
上条当麻は切羽詰まっているのだろうか?

穿いてきたものを穿いて帰り、帰ったらすぐ着替えればいいのでは。
いやしかし、わざわざ取りに行ってくれた人もいるのにそれはどうなのか。

悶々と考えている内に、二人の顔が曇っていく。

「いや、かな。ぼくのだと。」

「え」

「あ、あたらしいのだけど、やっぱりだめだよね。ごめンなさい。」

「ふぇ……その、このミサカが触れてしまったものだと、確かに直接身につける物ですし
 不潔に思われるかもしれませんが……あの、包装はまだ破いていませんので、」
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/05/13(金) 13:18:03.56 ID:bpBVFm3jo

中は抗菌かと、とミサカ19090号は。
ちがうよ。ぼくのだからだめなンだよ。
百合子は悪くありません、とミサカは。
19090ごうはわるくないよ。

「……ありがたく使わせていただきます」

チワワのごとくプルプル震えて眼をうるませ、ほっそりした体躯で悲しげにする2匹に
上条当麻はとうとう押し負け、未開封のぱんつを受け取ったのであった。

ちなみに、きつかった。

そして、帰り道にドブに脚を突っ込み、自宅で再度風呂に入る事になる。

こんなことなら大人しく元のぱんつを穿いておくべきだったと落ち込みながら
洗濯機に借りて、というより貰ってきたぱんつを放り込んだ事が
彼の敗因の最たるところだ、と本人は後に思い返したという。

「不幸だ……」

「何や何や、今日はどないしたん?」

「この顔はきっとドブにハマった顔だぜい?」

「どんな顔だよ……」

そして今日は、眼前にぱんつを突き付け歯をむき出してきた修道女を
ぱんつの元の持ち主に引きあわさねばならぬ。

放課のチャイムが鳴り続ける教室で、鞄に教科書を詰めつつ
上条当麻は再び大きなため息をついた。

「ああ、やっぱり、不幸だ……」
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/05/13(金) 13:18:34.29 ID:bpBVFm3jo

ここまで。

野郎のサービスシーンでごめんなさい。
おわかりの通り、シャワーとか風呂のシーン書くの大好きです。
あと食事の仕草とか。

次は後編になります。
それじゃ。
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/05/13(金) 13:24:25.64 ID:i4zWUOjAO

まさに洗濯板ですね
代打って…土御門とか?
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [sage]:2011/05/13(金) 14:02:23.56 ID:RJVsYvJK0

良いサービスシーンでした
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/13(金) 14:08:58.38 ID:JFW/75UDO

さあ代打は誰なんだ
わくわくするので教えろください
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/13(金) 14:25:16.61 ID:MVyq4evY0

更新きて嬉しさのあまりなんか描こうと思ったら風呂だと……
どうすればいいの……
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/13(金) 14:36:39.99 ID:jHiWs6bNo

ミサワに逆泡…百合子の貞操が危ない!
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/13(金) 16:24:26.44 ID:yMPnVJjG0
ナイスサービスシーン乙
会話が成立するようになってきてて和んだ
百合子の見舞い行きたくなる
バニーボーイの店ネタでもぜひスレ立てしてほしい!!
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/13(金) 16:29:19.82 ID:MVyq4evY0
ぱんつ突き出されてる上条さん
http://wktk.vip2ch.com//vipper6540.jpg_ggCw9SL7IqCRZUr4RkTP/vipper6540.jpg
ソープ嬢ごっこの上条さんと百合子
http://wktk.vip2ch.com//vipper6541.jpg_qNOrc4f0PtXSkSvxpvrX/vipper6541.jpg

下は裸注意ね。
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/13(金) 16:32:26.98 ID:APtTHLjLo
>>342
ソープ嬢ごっこを描けば良いと思うよ!
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/13(金) 16:33:01.23 ID:APtTHLjLo
タイミングがorz
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/05/13(金) 16:41:25.31 ID:vV43Q2DSo
いろいろとGJと言わざるを得ない
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/13(金) 16:41:29.83 ID:E/r/h3SQo

このインカミングさんはお手伝いもしてるし正論を言ってるのにクソうぜェのは何故だろうww
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/13(金) 16:55:21.84 ID:aQQKlugDO
そうか?かなり可愛い気がするが…まあ人それぞれか
インデックスも百合子も19090号もかわえーのー
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/05/13(金) 16:55:40.80 ID:dFvaVHUAO
おっとインデックスさんの悪口はそこまでだ
つーか普通に謎のぱんつが出てきたら疑っちゃうだろwwww
男ものでサイズ小さいとかどういうことだよwwwwwwww
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/13(金) 17:43:53.70 ID:b4DMCVkfo
まあ、ソープごっこもしてるし、そりゃ後ろめたいわなwwwwww

それにしても、代打でお風呂に入れてるのは果たして誰なのか…
ソープごっこを受け入れてやめさせないような人となると、うーん
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) :2011/05/13(金) 17:47:18.19 ID:0zFaI9QAO
1乙!
土御門と予想
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/05/13(金) 18:47:50.92 ID:nRqxO1PS0
百合子の事情とか知ってて、かつソープごっこおkとなると…
林檎刺す刃さんか
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/13(金) 18:59:09.38 ID:+SBPVQbfo
ちょっと、清掃ロボに乗ったメイドさんにチクって来るわ
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/05/13(金) 19:21:12.57 ID:i4zWUOjAO
こっそり百合子にメイド服着せる人とか、半ズボンはかせる人とかいそうな

>>344
うなだれた一方通行の後ろで、うさ耳を拝んだり、ズボンの裾をくいってするイケメン顔の上条さんか…
説教で鍛えたいい声を聞かせてくれるんだろうな
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/05/13(金) 20:11:53.21 ID:+nX14X6AO
>>345
百合子ちゃんにこんな事されたらルパンダイブ決行するわ
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/13(金) 21:40:26.36 ID:rdxQTHVx0
>>1乙!>>345も乙!
実はひそかにインデックスのお見舞い期待してたんだ、マジうれしい!!
白コンビは兄妹みたいで和むんだよ…
しかも今のところかなり可愛く書いてくれてるからかなり楽しみだ
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/13(金) 22:00:02.08 ID:GidAoCmfo
乙!
インデックスかわええお見舞い楽しみすぎるわ
まっさらな百合子に色々仕込むとか、番外個体けしからんぞ!もっとやれ
代打はやっぱり林檎刺す刃さんか?
海原は無理だもんなー
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/13(金) 22:49:01.37 ID:MVyq4evY0
林檎刺す刃かわいいな
ついキティちゃんの体重を連想しちゃうんだけど
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/15(日) 07:50:51.64 ID:DGMSBURT0
上条さんやら林檎刺す刃さんやらが、
初めて服の下を知った時の反応がどうだったのか気になって仕方がない

突撃かました打ち止めは前に一緒にお風呂してるから前から知ってたろうけど…
一方さんどんな誤魔化ししたのかなぁ
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/15(日) 12:50:49.11 ID:P0PHD6UE0
ファミレスの手紙の内容が気になって仕方ない件
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/15(日) 13:26:42.73 ID:mlf4T2cM0
同じく<手紙の内容

この百合子の人格も好きだけど、この>>1の書く
記憶喪失(?)前の一方さんの性格や描写も好きだよ
と、読み返していて思った

いやあ、一方さんには苦しそうな姿が似合うね
可哀想だけど似合うね
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/15(日) 20:45:41.05 ID:dOMRkKE90
激しく同意

ある意味ラブレターかもしれない例の手紙
もしや一方さんから百合子宛かなぁとか思ってる
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2011/05/16(月) 20:38:20.66 ID:zwRTYQZb0
一方百合子と風呂でサービスだなんて上条さんもげろ
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/18(水) 21:32:55.16 ID:mtGFVvPn0
お前ら忘れてないか?
一方百合子は番外個体と風呂に入ったということに
そして番外個体がソープ嬢の真似事を教えたことを
つまり番外個体と一方百合子はあんなことやこんなことを………
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/18(水) 22:01:09.88 ID:zJjmKqZSO
>>366
番外個体は周りからストップかかって百合子との風呂禁止されてんだろ?
ソープごっこは話として教えたんじゃね?
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/19(木) 06:23:06.32 ID:yaB2oRoTo
>>367
> 「よろこンでくれたンだけどな、、、。」
事後
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 10:08:10.98 ID:JIpa599Mo
好評だったのは土御門(仮)じゃね?
番外はタオル一枚で乱入が2回くらいあったみたいだけど
上条さんか土御門(仮)に帰らされたんじゃなかろうか
で、つまらないからソープごっこを吹き込んだ
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/05/19(木) 11:56:16.38 ID:I+mv0lZAO
仮御門「今度はこのメイド服着るように仕向けてくれると助かるにゃー」
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 14:57:23.98 ID:6xt05OTOo
支部に>>12の絵が投下されてた
URL晒していいかわからんから見たければ探せ
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/19(木) 17:19:39.00 ID:/oL31Oo40
>>371
見てるやつは見てるんだな
373 :イラストに騙された名無しさん [sage]:2011/05/19(木) 22:51:39.82 ID:XPePZYTko
>>371
支部常駐してるけど気付かなかった
「とある〜」タグでも一方さんタグでも見つからない

検索のヒントだけでももらえないだろうか
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/19(木) 22:58:33.69 ID:zriB2rOro
一方通行のタグついてたよ
絵っていうか漫画の形のやつ あの形式なんていうのか知らないけど
落書きとかそんな感じのタイトル
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) :2011/05/19(木) 23:31:10.21 ID:tVERCMif0
今更初見サーセン
ゆりこ可愛すぎて泣いた
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 23:36:39.41 ID:LwE9EHOrP
めんどくせぇ
URL晒せ
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 23:51:25.45 ID:XPePZYTko
>>374
5/1投稿分までさかのぼって探しまくったが見つからない
21時ごろからずっと見続けて疲れた…

urlは晒しになるから出さなくていい
何日くらいに支部投下されたか教えてもらえると助かる
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 23:54:39.04 ID:HF2hT4cDO
支部の絵じゃなくて漫画なら見たけど、
それとは違うのかね
漫画形式の中の2nだけど
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/20(金) 00:03:13.31 ID:XIgc9iJFo
サムネはウサ耳帽子の打ち止め。
漫画形式の後半の方のページ。
あとは自力で頑張ってくれ。
380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [sage]:2011/05/20(金) 00:50:36.72 ID:28MnPJhG0
このSSネタで打ち止めサムネとか見つからないはずだわww
おびえる一方さんええのう
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/05/20(金) 03:01:36.47 ID:rg4LoCl00
支部みたらお気に入りユーザーの方だったww
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/05/20(金) 03:09:57.93 ID:rg4LoCl00
てか打ち止めタグですぐ出てくるぞ?
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/05/20(金) 08:15:20.56 ID:WJ+Ca+MAO
お前ら礼くらい言えよ
何人も教えてくれたのに中途半端な探し方しやがって
片っ端から全部確認くらいしてから泣きつけっつうの
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage ]:2011/05/21(土) 13:24:17.56 ID:iLUnlX5d0
ありがとうございます
タイトルはなんですか?
385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) [sage]:2011/05/21(土) 13:53:13.17 ID:yA0JOxZ0o
>>371 >>374 >>379 >>382
thx 見れた。

「とある一位の精神疾患」タグ貼られたみたい
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/05/21(土) 20:44:10.45 ID:R/9wPz7n0
タイトルは「禁書落書き4」だったと思うぞ
387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/24(火) 23:04:43.29 ID:p5T18KrDO
生きとるかい
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/26(木) 00:45:56.68 ID:RTKJVuEZo
まだかしら
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/05/30(月) 19:26:53.04 ID:KhyTSMKJ0
まだかなー
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/05/31(火) 13:21:52.58 ID:Hhff2c1AO
座して待つ
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/02(木) 21:35:47.45 ID:3b+YOD0Qo

どうも御無沙汰です。
最近妙に忙しくていけませんね。っというわけで前中後構成になりました。
なんだか話がドンドコ詰まっていきます。長引いててすまないです。

>>345
もう色々詳しく言うよりただ一言愛していると囁くべきかと思う。
ありがとうございます。インさんかわいい。

あとピクシブのまんが見ました。
絵もそうだけど、まんがとかすごく時間がかかると思うしすげえ嬉しい。
ありがとう。愛してますよ。

それでは続き。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/02(木) 21:36:37.48 ID:3b+YOD0Qo

病室のベッドに備え付けられたデスク。
その上を注視して、鈴科百合子はこくんと唾を呑みこんだ。

「、、、。」

「もう少し待ってくださいね、とミサカは百合子に瞬きをするように求めます……」

パイプ椅子をベッド脇に寄せてデスクの上でノートを広げるのはミサカ19090号。

くるりと翻した赤いサインペンの先が再生紙の上を滑る。
その赤色を、より透明度の高い同色の瞳が固唾を呑んで見守る。

しゃき、しゃき、と滑らかに右肩上がりの円が量産され、最後の一つの前でぴたと止まった。

「、、、。」

「……」

しゃき。

「はい、終わりましたよ。全問正解です、百合子、とミサカは……」

「ほんとっ。」

ぱっと手を伸ばしてくるのに、苦笑しながらノートを手渡す。
丸の沢山ついたページを眺めて小さく安堵ため息を漏らす百合子。

19090号から見えるノートの表紙にはこうある。
『よいこのひらがな、カタカナとっくんノート』

元々百合子は平仮名で書かれた自分の名前が読めるかどうか、という程の
酷い文盲だったはずである。

しかし旺盛に学習意欲を満たそうとするおかげで、一年かけて学ぶはずのノートなのに
この1週間弱でおよそ9割の過程がすでに終わろうとしている。
ちなみにノートは識字できない百合子の学習用に、と冥土帰しが手に入れてきたものだ。

流石に学園都市で実際使用されている教材だけあって
教える側も大分楽ができたと19090号はひそかに思う。

そして、少しだけ羨ましく思う。
学習は時間と労力を格段に浪費する作業だろうが、学習装置は少し味気なさすぎた。

もちろん現在進行で彼女は様々なことを学び、成長してはいるのだが
自覚できているのはそのうちごく一部の事象だけだ。

百合子が次のページに取り掛かっている内に、まだ採点できていない
『よいこのたしざん、ひきざんとっくんノート』のページをめくり始める。

「……それにしても随分頑張りますね、百合子。算数は何ページ進めたのですか?
 と、ミサカは赤ペンのついていないページを数えます」
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/02(木) 21:37:04.02 ID:3b+YOD0Qo

「ン、きのう、は、、8ページやった。」

児童、あるいはそれ以下を対象としたノートなのだ。
字が大きく1ページあたりの問題数もそれほど多くない。

しかし、それを差し引いても百合子のそれをこなすスピードは速かった。

この間まで指折り数えていたくせに、3つの数を足して2回繰り上がりのある問題も
ざっと目を通す限り正解を連発しているようだ。

物事を理解し、吸収するスピードが速い。
課題は1日1ページ以上だが、それ以上でも構わないと言った途端
数倍の速度でそれをこなして行く。

分からない所があれば見舞客か妹達に聞いて回っているようだが
それにしてもモチベーションが保てているのは彼の広大な好奇心のためだろう。

「あ、絵本は読んでみましたか? とミサカはテーブルを振り返ります」

「よンだ。」

「どれを読んだのですか? 読み終わった分は後で出かける時に図書館で返して……」

「ぜンぶ。」

この調子である。

病院の併設図書館には、子供の入院患者用に児童書や絵本のコーナーまである。
見た目的には完全にアウトな組み合わせだが、まだ漢字が読めないのだ。仕方がない。

毎度毎度、絵本ばかりを最大貸出数ぎりぎりまで借り
翌日返しにやってくる良い年したコンビはもはや顔パス同然となってしまっている。

「19090ごう。」

「はい、何でしょう、とミサカは小首を傾げて返答します」

へら、と笑った百合子の唇から、ぽろりと言葉がこぼれおちる。

「ずーっと、だいすきだよ。」

「……は?」

開いた口がふさがらない。
一体何を言い出すのだろうか。また末の妹に何か吹き込まれたか?

無言でぐるぐると思考を回転させる19090号の目に
積み上げられた絵本のうちの一冊が飛び込んでくる。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/02(木) 21:37:38.69 ID:3b+YOD0Qo

表紙には金髪の男の子と、耳の垂れた犬が野原に腰をおろした後ろ姿が描かれている。

「……や、やりますね、ハンス。とミサカは原作者の題材選びのセンスを評価し……
 ちょっと待ってください。それはもしやミサカ=瀕死の老犬という意味ではありませんか?」

「え。や、それ、ちが、、、」

「冗談です。その、ミサカもずーっと大好きですよ、とミサカは約束しました」

「。」

自分から言い出した癖に驚いた顔をして、百合子は身を固くした。

「、うン。」

小さく笑う顔がいつもの笑顔と少し違う。
今にもとろけていきそうな、ほんの少しの苦みと酸味が混じっている。

照れ隠しにサインペンをくるくる滑らせ、19090号は半分の半音だけ上ずった声を出す。

「き、っ……きょ、今日はどこまで行きましょうか?
 と、ミサカは午後の外出先を決めることを提案しましゅッ!」

舌の先が痛かった。

「きょう、は、。」

ほんの少しだけ考える素振りを見せた後、百合子は19090号の耳元で掌を丸めた。

「こしょこしょ話ですか? とミサカは首を傾けます」

「あのね。」

こそこそこそ、と耳の穴に内緒話を注ぎ込み、百合子はおずおず身を引いた。

「だ、だめ、かな。」

「少々心配ですが……いいえ、良いと思います、とミサカは賛成しました。
 一応冥土帰しに伝えておくので、この採点が済んだら薬を塗っておいてください」

「ン。」

「戻ったら背中はミサカが塗りますから、それ以外は塗っておくこと。
 あとズボンは穿いておいてください、とミサカは着替えを用意します」

「、、、くすぐらない、でね。」

「わ、……分かってます、とミサカは徐々に小声になります……」
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/02(木) 21:38:06.59 ID:3b+YOD0Qo





             7 双極性障害(躁状態) 中編




396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/02(木) 21:38:33.13 ID:3b+YOD0Qo

ロクに中身の入っていない学生鞄を手に、上条当麻は教室を後にした。

病院に向かい、買い物。
いや、今日はあの禁書目録な彼女も一緒にお見舞いだ。
まず買い物。一旦荷物を置きに戻り、そこで彼女と合流。一緒に病院へ。

うむうむ、と軽いスケジュールを建てられたことに満足。
その頭上の空間を利用して、左右に分かれた悪友たちも似たような状況だ。

「せやから、最近冷たいーって言うとるやん? 流石のボクもここまで放置されると……」

「やー、すまないにゃー! ってか、昨日一緒にゲーセン付き合ったぜい?」

「だってだってぇ〜カミやんはおらへんかったんやもん! 最近この3人の集合率悪ない?」

ボクに飽きてしもたんか! と目尻に涙を光らせる。
が、麗しい美少女ならさておき大柄な彼がやってもうすら寒いだけである。

「ツッチーがおる日はカミやんおらんしぃー! カミやんがおる日はツッチーおらんしぃー!」

「わーかったからその喋り方やめてくださいよ。女子高生かお前はッ!」

「バイトとか色々あるんだぜい。遊んでる訳じゃないんですたい」

「信じてええんやな? 抜け駆けして女の所にコソコソ出入りしとったらマジいてまうで?」

「不穏な響きだにゃー」

カラカラ笑う土御門元春とは裏腹に、上条当麻は胸のあたりを抑え、僅かに後じさった。
この青髪男、眼が笑っていない。

「おろ? 何や心当たりのありそうなお方がいらっしゃるようで……」

普段温和そうに細められた眼がギラリと輝く。
不味い。明らかに不味い。どう見ても粛清者の眼をしている。

下手に誤解されたら、殺られる。

「アッハッハまさかまさか。上条さんはご存じの通り万年フラグ日照りですことよ」

「アカン、アカンでツッチー。止めてくれやボクを。友人を1人失う気がするわ」

「どーどー。あれはもはや持病ですたい!
 とはいえ実際カミやんにそういう関係の女の子はいないのは本当らしいぜい?」

落ちつけ、とバシバシ背中をはたかれて、がっくり肩を落とす。
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/02(木) 21:38:59.83 ID:3b+YOD0Qo

「だって嫌やん。ボク置いてかれてまうでー。
 どうせ親友よりカノジョができたらそっちを優先するんや。そしてボクは最後の独り身に……」

一階の下足場で踵のつぶれかけたスニーカーをひっかけながら、愚痴は留まらない。

「今日はやけにネガティブだな……」

「もうええねん。最後の1人が砦ってことで。ラスト童貞になんねんで、ボク」

ウフフ、と奇怪な涙声を上げる。

どうやら昨今の放置プレイが相当堪えているご様子である。
無理もない。元から補習がちだった上に度々問題に巻き込まれる上条当麻は元より
土御門すら暗部の関連で席を外しがちだったのだ。

その上一方通行が倒れてから数週間。
以前にも増して付き合いの悪い友人達は、なんやかんやと帰宅を急ぐのだ。

つまり彼は帰路の途中からぽつねんと1人取り残されてしまっている。
寂しく小石を蹴飛ばしながら帰る始末。
もちろん右手には空き地で見つけたネコジャラシを装備だ。完璧である。

「はあ、本当はボクかて彼女欲しいで? いや、彼女とかこの際贅沢言わん」

「あらあら。トチ狂い始めたにゃー」

酷い言い様である。

「同じガッコというのも贅沢やんな。例えば他のガッコに通ってる子でもええし。
 放課後に会いに来てくれて、一緒に帰ろ? とか言われてみたいやん? 例えば……」

もはややけくそ気味に、午後の日差しが降り注ぐ校門を芝居がかった様子で指示す。
そして、二人に呼びかけようとした声が、ぱたりと止む。

「あんな、風、に……?」

指差す先には、日傘を小首にもたせかける、ほっそりとした人影2つ。

傘の作った円柱状の影が、3人に気付いてゆるく傾く。
寄りかかっていた校門から背中を離しその下から、真白い細腕がすらりと突き出した。

「とうま。いっしょに、かえる。」

「……ッゆ、」

りこ、と繋げる前に、体はよじられて綺麗なコブラツイストに固められていた。
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/02(木) 21:39:26.28 ID:3b+YOD0Qo

「痛たたたたたたた! 痛い! マジで痛いですぅぅうううう!! 首! 首がもげる!」

「もげてまえばええねん。アッチもコッチももげてしまえば」

「待て待て本気で殺しにかかってるぜい!」

「だって見てみぃ! アレを!」

ずびし、と指差された校門の辺りでは、ぽかんと口を開けてこちらを注視する2人組。

首元をさする上条当麻を引きずって近寄ると徐々に人相が明らかになる。

1人は名門お嬢様中学と名高い常盤台の制服。

短めのスカートや軽く揺れるセミロングのヘアスタイルは活動的に見える。
しかしその佇まいはむしろ控えめそうだ。
くるりと上を向いたまつ毛を斜めに伏せて、恐る恐るといった様子で周囲を見回している。
この高校の制服を着ていない2人はそれなりに目立ち、居心地が悪そうだ。

困ったように眉を寄せ、内股で肩をすくめながら日傘をもう1人に注意深くさしかけてやる。
その姿は日陰の花のように静かで清楚な、まさにお嬢様然とした少女である。

さて、傘をさしかけてもらっている方はと言えば、特にどこの制服でもない。
目深に被った黒のキャップに眼鏡、パーカーのフードを被っている。右腕には白い杖。
隣の少女に比べ長身のはずが、腕を上げただけで長袖の袖口がずり落ちてしまう程。
細い全身がゆるい服の中で泳いでしまっているような印象を受ける。

非常に白い肌や、繊細そうな体のつくりが浮世離れしている。
触れたら冷たそうだ、と思わせるほどの頬が、曖昧な笑みを浮かべた。
儚い、という言葉では、少し足りない。そんな人物に見える。

「あんな子が! 一緒に帰ろ、て!」

もはやこの男、泣きそうである。

ようやく校門前までやってきて、上条当麻は解放された。

「ど、どうも、こんにちは、とミサカは頭を下げながら挨拶しました……」

背後の2人を見て、常盤台の女学生は口元を抑えた。

「どうしたんだ、今日は」

「ェ、と。バス、のって、あるいてきた。おむかえ。」

「へ? あ、あー。そっか、昨日言ったもんな。今日も病院いくからーって」

「ン。、、、あ」

嬉しそうに頷いた白い人影が、傘の隙間から飛び出していった。
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/02(木) 21:40:07.00 ID:3b+YOD0Qo

「もとはる。」

「や、やー。百合子。元気そうだにゃー?」

土御門元春の首筋に、青い前髪越しに放たれる「どういうこっちゃ光線」がじりじりと痛い。

「も……え!? おま、お前百合子と知り合い……」

「いやぁ、元から顔見知りでにゃー」

若干言いづらそうに濁す。
珍しい。

倒れてしまうから、と日傘の陰に引き戻されながら、百合子が口を開いた。

「このあいだのあれ、とうまにやった。」

「お? どうだった?」

「おこられた。あと、ほかのひとにするなっていわれた。
 だから、もとはるは、もうせなか、あらってあげられない。ごめン、なさい。」

大きな掌が土御門と上条の後頭部をわしりと掴む。一瞬体がくらりと傾ぐ。
次の瞬間、ずがんと大きな音を立てながら、二人の額が正面衝突させられた、

「何一緒にお風呂イベントを済ませとるんや許さぁあああああん!!」

「おぐっ!?」

「がはっ!?」

「う、うあァ、、、。」

百合子の体がガクガクと震える。
19090号はその肩をそっと抱いた。

「見てはいけません、百合子。これは醜い争いなのです…
 と、ミサカは百合子の視界を遮ります」

「い、いた、いたそう。」

額を抑えてのたうち回る2人を踏み越えて、わざとらしいくらいに綺麗な笑顔を作りながら
少年は百合子に声をかけた。

「はじめましてー。百合子ちゃん、いうん? よろしくな。ボクあの2人のオトモダチやねん」

ああっ、胡散臭い! ミサカ19090号は背筋に寒いものを感じた。

「あれ? キミ……」

ひょいと小首を傾げ、ついと手を伸ばす。
伸ばした手の甲で鈴科百合子の胸板を下から上へさらりと撫で上げ、臆面もなくこう言った。

「男のコなんや」

「あ、うン。」

「あ、うん、じゃありません! 女の子だったらどうするのですか!」
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/02(木) 21:40:36.29 ID:3b+YOD0Qo

「や、ある程度確証持ってたから、堪忍して。しっかし二人とも細っこいなぁ。
 ご飯食うてる? あ、今からお兄ちゃんとご飯食べ行こかポテトの半額クーポンあんねん」

「う、あ、あの。あの。」

空いている左手をふらふら上下させ、19090号と彼の顔を交互に見つめる。
その左腕をぱしりと掴まえる。

「ほな、行こか! そっちの常盤台のお嬢さんも!」

「待てい」

後から両肩にかかったずしりとした重みに、隠しもしない舌うちがこぼれた。

「何や! 今ボク忙しいで!」

「いきなり強制頭突き合わせかました後にナンパとはお忙しいのも無理ないぜい」

「つーか、さっきお前も言ってただろうが! 百合子は名前こんなだけど男の子ですよ!」

明らかに保護者じみたオーラを背負っている。

「しかしボクのチェック項目内の『ショート、ボブ、くせっ毛、ショタ、病弱、アルビノ、メガネ』
 全7項目を満たしとるんや!」

「威張って言うな! というかこいつはショタじゃありません年齢的に!」

「じゃあ男の娘枠でええわ!」

「男の子?」

「男の娘!」

「ちょっと無理があるんじゃないかにゃー?」

「何の話だかよくわかりませんが……はっ、なるほど、男の娘とはそういう文化なのですね
 と、他の個体からの情報リークに応えてミサカは新たな知識にたじろぎました」

「そしてそっちの子は『後輩、お嬢様、茶髪、セミロング、ストレート、ブレザー』の6項目!」

「なんと……百合子よりも少ないではありませんか……女として負けた気がします
 と、ミサカは肩を落としてしまいます。はぁ……」

「え、ご、ごめンなさィ、、。」
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/02(木) 21:41:41.89 ID:3b+YOD0Qo

「はぁ、焦った……」

「まだ額が痛いぜい……」

いやんいやん置いてかないで、と涙目になる青い髪の大男を無理やり下宿先に帰らせて
残った4人はあの自動販売機のある公園へとやってきた。

というのもまたとない遠出に百合子が少し疲れを見せたからだ。
バス停から高校までは軽い坂や階段があり、今日は日差しが強かったのも原因だろう。

日陰のベンチで缶ジュースを片手に一息ついたところで、ようやく上条当麻は切りだした。

「ってか、俺が居ないときに風呂に入れてたの、お前だったのか。まさか知り合いとは……」

「やー、バレちゃしょうがないにゃー」

ぽしぽし、と頬を掻いてみせるが、到底本気とは思えない。
先ほど一瞬見せた戸惑ったような色は消し飛んで、いつもの飄々とした悪友がいる。

ドロドロ入り濃厚ひやしあめ、なる飲料をこくこくと飲んでいた百合子がくるりと向き直る。
しかしこれもまた酷い飲み物である。上条当麻はこれを試してみた経験がある。
結果は惨敗で、奥歯が溶けるかと思う程に甘い、という印象しかない。甘さが致死量なのだ。

それを顔色一つ変えずにグイグイイケるとは、と少々感嘆しつつも、以前の彼ならば
たとえコーヒーにであっても一滴も混じることを許さないだろうと思い、一抹の寂しさを感じる。

「ぼく、くるの、だめだった、かなァ。」

しょんぼりと肩を落とし、百合子は呟いた。
先ほどからチラチラと赤くなった額に視線を向ける様子からして、何か失敗をやらかしたと
責任か罪悪感じみた物を感じているのかもしれない。

「百合子は悪くないんだぜい? ありゃアホが悪いんだにゃー」

「そ、そうそう! それより体調大丈夫か? 顔色悪いぞ」

その声に、横に座っていた19090号が百合子の額に手を当てる。

「ンー、。」

「少し、冷たいような気がします。
 詳しく見ましょう、場合によっては大ごとです……とミサカは百合子の腕を取ります」

力なくくんなりと折れ曲がった白い腕を取り、慣れた様子で手を当てる。
脈でも測るのか、と上条当麻が考えた瞬間、その考えは打ち砕かれ、掌は19090号の
つつましやかな胸の中間に押し当てられた。

「……呼吸の上昇、血圧は普段より若干低いことが認められます。
体表温度は34.6℃、低すぎます。深部体温は37度前後……あのう……」
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/06/02(木) 21:42:26.10 ID:3b+YOD0Qo

「え?」

「その、じっくり見つめられると、き、緊張するのですが、とミサカは……」

「あ、あ! すまん! いや、別にやましい眼で見ていた訳では!」

「この体勢が一番適しているのです。ええと、は、恥ずかしいので、あまり、凝視されては
 と、ミサカは語尾を濁します……」

そういえば自分もそんなことをされた覚えがある、と夜の病室を思い返しながら
上条当麻は目線を土御門に移した。

ガラナ青汁を不味そうに飲み下している土御門と、サングラス越しに視線がかち合う。

「……どーかしたかにゃー?」

「あー、いや。変なこと聞くんだけどさ」

上条当麻は一旦言葉を切る。

「失った記憶を元に戻す魔術とかって、ないのかなー……ってな」

それを聞いて、サングラスの奥で気付かないほど少しだけ瞳が眇められた。

「……土御門?」

「ふっ、まさかお前がそこまで行きつくとはな……」

「な……ッ!! まさか、あるのか!?」

缶を脇に置き、不敵な笑みを浮かべながら、土御門元春はこう続けた。

「ちょっと耳を貸せ」

いつものふざけた口調が抜け、目つきに険がある。
上条当麻はこくりと唾を呑み下し、恐る恐る顔を近づけた。

「実はな……」

「お、おう……」

長めの指がぎゅっと耳を掴む。

「ある訳ないだろうが! このバカ者!」

「ぎぃああああぁぁああぁあ――ッ!! 耳元でおおお大声を出すなコラぁ!」

「……一体何をしているのですか? とミサカは少々胡乱な眼を向けます……」

鼓膜が割れるかと、と耳を大事に押さえて、上条当麻は涙目になってみせる。
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/06/02(木) 21:42:51.97 ID:3b+YOD0Qo

「そんなものがあるなら、とっくに神裂火織とステイル=マグヌスが、首輪の外された
 禁書目録にその魔術を施してるはずだろうが! そんなんだから追試になるんだぜい?」

「うぐぬぅ。耳が痛い……二重の意味で」

「それにだなぁ」

ふと勢いを失った口調に顔を上げる。

「もしあったとしても、それは多分効果がないだろう」

くい、とずれたサングラスを元の位置に戻してベンチを立つ。

「それは……どういう?」

「ま! 今に分かる! こういうことはお医者さんに任せとくのが一番だにゃー」

残っていたガラナ青汁をこれまた不味そうに飲み干して、ひらりと手を振った。

「じゃあ、俺はこれからバイトがあるからお先に失礼するぜい」

「もとはる、かえる、の。」

ぐったりと19090号の肩にもたれかかっていた百合子が、瞼をうっすらと持ちあげる。
顔が青ざめていた。

「おー、百合子。今度行く時は黒蜜堂のでっかいフルーツゼリー買ってってやるからにゃー。
 キッチリご飯食って勉強しとくんだぜい?」

「ン。ばいばい。」

「はいバイバーイ」

ひらひら、と手を振られて律義に振りかえしてやる。
そんなところは、いかにも年下慣れした兄貴然としていて、上条当麻は少しだけ感心した。

「……しかし、お医者さん、ねぇ。あのカエル顔の先生で、いいんだよなぁ?」

首をひねってみても、意味深なんだかふざけているんだか、よくわからないままだ。
そのズボンのポケットで携帯電話が突如振動し始めた。

「うぉ、っと。はい、もしもし?」

「とうまぁっ!!」

再度、上条当麻の鼓膜がギリギリまで振動した。
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/06/02(木) 21:43:17.22 ID:3b+YOD0Qo

「……い、インデックス、さん?」

普段は繊細な音色の楽器を思わせる少女の声が、極限までの怒気を孕んでいる。

「いつになったら帰ってくるのかな!? 私もう支度してずーっとずーっと待ってるんだよ!」

「あ!」

「なっ!? 今のは「思い出したぁ!」って声だよね!? これはちょっとひどすぎるかも!」

「すまん! 本当すまんインデックス! 今帰るから!」

「あ、待って欲しいかも。まずはこのデンワーでのお話をどうやったら中止できるかを教えt」

ブツ、とインデックスの声が途切れる。
電源ボタンから指を離し、彼女は最後に何か言いかけていたのか? と思考を巡らした。

「っと、悪い、二人とも。今日は一緒に百合子の見舞いに行きたいって言う奴がいるから
 一旦迎えに行ってくるよ。先に病院行っててくれ」

「だ、れか、くるの。」

「ああ。お前の嫌いそうなやつじゃないから、安心しろよ」

一瞬不安そうな顔を見せた百合子に、へらりと笑いかけてやる。

「百合子の体調も思わしくありませんので、私達は……もう少し休んでから、帰ります
 と、ミサカ19090号は慎重な対応をすべきだと主張しました……」

「そうか。もうすぐ夕方だし、気をつけていけよ? 本当に大丈夫か?」

「ええ。どうも昨晩はいつにも増して不眠症の症状が酷かったようで……
 寝不足でしょうか、とミサカは推測します」

上条当麻が心配そうに振り返りつつも、自宅の方向に駆けていくのを見送って
19090号は細い溜息をもらした。

「やはりあの高校まで歩くのはまだ時期が早かったでしょうか?
 天気のせいもあるでしょうが、とミサカは考察します」

「ごめン、なさい。」

「具合が悪い時は早めに言うこと。夜眠れなかったなら朝そう伝えること。
 いいですか? 百合子、とミサカは念を押しました」

「、、、はィ。」
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/06/02(木) 21:43:51.62 ID:3b+YOD0Qo

起き上がろうとした百合子の額を指先3本でくいと押し戻し、19090号は膝の上に白い頭を
半ば無理やり横たえさせた。

「わ。」

「少し眼を瞑っていてください。眠っても、眠らなくても良いですから。休憩が必要ですよ
 とミサカは百合子の髪のさらさら具合を羨ましく思いながら述べます」

「でも、おもくない。」

「大丈夫です。15分したら声をかけますから、それまで。魘されたら起こしてあげますから
 と、ミサカ19090号は約束しました。指切りげんまんです」

一瞬申し訳なさそうな頬笑みを浮かべた後、百合子は大人しく瞼を閉じた。
木漏れ日が眩しくないように、先ほど公園の蛇口で湿らせてきたタオル生地のハンカチを
両目を覆うように乗せてやる。

「ン、きもちい、、。」

「おやすみなさい」

ざわり、と頭上の梢が風に吹かれた。そういえば、今晩から明日の夜まで雨模様だそうだ。
そう思うと急に、嵐の前の、という単語を思いつく。
ミサカ19090号は自分の大げさな考えに少しだけ苦笑した。嵐だなんて。

自分は怖がりだ。
だからといって、自分から怖いものを増やすのはやめよう。

自分よりもっと怖がりな少年が、こんなに近くにいるのだから。

血の気が失せて、いつもより更に白い肌。ちらちらと木漏れ日がその上を撫でた。
拒食期の時の酷いやつれ具合がほんの少し隠れてきたが、痛々しい程に細く折れそうだ。

ただ海泡石の彫刻のように、ビスク焼きの人形のように、存在感が曖昧だった。

そう、曖昧。

どちらでもないのだ。人間のような、何か別の生き物のような。
男のような女のような、子供のような大人のような、異質の存在がそこに内包されている。
今にも壊れそうなほどに脆くて、存在しているだけでどこか貴重なもののように感じさせる。

では、もしその曖昧が「反対側」に傾いたら。
彼女には、鈴科百合子が何か別の生き物になってしまいそうな気がしていた。

さて。このような考えを他の者に対して抱いたことは一度もないのに、何故この生き物は
そんな不思議な気持ちを呼び覚ますのだろう。

答えは出ない。
ただ、少しの水気を含んだ風が頭上の梢と彼女の軽い髪を揺らした。

もうすぐ、雨が降る。
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/02(木) 21:44:53.58 ID:3b+YOD0Qo

今日はここまで。

ところで一方さんの虐待シーンを書いているあたりからなのですが>>1のおにんにんが
職能放棄でストライキなうです。以前VIPのスレ乗っ取って一方さん(♂)をガチレイプな
SS書いた時は吐き気を催した程度でこんなことなかったのに、おかしいですね。一体
何してるんでしょう。やっぱり虐待はよくないんだなぁーバチがあたったんだなぁーとか
思っています。あ、いや勿論レイプもだめですけども。完結するころには機能が戻っている
ことを望みますが、もしかしたらより酷くなっているかもしれませんがね。色々あるので。
何が言いたいかって言うとむらむらするのに発散できなくてしくしくと言うことです。
みんなも気を付けてね。

それでは。
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/02(木) 21:57:39.82 ID:K3QsRNM1o
乙うううううう!!!
青ピが流石青ピだった!
白白コンビの再開を楽しみにまってます!!
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/02(木) 21:59:43.51 ID:z1ruLqT1o

躁状態の中編って事は次回は後編、そして鬱状態なのか……それとも次回が鬱状態?
とにかく不安で胸の辺りがぎゅうっと痛む
そんな中で青ピの存在は一種の清涼剤だったww

>>406
つまりエロエロなSSで>>1をおっきさせろって事ですね分かります
誰かHKB
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/02(木) 22:07:11.68 ID:7LfYkaVQ0
乙、超待ってた。
この後の展開が相変わらず気になる…!
そして>>1大丈夫かwwwwからだはだいじにしてね
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/06/02(木) 22:19:56.19 ID:UpW1L6vAO
乙!待ってて良かった
そしてお大事に…
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/06/02(木) 22:23:35.38 ID:i2b/1HpAO
>>1
作品も書き手も繊細なんだな…良くなるよう祈ってるよ。
あとその過去作kwsk

この百合子は不思議だな。癒されるけど悲しい気持ちにさせられる。
昔観た海外の百合映画とか、エコールを思い出す雰囲気だわ。
『ずっと大好きだよ』とか小学生だかの頃教科書で読んで泣きに泣いて吐いたの思い出したわ。
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/06/02(木) 23:34:01.97 ID:OQe9YVsAO
乙なんだよ
切ないけど不思議と癒されるssだ
次も楽しみにしてる
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/03(金) 00:11:22.07 ID:Sz7A5q60o
乙!続き読めて嬉しいいいい
青ピさんマジ青ピ、素敵
あと林檎刺す刃さんが意味深だなぁ……嵐が来ないと良いけど
あ、インデックスさんが突撃翌隣の病室的な嵐ならどんとこいです
白白コンビ超楽しみ

百合子の描写でこどちゃの人形病思い出したよ
あんな感じに生気がないのかな……心配
>>1も身体大事にしてねwwwwww
そして過去作kwwsk
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/06/03(金) 00:26:45.87 ID:d2Juo8Roo


もういい…! >>1…!
休めっ…!
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/03(金) 00:58:37.52 ID:KCkrmRxCo
待ってたーーーーー!!!!!超乙!!
青ピに和んだけど、
この百合子は本当に胸を締め付けられるな…

>>1もお大事にね…ww
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/03(金) 02:30:25.95 ID:UzDuXdea0


もしかして >>1
上条「御坂とヤったけど、正直気持ちよくなかった」を一部濃厚なホモスレにした人?
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/03(金) 14:06:10.35 ID:xJ9Hslixo
乙!
体調気を付けろよー
そして過去作kwsk

>>416
アレはガチレイプだったな
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/03(金) 19:54:18.09 ID:3UVNb21+0
乙!
とりあえず過去作について聞かせてもらいたいんだが

青ピが程よく変態だった
インデックスが百合子と会ってどんな反応するんだろう
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/06(月) 02:10:29.45 ID:Q0FgMN9DO
>1
乙ー

百合子を守り隊

これからの展開に超期待ー


>416
それかもね

あれはいいレイプ


420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:36:59.81 ID:FaE/tL0to

こんばんは。

青ピさんが人気すぎてshit。

>>408
5 双極性障害(うつ状態) >>177-192
こっちが鬱かな! 次回はまた別になりますので、お楽しみにということで。
エロSSでもおっきしないのでそろそろ常時賢者モードです。

過去作については>>416さんが大正解です。といっても書いたの一方さんの所だけですが。
エロへのwktkを裏切られてむしゃくしゃしてやりました。今は反省と後悔でいっぱいです。
読んでしまった方には申し訳なかったと思っています。ふぇぇえええん! ごめんなさい!
素直に打ち止めのぺろぺろシーンを情感たっぷりの地の文で書いておけばよかったです。

では続きです。
今回ある意味閲覧注意。
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:37:47.30 ID:FaE/tL0to

葉擦れの音が聞こえた。

黄泉川愛穂の長い髪がふわりと風に流され、一瞬肩の荷が下りたように感じた。

髪というのは意外と重いものである。
膝に届くのではないかと思う程に長いつややかな黒髪と、持ち重りのしそうな体型。
この為に酷い肩こりに悩まされている黄泉川が、ふ、とため息をつく。

「うわ、オマエ肩ガチガチじゃねェか。ちょっとこっち来やがれ」

耳の奥に同居人の少年の声が聞こえた気がした。

いや、同居人だったのだ。
しかし彼女はそれを認めようとは思わない。
どれだけ長く彼女の元を離れようとも、あの淋しい眼をした少年は彼女の家族なのだ。

淋しいのはどっちだ。

黄泉川は自嘲するようにそんな考えを巡らす。

良い歳して都市中駆け回るからこんなに凝るんだ、などとその少年が言う。
自分がそれに憤慨して、うるさい居候、と小突く。

少年は制限付きの能力を使って、彼女の生体電流だか血流だかを弄くる。
まるで石が積まれているように重かったのが、魔法のように治ってしまう。

「何を口開けてボサッとしてやがる。突っ込まれてェのかクソ野郎が」

「先生にそういうことを言うのは感心しないじゃん……」

そんないつかのやりとりを思い出すのは、彼のことが心配だからだ。

口は悪い。その癖に、馬鹿に優しい。
守ってやらなければならないほどの、小さくて弱い、ただの子供だ。

そして彼は今、原因不明の記憶障害で入院しているのだと聞いた。

風が止まる。
長い髪が彼女の首筋に纏わる。酷く重い。
彼女の重たい気分を更にずぶずぶと沈めてしまおうとしているように、全身が重い。

こんな邪魔な髪など、早く切ってしまいたかった。

それでも、彼女の髪はまだこんなに長く、この都市はまだ、こんなに暗い。

青空の向こうに、黒っぽい雨雲が迫っている。
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:38:23.05 ID:FaE/tL0to





             7 双極性障害(躁状態) 後編




423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:38:50.25 ID:FaE/tL0to

少年が入院していると聞いた、というのは黄泉川愛穂が直接確かめたわけではなかった。

その情報をもたらしたのは、かつて彼と同じように居候していた少女だ。
今も彼女の自宅のソファーの上に居るちぐはぐな姉妹。
未だに見舞いにすら行けないのは、大きな妹と、小さな姉の2人組があの夜伝えた
彼の奇妙な症状の所為だった。

「お医者サンとお姉サンが怖いんだって☆ わくわくしちゃうよねぇ?」

きゃはっ、と今までに見たことのない程満面の笑みを浮かべる番外個体がフラッシュバック。
記憶を無くし、大変に衰弱して精神を摩耗した少年の様子がいたく気に行ったらしく
あの日以来彼女ときたら、暇さえあれば病院に駆けつける。

まるで恋する乙女状態だ。だがそんなことを言ってしまうとどんな反撃を食らったものか。
口は災いの元である。黄泉川は最近ドアを開ける度に人為的な静電気に見舞われる
芳川の姿を見てそれを痛感していた。腐ってもこの末っ子、レベル4である。

しかし、何のトラウマか。因果なことだ。
彼と一緒に住んでいた者の内、現在の彼を怯えさせずにすむのは打ち止めだけだ。
例外として、番外個体だけは怯えられているのを楽しみに通っているので性質が悪い。

そもそも、あの少年が怯えている。それだけがずっと引っかかっていた。

いくら記憶を無くしても、あの強がりな彼がそんな風になるものなのか。
それとも昔の彼はそんな子供だったのだろうか。
だとしたら何があれほどに頑なな少年を作ってしまったのだろう。

この数週間、取りついたようにこの考えが黄泉川の頭の中を食い荒らしている。

警備員の制服や装備に凝り固まった腕をぐるりと回した。
まだ見回りが残っているのに。
風紀委員だけに任せておくべきではない、と警備員による学区の見回りを推奨したのは
他ならない自分のはずなのに。

たるんでいる。
何もかも。

甘いのは同居している友人だけでいいだろう。
自分は強くならなければ。強くなければならない、大人なのだから。

だから、少年の心配をしているのも仕事中は控えるべきだ。

拒食は治ったのだろうか。
杖の使い方は思い出せただろうか。
昨日打ち止めに持って行かせたハンバーグは食べてくれたのだろうか。
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:39:17.27 ID:FaE/tL0to

何度教えても治らなかった箸の持ち方は変わってしまったのだろうか。
初めておかわりしてくれたハンバーグも忘れてしまったのだろうか。
もう、思い出さないのだろうか。

「……だめじゃん。私」

ため息が出る。

いっそ殴り飛ばしてやりたい。

なんてことだ。仕事をしろ、黄泉川愛穂。
そんなことでは何時まで経っても、この髪は重くなるばかりだ。

見回りもこれで最後だ、と。
故障したり警報が作動したりと問題のある自販機のある公園へ向かった。

「異常なし、か」

ふと視界に違和感がある。

ベンチに座る小さな人影。その膝に頭を乗せて横たわる人影を見た。

それだけなら微笑ましい学生カップルなのだろうが、座っている女生徒がキャップで
横になった学生を扇いで風を送っているのが少し妙だった。

気分が悪いのだろうか?

踵を返し、ベンチに駆け寄る。

「こんにちは、警備員じゃん。具合が悪いのか?」

驚いたように顔を上げるのは、何時だか幻想御手事件の時に大暴れした常盤台の第三位。
いや、打ち止め、番外個体?
同じような顔が思考を高速でよぎっていく。

「あんたは……」

「あ、み、……いえ、あの。大丈夫です」

おたおたと慌てる。こんな態度を取りそうな子じゃなかったはずだ。
やはり人違いか、姉妹、あるいは親戚、あるいは……そうかもしれない。

「そっちの子は貧血?」

「は……ええと。この子は人見知りが激しいので、あの、申し訳ありませんが」

膝の上で、顔の上半分にタオルを掛けられた頭がほんの少し呻き、身じろいだ。

制服のスカートの上に純白の髪がさらりと零れる。
とうとう見間違いを始めたのかと、一瞬眼を疑った。
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:39:51.56 ID:FaE/tL0to

「一方、通行……?」

ほろりと唇から零れた言葉に、ぴくんと人物は反応を示した。

額にかかる布を、白く折れそうな指がゆるゆる退ける。
眠たそうに蕩ける真っ赤な瞳が、彼女の硬直した表情を映していた。

そうだ。
見たことがある。
覚醒した直後、何が起きているか判断しかねている彼の眼。

そして、決まってこう言うのだ。

「何の用だ。寝かせろ。あと5分」

そして、以前よりも余計に酷く痩せた少年が口を開く。

「だ、れ。」

地面が割れたかと思った。
鼻の奥がずくんと酷く痛んだ。

それでも、きっと酷い顔をしているだろう自分より、怯えている目の前の子供のほうが。

無理やりな笑顔を作って、しゃがみこんで視線を合わせる。
ビクリと体を起こし、横の少女のベストをそっと摘まむ。

2人の動作はそのどちらも、彼らの初対面にはありえなかったものだった。

「私は警備員の黄泉川愛穂じゃん。具合が悪いなら病院まで車出してあげるから」

「黄泉川愛穂……貴女が、」

横に居た少女の方が信じられないというような顔をする。
打ち止めの関係か。
一応安心しろと微笑みかける。

少年は怯えている。呼吸が早い。過呼吸寸前だ。
大人が怖いのは本当だったのか。
現実を目の前に突き付けられたような気になった。

「ゆ、」

「うん?」

「すずしな、ゆりこ、です。」
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:40:18.83 ID:FaE/tL0to

反応が一拍遅れた。

「な、なまえ。」

「あ、あ……そうか。名前。百合子くん、か。」

縋っていた少女の服をそっと離して、懸命に首を縦に振る。

ああ、そうだ。
この子は今、「一方通行」とは違うんだ。

私のことが、怖いんだ。

おずおずと、その少年が指先を伸ばしてくる。
咄嗟に身を引きそうになった。
何故か彼が異質なものに感じられてしまう。

それを必死にこらえて、どういうわけか留まることに成功した。

実際彼のこうした唐突な接触に悲鳴を上げなかったのは、彼女が殆ど初めてだった。

冷たい指が、右頬をそっと撫でた。

「あいほ。」

声の質は同じだ。トーンだけが違う。呼び方も。

「黄泉川ァ」

耳の奥の幻聴が打ち消された。
少年の困ったような小さなかすれ声が、やけにはっきり耳に届いた。

「な、、、あァ、。」

「?」

「なか、ないで。」

言葉の意味を理解した瞬間。
何か熱い液体が黄泉川愛穂の顔をとろりと伝って、頬に触れる少年の指先に溜まった。

どうして。

ぽろぽろと出ていく液体が止められなかった。
少女が驚いた顔で見つめて来るのが分かる。
当たり前だ。大人の女が、しかも警備員の制服を着たままでみっともなく泣き始めるなんて。
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:42:25.92 ID:FaE/tL0to

「なかないで。」

細い指が髪を撫でる。
重くてたまらない、陰鬱な色の髪を。

「あいほ。ごめンなさい。だからなかないで。」

まつ毛に溜まった涙をそっと拭う。
熱く火照る頬を冷たい掌が包む。

「う、ぅあ……」

「あいほ。」

ゆるゆると緩慢な仕草で、黄泉川は少年を抱きしめた。

「あいほ。ごめン、なさい。つらかったね。」

耳のすぐ後で、やけに静かな声が響く。

それが体の中に取り込まれてゆく。

数週間、いや、もっと長くかかって出来た彼女の中のわだかまりを
ゆるゆると、ただゆるゆると緩慢に溶かして薄めていった。

「ばか、だなぁ。なんで、そんな……あんたがそんな、ことを……」

「あいほ。」

薄い掌が優しく背中を叩く。

「ハンバーグ、おいしかった、よ。」

「――、」

髪を撫でられて、黄泉川愛穂は声を上げて子供のように泣きだした。

学園都市の子供全員を救えるように、と願掛けた、重い髪を。
まだ切ることの許されない、思いを。

薄手のパーカー越しに、百合子の右肩にとても熱い液体が染み込んでいった。

折れそうに細い少年の体躯を抱きつぶしてしまわないように。
黄泉川愛穂は恐々と彼の存在を確かめていた。

生きている。

微かに暖かく、呼吸し、鼓動している。

ただそれが嬉しくて、目玉が溶けるかと思う程に涙が流れていった。
背中に流れる髪を梳く手が、また少し優しくなったような気がした。
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:43:14.24 ID:FaE/tL0to

19090号の心臓はいつもの倍ほどの速度でトクトク鼓動しているようだった。

何が起きたのだろう。
黄泉川愛穂。警備員のやり手である高校の体育教師。
一方通行と打ち止めと芳川を家に匿ってやり、ある程度学園都市の暗部を垣間見た女。

そして、彼らの家族だ。

百合子が黄泉川の前で過呼吸を起こさずに済んだ理由を、細々ながら探しだす。
昨日の夕方頃に上位個体と末の妹が持ってきた一つのタッパーが脳裏に浮かんだ。

こっくりした色合いのデミグラスソースを大目にかけたハンバーグ。
野菜を好んで食べることを耳にしたのか、付け合わせらしい温野菜が大目に添えてあった。

本来なら病院の入院患者への食事の差し入れは、あまり歓迎されない。
だが、食の細い百合子には少しでも多く食べさせるべきだと判断された。

冥土帰しはむしろ喜んで彼女の差し入れを温めるためにレンジを利用することを許可し
百合子はチープな病院食以外の家庭的な味付けが気に行ったのか、綺麗に食べきった。

19090号はあえて、途中で末の妹が大口開けながら「ひとくち、ひとくち」と
ねだっていたのを勘定に入れないことにした。
一方通行と百合子の違いの分だけ、番外個体の彼への態度は変質してきている。

食事の間中彼女たちの話す「家」の様子は、百合子に多大な好奇心を抱かせたらしい。

結果、その家の主である黄泉川愛穂という人間が気になっていたのだろう。
百合子の好奇心は、いっそ危険なほどに強い。

成人女性を怖がるのは、何らかの被害を彼女たちが与えるものだと思い込んでいるからだ。
しかし、その恐怖を押さえ込んでまで、彼は黄泉川に興味を持っている。

黄泉川愛穂は善良だ。
だが、そんな人物ばかりではない。
彼に中途半端に教育を与えたことを、一瞬19090号は後悔した。

知識を得ることの全能感、脳を動かし、物事を理解することへの貪欲な執着心の欠片が
小さく、しかし確実に百合子の中に存在している。

本来、そういった知識欲が安全でありたいという欲求よりも上位であることは、ありえない。
だが、生理的欲求があまりに薄い百合子の場合、その順序が逆になっている。

知識を得ることの快感を摂取できず、抑制されていたのだろうか。
睡眠も殆どとらずに本を読み漁る姿は、まるで砂漠の中心で湖を見つけた旅人だ。

過剰な餓えと渇きを癒す代償に、彼の細い体に疲労が蓄積されているのが感じられた。

与えられる情報量と学習時間を制限し、強制的に脳の興奮状態を抑える治療が必要だ。
彼女の中の医学知識がそう弾きだす。

百合子は、まだ、未完成すぎる。
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:43:45.87 ID:FaE/tL0to

「ごめンなさい。だいじょうぶです。ごめンなさい。あいほ。」

どこか虚ろな口調で、普段の会話より奇妙に流暢な慰めを捲し立てる百合子。
いつもとは全く違う言動に、19090号は気付けなかった。

(19090号へ、10032号より)

ネットワークからの通信にふと顔を上げる。

(は、はい……何でしょう? 10032号、とミサカ19090号は問いかけます)

10032号、発信点は病院だ。
早く帰って来いということだろうか、と19090号は呑気に考える。

(今上位個体と番外個体、それにお姉様に連絡してこちらに向かってきて戴いています。
 百合子を連れて今すぐ帰ってきてください、とミサカ10032号は速やかな行動を求めます)

妙に淡々と事務的だ。
何かが起きている?

(何故ですか……!? それに、今百合子は体調が悪く……)

(症状は)

(過労、睡眠不足かと。少々脳貧血気味です、とミサ)

(なるほど、そういう体調不良なのですね。しかし、止むを得ません。
 タクシーなりなんなり、利用できませんか? とミサカ10032号は切り捨てます)

何が起きている?

(お金はありませんが……あの、今黄泉川愛穂と接触していて、)

(何故黄泉川愛穂が? 百合子の体調不良は成人女性との接触によるものですか?)

(い、いええっ! あ、あ、わ、ミサカの、記憶を……)

(はい、埒が明きません。共有してください、とミサカ10032号は回線の接続を確認しました)

(19090号から10032号へ、一部記憶のどっ、同期を完了しました。と、ミサ)

(なるほど、それでは黄泉川愛穂に送ってもらって……いえ、彼女も話を聞くべきですね。
 ちなみに上条当麻には連絡済みです。此方に向かっているでしょう)

(――っ、何が起きているのかいい加減に説明し……)

(10032号から19090号へ、一部記憶の同期を完了しました。
 と、ミサカ10032号は時間のロスを考え通信を終了します)
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:44:12.41 ID:FaE/tL0to

10032号の見た記憶が脳に流れ込んでくる。
一瞬がゆるゆる引き延ばされ、その100京分の1秒が19090号の思考を呑んだ。

どこだ?

冥土帰しの診察室に10032号が立っていた。

机の上に真白い封筒、医師の手には数枚の便せんが握られ、表情は失われている。

「これを、どこで見つけたんだい?」

ほんの少しかすれた声だ。

「先日、百合子の病室のクローゼットです、とミサカ10032号は答えました」

短い回想。ダイジェストのように印象だけを切り取った記憶が流れ込む。

百合子の外出訓練に初めて出かけた日の回想だ。

薄暗いクローゼットの中に、ぞんざいに突きこまれたクリアな書類ケース。
運び込まれた日に「一方通行が」所持していたものだ。

そのケースを、10032号の指がためらいも無く開き、探った。

やめるべきだ、と記憶に向かって叫ぶ。

指先はもちろん止まらない。
何かを見つける。
摘まみ出す。

手紙?

表の但し書きはこうだ。
『鈴科百合子を見つけた人間へ、可能なら冥土帰しに渡すこと』

「……そしてここへ持ってきました、とミサカ10032号は続けます」

「それはプライバシーの侵害かな。マナー違反だよ?」

「外からその但し書きが透けて見えたのです。とミサカは言い訳しました。
 ミサカは鈴科百合子を見つけていましたし、その但し書きに沿って行動しただけですよ」

「まあ、今回ばかりは君の功績はとても大きいね?」

閉じかけてあった便せんを、またハラリと開く。中身は見えない。
ただ機械的なまでに整った字がきちきちと神経質に敷き詰められていることが分かった。
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:44:45.73 ID:FaE/tL0to

「……僕は、いや、木原数多もだが……とんでもない勘違いをしていたようだ」

「勘違い……ですか? とミサカは訝しみます」

「誤診だね。医師失格だ」

このままでは、と言葉が続く。

「一方通行の記憶は、二度と元には戻らなくなってしまうだろう。
 それどころか、鈴科百合子は近いうちに」

「……?」

「死ぬ」

ブツン。
耐えきれなくなり、同期した記憶を脳から叩きだす。

ベンチを急に蹴って立ちあがった19090号を、真っ赤な瞳が不思議そうに見上げていた。

「19090ごう、どうか、した、の。」

「百合子……病院にもどりましょう、と、ミサカは帰宅を急かします」

立てかけてあった杖と日傘を取り、百合子に向かって右手を差し出す。
訳もわからぬ様子でそろそろと手を取る百合子。
その傍らで、とっくに理性を取り戻した黄泉川が心配そうな面持ちでこちらを見つめていた。

「何かあったじゃん?」

「黄泉川愛穂、すみませんが、貴女も病院に来ていただけませんか……
 できれば車で、とミサカはお願いします」

「一……百合子、の具合も悪そうだし、それは構わないけれど」

「医師から説明があります。他の関係者はもう集まっていますので、急ぎましょう」

「わかった」

警備員らしく、無駄を省いた簡潔な返事をする頃には、何かを悟った様子が見える。
車を回すから、ときびきび去っていく彼女の指示通り公園の出口へ百合子を連れていく。

「19090ごう、あの、ぼくなにか、、、いけなかっ」

「百合子は!」

「うァ、」
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:45:11.80 ID:FaE/tL0to

「……悪く、ありません、っ!」

絞り出すように、それだけ言った。

いけない。このままでは。
泣きだしそうだ。

何が起きているか分からず、困惑した表情のままの少年。
それでも何か言おうと、はくはく口を動かした。

「あ、りが、、、」

「ごめんなさい、大きな声を出して。百合子は疲れているみたいです。早く帰りましょう。
 もっと早くこのミサカが気付いて……」

意識できないまま、意味のないような言葉が口からさらさらになって出て来る。

ただ百合子の唇から洩れる言葉を遮るためだけに、19090号は離し続けた。
聞きたくない、と思うのは初めてのことだった。

歯の根が合わずに言葉が震える。
脚ががくがくと揺れた。

「だから、早く病院に、帰りましょう。と、ミサカは懇願します」

「う、ン、。あの、ぼく、、、だいじょうぶ、だから、ね。」

「……は、い」

『鈴科百合子は近いうちに死ぬ』

死んでしまいそうに怖かった。

今すぐこの目の前の少年を抱きしめて、黄泉川愛穂のように泣きじゃくりたかった。

そんなの嫌だ、と小さな子供のように喚いてやりたかった。

誰かこんなことを引き起こした奴を殴りつけてやりたい気持ちになった。

実験動物としてボタン一つで製造された乱造品。
その中で最も粗悪な作りで生まれた19090体目の御坂美琴。

彼女はまるで意識することも無く、そんな感情を抱き、かつ殺していた。

涙を必死に押しとどめるのをあざ笑うように、急速に近づいてきた雨雲から、最初の1滴が
彼女の蒼白になった頬にポツリと当たって、流れていった。
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/06/08(水) 01:46:03.10 ID:FaE/tL0to

小一時間ほどが経っただろうか。

病院内に設けられた小会議室といったような部屋。
冥土帰しは窓に当たる大粒の雨を眺めていた。

円状に並べられた机には、御坂美琴、上条当麻、打ち止め、番外個体、黄泉川愛穂。
10032号と19090号は席につかず、扉の前に少しの間を開けて立っていた。

明るい室内とは裏腹に、先ほどまで気持ちよさそうに晴れていた室外は土砂降りだった。
横殴りに降る雨が、窓ガラスに当たり、流れ、鱗のような影を作り出す。

沈黙を最初に破ったのは、上条当麻だった。

「……あの、何かあった、のか?」

ゆっくりと、冥土帰しが振り返った。
疲れたような、悲しそうな表情だ。

「すまない。全て僕の責任だ」

19090号がひゅくりと息を呑んだ。

「鈴科百合子は記憶を失っていないんだ。
 彼の病状が記憶喪失でないことは、少し前に分かっていたんだけれどね?」

冥土帰しが机の上に、抱えていたファイルをどさりと投げ出した。
黄泉川愛穂が眉をしかめる。

「それは……?」

「これは一方通行に関する一番詳しい資料だね。
 彼の友人が苦労して手に入れてくれたものだよ?」

その表面を、冥土帰しの手が優しく撫でた。

「この中に書かれたいくつもの研究結果、日誌、考察を鑑みた。
 信じられないかもしれないが、彼の病名は記憶喪失でも何でもない」

ざあざあと降りしきる雨音がノイズのように響く。

「一度は聞いたことがあるだろう? 多重人格、DID……解離性同一性障害。
 それが彼のかかっている病気、いや、障害だ。外傷や病ではなく、ね」

「た、」

ガタ、とパイプ椅子を蹴って御坂美琴が立ちあがった。

「多重人格、って、百合子が作られた人格だってこと!?
 確かに知能は一方通行よりも劣ったけれど、あの子は……!」

「いいや」
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:46:37.56 ID:FaE/tL0to

冥土帰しがやんわりとそれを遮った。

「鈴科百合子ではないんだよ」

「え?」

「作られたのは、一方通行の人格だ」

「――」

「あえてはっきり言おう。一方通行は鈴科百合子の作りだした精神疾患だ」

全員が言葉を失った。

先ほどの冥土帰しの言葉を聞いて、全員がこう思っていたのだ。
作られたのは鈴科百合子の方である、と。

「僕も、一方通行が主人格だと思っていたんだよ。とんでもない間違いだった。
 もう少しで取り返しのつかないことになってしまう所だったんだ」

「っざけんなよ!」

上条当麻が拳で机を叩いた。
19090号がびくりと体を縮める。

「一方通行が疾患!? そんな、人を病原菌みたいな言い方ないだろ!
 それに、どうしてそんなことが言えるんだよ!? たしかあれって診断が困難な……」

「彼を病原菌のように扱うなんて、僕がする訳ないだろう?」

妙に優しい声が、続けようとした上条の声を遮った。

「すまないね、疾患というのは診断上のことだ。個人的な解釈をするなら、彼は良性で
 むしろ必要な存在なんだよ。鈴科百合子には、一方通行が、ね」

長いようで短い沈黙が流れた。
溜め込んだ息を吐ききってから、上条当麻の拳が緩む。

「……ねぇ、診断の基準は? どうして解離性同一性障害って診断したの?
 っていうか、このミサカには話が上手く見えてこないんだけど?」

番外個体がゆらゆらとパイプ椅子を揺らしながら問いかける。
ほんの少しの動揺が透けていた。

そして、冥土帰しの指が、ファイルから封筒を摘まみ出した。
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:47:53.45 ID:FaE/tL0to

「一方通行の書いた手紙、いや、告白文と言った方が正しいかな?」

封筒を開き、冥土帰しがその一部を読み上げた。

「……多分、この手紙が発見されている時、俺はもう居ないはずだ」

御坂美琴が静かに着席した。
手紙は続く。


鈴科百合子がもし俺の体に戻ってきたら、彼はきっと酷い状態だと思う。
俺が最後に話をした時に、彼が酷い状況だったからだ。

頼みがある。3つ。まず、白衣を見せないでほしい。それと、女に合わせるな。
それから、できるだけ怖い目に合わせないでやってほしい。

あれだけのことをした俺がこんなことを言うのはおかしい。
ただあれをやったのは俺で、鈴科百合子には何の関係も無いことだけは分かってほしい。

鈴科百合子はもう十分に罰を受けた。これ以上酷い目に合わせないでほしい。

そして、もし酷いことになるくらいだったら。
例えば、研究材料として刻まれたり、拷問を受けたりすることになるのだったら
その前にどうか安楽死でも施してやってほしい。

多分だが、本人がそれを望む。

鈴科百合子は主人格で、痛みに耐えるための人格だ。
耐えきれなくなった時は自殺してしまうだろうが、もう俺は現われないで済むはずだ。

手紙が読まれる頃にはもう俺は消えているだろうと思う。
妹達と、番外個体と、黄泉川と、芳川と、オリジナルと、三下と、グループの奴と
それから打ち止めに、よろしく伝えて欲しい。


「……省いた部分は障害に至る過程が書かれていいたよ。酷い内容だ。
 ここでは伏せさせてもらうが、いいね?」

誰も答えなかった。
全員が下を向いたいた。

いや。
ただ打ち止めだけが、感情を感じさせないような表情で冥土帰しを真直ぐに見つめていた。

「あの人は消えてしまったの? ってミサカはミサカは尋ねてみる」

「いや、人格が完全に消去されているかどうかは不明だね?
 現に鈴科百合子の人格は、約7年もの間眠っていた」
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:49:00.46 ID:FaE/tL0to

「だったら」

打ち止めの顔に満面の笑みが戻った。

「あの人はまだ、元気だって、ミサカはミサカは断言してみたり」

「ぎゃは、」

番外個体が調子の外れたような笑い声を上げて打ち止めにしなだれかかる。

「さっすが上位個体サマ。でも、このミサカとしてはちょっぴり賛成かなぁ?
 あのクソみたいなお子ちゃま第一位がそんなアッサリ消えられる訳ないでしょ」

親御さん、未練たらたらだもん、とケラケラ笑う。

「言い方はちょっとアレだけど、一方通行が自殺みたいな真似はしないだろ。
 あいつはそんなに弱っちい奴じゃない」

上条当麻の声に、黄泉川が小さく頷いた。

「どこからだって帰ってくるのが取り柄みたいなもんじゃんよ。
 待っててやらなきゃ、可哀そうじゃん」

10032号と19090号は、ただ黙って立っていた。

同じようにずっと黙っていた御坂美琴が、ふいに視線を上げた。

「ねぇ、その手紙って書類ケースに入ってた奴よね?」

その言葉に10032号がゆっくりと答える。

「はい、とミサカは肯定しました」

「もう1通は?」

「は?」

美琴の視線が彼女を貫く。

「もう1通、あったわよ。手紙は2通。
 宛名は見えなかったけど、私の前で封筒に入れてたんだから」

「……ミサカは1通しか確認していません。
 書類ケースにも他の封筒は見当たりませんでした、とミサカ10032号は言い切ります」

「私が見たのはファミレスの座席でケースに2通の封筒をしまう所。
 出入り口で倒れて、私がケースをここまで運んだの。その時まだ2通あったはずよ」

10032号の顔に、僅かに迷いが見て取れた。

「それでは、2通目はどこに?」
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:49:33.50 ID:FaE/tL0to

同時刻。

鈴科百合子の病室で、インデックスは物凄い速さで口と手を動かしていた。

「それでね、私も、その人たちのこと、を覚えてなかったんだけど、ね!
 今では、ものすごーく、仲良しなんだよ!」

文節ごとに区切っているのは、その合間に口にクッキーを放り込んでいるからだ。

百合子はそれをしげしげ眺めて感嘆していた。
病室のロッカーに隠してあったクッキーは、先週土御門が持ってきたものだ。

完食したと偽って、缶ごと病衣にくるんで隠蔽してあったのを奨めたところ、インデックスは
さも嬉しそうに抱え込んでサクサク食べ始めたのだ。

両手で大きめのビスケットを持って、一口ずつ齧りとり、緑色の大きな瞳を輝かせながら
一生懸命に話すその姿はどこかげっ歯目じみていた。

「それにしても、白い人だったんだね。私のこと覚えてないって変な感じなんだよ」

「ご、めンね。」

少しだけ悲しく顔が歪む。
記憶がないことの不安よりも、覚えていられなかった不甲斐なさが悲しい。

「ううん、いいんだよ。私もそうだったんだから。
 かおりやステイルもこんな感覚だったのかな? ちょっと変わった感覚かも」

「う、。」

にこにこ微笑みながら菓子を頬張る少女は、何でもないことのように言ってのけた。

「それにしても、私に美味しいものを食べさせてくれたのは2回目だね!
 最初はハンバーガーだったんだよ」

「はンばーぐ。」

「ハンバーガーだよ。食べたことない?」

こっくりと百合子は頷いた。

「人生を損してるかも……今度とうまに連れてってもらおうね!」

「でも、ぼく、あの、、、あンまり、たべられなくって。」

「もし食べ残したら私が食べてあげるかも!」
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:49:59.64 ID:FaE/tL0to

にこにこと笑うインデックスが百合子には眩しかった。

彼女は自分を白い人、と呼ぶ。
が、彼女の方こそ真白く見えた。

自分は白い色で出来ているが、卵のように割ったら、中身はきっとどろどろ汚い黒色だ。
この子はきっと、もっと純粋に白い色なのだろうと思った。

「ありがと。」

「私の名前はインデックスっていうんだよ」

「インデックス。」

「そうだよ、ゆりこ」

献身的な笑顔につられて、百合子の頬が緩む。

「ゆりこ、眠れないんだって聞いたんだよ。本当なの?」

「ン、、、う、ン。」

「子守唄を歌ってあげようか? 私上手なんだよ」

膝からクッキーのくずを払い落し、缶を丁寧に閉じてから。
インデックスは百合子のベッドサイドにちょこんと腰掛けた。

クラシカルで、どこか神聖なメロディーが彼女の唇から零れおちる。

病院だということに配慮したのか、若干押さえ目の音量で、囁くように紡がれる聖歌が
窓の外に降りしきる雨音に混ざる。

緩やかな半覚醒状態で、百合子は虚ろな目をゆるゆる瞬いた。

「……眠れない?」

「ねたく、ない。」

今にも眠りそうな声で、百合子はそう呟いた。

「どうして?」

「ゆめ、みる。」

「夢?」
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:50:35.50 ID:FaE/tL0to

これはある種の懺悔だ。

インデックスはそう考えていた。

彼女は本来、懺悔らしい懺悔は受け付けない宗派のシスターである。

だが、多種多様な宗教に通じる献身的な子羊は、修道女らしい自然な心で
百合子のそれを受け付けることにした。

「どんな夢を見るの? もしかして、怖い夢なのかな?」

ゆっくりと、白い髪を梳いた。

「わかンない。」

「覚えてないの?」

「ン、でも、いやなンだ。」

とろとろと微睡んではぱちりと開かれる瞼を、インデックスの小さな掌がそっと覆った。

「うァ。」

「だいじょうぶだよ、ゆりこ。私がいる間は絶対怖い夢なんか見せないから」

「そう、なの。」

「そうだよ。ゆりこ。私、実は」

魔法がつかえるんだよ。

禁書目録は優しい嘘を一つついた。

百合子は一瞬驚いたような顔をして、羨ましそうな声で、すごい、とだけ呟いた。

「だから、おやすみ、ゆりこ」

大人しく目を閉じた百合子の病室からは、ささやかな聖歌が
ゆるやかに、しかし、とめどなく流れ出した。

優しい空間の中で、鈴科百合子は束の間、夢も見ずに眠り続けた。
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:56:44.51 ID:FaE/tL0to

『腕の中にくったりと横たわる真白い生き物が、くふ、と湿った吐息を漏らした。
「こっの……三下ァ、も、触ンな、ばか……っ」
 そう毒吐きながらも巻き付く腕を押し返す力は弱弱しい。力のまったく籠らない掌を押し
当てられた所で何とも思わない。ただ後ろから抱きすくめたせいで密着した背中がいつも
の低温とは裏腹に熱く火照っている。
 しゃらしゃらと雪色に眩しい長目の髪。それが覆う首すじに鼻先を埋める。霧を噴いたよ
うにしっとりと、いつもより濃い匂いがした。もっと匂いが欲しくて、舌をぺたりと押しつける。
「ひ、ァうっ!?」
「ん。味がしてる」
「やめ、ッ……は、っく!」
 びくびく魚のように跳ねる体を押さえつける。薄い耳をそっと噛むと、引きつるように脚を
伸ばした。意識してやったことではない。本人は気付いてもいないだろう。
「あ、あ、ア、あ゛――っ?」
 鼻にかかったような声があがる。音程が外れている。もう殆ど周りが見えていない状態
なのだろう。押しのけようとしていた腕も、すっかり縋りつくように変わってしまった。慣れ
ない人の肌に戸惑い、今まで跳ねのけてきた刺激に怯えている。そして、その触れかたの
丁寧さにどう反応したらいいのか分からないのだ。葡萄酒色の瞳がふらふら揺れる。
 ゆっくりとシャツをたくしあげる。指の腹で指紋をまぶすように、薄く浮かんだ肋骨を辿って
いく。ブルブルと震える背筋に、少年は今まで腰を引いて当てないようにしていた部分を
じわりと押しつけた。
「う、わ?」
 血が集まって堅く張りつめた部分が腰の中心にある骨に当たって、ごりごりと擦られる。
「何やって……っン!」
「あーあ、一方通行が、変な声出すから」
「く、ちが、ちがァ……っ?」
 体勢を変えて、床に長々と体を押し倒す。ゆるく伸びた脚を両足で捕まえ、絡めて、尻と
太股の隙間、その内側にぐっと腰を押しつけた。
「おい、当たって、るから……! も……やめっ、」
「無理。絶対無理」
 薄っぺらい大胸筋ごと胸板を掌で包み、女にするように揉みこむ。シャツがずれて露出
した肩があまりにも薄い。それを歯でなぞると、短く息を呑んだ。ゆっくりベルトを外し、
まだ生地の堅い細身のジーンズを引きはがすように脱がs|                 』


物凄い勢いで打ち込まれていく猥褻な文章に、キーボードが悲鳴を上げている。
もちろん二重の意味でだ。

テキストファイルの表示に微妙なラグが生じている。
だが決して使用しているマシンスペックが低い訳ではない。タイピングが早すぎるのだった。

鬼のようなインプットがぴたと止んだ。
画面の隅にと小さなポップアップが表示されたからである。

ポン、と可愛らしい軽快な音を立てて現われた、チャットを投げかけられたことを示す表示。
すぐさま画面は切り替えられる。

 Tei:いるか?
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:57:11.65 ID:FaE/tL0to

簡潔な文章。返信ももちろん、簡潔、しかし手軽である。

 Kaz:はぁー? いますけどー?

 Tei:機嫌悪いだろ。仕事中とか? ゴメン

すぐに返事が返ってくる。下手な会話より早く、テンポが良い。

 Kaz:執筆中でした。まあいいですけどね( ゚д゚ )、ペッ

 Tei:おげぇー! 執筆ってアレ? マジいい加減にしろ!

 Kaz:黙れ処女童貞。ペットボトル突っ込みますよ

 Tei:できるもんなら

 Kaz:マジですか?\(*´∀`)/ じゃあ今から言う物をきちっと準備しておいてください

 Tei:ごめんなさい、やっぱやめて

 Kaz:まずワセリンとー

 Kaz:(´・ω・`)

 Tei:その顔やめろバカ

 Kaz:かわいいのに(´・ω・`)

 Kaz:ところで何か用事ですか? そっちから飛ばしてくるとか珍しいですよねー

 Tei:ちょっと頼みがある

 Kaz:面倒は嫌ですよ

 Tei:一方通行の最近の動向について調べてくれないか?

 Tei:ちょっと野暮用で。頼む。

 Kaz:会いましたよ

 Tei:誰に

 Kaz:あくせられーたん

 Tei:脳外科行け

 Kaz:本当ですって。ほれほれ!

  Kaz さんが ファイル accelerator_moe_moe_qun.png を送信しました
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:58:04.08 ID:FaE/tL0to

 Tei:コラまで作れるようになったのかお前は。なんだこのパフェ喰ってるアホ面

 Kaz:いやいや、マジですってマジ

 Tei:嘘

 Kaz:マジ

 Tei:まj

 Tei:マジかよ…

 Kaz:何動揺してんですかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 Tei:黙れ

 Tei:あー、なんかへこむ

 Kaz:えっなんですかその反応kwsk

 Tei:いや、もういい。つーか調べるのもいいわ

 Kaz:何ですかもー

 Tei:や、解決した

 Kaz:あっそーですかー

 Tei:すねんな

 Kaz:便利屋じゃないんですからね!

 Tei:分かってる。いつもサンキュ。じゃ、またなカザリ

  Tei さんが オフライン になりました

 Kaz:ばーかあーほ!

 Kaz:あっ遅かったか…

 Kaz:うーn

 Kaz:やっぱしばーか!

  Kaz さんが オフライン になりました

  チャットサービス を 終了しました
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/08(水) 01:58:32.43 ID:FaE/tL0to

今日はここまで。

精神的ブラクラ文すみません。これでもちゃんと色々勉強して書きました。某SSとかで。
今回はリベンジで男でも抜けるくらいのを書きたかったですが、正直抜く前に吐きそうです。
いや、ゲイの人が気持ち悪いとかじゃないんですけどね。めちゃくちゃ優しいしね、彼ら。
皆が「くそっ、こんなので!」って言いつつティッシュ片手でジッパーに手をかけるくらいの
艶やかな文が書けるようになりたいものですね。素直に女の子を脱がせという話だけど。
チキンレースはギリギリだから楽しいのです。たとえ下半身が拒否反応を示していてもな!

あと黄泉川先生の願掛けは捏造です。

それでは。
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/08(水) 02:15:10.01 ID:6HIlcpk7o
かざりェ…
         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|          あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|       『おれは今回の投下の序盤の展開に涙を流していたと
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ        思ったらいつのまにか濃厚なホモ展開を読んでいた…』
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人        な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ        おれも何がおきたのかわからなかった
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ        頭がどうにかなりそうだった…
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \    超能力だとか魔術だとか
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ    そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ  もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/06/08(水) 02:17:18.48 ID:TcRPpbxy0

泣いたと思ったら驚いて混乱して読み直してまた泣いた。
気になってた手紙が公開されたけどもう一通も気になる・・・
初春・・・ダメだ感想がありすぎて何書けばいいんだ。
とりあえずインデックスさんマジ天使
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage saga]:2011/06/08(水) 02:49:06.01 ID:SdBT6Akj0
前半の俺の涙と中盤のシリアスでゴクッっとした俺の緊張感とラストの違う意味でゴクッとした俺の股間を返してくれw
>>1
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/06/08(水) 03:23:17.34 ID:HVidnQw4o
一瞬どこの魔窟に放り込まれたのかと思った上に、もしかして何かの前置き的なアレか?とか思ってしっかり読んだら初春このやろう
448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/06/08(水) 04:09:25.97 ID:tMMU6fhAO
まさか嘘、そんな展開
こんなことってないよ!
って気持ちが初春のおかげで落ち着いた
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/08(水) 05:46:56.02 ID:X73A+l04o
kazを風斬だと思い込んで
ネット弁慶な腐氷華さんに萌えたバカは俺だけでいい
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/08(水) 06:07:25.58 ID:z6Tv4b8/0
Teiをていとくんだと思い込んで
登場を期待しているのは俺だけでいい
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/08(水) 08:49:14.02 ID:nKk39MpDO
ういはるさんのはふくせんですよねさすがういはるさんやー
妹達が良い味だしてるなぁteiは誰だ。ていとくんなのか
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/08(水) 09:36:33.54 ID:sko0Ac8m0
乙!泣いた…一方さん格好良すぎ…
453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チリ) [sage]:2011/06/08(水) 09:57:09.95 ID:a4vyt90K0
>>1
ビリー・ミリガンの小説で、アーサーが消えた時の事思い出した
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/08(水) 12:53:52.99 ID:N2yRC9QAO
定理さん希望
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/08(水) 18:19:41.45 ID:SZ+vzhKb0

黄泉川先生のところで泣きそうになって、
一方さんの手紙でまた泣きそうになって、
インデックスさんマジ天使
とか思ったら初春さん…言いたいことありすぎて
Teiはていとくんだと思いたい
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/08(水) 20:23:19.44 ID:Q/9zn8zj0
teiはていとくんじゃねーの?
457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/08(水) 21:01:43.15 ID:pf1uz+TO0

黄泉川に泣いた。そして初春に吹いた
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/08(水) 21:13:35.91 ID:UwqcRtVDO

心が痛い
そして初春お前……

元ネタっていうか
コンセプトの一部にビリーの話があるのかな?
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/06/08(水) 23:00:38.78 ID:W9skuGouo
カエル「で、ワセリンと何を用意すればいいんだね?僕は姦者に必要なものなら何が何でも用意するからね?」
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/09(木) 00:03:35.29 ID:/AKCXnqDo
>>459
スレ間違えてるぞ
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/09(木) 00:57:15.42 ID:MAfcmkAgo

黄泉川のところでぶわってして
一通さんの手紙でぶわってして
インデックスにおおう…ってなって
初春で「?!!」って声にならない声が出た

1はむしゃくしゃして書いたみたいだけど
例の作品も好きだよ!だから後悔はしなくていいと思うんだぜ
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/09(木) 02:07:47.70 ID:uz55ZyS7o
1乙!
早く書き上げて救いを見せればきっと>>1のおにンにンも頑張れるはずだ!
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/09(木) 04:30:03.44 ID:sgmtjX3DO
>1乙あと息子さんをお大事に

今まで読んできたSSの中で一番好きだ

一方さん…からの初春ゥ…その小説を最後まで見せてくれ…

このドキドキ感たまんないね
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/09(木) 04:36:09.74 ID:oKN6KgFIo
やっぱり過去作はアレだったかww

初春め…一瞬スレを間違えたかとスレタイを見て
IDを確認して
何かの間違いかと思いながら続きを真剣に読んじまったよ…

でも抜きました>>1乙!
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/09(木) 07:21:19.05 ID:8ai681+s0
びびらせやがって……>>1

とりあえずインデックスの子守唄は妄想にドストライクだったんでマジgj
黄泉川のとことかからの流れでいい感じに感動していたというのに
初春ェ……
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/09(木) 11:45:35.75 ID:WYd7PFDco
>>1の過去作って何?
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/09(木) 13:02:14.52 ID:tgvTwipto
一瞬百合子の過去の夢かと思ったらお花畑だったとは
今回は一方通行が百合子を守るための人格だったからあんなに攻撃的だったとか
いろいろ考えられて辻褄が合っちゃう回だったな
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/09(木) 15:27:22.23 ID:ENULwnJCo
多重人格自体は最初の頃から容易に想像できたけどそうか一方通行を諦めない展開になるのね
469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/06/09(木) 17:39:00.73 ID:qzdRpuhAO
Teiって誰だ
本当にていとくんなの?
本当ならどうやってそのパイプ作ったんだww
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/09(木) 22:05:51.65 ID:vl9MKR2IO
作られた人格が一方さんだとは
どちらが消えてしまうのも嫌だなぁ
手紙の内容も気になる

そして初春さんの本一冊くれ

まじでBL小説っぽい雰囲気だったぜ
1はよく頑張った
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/06/09(木) 22:34:34.88 ID:7/bx9tZ00
花畑とていとくん仲良いなwwww
あとあげないで
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/09(木) 22:35:20.35 ID:VEq0TzUE0
一気に読んだ
とりあえず>>2-6の辺りで一方さんが多重人格で第二人格なのは薄々気付いてたが
色んな意味でドキドキしている。小説読むのにこんなに緊張するのは久々
一方通行と鈴科百合子のシアワセな未来は果たして両立出来るのか期待乙

つーか初春ェ…
473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/09(木) 23:29:08.46 ID:MQh9DA/DO
チクショウ!
俺もこんなSS書きたかったっつゥの!
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:35:54.29 ID:ud7oDU7Co

おこんばんは。
書き終わった所でタイミング良く上がってたので投下します。


皆さん二重の意味で阿鼻叫喚地獄ですね。
ありがとうございます。冥利に尽きます。


ビリー・ミリガンの話が上がってますが、まあ色々なものを参考にしてますので
書き終ったら参考書籍一覧上げますね。


過去作に関しましては
・一方通行「助けろ三下ァ……」
・鈴科百合子「お兄様、とユリコは呼びかけます」 一方通行「はァ!?」(未完)
・上条「御坂とヤったけど、正直気持ちよくなかった」 の一方さんガチレイプパート

あと連載中のが
・上条「福引で一方通行が当たった」

となってます。連載中のは2本だけです! ギャグ(コメディ?)ばっかり。
でもこの話みたいに地の文ありのSSは始めて書いたので、他のは雰囲気違うかと。

>>473
書いちゃえよ! 設定かぶりとか良くあることですし。これも忘却の空とかと被ってます。
むしろこの話のスピンオフ書いてもいいです。禁書漫画のネタにしてもいいです。
夏コミで売ったっていいです。支部に上げてもいいです。百合・BLネタにしてもいいです。
SS自体二次創作なので、このSSに限っては好きに書いたり描いたりしていいです。
むしろ喜びます。でもこのSSのルールだから他の人のはやって良いか確認取ってね。


今日は最初のあたりが携帯さんに優しくないですが、ご容赦ください。
というか>>3が既に優しくなかった。ごめんください。

それでは続き。
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:36:21.56 ID:ud7oDU7Co

ばちっ、と。                                      バチッ、と。
おおきなおとがした。                    いつも通り大きな音が聞こえた。

でんきのスイッチをきったときの。         俺のスイッチが入る、入れ換わる時の。
そンなような、おとだった。                      そンなような、音だった。

めをあける。                                     目を開ける。

ぼンやり、くもっている。                        ぼンやりと曇っている。

また、いたい。                                いつも通り、痛い。

そう、おきた。                               ゆっくり体を起こした。
めがさめた。ここは。                       自分はどこにいるンだろう?

ここは、うすぐらい。そとだ。                     薄暗い。夕方? 外だ。

こうえン、のような。                               公園だろうか。


                        「?」


あくせられいた。                                    百合子?

おかしいな。                                     おかしいな。


                     「どこにいるの?」


こわい。                            大切なものを失くした気がする。

いたい。                             体中が今までにない程痛い。

なにか、よくない、そんなきがする。         何か嫌な感覚が纏わりついている。


                        「ァ、」


だれか。                                           誰か。

あくせられいた。                                     百合子。


                    ひどく、こころぼそい。

              それなのに、こンなところに、たったひとりだ。

                    なンとかしなくては。

                   このひとが、しンでしまう。
476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:36:59.19 ID:ud7oDU7Co





                 -7 もンだいない




477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:37:42.91 ID:ud7oDU7Co

段々に意識が鮮明になってくる。

ここは? 公園だ。いつもの児童公園の遊具の中。
入り込めるのは装飾じみた小さな穴だけで、大人は絶対に入って来れないだろう場所。

隠れる時はいつだってここに来た。
だが、これほど広く、冷たく感じたのは初めてだ。

意識がはっきりしてくると共に、痛みが体を覆い始める。

痛い。痛い、痛い。
何だ、これは。

今までに味わったことのない程の痛み。

何があったんだ。
さっき交代した時はまだ……

脳裏に蒸気を上げるアイロンがちらりとかすめる。

……何故交代したんだろうか。

我慢ができなくなったから、俺が出ていったのに。
いつのまに交代したんだろう。何故、交代したのに傷が増えているんだろう。

ゆっくりと体を起こす。
随分長い間こうしていたらしい。
体の下になっていた部分が鈍く痺れた。

痛い。

そっと掌を地面につく。
泥がぬるりと滑った。
雨は降っていない。

泥?

片足が薄闇に浮かびあがる。

奇妙な方向にねじれ、太股から黒い水たまりがじわじわ、じわじわ、じわじわと。

「う、ァ゛――、ァ、あああああああああァあッ!?」

ズグン、と。

意識した瞬間、体中のありとあらゆるところが脈動した。

脚の血管の中を巨大な蟲が鍵針だらけの脚で這いまわっているような。
なんだろうか、胸が痛い。脇腹が。何か飛び出して来そうに。焼ける。中から。
目はちゃんと付いているか? 左。そう、左の目だ。なんだ、これは。酷く熱い。
478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:38:20.51 ID:ud7oDU7Co

「ア、っぐ、フ……う、うェ゛、」

突きあげる吐き気に任せて、胃液を吐き出す。
しばらく食べていないから色のついていない酸だけが……

どす黒い内容物が唇からぼたりと滴った。
鉄錆と強い酸の、酷い悪臭。

「あ、あ?」

すぐに次の液塊が食道を駆けあがってくる。

「げ、っゥ……え゛! え、けゥ……ッ!」

壊れた水道管から汚い水が逆流するような音。

醜い。
そう思った。

泥まみれで地面に転がり、顔の脇に血液と胃液の混じった吐瀉物を散らす。
全身を震わせて、のたうつ。蟲だ。

ただの、寄生虫だ。

は、は、は、と呼吸が早くなっていた。
生理的に浮き上がった涙を追い出す。

寄生虫は、宿主の生き物ができるだけ長生きするように努めなければならない。

何故だろうか?
それは、食物を得るためだ。心地よい住処を。

宿主を早々食いつぶすのは、成長の早い毒蟲のすることだ。
ゆっくりと時間をかけて育つのならば、宿主の体をより良い状態に保つ必要がある。

だから、自分もそうしなければならない。

起き上がろうと力を込めていた腕を元に戻す。

地面に胎児のように丸まり、目を閉じた。
気休めにすぎなくても、そう思い込むしかない。

傷が治る。
血が止まる。
痛くなくなる。

歩けるようになる。
ここから逃げる。
もう、誰にも傷つけられないように、なる。

そう、強く、強く思いこむ。
それが本当になるように。
479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:38:47.58 ID:ud7oDU7Co

痛みがなくなる。
きっと治る。
もう一本の傷も付かないように、なるのだ。
全部、「跳ね返して」しまうように、なったのだ。

痛くない。
痛くない、痛くない、痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない。

ざら、と、何かが溶けていくような音が聞こえる。
何だろう? まあ何でも構わない。

大丈夫。絶対に、大丈夫。死なない。これは治る怪我だ。
痛くない。大丈夫、大丈夫。

何十分言い聞かせ続けただろう。
気がつけば、痛みがほんの少し、和らいだような気がした。

これなら、大丈夫だ。

脚をちらりと見る。
未だに奇妙な方向を向いてはいるが、血は止まっていた。

よし、大丈夫。
もう痛くない。

また痛みが引いた気がした。

心臓がどくどくと鼓動した。
何だかよくわからない。
けれど、何か不思議な力が体を突き動かしていた。

ゆっくりと、深呼吸をする。

ちくりと胸が痛んだ。
大丈夫、痛くない。
痛みがゆるゆる溶ける。

良い。
これなら、いける。生きていけそうだ。

あとは怪我を治して……

ぱたりと思考が停止した。

怪我を治す?
ここで?
480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:39:36.85 ID:ud7oDU7Co

どれだけ自分が物知らずでも、それくらいは判断できた。

無理だ。

血が流れ過ぎている。
それに、今はましになったとしても先ほどの痛み方は尋常じゃなかった。

これは憶測だが、先ほど自分が目覚める前は気を失っていたのだ。そう思う。
治す方法は一つしかない。

あの男の所へ行くこと。

そしてあの怖気で死んでしまいたくなるような時間を過ごすこと。
それくらいしか、馬鹿で弱弱しい自分には思いつかなかった。

力が欲しかった。
こんな自分ではなく、もっと攻撃的な人物でありたかった。

こんなものになりたくなかった。
自分を生み出したこの体のあるじが、酷く憎かった。
その優しさが疎ましかった。

守らせてほしかった。
頼ってほしかった。
守らないでほしかった。

だから。

この体は俺が守ろう。
そう決めるのだ。

寄生虫は、宿主の体を守るものだ。
だから、彼が帰ってくるまで体を保たなくてはならない。

今一瞬体を二つに裂くような出来事が起ころうとも。
命を守れるならそれでいい。

口の中に溜まった血液と胃液を、唾液で洗い流した。
ベッと唾を吐き捨てる。黒い。
まるで自分の心のように。

あそこへ行くのにどれくらいの時間がかかるか考える。
歩きで行ったことはない。

だが方角は分かる。
距離も大体計算できた。
何故そんなことができるかは知らなかった。

どうでも良かった。
できないことより、ずっと嬉しかった。
481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:40:51.22 ID:ud7oDU7Co

自分の脚では1晩よりもっと長い時間かかる。
ましてこの怪我した脚では。

いや、だめだ。

2時間だ。
それ以上は持たない。
大人に見つかってもだめだ。

走ろう。

どうなってもいいから、走っていこう。
そうすればきっと、間に合う。きっと。きっと。

どれだけ痛くても構わない。
どれだけ酷くなっても構わない。

到着したなら、どんな扱いを受けても良い。
この体が治るなら。

大体そこに行けば自分がどんなに扱われるかは分かっている。
それでもあの女の所に戻るより万倍ましだろう。
たとえ慰み物になってもだ。

自分が痛みを受けよう。

自分が裂かれよう。

ただ、ただ彼のために。

もう、誰か助けてなんて願わない。
幸運が起きろなんて願わない。

誰かなんていないから、自分が誰かになる。
幸運なんて起きないから、それは自分で起こす。

この期に及んで、もう存在しない救いなんて、求めない。

次にそれをする時は、きっと自分が要らなくなる時だ。

だから、その時までは。

自分が全部、引き受けよう。
482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:42:00.90 ID:ud7oDU7Co





だから、

その日、俺は犯されることを知っていながら、先生と呼ばれる男の家を目指していた。




483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:42:33.54 ID:ud7oDU7Co

雷鳴の音が鈴科百合子の病室にまで聞こえた。

ベッドの上で、シーツを掛けた薄い肉体がビクンと撥ねる。

「。」

インデックスは居なかった。
出ていったことに気付かないほどに眠っていたのだろうか。

そして気付いた。
出ていったから、夢を見たのだ。

夢の中の、


誰だ。

もやもやと何かが渦巻いている。

違う、忘れてなんかいない。
思い出したくないだけで。

シーツを握り締める。
駄目だ。耐えろ。
耐えなければいけないのだ。

自分が耐えなければ、あの子が、

あの、

ざ、ざ、と思考にノイズが混じる。
何かの音が聞こえる。

水溜まりを踏む。雨音? 外からだろうか。

安っぽい鉄製の階段を上る音。

電車。踏切。

鍵。ドアが軋みながら開く。閉まる。

痛い。

痛い。

酷く、頭が痛い。
484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:42:58.20 ID:ud7oDU7Co

重くなった頭を、枕の上にばさりと乗せる。
白い髪が散った。
モノクロの陰影。

ぶるぶると震える指で、彼はベッドマットの下を探った。
程なくして、何かをそっと摘まみ出す。

そんなところに隠しているせいで、少しだけ皺のよってしまった、封筒だ。

くるりと返す。

雨の晩に窓から射すごくごく弱い光。

文字が奇妙に浮かび上がって見える。
きっと自分が何度も何度も見つめ直してきたからだ。

綺麗な、神経質なまでに整った字。

『すずしな ゆりこ さま へ』

漢字は読めなかった。

その上に丁寧に振られたふりがな。
それだけが、その封筒を自分宛てのものだと明らかにしている。

ゆりこ、の文字が読めなければ、この手紙を見つけられなかっただろう。
2週間前の自分がそれを読めたことに、鈴科百合子は感謝した。

未だに堅く閉じられた封は開けられていない。

だが、もしこのまま夢を見続ければ、おそらく、きっと。
鈴科百合子はもうすぐこれを読まないではいられなくなるだろう。

ここに居る人は、誰ひとり自分のことを知らなかった。

それなのに、ここに自分を知っている人が居る。

この部屋に手紙を置いて行ってくれたのは誰だろうか。

「すずしな、ゆりこ、さま、へ。」

小さく読み上げた宛て名書きは、酷く優しかった。

ゆっくりとその差出人の名前をなぞる。

「あくせられいた、より。」

何故だろう。

ずっとこの人に、逢いたかった。そんな気がした。
485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/09(木) 23:43:25.69 ID:ud7oDU7Co

今日はここまで。

次辺りからそろそろラストスパート的なものに入っていきます。
486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/09(木) 23:45:09.94 ID:VnvcAUR30
更新乙!せつない…どうか二人に救いを…
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(滋賀県) [sage]:2011/06/09(木) 23:46:14.36 ID:lFrNhDgY0
乙乙
一方さん久々ー

>・一方通行「助けろ三下ァ……」
>・鈴科百合子「お兄様、とユリコは呼びかけます」 一方通行「はァ!?」(未完)
>・上条「福引で一方通行が当たった」
! 同一人物だったのか!!

>・上条「御坂とヤったけど、正直気持ちよくなかった」 の一方さんガチレイプパート
!?

お前だったのかという気持ちと半ば納得出来るようなこの感じ……
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/06/09(木) 23:52:31.74 ID:BgmaOYnAO

福引きも見てるぜ
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/09(木) 23:54:36.68 ID:vDuUj13DO


追い付きました!
切なくてもうほんとなみだが……!!
幸せになればいいのに……。
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/09(木) 23:55:56.75 ID:9fvyVDpL0

最初のところすごかった
なんか泣きそうだ

福引の人だなんて気づいてなかった
福引のほうも気になるけど
こっちも気になって仕方ない

続きがすごい気になる
happy ENDで終わることを祈る
この二人には本当に救いがほしい
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/09(木) 23:56:33.03 ID:ws36PJNc0
乙!
一方さんの能力の発現理由が…切なすぎて目頭があつくなってきた。
寄生虫なんかじゃないよ、あんた百合子のヒーローだよ…!!
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/10(金) 00:06:26.09 ID:trPNarWio
乙!
百合子…そして一方さん……

副引きすれも>>1だったのか。父御門好きだぜ。
どっちも続き待ってる
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/10(金) 00:16:28.56 ID:9m7CTnlDO
>>1

一方通行……百合子……

(´;ω;`)ぶわっ

てか>>1が書いたSS全部読んだことあるよ。色々な話書けるのすごい。
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/10(金) 01:07:56.99 ID:Si7mSSd1o
更新早くて嬉しい 乙!
福引の人だったのか?!どの作品も好きだよ

続きが気になるけど出来る限り終わらないで欲しい…
ゆりこにも一方さんにも幸せになって欲しいよ…。
495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/10(金) 01:35:14.27 ID:A5TfA5pSO
>>1乙…
ここまでの話を読んで泣いて、伏線とかを知ってから読み返して、原作にこの話を重ねたらまた泣いてしまった…。
能力の理由も、そこからの一方通行(百合子)の扱われ方も思うと胸が締め付けられる様に痛いよ…どうか二人を幸せにしてあげて下さい…。


>>1の作品全部ブクマ済みだったぜ。ほのぼのからぬとぬと過ぎて原典並の魔窟、そしてこの話までも書ける>>1に改めて乙!
496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/10(金) 03:44:55.47 ID:wF9SqQE/o
福引きの人だったか
すげー、>>1すげー
497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/06/10(金) 16:17:18.04 ID:Eg1U/PTJ0
福引、貴方様でしたか!!!
498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/06/10(金) 17:58:53.11 ID:unPYZgJAO
普段作者気にせず色々読んでたけど、全部読んだよ読んでるよ!

>>1がスゴくてスゴいしか言えない><
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) :2011/06/10(金) 18:49:42.84 ID:S222Yl7l0
このスレ見てから涙が止まらない(´;ω;`)
続きを待つ
500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/06/10(金) 21:18:54.32 ID:iGn4UWexo
福引の方も読んでるよー
どっちも超期待してる!
501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/10(金) 22:55:05.43 ID:5JGC516ao
全部読んでるww
連載大変でしょうにすごいですね。どれも楽しみにしてます
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/11(土) 06:34:08.64 ID:pANOoPQDO
読み返してて思ったんだが、百合子は句点読点しか使えないんだな
?も!も無しにこの表現力か…胸熱…
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/06/11(土) 10:05:15.66 ID:8V8qv4mB0
乙乙!

まさか>>1だったとはな……
全部読んだことある作品だぜ
そんな俺的良作ばっか生み出してくれる>>1を応援してる
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/06/11(土) 14:56:52.80 ID:5F2udkBAO
一気読みしちまったぜ……てか福引の人なんかw予想外過ぎるわww

これゆりこちゃんもとい一方さんは原石なのか?
防衛本能が産み出した能力を学園都市が研磨して第一位が生まれたのか……。
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/11(土) 22:06:07.15 ID:9cuIoHw20
おお福引きの人か
意外なんだけどなんか納得する
一方さんも百合子も何とかなって欲しいなあ
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/12(日) 01:56:08.29 ID:e+cWUlIP0

全部読んだぜ。応援してるからこれからも無理せず頑張ってな!
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/12(日) 03:39:28.09 ID:e+cWUlIP0

全部読んだぜ。応援してるからこれからも無理せず頑張ってな!
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/12(日) 03:44:10.53 ID:e+cWUlIP0
>>507

間違えたあああps3慣れてないから勘弁してくれえええええええ
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/13(月) 19:42:57.62 ID:e1wlu5MDO
また支部に投下されてたよ。一方さんの女装可愛いー!!
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/13(月) 21:14:17.37 ID:1ix7vCBc0
一気に読めた。>>1乙!
切なくて時に楽しい…とても大好きなSSです
続きすっごく気になるけど>>1が来るまで大人しく待ってるよ!
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/14(火) 02:00:04.71 ID:0kutfenDO
支部の絵みて俺はどうにかなっちまいそうだった……いいぞもっとやれ……
512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/06/15(水) 04:11:48.80 ID:/kk1CHvAO
鈴科百合子「お兄様、とユリコは呼びかけます」 一方通行「はァ!?」
の人だったんか……あれ凄く好きで続きに期待し続けてた
いつか書いてくれたら鼻血流しながら喜ぶよ

1も1の書く一方通行さんも大好きだわ
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:08:02.51 ID:YZioYUbTo

こんばんは。
>>500超えありがとうございます。ここ1スレで完結できそう、かな?

支部の漫画、多分このスレで一番早く気付いた自信あります。
本当ありがとうございます! 番外個体可愛い! 可愛いよ!
てか百合子くんもこんなに可愛かったんですね……キッスしちゃうわけだよ。
前にも書いていただいてる方だしで、もう死ぬほど嬉しかったです。
目の前に居たら抱きしめてベッドに押し倒し、ぐりぐり頬ずりした後で耳元で「すき……」
って囁いて抱きしめたまま眠りに就きたいくらいのレベルです!

>>512
実はユリコ妹達ネタは、書いている当時SS速報を知らなかったのです。
投下中に予感がして、「百合子 一方通行 お兄様」で検索したら、この板の
百合子おにいさまスレが引っかかりまして、「これでいいじゃん! もうあったじゃん!」
っと夢中で読んでいたらスレが落ちました。ごめんなさい。
なので、むしろ百合子おにいさまスレを読めばいいです。というか読め。絶対ニダ。
最近ちび百合子ちゃんがめちゃくちゃ可愛いです。


というか前回1レス投下できてなかったみたい。
ですが、内容をどうやっても再現できないし、つじつま合っているのでまあいいか。
投下しなおすと雰囲気が違ってくるのでこのまま。
言うならこの時一方通行のアルビノ化が始まったということくらいです。

福引読んでくださってる方多くてびっくりでした。
しばらくは精神疾患強化期間なので、もう少し間があくかもです。ごめん。

ではつづき!
514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:08:28.84 ID:YZioYUbTo

数日が経った。

鈴科百合子はあれきり、外に出ようとはしなかった。
ただ、以前のように食事を拒否し、シーツの上に丸くなってドロドロ眠り続けていた。

大雨の降った翌日から晴れ間が続いている。
雲が切れ切れに浮く、蒸し暑いような天気だ。

19090号はすっかり意気消沈していた。

悲しかった。
何故か、百合子が唐突に自分から遠い存在になったような気がした。

どれだけ話しかけても、上の空で、遠くを見つめるような目をしている。
あれだけ眠っているというのに、両目の下にうっすらと影が出来ていた。

「百合子……」

「ン、。」

「本、借りてきました、と、ミサカ19090号は、両手一杯の本を見せます」

「、、、ありがと。」

ため息が零れた。

一昨日同じように持ってきた本は、置いた形そのままにデスクの上に積んであった。
ワークノートの上に置いてある鉛筆も、数日前から全く移動していない。

「百合子?」

「うン。」

「ご飯、一緒に食べませんか?」

「やだ。」

「百合子……」

今日何も食べなかったら、また点滴で栄養を流し込むことになるだろう。

水分だけは取っているようだった。
ミネラルウォーターのボトルの中身は様子を見に行く度にちびちび減っていた。

「林檎、剥いてあげましょうか?
 練習したんですよ。と、ミサカは成果を報告しようと意気込みます……」

「いい。」

「……そうですか! 残念です!
 次に食べたくなったら、このミサカが剥いてあげますからね、とミサカは断言しました!」

無理に声を張ってみたものの、帰ってきたのはいつも通りの気の無い返事だった。
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:08:57.25 ID:YZioYUbTo

「、、、あのね。」

小さな声に、19090号はぱっと顔を上げた。

百合子が自分から何か言おうとしている。
やけに久しぶりな気がした。

「はい! はい! 何でしょうか!」

「、。な、」

「?」

「ン、でも、ない。ごめンなさい。」

「……そう、ですか。と、ミサカは……」

ああ。自分は何の役にも立てないのだ。

19090号は下唇を強く噛んだ。

おざなりな言葉をかけて、廊下に出た。扉を背にしてずるずる座りこむ。
奇しくも、あの日の御坂美琴と同じように。

このままはだめだ。そんなこと分かっている。

しばしばと記憶の中の言葉が瞬いた。

「こうなってしまっては、鈴科百合子は学園都市のイレギュラーだ。
 いつ無かったことにされるかも知れたことではないんだよ?」

あの日、冥土帰しが懸念したことが本当になってしまうかもしれない。
鈴科百合子をこのまま放っておいてはいけないのだ。

制服のポケットから、小さく小さく折りたたまれた紙を取り出す。
パソコンからプリンターで出力したコピー用紙。明朝体でプリントされたその一番上。

『第一位 一方通行 改め 鈴科百合子 処分案件草稿』

ごっそりと感情を持っていかれたような気分になった。

背後でぱたぱた響くスリッパ音に気付き、慌てて紙をくしゃりと丸める。
同時に背後のスライドドアが開いた。

「、、ど、うした、の。」

ビクンと心臓が跳ねる。
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:11:20.58 ID:YZioYUbTo

「あ、ッ百……! 何でもありません!」

座りこんだ19090号の上を虚ろな緋色の視線が通り過ぎた。

危ない。
こんな所で広げていい用紙じゃなかった。
なんて迂闊なんだろう。

こっくりと首を傾けて、百合子はぽそぽそ声を出す。

「あの、やっぱり、おねがい、いい。」

はにかんだ笑みを見るのが久しぶりな気がして、19090号は幾分元気を取り戻した。

「い、いいです! 何が何でもいいです! とミサカは立ち上がります!」

「あの、ありが、と。それで、ね。」

それに気押されながらも、百合子は今度こそ最後まで言ってしまおうと口を開く。

片手では支えきれず、両手で杖を支えながら立っているのが辛そうだ。
19090号がその手を取って、廊下のベンチに座らせた。

「あの、あのね」

「はい!」

何だろうか。

何か欲しいのだろうか。
出かけたいのだろうか。

19090号は言葉を待つ。

その言葉が少しでも我儘で、手間のかかることであるのを祈る。
そして、それについて鈴科百合子と会話が出来ることを。

中音の答えは、申し訳ないような、寂しいような、少し、嬉しいような声色だった。

「はさみ。」

「え? 何ですか? と、ミサカ19090号は訊き返します」

「はさみ。もってない、かな。」

言い切れたことにほっとしたのか、少し柔らかくなった表情で。
鈴科百合子は人差し指と中指を立てて見せた。
517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:11:50.81 ID:YZioYUbTo





              8 被虐待児症候群 前編




518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:12:21.82 ID:YZioYUbTo

芳川桔梗はため息をついた。

手元にある膨大なデータは被検体がもはや完全に健康体であることを示している。
もはや必要のなくなった測定器を止める。

ベッドの上の被検体が引きちぎるように体についた電極をむしりとった。

「ちょっと、それ精密機械なのよ? もう少し丁寧に扱ってもらえないかしら」

努めて冷静な声を出す。
この動揺を気取られたくなかった。

「あー、悪かったな。つい」

ラップトップのディスプレイから目を話すこともせずに被検体が答える。
パチパチ、と軽いタイピング音。

「また彼女とお喋り?」

「彼女じゃねえよ。うるせえな!」

殆ど真っ暗に近い室内で、ディスプレイの光に照らされた被検体の頬に薄く朱が差した。
ブツブツいいながらも指を動かし続けるところからして、図星なのだろう。

また一つため息が零れた。

ここでこんなことをしている自分を、同居人たちにはあまり知られたくなかった。

「ねぇ、貴方、本当にやるつもりなの?」

「ああ」

短い答え。迷いがない。

「俺はその為にこうやって生き延びたんだしな。
 元に戻してもらった手前、協力くらいはしてやらねえと」

予想に反して、大分明るい声。

以前の彼に会ったことはないが、暗部の人間がここまで優しげな顔をするのを
芳川はたいそう不思議に思った。

「それで、今度は死んでしまうかもしれないのに?」

「死ぬかよ」
519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:12:48.34 ID:YZioYUbTo

けらけらと笑いながら被検体はようやくこちらに目を向けた。

「俺だってただぶっ倒れてた訳じゃねえ。
 それに、今の状態じゃ、逆にどうやって死ねばいいんだ?」

「……」

「死なねえよ」

ゆっくりと、被検体の少年はラップトップをデスクに戻す。。

「これで色々チャラって約束だろ。
 まあさっさとブチのめして、退院したら学校にでも通ってやるよ。普通の学生らしくな」

芳川がはっと息を呑んだ。
パチリと口元を覆う。

「これが、死亡フラグなのね……」

「現実でそんなもんがあってたまるかよ!」

それでも研究者か、と被検体はため息をつく。

「そろそろ着替えるから、出ていってくれねえか?」

「本当に、やる気なのね」

「随分引き留めるな。やめて欲しいのか? それとも、俺に死んでほしい?」

「まさか」

芳川が少年の目を真直ぐに見つめた。

「私は死んでほしいなんて思っていないわ。無事でいて欲しいの。
 あの子にも、貴方にもね」

「はっ、俺もかよ」

「甘いのよ。私」

「優しくはねえらしい」

荷物から適当な服を見つくろう少年に、芳川は下げていた小さな紙袋を手渡した。

「これを」
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:13:14.82 ID:YZioYUbTo

訝しげな様子で取り出してみる。

「……白衣か」

「聞いているでしょう?」

芳川の表情を探る。
何を考えているのだろうか。ただ茫洋と笑みを浮かべているだけに見える。

「酷え女だな」

「死んでほしくないのよ」

「俺が?」

「あの子も、ね」

「どっちか死ぬとしたら?」

「その時は……」

実験室から出ていく一瞬、先ほどとはまた違った角度で、芳川の頬がつり上がった。

「両方、半殺しになってもらおうかしら」

バタン。

スライド式のドアが数回バウンドして閉じていく。

「怖えなあ。女ってのは本当」

手早く衣服を換えて、少し躊躇った末に、白衣を羽織る。

「なあ? カザリ」

デスク上のラップトップに、「いってきます」とだけ打ち込んだ。


 Kaz:終わったら、パフェでも食べに行きましょうね!

 Tei:いってきます

 Kaz:いってらっしゃーい(*^ω^ *)ノシ


「死んでたまるかっつうの」

以前より大分短くなった髪と白衣の裾を翻し、被検体、垣根帝督は実験室を後にした。

無人の部屋で、ディスプレイがひらめく。


 Kaz:死んだら、許しませんからね。ばーか

  Kaz さんが オフライン になりました。

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521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:13:52.41 ID:YZioYUbTo

病室の床に、白色の便せんがはらりと落ちた。

鈴科百合子の病室には、たった一人の人物しかいなかった。
はさみを持ってきた19090号が退室するまで待ったのだ。

真白く堅い紙の上を刃がすべる。
間から、厚い紙の束が舞い落ちた。

同じほど白いのではないかと思われる指がそれを拾い上げる。

手紙の始まりは、あの封筒の宛て名と同じものだった。

「すずしなゆりこ、さま、へ。」

手書きのくせに、いちいち振り仮名が振ってあった。

百合子はその気づかいに感謝し、また、自分に平仮名と片仮名を教えてくれた
19090号に何かお礼をしなければならないと思いつく。

丁寧な手紙は、こう続けてあった。

「突然こんな手紙を貰って、驚くか怖がるか、していないことを願っている。」

優しい人だ。

百合子はそう直感する。

「ただ、この名前にも覚えはないだろう。」

あくせられいた。

そうだろうか?
どこかで聞いている。

そう、見まいに来た者は大抵、百合子をその名前で呼ぶ。
間違えているのだ。百合子とあくせられいたを。

この人はぼくに似ているのだろうか。

「それに、自分のことはもう、忘れてしまっているかもしれない。多分、きっと。」

どくんと心臓が跳ねた。

忘れている。
自分が忘れていることを知っている。予感している。

その内容も、あるいは、この人物のことなのだろうか。
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:14:18.88 ID:YZioYUbTo

「まずは謝りたい。何と言っていいのか分からないが、悪かったと思っている。」

何を?

「最初から話そう。百合子が産まれたところから。そして、自分が産まれたところからだ。」

産まれたところ。
どういうことだろう。

百合子の指が、便せんの上をのろのろと辿る。
震える指が上質な紙をめくる。

内容がよくわからない。
理解できない。
何度も何度も、指は同じ文章の上をなぞった。

「鈴科百合子は、」

ざりざりと思考にノイズがかかる。

まず、匂いだった。

湿気た畳。古くて、かさかさと毛羽が立っている、色あせた藺草の埃っぽい匂い。

そして、焦げ。生臭さ。鉄錆のような血液。水回りのぬるぬるとした黴。
建物の下の階に入っている蕎麦屋のダクト、使い古しの油の胸の悪くなるようなそれ。


                「あ、あ、、、あ、、、、、、、、、」


夕暮れ。光。オレンジ色。狭い、出窓のようなベランダから見える、ごちゃごちゃした町。
電線、烏、トタン屋根。線路と踏切。通り過ぎる電車。煙草の煙。隣の部屋。男の人。
ガムテープで張り合わせた擦りガラスの窓。剥がれた網戸。塀の上を野良猫が歩く。


               「い、、、、、、、、、、、や、だ、、、、」


                   無音の世界が回る。

           不意に、錆びた金属の階段を上る足音が聞こえた。


                        「あ」

523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:15:30.25 ID:YZioYUbTo





               「百合子、いい子にしていたの?」





            耳元で囁かれたそれが記憶をすりつぶした。
                   閃光。痛み。記憶。

                そして、あの音達が蘇った。





             どん→
        ピ↑      ↓              バタン↓
ザ――→         どん→      きぃ、             ふァん♪
    ガガッ  ガチャン↓    ↓
                どん→  ガリッ ――――→カン↑カン↑カン↑カン↑カン↑カン↑カン↑
                   ↓  ↑        
       痛          ザァアアアアアアアアアアアァアアアアアァァァアアアアァアァア↑
                                        ぱしゃ。



「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ、、」




                                苦
    じゃり↓   うわああ!ぁぁ! ァ→           ごぼ↑ごぼ→ごぼ↓
  トン♪              キ――――――――――z_____    バシャ
トン♪   ガチャ                                 ↓ 
 トン♪  ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓ズキ↓
        ギィィィィィィィイィイイイイイィィィイィイイイィイィイイィ    げほっ! ごほ、ガガガガガガ↑





      病室の床、白い紙が、何枚も、何枚も、ひらひらと舞落ちていった。




524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:15:56.91 ID:YZioYUbTo

垣根提督は足音を忍ばせもせず、堂々と病院の廊下を歩いていた。

すれ違う患者たちが時折振り返って首を傾げる。
きっと白衣を身につけているからだ。

白いシャツのボタンを2つ開け、添えてあったネクタイは締めていない。
スラックスに裾をしまうこともしないが、クールビズだと言われればそれまでだ。

その上に飾り気のない白衣。

この街では白衣を着た人間などそう珍しくも無い。
ただ、彼はどう見たって医師にしては若すぎる。

それに、IDカードやペンや聴診器などの医療器具もなく、ただぱりっとノリの効いた白衣
白と黒の衣服だけを着せられた青年は、どこか浮世離れしている。

見かけない青年に、新しい研修医かしら、と当て推量されている。
それが手に取るように分かった。

「うぜぇなぁ。もっと目立たない服にすべきだったか?」

例えば、ここに居る大ぜいがそうであるように、寝巻か病衣。

「……締まらねえな」

これから始まる仕事を思い、垣根は首のあたりに手をやった。
体を戻す処置を受けた際に髪を刈ったのは数か月も前だが、やっとのことで
ベリーショートに生えそろった程度だ。

以前より少し柔らかい。それに、癖が出てしまっている。
何だか自分の髪ではないような気がした。

体に対してアレだけの負荷をかけたのだ。
様々なことが変化となって出ているが、ここが一番顕著な気がする。
知識としては分かる。その理屈も。

ただ、首の後ろを冷たい風が通った時、あの最後の一閃を思い出すのは、いただけない。

髪の伸びるのは早い方だが、それにしても、もっと早く伸びるべきだ。
いっそのこと、何とか能力を使って促進するなり継ぎ足すなり……

そんなくだらないことを大真面目になって考えている最中だった。

目の前を、今にもスキップしそうな様子の少女が通り過ぎたのは。
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:16:23.29 ID:YZioYUbTo

19090号は浮かれていた。

百合子が笑っていた。
きっともう、大丈夫だ。

多分だが、何か体調が悪かったのだろう。
夕食は取ってくれるかもしれない。

そうだ、出かけて行って、林檎でも買ってこよう。
この前お姉様に飲食費を出していただいたのだから、少しは財布に余裕がある。
いつもよりいいものを買ってこよう。それで、自分が剥いてあげよう。

うきうきと弾む心に穴を開けたのは、廊下の真ん中をのんびりと歩く一人の男の姿だった。

「なんで、」

「あ……?」

男の茶色の瞳が何でもないような調子でこちらを向く。

胃が縮み上がって、喉に張り付いたような気になる。

「何故、貴方がここにいるのですか……? と、ミサカは率直に問いかけます……」

男がつまらなそうに肩をすくめた。

「何故って、そりゃあ」

「何故あれほど反対された計画の実行犯がそんな格好をしているのかと聞いています!
 と、ミサカは目の前の垣根提督を問い詰め」

「聞けよ、病院で、迷惑な奴」

ぐ、と言葉に詰まる。

「そりゃあ、さ。もちろん」

「っ、」

「計画がこれから実行されるから、に、決まってんだろ?」

何か考えたり、口に出したりする前に、体が動き出していた。

死角から斜めに打ち上げた体重の乗った拳を、垣根は表情も変えず
体軸を揺らしもせずに、片手一つで受け止める。

「危ねえな。ま、病院で電撃しなかっただけ上等か」
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:16:49.93 ID:YZioYUbTo

掌に薄く張った未元物質の緩衝材を消滅させながら、垣根は首を傾ける。

「何でつっかかる? てめえの姉妹をあれだけ虐殺した、一方通行だぞ?」

「鈴科百合子は、このミサカの友人です。それを……」

体から漏れだす微弱な電流で、全身の毛がざわざわと逆立った。
動物が敵を威嚇するように、19090号ははぁっと息をつく。

廊下の向こうで、事態を見守っていた患者やナース達がさわさわとざわめいた。
能力者同士の喧嘩か?

「そんな、目の色変えて怒ること、ねえんじゃねえか?」

ギリギリと歯噛みの音が頭骨の内側に響いた。

「絶、対、に……許しません、と、19090号は第二位垣根帝督を、敵性と判断しました」

軍用に調整された妹達は、常に冷静であること。

あらゆる状況下で適切な判断をできるよう、脳内の興奮を抑えるように作られている。

だが例外がある。
実践登用されない予定だった上位個体の打ち止め。
憎悪から作戦遂行を確実に、とプログラムを書き変えた番外個体。

それでもそういった特殊な個体と彼女は違う。
最初からそう、と決められた訳ではない。

妹達としての機能を欠いているから、そうなのだ。

19090号は、初めて相手をこれほど憎悪した。

殴りつけてやりたい相手を、見つけてしまった。

「俺、病み上がりなんだけど」

「だったらミサカに大人しく倒されてください」

「違えよ」

言葉の途中で、19090号は下方に身を引いた。

膝を曲げ、堅い関節部の骨を相手の顎に向かって垂直に跳ね上げる。

「ならっ!」
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:17:31.36 ID:YZioYUbTo

当たれば脳を揺らして昏倒するほどの衝撃になる。

「おっと、怖ー」

が、それも横に一歩分動かれて、空振り。

「く、」

流れるような動作で腰をひねり、遠心力を乗せた腕がしなる。
精いっぱいの速度で裏拳を米神に叩きつけようとするが、腕を取られて捻りあげられた。

「痛っ!」

「すげえな、軍用クローンてのは。急所しか狙ってこねえ……」

競技だったらどの種目でも反則とみなされるような、人体で人を殺せるような攻撃。
護身や演武ではない、殺人のための体術だ。

人体の最も堅い部位で、相手の急所を、いや、急所「しか」狙わない、えげつない動作。

ふーっと歯の間から熱い息を漏らしながら、未だに捻りあげられる左腕を引き抜く。

「おい、無茶するなよ。脱臼するぞ」

「余計な、お世話です」

肩の筋が伸ばされすぎてじんじんと痛んだ。
後で腫れるだろう。

「病み上がりなら、もう少しベッドでゆっくりできるように、してあげましょうか」

中指だけを飛び出させた右拳を左肩の上に振りかぶる。
一歩半で距離を詰め、垣根の左目に向かって拳を打ち出す。

「うおっ! っと、」

やっと体勢を崩したところに、脚の間を狙って左膝を跳ねあげた。

「てめ、!」

瞬間、白いものが視界をよぎる。

垣根の背後に溢れる翼が崩れたバランスを立て直す。
あと30cmだけ余計にバックステップを許してしまう。
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:17:57.38 ID:YZioYUbTo

膝が局部を捉えきれず、垣根の太股に強かに当たった。

「いッ!?」

「ち、」

返した手刀で頸動脈を狙う。翼に弾かれた。

左手の指を立てる。
肋骨の下の肝臓に向かって正確に突きだした抜手は、僅かに脇腹をかすめた。

「てっめ、指、何してんだ!?」

「残念ながら、生身です!」

掠った脇腹から、僅かに服の繊維の焦げた匂い。

優れた体術に加え、出力の低いながらも安定した電流を纏い
指先を即席の電気メスとして振るっている。

「くそ、危険なことしやがるな」

「これでも欠陥電気の能力者ですので、生身だけというほどサービス精神はありません
 とミサカ19090号は吐き捨てました」

能力は状況次第でその質や量を変化させることもある。

例えば、非常なまでの興奮状態。それに誘発される集中力。高揚感。全能感。

だが、それが大切なことを見失わせることさえ、ある。

「ああッ!」

「っと、やべ」

例えば、垣根帝督が一度も攻撃らしい攻撃をしてこないことなどだ。

「だから、」

ぱし、と両腕を取られる。
手首に違和感。

「な?」

細い糸状の物質が両手の親指同士をくくりつけている。

「あ、ぐっ!?」

無理に離そうとして激痛が走った。
目に見えないほどの細さの糸が、皮膚に食い込み、真っ赤な液体が流れ出す。

「絹糸以下の細さで、カミソリ並みの切れ味。動くなよ。指が落ちる」
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:18:38.58 ID:YZioYUbTo

垣根の指が頸動脈の脇を抑える。
身動きしたら血流をせき止められるだろう。

19090号はぴたりと静止し、殺意の籠った瞳で男を見上げた。

「ッ、畜生……っ!」

「女の子だろ? そういうこと言うな。可愛くねえ」

眉を寄せた表情。
単なる世間話でもしているような物腰。

気にいらない。
憎い。

殺したい。

19090号はぎりぎりと歯を食いしばった。

「酷えな……つーか、見境なさすぎだ。仮にもレベル5の能力者に向かって」

垣根の手が、血液を流し続ける19090号の指に触れた。

「痛ぁっ!?」

「動くな。大体、考えないのか?」

諭すような口調。

「あ!?」

19090号の脳裏に、焼きつけたような映像がフラッシュバックした。

病室。ベッド。百合子。


「19090ごう。ずーっと、だいすきだよ。」


がり、と掌に爪を立てる。
駄目だ。そんなこと、思いだすな。

目の前の垣根の唇から、こんな言葉が零れおちた。

「例えば、自分の血液から、1滴で致死に至る未元物質を生成されることとか、な」
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:19:04.83 ID:YZioYUbTo

病院のリノリウム床に、真っ赤な鮮血が滴っていく。
そこに数滴、どす黒く変色した液体が落ち、混ざった。

どさ、と重たいものの落ちる音が聞こえる。
とっくに逃げ出した患者達の雑踏が遠くで被さった。

「だからさ、やめとけって」

短くなった髪をかりかりと掻きまわして、垣根はため息を一つつく。

明るい琥珀色の髪が、床にまばらに散っていた。

不自然に手足を投げ出して。
人形のように。

それをほんの少し哀れに思いながら、垣根はそんな自分を揶揄する。

そんなに甘ったれな人間じゃ、ねえだろう。

そして、それを通路の脇に蹴って寄せておく。
邪魔だ。
俺は、進む。

息を深く吸った。

消毒臭さに混じって、微かに、血の匂いがした。

もう一度、ため息が零れる。

ある少女の笑顔を思い出す。

彼女は笑う。

「……やっぱ女って、怖え生物だよ」

それでも少しだけ口角は上がっていた。
優しい角度で。

倒れた軍用クローンのことはもう頭になかった。

ただ、先に進むことだ。

かつ、と。

革靴が血液を踏んで歩く。

変色した錆色の足跡は、真直ぐ鈴科百合子の病室へと向かって行った。
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/15(水) 16:19:49.27 ID:YZioYUbTo

今回はここまで。
やっぱりていとくんでした。
てーりさんは、多分出せないと思いますが!

ていとくんの復活までの道のりもいつか書きたいところです。

では。
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/15(水) 16:43:54.58 ID:/aohJVXno
>>1乙!!
まさかこんな時間に投下されるとは。
何もかもが気になるけど、とりあえずちょっとした荒療治である事を願う。
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/15(水) 17:46:26.07 ID:Wicw2g8Qo
てーりさんってなんぞ?
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/06/15(水) 18:05:50.04 ID:TqxfcfWBo
心理定規のことか?
>>1が間違えてるのかどうかは知らんが「じょうぎ」な
メジャーハートが本来の読み方だからどうでもいい事なんだが
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/15(水) 18:58:31.53 ID:3ysUlNWvo
>>534
ネタにマジレスかよ…
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/06/15(水) 19:03:45.06 ID:TqxfcfWBo
常用漢字の読み間違いとか笑えないネタだったからつい……
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/15(水) 19:04:03.53 ID:YZioYUbTo
あ、てーりさんは
初春「むしろ、すっごく感謝してます!」という完結済み帝春SS内のキャラ呼称です!
まぎらわしくてすみませんでした!
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/06/15(水) 19:15:19.81 ID:TqxfcfWBo
あいあい
読んでみるか
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/06/15(水) 19:53:22.74 ID:vTwRU5P80
19090号に泣いた……!!
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/15(水) 20:52:27.64 ID:weu1lwvDO
1>>おーつ

また百合子が可哀想なめに……19090号乙

541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/15(水) 22:29:52.49 ID:iHZL6oDDO
乙乙ー

とりあえず垣根氏ね
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/16(木) 01:30:32.84 ID:ZKD68vIao
おつおつ
最初に出てきた音とか色々謎がわかりそうで…わからないな
ていとくンは何をするつもりなんだろうか
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/16(木) 17:06:49.49 ID:k8LNPhvt0
おつおつー
垣根のこれからの行動が気になるなぁ
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/16(木) 18:37:13.91 ID:/VnkIpbDO
一方通行も百合子も打ち止めも妹達も黄泉川も芳川も上条さんもインデックスさんもていとくんもみんな幸せにしてくれよおおおおおおお
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/16(木) 18:51:14.48 ID:KtIaur+So
つまり美琴だけは不幸になるって事か・・・
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/16(木) 21:07:04.11 ID:/VnkIpbDO
ごめん素で忘れてた>美琴
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:47:51.43 ID:ESRxbr9Go

こんにちは。

某百合子スレの>>1さんがなんか反応して下さって死ぬほど嬉しくって小躍り。
あああああファンなんですううう! ちび百合子ちゃんにポカポカされるとかご褒美。
似たようなことはこれから何かの拍子に書くと思いますので、どうかよしなに!
お互い頑張りましょう! ちゅっちゅぺろぺろ!

こんなこと言ってますが内容が至ってアレです。
一応R-18Gパート。
ご注意くださいね。

あとエンディングはスレ立て前から決定事項なので、ご安心ください。

出来たての続きです。熱いうちにどうぞ。
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:48:23.84 ID:ESRxbr9Go

『第一位 一方通行 改め 鈴科百合子 処分案件草稿』


本案件は、何らかの事故により昏睡に陥ったのち、一度も能力を発現させていない
第一位の超能力者、一方通行の今後の処遇についてまとめたものである。

およそ1カ月の間、チョーカーの能力使用モードを経由しての
MNWへのアクセス信号が確認できていないこと。

また一方通行の病状報告を見るに、記憶障害に伴い
能力の使用方法や演算式の著しい欠損が確認される。

これは回復の兆しが見られないものと判断する。

以上から、これ以上の一方通行の能力の進化
並びに今後の工業的発展を見込めないものとする。

またこの状態での能力使用は危険だという常任理事会の判断に則り
学園都市の第一位、及びレベル5の認定をここに取り消すものである。

ひいては所在の確認された第二位、未元物質を繰り上げで第一位とし
現状能力の暴走状態に陥ることが懸念される一方通行の処分をこれに命ずる。

尚第一位の肉体は、処分後に相応の研究機関で検体として引き取りが決定している。

なるべく損傷の少ない状態での収拾が望ましい。

特に脳の欠損があった場合は研究価値を大いに損ねる。

処分の担当にあたる垣根帝督には厳重に注意されたし。


19090号のポケットから、畳まれた紙が、ぽとりと床に転がっていた。

549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:48:56.51 ID:ESRxbr9Go

つま先に引っかけていたスリッパが、床にパタリと落ちた。

鈴科百合子はその音でようやく我に返る。

「、あ。」

床の上には、手の中から零れた白い便せんがばらばらと落ちていた。

慌てて膝をつき、それを集める。
手がうまく動かない。

目が、その手紙の中の単語を拾っていくばかりだ。

7年前、色素欠乏、打ち止め、義母、能力、古傷、実験、手術、虐待、研究、性暴力、
交代人格、先生、脚、ホルモンの減退、寄生虫、成長、木原数多、絶対能力進化。

「あ、あ、、、。」

かさ、かさ、と拾い集める度に零れていく。

落ちつこう。
深く深呼吸をした。

だめだ。

そのためには、絶対にこの手紙の内容を避けてはいけないんだ。

そう、強く思う。

「、、、かがみ。」

そう、それが必要だった。

今まで無意識がマスキングしていた、自分自身の姿が、今の彼には必要だった。

杖の握り手にぐっと力を込めて、鈴科百合子は病室から離れた洗面所へ向かう。
そこに鏡があったはずだ。

逸るのを抑えて、震える手をスライドドアのバーに乗せた途端。
それは勝手に開いた。

目の前に、白衣を着た男性の体があった。

「よお。久しぶり」

「あ、、、。」

優しそうに笑う、垣根帝督が、そこにいた。
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:49:23.49 ID:ESRxbr9Go





              8 被虐待児症候群 後編




551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:49:56.16 ID:ESRxbr9Go

一見飄々と振る舞いながらも、垣根は内心動揺していた。

まさか、本当の本当にあの写真が本物だったとは。

突然目の前に現れた白衣の男に怯え、はくはくと唇を動かすだけ。
そんな、どこか白痴じみた少年に、俺はあんな風に潰されたのか。
一瞬の苛立ちが脳の下端を舐める。

はっ、はっ、と急いた呼吸が蒼白な唇から漏れていた。
かろうじて杖にすがる右手。病衣の襟を掻き合せ、胸を抑える左手。

すべてが、無防備すぎる。

「少し、話そうぜ」

「っ、あ、、、。」

手首を掴んでベッドに放り出してやる。
自分はその間に簡素なパイプ椅子を広げ、腰かけた。

「なあ、俺を覚えてるか?」

今にも泣きだしそうに顔を歪め、白い少年が困惑気味に垣根を眺めた。

白衣からむりやり視線を引きはがし、のろのろと、真っ赤な瞳が彼の顔を認識する。

「だ、れ。」

「垣根だ。垣根、帝督」

ぶつぶつと名前を口の中で転がしている。
本気で思いだそうとしている。

「ていとく、、、あの、ぼく、は。」

「お前は誰だ?」

「ぼくは、、、。」

声の出さないままに、唇が何度も形を変える。

垣根はその答えを静かに待った。

「す、ずしな、ゆりこ。」

「そうか……」

その答えに、垣根はため息をつく。

「……残念、だぜ」
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:50:22.64 ID:ESRxbr9Go

ずちゅ、と熟れ過ぎた果物にナイフでも入れたような音がした。

「あ、、。」

百合子がそっと下に視線を移動する。

「、、、あ。」

病衣の裾が赤く染まっていた。
右下腹から、きらきらと輝く白いものが飛び出していた。

「っ、え、」

じりじりと熱く焼けるような鈍痛が百合子の体内を満たしていく。

「俺はこれから、お前をなるべく丁寧に殺すから。お前は出来る限り、さ」

「い、っゥ、、、。」

「もがき苦しんで、死ね」

ぐり、と腹に差し込んだ羽を奥にねじ込みながら、垣根は言った。

「……上がくたばったからって、繰り上がりの第一位か。
 ナメてんじゃねえぞ……この、三下が……ッ!!」

これまで腹の底にぐつぐつと煮詰めてきた憎悪が、垣根の中で爆発した。

軽そうな白い少年の体を、未元物質製の両翼が勢いよく跳ね飛ばす。

「う、あ゛っ、。」

窓の枠に強かに背中をぶつける。
片翼が勢い余ってガラスを突き破り、引き抜いた拍子に大小のガラス片が床に散った。

「てめえ、俺を何度絶望させたら、気が済むんだ?」

大きなガラスを踏み砕きながらベッドを迂回して、転がる少年の顔を覗いた。

「う、、、ァ。」

怯えた瞳。
痛みの所為で、生理的な涙がぼろぼろと零れている。

「――っ! てめえ!」
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:52:45.09 ID:ESRxbr9Go

ごつ、と顎を蹴り飛ばす。

悲鳴をこらえているのだろうか。小さな呻きが上がった。

「てめえは誰だ? 学園都市の第一位じゃねえのかよ?」

「だ、い、、いちい。」

「一方通行じゃねえのか? あ?
 その辺のガキだって、ここまでされりゃもうちっとマシな顔するんだよ!」

先ほど裂いた腹の傷に向かって革靴のつま先をねじこむ。

「あ、っぐ、ァ、あああああ、、、。」

「よし。それでいい。もっと歪め。腑抜けた顔すんじゃねえ」

鋭い翼の先が、先ほどの傷のすぐ横を刺した。

「っぎ、あ。」

「痛みを感じろ。もっと睨め」

百合子は垣根の顔を僅かに見上げる。
視界にもやがかかっているようだ。

この人は、何をこんなに、

百合子は思う。

「聞いてんのかよ! もっと、「一方通行」らしい顔してみろっつってんだ!」

もう片羽が太股を貫く。

「あ゛っ、。」

何を、こんなに、悲しそうな顔、してるんだろう。

涙を溜めた膜が、一杯に膨れ上がる。

「だ、」

「あ?」

破れた腹に力を入れる。
切れかけた腹直筋がびくびく痙攣する。

「だい、じょうぶ、だよ、、。ていとく、ぼく、こわく、なァ、、。」

「……もう、喋るな」

ずるりと羽が引き抜かれた。

「殺す」
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:53:11.64 ID:ESRxbr9Go

「ひ、ィ、っが、、、ッ。」

引き抜く。
突き刺す。
突き刺す。
捻る。
一度に引き抜く。

1センチずらしてもう一度。
同じ穴にもう一度。
ちょっと離してもう一度。
角度を変えてもう一度。
太股のあたりにもう一度。

脚、手首、腹、耳。

まるで挽き肉でも作っているのかという程に、執拗で陰湿。

ずちゃずちゃと泥を捏ねるような音がするたびに、指先から少しずつ体温が奪われていく。

死ぬんだ。

死んでしまうんだ。

ぼくも、

かさ、と指先に何かが触れた。
先ほど落としたままで、拾いきれずベッドの下に潜ってしまった便せんだった。

「すずしな ゆりこ さま へ」

「あ゛、く、ェら、れいた、ァ、、、。」

伸ばしかけた手の甲を、薄い羽がいとも容易く貫通し、床につなぎとめた。

「、、、ッ、か、ァっ。」

病衣の胸倉をつかんで揺り起こされる。

「思い出せ。反射があるだろ? なあ、せめて、一度くらい反撃してから死ねよ」

その掌に、乾ききった血液がこびりついている。

「あ、、、け、が、、して。」

「あ? これは俺のじゃねえよ」

「え、。」

「えーと、190……90、っつったか」

ゆるゆると真っ赤な双眸が見開かれた。
555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:53:39.94 ID:ESRxbr9Go

「馬鹿なクローンだよなあ」

「、え、、う、。」

「自分の姉を10031回も殺した男のために」

「、ゥ、そ、でしょ。」


「命がけで超能力者に向かってくるなんて」


世界中の音がすべて消え去ったような気がした。

垣根がゆっくりと掴んでいた手を離す。
床にずりずり倒れ込みながら、百合子は全身をのろのろ巡る血液の流れを聞いていた。

波のような血流の生み出すノイズの奥に、彼女の恥ずかしそうな声が混じる。


「その、ミサカもずーっと大好きですよ、とミサカは約束しました」


ざざざざざ、ざざざざざ、ざざざざ、ざざざ、ざざ、ざ。

病室の白い天井。点滴ポール。サイドボードとクローゼット。緑の病衣。血。赤い。寒い。
林檎。修道服。杖。常盤台の制服。冷たいシーツ。沢山の、ぼくの大好きな人たち。


倒れた床に散らばる沢山のガラスの欠片。

一つ一つに、百合子のことを見つめ返す少年が映って見えた。

髪は白い。
目が真っ赤だ。

変な色。

ぼくに、少し、似てる?

違う。

ざざ。

あくせられいたに、似てるんだ。

ざ。

どこかで鉄錆みたいな臭いがする。

ばちっ、と、スイッチの切り替わるような大きな音が聞こえた気がした。
556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:54:16.45 ID:ESRxbr9Go










                     ちいさいころは


           じぶンには、とうめいにンげンのきょうだいがいるンだ


                 って、ずうっとしンじていた。









557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:54:47.52 ID:ESRxbr9Go

動かなくなった鈴科百合子の脇腹を踏みつけて、垣根帝督は深い悲しみを感じていた。

これで、俺がメインプランだ。
そして、全部終わりだ。

だから。

足の下でビクンと彼が痙攣したのに気付くのも、遅れた。

彼がまるで、長い眠りから目覚めた人のように目を瞬かせ、周囲を見回したのも。

床に広がる血液を見て息をゆるりと飲んだのにも。

明確な意識を持って、チョーカーのスイッチを切り替えるのにも。

反応が、少しずつ遅れてしまった。

ずるずると流れ出した血液の池が縮んでいく。

逆再生のように血液を吸いこんで、白い髪の長めな頭が床を離れる。

「……オマエ、」

「あ?」

その間から、真っ赤な瞳が、煮えたぎるような殺意を持って垣根を睨みつけていた。

「……何、てことを、しやがったンだ。この……」

体を氷水につけられたような悪寒を感じながらも、垣根の唇がつり上がった。

「よお、久しぶりだな」

いっそ、このまま殺してしまおうと思った。
それを引き留められた自分を垣根は褒めてやりたかった。





                      「一方通行」

                   「クソ野郎がァ……ッ!」





                学園都市最強が、目を覚ました。
558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/17(金) 10:55:13.99 ID:ESRxbr9Go

ここまで。
あっさり仕立てです。

それでは!
559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/17(金) 11:20:04.77 ID:iBpUv2wDO

一方さんが出てきたのに救われる気がしない
百合子が消えそうで怖い…
560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/06/17(金) 12:22:20.95 ID:PaJAkzZAO
>>1乙!!
垣根ぇぇぇえ!!!!俺の百合子に何してくれとんじゃああああ!!!!!!
と思ってたら俺の代わりに一方さんが出てきてくれた。
561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/06/17(金) 12:36:22.97 ID:Qy8lradAO

おかえり一方さん
562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/17(金) 13:57:24.17 ID:cTofXCWDO
乙です
被虐待児童症候群をちょっと調べたら、なんか泣きそうになったよ…
563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/17(金) 15:26:53.81 ID:j5zBN39DO
>>560
>俺の百合子
一方通行「そげぶゥ!」
564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/17(金) 16:14:51.75 ID:4ILmN1BDO
>>556でなんか泣いた
565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/06/17(金) 16:51:06.71 ID:cFtKN4qn0
来たああああああああああ!

乙乙!
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/17(金) 17:26:36.90 ID:wesYEY2w0

なんつーか・・・この後の展開がすごい楽しみである
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/17(金) 17:32:58.16 ID:hPdYcigXo
乙ううう!!
一方さんキタ━━━( ゚∀ ゚)━━━!!のに安易に喜べねええええええ
なんか垣根も可哀想だな……
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/17(金) 17:36:09.93 ID:quX7YNpIO
喜んでいいのかどうかわかんねー!!
次も気になるよーー!

569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/06/17(金) 22:24:37.71 ID:cFtKN4qn0
今更だけど今まで携帯で読んでたから
PCで読みなおしてたら>>475に感動した
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/17(金) 23:25:00.10 ID:acQiwytao
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/18(土) 01:45:38.97 ID:Y3k4qZbDO
キィィィャァァァァァァァァア!!!!アックセラレイタァァアスワァァァァァアン!!!!!!

1>>乙
このSS好きすぎてどうにかなりそう

572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/06/18(土) 10:51:31.13 ID:Ky9xdNOAO
垣根が頑張りすぎな件
まぁこれで一方通行出てこなかったら処分確定だったんだろうなぁ
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) :2011/06/18(土) 21:58:53.40 ID:q8TRkg3B0
待ってたぜ一方通行ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/18(土) 22:08:56.01 ID:YwH8rjei0
一方さんきたあああああああああああ!!
>>1乙!
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/18(土) 22:18:32.34 ID:o38URXXSO
一方さん出てきたのは嬉しいけど、これで「一方通行を引きずり出すなら、百合子を痛めつければいい」って前例が出来ちゃったんだよな……
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/18(土) 22:52:16.45 ID:/UCwQMLu0
>>575!!
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) :2011/06/18(土) 23:16:16.19 ID:/SDRfjyr0
>>575
なんてことに気づいてしまったんだお前は…!!
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/06/18(土) 23:19:32.80 ID:Zx0hZGqAO
>>575
シーツ掴んで苦しそうに喘いでいた百合子ちゃんが、突如一方さんに代わっちゃったりする訳か…
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/18(土) 23:20:16.90 ID:epkzEDGSO
>>577
下げろ[ピーーー]
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/18(土) 23:23:58.96 ID:cUeLF4t6o
>>578
一方さん大混乱で俺大歓喜だわ。一粒で二度おいしいとはこの事。
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/18(土) 23:26:49.25 ID:SX4dhmR+o
>>575
それを知った者を皆殺しにしても良いのよ?
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/06/18(土) 23:27:35.44 ID:1MHvvFLG0
>>575
痛めつけられたから出てきたのではなく
19090号のことを聞いて出てきたんだとおも
ああ、でも傍目から見たら百合子を痛めつければってことになるのかな
583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/06/18(土) 23:37:57.86 ID:Ky9xdNOAO
てか、そもそも今後も百合子と一方通行が共存するとは限らないんじゃね?
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/19(日) 02:31:00.11 ID:93Bbbfl8o
ゆりこたん…
一方たん…
ペロペロしながら幸せになることを祈っているからね!
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/19(日) 12:46:52.71 ID:lWw20+aDO
20000号はお帰りください><
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/06/19(日) 21:36:11.16 ID:RETiF51mo
そもそも一方さんは出てきたいと思ってるんだろうか・・
一方さんからしたら有難迷惑なのかもなー
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/20(月) 00:47:38.87 ID:IYSdb7eX0
1乙です
このSSが好きすぎて生きるのが辛い
百合子も一通さんも消えたらあかんで…
http://wktk.vip2ch.com/vipper9305.jpg
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/20(月) 01:51:59.93 ID:Dm9FH0vKo
垣根は協力者なのかそれともただの噛ませなのか…
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/20(月) 02:24:45.21 ID:GA14+kiDO
>>587
おおー上手いもんだ
乙です。赤かっこいいな
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/20(月) 13:29:32.61 ID:zR1Yx/PDO
>>587
すげえ…しばらく見とれた
ネタが細かいな
読み込んでる感じだ



ところで>>1ツイッター始めた?あれ本人?
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/20(月) 13:52:24.48 ID:Yujkycv+0
>>587が支部に>>556も投稿してて見てたらなんか泣けてきた
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) :2011/06/22(水) 14:56:44.45 ID:CTa7VNXOo
>痛みの所為で、生理的な涙がぼろぼろと零れている。

の後に一方さんになったんなら
垣根は泣き顔一方さんを見れたのか…くそっ
593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/22(水) 19:14:31.82 ID:Exxv8AISo
>>592
そりゃぁこのまま殺されてもいいと思っても仕方ないな
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/22(水) 22:11:52.39 ID:RXv0lnKq0
許すまじていとくん…
俺らの百合子たんになんてことを…
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:17:53.86 ID:acoi21DOo

こんにちは。暑いですね!
垣根くん、いいですよね。下の名前が一発変換できたらもっと好きになれる気がします。

>>587
うわあああ! ありがとうございます! むしろいつもありがとうございます!
やばい、かっこいい……そして既に言われてますが仕込んでいるネタが細かくて、もう!
ニヤニヤしながら長時間眺めています。あとこちらに貼られていない方も眺めています。
ご馳走様でした。本当、すきです。ありがとうございます。

>>590
ついったー始めました。
と言っても、禁書SS書きさんがやってるのを見てフォローしたくなっちゃっただけです。
一応投下報告くらいはpostしようかなっと思っている感じです。それ以外は駄postです。

>>592
そこに気付くとは……やはり天才か……

ではつづき。
596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:18:20.25 ID:acoi21DOo

朝。
ゆっくりと冷たい色の光に満たされていく街並み。

まだひたひたと水中のような冷やかさが漂う時間だ。
大抵の人は寝静まっている。新聞配達のバイクの音が、時たま聞こえる。

軋みそうな二階建てのアパート。
擦りガラスで部屋から隔離された、まるで出窓のように狭苦しいベランダ。

小さな白い足がひたひたと足踏みをくり替えした。

「ねェ、さむい、ね」

小さく小さく虚空に話しかけるのは、ほんの幼い少年だ。

見た所は5、6歳の少女。しかし、実際は9歳の少年である。

この年頃の3歳差は相当なものだが、彼はどうみても他の9歳と同年齢とは見えない。
最も、彼が他の9歳児と並ぶことなどなかったので、その点心配はいらなかった。

「どうしよう」

ひたひたひた。

音を立てないようにしながら、足踏みがせわしなくなる。
不ぞろいな薄い栗色の髪に、少し透けるような飴色の瞳。色素が少しばかり薄い。

身につけているのは、寒空の中、大人用のTシャツ一枚だ。
それがワンピースのように膝上まで覆って、すそを流してあった。

ささくれた、今にも腐り落ちそうなベランダを踏む足は少しばかり擦り切れている。
もちろん素足だ。寒さに色を失っていた。

ひたひた、と足踏みする少年の耳元に、囁くような声が聞こえた。

「俺が変わってやってもいいけど。我慢できねェンなら」

うーん、とむずかるような声を上げて、それに応える。

「だめ、かわるとき、ちからぬけると、でちゃう、から」

「じゃ、ダメだ」

足踏みは止まらない。

下腹部が重い。
いくら少年が飲食物を与えられていないと言っても、昨晩からうすら寒い室外に
一晩中追い立てられていたために、限界まで尿意をこらえて立っている。

「おこられる、ね」
597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:18:46.38 ID:acoi21DOo

恐々、といった様子の少年に対して、耳元の声は淡々と答えていく。

「ああ、殺されるな」

「い、やァ、だな、」

「俺が変わってやるっつゥの」

「やだっ、そンな、ひどいのできない」

「何のための俺ですかァ? ったく、甘ちゃン百合子ちゃン……!」

「それやだっ、いうの、いじわる、い」

たしたしたし、と足踏みが少し早くなる。
細すぎる両腕が腹部をぎゅうと抱きしめて、ぶるりと震えた。

「……オマエ、結構限界?」

「、、、ン」

「マズイ。非常にマズイぞ」

「う、う、ァ、まずい、、、」

2人の声に深刻そうな調子が混じる。
事態は急を要するのだった。

まさに、死活問題なのだ。彼らにとっては。

「風邪ひく可能性がある。というか確実だマジで。あの女しばらく帰ってこねェだろォし」

「やだやだやだ、あれ、たいへン、だもン」

「ああ。いただけねェ」

2人は以前風邪をひいた時のことを思い出す。

体調はひどいもので、熱が出てふらふらと傾いで歩く少年に、同居している女性は
「とろとろ歩くんじゃありません」と足の甲に煙草を押しつけたものだ。

「窓外せねェ?」

「むり、」

「飛び降りて下に逃げる」

「む、りっ、」
598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:19:12.71 ID:acoi21DOo

ごにょごにょ。ぶつぶつ。

2人の会話は、一見すると小さな少女が独り言を呟いているようだ。

どこか異常な光景。
ただし、2人にとっては、唯一のコミュニケーション。いつものパターン。

少年の瞳は自分の目の前の中空を愛おしそうに捉える。
まるでそこにもう1人の瞳があるかのように。

「寒いなァ」

「さむいっ、」

「怒られる、よなァ」

「おこられるっ、」

「まァ落ちつけよ? な? まだ勝機はある。諦めンじゃねェ。ガンバレガンバレ」

「う、く、ゥ、ううう、、、」

もはや走っているように高速で足踏みしながら、少年は応える。

その時だった。

ギシギシ軋むような音を立てて、低い鉄柵を挟んだ隣家の擦りガラスが開いたのは。

「あっ、」

ベランダに薄白い煙がすっと横切った。
煙草の濃い匂いが少年を取り巻く。

そして、銜え煙草でぎょっとしたように少年を見据える隣家の住人と目があった。

「……ああ、うわ、サイアク」

露骨に顔をしかめる。
無精ひげに、伸び放題の黒髪。日焼けした体に実用的な筋肉がついている。
どんより落ちくぼんだ下まぶたと頬に泥が撥ねて、首には汚いタオルが巻いてあった。

少年の姿を見て嫌悪感をあらわにし、窓を閉めようとする隣家の住人。
しかし、今日の彼は必死で食らいついた。
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:19:38.84 ID:acoi21DOo

「た、たすけてっ」

「うるせえガキ! 毎朝毎晩ギャーギャー喚いて俺の身にもなれ! 壁薄いんだ!」

「いいから、といれっ、かしてっ」

「あぁあ?」

男は一瞬ポカンと口を半開きにしてから、慌てて窓の外に転がり出てきた。

「おい待てマジで待てガキこらウチのベランダと繋がってんだ漏らすなオイ」

まるで教養のなさそうな早口がとりとめもなく漏れる。

「といれ、かして、」

区切って繰り返す少年の顔はとっくに紅潮しており
足踏みも止めることができないために、ひどく息が上がっていた。

「お前中入れよ!」

「あかないっ」

「中に誰かいねえのかよ! 窓叩いてみろ!」

「いないし、そんなのできないっ」

「何で!」

「ぶたれるのやだっ」

「知るかッ!」

「むり、でちゃううっ」

「あーもう! こっちこい!」

言われる前に、少年は既にベランダを隔てる鉄柵の傍に寄っていた。

男の汗臭い両腕が脇の下を乱暴にすくい上げ、担いで室内に放り込んだ。

「あっ」

「そこそこ! 玄関脇! 急げバカ!」

自分の家とは左右対称の部屋の作りに混乱しながらも
少年は全速力で古びた汚いユニットバスに飛び込んだ。
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:20:08.45 ID:acoi21DOo





                -8 しかたない 窓編




601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:20:43.35 ID:acoi21DOo

「……ン?」

突然の隣家の住人に、慌てて姿を隠したはずだが。
気付いてみれば汚いユニットバスの中だ。

一応、下腹部に重みが無いこと、足元が無事であること
目の前にある便座の中をざぁざぁと水が流れていることを鑑みて考える。
どうやら最悪の事態は免れたらしかった。

しかし、ここはどこだ?

いつも見ている風呂場と対称に配置された浴室に、黴と安い石鹸。
それに、薄いアンモニア臭。覆い隠すように冷たいライムの匂いが漂っている。
洗面台の上のシェービングクリームの匂いだろうか?

ともかく蛇口を捻ってぞんざいに手をすすぎ、浴室から抜け出した。

「おい、汚してねえだろぉな」

「うわ」

仁王立ちで見下ろしてくるのは、先ほどベランダで見かけた隣の部屋に住んでいる男だ。

詳しくは知らないが、見た目からして、土木系の作業員でもしているのだろう。
土埃と汗の臭いがした。

なるほど、こっちの部屋に潜りこんだか。上出来と言える。

「ああ……うン。大丈夫」

男は一応背後のドアを開け、浴室内に変わりがないか見まわしてから
ふん、と一つため息をついた。

「よし、んじゃ帰れ、ガキ」

何てことだ。冷たい奴。

しかし、こんな条件の悪い住宅に住んでいるのだ。
どの道大した倫理観の持ち主ではない。

せめてもう少しくらい慮ってくれてもいいだろうに、と思いながらも
まあ仕方ないか、とも思ってしまう。

自分だって、隣に時間構わずギャンギャン喚くガキがいたら、たまらない。
むしろ一度しこたま蹴飛ばしてやらないと気が済まないだろう。

つまり、蹴飛ばされないだけマシか。
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:21:19.43 ID:acoi21DOo

「あのさァ」

「んだよ」

「水飲ましてくンねェ? もう半日飲ンでねェンだよ」

口の中の唾液が粘度を増しているような気がして、気分が悪かった。
余程、さっき洗面所の蛇口から啜ろうなどと思った。
が、蛇口まわりの埃と黴の密集地帯に流石に閉口したのだ。

百合子なら飲んだだろう。
先のことに希望を持つ方ではない。

だが、まだそこまでは、できない。
くだらない期待をして、チャンスを逃してしまう。
悪い癖だ。けれど、百合子にない考え方を持っていることは、自分にとって必要だ。

男は面倒そうに舌打ちをして、台所とは名ばかりのシンクを指差した。

「飲んで来い」

「やった!」

話せるじゃないか。

すぐさまシンクに乗り出して、細く蛇口をひねる。
首を傾けて流れる水をぴちゃぴちゃと啜り始めた途端、襟首をガシリと捕まれた。

「うァ!? な、何しやが」

「何してんだこのバカ!」

「はァ?」

「コップ! 使え!」

口の周りをびっしょりと濡らして、首を傾げる。
男はそれを見て奇妙な違和感を感じた。見た目と、言動の、小さな齟齬。

「なンで?」

「そういうモンなんだよ! あと蛇口の水は生水だからやめろ」

ここのアパート、水道管古ぃんだからよ、などといいながら、男は冷蔵庫を開ける。

シンクの洗いかごにあった大ぶりの湯飲みに、作り置きらしい麦茶をたっぷりと汲んで
目の前の子供に持たせてやった。

「ほら」

「……これ、飲ンでいいの?」

「飲めよ」
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:22:25.05 ID:acoi21DOo

両手でそっと受け取る。
恐る恐る唇をつけて、一口、二口、とちびちび啜りこむ。

こくこく喉を鳴らしているが、飲み方がひどい。下手だ。
湯飲みを傾け過ぎるから、口を付けた両端からびたびたとこぼしている。

男は顔をしかめたが、何も言わずに小さな子供が喉を鳴らしてそれを飲み干すのを待った。

「ぷァっ、はあ……!」

「……あ、もっといるか?」

「ン、あの、あとちょこっと」

シャツの胸の部分をちょっと持ち上げて口元を拭う。

元から汚らしかったシャツにできた染みはとくに目立つ。
広がった襟ぐりが肉の薄い胸に張り付いた。

「汚ぇなあ。服もっとまともなのねえのか」

「ない。というか、これがあるだけマシなンだよ」

ごしごし、とぬぐうために、裾が持ち上がる。
棒のように細い二本の脚が太股まで露出した。

「……おい、まさかてめえ下」

「ない」

「うっげええ! 変態じゃねえかあの女! 廊下で合うときゃすました顔して!」

「うるせえ、おっさン」

飲み終わった湯飲みをそっとシンクに戻しておく。

「おい」

「はァ?」

「飯は食ってんのか」

「……食ってねェよ? ここ2、3日」

男は背筋に何かつめたいものを感じた。
自分は3日絶食していてここまで生意気に振る舞えるだろうか。
ほんの少しの異常の臭いを、そこに嗅ぎ取った。
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:23:34.86 ID:acoi21DOo

「……おい」

「ン」

がさがさ、と軽いビニールのなる音がして、目の前にずいと突きだされる。

「……何、これ」

「ハンバーグ弁当。廃棄の」

元から訝しげだった表情のまま、かっくり首を傾げる。
ようやく、年相応の仕草に見える。

「ハイキ?」

「コンビニの、賞味期限切れのだよ。タダでくれんだ、これ」

「食えンの?」

「バカ、数時間しかオーバーしてねえんだから」

「ふーン」

「反応薄いな。食らいつくかと思った」

「?」

「やる」

「え!」

ぱぁっと表情を明るくする。

男は一瞬安心する。ああ、ただのガキだ。普通の。その辺に居る。

「くれンの! 食っていい?」

「ああ。暖めてやる」

なんだ?

男はまるで自嘲気味に考える。
俺は、このガキを憐れんでいるのか?

「おっさン、食べ物あンの?」

「ある。3つ貰って来たからな。昔馴染みで、くれる所なんだよ」

「ふゥン? 俺も行ったらただでもらえンの?」

「俺だけ」

「何だァ、けち」
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:24:53.59 ID:acoi21DOo

結局弁当を綺麗に完食し、麦茶を1杯催促し。
男は隣の家のベランダに子どもをそっと戻してやった。

「俺が寝てるときにギャンギャン泣き喚くんじゃねえぞ」

「そンなのわかンねェもン」

「わかんなくてもだ」

「?」

「うるせえから。泣くな」

「? あー、ごめン」

「ふん……」

ベランダの隅に腰を下ろし、満腹のためか瞼を重そうにする。
そんな少年を見ずにすむように、男は擦りガラスのサッシを勢いよく閉めた。

また追い出されていたら、茶くらいなら飲ませてやってもいいだろう。
警察とか、児童館? などはよくわからない。そこまでするほど、男は善人ではない。

誰だってそういうものだ。

偶然会った野良猫に、弁当のおかかご飯を一口食わせてやることがあるかもしれない。
しかし、その誰もが野良猫を片っ端から保護して飼ってやることはない。

一時の慰め。
ひとかけらの、自尊心を回復させたいがための行為だ。

しかし、それは責められるべき態度ではない。
誰だって野良猫を引き取る財力はない。
この男もまた、そこまでしてやる筋合いはない。この少年の母親に憎まれたくない。

まっとうだった。

そして、この少年自身がそれをまっとうだと理解していた。

それでもいつか、誰か素晴らしく優しいヒーローが現われることを期待していた。
まだ、この時は。

救いを望み、幸運が起きることを祈っている少年は、1人。
寒々しいベランダで膝を抱えて丸まっている。

「百合子、食いもン、食えたぜ。俺が食っちゃって、ごめンなァ……」

ただ、少年にとっては、そこにいるのは1人ではない。
もう1人の片割れと、よくわからないがもっと多くの人の気配が、彼の中に渦巻いていた。
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/06/23(木) 18:25:20.63 ID:acoi21DOo

今日はここまでで。
短めですみません。今回の-8話は少し長めになるかもです!

それでは。
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/06/23(木) 18:32:37.90 ID:cI5tSwzAO
乙!
ショタセラ百合子さんの破壊力すげえ
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/23(木) 19:07:23.20 ID:euLz7AGDO
隣のおっちゃんは私だ
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/06/23(木) 19:12:55.51 ID:6KhlCnKAO
>>608 いや 俺だ
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/06/23(木) 19:58:12.77 ID:afrWQ/MYo
俺が、俺達がおっさんだ!
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/23(木) 20:19:12.61 ID:JfB51iAgo
乙!!
おっさんの競争率が高ぇな
612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/23(木) 21:25:03.73 ID:ru5EwX9c0
乙乙
おっさん大人気だな。俺も立候補しておこう

百合子と一方さんの2人だけじゃないんだな… まぁ伏線ぽい部分もあるにはあったか
もしや他の人格も「一方通行」なのかな、とか思ってみたり
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/23(木) 21:27:45.32 ID:+zcEyHqDO
ならば俺は百合子の着てるぶかぶかシャツになろう
614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/23(木) 21:36:15.03 ID:wb1TUkXco

昨日から読み始めたがおもしれー
心臓キリキリなりながら読むわ
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟県) [sage]:2011/06/23(木) 21:40:09.05 ID:tW7o9ROH0
では、自分はベランダになります。
616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/06/23(木) 21:43:57.97 ID:90Ewna/AO
おっさん、木原君かと思った

>>612
あれ、一方さんじゃないの?
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りしまう :2011/06/23(木) 22:13:44.90 ID:S2n1Wu1b0
おっさんGJ
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/23(木) 22:15:34.89 ID:j4hatf5ko
俺がおっさんだったら絶対に保護するわ
こんな可愛い子を保護しないわけがない
ペロペロペロペロ

>>1乙!
楽しみにしてる
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/23(木) 22:30:26.46 ID:TOEgRtJa0
なんだこの隣のおっさん大量発生スレは…
俺も立候補しよう

1乙
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/23(木) 22:53:50.97 ID:6v5nXr360

自分もおっちゃんになるー

>>612
もしかしたらその中に女の子に百合子ちゃんが…
考えすぎか
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/24(金) 08:52:34.84 ID:Qf1c5zh5o
俺が!俺たちが!一方通行だ!
622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/24(金) 23:46:54.95 ID:cXGO0fhJo
おつおつ
ちょっと俺もおっさん立候補するわ
623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/25(土) 21:03:39.91 ID:/tuOOCSe0
じゃあ私はおっさん家のトイレで
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/06/25(土) 22:13:01.70 ID:gE0i3RkCo
じゃあ私はハンバーグ弁当として百合子の空腹を満たそう
625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) :2011/06/25(土) 22:37:03.50 ID:2JWGE8xM0
では私は麦茶となろう
626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/25(土) 23:39:27.72 ID:L0KA+z310
>>616 >>620
すみません>>612書いた奴ですが

>>5 そろそろ「この」自分も、潮時なのだということを。
>>9 「アンタ、本当に「あの」一方通行?」
辺りその他諸々から、何と言うかこう、色んな違う何人もの「一方通行」が消えたり出て来たりしてたのかな、って思ってた

でも >>605 よくわからないがもっと多くの人の気配が、彼の中に渦巻いていた って事なんで、
じゃあ消えては新しく生み出されてるって形じゃなくて、元々「在る」のが入れ替わってるのかな、と思ったんだ

んん、まだ何か語弊がある感じ…日本語表現難しい
結局何が言いたいかって、>>621って事なんです。巧い事を


…あれ、こういうのって書いて良い物やら如何? 失礼しました…
627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/26(日) 06:56:02.83 ID:jr3GTn3Yo
>>626
はいはいすごい読解力(笑)ですね長文自重しろ
628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/26(日) 13:46:36.31 ID:KdaKHsfi0
おっさん立候補の最後尾はここですか
629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/26(日) 15:52:52.38 ID:BmdjFSBi0
>>627
そうですね、すみませんでした。ご覧の皆様にもご迷惑お掛けして申し訳ありません
以後、書き込みは一切しない事にします。失礼致しました
630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/26(日) 16:40:10.49 ID:l4W6/GuO0
俺もおっさん立候補するわ
631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/28(火) 23:50:59.39 ID:FE/luo2DO
なんか、このスレ加齢臭クセェな
632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/01(金) 03:16:10.74 ID:RBWcoHe00
そしてそんな君もここにきたからにはまもなくおっさんになるんだよ
633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/07/01(金) 03:44:07.49 ID:Rql6aMhno
オッサンニナレーター
634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:43:09.36 ID:ST8qUYgyo

こんにちは。
なんかこのスレおっさ……いえ何でもないです。

大体人格形成などについては、この先も色々書いていくつもりです。
その過程で書きたいことは答えない感じにしてますが、一応。
「一方通行」と名乗って7年暮らしてきたのは一方通行1人だけです。
ややこしいですが、まあもうちょっとだけ続くんじゃ。

ではつづき!
635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:43:36.13 ID:ST8qUYgyo

軋みながらサッシを勢いよく引く音で、鈴科百合子は目を覚ました。

体中が痛い。強張っているのだ。

幅の無いベランダでうずくまるようにしている体勢を変えないまま、息をつめた。
その状況を断片的に呑んでいく。

眠っていた?
どのくらい長くだろう。外は既に明るく、太陽が真上を過ぎている。

刺すような空腹感が消えている。喉の渇きもそれほどではない。
遠くのほうで誰かが言っていた、食事をとった、というのは自分のことだったのだろうか?

そして、自分を見下ろしている人影に気づいた。

全身の温度が無くなり、胃が重くなる。冷や汗がどっと出ているのが分かった。

「百合子」

「、あ、」

「お返事は? 百合子」

「はい、」

同じ部屋で暮らす女性は、ベランダのガラス戸をひいて、こちらを静かに見つめていた。

何かがおかしい。
いつもならば、とっくに髪を握られて部屋に引きずりこまれているはずだ。
殴るか、蹴るか、煙草を押しつけるか、首を絞めるか、風呂に沈めるかしているはずだ

もちろん、帰ってくるまでそこで立っていなさい、と言いつけられたのだから。
これは自分の落ち度だ。彼はそう考える。

そもそも、今ここにいるのは、全て自分が悪いのだ。

髪を長くのばしておくように、とかたくかたく、言われていた。
そのはずなのに、キッチンのはさみを盗んで勝手に短く切ってしまったのは自分だ。

風呂に入れてもらえないために、砂埃や汗などで痛み、ごわごわになって絡んだ部分。
それをなくそうとはさみを入れる度に、髪はどんどん短くなり、元は腰まであったのが
肩につくかどうかという短さになった。

鬱陶しい重さは無くなったが、その髪を見た途端、女は逆上して百合子の首を絞めた。
切った髪が部屋に散らばり、はさみはベタベタに汚れ、使いものにならなくなっていた。
636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:44:03.69 ID:ST8qUYgyo

すぐに風呂場に連れていかれ、水に顔をつけられた。
必死に謝ると、今度はずぶ濡れのまま、まだうっすら寒い夜のベランダに追い出され。

立っていろと言われたのが、うずくまって惰眠をむさぼっていたのだから仕方がない。
どんな罰を受けろと言われても、はいと頷くしか許されない。

がたがたと震えるのを必死に押さえる。
しかし、かけられたのは今まで聞いた中で一番と言っていいほどの優しげな声だった。

「お部屋の中にいらっしゃい」

「え、」

「おいで。あら、ほっぺたに痕がついちゃってるじゃない。可哀そうに」

細い親指で頬をなすられる。
ひっ、と息を詰めたが、それは抓ることも爪を立てることもなかった。

「百合子」

「あ、、、」

いつ元の状態に戻って痛みを受けるか、と怯えながら、百合子はサッシをまたいだ。

温くなったベランダとは違い、室内はひんやりと冷えている。
そんなことを思った途端、目の前の女が膝をつき、視線を合わせた。

「やっ、」

両腕を上げて頭をかばう。

しかし、殴打はこない。
そろりと腕の隙間を覗くと、女は泣いていた。

「ごめんね。ごめんね百合子」

「う、、、」

しゃくりあげながら女はただ泣く。
百合子には、それがどうして泣いているのかわからない。

だからいつものように、その長い髪を撫でて、抱きしめた。

「お、かァさン、は、、、あの、、、なンにも、わるくない、よ、」

「百合子……ごめんね。ごめんなさいね」
637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:44:30.11 ID:ST8qUYgyo





                -8 しかたない 偽編




638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:45:03.47 ID:ST8qUYgyo

変だ。

今まで弱った姿など数えきれないくらい見てきた。
泣いて、癇癪をおこすのだって、珍しいことじゃない。でもこんな風に謝るのは初めてだ。

「なかないで、ごめンなさい、ぼくが、わるいから、おかァさンは、わるくない」

昔から何度も何度も、教えられた通りに、鈴科百合子は台詞を繰り返す。

「つらかったね、ごめンなさい、わるいこでごめンなさい」

「百合子、ありがとう。愛してるわ」

「あい、」

「大好きよ」

「、」

わからない。

あいしてる?

だいすき?

それは、ぼくのことが嫌いではないということなんだろうか?
そんなことを、百合子は考える。

この人が、ぼくを大好き? 本当に?
でも泣いている。泣いているときは、この人は大抵、本当のことしか言わない。

じゃあ本当に?

百合子の視界にもやがかかる。

「ほ、ほンとに、、、」

「本当よ」

「ぼく、ぼくのこと、きらいじゃない」

「大好きよ。愛してるわ」

「ふ、」

ぎゅう、と抱きしめられた。
今まで泣いて縋られたときの、どんなときより優しかった。
639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:45:36.61 ID:ST8qUYgyo

涙がぼろぼろと零れていくのが分かる。

自分の意志とは関係なしに、喉がしゃくりあげるように動く。

苦しい。でも、嬉しい。

「お母さんのこと嫌い?」

「きらいじゃないっ」

慌てて首を振る。
そんな風に思うわけがなかった。そういう風にできているのだ。

鈴科百合子はこの女なしでは生きていけない。そう育てられている。

「じゃあ大好き?」

「はい」

甘い香水の匂いがした。
女が出かける時に吹き付ける、花を煮詰めたような香りだ。

部屋は6畳に、申し訳程度のキッチン、ユニットバスの古びて汚らしい安普請なのに
この女はいつも身綺麗で、華やかな装いをしていた。

埃まみれの玄関には、まるで似つかわしくない白革と金の金具のついたミュール。
フリルのたっぷりとついた少女趣味な薄いブラウス、ベージュのスーツ。
薄いストッキングが脚を覆っている。拒食症のように全身が細い。

そして、ピンク色に光る唇を尖らせて、百合子の名前を呼ぶ。

「お母さんのこと許してくれる? 今まで沢山いじめたこと、なかったことにしてくれる?」

「うン」

躊躇いもせず、少年は頷く。
女の顔に薄い笑みが浮かんだ。

「誰にも言わないでくれるのね?」

「いわ、ない」

ああ、と感極まったような声を上げて、女は鈴科百合子を抱きしめた。

「いい子ね。とってもいい子」

「いいこ、、、」
640 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:46:04.01 ID:ST8qUYgyo

かっと頬が熱くなる。
そんな風に言われたのは、もしかしなくても初めてかもしれなかった。
嬉しい。

殴る代わりに頬を撫で、首を絞める代わりに抱きしめられて、罵る代わりに褒められる。
そんな、ただ当たり前のことだけで、頭の芯がぼうっとして、涙が止まらなくなった。

この時間が永遠に続けばいいのに。

そう少年は思う。

そして、そのあまりの幸福感が、目隠しをする。
彼の中の目には見えない片割れを眠らせたままにしたことが、全ての間違いだった。

きっと、その片割れがこのことを知っていたら、烈火のごとく怒っただろう。

何を企んでいるのだ、と。
今更何を言っている、と。

そして服を脱いで、全身に浮きだした醜い痣を見せるだろう。
これをつけたのはオマエだ、と言うだろう。

何故ならこの片割れには、そういう教育がされていない。
絶対的に女を慕うように出来ていないのだ。

だから、7年経っても眠っていた方はそれを悔やんで苦しみ続けることになる。

女は少年の頬を白い両手で挟み、恋人にするように口づけた。

「私の可愛い百合子。愛してるわ」

「、」

ぎゅっと抱きしめ、頬を摺り寄せる。

「あらあら、ずっと外に居たのね。砂埃でざらざらよ」

自分がそうしていろ、と言いつけたのに、まるで関係のないことのように女は言う。

百合子はびくりと体を強張らせて、身を引いた。
砂で汚れた自分がくっついていたら、女の服まで汚れてしまう。

「あ、ご、ごめンなさ、、、」

「いいのよ。おいで、お風呂に入りましょうね」

「はい、、、」
641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:46:30.61 ID:ST8qUYgyo

湯は温かかった。

冷たくも、熱すぎもしなかった。
タオルを泡立てて、女は百合子の全身を手早く洗い流してくれた。

その間中、ずっと好きとか、愛しているとか、囁いた。

不思議に思いながらも、百合子はこれが夢なのではないかと不安になる。
もし何かあったら目が覚めて、この優しい人は消えてしまうんだ。

だからシャンプーをするときに目を瞑るのを、ほんの少しだけ嫌がった。
女は一瞬困ったような顔をしたが、大丈夫、と優しく笑って、髪をすすいでくれた。

いつもだったらタイル壁に叩きつけられてもおかしくない筈なのに、と思いながら
爪も立てず、優しく髪を掻きまわす指にとろとろに溶けた眠気を感じていた。

「さあ、綺麗になったわ。出ましょうね」

「ン、、、」

うつうつと船を漕ぎながら、百合子は瞼をこじ開けて応える。

洗剤と日の匂いのするバスタオルに包まれ、ドライヤーで髪を乾かされた。
部屋の大きな姿見を見て、百合子は眠気を吹き飛ばした。

知らない子だ。

バスタオルに包まってこっちを驚いたように覗いているのは、栗色の髪の子どもだ。

まるで爆発に巻き込まれたかのようにぐしゃぐしゃと絡んでいた髪は3回も洗い流され
小児特有の細っこく、癖のない頭上につやが浮かんでいた。
ドライヤーで丁寧に乾かされたために、くるりと内側に向かってカーブを描いている。

先の方がギザギザと不ぞろいなのは、きっとキッチンはさみで無理に切ったからだ。

血も砂も埃も付いていない頬が白く、最近は顔を殴られていなかったので痣も傷もない。

「百合子、こっちにおいで。お洋服着るのよ」

慌てて洗濯機から先ほどまで着ていた汚らしい大人用のTシャツを引っ張り出す。

「違うのよ。やだ、これ本当に汚いわ……」

そう言って、女はシャツをゴミ箱に入れる。

「あ、」
642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:47:16.37 ID:ST8qUYgyo

「今日はこっち」

そう言いながら女が紙袋から取り出したのはブランド品らしい子供服だった。

「はい」

「、でも、」

「いいのよ。今日はこれでいいの。ね?」

「、、、は、い」

有無を言わさない様子に、百合子は大人しく頷いた。
今更特にそれを嫌だとも思わない。
ないよりマシだ。

服なんて着られればいい。そう彼は思っている。
だから気にしない。それがどんなデザインだろうが、サイズが少々あってなかろうが。

まして、今日女に差し出されたものはサイズだけならぴったりだった。

濃い灰色のハイネックシャツに、黒と茶のタータンチェック柄ジャンパースカート。
シックで大人しく、まるでどこかのお嬢さんのような出で立ちだ。

「これ、あの、おンなのこ、、、」

スカートの裾をつまむ。

流石にそれくらいは知っていた。

「嫌?」

首を左右に振る。

この程度で、嫌だ、とか不快だなどとは思わない。
Tシャツ一枚より全然まともな服装だ。あれよりずっといい。

だから、ただ不思議なだけだ。

女の子の服を自分が着てもいいんだろうか?
きれいな服だけどやっぱり汚したら不味いんだろうか?
いつも通り部屋の隅に丸くなったら、埃がつくのだろうか?

「そう。それじゃここに座って」

女は床に古新聞を敷いて、百合子を座らせる。
首元にタオルを巻き付け、はさみを取りだした。
643 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:47:43.07 ID:ST8qUYgyo

「あっ、ごめ、ごめンなさ、、、」

銀色に光る刃物を見た途端、百合子の全身が震えだした。

立ちあがって逃げることはしない。
だがひどく青ざめて、ぶるぶると震える。

刺されるか、どこか切りつけられるかもしれない。
咄嗟に、一番切り落とされそうな耳を押さえる。

が、慌てたのは後ろの女も同じだったようだ

「いいのよ! 百合子、大丈夫。絶対に痛くしないから、ね?」

「ァ、う、うァ」

「大丈夫よ。座って。髪を揃えてあげるから」

「は、ゥ、ああ、う、、、」

恐る恐る耳から手を離す。
しかし、痛みだけはいつ襲いかかってもいいように、堅く目を閉じて待ち構えた。

「いい子」

軽い櫛が、癖のない髪をさっと梳いた。
さくさくさく、とはさみの動く軽い音がする。

何度も、何度も、すくっては整える。

襟足のあたりで斜めのギザギザになっていた毛先が、半円を描いて揃えられていく。

「お、かァさ、、、」

百合子は震える声を無理に上げる。

「うん? 何かしら」

「あ、りがと、ございます」

さくん。

はさみの音が止まる。

「……そうね」

「、」
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:48:10.11 ID:ST8qUYgyo

「さ、できた」

タオルを外され、髪を掻きまわされる。
細かい毛が散って、見違えるように清潔にされた百合子を、女はじっと見つめた。

「百合子」

「はい」

「お母さんのお願いなら、聞いてくれるわよね」

「、はい、だれに、も、いわない、、、」

「それもあるけれど、あのね……」

「、」

女は悲しそうな顔を無理やり作り変え、百合子の細い体を抱きしめた。

「お父さんのようになってはだめ。これ以上そっくりになってはだめよ」

「お、とォ、さン」

百合子は首を傾げる。

たまに聞く、その人間はいったい何をやらかしてしまったのだろう。
違う。その人が何をしたか、話は聞いている。そらで言えるくらいに聞いた。

でも意味がわからない。
それが何のことだか、百合子には理解することができない。それだけだ。

「そう。その薄い色も、顔立ちも、同じよ。だから、だめ。ああなっては、だめよ」

「はい、」

「ね、お母さんがそうしてあげるから。ね。百合子も頑張るの。いいわね」

「はい」

「間違えたら治してあげるから、一緒に頑張るのよ」

「はい」

「……いい子」

もう一度だけ、女は少年を抱きしめた。
まるで、恋人にするように。頬に口づけてから、初めてその手を引いて部屋を出た。
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:48:36.38 ID:ST8qUYgyo

金属製の階段を下りる時に、買い物帰りらしい、隣の家の男とすれ違った。

百合子はそれに手を振った。
お礼を言いたかったが、女が歩き続けるので、やめておく。

男は百合子の姿を見て、少し考えるような素振りをした。
それでも手をひく母親の姿を見ると、顔をしかめて早足ですれ違っていってしまう。

少しだけ悲しかった。

「どこ、いくの」

「いいのよ。歩けるでしょう?」

本当は足が痛い。靴を履くなんていつぶりだろうか。
少し歩いただけで膝がギシギシ言った。

「はい、」

百合子は従順だ。

そう出来ている。

少し歩いた先にある通りで、女はタクシーを拾った。
物珍しそうに窓の外を眺める百合子を窘めて、自分は煙草に火を付ける。

信号に引っかかって停車した隙に、彼女は、ふ、と煙を吐きだした。

「明日は、雨かしらね」

遠くに見える雲を眺めて、女は吐きだすように言った。

百合子はただ、雨の日にベランダに出されるのは嫌だ、とだけ考えている。

そして、彼の片割れの透明人間は、まだ、眠っている。

信号が青に変わる。
運転手がアクセルを踏み込む。

この日から、鈴科百合子の悲劇はさらに加速していく。
646 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/01(金) 11:49:11.70 ID:ST8qUYgyo

今日はここまでで。
というか女装注意入れるの忘れましたごめんなさい。
どんどんアレになっていきますが、ごめんなさい。それでは。
647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/01(金) 12:06:59.98 ID:SgcNfvQDO

こう、嫌な予感がひしひしと
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2011/07/01(金) 12:58:52.38 ID:IdYqZ3pS0

嫌な予想しか出てこない悲しい
百合子も一方さんも幸せになりますように
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/01(金) 13:10:17.62 ID:E9uwaIpwo
すごくいやな予感がするけど見ちゃう
>>1
650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/01(金) 13:23:03.14 ID:TtPzhoaxo
アレ切り落とされるのかとヒヤヒヤしながら見てたわ…
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/01(金) 13:25:34.09 ID:nnVnhngDO
乙乙
読む手が止められない…
ぞくぞくするし胸がもやもやするのに…
でも続きが気になる!
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/07/01(金) 14:12:14.94 ID:9kEMeWMto
乙、だけど怖すぎる…
悪い予感しかしないし
653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/07/01(金) 16:05:15.55 ID:sp1sXyqAO
ちょっと百合子を保護しに行ってくる
悪いなオッサンども
654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/07/01(金) 17:45:23.00 ID:I3BTGkgi0
>>653
甘いな、もうとっくに俺が保護した
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/01(金) 18:30:03.72 ID:Gs3s4eKD0
じゃあ俺は>>654ごと保護する
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/01(金) 20:21:24.14 ID:s2MUhVNY0
じゃあ俺は百合子も>>1もお前らも全員保護するわ。
657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/02(土) 01:28:10.51 ID:koz38vGzo
じゃあ俺は>>656に保護してもらう
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/07/02(土) 01:38:19.53 ID:V4VR7Yryo
じゃあ俺も>>656に保護してもらって快適ニートライフを満喫する
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/07/02(土) 08:03:29.77 ID:4tWqwL9v0
そして俺はこの集団に上条さんを投下してそげぶしてもらう
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/02(土) 08:38:18.69 ID:G9qS4tGX0
そうして俺達は百合子を援助しながら働き出したのだった
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/02(土) 10:28:01.58 ID:SsmHhrm3o
なんという脱ニートスレ
しかし読んでてハラハラするわ
662 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/02(土) 23:12:44.19 ID:RHajjlVDO
そして半月後…
そこには元気になった百合子と
社会復帰した俺たちの姿が!!



みたいな単純な話じゃねーもんな…
663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 21:40:02.02 ID:ooMpxY9P0
まだペド白衣男が出てきてないんだよな・・・
昇り続けるジェットコースターみたいな怖さ
もうやめてぇ!みたいな
664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/04(月) 18:28:48.41 ID:SXnxgJxFo
でもやめないで
665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/04(月) 23:38:46.22 ID:ypgfUMbB0
そしてスタート地点より更に低い所へと下がるって言うか落ちるって言うか堕ちる訳ですね解り………怖っ
続きが滅茶苦茶気になるけど話が進んで行くのが怖ぇ…
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/07/06(水) 21:05:11.44 ID:c20jysAi0

うお何これ怖い
だが読まずにはいられん・・・
667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2011/07/12(火) 18:11:03.59 ID:76MFrK550
おもしろい
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2011/07/12(火) 18:11:43.27 ID:76MFrK550
おもしろい
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2011/07/12(火) 18:12:26.23 ID:76MFrK550
おもしろい
読み入ってしまう
670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/07/12(火) 18:33:23.64 ID:8jo9TGVx0
あがってると思ったら…!
>>669メル欄に「sage」って入れといて
671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/12(火) 22:53:43.78 ID:a5cu8+IDO
期待した自分涙目
ぐぬぬ…
672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/12(火) 22:54:02.02 ID:ZfKvvB8e0
止まってる?
673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 18:56:04.14 ID:I+vBpSWNo

こんばんは。遅くってすみません。やっと鯖落ち解除されましたね!

>>656
あの、不束ですが、どうか末永くよろしくお願いいたします///


今日の投下分はちょっとグロいです。いつものよりもう少し増しくらいの感覚です。
人に寄っては「うぷっ」「おげぇえ」となるかもしれませんので、先に注意。
読み終ってから「大したことねーじゃん!」って言われるかもしれないですが、一応ね。
特に差別とか馬鹿にしているといった意図はありません。

それじゃ投下します。
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 18:56:40.61 ID:I+vBpSWNo

タクシーが一台、細い道の手前で止まっている。

ガラス製のドア越しに1人の男がそれを眺めていた。

男のいる建物は古びていた。
一見、廃墟になった診療所にも見える。看板はない。

白い外壁、擦りガラスの窓がある一階と、その後ろに西洋建築風の3階建があった。

真横から見たら綺麗なL字型。横の線が診療所、縦の線は自宅だろう。

大通りから入って、すぐ路地を折れる。
それしかこの「病院」を尋ねる手段はない。

看板も掲げていないため、ここに訪れるものなどほとんどいないと言っていい。
近くに総合病院があるのも理由だ。ここは人目を外れている。

男は眠たそうに目を擦る。

久々の来院者かとタクシーの乗客を待ち構えている。

建物は昔風だが、少しばかり間口が大きい。
ガラスの重いドアとやや広めの出入口は、昔は患者がすれ違ったのだろう。

今は薄暗く、誰もいない。
寒そうだ。そう見える。

先ほどからぽつぽつ降り始めた雨の匂いが染み込んでくる。
消毒液の匂いに混ざり、無機質だ。

男の周りだけ、白いカップに入った紅茶の香りが漂っている。

一口啜りこむ。
熱い液体がじりじり舌を焼いた。

車から人が降りる。

女だ。
長い黒髪をゆったりカールさせて、趣味のいいスーツを着ている。
地味すぎない華やかさを持った女。金の使い方を知っている。

タクシーの支払いを済ませながら、道路に斜めにピンヒールを下ろす。

いい。優雅だ。
だがさほどそそられない。

ただ金払いが良さそうだ。そうであってほしい。
男はそれほど成人した女の体に興味は持たない。
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 18:57:23.18 ID:I+vBpSWNo

女の後から小さな影が車を降りた。
さほど背の高く見えない女だが、その胸に届かないくらいの子どもだ。

母親と娘に見える。

先を行く母の後ろに、娘は遅れないように必死についていく。

歩き方がおかしい。足が悪いのだろうか。
よく訓練された犬のように、ひっきりなしに母親の顔を伺う。

なるほど。

客らしい。

男は立ちあがって、隣の椅子の背にかけてあった白衣を取る。
アイロンをきちんとかけたシャツの上からそれを羽織り、ネクタイを正した。

紅茶のカップを給湯室に下げて、かつての受付カウンターを回りこむ。

来院者の母娘のために入り口の重いガラス戸を開けてやりながら、男は笑みを作った。

和やか、人当たりのいい、と言われてきた笑顔で唇を開く。

「お入りになられますか?」

「あ……」

女は一瞬ひるんだようだ。

そこそこ大きい診療所だ。
白衣を着た男は、場所も手伝ってどこからどう見ても医師に見えた。

わざわざそれが玄関で出迎えるのだから、どこか奇妙な齟齬がある。

少し躊躇い、斜め後ろについてくる子どもを振り返る。

「、」

振り返られた方は、きょとんと母親を見つめ返す。
何のことか分かっていない。

女はほんの少し堅い笑みを返す。

「はい、お願いいたします」

看板の無い病院に、3日振りの来院者がやってきた。
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 18:58:07.09 ID:I+vBpSWNo





                -8 しかたない 診察編




677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 18:59:29.49 ID:I+vBpSWNo

「どうぞ」

「ありがとうございます」

診察室とは名ばかりの、豪華な絨毯敷きの部屋だ。

ビーンズ型というのか。歪な楕円型のテーブルにティーセットが並べられている。
それを挟んで母娘と男は向かい合った。

淹れなおした紅茶を一口分口に含んで、男はまっさらなカルテを一枚用意した。

「それで」

女が僅かに肩を揺らす。緊張しているのだろうか?
それも、無理な話ではない。

くるりとペンを弄ぶ。特にカルテに熱心になるつもりはない。

「当院のことはどなたからお聞きになりましたか?」

単に癖のようなものだ。

以前勤めていた職場では、何もかも記録する決まりになっていた。
医務室での処置や、檻に入った実験体の治療に使用した薬品の量も。

ペンをコトンとテーブルに落とすと、女は観念したように口を開いた。

「こちらの方からお話を」

差し出された名刺は、先日確かに男の所へやってきた1人の女性の物だ。
たしかその女性は妊娠29週目の胎児を堕胎するためにここへ来たのだったか。

薬物で弛緩させた彼女の子宮口から胎児を掻きだす手ごたえを思い出す。
取り出しやすくするために内部で3つに切り分けた体は、すでに人間らしい形をしていた。

胎児の遺体は廃棄した、とその女性には説明した。
実際は切り取ったパーツをつなぎ合わせてアルコールを満たした瓶に詰めておいた。

海外の死体マニアに二束三文で売り飛ばしたその標本は
パーツに分解して取り出したために学術的な価値はあまりない。

だが、ちょっとした思いつきで手を入れれば愛好家にとっての価値は跳ね上がる。

手術用の糸でなく、刺繍用の赤い糸でつなぎ合わせてやったのを
アーティスティックだとか何とか絶賛されて、長々としたメールを受け取っていたはずだ。
半分も読まずに削除してしまった。
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:00:03.79 ID:I+vBpSWNo

ああいう変態の考えることはわからない、と男は思う。

送料や代金の他にチップを含めてたっぷり入金されていたのを記憶していた。
だからその母親の女性の名前は覚えていた。

稼いでくれた名前の次に、顔よりも健康そうな肉色の粘膜を鮮明に覚えている。
何もその女性に性欲を覚えたからではない。
ただ好きなのだ。人間の中身を感じることが。

「ああ……この方ですか。術後、お元気ですか? 定期健診に来ないもので」

「え? ええ。元気そうでしたが」

「そうですか」

女は目の前に出されたティーカップを手にするが、口元には運ばない。
しばらく掌を温めるようにカップを包んだ後、ソーサーの上にかたりと戻した。

「紅茶はお嫌いでしたか?」

「……いえ」

「何も入っていませんよ」

男は自分の目の前のカップを取る。

何も、この男は人殺しではない。
むしろ逆だ。医師として沢山の命を救っている。

ただ、事情があって病院に行けない人間に治療を施すのが仕事なだけだ。

車に撥ねられ、引きずられた患者を治療する。
様々な薬物のカクテルを呑んだオーバードーズ患者に胃洗浄や心肺蘇生を施す。

健康な人間の小指を切断することもあるし、小さな鉛の塊を肉を抉って探すこともある。
かと思えば、平凡な女の腹から胎児を掻き落したりもする。

糖尿で要介護の老人に「うっかり」インスリンを大量投与したこともあった。
借金の溜まった人間から、肝臓や腎臓や、角膜や骨髄や血液を抜くことさえある。

助けを必要をしているものに手を差し伸べているだけだ。
そして、その結果ただ困るものもいるというだけ。
だから別にこの女を殺すつもりはない。紅茶を不味くするつもりも。

ゆっくりと抽出されたウバの、少しオレンジに似た香りが湯気に乗って顔に当たる。
ティーカップの内側で揺れる同心円状の揺らめきを眺めた後で、そっと告げる。

「おいしいですよ」

「あ、ええ……」
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:00:42.09 ID:I+vBpSWNo

誤魔化すように唇を付けた女の横で、小柄な少女がぼんやりとカップ眺めていた。
微笑みを張りつけて声をかけてやる。

「ミルク、入っていたほうがいい?」

「あ、」

子どもは嫌いじゃない。

男は薄く微笑んで牛乳の入ったポットをとってやる。
それに気付いて、女が思い出したように少女を振りかえり、ぎょっとしたような顔をした。

まるで今まで全く忘れていたかのようで、まるで一瞬誰だか分からなかったようだった。

男がほんの少しだけ眉を顰める頃には、女は元の澄まし顔を取り戻している。

「百合子、どうなの? ミルクいただく?」

自分の子供に話しかけるには、随分と緊張を孕んだ猫なで声だ。

百合子と呼ばれた少女は困ったようにカップと男の顔、そして母親らしい女を見比べた。

「え、ゥ、あの、」

「そうね、入れてもらいましょうか。熱いと飲めないわね。ね?」

「はい、」

「お砂糖も?」

「、」

何のことだかよくわからない。

幼い表情は明らかにそう告げている。

女はそれを無視して、各砂糖とミルクをボチャボチャとカップに落とした。
男の表情が少し険しくなる。

飲食物を無碍に扱ったり、何もしていない子どもを乱暴に扱うことを、彼は好まない。

粗雑に混ぜられたミルクティーのカップを握らされて、少女はおろおろと辺りを見回した。
母親をそっと見上げ、男の顔色をちらちらと伺う。
どうぞ、というように軽く頷いてやると、緊張した面持ちで華奢なカップに唇を付けた。

こく、こく、と、細い喉が滑らかに動く。
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:01:14.80 ID:I+vBpSWNo

「は、」

一気に三分の一ほどを飲み終えて、しげしげとアンティークのカップを眺める。

「……紅茶が好きなの?」

「あ、えっと、あの、」

優しく問いかけたつもりだった。
少しだけびくついてから、小さな手がカップをもたもたと握り直す。

「こうちゃ、」

「うん? ミルクティーが好きなの?」

少女が母親を見上げた。女は頷く。

「、はい」

「……そう」

会話を打ち切ると、少女は小さく息を吐いた。

す、とカップの縁から香を吸いこんで、残った紅茶をちびちび舐めている。
細い指は職人が手描きで入れたカップの模様をなぞる。
磁器を物珍しそうに眺めているのを見て、男は大分機嫌を持ちなおした。

母親よりまともそうだ。
来客用にしてある気に入りのティーセットを出してよかった。

「それで、今日はお願いが」

女は少し尖った声を出す。
面倒くさいが仕方がない。そちらを向くと、やや緊張した視線とぶつかった。

「どんなご相談でしょう?」

この建物に来る者の8割が、無理な注文をつける。
だから、きちんとビジネスを成立させられるのは全体の7割以下。

できることならまともな相談を受けたい。
女の唇にじっと視線をそそぐと、それが一瞬震えて、こうつぶやいた。



「この子を女の子にしていただけませんか」


681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:01:45.43 ID:I+vBpSWNo

「……はぁ」

男の口から、らしからぬ声が漏れ出た。慌てて掌で顔の下半分を覆う。

女は不安げな表情で男を見上げるようにした。

「無理、でしょうか」

「いえ、いや……そうですか……」

未だにカップを膝の上に抱える子どもを眺める。
不思議そうにかくりと首を傾げる様は、あどけない。

男の子だったのか。

少しの落胆を覚える。
しかし、そうやって眺めても、ジャンパースカートの裾から伸びる白い脚は細く。
その折れそうな首の上に乗った頭蓋がきれいな卵型を描いている。

少女らしいということはない。単に服装が女物というだけだ。
この年頃で性差を決めるのは、服装と髪型。そして言葉遣いだ。

ただ少女、もとい少年は、無口な子どもというより、動く人形と言った方がしっくりくる。
元から喋るための機能を十分備えていない。そういう印象だった。

「あの、先生?」

女が遠慮がちに声をかけた。

我に返った男は、慌てたそぶりも見せずに短い唸り声を上げた。

「それは、今すぐに性別の転換を望むということでしょうか?
 それとも将来的に女性体に近づけるよう、長く「治療」をしていくといった……」

「いえ、今です」

「なるほど。仰ることはよくわかります」

こっそりとため息を漏らす。

この女は多分それほど賢くない。
説明が面倒だった。

「まず確認しますが、人間の体というものは……
 人形のパーツように取り換えたり修理したりできるものではないのですよ」

「それは」

解っています、と動き出しそうな唇を掌を立てて遮って
男はゆっくり椅子の背もたれに体重を預けた。
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:02:13.40 ID:I+vBpSWNo

「性別の転換は、可能です。しかし、不可能だとも言えます」

「?」

「前提として、男性を女性に、女性を男性にすることはできないのです」

女が怪訝そうに眉を寄せた。

昨今のテレビメディアに取り上げられた性同一性障害のドキュメンタリーでも
半端にかじって鵜呑みにしたのだろう。

男は手元に白い紙を一枚用意し、すっと横一本の線を引いた。

線の左端に「男性」、右端に「女性」、と書きいれる。

「手術で外性器や骨格を変えることは出来ます。
 これは専ら切除することが中心ですが……作ることもある程度は可能です」

「つくる?」

男の持ったペンが、線の一番右、「女性」の字を指し示す。

「例えば、男性体に近づけるため、女性の乳房や子宮卵巣を切除する。膣を閉じる。
 これは切除の方面で、」

目の前の女の瞳が目いっぱい見開かれた。

ペン先はゆっくりと線の上を滑り、左端の「男性」に近づいていく。

「作ると言うのは、ホルモン治療で肥大させた陰核に延長させた尿道を通して
 擬似的に男性器を形成する手術を行う、といったような……聞いていますか?」

女の顔色が悪くなった。

こういった性に関連する手術は、健康な肉体にあえてメスを入れる行為だ。
性別の不一致で悩み続けた人間にとっては、大変画期的な方法だと思えるかもしれない。

だが、一般に女性の体を持ち、女性として暮らし、それに疑問を抱かない。

そんなような人間からすれば、健康な肉体を抉るなど想像もつかない。
ピアスの穴を開ける話をするだけで貧血を起こすものまでいるのだ。想像に難くない。

「……はい、」

「だから、それだけの手術をしても」

紙の上の線を辿るペン先は、「男性」の文字の手前でピタリと静止した。
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:02:42.40 ID:I+vBpSWNo

「その女性は完全な男性にはなれないでしょう」

「はぁ、それは、元が女性なんですから……」

「そう。細胞は女性のものです。性染色体が。
 ……中には外性器と性染色体の合致しない方もいますが。それは今は無視します」

女が理解しがたい、といった表情を見せる。

こういった問題を手早くまとめるのは難しい。
どうしても誤解や認識のズレを埋めることができない。

「簡単に言うと、男性として子どもを残せないと言うことになります。
 もちろん子宮や卵巣も切除しましたから、女性としても妊娠は望めません」

つまり、どれだけ体の外観を弄っても、生殖機能ばかりは持たせられないと言うことだ。

将来的に体細胞からヒトクローン胚を作ることができれば話は変わる。
自分のDNAを持つES細胞を卵母細胞として人工授精を行うことは理論上は可能だ。
ただ、それはあくまでも理論であり、繊細な技術はまだあの都市ですら不可能だろう。

説明はしない。
そこまで言っても仕方がないからだ。

話を続けるために一呼吸置き、またペン先を「女性」に戻す。

「では、ホルモン投与による治療だけを受けて、生殖器に手を入れない場合です」

「どうなるのですか?」

ペンが線の中央からやや左、「男性」の側に寄る。
しかし、「男性」の文字からは大分距離があった。もちろん「女性」からもだ。

「外見は男性寄りでしょう。ただ胸部、腰部のシルエットはまだ女性に近い」

ペンの先が、「男性」と線の真ん中をほんの少し行き来する。

「男性ホルモンの影響で縮小はするでしょう。が、女性ホルモンは分泌を促せば……
 月経は起こります。当然妊娠も不可能ではありません」

「外見が男性でも、ですか」

「そうです」

なんとか理解は示したらしく、女は軽く頷いた。

男は目を上げずに、ペンを揺らす。
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:03:10.99 ID:I+vBpSWNo

「次に、子宮や卵巣など生殖器と乳房を切除。
 ただし男性ホルモンの投与、陰茎などの外性器形成手術は行わない場合」

「ええと、切るだけで、作らないと?」

「そうです。その場合は」

ペンが線の中間からやや「女性」寄りをふらふらと彷徨う。

「これは、乱暴な言い方をすれば、不妊症の女性と変わりません。
 妊娠は出来ませんが、見た目は少々中性的な女性です」

とん、と紙の上にペンが転がった。

「ホルモンが大変減少しますので若干体調を崩す場合がありますが。
 同じようなことは男性にも言えます。性別を逆にしていただければ結構です」

「はぁ……あの、今のお話は何が?」

「ですから……」

男は軽い苛立ちを覚えた。
この女は話の前提すら覚えていないというのか。

「今お子さんはまだ小さい。性別を決定しているのは外性器くらいでしょう」

「え、ええ……」

苛立ちを僅かに含んだ声に、女がほんの少しひるむ。

「その外性器すら、生殖活動を行えるとは言えません。それとも、もう精通が?」

「せ……」

女が舌をのどに詰まらせたような音を発した。

「お子さんはおいくつですか?」

「はち……いえ、9歳、かと」

男が顔を上げる。「かと」だと?

退屈だったのか、眠たげに瞳を蕩かしている少年をちらりと見やる。
この少年の母親ではないのか?

「い、え。9歳です」

「……まあ結構です。私はそういったことには深く立ち入るつもりはありません」

慌てて言い直す女に向かって冷たく言ってのける。
悔しそうに唇を引き結ぶのを無視して、男は話を続けた。
685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:03:37.63 ID:I+vBpSWNo

「精通は?」

「……ありません」

当たり前といえば当たり前だ。

9歳で精通のある子どもは少ないだろう。
その上この少年は9歳児相当にすら見えない。
彼に言わせれば未発達極まりなかった。

「まだですね。つまり、今この子は中性よりの男性ということになります」

再度取られたペンが、線の中間、やや左の「男性」側を指す。

「この時期から少量ずつ女性ホルモンを投与すれば……」

「注射を?」

「思春期ごろには、かなり女性らしい体つきになります。
 場合によっては豊胸手術を施さなくても乳房ができますし」

「胸が大きくなるんですか?」

「まあ、可能です。乳房に関しては男女の性差はあまりないのですよ。
 男性に女性ホルモンを投与すれば、母乳だって分泌できますからね」

何事か考え込み始めた客を余所に、道徳心に欠ける医師は冷めた紅茶を一口啜った。

子どもは好きだ。
だが、ビジネスを優先しなければいつか飢えて死んでしまう。

だから止めない。

当の本人は、浅く腰かけた体勢のままでうつらうつらとまどろんでいる。

「ホルモン治療は、結構です」

女の言葉に視線を戻す。

「そうですか。では手術は何年後に」

「え? 今してください」

「今?」

ため息をついた。
686 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:04:30.87 ID:I+vBpSWNo

「あの……聞いていませんでしたか?
 精通の無いうちに生殖器を除去すると子どもが出来なくなるんですよ?」

「結構です」

「いえ、その、精通が来てから、一旦精液を採取して保存しておくべきです。
 将来的に子どもを授かりたい時に人工授精を」

「結構です! この子は子どもなんてつくりません!」

静かな院内に女の声はヒステリックに響いた。

「……そうですか」

「ええ……」

「いえ、しかし問題はそれだけではありませんから」

女は面倒そうに顔を顰める。

こっちだって面倒だ。
男は出会ったばかりの依頼人に嫌悪感を抱き始めていた。

「男性から女性型に転換する場合は……
 精巣を切除した後の陰嚢の皮膚で外陰唇を形成するんです」

陰嚢に詰まっている精巣をこそげ落とす。
その後で、その包んでいた皮膚を切除、縫合して外陰部を作る。

性感を得る部分は敏感な神経が通っているべき場所だ。
だから、元からその部分にあたる組織から形成しなければならない。

同じように、陰核形成は陰茎の亀頭部を切除、縫合して形成しなければならない。

「それに、この体格ですと造膣できません。
 腸の粘膜を使うのですが体格的にそのスペースもなく、そもそも腸粘膜を採取できるか」

「ぞうちつ……お、女の性器を付けるということですか?」

「そういうご相談では?」

「違います! そういう、「付ける」手術はしないでください!
 ホルモン治療もいりません!」

「あぁ……そうですか」

いらいらと組んだ指を組み換え、ぎゅうと力を込める。
勝手な母親だ。
687 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:04:57.25 ID:I+vBpSWNo

「では精巣を無くすということですか? パイプカットではなく?」

「パイプ……何ですか?」

「人間の男性に行う去勢手術ですよ。傷も少なくて済みます。
 精巣を除くのではなく、輸精管……ええと、精巣から精子を運ぶ管を切るのです」

これなら手術は簡単だ。
もちろんこの年齢の子どもに施すことは法で禁じられている手術だが。

「子どもは出来なくなりますか?」

「もちろん。精液に精子が混じらなくなりますから。
 精液は出ますから、人口の無精子症のようなものです」

「管を切って……出るんですか」

「あの、精液の主成分は前立腺分泌液なんですよ?
 精巣に直接精液が詰まっている訳でもない。色も見た目も術前とは変わりません」

「それは困ります!」

「……」

この女の言いたいことが段々と輪郭を持ち始める。

彼女の脳内のビジョンが方法に可否を示す度に、その不定形なものが外殻をつける。

「つまり、こういうことですか?」

男はトン、と机にペン先を下ろした。

線の中央。
「男性」とも「女性」とも離れた、まったくの中間点。

「男性でなくすこと。子どものできないようにすること。精液の出ないようにすること。
 女性器は付けず、つまり、性感を無くして、セックスのできない体にしたい、と」

「そ、そうです」

ほっとしたような笑顔を、女は見せた。

「まあ、可能です。陰茎、精巣、陰嚢を取ってしまえば……しかし」

今すぐには無理でしょう。

その言葉に女は息を呑む。
688 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:05:25.49 ID:I+vBpSWNo

「9歳と言われましたが、この子は体格的には5、6歳程度。
 もう少ししないと、まだ器官が完全に出来上がってもいませんから」

「そんな……でも、早くしないと」

「まあ、精通が来てしまいますからね」

目に見えて焦る依頼人に、男は少し機嫌を良くした。

「陰茎は、尿道が通っていますから、もう少ししてからの方がいいでしょう。
 ただ精巣は多分……」

「切れますか?」

「難しいですが、切除可能でしょう。ただ本当に子どもを作ることは出来なくなりますよ」

「はい! 結構です! お願いします!」

心底嬉しい、と言わんばかりの笑顔で、女は横に座っていた少年を振り返った。

そして、とろとろと転寝してしまっている姿を見つけ、たった1秒で部屋が凍りついた。

「百合子っ!」

女の怒声と共に、バチン、とやたらに大きな音が響いた。

頬を張られた小さな体が、もんどりうってテーブルの角に額をぶつける。
そのまま床に落ちて小さく悲鳴を上げた。

「あんたって子は、何でそうなの! 人があんたのために先生の話を聞いてるんでしょ?」

ふらふらと上体を起こした子どもの腹を、スリッパのつま先が容赦なく蹴り抉った。

「あ゛ゥっ、」

「お母さんがお話しているのに寝てていいの? ねえ、百合子! どうなの!」

「ご、ごめ、なさ……ア゛っ」

謝ろうと口を開いた頬に再度平手が飛んだ。

「口答えするんじゃありませんっ!
 お母さんは百合子がちゃんとした大人になってほしいから言ってあげてるのよ!」

「は、ィ、ありがとォ、ございます、ごめンなさ、、ぼくがわるいです」

「そうね。駄目よ、百合子。これからは勝手に寝ちゃだめ、いいわね?」

「はい、」
689 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:05:52.18 ID:I+vBpSWNo

頬と額を押さえて、零れそうに膨れ上がる涙の粒を必死に押しとどめ、
少年は母親の足元で這いつくばるように頭を下げている。

男は絶句していた。

薄い色の瞳が、テーブルの下から男を見上げる。
その瞳は恐ろしく純粋だった。

「助けて欲しい」でも「かばって欲しい」でもなく、「この人にも謝るべきだろうか」と。

男の腰の裏辺りに冷たいしびれが走った。

「……落ちついてください。彼はもう、僕の患者ですから。怪我されると困るんです」

わざと冷静な声を出すと、母親はばつの悪そうな顔で椅子に戻った。

「すいません。この子、ちょっと頭が緩いものですから。
 厳しく躾けないと分かってくれないんです」

「知的障害が?」

「いえ。単にばかなんです。まともに喋れませんし、字も……」

女は何でもないことのように言う。
単に、ばかなんです。

男の内心で黒い淀みが溜まっていく。

「そういえば、手術の際はここに入院することになりますが、よろしいですか?」

「え? ええ、まあ」

「学校はどうしているんです? 長期的な入院を挟みますよ」

「学校?」

女が不思議なものを見る目で男を見上げた。
濁った瞳だった。

「ああ……そういうものには、通っていないんですよ。登校拒否なんです」

「……そうなの?」

床の上で茫洋と中空を見上げる少年に声をかける。
緩慢に振り向いた顔が、ほんの少しの笑顔に歪み、かくりと首を傾げた。

「はィ」
690 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:07:07.12 ID:I+vBpSWNo

男はその後、時間をたっぷりと使って支払いの金額を決め、
2週間後から検査のために入院を始めることを決めた。

まず検査をし、その後で慎重に精巣切除手術の日程を決める。
陰茎の方の手術は数年後、と約束を取り付けた。

普段だったらここまで丁寧なことはしない。

ただ、女の払おうとした金額が相当なものだったこと。
それに、あの少年の眼が気にいった。それだけだった。

帰りにふらふらと立ち上がる少年を呼び止め、男は低い頭を見下ろした。

「お名前は?」

「百合子です」

母親が間髪いれずに答えた。
それを視線で黙らせて、見上げてくる濃い琥珀のような色の瞳を覗き込む。

「お名前は?」

「ぼ、くは、ゆりこ、です」

「そう。よろしくね」

「あの、あ、、、」

「うん? ああ……僕は先生でかまわないよ。百合子、くん」

「せンせェ、」

「……そうだよ」

くしゃりと髪を撫でる。
不思議そうに首を傾げる少年から無理に視線を引きはがす。
男は母親の女性に向き直り、そっと内ポケットの名刺を差し出した。

「そういえば、こちらの名刺をさし上げていませんでしたね。
 遅ればせながら、こういうものです」

「頂戴いたします」

女は名刺の名前を見て、少し言い淀んだ。

「ああ、変わった名でしょう? うちの家系は皆、そういう変わった名前を付けるんです」

「はぁ、何と読むのですか? きょ……」

「失礼しました。それは……「こくう」と読むのです。よろしくお願いします」

「はい、先生」

女の手の中の名刺には、くっきりした明朝体で、「木原虚空」と印字されていた。
691 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/14(木) 19:07:41.39 ID:I+vBpSWNo

ここまでです。

変態外科医登場編でした。
虚空は刹那よりもっと小さい数の単位です。

なんか説明ばっかりですが、今回は消化試合的な感じで?
次回からまた頑張ります。
それでは。
692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/14(木) 19:11:01.01 ID:gfNuVAvA0
>>1乙!
なんかすごい展開になってきたな
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2011/07/14(木) 19:21:39.07 ID:g7R0cHPAo
>>1
母親が息子のアレをナニするオカルト話思い出したよ
胃が締め付けられるようだぜ…
百合子うちにおいでよご飯も甘いお菓子もふかふかの寝床も用意するから
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/14(木) 19:29:18.96 ID:r/AGM/Qg0
>>1
登り続けるジェットコースターは下手なホラーより断然怖い。
個人的には足もとが開く階段を自分はバンジーの紐をつけて登ってるんだが隣を歩いてる可愛い子は何の命綱の着けてないようなそんな感じ。なんとか手でもつかめればと思うのに届かないorz
695 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/14(木) 19:35:03.17 ID:McsssDFJ0
>>1
百合子はいつも通り天使でした。
…女にはどす黒い殺意を覚えましたが。
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/14(木) 19:53:19.07 ID:G7yY1ifVo
乙乙
胃がキリキリしてくる
697 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/14(木) 20:03:13.12 ID:eT1Hjd0D0
>>1
木原…だと…?
もしかして木原一族の一人か?
ワクワクとドキドキがとまらん
698 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/07/14(木) 20:16:14.27 ID:ED1hih+6o

お母さん木原一族かよ…どうりで。
699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage saga]:2011/07/14(木) 20:21:29.49 ID:UaDu2yYN0
>>1乙です。
先生、まさかの木原一族か…?
それより百合子と色んなとこにお出かけしたい。遊園地とか連れていってあげたい…。
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/14(木) 20:27:29.68 ID:CgFvgNm7o
乙です
覚悟はしていたものの、これはお袋さん、駄目かもわからんね
二重の意味で
701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/14(木) 21:06:23.86 ID:Z6O5FQ1So
マジこの阿婆擦れには反吐が出るわ・・・
頭が悪い上に邪悪すぎる・・・

SSとしては面白!
702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/07/14(木) 21:17:11.75 ID:Dm2QfFBAO
医者の名前がどうみてもアレな件
703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/07/14(木) 21:47:14.40 ID:ED1hih+6o
あ、母親じゃなくて医者が木原なのか。
木原にしては内面がまともそうだな。
704 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/14(木) 23:45:30.59 ID:fSM3sgsIo
おなかのあたりがキリキリする
>>1
下手ながら支援

http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1789318.jpg
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1789320.jpg
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1789321.jpg
705 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/07/15(金) 02:07:43.48 ID:QG0kh6zto
待ってました!乙です
覚悟してたけど百合子が天使すぎるのに対して
母親がクズすぎてむかつくぜ…
706 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/15(金) 08:05:25.94 ID:jsnXmluDO
こわいから百合子ペロペロ愛でてくる
707 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/07/15(金) 08:48:20.85 ID:MpRKMGaAO
この展開にドキドキが止まらない俺は間違いなく下種
すまんな百合子ペロペロ
708 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/15(金) 14:29:09.40 ID:4LMadK4Fo

じわじわ気持ち悪いものが這い上がってくると思ってたら木原姓きちゃった……
リアルでうわああああって避けんじゃったよ
「うちの家系は〜」ってきたときに「まさかな…」とは思ったんだが
百合子に甘いお菓子いっぱい食べさせてあげたい
709 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/07/15(金) 20:50:39.49 ID:j9eDdtKe0

いやまさかとは思ったが先生木原一族だったか・・・
百合子家に来いとことん幸せにしてやる
710 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/17(日) 03:53:36.69 ID:bwRvk9hDO
1乙!
男でもないのに読んでたら股関が痛いんだぜ…
先が気になるな
711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/07/20(水) 03:09:57.23 ID:7/gZ0Qe7o
グロ耐性はあるから描写は全く問題ないんだが
ただただ百合子が不憫(´;ω;`)
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/29(金) 02:48:52.94 ID:lBAhBUZC0
百合子を俺が守りたい。
713 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/07/29(金) 13:24:16.50 ID:Q+cUXAA50
madakana-
714 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2011/07/30(土) 00:11:05.86 ID:B0H9hxJk0
更新来たかと思ったじゃないか…
715 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:03:39.39 ID:OqmhV86Xo

お久しぶりです>>1です。いろいろあって、すみません。

予想に反して百合子を優遇したい方が多かったのでびっくりしました。
各家庭に配布するためには百合子の数が足りませんね。
四等分とかしなければならないことに気付きました。本末転倒って感じですね。

>>704
うおおあありがとうございます!こんな幻想的なシーンにしていただいて良かったのか!
もっと精進します。百合子くん美人! なんか儚い気分になりますね。
あ、あと婚姻届送っておきましたのでサインしといてください。

では続きです。ちょっと短いかも。
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:04:09.75 ID:OqmhV86Xo

目を開けると、夕日が差し込んでいた。

不自然な律動。
煙草や消臭剤の臭い。
レースのカバーのかかったシート。

「タクシー? なンで外に……」

寝起きのように、一つ欠伸を漏れた。

「ン?」

体がだるい。
なるほど。極度の眠気を感じる。きっと限界だったのだろう。

そこで俺が替え玉になったというわけだ。

女の姿を目で探すと、助手席で運転手とぽつぽつ話をしていた。
振り向きもしない。

大方、百合子の隣に座るのも嫌だし、顔だってできるなら見たくない、という辺りか。

ふ、とため息をついて、シートに寄りかかる。
普段座らされる擦り切れた畳より数倍は質のいい空間だった。

ブラブラと足を揺らした途端、俺は叫び出しそうになった。

実際に叫ばなかっただけ褒めてくれてもいいと思う。
代わりに変な声が出て、女がきっと振り向いた。

「何?」

「あ、ううン、なンでもない……」

「ああ、そう」

咄嗟に百合子のぼやっとした口調を真似てやる。
これには慣れている。

女がさっさと前に向き直ってから、俺は改めて自分の、百合子の体を見下ろした。

肌触りのいい綿のハイネックシャツ。ウール地のトラッドなスカート。

女物じゃねェかよ……

顔が引きつる。
一体何があったと言うんだ。

唇を舐めると、僅かに甘かった。
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:04:36.82 ID:OqmhV86Xo





                -8 しかたない 監獄編




718 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:05:03.67 ID:OqmhV86Xo

「ぐずぐずしないの」

タクシーの支払いを早々と終えて、女は早足で先を歩いていく。
まったく足の短い百合子のことなど考えてもいないだろう。

クソアマ。

筋力不足のやわな両足を動かし、なんとか蹴飛ばされない範囲で女の後を追う。

「ねぇ、アンタ分かってるんでしょうね?」

「え? あ……な、なにが?」

声は冷たく苛立っている。
寸前で「百合子のふり」を取りつくろって、俺は僅かに女を見上げた。

びちん、と太いゴムが弾けるような音。
耳から頬にかけての皮膚がはぎ取られたようにひりつき出す。

「っ、ゥ……」

「生意気な目……やめなさい!」

「はい、ごめンなさい」

大人しく謝り視線を足元に落とす。
これがお望みの対応だ。

本当は掴みかかってやりたい。
白くやわい肌をつねり、蹴って、爪を突き立て、くじり、噛みついてやりたい。

そして、それがどんな気持ちか知らせてやれたら……

俺にはできない。

百合子の体を傷つけるチャンスをやることはできない。
それに、俺はそういうためのものではないのだから。

「そう、出がけに言ったでしょう。忘れたのかしら」

「ァ?」

「他の人に言わないってことよ。よくできたわね」

女はちょっと指を反らして、掌だけで俺の頭を撫でた。
ぞっとする。吐き気をぐっとこらえて、深く息をつく。
719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:05:30.19 ID:OqmhV86Xo

出がけ。

俺じゃない。
聞いたのは百合子か。そして、その約束を守って「よくできた」のも百合子だろう。

本来ならこのぞんざいな褒め方をされるのは百合子だったのだろう。

ほんの少し唇をかむ。
百合子なら喜んだだろう。

一杯に目を見開き、ボンヤリとした笑顔をうかべて、はい、なんて従順な返事を添えて。

奪ってしまった罪悪感がねっとりと全身を覆って行く。
たとえどうしようもない女でも、百合子は彼女を「あいしている」。

そういう風に作られた、関係があるのだから。

「ずっとよ。ずっと、誰にも言わないの。いいわね」

「? はい」

あとで百合子に聞く必要がある。

何があったのか。
何を約束したのか。

そして俺もそれを守らなければならないだろう。
今上機嫌な女は、きっと約束を破れば激怒する。

百合子の体を傷つけるのはいけない。
できることなら、次に褒められるのは百合子でなければならない。

全部聞いて、演じなければならないのだ。

俺が百合子で、でも、百合子は俺ではない。

俺は何の名前も持たず、無個性で、感情を与えられ、ただ、百合子の代わりに――

「早く来なさい」

ふと気付くと目の前には錆びた金属の階段。
女は数段上から面倒臭そうな顔で俺を見下ろしていた。

足を上げて階段をぎこちなく登っていく。

貧弱な筋肉がぎしぎしと軋んで、息があがった。
720 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:05:56.33 ID:OqmhV86Xo

外に出ることなど週に1度あればいいほうだ。

大抵は、女が感情に任せて、出ていけ、などと叫んだ時だけで。
それは決まって深夜で。
俺も百合子も靴など穿かずに、這うようにして近所の児童公園まで逃げた。

遊具の中で震えながら一晩明かし、朝になって恐る恐る戻る。
女がどこに行っていたのと横面を張り飛ばす。

これがお決まりのパターンだった。

少なくとも俺も百合子もそんな夜が嫌いではなかった。

公園の蛇口から流れる水はいくら飲んでも叱られなかった。
清潔な水で傷口を洗ったり冷やしたりできた。

ゴミ箱から誰かの食べ終わって捨てた弁当の残りを漁ったり、
運が良ければ身の少し残ったフライドチキンなんかを拾うことが出来た。

どう見ても女物の服を汚さないよう気を付けながら、俺は階段を上った。
女はため息をつきながら部屋に先に入って行った。

生きていることは幸せだった。

俺も百合子も、理由は違った。

俺は百合子が好きだった。
まるで、ペットが飼い主を慕うように、俺は百合子に全て任せられた。
そのためなら何でもできた。何でも。

俺と話をして、大切にしてくれたからだ。
吐き出されたヘドロのような存在を同じ次元に引き上げたのは百合子だ。

寄生虫のように内側を食い荒らしても、その方が楽になる、と受け入れた。
もっとましな人間だったらこんなに苦労させないのに、と謝った。

だから、俺は死に物狂いで階段を上った。
女の不興をかわないようにそっとドアを開けた。

そして失敗した。

ドアの隙間にするりと滑り込んでドアを閉めた。
一歩後ずさった途端、とっくに部屋に上がっていると思った女に体ごとぶつかり、

俺は、そのことを十年先まで後悔するだろうと思った。
721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:06:22.85 ID:OqmhV86Xo

「いたっ?」

白いエナメルと金具の華奢なピンヒールを脱ごうと前かがみになっていたからだ。

女はぐらりとバランスを崩し、とっさに俺の肩のあたりを掴み、
2人して玄関のたたきに、もつれ合うようにして倒れ込んだ。

俺は段差のヘリに頬骨をいやというほどぶつけ、そこを押さえてうずくまった。

「いやだ……爪が……」

「あ……?」

左手の爪を悲痛な顔で眺めていた女が、こちらにぎっと睨んだ。
まるで親の仇でも見るような視線だった。

どうして俺は上手くできないのだろう。

どうして百合子がこんな目に合わなければならないのだろう。

俺が悪いわけじゃない。

知っている。何がいけなかったのか。
昔、俺が初めて生まれた時に――

「服を脱ぎなさい」

「え……」

「高かったのよ」

女は冷たく言い捨てた。

怒鳴り散らされる前に、俺は靴を脱ぎ、丁寧に揃え、服を脱いだ。
苦戦したが、きちんと畳み、部屋のあまり汚れていないあたりにそっと置いた。

「あの……お、ぼくの、シャツは」

アンダーシャツとして着ていた丈の長いハイネックのシャツを脱げずにいる。
女はゴミ箱を顎で指示した。

まさか。

ゴミ箱の中には、俺が今朝まで着ていた薄汚れた大人の男性用Tシャツがあった。
摘まみ出すと、上から捨てたらしい排水溝に絡んだ長い髪がべとりと付着していた。
722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:06:49.46 ID:OqmhV86Xo

ぞっとした。

女の物だと思うと、吐き気を催した。
こんなものに袖を通したくない。

何故か判らないが、せっかく清潔になっているのに。
ああ、百合子なら気にしない。なんでもハイハイと言うことを聞いただろう。

俺は、百合子に比べて潔癖症の気があった。
この生活には大変なデメリットだ。

「早くしなさい」

選択肢はない。

俺は息を止めてヘドロのような髪を引きはがし、清潔な子供用のシャツを脱いで
着ざらして薄くなった、雑巾よりも汚らしい布に頭を突っ込んだ。

「ここへ来て」

グラグラと思考が揺れた。

いかにも、劣った存在だと示されているように思えた。

不衛生で、醜く、教養もなく、何にも秀でず、力は弱い。
じめじめとした石の下にぐじゃぐじゃと蠢く気味の悪い虫のような。

頬が張られた。

先ほど道で打たれたのと反対の頬がじりじり痛んだ。
思わず床に座りこむと、肩の辺りを蹴られる。
堅いヒールが二の腕の肉を引っ掻いた。

「お母さん爪が欠けちゃったわ。あんたのせいで」

「ご、めンなさっ、あ゛!」

脇腹に尖ったつま先がめり込む。
ひっ、と妙な声が出て、俺は横ざまに倒れ込んだ。

背中の左半分をごつごつと堅いものが蹴り、踏む。

「さっきも先生の前で恥をかかせるし、あんたは本当に、だめ。いけない子。だめな子!」

「ごェンなざっ、す、ひませ……ぎゥっ!?」

腰のあたりに煙草をおしつけた火傷は一昨日つけられたばかりなのに、
まだじくじく疼くそこにピンヒールがもろにぶつかった。
723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:07:15.90 ID:OqmhV86Xo

「か、ふ……!」

「煩いわよ! お隣さんに迷惑じゃない! お母さんが怒られるのよ!」

「ごめ、な……ぶッ!?」

顎を蹴られる。
視界がブレて、二重に見えた。

「お母さんが怒られてもいいのねっ? お母さんが痛くてもいいのねっ? どうなの!」

「よくな、よくない……よくないです……」

一息ごとに背中を蹴られるので、満足に発声もできなかった。

がつ、がつ、としばらく肉を蹴る音が内側から響いて、

唐突にドアのチャイムが鳴る音がした。

「ひっ?」

母親の声が上ずり、俺の左肩甲骨の辺りを蹴っていた右足がずるりと滑った。

「ィ、あああああああァ――――‐っ!?」

「うるさいっ!」

びぃっと音がした。

母親は俺を掴みあげて、どこにそんな力があるのか分からないほどの渾身で
彼女が「部屋」と呼んでいる押入れの下段に俺を投げ込んだ。

ふすまを閉められた暗闇の中、俺は口元に手の平を押し当て、早くなる呼吸を押さえた。

は、は、は、という早い呼吸と、心臓がどくどく震える速度が一緒になる。
背中の左側が同じ速度で脈打った。

ドアの開く音が向こうで聞こえた。

「はい、どちらさまでしょう?」

あの女のあからさまな猫なで声だ。

「隣のもんですが……」

ぎゅっと瞑っていた眼を開け、少し顔を上げる。
少し隙間から光が入るだけで、目を閉じているのと変わらない。

それでも声の主は分かった。
今朝何か飲み物と食べ物をくれた、隣の男だった。
724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:07:42.77 ID:OqmhV86Xo

助けてくれ、と叫びたかった。
体中が痛い。

しかし、今少しでも音を立てたら、さっきの3倍ひどい目に合うことは分かりきっている。

気を抜いたら漏れそうになる悲鳴を押さえ、がちがちと震えるのを必死に宥めた。

「何だか子どもの泣き声みたいなのが聞こえたんで……あー、何か、あったか、と」

「あら! それは……多分テレビじゃないでしょうか?」

「テレビ」

男が部屋の中にあるブラウン管の真っ黒いままの画面を眺めているのが分かった。

「それか、ああ、私が子どもを叱っていたのがそっちまで聞こえてしまったのかしら」

「ああ、お子さん……」

「あの子、すぐいたずらをするんです。
 さっきも私を押して転ばせて、ほら、爪が……大したことではないのですが」

少しの間どちらも黙っていた。
俺も必死で口元を押さえた。息苦しかった。

「ああ、いたずらを」

「ええ!」

「まあ、その、それじゃ」

いかないで!

じわりと涙がにじんだ。

「すみません、以後気をつけますので……」

「ああ、あの」

「はい?」

「足を怪我してますよ」

「え?」

そんなわけがなかった。
俺はぐっとシャツを引き絞る。
725 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:08:13.03 ID:OqmhV86Xo

「ほら、サンダルに血が付いて。金具のところ……」

「あら、いやだわ、本当! ありがとうございます」

ドアが閉じる音がした。

左の背中の辺りをきつく握り締めていた右手に、何か生ぬるいものがべとついた。

一晩。
俺はそのまま押入れの中で息を殺し続けた。

背中からはじわじわと何かがしみだしていた。
ひょっとするとそれは血液かもしれないが、暗い所では見えなかったし、
むしろ俺はそれについて何も考えないようにしていた。

女は風呂場でぶつぶつ文句を言いながら靴を洗い、テレビを眺めて
風呂にのんびりと浸かった後で早々眠った。

布団を出す時に押入れを開け、俺は寝巻姿の女の脚を見た。

押入れの上の段から布団を一組出した後で、まるで俺のいる下段には
衣装ケースしかなかったかのように、何事も無くふすまを閉ざした。

汚いシャツをたくしあげて、ぐっと傷口に押しあてながら、
俺はほとんど死体のようにじっと動かなかった。

大丈夫だ。
すぐに治る。
痛くないし、なにもおかしくない。

そう自分に言い聞かせた。

指先がかじかんで、だんだん眠くなってきても、俺はそれしか考えなかった。

いつのまにか、黴臭い板に囲まれた押し入れは溶けるように消え去り、
俺はいつもすごしている小さな部屋に戻っていた。

部屋の反対側で、何も知らないまま幸せそうに眠っている百合子の影が見えた。
胎児のように丸くなり、両腕を頭の下に敷いて眠っていた。

部屋の薄い壁の向こうで、やたらと沢山の人物がざわざわ話し合うような声が聞こえた。

俺はそれを無理に黙らせて、次第に冷たくなっていく痛みの中、ただ孤独に待ち続けた。

誰かに押しつけるくらいなら、自分だけが痛めつけられるほうがずっとましだった。

そこからしばらく、記憶が無い。
726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/07/30(土) 16:08:39.62 ID:OqmhV86Xo

ここまでで。

一旦消えたので書き直したり云々してたら短いですね。
ではまた頑張ってきます。

それでは。
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) :2011/07/30(土) 16:14:15.80 ID:5/BY3bZH0
>>1
お隣さん・・・
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/07/30(土) 16:19:48.09 ID:DL3s/6e20
おっさぁーんんん
アンタ、アンタって人はぁあああ!なんだかんだいって良い奴じゃないかぁ、後一息頑張ってくれよぉ
あっ!乙です
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) :2011/07/30(土) 16:21:28.39 ID:xhF+3iAE0

お隣さんェ……
730 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/30(土) 16:32:05.09 ID:v3MuXOzwo
百合子たん…
小さい頃怪我したら消毒だといって母さんが指舐めたりしたよね
ってことは百合子たんをペロペロすれば万事解決かもしれないぞ!

>>1乙です
731 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2011/07/31(日) 09:29:57.59 ID:fZxupTeio
百合子の隣に住みたい
駄目ならおっさんと一緒でもいいから百合子の隣に住みたい
732 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/02(火) 01:02:43.72 ID:5TTobaWJ0
ちょっともう限界だわ
続きは気になるが百合子がかわいそうすぎて見てられん
最初の方は百合子萌えで持ってたがもうだめだ見ててつらい

ハッピーエンドを祈って待ってる
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/08/02(火) 07:59:23.58 ID:dxM8NE9Lo
一方通行が百合子を思いやりすぎて愛おしい…
この話気が滅入りそうだが頑張ってくれ。楽しんでるぜ乙!
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/08/04(木) 11:49:08.29 ID:QZAKgx7Ro

暑中お見舞い申し上げます!

続きです!
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/08/04(木) 11:49:38.53 ID:QZAKgx7Ro

「百合子、いつまで寝てるの?」

がた、とふすまを開けると、忌々しく醜い肢体を丸めた子どもが横たわっている。

女は顔をしかめて、押入れの上段に畳んだ布団を突きこんだ。

「……百合子?」

いつもなら、はい、と返事をする。
居住まいを正したり、おずおず出てきたりするはずだった。

やっぱり、この子は頭がゆるい。

そう、女は考える。

何の反応も返さずに寝転がっている姿は、暗がりに隠れて足元しか見えなかった。
ちり、と苛立ちが背骨の端を焼く。

聞こえない訳はない。無視しているんだ。

そう思うと、ひどい扱いをされている気分になった。

この子は、私にそんな態度を取っちゃいけないんだ。
もっと大切に、大事に愛して敬って、ずっと――

「百合子! ちょっと、私がきいてるでしょ? お返事は?」

細い足首を掴んで、ずるりと畳の上に引きだした。

「……」

それでも、小さな体は何も反応しなかった。

掌の中に握りこんだ足首はひんやりと冷たく、いつもに増して全身は白かった。
血の気の失せた顔が、ゆるゆるとこちらを向いた。

虚ろな瞳がかさかさと瞬きする。
唇が、少しだけ動いた。

「……」

小さな子どもにしては骨ばった右手の指が、握りしめていたシャツを外れる。
板張りの押入れの床に落ちて、ごとりと音を立てて。

ようやく女は息をついた。

「なに、何よ、それ……」

汚らしい雑巾じみたシャツの半身は、赤黒い血液で染まっていた。
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/08/04(木) 11:50:29.13 ID:QZAKgx7Ro





                -8 しかたない 看守編




737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/08/04(木) 11:50:56.37 ID:QZAKgx7Ro

古びた診療所には1人の男の気配がしんしん満ちていた。

鼻歌混じりの機嫌のいい歌声が奥のキッチンから漏れる。

現曲よりもさらにゆっくりと、聞き覚えのないような歌を口ずさんでいる。
あるいは、数年後のとある少女に聞けば憤慨するような、古びた聖歌だ。

しゅうしゅうとケトルの中で湯の沸く音。
ポットを温めていた湯を捨て、紅茶の葉を落とす。
そこに沸騰した湯を注いで、保温カバーをかけた。

「――……」

機嫌が良かった。

のんびりと盆の上にポットとカップを乗せる。

今日も男はカウンター前で、つまらない路地を眺めるつもりだった。
眺める価値すらないようなその場所に、誰か客が来るのを待っている。

だがそれは建前だ。

実際のところ、まだあと5カ月ほどは食べるのに困らない。
その間に何か仕事をすれば、もっと長く。

今は、ただその機嫌の良さに浸っていたかった。

「……また来ないかな」

組んだ両手の上に顎を乗せて、鼻歌の続きを歌いながら紅茶の抽出を待つ。

ぞっとするような乙女思考だ。
純粋に、それのためだけに彼は近年でもトップクラスの機嫌の良さを発揮している。

色の薄い、育ち切らない体躯を思い出す。

あのほやほやと頼りない笑顔や、スカートの下の薄青く陰になった太股の細さや。
おとがいから首にかけてのなめらかな曲線。体格に見合わない長めの細い指。
まるくカーブを描く髪は蜂蜜を溶かした紅茶のような、あまい色合いできらきら輝いて。

そろそろ良い具合な紅茶のために、少しだけポットを揺する。
飛び散らないように、しかし香り高くカップに注いだ。

だが、ポットを盆に戻そうとした途端、それはやってきた。

ひどく大きな衝突音の後、忙しない拳が何度もガラス戸を叩く。

「え……ッつ!」

慌てて眼をやった拍子にポットから零れた淹れたての紅茶が指にかかった。
何てことだ。

舌打ち交じりにガラス戸の外にいる忌々しい来客を睨みつけた。

昨日やってきたばかりの、あの大嫌いな女がそこに居た。
738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/08/04(木) 11:51:22.48 ID:QZAKgx7Ro

髪を振り乱して必死にガラス戸を叩く女は1人だった。

外が明るく、診療所内が暗いために、外からでは中の様子がほとんど分からないのだ。
女は近くにいる男に気付きもせずに内側を覗き込み、戸を叩いていた。

その背後で女が乗ってきたらしいタクシーが戻っていくのがちらりと見える。

何故気付かなかったのだろう。

呆然としていた男も、ようやく腰を上げる。
火傷した指先を濡れたタオルできっちり冷やしてから、せめてもの嫌がらせにと、
たっぷりの時間をかけてガラス戸を開けてやった。

「おはようございます。どうしたんでしょうか、こんなに早くに……」

わざとのんびりと声をかけてやる。

「ああ、良かった、いらして……私、もう、あの……分からないんです。こんな……」

いらいらと、トーンの高い声で喚く女は大分取り乱した様子だった。

「落ちついてください。何かあったのですか? 今日は……」

そこで、白衣の男はぴたりと言葉を切った。

「……ご旅行ですか?」

「え? ああ、これは」

女ががらがらと引いてきたのは、使い古しのスーツケースだった。

真っ黒い外面には傷がつき、優に三週間分は詰め込めそうに大きな
荷物を転がすキャスターがきゃらきゃらと不愉快な音を立てていた。

「ここまで来るのも大変だったんです、あの、私……もう、重くて。
 でも、他にどうしたらいいのか……だってあの子……あんなですもの」

「何があったんです……?」

「あの……」

女はそのケースを乱暴に横倒すと、ガタガタやかましい音を立てながらこじ開け始めた。

バックルをぱちり、ぱちり、と開きながら、女は幾分落ちついたような、
心底疲れたような口調で続けた。

「本当に、すごく重かったんです。いやになるわ。まったく……」

ざわざわと男の胸に興奮が押し寄せる。

あっけなく開かれたスーツケースの中には、黒いゴミ袋が入っていた。
辺りに生臭さが立ち込める。

ゴミ袋の口から、つい昨日見かけたのと同じ紅茶を透かしたような髪が零れていた。
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/08/04(木) 11:52:24.21 ID:QZAKgx7Ro

「そ、……っ!」

男は慌ててそのゴミ袋を抱え上げた。

ずっくり重いゴミ袋をはぎ取ると、実に汚らしいシャツとそれだけ新品の下着だけの
昨日別れたばかりのあの子どもに寸分も間違いなかった。

抱き上げた体が腕のなかで、ぬる、と滑る。

「う、」

赤黒く染まった雑巾越しに、男の仕立ての良いシャツにも赤い斑点が染みついた。
慌てて腕を引き、ケースの中に横たわらせる。

冷や汗で額に細い髪が張り付き、ひどい顔色だった。
呼吸は浅く、全身は冷たい。

「ああ、本当にくたびれたわ。なんてことなのかしら、困ってるんです、私……」

「何をしたんです!? 僕の……っ、患者に!」

舌の先まで一瞬漏れかけた単語を、男はぎりぎり飲み下した。

女はねぎらいや慰めの言葉がなかったことに少々むっとした様子を見せた。

この女は、頭がおかしいのだろうか。
何故自分の子どもを荷物のように運べるのだろうか。

「この血は?」

「さぁ、気持ちが悪いから良く見てないのですけど、多分これです」

そう言って女がスーツケースの底から取り出したのは、白革のミュールだ。
ベルト風のストラップを金のバックルが留める華やかなデザイン。

記憶が正しければ、昨日この女が履いていたものだろう。

「この、金具で切ったんです。多分」

女が指差したのは、金メッキのバックルのピンだった。

「こんなもので?」

「玄関で転んで、どこか切ったようなんです」

「……転んで?」

「ええ」

女はにこりと笑った。
740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/08/04(木) 11:52:50.63 ID:QZAKgx7Ro

「……とにかく、奥に運びますから」

男は、少年をくるんでいた黒のゴミ袋ごと、そっと抱え上げた。

小柄とはいえ、ずしりと重い体躯だ。
日頃運動不足の男の腕が、筋肉がみしぴきと引きつった。

診察室の奥にある簡易ベッドに横たえて、
男ははさみで雑巾以下のシャツを躊躇いなく裂いていく。

「これは……」

くふくふと浅すぎる息を漏らす少年の骨ばった背に、一対肩甲骨が飛び出していた。
そして、左肩甲骨の下から左脇腹にかけて、赤のクレヨンで引いた線が横切っている。

実際はあまり切れないナイフで布でも裂いたような、世辞にも綺麗と言えない切り傷だ。
血にまみれた周囲の皮膚を消毒液を染みさせた綿球で拭うと、固まった血液で
くっ付きかけていた怪我がパクリと赤い口を開いた。

ひどく性的だ。

男はそう思う。

手の中の華奢なミュールを寄せてみる。
確かにそのピンが太さや傷の深さにぴたりと合っていた。

そして、男はちらりと露わになった肌に目を滑らせた。

右大腿に蹴ったような大きな痣。
治りかけた擦り傷のかさぶたが左肩に。
首の付け根にはまるで首輪のように赤黒い痣が輪になっている。

両足の甲には完治したもの。脚や腕の内側の柔らかい皮膚や、浮いた腰骨の上には
まだ付けたばかりの煙草の跡がいくつも散らしてある。

「その子不注意で、良く怪我をするんです」

「……そうですか」

血のにじむ傷口に仮でガーゼを当てながら、男はその見え透いた嘘に歯噛みした。

「この怪我は今朝?」

「さぁ、昨日の夕方だったと思うんですけど」

「時間がわからないのですか」

いらいらと男は続ける。

先ほどはさみで裂いたシャツの汚さに辟易する。
それを血まみれのゴミ袋に包んで医療用ゴミのボックスに落とした。
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/08/04(木) 11:53:17.19 ID:QZAKgx7Ro

「多分夕方です」

「何故もっと早く医者に見せなかったのですか。真皮まで切れていますよ。
 細い血管がズタズタになって、戻らないんです」

そこまで言って、男は口をつぐんだ。

そもそもこの子どもは日頃食べ物をきちんと摂取しているのだろうか。
元から貧血気味だったとしたら……

「とにかく、傷を洗って縫合します。待合室でお待ちください」

この子どもを一生懸命運んできたというのに一言のねぎらいも無い。
それに腹を立てた様子の女は、返事もせずにぷいと行ってしまった。
20かそこらの娘でもないのに、ひどく幼稚な行動に見えた。

「これは洗浄しないと膿むな……」

部分麻酔の準備を始める。
奥の部屋に少年を運んで、念入りに手を洗って戻ってくると、台の上の生き物が
ほんの少しだけ、そっと瞼を開いているのが分かった。

「百合子くん……」

「……れ?」

掠れたような小さな声だった。

誰、と。

「先生だよ。僕だよ。可哀そうに……」

そっと薄い色の髪を撫でた。

母親のいるときは堅く閉じられていた瞳が彼を見上げる。
虚ろな視線がゆるゆるなぞる。

「さむ、ィ……」

震える小さな手を大きな白い手がぎゅうっと握りこむ。
熱を分けてやれば、向こうも弱弱しく温かい掌にすがった。

「大丈夫。僕が治してあげる。心配ないよ」

「……た、すけて……」

「あぁ……いいこだね」

自分の冷たくなった頬に触れて過ぎて行った暖かいものに、
朦朧とした子どもは気がつかないだろう。

もう一度手をくまなく洗いながら、男は晴れ晴れと笑顔を浮かべた。

「いいこだな……」

そして、昔から望んでいた最も不幸な思いつきをこの子どもに実行しようと心に決めた。
742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/08/04(木) 11:54:34.14 ID:QZAKgx7Ro

麻酔の針に悲鳴を上げさせて、消毒液を溺れるほど振りかけて傷を洗った。
丁寧に丁寧に、肉に針をぷちぷち通して、よく縫合してやった。

健康的な生活を送りさえすれば、ほとんど目立たない傷になるだろう。
とろとろ眠りだした髪を撫でて、そっと整えてやる。

点滴をセットして、病衣をかるく着せかけた小さな体をベッドにうつしてやってから、
男は計画をはじめることにした。

待合室で暇そうに爪を眺めていた女を診察室に通して、
ティーバッグの熱い紅茶を淹れてやり、馬鹿にもわかるように何度も説明をした。

「ですから、経過を見るためにも百合子くんを入院させましょう」

「でも……」

「どうせ抜糸までの10日です。それに、傷が不衛生だったこともあります。
 化膿しないか心配なんですよ。体力もあまりないようですしね」

くっと女が言葉に詰まった。

ことさらに優しげな声を出しながら、男は宥めるように女にねだる。

「僕が経過を見ますから、その点はご安心いただけると思いますが。
 それに、今ここから動かすのは大変ですよ? またケースで運ぶわけにも、ほら……」

ぐずぐず迷っている女に内心毒づきながらも、笑顔は優しげに。

「あの、」

「はい?」

「入院費を出せないんです」

男は成功を確信した。

「これから長くお付き合いさせていただきますし、ええ、検査入院ということで、
 先日いただいた代金にすでに含まれている分だけで結構ですよ」

「……でしたら、お願いいたします」

数か月ぶりに心から笑顔を浮かべた。

「はい、お預かりいたします」

女が軽いケースを引き摺って帰った後で、男は診療所のドアを施錠した。
インターホンは内線につながるように設定してある。

ケトルにたっぷり湯を沸かす。一番好きなセット。一番いい葉。
きちんと淹れた紅茶を持って、客間を改装しただけの薄暗い病室へと急いだ。

そうして青い顔で眠っている少年が起きるまで、じっと枕元で紅茶を飲んで待っていた。

本も読まず。音楽も聞かず。
ただ嬉しそうに、笑顔で寝顔を眺めていた。

10日間の計画が彼の中でゆっくりと練られていった。
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/08/04(木) 11:55:05.85 ID:QZAKgx7Ro

ここまでです。
ねちっこい。

続きはしばらく間が開くと思いますので、短いながらも投下しました。
ではまた今度です。
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/08/04(木) 12:23:59.02 ID:0QWEQ5Nno
うおぉん。乙です。
一瞬、百合子が死んだかと思ったわ。
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/04(木) 15:09:43.11 ID:6jYZ42Oyo
乙です

百合子…百合子おおおおお
746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/04(木) 17:53:01.45 ID:yfSSVVfFo
乙です
そしてこの変態医者め!
747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) :2011/08/04(木) 17:59:58.85 ID:BfaLxKFK0
百合子が変態医者にあんなことやそんなことをされてしまう・・・
748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) :2011/08/04(木) 19:49:34.50 ID:feyjgiiL0
乙です!

母親と変態医者どっちがマシなのか・・・
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/04(木) 21:27:59.16 ID:+9D8sMi20
乙です。

うわああ百合子に幸あれ!
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage saga]:2011/08/05(金) 00:38:41.86 ID:6j1mTNLx0
>>1乙です!
決めた。俺、医者になる。百合子専門の優しい先生になる…!
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/08/05(金) 18:58:07.67 ID:Hkh4/PWAO
うわぁぁあああ
>>1乙!!!

>>750
だったらそこで看護師やる
それで百合子を目一杯甘やかしてやるんだ…!
752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2011/08/05(金) 20:50:53.58 ID:++uI6foDo
妹達や上条さんたちの触れ合いって百合子にとって始めてのものだったんだな…
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/08/08(月) 17:24:38.53 ID:M9HE2vMk0
ぐぉおっ
>>750>>751
それなら私は調理師の免許と栄養士の免許をとってそこに住み込みで百合子に甘くて美味しくて体にいい栄養のあるものを毎日作ってあげる…!

それと、>>1乙です!
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage saga]:2011/08/09(火) 02:06:06.92 ID:2ZXqgnBw0
読み返して気付いたんだけど、黄泉川を宥める百合子のしぐさは「お母さん」に対してのやり方を実践していたんだね。
と、いうことに気付いて最初の時とは違う涙が出たわ。
つーか、読み返すと「あぁ、こういう伏線だったのか…」と気付くことが多くてまた違う発見が出来る。
まだ読み返してない人は読み返してみた方がいいよ!
755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/08/09(火) 10:53:49.92 ID:mGc9CU2O0
>>1乙!

>>750>>751>>753
じゃあ俺院長になって百合子を本気で愛せる人材を集める!
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/09(火) 22:16:13.13 ID:lDSJ5qSE0
涙と吐き気が止まらないよ…
読みたいのに読めなくてつらい…
百合子…
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/10(水) 14:14:42.86 ID:Cc/zaqUDO
ここから医者の虐待に入るわけか
758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) :2011/08/18(木) 08:31:18.42 ID:8Bx+s+EAO
ほむぅ…
759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/18(木) 15:56:07.70 ID:aXzSoRg/0
あげるなカス
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) :2011/08/18(木) 23:56:28.58 ID:8Bx+s+EAO
ほむっ
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/08/19(金) 09:20:34.96 ID:4oUR7Co70
百合子ェ・・・
762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/19(金) 14:59:17.88 ID:GhbHQZsz0
763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/08/20(土) 00:51:55.56 ID:89RC22qK0
乙です
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) :2011/08/20(土) 01:36:01.71 ID:pZDgZJ5AO
ほむぅ?
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/20(土) 07:59:44.13 ID:qu1Dmspmo
一方さんスレは大変だな……

乙!
766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/20(土) 22:00:39.39 ID:1v6IirBIO
もう既に看護師資格あるから、今からその変態医者張り倒して、うちの病院にかもんしたい…
767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/08/21(日) 01:05:52.24 ID:kCfHb54AO
>>766
百合子への熱い愛は伝わった
だがしかしsageてほしい
768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/21(日) 03:07:28.27 ID:l8SqV0CDO
久々にきたらナニコレと久々に全身の血が沸騰したような感覚に陥った
769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/21(日) 04:44:09.80 ID:p9xf08xAO
あげんな
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/21(日) 11:57:03.06 ID:uRiOGfDAO
さてウナギの回収でもしながら1を待つことにしよう

ヌルヌル
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟県) [sage]:2011/08/21(日) 21:23:37.07 ID:qIKlIvaq0
百合子と一方さんの頭なでなでしながら1を待つ。
医者?知らん。
772 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) :2011/08/23(火) 01:08:26.19 ID:GJ/cPCfAO
ホビャァァァ-----!
773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/08/24(水) 00:17:11.97 ID:TSpasInb0
ほむほむ好きな東海の人・・・sageようぜ
774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 23:55:55.26 ID:pGte/x+Yo
>>1はまだか!
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/27(土) 16:57:24.21 ID:ceuLwIWDO
見たけど意味わからんし
気持ち悪いな;
書いてるやつが病院いけば^^
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/08/29(月) 00:24:42.23 ID:fEp0Pksn0
>>775
そう思うんだったら見なきゃいい
俺は好きだから見てるんだし
777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/08/29(月) 00:40:43.69 ID:tRplS0jEo
まさかとは思いますが、この「気持ち悪い」とは、あなたの存在ではないでしょうか。
もしそうだとすれば、あなた自身が統合失調症であることにほぼ間違いないと思います。
778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/29(月) 08:40:14.62 ID:sAMede8v0
煽りはスルーしろよ
779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/29(月) 19:26:30.23 ID:cybYHlHy0
>>775は作り手からしたら結構な褒め言葉だけどなー。
それだけ真に迫った描写ができてるってことだから。
780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/08/29(月) 23:48:33.54 ID:fEp0Pksn0
>>779
(自分は>>776です)そうだったかー・・・なら色々謝る。
あと今度からスルーすることにします
781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/31(水) 17:27:09.73 ID:fl/9MVTlo
まだかしら
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/05(月) 22:57:21.30 ID:2WgsWO7ao
>>1
>>1はまだか!
783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/09/06(火) 14:36:35.64 ID:oIji2Lez0
>>1無事かー?
台風結構すごかったけど。
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/09/07(水) 00:24:37.03 ID:jVtcmbB60
>>1
元気かー?
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/09/07(水) 14:49:58.15 ID:5Y2gmbsIo

>>1です。
なんかご心配おかけしているみたいで……すみません。

投下ですが、私情でもう少し遅れます。ごめんなさい。
書き溜めはちゃんとやってますので、逃亡はしないつもりです!


それと、やっぱり>>1の注意書きが不十分だったかな、と思いました。
何だかんだ言ってもちょっと特殊なネタですからね。

あんまり書くとネタバレかと思ったのでさっくりにしてしまったのですが、次気をつけます。
意味がわからないは、素直にごめんなさい!

多分同じことを思って黙ってこのスレを閉じた方は沢山いるんじゃないかな、と思います。
最後まで残ってくださる方が1人くらい居ることを信じて、そこそこのんびり書いていきます。
中々不定期な感じですが、よろしくお願いしますね。


台風には流されないで済みました。ご心配おかけしてすみません!ありがと!

では、時間見つけて頑張って書き溜めします!
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/07(水) 14:52:14.03 ID:oo1hLDtWo
>>785
無事でよかった、俺はずっと舞ってるから最後までよろしく頼みますよ
787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛媛県) [sage]:2011/09/07(水) 19:52:18.74 ID:iLwq7SqMo
>>785
おお、きてたのか
いつまでも待ってます
投下できそうな日がわかったら報告してくれると嬉しいです
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/07(水) 20:17:20.83 ID:ryDsA37o0
>>785
いつまでも待ってます
次が楽しみです

書き込むの初めてなので、sageられてなかったらごめんなさい
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/07(水) 21:09:55.60 ID:VBSDok6Xo
大丈夫、スレ立てからずっと応援してる
>>1のペースで無理せずに
790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/07(水) 23:52:07.39 ID:ALeldlVEo
1さんが無事に戻ってきてくれてよかった
完結するまでずっと待ってますので、
落ち着いたら戻ってきてください
791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/09/08(木) 00:13:34.10 ID:ulX4/OJ10
>>785
舞ってるよ
頑張ってください。
792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/09/09(金) 08:25:46.69 ID:KJZNImAv0
>>785
最後までぜったい見てるから
遅くなっても完結まで頑張ってくれ。
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/10(土) 08:30:09.28 ID:Qi7rp3hd0
>>785
待ってます。
ずっと続き楽しみにしてます。
794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/09/10(土) 17:27:42.69 ID:XlmDx0L70
>>785
いつまでも待ってます!
795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/12(月) 13:17:48.68 ID:Tyncmt+e0
>>785
俺は最後まで見るぜ
796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/09/18(日) 23:31:23.80 ID:ButW1gUdo

>>1です!!!!

えっと、0時過ぎくらいに続き投下します。
頑張ります。
797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/18(日) 23:32:19.16 ID:0IjtQKiAo
きたあああああああああ!
寝ないで待ってるよ!がんがれ
798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/19(月) 00:05:15.30 ID:MXZUyhuLo

>>1です!
長いことアレでしたが、ようやく時間が取れたので投下です。

レス、励みになります!
ありがとうございます!!!

ではつづき!今日はアレですがすみません!
799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/09/19(月) 00:05:44.47 ID:MXZUyhuLo

ふと、どこかでドアチャイムの鳴るのが聞こえた。
まぶたを持ち上げることでようやく、男は自分が眠っていたことに気づく。

白く波打つシーツが、真っ先に視界に飛び込んできた。

重い頭を持ち上げる。ベッドに突っ伏していたせいで全身が軋んだ。
首を曲げるときにぴりっとした痛みが走り、小さく声を立ててしまう。

「う……」

若く見られるが、実際はもう30より40の方が近くなりつつある歳だ。無理が堪えていた。

「ン、」

それに答えるように、細い吐息が聞こえる。

はっとして口元を押さえ、男は様子うかがった。

大丈夫、まだ、眠っている。

点滴の痕が内出血していないことを確認して、男は横にどけておいた椅子に腰掛ける。

つるつると蝋でもひいたように黒く光る床に、埃がつもる音まで聞こえてきそうだった。

しかし、その静寂を破るように、再びドアチャイムの音が鳴る。
男は舌打ちまじりにサイドボードに置いた旧型の電話の受話器を取る。
院の正面玄関にあるインターホンからの内線だった。

起きてしまったらどうするんだ。

怒りを深呼吸一つでなだめて、男は感じのいい声を出してみせる。

「はい? どちらさまですか?」

「木原先生ぇ!」

途端にどこかで聞き覚えのあるだみ声が大音響で鼓膜を突いた。

眉間に皺が刻み込まれる。

「……ええと?」

「いつもお世話になっております、早朝にすいません」

ちっともすまないと思っていない声だ。
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:07:46.39 ID:MXZUyhuLo

来客はよくこの医院を利用している「有限会社」の名前を出した。
いわゆる裏の稼業の顧客だった。

それにしても、と男はため息をつく。

彼らは病院をコンビニエンスストアと勘違いしている節がある。

自分たちが怪我や病気で苦しんでいる時にはいつでも、
医者は快く治療をしてくれるものだと思っているのだ。そうとしか思えない。

そもそも医者が夜眠るものだと知らないのかもしれない。
電話のディスプレイに表示されている時刻は、午前4時をほんの少し回ったところだ。

教養のない人間は嫌いだ。

そう思いながらも、男は愛想のいい声を出した。

「どうされました? この間の処女膜再建手術に、何か問題でも?」

そんな訳がない。

彼がその手術を施したのはまだローティーンの4人だった。
行き先は推して知るべしと言うところだ。
もう彼らの手元にはいないだろう。

「違います、社長が病気で!」

「社長が?」

というと、あの腎不全で透析通いをしていた男だろうか。
病気など、元からだろう。

男はこめかみを押さえてうつむいた。
手持ちぶさたにコードをいじっていた指で、目の前の茶色の髪をそっとなでる。

「どういう症状です?」

「それが、」

今日だけは、ずっと一緒にいようと思ったのに。

「……わかりました。すぐ行きます」

長いまつ毛の目尻に溜まっていた涙を吸い上げてやると、少しだけ元気が出た。
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:08:28.17 ID:MXZUyhuLo





                -8 しかたない 偏愛編




802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:09:15.65 ID:MXZUyhuLo

                          どろどろとした黒いものが部屋にたまっている。

                           よく来る場所だ。いつもはもっと清潔なのに。

                                   正方形な部屋。一辺は鉄格子。
               その向こうに何人かの人々がそわそわと動いている気配がする。

                        褪せた水色のタイル床の中央には排水溝がある。
              そこがごぼごぼと詰まって、赤黒い水をぼこぼこと吹き上げていた。
                                     このままでは、部屋が沈む。

                         壁に背中を預けて座ったままで視線を巡らした。

                     向かいの壁際に、まったく同じ背格好の子どもが居る。

                                             顔が見えない。

                                             「百合子……」

                               あの正体のない透明人間の声がした。

                                         「ごめン、な、俺……」

                                    声がだんだん遠くなっていく。

                                            「え、、、はッ、」

                                タイル貼りの床がばらばらと抜ける。


一瞬の浮遊感の後で、体はバチンという音と共に叩きつけられた。

「あ゙ゥ、」

真っ白い布。
古びた病室のベッドの上に、鈴科百合子は横たえられていた。

ここ、どこ、かな
あのおうちじゃ、ないかな

寝返りを打とうとして、左背中の皮膚が妙にひきつっているのに気づく。
そっとさわってみる。感覚がなかった。
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:09:57.08 ID:MXZUyhuLo

「ン、あ、、、あー、」

声を出そうとして、喉がかさかさに乾いていることに気づく。
頭が、体中が重い。

やだ、なンで、こンな、どこ、だれ、やだ

くるくると思考が独楽のように回転する。
展開することのない、堂々巡りの思考だ。

ふと、左肘の内側にテープで留めつけられたチューブを見つけた。
天井近くにつり下げ垂れた透明な袋から、雫がぽとぽとと落ちている。
それが、ずるずると体の中に入ってきているらしかった。

ぞっとすうような恐怖が指を動かした。
やわやわと腕から延びる点滴チューブを握り、引きちぎろうとしたちょうどその時。

意識すらしていなかった古い木のドアが重たげに開き、
白く長い服を着た人物が顔をのぞかせた。

「ああ、ダメだよ、それは。取っちゃダメ」

歩み寄って、チューブを握ったままの手に触れてくる。
ひぃ、と悲鳴がこぼれた。

「ご、め、ンなさ、ッごめンなさいっ、これ、」

「うん、おいで」

緊張のあまりガチガチと硬直する体を、その男は自分の膝に乗せた。

「ひ、」

「疲れた……」

「あっ、あ、あゥ、、、」

正体の知れない恐怖のために、百合子の全身ががたがた震え出す。

「どうしたの? 寒い?」

「や、やだ、やだ、ごめンなさ」

「泣かないでいいんだよ……ごめんね。びっくりしたね」

過呼吸気味にしゃくりあげる喉を猫にするように指先でくすぐってから、
男は白衣を脱ぎ、目の前の小さな少年の肩に着せかけた。
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:10:59.08 ID:MXZUyhuLo

「今、毛布洗ってるんだ。あんまりいい匂いじゃなかったから。干したら持ってきてあげる」

感覚のない左わき腹や、チューブの刺さった腕に触れないように、
男はそっと白衣の上から抱きしめ、髪を梳く。

「う、ぼく、なンで、あの、」

「ん? ここは病院だよ。怪我したから、ここにお泊まりするんだ」

「びょういン」

「そう」

おそるおそる顔を見上げると、そっと微笑まれる。

「せ、ンせい」

「あ……覚えていてくれたんだね?」

ぎゅうと苦しいほど抱きしめる腕の中から、少しの鉄錆と消毒液の臭いが鼻をついた。

「嬉しいなぁ。ありがとう」

「はあ、」

長々とため息をついて、男はぼすんとベッドに倒れ込んだ。
やんわりした振動。

「あのね、お手伝い頼んでいいかな?」

髪を撫でながら疲れたように言う男に、ぱちりと色の薄いまつげが瞬いた。

「おてつ、」

丸めた手が、小さな耳を掬うように持ち上げる。

「そう。あのね」

注ぎ込まれる内容に、こくり、こくりと頷いて、鈴科百合子はへら、と笑みを浮かべた。

「できる?」

「ン、あ、、、はい」
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:11:25.59 ID:MXZUyhuLo

白衣に包まった少年の耳に遠くの方から車の音が聞こえたのは、数時間も後だった。

あの狭いアパートにいた時は、そんなものはひっきりなしだったのに。
すぐそばを走る線路。踏切。やかましい原付の走行音に、換気扇や、パチンコ店の音。

その音の正体を、少年は知らない。
ただ、音がしていることだけは知っていた。

車の音が聞こえた後で、ドアチャイムの音がした。
少年はその音の正体は知らない。しかし、どうすればいいのかは知っている。

「お手伝い」だった。

震える指をそっとベッドの隅に置かれた電話機に伸ばす。
膝の上に乗せられた男の頭を揺らさないように、起こさないように、そっと。

「ゥ、」

かちゃ、と白い受話器を持ち上げると、やかましいドアチャイムはぴたりとおさまった。
そっと、それを耳に当てる。

つるりとしたプラスチックは少し重くて、冷たかった。

「は、い、、、どちらさまですか、」

きちんと言えているかどうか自信がなかった。
向こうで人のたじろぐ気配。

「あ……えぇと、」

男性だ。
年齢は百合子の母親と同じくらいかと思われるが、彼にはそこまで分からなかった。

相手が子どもだというのに合わせてか、感じのいい声が続けた。

「木原先生の個人医院であっているかな?」

「う、あ、あの、きょ、、、」

「あー……先生は?いる?」

男の声がまた一段階優しくなった。
震えながら、少年は唇を開く。

「い、ます、、、けれど、でも、」

「え?」
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:11:51.86 ID:MXZUyhuLo

乾いた唇を舐めて、百合子は受話器をしっかり握った。

「あの、の、、、せンせいは、つかれてる、ので、きょ、は、おしごと、、、できませン」

「……えーっと、おやすみなのかい?」

「は、は、、、、ァいっ」

声が上ずる。

チラリと下を見れば、膝の上にやや長めの髪を散らして、その「先生」は眠っていた。
ゆったりとした呼吸音が聞こえる。
時折、腰に回した腕がびくりと震える。

「う、、、ごめンなさ、、、」

「ああ、いいんだよ! あ、いや、ちょっと待ってね」

「、」

インターホンから少しだけ声が遠くなる。
向こうに誰かがいて、何か相談しているようだった。

「どうしようか、母さん」

「あらあら、せっかく来たのにお休みだったなんて……」

「しかし、今日でないとまたしばらくチャンスがないな」

夫婦らしいその会話に、少しとがった子どもの声が混じった。

「なー、もういいって! 病院とか、俺、別に病気じゃないじゃん!」

男の子?

百合子は受話器に耳をピタリとくっつけた。

「だけどなぁ。腕が良いお医者さんらしいし、見てもらったら何か変わるかもしれないぞ?
 父さん会社の人に無理言って紹介してもらったんだが」

「いーって言ったらいーんですっ!! そもそも、何だよっ、久しぶりに帰ってきたら病院って!
 それでも親かッ! 普通、家族だんらんとかそういう痒い感じじゃないんですかっての!?」
807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:12:18.21 ID:MXZUyhuLo

ざざ、と些細なブレスが入った。

「よっ!」

「ン、え、、、」

受話器から男の子の声が聞こえた。

自分に話しかけているんだろうか?

「お前ここんちの子なの?」

「ち、ちが、ちがゥ、よ、」

声がきりきりと上ずった。

「入院してんのか?」

「、、、わかンな、あ、、、ごめンな、さ、」

「ふーん。あ……えっと、そのー……元気出せよ! あ、ここに、のど飴おいとくからっ!」

「え、、、なに、」

後ろから、両親が子どもを呼ぶ声がする。

「おーい、もう行くぞ当麻」

「当麻さーん!」

受話器を握る手が、汗で滑る。

「あ……じゃあ、またな!」

「あ、あ、あ、、、ぼく、」

「ん?」

「ゆりこ、、、」

「お、おお! またな! そのー……ゆ、ゆりこ?」

「、、、う、ンっ、とーま」

ずるりと手の中の受話器が滑った。

「あ、」

ねろりとした声が耳を這った。

「お手伝いしてくれてたんだ? ありがとう。偉い子だね」

「せンせ、」
808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:12:44.73 ID:MXZUyhuLo

がじゃり。
受話器が戻される。

「せンせ、ェ」

「うん?」

何事か理解することもできていなかった。
ただされるがままに首筋を舐められながら、少年はのろりと振り返る。

「あの、げンかン、に、、、」

「玄関?」

「なにか、くれた、から、、、とりに、いきたい、、、です、、、」

「お届けもの? あ、だめだ。今日は安静だよ。待ってて」

ぎぃ、とドアが軋んだ。

ずり落ちた病衣の肩を直し、掛けられた重い白衣を引き上げる。

どうせ戻ってきたらまたはぎ取られるのだろうというのは、なんとはなしに理解していた。
脇腹にこびりついていた粘液が腹を横断して伝い落ちる。それを服の裾でぐしぐし拭う。

何か、ここに居てはいけない気がした。

「先生」は優しかった。
今まで、経験したことのない優しさだった。

彼の頭を撫で、優しく抱きしめて、いい子だ、偉い子だ、と口にしてくれた。

それでも、どこか本能的な部分が警鐘を鳴らしていた。

それは、彼の中に長年かけてゆっくりと育てられた、暴力の気配を感じる器官だ。
体の中に埋まりこんでいるその器官はちりちり警鐘を鳴らす。皮膚を逆立てる。

しかし、それでもいい。

「愛して」くれるなら。

ぱたぱたと足音が戻ってきた。

「お待たせ。これ?」

「あ、、、」

ぽい、と飴玉が放られる。

キャッチすることもできずに、それを額で受け止めながら、少年は先ほどの声を思い出す。
809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:13:18.59 ID:MXZUyhuLo

「飴なんかもらったの?」

「う、うンっ、、、」

恐る恐る見上げると、男がくすりと肩をすくめて見せた。

「とらないよ。食べなさい」

「あ、、、」

包み紙と悪戦苦闘していると、男はそれをそっとやめさせ、包みを剥いだ。

「うわぁ、人工甘味料の味だ……ひどいな!」

「あ、あ、あ、、、」

口元で飴玉をぱくりと含まれたことに抗議しようと口を開く。

「おいで……」

後頭部を大きな掌が包み込む。
髪を撫でる。耳をつまむ。

「ン、く、、、っ、」

ぬるりと侵入を許す。
溶けだした甘味料で甘く染まった唾液を大人しく飲み下す。

「う、ェ、」

「ああ……ごめん。絶対安静だったね」

すいと身を引かれて、ぼんやりと唾液を一筋零した。
ばれて、汚したと叱られる前に、それを袖口で拭う。

何がしたいのだろうか、この人は。

僕は、食べ物じゃない。

教育不足の脳がとろとろと無駄な思考を繰り返す。

「あまい、」

「うん、そうだねぇ」

「すっぱい、、、」

「酸味料の味だよ」

ころりと口の中で転がした飴玉は、何の因果か、レモンの味だった。
810 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/09/19(月) 00:14:07.24 ID:MXZUyhuLo




ラブラブ(棒)

ということで、ここまでで。
次回はもうちょっと早く来れるように頑張ります。では!
811 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/19(月) 00:15:08.14 ID:OBPDVGA3o

上条さんとは一度会ってたのか…切ねぇ
812 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/19(月) 00:16:17.66 ID:H54ekEtao
おつ、相変わらず百合子は可愛いし先生は気持ち悪い
忙しいだろうけど頑張ってくれ、期待して舞ってる!
813 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/09/19(月) 00:26:26.39 ID:xYKFAWDS0
乙です。当麻くんktkr!百合子くんかわいい。先生になりたい。
814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage saga]:2011/09/19(月) 00:31:46.97 ID:jdm3Ux5y0
乙。
俺も百合子くんに飴をあげたい。もちろんラブラブしながら。
815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東日本) [sage]:2011/09/19(月) 00:50:47.84 ID:Nx2+HeiR0
乙です。番外ちゃんにもらってた飴も黄色って事はレモンかな?
816 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/19(月) 01:44:13.56 ID:Tf9ITyPe0
きたー!乙乙
先生怖いな気持ち悪い
レモン味ってのがまた…

更新がんばってくれ楽しみにしてる
817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/09/19(月) 07:46:59.64 ID:RIuU/mUAO
乙乙
レモン・・・oh・・・
818 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/19(月) 08:15:12.51 ID:jWN3AXyVo
乙です
久々に乙出来ることがうれしい

医者の変態行動を上書きしてくれたわァすちゃんマジ小悪魔天使
819 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/09/19(月) 10:33:05.79 ID:DtmbrxEDo
変態だー!
乙。
820 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/19(月) 14:12:24.69 ID:dlD8NtAC0
乙です。
当麻と会ってたのか…
相変わらず先生変態すぎ、百合子マジ天使。
821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/19(月) 16:54:24.83 ID:Sq/YGCpV0
先生キモいなww
822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/09/19(月) 18:50:25.61 ID:fg218R2j0
おお更新きてた!おつです
先生がすごくきもちわるいwwwwww
823 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/19(月) 18:53:28.22 ID:cHmP6mUs0
乙です
先生気持ち悪いけど先生そこ替われ!
824 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/09/20(火) 00:33:47.52 ID:etdDzVyk0
乙乙
百合子かわいいけど先生気持ち悪い早くそこかわれ
上条さんここにもいたのか、ぱねえ!
825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/09/20(火) 02:16:17.12 ID:G1ZX4gJAO
今一気に読んだ。
隣の家の少女で抜いた俺としては、凄く好きなジャンルだわ。
 
1乙!
826 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/20(火) 03:22:49.32 ID:D9E6pbtho
乙です!!!!
先生本当に気持ち悪いワロタ
上条さんと会ってただなんて…せつねえ…
827 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/20(火) 11:07:02.54 ID:EBOw+DhKo
>>1乙!
先生いい感じに気持ち悪いwwwwww
でも、この時点だとユリコたんは電話越しに会話したけど、
一方たんと上条ちゃんは出会ってないんだよな…
生存報告二週間に一回くらいはあると助かるなぁ
828 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/09/20(火) 23:44:18.25 ID:QuiCai4p0
乙です!
もし、ここで上条さん達が中に入ってきてたら、もし引き取ったりしれくれてたらって。色々考えると空しくなる。
無茶苦茶なのも無理なのもわかってるけど、ホント百合子にはできるだけ早く幸せに成って欲しい。
829 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/09/20(火) 23:48:20.57 ID:aiNTFmqAO
乙です!
これもう泣きそうなんだけど…
830 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/21(水) 12:49:49.04 ID:Fx4Ny58v0
乙!
センセきもいな
831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/21(水) 12:49:50.41 ID:Fx4Ny58v0
乙!
センセきもいな
832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/21(水) 12:49:50.79 ID:Fx4Ny58v0
乙!
センセきもいな
833 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/09/22(木) 01:30:31.98 ID:1PDMDHSX0
>>830->>832
落ち着け
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) :2011/09/25(日) 00:25:46.78 ID:QoIuUks40
せんせーのキモさが半端ない!!
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) :2011/09/25(日) 00:26:31.26 ID:QoIuUks40
忘れてました
乙です!!
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/25(日) 01:09:40.32 ID:CW7gTQsco
sageろ
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/09/25(日) 02:45:50.75 ID:fdG9SL3I0
ん?お母さんが木原で医者も木原一族なのか?
838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:52:48.14 ID:XOfpCezRo

>>1です。

>>837
分かりにくくてすみません。
木原姓は先生だけです。

先生=木原虚空
お母さんは名前出しません。

台詞の前に名前が無いと分かりにくいですね。
ご面倒おかけしております。



【注意】
今回はけっこうあれです。
対象年齢が、とは言いませんが、エロ、グロ、猟奇、異常性癖が強い回になります。

苦手な方は飛ばしてください。
「飛ばしても次回以降話が分からなくなるということは、多分ありません。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あ、ダメだな!」と思ったら静かに飛ばしてください。

直接描写は控えましたが、一応ご参考までに。
このSSは虐待や児童への性接触を支援するSSではありません。
839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:53:16.02 ID:XOfpCezRo

小児性愛。

いわゆる、ペドフィリアは精神病だ。

日常語として用る「変態衝動」では、主に思春期未満の女児への性欲を指す。
もやもやとした概念は、つまり要約すればこういうことになる。
「ロリータ・コンプレックスをさらにこじらせ低年齢化させた性癖」。これは常用の場合だ。

精神医学で小児性愛という診断を下すためには、更に細かではっきりとした分類がある。

まず、一つ目に。
13歳以下の子どもにわいせつな接触をしたい。実際に行う。
またはその妄想をして著しい性的興奮を催す状態が半年以上も長く続いている。

二つ目。

実際に、13歳以下の子どもへのわいせつ行為を行う。
もしくは、そうしたいという衝動、空想のために、子どもに会うこと恐れたり、
誰かにその空想を見抜かれることに怯えて対人恐怖を起こす状態。

三つ目。

少なくとも、その人物が16歳以上で、性的な興味を持つ対象より5歳以上年上であること。

そして、この基準は成年との性的接触に関連しない。
要するに「大人も好きだからペドフィリアではない」といういいわけが通用しないのだ。

「下は何歳から、上は何歳まで」のストライクゾーンが13歳以下に適応されてしまうなら
それがペドフィリアという精神病である。

だから、ペドフィリアは「ロリータ・コンプレックス」を単に幼年化させただけではない。
対象となる子どもの性別も確定しないのである。

ペドフィリア嗜好者、ペドフィルは、女児のみでも、男児のみでも、その両方を対象としても。
等しく、「ペドフィリア」として扱われ、本人の性別にかかわりなく病名としてこれを記される。

もちろん、想像するべくもないことだが、
女性のペドフィルよりも男性のペドフィルの方が絶対数を多くしている。

また、このうち最も多いのが
「本人が男性で、13歳以下の男女両方に性的な衝動を覚える」タイプだ。

木原虚空も、これに該当する。

そう、彼もまた著しい「精神疾患」を抱えている。
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:53:58.23 ID:XOfpCezRo





                -8 しかたない 原罪編




841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:54:48.25 ID:XOfpCezRo

木原虚空がペドフィリアを自覚したのは随分昔のことだ。
それこそ覚えていない頃。むしろ、その頃は精神分類上の「小児性愛」ではなかった。

つまり、16歳未満だったのだ。

長いことそれは空想の域を出ないものだった。
子どもとの接触も、また健全な部類に収めていた。

髪を撫でる。
抱き上げる。
膝の上に乗せる。

長いことかけて性欲をにじませないように細心の注意を払った振る舞いだ。
かえって丁寧なくらいで、周囲からの評価は損なわれなかった。

成績は優秀だった。
顔も醜くない。表情が柔らかい所為で、人からは好青年だとよく言われた。

「将来は教師になるんじゃないか」

今、知っている人が聞けば顔色を失くすようなことを、よく、言われた。

彼はそれをいつも通りのやんわりとした笑顔でいなした。

そして、ただ、ただ真摯に学習を続けた。

親類一同が次々に研究者を排する「木原」の一族の中で。
がむしゃらに医師という選択を選んだ。

彼が本当の意味で小児性愛という精神疾患を患ったのは、
研修の二文字がとれて医師として独り立ちした年だった。

わざわざ海外まで出向いて大学を飛び級した。22歳のことだった。

喘息で入院中の11歳の女児は死亡。
病院側は死因を隠ぺいし、木原虚空を解雇した。

女児の遺体は肋骨の半分が砕け、左脇腹に穿孔。内臓が複数破裂。
死因は直腸と膣粘膜からの大量出血と、外因性の肺気胸による呼吸困難だった。

彼はその時のことを全て覚えている。
行為を収めた記録媒体は擦り切れるほどに見返した。

腹部に穿孔して陰部を差し込んだときの異様な興奮と性感。
手術用の器具で肋骨を折り砕き、やわらかになった腹を撫でて、
血液が脈に沿って間欠泉のように湧きだす器官を擦りあげた。

それまでの22年間で一番幸福な3時間だった。
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:55:14.27 ID:XOfpCezRo

彼も医師だ。

それが精神障害であることは自覚していた。

ただ、往々にして、悪い組み合わせというものが存在する。
小児性愛に加えて彼はナルシストの気があった。

つまり、自分の性癖を治療するなんて屈辱的なことはしたくない。
ばれなければいいじゃない、という利己心の塊。医者の不養生極まれり、というところだ。
ただし精神の不養生は彼自身によりも他人に牙を剥く分、悪辣だった。

なぜなら木原虚空がサディストだったからだ。
性癖としては誰もが知るサディズムというのもまた、性的倒錯を超えた病的なものになる。

加虐性愛。

よく耳にする、ソフトSMやら、性的なプレイとしてのものではない。
もっと純粋に、単純な暴力行為を加えることで性感を感じるタイプのものだ。

性行為に及ぶ時には、凶器を服数種類、そばに用意すること。

それは特に選ぶ訳でもない。

そこに椅子があればそれで頭部を殴りつければいいし、刃物があれば臀部の肉を抉った。
何もなければ首を締め上げて、舌骨を砕き、指で眼を抉る。

それが躊躇いなく行える。そういうタイプの人間だった。

病院を辞めさせられてからは、遠縁の老人が指揮をとる研究所に勤めた。

学園都市、という奇妙に殺伐とした街で、怪しげな研究を手伝うことは簡単だった。
いつもは医務室でぶらぶらと過ごし、実験のときには投薬や健診を手伝う。

実験体は子どもばかりだった。
超能力に関する研究をしているそうで、成熟した大人では実験体にできないらしかった。

彼にそういったマッドな研究は理解しがたかった。
が、子どもを被検体にすることが非常に使い勝手の良いことだというのは理解できた。

大人が被検体だと、被検体を育てるまでに20年を要するが、子どもなら半分以下だ。

短くて済めば、楽だ。
そう、研究所の老人は思っていた。

木原虚空にとっても、楽だった。

使いものにならなくなった被検体は「処分」してもいいことになっていた。
息絶え絶えで耳の穴から血液を滴らせるそれを、こっそりくすねることもできた。

十数年、そこに勤めた。
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:55:44.39 ID:XOfpCezRo
途中何度か勤務する施設が変わったが、やることはさして変わらなかった。

セックスの回数が重なるにつれて、手にかけた子どもの数は増えていった。
終いには、実験にかける前の健常な児童すら犯し、殺した。

数は2ケタの後半にさしかかろうとしていた。

通常の殺人犯なら捕まった。
しかし、公然の秘密として人体実験を行う研究所の中だ。

気付く所員も見て見ぬふりをし、死体は施設内の焼却施設で焼かれる。

止める者もなかった。
遠縁の老人は、「仕方のない奴だな」と笑うばかりであった。
30を超えた時になって、ようやく別の研究機関に左遷された。

丁度10歳年下の、従弟の指揮する研究所だった。

「ご乱交ぶりは聞いてるけどよぉ、ここではもうちょい大人しくしてくれねーかな?」

そんなことをガシガシ髪を掻きながら言う従弟に、彼は眉をひそめた。

昔、彼が何度手を広げても膝に乗らなかったという難攻不落の少年は、
いつのまにか筋ばって育ちきった目つきの悪い青年になっていた。

日陰に籠りっぱなしの彼よりも背丈は掌一つ分高く、腕や胴周りも太く筋肉を付けていた。
生白い彼と違って、従弟はきちんと日に炙られた、人の肌らしい肌色だ。

「がっかりだ」

正直に言えば、この時彼は泣きだしてもおかしくないほどの落胆ぶりだった。

「何がだ」

「可愛くないにも程がある……」

「まさかテメェよぉ、俺が未だに、こーんなチミっこいガキだと思ってた訳じゃぁねーよな?」

従弟は自分の臍のあたりに手をかざした。

そう、昔彼と会ったときは、それくらいの背丈だったのだ。
無愛想で「不愉快だ」という表情をして見せるのがうまい、嫌な子どもだった。
が、子どもには違いなかった。

木原虚空にとってなによりも重要なのは、相手が自分より何もかも劣っていること。
人間として未熟な存在であることだった。

「そうだ、人間って生きてれば成長するんだよねぇ。数多くん、老いたなぁ」

「育ったと言え」
844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:56:11.02 ID:XOfpCezRo

従弟との交流は久しぶりに人間らしいものだった。

何も、大人が憎い訳ではない。
性欲の対象から外れるだけだ。

まともに人間らしい付き合いを、と思うならば、むしろ初めてとも言っていい程だった。

「数多くん、結婚しないの? 子ども作らないの?」

「作らねえよぉ。作ってもテメェには見せんわ」

「ケチ……ああ、僕もお嫁さんが欲しいな、そろそろ」

医務室の机に頬をぺっとりとくっつけながら言う彼は、そろそろ適齢期も過ぎていた。

「そーいう寝言ァ、16歳以上の女と寝てから言えよペドコン」

仮眠室代わりにベッドに転がった従弟はコーヒー党だと言って、
彼が何度紅茶を淹れても口すらつけず、見向きもせずに研究資料を漁っていた。

「子どもを孕ませるセックスはしたくないんだ」

子どもならば性別は問わない。だが大人とは性交したいとすら思わない。
やっかいなタイプだった。

「避妊しろ」

「月に一度血が流れてくるような穴に突っ込むなんて気が狂ってるよ。
 それに、胸が脂肪と乳腺で腫れてくるなんて……きもちわるいじゃない」

「バカ、それが良いんだろ!」

「えー。数多くんおっぱい好きなんだ……」

ガバリと身を起こした従弟は「信じがたい」という顔をしていた。
彼に言わせるなら従弟の方こそ正気の沙汰だ。

「……乳が嫌なら海外で同性婚でもしてこいっての。ペド卒業なら野郎でもマシだ」

「精液の臭い嫌いだから、精通した男の人はいやだなぁ」

「あぁそぉですか……我儘なオッサンとか存在価値ねえわ」

「ワガママっていうけど、うーん。数多くんは例えばさ、僕と結婚できるわけ?」

「しねえ。死んでもしねえ。俺が女でもしねえ。つーか死ね。苦しんで死ね。不愉快」

「でしょ。僕もやだよ。つまり僕は一生結婚できないってこと……」
845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:57:01.01 ID:XOfpCezRo

ため息をついた原因はそれだけではなかった。

端的に言えば、「溜まって」いたのだった。

初めてかもしれない友人に言われた「控えろ」の言葉通り、彼はこの研究所に来てから
一度もセックスをしていなかったし、つまり1人も殺していなかったのだ。

5カ月、耐えた。

それまで、少なくとも月に1度くらいは「愛していた」のだから、この禁欲生活は長かった。
ひとえに人間らしく口をきいてくれる従弟に嫌われたくないがためだった。

あれがいなければ、我慢する必要ないのに。

あれが「大人しく」とか「控えろ」なんて言わなければ。

例えば、ただのサディストならそんなことはしなかっただろう。
ただのナルシスとでも、ただの小児性愛者でも、そんな真似はしなかっただろう。

木原と名のつく家系に生まれた。
執着心が強く、頑固で、目的のためには寝食はおろか、一切をかなぐり捨てる家系。

本人の病的な執念もあった。
彼が研究者になれという無言の強制を無視し、がむしゃらに睡眠を削って勉強をしたのは
ただ、医者になりたかったから、という一言で片づけられた。

何故医者になりたかったのか、と言われれば、もちろん、
人間を思い通りに生かしたり殺したりしたかったからだった。
子どもに手を掛けやすく、信頼され、必要とされ、手段と道具が手に入る環境を。

それなのに、何故我慢しなければならない。頭の芯がじんと痺れる。

何で?

「数多くんのせいだ」

「は?」

従弟が資料から顔を上げると、木原虚空の顔は予想よりずっと近くで彼を見つめていた。

「何だよ、気色悪、」

彼は眉間にしわを寄せた。
腹の辺りに年上の男の握りこぶしが押し当てられた。ぷちゅ、と弾けるような音がする。
846 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:57:30.55 ID:XOfpCezRo

「な、あ、」

資料を慌ててはね上げると、白衣の上から押し当てられた従兄の握りこぶしの間から
医療用のハサミの柄が覗いていた。

この野郎、やりやがった。

要観察、という老人の言葉を忘れたわけではなかった。
ただ、あまりに人間らしく振る舞うから、忘れていただけで。

イカレてやがる。気狂い。

そんな風に動く唇を掌で塞いで、木原虚空はへら、と中身の無い笑みを浮かべた。
愛想が良い、好青年だと言われてきた完璧な作り笑いではない。

「控えるよ。大人しくしてる。君の前では。それなら、仲良くしてくれるんだよね?」

引きぬいたハサミについた血を拭って、白衣のポケットに突っ込む。

痛み止めを静かにうってやる。
肘の内側に刺さる針に顔をしかめることもなく、震える手が白衣の襟を締め上げた。

「何の、つもり、だ」

「病院に行ってもらう」

「おれを、追いやって、何……する」

「なんにも? だから、おやすみ。元から睡眠不足だったんだ。眠いでしょ? 寝ていいよ」

重そうに瞬きをする感覚が、徐々に緩慢になる。
浅かった呼吸が静かになる。
舌が塞がないように献身的に首を傾けてやって、確かめるように彼も首を傾げた。

ドクドク緩やかに血が溢れる傷口をガーゼで押さえる。
男は受話器を持ち上げ、施設内の誰ともわからぬ研究員に向かって手早く声をかけた。

いつもと同じ、のんびりした調子の声を。

「もしもし? 数多くんが怪我をしちゃって。救急車呼んでくれない? 僕忙しいから」

軽い調子で「怪我」などと言うものだから、救急車を呼んだ者も軽い怪我だと思っていた。
847 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:58:03.49 ID:XOfpCezRo

頭を打ったので一応病院で検査を、とか。
薬品がかかったからきちんとした洗浄を、とか。

木原虚空がそれをしないのも、本当に面倒がっているだけで。
もしかしたら仲のよい年下の従弟に過保護になりすぎているんじゃないか、と笑っていた。

だから、医務室のベッドで顔色をなくしている彼の腹に当てられたガーゼが、
たっぷり3枚も鮮血に染まっているとは思っていなかったのだった。

「何があったんですか!?」

「ちょっと不注意で事故を起こしたみたい。早く搬送して。一応痛み止めは打ってある」

入ってきた救急隊員が手早くシーツを抜き取って、ストレッチャーに怪我人を移していく。

医務室まで先導してきた研究員はただうろたえ、2人の親類同士の男を交互に眺めた。

ベッドサイドに置かれたソラマメ型をしたステンレスの膿盆に、
大判のガーゼが真っ赤に染まっていた。

立ち上がった虚空がその上に医療用の薄手ゴム手袋を外して投げ、
まとめて医療用のゴミ箱へ投げ込む頃には、彼の従弟は搬送されていくところだった。

「あの、先生これは……」

「薬で意識が朦朧としているかもしれないけど、出血はそこまでじゃない。
 心配ないよ。命に別状ない。静かにしてくれ」

「でも」

あんな怪我、何をしてできたのか。

「先生、あの」

白衣の背に声をかける。

何でこんなにいつも通りなんだろう。

他の研究所から回されたという医者は、医務室をまるで保健室のように変えていた。

仮眠場所を提供し、病院に行くほどでもないような相談にも乗り、薬を処方した。
女性職員のなかには、ただ紅茶を飲みにやってくるものもいるようで。

学生の時利用した、保健室のような、心地いい空間を提供してくれる。
穏やかで、丁寧な男で。
848 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:58:55.61 ID:XOfpCezRo

「君、うるさいって言われない?」

「え、」

口元は笑っている。
目も優しげにほほえんでいる。

よくある、目が笑っていない、なんて、そんな分かりやすい感じじゃない。
彼は心底優しそうに笑っている。

ただ、気配だけが尖りきっているのだ。針のように。

「昼の食堂で数多くんの怪我の真相を話したいだけだろ?
 君、そういう人だね。情報がほしいだけ」

「あっ、ひ、私は……」

ぬるり、と長い腕が肩口に延びた。

「だめだなぁ、数多くんの怪我を噂話のネタにするなんて」

耳元でショキショキ音がする。
床の上に黒い髪の束いくつか、ぱらりぱらりと落ちた。

どうしてそんな穏やかな男が、こんな小さな研究所にまで回されてきたんだっけ。

「うひ、いいいっ!」

そうだ、この男は、

「行儀悪い」

バヂン。

「いひぃいいいいいいいいッ!!?」

右耳を押さえてうずくまった研究員に背を向けて、彼はハサミを蛍光灯に透かした。

その真下でぺろりと舌を出す。
ハサミを振って落とした滴がそこに乗る。

「……ダメだ。ぜんぜん興奮しないよ。ぜんぜん。ぜんぜん、ダメ」

「あ、ひぃ、みみ、耳、切っ?」

「取れちゃいないよ」

べっ、とうずくまる研究員の背中に血の混じった唾液を吐きつけた。
849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:59:29.12 ID:XOfpCezRo

「はい、手をどけて」

医者らしい物言いだった。それも小児科のそれのような優しい笑顔、物腰で。
何のためらいも感じさせない。

「ひぇ、い、やめ……」

「いい子だから。どけないと反対もやるよ」

ちょきりとハサミを鳴らしてやると、手はそろそろと開いていく。

チューブの薬品をべとりと塗り付けたガーゼで乱雑に耳を覆ってやって、
先ほどまで腹に穴のあいた従弟が横たわっていたベッドに追いやる。

「い、だい、耳、っ、ひ、」

ああ。

傷ついた耳がジンジン脈打つようだ、と研究員は浅い息をついた。
パニック。理不尽な傷害に対する恐怖。

そうだ。この人は、「木原」の人なんだ。

研究員は、先日うっかり実験体を植物状態にしてしまったときに、
先ほど搬送された「木原」に奥歯が折れるほど殴られたことを思い出した。

ぞっとするような恐怖。

なぜあの時、この研究所を辞めておかなかったんだろう。

見ていたかったから?
机上の空論と言われた案件が実験結果に結び目を解かれ露わになっていくその課程を?

好奇心で、救急隊の先導をかって出たことを後悔した。

「は……」

背後の濃い色のため息に身を堅くする。

殺される。かも、しれない。

研究員の下腹を恐怖が突き刺す。

「……数多くん。やっぱり、だめだ、僕。女の人も、男の人も」

違う。自分はお前みたいなバケモノの従弟じゃない。
さっきその人は運ばれていったじゃないか。狂ってる、こんなの……病気だ。

「ごめんね、数多くん」

分厚い本を優しく閉じたときのような音で、優しく医務室のドアが閉まった。

遠ざかる足音に、横たわったままの研究員が失禁せずにすんだのは、
単に15分前に偶然小用を済ませていたという、ただの幸運にすぎなかった。
850 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 16:59:55.21 ID:XOfpCezRo

しばらくして、責任者の従兄の医者はひっそり研究所を去った。
学園都市という区域からも逃げ出した。

優秀な医務室の勤務医がやめていった理由は、しばらくあれこれ噂された。
尾ヒレとしか思えないような、そんな内容ばかりだった。

従弟が突然怪我で入院したことに責任を感じているだとか。

あの顔の痣は、退院した従弟にリンチまがいの殴打を受けたせいだとか。

入院中に実験室から消えてしまった植物状態の少女を連れ去ったのだとか。

施設内高温焼却炉の中で発見された人骨が彼のものだとか。

事実はすべて、耳に傷がある7-c斑研究員が知っているらしいとか。

耳の傷は所内の機密を外部に売ってしまったことがばれて責任者にヤキを入れられたとか。

学園都市を出て、下町で診療所を始めたらしいとか。

やくざもの御用達の闇医者が儲かると聞いて転職したとか。

事情を知っている者は、その耳に傷のある研究員と、責任者である彼の従弟だけだった。
噂の全てが嘘で、全てが本当。

木原虚空はその年、とある町に転居した。
住人が一家そろって惨殺された、といういわゆる「事故物件」の旧診療所を安く買い取った。

内装に手を入れ、掃除業者にすみずみ磨かせた。

大通りから直接入れない引っ込んだ所にあるいわくつきの建物は、小さいながらも
しっかりとした造りだった。以前ここに住んでいた一家の血の沁み込んだ床は本物の木材。

狭い待合室、つくりつけの受付のカウンターはそのまま。
診察室と、その奥には処置室が2つ。ここを、彼は入院患者の病室に当てた。
地下室は何の変哲もない物置部屋だったが、そこを改装して手術室に作り替えた。

一階はそのまま診療所。母屋は2階と3階だったが、彼1人が暮らすには十分な広さ。
最も、そこに1人で暮らしていた期間など短いものだ。

案の定、「なんでもやる医者」というのは重宝されるもので、なかなかに儲かった。
やくざ者からの依頼は多く、借金の返済能力が無くなったものから「担保」を押収する。

体中ばらばらにされて、製剤会社から金持ちの臓器不全患者にまで手広く売りさばかれ
それでも借金のすべてを返すことのできない者すらいた。

その場合、配偶者か子どもを売ることになるのだが、木原虚空はこれを報酬に要求できた。
851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 17:00:24.21 ID:XOfpCezRo

法規制が厳しいのだから、自分でルートを探すよりも
すぐに関係を断ち切れる医者にやってしまった方が楽だったのだろう。

地下の手術室は防音造りにされていた。

この年になってようやく、彼は獲物を長持ちさせる方がいいことに気がついたのだった。

そう毎日のように手に入るものではなかった。
だから、性交を週に1度程にセーブして、すぐに殺さないよう気を付けた。

少なくとも、一回の性交に指の一本くらいは切り落としてやりたい。
ひと思いにやっていいならば20×5で100日持つ。

手の指ならば、関節ごとに節約もできる。
もし我慢して、第一関節、第二関節とやっていけば33×5で165日。
爪を剥ぐだけでも我慢できれば55×5で175日。だが、そこまで我慢強くはなれなかった。

そのあと肘膝の下を切り落とし、肩と股の関節から切り落とす。8×5で、更に40日。
両目両耳と鼻が残っている。5×5で25日。
最後に胴体にとりかかっておけば、上手くやれば最長240日は持つ。

彼は腐っても腕のいい医者だった。
どうすればうまくいくかはわかっていたし、その通りに出来た。
けれども残念なことにそこまで長持ちする獲物はいなかった。

一番「持った」もので、203日だ。約7か月。
最後は痛み止めと抗生物質で中毒を起こしたのが残念でならなかった。

が、少なくともあの5カ月よりも長い禁欲はせずとも済む。

彼はそんな生活を送りながら、あの苦しくも人間らしかった5カ月を思い出す。
最後に子どもの時よりずっと冷たい目で彼を睨んだ従弟のことを何度も反芻した。
それでも何故従弟が自分を殴ったのかに関しては、まったく理解が及ばなかった。

お腹を刺したのはまずかったかもしれない。でも、治ったんだからいいじゃないか。
それに、子どもを殺すのはいけないことだ。そんなことは分かっている。
彼も知能が遅れている訳ではなかったし、むしろ頭はいい方だ。

自分がしていることのおぞましさは分かっている。
だが、実験の材料にされて脳に電極をつっこまれたり、生活のすべてを記録されたり
親の借金のかたに売られたりしている子どもだ。

どうせ、自分がやらなくても、彼らは遠くない未来、理不尽な実験にかけられ、発狂し、
性病にかかり、素人の手で弄り殺されるか自殺するか、あるいは。

なら、自分がやりたい。

そう彼は考えていた。
実際彼が手にかけたのは、そういった特殊な環境下の子どもだけだった。

そして、7人目の死骸を死体マニアに売りさばいてから3か月。

彼のもとに、鈴科百合子がやってきた。
852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga]:2011/10/04(火) 17:01:08.00 ID:XOfpCezRo

ここまでです。

百合子くん出てこなくてすみません。
次回、ちょっと間空きます。
それでは!
853 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/10/04(火) 17:30:16.49 ID:j6sZkVwV0
ヤベェよ……気が狂ってる
ペドってこんなに気持ち悪いのか……
木原数多って、まともだったんだな
あと、乙
854 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/04(火) 17:36:45.94 ID:gFYokm0DO
想像以上にやべえ奴だった
855 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2011/10/04(火) 17:41:34.38 ID:XOfpCezRo

>>1です。

追伸ですが、もちろん小児性愛者全員がこういうわけではありません。

というか、精神科でそう診断されて治療をする人は、
自分が子どもに対して劣情を抱いていることに罪悪感を感じながら治療をしている人が多いそうです。
原因が幼少期の性的虐待にあるというケースもあります。

後述しますが、精神科で小児性愛を治すことはできません。
性欲そのものを減退させるために、女性ホルモンを投与したり、カウンセリングに毎週お金を払って通います。

実際に犯罪を起こしてしまう人はどうあれ、小児性愛の方全般への印象は偏らせないでいただきたく思います。
こんな話書いておいてあれですが、病気だということを理解してください。

この話の木原虚空は診断をほぼ受けている状態で治療をしないので、最悪のケースです。
きちんと治療を受けている方は、勇気も道徳心もある人格者だと思います。

つまんない話ですが、個人的にはこんな風に思っております。
856 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [sage]:2011/10/04(火) 18:10:34.77 ID:siIvPOfk0
やだ怖い…
その分、数多くんと百合子の接触が楽しみ
857 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/10/04(火) 18:24:16.67 ID:VPbrT6ACo
乙。
やっぱ虚空さんキモ過ぎ。
「オエー」って言いたくなった。
858 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/10/04(火) 20:10:11.28 ID:l/WKvw1x0
>>1乙。時系列的には、そろそろ遡り切ったのかな。
マイナス編は面白いからもっと読んでたいんだけど、現行の微妙な伏線が流石にうろ覚えになってきたジレンマ。
あっちに移行するときは簡単に経緯まとめてもらえると助かります。
859 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/10/04(火) 20:14:15.63 ID:ZU9FZuC10
乙です!
百合子が心配だ…
860 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/10/04(火) 20:14:23.49 ID:l/WKvw1x0
>>1乙。時系列的には、そろそろ遡り切ったのかな。
マイナス編は面白いからもっと読んでたいんだけど、現行の微妙な伏線が流石にうろ覚えになってきたジレンマ。
あっちに移行するときは簡単に経緯まとめてもらえると助かります。
861 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/10/04(火) 20:15:16.18 ID:l/WKvw1x0
ミスった。ごめんなさい。
862 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2011/10/04(火) 20:46:43.15 ID:0ofJXJ32o
一歩間違えば百合子も子ども達と同じ運命になってたのか
木原先生ェ…
863 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/10/04(火) 23:25:34.31 ID:BcoeM9ZP0
さすがは「木原」、あまたんと互角かそれ以上だ。
864 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/10/05(水) 04:12:13.77 ID:JnWfj3dJ0
乙です
もう何回百合子に逃げてほしいと思ったことか…
865 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/05(水) 07:32:52.47 ID:yrXK5F/M0
おいおい…木原くンがまだまともにみえてくる
先生とんでもねえよ

続きが気になる
866 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/10/05(水) 08:31:57.40 ID:o+93hnMAO
うわぁ…先生めっちゃやべぇ人やんけ…
百合子と一通さんマジ逃げて…
867 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/05(水) 21:52:19.99 ID:FN1Wkd4ho
>>1もよくここまで気持ち悪く書けるな
普通にすごい
868 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/10/07(金) 01:04:05.45 ID:sWNodxvl0
おつー

うわあせんせー怖いマジ怖いwwwwww
あまたんが普通に見えてくるこの幻想の元凶を誰か早くそげぶして…!
869 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/07(金) 20:29:35.73 ID:51w9VbHFo
おつ
先生きんめーwwwwww
あ、褒め言葉な
870 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/10/08(土) 02:06:33.97 ID:cHilhkSK0
誰か今までの挿絵再うpおねがいします!
最近見始めたので…
871 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/10/08(土) 02:38:40.13 ID:52rWXDo5o
続きはまだか…!
872 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/08(土) 07:28:36.57 ID:+gC281yDO
>>870
支部に「とある一位の精神疾患」タグがある
それ以外のは俺も見たい
873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/08(土) 11:24:55.58 ID:qZ46Uk1e0
>>215の1枚だけ保存してあった
http://wktk.vip2ch.com/vipper20615.bmp
挿絵作者さん勝手に再うpごめんなさい
874 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/10/08(土) 12:08:54.64 ID:TN7PM2WNo
>>873
土御門テライケメンwww
875 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/11(火) 03:24:53.39 ID:ZVHSfPeDO
さすが林檎刺す刃さんだな
876 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/10/11(火) 19:16:42.70 ID:gyG5ussh0
870です。皆有難う!!
ちょっと支部いってくる

あと>>873さんくすです。林檎刺す刃…wwww
877 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/10/22(土) 03:03:17.44 ID:HMmjupTt0
何だか段々医学の薀蓄文と虐待話を延々と読まされてる気がしてきた。
嫌いじゃないけど、もう少し「物語」を読みたい。
878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) :2011/10/23(日) 00:32:19.06 ID:20FWK+0I0
なんかどう終わるのかが心配
このままいくと百合子ちゃんは死亡エンドっぽいし。
879 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/10/23(日) 00:44:42.65 ID:KrQtcAdY0
>>878期待させやがってぇ……俺のさっきまでのwktkを返せ……
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/10/23(日) 18:18:14.03 ID:mAs39v9R0
おつですー

先生やばいよ・・超怖いよ・・・
あまたんがまともな人に思えてきた今日この頃
881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/23(日) 20:04:52.90 ID:6htOMIMe0
多重人格の解決とは人格の消滅ではなく統合なんだけどね…。
待ってるよー。
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/25(火) 20:02:38.68 ID:Trvvl5LLo
>>1>>1はまだか!
まぁあれだ、いつまでも待つからよろしくたのんだ
883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2011/10/31(月) 07:42:26.86 ID:WZ9GCOG40
怖いけど続きが気になってしまう(・ω・´;)
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北陸地方) [sage]:2011/10/31(月) 19:21:42.26 ID:lDboqHEAO
あげんなよまじで
885 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/03(木) 12:19:19.51 ID:cv6d4KoSO
百合子たんには一刻も早く幸せになって頂きたい
886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(東京都) [sage saga]:2011/11/07(月) 04:56:09.53 ID:FBD/nJgno

ちょっと中間報告。
>>1です。

最近話が進まなすぎるので、結構まとまった量で投下したいと思ってます。
やっぱりダレてきちゃったので、持ち直せたらいいな、と。

書き溜めは進んでおりますので、もうしばらくしたら投下できるかな。
詳しいことはまた投下の時にでも!
887 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/11/07(月) 09:48:18.31 ID:7cvdNilro
>>886
乙乙
ショタセラの上で腹踊りしながら待ってる
888 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(長屋) [sage]:2011/11/07(月) 11:19:49.90 ID:VtQZZamlo
>>886
ほう…これは期待
889 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/07(月) 19:31:44.23 ID:5F0onKCao
>>886
ありがとうありがとう
>>1のペースでいいからがんばってくれ
890 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [sage]:2011/11/13(日) 11:16:02.44 ID:PH5E9aGUo
一昨日見つけて一気に読んでしまいました。不快感の描写がすごいですね。
このタイミングで投下していいかどうかわからないけど続き期待支援

http://wktk.vip2ch.com/dl.php?f=vipper25476.jpg
891 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(新潟・東北) [sage]:2011/11/13(日) 18:45:15.63 ID:8k5tWWiAO
>>890
かっけぇww
乙乙
892 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/13(日) 19:45:56.95 ID:m7rGceuKo
>>890
SUGEEEEE
893 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(北海道) [sage]:2011/11/14(月) 00:43:28.27 ID:Vyr3l/rQ0
>>890
(・∀・)イイ!!
894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西・北陸) [sage]:2011/11/14(月) 16:28:11.11 ID:Ur+IomZAO
>>890
一通さん超かっけぇ!!

>>1も更新楽しみにしてる!
895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/14(月) 21:53:31.99 ID:apyiaV1Xo
>>890
光の速さで保存した
896 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/26(土) 08:34:03.72 ID:QHVKv7SSO
このスレももうダメか
897 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(香川県) [sage]:2011/11/26(土) 10:48:10.57 ID:822sz8WA0
福引スレ落ちたし
こっちはしっかり完結してほすい
898 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/11/26(土) 11:32:13.13 ID:UFFH/tQco
ツイッター見る限りまとめて来るそうだから楽しみ
899 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(不明なsoftbank) [sage]:2011/11/26(土) 13:27:30.69 ID:w5tYm7gHo
あげんな
900 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(鹿児島県) [sage]:2011/11/26(土) 20:28:28.80 ID:Z38pJJfK0
>>1さんの更新楽しみにしてます。
頑張って下さい。
901 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/11/28(月) 18:55:05.08 ID:03s0maN50
902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都) [sage saga]:2011/11/29(火) 13:52:52.75 ID:qXPU1pHio

お久しぶりです。
>>1です。

流石に書き溜め遅ぇよ、と思われていると思います。

実際自分で「なんだか過去編長すぎだろ」と思いだしてしまいまして、
次回の投下で残りの過去編を全部終わらせてしまおうと思って多めに書いています。

しかし結構なエピソード数を消化するので、手が止まりがちです。
今通常投下で2回分くらい溜めてあります。
読んでくださる方はもうちょっとお待ちいただければ。

多分、このスレの最後か、次スレからは現代に戻れると思います。

そんな関係でガリガリ書き溜め中です。
よろしくお願いします。


とまあ更新停滞中にも関わらず>>890さんやべぇ……まじやべぇ……
ありがとうございます。保存させていただきました。

レスとかイラストとか励みになります。ありがとう。
もうちょっとだけ停滞しますが、またこんどです。
903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/29(火) 17:07:21.59 ID:L1mi7nRko
>>1生存報告だけでも十分だよ
がんばってください
904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(北海道) [sage]:2011/11/29(火) 17:10:19.75 ID:YUp4o4Iq0
>>1更新楽しみにしてるから体に気をつけて頑張るんだよ!!
905 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/29(火) 17:14:42.30 ID:xz/eUcilo
>>1プレッシャーを感じずにゆっくりでいいさ、頑張れ。
楽しみにしてるよ〜。
906 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/05(月) 23:02:17.96 ID:czc3W8DH0
楽しみにしてます
907 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/10(土) 03:29:47.06 ID:03TAe3sDO
待機待機
908 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/10(土) 23:46:43.50 ID:vm5lwlGV0
待機
909 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 01:02:24.59 ID:ugtpXinAO
わくてか
910 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 02:28:35.35 ID:OzWzHD6AO
大気
911 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 16:15:18.56 ID:X4f98t4k0
舞ってる
912 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/24(土) 00:14:42.17 ID:+sLW1hZAO
ティヒヒッ
913 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 04:53:22.08 ID:JWsP1v530
>>912
ageんなよ…
914 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 15:48:01.69 ID:8lnI2J22o
もう一々指摘するのもどうかと思うの
915 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/25(日) 20:57:41.90 ID:H8jQyifJ0
楽しみ
916 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 21:31:13.39 ID:uWgVZgvAO
なんであげる馬鹿が出てくるんだろう
ふしぎ
917 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 11:58:06.90 ID:YslRVE5eo
せかいには不思議が溢れている
918 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 16:24:15.71 ID:Gz2Zc/aV0
wktk
待ってます。
919 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/27(火) 20:32:02.43 ID:PnlbZCX00
wkwk
楽しみすぎて眠れn

920 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 22:16:44.97 ID:P/THFKDx0
眠らなくてもいいからsageろ
921 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:07:18.57 ID:K4Cb2VjZo

お久しぶりです!
>>1です。

けっこうたくさん書きました。60レスくらい。

例によって内容があれです。
「これはだめだな!」と思ったらすぐにスレを閉じたり、読みとばしたりしてください。

あと名前欄が気に入らないので、今回のみ↑こいつになります。
それと、できればPC閲覧推奨で。

長丁場ですので、飲み物を用意したら投下し始めます!
922 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:09:46.51 ID:K4Cb2VjZo

鈴科百合子がこの診療所にやってきてから、7日経った。

彼の病室にはゆるやかな変化がもたらされている。

大きなベッドは変わらない。その上にはうず高くクッションが積み上げられ、
彼は傷口に障らないよう、そこにもたれて座らされている。

視線の先には、持ち込まれた家庭用の古いブラウン管テレビ。

そして、ビデオデッキ。

夕暮れの薄暗い部屋の中、鈴科百合子は見るともなしに流れる映像を観察していた。

「てれび」は知っている。

音がでて、絵が動く。人がうつることもある。
それはどこかで「しゅうろく」されたものだということも知っている。

ただ、長い時間それをぼうっと眺めるというのは初めての経験だった。

同居している女は彼がテレビを見ることを禁じていた。

彼女は好んでテレビ番組を見た。
が、そういう時はいつも、少年を風呂場かベランダに追いやった。

一番多かったのは押入に入れることだ。
壁の方を向いてきちんと正座しているように命令するのが常だった。

テレビがつまらなくなったり、コマーシャルになると、彼女は前触れもなく
押入の引き戸をあけて、少年が正座で壁の方を向いているか確かめた。

戸の隙間から覗こうとしていたり、脚を崩して伸ばしていたり、眠っていたりすると、
引きずり出してひどい目にあわせることがお気に入りだった。

幸いだったのは、押入の戸が薄かったこと。

息を潜めれば漏れ聞こえる内容をこっそりと聞くことができたし、
母親が戸を開けようとこちらにやってくる物音を聞くことができた。

鈴科百合子はそれほど「てれび」に興味を持ってはいなかった。

何を言っているかもよくわからない、戸越しの不明瞭でくぐもった音声。
母親を少しの間黙らせてくれる箱。

それが彼の中の「てれび」の印象だった。
923 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:10:41.82 ID:K4Cb2VjZo

彼のお気に入りは映画だった。それも、ヒット作であること。
パニックやサスペンスのような、退屈しないもの。

単純に、そういう映画は彼の母親を退屈させることがなかった。

恋愛ものはだめだ。
当たりのものなら女は少しだけ優しくなるが、外れの場合はひどくヒステリックになった。

コマーシャルの時間もだいたい決まっている。
しかも、その短いコマーシャルの時間は彼女に押入を開けさせることも少なかった。

女はトイレに立ったり、煙草を吸ったり、酒や菓子のおかわりを用意するので精一杯で、
コマーシャルが終わるとすぐにテレビの前に戻る。

だから、そういう映画が始まったことがわかると、
百合子はほっと息をついて痺れた脚を伸ばすことができた。

もちろん母親が家に居ない間にリモコンをいじってみたことがないわけではない。
彼にも知的好奇心くらいはある。
しかし、その好奇心はあまり良い結果を生まなかった。

リモコンで操作することは知っていた。
が、彼は母親がどうそれを使っているかよく知らなかったのだ。

苦心して電源を入れたはいいものの、消すことができず、
あちこちいじくり回すうちに音量をだいぶ上げてしまった。

そのときは何とか戻すことができたが、帰宅した母親がテレビを付けた途端、
最大音量に設定された音声が部屋中に響きわたり、後はご想像の通りというやつだ。

そういう事情で、彼はテレビをぼうっと眺めるということがなかったのだ。

しかし、このテレビは彼の家にあるものとは大きく違うようだ。

コマーシャルがない。
映画に似ているが、内容がわからない。

そして、出てくる人々のほとんどが大人で、服を着ていなかった。

初めてテレビを眺めた鈴科百合子の感想は「わからない」で埋め尽くされていた。

どうして黒いガラスに絵がうつるのか。
なぜ絵がぐにぐにと動くのか。
どうして宣伝をやらないのか。

画面に映る彼らは何をしているのか。
924 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:11:08.96 ID:K4Cb2VjZo

床には見終わったビデオやパッケージが散乱していた。

その数は正確にはわからない。
少なくとも「せんせい」がこの部屋に居ないときは常にそれがかけられていた。

部屋に、女性の悲鳴が響きわたる。

百合子はそっと重くなった目を擦り、耳をふさいだ。

何をしているのかまったくわからない。

大抵、この部屋のテレビに映る女性は裸にされて、男に組みしかれ、
ぎゅうぎゅうに押しつぶされては変な具合に泣き声を上げていた。

しかし今画面に映っているのは、四つん這いになった全裸の女性が
黒い棒で尻を叩かれて悲鳴を上げる映像だった。

いつもの気持ちの悪い喘ぎ声ではなく、苦悶の悲鳴だった。

彼が毎日のように母親に向かってそう言うように、
画面の中の女は男に向かって繰り返し叫んだ。

「ごめんなさい。わたしは悪い女です。許してください、ご主人様」

大体そんなような意味のことだった。

冷え固まった呼吸を肺から絞り出し、百合子は全身をぶるりと震わせた。
四肢の温度がすっかり失われている。

恐怖と戸惑いが、ゆっくりと全身に広がっていく。
いったいこの映像が何を意味しているのか、相変わらずそれはわからないままだ。

彼には、どう見ても女は嫌がっているようにしか見えず。
反対に背中や尻を棒で打ち続ける男の方は残忍な笑みを浮かべている。

何か本能めいたものが、ここ数日見せられ続けた映像のすべてに機械的な判断を下す。
「本来見てはいけないものだ」とカテゴライズしていた。

今流れている映像は、その中でも特に見てはならないものだろう。

画面の中には、奇妙なロープやベルトで体の線を歪められた女。

黄色っぽい肢体にはミミズ腫れと蝋燭のしたたりが赤く。

「う、」

口元に手を当てた途端、きしりと音を立ててドアが開いた。

「ェぐ、え゙、、、、、、っ」

「あぁー」

顔を合わせた瞬間、病衣とシーツに吐瀉物を零す。
失礼な少年を眺めて、診療所の主はゆるやかに首を傾げた。

「洗濯、しなきゃだ……」
925 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:12:01.77 ID:K4Cb2VjZo





                -8 しかたない 執行編




926 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:12:41.11 ID:K4Cb2VjZo

部屋に垂れ流されていたソフトSMものの安いアダルトビデオを停止させる。

午後の仕事に見切りをつけて、今日の仕事をここまでと玄関を閉めてしまった。
彼の最初の仕事は、吐瀉物を片付け、洗濯をし、子どもを風呂に入れることになった。

「ものの見事に吐き戻したねぇ。3時間前に食べた物をどうやったらここまでまるっと……」

「ご、めンなさ、」

「いいんだよ……」

やはり、もっともっと刺激物を控えるべきなのだろうか。

手作りの病人食を与えるべきなのだろうとは分かっているのだ。
残念なことに木原虚空の数ある欠点の一つに「料理が出来ない」ことも含まれていた。

食事は惣菜、レトルト、インスタント、冷凍食品などのものか、デリバリーや外食だ。

あとでレトルトの粥でも買ってこようか、と脳内に残念な思考を描いておく。
昼に食べさせた菓子パンの残骸を片付け、彼は患者の少年をひょいと抱き上げた。

「汚いのはよくないからね」

「、、、きた、ない」

「そうだよ。おいで」

シーツにくるんだ病衣を洗濯機に放り込んで、適当に洗剤を放り込む。

バスタブの中に落とした子どもの頭にシャワーをかけてやると、
押さえたこんだように小さな悲鳴が上がった。

ざあ、と24時間給湯の暖かい湯が漏れて、白いバスタブの中から柔らかに湯気が上る。

「傷もいいみたいだけど……」

頭を湯からかばおうと腕を曲げ、目元にかかった髪をぬぐいはらおうと指を動かす。
無防備な少年の下腹部に目をやって、木原虚空は嘆息した。

「やっぱり精通は見込めないね」

「せーェつ、、、」

「9歳だし……この体格じゃ無理があったのかな」

ボディーゾープのボトルを取りながら、木原虚空はため息の色を深めた。
927 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:13:02.65 ID:K4Cb2VjZo

「困ったなー」

きちんと3食食事を摂らせ、きちんと睡眠と休息も与えた。
ごく微量だが、ホルモン投与もした。
ほとんど一日中アダルトビデオを見せ続けることもしている。

他に、これ以上促し方はないだろう、というような手段も取ったがやはり兆しはなかった。

せめて、精液さえ採取できれば、それをしかるべき研究機関に保存させることもできる。
そうすれば母親の言われるままに手術を施しても、将来子どもを望めるかもしれない。

だったら初めから手術を断ってしまえばいいのに、それは端から考えていなかった。

彼にとっても好ましいタイプの手術だからだ。やってみたいだけだった。

普段だったら気にしないだろうに。
木原虚空はなぜだかこの子どもに入れ込んでいる自分に気がついた。

9歳という年齢は健康な小学生でも精通を迎えるには早すぎる。
その上貧栄養と極度のストレスのために成長が遅れているのだ。

初めて風呂に入れてやった日、そのやや色の薄い茶髪に何本も筋になって走る白髪や
無理やりに引き抜かれたような痕を見ている。相当な状況だった。

最初から無理は承知だ。
けれど、上手くいかないのは面白くない。
下腹部に手を滑らせても、怯えて手足を縮め、息をひそめるだけだ。

「い、、、や、めて、」

「まったくだめみたいだね。普通出なくても勃つ子は勃つんだけどねぇ」

シャワーの湯で手についた泡を流して、シャンプーを掌に出す。

「目を開けると痛いよ」

「ひ、、、っ」

兆すどころか嘔吐するとは思わなかった。

かしゃかしゃと、泡まみれの髪を掻き混ぜる。柔らかく細い髪がぬるりと指に絡む。

指先がさりさりと生え際の立ち上がりをくすぐって、掌に泡が滑り落ちる。
やや長い髪がねろりと指の叉を撫でて、針の先で突いたような性感をもたらした。

最近していないからだ。

処理ならしている。ただ、満足するほどのことじゃない。
928 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:13:29.30 ID:K4Cb2VjZo

「……流すよ」

前置きしたつもりでシャワーの湯をかける。
が、元から目を堅く閉じていた百合子にそれは見えない。

「あ゛、、、ン゛くっ、、、」

「あ」

飲んだ。

「ひっ、え゛ッ」

ごぽ、と狭い食道を押し広げるような音がした。
飲みこんでしまった濁り水と、僅かに残った胃の内容物がぼとぼと零れていく。

「え、、、は、っ、、、うァ」

えづいてしゃくりあげる背中をそっと撫でながら、シャワーで汚物を排水溝に流した。

「流す時は口を開けてちゃだめだよ」

「ご、、、めな、、、」

「目に入ってない?」

こくりと頷くのを確認して、手早く顔をタオルで拭ってやる。
残った泡を流すと控えめなくしゃみがぷしゅりと漏れた。

「うーん」

「ご、ごめンなさ、、、」

「これはちょっと面倒なケースかも」

「ゥ、」

傷つけるのはまずかった。

あの母親を殺してこの子どもを手に入れるのは簡単だが、今はそうもいかない。
向こう数カ月の暮らし向きは心配ないが、そのあと稼げるかはわからないのだ。

それに、母親に会うのは初めてだった。

あの女がこの子を産んで育てたのだろうか。
そう思うと、何か汚らしいものに見える。
929 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:13:57.54 ID:K4Cb2VjZo

あの女の中で生殖活動が起きて、中から生き物がひり出されたというのか。

ぐらりと脳が揺れる。吐き気がした。
手にかけるのもおぞましい。

特殊な構造をした優秀な思考回路が突破口を見つけられずにクルクル彷徨う。

指一本も切り落とせない。
なら、どうすればいいのだろう?

「、、、せ、ンせェ、、、っ。め、あけたい」

眼を閉じたままぶるぶると震えている。
自分の姿を探してゆらりと両手を差し伸べる。

同じ所を巡っていた思考回路が、一点のゆるみを見つけた。

「……うん」

そうだ。

「そうだね……」

「ひ、っィ、、、」

おとがいに触れると、火傷したように身を引かれる。

怯えている。
この子は、もうとっくに受け取っている。

それが指先から感じ取れた。じわりと濁った色の笑みが彼の頬に浮かぶ。

自分から与えなくても、この子は勝手に感じ取って、取り込んでいる。
わざわざ痛みを与えなくても、この子は。

こちらが叩き、殴り、剥ぎ、切り落とす「必要がない」ほどに。

もう、怯えているじゃないか。

だったら簡単だった。

「もう開けてもいいよ」

素直に開いた薄い色の瞳の際を舐めてやると、撫で上げた首筋に鳥肌が立つ。
悲鳴を上げようとした喉笛を掌に収めるだけで、苦しげな息をつく。
930 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:14:23.99 ID:K4Cb2VjZo

だったら「痛めつける」必要なんてない。

ざわざわと、腰の辺りがむず痒くなるほどの興奮が脊髄を往復する。

「い、、、は、、、やめ、ェ、、、」

不器用に払いのけようと、少年の腕がのらりと動く。
抑えつけるのは簡単だ。
けれど、だから払いのけられるのが楽しい。

自分がその気になればすぐにでも壊せる。
そんな脆弱なものを、あえて大切にしてみるのはなかなか新鮮だった。

昔、誕生日に貰った一羽のカナリヤを思い出した。
本当にガスに弱いのか知りたくて、ガラスの書棚に火を付けた蝋燭と一緒に閉じ込めた。

鳴き声が聞こえなくなった所で戸を開けると、ぴちち、と啼いてバタバタ羽を広げる。

何度もカナリヤを書棚に閉じ込め無邪気に笑う。
父親はそんな息子を止めることなく、微笑ましいとばかりに見守っていた。

自分が書棚を開けなければ、このカナリヤはすぐにでも死んでしまう。
そして、額をガラス戸に押しつけて、ゆっくりとカナリヤが死ぬ所を観察した。

痛めつければ誰だってカナリヤのようになる。
助けてくれと懇願して、書棚の戸に手をかけてくれるように怯えと絶望に満ちた瞳で願う。
そこで初めて、自分の命を相手が握っていることに気付く。

しかし、もうそんな必要ない。

だったら、

「おいで」

ぐいと腕を引いて、バスタオルにくるんでやる。

この子は、蝋燭なんていらない。
書棚に閉じ込めるまでもなく、自分が容易く痛めつけられてしまう可能性を知っている。

「い、、、、や、だ、」

「よしよし。いい子。いい子だね……百合子」

「い、」

我慢する必要だってない。

ほっとしたような気持ちで、1人の男は微笑んだ。
931 :とある一位の精神疾患 [sage saga !orz_res]:2011/12/29(木) 00:15:42.63 ID:K4Cb2VjZo











長いこと、眠っていたような気がした。

水。
ざあざあと勢いよく流れる水だ。音がする。

水?

空気を孕んで注ぎ込まれ、気泡が弾けて、たゆたゆと揺れる。
水が流れている。
音がする。

どこから?

眼を見開くと、目の前にはいつも通りの景色が広がっていた。
サイコロのような形の立方体の部屋だ。

その隅に、それは転がっていた。

モルタルだか、石だか、コンクリートだかはわからない。
堅くて冷たい壁。それが壁面の三方向をコの字型に囲っている。

褪せた水色のタイルの床は中央に向かって、ごくなだらかに窪んでいる。
真ん中には四角い鉄製の排水溝の格子蓋がはまって、そこに水気が流れ落ちる造りだ。

古いシャワールームか、銭湯の洗い場ような、それでいて乾燥した廃屋のような部屋。

ただ異質なのは、堅い壁には蛇口の一つもなく、浴槽もないこと。
そして、コ字型に設けられた冷たい壁の開いた辺を閉じるのが、
天井まで届く大きな鉄格子だということだ。

格子の端には、小さなくぐり戸がついている。
錠が下りているが、鍵はどこにもない。

その奥で何かが横切るように揺れた。
誰だろうか。
瞬きをして顔を上げる。

ぱちゃ、と水音がした。
932 :とある一位の精神疾患 [sage saga !orz_res]:2011/12/29(木) 00:16:16.46 ID:K4Cb2VjZo

「ゆり、こ……?」

部屋に水が溜まっている。

倒れていた人影が体を起こす。僅かに頭痛と目眩がした。
長く眠っていたように。

「水?」

流れる音がする。

視線を彷徨わせると、排水溝の真上に注ぐ水流が見つかった。

サイコロ状の部屋の真上から落ちて来る。
見上げると眩しげな光が眼を差して、水の出所を探すこともできない。

部屋の水は、隅の方に起きあがった人影のかかとや脹脛や腿と、
タイルの間をゆらゆらと洗うほどの水位に達している。

排水溝が詰まっているのか。
いや、排水はされている。

ごぼごぼと気泡があふれて、ゆっくり渦を巻いて流れ落ちている。

ただ追いつかない。

注水される勢いに負けて、少しずつ、じわじわ水が溜まっていく。

「な、ンだ、これ!」

慌てて水を掻いた。
途端に、弾けるようなバチンという音がこだまする。

「い゛ッ!?」

左耳を押さえると、そちら側だけ別の音が聞こえだした。
右耳から注がれる水音ではない。どこか別の、

                    「い゛、やっ、、、ィ、、、だい、いだいィっ、、、だっ、あ゛」

「ぎっ!?」

声が聞こえた途端、それに呼応するように全身が震えた。

引きちぎれるかのような痛みが一分の隙もなく体を覆い尽くしている。

                                       「やァ、め゛、、、っ、ェ゛」

「百合子? ゆり、」

切れかかった導線越しに会話しているように、ぶぢぶぢとノイズが邪魔をする。
933 :とある一位の精神疾患 [sage saga !orz_res]:2011/12/29(木) 00:16:57.83 ID:K4Cb2VjZo

                                      「い、いィい゛い゛っ、、、」

                                      「あー、大丈夫だよ……」

ひく、と人影が喉を鳴らした。

何だろうか。この声は。

                         「だ、めっ、、、ひだァ、、、ッだァい、、、やめ、」

                                   「どっこも切れてないから、ね」

聞いたことがある。気持ちが悪い。何か、よくない声だ。

百合子が泣いている?
この声、こいつが悪い、のか。

どこかで聞いたことがある。
どこだ?
何故見逃した?

何故そいつが百合子と一緒にいることを許してしまった?

背筋が冷える。
胃を掴みだされたような、強烈な吐き気。

片耳から聞こえる百合子の声が、もはや発音できないレベルに上ずった。
ひゅうひゅう喉を鳴らして、力の足りない咳をする。

何、をしていたんだろうか。

守らなければ。
百合子を辛い目にあわせてはいけないんだ。

百合子はもっと暖かで、静かでもっと、優しい所で、笑っていないといけないんだ。

そこに連れていかなければいけないんだ。
こんなところに置いておいたら百合子は、いつか、壊れてしまうかもしれない。

ゆるゆると顔を上げる。

水の注がれる眩しい頭上を仰ぎ見る。

「……ッ俺、が」

バチン、とスイッチの切り替わるような音。

体がどこか暗闇に叩きつけられる感触がした。
934 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:17:25.58 ID:K4Cb2VjZo











「がっ……ァ?」

「うん?」

手元で突然驚いたように痙攣した体に、男の掌があてがわれた。

「いっ! イ、は?」

その掌にも体を引こうと腕を突っ張るが、何もできない。
そんなことはもちろん不可能だ。

「あっ? あ゛……かっ?」

ぎじ、と何か擦れる音がした。
何かで拘束されている?

肘と手首と、それから脚に何か絡みついている。

それが両腕をまとめてねじり上げ、冷たい金属の天板にうつ伏せの胸を抑えつける。
肩がぎしぎしと痛む。肺が押しつぶされて上手く息が入っていかない。

脚の方はもっとひどい。
全く動かすことも出来ず、床に指が届くギリギリの高さに吊りあげられている。

脚の力を抜けば胸に全体重がかかって苦しい。

無理につっぱって立つせいで今にも腱がひきつれそうだ。

体を僅かに揺すると、上半身を乗せている台のようなものが音を立てた。
捻りあげた状態で固定した拘束も僅かに軋んだだけだ。外れる気配はない。

「?」

苦しい。
ひたすらに苦しく、全身が鈍く痛む。

何が起こっているんだ?

目の辺りに何か違和感がある。両目に何かが被さって、視界が奪われているらしい。

顔を上げると首と頭を掴まれた。
先ほど通りに伏せさせて、首筋にきつく爪を立てられる。
935 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:18:10.01 ID:K4Cb2VjZo

「いだ……ァ!」

状況など把握できるはずもない。

あまりにも非日常で非常識で考え難い状況だ。
把握できた方がおかしいだろう。

最も日頃から痛めつけられ方を知っていた者だ。
その異常性の臭いを嗅ぎ取ることだけは早かった。

両足のつま先はぎりぎりで冷たい床板に力をこめられる程度。
服は引きはがされている。

家庭用の脚立の天板に腹ばいになり、両足を伸ばして支柱に固定。
テープやロープで全身をがんじがらめにされているのだ。

「ひ、」

背中に捻り上げられた両腕のせいで肩が外れそうに不吉な軋み方をした。
伸ばしっぱなしの細い脚も、今にも腱がつりそうだ。

どうなっているのか、状況も飲み込めないまま小さな体が怯えて動いた。

何かを振り払う仕草をする。
が、当然目隠しにつけたアイマスクは取れないし、拘束をほどくこともできない。

「大人しくしてないと、ひどいよ?」

「、かひ」

何か後ろで動く気配がして、ようやくこの全身を突き刺すような痛みの正体が判明した。

ざわり、と鳥肌が立つ。

血流を歪められて手足が冷え切っているからでも。
服を剥がれてうす寒い部屋の外気に震えた訳でもない。

大脳にくるまれたもっともっと奥からの、本能の警告。

「あ、……あ゛っ?」

内臓だ。

「あ゛……ッえ゛?」

内臓に触れられている。
936 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:19:06.07 ID:K4Cb2VjZo

男の手が、それを理解させるように腹をゆっくりと撫でた。
内側から何かが腹の肉を持ち上げて、歪ませている。

「……――っ」

脳の最深部が盛大に警鐘を鳴らした。

いけない。これは、良くない。

内臓を突き破られる。死んでしまう。そんなところを晒してはいけない。
今すぐ、やめさせろ。

「あ……ェ、っ、あ、あああ、あ……っ? ああ、あ嫌っ、だ! やだやめろッ! ぐッ!?」

「苦しい?」

ぐっと男の手が医者の触診のような事務的なしぐさで下腹部を押した。

丁度膀胱の上を押されて、一瞬針のように鋭い尿意を思い出す。
恐怖がそれを膨らます。

何でもいいから放してほしい。
暴れようとした腕を更に捻り上げられ、悲鳴が一段高くなった。

「いだいィいいい――――……っ! やェ゛、やべろっ! いいい、い゛ィいいいいい――ッ!?」

「はは……声枯れちゃうよ」

手を放されると、代わりに男は何事か身動きした。
ごき、と下腹部の底で痛い音。何か温いものが太股を伝って行く。

同時に痛みを解放されて、何かの思考と力が緩んだ。
先ほどから刺し込むように下腹で暴れていた尿意が静かにおさまっていき、
代わりにつま先が温い池にひたる。

「あーあ……」

喉元を撫でる指が優しく気道を狭めてくる。

動けない。
拘束をされているからでも、何でもない。

「我慢できなかったの? 悪い子だな。床汚して。僕が片付けるのに、ひどいね」

怖い。
937 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:19:27.64 ID:K4Cb2VjZo

「や、ら。やだ……め、てくださ……! ねがい、しま、やめ……っえ゛ろォ! やべろォ!」

「やめる訳ないだろ?」

耳のすぐ後ろに生温かい風が当たる。

嫌悪感からか、生理的にか。涙がどっと溢れて目の周りを濡らした。
吐息がかかった部分をねろりと舐め上げられる。

気持ちが悪い。

吐きそうだ。

少しでも腹に力を入れると激痛と苦しみが襲うのに、声を上げずにはいられない。
叫んだ分の空気を取り込もうとするが、今度は上手く吸えない。吐けない。

脂汗が噴出し、何かで拘束された掌がぬるついた。

全身が冷える。

寒い。
それなのに体の中に真っ赤に溶かした銅を流し込んだかのように熱い。苦しい。

「あ゛、あェえ゛ッ!? げっ、えェ゛……っ!」

「ひどい声だな。動物みたいに」

「い゛、や゛ァ、」

死んでしまう。

「あ、かっ、ハ、あ、あ、っ、ああああああ゛、あ゛、や……」

「窒息すんなよ……百合子……」

「かッ!? ひ……?」

ぞぶ、ぞぶ、と体内で何かが内臓を突き破ろうと暴れる。

やめろと排出する動きを削って、食いあらす。

「ゆ、り……」

死ぬ。

「ィ、こ……、ご、め……」

百合子が、死ぬ。
938 :とある一位の精神疾患 [sage saga !orz_res]:2011/12/29(木) 00:20:08.81 ID:K4Cb2VjZo

                                              (ねえねえ)

真っ暗な視界のせいで痛みと恐怖だけが増幅された世界。

右耳のすぐ後ろの辺りから女の声が聞こえた気がした。

「あ゛っ! あ、ああ?」

                                    (ねえ、聞いてる? おーい)

「ァ……」

                                                何だよ。

                                                うるせェ。
                  今どういう状況か、分かってねェンじゃねェの、このバカ女。

                (知ってる知ってる……バカにしすぎじゃないの? ぎゃははっ)

                                  何だコイツ。本当に何なンだよ。
                             人の頭の中でごちゃごちゃごちゃごちゃ。

                  (なーんて言っちゃってるけど、あんたの頭じゃないでしょ)

                                                   あ?

                         (百合子の、でしょ? わかってないのかなん?)

プツ、と回線の切れるような音がして、その声以外の音が静かに息を引き取った。

                                         (痛い? くるしー?)

                                            痛ェし苦しい。

                                         (へー。お疲れさん)

                                           うるせェ。失せろ。

                        (失礼な! つーかさぁ。かわってあげるよ、それ)

                                                 はァ?

                                              (かしてみ)

重力の向きが変わったかのように、平衡感覚がぐにりと気持ちの悪い感覚をもたらした。
                                    どこかで鉄錆の臭いがする。

かわる、ってなァ……これ、痛ェ、ぞ?

(いーんだよ)
939 :とある一位の精神疾患 [sage saga !orz_res]:2011/12/29(木) 00:20:35.03 ID:K4Cb2VjZo

                                            ばちゃ、と音。

                        相変わらずざあざあと流れている水の音がする。
半分水浸しになったタイル張りの床上で、ぐったりと放り出されたまま人影は顔を上げた。

何がいいンだよ。

                          上から何か黒っぽい人影が覗き込んでいる。

                                           輪郭は少女だ。
                  少し年上の。中学か高校の制服のようなものを着ている。

(いいから、まかせなよ。あんた、結構痛いの苦手でしょ?)

好きなわけねェだろ。

(世の中にはそんな人もいんの)

オマエ。

(んー?)

でてくなら、言葉づかい。

                     (……あァ。心配すンな。うまくやってやるからさァ?)

……

                              (こンなもン? ぎゃっは、キモーい!)

下手。

               くすくす、と笑い声がして、少女の人影は部屋の隅を指差した。

(……あとさ。あンま管理、怠るンじゃねェよ)

                                     鉄格子のはまった一辺だ。
        隅の出入口がこじ開けられて、錆びた鉄格子がぎぃ、と音を立てて軋んだ。

(オマエがそンなじゃ、百合子は死ぬよ?)

うるせェ。

(……わかってるってなら、最初からこンな目に)

ごめ、ン。

(ン……ならいい。寝てな)

                               細い指が申し訳程度に髪を梳いた。
940 :とある一位の精神疾患 [sage saga !orz_res]:2011/12/29(木) 00:21:02.36 ID:K4Cb2VjZo

オマエ、さ。

(あァ?)

今でてくと、痛ェ、ぞ。


       さ、              ざ
                        ざ。


           ざざ
             ぁ。
                     ぁ


                                          ざ
                                         ざ
                                         、
                                       ざ
                                        。

                                ざ
                               ぁ
                                あ
                                 ぁ
                                あ
                               あ

                              ぁ

                               ぁ

                                  。


                                      水の流れが音を失った。

(いいンだよ)

なンで?

「慣れてンだよ……私は」

               ぶづ、とスイッチを切ったような音がした。
941 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:21:28.90 ID:K4Cb2VjZo











数日が過ぎた。

狭くて埃臭いアパートの一室で、1人の女が忙しなく歩き回っている。

西日がゆるく部屋を染め、じんわりと温度を上げる。

すぐに日が落ちて寒くなるのだったら、最初から温めることもないのに。
女はいらついていた。

「……百合子」

かり、と爪を噛む音。気付いて指先を唇から離す。
すでに何本も先をギザギザにしてしまっていたらしい。舌打ち。

「百合子……」

腰を下ろして脚を伸ばすと、古くなって毛羽の立った畳がむず痒く脚の皮膚を掻いた。

「あぁあっ……もう! いや!」

拳を壁に叩きつける。

痛い。

膝を抱えて両手の指を髪に差し込んでも、頭の中の苛立ちはちっとも治まらない。

いらいらする。
むしゃくしゃする。

何だかわからないが、誰かに怒鳴り散らしたい。
このいらいらを誰かのせいにして、こんな気持ちにしたことを謝らせてやりたい。

蹴ったり殴ったり喚いたりして、ストレスを発散したい。

誰に?

「……百合子。百合子」
942 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/29(木) 00:22:05.15 ID:K4Cb2VjZo

腹が立つ。何故今ここに居ない? 約束の日はとっくに過ぎているのに!
どうして私がいらいらしているのに慰めない?

じわりと黒っぽい澱が腹の底に湧いてくる。
惨めだった。涙が滲みそうになる。

どうして。どうしてこんな仕打ち。どうして?

ピチリと音を立てて何かがはまり込んだ。
あの男のせいだ。

あの男、と思ったときに、2人の影が重なりこんだ。
1人はこの間会ったばかりの白衣の男だ。
偉そうで、気難しそうで、どこか自分をバカにしている医者。

それから、もう1人の男。
ぎり、と彼女の噛み締めた奥歯が鈍く音を立てた。下腹部でイライラが暴れる。

早く百合子に帰ってきてほしい。
あの子は私にとって、たった一人の――……
 . .. .
「わたしの」

そう、私のものだ。

百合子は私のものだ。
私のものなのに、どうしてみんな勝手に口を出す?

優しく病院に連れて行ってやったのに、どうして医者なんかに睨まれなければいけない?

手を引いて歩いているだけで、何故隣の家の男はため息交じりにすれ違う?
挙句の果てにあいつは躾をしているだけで家に怒鳴り込んでくる。

何勘違いしてるんだろう。

あれは私のだ。
私の百合子だ。

彼のでも、彼女でもない。

「私のよ」

あんたのじゃない。私の百合子。私のよ。私の百合子よ。

女の長い爪が畳にがりがりと削る。爪と肉の間に小さな毛羽が突き刺さる。
痛い。むず痒い。苛立ち。飽和。

「あぁー……」

うふ、と柔らかい笑いが唇から勝手に漏れだした。

「迎えに行かなきゃ……百合子」
943 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/29(木) 00:22:34.90 ID:K4Cb2VjZo











忙しない調子でインターホンが鳴らされた。
男は彼女の姿を認めて、微妙に表情を変化させる。

ゆっくりとそれが愛想笑いをつくり、ドアを解錠する。

「こんにちは。どうされまし」

「百合子は?」

ひくりと頬がひきつった。

またこの女だ。
入院を延長する旨は電話で伝えてあったし、その理由も説明したはずだ。
妙に生返事だったのが気味悪くて、早々に電話を切ってしまったのが良くなかったのか?

だとしたら、相当難ありだ。

「……まだ入院中ですが」

「面会くらいさせてください。私のなんです。私の……!」

喰ってかかろうとする彼女の肩を押さえ込んで、男は猫なで声を出した。

これは「難」だ。
元から女は嫌いだし、頭の悪い女はもっと嫌いだった。
なにより自分以外に子どもに怪我をさせる人間は大嫌いだ。

だが、この女は母親なのだ。

「落ちついてください。そもそもあなたのご希望ですよ?」

「でも、」

「納得していただけますから」

そういって、彼女は診察室とは名ばかりの応接用の部屋に通された。
944 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:23:24.21 ID:K4Cb2VjZo

「返してください」

「お帰りは四日後の予定だとお電話で伝えたつもりですが」

少しぬるい紅茶を出してやるが、女はまた口をつけなかった。
握りしめたのか、彼女の人差し指の脇に赤い三日月形の爪あとがくっきり残っている。

「別に誘拐しているわけじゃ……治療のために来たのでしょう」

「そうです。けど、」

「あなたのご希望でしょう」

女がショックを受けたように目を見開いた。

「でも……」

つるりとした眼球を洗い流すように、目頭から涙のつぶが膨らんで零れ出す。
まるで女優みたいな泣き方だ。

「百合子はわたしのなんですよ?」

「……」

「返してください」

「まだ帰せません」

「返してください!」

「い、」

嫌です、という言葉を、男は慌てて飲みこんだ。
子どもっぽいことを考えている場合ではない。

まずこの女に返したら、また虐待を繰り返す。傷が開く可能性だってあるのだ。

もしかしたら抜糸にも来ないかもしれない。
化膿するかもしれないし、ひょっとすると消毒さえ満足にしてやらないかも。

「ですから、あの」

「いいから返してよ! 警察に行くわよ!」

小娘のように癇癪を起した女が握りこぶしでローテーブルを叩く。
振動でカップから僅かに紅茶が零れて、白いソーサーの窪みに溜まった。
945 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:23:45.61 ID:K4Cb2VjZo

早く洗わないと紅茶の染みが残る。

「わかりました」

警察に行かれても、もみ消すことは出来るだろうが、面倒だった。

どうせ、またここに連れて来るんだ。
自分以外に頼りはない。またここに来る。また入院させてしまえばいい。

そうして自分を慰めて、男はため息をついた。
握り締めた手のひらに、爪の数だけ赤い三日月が残る。

「わかりました。諸注意と退院の用意をしますから」

「今すぐしてください! 今日連れて帰りたいんです!」

今にも掴みかかってきそうな顔色で、女は室内の奥に繋がるドアと男を何度も見比べた。
まるでそのドアの奥に隠しているんだろう、と言いたげだ。

「手術の痕の消毒は毎日してください。あと抜糸にもここにきて……」

「手術のあと?」

女の語気が少し緩む。
涙を慌てたように拭って、鼻をす、す、と鳴らす。

まるで躾けのできていない犬だ。
男はイライラと両手の指を組んだ。

「膿んでしまいますから」

「背中の?」

「いえ、ですから、」

電話の内容を本当に記憶していないらしい。

馬鹿な女は嫌いだ。

「経過がよくなったので精巣を除去する手術をしましたから」

「え」

「傷を洗って、毎日消毒してください。術後ですから安静に。食事も……」

呆けたように固まっていた頬が

「はい……はい! します! 先生、しますから!」

犬なんて、ちょっと餌をやればすぐ尻尾を振る。
この女、人間の思考回路よりそっちの方が近いのではないのか。
946 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:24:17.00 ID:K4Cb2VjZo

待っていろと念を押して、男は奥の扉から自宅のスペースにすべりこんだ。

「あぁ……」

終わってしまう。
帰ってしまう。

そう、他の今まで壊した子どもたちと違って、百合子には帰る家があるんだ。

だがそれは決して温かな家ではない。
辛く寒く惨めなはずだ。体を見ればわかる。

「あんな、酷い……」

階段の半ばで顔を覆って、男は立ち止った。

薄暗い階段に窓から細く日が差す。
その光の帯が両手に覆われた彼の左目の上を温めた。

涙が出そうになる。

出そうになる、というのは、出ないから言うのだ。
渇ききって空虚な気持は涙を流せるほど潤いをたたえていない。

あんな、あんな犬のような馬鹿な女のところにあの子を帰してやるなんて!

プライドがずたずたと傷つけられる。

壁の手すりに寄りかかって、重々しいため息を肺から押しだした。

「何て酷い仕組みなんだ……」

せっかく治した。
開いた傷にガーゼを当てて、清潔に、暖かくしてやった。

そして新しい傷も与えた。

目に見えないように、腹の底、肉の底、思考と本能の底の底を抉りぬいて。
絶対に治らないように。

人生を大きくねじ曲げる手術だって施した。

それを心の支えに、男はゆっくりと体を起こした。

そうだ。
あの子の人生はもう変わってしまった。

もう僕のものだ。

階段の上のドアを開けると、いつも通り大人しく百合子は横たわっていた。
947 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:24:43.40 ID:K4Cb2VjZo

「やぁ」

天井をドロリと見つめている薄い色の瞳がややこちらを向く。

「、」

そっと髪をなでつけて、白い耳の辺りを掬うように掌を当てた。
細い首筋から子どもの体温と微かな脈が伝わってくる。

「君のお母さんが迎えに来ちゃった……」

飴玉のような瞳がゆっくりと瞬きした。

「残念だけど、君は一度退院を」

「何してるんですか!?」

両肩がはねるほどに驚いて、男は部屋の出入り口を振りかえった。

少し乱れた黒髪を直しもせずに、鈴科百合子の母親はそこに立っていた。
ドアノブにかけた手を引っ込めようか迷ったような、中途半端な格好で男を見つめている。

「何してるんです?」

血液が、ざあ、と音を立てて男の足の裏に集まっていった。
不自然に跳ね上がった腕が女の声を制止しようと空を切る。

「その、その子に触らないで!」

「あ……僕は、」

「いいからっ!」

びくりとひっこめた手を隠すように袖を引き、男はベッドの上に屈めていた背を伸ばした。

短く深呼吸。
やや薬の臭いのする部屋の空気がなだれこむ。

頭に空気が回って、少し熱を持ったざわつく心をほんの少し、冷やした。

「……私は医者ですから、患者に触ることだってあります」

「でも」

「どうするんです? 触らないと、脈もとれない」
948 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:25:09.71 ID:K4Cb2VjZo

女は言い返す切り口を探して手を少し震わせた。

「ひ、必要以上に」

「必要な時以外触りませんよ。当たり前でしょう?」

慌てて張り付けた医者の顔は流石に何年もかかって体に染みついていたらしい。
女はたじろいだように顎を引いた。
内心、少し安堵する。

「一度診察だけして、そのあとで薬などをお出ししますから」

「あ、あの、服を」

「服?」

女はそっと紙袋を差し出した。
飾り気のない白いものだ。

「その子、連れてきた時に、あの、服を……」

「あ、ああ……服」

そうだ。
ハサミで裂いてしまったが、雑巾でもここまで、というような汚らしい布だった。

そう男は思い返した。

最初に連れてきた時は女物の小奇麗な子ども服を着せていたのに。

またあの汚らしい服が入っていたら。
そう思うと、男の中のやや潔癖な部分がじとりと手のひらに汗をにじませた。

「わかりました。着替えですね」

差し出した指先に、冷たい女の手が紙袋を預ける。

「百合子……」

そのままベッドに屈みこんで、女は少年の薄い色の髪を撫でた。

「お母さんよ? ね? 帰りましょうね、おうち」

「、ァ」

「いい子ね……」

袋の中はきちりと畳まれた服が入っていた。
少なくとも雑巾ではない。それどころか、新しい衣服特有の糊のような匂いがした。
949 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:25:36.12 ID:K4Cb2VjZo

「では、診察しますから、先に出てください。先ほどの診察室に戻って……」

「ドアの外にいます」

こちらを振り返りもせずに女はそういった。

「ですが」

「何がいけないの? 私はあなたの依頼主でしょ?」

一瞬、この女を殺してしまうことが全ての解決に思われた。

女を殺して地下室に運んで、解体して標本マニア向けにまた売りさばいてしまえば。

不可能か?
いや、そんなことはない。

男は白衣のポケットの中で伸縮包帯を握り締める。
先ほどとっさにポケットに突っこんだが、解けば1.5メートルほど。無理ではない。

だがそれは自分の望んでいることだろうか?

「……」

「な、んとか、言ったらどうなんです? 先生」

僕はこの生活を続けたくないのか。

「結構です」

「え?」

「隣の部屋で待っていてください」

「……わかりました」

僕は子どもを殺しながら1人で生きることに、少し、疲れた。

男は握りしめていた包帯を離して、女のためにドアを開けてやった。
当惑したような彼女の頬は青白かった。
化粧の下はまだ二十歳かそこらの小娘のような肌をしていた。

「待っていてください」

「? ええ、はい」

成長した女は嫌いだ。
成長した男も嫌いだ。

なら、どうしたら僕は子どもを殺さずに生きていけるのだろうか。

百合子は、男でも女でもないものになろうとしていた。
950 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:26:41.16 ID:K4Cb2VjZo

閉じたドアの向こうで、女は少しだけまごついて、そして隣の部屋に入って行った。
しんとした家の中で、静かに隣のリビングのソファが軋む音を聞く。

しゃりしゃり、と衣ずれがして、後ろで肘をついて起きあがる気配があった。

「……起きたいの?」

「う、く……っさ」

空咳をいくつかして、先ほどのガラスのような眼とは別物のように強く、男を睨んだ。

「触ンな……」

「ひどいね。強がらなくていいから。着替えて、支度をしよう」

紙袋を足元に落とすと、ベッドの上の瞳がそれに向いた。

「俺を返す?」

掠れ声だったが、確かに男はそう聞きとった。

「ああ。帰さなきゃいけないんだって」

「あの女に」

「そうだよ……あの女にね」

きつく握り締めた手のひらがチリチリ痛んだ。

それを不思議そうに眺めて、少年は男を見上げる。
のけ反るように、上体を反らして肘で支えながら。

「嫌いなのにか?」

「え?」

「あの女、いやがってる。俺を返すのもいやなんだろ?」

緩んだ飴色の瞳が急にせがむような色を乗せる。

「お願いだから……」

「けれど、僕は」

手のひらをシーツに押しつけて、少年はぐっと俯いた。

日に当たらない首筋が長めのショートカットの下から露わになって、
暗い部屋の中でシーツよりぬるい白が浮かび上がった。

「返さないで、ェ、ください。お願いします。百合子を、返さないでください」
951 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:27:07.69 ID:K4Cb2VjZo

気がつくと、男はベッドのはじに腰かけて、少年の髪を撫でていた。

「……提案があるんだ」

「提案」

顔を上げたのを掬いあげる。

首を絞められると思ったのか、慌てて男の手首に細い指が巻き付いた。

「君は……もうすぐ男性じゃなくなる」

「知ってる」

「そうしたら何になるんだ?」

まつ毛が悲しそうに瞬いた。

「何?」

「女じゃない。男じゃない。君は成長してもきっとどちらにもなれないようになるだろうね」

薄く唇が笑う。
子どもの顔じゃない、そう思った。

何もかも辛いことを呑みこんだ時に出る顔だ。

「誰も君のことを愛さなくなるんだよ。それが彼女の注文だから」

悲しい?

そう尋ねると、僅かに首をかしいだ。

「もォ、俺のこと好きな奴なンざ、最初からいねェから……」

「じゃあ契約をしよう」

ゆるりと瞬きをしてから、また少年は鸚鵡返しをする。

「君が大きくなったら、僕のところに来る?」

瞼がいっぱいに見開かれた。

唇はアの形に開かれ、しばらくして悲しそうに引き結ばれた。

「オマエは……」

「先生」

「先生は、百合子を痛めつけるか?」

「わからない」
952 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:27:34.48 ID:K4Cb2VjZo

正直な気持ちだった。

「アレより、酷いか?」

隣の部屋の方に視線を向けて、少年は続けた。

「わからない。でも、殺さないし、治してあげる」

「治……」

部屋の時計の秒針が二周りする間、どちらも何も言わなかった。

「百合子が好きか?」

「う……ん? 多分、いや、どうだろうか」

限りなく最低にほど近い解答は、その分正解にも近い素直なものだった。
彼にはこの子どもに虚栄を張る必要が無い。

成長しても未完全なままでいてくれる人間なら、自分にも愛せるようになるのだろうか。

「わかった」

「え?」

考え事に埋没しかけた男の頭はやや目眩を覚えた。

「何を?」

「ここにくる」

鳩尾になにか違和感を感じて、男は胸の辺りを押さえた。

「ここに?」

何もかも、内臓ごと吐き出したくなるような動悸。
喉が詰まってそれ以上続けられない。

「くる。から、百合子を、それまで、治して」

安定しない一人称を不器用に使う子どもを男は抱きしめた。

「……ああ、ああ! 治してあげるよ」

「約束」

指を絡めるだけでは足りなくて、小さな手のひらを握りこんだ。
953 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:28:05.35 ID:K4Cb2VjZo

「じゃあ、君はもう僕に対してどういう風にすればいいかわかるね」

「は、い……」

喉から絞り出すようにそう言って、辛そうに少年は項垂れた。
毎日洗ってやったおかげで絡まなくなった髪がさらさら零れる。

「いい子だね」

撫でると、逃げるように指から落ちていく髪を追いかけて、ぐっと握る。

痛そうに顔を歪めて、無理に上向かされたまま、視界の端に男を捉える。
飴色の瞳に映った自分が随分嬉しそうな顔をしていることに男は少し怯えた。

僕はそんなに餓えていたか。

白衣の袖を引かれて、僅かに思考を引きもどす。

「返すか? 俺を」

「そう……一度帰らなきゃ。手術が全部終わったら、彼女も満足する」

一瞬だけ絶望的な目をして、シーツに握り締めたような皺を作った。

「それまで?」

「そうしたら、うちにおいで。そうしたら」

そうしたら、どうなるだろうか。

男は柔らかく膝の上に乗せた小さな体を抱きしめた。

「そうしたら……」

僕のものだ。

「は、ィ……」

少年が、口の中で謝罪のような言葉を呟いたのに、男は気付けなかった。

「ごめン。百合子」

部屋の中に返事をしてくれるものはいなかった。
954 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:28:32.69 ID:K4Cb2VjZo











百合子が退院したら着せてやろう。
そんなことを思って、気を紛らそうと買った服だった。

似合うかしら。

待っていろと言われた隣の部屋は妙に寒々としたリビングだった。

そこで眠れそうなほど大きなソファーと、ラグを敷いた床にロ―テーブル。
その上に包帯やテープがころころ転がっているのが妙に病院を意識させる。

隅の方には何だかわからない黒いボストンバッグが二つ投げ出したように置いてあり、
ゆったりとした室内のなかで安っぽく無骨な印象を投げかけている。

テレビやコンポのような娯楽はなかった。雑誌の一つも置いていない部屋だ。
テーブルの角にきちりと折りたたまれた今朝の朝刊だけがそっと乗せられている。

ソファーに腰かけた時に丁度目につく場所、普通ならテレビでも置いてある場所には
彼女の腰のあたりまである脚立が一台、広げたままに置いてあった。

「変なの……」

脚立の下には荷物を梱包するような白いビニールの紐が、うじゃうじゃとのたうっていた。

新聞でもまとめたのかしら。
あの男がそんな日常的な仕草をするなんて、なんだか奇妙だった。

なんとなくソファーに座る気になれなかった。
脚立の天板にそっと指を触れると、痺れるほど冷たく冷え切っている。

「何かありましたか?」

「ひっ」

予想よりもずっと近くでその声は聞こえた。

「済みました。今着替えさせていますから」

そう言った男との間はたった3歩分ほどだった。
ドアの開く音すらさせなかった癖に、男の顔は少し青ざめて見えた。

着た切りの白衣の照り返しかもしれなかった。
955 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:29:15.05 ID:K4Cb2VjZo

ベッドの隅に腰かけて口元を拭っている百合子は先ほどまでの前合わせの服ではない。
しっかりと、女の選んだ服を身に着けている。

脱ぎ捨てられたものを見るに、大人用の病衣の上を着せられていたようだった。
検査衣みたいなものだ。

もってきた服は彼女の思った通り、見かけだけならよく似合った。

「あ、」

呆然とドアを開けた彼女を振り返った百合子は、困ったように、へら、と笑った。

薄い緑のブラウスと、黒のニットベスト。ベージュのキュロットスカートは短い。
そこから突き出した細すぎる両足に紺のハイソックスを穿かされている。

「百合子、帰ろう?」

「か、える、、、」

「ね、お母さんと。ほら」

寒いだろう、と別に持っていたコートを差し出すと、百合子は僅かに困ったような顔をした。

着せてやろうと広げられたコートに対して、受け取ろうとおずおず手を伸ばす。

普通の子どもの挙動に一致しない戸惑いや迷いの仕草。
「コートを着せかけられる」という状況にまごつく指先が、おずおずと袖に腕を通した。

この年頃なら自分から背を向けて「着せて」と言ってもいいはずだった。
勿論、女はそんなことに気付かない。ふりをしている。

「あんたが居なくてさびしかったわ」

「あ、あの、、、ごめンなさい」

そうだ。

「お母さんを置いて行っちゃダメ。いいわね?」

「お、いてく、」

「ね?」

「ン、、、はい、ごめンなさい」

そうだ、これでいいんだ。
女はようやく自尊心がゆるゆる戻ってくるのを知覚した。
956 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:29:44.49 ID:K4Cb2VjZo

百合子の申し訳なさそうな笑顔は見ていると張り倒したくような表情だったが、
その態度は女を満足させるものだった。

ようやく世界が正常な状態に戻ったのだ、と女は思う。

「じゃあ帰ろう?」

「、はい」

ボタンを留めてやりながら首を傾ぐと、百合子は空咳を一つして、素直に頷いた。

その少し薄い色の瞳が自分の頭越しに背後の医者をおずおず見上げるのがわかった。
すこしだけ優越感を得る。

百合子は私のなのよ。

いくらここに置いておいても、それだけは変わらないのよ。
百合子が好きなのは私だけで、あんたは私みたいにすることはできないのよ。

見せつけるように手を引いて、女は階段を下りた。
横に座らせて消毒の手順や抜糸の時期について相談した。

「いいですか、絶対に怪我をさせないでくださいね」

「わかってます! それじゃ私がしょっちゅう怪我をさせているみたいじゃありませんか?」

ぎゅっと百合子の手のひらを握りこむ。

「ン、」

肩を震わせて、百合子は大人しく女を見上げた。

「ね?」

「、あ、、、はい」

薄い色の瞳がつ、と医者の男の方に滑った。

「百合子」

「あ、」

耳を摘まんでやると、それは女の方に怯えた色を乗せて戻ってくる。

「は、、、い」

それでいい。
そんな男に目をくれる必要はない。
957 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:30:15.09 ID:K4Cb2VjZo

「お薬の話は分かりました。どうもお世話になりまして」

向き直って頭を下げると、女は即座に腰を上げた。

「あ……」

手を引かれた百合子が一瞬男の上げた声に目を向けかける。
しかし、母親の感情に敏感な生き物は、学習した通り男に瞳を逸らすことをしなかった。

「あ、あの……!」

強く肘を引かれて、女はくらりとバランスを崩す。

「きゃ」

「次の、診察は消毒もありますから。五日後に……」

奇妙に必死な男がこの子どもを欲しがっているのはなんとなく察せた。
だから女は黒髪を肩の後ろに打ち流して、顎を挑戦的に持ち上げた。

「一週間後というお話でした」

「しかし、あの……良くないんです」

「だめです。家での消毒を増やしますから大丈夫ですし、五日後は予定が合わないわ」

「だったら!」

ヒステリックに上ずったあとで、男は短く呼吸した。

「でしたら退院は認められません」

その僅かな時間で何かを取り戻したように、目の前の男は医者に戻ってしまう。

「私は依頼主よ」

「私は医者です」

らちが明かない。
だから女は、一番残酷で容赦のない手を使うことにした。

「百合子も一週間後が良いわよね? おうちに帰りたいでしょ?」

「う、」

ギクリと手の中に握りこんだ細い指が震えた。
じとりと手のひらに汗を滲ませる。
958 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:30:41.37 ID:K4Cb2VjZo

長年痛めつけられ方と従い方を仕込まれた小さな生き物は、
ほんの少しだけ、何か縋るものを探すような目つきをする。

「う、ン」

弱弱しく、首は縦に振られた。

やった。
女の心の中の最も重い色をしたあたりが、じわっと滲みだして愉悦感を煽る。

「じゃあ先生にお願いして?」

面喰ったような悲しげな表情を見せた後で、ゆっくりと百合子は男に向き直った。

「は、、、ぼく、かえる、、、ほうがいィ、です」

「……そう。そうだね」

「ご、っご、めンなさ、、、」

ゆっくりと動いた男の手に反応して、首をすくめて腕で頭をかばう。

「いいんだよ」

「あっ、ゥ、く、」

女のそれより大きな手のひらが、そっと丸い頭蓋骨にそって髪を梳いた。

日に当たらないせいで生白く、女性のようになめらかな指と丸い爪が耳の辺りを撫でる。

「……いいんだ」

ぬめるような声に、女の背筋がさっと何か良くない物を感じ取った。

触らないでほしい。
やめてほしい。

女の脳に、いつだかの誰かの影がふっとよぎる。

                                            「しないの?」

目の前で医者の指に絡む薄い色の髪が、遠い日の陰に揺れる。

「あ」

女の声にビクリと反応した指は名残惜しそうに髪をすくった。
そそくさと白衣のポケットに戻って行く。

「……わかりました。くれぐれもお大事に」

「はい……」

胸の底にさざ波を感じながら、女は言う。
午後のゆるやかな室内で、影になった部分がざわりと肥大したような気がした。

「百合子くん、またね」

「ひ、ッ、、、は、、はい」

ひらりと手を振った男の姿が、百合子の最後に見た白衣の男の姿になった。
959 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:31:13.11 ID:K4Cb2VjZo











自宅に戻るまでのタクシーは、女にとってじつにのろく感じられた。

アパートの階段を子どもの手を引き、ほとんど引き摺るようにして駆けあがり、
ドアの内側に滑り込むと、彼女はしっかりと細くて小柄な体を抱きしめる。

ひ、と短く細い悲鳴を上げて、百合子は体を硬直させた。
寒さに耐えかねた時のように震えあがり、しゃくりあげる。

「あ、ァ、、、ごめっ、ンなさい、あの、、、あ、っ」

「百合子、おかえり」

「ふ、、、」

ぎゅっと抱きしめたまま髪を撫でてやると、ほんの少し腕の中の体から硬度が失われる。

「、っ」

百合子が耳元で何事か言おうと息を詰まらせたのが女にはわかった。

早く「ただいま」と言って欲しかった。
あんな陰気な病院よりも家の方が好きだ、と言わせたかった。
ずっとそばにいると約束させたかった。

「……百合子?」

「は、はい」

そっと引き離すと、怯えた様子で胸の前に腕を引き上げている。
自衛と拒絶のポーズだが、それを読み解けるほど賢い女ではない。

どうして「ただいま」って言ってくれないのかしら。

女の心の中は珍しく澄んでいた。そこに、不満が一滴の墨を垂らしたように靄をかける。

彼女は敢えてそれを無視した。
960 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:31:34.64 ID:K4Cb2VjZo

「百合子? どうしたの? おうちに帰ってきた時は何て言うの?」

「え、うっ、、、ごめ、ごめンなさい、、、」

ポトリ、と、また墨が落ちる。

「ごめンなさい、、、ごめンなさい、」

「ねえ、百合子」

「ひ、っェ、」

ポト。

ぞわり、と黒いものが湧いた。

女の眉間にしわが寄る。
それを敏感に察知した百合子の肩が強張る。
それが、また気に入らない。

「ね?」

「う、」

知らないのだ。
「おかえり」なんて言葉は知らない。

公園から帰った時は怒号と共に引き摺りこまれるのだ。
「おかえり」も「ただいま」も、百合子の頭の中だけの知識なのだから。

「ごめ、」

「もう、いいわ」

ため息とともに伸ばされた手に、百合子は堅く目を閉じた。

しかし、予感していた殴打はなく、静かに髪を梳かれて抱きしめられた。

「ン、、、」

「ただいまっていいなさい。百合子、おかえり」

「た、たァいま、、おかァさン、、、」

ぐっと抱きしめると、腕の中の骨の浮いた体が少しだけ柔らかく受け止め返した。

腹の底の方に眠っていた耳かき一杯ほどの母性本能が女の体いっぱいに膨れた。
百合子は私のものだ。

だったら退院まで耐えておくべきだった。女がそれに気付くのは、もっとずっと後のことだ。

女はまだ知らない。

だから。
961 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:32:10.48 ID:K4Cb2VjZo

「百合子、お風呂に入ろうか」

寄せた首筋から臭った、病人特有の体拭きの薬品と消毒の臭いに、女はそう手をひく。

「おふろ」

「お母さんと。ね。手術したんでしょう?」

「ン」

首を傾げる子どもの靴を脱がせて、風呂場に連れて行った。

「はい、ボタン外すわよ」

黒のニットベストをゆっくりと脱がしにかかる。
頭をくぐらせようと裾を上げると、百合子は僅かに首を振った。

「う、や、、、」

「お風呂嫌なの?」

うん、とも、ううん、とも取れるようなかすかな声が上がった。
薄いグリーンのブラウスの襟元を握り絞めて、くっと顎を引き、女を見上げる。

「綺麗にしないと、退院したから傷が悪くなったなんてお母さんが怒られるのよ」

「き、きたない、の」

絞り出すように、百合子はそれだけ口にした。

汚いのだ。
百合子の体は。

「そうよ」

傷まみれで、痩せて細り、奇妙に白く。
そげた古傷の肉が凹み、新しい縫い傷が横切る。
放置されていた時垢じみたままほっておかれたせいで、肉のよったところが爛れていた。

「だから、綺麗に洗わないといけないの」

「でも、、、」

だれかが指で一本一本辿った傷痕は醜い。
だれかが開いて縫い合わせた傷はまだ肉が上がってこないまま。

「いいから、はい」
962 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:32:31.78 ID:K4Cb2VjZo

「いっ、、、や、、、」

手早く手を解かせて、女は傷の具合を見ようと服をまくりあげる。

「えっ?」

肋骨のなだらかに浮いた百合子の腹には、何かぬめるような液体がこびりついていた。

「いや、やめて、、、ごめ、ごめンなさ、」

頭をかばうように両腕を上げた。
そのせいで、シャツの中に籠っていた特有の生臭さが女の鼻先をこする。

「えっ、え? いっ?」

「ごめンなさいっ、いやだ、あれはやだっ、やだ、」

ぐるぐると嫌なものが女の中で形作られた。

そして、何より早く彼女の右腕が腹に精液を塗りつけられた子どもの顔を張り飛ばした。

「いぎ、ィっ」

床にビタンと叩きつけられ、虫のように腹を丸める。

かたく左目と口元を押さえて、引きつけのようにしゃくりあげる生き物だ。

もう女はそれが自分の可愛い子どもなのだと思ってはいない。
この百合子は、いけないんだ。

「何? 何よ。おかしい、あんたおかしいんだわ。こんなの、気が、狂ってる……」

腹を蹴りあげられて、むずかるような呻き声を発した。

奥歯に指を噛ませて、食いしばって声を殺すやり方は、いつだって
女に殴られてうるさい泣き声をあげてしまわないための癖じみたことだ。

「、、ッい」

「なんでよ!!」

掴んで投げると、小さい体は女の細腕でも軽々と放ることができてしまった。

ぼろぼろになった押入れのふすまに肩をぶつけ、柱の角に脚を打った音。
そして畳に重い荷物を落としたような音が響いた。
963 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:33:05.77 ID:K4Cb2VjZo

「なんで? なんで? どうしてそんなことばっかり起きるのよ!」

震えるように頭を揺らす百合子の前髪を引いて起こす。
畳にもう一度叩きつけようとした、丁度その時だった。

  「うるさいっ!」

だん、と真隣の部屋から壁を叩きつけるような音と振動が走った。

熱いものを当てられたかのように女はそちらを振りかえる。
その頬に、窓から入った陽が当たる。
百合子はそっとまつ毛を上げて追いかけた。

取り繕った外見に似合わない悪態を漏らしながら、女は百合子の頬をもう一度張る。

「何じろじろ見ているのっ! まったくなんて子なの。気持ち悪い……」

「、、、」

「頭がおかしいんだわ。やっぱり頭がおかしいのよ。あの人のこどもだもの」

掴んだ前髪で引き摺って出窓程度のベランダに放る。

謝ろうとしたかったが、百合子にはどうにも動けなかった。
奥歯に噛ませたままの指はとっくに歯がきつく食い込んで、きりきりとした痛みがあった。

「死ね」

バン、と戸が跳ね返るほどに勢いよく閉められた。

女の手の動く具合で、百合子にはベランダに鍵をかけてあるのがわかる。
日が出ているとはいえ肌寒い戸外、ブラウスと薄いキュロット一枚だ。

隣や下の階の人間だったとしても、そのあまりの手際の良さと思いきりの良さに、
子どもが殴られているとはまさか思えないほどだろう。

女性が掃除でもして重いものを落としてしまった。
悪態をつき、ベランダに荷物を叩きだした。
そんな程度の間隔で、ごく日常に行われる行為だったが、今はただ一番にこたえた。

ずっと水に浸かっているなら、いつか慣れ始めるだろう。
肌が逆立って、肩を強張らせながらも中に立ち続けることができるだろう。

一旦ぬるま湯に使った後で浴びせられた冷水は今までのどんな冷たさよりも身にしみた。

痛みのためか寒さのためか、がくがくと体が震えた。

そっと左目を覆った手のひらを外してみる。
視界が皺を寄せたようにぼんやりとし、瞬きだけで痛みがある。
964 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:33:32.42 ID:K4Cb2VjZo

素直に手のひらで覆いなおして、暖を逃がさないよう脚を腹の方に引き上げて丸くなる。
ちょうど膝を抱えたまま横になるような形だ。
ベランダの雨に洗われた木目が頬に食い込む。

ふと、頭の上の方から戸をからりと開ける音がした。

まさか女がまた殴りに来たのか。
顔を上げるが、開いているのはベランダの柵の向こう側だった。

なんだ。
まだ寒いままなのか。

ぼうっと、見るともなしに隣の部屋の男性がこちらを眺めているのを見つめ返した。

「おい……」

ぼけた視界のせいで、男の表情は読みとれない。
少し迷うように首を傾げた後で、男は戸を開け放ったまま、ちょっと引っ込んだ。

ぐねぐねと、体の下がうねるように吐き気の波が寄せては引いた。

男はまたしばらくして顔を出し、観察するように百合子を眺めた。

そうして、百合子の横になった所に届くかどうか、という柵のぎりぎりに
湯のみを一つ、ことんと置いた。

慣れていない野良犬に餌を投げてやるように、恐々と震える指。
女がベランダの戸を開けないか、そわそわと監視しながら、
その男はそれを百合子の方に押しやった。

コンビニの安っぽいハンバーグ弁当を、がさがさとうるさいふくろから出す。
それも板張りのベランダに並ると、温めたばかりのように湯気がふやりと立ち上った。

箸をわざわざ割った。それらすべてを置いてやってから、男はそっと戸を閉め。
悲鳴を殺そうと奥歯に噛ませたままの指を外しながら、百合子は思考をめぐらす。

一体だれが、ベランダまで食事を食べに来るんだろうか。

動物にやるのだろうか。

その動物もベランダに追い出されているんだろうか。

でもきっと、自分より賢いに違いない。食事を貰えているんだから。

「、、、いいな、ァ」

自分が誰からも愛されないことは知っていた。

軽い脳震盪と痺れるような疲れに、まぶたがゆるゆる重くなる。
痕がつくほど指を噛んでいた唇の端から、血の混じった唾液がつっと垂れた。
965 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:33:59.85 ID:K4Cb2VjZo











バチッ、とスイッチの入れ換わるような音がして、体がビクリと震えた。

「う、ゥ……!?」

思わず見開いた左目は酷い痛みを発した。
どこかにぶつけただろうか? いや、腹も痛い。我慢できないほどに。
だから切り替わったのだ。

風が強く吹いた。
寒い。もう日が暮れかけていた。ベランダ? あの女、またやったのか。

体をゆっくり起こすと、鈍い頭痛が重く取り巻いているのがわかった。
喉がからからに乾いている。

「み、ず……」

左目をきつく押さえた途端、目の前の重いガラス戸ががらりと開いた。

「っ、ひ!?」

ぼけた視界に、こちらを見下ろす女の影が見えた。

表情はどうだろう。わからない。
百合子ほど感情の機微に敏感にはなれなかった。つくりが違うのだ。
存在意義を別に持つ生き物が同居しているせいで、差がくっきりと線になる。

「ァ……」

「反省したの?」

何のことだろう。何でもないのかもしれない。
とにかく首を大人しく縦に振った。

「あんたが悪いのね?」

肯定。

「お母さんがきらいなの?」

否定。

これくらいなら簡単だ。自分でもなんとかできるかもしれない。
とにかくこれ以上体を損傷しないことが必要だ。首を動かすたびに目と耳の奥が痛んだ。
966 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:34:26.70 ID:K4Cb2VjZo

入りなさい、と言われて這って中に滑り込む。
毛羽だった古い畳は、それでもベランダの板張りより余程柔らかで暖かかった。

何も言われなかったことにほっと息をつく。
夕日の届かない部屋の隅の暗がりで邪魔にならないように膝をかかえた。

ため息をつきながら女は髪をかきあげ、アイロン台の前に腰を下ろした。

「それで?」

手仕事の最中だったのか。
灰皿に置いたままの吸いさしの煙草をくわえて、女は視線だけを部屋の隅にやった。

「どういうことなのか言いなさい」

薄い女物のブラウスに、しゅう、とスチームアイロンが霧をふく。

クリーニングに出す程の金はない。
服のことは、ただの女の自己満足だ。

重い年代物のアイロンを乗せると、柔らかな音と共に蒸気が上がった。

「……ど、う、いう?」

「だから、あれよ!」

だん、とアイロンを台に叩きつける。

「っ、」

何のことだ。
視界がちかちかと揺れる。

考えろ、考えろ。
何かしたんだ。百合子が、俺が?

左目をきつく押さえる手に汗が浮く。

無理だった。

今がいつだか、わからない。
あの病室で医者と約束をしてから、何時間たった? ひょっとすると、何日?

服は同じものだが、あてにならない。
説明しろと言われていることが自分の知っていることなのかそうでないのかも、わからな

い。

クソっ、起きろ、百合子。百合子? オマエが起きねェと、

「どういうことかって聞いてるのよ! このグズッ!」

「あ゛っ!?」
967 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:34:54.23 ID:K4Cb2VjZo

吸いさしの煙草が投げつけられる。払いのけようとしたむき出しの腕に当たった。
小さな爆発でも起きたかというほどの熱さが襲いかかる。

「――っ、づ、ァ……」

「うるさいっ!」

怒鳴りつける声はどこか抑えたようで、女は肩越しに一瞬だけ隣の部屋の方を見やった。

「静かにしてなさい」

百合子なら、指を奥歯に噛ませて声を殺すやり方を知っている。
百合子なら。

「い、ッ、……」

「何なのよ、あれは」

吸い殻の当たった痕をそろそろと舐める子どもに向かって、女はそう聞き返した。

やすりでもかけられたかのようにひりつく肌を冷ます唾液も出てこない。
声を出そうにも、乾いて張り付いた喉が酷く痛んだ。

頭が痛い。
干上がりそうだった。

「み、」

「早くっ!」

出来うる限り下手に出ようと、薄い色の髪を畳に擦りつけるようにした。

「水、ください……おれ、声、あの……しゃべれ」

「……っ、あああああ! あんたは!」

「いッ!」

今度は吸い殻の乗ったままの灰皿が投げつけられた。
熱くもなく、安物の軽いものだったが灰まみれになって吸い込んだために、ひどくむせた。

「馬鹿! 今、何を聞かれているかもわからないのね!?」

髪を掴んで引き起こすと、左右に何度も頬を張った。
皮の柔らかい子どもだから、頬の内側を歯で切った。
血の混じった粘度の高い唾液が泡になって伝う。

「い、だいッ! いィ……や、いだいいいいいィィィ――っ!!」

「うるさいっ!」
968 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:35:20.81 ID:K4Cb2VjZo

畳に口と鼻を塞ぐように押し付け、女は荒い息をついた。

「あんたがいけないんだわ。聞いたことあるもの。馬鹿はうつるの。遺伝するの」

ヒステリックに髪をかきむしりながら、女は続けた。
指に絡んで髪が数本抜けていく。

「あの人の子どもだもん! もうだめなんだ! あんたの頭がだめなのよ!」

うつ伏せに組みふせて、シャツをまくりあげる。

「ひ、」

「だから! こういうことになるんでしょ!? あんたの頭がゆるいからっ!」

「ち、ちが……ぶっ、」

そのことだったのか。

体を押さえつけられて息も満足にできない中で、頭の中だけが勝手に筋書きを組み立て

る。

これを怒られているんだ。

病室で医者に首を絞められながら塗りつけられたもののせいで。
あいつのせいだ。あいつのせいなんだ。

百合子は悪くないのに。

苦しくて勝手に切り替わってしまった、俺が、一番悪いのに。

「思い知らなきゃいけないのっ! あんたが、自分で頭がおかしいって!」

「ぢが、」

「だからっ」

しゅうう、と柔らかい蒸気の音が立ち上った。

「ひッ!? が、」

刺さった、と思った。

直感的に走った痛みは背中の上の方から真直ぐに中に突き通って、
そのあと鈍くて恐ろしくきつい痛みがのろのろと溢れるように皮膚の上を広がった。

「あ゛あ゛ァ、あああああァァァ――! あい゛、ぎひっ!? い゛やァァあ゛あああああああ――!!」

ぶぢぢ、と、薄いビニールをあぶった時のように皮膚が縮みあがった。

「だめなの! 私が、なんとかしないと、あんたあの人みたいになっちゃうじゃない!」

皮下脂肪などほとんどないような背中に、肩甲骨の真上から。
年代物のスチームアイロンが薄い皮膚を焼いて、奇妙に嗅いだことのある臭いを発した。
969 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:35:48.20 ID:K4Cb2VjZo

全身が悪い熱病のときのように震えて、脂汗が噴出した。

古傷があっても、まだなめらかに隆起していたはずの背中が
まるでむしり取られたかのように爛れて溶けていた。

「かは……」

息をしても痛い。瞬きをしても痛い。
もう限界だ、そう思った。

無理に叫んだせいで喉が痛かった。

全身が氷漬けのように震えて、熱くて、寒い。
干上がったように体が重くなって、ただの泥が詰まっているような気になる。

「わかった? 百合子。わかったの!?」

「い、や……」

「わかったの!?」

前髪を引き上げられても、焦点が合わない。
それとも涙で膜が張っているのか。

「みず、」

考えていたことが、ぽろりと唇から漏れだした。

「……わからないのね、まだ。馬鹿が抜けてないんだわ」

女は荷物でも運ぶようなぎこちない手つきで子どもの体を抱え上げた。

「い、や、だァ……っ! いだい、ィ、だ……っ!?」

「足りないの」

浴室のタイルに叩きつけられて、後頭部の髪を握られた。

安いアパートの浴室だ。
追いだきなどの機能はないから、湯は冷めきって、ただの水になっていた。

水に鼻先がつくほど後頭部を押しつけられて呼吸がはやる。

「ひっ、い、……いい、ィ、嫌、ァだっ……!」

「息を吐きなさい」

「やっ、」

女の膝が先ほど焼かれた背中を蹴った。

「痛あ゛、あうぶっ……!!」

悲鳴で呼吸を吐ききって、沈められた鼻と口から、冷たい水が流れ込んだ。
970 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:36:30.34 ID:K4Cb2VjZo











尋常でない痛みと苦しさに目を開けると、まぶたの内側に冷たい水が侵入してきた。

何?
何が起きてるの?

「ひィ゛っ、、、」

呻くように肩を持ち上げると髪を掴んで引き上げられる。

「わかったの? 百合子、わかった?」

わかるわけがなかった。
それでも百合子は咳込みながら必死に頷いた。

「あ゛、あ゛ィっ、あ゛がっだ、わがぢまィたっ、、、」

鼻から入った水のせいで生理的な涙がとまらなかった。
終わりのない痛みと苦しみで、胸がつぶれそうになる。

「……それで?」

不満そうな女の声に、百合子は飲みこんでしまった水を嘔吐しながら喘いだ。

「ぼくが、ごめンなさい、、、ぼく、わるいですっ、、、ごめンなさいっ、ごめ、」

「そうよね、あんたが悪いんだよね」

「そ、そォです、ぼく」

細い腕で支えきれなくて、タイルの床に転がった。

「わるい、ンです、ぼく、が、、、」

「そうよ。あんたとあの人が悪いのよ!」

「ン、、、ン、」

がくがくと頷いた。
そして、女のつま先にそっと指を乗せた。

「わるく、ない、です、おかァさン、、、」
971 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:37:08.42 ID:K4Cb2VjZo

「……やめてよ」

女の顔が歪んだ気配がした。見えないから、そんな気がしただけだ。

足りないんだ。
謝るのが、慰めるのが足りないから、やめろなんていうんだ。

「う、ごめ、げ、ほっ、ごめンなさいっ、、、」

「やめて……!」

喉が勝手にしゃくりあげた。
嘔吐して、鼻からぼたぼたと逆流する水が流れた。

「ごめンなさい、ごめンなさいっ、ぼくが、わる、わるいンです、ねえ、ごめ」

逃げるように引いて行った足首を掴んで、包み込むように腹の柔らかい所で温めた。
冷たいタイルの上で冷え切った女の足に子どもの体温が染み込んでいく。

「ぼく、、、もうきらいに、、、なン、ないでェ、、、」

「……、や、いやっ!」

虫でも這ったかのように、女はそれを振り払った。
振り払われて痛めた背中が浴槽の縁に強かにぶつかる。

「あう゛、っ、」

唇を噛んで悲鳴を呑むような子どもにむかって、もう1人は髪を乱してつかみかかった。

「そんなこと言って、また酷いことをするんだ! あんたも、結局あの人と同じなの!」

細い女の指が、細い子どもの首にかかる。

「ひぐっ、」

苦しさよりも、圧迫感を覚えた。
血が下がっていかない。口の中で舌が膨れて、脳がいっぱいにはちきれそうになる。

「私なんか、私が、奥さんだって言ったじゃないの! あんたは……!」

「か、、、あ、っ、やべ、で、、、」

ど、ど、と耳の傍で血管が暴れる音が聞こえる。
逃げ場がなくなった血液がごんごんと周りの肉を叩く。

「あ゛、や゛、、、ァ、」

唾液が泡になって口の端に滲む。
972 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:37:34.57 ID:K4Cb2VjZo

「さ、わ、、、、」

「うるさいぃいいっ! もっ、もう、言わないで!」

「あがッ、」

首に巻きついていた指がビクビクとはねた。

巻きつくように爪を立てていた指をまとめる。
両手の親指の付け根を重ねて、細い喉の上を強く締める。

「もう聞きたくないのよもう、もういいのよ、いいんだから……!」

「さ、」

部屋の方から西日がゆるゆる差し込んだ。
近くを通る線路の上を、通勤快速が小気味よいリズムの騒音を立てて駆け抜ける。

浴室の窓がカタカタとほんの少し揺れた。

「愛してくれないじゃない!」

「ちが、、、」

「愛してくれないなら、いらないじゃない!」

「、」

鼻の奥に、ずきりと痛みを感じた。
生理的な涙に、もう一つ別の色の涙が混じる。

「あんたなんて!」

「や、、」

言わないで、と言いたかったのかもしれない。

「もういらないんだよっ!!」

「、っ、、、や、、、」

大粒の涙が天井を向いた百合子の目尻から両脇に流れて、小さな耳の縁に溜まった。

どうしてだろう。

どうして自分はこの女に愛してもらえないんだろう。

どうして誰にも愛されないんだろう。
973 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:38:14.10 ID:K4Cb2VjZo

溶かした飴が引き延ばされるように、その一瞬は思考の中で非常な長さに感じられた。

罰なんだ。

そう百合子は思う。

瞬き一つする間にも満たない間にそれほどのことを思うのは、もしかしたら
百合子の脳には死の直前にふさわしい走馬灯がなかったからなのかもしれない。

言葉をそれほど知らないために、むしろ言葉にならない部分に百合子を深く埋没できた。

話せと言われてもできないだろう、そういう吹けば飛ぶような細かなものが集まって、
ぐるぐると回転する一つの円をつくっていく。

走馬灯の代わりに、それは長く長い思考の時間になって、悲しみと絶望で全身を苛んだ。

罰だ。
これは。

きっと自分は何かとんでもなく悪いことをしてしまったんだ。

それか、これからしてしまうのかもしれない。

それは誰かを傷つけたり、泣かせたりすることかもしれない。
もしかしたら今自分がされているように、誰かを片手間に甚振り、殺してしまうのかも。

何かとんでもなく過去に、もしくは未来に、自分が犯してしまった罪を、今償っているんだ。

だったら、この人はきっと悪くない。
きっと仕方ないんだ。

でも、いやだ。

そんなのはいやだ。

誰にも好きになってもらえないのは嫌だ。

誰にも愛されなくなったら、「死んで」しまう。

誰でも良いから。
一人でもいいから。

愛してほしい。
好きになってほしい。
名前を呼んで、隣に座ってほしい。

笑いかけて欲しかった。

そのためなら何でもする。何にだって耐えられる。
叩かれても、焼かれても、内臓を抉られても、体を切り取られたってかまわないのに。

「いらない」

僕は愛していたのに。

それが、一番残酷な言葉だった。
974 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:38:40.60 ID:K4Cb2VjZo

「ィ、や、、、」

「あんたなんて!」

耳の縁に溜まった涙は冷え切っていた。
その奥で、ざあ、ざあ、と血が巡る。

頭が重い。爆発してしまいそうだ。
心臓の鼓動がいつもの三倍あるのではないかというほど逸った。

「や、、、だ、」

ど、ど、ど、ざあ、ざあ、ざあ、一定のリズムが鼓膜を中から叩く。

「おか、ァ、さ」

女の手首を、子どもの小さな手のひらがぎゅうと握り締めた。

「やめ、」

「やめなさいっ! 汚い! あんた汚いのっ! もう、……」

「あ、」

「……いらないっ!!」

ぶづ。

頭の中で、圧力のかけられ過ぎた細い管が弾ける音が聞こえた。

「あ゛、」

血液が緩やかに脳の神経細胞を押しのけ、そこに溜まって固まるための準備を始める。

ぴちぷつと頭の中で何かの改変が行われていく。

「や、さ、、、」

世界は、聞きたくない音と、見たくないもので満ちている。

だったら、もう

「さ、さわらないで、、、ッ。」

何もかも、自分に干渉しないでほしい。

ばつん。

「いぎ!?」

女の口から、棒に打たれた犬のような悲鳴が漏れた。
膨らましたガムが弾けるような地味な音と共に、女の重い体が上からなくなった。
975 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:39:07.05 ID:K4Cb2VjZo

締めつけるもののなくなった喉に咳ききって空気を流し込む。
肩で息をつきながら、百合子ははらはら涙を零した。

「死ぬ」んだ。

もう、誰からも、自分は必要とされていない。
愛されていない。
好きにはなってもらえない。

きっと。
ずっと。

「う、……く? いひっ……!?」

女の体は、タイルの上に伸びていた。

いつも自分がそうなっているように、同じように。
今は女がそこに打ちのめされて横たわっていた。

タイルにうつぶせた頭を小刻みに震わせている。
首を絞めていた両手は、袖の中にしまっているのか、そこから先が見えなかった。

代わりに、なんだろうか。浴室中に、赤と、薄黄色と、ピンクのかけらが散らばっている。

黴だろうか。
ゴミだろうか。

あまり、綺麗なものには見えなかった。
そっと百合子はシャワーのコックをひねる。

横たわったままの女の体に、暖かいシャワーがかかり、汚れた何かを洗い流して行く。

「お、が、ァさン、、、」

伸ばしかけた指が彼女の頬に触れる前に、酷く安っぽい音がそれを邪魔をした。

「あ、、、っ、」

標準的なインターホンのベル音だ。
ドアが数回たたかれる。

  「もしもし? 隣のものですけど。今の音、何です?」

そのノックと男の声が、百合子の骨の奥の麻痺しかけた恐怖を呼び起こした。

「あ、あ、、、ッ」

部屋の中はすっかり暗い。

夜の忍び込んだ部屋で、百合子は濡れた服のまま痛む場所をあちこち押さえた。
976 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:39:37.33 ID:K4Cb2VjZo

どうしようか。
押入れにかくれようか。
ドアの外に男が居るから、そっちには行けない。

  「もしもし!? おい、ガキいるのか? おい! け、っ警察、呼ぶぞ、あんた!」

「ひ、」

頭の中に、パニックと恐怖心が渦巻く。

どうしよう。どうしよう。見つかったら、きっと叱られてしまう。

嫌だ。

誰にも、何もしてほしくない。

嫌いになられるくらいなら、いっそ無視して、いっそ無関心でいて。

「あ、ああァあ、、、や、どうし、、、あ、、、」

ぐるぐる、と頭の中に余計な思考ばかりが渦巻く。
手段は思い付かない。

狭い部屋の中だ。何もかも、隠れる場所など浅はかにすぎない。

  「くそ、カギ、管理人室か……おい! 開けろ! おい、大丈夫かよ!?」

がちゃ、とドアノブを揺する音に、知らず足が後ずさる。

怖い。

怖い、逃げたい。

追い詰められて、からからに干上がった口の中の唾液を呑みこむ。
締め上げられていた喉がずきずき痛んだ。

後ずさる背中に、冷たい窓ガラスが当たる。

「あ、、、」

夜だった。

低い建物の多い地域で、家はアパートの二階。
高い夜の空に一番星が見えた。

そっと窓の錠を回して開ける。
その間にも、背後ではドアノブを回したりドアを叩く音が背中を押し続ける。

夜風は、冷たくも温かくもなかった。
吹いていることは分かったが、肌を刺すような寒さも、髪を散らかされることもなかった。
977 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:40:03.90 ID:K4Cb2VjZo

ベランダから、下を覗く。
真下は掘り下げの乾いたどぶだ。

夜は黒く、その底を影に隠されて、下に何があるのか見てとることはできない。

もしかしたら昼間目にしていたあのどぶはなく、下はどこまでも底がないのかもしれない。

足のつかない地面をどこまでも落ちていくのだろうか。

とうとう、どこかから鍵を借りて来る、といって、男はドアの前を去った。
つまりもう時間がないのだ、ということらしい。

ベランダの柵は胸と腹の間くらいの高さだった。
エアコンの室外機をよじ登れば届きそうだ。

細い鉄柵の上で、誰からも愛されなかった百合子は部屋の中を振りかえった。

浴室の女は、まだそこから動かないつもりのようだった。
狭い浴室からふんわりとした湯気が漏れ出て、ざあざあというシャワーの音が聞こえた。

首を絞められた時に頭の中でなっている音に、よく、似ていた。

「ばいばい、」

御伽話のように、ふわりとはいかなかった。

がくんと急降下した肉体は一秒後に下の地面に横たわって啜り泣いていた。

それでも、真下の金属製の側溝蓋で打ってあらぬ方向に曲がった脚を引きずって、
百合子は夜の町に逃げ出した。

折れまがった裸足で。

引きはがされた、爛れた背中で。

きっと、きっと、誰にも見つかってはならないんだ。
そう百合子は思った。

自分はもうすぐ、「死んで」しまう。そういう生き物なのだ。
誰からも必要とされず。彼女に必要とされなくなったら。

死ぬ。

そう思ったとき、世界中のだれもから、百合子は接触を断とうと思った。
豊かな知識ではなかった。
いつもの公園の、狭い隙間からだけ入れる遊具の中に閉じこもった。

死期を悟った猫は姿を隠すと言う。
あれは傷ついているときに敵に襲われないように、隠れて怪我を直したがるからだ。
そして、治せずに力尽きてしまう。
978 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:41:01.90 ID:K4Cb2VjZo











死期を悟った猫は姿を隠すと言う。

あれは傷ついているときに敵に襲われないように、隠れて怪我を直したがるからだ。
そして、治せずに力尽きてしまう。

百合子は純粋に死に場所を探していた。

全身のどこからともなく、血が流れ出していることは知っていた。
もう、手先の感覚が痺れてなくなりかけていた。

眠りたかった。
休みたかった。

体よりも心がぼろぼろにすりきれてなくなりかけていた。
胸から鳩尾にかけて、差し込むような痛みがあった。

心臓が痛いのではない。
もっと原始的なことだ。

狭い遊具内で丁寧に、シーツでも整える手つきで小石を避けた。
治すのではない。
百合子には、もうそこまでの気持ちなどない。

全ての人間が怖かった。

誰にも会いたくない。
誰にも触られたくない。

もうすぐ百合子の生きている意味も、亡くなる。

だから最後だ。

仰向けできちんと横になると、自然と腹の上で指を組んだ。

だんだんと意識が遠くなる中で、やっと、これで自分は死んでしまうんだろう。そう思えた。

ドーム上の遊具の天辺には、アスレチック風のネットが張ってあり、
それを透かして夜空が見えた。

半分に欠けた月がぽかりと浮かんでいるのを眺めて、それがだんだん涙で滲んだ。

これから7年。
百合子は暗い夜の遊具の底で、ずっと、ずっと死に続けた。
979 :とある一位の精神疾患 [sage saga !orz_res]:2011/12/29(木) 00:41:40.48 ID:K4Cb2VjZo











  「オマエのせいだよ」

うるさい。

  「否定しないンだね。じゃあ自分でもわかってンだ?」

違う。

  「わかってはいない? は、サイアクだよォ?」

うるさい。

  「最悪は肯定ね」

オマエだって、なにもできなかったじゃねェか。
俺は、

  「オマエはやった」

……そうだ、俺は、やった。

  「治してェ、って、医者に百合子の体を売りに行ってさァ? きゃは」

……

  「最後は結局、私が変わってやったンじゃン」

変わろうとは、

  「思ってなかったってンだろ? でも変わったンだよ。私に」

……

  「だンまりかよ……」



  「オマエが……! ちゃんと、してれば、」

……

  「オマエさえ、百合子を守れるような奴だったら」
980 :とある一位の精神疾患 [sage saga !orz_res]:2011/12/29(木) 00:42:06.94 ID:K4Cb2VjZo

                                 百合子は、一番最初の百合子で。
                           それから「我慢するためのスイッチ」だった。

                               百合子は何もかも耐える役割だった。

           そして、我慢ができなくなると、スイッチが切りかわって、俺になるのだ。

  「オマエが、そンなンじゃなけりゃ……!」

                こいつは、「セックスの暴力を我慢するためのスイッチ」だった。

                                         微細な問題だった。
                          外見はもやもやとして形になっていなかった。

                            俺のように百合子にそっくりでもなかった。
                              ただ、ゆるやかに女の体型をしていた。

  「オマエは……ど、して」

                                                 俺は、

  「どうして、戦えないんだ」

                           俺は、「甚振られるためのスイッチ」だった。

                       攻撃人格でも、守護するための人格でもなかった。

                       俺が存在した理由は、百合子を守ることではなく。
       ただ、あの女に暴力を与えられた時に泣きわめき、下手な謝罪で許しを乞い、
                足元に這いつくばってすすり泣くためだった。それだけだった。

                               どうしてそうなってしまったんだろう。

                      勿論、それが一番強い百合子の望みだったからだ。

        自分の体を守ることよりも、女から与えられる愛情をどれだけ多くできるか。
                            それが、百合子の生きる理由だったから。
                            そういうふうに、育てられていたのだった。

  「なンでだ! なンでオマエ、百合子のことを……!」

ごめン。

  「……私に言っても、百合子は」

百合子の、体は残ってる。
981 :とある一位の精神疾患 [sage saga !orz_res]:2011/12/29(木) 00:42:32.73 ID:K4Cb2VjZo

  「……」

百合子の人格は、わからねェ。
どこかにのこってるかもしれねェけど、わからねェ。

  「それじゃ、」

俺が、これから百合子の体を守る。

  「……」

俺が攻撃人格に、なる。

  「へェ」

やる、っつってンだよ。
ンな顔すンじゃねェ。

  「私に何をしろってンだよ?」

他の人格を殺す。

  「……」

人格がいくつもあると、俺と交代しちまうだろォが。
俺が全部うまくやる。

オマエらは……邪魔だ。

                           壁の奥の監獄の中身がざわざわと動いた。

俺がやる。

  「私は?」

俺がもし、スイッチの切り替えがあったら、オマエが出ろ。

  「……セックスする予定があンの?」

違ェよ、クソッタレ。
他のやつより、オマエが一番俺に近い。痛めつけられる人格だかンな。

  「へェ」
982 :とある一位の精神疾患 [sage saga !orz_res]:2011/12/29(木) 00:43:26.81 ID:K4Cb2VjZo

だからいいな。
オマエは最後まで殺さねェ。

  「違う」

あ?

  「最後はオマエだよ」

……

  「百合子を取り戻して、オマエが死ぬンだ」

そォ、だな。それで元通りだ。

  「それまでに、百合子が一人でも生きていけるように。
   もう誰も、百合子を傷つけようなンて思い付くことすらしねェくらい」

……

  「そォ、なれるンだろ?」

……あァ、する。

  「じゃあ、好きにやれよ」

あァ。

  「中には少し揺すれば自殺するようなのもいる」

あァ。

  「早く、死ねるといいなァ」

……あァ、俺も。





                     ざ。

      あ、                      ざざ 、

          ざ                                 ざあ、
                                      ざあ。

                 ざぁ                           ざ 。
        ざざ ー

                    ざざ、         ざ。


                ざ、


                                          ざ。


    ざ  ー                   ざぁ


                 ざ、       



        ざ     ーーーー     












                         ざざ。
983 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:43:53.33 ID:K4Cb2VjZo











「あ、もしもし? すみません、木原数多を出してくれませんか」

「虚空、といえばわかりますから。……ええ、お願いします」

「……やぁ数多くん。僕だよ、虚空。元気?」

「やっぱり? だよね。そういえばテレスは元気かな。術後どう?」

「よかった。まあ手術自体は成功してるに決まってるけれど。
 その後のケア次第では廃人だもんなぁ、全身爆発ってさ」

「酷いことするよね、あのじいさんも。僕嫌いだよ。小さい子を弄んで」

「うん? ……そんなこと言わないでよ、数多くん」

「僕だって……傷つくんだからね」

「そりゃね。周りにあれだけ監視がついてちゃ」

「あの……だって、手術中に、ヤるわけにもいかないでしょう?」

「テレスはかわいかったよ。
 でも僕、意識も戻らないような半死体犯して喜ぶ変態さんじゃないんだ」

「まさか、そんな! って、もしかしてまだ根に持ってるの?」

「被験体だっけ? もう利用価値なくなってたんだし、いいじゃないか。
 その前に実験で半身不随にしたの、君じゃない」

「ええ? なんで? 悪いことないじゃない」

「笑わせないでくれよ。それと、今日は別件で。子ども1人預かって欲しいってお話」

「あっちこっち大けが。……僕の子じゃないよ! そういうことじゃなくて、そうだなぁ」

「廃品回収?」

「うん、子どもなら何人いても困らなそうだし。……いや、生きてるよ?」

「ちょっと変わった症例で。もしかしたら数多くんの開発してる、あれかもね?」
984 :とある一位の精神疾患 [sage saga]:2011/12/29(木) 00:45:06.25 ID:K4Cb2VjZo

「流石に、数多くんも「木原」だね。好奇心旺盛って、僕は好きだよ」

「……酷い。別にそんな意味じゃないよ。それに今は数多くん嫌い」

「ね? だから、ほら悪い話じゃないじゃない」

「親は……しらない。色々あったの」

「殺してない」

「いや? 知らないけど」

「それ、知ってどうするの……数多くん、そういう話は君にも向いてないよ?」

「……ねえ、困らせないでくれよ」

「プレゼントみたいなもんだから、黙って受け取れよ。廃品だけど」

「……言うようになったよね。前よりずっと」

「……おい、黙ってろ」

「……クソガキ」

「ねぇ、誰も頼んでねぇんだよなぁ。オマエの反吐みてぇなお説教なんざ」

「聞こえなかったか? 俺が頼んでやったんだ。答えはハイで十分だろ」

「あぁ……金? 困ってるんだ。それでそんなメンス中のビッチみたいな怒り方するんだ」

「ああ、いいよ。数多くん。あげるよ、お小遣い」

「……君の研究は嫌いじゃないよ」

「でもテメェみてぇな育ちきったドグサレに興味はねぇからふざけんな」

「……だよねぇ! そんな心配するような性癖だったら殺してるよ!」

「俺の好物は、自分より何もかもすべてにおいて非力なガキだけだよ」

「……数多くんに言われちゃおしまいかな。……うん。明日搬送してく」

「ま、それまでアレが生きてるかどうかなんて、わかんないけど……」

「そう、うん、ごめん。……ゲログチャに、ヤり潰しちゃったから、さ……」
985 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/29(木) 00:45:44.96 ID:K4Cb2VjZo

はい、ここまでです。

ながかったです。
ありがとうございました。

これで今回の過去編はおしまい。
次から現代編に戻ります。

ついでなので、いまから次スレ立てて来るね!
986 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/29(木) 00:51:10.97 ID:K4Cb2VjZo
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1325087359/

新スレです。
以下は埋めちゃっても大丈夫だし、余ってたらなにかやります。
987 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 00:51:54.20 ID:wmWAYzCTo
乙です
次も楽しみにしてます!
988 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 01:11:39.62 ID:WYqAPBLW0
乙です!
ようやく辛い過去編が終わったと思ったらまだ修羅場続いてるんだよなこれ…
989 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 03:05:03.45 ID:zvsTqWwFo

言葉もでねぇわ…ゆりこちゃん…
990 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 10:26:23.08 ID:2aX/8L4xo
うぉお乙です
991 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 15:02:54.50 ID:STH53OEV0
一気にきてたあ
1マジ乙
992 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 16:38:39.90 ID:XGNK6/jao
乙。よかったけどレス見えなくするのはなんの意味が?
はじめ気づかなくてすごい戸惑った
携帯から見れないし出来ればやめて欲しい
993 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 18:53:30.91 ID:JJWU1ZwT0
>>1
>>984途中からあまたんかと思ったら…先生も
やっぱり木原なんだね…

話からして一方さんは原石ってことになるの?
994 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 19:34:40.49 ID:yFNG1yKwo


隣のおっさんがなんやかんやでいい奴だったな
百合子を幸せにしてやりてえ…
995 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/29(木) 23:19:49.20 ID:EaP+oruw0
最後は百合子ちゃんが幸せになってくれるといいな

木原先生やっぱ木原の人だ
996 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/30(金) 00:03:37.62 ID:EmyHFpJJ0
更新乙です。百合子の幸せを願うわ
997 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/30(金) 00:11:51.94 ID:CWQtSsm/0

百合子のこと幸せにしてあげたくてたまらない
998 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/30(金) 04:59:29.39 ID:OdcT4spX0
乙です
百合子をなでなでしてあげたいです・・・!
999 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/30(金) 08:47:20.54 ID:Q/iLnJ9S0
>>1000なら百合子が幸せになる
1000 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/30(金) 09:12:00.80 ID:YDDR5/2oo
>>1000ならハッピーエンド
1001 :1001 :Over 1000 Thread
     ,.ィ'",ィ    `' 、                 
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   !|       `‐、  ,.、 ',        
   ||,,,,_ ,  _,,,,,,  | |7}. ',     久々にわろうた  
   ||. ̄ ,'  ´ ̄   リ!|/  ',       げにいみじきすれのたつのも今はむかし 
   !.',  i,_っ     l!|   ヽ       
 . l ',  _,,_      | l    \   あたらしき人まいりこれりども 
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空腹で死にそう @ 2011/12/30(金) 09:06:07.32 ID:wnNcuNSDO
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【街から】流浪人達のエロゲ作るよ【街へ】 @ 2011/12/30(金) 05:38:37.25 ID:VKOKLHqJ0
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2012年だし沖縄から歩いて北海道まで行こうと思う @ 2011/12/30(金) 04:17:37.47 ID:0h0VzOHCo
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ここだけ全員焼き肉店(ドSな戦士とツッコみの勇者) @ 2011/12/30(金) 03:12:52.57 ID:Nj9MFsa+o
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新 世 紀 ク ラ シ ッ ク 終 わ っ た な ゲ リ オ ン @ 2011/12/30(金) 02:42:45.98
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