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女「十七年後につかまえて」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 01:17:27.96 ID:iISnDABAO
昼下がりの街を、僕は一人ぶらぶらと歩いている。

太陽から降る暖かな光、どこか甘さを含んだような風の匂いが街全体に春を運んでいる。

でも中には。

僕のように、心が寒いままにこの春を迎えている人も多いのではないだろうか。
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/11(月) 01:18:10.46 ID:Jb2751Rxo













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3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 01:24:02.91 ID:iISnDABAO
僕の場合は、職も決まらず昼間からこうして散歩をしているから……。

春の柔らかの日差しの中でも、こんな気持ちでは元気に歩く事は出来ない。

僕(……あの子、大学生かな。昼間から私服で出歩いて)

僕(あ、あのスーツ。新卒の子かな……嫌そうな顔して歩いてるなぁ)

僕(……可愛い人。今からデートかな、うらやましいなぁ)
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 01:29:49.38 ID:iISnDABAO
すれ違う人々を観察しては……。

僕(あのおじさん、元気ないな。スーツ着てないから、リストラでもされたのかな)

僕(……ぼーっとベンチに座ってる。学生服? 中学生、サボり?)

僕と似たように、気持ちが春を迎えていない人を見つけては一人でほくそ笑んでいた。

我ながら性格の悪い事だと思う。

僕(……歪んでる)
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 01:34:43.61 ID:iISnDABAO
僕「いつからかな……こんな風になったのは」

公園のベンチに座って、僕はそんな事を青空に投げ掛けた。

空がごうごうと鳴っている。

どこかで、飛行機が飛んでいるのだろうか。

僕「……はぁ」

その音も、今の僕には届かない。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 01:41:22.21 ID:iISnDABAO
僕は自分の事が嫌い。

大嫌いだ。

もっと切り詰めて言うと、自分の事を大事にする事が出来ないんだ。

自分を愛して、大切にする事が出来ない……。

と、以前友人に言われた気がする。

その友人も、今では社会人二年目の立派な大人だ。

……自分を愛する事が、いまだにわからない。

わからないから、僕は一人でこんな所にいるんだろうか。

考えたら、また嫌になってしまった。

空気が暖かいのが、なんだか余計にイライラした。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 01:47:55.51 ID:iISnDABAO
僕(また今日も堂々巡りだ……)

考えるのを放棄して、僕は腕を組み頭を垂らした。

少しだけ眠ろう。

時間なんていくらでもあるんだ。

そう思って、僕はゆっくりと目を閉じた。

瞼の向こうからは、柔らかい鳥の鳴き声や暖かい空気が流れる音が、なんとなく感じられた。

心は釈然としないが、体を撫でる風は気持ちよかった。

僕はそのまま、浅い眠りについた……。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 01:54:16.64 ID:iISnDABAO
「……え……ねえ」

……。

「ねえ、ねえってば……」

僕「ん……」

寝起きで頭がぼーっとしている。

そんな僕の耳元で声がして、肩が小さく揺れている。

僕(声……?)

女「あ」

ゆっくりと顔をあげると、ベンチに片膝をのせながら僕の肩を揺すっている……。

僕「女の……人?」

顔は見たことがない。

知り合いではなさそうだ。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 02:02:27.83 ID:iISnDABAO
女「起きた〜?」

小さな手が、キュッと僕の肩の辺りの服を掴んでいる。

先ほどからここを引っ張られていたらしい。

女「おはよう〜」

呑気に挨拶をする彼女。

見たところ、ニ十歳前後と言った感じだろうか。

体つきは華奢で、春らしく薄手のワンピースとスパッツをはいているのが見えた。

顔立ちもおとなしく、それでいてどこか大人らしさも含んだような。

女「おはよう」

彼女がニコッと笑い少し首を傾けると、 セミロングの髪がフッと小さく揺れた。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 02:07:47.72 ID:iISnDABAO
僕「……どちら様でしたっけ」

いくら可愛い子でも、如何せん初対面だ。

僕は彼女に素性を尋ねてみる事にした。

それが一番無難だろう。

女「ねえ、起きたんだからさ。遊ぼうよ」

僕「……」

返ってきたのは無難な挨拶でもなく、遊戯の誘いだった。

高校や大学で、一緒だった子だろうか?

僕「僕の事、知ってて誘ってる?」

女「ううん、知らないよ?」

返ってきたのは予想した通りの答えだった。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 02:11:47.61 ID:iISnDABAO
僕「待って待って。じゃあさ、一緒に遊ぶなんて変だよ」

状況がよくわからない。

僕は思ったままの言葉を口にする。

女「変じゃないよ。一緒に遊べる人を探してたんだから。ね?」

僕「遊べる人って……」

単純に考えてナンパだろうか?

僕「……いや、でも」

女「?」

僕「お金なんて全然持ってないから……そういうのは、ちょっと……」

弱々しく、僕は返事をした。

僕(そういう遊び相手なら他の人を探してくれ)

心の中で僕は文句を言っていた。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 02:16:55.45 ID:iISnDABAO
女「お金? お金なんて遊ぶのにいらないよ?」

女「一緒にキャッチボールしようよ。ほら、ボールはあるからさ」

スッと差し出された彼女の右手には、野球ボールより少し大きめの。

紫色をしたゴムボールが握られていた。

僕は一瞬、戸惑ってしまう。

僕「……遊ぶって、これ? どこか出かけるとかじゃなくて?」

本気で言ってるんだろうか。

女「うん。キャッチボールしようよ。ね?」

僕「……」

どうやら、本気でこのボールで遊びたいらしかった。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 02:24:18.30 ID:iISnDABAO
僕「いいよ、そんな。子供じゃないんだから」

彼女から、僕は少し身を引くように離れた。

彼女の意図が読めず警戒する気持ちが出てきたからだ。

女「ええ〜、いいじゃん。暇なんでしょ? 遊ぼう遊ぼう」

ズイッと、人を疑う事を知らないかのように。

彼女は僕との距離を縮める。

春の匂いに混ざって、女の子の甘い匂いが少しだけ漂ってくる。



彼女は桜みたいな匂いがする少女だったと……僕は今でもこの時の事を思い出す。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 02:31:08.49 ID:iISnDABAO
女「いいじゃん〜」

僕「イヤだよ。どうしてよく知らない仲で遊ばなきゃいけないんのさ……」

女「ん〜……」

あれから、なおも彼女は僕とキャッチボールをしようと同じ事を言っている。

この時僕もさっさと逃げてしまえばよかったのかもしれないけれど。

彼女とのやり取りも暇潰しくらいにはなるだろうと、軽い気持ちで相手をしていた。

女「じゃあ、今からお友達。ね?」

僕「……でもキャッチボールはしないからね」

女「えぇ〜」


今思えば、彼女と話すのはとても楽だったから。

だから比較的長い時間、彼女との会話に付き合っていたんだと思う。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 02:38:05.64 ID:iISnDABAO
そして突然……。

女「……あっ」

僕「?」

空が少しだけ赤く染まり始めた頃、彼女はベンチを降りて公園の出入口に向かい出した。

女「もう帰らないと。心配する」

カラーボールを上着のポケットにしまい、テクテクと歩く背中を僕は見ていた。

女「また明日ね〜」

何も言えずに、ただ彼女を見ていた僕に手を振る無邪気な女の子。

薄い夕焼けの中ではそんな印象を受けた。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 02:43:42.41 ID:iISnDABAO
僕「ち、ちょっと待ってよ」

女「バイバイ、またね」

制止する僕の声も関係ないかのように、彼女はそのまま走り出してしまう。

そして、すぐに陽の届かない路地裏へと消えていってしまった。

僕「……行っちゃった」

結局、彼女とは何も話せなかった。

会話があまりに一方的すぎて……打ち解ける以前の問題だった。

一人公園に取り残された今では、まるで先ほどまでの事が夢のように思えるくらいだ。

それくらいに……彼女は不思議な少女だった。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/11(月) 02:47:22.18 ID:XtNtXd8SO
つかまえての人か

期待しかない
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 02:47:53.88 ID:iISnDABAO
僕(また明日……ね)

彼女は確かにそう言ってくれた。

明日もまたこの公園に来れば、彼女に会えるんだろうか?

僕(……まあ。暇だったら来てみようかな)

今の彼女に対する僕の気持ちはこんなものだった。

どうせ時間はあるんだ、全く何もないよりはマシだろう。

僕はそんな軽い気持ちで、帰りの道を歩いている。

夕焼けの空がなんだか、少しだけ綺麗に見えた気がした。

19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/04/11(月) 02:56:13.51 ID:fqFfNW1Ao
勘違いだったら申し訳ないんだが、ハーバーランドでつかまえて、を意識してたりするの?
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 03:02:21.72 ID:iISnDABAO
僕「……携帯、携帯と」

家に着いてから、僕は携帯電話を弄りながら彼女を探していた。

探していた、と言ってもメモリーを見返してそれらしい人間を探していただけなのだが。

メモリーには百件近くの登録があった。

殆どが大学で知り合った人間だ。

僕「……しかし、こう見ると多いな」

昔は随分と簡単に友達を【作っていた】気がする。

身近な同級生はもちろん、サークルの仲間や活動中に知り合った他の大学の生徒。

機会があれば学年も関係なく、随分と社交的に僕は他人の情報を、こうして携帯電話に入力していた。

この羅列された名前の殆どに、僕はなんの感情も持ち合わせていない。

これが友達を作ったという事になるんだろうか。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/11(月) 03:02:29.25 ID:7AP9buIco
まさか
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/11(月) 03:08:05.75 ID:y64JQXcDO
つかまえての人きたああああああああ
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 03:09:11.24 ID:iISnDABAO
>>19
タイトルに関して言えば、正直ライ麦よりもハーバーランドの方が自分の中で意識として強いです。


意味合いは作品毎で色々あるけれど、つかまえて、の五文字を使わせてもらってます。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/11(月) 03:10:42.91 ID:KVmG24Ex0
まさかつかまえての人にリアルタイムで遭遇するとは
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 03:15:20.55 ID:iISnDABAO
僕「だとしたら……なんだか虚しいな」

ははっ、と小さく笑いながら。

僕はメモリーを下に下にと見ていく。

よく話した友達、サークルで一緒だった先輩、行きずりで何となくアドレス交換した人々……。

そして、他。

これらの名前を見て、ある程度の顔や雰囲気は思い出せる。

他の大学の人間だって、何度か会ったりはしているのだから。

あまりに関わりのない人間を思い出すのには時間が掛かったが、それでも公園で出会った彼女が僕の携帯電話から見つかる事はなかった。

僕(もしかしたら、大学で会ってたかもと思ったけど……)
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 03:22:29.08 ID:iISnDABAO
僕「一応、明日会えたら聞いてみようかな」

そんな事を考えながら、僕は携帯電話を閉じて部屋の電気を消した。

……。

布団に潜り、今日の事を思い返してみる。

僕(声をかけて来てくれたんだから……)

僕(全く知らない人ってわけじゃないよなぁ……)

もしかしたら大学にいた子かもしれない。

確か、いつも前の席に座ってたかも、とか。

高校? 卒業アルバムにあの子はいるのかな……。

僕(僕は昔からあの子を知っているような……そんな……気……)

明日、彼女に聞けばいいさ。

それだけを考えて。

春の夜に吸い込まれるように、僕の意識は消えていった。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/04/11(月) 03:32:59.44 ID:fqFfNW1Ao
>>23
回答してくださってありがとうございます。
>>16,18がハーバーランドぽかったので……好きなのかなあと思って聞いてみました。
頑張ってくださいー。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 03:37:19.54 ID:iISnDABAO
次の日。

目が覚めた僕は、ただぼんやりと天井を見つめていた。

若干寝すぎた気がする。

もう昼過ぎくらいだろうか?

僕(んっ……)

携帯で時間を確認すると、ちょうど正午になった所だった。

まだ意識は重い。

正直、あまり出かける気にもならない。

僕は再び携帯を枕元に置き、夢の中へと向かって行った。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 03:44:09.67 ID:iISnDABAO
次に目覚めると、空は若干オレンジ色になっていたのがカーテンの隙間から見えた。

あ〜、こんな時間か。

と、僕は焦るでもなく起き出した。

睡眠をとり頭が働くようになって、僕はようやく彼女との約束を思い出す。

僕(どうしよう)

別にデートと言うわけでも、絶対の約束と言うわけでもないんだ。

そのまま公園に行かない選択肢もあったけれど。

僕「……行くかな」

僕はまた、軽い気持ちで公園に出掛けて行った。

彼女がいてもいなくても、どっちでもいい。

そんな軽い感情だ。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 03:50:47.66 ID:iISnDABAO
女「む〜……!」

だが、ベンチに座っていた彼女はそんな軽い気持ちではなかった。

僕を見つけるなり……いや、見つける前から明らかに不機嫌な顔をして、約束の場所で待っていたのだった。

僕「や、やあ……」

軽い感情など吹き飛んで、僕は少し萎縮しながら彼女に挨拶をした。

女「遅いよっ。私、もう帰るっ」

僕「ええっ、せっかく来たのにその仕打ちは酷くない?」

女「帰る、帰るのっ!」

どうやら彼女は本当に怒っているようだった。

僕は……。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 03:55:06.42 ID:iISnDABAO
僕「か、帰る前にキャッチボールしようよ。今日は付き合うから、ね?」

とりあえずその場を取り繕う事にした。

ピクッ。

女「キャッチボール……?」

言葉の選択がよかったのか、彼女はその言葉に反応してくれた。

僕「うん、キャッチボール。昨日出来なかったから今日は付き合ってあげるよ」

女「えへへ、嬉しいなぁ」

彼女の顔が、ニッコリと朗らかに変化した。

女「……でも。ごめんなさい、今日はもう帰らないと」

すぐにその顔は、残念そうに地面を見つめる子供みたいな顔に、また変化したけれど。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:01:12.20 ID:iISnDABAO
女「次は絶対キャッチボールしようね、バイバ〜イ」

まるで、僕との別れなんて名残惜しくないみたいに。

彼女はまた出入口まで走って行ってしまう。

フェンスの向こうに見える彼女に、僕は少し大きな声で問いかけた。

僕「あ、ねえ! 明日もまた来るの!? キャッチボールしようよ!」

女「ん〜、明日は行けたら行く〜」

そんな曖昧な返事が夕方の公園に響いた。

そしてもうひとつ。

僕「……あ! そう言えば君は一体誰?」

女「……ふふっ」

路地裏に少女が隠れるに、右手で小さくピースサインをしているのが見えた。

そして少女はまた、僕の前から消えてしまった。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:04:40.66 ID:iISnDABAO
僕(結局、今日は何も話せなかったな……)

用意していた質問が、ことごとく無駄になってしまった。

いや、明日会えればその時聞けばいい。

僕(今日は遅くに行った自分が悪いのかな?)

僕(時間の指定はしてたわけじゃないし……あ、さっきもちゃんと約束してないじゃん)

そして、ふとこんな事が気になった

僕(……そう言えばあの人、何時くらいからいたのかなぁ)
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:09:03.97 ID:iISnDABAO
昨日と同じ昼過ぎくらいからか。

もしかしたら午前中から……。

いい年齢で公園に来るくらいだ。

使える時間は多い人なんだろう。

僕(そうだとしても、ちょっと悪かったかな……)

少しだけ罪悪感が生まれた。

明日はちょっとだけ早く公園に向かってみようかな。

僕「……とりあえず、一時間でも早く寝る事から始めよう」

名前も知らない彼女のために、僕がたてた早起きの目標だった。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:18:46.03 ID:iISnDABAO
僕「さて……今日もちょっと探してみるかな」

家に着いた僕は、早速小学校の卒業アルバムを開いていた。

気持ちのどこかで彼女の事が気になっていたんだろうか。

僕はパラパラとアルバムのページを捲っている。

僕「一年生……やっぱり小さいなあ」

まだ幼さが残る子たちが、頭にハチマキを巻いて必死に校庭を走っている写真を見ながら呟いた。

僕「運動会……頑張ってるなあみんな」

小さな男の子と女の子が、手を繋ぎながらゴールラインを跨いでいる写真もある。

僕「……なんだか、懐かしいな」

少しだけ、泣き出したくなってしまった。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:23:17.75 ID:iISnDABAO
昔の写真を見て、この時は良かった、と……。

僕は自然に考えてしまう。

僕(今を生きれてない、か……)

ああ、少し気分がへこんでしまった。

潤んだ視界をちょっと腕で擦りながら、僕は早々にページを捲った。

次は二年生のページだ。

別れ際、女とのピースサインを思い出す。

僕(ニ、繋がり……ははっ、なんてね)

無理やりにでも明るい気持ちにするため、精一杯考えた心の冗談だった。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:29:10.06 ID:iISnDABAO
ページにはところ狭しと活動の様子が写真として貼られていた。

畑で農業の体験学習、体育館で行われた合唱会など。

見返せば確かに体験した出来事ばかりだが、僕はそれを殆ど覚えてはいなかった。

僕(だから写真が必要なんだろうな……)

と、少しセンチな気分になってしまう。

僕(……あ、クラスのヒロインの子だ。ああ、小さい時から美人さんだったんだな)

また、無理やり気持ちを明るく修正する。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:35:05.09 ID:iISnDABAO
しかしこうやって見ると、意外と昔の顔に面影が見える子が殆どだった。

いや、それは人間なら当たり前の話なのだけれども。

誰にでも、こんな小さな時期があったんだと思い写真を見返すと、とても新鮮な気がして。

僕(あ……僕だ。結構顔変わってないか?)

自分を見つけると、恥ずかしさと一緒に少し「こんな感じだったっけか」と言った思いが浮かんでくる。

僕「……」

僕はそのまましばらく、ページの写真を何枚か見ていた。

すると……。

一人だけ、どうしても見覚えのない子がいる事に気が付いた。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:43:02.75 ID:iISnDABAO
その子は、僕と一緒に写真の中にいた。

放課後の教室だろうか、横からは夕日の光が差し込み僕と女の子を照らしている。

僕「……こんな写真あったんだ」

僕は教室に立っていて、隣の女の子は僕に何か耳打ちをしている様子で……。

特に女の子は顔の辺りまで光が照っていて、顔の判別が難しい……と言うか殆どが見えない。

僕「んんー……?」

そして僕自身も、この写真にあまり覚えが無かった。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:47:44.11 ID:iISnDABAO
ページの片隅に、小さく貼られているその写真。

今までアルバムを見なかったわけじゃないけれど、これを発見したのは今回が初めてだった。

そして、隣の女の子……。

僕「……ダメだ、覚えていない」

何度見返しても、この子が誰かわからず、そして何を話していたのかも全く覚えていなかった。

でも、ここに写っているのは完全に自分だ。

僕「……」

僕「これがもしあの公園の子だったとしたら」

僕は思わず、そんな事を呟いた。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:53:11.02 ID:iISnDABAO
僕「ははっ……なんて」

僕は笑いながらアルバムを閉じた。

いきなり声をかけてきた子が、この写真の子?

まさか、と声に出して僕は笑っていた。

そんな偶然があるわけない。

あの写真の子はきっとクラスの誰かで、自分も忘れている思い出の一枚なんだ……と。

僕はただ、現実的にそう考えていた。

いくら何でも、学校で一緒だった子を綺麗さっぱり忘れる事なんて殆ど無いだろう。

いくら関わりが薄くても、同じクラスの人間なら顔くらいは何となくでも覚えているはずだ。

でも……公園の彼女は全く僕の記憶には無い顔なんだ。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 04:57:16.44 ID:iISnDABAO
だから僕は、こうしてアルバムを笑いながらベッドに投げつける事が出来た。

多分、彼女はこの中にはいない。

単純にそう思ったからだ。


……念のため、寝る前にもう一度写真を見てみた。

その空間だけ、永遠に変わらない夕焼けの世界が広がっている。

僕と、隣で何かを話す女の子。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 05:05:43.23 ID:iISnDABAO
でももし、僕の記憶が間違っていたりして……。

写真の中の少女と再び会っているとしたら?

僕(その時は……)

僕が忘れている、この写真の中の会話の続きを……。

あの公園で彼女と交わす事が出来るんだろうか。

僕(……なんて、どんだけロマンチストなんだよ)

そう言う僕の表情は、なぜか笑っていた。

なぜだかは自分でも知らない。
そして、写真の中の僕も……今と同じように微笑しているのを思い出した。

ああ、やっぱり僕も昔からこうなんだ、と。


そう思ったのは夢と現実を往き来してるくらいの時だった。


明日はちゃんと公園に行かなくちゃ……。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 05:07:23.07 ID:iISnDABAO
今回はゆっくりペース。


また。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/11(月) 06:12:41.38 ID:ed5nOz0SO
誰か前作のスレタイ教えてくれ。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/11(月) 07:11:32.15 ID:1rkTxmtnP
女「メールをするから、つかまえて?」
でぐぐれば多分出てくる
タグかなんかで他の作品もみれるとおもう
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/11(月) 10:50:53.21 ID:p7p+GHdDO
つかまえての人乙
こっちに立てるとは思わなかった
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/11(月) 12:27:01.91 ID:WzCGyyl2o
樹海のおくでつかまえてってどうなった?
気がついたら落ちてたんだけど

今回も楽しみにしてますよ〜
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/11(月) 14:58:28.12 ID:ZbQuh2NIO
つかまえてシリーズきたのかー
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/11(月) 18:48:54.07 ID:unyqW6vIO
つかまえて、が
〜つ、かまえて〜
てのが好きだった
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/11(月) 21:48:19.21 ID:iISnDABAO
午後一時。

僕は比較的気持ちよく目覚める事が出来た。

公園に行くという目標があるからなのか、なんだか自然に起き出せた気分だ。

僕「……いい天気」

僕は少しだけカーテンを開けて外を覗いた。

そして、またすぐにそれを閉じて薄暗い部屋に戻していった。

さて、出掛けようかな。

足取り軽く、僕は午後の街へ出掛けて行った。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/12(火) 00:07:04.28 ID:DzRusNhIO
>>50
いつか前、手に結んだ赤い糸を
だと思う
まぁ、つかまえて系でぐぐればひっかかるかもしれんが
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 00:14:22.32 ID:N606lvCAO
女「あ」

僕「や」

砂場の真ん中に、彼女は立っていた。

砂でお城を作るでもなく、ただ地面を見つめてそこにいた。

僕「何をしていたの?」

女「ん。ううん、何にもー」

相変わらず、軽い返事をする彼女だった。

女「今日は遅刻しなかったんだね」

僕「元々時間は決めてなかったじゃんか」

女「じゃあキャッチボールしよっかー」

……僕の言葉はあまり聞いてもらえてないらしい。

なんだか会話が噛み合わない。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 00:27:00.84 ID:N606lvCAO
一応書いた物全部。



僕「小学校で」女「つかまえて」
女「星の海でつかまえて」
女「メールをするからつかまえて?」
女「いつか前、手に結んだ赤い糸を」
少女「水溜まりの校庭でつかまえて」



少女「ねえ、雨って好き?」
女「余ったお金でガチャガチャやっていい?」
女「いつからだろうね、クリスマスが楽しみじゃなくなったのって」


未完
少女「夢の中でつかまえて」
「樹海の奥でつかまえて」



未完に関してはいずれまた全部書くつもり。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/12(火) 00:35:35.10 ID:N606lvCAO
女「じゃあ、いっくよー」

……でもなんだか、無理に会話をしないだけ楽な気もする。

彼女独特のオーラや雰囲気とでも言うのだろうか。

女「んー」

彼女が砂場に足を置いたまま、腕をおおきく振りかぶった。

女「えいっ」

……と、細い腕が振り下ろされたかと思ったら、紫のボールが彼女の後ろに飛んでいった。

女「あ、あれ〜? おかしいな」

あははっ、と陽気に笑う彼女はまだ砂場の真ん中に立ちながら。

僕を見つめて笑っていた。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/12(火) 00:40:05.85 ID:mEie2atSO
幾つか読んでないみたいだ

少女「海と、瓶に詰まった手紙」

これは違うのか?
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 00:52:00.69 ID:N606lvCAO
女「待っててね、もう一回投げるからー」

僕をほったらかしにしながら、彼女はボールを追いかける。

僕(……これじゃあ自分いらないじゃないか)

一人ボールで遊んでいる(ように見える)彼女の姿を見て、僕は少しだけ拗ねてしまう。

女「えへへ、次はちゃんと取ってね〜」

せっかく早起きしてわざわざ来たのに……と文句を考えようともしたが。

彼女の笑顔はそんな小さなやっかみを全て帳消しにしてくれる。

女「ていっ」

本当に無邪気な顔がそこにあった。

ボールはまた、彼女の後ろに飛んでいった。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 00:52:51.82 ID:N606lvCAO
>>56
書き忘れてた。

それも自分です、はい
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/12(火) 00:57:41.27 ID:mEie2atSO
>>58
間違ってたと思ったわ

当面VIPじゃなくてS速で書くの?

未完分も含めて
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 01:12:30.61 ID:N606lvCAO
女「あー、楽しいねっ」

十投もしないうちに、僕と彼女はベンチに座っている。

最も、その殆どが彼女の飛んでいった投球だったけれども。

僕「僕はあまり楽しくないんですけど」

ちょっとふざけた感じで、僕は彼女をつついてみる。
61 :名無し [sage]:2011/04/12(火) 01:26:13.97 ID:N606lvCAO
>>59
しばらくはこっちかな、と。
書き貯めでしっかりできれば向こうで、とは思うけれど……。

スレ立てもアレになったし、こちらでゆっくりと。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/12(火) 01:42:58.42 ID:N606lvCAO
女「やー、やっぱり一緒に遊ぶと楽しいよね」

やはり、僕の会話はあまり受け付けてくれないようだ。

仕方がないので僕は話題を変える事にする。

僕「ねえ……そう言えばさ」

女「んっ?」

僕「君の名前は?」

女「名前?」

僕「そう、名前」

女「えっ? 私の?」

僕「他に誰がいるのさ」

やはり、会話がちぐはぐだった。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 01:50:38.27 ID:N606lvCAO
女「誰がって……どうして私に聞くの?」

僕「? だって……」

女「だって、何?」

僕は君の名前を知らないから。

君を知らない。

そう言おうとした瞬間……。

女「もしかして私の事忘れちゃってるの、僕ちゃん?」

僕「えっ……」

女「どうして? どうして忘れてるの?」

女「去年まであんなにいっぱいお話していたのに」
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 01:57:27.48 ID:N606lvCAO
去年まで……?

僕は彼女と話していた記憶はない。

このたった一言で、僕が彼女に持っていた今までの印象は覆る。


彼女は……僕を知っている?


女「ねえ、どうしたの僕ちゃん」

彼女は確かに僕の名前を呼んでいる。

紛れもない僕の名前だ。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 01:58:15.81 ID:N606lvCAO
数日前に初めて会ったと思っていた女の子が、僕を。

僕「知っていて声をかけたの?」

女「んー。遊びたいって思ったから」

相変わらず、その口からの返事はどこか曖昧だ。

彼女は……僕の何を知っているんだろう。

それを知りたがる彼女に対する興味と、記憶に穴があいてるかのようなもどかしい感覚に同時に襲われた。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/04/12(火) 02:35:32.08 ID:UIjmfLaDo
未完のも含めて、ゆっくり完成させてくださいな
こんなとこだけどタイトルと中身でちゃんと認識されてファンも少なからずいるんだぜ
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 02:56:19.16 ID:N606lvCAO
僕「遊びたい……ね」

女「ここにはよく来るの?」

僕「あ、いや。たまーに散歩で立ち寄るくらいだよ」

女「散歩なんて、おじさんみたいな趣味だね。まだ若いんだからさー」

僕「……いいんだよ、別に。で、君はよく来るの?」

女「うん。お気に入り。でもあまり長くいられないの。夕方までには帰らないと」

僕「ああ、そんな感じだったね。何か用事?」
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 02:59:02.95 ID:N606lvCAO
女「お母さんがね、待ってるんだ」

女「迎えに……来てくれるから」

そう言った彼女の表情は、どこか落ちているように見えた。

何でだろう、空はこんなに晴れているのに。

彼女の顔だけに、乾燥した空気が流れているようだった。


僕は彼女の一言一言が気になっていた。

迎えに来る、お母さん、夕方まで。

僕と同い年の人間が喋る単語にしては、どこか幼すぎるような気がして。

僕「ねえ……」

それを疑問にし、尋ねようとした時。

ポンッと彼女がベンチから立ち上がる。
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 03:02:55.46 ID:N606lvCAO
女「もう、帰らないと」

僕「もう? あ……」

少し視線を空に向かわせると、そこには薄茜が広がっていた。

ああ、そろそろか。

こうなったら彼女とは話が出来ないのを、僕はこの二日間でよく学んでいる。

女「じゃあ、また明日ね」

僕「……時間は?」

今度はちゃんと時間を確認する。

女「んー、お昼ご飯食べたらここ集合ね」

えらく曖昧な約束が返ってきた。

この緩さにも、だんだん慣れつつあった。


ちょっとだけ居心地がよく感じたのを、僕は覚えている。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 03:08:11.94 ID:N606lvCAO
女「バイバーイ」

おおきく手を振る彼女は、また路地裏へと消えていく。

僕「……バイバイ」

彼女に見えない場所で、僕も小さく手を振った。

こんな場所に夕焼け空の下一人。

ポツリと残っているのも何だか寂しい気がする。

僕(彼女に言わせれば)

僕(もうすぐ晩ご飯……だから帰ろう、って思ってるのかな)

まるで子供だ、小学生だ。

でも。

この夕焼けを見ていると、そんな考え方も悪くないのかもしれないと、僕はそう思った。

……ゆっくり、空を見る。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 03:12:37.31 ID:N606lvCAO
こんなにまじまじと空を見たのはいつ以来だろうか。

茜と藍の混ざる海と、飛行機雲。

彼女もこの空を見ながら歩いているんだろうか。

僕「……帰ろう」

自然に僕はそう呟いていた。

今の気持ちだけで言えば……昨日卒業アルバムで見たままの、小学生の気分になっていたのかもしれない。

だんだんと伸びる飛行機雲を見ながら、僕は家までの道のりを歩き出した。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 03:19:08.77 ID:N606lvCAO
……。

「僕……」

誰もいなくなった公園の砂場に、誰かが立ち尽くし僕の名前を呼んだ。

その声は誰の耳にも届かない。

当の本人だけが、それを聞き。

公園から離れる僕の背中を見つめている。

「……やっと会えたね」

「今は、バイバイ……」

女性は言葉を呟いた。

バイバイを言い終えた瞬間、僕の背中は遠くに見える角を曲がり、そして消える。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 03:22:23.29 ID:N606lvCAO
「うふふ……」

「約束、覚えているかな?」

「明日会えたらちゃんと話さないとね」

「僕……」


「君は私の、お婿さんになる人なんだから」

誰もいなくなった公園に、彼女はいる。

遠い昔の約束を一人口にしながら……。


僕はそれを忘れながら……。

また明日、この公園で。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 03:33:27.06 ID:N606lvCAO
……。

まだ夕焼けが沈まない頃。

女「……フンフ〜ン♪」

女「ン〜♪」

女「……あ、ただいまお母さん」

女「うん。いい子にしてたよ、ちゃんとこの公園で待ってたもん」

女「大丈夫、大丈夫だよ」

女「大丈夫だから……」

女「だから……」

女「今日は……」


女「ちゃんとご飯食べていい……よね?」


夕焼け空は、その親子を真っ赤に照らしている。

地面の黒と合わせて、影絵のように笑っている女の子と。

それを冷たく笑う、お母さんと呼ばれている人物。

平穏な気持ちで帰路についている僕が想像している彼女の姿とは、正反対な絵図がここにあったのを、僕は知る由もない。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 03:39:14.14 ID:N606lvCAO
女「うん。明日もちゃんと待ってるから」

女「友達も出来たから……来てくれるから」

女「だから……うんっ」


僕との約束を胸に。

彼女は真っ赤な道を歩いている。

ポケットの中のボールをキュッと握り、ゴムの感触で全てを誤魔化す。

明日になれば、また会える。

お昼ご飯を食べたら公園で。

それだけが、彼女の支えだった。

帰って泥のように眠り、また太陽が顔を出すまで……。

少女の表情はは、暗闇に溶けるように消えてしまう。

また明日まで、バイバイ。

女「……」

誰にも聞こえないように、彼女は心の中でそう言った。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/12(火) 03:42:06.42 ID:N606lvCAO
>>66
ね、本当ありがたい事です。
こっちのゆっくりした雰囲気も好き。
あまり張り付けなくなったのも含め、この方がいいのかも。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/12(火) 09:23:37.20 ID:A4BKntsDO
乙です
ゆっくりでもいいのでがんばってください
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(島根県) :2011/04/12(火) 21:44:34.62 ID:NTWuzD04o
巡回してたら懐かしいタイトルのもの見つけた
こっちに移ってきたのか、乙です
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/12(火) 22:04:58.24 ID:h1Pg9JWDO
つかまえてシリーズ新作きたのか

評価が厳しかったのは前回だっけ?意味が分からないとかなんとか言われてたやつ
正直何でも分かるように書いちゃったらダメだと思うんだけどねえ・・・

あなたのお話は好きだし応援してるよがんばってね
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/13(水) 00:56:43.98 ID:JfH3hZvSO
>>79
たんに信者が気持ち悪いだけな気がしないでもない

まあ俺もその信者に入るのかな
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/13(水) 04:51:34.04 ID:5PV/P6fAO
>>79
メールをするから、かな。

心情とか解説したら、文中でそれをわかるように書けと言われてしまい。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/13(水) 04:59:54.73 ID:5PV/P6fAO
次の日。

僕が起きた時間は、大体昨日と一緒だった。

同じ時間なのに、部屋に差し込む光が何だか少ないように見える。

僕(今日は天気が悪いのかな……)

窓を雨が叩く音は、しない。

カーテンを開いてみても部屋に暖かな光は無い。

ガラスの向こうには曇り空が広がっていた。

僕(曇りか……)

でも、雨が降っていないだけ僕は少しホッとした。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/13(水) 05:18:58.20 ID:5PV/P6fAO
曇り空を見て、僕はふと考え込んだ。

もし今日が雨だったら、彼女との約束はどうしていただろう。

女の子らしい明るい色の傘を持ちながら、あの公園に立っていただろうか。

……。

女「……遅いよ〜」

何も変わらない様子で、少し水気を含んだ砂場に立つ彼女が僕の頭に浮かんだ。

彼女の口許は、遅れた僕を不満を漏らしながらもなぜか笑っている。

そんな姿が……なぜか思い描かれた。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/13(水) 05:28:58.28 ID:5PV/P6fAO
僕(いけない……)

僕(まだ頭が完全に起きてないから、こんな事を考えるんだ)

目覚めながら、それでいて夢の中にいるようなそんな感覚。

僕「……行こう」

自分の頭の中に言い聞かせるようにそう呟いて、僕は出掛ける支度を始めた。

誰かのために外出するための準備。

なんだかそれが不思議だった。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/13(水) 18:44:41.38 ID:iRP279Qjo
つかまえての人か!!
乙!!
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/14(木) 01:57:18.52 ID:4DnHTdNAO
僕「今僕は、あの子との約束のためにこうして外に出ているんだな……」

就職していない身で、時間はあるとはいえ。

他人に会うために出掛けたのなど、いつ以来だったか。

僕「……考えるの、やめよう」

あまりいい思い出が浮かんでこない。

僕は意識を足に集中させ、公園への移動を優先する事にした。

そして公園には……。

女「……あっ」

「あ……」
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/14(木) 02:11:08.25 ID:4DnHTdNAO
女「お〜い」

砂場には、約束をした彼女がボールを握りながら笑顔で手を振っている。

そして……。

「……久しぶり、だね」

ベンチに座っていた女性は、そう声をかけて小さく手を振った。

僕「……え?」

「あ、覚えてない? ほら、同じクラスだった……」

僕「……」

僕「あっ!」

「ふふっ、よかった。思い出してくれたんだね」


今日の公園には、僕が知っている人物が二人いた。

……雲は厚くなり、空全体が灰色になったような気がした。

僕「どう、したの。こんな場所でさ」

僕はベンチに座っている彼女に声をかけた。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/14(木) 02:21:50.00 ID:4DnHTdNAO
「別に、地元の公園だよ。私がいても不思議じゃないでしょ」

「もちろん僕くんだって……」

僕「……」

「高校以来だね。大学はどうだった? 確か他の県に行ったんだよね」

「就職は地元(こっち)に?」

僕「……出戻り。今は職無いよ」

「そっ、か。今は仕方ないのかもね」

僕「そういう君……」

「春」

僕「えっ?」

春「春だよ」

僕「……覚えてるよ」

春「ちゃんと名前で呼んでよ」
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/14(木) 02:32:46.33 ID:4DnHTdNAO
僕「春ちゃんは、今何してるの?」

春「社会人やってるよ。結構緩い会社なんだ」

僕「そっ……か。うん、いいね」

春「んっ」

僕「ん」

……。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/14(木) 02:35:53.96 ID:4DnHTdNAO
小学校から高校卒業までの十二年間で、彼女とは何度か同じクラスになったのを覚えている。

たまに席が隣になって。

お互いに、異性の中ではよく話していた方だと思う。

僕も仲良く話していた記憶はまだ残っているけれど……。

春「……」

僕「……」

たった数年離れただけで、今は二人、会話を失っている。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/14(木) 02:43:11.80 ID:4DnHTdNAO
会話も途切れたので、女の方に視線を移そうとした時。

彼女が僕をキッと見つめ言った。

春「ねえ、これからどこか出掛けない?」

僕「え?」

春「久しぶりに会ったんだから、さ」

僕「でも……」

女「フンフ〜、ン〜♪」

砂場では鼻唄を歌いながらこちらを見ている彼女がいた。

子供みたいにニコリと笑い、僕たちの様子を見つめている。

春「約束してる?」

春が彼女をチラッと見て僕に言い放った。

僕「……まあ、ね」
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/14(木) 02:50:36.07 ID:4DnHTdNAO
春「ねえ、行こうよ」

春ちゃんはまた僕の方を見直し、言葉を続けた。

僕「明日とか、明後日なら多分……」

僕が曖昧に返事をすると、彼女は苦い顔をしながら言った。

春「今日を逃すと、私しばらく休み無しでさ……だから、どうしてもお願い出来ないかな?」
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/04/14(木) 02:54:04.59 ID:4DnHTdNAO
僕「……今日じゃなきゃダメ?」

春「今日がいい。うん」

僕「……」

久しぶりの再会だった。

確かに懐かしむ気持ちもある。

僕は彼女の言葉に負けて、これから他の場所へ出かける事にした。

僕(断りをいれないとな……)

僕「ちょっと待ってて」

春「んっ」

そう言って僕は、砂場で待つもう一人の顔見知りの元まで歩いていった。

女「ン〜♪ あ、お話終わった? じゃあ遊べるね」

その言葉に、少しだけ胸がチクリとした。

僕「いや……あのさ」
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/14(木) 03:00:06.49 ID:4DnHTdNAO
女「……そうなんだ。じゃあ仕方ないね〜」

彼女はあまり落ち込んだ様子を見せず、少しニコリとした顔を見せる。

僕「ごめんよ、今日しか無いって言われて。また明日約束……」

その笑った顔を見て、ああ意外と大丈夫なんだ、と僕は思った。

明日の約束をして、今日は彼女とバイバイ。

それだけで済むと……僕は迂闊にも思っていた。

けれど。

女「……もう、約束はしない。いいよ」

女「だって僕ちゃん……」


嘘つきなんだもの。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/14(木) 03:07:12.73 ID:4DnHTdNAO
僕「えっ……」

女「……」

彼女の一言に、僕の胸がヂクッと嫌な音をたてて反応する。

女「もう、いいよ」

女「バカ」

僕「だから、明日ちゃんと来るから……」

女「知らない、約束なんて信じない」

僕「……」

女「ふんだっ」

もう、僕が何を言っても彼女は聞いてくれなかった。

そしていつの間にか、ボールを彼女のポケットへしまわれ、彼女自身も公園の出口へと走って行ってしまう。

僕は何かを言う暇もなく、ただ小さくなる背中を砂の中で見つめているだけだった。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/14(木) 03:32:43.25 ID:4DnHTdNAO
春「……行っちゃったね」

僕(聞きたい事もあったんだけどな)

春「大丈夫?」

僕「何とか……なるよ」

フワフワした雰囲気の彼女の事だ、明日になればまた元に戻ってくれてるだろう。

と、彼女が消えた砂場の上で単純に考えていた。

僕「……行こうよ」

春「んっ、行こっか」

何かを振り払うように、僕は春ちゃんに出発を促した。

僕らはどんよりと曇った空の下を、二人で歩きだした。

そして公園の砂場にも、ベンチにも。

誰も人がいなくなった。

……もうすぐ雨でも振りだしそうな、暗い空だけがそこを見下ろしていた。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/14(木) 23:58:50.86 ID:2ZUYfLLIO
今回は書き溜めてないんか?
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/16(土) 02:13:14.04 ID:QupvgMiAO
>>97
今回は本当、ゆっくり投下になります。

すいません
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/16(土) 02:19:12.08 ID:QupvgMiAO
春「喫茶店にでも、行こうか?」

春ちゃんにそう言われ、僕たちは駅前通りにある小さな喫茶店へと向かっている。

駅の近くだというのに、まだ人通りは多くない。

道を誰かと譲り合い、すれ違う事もなく歩いている。

まだ夕方前だからだろうか。

僕(あまりこっちは来ないからな……)

僕(普段は人も多いし、苦手だし)

僕(それにしても……)


嘘つきなんだもの。


僕の心には彼女の言葉が、まだ刺さり残っていた。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/16(土) 02:28:38.39 ID:QupvgMiAO
春「あ、もしかしてさっきの事気にやんでる〜?」

チラリと見えた彼女の顔はいたって普通に見えて。

でも、無表情の裏に意地悪な含み笑いを隠しているような……そんな甘ったるい声で僕に話してきた。

僕「え、えっ、と」

彼女の声と、見えない表情。

そしていきなりの質問の内容に、僕はうまく答えられずに言葉を詰まらせてしまう。

僕「あ、明日とかまた話せば大丈夫……かな」
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/16(土) 02:37:28.04 ID:QupvgMiAO
春「ふ〜ん」

僕の答えには興味がないかのように、彼女はそっぽを向く。

なんだか、面白くない、といった表情が見えたような気がしたが……。

春「あ、ここだよ。着いた着いたっ」

その表情はドアの向こうから溢れてくるコーヒーの優しい匂いに、簡単に隠されてしまった。

看板を指差しながら、安堵の表情を見せる彼女からは、どこか学生の時の面影を感じた。

懐かしい顔に会うと、やはり当時の気持ちを思い出してしまうんだろうか。

僕たち二人は、喫茶店の扉を開いた。

リン、と。

来客を知らせる響きが、コーヒーの香りに混じりながら鳴った。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/16(土) 04:11:16.13 ID:QupvgMiAO
春「私、ウィンナーコーヒーにするよ」

僕「へえ。なんだか大人になったね」

春「……あとケーキ」

僕「ん。女の子らしくていいね」

春「……僕くんは?」

僕「ホットココア、かな」

春「ふふ、お子様だっ」
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/16(土) 04:17:45.65 ID:QupvgMiAO
静かな音楽と、木目にかこまれたお洒落な喫茶店。

しばらくすると注文の品が運ばれてくる。

ケーキに、コーヒーにココア。

そのどれもが優しい香りを放って、僕らの心をとらえていた。

春「ふはぁ、来た来た」

春「いただきまーす」

彼女の動かす銀のフォークとお皿が触れ合い、カチャリと音が鳴る。

心地よい、喫茶店で生まれる安らぎの音だ。

僕も和らいだ気持ちのまま、ココアのカップに唇を近付ける。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/16(土) 06:58:40.61 ID:mCM0qJEDO
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/18(月) 20:57:48.27 ID:fmJCwL1IO
こねー…
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 22:13:38.53 ID:ta9+BROAO
僕「いいでしょ、別に何だって。コーヒーってなんだか苦手だし」

春「んー、昔はよく食べてたじゃん。ほらコーヒー味の……」

春「……何だったっけ。忘れちゃった」

僕「よく食べていたって?」

春「帰り道でさ、よく僕くん食べてたな〜って。品物までは忘れちゃったけど」

そんな物、あったかな。

帰り道っていつの時の事だろうか。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 22:17:54.63 ID:ta9+BROAO
春「んーん、小学校くらいかな。まだちっちゃかった時だよ〜」

僕「……あまり覚えてないかな」

春「え、嘘っ」

僕「本当」

春「そっ……か」

僕「?」

まだ何も無いテーブルの上で、彼女はしゅんと首を傾げる。

春「……ううん、何でもない」

僕にそれを言ったのか、あるいは自分に言い聞かせるように言ったのか。

彼女は下を向きながら、そう一言だけ発するとすぐに店員を呼ぶためのボタンを押した。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 22:26:21.28 ID:ta9+BROAO
ピンポーン。

電子音が鳴り、すぐに店員が側まで来た。

春「ウィンナーコーヒーと、ホットココアと……」

メニューを読み上げる彼女の目は、どこか曇っているように見えた。

なぜそんな事を感じたのか、僕自身にもよくわからなかった。

春「はい、お願いします」

表情を落としてからの一瞬で、彼女には何か「影」のようなモノが出来た。

こう感じてしまう。

春「……んっ、どうかしたの? 私の顔に何か付い……」

春『私のお顔に、ちゅーってしてっ!』

小学校時代の彼女の明るさを知っているから……余計に影が見えてしまったのだろうか。
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 22:30:08.96 ID:ta9+BROAO
僕『えっ?』

春『だからぁ、私にちゅーってしてってば!』

僕『???』

春『もうっ! 僕くんのばかっ!』

僕『よ、よくわかんないよ。ちゅーなんてした事ないし……』

春『……』

僕『え、な、なに? 春ちゃ……』

春『んっ』

ちゅっ。

僕『!!!!』

春『えへへ、ちゅってしちゃった』

僕『わ……わわわっ!』

春『んふふ〜』

……。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 22:34:05.09 ID:ta9+BROAO
春「……今度はニヤニヤ?」

僕「あ、いや。春ちゃんを見てたらちょっと昔を思い出して」

春「んー、何かあったっけ?」

僕「ほら、あのさ。廊下でいきなりキスされた……あれ」

春「ああ、あったねそんな事も。懐かしいなぁ」

僕「当時はすごいビックリしたけど……」

春「あはは、僕くん子供だったもんね」

僕「春ちゃんだって……」

むう、と僕はふて腐れた顔を作る。

こういう部分をよく、子供みたいと周りの人間にバカにされる。

自分の素直な反応なのだから仕方ない。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 22:38:50.39 ID:ta9+BROAO
春「まあでも、頬っぺたにチュッてするくらいはまだ子供だよね」

僕「当時は刺激が凄かったんだってば……思わず叫んだもの」

春「あ、こういう話題はちゃんと覚えてるんだ」

クスッと無邪気な顔が見える。

僕「確か六年生の時でしょ。これくらいなら印象深い事は覚えてるよ」

春「コーヒーの事は忘れるくせに」

僕「……うん、覚えてないや。そんなのあったっけ?」

春「あったよ。ほら、帰りの駄菓子屋さんでよく買ってた……」
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 22:47:27.44 ID:ta9+BROAO
僕「うーん……」

春「……ダメ?」

確かに、帰り道の途中にあるお店にはよく通っていた。

それは覚えている。

僕「コーヒー味のお菓子なんて買ってたっけ?」

特別に大好きな物や、今でも見かけるようなお菓子以外の事などは何も覚えていない。

曖昧な記憶の中で出てくるのは「見れば思い出せる……かもしれない」と言ったか細い答えだけだった。

女「確かに買ってたはずだけど……」

そこは彼女も記憶が定かではないらしい。

「……お待たせしました。こちらウィンナーコーヒーとケーキに……」

見えないお菓子と小さなファーストキスの思い出を語った所で、店員さんが注文の品をを運んで来た。

春「……とりあえず飲みながら話そうかっ」

コーヒーをスプーンでかき回しながら、彼女は微かに空へ昇る白い湯気を楽しみ。

春「……いい匂い」

ほうっ、と柔らかな笑顔を見せた。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 22:56:24.61 ID:ta9+BROAO
春「……それでさ。高校三年生の時に北海道に修学旅行に行ったじゃない? 一日目の夜、女子全員でね……」

……話す事二時間。

僕たちの思い出話は小学校から始まり、順調に高校にまで進学していた。

あといつくかの話題を終えれば、無事に高校卒業だ。

お互いのカップはとうに空になり、彼女は手にフォークを遊ばせながら話を続けている。

昔馴染みだから会話も弾む。

僕はしみじみとしながら彼女の話を聞いていた。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 23:01:32.42 ID:ta9+BROAO
春「ふふっ、卒業式でさ。不良みたいな子がワンワン泣いちゃってて……」

楽しそうに語る春ちゃんと、それを笑いながら見ている僕と。

優しい光の中で、僕たちはたくさんの事を話した。

その話も、もう卒業式だ。

これからはお互い大学を出て、そして社会人となる話へと続いていくんだ。

僕(僕の場合は就職は出来てないけど……)

話は当然、もう少し続くものだと思っていた。

春「……はぁ、懐かしいねえ高校時代」

僕「……」

春「……」

そこで会話が一度終わってしまう。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 23:09:42.12 ID:ta9+BROAO
春「ね……僕くんはさ」

春「楽しかった? 学校生活」

僕「ん……」

再び会話を始めた時、僕は彼女の顔にまた「影」を見た。

でも、僕は聞かれた事に答えるしか出来ない。

僕「学校生活って、大学も含めて?」

春「ん……どっちでも。含めてでもいいよ」

僕「……まあ、学生時代はやっぱり楽しかったよ。自由な時間もあったし、希望もあった」

まるで、今は無いみたいな言い方を僕はする。

春「そっ……か」

彼女はまた小さく俯き、カチャカチャとフォークをいじっている。

「影」がより一層広がったように、僕には見えた。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 23:11:07.70 ID:ta9+BROAO
春「じゃあ今は……」


今は、生きていて楽しい?
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 23:16:08.26 ID:ta9+BROAO
僕「今……?」

春「そう、今。このままの状態」

春「楽しい……?」

僕の今。

ただフラフラとしているだけの人生。

けっして楽しいわけではない。

ただ、楽に楽に生きている。

それっぽっち。


僕の今は、それっぽっちだ。

僕「……」

春「不満、なんだね?」

僕は何も言えないまま、底にココアの跡が残るカップの中だけを見ている。

このまま、吸い込まれてしまいたいぐらい気恥ずかしい気持ちになった。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 23:24:56.23 ID:ta9+BROAO
僕「まあ……ね」

消えそうな声で僕は言う。

僕だって一応男だ、泣きつくように話す事なんて出来やしない。

でもそんな僕を見越したように、彼女はまた影のある顔で僕に……。

春「強がらないでもいいんだよ……不安な気持ちって、私にもよくわかるから」

僕「……」

何も言えない。

春「……」

彼女も押し黙っている。

喫茶店の中に、しばしの沈黙が生まれる。

そして。

春「僕くんさえよければさ……」

彼女がまた影になる。

春「私が僕くんの事、助けてあげられるかもしれないよ?」

僕「たす……ける?」

春「うん」

話が、見えてこない。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 23:37:16.35 ID:ta9+BROAO
僕「……えっと、もしかして壷とか買わされる?」

重苦しい空気に耐えきれず、僕は冗談を言ってしまう。

春「違うよ、本気で真面目な話」

でも表情を変えず、じっと僕を見ている彼女の目と言葉を聞いて……そういう話では無いと言う事を悟る。

僕「あの、さ」

僕は恐る恐る聞いてみた。

僕「助けるってのは、一体どういう意味で……」

春「今の不満から、助けてあげる。そのままの意味だよ」

僕「……話が見えないよ」

春「……僕くんの人生を、楽しい風に変えてあげるんだってば」

僕の人生を……変える?
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 23:41:46.68 ID:ta9+BROAO
もしかして、宗教関連だろうか?

僕が疑いの眼差しで彼女を見ているとすぐに言葉が返ってくる。

春「あ、別に宗教とかでもないからね。本当に真面目な話なんだってば」

僕「う、うん……」

釘を刺されてしまう。

それでも、いまいち話が見えてこない。

僕は彼女に詳細を尋ねた。

春「……」

言葉に詰まる彼女。

春「……承諾してくれなきゃ、細かい事は言えないかな」

僕「どうして?」

春「……」

少しの沈黙の後で、彼女は話をしてくれた。
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 23:47:48.74 ID:ta9+BROAO
春「あのね、とても大切な事を話さないと助ける事は出来ないのよ」

春「でもそれを話してしまったら、方法を実行して助けないと……まあ秘密が漏れるのが嫌なだけ」

僕「……秘密って?」

春「まあ、方法っていうか手段かしらね。あ、お金とか取るタイプじゃないからね、疑うとは思うけど……」

僕(……正直、疑います)

春「……でも今の生活を変えたいんでしょ?」

春「何か生き甲斐を見つけて暮らしたい、でしょ?」

僕「それは……」

心の奥の何処かでは、いつもそう思っている。

だから何かを探して、僕は。

誰もいない街や公園をただ歩いていた。

何かが見つかるわけなんて、ないのに。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/19(火) 23:52:09.32 ID:ta9+BROAO
春「僕くんに久しぶりにあって、助けになれるならなりたいって……」

僕「……」

春「だから、お願い。私に任せて……ね?」

彼女とは昔馴染みとは言え、久しぶりに会った仲だ。

そして内容の見えない怪しい会話。

全く知らない世界に一歩を踏み出すなんて、臆病な僕の性格に全然似合っていない。

僕(でも……)

この日常が変わるなら……。

僕(話を聞くだけでもいいのかもしれないしな)
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 00:02:51.20 ID:Rc0ztT2AO
僕「わかった……よ」

春「うんっ……」

その時「」がニヤリと笑った。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 00:08:24.67 ID:Rc0ztT2AO
春「……じゃあそうと決まったら、また連絡するわね。準備も必要だからさ」

僕「準備って?」

春「まあ、あんまり気にしないでよ。僕くんは適当に待って……あ、連絡先交換しようよ」

僕「ん、うん……」

言われるままに、僕たちはお互いの携帯番号とメールアドレスを交換した。

春「はい、じゃあこれで。そろそろ出よっか?」

僕「そう、だね」

僕の言葉と同時に、彼女は伝票を取りながら席を立った。

僕「あ、いくらだっけ。ココアだから確か……」

春「いいよ。ここは私の奢りだよ」

僕「そんな悪いよ……」
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 00:13:04.30 ID:Rc0ztT2AO
春「大丈夫、この前お給料出たばかりだから、ねっ?」

ああそうだ、彼女は社会人なんだ。

僕「でもそれに甘えるのは……」

男として情けない気がする。

春「じゃあ次また一緒にこういう場所に来たらね。そしたら次の支払いはお願いしようかな」

僕「……うん」

でも、社会的に情けない僕はそのまま。

まだ見ぬ次の約束を胸に、彼女に全てを任せてしまう。

春「ふふっ、次はステーキとか食べに行きたいわー」

どうやらしっかり元以上を取るつもりらしい。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 00:18:32.07 ID:Rc0ztT2AO
春「……さっきの話さ」

喫茶店を出て、歩きながら。

彼女は突然口を開いた。

僕「さっきのって、不満がどうこうって奴?」

春「あはは違うよ。別にステーキじゃなくてもいいよ、って話ー」

僕「なんだ、お金のアレか……」

少し焦りながら僕は話をしている。

先ほどの事が、やはり気になる。

でも彼女はすぐにその話をしなかった。

春「何でもいいから、適当にご飯食べに行こうねー」

僕「……ちゃんと奢るからさ」

男としての、小さなプライド。

春「くすっ、楽しみにしてるよ」

女の子の、何かを期待したような微笑み。

一緒に出かける約束を、僕らはした。

多分これも、昔の記憶だ。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 00:49:05.79 ID:Rc0ztT2AO
春「……あ、私向こうだから」

僕「んっ、僕も」

春「今日は久しぶりに話せてよかったよ。ありがとう」

ニッコリ笑う彼女の顔に、影は見えない。

女の子らしい笑顔で……曇り空の下で僕を見つめて、そして。

春「連絡、するからね」

128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 00:55:44.12 ID:Rc0ztT2AO
僕「ん……あ、そう言えばさ」

別れ際、僕は一つの質問を彼女にした。

僕「春ちゃんは今何の仕事をしているの?」

春「ん……福祉とか医療とか、そういう関係かな」

僕「へぇ……」

春「じゃあ、ね」

僕「……」

質問に対して、少し彼女の顔が濁ったように見えたのは。

きっと真っ暗な空のせいだろう。

あるいは……。

僕(大人になると、みんなああいう顔が出来るようになるんだよな……)

あの表情は、成長してしまった彼女……いや大人にとっては当たり前なのかもしれない。

僕(大人、ね)

そんな事を考えながら僕は一人で、家に帰るための道を歩き出した。

歩く道には、誰も見えない。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 01:02:29.49 ID:Rc0ztT2AO
……。

春「……ふふっ」

誰もいない道を歩くのは、彼女も一緒だった。

ただ曇り空の下で自分にだけが聞こえるくらいの声で、小さく、小さくと喋っている。

春「……」

春「……」

それらは外部には聞こえない。

一言一言が終わる度に、彼女は笑顔を作りまた表情に影を作った。

春「……僕くん」

春「私と……」

言葉と共に、彼女は右手の人差し指で唇に小さく触れた。

いつかの、男の子に触れた感触を指でなぞりながら……彼女は言葉を呟いた。

春「一緒に同じ時間を生きよう、ね……」

でもその言葉は誰にも聞こえない。

ただ暗い道を一人で歩く彼女と、外灯の微かな火だけがそれを知っている。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/20(水) 01:40:06.21 ID:lwlOxAZIO

来ない中でもしっかり一つのセクション書き溜めてたんか
お見それしました
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/20(水) 02:18:19.32 ID:PqmkFsUSO
相変わらず駄菓子が好きだな

132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 02:55:32.95 ID:Rc0ztT2AO
……。

僕『んっ……』

『あ、起きた?』

僕『あれ、君は……』

『えへへ』

僕『?』

『ほら、いくよー』

『キャッチボールしようよ』

ぽん。

ポン。

ゴム毬のように、虹色のボールが弾んでは女の子の手元に戻る。

不思議だ。

『いくよー。えいっ』

僕『ああこの感覚は……』

ボールは空に飛んでいき、そのままポッ消えてしまう。

僕『夢……だ』

夢と意識した瞬間。

僕の意識も空に吸い込まれるように、途絶えた。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 03:02:13.61 ID:Rc0ztT2AO
僕「んっ……んん」

起きた。

夢から覚め、思い瞼を無理やり開く。

僕は枕元をまだ眠気でおぼつかないながらも探り、携帯を手に取った。

AM11:34

僕「まだお昼前か……」

珍しく早起きしたものだと、自分は心の中で思った。

んっ、と伸びをして体の強張りを取る。

今日は目覚めがいいようで僕の視界ははっきりと天井をとらえている。

起き出そう、と自然に思える目覚めだった。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 03:05:59.21 ID:Rc0ztT2AO
僕(普段なら二度寝をしてしまう所だけど)

僕はカーテンの隙間から空を見た。

今日はよく晴れているようで、窓の向こうの景色が何だかキラキラしているように見えた。

街がちょっとだけ、黄金色に光っているみたい、と言えば大げさになるかもしれないけれど。

とにかくそれくらいに、良い天気だった。

僕(……今日は、どうしようかな)
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 03:14:08.26 ID:Rc0ztT2AO
公園の子とは、昨日怒らせてしまい約束をしていない状態。

春ちゃんからは特に連絡も無く、かといって仕事中の彼女にこっちから何かを言うのもあまり歓迎はされないんだろう、と僕は思った。

僕(……彼女の事、やっぱり気になるな)

そうなると、公園の彼女の事が僕の頭の中に思い浮かぶ。

ちょっと変な子だけれども……僕はその何とも言えない雰囲気に何故か惹かれていた。

僕(夢で会ったからかな)

先ほどまで見ていた夢を、ぼうっと思い返す。

……ボールを持っていた子は、確かに彼女だった。

約束はしていなくても、公園には来ているかもしれない。

僕「……よし」

僕は公園に向かう事にした。

昨日より、少しだけ早い時間に起きて、支度をして。

正午が始まる前に、僕は外へと出掛けて行った……。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 03:20:13.12 ID:Rc0ztT2AO
女「あっ……」

僕「……やっ」

ベンチに座っていた彼女は、僕を見つける。

僕もまた挨拶をしながら彼女を見る。

女「んっ……」

その顔は、どうしていいのかわからない、と言う表情をしている。

僕(一応、喧嘩の後だもんなぁ……)

気まずいのは僕も同じだった。

女「……ごめんね」

僕「えっ」

女「昨日、ごめんねって」
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 03:27:50.77 ID:Rc0ztT2AO
女「ちょっと言い過ぎちゃった。許して、ね?」

先に彼女に謝られてしまい、何だか主導権を握られた気分だった。

だから続く彼女の言葉に対しても、僕はうんとしか言えずにいて……。

女「えへへ、ありがとう僕ちゃん。やっぱり優しいんだね」

僕(やっぱり、ね……)

そのやっぱりの意味を、僕は知らない。

僕「……ね、仲直りもした所でさ」

女「うん?」

僕「少しお話しようよ。君の事、知りたいな」

僕を知っている彼女の事を、僕は知りたかった。

女「うん、いいよっ。お話する〜」

こんな風に邪な影を見せずに笑う彼女に知り合いはいない……。

僕は少し胸が痛くなっような気がしたが、そのまま彼女の隣に座った。

女「何のお話するの〜?」

僕「……君は、一体誰?」

僕は率直に尋ねた。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 03:35:59.76 ID:Rc0ztT2AO
女「?」

僕「僕の事を知っているみたいだけどさ、僕は君を知らなくて……それで」

女「あ、もしかして忘れちゃってる? ほら、一年生と二年生の時に一緒だった、私」

僕(二年生まで? んー……)

彼女の顔を、まじまじと見つめてみる。

こんな子、大学で一緒にいただろうか?

正直……思い出せなかった。

僕「えっと、名前は? 携帯に入ってるかな……?」

女「けいたい? んと、名前はね……」

……。

言われた名前では出てこない、どうやら登録はしていなかったらしい。

彼女もそれに関しては「?」な顔をしていたから……まあ、あまり深くはなかった仲なんだろう。

僕「……でも、僕を覚えていてくれたんだ?」

女「忘れるわけないよー」
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 03:42:40.14 ID:Rc0ztT2AO
女「公園で会ってさ、思わず声かけちゃった。恥ずかしかったけど……」

恥ずかしかった、女の子にそんな事を言われるとむず痒さを覚えてしまう。

僕(こ、こっちが恥ずかしい)

女「えへへ、遊びたかったからね」

彼女は相変わらず、無邪気に笑っている。

僕は彼女の言葉に少し照れながら、下を向いていた。

あまり話した覚えも無く、でも向こうは僕を知っていて。

話しづらさを覚えるくらいだけど……。

女「ね、学校楽しかったよね〜」

彼女の隣は、居心地がよかった。

午後のベンチでゆっくりと流れる時間を、僕は確かに感じている。

僕(こんなに良い子を、忘れるはず無いんだけどなぁ……)
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 03:47:56.33 ID:Rc0ztT2AO
女「それでこのボールね。あの駄菓子屋さんで買った……」

僕「ね、ねえ。あのさっ」

女「ん?」

僕「二年生までは学校にいたんだよね? じゃあそれから後は……?」

女「はぁっ……本当に何も覚えてないんだね」

僕(た、ため息……)

女「転校したの。ちょっとお家で色々あって」

僕「そ、そうだったんだ。うん」

女「……まあ覚えてないんだから当然だよね」

僕「ご、ごめん」

本当に記憶が無い。

僕はもう一度、気持ちの中で小さくごめんなさいをした。

女「……あ、もう行かないと」
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 03:52:49.66 ID:Rc0ztT2AO
僕「え、もう?」

時計はまだ三時を過ぎた辺りで、空も明るい。

僕「帰る時間には早くない?」

女「あ、ごめんね。今日は出掛ける場所があるんだ」

僕「そ、そう……」

せっかくわだかまりも解けて、話せると思ったのに。

まあ、今日は彼女の事を知れただけで十分か。

僕「あ、ねえ。よかったら連絡先教えて、交換しようよ?」

僕はスッと携帯を手渡した。

女「……何?」

僕「携帯だよ、番号教えてくれないかな?」

女「……何、これ」

僕「えっ」
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 04:00:43.21 ID:Rc0ztT2AO
僕「あ、もしかして持ってない?」

女「う、うん……」

僕「今時珍しいね? 学校の時はどうしてたの?」

女「で、電話なんてあまりしないから。それにあまりお母さんに無理に頼めないし……」

ああ、家庭の事情もあるのかと僕は思い、それ以上はあまり何も言えなくなった。

僕「そっ、か。じゃあ僕の電話番号だけでも……何か書く物、持ってないよね?」

女「無い〜」

僕「ん〜……一応これなんだけどさ、ほら」

僕は携帯の画面を彼女に見せた。

女「……これくらいなら、覚えておけるかな。後で何かに書いとくよ〜」

僕「ん、本当?」

女「記憶力はいいんだよ。この番号にかければ……僕ちゃんと電話出来るんだよね?」

僕「う、うん……」

少しだけドキッとした。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 04:06:51.48 ID:Rc0ztT2AO
女「じゃあね〜」

今日はいつもの道と、別の方向へ彼女は歩いて行った。

姿が見えなくなるまで彼女を見送りながら、僕はまだベンチに座っている。

僕「……はぁ」

と、一息。

僕(大学時代の友達かぁ……)

僕「……あれ?」

一人になってから、僕の頭は強烈な違和感に襲われた。

大学時代?

つまり彼女と僕はこことは違う県にいて、一緒の学校にいた。

でも今は地元にいる?

僕と同じで?

出戻り?

でも地元が同じなら話題に出しただろうし、覚えているはずだ。

話して忘れているだけならば、それまでなんだけど……。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 04:13:52.11 ID:Rc0ztT2AO
僕(それにもう一つ……)

一昨日、彼女は僕にこう言った。

『去年まであんなにいっぱいお話してたのに』

僕「……」

はっきりと僕の目を見ながら。


去年まで。

僕(大学卒業……まで?)

四年生の記憶に、当然彼女はいない。

そして何より彼女自身が、二年生まで僕と一緒に大学に通っていたと言っていた。

この二年間の空白、そして彼女の言葉の矛盾は……どういう事だろう。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 04:20:03.62 ID:Rc0ztT2AO
僕「……あ、転校、か?」

二年生の時まで、と言うのは当然転校で解決する。

僕「それでこの地元に戻ってきて」

四年生になった僕と会話をよくしていて……。

僕「そんな事欠片も無かったし……やっぱり、どうしても記憶に無いよなぁ」

無理やりに考えれば、片方の矛盾は消える。

しかしどうしても、去年まで、の部分に関しては何一つとして思い浮かばない。

去年もなにも……僕は彼女と話した記憶が無いのだから。

僕(本当に、去年なのか? 彼女の記憶が色々間違っているんじゃないか)

最終的に僕はそう疑うようになった。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 04:24:51.83 ID:Rc0ztT2AO
僕「……止めた、頭痛いし」

答えのない問題を考えるのは趣味じゃない。

結局僕は、また聞けばいいやと言った軽い気持ちでこの問題を片付けた。

僕「……明日また、話して聞けば」

明日……。


僕一人では、どうしようも無いその時間。

抜け出せない、一人では帰れない。

僕はただベンチに座って。

来ない誰かをずっと、ずっと待ち続けていた。

……。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 04:34:58.37 ID:Rc0ztT2AO
……。

彼女にとってのいつもの公園。

母と娘は、いつもの場所とは違う所にいた。


女「……」

嫌だな、彼女は単純そう思っていた。

この建物の雰囲気、扉を開けた瞬間に一気に広がる薬の匂い。

「施設」の部屋の感じや白衣着た人たち。

殺風景な廊下、音楽でなく人を呼び出す声しか流れないスピーカー。

そして……。



「……いらっしゃい。こんにちは」

女「……」

マスクで顔を隠した女の先生が、何よりもの苦手だった。

女「……こんにちは」

「ふふっ」

濁った影のような笑顔で、じっくりとを見つめてくるその視線が堪らなく嫌だった。

今日も長い長い診察時間が始まる……。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 04:45:03.39 ID:Rc0ztT2AO
帰り道、薬の袋とボール握りながら歩いていた。

母は何も言わずにすぐ前を歩いていて。

夕焼けが影になり、少女の目に光は届いていない。

薬の袋には「精神安定剤」

紫色のボールには油性の黒い太マジックで書かれた「090XXXXXXXX」の彼への電話番号。

女(えへへ、病院でマジック借りられてよかった。さすがに忘れそうだったから……危ない危ない)

ニコニコとボールを見つめながら、少女は歩いていた。

いつ電話をしようか、夕飯の後がいいか。

迷惑じゃないかな、お父さんとかが電話に出たら恥ずかしいな……やっぱり明日にしようか。

女(……くすっ、なんてね)

誰にも聞こえないように、心の中でそう笑った。

この番号に電話をして話せば、彼に会う事が出来る。

少女はそう信じて疑わなかった。

夕日は沈み、空はもう黒が混ざっていた程なのに。

その顔はいつまでたっても明るいものだった。
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/20(水) 04:56:53.95 ID:Rc0ztT2AO
……。

「くすっ」

「嬉しそうにボールなんて抱えて」

「……本当、微笑ましいわね」

くすくす。


「電話……しなきゃ」

「ねえ、僕。これからは」

「あの子」がいない場所でずっと。

一緒に……。

ピッ、ピッピッ。

090XXXXXXXX

プルルルル。

プルルルル。

プルル……。

プル……。

ピッ。


僕『もしもし……春ちゃん?』
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/20(水) 10:48:16.82 ID:lDPHjt8Wo
なぜここで中断するんだ!
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/21(木) 15:03:55.12 ID:VzcnPeQSO
引っ張るなぁ
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 01:54:55.20 ID:07GhoWRAO
春『や。今大丈夫?』

僕『大丈夫、どうかしたの?』

春『んー、例の件。細かい事を話したいんだ』

僕『ん……』

春『ね、一回私の職場に来てよ。そこで話すから』

僕『職場? どうしてそんな所で?』

春『そっちの方が都合がいいのよ。すぐに行動に移る事も出来るし』

僕『そ、そうなんだ。それならば……』

僕『あ、ちなみに場所は?』

春『ああ、えっとね……街の外れにある医療機関の……』
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 02:01:02.45 ID:07GhoWRAO
春『場所、わかったかしら?』

僕『……何となく』

春『じゃあ今から来れる?』

僕『い、今から? もう結構夜だけど……』

春『夜だから、よ。日中は忙しいからどっちみち会えないし、これくらいの方が都合いいの』

僕『ん……そう、なんだ』

春『今日が無理なら、明日でもいいけど?』

僕『……』

僕『いや、行くよ大丈夫』

春『そう? じゃあ待ってるわね』

僕『……』

ピッ。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 02:14:31.67 ID:07GhoWRAO
家を出て、街外れに向かい歩く事ニ十分。

うっすらと林に囲まれた間に、真っ白い建物が見える。

一見病院のように見えるが彼女の説明によると、施設自体は医療班、精神科医による研究や実験が行われている。

特に患者を見ているわけではないらしく、来訪者はあまりいないと話していたが……。

たまに訪ねて来る患者も、病院というよりは「相談所」のような形で来る事が多い……と聞いた。

中には介護の悩みや老人施設の施設長が来たりと、その役割は様々だ。

『医療機関』『医療や福祉』と彼女が言っていたのも何となくわかる気がした。


僕「さて、着いたはいいが……」

入り口のガラス扉は鍵が閉まっていた。

中から明かりは見えるが、どうしようもない。

玄関先で途方にくれていると、丁度彼女から電話がかかってきた。

僕は少し驚きながらも、通話ボタンを押した。

ピッ。
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 02:22:46.67 ID:07GhoWRAO
春『もしもし〜、着いたみたいだね。裏に回ってよ、出入口があるからさ』

カメラか何かで僕が見えるのだろうか。

タイミングの良さに、また少し戸惑う。

それでも言われたままに僕は建物の裏へ回った。

『非常口』

と、ドアの上に緑のライトとマークが灯っている。

春『そこから入って。そう……次は右側にある階段を……』

中に入った瞬間、病院や歯医者のような独特の匂いが僕の鼻を襲う。

廊下は薄暗く、あまり向こうまでは見渡す事が出来なかった。

言われるままに、階段を上がり二階に到着した。

春『一番奥の部屋……』

廊下の向こうに明かりが見える。

僕は奥に向かって、歩き出した。
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 02:30:21.69 ID:07GhoWRAO
僕『……廊下、暗いね』

歩きながら、電話の向こうの彼女に話しかけてみる。

暗くて音のないこの空間を一人で歩くのは若干寂しいからだ。

春『今は私以外誰もいないからね。居残り中なのよ』

僕『僕が入って大丈夫なの?』

春『大丈夫だよ、気にしないで。あ、鍵はしてないから適当に来てね』

廊下はまだ終わらない、もう少し。

この暗闇は一人で夜の病院にいるようで……なんだか苦手だった。

僕は少し早足になりながら、奥の部屋までたどり着いた。

扉を開けると、白い光の空間が僕の前に広がった。

春「……いらっしゃい」

そこには、少し大きなマスクで顔を隠した彼女が、椅子に座って僕を待っていた。

僕は携帯の通話を切り……中から扉を閉めた。


背中の廊下では光が無くなり完全な黒になった。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 02:40:46.31 ID:07GhoWRAO
春「こんな時間に呼び出して、ごめんなさいね」

春「あ、座って座って。今お茶いれるから」

僕「あ、うん……その白衣、仕事着?」

春「ん、そうだよ。心療系の……研究を中心にね」

僕「ふーん……」

白衣にマスク。

姿だけを見れば医者のようにも見えるが、彼女からは何処と無くそんな空気を感じないのは、机に山積みにされた資料とファイル。

そして分厚い本と言った、まるで学者のような環境の中にいるから、だろうか。

春「はい、どうぞ」

僕「あ、ありがとう……」

春「……それで、ね」

出されたお茶を飲むより早く、彼女は僕に話を始めた。

春「例の件なんだけれど……」

以外と、緊張しているのかもしれない。

……彼女の言葉に僕の喉が、思わずゴクッと鳴ったのが部屋に響いてしまう。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 02:53:44.02 ID:07GhoWRAO
春「ここに来てくれたって事は、私に任せてくれるんだよね?」

彼女が何かを確認するように、僕に尋ねた。

僕「……まあ、助けてもらうのにあまり言える立場じゃないけどさ。春ちゃんが何かしてくれるのなら……」

助ける、の意味がわからない内は無難な返事しか出来ない。

僕(それでも、女の子に助けてもらうのは何だかプライドが……)

例えば、彼女が善意でお金を援助してくれるとか。

そう言った話だったら潔く断ろう、と心の中で思っていた。

もしそれが、例えば職探しに協力してくれる、働ける場所を探してくれると言った……「自分の中で前向きになれる事」ならば彼女の世話になってしまおう、と。

恩を返すのは働いて立派になってから。

それまでは我慢してちょっと頑張ってみようか……なんて。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 03:04:12.70 ID:07GhoWRAO
心の中ではこんな事を勝手に考えている自分がいた。

今まででは考えられないくらいに、前向きな気持ち。

自分でも信じられないくらいだった。

僕(……公園の彼女と出会ってから、かな)

そんな事を思いながら、僕は春ちゃんにわからないように含み笑い。


春「あのね、助けるって言うのはね……」

頑張ろう。

小さくそう思っていた。

僕のため、彼女のため。

助け船を出してくれる春ちゃんのために。


でも……。

春「僕くんの世界を、変えてあげるって事なの」

春「今この時間じゃない場所へ、連れていってあげるから」

僕「え……」


……僕が聞いた言葉は現実を生きる言葉では無くて。

春「ねっ?」

マスクに隠れた春ちゃんの笑顔が、少し不気味に感じるくらいに僕を見つめていて。


ゆらっ


僕「……あ、あれ……?」


視界が、歪む。

春「ふふっ、効いてきた? 大丈夫、痛くないから……痛くないから」


ねむ……い……?
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 03:20:19.48 ID:07GhoWRAO
いや、眠いと言うよりは……思考が止まる感じか。

体に全く力が入らない……。

意識は濁りながらも、椅子から滑り落ちる衝撃を体に感じ、天井の蛍光灯を眩しく思っている僕の意識がここにあった。

僕「か……あ……」

僕の喉は動いてくれず、言葉を出す事が出来ない。

床の冷たい感触だけが、ただ体全体に広がっている。

春「ふふっ……よいしょっと。こっちね……」

僕は彼女に抱き抱えられると、人形をしたベッドに横たわるように置かれた。

だらしなく体重をかけ、体を沈める。

これは、カウンセリングなどで使うタイプの物だろうか……。

頭の何処かでは冷静で、ぼうっとただそんな事を考えている。

春「はい。じゃあ今から……」

春ちゃんの声が聞こえる。

ベッドに這いつくばっている僕は目を半開きにしたまま、彼女が何かを話すのを……ただ黙って見ている事しか出来なかった。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 03:29:54.91 ID:07GhoWRAO
春「いくつか質問しますからねー。頭の中で考えて下さいね」

春「焦らず、ゆっくりと。それでいて確実に、ですからね?」

春ちゃんはニッコリと、まるでカウンセラーの先生がこれから患者の診察をするような口調で話をしている。

僕(あたまの……なかで?)

僕はただ虚ろに、目の前の白衣の先生を見つめて……。

飛び飛びで、何とか耳に入ってくるキーワードについて思考する事しか出来ない。

春「では最初に……」


僕(ああ……「かげ」だ)

マスクの向こうで、また影がニヤリと笑っていた。
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 03:45:28.90 ID:07GhoWRAO
春「お名前と、年齢を教えて下さい。嫌ならば何も答えなくて大丈夫ですよ」

僕(なまえは……ぼく……)


僕(としは……いわない)


春「……はい、僕くんですね。最近何か嬉しかった事はありますか? どんな小さな事でもいいですよ」

僕(ぁー……)


僕(……ともだちとはなしができた、かなあ)


春「お友達、ですね。どんな人ですか?」


僕(えっ、と)


僕(こうえんにいるおんなのこや……なつかしい、おともだち……)


春「ふふっ、ありがとうね」

春「……その女の子は余計だけど、まあいいです」

春「どうせこのすぐ後には消えちゃうんだから、ね」


僕(あのこが……きえる……?)

春「はい、次です。今まで女性と付き合った事はありますか?」

春「また、彼女と一番楽しかった思い出はいつの時の話ですか?」

なんだろう、今とても大事な事を聞いた気がしたのに。

言葉を思考に重ねられると、脳内の情報は一気に上書きされた言葉一色に染まり、変化してしまう。。

ああ……忘れた。

早く次の質問に答えないと。


僕(あの……ね……こうこうじだいに、くらすでとても、にんきなひとと……)


僕はそのまま、彼女の質問の数々を聞き、微睡んだ頭の中でそれに答え続けた……。

先ほどの言葉を、もう思い出せないままに……。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 03:55:55.24 ID:07GhoWRAO
春「……じゃあ、先ほど出てきた大学時代の友人は?」

僕(べつに……とくに……かんけいない)

春「……はい。わかりました」

どれくらい時間が経っただろうか。

数えきれないくらいの質問をされ、ようやく彼女の言葉が止まった。

僕の意識は一定の場所から、全く動いていない。

春「ふむ、見ると高校時代の気持ちが強い、か」

春「……でも時間が意外と近いわね。大丈夫かしら」

手元のメモを見ながら、彼女が何かを呟いている。

春「いざとなれば、順番に……を……」

春「最悪、……学校まで……」

聞こえない。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 04:04:43.83 ID:07GhoWRAO
春「……よし」

彼女は何かを決心したように、僕を見つめてきた。

メモを見ていた彼女の瞳が、僕の虚ろな瞳とパッチリと合った。

僕は微動だにせず、彼女を見つめている。

春「ふふっ、決まり」

何が決まったのだろう。

彼女は満足そうにニッコリと笑い、手を下の方に伸ばした。

ただ診療ベッドに横たわっている僕には、何一つ彼女の事はわからない。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 04:10:19.30 ID:07GhoWRAO
春「んー……」

スッと、彼女はベッドの下から何かを取り出した。

少し大きめの……ヘッドホンだろうか。

ただそれを見ても、僕には何の反応も出来なかったが。

春「これからが本番だからね……」

僕の耳に真っ暗なヘッドホンが当てられた。

「〜♪ 〜♪」

……この曲は。

春「ふふっ。懐かしいでしょ。高校時代に流行った曲だよ」

耳の両方から、音楽が聞こえている。

音量は絞られているようで、ヘッドホン越しにも彼女の声は僕の耳に届いている。

意識は相変わらず朦朧としているけれど……。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 04:30:42.11 ID:07GhoWRAO
春「はい。リラックスして……体の力を抜いて」

僕(ちからなんて、もとからはいらないよ……)

春「……段々僕くんの意識は遠く、遠くなります」

僕(とお、く)

瞼が重い。

さっきまで見えていた天井の明かりも……。

春「はい……段々、だんだん……」

今はただ真っ暗で。

僕(だんだん……)

さっきまで、まだ浮かんでいたと思っていた意識が。

コトリ、と一番底に沈んだのが自分でわかった。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 04:32:18.14 ID:07GhoWRAO
眠りに入る、一歩手前のような心地よさが僕の脳内に広がっている。

春「この曲が発売された頃に……僕くんはクラスで人気だったあの女の子と付き合ったんですよね?」

そこからまた、彼女の質問する声が聞こえた。

ああ……そう言えば、それくらいの時期だったっけか。

僕(は……い)

僕は無意識に心の中で返事をした。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 04:47:33.73 ID:07GhoWRAO
春「彼女もこの曲を好きで……よく聞いていた?」

僕(はい……)

春「僕くんにとっても、彼女にとっても大切な思い出ですよね」

「〜♪♪♪」

ここで少し音楽が大きくなった。

意識は一番深い場所から、更にその下へ引きずり込まれていくような……そんな気がした。

足下の水の中で、誰かがおいで、おいでをしている。


春「その素敵な思い出を」

その誰かは、春ちゃんだった。
春「失った世界で」

僕の感覚が、遠くなる。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 04:52:40.66 ID:07GhoWRAO
「♪♪♪♪♪」

言葉と共に、音楽は更に大きくなる。


彼女の淡々とした声と、思い出の曲だけが僕を満たして。


ニッコリと。

水中の影が、笑って。

彼女は僕に、最後の言葉を優しく言ってくれた。


「僕は、私と一緒に生きるの」


彼女がそれを言い終わった瞬間、僕の体は全部、水の中に音も無く落ちていった……。

……。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 05:02:19.60 ID:07GhoWRAO
春「ふ……ふふっ」

春「大丈夫だよ」

その声は、彼女以外には聞こえていなかった。

遠い場所でボールを手イタズラしている女の子にも、部屋で横たわっている男の子にも……何一言も。

春「私が……ちゃんと助けてあげるからね」

真っ白な部屋の中で、彼女は一人笑いながら「影」を作った。


春「……んっ」

チュッ。

マスクを外し、ベッドで眠っている彼の唇に優しくキスをする。

その温もりは、もうここにいない彼には届いていなかった……。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/22(金) 05:03:05.60 ID:07GhoWRAO
なかなか来れなくて申し訳ないです。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/22(金) 11:36:40.16 ID:eMpOdhDjo
ちゃんと書いてくれるなら問題ないよ
ってか春ちゃんこえーよ
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/22(金) 14:23:56.79 ID:SiOWwixSO

更新頻度はそれなりに高い方だと思われ

春ちゃんヤンデレ?
どうなるのだろうか…
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 00:07:21.84 ID:s+EkQXUAO
……

僕「……」

ん?

ここは何処だろう。

おかしいな、なんでこんな場所で寝てるんだ?。

起きろ、起きろ。

起きろ……。

僕「ん……」

僕「あれ? 何処だ……ここ」
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 00:12:43.01 ID:s+EkQXUAO
辺りは真っ暗で、様子がよくわからない。

何面もある窓に、全てカーテンがかかっているのが見える。

様子はよくわからないが、ただっ広い部屋にいる事だけは確かだった。

僕「……?」

僕はポケットの携帯を取り出してみる。

時間は夜の八時だった。

僕「……?」

どうして僕はこんな場所にいる?

……。

ダメだ、何も思い出せない。

僕「……とりあえず帰らないと」

僕は部屋を後にして、長い廊下へと出て行った。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 00:22:32.39 ID:s+EkQXUAO
廊下ただをひたすら歩いている。

真っ暗な通路の横にはズラリと並んだロッカーと、いくつもの教室。

明かりはないが、通いなれた道だ。

造りと雰囲気はよくわかっていた。

教室を横目に階段を降りて……正面玄関まで、何の苦労もたどり着く事が出来た。

僕「……あれ?」

誰かが、玄関の前に立っていた。

見覚えのある……。

春「あ、今帰り?」

それは同じクラスの春ちゃんだった。

僕「……春、ちゃん?」

暗がりの中で思わず確認をとってしまう。

こんな時間に知っている人が残っているのが、ちょっと不思議だったからだ。

春「今帰り?」

僕「あ……うん」

僕は曖昧に返事をした。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/04/24(日) 00:32:05.58 ID:s+EkQXUAO
春「待っててよかったよ。ねえ、一緒に帰らないっ?」

玄関を出ると、彼女は明るい声で僕にそう言ってきたんだ。

僕「そうだね。もう夜も遅いし……」

特に断る理由もない。

僕はさらっと、半分は流すような感じで返事をした。

彼女と一緒帰るのはこれが初めてってわけじゃない。

誘われたって特に何かがあるわけじゃあ……。

って、あれ?

でも今は、ちょっと引っ掛かる部分に気付いた。

彼女の言った待っててよかった、ってどういう意味なんだろう。

春「〜♪」

言葉に疑問を感じ、僕は思わず彼女にそれを尋ねてみた。

僕「あ、ねえ。待ってたってどういう事?」

春「んっ?」

僕「いや、さっき待っててよかったって言ってたから……」

春「?」

言っている意味が伝わってないのだろうか。

彼女の表情は、何一つ理解をしていないようだった。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 00:42:52.63 ID:s+EkQXUAO
僕「いや、だからっ!」

むきになってもう一度。

僕は始めからの言葉を並べて説明した。

僕「本当に、こんな時間まで僕が帰るのを待っててくれたのかって……そう聞いてるんだよ」

春「え? うん、当たり前じゃないの。それがどうかしたの?」

さらっと、今度は彼女に余裕な雰囲気で答えられてしまう。

僕「どうかしたの、って……」

春「これぐらいだったら全然待つよ? 用事のつ、ついでだからさ」

少し慌てた様子で彼女は言った。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 00:48:40.46 ID:s+EkQXUAO
僕「用事って?」

春「……べっつにー」

僕「あやしいな」

春「し、知らないわよ……」

その雰囲気に何か違和感を感じて……僕は更に彼女を問い詰めてみた。

僕「いやいや、こんな時間まで残ってる用事なんて無いでしょ。九時近くだよ? どうして玄関に……」

春「……ああ、もうっ。うるさいなぁ」

パッと彼女は僕の方を向き、ちょっと見上げるような視線を送りながら。

春「好きな人を待ってるのくらい、当たり前でしょ?」

恥ずかしがる様子も無く、彼女はこう言った。

好きな……人?

僕「好きな……人?」

思った事がそのまま、僕の口から出ていった。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 00:56:56.02 ID:s+EkQXUAO
春「そ、そうよ。あ、あ、当たり前じゃないの……一緒に帰りたいんだから……」

僕「……え〜っと」

僕「こ、告白?」

春「ち、違うわよっ。告白はもうしたでしょ! 今のは気持ちをちゃんと言っただけ!」

春「どっかの誰かさんがあまりにしつこいから、わざわざ言ってあげたの!」

言葉が増えるに連れて、彼女が焦りだしているのがわかる。

恥ずかしがりながら、僕と話している様子はまるで恋人のようだった……。

僕「え……っと」

僕「えっと、告白はもうしたって……?」

春「……したじゃん。二週間前」

僕「……あ」
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 01:00:37.02 ID:s+EkQXUAO
そのワードに、僕は反応して。

何だか頭の霧が晴れたような感覚になった。

二週間前……確かに彼女からの告白を受けていた。

放課後に校舎裏に呼び出されて、告白されたという。

学生にはよくあるシチュエーションだったのを覚えている。

春「それで……僕くんからオッケー貰えてさ」

春「私、すごく嬉しかったんだよ……」

気丈な彼女の目が、少しだけ。

ほんの少しだけ潤んでいるのが見える。

僕「……ああ、うん。そうだったね、ごめん」
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 01:06:21.12 ID:s+EkQXUAO
春「……ううん、私こそごめんね。少し不安になっちゃって、つい」

僕「いや……」

気まずい、言葉のさじ加減。

……。

それからはお互いに無言で、残りの帰り道を静かに歩いていった。

まるで時間がゆっくりになったかのように、重い重い空気が二人の間に流れているのがわかった。

僕「……」

春「……ねえ」

ふいに、彼女が口を開いた。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 01:14:40.17 ID:s+EkQXUAO
春「私なんかと付き合って……本当によかったの?」

僕「えっ……」

顔を下に向けながら、彼女が僕に質問をした。

春「……嫌い?」

その一言は、冷たくて重い。


僕「嫌い、なんかじゃないよ」

僕はその答えが当たり前であるかのように、すぐに彼女に返事をした。

春「本当に? 本当に嫌いじゃない?」

僕「うん。嫌いだったら付き合わなかったし、それに……正直まだ照れてる部分もあるんだよ」

僕「付き合ったのなんて、春ちゃんが初めてだしさ。どういう風にしていけばいいのかも、まだわからなくて……」

僕「だから、一緒に探して行きたいな、って」


……あれ?

僕には確か好きな人も、高校で付き合った人も
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 01:20:51.20 ID:s+EkQXUAO
春「えへへ……」

春「そう言ってくれて嬉しいよ」

春「ありがとう」

キュッと、制服の袖をつかまれて僕はドキッとする。

それだけで頭の中は一瞬にして真っ白になってしまう。

春「ねえ……手、繋いで?」

僕「う、うん……」

ゆっくり、ゆっくりと握った彼女の手は少し冷たくて。

でも人の温もりを感じる、優しい手だった。

春「……暖かい」
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 01:27:10.79 ID:s+EkQXUAO
僕「暖かい、ね」

春「幸せ……」

僕「うん、幸せだ……」

二人、夜の帰り道をゆっくりと歩く。

ああ、彼女と付き合ってよかったじゃないか。

前に付き合っていた「あの子」には悪いけれど……。

僕「……あ」

春「……なに?」

僕「思い出した、彼女の事」

春「んっ?」

僕「ほら、僕が付き合っていた……クラスのヒロインだった「」て子」

春「……」

春「なに、いってるの?」

僕「い、いや、嫉妬はしちゃうかもだけどさ。ちょっと思い出しちゃったから……」

春「だから、なにいってるのって」

春「そんな名前のひと。いないよ」

僕「え……」

春「いないんだよ?」

君は、私と付き合ったのが初めてなんだから……。

いないよ?

いないんだよ。

ね?
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 01:33:39.86 ID:s+EkQXUAO
『そんなひといないんだってば』

え、でも。

『君は最初から一人で』

確かに僕は。

『私と付き合って』

付き合った人がいたはずだよ。

『これからも一緒で』

いた?

『変わらないの』

今はいないんだっけ、か。

『だから明日も』

春ちゃんと一緒?

『ちゃんと学校に来てね?』

うん、行く。

一緒に楽しく勉強しよう

またあの大きい白い教室に行けばいいんだね。

『大丈夫、君は私とずっと一緒だから』

あの部屋にまた行く。

『あの子みたいに、置き去りにしないから』

あの子?

ね?

あの子って、誰だっけ?

ね?

誰の事?

ね?

……。

……ね。

……うん。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 01:45:39.56 ID:s+EkQXUAO
……。

春『……ん、じゃあね。気をつけて帰ってね』

春『大丈夫、また明日。うん』

春『宿題忘れちゃダメだからね! あ、それと』

春『寝る前にメールしてね。おやすみなさい、言いたいから』

春『うん、わかってるって。じゃあ……バイバ〜イ』

春『……』

春「ふふっ、なんてね」

別れた男の子の背中を見つめながら、白衣の彼女が笑う。

また明日、あの場所で彼に会う事が出来る。

白衣の彼女にはそれが楽しみで仕方がなかった。

朝早くから夕方遅くまで、好きな人と一緒にいる事が出来る。

そんな、学校「のような」場所が彼女は好きだった。

学生時代のトキメキが、ほんの少しだけ胸中に蘇った気がした。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 01:51:05.35 ID:s+EkQXUAO
まあ、好きじゃなくともほぼ毎日顔を出さなければいけない場所なのだが……。

春「また、明日ね」

春「僕……」

くすっ、と嫌な事を忘れるように小さく含み笑い。

もう夜も遅い。

大人は出歩ける時間だが、今日は帰る事にしよう。

春(明日も早いんだから……)

帰ったらすぐに寝てしまいそうだ。

春(おやすみ、僕……)

フラりと街を歩く白衣の彼女は、夜の黒と合わさって美しく見えた。

マスクをしていなかったので、顔に浮かんだ真っ黒な「影」だけが夜の風景に溶け込んでいた。

「僕」と「彼女」
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 02:02:00.39 ID:s+EkQXUAO
……。

おはよう。

おはよう、と。

生徒たちは校門の前で挨拶をして、ぞろぞろと門から校庭内に入っていく。

友達と談笑しながら。

あるいは一人静かに歩きながら。

様子は様々だが、朝の学校では当たり前の光景だ。

僕「……あ、おはよう」

僕もその当たり前の光景の中にいる。

向こうから歩いてきたクラスメイトに挨拶を返す。

クラスメイトはさっさと先に行ってしまった。

僕もまた一歩、一歩と校舎に向かって歩いている。

僕「……いい天気だなぁ」

校庭横に大量に生えている木々の枝葉が、風でこうこうと揺れている。

太陽も空気も風も、全てが暖かい。

僕は弾むような気分で校庭を歩いていた。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 02:12:16.58 ID:s+EkQXUAO
春「やっ、おはよう」

僕「あ、春ちゃん……」

僕が浮かれている理由の一つ。

彼女が僕の肩を優しく叩いて挨拶をしてきた。

春「元気みたいだね。よかったよかった」

僕「昨日は早く寝たからね、って。寝る前にメールくれなかったでしょ?」

春「あ、ごめ〜ん。疲れてたからすぐに寝ちゃった。本当にごめんね?」

僕「……全く。別にいいけどさ」

春「あ、拗ねちゃった? くすっ、子供みたいで可愛いよ〜」

僕「はいはい。ほら、教室行くよ」

春「あ、待って待って〜」

僕は、幸せだ。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 02:19:06.39 ID:s+EkQXUAO
校庭でじゃれあい、そのまま。

靴を履き替え、校内へ。

僕と彼女は教室に向かって歩いていた。

春「……はあ。今日はなんか憂鬱」

僕「ん?」

春「あ、こっちの話。早くお休みにならないかな〜って」

僕「お休みかぁ。今日行けば明後日は土曜日で休みじゃん、少しの我慢だよ」

春「む〜……それはね〜……」

僕「?」

春「……ううん、何でもない。早く部屋に行こうよ」

僕「ん、うん」

春「……はぁ、休みかぁ」

僕「……?」
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 02:27:57.94 ID:s+EkQXUAO
なんだろう、何か変な事でも言ったかな?

彼女はあまり嬉しそうな反応を見せるでもなく、スタスタと歩いている。

明後日は土曜日で、学校は無いんじゃないのか?

それとも……。

僕(あ、土日も忙しくて休めないとか、かな?)

僕は勝手に心の中でそんな解釈をしていた。

僕(あとは課外授業とかがあって、休み無し、とか?)

僕(う〜ん……)

あれこれ考えているうちに、僕たちの教室が見えてきた。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 02:33:28.11 ID:s+EkQXUAO
僕(ま、また聞けばいいか)

何はともあれ、と扉を開けて中に入った。

すると……。

……ぞくっ。

春「おはよう〜」

僕「おは……」
僕「……!」

……。

扉を開けて教室に入るなり、僕は強烈な違和感を覚えた。

違う、違和感どころの話じゃない。

春「……どうしたの?」

僕「い、いや」

春「お部屋、入らないの? もう授業始まっちゃうよ?」

僕「……」

春「ほら。一緒に教室入ろうよ」
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 02:42:01.44 ID:s+EkQXUAO
グイッと彼女が僕を引っ張った。

そうだ、確かにここは僕の高校で、知っている教室のはずだ。

僕(はず、なのに……)

一歩を踏み出すのが、たまらなく怖い。

僕(だって)

僕の感じた違和感。

それは……。

「おはよう」

「おはようございます」

「……おはよう」

僕が知っている同級生が……一人もこの教室にはいなかったという事だ。

教室の誰を見ても……入ってくるその顔全てに、見覚えが無い。

春「……どうしたの、僕くん」

ゆらりと、僕の後ろの「影」が揺れた。
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 02:45:14.95 ID:s+EkQXUAO
春『あーあ、まだ取らないとダメなんだぁ……』
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 02:48:22.36 ID:s+EkQXUAO
僕「え……」

僕が振り向くよりも。

後ろから……何かを素早く口に押し当てられた。

甘い甘い、春の匂いに。

僕(あ……)

僕の意識は濁り……そして沈んでいった。
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 03:01:22.10 ID:s+EkQXUAO
春「……く、僕……」

僕「……ん」

春「あ、起きた? 早く教科書開いて。ほら、朗読の順番回ってくるよ」

僕「ろう……どく?」

春「……今現代文だよ」

僕「……」

頭がボーッとする。

ああ、いつもの居眠りだったか。

それにしては、やけに深く眠っていた気がするなぁ……。

僕(……と、いかんいかん。授業中か)

僕「ありがとうね、春ちゃん」

ヒソッと前の机の方で立っている彼女にお礼を言った。

彼女はニコッと笑いながら、ホワイトボードに向かい何かを書いていた。

博愛、カウンセリング、介護。

僕(えっと、今は倫理の授業だっけか)

僕(書き取り書き取り、と……)

頭がボーッとする。

僕はただノートをとりながら、春ちゃんの背中を虚ろに見つめていた。

白衣の彼女は相変わらず可愛かった。
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 03:12:14.83 ID:s+EkQXUAO
僕「……」

僕は何の気なしに、教室を見回してみた。

教室にいる誰もが、ホワイトボードを見、一心不乱にメモをとっている。

その顔ぶれは……。

僕(顔?)

顔は……。

僕(クラス……みんなこんな雰囲気だった、よな)

教室のどこを見回しても、かつての親友や恋人。

よく遊んだ友人から、ちょっと苦手だった奴まで……その誰もがこんな感じだったと思う。

少し、クラスの人数も減ったみたいだけど……。

僕(でも、いいんだ)

春『……以上の事から、セラピーにおける心理上の……』

僕には彼女がいるから。

彼女の事を忘れてさえいなければ、それでいい。

そんな存在がいる事が、幸せ……。

彼女……?


「お…………ん……に」
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 03:14:29.33 ID:s+EkQXUAO
僕「?」

頭の中で小さな。

とても、小さな声が聞こえた。

それは声にもならないくらいの声。

でも、はっきりと僕の頭の中に……。

僕「……」

僕は耳をすませてもう一度、その声を聞こうとした。

……。

声は、もう聞こえる事は無かった。
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 03:22:33.82 ID:s+EkQXUAO
キーン、キーン、キーン。

しかし僕の思考を遮るようにチャイムが鳴った。

慣れない金属音が三つ並んだように鳴り響いている、授業の終わりを知らせるチャイムだったか。

僕の集中力も、それが鳴る同時にぷっつりと切れてしまった。

僕「……ん」

僕(何だったんだろう、今の)

春「ふう、お疲れ。ねえ、ご飯一緒に食べに行こうよ」

僕「あ……うん」

考える暇もなく、僕は春ちゃんと合流し昼食をとる事になった。

小難しい事はいいだろう、なんせ今から楽しいご飯の時間なんだ……。
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/24(日) 03:26:13.79 ID:s+EkQXUAO
春「えへへ、今日は私がお弁当作ってきたんだ。まずは卵焼きに……ミートボールに……」

僕は彼女の手料理に浮かれ、時間を過ごした。

どうだっていいじゃないか、そんなわからない事。

今は嬉しそうにお弁当箱を広げる、彼女の方が大切な事だ。

僕はただ幸せな時間に埋もれて……生きていればいい。

春「はい、あ〜ん」

目の前の笑顔を見ながら……僕はそう感じていた。

春「……美味しい?」

僕「……うん、美味しいよ」

春『ふふっ、よかった』


僕の時間はまだ、止まらない……。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/24(日) 08:24:48.79 ID:S7T4CU/SO
これは怖い
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(島根県) :2011/04/25(月) 17:35:02.90 ID:lgGEyH56o
こんだけ愛されてみたいなとも思う
思ってしまう
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/26(火) 23:10:43.01 ID:SFZmbUGAO
僕「え、本当に課外授業なんてあったっけか?」

放課後の教室。

僕と春ちゃんは二人きりでそこに残っていた。

居残りの理由は何もない……ただ雑談をするだけの時間を一緒に過ごしている。

春「うん。明日と明後日の午前中、もちろん僕くんも来るわよね?」

夕焼けの光が机に反射して、世界が拡散している。

僕は机に座りながら。

僕「……面倒だね」

思わず本音を口に出てしまう。

春「面倒でもちゃんと来ないとダメだよ?」

僕「でも……」

春「でもじゃないの。めっ」

ペシッと、おでこを叩く彼女。

その指の感触を僕は優しく感じていた。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/26(火) 23:20:43.54 ID:SFZmbUGAO
僕「……はいはい。わかったよ、ちゃんと来るよ」

春「くすっ、よろしい」

そう言うと彼女の指は、スッと僕の頭を撫でるような手つきに変わった……。

細い指先が二、三度僕の髪の毛を撫で上げている。

その手触りと頭が感じる刺激が、たまらなく気持ちよくて心地よかった。

春「ふふっ……」

僕「……ねえ」

春「ん〜。なに?」

僕「課外授業って事はそんなに遅くならないよね? 終わったら一緒に街にでも出掛けないかな?」

春「……」

ピクッと、彼女の手が止まってしまう。

僕は構わず言葉を続けた。

僕「せっかくの休みなんだからさ、どこかのお店でご飯でも……」

春「……っ、お誘いは嬉しいけど。私ダメなんだ」

彼女が一気に、慌てふためいた様子になるのが見える。

ダメって……どういう事なんだろう?
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/26(火) 23:32:58.77 ID:SFZmbUGAO
僕「あ……もう予定が入ってるとか?」

春「……ん。そ、そんな感じかな。だから一緒にお出かけは出来ないんだ、ごめん」

僕「ううん、それなら仕方ないよ。あ、二日ともダメ?」

春「……残念だけど」

僕「そっ、か」

自然とため息が出てしまう。

春「ごめん、ね」

僕「あ、ううん。また時間出来たら遊ぼうよ、ね?」

207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/26(火) 23:45:42.55 ID:SFZmbUGAO
こんな感じで、春ちゃんとの他愛ない雑談は終わった。

僕は夕焼けの教室を後にして、薄暗くなった廊下を一人で歩いている。

もちろん、恋人と一緒に帰ろうと誘ってはみたのだけれど。

彼女はまだ居残りで作業があるとかで、僕とは帰れないみたいだった。

僕(そう言えば彼女と帰ったのって、あの夜の教室にいた時くらいしか……)

孤独に歩きながら、僕はふとそんな事を考えていた。

あの日以来、彼女と共に下校をした事は無かった。

いつ誘っても彼女から返ってくる理由は同じ。

春『ごめんね、私まだ帰れないんだ』

……。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/26(火) 23:54:39.95 ID:SFZmbUGAO
春「……一緒にお出かけ、ね」

春「無理だよ。私お仕事だもん」

春「って、君には関係ないのか」

春「……あ〜あ、社会人ってつらいよね」

春「私もあんな風に昔に戻れたら……」

春「なんて、ね」

春「……そろそろ診察、行かなきゃ」
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/26(火) 23:57:40.64 ID:SFZmbUGAO
……。

春「はい、こんにちは〜」

女「ぅ……」

春「元気だったかな〜? 女ちゃん」

女「……」

春「んっ?」

女「は……い」

春「いい子ですね〜。じゃあまたお薬出しておくから、ちゃんとゴクンてするんですよ〜?」

女「……」
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/27(水) 00:03:03.21 ID:1HJMILBAO
女(私は、この先生が苦手だ)

女(いつもマスクで顔を隠していて)

女(ちょっとだけ見える、おめめはとてもニコニコしているけど……)

女(その笑顔が、なんだかとても怖くて)

女(まるでピエロさんを見ているような、何とも言えないあの表情が……)

春「ふふっ、また今度ね。女ちゃん」

女「……はい」

女(私は、この人が嫌いだ)
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/27(水) 00:08:11.24 ID:1HJMILBAO
女(……いつからだっけ)

女(私がこの先生を嫌いになったのは)

春「お薬無くなったらまた来てね〜」

女(いつからだっけ。私がこのただの粉を飲み始めたのは)

春「……じゃあお母さん、お願いしますね」

春「はい、バイバイ女ちゃん〜。また来てね」

女(……)

いつからだっけ。


私がこの施設に通い出したのって。


どうしてだっけ?


私がこの施設に……来た理由。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/27(水) 00:13:16.05 ID:1HJMILBAO
女(答えはいつも出ないまま)

女(私は夕日が沈みかけた道を)

女(お母さんの背中を見ながら、歩いてる)

女(……何回この光景をみたのかなぁ)

女(数えても数えても、忘れちゃうんだもん)

女(……はぁ)

女(僕ちゃん、明日は公園来てくれないかなぁ。私ずっと待ってるのに)

女(嘘つきでも、一人はなんだか寂しいね)

女(だから、友達。友達……だよね?)
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/27(水) 00:17:15.18 ID:1HJMILBAO
女(明日はちゃんと会えますように)

女(よっぽど来なかったら……お家に電話しちゃうもん)

女(連絡網の紙、どこにしたっけ? まだあるかな?)

女(もう必要ないからってお母さん……捨ててないよね?)

女(ふふっ、ボールのも大事だけどさ)

女(僕ちゃんが私に会いたくなったら、ちゃんと電話してあげるから)

女(だから……うふふ)

……。
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/27(水) 00:32:29.18 ID:1HJMILBAO
僕「ん〜、ん〜♪」

夜、僕は帰ってから一人上機嫌に明日の支度をしていた。

支度、と言っても明日は課外授業なので大した荷物は必要無い。

普段持ち歩くはずの教科書は不要となり、ずいぶんとカバンのスペースが空いている。

僕はその空間に、暇潰しをするための道具を数点忍ばせていた。

理由はもちろん……彼女のためだった。

春ちゃんと同じ時間に帰れないなら、学校で待っていればいい。

僕(そうすれば出かけるのは無理でも下校くらいは……)

そんな単純な考えで、僕は「居残り」のための荷造りをしていた。

僕(こういうのも楽しいなあ、ふふ)

その楽しさは、全て春ちゃんがいるからこそ感じるモノだった。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/27(水) 00:40:09.76 ID:1HJMILBAO
しかし、何を持っていけばいいのやら。

僕はそのカバンの中身に対して苦悩していた。

自習居残りの名目とは言え、教科書を持って真面目に勉強するのはさすがにアレだし……。

僕「無難に漫画とか、携帯ゲームかな」

先生に見つからなければ大丈夫だろう。

あとは雑誌も数冊持っていけば……多分彼女が帰るくらいまでは間が持つと踏んでいた。

途中、荷造りをする僕の頭にこんな疑問が浮かんだ。

僕「……でも春ちゃん。一体どんな用事で残るんだろ?」
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/27(水) 00:50:40.10 ID:1HJMILBAO
僕「居残り……作業? 教室で何かやるのかな」

僕「……もし彼女も一緒にいるなら」

僕はガサゴソと本棚を漁ってみた。

その中から数点を手に取って無造作にカバンに詰め込む。

彼女にオススメしたい漫画

自分の好きな小説や雑誌。

そして一緒に見て楽しめる卒業アルバムなどを、改めて荷物としてカバンに入れた。

彼女と雑談出来る可能性は低いけど、もし教室で二人きりになれたなら……。

彼女の居残りを手伝いながら、共通で好きになれそうな物を探して話すのも楽しいんじゃないかと、僕は思った。

僕「……これでよし、と」
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/27(水) 01:19:56.98 ID:1HJMILBAO
少し大袈裟に膨れたカバンを見ながら、僕はちょっと満足感に浸っていた。

その満足感が何から来る気持ちなのかは、よくわからない。

でも……。

隣に座る彼女と一緒にこのカバンを開けて、本を何冊か取り出す。

その中の一冊に彼女が興味を惹かれて……。

同じ文章を読んで、感覚を共有して。

でもお互いに文から感じとる言葉の印象は違っていたりして……そこから感想を言い合って。

二人しかいない昼下がり教室はそうやって、小さな笑いに包まれるんだ。

彼女がいて本がある。

その教室を想像しただけなのに。

僕の胸はなんだか、キュッと締め付けられる気がした。
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/27(水) 01:52:28.40 ID:1HJMILBAO
まるで初恋の時みたいに胸をドキドキさせながら。

僕は布団の中で真っ暗な天井を見つめていた。

そしてだんだんと眠気が襲ってきて……。

僕(そう言えば)

僕(僕の初恋はいつだっけ……)

自分で覚えているのは確かそう、小学校……二年生の時だったかな。

同じクラスの女の子、髪が長くて可愛かったあの子。

僕の、初恋。

その恋は……。
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/27(水) 07:48:52.52 ID:nJU/6ZjSO
ふむ
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/04/28(木) 17:21:39.15 ID:L0vNTPHAO
うむ
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/30(土) 03:10:45.31 ID:g45z685AO
……。

僕「……ふぁーあ」

春「ふふっ、眠そうだね」

二人きりの教室に、僕の欠伸と彼女の声。

僕「ん、しっかり寝れたんだけど起きるタイミングが悪かったみたいで」

春「あー浅い眠りとか深い眠りとかね」

僕「ん……」
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/04/30(土) 03:15:32.62 ID:g45z685AO
僕「それにしても、本当に教室で居残りするんだね」

春「んっ?」

僕「いや……春ちゃんがここに残らないかもって考えてたから」

春「あぁ、私の作業はどこでも出来る事だからさ」

僕「……作業ってその書類? 一体何を書いて……」

春「ダメっ!! これは他の人が見たらダメなやつだから!」

僕「そ、そんなに必死に止めなくても……」
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/30(土) 21:46:36.97 ID:xFxsFcfIO
進行形かと思ったら昨日のレスが2つで終わってただけだったでござる

おつ
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 02:01:12.98 ID:8SnR1DAAO
慌てながら書類を隠した彼女。

その慌て方がなんだか僕には引っ掛かった。

僕「ね、何そのプリント」

春「……秘密」

尋ねてみたが、彼女からは素っ気ない返事がくるだけだった。

僕「見せらんないの? まさか赤点のテストとか……」

春「居残りでそんなの広げているわけないでしょ。気にしないでちょうだいよ」

そのまま彼女は僕からプリントを隠すように、向こうの方をむいてしまった。

僕「……」
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 02:09:34.07 ID:8SnR1DAAO
僕(でもちょっとだけ……見えたんだよね)

先ほど声をかけた時、ほんの少しだけ覗き込む事が出来た書類には確かに……。

僕「ねえ、春ちゃん」

春「んー?」

僕「その『女』っていう名前の人さ……」

春「!!」

名前を出した瞬間、彼女は体をビクッと震わせ反応した。

僕「……なんかどっかで聞いた名前なんだけどさ。誰だったっけ?」

僕はその名前の子を知らない。

だからこうして正直に彼女に尋ねてみた。

春「……」

彼女の顔は、無表情のまま書類の方を見つめていた。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 02:18:47.57 ID:8SnR1DAAO
春「……なんで、そんな事聞くのかしら?」

教室に、彼女のややトーンの低い声が響く。

僕「え、いや。なんとなく気になったんだよ。その子、なんか知っているような気がして……」

春「ふうん」

春「完全に忘れたわけじゃ、ないんだね」

僕「え……忘れたわけじゃないってどういう事?」

春「……」

僕「春……ちゃん?」
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 03:30:22.16 ID:8SnR1DAAO
僕「そ、それにしてもその書類ってさ!」

沈黙に耐えきれず僕は無理やり声を捻り出した。

彼女は俯いたまま、書類を見ているだけだった。

僕「な、なんか、不思議な事が書いてあるよね。その女ちゃんとか病気みたいだし……本当に何の作業なのかな〜って?」

僕がそう思った理由。

それは女の子の名前の下に……。

春「病気……?」

僕「う、うん。だってそこに」

春「見た……?」

僕「え……」


見たの?
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 03:35:51.91 ID:8SnR1DAAO
僕「……」

僕には見えてしまっていた。

見慣れない女の子の名前。

その横に書いてあった……。

僕「春ちゃん、その女の子……」


僕「えっとその『発達障害』ってさ」

春「……」

春「見たんだ、ね」
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 04:04:42.61 ID:8SnR1DAAO
僕「あ、あはは。つい」

春「……ねえ僕くん」

ゆっくりとこっちを向いた彼女の顔に太陽はなかった。

ただ「影」みたいな無表情で僕を見つめていた。

春「僕くんはこの女の子の事、本当に知らないの?」

僕「え……」

その言い方はまるで、僕がその子を知っているかのような言い方だ。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 04:35:40.01 ID:8SnR1DAAO
僕「……知らない、かな」

春「……」

僕「そこにある書類ってあまりよくはわからないけどさ、カルテ……みたいなものだよね?」

僕「どうして学校にそんな……しかも春ちゃんが」

僕「それに、その女の子は一体……」

僕は思い付く限りの疑問を彼女にぶつけた。

春「ふふっ、学校、ね」

彼女は不敵に笑う。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 04:41:15.91 ID:8SnR1DAAO
春「この女の子はね、私たちと同じクラスだった子……」

僕「同じクラス? でもそんな子いたっけ?」

春「高校のクラスじゃないわよ。もっと、もっと昔」

春「小学校低学年くらいかな、転校して来て一年経ったらまたどこかへ行っちゃった……そんな女の子」

春「覚えていない?」

僕「小学校の……」

僕はカバンからアルバムを取り出した。

春「あら、卒業アルバム?」

僕「暇潰しと、話用にと思って……」

春「ふふっ、準備いいんだ」

彼女の目は、けっして笑っていない。
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 04:48:42.67 ID:8SnR1DAAO
僕「でもそんな名前の子集合写真でも確認出来ないし……」

春「転校しちゃったからね。確か二年生の終わりまでいたのかな」

春「だから、卒業前の写真にはいないわよ。二年生の思い出のページにいなければ……って言っても彼女はいるんだけど、ね」

僕「知っているの……?」

春「うん。ほら、この子」

スッと彼女が一枚の写真に指を乗せた。

その指先には、顔の見えない女の子と僕が内緒話をしている例の写真だった。

僕は一瞬ドキリとした。

この子があの……。

あの?

名前の彼女?

いや、違う……。

何かが思い出せそうだ。

僕の中のとても大事な何かが……。

「よ……さん……に」
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 04:57:05.06 ID:8SnR1DAAO
僕「っ……」

ダメだ、思い出せない。

何かが浮かんでは消える、情報の断片すらも出てこない。

そもそも、僕はこの子の存在からしてすっかり忘れている。

そんな昔にした約束を思い出せるわけが……。

……?

僕「約束……?」

確かに今約束という思考が、自分の頭の中に浮かんだ。

記憶のどこにも存在していないこの子をつかまえて、約束と言う単語が出てくるのは……。

僕「僕は、本当にこの子を知って……」

思わず独り言のように呟く。


春「ふふっ、忘れてるでしょ。この前だって思い出せてなかったもの」

しかし、彼女が独り言にはしてくれなかった……。

僕「この……前?」
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 05:07:51.36 ID:8SnR1DAAO
春『公園でさ』

ふいにかけられた彼女の言葉が……まるでエコーをかけたような音で耳に入ってきた。

そのせいなのかはわからないが、自分の頭がグラッと揺れたのがわかった。

僕(こう、え……)

僕は机に突っ伏すように倒れ込んだ。

顔を庇おうにも力が入らず、僕は叩きつけられるように落ちていった。

彼女の言葉は続いている……。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 05:32:56.56 ID:8SnR1DAAO
春『今の彼女を忘れてたんですもの』

春『高校時代の僕くんならまだ記憶にあるかと思ったけど……違ったみたいね』

春『もっとも、今度は彼女に関する記憶と時間ごと……』

僕(いったいなにを言って……)

言葉と気になる単語が、波となって押し寄せる。

視界がボーッとするせいかそれらを処理する事は今の僕には出来なかった。

ただ机に頬を当て、ヒンヤリとした感触だけを受け入れながら……春ちゃんの言葉を聞いていた。
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 05:36:22.80 ID:8SnR1DAAO
僕(記憶と……時間?)

春『そう。記憶と時間の両方を僕から、また……』

ダメだ……意識が遠退く。

だんだんと、僕はまるで眠るかのように暗闇の中へと吸い込まれていった。

もう春ちゃんの言葉を聞く事も、彼女について考える事も僕には出来ない。

だって、次に目が覚めた時は僕は……。

僕は……。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 05:39:09.46 ID:8SnR1DAAO
……。

春「……」

僕「すぅー、すぅ……」

春「とうとうここまで戻しちゃった」

春「これで僕もあの子と同じ……ふふっ」

春「でもね」

春「僕はもう絶対あの子の事を思い出せないんだよ」

春「だって今から僕が見る世界は……彼女のいない、記憶の」

春「ふふっ……」
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 05:43:57.76 ID:8SnR1DAAO
春「……卒業アルバム」

春「……」

春「くすっ。僕も女ちゃんも、どっちもちっちゃくて可愛いね」

春「何をひそひそ話してるのかな? この二人は」

春「ねえ、僕? 教えて?」

僕「すー……」

春「ふふっ」

春「……まあ、もう絶対にわからない事なんだけど」

春「次に目が覚めた、その時は」

僕「ん……」

春「小学校で…………なんて、ね」

春「くすっ」
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/01(日) 05:46:10.43 ID:JcahRA1IO
こえーよ…
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 05:50:26.95 ID:8SnR1DAAO
……。

ブルッ。

僕「ん……」

背中を擦る風の肌寒さと頬に当たる冷たい感覚に体を震わされ、僕は目覚めた。

ゆっくりと目を開くと、見慣れた学校机が視界の横から入ってくる。

僕「あ……れ」

ここはどこだろう。

寝起きのせいかひどく頭が働かず、体を起こす事もしばし忘れてしまうくらいに。

僕「んんー……」

僕は机に顔をくっつけたまま、大きく伸びをした。
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 05:56:28.73 ID:8SnR1DAAO
僕「んー……えいっと」

体がちょっと楽になったのと同時に、僕はバッと、勢いよく顔を上げた。

眠っていたせいか、えらく体が軽かく感じる。

まるで身体中の細胞が生き返ったかのように……スッキリとした気分だ。

そして、顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは見慣れた学校の教室だった。

僕「あれ、ここ小学校……?」
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 06:09:09.85 ID:8SnR1DAAO
夕焼けの光に照らされて。

オレンジがいっぱいに広がる、眩しい教室。

黒板の隅に書かれた日直の名前。

班のみんなで手作りして、壁に貼ってあるお掃除当番表。

カラフルに彩られた時間割……教室の後ろに並べられた学級文庫。

そして……。

春「……やっと起きた?」

僕「春……ちゃん?」

クラスメイトの春ちゃんが……。

僕と二人でオレンジの中にいたんだ。
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 06:15:07.63 ID:8SnR1DAAO
僕「どうして春ちゃんが?」

春「学校でお昼寝したらダメだよー。私、ずっと待っててあげたんだから」

僕「お昼寝……?」

春「もう放課後だよ。僕くん帰らないで寝ちゃうんだもん」

僕「え、本当に!?」

春「もう……ほら見てよ」

指差した先の時計を見ると、針は四時をまわっていた。

僕たち二年生が帰るには、ちょっと遅い時間だった。

こんな時間まで寝てたなんて……。

春「もうとっくにみんな帰っちゃったよー」
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 06:22:54.77 ID:8SnR1DAAO
春「一緒に……帰ろう?」


彼女の言葉を受け、僕たちは放課後の小学校をあとにした。

途中まで彼女が一緒に帰ってくれるらしい。

わざわざ僕を待ってる事なんてないのに……と、彼女に言ったら。

春「たまたま、図書室で居残りしていただけだよ」

と明るく返された。

まあ、それなら……と僕はなんだか納得してしまい、こうして一緒に帰る事にしたんだ。

もう一つの理由として……夕日に照らされた春ちゃんの横顔が、綺麗だったから。

僕はなるべく彼女の方を見ないようにして、歩いていた。

なんだか胸が苦しいくなるから……。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/01(日) 06:38:12.88 ID:8SnR1DAAO
春「……ん?」

僕「な、なんでもないっ」

春「変な僕くん。私の顔に何かついてた?」

僕「べ、別にっ!」

春「ふふっ……」

春「子供な僕くんも、やっぱり可愛いなぁ……」

僕「……?」

春「くすっ?」

……僕には、春ちゃんの笑顔の意味はわからなかった。

でもその笑みも、僕の胸の中のわからない気持ちと似た感じなのかなぁ……と勝手に僕は考えてしまう。

僕「……」

春「……」

僕たちはしばらく、何も言えないまま夕焼けの中を歩いていた。

僕(なんだか……)

とてもドキドキしていた、そんな思い出と気持ちだけが……。

二人だけの帰り道に、続いていた……。
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/01(日) 07:45:59.11 ID:324o2MADO
乙かな
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/05/01(日) 22:23:23.34 ID:3AZGjBdAO
ひっそりと、誰か漫画というかイラストとか描いてくれないかなぁといつも思ってる。


個人的に冬ちゃんが好みです、はい
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/05(木) 22:58:28.52 ID:dPio6RKAO
僕「はぁ……まさが学校で眠っちゃうなんて。気を付けないと」

僕「……」

僕「明日はお休みかー」

僕「どうしよう、誰かの家に遊びに行こうかな……んー」

僕「春ちゃん……女の子と遊ぶのは恥ずかしいし」

僕「どうしようかな」
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/05(木) 23:04:03.98 ID:dPio6RKAO
一人になった帰り道で、僕はそんな事ばかり考えていた。

明日は朝から誰かと遊ぼうか……いや、お昼まで寝てるのもいいのかもしれない。

そんな、いつもの土曜日の……?

僕「土曜日?」

僕「……」

僕「土曜日なのに夕方まで寝ちゃってたのか……」

僕「ああ、今夜眠れるかなあ」

僕「寝れなかったら……ちょっとゲームで夜更かししちゃおうかな」

なんて。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/05(木) 23:12:07.62 ID:dPio6RKAO
ひたすらに、ただ遊ぶ事だけを考えながら、ゆっくりと。

僕は普段見慣れて道とは全く違う道を歩いて……。

僕「……あ」

僕「明日、駄菓子屋さんに行ってみようかな。もしかしたら誰かいるかもしれないし」

僕「そのまま誰かの家に行くでも、校庭とかで遊ぶにしても」

僕「うん、そうしよう」

僕「へへっ……楽しみだな」

でも今の僕には。

それが違う景色には見えないんだ……。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/05(木) 23:16:09.18 ID:dPio6RKAO
僕「ただいま〜」

「あ……おかえり」

僕「うん、ただいま母さん」

玄関の扉を開けると、ちょうどそこには母が立っていた。

僕(あ、そうだ。今日あった事をお話しないと)

ねえ聞いて、今日学校でね……。

母「……最近よく出掛けてるけど、無駄遣いしてない? ちゃんと仕事探してるの?」

僕「えっ……」

母「……はぁ……」
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/05(木) 23:24:42.75 ID:dPio6RKAO
母「あまり言いたくないけどね。ちょっと甘えてるんじゃない? もっと危機感持たないと……」

母「まったく、いつもフラフラして……」

僕「……」

学校であった事を話す前に、母は僕に何かわからない事を言っていた。

フラフラ?

お仕事?

僕、ちゃんと学校行ってるよ……?

母「せっかくこっちに戻って来たなら、毎日ぐだぐた過ごしてないでさぁ……」

正直、なにを怒られているのかわからない。


母の一言一言が僕の心をグッサリと刺してくる。

僕はそのまま黙りながら、ただ玄関の天井の光を見ていた。

母の言葉も頭に入れず、なぜか意味不明に行われているお説教が終わるのを……。

ただ涙を流して、滲んだ光を見て意識をどこかに飛ばしているしか、無かった……。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/05(木) 23:28:06.29 ID:dPio6RKAO
僕が泣き出しても、母はお説教を止めてはくれなかった。

淡々、淡々、淡々、淡々……。

泣くくらいならもうちょっと頑張りなさいよ、という言葉を何度も言われた気がした。

逃げ出したい。
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/05(木) 23:32:47.36 ID:dPio6RKAO
……。

僕「う、ううっ……ぐすっ……」

自分の部屋に逃げ込んだ僕は、真っ暗な中で一人泣いていた。

そして、お腹がすく。

泣きつかれてリビングに顔を出しても、僕のご飯は用意されていなかった。

母には、いつも決まった時間に食べないでしょ、と食べないのが当たり前のように言われてしまった。

僕「……」

僕はまた部屋で泣いた。
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/05(木) 23:40:02.40 ID:dPio6RKAO
僕(……あんなに、優しかったのに)

どうして僕に辛く当たるの?

僕(……)

僕(やだよ……)

僕の何がダメなの?

迷惑……かけたかな?


僕は何もわからないまま、ただ泣き疲れて眠りが来るのを待った。

楽しみにしていたゲームも、夜の面白いテレビも。

そして、何よりも美味しいくて、大好きな母の料理すら食べられずに……。

僕は独り、部屋の中で眠った。

僕(独りぼっちに慣れれば……一日中人に合わなくても平気になるのかな……)

僕(友達や家族なんていなくても、寂しくなくて大丈夫で)

僕(……)

僕(でも、やっぱり誰とも会話しないなんて嫌、だよね)

小学生の僕は、まだ希望を持っている……。
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 01:46:52.40 ID:sdmMNsOAO
カーテンの隙間から、太陽の光が差し出した頃。

僕「……ん」

僕の体はしっかりと意識を取り戻す。

僕「七時半……」

小学校に行くための、いつもの時間に目が覚めたようだ。

泣き疲れたせいか、目覚めはすっきりとしていた。

僕「起きようかな……」

そして、沈んだ気分も昨日よりはちょっとだけよくなっていた。
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 01:52:46.91 ID:sdmMNsOAO
僕「それにしても……」

明るくなった部屋を見回してみる。

昨日はそのまま寝てしまったのでわからなかったが、僕の部屋には色々と見たことの無い物が溢れているのに気付いた。

僕「机の上の……なんだっけ。ぱそこん? テレビの前にも似たような機械があるし……あれ、僕のスーファミは?」

僕「……」

機械の扱いなんてわからない僕には、それらを触る勇気なんかなくて。

僕は、ちょっと部屋でウダウダして体を目覚めさせた後、すぐに着替えて出掛けてしまった。

今はあまり家にいたくない……。

小学生一人で、町を歩き出す。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 01:59:57.06 ID:sdmMNsOAO
僕「どこに行こうかな」

歩き出したはいいものの、朝の早い時間でしかも小学生が遊べる場所なんて……。

僕「んー……お菓子欲しい……」

僕(そういえばポケットに入れっぱなしだったサイフ……これは僕のかな?)

見慣れない、長財布。

中を開けてみると……。

僕「……わ! すごい、たくさんお金が入ってる!」

僕「一、二、三……わあ千円札が三枚もある」

僕「ちょっとくらい、お菓子買ってもいいよね?」

僕は一人、ルンルン気分で駄菓子屋へ向かっていた。
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 02:09:29.40 ID:sdmMNsOAO
黄色い看板の、駄菓子屋さん。

地元の小学生で利用しない子はいないくらいの、人気店だ。

僕も学校帰りや週末によくここに来ている。

僕「……あれ?」

来ている……はずなのに。

僕が見た店の風貌は、どこか違和感を感じるモノだった。

建物自体の様子は変わってないけれど……。

僕「……こんにちはー」

僕は思いきって中に入ってみる事にした。

そして僕の目に飛び込んできたのは……。
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 02:18:07.96 ID:sdmMNsOAO
「はい、いらっしゃい。おや、若い子なんて珍しいねぇ」

僕「あ……こ、こんにちは、おばさん」

まず僕の目に飛び込んだのは、このお店の店員であるおばあちゃん。

以前見たときよりもちょっと老人ぽくなった気がする……気のせいかな?

「なにか買い物?」

僕「えっ……と……」

僕「あの、駄菓子はどこに……?」

僕「それにこの釣竿とかルアーの山は……?」

今までお菓子が積まれていた棚に置いてあったのは、なぜか大量の釣り用具だった。

それこそ棚の端から端まで全てが……。

お菓子が置いてあった面影など、全くと言っていい程に残っていない。

「あ〜、駄菓子はずいぶん前に辞めちゃったよ」

「今は釣りの道具しか売ってないよ」

僕「そんな……」
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 02:23:57.42 ID:sdmMNsOAO
僕「ず、ずいぶん前って? 僕、結構ここに来てたはずなんですけど」

「んー……四、五年前かなあ」

僕「四、五年前……?」

僕が小学生になる前、幼稚園の時に?

僕「あ、あの。僕最近ここでお菓子買った記憶があるんですけど」

「ああ、おつまみ程度なら売ってるからねー。ほら、ここに」

僕「そんなお酒のおつまみみたいなのじゃないです……」

「……今はもう駄菓子屋ではないからね。こういうお店になったんだよ」

僕「……」
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 03:05:20.21 ID:sdmMNsOAO
キイ

キイ……。

キイ…………。

僕「はぁ」

ブランコを小さく揺らし、ため息をつく。

そしてまたため息をついては、ブランコを小さく揺らす。

僕の意識は完全に、午後の公園に置き去りになっていた。

原因はよくわかっている……駄菓子屋で聞いた話のせいだ。

僕「四、五年前に……お店が変わった?」
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 03:11:16.94 ID:sdmMNsOAO
僕の記憶が間違っているのだろうか?

おばさんの言葉が本当だとすれば、一年生の時に利用する事は出来ない。

何より、駄菓子屋に行ったという僕の記憶自体が変になる。

僕「……」

キイ……。

キイ……。

考えても考えても、僕のブランコをこぐ力は変わらない。

何一つ、言葉の意味がわからない。

僕「でも……」

たった一つだけ、わかった事がある。

もうあの駄菓子屋は食べる事が出来ないんだ、と。
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 03:17:29.63 ID:sdmMNsOAO
懐かしい、木の匂いと少しヒンヤリとした感じの店内。

棚という棚にはたくさんのお菓子たち。

手には大金の百円玉を握りしめて……僕はちょっとした買い物の時間を楽しむんだ。

いつものチョコレートにしようか、今日はコーラみたいなジュースを買ってみようか。

いや、たまにはクジを引いてみるのもいいかな……。

当たり付きのきな粉棒でもいいかもしれない、うまくいけばたくさん食べる事が出来て……。

僕「……」

キイ。

キイ……。
キイ。

僕「?」

突然、ブランコの音が重なった。
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 03:27:48.58 ID:sdmMNsOAO
キイ。
キイ……。

女「やっ」

僕「……」

女「こんにちは、何してるの?」

僕の隣のブランコが、女の子によって揺らされている。

僕「君……誰?」

女「あはは、久しぶりだから忘れちゃうのかな? ちょっとショックだな〜」

僕「だって君の事なんて知らないから」

キイ。

キイ……。

戸惑いながらも、僕たちは並んでブランコの音を鳴らしている。

女「ねえ、僕ちゃん」

女「キャッチボールしようよ」
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 03:39:33.39 ID:sdmMNsOAO
名前を呼ばれて、僕はそれに反応をした。

僕「え、僕の事知ってるの?」

女「知ってるよ。私たち知り合いだもん」

ちょっと、驚いたな。

僕は全く彼女の事を知らないのに……。

僕「そうだっけ? 僕全然知らないよ?」

女「……去年まで一緒だったじゃん。ほら、学校で」

僕「学……校? 去年?」

女「うん、去年」

僕「つまり一年生の時に一緒だった、って事かな」

女「?」

その時女の子はとても不思議そうな顔をしながら、こう言った。

女「なに、言ってるの?」

女「去年は私たち二年生でしょ……?」

えっ……。
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 03:47:12.96 ID:sdmMNsOAO
僕「え、だ、だって。僕は今二年生だよ?」

女「私は三年生だよ?」

僕「それなら学年が違って……」

女「違わないよ。僕ちゃんと同じ学校行ってたんだもの。同じクラスだったでしょ?」

僕「同じ……? だって僕は今二年生で、君の事なんて何も知らなくて……あれ……」

女「……」

僕「じ、じゃあさ。君の学校はどこ?」

女「あっちの方にある、中央小学校でしょ。学校入るとすぐ右にウサギ小屋があって、校舎の横には鳥小屋があって……」

僕「う、うん。当たってる、けど」

僕「でも……」
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 03:53:40.75 ID:sdmMNsOAO
女「全く……自分の学年間違えるなんて、僕ちゃんておっちょこちょいね」

だって……絶対おかしいよ。

僕は小学校二年生、でも君は同じクラスにいたという。

僕は全く君の事を覚えていないし、時間のズレだって……。

僕(ズレか……)

頭に、先ほどの駄菓子屋での会話が浮かんだ。

僕は思いきって、彼女に聞いてみる事にした。

僕「じ、じゃあさ。もう一個聞くよ?」

僕「あの……黄色い看板の駄菓子屋さんは知ってる?」

女「うん、もちろん。お家が反対方向だからあまり行けないけど……わかるよ」

お店の事は知っているようだ。

僕は質問を続けた。
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/07(土) 04:03:01.16 ID:sdmMNsOAO
僕「そ、そのお店でお菓子は買った事ある?」

女「うん、あるよー。私はガムとお口の中でパチパチするワタアメみたいなのが好きだったなー」

僕「……お菓子のバランス悪いね」

女「ん? なに?」

僕「別に……。い、今もお菓子はよく買う?」

女「……」

僕「どう、なの?」

女「今はもう買えないよ。だってお店変わっちゃったもん」

僕「……それは知ってるんだ」

女「当たり前だよ。でも、いきなりだったからちょっと驚いたよ」

僕「そっ、か。知ってはいるんだね」



女「……もうちょうど一年くらいだよね」

女「あのお店が無くなってからさ」

僕「……!?」

時間のズレが、止まらない……。
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/07(土) 18:08:39.40 ID:Ezb2lfuSO
ふうむ…
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/08(日) 03:00:54.90 ID:gB5Nun7bo
C
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/08(日) 23:52:58.77 ID:yan+9dyAO
僕「一年って……どういう事?」

女「え?」

彼女は質問の意味がわからない、といった顔で僕を見つめてきた。

これ以上に説明の仕方がないので僕も困るのだけれど……。

僕「一年前にお店が無くなったのって、本当なのかってさ」

女「本当だよ。去年私がお店に行ったら、もう中が変わってたんですもの」

僕「去年……」

女「私が二年生の時、ね」

僕「僕が……一年生の時?」

女「だから、僕ちゃんは同じクラスだってば!」

僕「……」
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/09(月) 00:01:02.78 ID:6THw42kAO
お店の事も、彼女との記憶も。

僕には何一つ残っていない。

僕「……まあ、それはいいや。本当に去年の事なの?」

女「うん」

僕「お店の人に……話は聞いた?」

女「ううん、聞いてないよ」

僕「聞いてないの? 僕はさっきおばさんに聞いてきた情報なんだよ?」

女「だって……ちょっとお店入ってすぐに出ちゃったから。お話なんてしてないよ」

僕「それだったら……」
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/09(月) 00:08:54.13 ID:6THw42kAO
僕「ねえ、聞いて聞いて」

女「うん聞いてる」

僕「おばさんの言った通り、お店が数年前に変わったとしてさ」

女「うんうん」

僕「女ちゃんが去年お店に行ったとするじゃん」

女「行ったねー」

僕「変わったお店を初めて見たのも、その時でしょ?」

女「そうだね」

僕「ほら……これで、女ちゃんからすればお店が変わったのは去年の事って見えるよね?」

女「んー……んー見えるけどさー」

女「でも、僕ちゃんの話聞いてちょっと変だなーって思った部分があるの」

僕「え、な、なにが?」

女「……ねえ僕ちゃん」


女「僕ちゃんも、一年生の時にはその駄菓子屋さん行ってたでしょ?」

僕「……うん」
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/09(月) 00:17:05.69 ID:6THw42kAO
女「私も行ってたよー。五円チョコと小さなマシュマロ毎日買って帰ってたの」

女「僕ちゃんは何かお気に入りのお菓子あった?」

僕「僕は……コーヒーキャラメルをよく買ってたよ。ちょっと高かったけどね」

女「コーヒー……なんか大人だね僕ちゃんて」

僕「……それで、お話の続きは?」

女「ふふっ、話題が通じたならよかった。一年生の時に駄菓子屋さん行ってたっていう記憶はあるんだね」

僕「あるよ。当たり前だよ」

女「でも、僕ちゃんの話が正しいとしたら一年生の時には駄菓子屋さんなんて無いんだよ?」

僕「……」
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/09(月) 00:22:40.57 ID:6THw42kAO
女「私も行ってたよー。五円チョコと小さなマシュマロ毎日買って帰ってたの」

女「懐かしいなー」

僕「……」

女「僕ちゃんは何かお気に入りのお菓子あった?」

僕「いきなりどうして?」

女「いいからいいから。どんな味のお菓子が好きなのかな、って」

僕「僕は……コーヒーキャラメルをよく買ってたよ。ちょっと高かったけどね」

女「コーヒー……なんか大人だね僕ちゃんて」

僕「甘い味付けが多かったからさ。少し前までコーヒーは甘いって思ってたくらいで……」

女「あはは、本物は苦いって言うよねー」

僕「まあね……それで、好きなお菓子がどう関係あるの?」

女「ふふっ、ちょっとしたお話だよ。一年生の時に駄菓子屋さん行ってたっていう記憶はあるんだね」

僕「あるよ。当たり前だよ」

女「でも、僕ちゃんの話が正しいとしたら一年生の時には駄菓子屋さんなんて無いんだよ?」

僕「それは……さっき僕も思ったよ」
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/09(月) 23:23:01.06 ID:6THw42kAO
僕「でも僕はちゃんと覚えている……」

女「うん、私も覚えているよ。でも実際にはお店が無くなっちゃって……」

僕「……」

女「……よくわからないけどさ。なんか私ね」

女「なんだか……」

……。

何かを言いかけた彼女は、そのまま下を向いてしまった。

音が止んだブランコの上で僕たちは……。

お互いに言いたい事をはっきりと言えないまま、モヤモヤした気持ちでこの公園にいたんだと思う。

そして……。


春「ねえ」

女「!」
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/09(月) 23:31:07.36 ID:6THw42kAO
僕「あ……」

そこに立っていたのは、同級生の春ちゃんだった。

僕を見るなりニコッと笑いながら……春ちゃんは声をかけてきた。

春「ここに来てたんだね」

僕「う、うん。なりゆきで」

春「ふーん」

女「……」

春「僕くん、お昼ご飯食べた?」

僕「え……ううん。食べてないよ」

春「そっ、か」

どことなく、春ちゃんは暗い顔をしながら僕たちを……。

いや、正確には僕だけを見つめながら話していた。

隣に座っている彼女には、視線を一分も向けやしないで……。

女「……」

そして、春ちゃんが現れたのと入れ替わるようにして女は黙ってしまった。

僕は何とも言えない空気を感じ取っていた。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/09(月) 23:37:42.20 ID:6THw42kAO
女「……」

僕「……あ、あ、えっと、そう言えば春ちゃん」

春「んー?」

僕「十字路の所にあるさ、駄菓子屋さんはわかるよね?」

春「……」

僕「さっき二人でお話しててさ。おのお店っていつから駄菓子屋さんじゃなくなったかなー……って」

春「……ねえ僕くん」

春「この子、誰?」

僕「だ、誰って……同じクラスだった女ちゃん……だよね?」

女「……」

春「私、この子の事知らないよ?」

僕「え?」

女「わ、私も……クラスにいない子だったから……」

僕「え、えええっ?」
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/09(月) 23:43:51.03 ID:6THw42kAO
僕「ま、待ってよ。どうして知らないの?」

女「どうしてって……私には記憶が無いから……」

春「僕くん。同じクラスの人くらいは覚えてなよー」

春「そう言えばあなたは何年生?」

女「……三年生」

春「じゃあ僕くんは?」

僕「……に、二年生」

春「ほら。一個学年が違うんだからさ、知らないのは当たり前だよ」

僕「で、でも……女ちゃんは僕の事を……」

春「僕くんは疲れてるんだよ。昨日何か嫌な事でもあったんでしょ?」

僕「べ、別にそんな……」

春「いいの、お話は後でゆっくり聞くから。だから……」
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/09(月) 23:48:37.55 ID:6THw42kAO
春「だから、一緒にお家でご飯食べようよ」

僕「ご飯……?」

春「うん。お昼食べてないんでしょ?」

僕「それはそうだけど……」

女「……」

横目で、女ちゃんを盗み見てみると相変わらず下を向いたまま。

まるで僕たちとの会話に一切入るつもりがないかのような雰囲気を出しながら……音の無いブランコに座っていた。

春「ね、公園にはまた後で来ればいいんだしさ」

僕「うーん……」

その時、僕のお腹が勢いよくグキュウと鳴った。

食欲には勝てない、僕は春ちゃんに付いていく事にしたんだ。

ご飯を食べたらまたここに来ればいい、話の続きは……それからだ。

女「……」
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 00:05:33.87 ID:Z+i/GxcAO
春「はぁ、お腹すいたわねー僕くん」

僕「……」

春「あれ、僕くんどうかした?」

僕「う、ううん。女ちゃん、なんか落ち込んでたから気になって……」

お別れの挨拶をした時も、彼女は無言。

別れ際になってやっと顔を上げたかと思うと、また何も言わずにただ小さくブランコをこいでいるだけだった。

まるで僕たちから目をそらすように、明後日の方向を見詰めな……。

僕「ちょっと心配でさ」
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 00:11:06.04 ID:Z+i/GxcAO
春「……」

並んで道を歩いていると、彼女が突然僕の方に体をクルリと向き直してくる。

道路の真ん中で、僕たちは二人ぼっちになっている。

春「そう言えば、僕ちゃん」

僕「んっ?」

春「さっきは聞かなかったけどさ……どうしてあの公園にいたの?」

僕「どうしてって……駄菓子屋を覗いてから、あの公園に行っただけだから。特に理由は……」
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 00:14:53.76 ID:Z+i/GxcAO
春「……」

少し考える様子を見せながら、彼女は言った。

春「あの公園ってさ」

春「私たち、入っちゃいけないんだよ」

僕「えっ?」

一瞬何を言われたのかよくわからなかった。

僕はそれをすぐに聞き返す。

僕「入っちゃいけないって……どういう事?」

春「ちょっと前に学校で言われたじゃん。あの公園は危ない人が出るから、小学生は近寄っちゃいけないって……」

僕「そう……だっけ?」

ちょっと、前。

駄菓子屋の事に加えて僕にはその、ちょっと前の記憶が全くない。

まあ、学校で注意された内容をそんなに覚えていないのが本当の所だけども……。

僕「そ、それってホント?」
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 00:22:10.85 ID:Z+i/GxcAO
春「本当だってば。だから、あまりあの公園にいたくなかったのよ。ちょっとハラハラしちゃった」

僕「だ、だったらあの子にも声をかけた方がいいんじゃなかった?」

春「ああ、女ちゃんは大丈夫だよ。もうすぐでお母さんの所に行くはずだから」

僕「……えっ?」

僕「どうして春ちゃんがそんな事を……?」

春「んー」

春「行くはずだから、ってそんな感じがしただけだよ。誰だってあんな場所に一人で長い時間いないわよー」

僕「……??」
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 00:27:22.15 ID:Z+i/GxcAO
春「さ、早く学校行こうよ。ちゃんとご飯だってあるんだからさ」

僕「う、うん……」

いつの間にか春ちゃんに手を引かれながら。

僕たちはまた昼下がりの町を歩き出した。

歩きながら気付いたんだ。

彼女に触れていると、色んな気持ちが僕の中に沸き上がって来る事に。

その沸き上がって来る何かが、頭に押し寄せる感覚……。

「先ほど感じた、彼女の言葉の違和感」
「行き先は学校だっけ……」
「どうして春ちゃんは女ちゃんの名前を呼んだんだろう……親しくなんて、ないはずなのに」

春「どうか……した?」

僕「……」

ううん。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 01:05:44.38 ID:Z+i/GxcAO
何でもないよ、と軽く口にした僕の頭には。

もう先ほどの言葉はうかんでは来なかった。

代わりに、学校へ行って春ちゃんとお昼ご飯を食べるという漠然とした目的だけが……僕の頭に渦巻いて。

春「ふふっ」

クラッ。

彼女といると、僕はなんだか不思議な気持ちによく襲われる。

所々で意識がジャンプするような……そんな不透明な感覚が。

ほら、多分今も。

目が


覚めたら

僕はまた

違う場所



いるんだ……。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 01:24:43.45 ID:Z+i/GxcAO
……。

春「はい、あーんして」

僕「あーん」

春「ふふっ、いい子いい子。それ食べたら教室行こうね」

僕「……ん」

学校……僕は今学校にいる。

机に並んだファイル、誰かを寝かせるための診察用のベッド。

あれ、ここは保健室だっけ?

春「はい、ごちそうさまして?」

僕「……ごちそう、さま」

ああ、そろそろ教室に行かないと。

僕は頭を無理に切り替えて、立ち上がる事にした。

春「ふふっ」
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 01:43:47.30 ID:Z+i/GxcAO
あれから(と言ってもいつからか、は覚えていない)の僕は……。

僕(ボーッ、と)

春『カウンセリングにおける基本と、心理学の応用を……』

春ちゃんがホワイトボードに向かい、何か授業を行っている姿。

そしてそれを、僕はただひたすらに眺めている毎日だ。

「……」

教室のクラスメイトとは何も話さないで、誰も見ないで。

キーン。

キーン。

キーン。

授業が終わると、僕は春ちゃんと保健室のような部屋まで行って……一緒にご飯を食べるんだ。
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 01:47:29.49 ID:Z+i/GxcAO
春「はい、いただきます」

僕「……いただきます」

いつものご飯。

これを食べ終わったら、廊下の真ん中辺りにあるシャワー室に行って……体を洗って。

寝る準備を整えるんだ。

僕は小学生だから、すぐに眠くなってしまう。

そして春ちゃんも……。
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 01:51:21.28 ID:Z+i/GxcAO
春「……おやすみ」

僕「……おやすみ」

寝る時は、一緒に手を繋ぎながらねむります。

まだ九時を少し過ぎたくらいなのに……僕の意識は、もう闇の中。

おやすみなさい……。

また今日も、何も変わらない一日だった。

僕はゆったりとした気分で眠り、そしてまた明日になれば。

明日になれば、同じ一日が……。

……。
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 01:59:44.82 ID:Z+i/GxcAO
僕「……くー、くー」

春「寝た、かな?」

春「ふふっ、おやすみね僕」

彼女はベッドから起き上がると、そのまま机に向かいスタンドの電気を付けた。

春「……さてと。残りのお仕事片付けちゃおっかな」

山積みになった書類を睨みながら、棚からスッとインスタントコーヒーのビンを取り出す。

春「……」

僕「くー……」

春「ふふっ」

春「さて、頑張ろうかな」
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 02:04:07.95 ID:Z+i/GxcAO
……。

そして数日後。

女(今日で……三日目)

女(僕ちゃん)

女(どこいっちゃったの?)

女(あの女の子と出ていって、それっきり)

女(……)

女(会いたいなあ……)

女(会いたい……)
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 02:08:10.47 ID:Z+i/GxcAO
女(……そろそろお母さん来るのかな)

女(そうしたら今日もまたお薬貰いに……はぁ)

女(嫌だなあ、病院行くの)

女(私、どこも悪くなんてないのに)

女(ただの……小学生なのに)

女(なによりあの、マスクの先生に会いたくない……)

女(会いたくない、けど)

女「……あ」

母「……」

女(行かなくちゃ……嫌だけど)

女(ああ、僕ちゃんに会いたいなあ)


女(僕ちゃん)


女(僕……)

……。
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/10(火) 07:46:23.44 ID:jlgpJwWSO
う〜ん気になる
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 14:23:30.94 ID:Z+i/GxcAO
夕焼けが、カーテンの向こうで揺れている。

僕は部屋に備え付けてあるテレビを見ながら、ゆっくりと過ごしていた。

ここに帰ってくれば、もうやる事はない。

春「……」

春ちゃんは僕の後ろの机で、宿題とずっとにらめっこをしている。

まあ、いつもの事だと思いながら……僕は気にせずテレビを見続ける、そんな夕方。

春「……あ、もうこんな時間」

春「ちょっとまた出掛けてくるから。大人しく待っててね」

そして、決まった時間に彼女は部屋を出て……僕はまた一人になるんだ。
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 14:58:20.86 ID:Z+i/GxcAO
僕(まあ、テレビ見てるからいいんだけどさ)

僕(んー……)

しかし画面に映し出されたのは、僕が期待していたアニメのオープニングではなかった。

僕(あれ? おかしいな)

僕(これ、スポーツ……特番?)

僕「今日やらないのかー……残念」

僕「はぁ……」

スペシャルって事は、僕が見たかった番組も全部潰れて……。

ああ、一気に暇になってしまった。

僕「他のチャンネルは」

ピッ、ピッとリモコンをいじってみるが特にめぼしい番組はやっていなかった。

僕「……どうしよう」
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 15:26:06.67 ID:Z+i/GxcAO
僕「……」

僕「夕方過ぎの学校、か」


僕「ちょっと、探検してみようかな」

僕「……よし」

ベッドを飛び降り、僕は扉に向かって歩き出す。

重々しい鉄の扉。

保健室には似つかわしくない造りの扉だったけれど……

僕は何も気にする事なく、冷たいドアノブを掴みゆっくりと回す。

僕「ん……」

誰もいない廊下に足を踏み出した瞬間、生ぬるい空気がズッ、と……僕を包んだ。

まだ所々から人の話し声が聞こえるのがかえって不気味だった。
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/10(火) 15:44:23.78 ID:Z+i/GxcAO
窓から通る赤い光が少なくなっている……。

夕焼けがそろそろ顔を隠しているのが見えた。

薄暗い廊下を、一歩、また一歩と勇ましく歩く。

僕「どこに行こうかな……」

今いる二階を中心に、上か下へ……どうしよう。

とりあえずあまり行った事ない三階より上に行ってみようか。

なんせ探検なんだから。

僕「へへっ」

階段をかけ上がる、僕の探検はまだ始まったばかりだ。

ワクワクした足取りで僕は……。

……。
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/05/15(日) 01:56:17.58 ID:wlxDUptAO
春「はい、じゃあ今日も診察しましょうね」

女「……ん」

真っ白で、大きなマスクをした先生が私の前にいる。

いつも同じ時間に行われる、診察……。

私は薬の匂いが強烈に染み付いたこの部屋で……。

大丈夫、窓の奥を見ていればすぐにこの時間は終わるから。

女(大丈夫……)

春「はい。じゃあベッドに寝て、治療を始めるから……」

……。
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 02:04:45.99 ID:wlxDUptAO
春「……じゃあ最後に質問。最近何か変わった事はあるかしら?」

女「……無いよ」

春「……ふむ、はい。今日の診断は終わりよ」

私はすぐにベッドから起き上がり、靴をはく。

診察が終わったならこんな部屋……すぐにでも出ていきたい。

私は、このなんともいえない病院の「ような」匂いが大嫌いだった。

私はせっせと帰り支度を始めていた。

途中、先生が私に声をかける。

春「明日は診察お休みだから、また明後日になるわね」

女「……うん」

春「……ねえ女ちゃん」

女「はい?」

春「最近お友達と遊んでたりする?」

女「お友達……ですか?」

私はすぐに僕ちゃんの事を思い出す。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 02:22:12.77 ID:wlxDUptAO
女「……最近はあまり」

春「そう。たまには遊んだりしないとダメよ?」

女「……」

春「ね?」

マスクの先生が、どういう理由でそれを聞いたのかはわからない。

最近会えていない彼の事を見抜いているのか、それとも別の何か……。

いずれにしろ、ニッコリとマスクの奥で笑っている先生に対して。

私はいつもと同じ返事しかできないんだ。

女「はい……」

春「ん。じゃあ行こっか」

そして二人で部屋の外へ……。

ガチャッ。

女「あ……」

僕「あれ? ここ……」

部屋の外には、そのお友達がいた。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 02:29:56.77 ID:wlxDUptAO
春「!?」

女「な、何してるの?」

僕「何ってちょっと探検してたんだよ」

女「探検……?」

僕「うん。夕方過ぎの学校とかドキドキするでしょ?」

女「え……学校?」

僕「そうだよ。女ちゃんこそ何してたの、こんな部屋の前でさ」

女「私は先生に治療を……って、あれ? 先生……いない?」

僕「すぐに扉閉められちゃったもん。中にいたのが先生?」

女「う、うん。若くてマスクしてる先生なんだけど……」

僕「そっか。そんな先生学校にいたかなぁ……」

女「学校……」

女「ねえ、僕ちゃ」

キーン。

キーン。

キーン。

言葉はまた、不快な電子音に全て飲み込まれてしまった。
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 02:34:29.29 ID:wlxDUptAO
女「あ……」

僕「チャイムだね。僕、そろそろ帰るよー」

女「う、うん……私も帰らないと。い、一緒に帰ろっか?」

僕「あ、いいよ。僕の部屋近いしからさ」

女「そう……なんだ(部屋?)」
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 02:40:44.42 ID:wlxDUptAO
僕「女ちゃんのお家は遠いの? 一人で大丈夫?」

女「あ、私の家はそんなに遠くないよ。それに、お母さんと帰るから……」

僕「へー、お迎えなんて珍しいね」

女「そう……かな」

僕「うん。あ、じゃあまた明日ね女ちゃん」

女「ん。バイバイ僕ちゃん……」

タタタタッ。

女「……」

女(お家に帰るのに、廊下の奥に走っていくのはどうして?)

女(それに先生が急にいなくなっちゃったのも……)

女(いつもならお見送りしてくれるのに、な)

女(……)

女(あ、お母さんが呼んでる)
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 02:45:46.25 ID:wlxDUptAO
女(そろそろ私も行かないと)

女(……もう少し僕ちゃんとお話したかったけど)

女(……はぁ)

つまらなさそうに、私は上着のポケットに手を突っ込んだ。

ゴソリとしたいつもの手触りを感じる。

私のお気に入りの……。

女(あ)

そして、私は突然に閃いた。

そう言えば私は、彼と話す手段を持っているんだ。

正確には、彼から貰った……。

女(ボールに書いてある、電話番号)

私はポケットからそれを取り出すと、すぐに数字を確認した。

大丈夫、まだ字は読み取れる程にはっきりと残っている。

女(……ふふっ)
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国四国) [sage]:2011/05/15(日) 02:58:16.70 ID:74zojx6Bo
ここから繋がり始めるのかな、体が熱くなってきた
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 03:31:30.47 ID:wlxDUptAO
……。

僕「……はぁ」

探検を終えて、僕は元いた部屋に戻っていた。

いつもならちょうどテレビを見終わるくらいの時間だ。

僕「……お腹すいたな」

僕「春ちゃん、まだかな。今日は遅いなあ」

僕のご飯は、いつも彼女が持ってきてくれる事になっていた。

いつからそうなっていたかは、わからない。

ただ決まった時間になると春ちゃんが保健室の扉を開けて……僕にご飯を運んでくれる。

……ガチャッ。

春「ただいまー。お腹すいたでしょ、お待たせ」

ほら、ね。
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 03:38:32.51 ID:wlxDUptAO
僕「……ごちそうさま」

春「美味しかった?」

僕「うん。お弁当好きだよ」

春「そっか。明日はちゃんと作ったお料理持ってくるから、ね」

僕「はーい」

春「……あ」

僕「?」

春「ちょっと、用事思い出しちゃった」

僕「用事ってー?」

春「んー……一階の戸締まり。確認して来ないと」

春「だから少し待っててね」

僕「うん、わかったー」
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 03:48:07.99 ID:wlxDUptAO
……。

大人しくテレビでも見ていてね。

机の上の備品にイタズラしたらダメだからね?

僕「……とは言われたけど」

テレビを付けてみても、相変わらずスペシャル番組は続いていた。

僕が見たいのは違うのに、と思いながら他のチャンネルを回しても、野球や子供には難しいドラマ。

そして更に別のスペシャル番組と……普段のテレビのラインナップでは無かった。

そういうのを放送する時期なんだろうか。

そんな事を疑問に思いながら、僕はちょっとだけテレビに冷ややかな視線をおくっていた。
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 03:51:40.53 ID:wlxDUptAO
僕「んー……」

少しだけ、テレビに映し出されたスペシャル番組とやらを見ていたが、面白さは感じない。

思った通りの退屈。

僕にはまだテレビの楽しみ方をアニメしか知らないらしかった。

僕「……結局つまんないや」

僕「あーあ、どうしようかな」

僕はリモコンをベッドに投げ出して部屋を見回した。

僕「机はいじるなって言われてるしなあ……」

残されたテレビが、一人で笑い声を上げた。

僕には画面の中で行われている事の面白さがわからない。

だから一人つまらなさそうに、小さな探検ごっこを始めた。

僕「机の上は触らないで……と」
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 03:58:40.27 ID:wlxDUptAO
机には、ファイルや書類が山積みになっているのが見えている。

僕「うーん」

確かにこれにイタズラする程の勇気(やんちゃ)は僕は持ち合わせていない。

僕(触るなって言われてるから……)

……と、内心春ちゃんの言葉を気にしながらも。

僕(じゃあ机の引き出しとかはいいんだよね!)

言葉で縛られていない行動を、僕は行う事にした。

子供なんて、こんなものなんだ。

注意されてないからいいに決まってる、と僕は勝手に決めつけそして。


僕「よーし……」

……ガララッ。

僕は早速、一番上の引き出しを開けた。
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 04:07:13.39 ID:wlxDUptAO
僕「……書類ばっか」

机の上とさほど変わらない……書類の山。

狭い引き出し内に、これでもかと言うくらい紙が詰まっているのが見えた。

僕「フセンがしてある……一応整理はしてあるのかな?」

しかし、僕は紙の山には興味はない。

一段目を閉じ、続いて二段目の引き出しを開けてみる。

ガラッ。

僕「うわっ、ボールペンと鉛筆と消しゴムばっか!」

……今度は、文房具の山が現れた。
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 04:17:48.25 ID:wlxDUptAO
僕「うーん……」

文房具の山を掻き分けてみても、面白い物が見つかるわけでもない。

途中、ボールペンを持つ部分に船が入っていて傾けるとそれが動く……というのも発見したけれど。

それだけで気持ちが満たされるわけでもなく、僕はすぐに引き出しを閉じた。

ガララッ。

ガララッ。

三段目には大量の判子やスタンプ類、四段目にはまた書類の束……。

ここまであまり面白い物は発見出来ていない。

明らかに仕事で使っている机だ、元々遊び道具が入っているなどと期待はしていなかった。

しかし、僕は最後の引き出しを開けるのを楽しみに思っていた。

五段目、最後の引き出しのスペースはとても大きいからだ。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 04:31:41.47 ID:wlxDUptAO
僕(なんだか、大きいだけで無駄にワクワクするよね)

僕「何が入ってるかなー……」

僕「……えいっ」

ガラッガラッ。

僕は迷う事なく、そこを開く。

僕「……意外と簡単に開くんだ」

僕「大きいからもう少し重いかとも思ったけど……ん?」

あっさりと開いた引き出しの中には、まず一冊のアルバムが見えた。

僕「アルバム……なんのやつかな? あ、まだなにかある?」

そして、アルバムの下にもまだ何点か。

引き出しの底からやや浮いたアルバムの状態から、それがわかって見えた。

僕「……よーし」

僕はまず……。
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 04:41:26.81 ID:wlxDUptAO
アルバムを取り出して残りの品物を確認する事にした。

他にも何か面白い物があるのかもしれない。

僕はアルバムを引き出しから取り除くと、改めてその中を覗いた。

僕「あれ……これだけ?」

期待とは裏腹に、中に残っていたのは二つの物だけだった。

僕(まず一つは小さな電話?みたいな物……)

そして……。

僕(これは、何だろう?)


薄汚れた、小さな紙袋が一つ。

ポツリ。

まるで、ずっとここにあったかのように……薄汚れた紙袋はしんと、その引き出しに入っていた。
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 04:48:33.61 ID:wlxDUptAO
僕「これは……」

僕がその紙袋に触れようとした瞬間。

……ピカリ、と小さな電話のような物が光だした。

僕「えっ!?」

突然だ。

いきなりの事に驚きながらも、僕はその光をジッと見つめてみる。

よく見ると、画面のような場所とが光を放ちながら……。

僕「も、もしかして、で、電話?」

音は、鳴っていない。

ただピカピカした反応が、その電話のような物を輝かせているだけだ。

僕「……」

電話は、そのままずっとずっと、ずっと輝いている。
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 04:54:21.74 ID:wlxDUptAO
僕「……」

僕は引き出しから、光るそれを取り出した。

なぜだかはわからないけれど。

僕は画面に映し出されている数字を見て、ひどくドキドキしている……。

ピッ。

僕『も……もしもし』

震えた声が喉から捻り出される。

そして、返ってきたのは……。

『あ、もしもーし。僕ちゃーん』

僕『あ……』

『えへへ、やっと繋がった。私だよ、私』

底抜けに明るくて、元気で優しい透き通った声。

僕『女……ちゃん?』


女『うん、よかった電話出来て。久しぶりだね』

受話器の向こうに、笑顔が見えた。

僕の心臓はドキドキしたまま……引き出しの中に吸い込まれている。
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 05:01:47.90 ID:wlxDUptAO
僕『ど、どうして女ちゃんが?』

女『どうしてって……お話したいからだよ。何回かかけたけど、出なかったから』

僕『かけたって……この電話みたいなのに?』

女『うん、そうだよー』

僕『で、でも……どうして僕が出るってわかるの?』

女『うん?』

僕『だから……! なんで僕と電話出来るって思ったのさ!?』

女『なんでって……僕ちゃんに教えてもらったから』

僕『何を!?』

女『電話番号だよ、僕ちゃんに繋がる……お話出来る、不思議な数字』

女『ねっ?』

ああ、そうやって彼女は。

とても嬉しそうで幸せそうな、とびきりの笑顔で僕と話してくれているんだと。

僕は不思議な電話を通して、その笑っている顔を見る事が出来るんだ……。
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 05:06:31.27 ID:wlxDUptAO
僕『……本当に、不思議だね』

女『えへへ。少しの間だけどさ、お話しようよ。今お母さんがお風呂入ってて……』

僕『あ、やっぱりお家にいるんだ』

女『僕ちゃんは? あれからちゃんと帰った?』

僕『うん……今は学校。保健室にいるよ』

女『保健……室? どうして? お部屋に帰ったんじゃないの?』

僕『だから、ここがお部屋なんだよ。テレビもあるし、ご飯だって』

女『テレビ? 小学校の保健室にそんなのあったっけ……?』

僕『あるよー』

女『……ねえ』

女『本当にそこ、学校の保健室?』
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 05:16:15.67 ID:wlxDUptAO
僕『う、うん……』

女『嘘だよ。保健室にテレビなんて無かったもん』

僕『だって、あるんだからそう言うしかないじゃん』

女『でも……』

僕『……』

女『じゃあ、さ。他には何が見える?』

僕『他にはって?』

女『僕ちゃんから見える物、何でもいいから教えて』

僕『んと……机でしょ。書類の山でしょ』

僕『それに、アルバムと紙袋……かな』

女『……』

女『ねえ。窓からは何が見える?』

僕『んー……木。あとは何も見えないよ、二階だけど見通し悪いから』

女『……僕ちゃん』

女『小学校の保健室は二階には無いよ……』

僕『え……』
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 05:21:29.64 ID:wlxDUptAO
僕『で、でもここは保健室だよ』

女『どうして? どうしてそう言い切れるの?』

僕『だってそれは……』

それは?

僕『……保健室、だから』

女『……』

女『僕ちゃん。そこに誰か他の人いる? 保健室なら先生とか』

僕『……今はいない。一階の戸締まりの確認に行ってるから』

女『誰か他にいるんだね……ね、その人はどんな人?』

僕『どんな人って……春ちゃんだよ』
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 05:28:47.38 ID:wlxDUptAO
女『あの公園にいた?』

僕『うん、そうだよ』

女『……戸締まり? 春ちゃんも生徒なのに、なんか色々おかしくない?』

僕『そんな事僕に言われても……』

頭が、ボヤける。

彼女が言う事は確かに正しい……気がする。

でもなぜだか、今の僕は何を聞いてもそれが間違った事とは思えないでいる。

僕はそれを、自分ではわかっていない。

女『……僕ちゃん、そこから逃げた方がいいよ』

だから彼女にこんな事を言われても、僕の足は動こうとしないんだ。

当たり前のようにこの部屋にいるのだから。

……どんなに気持ちに違和感を感じても、僕は。

何かに縛られたように、ここから逃げる事は出来ないでいる……。
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 05:34:44.09 ID:wlxDUptAO
女『……はぁ。言ってもダメなんだね』

僕『……』

女『ね、そう言えばさっきアルバムと紙袋って言ったよね? 何があるの、それ』

僕『まだ見ていないけど……えっと、ちょっと待ってて』

僕は電話を握ったまま、アルバムをこちらに引き寄せた。

そこに書いてあるのは……。

僕『僕たちの小学校だ……』

女『え?』

僕『小学校のアルバムみたい。学校の名前が書いてあるもん』

女『……もしかして、卒業アルバムってやつかな?』

僕『?』

女『六年間の思い出を、写真にしたやつだよ。卒業すると貰えるって』

僕『へえ……これがそうなんだ』
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 05:42:05.79 ID:wlxDUptAO
女『中、見れる?』

僕『んー……カバーが取りにくいかも』

女『……不器用僕ちゃん!』

僕『し、仕方ないじゃん。卒業した事なんて無いんだから。ち、ちょっと待って……』

女『あ、じゃあ紙袋の方は? そっちなら簡単に開かない?』

僕『……まあ』

女『ふて腐れないでよー。開けられるのから開けてみようよ、ね?』

僕『……』

僕はアルバムから手を離し、再び引き出しに手を入れた。

中に残っていた、小さい紙袋を。

僕はその手に掴んだ。

カサッ、と。

繊維が擦れる音が響いた。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 05:50:06.50 ID:wlxDUptAO
そして、それを取ると同時に……。


ゾワッ


僕「!!」

僕の手に、得体の知れない何かが流れた。

雨に混ざる雷のような。

激しく流れる滝の水流のような。

熱い業火のような……確かな何かが僕の手に伝う。

それは、確かにこの袋から流れてきた物だった。

僕『っ……』

女『どう、したの?』

僕『なんか一瞬、手がビリッとしたみたいで……』

女『痛かった? 大丈夫?』

僕『……』
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 05:54:40.90 ID:wlxDUptAO
違う。

痛いとか、そんな感じじゃないんだ。

何かが押し寄せて込み上げてくる……としか言い様がない、そんな感覚。

僕『……大丈夫だよ』

でもそれを上手く伝える事は出来ない。

僕は精一杯の強がりを言いながら、受話器越しの会話を続けた。

僕『それよりこれ、中に何か入ってるみたい』

女『え、そうなの?』

僕『うん……』

袋からは、確かに重さを感じる。

僕は思いきって中の物を取りだそうとした。

封はされておらず、口の部分は折られているだけだ。

中身を確認するのは簡単……。
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 06:03:16.38 ID:wlxDUptAO
僕『……えい!』

紙の袋はカサリとまた鳴って、僕の手に重みを与え……。


え?


女『……ゃん? 僕ちゃん。どうしたの?』

僕『なんで……』

僕『なんでこれがここにあるの……?』

女『どうしたの。何があったの』

僕『どうして……』

手に、重さを感じそれに触れた瞬間。

僕は全てを思い出した。

女『ねえ、何があったの?』

僕『……クローバー』
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 06:08:23.16 ID:wlxDUptAO
女『え?』

僕『四つ葉のクローバーをモチーフにしたガラスの……』

女『よつ……ば? がらす?』

女『あれ、それってさ。それって確か……』

女『あれっ?』

女『なんでだろ、思い出せない……思い出せないよ』

女『……すごく大事な物のはずなのに』

僕『大事な物。そうか』

僕『女はこれを奪われたから……』
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 06:19:17.86 ID:wlxDUptAO
女『え? え?』

僕『……記憶、思い出。全部「この時」の時間で止まってるんだ』

女『な、何言ってるのかわからないよ僕ちゃん。なんか口調もちょっと違うし……』

僕『ああ、ごめん。でもやっと戻ったみたいなんだ』

僕『これから全部説明するよ。今まで自分がどこで何をしていたか』

僕『女が本当は病気なんかじゃない事、それと』

女『……それと?』

僕『春が僕たちに何をしてきたか……』
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 06:25:35.53 ID:wlxDUptAO
女『春、ちゃん? 私たちに一体何をしたの?』

僕『彼女が僕たちにした事』

それは……。


……ギィィィガチャッ。

背中から鉄の扉が開く音がするも、僕の耳には受話器越しの声しか、聞こえない。

春「……」

無表情で、僕の後ろにたたずむ彼女にも気が付かないまま……。

僕「!?」

僕は……。

春「見つけちゃったんだ。せっかく隠してたのに」

春「じゃあ、また消さないとね」

春「……もうこれ以上消すの無くなると困るから、今回は「ちょっと」だけ」

春「ねええぇ……」

ただマスクの下の不気味な笑顔を、ただ黙って見ている事しか出来なかったんだ。


そして……。



プツッ。

ツー。

ツー。

ツー。

…………。
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/15(日) 06:37:00.66 ID:wlxDUptAO
次書くときが最後です。
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/15(日) 09:35:14.33 ID:Pqp4gY4SO
こええ…

wwktk
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/15(日) 10:02:22.19 ID:sA+rVoBLo
ここからどう終わんのか…
楽しみにしてます
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/15(日) 11:31:00.68 ID:H0BvmKiSO
あ、塚前亭さんだ〜
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/15(日) 14:16:35.35 ID:8AfFymoDO
あなたの書くものが好きなので楽しみに待ってます!
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/17(火) 00:07:43.12 ID:FzHkG0bIO
>>335
同人でもやってんのかと思ってググっちまったじゃねーかw

C
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/18(水) 19:07:15.35 ID:SJuSHVuSO
>>337
すまない当て字なんだwwでも何かあるかと思って俺も検索してしまったwwww

皆も、検索するなよww絶対だぞww
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/18(水) 23:38:12.65 ID:NcbYI3DAO
ツー、ツー、ツーと。

切れた電話の音がする。

それは彼との話の途中、いきなりの事だった。

女「……どうしたの、かな」


何か大事な事を伝えようとした彼の言葉、その全てが気になった。

彼女が私たちにした事?

そしてガラスの……。

女「……」

それらの単語を思い返すだけで、なんだか胸の奥がザワザワする。

話を聞かなくては。

私はもう一度同じ番号に電話をかけてみた。

女(ダイヤルを押して……と)

ピッ、ピッ、ピッ

……。

『……おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか電源が入っていません』
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国四国) [sage]:2011/05/18(水) 23:41:59.62 ID:tkp+dQx6o
wwktk
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 00:04:16.20 ID:fK1SwPOAO
女「繋がらない……」

もう一度、もう一度同じ番号を押してみる。

けれども返ってくるのは無機質なメッセージだけだった。

受話器の向こうを見通す事なんて出来ないけれど……なんだな嫌な感じがする。

もしかして……

彼に何かあった?

女「……」

胸騒ぎは続いている。

シーンとした部屋の中で、時計の針と私の心臓の音だけが鳴っていた。
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 00:15:21.67 ID:fK1SwPOAO
女「僕ちゃん……」

小さく彼の名前を呼ぶ。

女「僕ちゃん……」

もう一回。

女「僕……」

名前を呼ぶ度、受話器を通して聞こえる少しくぐもった彼の声を抱きしめたくなってしまう。

私はなんだかとても愛しくなって……。

そして、唐突に、どうしても今彼に会いたくなってしまったんだ。

女(……ああ私は)

女(きっと僕ちゃんの事が好きなんだ)
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/05/19(木) 00:20:47.99 ID:87euc3nIO
wktk
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 00:22:14.31 ID:fK1SwPOAO
女(いつから、かな)

女(一緒にキャッチボールをした時?)

女(さっき電話でちょっとカッコいい声を聞いちゃったから?)

女(それとも……もっと前?)

初めて会ったその日から、学校を転校してお別れするまで私はきっと彼を好きで。

女(だからあの約束だって私は……)

約束。

その約束を、彼は覚えていなかった。

女(……いつしたんだっけ。でも)

たった一年もしない間の事なのに。
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 00:33:19.46 ID:fK1SwPOAO
女(でも時間も経ってるから仕方ない……)

あれ?

女(約束したのがずっと前?)

女(一年しない?)

女(……なんだろう、この胸のザワザワ)

女(僕ちゃんと話したり春ちゃんと話すとずっと胸が……)

痛い。

女(そうだよ、さっき電話でガラスのクローバーの話を聞いた時だって)

私の頭を、脳を。

胸を、心を。

チクリチクリとつついてたこの感覚を……。

女(確かめないと……)

女(でも)

女(私はこのザワザワを確かめるために行くんじゃないよ)


私は静かに立ち上がった。

時計の針は……もう八時をずっと過ぎていた。
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 00:38:03.95 ID:fK1SwPOAO
女(僕ちゃんに会いたい……)

好きな人に会いたいから……ただそれだけの理由で、私は一人玄関を飛び出した。

お風呂に入っていたお母さんも、見たかったテレビも放っておいて。

私は……夜の街を走り出す。

白い街灯はなんだか心細く光り、赤い大きな月だけが私の走る道を照らしている。

もう小学生の子供が出歩ける時間ではない。

夜は正直怖かった。

女(それでも私は、行かなくちゃ……)

女(好きな人が待つ『学校』へ……)

お守りのためにポケットに忍ばせておいたボールをキュッと握りながら。

私は街の外れへ、どんどん歩いていった。
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 00:45:58.97 ID:fK1SwPOAO
女(……話に出ていた保健室。本当に私たちがいた保健室なら、校の一階にないといけない)

女(でも……話ではそれは違った)

私たちが通っていた中央小学校が通りの向こうに見える。

明かりは全くついていない。

もしかしたら、と思いちょっと寄り道をして様子を見てみたけれど……。


女(……今日施設でお別れした時、僕ちゃんは廊下の奥へ消えていった)
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 00:55:34.96 ID:fK1SwPOAO
私はまた、夜の街を走ります。

今度は本当の目的地へと……。

女(電話で聞いた、保健室の話と)

そしてだんだんと景色からは建物が少なくなって……。

女(二階から校庭が見えないで、木だけが見える場所と)

林が見えたかと思うと、すぐその奥に青白くて小さな小さな玄関の明かりが見え始め……。

女(施設の中へと『帰って行った』僕ちゃんがいるのは)

私の目の前に、いつも通っている医療施設がそこに。

女「ここの二階に……」

私の好きな人がいるはずだ。

女「僕ちゃんがいる、はず……」


生ぬるい風が、優しく林を揺らしている。

私にはその音すらも聞こえない。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 01:03:19.51 ID:fK1SwPOAO
女「昼間見るのと違って、ちょっと不気味……」

外観のコンクリート造り、正面入り口の向こうに見える廊下……「非常口」のライトが照らす緑色の空間。

街外れという事もあり、人気も全くない。

私は少しだけ怖がった……。

もしここに彼がいなかったら?

無駄足かもしれない。

帰ったら帰ったで、夜中に家を勝手に飛び出した事をお母さんに怒られるかもしれない。

夜道で怖いお化けに会うかもしれない……。

女「……ぶるっ」

色んな嫌な想像が、私の頭を一瞬で走り抜け恐怖に染めた。

でも。

女「……僕ちゃん」

彼の名前を呼ぶと、不思議と怖さが和らいだ気がした。
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 01:06:59.38 ID:fK1SwPOAO
彼が何か困っていて、誰かの助けを待っている。

女(ううん、何も無くてもいい。ただ元気な僕ちゃんが見れれば……)

好きな人の笑顔が見たい。

もう一度、彼と笑って遊びたい。

そう考えたら自然に……。

女(……よし)

私の足は自然に前へと進み出したんだ。

女「とりあえず中に入らないと」

私は正面入り口に近づいた。
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 01:14:38.50 ID:fK1SwPOAO
女「うう〜ん……!」

ガチャガチャと、扉は音をたてるだけで開こうとはしてくれなかった。

昼間、楽々入れる場所に入れない。

鍵のもどかしさを感じていた……。

女「さすがにここは無理かなあ」

女「……裏口とか、あるのかな」

女「そういえば」

さっき僕ちゃんが電話で……一階の戸締まりに行ったとか話してたっけか。

女「春……ちゃんね」

その話と同時に、私はもう一人の名前を思い出した。

彼女が私たちにした事?

それがどうしても頭に引っかかっていた。
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 01:22:34.39 ID:fK1SwPOAO
女「……」

女「急ごう、もしかしたら鍵どっか開いてるかもしれないし」

それでも私は無理やり考えるのを止めて、建物の裏に向かって走り出した。

今は考えている時じゃないんだ……。

僕ちゃんに会うのが先。

女「あ、ここかな。ドアがある」

そのためにも……まずは施設に入り込まないといけなかった。

私は目の前に見えるドアを調べた。

裏の駐車場の近くにあるドアだ。

場所から考えるに従業員用のドアだろうか。

側のガラス窓には警備会社のステッカーが貼ってあるのが見える。

女(開く……?)

私は思いきってドアノブを回してみた。

ギィィ……と。

不気味な音をたてながら開いたドアの向こうには、ただの闇が広がっていた。
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 01:33:50.03 ID:hrsyEnhIO
To be continued...
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 01:54:12.24 ID:fK1SwPOAO
女「開いてる……」

廊下のずっと奥に見える緑色の光……。

あそこが入り口なんだ、と私は思った。

私はその闇の中に吸い込まれるように、足を踏み出した。

何度か通いある程度は見慣れたはずの廊下なのに……知っている景色とはまるで別のように見える。

明かりはほとんど無く、どこに部屋があるのかもよくわからない。
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 01:58:55.24 ID:fK1SwPOAO
女(でも私が向かうのは二階だから……)

僕ちゃんの話が正しければ、目的の部屋は二階にあるはずだ。

前に案内図を見たのを、ちょっと頭に思い出してみる。

確か、二階、と書いてあった案内図には……。

『研修室』

『仮眠室』

『研究室』

『患者室』

女「……」

女「漢字わかんないよぅ……」

確か、全く読めないのを私は忘れていた。
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 02:06:17.24 ID:fK1SwPOAO
女(ま、まあいいや。とにかく二階の部屋を探していけばきっと)

女(まずは階段を探さないと。確か階段はちょっと歩けば……)


改めて、一歩を踏み出そう。

そう思い左足を軽く浮かせた瞬間!

……コツッ。

……コツッ。

女「!?」

聞こえる。


暗闇の中から、足音が一つ響き出した。

女(今確かに聞こえた……)

私は耳をすましもう一度、神経全体にその足音を聞く用意をさせる。



コツッ
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 02:16:58.81 ID:fK1SwPOAO
女(どこから……?)

私は目前に広がる廊下、一階の奥に目を凝らした。

もし誰かが廊下にいれば玄関にある「非常口」の光に重なって影が出来るはず……。

しかし先ほど見た景色と変わらず、緑の光は真っ直ぐに私の視界に飛び込んでいる。

一階に、人影はない。

女(つまり……)

私はやや先に見える階段に視線を移した。

暗闇をしっかり見つめ、耳をその方向へ向ける。

すると。

コツッ。

コツッ、コツッ。
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 02:27:13.45 ID:fK1SwPOAO
女「!!」

今度はそれがはっきりと聞こえてしまう。

私の心臓は一気に大きく跳ね上がり、胸の中でバクバク言い出した。

女(だって……)

コツッ、コツッ。

コツコツ、コツ。

足音がどんどんこちらに向かっているように、大きく聞こえ出したからだ。

女(い、一階に降りて来る……!?)

誰かに見つかればきっとここにはいられない。

女(隠れなきゃ……)

私は大慌てで隠れる場所を探し出した。
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 02:38:12.59 ID:fK1SwPOAO
女(ここ……)


コツ、コツ。

階段に鳴り響く足音が一層近くなる。

私が隠れたのは階段横にあるスペースだ。

裏口近くに部屋は無く、かと言って他に隠れられるような柱も無く……。

足音のする方にあえて自分から近付くのは怖かったけれど。

女(大丈夫、大丈夫……)

私はなるべく奥に行き、膝を抱え出来るだけ小さくなった。

明るい状態なら丸見えだろうけど、真っ暗な廊下だ。

声を出さなければ大丈夫……。

そして。

コツッ。

とうとう足音が、私の頭の上から聞こえるくらい近くなった。
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 02:52:43.36 ID:fK1SwPOAO
そしてとうとう足音が大きくなる。

来た、と私は思った。

物音をたてないよう、そっと視線を上に向け……階段の様子を探る。

女(あ……懐中電灯)

光。

その光が階段を降りきると、さっき私が入ってきた裏口の方へと進むのが見えた。

コツッ……。

すぐ近くにいた私だけれども、暗闇のお陰で気付かれる事なくやり過ごす事が出来たみたいだ。

女(……ほっ)

私は心の中で安堵した。
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 02:57:51.49 ID:fK1SwPOAO
ガチャッ……カチャリ。

女(あ……)

見えない廊下の奥で金属音が鳴る。

裏口の鍵が閉められた音だろうか。

女(そっか、戸締まり……戸締まり!?)

と言う事は、あれが春ちゃんなのだろうか?

……コツッ。

足音は裏口を引き返し、こちらにまた向かっている。

女(……)

コツ、コツ。

その人物は階段を昇らず、今度は正面入り口の方に向かって歩いて行った。

女(暗くて春ちゃんかどうか確認出来なかったや……)

内心ちょっとガッカリしていた。
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 03:05:42.23 ID:fK1SwPOAO
女(でも、今なら二階に行ける……)

私は階段のスペースからコッソリ顔を出し、廊下を覗いた。

懐中電灯の光がどんどん入り口の方へと歩いているのが見える。

女(よし……いまのうち)

二階へ上がろうと腰をスッと浮かせ、階段を歩き出した瞬間……。


ポーン。

と。

私の耳に何かが廊下を跳ねる音が聞こえた。

「?」

音に合わせて光がクルッとこちらを向いた。

女「!」

それはやや近くを歩いていた光の人にも聞こえたようで……。

女(やばっ!)

私はもう夢中で階段をかけ上がっていた。

なるべく音をたてぬよう、出来るだけ早く二階へ……。

「……」

光はまたクルリと正面入り口の方へ向き直していた。
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 03:11:57.11 ID:fK1SwPOAO
二階。

女「はぁ、はぁ……」


しん。


追いかけてくるような足音は聞こえない。

女(怖かった……)

体には冷や汗が流れ、足も震えている。

それでも。

女(あっ)

女(奥の部屋、明かりがついてる……誰かいるんだ)

女(僕ちゃん……?)

好きな人が扉の向こうにいるかもしれない。

そう思うだけで私は……。

女(今、行くからね)

この真っ暗な廊下だって、平気で一人で歩き出せる。

私は奥の扉に向かった。
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) :2011/05/19(木) 03:20:13.94 ID:v7LJYHI90
今追いついた。
まさかつかまえての人にリアルタイムで遭遇するとは…
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 03:22:40.86 ID:fK1SwPOAO
女「……」

扉の光は、妙に静かに輝いていた。

私の後ろには真っ黒な闇。

目の前には、明かりとしての光が漏れている。

でもその光はどこか薄汚れた白い色をしていた……。

女「……」

ギィィ。

私は迷う事なく、その光の中へ飛び込んだ。

だってそこには……。

僕「ん?」

女「あっ……」

僕「あれ、女ちゃん。どうしたのこんな時間に?」

女「僕ちゃ……」

そこには私の心の中で一番輝く人がいるのだから。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/05/19(木) 03:27:36.18 ID:fK1SwPOAO
……。

カチャッ。

春(はい、戸締まりこれでおしまいね)

春(裏口の鍵、やっぱり忘れてたわね……)

コツコツ。

春(最近疲れてるのかな)

コツコツ。

春(ちょっと頑張り過ぎちゃったかしら、僕のために)

春(……なんてね)

コツコツ。

春(さ、部屋に戻って僕とお話でも)

コツ。

春(……あれ?)

春(階段の所に何か落ちてる。さっきは無かったのに)

春(何これ、ボール? 紫色の……)
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 03:40:37.02 ID:fK1SwPOAO
春(この紫色、どこかで見た事がある気がするわ……)


春(それにこの数字って090で始まる携帯の番号よね)

春(090……XXXXXXXX)

春「これ。僕ちゃんの?」

春「でもなんでボールなんかに? ボール、ボール」

ボール……?


女『あ、マジックペン貸して下さいっ!』

女『えへへ、先生には内緒。見せてあげないよ』

女『ふふっ、大事大事。不思議な数字……』


春「……!!」

春「まさか……」
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/05/19(木) 03:44:05.82 ID:5r2BVEN80
眠れなくて見に来たらまさかの遭遇
運命感じちゃう
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 03:45:29.14 ID:fK1SwPOAO
……。

女「ぼ、僕ちゃん。怪我はない? 大丈夫?」

僕「えっ?」

女「いきなり電話切れちゃうから何かあったかと思って……何ともない?」

僕「い、いや。なに……」

女「ねえ! 大丈夫って聞いてるのよ。ちゃんと返事して!」

僕「だ、大丈夫……です」

女(あれっ?)

彼はテレビを見ながら呑気にこう答えていた。

呑気と言うよりは……。

僕「?」

私がこんな事を聞くのがとても不思議と、そう言った顔をしています。

女「……僕ちゃん、本当に大丈夫なの?」
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 03:50:11.94 ID:fK1SwPOAO
僕「う、うん……でも僕電話なんてしてないから、女ちゃんのお話わかんないよ?」

女「えっ……」

僕「女ちゃんと電話なんてした事ないじゃん」

女「じ、じゃあさっきの話は? クローバーの話!」

僕「クローバー……四つ葉のクローバーを見つけると幸せになるって噂?」

女「違うよぉ、ガラスで出来たって言ってた……」

僕「……」

僕「ごめん、僕にはよくわからないよ」

女「そんな……」
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 03:55:34.01 ID:fK1SwPOAO
女「……春ちゃん」

僕「春ちゃん? いきなりどうしたの?」

女「戸締まりに行くって言って、今ここにはいないんだよね?」

僕「戸締まりって……学校の? そういうのは先生の仕事でしょ」

女(やっぱり、僕ちゃんにとってここは学校なんだね)

女「それもさっき僕ちゃんが言って……」

僕「本当に何も知らないってば。僕はそんな話しないもん」

女「……」
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 04:01:14.29 ID:fK1SwPOAO
僕「……」

いちいち、彼の淡々とした反応に私は思わず涙を流しそうになってしまう。

だって……。

目の前の彼はまるで私なんかがいても何の影響も無いみたいに。

ベッドに座ってテレビを見ているだけの……ただの小学生になっているのだから。


女「……ねえ」

僕「?」

女「どうしちゃったの、僕ちゃん。最近ずっと変だよ」
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 04:05:35.91 ID:fK1SwPOAO
僕「変? 僕が?」

女「そうだよ……」

女「久しぶりに会ったと思ったら、保健室に住んでるとか言っちゃうし」

女「なぜか私の通っている施設で会ったり……」

女「私とキャッチボールだって全然してくれない」

僕「……」

女「そして何より……」


女「私とのやくそくを…………」

ガチャッ!

女「!」

私の言葉は、乱暴に開かれた扉の騒音と重なり消されてしまう。

そしてそこには。

白衣を着た美人先生。

春「……」

私の友人である春ちゃんが立ち尽くしていた。

女「春ちゃん……」

春「……」
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 04:10:31.56 ID:fK1SwPOAO
私の姿を確認するなり、彼女は大きくため息を一つ、ついた。

春「はぁ……とうとう来ちゃったんだ」

春「見覚えある物があったから、まさかとは思ったけど」

そう言いながら、彼女は紫色のボールをポンと私に投げて来ました。

春「階段に落ちてたわよ」

女「……ありがとう」

春「落とし物は、先生に届けないといけないんだけどね」

女「ここは学校じゃないでしょ、先生なんていない……」

僕「?」

春「くすっ、そう思っているのは、女ちゃんだけかもね」
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 04:20:42.34 ID:fK1SwPOAO
女「そんな事……」

春「まあそんなのどっちでもいいのよ。ねえ女ちゃん」

彼女の影が、冷たく笑った……。


春「一体何をしに、ここへ来たの?」

女「ぼ、僕ちゃんが心配だから来たの!」

氷みたいな表情に負けないよう、私は精一杯の返答をした。

春「ふーん……」

春「もうちょっと早く鍵を閉めておけばよかったかな。子供はもう寝る時間よ?」

女「こ、子供なんて言ったらみんなだよ。『同じみたいな』学年、見た目だってそんなに……」

春「同じみたいな、ねえ」

春「女ちゃん。そんなぎこちない表現使わないでも……くすくす」
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 04:29:45.70 ID:fK1SwPOAO
女「だって……」

よく、わからないんだもの。

僕ちゃんと話した時の時間のズレの事。

忘れた会話の内容……。

僕ちゃんや春ちゃんの年齢や学年まで……。

春「わからないって顔してるね」

女「だって……」

春「じゃあヒントをあげる。ねえ、僕ちゃん」

僕「んっ、なに?」

春「僕ちゃん今小学校何年生かな?」

女(確か二年生の……)

僕「二年生だよ」

春「じゃあ三年生になるのはいつ頃かわかる?」

僕「えっと……あと半年くらいって学校で習ったよ!」

女(え?)

女(半年……?)
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 04:36:55.83 ID:fK1SwPOAO
女「ま、待って。僕ちゃん前は二年生って……それに私のお引っ越しがあるから二年生の終わりのはずだよ」

春「んー、どうかしらねー」

彼女はずっとくすくすと笑っている。

困った顔をした私を見るのを楽しんでいるように……。

女「で、でも本当は三年生だよ。私と一緒のクラスにいたんだから……それは間違ってないはずだよ!」

春「くすくす、一緒のクラスって前に否定されてたわよね?」

女「……」

僕「そう……だっけ?」

女「!?」
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 04:43:27.28 ID:fK1SwPOAO
春「あら、違うの僕ちゃん。そんな事言ってなかったかしら?」

僕「言ってないよー」

僕「僕は小学校入ってから、女ちゃんとずっと同じクラスだよー」

女(時間のズレと次は)

女(記憶の……ズレ?)

春「くすっ。はい、ヒントおしまいよ。わかった?」

女「自信は無いけど……でも」

女「何となくわかるよ」

春「聞かせて?」

女「ん……えっと」
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 04:45:59.71 ID:fK1SwPOAO
女「僕ちゃんとは会う度に記憶が曖昧で」

女「時間や学年がズレてたり記憶が噛み合わなかったりで……私もちょっと不思議だった」

春「うんうん、そうでしょうね」

女「最初は私が間違っているのかもしれないって思ってもいたの。でも私の中の時間は変わってはいない」

春「……それで?」

女「変わったのはこの中だと、僕ちゃんだけ」

女「ねえ、春ちゃん」

女「もしかしてその時間を操って僕ちゃんに何かしたのは……春ちゃんなの?」

春「ふふっ、女ちゃん正解」

女「……」

春「正確にはね、操っていると言うよりは奪っている……って、言うのかな……」

女「奪って、いる?」

春「うん……」
380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 04:55:03.92 ID:fK1SwPOAO
春「私ね、ちょっと不思議な事が出来るんだ」

春「人の心にちょっとストップをかけてね……記憶を奪う事が出来るの」

女「……」

僕「ストップって……どういう事?」

春「ちょっと頭の中で思い浮かべてみて」

春「例えば、思い出の中で大切な人」

春「その人の記憶を私のカウンセリングで……抑止させるの」

春「簡単に言うと記憶の冬眠みたいなものよ」

女「そんな事出来るの? たかが小学生にそんなカウンセリングなんて……」

春「くすっ。出来るわよ」

春「だって私は……この心療施設の先生なんだもの」
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 04:59:05.80 ID:fK1SwPOAO
僕「しんりょー施設? 学校じゃなくて……?」

女「せん……せい?」

春「ええ」

春『はーい女ちゃん。今日も可愛いわね、ちゃんとお薬飲んでる?』

女「!」

春「……なんて、ちょっとマスクするだけでいつもの先生の出来上がりよ」

春「驚いたかな?」
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 05:03:39.41 ID:fK1SwPOAO
女「あ、あぁっ……」

なんと言う事だろう。

あの先生が春ちゃんで、春ちゃんが私の先生で……。

女「だ、騙してた!」

春「騙してなんかないわよ。ちょっと理由があってマスクをしてただけ」

女「う、嘘! 何か隠し事があるからマスクしてたんでしょ!」

春「だから今こうしてちゃんとお話してるでしょ?」
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 05:09:24.88 ID:fK1SwPOAO
春「……でも、ねえ女ちゃん。変でしょ?」

女「な、なにが?」

春「女ちゃんにとって私は誰?」

女「……同級生」

春「ね。同じ教室で勉強してたわよねー」

女「でも、先生でもあった……」

春「よーく考えてみて。私は何に見える?」

女「……」

女「クラスメイトにしか見えないよ……」

春「でも先生にも見えるんでしょ?」

女「……見える、よ」

春「くす」

春「普通に考えてさぁ、そんな事ってあり得るのかな」

女「……」
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 05:17:45.64 ID:fK1SwPOAO
春「ある人が学校の同級生に見えて、ある人は先生に見える」

春「ふふっ」

春「ちょっと前までね、僕ちゃんも同じ世界が見えていたんだよ?」

僕「え、僕が?」

女「……っ!」

春「僕ちゃんは今どういう状態か、考えてみれば……」

女(……)

女(僕ちゃんは)

女(記憶を春ちゃんに奪われて、違う世界が見えていて)

春「くすくす」
385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 05:18:14.68 ID:fK1SwPOAO
女(違う世界)

女(それは多分、私がさっきから体験していたそれと似ていて)

女(似ている……)

女「あっ!」

女(それって、つまりは……)

春「うん、そう」

春「僕ちゃんと女ちゃん。見えてる世界はちょっと違うけれど」

私たちは、目の前の彼女に時の流れを。


春「二人とも、私に記憶と時間を……」


止められていた。
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 05:25:26.61 ID:fK1SwPOAO
春「特に僕ちゃんからは、たくさん」

春「高校時代の彼女さんや、思い出。クラスメイトの顔や……」

僕「な、何を言ってるの」

春「ふふっ気にしないでいいのよ。今はもう関係無いお話なんだから、ね」

女「……ひどいよ、そんなの」

女「そんなにたくさん僕ちゃんから色々奪うなんて……!」

春「でもたまには返したりしてるのよ。そうしないと頭のバランスが崩れちゃうから」

女「バランスなんて関係ないよ! 僕ちゃんが可哀想……」


女「それに、私の記憶もって事は……」

春「ふふっ」
387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 05:32:51.40 ID:fK1SwPOAO
朝になってしまった。
最後が雑になるのは嫌なので、ここまでで。

今夜で本当に終わらせます。


塚前亭をググってみたら、このスレが一番上に来て。
残りは単語がマッチしないページばかりでしたね、と。

支援とういつもありがとうございます。
また。
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 05:35:56.73 ID:fK1SwPOAO
女「お、教えて……」

女「私からは何を奪ったの」

女「何がどうなって止められているの」

お願い……。

女「教えてよ……」
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 07:46:33.87 ID:gawvaypSO
一体どうなっちゃうの…
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/05/19(木) 11:51:34.61 ID:qZuT61XAO
途中で寝てしまったが今日こそ最後まで頑張る
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 20:04:59.20 ID:A0YSrF9IO
楽しみにしてるよ〜
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 20:19:23.40 ID:fK1SwPOAO
ちょっと事故
本当に申し訳ないですが今夜は書けません

近いうちにまた来ます、すいません
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 21:59:01.75 ID:fK1SwPOAO
春「女ちゃんから奪った物、それは……」

女「……」

春「ねえ確か。二年生の終わりくらいの時よね」

春「女ちゃんが転校するって話がクラス中に広まったのって」

女「そう……だね」

僕「転校? 女ちゃんが?」

春「ええ」

彼女はゆっくりと語り出してくれた。

今の私にとっては一年ほど前の記憶。

僕「……」

今の僕ちゃんにとっては、半年後に起こるはずの出来事を。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 22:07:18.01 ID:fK1SwPOAO
……。

キーンコーンカーンコーン。

小学校のチャイムが鳴る。

ここは私たちが通っていた本当の小学校……。

春(今日はちょっと寒いなあ……早く暖かくならないかな)

窓の向こうを見ながら私はそんな事を考える。

寒かった冬が終わり始める、二月の終わりを私は見つめていた……。
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 22:16:15.55 ID:fK1SwPOAO
ヒュウゥーと、冷たそうな風が吹いている外とは対称的に。

教室の中では授業が終わった嬉しさを喜ぶ暖かな声が、私の周りの空間を埋め尽くしている。

そしてそんな中で、遠くの席ではいつもの元気な彼と静かな彼女が見える……。

僕「やっと学校終わったね! 今日帰りに駄菓子屋さん行こうよ」


女「あ……ちゃん、消しゴムありがとうね。桃のいい匂いがしてすごく勉強楽しかったよ」

春「……」

私と僕くんと女ちゃんと。

私たちは確かにこのクラスに一緒にいたの……。
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 22:29:12.68 ID:fK1SwPOAO
僕「そうだよ、コーヒーキャラメル食べに行くんだから」

僕「……んー普通のチョコよりはコーヒー味のが好きかなあ。だってコーヒーのが甘いんだもん!」

春(甘い……コーヒーってそうなの?)

春(今日、ちょっと私もコーヒーキャラメル食べてみようかな)

なんて、遠くの席から彼の話を盗み聞きしちゃったりして。

私はそれだけで毎日ドキドキしながら生きていられたんだ……。

好きな人が同じクラスにいる、ただそれだけで。

僕「……あ、そうだ」

僕「ね、ね! え女ちゃんも一緒に駄菓子屋行く?」

女「えっ?」
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 22:36:37.43 ID:fK1SwPOAO
でも好きな人がいるのは、当然私だけでは無かった。

当たり前よね、誰が誰を好きになっても悪い事なんてない。

でもやっぱり……彼が女ちゃんの名前を呼ぶのはなんだかすごく寂しく感じてしまっていた。

春(……いいなあ)

それはいつもの事だったから……。

名前を呼ばれない私は、遠くの席にいたまま。

そのやり取りをただ見ている事しか出来ません。


女「あ、ごめんね僕ちゃん……今日はその」

女「大事なお話と用事があるから行けないんだ」

でも今日だけ、それは違っていた。

発端は彼女の少し暗い表情とこの発言。
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 22:46:46.71 ID:fK1SwPOAO
彼女の一言を待っていたかのように、先生が教室に入ってきたのが見えた。

バラバラとみんな席につき、瞬く間に教室は静かになる。

僕「……」

会話を中断されてしまった僕ちゃんはずっと女ちゃんを見ている。

私はそんな僕ちゃんをずっと見ている……。

女「……」

女ちゃんは下を向きながら、寂しそうな顔を見せていた。


そして間もなく帰りの学活が始まった。

先生もちょっとだけ落ち込んだような顔をしながら……淡々とこう語り出したんだ。

女ちゃんが転校する、と。
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 22:56:57.63 ID:fK1SwPOAO
「今日はみなさんに大事なお話があります」

「これまで一緒に勉強してきた女ちゃんですが……両親の都合で転校する事になってしまいました」

一気に教室が、ざわつき始めた。

「みんな静かに」

「……じゃあ女ちゃん。まだ転校まで日はあるけど、一応ご挨拶して」

女「はい……」

彼女はその場に立ち上がり、教室をゆっくりと見渡した。

大きく息を吸って、はいて……。

その度に長い髪の毛がゆっくり、サラッと震えた。

綺麗だな、と私は正直に思った。

そして彼女の言葉が始まる。
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 23:35:52.72 ID:fK1SwPOAO
女「えっと、私はこの学校から転校する事になってしまいました」

女「みんなとお別れするのはとても寂しいけど……あ、でもそんなに遠くにいくわけじゃないです」

女「頑張ればこの学校にもこれる距離なので、会いたくなったらきっと会いにきちゃいます」

女「それに、まだ引っ越しの日まで時間もあります」

女「だから……それまではいつもみたいに仲良くして下さい。以上です」
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 23:47:12.10 ID:A0YSrF9IO
>>392が見えない
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 23:48:14.03 ID:fK1SwPOAO
……。

十人くらいがまとまって駄菓子屋さんへの道を、集団下校している。

その中に私も、僕ちゃんもいる。

わいわいと歩くみんなと

帰り道は、彼女の話題で持ちきりだった。

「新しい学校ってどんなとこかなあ」

「女ちゃんいなくなっちゃうの寂しいなあ……」

「みんなでお別れ会をしてあげようよ!」

みんなこんな会話をしていたんだと、思う。

私はただ、学校からここまで何も話さない彼の背中のランドセルを見ながら……。

何も言い出せずに歩いていたのを覚えている。

そして、そろそろ駄菓子屋さんに着きそうになった頃、彼が突然口を開いた。

僕「……ごめんみんな。僕、今日はやっぱ帰るよ」
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/19(木) 23:56:22.04 ID:fK1SwPOAO
「え、どうしたのいきなり?」

「お菓子買っていかないのー?」

僕「あ、うん。ちょっとごめんね、今日は帰らないと」

僕「じゃあみんな。また明日ね!」

そう言って、嵐のように去っていく彼のランドセルがパタパタと鳴っていた。

彼が消えたその空間は私にとって誰もいなくなったのと同じ事……。

それでも私が帰る事も出来ず、みんなの輪の中に残っていました。
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 00:06:17.75 ID:qcBShMsAO
春(……あ、美味しいかも)

初めて食べたコーヒーキャラメルの味は甘くて優しい。

隣に彼がいないからこそ、私はこのお菓子を買えたのかもしれません。

春(コーヒーってこういう味なんだ……本当に甘いんだね)

春(これなら普通のコーヒーも飲めちゃう、かも? くすっ、私って大人)

なんて、この頃は子供みたいな味覚と考え方を持っていました。
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 00:14:42.97 ID:qcBShMsAO
今度は彼と一緒に来て、この甘い甘いコーヒーキャラメルを二人で食べよう。

ずっとそんな事を考えていました。

だから次の日、また次の日と。

私は彼を駄菓子屋に誘ってみました。

もちろん、みんなの輪の中でさりげなく。

直接誘う事なんて私には出来るはずもなく……。

でもその度に彼は言いました。

今日は行けない、ちょっとお金が無いから、と。
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 00:19:10.46 ID:qcBShMsAO
結局、彼は私がコーヒーキャラメルの美味しさに目覚めてから、ただの一度も一緒に駄菓子屋さんへは行きませんでした。

春(でもまた暖かくなったら……一緒に)

なんの根拠もなく、私はそう思っていました。

でもその甘い甘い希望は。

初めて飲んだコーヒーのような結果に終わってしまったのです。


あの日が来るまでは、私の胸にもそんな願いがあったの……。

あの日、二週間後のお別れ会の後の事……でした。
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/20(金) 00:25:41.72 ID:PBvj5KQ/o
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 00:29:21.04 ID:qcBShMsAO
僕「……女ちゃん。これ」

女「えっ? 何……袋?」

夕暮れの放課後、誰もいない教室に男の子と女の子。

春(……)

そして、忘れ物を取りに偶然戻りに来た私が廊下で一人。

あの日の出来事はここにいた三人しか知らない事。

私はただ息を潜めて、教室の中の二人の会話を聞いていた……。
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 00:34:03.64 ID:qcBShMsAO
僕「あ、開けてみてよ。引っ越しの……プレゼント」

女「いいの? ありがとう……なんだろう」

カサリ。

女「わあ、何これ可愛い! 綺麗ー」

僕「ガ、ガラスだから気をつけてね。キラキラしてて綺麗だったから……あげる」

女「ありがとう僕ちゃん! 一生大事にするからね!」

春(……)

ズキッ。

春(一生……)

廊下に吹く風は、冷たい。
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 00:39:54.65 ID:qcBShMsAO
女「本当にありがとうね、僕ちゃん。でもこれちょっと高かったでしょ? すごい綺麗だもん」

僕「う、うん。少しだけ……だからお菓子買うの我慢したの」

女「そっ、か。大好きなーヒーキャラメル食べないで私のためにこれを……」

春「……」

僕「あ、あのさ。遠くにいってもずっと友達だよね? 僕の事忘れないよね?」

春「ふふっ、忘れないよ」

春「何があっても絶対に……」

春「私と僕ちゃんは大切なお友達だもん」

僕「う、うん!」
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国四国) [sage]:2011/05/20(金) 00:48:57.81 ID:jDAP3YKEo
こわいよー
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 00:49:16.33 ID:qcBShMsAO
春「だから僕ちゃんも……私の事忘れないでね?」

ズキズキッ。

僕「忘れないよ、僕嘘つかないよ!」

春(……やめてよ)

女「ふふっ、これも約束だね。僕ちゃんとは約束の思い出がたくさん……」

春(思い出、私も欲しいよ)

ズキズキッ。

二人の声を聞くだけで、どんどん胸が痛くなる。

僕「たくさん? 他に何かあったっけ……」

春(やめて、もう)

聞きたくない。

女「ほら……前にさ。みんなに聞こえないよう教室でお話したじゃん」

僕「……あっ! うん」

春(やだ……)

女「私を」

女「僕ちゃんの……」

嫌だ! やめてよ!

僕・女「……!!」

次の瞬間、私は泣きながら教室のドアを開けていたの。
413 : ◆/MvGJlD9BI [saga]:2011/05/20(金) 00:57:35.03 ID:aLN8XqhP0
春になっているだと…
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 00:57:38.30 ID:qcBShMsAO
春「う……うっ、ぐすっ」

春「わ、私も思い出……ぐすっ」

泣きながら、泣きながら。

私は二人の近くまで歩み寄る。

僕くんたちが何かを言っていたのはわかる、でも私には何も聞こえない。

ただ泣きじゃくって、思い出が欲しくてたまらなくて私は……。

春「欲しいよ……」

春「ねえ、私も欲しいよ」

春「ぐすっ、そんな綺麗な思い出……全部」

春「全部……」

欲しい。



春「ぐすっ……ちょうだい」

ちょうだい。


この時かな、多分。

私の『影』が一番最初に笑ったのは……
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 01:02:33.14 ID:qcBShMsAO
女「だから僕ちゃんも……私の事忘れないでね?」

ズキズキッ。

僕「忘れないよ、僕嘘つかないよ!」

春(……やめてよ)

女「ふふっ、これも約束だね。僕ちゃんとは約束の思い出がたくさん……」

春(思い出、私も欲しいよ)

ズキズキッ。

二人の声を聞くだけで、どんどん胸が痛くなる。

僕「たくさん? 他に何かあったっけ……」

春(やめて、もう)

聞きたくない。

女「ほら……前にさ。みんなに聞こえないよう教室でお話したじゃん」

僕「……あっ! うん」

春(やだ……)

女「私を」

女「僕ちゃんの……」

嫌だ! やめてよ!

僕・女「……!!」

次の瞬間、私は泣きながら教室のドアを開けていたの。
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 01:16:28.31 ID:qcBShMsAO
……。

女「……それで?」

春「そう思った瞬間にね、自分の目の前が真っ黒になったの」

春「本当に、視界を全部墨で塗ったみたいな黒が広がったの」

春「……寝ちゃってたのかな。でも意識が戻ってもね、時間は私が教室に入った時とほとんど同じ」

僕「そんな記憶、僕にはないよ……」

春「今の、僕ちゃんにはあるはずないわよ。もっとも、こうなる前でもこの時の思い出は『忘れちゃってる』けどね」

僕「え」

春「それもまた話すわよ」

女「……ねえ、意識が戻ってからはどうしたの? 何があったの?」


春「何があったって言うかね……」

春「二人とも、教室からいなくなっていたの」

春「まるで消えちゃったみたいに、ね」
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 01:24:55.22 ID:qcBShMsAO
女「消え……た?」

春「ええ。代わりに私の手にはさっきの紙袋とガラスのクローバーが握られていた……」

春「今思えばちょっと不気味かもしれないけど、当時の私はそれをすごく喜んだね」

春「思い出を手に入れた、ってね」

女「……」

僕「き、消えた僕たちはどうなったの? まさか死んじゃったりとか……」

春「まさか。今こうして生きてるでしょ」

春「僕ちゃんは……その後保健室にいたよ。理由とか経緯はわからないけど、ベッドで寝てたって」

春「あとで先生に聞いたらね、お昼辺りから具合が悪くて午後はずっと休んでたって……そう聞いたわ」
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 01:41:53.07 ID:qcBShMsAO
女「じゃあ私は一体どこに……」

春「くすっ」

春「女ちゃんは覚えているでし……まるで昨日の事のように」

女「……」

春「なんて、意地悪かしらね。女ちゃんは学校にはいなかったみたい」

春「先生に様子を聞いてみても、具体的な事がわかるわけでもなかった。ただ転校先の地域にいるってだけ……」

春「変な話、事故や事件もなんて噂もなかったから勝手に大丈夫だと思っていたの」

春「女ちゃんに関する話は、一旦ここで終わっちゃう」

春「その後の問題は……僕くんだった」
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 01:47:20.61 ID:qcBShMsAO
僕「……」

春「くすっ、何度話を聞いてもね。僕くんはあの日の事を覚えていなかったんだよ」

春「それに春ちゃんの事も全く……ね」

春「それは不思議なくらいに無反応で、まるで」

女「……まるで最初から私がいなかったみたいに」

春「……くすっ。そう」

春「僕くんの中の思い出は私がこの……ガラスのクローバーと一緒に」

スッ。

春「私が貰っちゃった」

女「あっ……」

ぞわっ。
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 01:52:50.66 ID:qcBShMsAO
春「くすっ、やっぱり反応しちゃうよね。大切な思い出の品だもの」

女「か……返して……」

春「ダメ。これを返したら……女ちゃんの時間がまた」

春「また始まっちゃうから」

女「……私、私はずっと春ちゃんの所でカウンセリングと薬を」

僕「カウンセリング? 薬……?」

春「ね。あの時は本当にびっくりしたわ」

春「就職したこの医療施設に、まさか女ちゃんが……」

春「しかも精神的『発達障害』の患者として、ね」

女「……」
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 02:15:24.11 ID:qcBShMsAO
……。

カウンセリングベッド。

春「はい、楽にしてね」

春「えっとお名前は女ちゃんね」

女「……はい」

春「ふむふむ、何歳かな?」

女「……七歳です」

春「そっかー小学生?」

女「はい、三年生です」

春(三年生……ね)

春「じゃあちょっとだけ先生の質問に答えてね。はい、目を瞑って体をリラックスさせてー……」

女「……」
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 02:29:40.79 ID:qcBShMsAO
春「……じゃあ女ちゃんはずっと小学生?」

女「は……い…………よく、わからないけど…………」

女「たいせつな、なにか……わすれちゃって…………」

女「ずっと……ずっと……」

春「大切な……」

もしかして。

私は真っ先にあのガラスのクローバーを思い出した。

春(……あれが原因で?)

春「ねえ女ちゃん。この言葉わかる?」


ガラスの、クローバー。

女「あ……っ」

女「ぼ、く? は……る……ちゃ…………」

春「!」

女「だめ……わすれ……」

春「はいもう大丈夫よ。ありがとう」

女「……」

春(やっぱり、そう)

春(女ちゃんの時間を止めたのは……)
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 02:36:43.70 ID:qcBShMsAO
……。

春「それからはカウンセリングと、昔を思い出させないために女ちゃんの診察をしばらく続けた」

春「特に問題は無かったわ。マスクをしていたせいか、私の事には気付かない」

春「質問をしても記憶が戻るわけでもないみたいだし」

春「……このまま何もなく時間が過ぎる、そう思っていたけど」

春「ある日の診察で、女ちゃんがとても嬉しそうに話してくれたのよ」

春「久しぶりに僕ちゃんと会ったよ、お友達になったよ、って」

僕「……」

春「正直、焦っちゃった」
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 02:41:04.46 ID:qcBShMsAO
春「公園で女ちゃんと僕くんをチェックして、目を付けたの。秘密がバレるのは嫌だったから……」

女「……本当にそれだけの理由で?」

春「そうよ? 他にどんな理由があるの?」

女「……」

ぽそっ。

僕「!」

小さく呟いた彼女の言葉が、僕には聞こえてしまった。


彼女はとても小さく、でも強く、はっきりとこう言い放っていた。


嘘つき。


と……。

僕(嘘つき……か)
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 02:48:35.89 ID:qcBShMsAO
女「でもいいの春ちゃん? 私たちにこんな事喋っちゃって」

僕「……そ、そうだよ。僕たちが聞いたら秘密にならないよ。もう隠す事なんて……」

春「くすっ」

春「今まで何を聞いていたのかな?」

僕「えっ……」

また、笑う。

春「またこの記憶を二人から取り除けば……このお話は無かった事に出来るんだよ」

影が僕らに。

春「はい、じゃあ僕くんと女ちゃん?」

春「そこのベッドに……寝てくれるかな?」


寝てくれる……よね……。


僕「う……」
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 02:56:38.35 ID:qcBShMsAO
僕「う……うわあぁぁぁっ!」

女「僕ちゃんこっち! 早く逃げるよ!」

ガシッと女ちゃんが僕の腕を掴んだ。

僕たちは夢中でドアの方に向かって走り出す。

春「くすっ」

春「開かないよ……」

ガチャガチャと、扉が悲鳴をあげている。

しかし一向にそこが開く気配は無い。

僕「ダ、ダメなの!?」

女「そ、外で何かつっかかってる!」

春「くすくすっ」

背後からはゆっくりと、彼女が近づく足音がする。

コツ、コツ。

コツ。

たったの数歩で、僕たちと彼女の距離は一気に……頭を掴まれるくらいにまで近づいてしまった。
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 03:07:19.07 ID:qcBShMsAO
春「僕くんと女ちゃん……つかまえたっ」

僕たちの頭は彼女にキュッと触られたまま、冷や汗をかいていた。

これから記憶を吸い出されるのかと考えてしまうと恐怖で……。

僕「っ……」

春「大丈夫だよ。痛くないからね、終わっちゃうのなんてすぐだから」

女「……ねえ、一つ聞かせてよ」

春「あら、女ちゃん何かカウンセリングに対する疑問かしら?」
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 03:11:37.65 ID:qcBShMsAO
女「今度は『どこまで』奪うつもり?」

春「……女ちゃんはいつも通り。僕くんは今回の記憶だけよ」

女「そう……」

春「あら何か不満?」

女「ううん、いつもの記憶さえあればそれでいい」

春「くすっ、やっぱりいい子ね女ちゃんは。お母さん想いの本当にできた子」

女「……」

女「でもね、一つだけ先生に言っておくよ」

女「こんな事したって先生は……一番欲しいモノだけは奪えないんだからね」

春「……」

女「こうやって記憶だけ奪っても……私たちの約束は必ず……」

春「眠って、この記憶とさよならよ」

そっと二人の頭を撫でる春ちゃんの手が、僕たちを心地よい眠りに誘う。

僕「ぁ……」

女「…………」

そうして僕たちは、元通りになっていく。
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 03:20:00.36 ID:qcBShMsAO
僕「……」

女「……」

春「わかってるわよ、こんな事しても」

春「好きな人を手にいれた事にならないって」

春「本当はちゃんと告白して、普通に接する方法もあったと思うの」

春「でもあの日、あの教室でこれを奪って宝物にしてしまったあの時から……私」

春「私は……」


女「……どんな記憶でも消したりなんかしちゃダメだよ」

春「!?」

女「ましてや他人の記憶を奪っちゃうなんてそんなのも、ダメ」

春「女ちゃん……どうして?」

春「どうしてこんなに早く起き上がれるの、それに記憶だって消えて……」


女「……春ちゃんの話と僕ちゃんの話を聞いて、わかった気がするの」

女「大切なモノが心に残っていれば、記憶は消えない……って」
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 03:29:12.75 ID:qcBShMsAO
春「大切なモノって……ガ、ガラスのクローバーはちゃんと奪ったわよ! 今回だって同じように……!」

春「記憶が戻るわけないじゃない」

女「確かにそれも大事な思い出。僕ちゃんからプレゼントして貰った大切な物」

春「そ、それだったらどうして!」

女「でも……ううん、私はもう思い出したから。もう忘れないの」

女「彼に話した、大切な大切な」

女「あなたがどうしても、私から奪う事が出来なかった……僕ちゃんとの約束」

春「約束って……」

『約束』

僕「……っ」

女「僕ちゃん」

僕「う、ううっ。あ、あれ寝てた、のか?」
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 03:40:41.28 ID:qcBShMsAO
女「ねえ僕ちゃん」

僕「あ……女、ちゃん。どうしたの? それに春ちゃんも」

女「ね。こっち向いて、大事なお話」

僕「んっ?」

女「あのさ、私との約束。覚えてる?」

僕「約束……?」

僕「えっとごめんね。何かあったっけか?」

春「……無駄だよ。僕くんの頭の中の思い出はほとんど抜いちゃったんですもの」

春「今さら何かを思い出すなんて出来ないわよ」

女「春ちゃんそれはさ」


女「それは、本人が『思い出』や『約束』として頭に残していた場合でしょう?」

春「えっ」

春「どういう意味……」

女「僕ちゃん。この前の事だよ、ほら。放課後教室でお話……いえ」

女「私が僕ちゃんにプロポーズしたあの時の……」

春「!?」

春(プロポーズ? 告白!?)

春(そんな大きな思い出や約束を……忘れているの?)
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 03:51:58.97 ID:qcBShMsAO
僕「……え、あ、あの話? もしかして本当に本気の事なの!?」

春「!?」

女「ふふっ、覚えてはいてくれてるんだね」

僕「だ、だってそりゃあ。あんな事言われたら……嫌でも意識しちゃうし印象に残るよ」

僕「それにしても結構先の事だよね? 本当に大人になっても覚えてるかな?」

女「あ、それは無理だよ」

女「僕ちゃん、あと半年もしたら私に言われた事なんて忘れちゃうんだもの」

僕「そ、そんなすぐには忘れないよ!」

女「忘れちゃうの。私が三年生になる時に私の記憶を消されちゃうんだから」

僕「えっ……?」

女「そうだよね、春ちゃん?」
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 04:00:03.20 ID:qcBShMsAO
春「……!」

女「二年生の今なら。この時期ならば覚えてるはずだよ」

女「私が僕ちゃんに告白したの……」

春「こ、告白って! そんな素振りも雰囲気もなかったじゃない! 何も変わらないで……ずっと二人友達の距離に見えたわよ」

女「……私は告白の『つもり』で話したんだよ」

女「でも肝心の本人が、ね」

春「え……」

僕「だ、だって」

僕「教室にいたら、いきなり言われたんだもん。耳元で……」


女『僕ちゃん!』

女『私を将来の』

女『お嫁さんにして下さい……!』
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 04:13:30.12 ID:qcBShMsAO
女「あははっ、私は付き合って下さいって意味で言ったんだけどさ」

女「でも僕ちゃんの反応薄かったし、次の日からもただのお友達のままだったから……」

春「それが……約束? そんなの約束なんかじゃ……」

女「約束だよ。私にとっては、ね」

女「私はその約束を覚えていたから、だから僕ちゃんに会いたかった」

女「あの日久しぶりに公園で会った時、平然を装うだけで精一杯……でも好きな人に偶然街で会えた嬉しさを私は思い出した」

女「一緒にキャッチボールする約束も」

女「初めて異性の子に電話をかけるドキドキだって……」

女「夜の学校も怖かったけど、僕ちゃんが心配だったから」

僕「女ちゃん……」

女「そして電話の向こうにいた彼を連れ戻すために……」

女「私はここまで会いに来たの」

女「もう一度、約束を伝えるために」
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 04:27:03.31 ID:qcBShMsAO
春「……やめ、て」

女「僕ちゃん。もう一度あなたに伝えます」

やめてよ。

聞きたくない。

僕(頭が、痛む)

女「あの時と同じように……私はあなたにだけ、この言葉を話すから」

春「や、だ……」

女「だから今度は返事を聞かせてね。言葉のままだと年月は変になっちゃうけど……気持ちだから」

僕「う、うん。わかった」

ダメ、やめて……!

春「ダメ、ダメ、ダメ……!」

女「……」

女「思い出、返してもらうからね」
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 04:37:22.13 ID:qcBShMsAO
スッ、と。

彼女の口が僕の耳元に近付いた。

唇から発せられた、生暖かくてくすぐったい吐息と……子供から大人になるまでの年月の言葉。

女『……』

その言葉を今の僕は知っていたよ。

でも半年後の僕は、忘れてしまうんだと言っていた。

女「……はい、ちゃんと言ったよ」

僕「ん……」

女「返事、は?」

でも安心して、あれから十七年経った今の僕はもう……。

僕「忘れない」


僕「もう、忘れないから」

僕は自然と彼女を抱きしめていた。

離れていた合間をすぐに埋めるように僕は……ほんの短い間だけ彼女を抱いた。
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 04:44:02.38 ID:qcBShMsAO
春「……」

女「んっ。えへへっ、ちゃんと思い出した?」

僕「うん、思い出したよ全部。今までの事」

女「……だってさ春ちゃん」

春「そう。じゃあもう先生ごっこはおしまい……カウンセリングを受ける患者さんがいないもの、ね」

女「……」

彼女は力なくその場に座り込んでしまった。

顔は下を向き、がっくりと肩を落とすその姿に悲しい物を感じた……。

僕は思わず彼女に声をかけた。

僕「どうしてあんな事を……?」

春「……」

春「……」

春「……」

彼女は何も語ろうとはせず、ただそこに座っていただけだった。

女「……今はそっとしてあげようよ」
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 04:55:54.04 ID:qcBShMsAO
僕「それもそう、か」

僕たちが部屋を出ていこうとした瞬間、彼女が口を開いた。

春「待ってよ……なんで」

僕「?」

春「なんで何も言わないの……私、二人にすごく酷い事してたのに」

僕「なんでって言われても……」

春「軽蔑するでしょ?」

女「……」

女「私たちはクラスメイトと思い出話をしていただけですもの。だから」

女「何かを言って春ちゃんをどうかしようなんて、考えてないからね?」

春「!」

僕「……うん、それがいいね」

女「あ、でもガラスのクローバーだけは返してね。あれは私のだからさ」

春「……そう、ね」

彼女はフラりと立ち上がり、ポケットの中に手を入れた。

カサリとした紙袋の音が聞こえる。
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 05:04:38.68 ID:qcBShMsAO
春「はい」

女「うん、ありがとう春ちゃん。えへへっ」

嬉しそうな笑みをもらす彼女。

なんだか僕まで嬉しくなってしまう。

僕「……あ、返してと言えばさ。僕の荷物は? 結構色々あったはずだけど」

春「まとめて、ある。今持ってくる」

……。

春「はいカバン。荷物は全部入ってるから……」

僕「ん……わかった」

女「……」

春「……」

女「じゃあ私たちは行くから。落ち着いたら連絡ちょうだいね」

女「春ちゃんの事、全然怒ってなんてないんだからね?」

春「……」

長い間春ちゃんに色々とされていたというのに、それを女が怒っていないというのは、なんだか不思議な感じだった。

僕(後でちょっと聞いてみようかな)

そう思いながら、僕はドアを開けようとした。
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 05:14:08.62 ID:qcBShMsAO
僕「……あ、その前にさ。春ちゃんに言っておきたい事があるんだ」

春「私に……?」

僕「うん、えっとさ」

僕「しばらくの間だったけど、僕を助けてくれてありがとう」

僕「これからは春ちゃんに負担かけないよう頑張るから、ね!」

春「っ!」

女「……そっか、ご飯とか寝床とか全部世話してもらってたもんね。ちゃんとお礼は言わないと」

僕「……ううん、そういう意味だけじゃないよ」

女「? そうなの?」

僕「僕はここに来るまでさ、毎日無気力に過ごしてた」

僕「ただ何となくその時を生きてるだけで、僕には何も無かったんだ」

春「……」

僕「でも、春ちゃんと話してさ」

僕「久しぶりに、友達と話す楽しさを思い出せたんだ」
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 05:23:46.62 ID:qcBShMsAO
僕「形はどうであれ、僕を助けてくれるって言ってくれた事も、こうしてちゃんと友人に戻ってくれた事も……」

僕「僕はとてもそれが嬉しいんだよ。だから、ありがとう春ちゃん」

春「僕ちゃん……」

僕「ご飯行く約束、忘れないでね」

春「……!」

春「……」

女「……僕ちゃん。そろそろ」

僕「んっ。それじゃあ春ちゃん、また」

女「またね春ちゃん」

僕たちがドアを開けようと、彼女に背中を向けた、その時……!

スッ。

スッ。

僕「!!」

女「!!」

後ろから、僕たちの頭を掴む春ちゃんの手が伸びていた……。

僕(ま、また……! 春!)
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 05:31:29.73 ID:qcBShMsAO
僕は心の中で叫んだ。

しかし口には出てこない……足の力が抜けて膝をついたのが自分でわかる。

意識が朦朧としているため、衝撃は感じなかった。

そして……。

春『……ありがとうね、二人とも』

そのはっきりしない意識の中で、僕は彼女の声を聞いた。

僕「……?」

その声はとても爽やかで美しい声だった。

まるで何かから解放されたかのような、喜びに溢れた声のように聞こえる。

春『……本当にごめんね。お友達なのにこんな事しちゃって』

春『思い出が欲しいなんてワガママ言って、僕ちゃんたちの大切なモノを横取りしちゃって』

春『ごめんね』

意識は、また更に濁り出した。

彼女の声は続いている……。
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 05:40:53.24 ID:qcBShMsAO
春『こんな私の事を友達って言ってくれるのはとてもありがたいよ』

春『でもね……』

春『本当に私は、友達としてダメな事をたくさんしてきたから』

春『だから』

春『だから私は……二人の前からバイバイする事に決めたの』

僕「!」

春『迷惑かけてごめんね。僕ちゃん、楽しい時間をありがとう』

春『短い時間だったけど、一緒にいられてとても楽しかったよ。だからお仕事も頑張れたの』

春『僕ちゃんはこれから、女ちゃんと二人で頑張っていけるよね?』

春『だから、私……』

春『私は……』

僕「は……る……」

春『……名前、ありがとう』


春「バイバイ、僕」



その言葉を最後に、僕の意識は墨を塗られたみたいに真っ黒に染まり目の前が終わった……。
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 05:48:41.50 ID:qcBShMsAO
……。

『……く、ぼく』

『ぼくちゃん……?』

誰かが僕を呼ぶ声がする。

誰?

そう聞こうとしても意識が起き出さず、口が開かない。

姿を見ようとしても、上下の瞼は離れずにくっついたまま。

『起きて……起きてよ』

こっくり、こっくりと体が揺れて……。

揺れ、揺らされ。

『診察、終わったよ。ねえ』

僕は……。

僕「ん……」

女「あ、起きた。お待たせ、終わったよ」

僕(……夢?)

いや、あれは確かに。

確かに……夢を見ていたはずなのに?
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 05:55:47.01 ID:qcBShMsAO
僕が次に目を覚まし、はっきりと意識を取り戻したのは病院の外だった。

もう五月も半分を過ぎた。

そのせいか太陽は高く、また気温も暖かい。

そして頬を撫でる風も……冷たくて優しい。

女「はあっ、やっぱり外はいいね。風が気持ちいいよ……」

僕「……」

女「どうしたの僕ちゃん。寝不足?」

僕「いや、なんか夢を見ていた気がするんだけど。どうも思い出せなくてさ」

女「ああー夢っていつもそうだよね。目が覚めて、時間が経てばすぐにみんなに忘れられちゃうの」

女「なんだか……寂しいよね」

僕「夢が、寂しい? なんか今日の女ちゃん、変な事言うね」

女「……」

女「なんとなくね、寂しいなって思っただけだよ」
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 06:03:29.28 ID:qcBShMsAO
僕「ふーん……」

女「あ、あははっ。せっかく完治して通院生活終わった記念なのにさ、なんか暗い雰囲気にしちゃったね」

僕「いや、別に……」

女「……あっ! ねえねえ、忘れられちゃうって言えばさ!」

女「ちゃんと覚えてる? 私との約束!」

僕「ま、またそれ? もう何度も何度も聞いてるじゃん、忘れてないよ」

女「んんー、だって忘れられたら嫌なんだもん。だからもう一回、聞かせて?」

僕「……こ、ここで?」

女「ここで、今!」
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 06:09:13.36 ID:qcBShMsAO
僕「……」

女「……」

僕「お、女ちゃん」

女「なーに?」

僕「僕は約束通り、女ちゃんの事を」

女「……」

僕「女ちゃんの事を……」

将来お嫁さんに。


ドンッ。

僕「いてっ!」

一番大事な一言を伝えようとした瞬間、僕の膝辺りに何かがぶつかり衝撃が走った。

せっかくいい所だったのに……。

僕はすぐに目を向けた。

するとそこには……。

「……」

小さな女の子が、じっと僕の事を見上げていたんだ。
448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 06:16:05.89 ID:qcBShMsAO
女「あら可愛い。こんな所でどうしたのー」

「……」

僕「大丈夫? ぶつかって怪我は無かった?」

「……」

コクッ。

僕「そっか、それはよかった。あんまり走って慌てちゃダメだからね?」

「……」

タタタタッ。

僕「って、言ってるそばから」

女「ふふっ、バイバーイ」

タタタタッ。

小さな女の子は何も言わないまま、そしてこちらを振り返る事なく、真っ直ぐと施設の方へと走って行ってしまった。

その、昔どこかで見た事があるような走り方と女の子の背中を……僕たちは思い出せないでいた。

だって……。
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 06:23:21.94 ID:qcBShMsAO
女「あははっ、途中で止められちゃったね。続き言う?」

僕「……言わないよ」

女「ええっ、それじゃあ約束忘れちゃうかもしれないじゃん」

僕「言ったでしょ、絶対に忘れないって。大丈夫、ちゃんと覚えてるよ」

彼女との約束は。


女「ええー、でもー……」

僕「そ、それにさ。ああいう言葉はちゃんとした場所でしっかりと言う必要があるんじゃないかな……!」

女「ちゃんとした場所って?」

僕「ほ、ほら。例えば……」

女「例えば? なーに?」

僕「えっと……」

僕「……とりあえず」

女「うんうん」

僕「今受けてる最終面接に受かったら教えてあげるよ」

女「ふふっ、何よその答え! さんざん待たせておいてそれー?」
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 06:28:53.34 ID:qcBShMsAO
僕「い、いいだろ! 僕なりの努力なんだから」

女「ふーん……まあちょっとだけ期待して待ってあげるわね。感謝しなさい。なんてね」

僕「……はぁ、とんだ約束をしたもんだよ」

女「待ってあげるだけいいじゃない。本当だったらもう今年がその年なんだから……遅いくらいだよ?」

僕「わかってるよ。少しでもそれを近い年で実現出来るよう、頑張るからさ」

僕「だから、ちょっとでいいから応援して欲しいんだ……」

女「バカ……今さら他人みたいな事言わないの」
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 06:42:16.97 ID:qcBShMsAO
女「私は僕ちゃんの事、全力で応援するよ」

女「それがこれからずっと私の役目になるんだから……ね」

僕「女……」

女「ふふっ」

女「じゃあ話が終わった所でご飯食べに行こうよ! 私の完治祝いでパーッとさ!」

僕「あの、先に言っておくけどさ。僕ご飯奢る程のお金までは持って無いんだけど……」

女「あはは、奢れなんて言わないから大丈夫だよ」

女「その代わりさ、出世払いでいつかご飯も連れてってね?」

僕「……それはもしかして、催促?」

女「ううん、期待」

女「それと……約束」

僕「……」

女「ねっ?」

僕「うん……!」

女「ふふっ、よかった。じゃあ行こっか」

女「一緒に。二人で……」

ずっと。
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 06:46:16.97 ID:qcBShMsAO
僕たち二人はお互いの右手と左手を繋ぎながら、昼下がりの街を歩き出した。

この手をずっと離さぬように。

あの日の約束を、二度と忘れないように……。

ギュッと、ずっといつまでも。

心と心が離れないよう……。


女「……ねえ」

僕「ん?」

女「やっぱりもう一回言うね」

女「ほら、耳貸して?」

女「僕ちゃんだけに聞こえる、私の言葉」

女「大好きなあなたに送る、約束の言葉……」


女『…………』


僕たちは、今日も心を繋ぎながら。


今この時間を生きている……。
453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 06:51:38.08 ID:qcBShMsAO
……。

春「……はぁ」

春「女ちゃんも完治でお別れかー。まあ当たり前よね」

春「もう気持ちを縛り付ける物は何も無いんですもの」

春「……」

春「二人とも、いい笑顔だったなあ」

春「あのままコッソリ後ろに回って、告白の言葉くらい聞いてやればよかったかなー」

春「……くすっ、なんてね」

春「……」

春「暑い……」

春「もうこの季節も終わりね」

春「春の終わり……か」
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 07:01:22.93 ID:qcBShMsAO
春「……」

春「これ、返せなかったなあ」

春「くすっ、白衣に紫色のカラーボール」

春「……」

春「私はあの二人の目にどういう風に見えてたのかなぁ……」

春「……寂しくなんかないよ」

春「仕方ない事なんだし」

春「もう、決めた事だもんね」

春「……うん」

春「あ、そうだ。これ」

春「これは私の手元には置いておけないよね、うん」
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 07:11:21.43 ID:qcBShMsAO
春「んっ」


私は右手に持っていたボールを力強く握った。

そしてそのまま狙いも定めずに……林の方に向かって振りかぶるモーションをとった。

春「私は……あの二人とは全部」

春「……バイバイ」

ボールは勢いよく私の腕から離れていった。


紫の色がふわりと空に舞ったかと思うと、吸い込まれるように林の中へと消えていった。

もしあのボールが自分の元にあったら……私は彼に電話をしてしまいそうだったから。

春(私の大好きだった人に繋がる、不思議な数字……)

その数字を誰よりも必要としていた二人は、もうあのボールを持っている意味が無かったから。
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 07:51:46.79 ID:qcBShMsAO
でも……私はまだそれからしばらくは、手に残っていたやや大きいボールの感触が忘れられずにいた。

忙しい日々の中でもたまに、ふとした拍子にあの紫色のゴムボールの事を思い出してしまうのだった。

私の手元に残っていた、最後の思い出の品……。

それを完全に忘れたのは、暑すぎる夏と紅葉煌めく秋、そして心が凍えるような冬が過ぎた、ある春の日の事だった。


私はその一年を境に、順調に記憶や思い出を消して、それらを忘れる事が出来ていた。



なぜなら思い出に関わった二人があれからこの施設に来たという話を全く聞かないから。


また、どんなに地元の街を探し歩いたりして見ても、偶然どこかで出会えると言う事すらも無くなっていた。


記憶を消してしまった三人がもう一度巡り会える方法など、この街のどこにも、誰かの頭の中にも、もう存在などしていないのだから……。



そして、いつか三人が一緒にいたあの公園には……。

今日も春の風だけが、優しく吹いている。



女「十七年後につかまえて」


457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 07:53:49.53 ID:qcBShMsAO
時間はかかりましたがこれで終わりです。

読んでくれた人、いつも感謝ですありがとう。
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 07:56:55.40 ID:qcBShMsAO
ちなみに書けない、と言ったのは携帯の方向キーが破損して変換が非常にやりづらくて……という理由でした。

爪を食い込ませてなんとか操作出来たので助かりました。

とにかく完成が出来てよかったです。

とりあえず……また。
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/20(金) 07:57:38.13 ID:J9gwRpDDO
乙!
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/20(金) 08:00:55.28 ID:hCvdzxNSO

なんか悲しいな…
もっと他の道はなかったのかと思ってしまう

でも凄い良かった
また楽しみにするよ

次書くときはVIP?ここ?
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/20(金) 08:46:32.65 ID:I6IZf5MDO
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/20(金) 09:30:19.19 ID:LKUrrOnBo
おつ
410の春は女だよね?
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) :2011/05/20(金) 13:05:00.02 ID:ZVnDfiZAO

毎日の楽しみが減るわ
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) :2011/05/20(金) 13:40:57.15 ID:zN/1I3NAO
今回もよかったよ
雰囲気とかやっぱり好きすぎる

春ちゃんがコーヒー飲んでた理由とかもちょっと切なくて好き

次はいつごろ会えるかなー。
冬、春ちゃんと来たら…やっぱり夏?(笑)
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 17:37:55.31 ID:qcBShMsAO
>>460
次は……書き貯めできれば向こう。
未完作や書き貯め無しで書く場合はこっちですかね。
向こうは以前と同じくらいのペースで書いてもボロボロ落ちちゃったんで……ちょっと不安で。

>>462
そうですね。
彼らの目には小学校二年生くらいの女の子が走って行って……と見えてます。

>>464
夏かなぁ……次はちょっと冒険物でも書いてみようかな、と考え中です。

あとは9月30日辺りにまた一本かけたら……と考えてます。
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/20(金) 22:45:00.90 ID:qcBShMsAO
HTML依頼出してきました。

楽しみにしてくれている人がいる、というのがとても幸せで嬉しいですよ。


ではまたどこかで。

ありがとうございました。
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国四国) [sage]:2011/05/20(金) 22:46:24.85 ID:jDAP3YKEo
しーゆーあげいん、はばないすでい
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 00:14:59.80 ID:30SWfdHIO
後味は悪くなるかもしれないけど今回はもっと春ちゃんをやりこめて欲しかったかな〜
それくらいのことはしてると思うし

冒険ものは難しいかもしれませんが、どう料理するのか楽しみでもありますね
でもその前に未完のを仕上げてくれたり、なんかの話の後日談とか挟んでくれたりすると嬉しいです
お疲れ様でした!
469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/05/21(土) 00:21:42.58 ID:v/Tm3hAAO
小学校でからのファンです
今回も面白かったです
お疲れ様でした
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 13:03:48.52 ID:rnkFjTOIO
乙です

ウーン…なんとも言えない読了感
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 18:19:13.02 ID:nR6FFw+Oo


期待して待ってる
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