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御坂「幸福も不幸も、いらない」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga !red_res]:2011/05/19(木) 02:09:04.38 ID:94ORHbbso

◆CAUTION◆



この物語には残酷な描写、グロテスクな描写、性的な描写が含まれています。

『とある魔術の禁書目録』15巻まで、ならびに19巻、SS1・2巻、
『とある科学の超電磁砲』5巻までを読んだ上での閲覧をお勧めします。
さらにスレッド進行時に発表されているシリーズ全ての既刊内容に触れられている恐れがあります。

その上で、独自解釈、独自設定、原作と明確な矛盾がある事をご了承ください。
なお、原作22巻以降の内容に関しては考慮されません。

また閲覧する際は、アスキーアート系の表記を含むため、専用ブラウザ「Jane Style」の使用を強くお勧めします。
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諸君、狂いたまえ。 @ 2024/04/26(金) 22:00:04.52 ID:pApquyFx0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1714136403/

少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1714054765/

渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714052788/

二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/19(木) 02:12:24.83 ID:94ORHbbso



――「時よ止まれ。汝はかくも美しい」

       この地上での私のこれまでの足跡は

       未来永劫滅びる事はない。―

       そういう幸福の絶頂を予感しながら

       いまこの最高の瞬間を味わおう。



『ファウスト』

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga !red_res]:2011/05/19(木) 02:13:30.93 ID:94ORHbbso


                 グランギニョール
――と あ る 世 界 の 残 酷 歌 劇――

         〜 第 三 夜 〜



4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/19(木) 02:14:12.37 ID:94ORHbbso
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/19(木) 02:16:00.10 ID:94ORHbbso
――――――――――――――――――――

              幕前

   (或いは幕前2、終章への序曲、そして)



             『えにし』

――――――――――――――――――――
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/19(木) 02:20:49.49 ID:94ORHbbso
大変長らくお待たせ致しました。
第三夜の開演まで暫く御時間が御座います。

何方様もゆるりと御歓談の上御寛ぎ下さい。


なお、この物語の第一夜(序幕・第一幕・第二幕)、及び第二夜(幕間)は以下に収録されております。
合わせてお楽しみ下さい。

第一夜
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1286443374/

第二夜
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1294925107/
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 03:41:53.96 ID:VbNh+m+k0
おおー今回はスレタイで予測ついたよ
新スレ乙乙
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/19(木) 09:50:36.67 ID:ODLa7yGio
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/22(日) 08:01:45.23 ID:n2H8qowa0
質問ですが、反転って携帯じゃ見れない?
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/22(日) 10:37:06.75 ID:Ddyp9TESO
>>9
テキストコピーや、最近の携帯だと範囲指定機能でいけるよ
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/22(日) 13:47:36.98 ID:OcEM1VTs0
>>10
見れました!!
ありがとうございます。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/22(日) 19:23:04.14 ID:LrbQxZtRo
お待たせいたしました
それでは第三夜、開演です
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/22(日) 19:34:55.96 ID:LrbQxZtRo
――――――――――――――――――――

重い眠りから覚め目を開くと、頭上には見慣れない天井があった。

「………………」

何か夢を見ていた気がする。

とても幸せな、けれど儚い夢。
夢の中で、短い人生の中で何よりも満ち足りていた事は朧げながら覚えていた。

それがどういう内容だったのかは覚えていない。
目覚めと同時に、かりそめの幸せが霧散してしまったような気がする。

けれど今現在の自分はきちんと起きているのか、それともこれはまだ夢の続きなのか。
どこか朦朧とした頭ではそれすらも判断ができなかった。

幻想と現実の境界が曖昧なまま御坂は眠い目を擦る。

そこでようやく気付いた。

「あ――――」

指に湿りを感じる。
目尻を拭うと涙の粒が指に掬い取られた。

この涙はどうして出てきたものなのだろうか。

悲しかったからか。
それとも、夢の中で何よりも幸せだったからだろうか。

箱の中に閉じ込められた夢の中身など観測できるはずもなく、結論は出なかった。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/22(日) 19:53:06.07 ID:f+Vp37T30
見慣れない天井か
禁書で天井というとアイツが浮かんでしまうのはどうすればいいんだろうな
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/22(日) 19:57:33.49 ID:LrbQxZtRo
「目、覚めた?」

視界の外、横たわるベッドの脇から掛けられた声に御坂は首だけを緩慢に動かし視線を向ける。

金髪の少女がそこにはいた。

長い髪の少女だ。
頭に乗せたベレー帽から零れる金色の髪はゆるいウェーブを描き肩を撫で、背筋へと流れている。
御坂の眠っていた大きなベッドの横、高級そうな木椅子の上で膝を抱えて彼女はこちらを見ていた。

蹲るような格好。ともすれば足とスカートの間から下着が見えそうですらある。
少しでも恥じらいがあるならば年頃の少女のする事ではないだろう。
しかし彼女は気にする素振りも見せず抱えた膝の上に頬を乗せ、御坂と顔の向きを合わせる。

「どう? まだ――眠っていたい?」

金髪の少女は微かに笑むとそんな事を言った。

「結局、アンタがそうしたいなら私がそうさせてあげるわよ。ずっと、ずーっと、幸せな幻想に浸らせてあげる。
 現実なんて直視するだけで目が潰れちゃいそうだもの。それなら目を瞑っちゃって甘い夢の中をたゆたってた方がきっと幸せよ?」

「……夢……?」

「そ。一炊の夢って言葉があるでしょ? 夢の中では時間は永遠に存在する。
 人の脳なんてどんなスパコンだって敵わない超高性能演算機よ。
 結局、それにかかれば一瞬の間にだって一生分の時間を過ごせる訳よ。
 死ぬまで眠り続けたとして、その一生の間にどれだけの人生が送れるかしらねぇ?」

彼女はどこか自嘲的に、歌うように言葉を紡ぐ。

変わらず微笑んだまま。

けれどそれはどこか――仮面のように見えて。

顔を真っ白に塗ったサーカスのピエロを思い出す。
どんな事があっても笑っていて滑稽におどけてみせる道化師。
けれどその目の下には大抵、涙の模様がひとしずく描かれているのだ。

その小さな模様が目の前の金髪の少女の頬にも描かれているように見えて――。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/22(日) 20:09:54.04 ID:LrbQxZtRo
「でも……、……」

言葉を紡ぎかけて御坂は口篭る。

でも、の後に続く言葉。

どんなに幸せだろうと夢は夢でしかない。
現実に生きる人々にとって泡沫の幸福は憧憬こそしても身を委ねてはいけない。

甘い蜜で心を蝕む幻想は性質の悪い悪夢だ。
一度飲まれてしまえば二度と目覚める事はない。

それでもその蜜の海を漂っていたいと思ってしまうのは――。

「……」

でも、と口には出さぬものの思考の中で再度の否定が生まれる。

きっと彼女の言う通りにした方が幸せなのだろう。
けれど何かがその邪魔をする。

何か。

誰か?

思考に靄が掛かっているようだった。
寝起きだからだろうかと考えて否定する。だとしても思い出せないはずがないのだ。
それは自分にとって何よりも大切な――、

大切な? 何が?

思い出せない。

絶対に忘れてはいけない、忘れようと思っても忘れられないはずの存在がそこにはあるはずなのに。

記憶のアルバムの中でそこだけが塗りつぶされたように思い出せない。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/05/22(日) 20:42:03.31 ID:LrbQxZtRo
何かがおかしい。
けれど何がおかしいのかが分からない。

どれだけ思い出そうとしても――[禁則事項です]に関する事だけが思い出せない。

いや、失ってしまったのではない。
思い出そうとする行為自体ができない。

思い出せないのではなく、思い出そうとする事ができない。
それに関する事象を回想する事そのものが禁忌に触れるかのように。
記憶の水底にある扉の前に立てども鍵もなく、中に何が入っているのか分からない。

これではまるで[禁則事項です]みたいじゃない、と御坂は思う。

でも、とても恐ろしいものが封じられている事は理解できた。

まるで禁断の果実のよう。

食べてしまえば後戻りはできない。その先に破滅が待っている。
楽園のような一瞬の永遠は破壊され荒野を放浪する事になる。

けれど――。

「……ねえ」

御坂は一度目を強く瞑り、それから再び開き、金髪の少女を見据える。

「これ、アンタの仕業?」

「結局、何の事かしら」

よくもまぁぬけぬけと、と御坂は思う。
白々しいにもほどがある。動かない頭でも彼女がしらばっくれている事くらいは判断できる。

いや、むしろ彼女こそそうと分かるように振舞っているだけなのだろうか。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/05/22(日) 21:05:14.33 ID:LrbQxZtRo
御坂はどこか虚ろな表情のまま金髪の少女に言葉を投げる。

「分かってるのよ。頭が上手く働いてない。不自然なくらいに。これでも一応自分の事は自分が一番知ってるつもりよ。
 特に神経作用の中身。生体電気の通信回線。あと脳波。仮にも最高位の電撃使いっていうくらいなんだからそれくらいの事は分かるわよ」

「やっぱり分かっちゃう?」

「そりゃあ、ね」

相変わらず微笑みを崩さぬまま彼女は肩を竦めた。

「世の中知らない方がいい事だってあるのよ? 雉も鳴かずば撃たれまい、ってね。
 結局、知恵の木の実を食べなければエデンを放逐される事もない。生命の木の実だけ食べてればいいのに。
 私はそれをそそのかす蛇じゃないし、アンタもそれくらいは分かるわよね? それは知恵の実じゃなくてパンドラの箱よ?」

「神話が違うわよ」

「細かい事言わないの。結局アレよ。様式美って奴」

御坂の指摘に金髪の少女はそう嘯いた。
対照的に御坂は無表情のまま僅かに目を細める。

「あと、その話を出すって事はやっぱり、私の頭の中身弄ってるわね」

その言葉に彼女もまた目を細める。
愉快そうに、ともすれば寂しげに。

「少し語弊があるわね。結局、私はアンタの思考の先をちょっとずらしてるだけ。洗脳じゃなくて思考誘導って訳よ。
 もっと直接的に弄り回すならそんな発想すらできないようにもできるってのは分かってるでしょ? アンタ私よりも頭いいはずなんだから」

「そうね」

嘆息し、御坂は体を起こす。
ベッドの上に腰を下ろしたまま、御坂は金髪の少女を正面に見据え、そして。

「直接会うのはあの時以来、二度目かしら、第五位。こうして話すのは初めてだと思うけど」

「そうね。久し振りって言った方がいいかしら、第三位。センパイって呼んでもいいのよ?」

無表情のままの御坂に『心理掌握』の少女はにこりと微笑んだ。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/22(日) 22:29:04.50 ID:LrbQxZtRo
「結局、頭が良すぎるっていうのも考え物よね。要らない事にまで気付いちゃうんだから」

肩を竦める彼女を無視する。
どうせ何か言ったところで彼女は気にもしないだろう。

「やーねえ。そんな事ないわよ。傷ついちゃうなぁ」

「勝手に思考を読まないでくれる?」

「無理無理。現在進行形でアンタに能力使ってるんだもの。結局、表層意識くらいは勝手に掬い取っちゃうって訳」

「プライベートの侵害って知ってる?」

「私がいまさらそんなの気にするはずないに決まってんでしょ」

言って彼女はけらけらと笑う。その様子に苛立ちを覚える。
そういう感情すらも相手に知られていると考えるとどれだけ嫌な性格をしているのだろうと思う。

「心配しなくてもいいわよ。結局、自覚はあるから」

「心配なんかしてないわよ」

呆れたように御坂は前髪を手で掻き上げ、溜め息を吐いた。
口にしていないこちらの思考にそのまま返答されるのは激しい違和感を伴う。

精神感応系の能力者は数こそそれなりにいるものの、どれもかなりの制約を伴う。
相手が心を許していたり、特定の相手にしか通じなかったり、あるいは特定の感情や思考しか受け付けなかったり。
御坂の友人にも一人その手の能力者がいる。彼女の場合も例外ではないし、思念を呼びかけとして送らなければ通じない。

しかし彼女……『心理掌握』は違う。
最高位の精神感応能力者。ある意味では御坂と同じような、ごくありふれた能力を突き詰めた結果の超能力者。

それは文字通りの万能を意味する。
精神、記憶、認識、感情。およそ心と称される脳の司る機能全般を自在に操る能力者。
それが自分であろうと他人であろうと関係ない。彼女の場合はたとえ精神操作を行ったとしても誰にも気付かれないよう完璧に行えるという。
もはやそれは洗脳ですらない。人格破壊や再構成の域に達している。

電磁を司る超能力者の御坂だからこそ脳の生体電気を操作する事である程度操作できるが、
そうでなければごく一部の例外を除いて抵抗する事すらままならない。

「それで……いい加減に干渉するのやめてくれないかしら。頭の中身を好きにされるのってかなり気分が悪いわ」

そういう域の相手だからこそ序列では上位の御坂であろうとも多少の抵抗はできても跳ね除ける事はできない。
相手が手心を加えているという部分もある。彼女が本気でかかれば御坂であろうとも疑問すら持つ事は許されないはずだ。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/05/22(日) 22:58:44.99 ID:LrbQxZtRo
御坂の言葉に彼女は目を細めた。

「いいの?」

と彼女は尋ねる。

「現実なんて本当に、どうしようもなく最悪な代物でしかないわ。
 それは誰しも同じ事。結局、都合の悪い事から目を逸らして生きるしかない訳。
 違うと言える? どんなに酷い真実がそこにあったとしてもアンタは直視できるの?」

「…………」

彼女の言葉に御坂は少しの間沈黙する。

この言葉が真実だとすれば、そこには相当の事実が隠されているはずだ。
見るだけで目が潰れ心が折れかねない最悪の深淵。
覗き込んでしまえば真っ逆さまに転落するしかないような、どうしようもない不幸な出来事。

けれど、だとしても。

そんなどうしようもない事実に直面しても[禁則事項です]は――。

「っ――」

「無理しないのって。こっちだってアンタが思ってるほど万能じゃないのよ。
 ピンポイントで抑えて加減するのかなり難しいんだから。あんまり無茶すると脳が焼き切れるわよ」

一歩間違えれば廃人化してしまうと彼女は平気な顔をして言ってみせる。
実際御坂が抵抗できるのならば力は拮抗している。それを無理に捻じ伏せようとすれば負荷が掛かるのは当然だ。

なまじ力が強い者同士その力は莫大なものといえるだろう。
薄氷を踏み歩くようなその拮抗のバランスを調整し続けている彼女の力はやはり本物なのだろうが――。

「……それでも」

御坂は無意識の内に唇を噛みながら小さく言った。

「私は、現実に生きてるから」
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/22(日) 23:10:53.88 ID:LrbQxZtRo
「……」

御坂の答えに彼女はまたどこか悲しげに微笑みを返し。

「結局、アンタはそう言うだろうと思ってたけど。
 良くも悪くも平和ボケした頭だこと。どうなっても知らないから」

「ありがと」

「どうしてそこでそんな言葉が出てくるのよ」

「だってそうでしょ? アンタは私が辛い思いをしなくて済むようにしてくれてたんだから」

「……」

彼女は無言のまま笑っているような泣いているような顔を御坂に向ける。
そこにどんな感情が込められているのか御坂には分からない。

「――フレンダよ」

「え……?」

突然出てきた名前に御坂は思わず小さく声を漏らした。

「フレンダ=セイヴェルン。結局、それが私の名前。
 もっとも『私』はもうとっくに名前なんて失くしちゃったんだけど」

その言葉の裏に隠されたものがどういう類の代物なのか、御坂には判断が付かない。
けれどきっとそこに込められた思いは――。





「起きなさいアリス。お伽噺の時間はもうお終い」





そして、全てを思い出した。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/23(月) 00:08:50.84 ID:u+2f/p+qo
「………………」

「………………」

長い、長い沈黙があった。

上条当麻。彼の事。

掛け替えのない存在の事を全て思い出した。

たとえそれが能力に因るものだったとしても決して忘れてはいけない人。
誰よりも大切だった人。なのに忘れてしまっていたという事実にどうしようもない憤りすら感じる。

先に沈黙を破ったのは御坂だった。

「――――――あは」

小さな声にフレンダは目を伏せる。

そんな彼女には目もくれず御坂は歪ませた顔に手を当て俯いた。
御坂はこの時ようやく自覚する事となる。

彼の死を。



現実を知ってもなお、その事実を忘却してしまっていた自分に対する憤りしかないのはどういう事だ。



「そっかぁ……」

確かにこれはどうしようもない最悪だ。
なまじ頭の回転が早いだけに瞬時に御坂は自分の置かれている状況を理解した。
なぜフレンダが能力を使ってまで封印していたのかを理解した。

ああ、と呟いてベッドの上にどさりと倒れ込んだ。

「最悪だ、私」

心の防衛本能なのか、それともとっくに闇に飲まれてしまっていたのか。
その真偽は杳として知れないが。

「ごめん、当麻。私壊れてるみたい」

悲しみも怒りも、湧いてこない。
幸せだったつかの間にすら思いを抱けない。

涙の一筋さえ流れない。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/23(月) 00:31:20.84 ID:u+2f/p+qo
「……今からでも」

ベッドに仰向けに倒れ込んだ御坂に、フレンダは変わらぬ微笑を向ける。

「アンタが望むなら記憶を消せるわよ。壊れてる部分は戻らないけど新しく作る事ならできる。
 アンタの記憶を書き換える事だってできる。そうすれば全部忘れていつも通りの日常だって送れるだろうし。
 結局、何なら夢を見させてあげましょうか。私は現実を作る事はできないけど幻想なら作れる。
 アンタが望むままの最高に幸せな幻想を、ずっと、永遠に、幾らでも味わわせてあげることもできるよ」

「いらない」

フレンダの提案に御坂は即答する。

「どんなに最悪でも、私の生きている現実はこれよ。
 大切だった人の記憶まで壊される訳にはいかないわ」

「……そう言うと思った」

フレンダは小さく溜め息を吐くと立ち上がり、ベッドを迂回して部屋の反対側へと歩いてゆく。
その様子を視線で追いようやく御坂はこの場所がどこなのかを知った。

見る限りだが、高級そうなホテルの一室。
部屋が暗い事にもようやく気が付く。

夜なのだろう。一体あれからどれだけの時間が経ったのか。
視線を巡らせベッドに内蔵されているデジタル表示の時計が目に入った。
日付は変わっているがまだ午前二時過ぎ。半日も経過していない。

「何か飲む?」

声に体を起こしそちらを見ると、部屋の隅に備え付けられた冷蔵庫の前にフレンダが立っていた。

がちゃ、と小さな音を立てて冷蔵庫の戸を開く。

「――――――」

中にはミネラルウォーターのボトルやアルコールの缶が幾つかと。

そして。

人の腕が入っていた。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/23(月) 00:52:52.62 ID:u+2f/p+qo
フレンダは扉の裏にあるラックからミネラルウォーターのボトルを一本取り出し、
扉を閉める事なく手にボトルを提げたまま視線を庫内に向け続ける。

「結局、エンバーミングっていうんだっけ?
 本来の用途とは違うらしいけど。ほとんど加工もせずにこの状態だっていうから凄いわよね。
 これで常温でも数週間、冷蔵庫に入れとけば数年はもつってさ。他は損壊が激しくて無理だったらしいけど」

御坂の側には背を向けたまま、フレンダの表情は見えない。

「さすがに一人分丸ごとは駄目だったけどこれだけはね。後で何されるか分かったもんじゃないし」

まともな思考ができていれば明らかに異常だと分かるであろう言葉。
まるで決められた台本を朗読するかのような抑揚のない声でフレンダは語る。

彼女がどんな感情を抱いているのかも分からない。
序列第五位、『心理掌握』であるならなおさらの事。どんな状況だろうと彼女は自分の精神状態を好きに改竄する事ができる。

だが御坂にはそんな事はどうでもよかった。

「………………」

無言のまま、不安定なベッドの上を這うようにゆっくりと進み、真っ直ぐにフレンダの――いや、冷蔵庫の、その中身へと向かう。
一度ベッドの脇に降りきちんと歩いた方が早いだろうに、それすらも考える事ができていない。
ふらふらと夢遊病者のような態で御坂はゆっくりとそれに近付き――。

「ああ――」

どこか安心したような声を漏らした。
フレンダには一切目もくれず、御坂は彼の腕だけを見ていた。

「よかったぁ――」

開け放たれた冷蔵庫の前で、膝を突き、腰を下ろす。
そしてゆっくりと両手を伸ばし、冷たくなった彼の腕に触れ、硝子細工を扱うかのように優しく持ち上げると。

「私もまだ、壊れてないとこがあったみたい」

まるで神聖な物を捧げるように恭しく引き寄せ。

「当麻――」

愛しいその名を呼び。
柔らかく微笑み。

目を瞑り、彼の手に優しく口付けた。



――――――――――――――――――――
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/23(月) 00:55:00.72 ID:u+2f/p+qo
幕の序としてはこんなもんでしょうか。のっけからグランギニョール節全開です
今夜はこの辺で
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/23(月) 01:04:27.22 ID:UH6GSv7ro
あいたたた(苦
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/23(月) 01:09:11.49 ID:spiHwrWB0
乙。

なるほど、こうして美琴は[禁則事項です]を愛するようになって、両腕[ピーーー]なのか……
やはり、凄まじいな、この残酷歌劇……

次も期待。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/23(月) 02:01:27.57 ID:Nf93fiAJ0
乙。最後で鳥肌立った……
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/23(月) 02:32:41.45 ID:1xmR3Spc0
ざわ…ざわ…
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/23(月) 03:50:56.79 ID:5Cgg+pCIO
左右どっちの腕かで大分違ってきそうな…
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/23(月) 11:01:25.69 ID:hAm7OKcn0
>>30
知ってるか?これ、初代スレから見ると回想編に相当するんだぜ。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/05/24(火) 14:54:40.69 ID:54rKsbeAO
狂気を感じる
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/24(火) 17:35:21.72 ID:Hx9kZDzTo
登場人物がイっちゃってるのばっかりだから、
残酷ってよりは、プーさん的なアレになってる感じがする
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/24(火) 20:41:12.76 ID:eyEkb7vro

フレンダはどっち側だったっけ?
35 :クールなお味噌汁 ◆ktV8rEq/Co [sage]:2011/05/25(水) 16:03:40.81 ID:VZ8kBBSM0
>>34
垣根&アイテムサイドが正義だと仮定するなら

フレンダは暴動を起こした方の悪役サイドの人間
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/25(水) 20:33:39.76 ID:VZ8kBBSM0
>>35
いやあああああああああ!!間違えたああああああああ!!
本当にすいません!!
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/05/25(水) 21:11:04.90 ID:tWR+iHE2o
触法さん出ちゃったけど変わらず突っ走ってな。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 20:13:58.00 ID:HkoM0Zyho
結構間が開いちゃってますが続きをば
ずっとネタばらしパートが続きます
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/28(土) 20:16:23.81 ID:mqJvnDQG0
キタァァァァァァァァァァ!
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 20:35:36.09 ID:HkoM0Zyho
数時間前。

祝日の街には突然の局地的な暴風が吹き荒れていた。

どのような経緯を辿りそこに至ったのかはさほど重要ではない。
とあるオープンカフェで風紀委員の少女に暴行というのも生易しいであろう危害を加えようとしていた垣根を制す者がいた。
そこから超能力者二人の戦いが始まった。ただそれだけ、ごく単純な切欠。

二人の超能力者。
序列第一位、『一方通行』と呼ばれる白い髪と白い肌、そして赤い目の少年。
同第二位、暗部組織『スクール』のリーダー、『未元物質』こと垣根帝督。

街を行く人々からすれば突然に天災が舞い降りたのと同じようなものだ。
個人の持てる能力の頂点、超能力者の双角の激突は極大の台風が二つ同時に出現したのに等しい。

人々はなす術もなくただ呆然と両者の戦いを見ているしかなかった。
夕日が沈んだ後の暗い空を舞い建物の壁面を蹴り飛ばし二人は街を駆ける。

それはまるで二機の小型戦闘機がダンスを踊るよう。
両者は爆音と破壊を撒き散らしながらビルの森を疾走する。

だが不思議な事に人的被害は皆無だった。
圧倒的な破壊がそこにあったにもかかわらず。

ビルは打ち壊され路面は捲れ上がり高架橋は崩れ落ち。
それでもなお一人の死者も、それどころか掠り傷でさえ負ったものはいない。

一方通行のあらゆる攻撃は垣根ただ一人に向けられ、他の人間には一切向けられていなかった。
片や垣根、彼の攻撃は一方通行ごと破壊を撒き散らすものだったが、それを他ならぬ一方通行自身が制していた。

一片残らず。二次、三次被害も全て含めて、一方通行は垣根のあらゆる暴力をその圧倒的な力で捻じ伏せる。

それがどれほど彼の負担になっていたかは本人のみぞ知るところだ。
もしかしたら赤子の手を捻るよりも簡単だったのかもしれないし、もしかしたら大きな負担となっていたのかもしれない。

だが一方通行、彼は余裕の表情を崩そうともせず黙々と全ての被害を封殺する。
垣根は間違いなく全力だった。それでも一方通行は、自身のみならず周囲全てに気を配り人的被害をゼロに抑える。

それほどまでに両者の間には圧倒的な実力差が存在した。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 21:19:29.54 ID:HkoM0Zyho
垣根もそれは自覚している。不本意ながら。

彼は第一位、自分は第二位。
番付は確かなもので、そう簡単に覆せるものではない。

真正面からの正攻法では万に一つも勝ち目はない。
あらゆる奇策を弄したところでこの圧倒的な実力差の前には何の意味もない。
覆せるという次元を超えている。這う虫が鷹に勝てるはずもない。単純に、世界はそういう風にできている。

だが唯一、彼にも弱点があるとすれば。

妹達と呼ばれる超能力者第三位のクローンの少女たち。
そしてその司令塔、検体番号二〇〇〇一号、通称『最終信号』。

一方通行は脳に重度の機能障害を負っている。
彼は一万に近い数の妹達が形成する情報伝達網、ミサカネットワークの補助なしには、能力の使用はおろか、歩く事も喋る事もままならない。

そのための『ピンセット』。

そのための麦野沈利。

一方通行の注意を彼自らが逸らし、その隙に『ピンセット』を使い麦野が『最終信号』を捕らえミサカネットワークを破壊する。
これが垣根の考えた唯一の勝利方程式。

一方通行の足止めは他ならぬ垣根、次席たる自分でなければできない。
だからこそ麦野を抱き込む必要があった。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 21:26:25.75 ID:HkoM0Zyho
麦野以外にいなかった。

まず前提条件として垣根や、そして一方通行と同位の超能力者でなければならない。
そうでなくては相手が一方通行というだけで尻込みしてしまう。

候補は限られている。

第三位、御坂美琴では論外。
彼女は一方通行に浅からぬ因縁を持っているが、だからといって他の誰かを傷つけられるような人物ではない。
『心理定規』の少女の力を使い強引に抱き込もうとしても電磁能力者の頂点に君臨する彼女には精神感応能力に耐性がある。
まして自分のクローンが相手。協力関係など築けるはずもない。

第七位、削板軍覇も同じく。
彼の能力は完全にブラックボックスに隠されているがその特性は唯一垣根には想像が付いた。
あれは自分と同じような、既存の物理法則の外にある力だ。常識が全く通用しない。
超能力者七名の内の最下位ではあるものの、直接的な戦闘能力となれば一方通行ですら凌駕するかもしれない最高の『原石』の少年。
能力とは裏腹にその性格は単純明快。弱きを助け強気を挫く、往年の漫画の主人公のようなものだ。童女を害する事などできるはずもない。

第五位、食蜂操祈。彼女ならどうだろうか。
彼女は生粋の引き篭もりだ。巣から一歩も出ようとしない。
常盤台中学に君臨する女王蜂。その姿を見た者は限られている。
何か用事があるというならどんな研究者であろうとも常盤台にある専用のサロンに呼びつけられるという。
何より情報が不足している上に相手は心理戦において無敵。彼女を口説き落とすよりも一方通行を直接倒す方が容易いかもしれない。

第六位にいたってはその能力はおろか名も、性別すらも不明。
そもそも存在しているのかすら怪しい。欠番同然の扱いを受けていたとしてもおかしくない。

だから第四位、麦野沈利だった。
垣根と同じく学園都市の暗部に身を置き、殺人に躊躇する事もない。
彼女の事は多少なりとも知っている。『アイテム』発足の経緯も、それ以前も。

そして幸か不幸か垣根は麦野の懐柔に成功した。

前提条件は揃い、第二位の少年は学園都市の頂点に君臨する覇王に挑戦する。
その実――戦いの本当の場は麦野ただ一人に掛かっていたのだが。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 21:43:58.75 ID:HkoM0Zyho
夜天を駆けながら垣根はあらゆる手段を用い全力での直接突破を試みる。
そうでもしないと足止めにすらならない。一分でも、一秒でも長く一方通行を引きつけておく必要がある。

麦野の動きに気取られてはならない。二人の華々しい烈舞の影で動くもう一人の超能力者こそが切り札。
彼女が『最終信号』を見つけ出しミサカネットワークを破壊すれば必ず大きな隙が生じる。そこにしか勝機はない。

そして麦野は垣根の予定通りに、一方通行に気取られる事もなく『最終信号』――ミサカ二〇〇〇一号、『打ち止め』を発見、拿捕。

麦野は打ち止めに大量の薬物――能力体結晶を強引に投与する。
能力を暴走させられた打ち止めは彼女を基点とするミサカネットワーク全体に莫大な負荷を掛け、一時的に機能停止に陥れてしまう。



そしてあの瞬間が訪れる。

ミサカネットワークから切断され全ての補助演算が停止した一方通行に数十秒の意識の空白が生まれる。



当然ながらその間、彼は垣根に対し何もする事ができなかった。

結果として、彼以外の無能力者の少年が少女を一人救う事になる。

それこそが最大の不幸だったのかもしれない。





気が付いた時には全てが終わっていた。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 22:05:46.78 ID:HkoM0Zyho
御坂美琴がとあるホテルで目を覚ました頃、一方通行はとあるマンションの一室にいた。

夜空から降り注ぐ月光は締め切ったカーテンに遮られ、照明も点けられていない部屋の中は暗かった。

一方通行は部屋の片隅に置かれたベッドの上で、一言も発する事なく、ただじっと動かなかった。
腕の中に打ち止めの残骸を抱いて。

一方通行の顔は打ち止めの背に押し付けられていて分からない。
そんな彼の抱く打ち止めは、両足を投げ出しているもののベッドの上に行儀よく腰掛けている。
けれど彼女のその目は――虚空を映す目は何も見ていない。
黒水晶のような目の中にカーテンの隙間から差し込んだ月光の光の帯を反射して、ただそれだけだった。

動かない。

けれど僅かに吐息が聞こえる。
胸が上下し、呼吸している。
小さな心臓が脈打つ感覚を感じる。

死体ではない。生きている。

まだ。

それだけが一方通行の寄る辺だった。
打ち止めの身体はもう残骸と呼べるものと成り果ててはいたが、それでも彼女はまだ生きていた。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 22:34:20.78 ID:HkoM0Zyho
ベッドの脇には携帯電話だったものの破片が散らばっている。
十時頃まではひっきりなしに鳴り続けていたものだ。

黄泉川愛穂からの着信だった。
日付が変わる頃、叩き折った。

もう彼女たちと会う事はないだろう。
会ったところで何ができる。何を言える。
何も出来やしない。何も言えるはずがない。
絶対に守ると誓った相手を守れなかった。

力不足ではなく、経験不足。
最強の能力に胡坐を掻いてきた代償だった。
身の程知らずと笑われても当然だ。
誰も彼もと欲張らず、彼女だけを常に見続けていたらこんな結末にはならなかった。

だが、幸か不幸か、打ち止めはまだ生きている。

だからもう他は全て捨てる。

全てを見捨てて、彼は打ち止めだけを常に見て、彼女だけを守る。
他がどうなろうが知った事はない。たとえ世界が滅び去ろうとも彼女だけは守る。

無双の能力はもう使えないが、それがどうした。
一方通行はまだ生きている。思考はまだ生きている。

学園都市最高の頭脳はたった一人の少女を生かすためだけに用いられる。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/28(土) 22:46:44.78 ID:HkoM0Zyho
ミサカネットワークは復旧している。
一方通行の思考が戻った事からもそれは明らかだ。

けれど以前のようにとはいかない。
ミサカネットワークに核は存在しないものの、打ち止めが擬似的な中心となっていた事は確かだ。
その彼女が廃人化するまで能力を暴走させたのだ。ミサカネットワークはもはや砂上の楼閣も同然の脆さしか残っていない。
そんなもので一方通行の能力演算などできはしない。

使おうと思えば強引に発動させる事もできるだろう。
だが彼が一歩歩くたびに妹達の誰かが死ぬような、そういう代償付きのものとなった。

彼はもう『一方通行』ではない。
二度と能力を揮えない、ただの少年へと成り下がった。

けれど能力を使わずに打ち止めを守る手段なら幾らでもある。
以前のようにとは行かないが。

だからこそ打ち止めは生かされているのだろう。
彼女は一方通行に対する足枷だ。彼女が生きている限り一方通行は無茶な行動を取れない。

彼は垣根と一つだけ取引をした。

垣根は一方通行を、打ち止めを、もう害するような事はしない。
それどころか彼らを狙う何者かが現れたとしたらそれを阻止する。

何もしなくていい。
ただこの部屋の片隅でずっと、打ち止めの事だけを考えていればいい。

幸いな事に金なら幾らでもある。
暗部に堕ちる切欠となった莫大な借金は垣根により全て支払われている。

もう打ち止め以外に何も彼を束縛するものはない。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/28(土) 23:10:22.33 ID:YkT0H03ro
徹底的に救いがねぇ・・・
さすが残酷歌劇というだけのことはあるわww
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/29(日) 00:35:40.55 ID:UaM8tJBFo
暗い部屋で能力を失った元第一位の少年は小さく呟き続ける。

「大丈夫……大丈夫だ……」

それは打ち止めに対するものなのか。
それとも自分に対するものなのか。

「大丈夫だ……」

祈るように、言い聞かせるように繰り返す。

「オマエは俺が守るから……」

答えは、ない。

それでも彼は言葉を繰り返し繰り返し、何度でも言う。

大丈夫だと。
心配するなと。

それが否と頭の奥底では理解しているものの彼は同じ言葉を呟くしかできない。
これは緩慢な死だ。心中にも近い逃避でしかない。
あらゆる外界を遮断し、たった一人の物言わぬ少女だけを見て。
それが分からぬほど彼は愚かではない。

けれどそれに縋ってしまう程度には愚かだった。いや、この時点において最も賢かったともいえるかもしれない。
この後、学園都市にて開かれる残酷劇から退避していたのだから。

ただ、まだ彼が勘違いしている事があるとすれば二点。

一つは、垣根帝督は決して一方通行に伍する実力を持ち合わせていない事。

そしてもう一つ。本当に逃避するのであれば、学園都市という檻から逃れるべきだった。
もっとも――ミサカネットワークは全世界に張り巡らされ、その影響下を脱する事など不可能に等しいのだが。

「大丈夫――大丈夫だ――」

壊れたレコードのように繰り返し呟かれる言葉に、答えはない。
彼の言葉はただ一方通行に、部屋に暗く立ち籠める静寂に溶けてゆく。



――――――――――――――――――――
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/29(日) 00:46:42.55 ID:UaM8tJBFo
短いけど通行止めネタバレパート。この状態になるまで出せなかったので出番少なくてごめんよ
まだちらちらと出てきますが、当分の間は御坂さんばっかり。たまに暗部組

食蜂さんはなんとか……なんとか……
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/29(日) 00:52:22.71 ID:JTvQjT+l0
これが、一通さんと打ち止めがぶっ壊れた理由か……
一体どうなるんだ……?
この残酷歌劇……
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/29(日) 13:01:32.55 ID:jsLRQCYdo
はやく全部が見たい
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/29(日) 15:07:57.39 ID:T2TuWPjO0
打ち止めがああああああああああああああああああ
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/05/29(日) 19:21:00.14 ID:nejBENbX0
うわああああ
打ち止めああああああああ
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/29(日) 21:03:34.55 ID:+muaLPwD0
通行止めは事実上リタイアなのかな…
BADENDを約束されたSSから生きて脱落ならまだマシな方なんだろが
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/30(月) 01:03:29.75 ID:soDaN6vIO
生きて脱落が幸せ、かぁ。死んだ方がましってことも…
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/05/30(月) 17:51:12.16 ID:vtbwKzKK0
たしかにな、冥土返しもういないしな
脱落だろうな…
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/05/30(月) 17:51:52.12 ID:vtbwKzKK0
たしかにな、冥土返しもういないしな
脱落だろうな…
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/05/30(月) 17:53:02.19 ID:vtbwKzKK0
みすったorz
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/05/30(月) 22:14:07.12 ID:Fn3FBauU0
こりゃていとくんと麦のんは妹達には死ぬ程恨まれるわな 姉以外の大切な人みんな奪ったようなもんだからなぁ
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/30(月) 22:51:30.45 ID:/Veq1Yep0
この段階ではまだ冥土返し死んでないんじゃね?
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/30(月) 23:30:52.61 ID:/wE9JQZ7o
結構時間が遅いけどいけるとこまで
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/30(月) 23:43:43.35 ID:/wE9JQZ7o
「ったく……どうしちまったんだこりゃあ」

土御門は酷く焦っていた。
彼をよく知るものからすればさぞ稀有な光景だっただろう。
いつも飄々としている彼が珍しく余裕のない表情を浮かべている。

手の中で転がす携帯電話は数時間沈黙したまま。
いや、一度だけ結標から掛かってきた。
だがそれ以外の二人からの連絡が一切ない。

最後に彼らと連絡が取れたのは夕方の事。
その後第七学区の一角で大きな戦闘があったようで、現場周辺では警備員が忙しなく事後処理に追われている。

戦闘の跡、破壊の爪痕は常軌を逸している。
間違いなく高位能力者同士の戦闘。それも文字通り桁違いの能力者だろう。

それが誰か。考えるまでもない。
片方は姿を消した一方通行。彼以外にあり得ない。

最強の名をほしいままにする彼に対抗できるのはやはり同位の超能力者。
暗部組織『スクール』のリーダー、序列第二位――『未元物質』垣根帝督。

そこまでは容易に想像できた。
二人の戦闘の末に何か予定外の出来事が起こり一方通行は姿を消した。そこまではいい。

だが、もう一人の失踪者。
海原と彼らが呼ぶアステカの魔術師の行方が知れないのはどういう事だ。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/30(月) 23:55:05.76 ID:/wE9JQZ7o
「巻き込まれた……って事はないだろうが。アイツはアイツでそう簡単に死ぬようなキャラじゃねーし」

その辺り信頼はしていないが信用はしている。
『グループ』の四人はお互い利用し合うだけの名目上の共闘関係だ。
だが、だからといって使い捨ての駒のように扱おうとは思わない。
彼らがお互いに肩を並べるだけに足る実力者だと、手を結ぶ価値のある相手だと認識しているからに他ならない。

そう簡単に死んでもらってはこっちが困る。
土御門の望みを果たすには彼らには存分に役立ってもらわなければならないのだ。

「今日は舞夏が来てくれる予定だったんだがにゃー……とんだ厄日だぜぃ」

ぼそりと土御門は愚痴るように最愛の義妹の名を口にする。
何に代えても彼女だけは守ると誓った。彼女の世界を守る事こそが土御門の唯一の望みだ。
だからこそこんなドブ攫いに等しい慈善事業に身をやつしている訳だが――。

「……おっと」

不意に手の中の携帯電話が震える。
長い振動のサイクルは通話の着信を知らせるものだ。

姿を消した二人の携帯電話には自分の着信履歴があるはずだ。
電波の届かない場所にあるか電源が入っていない。そんなアナウンスを嫌というほど聞いてはいるが、サーバーに着信履歴が残る。
電波状況が復活すればそのデータを読み込み何度も土御門から連絡があった事は分かるだろう。
それを見れば折り返し連絡をしてくるだろうと踏んで途中から発信を諦めたのだが。

「…………」

ディスプレイに表示された登録名を見て土御門は眉を顰めた。

電話帳に登録はしているものの、今まで一度も通話をした事がなかった相手からだった。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 00:33:33.98 ID:YrBXfEioo
少しだけ、数秒にも満たない間土御門は逡巡する。

このタイミング。何も勘繰らない方が無理というものだ。
そもそもこの時間は本来、彼の活動時間ではない。
いや、恐らくは起きているのだろうが、誰かに電話をかけてくるようなキャラじゃない――そう理解していた。

(……ま、どっちにせよ出ない訳にはいかないか)

電話に出て事態が転換する場合はあっても出ずにどうにかなるという事もないだろう。
思考を打ち切り、土御門は通話ボタンを押し携帯電話を耳に当てる。

「もしもーし。オマエから電話なんて珍しいにゃー」

惚けた口調は日常でのものだ。少なくとも今この場にそぐうものではない。

『…………』

電話口の相手は無言。
けれど土御門は更に、一方的に言葉を続ける。

「オマエこの時間いつも何してんの? つーか寝なくていいのかよ。
 明日も学校だろ。小萌センセーに怒られるぜぃ。いやそっちの方がいいのか? むしろご褒美?
 んで用件は何よ。あ、もしかしてなんかいい感じのメイド系の漫画とかゲームでも見つけた?
 いやー嬉しいねぃ持つべきものはやっぱり友達……っていい加減何か喋れよ」

『……せやね』

電話口から聞こえる声はいつもの彼には似合わない、どこか沈痛さを伴うものだった。

『小萌先生のお説教はご褒美やね。困らせるのは悪いとは思うけど、小萌先生の怒った顔可愛ええからなあ。
 結局、好きな子には意地悪しちゃうって奴? これも一種の愛情表現って訳やね』

「小学生かい」

『神聖シスコン軍曹に言われたかないね』

そんな他愛もないいつもの応酬をして笑い合う。
乾いた笑いなのは自覚している。前置きは様式美だとは思うが殊更に隠すほどではない。
一頻り笑い合った後、少しだけ間を置いて、それから小さく溜め息を吐いてから。

「それで、何の用だね青髪ピアスくん」

相変わらずの巫山戯たような口調で、表情は硬いままに土御門は問うた。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 00:55:43.78 ID:YrBXfEioo
『……なぁ』

「んー?」

『こんな時間まで起きてたらボク、明日絶対遅刻すると思うんやけど』

「今何時だと思ってんだよ。もう三時だぜぃ? 明日じゃなくて今日」

『細かい事言わんといてーな。それでな、お願いがあるんやけど』

「あぁ?」

会話を続けながらも土御門は直感する。
そして同時に閑念を得る。

『風邪引いたーとかって言っといてくれん?』

「……先生心配するぜぃ?」

『ああ、そりゃ悪いなあ。でもお見舞いとか来てくれると嬉しいなぁ。
 せやけどやっぱ、風邪ぇ伝染したらあかんし、そこは上手く丸め込んどいてくれへん?』

「……りょーかい。仕方ねぇ。他ならぬダチの頼みとあっちゃ断る訳にもいかないぜよ」

『嬉しい事言ってくれるねえ。……もしかしてボクに気でもあるん?』

「アホぬかせ……へっくし」

夜風にくしゃみを一つして、ビルの屋上を吹く風に土御門は眉を顰め鼻を啜った。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 01:01:12.56 ID:YrBXfEioo
『えんがちょー。夜遊びは関心せーへんで。愛しの義妹ちゃんが泣くんやないの』

「こっちにだって事情はあるんだよ」

『事情ねえ。結局、どんな事情だか』

「オマエこそどうなんだよ。こんな時間まで起きて何してたんだ」

『うん。それなんやけどね』

土御門のサングラスの奥に隠された双眸が細められる。

眼前に広がるビル群。
深夜だというのにきらきらと光る人工の銀河を無感動に眺めながら土御門は相手の言葉を待つ。

それから数呼吸分。やけに長く感じられた時間の後。
ぼそりと呟くような声と共に彼の――少女の声が鼓膜を震わす。



『――――カミやんが死んだ』



「…………」

その言葉に土御門は答えられなかった。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/31(火) 01:16:11.17 ID:Vx3iGbKxo
こいつも参加すんのか
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 01:24:54.09 ID:zCLrAMgJ0
>彼の――少女の声が
……?
!?…………?
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 01:27:22.38 ID:YrBXfEioo
『ほんと馬鹿やね、カミやん。自分から危ない橋に突っ込みまくってりゃいつかこうなる事くらい分かってただろうに。
 それでも真っ直ぐなのがカミやんらしいというか何というか。結局、それ以外に生きられなかったんだろうね』

彼――彼女は今どんな顔をしているのだろう、と土御門は思う。

ずっと仮面に隠されていたその素顔を土御門は知らない。
土御門もまた彼女の能力の影響下にあり、長身で低い声の、派手な外見のクラスメイトとしての外見しか知らない。

そう認識させられていたから。

多重スパイの土御門元春。
裏で諜報活動に勤しみ情報操作を生業としている彼にその存在が隠し通せない事くらいは彼女も分かっていたはずだ。
何せ同じクラスには名簿の人数に比べ机と椅子が一組多い。
あとは消去法。名簿にないクラスメイトが誰なのかくらい容易に割り出せる。

一度疑問に思えば後はいくらでも荒を探せる。
寮に派手な青い髪をした少年の姿はないし、電話に出た事もない。

そもそも誰も本名を知らない。
青髪ピアス、と。外見的特長だけで呼ばれていた少年。

クラス委員長という役職も土御門の通う高校には存在しない。
あるのは『学級委員』だ。
クラスという一つのコミュニティを仕切るという意味では同じなのだろう。
だが、そう簡単に誰もがその肩書きを間違えたりはしない。

誰もが嫌がるだろうその役職についていたのは誰か。
決まっている。クラスには決まって貧乏くじを引かされるという稀有な体質の少年がいた。
もっとも――いつのまにか増えたクラスメイトがその役割を全て代行していたので名目上に過ぎなかったのだが。

『ほんと、不器用』

名も、顔すら知らぬ少女の声が電話越しに聞こえる。

初めて聞いたそれは綺麗なソプラノだった。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 01:29:10.66 ID:n+u4CTq3o
そういえばここの青髪ピアスは心理掌握の仮面の一つだっけ
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 01:33:18.95 ID:0JFKmqNX0
>>68
青髪ピアス=FRIEND/A だぞ?
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/31(火) 01:41:48.49 ID:Vx3iGbKxo
ああ、そうだったっけ・・・
1スレ目見直してくるか
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 01:50:50.18 ID:YrBXfEioo
印象を誤魔化し、認識を歪め、意識を逸らし、記憶を改竄する。そういう能力を持つ物がいる。
精神感応系能力者。一括りにテレパスと呼ばれる比較的ありふれた能力者。

だがその特性の派生は他系統の能力と比べ多岐に渡る。
対象の精神、意識……大雑把に言ってしまえば心というものに干渉する能力だが、基本的に一つの特性にだけ特化する。

念話能力は口にせぬままの意思疎通を。
洗脳能力は相手の精神の改竄を。
記憶操作は思い出を自由に捏造する。

心という人としての根源部分に触れるからだろうか。何もかも自在とはいかない。

だが彼女は複数の特性を操っていた。
それも高校という一大コロニーに対し丸ごと影響下に納めるという常識的には考えられない大規模な能力の発現。

そんな事ができるのは学園都市広しといえど一人しかいない。

超能力者、第五位――『心理掌握』。確証はなかったがそれ以外に考えられない。
常盤台中学を統べる女王蜂。群れる事をよしとしない『超電磁砲』とは異なるもう一人の超能力者。

だがここで一つ疑問が残る。

こうして土御門が限りなく真相に近付けているという事実。
その気になれば完全に洗脳もできただろう。疑問を持つ事さえ許されないような完全な意識改変。
故に彼女の名は『心理掌握』。誰であろうと彼女に罹れば掌の上で踊らされる。
対抗できるのはそれこそ同位の超能力者他六名くらいだろう。

もしかするとそれすらもブラフなのかもしれない、と思いながら、土御門は今まで何もしなかった。
仮初に過ぎないとしても彼女は――下手な関西弁を喋る少年は屈託のない笑みで笑っていたから。

彼女の心の内は誰にも分からない。
どんな手練の詐欺師でもこと精神を操るという能力の頂点に坐す相手には敵わない。
彼女と対峙すれば男も女も老人も赤子も等しく傅かされる。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 02:06:53.68 ID:YrBXfEioo
ただ、たった二つだけ彼女の能力が通じぬものがある。

『ねえ、ちゃんと聞いてる?』

思わず忘れてしまったのか、関西弁ではなく、女性口調だ。

一つは機械。

電話越しの、一度電気信号に変換されたものとはいえ初めて聞く本人の声に感慨を抱かないでもない。
けれど土御門の胸中にはもっと大きなものが蟠っていた。

「……なあ」

土御門は応える代わりに一つの問いを投げる。
きっと今この瞬間にしか聞けない事。たった一つ、知りたかった彼の本音を訊く。

「カミやんは……オマエの事、気付いてたんだろ」

『…………そりゃ、ね』

もう一つの例外。
上条当麻――彼の『幻想殺し』。
あらゆる異能も魔術も問答無用に打ち消す右手。強力無比な『心理掌握』であろうとも同様だ。
少なくとも一方通行、彼以上の力でなければ相手にもならない。彼を上条当麻はその右手を以って下している。

だから彼には彼女の正体が知れていたはずだった。
けれど土御門の知る限り、彼が下手な素振りを見せた事はない。

間違いなく彼女を男性として扱っていた。青髪ピアスと呼んでいた。
遠慮も見せなかった。男同士だ。グラビアアイドルがどうのエロ本がどうのと下世話な話もした。
そもそもクラス内での『青髪ピアス』のキャラクターは「バカでエロいお調子者」だ。
誰も彼も、土御門も、そして上条当麻……彼もまたそう扱っていた。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 02:25:58.86 ID:YrBXfEioo
だから土御門には彼がずっと不思議だった。

面と向かって問い質せる筈もない。
本当に能力に罹っているのか、それともそういう振りをしているだけなのか。傍目からでは見分けが付かなかった。

『それがさ、聞いてよ。本当に傑作なんだから』

もう体裁すら取り繕う気すらないのか『心理掌握』は電話越しに揺れる声で言った。

笑っているのか。
泣いているのか。
怒りに震えているのか。

それとも――それすらも演技なのか。

『一応ね、効く事は効いてたのよ。でね、あれ、右手。あれで頭触るたびに能力打ち消してんの。
 その度に掛け直してたのよ。結局、私に対する認識を改竄する程度だから楽っちゃ楽なんだけど』

「ああ……なるほどにゃー」

土御門の属する組織の一つ、イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会』。
彼をよく知る同僚の報告書にあったのを見たことがある。

精神支配を右手を頭部に当てる事で解除した。
八月八日、学園都市内の学習塾を根城にしていた異端の錬金術師を攻略した際のものだ。

そういえばまだその頃は彼に自分の裏の顔を明かしていなかったなと土御門は回想する。

『そんなの髪洗うときに毎日触るっての。カミやん毎朝遅刻ギリギリで入ってくるじゃん?
 その時たまにさ、こっちみてすっごい済まなそうな顔する訳よ。それで、ああ今日もか、って。
 学校にいる時でも自分の頭掻いたりとかさ、そういう時に一瞬びくってなった後、恐々私の方見るの。
 それで結局、途中から面倒になってきてさ、開き直って言ってやったの。もう毎日やるの疲れたって』
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 02:45:27.34 ID:YrBXfEioo
土御門は目を瞑る。

土御門が今こうして携帯電話を耳に当てているだけでも右手は頭部に触れている。
さぞ日常茶飯事だった事だろう。その度に彼は何か申し訳ないような面持ちを向けてくるのだ。
記憶の中に残る彼の顔を思い返す。ああ、確かにそれは随分と嫌になってくる。

それをずっと自分に気取らせなかった彼も流石だと思う。
陰陽師、占術師、そして詐欺師。土御門は人の顔色を窺い見るのが本業だ。
その土御門に一切気取られる事なく毎日を過ごしてきたのだとしたら、もしかすると彼は自分以上の詐欺師かもしれない。

『そしたらあの馬鹿、何て言ったと思う?』

電話の向こうで彼女もまた彼の顔を思い出しているのだろうか。

『オマエがどうしてこんな事してるのかは知らないけど、別に何か悪さするつもりじゃないのは分かってるつもりだ。
 何か理由があるんだろ。だったら俺も他の奴と同じようにしてる方がきっといい。だから気にせずガツンとやってくれよ。
 また馬鹿やるだろうけどさ、その時も悪いけど頼むわ、って。それで……ただ、助けが要るときは言ってくれ、って』

頭の中で容易に想像することができた。
彼の顔も、仕草も、声も、よく知っている。

『そんな事言われたらカチンとくるじゃない。結局、頭ん中好き勝手に弄り回されてんのよ?
 怒らないのか、怖くないのかって思うじゃない。言ってやったわ。そしたらさ――』

ああ……と彼女はきっと何かの感情を吐き出すように小さく嘆き。

『ダチだろ――って――』

「……そりゃあ随分と、カミやんが言いそうな事だ」

きっとその時の彼は、笑っていて。
何の迷いも躊躇いもなく、誇らしげに言い放ったのだろう。

土御門の知る上条当麻という少年はそういう奴だ。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 03:10:52.72 ID:YrBXfEioo
『そう言ってくれたのにさ、友達だ、って言ってくれたのに』

彼女は震える声を隠そうともせず――嗚咽の混じるその声を電話越しに土御門にぶつける。

『私……助けられなかったよぉ……!』

彼女の慟哭を土御門は黙って聞き続ける。

露にされる感情の吐露。
その気になれば自分の感情も思考も好きに改変できるだろう。
だがきっとそれをしようとしていない。その意味を土御門は分かっているつもりだ。

『友達って、言ってくれたのに。カミやん、私の事、助けるって言ってくれたのに。
 何が超能力者よ、何が『心理掌握』よ! 私の能力は友達一人助けられなかった……!』

その気持ちにだけは嘘をつきたくない。
友達と彼女は言う。形ばかりのクラスメイトだったにも関わらず。
下手な事は誤魔化すし都合の悪い事は隠そうとする。誰だってそうだろう。

けれど一番大事な部分だけは譲れない。

それすらも偽ってしまったら彼の心を本当に殺してしまうから。

『私は! 何も! できなかった! 見てるだけしか!
 目の前でカミやんが死んじゃうのに私は立ってるだけしかできなかった!』

電話越しで本当によかったと思う。
土御門の知る彼女――青髪ピアスという少年とは全くの別人。
ただ無力に嘆くだけの少女がそこにいた。

「…………」

ただ、彼ならどうしていただろう。

きっとなりふり構わず駆け出して、散々走り回った挙句にようやく見つけて。
それからきっと、力いっぱい抱きしめる。

間違いなく自分のキャラじゃないな、と土御門は思う。

そういう漫画の主人公みたいな役は彼にこそ似合いだ。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 03:29:37.05 ID:YrBXfEioo
『…………でもね』

暫く電話の向こうに聞こえた嗚咽の後、彼女はぽつりと言った。

『結局、最後にね……そんな土壇場で、カミやんさ、女の子、助けたんだ』

「ああ」

『最後の顔、覚えてる。しっかり私の目に、記憶に、心に焼きついてる』

「ああ」

『カミやんね……笑ってた』

「……ああ」

きっとそうだろう。
そういう奴だ。

『右手でね、こう、突き飛ばしたんだ。右手よ、分かる? あの右手。
 それでね……その時のカミやんの心がね、聞こえたの』

……それから暫く彼女は続く言葉を発せなかった。

電話越しに彼女の吐息が聞こえる。
それを土御門は無言のままじっと聞き続け、待った。

三馬鹿、と呼ばれていた。
そう言われるだけの馬鹿をやった。
自分と、彼と、そして彼女で。

何度も担任の小さな女教師を困らせた。クラスメイトたちには迷惑をかけた。
それでも最後にはきっと皆が笑っていた。

運動会は楽しかった。
色々面倒事が重なって初日は参加できなかったけれど、泥まみれになってはしゃいだ。
一人大怪我をした少女がいたけれど、彼女も最後には笑っていた。

楽しかったと、心の底から偽りなしに思う。

その日々はもう戻ってこない。
永久に。

けれど、一時の泡沫に過ぎない幻想だったとしても――決して忘れる事のない日々。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 03:47:12.70 ID:YrBXfEioo
彼と共に過ごした瞬間。
それは間違いなく青春だった。

だから、と土御門は思う。
きっとそれを聞くのが自分の役割だ。

他の誰にもこの役は譲れない。
彼の、そして彼女の友人である自分だけの役割。

誰もが真実を知りながらそれを隠してきた。

土御門元春は二人の秘密に半ば気付きながらも黙殺した。

上条当麻は虚構のクラスメイトの仮面の下に隠された本当の顔と声を。

そして記憶と精神を統べる彼女は自分の素顔と――彼の唯一の、そして最大の禁忌を。

誰もが日常を壊さぬようにと嘘をつき続けた。
目を瞑り耳を塞ぎ口を閉ざした振りをして形骸ばかりの友情を守ろうとした。

本当に嘘つきばかりの三人。
けれどその絆はきっと本物だったのだと信じたかった。

『……あのね』

そしてこれはきっと二人だけの秘密。
共に駆けた青春の最後の墓碑。

『……よかった、って、言ってたの。結局、自分が死ぬって瞬間に』

嘘で塗り固められた三人を繋ぐ――たった一つの道標。

『――俺の右手は一番大事なものを殺さずに済んだ、って』

「………………っは」

土御門は笑っていた。
心の底から可笑しかった。

「は、はは、はははは。やべえ、やべえよ。なんだそりゃ。
 流石カミやん。凄ぇよ。ぱねぇ。俺たちにできない事を平然とやってのける」

『そこにシビれるあこがれる、って?』

やっぱり馬鹿だった。

でもそれがきっと、最後の救い。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 04:14:54.52 ID:YrBXfEioo
『……でもさ、絶対カミやん怒るよね』

「ああ」

それは二重の意味で。

虚構の友諠に何か特別な意味があった訳でもない。
土御門も、そして彼も、利用価値は十分にある。けれど彼女はそれをしようとはしなかった。
ただ笑顔であの場にいたのだ。

だから彼女の望みはきっとあの世界。
ただただ平和で平凡な穏やかな日々。
友達と馬鹿をやって騒がしく過ごす日常。
それが失われた今、彼女があの場に残る意味はただの悔恨でしかない。

三角形の一角は永遠に失われた。決して揺らぐ事のない形だが頂点を失えば容易く崩れてしまう。
もうあの教室に二度と派手な色の髪をした少年は現れない。
彼女の事だ。きっと何かあった時のために時限式の仕掛けでもしているのだろう。
記憶は風化する。青髪ピアスの少年はいつの間にか忘れ去られてしまうだろう。

けれど彼女という存在そのものが無くなってしまう訳ではない。
亡霊のようなものだとしても、彼女は実体を持ってこの現実に生きている。
その亡霊が行き付く先は矢張り墓場だろう。

彼女は死ぬ。いずれ遠からぬ内に。

彼女が死ぬ理由など一つしか思い浮かばない。

「怒るだろうにゃー。もう大激怒間違いなしだぜぃ」

土御門もまたその尻馬に乗ろうとしている。
元からこういう真似は彼の十八番だ。利用し、利用される振りをして美味しいところだけを掠め取る。
そんな胸の内が明かせる相手など今や一人しかいないのだが。

だが二人が言っているのはそんな事ではない。

もう一つの意味。
上条当麻がきっと怒るだろうというそれは。

「――『馬鹿言ってんじゃねえよ。何最初から諦めてんだ。俺にできて俺のダチにできねえはずがねえだろ!』」

そう彼は言うはずだ。

『絶対言う』

彼女の守りたかった世界はもう亡くなってしまったけれど。
土御門のそれはまだ失われていない。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 04:26:39.53 ID:YrBXfEioo
「――ありがとう」

本当に電話越しでよかったと思う。
まさか面と向かってこんな言葉を吐ける筈がない。

自分の一番大切なものを彼女は守ろうとしてくれた。
彼女の大切なものはもう守れないのに。

でもきっとそれが彼女の友情なのだろう。

名も知らぬ友人。
その本当の名を訊くほど土御門も無粋ではない。

「……ところでさ」

だから代わりに一つ。これもまた無粋の極みと思うが幾らかましだろう。
即ち究極の命題。

「もしかしてオマエ、カミやんの事、好きだった?」

『…………ばーっか』

随分と意地の悪い問いだと土御門は自分の事ながら苦笑した。

『あんなぁ……ボクら、ダチやろ?』

「そうだにゃー」

本当に、心を隠すのだけは上手いから腹が立つ。

真相は彼女の心の中にだけ。



――――――――――――――――――――
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 04:28:42.04 ID:YrBXfEioo
以上、デルタフォースパートでした
”青”髪ピアスと土御門元”春”。二人クラスメイトの意味はきっとそれ
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 06:16:51.79 ID:PJA7Maabo
泣きそう
青春かあ
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 06:25:09.38 ID:t5UoXJUB0
スレタイで吉良吉影が出てくるのかと勘違いしたがおもしろいね
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 07:44:42.29 ID:9jIDKoHn0
やべぇ、この三人の友情、ハンパねぇ……
上条さんも良い奴すぎる。
青ピも土御門もマジ悔しいし、悲しいだろうな……
上条さん、なんで死んじまったんだよ……

86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 08:10:52.88 ID:TfbCDN1AO
美琴との会話も意味合が変わってくるな
三角は一つ欠けると途端に壊れてしまうのか
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 08:54:14.33 ID:vgAk1OlSO
最初のスレでのフレンダの居場所を奪われて〜は上条さんにかかってたのか…
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/05/31(火) 09:17:44.28 ID:kno9uEc70
上条さんが最後に助けたのは御坂?フレンダ?
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 12:16:18.46 ID:OFjP0ArI0
>>88
ちゃんと第一夜、第二夜、幕間を読んでこようぜ
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/05/31(火) 14:22:12.17 ID:pPT4iSu80
欝SSでも上条さんはどうしょうもなくヒーローだった…
それ故に残された者たちの恨みは深いのだろうな
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 14:52:44.33 ID:OFjP0ArI0
フレンダの奇行も、妹達の狂気じみた言動も、海原の殺戮も、全部上条さんを殺した復讐なんだな。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 18:54:57.73 ID:adCfo0o+o
防衛腺が突破されたんだが
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 20:37:42.40 ID:YrBXfEioo
深夜の病院、自分の研究室で彼は凝った肩を回し一息ついていた。

一部若い看護士の間ではゲコ太先生などと呼ばれている初老の医師。
どこかカエルを思わせる容貌だが爬虫類的な冷たさは持っていない。
この頃流行のファンシーキャラクターの名で呼ばれる通りどこか愛嬌のある顔だった。

どこにでもいるような一介の医師だがその腕は半ば伝説となっている。

『冥土帰し』――いつしか彼はそう呼ばれていた。

あらゆる手段を模索し患者を死の淵から生還させる医師。
既に年若いとはお世辞にも言えぬものの彼の腕は衰えるどころかいまだ成長を続けている。

彼の武器は医療技術のみならず卓越した機械工学の知識と技術による総合医学。
あくまで人の技術のみを用いてあらゆる傷と病を治療する彼は異能の街である学園都市の中では極めて珍しいといえるだろう。
能力開発も科学技術の一環ではあるが異能の力である事には変わりない。       ゴッドハンド
異能に頼らずあくまで人の持つ知識と技術のみを武器に死神を撃退するその腕はまさに神の御手と呼ぶに相応しい。

ただ、そんな彼も寄せる年波には勝てないのか疲れた顔で椅子に腰掛け脱力している。
痒みを持つ目を閉じ指でやや強く押し深く溜め息を吐いた。

今日だけで何件の手術をこなしただろう。
完璧といえるその一つ一つはしっかりと脳裏に焼き付いているが数を数えるのはいつの頃か止めてしまった。

本来手術に掛かるだろう時間の数分の一、もしくは十数分の一という常識的には考えられないような早業を得意とするが、
連日連夜大手術の立て続けとあっては彼自身への負担を緩和するという意味はない。
もっともその分だけ患者一人ひとりの負担は減り、その時間の分だけより多くの患者を救えるという事なのだが……。

実質この病院は彼のお陰で保っているようなものだ。
腕の立つ医師はそれこそごまんといるが彼のような規格外ともなれば世界に数人もいないだろう。
この病院の看板は彼だ。大きな病院だがその実、ほとんど個人の開業医とあまり変わりない。
彼の手に掛からずともよい雑務や通常の技術でも可能な手術などは任せている。
が、患者のほとんどは彼でなくば対応できないような重症が大部分を占めている。
手足が吹き飛んだり重い心臓や脳の病気、末期癌などはまだ可愛い方だ。

治療法の糸口すら見えていないようないわゆる不治の病。
能力開発の副作用で起こる、あるいは起こされた難病奇病、人体汚染。
そして現代医学の範疇を超えたそれこそ呪いじみた異形の病。
果ては世界の倫理を逸脱した、考える事すら禁忌とされる代物まで。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 21:00:12.67 ID:YrBXfEioo
その治療を一手に引き受けているのだ。疲れるなという方が無理がある。

けれど休んでいる暇などないのが現状だ。患者は後から後からひっきりなしに病院の門戸を叩く。
休憩も治療を万全に行うための必要な事だとは思うが、そうとしか思えない辺りで既に肉体の限界を超えている。

彼はもう若くない。体力は衰え若い頃にはまだ楽だった徹夜ももうかなりの負担を発生させる。
それでも夜間に緊急の手術などが入れば出張らざるを得ない。彼が出なければ患者は死ぬ。

患者を一人でも多く救おうとした結果、彼自身が最も死に瀕しているのかもしれない。
持ち前の知識と技術を総動員して何とか繋ぎ止めてはいるが常人ならばとうに過労死している。
それでも彼は、一人でも多くの命を救おうと我が身を犠牲にして孤立無援の戦いに挑む。
他ならぬ自身の背後に死神が迫っている事を自覚しながらも無視し戦い続けるしかない。

自分が死んだ後どうなるのだろうと彼はふと思う事がある。

彼をしても死だけはどうしようもない。
終生の哲学でもある。治療とは死を撃退する事ではなく、生を全うするためのものだと認識している。
やがて来たる死を想起しながらも今この時を十分に生きる。
メメント・モリ……死を思え、と訳されるそれは医療の世界では欠かせない概念だ。

人は、生物はいつか必ず死ぬ。究極的に生とは死によって完結する。死ななければそれは生とは言えない。
限りなく死を遠ざけたところで必ず終わりはやってくる。それは彼とて同じだ。

だから、と思う。彼の死んだ後、未来に現れる患者は誰が救うのだろうと。

理想論はさておき現状としてこの病院の根幹は自分の手に係っている。これは確固とした事実としてだ。
他の医師たちがヤブとは言わない。むしろ極めて優秀だ。けれど客観的に見れば彼に劣るといわざるを得ない。

彼なら救える患者も、彼がいなくては救えない。
近頃初老のカエル顔の医師が憂えているのはその点だ。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 21:38:48.66 ID:YrBXfEioo
この状況を打開する方法は二つ。

一つは、彼に比肩する、あるいは凌駕する技量の持ち主が現れる事。
これは完全に運頼み。神の采配に期待するしかない。

だがもう一つは彼自身がどうにかできるものだ。
即ち後継。技術と知識を託す者の育成。既に候補はいる。

木山春生――若いながらも脳医学の分野で目覚しい活躍を見せる女医。
学園都市外部から招聘された医師だがこの街の特徴である能力開発の医療分野での意味について彼女ほど詳しい者も珍しい。
そして同時に、将来の能力者治療の可能性を秘めているAIM拡散力場の研究を専攻としている。
これほど条件に合致する適任者はそうそういない。だが――。

「…………」

木山を後継にするつもりはなかった。

彼女は医師であり、研究者であると同時に教師でもある。
そして彼女の天職はと訊かれれば木山をよく知る者ならば口を揃えて言うだろう。
先生と呼ばれる木山に付けられる敬称は彼のものとは違った側面を持つ。

彼女の才能は正直なところ惜しいと思う……が無理にと頼み込むなどできるはずもなく、またそうする自分を誰よりも許せない。

だがもう一つ、こちらは半ば博打だが心当たりがあった。
彼の他者が真似することすら不可能なほどの特殊な技術と知識を残らず全て継承できるだろう稀有な存在が一人だけいる。

学園都市最強の能力者にして最高の頭脳を持つ少年。

彼ならば間違いなく自分の全てを引き継げる。どころか、新たに発展させ医療技術を革新させる可能性すら十分にある。
専門でないにも関わらず医学にも造詣が深い。能力者の少年だが、彼はその能力を使って自身の健康を維持していた。
身体的に、特に脳に大きなハンデを負わされた少年だがその点は既に自分が解決済みだ。
彼は自分の医療全てに足る力を持つ。その上まだ若い。これほどの逸材が転がり込んでくるあたり神の見えざる手をつい夢想してしまう。

そして彼と密接な関係を持つ彼女たち……同じ顔をした一万に近い数の少女たちが後援できる。
世界中に散らばった彼女たちはお互いの間に特殊なネットワークを形成する能力を持つ。
知識や経験、思考すらも同調させるそれは距離という絶対の壁をも凌駕する事ができる。

彼と、そして彼女たちによる大規模な医療ネットワーク。
初老の医師は年甲斐もなく少年のような野望に燃えているといってもよかった。

もっとも……最初の一歩、彼と彼女たちを口説き落とすのが最大の難関なのだが。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 21:59:05.94 ID:YrBXfEioo
同僚の看護士一同から誕生日にと贈られたものの一つ、デフォルメされたカエルの描かれたマグカップに口を付ける。
コーヒーではない。中身は白湯だ。これからしばらく仮眠を取るつもりだというのにカフェインなど摂取できない。

ポットの中身をそのまま注いだそれは思った以上に熱かったが、疲れた体に十分に染み渡ってくれる。
本当は塩を一つまみでも入れたほうがいいのだろうが生憎と手近なところに調味料の類はない。
一度治療用の生理食塩水を飲んでいたところを見つかって医療品を勝手に消費するなと婦長にしこたま怒られた事がある。

「……さてと」

首と肩、腰の関節をぐりぐりと回し解した後、彼は仮眠室に向かおうと重い腰を上げた。

その時だった。

こん、こん、と。二回。
控えめに部屋の戸がノックされる。

「……」

机の上のカエルのマスコットの腹部に描かれたデジタル表示は既に午前三時を過ぎている事を告げていた。

病院そのものは二十四時間不眠不休の態勢を取っている。
だがその活動の中心は矢張り日中だ。あえてこんな深夜に好んで活動する者もそういない。

緊急手術の要請なら机の上の内線電話が鳴り響くはずだ。
そういう事情を鑑みればさほど急用ではないか、もしくは――内密の事案か。

「誰だい?」

扉越しに立っているであろう相手に問い掛ける。
返ってきた言葉は思った通りの人物のものだった。

「ミサカです。正確に表現するならば検体番号一〇〇三二号です、とミサカはミサカのプロフィールを明らかにします」

「……入りなさい」

がちゃり、と戸が開かれ、暗い廊下を背後に現れたのは中学生くらいの少女だった。
とある少年に御坂妹と呼ばれる人造の少女……カエル顔の医者の患者の一人がそこに立っていた。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 23:05:35.78 ID:YrBXfEioo
「こんな時間に何の用かな。それに夜更かしは美容の天敵だね?」

意図的に普段と変わらぬ様子で彼は対応する。
同僚なら別だが彼女は自分の患者だ。疲れを見せてはいけない。不安へと繋がる。

そして彼女も、普段と同じように。
その顔には感情が希薄だった。

近頃になってようやく自我らしきものが見えてきた少女だ。
知識はあっても経験が圧倒的に不足している彼女たちには感情の多くがまだ未発達だった。

だがいつもに増して表情が乏しい。
こと患者を見る目だけはあると自負している。
細かな仕草、様子、表情の変化から患者の内面を診るのは医師の役割だ。
だから彼は瞬間的に『何かがあった』のだと察知した。
もっとも具体的にそれを測る超能力じみた読心術など持ち合わせていない彼にはそれが何なのかこの時点では知りようがないのだが。

「……まぁ立っていても仕方ないね? 掛けなさい。それで、どうしたのかな?」

だから単刀直入に核心について切り込む。
他の患者に対してはもう少しゆっくりと時間を掛けて臨むのだが彼女たちは別格だった。
何せ抱えている事情が事情。そしてその点においては格別の信頼を勝ち取っていると自負している。
彼女たちが深刻な事態に直面したというのならその生い立ちや身体の特徴、そして固有の能力について以外にありえないだろう。
故に今この時ばかりは遠慮は必要ない。そう思っていたのだが。

「……用があるのはミサカではありません、とミサカは仲介役である事を示します」

その言葉に一瞬眉を顰める。
こんな時間に、それも彼女を介して現れる人物など限られている。

先ほど考えた白髪の少年か。
それとも、黒いツンツンした髪の特徴的な特異な能力と事情を持った少年か。

そのどちらでもなかった。

一度室内に入り、そして彼女は戸の前から逸れるように壁に一歩寄り。

「こんばんは、センセ。夜中に押しかけてごめんなさいね」

暗がりから顔を出した二人目の来客は、先に現れた少女と同じ顔をしていた。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 23:09:34.62 ID:GLeXWY7DO
これから取り付けられるのか…
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 23:22:51.90 ID:YrBXfEioo
御坂美琴。

電磁系能力者の頂点に立つ七人の超能力者の一角、序列第三位、『超電磁砲』。
そして彼女と同じ顔をしたクローンの少女達、妹達のDNAの元となった少女。

何度か面識はある。彼女もまた幾つかの暗い事情を抱えている。
病院以外でも電気工学などの分野での学会では何度か見かけた。

御坂はクローンの少女と同じく、常盤台中学のブレザー姿のまま、奇妙な事にその上から男子学生用の学ランを羽織っていた。
そして肩から……これから釣りにでも行こうというのか、大きなクーラーボックスを提げている。

随分と珍妙な格好だった。
そしてこの時間もだ。何か重大な問題が発生した事は間違いない。

「えっとね、ちょっと確認とお願いに来たんだけど」

彼がそれを問い質すよりも先に御坂の方から切り出した。

「この子達の、妹達のクローンプラントってあったじゃない。あれ、どうなってる?」

……矢張り、と彼は思う。
彼女がこんな時間に尋ねてくる理由など他に考えられなかった。
彼女達の抱えた問題は未だ全てが解決されたとは言い難い。

新たに何か問題が発覚したとしても今さら驚くような事ではない。
ただ速やかに障害となるもの……彼にして言えば病巣を治療するまでだ。

ただ、老いを感じさせぬ内面の素早い思考を表に出さぬまま彼は御坂の問いに答える。

「うん。間違いなく全部壊したね? 後でまた何か妙な事に使われても困るからね?
 丸ごと爆破なんて荒っぽい真似ができればそっちの方がいいんだろうけど、復旧は無理なくらいに壊しておいたから心配いらないだろうね?」
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/05/31(火) 23:40:32.23 ID:YrBXfEioo
彼の答えに御坂は。

「そっかー。やっぱりそうよね。その辺は信用してるからそうだろうとは思ってたんだろうけど」

にこにこと、笑顔のまま頷く。

「じゃあやっぱり無理かー。困ったわね」

「……何だって?」

困る、と彼女は言う。
あの負の遺産が使用不可能な事で何か不都合があると言う。

「君はまさか……あれを使おうとしていたのかい」

「うん」

笑顔のまま御坂は即答する。

カエル顔の医者はこの時になってようやく彼女の異常性に気付いた。
彼女にとっては悪夢の傷痕でしかないものについて平然と、それも笑顔で語る。
挙句の果てにそれを彼女自身が再び動かそうと言う。

どのような事情があるのかはさて置き、絶対にあり得ない事だった。
御坂美琴はそんな真似ができるような少女ではない。まして嬉々としてそれを使うなどとは決して言えぬ。

まるで彼女の顔をした誰か別の人物であるかのような印象。
いや、雰囲気は確かに御坂美琴のものだが――その行動原理の基礎部分が限りなく本人のものとはかけ離れている。

「まぁ実際、最初からそんな事考えてないんだけどさ。知識とか記憶とか人格とか何もないところから生成するのは無理だし。
 あ、でもアイツ使えばなんとかなりそうな気もするけど、やっぱり別物よね。だからこの手は最初から使えないんだけど、一応の確認」

最初から返事も理解も期待していない言葉を御坂は独り言のように吐く。
けれどその意味するところ、根本の部分を察せぬほど彼は愚かではなかった。

「まさか君は――」

背筋を冷たいものが走る。
見えない死神の気配が知れたような錯覚を覚え、彼は絶句した。
そして続く言葉は彼の予想のままだった。

「魔法でもない限り無理よね。死んだ人を生き返らせるなんて」
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/01(水) 00:20:29.60 ID:FS30w0GRo
「――君は何を考えている――っ!」

思わず腰を上げ彼は御坂に怒声を放った。

それは治療の、医学の――人としての域を完全に逸脱した行いだ。
クローンなどという技術すらも霞んで見えるほどの最悪の禁忌。
人が人であるために絶対に犯してはならない最後の砦だった。

「例えどんな事があったとしてもそれだけは絶対にやってはいけない!
 医学は死を否定するためのものじゃない! 生を肯定するためのものだ!
 死人を生き返らせるなんて、それは神の領域だ!」

「うん、だからそもそも、私達ってそういうもんじゃん?」

激昂する彼に、御坂は平然とそう返した。

「――――――」

「神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの、でしょ? 今さら何言ってるの?」

そう、この街は神に歯向かうために作られた悪逆の都市。
人の身でありながら人知を超えようとする異端の集団。
この学園都市というものの根本はそれだ。だが――。

人の身に余る力は必ず破滅を招く。
バベルの塔は崩壊し、パエトーンは太陽に焼かれ、イカロスは天から墜ちた。
あれは何も神話だけの話ではない。身の程を弁えず得意になった愚者は必ず報いを受けるのだ。

彼はこの学園都市にありながら、誰よりもその超科学に深い造詣を持ちながらその理念に真っ向から反発していた。

死を否定する事はそれまでの生を否定する事にもなる。
その人がどのように生き、どのように死んだのか。全ての意味を無にする所業だ。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/01(水) 00:50:34.81 ID:FS30w0GRo
彼女がこんな事を言うなど考えられなかった。
そして、何があったのか、とは考えるまでもない。

彼女の心を壊すほどの誰かが死んだ。

御坂のプライベートについては詳しく知らない。
だが間違いなく掛け替えのない人物。家族か、親友か、恋人か。そのどれかだろう。

しかし今はそれが誰なのかはさほど重要ではない。
なまじ強い力を持っている彼女だ。何をするか分からない。
倫理観すらも怪しい状態だ。下手を打つ前に捕まえておかなければならない。

思わず大声を出してしまった事を悔やみながらも彼は腰を下ろし椅子に深く腰掛けた。
思考を表情には出さず、落ち着いた口調で彼は平静を装い御坂に語りかける。

「君は気付いていないかもしれないが……少し厄介な病気に罹っているようだね?」

「んー、自覚はしてるんだけど。実感があんまりないっていうか」

自覚がある。ますます性質が悪い。
だが。

「なら話が早いね? 治療をしよう」

カエル顔の医者は頷きスリープ状態になっていたコンピュータを起動させる。
そして電子カルテを作成しようとソフトウェアを立ち上げ。

「――いや」

予想外のその言葉に動きを止めた。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/01(水) 01:17:39.07 ID:FS30w0GRo
「当麻がね、助けてくれたの」

そして彼女の言葉にあったその名に戦慄した。

「今の私はね当麻がいたからいるの」

それは彼のよく知る少年だった。
特殊な手と不幸な事情を抱えた少年。

死んだのは、上条当麻。

「だからそれをどうにかするなんて、出来るはずないでしょ?」

彼女はどこか嬉しそうにそんな事を言う。

彼の死を何より尊重する一方で、彼の死を否定したいと彼女は言う。
矛盾する言葉。だからこそ彼女は最悪の病に侵されていると言えるのだろうが。

『冥土帰し』のその手を以ってしても治療不可能な、最悪の病魔。
人が人であるが故に生まれてしまった史上最悪の感染症。

――恋の病。

「だから、この心を否定するなんて誰にもさせない」

たとえそれがカミサマでも。

そう彼女は誇らしげに言うのだった。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/01(水) 01:29:27.00 ID:FS30w0GRo
けれど、と彼は思う。
どれほどの難病奇病であろうとも病を前にして退く事は許されない。
何故なら。

「……それでも僕は医者だからね? 患者を前にして指を咥えてるなんてできない」

それが彼の矜持であり唯一無二の誇りだ。
今まで数え切れないほどの患者を救ってきたその手だけは何よりも信頼している。

たとえ相手が難攻不落の要塞だろうと切開し病巣を打破する事ができると信じている。
今、最悪の敵を前にしてもその信仰が揺らぐ事は決してない。

「君は明らかに異常だよ? それは君も分かっているね?
 とりあえずカウンセリングをしよう。そこに座ってくれるね? その荷物を降ろして――」

そう彼が横手にあるパイプ椅子を視線で指し。
彼女の提げていた重そうなクーラーボックスを手を伸ばし示し。

それが彼の失敗だった。



「――――触るなぁっ!!」



怒声と共に、ばちん、と小さく紫電が舞った。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/01(水) 01:48:37.06 ID:FS30w0GRo
ぶつん、と机の上のコンピュータの動きが止まり画面がブラックアウトする。

咄嗟に御坂の起こした電撃は宙を走り机に突き刺さる。
金属製のその枠組みを伝達し本体へと流れた予期せぬ電流に瞬時に機能停止に陥った。

「……あ、ごめんねセンセ。びっくりさせちゃった?」

直前のそれが嘘のように、御坂は悪戯がばれた子供がそれを誤魔化すような笑顔を初老の医師に向けた。

「これはだーめ。センセが協力してくれるならまだいいけど、そうじゃないなら絶対に触らせないわよ。
 あ、そこのとこ確認するの忘れてたわね。念のため聞くけど、私に協力してくれたり、しないわよね?」

にこにことそう尋ねる御坂の表情はいつもの朗らかなものだ。
だがその笑顔の裏にある混沌としたものを隠せるほどのものではない。
まるであえてそういう仮面を付けているかのような、どこか無機質めいたものだった。

………………幾ら待っても彼女の問いに対する返事が無い。

「……?」

可愛らしく小首を傾げ、御坂はそっと初老の医師に近付く。
椅子に深く腰掛け、左手は机の上に、右手は肘掛けに乗せたまま。
無言で俯いている彼へ。

すぐ傍まで近付いて、暫く何の反応もない事を不思議に思い、彼の顔を覗き見る。

そうしてまた暫くの間、彼の様子を観察して。
それから彼女は少し驚いたように小さく呟いた。

「あ、死んでる」
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/01(水) 02:04:07.75 ID:FS30w0GRo
彼の左手はその机に触れている。

御坂が突発的に起こした小さな雷は机に落ち、そこに据えられていたコンピュータの機能を殺した。
基盤を破壊しない程度。彼女の能力からしてみれば至極弱いものだった。

だがそれは机に触れていた彼の手から体内に侵入した。

火傷すら起こさぬような小さなものだ。
けれど御坂の電撃は血液の流れに乗りその果て、心臓へと辿り着く。
例えどれほど弱いものだとしても老いに疲弊し切ったその心臓には致命的だった。

「…………ま、いっか」

半ば投げ遣りに呟き体を起こす。

このまま何もなければ突発性の心筋梗塞と、そう判断されるだろう。
足が付いてはこの後の諸々に影響する。
殺人の容疑者として手配されては、捕まる事もないだろうが邪魔になる。
瞬時に隠蔽へと冷静に思考を切り替え、何か証拠はないかと見回して。

「…………」

戸の脇に立つ自分と同じ顔をした少女と目が合った。

機械めいた無表情のまま、微動だにせず立つ少女。
『彼』に自分の妹と呼ばれていたとしても一部始終の目撃者には違いない。

「ね。アンタも私の邪魔する?」

そう御坂は笑顔で尋ねた。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/01(水) 02:04:12.40 ID:lLc1UF2IO
1、2部話まとめてくれ

一部で浜面しんで、2部で浜面活躍して
一方通行がレイプしてたことは覚えてる。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/01(水) 02:45:52.50 ID:FS30w0GRo
「…………いえ、とミサカは否定の答えを返します」

機械的に彼女は口だけを動かす。

「あの方の行いが今のこの状況を生み出したのだとすれば、ミサカはそれを甘受します、とミサカは結果ではなく原因に判断を委託します。
 あの方がお姉様を助け――いえ、死なせなかったのだとすれば。
 あの方はその後のお姉様の生、行いを肯定したものと認識します、とミサカは半ばこじつけな事を自覚しながらもその解に妥協します」

妥協、と彼女は言う。自分でもどこか腑に落ちない点はあるがそれで納得すると。
そして判断材料を他者の行動を肯定する事に求める。
それは彼女自身の答えではない。他者に依存し、自らの解を持たないのだとすればそこに彼女の思いはない。
ただ、そうするだけの理由が彼女にはあった。

「ミサカはお姉様のクローンですから。その現場に居合わせ、当事者だったお姉様ほどではないにしろ、同じようになっているかと」

「つまり?」

「中途半端の欠陥品は嫌ですね。お姉様には遠く及びませんが、ミサカもどこか壊れたようです、とミサカは下らない洒落を言ってみます」

彼女は面白くも何ともないという様子で肩を竦める。
この状況下、その仕草もまた明らかな異常だった。

「そしてその分、お姉様にない感情が芽生えたようです、とミサカは自己分析します」

「へえ。どんな?」

「あの方に愛されたというお姉様に対する嫉妬、これについては何も言うつもりはありませんが。むしろ祝福すらします」

「……ありがと?」

素直に喜べばいいのかと若干迷い、疑問形で御坂は答えた。
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/01(水) 02:47:58.95 ID:FS30w0GRo
「いえ。これはミサカの願いでもありましたから、とミサカは少し複雑な胸の内を明かします。
 ……そして、それともう一つ、とミサカは前置きします」

そこで今まで静止していた彼女は初めて動く。

ごく自然な動作で手を伸ばした。

彼女が背にしていた部屋の戸、その金属製のドアノブを掴む。

そして捻り、引いた。
僅かな金具の擦れる音と共に部屋の戸を開き――。

「――こちらも、妹を一人と居場所を一つ、それから大切な人を一人奪われましたので。
 お姉様が何か行動を起こすのでしたらお手伝いする所存です、とミサカは全会一致の採択を発表します」

そこには、部屋の中の二人と同じ顔をした少女が四人、静かに佇んでいた。

「どうか気にせず、お好きなように。
 ミサカはお姉様のために生き、お姉様のために死ぬよう作られたのですから、とミサカはミサカの存在意義をここに宣言します」



――――――――――――――――――――
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/01(水) 02:49:40.75 ID:FS30w0GRo
一通が将来冥土帰しの後を継いで医者になるって妄想しない?俺はする
頼む誰か書けください
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/01(水) 02:57:53.59 ID:KOuvgMm+0
この残酷歌劇が終わったら、書いてみては?
>>1の文才なら期待できる

あと、今日はこれで終わり?
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/01(水) 02:59:21.30 ID:iTUURBRb0
冥土返しいいいいいいいいうわああああああああああ
乙ー、みこちんの腕は誰がつけるんだろう
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/01(水) 03:06:45.24 ID:JcHb3ub5o
>>109に出てきた妹四人は1スレ目で死んでしまった四人なのかな
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/06/01(水) 06:15:36.70 ID:5xtWmS50o
ここが狂信的活動の原点か。
第一夜がどんどん鮮やかになってきたなー。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/06/01(水) 07:42:55.80 ID:2lqI5Oei0
うわぁ…心臓マッサージすりゃ助かった可能性大だろに、ビリビリ完全に壊れた
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/01(水) 08:52:37.45 ID:jQ2i7jei0
この後黒子を引き込むのか…
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/01(水) 10:45:22.94 ID:twIEUmTT0
>>113
打ち止めの事じゃないか?
廃人同然って言ってるし。
118 :117 [sage]:2011/06/01(水) 10:49:48.78 ID:twIEUmTT0
ごめん、>>113を誤読した。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/01(水) 19:59:03.92 ID:MVKWeJoB0

…これ凄いわ……

読んでてこんなにゾクゾクする作品は本当に久しぶりだ
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/01(水) 21:51:05.63 ID:wTGF+XZF0
全会一致か
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/02(木) 00:43:34.96 ID:d5GcWNFko
証拠の隠滅は妹達には慣れたものだった。

あらゆる手段と状況を想定した絶対能力者進化計画。
それはあらゆる事態を想定した殺人現場の隠蔽工作でもある。

元より実験下においてその死体処理は彼女達自身の手によって行われている。
現場に何一つ痕跡を残さず、少なくとも表向きの警察組織ではそこで何があったのかを理解する事もできない。
風紀委員は勿論、専門装備を持つ警備員や検死の技術を持つ医師であっても自然死と判定するだろう。

事後処理を彼女達に任せ御坂は病院を後にする。
窓から直接屋外に出、そのまま建材に組み込まれた鉄筋を磁力で足場としながら彼女は悠然と地上に降りる。

ただ一人、そんな彼女を待つ人物がいた。

タイルに舗装された地面に降り、病院の裏手から外へ出ようとした彼女の前に、植樹の裏の暗闇から人影が現れる。
彼女にはよく見知った顔だった。

カッターシャツに黒い学生ズボンの、黒いツンツンした髪の少年。
上条当麻――正確には彼の姿をした別人が。

彼は無言で、優しげな笑みを浮かべて御坂の正面に立つ。

対する御坂も、彼の姿を見つけ破顔した。
ぱぁっと天真爛漫な笑顔を浮かべ彼に駆け寄り、それから彼のすぐ目の前で立ち止まる。
それから笑顔のまま目を細め。

「――それ、何のつもりかな?」

返事を待たず、鋭い蹴りが彼の脇腹に突き刺さった。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りしま [sage]:2011/06/02(木) 00:57:08.86 ID:ctJaggKgo
それご褒美や
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/02(木) 01:09:13.20 ID:d5GcWNFko
手加減の一切ない、暴力のままに任せた蹴り。
それは中学生の少女から放たれたものとは思えないほどの威力を持っていた。

その一撃を彼は回避も防御もせず甘んじて受け、そして踏み堪える。
確実な手応えがありながらも彼の笑顔は崩れぬまま。

「…………」

蹴りを放った姿勢のまま、御坂は暫く彼の表情を見た後、ふっと力を抜き蹴り抜いた足を戻す。
そしてどこか詰まらないといった風で溜め息を吐いた。

「アンタ、あれよね。前に海原君の格好してた奴」

「ええ。覚えていてくれましたか」

彼の顔、彼の声色でアステカの魔術師は御坂に微笑む。

「お久し振りです、御坂さん」

「当麻の顔でそんな風に私の事呼ばないで」

「これは失礼」

謝罪の言葉を述べるものの彼の顔は相変わらず薄く微笑んだまま。
仮面じみたその顔を一瞥し御坂は僅かに目を細める。

「で、何でアンタが当麻の格好してんの? 事と次第によっては殺すけど、言い訳はある?」

「そうですねぇ」

彼は少し困ったような、演技めいた表情を浮かべて御坂を見る。

「彼がいない事が露見すると色々と面倒な事になりそうでして」

「アンタが困ろうが私には知ったこっちゃないわよ」

「いえ、あなたもきっと困りますよ? 彼は――と言うより彼の手は、色々な方々がご執心ですから」

そう言った彼の視線は御坂が肩から提げたクーラーボックスへと注がれる。
正確にはその中身に。彼女が大事そうに抱えているそれが何なのか察せぬはずがなかった。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/02(木) 03:24:58.85 ID:d5GcWNFko
「うーん。確かにそれはちょっと、困るわねえ」

「ええ。ですから一つ、ご相談に上がった次第です」

「うん?」

「一つ二つ、面倒事を頼まれてくれませんか?」

「何で私が」

「そう仰らず」

そう唇を尖らせる御坂に彼は変わらぬ笑みを向ける。

「多分あなたの考えている条件と一致するはずですから」

彼の言葉に御坂はぴくりと眉を動かす。
対し、彼の表情は微動だにしない。笑顔の仮面を貼り付けたまま。

「…………どうして私の考えてる事がアンタに分かるのよ」

『心理掌握』でもあるまいし、と小さく付け加える。
そんな御坂に彼は即答した。

「もし自分が同じ状況にあったらどうするか――自分なりに考えてみたまでです」

「ふーん」

さほどの興味もなさそうに適当な答えを返す御坂は、少し考えた後、彼には一瞥もくれず歩き出す。

「……で? アンタの描いてるプランってのはどういうのな訳?」

背中越しに言葉を投げる御坂に彼は満足げに頷き、後に続く。

「それはですね――」
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/02(木) 03:45:09.40 ID:d5GcWNFko
……なるほど、と御坂は思う。

確かにこれは彼女なりに考えていたものの条件に合致しているし、何より彼の協力は願ったりだ。
そのために引き受ける『面倒事』とやらも彼女にしてみれば容易い。そして確かに面倒ではある。

「……で」

ただ一つ解せないものがあった。

「どうしてアンタは、そうまでして私のメリットになるようにばっかり事を進めるの?」

「『彼』と、そう約束しましたので」

その言葉に御坂の足が止まり、一瞬送れて彼の足も止まる。
彼と『彼』、二人が交わした約束。それを御坂は知っている。

「これでは勝ち逃げされた気分なので……というのでは理由に足りませんか?」

背後から投げられる声に振り向かぬまま御坂は下唇を噛む。
それからはっと気付いて、口を薄く開いて、薄く歯型の付いた唇を口内に折り含んだ。

「ご満足頂けないようでしたらもう一つ」

そんな御坂の仕草を目にすることもなく彼は相変わらずの調子で続ける。
ざあ――と夜風が病院内に植えられた木枝を揺らし音を立てる。

「――――というのではどうでしょう」

「…………」
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/02(木) 03:51:19.16 ID:d5GcWNFko
彼の言葉に御坂は目を瞑り、暫く考えた後。
ふっと笑って再び歩き出した。

「でも私は」

背後に付き従う彼に一瞥もせぬまま御坂は言葉を投げ掛ける。

「当麻のものだからね?」

「それは重々承知の上」

「じゃ、いいわ。アンタの口車に乗ってあげる」

「ええ。ありがとうございます」

御坂の答えに彼は満足そうに頷き、今度こそ本当の意味で微笑んだ。
そして彼女と数歩の距離を保ったまま後に続く。

「あ、でも私にアンタのその顔、あんまり見せないでね?」

駐車場の監視カメラの死角を潜り、振り向かぬままに彼女は言う。

「飛びついてキスしたくなっちゃうから」



――――――――――――――――――――
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/02(木) 06:55:38.21 ID:V2AKfxE1o
美琴は、上条さんのために
妹達は、上条さん、美琴のために
エツァリは、美琴のために
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/02(木) 12:58:21.95 ID:Mo0xhO1o0
お粥さん報われねえな
らしいけど

黒子や真海原も気になるところ
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/02(木) 22:43:15.86 ID:d5GcWNFko
ベッドの中、白井は朦朧とした意識のまま未だ眠れずにいた。

時刻は四時過ぎ。
もう未明と言ってもいい時間帯だ。

部屋には白井一人きり。それが問題だった。
ルームメイトである上級生、御坂美琴は昨晩より帰宅していない。

連絡も取れぬまま一日が終わり、寮監から無断外泊の連帯責任と幾らかの清掃活動を言いつけられた。

彼女には稀にある事だ。しかしながら一言くらい連絡をくれてもいいのに、そうすれば多少なりとも言い訳の用意はできたのに……。
などと当初はぼやきながらトイレと食堂の清掃を適当に済ませ、他の寮生に遅れて部屋に戻った。

しかし日付が変わっても何一つ連絡がない事に不安を覚えた白井は何度目かの連絡を試みる。
もはや聞き慣れた音声ガイダンスに従い録音メッセージを残したのだが。

「…………」

暗い室内、もう一つのベッドへと視線を向ける。
いつもはそこに寝ているはずの少女の姿は未だない。

何か事件にでも巻き込まれたのだろうか。
とかく厄介事の多い街だ。彼女の性格からしても面倒な事態に遭遇すれば首を突っ込んでいてもおかしくない。
本人が思っている以上に有名人なのだから自重してくれと度々言っても聞き入れてくれる気配すらない。

先月起こった人工衛星の残骸に紛れた特殊な部品を巡る一連の事件でも彼女は白井を置いて一人で奔走していた。
それを察した白井は彼女とは別に事件を追い、その結果事態は一応の収束を迎えたのだが。

足を引っ張ったという自覚はある。兎にも角にも己の力量、そして思慮が足りなかった。
そこは悔やんでも悔やみきれないところではある。
しかし現在白井の胸中に蟠っている澱は別のものだった。

「……お姉様」

事件の最後、結果的に自分の尻拭いをしたのは御坂と、そしてもう一人。
何度となく彼女の口から話題に上り、街でも度々その姿を垣間見る少年。

そしてあの時、御坂と共に白井の前に現れた人物。
上条当麻という名の男子高校生。彼の存在。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/02(木) 23:19:39.71 ID:d5GcWNFko
要するにこれは嫉妬なのだと白井は自答する。

御坂の抱えている闇の存在には薄々以上に気付いていた。

彼女との仲は客観的に見ても良好だと思う。先輩後輩、ルームメイトという事実を差し引いても。
ただ、だとしても白井が問うたところでその胸襟を開いてくれるかと考えると二の足を踏む。

夏休みに起こった木山春生という女性科学者を中心とする一連の事件とはまた別格。
あれも複雑で根の深いものだったが、表沙汰に出来るというその点だけで見ても遠く及ばないだろう。
恐らく御坂が関わっているものは学園都市の闇と言っていい。先のそれとは深度が桁違いだ。

そもそも木山を巡る事件も御坂の抱えたものの一端に過ぎない。
あれで氷山の一角。だとすれば海面下にある見えない部分は莫大なものだろう。
いかな『超電磁砲』であろうとも年齢的には中学生。明らかに荷が重過ぎる。
誰かが支えなければ押し潰されてしまうほどに。

白井はその役こそ己のものだと自負している。

けれど本当にそれに踏み込んでいいものか。
誰よりも敬愛する少女のためだ。闇に飛び込む事に躊躇はないが。

もしも拒絶されてしまったら――。

そんな事はないと否定する。が、ほんの微かに確信には及ばない。
疑心暗鬼に近いそれを自覚してしまえば最後の最後で踏み出せずにいた。

そう躊躇っていた挙句があの事件。結果はとんだ醜態だった。
二度とあんな無様な真似は見せられないと固く誓ったが、だからこそなおの事に足が竦んでしまう。

果たして自分は御坂の抱える闇へ飛び込むに足る人物だろうか。

でも。

「……あの方は……そうではないんですのね」

自分の他にそこに立つ者はないと思っていたのに。
彼の存在が重く圧し掛かる。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/03(金) 00:38:43.32 ID:FKWJ71ROo
今思えば、彼は自分よりもずっと前から彼女のそれに深く関わっていた気がした。
いや、もしかすると最初から。彼は『闇』そのものに関係しているのではないか。

考え出せば切りがない。
一度心の中に生まれた黒点はじわじわと染みを広げ思考を侵してゆく。

嫉妬せずにはいられない。もしも自分が彼の立場だったら。
言っても詮無いことだと分かっていても思わずにはいられない。

白井の思考は現実と仮定と幻想の間をぐるぐると巡り続ける。
睡魔がどろりと足を引き、ともすればバターのように溶けてしまいそう。
夢うつつの中で白井は漫然とした想いを抱えながらも、結局何もできずにいた。

そうして数時間。ようやく睡魔が彼女を眠りの淵に誘いかけた時だった。

小さな電子音が聞こえた。

頭まですっぽりと被った柔らかな布団の中、白井愛用の極小携帯電話が着信を告げる。
最低音量に設定して待機していた事が功を奏した。
バイブレーション設定だったら感覚の消えかけた体では反応しなかったかもしれない。
甲高い人工音は、白井の耳に冷や水を注ぐように突き刺さった。

ディスプレイ部に表示された発信者名は――『御坂美琴』。
白井の意識は瞬時に覚醒した。

そしてやや震える指先を抑え素早く耳に装着し手馴れた操作で通話ボタンを――押そうとして直前で静止する。

果たしてこの電話の相手は本当に彼女なのだろうか――?
そんな予感が白井の意識の底からゆらりと首をもたげた。

いや、そんなはずはない、と自分を叱咤する。
けれど悪い予感は完全には拭い去れない。
どこか不安を抱えながらも――結局、電話を取るしかないのだった。

ぷつ――と小さな音の後、回線が繋がった。

「も……もしもし……?」

小声で定型文を口にする。
そして返ってきた声は。

『あ、黒子ー? ごめんねー、寝てたー?』

聞き慣れた御坂美琴のものだった。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/03(金) 01:00:19.80 ID:FKWJ71ROo
その声に白井は安堵する。愚にも付かぬ下らない予感は外れた。
そもそも彼女以外があえて自分に電話を掛けてくるなどあり得ない。

白井は彼女の闇には関わっていないのだから――。

「――――」

また嫌な事を考える自分にいい加減腹が立ってくる。
そんな事で一々愚痴を吐く面倒な女であるつもりは毛頭ない。
意図的に思考を封じ、けれど電話の相手に悟られぬよう気を付けながら白井は小声で答える。

「いえ。けれどわたくしの事はお気になさらず。それよりもお姉様、こんな時間までどこに行ってらしたんですの?
 寮監様がお冠でしたのよ。それならそうと先に言ってくださればいいのに。わたくし粛々と掃除に勤しむ破目になりましたの」

『あー、ごめんごめん。ちょっとそっちまで頭回らなくてー』

電話越しの彼女の声に白井は眉を顰める。
彼女は比較的『逃げ』の上手い人物だ。要領が良いと言ってもいい。
常盤台というある種規律に縛られた学舎に在席しながらも他の生徒から見れば奔放と言わざるを得ない。
度々注意される事こそあれ、けれど明確に罰せられる事もなかった。
超能力者というその地位を鑑みても、彼女の知名度と常盤台というブランドの間に相殺される。
彼女は些か気侭過ぎるきらいがあるが、それでも未だその姿勢が重罰に処さられた事はない。

だから頭が回らないというその言葉は普段ならあり得ない事だった。
度々の無断外泊の尻拭いは自分がやってきた。その白井だからこそ彼女の今日の始末は不自然に感じる。

無断外泊の言い訳をルームメイトに頼む事を忘れる程度には頭が回らないほどの非常事態が起こっている。

ごくり、と無意識に空唾を飲み込む。
もしかすると今この瞬間こそが突破口かもしれなかった。

「……お姉様」

『何?』

「わたくし、お姉様の代わりに罰を受けましたの。額に汗しながら掃除をしてましたのよ。
 ですからお姉様が今日、何をしていたのか。知る権利があると思うのですがいかがでしょう?」
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/03(金) 01:30:24.72 ID:FKWJ71ROo
『あー……でもなー。黒子、言ったら絶対怒りそうだからなー』

そうやってまた誤魔化す。気付かぬはずがないだろうに。
こうした遠回しな言い方では毎回のようにはぐらかされてしまうのか。
そう思って、いっそ単刀直入に切り込もうかと思案するが――。

『ま、いいか』

「っ……」

思いの外あっさりと彼女は引き下がった。
もしかすると今日の一件はただ連絡を入れ忘れただけなのか……?
そう思うが即座に否定する。あり得ない。……だがしかし。

意識ははっきりしているとはいえ白井の思考は眠気によって十分な機能を発揮できない。
結局、御坂の言葉まで答えを得られなかった。

『あのね――デートしてたの』

「………………は?」

それは白井の予想の遥か上を行く、考えもしなかった展開だった。

デート。Date。逢引。逢瀬。密会。

それは要するに。

「……でぇ、っ!? ……、デートってお姉様……!」

思わず大声を出しそうになって、慌てて声を潜めてマイクに囁き叫ぶ。
要するに、何だ。自分は彼女と、そして彼の、あの彼との逢引のせいで理不尽な罰を受けていたというのか。

「しかも朝帰りだなんてどういう事ですの……!」

『黒子のえっちー。アンタの思ってるような事はしてないわよー』

恥ずかしそうに答える彼女の声は電話越しに聞いても分かるほど、恋する乙女のものだった。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/03(金) 02:07:53.81 ID:2dTKN1QT0
今電話機越しに訳も分からず話をしてしまっているこの瞬間こそが
御坂美琴と白黒との距離が最も遠かった瞬間なのだろうな。
そして愚かにも白黒は、選択を――
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/03(金) 02:30:17.57 ID:FKWJ71ROo
「とにかくまぁ……そういう事ですのね? お相手はあの方で、晴れてお付き合いなされると」

『うん。そういう事になった、の……かな? ごめん、まだあんまり実感なくて』

「それはそれは……、……よかったですわね。おめでとうございます」

自分でも予想外の言葉がするりと口から出てきた。
それは御坂も同じだったようで。

『あれ? 怒らないの?』

などとどこか間の抜けた声を出すのだった。

溜め息を吐き、眉を押さえた。
彼を散々気が利かないだの何だのと喚き散らしていたくせにこういう事に関しては酷く鈍感だ。

「はぁ……今のお姉様を相手に怒れるはずがないでしょうに。
 黒子の大事な大事なお姉様を取られて嫉妬しないでもないですけれど」

これほど幸せそうな彼女に祝福以外の言葉が送れるだろうか。
それに他でもない、彼女が好きになった相手だ。
誰よりも彼女を信頼する自分だからこそそれに適う相手なのだろうと無理に納得する事にした。

「わたくし、そんなに安っぽい女じゃありませんから。お姉様が幸せならそれでいいんですの」

『幸せ……かぁ……』

白井の言葉を反芻するように御坂は小さく繰り返し。

『……よく分かんないや』

恥ずかしそうにそう返すのだった。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/03(金) 02:54:20.17 ID:FKWJ71ROo
「はいはい、ご馳走様ですのー。それで? お姉様今どちらに?」

『あ、寮の前』

「……つまりお姉様。門限破りどころかほぼ無断外泊の挙句、わたくしに連絡の一つも寄越さず、
 あまつさえ寝ているかもしれないわたくしを叩き起こして、その上締め出されているから迎えに来いと」

嫌味の一つでも言ってやらないと気が済まない。これくらい言っても罰は当たらないはずだ。
ベッドから抜け出しパジャマの上からガウンに袖を通す。外は寒いだろう。早く迎えに行ってやらねば。

『ううん。来ないで』

「――」

はた、と防寒の準備をする手が止まる。
それは余りに直接的な拒絶の言葉だった。

『私もう寮には戻らないから』

「っ……お姉様、それはどういう……!」

『文字通りの意味よ。もう私は、そっちには帰れないから』

「――――!」

その言葉だけで白井はおおよその事を察した。
珍しく一言もない無断外泊。一向に取れない連絡。
深夜だというのにメールで起きているのか確認もせず直接通話を投げた。

そして彼――上条当麻の存在。

帰れない、と彼女の言う『そっち』とは何を指すのか。

『ね、黒子。正直に、そのままの意味で答えて』

優しげな、ともすれば不思議な事にそのまま消えてしまうような錯覚すらする声色で御坂は尋ねる。
奇しくも白井が何度となく心の中で繰り返してきたものと同じ言葉を。

『アンタ、私のために死ねる?』
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/03(金) 02:56:39.13 ID:FKWJ71ROo
次のシーンまで行くつもりだったのに気付いたら一つ目のシーンの半分しか進んでないとかどういうことなの
一気に書けないと途端に失速する
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/03(金) 17:59:14.72 ID:LJYl+aQAO
乙!
うああ黒子
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/03(金) 18:20:21.47 ID:loKoSKp/o
ここが黒子の分水嶺か
続き。期待。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/03(金) 18:36:52.02 ID:4nvOgRla0

>>1の思うままのペースでやってくれ

さて、黒子はどのようにして闇に堕ちたのか……

そういえば、インなんとかさんってどうしてるんだ?
上条さん死んで、家に帰って来ないから、うろついてんのか?
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/03(金) 20:05:36.31 ID:mtr1tvwPo
狂気は伝染するんだよな
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/03(金) 22:14:45.15 ID:WDOwxKhIo
まぁ元が美琴の上条さんへのでかい好意とエツァリや黒子の美琴への信頼だもんな
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/03(金) 22:41:01.95 ID:tQljiu1eo
真海原が気になるな。あいつはどうやって巻き込まれるんだろう
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 00:18:34.92 ID:NrO6LEPNo
御坂の言葉に白井は一瞬、思考が停止した。
体の動きも全て、呼吸も、ともすれば心臓の鼓動すら止まったよう。

意識の空白に彼女の声が流れ込む。

『アンタにこんな事言っちゃ駄目なんだって分かってるんだけどね』

それは毒のように麻薬のように白井の意識へと浸透してゆく。

どこか自嘲のように聞こえるそれは彼女なりの決意の表れれなのだろうか。
引き返す事は能わず、それは破滅への道をただ転がり続けるしかないようで。
先に待ち構えている奈落の淵へただひたすらに。

他ならぬ彼女の事は自分が一番良く知っている。
どんな絶望が待ち受けようとも彼女は決して立ち止まる事はない。
闇夜を切り裂き誰よりも鮮烈に輝く雷光こそ彼女の象徴。
一直線に駆け抜けるそれは誰にも止められない。

「お姉様――わたくしは――」

ならば、と白井は思う。

力不足は重々承知だ。彼女に肩を並べる事が出来るのはそれこそ彼くらいだろう。
悔しいがそれは認めざるを得ない。それを否定する事は彼女を否定する事にもなるのだから。

なればこそ、自分には自分なりの役割がある。

「わたくしは死ぬつもりなどありませんが、けれどお姉様を死なせなどしません」

クライマックスを引き受けるのは彼女と、そして彼だとして。
そこに至る道に集る有象無象などに邪魔立てする権利などない。

「――ありがとうございます、お姉様」

感謝の言葉を白井は告げる。

「黒子を頼って下さってありがとうございます」

せめてその往く道を切り開くのが己の役割だ。
白井の自称する露払いとは彼女のためにこそある。
彼女を待ち構える困難を討ち払い、その往く道を誰であれ邪魔などさせない。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 00:47:40.42 ID:NrO6LEPNo
『黒子――』

「知りませんでした? 黒子はいつだってお姉様の味方なんですのよ」

決断は勢いよく背中を後押ししてくれる。
くすくすと笑いながらも手早く着ているものを脱ぎ捨て、いつもの着慣れた制服に袖を通す。

そして腿には慣れ親しんだ自分の相方。鈍色に輝く鉄矢のベルト。
彼女のそれのように愛を囁いてはくれないがその冷たい感触は気を引き締めてくれる。
自分にはこういう相手が似合いなのだろう。

「わたくしはいつだってお姉様のお傍にいたいと思ってましたの」

それからお気に入りのリボンを手に取り、髪を二つに結わえる。

必要なものは最小限。
財布だけをポケットに押し込み、カーテンの隙間から外、寮の横を走る道に着地点を確認。

「ですからお姉様、黒子は今きっと、幸せですの」

隣には立てないけれど。
共にいてほしいと彼女は言ってくれた。

それ以上を望むなどできはしなかった。
自分にはこれで十分。十分すぎるほど報われた。

きっとこの気持ちだけは彼にだって負けはしないから。
だからこの役だけは譲れない。

「そう黒子は思うのです」

少し泣いてしまいそうだけど。
電話越しでよかった、と白井は声には出さず呟いた。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 00:54:47.15 ID:NrO6LEPNo
もしかするとこの部屋に帰る事は二度とないかもしれない。
郷愁の念に駆られながらも白井は即座にその思いを切って捨て、必要な演算式を組み上げる。
彼女の持つ異能の才、『空間移動』の翼を広げ、彼女の待つ夜の街へと――。

『――でもね、黒子』

――ぶつっ、と一瞬、耳に装着した携帯電話の回線が切れノイズが混ざる。

視界が瞬時に転換し、見慣れた寮の自室から閑静な夜の町並みへと切り替わる。
数センチの落下の衝撃を殺し着地。

そして顔を上げれば――そこには彼女が独り、立っていた。

自分と同じ制服の上から黒の学ランを羽織り、耳には携帯電話を押し当てたまま。
表れた白井に御坂は優しく微笑んだ。

そんな彼女に笑顔を返そうとして。

「アンタ、ちょっと勘違いしてる気がするんだけどさ」

どうしてだかできなかった。

おかしいな、と白井は思う。ここで笑顔を返せぬほど無愛想なつもりはない。
けれどどうしてだか躊躇われる。その理由は分からない。
でもあえて言うなら――こんな事は言いたくないけれど――。

まるでそこに立っているのが御坂美琴ではないような気がして――。

普段の彼女なら白井の些細な変化に気付いただろう。
しかし彼女はそんな事には一切頓着せず、笑顔のまま、白井にその言葉を告げた。

「――アンタさ、私のために人が殺せる?」

そんな、彼女の口から決して出るはずのないモノに白井の表情は凍り付いた。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 01:27:07.20 ID:NrO6LEPNo
何もかもがおかしかった。

全てが何かずれていて、騙し絵を見ている気分。
帰りが遅いのも。連絡がこないのも。夜中に突然掛かってくる電話も。
だというのに嬉しそうに恋人の事を話す彼女も。もう帰れないというその言葉も。

そもそも御坂美琴という自分の敬愛する少女は冗談だって誰かに死んでくれなどと言うはずがない。
それも笑顔で平然と告げるなど、絶対にあり得ない。

ならば――目の前の彼女はいったい誰だ――?

御坂美琴。何よりも直感がそう告げている。なのに頭の中の嫌な気配を消せずにいる。
否定と肯定、相反する二つが交差し鬩ぎ合う。お互いが正しいと主張して譲らない。
何故だか白井はそのどちらもが正しいと理解していた。そんな事は決してあり得ないのに。

まるで悪夢の中にいるよう。
彼女を待っている間にいつしか寝てしまったのか。

「ほら、やっぱり」

向けられた笑顔は変わらず、その端に僅かに寂しそうな色を浮かべて御坂は目を細めた。
失望と、諦念と、そして哀愁。それからほんの少しの安堵。

それはやっぱり白井の敬愛して已まない『お姉様』のもので。

「アンタはそういうのできないでしょ」

その言葉が起爆剤となった。

「――――お姉様っ!」

どうして、と思う。

彼女は紛れもなく御坂美琴で、なのに彼女はそれを本気で言っている。
矛盾した事実。けれどこれは間違いなく現実だった。

だとすれば信じるべきはどこにあるか。決まっている。
自分の信じる御坂美琴とはいったい何者なのか。

「お姉様は、そんな事できないでしょう……? 殺さずに済む方法こそを考えるような、そんな方でしょう……!?」
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 02:39:40.76 ID:NrO6LEPNo
そう言う白井に彼女はまた、どこか悲しげな笑みを向けるのだった。

「黒子、アンタちょっと私を買い被り過ぎよ?」

「いいえ……! わたくしの知るお姉様はそういう方ですの……!」

ですから、と白井は願う。どうか、と白井は祈る。
こんな悪夢みたいな会話は終わりにしていつもの楽しい話をしましょうと白井は声に出せぬまま叫んだ。

「……そっか」

言葉に出来ぬ思いを感じ取ったのか、御坂は目を伏せ、提げたクーラーボックスの肩紐の位置を直した。

そして御坂は、白井を見て。
白井の知るいつもの笑顔を浮かべた。

「変な事言ってごめんね、黒子」

「お姉様……!」

「――――でもね」

……え?

その顔は、いつもの御坂美琴のもので。
何よりも好きだったその笑顔で。

「私もう、人殺しなんだ」

なのに彼女の口からはそんな冗談みたいな事が平然と告げられた。
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 03:04:36.52 ID:NrO6LEPNo
「言ったじゃない。もう帰るつもりはないって」

にこにこと、無邪気な笑顔で。
いつもの顔と、いつもの声色で、まるで呪いの言葉を吐くように続ける。

「だからこう聞いてるの。アンタは私のために人を殺せるか、って」

つまり、そういう事なのだ。

彼女は間違いなく御坂美琴で。
けれどそれは白井の知る彼女ではない。
               、 、 、 、 、 、
彼女はどうしようもなくそういうモノで。
大事なところがどうしようもなく壊れてしまっているのだ。

「お姉……様……?」

それが、現実。
どれほど悪夢のようでも紛れもない事実。
    あたま       こころ
けれど理性で理解しても本能がそれを拒んだ。
無駄な足掻きと分かっていてもそれを認められなかった。

白井の思考は停止寸前だった。
何か言わなければと思いつつも何も言えなかった。
そもそも頭が十全に働いていたとして何を言えばいいのか、言葉が思い付かない。

「無理よね。アンタいい子だもん」

「お姉様……っ!」

けれど何か言わなければ、と白井は彼女を示す呼び名を叫ぶ。
何を言えばいいのかは見当も付かない。しかしここで何も言わずにはいられない。
彼女の言っている事が本当だとしてもこれ以上その先に行かせては――。

「黒子。いい子だから、ね、お願い」

御坂は諭すように白井に微笑んだ。

「私を止めたりとか、考えないでね? 私はアンタを殺したくないから」

そんな最悪な言葉が白井の心に深く突き刺さった。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 03:28:59.50 ID:NrO6LEPNo
「お願いよ黒子。邪魔しないでね」

何よりも好きだったその笑顔が。
ずっと見ていたいと思っていたその微笑みが。
毒に塗れた刃となって、深く、深く、心を抉る。

――もう無理だ。そう悟った。
白井も、そして彼女も。

これ以上の悪夢には耐えられないし。
このまま彼女を行かせてはいけない。

誰よりも敬愛していた御坂美琴をこれ以上闇に飲ませてはいけない。

けれどそこから引き摺り上げようにも白井の手は細過ぎた。
この時になってようやく己の不甲斐なさを真実悔やんだ。
余りに力不足だった。手を伸ばしても逆に引き込まれてしまう。

人を殺せるかと問われた。
きっと、殺せる。

誰よりも大切な彼女のために。

彼女自身を殺せると。
それほどまでに愛してしまっている事に気付いて泣きそうになる。

どこまでも最悪な世界だった。
幾ら祈っても天には通じず、この街に神などいるはずもない。
けれど愛するからこそ彼女を自分は殺せると、それだけが唯一の救いのようで、ほんの少しだけ嬉しかった。

なのに。

「――お願いよ、黒子」

手をスカートの内側、白井の意のままに感情もなく人を傷付けられる相方に手が触れる直前に聞こえたその言葉に白井は動きを止める。

それこそが致命的だと分かっているのに。
それでも彼女の声に白井は動きを止めてしまった。

「まだそう思えてるから」

その優しげな微笑みが白井にはどうしてなのか泣いているようにしか見えなかったから。

「私にアンタを殺させないで――」
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 03:44:45.73 ID:NrO6LEPNo
そこが白井の限界だった。

卑怯だ、と白井は思う。
自分にここまで決意をさせておきながらその言い草はあんまりだ。

壊れきっているように見えてその実、最後の最後で御坂は踏み止まってしまっていた。

きっと白井が何かしようとすれば躊躇なく殺害しただろう。
けれどそんなのは嫌だと言える程度には御坂は完全には壊れきれていなかった。

殺したくない、嫌だ、お願いだからと御坂は言う。
そんな彼女をまさか殺せるはずがなかった。

白井は目を瞑り天を仰ぐ。
この世に神などいはしない。
あるのはただ残酷な現実だけ。

だというのに御坂美琴という少女の事を愛おしく思ってしまった。

それが白井の敗因。



ああ――なんて最悪な世界――。



「お姉様――」

「何?」

「もう――帰れませんのね――」

「うん」

「そう――ですか」

嗚呼、と白井は息を吐き目を開いた。
空は暗く、星は見えない。ただただ漆黒の闇が広がっていた。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 04:03:50.17 ID:NrO6LEPNo
視線を戻し、白井は再び御坂へと向き直る。

自分の顔は見えないけれど、きっと今、目の前の彼女と同じ顔をしている。
泣いてしまいそうだけれど無理に笑顔を作って、白井は御坂に尋ねた。

「デートは……楽しかったですか」

「うん」

「それはそれは……良かったですわね」

きっともう、その時には戻れない。
毎日毎日飽きるほど繰り返していた日常が余りにも遠い。
失って初めてその輝きに気付くというのは本当だった。
今ならまだ間に合うのだろうけれど、彼女を置いて一人で逃げ帰るなど出来るはずもなかった。

だからせめて、彼女の過ごした最後の日常を確かめるように。
他愛もないお喋りをするように白井は尋ねる。

「釣りにでも行かれたんですの?」

御坂が肩から提げるクーラーボックスに視線を遣り、白井は涙が零れそうになるのを必死で堪える。

「違うよ?」

「じゃあ――」

「あ、これ?」

脇に抱えるクーラーボックスに御坂は視線を向ける。

「――――――」

瞬間、何故だか恐ろしい気配が爪先から一気に這い上がってきた。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 04:13:06.88 ID:NrO6LEPNo
「黒子にはちゃんと紹介しておいた方がいいかな――えへへ」

崩れるように微笑む彼女は膝を折りその上にクーラーボックスを大事そうに抱え丁寧に留め金を外す。
それから淵を指でなぞり、ゆっくりと蓋を開く。

――彼女のそれらは決して釣り上げた魚に向けるものではない。

あえて言うならそう――――。





「――――――私の彼氏」





「っ――――!!」

叫びそうになって寸前でなんとか声を殺せた。

その中にひらひらとした布に埋もれるように入っていたそれを見て、白井は己の直感が正しかった事を理解した。

彼女はもうどうしようもないほど壊れていて。
世界はもうどうしようもないくらいに最悪だ。

救いの神など現れる余地すらない。

何せ本来彼女にとってのその役を担うはずだろう少年は――。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 04:34:16.63 ID:NrO6LEPNo
「当麻がね、助けてくれたの」

彼女は目を細め箱の中身を見詰め、愛しいその名を呼んだ。

「そしたらね、死んじゃった」

「お姉様――!」

もう限界だった。幾ら何でもあんまりだった。

彼女は相愛になれたその日に彼を奪われ。
彼がその身をとして助けた彼女は他ならぬ彼自身の所為で壊れてしまった。

そしてきっと、その事を彼女は他の誰よりも自覚している。

「お姉様――大丈夫です――」

白井は精一杯、自分でも上手く作れているか分からない笑顔を御坂に向け、震える足でゆっくりと近付く。

――やっぱりわたくし、あなたが大嫌いですの。

白井はもういない少年に心の中で呼び掛ける。

――わたくしが最後まで答えられなかったそれを――命を懸けて守るだなんて事を平気でやってしまうなんて。

けれど素直に凄いと思ってしまう。
彼はきっと何一つ躊躇う事なく死地へ飛び込んだのだろう。
その後どうなるかを考える事すらせず即座に決断して。

白井はゆっくりと膝を折り、御坂の抱えるそれごと彼女を抱き締めた。

「大丈夫です――お姉様はわたくしがお守りしますから」

――本当に最低な人。

彼の背は遠く、もう追いつく事はできない。
そして彼が遺した傷痕は余りに深く、余りに大きかった。

「ですからどうか――泣かないで下さい――」

何があっても。例え両手を血に染めても。
己の血華を散らせようとも。
          おもい                       せいぎ
胸に秘めたその狂気に殉じる事こそがきっと白井にとっての信仰だった。



――――――――――――――――――――
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 04:39:47.08 ID:NrO6LEPNo
黒子暗部落ちエピソードでした
狂気と正気と正義との間に揺れ動く描写が難しすぎる

次回、または次々回は忘れられてそうなあの人のターンです
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/04(土) 04:47:34.77 ID:qRaEA+da0


いや、マジでハンパねぇ……
今までの話の謎が、次々と判明するな……

このSSの終着点はどんなのになるんだろうか……
期待してる
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/04(土) 07:03:00.90 ID:diGFMSKwo
上条さんが死んで、美琴の夢も死んでしまった
上条さんと美琴の夢は、こんな世界と対極にあったのに
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/04(土) 08:33:55.82 ID:xJt5akbXo
乙!
さて腕は誰がつけてくれるのか…
一方さんは壊れちまったから共闘と言うよりはただ目的が同じってだけな雰囲気だし
その気になれば一方さんならつけられそうだけども
159 :今日のエレベーターのご様子:ちょっとウンコしてくる [sage]:2011/06/04(土) 09:10:52.89 ID:NIi8GgwU0
ぱにゃい
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/04(土) 09:22:48.54 ID:tCjTtF0A0
魔術サイドはどうなるんだろうな?
科学サイドはもう手の施しようがないことになってるけど
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/04(土) 10:05:17.43 ID:K078rSgN0
>>160
土御門が情報握りつぶしてるとか?
少なくとも今回のこと知ったら、神裂はじめ天草式の面々は原因探るために動きかねんし。
そしてそうなっちまったら、下手打つと魔術サイドと科学サイドの戦争になる可能性がある。
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 10:11:54.41 ID:2bMFgaRDO
そのための粥海原か
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/06/04(土) 10:25:14.02 ID:QDNeCI+J0
>>161
原作準拠ならどの道フィアンマが右手を奪いにやって来る
上条さんが死んで一方さんも再起不能だから
アレイスターかエイワスが出陣しないと神の右席は止められないと思う
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/04(土) 10:37:56.20 ID:xJt5akbXo
最初から☆が出ちゃったらフィアンマがかわいそうだろ…
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/04(土) 10:46:01.52 ID:vbYkzNTi0
>>163
狂った連中に対するデウス・エクス・マキナとして機能するのが情けってものでしょ
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/04(土) 17:00:50.40 ID:2ulcwE7ho
☆は何を思って見てるんだろうか
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 22:25:09.82 ID:NrO6LEPNo
どこまで考えててどこからは考えてないのかはさておき、さて
日付はとっくに変わってますが、一〇月一〇日です
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 23:06:27.49 ID:NrO6LEPNo
その日は朝から妙な空気が漂っていた。
人の口というものには戸が立てられぬもので、こういう閉鎖されたコミュニティでは噂は爆発的に広がる。
元より娯楽の少ない場だ。例えそれがゴシップの類でいけない事と分かってながらも口にせずにはいられない。

件の噂話が彼女、婚后光子の耳に届いたのはその蔓延速度から見れば比較的遅い時期だった。
下手なプライドが邪魔をしているという自覚はあれど彼女は基本的に他人に対し居丈高な態度を取ってしまう。
認めたくない事実ではあるが婚后にとって友人と呼べる者は少ない。

そんな事もあって、婚后がそれを知ったのは午前の授業が終わった後、昼休みの事だ。

「白井さんがいなくなった?」

常盤台中学の構内に幾つかある小洒落たカフェテリア、学食も兼ねるそこで昼食のオープンサンドを抓んでいた婚后は眉を顰めた。
相手は一つ下、一年生の二人組。水泳部に所属する湾内絹保と泡浮万彬。前述の婚后の数少ない友人だった。

ほんの数分前、窓際の日当たりのいい席を陣取っていた婚后の横に揃いのランチプレートを手に現れた。
二人はどこか深刻そうな面持ちで昼食を一緒してもいいかと尋ね、婚后はそれに対し彼女には珍しく快く椅子を勧めた。

それから数分間、普段通りならば談笑でもしている場面だったが何故か二人は無言で黙々とフォークを動かし続けていた。
重苦しい雰囲気に痺れを切らした婚后がその訳を二人に尋ね、そして返ってきた言葉は、白井黒子の失踪という事件だった。

「はい。一年生の間ではかなり噂になってます。昨晩、消灯時間には寮にいたのに今朝の点呼の時には既に姿がなかったと」

ふわふわと柔らかそうな栗色の髪をした方、湾内は心なしか声を潜めてそう言った。

彼女の言う事が正しければ最早その行為に意味はないだろう。
常盤台の学生寮は複数あるが学年では区別されていない。同じ寮の中に一年生から三年生が暮らしている。
そして寮生全員の集まる朝の点呼に姿がなければその事実は寮生全員の知るところとなる。

婚后の耳に届かなかったのは彼女の人付き合いの悪さも一因としてあるが、学年が違うから話題性に欠けるという面があったからだろう。
クラスにも白井と同じ寮で暮らす生徒が何人もいる。彼女たちがそれを知らないはずがないのだ。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/04(土) 23:47:47.81 ID:NrO6LEPNo
「白井さんが、ねえ……空間移動能力者の姿が見えないからといっても別段可笑しくはないと思うのですけれど」

それに元からあの性格ですし、と婚后は付け加える。風紀委員きっての問題児は学内でも有名だった。
共通の友人……と呼んでもいいだろう。元から遠慮する気などさらさらないが、この二人が相手なら辛辣な事を言っても構わない。

「また面倒なトラブルを起こしてなければいいのですけれど。いつかのようにわたくしが出るような事になっては迷惑ですし。
 ……とまあ? たまにはそういう事でもないとわたくしの真の実力を披露する場がないのですけれど?」

歯に衣着せぬ物言いに一年生の二人は困ったような顔を見合わせる。

「……それが」

クラッシュアイスの見た目は綺麗だが今の時期暖かい飲み物の方がよかったか、などと思いながら婚后はストローに口を付ける。
そんな彼女に今度は泡浮がおずおずと切り出した。

「実は……昨晩から御坂様も寮にお戻りになられていないようで……」

「……何ですって?」

彼女の口から出てきた名前に婚后は眉を顰めた。

御坂美琴。常盤台の擁する二人の超能力者の片割れ。『超電磁砲』。
彼女もまた白井と同じく、お世辞にも品行方正とは言い難い。何かとメディアへの露出も多いにも関わらず。
常盤台の看板を背負っているのだからもう少し大人しくしていればいいのに、もう片方とは豪い違いですわね、と常々思ってはいるが。

御坂美琴と白井黒子。
二人の関係を一言で表すには婚后の語彙は余りに貧弱だったがその仲を知らぬ訳ではない。
故にこの二人が揃って行方を眩ますのはある意味では自然な流れだと言えよう。
だが同時に、だからこそ何か裏があると確信する。

婚后とて伊達や酔狂で大能力者を名乗っている訳ではない。
下手な性格が邪魔をしているがその実力は本物で、それは即ち相応の頭脳を持ち合わせているという事に他ならない。
もっとも、彼女でなくともいなくなった二人を少しでも知る者であればその発想に至る程度など造作もない事なのだろうが。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 01:22:15.77 ID:DbYi0Q7do
「ああ、やっぱりご存知なかったんですのね」

「ちょっと? 今のはどちらが言いました。やっぱりってどういう事です」

思考に気を取られていた婚后が睨み付けると二人は揃って苦笑を返した。

「その……婚后様はこの手の話題はお好きではなさそうなので」

湾内はそう本気で言っているのか、それとも。
婚后には判断が付かず、曖昧な笑みを返すしかなかった。

婚后は御坂とは同学年だ。
クラスは違うにしろその行方が知れないともなれば少なからず噂になっているはずだ。
そもそも学年の違う二人が知っているのに婚后の耳に届かないという道理はない。

実際彼女のクラスメイト達は何やらこそこそと噂話に興じていたのは知っている。
ただ、その輪の中に入れなかったというだけで――。

「婚后様もご存知ないのですか……心配ですわ」

はあ……と二人は揃って溜め息を吐く。

「一体どうなされたんでしょうか。何か危険な事に巻き込まれていなければ好いのですけれど……」

「そう……ですわね」

少し躊躇いながらも同意する。
あの二人もまた婚后の数少ない友人だ――少なくとも婚后自身はそう思っている。
心配でないはずがない。婚后の知る限りでも何度も危険な目に遭っている。
今回もまたいつかのように、命すらも危うい状況にならないとも限らない。

もしそうなのだとしたら……伊達や見栄は抜きにして純粋に力になりたいと思う。

ただ、二人にそう面と向かって言えるかといえばまた別の話なのだが。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 02:10:04.71 ID:DbYi0Q7do
「ねえねえ。ここ空いてる?」

突然横合いから掛けられた声に三人は揃ってそちらに振り返った。

「相席、いいかしら」

そこには小柄な少女が三人に柔らかく微笑んでいた。
緩いウェーブの描く長い金髪の、この街では比較的珍しい外国人の少女だ。
手にはトレーを抱えている。彼女も昼食だろう。そろそろ混雑してくる時間帯だ。

「ええどう……ぞ……」

泡浮が快く了承するよりも早く、返事を待たずに彼女はトレーをテーブルの上に置いて席に着く。
人に尋ねておきながら、と一瞬眉を顰めるが――。

「うっ――」

漂ってきた臭いに閉口した。

彼女の置いたトレーの上にはこのカフェテリアには似合いもしない――鯖味噌定食。
焼けた味噌の香ばしい匂いが周囲の空気を塗り替えた。

「いっただっきまーす」

そんな周りの事には委細構わず金髪の少女は行儀よく手を合わせ、それから猛烈な勢いで食べ始めた。
だというのに彼女は器用に箸を操り鯖の切り身を解してゆく。

「んぐ……あ。結局、私の事は気にしないで?」

そう彼女は言うのだが他の三人は揃って乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/05(日) 02:21:30.51 ID:DbYi0Q7do
ちょっと力尽き……
なんか筆が乗らないなあ
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/05(日) 08:36:17.11 ID:YUkYGQGxo
ンダ!?
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/05(日) 18:50:25.88 ID:k/x+ZwU5o
フレンダ=心理掌握登場
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/05(日) 23:04:33.76 ID:7rLg5Ep40
フレンダ=心理掌握が、常盤台に代役も立てずに堂々本人降臨、だと!?
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/06(月) 00:12:49.86 ID:bjnIWzrMo
「あー、やっぱり権力ってのは行使するためにあるもんだわ。
 前にメニューに入れるように頼んでおいたのはいいけど、結局一回も食べてなかったのが勿体無かったって訳よ」

金髪の少女は何やらご満悦の様子で鯖をつつく。

「――それでさ。結局、何か面白そうな事話してたみたいだけど私にも教えてくれない?」

箸を止めず、視線も向けぬまま彼女はそんな事を言った。

「……」

だが答えるものはない。
沈黙が場を支配し、彼女の箸が食器に触れる小さな音だけが妙に煩く聞こえた。

その静寂を最初に破ったのは婚后だった。

「……ところであなた」

「んー? なーにー?」

「以前何処かでお会いしましたかしら」

……婚后の言葉に少女の箸が一瞬止まる。

けれど一瞬の無言の後。
彼女は不貞腐れたような顔を婚后に向けた。

「何それー。結局、私の事忘れちゃった訳?」

「え……?」

「それはちょっと酷いんじゃない? 私たち――」
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga !red_res]:2011/06/06(月) 00:14:05.76 ID:bjnIWzrMo



「――ともだちでしょ?」


178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/06(月) 00:22:21.31 ID:6JMMwrbAo
とーーもーだーちーーー
とーーもーだーちーーー
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage saga]:2011/06/06(月) 00:26:09.14 ID:LfhvMwYx0
こえええええええええええ((((((;゚Д゚))))))ガクガクブルブル
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/06(月) 00:31:57.84 ID:9x2/vphxo
貴方の精神操っちゃうゾ☆ てか
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/06/06(月) 01:06:28.18 ID:Oz87GUAlo
植物のような生活が云々の人が出てくるものかと
まあ面白かったからいいか
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/06(月) 01:08:58.16 ID:bjnIWzrMo
「――――」
    、 、 、 、 、
――思い出した。

「え、ええ……そうでした。わたくしとした事がつい」

ついうっかり、忘れていた。
この金髪の外国人の少女は自分の友人だった、と婚后は回想する。
学内でも珍しい外国人だ。こんなにも目立つ容姿なのにどうして今まで忘れていたのか不思議だ。

「それでー? アイツがどうしたって?」

「アイツ?」

「れーるがん。あと腰巾着」

ずずず、と音を立て味噌汁を飲む彼女は妙にシュールだ。
    、 、 、 、
なまじいかにもな外見の彼女がこうして純和食に舌鼓を打っている様子は中々に滑稽だ。
それこそ銀幕の中でフレンチでも食べていた方が似合いだろうに。……もっとも、そういうところも好感が持てるのだが。

「結局、もう噂になってんの?」

「ええ。学校中その話題で持ちきりで」

「ふーん」

自分で聞いておきながら彼女はあまり興味無さそうに、どこか空返事を返し味噌汁を飲み干した。

「――じゃあ結局、よかったって事かな」

「え……?」

「あ、こっちの話」
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/06(月) 01:52:26.19 ID:bjnIWzrMo
彼女は空になった椀を重ね、ぱん、と音を立て手を合わせる。

「ごちそーさまでした」

「……食べるの早いですわね」

「結局、アンタ達が遅いだけなんじゃない? 早く食べた方がいいわよー」

トレーを抱えて彼女は立ち上がる。
それを合図とするかのように――微かな音が聞こえた。

各所に設置されている校内放送用スピーカーのスイッチが一斉に入り、無音のノイズを放ち始めた。
それから傾注を促す軽快な四音に続き、聞き覚えのある放送委員の声が響いた。



   『 生徒の皆さん こんにちは 常盤台中学 生徒会からの お知らせです

     昼休みの後 午後 一時 四十 五分より 臨時の 生徒総会を 開きます

     生徒の皆さんは 第一講堂に お集まり下さい

     また それに伴い 本日午後の授業は 中止となります

     繰り返します 午後 一時 四十 五分より ―― 』



「……だってさ?」

肩を竦める金髪の少女。

また妙なタイミングだと婚后は眉を顰める。
恐らく御坂に関する事だろう。彼女がどういう理由でいなくなったにせよ超能力者である事には変わりない。
このままではスキャンダルにもなりかねない。常盤台中学というブランドを維持するにはそれなりの対処が必要だろう。
だからこれはその事に関するもの。生徒の自治権など有って無いようなものだが生徒会が動く理由としては十分だ。
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/06(月) 02:07:57.87 ID:bjnIWzrMo
「生徒会が……」

「やっぱりお二人の事でしょうか……」

一年生の二人も不安げに小さく呟く。
だが彼女、金髪の少女はそんな他の様子を面白そうに眺めているのだった。

「ほーらー。結局、アンタ達も早く食べないと遅刻するわよー」

「あ、ちょっと……!」

けらけらと笑いながらその場を去ろうとする彼女。
その背中を呼び止め――。

(あれ……?)

婚后は違和感を覚える。

何かがおかしい気がする。
上手く表現できないが、まるで世界が騙し絵になったようで、妙な具合に捩れているような。
そしてその捩れが何なのか分からない。何かがおかしいという事は分かっているのにどこが間違っているのかが分からない。
どうにも全てがちぐはぐで噛み合っていないような。

「何?」

「ええと……」

立ち止まり振り向いた彼女に何かと問われ、答えられずに婚后は視線を宙に泳がせた。

一体自分は彼女に何を尋ねようとしたのだろう。
そう暫く考えて――偶然にも婚后は最も正解に近い答えを導き出す。

「その……あなたのお名前、何でしたかしら」
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/06(月) 02:33:02.01 ID:bjnIWzrMo
「私の、名前?」

彼女は一瞬怪訝な顔をする。

「結局、前に言わなかったっけ」

そして彼女は少し考えるような素振りをして。
何か悪戯めいたものを思いついた子供のような顔で笑った。

「鈴科百合子、よ」

……そういえばそんな名前だった気がする。
金髪碧眼の明らかに日本人ではない風貌なのにそんな純和風の名前が妙にちぐはぐで。



そんな余りに特徴的な外見と名前をそう簡単に忘れたりするはずがないのに――。



「……あら?」

気付けば彼女はいなくなっていた。

「婚后様。早く食べませんと総会に遅れますわよ」

「え、ええ。そうですわね……」

小首を傾げつつも婚后は食事を再開する。
御坂と白井の事は気掛かりだったが生徒総会に遅れる訳にはいかない。

ともあれ、生徒総会に出れば何か分かるだろう。その後の事はそれから考えればいい。
けれど頭では分かっていても感情の面ではそうはいかない。数少ない友人だ。二人の行方が何よりも気掛かりだった。

悶々と頭を悩ませていれば金髪の少女の事はいつの間にか忘れてしまっていた。



――――――――――――――――――――
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/06(月) 02:39:43.88 ID:bjnIWzrMo
婚后さんも大能力者。それなりに頭はいいはず。性格がネックだけど
彼女もまたそれなりに友人思いのいい人。ただメインを張るにはちょっと役者不足
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/06/06(月) 17:11:07.53 ID:CGs7n1+T0
心理掌握、灰村氏の公式設定でも金髪…しかもアホの子らしい
ttp://yaraon.blog109.fc2.com/blog-entry-2190.html

188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/06(月) 20:28:23.71 ID:bjnIWzrMo
常盤台中学第一講堂。

敷地内に幾つかある大講堂の一つ、唯一全生徒を収容できるその大広間にはそのほぼ全員が集まっていた。
主な用途は入学式や卒業式だがそれ以外にも度々利用されるそこは生徒達にとっても印象深い。
緩い傾斜を持つ席の群れと高い天井はコンサートホールを兼ねる事を示している。

そんな場に行儀よく、学年、クラスごとに分かれて座っている生徒達の顔は皆どこか不安げだった。
臨時の生徒総会など前代未聞だ。少なくともこの場にいる三学年の学生らは経験した事がない。

常盤台中学の運営のほぼ全ては理事会が握っている。生徒自治などという綺麗事は名目上の飾りに過ぎない。
生徒会も理事会に回されない諸々の雑務を請け負う謂わば雑用係だ。
口には出されぬもののその事実は皆が知っている。だからこそこの臨時の生徒総会は何か妙な気配があった。

そんな彼女らの不安は他所に、午後一時四十五分。
時間通りに生徒総会が始まった。

照明がやや暗くなり開始の合図の代わりとなる。
それまでは幾らかざわついていた集まった生徒らもお喋りを止めた。

しん――と静寂が講堂に満ちる。

時間にして十秒ほどだろう。
場の静寂を割ったのは壇上に現れた人影の立てる足音だった。

こつ、こつ、こつ、と靴はゆっくりとしたリズムで乾いた音を奏でる。
そして中央に据えられた演台の前に立った人物の顔は、この場にいる全員が知っていた。

規則に厳しい常盤台の中では異例の、長い髪を綺麗な金色に染めた長身の少女。
彼女は演台に両手を突き、講堂全体をゆっくりと見回すと――とびきりの笑顔で目の前のマイクに向かい口を開く。



『えー、それではこれより――』



――常盤台中学生徒会長、三年、食蜂操祈。

常盤台の擁する二人の超能力者の片割れ、『心理掌握』と呼ばれる少女。
実際に目にする事こそ少ないもののこの場の全員がそう認識していた。



『臨時生徒総会を始めます』
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/06(月) 21:07:12.64 ID:bjnIWzrMo
彼女の登場に生徒達の間では緊張が走る。

滅多に人前に姿を現さない常盤台最大派閥のトップ。
記憶や感情、およそ心と呼ばれるものを意のままに操る超能力者。

人は考える葦である――パスカルの言うように人の人たる所以は心にこそあるだろう。
他者のそれを自在に操る事のできる彼女を前にして緊張せぬ者はいない。
本人の与り知らぬところで己そのものが他人に勝手に弄られていたら――そう考えぬ者などいない。

『えー、本日皆さんに集まってもらったのは他でもありません。
 既に知っている方も多いでしょうが、二年生の御坂美琴さんが昨晩より寮に帰らず、連絡が取れない状態となっています』

そんな目の前の生徒らの内心すら見透かせるであろう彼女はそれを知ってか、また知らずにか。
生徒会長の少女は笑顔のままに口を開く。

『――まぁそんなどうでもいい名目は置いといて』

その一言にざわめきが起きる。

彼女の告げた名もまたこの場にいる全員が知っている。
常盤台の二人の超能力者の名を知らぬ者などこの場にはいない。
御坂美琴という二年生の少女がこの学び舎にとってどういう意味を持ち、またどれほど重要かなど、今この場で論ずる必要すらない。
しかし壇上に立つ少女は彼女の事をどうでもいいと一言に切り捨てた。

生徒達の動揺にすら気付かぬように彼女はずっと変わらぬ笑顔を客席、その内の何処とも取れぬ一点へと投げ続ける。
まるで周りが全く見えていないような――舞台に上がった役者のように、ただ決められた台本を読み上げるように彼女は己の役割を演じ続ける。

『まず最初に、生徒会長、食蜂よりご挨拶があります』

そう言って彼女は演台の前を退き、数歩下がる。
あたかもそこに見えない誰かが立っていて、彼女はそれに侍るような、そんな立ち位置。

その空席へと、この場の誰もが『食蜂操祈』であると認識していた少女に代わり、一人の少女が壇上へと向かう。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/06(月) 21:33:00.10 ID:bjnIWzrMo
座席の中央にある通路を悠然と、まるで王の行軍のように誰にも憚る事なく歩く。

彼女の纏う服は他と同じ常盤台中学のもの。
ただ一つ、明らかに違う点があるとすれば頭に乗せた帽子。

そして何よりも目を引くのは、その金の髪。
染められたものではない、生来に二親より授けられた自然の輝きを放つブロンド。
彼女の肌もまた磁器のように白く、明らかにこの国のものではない事を示している。

彼女は歩きながら何かのメロディを口ずさんでいた。
手がリズムに合わせて小さく振られ、指揮者のように拍子を刻む。

 「――Freude, schöner Götterfunken,
      Tochter aus Elysium
      Wir betreten feuertrunken.
      Himmlische, dein Heiligtum!」

椅子に座る生徒達の間を抜け、壇上へと繋がる短い階段を踏み。
彼女はその中央、演台の前へ。

 「――Deine Zauber binden wieder,
      Was die Mode streng geteilt;
      Alle Menschen werden Brüder,
      Wo dein sanfter Flügel weilt. 」

黄金の髪をした少女はゆっくりと演台に立ち、マイクを突く。
こつこつ、とくぐもった音がして、それに満足したように彼女は一度頷くと笑顔で口を開いた。

『はい皆さんこんにちはー。はじめまして、それともおひさしぶりー?
 えーと、ただいまご紹介に預かりました食蜂こと『心理掌握』でーす』

彼女の言葉にざわめきはより大きなものとなる。
こういう場において私語など唾棄すべきものだと教育されている彼女らにとってそれは異常な事とも言えただろう。
だが、それほどまでに彼女――真の『心理掌握』の登場は生徒らにとって衝撃的だった。

そんな喧騒を他所に彼女は反応を確かめるように客席をゆっくりと見回し、それから満足したように一度頷いた。

『えー、ではまず始めに、皆さんにお願いがありまーす』

こつこつ、と再び調子を確かめるようにマイクを指で叩き、そして。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga !red_res]:2011/06/06(月) 21:36:02.84 ID:bjnIWzrMo



『――その場から動く事、外部と連絡を取る行い、発言、及び能力の使用を禁ずる』


192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/06/06(月) 22:06:30.54 ID:6wI983wxo
よかった
殺し合いをしてもらいますなんて言い出さなくて
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/06(月) 22:13:50.89 ID:4qQyJNb90
歓喜よ
美しき神々の煌きよ
楽園よりの乙女よ
我等火の如く酔いしれ
伴に汝の天の如き聖堂に赴かん

汝の魔翌力は世の理が強く引き離した物を
再び結びつけてくれる
汝のやさしい翼の啓く所
遍く人々は同胞と成る
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga !red_res]:2011/06/06(月) 23:09:16.60 ID:bjnIWzrMo
放たれた言葉はその場を凍り付かせるには充分なものだった。
彼女、『心理掌握』の言葉は強制力として場の全てを支配し、抗う事のできない絶対のものとなる。
ざわめきは途端に消え去り言葉のままに一言も発する事なく生徒達はその場から身動き一つ取れなくなった。

『はい、結局みんないい子ねー。
 ウケ狙いでこれから皆さんに殺し合って貰いまーすとか言おうかとも考えたんだけど、そういうのってあの子の持ちネタだし。
 ま、いいや。それじゃあみんなー。そのままちょーっと私のお話聞いてくれるかなー』

幼子を相手にするような道化めいた口調で彼女は続ける。

『えーっと、今日の本題はねー、そろそろ私も会長職引退しようかなーと思って。
 結局、そんな訳で簡易の会長選挙を行おうと思いまーす。
 勿論そんなのは建て前で、お察しの通りみんなを一ヶ所に集めるのが目的だったんだけど。
 欠席者はえーと、二十八名? 思ったより少ないわね。うんうん、みんな自己管理できてて偉いねー』

一方的に捲くし立てる彼女に口を出せる者などいない。
元よりこの場、今や常盤台の全生徒、全職員を集めた講堂を支配し掌握しているのは彼女だった。

『必要票数は満たしてるわね。今日欠席してる人たちには先に確認取っておいたから気にしなくていいわよ?
 じゃあ面倒な手順とか置いといて、信任投票にしようと思いまーす。
 まずこの議題、ここで簡易で通していいか――反対の方はご起立くださーい』

彼女の言葉に誰一人として動けない。
その場から立ち上がる事はおろか指一本すら動かせる者などいない。

『はい反対者ゼロ。それじゃこのまま信任投票に行きまーす。
 会長候補はえーと、じゃあ二年生の婚后光子さんでー。反対の方はご起立くださーい』

勿論その言葉も意図的なものだ。
彼女には全て承知の上。

誰一人として起立できないと分かった上で全てを一方的に進めている。
これはただの茶番劇。一から十まで決められた台本をなぞっているに過ぎない。

『反対はいないわねー? それじゃ新会長は婚后さんって事で。
 はい拍手ー。がんばってねー。結局、何もしなくていいんだけどさ』

ぱちぱち、と一人分の拍手が広いホールに響く。
当の本人がこの中の何処にいるかなどどうでもいい。

彼女は何も知らぬまま生徒会長という役を押し付けられ、知らぬまま卒業していくだろう。
実質的な生徒会長の不在。そこには大なり小なり様々な問題が発生するだろう。
だがそんな事はどうでもよかった。どうせ彼女の知り及ぶところではないのだから。
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/06(月) 23:38:45.97 ID:h2+g6bzDo
まだ赤いまんまですぜ
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/06(月) 23:39:16.77 ID:h2+g6bzDo
まだ赤いまんまですぜ
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga !red_res]:2011/06/06(月) 23:48:28.50 ID:bjnIWzrMo
『じゃあ今度こそ本題。御坂美琴さんの件でーす。
 結論から言うと、何にも心配いりませーん。結局、男とデートしてただけー。そんな奴心配するだけ無駄よねー。
 一年の白井黒子さんもなんか姿が見えないみたいだけどどうでもいいでーす』

消えた二人の片方をどうでもいい事と断じて彼女は笑う。
御坂美琴、『超電磁砲』。
名門と呼ばれる常盤台の名実共の広告塔の前ではいかな彼女でもその存在は霞んでしまうだろう。
暫くの間は御坂に噂が集中して白井の事はその影に隠れてしまう。

元より長い時間を掛けるつもりはない。数日か、精々十日余り。
学舎の園に外界から隔離され、その上全寮制という極端に偏った生活基盤を掌握すれば真相の発覚は遅れるだろう。
さらに幾つかの陽動を加えればこちらの動きを察知できる者もそういない。

『そんな訳で、みんなは気にせず普段通りに過ごしてねー。私からは以上でーす』

そう最初から最後まで一方的に言い、けれどすぐさま何かを思い出したように再びマイクに向かった。

『ごめんねー。結局、一つ言い忘れてたけど……』

彼女は一度言葉を切り、ゆっくりと場の全員を見回して。
それからとびきりの笑顔でこう尋ねた。

『みんなー、この話は誰から聞いたのかなー?』



   『――ともだちからききました』



返ってきた全員の唱和に彼女は今度こそ満足げに頷いた。

『それじゃ生徒総会は終わり。結局、お疲れ様でしたー』
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(滋賀県) [sage]:2011/06/07(火) 00:23:01.23 ID:Kh5zL6Iv0
>>195
洗脳中だからだろうが
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/07(火) 00:29:00.58 ID:uOXMQjQPo
……、……。

「――あら?」

ざわつく講堂の中、婚后はふと我に返る。
いつの間にか少し居眠りをしてしまっていたようだった。昨夜は遅くまで起きていたつもりはないのに。
記憶が朧気だがまた長ったらしい校長の話でも聞いている内に眠ってしまったのだろう。
見回せば皆どこかしら呆とした表情で目を擦っている。

急に集められて、一体何事だったのだろうか。
しかし誰かに尋ねるにしてもまさか居眠りをしていたから聞いていませんでしたなどと言えるはずもない。
そのような『格好の悪い真似』ができる婚后ではなかった。

とまれ、周りの様子から見れば然程重要ではなさそうだが。
続々と席を立ち講堂を後にする生徒達はざわざわと、好き勝手にお喋りに興じている。
その話題は一つ残らず御坂美琴に関する事で――。

「…………はて」

何か忘れているような気がした。
それが何かは思い出せないのだが。

「うーん……」

席に座ったまま背もたれに体重を預け講堂の高い天井を見上げる。
眠気がまだ頭の中に靄を作っているようで思考がはっきりとしない。
そのまま夢と現の間にある水面を漂う浮遊感のような気分に少しの間浸っていた後。

「……まあ、いいでしょう」

思い出せぬのならばそれまでだ。どうせ益体もない事だろう。
婚后は席を立ち眠い目を擦ると教室へと戻る生徒の流れに加わった。
午後の授業は中止らしい。勉学に励むのが学生の本分だが予想外の休講は喜ぶのが世の常だ。
彼女には珍しく、久し振りに誰か、友人を誘って買い物にでも出かけようかと思い立ち誰に声を掛けようかという平和な悩みを抱えて教室へと向かう。

「御坂さんはいいですわねー……」

思わず口から零れた言葉にはっとなる。
誰かに聞かれてはいやしまいかと不自然にならない程度に辺りを見回し、誰とも目が合わなかった事に安堵した。
婚后もまた年頃の少女だ。色恋沙汰に興味がないと言えば嘘になる。
ただどうしても気恥ずかしくてその手の話をしている輪に混ざれないのだが――。

今度、彼女と二人きりで話す機会があれば少しだけその事について訊いてみようかと、そんな事を思いながら歩を進める。

すぐ横を追い越して行った綺麗な長い金髪には一瞬目を取られただけで、
彼女の頭の中はきっと恥ずかしがるだろう噂の少女からどうやって話を聞こうかという事で一杯だった。


――――――――――――――――――――
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/07(火) 00:34:01.46 ID:uOXMQjQPo
口裏あわせパートでした
そろそろ海原君が出てくるはずだけど、その前か後か、何か挟むはず
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 00:42:52.98 ID:vCc65kU+0


いやー、『心理掌握』の無双っぷりがパネェわ
んで、これが序幕の初春と婚后さんの会話に繋がるんだな……
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 00:55:57.03 ID:Sm121Yvp0
鈴科百合子=一方通行、ではない、というトリックの裏側の暴露とも
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/07(火) 01:00:47.04 ID:yOc2rXVto
念動力の海原はどう絡んでくるのか
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 01:27:12.08 ID:vCc65kU+0
>>202
確か、『鈴科百合子』の学生証、絹旗最愛が持ってなかったか?
フレンダ曰く、本人にとって大事なものらしい……
つまり、『常盤台での絹旗最愛』=『鈴科百合子』なのでは……?
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 02:14:27.76 ID:wlfM1JYK0
そういえばあわきんって出てきたっけ?
第一夜で行方不明って言われた後進展なし?
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/07(火) 05:28:30.74 ID:O1CGsSqRo
名前以外は出てきてなかったと思う
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 13:55:22.80 ID:Sm121Yvp0
>>204 >>185
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 14:59:33.49 ID:WNqfI/zdo
>>202
ここでは単純に、偽名の代名詞みたいな感じで使われてるんだと思われ。多分。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/06/07(火) 16:10:55.81 ID:UKvtmBjR0
>>185
>金髪碧眼の明らかに日本人ではない風貌なのにそんな純和風の名前が妙にちぐはぐ
公式の心理掌握、食蜂操祈は金髪の上瞳孔が星型と言うトンデモ女ですた
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 19:22:20.77 ID:vCc65kU+0
すまん、どうやら勘違いしてた
絹旗がどこの中学在籍か、まだ判明してないよね……?

第一夜で、絹旗の顔写真が付いたどこかの学生証は『鈴科百合子』という偽名で発行されてはいたけど……
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/08(水) 20:09:28.61 ID:/QShUmwu0
まだ解消していないのは、本物の海原が巻き込まれた理由と美琴の腕かな
ただ、本物の海原がどんな奴だかほとんど分からんから予想しようがないかも
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/06/09(木) 00:45:04.16 ID:w4PfU9XI0
結標が行方不明になった理由もな
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/09(木) 22:11:53.99 ID:6Lqqk4Luo
常盤台中学第一講堂で生徒総会が行われていた頃。
講堂からは幾らか離れた場所、会議室では臨時の理事会が開かれていた。

理事は十名もいない。
彼らの経営方針は元より概ね一致していた。
こうして理事会を開くとなっても精々が二、三の打ち合わせ程度で他からしてみれば異常なほどに簡素なものだった。
舵取りをする船頭は多ければいいという話ではない。あれやこれやと好きに言い合ってその結果船が山に登ったではお粗末にも程がある。
それに策を弄し他者を陥れるような回りくどい真似をせずとも十分に富と名誉に溢れているような人々だったし、己の境遇に満足もしている。
だから本来、臨時の理事会などが行われるような事はなかった。

が、今回は話が別だ。
名門私立中学というブランド。豊富な資金援助と莫大な献金、そして学園都市の中でも群を抜いた学費によってその気風は維持されている。
その障害となるものは排除しなければならない。元来利益追求とはそういう類のものだ。

ブランドというものの武器であり敵であるものは風評。
実も勿論の事ではあるが、名が最大の武器なのは間違いない。
あれは素晴らしい。文句の付け様がない。ブランド名を出しただけで一目置かれる。そういう存在。
仮にその看板が失墜する事があればそれは破滅を意味する。
入学希望者は減り献金は滞り援助額も下がるだろう。煌びやかな校名を維持するにはそれだけで致命的だ。

だから今回の件、常盤台の二枚看板の片方、御坂美琴の失踪については早急に対応する必要があった。

彼女はアイドルだ。常盤台の名を維持するのに必要な超能力者という最高の看板女優。
もう片方、食蜂操祈と違うベクトルで彼女は表舞台で明るく華やかに踊るアイドルでなければならない。
彼ら理事会はそのために尽力してきたし、障害となるものはあらゆる手段で排除してきた。
勿論の事彼女自身の活躍もあるのだがそれは彼ら裏方によって支えられて出来たものだという事を忘れてはならない。
もっとも――裏の裏、真の闇たる部分までは彼らのような表の世界の人間が知ろう余地もないのだけれど。

そうして緊急の会合が催されたのだが。
部屋の中、理事会の面々は皆一様に無言だった。
それと言うのも無理はない。

彼らに突き付けられた歩兵用の軽機関銃の砲口が窓から差し込む真昼の陽光に鈍く輝いていた。
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/09(木) 23:01:04.52 ID:6Lqqk4Luo
突然部屋に乱入してきた少女達は皆同じ制服を纏っていた。

他でもないここ常盤台の制服。揃いのブレザーの胸には校章のあしらわれたワッペンが縫い付けられている。
その手には格好には不釣合いな無骨な銃器。言うまでもなく如何に人を殺害せしめるかを追及した殺人の兵器である。
                        あたまのなかみ
「流石、理事の方々は賢明ですね。大事な商売道具をぶちまけたくなかったら動かないで下さい」

そう冷たく言うのは少女達の内の一人、他でもない今回の理事会での話の中心であった御坂美琴――としか思えない少女だった。

何故そのような回りくどい表現をせねばならないのか。理由は幾つかある。
御坂美琴という名の少女は間違いなくアイドルだった。
芸能人のような目を見張る宝石の輝きには及ばぬものの、彼女はいるだけで場がぱっと明るくなるような、花のような少女だった。

だがこちらに銃口を向けている彼女は――それと同じ外見、声色をしているが、決してそのような存在ではなかった。
言うなれば造花。生花の形だけを抽出して作られた無機質の模造品。それも芥子花だ。
姿形こそ美しいもののその真は内から滲み出る麻薬の質に他ならない。容姿だけは素晴らしいのにその性質は如実に気配として現れている。
刀剣の類と同様の気配かもしれない。美しいその流麗な姿と同居する禍々しさ。つまり彼女の本質は自身手に持っているそれと何ら変わりない。

そしてもう一つ。
先に述べたものも真実として受け入れがたいが――こちらはもっと、気配などという朧気なものではなく確固とした実体を持っていた。

部屋に乱入してきた少女、十六名。
その内、四名が同じ――御坂美琴の顔をしていた。

世界にはそっくり同じ容姿をした人間が三人いるという。
確かにそうだったとしよう。だが四人もいるという事はそうあるまい。
先の気配と合わせ、目の前の少女らが『御坂美琴』だとは信じられなかった。

最もあり得る可能性としては、他者の認識を操作改竄する能力、または外見を変質させる能力に因るもの。
つまりは成り済まし。確かにこの街にごまんといる学生――能力者の中にはそういう異能の才を開花させた者もいる。

だが何故、とここで思う。彼女、もしくは彼が御坂美琴ではなかったとして、だからといって姿を変える必要性など皆無なのだ。
御坂美琴という存在がこの場に欲しくば一人で足りる。わざわざ複数用意しては偽者ですと公言しているようなものだ。
姿を変えたいのであれば彼女の姿でなくても足りるし、彼女に罪を転嫁したいのならば前述の通り一人で十分。
それに全員が揃って同じ顔、または違う顔というならまだしも、内の数人だけが同じ顔というのも疑問に思う。

つまりこれは多分、特に意味などないのだ。
たまたま借りた姿が御坂美琴のものだったとか、何か理由があって御坂美琴の姿に化けたとかそういうものではない。

これこそが彼女達の素顔なのだ。

少なくとも『御坂美琴の顔をした人物』が四人。同時にこの場に存在していた。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/10(金) 00:48:07.10 ID:Xtv3WoVzo
御坂美琴の姿をした一人がか細い少女のものだというのに片手で銃を構えたまま携帯電話をポケットから取り出し、短い操作でどこかに発信する。

「――こちら一〇〇三二号。鳥は鳥篭に、とミサカは短く手順を確認します」

それが符号なのだろう。鳥とは自分達の事で、鳥篭にとはこの場を制圧した事を意味する。
形ばかりのものではない、洗練された動きは間違いなく専門の訓練を詰んできた者のそれだ。
動きに乱れはなく、瞳の中に一点の曇りもなく、機械的にただ淡々と仕事をこなしてゆく。
実物を見た事がなくても容易に分かる――軍隊の動き。

一〇〇三二号と電話の相手に名乗った少女は少しの間通話口に耳を傾けていたが、
その後一言も発する事なく通話を切り、再び携帯電話をブレザーのポケットにしまった。

「それでは暫しの間お付き合いください。なおこちらには読心能力者がいます。どうか妙な動きはなさらぬよう、とミサカは事前勧告します」

彼女らが少女だけで構成された部隊という事にはそれだけの意味がある。
この街の子供達は皆、例外なく能力開発を受けている。ここ常盤台はその中でも選りすぐりの実力者の巣窟だ。
彼女らは一人残らず能力者。最低でも強能力者。中には大能力者もいるだろう。
軍隊において戦術的価値を持ち得るほどの強力な能力者。
それは謂わば、この場にいるのは十数人だというのに一個中隊、数百人規模の相手を前にしているようなものだ。

理事会の大人達――能力開発を受けていない平々凡々な普通の人間には太刀打ちできるはずもない。
加えて読心能力者の存在はこちらの動きは全て読まれているという事実を告げている。
助けを求めようともそれすら叶わず、彼らはこの狭い部屋に完全に閉じ込められていた。

ただ一人――この状況をどうにかできる者がいるとすれば。

「…………一つ、いいですか」

その人物もまた同じく異能の才、それもとびきりの才能を持つ者。

「どうぞ、とミサカは発言を許可します」

この場における指揮官なのだろう、一〇〇三二号と自らを指した少女に銃口を向けられたまま。

「あなたは、自分の知る……御坂美琴さんですか?」

理事長であり病気がちな祖父の代理としてこの場に出席していた海原光貴は彼女に困惑と嫌悪に揺れる渋面を向けた。
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/10(金) 01:34:43.87 ID:Xtv3WoVzo
正直なところ海原には、この場を武力制圧された事よりも彼女の方が重要だった。
御坂美琴という年齢的には一つ下の少女。
海原光貴は自分が彼女に恋心を抱いている事を正しく理解していた。
だからこそ、他のあらゆる事象を無視して第一に目の前の少女の容姿に目が行った。

こちらに銃口を向けているというそれは認めたくないが紛れもない事実で。
だからと言って現実から逃避するような思考は持ち合わせていない。

今この場にいるのも彼女のためだ。
孫と件の御坂美琴との面識を知っていた祖父に、昨晩就寝直前に彼女の行方を知らないかと聞かれた。
その瞬間海原は彼女の身に何かが起きた事を察知し、全力で事件の解決に奔走する事を決断した。

驚嘆すべきはその決断力と行動力。中学生のものではない。
だが彼も大能力者。有象無象の溢れる学園都市の中では超能力者七名は別格とすると最高位の能力者だ。
念動力という至極ありふれた、平々凡々な異能の才をそれほどまでに高めた彼は間違いなく屈指の実力者だった。
希少性と運用の難易度から価値を付与された、例えば空間移動能力などとは比べ物にならない。
単純に言ってしまえば、空間移動能力者は自分を移動させられるだけで大能力者と認定される。
凡百の才をその位置まで持っていく事にどれほどの努力と才能を要したことだろうか。
だからこそ彼は自分と同様の、ありふれた発電能力の才でもって頂点へと達した彼女に惹かれたのかもしれないが――。

「少なくともミサカはあなたと面識はありません、とミサカは問いに対し明確に解答します」

一人称をして『ミサカ』と名乗る少女は自分と面識がないという。
それはつまり――。

「あなたは、……あなた方は、御坂美琴さんではない……?」

「はい」

確認に対する短い肯定に海原はこのような状況に置かれているというのに安堵の念を禁じ得なかった。
そう、自分の知る御坂美琴という少女はこのような真似をするはずがない。
それこそ天地がひっくり返るなどという奇想天外な出来事が成されでもしない限りありえない。
しかしだとするならば彼女達は一体――。

海原の脳裏に浮かんだ疑問に、問いもしないのに彼女は答えた。

「ミサカは、御坂美琴のクローンです、とミサカは簡潔に事実を解答します」

それは彼女にしてみれば先の肯定に続く言葉だったのだろう。
だが海原の得た僅かばかりの安堵を打ち砕くには充分なものだった。
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(滋賀県) [sage]:2011/06/10(金) 01:42:36.96 ID:bAH9R5ZA0
ありふれた能力を持ちながら大能力者まで上がった海原だから
同様に超能力者まで上り詰めた御坂が気になるのか。その発想は無かった。なんかティウンと来た
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/10(金) 02:18:55.14 ID:Xtv3WoVzo
最近どうも集中力が持続せず
せめて速度が必要なシーンでは持続したいのだけど。まだ大丈夫だよね……?
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/06/10(金) 02:40:12.26 ID:omzeuBQd0
>>218
がんばってくれ。応援してる。
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/10(金) 02:45:03.62 ID:N6S3BzZDO
>>218
ゆっくりのんびりやればいいんじゃね?
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/10(金) 07:32:57.28 ID:v5XMSvPUo
>>218
大丈夫。ここのみんなはそんな>>1を応援してる
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/10(金) 23:58:24.61 ID:Xtv3WoVzo
「クロー……ン……」

それは人として踏み入れてはいけない禁断の領域。
万物の理に反す最悪の秘法。神の御業にこそ許される生命創造。

それが海原光貴の見た最初の闇。
学園都市という存在の深奥に隠されていた無謬の怪物だった。

「ご理解頂けましたら今度こそ、お静かに願います、とミサカはここであなたの頭を弾くのは不本意であると示します」

彼女は無機質めいた言葉で海原に突き付けた機関銃を軽く振りその存在を強調する。
これ以上の会話は不要、知る必要はない。目的は殺戮ではないが障害となるならば吝かではないと。

「待って下さい。もう一つ」

だが海原はそこで引き下がれるほど大人ではなかったし、何より想いを寄せている少女の名を出されてまで黙ってなどいられなかった。

「御坂さんは……あなた達の事を知っているんですか」

「はい」

返事は至極あっさりしたものだった。
                   オリジナル
「そもそもミサカがここにいるのもお姉様の意思に因るものです、とミサカは補足します」

「御坂さんが……」

少女の言葉に嘘がないとすれば……彼女の言う御坂美琴と自分の知る御坂美琴は別人なのだろうか。
少なくとも海原の知る御坂美琴はこのような真似ができるはずもない。

だが――その言葉を決定的に裏付ける人物がこの場に現れる。

こんこん、と会議室の扉が叩かれ、返事も待たずに開かれた。
突然の事だったが部屋の中、銃を構えた少女達は誰一人として動こうとはしなかった。
それはつまりこの人物は予定内の来客で――。

「ごめんねーお待たせ。でも結局、時間通りかな?」

入ってきたのは長い金髪の、他と同じく常盤台の制服を着た少女と。

「…………あら、奇遇ですわね」

彼女に続く、小柄な少女。
髪を頭の両脇で二つに結った見覚えのある顔。

「御機嫌よう。ええと……海原さん、でしたっけ?」

どこか鬱々とした顔で白井黒子は海原に微笑んだ。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/11(土) 01:08:45.30 ID:0eiryhelo
ふーん、あんたも当麻のために死んでくれるの?
自分は…
とかなりそうだな
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/11(土) 01:43:24.21 ID:JaZSlpu8o
一瞬、何がどうなっているのか分からなかった。

けれど考えてみればこの状況は至極当然で。

御坂美琴が事の中枢に関与しているのだとしたら。
白井黒子、他ならぬ彼女が関わっていないはずがないのだった。

「白井さん……どうして……」

だがどうしても解せない。
白井は中学一年生。まだ幼いと言ってもいい年齢の少女だ。
その上、風紀委員に席を持つ彼女がこんな犯罪行為――いや、テロにも等しい所業を行うなどどうしても納得がいかない。

「どうして、と申されましても」

白井は鬱陶しそうに肩に掛かった髪を払い、首を傾げた。

「まさかまさか、お姉様のためのものだという以外にあるとでも思っているんですの?」

「っ……!」

矢張り、彼女は予想通り――。

「結局、アンタ何か勘違いしてない?」

白井の脇に立っていた金髪の少女が、一体何が可笑しいのか、にやにやと猫のように笑う。

「アイツを盾に取られてとか、アンタが考えてるような簡単な話じゃない訳よ」

彼女の言葉に海原は愕然とする。
まさかこれは、思考を――。

「ええ、読んでるわよ? 先にそう言ったじゃん」

金髪の少女は柔らかく微笑み、それから両手を二度打ち鳴らす。

「はいはいごくろーさまー。結局もうアンタたちは帰っていいわよーお疲れ様ー」

その言葉は背後の少女達、銃器を構えた常盤台の生徒らに向けられたものだ。
彼女達はそのまま無言で、入ってきた時と同じように無駄のない動きで教室を後にする。

ぱたん、と小さく音を立て扉が閉まる。
後に残されたのは海原ら理事会の面々と、白井と金髪の少女。そして御坂美琴と同じ顔をした四人の少女。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/11(土) 02:10:56.40 ID:JaZSlpu8o
彼女ら能力者の部隊を帰したという事は、一つの事実を示している。

彼女達の仕事は終わった。もう用はない。
それが不要だというのならば、この目の前の少女は武装した能力者の集団以上の力を持っている。

あの一糸乱れぬ動きと機械的な表情はどこかSF映画にでも出てくるようなロボットを思わせる。
この場を単独で制圧できる者、かつ今までの状況、この場、彼女の外見から鑑みれば――。

「第五位……『心理掌握』……っ」

「ぴんぽーん大正解ー。アンタ、中々頭の回転は早いみたいね」

海原の唸るような声に超能力者の少女は拍手を送る。

「ふうん……へぇ」

ちりちりと脳の中に火花が散るような感覚。今まさに彼女の能力を受けているのだろう。
海原は不快感を隠そうともせず彼女を睨み付けるが、言葉を発することはできなかった。

思考を持つもの、他の獣の類は知らないが、自分が人という時点で既に彼女に敗北している。
彼女は精神と記憶を司る超能力者。海原がどれほど堅固な鎧を身に纏えたとしてもその能力に対しては全くの無力だ。
現に海原は少女達が銃を持って部屋に乱入してきた時から弾丸から身を守るように自身の能力で生成した力場の膜を纏っている。
が、それには一切干渉せずに彼女の能力は直接作用している。どのような仕組みに依るものかも分からず、海原にそれを防ぐ術はない。

そのような思考も彼女は全て承知の上なのだろう。先ほどからずっと含み笑いを絶やそうともしない。
ならば、と海原は開き直る。今さらどうこう足掻いても無駄な事だ。策も何もあったものではない。
こうして生きている以上思考は止められず、思考した時点で彼女に知られてしまう。
その精神性はさて置き思考の面では海原はただの中学生だ。無我の境地などに達する事など不可能で、ならばと腹を括るしかない。

そう決断した矢先。

金髪の超能力者の両目が僅かに細められ、蛇に這い回られるような悪寒がぞろりと肌を舐めた気がした。

「アンタ――中々面白いわね」

その言葉に白井は彼女に訝しげな視線を向ける。
当然の事ながら彼女には分かっているのだろう。
分かった上で彼女は黙殺し、そ知らぬ顔で視線を海原に向けたまま続け。

「ねえ。結局、一つ聞くけど、アンタさ……好きな女のために死ぬのと、好きな女を殺されるのと、どっちがいい?」

そんな究極の、最悪の選択を突き付けてきた。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/11(土) 02:12:20.38 ID:JaZSlpu8o
筆が進まない進まない
一度このシーン終わったらちょっと休憩するやも
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/11(土) 02:48:26.91 ID:qF7XPUS30
>>226
おつです。
早く先を読みたい、ってのが本音ではあるけど、まあ無理しないでくれ
第1夜と第2夜読み返してたんだが、やっぱり面白くて仕方ないわ
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/06/11(土) 02:50:22.09 ID:m4J798I2o
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/06/11(土) 05:41:05.39 ID:ADS/ekbno
最後の問いかけ、「好きな女に殺される」でなく「好きな女を殺される」なのか。
心理掌握の能力でそういう仮想現実を埋め込まれるってことなのかな。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/11(土) 06:37:14.11 ID:y99m5e3So
真海原が、好きな美琴のために何かして死ぬか、好きな美琴が死ぬのを何もせず見送るか
ということか?
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/11(土) 10:11:32.96 ID:0eiryhelo
どうせ死ぬならなんかやってみる?って感じな言い方だな…
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/11(土) 11:07:32.55 ID:eQSaoQU/o

早く続き読みたいけどまぁ適度に頑張って下しあ
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/12(日) 07:34:30.61 ID:udBSZ8tC0
一人の役者として劇の舞台に上がって美琴を守るために戦って死ぬか、
単なる観客として美琴が死ぬという劇を観賞するかの選択か…
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/12(日) 21:38:54.21 ID:agJt7UDwo
観客or役者ってことか
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/13(月) 02:26:11.42 ID:L78TLSbb0
観客or役者の選択って、本当に最悪の選択だわな

あと、第1夜でエツァリが垣根にあわきんの行方を聞かれた時の、
「どこにいるかは分からないけどどこに行ったかは分かる」「地獄の門の向こう側に行った」って発言を信じるなら、あわきんは第1夜までには死んでそうだな
美琴の左腕をぶった切る、くらいのことをしてしまって殺された、とか

展開予想楽しいな、ちくしょうめ
早く先読みてえ
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/14(火) 21:03:38.92 ID:RpJWERVuo
「――――――」

その問いの意味を海原は即座に理解する事ができなかった。

彼女の言葉は一体どういう意味だ。
今この時、そんな問いを投げ掛ける彼女の思惑は分からない。
恐らく誰にも。『心理掌握』という能力を持つ少女の思惑など何人たりとも理解できるはずがない。
けれど投げ掛けられた言葉には相応の意味がある。言葉だからこそそこには何らかの意味が内包され自分に理解を求めている。

好きな女のために死ぬ。
好きな女を殺される。

究極ともいえる二択。どちらが正しくどちらが間違いという事もない。
ある意味ではどちらもが正しくどちらもが間違っている。本来その質問自体が狂っているのだ。

「一応言っとくけど、どっちも嫌ってのはナシだからね?」

金髪の少女は海原の瞳の奥底、心の源泉までも見透かすような視線で彼に笑い掛ける。

『好きな女』という言葉が何を指すのかくらいはどれほど鈍くとも察しが付くだろう。
自分が想いを寄せる少女の存在は自分自身が一番よく知っている。
なれば、だからこそ目の前の金髪の少女が、記憶と思考を司る超能力者がそれを知っていたとしても何ら不思議はない。

彼女のために死ぬ、という選択肢。これもいいだろう。
具体的な内容は兎も角としてそれが何を意味しているのかくらいはおおよそ見当がつく。

だが――好きな女を殺される、というのは、一体。
      、
好きな女にであったならばまだ分かる。
しかし彼女の言葉はまるで――。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/14(火) 21:27:38.22 ID:RpJWERVuo
「それではまるで、あなたが彼女を殺すと、そう言っているように聞こえますが」

表情が引き攣っているのを自覚し、海原は声が裏返りそうになるのを抑えながら言葉を返す。

彼女が御坂美琴を殺すと言うのならば――海原光貴は彼女を捨て置けない。
それを分かった上で眼前の少女は問い掛けている。

彼女のためにその命を投げ出すか。

それとも何もせず彼女を殺されるか――あるいは、ここで自分を殺すか。

「ええ、その通りよ。でも間違い」

彼女は肯定しながら否定する。
相反する二つを同時に口にしながらもその言葉は正しかった。

「私は誰かを殺せるような能力なんか持ってない。結局、超能力者だなんて言っておきながら私はその程度でしかない訳よ。
 具体的な暴力性なんて皆無で、私に出来る事なんてそれこそこの貧弱な身体のスペックに限られてる。
 直接的な影響力なんて微塵も持ってない。誰も殺せないし、誰も救えやしない。
 私の観測したこの虚構事象は世界の法則を凌駕する可能性なんて一片たりとも持っちゃいないわ。
 どれだけ必死になろうとこの世界は微塵も揺らぎやしない。そよ風一つさえ起こせない最弱に一番近い能力。
 私の夢想するファンタジーやメルヘンの介入する余地なんてありゃしないのよ。
 銃で撃たれれば多分普通に、極当たり前なように死ぬでしょうね。、そんなどこにでもいる程度のガラクタ。
 実際、アンタのその能力で攻撃されたら私なんてひとたまりもない。結局、私なんてその程度のものでしかないわ」

どこか砂糖菓子のような、毒々しいまでの甘さを感じさせる声で朗々と詠うように言葉を紡ぐ。
彼女は一体何がそんなに可笑しいのか、目を細め、喜悦の浮かぶ顔はけれど泣いているように見えた。
その甘言を弄す様はまるで人を籠絡する事こそ至上と謳う悪魔のようで。

「でもね、だからこそ私は今ここで、アンタの大好きな女の子を完膚なきまでに殺し尽くせる」

くつくつと、愉快そうに笑いを押し殺し彼女はそう断言する。

誰一人殺せない能力だからこそ。
今この場で最悪の選択を強いる事が出来る。

細められた青い目が海原を射抜き、赤い唇がゆっくりと開かれる。
蛭のように蠢く舌が紡ぐのは間違いなく呪いの言葉だ。

「その思慕も憧憬も執着も韜晦も情念も崇拝も悲哀も憐憫も、およそ記憶と感情と呼べるもの全て、アンタの想いの悉くを殺戮する」

それは即ち悪魔の戯言に等しい。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/14(火) 22:34:18.09 ID:RpJWERVuo
心――人の持ち得る最後の砦。死してなお誰にも侵される事のない神聖な場所。
だが、何人たりとも立ち入る事のできない絶対の領域だからこそ、虫の一匹すら殺せぬ彼女の能力はそこを蹂躙し尽す。

言うなればそれは魂の強姦に等しい。
人の域を逸脱しかけた、悪魔の所業に他ならない。

至極当然、自明の理である。
元より超能力者とは須らく人ならざるものに最も近しい者を指す。

そして何より――第一位『一方通行』よりも、第二位『未元物質』よりも。
彼女、『心理掌握』こそが現時点においてその座に最も近しいのかも知れないのだから。

「結局私は直接的に物理的に誰かを殺せるほどの能力を持ってないけれど、
 アンタの抱える大事な大事な自分だけの現実に介入してそこにある木偶を破壊する事なんて造作もない。
 さあ選びなさい。道化になって舞台に上がるか、それとも客席からも追い出されるか。たったそれだけ、結局、二つに一つよ。
 好きな女よりも自分の方が大事だなんて、そんな悲哀も何もない事ぬかすようならアンタには観劇する権利すらない。
 苦痛も快楽もなくアンタが大事だって言い張るそれを殺してあげる。そして何も知らぬままただのうのうと生きさらばえるがいいわ」

もっとも――果たしてそれが真に生きていると言えるのかと問われれば安易に首肯できるはずもないのだが。

そして海原も指先一つ動かせずにいた。
視線は彼女の青い瞳と交錯したまま。不自然に動悸は早く、握り締めた手の内にはじっとりと汗が滲んでいる。
なのに暖房のよく利いたこの部屋が何故だが凍えるように寒かった。
                 、 、 、
目の前の少女の形をしたナニカは相変わらず嘲笑う猫のような視線でこちらを見ている。

「ちなみに、ついでに言っとくと、もしアンタが結局選べないだなんて巫山戯た事をぬかすようならアンタには生きる価値すらない。
 この場で脳漿をぶちまけてあげるわ。銃のトリガーを引くくらいなら私だってできるんだから。ねえ、科学って素晴らしいと思わない?」

そう言って彼女はいつの間にか手にしていた拳銃を手の中で転がし遊ぶ。
金属光を持たないそれは一見子供の玩具に見える。だが強化樹脂で作られたそれは間違いなく人殺しの道具だ。

「あ、結局、選択肢三つになっちゃってるじゃん」

そしてまた彼女は可笑しそうに笑うのだ。

「さ、どれがいい?」
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/14(火) 23:47:17.74 ID:RpJWERVuo
「ちょっとお遊びが過ぎませんか、『心理掌握』」

それまで沈黙を保っていた白井が口を開いた。

「わたくしはあなたの個人的趣味に付き合う気など毛頭ございませんの。
 それにそもそもあなたの仕事はこの方々の口封じのはず。まさかお忘れではありませんよね」

「結局、口さがないわねえ。もう少しそのツンツンしたのじゃない表情を見せてくれると私としてもやりやすいんだけど」

「ご冗談を」

恐らく仲間であろう相手に親しみも気遣いもなく事務的な言葉を告げる白井に金髪の少女は肩を竦めた。

「ただまあ――心配しなくても大丈夫よ」

拳銃のトリガーに指を掛け、くるりと回して見せながら彼女は言う。

「もうやってるわ」

そう、既にこの会議室は彼女の手に落ちている。
元よりいた常盤台理事会の面々は、海原を除いて今まで誰一人として口を開いていない。
どころか、銃器を持っているとはいえ、異能の力を持っているとはいえ、見た目には中学生の少女ばかりが数名だ。
黙したまま大人しく座しているその状況こそが何よりも雄弁に彼女の力の威力を物語っている。

「……それについては理解しています。
 ですが、でしたらそこの方は何故――」

生かしているのかと。

白井がそう問うよりも早く海原は動いた。
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/15(水) 00:05:05.91 ID:KHRMobf0o
即ち第四の選択肢。
自分も、御坂美琴も殺させはしないという覚悟。

そう、彼女自身が言っていたではないか。
彼女は最弱の超能力者。事の元凶、彼女を殺せば――。

殺人の忌避は拭えないが、機械の如くに感情を凍らせ海原は無感情にその能力を行使する。
まだ死にたくはないし、それ以上に心の内にある彼女への想いを踏みにじられるなど許せるはずがなかった。

魂を犯されるなど断じて許せるはずがない。

ある種の生存本能。
海原光貴は発作的に、あるいは自動的に凶悪極まりない力の奔流を彼女に叩き付け――。

「……本っ当に救いがないほど愚かしいわねアンタ」

口調とは裏腹に彼女は優しげな微笑を海原に向ける。

――その顔はいつまでたっても笑顔のままで。

「でもまあ、及第点ってところかしら。逃げたりとか、気絶させる程度に抑えるとか、そういう妥協案に走らなかったんだから。
 結局、それが正解。私みたいなのは最低限殺そうとでもしなきゃどうしようもない。中々にいい殺意だったわよ。ごちそーさま」

「――――」

何食わぬ顔で平然と笑顔を向ける彼女に海原は戦慄する。
自分は間違いなく彼女を殺そうとした。そしてそれだけの力があった。

「どう――して――」

「当然でしょう? 私が誰だか忘れたの?」

なのに彼女は――掠り傷一つ、髪の一房も揺らす事なく、目を細めて笑っている。

「結局、アンタの能力を使えなくする事くらい訳ないのよ」
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/15(水) 00:56:23.67 ID:KHRMobf0o
『心理掌握』とは単なる精神感応系能力の頂点というものではない。

絶対服従の精神汚染も。
魂を侵食する人格否定も。
人生を割り砕く記憶改竄も。

その能力の一端、余波程度のものでしかない。

「確かにアンタは今、正しく演算して正しく能力を発露させようとしたわ。
 間違いなく私を殺せる威力と明確な意思を持って。そこには私の能力の介入する余地はない。
 だったらどうして――って、凄く単純で簡単な事。たった一つのシンプルな答えよ」

異能の力を発現させるという点においての基本中の基本。
最根源。全ての能力の共通事項。
誰もが持ち得ながら誰もが無意識に無自覚に忌避しているもの。
                 げんそう
「結局、アンタは今、私を殺す現実を観測したのかしら?」

「まさ、か――」

そう――これこそが『心理掌握』。

「これが私の――幻想殺し」

最弱故の最強。

超能力者第五位の真価とは即ち。
                                       キリングフィールド
「現実じゃ私は何の力も持たないけど、精神と記憶、心の扉の内は私の独壇場って訳。
 結局、幻想にしか生きられない私は幻想の中でなら万能の存在となる。アンタだけの幻想なんて容易く殺せるのよ」

能力の根源、世界法則に反した特異点を観測する固我。
たった一つの絶対的な現実を観測する狂気すらも彼女の手の内。
       パーソナルリアリティ
たとえそれが自分だけの現実であっても例外ではない。

故にこその心理掌握。
   げんじつ
相手の幻想を無慈悲に握り潰す見えざる掌こそが彼女の力だ。
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/15(水) 01:02:57.12 ID:jfjIbcaDo
この状態から仲間割れにどう繋がるんだ
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/15(水) 01:28:06.45 ID:KHRMobf0o
「じゃ、改めて訊くけど」

手の内で転がしていた拳銃を握り直し、銃口をぴたりと海原に向け彼女は尋ねる。

「好きな女のために死ぬか、好きな女を殺されるか。それともここで死ぬ?」

「…………」

その問いに海原は答えられない。
答えなど出せるはずがない。

けれど、だからこそ答えなど最初から一つしかないのだ。

「…………そ」

小さく呟き、そして。

彼女は躊躇いもなく引き金を引く。

バスッ、と気の抜けるような発射音と共に弾丸が銃口から狙い通りに海原の額目掛けて射出される。
念動力の異能を持ち銃弾程度であれば意にも介さず防げる彼の能力も今は『心理掌握』に封じられている。

弾丸は遮るもののない虚空を突き進み――。

ぱちん、と小さな音を立てて跳ねた。

「…………」

「おもちゃ、よ。ばーかばーか」

けらけらと笑う金髪の少女はプラスチックの塊を海原に向かって無造作に放り投げる。
咄嗟にそれを両手で受け止め、海原は眉を顰め傷む額に指を遣り軽く擦った。
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/15(水) 01:52:09.58 ID:KHRMobf0o
「ま、これでも本物だって信じ込ませれば死ぬんだけど。プラシーボ効果って知ってる?」

「……あなたは、もしかして」

何かを口にしかけた海原を遮るように彼女は手で制し、それから人差し指を立てる。

「結局、まだ言っちゃだーめ」

指を立て口元に添えるとおどけるように片目を瞑った。

「いいわよ。結局こんなのモラトリアムも同然だけど、そういうの嫌いじゃない訳よ。
 まだどうにかできるなんて希望を持ってるならその幻想が殺されるまで精々足掻いてみるといいわ。
 捕らわれのお姫様を助けて目覚めのキスをしてやれるっていうならそうすればいい。
 でも先に言っとくとね――あれは完全無欠にどうしようもないわ。あの子はもうとっくに完結してる。
 それでもアンタがヒーローになれると思い上がってるなら好きにすればいいじゃない。
 頑張りなさい王子様。結局、ここで降りた方が、あるいは幸せだったかもしれないのに」

「人の幸福を勝手に決め付けないで下さい」

今度ははっきりと海原は言い放った。

「――いい殺意」
                              、 、
ぱちん、と彼女が指を鳴らすと同時、海原の中に何かが形を取る。
それは漠然と得ていた喪失感をパズルのピースが空白を埋めるようにぴったりと型にはまる。

「結局、感謝しなさいよね。ここで私を殺してたら、本当にもうどうしようもなくなってたんだから」

「……あなたの言う事はどこまでが嘘でどこまでが本当なのか分かりませんよ」

「じゃあ私を殺してみる? 今度は止めやしないわよ」

「……それは本気で言ってるんですか」

「さあね。結局、私にも分からないわ」

おどけるように嘯く彼女の笑顔に海原は、結局何も出来なかった。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/15(水) 03:30:17.00 ID:KHRMobf0o
「はーいそれじゃあ撤収ー」

ぱんぱん、と二度彼女が手を打ち鳴らす。
それを合図にずっと沈黙していた同じ顔をした少女達が会議室の扉を開け音もなく姿を消す。

それに続くように理事らがのろのろと立ち上がり、ゆっくりと部屋を出ていった。

後に残るのは三人。海原光貴、『心理掌握』と、そして白井黒子。

「ようこそ地獄へ。結局、後戻りはもう出来ないわよ」

笑顔を浮かべる彼女は気違い猫と同じ。
何を言っても素通りに、口から吐かれるのは妄言と区別が付かない。

「女王様が首をお刎ねと言ったら、アンタはそれができる?」

できる、と。やってみせる、と海原は口には出さず決意する。
万に一つもない望みだったとしても『彼女』を救ってみせると固く誓う。
そのためならどれほどの犠牲であっても厭わない。

例え自分の身であろうとも――そういう事だろう。

どちらか選べ、と彼女は言った。
どちらもなどと都合のいい事は言えない。絶対的な優劣を付けろと、そういう事だ。
二兎を追えるほどの生半可な状況ではない。どちらも取り落とす事さえある。

親兄弟だろうと無二の親友だろうと殺してみせる。
彼女を救うためなら自分でさえも殺してみせる。

ただこの魂だけは、と。何も言わずに胸に秘めたまま。
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/15(水) 03:38:15.46 ID:KHRMobf0o
そして海原は金髪の少女を見遣り、彼女と目が合った。

相変わらずの得体の知れない笑顔はどのような感情を表すものなのか。
海原にはその一端さえも理解できなかった。

歓喜。嘲笑。慈愛。憐憫。楽観。ともすれば泣いているようにさえ見える。
その真意は推し量れなどしない。

ただ彼女は一言。

「――結局、いい殺意」

そう言って笑うのだ。

「それじゃ私達もさっさと――あれ?」

白井の空間移動能力で、と言い掛けて、彼女の姿が見えない事に気付いた。
少し見回すと机の陰から白井が立ち上がるのが見えた。

「アンタ何してんの?」

もう一人の少女は対照的に露骨に嫌そうに眉を顰め、何かを手渡そうとするように右手を差し出す。

「遊ぶのはもう結構ですけれど、せめて後始末くらいはご自分でなさってくださいな」

摘み上げたのはオレンジ色の小さなプラスチックの弾丸。

それを受け取る彼女は悪戯の見つかってしまった子供のように笑っていた。



――――――――――――――――――――
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/15(水) 03:41:57.63 ID:KHRMobf0o
長々と時間を掛けてしまいましたが海原パートでした

次はようやくあの人です
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/15(水) 06:27:07.84 ID:qu3bwT5DO
乙そして誰だ!?
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/06/15(水) 09:17:15.82 ID:Qh/5wBJAO
また最初から読み返してきた。やっぱり最高だな。>>1乙!結末さえ見せてくれるなら、いつまでも待つぜい!

次はあわきんか?つっちーも個人的には気になるが…
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/06/15(水) 17:53:52.36 ID:uXpNBrh8o
右腕わくわく
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/06/15(水) 23:14:56.68 ID:5aYwqr0+0
このSSにはアレイスターは関わってくるのかなぁ?
原作でプランの全容も上条さんの「中の人」も判明してないから書き様が無いかもだけど
このSS内では上条さんはご臨終だし原作のアレイスターの対応見るに
マジ切れしていてもおかしくないかも…

252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/16(木) 07:33:11.13 ID:7OwBfYndo
「幻想殺しはワシが育てた(キリッ」

「勝手に死におって……」
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/06/16(木) 23:36:11.31 ID:YtXjW7iN0
メインプランの一方通行壊した挙句、秘中の秘らしい上条さんも[ピーーー]とか
逆さま容器叩き割って出てきてもおかしく無いなww
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/06/16(木) 23:42:12.22 ID:7OwBfYndo
>>253
それ☆が死ぬだろwwww
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/06/17(金) 00:36:13.95 ID:rGD747T80
あの容器は身を隠す為でアレから出たら死ぬとかは無かったかと
…世界中の魔術師からまたフルボッコで死ぬかもしれんが
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/18(土) 20:58:01.48 ID:Y1nz7G5Do
どうにも不幸な星回りに纏わり着かれているような気がしてならない。

昼前に訪れた病院は何やらざわついていた。

病院という施設は元より活気に溢れて然るべき場ではない。
誰も彼もが沈痛な面持ちでとは言わぬが粛々とした一種の静謐さが求められる。

順調に快復する怪我人もいる。
生の希望を抱く不治の病人もいる。
逃れようのない死を抱きながらも己が生きた人生を誇る老人もいる。
そして新たに受けた生の痛みと喜びに泣く赤子もいる。

病院とは死神の家ではない。それは隣人だが彼ほど使命に誠実で真っ当なものもいないだろう。
生物の宿命として人はやがて死ぬ。その摂理から逃れた者など空前絶後、誰一人として存在しない。

だからこそ人は忌避しながらも死に挑み続ける。
言うなれば病院とは彼らに対する最前線基地だ。
死という未来永劫勝てぬ相手に挑むため、医師はメスを刷き針を撃ち病魔に立ち向かう。
敗北は即ち死であり、それは戦場と何ら変わらぬ普遍則として存在し続けている。

奇跡を切望しつつも私情を滅し機械的な判断が要求される。
希望は捨てずとも良いが感情は時として人を暴走させ自滅させる。
そういう意味では戦場に私情は不要だった。

感情は時に奇跡のような物語を生むがそれは万に一つ程度だ。
奇跡とはそう易々と起きぬからの奇跡であり、残る九千九百九十九の状況では感情は単に邪魔物でしかない。
感情の爆発で奇跡が量産されるようであれば世界はもう少し平穏であったか、もしくはもう少し破滅的だっただろう。

それは浜面の墜ちた世界の裏側でも同じ事。
病院が死の家と隣り合わせなのだとすれば彼の知る地獄と似ていても何ら不思議は無い。
だから浜面は妙な違和感を覚えた。

消毒液の鼻を突く独特の臭いがうっすらと漂う廊下を忙しなく行き交う白衣の医師。
階段の踊り場で小声で会話する研修医たち。
受付の看護士の態度もどこかよそよそしかった。

若い看護士の遅々とした処理のお陰で退院手続きに思ったよりも時間を取られてしまった。

気付けば時計は既に午後を示している。
太陽は眩しかったが寒空に映える閃光は何故だか妙に冷たく見えた。
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/18(土) 21:24:34.69 ID:Y1nz7G5Do
「忘れ物はないよな」

新たに調達した軽自動車の運転席に乗り込み浜面は後部座席の滝壺に再度確認を取る。

「うん。そもそも特に何も持ってきてないし」

彼女の言うとおりだ。
昨日の戦闘で負傷――といっても自傷に近いが――した滝壺は件の病院で緊急手術を受け、昨晩はそのまま病院に泊まる事になった。
たかが一日程度の入院に準備も必要ない。着の身着のままでおおよそは事足りる。

医者の腕が良かったからなのか、それとも怪我自体が軽いものだったのか。
医学知識の無い浜面には判断できなかったが二日目の入院生活は必要なかった。
必要のない患者に遊ばせるベッドはないという事なのだろう。形ばかりの継続入院を問われたが退院を選んだ。

そもそも暗部の人間にとって病院などという公共施設は鬼門だ。
裏社会の存在が表舞台に立つ事自体憚られる。影に隠れ生きるのが本来の形だとすればあそこは随分と居心地が悪い。

鍵を回すと軽い振動と共にエンジンが始動する。
浜面はサイドブレーキを降ろすとバックミラーで後ろに座る滝壺にちらりと視線を遣ってから緩やかに車を発進させた。

「……傷は痛まないか」

「うん。大丈夫だよ。見た目こんなだけど二、三日で包帯取っていいって」

「……そっか」

滝壺の声はいつもと変わらず柔らかなものだ。
けれど彼女の顔を覆う真っ白な包帯が妙に痛々しかった。

彼女の顔面を横一直線に走る包帯。
目隠しをするように巻かれたそれが傷痕を完全に隠している。
彼女の言うように傷はそれほど深いものではないのだろうが、だからこそなおさらに仰々しく、痛ましく思えてしまう。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/18(土) 21:48:44.26 ID:Y1nz7G5Do
「まぶたの裏がちょっと切れただけだって。目そのものとか神経とかは無事。
 負担を掛けないようにって事だから本当はアイマスクでもいいんだけど」

彼女はきっと浜面を心配させまいとしてくれているのだろう。
けれどその言葉はどこか言い訳のように聞こえてしまって、浜面は余計に顔を顰めてしまうのだった。

彼女からは見えないからとそれを隠そうともしない自分がどうにも嫌で浜面は奥歯を噛む。

「そういえばオマエ、飯まだ食ってないよな。どっか寄るか?」

表情と声が乖離している事を自覚しながら浜面は努めて明るい口調で彼女に尋ねる。

「ううん。いい」

……まただ。

鏡に映る彼女の顔は半分が隠されているために表情は定かではなかったが、微笑の形に緩められた唇はどこか寂しげだった。

いつもより幾らか狭い軽自動車の内。
小さく仕切られた空間ではお互いの気配は無視できないほどに濃密なものとなっている。

そんな状況だから恐らく彼女は浜面の放つ気配を敏感に察したのだろう。
彼女は気配とか雰囲気とか虫の知らせとか、そういう形の無いものを感じ取る事に長けている。
能力の所為もあるだろう。浜面とてまがりなりにも能力開発を受けている。

彼女が感じ取れるというAIM拡散力場とかいうものを自分も発しているのだとすれば、
顔を見ずともこちらの感情を少なからず窺い知られているだろうという状況にも納得がいく。

第一嘘は下手な方だと自分でも思っている。
滝壺のような聡い少女を相手にペテンに掛けようとすること自体が間違っている。

第三者から見ればさぞ滑稽な様だろう。
お互いがお互いの心中を察しながらも傷を舐めあうが如く笑顔を仮面に形ばかりの談笑に興じている。

それでも彼女の前ではピエロのように振舞わずにはいられなかった。
その好意がお互いを傷つけ合っていると分かっていながらも、傷つけ合う行為を止められない。

昨日の一件を境に一人が消えた。

それぞれが個性的な『アイテム』の中でも一際異彩を放つ外国人の少女。
彼女の柔らかな金髪を浜面はあの研究所に入る背を最後に見ていない。
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/19(日) 00:34:47.76 ID:Dui+n6xso
やけに嫌な沈黙が車内を支配する。
重苦しく立ち込める気配は澱のように重く息苦しく感じてしまう。

「……ねえ、はまづら」

「んー?」

窒息しそうな密室でそれを無視し浜面は意識して惚けた口調で返す。
きっと彼女は浜面の無駄な努力さえも分かっているだろう。

けれど口にはしない。
彼女も浜面と同じく形ばかりの平穏を装っているに過ぎないが、それでもこれは必要な事だろうと浜面は思う。

「むぎのは?」

「『スクール』の超能力者、えーと……垣根っていったか。アイツとどっか行った」

「きぬはたは?」

「昨日の事後処理で忙しいみたいだよ。あれだけ派手に殺してるからな。
 いくらバックが凄いっていっても今度ばかりは揉み消しに手間取ってるみたいだ」

「……そう」

残る一人。
彼女の所在を尋ねはせず滝壺は再び沈黙する。

聡いという事は何も利点だけではない。
当人にしても周囲にしても次第に煩わしく思えてきてしまう。要らぬ事まで察してしまう。その結果がこの猿芝居だ。
観客もなく当の本人たちもとっくに気付いていて、騙す必要なんて欠片もないのに下らない演技を続ける。

つまりこれは確認作業だ。
覆しようのない失敗を自戒させるための自傷行為。
身体に傷痕を深く深く刻み付け、悼みを風化させないために痛みを得ようとしている。

「……フレンダは?」

絞り出すようにようやく発せられたその声は気のせいだろうか、少し震えているように思えた。
気付かぬ振りをして浜面は愚鈍で純朴で残酷な少年を演じる。
演技ではなく本心から最低の下種だと心中で吐き捨てながら、浜面は彼女を傷付けるための一言を紡ぐ。

「連絡が取れない」

「………………そう」

彼女は一体どんな顔をしているのだろう。
鏡越しの白い布に覆われた少女の表情は愚鈍な浜面には判断しようもなかった。
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/19(日) 01:13:51.26 ID:Dui+n6xso
眼前の信号が赤に変わり、浜面は停車するためにブレーキを踏む。

「……はまづら」

「んー?」

緩やかに減速すると共に身体が慣性の法則に従い前へ引かれるような感触を覚える。
車が完全に停止するのを待って滝壺は小さく唇を開いた。

「行きたいところ、できた」

「どこ?」

「ホテル」

……停車した後でよかったと思う。
浜面は努めて平静を装いながら冗談めかした薄い笑いと共に背後の少女に言葉を投げる。

「この辺にはないから第三学区まで行く事になるぞ?
 あ、言ってなかったっけ。あっちのアジトはもう引き払って第六学区に場所移してんだ。
 まあ確かにああいうところの飯は美味いと思うけど……」

「そうじゃないよ」

「……」

分かっている。彼女の言葉が何を指しているのかも、浜面に望んでいる事も。
けれどもしかしたら何かの間違いじゃないのかと思ってしまって、浜面は思わず逃げ道を示してしまった。

きっと聡い彼女ならその意図を汲んでくれるだろうと思って。
そうしたらきっといつものように白けたような視線を――その両目は包帯に覆われてしまっているのだが。
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/19(日) 01:32:40.88 ID:Dui+n6xso
「嫌だったらいいよ。はまづらが嫌がる事を無理にして貰おうとは思わないから」

でも――と彼女は小さく続け、それ以上は口に出さなかった。

「……嫌じゃ……ない……けど」

溺死しそうなほどの空気に喘ぐように押し出した声。
けれどその続きを浜面は口に出来なかった。

彼女の気持ちは痛いほど理解できる。
嫌だったら、というその言葉の意味も十分に分かってしまう。

きっと自分は必要以上に彼女の事を知りすぎてしまったのだろう。
何も知らぬ愚者のままでいられればどれほど楽だっただろうと思う。
けれど過去は変わらず、時間を巻き戻す事は誰にも出来やしない。

「はまづら――」

きっとこういう現実を不幸と人は言うのだろう。
黙って気付かぬ振りをして下手な芝居を続けていれば何事もなかった事にできただろうに。
余りに悲しく、そして余りに愛しい少女はきっとそんな芝居が打てるほど器用ではなく、自分もまた同じだろう。

「好き」

少女の囁いた愛の言葉は、けれどどこか呪いの言葉にも聞こえた。

「……ごめんね。こういうの、凄く卑怯だと思うけど」

つまり自分は賢しいのだと滝壺は自嘲する。
この場、この状況、このタイミング……最悪の状況で最悪の言葉を彼に送る。
きっと優しすぎる彼は拒絶なんて出来ないから。その優しさに付け込んでしまう自分がどうしようもなく醜悪な生き物に思える。

「でも私は、はまづらに抱いて欲しい」
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/19(日) 01:47:01.51 ID:Dui+n6xso
逃げ道を用意しているようでそれは形骸ばかりのものでしかない。
こう言ってしまえば彼は頷くしかないのだと確信している。

「……ごめん」

言葉の裏に隠された真意も彼はきっと理解している。
十二分に理解しているからこそ優しすぎる彼は逃げられない。

「ごめんなさい。でも私は……はまづらの事、好きになっちゃったから」

それでも弱すぎる自分は優しい彼を籠絡して逃げる事しか出来ないのだ。
いずれこの言葉が彼を破滅させるだろうと分かっていながらも言わずにはいられない。
元から滝壺理后という生き物はそういう存在で、誰かを救うとかそういう高尚な事は出来るはずもなかった。

そういう最初から最後まで打算と計略で埋め尽くされた愛の言葉は――ああ――なんて最悪なものだろう。
本来ならば祝福されるべき睦言もこれでは悪魔の言葉と何ら変わりない。

他がどれだけ嘘に塗れていても。
その想いの形がどれほど歪んでいても。
たった一つ胸に得た気持ちだけは正直にいたいと――愚かしくもそう願わずにはいられなかった。

やけに長く感じる沈黙の後、信号が青に替わり、車は静かに発進する。
そして浜面は押し殺したような声で小さく言った。

「……後悔するぞ」

きっとそう言うと思っていた。
この地獄に生きるには優しすぎる少年は最後まで自分を慮ってくれるのに。

「ううん――しないよ」

出来る事なら後悔させて欲しいと思う。
それでもきっと、後悔なんて出来るはずがなかった。



――――――――――――――――――――
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/19(日) 01:54:35.26 ID:Dui+n6xso
ちょっと休憩しつつ
そんな訳でまったくエロくない、痛々しいだけのセックスシーン
生を繋ぐ行為が全く似合わんて、その通り

見たくない人は閉じたほうが賢明です
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/19(日) 02:07:10.23 ID:eyddAChP0
こっから冒頭の二人みてからあの結末だと思うともうね
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/19(日) 02:26:51.25 ID:0PKRRG7IO
むしろそっちのが興奮する
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/19(日) 03:09:50.80 ID:Dui+n6xso
学園都市は学生のための街だ。
理想はこの手の法で取り締まらなければいけないような施設は存在してはいけないだろう。

けれど人口の大部分を占める若者にはどうしても必要になる。
ある種の必要悪。風紀が乱れる原因にもなるが恋愛感情を取り締まる事は出来ない。
少なくともこの日本という国家において自由恋愛は尊いものだとされている。
基本的人権の一つ――と称してもいいだろうか。個々の感情は尊重されるべきものであって弾圧されるものではない。

第七学区は元々浜面のテリトリーだ。
街の事は隅から隅まで――とはいかないが、こういうきな臭い事が起こり得る場所は粗方把握している。

売買春が行われるには恰好の場。事実としてそれは存在していた。
性は商品として極上のものであり、需要は後を絶たない。欲望を溜め込み鬱屈している学生が相手であればなおさらだ。
ただ、浜面の属していたコミュニティは無頼者の集団ではあったが、そのリーダーである駒場が嫌ったためにそういう性を伴う物事には関与していない。
どちらかといえば彼は純朴だったのだろう。あの顔で、と亡き友人の顔を思い出して浜面は苦笑しそうになった。

彼らはそれらを弾圧する側だった。
法を無視する相手には同じく法に縛られない彼らが必要であり、そういう意味では彼らも必要悪だったといえる。
他のグループに睨みを効かせ、抑制するための見せしめ行為だった。

自分達の縄張りで従わない者には容赦しない。だから徹底的に潰した。
浜面も何度かその現場に踏み込んだ事がある。……が客として利用するのは初めてだった。

浜面の仲間に女性がいなかった訳ではない。
ただ仲間関係はそれ以上でもそれ以下でもなく、共存するためにお互いを利用しあっていたと言った方が正しい。

『したければすればいい』程度でしかなかった性の認識は一種の理想だった。
中には恋愛感情に発展する者らもいたが――それは兎も角として少なくとも浜面には今まで恋人はいたためしがなかった。

だからだろうか。
明晰夢のような妙に非現実的な感覚を伴いながら浜面は滝壺の手を引いてエントランスを歩く。

無人の狭いホールを横切る。
突き当りにはエレベーターがあり、その横にはインターホンのような係員の呼び出しと、
カタログじみた部屋の写真のパネル、それらに対応する小さなボタンがついている。

パネルが点灯していれば空室、暗くなっていれば使用中。
別に説明書きがあった訳ではないが漠然と理解できる。

九割方点灯しているのは平日の昼だからだろう。
利用客の大半――それなりに真面目な大学生連中は講義に出たりサボって街で遊んでいたりする時間帯だ。
真昼間から事に及ぼうとする者はあまりいない。思いがけず知り合いに出くわして気拙い思いをする……なんて事態には遭遇せずに済みそうだ。

小さく書かれた料金は部屋によってまちまちだが特に気にせず、内装が比較的落ち着いたものを選んでボタンを押す。
パネル裏の照明が消えると同時に、かたん、と小さな音を立てて下の窓に鍵が排出される。
要するにこれは部屋の自動販売機だ。ただし料金は後払い。

背を折って鍵を掴む。
安っぽいプラスチックのホルダーがついたそれがやけに軽く感じられた。
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/19(日) 03:59:13.95 ID:Dui+n6xso
エレベーターのボタンを押すとすぐに扉が開いた。

「……」

無言で滝壺の手を引くと彼女も無言でそれに従う。
キーホルダーに書かれた部屋番号を確かめ目的の階のボタンを押す。
静かに扉が閉まり、それからがくんと揺れてエレベーターは上昇を始めた。

想定していたものよりも大きく感じてしまったのは緊張しているからだろうか。自分ではそんな実感なんてないのに。

覚られぬよう横目で滝壺の顔を見る。
包帯の巻かれた彼女の顔は少し俯き気味で、やはりその表情を窺い知る事は出来なかった。

ただ――手を握る力が先程よりも心なしか強く感じる。
彼女も緊張しているのだろうか。

触れ合う手と手の間に汗の気配を感じる。
纏わり付くような感触は何故か不快に思えなかった。

ぽーん――と玩具のような軽い音を立ててエレベーターが到着を知らせる。

最後に小さく揺れ、扉が開く。

無人の廊下。人の気配はなく、しんと静まり返っている。
一歩踏み出し、安っぽい絨毯の上を跳ねた足音がやけに大きく響いた。

滝壺の手を引き途方もなく長く感じる廊下を歩く。
一歩ごとにくぐもった響きの足音が耳の中に反響して眩暈すら感じる。
現実味を伴わない感覚に漂うように思考を停止させたまま歩き……鍵の示す部屋の前で立ち止まる。

滝壺を引く手とは逆の手に握られた鍵。
鈍い色を返すそれに少しの間視線を落として――。

「…………」

鍵穴に挿し込み、捻る。

がちゃり、と返す音は重く、なのに抵抗は思ったよりも軽かった。
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/19(日) 04:10:47.90 ID:Dui+n6xso
思ったよりも時間を食いすぎたので今日は
このスレの滝壺はさっさと死んだ方がいいと思います
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/19(日) 18:15:18.98 ID:PbVnAGnco
焦れるぜ
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/20(月) 00:16:29.93 ID:AOhDghD9o
今日は最後まで行ければいいなあ
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/20(月) 01:00:12.89 ID:AOhDghD9o
扉を開けると室内は明るかった。鍵を開ける事で勝手に点灯する仕組みなのだろう。

滝壺の手を引き中に入る。
後ろ手に戸を閉めると自動で鍵が掛かる音がした。

「靴、脱げるか?」

「うん」

彼女の履いていたのは靴紐のない柔らかそうな素材で出来たものだった。
もう随分と長い間使っているのだろう。あちこちに小さな傷が付いている。
が――大切に扱っているのだろう。相応の痛みはあるもののそこに愛着があるようにも感じる。

お気に入りの服や鞄。愛用している眼鏡、腕時計。あるいは戦場に住む者にとっての銃剣の類だろうか。
代わりは幾らでもあるのに長年使い続けてしまって自分の一部となってしまったようなもの。
きっとこの靴は浜面よりもずっと長い間彼女と共に過ごし、彼女の行く道を共に歩いてきたものだ。

それを滝壺は優しく踵で踏み、足を引き抜くようにして脱ぐ。

「……こっち。少しだけ高くなってるから」

手を引き、部屋の奥へと誘う。

部屋の中は普通のホテルと然程変わりない。
もしくは昨日までアジトにしていた個室サロンか。大型テレビの下のラックに各種ゲーム機が収められているあたりそちらに近い。
調度品のグレードは格段に劣るが、この場所の用途から鑑みれば大して意味はないだろう。
ソファの前のガラステーブルの上には、サービスだろう、チョコレートやキャンディが少しばかり入った菓子鉢。
そして――サロンと違う点があるとすれば、無駄に大きなベッドと、枕元に添えられた小さな棚の上で妙な存在感を放つティッシュボックス。

嫌でも視線が行くのは、つまりこの部屋の意味はそこに集約するからだろう。
極端に言ってしまえば他は何も必要ない。ベッドだけあれば事足りる。
それをどうしてだろうか、悲しいと浜面は思う。

ソファにしろテレビにしろ、安っぽい菓子にしろ、それらの付属品はこのホテルの経営側からのサービスだ。
恋人達の楽しい一時を、二人きりで愛し合う空間を提供する。それがこの施設の主たる意味だ。

けれど――果たして浜面は囁くべき愛を持ち合わせているのだろうか。

言葉だけなら誰だって、幾らでも吐ける。
好きだ、愛してる、誰よりも君が大切だなどと美辞麗句を並べてやればいい。
日本語は一つの本質に向けて多種多様な表現をする事に秀でている。
浜面の粗末な知識であっても十や二十程度は思い付くだろう。

しかし感情の伴わないそれは、結局のところただの空言でしかないのだ。

だから浜面は思う。
今この場にあるべき愛とは存在するのかと。
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/20(月) 01:11:03.82 ID:TW26a8uPo
なんだろう、鬱というか屑というか
奇妙な雰囲気だよね

※話が屑って意味じゃないですよ
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/20(月) 01:55:27.60 ID:AOhDghD9o
「滝――」

振り返り彼女の名を半ばまで呼びかける。
けれど最後まで呼ぶ事はなかった。

「あっ――」

振り返った浜面の胸に滝壺がぶつかる。
視力を失っている彼女は浜面が立ち止まり振り返った事に気付かない。
たったそれだけの事なのに彼女は対応できない。浜面が手を引かなければ歩く事さえ満足に出来ないだろう。

「あ、……悪い」

「……」

思わず抱き止め、そのまま暫くお互い無言だった。
腕の中に感じる彼女の温度と、胸に当たる柔らかさが妙に現実離れしていた。
こうした状況――女性と抱き合う経験など彼の人生においてそう何度もある事ではない。もしかしたらあったのかもしれないが忘れてしまった。
だからだろうか。鼻腔をくすぐる彼女の匂いが酷く蠱惑的なものに思えて立ち眩みのような錯覚を得る。

「……えっと……はまづら」

滝壺は右手をやや上に伸ばし彼女を緩く抱きしめる浜面の腕に触れる。
そして手にほんの少しだけ力を込める。
俯き気味の顔は元より包帯に覆われているが、浜面の視線からはその表情を窺い知る事はできない。
ただ彼女の声色は拒絶するものではない。
だからきっと彼女は少しだけ困ったように恥ずかしそうな微笑を浮かべているのだろうと思う。

「あの……私、その……汗臭いと思うから」

身体は拭いてもらったんだけど、と彼女は蚊の鳴くような声で付け加える。
昨日からの彼女の境遇を考えてみれば当然だった。シャワーを浴びる暇もなかっただろう。
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/20(月) 03:11:08.51 ID:AOhDghD9o
しかし浜面は思う。

「でもさ、オマエ、目が見えないだろ」

「……うん」

「それじゃ危なすぎる」

全くの暗黒に生きられるなら人は光を求めたりはしない。
そもそも人が外界を認識する入力器官は視覚に集中している。
聴覚や触覚もそれなりの働きをしてくれはするが視覚には及ばない。

人には蝙蝠のような耳もなければ蛇のような特殊な感覚もない。
滝壺の場合はそれに似た特殊な感覚を持っているのかもしれないが――少なくとも無生物に通用するようなものではないだろう。

彼女がAIM拡散力場を認識する事ができるとしても、対人、それも能力開発を受けた者に限られる。
それも十全ではないだろう。体晶を使っている状態ならまだしも今の彼女は至近距離の浜面の動きにさえ咄嗟に対処できない。
そんな彼女をただでさえ滑りやすい風呂場に遣る事などできるはずもなかった。

「……はまづら」

なのに彼女は、少し躊躇うような気配を感じさせながら小さく。

「………………一緒に入る?」

「――――ッ」

視界が何か血のような色に染まった気がした。

「え――――きゃ」

有無を言わさず彼女の膝裏に手を回し横抱きにする。
随分と軽いと思う。路地裏での喧嘩に慣れた身体は彼女を易々と抱き上げられた。
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/20(月) 03:36:56.15 ID:AOhDghD9o
「は、はまづら……っ」

滝壺の慌てたような声を黙殺し、彼女の代わりに部屋を見渡し突っ切る。
そのまま一直線に――ベッドへと向かう。

「っ……!」

柔らかな布の上に滝壺の身体を横たえる。
思わず乱暴に、放り出すように彼女を降ろしてから、しまったと顔を顰めた。

恐る恐る――と滝壺の細く白い指が伸ばされ頬に触れた。
ひやりとした心地よい感触。頬を撫でる指先が体の熱を奪ってゆく。
それはつまり浜面自身が逆上せているという事なのだろう。

滝壺の指の触れる場所から、さぁっと何かが広がるような気分になる。
それは冷静さだろうか……それとも後悔だろうか。

視界を失った彼女は、それだけできっと怖いだろうに。

「……はまづら?」

小さく、少し震えていたけれど、心配するような声で名前を呼んでくれた。

自分が嫌になってくる。こんな自分なのに彼女は労わるような声を掛けてくれる。

彼女の目が見えていなくてよかったと思ってしまう。
自分は今きっと酷い顔をしているだろう。そんなものを滝壺に見せたくはなかった。

頬に当たる彼女の手に自分の手を重ねる。

「――悪い。滝壺」

彼女の手を精一杯優しく握り締めて。
精一杯の優しい声で彼女の名を呼ぶ。

「無理にそういう事、言わなくても大丈夫だから」
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/20(月) 04:10:13.08 ID:AOhDghD9o
「――――――」

手の中の冷たい感触が強張るのが分かった。
その事には気付かぬ振りをして浜面は彼女の手を優しく退ける。

「滝壺」

そして想いも願いも全てを込めて誓うように細い指先に優しく口付けをする。

「心配しなくてもいい」

つまり彼女の行動の半分ほどは演技だったのだろう。
少しでも浜面の気を引き、興奮させようとしてくれたのだろう。
そういう意味では彼女はかなりの役者だった。

ただ――悲しくなるほど似合っていなかった。

キャラじゃない、と。
つまりそういう具合に違和感を無視できない程度には浜面は滝壺理后という少女の事を深く知りすぎていた。

浜面も何も言わず、素直に彼女の思惑通りに動けていれば随分と楽だっただろう。
けれどそうまでして浜面を立てようとする滝壺の演技は見ているだけで涙が出そうなほどに悲しく、震える彼女を無視できるはずなどなかった。

きっと滝壺自身も分かっていただろう。
もしかしたら浜面が気付くだろうという事も承知の上で下手な芝居を打ったのかもしれない。
仮にそうだったなら彼女は自分の事を分不相応なほどに買ってくれていると浜面は自嘲する。

自分は彼女が願っていたほど愚かでもなく。
彼女が思っていたほど賢くもなかった。

「大丈夫だから。滝壺」

ぎし――とベッドが二人分の体重に軋む。

「俺はオマエを抱きたいと思ってるよ」

そうは言うけれど、愛しているなどとは言えるはずもなかった。
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/20(月) 04:45:00.92 ID:AOhDghD9o
「――はまづら」

「滝壺――」

呼んだ名を愛しく思える。
自分を呼ぶ声に泣きそうになる。
悲しいほど不器用な少女をこの上なく愛しく感じる。

だとすれば随分と歪んだ愛だ、と浜面は思う。

きっとお互いの想いは似たようなベクトルだった。
ただ、それは間違いなく相手に向けられているのに報われないものだ。
矛盾した想いが心の内で交錯し、それがそのまま相手へと向けられる。
愛しいと思うのに悲しく思えてしまうのは何故だろうか――そんな事は分かり切っている。

「ごめんなさい――」

滝壺の声は震えていた。

もう演技も必要ないと滝壺は分かっていた。
彼には自分の小賢しい思惑など一から十まで全てお見通しで、それでもなお精緻なガラス細工を扱うように優しく触れてくれる。
それを嬉しいと思ってしまう自分が堪らなく気持ち悪い。だから滝壺は。

「ごめんなさい――私、凄い嫌な子だ――」

謝らなくていい――と言いたいけれど、言ったところで余計に彼女を傷付けるだけだ。

「はまづら――お願い――」

好きだ。愛してる。誰よりも君が大切だ。
そんな言葉を言うつもりはない。

――言えば彼女を傷付ける。

「私に――優しくしないで――」

浜面の事を好きだと言ってくれた少女の声は泣いているように震えていた。
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/20(月) 05:07:48.82 ID:AOhDghD9o
つまりこんなにも悲しく思えてしまうのはこの歪んだ愛情故に他ならない。

こんな最悪なものを仮にも愛だなんて呼んではいけない。これはもっと汚らしく醜悪な何かだ。
そう思うからこそどんなに強く想い合っていてもその向きは常に一方通行だった。
愛してるなどと言われてはいけないと拒絶しあっているがために決して相手の内に届く事はない。

まるでハリネズミのようだと思う。
相手に触れる事と針で刺される事が同列に存在している矛盾。
抱き締めたいと思うのは傷付けて欲しいと思う事と同じだ。
                   あい
つまり滝壺は最初から、浜面の針で傷付けて欲しいと願っていた。

一方的で独善的なそれを愛などと呼んではいけない。
そんな気持ち悪いものを抱えている自分は彼に愛される資格などない。

これは単なる自傷行為で自慰行為だ。
そんなものに付き合わされる彼こそ不幸だろう。
嘆きや憤りを覚える事はあっても、まして愛してくれなどと言えるはずもなかった。

そして浜面も、どうしてだかそんな彼女の気持ちが痛いほど理解できた。

滝壺とて決して本心からそれを望んでなどいないはずだ。
けれど上辺だけをなぞる安っぽい愛の言葉は本当の意味で彼女を傷付ける。
彼を誰よりも愛しいと思ってしまうからこそ、愛される資格などないと願うからこそ彼女はそれに耐えられない。

暗闇に怯える幼子のように、滝壺は震える声で懇願する。

「お願いだから――好きになんてならないで――」

だからせめてその言葉を最後まで言わせまいと、浜面は目を閉じ彼女の口を塞ぐ。

小さく柔らかな唇は汗か涙の味がした。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/20(月) 07:05:36.24 ID:TW26a8uPo
右手まだー?
とりあえず夜中の更新乙
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/06/20(月) 12:57:46.38 ID:uAOmv7wio
すっごいレスし辛い雰囲気だ
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/06/20(月) 13:19:39.58 ID:N5YUVXBAO
浜面、爆発するな…
爆発しないでくれ
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/20(月) 22:58:55.26 ID:TW26a8uPo
滝壺は爆発するけどな…
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/21(火) 02:49:50.95 ID:frwB2DYE0
おいやめろ
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/21(火) 12:15:03.36 ID:LB4xcRHDO
恋人ができたよ、やったねりこうちゃん!!
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/21(火) 13:28:12.98 ID:oOboOgaW0
だ、誰かコブラさんを呼んでくれ!
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/22(水) 22:17:28.68 ID:KC0toOy9o
シーンがこれだししばらく下げで行きますよ
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/22(水) 22:39:35.99 ID:KC0toOy9o
唇で軽く触れ合うだけの拙い口付け。
乱暴に扱ってしまえば壊れてしまう気がした。

少女の矮躯に覆い被さり押し倒したような体勢だが触れ合っているのは唇だけだ。

滝壺と同じように目を閉じてしまえば確かな存在感を知る術はそうして触れ合う事だけだった。
彼女の息遣いも、仄かな体温も、どうにもあやふやで頼りない。
触れ合う事でしかお互いを知る事は出来ず、触れてしまえば傷つけあってしまう。

彼女とのキスは皆が言うような甘いものではなかった。
胸の内に開いた空隙から隙間風が入り込んだように寒い。
決して塞ぐことのできない傷痕を埋めるように浜面は滝壺に口付けする。

どれくらい経っただろうか。
ほんの数秒程度の短い間だったのだろうが随分と長く感じられた。

ゆっくりと唇を離すと、ほう、と息が漏れた。
彼女に触れていた部分がやけに熱い。

「はまづら――」

差し伸べられた両手が顔に触れ、輪郭を確かめるように両頬に添えられる。
そして優しく、けれど強引に引き寄せられ、今度は彼女の方からキスされる。

「んっ……」

噛み付くような乱暴なキス。
唇を食まれ、生温い舌が強引に間から侵入してくる。
ぞろりと口内を舐めるそれは肉でできた蛭のようで妙にグロテスクだった。
ぬるりと柔らかい舌が蠢き、歯の裏を撫でる。自分のものとは違う唾液の味が広がる。

「ふ……っ、あ、んっ……」

粘液質な音に混じり嬌声にも似た吐息が漏れる。
頬をくすぐる熱と生温い部屋の空気とは異なる湿度。
何か生臭さのようなものを感じさせる息が浜面の顔を撫でる。

喘ぐような、貪るような口付け。窒息しそう。酸素が足りない。
息苦しくて半ば強引に唇を離せばずるりと濡れた音が後を引いた。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/22(水) 23:46:42.59 ID:KC0toOy9o
「ちょっと、滝壺っ……」

浜面の言葉を無視するかのように滝壺は再び顔を寄せ頬に口を寄せる。
それから顎、手を首の後ろに回し頬骨の裏を舌でなぞられ、襟首。

キスなどと仄甘い言葉には程遠い舌の愛撫。
くすぐったさとは違うものを感じながらもそれが何とは形容できない。

「よかった」

顔を離し、表情の半分が見えなくとも分かるくらいに滝壺が笑う。

「はまづらの味がする」

「――――」

「はまづらの匂い、好き」

浜面を抱き寄せ胸に顔を埋めると、鼻を動かし肺一杯に空気を吸い込む。

視界を白い布に覆われ、滝壺はこうする事でしか彼を認識できない。
触れるだけでは足りない。他の四感をフルに動かし彼の存在を確かめる。
味覚も嗅覚も壊れているけれど彼を観測する事ができた。

「……汗臭いだろ」

「うん。汗の匂いだけど、好き」

「変な奴だなオマエ」

「今頃気付いたの?」

知ってたよ、と囁く事で浜面は心中にある鬱々とした気分を忘れようとする。
軽薄で単純なやりとりは言葉遊びのようなものだ。言葉にしてしまえばより確かなものとなる。
夏に「暑い」、冬に「寒い」。演技の悪い事を言うのも同じだ。実際は違っていても現実は僅かに言葉に引かれる。

こういう形ばかりの台詞でも口にしてしまえばいくらか現実味を帯びてくるだろう。
そうでもしなければ耐えられそうにない。

これじゃまるで死亡フラグだ、と思ってしまう。

悲恋の物語にはつきものの一場。
ここでロミオとジュリエットを騙るつもりはないが、この手の王道としては大概が共死の結末だ。

だからせめて口先だけでもと浜面は軽口を叩く。
とりあえず笑っておけば何故だか救われた気分になる。

つまりこれがきっと――本当にどうしようもない時はもう笑う事しかできない、なんていうどこかで聞いたフレーズなのだろう。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/23(木) 00:20:34.67 ID:orb25E7fo
心が痛いわ…
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/25(土) 22:24:20.08 ID:kJFTjxWno
「…………はまづら」

軽く胸を押される。
拒絶ではない。手に込められた力はか弱く、遺憾の念を感じさせる。
滝壺の指が浜面の胸元をなぞり、別れを惜しむように躊躇いがちに離される。

「服、脱ぐから」

衣擦れの音を立て上体を起こした滝壺は小さくそう言った。
羞恥の色はなく、この気拙い妙な間を作ってしまった事に対する懺悔めいた声だった。

「あ、……うん」

そうだよな、と浜面は口にはせず頷いた。
服を脱がなければできない。そんな当たり前の事に今さらながら気付く。

じいぃぃ――と滝壺の着ているジャージのジッパーが独特の音を奏でる。
そんな小さな音がやけに大きく聞こえる。それが妙に生々しくて、浜面は僅かに視線を逸らす。

服とシーツの擦れる音。ベッドの軋み。呼吸音。
ごうごうと鳴り止まないノイズは頭の中を血が流れる音だろうか。

自分も、と服を脱ごうとするが前を閉じているジッパーの金具が上手く抓めない。
手に浮いた汗で酷く滑る。縁を爪に引っ掛けて強引に降ろせば途中で金具が噛んでしまい突然に止まる。
爪が削られるように離れ軽い痛みを覚える。どうにももどかしくて裾を捲くり上げ、そのまま中のシャツごと引き抜いた。

視線も向けずベッドの脇に放り捨てる。
ズボンのベルトを外そうと外そうとして、金具のかちゃかちゃという音がどうにも気恥ずかしかった。

視覚情報を得られない滝壺は、触れ合っていた体を離した今浜面を聴覚でしか捉えることができない。
だとすれば彼女はこの瞬間浜面の事をどう見ているのだろう。
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/25(土) 22:45:49.19 ID:kJFTjxWno
「…………」

横目で彼女を見遣る。

滝壺は膝を抱えるような体勢でジャージの下から足を抜こうとするところだった。
見慣れない黒のタンクトップを持ち上げる膨らみに改めて彼女を女と意識する。
淡い桜色のショーツが腿の間から見える。細かなレースをあしらったそれは彼女には似合いのものに思える。

「んっ……」

小さな吐息と共にタンクトップを捲くり上げ脱ぎ去る。
揃いの桜色のブラジャーに包まれた双丘は浜面が思っていたよりも幾らか大きい。着痩せする方なのだろうか、と醒めたような事を考える。
それから滝壺はジャージとタンクトップを軽く畳んで、少し迷うような素振りを見せた後、背に手を回しブラジャーのホックを外す。

ぷつ、と金具が擦れる。
その音に浜面は急に我に返って滝壺から目を逸らす。

しゅる、と布と肌の擦れる音。身動ぎでベッドが軋む。

「……」

滝壺には浜面の一挙一動が手に取るように分かっていた。

その動きも、心の機微も。

彼女だけが持ち得る第六感――AIM拡散力場を捉える能力によって浜面の表層意識に細波を立てる感情の動きが分かってしまう。

読心能力に近いそれを滝壺は卑怯だと思う。
相手の持つカードを一方的に覗き見るようなものだ。それがどのような状況であれ反則行為に等しいだろう。
まるで『さとり』のよう。山道を往く旅人の前に現れ一方的な問答の末に喰らう鬼。だとすれば両目を覆う包帯にも納得がいく。

だとすれば自分は鬼女なのだろう。
逃げ場を塞ぎ毒を飲ませ弄んだ挙句に男を喰らう女郎蜘蛛。

滝壺理后という少女の本質はそういうものだ、と自虐する。
自分からは何一つ動こうとせず、そ知らぬ振りをして見た目ばかり綺麗な巣を張る化生の類。

つつけば破れてしまう程度の仮初めの城を、守ろうとしてくれたのは他ならぬ彼だというのに。
本当はまったく関係ないのに、巣に絡め取ったのは他ならぬ自分だというのに。

それをただ、彼が不幸だったのだ、と一言で片付けられるほど滝壺は器用ではなかった。
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/25(土) 22:49:21.22 ID:ganFzmD0o
不幸だった、って無理やり納得しても狂ってしまう、納得できなかったらできなかったで傷だらけの未来しか待ってません、てことかよう……
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/25(土) 23:10:07.42 ID:kJFTjxWno
浜面仕上という少年は確かに何の力も持たない無力な少年なのだろう。
けれど滝壺には自分の何倍も輝いて見えた。

網に架かったのが彼ならば、それはさながら蝶のよう。

暗い木陰に巣を張ったまま動かない蜘蛛からすれば羨望でしかない。
羽ばたき一つは小さくとも、その羽は確かに風を動かしている。
ひらひらと弱々しく、けれど確かに飛翔する小さな光。
天高く飛ぶ鷹にはなれずとも、地上近くを美しく舞うその姿は滝壺が知る何よりも美しく見えた。

けれど彼の、雨に濡れ破れた羽ではもう飛ぶ事はできない。
落下した蝶は運悪く蜘蛛の巣に絡め取られ、そして滝壺に出会う。

見た目ばかり花のように無害を装った毒蜘蛛。
けれどその本質を知ってなお、蝶は自分を愛でてくれるだろうか。

……、……。

「はまづら」

躊躇い、口を開いた。

何をどう捏ね回しても言い訳にもならない。
その理性がどうであれ、本能には抗えない。
ごめんなさいと何度口で謝ろうとも結果は変えられないのだ。

どう足掻こうとも蜘蛛は飛べず、蝶にはなれない。
そして彼もまた、きっと二度と飛べない。

だったらせめて――自分が一番嫌な方法で、一番それらしい過程を演出しよう。

彼の羽をもいだのも滝壺で、彼を殺すのも自分。
そして自分は彼のために、彼のように死ぬ。

どんなに羨望しようとも蜘蛛に空は飛べない。
地に向かって真っ逆さまに落ち潰れる末路しか存在しない。

身の程を弁えず蝶に憧れた醜い異形にはちょうどいい。

けれどどうしてだろう。
蝶に蜘蛛の気持ちなど分かるはずもないのに。

「ん――――」

口付けは甘い蜜のようで。

もしかしたら食べられるのは自分の方じゃないのかと滝壺は思ってしまうのだ。
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/26(日) 01:21:09.00 ID:48yXXJxjo
滝壺は手を伸ばし彼に触れる。
少しばかりの湿りと、しなやかな肌の感触。

触れた温もりをもっと欲しいと思ってしまう。
体を近付けようと腰を浮かせ、体重を前に。

今度は浜面から舌を絡めてきた。
歯の一本一本まで愛撫するように優しく撫でる。
自分のものとは違う唾液の味が味蕾をくすぐる。

甘噛みする唇は柔らかく、滝壺には何もできなかった。
ふらふらと、酔ったように思考が安定しない。彼の唾液はどんな火酒よりも甘く、熱かった。
自分の舌は痺れたように動いてくれず、かといって顎を動かせば彼の舌を噛んでしまう。

どうせならここで舌を噛み千切って欲しいと、まるで夢みたいな事を思ってしまう。
彼にそんな事が出来るはずがないのは十分に承知している。
けれど願わずには――呪わずにはいられない。
そうでもしなければ自分は彼を食い殺してしまうだろうから。

「……はまづら」

ようやく唇を離され火照った息をほうと吐き、滝壺は彼の名を呼ぶ。

「えっと……ごめん、服」

見えないけれど記憶にある先ほどまで自分が纏っていた衣服を言葉だけで示す。
皺になるからと小さく呟いてから、その一番上に置いたのは最後に脱いだ下着だっけ少しばかりの羞恥心を覚える。

「ん……」

随分と情緒に欠ける言葉とは思うが、元よりそんなものは期待していない。
浜面に滝壺の思惑が知れてしまっている以上この場の空気は最悪にまで冷え切っているのだから。
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/26(日) 02:58:21.91 ID:48yXXJxjo
衣擦れの音と共に浜面の気配が移動する。
浜面の動きが部屋の空気に流れを生み、それを滝壺は肌で感じる。
小さな音の後、そちらから小さな足音が近付いてくる。

そして差し出された手が滝壺の頬に触れるよりも早く、その手を握る。

「――――」

息を呑む気配。驚かせただろうか。
指を絡め組み握る。それから包むようにもう片方の手を重ねた。

「はまづらってね、稲穂みたいな色に見える」

テレビなんかの映像でしか見た事がないけれど、と苦笑する。
本当は彼女を想起させるような言葉を使いたくなかったのだけれど。

まるで金色みたいに彼の色は見える。

それは日の光に当たってこそなのだろうけれど。

「能力?」

「うん」

落ち着いて集中すればごく近い距離であれば暴走時の真似事くらいはできる。
『能力追跡』は本来、無能力者を相手ではAIM拡散力場が弱すぎて感知できないのだけれどこういうノイズのない場所でなら話は別だ。

「……馬鹿」

そう言われ、額にキスされ、そしてベッドに優しく押し倒された。

「オマエ、なんで包帯巻いてるんだよ。また病院にとんぼ返りなんて嫌だからな」

「……ごめん」

浜面の言い分ももっともだ。
滝壺の能力は特殊すぎる。『暗闇の五月計画』により人為的に改造されている不自然な代物だ。
暴走に慣れてしまっている以上、通常の能力使用でも暴走状態に陥らないとは限らない。

だから、なのだろうか。それとも。

「大丈夫だよ……オマエから離れたりしないから」

浜面はそう優しく囁いて、頬にキスした。
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/26(日) 16:55:52.64 ID:+xigMbydo
痛々しいねぇ
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/29(水) 23:22:45.86 ID:kZy76CsYo
「……触るぞ」

前置きなんてしなくてもいいのに、と滝壺は苦笑する。
こういう変なところで律儀な彼が何故だか妙に可愛く思えてしまう。

返事の代わりに力を抜き、両手をシーツの上へ投げ出す。

「んっ――」

硬い指先が鎖骨の辺りをなぞる。
僅かに違う体温に反射的に少しだけ体が強張ってしまう。

滝壺の反応に少し戸惑ったのか指先に掛かる力が薄れた。
けれどそのまま無言で身を任せれば、手の動きが再開される。

首筋からゆっくりと下へ。
くすぐったいような蕩かされるような変な気分だ。
肌を撫でる動きは天鵞絨を扱うように優しい。

けれどそれでは足りないと思ってしまう。

「はまづら――」

彼の名を呼び、お願いだからとシーツを握る。

「もっと――強くして」

いっそ壊すほどに、強く、強く。
自分のような存在が彼に優しくされていい道理などない。

なのに浜面は滝壺の右肩に口を寄せ、ほんの少し強く吸う。

「っ――」

小さな痛みが起こる。
それから浜面は吸い付いた箇所を唇で柔らかく挟み、傷口を舐めるように舌でなぞる。
肩の痛みは一瞬で、すぐに痺れるような甘いものへと変化した。
小さな痛みが脳を刺激し、感覚がより鋭敏になる。ちりちりと小さな火花が爆ぜるよう。

「悪い……痛かったか」

浜面の言葉に無言のまま首を大きく左右に振る。
そして手を伸ばし、浜面の頭を優しく抱き寄せた。
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/29(水) 23:50:16.85 ID:kZy76CsYo
「ん……っ」

今度は鎖骨の下。また焦れるような痛みが生まれる。

小さな傷痕だ。すぐに治ってしまうだろう。
内出血の赤は服を着てしまえば分からない。

けれどもっと傷付けて欲しいとせがむように滝壺は浜面を抱き締めた。

永遠に消えない傷痕が欲しかった。
女の場合それはとても分かりやすくて、それをきっと分かっている。

重い――だろう。
滝壺はある意味介錯にも似た行為を彼に求めている。
なのに彼は嫌がる素振りも見せず――きっと優しげに苦笑して。

……そうしている間にも浜面の右手は腋を掠め、二の腕を撫でた後、胸の膨らみへと向かう。
指を押し返す服の上から見ただけでは気付かなかった柔らかさに、着痩せするんだな、と妙に冷静な感想が浮かんだ。

「あ……」

思わず口から零れたのだろう。
その言葉は驚きなのか、戸惑いなのか、それとも歓喜なのか。

「悪い……加減とかよく分からない、から」

「…………」

彼女の事だ。
こうして優しく愛撫するよりも、乱暴に、握り潰すほど滅茶苦茶にされる事を望んでいただろう。
けれどそれを口に出そうとはしなかった。言ったところで浜面が聞く訳でもないし、余計に罪悪感を持たせる事になるだろう。

そういう滝壺の想いが分かるからこそ。

「悪い」

もう一度謝って、浜面は胸に触れる指を動かす。
上気した肌は指に吸い付くようで、力を込めれば心地よい抵抗が返ってくる。
白い肌は酒に火照るように淡い桜色に染まり、薄っすらと汗ばんでいる。

その奥にある鼓動を柔らかい肌を伝い感じる。
心臓は早く強く脈打ち、彼女の小さな体が弾けてしまいそうな気さえした。
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/30(木) 01:21:51.79 ID:Sob37HnOo
滝壺の嬌声が麻薬のように脳に染み込む。

なのに浜面の思考は真っ二つに乖離していた。

片方は滝壺を、腕の中の少女を慈しむものだ。
抱き締め、キスして、愛したいと思う気持ち。それが彼女の本意であろうとなかろうと構わないほどの強い衝動。
二つの愛欲は本来同じものだろう。ならばこそこうして浜面は滝壺を抱きたいと思っているし、彼女の涙を癒したいと思っている。

けれどもう片方は、妙に冷めた様子で、一段高い場所から眺めているよう。
どんなに抱き締めても、キスしても、それが彼女を癒す事はない。
飯事、児戯に等しい愚行。言ってみれば自慰行為のようなものだ。
愛しい彼女の涙を乾かそうと優しく慈しみ抱く自分に対する陶酔――反吐が出る。

それは二人とも同じだろう。
この鼓動も、体の熱も、浜面が指に挟み優しく刺激する突起も、滝壺の腿に触れる熱く硬い部分も。
愛欲に因るものなのだと思う一方で単なる生理現象に過ぎないと切り捨てる。

けれど止める事はできなかった。

どんなに自分が醜悪だろうと。
本来愛を示す行いが相手を傷付けるだけの自己満足に過ぎなかろうと。

それをお互いに理解しあいながらも、二人は相手を求める事しかできなかった。

「……、……」

どうにも言葉にする事ができなくて、浜面は触れる手の動きでその先を示す。
胸からゆっくりと下へと手を動かす。
僅かに浮いた肋骨の硬い手触りを感じながら臍の横を過ぎ、腿の付け根の関節を指先でなぞる。

「……ん」

それは吐息だったのか、それとも応答の声だったのか。
結局判断が出来なかったが、下半身の力が僅かに抜けた。
柔らかい和気を梳かすように撫で、その先、足の間へと手を伸ばす。
そこは確かに潤んではいたけれど――十分ではない、だろう。多分。
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/30(木) 02:25:46.15 ID:Sob37HnOo
ほんの少しのぬめりを指にまぶすように、力を抜き二、三度掠めるように指を沿わせる。

「ふ――」

滝壺の口から漏れた声が悲鳴なのか嬌声なのかも分からない。

触れた部分の粘膜が指の動きに合わせて引き攣る。まるで真新しい傷痕を撫でているようだ。
指を離そうとすればほんの少しの貼り付いたような感覚がして、ぺりぺりと生々しい音まで聞こえてきそう。

少し考えて、浜面は手を離す。
そして自分の口に指を含んだ。

甘酸っぱくどこか生臭い、独特の味が舌を刺激する。
自動的にそうなっているのだろうか。自然と唾液が分泌され、何度か舌で転がし指にまぶす。

零れそうなほどに濡らし、これなら大丈夫だろうと再び滝壺の割れ目へとあてがい、摺り込むように撫で付ける。
少し力を入れればぬるりと指が柔らかい肉の間に滑り込む。
内壁に指を押し付け擦ると、やがて奥の方からじわりと何かが溢れてくる。
それを更に塗し、指の関節だけでゆっくりと解すように動かす。

「――――つ」

ほんの少しの引っ掛かりを感じると同時に滝壺の体が強張る。
明確な苦痛だった。爪が内側を引っ掻いたのだろう。
そういえば爪を切ったのはそれなりに前の事だったような気がする。

「……ごめん」

一言謝って滝壺の頬にキスする。
そしてまた躊躇うように少し考えてから。

「――はまづら?」

急に体を離したからか、滝壺の戸惑いの声が聞こえた。
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/30(木) 21:59:24.53 ID:Sob37HnOo
「ごめん」

もう一度謝って。

「力、抜いてくれ」

その一言で理解したのだろう。
困ったような気配で小さく身動ぎした後、滝壺は。

「……ん」

軽く立てられた両膝に手を置き、罪悪感を感じながらも押し開く。

直視したそこは、何というか――生々しい――と思ってしまう。
生殖器という、生々しいとしか表現しようがない代物が少女の一部であるという事実。
それはどこか退廃的で、神秘的で、同時にグロテスクに思える。

「――」

目を瞑り柔らかな唇に口付けする。
鼻先を淡い毛先と、滝壺の香りがくすぐった。
唇で挟むように揉み解し、舌を伸ばし内側を擦る。

「や……っあ……」

目を閉じた分、他の感覚が鋭敏になっているような気がする。
滝壺の声に苦痛の色はなく、甘いものを帯びている。
先程の指に絡んだものよりも何倍も濃い風味は舌を焼くよう。

後頭部に細い指が添えられ、けれど力の所在に困るような気配を感じる。
どう反応していいのか分からない――のだろうか。

羞恥と、官能と、罪悪感。異なる複数の感情が綯い交ぜに堂々巡りを繰り返す。
挙句、滝壺は何も言えず、浜面にどうする事もできなかった。

思考とは関係なく、舌を動かすたび滝壺の肢体は反応する。
頭の上から滝壺の切なげな吐息が聞こえる。
それがどうにも嬉しくて悲しくて、浜面は舌を動かし続けた。

汗の匂いと体液の匂いにくらくらとする。酔ってしまったようだった。
奥から溢れてくる蜜を舌に絡め、出来る限り優しく滝壺の中をまさぐる。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/07/01(金) 02:06:25.82 ID:aSCxtm8Eo
どれくらいそうしていただろうか。
浜面はただ滝壺に少しでも楽になってほしい一心で――実際のところ浜面自身が楽になりたかったのだろうが――滝壺を愛撫し続けていた。

時間の概念さえもどこかに忘れてしまったようだった。

「っ……はま、づら」

くしゃりと髪を撫でられる。

「もう……大丈夫、だと思うから……」

そう浜面に言う滝壺の声は甘く、けれど何故だか悲しげに聞こえた。
彼女がどのような思いで浜面の行為を受け入れていたのか。浜面にそれを知る術はない。
そもそも自分の想いすらどういった質のものなのかも分からずに、まして他人のものなど分かるはずもなかった。

だからせめて。
体だけでも繋がりたいと。そう思うのだろう。

「……ん」

短く返事をして浜面は体を起こし、自分と滝壺のもので濡れていた口の周りを拭う。
そのまま滝壺に覆い被さるようにベッドの上を這い進む。

恐る恐ると顔の方へ伸ばされた右手を取り、優しくシーツの上へ降ろす。

「あ――」

そして自分の右手も彼女の顔へと。
親指で頬をなぞると手を重ねられ、ゆっくりと引かれる。
その動きに合わせ指を絡ませ、同じようにシーツに押し付けた。

ゆっくりと腰を進め、お互いの部分を合わせる。
何度か擦り付けるように往復すると、それだけで快感が感情を無視し背筋を駆け上がる。

もう自分が何を考えているのかすら定かではない。
理性と本能と思考と感情とがぐちゃぐちゃに混ざって混沌としている。
ただ何故だか無性に泣きたいのに涙は一滴も零れてくれなかった。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/07/01(金) 03:00:54.62 ID:aSCxtm8Eo
誤魔化すように彼女の両目を塞ぐ包帯の上からキスをした。

「――――」

「っ……悪い。痛かったか」

自分の短絡的な行いに後悔する。
けれど滝壺は小さくゆっくりと首を振り。

「ううん。少し、びっくりしちゃっただけ」

優しくそう言うのだった。

「嫌だな……顔、見えない」

滝壺の言葉に、お願いだから今だけは見ないで欲しい、と浜面は思う。
きっと今自分は酷い顔をしているだろう。こんな表情を彼女には見せたくはない。
こんな顔を見せてしまえばきっと彼女を傷付けてしまう。

だからと言うように、零れてくれない涙の代わりになるかは分からなかったけれど、相手の名前を呼んだ。

「滝壺……」

名は呼ばず、姓で。

「――はまづら」

それが二人の最後の境界線だった。
きっと名を呼んでしまえば歯止めが利かなくなる。
最後まで、壊れるまで転がり落ち続けるしかできなくなる。

それもきっと、決して悪くはないのだろうけれど。

人影が三つ、脳裏にちらついて離れない。

だから浜面は滝壺だけを感じようと、目を閉じ、肌を重ね。



「」



もうそれ以上の言葉はいらないと口を塞いだ。
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/07/03(日) 01:40:02.22 ID:RftgCitTo
ゆっくりと、けれど強引に腰を進め滝壺の中へと割り進む。

慣れぬ部位だからだろう。緊張と弛緩を繰り返し痙攣しているようだった。
締め付けは暴力的ですらあるのに、どうしてだろうか。まるで彼女に抱擁されているようで浜面はまた涙が浮かびそうになる。

だから代わりに、繋いだ手を強く握り。
それに滝壺が応えるのを合図に、強く押し込んだ。

「――――っ」

何かを引き千切るような嫌な感触と共にずるりと奥まで進む。

痛みに堪えるように滝壺の全身に力が入る。
けれど彼女は、唇を引き結び、繋いだ手を痛いほど握るのに苦痛の声を漏らそうとはしなかった。

こういうとき、男だけ卑怯だと浜面は思う。
彼女の痛みの何分の一かでも共有できればと思ってしまう。

そんな事は無理だと分かっている。だが後ろめたくもあるのだ。
心はこんなにも痛むのに、体は腹が立つほど素直で、こうしているだけで背筋が寒くなるほどの快楽が競り上がってくる。
手の甲に食い込む爪さえも快感に摩り替わってしまう。

そんな自分は途方もなく嫌らしい生き物なのだと再確認する。

けれど苦痛に歪む彼女の唇がどこか微笑しているようにも見えて。
もしかしたらこの手に感じる爪の鋭さこそが今彼女の得ているものなのかもしれないと夢想してしまう。

だからせめて、その痛みを少しでも和らげたいと浜面は滝壺に口付けする。
溺れるようなキスは息の仕方さえ忘れてしまったよう。

押し潰された胸が細かく上下する様が。噛み付くように重ねられた唇が。縋るように握られた手が痛々しくて。

なのにどうしてだろうか。

そんな滝壺が何よりも愛しくて浜面は彼女の暴力的な行為を甘んじて受け止める。

(……ああ、そうか)

滝壺の歯が掠め、唇に小さく鋭い痛みが走り舌先に鉄錆の味を感じ、同時に浜面は悟る。

(もしかしたら滝壺も、きっと)

今浜面が胸に抱く不確かな喜びを彼女は持っているのかもしれない。
そう思ってしまうのだ。
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/07/03(日) 03:07:27.21 ID:RftgCitTo
初めて下腹部に感じる圧迫に、滝壺は違和感とは別の何かを得ていた。
あえて例えるならば充足感のような。欠けていたものが埋まったというもの。
それは異物ではない。本来そうあるべきものなのだ。
最初からそう設えられていたようにぴったりと納まっている。

鍵と錠の関係のように。それ以外では埋まることのない唯一無二。
ならば自分は始めからこうなるよう生まれてきたのだろうと滝壺はぼんやりと考える。
滝壺理后という少女は浜面仕上という少年のためだけに存在する。
そんな自惚れのようなことを思ってしまう。

けれどその鍵は、たとえどれだけ一致したとしても開けられることはない。

眼にちりちりと沁みるような感覚がある。
涙を浮かべているのだろうか。
だとしたらどうして、と思って滝壺は心中で首を振った。

(何だっていい)

嬉しいのだとしても、悲しいのだとしても、痛いのだとしても、それは彼によって生み出されたものだ。
彼のために流す涙なら、きっと。

「ん……っふ……」

乱れていた呼吸が落ち着きを取り戻してきて、滝壺はそれまでと少しだけ違うキスを浜面にする。

言葉に出さずとも伝わると思った。
この奇妙な一体感は、もしかしたら自分の持つ異能の所為なのかもしれないけれど。

はたして傷口を抉るような痛みに滝壺は安堵と喪失感を覚える。
ゆっくりと埋まっていたものが引き抜かれ、そして再び挿入される。
どうすれば負担が少なくなるか、何となく分かっていた。体がそういう風にできているのだろう。

力を入れるべき場所、そうでない場所。
こんな壊れかけの体でもちゃんとそういう事は分かっていてくれたとどこかほっとする。

内腑を直接掻き回されるような感覚は多分その通りなのだろう。
脳がぐずぐずに溶けてしまったように思考が安定しない。
自分が今感じているものが痛みなのか快楽なのかも定かではなかった。

だから、と言うように。

「はまづら――」

思わず離してしまった唇から彼の名が零れる。

「もっと、強くして」

この感覚がどのような性質のものだとしても構わない。
どんなものだろうと、きっとそれこそが滝壺が望んでいたものなのだろうから。
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/07/03(日) 03:57:25.57 ID:RftgCitTo
「――――」

その言葉に浜面は答えられなかった。
口からは熱い吐息が漏れる。

そして強く、けれど出来る限りに優しく、滝壺を突き上げた。

「っ――ぁ――」

息を詰まらせた滝壺の嗚咽が押し出されるように微かに聞こえた。

初めてこの行為で生まれた小さな声。
ざわり、と心の中で何かが蠢いた。

「っ……!」

歯を硬く食い縛り、浜面はその衝動を強引に抑え込む。
優しくしたいと思う反面、攻撃的なものが同時に存在する。

食べてしまいたい、と。

柔い肌に噛み付き、優しく食い千切って甘い血と共に咀嚼したいとさえ思ってしまう。
本能に近い部分で浜面はそんな事を考えてしまう。

きっと彼女は喜んで受け入れるだろう。
だがそんな事は誰よりも自分が許せない。

だから噛み付く代わりに優しくキスする。

打ち付ける腰の動きは止まらない。
汗ばんだ肉と肉が触れ合うたびにどこか滑稽ですらある濡れた音が響く。

胸の動悸は治まる気配すらなく、どころかより激しくなっているような気さえする。
それは嫌でも今自分が生きているという事を実感させる。
滝壺の中は焼けるように熱く、そこが彼女の内側なのだと改めて思う。
内臓の持つ生の熱。ともすれば溶かされてしまいそうだった。
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/07/03(日) 04:23:24.33 ID:RftgCitTo
いっそこのまま何もかも忘れてどろどろに混ざってしまいたい。
現実は目を背け逃げ出したくなるようなもので、このまま時が止まってしまえばいいと思う。

けれど時は流れ続け、動きは止まらず、暴力的な快楽が思考を白濁させる。

――もしも、とつい思ってしまう。

もしも二人がこんな出会いをしていなければ、と。

普通の学生として暮らして、普通の出会いをして。

普通に笑い。

普通に泣き。

普通に恋して。

普通にキスして。

普通に肌を重ねて。

けれどそんな普通の人生を送っていたら二人は出会わなかっただろう。
今胸に抱いている感情は生まれなかっただろう。

それがどれほど救いようのない醜悪なものだとしても。
考えるだけで泣きたくなるような代物だとしても。
これこそが二人の、たった一つの想いのカタチだと信じていたかった。

だからだろうか。

「り――――」

つい、彼女の名を呼んでしまいそうになる。
愛していると叫んでしまいそうになる。

本当にそう思っているのかすら定かではないのに。
そして何よりも彼女自身がその言葉を拒絶しているのに。

「――――し、」

それはきっと滝壺も同じだったのだろう。
けれど彼女の唇からその言葉が零れてしまう前に塞ぎ。

「っ――――!」

叫びそうになる衝動をも呑み込んで、浜面は滝壺の一番奥に突き入れる。
そして彼女の中に、想いの代わりに吐き出した。
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/07/03(日) 04:49:01.08 ID:RftgCitTo
滝壺の腹部に突き刺さったものとは違う熱がじわりと広がる。
その事に得体の知れない安堵感を覚えながら滝壺は喘ぐように口を吸った。

同時に、妙に醒めた感覚で漠然とした達観を持っていた。

「…………あ」

離した浜面の口から始めに漏れたのはそんな呟きだった。
事が終わってしまった途端、唐突に冷静な思考が回復する。

「悪い、中に……」

「……ううん。多分、大丈夫」

何が悪いのだろう――と微かに過ぎった思いを無視して滝壺は首を振る。

「なんとなくそう思うの」

それに自分にまだ子を宿す機能が残っているのかすら分からない。
と言うと、きっと彼はまた酷く傷付いたような顔をするだろうから言わないでおく。

代わりに笑っておいた。

――でも本当は、少しだけ残念だった。

彼の子ならきっと、と思いそうになる思考を強引に切り替える。

――こんな地獄になんか、誰だって生まれてきたいとは思わないだろう。

言い訳じみているのは分かっている。
けれどそうでも思わないとどうにかなってしまいそうだった。

「生まれても祝ってもらえないなんて、かわいそだもん」

その言葉に何か言おうとする口を滝壺は優しく塞いだ。
甘いはずの唇は、何故だかとてもしょっぱく感じられた。



――――――――――――――――――――
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/07/03(日) 04:53:05.64 ID:RftgCitTo
長くなりましたが……どうにか……。エロシーンって難しい

次からはage進行になると思います
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/07/03(日) 05:43:17.60 ID:lmQjDi0Ao
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 08:21:22.87 ID:1+AzknxSo

仕上はん長いです
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 09:49:58.82 ID:8qBZQKKko
乙!
よく書ききった!
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/04(月) 00:12:06.69 ID:r8CHdAw90
乙!
上条さんと美琴でも思ったけど、最悪の末路を辿ると分かっているカップルの描写はきついな…
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/07/05(火) 22:06:14.59 ID:X7ZGeQkA0
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/06(水) 00:19:19.01 ID:r6WlUh43o

痛々しくて可哀そうになるな
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/10(日) 23:27:40.52 ID:Uqkusvwjo
予告age
明日は最後の未登場キャラのターンです
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/11(月) 20:02:44.07 ID:P3cA0C4No
結標淡希はいつになく苛立っていた。

その理由というのも非常に簡単なもので、単に待ち合わせの場所に相手が現れないからという事に他ならない。
既に三十分近く待ち惚けを食らっている。あちらから呼び出しておきながら、と結標は眉を顰めずにはいられないのだ。

これが例えばデートの待ち合わせなら結標もこうまで不機嫌にはならないだろう。
何せ相手が相手なのだ。多少知った仲ではあるものの心を許しているわけではない。決して。

結標淡希は暗部組織『グループ』の一員である。
この場で彼女を語る上ではそれ以外の諸々は必要ない。

彼女が高校二年生である事も、名門校に席を持つ事も、ここでは関係がない。

異能を持つ少年らが跋扈する学園都市においても一際稀有な能力を持ち、
なおかつその中でも最上位に近い実力を持ち合わせている事も、この場面においては特に意味はない。

待ち合わせである。

結標が『グループ』の一員であるという事実以外に必要がないというのならば――待ち合わせの相手もそれに関わる者でしかない。

彼女と同じく『グループ』の構成員である少年、土御門元春。
そして同じく、海原光貴――の姿形を借りた、変装と呼ぶには完璧すぎる不可解な能力を操る名も知らぬ少年。

仲間――ではないだろう。

お互いの関係は協力でも共闘でもない。
単に利害が一致したからお互いを利用しあうという相互補助の関係。

あえて言うならば……そう、都合がいいから利用する、と。
ただそれだけの間柄だ。

だから――敵――でもないだろう。

とは思うものの断言はできない。
彼らが利害関係によって結ばれているのならば、天秤がデメリットに傾けば容赦なく手のひらを返すという事に他ならない。
たった四人の少年で構成された小組織ではあるものの個々の能力が破格だ。

後世に記録が残されるならば確実に名を残す類の一騎当千。
結標も、土御門も、海原の姿を借りた少年も。
彼らの関係は互いが互いに見合う能力を持たなければ意味を成さない。
それは仮に敵に回せば何よりも厄介な相手になるという事を暗に示している。

だからこそ何よりの不安材料がある。
残る一人、学園都市最強の名を冠する白髪赤眼の超能力者、一方通行。
彼の行方が知れないのだ。
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/11(月) 20:43:25.97 ID:P3cA0C4No
一方通行と能力で呼ばれる少年の序列は第一位。
自他共に認める――認めざるを得ないほどの圧倒的な力を持つ能力者だ。
彼の前では例えどんな者であれ敗北は必至。彼に抗し得る者がいるはずがない。

しかし昨日、一〇月九日の混乱の最中に彼との連絡が取れなくなった。
それが一方通行自身の意図によるものなのか、そうでないのかは判断できずにいたが何かしらの不測の事態に陥った事は考えずとも分かる。

何が起こったのか。結標は知らない。

残る二人はどうだろうか。

何か知っているのか、それとも結標と同じく何も知らないのか。
分からない。少なくとも土御門は自分とは異なるパイプを持つのだから何か知っていてもおかしくはないが。

けれど彼らは何も告げずメールで一方的に呼び出し、そして今に至る。

「…………」

携帯電話の小さなディスプレイに表示された件のメールの本文を読み返しながら結標は待ち続ける。

これが彼らからの罠である可能性もあったが、少なくともあの二人はこのような綺麗な状況で仕掛けてくるほど温くはない。何分やり口が汚いのだ。

一方通行や結標のように正面から力押しする事を好まない性分なのか、それとも単純に力が足りないだけなのかは分からないが、
とにかくあの二人は細工を十重二十重に張り巡らせ同士討ちや自滅させる事を好む。相手が結標だろうと例外ではないだろう。

そういうある種の信頼めいたものがあるからこそ結標はこうして指定された公園のベンチに堂々と腰を下ろしている。
ただ、いつものように下部組織の車を使おうとはしない事にだけ引っ掛かりを覚えるのだが。
しかしおおよそ見当は付く。相手が下部組織の者であろうと外部には漏らせない話なのだろう。
だからこんな普通の、けれど人気のない公園に直接呼び出された。

しかし――。

「遅い……」

小さくごちて結標は眉を顰め携帯電話を閉じ、羽織った制服のポケットに突っ込んだ。

彼らは決して時間にルーズな性質ではない。
一度やると言えば必ずその通りに事を進める事ができる人間だ。

この三十分間の遅れが何を意味するのか。
その事に結標は黙したまま思考を巡らせようとして――。

「わーりぃ悪りぃ。お待たせ、っと」

場にそぐわないやけに陽気な声に結標の黙考はぱちんと爆ぜ消えた。
顔を上げれば向こうから金髪にサングラスの少年――土御門がこちらに軽く手を上げ歩いてくるところだった。
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/11(月) 22:40:27.67 ID:P3cA0C4No
「一体どれだけ待たせる気なのよ」

「だから悪いって言ってんだろ。それにオマエだって律儀に待ってんじゃねえか」

学生服のポケットに手を突っ込み、どこか飄々と掴みどころのない気配のまま、けれど土御門は巫山戯ている様子もなく結標の前に立つ。

「待たせておいてよく言う……まあいいわ」

結標は目を伏せ溜め息を吐く。彼に何を言ったところで無駄だろう。
悪い悪いと言うのは口だけで実際のところ何とも思っていないのだ。

「それで」

半眼で土御門に視線を向ける。

「一方通行、連絡ついた?」

話の核心に躊躇なく切り込む。
この場にいないもう一人の所在も気に掛かるがとりあえずは保留しておく。

現状最も重要度が高いのは一方通行についてだ。
学園都市序列第一位の超能力者。彼の存在そのものが『グループ』にとっての切り札だ。
彼の身に何かあろうものならそこを他組織に付け込まれかねない。

「いや、連絡は取れないままだ。が――」

そして続く言葉に結標は驚愕する。

「一方通行は切り捨てる」

表情を変えぬまま土御門は一言で告げた。

「なっ……!?」

結標は思わず立ち上がり、右手を腰に下げた軍用ライト――彼女の武器となるポインタに伸ばしかけた。
早計だと寸での所で止め、サングラスの奥、土御門の目を睨み付ける。
彼が何を思いそういう決断に至ったのか、まだ自分は知らない。

「……どういう事よ」

「どうもこうも利用価値がなくなっただけだ。そういう仲だろ? 俺たちは」

「だからどうしてそうなったのかって訊いてんのよ!」

言葉が多少乱暴になっている事を自覚する。何にせよ不測の事態だ。
混乱するのも無理はないと自分で言い訳し結標は逸る気持ちを抑え土御門に問う。

「彼……一方通行に何があったの」
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/11(月) 22:59:36.25 ID:P3cA0C4No
そして返ってきた言葉は結標の予想を遥かに超える事実だった。

「能力が使えなくなった」

「っ――――!?」

「そんで他の超能力者に惨敗したって訳だ。救いようがねえよ」

「負けた……ですって……!?」

無双の力を持つ絶対の能力者の失墜。
一方通行の有用性がその比類なき能力にあるのだとすれば、確かに彼の言うように既に利用価値はない。

「じゃあ昨日の戦闘はやっぱり……」

「『スクール』の垣根帝督。序列第二位だな。そいつが一方通行の能力を破壊しやがった」

「破壊? 封じたとかじゃなくて?」

「修復不可能だ。小難しい理屈は置いといてアイツはもう能力が使えない」

「……っ」

土御門の告げる事実に結標は歯噛みする。
どうしてだか納得ができずにいた。何か性質の悪い冗談じゃないのかと思ってしまう。
もしかしたらこれが土御門の謀り事なのかもしれないと疑ってしまう程度には彼の言葉を信じれずにいた。

確かに土御門の言う事は一方通行を切り捨てるのに十分な理由だ。
何も飯事でやっている訳ではない。邪魔になれば容赦なく切り捨てる。そういう組織だ。

しかし土御門の言葉は容易には信じ難い。
一度彼に敗れた結標だからこそ一方通行が破れるはずがない――とどこかで盲信めいた確信をしていたからだろうか。

けれど、一方通行の失踪と、昨日の大規模な戦闘は間違いない事実だ。

土御門の言う事には筋が通っている。

「……どうすんのよ」

結標は小さく俯き呟く。

「だからそれをこれから話そうと思ってな……ちょうど来たみてえだし」

彼の言葉に顔を上げる。半身になり後ろを振り返る土御門の視線の先にこちらに歩いてくる人影があった。
そちらに視線を向け、それが一体誰なのかと相手の顔を見て――。
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/11(月) 23:56:19.51 ID:P3cA0C4No
「っ――――!?」

絶句した。

人影は三つ。
男性が一、女性が二。

その内の一つ、先に立ちこちらに歩いてくる少女に結標は見覚えがある。

「御坂――美琴――!」

「や。久し振り」

重そうなクーラーボックスを右肩に掛けた超能力者の少女は、左手を軽く上げ結標に微笑んだ。

見覚えがあるどころの話ではない。彼女は結標にとって仇とも言える相手だ。
御坂美琴と白井黒子。二人がいたからこそ結標は今こうして暗部組織に身をやつしている。
吹聴しているわけではないが他でもない土御門がそれを知らぬはずもないだろう。

「一体どういうつもりよ!」

土御門を睨み付け結標は声を荒げるが、しかし土御門は相変わらずの様子で肩を竦めた。

「まあ聞けよ。何も考えなしに引っ張ってきた訳じゃねえんだから」

「そうそう。結局、利害が一致すればいいんでしょ?」

もう一人の少女、緩いウェーブの掛かった金髪の白人の少女が口を挟む。
見覚えはない――はずだ。

「だったら何も問題ないよにゃー」

「ねー」

顔を見合わせる土御門と金髪の少女。
二人のやり取りに若干の違和感を覚えながら結標は彼女ともう一人、黒いツンツンした髪の少年を交互に見遣る。

「……誰よ」

「クラスメイト」

「どーもー」

始終花のような笑顔の少女に眉を顰め、結標はもう一人の名も知らぬ少年に視線を向け。

「……じゃあこっちが海原か」

「そういう事だにゃー」

土御門の巫山戯たような口調に結標の顔は顰められたままだった。
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/12(火) 00:59:49.00 ID:kCE+1Rgko
「土御門、その口調何なの。私に喧嘩でも売ってる訳?」

「いやー、そういう訳じゃねえんだけどねぃ……様式美ってヤツ?」

「意味分かんない」

不機嫌さを隠そうともせず吐き捨て、結標は御坂と金髪の少女を睨み付ける。

超能力者第三位――『超電磁砲』、御坂美琴。
彼女との因縁はさて置き、もう一人の少女が言った言葉が気に掛かった。

『利害が一致すれば』。

つまり彼女らは――こちらの利になるというのか。

「それで、どうしてよりによって御坂なの。まさか一方通行の穴を彼女が埋めるとでも言い出すつもりかしら」

「んな訳ないだろ」

即座に否定する土御門に、でしょうね、と声には出さず結標は目を細める。
欠けた枠は一方通行。例え御坂が超能力者でも彼の代役とはなれない。

「そっちのが……って事もなさそうだし。一体どういう事なのか、きちんと説明してもらおうかしら」

先程からずっと無言のまま薄い笑みを浮かべている少年――彼女らが海原と偽りの名で呼ぶ少年は無視する。
喋るのは土御門に任せるという事なのだろうか。けれど何か言う事があれば彼の方から言ってくるだろう。

「うん。その事なんだけどね」

御坂もまた背後の彼を気にする素振りもなく結標の言葉に頷く。

「えっと、アンタの仲間? 少年院にいるんだって?」

「――――土御門ぉぉっ!!」

怒声と共に土御門の胸倉を掴んだ。
黙ってなどいられなかった。冷静でいられるはずなどなかった。
怒りを露に結標は土御門に吼えるように叫ぶ。

「よりによって――何を喋ってくれてんのよ! ぶち殺すわよ!」
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/12(火) 01:55:53.30 ID:kCE+1Rgko
「別に秘密って訳でもないだろ」

「――、っ!」

悪びれもなく言う土御門に何か言おうとするが、結局言葉にできず結標は彼を突き飛ばすように放す。
そして奥歯を噛み締めきっと御坂を睨み付けた。

「……」

「どうしたの、そんな怖い顔して」

結標に悪意めいた感情を向けられているにも拘らず御坂は柔らかく微笑む。
それが何故だか妙に気色悪かった。

御坂も、土御門も、金髪の少女も、海原と呼ばれる少年も。
皆一様に、質は違えど笑みを浮かべてこちらを見ている。

気持ち悪さは拭えないが、結標はそれを黙殺する。
ただ感情に流されるのは頭がいいとは言い難い。
時には激情に身を任せるのもいいのだろうが、少なくとも今はその時ではなかった。

「……それで、その事がどう関係あるのよ」

「うん。それでさ、アンタに提案なんだけど」

御坂はにこにこと、結標に笑みを向けたまま言う。

「そこにいるアンタの仲間、脱獄させてあげるってのはどう?」

「なっ……!?」

「私なら少年院のセキュリティを全滅させられるわよ? もちろんタダって訳にもいかないけど」

確かに彼女、電磁操作系能力者の頂点に君臨する御坂であればいかに学園都市のセキュリティシステムといえど薄紙一枚も同然だ。
学園都市の警備網をすべて掌握するならいざ知らず、限られた範囲であれば彼女の力をもってすればそれだけで制圧できるだろう。

あの能力の演算を阻害する音響装置さえなければあとはどうとでもなる。
結標自身、空間移動系能力者の頂点だ。彼女の前では物理的な防御は意味を成さない。
警備の人員など物の数ですらない。彼女にライトを向けられただけで天高く飛ばされパラシュートなしのスカイダイビングを味わうことになるのだから。
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/12(火) 02:59:25.26 ID:kCE+1Rgko
御坂の提言は結標にとって願ってもない事だっただろう。

しかし前提条件が間違っている。
少年院に収監されている彼らは結標への人質だ。
それを奪回するという事は学園都市に反旗を翻す事と同義である。
この街に暮らす以上――例え学園都市の外に逃げたとしてもその追跡の手からは逃げられない。

結標一人であれば何とかなっただろう。
『座標移動』と呼ばれる学園都市でも屈指の異能を持つ彼女であれば、超能力者が相手でもそうそう遅れは取らない。
実際に結標は御坂と交戦したにも関わらず、倒すとまでは行かないものの何事もなかったかのように無傷で難を逃れている。
相手が一方通行や垣根であれば別だが、一方通行が能力を失ったというのであれば彼女を直接下せる人物は限られている。

だが他の者は別問題だ。
下手をすれば能力者ですらない武装組織にすら太刀打ちできずに殺されるだろう。
彼女の人質として機能している現在であれば身の安全は確保されている。
少なくとも現時点において彼らの奪還は悪手と言わざるを得ないのだ。

その事を御坂はきちんと理解した上で物を言っているのだろうか。
精神感応系能力者でない結標にそれを知ることはできなかったが――ここで一つの疑問が頭を過ぎる。

「……そっちの要求は何」

これは学園都市に対する反逆行為だ。それが超能力者であろうとも容赦などない。
事が発覚すれば御坂とて無事にはすまないだろう。場合によっては処分――殺されかねない。

だというのに御坂は笑顔を崩す事もなかった。

「私の要求? そんなの簡単よ」

目を細め御坂は破顔し、どこか陶酔すら感じさせる悪魔的な笑みを浮かべ言った。

「統括理事長、アレイスター=クロウリーとの直接交渉権――私が欲しいのは窓のないビルへの進入座標よ。
 知ってるんでしょう? だってアンタ、あそこの『案内人』なんだから」
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/12(火) 03:03:04.24 ID:kCE+1Rgko
シーン半分くらいかな。今日はここまでで
ここにきてさらに登場人物が増えます
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/07/12(火) 08:19:22.87 ID:xvZaVfvAO
勇気を出して乙!
コメントが憚られるほど重厚だな。
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/12(火) 12:36:10.89 ID:ahj0JTito
(キタキタキタキタ〜〜っ!結局この>>1は天才って訳よ!)
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/12(火) 21:17:04.55 ID:9OSADwESO
やぁっとおいついたんだよ…

貴方のシリーズいつも楽しみにしてます!
がんばってください!ノシ
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/15(金) 00:03:00.83 ID:AT50+NK+o
「っ――――!」

御坂の言葉に結標は絶句する。

確かに自分は学園都市の指導者、アレイスター=クロウリーへの直接のパイプを持っている。

空間移動系能力者である結標は三次元的な制約を無視し移動する術を持ち、
その能力によって窓のないビルにアレイスターの客人を通す役割を担っている。

トップシークレットの一つではあるが、土御門は幾度となく彼女によって連れられアレイスターに面会している。
彼の口から漏れたのか否かは定かではないが――。

「ふざ……けないでよ」

感情を押し殺し結標は呻くように言葉を紡ぐ。
自身の内に渦巻いている感情が一体どのような性質のものなのか、彼女自身にすら分からなかった。
怒りなのか、それとも焦燥なのか。どちらにせよ好いものとは言い難い。

「そんな取引、応じられる訳がないでしょう……そんな事したら、私たちは本当に……」

それは人質の奪還すらも色褪せてしまうほどの反逆行為。統括理事長その人に叛意する事に他ならない。
ただでは済まない――どころの話ではない。確実に処分される。

学園都市の根は世界中に広がっている。
現代社会、科学世界の全てに学園都市が関わっていると言っても過言ではない。

どこへ逃げようとも必ず追われる。アビニョンの市街地を炎の海と化したのは何だったのか知らない訳ではない。
事と次第によってはどうせ軌道上にあるであろう衛星兵器すら使われかねない。
いや、それどころか結標の想像も及ばないような兵器によって『座標移動』すらも捻じ伏せられ一撃の下に灰にされるだろう。

「――けどまあ、抜け道がない訳でもねーんだにゃー、これが」
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/15(金) 00:27:54.06 ID:AT50+NK+o
唐突に割り込んできた土御門の声に結標ははっと顔を上げ彼を見る。

そう。どうしてこの場に彼がいるのか。
最初はただ単に御坂を結標に会わせるためなのだろうと何気なく思っていた。
が、しかしそれならば彼本人が現れる必要はない。最初から御坂だけで事は足りる。

「そもそも『グループ』ってのは利害が一致したからつるんでただけだろ。
 だったら、相手が誰だろうとお互い得になっちまえば文句はねえはずだ。違うか?」

そう、全ては損得勘定。最初からそういう仲だ。
                  、 、 、 、 、 、 、 、
「俺がオマエらの逃げ道――亡命先を用意する。学園都市だろうとおいそれと手が出せない場所だ」

「そんな場所がある訳――」

「あるんだにゃーこれが。ま、俺の最後の切り札って奴だ。
 借りを作りたくはない相手だが、どっちかってーとあちらさんの方が得するようにしてるしお釣りが来るだろ」

「そういう事よ。結局、別にアンタに恩を売ろうとかそういう事じゃない訳。
 もちろんタダじゃないんだけど、別にアンタならついで程度でしかないはずだし」

金髪の少女が言葉を継ぎ、後ろを軽く振り返る。
視線の先は結標が海原と呼ぶ少年。彼を一瞥し、少女は再び結標に向き直る。

「私と、コイツと、そっちの彼。まとめて言っちゃうわね。
 こっちのカードはアンタとお仲間たちが確実に受け入れられる亡命先の提供、及びそれまでの移動手段、誘導人員の確保。
 ただアンタには――あと四人、ついでに連れて行ってもらう。安い買い物でしょ?」

「……なるほどね」

確かにこれなら破格の条件だろう。
あちらにしてみればその四人が条件に釣り合うだけの重要人物なのだろうが、結標には今さら数人増えたところで大して変わらない。

「ちなみに、その四人って誰?」

「妹かな?」

「妹だにゃー」

「妹じゃありません」

「あとシスターだっけ?」

「アンタたちがシスコンって事はよく分かったわ……」
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/15(金) 00:41:37.73 ID:qpv+Tl8Uo
シリアス展開でシスコン四重奏とか吹くわww 
一人妹じゃないのは分かるがww
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/15(金) 00:49:29.60 ID:AT50+NK+o
はぁ、と溜め息を吐き結標は前髪を掻き上げ額を抑えた。

相手が土御門の妹――正確には義妹だが――ならば話は早い。
彼が義妹を交換条件に提示してくる事こそが信用に足るという何よりの証拠だった。

結標にとっての人質が少年院にいる彼らなら、土御門にとってのそれは彼の義妹だ。
名も顔も知らないが、彼女を亡命させなければならない状況が発生したのだろう。

恐らく他の二人も同じようなもので、土御門か御坂と取引をしたか、ともかく尻馬に乗る形で同様の相手を逃がそうとしているのだろう。

ただ――疑問が残らない訳ではない。

そうまでして逃がさなければならない相手がいるのは分かる。
だが、逃げなければいけない状況というのは一体――。

「どうしてそんな事をするのか、って?」

まるでこちらの思考を読んだようなタイミングで金髪の少女が微笑みかける。

「結局、凄く簡単な事よ。あと何日かしたら、この街は地獄になる」

「――――」
           、 、 、 、 、
「だからその前に地獄の外側に逃げちゃおうって訳。理解できた?」

少女はおどけるように肩を竦めた。

彼女の告げる――遠からず実際のものとなるであろう事象。
結標もそれを想定しなかった訳ではない。抽象的な表現ではあるが正鵠を射ているだろう。

第一位の敗北。御坂の挙げた交換条件。土御門らの行動。亡命。
それらは全て一つの結果を予感させるものだ。

その時何が起こるのか、結標には分からない。
けれどそんな事は分からずともいい。ただ一つ理解できていれば。

このまま学園都市にいれば、死ぬ。

何かとてつもなく酷い事が、地獄と呼ぶに相応しい惨劇が、学園都市という名の舞台の上で幕を上げようとしている。
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/15(金) 01:27:07.29 ID:AT50+NK+o
「っ…………」

結標は歯噛みする。

彼らとの取引に応じるのが賢い選択なのは分かっている。
何か裏があるという訳ではないだろう。土御門の交換条件がそれを如実に語っている。
けれど結標は何故だか素直に頷けないでいた。

暗部組織『グループ』。
たった四人の小さな組織だ。

仲間という訳ではない。敵でもない。
ただ何の因果か偶然にも互いに多少の因縁のある相手が一ヶ所に集まった。
そして利害が一致したからという理由で行動を共にしていただけのチーム。
学園都市に弱みを握られ、いいように使われるだけの存在に過ぎない。

でも――と結標は思う。

互いを利用し合い損得勘定だけで協定を結んでいただけの存在だ。
だから結標は今さら何を、と思うが。

「……四人、だけ?」

「だにゃー」

――彼らは頭数に含まれていない。

だからどうという事もないはずなのに、どうしてだか引っ掛かりを覚えてしまう。
多少の仲間意識、連帯感が生まれてしまったのだろうか。

もしそうだとしたら、自分は自分で思っているほど非道になり切れないのかもしれない。
それが好い事なのか悪い事なのか、考える直前に思考を放棄した
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/15(金) 01:55:11.67 ID:AT50+NK+o
どう転んだとして結果は変わらないだろう。
結標はこの話に乗るしかなく、何か言ったところでさして意味はない。

結果の見えている選択肢のない一本道。
もしそんなものがあったのだとしてもその地点はとっくに過ぎている。

だから、だろうか。
結標は二人の少年を交互に見、彼らに問い掛ける。

「……あなたたちはどうするの」

結標の口からそんな言葉が出るのが意外だったのだろうか。
彼らは一瞬、呆気に取られたような間の抜けた顔をして、それから互いに顔を見合わせ肩を竦めた。

金髪の少女は嘲るように笑い。

「まだやる事があるからにゃー」

「結局、そういう訳よ」

「……海原も?」

言葉にはしなかったが彼も首肯した。

「そう……」

彼らの言う『やる事』とは一体何なのか、結標には分からないし聞こうとも思わなかった。
ただきっと、自分が死ぬかもしれないという事は分かっているだろう。

自分だけが逃げるのだと僅かに後ろ暗い気持ちが否めないでいた。
結標はそれに付き合うほどお人好しでもなければ自虐が過ぎる訳でもない。

「……分かった」

損得勘定。利己的であるべきだ。何、悪い話ではない。
彼らにも利はある。どちらも得をする。WIN-WINの関係。まったく素晴らしい。

そう機械的に結論付け、感情は黙殺し、結標は御坂を見て言う。

「その取引、乗るわ」

結標の視線の先、御坂は相変わらずにこにこと邪気の無い顔で嬉しそうに笑った。



――――――――――――――――――――
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/15(金) 01:57:46.43 ID:AT50+NK+o
では今日はここまで。次回は多分妹パート
『向こう側』って主観的な表現でしかないですよねー
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/15(金) 02:33:04.79 ID:n03KNfC5o
乙!なんというシスコン共

あれ、フレメアって普通に妹でいいんだっけ?
フレンダも顔のひとつかと思い込んでいたぜ
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/15(金) 04:58:27.62 ID:ait+Ji2K0
フレメアが妹となるとホントの姿はフレンダってことになるのかな?
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/07/15(金) 06:55:28.79 ID:chc9dTM80
本物のフレンダは死んでいて入れ替わってると言うこともあり得る
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/15(金) 09:38:42.56 ID:MeDo7UN/0
上条(偽)が垣根に言ってた「地獄の門の、向こう側だよ」ってそういう意味だったんか
改めて脱帽です
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/07/15(金) 12:03:50.11 ID:chc9dTM80
インさんショチトル舞夏フレメアは学園都市から亡命か
しかし正直火力不足だと思うのだがどんな手段で街を地獄に変えるのだろ?
楽しみだww
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/16(土) 11:10:06.21 ID:6wC80MDDO
インさんは清教所属なんだし美琴がわざわざ枠使って助ける必要なくない?
黒子は、助太刀するとか言わなきゃ亡命させて貰えたのかなぁ…
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/16(土) 11:24:20.99 ID:7TR4UgKUo
「妹かな?」

「妹だにゃー」

「妹じゃありません」

「妹達よ」

「アンタたちがシスコンって事はよく分かったわ……」
 連れて行くのはその4人でいいのね?」

「いや、全員合わせて9971人だにゃー」

「……え?」


みたいなのを一瞬妄想した、無理すぎる

>>339 あの台詞、絶対死んだと思ってた
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/07/16(土) 15:57:18.17 ID:MUmP/pWE0
>>341
佐天初春コンビは生き残れるのかねぇ…
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/16(土) 22:09:05.52 ID:kn2+gD1Ro
>>343
強制退場じゃなかったっけ?
メンタルアウト使ってさ
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/16(土) 23:38:54.69 ID:prtRC1Gm0
>>344
「地獄の外側」へと逃げられるかって意味でじゃない
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 23:42:41.58 ID:45pk3LZeo
「…………」

長い沈黙だった。

深夜、三人の少女はそれぞれに異なる表情を浮かべながらも一様に口を噤んだまま同じ場所を見詰めていた。

あれから数時間。
結標は未だに自分の下した決断が正しかったのか判断できずにいた。

他の二人がどのような事を考えているのかは定かではない。

どうして御坂が土御門らと繋がっているのかも分からなかった。
もう一人、金髪の少女については一体何者なのかすらも不明だった。

ただ、この場において結標の葛藤は些事であり、これから起こる事、自分の目的に有用だという事さえ把握していれば充分だろう。
……けれどそう理解していても心の隅に蟠る疑問は消えてくれないのだ。

それが何か真実を指し示しているようで――。

「ん」

小さく漏れた声に結標の思考は否応なく現実に引き戻される。

「結局、時間ね」

声に視線を向けると金髪の少女は時計を見ていたのだろう、
携帯電話を御坂と揃いの常盤台中学の制服のポケットに仕舞い、こちらを見て笑った。

「なあに? そんな不安そうな顔しなくてもいいじゃない。上手くやるわよ。
 ――ええ、私とコイツなら、大抵の場所なら簡単にやれるんだから」

「あなた……一体何者よ」

「第五位、『心理掌握』」

「っ……!」

事も無げに言った彼女に結標は言葉を詰まらせた。

そんな二人に御坂は振り返る。
肩に掛けた重そうなクーラーボックス――ずっと地面にも降ろそうともせず大事そうに抱えていたものだ――の肩紐を直し、
そして彼女は柔らかに顔を綻ばせ言った。

「それじゃ行こっか」

……そして結標は圧倒的な力の差というものを知る事になる。
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/23(土) 00:10:42.64 ID:Me1xMrM3o
結果から言おう。金髪の少女の言葉は正しかった。

全てが上手く行った……いや、上手く行き過ぎたとでも言った方がいいだろうか。

無論、少年院であるのだからきちんとした警備の職員がいた。
彼らにはこうして仲間の奪還にやってくる能力者に対抗するための装備もあり、十分な訓練と経験、そして組織体制があった。

仮にそうでなくとも、無人のまま万全の警備を敷くだけのシステムがあり、それらは正常に作動していた。

二人の超能力者が現れるまでは。

彼女達はあろうことか、少年院の正面ゲートから堂々と、大手を振って進入した。

例えば、これが第一位、あの最強無比の実力を持つ白髪赤眼の少年であったならばこうはいかなかっただろう。
他の追随を許さないほどの圧倒的な力を持つ彼であろうとも少年院のセキュリティは少々厄介だった。

ただ、ここにいるのは第三位『超電磁砲』と第五位『心理掌握』。
二人の超能力者の前に世界最高峰の学園都市の警備は沈黙せざるを得なかった。

その場にいたあらゆる人々――警備、監察、整備、管理、その他諸々およそ『人』と呼べる全ての生物が、
侵入者を無視し、あるいは無言で門を開き、時には道案内すらした。

無人の警備システムは沈黙したまま、最高難度の電子暗号錠は触れられもせず鍵を開け、シャッターは自動的に上がった。

それらは正常に作動していなかったのではない。

間違いなく正常に――まったくいつもどおりの警備網を維持し続けたまま、結標ら三人の少女達をVIPの如く扱い招き入れた。

そう、端的に言えば相性の問題だ。

人は『心理掌握』。
機械は『超電磁砲』。

学園都市という枠組みの中であれば彼女ら二人に対抗できる施設などそうそうありはしないのだ。
それこそ中世の城砦か何かのように、堅固な壁とアナログな罠を駆使しなければ簡単に突破されてしまう。

……ただ、そうだとしてももう一人、『座標移動』がいるのだが。

故にこの三人が揃えば事実上、施設攻略戦において無敵だった。

彼女らを拒めるものがあるとすれば――それこそ漫画やゲームの中に出てくるような魔法とかそういう類のものくらいだろう。
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/23(土) 01:26:45.10 ID:Me1xMrM3o
酷く呆気ないものだと結標は思う。

数十分後、かつての仲間たちを救い出したというのに結標はどうしてだろうか、何の感慨も抱けぬまま護送車の中で揺られていた。

少年たちの騒がしい声が背後からひっきりなしに聞こえてくる。
しきりに自分の名が耳に刺さるが条件反射的なものだ。間違いなく会話は聞こえているが右から左へと聞き流している。
彼らの声は明るく、喜色のままのものだったが結標は何故だか妙に煩わしかった。

結標が他の三人と『グループ』を結成してから然程時間は流れていない。
だが決してその間が無かった訳ではない。
自分の意に反する事だってやらされたし、それに何人か殺しもした。

そんな自分は一体何だったのだろうと思う。

超能力者と大能力者の壁とかそういうものではない。
もっと単純に、何か漠然とした失望のようなものを結標は胸に得ていた。

これまで自分のやってきた事が全て無意味だったと言われたような気がしてならなかった。

(……今さらそんな事、どうだっていいけど)

今考えるべきは今後についてだ。
土御門――どうして彼が学園都市の手から逃れ得るなどという代物を用意できるのかは定かではないが、重要なのはそこでの立ち回りだろう。
結標は背後で自由にはしゃぐ彼らのリーダーだ。彼らを守る義務がある。

何より彼らを少年院というある意味では絶対的な安全から引き剥がしたのは結標だ。
あのまま静かに過ごしていれば何も問題はなかった。不自由はあっただろうが、命を脅かされる事はなかっただろう。
結標が黙って暗部の仕事をこなしてさえいれば彼らの安全は保証されていた。

だから彼らを守るのは自分の仕事だろうと結標は思う。
亡命先、話では海外という事だが、学園都市から逃れられたとしてもそこが今以上に劣悪な環境であったならば、それらから彼らを守らなければいけない。
土御門を信用していない訳ではないが――無償でこれだけの人数を受け入れてくれるとも思わない。

(でも私には力がある)

無意識の内にベルトに提げたライトを指でなぞっていた。

大能力者、『座標移動』、結標淡希。

能力者はどこだって有用だろう。それも空間移動系、分かりやすく強力なものだ。
きっと今までとやる事は大して変わらないだろう。

そこまで考えて結標は目を細め自嘲の笑みを浮かべた。

――なんだ。やっぱり無意味じゃない。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/23(土) 01:59:37.31 ID:Me1xMrM3o
「あ、この辺で降ろして」

昼とは一転して閑散とした大通り、護送車は静かに停まった。
バスのような車内、中央の通路を挟み結標の右隣に座っていた御坂は膝の上に置いていたクーラーボックスを担ぎ席を立つ。

「……」

眼を伏せ、しばらく沈黙した後、結標は肩に掛けた制服のポケットから折り畳んだメモ用紙を取り出し指に挟み差し出した。

「ご所望のものよ」

中には走り書きで、一般人にはただの記号の羅列にしか見えないようなものが書かれている。
当然だ。十一次元座標算出計算式なんて特殊なものはそれこそ空間移動能力者くらいしか使わないだろう。

「白井なら分かるでしょ。あなたもそのつもりなんだろうけど」

「ありがと。助かるわ」

その時ようやく結標は彼女の服装に違和感を覚える。

常盤台中学の制服。ブレザーとスカート。それだけであれば何も言う事はない。
肩から提げたクーラーボックスも、大して不思議には思わない。中にはよほど重要なものが入っているのだろうが、それが何なのか、結標にはどうでもいい事だった。

ただ……彼女が制服のブレザーの上から着込んだ、彼女には少々サイズが大きすぎる黒の外套。
最初はコートか何かだと思っていたが――近くで見るとようやくそうではない事に気付いた。

(学ラン……?)

ありふれた学生服だが、男物だ。
どうしてそんなものを彼女が着ているのか疑問に思うが――。

「じゃ、あとよろしく」

ひらひらと手を振り、御坂はステップを軽やかに降り護送車を後にする。

「……」

きっとどうでもいい事だ。
そう思い結標は目を伏せる。

その直前、防弾ガラスの窓の向こうで彼女がこちらを見て笑った気がした。
どこか悲しげな――酷く自嘲的な笑みで。

「……」

護送車は再びがらんとした道を走り出した。



――――――――――――――――――――
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/23(土) 02:07:42.71 ID:Me1xMrM3o
本当は妹パートまで行くつもりだったけどこの辺で
最近更新少なくてすみません。もう少ししたらまた速度復活するはず
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/23(土) 02:37:52.57 ID:o/dMTjnKo
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/23(土) 07:33:48.11 ID:iyPbCvX2o
乙!
シリアスなあわきんてすげえレアだよなー
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/23(土) 07:42:27.05 ID:BL2Avn0DO

大事そうにクーラーボックス抱えてる御坂がなんか思う度に悲しくなるんだが
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/23(土) 08:32:28.97 ID:8PEYwJAIO
>速度復活
気温が上がってきたからですね
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/07/23(土) 11:53:26.84 ID:WxRwFw5a0
いちおつ
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) :2011/07/23(土) 15:43:53.56 ID:im1qF/SAO
あわきん……心配だ
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/07/24(日) 00:26:20.94 ID:YUcz9daAO


ささやかながら応援。つまりは>>1乙ってことなのよ!!
半端だけどごめん!!
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/07/24(日) 00:29:29.53 ID:YUcz9daAO
点の位置間違えたぁああああっ
スレ汚しスマヌぅう
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/24(日) 00:32:45.24 ID:+IZ88C8mo
穏やかな表情な美琴が胸に痛い
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/24(日) 12:20:25.62 ID:q8ZZusJDO
切ないな…
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/24(日) 15:52:49.59 ID:cfLHkU66o
>>357
ふつうにみると、ほほえましいんだけどな
内容知ってるとこう辛くなるよね
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 01:22:50.11 ID:ffY3RlE6o
一昨日ぼんやり考えてた絵の構図とまったく同じでガチ吹いた。ありがとうございます
なんか違和感あるなーと思ったら左手が左手だった。おかしいのは俺の頭です

この時間から書くのも如何なものかと思うので明日にでも
ちまちま先のシーンを書き溜めしてます
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/25(月) 10:09:44.93 ID:EuvNe7qIO
左手が左手とな
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/25(月) 17:44:12.21 ID:orYje2rAo
まだ左手なんだよな
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:16:18.29 ID:3Ss54vHIo
夜風が冷たい、と土御門は思う。

もう冬が近付いてきている。
秋の気配は体育祭の熱が治まりゆくと共に霧散した。
この時間ともなると学生服だけでは辛い。内にはシャツ一枚だけ。
もう少し厚着をしてくればよかっただろうか。

あちらの風はここよりも少しは温かいだろうか。そんな事をつい思う。
緯度はここよりも北だが、この街の風はどうにも底冷えするような気配を感じてしまう。

街の名は学園都市。人口二三〇万の大都市だ。
人口の八割が学生で、若者たちの活気に溢れ最先端科学を研究し未来を切り開く情熱に燃える未来都市。

なのに眼前、夜の町並みは煌々としているものの実態は無機質めいたコンクリートと機械の森。
本来人の住むべき場所ではないだろう。ビルの谷を吹き抜ける茫々とした風にまるで荒野のような印象を抱く。
     ナチュラリズム
別にここで自然回帰を謳う訳ではないが、どうしてだかそんな事を考えてしまう。
端的に言えば土御門はこの街が好きになれなかった。

彼もまた本来は魔術師であり、科学とは相反するフィールドに立つ探求者だ。
お国柄か比較的科学には肯定的であり、むしろ両者が敵対する事すら常々馬鹿馬鹿しく思っている。
だが今は世界を裏で二分する冷戦が有り難かった。

「寒くないか」

もう随分な時間待たせている。風邪でも引かれたら大変だ。

「……別にー」

どこか気だるげな、拗ねたような顔で言葉を返してくる少女に土御門は目を細めた。
その表情が愛おしいと思う。彼女が拗ねているのは自分の所為だ。
それもそのはず、相手が義兄だからといって夜中にいきなり訳も分からぬまま連れ出されてはいい顔をするはずもないのだ。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:31:51.92 ID:3Ss54vHIo
「……なー兄貴ー」

「んー?」

自分の事を兄と呼んでくれる少女とは血の繋がりはない。
愛しいと思う心に血族は関係ないだろう。彼女が実の妹だったところで二人の関係はさほど変わらないはずだ。
だが、今だけは彼女が義妹でよかったと切に思う。

彼女は土御門家と血縁関係はない。

平安時代にまで遡る陰陽師の家。
名門だの安倍の血脈だのとどれだけ美辞麗句を並べ揃えた所で本質は変わらない。
汚れ役。呪いの大家。偽善者。詐欺師。口八丁で謀り手八丁で陥れる事を生業とする由緒正しき人殺しの家系。
その十字架を、呪いを、彼女には背負わせなくてもいい。

「それで、どうしてこんな事になったんだー」

「……それはにゃー」

彼女は陽だまりにあるべき存在だ。
屍山血河の世界は彼女の笑顔には似合わない。

土御門の魔術も、呪いも、恨みも、血と殺戮と裏切りと謀略の歴史も。
全部自分が背負うと、彼女が初めて笑ってくれた日に決意した。

だから。

「舞夏が優秀過ぎっからメイドの本場英国への留学が決まったんだぜぃ!
 それもだ、聞いて驚くなよ! なんと留学先はイギリス王室だー!」

彼女にはどこか遠いところで幸せになって欲しいと。

そんな事を思ってしまうのだ。

「……でもなー、兄貴」

ただ一つ心残りがあるとすれば。

「兄貴の分の荷物がないぞー……?」

彼女の生きる世界に自分の居場所はないだろうという事。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 01:55:07.22 ID:3Ss54vHIo
「……」

「遠いなー……嫌だなー……」

彼女は目を逸らし、嫌だとは言うけれどどこか諦念を感じさせる表情を浮かべぽつりと零すのだ。

「兄貴と離れ離れになるならいきたくないなー……」

「でもな、こんないい話は滅多にないだろ」

「……それは分かってる。私は行った方がいい、いや、行くべきなんだろうなー。
 幸運だと思う。もちろん当然だろーっていう自負もあるが、よりによってイギリス王室なんてとんでもない幸運だと思う。
 急過ぎるっていうのを差し引いても断るなんて出来ないし、私もしたいとは思わない。……でもなー、兄貴。それでも私は……」

「舞夏」

彼女の気持ちも痛いほど分かる。自分がそうなのだから。

けれどどんな事をしてでも彼女を丸め込まなければならない。
そうしなければならない理由が土御門にはある。

何、別に難しい事ではない。こういう事こそ得意分野だ。
ただ……他でもない彼女にそんな事をするのが心の片隅に引っ掛かる。

それを言ってしまえば、最初からこんな事を仕組まなければいいのだろうが。

「そんな事言ってオマエ、卒業したらマジメイドさんになんだろ?
 そうしたら結局俺ともそう簡単に会えねえじゃねーか」

「土御門に雇ってもらうからいいんだぞー」

「……おにーちゃんちょっと涙出ちゃいそーだにゃー」

サングラスを掛けててよかったと思う。
柔らかな髪の感触に哀愁を感じながら彼女の頭を少しだけ強く撫でる。

「ま、武者修行だと思って行ってこい。――待ってるから」

つくづく嫌な男だと自分でも思う。
こう言ってしまえば彼女は首肯せざるを得ないのだから。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 02:33:40.23 ID:3Ss54vHIo
「……来たか」

静かな夜の街に遠くからエンジン音が聞こえてくる。
こちらに近付いてくるそれは結標達の乗っているものだ。

「すまん。ちょっと待ってろ」

道路に面したベンチに義妹を残し、少し離れた場所に立っている外国人の少女に近付く。

白い修道服と金糸の刺繍、フードから零れる銀の髪。緑の瞳。
インデックスと呼ばれる少女はどこか不安そうに土御門を見上げた。

「ねえ――」

「仕事だ、禁書目録」

彼女の言葉を遮り土御門は短くそう告げる。
                                         、 、 、 、 、
「英国で、そこの彼女――ショチトルの中に埋め込まれた『原典』を引き剥がす。
 術はセントポール大聖堂で行う。写本との差異をオマエが解析した後、封印。以上だ。質問は」

視線を合わせぬまま浅黒い肌の少女を示す。
やや早口になってしまっただろうが、大丈夫だろう。
彼女の持つ完全記憶能力をもってすればこの程度で聞き逃すという事もあるまい。

「……一つだけ」

恐らくそうだろうと思っていたが、自分の予定が外れてくれる事を願っていた事も否めない。
土御門は用意しておいた言葉を頭の中で反芻しながらインデックスの次の言葉を待つ。



「とうまはどこ?」



……身構えてはいたものの、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 02:52:46.46 ID:3Ss54vHIo
「アイツは、ショチトルをこうした魔術師と戦ってる」

「じゃあ早く助けに――」

「事は一刻を争う。今こうしている間にもショチトルの体は蝕まれ続けている」

「っ……」

「オマエはオマエにしか出来ない事をしろ」

大きなエンジン音とタイヤがアスファルトを噛む音が背後から近付いてくる。
その音はやがてすぐ近くで停まった。

「何、こっちが済んだらすぐ追いかける」

「本当?」

「ああ」

「……分かったんだよ」

よくもまあ平気で嘘を並べられる、と自分でも感心する。
顔色一つ変えず、全てを嘘で塗り固めるのは得意だ。
彼女がいくら完全記憶能力を持っていたとしても嘘は見破れない。
そもそも彼女の性格からして、他人を疑うという事ができない性質だ。

それでもこちらの言葉を鵜呑みにせず、一度だろうと彼の事を問うたのはきっと。

「……」

ぷしゅー、と気圧式のドアが開く音がする。

「乗れ。時差があるから車の中で寝ておけ」
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 04:26:15.22 ID:3Ss54vHIo
「……ごめんなさい。もう一つ」

ぴくり、と眉が動いてしまった事を自覚した。
彼女に気付かれていない事を祈るしかない。

「どうしてまいかが一緒なの?」

「詮索するな。こちらの事情がある。他の奴らには魔術については隠せ」

有無を言わさぬ口調は想定外だったからだ。
不審に思うだろうか。彼女は自分達の関係を知っている。隣人なのだから当然だろう。
だが――だからこそ出来る事もある。

「頼む」

つまるところ泣き落とし。詐欺師の手口だ。
だが状況と相手をきちんと合わせればこれほど有効な手はない。

「……うん」

自分が最低の部類の人種だという事は重々承知している。
心は痛まない。彼女の為なら何だってやってみせると誓ったのだから。

当の本人に恨まれようと罵られようとその決意は変わらない。

ただ――。

「……兄貴ー」

「ま、冬休みにはなんとか許可とって会いに行くぜぃ」

彼女に嘘を吐く事と、こういう顔をされるのは少々堪える。

見様によってはバスのように見えなくもない護送車。
だから合流場所もバスターミナルの端にした。
多少の違和感は持たれるだろうが押し通せない事もない。

護送車に乗る少女達。
その後に続こうとした褐色の肌の少女は、しかし足を止め土御門を振り返る。
鋭い視線が向けられる。けれど彼女は暫くの沈黙の後、頭を下げた。

「感謝する」

「礼には及ばない。オマエの『原典』が対価だ」

「……そうか。だが、……」

髪を嬲る風の吹いてきた方に顔だけを向ける彼女の瞳はどこか寂しげだった。
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 04:53:20.38 ID:3Ss54vHIo
「……エツァリは。来てはくれないのか」

「合わせる顔がないとよ」

「よく言う」

そう彼女は嘲るように笑うのだが、それでもどこか索然とした表情で目を伏せた。

「礼代わりに一つ忠告しておこう。あれの言う事を真に受けるな。
 あれは本来、酷く利己的な性質だ。信用すれば馬鹿を見る」

「経験談か?」

「……」

「ご忠告どーも。短い付き合いだがそれくらい分かってるつもりだ。
 だが心配いらねえよ。俺も似たようなもんだ。お互いそれを分かった上で組んでる」

「……なるほど。確かに似ている」

ふ、と息を吐き、彼女は目を細め土御門を見、そして言うのだ。

「そうして貴様らは私達を捨てるのか」

……思わぬ伏兵がいたものだと土御門は自嘲する。

今のは随分と響いた。
心臓が跳ね、目の前が一瞬真っ赤になってしまったような錯覚。
けれど表情には一切見せず、土御門は肩を竦めるだけだった。

「理解してくれとは言わねえよ」

「確かに似ているな。貴様も酷く自己中心的だ」

数瞬の無言の後。

彼女は泣きそうな、けれど必死にそれを堪えているような、
そんなどこか笑顔にも見える顔を土御門に向けた。

「さよなら、お兄ちゃん。でもできれば、せめて生きていてほしい」

「……善処するさ。別に俺は死にたがりじゃねえ」

そう言う土御門を彼女は、矢張り泣き笑いのような表情で目を細めるのだった。
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 04:54:49.78 ID:3Ss54vHIo
またシーンの途中、あとちょっとですが今日はここまで。フレメアパートは明日にでも
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/26(火) 08:10:45.96 ID:MxbrgrkWo
乙、どいつもこいつも死亡フラグだよチクショウ
土御門さんの背後事情は不明点ばかりで書きにくいったらないね

妹的ポジションのみなさん可愛すぎる
ショチトルの「さよならお兄ちゃん」はずるいぜ
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/07/26(火) 19:37:03.73 ID:ldTaW2/I0
インさん上条さん死んだこと知らないのか…
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/26(火) 22:18:07.77 ID:zjkBLIQ9o
インなんとかさんも壊れそう
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/26(火) 22:39:16.20 ID:wo+Mld8oo
インデックスェ…
今後関わってくるんだろうか?
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/26(火) 23:06:06.29 ID:NNbbx5y/o
退場してこのままのような気がする
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/26(火) 23:53:57.29 ID:Zpe3OuWe0
ある意味、この物語で活躍しない方が幸福だろう
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/27(水) 01:18:32.79 ID:BERf8sr8o
異国の魔術師の少女は別れの言葉を残し車に乗る。
そして彼女と入れ違いに降りてくる人影が二つ。

一人は結標淡希。
そしてもう一人は。

「……風が強いわね」

小さく呟き、けれどもっとましな言葉はないのかと自分で馬鹿らしくなる。

金髪碧眼の、フレンダと『アイテム』の面々から呼ばれる少女。
彼女はもう『アイテム』の少女達を仲間とは呼べぬかもしれない。
だから相手がどれほどの知己だろうとまるで赤の他人のように呼称するしかない。

フレンダ=セイヴェルン。

そう呼ばれている。

身に纏う制服は決別の意味か。
彼女が本来所属する中学校のものだ。

意味のない行為だと彼女は思う。
常盤台中学に在席している超能力者、『心理掌握』の名は食蜂操祈だ。
フレンダ=セイヴェルンではない。
同様に青髪ピアスの高校生は女子中学にいるはずもない。

果たして自分の本質というものはどこにあるのだろうか。
時々そんな事を思う。

超能力者。
食蜂操祈。
『心理掌握』。
青髪ピアス。
第五位。
委員長。
フレンダ=セイヴェルン。
女子中学生。
男子高校生。
あるいは暗部組織の構成員。

矛盾する名を幾つも身に纏い、彼女を現す言葉は既に形骸と化している。
その中から一つを選ぶとすれば矢張り『心理掌握』だろうか。
最も本質に近いという意味では正鵠を射ている。
380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/27(水) 01:35:08.61 ID:BERf8sr8o
だがこの場では――彼女の事をあえてフレンダと表記しよう。

フレンダ=セイヴェルン。
その名――あるいは肩書きには幾つかの意味がある。

一つは外見。
金髪碧眼に白い肌、とある少年が見たならば矢張り『舶来』と称したであろうその容姿は紛れもない真実だ。
『彼女』はそのような容貌をしている。
土御門らの視覚に映る、長身で青く染めた髪にピアスの派手な少年の姿は『彼女』が設定したアバターでしかない。
本来の姿からかけ離れた外見も、野太い声の紡ぐ関西弁もどきも、全てが虚像だ。

一つは肩書き。
暗部組織『アイテム』の構成員、フレンダ=セイヴェルン。
彼女は幾つも名を持ってはいるが、少なくともこの物語の上ではその名が最も相応しいだろう。
『心理掌握』は飽くまでも彼女の持つ能力の名であり、最も本質に近いとはいえ『彼女』の存在に従属する。
人称として用いるには少々不相応だろう。

そしてもう一つ。最も重要な要素。

フレンダ=セイヴェルン。

他にはない、その名だけが持つ唯一無二の要素。

姓。あるいは、その名に合わせるならファミリーネーム。
この街には『セイヴェルン』は二人いる。

一人はフレンダ=セイヴェルン。

そしてもう一人は。

「……お姉ちゃん」

バスターミナルの片隅、土御門らが立っていた位置からすれば随分と遠く、けれど声の届くぎりぎりの場所にその少女は座り込んでいた。
タイルで舗装された通路と通路の間、僅かな芝生の上に腰を下ろし、金髪碧眼の少女は捨てられた猫のような目で金髪碧眼の少女を見る。

消え入りそうな声で自分を呼ぶ、自分とよく似た外見の少女。

彼女の名はフレメア=セイヴェルン。もう一人の『セイヴェルン』。

食蜂操祈でもなく、青髪ピアスの少年でもなく、フレンダ=セイヴェルンの妹。
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/27(水) 01:56:49.61 ID:BERf8sr8o
「フレンダお姉ちゃん」

先程より幾らかはっきりとした声で少女は姉の名を呼ぶ。
どこか怯えたような表情は庇護欲かあるいは嗜虐心をそそるものだ。
彼女は紛れもなく無力な少女で、特殊な能力も才能もなく、年相応の矮躯にはそれだけの力しか備わっていない。
だから少しでも力を持つ者が彼女の前に立てばか弱い少女には為す術もないだろう。

自分のような超能力者であればなおさらだ。
赤子の手を捻るよりも容易く彼女の心を幾らでも陵辱できる。
一瞬で廃人にする事も、殺人鬼に変貌させる事も、記憶を残らず消し去る事だって出来る。
『心理掌握』にはそれを成すだけの力がある。

……勿論そんな事をするはずもないのだが。

フレメア=セイヴェルンはフレンダ=セイヴェルンの妹だ。
それが半ば仮初のものだったとしても、そう在りたいとフレンダは願うのだ。

「フレメア」

彼女の傍らに立ち、フレンダは自分の名を呼ぶ妹の名を呼び、そしてゆっくりとしゃがみ込み優しく抱き寄せた。

「お姉……ちゃん……?」

土御門がそうであったように。

『彼』がそうであったように。

彼らの友人である自分もまた、大切な人を守りたいと思うのだ。

「フレメア。よく聞いて」

抱き締め、顔は見ぬままフレンダは囁く。

「イギリスに行きなさい。パパとママのところに帰るの」
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/27(水) 02:26:04.46 ID:BERf8sr8o
「っ――嫌っ!」

明確な拒絶の意思を伴う声は初めて、あるいは久し振りに聞いたものだった。

「やだ、やだよ! お姉ちゃんどうしてそんな事言うの!?
 大体、お姉ちゃんだって分かってるでしょ!? あんなとこ戻りたくないよぉっ!」

「……そうよね」

分かっている。
自分達の両親がどんな人物で、自分達がどのような経緯で異国の街にいるのか。
恨むべきは両親なのか、それともこの街のシステムなのか。
滝壺も、絹旗も、そして恐らくは麦野も、似たような境遇にある。

『置き去り』と呼ばれる態のいい育児放棄。
犠牲者と呼ぶべきだろうか。『置き去り』の子供達はこの街に幾らでもいる。
暗部に属する大部分の子供達は親に捨てられた。もしかすると他の超能力者達も同じなのかもしれない。

子供にとって親の存在は必要だろう。
親のいない子などなく、親があってこそ子は存在する。
木の股から生まれたのであれば別だろうが、人という種の子は大抵、親がいなくては生きていけない。

けれど稀に害悪にしかならない場合がある。
客観的に見てセイヴェルン家の場合はそれだった。

「でもね」

無意識の内に抱き締める手に力が入る。
フレンダは妹の背に流れる髪を指で梳き、それから一呼吸だけ真を置いた。

「結局、それでも幾らかマシなのよ」

「――どういう」

「いい子だからお姉ちゃんの言う事を聞いて。ね?」

彼女を言い包める事など能力を使えば一瞬だ。けれどそんな事は出来やしない。

セイヴェルンの姓を持ち、同じ色の瞳と同じ色の肌、緩いウェーブの掛かった金の髪。
今、自分が肉親と呼べるのはこの少女だけなのだ。
       このまち
「フレメア。学園都市にいちゃ駄目。遠くに逃げなさい。うんと遠くへ。
 あの車に乗って、他のお兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒にイギリスに行くの。
 結局、パパとママのところが嫌ならどこか他のとこ……修道院とかに。
 大丈夫よ。お姉ちゃんが上手く行くようにお願いしてあげるから」
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/27(水) 04:28:36.02 ID:BERf8sr8o
「お姉ちゃん……?」

「私もね、好きでこんな事言ってるんじゃないの。
 でもこうでもしないと、フレメアの事守れないから」

こうして抱き締めるだけでも折れてしまいそうなか細い矮躯。
そんな簡単に死んでしまいそうな少女を力のない自分が守れるとは思えなかった。

『心理掌握』は最上位の強度に列せられるが、他の超能力者と異なり物理的な効果を伴わない。
昨日の一件で思い知った。自動機械、あるいは瓦礫の崩落、火災や高所からの落下。そういったものには全くの無力だ。
人の精神と記憶という不確かなものにしか干渉できない貧弱な能力。
きっと大切だったただの一人さえ守れなかったのに、今度こそなんて楽観的で虫のいい言葉が吐けるはずもない。

でも、土御門が信用する相手になら任せられる。
相手がどんなもので彼とどのような関係なのか、そんな事はどうだっていい。
彼は自分の大切な友人だ。そう思うからこそ無条件に信頼できるのだろう。

「ごめんね、フレメア」

きっと大切なたった一人の妹の名を呼ぶ。

「お願い。言う事を聞いて」

「………………」

能力も才能も関係なく、ただ一人の姉として。
何もできない自分だけれど、たった一つ彼女に報う方法だと思う。

もしかすると声が震えていたかもしれない。
怖くて仕方ないのだ。彼女がもし嫌だと言い続けるなら自分はそれを拒む事ができない。
力ずくで車に乗せれば人攫い紛いの事もできるだろう。けれどそんな方法を取れるとは思えない。
自分がこういう性質だからこそ彼女が我を突き通したとしてもそれを叱れないだろう。
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/27(水) 04:45:39.21 ID:BERf8sr8o
けれど彼女がそれ以上拒絶する事はなかった。
代わりに、幾許かの沈黙の後、ぽつりと言った。

「……お姉ちゃんは一緒に来てくれないの」

才能もなく頭も悪い、馬鹿な妹だと思うのにこういう時だけ聡いから始末に終えない。

「お姉ちゃんはね、やらなきゃいけない事があるから。
 ……ううん、違う。結局、私がそうしたいだけなんだ」

どちらか一方を取るなんて器用な真似はできない。
二兎を追う者は一兎も得ず、とは言うがどちらも逃がしたくはない。
そもそも同じ兎ではないのだ。比べられない。
まったく違う人物を同じ物差しで量ろうとする事自体馬鹿げている。

「でもね、フレメア。勘違いしないで」

そしてようやく抱擁を解き、フレンダはよく似た妹の顔を正面から見て優しく微笑んだ。

馬鹿で愚図で鈍間で――けれどとても優しい子。
フレンダはずっとそんな風に思っていた。

だからきっとこの言葉の本当の意味は分からないだろう。

「結局私は、アンタのお姉ちゃんになれてよかった訳よ」

そう言って、彼女の柔らかな頬に軽く口付けして。

「だからお願い。泣かないで」

「さっきから大体、お姉ちゃん『お願い』しか言ってない」

「……ごめんね」

もう一度軽く抱き締め。

「大好きよ、フレメア。私の妹」

そう囁いて、体を離した。
385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/07/27(水) 06:59:50.24 ID:Q8pw+wqoo
Show must go on であるなー。
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/27(水) 07:03:08.28 ID:GLMsUb2Ko
デルタの3人の友情を見るたび泣きそうになる
もう三角じゃないんだな
387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/07/27(水) 12:24:04.03 ID:cfvgPqGS0
土御門は舞夏と逃げる道も有るだろうに残るのだな
土御門にとって舞夏の次に大事だったのが上条さんか…
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/27(水) 14:47:12.27 ID:XGyqTYpDO
舞夏を守り続けなきゃいけない、っていう己に課した使命もあるんだろうけどさ、
もう一人の親友が残るってのに行く訳にはいかんよな
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/29(金) 23:46:00.87 ID:MhawDI+4o
彼女に見せる笑顔に偽りはなく、けれど真実でもない。
こんな場面で笑顔でいられるほど自分は楽観もしていないし強くもない。
それでもこの小さな妹には笑顔を見せなければいけないだろう。

さあ、と最後の一人を待つ車を見遣り、彼女の出発を促す。
その言葉にフレンダと護送車とを交互に見て、それから彼女はのろのろと鈍重な動きで立ち上がった。

何から何まで世話の焼ける子だ。
きっと何も言わなければこのままずっとここで蹲ったままだろう。

だからきっと、彼女を送り出す事こそが姉である自分の役目だ。

「いきなさい、フレメア」

幾つかの祈りを込めてフレンダはその言葉を妹に向ける。

彼女がその裏にある真意に気付くとは思えないが――それでも祈りの言葉を口にせずにはいられなかった。

「…………」

そして、ただほんの微かに頷くだけで何も言わず彼女はゆっくりと歩き出す。

きっとこれでいいのだろう。
そう思うことにした。

ゆっくりと護送車へと歩む姿を見送り、そして背を向ける。

結局彼女には何もしてやれなかったけれど。
それでも少しくらいは姉のような事をしてやりたかったのだ。

なのに――。

「――お姉ちゃん!」

最後にそう呼ばれて思わず振り返りそうになるのをすんでのところで堪えた。
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/30(土) 01:06:56.96 ID:Gi+o0YM/o
背後から戸惑うような躊躇うような気配を感じる。
きっと彼女は酷く怯えたような顔をしてこちらを見ていることだろう。

「……負けないでね」

暫くの戸惑いの沈黙の後、彼女が口にしたのはそんな言葉だった。

本当は少し違った言葉を言おうとしたのだろう。
けれどそれを言葉にしてしまうのが恐ろしくて、だから別のものに置き換えたのだろう。

――結局これが、俗に言う死亡フラグって奴よね。

古典的な漫画じゃごく当たり前の伏線。王道。お決まりのパターン。
だからといってむざむざ死にに行く訳でもないが。

「大丈夫よ」

妹に向ける笑顔は強がりでしかない。
そう分かっているからこそ自分に言い聞かせるように彼女は笑った。

「これでも結構強いんだよ? 今まで秘密にしてたけど、お姉ちゃん超能力者なんだから」

「――え?」

酷い言葉遊びだ。

「でも――だってお姉ちゃん――」

嘘は言っていない。けれど本当の事も言っていない。

「大体、無能力者なんじゃ――」

「結局、最近強度が上がったのよ。超能力者に」

そしてようやく振り返り、悪戯がばれた子供のようにフレンダは妹に笑いかける。

「本当よ?」

だから、と言うようにフレンダは片目を瞑り。

「だから安心して。お姉ちゃんは負けたりなんかしないから」
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/30(土) 01:52:21.37 ID:Gi+o0YM/o
それが二人の交わした最後の言葉だった。

まだ不安げな表情で何度か振り返りはしたものの、少女はゆっくりと護送車に乗った。
今度こそその背を見送り、フレンダはどこか憑き物が落ちたような表情で小さく息を吐き、そして結標に視線を送る。

「……」

結標は羽織った制服の上着から小さなリモコンを取り出す。
その上にはボタンが一つだけ。誤って押さないように透明なカバーで覆いが付けられている。

自分の体の影に隠すようにして結標は横目でそれに視線を送り、少しの間だけ眉を顰め迷うが、結局指でカバーを跳ね上げボタンを押す。

それは護送車に取り付けられた特殊な機能を動かすものだ。
能力者の少年少女達を傷付けないように無力化するための、無色無臭の催眠ガスの作動スイッチ。
特殊な空調によって空気のカーテンで車内の前後が隔離されており、後部にのみガスが充満する仕掛けとなっている。
当然その事を知らない者からしたら気付かぬ内に寝入ってしまったとしか思われないようなものだ。

効果が現れるまで数分。
半ば誤魔化すように土御門と打ち合わせの確認をすることでその時間を消費する。

「こっちは準備完了だ。問題ない。そっちはねーちんには知られてないだろうな」

外部組織と連絡を取っているのだろう。
携帯電話で誰かと話す土御門は簡潔にそう告げる。

「五和……ああ、あの子か。大丈夫なのか?
 ……オーケー。嫌な役をさせて済まねえな」

彼は視線をこちらに向けたまま電話の相手と暫く確認を取り合った後、携帯電話を閉じ無造作にポケットに捻じ込んだ。

「最終確認だ。壁の外に誘導要員どもが待機してる。
 そいつらと合流したらあとは任せていい。高速で羽田まで行って残りは空だ」
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/30(土) 02:14:22.15 ID:Gi+o0YM/o
「……その、変な事聞くようだけどパスポートとかは大丈夫なの?
 空港の出国ゲートで掴まるだなんて下らない展開は嫌よ」

「そこんとこ抜かりはないぜぃ。元々そういう事に特化した連中だ」

「あなたのお友達は密入国ブローカーか何かなの……」

「まぁ似たようなもんかね」

肩を竦め、土御門は背後を仰ぎ見る。

夜に沈むように立ちはだかる学園都市を覆う『壁』。
数少ない外との連絡ゲートまではものの数百メートルだがそこを潜る訳にはいかない。

「この方向にきっちり四〇〇メートル。多少の誤差はいいがあんまりずれないでくれよ。
 あっちだっていきなり宙に現れた車に轢き殺されたなんてオチはごめんだろうからな」

「……変なこと言わないでよ」

最大質量四五二〇キロ。最長距離八〇〇メートル超。
空間移動系能力の中でも屈指の性能を持つ『座標移動』にそのような言葉は無意味なものでしかないだろう。

けれどそれを差し引いても途方もない重圧が結標を苛む。
視認できていない地点への移動はどうしてもプレッシャーが付き纏う。
それも大事な仲間たちを乗せた車を丸ごと移動させるというもの。もし失敗したらと考えないはずがない。

過去のトラウマから来る自身の移動に対する恐怖など比べ物にならない。
ただでさえ限界に近い重量の長距離移動。失敗する可能性はないとは言えない。
高度な演算を必要とする能力は少しのミスで致命的となる。
一つ間違えば飛ばした先がアスファルトの下だったとなる可能性も捨て切れないのだ。
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/30(土) 02:41:41.59 ID:Gi+o0YM/o
「……」

無意識に腰に提げた軍用懐中電灯を握り締めていた。

大丈夫だ。問題ない。自分はやれる。何一つミスなく全てをやり遂げられる。
言い聞かせるように心の中でそう繰り返す。

自己催眠に似た行為はかつてないほどの集中力を生む。
けれど鍍金のようなものでしかないそれは同時に『もし失敗したら』という不安を大きくさせているという事に結標は気付かない。

寒空の下だというのに冷や汗が背筋を伝い流れた。

この時点で言うならば空間移動の成功率は八割ほど。
サイコロを振って六の目が出るよりも高い確率で演算に失敗する。

けれど演算の集中に入ろうとする直前、横から割って入った声があった。

「結標」

いつになく真摯な響きを感じさせる土御門の声に結標は彼に振り向かざるを得なかった。

土御門は真っ直ぐに結標を見ていた。
そして彼は、あろうことかトレードマークであるサングラスを外し。

「――すまない」

と、頭を下げるのだ。

「すまん……っ」

結標は絶句するしかなかった。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/30(土) 03:10:58.83 ID:Gi+o0YM/o
その言葉と行動にどれほどの思いが込められていただろうか。

今。この瞬間。
護送車に乗った少年少女達の命は結標が握っていると言っても過言ではない。
他の何を犠牲にしても守ると誓った相手の命を結標に預けるのにどれほどの葛藤と覚悟があっただろうか。

彼の事だ。他に幾らでも似たような手は打てただろう。
けれどそんな彼であるならどうして自分に頼らざるを得なかったのだろうか――と結標は思いを馳せる。

どうして自分なのか。
他の者ではどうして駄目なのか。

何故それが自分でないといけないのか――。

そして――ああそうか、と唐突に結標は気付くのだ。

「……やめてよね。らしくない」

きっとこういう時、こう返すのが一番いいのだろう。
彼の言うところの様式美という奴だ。

頭を垂れる土御門に、結標はどこか誤魔化すように手をぱたぱたと振った。

「持ちつ持たれつ、利用する時は利用して、っていうのが私たちの仲だったでしょ。おあいこじゃない」

そう。結局のところ両者の関係はそこだけでしかない。
けれどそれは一方的なものではない。

心の底から信頼しているはずがない。
けれど相手を信用していなければまして背中など任せられるはずがないのだ。

相互関係。釣り合いが取れてなければいけない。

超能力者、大能力者、無能力者、魔術師。
彼らは一見して優劣が付いているようでありながらも、確かに立場は同列だった。
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/30(土) 03:16:35.75 ID:Gi+o0YM/o
「――――っ」

それでも土御門は顔を上げようとはしなかった。

「頼む……舞夏を……っ」

境遇も立場も異なる彼らだったが、おかしな事に目的だけは一致していた。

たったそれだけの共通点。
けれど奇妙な親近感を覚えるのだ。

同情や偽善は一切ない。彼らはどちらかというと悪党の部類で、英雄とは程遠い存在だ。
まして無償の正義感など存在するはずもなかった。

だからこそ背を任せられるのだ。
打算でしか相手を見られない者同士だからこそ同志と成り得た。

今この場にはその内の二人しかいないけれど。
きっと何かの間違いで自分が他の者、例えば土御門の立場だったら。
仮定の話は幾ら言っても仕方がない。既に過去は決定されていて歴史が変わることなど在り得ない。
それでも――多分彼と同じようにしただろうなと結標は思うのだ。

そんな二人を見て、金髪の少女はどこか寂しげに笑うだけだった。

結標は彼から視線を外し、天を仰いだ。

空は暗く、街は明るい。
雲は無い。星は、見えない。

「……、……」

深呼吸して夜の冷たく澄んだ空気を肺に吸い込む。
思考はいつになく冴え渡り、今なら能力上限を更新できるだろう事は間違いなかった。

腰に下げた警棒兼用の軍用ライトを引き抜きバトンのようにくるりと回し構える。

「――大丈夫よ、任せなさい。あなたが利用するに足ると認めた女よ?」

見据えた先は学園都市の『壁』。この街を取り囲む檻だろう。
そして結標は切っ先を突き付けるように懐中電灯の先端を向ける。

その瞬間には演算式を組み上げ終えていた。

「それに私だって――何があったって守り抜くと誓ったんだから」

境遇も立場も違えども、その思いの形はきっと同じだっただろう。



――――――――――――――――――――
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/30(土) 03:26:27.36 ID:Gi+o0YM/o
「ところでさ」

「んー?」

「あの車、誰がここまで運転してきたんだ?」

「私に決まってんじゃん」

「オマエ、車の運転できたんだな」

「まーねー。伊達に超能力者やってないわよ」

「いやーそれにしても妹ちゃん可愛かったにゃー。オマエの妹とは思えないぜぃ」

「このロリコンめ……」



――――――――――――――――――――
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/30(土) 03:33:42.11 ID:Gi+o0YM/o
そんな感じで、長くなりましたが。インデックスさんは邪魔なので強制送還
さて、ようやく『窓の無いビル』です
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/30(土) 04:45:01.92 ID:1DkMf8/1o
脱出した彼女たちはもう登場することはないんだろうね。
そしてついに☆が登場か
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/30(土) 07:07:14.09 ID:kRFoumFDO
☆としても業腹だよな
プランの中枢なくなったんだから
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/30(土) 23:48:59.81 ID:Gi+o0YM/o
「――さってと」

軽く体を解すように御坂は伸びをする。
一日中重いものを提げていたからか肩が凝ってしまった。
その疲労感は心地好いものだったが、だからといって疲労が消える訳ではない。

彼女が今いるのは公園だ。

とはいっても彼女のよく知るものではない。
その存在こそ知っていたものの言われて初めて意識する彼女の人生において背景だった場所。

場所は第七学区のほぼ中央。
ジョギングに訪れる運動部員もなく、まして小学生以下の子供のための遊具がある訳でもない。
小ぢんまりとした、どこにでもあるような緑地スペースとしての場所。

第七学区の中でも一等地に数えられるこの場所に単に美観目的などという名目で公園を拵えるのはどうにも理に適っていない。
いかに学園都市が広大だからと言ってもその数には限りがある。

学園都市の人口、二三〇万。

それだけの人数を抱えながらも世界一の先進都市としての機能を損なわず、
かつその名が示すように多くの教育・研究機関に十分な場を割き、十全にその機能を賄うには土地がいくらあっても足りない。

まして――市民の憩いの場とするには些か立地が悪過ぎた。

人気の無い寂れた公園。
恐らくこの場を日常的に意識する者など皆無に等しい。
都市の中心にありながらもさながら幽霊のように人々の意識から切り離されている。

この場に敷かれた仕掛けは『人払い』の魔術に近い。
凡愚のように安易にモスキート音を発生させている訳でもない。
行動心理学を始めとするあらゆる観点からこの公園は意図的にデッドスポットと化すように作られているのだ。
ただ辺りの地形や建造物、道路標識などを組み合わせ複雑な印象操作によって心理的に民衆から隔絶されている。
それだけで人は無意識の内にこの場所の事を意識しようとはせず、まして近寄ろうなどとは思わない。

けれど本屋などで市販されている地図に載ってないわけではない。別に存在そのものを隠されてはいないのだから。
だから極稀に酔狂な者がこの場所を訪れる事はあったが、それでも大抵の場合ベンチが一つだけぽつんと置かれた小さな公園の存在などすぐに忘却してしまう。
それでも頭の片隅に残るものがあるとすれば――今御坂が抱いている感想と同じようなものだろう。

何しろ風景が最悪だった。

公園内にたった一つとして設置されたベンチ。御坂が腰を下ろしているものだ。
そこに座れば誰だろうと意識せざるを得ないのだ。

天高く聳える真黒な建造物。
遠くから見れば影がそのまま立ち上がったかのような印象を覚えるそれが嫌でも目に入る。
まるでそれに見下ろされているような――見下されているような、ただ不快でしかない妙な重圧を感じさせられる。

その影色をした直方体をこの街の住人は『窓の無いビル』と呼ぶ。
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:41:53.51 ID:GHO7/xywo
「…………」

夜の闇に溶けるように、けれど何故だかはっきりと認識できるそれを御坂は暫く見上げていたが、やがて興味を失ったのか意識から除外した。

膝の上に抱えた大きなクーラーボックス。
強力な冷蔵機能を持ち内部を設定した温度に保つ高価なものだ。
ジュースや冷凍食品を入れておくこともできるが――どちらかと言えばそういう使い方をする者は少ない。
多くは研究目的として細菌やバクテリア、諸々の医薬品などの保管や運搬にも用いられる。

その中には――用途を鑑みれば当然なのだが――例えば事故で指を切断してしまった場合など、
生体部品の鮮度を保つために収納されるというケースも存在する。

だからこのクーラーボックスの中に、白井が初めに想像したようなものが入っていなくてもおかしくはないのだ。

御坂はこれ本来の使い方に忠実であったと言ってもいい。

「……ふふ」

小さく笑みを零し御坂はクーラーボックスの淵を愛おしむように指でなぞる。
蓋を開けたりはしない。そうすれば内部の冷気は外に流れ出てしまう。
それに、別にそんな事をしなくても彼女は今のままで充分だった。

彼女は今朝未明からずっと、片時たりとも手放そうとしなかった。

一日中。

ずっと。

彼女は満たされていた。
たとえ箱の外枠に隔てられていようとも一緒にいられる。
別離を恐怖しなくてもいい。これからもずっと一緒にいられる。

ただ――少々物足りなくはあるのだ。
満たされていると感じながらもその内に僅かな気泡があるような、そんな空隙を感じる。
その正体が何か。考えずとも分かる。今や二人を引き裂くものはこのクーラーボックスだけなのだから。
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 01:29:49.08 ID:GHO7/xywo
「――お姉様」

呼ばれ、御坂は顔を上げる。
二人きりの時間を邪魔されたが不思議と腹は立たなかった。

「お待たせしました」

いつの間に現れたのか。
御坂のすぐ眼前に現れた白井は小さく一礼する。

気配無く立つその姿はさながら幽鬼のよう。
どろりと濁った目は普段の彼女を知る者からしてみれば異常以外の何物でもなかっただろう。

けれど彼女の事を最も知っているであろう御坂は委細構わず、白井の顔を見て破顔した。

「ごめんねー黒子。持ってきてくれた?」

「……はい」

握った手を差し出され、御坂もまた平を上にして手を伸ばす。

白井の細い指の間から零れ落ちたのは――銀色のコインが何枚か。
ゲームセンターで用いられる安っぽい合金製のメダルだ。

「ありがと」

柔らかな笑顔を向け御坂は受け取ったコインを、学ランの下、ブレザーのポケットに無造作に突っ込む。

「やっぱりこれ、いつも少しくらいは持っておかないと駄目ね」

「…………」

何に使うのかと今さらとやかく聞くまでもない。
それに――この後の事を考えれば。備えておくに越したことはない。

「はいこれ」

入れ違いに渡された折り畳まれたメモ用紙。
それを受け取り白井は無言で開いた。

中には走り書きのような筆で数字と記号の羅列がいっぱいに描かれている。
少しでも教養のある者ならばそれが何かの計算式であろう事は容易に想像がつくだろう。
だが――それが何を指しているのかまでは分からない。

この街でも数えるほどしかいない、極限られた分野に精通する者のみが使う数式。
それは暗号文にも等しい。外国の言葉などそれを知らぬ者には何を示しているのか分かるはずもないのだから。
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 02:20:03.95 ID:GHO7/xywo
「――これがあのビルへの経路を示すものだとすれば、随分と簡単ですわね」

「そうなの?」

御坂にはそれがどういうものだったのか分からない。
如何に彼女が年並外れた才女だったとしてもまともな科学では推し量る事すらできない分野だ。
当然、それは至極まともでない分野のものだ。

十一次元空間と呼ばれる認識不可能な高次元を現す計算式。
二次元、三次元までは認識できる。けれど四次元空間、本来世界があるべき座だとしても、それを正しく理解する事ができるものすらそういない。
十一次元ともなればまともな思考では及びも付かない。まして観測するなど、どだい不可能でしかないのだ。

けれど白井は――白井の『自分だけの現実』は遥か高みにある事象を観測する。
正確には『十一次元座標を用い三次元空間の制約を無視して移動する事が出来る自分』を観測しているのだが、結果として大差はない。

「別に結標でなくとも、わたくしにもこれくらい造作も無いことですの。
 精々が大能力者――自分を移動できるほどの空間移動能力者ならこの程度は初歩の初歩に過ぎませんし」

「ふーん」

然程興味のない様子で御坂は適当に相槌を返す。
彼女は白井と会話をしながらもどこか上の空だった。

「それはまあ、いいんだけどさ。黒子ができるっていうならそれでいいし」

でもちょっと困ったなあ、と御坂は首を捻る。
今さら言うまでもない事なのだが。

「空間移動――能力を使わないと無理なのよねぇ……」

「……」

「当麻を置いていかないといけないのかな、やっぱり」

白井とて何度かそれを目にしているし、実際に自分も体験した。

上条当麻――正確には彼の右手にはあらゆる能力が効かない。
白井の『空間移動』もまた然りだ。既に二度、白井は彼に能力が効かない事で歯痒い思いをしている。

御坂があの『窓のないビル』に行くと言うのならば。
当然、彼女の膝の上にあるクーラーボックスは置いていかなければならないだろう。
まさかここに放置する訳にもいかない。となれば白井に預けるのが良策なのだが――。

別に御坂は白井を信用していない訳ではない。
                       、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
彼女は間違いなく大切な存在だし、そんな事をすればどうなるかが分からないほど愚かでもない。

ただ純粋に――離れたくないと思うだけなのだ。
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 02:49:03.45 ID:GHO7/xywo
御坂は二度と離れたくないと思うのだ。

逢瀬の最後に恋人が別れを惜しむのとはまた別の意味がある。

御坂美琴という少女は常に置いていかれる存在だ。
禁書目録の少女と似て非なるもの。彼女は常に蚊帳の外だった。

八月三十一日。
九月一日。
九月八日。
九月十九日。
九月三十日。
一〇月三日。
そして数日前。

二週間と間を置かない、頻繁に起こる事件の数々。
御坂はその中心まであと一歩の所にいながらもついに物語の核には触れられない。
僅かに及ばない。まるで世界がそれを拒むかのように。

そして――世界の中心には常にあの少年がいた。

物語における主人公とはそもそういう存在であり、世界の構造としては極ありふれている。

しかし。
彼が主人公の物語において御坂美琴とはどのような役だったのだろうか。

脇役と称すにはあまりに重要で、かといって助演と称すほどでもない。
酷く曖昧な場所でただ見ているだけしかできない存在。

どれほど努力しても本当に願うものには届かない。
まるで世界がそういう風に出来ているとしか思えない。

だからこそ――主人公不在のこの世界は不安定で、定まった視点を持つ事ができない。

……、……。

ともあれ、御坂は今までずっと叶わなかった願いがようやく成就し――それがどのような形だとしても――そして二度と手放したくないと思うのだ。
そうすれば今度こそ二度と会えないような気がして。

「どうしたもんかなあ……」

心底困った様子で御坂は眉を顰め呻くのだ。

大きなクーラーボックスを膝に抱えたまま。
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 03:20:26.18 ID:GHO7/xywo
二律背反による停止を終わらせたのは振動だった。

「ん……?」

ブレザーのポケットの中、携帯電話が着信を告げていた。

マナーモードに切り替えているため音は鳴らない。
昼過ぎまで面倒な相手から頻繁に着信があったために切り替えていたのがそのままだった。
その後、ぱったりと途絶えてしまって清々していたのだが。

既に深夜。
この時間に電話を掛けるような者はそういない。

けれど――直感があった。

それが正しかった事を証明するように、取り出した携帯電話のディスプレイには電話帳に登録している名が表示されている。



――――『上条当麻』



やっぱり、と御坂は思うのだ。

本来在り得ない事だった。
何故ならその番号を持つ電話回線は羽織った学ランのポケットの中で壊れたままだ。

だが御坂は何の躊躇いもなく通話ボタンを押し携帯電話を耳に当てる。
そして普段のままの口調で応えるのだ。

「――――もしもーし」

この番号と、そしてこのタイミング。

相手など一人しかいない。

『こんばんは、『超電磁砲』。説明は必要かね』

「ううん、別にー。ただこの番号から掛けてくるのはちょっとやりすぎよね」
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 03:42:35.82 ID:GHO7/xywo
『そうかい。悪い事をしたかな』

「だから別にって言ってるでしょ。……それで用件は何?」

『君が少し困っているようだったのでね。少し助言をしようかと思ったのだよ』

「ん……?」

『悩まずとも一緒に来ればいい。歓迎しよう』

「一緒にって、アンタ」
              、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
『何も問題ないとも。それはそういう風に出来ている』

「……なーんだぁ」

それまでの表情が嘘のように御坂はぱっと顔を綻ばせた。

「それならそうと早く言ってよね。心配するだけ損だったじゃない」

『いや、君のそういう表情もまたいいものだ。
 恋する乙女の面持ちだ。実にいじらしい』

「覗きなんて悪趣味ね」

『怒ったかね』

「いいわよ。助言とやらでチャラにしてあげる」

『それは有り難い』

そんな相手の言葉がどうにも可笑しくて、御坂はくすくすと笑ってしまう。

電話の相手と談笑する御坂に白井は訝しげな視線を向け尋ねる。

「お姉様、いったいどなたと――」

「――――」

御坂は目尻を下げたまま問いには答えない。
けれど電話を持つのとは逆の手の人差し指を立て口元に沿える。

そしてそのまま指を前方へ向ける。

指の先は夜闇に浮かぶ漆黒のビルに向けられていた。
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 04:13:35.89 ID:GHO7/xywo
「何よ。そっちから歓迎してくれるなら最初からそう言ってくれればいいのに」

『そう言わないで欲しい。面倒な手続きが必要なのだよ、何事にも。
 君がここへ至るまでの道程は必要なものだったし、そうでなければ私もこうして君と電話で会話することもなかっただろう』

「よく言うわ……黒子」

携帯電話を耳に当てたまま、もう片方の手でクーラーボックスの肩紐を持ち上げ、御坂は立ち上がった。

「このままでいいってさ」

彼女の言葉に白井は眉を顰めるのだが、それでも無言で頷いた。
電話の相手が嘘を言う必要はないし、例え嘘だったとしても能力が不発するだけだ。

「……わたくしはここでお待ちしております。ご用が済みましたらお呼びください」

「うん。分かった」

白井はゆっくりと――恐る恐る手を伸ばし、御坂の胸元に触れる。

……恐らくこれが最後のチャンスだろう。
全てを信じ切っていて最も無防備なこの瞬間、彼女を殺すなら今しかない。

けれど白井は頭の片隅でそんな事を思いながら自嘲を返すのだ。
そんな域は既に通り越している。あるのは達観とどこか機械的な思考だけだ。

白井は彼女にとってきっと大事な存在だが、それはもう異質なものとなってしまっている。
必要ならば死ねと言われる存在。慣れ親しんだ道具に愛着を感じるようなものでしかない。

けれど白井はそれでいいと思ってしまうのだ。
彼女の中で価値観のベクトルががらりと変わってしまったとしても、それは間違いなく自分を向いている。
白井の目は殉教徒のそれだ。盲目的な思考停止を自覚しながらも開き直りにも似た充足感を得ている。

だから白井は目を伏せこう言うだけだった。

「――いってらっしゃいませ、お姉様。
 月並みですが、ご武運をお祈りしております」
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 04:16:29.13 ID:GHO7/xywo
そして、御坂美琴の見る世界は切り替わる。

慣れ親しんだ独特の浮遊感と世界が裏返しにひっくり返ったような錯覚の後。
ちかちかと目の裏側が瞬いたような気がして顔を顰め。

「…………」
              、 、
ゆっくりと顔を上げるとそれと目が合った。





「初めまして、『超電磁砲』――超能力者第三位、御坂美琴」

「こんばんは。統括理事長、アレイスター=クロウリー」




                            、、
巨大な試験管の中で逆しまにたゆたう存在がにぃと笑った。
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 04:17:14.80 ID:GHO7/xywo
では続きはまた
この章も終わりが見えてきました
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/31(日) 04:47:58.02 ID:4kyh+l3Qo
窓のないビルの中で上条さんの右手の秘密も明かされるのかな?
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/31(日) 07:14:37.49 ID:UFSsUzvAO
アレイスター…プランをどう変えてきたんだか

412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/07/31(日) 13:24:03.57 ID:j4AL8ZwAO
なんだろうビリビリがビリビリじゃない、余裕ぶっこいて打算的に動くとか既にビリビリじゃない
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/31(日) 13:51:18.00 ID:7NCDi3hAo
上条さんが死んじゃったからな。一人で生き続ける気もないんだから。
目的は一応あるけど、達成できないまま死んでもそれでいい、ということだろう。
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 14:53:07.09 ID:+qJGevxY0
最初から一気に見てきたが…鳥肌が止まらない。
>>1乙としか言いようがない
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/31(日) 16:13:07.36 ID:u6UJyQ9DO
そりゃ自分だけの現実ぶちこわすほどの恋心いだいてた相手が目の前で自分助けるために死んだなら性格なんて容易にかわるだろ
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/31(日) 17:11:06.86 ID:QRruPn450
簡単に言うと「壊れた」からね
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/31(日) 22:01:18.31 ID:UFSsUzvAO
アレイスターもヤケになんなきゃいいけど

上条さんも風斬も一方さんも使えないもんな
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/08/02(火) 12:56:03.04 ID:1e5xqkIR0
当然エイワスも顕現出来ない
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/02(火) 21:32:06.67 ID:o6MpkXmpo
それは、一言で言うならば奇妙な存在だった。

緑色の手術衣を身に纏い、腰まで届くような銀色の長い髪は容器の中の液体に揺れながら広がっている。
可笑しな表現の仕方だが、重力が今感じているままに働いているのならば――それは落下するかのように上下逆さに容器に満たされた液体の中に浮いていた。

男性のようにも女性のようにも、子供のようにも老人のようにも、聖人のようにも罪人のようにも見えるちぐはぐな印象を与える。
     、 、
だからそれを正しく表現する言葉は固有名詞以外に存在しないのだが――ここでは代名詞として『彼』と呼ばせて貰おう。

彼は統括理事長、アレイスター=クロウリー。

学園都市という大規模コロニーを表裏共に牛耳る唯一の存在であり。
そして総ての発端――と称しても構わないだろう。

彼が何故、また如何様にして途方もない規模の計画を考案し、狂いを正し、時には不確定要素までをも取り込み、今まで推し進めていたのか。
この時点、あるいはこれから先も御坂は知る由もないのだが、彼女が彼に抱いている印象は全く間違ってなどいなかった。

学園都市に関わる有象無象総ての事件、一般的には事故と考えられているようなものまで。
                                            、 、 、 、 、 、 、
些細なものから重要なものまで、およそ出来事と一言に括れるそれらをそうあるように仕組んだ存在。

神の見えざる手というものが実在するのであれば、即ちこれこういうものを指すのだろう。

黒幕。

あるいは元凶。

アレイスター=クロウリーとは終始一貫そういう存在である。

「ようこそ、御坂美琴。私が招き入れたのではない此処に訪れる者は君が君が始めてだ」

「よく言うわ」

くすくすと笑う御坂にアレイスターは達観したような嗤いを浮かべ彼女を見上げ――あるいは見下ろす。

「とりあえず掛けたまえ。立ち話では疲れるだろう」

そう言って彼は視線を逸らし御坂の脇を目で示す。
ふとそちらを向けば、いつのまにかそこには椅子が用意されていた。
合板とパイプでできた、教室に生徒の数だけ並べられているよくあるタイプのものだ。

直前まで御坂は椅子の存在を知覚できていなかった。
まるで映画のフィルムが切り替わるように、突如湧いて出たとしか思えない。
けれど御坂は、にこりと彼に笑顔を返すと何の疑いも持たず椅子に腰掛け、携えたクーラーボックスを膝の上に置いた。
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/08/02(火) 21:54:37.85 ID:Y8fpeKJ9o
来たか…!
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/02(火) 23:30:44.15 ID:o6MpkXmpo
「それで――私に何の用かね」

巨大な水槽に満たされた正体不明の液体に浮かぶ彼の口から直接聞こえたものではない。
海獣でもあるまいし、人が水中で喋る事などどだい不可能なのだ。
けれど彼の声は、不思議とはっきりと聞こえた。
頭の中に直接響くような声。もちろん比喩表現ではあるが、どこから声が聞こえたのかが分からない。
適当に、液中の振動を読み取って音声変換し見えない位置から指向性を持たせた空気振動を直接耳に打ち込んでいるのだろうなどと納得しておく。

「結標淡希は君にとって然程重要な存在ではないだろう。
 それを、危険を冒し助けてまで手に入れた私との直接対話だ。君は私に何の用があるのだね?」

「んー、用っていうか確認作業? みたいな」

小首を傾げ御坂は華やぐような笑顔を絶やさぬまま続ける。

「アンタなら知ってるでしょ。昨日、戦ってたのは誰?」

「第一位『一方通行』と第二位『未元物質』だよ」

事も無げに、まるで天気の話でもするかのように彼は即答する。

「土御門元春からそう聞いていないのかね、第三位」

「あの金髪サングラス? だってあれ、平気で嘘吐きそうじゃない」

「まったく、君の直感は正しいよ。
 そうとも。あれは信用に値しない。呼吸をするように虚実を騙る天性の詐欺師だ」

「それはアンタも似たようなもんでしょ」

「ふむ。確かに君の言う通りだ」

くつくつと彼は可笑しそうに嗤う。

「しかし今君に返した私の答えに虚言は一切含まれていない。
 ――『あのビルを破壊し瓦礫を落下させ上条当麻を死に追いやったのはこの両者である』。これは間違いなく、厳然たる事実だ」
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/03(水) 00:01:53.74 ID:9ka6Vbc4o
「そ」

「わざわざ私にまで確認を取りに来たにしては随分と興味がなさそうではあるね」

「んー……まあ、そうかな」

どこか曖昧な返事を返しながら御坂はアレイスターから視線を逸らし空中へ向ける。
何かを思い出そうとするように。

「第二位……垣根帝督、だっけ? じゃあ別にいいか」

「いい? 何がかね?」

「だって、当麻を殺したのが例えば黒子だったりとかしたら、私はあの子と一緒にいれないじゃない」

華やかな、見様によっては凄惨な笑みを顔面に貼り付けたまま御坂はそう答えた。

「さすがに自分の彼氏殺した相手となんか仲良くお喋りしたくないしね」

「……それだけかね」

「うん。まあこっちはついでみたいなもんなんだけど」

「ほう……?」

お互い形は異なるが性質は同じような笑みが交差する。

「アンタ、さっき言ったわよね――そういう風に出来ている、って」

無意識に指でクーラーボックスの淵をなぞり御坂は続ける。

「あれどういう意味?」

「そのままの意味だよ、『超電磁砲』、御坂美琴」

そう言うと彼は目を伏せ、詩吟するように語り始めた。

「君を例えにしようか。御坂美琴、『超電磁砲』。『超電磁砲』と呼ばれる君をだ。
 御坂美琴の持つ異能は『超電磁砲』と呼ばれ、そして御坂美琴もまた『超電磁砲』と呼ばれる。
 その名が指すものは君の持つ異能なのか、それとも君自身なのか。考えてみた事はあるかね?」
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/03(水) 00:36:51.75 ID:9ka6Vbc4o
「私は御坂美琴よ。それ以外の何者でもないわ」

「そう。確かに君は御坂美琴だ。君を指す名はそれ一つだけ。
 だが――『超電磁砲』とは何か。『超電磁砲』の主体はどこにある。能力なのか、それとも御坂美琴なのか」

「アンタと禅問答をするつもりはないわよ。そういうのは哲学者気取りの連中とでもすればいいわ」

「君が訊いてきたのだ。付き合いたまえよ」

「…………」

それももっともだ、と御坂は納得し、そして暫く沈黙する。

『超電磁砲』。発電能力の頂点。序列第三位の異能。
それは御坂美琴という少女のみに扱える、謂わば才能だろう。

似た性質のものは数多あれど、彼女が他者のそれを観測する術を持たない以上、
そして他者もまた彼女のそれを観測できない以上、『超電磁砲』という現象は唯一にして絶対だ。

故に一括りに纏められている能力は本来それぞれに固有名詞が与えられるべきである。
ただ有象無象のそれら全てに逐一名付けてなどいられないので総称、分類として『発電能力』や『発火能力』などの名が割り振られているだけである。

マッチの火もライターの火もガスコンロの火も、同じ『火』として扱われる。
結果として起きる現象に大差はないのだから見た目には変わらない。

彼ら彼女らの持つ能力に贋作などありえない。
全てがオリジナル――模倣などできるはずもなく、たまたま同じ結果が出ただけに過ぎない。

「そうねえ……そう考えてみると、『超電磁砲』っていうのは私の能力を指すって事すらおかしくなるわ。
 『超電磁砲』って言葉は、私だけの現実を指すものよ。
 ――『御坂美琴のみが観測し得る御坂美琴だけの現実』。他の誰でもなく、私だけの世界。
 だから主体は私。能力は起きた結果に過ぎない。『超電磁砲』は私を指す代名詞」

「素晴らしい。実に模範的な解答だ」

「それって褒めてるの?」

「褒めているとも。君は実に優秀な学生のようだ。
 ……さて、ここで君の問いに戻ろう。即ち『幻想殺し』――上条当麻についてだ」

そして数瞬だけ間を置いて、彼、アレイスター=クロウリーは僅かに目を細めて言った。


                          、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
「結論から言ってしまおう。『幻想殺し』は上条当麻の能力ではない」
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/03(水) 01:08:01.71 ID:9ka6Vbc4o
「……どういう意味よ」

「彼にとっての『幻想殺し』は君にとっての『超電磁砲』とは少々性質が異なるという意味だよ。
 そういう風に出来ている――と言っただろう? だから彼の右手は、君と一緒にこのビルに『空間移動』によって入る事ができた」

「いまいちよく分かんないんだけど」

「ふむ……では順を追って説明しようか」

彼はゆるりと両手を動かし胸の前で組むと、まるで出来の悪い教え子を諭す教師のように僅かに顔を顰め嗤った。

「上条当麻という名の少年は自分だけの現実を持っていない。
 何しろ彼は能力開発を受ける前からその力を持っていたのだからね」

「原石……って事?」

学園都市の学生は皆須らく能力開発を受けている。
それは薬物だったり催眠だったり、あるいはもっと別の何かだったりするが、目的は常に同じところを向いている。

『自分だけの現実』と呼ばれる事象の観測。
御坂の言うところの『超電磁砲』を認識するために人為的に人格、あるいは精神を破戒するというものだ。

人という種はこの惑星で唯一の知的生命体である――と、少なくとも現在のところはそう認識されている。
――そういう世界だ、と人は定義している。

定義、である。

世界の法則、もしくは在り様。

世界とはこういう風に出来ていると人は知らず知らずに定義する。

こう考えてみるといい。ある者には林檎が赤く見えるが、しかしある者には林檎が青く見える。またあるものには黒く見え、ある者には白く見える。
しかしそれらは飽くまで主観だ。客観、共通認識として『林檎とは赤いものである』とされる。
だから彼らが見る赤や青や黒や白は、総じて赤という名称が割り振られる。
認識は違えども『その色 』の名は赤なのだ。

世界はそのように定義付けられてゆく。

別の言い方をすれば――世界は定義の数だけ狭められ、自由性がなくなる。

林檎とは赤いものであり、青くも黒くも白くもない。
これが世界の法則である。

だが能力開発は世界法則を捻じ曲げるために存在する。
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/03(水) 01:18:12.81 ID:+zu8ynFdo
おもしろすぎて先が気になるううううう
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/03(水) 01:41:26.49 ID:9ka6Vbc4o
端的に言えば、能力開発を受けた者には『林檎は青いものだ』と認識できるようになる。
正確には『林檎は青いものかもしれない』という確信に近い疑問を持たせる事ができる、と表現した方が正しいだろうか。
             、 、 、 、 、 、 、 、 、
林檎は赤いものだと決め付けられている世界の中で。
新たに林檎は青いものだと定義し、かく在る世界を観測する事ができる。

普通、常識的に考えればそのような者は狂人以外の何者でもない。
だが――少なくとも学園都市においては――彼らは狂人ではなく能力者と呼ばれる。

学園都市という外界から区切られた箱庭の中では『林檎の色は赤だけではないかもしれない』と定義されている。
それが共通認識であり常識であり世界法則だ。

そうして観測された『林檎が青い世界』が新たに誕生し、この街を基点に現実を捻じ曲げ変質させる。

能力開発とは、人格、精神、価値観、認識、常識、発想、思考、歴史、そういうありとあらゆる世界の枠組みを破戒するためにある。

例えば御坂美琴という名の少女は『自分が電気を操り電子を操作できるかもしれない』と疑問に思った。
そしてそれを現実のものとして認識してしまった。
だから彼女の世界では御坂美琴は電気を操り電子を操作できる。そういう世界なのだから。

例えば白井黒子という名の少女は『自分が十一次元空間を移動できるかもしれない』と疑問に思った。
そしてそれを現実のものとして認識してしまった。
だから彼女の世界では白井黒子は十一次元空間を移動できる。そういう世界なのだから。

例えば麦野沈利という名の少女は『自分が電子を粒子と波動の中間の曖昧なままに固定し操作できるかもしれない』と疑問に思った。
そしてそれを現実のものとして認識してしまった。
だから彼女の世界では麦野沈利は電子を粒子と波動の中間の曖昧なままに固定し操作できる。そういう世界なのだから。

例えば垣根帝督という名の少年は『自分が未だ発見されていない未知の素粒子を自由に生成し操作できるかもしれない』と疑問に思った。
そしてそれを現実のものとして認識してしまった。
だから彼の世界では垣根帝督は未だ発見されていない未知の素粒子を自由に生成し操作できる。そういう世界なのだから。

そう、常識のフィルターを取り払われれば世界は隙間だらけの欠陥品でしかない。

世界はかくも簡単に変質する。

これは何も能力開発、学園都市に限ったことではない。
極稀に能力開発も受けず学園都市にもなく『林檎は青い』と言い張る者がいる。

普通なら一笑にされて然るべきであろう妄言が、しかし他者の認識にまで侵食したら。

彼の言う事は正しいと認めてしまったら。

その時、林檎は青いものととなる。

そういう奇跡に等しい所業を行った者、ないし狂人の事をこの街では区別して『原石』と呼称する。
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/03(水) 02:19:12.03 ID:9ka6Vbc4o
「それくらいは今さら言われるまでもなく知ってるわよ」

不満そうに言う御坂にアレイスターは小さく頷いた。

「しかし、だからこそ彼の事を指して原石とは呼べない」

「どうして?」

「では訊くが、彼の能力――と君が思っているものは、一体どのようなものかね」

「そりゃあ、私の『超電磁砲』だろうがあの『一方通行』だろうが、ありとあらゆる異能を問答無用で――、っ!」

言葉に詰まった。
改めて能力の定義を再確認し、口にすることで漸く気付いた。

「理解したかね。それは単体では何ら機能せず、他に依存するものだ。であるならば、異能がなければ観測のしようもない。
 さながら暗黒物質。比較対象が存在することでようやく、しかし間接的に観測可能な事象に他ならない。
 故に異能が『事実として存在しない世界』では『幻想殺し』の証明は、まず他の異能を証明しなければならない。
 だが、学園都市に来る以前の彼の周囲に他の能力者、あるいは原石、はたまた未知の異能を扱う者はいない。
 だから彼は、『どのような異能であろうとも触れる事で打ち消す可能性』など観測しているはずがないのだよ。
 証明としてはこんなところでどうだろうか、第三位、『超電磁砲』、御坂美琴」

クーラーボックスに掛ける指に力が込められ指先が白くなる。

御坂は上条当麻という少年を愛してはいるが。
けれど『超電磁砲』からしてみれば彼は宿敵――否、天敵でしかない。



「――結論、『幻想殺し』とは異能ではなく上条当麻の持つ性質であり、上条当麻自身を指す言葉である」



「…………それじゃあ『幻想殺し』っていうのは」

「そうだとも。林檎は青くも黒くも白くもなく、赤いものだという普遍世界の観測者。
 君らの抱いた幻想を下らない妄言だと一蹴する存在。彼こそが共通認識であり、世界の中心だ。
 言い換えれば駄々を捏ねる子に説教をするようなものかね。あるいは、言っても聞かぬ者ならば――」

「殴って分からせるしかない……」

「然り。飲み込みが早い生徒だな、君は」

そして、だからこそ。

「彼の右手がそれ単体で機能するはずもないだろう?
 世界の観測者、基準点がなければ比較ができない。だから私は言ったのだよ。何も問題はないと」
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/03(水) 03:12:53.21 ID:9ka6Vbc4o
……もちろん、『林檎が青い』という単一の常識は人全てが持つ共通認識を塗り替えるほどの浸透力は持たない。
既に『林檎が赤い』という世界が成立している以上、それに打ち勝つには全人類が皆等しく『林檎は青い』と認識しなければならない。
精々が周囲の認識を汚染する程度に留まる。

だが、言うなれば上条当麻という少年は決して他に汚染されない存在だ。
絶対普遍の現実を持ち、それが世界の共通認識と何一つ変わらないからこそ、変わりようがない者。
究極に自己中心的とも言えるだろうか。

人格、精神、価値観、認識、常識、発想、思考、歴史、そういうものを植え付けられた少女達とは正反対の存在。

たとえ記憶を失おうとも、世界がそうして存在する以上何一つ変われない。

もしかすると、この世界そのものですら彼の観測している現実なのかもしれないのだが――。

「……そっかぁ」

小さく、けれど晴々とした笑顔で御坂は破顔した。

「じゃあ――確かにアンタの言うように何も問題ない訳だ」

「ふむ?」

アレイスターもまた、疑問の声を発しながらも目を細め全てを達観するように微笑する。

「アンタの『プラン』ってさ――私や当麻も含まれてるのよね?」

「まったく、誰からそれを聞いたのか……君のネットワークも中々侮れないな」

「肯定と受け止めておくわ」

「構わないとも」

『滞空回線』と呼ばれるナノマシンで構築されたネットワークはその機能を停止している。
一人の少女の世界を壊すほどの現実に押し潰された、学園都市第三位に数えられる能力の暴走状態によって、さながら粉塵爆発のように連鎖的に破壊されている。
それでも彼の目が失われた訳ではないのは前述の通りである。
如何様な手段か彼は御坂らの行動を把握している。『滞空回線』は彼の持つ手段の一つに過ぎず、代替など幾らでもある。

だから深夜の病院の敷地内で交わされた会話の内容など、彼が知らぬはずもないのだ。

「じゃあさ――『幻想殺し』にいなくなられちゃ、アンタすっごい困るわよねえ――」

あの時。御坂が初めて人を殺し、元の自分とすっかり変わってしまった事を自覚した直後。
彼女は愛する少年の姿をしたものに唆された。

まるで悪魔の誘惑。けれど対価は魂ではない。
どうでもいいようなものを要求された破格の取引だった。

果たして悪魔は彼か、それとも彼女か、あるいは眼前で容器に浮かぶ存在か。

そして御坂美琴は、にこやかに笑い言った。
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/03(水) 03:13:58.26 ID:9ka6Vbc4o





「――私が代わりに『幻想殺し』になるっていうのはどう?」




430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/03(水) 03:18:44.38 ID:9ka6Vbc4o
それでは今日はこの辺りで
一発書きなので重複表現とか誤字脱字消し忘れとかあっても適当に脳内補正しておいてください
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/08/03(水) 03:20:10.21 ID:22KAJYKe0
乙!
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/03(水) 03:24:55.83 ID:KnWAQfUJ0
乙ー
相変わらずおもしろいなぁ
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/03(水) 07:21:41.47 ID:W9HR3oZAO
鳥肌
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/03(水) 21:58:56.63 ID:jfdK/0VFo
まじで面白い展開になってるな
つかこんだけ簡単に美琴は☆と会ってるのに、いろいろ策略して☆に会おうとしてるていとくんまじかわいそうww
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/04(木) 05:07:05.17 ID:Ios6JGoDo
☆は美琴を幻想殺しにする能力を持っているのか?
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/04(木) 20:31:42.11 ID:MBQm7aYS0
誰かに頼むんじゃないの?木原一族とかそういった改造に詳しそうだし
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/04(木) 22:56:19.72 ID:Ios6JGoDo
第二夜までは冥土返しがやったんだとばかり思っていた
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/08/05(金) 11:07:58.82 ID:ppiygrYi0
まぁ腕繋げて拒絶反応押さえるだけだし
学園都市の技術なら簡単なんだろ
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/08(月) 22:17:55.12 ID:9nvC4zxVo
かなり間が開きましたが、再開です
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/08(月) 22:32:28.52 ID:f2R1d1+3o
いえーい!
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/08(月) 23:11:27.66 ID:9nvC4zxVo
「――ほう?」

御坂の言葉にアレイスターは片目を僅かに歪め可笑しそうに口の端を吊り下げる。

「一体どうして君がそんな事を思うようになったのか、大方見当はつくが――」

「大方も何も、全部分かってて言ってるでしょ」

そう言い返されるが、アレイスターは何も答えずただ御坂に笑みを向けるだけだった。

「君は、君自身の言葉の意味が分かっているのかね。 私の『プラン』、上条当麻の代役となる、その意味が。
 彼は常々己の境遇を不幸だと嘆いていたが――君が彼の代役となるのであれば、それは彼の不幸を背負うのと同義だ」

「そんな事どうだっていいわ」

予め用意しておいた言葉を消費し。

「私にとって大事なのは一つだけよ」

一言付け加え、御坂は彼に向けていた視線を下げ、自分の手元、膝の上を見る。

クーラーボックス。

正確には、その外枠に遮られ視認できない内部へと。

「幸福も不幸も、いらない。どうだっていい」

膝の上に置いたそれをまるで抱き締めるように両手で抱え、御坂は目を伏せるのだ。

「私はただ、当麻と一緒にいたいだけなの」
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/09(火) 00:02:33.02 ID:FUVeioNdo
そして短い沈黙の後。

ほんの少しの願いを込めて――けれどそれが決して叶わぬ事を理解しながらも願わずにはいられず――御坂はゆっくりと目を開く。

しかし抱えるのは相変わらず硬い感触の塊だし、巨大な試験管の中では長い銀髪が揺れながら嗤っている。
彼女だけに都合のいい夢のような世界など在り得ない。

死んだ者は生き返らないし。

世界は何一つ変わらない。

そんな事は分かっている。過去は変わらず、未来は分からない。
未来を知る術などなく、未だ来ぬために観測されない事象は曖昧模糊として、予想する事ですら下らないだろう。
だから、今に生きる者はその刹那を変えようと躍起になるのだ。

刹那主義であればよい。
過去も未来も知らないし、要らない。

今この瞬間こそが全て。



――汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん。



「私が望むものはそれだけ。たったそれだけなの。
 そのためになら悪魔にだって魂を売ってやるわ」

そう言ってから御坂は、ああ自分はやっぱり壊れているんだなと改めて思う。

狂気の沙汰――ではない。狂人の思考は誰にも理解されないし、何より自身が理解していない。
けれど御坂は、自ら声に出した言葉を耳にして、まともな思考ではないと思うのだ。

どのようにしてこのような考えに至ったのか、それは御坂自身が一番よく知っている。
それを鑑みても、やっぱり壊れているという感想しか持たないのだが。

だが、けれど、自分が壊乱している自覚を持っていたところで何も変わらない。
それは例えば、あるいは彼への恋心に気付いた時と同じように。
表面上の些細な変化はあるものの、本質的なところは何一つ変わらない。
            と う ま
「だから――私が『幻想殺し』になるの。
 そうすればいつだってずっと、一緒にいられるでしょう?」

そう言って御坂はにこやかに、凄惨な笑顔を浮かべるのだった。
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/09(火) 00:21:01.14 ID:G4GMmqe7o
スレタイきたー
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/09(火) 00:33:22.20 ID:2c9+JMsAO
スレタイに泣きそう
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/09(火) 01:17:21.35 ID:FUVeioNdo
「だがね、『超電磁砲』」

とアレイスターは言い、嗤い顔を崩さぬまま御坂を俯瞰する。

「君が『幻想殺し』になると言い張ったところで、私は別にそれがいようといまいと大して変わらないのだよ」

「でも、いないよりはいた方がいいでしょ?」

「そうとも。確かに私の『プラン』に於いてそれは欠けさせられない重要な位置にある。
 が――だからと言って替えが利かぬという訳でもない。単純に言えばね、『超電磁砲』。労力に見合わないのだ」

軌道修正もこれで中々骨の折れる仕事なのだよとアレイスターは嘯く。

「しかし、君には幾つか借りがある。一方通行、『妹達』、そして言うまでもなく件の『幻想殺し』も。
 君の存在無くしてはここまで『プラン』を進める事もできなかっただろう。感謝するよ、『超電磁砲』。
 だから――いようといまいと大して変わらないし、君はどうあろうと『超電磁砲』でしかないのだから――」

そこでアレイスターは一度言葉を切り、矢張り嗤うのだ。

「ここで君の望みを聞き入れたとしても大して変わらない。」

御坂を逆しまに観望しながら。

見下ろすように――見下すように。

「ただ――それだけでは些か面白くない」

「そこが判断基準な訳?」

「無論だとも。面白くない物語など塵芥も同然だ。唾棄すべき存在でしかない。
 私の描いた筋書きは果たして面白いのかと問われれば沈黙せざるを得ないのだがね。
 だから私は君に――大して意味のない問いを投げよう。面白くもない、下らない問いを」
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/09(火) 02:23:38.17 ID:FUVeioNdo
例えば過去も、そして未来も確定しているのだとしたら。
現在の選択など大して意味がない。

犯人もトリックも割れている推理小説など読んだところで面白くもない。
予定調和、筋書きに沿ったままの物語など下らない。

だから現在、この場の彼の問いは、彼なりの諧謔だ。

「舞台の奈落、学園都市の暗部に身を墜とした者は皆何かしら奪われている。
 それは自由だったり尊厳だったり金銭だったり人生だったりと様々だ。
 が、君は奪われていない。何一つ失ってなどいない。そうでないと言うのであれば君はどうして笑っていられるのだ」

それもそうね、と御坂は妙に納得してしまった。
彼女は失ってもいなければ奪われてもいない。

たった一つを残して全てを失ったのも全てを奪われたのも、彼だ。

「だから『超電磁砲』、御坂美琴」

「私に通行料を払え……って事?」

然り、とアレイスターは頷く。

「そう。言うなれば六文銭、彼岸と此岸を繋ぐ渡しの船賃だ。
 まさか代償もなしに只で望みが叶うはずもないだろう。
 先程君も言ったが、例え相手が悪魔であろうと対価を必要とするという点は同じだ」

「私に魂を寄越せって? でもそれは――」

「無理な話、だ。君の魂はもう、彼に捧げてしまったのだから。
 別に何でも構わないとも。私は君に対して何かを望んでいる訳でもない。
 これは他ならぬ君への儀礼に過ぎない。相応の対価を支払わねば君自身が納得できないだろう」
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/09(火) 02:46:38.68 ID:FUVeioNdo
「別にそういう事もないと思うけど」

「そういう事にしておきたまえ」

「…………」

そして暫くの黙考の後。

「そうね。でも今の私には、アンタにあげられるものなんてほとんど残ってないわ」

御坂は立ち上がり、少し躊躇って椅子の上にクーラーボックスを置くと。

「あるのは精々この体くらい」

「……ほう」

言って、羽織った黒の学ランを脱ぎ、クーラーボックスに覆い被せる。
そのままブレザーのボタンを外し、脱ぎ、白のブラウスも同様に。
それらを纏めて学ランの上に無造作に置いて。

上半身だけ下着姿となった御坂は、じゃり、と足音を立てアレイスターを見上げる。

「相応の対価になるかは知らないけど」
――ぱちん、と空気が爆ぜる。

「それが君の答えかね」

小さな白い光が前髪の辺りで閃き、そして何かが蠢いた。
履いた靴の中から黒い何かがぞわりと這い出してくる。

砂鉄だ。

ざあああっ――と風に木の葉が波立てるような音を立て舞い上がった黒の奔流が渦を巻く。

「相当の対価にならなるわよね、きっと」

声と同時に怒涛の刃となって一直線に目標へと喰らい付いた。



そして――――びぃぃぃんっ――――という鈍い音。



何かを無理矢理引き裂いたような音と共に黒色に朱が混ざる。

血飛沫と共に御坂の左腕が宙を舞った。
448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/09(火) 03:18:25.43 ID:FUVeioNdo
痛みは、ない。
感覚というものは突き詰めてしまえば神経を伝わる電気信号の生み出すものだ。
己の生体電気を支配する事など御坂にとっては赤子の手を捻るよりも容易い。

ただ痛みがないだけで触覚は十全に働いている。
だから肩より少し先からの感覚が消失した事に奇妙な違和感を持たずにはいられない。
初めて感じる酩酊にも似た幻覚。
ぴゅーっ、ぴゅーっ、と噴き出す鮮血の先に存在していないはずなのに見えない手を動かせる気さえする。

「……これでどうかしら」

床に落ちた片腕には一瞥もせず御坂はアレイスターを見上げ笑った。

「腕一本、等価交換よ。アンタは別にいらないんだろうけどさ」

くつくつと、御坂の答えにアレイスターは愉快そうに嗤った。

等価交換などおこがましいにも程がある。
魂と引き換えにしてもいいと言うのであれば腕一本の対価など端数に過ぎない。

何をしても魂分には足りない。

それは御坂自身も分かっているだろう。

けれど彼女は――幸福も不幸もどうだっていいと口にした。
過去の幸福も。未来の不幸も。現在のためになら些細な事でしかない。

幸福も不幸も大して変わらない。

彼女にとってそれらは無意味無価値なものであり。
同様に――魂であろうが腕であろうが髪の毛一本であろうが大して変わらない事を意味する。

だから形式ばかりの等価。

右腕と対を成すとすれば左腕。

「――構わないとも」

それはアレイスターにとっても同じ事。
このやり取りに意味などないし、形式ばかりの儀式に過ぎない。
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/09(火) 04:00:30.87 ID:FUVeioNdo
いつの間にか床に落ちた腕は蜃気楼のように消え去っていた。
替わりに、広がり続ける血溜まりの上には、椅子と対を成すよくある量産品の学校用の机がいつの間にか現れていた。

その上には人差し指ほどの大きさのガラスの小瓶が一つ。

「飲みたまえ」

茫と響く声に御坂は何の躊躇いもなく瓶を摘み上げる。

「疑問や不安はないのかね。私が君を謀っているという可能性を考えないのかね」

「別に」

顔を向けぬまま、御坂は瓶の中に揺れる液体を覗き込んだり、軽く振ってみたりしながら答える。
それからガラスの栓を抜こうとして、左手が無い事を思い出し、行儀が悪いと思いつつも口で咥えて引き抜いた。

「アンタにとっちゃ私が生きていようが死んでいようが、私を騙そうが騙すまいが関係ないんでしょ」

栓と共に吐き捨て、瓶の口を顔に近付け軽く嗅いでみる。
特に意味はない。あえて言うなら好奇心といったところだろうか。

「わざわざ電話を寄越したり下らない話をしたり、本当に私がどうでもいいならアンタはそんな事しない。
 意味のない事にわざわざ労力を割かないでしょ。他の目的があるならもっとスマートに済ませる方法が幾らでもあるだろうし」

言っている間にもどうにも寒気を感じる。
どこか熱を帯びているようにも思える傷口からは絶え間なく血が噴出している。
痛みは無いが動脈からの出血は体温と共に循環する血液を放出している。このままではいずれ失血死する。

だが御坂はそれに一切頓着する様子もなく、借り物のスカートなのに端に血が付いてしまったななどと頭の隅で呟く。

「どうせ、何がどうなったって大して変わらないくせに」

言って、御坂は瓶を煽る。
中にあった液体はチェリータルトとカスタードクリームとパイナップルと炙った七面鳥とタフィーと熱いバタートーストが混ぜ合わさったような酷い味だったけれど。
一息で飲み干し、














――――――――――――――――――――
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/09(火) 04:12:37.92 ID:FUVeioNdo
こんな御坂さんでも一応羞恥心とかはあったみたいです
次回はまた近い内に。できれば明日とか
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/09(火) 06:29:14.77 ID:XjLRxBXco
乙です。
相変わらず説得力ある描写ですね。
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/09(火) 06:51:53.10 ID:17rt7BZAO
これがヤンデレの究極か
453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/09(火) 07:01:21.79 ID:irxZCOfDO
>>452
デレてるかこれ?
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/08/09(火) 07:23:41.48 ID:coLm+1GAO
ある意味ではヤンデレに近い思考だと思う
ヤンデレかと言われれば微妙だけど
まぁやっぱ「壊れた」だろうな
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/09(火) 07:57:49.91 ID:jV24JKsAO
今の荒んだ状態のビリビリと夜中に出くわしたら素足で逃げ出す自信がある
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/09(火) 14:49:25.38 ID:2c9+JMsAO
両右手か

457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga sage]:2011/08/09(火) 19:27:29.90 ID:WD9K1Ays0
右手の対価は右手だろっておもったけど、でも確かに両右手のほうが映えるな
もしかしたら勝負で上条さんの右手をつかんだ思い出とかが、無意識に右手を残させたのかなとか勝手に妄想
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/09(火) 23:46:56.89 ID:FUVeioNdo
白井黒子は脇役である。

彼女が自身の矜持として抱いているのはそういう類のものだ。

白井黒子という少女を語るに於いて常に御坂美琴の名が付き纏う。
ルームメイト、敬虔な後輩、露払い――あるいは金魚の糞。
言葉は様々だが全てが御坂に従属するものだ。風紀委員などというものは肩書きであり、彼女の本質を捉えてはいない。
悪辣な野次も幾らか耳にはしている。が、何と言われようが彼女はそれをよしとしているし、同時に誰であろうと避難される謂れはない。

黒子、とその名の示すように。
舞台の花を引き立たせるため、影に徹するのが己の務めだと理解していた。

けれど――。

「これはこれで……どうして中々、辛いものがありますのね……」

夜の公園に独りベンチに腰掛け、白井は瞑したまま小さく呟いた。

少女の人生の中で幾度かあった、所謂『物語』としての場面。
まるで映画の一シーンのような活劇。ジャンルにすれば学園能力バトルもの。少年漫画によくあるパターンだ。
生憎白井自身そういう手のものを好む訳ではないが、他ならぬ御坂がよく読み耽っているので話の種にと何度か借りた事がある。

量産品の、一山幾らで投売りされている安っぽい王道主義。
そういう感想を抱く。

それらの事を低俗とは言わない。
仮にも現代に生きる女子中学生だ。骨董品を頭に乗せたお堅い連中とは訳が違う。
漫画家もそれぞれなりの美学や信念を抱いて作品を世に送り出しているのだろうし、それを笑おうとは決して思わない。

だが――どうにも安っぽく見えてしまうのだ。

それは多分、自分を作中の人物に投影してしまうからだろう。
       フィクション  リアル
白井黒子は、幻想ではなく現実に生きている。
              ファンタジー
しかし現実が中途半端に幻想だから性質が悪い。

白井は漫画のような現実に浸っている。
この街にいる限り――そして白井が白井である限り抗いようのない事実。

そして実際に、白井は幾度か『まるで漫画のような』場面に遭遇している。

だからなおの事思わずにはいられないのだ。
大概の物語は主人公の視点で語られる。
であれば、視界の外、物語からフェードアウトしていった脇役達は、一体何を思っていたのだろうと。
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:48:19.59 ID:CFgzZcIwo
白井黒子は脇役である。

主役を彩るための対比的な影の存在。
スポットライトが差し込むのであれば必然として光の当たらぬ場所には影が生まれる。

白井黒子の登場する物語。
その主人公はきっと白井ではない。

白井の物語の主人公は御坂美琴だ。

いつからだろうか、そんな事を漠然と思っていたのに。
白井は今の今まで全く考えようとはしなかったのだ。

そう――御坂美琴の物語の主人公は誰なのだろう、と。

白井が彼女の背を追うように、彼女もまた誰かの背を追っていた。
それが誰かとは考えるまでもない。

「お姉様もきっと……こういう気持ちだったんですのね」

時刻は既に深夜と言ってもいい。
御坂が『窓のないビル』に消えてから数時間、日付が変わろうとしている。

数時間、白井はずっと、ベンチに独りきりで御坂を待ち続けている。

帰るかどうかも分からない相手を待ち続けている。

『空間移動』で眼前に聳えるビルに入ったのは御坂一人だ。
大抵の者なら予想が付くだろうが――『窓のないビル』に入るために空間移動能力が必要ならば、出るときもまた、必要となるだろう。
しかし御坂美琴の才は発電能力であり、空間移動能力ではない。

彼女一人では――帰ってこれない。

そして中の様子を知る事ができない以上、例えば御坂が死んでいたとしても白井はその事実を知る事なく、いつまでも待ち続けるだろう。
まるで忠犬のよう。ともあれば死ぬまでこの場を動かず御坂の帰りを待ち続ける。
もしそうなれば公園に銅像が建てられてしまうかもしれない、などと益体もない事を考えながら白井はただひたすらに待ち続ける。

彼女の背は遠く遥か、きっともう何をしても追い付けない。

だから白井には待ち続けるしか術がない。
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 02:01:21.47 ID:CFgzZcIwo
待つ、という行為は存外に辛い。
来ないかもしれない相手であればなおさらだ。

そして帰らぬ人を待ち続ける事ほど辛い事はないと思う。

けれど、どんなに辛くとも白井は御坂を待ち続けるしかできない。

白井は御坂の影であり、従属する者だ。
自分には彼女の邪魔をする事などできない。
できるのであればとっくにそうしている。できなかったからこそ今この場にいるのだ。

白井はゆっくりと目を開け、そして空を見上げる。
夜空に星は見えず、けれどどうしてだろう、雪でも降ってきそうだった。
まだそんな季節には早いのに何故そんな事を思ったのか、自分でも不思議だった。

夜風が冷たい。
手指は悴んでしまって感覚が無い。
茫と頭を霞める眠気に似たものは、睡眠不足からか、それとも。

ああ――凍えてしまいそう。

「お姉様――」

早く、一刻も早く戻ってほしいと白井は祈らずにはいられなかった。

だから。

「――なあに、黒子?」

名を呼ばれた時には心底驚いて、思わず飛び上がりそうになった。

予期せぬ言葉に驚いた訳ではない。
思った通りに叶った事に驚いた訳でもない。

その声にどうしてだろう――夜風など比較にならぬほどに寒気を感じて――。

「っ――――!」

「どうしたの。そんな怖い顔しちゃって」

御坂は白井のよく知る彼女のように柔らかく微笑む。
けれどそれはどこか酷く無感情なものに見えた。
コピーアンドペーストをしたように、何故だか薄く思えるのだ。
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 02:35:12.26 ID:CFgzZcIwo
「お姉……様……」

「うん。ごめんね黒子、遅くなって」

意思に反して上ずる声に、御坂は優しい響きの声で応える。
羽織った学ランのポケットに両手を突っ込み、白井を見て目を細めた。

「今何時?」

「あ、え――と」

慌てて携帯電話の画面を見て時刻を確認し、そこでようやく日付が変わっていた事を知った。

「〇時過ぎ――です。六分」

「ああ……どうりで」

そう言って御坂は両手をポケットに入れたまま、白井に背を向け数歩歩いた後、肩越しに振り返って笑った。

「寒かったでしょ。何か温かいものでも飲みましょ。奢るから」

そんな彼女の様子を見て白井は改めて思うのだ。

遠い――と。

手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、追い付ける気がしない。
たった数メートルの空隙の先が無限の彼方に思える。

御坂はそんな白井の心境など知る由もなく、一人ですたすたと歩いて行ってしまう。
はっとなった白井がようやく彼女の背を追い掛けたのは、その姿が公園から出掛かったときだった。
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 02:57:09.08 ID:CFgzZcIwo
「んー。どれにしよっかなー」

ポケットから取り出した財布から片手で器用に小銭を取り出し、公園の出口すぐそばにあった自販機に次々と投入する。
それから迷う事すら楽しむような様子で御坂は順繰りに商品を指差し。

「黒子はどれがいい?」

「……では、紅茶を」

がこん、がこんと大きな音が二つ続けて響く。
結局御坂も同じものにしたらしく、少々熱過ぎる缶を白井に手渡した後、それと同じものを続け様に取り出し口から引き抜いた。

そして御坂は片手で器用にプルタブを開ける。

「……何もそこまで面倒がらずとも両手を使った方がスムーズに空けられますでしょうに」

「んー……まあそうなんだけどさ」

一口飲んで、ほう、と息を吐き御坂は目尻を下げる。

――そこで白井はようやく気付いた。

ずっと肌身離さず持っていたあのクーラーボックスが見当たらない。
御坂は手ぶらで……いや、左手をポケットに突っ込んではいるが、あの無駄に大きな箱の姿が無かった。

その事実がどういう意味を指すのか、一瞬だけ考えて――。

「でも、寒くしちゃ可哀想じゃない」

そう言って御坂は照れたようにはにかむのだ。

一瞬の思考の空白の後、握り締めた紅茶の缶は熱いほどなのに、何故だか歯が鳴りそうになのを必死で堪えた。

「あったかいね」

「そう……ですわね……」

その優しい響きに、嗚咽だけは飲み込み、震える声で応えるのが精一杯だった。

きっと彼女は今、とても綺麗な笑顔を浮かべているのだろうけれど。
視界はどうしてか滲んでいて、これもきっと寒さの所為なのだろうと愚にもつかぬ事を考えるしかなかった。



――――――――――――――――――――
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/10(水) 11:03:46.17 ID:fyBPAW6jo
ごめん
ちょい質問

このSSの一作目のタイトルは
御坂「――行くわよ、幻想殺し」

二作目は
御坂「名前を呼んで

でおk?
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/08/10(水) 11:26:30.49 ID:Hy7L5BlT0
おk
465 :357 [sage]:2011/08/10(水) 11:26:32.46 ID:qEkq+rjAO
前回の初御坂で調子に乗りました。
レスを消費させてしまって申し訳ないが、>>1の物語を読んでいるとどうしても絵が描きたくなるんだ…これで最後にして後は感想のみに徹します。

という訳で>>1乙!!

466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/10(水) 17:11:45.87 ID:eBhTwwjIO
あれ?肘からなのか?肩からだと思ってたなんでだろ
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/10(水) 19:43:13.46 ID:fK5EB4Xgo
肩より少し先ってかいてあるね。
しかし、乙だ!!
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/11(木) 00:58:49.80 ID:zbWqdtTio
「…………」

ゆっくりと目を開き、今日も自分が自分である事に安堵した。
いや、もしかすると気付いていないだけで、もうとっくに自分ではなくなってしまっているのかもしれない。
確認する術など無い。ただ漠然と、きっと昨日と変わらない自分を認識してそう思ってしまうだけだ。

海原光貴は起床する。

時刻は二時前。

昼の、だ。

場所はとあるホテルの一室。
それなりに値段の張るであろう部屋に連泊するなど、普段の彼からしてみれば考えられない事だった。

金銭には不自由こそしていない。けれど中学生という身分である彼の財布にあるものはほぼ全てが親の金だ。
大能力者である彼はそれなりに超能力に関する研究に貢献しているが、超能力者らのそれから見れば雀の涙だ。
それなりの額を貰ってはいるもののホテル暮らしをするには圧倒的に不足している。

けれど実際にここ数日をこの部屋で寝泊りしている。

言うまでもなく超能力者の少女二人の仕業だ。

軽くシャワーを浴び寝汗を洗い流し、形式ばかりの食事を摂る。
コンビニで売られているパンとおにぎり。それにペットボトルの日本茶。
味や舌触りには頓着しない。活動に必要な熱量を摂取する、文字通りの栄養補給の意味しかない。
彼女はルームサービスを使っても何も問題はないと言うが、誰かに食事を運んできてもらう気にはなれなかった。

本当なら誰とも会いたくない。けれど人が生きていく以上、誰かと接触を持たざるを得ない。

コンビニに入る事すら躊躇われるのだが、バイト店員のお座成りな接客とホテルマンの応対では雲泥の差がある。
無気力で機械的な仕事振りには感謝すらしている。彼らの事は自販機と同程度にしか思えない。

味も分からぬまま食料を咀嚼し胃に流し込む。

そうしている間にもテレビを点けて、チャンネルを適当に切り替えながらニュースやワイドショーをチェックする。
幸い、と言うべきか。世界は何事もないようだ。
携帯電話をインターネットに接続して、無数にある学校裏サイトや匿名掲示板を回るが何処も似たようなものだ。
名も知らぬ誰かの陰口を叩いていたり根も葉もない噂が流れていたりと何処も程々に平和だった。

一通り見回った後、まるで計っていたかのようにドアがノックされた。
覗き窓から来客を確認し、予想通りの相手である事に安堵と軽い失望が湧く。
身支度は済んでいる。相手を待たせる事はない。

「こんにちは、ミサカさん」

扉を開け、機械めいた表情の少女に笑顔を向けた。

「それじゃあ、デートしましょうか」
469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/11(木) 01:28:13.92 ID:zbWqdtTio
ホテルから出る時はいつも緊張する。
ここ数日、ずっと同じ事をしているが慣れるという事はない。

観光シーズンでもないのでホテルの客はほぼ皆無だ。
ホテルの従業員は掌握済みだが、一歩外に出ればそれも通用しない。
元々それを狙っての事ではあるのだが――。

二人で連れ立って街を歩く。
往く当てなどない。散歩に近いものだ。

普段の生活範囲、第七学区と遠く離れた場所。知り合いに出会う確率は少ないだろう。
それでも隣の少女の着ている制服は嫌でも目を引くものだし、その容姿はきっと学園都市の中でも指折りの有名人だ。

その容姿を海原は好ましいと思う。
彼が想いを寄せるのは外見だけではないが、それを抜きにしても可愛らしいと思わざるを得ない。
柔らかそうな髪。明るく快活で血色の良い肌。それでいて楚々とした雰囲気を纏っている。

けれど――目だけはどうしようもない。

仕草や口調は彼女そのものだが、結局出力形式を合わせているだけの模倣に過ぎない。
カメラのレンズを思わせる、意志の籠もらない眼光。その奥に小さく見えるのは戸惑いの色だろうか、それとも。

「今日は御坂さんは?」

会話を弾ませるには共通の知人の話題が一番だとどこかで聞いたような気がした。

「今日もリハビリだって」

「そうですか」

終わってしまった。

そもそも彼女の話題は本来するべきではないのだ。
現在自分の隣に立つ少女は『御坂美琴』であり、彼女のクローンである『妹達』の一個体ではない。
メタ発言にもいいところだろう。幸いにして今の会話を聞き止めた者は周囲に誰もいないようだが。

「どこか、行きたいところはありませんか」

「ううん。特にない」

「そうですか。じゃあもう少しぶらついていましょうか」

「そうね」

当て所ないが目的はある。

これは要するに、御坂美琴という少女を餌にした釣りだ。
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/11(木) 18:46:57.10 ID:HXGKcQ4DO
新訳二巻はいろんなキャラの裏事情とか舞台裏が書かれてて
ちょうど最近のこのSSみたいだったな
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/11(木) 21:04:29.17 ID:GdL8oylAO
ギャグ要素が強い新約2巻読後で、ここ見ると余りの殺伐としたギャップに得体の知れない乾いた笑いが…
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/12(金) 20:41:39.20 ID:mmhhjs8V0
海原さん・・・!
473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/13(土) 20:34:16.76 ID:6SvRYW2Jo
追いついた

何なんだこの超シリアスで超色々考えさせられるSSはww
つか美琴が狂い過ぎてる
そしてその美琴についてく奴も何なんだ・・・
もはや美琴教っつー新しい宗教並みに信者の狂い用がすごいww
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/13(土) 20:45:13.92 ID:XacnNRgyo
純粋に美琴の為なのは、黒子と真海原だけじゃないかな。
エツァリでさえ、上条への手向けの気持ちがあるし、
妹達は、上条成分が半分くらい。
土御門と心理掌握は、完璧上条のためだし。
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/13(土) 20:50:51.57 ID:kDsAtpWAO
>>473

これは上条当麻の弔い合戦というか上条勢力による復讐譚だから

美琴が教祖を務めている“上条教”と言ったほうが正しいと思う

美琴が教祖的存在になったのは美琴と上条がほんの短い間とはいえ相思相愛の仲だったからじゃないかな
476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/08/14(日) 22:03:41.94 ID:cxfzXxsh0
天草式の面々に知られてたら、戦争になってたかもわからんよな。この流れだと。
少なくとも五和は天草式と決別してでも、垣根と麦のんを[ピーーー]ために動くだろうし。
477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/16(火) 22:41:06.53 ID:1W9frdB9o
海原の脳裏に浮かぶのは一つの名と、それに付属する肩書きだ。
絶対的なイメージを喚起させるその二つは等号で結ばれ決して別個には語れない。

超能力者第二位――垣根帝督。

自分たちは、彼を、もしくは彼の仲間を学園都市の闇の中から焙り出すための撒き餌だ。

隣を歩く少女は、傍目には御坂美琴としか見えぬだろう。
何せ遺伝子レベルでの複製品。言葉遣いや表情などの部分を補正してしまえば彼女にしか見えない。
能力以外の点では完全模倣と言っても差し支えないだろう。

つまり代役だ。

本人はホテルの部屋から出てくる気配もない。
何がどうしたのか、リハビリとやらに励んでいるようだが。

御坂美琴の失踪はあの『心理掌握』によって細工をされている。
あと数日、一週間程度は大事にはならないだろうが、失踪の事実そのものは隠されてなどいない。
騒ぎ立てる者はおらずとも不審に思う者はいるだろう。

風紀委員。警備員。そして――。

「『スクール』ですか……」

学び舎の名を冠するその組織の目的は不明。
けれど重要なのはそんな事ではない。

その小組織を束ねるリーダーの名が垣根帝督であるという事と。
御坂が彼を捜しているという事。

「…………」

彼女の目的は不明だ。

いや、分かっている。分かっている……つもりだった。



垣根帝督。第二位。『未元物質』。

上条当麻を死に追い遣った超能力者。



つまり彼女は、復讐しようとしているのだろう。
478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/16(火) 22:54:40.26 ID:1W9frdB9o
彼女に賛同はできなかったが、その考え方は理解できた。
もしも御坂を誰かに殺されたら、きっと自分も同じ事をするだろう。
そういう意味では彼女の行動は至極真っ当なもので、理に適っているといえる。

授業の終わった生徒たちがあちらこちらで放課後を満喫している。
海原の目的は彼らに目撃される事だ。正確には、隣を歩く少女の姿を、だが。
御坂美琴という少女はどうにも有名人で、先日の体育祭での活躍もあってか目を留める者も多い。

御坂美琴の失踪を知った『スクール』が彼女を探すか、一種の博打だった。
むしろこちらの誰かが――学園都市中に散った幾名かの『妹達』の誰かが先に発見する公算が大きい。

しかし海原らは垣根の顔を知らない。
出来る事ならあちらに見つけて貰えればそれに越した事はないのだが――。

『心理掌握』、あの金髪の少女に脳に直接投射された四つのイメージを思い出す。

『原子崩し』麦野沈利。
『窒素装甲』絹旗最愛。
『能力追跡』滝壺理后。
そして、無能力者、浜面仕上。

――暗部組織『アイテム』。

『スクール』と少なからず関係しているであろう組織だ。
垣根を探すとなればどこかで交錯する確率が高い。
むしろ『アイテム』から垣根を辿った方がいいだろう。

しかし彼女ら――『彼』も混ざってはいるが――とは可能な限り交戦しないようにと『心理掌握』に厳命されている。

(よくもまあ、そんな事を言えるものです)

海原とて薄々は感付いていた学園都市の闇、その結晶ともいえる暗部組織だ。
そんなどうしようもないものを相手にして血生臭い展開にならない訳がないのは明白だ。

それは『心理掌握』とて分かっているだろう。
彼女がどのような思惑を持っていてそんな事を言ったのかは分からない。……が、大人しく従う義理もない。
本当にそう思うのなら彼女は極上の能力を持っているはずなのに、それを使おうとはしなかった。
何故かは知らないしどうでもいい。だが、能力を使った強制を埋め込まなかった時点で彼女は失敗している。

彼女にとって最大の想定外は、きっとこの同じ顔をした少女達だろう。
無表情、無感情、無感動。一見して機械的に見えるが、実際のところはそうでもない。
事務めいた客観的な口調と変化に乏しい表情からそのような印象を覚えるが、思考を放棄している訳でも感情がない訳でもない。

彼女らにしても何かしら思うところはあるのだ。
479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/17(水) 00:21:04.59 ID:bQeEaRAso
……この時点で最も事情に通じていたのはもしかすると海原だったのかもしれない。

ホテルに集まった数人の中で、彼だけが少しばかり特殊だった。

ホテルの一角を占拠しているこの四人は、きっと仲間とか同士とかそういう言葉と対極の位置にあった。
未だその中心に何があるのか理解していない海原にも目に見える不和は致命的なほどで。
それなのにどうしてこの集団が維持できているのか、海原には理解できない。

だからだろうか。海原はそんな中で唯一特殊な位置にいた。

どうやら御坂はもう一人の少年については顔も見たくないようだった。
幾度か彼から頼まれて御坂に食事を運んだ事がある。しかし、それに対し自分を邪険に扱ったりはしない。
御坂は部屋に閉じ籠もりきりで、それこそ食事を運ぶ時くらいしか会わないのだがそれでも無垢な笑みを向けて礼を言ってくれる。
たとえ形式ばかりのものだとしても海原にはそれで充分だった。

白井にしても同じ事が言える。『心理掌握』の少女も。

白井は彼に対しそれなりの礼をもって扱っているようだった。
けれどそれもどこか白々しく形骸的で、体裁を整えているだけにも見える。
その白井にしても『心理掌握』との会話では剣呑な雰囲気を醸し、『心理掌握』もまたそれをからかっている節がある。

そして『心理掌握』は……彼を意図的に無視している気配すらある。まるで最初から見えていないかのように。
時折もしかすると彼は幽霊のようなもので、『心理掌握』の少女だけが彼を見えていないのではなどと愚にもつかぬ事を思ってしまう。
もっとも実際のところは(当然ながら)ちゃんと見えてはいるようではあるのだが。二人が会話をしている場面を一度だけ見た事がある。

「…………」

彼が何者で、彼女らとの間に何があったのかは分からない。それどころか名も知らない。
白井も彼を、二人称で『あなた』、三人称では『あの方』などという呼び方しかしないし他の二人は言うまでもないので他者との会話から推し量る事もできない。
海原にしても別に名を知らずとも不便はないのでわざわざ聞く気にもなれなかったが。きっとどうせろくでもない人物に違いないのだ。

そういう結束なんて微塵もない集団の中で海原だけは全員と比較的良好な関係にあった。
遠巻きに眺めているような感覚は間違っていないだろう。自分はきっと背景のエキストラも同然の扱いで、ここにいる事自体が何かの間違いなのだ。
そもそもがあの少女の気紛れのようなものだ。御坂がいる以上巻き込まれたとは思いたくないが。
……だからだろうか。色々なものが見えてくる。

隣を歩く少女の顔を見る。
視線に気付いたのか、彼女は海原を見てにっこりと微笑んだ。
どきり、と心臓が跳ねる。

御坂美琴と同じ顔の少女が笑う。

今自分が胸に抱いている感情。それはきっと罪悪感だろう。

代替行為とは分かっていながらも、今この状況を少なからず嬉しく思ってしまう自分が嫌で仕方なかった。
480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/17(水) 01:49:05.44 ID:bQeEaRAso
彼女が御坂ではないのは充分過ぎるほどに理解している。
けれど、現実逃避に近いと分かっていてもこの状況を楽しんでいる自分がいる事に吐き気がする。

『妹達』。御坂美琴のクローンの少女達。

彼女らの事を誰も見ようとはしない。
それこそ背景、エキストラのような、戦争映画で敵の砲に吹き飛ばされるだけの役所でしかないような扱い。
ただ海原だけが彼女達に目を向けていた。

御坂にしても白井にしても『心理掌握』にしてもあの黒いツンツンした髪の少年にしても、一つの事ばかりに注視し過ぎている。
要するに視野狭窄が過ぎるのだ。遠巻きに眺めているような自分だからこそ見えるものがあるのだと海原は思う。

上条当麻の死の裏側で何があったのか。

その人物が何者で、他の者らにとってどのような存在だったのかは知らない。
海原も別段気にはならない……と言えば嘘になるが、見た事も話した事もない相手など気にするだけ無駄だろうと思った。

だからだろうか、酷く冷静に物事を客観的に見られる。

第一位、一方通行と第二位、垣根帝督の戦闘。
一方通行が敗北し、上条当麻は戦闘に巻き込まれ死亡した。

だから垣根を探している。恐らくは復讐のために。
それはいい。理解した。しかし海原はふと疑問に思うのだ。

何故両者が戦わなければならなかったのか。

どうして最強の能力者である一方通行が敗北したのか。

ふとそんな事を口にした事があった。昨日、今のようにクローンの少女と共に街を歩いていた時に何の気なしに口から出た言葉だった。
答えなど端から期待していなかった。なのに彼女は海原の疑問に天気の話でもするかのようにあっさりと答えてしまう。

『妹達』と一方通行との関係。『最終信号』と呼ばれる個体。ミサカネットワークの存在。

そして麦野沈利。

垣根提督が復讐の対象ならば麦野沈利にも同じ事が言えるだろう。
彼女は間違いなく一方通行の敗北を決定した要因であり、それは即ち上条当麻の死へと繋がるのだから。

……あの金髪の少女はその事実を知っているのだろうか。

ろくに事情も知らぬ海原でも考えなくとも分かる。
あの少女は『アイテム』の関係者、それも友好的な立場――有体に言えばその一員という事になるだろう。
481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/19(金) 04:17:28.98 ID:yXXXJyNTo
『心理掌握』の少女が何を考えているのかは分からない。

ただ一つはっきりしている事は、彼女と『アイテム』の存在は必ず障害になるという事だ。

彼女は、可能な限り交戦するな、と言った。
それはつまり――敵対する事が目に見えているからに他ならない。

『アイテム』が垣根帝督の敵か味方かは分からないが、こちらに対しては敵にしかなり得ない。

「……、……」

あの少女の言う事を聞く義理はない。
敵になると言うのなら早期に潰しておくのが常套だ。
会った事もない少女達の顔を回想しながら海原は顔を僅かに顰める。
自分も大能力者の端くれだ。超能力者である麦野沈利は別にしても他の三人ならば問題はない――。

そこまで考えて海原はこれ以上の思考を放棄した。
何を考えている。自分は一般人で、彼女達とは違う。血生臭い物事などお断りだ。
殺すか殺されるかの二択しか存在しない世界の住人ではないのだ。

だが――彼女らの存在は御坂の障害となる。

御坂の望みは叶えたいと思う。
けれどその目的、手段、思想、どれを取っても受け入れ難いものだ。
復讐に手を貸すなど海原には到底できるはずもない。

しかし止められるとも思わない。
確かにあの金髪の超能力者の言う事は間違ってなどいなかった。
御坂とはろくに会話も交わしていないがあの表情を一目見ただけで全てを理解できる。

御坂美琴という少女はもうどうにも救い様がない。

(違う……っ!)

手段がないはずはない。
御坂美琴という少女は取り返しの付かないところまで墜ちてしまうほど軟ではない。
彼女はもっと素敵で、誰よりも気高く崇高な存在だ。
ともすれば自分に言い聞かせるように海原は彼女のイメージを反芻する。

海原の脳裏に焼き付いた彼女のイメージは常に笑顔だった。
彼女の笑顔の為なら何を犠牲にしたって構わないとさえ思う。
自分の身を捧げる事すら厭わない。元より何もかも、魂すらもそうであると海原は思う。
たとえ何一つ報われる事がなくとも海原光貴は彼女のたった一度の微笑の為に全てを投げ出せる。

だが、この状況を打破し彼女の復讐劇を止めることは果たして彼女の笑顔に繋がる事なのだろうか。

そう、今でも御坂美琴は天使のような微笑みを浮かべているのだ。

とても幸せそうに。
482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/19(金) 04:47:40.39 ID:yXXXJyNTo
彼女の笑顔はとても素敵で、ともすれば見ているだけで泣きそうになってしまう。

穢れを知らぬ純真無垢な笑顔はまるで白痴。
狂人の破壊的なものとは異なる破滅的な笑顔。
彼女はきっと世界が終わってしまったところであの笑顔を絶やさないだろう。

満ち足りているのだ。

この最悪の終末へと駆け墜ちる中であっても彼女はどうしてだか幸せだった。

(でもそれじゃあ――あんまりじゃないですか)

余りにも理不尽で救われない。
上条当麻という少年の事は知らないが、それでもどういう人物だったのかある程度の察しは付く。
きっと間違いなく彼は御坂の恋人か、少なくともそれに順ずる位置にいた。
片思い程度の距離ではああまでなるまい。
その死によって心が壊れてしまうほど愛してしまっていた。

彼が御坂に対してどのような想いを抱いていたのかは分からない。
だが結果として、その死によって御坂を壊してしまった。

海原が彼に抱く感情は憤り以外になかった。

誰よりも大切な少女を壊された。
きっと誰より明るくて優しくて、それでも年相応に悩み傷付く少女。
完璧な人格など存在しない。もしそういう者がいたとすれば、それは聖人か悪魔だろう。
だからどこか不完全で不器用で不恰好な、そんな少女が好きだった。

それはある意味信仰のようなものだったのかもしれない。
海原光貴は御坂美琴という少女に自分にはない何かを感じ、それを貴いものだと信じた。
どこからが尊敬でどこからが恋慕なのかは分からないし区別を付けようとも思わない。
彼女がとても大切な事には変わりない。それで十分だと思った。

けれど御坂美琴はもう――元には戻らない。

彼女が自分以外の誰かを好きになったとしてもそれでいいと思った。
それで彼女の何かが変わる訳ではない。彼女が好意を向ける相手は相応の人物しかあり得ないのだ。
上条当麻という少年はきっと、彼女が好きになってしまうほど素敵な少年だったのだろう。

祝福すらしたくなる。手放しで喜ぼう。彼女の好意が自分に向けられなかったからと言って腐るような自分にはなりたくない。
それでもやっぱり腹が立つから、件の少年を紹介して貰って、それからほんの少しばかりの好意に満ちた嫌がらせをしてやって。

同じ少女を好きになった男同士、きっと仲良くなれただろう。

しかし今となってはあり得ない事だ。
彼は死んでしまっているし、彼の所為で彼女は心を壊してしまった。
不慮の事故だったのだろうが――それでも許せない。
彼女を想うのならどうして死んだのだと。
483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/19(金) 06:08:01.79 ID:yXXXJyNTo
そういう意味でも、海原は御坂の事しか考えていない。

見ず知らずの人物のために復讐しようなどと思わない。
垣根帝督だの一方通行だの『アイテム』だのという者らは端からどうでもいい。
ただ御坂が望むのであれば、という一言に尽きる。

『心理定規』の言も関係ない。
御坂の障害となるなら超能力者が相手でも構わない。
自分の生死すら天秤に掛けて利害を量る事ができる。

自分の感情も例外ではない。
彼女に復讐して欲しくなどない。それを肯定し助けるなど論外だ。

しかし今は他に選択肢がない。
もし止めようとすれば彼女は容赦しないだろう。排除すべき障害として扱われる。
そうなればどうしようもない。死んでは何もできないのだから。彼と同じように。

御坂を救えると信じる。
勝機は見えないし手段は全く思いつかない。けれどそう思わなければ絶望するしかない。
目に見えぬ、在るかも分からない希望に縋る事くらいしか海原にはできなかった。

だから海原は己すらも殺して、他人もきっと殺せるだろう。
御坂を守るためなら何だってできる。何だってやってみせる。

彼女を救う手立てが見つかる時まで終わりを先延ばしにして。
その時が来るまで永遠に殺し続ける。

御坂の敵になるというなら『アイテム』を潰そう。
御坂の敵になってしまうくらいなら垣根帝督を殺そう。

けれどふと思うのだ。



彼女を元に戻せたとして、彼女はそれを望むだろうか――?
484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/19(金) 06:12:06.06 ID:yXXXJyNTo
これは単に善意という名のエゴの押し付けではないのか。
今の彼女を認められないから排除しようとしているだけではないのか。

まるでそれは彼女を殺す事と同じようで――。

そんな確信に近い疑問が思考の底に泥のように沈積する。
一度生まれた疑心は拭っても拭っても消える事はなく、それどころかより深く根を張り纏わり付いてくる。

元々、上条当麻の死に耐え切れなかったから心を壊したのだ。
原因である彼の死が不可逆である以上、彼女もまた不可逆なのではないのか。
次もまたそうなるという確証はないがより悪化する事も考えられるし、彼女が耐え切れたとして心を大きく抉る事には変わりない。

もっとも、その手段がない今、言っても詮無いことではあるのだが。

「…………」

隣を歩く少女を見る。

彼女によく似た少女。
彼女に似せられた少女が彼女に似た表情で微笑む。

「ん? どうしたの?」

「……いえ」

薄く笑い小さく首を振った。

「そうだ、向こうにケーキの美味しい店があるんですがどうですか?」

「いいわね」

今はまだこれでいい。
モラトリアムに等しいと分かっているが思考を停止した。

この状況を少なからず楽しんでいる自分がいる事も意図的に忘却した。



――――――――――――――――――――
485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/19(金) 06:24:21.05 ID:yXXXJyNTo
日付が飛び飛びで書いている途中で何が言いたいのか分からなくなってきた
途中でよく寝惚けているからか誤字脱字その他が多いですが(心理掌握を定規とか)その辺脳内保管で

あと少しッ……!
486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/19(金) 10:05:41.43 ID:238+3uOIO
超応援してます
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/19(金) 10:06:11.83 ID:2LesqjASO
イイヨイイヨー
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/19(金) 10:07:40.15 ID:HUq1/bCto

頑張れ
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/19(金) 10:09:31.62 ID:YwXczfCAO
海原マジ健気
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/19(金) 16:43:18.74 ID:GhbHQZsz0
海原さん・・・
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/21(日) 11:44:23.79 ID:uRiOGfDAO
かつてこの上なく幸福だったことが

堪らなく苦しい

過去は過去に過ぎない

悲しいことだけど

でも御坂さんだけは救われてるよね

壊れきってるから
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/22(月) 21:20:08.56 ID:EXib03Uko
己の人生について振り返ってみよう。

自身とは一体何なのか。

哲学者を気取って戯言を吐こうとは思わない。
ここでの意味は、例えばもし森羅万象あらゆる事象を記した書物があったとすれば、自身の名の項にはどのような事が書かれるか。
伝記ではなく、客観的に簡潔に記された、それでいて究極的にその本質を指す短い文章でどのように表されるか。
一つ問題があるとすれば、それを探すときどの名を引けばよいのだろうという事くらいなもので。

過去と現在と未来。
まずは単純に三つの区切りで考えてみよう。



何処から来て、何処に至り、何処へ往くのか。
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/22(月) 21:51:58.71 ID:EXib03Uko
過去。
つまり生の瞬間から現在に至るまで。

彼の場合、恐らく他の多くの者とは意味が異なる。
己が人生において誕生の瞬間は母の胎内から零れ落ちた場面ではなく、この街の門を潜った時だろう。
それ以前の記憶は曖昧で、それはつまりどうでもいいという事に違いない。

悪魔と呼ばれた。

話によれば悪魔とやらいう代物は女の胎から産まれるものではなく、木の股から湧いて出るものらしい。
なるほど。だとすれば、母を持たない異形の存在は悪魔と呼ばれるに相応しい。

初めは周りと区別の付かなかった外見も次第に変化していった。
伝承というものもいまいち当てにならない。悪魔は黒いなどという先入観は全くの間違いだった。

悪魔とはどうやら白いものらしかった。

鍍金が剥げ落ちるように徐々に色素が抜けてゆく。
余分な肉も磨耗してしまって中身が透けて見えるほどになった。

白い線だけで形作られるようなその身は恐らく死そのものだ。生憎と鎌は持ち合わせていないが。
それでも一目見ただけで明らかに違うと理解できる。彼とすれ違う人々は一様に目を瞠り、それから慌てて目を逸らす。
気付かない振りをして、どうか気付いてくれるなと心の中で念じるのだ。



未来。
つまり生の帰結、死の瞬間に至るまで。

彼の場合、恐らく他の多くの者とは意味が異なる。
予定調和。予め定められた法則に従い本来在るべき場所へと回帰する。
それ以外に選択肢はなく、振り返ることも立ち止まることもできず、ただ直進するしかない。

つまり地獄だ。

人界に悪魔がいるという事態こそが間違っている。人外の身が在るべきは矢張り相応の場所だろう。
この世の条理に照らし合わせても、まかり間違って人として裁かれる事があったとしても地獄逝きは約束されているようなものだ。

一〇〇三一人の少女を殺戮せしめた稀代の悪魔は地獄に墜ちて然るべきだ。
そういうものは相応の場にこそ相応しい。逝き着く場所は最初から一つしかないのだ。

元より彼に架せられた呪い名はそういうものだ。

ただひたすらに、脇目も振らず突き進むしかできない。
それ以外の全ては許されず、思考する暇すら与えられず、単一行動しかできない瑣末な機構。

初めの頃は、夢とか希望とか、そういう人々が賛美してやまないものがあったのかもしれない。
けれどいつだっただろうか、虚影に過ぎないと理解した。そういう人並みの幸福を望めるような存在ではないと自覚した。
存在自体が不幸の塊。いるだけで悪夢を撒き散らすもの。誰彼構わず引き摺り込む奈落という名のそれだ。
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/22(月) 21:59:25.87 ID:jebnUua2o
一方さんktkr
495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/22(月) 22:51:23.93 ID:EXib03Uko
そして現在。
つまり悪魔と呼ばれた彼が未だ人界に留まっている理由。

彼の場合、恐らく他の者とは意味が異なる。
生きるのではない。生への執着はとうに失われ、彼にとっての生とは死への緩慢な行軍に過ぎない。
一歩、また一歩と無明の道を歩み続ける行為は目隠しの綱渡りに等しい。それでも彼は決して歩みを止めはしない。

ではその力の源は何なのだろうかと問う。

生の活力は嫉妬と羨望、憧憬、そして分不相応な希望だ。
現在より未来へ、未知の先に何かがあるかもしれないという根拠のない漠然とした期待に縋り一歩を踏み出す。

しかし彼の場合は勝手が違う。人界の条理を人外に求める事はできない。
元より違った存在に常識は当てはまらない。馬の耳に念仏、所詮人の理は人間という限られたコミュニティにしか通用しない。

彼の場合、それを自身ではなく他者に求める。

代替行為。人から外れた身でありながら人に憧れた鬼は、それを誰よりも深く理解していた。
さにあらん。彼の持つ性質はそういう類のものであり、そうであったからこそ、かく成った。

己に不可能な物事を他者に依託し身代わりとする。彼が執着しているのは、自身ではなく他者の生だ。
依存ともいえる。彼は己に対し淡白であったが、優先順位が違うのだから仕方がない。
本来人は利己的な生物だ。自己中心的。全てが己の望むままにある事が至上と定義する。

であれば、人ならざる彼はそれと異なる。

己を他に――他を己に投影する。

彼の出会った一人の少女。
白い悪魔の前に舞い降りた小さな天使。

比類なき暴虐の徒は、他の何かと比べるという事がなかった。
彼が最強にして究極、無双の存在だからこそ、他と比べるという事ができなかった。
けれどあまりに無力で小さなその光は、どうしてだろうか、彼ととてもよく似ていて。

彼は初めて他者を知る。
496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/23(火) 00:46:04.32 ID:l6PVaBFqo
鮮烈であった。
彼女もまた人ならざるものであったからこそなのだろうか。
酷く似通った、けれど決して相容れない存在。反発しあう相克。
彼が地獄だとすれば彼女は天上であろう。彼女が希望ならば彼は絶望だろう。

そして彼は慟哭する。
何もかもを飲み込まんとする深遠の奈落だったからこそなのかもしれない。
吹けば飛ぶ、撫でれば消える程度の小さな光であった彼女を、けれど彼はどうしてだろうか、愛しく思ったのだ。

彼女は彼の持たぬ全てを持っていた。

嫉妬し、羨望し、憧憬した。
当然の結果である。それらの感情は受動的であり、他者がいなければ存在しない。
それは自分に持ち得ぬものを持った者に抱くもの。
他者を自らに重ね、けれど叶わないと知って初めて生まれる感情だ。

彼は初めて確かな希望を見た。

そして彼は恋に落ちる。

正確にはそれは恋心ではない。ただ、性質としては恋慕に近い。
異形の怪物である彼は彼女の光に魅せられたのだ。仮面の怪人がそうであったように。

彼女に己を依託する。

つまり彼の生とは彼女の生だ。
彼女の為に生き、彼女の為に死ぬ。
きっとそれが唯一の彼女と彼女らへの贖罪だった。

彼にも救いはあったのかもしれない。
497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/23(火) 02:12:51.84 ID:l6PVaBFqo
だが結果を見てみればどうだ。
腕に抱かれた少女の温もりを感じながら彼は瞑目する。

少女は動かない。

反射としての瞬きや呼吸はある。発熱し代謝もある。促せば食事もする。
だが虚空を見詰める意思の籠もらない双眸は果たして生きていると言えるのだろうか。

自分は生きていると言えるのだろうか。

結局、自分は自分でしかなかった。
分不相応な望みを抱いたから罰が当たったのだ。
無明の奈落が光を抱けるはずがなかった。

それは光がないから黒いのではない。
光を飲み込むからこその黒なのだ。

それでも最後の抵抗を試みる。
彼に力は残されていない。あるのはただ、か細い両手と言う事を聞かない矮躯だけだ。
その全てを使って、彼は彼女を強く、優しく抱き締める。

過去はとっくに失われていて、未来は決定されている。
これは生と死の狭間。最後を先延ばしにしているだけの無駄な足掻きでしかない。
それでも彼は一度抱いた希望の灯を消せなどしなかった。

どうか――と願ってしまうのだ。

この身はどうなっても構わない。
けれど彼女だけはどうか救って欲しい、と。

悪逆の権化である自分が神になど祈れるはずがない。絶望の塊でしかない自分が希望に縋れるはずもない。
けれど願わずにはいられないのだ。お伽噺の英雄のような存在が颯爽と現れて彼女を救い出してくれる幻想を。

自分はそんな大それた存在にはなれなかった。
悪魔が英雄になどなれはしない。それそういう存在だからこそ悪魔と呼ばれるのだ。

だから初めからそうであった者に願うしかない。

「大丈夫……大丈夫だ……」

誰かに言い聞かせるように同じ言葉を繰り返す。

ご都合主義に塗れた英雄の登場などありはしない。
そんなものは寝物語の中の幻想でしかないと分かっているのだけれど。

そういう存在を知ってしまっているから――。



――――――――――――――――――――
498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/23(火) 02:15:23.61 ID:l6PVaBFqo
一通さんまじヒキニート

次回は多分、初回だけageて残りsage進行です
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/23(火) 07:15:00.60 ID:pChDGNjIo
しろいあくま……乙
500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/23(火) 09:59:09.09 ID:ODCRY/rAO
いつか一方さんが妹達がばったばった死ぬのもいとわず能力発動して無双すんの想像しながら乙です
501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/08/23(火) 11:23:08.39 ID:IsGupfkq0
やべえなこれは。
自分達の争いが原因で上条さん死んでること知っちまったらもっと壊れるんじゃないかコレ?
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2011/08/24(水) 11:59:24.79 ID:Yy/fNO/K0
この一方さんが黒翼暴走させたら学園都市消滅しそう
アレイスター以外誰も止められない気が…
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/30(火) 07:22:11.38 ID:QszlXzZYo
↓があるので消えるまで更新停止します
雑談はご自由にどうぞ
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/03(土) 01:34:24.17 ID:HsYJE+yuo
なんたること
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/09/03(土) 21:39:46.79 ID:KUdmawgQ0
くそぅ、楽しみが消えただと…
まぁしかたのないことなのかな
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/09/04(日) 01:22:13.56 ID:nf7E7b1Ko
更新が停止しても書き溜めは相変わらずしていると信じている


自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/04(日) 16:56:50.59 ID:5InEuF4Ho
今までの投下ぶりをみていると、決して即興書きではないが、書き貯めはせずに
その場で文章にしていくタイプのような気がする。
だから、他の作家よりも余分な告知文が執筆意欲の障害になるのではと、推察。

気分が乗って再開されるまで、いつもでも待ってます。

自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/04(日) 20:23:09.48 ID:5InEuF4Ho
告知文止まりました
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/05(月) 00:36:45.36 ID:eP6x16eyo
投下します
途中まで書き溜めてますが一番難しいとこまでなのでどれだけかかるか

予告通りずっとsageです
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage !蒼_res]:2011/09/05(月) 00:41:52.45 ID:eP6x16eyo
何が正しくて何が間違ってるかなんてどうでもよかった。

ベッドの上に身を投げ出したまま目を伏せていた。
目を開けば下らない世界が見えてしまって泣きたくなる。だから目を閉じたまま暗闇に身を任せる。
そうすれば頭の中までも柔らかな黒に埋め尽くされて何も考えずに済むと思った。

――どうして?

シーツの海はまるで羊水に漂っているようで、嫌な事を考えなくていい気がする。
まどろみの中にたゆたうように、思考も何もかも放棄して安穏とした惰眠を貪るように。

世界は優しくなんかない。

理不尽。不条理。災難。事故。悪意。酩酊。喪失。忘却。
意のままに事が進むなどあるはずがなく、幸福の絶対値は常にマイナスへと傾いている。
何を以って幸と定義するかは人それぞれだけれど、不幸の定義は常に似通っている。

幸福は天からの贈り物だという。

だとすれば世界は不幸に満ちているのだろう。

それはきっと呪いのようなもの。
生きる限り常に苛まれ蝕まれる。満ち満ちた泥の中をもがくように生きるしかない。
傷付き、溺れ、喘ぎ、凍えながら。きっとつまり、この世に生れ落ちた事自体が不幸なのだ。

幸福などという訳の分からないありがたいものを誰かから恵んでいただかなければやってられないくらいに世界はどうしようもなく最悪だ。
青い鳥の居場所を必死に探して、見つけたら逃がさないように籠の中に閉じ込めて。
それを幸せなのだと自分に言い聞かせて他の事からは目を逸らす。

誰もがそうして現実逃避を繰り返しながら生きている。
直視すれば目が潰れる。どうしようもない世界には絶望するしかなくて、きっと壊れてしまう。

人はそんなに頑丈じゃない。
信念は簡単に折れてしまうし希望は呆気なく砕け散る。
大昔に流行ったらしい根性論とかいう馬鹿げた理屈は幻想だ。
愛とか勇気とか友情とか努力とか、結局のところ蜃気楼の偶像でしかない。
あるとすればただの思い込み。プラシーボ効果。結局真実なんて何一つ見えてなんかない。

世界は見方一つで百八十度変わる。
誰もが自分だけの現実を持っていて、それに縋って生きている。
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage !蒼_res]:2011/09/05(月) 00:44:52.74 ID:eP6x16eyo
現実の一般定義なんて明確なものは誰も持っていなくて、皆それぞれの色眼鏡を通して世界を観測している。

悪意の塊のような人物であってもきっと誰かに愛されている。
善意の塊のような人物であってもきっと疎ましがる者もいる。

主観でしか世界は形作られず共通意識は存在しない。
客観というものはたまたま主観が一致したか、でなければそう錯覚しているだけだ。

誰もが孤独に生きている。結局どこまでいっても人は独りだ。
真実を知り得た者は、達観か諦念か発狂か自死か、いずれかの境地に辿り着く。

――けれど私の場合はほんの少し違った。

達観を嘯くには幼すぎ、諦念に逃げるには覚悟が足りず、自死に迷うには経験がない。
結果残された道は発狂しかないのだけれど、それよりも前に壊れてしまった。

誰かが救いの手を差し伸べてくれるなんて事はない。

この世界にカミサマなんていない。

願いも祈りも届きはしない。
世の中なるようにしかならない。ご都合主義なんて始めから存在しない。
別に運命を信じている訳ではないけれど、奇跡なんか起こりようがないくらいに世界は理路整然としている。

誰もが薄々気付きながらも目を逸らしている事実。それが世界の真理だ。
けれど人は信じる事を止められない。希望を持たずにはいられない。
目の前にニンジンをぶら下げられなければ走る事もできない。それが例え虚像だとしても。

宗教で戦争が起きるなんて馬鹿馬鹿しい話だ。架空の誰かさんを勝手に祭り上げて人を[ピーーー]ための言い訳にしているのだから。
でも、そんな馬鹿馬鹿しいものに縋らなければやっていられないのだろう。
見えないナニカを盲信して、何もかもを忘却して、思考を放棄して、判断すら依託して。酒に溺れるように偶像を信仰する。

信じる者は救われる。確かにその通りだ。
きっと彼らはそれで救われているのだろう。

何かを拠り所にして寄り掛からなければ人は簡単に倒れてしまう。

形は違うけれどそれは信仰の形だろう。
人という字は、なんて文句が事あるごとに使われるけれど本当にその通りだ。
支えを失った人間は脆い。倒れたら一人で起き上がる事もできない。

そういう意味では――辛うじて倒れていないというだけで――。

本当はもう――。
512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga !蒼_res]:2011/09/05(月) 00:47:21.08 ID:eP6x16eyo
「…………」

無意識の内に手を伸ばす。

右手を、左肩へ。柔らかい女の肌が指に触れる。
けれど関節から数センチのところを境に変化する。

僅かに窪んだ継ぎ目の先は柔らかく、つるつるとしたゴムのような触感。強く押せば覆われた下にある硬いものが感じられる。
リン酸カルシウムの組織ではなく、カーボンナノチューブで作られたフレーム。人工の骨が埋まっている。

脈は感じない。
血液は流れているけれどフレームの内側で接続されている。フィルタを通さなければいけないから。
ゆっくりと二の腕の表面を指でなぞる。擬似球体関節になっている肘の先、前腕の中程から再び生の肌に戻る。

自分のものとは少し違う質感に微かな違和感を覚える。
肌の質、肉の硬さ、骨の太さ、一つ一つは些細かもしれないけれど明らかに違っている。

指先に僅かに力を入れる――脳の指令は電気信号となり神経を伝達し筋肉を収縮させる。
間に幾つかの機構を媒介して、信号が指先へと伝達される。

ぴくり――と指先が動く。
それだけの事に嬉しくなってしまい口を綻ばせてしまう。

肩と、それから肘――の代わりになっている部位を動かして左腕の先を顔の前に持ってくる。

そして目を開けば。

視界いっぱいに右手があった。

「――――当麻」

再び目を瞑り、頬擦りすると優しい感触が返ってくる。
するとどうしてだか涙が込み上げてきて、見ている相手もいないのに慌てて拭った。

「あ――」

指先に涙が付いてしまった。
でも撫でてもらえたみたいで嬉しかった。
それでまた涙が出てしまいそうになる。

だから、嬉しいのも悲しいのも楽しいのも辛いのも、全部綯い交ぜにして指先に口付けた。
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga !蒼_res]:2011/09/05(月) 01:18:17.62 ID:eP6x16eyo
唇に伝わってくる感触は暖かい。
それが嬉しくて悲しくて、夢中になって口付けする。

愛してる、愛してる、愛してると狂ったように想いを唇に託して。
夢中になってキスを繰り返した。

「は――あ――」

啄ばむように唇で挟み、喘ぐように吐息が漏れる。

酒に酔えばこういう感じになるのだろうか、と頭の隅を冷めた思考が過ぎったけれど、すぐに溶けて消えてしまった。

熱病に浮かされたように体が火照る。
頭の中はたった一つの事で埋め尽くされてしまってまともな思考ができない。

「当麻――」

その言葉に答える者はいないと分かっていても黙殺した。

彼の名を呼ばずにはいられなかった。

愛しい人の腕に抱かれた時のように。
あるいは泣きじゃくる子供のように。

そうしないと何もかも全て壊れてしまいそうだった。

この想いが最後に残ったただ一つの支えなのだ。
どうしようもなくちっぽけで、端から見ればそんなものを拠り所にするのは狂っているとしか思えなくとも。
たった一つ、まるで小さなガラス玉を宝物だと言い張る子供のように。

世界は不幸で満ちている。

幸福なんて降ってこない。

だから何より大切な物を抱き締めずにはいられない。
手の中に大事に持って、離さないようにずっと。

幸せの鳥はすぐに逃げてしまう。だから籠が要るのだ。
逃げてしまわないように、手放さないように、ずっとずっと大切に抱きしめていなければならない。
そうしていればきっと幸せでいられる。

両目はもう伏せたままだった。
514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga !蒼_res]:2011/09/05(月) 02:02:52.79 ID:eP6x16eyo
人差し指の先をそっと口に含む。
舌でくすぐると仄かな甘みを感じる。

ああ――――。

脳裏に浮かぶのは、間違いなく幸せの光景だ。
唇と舌に感じた瞬間を思い出すように、もっと、と唇を寄せた。

口の中をくすぐられて得も知れぬ感覚に痺れる。
それがとても心地よくて、より深く指を飲み込もうとしてしまう。

「ふ――」

吐息に混じり頭の隅で誰かが小さく囁いた。

もしかしたらあったかもしれない光景。
それはきっと幸せの瞬間だろう。

ああ、つまりこれは――もう起こるはずのないその時を空想しているのだ。

「――――」

思考から切り離された部分で囁く声は続く。

この行為がどういうものなのか分からないはずがない。
相手の意思など構いもせず、勝手に涙を流しているだけだ。

口も利けないのをいい事に弄び悦に浸っている、文字通りの自慰行為。

いや――そう称すにもおこがましい。

相手の意思は既に亡く、後に在るのはただの残滓だ。
それを言い訳にする事などできない。何より愛しいと思うならばこそ赦されるはずがない。

きっと何より死者を愚弄する行為。これはただ独りで善がっているだけに過ぎない。
想いの毒に浸すように、弔いもせず死を否定する最悪の行い。

これは死姦だ。

「――――」

そんな事は分かっている。
けれど止めようとする理性はとうに失われていて、残っているのは狂おしいほどの慕情だけ。

たった一つ大事だと思うもの以外は全て捨ててしまった。
一番以外は切り捨てて、二番目も三番目も何もかも。
絶対に捨ててはいけないものも手放してしまわなければ抱き締められなかったから。

私はきっと、救いようのない馬鹿な娘なのだろう。
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/09/05(月) 03:19:27.39 ID:I0QNCnXyo
専ブラだと読み難いわコレ
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/05(月) 03:24:03.07 ID:By1ry6f7o
乙です
専ブラだけど、全然読みづらくないです
517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りしま [sage]:2011/09/05(月) 03:28:05.50 ID:HNRoRv68o
字の色戻してくれ
518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2011/09/05(月) 14:57:45.93 ID:NHbyKINWo
そういう表現方法だろ
今まで読んできてそれもわかんねえのか
519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りしま [sage]:2011/09/05(月) 21:47:27.99 ID:HNRoRv68o
演出に拘るのは良いことだと思うよ
でもそれで読みづらくなってちゃしゃーないだろ
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/05(月) 21:50:19.35 ID:dJ43yHaqo
なんでいちいちお前に合わせなきゃいけないんだよ
521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りしま [sage]:2011/09/05(月) 21:53:46.79 ID:HNRoRv68o
個人的な意見書いただけでこの言われようww
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/05(月) 21:54:22.29 ID:By1ry6f7o
>>519
貴方が自分の都合の合わせるように作者に要求するのではなく、貴方が作者に合わせるか、
それが嫌なら読むのを止めたらいいのではないでしょうか?
523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/05(月) 21:56:59.40 ID:L5lt3QRDO
嫌なら読むななんだろ
マンセーだけしてりゃいいんだよ
俺なんて前に意見述べたらパソコンぐらい買えよって言われちゃったし
524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/05(月) 21:59:46.55 ID:oc1s6uumo
個人的な感想にしてはあまりに厚かましいだろ

もう少し大人になれって
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/09/05(月) 22:03:19.83 ID:MpXnrlbXo
文字の色が見辛い←個人的な意見
文字の色戻してくれ←無茶な要望
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/05(月) 22:08:34.38 ID:L5lt3QRDO
個人に合わせる合わせないは作者が決めることなんだから
たった一人の意見にこんなに食い付いてスレのばすのもどうかと思うがな
皆さん大人ですね
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りしま [sage]:2011/09/05(月) 22:09:01.21 ID:HNRoRv68o
すみません黙ります
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/09/05(月) 22:55:36.34 ID:4kh+Xt0AO
けっこう人いたんだな
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/06(火) 00:30:56.53 ID:094mNhOg0
乙です!
次はsage進行と聞いて、ていとくんとむぎのんあたりを予想してたけど、見事に予想を裏切られたぜ
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/06(火) 07:32:40.16 ID:cXnNVqkIO
作風からかレスし辛いからな。レス×30人くらいはいるんじゃね?
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/06(火) 07:40:02.30 ID:9/zDkJxpo


お前らのせいで余韻がぶち壊しだよ
自重しろ
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/06(火) 08:44:13.21 ID:Yqkx0ngq0
いきなり次スレ立ってるけど、どういうことよ?
誰かの嫌がらせ?
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/06(火) 14:19:26.99 ID:/k1G1irDO
あれは酷いな
この筆者が同じタイトルで次スレを建てるはずがない
てかそんなに親切じゃないww
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/09/06(火) 16:27:39.40 ID:9/zDkJxpo
★はねえよな
>>1ならあんな芸のないことはしないだろうよ
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/09/07(水) 01:01:29.64 ID:WmtHRALso
追いついた

文章力がすごい……

てか、両方右手てどこかの中二病SSであったよな……
あれとは違ってこっちは意味が深すぎるけど
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga !蒼_res]:2011/09/08(木) 19:50:51.66 ID:EsuGrcJHo
指紋の一つ一つまで感じるように丁寧に舌先でなぞる。
微かな粘液質の音だけが耳に反響して世界がそれに満たされているかのように錯覚する。

唇と、舌と、歯と、口内の粘膜を使って愛撫する。
愛撫。いい言葉だ。愛しい愛しいと撫でるというその字は間違いなくこれだ。

ぞろりと指を引き抜かれ、名残惜しさが後に残る。
手の甲に口付け、軽く舌でなぞり、それからゆっくりと手を導く。

「ん――」

優しく撫でられ、たったそれだけで震えそうになる。
触れ合った部分は暖かい。指先の動きが強張った体を溶かすようだった。

下着をずらし、直接触れ合う。

最初はくすぐるように微かに。それから次第に強く。
ゆっくりと解きほぐすように手が動く。
手の平に収まるくらいのサイズで申し訳ないけれど、きっとそれでもいいと言ってくれる。

「っ――」

吐く息は熱く、意識は朦朧としている。
それでやっぱり、これは熱病なんだと改めて思う。
恋の病は心臓と脳をぎしぎしと蝕み続ける。

とっくに硬くなってしまっている部分を指に挟まれ、思わず声を上げてしまいそうになる。
声が漏れても構わないと思いながらもどうしてだか押し殺してしまった。

「は――、っ――」

もう指は乾いてしまって、少し貼り付くように肌を擦る。
だから再び唇に寄せた。それで傷を癒せると祈るように丁寧に濡らす。

「ん、ちゅ――」

湿った音に少しばかりの恥ずかしさを覚える。
けれど思考はそれがどうしてなのか判断できないくらいに朦朧としていて、だから深く考えずに済んだ。
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga !蒼_res]:2011/09/08(木) 20:01:02.55 ID:EsuGrcJHo
離された指は、脇を掠め、ゆっくりと下腹へと伸ばされる。
肌と下着の間に滑り込み、和毛をくすぐるような動きに体がぴくりと反応する。
その小さな身動ぎがどうにも恥ずかしくて小さく息を吐いた。

く、としなやかな指先に力が込められる。
ぬめるような感触と共に肉内に埋没してゆく。
唾液と、そうでないものが潤滑油になって思いの他すんなりと。

痺れるような甘さが走る。

暖かいような冷たいような、痛いようなくすぐったいような、奇妙な感覚。
ほんの少し動くだけでも脳に火花が咲き思考が寸断されてしまう。

優しく、けれど強く。愛撫される。
肉に分け入り、甘くこそがれる。ともすれば引っ掻くように。

小さな水音に顔が紅潮してしまうのが分かる。
いや、きっと全身がそうだろう。目を開ける勇気はないが。

「ん――っ、は――」

漏れ出る声も羞恥心を誘う。きっと今、酷く嫌らしい顔をしているだろう。

けれど感じる事ができる自分が何故だか嬉しかった。
好きなヒトに触れられているのだ。そうでなくてはおかしい。

「とう、まぁ――」

愛しい名を呼ぶだけで心が震える。たったそれだけで達してしまいそう。
えも知れぬ幸福感に身を浸すように肺に溜まった熱を吐きシーツの海に身を沈める。

「く――っは――」

全身を苛む痺れにもがくように体をよじる。
割り込み押し広げようとする動きに対し、離すまいとするかのように強く抱きしめているのが分かる。
意識する事なく動いてしまっている。考えるまでもなく体は正直なのだと嬉しくなった。

心も、体も、魂さえも彼を愛している。
自分という存在全てが彼を愛するために存在している。
爪の先から髪の毛の一本に至るまでもが彼だけのために在る。
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga !蒼_res]:2011/09/08(木) 20:02:38.38 ID:EsuGrcJHo
「っ――くふ――」

喜悦に濡れた音が口の端から漏れる。

それは果たして笑声なのか苦悶なのか、自分でも理解できなかった。
けれど上げた嬌声は当人の意思など関係なく、ただ瞑した闇の中に溶けて消えてゆくだけだった。

ぬるま湯の中に漂うような不思議な気分に身をゆだね、指の動くままに任せる。
赤い靄が掛かったような頭では、吐く息も、軋む体も、何もかもが朧げだった。

世界が曖昧で不確かになっていく。
そんな中で、体内に感じる異物だけが何よりもはっきりしていた。

どこかの巫山戯た狂人に言わせれば世界は自分が見たままそのものだという。
彼の戯言を鵜呑みにする訳ではないが、もしそうなのだとしたら。

五感はどれも曖昧模糊として、外界を知ることはできない。
そんな状態ならばきっと世界には自分がたった一人存在している。
他は全て排斥され、残されたのは自己という限りなく漠然とした存在だった。

そんな自分の中に異物を感じる。
自己ではない他者。それが曖昧な自分の中に影を落とし、その輪郭を模ってゆく。
他者という比較対象を得たことで自己が確実なものとなってゆく。

下腹部がじわりと疼く。

ああ――ならばきっと、世界は愛に満ちている。

限りなく濃縮された世界は自分自身だけ。
その内に他者を感じることで世界は成り立っている。

異なる者と一体となる行為が世界を創造する。
その引き金となる火花が愛という名のものだとしたら、世界は愛によって創られている。

この歓喜を表すには言葉はあまりに不便なものだけれど、あえて表現するなら――気持ちいい、と。
心臓は高く早鐘を打ち鳴らし、血管の中をごうごうと命の水が奔流となって吹き荒れる。
満ち足りて、補われて、触れ合って、世界が溢れ返る。

「――――――っ」

息をするのも忘れるほどの充足感。閉じられた闇の中に火花が散る。
全身が張り詰め、内側から弾けてしまいそう。
息が詰まり声も出せず、数瞬の白く染まった世界の中で何もできず、ただ身を任せるしかなかった。

「………………ぁ」

ようやく口から出た声は言葉にもならず、茫とした意識の中どこか他人のもののように聞こえた。

そして。
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga !red_res]:2011/09/08(木) 20:04:15.56 ID:EsuGrcJHo





「…………最低よね」





一雫――頬を伝う何かと一緒に、多分最後に残っていたいらないものが零れ落ちた。
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/08(木) 20:05:46.43 ID:EsuGrcJHo



――――――――――――――――――――


541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/08(木) 20:07:16.15 ID:EsuGrcJHo
さて、そんな訳で、当初から予定していた注意書きのシーンでした
ここにきて凡ミスをやらかしましたが、その辺はどうか
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/08(木) 20:21:35.64 ID:EsuGrcJHo
そしてここで残念なお知らせです

残り350レス、収まりそうにありません
今度こそ、次のスレこそ、ラストです。すまぬ……すまぬ……

予定ではこれがこの幕のラストシーンとして想定されていましたが、変更して(多分)2シーンほど追加しようと思います
そこで誰にスポットライトを当てるかアンケートをば

過去編はここで終わりになるので退場組はラストチャンス
生存組も生存組で色々限られているので、真面目にやれるのは最後かと

そんな感じで適当に「垣麦まだー?」とか「浜面爆発しろ」とか好き放題言っていただければ幸いです
やるかどうかは分かりませんが

ではまた次回
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/08(木) 20:47:37.12 ID:T/OqV/hDO
あとこの件で関わってもよさそうなのは雲川先輩かな?
ここでは出てきてないけど、
上条さんにそれなりにぞっこんみたいだし、
科学側で情報通だと思うし
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/08(木) 21:00:51.87 ID:pkDt5ZFL0
デルタフォースがいなくなった後のとある高校とかどうだろう?
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/09/08(木) 21:09:58.55 ID:/GeAo27v0
魔術側の、おそらく事情を土御門から教えられてそうなステイル辺りとかどうだろう?
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/09/08(木) 21:17:05.79 ID:aGFIpeLAO
小萌先生
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/08(木) 22:02:12.10 ID:7TzjJx4R0
姫神のことも偶には思い出してあげてください
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/09/08(木) 22:19:16.10 ID:bYPAIJqMo
絹旗!!絹旗!!絹旗!!
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 23:02:41.70 ID:iICRhC9g0
やっぱり垣麦かなぁ。でもていとくんがなんで冥土帰しを尊敬していたかも知りたい
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/09(金) 06:43:05.21 ID:76njGrcmo
芳川黄泉川!
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/09/09(金) 23:14:14.16 ID:CjaFZwEOo
一方通行と打ち止め
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/09(金) 23:52:42.88 ID:jruyz1PDO
通行止めがいいな
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/10(土) 09:48:05.22 ID:EQfHn46AO
あえての根性さん!
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/09/11(日) 13:29:00.40 ID:7g7iVxcDo
偽海原が気になるな
555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/11(日) 22:42:19.11 ID:UxqLXSBzo
「先生」

ようやく放課後となった教室を出ようとしたところで月詠小萌は呼び止められた。

「なんですか?」

月詠は努めて笑顔で振り返る。
視線の先には長い黒髪の少女が、どこか鬱々とした表情で立っていた。
必然的に見上げる形になる。身長差があるから仕方がないのだが。

姫神秋沙。
自分が担任を務めるクラスの生徒だ。

諸事情あって二学期からの転入生だが、クラスに馴染めるだろうかと不安になっていた事もある。
一時期は自分の住むアパートで共に暮らしていた。
そんな事もあって、他の生徒よりも多少――目を掛けている、かもしれない。

姫神は見上げる月詠の表情にほんの少しだけ眉を顰め視線を逸らす。
が、一呼吸を置いて再び月詠を見た。

「あの。……」

言いよどむ。

躊躇うような仕草だ。もしくは怯えだろうか。
月詠を見る姫神の瞳は揺れている。

口を開いてしまう事で何かよくない事が起こってしまうのを恐れているかのよう。
言葉にしてしまえばそれが現実となる。そう分かってはいるのだけれど、言葉にせずにはいられないような。

――予感はあった。

月詠も気付かない訳ではない。彼女はこのクラスの担任で、それも人一倍職務に忠実だった。
教師という職。子供に物を教える大人。彼女は教師であったし、そうであろうと努力している。
だからこそ月詠は優しげな笑顔を変えぬまま続く言葉を待った。
556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/11(日) 23:09:01.75 ID:UxqLXSBzo
時間にしてみればほんの数秒ほどだろう。
姫神は意思を込めて息を吸い、言葉を吐いた。

「上条君。ずっと休んでるけど。大丈夫なの」

……予感はあった。

ここのところクラスの空気はどこか沈んでいた。
理由など簡単だ。少しでもこのクラスの事を知っている者が考えればすぐに思い至る。

教室が静かなのだ。
事あるごとに騒ぐ――と言えば語弊があるが、賑やかしがいない。
ムードメーカーと称すれば適当だろうか。笑顔の中心となっていた少年が、いない。

「上条ちゃんですか?」

もう一人、彼と同じく欠席を続けている少年がいるのだが、そちらはいいのだろうかと月詠は頭の片隅で考える。
二人とも一般的には遅刻早退欠席常習犯で、一般的には問題児とされるような少年だ。
けれど月詠からしてみれば皆同じ生徒である事に変わりはない。
多少個性的で困らせ物ではあるが可愛い生徒だ。

そんな時に頭痛の種になるような、それでも愛しいと思える生徒が二人、一週間ほど連絡を絶っている。

多少なりとも訳あり、それも特殊な類の事情を抱えた二人であることは認識している。

その一端を月詠が知り得ているのは自分が彼らからそれなりに信頼されている証だろうという自負はあるが、
だからといって不用意に踏み込めない酷く難しい事情であることも理解していた。
557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/11(日) 23:22:26.23 ID:UxqLXSBzo
月詠小萌は教師である。

その立場はどこか医者にも似ている。
生徒から無条件に信頼されるような人物でなければならない。
極論、彼らのその後の人生に影響を及ぼす事が許されているのだ。
経験浅く未熟な彼らを先導する者として高潔でなければならない。そう思っているし実践に努めている。

姫神に対しても同じだ。
個人的な付き合いはあるもののここは学校で、教室で、二人の関係は教師と生徒だ。
だから――下手を打てない。
月詠が教師である以上は間違う事は許されない。不用意に問題を発生させ混乱させる事は絶対に出来ない。

職務に私情は許されない。

無条件に信頼されるためには、無条件に信頼せねばならない。
そしてその相互の関係においてのみ許される全てを、そうでない者に明かしてはならない。
守秘義務が存在する。彼らの心情、苦悩、葛藤、人生、そういった諸々を漏らしてはならない。

だから月詠は笑うことしかできなかった。

「もー、上条ちゃんも困ったちゃんですよね。
 最近サボりが目立ってきてますけど、これは一度しっかりお説教しないといけませんね」

時々ふらりとどこかへ消えて、帰ってきたかと思えば病院のベッドの上に括り付けられているような少年を思い返し月詠は笑う。

どこで何をやっているのか。問い質したいのは山々だが不用意な詮索はできない。
そこは踏み込んでいい場所なのか――月詠には判断ができなかった。

「上条ちゃん、時々ふらーっとどっかに行っちゃうクセがありますから」

だから困ったように笑うしかできなかった。
558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/11(日) 23:56:16.99 ID:UxqLXSBzo
言葉にしてから、内心しまったと舌打ちする。病欠の連絡が入っていない事を暗に漏らしてしまった。
だが大丈夫だろう。姫神も彼らの悪癖は知っているはずだ。

今までは困りこそしたものの大して心配もしていなかった。
精々二、三日の後にはまた元気な顔で戻ってきてくれていた。

けれど今週、月曜から金曜までずっと教室に顔を出さなかった。
思えば先週末も姿を見ていなかった気がする。

最後に彼らの顔を見たのはいつだ――?

記憶を遡ろうとして、彼らの顔を思い出す。
彼らは髪が特徴的だから目に付きやすい。記憶にも映像として残りやすい。

黒と、金と、――青?

思い返そうとして、どうしてだか記憶にある日常の一コマが浮かばなかった。
一人一人の顔は思い出せる。だが、彼ら三人――いや、二人がいる風景が朧気だった。
どうしてだか滲んでしまったようにぼんやりとして、まるで夢の記憶を探るように霧中としている。

「……小萌?」

名を呼ばれ、はっと我に返った。

「もー。学校ではちゃんと先生って呼んでくださいよ」

意図的に子供っぽく振舞って誤魔化した。
こういうときだけは自分の外見も役に立つ。
559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/12(月) 00:44:05.76 ID:hg4EU4/ho
「……。……」

姫神の表情は晴れない。
彼女の不安を取り除く事などできはしないと月詠自身も分かっている。
だが姫神もまた月詠の生徒だ。

「大丈夫ですよ」

何の根拠もなく、ほんの少し気休めになればいい程度の言葉だが月詠は笑顔で言った。

「きっと来週にはまた会えますよ。
 だって上条ちゃん、そろそろ本気で出席日数が拙いですからねー。本人にも言ってるんですけど」

はぁ、と嘆息し月詠は苦笑して姫神を見る。

「だからその時は、姫神ちゃんも一緒に怒ってくださいね。
 いい加減に危機感を持ってもらわないと進級できないかもしれませんから」

「それは……。……困る」

そう言う姫神の顔が少しだけ笑みを浮かべたように見えたのは気のせいだろうか。

「それじゃ、私はそろそろ仕事がありますから」

「うん」

「また来週。姫神ちゃんも、風邪とか引かないでくださいね? 入れ違いにお休みだなんて、嫌ですよ」

半ば強引に会話を断ち切り、月詠は教室を後にした。
そろそろ限界だった。引き際は肝心だ。

「上条ちゃん……土御門ちゃん……、……」

誰にも聞こえないような小さな声で名を呟く。
あまり口煩くは言いたくないが、来週になっても出席しないようだったら直接寮へと乗り込まなければならないかもしれない。
場合によっては第三者、彼らの同居人や妹からも言ってもらえるように頼まなければならないだろう。

そんな憂鬱と不安を抱えながら月詠は職員室へと急いだ。

顔に笑顔の仮面を貼り付けたまま。胸の中に何かしこりのような蟠りを感じながら。



――――――――――――――――――――
560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/12(月) 00:47:54.40 ID:hg4EU4/ho
次のスレタイ何にしようかとか考えながら
吹寄、ごめん
561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/12(月) 19:44:41.37 ID:sI+tixByo
乙です
562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/12(月) 20:46:56.19 ID:MhXIM6w3o

デルタ崩壊がかなしいな
563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/15(木) 23:05:54.97 ID:YTtLuqNt0
乙です!
もう平和で楽しかった日常は戻らないんだな
564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/21(水) 06:25:48.03 ID:ZmtBhN/6o
少し用事が立て込んでいるので来月まで更新できそうにありませぬ。そーりー
565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/21(水) 12:23:45.32 ID:U6Cn4NyIO
のーぷろぶれむ
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/21(水) 22:03:03.92 ID:3vPb1yHTo
待ってます
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/02(日) 16:49:53.25 ID:zhbXPRgao
そろそろ?
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/10/03(月) 18:19:17.15 ID:z3gHwjbS0
今日来るかな?
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/07(金) 17:01:14.73 ID:l2v1Dqjpo
お待たせしました。再開します
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/07(金) 17:17:12.97 ID:dhRJKLXDO
キタ!これでかつる
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/07(金) 19:23:25.41 ID:l2v1Dqjpo
『過去のログデータのラベリング進行状況は現在96%です。
 予定完了時間まであと百三十一分です、とミサカ一〇五〇一号は経過報告をします』

『メモリ最適化ツールの最終バージョンをリリースしました。
 アップデートパッチをストレージからダウンロードしてください、とミサカ一三〇七二号は通達します』

『ログ検索ツールの作成はデータ整理と同時に行っています。完成までしばらくお待ち下さい、とミサカ一〇〇九〇号は報告します』

『それではこれより最終同期テストを行います。状況はよろしいでしょうか、とミサカ一八〇二二号は確認します』

『三十秒待ってください――、――オーケーです。ハンバーガーを食べ終えました、とミサカ一八八二〇号は飲み下し頷きます』

『それではこれより同期テストを行います、とミサカ一九三四八号が代表してアナウンスします』

『同期テストはUTC0600より開始、テスト時間はおよそ二・五秒間です、とミサカ一七四〇三号が確認を取ります』

『総員、十分な演算領域を確保してください、とミサカ一〇八二二号は通達します』

『了解しました、と歩行中だったミサカ一三五七七号は立ち止まり目を瞑ります』

『カウントダウンをミサカ一二〇八三号が行います。十五秒前――十秒前――五秒前、三、二、一――』



『『『同期開始――』』』



『――同期テスト完了しました。九九六八個体において同期成功しました。
 遅延は最大でおよそ〇・〇六六六六八秒、誤差は最大でおよそ五二のマイナス十八乗です、とミサカ一五一一三号は報告します』

『シミュレーションの通りです、とミサカ一〇八四〇号は首肯します』

『ご苦労様』
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/07(金) 20:26:39.22 ID:l2v1Dqjpo
『ネットワーク上の低レベルデータのバックアップは各自でお願いします、とミサカ一五三二七号は通達します。
 十分後より一斉走査、及びラベリングを行います。
 レベルが基準に達しないデータは全て事前通達の通り、削除もしくは高次圧縮を掛けます、とミサカ一五三二七号は再三警告します』

『全個体での観測範囲内の地磁気マッピングが完了しました、とミサカ一四三三三号はデータをアップロードします』

『対学園都市用電脳プロテクトに対するアタッキングルーチンをバージョンアップしました。
 必要な個体は導入しておいてください、とミサカ一九〇〇九号は告知します』

『これよりネットワーク上の全データに対しラベリングを開始します。
 担当の検体番号一七〇〇〇番台は総員作業を開始してください、とミサカ一七〇〇〇号は指揮します』

『データ『雑誌の占い』を削除しました、とミサカ一七四〇三号は作業経過を確認します』

『地磁気マップに対するネットワークの自動最適化パッチを作成します、とミサカ一二四八一号は作業に取り掛かります』

『クラウドデータ『九月三十日』(レベル8)を纏めました、と一七〇〇九号は報告します』

『過去のログデータのラベリング進行状況は現在98%です。
 予定完了時間まであと七十五分です、とミサカ一〇五〇一号は経過報告をします』

『――システムメッセージ、バックアップデータ削除を完了しました、とミサカ一七二〇三号は作業を終了します』
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/07(金) 21:36:43.08 ID:l2v1Dqjpo
『――予定を前倒しして同期を開始してもよろしいでしょうか、とミサカ一三五七七号は尋ねます』

『どうしてわざわざ予定を早めてまで、とミサカ一二四八一号は疑問を返します』

『そもそもまだ幾つかの作業が未完了です。パフォーマンスは十分ではありません、とミサカ一二〇五三号は指摘します』

『いえ、ミサカからもお願いします、とミサカ一八四一三号は努めて平静に要求します』

『具体的な理由を提示してください、とミサカ一九九九九号は眉を顰めます』

『絹旗最愛と接触しました、とミサカ一三五七七号は報告します』

『垣根帝督と接触しました、とミサカ一八四一三号は敵性個体と判断し交戦状態へ移行します』

『予想よりも早いですね、とミサカ一〇〇五〇号は率直な感想を漏らします』
              アドミニストレータ
『ミサカ一八四一三号より暫定上位個体へ。全個体高次同期許可を申請します』

『申請を受理、同期許可。
 暫定上位個体より全『妹達』へ、セントラルを一〇〇五〇号及び一八四一三号へ設定。
 ただし一〇〇五〇号については交戦を認めず。これを海原光貴の試験とする。監督せよ』

『全個体で新バージョンプロトコルの展開を確認、とミサカ一六七七〇号は実況します』

『演算能力追加パッチを滑り込みで完成させました。送信します、とミサカ一二〇五三号はタイミングの良さを自慢します』

『グッジョブです、とミサカ二〇〇〇〇号はサムズアップします』

『分割演算開始。手筈通りに極東エリアの個体は演算補助を行ってください、とミサカ一〇八五四号はナビゲーションします』

『分割演算全工程完了、結合。送信します、とミサカ一三八七四号は中継します』


          Emuレールガン
『展開――――『偽・超電磁砲』を実行します、とミサカはお姉様に倣ってコインを指で弾きます』



――――――――――――――――――――
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/07(金) 21:44:49.42 ID:l2v1Dqjpo



『合一演算完了――』



歌うような呟きを耳に。


      ショット
「――――発射、って暫定上位個体が許可するわ」



彼女は笑った。










直後、学園都市の片隅を流星が翔けた。



――――――――――――――――――――
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/07(金) 21:50:07.00 ID:l2v1Dqjpo
明日でこの幕はラスト。一気に抜けます
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/07(金) 22:02:22.19 ID:xTE87wqDO
久しぶりですね乙
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/08(土) 00:56:26.02 ID:RkbYdIuJo
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/10/08(土) 01:09:45.29 ID:HYL8BCQgo

明日も期待してる
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 21:45:00.34 ID:0NNV7K9wo
それではラストです
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 21:47:38.59 ID:0NNV7K9wo
――――目が覚めた。

何か、夢を見ていた気がする。
けれどどんな夢を見ていたのか。内容は思い出せない。

(――――まあ、どうでもいいか)

きっと、それを思い出せば泣きたくなる。
だから考えない事にした。

既に日は落ち、部屋は暗い。
ここ数日は寝てばかりだった。疲れているのだから仕方ないが。

部屋には他に誰もいない。自分だけだ。
そこだけ世界から切り取られたような錯覚。
自分の立てる僅かな衣擦れの音だけが嫌に耳についた。

時間感覚はとうに狂い、サイドテーブルの上で緑の光を放つデジタル時計でようやく時刻を知る事ができる。
寝過ごしたらしい。もう少し早く起きるつもりだったが。

ぐしゃぐしゃになったシーツを蹴飛ばし、同じようになっていたブラウスを手繰り寄せた。
丁寧にボタンを留め、リボンタイを付ける。
皺の目立つスカートに足を通し、誤魔化すように上からブレザーを羽織った。

部屋に鏡はなく、仕方なく暗い中で手櫛で髪を整える。
それから、ぱちんと髪飾りを留めた。
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 21:50:33.23 ID:0NNV7K9wo
「ん、よし」

頷き、それから彼女は右手で左腕を抱くように胸に寄せ、まるで何かに祈りを捧げるように目を閉じる。

「――――――」

小さく何か囁き、同時、左の手指に口が触れた。



もし神という存在がいたとして。

そんな最低なヤツになんて祈りを捧げる必要はない。



カーテンの開け放たれた大きなガラス窓から見える夜景はちかちかと、まるで満天の星空のようだ。
空は雲が広がっているが、所々に切れ間がある。しかし下界が明るすぎて星は見えない。

壁際、ハンガーに掛けられた黒い上着を手に取り、袖を通す。



何故ならここから先は悉く地獄の底まで一方通行で。

故に、ここには救いも願いも祈りも赦しもなく。

だからこそ、



「――――――さぁ」



ばさりと、黒衣の裾を翻し彼女は発つ。

ようやく、燦然と煌く摩天楼の下に広がる地獄の舞台に。

主演が登場する。
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 21:52:04.38 ID:0NNV7K9wo









            レールガン
「――――行くわよ、幻想殺し」









583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 21:52:55.59 ID:0NNV7K9wo
――――――――――――――――――――

・幕前
(或いは幕前2、終章への序曲、そして)

『えにし』

Closed.

――――――――――――――――――――
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 21:55:47.45 ID:0NNV7K9wo
「――それで、おしまい」

全てを語り終えた御坂は苦笑するようにはにかんだ。

「これって中々恥ずかしいわね。慣れない事はやるもんじゃないわ」

「――――――」

それに答える声は、ない。

彼女の眼前に力なくへたり込んだドレスの少女はぴくりとも動かなかった。

目を見開いたまま、瞬き一つせず、眼球の渇きを防ぐためか涙を滂沱と流しながらも身動き一つない。
その両眼に生の光はなく、彼女の瞳は周囲の光を反射しているだけの鏡でしかなかった。

御坂は暫く彼女の顔をじっと覗き込んでいた後、その頭を掴んでいた右手を離した。

「最後まで聞いてくれてありがと」

それから御坂は彼女に背を向けると、その指先でエレベーターの操作パネルのスイッチを押す。



――――“R”



ゆっくりとモーターが動き出し、連結したワイヤーが重い鉄の箱を暗い坑の底から上へ上へと引き上げる。
対し同等の質量を持つカウンターウェイトが奈落へと沈むように、下へ、下へと降ろされてゆく。
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 21:58:26.66 ID:0NNV7K9wo
「ところでさ」

微かな振動を鼓膜と足裏で感じながら御坂は背を向けたまま彼女に再度言葉を投げた。

「アンタ、名前は? 私まだ聞いてないんだけど」

彼女がその答えを口にすることはなく、代わりに応えたのは酷く簡素な乾いた電子音。目的の階への到着を知らせる機械の声だった。

「……答えらんない、か。まぁそれもそっか」

ごとん、と重い響きを伴って鉄箱の扉が開く。
その先には暗い通路と瓦礫と化した扉、そして――無人の、戦闘と破壊の痕跡の色濃く残る屋上。

「ほらほら、手を繋ごうよ」

御坂は力なく垂れ下がった彼女の手を取り握ると、強引に引っ張った。
それに対し微塵も抵抗しない彼女はそのまま体勢を崩し、そして地球の引力に引かれるままに倒れ――。

ごとん、と鈍い音が響く。
例えるならばボーリングの球を投ずるときのあの独特の音。
重い何かが床面に落下するときのもの。

けれど御坂はそれに頓着する様子など一切なく、手を引くというただ一つの動作だけを実行する。
まるで壊れた機械人形が意思のないままに自動的に動くように。決められた手順のみを絶対の無感情をもって遂行するように。

ずる――ずる――と、弛緩し切った体は重く、それでも御坂は強引に引き摺っていく。

結果として全ての抵抗なく為すがままの彼女は御坂に引き摺られる事となる。
豪奢なドレスは埃と砂に塗れ、擦過によって無数の小さい傷が刻まれてゆく。
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:01:29.95 ID:0NNV7K9wo
御坂はただ前方を向いたまま、引き摺られる少女には目もくれず、誰か――友人にでも語り掛けるような親しげで朗らかな声で問う。

「ねえ、歌は好き?」

ごり、と嫌な音が響く。

本来屋内と屋上とを繋ぐ扉があった場所、崩落した瓦礫の一つに引っかかった少女の体が大きなコンクリートの塊を押し、
同時に彼女の露出した白い腕、肩から少し先の場所に傷が生まれる。

石塊からほんの少し突き出した鋭利な角状の部分が彼女の肌に突き刺さり肉を抉り赤い傷を刻み付ける。

引き裂かれた肉の間からどろりと赤黒い血が溢れ滴る。
粘液質の光沢を帯びた赤い血は白い肌を流れ、腕と床との接触面へと落ちる。

そして引き摺られるたびに画布を絵筆が撫でるように床にその赤い顔料を擦り付け掠れた一本の線を引いてゆく。

「マザーグースって知ってるかな」

繋いだ御坂の右手。
一瞬、その周囲を光の蛇が絡み付くように踊り――同時に手を繋いでいたドレスの少女の体がびくりと痙攣する。

「有名どころだとやっぱりあれよね」

ぎしぎしと少女の体が捩れてゆく。

まるで何かに引っ掛かってしまっているのに無理に機械を動かすように。
ごりごりと『引っ掛かり』を削りながら本来の手順を全く無視して意思の無い機構は命令通りを施行する。

「あ――ア――――」

口の空隙から漏れる音は歯車の軋む音でしかない。

本来想定されていない動きを強要されたために起きる磨耗の響き。
しかし現在彼女を指揮するのは彼女で、この機構にどれだけ歪みが生じようとも痛くも痒くもない。

だから一片の容赦も慈悲も無く、もしかすると目的すらも無く命令のみを下知する。
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:06:32.80 ID:0NNV7K9wo
「Ah――h――」

ドレスの少女はただの無感情に喉を震わせる。

泣くように。笑うように。――歌うように。

「h――a――――ha」

強引に身体を捻り起こし案山子のような態で御坂の隣に立ち上がった彼女は虚ろな双眸から透明な液体を滂沱と流しながらどこか祈りにも似た音色を奏でる。

壊れたスピーカーの吐き出すような声。
ノイズ混じりのそれは音を確かめるように緩やかに揺れた後、一つの高さで安定する。

「Ha――h――hum――」

繋いだ手が離れる。
立ち止まった御坂を背後に少女はドレスの裾を強い夜風に翻し緩慢な動きで平坦な屋上の舞台へと歩みを進め。

「わん、つー、すりー、ふぉー♪」

夜闇に紫電が幽かに閃き、軽快な手拍子は空気の爆ぜる音を伴って打ち鳴らされる。

そして――。





「――はンぷーてィだンぷーてィさっとンなーうォーる♪」





少女の口から歌が流れ出る。

ぎくしゃくとしたその動きとは裏腹に滑らかに紡がれるそれは、けれど韻を無視した妙なアクセントで。
そしてどこか子供じみた音色をしていた。

異国の童歌の調べを口ずさみながら彼女は仕掛け時計の人形のように直線的な動きで歩みを進める。

真っ直ぐに――屋上の端に向かって。
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:09:19.49 ID:0NNV7K9wo
彼女の歩みの向かう先には簡素な鉄柵が敷かれている。

だが一箇所だけ外側へ巨大な力で捻じ切られ飴細工のようにぐにゃりと歪曲し引き千切られた空隙がある。
真新しい破壊の痕跡の先にはぽっかりと夜の闇が広がり、暗黒がそこに満ちていた。



「はンぷーてィだンぷーてィはっだーぐれーふぉーる♪」



その背中を御坂は数歩遅れて追いかける。

華やかなドレスとは対照的に地味な黒の学生服は闇に溶けるように輪郭を曖昧にし、
先を行く少女の影のように付かず離れず一定の距離を保ったままその後に続く。



「おーざきンぐずほーしーざンどーざーきンぐずめーン♪」



石舞台の階に立つ彼女の纏うドレスはを吹き上げる風にはためき翻り音を立てる。

それはまるで万雷の拍手のようで――。

そして。彼女の口から最後の節が奏でられるその直前に。




   どうやったって元には戻せない
「couldn't put Humpty together again♪」





――とん、と細い右手が少女の背を突き飛ばした。
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga !red_res]:2011/10/08(土) 22:11:17.92 ID:0NNV7K9wo



































――――――かしゃん。
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:12:38.63 ID:0NNV7K9wo




















「へえ。本当に卵が割れるみたいな音がするのね」
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:13:44.15 ID:0NNV7K9wo
――――――――――――――――――――

              終幕

           『みさかみこと』

――――――――――――――――――――
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:30:55.34 ID:0NNV7K9wo



「それで結局、アンタは何がしたかった訳?」


593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:31:22.77 ID:0NNV7K9wo



「何も?」


594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:32:55.89 ID:0NNV7K9wo



「何よそれ。結局、訳分かんない……とも言えないか」


595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:33:55.99 ID:0NNV7K9wo



「当麻がいない世界なんてどうでもいいわよ」


596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:34:29.36 ID:0NNV7K9wo



「ああ、つまりアンタは――」


597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:35:23.68 ID:0NNV7K9wo



「幸福も不幸も、いらない」


598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:37:13.88 ID:0NNV7K9wo





――私が欲しかったのは最初から一つだけ。



       だから他の何もかも全部、いらない。




599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/10/08(土) 22:38:08.17 ID:0NNV7K9wo

   御坂「もう、いいや」
   http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1318080321/
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/09(日) 00:07:09.18 ID:7eTBbLux0
>>1
カーテンコールになるまで応援するよ
601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/09(日) 00:11:44.13 ID:5Ya0ul9so
お疲れさま。
ここで心理定規も退場か。
復讐の標的は、あと垣根と麦野かな
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/10/09(日) 00:38:40.13 ID:04Z3uBWT0
すげぇ
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/10/09(日) 03:13:55.07 ID:JaxW/LQG0


相変わらず、凄まじい文章力…

こっちのスレにはもう書かないの?
ここでHTML化か?
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/09(日) 03:23:45.22 ID:IY+XuREbo
今だから言うけどスレの残高100間違えてたなんて
まあ、どれくらいの長さになるか分からないんで大事を取って4スレ目ってことでひとつ

まさか総数の半分近くが過去編になるとは思ってもいなかった次第で

ともあれあとは墜落し尽くすだけ
最後までお付き合いいただければ幸いです
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/10(月) 22:05:09.87 ID:SwIMn3Ggo

スレの残高って容量のこと?
SS速報って500KBじゃなくて無制限じゃなかった?
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/10(月) 22:30:15.01 ID:opIQM1odo
>>605

>>542
>>そしてここで残念なお知らせです

>>残り350レス、収まりそうにありません

多分これのことでしょ?
542+350=892で本当は100余るのに、642+350で足りないと勘違いしたとか。
でも350レス投下すると、連続ならともかく、間が空くと読者の乙レスとかで、
すぐ100レスぐらい消費してしまうと思うよ。
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