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沙織「京介先輩」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆XUsplk79ik [sage]:2011/05/21(土) 03:18:17.96 ID:T7c1uQOho
>>1が京介の学校に沙織が入学してきたらというIFもののSSです。
※時系列的には5巻前からで、他のキャラの立ち位置は基本的に変化ありません。
(黒猫も後輩で桐乃はアメリカなど)
※基本的に京介と沙織を軸に書くつもりなので苦手な方はご注意。
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(・ω・) @ 2025/04/01(火) 06:02:48.47 ID:9EGjLzPQO
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【遊戯王SS】デスガイド「A.うれしいから(使われるとうれしくないあたりまえだろ)」 @ 2025/04/01(火) 02:15:03.50 ID:ao/gLU/u0
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〜魔王城〜 男「死にたくない……。せや、命乞いしたろ」 @ 2025/03/31(月) 03:45:31.74 ID:MXp56eHz0
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/21(土) 03:18:57.73 ID:T7c1uQOho
新年度の始まり、始業式。
特に何ということもなく校長の話を聞き流し、五十音順に配置された机に腰を下ろす。
担任の儀礼的なお言葉を終え、それぞれが帰途へと動き始めた。俺も席を立ったところに左から麻奈実が話しかけてきた。

「えへへ、今年も同じクラスだねきょうちゃん」
「ああ、そうだな」

にこにこと笑顔に話してくる麻奈実につられて俺もふっと口元を緩めた。こいつの通常営業っぷりはいつも俺を安心させてくれる。

「桐乃ちゃん、アメリカに行っちゃったんだよね。やっぱりさみしい?」
「まさか。この一月せーせーしてるさ」
「本当に?なんかきょうちゃんいまいち元気に見えないから」
「全くだな。俺だったらショックで1週間は飯が喉を通らん」

俺の右前から赤城が話に加わってきた。

「……いきなり話に割って入るな赤城。このシスコンが」
「ん?シスコンはお互い様だろ?この前の秋b」
「あああわかったわかった!そこまでにしてくれ頼むから」
「ほえ?」

この兄馬鹿の残念なイケメンのせいでどっと疲れが沸いてきた。
麻奈実は事の次第が掴めずに俺と赤城の顔を見回している。こいつだけはこのままであってほしいものである。
このまま詮索されても面倒臭いので俺は強引に話をまとめに入った。

「まあそれはそれとして、だ。ちょっと今日は用事があるんで俺はもう帰るわ」
「あ、じゃあ一緒に帰ろっかきょうちゃん。赤城くんは?」
「俺はサッカー部の集まりがあるんでな。二人は仲良く帰ってくれ」
「そっか、じゃあな」
「おう」

赤城と別れると、俺と麻奈実は学校を出て家の方向へと歩き出した。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/21(土) 03:19:28.01 ID:T7c1uQOho
「ねえ、今日は用事ってなんなの?」
「ちょっと他校の友達と遊ぶ約束をしててな」
「ふーん?」

怪訝そうな顔をしてくる麻奈実。別に嘘はついていないのだが、不思議とこういう時の麻奈実は妙に勘が良くて威圧感がある。

「まーいいや。きょうちゃんのことはわたしが一番良く分かってるからねー。
桐乃ちゃんがいなくてとってもさびしがってる、ってこともね」
「――はっ、まさか。なんであんなバカ妹に」
「そこで強がるのも、ね」
「……言ってろ」
「ふっふっふー」

自信満々に笑う麻奈実に対して俺はやれやれと肩をすくめた。あんな妹のことなんか毛ほども気にしちゃいねえってのによ。
そこからは特に会話もなく分岐路で麻奈実と別れ、俺は家へと帰った。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/21(土) 03:20:05.68 ID:T7c1uQOho
「ただいま」
「おかえり京介。お友達が見えてるわよ」
「ああ、わかった」

お袋の話を聞くと俺はそのまま階段を上って部屋のドアを開けた。

「おお京介氏。お邪魔しておりますぞ」
「……ふっ。既にこの場は我が領域(テリトリー)と化しているわ。よくも入ってきたものね」
「いや、俺の部屋だしここ。なんでそんなにくつろいでんのさお前ら」

そこにはベッドに寝転ぶ黒猫とガンプラを組み立てる沙織がさも当然のように居座っていた。

「そんな事言って京介氏もまんざらでもないんでござろう?こんな美少女2人に居座られて」
「どんな美少女だって人のプライベート空間侵食されて良い気はしないっつーの」
「ここが集約軌道(ラグランジュ・ポイント)なんだから観念なさいな」
「やれやれ……」

俺は呆れつつ頭を掻いた。黒猫の言葉を訳すと要するにここが皆が集まるのに一番都合がいい場所ということだ。
前なら桐乃の部屋がそうだったのだが、それがそのままシフトした結果がこれである。

「……で、今日は何をするんだ?」
「それがですな、今日は拙者と黒猫氏でちょっとしたコスプレをしてみようかと思いまして」
「コスプレ?」
「ええ。京介氏、ちょっとどこか空いた部屋を貸していただけませぬか?」
「この階に空き部屋がひとつあるが……」

一応桐乃の部屋の鍵を預かっていたりもするのだが、そんなこと言ったら絶対ろくでもないことになりそうなので黙っていた。

「ではそこをお借りしまする。では黒猫氏、行きましょう」
「ええ」

沙織たちが出て行く際にちらりとにやっとした笑みを浮かべたのを不思議に思いながら、俺は2人が着替えてくるのをベッドに座りながら待った。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/21(土) 03:21:04.07 ID:T7c1uQOho
しばらくするとドアからノックが聞こえてきた。黒猫のつんとした声が扉の向こうから届く。

「……入るわよ」
「おう、いいぞ」

しずしずとドアが開くと、そこに入ってきた2人の姿に俺は驚愕した。
黒のブレザーに紺のスカート、白いワイシャツに黄色いリボンがアクセントになっている。すなわち、

「うちの学校の……制服!?」
「ふっふーん。どうぞ京介氏、似合いますかな?」
「……ああ。すっげえ似合ってる」
「……そ、そんな素直に言われるとちょっと恥ずかしいわね……」

けらけらと笑う沙織と顔をほんのり赤らめる黒猫の姿は、俺にとってとても嬉しいサプライズだった。
それ以上のサプライズが待ち受けているとはこの時は知る由もなかったが。

「うちの学校、入学するのか?」
「はい、そうでござる。拙者も黒猫氏も、この度京介氏の高校に入学する運びとなりました候」
「別にあなたがいるからではないのだから。勘違いしないで頂戴」
「そりゃそうだろうけどさ、嬉しいよ。お前らと1年間でも一緒に学生生活が送れるってのは」

本心からだった。あんな妹だったが、やっぱり俺は寂しいと感じていたのは認めたくないが事実だったらしい。
あいつはアメリカでうまくやっているのだろうか。器量良しのあいつだ、きっとうまくやっているんだろうな。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/21(土) 03:22:22.50 ID:T7c1uQOho
「桐乃にも見せたかったな」

そう俺がぽろっと口に出した一言が契機となった。

「……そうですね。本来ならきりりん氏にも一緒にお見せしたかったのですが……」
「……沙織?」

俺と黒猫が急に曇った沙織の顔を怪訝そうに見つめる中、沙織は意を決したように俺たちを見返してきた。

「……実は、皆さんにもうひとつお見せしたいものがあるんです」
「へえ?いったい何を――、っ!?」

皆まで言い切る前に俺は絶句した。
沙織はしゅるりと後ろで束ねていた髪をほどき、”沙織=バジーナ”たる象徴の瓶底眼鏡をすっと外した。
アッシュグレーの細やかな髪が腰までたなびき、その綺麗な瞳が露になり――とてつもない美少女が姿を現した。
彼女は言葉の見つからないままの俺たちに恭しく一礼をした。


「槇島沙織と申します。京介先輩、瑠璃さん、改めてご挨拶を申し上げます」
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/21(土) 03:24:16.98 ID:T7c1uQOho
短いですが今回はここまでです。
ちょっとリアルに多忙な上に初スレで恐縮ですが少しずつ書いていきたいです。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) :2011/05/21(土) 03:24:45.28 ID:9FpTvHVTo
いいよ〜つかみはおk
9 :sage :2011/05/21(土) 03:30:44.09 ID:lUnKSPeb0
期待
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/21(土) 03:31:40.35 ID:lUnKSPeb0
俺は馬鹿かwwwwww
改めて期待
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2011/05/21(土) 07:02:43.14 ID:LoefzCt+o
原作じゃさおりんのターンなんか来る気しないからなぁ
これは期待せずにはいられない
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 08:59:28.07 ID:wGdX62DAO
期待。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/21(土) 10:47:52.34 ID:yinB3MvU0
沙織スレに外れなし
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 12:17:59.78 ID:b3QNtFGg0
沙織が京介の学校に、だと……?

これは期待するしかないな。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/05/21(土) 14:35:22.15 ID:IZGkfDpAO
>>1が京介の学校に

えっ

期待
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 23:06:14.43 ID:v+NgxRxio
長く深く続けてくれ
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/05/21(土) 23:50:15.46 ID:XMCk9lpk0
期待
18 :1 ◆XUsplk79ik :2011/05/24(火) 02:14:12.09 ID:qP0bOrPZo
沙織から名乗りを上げられた後も、俺と黒猫はしばらくの間金縛りから解けなかった。

「あ…?あ…?」

まるで自分の気功を全て無効化された古武術の外人のように俺は二の句を継ぐことができなかった。
そんな俺の硬直をよそに沙織は不思議そうな目をして俺にずずいと近づいてきた。

「京介さん?いったいどうかしましたか?」
「う……あ……」

情けないと笑うか?それならそれでも構わないさ。
とにかく今の俺には某風来人のゲームでマムルがあなぐらから洞窟にレベルアップしたような衝撃を受けていた。
今まで特に意識していなかった沙織の髪の繊細さ、匂いが俺の鼻腔をくすぐり、さらに俺の感覚を麻痺させていく。
そんな俺の動揺ぶりに気を良くしたのか、沙織はちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて、口元をいつものωのように歪ませた。

「んーさては京介さん、わたしの美貌に見とれてしまったのでござるな?」

胸に手を重ねて満面の笑みを浮かべるこの女に、俺はとても反論する気概は沸かなかった。
だからと言うべきか、全く意識しない内にいつもなら決して言わない言葉がこぼれてしまったのだろう。

「……あ、ああ。まさか、沙織がこんなに綺麗だったなんて、思わなくて……」
「えっ……」
「……え?あ、その、今のはだな……」

口にしてからさっと血の気が引いた俺と、耳にしてからかあっと耳まで真っ赤になった沙織は非常に対照的だったかもしれない。
逆に冷静になれたのは怪我の功名と言うべきだったろうが、俺は次にかける言葉が見当たらず、沙織も口元を押さえながら俯いてしまって互いに手詰まりだった。
そう、脇の黒猫を除いて。

「……ちょっと、私を無視して勝手に盛り上がらないで頂戴」
「痛ってえ!?」

手をぎゅっとつねられると同時に脛を思いっきり蹴られ、俺は痛みと共にはっきりと我に返った。

「貴女も色ボケしてないで説明しなさいな。突然こんなことをするからには、何かしら訳があるんでしょう?」

つねった手を俺から離すと黒猫はベッドにすとんと腰を下ろし、足を組みつつ胸の前から流れるように掌を沙織の方に促した。
こういう仕草が様になるのも黒猫の邪気眼たるゆえだろうか。
沙織もまたベッドに腰を下ろすと、ひとつ大きな深呼吸をしてこちらに目線を向けてきた。
19 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/05/24(火) 02:15:15.14 ID:qP0bOrPZo
「じゃあ、ひとつずつ順を追って質問していくぞ。まず、どうして俺たちにその姿を見せてくれたんだ?」
「それは……きりりんさんが渡米してしまったから、でしょうか」
「……どういうこと?」
「わたしが”本当のわたし”を隠していた――”友達に隠し事をしていた”ままきりりんさんはいなくなってしまいました。
わたしに何の相談もしてくださらなかったことも悔しいですが、それ以上にわたしは自分自身が許せなかったんです。
だから、京介さんと瑠璃さん、2人にはせめて今のうちに本当のわたしを知ってもらいたかった」

そう答えると再びしょんぼりと沙織は目を伏せた。こいつが桐乃をどれだけ大切にしてくれていたのかが窺い知れて少しだけ俺は顔をほころばせた。

「……では、その『織天使形態(セラフィムモード)』があなたの言う”本当のわたし”なのかしら」
「そうですわね。――厳密に言えば、今のわたしでも必ずしもそうともいえないかもしれませんが」
「厳密に言えば?」
「はい。みなさんが良く知る『沙織=バジーナ』をはじめとして、わたしはかけるメガネや服装などでその”キャラ”になりきることができるのです。
ですから、今のわたしは『学生としての槇島沙織』というキャラを無意識に演じているかもしれませんし、それはもはやわたし自身でも区別がつかないぐらい混じり合っています。
さながらシュレディンガーの猫のごとく、どれもわたしでどれもがわたしでないかもしれない、ということです」
「ややっこしい話だな……でも、少なくともバジーナよりは今のほうが”素”に近いってことでいいのか?」
「それは、そうですね。本来のわたしは引っ込み思案の恥ずかしがり屋なんです。自分で言うのもなんですが……」

『……ですから拙者、普段はもう少し、大人しい女の子なのですよ?』
だったか。まさかこれほどとは思っていなかったが……大したタマだよ。
20 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/05/24(火) 02:15:50.82 ID:qP0bOrPZo
「もちろん、きりりんさんにこの姿をお見せしていたとしても彼女が決心を揺らしていたとは思えませんが、少なくともわたしは全てのカードを見せていなかった。
だからこそ、話が戻りますが先輩たちにはこの姿をお見せしておきたかったのです」
「……そう。あの子が聞いたらさぞかし喜ぶでしょうね。だって、私がこんなにも喜んでいるのだから」
「瑠璃さん……」
「貴女が私を誘ってくれなかったら、私はあの子にも、先輩にも邂逅できなかったわ。
そんな貴女がそれほどの覚悟を秘めていたなんて、嬉しくないわけがないじゃない」
「俺からも同感だな。桐乃と俺をこんなに充実させてくれたのは紛れもなくお前の功績だよ」
「そ、そんなこと言われたら……私……」

俺は手近なところにあったハンカチを沙織に投げ渡した。
そのまま放っておいてもよかったのだが、そんな湿っぽい雰囲気で長居するのも嫌だったので、よせばいいのに俺は敢えて地雷を踏むことにした。

「ところでさ、沙織」
「は、はい。なんでしょうか……」

「そのさ、ハダカになったら沙織のキャラってどうなるのかな?」


瞬間、空気が凍りついた。
潤んでいた瞳がみるみる光彩をなくし、ひきつらせた笑いを浮かべながらゆらりとこちらに近づいてきた。
黒猫も養豚場の豚を見るかのような冷たい目でこちらを突き刺してくる。

「京介さん……」
「は、ははは……」
「いっぺん死んでください!」

笑顔のまま鬼のオーラを纏った沙織に突然両足を掴まれたと思った瞬間、俺の視界の上下が反転し、床に叩き付けられた。

「世に言う真空投げ……見事だわ」

黒猫のそんな寸評を耳にしながら、俺の意識は暗転していったのだった。
21 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/05/24(火) 02:16:33.74 ID:qP0bOrPZo
「もちろん、きりりんさんにこの姿をお見せしていたとしても彼女が決心を揺らしていたとは思えませんが、少なくともわたしは全てのカードを見せていなかった。
だからこそ、話が戻りますが先輩たちにはこの姿をお見せしておきたかったのです」
「……そう。あの子が聞いたらさぞかし喜ぶでしょうね。だって、私がこんなにも喜んでいるのだから」
「瑠璃さん……」
「貴女が私を誘ってくれなかったら、私はあの子にも、先輩にも邂逅できなかったわ。
そんな貴女がそれほどの覚悟を秘めていたなんて、嬉しくないわけがないじゃない」
「俺からも同感だな。桐乃と俺をこんなに充実させてくれたのは紛れもなくお前の功績だよ」
「そ、そんなこと言われたら……私……」

俺は手近なところにあったハンカチを沙織に投げ渡した。
そのまま放っておいてもよかったのだが、そんな湿っぽい雰囲気で長居するのも嫌だったので、よせばいいのに俺は敢えて地雷を踏むことにした。

「ところでさ、沙織」
「は、はい。なんでしょうか……」

「そのさ、ハダカになったら沙織のキャラってどうなるのかな?」


瞬間、空気が凍りついた。
潤んでいた瞳がみるみる光彩をなくし、ひきつらせた笑いを浮かべながらゆらりとこちらに近づいてきた。
黒猫も養豚場の豚を見るかのような冷たい目でこちらを突き刺してくる。

「京介さん……」
「は、ははは……」
「いっぺん死んでください!」

笑顔のまま鬼のオーラを纏った沙織に突然両足を掴まれたと思った瞬間、俺の視界の上下が反転し、床に叩き付けられた。

「世に言う真空投げ……見事だわ」

黒猫のそんな寸評を耳にしながら、俺の意識は暗転していったのだった。
22 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/05/24(火) 02:18:08.57 ID:qP0bOrPZo
なんか>>20>>21が重複になってしまいました、すいません。

――――――

「ん……」

俺が目を覚ました時にはもう日が落ち始めており、直後にベッドに寝かされているのに気がついた。
沙織と黒猫は帰ったらしい。さすがに膝枕なんてそんな崇高なものがあるわけないとわかってはいたものの、少し残念に思う。
体を起こすと、机の上に置手紙が置いてあったのに気がつき、手に取って読んだ。

『京介さんへ
先程はやりすぎてしまいすみませんでした。本当はもう少し色々と話したかったのですが、京介さんがなかなか目を覚まさなかったのでやむなく帰らせていただきます。
ありのままのわたしを京介さんに見せていられるよう頑張りたいので、よろしくお願いします  沙織』


「……こちらこそ、よろしくな」

誰よりも気が利いて、誰よりも勇敢で、誰よりも臆病な女の子。
そんな子が俺の後輩になるというなら、精一杯先輩として後押ししてあげたい。俺は心からそう思ったのだった。
23 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/05/24(火) 02:20:37.73 ID:qP0bOrPZo
投下終わりです。
シリアスにギャグを混ぜるのって本当に難しい……
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/05/24(火) 02:30:59.52 ID:MEo4lGwso
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/24(火) 07:03:32.57 ID:LEE93tCw0
乙だよ!

そこから先を楽しみにしてるよ
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/25(水) 17:15:29.36 ID:wQKhuyNSO
乙!!

ホントに、裸になったらどうなるんだろう…
27 :1 ◆XUsplk79ik [saga]:2011/05/27(金) 03:03:03.64 ID:7vXr+WmVo
翌日、入学式の朝。
俺は2個つけた目覚ましに呼び起こされ、眠い目をこすりながら制服に着替え始めた。
母親に用意されたトーストと卵焼きをほおばりながら、空いた左側の空間をちらりと見やった。
あいつとは朝練の関係で登校時間が噛み合う事はまずなかったが、それでも意識しないうちにあいつのいたスペースを見てしまうことに俺は呆れを隠せなかった。
――自分では認めたくないんだけど、な。
悔しいが俺は桐乃がいないことに一抹の寂しさを感じずにはいられないようだ。そりゃあれだけ世話を焼いた相手だ、忘れたくても忘れられないんだ。そういうことにしておく。
そうして朝食を平らげ、歯を磨いている途中に思いがけなくチャイムが鳴った。

「京介、玄関見てきてー」
「ふぁーい」

歯をしゃこしゃこ磨きながら俺は玄関へと足を向けた。いったいどなただ?
こんな朝っぱらに来訪するのはまず俺の関係者はいないはずだ。
万一考えられるのは麻奈実だが、あいつは登校途中でしょっちゅう顔を突き合わせているし、わざわざこっちまでくる理由がない。
そんな考えを巡らせながらドアを開けてみると、

「おお、おはようございます京介氏。今日はすがすがしい朝でござるな」
「……おはようございます、先輩」

危うく歯磨き粉を噴出すところだった。
そこには言うにも及ばず、うちの制服を着た沙織と黒猫が佇んでいたからだ。

「うぉ、うぉまへら、どうひへほほひ」
「まあまあ拙者らのことはお気遣いなく、まず準備を整えて来て下され。いきなり押しかけた拙者らが待つのが当たり前でござる」
「……お邪魔します」

突然のことに歯磨き中の口をもごもごさせる俺に対し、2人はずずいと玄関の中へ入って来た。
俺は慌てて口をゆすぎ、自分なりに髪を整えて仕度を済ませた後に玄関前に戻った。

「すまん、待たせちまったか?」
「……なんであなたが謝るの」
「悪いのは拙者らでござるのに京介氏は相変わらずお優しいでござる」
「ほめても何も出ねーぞ。行ってきます!」

最後の言葉はリビングにいる両親に向けたものだ。この状況でいろいろと詮索されても面倒くさかったので、とっとと家を離れて学校に向かうことに決めた。
28 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/05/27(金) 03:03:43.34 ID:7vXr+WmVo
「……で、なんでわざわざ家になんてやってきたんだ?」

俺がこいつらが来たときから思っていた疑問をぶつけてみた。

「拙者が黒猫氏に言い出したのですよ。『せっかくの入学式で同じ学校なのだから、先輩と3人で初登校をしたいですな』と」
「……私は別にいいって言ったのに、この娘があまりにしつこかったから仕方なくよ」
「またまた、素直じゃないんだから。ねえ、るりちゃん?」
「……っ、そんななれなれしい呼び方をしないで頂戴」

……仲いいな、お前ら。そんな微笑ましいやりとりを見ながら、俺は次の質問を沙織に尋ねる。

「しかし、そういえば沙織はどこに住んでるんだ?」

黒猫の家は割と近場にあることは知っている。以前桐乃と一緒に遊びに行って、その妹たちに対して桐乃が発狂したのは良くも悪くも印象深い。

「ああ、それは秋葉原のマンションです」
「へー秋葉原の……なにィ!?」

沙織にそんな資本力があったとは初耳だった。いや、そういえばこいつの本名は……

「沙織、おまえの苗字の『槇島』って……」
「ええ。お察しの通り、あの『MAXIMA』でござる」
「や、やっぱりあの一大企業のか!?」

苗字を聞いたときから何かが引っかかっていたのはこれだったのだ。掛け値なしのご令嬢だったというわけか、こいつは。
今のこいつからはとても想像はできねえがな。

「よくもまあうちの高校なんぞに来るのを許してくれたもんだな」
「さすがに二つ返事とまではいきませんでしたが、熱心に説得を続けた結果、どうにか許してもらえたのでござる。
その分習い事はきっちりこなせと釘は刺されましたがな」
「……信頼されているのね」
「父上や母上は厳格ですが理解のある方々ですから。”わたし”も両親は心から尊敬していますし、愛していますわ」

一瞬沙織の口調が素に戻ったことで、俺の気になっていたことがようやく思い出した。

「そういえば沙織、学校でもその”バジーナ”姿で通すつもりでいるのか?」

一瞬考える素振りをして沙織は答えてきた。

「素顔のままでいると人前では恥ずかしいですし、それに……”いろいろと”面倒なので。
しばらくはお二方以外の人にはこの格好で通すつもりですよ。意識をすれば、こうして普通にもしゃべれますし」

そう語る沙織の表情はどこか憂えげだった。これは俺の直感だが、素顔でいることで沙織は何かと嫌な思いをしてきたのだろう。
何せ、あの美貌だ。度合いの強弱はあれ、言い寄って来る男は枚挙に暇がなかったに違いない。

「……そっか。俺らだけの『秘密』ってことだな?なんだか嬉しいな」
「……ふふっ。そうね。あの女が聞いたら悔しがるわよ」

そう俺たちが言うと、沙織は珍しく顔を赤らめて微笑んでくたのだった。
29 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/05/27(金) 03:05:14.52 ID:7vXr+WmVo
そして3人でしばらく歩きながら雑談していると、脇道からいつもの見知った幼馴染がとことこ小走りでやってきた。

「きょうちゃん、おはよっ」
「おう、おはよう麻奈実」

小走りで来たせいか、麻奈実は息を軽く深呼吸していた。
そういえば、こいつらは麻奈実とは初対面だったっけ。俺は麻奈実を紹介しようと横にいる2人のほうを振り向いた。

「紹介するよ、俺の幼馴染の麻奈実だ……?」

そう伝えると、2人の後輩の表情がありありと変わるのが見て取れた。
困惑、動揺――そして不愉快といった気配がオーラとなって見えそうになるぐらい、2人の表情ははっきりとしていた。対照的に。

「くっ……出たわね、ベルフェゴール……!」
「……ふふっ。麻奈実さん、ですか……『あの』……」

黒猫はまるで桐乃のごとく悔しさを滾らせたような顔をしているが、沙織は顔文字にすると^_^のような感じで恐ろしくにこやかだった。そう、不自然なほどに。

「え、えーと……」
「初めましてっ。田村麻奈実ですっ」 にこにこ。
「……五更瑠璃です」          ぐぬぬ。
「槇島沙織ですわ」            にっこり。

こ、怖えええーっ!!
同じ笑顔なのに、麻奈実と沙織の笑顔の質は明らかに別物だった。
言い方は悪いが、沙織の笑顔には間違いなく黒い波動が見え隠れしている。慇懃無礼という四字熟語がこれほど似合う佇まいもあるまい。
しかし、なんでこんな状況になってるんだ?初対面だろ?
30 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/05/27(金) 03:06:25.54 ID:7vXr+WmVo
「これから1年、よろしくねっ」
「桐乃さんからお噂はかねがね聞いていますわ。宜しくお願いいたします」
「……よろしく」

黒猫の方はもはや話すのも億劫と言わんばかりにぞんざいな口調だった。それに比べれば沙織はまだマシな対応だが……
俺はちょっと黒猫と沙織の肩を掴んで麻奈実に聞こえないように小声で言った。

「……お前ら、どれだけ桐乃に変なこと吹き込まれたんだ……?」
「…………………………別に」
「…………なんのことですか?わたくしにはさっぱり……」

にっこり。
ああ、こいつ間違いなく怒ってる。口調も安定してないし。
昨日の沙織の怒り方と照らし合わせても、沙織はこういう『笑顔で怒る』タイプなのだろう。要するに、背中にいるあいつと同じなのだ。

「だったら、何がそんなに」

気に入らないんだ。そう言いかけた時に、沙織が俺の口を手で唐突に塞ぎ、手をぎゅっと握ってきた。

「ぐむっ」
「あ、ああそういえばわたしたちちょっと用事がありました。なので少し京介先輩をお借りしますね。行きましょう、瑠璃さん」
「……ええ」
「そうなの?じゃあねーきょうちゃん」

半ば拉致に近い状況にも気付かぬまま麻奈実は悠長に手をぶんぶん振っていた。麻奈実ェ……



「いったいどういうつもりなんだ?」

いきなりの強引過ぎる手法に俺は若干キレ気味に沙織を詰問した。

「え……えっと、その……すみません。あの麻奈実さんの京介さんにとても親しげな態度を見ていたら、ついカッとなって……わたしの、わたしたちのグループの京介さんを取られてるみたいな気分になって……せっかくわたしたちの初登校だったのに……すみません」

途切れ途切れに呟く様子はまるで悪戯がばれた子供のようでちょっと心が痛んだが、それはそれとしてきちんと言い分は言うべきだろう。

「別に麻奈実だって思惑があって俺に話してきたわけじゃない、あれはいつもの事だったんだ。
お前たちのことをぞんざいに扱うわけじゃないし、俺にも高校生としての繋がりがある。それはわかるだろ?
だからああいうことはもうしないでくれな」

俺はしゅんと顔を下げた沙織の頭をそっと撫でた。相変わらず目線は伺えないものの、沙織が心なしか嬉しそうにしていることはなんとなくわかった。

「はい。ありがとうございます、京介さん」
「よし、じゃあこれで話は終わりだ。行こうぜ」

そう言って俺は沙織と黒猫の肩を叩き、中央に陣取って少しの間だけ両手に花の気分を味わった。

思えば、この時のが沙織の秘めた異常さの片鱗だったのかもしれない。
31 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/05/27(金) 03:07:50.78 ID:7vXr+WmVo
投下終わり。一向に話が進まないなぁ……
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/05/27(金) 06:23:59.53 ID:4D0AyBQAO
制服にぐるぐる眼鏡とか、想像しただけで笑えるんだが。
まあ沙織ならいじめられたりはしないのかな?ちと不安だ。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/05/27(金) 07:18:55.61 ID:McWd07fAO
乙。

黒猫がぼっちになることはないとして、なんか沙織さん不穏だな
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2011/05/27(金) 07:32:02.70 ID:YnjhJgnRo
まさかのヤンでる展開w
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/05/27(金) 08:20:21.19 ID:DeXq7hRL0
乙ね…

早くも期待以上じゃね?
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/27(金) 09:01:23.88 ID:K6meyif20
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) [sage]:2011/05/27(金) 23:49:49.26 ID:SvSFD/bwo
よく判らなかったんだけど、沙織はいつものグルグル眼鏡掛けて登校してるってこと?
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/28(土) 16:06:18.66 ID:XWfiQ4aAo
ゲー研に入るのかね
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage saga]:2011/06/02(木) 05:27:04.28 ID:jHAEKRIxo
乙です。
最後の沙織がなんか某元ニートの憂鬱に出てくるいくみんみたいだな、とか思った。
沙織が若干黒いけども、今後それがどう影響してくるのか期待。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/08(水) 22:53:25.79 ID:NNAwwbNOo
絶望先生のロリ千里とキタ姉かわいい
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/08(水) 22:54:07.47 ID:NNAwwbNOo
誤爆
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/06/09(木) 00:25:22.24 ID:dijkIeoAO
>>40ワロタwwwwww
今週のマガジンかよwwwwww
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/17(金) 02:35:42.14 ID:bwVrSJJno
まだかいな
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/06/20(月) 08:50:41.45 ID:93iYM0ox0
来てねーじゃねーか
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/28(火) 00:35:44.35 ID:E4QhhJUSO
マダー?
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/01(金) 04:14:09.07 ID:lCb4JDlRo
書かねぇならそう言えよks
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/07/01(金) 17:33:31.64 ID:rENCLHOAO
誰か書ける奴いないのか?
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/30(土) 01:23:57.64 ID:KNWjjWRSO
もう来ないのか
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/30(土) 10:45:40.41 ID:Jv1oHDM6o
書かないならHTML依頼出せよハゲ
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/05(金) 17:06:25.94 ID:SxZFnDtTo
どうすんのこのスレ
51 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/08/26(金) 01:21:23.18 ID:ZlmOa/2+o
気がついたら3ヶ月規制目前……すまない……

ようやくモチベが戻ってきたので少しだけ細々と再開します。
52 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/08/26(金) 01:22:30.88 ID:ZlmOa/2+o
「……ふん、あなたには関係のないことよ」

入学式を終えた週の土曜日、いくらか日にちが経ってからの集まりで俺はかねてより聞きたかったこと――黒猫の高校生活――について聞いてみた。
結果はご覧の有様だ。まあ……なんとなく予想はついてたけど、やっぱり芳しくはないみたいだな。
こいつ、どう見ても桐乃みたいに割り切れる性格じゃないし。

「私にはあんな俗物共に付き合っている暇はないのよ。お生憎様、こっちから願い下げよ」
「お前なぁ……」

いろいろ言い聞かせてやりたい面は多々あったが、そんな事を言ったところでこいつがそう変わるとも思えん。
俺は釈迦に説法とばかりに矛先を変え、意味もなくにっこりしている女神の方へと向き直った。

「……で、実際のところどうなんだ沙織?どうやら同じクラスになったようだが」
「ええと……そうですね……」

ちらりと黒猫の方を一瞥して言葉に詰まる沙織。

「二人組になる時は大抵わたしと組んでますわね。わたしも瑠璃さん以外とはそんなに親しいわけではありませんし」
「ふうん……というかお前学校だとアレなんだろ?お前はお前で俺は心配なんだが」
「ふふっ、ありがとうございます。安心してください、敵を作らない程度に立ち回るのには慣れてますから」

少し憂いを秘めた目を恭しく下げる。俺が心配なのはあの瓶底で沙織が変人だと思われてないかということだったんだが、どうやら要らぬ心配だったようだ。こいつ自身が変人なのだから。
53 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/08/26(金) 01:23:31.40 ID:ZlmOa/2+o
「ま、すると今のところは沙織のおかげで不自由はしてないってところか。本当すまないな沙織」
「……いらぬおせっかいだって言うのに。この巨人(ヨツン)ったら」
「いえいえ。大切な友達のために力になるのは当たり前ですわ」

そうにっこりと微笑むと、俺と黒猫は揃って顔を紅くした。
やばい、こいつにそういう顔をされるとパワーがダンチすぎる!

「し、しかしそりゃ問題だな。えっと、その……」

いかん、話を逸らそうとしてみたものの上手い返しが思いつかん。

「そ、そうだ。他に趣味の合いそうな奴を探してみればいいんじゃないか?うちって確かパソコン部だかなんだかがあったと思ったけど」
「ゲーム研究会ですね。部活動紹介の時にありましたが……」
「……とんだクソゲーを作ってたわね。製作者の頭は沸いてるわよ」
「………」

仔細を沙織の口から聞くと、どうやら体験版のSTGを黒猫がノーコンでクリアして一言、「クソゲーだわ。製作者に死ねって言っといて頂戴」と言い残して去っていったらしい。
そのクソゲーをさも当然のようにクリアするこいつもこいつだが、やっぱりゲーマーなだけあってそのへんの造詣には通づるものがあるようだ。

「なら、そこに入ってみたらどうだ?ただ無益に時間を過ごすよりは見えるものがあるかもしれないぞ」
「……無益、ねぇ。別に私は今の生活に不自由してないわ」
「そうは言うがな。俺は俺なりにお前が心配なんだよ」

そう言うと黒猫の顔が薄く染まり、沙織の顔が少し引き攣った気がした。
54 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/08/26(金) 01:24:17.68 ID:ZlmOa/2+o
「一人で入るのが嫌なら沙織も一緒に入ってみたらどうだ?お前もそういうの好きだろ」
「そうですねぇ……わたしもそうしたいのはやまやまなのですが、わたしはわたしで色々習い事が詰まっているので……」
「そっかぁー……」

元々そういう約束だった以上、それを反故にするのは沙織にもよろしくない。

「うーん、じゃあ俺がしばらく同伴で付いて行くよ。それでどうだ?」
「……貴方、よほど私を俗物と与させたいようね……」
「乗りかかった船だからな。……沙織?」

沙織が嬉しいとも悲しいともとれないはにかんだような不思議な表情をしているのを見て、不意に俺は声をかけていた。

「え?――あ、すみません。それでいいんじゃないでしょうか?」
「……ふっ。そうね、考えておくわ。あっ」
「どうした?」
「今日はお肉の特売日なのよ。悪いけど先に解脱させてもらうわ」

そう言うと黒猫はするりと立ち上がり、それじゃ、と一言残して俺の部屋を後にした。

「……あいつ、しっかり者なんだなぁ。生活力ないもんだと思ってたから少し見直した」
「聞く限りではあまり家計は芳しくないようですね。わたしがいくらか話を持ちかけたこともあったのですが、全部袖にされてしまいましたわね」

瑠璃さんには瑠璃さんなりの矜持があるのでしょう、と沙織はある種誇らしげに俺に語った。
55 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/08/26(金) 01:26:11.46 ID:ZlmOa/2+o
「では、わたしもそろそろお暇しましょうかね」
「あ、沙織」
「なんです?」

さっきの一瞬見せた沙織の表情が妙に気懸かりで、ふと立ち上がった沙織に俺は反射的に声を出していた。

「駅まで送って行くよ」
「……ありがとうございます、京介さん」

そう言った沙織の表情はなんとも儚げでえもいわれぬ繊細さを醸し出していたが、それもいつもの眼鏡をかけるとすぐに掻き消えた気がした。

「では、エスコートを頼みまするぞ京介氏」

あっけらかんとした声の調子で沙織は手を突き出し、俺はそれに応える様に手を握って駅へと歩き出した。
56 :1 ◆XUsplk79ik [saga sage]:2011/08/26(金) 01:29:08.33 ID:ZlmOa/2+o
続く

細々と書いていきたいと思うので今更ですがご容赦のほどをorz
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 08:54:19.76 ID:N9BXf6bIO
乙〜

期待してる
次の更新がまた3ヶ月後ってのはやめてくれよ。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 13:57:27.31 ID:eDF6y/3ho
遅いんだよバカ野郎
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/31(水) 11:02:10.94 ID:PMBPMj2Po
投下ペース悲惨すぎワロタ
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
60 :なすーん [なすーん]:なすーん
                     __        、]l./⌒ヽ、 `ヽ、     ,r'7'"´Z__
                      `ヽ `ヽ、-v‐'`ヾミ| |/三ミヽ   `iーr=<    ─フ
                     <   /´  r'´   `   ` \  `| ノ     ∠_
                     `ヽ、__//  /   |/| ヽ __\ \ヽ  |く   ___彡'′
                      ``ー//   |_i,|-‐| l ゙、ヽ `ヽ-、|!  | `ヽ=='´
                        l/| | '| |!|,==| ヽヽr'⌒ヽ|ヽ|   |   |
  ┏┓  ┏━━━┓              | || `Y ,r‐、  ヽl,_)ヽ ゙、_ |   |   |.         ┏━┓
┏┛┗┓┗━━┓┃              ...ヽリ゙! | l::ー':|   |:::::::} |. | / l|`! |i |.        ┃  ┃
┗┓┏┛     ┃┃┏━━━━━━━.j | l|.! l::::::ノ ,  ヽ-' '´ i/|  !|/ | |リ ━━━━┓┃  ┃
  ┃┃    ┏━┛┃┃       ┌┐   | l| { //` iー‐‐ 'i    〃/ j|| ||. |ノ        ┃┃  ┃
  ┃┃   ┃┏┓┃┗━━━.んvヘvヘゝ | l| ヽ  ヽ   /   _,.ィ ノ/川l/.━━━━━┛┗━┛
  ┃┃  ┏┛┃┃┗┓     i     .i  ゙i\ゝ`` ‐゙='=''"´|二レ'l/″           ┏━┓
  ┗┛  ┗━┛┗━┛    ノ      ! --─‐''''"メ」_,、-‐''´ ̄ヽ、              ┗━┛
                   r|__     ト、,-<"´´          /ト、
                  |  {    r'´  `l l         /|| ヽ
                  ゙、   }   }    | _|___,,、-─‐'´ |   ゙、
                    `‐r'.,_,.ノヽ、__ノ/  |  |      |、__r'`゙′
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                             |          | |
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/06(火) 15:30:22.35 ID:SWQWmqR8o
まさか更新が来るとは思ってなかった
62 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/09/10(土) 19:05:01.86 ID:7N9kvHV1o
9巻の沙織回凄く面白くてモチベが上がったとです
それで次の投下部分に9巻のネタバレってまだ入っちゃまずいですかね?
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/09/11(日) 06:40:53.57 ID:fn7aksRD0
それは別にいいんでない?
その辺りはネタバレ禁止というルールも無いし、SS作成者の裁量ということで。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/09/12(月) 16:38:09.27 ID:vFxu1g8Do
おk

アニメしか知らんし、今更ネタばれとかww
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/09/30(金) 15:35:51.91 ID:UpAr69y00
ネタバレとか気にしないでどんとこいよ!
きてください
66 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/10/05(水) 06:05:03.16 ID:zvJbdKiso
送っていくとは言ったものの俺たちは取り留めの無い世間話に終始するばかりだった。
というよりは『今の沙織』に込み入った話をして良いものか――ということに迷っていた、という方が正しいか。
なんにせよ、俺は沙織に対して何ら核心的な事を切り出せずに駅の改札までたどり着いた。

「京介殿、ではこちらでお別れでござるな」
「あ、ああ。一人で帰れるか?」
「何を言われるやら。これからは毎日通わねばならんのですぞ?このくらいできぬようでは。しからば」

そっか、と俺は気の利いた言葉も返せぬまま相槌に終始し、沙織の後姿を見送っていた。

ふと、俺の部屋で見せた沙織の寂しげな瞳が脳裏をよぎる。
俺はまだあいつのことを何にもわかっちゃいないんだって事が、なぜだか砂漠の太陽に焦がされるかのように俺を渇かしていた。
これでいいのか?あいつが俺らに対してはっきりと心を開こうとしている時に、こんな日和見丸出しの行動でいいと思ってるのか?

「――っな訳ねえだろ!!」

訊くまでも無い自問自答に従い、俺は体の赴くままに改札を抜けて駆け出していた。
出発のベルが鳴る秋葉原行きの電車を視界に捉え、閉まる直前にダッシュジャンプで転がりこんだ。
ぜぇはぁと肩で息を切らして膝に手を付く俺の目前に見知った長身の少女が現れる。

「――きょ、京介さん……!?」
「俺は……まだ話し足りねぇ。俺は本当のお前を、もっと知りたいんだ!」

興味以上の対象だと言わんばかりに俺は沙織の肩を掴んでまくし立てた。
聞く人が聞けばセクハラ以外の何者でもないが馬鹿な俺にはそんなことを考える余裕はなかった。
そして当の沙織はといえば恥ずかしさと困惑がないまぜになったような表情で目を泳がしている。心なしか頬も染まっているような気がするが気のせいだろうか。

「……えっと、その、あの……ふ、ふつつかものですが……」
「……え、あ……!」

ふいと顔を背けながらそんなことをのたまう沙織に俺は平静さを取り戻した。
俺はなんて事を口走ってるんだ…!車内の周りの視線がちくちくと痛い。

「す、すまん……と、とりあえず隣の車両に行こう」
「は、はい」
67 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/10/05(水) 06:05:44.25 ID:zvJbdKiso
送っていくとは言ったものの俺たちは取り留めの無い世間話に終始するばかりだった。
というよりは『今の沙織』に込み入った話をして良いものか――ということに迷っていた、という方が正しいか。
なんにせよ、俺は沙織に対して何ら核心的な事を切り出せずに駅の改札までたどり着いた。

「京介殿、ではこちらでお別れでござるな」
「あ、ああ。一人で帰れるか?」
「何を言われるやら。これからは毎日通わねばならんのですぞ?このくらいできぬようでは。しからば」

そっか、と俺は気の利いた言葉も返せぬまま相槌に終始し、沙織の後姿を見送っていた。

ふと、俺の部屋で見せた沙織の寂しげな瞳が脳裏をよぎる。
俺はまだあいつのことを何にもわかっちゃいないんだって事が、なぜだか砂漠の太陽に焦がされるかのように俺を渇かしていた。
これでいいのか?あいつが俺らに対してはっきりと心を開こうとしている時に、こんな日和見丸出しの行動でいいと思ってるのか?

「――っな訳ねえだろ!!」

訊くまでも無い自問自答に従い、俺は体の赴くままに改札を抜けて駆け出していた。
出発のベルが鳴る秋葉原行きの電車を視界に捉え、閉まる直前にダッシュジャンプで転がりこんだ。
ぜぇはぁと肩で息を切らして膝に手を付く俺の目前に見知った長身の少女が現れる。

「――きょ、京介さん……!?」
「俺は……まだ話し足りねぇ。俺は本当のお前を、もっと知りたいんだ!」

興味以上の対象だと言わんばかりに俺は沙織の肩を掴んでまくし立てた。
聞く人が聞けばセクハラ以外の何者でもないが馬鹿な俺にはそんなことを考える余裕はなかった。
そして当の沙織はといえば恥ずかしさと困惑がないまぜになったような表情で目を泳がしている。心なしか頬も染まっているような気がするが気のせいだろうか。

「……えっと、その、あの……ふ、ふつつかものですが……」
「……え、あ……!」

ふいと顔を背けながらそんなことをのたまう沙織に俺は平静さを取り戻した。
俺はなんて事を口走ってるんだ…!車内の周りの視線がちくちくと痛い。

「す、すまん……と、とりあえず隣の車両に行こう」
「は、はい」
68 :二重投稿orz 1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/10/05(水) 13:19:12.52 ID:gLDAMyOuo
本能に従って電車に駆け込んだまではよかったものの、急に理性が冷却されてからは逆に気恥ずかしさが先立ち、なかなか言葉が出てこなかった。
なにしろ、二人で座席に横並び→話題を振ろうとちらりと横を見る→目が合うなり言葉に詰まって顔をそむけ合う、のループである。見詰め合うと素直におしゃべりできないとはこういうものか……。
一応あの眼鏡があることが一種の安定剤になってる節があるものの、それでも気まずいものは気まずい。
だが、だからといってこのままというわけにもいくまい。なにより俺が耐えられん。
十数分ぐらい経っただろうか、意を決して俺が口を開こうとした瞬間、

「あのさ、沙「あ、あの京介殿!」えひゃいっ!?」

思い切り肩透かしをくらって変な声が出た。ついでにげほげほと咳き込む俺。

「ご、ごめんなさいでござる……」
「い、いやいいって。どうした?」
「その……」

急にもじもじして指を合わせる沙織。なんだこれかわいい、なんだこれ超かわいい。大事なことなので2回言いました。
己が無自覚の感情を律しようとぐるぐる眼鏡の渦巻きの数でも数えようとしていたところ、

「その……わたしの部屋にいらっしゃってくださいますか?」

心臓が止まるかと思うほどの強弩が発射された。
否、ハートを射抜かれた、って奴か?すまんうまい例えが見つからない。
69 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/10/05(水) 13:19:47.75 ID:gLDAMyOuo
「……は?」
「あ……いや、ごめんなさいごめんなさいっ!そういう意味じゃないんでござるですわそのっ」
「あ、ああ……」
「わたし、こういう性格ですから二人で話せる場所が欲しいなって――って変な意味じゃなくてですねっ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。少し落ち着いて欲しい」
「は、はい……ぜぇ、はぁ……」

こんなぶんぶん手を振って取り乱した沙織を見るのも新鮮だ、というか初めてかもしれない。
というかその言動は色々と勘違いしてしまいたくなるが、今はまだその時ではないだろう。

「うーん……、じゃあルノアールなんかどうだ?あそこなら個室もあるし、それなりにゆっくりと話もできるだろ」

あと周りに人はいるし。
ラブホとか即座に思いついた俺は業火に焼かれて死ぬべきであろう。

「あ、はい。それでお願いし――するでござる」

ここにきて向こうも平静さを取り戻したらしく、相変わらず会話は弾まないまでも秋葉原駅に着くまでは悪い空気も払拭されて緩やかな時間を過ごせたと思う。
70 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/10/05(水) 13:23:48.17 ID:gLDAMyOuo
続く。

朝方にとりあえず書いた分だけ投稿しようと思ったら投稿エラーで弾かれたので、一旦保留しとこうと思ったら今更新したら書かれてた
何を言ってるのかわからねーと思うが(ry

なんにせよようやっとコツコツ書く習慣が身につきつつあるので小出しに進めていったほうがいいのかと思い始めた次第。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/05(水) 20:08:20.79 ID:ZP5XQdFWo
ここでのエラーは基本成功してるからリロード推奨
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/06(木) 20:01:12.39 ID:1Ae4vUFIO
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage saga]:2011/10/11(火) 05:30:11.73 ID:j/olk3cRo
黒猫家貧乏説って未だ信じているヤツがいたのか……。
普通の一般家庭だと思うけどなぁ。
黒猫が家事をやっているのは単に両親が共働きだからだろうし、
特売とかを気にするのは家計を預かるものとしては当然だろうし。
忙しい両親のフォローは年頃の長女としては普通の事だろう。
借家とはいえ旧黒猫邸もなんか広そうだったしな。
74 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/11/24(木) 01:44:37.33 ID:ogIdaNwqo
アキバに着いた頃にはそろそろ日も沈もうかという時間だった。

「そういえばこの時間だけど両親は心配しないのか?」
「うーん……瑠璃ちゃんの家に居る、じゃまずいですしねぇ……とりあえずこっちには戻ってて、帰宅が遅れるという旨は伝えておきますけど」

うむ、泊まるならまだしも遅れて帰るのなら千葉に今いるんじゃ心配させてしまうだろうし、妥当な判断だろう。

「けど、それって一人でそのへんほっつき歩いてるってことになるんじゃないか?」
「いやですわ、一人じゃないじゃないですか」
「えっ……いや、それはそれでもっとアレな誤解を生むんじゃ」
「大丈夫ですよ、話せばわかります話せば。じゃあちょっと電話してきますね」

沙織のあっけらかんとした顔にどことなく冷や汗を感じた俺だが、実際それ以上の言い訳があるかと言われたら言葉に詰まるのも事実だ。
沙織が電話しに出かけている間、今更ながら俺は自分の行動を見つめなおしていた。

「ただいま帰りました。大丈夫でしたよ」
「早っ!」
「わたしの父母はわたしが自分で決めたことには尊重してくださるので」

口元をω状にしてこれでもかとドヤ顔を決めてくる沙織。
それはいくらなんでも尊重しすぎだと思うが……

「まあ、あの姉を育てた両親ですからね」
「姉?」
「ええ。今のわたしを造り上げた根幹に携わる存在です。詳しくは向こうでお話しますわ」
「へえ……じゃあさっさと向かおうぜ」

久しぶりに沙織の内面に関わる機会を得たと思えた俺は思わず口元がほころんだ。
自然と足音も弾むってもんだ。
75 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/11/24(木) 01:45:07.74 ID:ogIdaNwqo
ルノアールはモダンというかシックというか、とにかく落ち着いた雰囲気の喫茶店で、静かに談話したい大人の方々には需要の高い店だ。
その分求められる料金も高いのだが、カラオケで数時間居座る程度の料金だからそこまでというほどでもない。
実際に入ったことは実のところこれが初めてだが、今後なんらかの形で利用することがあるかもしれないな。
店員に促されてやや手狭な個室に静々と入り、荷物を置いて互いに向かい合い一息ついた。

「さて、何から話しましたものか……」

碇ゲンドウのように机の上で肘を立て指を絡ませ、所在無く視線を動かす沙織。
こんなポージングでも絵になるんだからこいつは本当に美人だよな。

「落ち着いてゆっくりと、1つずつ話してくれればいいさ。焦ることもない」
「そうですね。では……わたしの姉さんの話でもいたしましょうか。あの人が、ある意味でわたしのすべての根源ですから」

そう言うと、沙織は静かにその問題の姉――香織について語り始めた。
あまりにも長い話になるので詳細は省くが、沙織の生い立ち、性格というかキャラクター付け、そしてあのぐるぐる眼鏡についてはあの姉無しでは語れないというのは本当だった。

「それはもう……なんというか荒唐無稽な姉だな」

はっきり言うと俺は正直唖然としていた。
なるほどこんな姉とその仲間たちに触れて歩けばそりゃああもなろう。

「でしょう!?あんな女性、世間広しといえどもそうはいませんわ!」

沙織の息遣いはやけに荒く息巻いて俺に届く。
まあ、有り体に言うと喧嘩別れのようなものだから正直愛憎入り混じったものは大いにあるのだろうな。

「でも、尊敬はしてるんだろ?」
「ええ。良くも悪くも、わたしにはできない生き方ですから。だからこそ好きになれないというのもありますが、ね」

隣の芝生は青く見えるってやつだろうな。
俺だって、あいつはどうにも好きになれないがあいつのどんな事にでも頑張ってる姿は素直に応援してやりたいと思うしな。
あいつ、アメリカで本当に上手くやれてんのかね。
76 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/11/24(木) 01:45:35.24 ID:ogIdaNwqo
「そっか。でも、俺には沙織も十分魅力的だと思うけどな」

姉を内心で羨望する沙織を気遣うつもりの軽いセリフだった。

「え。あ、きょ、京介さんたらお上手なのよですわ」
「え?あ、ああ……」

沙織の顔がカァーっと紅潮していくのに俺もキョドらざるを得なかった。
なんだろうこの微妙な空気は。なんか知らないがヤバイ。

「そ、それでさ!沙織はそれだけ今のコミュニティを大事に思ってるんだよな!?」
「え、ええ……そうですね。姉がああも簡単に切り捨てたことに、わたしは我慢がならなかったので」

強引に話を進めようと口調を強める。
なるほど、それで黒猫がゲー研に入るのを渋った理由もそれとなくわかった。

「だから、黒猫があっちに歩を進めることで俺たちとの時間が削れるのが嫌だった、か」
「……はい。恥ずかしながら。わたしが彼女の針路を指差す権利なんてないのに」

それが傲慢だとわかっているからこそ、沙織は俺の家で苦悶していたのだろう。
本当に優しい奴だよこいつは。
77 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/11/24(木) 01:46:01.91 ID:ogIdaNwqo
「なら、沙織もゲー研に入ろうぜ。幽霊だっていいから。
黒猫を縛りたくないなら、沙織自身が黒猫に合わせて世界を広げればいいじゃないか」
「京介さん……」

口元に手を当ててもにょもにょと動かす沙織。

「……そうですね。わたしが頑固だったのかもしれません。
瑠璃さんも、京介さんもいるのですから、そんなに気負う必要なんてありませんでした」

そう言うと、花の咲くような笑顔で微笑んできた。
頬が全力で緩みそうなのをごまかす様に俺は言葉を作る。

「今日は色々話してくれてありがとな。そろそろ帰ろうか。家まで送るよ」
「はい。お願いします」

二人で秋葉原の通りを闊歩しながら初めて見る沙織の家(というかマンション)に驚き、両親への挨拶もそこそこに俺は沙織と別れた。
無理にでも俺らの学校に来てくれたあいつの力にもっとなってやりたい。
俺は電車に乗りながら何が沙織のためになるのか、じっと考えていたのだった。
78 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2011/11/24(木) 01:47:17.06 ID:ogIdaNwqo
続く。
書こうと思った時にパパッと書かないと永遠に書けないと良くわかった次第。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/24(木) 09:21:01.13 ID:yqOUtEk2o
おつ!
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(不明なsoftbank) [sage]:2011/11/24(木) 15:08:22.74 ID:9ZbbtJUPo
おつ
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西地方) [sage]:2011/11/24(木) 16:08:29.07 ID:8sg/xoHao

ハゲながら待ってました
82 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/30(金) 10:25:42.51 ID:5SDMTHmTo
まだ帰ってこない
83 :以下、あけまして [sage]:2012/01/04(水) 18:25:44.04 ID:ZL8HpOyE0
あれから、十年と4ヶ月がたった……
84 :以下、あけまして [sage]:2012/01/04(水) 23:00:48.19 ID:bezv1PMAO
どこの誤爆だ……
85 :1 ◆XUsplk79ik [sage]:2012/01/21(土) 14:02:29.27 ID:lvsnoBBco
投下でなくてDAT落ち防止の保守です。
できればこんな書き込みではなしに投下したかったのですが、ちょっと別件で多忙につきやむを得ず。
続ける気だけはあるので月1ぐらいで覗くぐらいでちょうど良いと思います。本当にごめんなさい(´・ω・`)
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/02/04(土) 22:00:44.59 ID:sQ9ThlBR0
俺は待つぞ
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 23:19:56.92 ID:if2+ZbPRo
待ってるよ
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/20(月) 02:33:03.53 ID:RmSx1aDEo
TARGET...CAPTURED
BODY SENSOR...EMURATED,EMURATED,EMURATED...
89 :こっそりとちょっとだけ更新 ◆XUsplk79ik [sage]:2012/02/25(土) 17:50:29.15 ID:Nm96/dsco
それから明くる日の放課後。
俺は沙織と黒猫を引き連れて件のゲー研へと向かった。

「ここがそうか」
「のようですな」
「……」

黒猫もいつにもまして口数が少ないようだ。
まあ俺達がいるとはいえ、それ以外のコミュニティに足を踏み入れるなんてこいつも未体験なのだろう。
とりあえず俺は曲がりなりにも年長者として先陣を切ってノックをした。

「どうぞー」

中から温和な声が届く。おそらくは真壁という彼のものだろう。
許しが出たのでそのままドアを開けると、そこにはそこそこの長机と茶菓子が並べられていた。別にダジャレではない。

「ようこそ我がゲー研の歓迎会へ」

そう言って慇懃にぺこりとお辞儀をする期待通りの真壁君。この手のゲーム製作者の一味とは思えないほどさわやかなベイビーフェイスである。
いやうちの妹みたいな例があるから偏見だっていうのはよくわかってるんだが。
90 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/02/25(土) 17:51:10.38 ID:Nm96/dsco
あいさつもそこそこに部室に入らせていただくと、部屋の棚にはいろんなプログラムエディタのソフトやその教本らしき分厚い本(……とエロいフィギュア)がかなりの数詰まっているのが見えた。
どうやらとりあえず結構活動自体は割と真面目にやっている(?)ようで俺はほっと安堵する。
だって曲がりなりにも後輩の女の子2人を送り出すところがあまりにもあれな……そうあれなところだったら嫌じゃん?ってなんかこいつらの保護者みたいだな。
と勝手な感想を抱いていると、正面のPCの向かい側にいた人――おそらく部長と思しき人物がこちらにやってきた。

「ようこそ、俺がここの部長の三浦弦之介だ。歓迎するぜ御三方」
「高坂京介です。こっちの2人が――」
「槇島沙織でござる」「……五更瑠璃よ」
「おう。よろしく……ってあれ?お前……あー!!お前俺の自転車パクった奴じゃねーか!」
「えっ……あ、ああ!あの時の兄ちゃん!」

そういえばあれから連絡がとれず会えなかったから返すタイミングを失ってたんだった!
一応丁重に我が家に保管してあるが……まさかこんな偶然があろうとは。
91 :今回短いですがここまで。土日のうちにもうちょっと進めたいです(´・ω・`) ◆XUsplk79ik [sage]:2012/02/25(土) 17:53:43.95 ID:Nm96/dsco
「一体どういう事です?京介氏」
「ああ、実はな……」

事情を知らない沙織と黒猫にかくかくしかじかと概要を伝える。

「むぅ。しかしそれならば連絡先ぐらいは聞いておくべきですぞ京介氏」
「全くだった。すみません、今度返しに持ってきますので」

こういう所でもきちんと理路整然としてる沙織は本当に気配りの出来る女だ。

「まあ返ってくるならいいってことさ。俺の嫁達も有効に使われて喜んでることだろうさ」

ケタケタと豪快に笑う部長。あっけらかんというか、豪気な人なんだろうな。
これが器がでかいっていうのか?

「ま、そういうわけでこの話は終わりでいいよ。さ、座りな座りな」
「じゃあお言葉に甘えまして」

俺たちはテーブルの隅から沙織、俺、黒猫の順に座った。
この部に一番関わるのは黒猫なのだから黒猫を中央側に据えたほうが新入生の女子(まだ来てないようだが)とも関わりやすいだろう、という配慮だ。
黒猫は当然あまりいい顔はしなかったが、俺が嗜めると渋々ながら座ってくれた。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/25(土) 18:37:34.67 ID:VdihqcGEo
久々乙
93 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:35:51.54 ID:F6un63Pl0
人数編成的には、俺ら3人を除けば部長と真壁君、それにあまりパッとしない、言っちゃ悪いがモブ顔の部員が2人だ。
まあ当然というかなんというか予想通りの男所帯ではある。新入生に1人でも他に女子が入ってくれるらしいなら儲けもんと言うべきか。

「今日は俺達だけですか?来るのは」
「いえ、先日お話した女の子が来てくれると聞いていたのですが――」

そう真壁くんが噂をするなり廊下の方からドタドタと急いた足音が聞こえてきた。
そこのドアがバタンと勢いよく開かれると、肩で息をする少女が見えた。

「す、すみませんっ!HRが長引いてしまって」
「まあまあ、落ち着いて。まだ始ってないから大丈夫だよ」

真壁くんの対応が実に物腰柔らかいものだったので俺は素直に感心していた。
彼がいなけりゃこの部は潤滑に回ってないんじゃなかろうか?
94 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:36:27.64 ID:F6un63Pl0
とまあそれはさておき、俺が待ちわびていた(無論他意はない)新入生女子が現れたわけである。
メガネ。巨乳。うん素晴らしい。

「なにか言いまして?京介さ――氏」

突然脇の沙織がぼそっと呟いて来て軽くビクッとした。
目線は窺えないがどことなく冷やかな声色だった気がする。なんなんだ。
一瞬素に戻って言い直したんだろうが、刺しって書くと急に恐ろしくなるよね。すまん余談だった。
そんな下らないことを考えてから黒猫をちらりと見やると、妙に苦々しい顔をしていた。

「初めまして、新入生の赤城瀬菜です。よろしくお願いします」

慇懃にぺこりと頭を下げる様子から、初対面だがしっかり者のイメージが読み取れた。
あいつならこんな風に丁寧にお辞儀をするなんて考え付かないしな。単に俺が知らないだけかもしれんが。
95 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:37:15.54 ID:F6un63Pl0
瀬菜の自己紹介に重ねて返そうと思った矢先、

「……誰かと思えばまさか貴方とはね」

隣からさぞ鬱陶しそうな発言がなされた。
なんだこの2人知り合いだったのか?やたら険悪な雰囲気だが……

「それはこっちのセリフですよ、五更さん。
 槇島さんも大変ですよね、こんな天邪鬼の女房役なんて」
「いやはやそれほどでもござらぬよ」
「別に褒めてませんけど!?」

にゃはは、と笑う沙織に瀬菜は呆れ顔で肩をすくめた。
沙織とも面識があるってことは大方同じクラスメイトってとこだろうか。

「天邪鬼って、やっぱ案の定クラスで浮いてるのなこいつ」
「……さらっと失礼な事を言う獣ね」
「ええ。あたしだって誉められた趣味を持ってるとは言えませんが、リアルはリアルとしてしっかりと区別してます。どっかの誰かと違って」

目の前でにべもなく発せられた皮肉に黒猫は露骨に眉を顰める。
自分で言っといてなんだがフォローしてやりたいところだが、ここはとりあえず話を聞き出すことを優先しよう。
96 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:37:42.43 ID:F6un63Pl0
「じゃあこいつってクラスだとどんな感じなんだ?」

こいつ、とはもちろん黒猫じゃない方のことだ。

「うーん……おしなべて聞くのは『変な女』ですかねぇ。本人を前にして言うのもあれですが、そのファッションといい喋り方といい、わざとやってるとしか思えない奇抜さですよね。
 五更さんの世話を焼いてくれているのにはあたし個人としては感謝してますけど」
「ふぅん……」

まあ実際わざとやっているんだが。
黒猫と違ったベクトルではあるが、これがこいつなりの壁の作り方なのかもしれない。
沙織が自分を見せるのはそれこそ俺の知る限りでは俺と黒猫だけなわけで、それはそれでなんとなく優越感を感じないでもない。
97 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:38:14.80 ID:F6un63Pl0
と、まあここまでは年の割にしっかりした娘だな、という程度の認識だった。ここまでは。
ここから彼女がどう豹変するかは原作の世界線と大方同じなのでここでは割愛したいので、そちらを参照していただきたい。手抜きとか言うな。
しかし俺は一体何を言ってるんだろうかな。

・・・中略・・・

「!?ま、またあたし気持ち悪い台詞口走りましたか!?」
「それはもう!」
「あ、やあっ!あ、あたしったら!つ、次からは部長×高坂先輩にしておきますね!」
「わざとやってんのかテメエ!それ以上妄想を続けるとこの場で泣くぞ!俺が!」

瀬菜の奇特な世界観に包まれて部室は非常に戦慄が支配していたが、なおも瀬菜の暴走は続いた。
98 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:38:51.44 ID:F6un63Pl0
「ああっ、もう!えっと、えっと、あと槇島さんとか背も高いしスタイルもいいから男にしたらガタイよさそうじゃないですか!だから攻めに回して高坂先輩を――」
               ・・・・・・・・・・・・・・・
「いい加減にしろって!そもそもなんで男にする必要があるんだよ!それだったら――」
「ちょ、きょきょきょきょ京介さん何仰ってるんですか!?!?」
「え?…………あ」

瀬菜の暴走に巻き込まれて俺はとんでもない事を口走っていたらしい。
こんな満座で何ぶっちゃけてんの俺!?いや俺はノンケだってことを言いたかっただけなんだけど!
結果として弁解のしようもない大セクハラ発言をかました俺はばつの悪さで立ち尽くすしかなかった。
黒猫も一瞬遅れて理解した瀬菜もわなわな体を震わせており、当事者である沙織に至ってはもはや語るまでもないほど耳まで真っ赤である。
99 :ずれてますが・・・・・・・・ってのは下の文節にかかってます ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:40:18.53 ID:F6un63Pl0
「いや、えっと、あの……すまん」
「……ふ、不潔ですっっ!!」

左頬を思いっきりバチーン!と叩かれ、俺は軽くのけぞったところに後ろからでかいハリセンで左右から2連発で頭をスパーンとひっぱたかれた。
お前がそれを言うのかよ、どっから出てきたんだよそのハリセン、などというのは野暮というものだろう。

「……はぁ、高坂先輩のせいであれだけ死にたかったのにどうでもよくなっちゃいましたよ」
「さいですか……」

結果的に丸く納まった(?)のならそれはそれでいいことだろう。釈然としないがそう思い込むことにした。
100 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:41:50.34 ID:F6un63Pl0
「まあ拙者も黒猫氏と想像してみることもありますし、そう気になさることはありませんぞ瀬菜氏」
「何その唐突なカミングアウト!そこ必要だったの!?」

想像するっていったいナニをだよ!大体わかるけどさ!
ってか、そういやこの女桐乃と黒猫で脱衣格闘ゲームのキャプチャしてたもんなぁ。
黒猫もバカばっかという目で溜息を吐いていた。まあこの部変態ばっかりだもんな(キリッ
ああ、真壁くんは一応除いた方がいいのかな……かな?

「おお、百合もいけるとはわかってるじゃねーか槇島」
「部長食いついちゃったし!もう突っ込みが追い付かねえよ!」
「はっはっは。じゃあ話もたけなわのようだし、そろそろ散会すっか。明日からよろしく頼むぜ兄弟」

肩をポンと叩かれて、部長がこのカオスな場を強引にお開きとした。
真壁くんとかまだ茫然自失としているが大丈夫なのだろうか。

「ああ……やっぱり部長×高坂先輩もいいわぁ……」

改めて陶酔に浸る瀬菜に歩み寄って俺は無言で脳天にチョップを入れた。
101 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:42:30.74 ID:F6un63Pl0
――――――

「なんだかひどく疲れたでござる……」
「あー……えっと、その。ごめん」

2人で歩く帰路、その疲労の半分は俺にあるだろうし、素直に俺は沙織に非を詫びた。
ちなみに黒猫はもう途中で別れたあとである。

「京介氏、ああいう発言は時と場所を選んで言ってもらいたいものでござる」
「けどあれは瀬菜がだな……え?」
「やっぱりなんでもないでござるよ」

今とても気になる発言を言われた気がするが、問い返す前に制されたので黙らざるを得なかった。ずるい奴だよまったく。

「……ところで京介氏はどうしてこっちまで付いて来るのでござるか?もう駅前に着きまするぞ」
「ああ、それなんだが」

俺は待ってましたと言わんばかりにしたり顔で答えてやった。
102 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:43:23.65 ID:F6un63Pl0
「俺、今日からお茶の水の予備校に通うことにしたんだ。だから沙織のエスコートもしようと思ってるんだよな」
「えっ……」

目線は相変わらず読めないが、なんとも言えないないまぜの表情をしているのは読み取れた。
やっぱり迷惑だったろうかと言葉を継ぎ足そうとした瞬間、沙織が眼鏡を外して一歩前に進み出、くるんとこちらに振り向いた。

「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」

あ、俺今軽く死んだかもしれない。
103 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/03/02(金) 14:48:30.18 ID:F6un63Pl0
ようやっとルート確定までこぎつけられました。遅筆で本当申し訳ない。

【チラ裏】
なんでだよ……なんで『お嬢様』ってスレタイに入ってるのに沙織メインじゃないんだよ……
こんなんじゃ俺、スレを乗っ取りたくなっちまうよ……
(って思わず言っちゃったけどさすがに暴言すぎたかな……?)
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/03/02(金) 17:49:37.23 ID:sY+qcEi+o
舞ってました
105 :ちょっとだけ ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/19(木) 00:40:37.41 ID:DxrDb3sio
こうして怒涛の歓迎会が幕を閉じ、黒猫は瀬菜共々めでたくゲー研の仲間入りを果たした。
それから新入生用のタスクとしてゲームを作ることになったり、どんなゲームを作るかで黒猫と瀬菜でコンペをしたりしたわけだが、その辺のことはおいおい語りたい。
ちなみに俺と沙織は基本黒猫をサポートする立場でそこまで部活に関われるわけでもないので、基本的にはゲームのテストプレイやデバッグを主とする立場に置かれ、俺たちはそれを了承した。
どうせ沙織はわからんが俺なんかは専門知識のかけらもないパンピーなのだし、沙織は沙織で黒猫の信念にとやかく口を出す気もなかったからである。

それはともかくとして、俺は両親の理解を得て御茶ノ水の予備校に通うことになった。
動機はさておき沙織と同じ電車に乗って秋葉原まで向かうことが増え、必然会話の機会も飛躍的に増し、そしてとにかく彼女はこと俺相手には喋りまくってくるのだ。
そりゃたまには話すことがなく間が空くこともないわけではないが、その空気さえ次の会話のアクセントに感じるぐらいである。
なんというか、沙織という少女は天然と計算がそなわり最強に見えると言えばいいのか、とにかく受け答えに掴み所がないので話してて飽きないのだ(たまに疲れるが)。
その膨大なサブカル知識量をもって俺は良くも悪くもかなり鍛え上げられたのは間違いないだろう。桐乃や黒猫が濃すぎるため影に隠れがちだが、この女もまた紛うことなき変態である。
106 :こんな不定期更新にいつも即レスくれる方々に最大限の感謝を ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/19(木) 00:42:29.78 ID:DxrDb3sio
そんなこんなで、その日は休日――つまり予備校云々は抜きにして沙織のオフに2人っきりで付き合うことになっていた。黒猫はプログラム構築に追われているというのに。
まあそこに付き合ったところでどうすることもできないので、内心で南無三と思いながらこの幸運を享受することにしようと思った。

「京介氏、ちょっとお待ちいただいてよろしゅうござるか?」
「うん?」

不意に沙織が秋葉原駅のトイレに消えたのでどうしたのかとよからぬ妄想を抑えつつ、待つこと数分。
絶世の美少女がにっこりとした微笑を湛えながら俺の元に駆け寄ってきた。

「お待たせいたしました」
「お、おう。えっと、大丈夫なのか?」

質問の内容は無論その格好で人前に出るのは、という意味である。
それにしてもこいつは相変わらず切り替えが早いな。頭の中に爆d……じゃなくてスイッチでもついてるのか?

「わたしひとりでは絶対にしないと思いますけど……今日は京介さんが、先輩がそばにいてくれますからっ」

花の咲くような笑顔で、少し意地悪そうにくるりと一回転する。なんてあざとい、けど……可愛い。
思わずこっちまで笑顔になってしまうぜ。

「それでは、お供しますお嬢様」
「よしなに。では、行きましょうか」

俺は沙織の手を恭しくそっと包んで2人揃って動き出した。
周りからはさぞかし爆発しろと思われてるに違いないが、当事者になってみると案外気にならないもんだな。というか気にしてる余裕がない、と言った方が正しいか。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/04/19(木) 06:10:34.92 ID:/AuFHvqyo
108 :1/3 ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/24(火) 07:49:48.46 ID:nphUF7Qfo
文字通り肩を並べて連れられた先は、俺にとっては意外な場所だった。
……まさかここにまた足を運ぶことになろうとはな。

「お帰りなさいませ、ご主人様……!?」
「お、おう……ただいま」
「ただいま帰りましたわ。お食事を願えるかしら」
「は、はい。かしこまりましたっ!」

相変わらずうろたえる俺に対して当たり前の如く毅然とした沙織。なんつーか当然っちゃ当然なんだが。
応対の女性も大分困惑している様子だった。そりゃそうだ。
男女の一組でこんなところ(というのも語弊があるが)に足を運んでくるのも異質だろうし、そもそもその女の方の纏っているオーラ、もとい気品が尋常でないのだ。
こんな大美人に予備知識なしで命じられたら俺だって平伏するかもしれん。

「さ、行きましょう」

件の令嬢はそんな周りのことなどどこ吹く風でうきうきと歩いて行く。
本当に大した奴だと改めて思いながら俺は追って対面のテーブルへと腰掛けた。
109 :2/3 ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/24(火) 07:50:38.93 ID:nphUF7Qfo
「ここは、わたしにとって始まりの場所なんですよね」
「……ああ、そうだっけな」

沙織のみならず、俺だってそうだ。俺たちの関係はこの場所から始まったといって過言ではあるまい。
もっとも、当時の俺にとってあまりいい思い出ではないのだが。

「ええ。あの時は正直なところ不安でたまりませんでした」

――”沙織・バジーナ”としての初陣にして自身の立ち上げた初のオフ会。
その時いかに彼女が悩み苦しんだかというのは今の姿を見れば察しがつくが、それでも第三者が感じきれるものでもあるまい。
だからこそ俺は無駄に飾らず忌憚のない感想を述べた。
110 :3/3 ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/24(火) 07:51:37.52 ID:nphUF7Qfo
「お前は頑張ってたよ。お前がいたから、桐乃も黒猫も仲良くなれた。もちろん、俺もな」
「……改めて言われると照れちゃいますね」
「けど、沙織はちと献身的過ぎるきらいがあると思うんだよな。自己犠牲というか、もうちょっと欲を出してもいいと思うんだけど」
「…………」

俺の言葉に沙織はなんとも言えない表情をした。
どんな顔をして良いかわからないの、とはこういう顔なんだろうか。なんだ俺何か不味いこと言ったか?
しばらく言いよどんだ沙織は、逡巡の後にぼそっと何かをつぶやいた。

「……今現在たっぷり出してますけどね」
「え?」
「なんでもありませんわ。それよりそろそろ料理が来ますよ、”お兄様”」
「なっ……」
「ふふっ」

してやったりといった顔でにんまりと微笑む後輩に心臓が高鳴るのをつぶさに感じた。
悔しいが料理の味なんかほとんどわからなかったぜ、くそっ。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(和歌山県) [sage]:2012/04/24(火) 08:59:18.64 ID:prEKvfxko
乙です
112 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/25(水) 01:05:18.62 ID:WYzbp7w8o
その次に寄ったのはゲームセンターだ。
黒猫や瀬菜ほどの規格外な領域ではないものの、沙織も一般的なレベルで見れば十分手練 と言える。
かくいう俺も主にあの妹の手ほどきでそこそこ練習量だけは積んでいるので、初心者に毛の生えた程度の実力はあると自負している。……主に「妹ゲー」というくくりがあるが。なんでこう付け足すだけで途端に下種い感じに昇華されるんだろうね?
そういう訳で基本沙織に引き摺られる形ではあるものの、なんとか足掻きながら俺が食らいついていくというパターンが多かった。
……こんな点でも俺は女の尻に敷かれるのか。もはや宿星でも持ってるのだろうか?
もっとも、それがまんざらでもないと思ってしまうのは元々の性なのか、それとも――いや、今考えるのはよそう。
113 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/25(水) 01:06:29.81 ID:WYzbp7w8o
格ゲーでわからされていろいろご高説を聞いたり、音ゲーを興じたりした後、次に目に入ったのは某クイズゲームだった。

「ね、京介さんあれやりましょうよ」
「それは別にいいけど、……一応聞くけど店舗内対戦か?」
「まっさか。2人で考えたほうが絶対楽しいですよっ。さあさあ」

……まあ沙織の性格ならそう答えるだろうなとは思った。
そしてその際に起こる未来がわかっていたからこその確認だったのだが……
俺は心頭を滅却して椅子に座った。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

「…………」
「…………あ、あはは……」

気まずい沈黙が場を支配した。だから言わんこっちゃない。
言わずともわかろうが、あの手のゲームを2人でやろうとするとどうなるか、という話である。主に距離感が。
というか察してくださいお願いします。どうすんだよこの空気……
114 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/25(水) 01:07:00.58 ID:WYzbp7w8o
「……え、えっと……その……エ、エアホッケーでもやりましょうか」
「……いいえ、私は遠慮しておきます」

場を取り繕うためとはいえ、そこはもうちょっと他のゲームを選ぼうよ。これ以上俺の理性を削らないでいただきたい。
あまり言及するとあやせ宜しくセクハラ野郎に堕ちてしまいそうなので黙っているが、とかく今日のこいつはガードが緩すぎる。
恥じらいが取れてきているのはある意味いい傾向なんだろうが、にしても今日は弾けすぎではなかろうか。とにかく目のやり場に困るのである。

煩悶しながらゲーム機の間を練り歩いていると、ふとガンシューティングの大型筐体が目に入った。
空気を変えられるかは微妙なところだが、興味に釣られて俺は後でもじもじしている沙織にちらりと目をやりつつ、その筐体へと歩み寄った。
115 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/25(水) 01:07:29.42 ID:WYzbp7w8o
「京介さん、ガンシュー好きなんですか?」
「まあな。よく赤城の奴と一緒にやってるからな」
「……赤城さんと?」
「ん?……あー……兄貴のほうな。昔からの付き合いでさ」

訝しむようにジト目で口を窄める沙織に慌てて弁明を付け足す。
そういえばこいつは瀬菜のほうとしか面識がないんだっけか。誤解とはいえ、拗ねてる……ってのは俺の自惚れすぎか。
実際には麻奈実もしばしばいたりしたのだが、ヤブヘビそうなので黙っておいたほうが賢明だろう。

「沙織はどうなんだ?」
「わたしは、どちらかというとサバゲーをたしなんでましたわね。スナイパーとして」
「サ、サバゲー?」
「ええ。姉さんの趣味でよく付き合わされていたんですよ」

やれやれです、と溜息を吐くのとは裏腹に、その顔には呆れたようなはにかみが浮かんでいた。
その姿が誰かさんと重なったような気がして、俺にも薄く含み笑いを浮かぶ。
116 :今日はここまで ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/25(水) 01:08:44.41 ID:WYzbp7w8o
「世話焼きな人なんだな」
「とんだお節介ですよ。全く、誰かにそっくりですわね」
「誰が誰にそっくりだって?」
「それはもちろん、京介さんが……って、え!?きゃあっ!!」

言うまでもなく、三行目の台詞は俺のものではない。
沙織に振り向く暇すら与えず、謎の第三者はあろうことか沙織の胸を後ろから揉みしだいた。
そのあまりに羨ま……じゃなくて異常な光景に俺はしばし硬直する。

「ん〜、この大きさ柔らかさ、やっぱり沙織のはすばらしいねえ」
「こ、この声は……」
「気配も殺してないのに気づかないなんて、最近なまってる?それとも色ボケか?」

ようやく正気に返って沙織からアンノウンを引き剥がしにかかるも、間に割り込んだと思った刹那には俺は床に倒されていた。

「ありゃ、すまんすまん。条件反射でついやっちまったい」
「い、いい加減にしてください!怒りますよ姉さん!」
「……!?」
「あっはっは、ちょっと調子に乗りすぎたかな」

俺を手ごと引き起こして背中を軽くはたくと、やや小柄――といっても沙織と比べてだが――な女性が眼前に現れた。

「いやいやすまないね。……ふむ、あんたが京介君かい?」
「そうですが……姉さんっていうと?」
「いかにも、私はこいつの姉の香織。以後見知りおき頼むよ」

あっはっは、と陽気にけらけらと笑う香織に、俺はただただたじろぐしかなかった。
117 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/25(水) 23:49:34.40 ID:WDuhYM79o
「い、いつ帰ってきたんですか!?」
「今日の朝さ。時差で多少頭が混乱してるがな。
そんなことより、あのお前がやたらとおめかししてったって母さんがにやついてたぞ」
「う、うぅ……お母様ったら……」

沙織が困惑からか羞恥からか――あるいはその両方からか、顔を真っ赤にして俯いている。
こんな後手後手な沙織を見るのは正直初めてかもしれず、その姿に不謹慎ながらも見とれてしまう。

そんな雑感はさておき、この問題のラスボス(沙織曰く)を改めて大枠で視線に入れるも、それだけで只者じゃないってのはよくわかった。
沙織よりは(比較対象が間違ってるとは思うが)やや小柄だが、それでも大きめの身長に出るとこは出た引き締まったスタイル。
沙織のような高貴さはそれほど感じられないが、それでもただの凡俗とは到底思えない底知れない気品、そしてそれをさらに包むようなさばさばとした豪放な度量。
アメリカナイズな洗練されたジャケットとシャツにパンツがその性格にぴったりマッチングしている気さえした。
……なるほど、こいつはすげえわ。なんというか、潜ってきた場数がそのまま外見に表れているようだ。これが溢れ出るカリスマってやつなのかとさえ思わされる。
118 :2/2 ◆XUsplk79ik [sage]:2012/04/25(水) 23:51:10.18 ID:WDuhYM79o
「どうした?まじまじと見つめられたら照れちまうよ」

ニヤリと俺を見据えながら不敵に笑ってくるラスボスに不覚にもどきりとする。
からかってるのが明らかにわかるのにここまで魅力的なのもすげえ。感心さえしてしまうところだ。

「何デレデレしてるんですか京介さん!」
「え……う、す、すまん」

びっくりするぐらい焦りをむき出しにした口調で沙織が非難してきたため俺も反射的に謝罪する。
からかってるのは当人でさえ見え見えなんだからそこまで怒らんでも。

「何だか頼りないねぇ。男ならもっとシャキっとしなよ」
「ぐはっ」

背中をバシッと叩かれて反射で背筋がピンと伸びる。しかしこの人驚くほど馴れ馴れしいな!曲がりなりにも初対面だろうに。

「そんなんじゃこいつを御するのは大変だぞぉ?こいつが曲者だってのはわかってると思うけど」
「ぎょ、御するってなんですか御するって!」
「そりゃもちろんベッ――」
「い、いい加減にしてください姉さん!昼間っから何話してらっしゃるんですか!それにわたし達はまだそんな――」
「『まだ』?」
「あ」

まさに自身で墓穴を掘る沙織。てか、その、今の……うああだめだ考えるな、煩悩退散!
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/26(木) 00:18:11.89 ID:AZqswwQxo
生きてたのかこのスレ
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/04/26(木) 01:04:03.98 ID:sMGGZJV+o
更新があった・・・だと・・・


時間開いたんだし、1回ageれば?
121 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/05/04(金) 00:48:07.85 ID:ltrzFlH+o
左右にかぶりを振りながらも、根本的な疑問にふと思い当たった。

「そういえば、香織さんはなぜこちらに……?」
「うん?特に理由なんてないよ。帰国して久しぶりにこの街に出てきたら我が妹の気配を感じたから追ってきた。それだけ」
「気配……ですか」
「ああ。こう、鼻でね」

クンクンと匂いを嗅ぐ仕草をする香織さん。その仕草がやたらと可愛くて思わずドキッとする。

「まあウソなんだけどね」
「嘘ですかい」

この人ならやりかねないと思わせられるところが恐ろしい。

「さすがにここの雑踏で嗅ぎ分けるなんて私でも無理さ。
単純にこいつでかいじゃん?私、目には自信あるからさ」
「ああ……」
「これはほんとの話だよ。ま、そういう意味では偶然も偶然だったけどね。見つけ易くて助かったよ」
「そんな言い方されると不思議と腹が立ってきますわね……」

我に返ってぐぬぬと歯を軋ませる沙織をなんとかなだめる。
こいつ感情の起伏が激しい……というかバジーナ時より煽り耐性なくなってるよな。
姉相手だからなおさらって部分は多々あるのだろうが、非常にからかい甲斐があって向こうもさぞ満足していることだろう。
122 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/05/04(金) 00:48:40.82 ID:ltrzFlH+o
「まあ、そんなことは今は特に重要じゃないさね。私が気になるのはただひとつ、君がこいつのパートナーたりえるかどうか。それだけさ」
「え?ちょ、ちょっと待ってください」
「私は私なりに妹を愛してる。その妹を預ける男があんまり頼りなかったらお天道様が許しても私が許さん、ってね!」
「だから話を聞いてくださいって」

一気呵成にがなり立てる香織さんを必死に制止する。
この人も熱が入ると周りが見えにくくなるタイプみたいだな。この姉にしてこの妹あり、といったところか。
つかこの人も大概シスコンじゃね?同性とはいえ妹を愛してるなんてそうそう言わないだろ、……うん。

「そもそも俺達、別に付き合ってるとかそういうのじゃなくてですね」
「だろうね」
「だから――って、え?」

そういう前提での言動だと思っていたばっかりに、大きく肩透かしを食らわされた。

「付き合ってるにしちゃどうにも挙動が初心すぎたからね。なんとなくそんな気はしてた。
でも、それさえも私にとっちゃどうでもいい。問題なのは”沙織が君といて幸せかどうか”」
「幸せかどうか……」
「人の惚れた腫れたなんていたって繊細な機微で変わっちまうもんだ。
そりゃお前さんが妹を愛してるなら最上だけど、仮にそうでなくたってこいつが幸せならそれでいいのさ」

香織の目には何の迷いもない。それだけ自分の発言にも自身を持っている故だろうか。
その瞳に吸い込まれそうになっていた所に、不意に横から声が割って入ってきた。
123 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/05/04(金) 00:49:21.04 ID:ltrzFlH+o
「だったら、やっぱり姉さんは自分の為だけに小さな庭園(プリティ・ガーデン)を切り捨てた、ってことですか」
「沙織……?」
「ああ、そうさね。自分の楽しめない、自分を押し殺したサークルでどうやって人を楽しませられるんだい?」
「そんな勝手な理屈で……残された人の気持ちを考えたことはないんですか!?」

沙織が今までにないほどに激昂している。というよりは、やり場のない怒りをぶつけていると言った方が正しい気がした。
恐らくは沙織の求める答えが得られないということも自分でわかっているのだろう。

「前にも言ったろう?そんなに未練があったならどうして自分でなんとかしようと思わなかったんだい」
「それは……」
「だからこそお前は今、自分で自分のためのサークルを守ってる。それでいいじゃないか。
だって”自分で決めたことなんだろ?今日のことも”」
「――っ……」

沙織はそれ以上何も言い返せず、ただ唇を噛み締めるしかできていなかった。
124 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/05/04(金) 00:49:58.09 ID:ltrzFlH+o
(今日のことも……?)

黙って姉妹の問答を聞いていた俺だったが、事ここに及んでようやく頭が回り出してきた。
香織さんが俺達の事情をどこまで察しているかは知らないが、少なくとも俺達が同じサークルにいることは知ってると思われる。
そんな関係の俺達が今日こんな風にデートまがいのことをしていることについて、香織さんなりに感じるところがあったのだろう。それは何か。
そんなもん決まってる。沙織がサークルの関係を脇に置いてでも――俺と一緒に居たいと思ってくれたから、だろう。もはやこれは自惚れでもなんでもない。
だからこそ香織さんは俺を値踏みする必要を感じたし、沙織もそのことについて時折影を見せていた。
……はは。わかってみれば、なんて単純なことなんだろうか。情けなくって涙が出そうだぜ。

それを踏まえた上で、沙織はまだ踏ん切りをつけ切れずにいる。なぜならこいつにとって桐乃も黒猫も大切な親友だから。
そしてそれは、黒猫も……桐乃も、憎からず俺を想っているということに他ならない。
そんな諸々に対しての覚悟はあるのか、こいつを幸せにできるのか――暗に香織さんはそう問いかけているのだ。

(……上等だ)

正直、このやり方が最善かなんて判断はできない。むしろ取り返しがつかなくなるかもしれない。
けど、それ以上にこの愛しのお嬢様が苦しんでいるのを見過ごすわけにはいかなかった。
俺は腹をくくると、そっと沙織の傍に並び立った。不思議なぐらい頭は冷え切っていた。
125 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/05/04(金) 00:50:35.05 ID:ltrzFlH+o
「沙織、ちょっといいか?」
「は、はい……?なんですか京介さ――んんぅ!?」

沙織がこちらに振り向いた瞬間にその首根っこを両手で掴み、――強引に唇を奪った。
場所も状況もムードもへったくれもない、ただただ欲望のためだけのキス。
ゲーセン故の環境音で他に気付かれなかったのは僥倖というべきか。沙織の眼が震えているのに内心自嘲しながら唇を貪り、そして離す。

「ご覧の通り、俺は今槇島沙織の初めてを奪いました」

真偽は知らないがそんなものは今はどうでもいい。
無表情で佇む義姉に俺は処刑台に立つ罪人の如く明々白々と言い放った。

「言い換えれば、俺は彼女の意思に依らず俺の意思で彼女を手篭めにしました。
すなわち、”今後何が起ころうとも”全ての責任は俺にあります」
「きょ、京介さん……」
「……俺はこれから何があっても俺の責任で――俺の意思で沙織の苦しみを背負ってみせます。どうですか、お義姉さん」

そう宣言したところで、全く感情を見せなかった彼女の顔が先程までの不敵な笑みを取り戻した。
126 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/05/04(金) 00:51:01.57 ID:ltrzFlH+o
「足んないね」
「……」
「姉さん……」
「もう一回してみせな。今度は合意の下で、ね」
「「…………へ?」」
「ふふふ……あはははは!沙織、お前もいい男を見つけたもんじゃないか。
あんたの覚悟、しかと見届けさせてもらおうじゃないか。今後ともヨロシク、義弟くん」
「……こちらこそ」
「京介さん……!」

そして、改めて俺達は約束を交わした。今度は深く、長く。
127 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/05/04(金) 00:51:31.43 ID:ltrzFlH+o
「おーおーお熱いねぇ。それじゃあ京介くん、後は任せたよ。
困ったときは是非ともお義姉さんに相談しなさいな。それじゃっ」

立ち去り際に何かゴソッと掴まされ、陽気な後ろ姿を残して香織さんは去っていった。
怪訝に思いながら中を開けてみると、諭吉が一枚と――特殊なゴム入りの箱が入っていた。

「…………」
「あ、あはは……姉さんったら……」

ご丁寧に『餞別』とはっきり書かれている。「使わなかったら只じゃ済まさないゾ」という思念が暗に含まれている気がした。
眼鏡にかなったのは素直に嬉しいのだが、あまりにストレートすぎるだろうよ。
かといって、あれだけの事をしでかしておいて今更尻込みなどできようはずもない。
さっきの自分の言葉を反芻して飲み込み、ぎゅっと沙織の手を掴んだ。

「沙織。その。……行くぞ」
「………………はい」

沙織も、おそらく俺も真っ赤になりながら、燦々と輝く太陽に背を向けるように俺達は休憩施設へと向かった。
128 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/05/04(金) 00:54:36.61 ID:ltrzFlH+o
ここで一区切り。ようやく終わりが見えてきました。できればGW中に完結させたいですが……。
しかし結局こういう話に落ち着いてしまったなあ……
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/04(金) 03:23:35.11 ID:wmMYaLico


完結?
まだプロローグではないですか冗談きついなぁ
130 :>>129 なん……だと…… ◆XUsplk79ik [sage]:2012/05/05(土) 12:26:49.27 ID:2wpyXqgto
――――――――――――
―――――――――
――――――
―――

あれから1週間が経った。

「おはようございまする、京介氏」
「ああ、おはよう沙織」

あの日以来、俺は毎朝沙織を駅まで迎えに行くようになった。
千葉駅までは結構な距離なので自転車を使ってだが、朝早くなのに不思議と辛いとは思わない。
むしろ沙織の顔を見るたびに活力が湧いてくるってもんよ。嘲りたけりゃするがいい。

え?時間飛びすぎ?あの後どうなったかって?……どうなったと思う?
てめーらにはおしえてやんねー!!!!! くそしてねろ!!!!!

……いやまあオレにだって話したくないことぐらいあるってことでその辺は了承してくれ。
正直なところ簡潔に述べようとすると『最高だった』とか『至福だった』とかしか言葉が見つからないレベルなのだ。真面目に記述しようとすると原稿用紙が10枚じゃ足りないレベルになるんだよ。
あの時の俺はまさに阿修羅すら凌駕する存在だったと自負してもいいと思う。
……まあそういうわけだ、今は話を進めさせてくれ。いつか沙織の許可が下りたら話してやってもいいかもな。
131 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/05/05(土) 12:35:26.35 ID:2wpyXqgto
ちょっとやや多忙につき不定期に単発でちょこちょこ書いていきたいです
>>130みたいな単発でポンと書いていくことが多くなると思いますがよろしくお願いします(´・ω・`)

しかし未だに投下したら数日内にレスが飛んでくるのに驚くです、もちろん嬉しいんですけど

>>120
亀ですが個人的には完結させてからageたいんですよね
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/06(日) 01:38:16.78 ID:tlDz9KXVo
おつ

多忙ならしゃーないわな
気長に舞っとくわ〜
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/11(金) 01:47:02.39 ID:WbDnOpCKo
ちゃんと完結するならゆっくりでもいいさ

134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/06/25(月) 08:11:17.54 ID:OmeMQs21o
>>133
あげとこか
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/25(月) 08:45:49.22 ID:HFLRCDh6o
まだなのか
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/25(月) 11:54:37.69 ID:5O6BLviDO
おぉ!これまだ続いてたのか!?

137 :このスレが上がってるなんて……こんなの、普通じゃ考えられない! ◆XUsplk79ik [sage]:2012/07/03(火) 09:17:17.46 ID:WayU5QXTo
「こっちに来てからの生活にはもう慣れたか?」
「そうですな……慣れてない、といえば慣れていませぬが」

自転車を押しながら沙織と並んで歩く。
腫れて恋人同士となった俺たちではあるが、登下校の最中では今でも専ら/@@/は装着したままである。
沙織自身はもう外しても構わない(曰く、「京介さんに身も心も捧げたから」)と彼氏冥利に尽きることを言ってくれたのだが、俺の一存、言い換えれば独占欲で維持してもらっている次第である。
自分の彼女に視線が群がる姿なんて――それはそれで優越ではあるだろうが――正直面白くないに決まってる。贅沢な悩みといえばそれまでだが、沙織はそんな俺の吐露に大層ご満足いただけたようで現在に至る。

「そりゃ、昔の友達とかもいないんだもんな」
「いえ、そうではござらんでして――」
「?」
「慣れたくない、というべきでしょうか。京介さんと傍に寄り添えるこの時間に」
「……っ」

これである。この女、たまにぽろっと素が出るのだが、この破壊力には未だに慣れない。
狙ってやっているのかは知らないが、本当に飽きが来ないヘンテコな彼女だと思うぜ、まったく。
138 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/07/03(火) 09:18:47.34 ID:WayU5QXTo
「……っふ。相変わらず朝から発情しているようね」

前方から聞き慣れた不適な声が届いた。察しの通り黒猫である。
別に今更否定するまでもないので俺はさっくり応答した。

「まあな。おはよう、黒猫」
「おはようございまする」
「……おはよう。先輩、沙織」

あいさつもそこそこに黒猫は沙織の隣に付いた。

「今日は私達のゲームに審判が下される日ね」
「そうでござるな。良い結果だといいのでござるが」
「だな」

機械的に相槌を打つ。
あまり力になれることがなかったとはいえここ最近ずっといちゃこらしていた俺たちに言えた義理は何一つないのだが、あのゲームって自分からニッチな方向に向かってるからなぁ。
それを評価してくれる人が果たして何人いるのか……
とはいえ、黒猫が瀬菜が(俺と沙織も一応)懸命に作ったゲームなんだし、なんとか評価されて欲しいものである。というか黒猫的には誰か一人にでも評価されれば御の字なのだろうが。
139 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/07/03(火) 09:19:16.12 ID:WayU5QXTo
なお、ご覧の通り彼女ら――いや、俺たちの関係は驚くほど素直に維持された。
あの一件から包み隠さず真っ向勝負で俺は黒猫に事の次第を伝えたところ、黒猫は円らな瞳をしぱたたかせながら、極めて穏やかな顔で

「……そう」

とつぶやいた。

「けど、俺も沙織もお前が大好きなんだ。だからこれまで通り――」
「恥ずかしいことを真顔で云わないで頂戴」
「るりさん……?」

沙織の瞳に不安が滲むのとは対照的な、柔らかな笑みをもって黒猫は言葉を継いだ。
140 :もうちょっとだけ書き溜めがあるので続きは今日の夕方に(´・ω・`) ◆XUsplk79ik [sage]:2012/07/03(火) 09:19:58.82 ID:WayU5QXTo
「……私が先輩や貴方を嫌うことなどあり得ないわ。私の数少ない理解者達を、ね」
そう言い放つと、黒猫は俺におもむろに近付き、左頬に柔らかい感覚を押し付けてきた。

「る、るりさんっ……」
「……」

返す刀で黒猫はさらに沙織の右頬にも印をつけた。

まじな
「呪い、よ。そっちから離れようとて離れられない――そうお思いなさい」
「……!!」

かぁっと紅潮した黒猫の手をぎゅっと握り締め、黒猫にお返しとばかりにキスの嵐を浴びせかける。
そんな姿にやれやれと頭を?きながらほっと胸を撫で下ろした。

「ありがとな。黒猫」

黒猫の頭をわしゃわしゃと撫でてやると、「……ん」とくすぐったそうに肩を震わせた。

「……まったく、お似合いよ。莫迦」

そう呟いた黒猫の顔は耳まで真っ赤だった。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 01:15:42.94 ID:gV6o/3YKo
来てたのか…全然気づいてなかったぜ

続き期待!
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/08/14(火) 23:36:53.82 ID:DgjOJYE3o
             r‐,  /`l/:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::....  レ!
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      /  l / /_ヽ、|    ゙、:〈ヾ‐''"´     |r‐‐'":|
     /    ' /´  \彡ニ=-、゙、l   ,,.z=二ミ、ヽ::::::::l
   /    , l  r‐'`ヽ、_,j --┬┬―――┬-- 、.|_:/
  /     /  | r=ヽ  l | ||   _    | |   ,ィ'ス   ならば、やってやりますか
''´      /   `ー'"´ `ヽ、_| || / ゙、  |l,.-'"| lヽ )
     -‐'     ,.-‐''"| ̄ ``''ー'   `ー''"   l:/ノ/
          /   ヽ:l  ,    、  ,.    ,  k'‐'
__,,.-‐--‐''"´     r''l、 `''ー―――‐一''  / \
                |ヽ、\   -‐‐‐-   /l /⌒7
-――ァー---- 、...____,,|  l  ヽ        , '  l/  /
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::::::::::::::::::::\          l`ー-------‐'/  /           /::::::::::
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/26(日) 19:15:45.81 ID:OqUhYL5Wo
tes
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/29(水) 22:38:05.62 ID:QNPmfCfKo
追いついた
145 :dat落ち防止で。完全に冨樫で誠に申し訳ない ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/02(日) 21:00:48.85 ID:1ystL/5Qo
 
146 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/22(土) 10:37:31.38 ID:3YsO70oeo
昼休み。
教科書を机の中に早々にぶち込み、”いつも通りに”屋上へと向かう準備をする。

「高坂、今日も上か?」
「ああ」

そう声がかかったのは、ご存知鋼のシスコン兄貴、赤城だ。

「女の後輩を2人もはべらせてるなんて本当羨ましいっつーか、気の毒っつーか……」
「塞翁が馬ってのはこういう事を言うんだろうな。つか気の毒って何だ」
「いや、それはお前じゃなくてだな……まあいい。だが瀬菜だけはお前の毒牙にはかけさせんぞ」
「はいはい」

取り留めのない駄弁りも程々に、俺は右手をひらめかせて屋上へと急いだ。
147 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/22(土) 10:38:10.19 ID:3YsO70oeo
「京介氏、はい、あーんっ」

語尾に(はぁと)とでもつきそうなぐらい甘ったるい猫撫で声で箸を突き出してくる瓶底。その箸には卵焼きが握られている。
最近はこの姿すら可愛くて仕方がなくなって来ている辺り、惚れた弱みとはかくも恐ろしきものである。

「んむっ。……ちょっとしょっぱ過ぎるかな」
「そ、そうでござるか……自分でもちょっとそうかと思ったのですが」

そんなやり取りを横目で見ながら不敵に笑う邪気眼。

「……ふっ。どうぞ、先輩」
「ん……んん。いいじゃないか、もうちょっとだけ甘みがあるとなおいいかもな」
「……それじゃあ?」
「黒猫の勝ち、だな」

俺の裁定に対して無言で小さくガッツポーズを取る黒猫。その小柄さと相まって非常に愛くるしい姿だ。正直かわいい。

「……くっ」

片や腕を前に組んで肩をすくめるもう一方。
それをお前がやっちゃいかん気がする、何でかはわからんけど。
148 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/22(土) 10:38:36.07 ID:3YsO70oeo
沙織の名誉のために言っておくと、別に彼女は料理が下手なわけではない。
お嬢様だけあって色々と一通り手解きは受けているらしいし実際手際もいいのだが、沙織自身が薄味を好む(素材の味を活かすと習ったらしい)のでやたらと味が薄いのである。
これを以前指摘して修正してきた結果がかようにしょっぱくなったというわけだ。
逆に黒猫は庶民的というか少量で満足感を得るためにか、やけに味付けが濃い。悪く言えばくどい。
だが俺も濃い目の方が好きなのと、黒猫のほうが庶民的な、言い換えれば俺が慣れ親しんだ料理に強いのが昨今の黒猫の勝因となっている。

「……じゃ、アレを」

アレとはこの勝負(なぜかいつの間にか勝負として定着していた)の報酬であるある行為のことだが――

「ああ、うん……」

俺は黒猫をそっと抱きしめ、まさに猫をあやすように頭を梳くように撫でた。
149 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/22(土) 10:39:32.94 ID:3YsO70oeo
「んっ……」

震えるな、目を潤ませるな。こっちが恥ずかしくなるから。

「はい、おしまいな。……これ、いい加減にやめね?」
「嫌?」
「そうじゃなくてだな……」
「ここでやめるなんてとんでもない!ですわ、京介さん」

振り向けば、例によって不自然な笑顔を張り付かせた裸眼がいた。

「ここでやめたら勝ち逃げになってしまいますもの。せめて一度は土をつけてぐぬぬさせませんとわたしの立場がありませんわ」
「だったらアレするたびにピリピリするのやめてくんねーかな」

どっちかというと羨望の眼差し光線という具合なのだろうが、それでもあまり気分のいいものではない。心象的に。
無論彼氏として光栄なのは言うまでもないことではあるが。

「わたし怒ってなんかいませんことよ」
「はいはい。いつも盛ってるんだからこれぐらいいいでしょ?悔しかったら精進することね」
「さ、盛っ……ぐぬぬ……」

真っ赤になりながらぷくーと頬を膨らませる沙織。怒るのか照れるのかどちらかにしろと思うが、当然口には出さない。
150 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/22(土) 10:40:00.59 ID:3YsO70oeo
そんなようないつもの身長差20cmのじゃれあいをどこか遠くを見る目で苦笑していたところ、俺の携帯が突如として鳴り響いた。

「メール……桐乃から!?」

そう言うや否や2人がぱっと振り向く。お前等本当に桐乃大好きだよな。
つか向こうはまだ日が昇ってないんじゃないのか……?
内容を開くと――

『アンタに預けたあたしのコレクション ぜんぶ 捨てて』

瞬間、場の空気が氷点下まで凍りついた。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/22(土) 12:59:35.67 ID:8tUYQKjVo
キテタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/09/23(日) 17:15:59.58 ID:BwtyQ7edo
乙乙
153 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/23(日) 21:16:15.82 ID:1M59gXbEo
教室に戻った俺は全くの上の空で肩肘を着き、顔を手の平に預けていた。
昼休み明けで午後の授業をサボるわけにもいかず、やむなくあの場は散会して放課後に集結することにしたのだが――正直、ここまでこたえるとは自身でも驚いていた。
そんな俺の様子に思うところがあったのか、赤城が授業が終わるなり俺の席へと寄ってきた。

「高坂、お前昼に何かあったのか?」
「ん……いや」
「お見通しなんだよ、何年の付き合いだと思ってやがる」
「あぁ……そうか」

お前と友達になった覚えなんかない、なんていつもなら軽口を叩くところだが、
生憎今はそんな余裕すら満足に繕えなかった。

「赤城、お前さ……瀬奈が自分の趣味を放棄するって言い出したらどうする?」
「全力でなだめすかす」
「……割と普通の意見だな」
「家族として、何より兄として当たり前のことだろ。けどどういう質問だそりゃ」
「いや……他意はないんだが」

兎にも角にも話をしてみなければ始まらない、というのは至極道理なのだが、なんせ肝心の相手が地球のほぼ裏側だ。
どうしたものかと脳内を再整理しようとした矢先、赤城がはっと閃いたように俺を睨み付けた。

「ま、まさか……お前、俺の瀬奈にお手つきでもしたんじゃねぇだろうなぁ高坂ぁ!?」
「しねぇよ馬鹿!どういう頭してんだお前!?」

いや、あるいはこの男にとってはこれが自然な発想なのか。まったくシスコンも程々にしてもらいたいもんである。
154 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/23(日) 21:17:04.83 ID:1M59gXbEo
「いいや、そういやお前の話が度々瀬菜の口から出てくるんだよ!お前同じ部活なのをいいことに――」

「……赤城。あのさ、それ、どういう方面の話で?」

「…………すまん、俺が悪かった。この話はもうやめよう」



やはりか……。

予想通りの掌返しに俺らは揃って顔を引き攣らせた。

重なった視線がその不毛さを如実に表していよう。



「なんの話〜?」

「「うおぁっ!!?」」



冷や汗をつたわせる俺達の後ろからひょこっと顔を挟んで来たのは麻奈実だった。

「い、いや、なんでもない。そう、なんでもないんだ」
「そう言われると気になるなぁ」
「それでもダメだ!これは、その……男同士の話だからな」

赤城が心底複雑そうな顔で言い訳を切り出すのに俺は心底同意した。あの腐った眼鏡がいたら何を言われるか――いや、いないからこその台詞なのだが。
155 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/23(日) 21:17:31.02 ID:1M59gXbEo
「むー。変なふたり」
「あ、ははは。し、しっかしさっきの質問なんだったんだよ。桐乃ちゃんの話か?」
「桐乃ちゃんの……?」
「あー……」

俺は己の不覚を噛み締めながらボリボリと頭を?いた。

「まあ……そうだな。プライベートな話になるから多くは言えないが、あいつ、今何か悩んでるみたいでさ。結構重症みたいで心配なんだよ」
「う、そりゃ悪かったな。けど……今桐乃ちゃんってアメリカ行ってるんだよな?」
「ああ」

その時、俺の心の揺れのせいかもしれないが、麻奈実の顔にはっきりとした意思の火が灯ったような気がした。
156 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/23(日) 21:18:18.14 ID:1M59gXbEo
「きょうちゃん」
「お、おう……」
「桐乃ちゃんは、きょうちゃんをずっと頼りにしてるんだよ。ずっと、ね」
「な……」
「だから、きょうちゃんは桐乃ちゃんを支えてあげて」
「それは”きょうちゃんにもできること”だから」
「っ……!!」

俺は麻奈実の言葉に言い知れぬ迫力と”畏怖”を感じた。それはまるで――

「……ああ。俺は、あいつの兄貴だからな」

だが、次の瞬間には俺はあらゆる感情を飲み込んで、二人に笑ってみせた。

「おう。高坂、行って来い!」
「……いってらっしゃい」

俺は無言で大きく頷くと、まずは沙織と黒猫に合流するためゲー研へと駆け出していった。
157 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/30(日) 20:08:07.49 ID:LpV1G+who
ゲー研へと辿り着いてドアを開けると、部屋内には異様に陰鬱なオーラが立ち込めていた。

「な、なんだこのプレッシャーは……」

見るに黒猫と沙織が机に体を預けて苦虫を噛み潰したような顔であり、その脇では瀬菜が歯ぎしりしながら画面を見つめている。
それを真壁君があわあわとまごつきながら様子を伺い、部長は我関せずとばかりヘッドホン装備でエロゲー(だと思う)に精を出していた。

「あーっ!聞いてくださいよ先輩!あのですねー!」

瀬菜がもう辛抱たまらんという面持ちでこちらに近付いてくる。その胸元がはちきれそうで悩ましいが、沙織の手前ポーカーフェイスで意識を散らす努力をする。

「私たちのゲーム、ボッロクソに叩かれてるんですよ!ひどいと思いません!?」

ビシッと魔貫光殺砲でも出さんばかりに一本指をパソコンに向けた。大方匿名掲示板の該当スレッドでも覗いていたのだろう。

「そんなにそんなだったのか?」
「そうですよ!いやあ作る側に立つとここまでクるもんがあるとは思いませんでしたね……ふふ……ふふふふふ……!」
「……もうそのくらいにしておきなさいな。そもそも貴女の製作部分に批判は殆ど無いでしょうに」

今にもうがーと歯を剥いて襲い掛かりそうな形相の瀬菜を窘めたのは意外にも黒猫だった。
158 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/30(日) 20:08:33.17 ID:LpV1G+who
「なんでそんな冷静でいられるんですか……仮にそうだとするならあなたのシナリオを扱き下ろされてるってことじゃないですか!」
「……それならそれで甘んじて受け入れる、それだけのことよ。もとより万人に受け入れられるものとは思っていないし――批判の声ほど大きいものよ」
「随分達観してますね、わたしには信じられませんよ」
「……悔しくないわけではないわ。けど、私は貴女達の技術を、頑張りを知っている。だから許せる。――優しいわね、貴女は」
「な、な、なん――」

あまりにも唐突な感謝の言葉に瀬菜は金魚のように口をぱくぱくさせている。正直俺も面食らっていた。

「過ちを気にする必要はありません。ただ認め、次への糧とすればいいのです。それが学生の特権ですぞ」
「……だな」

少なくともこうして黒猫が俺達以外に素直な感情を吐露できるようになったというのは、本当にこの部活に入れてよかったと思う点である。
159 : ◆XUsplk79ik [sage]:2012/09/30(日) 20:09:12.66 ID:LpV1G+who
「さすがバジーナだけあって池田キャラには精通してんな槇島。まさにその通りだ」

すると、いつの間に話を聞いていたのか……というか奥に座っていたのだから聞こえていたのだろうが、部長が話に加わってきた。

「俺がお前等に感じて欲しかったのはそういうこった。どんなゲームもアニメも、一人じゃ絶対に限界がある。だからこそ、人の心の光を見せなきゃならねぇのさ」
「ちょっと後半何言ってるのかわかりませんけど、部長の心意気は伝わります」
「なんだよつれねぇなぁ兄弟。要はなんだって楽しまなきゃ損だってことさ。
求道者も結構だが、気の置けない友と一緒にやる事はアニメでもゲームでも格別だと思うぜ?」
「……そうね」

部長のあまりの屈託の無い笑顔に黒猫はふと表情に影を落とした。
あのバカ妹め、一体何を悩んでやがるんだ……?

「ありがとうございます、三浦部長。おかげで、わたし達も決心がつきそうです」

そう柔和な笑みをたたえたのは沙織だった。

「感情で行動することに異論は無い、だろ?好きにすればいいさ。
――できれば、お前の真の姿も見てみたいものだな」
「ど、どういうことですか部長?」
「言葉通りの意味だよ真壁君」
「……」

気持ち悪いほど爽やかな笑顔を崩さない部長に俺はただただ畏敬の念を感じざるを得なかった。
やっぱこの人、変態だけど只者じゃなかったな。変態だけど。
160 : ◆XUsplk79ik :2012/09/30(日) 20:09:58.89 ID:LpV1G+who
「……ええ。それでは、京介さん、瑠璃さん、行きましょう」

俺と黒猫の手がそっと握られ、俺達は驚くほど滑らかな動きで沙織に連れ出されていった。

――――――

ゲー研の扉を閉めて気持ち歩いたところで、沙織がおもむろに口を開いた。

「……姉さんが、きりりんさんの事を知っているかもしれないのです」
「「……はあ?」」

俺と黒猫は一瞬目を見合わせると、沙織に向き直っていささか間抜けな声を上げてしまった。

「詳しい事はわたしも存じ上げませんが。まず話を聞きにいきましょう。そして――」

ごくりと唾を飲み込んでから一呼吸置き、

「――きりりんさんに会いに行きましょう。皆さんで」

俺の望んだ答えが空気を震わし、俺は沙織のまっすぐな視線に後押しされるように、「ああ」と頷いた。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/30(日) 20:14:28.62 ID:b3xsVkRYo
なつい
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/11/11(日) 17:33:05.05 ID:0QjEw1YLo
−−−−−
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/11/12(月) 00:30:25.58 ID:aN1TP4aUo
テス
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/02(日) 03:47:00.80 ID:Js7AT2xjo
終了
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/19(水) 22:54:23.86 ID:IVTVSIFX0
もうすぐ3カ月
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/04(金) 16:04:24.55 ID:CJ3JznZb0
来ないのか
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