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女「ランプとか泉とか、トレンディーじゃないのよ」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/25(土) 01:47:49.48 ID:J1Tlri2Po

男 「話を整理しよう」

女 「ええ、それがいいと思うわ」

男 「まず、僕は昨夜、特に普段と変わりない夜を過ごした。いつもと同じような時間に寝た」

女 「昨夜まで戻るの?」

男 「順序ってものがあるんだよ。今朝起きたときも、とくに変化はないようだった。いつも通り。特に問題のない生活。平穏」

女 「普段通り、というのがいまいち想像できないけれど。……それで?」

男 「それで、普段通りに仕事に行った。特に問題のない一日だった。失敗もなかったし、特別目立ったこともなかった」

女 「貴方ってつまらない人ね」
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
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【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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【安価】少女だらけのゾンビパニック @ 2024/04/20(土) 20:42:14.43 ID:wSnpVNpyo
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ぶらじる @ 2024/04/19(金) 19:24:04.53 ID:SNmmhSOho
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旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:48:15.70 ID:J1Tlri2Po
男 「ちょっと黙っていてくれないか。平凡なのがいちばんだよ。それが平穏なんだよ」

男 「浮かず沈まずが流行なんだ。無駄に目立つのはトレンディーじゃない」

女 「いいわよその話は。整理を続けて」

男 「それで、帰り際にシャンプーが切れてたことを思い出した」

女 「うん。それで?」

男 「せっかくだから、高いのを買っていこうと思ったんだ。いつも安いのだから」

男 「そして帰る途中で薬局に寄った。そうだ。思えばあの薬局も変だった」

女 「変って?」

3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:49:12.53 ID:J1Tlri2Po
男 「客がほとんど入っていなかった。ほとんど、というよりはぜんぜん。人がいなかった」

男 「店員もレジにひとりいるだけだった。それも怪しげな老婆だった。週刊ストーリーランドに出てきそうだった」

女 「週刊ストーリーランド?」

男 「それについては後でいい。とにかく『いかにも』なお婆さんだったんだ」

女 「へえ。それで?」

男 「おかしいなと思いつつシャンプーを選んだ。レジに持っていった。するとお婆さんが僕に声をかけてきた」

4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:49:41.54 ID:J1Tlri2Po

女 「なんて?」

男 「シャンプーならこっちがお勧めだよって。僕が選んだのは女性向けだとも言っていた」

男 「お婆さんが薦めてきたものの方が安かった。人に薦められたものだし、と思って彼女に従った。会計を済ませて鼻歌交じりに家に帰った」

女 「そんな薬局、どう考えてもおかしいじゃない。なぜさっきまで不思議に思わなかったの?」

男 「君には分からないかも知れないが、人間はそういうものに出会うと、まったく違和感を抱かないものなんだ」

女 「変なの」

男 「もしくは、面白がって係わり合いになって痛い目を見るってパターンもある」

女 「馬鹿なのね」

男 「そう、馬鹿なんだ」
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:50:24.81 ID:J1Tlri2Po

女 「それで、貴方はどんな痛い目を見たの?」

男 「それが問題だ。僕はいったいどういう状況に立たされているんだろう?」

女 「そんなの、私が知るわけないじゃない」

男 「そうだね、整理しよう。ここは僕の部屋だ」

女 「へえ。結構いい部屋ね」

男 「そう。結構いい部屋だ。家賃もそこそこ妥当。広くはないが、無理に物を押し込みでもしない限り広々と使える」

女 「物が少なすぎる気がするけれど?」

男 「趣味がないんだ。テレビもあまり見ない。暇つぶしの本は図書館で借りるかすぐに売る。だから物はたまらない」

女 「貴方の部屋には何も残らないのね。……示唆的ね」

男 「そうかもしれない」

女 「それで、続きは?」
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:50:50.57 ID:J1Tlri2Po

男 「僕は会社帰りに薬局に寄った。シャンプーを買った。そのままこの部屋に帰ってきた」

男 「ひどく疲れていたんだ。普段通りの日だったけれど、今日は金曜だから。少し気も抜けていた」

男 「それに夏で、蒸し暑い。汗を早く流したかったし、早く布団に倒れこみたかった」

男 「だからシャワーを浴びた。買ってきたばかりのシャンプーも開けた」

女 「そう。それで?」

男 「それがつい十分ほど前のことだ」

女 「ええ。そうでしょうね。そこから先はだいたい想像がつくもの」

男 「汗を流す。髪を洗う。全身をぬらして髪を洗おうとした。シャンプーをプッシュした」

男 「そうしたら君が出てきた」

女 「不思議なことってあるものね」
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:52:02.99 ID:J1Tlri2Po

男 「すべての原因はあのシャンプーにあったとしか思えない」

女 「まぁ、そう考えるのが妥当よね」

男 「ここで確かめておかなければいけないのは、君がいったい何者かということだ」

女 「私? ランプの精だけど?」

男 「ああ、あっさりと答えちゃうのか。そうか。引っ張ったりしないのか。意外だ」

女 「引っ張る理由がないのよ、はっきり言って。それでなくともだいぶ待たされたし」
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:52:50.49 ID:J1Tlri2Po

女 「最近、ランプって誰も使わないじゃない?」

男 「そうだね。僕は実物を見たことがない」

女 「で、最近はランプの精業界でも、さすがにこのままじゃまずいだろうってことになって、何かに変えることにしたのね」

女 「ランプとか泉とか、トレンディーじゃないのよ、貴方風に言えば」

男 「ランプの精にもトレンドがあるっていうのが一番のショックだよ」

女 「そうね、私のお母さんも言ってたわ。ランプじゃなくなるなんて世も末だって」

男 「不思議だ。ランプの精にも世代交代があるなんて」

女 「基本的には飽き性だからね、みんな。三百年くらいで大抵は隠居するわ」

男 「なんだかとても侘しい話だな」
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:53:27.18 ID:J1Tlri2Po

男 「それで、話は戻るけど、つまり君はランプの精ならぬシャンプー容器の精だということかな?」

女 「そうね、おめでとう。何でも願いを叶えてあげるわよ。どんなことでもできるし、してもいいの」

男 「『してもいい』。『してもいい』か」

女 「えっちなこと考えた?」

男 「考えた。というか、考えさせたよね?」

女 「まぁ、そうよね。そういうものだって聞いてたから」

10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:54:05.62 ID:J1Tlri2Po

男 「つまりこういうことだね?」

男 「君はランプの精的な存在で、人間の願いを叶えることができる。『どんなことでもできるし、してもいい』」

女 「そういうことよ」

男 「そして魔法のランプよろしく願いを叶えてくれるわけだ。
「おい、世界征服、金銀財宝、不老不死だ」「お任せあれご主人様」って具合に」

女 「ええ。そういうこともできるわよ。何も願いは三つまでとは言わないけれど」

男 「なんだって?」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:54:32.21 ID:J1Tlri2Po

女 「だから、世界征服も、金銀財宝も、不老不死も、さして難しくはないわよ、って」

男 「そっちじゃない。いや、それができるということも充分耳を疑うに値するけれど」

女 「貴方、言い回しがいちいち面倒で気持ち悪いわ」

男 「癖なんだ。すまない」

女 「まぁ良いわよ。それで、何が気になったの?」

男 「願いの数だよ。三つまでじゃないの?」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:55:16.68 ID:J1Tlri2Po

女 「むしろなぜ三つだと思うの?」

男 「そういうものだと信じてたからだよ。御伽噺ではそうだった」

女 「あんなの、物語の体裁を整えるために事実を歪曲してるに決まってるでしょ」

男 「そうなのか?」

女 「あのこそ泥、結局死ぬまでランプを手放さなかったって話よ。王様になって、美人の奥さん捕まえて」

男 「それは、まぁ、手放したくはないだろうね、普通」

女 「その話はいいのよ。とにかく、願いは無制限よ、というお話」
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:56:00.04 ID:J1Tlri2Po

男 「人の生死や想いもどうにかできるのかな?」

女 「まぁ、そうね。できるのよ、それが。不思議なことに」

男 「なんだか怖いな」

女 「でしょうね。私も怖いもの。でも、なんていうのかしら、こういうの。馬鹿と鋏は使いよう?」

男 「とても実際的な話だね」

女 「俗っぽいことなら何でもできるの。でも、宇宙の真理を教えて、とか言われてもできないの」

男 「なぜ? できそうなものだけど」

女 「だって私たちも世界のシステムの内側にいるんだもの。逆らえないの」

男 「システム。不思議だ。システムを覆せるのに、システムそのものは謎のままなんて」

女 「でしょう?」

14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 01:56:27.72 ID:J1Tlri2Po

女 「まぁ、ヤドカリみたいなものなのよね、私たち。とにかく誰かのところに行く。願いを叶える。観察する。見守る」

男 「なぜ?」

女 「さあ。なぜかしら。システム、といえば簡単だけれど。多分、そうね……本能じゃない? そういうふうにできてるの」

男 「そういうふうにできている」

女 「ええ。そういうふうにできている」

男 「とても感性豊かな表現だね」

女 「そういう貴方はくだらない言い回しばかりね」

男 「癖なんだ。いわばシステム。本能だね」

女 「調子に乗らないで」
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 02:00:09.04 ID:J1Tlri2Po

女 「それで、何か願いはある?」

男 「難しいね。なかなか思いつかない」

女 「別に不老不死でも金銀財宝でもいいわよ」

男 「参考までに聞きたいんだけど、今まで不老不死を試した人っているの?」

女 「いるわよ。でも、大抵は後から取り消すの。やっぱりなかったことにしてくれって」

男 「そういうものなのかな、やっぱり」

女 「取り消しがきくから、一度試してみたらいいんじゃない?」

男 「やめておくよ」
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 02:00:47.83 ID:J1Tlri2Po

男 「今のところ、願いは特にないかな。十分満足しているんだ、今の生活に」

女 「そうなの? それなら仕方ないわね」

男 「うん。仕方ない」

女 「……」

男 「……」

女 「……」

男 「……あの」

女 「なに?」

男 「それで、君はどうするの?」
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 02:01:44.79 ID:J1Tlri2Po

女 「どうする、っていうのは、どういう意味?」

男 「僕は願いがないわけだけど、それだと君がここに居る意味もなくなるわけだろう?」

男 「さっさと他の人のところに言った方がいいんじゃない?」

女 「必ずしもそうとは言えないわよ」

女 「私たちは基本的には願いを叶えることを目的として人に近づいているけれど、別にそうでなくてもかまわないの」

女 「観察する。見守る。対象が願いをひとつも言わなくたって、見守るの。見続けるの」

男 「それはちょっと怖いな」
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 02:02:37.21 ID:J1Tlri2Po

女 「そんなわけだから、私はこれから貴方と一緒に生活することになるわけだけれど、かまわないわよね?」

男 「……いや、待ってほしい。他の人のところに行けばいいじゃないか」

女 「それが貴方の願いなら」

男 「いや、願いというほどでもないけれど、君としたらそちらの方が都合がいいんじゃないか?」

女 「とはいってもね。プッシュしたのは貴方なのだし、使用済みのシャンプー容器に戻って他の誰かを待ったって、誰も使っちゃくれないわよ」

男 「それはたしかにそうかもしれない」

女 「大丈夫。迷惑はかけないわよ。食事は必要ないし、他の人には見えないし、手間は何一つかけないわ」

女 「何か不都合があれば、願い事として言ってくれればいい」

19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 02:03:03.27 ID:J1Tlri2Po

男 「……なんだか、とても奇妙な話だ」

女 「仕方ないの。そういうふうにできているから」

男 「そういうふうにできている」

女 「そう。そういうふうにできている」

男 「システムってこと?」

女 「もうその話もいいでしょう。とにかく、今日からよろしくね?」

男 「……まぁ、いいんだけどね」
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/25(土) 02:03:29.74 ID:J1Tlri2Po
終わり
続く
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/25(土) 02:24:43.54 ID:wVAfipDGo
期待
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/25(土) 11:48:07.75 ID:fWzCh6uDO
こういうのすっごい好きだ

マジで期待
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/25(土) 16:33:09.64 ID:J1Tlri2Po

男 「さしあたっての問題は君の寝床なんだけど」

女 「どこでも良いわよ。貴方と一緒でもかまわないし、どこかに行ってろって言うならそうするわ」

男 「それは忍びない。とにかく、今日は僕の布団を使ってもらえる? 明日、君のを買いに行こう」

女 「願っちゃえばいいのに。「布団を出して!」「アブラカタブラ!」」

男 「君は不思議に思うかも知れないけど、人間というのは臆病な生き物なんだよ」

女 「つまらない人ね」

男 「そう。つまらない人間なんだ」
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:33:39.65 ID:J1Tlri2Po

男 「ところで」

女 「なあに?」

男 「触ってみてもいいかな?」

女 「ストイックに見えて意外と積極的なのね」

男 「そういう意味じゃない。そういう意味じゃない。もう一度言おう。そういう意味じゃない」

女 「何度も言わなくていいわよ。それで、どういう意味だって言うの?」
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:34:12.39 ID:J1Tlri2Po

男 「君に実体というものがあるのかを確かめたいんだけど」

女 「実体。あるわよ。ほら。手、触ってみて」

男 「ふむ」

女 「んっ……。ちょっと、どこ触ってるのよ」

男 「手だよ。そういう思わせぶりな言い方はやめてくれる?」

女 「ランプの精は指と指の間が性感帯なのよ……」

男 「本当に?」

女 「嘘だけど?」

男 「だよね」
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:34:45.65 ID:J1Tlri2Po

男 「実体がある。……おかしくない? 僕以外の人には見えないんだろう?」

女 「貴方以外の人には触れなかったりもするのよ」

女 「というよりは、任意。触ることもできるし、すり抜けることもできる」

男 「便利だなあ」

女 「技術の進歩って、社会全体の発展には貢献しても、個々人の成長には繋がらないのよね」

男 「何の話をしてるのかな」
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:35:08.65 ID:J1Tlri2Po

男 「後は……そうだ。服装」

女 「服?」

男 「君は四六時中その格好をしているのかな?」

女 「似合ってないかしら」

男 「とても良く似合っている。どこかの民族衣装のようでエキゾチックな魅力がある」

女 「ありがとう」

男 「でもその格好でいられると落ち着かない。こういうの、分かるかな」
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:35:54.80 ID:J1Tlri2Po

女 「つまり、どういうこと?」

男 「もうちょっと、目に馴染む服に着替えてほしい」

女 「願い事?」

男 「そうじゃない。これは願い事、というよりは、お願い、だ」

女 「同じに聞こえるけれど」

男 「日本語だとね。明日、布団を買いに行くついでに服も買おう。パジャマと、何着か普段着があればいいだろう」

女 「願えばすぐなのに」

男 「これは僕の持論なのだけれど、自分でできることを誰かに任せるのは怠慢だし、それは不幸の種だ」

女 「難儀な人」
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:36:39.10 ID:J1Tlri2Po

男 「これは願い事じゃなくて「お願い」なんだけど」

男 「僕と一緒に生活する以上、ある程度こちらの基準に合わせて過ごしてほしい」

女 「たとえば?」

男 「たとえば、食事は摂る。夜は寝る。寝るときはパジャマ。外出のときは相応の格好をする」

女 「しがらみだらけね」

男 「世知辛いんだ」

女 「善処するわ」
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:37:10.58 ID:J1Tlri2Po

男 「あとは、そうだ。君は僕以外の人間には見えないそうだけど、そうじゃなくすることはできる?」

女 「ほかの人にも見えるようにってこと? できるわよ」

男 「うん。じゃあ、それが最初の願い事だ」

女 「いいけど。……貴方って、なんだか変わってるわね」

男 「そんなことはない」

女 「まったく。問題になって追い出されたらどうするつもりよ」

男 「君がいるなら、そんなことは大して問題にならないんじゃないか?」
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:37:36.84 ID:J1Tlri2Po

女 「まぁ、貴方が願わなくたって、私の意思ひとつでどうにでもなるんだけどね、そこのところは」

男 「見えたり見えなかったり?」

女 「要するに、基本的には誰にでも見えるようにして、まずいときは隠れればいいんでしょう?」

男 「君はとても物分りがいい」

女 「褒めてくれてありがとう。そういう貴方はとても不可解だわ」

男 「不可解。不可解な評価だ」

女 「話を進めてくれない?」

男 「ああ、そうだね」
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:38:27.93 ID:J1Tlri2Po

男 「一緒に暮らす以上ある程度こちらの基準に合わせてほしいって話はしたね?」

女 「ええ。朝起きたら朝食を食べて、夜になったら眠る。眠るときはパジャマを着る」

女 「そういう文化的な生活をしろってことでしょう?」

男 「うん。そういうことになる。毎晩お風呂に入る。夕方までには家に帰ってくる」

女 「面倒ね」

男 「そう。面倒なんだ。日常というものは」
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:39:00.12 ID:J1Tlri2Po

男 「それから、これはちょっとした願いごとなんだけど」

女 「待ちくたびれたわ」

男 「君には、僕と人間として普通の生活をしてほしい」

女 「普通?」

男 「普通。人間と人間が同居している。とても自然だ」

女 「そうかしら」
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:39:25.90 ID:J1Tlri2Po

男 「具体的に言うと、僕は君をある事情で預かることになった親戚の子として扱う」

女 「どこの世界にいたいけな女の子を独身で一人暮らしで女性に縁のない男性に預ける親戚がいるのかしら」

男 「自分でいたいけとか言うのはどうかと思う。それから、女性に縁のないというのは余計だ」

女 「違うの?」

男 「事実かどうかは問題じゃない。事実だろうと人が傷つくようなことは言うべきでないと僕は思う」

女 「わずらわしいのね」

男 「そう。わずらわしいんだ」
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:40:08.20 ID:J1Tlri2Po

男 「とにかくそういうふうに扱う」

女 「構わないわよ、私とすれば」

男 「そう。それはよかった」

女 「人間の暮らしというのにも、興味があったしね」

男 「そう。まぁとにかく、明日必要なものを買いに出かける。かまわないよね?」

女 「私も行くの?」

男 「観察するんじゃないの?」

女 「面倒なのよね」

男 「……君はなんだか、とても、自由だ」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:40:39.12 ID:J1Tlri2Po

男 「それじゃあ、今日は寝よう」

女 「ええ」

男 「明日は早めに起きる。朝食を摂る。かまわないね?」

女 「善処するわ」

男 「それでいい。おやすみ」

女 「おやすみなさい」
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:41:18.02 ID:J1Tlri2Po

+++++


男 「さて」

女 「あの、ちょっといいかしら」

男 「何だろう」

女 「確かに、朝早く起きるというのは聞いていたけれど、ちょっと早すぎない?」

男 「そうかな?」

女 「当たり前でしょう。どこの世界に朝六時から空いてる店があるのよ」

男 「最近はコンビニというものがあって……」

女 「どこの世界に服や日用品を揃えられるコンビニがあるのよ」

38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:41:59.68 ID:J1Tlri2Po

男 「まぁ、軽体操や乾布摩擦でもしてれば時間は過ぎるよ。僕はしないけど」

女 「私だってしないわよ。貴方って、ちょっと変だわ」

男 「そういえば聞き忘れていたんだけど」

女 「なに?」

男 「君はそれ以外の服を持っているのかな?」

女 「ないわよ、そんなもの。だから買いに行くんでしょう?」

男 「うん。そうだね。そうだと思った」
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:42:23.30 ID:J1Tlri2Po

女 「何か問題があるの?」

男 「その格好で人目につくのは、ちょっと、ね」

女 「似合ってるって言ってたのに」

男 「それとは別問題だよ。街を歩くには君の格好は、少し目立ちすぎる」

女 「目立つのはいけないこと?」

男 「いけなくはないけれど、好ましくない」

女 「人間って本当におかしな生き物なのね」
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:42:52.98 ID:J1Tlri2Po

男 「仕方ないんだ。そういうシステムがあるんだ。システムに逆らうと大変なことになる」

女 「システム、システムって、そればっかりね、貴方は」

男 「仕方ないんだ。人間というものはそういうふうにできてる」

女 「そう。まぁ、別にかまわないわよ。それで、この服が駄目ならどうするの?」

男 「これに着替えてくれる?」

女 「これは何?」
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:43:19.91 ID:J1Tlri2Po

男 「服。目立たない服。これを着ると異星人だろうと街に馴染む」

女 「つまり一般的な服装ってことね」

男 「そうだよ。これを着てさえいれば、とりあえず社会の一員だと認識される」

女 「私が聞きたいのは、どうしてこの部屋に女物の服があるのか、という部分なのだけれど」

女 「そういう趣味でもあるの? 別に偏見はないわよ。興味があるから今度見せてくれる?」

男 「君にはどうやら自己完結してしまう気質があるようだ」
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:43:47.87 ID:J1Tlri2Po

男 「前に姉が泊まりにきたことがあった。そのときに置いていったままだったんだ」

女 「恋人とかじゃないのね」

男 「僕が女性に縁がありそうだと思う?」

女 「思えないけど、そうね。『仕方ないからこの人でいいか』と妥協してもらえそうには見えるわ」

男 「君はとても僕を傷つける」
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:44:19.74 ID:J1Tlri2Po

女 「……ねえ。サイズが合わないわ」

男 「体格が違うからね。仕方ないだろう」

女 「貴方の姉は巨漢なの?」

男 「あえて言葉を濁さず言うなら、君が極端に小柄なんだ」

女 「貴方、私が身長を気にしてること知ってて言ってるの?」

男 「いいじゃないか。仏蘭西人形のようで可愛らしい」

女 「そこまで小さくないわよ」
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:44:59.80 ID:J1Tlri2Po

女 「肩が出るわ」

男 「姉さんはきっちりした服装が苦手で、いつも緩めでぶかぶかなのを着てる」

女 「いい迷惑よ、本当に」

男 「でも、それがなかったら君はあのエキゾチックな服装で町を歩いて衆人環視にさらされることになる」

女 「そんなの構わないわよ」

男 「注目を浴びるというのは、結構苦痛だよ。君にはまだ実感が沸かないかも知れないけど」

女 「そうかもしれないわね」
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:45:35.42 ID:J1Tlri2Po

男 「……ちょっと思ったんだけど」

女 「何かしら」

男 「君は客観的に見ても綺麗な子だね。街中さがしてもちょっと見かけないくらい」

女 「貴方っていつもそんなふうに女の子を口説いているの?」

男 「君みたいな綺麗な子がそんなブカブカの服で歩いていたら、それだけで注目を浴びるかもしれない」

女 「ねえ。私は今、怒ってもいい場面だと思わない?」

男 「そうかもしれない」
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:46:18.90 ID:J1Tlri2Po

女 「まぁ、仕方ないし、これで我慢するわ」

男 「そうしてもらえると助かる」

女 「でもこれ、なんだかすごく……胸の部分が伸びてるんだけど?」

男 「そういう話は、僕にされても困るな」

女 「貴方の姉っていったい何者なの?」

男 「何者かと言われると困るけど……変わり者であるのは確かだと思うよ」

男 「とりあえず朝食にしようか」
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:46:57.27 ID:J1Tlri2Po

女 「これ、貴方が作ったの? ずいぶん健康的な食事ね」

男 「料理は嫌いじゃないんだ。凝ったものは作れないけどね」

女 「意外ね。独身だから?」

男 「独身だとか、そうじゃないとかは関係ない。言わなかった? 自分でできることを他人任せにするのは不幸の種だ」

女 「難儀な人。……けっこう美味しい」

男 「食べ終わったらコーヒーでも飲みながらゆっくりしよう。出るのはその後でいい」
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:47:26.82 ID:J1Tlri2Po

女 「ねえ、私、気付いたんだけど」

男 「なに?」

女 「食事をとる、っていうの。初めてだわ」

男 「ランプの精は食事をしないの?」

女 「必要ないから。人間だって、必要に駆られてなければ食事なんてしないんじゃない?」

男 「そうかも知れない」

女 「私たちは眠らなくてもいいし、食事をとらなくてもいい。何もしなくていいの。ただ観察するだけ」

男 「とても退屈そうだ」

女 「そうかもしれない」
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:47:58.88 ID:J1Tlri2Po

男 「ねえ、ランプの精っていったい何なんだろう?」

女 「難しい問題ね」

男 「説明できないかな?」

女 「貴方、『人間って何なんだろう』って聞かれたら答えられる?」

男 「……なるほど」

女 「難しいのよ、いろいろ」

男 「そうだね。いろいろと難しい」
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:48:27.93 ID:J1Tlri2Po

女 「これはなに?」

男 「テレビを見るのは初めて?」

女 「そもそも私、こっちに出てきたのが初めてだから」

男 「へえ」

女 「貴方が初めてってわけ」

男 「なるほど」

女 「……もうちょっと、動揺したりしない?」

男 「そういうわざとらしいこと、女の子はあまりするものじゃないよ」

女 「善処するわ」
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:49:05.06 ID:J1Tlri2Po

男 「そういえば、君は何歳?」

女 「六歳よ?」

男 「……もう一度」

女 「六歳」

男 「……なるほど」
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:49:40.01 ID:J1Tlri2Po

女 「どうしたっていうのよ」

男 「てっきり百歳だとか、そういう話かと思ったんだ。驚く準備もしていた。「百歳!?」こうだ」

女 「私、そんなに老けてるかしら?」

男 「様式美だよ。見た目からするととても百歳には見えない。十代後半ってところだ」

女 「よかった」

男 「六歳にも見えないけどね」
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:50:07.65 ID:J1Tlri2Po

男 「ランプの精の文化については、また今度にしよう」

男 「そろそろ店が開く時間だし、出掛けようか」

女 「待って。コーヒー、まだ飲んでないわ」

男 「まだ? もう冷めたんじゃないか?」

女 「だって、熱かったんだもの」

男 「……そういうものだからね」
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/25(土) 16:50:34.43 ID:J1Tlri2Po
終わり
続く
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/25(土) 21:49:53.40 ID:l/zgHJQMo
これは期待せざるを得ない
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/26(日) 17:28:18.80 ID:wXgbDQPOo

男 「最初は服屋に行こうか」

女 「ええ。この服、あんまり長く着ていたくないし」

男 「だろうね」

女 「……ねえ。暑いわ」

男 「夏だからね」

女 「人間っていつもこんな暑さに耐えてるの?」

男 「そうだともいえるし、そうじゃないとも言える。いつも暑いわけじゃないけれど、いつも何かを耐えている」

女 「……面倒ね、人間って」
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:28:57.06 ID:wXgbDQPOo

男 「ランプの精は面倒じゃないの?」

女 「どうかしら。ところで、どこへ向かっているの?」

男 「そこだよ」

女 「そこ?」

男 「僕の部屋から徒歩五分で着く。いい立地だ。もう見えてる」

女 「ねえ。あれは服屋じゃなくて、デパートとか、百貨店とか、それに類するものだと思うんだけど」

男 「よく知ってるなぁ。田舎だからね。専門店なんてろくにない。悪くない店だよ。何でも揃うし暇つぶしには事欠かない」

女 「それはそうでしょうけど」
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:29:22.99 ID:wXgbDQPOo

男 「何か不満?」

女 「もっと、感じのいい隠れ家的なブティックに行くのかと思ってた」

男 「この街にあるブティックなんて年配の方向けのところばかりだよ。あったとしても僕には縁がない」

女 「田舎って不便ね」

男 「そうでもない」

女 「デパートがあるから?」

男 「そう」
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:29:50.14 ID:wXgbDQPOo

女 「涼しい……けど、騒がしいわね」

男 「騒がしいのは嫌い?」

女 「嫌いじゃない人がいるの?」

男 「僕は別に気にならない」

女 「貴方って本当に変わってるわ」

男 「そんなことはない」
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:30:17.16 ID:wXgbDQPOo

男 「さて。どこから回ろうか」

女 「服屋じゃないの?」

男 「二、三軒入ってるんだよ」

女 「なぜ?」

男 「なぜって?」

女 「ひとつにまとめれば手っ取り早いのに」

男 「いろいろ事情があるんだよ。たぶんね」

女 「人間って変だわ」

男 「人間に言わせれば、ランプの精の方が変だと思う」
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:30:53.40 ID:wXgbDQPOo

女 「たくさんありすぎてよく分からないわ」

男 「じっくり選ぶといい」

女 「貴方は選んでくれないの?」

男 「選んでほしいの?」

女 「よく分からないもの。普通の人間がどんな服を着るのか」

男 「好きに選べばいいよ。よほどじゃない限り人はあまり他人の服装を気にしない」

女 「なら、元の服でいいじゃない」

男 「あれはよほどなんだよ」
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:31:26.38 ID:wXgbDQPOo

男 「試着室がある。着てみるといいんじゃないか」

女 「そうね。何でもいいから一刻も早くこの服から着替えたいわ」

男 「そんなに緩い?」

女 「貴方の姉は怪物か何かなのよ」

男 「そうとも言えるかもしれない」
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:31:53.42 ID:wXgbDQPOo

女 「どう?」

男 「とてもよく似合っている」

女 「ワンパターンな人ね」

男 「他に言葉が思い浮かばない。でも本当に似合ってる。とても自然だ」

女 「ありがとう。でも、なんだか落ち着かないわ。着慣れない感じがして」

男 「じきに慣れるよ」

女 「そうだといいけど」
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:32:26.06 ID:wXgbDQPOo

男 「まぁ、それを買ってしまおう。とりあえず一着あれば動けるようになる。他に気に入ったものはある?」

女 「全部、と言ったら怒る?」

男 「試してみたいの?」

女 「少しだけ」

男 「怒りはしないが、困るな」

女 「分かったわよ、甲斐性なし」

男 「まぁ、そういう見方もできるね。たしかに。僕に甲斐性があったらここにある服を全部買ってあげられたかもしれない」

女 「冗談よ。真に受けないで。反応に困るから」

男 「君はとても素直だ。あと何着か選んでいい」
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:32:53.48 ID:wXgbDQPOo

男 「それと忘れていたんだけど、君、下着は……」

女 「なにそれ?」

男 「……さすがに僕にはどうにもできないな、そのあたりは」

女 「なぜ?」

男 「そういうものなんだよ。人は異性の下着事情に立ち入ったりしない。こういうの、分かるかな?」

女 「分からなくはないけど」

男 「そのあたりのこまごまとしたところは、姉さんを呼んで確認してもらおう」

女 「……まぁ、私としてはどちらでもいいけど。どう説明する気?」

男 「親戚から預かった女の子と説明する」

女 「貴方ってけっこう大物かもしれないわね」
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:33:20.07 ID:wXgbDQPOo

男 「あとはパジャマと、それから靴かな」

女 「靴?」

男 「夏だしサンダルでもいいかも知れないけど。僕が使っていたものでずっと済ませるわけにもいかないだろうしね」

女 「私、この靴嫌いじゃないわよ」

男 「僕も気に入っていた。でもサイズが合っていない」

女 「……まぁ、そうね」
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:33:48.37 ID:wXgbDQPOo

男 「パジャマ、どれがいい?」

女 「ねえ」

男 「なんだろう」

女 「選ぶほど種類がないように見えるのだけれど」

男 「うん。だから色のことを聞いた」

女 「色しか選べないなんて……」

男 「君は意外と衣服にこだわるタイプらしい」

女 「悪い?」

男 「まさか」
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:34:17.01 ID:wXgbDQPOo

男 「水色で良かったの?」

女 「緑とピンクと水色しかなかったじゃない」

男 「ピンクも似合いそうだった」

女 「あのね、ある一定以上の年齢になると、女の子というのはピンクを避けるようになるものなの」

男 「でも君は六歳だよ」

女 「年齢は関係ないわ」

男 「どっちなんだろう」

女 「それとも、水色は似合わないと思う?」

男 「そんなことは言ってないよ」
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:34:45.90 ID:wXgbDQPOo

男 「いい時間だし、お昼にしようか」

女 「おなかがすいたわ」

男 「さっきからずっと思っていたんだけど、暑い寒いとか、おなかが減るとか、ランプの精にもあるんだね」

女 「ないわよ。これは貴方のせい」

男 「僕の?」

女 「貴方が言ったんじゃない。人間として普通の生活を送ってほしいって。なるべく人間の生活を再現してるのよ、私なりに」

女 「おかげで暑かったり涼しすぎたりで大変よ?」

男 「……なるほど」
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:35:20.99 ID:wXgbDQPOo

男 「ファーストフードでいいね?」

女 「分からないから任せるわ」

男 「ハンバーガーは食べられる?」

女 「どうかしら。食べてみないと分からない」

男 「列に並んでくるから、席を取っておいてほしい」

女 「分かったわ」
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:35:47.17 ID:wXgbDQPOo

男 「さて、食べよう」

女 「……ねえ。熱いわ」

男 「できたばかりだからね。それを差し引いても君は猫舌のようだ」

女 「こっちのは何?」

男 「ポテトはもっと熱いよ」

女 「生きにくい世界ね」

男 「今度は冷たいものが食べられる場所に連れていくよ」
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:36:23.43 ID:wXgbDQPOo

男 「それにしても、もう普通の人間にしか見えないね、そうしていると」

女 「そう?」

男 「ああ。人目は引くかもしれないけど」

女 「ねえ。貴方ひょっとしてからかってる? 私にわざと変な服でも着せた?」

男 「ちがうよ。そういった意味ではない。あっちの席に若い男の子のグループが座ってるね?」

女 「ええ。……こっちを見てるけど?」

男 「君を見てるんだ」

女 「どうして?」

男 「君が六歳じゃなくなったら分かる」

女 「やっぱり私を馬鹿にしてるのね?」

男 「そうじゃない。そのうち分かる」
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/26(日) 17:36:40.56 ID:f8GgBSOko
来たか
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:36:54.16 ID:wXgbDQPOo

女 「美味しい」

男 「それならよかった」

女 「人間の食べ物はどれもこんなに美味しいの?」

男 「そうでもない」

女 「なら、これは特別?」

男 「特別といえば特別だけど、それほど良いものでもないよ」

女 「こんなに美味しいのに?」

男 「世界にはまだまだ美味しいものが溢れてるから」

女 「食べてみたいわ」

男 「僕はこれで満足だけどね」
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:37:26.04 ID:wXgbDQPOo

女 「……足が疲れたわ」

男 「じゃあ、もう帰ろうか」

女 「でも、布団……」

男 「明日にしよう。それと忘れていたんだけど、買ったとしても徒歩できたから持ち運べない」

女 「貴方って肝心なところで失敗するタイプ?」

男 「直そうと努力してるけど、こればかりはね。明日また来よう。必要なものもまだあるだろうし」

女 「そうね」

男 「後で姉さんに電話しておく」

女 「……ねえ。どうしても貴方のお姉さんに会わなくちゃだめ?」

男 「駄目。それに、そんなに怖い人じゃないよ。話が通じないところはあるけど」
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:37:53.00 ID:wXgbDQPOo

女 「それじゃあ、帰りましょう」

男 「ああ、ちょっと待って」

女 「なに?」

男 「買い忘れたものがある」

女 「何よ」

男 「シャンプー。君が出てきたものに入ってるか試したけど空っぽだった」

女 「……なるほど」
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:38:20.29 ID:wXgbDQPOo



男 「ただいま」

女 「誰に話しかけているの?」

男 「誰もいなくても言うものだよ。君も」

女 「……ただいま?」

男 「おかえり」

女 「……変なの」

男 「変かも知れない」
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:38:47.39 ID:wXgbDQPOo

女 「……なんだか疲れたわ」

男 「そう?」

女 「第一、むちゃくちゃよ。人間みたいな生活を送るなんて」

男 「そうなのかな?」

女 「そうなのよ。私は初めてだもの」

男 「君は出てきたこと自体初めてだったんだろう」

女 「それでもよ」
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:39:19.33 ID:wXgbDQPOo

女 「そういえば、貴方、お金はどうしたの?」

男 「意外だ。テレビは知らなくてもお金は知ってるなんて」

女 「何かを手に入れるときに必要なんでしょう?」

男 「少し違うけど、まぁそうだね」

女 「それで、どうしたの?」

男 「気にしなくていい。僕は働いているし、多少の蓄えもある」

男 「他に使うものがないから、これくらいでちょうどいい。第一、働いてなくても金には困らないんだ。僕の場合は」

女 「なぜ?」

男 「いろいろある。事情とか、いろいろ」
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:39:55.16 ID:wXgbDQPOo

男 「夜まで何して過ごそう?」

女 「……疲れたから、私は休んでるわね」

男 「ベッドを使っていいよ。昼寝するのもよさそうだ。おやすみ」

女 「……おやすみなさい」

男 「待った」

女 「なに?」

男 「服は着替えた方がいいと思う」

女 「……ああ、そうね」
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/26(日) 17:40:30.27 ID:wXgbDQPOo
終わり
つづく
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/26(日) 17:41:51.37 ID:f8GgBSOko
長く続きそうで何よりだ
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(茨城県) [sage]:2011/06/26(日) 22:52:52.65 ID:InZAjJ2Fo
面白い 期待
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/27(月) 19:35:25.06 ID:QMrIHpKso

女 「……ふわ」

男 「起きた?」

女 「……慣れないわね、やっぱり」

男 「何が?」

女 「眠って、起きるっていうことに。なんだか変な感じ」

男 「ああ、まぁ、そうかも知れないね」
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:35:53.26 ID:QMrIHpKso

男 「何か飲む?」

女 「何があるの?」

男 「麦茶を作っておいた。コーヒーは熱いから」

女 「飲んでみるわ」

男 「今用意する」
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:36:29.70 ID:QMrIHpKso

女 「冷えてて美味しいわ」

男 「それならよかった」

女 「それにしても、少し寒くない?」

男 「そうでもない。夕方だから少し冷えるだけだよ」

女 「もう夕方なの?」

男 「もう夕方だよ」

女 「寝すぎたわ。なんだか頭が痛い……」

男 「そうだろうと思う」
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:36:58.69 ID:QMrIHpKso

男 「さっき姉さんが来た」

女 「なぜ?」

男 「電話したらなぜか来た。暇だったんだと思う。君の分の布団を持ってきてくれた」

女 「……アグレッシブな人なのね」

男 「そうでもない。退屈してるんだ」

女 「変なの」
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:37:25.15 ID:QMrIHpKso

男 「君のことを褒めてた」

女 「なんて?」

男 「ちっちゃくてかわいいって」

女 「褒められてるのかしら?」

男 「君がどう受け取るかは自由だ」
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:37:53.52 ID:QMrIHpKso

女 「結局、お姉さんにはなんて説明したの?」

男 「言ったとおり。親戚の子として説明したよ」

女 「なんて言ってた?」

男 「べつに何も。そう、って一言だけかな」

女 「変な人ね」

男 「そう、変なんだ。明日も来ると言っていた」
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:38:20.37 ID:QMrIHpKso

男 「夕飯の準備をしてるから、好きにしていてくれ」

女 「人間って暇ね」

男 「そうじゃないと思う。けど実際、そうかもしれない」

女 「貴方の言葉は曖昧なところが多すぎるわ」

男 「癖なんだ」
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:38:54.42 ID:QMrIHpKso

男 「明日以降のことだけど」

女 「何かしら?」

男 「僕は月曜から仕事があるから、家には君ひとりになる」

女 「ねえ。覚えてる? 私の目的って、貴方を観察することなのよ?」

男 「その結果、僕は君に人間としての生活を要求している。職場に知り合いを連れてくる奴はいない」

女 「また何か面倒なシステムがあるのね」

男 「システムは大事だよ。赤信号を無視すると大変なことが起きる。システムを軽視するべきではない」

女 「面倒よ」

男 「僕もそう思う」
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:39:22.28 ID:QMrIHpKso

男 「それで、月曜から君には留守番してもらおうと思うんだけど」

女 「それってとても退屈そうだわ」

男 「そうだろうね」

女 「……ひどい話」

男 「何もずっと家に居ろって言ってるわけじゃない。暇なら出かけてもいいし、お金も渡しておく」

女 「でも、私、こっちのことなんて何も知らない」

男 「明日案内する」

女 「……なんだか、憂鬱」

男 「それは憂鬱というより、不安だと思う」
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:39:49.83 ID:QMrIHpKso

男 「とにかくそういうこと」

女 「善処するわ」

男 「それならいい。食器を運ぶのを手伝ってもらえるかな?」

女 「人使いの荒い人」

男 「君はランプの精だ」

女 「貴方は私を人として扱うんでしょう?」

男 「そういえばそうだ」
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:40:16.16 ID:QMrIHpKso

女 「なんていうか、美味しいわ」

男 「そう?」

女 「ええ。こんなもの食べたことないもの」

男 「それはそうだろうね」

女 「でも、少し味が薄い。昼間に食べたハンバーガーの方が好みよ」

男 「現代っ子だね」

女 「そうかしら?」
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:40:43.67 ID:QMrIHpKso

女 「ねえ」

男 「なんだろう」

女 「シャワーの使い方が分からないわ」

男 「ああ、そうだったね。今行く。でもその前にいいかな?」

女 「なにかしら?」

男 「僕の前に出るときは服を着てからにしてくれ」

女 「でも、一度脱いだのに、面倒よ」

男 「そういうものなんだよ」

女 「……面倒」
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:41:10.42 ID:QMrIHpKso

女 「いいお湯だったわ」

男 「それならよかった」

女 「上がるタイミングに迷ったけれど」

男 「好きなタイミングに上がればいいんだよ」

女 「だから上がれないのよ。ずっと入っていても飽きないわ」

男 「のぼせなければそれでもいいよ」

女 「喉が渇いたわ」

男 「麦茶が冷蔵庫の中にある」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:41:37.29 ID:QMrIHpKso

男 「じゃあ、僕もシャワーを浴びるから」

女 「そう」

男 「退屈ならテレビとか、本とか、まぁ部屋にあるものなら好きにしてくれてかまわない」

女 「分かったわ」

男 「どうしてもすることがなくて暇なら、明日何か暇つぶしできるようなものも買ってこよう」

女 「お願い」
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:42:09.94 ID:QMrIHpKso

男 「今日も早めに寝ようか」

女 「貴方、いつもこんな時間に寝てるの?」

男 「そうだね。だいたいそうだよ」

女 「私、こっちの基準は分からないけど、かなり早いんじゃない?」

男 「そうだね。でもすることがないから」

女 「趣味とか、ないの?」

男 「特には。本を読んだりはするけれど」

女 「……なんというか、つまらない人ね」

男 「そうかもしれない」
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:42:53.77 ID:QMrIHpKso

男 「まぁ、眠れなかったらごろごろしてるだけでもいいしね」

女 「それってなんだか、時間を無為に使ってる気がしない?」

男 「何も考えないというのは結構楽しいよ。楽でいい」

女 「ぜんぜん分からないわ、そういうの」

男 「そう?」
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:43:30.75 ID:QMrIHpKso

女 「案の定、眠れないわ」

男 「まぁ、たくさん昼寝してたしね」

女 「何か面白い話をしてくれない?」

男 「話って?」

女 「貴方の話」

男 「僕の話に面白いのなんてないよ」
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:43:58.90 ID:QMrIHpKso

女 「でも聞いてみたいの」

男 「……僕のこと?」

女 「貴方がかかわってきたことでもいいわ。仕事とか、家族とか、友達とか」

男 「友達か」

女 「まさか、いないとか?」

男 「そういう見方もできる」

女 「本当にいないの? 少なくても、仲のいい友達くらい」
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:44:25.51 ID:QMrIHpKso

男 「……蛾」

女 「……蛾?」

男 「そう、蛾」

女 「ひょっとして、名前?」

男 「というよりは、あだ名だね」

女 「変なあだ名ね」

男 「くだらない理由でついたあだ名だよ。彼のことを話そうとするとどうしても昔話になる。かまわないかな?」

女 「ええ。聞かせて」

男 「蛾と最初に会ったのは学生のときだった。別に特別な出会いじゃない。同い年でクラスが一緒だった。それだけ」
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:44:52.20 ID:QMrIHpKso

男 「彼はそのときから蛾と呼ばれていた。僕と出会ったときには、彼はもう蛾だったんだ」

男 「僕らは別に最初から仲が良かったわけじゃなかった。僕は人付き合いが苦手だったし、彼は目立つタイプだった」

男 「でもなんだか、僕は彼が気になったし、彼もそうだったと思う」

女 「なぜ?」

男 「実際、後々、そういう話を何度か彼とした。なぜかは分からないけど、そうだった」

女 「へえ」

男 「そのたびに彼は、その頃の僕の話をした。とても落ち着いていて、大人びていて、話すととても緊張した、と」

男 「でも僕からするとそうじゃなかった。緊張していたのはいつも僕の方だったし、大人びて見えたのも彼の方だった」

女 「……よくわからないわ」

男 「僕にだってよく分かってない」
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:45:24.36 ID:QMrIHpKso

男 「蛾は変わった奴だった。彼の性格を現すエピソードを並べたら五本指じゃ足りない」

女 「どんな?」

男 「たとえば、彼は落ちるのが好きな奴だった」

女 「落ちるって?」

男 「高いところから落ちるんだよ。ジャングルジムとか、滑り台とか、子供の頃からそうだったらしい」

女 「痛そう」

男 「子供の頃ならそれで済む。体重が増えたいい大人がやれば膝でも痛めかねない」

女 「でしょうね」

男 「でも彼はかまわなかった。さすがに無茶はしなかったけど、飛べそうだと思ったらすぐ飛んだ。落ちた」

女 「なんだか、ちょっとおかしな人みたいね」

男 「変わっていたんだ」
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:46:03.69 ID:QMrIHpKso

男 「ある日の体育館での授業中、蛾はバスケの試合を見学していた。僕はそのとき彼の隣に座っていた」

男 「不意に彼は「落ちたい」と言った」

男 「彼は立ち上がって、ステージ裏の階段から二階に上がった」

男 「少ししてから放送室の窓ががらりと開いた。ちょうど体操用のマットが下に敷かれていた」

男 「ここから先は言わなくても分かるだろう?」

女 「……おかしい人なのね」

男 「そう。おかしい人だった」
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:46:33.11 ID:QMrIHpKso

男 「担当の先生は音に気付いて蛾を怒鳴った。その後何分か彼を叱った。でも問題にならない。なぜだか分かる?」

女 「怪我がなかったから?」

男 「それもある。それ以上に、蛾という人物に奇妙な魅力があったからなんだよ」

男 「彼は何かをやらかすたびに、決まって照れ笑いした。そうすると、普通ならもっと叱られる。でも、蛾の場合は違った」

男 「彼が笑うと、なぜだか許してもいいような気になる」

男 「だから誰も彼を憎めなかった。彼も、その飛び降り癖以外は叱られるようなことはしなかった。他人に迷惑もかけなかった」

男 「僕が同じことをやったら、クラスメイトには敬遠される。気味悪がられるかも知れない。教師にも叱られるだけじゃすまない」

男 「でも、彼は違う。彼はさまざまな意味で特別だったんだ」
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:47:16.78 ID:QMrIHpKso

男 「彼はある頃から、丸い石を連ねたブレスレットをするようになった。どこかの石屋で作ったと言っていた」

女 「石屋?」

男 「いわゆるパワーストーンという奴。数珠みたいなブレスレットだった。彼はそういうのを面白がっていた」

女 「貴方は、苦手そうね、そういうの」

男 「苦手、というよりは、何だろうね。信頼できない感じがするんだ。ひねくれているのかもしれない。揚げ足をとってしまうんだ」

女 「難儀な人」

男 「蛾は違った。何でも面白がる。意味がなくても、意味を付け加える」

男 「たとえば金運のお守りがほしければ、どこかの雑貨屋で買ったロザリオを金運のお守りとしてつける。そういう奴だった」

女 「変わった人ね」

男 「本当に」
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:47:49.83 ID:QMrIHpKso

男 「蛾はブレスレットを買った翌日、僕にそれを自慢気に見せた。そしてそのときの出来事を語ってくれた」

女 「どんな?」

男 「蛾はパワーストーンなんて興味がなかった。友達に誘われたから店に行ったらしい。でもああいうのは結構値が張る」

男 「だから、買うつもりはなかった。でも彼はその頃、イライラして何にも集中できないという不思議な悩みを持っていた」

男 「勉強でも読書でも、ひとつのことを何分も続けるのが苦痛だったらしい。そのことを僕は前々から知っていた」

男 「だからその日、彼はどうせならそういう力のある石を選ぼうとしたんだ」

男 「店員にそういうのがないか質問したと言っていた。想像だが多分こんな感じだ。
     「なんかこう、集中! って感じの、ないですかね?」」

女 「貴方、その口調、似合わないわ」

男 「だろうね。店員の答えを待たずに、彼はひょいとケースに入れられた石のひとつを摘み取った」

男 「それはとても深い、艶めくような黒色をしているんだ。後から聞いた話だと、オニキスって言う名前だったらしい」
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:48:16.80 ID:QMrIHpKso

男 「もっとも、それが本当にオニキスという石だったのかは怪しいところだ。でも、なんだか不思議な魅力のある石だ」

男 「彼は、その石とエンジェライトとかいう石でブレスレットを作った。店員に意味を聞いて、これも縁だと思ったんだろう」

男 「言うまでもなく、オニキスは集中力の向上なんかの意味を与えられていた」

女 「……それで?」

男 「その日から彼は読書に集中できるようになった。一週間で五冊読破した」

女 「本当に?」
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:48:56.81 ID:QMrIHpKso

男 「それが本当なんだよ。プラシーボ効果って奴かもしれない。でもとにかく、彼にはそういうところがあった」

女 「そういうところって?」

男 「幸運、というのかな。いい意味での偶然を自分の方に引っ張り込むんだ」

女 「よく分からないわ」

男 「そのうち君にも分かるかも知れない。ランプの精がいることだし、そういうことがあってもおかしくはない」
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:49:23.39 ID:QMrIHpKso

男 「この話の続きは今度にしよう。今日はもう寝るべきだ」

女 「まだ聞きたいわ」

男 「でも、もういい時間だ。やめておこう」

女 「……今度、聞かせてくれる?」

男 「そうだね。君が覚えていたら」

女 「私、忘れないわよ」

男 「それだったら確実だ」
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/27(月) 19:49:50.23 ID:QMrIHpKso
おわり
つづく
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/27(月) 20:39:26.29 ID:OB+/9If5o
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(茨城県) [sage]:2011/06/27(月) 23:52:00.74 ID:j2kNGf0zo
いいね
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/28(火) 15:15:10.37 ID:d3fYhBOXo
乙した
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/28(火) 18:14:48.56 ID:dIY62KQko

男 「おはよう」

女 「……まだ眠いわ」

男 「昨日は早めに寝たのに?」

女 「だからよ。かえって疲れた気がする」

男 「なるほど」

女 「……なんだか、今日は薄暗くない?」

男 「天気が薄曇りだから。午後から崩れるかも知れないそうだよ」
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/28(火) 18:15:17.42 ID:dIY62KQko

女 「崩れる?」

男 「雨が降るかもしれないってこと」

女 「私、雨って初めて」

男 「だろうね。ところで、ちょっと気になったことを聞いてもいい?」

女 「何かしら?」
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/28(火) 18:15:51.45 ID:dIY62KQko

男 「君は、こっちに来たのは初めてだと言っていたよね?」

女 「そうよ。その前は、シャンプー容器の中にいたけれど」

男 「たとえば君はテレビを知らなかった」

女 「ええ」

男 「でも信号機は知ってる。お金のことも知ってる。シャワーの使い方は知らなくても、シャワーのことは知っていた」

男 「どうして知っていたり知らなかったりするのかな?」
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/28(火) 18:16:17.54 ID:dIY62KQko

女 「単純よ。こっちにきたと同時に、ある程度の知識が受け取れるようになっているの」

男 「受け取れる?」

女 「そう。そこから自分で判断していくの。ああ、あれが信号か、これがシャワーか、って具合に」

男 「……なるほど」

女 「知識の引き出しみたいなのもあって、物の名前と言葉の意味くらいなら分かるのよ。実際的なことはともかく」

男 「便利そうでいい。常識なんてものは、身につけるのが難しいものだからね」

女 「そういうものかしら」
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/28(火) 18:16:43.47 ID:dIY62KQko

男 「とりあえず朝食にしようと思う」

女 「分かったわ」

男 「君もやってみる?」

女 「料理を?」

男 「そう」

女 「また今度にするわ。なんだかちょっと怖いし」

男 「そう?」
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:17:10.53 ID:dIY62KQko

男 「いただきます」

女 「いただきます」


男 「……今、インターホン鳴った?」

女 「ピンポーンって音? 鳴ったわ」

男 「早いな」

女 「何の話?」

122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:17:37.03 ID:dIY62KQko

姉 「おじゃまします」

男 「いらっしゃい」

女 「誰?」

姉 「おー」

女 「……なに?」

姉 「動いてる」

女 「ねえ。この人は何を言ってるの?」

男 「ちょっと言葉が通じないところがあるんだ」
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:18:04.62 ID:dIY62KQko

男 「僕の姉」

姉 「はじめまして」

女 「はじめまして」

姉 「といっても、こちらとしては昨日も会っているわけで」

女 「ああ、そういえば昨日来たって言ってたっけ」

姉 「とはいっても、君からするとはじめましてなわけで」

女 「……はあ」
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:18:37.84 ID:dIY62KQko

姉 「君からするとはじめましてな以上、はじめましてと言わないわけにもいかず」

女 「ねえ。この人大丈夫? 言葉、ちゃんと通じてる?」

男 「こういう人なんだ」

姉 「そんなわけではじめまして」

女 「はじめまして。……ねえ。二回目よ?」

男 「大丈夫。基本的には話は通じる。誰にでもこういうところを見せるわけじゃないし」

女 「どうして赤の他人の私には見せるのよ?」

男 「仕方ないんだ」
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:19:12.51 ID:dIY62KQko

女 「そういえば、布団を持ってきてくれたって……」

姉 「おー。どうだった?」

女 「……どうだった、って。ごく普通の布団だったけど」

姉 「普通か。そっか」

女 「ねえ。この人と話してるとなんだか不安になるわ」

男 「ちょっと独特の雰囲気を持ってるだけだから」

女 「雰囲気の問題かしら……」
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:19:38.64 ID:dIY62KQko

女 「とにかく。布団、助かりました。ありがとう」

姉 「いいよいいよ。使ってないのだったし」

男 「意外だ」

女 「何がよ?」

男 「君が敬語を使えるということ」

女 「敬語というほどの敬語は使ってないわ」

男 「それでもだよ」
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:20:11.19 ID:dIY62KQko

姉 「それで、今日は買い物するんだよね?」

男 「そう。頼んでもいい?」

姉 「そのために来たわけで」

女 「……なぜ貴方相手だと会話が成立するのかしら」

男 「この人なりに緊張してるのかもしれない」

姉 「なきにしもあらず」
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:21:02.46 ID:dIY62KQko

姉 「で、どこへ?」

男 「徒歩五分」

姉 「手抜きだね」

女 「手抜きだったの?」

男 「楽が出来るっていうのは事実かな。荷物が多くなるだろうから、車でいくよ」

姉 「はいはい」
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:21:31.86 ID:dIY62KQko


男 「じゃあ、任せるよ」

姉 「任せといて」

女 「何の話?」

男 「僕は今日の買い物には付き合えない」

女 「なぜ?」

男 「性別の壁はまだまだ厚い」

女 「何の話よ」

男 「君にも分かるようになる」
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:21:58.01 ID:dIY62KQko

姉 「今日はたくさん買うよ」

女 「なぜ張り切ってるの?」

男 「僕は本屋でも見てるから」

女 「勝手な人」

男 「そうかもしれない。とにかく必要そうなものを用意してほしい」

姉 「はいはい」

男 「金は後で渡す。領収書よろしく」

姉 「はいはい」
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:22:24.79 ID:dIY62KQko

女 「なんだか事務的な会話ね」

男 「そう?」

女 「家庭内の会話で「領収書」とか言うもの?」

姉 「そういう家庭だからね」

女 「変なの」

男 「そうかな」
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:22:50.48 ID:dIY62KQko

姉 「それじゃあ、お昼までうろうろしてくるね」

男 「うろうろするだけだと困るけど」

姉 「まかせといて」

女 「なぜこんなに不安な気持ちになるのかしら……」

男 「頼りになる人だよ」

女 「そうだといいけど」
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:23:22.56 ID:dIY62KQko

+++++++++++++++++++++++++++


男 「終わったみたいだね」

女 「疲れたわ」

男 「……のようだね」

姉 「がんばったよ」

男 「そう」
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:23:51.13 ID:dIY62KQko

男 「どうだった?」

女 「……答えが必要?」

男 「まぁ、その大荷物を見れば何があったかはだいたい分かる」

姉 「ショッピングなんて久々だったからね。ちょっとはしゃぎすぎたよ。服とかいっぱい買ったよ」

女 「『ちょっと』? あれが?」

男 「……まぁ、必要なものが揃ったならいいけど」
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:24:15.28 ID:dIY62KQko

男 「いったん荷物を車に積んでから、昼食をとろう」

女 「ハンバーガー?」

男 「食べたいの?」

女 「食べたいか食べたくないかで言ったら食べたいわ」

男 「手軽だしそれでもいいけど」

姉 「私も賛成」
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:24:42.06 ID:dIY62KQko

男 「フードコートがもうちょっとあればいいんだけどね。この店」

女 「食べ物屋さん? 二階にあったと思うわ

男 「あそこはあんまり美味くない」

女 「へえ」

姉 「私はハンバーガーが食べれればいいけど」

男 「姉さんはジャンクフードなら何でもいいんだろう」

姉 「まぁね」
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:25:29.34 ID:dIY62KQko

男 「なんだか疲れたな」

女 「貴方は本屋を見てただけでしょう。私の方が疲れたわ」

姉 「ねえねえ、これって奢り?」

男 「ああ。奢り」

姉 「やった」

女 「現金な人」

男 「分かりやすい人なんだ」
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:25:56.03 ID:dIY62KQko

姉 「これからどうする? まだ見て回る?」

男 「どうする?」

女 「私に聞かれても困るわよ」

男 「どこか行きたいところとかないの?」

女 「分からないもの。こっちのこと」

姉 「……こっち?」
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:26:33.32 ID:dIY62KQko

男 「ああ。この子、実は人間じゃなくてランプの精なんだ」

女 「……え」

姉 「そうなんだ。なるほど」

男 「だから人間の生活っていうのに慣れてない。ときどき様子を見に来てくれる?」

姉 「いいよ」

女 「……ねえ。そんなぽろっと言って大丈夫なの?」

男 「秘密にしないといけなかった?」

女 「別にそうじゃないけど」
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:27:03.40 ID:dIY62KQko

姉 「それじゃあ、行くところもないし帰ろうか」

男 「そうだね」

女 「分かったわ」

姉 「ちょっと待ってて。ハンバーガー注文してくる」

男 「なぜ?」

姉 「お持ち帰り用だよ?」

男 「夕飯が食べられなくなるよ」

姉 「ポテトとシェイクも注文するよ」

男 「……分かった。好きにしてくれ」
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/28(火) 18:27:28.92 ID:dIY62KQko
おわり
つづく
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/28(火) 21:39:29.44 ID:4WalicFio
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/29(水) 03:26:46.35 ID:t8onqExto
淡々としててええな


乙した
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/29(水) 18:03:16.81 ID:vaVkEBGno

姉 「あ、雨降ってる」

男 「本当だ」

女 「これが雨?」

男 「そう。とはいえ、小雨だね。車に行くまでに大して濡れないだろう」

姉 「このくらいなら問題ないね」

女 「……冷たい」

男 「ちょっとの間だけだよ」
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:04:08.12 ID:vaVkEBGno

男 「ただいま」

姉 「ただいま」

女 「ただいま」

男 「おかえり」

女 「疲れたわ」

男 「だろうね」
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:04:39.67 ID:vaVkEBGno

姉 「ねえねえ、今日、泊まってもいい?」

男 「分かってると思うけど、布団がない」

姉 「だめ?」

男 「いてくれた方が何かと安心ではあるんだけどね」

女 「いいんじゃない?」

男 「たしかに寝る場所はどうにでもなるけど」

姉 「じゃあ決まりね」

147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:05:10.97 ID:vaVkEBGno

男 「僕はいろいろやることがあるから、二人で遊んでて」

姉 「はいはい」

女 「なんだか、子供扱いみたいで気に喰わないわ」

姉 「実際、この中だと一番子供だしね」

女 「そうなんだけど」
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:05:39.83 ID:vaVkEBGno

姉 「トランプ買ってきた」

女 「トランプ?」

姉 「お泊りと言えばトランプだよね。布団の上で」

女 「最初から泊まるつもりだったのね、貴女」

姉 「固いことは言いっこなしだよ」
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:06:43.87 ID:vaVkEBGno

姉 「なにする?」

女 「私、ルール知らないわ」

姉 「そっかそっか。えっと、じゃあ、ババ抜き?」

女 「よく分からないけど、それでもいいわ」

男 「姉さん。二人だとババ抜きは成立しない」

姉 「……おお」
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:07:11.49 ID:vaVkEBGno

姉 「でも、ふたりで出来るトランプって何かある?」

男 「あると思うよ。僕は知らないけど」

姉 「スピードとか?」

男 「そうだね。スピードとか」

女 「ねえ。ハンバーガー食べてもいい?」

姉 「どうぞどうぞ」
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:07:37.32 ID:vaVkEBGno

姉 「私も食べながら考えよう」

男 「雨、強くなってきたね」

女 「なんだかわくわくするわね」

男 「そういう見方もある」

姉 「でも、窓開けられないし、じめじめするよ」

男 「この勢いなら、夜までにはやむと思うよ」
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:08:08.08 ID:vaVkEBGno

姉 「暇だなあ」

男 「映画でも観る?」

姉 「何かあるの?」

男 「何枚かある。ほら」

姉 「有名なの多いね。それも洋画ばっかり。聞いたことないのも入ってるけど」

女 「そうなの?」

男 「形から入るタイプだから、有名なのはとりあえず抑えておいたんだ」
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:08:36.30 ID:vaVkEBGno

姉 「よし。じゃあ試しに見てみよう」

女 「私、映画って初めてよ」

男 「僕はちょっと出かけてくる」

女 「なぜ?」

男 「食材を買ってこなきゃいけない」

姉 「いってらっしゃい」

女 「私も行くわ」

男 「別に大丈夫だよ。姉さんと一緒にいてくれ」

女 「……そういうもの?」

男 「そういうもの」
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:09:30.82 ID:vaVkEBGno

姉 「映画、はじまった」


姉 「……よくわからない始まりだね」

女 「音が小さくて聞こえないわ」

姉 「大きくしすぎると普通の番組に戻したときびっくりしちゃうんだよ」

女 「そういうもの?」

姉 「そういうもの」

155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:10:09.65 ID:vaVkEBGno

女 「どうして字幕なの?」

姉 「吹き替えの方がよかった?」

女 「別にどちらでもいいのだけど、どうしてかと思って」

姉 「大した意味はないよ。しいて言うなら設定が面倒で」

女 「だめな人」

姉 「そうそう。だめな人なんだよ」
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:10:42.55 ID:vaVkEBGno

女 「……ねえ。この映画、退屈よ?」

姉 「そのうち面白くなるよ、きっと。たぶん」

女 「根拠は何よ」

姉 「……なんだろ」

女 「貴女も貴女で変わった人なのね」

姉 「それほどでもないよ」

女 「そういう反応、弟そっくり」
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:11:15.25 ID:vaVkEBGno

姉 「ぜんぜん話が読めないね」

女 「……登場人物はだいたい分かったけど、何が起こってるかまったくわからないわね」

姉 「まだ三十分しか経ってない」

女 「二時間ちょっとしかないのに「三十分しか」って。四分の一よ」

姉 「……三十分過ぎたら、話の大筋は分かるよ、普通は」

女 「……まったく分からないわね」
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:12:02.50 ID:vaVkEBGno

姉 「……もう見るのやめちゃう?」

女 「面白くなるかもしれないんでしょう?」

姉 「でも、もう一時間経ったし」

女 「あと半分だし、せっかくだから見ましょう。時間はありあまってるし、ちょっと気になってきたし」

姉 「どこかに気になる要素あった?」

女 「ちょっと静かにして」

姉 「はいはい」
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:12:34.79 ID:vaVkEBGno

姉 「……あれ。これひょっとして」

女 「……」

姉 「……」

女 「……」

姉 「……」
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:13:06.10 ID:vaVkEBGno

姉 「えっ」

女 「……ええ?」

姉 「……」

女 「……」

姉 「あ、なるほど」

女 「へえ」
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:13:33.97 ID:vaVkEBGno

姉 「おお、濡れ場」

女 「……」

姉 「へー。ほー」

女 「ちょっと静かにしてくれないかしら」

姉 「ごめんごめん」
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:14:10.30 ID:vaVkEBGno

姉 「……え、おお?」

女 「すごいわねこれ……」

姉 「うん……」

女 「……」

姉 「……」
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:14:38.32 ID:vaVkEBGno


女 「……終わった」

姉 「……長かったね」

女 「ええ。とても」

姉 「はあ。最初は退屈かなって思ったけど、結構よかったね」

女 「ええ」

姉 「あ、いつの間にか雨やんでる」

女 「そういえば、帰ってくるの遅いわね」

姉 「そうだね」
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:15:05.66 ID:vaVkEBGno

男 「ただいま」

女 「おかえり」

姉 「おかえりー。遅かったね」

男 「いろいろ手間取ったんだ」

女 「なぜ?」

男 「いや、特に理由はない。雨だったからかな?」

女 「雨だと手間取るの?」

男 「さあ?」

女 「貴方、本当によく分からない人ね」

男 「そうでもない」
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:15:35.48 ID:vaVkEBGno

男 「そういえば」

姉 「どうしたの?」

男 「暇をつぶせる場所を案内するのを忘れていた」

女 「私、明日からどうすればいいのよ」

男 「じゃあ、明日の夜案内する」

女 「明日の昼はどうすごせばいいの?」

男 「映画が数本ある」

女 「……なるほど」
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:17:14.81 ID:vaVkEBGno

男 「さて。じゃあ僕は夕飯の準備始めるから」

姉 「もうそんな時間?」

女 「なんだか、疲れたわ」

男 「だろうね。今寝ると、今日も眠れなくなるよ」

女 「そうね……」

姉 「もう一本映画観ようか」

男 「食べたあとにしたほうがいい」
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:17:41.09 ID:vaVkEBGno

姉 「相変わらず健康的な料理ばっかり」

男 「まぁ、ジャンクフード好きの姉さんからしたらそうだろうけど」

女 「美味しいから好きよ、貴方の料理」

男 「口に合ったならよかった」

姉 「……ファミレス行きたい」

男 「ひょっとして手料理じゃなければなんでもいいの?」

姉 「ちがうよ。若鶏南蛮定食が恐ろしくおいしいんだよ」

男 「そうなんだ。また今度行くといいよ」

女 「私も食べてみたい」

姉 「じゃあ一緒に行こっか」

女 「ええ」
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:18:45.85 ID:vaVkEBGno

姉 「それじゃあ、もう一本映画みる?」

男 「それは今度にしなよ」

女 「……というか、さすがに疲れたわ」

男 「だろうね」

姉 「さっきから疲れたって言ってばっかりだね」

女 「本当に疲れたのよ」

男 「まだ慣れてないからだよ。お風呂、もう入ってきたら?」
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:19:16.56 ID:vaVkEBGno

姉 「私も一緒に入る」

女 「……なぜ?」

姉 「なぜって。だめ?」

女 「駄目とは言わないけど、なぜ?」

姉 「コミュニケーション、コミュニケーション」

男 「好きにするといいよ」

女 「貴方が決めないでよ」
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:20:05.46 ID:vaVkEBGno

女 「……お風呂でまで疲れたわ」

姉 「まぁまぁ」

男 「どうだった?」

女 「ねえ。私、知ってるのよ。あれ、セクハラっていうんでしょう?」

男 「姉さん」

姉 「ちょっとだけだよ?」

女 「『ちょっと』? 貴女今ちょっとって言った?」
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:20:32.21 ID:vaVkEBGno

女 「ねえ。こういうこと聞いて良いのかわからないんだけど」

男 「なに?」

女 「今日、昨日だけで、結構お金つかったわよね。大丈夫なの?」

男 「どうせ使い道のない金だよ。ちょうどよかった」

女 「……生活に影響したりは」

男 「しない。そんなに大した金額じゃないし、いざというときには使える金もある」

女 「……いざというときに使える金?」

男 「毎月、どう無茶しても使い切れないような額が仕送られてくる」
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:21:00.54 ID:vaVkEBGno

女 「ご両親?」

男 「うん。うちの両親は、なんというか……変なんだ」

女 「変?」

男 「映画を見たりや小説を読んだりするより、通帳の数字を眺めたりするほうが好きで……」

男 「金を転がしたり土地を転がしたり物を転がしたりして生計を立てている。ああいうの、なんていうんだろう」

姉 「守銭奴だね」

女 「貴方たち、辛辣ね」
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:21:30.92 ID:vaVkEBGno

男 「母親の方は特に、なんといえばいいかな。虚栄心が強いというか」

姉 「ブランド根性が染み付いてるの」

女 「……貴方たちがご両親をどう思ってるかは分かったわ」

男 「そのおかげで僕と姉さんは子供の頃から習い事をやらされた。勉強も。成績も悪くなかった」

男 「幸運だったのは、通う学校までは親に決められたわけじゃなかったことかな。父の意向だったみたいだけど」

姉 「お父さんはお母さんに比べるとまともというか」

男 「父の方は金を転がす才能があっただけで、別に守銭奴ってわけじゃなかったんだ」

姉 「っていっても、多少価値観がずれてたりするけどね」
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:22:06.69 ID:vaVkEBGno

女 「聞いてるとお金に厳しそうだけど、なぜ仕送りが?」

男 「母からだよ。偏差値の低い高校を出て、地方の大学に入って、挙句そこを自主退学したのが気に入らないらしくて」

女 「……貴方の経歴、初めて聞いたわ」

男 「とにかく昔から母には従わなかったから、気に喰わなかったんだろうね」

男 「金は渡しておくから面倒はかけるなよ、っていう意思表示だと思う」

男 「その頃から母とはろくに話してない。仕送りがあるだけ。基本的には手を出さないけど、まぁいざとなったら」

男 「なんだか、格好がつかないけどね。親の金なんて」

女 「そうかも知れないけど」
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:22:57.49 ID:vaVkEBGno

男 「でも、最近は使うのも悪くないかと思う。今となっては母との唯一の繋がりだし」

男 「ひょっとしたら僕が思ってるような意味じゃなくて、母なりのやさしさかもしれないし」

姉 「おもしろい冗談だね」

女 「なんというか、とても乾いた家庭なのね」

男 「そんなことはないよ。おかげで領収書は必ず残しておく習慣が出来た」

姉 「いくら親しくても金のことはしっかり分別をつけろ、っていったのはお父さんのほうだっけ」

男 「仕送りも、母の独断でやってるんだと思う。それにしたって多すぎるけどね。おかげでちょっとは気が楽だ」
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:23:26.11 ID:vaVkEBGno

女 「……聞かなきゃよかったわ」

姉 「実際、慣れるとたいしたことないよ。扱いを覚えるというか、ね」

女 「家族間で扱いって言葉が出るのが驚きよ」

男 「そうかな?」

女 「そうよ」
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:23:54.95 ID:vaVkEBGno

女 「……なんだかどっと疲れたわ」

男 「そろそろ寝ようか」

姉 「早くない?」

男 「この部屋の消灯時間がきたから」

姉 「病院より早いよ……」

男 「ここは病院じゃないから問題ない。おやすみ」

姉 「暗い……。おやすみ」

女 「おやすみなさい」

178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/29(水) 18:24:28.76 ID:vaVkEBGno
おわり
つづく
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/29(水) 21:29:49.39 ID:hdGNSGmpo
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/30(木) 18:30:23.18 ID:AEzZZ9jio

女 「……」

姉 「起きた?」

女 「ええ」

姉 「そっかそっか」

女 「で、なぜ貴女が私の布団に潜り込んでいるの?」

姉 「分からない。癖とか?」

女 「どけてもらえる?」
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:30:49.41 ID:AEzZZ9jio

姉 「でも寒いと感じたら暖かいところに向かうのは自然な結論であって」

女 「それはそうでしょうけど、今は夏よ」

姉 「私も誰かのぬくもりを求めているのかも知れないとシリアスに」

女 「……実は寝相が悪いだけだったりしない?」

姉 「てへ」

女 「なによそれ」

姉 「なんだろう。可愛さのアピール?」

女 「もういいわ」
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:31:19.96 ID:AEzZZ9jio

男 「朝食、パンでいい?」

女 「任せるわ」

姉 「私、カップラーメンがいい」

男 「朝から?」

姉 「だって朝はハンバーガーやってないじゃない」

男 「ハンバーガーがやってないとカップラーメンになるの?」

姉 「それも駄目だったらコンビニのチキン食べるよ」

男 「分かったよ。カップラーメン出していいから。ついでにその子に作り方説明してあげてもらえる?」

姉 「はいはい」
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:31:45.94 ID:AEzZZ9jio

姉 「最初にこの蓋を半分まで剥がしてね」

女 「何か理由があるの?」

姉 「うん。それで、ポッドからお湯を入れます」

女 「……色が変わってるわ」

姉 「この中に、なんだかよく分からない粉末スープが入っててね」

姉 「なんだかよく分からない加工をされた食材もお湯でふやけて食べられるようになる」

姉 「というよく分からない食べ物なんだよ」

女 「貴女たち、よく分からないものを食べてるの?」

姉 「世の中よく分からないものだらけだからね。でも美味しいよ。食べてみる?」

女 「少しだけ」
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:32:30.14 ID:AEzZZ9jio

姉 「そんじゃ、私は仕事いくね」

女 「早いわね」

姉 「ここからだとちょっと時間かかるからね」

女 「何の仕事をしてるの?」

姉 「……なんだろう、縫製関係?」

女 「いまいち想像できないんだけど」

姉 「こないだ、市の警察署の指定Tシャツをミシンでちくちく縫ったよ」

女 「へえ」

姉 「ちっちゃい会社だから、仕事が多すぎたり少なすぎたりするんだ」

女 「世知辛いのね」

姉 「どこも一緒だよ。いってきます」

女 「いってらっしゃい」
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:32:57.19 ID:AEzZZ9jio

男 「僕も仕事に行く」

女 「分かったわ」

男 「お金は置いていくから。使い方は分かる?」

女 「昨日と一昨日見てたし、知識としては分かるわ」

男 「それならいい。別に出かけなくてもいい。冷蔵庫には出来合いのものもあるし、インスタント食品もある」

女 「カップラーメンもね」

男 「そう。好きに食べてかまわない。もちろん出歩いてもいい。あまり無茶はしないように」

女 「私、ランプの精なのに、今はすごく無力な気分」

男 「今の君は人間だから」

女 「……そうだけど」
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:33:49.35 ID:AEzZZ9jio

男 「とにかく、いってくる」

女 「いってらっしゃい」

男 「一応、無茶な使い方しなければ金は足りるはずだし、財布も昨日買って来てたよね?」

女 「ええ。分かったわ」

男 「出かけるときはくれぐれも車に気をつけて、あまり不審な行動はしないように」

女 「分かってる」

男 「それから、おなかがすいたからといってあまり食べ過ぎたりしないように」

男 「麦茶は冷蔵庫にあるから水分補給をこまめにして……」

女 「ねえ、貴方、さっきから本気で親戚の女の子と接してるつもりになってない?」

男 「……そうかもしれない」
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:34:19.58 ID:AEzZZ9jio

女 「……やっといったわね」

女 「喉が渇いたわ」

女 「麦茶」

女 「なんだかやけに美味しいわよね、これ」

女 「とりあえずやることもないし」

女 「二度寝でもしようかしら」

女 「……つくづく人間の生活よね」
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:34:51.31 ID:AEzZZ9jio

女 「それにしても」

女 「やたらと子供扱いされてるわよね、私」

女 「……年齢の問題? 六歳だから?」

女 「それにしたって最初と態度が違いすぎると思うんだけど」

女 「……なんで独り言してるのかしら、私」

女 「まだ早いし、寝てしまいましょう」
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:35:22.89 ID:AEzZZ9jio

女 「……十時か」

女 「なんか、こうやってごろごろしてると、ただの人間っていうより駄目人間になった気になるわね」

女 「だいたいせっかく初めてこっちに来たのに、願い事ひとつ言わないのってどうなのよ」

女 「私、ランプの精なのに。どっちかっていうとこっちが至れり尽くせりだし」

女 「……暇ね」
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:36:23.22 ID:AEzZZ9jio

女 「本でも読もうかしら」

女 「ちょっとくらいは置いてあったわよね、確か」

女 「……なんかどれも微妙なのばっかりね」

女 「……出かけようかしら」

女 「ちょっと出かけるくらいならトラブルは起きないでしょうし」

女 「何か起こってもまぁ、どうにでもなるし」

女 「そろそろ着替えなくちゃ」
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:36:50.92 ID:AEzZZ9jio

女 「とりあえず出かけてみたものの」

女 「正直、見るものないのよね」

女 「あ、映画のDVDが千円セール」

女 「……古いのばっかりね」

女 「なにか暇をつぶせそうなものあるかしら」

192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:37:46.21 ID:AEzZZ9jio

女 「……なんか妙に騒がしい一帯があるわね」

女 「何ここ」

少女「ゲームセンターだよ」

女 「へえ。ここが……」

女 「誰、貴女」

少女「さっきからぶつぶつ独り言いってるから気になって」

女 「それは……ごめんなさい」

少女「別に謝ることはないけど」
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:38:19.49 ID:AEzZZ9jio

少女「貴女はここで何をしてるの?」

女 「……何って、何かしら。哲学的な問題ね」

少女「そうかな?」

女 「とても。貴女は何をしているの?」

少女「テツガク的な問題だね」

女 「そうでもないと思うわよ」
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:38:51.68 ID:AEzZZ9jio

少女「さっきからカレシを待ってるんだけどね、なかなかこなくて」

女 「彼氏」

少女「うん」

女 「ジェネレーションギャップって奴かしら。こんなにちっちゃいのに彼氏なんて」

少女「ちっちゃいのはお互い様だよ」

女 「貴女今ちっちゃいって言った?」

少女「貴女が先に言ったんだよ」
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:39:24.73 ID:AEzZZ9jio

少女「で、貴女は何をしてるの?」

女 「暇つぶしよ」

少女「暇つぶし? なぜ?」

女 「なぜって、暇だからじゃない?」

少女「何もすることがないの?」

女 「まぁ、そうね」
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:39:53.45 ID:AEzZZ9jio

少女「いつまで暇なの?」

女 「いつまで……。しばらくは暇ね。百年くらい?」

少女「百年間、ずっとやることがないの?」

女 「どうかしら。先のことは分からないわ」

少女「へえ。なんだかテツガク的だね」

女 「そうかしら……」
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:40:24.30 ID:AEzZZ9jio

少女「ねえねえ、貴女、暇なんだよね?」

女 「まぁ、そうね。暇よ」

少女「じゃあさ、一緒にハンバーガー食べない? 奢るよ」

女 「ハンバーガー?」

少女「うん」

女 「でも、時間が中途半端だし」

少女「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

女 「その根拠を知りたいところだわ」
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:40:51.96 ID:AEzZZ9jio

少女「それじゃあ、行こうか」

女 「貴女、待ち合わせはどうしたの?」

少女「んー。でも、来ないし。多分そういう運命なんだよ」

女 「大袈裟ね、貴女。運命って」

少女「でも、会えないってことはそういう運命だったってことだし」

女 「……テツガク的ね」

少女「そうかな?」
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:41:27.14 ID:AEzZZ9jio

少女「あっ」

女 「え、なに?」

少女「まだ十時十五分だ」

女 「だからなによ」

少女「ハンバーガーは三十分からだよ」

女 「……どこかぶらぶらしましょうか」

少女「うん」

200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:41:56.63 ID:AEzZZ9jio

女 「ところで貴女、学校は?」

少女「貴女こそ、学校は?」

女 「私は、別にそういうのは」

少女「私も別に、そういうのは」

女 「……お互いいろいろあるわよね」

少女「一緒にしないでほしいなぁ」

201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:42:29.15 ID:AEzZZ9jio

女 「貴女何歳?」

少女「わかんない」

女 「わからないって……」

少女「もう覚えてないよ。たぶんそろそろ二五○くらい?」

女 「何者よ貴女」

少女「神様」

女 「……まぁ、そういうこともあるわよね」

202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:42:56.87 ID:AEzZZ9jio

少女「そういう貴女は何歳?」

女 「六歳」

少女「……見た目に反して若いんだね。お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」

女 「ねえ。貴女、絶対馬鹿にしてるでしょう」

少女「滅相もない」
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:43:25.72 ID:AEzZZ9jio

少女「最近は信心なんて言葉もなかなか聞かなくなっちゃってさ。お参りなんて誰も来ないし」

少女「仕方ないし自分から行くしかないかと思って。手始めにこの辺りをうろちょろしてたの」

女 「神様業界も不況なのね……」

少女「いろいろあるよ、世の中」

女 「貴女、何の神様なの?」

少女「何のっていうか。縁結びとか農耕とか、いろいろ?」

女 「貴女って非常識な存在ね」

少女「みんなそんなもんだよ」
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:43:52.44 ID:AEzZZ9jio

女 「で、この辺りをうろちょろして何をしていたわけ?」

少女「いろいろ。女の人を男の人の前で転ばせたり、同じ本をとろうとして手を触れ合わせたり」

女 「……なんていうか、非常識ね」

少女「おかげでこの店はロマンスの起こる店として水面下で有名になりつつあるよ」

女 「店の人間としては都合がいいんでしょうけど。この手の店で起こるロマンスっていうのも微妙な塩梅ね」

少女「六歳児にロマンスを語る資格はないよ」

女 「見た目六歳のくせに上から目線って妙に腹が立つわね」
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:44:18.32 ID:AEzZZ9jio

少女「そういえば、ランプの精さん」

女 「なんで知ってるのよ」

少女「神様だから」

女 「そういえば納得してもらえるんだから、神様ってずるいわよね」

少女「まぁそれはともかく」

女 「なに?」
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:44:45.45 ID:AEzZZ9jio

少女「ランプの精ってさ、たしか、えっと……三つまでだっけ?」

女 「違うわよ。無制限」

少女「へえ。じゃあ、ひょっとして持ち主が死ぬまで一緒にいるの?」

女 「……そのはずよ、確か。たぶん。そういえば、どうなのかしら」

少女「自分で分からないの?」

女 「なにせ、出てくるのがはじめてだから。たしかに疑問よね」

女 「願いの数が決まってるなら分かりやすいけど、無制限だから。どういうサイクルで回ってるのかしら」

少女「制限時間とか」

女 「どうかしら」
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:45:11.84 ID:AEzZZ9jio

女 「まぁ、その辺りはあとで考えることにするわ。それじゃ私、帰るわね」

少女「はいはい。また今度ね」

女 「……ねえ。彼氏とかいうのも、やっぱり神様なの?」

少女「まぁ、そうだよ。うん」

女 「そう。それじゃあ、またね」

少女「ばいばい」

208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/06/30(木) 18:45:39.88 ID:AEzZZ9jio
おわり
つづく
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/30(木) 21:22:45.38 ID:P3JT0Chlo
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/30(木) 22:03:09.23 ID:bTnF2dG8o
しれっと出てきたのが神様かwwww
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/30(木) 23:49:59.60 ID:/614vh9no
乙した
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 17:55:37.65 ID:4gULum7Eo

男 「ただいま」

女 「おかえりなさい」

男 「不思議な気分だ」

女 「何が?」

男 「誰かに出迎えられるということ」

女 「変な人」
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 17:56:08.96 ID:4gULum7Eo

女 「ねえ。私、貴方を観察するっていう話はしたわよね」

男 「したね。それが何か?」

女 「それって、いつまでなのかしら」

男 「……何の話?」

女 「やっぱり死ぬまでなのかしら?」

男 「物騒なことを言うね」

女 「でも、ちょっとそのあたり曖昧なのよね。何か条件ってあるのかしら」

男 「君に分からないことは僕にも分からない」
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 17:57:06.28 ID:4gULum7Eo

男 「でもせっかくだし、長く一緒にいてほしいものだね、どうせなら」

女 「なぜ?」

男 「なぜって、僕は友達がいないから」

女 「蛾はどうしたのよ」

男 「彼とは、まぁ、いろいろあった」

女 「……どういう意味?」

男 「彼のことは今はいい。君が一緒にいてくれるならうれしい、という話だよ」

女 「それってプロポーズか何か?」

男 「そうかもしれない」
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 17:57:33.55 ID:4gULum7Eo

女 「そういえば今日、神様に会ってきたの」

男 「新手の冗談?」

女 「違うのよ。一緒にハンバーガー食べてきた」

男 「……ぜひ会ってみたいね」

女 「今度会ったら頼んでみるわ」

男 「そいつはいい」

216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 17:57:58.38 ID:4gULum7Eo


女 「なに、この怪しげで細長いもの」

男 「冷麦だよ」

女 「……なにこの、変に黒い液体」

男 「めんつゆだよ」

女 「……これを食べるの?」

男 「まぁ、知らなければちょっとグロテスクかも知れないけど、美味しいよ」
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 17:58:35.50 ID:4gULum7Eo

女 「意外と美味しかったわ」

男 「だろう」

女 「さて、と。出かけるのよね?」

男 「そうだね。そういう約束だ」

男 「といっても、この辺りに暇をつぶせる場所なんていくつもないんだけど」

女 「貴方はいつもどうすごしているの?」

男 「だから、本を読んだり映画を見たりして過ごしている」
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 17:59:01.64 ID:4gULum7Eo

男 「とにかく、徒歩五分だ」

女 「手抜きね?」

男 「姉さんに影響されちゃ駄目だよ」

女 「ずっと思ってたんだけど、昨日から貴方、私を子供扱いしてない?」

男 「子供だしね、実際問題」

女 「……あのね。貴方がどう思ってるか知らないけど、私はランプの精なのよ」

男 「三百年以上平気で生きる種族で、六歳だ。赤ん坊みたいなものだ」

女 「……もう。なんなのよ、いったい」
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 17:59:28.60 ID:4gULum7Eo

男 「さて。本屋に来たわけだけど」

女 「……本なんて読まないわよ、私」

男 「漫画はビニールで包まれてるけど、小説は立ち読みできる。どこの本屋もだいたいそうだ」

男 「漫画より小説の方が安上がりでいい」

女 「せせこましいわね」

男 「生活の知恵だよ。気に入ったら買うべきだ」
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 17:59:55.83 ID:4gULum7Eo

男 「ここが、暇つぶしできる場所としては代表的かな」

女 「ゲームセンターよね?」

男 「知ってたの?」

女 「今日、神様に会ったところ」

男 「詩的な表現だ。遊んでみる?」

女 「音がうるさいわよ」

男 「まぁ、そうだけど、慣れれば気にならないんじゃないかな」
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:00:27.97 ID:4gULum7Eo

男 「まぁ、出歩かないで暇を潰すなら、本か映画かゲームかってところだけど」

女 「ゲーム?」

男 「RPGなんかだと、時間を潰すにはもってこいだろうね」

女 「……」

男 「試しに何か買う?」

女 「いいの?」

男 「まあ、そうだね。いいよ」
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:00:57.40 ID:4gULum7Eo

男 「こんなところかな」

女 「本屋とゲームセンターしか回ってないけど」

男 「本当にこのくらいしかないんだよ。悲しいことに」

女 「案内するまでもなかったわね」

男 「まぁ、他にもいろんな店はあるから。じゃあ、ひとまず帰ろうか」

女 「ええ」
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:01:23.75 ID:4gULum7Eo

男 「ただいま」

女 「おかえりなさい」

男 「ちょっと疲れたな」

女 「麦茶でも飲みましょうか」

男 「ゆっくり休みたい気分だ」
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:02:10.30 ID:4gULum7Eo

女 「さて、と」

男 「……さっそくゲーム?」

女 「ええ。せっかくだし」

男 「まぁ、いいけど。僕が先にお風呂に入ってきてもいいかな?」

女 「ええ」

男 「……嫌な予感がする」

225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:02:37.34 ID:4gULum7Eo

女 「……」

男 「ねえ」

女 「……」

男 「結構な時間、ゲームをしてるよ」

女 「ちょっと待って。今イベントが終わるから」

男 「……しくじったかな」
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:03:04.35 ID:4gULum7Eo

男 「ねえ。明日にしなよ。どうせ時間は山ほどあるんだし」

女 「……そうね」

男 「早く風呂に入って、寝てしまうといい。明日の昼やるぶんには、僕は文句をいえないから」

女 「ええ。分かったわ」

男 「……まさかそこまで熱中するとは思わなかったけど」

女 「私もよ」
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:03:34.80 ID:4gULum7Eo

女 「なんだか眠れない」

男 「ゲームのやりすぎだよ」

女 「一時間くらいしかやってないわ」

男 「僕はそれが多いのか少ないのか、よく分からない」

女 「貴方はゲームをしないの?」

男 「うん。持っていなかったし。母がそういうのを嫌いだったから、持たせてもらえなかった」

女 「なるほど」

228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:04:27.25 ID:4gULum7Eo

女 「ねえ。蛾の話をしてくれる? 約束だわ」

男 「今?」

女 「今。駄目?」

男 「別に駄目というんじゃない」

女 「何か、話したくないの?」

男 「そういうわけじゃない。もしかしたら、誰かに話したいとすら思っているのかもしれない」

女 「どうして?」

男 「彼といるのが楽しかったからかな」

女 「なんだかフクザツ」

男 「そう。とても複雑だ」

229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:04:59.70 ID:4gULum7Eo

男 「彼と初めて話をしたときのことは言ってなかったね」

女 「ええ。聞いていないわ」

男 「単純だった。僕が話しかけた。それだけだ」

女 「どんなことを話したの?」

男 「彼のあだ名の理由を聞いた。聞いて「そうか」と思った」

女 「どんな理由?」

男 「とても単純で、くだらないよ」
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:05:19.33 ID:4gULum7Eo

男 「彼と僕は、中学は別々のところに通っていた。だから詳しいことは分からない」

男 「彼の学校には広い図書館があったらしい。さまざまな本を置いていたと聞いた。児童文学から歴史書、漫画から海外小説」

男 「でもその頃の彼は読書家じゃなかった。図書室になんて、漫画くらいしか読むものがなかったらしい」

男 「ある日、彼の友人が子供向けのなぞなぞ本を読んだ。そういうものも揃っていたんだ」

女 「それで?」

男 「多分君も知ってるか、そうでなかったらすぐに解けると思う。大量に「た」が入った文章があって、傍に狸の絵が書いてある」

女 「た抜き、ね」

男 「そう、それ。蛾の名前の由来はそれなんだ。彼の苗字から「た」だけを抜くと、「蛾」になる」
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:05:53.44 ID:4gULum7Eo

女 「……「蛾」になる。それ、どんな苗字?」

男 「あるいは、カダ、になる。そう呼んでいた奴もいた。でも僕は、蛾という呼び名の方がスマートで気に入った」

女 「なんだか、子供じみてるわ」

男 「しかし、みんながそれを面白がった」

女 「学校で「蛾」なんて呼ばれてる子がいたら、問題になりそうなものだけど」

男 「当然、なったと聞いたよ。「蛾」と呼ぶのはひどいと。でもみんなやめなかった」

女 「なぜ?」

男 「別に悪意があったわけじゃないし、本人が嫌がっていたわけじゃなかった。それにああいった暗号的なものを、子供はよく好む」

女 「なるほどね」

232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:06:44.51 ID:4gULum7Eo

男 「担任は怒った。長時間彼らを拘束した。馬鹿げてる。彼らは蛾を蛾と呼ぶのをやめた。教師の前でだけね」

女 「へえ」

男 「蛾はそのエピソードを僕に言うとき、たしかこういった。
  「たとえばあの暗号から出来た俺のあだ名が、「蝶」だったら教師は止めただろうか」と」

女 「変なの」

男 「蛾は不当に差別されてるって鼻息を荒くしていた。それを聞いて僕はとてもユニークだと感じた」

男 「だから、蛾と話すようになった」

女 「面白い人ね」

男 「そう、面白い人だ」

女 「会ってみたいわ」

男 「……そうだね」
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:07:11.40 ID:4gULum7Eo

男 「でも話の続きはまたにしよう。君はなんだかとても眠そうな顔をしている」

女 「……そうね。とても眠いわ」

男 「ゆっくり休むといい。今日も疲れただろう」

女 「そうでもないわ。ちょっとずつ、こっちの暮らしにも慣れてきたもの」

男 「それならいい。でも僕は疲れたな。どっぷり眠りたい」

女 「そうね。それじゃあ、おやすみなさい」

男 「おやすみ」
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/01(金) 18:07:51.01 ID:4gULum7Eo
おわり
つづく
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/01(金) 19:20:01.00 ID:aoR9bp6Ao
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/01(金) 20:58:46.45 ID:tMgoe25fo
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/02(土) 10:11:17.00 ID:ClRBC3t7o
乙した
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:38:47.83 ID:5WKxpAOPo


男 「じゃあ僕は仕事に行くけど、くれぐれもゲームをやりすぎないように」

女 「善処するわ」

男 「とても不安なんだけど」

女 「善処する」

男 「……いってくる」

女 「いってらっしゃい」
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:39:19.97 ID:5WKxpAOPo

女 「……さて、と」

女 「まずは、二度寝よね」

女 「十時くらいまでは寝てましょうっと」

女 「……それにしても、つくづく駄目人間の生活よね」

女 「まぁいいわ」
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:39:46.69 ID:5WKxpAOPo

女 「……十時半」

女 「やっぱり暇ね。ゲームでもしようかしら」

女 「……コンセント」

女 「なんていうか、こういうのって癖になるのよね」

女 「さて」

女 「……」
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:40:45.46 ID:5WKxpAOPo

女 「……」

女 「……誰か来たわね」

女 「出るなって言われてるけど……どうすればいいのかしら」

女 「……えっ」

姉 「やっぱりいた」

女 「……びっくりさせないでよ。どうして堂々と入ってくるのよ」

姉 「だって返事しないし」

女 「そりゃしないわよ。貴女どうしたの?」
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:41:10.36 ID:5WKxpAOPo

姉 「急になぜだか仕事が休みになって」

女 「今日、火曜日よ?」

姉 「なんだか適当な会社なの。多分訴えたら勝てるよ。なんかあやふやで馴れ合いっぽい会社だし」

女 「物騒ね」

姉 「お給料もらえるならいいんだけどね。今の仕事見つけるまでも結構大変だったし」

姉 「三回派遣きりにあったよ……」

女 「胃が痛くなりそうな話ね……」

姉 「今の時代に給料が手渡しなんだよ。すごいでしょ」

女 「すごいっていうか、大丈夫なの?」
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:42:01.59 ID:5WKxpAOPo

姉 「そしたらなぜか二連休もらったの。今日明日。なんか発注ミスみたいなので仕事ができないんだって」

女 「……本当に大丈夫なの?」

姉 「先行き不安だよね。どこもかしこも」

女 「どこもかしこもっていうか……もういいわ」

姉 「なにそれ。ゲーム?」

女 「ええ。最初はおもしろかったんだけど」

女 「ボス戦で一度詰まってから、レベル上げのために雑魚乱獲してたら急に空しくなってきたのよね……」

姉 「あー……」
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:42:42.22 ID:5WKxpAOPo

姉 「そしたらなぜか二連休もらったの。今日明日。なんか発注ミスみたいなので仕事ができないんだって」

女 「……本当に大丈夫なの?」

姉 「先行き不安だよね。どこもかしこも」

女 「どこもかしこもっていうか……もういいわ」

姉 「なにそれ。ゲーム?」

女 「ええ。最初はおもしろかったんだけど」

女 「ボス戦で一度詰まってから、レベル上げのために雑魚乱獲してたら急に空しくなってきたのよね……」

姉 「あー……」
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:43:08.87 ID:5WKxpAOPo

姉 「じゃあプール行こう、プール」

女 「プール?」

姉 「だって今日暑いでしょ。帰りにファミレス寄ってご飯食べよう」

女 「プール、プールね……」

姉 「だめ?」

女 「駄目って言うか、水着がないわ」

姉 「あー……」
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:43:41.46 ID:5WKxpAOPo

姉 「じゃあ徒歩五分行こう、徒歩五分」

女 「店の名前は徒歩五分じゃないわよ」

姉 「どうせ徒歩五分でしょ」

女 「適当ね」

姉 「適当なんだよ、うん」
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:44:39.03 ID:5WKxpAOPo

女 「水着って、どういうのがいいの?」

姉 「泳げればいいんじゃないの?」

女 「……どうかしら」

姉 「正直私もファッションのことはよく分からんのです」

女 「そうだろうと思ったわよ。そういう感じだもの」

姉 「なんと」
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:45:18.28 ID:5WKxpAOPo

姉 「これなんか可愛いんじゃない?」

女 「可愛い水着が自分に似合うかどうかって、まったく別の問題なのよね」

姉 「なぜ人は正論を吐かずにはいられないのかな……」

女 「テツガク的な問題ね」

少女「そうかな?」

女 「……また貴女?」
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:45:47.99 ID:5WKxpAOPo

少女「水着選んでるんでしょ? 私が見繕ってあげましょう」

女 「何が悲しくてちびっこに水着を選んでもらわなくちゃいけないのよ」

少女「自分で選べなくて困ってるんじゃないの?」

女 「そうかもしれないけど」

姉 「誰この子?」

女 「神様」

姉 「なるほど」
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:46:22.87 ID:5WKxpAOPo

姉 「ねえ、ちびっこ神様」

少女「ちびっこって言うな。不遜な」

女 「貴女って居丈高な口調が似合わないわね、神様のくせに」

少女「六歳児に言われたくない」

姉 「神様も一緒にプール行く?」

少女「いいの?」

女 「本気?」

姉 「かわいいじゃないの」

女 「かわいいって理由で子供をつれまわすのは犯罪よ」

姉 「でも神様だし」

女 「そうかも知れないけど」
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:47:20.34 ID:5WKxpAOPo

少女「でも、カレシと待ち合わせしてるの」

姉 「彼氏」

女 「驚くわよね、普通」

姉 「でもまぁ、会えなかったら会えなかったで仕方ないじゃない?」

女 「待ち合わせでそんな考え方って、普通に失礼だと思うんだけど」

少女「たしかに会えないものは仕方ないけど」

姉 「じゃあいいんじゃない?」

少女「そうだね。そうかもしれない」

女 「話が通じないわね、この人たち」
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:47:49.21 ID:5WKxpAOPo

姉 「じゃあいこっか」

少女「うん。そうしよう」

女 「プールってどこにあるの?」

姉 「……たしか、この道路を左折して、直進して、左折したところに、うん」

女 「不安になる説明ね」

少女「なんとかなるよ、たぶん」

253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:48:20.11 ID:5WKxpAOPo

姉 「ついた」

女 「ついたの?」

少女「結構車止まってるね」

姉 「ほら、やっぱりついた」

女 「着いて当たり前だと思うの。道が分かってれば」

姉 「ふたりがあんまり脅かすから着かないんじゃないかって不安になったよ」

少女「私はおどかしてないのに」
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:48:46.80 ID:5WKxpAOPo

姉 「さて、入場しようか」

女 「入場券っていくら?」

姉 「私がおごります」

少女「ほんと?」

女 「親しき仲でもお金のことはしっかり、って話じゃなかったっけ?」

姉 「私が連れ出してるわけだし」

女 「そういう問題?」

姉 「そういう問題」
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:49:20.66 ID:5WKxpAOPo

姉 「……更衣室どっちだっけ」

女 「貴女が分からないと困るわよ」

少女「標示が出てるから大丈夫だよ、ふたりとも」

姉 「……おお」

女 「やるわね、神様」

少女「こんなことで褒められてもうれしくないんだけど」
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:49:47.43 ID:5WKxpAOPo

姉 「……うわ、なんか床が濡れてる」

少女「……窓も割れてる」

姉 「絶対手抜きだよ。硝子窓をダンボールで補修して、しかもそのダンボールがはがれかけてるってどういうこと?」

少女「窓際で着替えなければいいと思うよ」

姉 「それ以前の問題だよ」

女 「そもそもタオル着ければ外からは見えないじゃない」

姉 「甘いよ。そういう問題じゃないんだよ」

女 「もう分かったから、早く着替えるといいわよ」
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:50:22.09 ID:5WKxpAOPo

姉 「さて、泳ごう」

女 「私、プールって初めてよ」

少女「ひょっとして泳げないの?」

女 「泳げないわ。でも、プールの底に足がつかないようなちっちゃい子に馬鹿にされたくない」

少女「私泳げるもの」

姉 「どっちでもいいよ、流れるプールで穏やかに流されていようよ」

少女「私はウォータースライダーしてくる」

女 「……私泳げないんだけど、ひょっとして放置?」

姉 「膝から下が水につかってるだけで結構涼しくなるよ」

女 「せっかく来たんだから泳ぎたいじゃない」

少女「しょうがないなぁ。あとで教えてあげるよ」

女 「腹立たしいわ」

258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:50:48.76 ID:5WKxpAOPo

少女「ウォータースライダーって、どうしてこう、心が躍るんだろうね」

女 「満足そうな顔してるわね」

少女「貴女もいく?」

女 「……ええ」

姉 「君たち、あんまりはしゃぎすぎないようにね」

女 「はいはい」

少女「はーい」
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:51:18.02 ID:5WKxpAOPo

女 「手、離さないでよ」

少女「……私の方が体重軽いし、足も届かないからあんまり頼られても困るよ」

女 「……お、おお」

姉 「おー。浮いたね」

女 「なにこれ。なんかすごくバランスとりにくい」

少女「あんまり力入れないでってば」
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:51:45.74 ID:5WKxpAOPo

少女「手離すよ」

女 「ちょっとまって、ちょっとまって」

姉 「どうしたの?」

女 「できればずっと待っていてほしいわ」

少女「じゃ、離すね」

女 「待ってってば」
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:52:25.83 ID:5WKxpAOPo

少女「おー」

姉 「おー」

姉 「それさえできれば流れるプールを流れられるよ」

少女「うん。バタ足と息継ぎを足せば立派に水泳だね」

姉 「いやあ、物覚えがいいね」

少女「……ちょっと? そろそろ顔上げてもいいと思うよ?」
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:53:18.57 ID:5WKxpAOPo

姉 「時間の流れが穏やかだね」

女 「もうずいぶん長い時間泳いでる気分だわ」

少女「……いや、実際に長い時間泳いでるんだと思うよ」

女 「今何時?」

姉 「私、コンタクトはずしてるから見えない」

少女「もうすぐ十二時」

姉 「もうお昼か。そろそろあがってご飯食べにいこうか」
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:53:45.84 ID:5WKxpAOPo

姉 「腕疲れた……」

女 「なぜ?」

姉 「流れながらクロールしてたから」

少女「運動不足だと思うな」

姉 「だろうね。さて、ファミレスに行きますか」

女 「了解」

264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:54:20.06 ID:5WKxpAOPo

姉 「さて、何食べようか」

女 「ねえ。メニューを見てもよく分からないんだけど」

少女「どれもそこそこ美味しいよ」

女 「見も蓋もないこと言うわね、貴女」

少女「私間違ったこと言ってないもの」

姉 「正論なら何を言ってもいいというわけではなくてね」

少女「でも、正論のうえに誰も傷つけてないもの。咎められる理由がないよ」

姉 「それはまぁたしかに」

女 「正論ってだけで否定するのも微妙な話よね」

姉 「こらこら、最初に否定したのは君だろうに」

265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:55:04.02 ID:5WKxpAOPo

少女「でも、貴女の弟も変わり者だよね」

女 「……」

姉 「……」

姉 「ひょっとして私に言ってたりする?」

少女「他の誰に弟がいるの?」

姉 「なるほど。……それで、うちの弟がなにか?」

少女「変わり者だよね、って言ったの」

266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:55:29.56 ID:5WKxpAOPo

姉 「なんで?」

少女「見ず知らずの赤の他人が突然現れて、ランプの精なんていう素っ頓狂なこといってもあっさり受け入れるところとか」

女 「素っ頓狂って何よ」

少女「それを言ったら貴女もおかしいけど。神様って言われてあっさり受け入れたり」

姉 「私もいろいろあったからね。語るには及ばないけど」

女 「妙に気になるこというわね」

姉 「大したことじゃないよ」
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:55:55.55 ID:5WKxpAOPo

姉 「でもまぁ、変わってるというより、なんだろうね。慣れてないのかも」

少女「慣れてない?」

姉 「誰かと接するのに。人間だろうとランプの精だろうと、似たような反応したんじゃないかな」

女 「それもそれで悔しいわね」

姉 「そもそも家庭が家庭だからね。勉強ばっかりやってたし、両親もあんなだし、私も自分のことで手一杯だったし」

姉 「ほったらかしにされてきたんだよね、うちの弟くん」

少女「へえ……」

女 「……」
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:56:31.43 ID:5WKxpAOPo

姉 「そんなこと言ったら、私もだいたい同じなんだけど、私の場合は友達がいたから」

姉 「あの子、もともと内気なとこあったし、学校にも馴染めなかったらしいし」

姉 「それで、私が自分のことを何とかできるようになった頃には友達もできてて、大丈夫かなって思ってたらあんなことになるし」

女 「……あんなこと?」

姉 「まぁ、いろいろあるんだよ。正直、私としてはどうともしがたいというか……」

少女「勝手な話だね」

姉 「よくある話でもあるかな」

女 「本人からしたらたまったものじゃないでしょうけどね」

姉 「そうだね」
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:56:58.38 ID:5WKxpAOPo

姉 「でも、最近はちょっと明るいよ」

女 「そうなの?」

姉 「うん。君が来てからは、ちょっと。それまではもう、生ける屍だったから。私に頼みごとなんてしなかったよ」

少女「ふうん……」

女 「……」

姉 「だからまぁ、私としてはランプの精だろうとそうじゃなかろうと、君がきてくれて助かったんだよ」

姉 「信用とか信頼とかじゃなくて、あの子がそう決めたなら、まぁいいか、と思って。何かが変わるかもしれないって」

姉 「ごめんね、勝手に期待して」

女 「……それは、かまわないけど」
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:57:43.18 ID:5WKxpAOPo

姉 「私としては、君があの子とずっと一緒にいてくれると安心なんだけどね」

女 「……それは」

姉 「とはいえこの先どうなるかは分からないし、神様まで出てくるし」

少女「……私?」

姉 「神様的には、どうなの?」

少女「私、何か関係あるかな? ああ、でも、私縁結びの神様だから。良い感じの男女がいたらくっつけるかな」

姉 「……ほー」

女 「……好き勝手言うわね」
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:58:56.41 ID:5WKxpAOPo

女 「……なんだか、変なの」

姉 「なにが?」

女 「まだ出てきて何日も経ってないのに、長い時間こっちにいる気分」

姉 「ウラシマだね」

少女「ちがうと思うよ」

女 「変なの。どうすればいいのかちっとも分からないわ。持ち主は願い事のひとつも言わないし」

少女「んー」

女 「……なにか言いたげね」

少女「なんだろ。多分、貴女の持ち主って、けっこう臆病なんじゃないかな」

女 「会ったことのない六歳児に臆病なんていわれるとは思ってないでしょうね」

少女「本当の六歳児に六歳児とか言われたくないよ」

姉 「まぁまぁ、落ち着け? 六歳児諸君」
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 21:59:24.95 ID:5WKxpAOPo

姉 「そういえば、来月の頭くらいに夏祭りがあるんだよ」

少女「お祭り?」

姉 「そう。神様、行ったことある?」

少女「神社の近くでやるのなら、毎年見てるけど……」

姉 「あっちは地味だから、若い人集まらないもんね」

少女「商店街の方の夏祭りは行ったことがないわ」

姉 「そっか。一緒に行く?」

少女「いいの?」

姉 「いいよいいよ。君もいくよね?」

女 「私?」

姉 「他に誰がいるんだい、お嬢さん。さっきからぼんやりしちゃって」

女 「……貴女が変なこと言うからよ」
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:00:28.22 ID:5WKxpAOPo

姉 「ご飯食べたし、帰ろうか」

女 「そうね」

少女「私もついていっていい?」

姉 「……んー」

女 「なぜ私を見るの?」

姉 「だって、家主だし」

女 「どっちかっていうと居候よ。貴女こそ家族でしょ」

少女「もう。いいの? 駄目なの?」

姉 「それじゃあ、主人が帰ってくるのを待って判断を仰ごうか」

女 「屁理屈じゃない……」
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:01:19.81 ID:5WKxpAOPo

姉 「ただいま」

女 「ただいま」

少女「おじゃまします」

姉 「……泳ぎ疲れた」

女 「流されてただけじゃない」

姉 「流されるだけでいるのも楽じゃないんだよ」

少女「テツガク的な言葉だね」

姉 「まったくだね」

女 「そうかしら……」
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:01:45.84 ID:5WKxpAOPo

女 「ねえ。ちょっと考えてみたんだけど」

少女「どうしたの?」

女 「神様なのに二五〇歳って、若くない?」

少女「……」

姉 「……そういえば、若いね」

少女「……どうせ私はしだれ桜や藤や楠なんかより年下ですよ。でも誰にも迷惑かけてないもん。神様にも世代があるだけだもん」

女 「え、神様にも世代があるの?」

少女「名前は世襲制だよ。たまに跡目争いがあるよ」

女 「……意外と殺伐としてるのね」

姉 「どこもかしこも世知辛いね」
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:02:20.83 ID:5WKxpAOPo

姉 「暇だね」

少女「そうだね」

女 「映画でも観る?」

少女「おお、どんなのがあるの?」

女 「分からないわ。観たことないもの」

姉 「私はふたりに任せるよ」

女 「これ、おもしろそうね」

少女「……ちょっと怖そうだけど」

女 「画面から飛び出してくるわけじゃないし、いいでしょ。じゃあこれで決定ね」
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:02:50.31 ID:5WKxpAOPo

女 「……始まったわね」

姉 「あれ、字幕なの?」

女 「貴女の言う意味がよく分かったのよ。設定を変えるのは面倒だわ」

少女「駄目人間だ……」

姉 「なんか雰囲気ある始まり……あれ? 私、これ見たことある」

女 「そうなの?」

少女「別のにする?」

姉 「いいよいいよ、二度見ると別の角度から見れるタイプの映画だから、これ」

女 「へえ」
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:03:42.90 ID:5WKxpAOPo

女 「……」

少女「……」

姉 「こんなシーンあったっけ……」

女 「静かに」

姉 「はーい」

女 「……」

少女「……」


少女「……ッ!!」

女 「……」

姉 「……」

少女「何でこっちを見るの? 銃声にびっくりしただけだよ。音。音だけ。怖くなんてないんだから」

女 「……そう?」

少女「貴女、馬鹿にしてるでしょ」

姉 「まぁまぁ、静かに見ようよ、神様」
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:04:20.55 ID:5WKxpAOPo

女 「……やたら赤いものが出てくる映画ね」

少女「そういえば、そうだね」

姉 「いい着眼点してるね」

女 「そうなの?」

姉 「どうだったかな?」

少女「内容忘れちゃったの?」

姉 「こまかいところはどうしてもね」


女 「……」

少女「……」

姉 「……」

女 「……」

少女「……」
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:05:09.73 ID:5WKxpAOPo

++++++++++++++++++++++


女 「……後を引く映画ね」

少女「衝撃のラストだったね……」

姉 「二度目だと法則が分かって面白いよ」

少女「……怖かったんだけど」

女 「悪かったわよ。私も怖かったわよ」

姉 「若いなぁ、ふたりとも」

少女「私は、こういうの見慣れてないだけだから」

女 「分かってる。麦茶飲む?」

少女「……飲む」
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:05:57.36 ID:5WKxpAOPo

姉 「もうすぐ夕方だね」

女 「……短い映画だと思ったけど」

姉 「時間の流れははやいね」

少女「すごく疲れた……」

女 「でしょうね。休むといいわよ」

姉 「私もなんだか眠いな。ちょっと寝てもいい?」

女 「……まぁ、いいんじゃない?」

少女「……私も寝る」

282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:06:23.78 ID:5WKxpAOPo

男 「……で、どうしてこんなことになってるの?」

女 「気付いたら寝てたのよ、ふたりとも」

姉 「……」

少女「……」

男 「この子は誰?」

女 「例の神様」

男 「ずいぶん若い」

女 「でしょう。なんていったって二五〇歳だから」

男 「……なるほど」
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:06:49.49 ID:5WKxpAOPo

男 「とにかく、このふたりを起こさないと」

女 「……起きるかしら」

男 「だいたい、姉さん、仕事はどうしたんだろう」

女 「なぜだか、休みになったみたいよ」

男 「大丈夫なのかな」

女 「難しいところね」

284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:07:15.88 ID:5WKxpAOPo

少女「……ねむい」

男 「おはよう。はじめまして」

少女「……はじめまして」

男 「君は?」

少女「神様」

男 「……なるほど」

女 「ねえ、お姉さん、起きないわよ」

男 「ひとまず放っておいていいよ」
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:08:22.99 ID:5WKxpAOPo

少女「……帰る」

男 「ひとりで大丈夫?」

少女「大丈夫。すぐそこだし」

女 「ほんとに?」

少女「私、見た目は六歳だけど、中身は二五〇歳だから」

男 「見た目が六歳だから心配なんだけどね」
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:08:53.05 ID:5WKxpAOPo

姉 「……おなかすいた」

男 「ご飯食べてく?」

姉 「……今日はなに?」

男 「冷やし中華」

姉 「……食べる」

女 「……なんだか疲れた」

男 「ここのところそればっかりだ」
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:09:43.50 ID:5WKxpAOPo

姉 「うん。きゅうりと卵とハムと海苔。うん。……うん? 何か赤いものが足りない気がする」

男 「なかったんだよ」

姉 「……そっか。それなら仕方ない」

女 「美味しいわね、これ」

男 「夏はこういうのに限るよ」

姉 「手軽だしね」

男 「それをいったら台無しだよ」
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:10:34.23 ID:5WKxpAOPo

姉 「それじゃ、私は帰るね」

男 「明日も休みなんだって?」

姉 「うん。気が向いたら遊びにくるよ」

男 「といわれても、僕はいないけどね」

姉 「んー。まぁ、明日決める。それじゃ、ばいばい」

女 「また明日」
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:11:00.98 ID:5WKxpAOPo


男 「さて。風呂に入ってきたら?」

女 「そうする」

男 「なんだか疲れてる?」

女 「プールに行ってきたから」

男 「水着は?」

女 「……お姉さんが」

男 「……どうりで泊まると言い出さないわけだ」

女 「やっぱり、まずかった?」

男 「そういうんじゃない。あの人は相変わらずだと思っただけ。世話焼きだ」

290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:11:32.55 ID:5WKxpAOPo


男 「さて、寝ようか」

女 「ええ」

男 「……」

女 「……ねえ」

男 「なに?」

女 「……あの」

男 「どうしたの?」

女 「……蛾の話をしてくれる?」

男 「今日も?」

女 「……ええ」

男 「かまわないけど、もう話すことはそんなに残っていないよ」
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:12:07.80 ID:5WKxpAOPo

男 「蛾と初めて話してから、僕と彼は行動を共にするようになった」

男 「前にも言ったように、僕は子供の頃から勉強と習い事ばかりさせられていたから、友達なんてろくにいなかった」

男 「話し相手と言える人間すらね。その頃は本当に、寝て起きて、勉強して、寝て、と言った具合だった」

男 「蛾と会ってからは違った。彼は僕に変化をもたらした。いい意味でも悪い意味でも」

女 「変化って?」

男 「たとえば彼の奇想天外な行動や、破天荒な言動なんかに、僕はかなり影響された」

女 「貴方も高いところから落ちたりしたの?」

男 「それはしなかったよ。でも蛾と一緒に遊んでいるうちに、多少の変化はあった」

男 「少なくとも、それまでの誰とも話さないような暗い生徒ではなくなった。クラスにも仲の良い人間ができた」

女 「明るくなって、友達ができたってことね」

男 「端的に言えばそういうことだ。彼は友達が多かった」

女 「まぁ、そんな雰囲気はあるわ」

292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:12:45.29 ID:5WKxpAOPo

男 「彼と僕は毎週末にどちらかの家に集まった。たまに他の人間がいることはあったけど、基本的には二人だ」

女 「仲が良かったのね」

男 「いろんな話をした。といっても大したことじゃない。好きな音楽、クラスメイトのこと、テレビ番組、ギター」

女 「ギター?」

男 「蛾は音楽が好きだった。中古で買ったアコギをもって、僕と会っている間もずっと弄っていた」

女 「へえ……」

男 「一度、バンドでも組んでみたらどうだと薦めたことがあった。彼はギターが上手かったから」

男 「でも彼は気乗りしなかったみたいだ。人に見せられるレベルじゃない、と言っていた」

男 「そんなふうに、毎週のように彼と会ってた。それが高校を卒業するまで続いた」

293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:13:34.83 ID:5WKxpAOPo

女 「貴方は、大学はやめてしまったんだっけ?」

男 「二年のときにね。でも、それ以前の問題として、蛾は大学受験に落ちた」

女 「よくよく落ちる人なのね」

男 「蛾は勉強はできなかった。大学に行くのも、親の意向だったらしい」

女 「親の意向に振り回される人たちね」

男 「そんな例は山ほどあるよ」
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:14:14.08 ID:5WKxpAOPo

男 「大学に落ちて以来、蛾は半年ほど何もしなかった」

女 「……どういう意味?」

男 「本当に何もしなかった。職を探すでも予備校に通うでもなく、単純に何もしなかった」

女 「なんというか、それは……」

男 「半年経ってから、蛾はバイトを始めた。コンビニのレジ店員。金を貯めて、何度も旅行に行った」

女 「旅行?」

男 「ああ。蛾は旅行好きだった。観光名所とか、文化遺産とか、そういうものをよく見に行った」

女 「へえ」

男 「日帰りでいけるところばかりだったけどね。僕もたまに着いていった」

男 「いろんなところにいって、何かを見たり歩いたり食べたりする。楽しかったよ」

女 「ねえ。私も旅行に行ってみたい」

男 「それはそのうちね」

女 「ええ」

男 「蛾はそういう奴だった。ひとりでいろんなところにいった。大抵神社とかをめぐって、そういう場所ではいつも御神籤を引いた」

女 「御神籤?」

男 「そう。ああいうのはよく当たるんだって彼は言ってた。特に旅行先で有名な神社なんかにいくとね」

女 「……分かる気がするわ」
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:14:54.77 ID:5WKxpAOPo

男 「本当に当たってたのかは知らない。僕も何度か引いたけど、よく分からなかった」

男 「でも彼が言うには、本当によく当たるんだって。それは本当に。冗談みたいに」

女 「……でも、ありえなくはないわね」

男 「どうして?」

女 「だって、神様だってランプの精だっているんだから、御神籤くらい当たったって普通でしょう?」

男 「……そうかも知れない」

男 「そんなふうに、いろんな場所に行った。どこに行くにしても彼の車に乗って」

女 「貴方も付き合って?」

男 「そう。僕は心底彼が羨ましかった。彼は奔放で、とても明るくて、僕とは対極の存在だったんだ」

女 「たしかに貴方は、気が向いたから遠出するか、ってタイプじゃないわね」

男 「そう。何か行動をするにしても、きちんと考えた上でないと怖くてたまらない」

男 「それでも、彼にも当然悩みはあった。いろいろ。僕が及び知れないところまで」

女 「そうでしょうね」
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:15:22.85 ID:5WKxpAOPo

男 「蛾は、死んだんだよ。まだ四年しか経ってない」

女 「……なんとなく、そうじゃないかと思ってたけど」

男 「そのときも、車の後部座席にギターを載せて、旅行に行ってた」

男 「海に落ちた。車ごと。普通じゃない。自殺だと騒ぎになった。でもそのうち話題にものぼらなくなった」

男 「その前日、彼は僕の家にやってきた。例のブレスレットを忘れていった。わざと置いていったのかも知れない」

女 「……」

男 「……普通じゃない」
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:15:52.00 ID:5WKxpAOPo

男 「今も、彼のブレスレットは持ってる。見てみる?」

女 「……いいわ」

男 「家族に返そうかとも思った。でも、そんなことをしても何の慰めにもならない。死んでしまったんだ」

男 「君が何でも願いを叶えてくれると言ったとき、最初に考えたのは蛾のことだった」

男 「別に生き返らせてくれとは言わない。でも、もう一度話をしたかった。そして聞いてみたかった」

男 「「君は僕を友達だと思ってくれていたのか?」と」

男 「だったらなぜ相談してくれなかったのか、と」

男 「でもそんなこと言っても無意味だ」

男 「蛾は死んでしまったし、それを自ら選んだ。それは他人がどうこうできることじゃない」
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:16:21.75 ID:5WKxpAOPo

女 「……なんだか、とても複雑ね」

男 「そう。とても複雑なんだ。それに僕は、まだ大人になりきれていない」

男 「彼のことは今でもちっとも分からないし、彼がなぜ死んだのかも分からない」

男 「彼が悩んでいることに、僕はちっとも気付けなかった」

男 「僕はいまだに、彼に対してどう接するのが最善だったのかが分からない」

男 「あるいは彼が思い悩んでいることに気付けたら何かが変わったのかもしれないけど、僕は気付けなかった」

男 「何かを変えられたかもしれないというのも、自惚れに感じられる」

男 「結局彼は死んでしまったし、それは変わらない。君に願って生き返らせたとして、それは僕のエゴだ」

男 「なくなったものはそのまま受け入れなければならない。そう思う」

男 「はっきりしているのは、彼が僕の唯一とも言える友人で、彼が死んでしまったことが、僕は悲しかったということだ」
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:17:29.98 ID:5WKxpAOPo

女 「……ねえ、気付いてる?」

男 「なに?」

女 「今の貴方、なんだか、情けなくて格好悪いわ」

男 「……そうかな」

女 「ええ。なんだか、あれこれ悩みすぎるくせがあるみたいね、貴方」

男 「……そうかな」

女 「蛾は悩んでいた。死んだ。相談してもらえなかった。悲しい。つまり、こういうことでしょ?」

女 「単純だと思うわ。貴方は悲しい。それだけでは駄目なの? こんなこと、私が言うべきことでもないでしょうけど」

女 「後悔って、とても身勝手で傲慢なものだと思うわ」

男 「そうかもしれない」

女 「悲しいことは、悲しい、ってだけでいいんじゃない?」

男 「……そうかもしれない。君に言わせると何もかもが単純で明快だ」
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:17:55.78 ID:5WKxpAOPo

女 「偉そうなこと言ったわ。ごめんなさい」

男 「いや。かまわない。君は六歳なのに、とても大人だ」

女 「……やっぱり私を子供扱いしてるわよね」

男 「実際、子供だしね」

女 「……ねえ。私、思うの」

男 「なんだろう」

女 「私はね、ランプの精だから、何百年と生きる。でも、貴方は人間だから、これからせいぜい八十年ってところよね」

男 「そうだね」
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:18:32.50 ID:5WKxpAOPo

女 「当然のことだけど、貴方の方が先にいなくなる」

男 「そうだろうね」

女 「それってなんだか、とても怖いわ」

男 「そうかもしれない」

女 「……貴方のこと、好きよ」

男 「そう?」

女 「長い時間一緒にいたら、少なからず、相手に好意を持つわよね。相手が相当嫌な人でもない限り」

女 「でも、長い間一緒にいても、どちらかが先にいなくなってしまう」

女 「私は貴方がいなくなってからも、貴方のいない世界で生きていかなくちゃいけないわけよね、優に百年を超える時間を」

女 「それってなんだか、とても、悪趣味じゃない?」

男 「……そうかもしれない」

女 「……私が人間だったらよかったのに」
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:18:59.27 ID:5WKxpAOPo

女 「……言ってくれないの?」

男 「なんて?」

女 「『ずっと僕と一緒にいてくれ』って」

男 「僕に?」

女 「ええ」

男 「もしそう願ったら、どうなるの?」

女 「どうかしら。何も変わらないという気もする。私は人間にはなれないし、このままでも貴方とは一緒にいるわけだし」

男 「人間になれない?」

女 「もし誰かが、私を人間にしてくれと願ったとしても、それは無理なの。願いに使う力は継続させなければいけないから」

男 「どういう意味?」

女 「ランプの精である私が、願いを叶えて人間になる。すると願いを叶える力がなくなる。力がなくなると、元の状態に戻る」

男 「……なるほど」
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:19:27.75 ID:5WKxpAOPo

男 「今日は寝よう」

女 「……」

男 「第一、仮に人間になれたとしたって、君を人間にしてしまうのは心苦しい」

女 「どうして?」

男 「人間の世界はとても面倒なシステムで溢れているからだよ。嫌にならないとも限らない」

女 「でも、私、歳もとらないのよ。貴方が歳をとっていっても、私はぜんぜん、まるで変わらないの」

女 「それって同じ時間を生きてるっていえる? なんだかとても、寂しいわ」

男 「そうかもしれない。でも、何かを判断するには早すぎる。まだ一週間も経っていないんだよ」

女 「判断できるようになってからじゃ遅いのよ」

男 「僕だって明日には死んでしまうかもしれないよ。そんなに先のこと、考える必要もなくなるかもしれない」

男 「それに、僕らにはどうすることもできない」

女 「そうだけど……」

男 「今日は眠ろう。疲れただろう?」

女 「……ええ」

男 「……」

304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:19:55.87 ID:5WKxpAOPo

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男 「……誰か来た」

女 「お姉さんじゃない?」

男 「まだ朝なのに」

女 「今までだってそうだったじゃない」

男 「そうだけど」

女 「とりあえず出てみたら?」

305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:20:22.99 ID:5WKxpAOPo

姉 「おじゃまします」

女 「案の定ね」

男 「また来たのか」

姉 「まずかった?」

男 「別に良いけど、僕はもう出なきゃならないから」

姉 「はいはい」
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:20:50.10 ID:5WKxpAOPo

男 「それじゃ、いってくるから」

女 「いってらっしゃい」

姉 「気をつけてね」

男 「分かってる」

姉 「……」

女 「……」

姉 「……なんか落ち込んでた?」

女 「……どうかしら」
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:21:17.32 ID:5WKxpAOPo

姉 「今日はどうする? どこか出かける?」

女 「どっちにしろ、店が開くまでまだ時間があるわよ」

姉 「じゃあちょっとゆっくりしていようか」

女 「ええ」

姉 「……なんだか君の方も元気ないね」

女 「そうかしら」

姉 「……んー」
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:21:47.31 ID:5WKxpAOPo

女 「ねえ。私、貴女たちといるの、好きよ」

姉 「なに、突然?」

女 「……」

姉 「なんか変なこと考えてる顔してる」

女 「……」

姉 「どうしてわかるのかって顔してる。なんかうちの弟そっくりだね、君」

女 「……そうかしら」

姉 「考えてばっかりで行動が伴わないところとか」

女 「やっぱり辛辣ね、貴女」

姉 「毎日楽しいってだけじゃ満足できないのかね、みんなして」

女 「貴女も大変そうだけど」

姉 「大変だけど、楽しいよ」
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:22:18.24 ID:5WKxpAOPo

姉 「私の部屋いく?」

女 「どうして?」

姉 「だってここ何もないし」

女 「貴女の部屋には何かあるの?」

姉 「ないけど」

女 「なにそれ。まぁ、興味があるから行くけど」

姉 「よしよし」

姉 「今日はいろいろ連れてってあげよう。私も休み今日だけだし」

女 「土日もあるんじゃないの?」

姉 「……土曜、仕事になっちゃった」

女 「ご愁傷様」

姉 「来週もだよ。信じられる? 私何も悪いことしてないのに」

女 「大変ね……」
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:23:16.05 ID:5WKxpAOPo

姉 「とりあえず出ようか。どこに行く?」

女 「貴女の部屋でしょ?」

姉 「そのあと。ずっと私の部屋にいても暇でしょ?」

女 「貴女は普段、どんなふうに過ごしてるの?」

姉 「ごろごろしたり。半年に一回くらい、映画見に行ったりするよ」

女 「映画はもういいわ」

姉 「だよね」
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:23:43.78 ID:5WKxpAOPo

姉 「とりあえずごろごろしよっか」

女 「暇なのね」

姉 「とても」

女 「なんだか憂鬱」

姉 「いろいろあるよね」

女 「貴女に言わせると簡単ね」

姉 「いろいろあるよ」

女 「……」

312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:24:23.71 ID:5WKxpAOPo

姉 「じゃあ、出かけようか」

女 「どこに?」

姉 「どこがいい?」

女 「貴女に任せるわ」

姉 「他人任せばっかりなんだから、もう」

女 「そういわれてもね……」

姉 「じゃあ服屋まわろう。ちょっと遠くまでいって」

女 「いいけど……」
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:24:54.45 ID:5WKxpAOPo

姉 「なんかよくわかんないけど、あんまり考えすぎないほうがいいよ」

女 「……」

姉 「……って、私が言ったくらいでやめられれば、最初からそうはなってないんだろうけどさ」

女 「……まぁ、ね」

姉 「難しく考えすぎなんだよ」

女 「そうかしら」

姉 「そのままでも、面白おかしく暮らせればいいと思うよ」

女 「でも……」

姉 「でも?」

女 「それはちょっと、さびしいわ」
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:25:43.12 ID:5WKxpAOPo

姉 「どうせこれから一緒に暮らしてくんだから。でしょ?」

女 「そうだけど」

姉 「だったらいいじゃん。今楽しめなかったらずっと楽しめないよ」

女 「……うーん」

姉 「頑固だね」

女 「そうかしら」
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:26:24.00 ID:5WKxpAOPo

姉 「……」

女 「……」

姉 「……」

女 「……最初から人間だったらよかったのに」

姉 「……不安なの?」

女 「……それは、ね。だって私、働いたりできないのに、ご飯だけは食べてるのよ。服だって」

姉 「……なるほど」

女 「最初から人間だったら、苦労はなかったんだけどね……」
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:26:49.81 ID:5WKxpAOPo

姉 「……うーん」

女 「難しいところね……」

姉 「でも私、君といると結構楽しいよ」

女 「ありがとう」

姉 「んー……」

女 「……ランプの精だっていうのに、願いのひとつも言われないからこんなこと考えちゃうのよ」

女 「なんのために出てきたんだか……」

姉 「いやいや。願いは結構、叶えてあげられてると思うよ?」

女 「そんなことないわよ」

姉 「そんなことないと思うけど」
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:27:17.94 ID:5WKxpAOPo

女 「……なんだか眠いわ」

姉 「まだ着くまでかかるから、寝ててもいいよ」

女 「……そうする」

姉 「いえいえー」

女 「……憂鬱」

姉 「考えすぎなんだってば」

318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:27:59.61 ID:5WKxpAOPo

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男 「ただいま」

少女「おかえりー」

男 「……」

少女「ちょっと帰りが遅いよ。心配したんだから」

男 「なぜ君がいる?」

少女「昨日、ろくに挨拶できなかったなあって思って」

男 「……なるほど。あの子は?」

少女「貴方のお姉さんのところにいるんじゃないかな?」

男 「こんな時間まで?」

少女「今日は泊まるつもりかもね」

男 「……明日は姉さんも僕も仕事なんだけど」

少女「だったら貴方の部屋にいようとお姉さんの部屋にいようと、似たようなものじゃない?」

男 「そういう問題じゃないと思う」
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:28:25.53 ID:5WKxpAOPo

少女「それで、貴方にちょっと話があってきたの」

男 「話?」

少女「あの子についての話」

男 「……あの子について」

少女「貴方、これからあの子をどうするつもりなの?」

男 「……どうするって?」

少女「ランプの精って、結構かわいそうな種族なんだよ」

男 「かわいそう?」

少女「結局、願いを叶えるための道具として、持ち主に飼い殺しにされるわけでしょ?」

少女「大抵のランプの精は人間嫌いなんだよね。っていっても、こっちに出てきたのは今までで三十人くらいなんだけど」

少女「中には戦争の原因になったりね。まぁいろいろあるんだよ」
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:28:52.19 ID:5WKxpAOPo

少女「そんな中で、欲望のままにランプの精を扱わない人間っていうのは結構貴重なんだよね」

少女「ランプの精は人間嫌いが多いけど、嫌いになるってことは、当然その逆もあるわけで」

少女「嫌いな人間が死んでも、なんとも思わないけど、好きな人に死なれると……」

少女「悲しい。でしょ?」

男 「……見透かしたような言い方をするね」

少女「見透かしてるから、実際に」

少女「人間になりたいランプの精なんてパターンは初めてだからね」

男 「あの子から聞いたの?」

少女「分かっちゃうの。だいたいのこと」

男 「……神様だから?」

少女「神様だから」
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:29:19.55 ID:5WKxpAOPo

少女「貴方、初めてあの子が出てきたときに、ちょっと安心したでしょ」

男 「安心?」

少女「この子がいれば、一人じゃなくなるかもって」

男 「……」

少女「しかもランプの精。自分より先に死なない」

少女「置いてかれることはない、って安心したよね?」

男 「……」

少女「だから、人間として扱おうとしながら、人間になってほしいとは望まなかった」

少女「「僕だっていつ死ぬか分からない」なんて、何の意味もない言い訳をした」

少女「なくなったものをなくなったままに受け止めることはできても、これ以上何も失いたくなかった」

少女「ずるいよね。勝手じゃない?」

男 「僕は……」
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:29:49.67 ID:5WKxpAOPo

少女「もう二度と置き去りにされたくないから、置き去りにしようとしたんでしょ」

男 「……」

少女「都合のいい相手がほしかったんだよね?」

男 「……」

少女「誰かに目の前からいなくなられるのも嫌だけど、一人ぼっちも嫌だもんね」

男 「……」

少女「良かったね。願いが叶ったよ。あの子は貴方の目の前からいなくならないし、きっと貴方のために泣いてくれるよ」

男 「そんなつもりは……」

少女「なかったの? 本当に?」

男 「……」
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:30:31.05 ID:5WKxpAOPo

少女「あの子をどう扱うかは、貴方の自由だよ。だってあれは、貴方の所有物だから」

男 「嫌な言い方をするね」

少女「実際、そうなんだもの」

少女「でも、あの子もいつか気付くんじゃない? 自分が貴方の寂しさを紛らわすための人形でしかないんだって」

男 「……」

少女「別に貴方のせいじゃないよ。第一、貴方とあの子の相性が良すぎたんだと思う」

少女「貴方としても不都合なくらい、あの子は貴方に惹かれてるから。この理由は分からないけど……」

男 「神様にでも分からないことがあるんだね」

少女「皮肉のつもり? 面白くないよ」
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:30:59.11 ID:5WKxpAOPo

男 「それで、君は何が言いたいんだ?」

少女「別に。私はただ、そんなことをしても楽しいのかな、って思って」

男 「……」

少女「先のことを考えて一歩も前に踏み出せないなんて子供みたいだなって」

少女「でもまぁ、それはいいの。私には関係ない。私はちょっとした提案をしにきただけなんだ」

男 「提案?」

少女「そう、提案」

少女「貴方がこれから先、あの子とどう接していくかは、いくつかのパターンに分けられるよね」

男 「パターン?」

少女「うん。まず、現状維持。このあやふやな状況のまま生きてく。死ぬ。持ち主が死んで、ランプの精はいなくなる。どこかで次の持ち主を待つ」

男 「……」

少女「次に、あの子と別れる。ランプの精は願いを叶えるから、別の持ち主を探せって言ったらいなくなる。そうすると貴方はまたひとりぼっち」

男 「……」

少女「あとは、あの子を自分の欲望のために利用するとか、こまごまとした感じのものかな」
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:31:26.16 ID:5WKxpAOPo

男 「……」

少女「ま、どうするかは貴方の自由だし、何が最善かなんて私にも分からないけど」

男 「身勝手な神様だ。君が言わなければ知らないふりしていられたのに」

少女「でも貴方、放っておくとそのうち自分を責め始めそうだもの。本当は気付いてたんだよね?」

男 「……」

少女「で、提案のことだけど」

男 「……なに?」

少女「これが三つ目のパターン。私ね、縁結びの仕事もやってるんだよ」

男 「それが?」

少女「まぁ、神様って言うからにはさ、ある程度の奇跡なんてものもご都合主義的に起こせるわけで」

男 「……つまり?」

少女「私、あの子を人間にすることができるの。戸籍とか、面倒なものもまとめて。いたことにできるよ、あの子を」
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:31:57.64 ID:5WKxpAOPo

少女「この手のこと、結構珍しくないんだ。何かをなかったことにしたり、あったことにしたり」

男 「……」

少女「どうする? っていっても、貴方からしたらメリットがまるでないよね」

男 「そういう選択もある、という意味?」

少女「……そう」

少女「正直にいうと、どうするのが最善なのか分からないけど、見てしまった以上は協力したいんだよ、あの子に」

少女「少なくとも、フェアな場所に連れてってあげたい」

少女「あの子もそれを望んでるみたいだし」

少女「でも、あるものはあるものとして放っておくのが自然、という見方もできる」

少女「貴方の考えを別にしてもね」

327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:32:24.24 ID:5WKxpAOPo

少女「でも、人間になったら、もう後戻りはできない。分かるよね? 明日には死んじゃうかもしれない」

男 「……」

少女「だからやっぱりこのままの方がいいのかもしれない」

男 「……君にも分からないの?」

少女「ちっとも。貴方たちの問題だから」

男 「参ったな」

少女「だよね」

少女「貴方がどう思ってるかは、あの子には言わないから、安心して」

男 「……それでいいのかな」

少女「それは貴方の問題」

328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:32:51.22 ID:5WKxpAOPo

男 「……彼女がそれを望むなら、その願いを叶えるべきだという気もする」

少女「そうかな?」

男 「僕にも良く分からないけど、そうしないとフェアじゃない」

男 「彼女は僕の願いをひとつ叶えてくれたから、僕も彼女に何かをしてやるべきだと思う」

少女「元に戻りたいって言っても無理だよ?」

男 「正直、僕には分からない。でも彼女は、僕がどうこうという以前に、人間に憧れているように見える」

少女「どういう意味?」

男 「彼女は人間向きなんじゃないか、と勝手に思ってるだけ」

少女「そうかな?」

男 「僕が思ってるだけだよ、きっと。でも、彼女が人間になったとして、それはとても自然だと思うんだ」

少女「……テツガク的だね」

男 「ちがうと思う」
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:33:18.51 ID:5WKxpAOPo

男 「でも、何かを判断するには早すぎるというのも、本当にそう思うんだ」

男 「後戻りができないなら、なおさら慎重になるべきだ」

少女「……まぁ、そうだよね」

男 「……で、僕からも提案なんだけど」

少女「なに?」

男 「試用期間、っていうの、どうかな?」

少女「……はい?」
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:33:50.81 ID:5WKxpAOPo

男 「だから、ためしに彼女に人間の生活をさせてみる。それから決める。どうかな?」

少女「私の話聞いてた? 戻せないんだってば」

男 「神様なのに?」

少女「神様にもできることと出来ないことが……」

男 「あるの?」

少女「……あんまりないけど、でも、力を使いすぎるのもよくないし」

男 「いいじゃないか。減るもんじゃないし」

少女「……そりゃ、そうなんだけど」

男 「駄目かな?」

少女「……」

男 「……」

少女「……分かった」
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:34:20.14 ID:5WKxpAOPo

少女「でも、あの子がするって言ったらだよ。……って、答えなんて決まってるんだろうけど」

少女「……なんか、不完全燃焼」

男 「僕を打ちのめしにきたの?」

少女「半分くらい、そのつもりできたの。うだうだ考え込む駄目男だと思ってたし、実際そうだったし。想像以上に突飛だったけど」

少女「下手に手を出すんじゃなかった。貴方、なんでも自分で解決しそうだもん」

男 「そんなことないよ」

少女「今日は帰る。なんか負けた気がするし。今度また来るから」

少女「でも、本当にいいの?」

男 「なにが?」

少女「あの子、いなくなっちゃうかもしれないよ。人間になったら、あの子を縛るものなんて何もないんだから」

男 「それは僕が決めることじゃない」

少女「……そうかもしれないけど」

332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:34:52.75 ID:5WKxpAOPo

男 「……」

男 「……帰ってきたかな?」



女 「ただいま」

男 「おかえり」

女 「疲れた……」

男 「姉さんのところにいってたの?」

女 「連れまわされたわ」

男 「……大変だったみたいだね」

女 「別に、それほどじゃないわ」

男 「まぁ、ご飯食べようか」

女 「ええ」

333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:35:20.08 ID:5WKxpAOPo

女 「そういえば、夏祭りがあるらしいわよ」

男 「知ってる」

女 「……」

男 「行きたい?」

女 「ええ」

男 「……そう。じゃあ、行こうか」

女 「いいの?」

男 「かまわないよ」

334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:35:52.07 ID:5WKxpAOPo

男 「ねえ」

女 「なに?」

男 「君は、人間になりたい?」

女 「……どうかしら。分からないわ」

男 「そう」

女 「でも……」

女 「そうなれたら楽しそうだな、って思う」

男 「……」
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:36:30.63 ID:5WKxpAOPo

男 「ねえ」

女 「……なに?」

男 「僕と一緒にいてくれるかい?」

女 「……」

男 「……」

女 「先のことは、分からないわ」

男 「……そうだね」
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:36:57.21 ID:5WKxpAOPo

男 「人間に、なってみようか」

女 「どういう意味?」

男 「今日、神様が来た。君を、人間にできるって、言ってた」

女 「……本当に?」

男 「うん」

女 「……」

男 「君は、どうしたい?」

女 「……」

男 「……」

女 「私は……」

337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:37:39.32 ID:5WKxpAOPo

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女 「ねえ。少しいいかしら?」

男 「なんだろう」

女 「人間になるっていうのはいいのよ。聞いてたし、自分で決めたことだし」

女 「でもね……」

少女「どうしたの?」

女 「……なんで学生なのよ」

姉 「いいじゃん。制服似合ってるし」

女 「だいたい、なんで高校? 私、六歳よ?」

少女「その見た目で小学校に入りたいなんて鯖読むにもほどがあるよ」

女 「そりゃそうだけど……。ねえ、貴女は貴女でどうしてカメラ構えてるのよ」

姉 「んいや、せっかくの門出だし、記念にと思って」
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:38:06.15 ID:5WKxpAOPo

男 「まぁ、いいんじゃない? 写真くらい」

女 「私、苦手なのよ」

姉 「こういうときはぐだぐだ言わずに撮られておくものだよ」

女 「別にいいわよ。入学式ってわけでもないじゃない。もうすぐ夏休みよ?」

少女「それでも撮っておくものだよ」

女 「……何かが間違っているような気がするわ」

男 「何も間違っていないよ」

女 「……示唆的ね」

男 「そうかな?」
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:38:32.81 ID:5WKxpAOPo

姉 「まぁまぁ。まだまだこれから始まったばかりなわけだし」

女 「急に何の話?」

少女「これからだし」

女 「……なんなのよ、いったい。あと、貴女はいつになったら彼氏を私に見せてくれるわけ?」

少女「……なかなか会えないだけだからね。別に本当はいないとかじゃないから」

女 「疑ってないわよ」

男 「……」

女 「……何変な顔してるの?」

男 「……いや。近いうち、旅行にでも行こうかと思って」

女 「本当?」

男 「ああ。日帰りだけど。行く?」

女 「行くわ」

340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:38:59.64 ID:5WKxpAOPo

姉 「……」

男 「……どうしたの?」

姉 「どうして私を誘わないのか」

男 「……どこに行くか決めてからにしようと思って」

少女「私は?」

男 「君は別に誘わなくてもいいかと思って」

少女「ひどい……」

女 「……そろそろ時間だわ」

男 「ああ」

女 「……」

男 「いってらっしゃい」

女 「……いってきます」

341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/02(土) 22:39:26.39 ID:5WKxpAOPo

終わり
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/02(土) 22:42:06.14 ID:RaeWtilbo
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/02(土) 23:52:12.03 ID:hrra5hv1o

面白かったけど最後あっさりしすぎじゃね?
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/03(日) 00:27:55.68 ID:ahtyGHzPo
乙した

続かんのか…
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 02:51:23.61 ID:cZ21avtPo
面白かった
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/06(水) 13:36:26.42 ID:vT4RiHmDo
ホントに終わりなの?
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