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さだのり「桜は散る、陽は沈む・・・そして、思い出はいつかは消える」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 20:59:33.38 ID:IGm3n5S+0
分かる人には分かるかも


こちらは、>>1の気分転換&オナヌーのためのオリジナルSSになってしまいます

展開が早いですが、それは1スレで終わらせるため・・・と言い訳しておきます


登場人物

さだのり 荒っぽい性格のバカ この物語の主人公

邪火流 さだのりの親友 リーダーシップのある男

遠藤 さだのりの親友 名前がおかしいのはツッコまないでほしい

ソラ さだのりの親友 やや体が弱い 

セルジオ さだのりの親友 名前が(ry

舞子 綺麗な女性 まぁ、さだのりとはそういう関係になります・・・が




さて、つまらん、くだらん、文章下手すぎ、といった感想


大いに歓迎します

Mじゃないけどね


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(安価&コンマ)鉄血に狼の男が(機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ) part2 @ 2025/06/22(日) 22:47:53.63 ID:xiq+pvxz0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1750600073/

■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:08:31.92 ID:A9RjOWcxo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421311/

■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:07:56.06 ID:9l741hD4o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421275/

■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:07:18.78 ID:XCIH42NJo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421238/

■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:06:42.32 ID:sMr/Yf+to
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421202/

■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:06:05.72 ID:A9RjOWcxo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421165/

■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:05:29.13 ID:9l741hD4o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421128/

■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:04:47.30 ID:XCIH42NJo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421087/

2 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:01:38.12 ID:IGm3n5S+0
さだのり

それが彼の名だった

生まれたのは、小さな村

生まれたとき

彼は一人だった

親は、家族は、親戚は


一人もいなかった


彼は一人だった


3 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:02:41.52 ID:IGm3n5S+0
さだのり「・・・なぁ、おじちゃん」

「ん?なんだ坊主?迷子か?」

さだのり「ううん・・・あのさ、俺って誰?」

「はぁ?お父さんにでも聞きな」

さだのり「お父さん?」

「あぁ、じゃあな」


さだのり「・・・お父さんってなんだろ?」

さだのりは一人だった

ずっと一人だと思ってた


4 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:04:57.27 ID:IGm3n5S+0
長い間、一人だった

町をさまよい、食料を探し

ときに辛い仕事もした

周りの大人は、彼を温かく見守った


見守るだけだった

手を差し伸べはしない

さだのり(・・・部外者だもんな)

誰も


さだのりに、手を差し伸べてはくれなかった
5 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:07:52.13 ID:IGm3n5S+0
さだのり(・・・つまんねぇな)


さだのりは、そんな生活を14年も続けた

気づけば彼は、少年から青年になろうとしていた

さだのり「・・・今日の仕事は・・・」


力仕事

それしか彼にはできなかった

頭を使うのは苦手だった


大人は彼を褒めてくれる
でも、抱きしめてはくれない

さだのり(・・・誰か)

誰かに、呼んでほしかった


誰かに

6 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:08:51.50 ID:IGm3n5S+0
ずっと、一人だと思っていた


さだのり「・・・誰だ?」

邪火流「俺、邪火流っていうんだけど・・・お前、一人なのか?」

さだのり「あぁ・・・一人だけど?」

邪火流「そっか、じゃあ一緒に遊ばないか?」

さだのり「・・・いいのか?」

邪火流「あぁ、俺も友達はそんなにいなくてさ・・・」

さだのり「なんで俺に話し掛けたんだ?」

邪火流「なんとなく・・・なんか、寂しそうな顔してたから」

さだのり「へぇ」

さだのりが苦笑する

自分は、そんな顔をしていたのかと

そう思ったからだ

7 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:09:46.33 ID:IGm3n5S+0
邪火流「ま、行こうぜ・・・お前、名前は?」

さだのり「・・・さだのり」

邪火流「さだのりか、よろしくな」

邪火流が手を差し出す

さだのり「あぁ、よろしく」

さだのりは、一人だと思っていた

その日初めて、一人ではなくなった


でも


彼は、そのせいで

別れの苦しみを知ることとなる

いずれは醒める夢ならば、堕ちないほうが幸せか
8 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:11:01.92 ID:IGm3n5S+0
遠藤「ん?邪火流、そいつ誰だよ?」

邪火流「あぁ、さだのり」

遠藤「友達か?」

邪火流「んにゃ、でも仲間に入れてほしいってさ」

さだのり「よろしく」

遠藤「おぉ!マジか、よろしくな!俺は遠藤!」

遠藤という少年は、やや体が大きかった

がっちりとしていて、ガキ大将という感じだ

さだのり「お前達の一番偉いヤツって・・・遠藤か?」

遠藤「まさか!邪火流だよ!」

邪火流「ま、一応俺がリーダーだぜ?」

えへん、と邪火流が胸を張る

9 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:12:25.87 ID:IGm3n5S+0
さだのり「えぇ・・・どう見ても遠藤のほうが強そうじゃんか」

遠藤「そう見えるだろ!?でも力も頭も、邪火流が一番なんだよ」

遠藤が悔しそうにつぶやく

邪火流「て言っても友達は俺を入れて四人だからな・・・さだのりが五人目なんだよ」

邪火流が笑う

さだのり「あとの二人は?」

邪火流「もう少しで来るさ」

邪火流が少し呆れたように言う

邪火流「あいつら、時間は絶対破るんだよ、マジで困るよな」

遠藤「さだのりも待たされるぜ?」

さだのり「あー、悪い、俺も時間は守らないタイプだわ」

邪火流「おいマジかよ!そりゃ困るぜ・・・」

邪火流がげっそりとした表情をする

よほど時間を気にするタイプなのだろう

10 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:12:59.57 ID:IGm3n5S+0
遠藤「ははは!まぁでも遅れたら邪火流のお仕置きが待ってるぜ?」

さだのり「ふーん・・・」

さだのりが興味なさげにつぶやいたそのとき

ソラ「あー!悪い悪い!」

セルジオ「ゴメンよ!ちょっとソラの母ちゃんがうるさくてさ・・・」

邪火流「問答無用!お仕置きじゃあ!」

邪火流が二人にげんこつをくらわす

セルジオ「いってぇ・・・って、そいつ誰だ?」

ソラ「知らないヤツだよな?」

邪火流「さだのりだよ、新しい仲間だ」

セルジオ「へぇ、結構強そうなヤツだな・・・俺はセルジオ!よろしく!」

ソラ「俺はソラ、まぁお手柔らかに」

さだのり「よろしく」

11 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:14:31.61 ID:IGm3n5S+0
セルジオは、筋骨隆々としたたくましい少年だった

それに対してソラは、少し華奢な体つきだった

邪火流「ま、みんな揃ったし・・・行きますか」

さだのり「何するんだ?野球とかか?」

遠藤「この人数じゃムリだって」

ケラケラ、と遠藤が笑う

さだのり「は?じゃあ何すんの?」

邪火流「決まってるだろ?」


邪火流「ちょいとばかり悪いこと、だよ」


12 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:15:13.85 ID:IGm3n5S+0
さだのり達は邪火流のあとをついていく

さだのり「あれか、物とか盗むのか」

邪火流「んにゃ、それは関係ない人に迷惑がかかるだろ?」

さだのり「関係ある人ならいいのかよ・・・」

はぁ、とさだのりがため息をつく

ソラ「さだのり、君は喧嘩強いのかい?」

さだのり「ん?まぁ・・・少しなら」

セルジオ「なら、気を引き締めていったほうがいいぜ」

セルジオが腕まくりをする

さだのり「うっわ・・・お前筋肉やべーな」

セルジオ「ははは!そのうちお前もつくって・・・」

邪火流「おしゃべりはそこまでな」

急に、邪火流の声が冷たさを帯びる

さだのりが邪火流の前を見つめる


そこには、死体の山が広がっていた

13 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:17:03.88 ID:IGm3n5S+0
さだのり「・・・なんだよこりゃ」

遠藤「知ってるだろ、最近紛争が勃発してるって」

さだのり「あぁ・・・たしか、治安が急に悪くなったんだっけ」

ソラ「なんでか知ってるかい?」

ソラが顔をしかめながらたずねる

ソラ「・・・軍隊の中に、バカな考えを持つヤツがいるからさ」

さだのり「バカな考え?」

セルジオ「軍隊ってのは相当な数と武器を持っている」

邪火流「そんなヤツらが強奪を働いたらどうなる?」

さだのり「・・・ここは、その被害にあったってわけか?」

遠藤「あぁ、しかも表向きは反乱分子の撲滅だとかになってるらしいぜ」

さだのりは吐き気を覚えた

本来なら国民を守るはずの軍隊

それが、罪のない人々から物を奪うだなんて

14 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:18:28.01 ID:IGm3n5S+0
さだのり「・・・そんなことして、向こうに得はあるのか?」

遠藤「あるのさ・・・この強奪を生き延びられるヤツがいると思うか?」

さだのり「はぁ?武器もない一般人じゃムリだろ」

ソラ「それがいたんだよ、一人だけ」

さだのり「・・・マジかよ、丸腰で生き延びられたのか?こんなにひどいことになってるのに?」

セルジオ「あぁ、信じられないだろ?」

さだのり「・・・お目にかかりてーなオイ・・・」

邪火流「何言ってるんだよ、お前の目の前にいるじゃないか」

さだのり「目の前?」


邪火流「俺だよ、俺」

15 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:19:30.26 ID:IGm3n5S+0
さだのり「・・・はぁ?」

さだのりは、素っ頓狂な声をあげる

それもそうだろう

先程友達になったばかりの少年が、そんなに強そうには見えないからだ

邪火流「まぁ・・・親父もおふくろも、妹も・・・守れなかったけどな」

邪火流が拳を握り締める

セルジオ「分かるかさだのり?いつ自分が、自分の家族が狙われるか分からないんだ」

ソラ「しかも、相手はただの盗賊じゃない、国そのものなんだ」

さだのり「ちょ、ちょっと待ってくれ!それじゃなんで国に得があるのかって話に・・・」

遠藤「この惨状を生き延びる・・・それほど優秀な人材、国が見過ごすと思うか?」

さだのり「!」

ソラ「強奪さえも、ただのダミーなんだよ」

ソラ「本当は、優秀な人材を探すため」

セルジオ「それだけのために、ヤツらは人殺しをしているんだ」

さだのり「・・・なんで」

16 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:21:23.46 ID:IGm3n5S+0
邪火流「近々、隣の国とドンパチするらしい」

邪火流が冷たい声で答える

邪火流「そのときに使える人材を探したいのさ」

さだのり「・・・たった一人のために国民を・・・?」

邪火流「国にとっちゃ、戦うことのできない国民はただのお荷物なんだよ」

遠藤「つまり、一人の優秀な人材のほうが価値がある、って考えてるのさ」

さだのり「・・・」


信じられなかった

そんなこと

さだのり「止めてやる」

17 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:22:24.01 ID:IGm3n5S+0
邪火流「もちろん、そのためにここに着たんだ」

ニカっと、邪火流が笑う

邪火流「まぁ・・・俺達に出来ることなんて些細なもんだけどさ」

邪火流「少しでも、みんなを守りたいんだよ」

さだのり「・・・いいじゃねぇか、そういうの」

さだのりも笑う

遠藤「言っておくが、死ぬ可能性もある」

ソラ「目の前で誰かの頭が吹っ飛ぶこともあるからね?」

セルジオ「・・・それでもいいのか、さだのりよ?」

さだのり「あったりまえだろ」

さだのりが胸を叩く

18 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:24:29.77 ID:IGm3n5S+0
さだのり「俺は今何も持ってない、家族も親戚も恋人も」

さだのり「失うもんがないんなら、前見て歩いて掴むだけ」

邪火流「上出来だ、行こうぜみんな」

五人は歩き出す

目指すは、煙の上がる別の街


さだのり「・・・武器は?」

邪火流「敵から盗んだ剣がある、使えよ」

さだのり「剣一本か、無茶苦茶だな」

遠藤「その無茶苦茶を、俺達は半年近く続けてきたんだ」

さだのり「なるほど、そりゃタフになるわな」

ソラはそうでもないけど、とさだのりが付け加える

19 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:26:12.72 ID:IGm3n5S+0
ソラ「俺はあれだよ、医療をかじってるから」

さだのり「マジか、そりゃ確かに助かるな」

セルジオ「ははは、でも戦場では怪我で済むことはほとんどないがな」

セルジオが苦笑する

さだのり「構わないさ、保険があるだけでも心強い」

邪火流「そういうこと・・・さて、気を引き締めようか」

一同の目が真剣な物に変わる

邪火流「ちょっとだけ、派手な喧嘩の始まりよ」


20 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:28:06.98 ID:IGm3n5S+0
「・・・おい、例のガキはまだ逃げてるのか?」

「あれだろ、生かしたまま捕えろってヤツ・・・」

「俺達の襲撃を丸腰で生き抜いたんだぜ、やべーよな」

「マジか・・・俺だったら絶対ムリだわ」

「俺も・・・ん?おい、あれ誰だ?」


兵士達が一点を見つめる

すでにほとんどが瓦礫と変わった街中を

五人の少年が走っている

「おい、あの中に例のガキがいたぞ!」

「マジか!捕まえたらたんまり褒美もらえるぜ!」

銃を構え、兵士は走る

「ほかのガキは?」

「関係ねーよ、殺せ」

「了解」

21 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:29:00.83 ID:IGm3n5S+0
さだのり「くそ、ダメだ・・・死んでる」

セルジオ「ちっ・・・来るのが遅かったか?」

遠藤「お前ら、油断はすんなよ?いつ・・・」

ソラ「!遠藤、伏せろ!」

ソラが大声で叫ぶ

その言葉に素早く遠藤は反応する

彼が先程までいた位置に、銃弾が撃ち込まれた

遠藤「うっはー・・・サンキュー、ソラ」

ソラ「油断すんなよ・・・」

邪火流「思ったより見つかるのが早かったな・・・」

さだのり「・・・どうする、逃げるか?」

セルジオ「一泡吹かせるまではそれはできないな」

セルジオが剣を構える

22 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:31:24.00 ID:IGm3n5S+0
セルジオ「敵の後ろから近づく、間違っても一人にはなるなよ?」

遠藤「わかってる・・・さだのり、いいか?」

ソラ「大丈夫、俺達がついてる」

さだのり「安心しな、怖くねーよ」

一人だった

ずっと、一人だった

孤独の恐怖に比べたら

こんなもの、生温かった


邪火流「いくぞ、野郎共!」

四人「おうともよ!」


23 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:32:10.89 ID:IGm3n5S+0
「ガキはどこかなっと・・・」

「あ?お前、今なんか言ったか?」

「ん?ガキはどこか、って言ったけど?」

「ちげぇよ、後ろに回れ、とか・・・」

「はぁ?言ってな・・・」

そのとき

兵士の喉を、一本の剣が貫いた


「・・・あっ?」

一瞬、その目が大きく見開かれる

しかし、そのあとの言葉を紡ぐ前に彼の体は地面へと倒れた

24 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:32:54.64 ID:IGm3n5S+0
「て、てめぇ!」

残された兵士は、すぐに銃を構える

その標的は

邪火流「いいのかよ、俺は生かして捕まえなきゃいけないんじゃないのか?」

邪火流だった

「ちょ、調子に・・・」

セルジオ「調子に乗っているのはお前だぞ」

兵士の耳に、少し低い声が聞こえる

その一瞬後、彼の頭の上半分が吹き飛んだ


25 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:34:28.57 ID:IGm3n5S+0
さだのり「うわ・・・甲冑なんて着てないのな、こいつら」

邪火流「当たり前だろ、たかが一つの街を襲うのにそんな重装備はしてこないさ」

遠藤「せいぜい銃と簡単な傷薬くらいだろ」

五人が一息をつく

さだのり「はぁ・・・ん?」

さだのりが、その中で初めに気付いた


先程から、セルジオの頭に、赤い点が浮かんでいることに

パン、と乾いた音がする

邪火流が

ソラが

遠藤が

目を見開く

セルジオが、撃たれたからではない


さだのりが、たった一本の剣だけで、セルジオを貫こうとした弾丸を切り裂いたからだ

26 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:34:57.87 ID:IGm3n5S+0
セルジオ「・・・な、なんだ!?」

さだのり「敵がほかにいたってことかよ」

さだのりがそのまま、銃弾の飛んできた方向へ進んでいく

何度も、銃弾は飛んでくる

しかし、それらをすべてさだのりは剣で弾いた


「な、なんだよアイツ!」

「やべぇ、弾が切れた!」

「ひ、引くぞ・・・」

27 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:35:40.07 ID:IGm3n5S+0
さだのり「何やってんだよクソッタレ」


二人の兵士は聞いた

低く、冷たく、恐ろしい声を

「ば、化け物・・・」

さだのり「はぁ?人殺しを平気でやってるてめぇらのほうがよっぽど化け物だぜ?」

さだのりが剣を横に振るう

一人、それで命を刈る

「あ・・・あ・・・」

さだのり「よかったな、二人目の優秀な人材が見つかって」

さだのりが笑う
28 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:36:58.07 ID:IGm3n5S+0
今日はここまででいいや


てか、さすがに展開を急ぎすぎたが

この話は、さだのりの恋がメインだから・・・舞子との出会いまでは駆け足なんです、すいません

これも、速さを極めるためだ!!

ウソです


てか、こんなの読む人いるのか?

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/07/04(月) 21:39:25.35 ID:JlbOx3L+o
さだのりィィィィィィ!!!

乙でした、とミサカは惜しみない賞賛を送ります
30 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:40:29.53 ID:IGm3n5S+0
>>29 あれです、これから舞子との出会いまでは駆け足ですんで


てか続き投下しよう、さすがに中途半端すぎたww


31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/07/04(月) 21:40:49.16 ID:GcsVLb2/o
早く続けろ下さい、とミサカは>>1スレ立て乙なんて恥ずかしくて言えない本音を隠しつつ罵倒します
32 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:41:11.14 ID:IGm3n5S+0
さだのり「これで、お前らは俺を見つけ出した人間として一生語り継がれるわけだ」

ニヤリ、と口の端が歪む

「や、やめてくれ・・・」

さだのり「・・・悪いな、俺はそんなに善人じゃないんだ」

さだのりが剣を突き刺す

すぐに、兵士は事切れた

さだのり「・・・ま、天国があることくらいなら祈ってやるよ」

唾を吐いてからさだのりがつぶやいた


33 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:41:42.35 ID:IGm3n5S+0
>>31 抜いた


セルジオ「さ、さだのり!大丈夫だったか!?」

さだのり「あー、余裕余裕・・・」

遠藤「お前すげぇな!銃弾を剣だけで切り裂くなんて聞いたことねーよ!」

邪火流「いやぁ・・・俺はある程度自信があったが・・・お前はすげぇよ、あの時お前以外は動くことも出来なかったんだからな・・・」

ソラ「お前、訓練かなんか受けてたのか?」

さだのり「んなわけないだろ」

セルジオ「とにかく、ありがとうよさだのり・・・お前には命を救われた」

セルジオが深々と頭を下げる

さだのり「いいっていいって、そのかわり今度はお前が俺のピンチを救ってくれよ」

セルジオ「あぁ、誓おう!」

34 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:42:12.67 ID:IGm3n5S+0
邪火流「・・・街の中には何人か生存者がいたよ」

さだのり「ホントか?助かりそうか?」

ソラ「あぁ、大丈夫だよ・・・小さい女の子もいた、かわいそうに家族は殺されてたよ」

さだのり「そうか・・・」

遠藤「街でも有名な名家の娘さんだったのによ・・・かわいそうだよな」

遠藤が顔をしかめる

邪火流「・・・今は生きている人達のことだけを考えよう」

さだのり「そうだな」


五人は、数少ない生存者を街の外まで運ぶ

35 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:43:35.42 ID:IGm3n5S+0
さだのり「・・・三人だけ、か・・・」

ソラ「一人はちょっと傷が重いけど・・・でも大丈夫、命には関わりないよ」

セルジオ「・・・初めてだな、生存者がいたのは」

遠藤「あぁ、今日は野郎共も倒せたし・・・さだのり、お前なんかついてんじゃねぇか?」

さだのり「ビギナーズラックってか?」

さだのりが鼻で笑う

人を殺したことの何がラッキーだろうか、と

さだのり「で、生存者はどうすんだ?」

邪火流「近くの病院まで運ぶ、それが一番だからな」

ソラ「僕たちの役目はそれまでだね、細かい治療は僕にはムリだから」

さだのり「そうか、そうだな」

さだのりが一息つく

今日はいろいろなことがありすぎた

友達が出来たと思ったらすぐに戦いに巻き込まれ

人を二人殺した

さだのり(あーあ、最悪の一日じゃねぇか・・・)

そう思って肩を落とすさだのりを、誰かがつついた

振り向くと、一つか二つ年下の女の子がいた

36 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:44:48.49 ID:IGm3n5S+0
さだのり「ん?誰だ?」

邪火流「例の生存者だよ」

さだのり「あぁ・・・」

「・・・ありがとうございました」

さだのり「・・・」

自分より年下なのに、丁寧な言葉遣いをしている

名家の娘というのは本当なのだろう

だが

その瞳には、涙が浮かんでいる

さだのり「・・・悪い、俺が早く来ていれば・・・」

「いえ、あなたは私を助けてくださいました・・・本当にありがとうございます」

ペコリ、と女の子が頭を下げる

37 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:45:21.08 ID:IGm3n5S+0
さだのり「・・・君も怪我、してるんだろ?病院行きな」

「はい、それでは・・・」

女の子がソラのところに駆け寄る

そして、振り向いて一言だけたずねる

「・・・あなたの名前は?」

さだのり「さだのり、覚えなくてもいいさ、もう会わないだろうし」

「・・・そうですか、それでは」


38 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:45:48.67 ID:IGm3n5S+0
さだのり「・・・辛いな、こういうの」

邪火流「俺はもう慣れちまったよ」

セルジオ「俺もだ、悲しめるお前がうらやましい」

遠藤「本当にな・・・誰かが死ぬのに慣れるなんてまっぴらだぜ」

さだのり「・・・慣れたんじゃない、悲しみを抑えてるだけさ」

邪火流「・・・かもな」

邪火流が苦笑する

邪火流「とにかくみんなお疲れ」

邪火流「このあと時間はあるか?」

セルジオ「もちろん、家の親は寛大だからな」

遠藤「セルジオの親父さんはそういうの甘いからなー・・・あ、すまん」

39 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:46:17.46 ID:IGm3n5S+0
邪火流「いいって・・・俺は正直、親は嫌いだったし」

さだのり「なんでだ?」

セルジオ「・・・こいつ、捨てられたのさ」

さだのり「は?」

邪火流「それで、久しぶりに親に会って文句言おうと思ったら戦いに巻き込まれたってわけ」

邪火流が手をヒラヒラと振りながら説明する

さだのり「へぇ・・・遠藤は?」

遠藤「俺は、両親は死んだよ・・・病気でな」

40 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:47:45.16 ID:IGm3n5S+0
さだのり「じゃあ親がいるのはソラとセルジオだけか」

セルジオ「なんだ、さだのりもいないのか?」

さだのり「分からない、生まれたときにはいなかったから」

邪火流「そりゃまぁ・・・捨てられたんだろうな」

さだのり「え、マジかよ」

遠藤「ははは!親がいない同士仲良くしようぜ、このあと飲むんだろ?」

邪火流「おう、勝利記念とさだのりの歓迎会よ!」

セルジオ「お、いいな!ソラも喜ぶだろうよ!」

さだのり「飲む・・・って酒か!?俺達未成年・・・」

邪火流「決まりとは、誰かが破るためのものなんだ、行くぞー!」

邪火流がさだのりの首元を掴んで引きずる

さだのり「マジかよぉぉぉぉ!!!」


その日、さだのりは友達を得た

いずれ別れてしまう、友達を


41 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:48:35.72 ID:IGm3n5S+0
さだのり「・・・」

邪火流「乾杯!」

遠藤「ひゃっはー!久しぶりだなぁ飲み会なんて!!」

セルジオ「あぁ、たしか・・・もう一ヶ月ぶりくらいじゃないか?」

ソラ「美味いね・・・いやぁ、さだのり、ホント助かるよ、君が来たからこうして飲めるんだから」

さだのり「・・・酒・・・まずいな」

邪火流「は?お前飲んだことなかったのかよ」

遠藤「この美味さが分からんとはねー」

四人が呆れたように首を振る

42 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:49:40.16 ID:IGm3n5S+0
さだのり「う、うるせぇな!飲めばいいんだろ飲めば!」

ソラ「お、分かってる〜♪」

セルジオ「それ、ついでやるからグラス渡せ!」

セルジオが思い切りワインをつぐ

さだのり「・・・い、行くぞコラ!」

さだのりがワインを飲む

グラス一杯を一気に

邪火流「お、おい・・・一気はさすがに・・・」

43 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:50:14.68 ID:IGm3n5S+0
さだのり「はは・・・」

セルジオ「・・・」

さだのり「はははははははははははははははははははは!!!!!!!」

ソラ「あーあ、ダメなパターンだよこれ」

さだのり「お前ら、もっと酒よこせぇぇ!」

邪火流「いいぜ!今日は一晩中飲み明かしてやんよ!」

セルジオ「飲むぞ!おっちゃん、次持ってこい!」

遠藤「ツマミも忘れずにな!」

ソラ「支払いはまた俺なんだろうな・・・」

夜の酒場で五人は騒いでいた


44 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:50:46.97 ID:IGm3n5S+0
さだのり「頭が痛い」

邪火流「そりゃ、慣れてないのにあんだけ飲めばな」

二人は遠藤の家に泊まっていた

あのあと、夜明けまで飲み明かしたのだ

セルジオとソラはそれぞれの家に帰り、身寄りのない二人は遠藤の家に転がり込んだというわけだ

遠藤「悪いな、親が残してくれた家だからそんなに綺麗じゃなくてよ」

さだのり「いい家じゃないか、ここに暮らしてるのか?」

遠藤「あぁ、邪火流もほとんど居候みたいなもんだぜ」

邪火流「俺は身寄りがないんでな」

邪火流がケラケラと笑う

45 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:51:26.91 ID:IGm3n5S+0
さだのり「なぁ、俺もしばらくここに住んでいいか?」

遠藤「おぉ、いいぜ!お前らがいたら敵襲なんて怖くないからな!」

さだのり「用心棒ってわけか・・・」

さだのりがため息をつく

毎日、あんな悲劇がどこかで起きているのだ

邪火流「・・・今日も行くぞ」

さだのり「二日酔いなんだけど」

邪火流「そりゃ自己責任だわな」

遠藤「ははは、ちげぇねぇ」

三人が顔を見合わせて笑う

46 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:52:24.92 ID:IGm3n5S+0
さだのり「・・・死ぬなよな」

邪火流「あたぼうよ」

遠藤「死んだら残ったヤツらで弔う、それが俺達の決まりだ」

さだのり「分かった」

さだのりが頷く

残すほうか、残されるほうか


さだのり(どっちが辛いんだろうな)

さだのりには分からなかった

47 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:54:10.19 ID:IGm3n5S+0
その日も

彼らは戦った

殺すために

守るために

なにが正義か、なにが悪か


彼らは知らない、知ろうともしない


空には、太陽が浮かんでいた


その日も、さだのりは人を殺した


それからも、ずっと殺し続けた

48 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/04(月) 21:55:26.92 ID:IGm3n5S+0
さて、今日はここまで

このあと、さだのりたちは半年近く軍と戦ったということです


憎しみが憎しみを呼ぶのか

それとも、人々が憎しみを望むのか

それは、分かりませんね
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/04(月) 22:50:57.51 ID:XFJmYM26o
乙か?乙が3個欲しいのか?いやしんぼめぇ!!
乙!
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2011/07/04(月) 23:09:23.87 ID:LHU4l7su0
さだのり以外の外見の情報が欲しい
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/04(月) 23:26:14.40 ID:FGUJo6dDO
まさかとは思うがさだのりってあのジャガイモのさだのり?

という事は>>1は上琴垣定の人か?
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/07/04(月) 23:43:45.91 ID:6Y5S26jO0
乙パトルゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/07/05(火) 00:23:35.48 ID:f39KSD5+o
あれ、さだのりってじゃがいもなんじゃ? あれ?
54 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 08:55:43.83 ID:Ot1j3FXg0
>>49 うへへ、乙が三つでオッサン・・・はっ

>>50 邪火流はあれです、長髪イケメン
ソラはなんというかややなよなよした感じの短髪
セルジオはまんまセルジオ・オリバ
遠藤は・・・太ってます

>>51 さぁ!!俺の酉を御覧なさい!!

>>52 もはやそれが定番のあいさつに、よきかなよきかな

>>53 ここは、異世界だとうことで
というよりさだのりのイラストの時点でジャガイモ説は消えてしまった・・・
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/05(火) 17:14:18.67 ID:hE67fvSIO
実をいうと上琴のほうのさだのりは流し読みしてたんだけど
ここの読んでもう一回読み直すことにした
ごめんなさい
56 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 17:36:25.04 ID:Ot1j3FXg0
>>55 いや、むしろそれが正しいw
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/05(火) 17:48:44.10 ID:5tEagj7IO
さァァァァだのォォォォりくゥゥゥゥゥゥン!!!!!!
58 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 19:18:54.95 ID:Ot1j3FXg0
さだのり達は

また、強奪を止めに向かった


あれから半年


強奪は続いていた

彼らは抗い、敵は追い続けてきた

月日が経っても

憎しみは消えない

むしろ、強まるばかり


死体の焦げる匂いが立ち込める町に

五人は立っていた

59 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 19:19:21.82 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「・・・ひでぇなこりゃ」

邪火流「・・・俺達へのみせしめみたいだな」

五人がたどり着いたときには、街のほとんどが火の海と化していた

遠藤「う・・・死体が燃えてやがる・・・」

ソラ「・・・生存者を探そう」

セルジオ「あぁ、そうだな」

ゆっくりと、街の中を見渡す

この中で生きていられる人間がいるのだろうか

さだのり「・・・ダメだ・・・こんな状況じゃ生存者なんていないだろうよ」

邪火流「くそ・・・」

ソラ「敵はいるみたいだけどね」

ソラのその一言に四人が身構える

60 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 19:19:48.29 ID:Ot1j3FXg0
ソラ「ほら、街の奥・・・車が止まってる」

セルジオ「ご丁寧に、大量虐殺の英雄をお迎えってわけか」

遠藤「虫唾が走るな」

邪火流「行くぞ」

武器は剣だけ

ただその装備で、彼等は戦いを挑まなければならない

セルジオ「後ろにも警戒しておけ」

さだのり「任せとけ、こっちは大丈夫だ」

61 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 19:20:15.90 ID:Ot1j3FXg0
ソラ「・・・おかしいな、あまりに敵がいなさすぎないか?」

邪火流「帰る準備でもしてるんじゃねぇか?」

遠藤「でもあいつらそこまで大層な装備はしてなかったぞ?」

セルジオ「そうだな・・・終わったらさっさと帰りそうなものだが・・・」

さだのり「待ってるのさ」

さだのりがポツリとつぶやく

ソラ「待ってる・・・って誰を?」

さだのり「この虐殺の理由を」

さだのり「優秀な人材が現れるのを」

邪火流「・・・俺達が現れるのを、か」

遠藤「達?」

62 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 19:20:52.83 ID:Ot1j3FXg0
邪火流「今まで、お前らもさだのりの勇姿を見てきただろ?こんな優秀な人材、向こうが放っておくかよ」

さだのり「・・・」

五人が睨む先には、まだ車が止まっていた

さだのり「幕が開くにゃ役者を集めろ、ね」

邪火流「上等だ、行こうぜみんな」

遠藤「おうともよ」

死体を踏み、炭になった家を踏み

五人は進む


「ん?あ、アイツじゃねぇか?」

「おー、そうだそうだ・・・最後の報告にあったとおり、五人組・・・」

「よーし、じゃあ始めましょうか」

63 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 19:21:32.54 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「あ?なんだあいつら、メガホンなんか取り出して」

「あーあー、諸君!聞こえるかね!」

遠藤「構うな、行くぞ」

「君達に一つだけ提案がある、他のことを話し合うつもりは全くない」

ソラ「・・・問答無用ってわけね」

「君達はみな優秀な人材だ、取り分けその中でも二人、信じられないほどの逸材がいる」

邪火流「だからなんだってんだよ」

「そこで交渉だ、軍隊に入らないか?」

乾いた沈黙が流れる

風と、死体が燃える音だけが聞こえる

64 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 19:22:06.45 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「・・・」

「君達のような優秀な人材が手に入れば、我々ももうこのようなことはしないと誓おう」

セルジオ「!」

遠藤「・・・あいつら、汚いなおい」

さだのり「俺達がこれで仲間に入れば万々歳、入らなくても人質多数、場合によっては他の人材を探せる・・・ってわけか」

「どうするかね、諸君」


「自らのくだらないプライドを取るか、人々の命を取るか」


メガホンからは、無機質な声が聞こえていた


「君達が決めたまえ、もし軍隊に入るというなら今すぐ城に向かえ、入らないならば」

「まぁそれでもいいがね」
65 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 19:22:33.08 ID:Ot1j3FXg0
車が街を出ていく

残されたのは五人だけだった

セルジオ「・・・どうする、四人とも」

遠藤「は、入るわけねぇよな!あんなヤツらの仲間になるなんて御免だぜ!」

ソラ「俺は入ったほうがいいと思うな、これ以上無駄な虐殺を行わせないためにも」

邪火流「・・・俺もだ、入りたいわけじゃないが・・・入らなきゃならない状況だ」

セルジオ「・・・俺は入りたくないな・・・だが、たしかに邪火流達も一理ある」

四人の視線はさだのりに集まる

最後の一人に

邪火流「お前はどう思う、さだのり?」

さだのり「・・・いいじゃねぇか、じっくり考えようぜ」

66 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 19:22:58.71 ID:Ot1j3FXg0
セルジオ「そんな時間は・・・」

さだのり「お前ら、城までの距離、知ってるか?」

邪火流「いや・・・」

遠藤「そんなもん知らねぇよ」

さだのり「明日までにつくなんて無理な距離なんだよ」

ソラ「!あいつら騙したっていうのか!?」

さだのり「いや、これは猶予だ」

さだのり「明日一日、おそらくあいつらは虐殺は行わない」

さだのり「俺達を悩ませるために・・・決めさせるために」

セルジオ「・・・なるほど、今すぐ決断を急ぐのではなく明日までじっくり考える、と」

さだのり「明後日には虐殺がまた始まる、その時どっちにしろ現場に向かうだろ?」

邪火流「虐殺を止めるにしても・・・軍隊に入る、ってヤツらに言うにしても、か」

ソラ「でも、なんであいつらは城に来いなんて嘘をついたのかな?」

さだのり「そんな嘘を見破れない程度のバカじゃ、強くても意味がないってことだろ・・・ムカつくな」
67 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:44:43.31 ID:Ot1j3FXg0
邪火流「・・・とにかく、街から一旦出よう」

セルジオ「あぁ・・・ここにはあまりいたくない」

遠藤「そうだな・・・」

腐敗臭が立ち上り、道にはちぎれた体の一部が転がっていた

さだのり「・・・神様ってのは不公平だな、力なき者はどん底にまで落としていく」

邪火流「どん底にいる者が力を得られないだけだ」

さだのり「だったら・・・」


さだのり「俺らはなんで力を持ってるんだろうな」


68 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:45:53.23 ID:Ot1j3FXg0
セルジオ「・・・話し合おう、これから先のことを」

遠藤「・・・冷静に、な」

ソラ「まず、僕達が軍隊に入るメリットから考えよう」

さだのり「報酬が安定している、虐殺を止められる、腐った軍隊を中から変えられる可能性がある・・・」

邪火流「女にも困らないな」

セルジオ「・・・では、デメリットは?」

遠藤「今の軍隊に入るなんて、周りから白い目で見られるな」

さだのり「命の危険も伴う」

邪火流「・・・そんなところだな」

セルジオ「・・・未来のことを考えたら、入ったほうが得なのかも分からんな」

ソラ「ある程度の地位につけば現場には行かなくてもいいし・・・死ぬ可能性もかなり低くなるからね」

69 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:46:38.38 ID:Ot1j3FXg0
邪火流「・・・戦おう」

邪火流がポツリとつぶやいた

邪火流「あいつらに一泡でも二泡でも吹かせてやろうぜ!このまま黙ってられるか!?」

ソラ「はぁ・・・論理的じゃないけど、仕方ないな」

セルジオ「よし、行こう・・・とりあえず明日は一日ゆっくりしよう」

さだのり「じゃ、セルジオとソラは家に帰るんだろ?」

セルジオ「あぁ、またな」

70 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:47:32.12 ID:Ot1j3FXg0
邪火流「セルジオのヤツ、家が遠いのに大変だよな」

さだのり「へぇ、遠いんだ・・・」

遠藤「ほとんど隣町みたいなもんなんだぜ?その距離を毎日歩いて来てるんだよ」

さだのり「歩いてかよ・・・」

さだのりが呆れたような顔をする

邪火流「あいつは見た目が怖いからな、なかなか近所じゃ友達が出来なかったのさ」

遠藤「だから、俺達みたいな悪ガキとは気が合うわけよ」

がっはっは、と遠藤が笑う

さだのり「ふーん・・・」

あまり興味なさげにさだのりが答える

さだのり(セルジオ、か)

さだのり(そういや、アイツとソラのことはよく知らないんだよな・・・もう半年もつるんでるのに)

さだのり(・・・明日詳しく聞いてみるかな)

71 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:48:18.78 ID:Ot1j3FXg0
セルジオ「俺のことを知りたい?」

街の外れの居酒屋

そこに、五人は集まっていた

さだのり「あぁ、あんまり知らないからな」

遠藤「それは俺達もだろ、さだのりは一番新しいメンバーだし」

さだのり「そうだけど、邪火流と遠藤は同じ家にいるからさ」

邪火流「夜中にいろいろ話すしな」

ソラ「じゃあ、俺とセルジオのことを話すか」

さだのり「頼む」

さだのりが頷く

72 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:50:20.39 ID:Ot1j3FXg0
ソラ「俺とセルジオは幼なじみなんだ、物心ついたときにはもう一緒にいた」

セルジオ「いるのが当たり前だったのさ、いつも二人でつるんでた」

ソラ「セルジオはこの風貌だから他に友達がいなくてね・・・俺もそこまで多くはなかったけど」

セルジオ「でも、こいつといられればそれだけで楽しかったのさ」

あの日までは、とセルジオが顔をしかめる

さだのり「あの日?」

ソラ「強奪が始まったのさ、突然ね」

セルジオ「俺の住んでるとこの近くが被害にあってな・・・それを知って、俺とソラは反発しようと決めたんだ」

ソラ「それからすぐ、強奪で生き残ったヤツがいるって聞いたんだ」

さだのり「それが邪火流だった・・・と」

セルジオ「すぐに俺は邪火流に会った、そして仲間になったのさ」

セルジオがニヤリと笑う

73 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:50:54.26 ID:Ot1j3FXg0

セルジオ「邪火流は遠藤とつるんでてな、四人はこうして出会った、と」

さだのり「へぇ・・・セルジオってかなり筋肉あるけど、なんでだ?」

セルジオ「そりゃ、鍛えてるからな」

邪火流「たぶん、ただのケンカなら俺でも敵わないぜ」

邪火流が苦笑する

セルジオ「俺は頭を働かせるのは苦手でな」

ソラ「邪火流は悪知恵とか働くから・・・でも、多分さだのりならいい勝負できるよ」

さだのり「俺か?ケンカはまぁたまにやってたけどさ」

邪火流「いや、でも銃弾を剣で斬るなんて普通はできないぜ?」

さだのり「ありゃたまたまだよ」

遠藤「本当にたまたまか?お前は謎だな・・・」

四人がさだのりを見つめる

さだのり「ま、俺のことはいいだろ・・・それより」

74 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:51:22.14 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「どうするんだ、明日」

邪火流「戦うさ、もちろん」

セルジオ「俺もだ、家族を守りたいからな」

さだのり「両親か?」

セルジオ「あぁ・・・いい親だよ、俺みたいなクソガキを育ててくれてるんだからな」

ははは、とセルジオが笑う

ソラ「セルジオの両親は昔から気さくでさ・・・うらやましいよ」

邪火流「ソラは両親が医者で、ちょっとばかし厳しいんだよ」

さだのり「へぇ、だから簡単な治療が出来るのか」

ソラ「まぁね」

ソラが自慢げに腕を組む

75 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:53:02.61 ID:Ot1j3FXg0
遠藤「こいつは頭がピカイチだからな、俺達の中で断トツだぜ」

さだのり「お前はなんかあるのか?」

遠藤「うーん・・・力はセルジオに負けるし・・・ないな」

邪火流「こいつはなんでもそつなくこなすんだよ」

さだのり「オールマイティってわけか」

セルジオ「・・・さて、俺達の話は終わりかな」

さだのり「だから、俺のことは今度・・・」

邪火流「いいだろ、気になるじゃねぇか」

遠藤「話せよ、お前どこの生まれよ?」

さだのり「・・・さぁ」

76 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:54:28.92 ID:Ot1j3FXg0
ソラ「知らないの?」

さだのり「知らない、親もいないだろうし・・・」

邪火流「・・・なぁ、今までどうやって生きてきたんだよ?」

さだのり「あれだよ、仕事してた」

ソラ「仕事?」

さだのり「重いもの運んだり、用心棒したり」

遠藤「・・・お前、それ本当かよ・・・?」

さだのり「あぁ、おかげでわりと体力はついた」

さだのりが上を見上げる

いつから、彼はこんな生活を始めたのか

さだのり(・・・わかんないな)


77 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:55:02.98 ID:Ot1j3FXg0
セルジオ「じゃ、また明日な・・・」

ソラ「みんな、ゆっくり寝るんだぞ?」

遠藤「おうよ、明日は決戦だからな!」

邪火流「じゃあな」

さだのり「またな」


五人は別れる

さだのりは、三人でいつものような夜を過ごした

いつものような

いつものような


78 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:56:07.55 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「・・・よ、今日はどこが被害に遭ってるんだ?」

邪火流「分からんな・・・そういう情報はソラが集めてるからな」

遠藤「あいつの情報網はすげーからな、早く来てくれねーかな・・・」

遠藤がつぶやいたその時

家の扉がバン、と勢いよく開かれた

さだのり「お、ソラか・・・セルジオは?」

ソラ「みんな!急いで来てくれ!」

邪火流「どうした、ソラ・・・」

ソラ「強奪が始まった・・・」

遠藤「うーし、向かうぞ・・・で、どこだ?」

ソラ「街の南東の外れ・・・」

それを聞いた邪火流と遠藤の顔が凍りつく


ソラ「セルジオの家がある辺りだ」

79 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:57:33.20 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「くそ!遠藤、ソラ!急げよ!」

遠藤「待てよ、お前ら早すぎんだって!」

邪火流「なんで今日に限って・・・」

視線の先には、煙の上がる集落があった

ソラ「!だいぶ進んでる・・・」


セルジオ「み、みんな!来てくれたのか!」

さだのり「!セルジオ!無事だったか!」

邪火流「怪我はないか!?」

セルジオ「あぁ・・・俺は大丈夫だ・・・」

ソラ「被害は?」

セルジオ「・・・」

80 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 20:58:52.38 ID:Ot1j3FXg0
遠藤「おい、セルジオ・・・どうした?」

セルジオ「やられたよ・・・」


セルジオ「親父も、おふくろも」

さだのり「!」

邪火流「セルジオ・・・」

セルジオ「くそが・・・あいつらぶっ殺す!」

ソラ「・・・協力するよ、だろ、みんな?」

遠藤「おうともよ・・・行こうぜ」

目に復讐の炎を宿して

五人は進む

81 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:00:21.59 ID:Ot1j3FXg0
「お、来たか・・・答えを聞くかな」

五人が進んだ先に、一人の兵士がいた

さだのり「・・・なんで強奪を起こした」

「いやいや、君達が来なかったから・・・」

さだのり「言い訳すんなよボケ」

「・・・」

さだのり「最初からここも狙う予定だったか?」

「ここは」


「そこのガキの家があるからな」

兵士がセルジオを指差す


82 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:01:55.79 ID:Ot1j3FXg0
セルジオ「・・・それだけのために、お前達は・・・この集落を・・・」

邪火流「万死に値するな」

「・・・こちらにつくつもりはない、と」

ソラ「当たり前だろ、こんなことまでされてのうのうと掌返しは出来ないよ」

「・・・そうか、ならここで殺すしかあるまい」

遠藤「はっ、お前一人で何が・・・」

「一人?」

「まさか」


その時セルジオは気づいた

この前とは真逆だった

さだのりの頭に当たっている


赤い点は、なんなのか
83 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:03:24.01 ID:Ot1j3FXg0
「他にも味方は潜んでいるぞ?」


パン、と乾いた音が響いた


血の臭いが立ち込めた

邪火流は

遠藤は

ソラは

そしてさだのりは

目を見開いた


セルジオの胸に、小さな穴が開いていた

彼は、さだのりを庇ったのだ

84 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:04:48.67 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「セ・・・セルジオ!」

さだのりが駆け寄る

セルジオ「ゆ、油断するな・・・と言っただろ・・・」

邪火流「くそ!卑怯だぞてめぇら!」

「戦争に卑怯も何もあるわけがなかろう」

ソラ「セルジオ!大丈夫か、セルジオ!」

「ははは!助かるわけあるまい、血がドクドクと溢れているだろう?」

四人を絶望させるためか

兵士がわざわざ、細かく状況を口にする

「ほら、早くしないと」

さだのり「ふざけんな!」

さだのりが剣を振りかざす

85 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:05:15.18 ID:Ot1j3FXg0
「!」

兵士はそれを間一髪でかわす

セルジオ「さ、さだのり・・・お前の頭にフォーカスが・・・」

パン、と再び乾いた音がする

だが

その銃弾をさだのりは剣で切り裂く

「ま、まさか・・・あれは偶然ではなかったのか!?」

さだのり「うぁぁぁぁぁぁぁ!!」

思い切り、剣を振り下ろす

兵士の首は、簡単に飛んでいく


86 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:06:40.45 ID:Ot1j3FXg0





さだのり「セルジオ!くそ・・・ソラ、止血は!?」

ソラ「今やってるよ!でも・・・」

遠藤「セルジオ、諦めるなよ!ここで死ぬなんて許さないからな!」

邪火流「おいセルジオ!なんとか言え・・・」

ジャリ、と四人の後方で音がする

何人もの兵士が銃を構えていた

さだのり「・・・嘘だろ」

邪火流「・・・こんな大人数だったのかよ・・・」

「さぁ、どうする諸君?今ならまだ答えを変えてもいいぞ?」

ソラ「ふざけんな!そんなこと・・・」

セルジオ「・・・さだのり」

セルジオが小声でさだのりを呼ぶ

87 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:07:18.39 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「なんだ?」

セルジオ「俺のポケットに、閃光弾が入ってる・・・ヤツらに投げろ」

さだのり「!分かった!」

素早く、さだのりが閃光を取り出す

兵士達は少しして気づいたが、彼等が銃を構える前にさだのりは閃光弾を投げつけた

まばゆい閃光が、兵士達を包む

さだのり「みんな、目は大丈夫か!?」

遠藤「おうよ!」

邪火流「今の間に・・・」

セルジオ「お前達は逃げろ」

セルジオの声は、妙にはっきりと聞こえた

ソラ「な、何言ってるんだ・・・お前も一緒に・・・」

セルジオ「無理だ、血が・・・出過ぎた」

セルジオが笑う

88 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:07:49.08 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「なんだ?」

セルジオ「俺のポケットに、閃光弾が入ってる・・・ヤツらに投げろ」

さだのり「!分かった!」

素早く、さだのりが閃光を取り出す

兵士達は少しして気づいたが、彼等が銃を構える前にさだのりは閃光弾を投げつけた

まばゆい閃光が、兵士達を包む

さだのり「みんな、目は大丈夫か!?」

遠藤「おうよ!」

邪火流「今の間に・・・」

セルジオ「お前達は逃げろ」

セルジオの声は、妙にはっきりと聞こえた

ソラ「な、何言ってるんだ・・・お前も一緒に・・・」

セルジオ「無理だ、血が・・・出過ぎた」

セルジオが笑う

89 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:08:16.07 ID:Ot1j3FXg0
遠藤「バカなこと言うな!まだ病院に行けば・・・」

セルジオ「誰が俺をおぶる?俺を背負ったヤツは逃げられないぞ?」

邪火流「・・・だったら、今あいつらを・・・」

セルジオ「・・・逃げろ、みんな」

セルジオがふらふらと立ち上がる

遠藤「おい、何のつもり・・・」

セルジオ「あった」

セルジオは、先程さだのりが殺した兵士の服を漁っていた

セルジオ「手榴弾だ」

さだのり「・・・何のつもりだ・・・お前・・・」

セルジオ「さだのり、お前は強い・・・みんなを引っ張っていけるほど」

セルジオ「邪火流、リーダーはお前だ、先を行くのはお前だ」

セルジオ「遠藤、お前はムードメーカーだったな・・・礼を言う」

セルジオがソラを見つめる

セルジオ「ソラよ・・・」

セルジオ「お前と過ごした14年、最高だったぞ」

ソラ「!セルジオ、まさかお前!」

セルジオ「走れ、四人とも!」

さだのり「やめろ、セルジオ!」
90 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:09:35.23 ID:Ot1j3FXg0
セルジオ「振り向くな!」

セルジオが大声で叫ぶ

兵士達を包んでいた閃光が、徐々に晴れていく

ソラ「セルジオ・・・!」

セルジオ「ソラ!幸せにな!」

ソラ「セルジオォォォォォ!」

ソラがセルジオに駆け寄ろうとする

しかし、その手をさだのりが引く

ソラ「放せさだのり!あいつは・・・」

さだのり「振り向くなってあいつは言ったんだ!」

ソラ「!」

さだのり「なら、俺達が見るのは前だけだろ!」

91 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:10:32.04 ID:Ot1j3FXg0
邪火流も

遠藤も

ソラも

さだのりも

目には涙を浮かべていた

邪火流「・・・セルジオ!天国でまた会おうな!」

遠藤「そっちの案内は任せるぜ!」

さだのり「美味いもんでも用意してろよ!」

セルジオ「ははは!いいな、そりゃあ!」

ソラ「セルジオ!」


ソラ「またな!」


セルジオ「おうよ!」

四人は駆ける、振り向かず


92 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:11:03.17 ID:Ot1j3FXg0
セルジオ「あー・・・親父、おふくろ・・・今からそっちに行くからな・・・」

セルジオ「・・・つまんない人生だったかもな、人から満点なんてもらえない」

彼の頭に浮かぶのは

幼なじみで、少し体が弱くて

いつも一緒だったソラの姿

セルジオ「・・・でもな!」

セルジオ「自分で次第点くらいはやれる人生だったよ!」

セルジオが、兵士達の元へと突っ込む

その手には手榴弾があった


セルジオ「汚い花だ!醜い花だ!」

セルジオ「蜜もなければ香りもない!」

その頭に浮かぶのは、ソラの姿だった

彼と出会えてよかった、とセルジオは思う

つまらない人生に、くだらない人生に

たった一筋、光を当ててくれた彼に


セルジオ「ならばせめて!」

ピンを引き抜く

まばゆい閃光と、凄まじい音が響く


セルジオ「散るときくらいは美しくあれ!」


セルジオが最後に頭に浮かべたのは

友の姿だった

93 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:11:40.43 ID:Ot1j3FXg0
ソラ「・・・セルジオ・・・ちくしょう・・・」

さだのり「・・・」

さだのりが、集落のほうを見る

煙の量が増していた

邪火流「はは・・・自爆だなんて・・・カッコつけやがって・・・」

さだのり「あいつの選んだ道だ・・・俺達がどうこう言うことじゃねぇさ」

ソラ「お前は・・・付き合いが浅いからそんなこと言えるんだよ」

さだのり「!」

さだのりがソラの襟首を掴む

さだのり「・・・てめぇ、俺が悲しんでないとでも言いたいのか?」

ソラ「・・・悪い・・・そういう意味じゃないんだ・・・ただ・・・」

ソラの瞳から、涙がこぼれる

ソラ「・・・あいつは、俺の・・・一番の親友だったのに・・・」

さだのり「・・・」

遠藤「・・・みんな、今日は飲もうぜ」

邪火流「そうだな、飲もうか」

さだのり「・・・あぁ」


さだのり「五人で、な」

94 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:12:12.20 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「・・・セルジオの墓・・・どうする?」

邪火流「・・・立てなきゃな」

ソラ「・・・死体、残ってないだろうな」

遠藤「あんだけ激しい爆発だったからな」

四人は、少し暗い道を歩いていた

何かが足りない、そんな感情を抱きながら

さだのり「・・・明日、もう一度あそこに行こうぜ」

邪火流「あぁ」

ソラ「・・・お別れ、しないとな」

さだのり「別れじゃねぇ、一旦離れるだけだ」

ソラ「あぁ・・・そうだな」

遠藤「・・・ちくしょう」

涙をこらえる声がした

鼻をすする音がした

擦れ違う人々は、四人をおかしなものを見るかのように見つめていた

彼等はみんな、泣いていた


95 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:12:40.29 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「・・・ここらへんだったか?」

邪火流「あぁ」

四人は、あの場所へ帰ってきていた

兵士の死体をいくつか見た

いや、死体の一部と言ったほうが正しいだろうか

ソラ「・・・あ、あれ・・・」

ソラが一点を指差す

そこには、セルジオの亡きがらがあった

遠藤「おいおいマジかよ・・・あの爆発で普通に形保ってるなんて・・・」

邪火流「ははは・・・やっぱセルジオはすげーや」

さだのり「・・・」

さだのりが黙ってその遺体を抱え上げる

ずっしりと、冷たい重みがのしかかる

さだのり「・・・重すぎるんだよ、バカ野郎」

ソラ「・・・帰ろう、セルジオ」

遠藤「よかったな、墓作れるじゃねーか」

邪火流「あぁ、安心した」

四人はトボトボと歩き出す

どれくらいしてからだろうか、誰ともなしに口を開いた

邪火流「考えてたんだ、今」

さだのり「俺もだ、軍のことだろ?」

ソラ「入ったほうがいいんだろうね」

遠藤「あぁ、そのほうが安全だ」

嫌だった

友の命を奪った軍に入るのは

でも

さだのり「俺らが入れば強奪は無くなる、俺らが入れば・・・命が救われるんだ」

ソラ「・・・セルジオの死がムダになるけどね」

邪火流「ムダなんかじゃないだろ・・・こいつはさだのりを守ったんだ」

さだのり「・・・守るほどの価値があったのかね」

遠藤「さぁな、それはセルジオにしかわからない」

四人は歩く

決して振り向かず


軍の入隊式は、明日だった


96 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:14:03.31 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「さてと・・・結局、夜中までかかっちまったな」

ソラ「・・・セルジオ、暗いだろうけど我慢してくれ」

セルジオの墓の前で、四人は笑っていた

邪火流「ったくよ、いいサイズの棺桶がなかったんだぜ?お前」

遠藤「死んでもビッグな男ってか」

さだのり「・・・さて、車でも拾おうぜ」

ソラ「もう行くのか?」

さだのり「いつだって帰って来れるだろ・・・それに」

さだのりが、セルジオの墓をポンと叩く

さだのり「振り向かないって約束だ」

邪火流「・・・行こう、みんな・・・早くしないと間に合わない」

遠藤「またな、セルジオ・・・美味い酒があったら土産に買ってきてやるよ」

ソラ「それじゃ」


四人「行ってくる」

97 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:14:31.29 ID:Ot1j3FXg0
暑い日差しが甲冑を着た兵士達を照らす

その兵士達の視線のはるか先に、ベッケンバウアーはいた

ベッケンバウアー「はぁ、兵士がまさか強奪を働いていたとは思わなんだ」

「申し訳ありません、陛下」

ベッケンバウアー「首謀者は誰なんじゃ?」

「昨日の戦闘で、殺害されたと報告が」

ベッケンバウアー「・・・仮にも一つの計画を束ねた者が・・・して、どのような者に殺された?」

「・・・少年です」

ベッケンバウアー「なに?」

ベッケンバウアーが眉をひそめる

「先程お話した・・・例の少年達に、です」

ベッケンバウアー「・・・ほう、それはなかなか」

ベッケンバウアーが顎を撫でながら笑う

ベッケンバウアー「じゃが、その少年達は来なかったようじゃの」

「はっ・・・申し訳ございません」

ベッケンバウアー「なに、別に構わん・・・」


98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2011/07/05(火) 21:14:59.43 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「じゃっじゃーん!さだのり一行ただいま参上よ!」

邪火流「お前がボス、みたいな言い方だなおい」

遠藤「ほれほれ!お望み通り来てやったぜ?」

ソラ「・・・吐き気がするくらいイヤだけどね」


「おい、アイツらか?」

「そんなにヤバそうには見えないけどな・・・」


ベッケンバウアー「ほぅ、お主達がか」

さだのり「あぁ?じいさん誰だよ」

さだのりがベッケンバウアーへ近づく

「き、貴様!陛下に向かってなんたる無礼を・・・」

ベッケンバウアー「よいよい、して・・・なぜここに?」

さだのり「軍に入るんだよ、あいつら」

さだのりが三人を指差す

ベッケンバウアー「・・・友人を殺されたと聞いたが?」

遠藤「それでもだよ」

邪火流「俺達がやるべきは、軍に入って、軍を帰ることだ」

ソラ「ついでに人助けもね」

ベッケンバウアー「ほう、そちらはついでか」

ソラ「綺麗事は嫌いだからね」

ベッケンバウアー「うむ、よかろう」

ベッケンバウアーが立ち上がる

ベッケンバウアー「お主達、名前は?」

99 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:15:41.20 ID:Ot1j3FXg0
>>98 酉が消えたw





邪火流「邪火流だ」

遠藤「遠藤!」

ソラ「ソラだよ」

ベッケンバウアー「ふむ、してお主は?」

さだのり「さだのりだよ、覚えとけ」

ベッケンバウアー「よし、では・・・」

ベッケンバウアー「お主達!わしに、軍に、忠誠を誓えるか?」

邪火流「・・・あぁ」

ソラ「イヤだけど」

遠藤「仕方な・・・」


さだのり「誓わねーよハゲ!」


広い城の中庭に

一人のバカの声が響いた



100 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:16:07.79 ID:Ot1j3FXg0
「き、貴様!陛下に対して・・・」

ベッケンバウアー「ハゲてはおらんよ、うん」

さだのり「じゃあヒゲ」

ベッケンバウアー「伸ばしてはおるがな」

さだのり「・・・とにかく!こっちの三人は軍に入ります!以上!」

邪火流「ちょ、ちょっと待て!さだのり、お前は・・・」

さだのり「入んねーよ」

さだのりが唾を吐く

さだのり「軍隊なんて嫌いだね!命令だから、指令だから!」

さだのり「理由をつけなきゃ動けやしない!」

さだのり「バカだろ、そりゃ?」

さだのり「俺の人生、アクセル踏んだのは俺なんだ!」

さだのり「お前でも親でも他人でもねぇ!」

さだのり「ブレーキ踏むのも俺の役目だろ!」


101 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:16:34.30 ID:Ot1j3FXg0
遠藤「さだのり!お前バカか!?」

ソラ「一人だけ別に生きようっていうのかよ!?そりゃたしかに俺達は付き合いは浅いけど・・・」

さだのり「軍を変えるのはお前らの役目!」

さだのり「俺は頭を使うのは苦手なんでなぁ!」


さだのり「それじゃ!また会おうぜ三人とも!」

三人に有無を言わせず、さだのりはくるりと振り返り歩き出す

邪火流「さ、さだのり・・・」

ベッケンバウアー「・・・さて、そういうことらしいが?お主達はよいのか?」

ソラ「・・・いいよ、今更答えを変える気はないし」

遠藤「さだのりにはさだのりの考えがあるんだろ!きっと!」

邪火流「・・・しゃあねぇな・・・」

邪火流が頭をかく

ベッケンバウアー「では、諸君、入隊おめでとう」

ベッケンバウアー(・・・さだのりか・・・)

ベッケンバウアー(面白いヤツじゃな)


102 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:17:26.71 ID:Ot1j3FXg0
さだのりは、一人で歩いていた

さだのり「こりゃ歩いては帰れないな・・・どっかに泊まるか」

くるくると首を振り、宿を探す

だが、中々良さそうな宿は見つからない

さだのり「・・・もしや」


さだのり「野宿?」

今頃三人は、軍の手厚い歓迎を受けているだろう

御馳走を食べ、ふかふかのベッドで寝るのだろう

さだのり「・・・」


さだのり「軍、入ればよかったな」

男の決意は軽かった

だが、信念だけは重くある

103 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:17:57.57 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「一週間か・・・早いな」

遠藤の住んでいた家で、さだのりは一人つぶやいていた

さだのり「あー・・・誰もいないからヒマだヒマだヒマだ」

鼻歌を歌って料理を作ったり

飛んでいる小鳥にパンのかけらを与えたり

だが、そんなことで彼の心が満たされるはずはなかった

さだのり「ヒマなんじゃぁぁぁぁぁ!」

ヒマだった


セルジオの墓には毎日行っている

だが、話し掛けても返事はないのだ

かと言って他に仲のいい友達がいるわけではない

さだのり「・・・誰か来ないかなぁ!来ないかなぁ!」

ドアを睨みつける

開けよ、と

そしたら


ガチャリとドアが開いた


104 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:18:44.90 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「あれっ?」


邪火流「よぉさだのり!」

遠藤「元気してるか!?」

ソラ「ヒマを持て余してるんじゃないか?」


仲良し三人が訪れてきたのだ


さだのり「ささ、粗茶ですが・・・」

邪火流「コーヒーじゃねぇか」

さだのり「しっかしお前ら・・・」

さだのりがじっと三人を見つめる

さだのり「堅苦しい格好だなオイ・・・」

遠藤「一応これが兵士の格好なんだとさ」

分厚い甲冑に大袈裟な剣

ソラ「まぁ形式的な制服で、実際は銃だの爆弾だの使うらしいね」

さだのり「んなこと知ってるさ」

身を持って経験したのだから

ソラ「・・・セルジオの墓にお参りしたくてね」

邪火流「そのついでに、お前を訪ねたってわけだ」

さだのり「嘘つくなよ」

ケラケラ、とさだのりが笑う

105 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:19:11.11 ID:Ot1j3FXg0
さだのり「で、本当はなんの用事なんだよ」

遠藤「・・・ベッケンバウアーのじいさんがお前を呼び出したのさ」

ソラ「はい、招集状」

ソラが仰々しい文章の書かれた手紙をさだのりに渡す

さだのり「俺は元気か?ってとこまでは読んだ」

邪火流「全部読めよ・・・」

さだのり「ふむふむ・・・・・・・・・は?」

さだのりが途中まで読んだ後、素っ頓狂な声をあげる

さだのり「なんだよこりゃ?」

遠藤「言ったろ、招集したって」

さだのり「・・・俺を・・・」


さだのり「フリーの傭兵として雇うだと?」

分からなかった

あの王様が何を考えているのか、まったく

ソラ「国に従うのとは少し違うね、仕事を選べるし」

さだのり「・・・バカじゃねぇのかあのじじい・・・」

邪火流「とにかく」

邪火流「俺らと一緒に来い、さだのり」
106 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/05(火) 21:22:09.99 ID:Ot1j3FXg0
さて、今日はここまで


やっぱ上琴のほう書いてるとこっちは遅くなりますね

書き溜めうまく使うしかないや、めんどうだけどw

展開が速くてゴメンなさいね、こっちはあくまで番外編なので・・・長くはできないんです
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/07/06(水) 01:29:49.45 ID:+sab7lUJo
そんな>>1もおうえんしてる
108 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:35:37.64 ID:0dF3Ffn70
さだのり「・・・どういうつもりなんだろうな」

ソラ「俺達は知らないよ、いきなりお前を迎えに行けって言われてさ」

遠藤「正直、お前は軍隊の一員にしてるにはもったいない人材だけどさ」

邪火流「だからって傭兵ってのはな・・・そこまで安定はしてないし・・・」

さだのり「ま、詳しい話はじじいに聞くよ」

さだのりが車のシートに踏ん反り返る

さだのり「問題は・・・」


さだのり「仕事内容・・・だな」


さだのり「・・・ずいぶんと仰々しい場所だな」

遠藤「そりゃお前・・・仮にも王様が暮らしてるんだぜ?」

さだのり「ま、それもそうか」

綺麗に飾られた城の中を四人は進む

ソラ「さて、こっから先はお前だけだ」

さだのり「は?マジ?」

邪火流「幸運を祈る」

三人が、親指を立てる


109 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:36:13.32 ID:0dF3Ffn70
さだのり「・・・失礼しまーす」

さだのりが、大きな扉を開く

その先には

ベッケンバウアー「おぉ、来たかさだのりよ」

やはりベッケンバウアーがいた


さだのり「気安く名前で呼ぶなよ・・・」

ベッケンバウアー「よいではないか、これから雇い主になるんじゃぞ?」

さだのり「雇われるとは言ってないだろ」

さだのりが鼻で笑う

ベッケンバウアー「なんじゃ、拒否しに来たのか」

さだのり「さぁな、仕事内容による」

ベッケンバウアー「ふむ・・・あまり人殺しはしたくない、と・・・散々殺してきたじゃろうて」

さだのり「関係ないヤツを巻き込みたくないだけだ、俺を狙うヤツには容赦しねーよ」

例えアンタでもな、とさだのりが続ける

ベッケンバウアー「まぁ、安心してくれ・・・もちろん、敵を排除する仕事もあるにはある」

ベッケンバウアー「だが、ほとんどは孤児を助けたり、力仕事をしたりと・・・まぁ、平和的なものじゃ」

さだのり「本当だろうな?」

ベッケンバウアー「あぁ、約束しよう」

ベッケンバウアーが笑う

その笑みは、嘲笑か、余裕か

さだのり「・・・いいぜ、協力してやるよ」

ベッケンバウアー「よいのか?ワシのいいなりなのだぞ?」

さだのり「アホか、俺は俺の信念で動いてる」


さだのり「やるやらないは俺が決める」

110 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:36:41.56 ID:0dF3Ffn70
ベッケンバウアー「結構、では仕事の依頼は電話で行うとしよう」

さだのり「えぇ・・・これまた古代的な」

ベッケンバウアー「よかろう、ついでに家も与えるぞ」

さだのり「お、そりゃありがたいな・・・ここから近いのか?」

ベッケンバウアー「うむ、歩いて20分ほどじゃ」

さだのり「便利だなおい」

ベッケンバウアー「なに、お主の好みの家にしよう、どんなデザインが良いかな?」

さだのり「そうだな・・・じゃあ」

さだのりが指をパチンと鳴らす

さだのり「・・・暮らし安さ第一で」


邪火流「お、どうだったよ?」

さだのり「承諾してきたよ、悪くはなかった」

ソラ「そっか・・・またつるめるんだな」

遠藤「よろしく頼むぜ、さだのり」

さだのり「おうともよ」

四人がケラケラと笑う

そこにもう一人、誰かがいるような気がした

111 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:37:08.41 ID:0dF3Ffn70
さだのり「・・・二日で建てるってどういうチートだよ・・・」

新しく建てられた自宅の前でさだのりはつぶやいていた

さだのり「・・・ここで暮らすのか」

中に入ると、綺麗な内装が目に入ってきた

さだのり「へぇ、いいじゃんか」

壁や床をしげしげと眺める

さだのり「・・・?これ・・・」

机の上に

セルジオの遺品が置かれていた

さだのり「あいつの時計じゃねぇか・・・」

その横に、ベッケンバウアーの書き置きがあった


「友とは素晴らしいものよ、お主は恵まれていたのだな」


さだのり「・・・分かったような口ききやがって」

そっと、時計を手に取る

さだのり「動いてないな・・・そりゃそっか」

そのまま、腕にはめる

さだのり「セルジオ、安心しな」


さだのり「これで、お前の死んだ時を忘れないで済むよ」

112 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:37:34.89 ID:0dF3Ffn70
昼食を取っていると、いきなり電話が鳴った

もう電話線もひいていたのだろう

さだのり「仕事が早いな・・・」

けたたましいベルを遮るように、さだのりが受話器を取る


さだのり「はい、こちらさだのりですがー」

ベッケンバウアー『おぉ、おったか』

さだのり「切るな」

ベッケンバウアー『まぁ待て、仕事じゃよ』

さだのり「ちっ・・・何の仕事だよじじい」

ベッケンバウアー『これでもピチピチのつもり・・・いや、よい・・・』

ベッケンバウアー『孤児の施設に行ってほしいのじゃ』

さだのり「孤児の施設?」

ベッケンバウアー『改装するらしくてな、手伝ってはくれんか?』

さだのり「・・・傭兵の仕事じゃないよな?」

ベッケンバウアー『なに、人助けじゃよ』

さだのり「はぁ・・・場所は?」

ベッケンバウアー『場所はな・・・』

ベッケンバウアーが細かい場所をさだのりに伝える

さだのり「オーケー、了解・・・ってか王様が直々に電話とはたいそうなこった」

ベッケンバウアー『なに、お主は面白いからな、話していて』

さだのり「男に言われても嬉しくねぇよ」

ベッケンバウアー『それはすまんかったな』

かっかっか、とベッケンバウアーの笑い声が電話越しに聞こえる

さだのり「じゃ、切るぞ」

ベッケンバウアー『あぁ、よろしくな』


さだのり「・・・施設の改装か・・・」


さだのり「俺一人か?」


113 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:38:00.90 ID:0dF3Ffn70
さだのり「・・・え、一人か」

さだのりは施設の前で固まっていた

周りにいるのは、さだのりに遊べとせがんでくる子供達と、それを宥める教師だけだった

さだのり「・・・手伝いとかよこさないのかよ・・・」

「今日はお世話になります・・・えっと・・・」

さだのり「あー、いいよ別に・・・仕事だし」

さだのりが早速木材を運ぶ

普通の大人では簡単に運べないであろう木材を、ひょいひょいと担いでは運んでいく

「さ、さすが・・・」

さだのり「さてと・・・改装って言っても簡単な増築なわけか」

手際よく、さだのりは作業を進めていく


夕方前には作業は終了した

さだのり「あー終わった終わった」

「ねぇお兄ちゃん!」

さだのり「ん?」

話し掛けてきたのは小さな男の子だった

さだのり「なんだ、坊主?」

「お兄ちゃんって力持ちなんだね!すごいよ!」

さだのり「そうか?普通だと思うけど」

「俺も大きくなったらお兄ちゃんみたいな力持ちになるんだ!」

さだのり「・・・そっか、がんばれよ」

さだのりが男の子の頭を撫でる

さだのり「じゃ、今日は帰るから」

「ありがとうございました・・・なんとお礼を申し上げればよいか・・・」

さだのり「いいっていいって、またなみんな」

「バイバイお兄ちゃん!」


さだのりは家へと一人歩いていた

さだのり「・・・こういう仕事なら悪くねぇか」

小さく笑いながら


114 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:38:27.29 ID:0dF3Ffn70
でも

次に電話が鳴ったとき

彼は、また人の命を奪わなければならなくなった


さだのり「こちらさだのり」

ベッケンバウアー『仕事じゃ』

さだのり「お次はなんだ?孤児の遊び相手か?」

ベッケンバウアー『いや、違う』


ベッケンバウアー『国境で紛争が起きたらしくてな・・・どうやら隣国が責めてきたようじゃ』

さだのり「・・・そいつらの始末、か?」

ベッケンバウアー『そうじゃよ・・・なるべくは殺さないようにな』

さだのり「情報を掴むため、か」

ベッケンバウアー『・・・さだのりよ、やってくれるか?』

さだのりが口を閉じる

これでは、セルジオを殺した兵士達と同じではないだろうか

それでも

さだのり「分かった、やるよ」

彼は振り向かなかった

115 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:38:53.34 ID:0dF3Ffn70
さだのり「知らないヤツらなんてどうだっていい、俺の住んでる国が滅びるのはヤなんでね」

ベッケンバウアー『頼む、今他の兵士達を迎えに行かせた』

さだのり「・・・ベッケンバウアー、一つ聞きたい」

ベッケンバウアー『なんじゃ?』

さだのり「俺は、正しいと思うか?」

ベッケンバウアー『それは己に尋ねてみよ、ではな』

通話が途切れる

さだのり「自分に尋ねろ、か」

さだのりが剣を手に取る

かつて、セルジオの命を一度助けた剣だ

さだのり「だったらきくまでもねぇや」

家のドアを開く

邪火流「よ、ご苦労さん」

ソラ「ちょっと久々の共闘だね」

遠藤「派手にやろうぜ」

さだのり「あたぼうよ」

いつもの仲間がそこにはいた


116 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:39:24.84 ID:0dF3Ffn70
さだのり「・・・なんだ、こりゃ」

さだのりが吐き捨てる

隣国の兵士が責めてきたと聞いたときは、かなりの苦戦を強いられると思っていた

なのに

ほんの数分で、大半を片付けてしまった

さだのり「・・・よかった、こっちの人達はみんな生きてる」

邪火流「・・・さだのり」

さだのり「ん?なんだよ?」

邪火流「お前・・・本当に何者なんだよ」

さだのり「はぁ?」

さだのりが首を捻る

117 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:39:51.83 ID:0dF3Ffn70
邪火流「言ったな、呆気ないと・・・でも違う」

邪火流「お前は明らかに異常だ・・・銃弾を剣で斬る、ミサイルを避ける・・・甲冑ごと体を切り裂く・・・有り得ない」

遠藤「なぁ、さだのり・・・お前やっぱりそういう経験あったんじゃないのか?」

さだのり「言ったろ・・・ねぇよ本当に」

ソラ「天が与えた才能ってわけかい?しかもまだ伸びつづけてる」

さだのり「どうだっていいだろ、あと」

さだのりが近くの兵士の死体をまさぐる

さだのり「こういうのもあるから気をつけたほうがいいと思うぜ」

その手には、手榴弾があった

邪火流「!気づかなかった・・・」

さだのり「死んでもせめて敵だけは、って考えか」

さだのりが誰もいない遠くへ手榴弾を投げる

爆音と共にまばゆい閃光が散らばった

118 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:40:18.41 ID:0dF3Ffn70
さだのり「・・・セルジオを思い出すよ」

ソラ「・・・さだのり、なんで手榴弾に気づいた?」

さだのり「ポケットが膨らんでた」

遠藤「何言ってんだ、甲冑だぞ?ポケットなんてない」

さだのり「・・・臭いだよ、手榴弾の臭いがした」

邪火流「なんだよそりゃ・・・」

さだのり「いいだろ別に・・・そうそう、生け捕りできた兵士は?」

遠藤「今城に送還されてる、俺達の仕事は終わりだぜ」

ソラ「まったく、さだのりのおかげで早く片付いたよ」

邪火流「どうだ、酒でも飲みに行くか?」

さだのり「お、祝勝会か」

四人が車に乗り込む

さだのり「・・・でも・・・」


さだのり「酒・・・苦手なんだよな」

119 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:40:52.78 ID:0dF3Ffn70
さだのり「頭が痛い」

前もこんなことがあった気がした

さだのり「あー二日酔いだ」

家の中をパンツ一丁でさだのりがうろつく

さだのり「さて、今日は何の仕事かな」


そうやって仕事を待つ毎日の繰り返しだった

たまには殺しの仕事もあった

だが、大抵は孤児の相手やお偉いさんの用心棒の仕事だった

平和な日々が三年も続いた

さだのりもすっかり青年になり、体つきもさらにがっしりとしてきた

さだのり「ははは・・・セルジオくらいになれるかな」

低くなった声でさだのりがつぶやく

さだのり「今日の仕事は・・・」

ジリリリ、と電話のベルが鳴る

120 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:41:18.76 ID:0dF3Ffn70
さだのり「よ、ベッケンバウアーのじいさん」

ベッケンバウアー『さだのり、仕事じゃ』

さだのり「今日はなんだよ、久々に殺しか?」

さだのりが冗談じみた口調で尋ねる

しかし、ベッケンバウアーの声は静かだった

ベッケンバウアー『落ち着いて聞くんじゃ、紛争が起きた』

さだのり「最近多いな・・・治安悪くなってんじゃねぇのか?」

ベッケンバウアー『今はそれどころではない、紛争の起きた地域じゃが・・・』

さだのり「あぁ、どこだ?」


ベッケンバウアー『お前の生まれた故郷じゃ』

さだのりの思考が止まる

121 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/06(水) 17:41:44.29 ID:0dF3Ffn70
邪火流達と出会った場所

セルジオの墓がある場所

さだのり「・・・あいつらは向かってるのか?」

ベッケンバウアー『今お前を迎えに行っておる』

ちょうどその時、家の前に車が止まる音がした

さだのり「・・・敵は多いか?」

ベッケンバウアー『数は普通じゃ、だが・・・武器が厄介でな』

ベッケンバウアー『広範囲を焼き尽くしておる』

さだのり「火かよ・・・厄介だな、たしかに」

さだのりの剣術もあまり役には立たなくなってしまう

ベッケンバウアー『・・・頼むぞ、さだのり』

さだのり「あたぼうよ」

受話器を置く

さだのり「さて・・・生まれ故郷のためだもんな」

上着を羽織り、ドアを開ける

いつもの仲間が、待っていた

さだのり「行くぞさだのり」


さだのり「思い出を守るために」
122 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:53:45.10 ID:V2dfOUv60
遠藤「・・・ソラ、お前の両親はまだあそこで暮らしてるのか?」

ソラ「・・・あぁ」

邪火流「・・・心配だな」

さだのり「ついたら分かるだろ・・・今言っても始まらねーよ」

車の中

四人とも冷や汗をかいていた

あの場所が

故郷が

もしかしたら、今まで見てきたような惨劇の舞台になっているのかもしれないから


123 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:54:21.39 ID:V2dfOUv60
さだのり「!見ろ、まだ無事みたいだ!」

一番最初に声を上げたのはさだのりだった

邪火流「よかった!始まったばかりだったか!」

街の端の方では火が燃えてはいたが、中心部はまだ無傷のようだった

遠藤「急ぐぞ!ソラの家から行こう!」

ソラ「・・・待って」

安心する三人を、ソラが止める

さだのり「あぁ?なんだよソラ・・・」

ソラ「・・・あれ、なんだろう」

ソラが、ふと真上を見上げていた

太陽や、雲や、鳥達が浮かぶ青空

そこに浮かんでいるのは

一機の戦闘機

さだのり「・・・ベッケンバウアーは、たしか敵は火を使う軍隊だって・・・」

邪火流「まさか!」

その時、戦闘機から何かが投下された

あれは

遠藤「爆弾・・・?いや、なんだあれは!?見たこともねぇ!」


ドン、という音と共に街の中心部が赤い炎に包まれた

さだのり「・・・は?」

邪火流「い、一瞬で・・・」

ソラ「なにボケっとしてんだ!行くぞ!」

ソラが駆けていく

三人は少し遅れてそのあとをついていく


124 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:54:47.58 ID:V2dfOUv60
さだのり「・・・あの大きさの爆弾ならそう何個も積めないはずだ」

遠藤「さっきの戦闘機は帰ったみたいだしな」

邪火流「・・・代わりに、兵士のお出ましみたいだぜ?」

邪火流が左を見ながら言う

そちらから、たくさんの軍隊が足並みを揃えてやって来ていた

さだのり「・・・ここは俺がやっとくよ」

邪火流「そういうこと言ったら死ぬんだぜ」

さだのり「そりゃ面白い」

さだのりが剣を抜く

さだのり「お前らは早く中心部に行け」

ソラ「任せていいかい?」

さだのり「高くつくぜ」

ニヤリと笑ってさだのりが敵に向かって飛び掛かる

驚いて兵士達が銃を構えるが、間に合わない

何人かの兵士を一瞬で死体へと変える

邪火流「行こう、早く!」

ソラ「さだのり、無事でな!」

さだのり「はいはーい」


さだのり「・・・久々だぜ、こういう仕事は」

いくつもの銃口がさだのりに向けられる

さだのり「おっかしいよな、ガキの頃から殺してきたのに」


さだのり「未だにこいつにゃ慣れねぇや」

125 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:55:14.98 ID:V2dfOUv60
パン、と乾いた音がする

しかしさだのりは体をしゃがめ、銃弾をかわす

さだのり「銃弾ってのは一直線だ、撃たれるって分かったらさっさと避けちまえばいい」

剣を振るいながらさだのりが語る

さだのり「その点、剣だの槍だのはめんどくさいよな」

さだのり「こっちの動きに一瞬で合わせてくる」

グシャリ、と音がして

また兵士が屍になる

さだのり「・・・悪いな、アンタらだって守りたいものがあったんだろうが」

さだのり「こんなクズな俺にだってあるんだよ」

さだのりが唾を吐く

もう、残された兵士は一人だった

さだのり「アンタだけを特別扱いはできないんだ、悪いな」

震える兵士に向かっていく

さだのり「・・・天国ってのがあったら、笑ってくれてもいいぜ」

最後の一人

さだのりは、躊躇なく剣を振り下ろした


さだのり「俺のこれから先の、くだらない人生を」


126 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:55:43.77 ID:V2dfOUv60
ソラ「なんだよ・・・中心部が全滅じゃないか!」

ソラの叫び声が、火の海に響く

遠藤「ウソだろ・・・みんな死んだのか!?」

邪火流「・・・いや、人は見えない」

邪火流が目をこらす

遠藤「・・・?この貼紙は?」

街の掲示板

普段はそんな古代的なものには誰も視線を移さない

しかし

遠藤「!避難命令だってよ!ベッケンバウアーのじいさんやってくれたみたいだ!」

長い文章の下に、ベッケンバウアーの名があった

ソラ「本当か!?事前に分かってたのか・・・」

邪火流「・・・よかった、人が無事ならなんとか・・・」

なる、だが

ソラ「・・・あっち、セルジオの墓がある場所だよな」

ソラがつぶやく

彼の見つめる先は、炎に包まれ始めていた

127 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:56:10.47 ID:V2dfOUv60
邪火流「あぁ・・・そうだな・・・」

さだのり「うわ・・・ひでぇなこりゃ」

三人の後ろからさだのりが歩いてくる

遠藤「なんだ、もう終わったのかよ・・・相変わらず化け物じみてんな」

さだのり「うるせー・・・それより、帰るぞ」

さだのりがくるりと向きを帰る

邪火流「・・・そうだな、人は無事だったんだ・・・あいつらは物資だけが目的だろうし」

遠藤「大半はさだのりが片付けてくれたからもういいだろ」

二人も、くるりと振り返った

ただ、ソラだけが


ソラ「悪い、みんな」

振り返らずに

128 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:56:38.89 ID:V2dfOUv60
邪火流「お前・・・」

さだのり「言うと思ったよ」

さだのりがため息をつく

さだのり「・・・セルジオと一番長い付き合いなんだってな」

ソラ「生まれたときから一緒だったみたいだ」

遠藤「・・・そんな友達の墓が壊されるのはイヤだろ」

ソラ「あぁ」

ソラが笑う

どこか嬉しそうに

さだのり「・・・ソラ、これやるよ」

さだのりが手榴弾を手渡す

ソラ「・・・自爆に使えって?」

さだのり「そいつ、壊れてんだけどな」

四人が一瞬、口をつぐむ


そのあと、大声で笑い合う

129 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:57:05.64 ID:V2dfOUv60
邪火流「つ、使えないのかよ!」

遠藤「渡す意味ねー!なんで渡したんだよ!」

ソラ「ははは・・・でもありがとう」

さだのり「つまり、自爆なんてすんなってことだ」

さだのり「自爆はセルジオの専売特許にしてやれ、お前は醜く最後まであがけよ」

ソラ「分かった、ありがとう」

ソラが剣を握り締める

邪火流「・・・墓、セルジオの隣にするよ」

ソラ「嬉しいな、それ」

遠藤「毎日酒持っていってやるよ」

ソラ「俺の金で買うんじゃないぞ?」

さだのり「・・・忘れないよ、お前のこと」

ソラ「あぁ」


ソラ「俺だって忘れないよ、みんなのこと」


さだのり「またなソラ!向こうでセルジオと待っててくれ!」

ソラ「またなみんな!」


130 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:57:35.73 ID:V2dfOUv60



ソラは駆ける

普段の華奢な彼からは想像がつかないほど

途中、何人かの兵士とすれ違った

それら全てを一瞬で切り伏せる

ソラ「・・・セルジオ」



セルジオ『なぁ、ソラ・・・死んだら人はどうなるんだろうな』

ソラ『さぁね、誰かの心の中で生き続けるんじゃない?』

セルジオ『なら、俺はお前の心で生き続けるんかな』

ソラ『・・・俺が先に死んだら?』

セルジオ『そんときゃ俺が忘れないさ』

ソラ『そっか』

ソラ『じゃあさ、俺はセルジオの墓、守りたいな』

セルジオ『俺も、お前の墓は絶対に守る』

ソラ『生きた証だもんな』

セルジオ『おうよ!』

セルジオ『・・・ソラ』

ソラ『なんだよ、セルジオ』


セルジオ『だからさ、出来ればお前は生きてくれ、俺をお前の心で生きさせてくれ』


131 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:58:03.07 ID:V2dfOUv60
ソラ「・・・悪いなセルジオ」

周りには兵士の死体が積み重なる

ソラの体も、もう傷だらけだった

銃で撃たれ、剣で斬られ

それでも前だけを見ていた

ソラ「俺は、やっぱりお前を生かし続けられない」

ソラ「・・・でもさ、これでまたお前と会えるんなら・・・」

ソラの胸がグラリと揺らぐ

どこからか銃弾が飛んできたのだ

ソラ「悪くないだろ?」

ソラは倒れなかった

銃弾が飛んできたのは、目の前

セルジオの墓のすぐ前

たった一人、兵士が銃を構えていた

ソラ「・・・思えば、俺はダメな人間だった」

ソラ「体力はない、勇気もない」

ソラは駆ける

ソラ「自信もないし、正直誰からの信頼もなかった」

兵士が銃を構える

ソラは剣を構える

132 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:58:28.88 ID:V2dfOUv60
ソラ「でもさ」

パン、と乾いた音が鳴る

グシャリと鈍い音がする

兵士の体が地面に倒れた


ソラ「・・・」

ゆっくりと、セルジオの墓にもたれ掛かる


ソラ「守りたいものくらいは・・・あったんだ」

ソラが笑う

セルジオ『バカだろ・・・お前は』

ソラ「悪い、死んじまった」

セルジオ『・・・ありがとう、ソラ』

ソラ「ははは・・・セルジオ・・・」

ソラの目がゆっくりと閉じられる

最後に見えたのは


セルジオ『また、よろしくな』


いつも一緒にいた友達の姿だった

133 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:58:54.20 ID:V2dfOUv60
さだのり「・・・」

三人は、セルジオの墓の前で口をつぐんでいた

墓の前


寄り添うように、ソラは眠っていた

邪火流「お前すげーよ」

邪火流「さだのりみたいに体力があるわけじゃないのに、何人も兵士殺したんだってな・・・」

邪火流「・・・最後に人殺しだなんて、俺達らしい最後なんだよな」

遠藤「・・・止めればよかったな」

さだのり「止まらなかったさ、こいつは」

さだのり「・・・走ったのはこいつだ、足を止められるのもこいつだけだ」

邪火流「・・・墓、作らないとな」


三人が、地面に穴を掘る

深い深い、水溜まりができてしまうほどに


邪火流「あーあ・・・殉職は二階級特進だってよ」

さだのり「お前ら、ソラの部下扱いになんのな」

ケラケラ、とさだのりが笑う

遠藤「ははは・・・でも、ソラみたいな上司なら悪くねぇかもな」

さだのり「・・・そうだろうな」

さだのりが空を見上げる

その日は晴れだった


134 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 18:59:37.22 ID:V2dfOUv60












さだのり「・・・あーヒマだ」

ソラが死んでから半年

さだのり達の故郷は、復興の兆しを見せていた

邪火流「・・・せっかくお前が呼び出されたと思ったら・・・ただの雑用だなんてな」

ホウキを持った邪火流がつぶやく

遠藤「いいじゃねぇか、普段書類と向き合ったり人殺したりなんだ、こういうのが平和的だろ」

ちり取りを構えながら遠藤が答える

さだのり「いや、城の掃除は城の住人がするべきだよな、俺は一般人なんだけど」

遠藤「いいじゃねぇかよお前は・・・掃除だけで給料もらえんだろ?」

さだのり「安定してないんですー」

はぁ、とため息をつきながらさだのりはゴミを拾う

さだのり「たく・・・あー!どっかに可愛い女の子はいないかなー!あー!」


135 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 19:00:11.84 ID:V2dfOUv60
ベッケンバウアー「なんじゃ、恋人がほしいのか?」

突然後ろから話し掛けられた

さだのり「あ?ベッケンバウアーのじじいかよ・・・」

ベッケンバウアー「なんじゃその口のききかたは・・・」

さだのり「じゃあじじい陛下」

ベッケンバウアー「中途半端な敬意はやめて」

さだのり「大丈夫、ちっとも敬ってないから」

ベッケンバウアー「大丈夫じゃないではないか・・・」

さだのり「うっせーな・・・あと恋人はいらねーよ」

ベッケンバウアー「なんじゃ、可愛い女の子が必要なんじゃろ?」

邪火流「じじい陛下、それは冗談ですよ」

遠藤「そうだぜじじい陛下」

ベッケンバウアー「お主ら・・・わしに従う身じゃよな?」

邪火流「一応は」

遠藤「でも別にいいだろ?アンタも本当は体裁とか嫌いそうだし」

ベッケンバウアー「まぁな、この豪華な洋服以外に世間体まで纏わなければならん人生なんじゃ」

さだのり「大変そうだな」

ベッケンバウアー「もう慣れたわい」

ベッケンバウアーがため息をつく

136 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 19:00:38.41 ID:V2dfOUv60
さだのり「ベッケンバウアーって娘とかいんの?」

ベッケンバウアー「一応はな、じゃが別の国の王室に嫁いだわい」

邪火流「ワーオ、政略結婚っぽいな」

遠藤「・・・はぁ、なんかドロドロしてんな」

ベッケンバウアー「・・・まぁ、そんなもんじゃよ」

さだのり「ふーん・・・」

ベッケンバウアー「そういうわけじゃから・・・せめてお主には幸せになってほしいのじゃ」

さだのり「なんでだよ?」

ベッケンバウアー「お主達はわしの不手際で友人を亡くしたじゃろう」

ベッケンバウアーが悲しそうにつぶやく

ベッケンバウアー「じゃからこそ、今は幸せになってほしいのじゃ」

さだのり「・・・はぁ、なんでそんな考えが出来るのに事前に止めなかったかねー・・・」

邪火流「違うだろ、こんなに甘い王様だからこそ隙をつかれたんだ」

遠藤「そうそう、優し過ぎるのも正直問題だぜ」

ベッケンバウアー「そうじゃな、たしかに指導者は優しいよりも厳しくあるべきじゃ」

さだのり「でもよ、そういう王様だからわりと好かれてるんじゃねぇのか?」

さだのりがポツリとつぶやく

ベッケンバウアー「ほぅ、ということはお主も・・・」

さだのり「んなわけないだろ」

ケラケラとさだのりが笑う


さだのり「さて、仕事終わったし帰るな」

邪火流「じゃあな」
137 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:35:25.78 ID:V2dfOUv60
さだのり「おうよ、遠藤もな」

遠藤「どうせすぐに会うはめになるだろうけどな」

邪火流「そうなるな」

ベッケンバウアー「・・・ではまたな、さだのり」

さだのり「はいはーい」

さだのりが手を振りながら城から出る


さだのり「・・・あー、つまんねー」

平和な毎日

だが


セルジオとソラはそこにはいなかった

さだのり「もし生きてたら、俺達と今でも仲良くつるんでたのかな・・・」

さだのり「・・・いや、もしとかはありえないか」

さだのり「・・・はぁ、空が遠いな」

さだのりが空を見上げる

遠い空だった

青い空だった


さだのり「届きはしない空なんだよな」


138 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:35:57.17 ID:V2dfOUv60
さだのり「あー・・・めんどくせ」

家の中で、さだのりはつぶやいていた

部屋の中の掃除をしたり

一人で簡単な仕事をしたり

それでも、やはりヒマだと感じてしまった

さだのり「・・・戦場での高揚感が忘れられないなんてな」

さだのり「・・・はぁ、やっぱり俺はダメな人間なんだわな」

さだのりが笑う

自嘲の笑いだった


何度目だろうか、彼がため息をつこうとしたとき

電話が鳴った

さだのり「あぁ?ベッケンバウアーか?」

さだのりが受話器を取る

ベッケンバウアー『ハロー、さだのり』

さだのり「なんの用だよ?」

ベッケンバウアー『まぁ、ちとな・・・明日城に来れるか?』

さだのり「はぁ?ヒマだけどなんでだよ」

ベッケンバウアー『それは秘密じゃ、ではな』

さだのりが何かを言う前に、ベッケンバウアーが通話を切った

さだのり「なんだよアイツ?」

一人、部屋で首を傾げるさだのり


その日は晴れだった


139 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:36:36.51 ID:V2dfOUv60
さだのり「・・・なんの仕事だろうな」

さだのりは城へ向かいながらつぶやいていた

ただ、なんとなくヤな予感がしていた


邪火流「ん?さだのり!来たか!」

さだのり「おっす・・・遠藤は?」

邪火流「あいつは別の仕事・・・紛争地域に行ってるよ」

さだのり「へぇ・・・」

さだのりが驚いたような顔をする

普段、邪火流と遠藤は同じ仕事を行うはずだったからだ

邪火流「あぁ、そうそう!いい話だぜ!」

さだのり「ベッケンバウアーのことか?お前知ってるのか」

邪火流「ま、行けば分かるって・・・うらやましいぜ」

さだのり「へぇ・・・なんだろうな」

さだのりが城を進んでいく

さだのり「入るぞー」

ベッケンバウアーの部屋の扉をさだのりが開く

ベッケンバウアー「これこれ、そこは失礼します、じゃろ」

さだのり「うっせーよジジイ」

その言葉を聞いた瞬間、ベッケンバウアーの側近達が顔をしかめる

ベッケンバウアー「よいよい、お前達は出ていかんか」

ベッケンバウアーが側近達を部屋の外へ追い出す

さだのり「聞かれたくないってわけか」

ベッケンバウアー「そういうわけではないがな」

さだのり「で・・・その用事ってなんだ?」

ベッケンバウアー「早速か・・・まぁよい」

ベッケンバウアーが指をパチンと鳴らす

140 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:37:08.55 ID:V2dfOUv60
すると、部屋の外から一人の女性が入ってきた

歳はさだのりよりも一つか二つ下だろうか

長い黒髪に凛とした雰囲気

百人にきけば百人が美人だと答える

それほどに美しい女性だった

さだのり「・・・誰だ?俺に守れとでも言うのか?」

ベッケンバウアー「あぁ、そうじゃよ」

さだのり「何から?敵か?」

ベッケンバウアー「いやいや、そうではなくな」

ベッケンバウアーがニヤリと笑う

なぜだかさだのりはイヤな感じを覚えた


ベッケンバウアー「一生守り続けてほしいのじゃよ」

さだのり「は?」

ベッケンバウアー「つまり、人生の伴侶にしてほしいのじゃ」

さだのり「は?」

さだのり「はぁ?」



さだのり「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

静かな城の中に

さだのりの声だけが響いた

141 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:38:29.25 ID:V2dfOUv60
さだのり「待てよてめぇジジイ!なんの冗談だ!」

ベッケンバウアー「冗談でこれほど美しい女性を呼ぶわけあるまい」

さだのり「ふざけんな!初めて会った女と愛し合えだ!?無理に決まってんだろうが!」

ベッケンバウアー「まぁそこは話し合ってくれ、ワシはこの場から消えるのでな」

ベッケンバウアーが扉のほうへ向かう

さだのり「ちょっと待てジジイ!」

ベッケンバウアー「あぁそうじゃさだのり」

ベッケンバウアーがくるりと振り向く

そして、無邪気な笑顔を浮かべながら言った


ベッケンバウアー「グッドラック!」

さだのり「黙れジジイィィィィィィィィィ!」


さだのり「・・・ウソだよな、おい」

さだのりは冷や汗をかいていた

舞子という女性は、特に気まずそうにすることもなく、普通に座っている


舞子「あの・・・さだのりさんも座られては?」

さだのり「・・・敬語はやめてくれ、あとさんもいらない」

舞子「・・・ではさだのり、座れ」

さだのり「いや、それはそれでおかしい」

142 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:39:37.29 ID:V2dfOUv60
そう言いながらも一応さだのりは腰掛ける

さだのり「えっと・・・舞子、だっけ?」

舞子「はい、よろしく」

ニコリ、と舞子が笑う

そのあまりにも美しい笑顔に一瞬さだのりはドキリとしてしまう

それほどまでに、彼女は美しかった


さだのり「・・・で、ベッケンバウアーのじいさんが言ってたのはどういうことだ?」

舞子「そのままの意味です、私と結婚しろ、と」

さだのり「・・・お前はイヤじゃないのか?」

さだのりが真剣な顔をする

舞子「イヤって・・・何が?」

さだのり「・・・俺は荒れくれものだぜ?普通こんなのと結婚なんかしたくねーだろ」


さだのり「しかもお前はマジで美人だ、もっといい男と結婚できるぜ?」

ケラケラ、とさだのりが笑う

それは本当のことだった

舞子は美しく、自分はただのしがない傭兵

釣り合わないなんてものではない

そもそも、同じ秤にかけることが間違っている

143 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:40:42.04 ID:V2dfOUv60
しかし

舞子「あら、あなたは素敵じゃない」

舞子は違った

さだのり「・・・は?」

舞子「顔のいい男なんて幾万といるわよ、金のある男なんて幾万といるわよ」

舞子「でも、正義感のある男はそうはいないわ」

舞子「あなた、昔子供一人を救うために一国と争ったらしいじゃない・・・」

舞子「バカで真っすぐで」

舞子「そういう人が私は好きなの」

舞子が笑う

舞子「最初あなたの話を聞いたときは耳を疑ったわ、愚直で、正直で・・・しかもそんなに正義感の強い人がいるなんて」

舞子「でも、あなたは実在した」

舞子「しかも、私のことを得ようとはしなかったわ」

舞子「初めてよ・・・正直ね、私は自分の容姿には少し自信があるの」

さだのり「あぁ、お前はとびっきりの美人だ」

舞子「だから、たくさんの男が寄ってきたわ・・・」

舞子「みんな、私を抱きたいんじゃないかしら」

遠い目をしながら舞子が言う

舞子「私が快感に歪むのを見たいのよ、きっと」

さだのり「そういうもんか?お前の本質を好きになったヤツもいるかもしれないぜ?」

舞子「だとしても」

舞子「私は、あなた以外に興味はないの」

さだのり「・・・」

沈黙が流れる



144 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:41:28.61 ID:V2dfOUv60
さだのり「・・・悪いが、今は無理だな」

舞子「あら、なんで?私を抱きたくない?」

さだのり「イヤだね、だいたい知らない女の悶える顔が見たかったら娼婦でも抱くよ」

舞子「・・・」

さだのり「俺は愛を必要としてるだけだ、抱くとか抱かないとか、キスをするとかしないとか、そんなのはどうだっていい」

さだのりが立ち上がる

さだのり「そして、俺はお前と会ったばかりだ、そんなヤツに愛なんて抱けるかよ」

さだのり「無理だね、今はお前なんて愛せない」

さだのり「だから諦めて帰れ、お前にはもっと似合う男がいると思うぜ」

ゆっくりと、部屋のドアを開く

さだのり「そういうわけだ、あばよ」

舞子「・・・そう、残念」

クスリ、と舞子が笑う


舞子「それじゃ、またね」

さだのり「あぁ、またな」



部屋のドアが閉まる

さだのりはポケットに手を突っ込んで歩いていた


さだのり(いや、待て)


さだのり(またね?)

145 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:42:58.82 ID:V2dfOUv60
邪火流「よ、さだのり!どうだったよ、いい話だったろ!?うらやましいぜ、あんな美人を・・・」

さだのり「蹴ったよ」

邪火流「・・・は?」

さだのり「興味ねぇからな」

さだのりがスタスタと歩く

邪火流「お前、マジかよ!?もったいねぇ・・・」

さだのり「ついてくんなよ・・・マジだ」

邪火流「・・・お前、恋人がほしいんじゃなかったのか?」

さだのり「別に興味ねぇよ」

邪火流「・・・なぁ、俺はお前を友達だと思ってる、本当にだ」

さだのり「俺だってそうだ」

邪火流「だから、普通の生活を送ってほしい」

邪火流「恋人も作ってほしいんだよ」

さだのり「うっせーな、余計な世話だ」

さだのりが手をひらひらと手を振る




さだのり「俺の人生を走ってるのは俺なんだ、だったら止められるのも俺だけだろ」





146 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:43:44.80 ID:V2dfOUv60
次の日は雨だった

さだのり「ちっ・・・うっとうしい雨だな」

さだのりは傘を差しながら歩いていた

孤児達を育てる施設に募金をしに行った帰りだ

雨がうっとうしくさだのりを濡らす


さだのり「あーあー・・・誰かが隣で傘に入りながら、宿にでも泊まらない?なんて言いつつ抱き着いてきてくれたら最高なのになぁ」


そんな妄想をつぶやいていたら

舞子「あら、私がしてあげようか?」

聞き覚えのある声がした


その日は、雨だった


さだのり「コーヒー二つ」

「はいよ」

舞子「あら、奢ってくれるの?」

さだのり「残念ながら、女に金を払わせるような無粋な男じゃないんでな」

舞子「素敵じゃない」

クスクス、と舞子が笑う


147 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:44:45.30 ID:V2dfOUv60
さだのり「で、なんでお前がいるんだ?」

舞子「昨日またね、って言ったでしょ?」

さだのり「・・・そうだったか?」

舞子「私は言ったの」

舞子が食い下がってくる

さだのり「・・・そんなに俺がお気に入りかよ」

舞子「えぇ・・・孤児のために募金するなんて、なかなか出来ないわよ」

さだのり「はぁ?なんでよ?困ってる子供達がいるんだぜ?」

さだのり「お前、金が道端に落ちてたら拾うだろ?」

舞子「・・・まぁ、普通はそうするわね」

さだのり「その金がどぶに落ちそうになってたら?なおさら必死に拾うだろ?」

舞子「えぇ」


さだのり「まして、子供達の命は金じゃ買えないんだぜ?」

さだのり「だったら必死に拾ってやりたいじゃんか」

舞子「・・・あなた、本当に素敵ね」

さだのり「えぇ・・・なんでそうなるんだよ?」


さだのりが少し不思議そうに尋ねる


舞子「まぁいいじゃない・・・あ、それと」

舞子がくるり、とさだのりのほうを見る

舞子「私、しばらくあなたの家に泊まるから」

さだのり「はぁ?」


さだのり「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」





148 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:45:16.73 ID:V2dfOUv60
さだのり「・・・万が一襲っても文句言うなよ、お前みたいな美人がいたら気が狂いそうだ」

さだのりは自宅の椅子に座りながら言う

舞子「あら、むしろそれが本望なんだけど」

さだのり「いや、それおかしいから」

舞子「それにしても、もっと豪華な家に住んでると思ったら・・・」

舞子が周りを見渡す


舞子「意外と地味な家ね」

さだのり「広すぎると虚しくなるだろ」

さだのりが吐き捨てる

舞子「たしかに、独り身で広すぎると寂しいわよね」

さだのり「うるせぇ」

舞子「でも、今は私がいるじゃない」

さだのり「知らねー、てかお前はいつまでいる気だ?」

舞子「一生よ」

さだのり「さっきしばらくって言ってたよな・・・」

舞子「えぇ、つまり一生よ」

さだのり「はぁ・・・お前おかしいだろ」

さだのりが頭を抱える

どうも舞子が相手だと調子が狂う


149 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:45:48.08 ID:V2dfOUv60
さだのり「とりあえず、風呂入って・・・」

さだのりが雨で濡れた体を温めようと立ち上がったその時

電話が鳴った

さだのり「・・・」

舞子「?」

さだのり「・・・舞子、先に風呂入ってろ」

舞子「でも」

さだのり「入ってろ」

舞子「・・・分かったわ」

舞子が風呂場へ向かう

それから、さだのりは受話器を取る


さだのり「なんの用だよベッケンバウアー?」

ベッケンバウアー『・・・敵襲じゃ』

さだのり「こっちにか?」

ベッケンバウアー『あぁ、手伝ってもらえるか?』

ベッケンバウアーの声には焦りが見えた

さだのり「・・・しゃあねぇ」

さだのりが剣を手に取る

さだのり「雨がまた降りそうだからな、早く終わらせてやるよ」


その日は


雨だった
150 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:47:58.42 ID:V2dfOUv60
さだのりは、一人で戦場に立っていた

敵は、軽く2万はいるだろう

しかし、彼は怯みなどしなかった

さだのり「あーあー・・・無理しちゃダメだぜ」

さだのりは地を駆ける

さだのり「めんどくせぇな・・・」

さだのり「・・・」

さだのりが命を刈っていく

誰も彼を止められなかった

さだのり「久しぶりの戦場だな」

昔は

ただ、戦うことが楽しかったのかもしれない

自分の力で誰かを守ったと思い込み、自己満足に浸る

それで彼は、自分自身に満足していた


だが


さだのり「なんでだろうな、ダメなんだ」

誰かを、なんて曖昧な理由では

守ったかもしれない、なんて不確定な結果では

彼はもう満足出来なかった

脳裏に浮かぶのは一人の女性

出会ったばかりの


なのに、自分の心に優しく触れてくる、あの女性だった


さだのり「あーあ・・・なんなんだろうなホント」

さだのり「・・・調子狂うぜ」

151 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:49:12.51 ID:V2dfOUv60

最後の兵士もなんなく殺してしまう


さだのり「・・・仕事はおしまい、か」

さだのり「・・・帰るか」

転がっている死体に一瞥をくれて

少し寂しそうにさだのりが言う


さだのり「・・・悪いな、お前達にも守りたいものがあったんだろうが」

さだのりが家へと歩く

さだのり「俺にだって、一応はあるんだぜ?」


その日は雨だった


それでも、虹が空に出た



152 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:49:52.95 ID:V2dfOUv60
さだのり「ただいま・・・」

さだのりが家へと入る

いつもなら、その言葉に返事は返ってこない

しかし

舞子「おかえりなさい」

なぜか、今は返ってきた


さだのり「・・・ん?飯作ってくれたのかよ」

舞子「あなたが遅くなるかと思って」

思ったより早かったけど、と舞子が言う

さだのり「・・・料理も出来るとか、いよいよチートになってきたな」

舞子「何よそれ?」

首を傾げる舞子には答えず、さだのりが食事を始める

さだのり「お、美味い」

舞子「でしょ?腕には自信があるのよ」

さだのり「へぇ・・・恋人とかには喜ばれるだろうな」

舞子「いたらね」

さだのり「いないのか?」

舞子「言ったでしょ、そこらの男には興味なかったって・・・今まで一度も恋人なんて作ってないわよ」

さだのり「は?じゃあ処女なの?」

舞子「それどころかファーストキスもまだよ」

舞子が笑う

さだのり「へぇ・・・意外と堅実なんだな」

舞子「あなたにずっと片思いしてたもの」


153 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:50:19.47 ID:V2dfOUv60
さだのり「噂でしか聞いたことのない男にか」

呆れたようにさだのりが言う

舞子「えぇ、いいじゃない」

さだのり「悪くはないけどさ」

こいつは本当に不思議だ、とさだのりは思った

さだのり「んじゃ・・・寝るか」

舞子「えぇ」

さだのり「いや、お前の部屋はあっち・・・」

舞子「いいじゃない、一緒に寝ましょう?」

さだのり「ワーオ、処女とは思えないビッチ加減」

舞子「うるさいわね」

舞子が先にベッドに入る

舞子「好きにしていいわよ?」

さだのり「・・・お前、肝座ってるな・・・」

舞子「あら、そう?」

さだのりもベッドへと入る

さだのり「・・・言っとくけど、俺も一応は男だからな」

舞子「だから、抱いていいってば」

さだのり「・・・いや、遠慮しとく」

さだのりがゴロンと寝返りを打つ

舞子「興味ないの?あなたもそういうことは未体験なんじゃない?」

さだのり「あぁ、そうだな」

さだのり「本当の愛なんてものはこの世にはないからな、だから俺はそういうことには興味がない」


さだのり「愛がなけりゃ意味がないからな」


154 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:50:59.78 ID:V2dfOUv60
舞子「・・・そう」

さだのり「じゃ、俺は寝るからな」

舞子「えぇ、おやすみ」

さだのり「おやすみ」


夜は更けていった

とても静かに




その少し前


遠藤「あー、だりぃ・・・紛争地域だからもっとヤバいかと思ってたのによ・・・」

遠藤は戦場で一人つぶやいていた

邪火流と別行動の仕事なんて久しぶりだった

ただ、その理由が今となっては分かる

遠藤「アイツを使うまでもないってわけだよなぁ・・・」

ここまで相手と自分達の兵力が違うとは思わなかった

遠藤「はぁ・・・」

遠藤の目の前を敵の兵士が通る


遠藤「・・・」

「!」

兵士が銃を構えようとするが、それより早く遠藤は剣を取り出す

そして兵士の喉笛を切り裂く

155 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:51:26.42 ID:V2dfOUv60
遠藤「・・・はぁ」

誰かを殺すのに、遠藤は慣れてしまった

最初は心が痛んだ

だが、それさえもいつの間にか無くなってしまった

遠藤「あーあ、誰かを守るために誰かを殺すだなんてな」

馬鹿馬鹿しいと思った

それでも彼はその生活を続けるしかなかった

遠藤「・・・セルジオが生きてたら俺を笑うかな」

遠藤「・・・ソラ・・・お前は、誰かをを守るために死んだんだよな・・・」

遠藤「・・・俺は何をやってんだろうな」

遠藤が空を見上げる

太陽が、彼等の身を焦がすかのように輝いていた

遠藤「・・・」


「遠藤、制圧は終了した」

遠藤「あ、はーい」

「たく・・・まさかこんなつまらん仕事だったとはな」

先輩の兵士が剣を振り回す

遠藤(・・・殺しがそんなに楽しいのかよ)

遠藤が顔をしかめる

156 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:51:55.65 ID:V2dfOUv60
「・・・まったく、死体が邪魔だな・・・」

遠藤「・・・」

遠藤達が歩く

見渡すかぎり、死体で埋め尽くされていた

遠藤「・・・ん、女の子が生きてるぞ!」

「お、生存者か・・・」

二人が小さな女の子に駆け寄る

遠藤「君、ここの子か?」

「・・・」

「あー・・・親は殺されちまったんだな・・・ショックでしゃべれないんだよ」

先輩兵士がため息をつく

遠藤「とりあえず保護しますか・・・君、行こう」

遠藤が女の子の手を取ろうとする

「ダメ」

遠藤「ん?何か言ったかい?」

「ここ、危ないよ・・・」

女の子は泣きそうな声をしていた

遠藤「・・・」

この女の子は、さっきから一歩も動かない

なぜか


遠藤「まさか、地雷か!?」

「!地雷だと!?」

二人が身構える

遠藤「・・・いや、地雷はないですね・・・」

「なんだよ・・・驚かせるなよ・・・」

「違う・・・」


「あの人が・・・ずっとこっちを見てる・・・」

女の子が、ある場所を指差す

その先に、一人の銃を構えた男がいた

あれは

157 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:52:29.00 ID:V2dfOUv60
「!まだ敵の兵士が残ってたのか!?」

あの男の構える銃は

「・・・危ないよ、お兄ちゃん・・・」

女の子を狙っていた


誰かを救うために誰かを殺す

誰かを殺さなければ誰かを救えない

そんなにも残酷な世界が、遠藤の周りには広がっていて

ずっと、そんな世界に抗いたくて


「ヤバい!」


誰かを救うために

ただ、誰かを犠牲にするわけではなく


パン、と乾いた音がする


遠藤は駆けた


たった一人の女の子を守るために

今まで、会ったことなんかない赤の他人を守るために

遠藤は、駆けた


胸が、弾けた

女の子を庇い、遠藤はその胸を銃弾で貫かれた


158 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:53:10.69 ID:V2dfOUv60
遠藤「・・・あ・・・」

「遠藤!」

先輩の兵士が、敵をすぐに撃ち殺す

その当たり前の光景が、なぜかとても醜く見えた


「お兄ちゃん・・・」

女の子が、寂しそうな目で遠藤を見下ろしている

周りからは仲間の兵士の慌てる声が聞こえた

遠藤「・・・よかった、君は無事みたいだな」

遠藤が笑う

もう、女の子の顔は霞んでいた

「ありがとう、お兄ちゃん・・・」

遠藤「あぁ・・・いいってことよ・・・」

少しずつ、世界が闇に堕ちていく

遠藤「ははは・・・俺はここで・・・おしまい、か」

遠藤が思うのは

残してしまう二人の友


遠藤「邪火流・・・生きろよ・・・幸せになぁ・・・」

遠藤「さだのり・・・てめぇは俺みたいなつまんない死に方はすんなよ・・・」

女の子の声も

兵士の声も

もう聞こえない

遠藤「空が青いな・・・」

遠藤「・・・俺の人生も」


遠藤「ちょっとはいいもんだったんじゃねぇかな」

最後に遠藤は笑っていた

その表情が変わることは、もうなかった


159 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:53:52.93 ID:V2dfOUv60
朝は訪れる

生きていれば必ず


さだのり「・・・おはよう」

舞子「あら、おはよう」

さだのりが不機嫌な顔で起きる

舞子「どうかしたの?」

さだのり「お前の存在のせいだよ」

舞子「あら、なんで?」

さだのり「・・・お前・・・」


さだのり「なんで俺に抱き着いて寝てんだよ!」

舞子「いいでしょ、女の体も」

さだのり「意味分からねぇ!離せ!」

ぎゃーぎゃー、と二人が騒いでいると

また、電話が鳴った

さだのり「・・・離せ、舞子」

舞子「・・・えぇ」

さっきまであんなにしがみついていた舞子が、素直に従う


160 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:54:21.37 ID:V2dfOUv60
さだのり「はい、こちらさだのり」

いつものように、さだのりは電話に出る

いつものように

ベッケンバウアー『・・・さだのり、落ち着いて聞いてくれ』

さだのり「あぁ?なんだよ改まって・・・第一こっちは舞子がいるせいで落ち着ける状況じゃ・・・」


ベッケンバウアー『遠藤が・・・死んだ』


時が止まった


さだのり「・・・は?」

ベッケンバウアー『戦場で女の子を庇って・・・殺されたらしい』

さだのり「ウソ・・・だろ?」

額を汗が流れる

161 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:54:49.66 ID:V2dfOUv60
さだのり「ウソだよな?」

ベッケンバウアー『・・・遺体はこちらに運ばれてきた』

遺体

戦場でいくつも見てきた

今まで、二人の友も、それになった

そして

さだのり「遠藤・・・が・・・」


そのあと、ベッケンバウアーは謝罪ばかりしてきた

さだのりは彼を責めなかった

兵士である以上、こんなこともあるはずだから

そう、無理矢理割り切って

さだのり「・・・葬式はいつだよ?」

ベッケンバウアー『今からじゃ・・・来るか?』

さだのり「・・・当たり前だろ」

さだのりが静かに受話器を置く

舞子「・・・どうしたの?」

さだのり「・・・友達が死んだ」

さだのりが答えた

震える声で


その日も、雨だった

162 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:55:16.06 ID:V2dfOUv60
「遠藤は素晴らしい部下でした・・・」

「最後まで、正義感のある・・・」

さだのりは、広い敷地でそんな話を聞いていた

隣には邪火流がいた


さだのり「何が・・・正義感だよ・・・」

邪火流「俺達のことなんかなんも知らないくせにな・・・」

二人が、つぶやく

さだのり「・・・なぁ、邪火流」

邪火流「んだよさだのり」

さだのり「・・・遠藤も死んだんだよな」

邪火流「あぁ、そうだな」

さだのり「・・・ちくしょうが」

邪火流「ホント、バカだよ・・・あいつは」


「では、最後に黙祷」


たった一人の兵士のための葬式

少しの時間で終わらせられる

他人にとってはそんなものだった

163 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:57:21.39 ID:V2dfOUv60
葬式が終わり

敷地に残っていたのは、さだのりと邪火流だけだった

さだのり「・・・遠藤・・・」

さだのりは、一つの棺の前に立っていた

中には、少し太っていて、でも屈強な男の遺体が入っていた

顔は、笑っていた




彼は、友達だった

自分の性格なんかを気にしないで接してくれた、数少ない友達だった


邪火流「昨日・・・見知らぬ子供を庇って、殺されたんだとよ・・・バカみたいだよな」

さだのり「知ってるさ・・・あぁ、バカだよ・・・ちくしょう」

さだのりは泣いていた

遠藤は、いつもさだのりをうらやましいと言っていた

力があるさだのりを、正義感の強いさだのりを

さだのり「何が正義感だよ・・・てめぇが生きてなきゃ意味ねぇだろ・・・」

騎士「・・・」

無言で、騎士がその棺を撫でる

邪火流「これで、残ったのは俺とお前だけになっちまったな」

さだのり「・・・今からでも遅くない・・・邪火流、お前は騎士を辞めて平和に暮らせ」

邪火流「おいおい、いまさら何言ってんだよ?第一平和なんて退屈で堪えられるかよ」

さだのり「お前なぁ!」

164 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:58:29.54 ID:V2dfOUv60
邪火流「それにお前一人を残せるわけねぇだろ」

邪火流が寂しそうに笑う

邪火流「・・・どっちかが死んだら、残ったどっちかが花を手向ける・・・そういう約束だっただろ?」

さだのり「・・・ちくしょうが」

さだのりが歯を食いしばる


さだのり(バカだよな・・・セルジオもソラも遠藤も)

さだのり(普通自分が一番じゃねぇかよ・・・)

さだのり(・・・なんでだよ、ちくしょう)





邪火流「・・・じゃあな、遠藤・・・お前の守りたかったものは、俺達が守ってやる」

邪火流「だからお前は安らかに眠れ」

邪火流「あと、天国にいい女がいたら紹介してくれよな・・・それじゃ、またな」

さだのり「・・・またな、遠藤」


二人の男は歩いていく

頬に涙を流して



雨は、止まなかった
165 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 22:59:27.83 ID:V2dfOUv60
さだのり「・・・ただいま」

舞子「おかえりなさい・・・大丈夫?」

さだのり「・・・死んでた・・・アイツが・・・」

さだのりが伝える

声の震えは止められなかった

友達の死は、もう経験したのに


さだのり「いいヤツだった、俺を変な目で見ることもなく・・・」

さだのり「あんなにいいヤツが、なんで・・・」

涙が溢れる

舞子「・・・さだのり、ご飯出来てるわよ?」

さだのり「ありがとよ・・・舞子」

涙を拭き、さだのりが食卓へ向かう

舞子「ねぇ、さだのり・・・その友達は、もう生き返らないわ」

舞子「だったら、せめてあなたは幸せな人生を送るべきなのよ」

舞子「そして、いつか天国でその友達と再会したら・・・」

舞子「幸せだった人生を、自慢してあげなさい」

さだのり「・・・舞子・・・」

舞子「ごめんなさいね、私には何も出来ないから」

さだのり「いや、ありがとう・・・ちょっとは元気が出たよ」

さだのりが笑う

力強くはなかったが、それでも輝いていた

166 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 23:00:03.80 ID:V2dfOUv60
さだのり「・・・舞子、俺って怖いか?」

さだのりが食事の最中に尋ねる

舞子「そうね・・・見た目は怖いわね」

さだのり「・・・見た目、か」

舞子「でも、中身は優しいじゃない」

舞子が微笑む

舞子「覚えてないかもしれないけど・・・あなたは、私を助けてくれたのよ?」

さだのり「は?いつ?」

舞子「昔・・・あなたたちが五人だったとき、一人の女の子を助けたの・・・覚えてない?」

さだのり「五人・・・かなり昔か・・・」

さだのりが記憶を辿る

そういえば

さだのり「あぁ・・・あの時の子が・・・」

舞子「私、ってわけなのよ」
167 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 23:00:43.08 ID:V2dfOUv60
さだのり「そいつは驚いた・・・いや、あの時も十分綺麗だったけどさ」

さだのりがポツリとつぶやく

舞子「・・・あの時ね、あなたに恋をしたのよ」

さだのり「なんで俺だったんだよ?他にもいたじゃねぇか」

邪火流とか、とさだのりが続ける

舞子「・・・あなたが話し掛けてくれたから」

さだのり「は?」

舞子「謝ってくれたでしょ・・・優しかったもの、あなたは」

さだのり「・・・そうかい」

さだのりが小さく笑う


さだのり「あの時、お前は俺に救われたか?」

舞子「えぇ・・・死のうとも思っていたけど・・・恋をしたから、生きられたわ」

さだのり「よかったな、そりゃ」

誰かを救うために

誰かを犠牲にするのではなく

さだのり(誰も傷つけず、か)

さだのり(お前は・・・そうして死んだのか・・・遠藤)

さだのりが上を見上げる

そこには夜空はなく

無機質な天井だけが広がっていた


168 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 23:01:11.25 ID:V2dfOUv60
舞子「おやすみ、さだのり」

さだのり「やっぱり同じベッドで寝るんだな」

舞子「誰かと寝るのは初めてなの?」

さだのり「・・・昔、遠藤と邪火流と暮らしてたよ」

寂しそうにさだのりが答える

もう、その三人で暮らすことはできないから

舞子「・・・ごめんなさい」

さだのり「気にすんなよ」

さだのりが、舞子を抱きしめる

舞子「・・・さだのり?」

さだのり「悪い、ちょっと我慢してくれ」

その時舞子は気づいた

さだのりの目尻に光る物があることに

舞子(さだのり・・・)


その晩、さだのりは泣いた

もう、話すことの出来ない友のことを思って


169 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 23:01:38.84 ID:V2dfOUv60
舞子「おはよう、さだのり」

さだのり「おはよう・・・昨日は悪かった」

舞子「気分はどう?」

さだのり「ちょっと落ち着いたよ、ありがとう」

さだのりが微笑む

舞子「私もあなたの役に立てたのね」

さだのり「ま、ちょっとだぜ?」

舞子「あら、意地悪ね」

二人が笑い合う


さだのり「・・・今日はちょっと仕事が入ってるから遅くなる」

舞子「あら、それは私に待っててくれって言ってるの?」

さだのり「うるせぇ・・・いいだろ別に」

さだのりが身支度をする

舞子「嬉しいわよ」

さだのり「ならよかったじゃねぇか」

ドアを開くと眩しい朝日が目に入った

さだのり「じゃ、行ってくる」

舞子「いってらっしゃい」


170 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 23:02:04.57 ID:V2dfOUv60
仕事が終われば、ただいまと帰ってくる

夜、眠りに落ちる前にはおやすみとつぶやく

そして朝にはおはようと声を揃える

いつしかそれが当たり前になった


舞子のいる場所が、帰る場所

舞子の隣が彼の居場所


いつの間にか、当たり前になっていた


さだのり「・・・なぁ舞子」

二人が共に暮らし始めて三ヶ月

舞子「なに、さだのり?」


さだのり「明日さ・・・デート、しないか?」

初めてさだのりは、好意を行動に表した


季節は春


暖かい日差しが差す中、二人の時間はほんの少しだけ前に進みはじめた


 
171 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/07(木) 23:02:32.74 ID:V2dfOUv60
今日はここまで

書き溜めがヤバイ・・・
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/07/07(木) 23:18:13.73 ID:uR5T5e8e0
乙パトルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
このシーンは・・・あの人気映画さだのり THE MOVIEのシーンじゃないか!!
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/07(木) 23:36:26.39 ID:d1Bs43xIO
さァァァァだのォォォォりィィィィ!!!!

カッコ良すぎるぜ
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/07/08(金) 01:26:23.69 ID:kiqG0kwfo
>>1まじぱねぇ
175 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 08:51:34.46 ID:6L749VbS0
>>172 人気なのかww

>>173 さだのりがんばってますよ、うん

>>174 こっちも進め本編も進めはだるいですが、がんばりますw
176 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:40:12.59 ID:6L749VbS0
舞子「・・・桜が綺麗ね」

舞子は一人、公園のベンチでつぶやいていた

さだのりは約束の時間になっても来なかった

簡単な仕事がある、と言っていたが

舞子「・・・はぁ、女の子を待たせるなんてダメね・・・」

一人ため息をつく


桜が綺麗に咲いていた



さだのり「悪い!ちょっと仕事が長引いて・・・」

舞子「・・・30分も遅れるとはいい度胸ね、初デートがこれだなんてがっかりだわ」

舞子がさだのりを睨みながら言う

さだのり「う・・・す、すまん・・・」

舞子「はぁ・・・何かあったかって心配もしてたのよ?」

さだのり「お、ツンデレか?」

舞子「あら、殴られたいの?」

さだのり「・・・遠慮しときます」

さだのりが舞子の隣に座る

177 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:41:22.35 ID:6L749VbS0
少しだけベンチが軋む

さだのり「綺麗な桜だな・・・」

舞子「そうね・・・こんなに綺麗な桜は初めて見たわ」

さだのり「俺もだ・・・めちゃくちゃ綺麗だよな」

舞子「春の始まりに相応しいと思わない?」

さだのり「すぐに散るんだよな・・・」

舞子「・・・はぁ、鈍感・・・」

さだのり「ん?なんか言ったか?」

舞子「なにも」

舞子が不機嫌そうに顔を背ける

さだのり(?女の子の日か?)

舞子「・・・それで、今日はどこに行くのかしら」

さだのり「ノープランです、はい」

舞子「・・・あなた、私をバカにしてるの?」

舞子がいよいよ飛び掛かりそうな勢いで尋ねる

178 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:42:03.64 ID:6L749VbS0
さだのり「アホか、プランなんて決めてたら時間に追われるだろ?そんな余裕ないデートなんて楽しくないって」

さだのりが呆れたようにつぶやく

さだのり「人生にゃプランなんてねーだろ?だったらその中のデートにもいらねーのさ」

舞子「・・・言い訳にも聞こえるわよ」

さだのり「そりゃすまなかったな」

舞子「でもデートって言ってくれたのは嬉しいわよ?」

さだのり「俺から誘ったじゃんか」

さだのりが笑う

舞子「やっと一人の女として見てくれたってわけね?」

さだのり「うわ・・・なんかそう言われると脅されてるみたいなんだけど」

舞子「そんなことないわよ」

舞子がニコリと微笑む

本当に、美しい顔立ちだ

透き通った瞳に艶のある髪

すっとした鼻や潤いのある唇

さだのり(・・・こんな美人が俺に片思い・・・ねぇ)

不思議だった

人から好意を寄せられるなんてほとんど経験がなかった

179 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:42:29.75 ID:6L749VbS0
さだのり「まずは・・・散歩でもしますか」

舞子「歩きながら行き先とかは考えましょうね?」

さだのり「はいはい」

ベンチから勢いよくさだのりが立ち上がる

そして、優しく舞子の手を握る

舞子「・・・あら、繋いでもいいの?」

さだのり「?いやか?」

舞子「いやじゃないわよ」

少しだけ、舞子が顔を赤らめる

さだのり(・・・照れてるのか?)

さだのりには女心はよく分からなかった


180 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:42:55.36 ID:6L749VbS0
さだのり「・・・桜、ずっと続いてるな」

舞子「えぇ・・・桜並木とはこのことね」

さだのり「・・・綺麗だな、ホント」

さだのりが息を飲む


さだのり「舞子、足疲れないか?」

舞子「へぇ・・・気遣いもちゃんと出来るのね・・・素敵じゃない」

さだのり「普通だろ?」

舞子「それが普通って・・・あなた、今まで恋人出来たことでもあるの?」

さだのり「ないけど・・・お前ってあんまり体力があるって感じじゃないからさ」

さだのりが人差し指を立てながら説明する

181 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:43:34.86 ID:6L749VbS0
さだのり「見てて頼りないからな」

舞子「・・・ちゃんと私のこと、見てくれてるのね」

さだのり「うるせぇな・・・大丈夫ならとっとと歩け」

さだのりが足を早める

舞子「それで・・・どこ行こうかしら?」

さだのり「そうだな・・・どこがいいかな」

さだのりがうーん、と唸る

さだのり「・・・デートとか、どういうもんかも分からないしな」

舞子「あなたも初デートなのね」

さだのり「いいだろ別に・・・」

舞子「ふふふ・・・初心なのね」

舞子がぐい、と体をさだのりに近づける

182 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:44:01.96 ID:6L749VbS0
さだのり「なんだよ?」

舞子「こういうのがデートっぽくないかしら?」

さだのり「いや・・・詳しくは知らないけど、何かが違うと思う」

舞子「・・・顔、赤いじゃない」

さだのり「そりゃ桜が映ってるんだよ」

舞子「苦しい言い訳ね」

クスクス、と舞子が笑う

さだのり「・・・喫茶店でも寄るか」

舞子「顔、赤いわよ?」

さだのり「喫茶店でも寄るか!」

舞子「ふふ・・・そうしましょ」


二人は喫茶店の中に入る


183 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:44:28.32 ID:6L749VbS0
さだのり「・・・なに飲む?」

舞子「そうね・・・紅茶がいいわ」

さだのり「洒落てんな・・・」

舞子「いつも飲んでるもの」

さだのり「さすが名家の娘ってとこだな」

さだのりがパチンと指を鳴らす

「ご注文は?」

さだのり「アッサムを一つとコーヒー一つ」

「畏まりました」


舞子「それにしても、いい雰囲気のお店ね」

舞子が店の中を見回す

それほど繁盛しているわけでないが、落ち着いていて、なおかつ清潔感があった

184 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:44:54.68 ID:6L749VbS0
さだのり「たまに一人で来るんだ・・・俺のお気に入りの店なんだぜ」

舞子「あら、それを教えてもらえるなんて光栄ね」

舞子が嬉しそうに微笑む

さだのり「せっかくのデートだからな・・・お、来たぜ」

ウェイターがアッサムティーとコーヒーを運んでくる

さだのり「あー・・・やっぱり美味いな・・・」

舞子「ホント・・・美味しいじゃない」

さだのり「言ったろ?お気に入りだって」

舞子「あなたのことだからてっきり味覚も独特なんだと思ってたわ」

また舞子がクスクスと笑う

185 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:45:20.69 ID:6L749VbS0
さだのり「はぁ・・・お前って俺のことバカにしてんだろ・・・」

舞子「そんなことないわよ」

すっ、と舞子が目を細める

美しいその表情にさだのりはドキリとしてしまう

舞子「あなたは周りの男なんかとは違うわ・・・自分だけの世界を持っていて、優しくて、荒々しくて」

舞子「それって、とても素敵なことだと思うのよ」

さだのり「・・・俺は自分の性格をいいとは思わないけどなぁ・・・」

舞子「普通はそんなものよ」

舞子「でも、あなたは私からしたらとても魅力的なのよ?」

舞子「・・・私を助けてくれた時から少しも変わらないようだし」

さだのり「いや、変わったよ」

さだのりがコーヒーを一口飲む

186 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:45:48.07 ID:6L749VbS0
さだのり「変わったさ、環境も、心も」

さだのり「あれだぜ?俺は人殺しを楽しむような人間なんだぜ?」

さだのり「戦場に立つと高揚するんだよ・・・」

拳を握り締めながら、さだのりが話す

さだのり「・・・最低なんだ、俺は」

さだのり「俺は人の命を弄んでるのさ」

舞子「そうやって悩んでいる時点であなたはまともじゃない」

舞子が驚いたように答える

舞子「本当に狂っていたらいちいちそんなことなんか考えないと思うわよ?」

さだのり「・・・そうか?」

舞子「えぇ、あなたはおかしくないわよ・・・きっと、戦場に立つと誰かを守れると思ってるのよ」

舞子「だから、高揚してしまうんじゃないのかしら」

187 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:46:14.20 ID:6L749VbS0
さだのり「・・・だったらいいけどな」

彼は、そこまで優しい人間なのだろうか?

さだのり「もしかしたら俺は悪魔かもしれないな」

舞子「私の心を奪ったんだもの、悪魔に違いないわよ」

さだのり「・・・お前、そういうセリフよく言えるな」

舞子「心からの言葉だからよ」

さだのり「へぇ・・・」

興味なさげにさだのりが返事をする

舞子「・・・あなたは、私にそういう感情はないの?」

さだのり「どういう感情だよ?」

舞子「恋愛感情よ」

さだのり「恋愛ねぇ・・・」

頭の後ろで腕を組みながらさだのりは考える

188 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:46:42.01 ID:6L749VbS0
愛とはなんだろうか、と


誰かを守りたいと思うのが愛だろうか?
ならば、家族や友人などたくさんの人に愛を抱いていることになる

だが、それは恋愛感情とは違うはずだ


では、誰かだけを守りたいと思うのがそれだろうか?
ならば、それは愛と言うよりもただの自己満足ではないだろうか


その人と一緒にいたいと思うのが愛、か
ならば、愛はなぜ冷めることがあるのだろうか


さだのり「なぁ、恋愛感情ってどんなもんよ?」

舞子「そうね・・・相手のことを考えるだけで胸が締め付けられて・・・相手のことを思うだけで、なぜか体が熱くなるわね」

さだのり「・・・たしかに病って表現は当たってるのかもな」

これといった治療薬もない病だ

189 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:47:15.71 ID:6L749VbS0
さだのり「はぁ・・・俺はお前に恋でもしてるんかね?」

舞子「それはあなたにしか分からないわよ、してくれていたらとても嬉しいけど」

さだのり「考えてもしゃあねぇか・・・」

さだのりが立ち上がる

さだのり「飲み終わったし、次行こうぜ・・・」

舞子「そうね」


さだのり「俺、勘定しとくからちょっと外で待っててくれよ」

舞子「あら、いいの?」

さだのり「いいっていいって」


190 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:47:41.68 ID:6L749VbS0
舞子が一人、先に店の外へ出る

行き交う人々の視線は舞子に集中する

それほどに彼女は美しかった


「なぁ、姉ちゃん・・・俺と遊ばないか?」

その中の一人が舞子にちょっかいを出してきた

舞子「悪いけど、今人を待ってるのよ」

「いいじゃねぇか、行こうぜ?」

男が舞子の腕を掴もうとする

だが、その腕を掴む者がいた


191 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/08(金) 20:48:07.91 ID:6L749VbS0
さだのり「・・・兄ちゃん、痛い思いしたくなけりゃさっさと帰りな」

勘定を終えたばかりのさだのりだった

なぜか額に青筋を浮かべている

「な、なんだよお前・・・」

さだのり「聞こえなかったか?帰りな」

さだのりが握る力を強める

「いてぇ!てめぇやんのか・・・」

男が続きを言う前に、さだのりがその顔を殴りつけた
192 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:37:55.19 ID:0CdwGEzR0
舞子「あらあら・・・血の気が多いわね・・・」

さだのり「・・・舞子、なんもされなかったか?」

舞子「なに?ヤキモチでも妬いてくれてる?」

何度目だろうか

舞子がクスクスと笑う

バカにされているような気がして、さだのりは不機嫌になってしまう

さだのり「うっせーな、んなんじゃねぇよ」

舞子「その割には不機嫌だけど?」

さだのり「あぁもううるせぇ!」

顔をしかめながらさだのりが歩き出す

193 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:38:21.17 ID:0CdwGEzR0
舞子「あの男、放っておいてもいいの?」

さだのり「知るかよ、あんなヤツ」

舞子「・・・ありがとう、さだのり」

舞子の声は嬉しそうだった

舞子「また守ってもらっちゃったのね」

さだのり「あんなの守ったうちに入らないからな」

舞子「自分のためだから?」

さだのり「あぁ?・・・知るかよ」

明確な否定はせずにさだのりは口を閉じる


さだのり(こいつといるとなんか調子が狂うな・・・)

さだのり(これが恋なんかねぇ・・・)

だとしたら


さだのり(恋なんてずっと続けたらいかれちまうんじゃないか?)


194 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:38:58.23 ID:0CdwGEzR0
舞子「・・・なかなか目的地が決まらないわね」

さだのり「いいじゃねぇか、歩くだけってのも」

舞子「でも簡単な目的くらいはほしいわよ?」

さだのり「そうだな・・・景色のいいとこ、行くか?」

舞子「あら、いいじゃない・・・どこ?」

さだのり「あれだよ」


さだのり「城だよ、あそこ景色いいんだ」

ニカリとさだのりが笑う

それに合わせて舞子も苦笑した


195 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:39:29.73 ID:0CdwGEzR0
さだのり「おーっす、邪火流!」

邪火流「ん?お、さだのりじゃねぇか、どうした・・・って」


邪火流「例の美人じゃないかよ!お前断ったって・・・」

さだのり「心変わりだよ、舞子・・・こいつは邪火流、俺の親友だよ」

舞子「邪火流さん、はじめまして」

邪火流「あぁ、よろしく・・・しかしさだのり・・・お前やるな・・・」

さだのり「何がだよ?」

邪火流「こんな美人な恋人がいるだなんてうらやましいぜ・・・」

舞子「あら、恋人に見えますか?」

舞子が顔を輝かす

196 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:39:56.46 ID:0CdwGEzR0
さだのり「そういう関係じゃねぇよ・・・ただ、ちょっと一緒にデートしたいと思ってさ」

邪火流「それを恋人って言うんだよ・・・」

さだのり「そうなのか?」

邪火流がため息をつく

呆れたような顔をしながら、だ


邪火流「で、わざわざデートでなんでここに?」

さだのり「いやぁ、景色がいいからさ」

舞子「彼がいい場所を知ってると言ったので来てみたら・・・」

邪火流「お前・・・城を展望台代わりにすんなよ・・・」

197 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:40:25.64 ID:0CdwGEzR0
さだのり「いいじゃんか・・・で、ベッケンバウアーのジジイはどこだ?」

邪火流「いつもの部屋だよ、許可証渡すから行ってきな」

邪火流がポン、とバッジのような物をさだのりに投げてよこす

さだのり「こんなもんいらねぇんだけどな」

邪火流「はい、舞子さんも」

舞子「ありがとう」

舞子も許可証を受け取る

さだのり「じゃあ行くか」


城の中で最も大きな扉


その前で、さだのりは立ち止まった

198 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:41:03.53 ID:0CdwGEzR0
さだのり「ジジイいるか!」

ベッケンバウアー「おらんよー」

さだのり「いるじゃねぇかよ」

バン、とさだのりが扉を開く

隣ではさだのりの登場に顔をしかめる側近たちがぶつぶつと文句をつぶやいている

ベッケンバウアー「ん?なんじゃ、舞子も一緒じゃったのか」

舞子「お久しぶりです、陛下」

ベッケンバウアー「なぁさだのりよ、お主もこれくらい礼儀正しくなったほうがよいと思うが?」

さだのり「分かったよ老いぼれ」

ベッケンバウアー「聞いてた?ワシの話聞いてた?」

199 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:41:33.14 ID:0CdwGEzR0
さだのり「んなどうでもいいことはおいといて・・・城の上に登らせて欲しいんだけど」

ベッケンバウアー「上?何階じゃ?」

さだのり「屋根だよ屋根」

さだのりが上を指差しながら言う

舞子「屋根って・・・あんなところに登るの?」

さだのり「いいじゃねぇか、絶対景色いいぜ」

ベッケンバウアー「なんじゃ、絶景を見せて舞子をおとそうという魂胆か」

さだのり「どっちの意味か一瞬迷うよな、その言い方」

舞子「たしかに、遮蔽物がないから景色はよく見えるかもしれないわね」

200 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:41:59.85 ID:0CdwGEzR0
さだのり「しゃ、しゃへ・・・あぁ!そうだよな!」

ベッケンバウアー「さだのりは学がないから遮蔽物だなんて言っても何が何やら、なんじゃよ」

舞子「あらあら」

混乱するさだのりを見て二人が笑う

さだのり「うっせぇ!とにかく許可くれよ!」

ベッケンバウアー「あぁ、良いぞ・・・ただし暴れないようにな」

さだのり「はいはい」

さだのりが舞子の手を引いて部屋から出ていく

残されたベッケンバウアーは微笑んでいた

ベッケンバウアー「しかし・・・まるで子供の恋じゃな、純粋すぎる」

201 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:43:35.40 ID:0CdwGEzR0
舞子「・・・城の内装はこうなってたのね・・・」

舞子が周りを見渡しながら感心したようにつぶやく

さだのり「まぁ普通はお目にかかれないもんな」

舞子「あなたのおかげね」

ありがとう、と舞子が礼を言う

さだのり「別に俺のおかげじゃねぇって」

最上階の窓を開き、その枠にさだのりが足を乗せる

さだのり「よいしょっと」

軽い動きだけで彼は屋根の上に乗った

202 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:44:05.64 ID:0CdwGEzR0
舞子「運動神経は本当に抜群なのね・・・」

さだのり「ほら、お前も来いよ」

さだのりが上から顔を覗かせる

舞子「分かったわよ」

舞子も窓枠に足を乗せるが

ここは5階だ

周りの本館は高すぎて危険なのでこの別館にしたらしい

こちらも十分危険だが、本館よりはマシなのだった


203 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:45:25.24 ID:0CdwGEzR0
舞子「・・・高いわね」

舞子が少し怯えたように言う

さだのり「かーっ!これだから箱入り娘はダメだなぁ!」

ぐい、とさだのりが舞子の手を引っ張る

舞子「あ・・・」

舞子の体重など苦でもない、といった感じでさだのりは彼女を屋根の上に引っ張り上げた


さだのり「どうよ、景色は?」

自慢げにさだのりが尋ねる

見渡す限りの緑

その先には、いくつもの街が見えた

204 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:46:03.21 ID:0CdwGEzR0
舞子「・・・綺麗・・・」

さだのり「だろ?普段あんな美しい街で俺達は暮らしてるんだぜ?」

さだのり「愛情と一緒かもな、当たり前に思うけど、客観的に見たらとても美しいものなんだ」

舞子「あら、愛情なんてよく分からないんじゃなかったの?」

さだのり「そこは同意してくれよ・・・」

つまんねー、とさだのりが息を吐く

舞子「・・・本当に綺麗な景色ね」

さだのり「ここの屋根に登るのは初めてだな」

舞子「他の所では登るの?」

さだのり「気分転換にな」

舞子「へぇ・・・」

205 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:47:46.67 ID:0CdwGEzR0
春の暖かい風が、二人を包む

視線の先では桜が揺れ、ほのかな香は鼻をくすぐる

さだのり「・・・ここ、俺気に入ったな」

舞子「私も、あなたとの初デートでこんなにいい景色が見られるなんて思わなかったわ」

さだのり「どういう意味だよそりゃ」

舞子「なんでもないわよ」

舞子がまっすぐ視線をさだのりに移す

さだのり「?どしたよ舞子」

舞子「・・・あなたって、意外とロマンチストなのね」

さだのり「そうかな?結構リアリストだけど」

舞子「こんなリアリストなら素敵じゃない」

さだのり「素敵じゃないだろ」

206 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:48:12.65 ID:0CdwGEzR0
舞子「・・・ねぇ、さだのり」

さだのり「なんだよ」

舞子「私のこと、どう思ってる?」

さだのり「分からん、もしかしたら一生分からんかもしれないな」

さだのり「だからお前は他の男探したほうが賢明だと思うぜ?」

舞子「なら私は愚かなままでいいわよ」

さだのり「はぁ・・・」

さだのりがため息をつく

さだのり(俺のことを好きだなんておかしいよな、こいつ)


さだのり(それを嬉しく思い始めてる最近の俺はもっとおかしいけどさ)


春の始まりを告げる柔らかな日差しは

純粋な二人の男女を照らしていた


207 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:49:48.68 ID:0CdwGEzR0
さだのり「・・・ただいま」

城から帰ってきた二人は、家の食卓についた

舞子「今日は楽しかったわ、ありがとう」

さだのり「俺も楽しかったからとんとんだろ」

舞子「ふふ・・・そうね」

さだのり「お前から風呂入っていいぜ、飯は作っとくから」

舞子「あら、私が入ったあとのお風呂で何をするつもりなのかしら?」

さだのり「なんもしねーよ・・・」

箱入り娘のセリフとは思えねーな、なんて言いながらさだのりはキッチンへ向かう

キッチンには、小さなネックレスと、対照的に大きな指輪が飾られていた

彼の友人だった者の形見だ

そこにさだのりは、身につけていた腕時計をぽんと置く

時間が止まったままの時計を

208 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:51:11.23 ID:0CdwGEzR0
さだのり「よ、三人とも・・・お前らはそっちで仲良くやってんのかもな」

昔みたいに、とさだのりが笑う

さだのり「・・・セルジオ、俺の時間はやっと動き出したよ」

さだのり「・・・守りたいヤツが出来たんだ」

さだのり「ソラ、お前がセルジオの墓を守るために一人で戦った時はバカだと思ったけどさ」

さだのり「今ではその気持ちも分かるよ」

さだのり「遠藤、お前、女の子を庇ったんだったな・・・」

さだのり「俺もさ、あいつを守るときは・・・自分の命を懸けられる男になりたいよ」

三人の友人に話し掛ける

返事は返ってはこないが

さだのり「・・・だから見守っててくれ」

さだのりが拳を握り締める

さだのり「俺みたいなクズが、どうやって美しい花を守り切るのかをさ」

209 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:52:00.65 ID:0CdwGEzR0
舞子「あがったわよ・・・あら、料理上手じゃない」

さだのり「しばらく一人暮らしとかしてたからな」

当たり前だろ、とさだのりが答える

舞子「最近はずっと私が作ってたもの」

さだのり「ん?そういえばそうか・・・鈍ってるだろうから味は保証しないぞ」

食卓に座り、二人は料理を口にする

舞子「美味しいわよ、すごく」

舞子が驚いたように感想を述べる

さだのり「そりゃよかった・・・まずかったらどうしようって思ってたんだぜ?」

舞子「ふふ・・・まずくても食べてあげたわよ」

さだのり「なんだよそりゃ」

ははは、と二人が顔を見合わせて笑う

いつのまにか当たり前になっていたその風景


それはさだのりにとって、幸せなものだった

210 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:53:19.04 ID:0CdwGEzR0
さだのり「・・・またデート?」

それから一週間して

今度は舞子からデートに誘ってきた


舞子「えぇ、この前は楽しかったもの」

さだのり「んなハイペースでやってたら行き先のバリエーションが無くなるんだけどよ・・・」

舞子「いいのよ別に・・・あなたと一緒なら」

そんなくさい台詞にも関わらず、さだのりは少しどきりとしてしまう

さだのり「・・・分かったよ、明日な・・・」

舞子「どうせあなたはまた遅れるんでしょうけど」

舞子が呆れながら言う

211 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:53:44.69 ID:0CdwGEzR0
さだのり「・・・仕事さっさと終わらせるよ」

舞子「あら、仕事なの?」

さだのり「・・・まぁ」

さだのりがムスッとする

本当は仕事なんてなかった

ただ、待ち合わせの場所に早く行く言い訳がほしかった

何もないのに早く出すぎてしまうと、どうせバカにされるだろう

さだのり「ま、期待して待っててくれよ」

舞子「えぇ、いいわよ」

舞子が笑う

どこか嬉しそうに

212 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:55:00.20 ID:0CdwGEzR0
さだのり「いってきます」

舞子「いってらっしゃい、遅れないでね?」

さだのり「分かってるよ」

さだのりが家から出る


さだのり「さて・・・仕事と嘘をついたはいいが・・・デートまで何をするかね」

デートの約束まで、あと三時間

その間の暇を適当につぶさなければならない

さだのり(・・・デート、か・・・プレゼントでも買っていってやるか)


さだのりは近くのアクセサリーショップを訪れていた

さだのり(お、このネックレスいいじゃん・・・って今はアイツへのプレゼントだったな)

さだのり(はぁ、女ってのは手が焼けるなおい・・・)

ネックレスやピアス

そんな物の中に、ある商品が混じっていた

213 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/09(土) 21:55:40.42 ID:0CdwGEzR0
さだのり「指輪か・・・」

さだのりは指輪を手に取る

さだのり「・・・アイツ、これあげたら勘違いしそうだよな・・・」

さだのり「・・・ん?ペアリングなんだなこれ・・・デザインいいな・・・」

さだのり「・・・こ、これは舞子へのプレゼントだ!俺が気に入ったから買うんじゃなくて、舞子の喜ぶ顔が見たいだけだ!」


さだのり「よし、これでいいか」

意味のわからないことをつぶやきながらさだのりは指輪を購入する

さだのり「まだ時間はたっぷりあるな・・・」


さだのり「喫茶店は多分二人で行くだろうし・・・」

さだのり「・・・そうだ、ちょっと武器でも見ていくかな」

さだのりは武器屋に向かった
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2011/07/09(土) 21:56:07.96 ID:0CdwGEzR0
今日はここまで

なかなか進まんね
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/07/09(土) 23:29:28.71 ID:fSVR/hiEo
おつかれさまーってミサカはミサカははしゃいでみたり!
216 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:35:31.16 ID:RprShNyX0
さだのり「・・・切れ味よさそうだな、これ・・・」

さだのり「こっちはデザイン重視・・・武器にデザインは関係ないだろ・・・」

さだのりはぶつぶつつぶやきながら店内を歩いていた

さだのり(・・・なに当たり前に武器のこと語ってるんだろうな・・・)

それほどまでに、彼にとって人を殺す道具は身近なものだった

さだのり(・・・ダメだ、デートの前に見るもんじゃねぇな)


さだのり「あーあ、結局やることねーな・・・」

武器屋も、アクセサリーショップも

興味本意で入った本屋も

全て見終わってしまった


217 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:35:57.74 ID:RprShNyX0
さだのり「・・・そろそろ向かうか・・・今行ったら20分前にはつくけどな・・・」

はぁ、とため息をついてからさだのりは立ち上がった

さだのり「時間の前につけば文句ないだろ」



しかし

さだのり「なんでいんだよ・・・」

待ち合わせの公園には

もう舞子がいた

さだのり(20分前・・・だよな、間違ってない・・・)

ならなぜ



218 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:36:24.02 ID:RprShNyX0
舞子「あら、今日は時間には間に合ったわね」

さだのりに気づいた舞子が嬉しそうに言う

さだのり「・・・お前いつからいたんだよ」

舞子「1時間前には来てたわよ」

さだのり「・・・なんで?」

舞子「楽しみだったからよ」

舞子がニコリと微笑む

さだのり「・・・そうか」

なぜだか、それがさだのりは嬉しかった

舞子「今日はしばらくここで桜を眺めていたいわ」

さだのり「まだ咲いてるんだな」

一週間前の美しさは変わらず

桜は二人を照らしていた

219 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:36:51.09 ID:RprShNyX0
さだのり「綺麗だな・・・ホント」

舞子「えぇ」

ずっと上を見つめ、二人は微笑んでいた

さだのり「あ、これやるよ」

さだのりがペアリングの片方を舞子に渡す

舞子「あら・・・指輪?」

さだのり「ペアリングでさ、デザインが気に入ったんだよ」

舞子「・・・私とペアリングをつけたかったってわけではないのね」

舞子がため息をつく

220 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:37:32.78 ID:RprShNyX0
さだのり「まぁいいじゃねぇか・・・で、受け取ってくれるか?」

舞子「デザインが気に入ってるならあなたが二つともつければいいじゃない」

さだのり「・・・それじゃダメだろ」

さだのりが少し不機嫌そうに答える

舞子「あら、どうして?」

さだのり「・・・なんかよく分からないけど、片方はお前につけててほしいんだよ」

舞子「それって、私とおそろいがつけたいんじゃないの?」

さだのり「かもしれないな・・・分からない」

両手を広げてさだのりがおどける

221 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:38:23.49 ID:RprShNyX0
さだのり「受け取ってくれるか?」

舞子「えぇ、そういうことなら喜んで」

舞子がすぐに左手の薬指にペアリングをつける

さだのり「・・・いや、そういう意味ではなかったんだけど」

舞子「あなたはつけないの?」

さだのり「・・・つけるよ」

さだのりは右手の人差し指につけた

舞子「はぁ・・・あなたって冷たいわね」

さだのり「うるせぇ・・・第一俺はそういうつもりじゃなかったっての」

舞子「・・・そう」

舞子が寂しそうにつぶやく

222 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:39:33.67 ID:RprShNyX0
さだのり「それより腹減ったな・・・喫茶店行くか?」

舞子「あ、待って」

何かを取り出した


舞子「お弁当、作ってきたのよ」

さだのり「お、マジか」


舞子「はい、あーん」

さだのり「は?」

さだのりが訳の分からないといった顔をする

223 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:40:12.18 ID:RprShNyX0
舞子「だから、あーん」

さだのり「いや、あーんってなんだよ?」

舞子「あら、知らないの?」

さだのり「いや、知ってる」

舞子「なら、あーん」

さだのり「いやいや待てよ!おかしいよなそれ?」

舞子「あーんはおかしくないわよ?」

さだのり「違う!お前が俺にあーんをしてんのがおかしいんだよ!」

舞子「おかしくないわよ、あーん」

224 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:42:11.78 ID:RprShNyX0
さだのり「どんだけあーんをしたい人なんだよお前は!」

舞子「いいじゃない、デートなんでしょ?」

さだのり「い、いやそれはまぁ・・・」

しかしさだのりだって男なのだ

舞子のような美人にあーん、なんてされたら恥ずかしくて仕方がない

さだのり「自分で食うからさ・・・」

舞子「・・・私のあーんはイヤ?」

さだのり「あぁもう!どんだけあーんが好きなんだよ!」

舞子「カップルに見えるでしょ?」

225 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:43:29.39 ID:RprShNyX0
さだのり「・・・はぁ」

これ以上の押し問答は時間のムダだ

さだのりはそう結論付ける

さだのり「あーん・・・」

舞子「はい、どうぞ」

ニコリと舞子が笑う

226 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:44:05.41 ID:RprShNyX0
さだのり「・・・なぁ、あそこの人がなんか微笑んでるんだけど」

舞子「あら、いいじゃない」

どう見てもカップルな二人を見つめている人が一人だけいた

さだのり「あぁ!今また微笑んだよあの人!」

舞子「あーん」

さだのり「今度は俺がする番なのかよちくしょう!」

そんな、少し初々しいやり取りをしながら二人は昼食を終える


227 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:44:35.51 ID:RprShNyX0
さだのり「・・・で、これからどこ行くんだ?」

舞子「そうね・・・二人きりになりたいわね」

さだのり「・・・なんか危機感を覚えるんだけどさ」

舞子「どうして?」

さだのり「いや、なんとなく」

舞子「大丈夫よ、何もしないわ」

さだのり「そういうことを言うヤツは絶対何かをするんだよ」

舞子「いいじゃない、私と過ちを犯してみたくない?」

さだのり「はぁ・・・お前、ちょっとおかしいだろ」

舞子「だってそうでもしないとあなたは興味を示してくれないじゃない」

舞子がポツリとつぶやく

228 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:45:01.24 ID:RprShNyX0
舞子「・・・いつも一定の距離を置いて」

舞子「一緒に笑ってはくれるけど、一緒に涙を流そうとはしない」

舞子「一人で抱えて、私には背負わせようとしない」

さだのり「お前の背中にゃ重すぎるのさ」

舞子「でも、それでも・・・」

さだのり「興味がないわけじゃねぇよ」

舞子「え・・・?」

さだのり「ただ・・・その、ちょっとよく分からないんだ」

さだのりが頭をかく

本当に困っているようだ

229 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:45:28.98 ID:RprShNyX0
さだのり「お前といると楽しいし、お前が誰よりも大切、それは分かってる」

さだのり「でも、それが愛情なのか友情なのか・・・親愛なのか、分からない」

舞子「・・・そう」

さだのり「確かめる方法でもあったらいいのにな」

さだのりがつぶやいたその時

舞子「あるわよ、確かめる方法」

さだのり「ん?」


舞子が


さだのりの唇を奪った


230 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:45:54.49 ID:RprShNyX0
さだのり「・・・」

舞子「・・・」

さだのり「・・・いきなり何するんだよ」

舞子「どうだった?気持ち悪かった?イヤだった?」

さだのり「・・・イヤじゃないけど・・・こう、なんか胸が熱いというか恥ずかしいというか」

舞子「よかった、それは恋なのよ」

舞子が嬉しそうに言う

さだのり「・・・俺、ファーストキスだったんだけど」

舞子「私もよ」

さだのり「・・・そっか、これが恋なのか」

231 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:46:37.06 ID:RprShNyX0
さだのりが舞子の肩に手を置く

そして、もう一度優しくキスをする


さだのり「ん、やっぱりそうみたいだな」

舞子「そう、よかったわ」


さだのり「二人きりになりたいんだろ、行こうぜ」

舞子「えぇ」


二人は手を繋いで街の外れに向かう

少しだけ、顔を赤らめながら

232 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:47:34.62 ID:RprShNyX0
さだのりが舞子の肩に手を置く

そして、もう一度優しくキスをする


さだのり「ん、やっぱりそうみたいだな」

舞子「そう、よかったわ」


さだのり「二人きりになりたいんだろ、行こうぜ」

舞子「えぇ」


二人は手を繋いで街の外れに向かう

少しだけ、顔を赤らめながら

233 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:49:03.69 ID:RprShNyX0
さだのり「・・・こことかどうだ?」

舞子「いいじゃない」

街の中心部から離れた、静かな丘

二人はそこにいた


優しい日差しが二人を祝福するように照らしていて

さだのり「いい眺めだな」

さだのりは幸せだった

234 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:50:33.23 ID:RprShNyX0
舞子「ねぇ、あなたはこういう景色が綺麗な場所をたくさん知ってるの?」

さだのり「わりとな・・・ここらで暮らしはじめて結構経つし」

舞子「素敵・・・他にもある?」

さだのり「いっぱいあるぜ?涼しくて街の見える森、夏は暑さをしのげる川、あとは見渡す限り花で埋め尽くされてる花畑とか」

舞子「いいわね、今度も連れていってよ」

さだのり「時間があればな」

時間なんてたくさんあった

時間がなくたって、舞子とならどこへでも行きたかった

235 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:52:15.62 ID:RprShNyX0
さだのり「・・・そっか」

舞子「どうしたのさだのり?変な声出して」

さだのり「舞子」

さだのりが舞子をじっと見つめる

その瞳には、とても眩しいものが宿っていた


さだのり「俺に幸せになれって言ったよな」

舞子「えぇ、言ったわよ」

236 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:53:10.38 ID:RprShNyX0
さだのり「俺は、一人じゃどうせまた今までみたいな荒れた生活を送ると思う」

さだのり「だから、そうならないように俺の幸せを手伝ってくれないか?」

舞子「・・・長くかかりそうなの?」

さだのり「あぁ、うんと長くかかるな」

だから、とさだのりが続ける


さだのり「・・・一生、手伝ってほしい」


舞子が一瞬、きょとんとした顔をする

そのあと、急にお腹を抱えて笑い出した

237 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:54:33.51 ID:RprShNyX0
さだのり「な、なんだよ!」

舞子「そ、そんなベタな台詞をはく人が未だにいたなんて思わなかったわ・・・」

アハハ、と笑いながら舞子が答える

さだのり「うるせぇ!告白なんて初めてだから分からないんだよ!」

舞子「あら、でももう少しまともなこと、言えないの?」

目の涙を拭いながら舞子が尋ねる

さだのり「・・・言葉を使うのは苦手だ、頭悪いし」

舞子「なら言葉じゃなければいいんじゃない?」

ニコリと舞子が微笑む

238 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:55:55.35 ID:RprShNyX0
さだのり「・・・分かったよちくしょう」

そっと、さだのりが舞子に口づけをする


さだのり「これでいいんだろ?」

舞子「最高の告白よ」



さだのり「なぁ舞子」

舞子「なに?さだのり」

さだのり「俺の人生はいいものになるかな?」

舞子「えぇ、きっとなるわよ」

さだのり「そうか」


さだのりは笑っていた

今まで見せたことのないほど幸せそうな顔で

239 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:57:24.82 ID:RprShNyX0
ベッケンバウアー『仕事じゃ、さだのり』

次の日も仕事は入った

さだのり「はいはーい・・・」

さだのりが剣を手に取る

舞子「戦うの?」

さだのり「あぁ、敵は少ないから安心しな」

舞子「・・・ちゃんと帰ってきてね?」

さだのり「そういうことを言われたら俺は死ぬ気がするんだけど・・・」

舞子「なによ、心配してるのよ?」

さだのり「ま、大丈夫だって」

さだのりが舞子を強く抱きしめる

240 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 09:58:49.46 ID:RprShNyX0
さだのり「帰ってくる場所がある鳥は絶対に迷わないんだってさ、知ってたか?」

舞子「あなたはいつから鳥になったの?」

さだのり「生まれたときから渡り鳥だよ」

ケラケラと笑いながらさだのりがドアを開ける

さだのり「いってきます」

舞子「いってらっしゃい」

241 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 10:00:30.69 ID:RprShNyX0
邪火流「よ、さだのり」

さだのり「なんだ、お前もいたのかよ」

邪火流「結構厄介な敵らしいからな」

さだのり「へぇ、やりごたえがありそうだな」

邪火流「・・・どうする、なんでも相手は飛び道具を使ってるらしい」

さだのり「関係ないね」

さだのりが剣を抜き、戦場を闊歩する

さだのり「前しかないんだから前にしか進むわけねぇだろ」


さだのり「俺の目玉は前にしかないんでね」


242 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 10:02:04.19 ID:RprShNyX0
さだのり「なんだよ呆気ねぇな」

つまらなそうにさだのりがつぶやく

相手のほとんどをたった一人でし制圧してしまった

さだのり「飛び道具使えば絶対勝てるとでも思ってたのかね」

自信と慢心は違う

戦場においての慢心は、自らの身を滅ぼしてしまうことさえある

さだのり「ん、発見」

また別の敵兵士を見つける

さだのりに弓を向けようとするが、その弦をさだのりが切り裂いてしまう

「あ・・・あ・・・」

243 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 10:03:19.62 ID:RprShNyX0
さだのり「バカだな、お前も」

さだのりが自分のこめかみを人差し指で叩きながら言う

さだのり「頭を使え」

さだのり「飛び道具がダメなら剣だの拳だので戦えよ」

さだのり「一つオシャカになったくらいで人生諦めるなんて愚かだぜ」

さだのりが剣を振るう

ぐしゃりと音がして、兵士が肉塊に変わる


さだのり「たく・・・最後まで足掻くほうが美しいのによ」


244 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 10:04:33.59 ID:RprShNyX0

邪火流「さだのり!やったな!」

さだのり「ん?あぁ、一応お仕事完了だ」

邪火流「俺達の仕事は終わったし・・・飯食うか?一応弁当支給されて・・・」

さだのり「あぁ、いらねぇよ」

さだのりが小さな包みを取り出す

邪火流「なんだよそれ?」

さだのり「舞子が弁当作ってくれたんだよ」


245 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/10(日) 10:05:37.07 ID:RprShNyX0
当たり前、といった感じでさだのりが答える

邪火流「・・・」

さだのり「どうしたよ邪火流・・・」


邪火流「裏切り者がぁぁぁぁ!てめぇの卵焼きだけは奪う!卵焼きだけはなぁぁぁぁぁぁ!」


さだのり「うひゃひゃひゃひゃ!いいぜこの野郎!卵焼きだな、卵焼きが食べたいんだな!?」

さだのりが卵焼きを真っ先に口に放り込む

邪火流「てめぇ!」

さだのり「どんな気持ち?ねぇどんな気持ち!?」


ギャーギャーと二人が騒ぐ
246 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 20:51:22.31 ID:U+jt/Lvo0
邪火流「こんなバカみたいなことやれんのもお前が相手の時だけだな」

さだのり「他には友達なんていないしな」

邪火流「俺には一応いるけどな」

弁当を食べながら二人は話していた

さだのり「でもお前だけでいいよ、あのメンバーを超える友達なんてそうそうはいないと思うし」

邪火流「あぁ・・・懐かしいな」

さだのり「今度セルジオとソラの墓参り行こうと思ってるんだけどお前もどうだ?」

邪火流「お、いいな」

さだのり「お前は久しぶりじゃないか?」

247 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 20:52:42.05 ID:U+jt/Lvo0
邪火流「遠藤の墓は近いからすぐ行けるけどさ・・・あの二人の墓はちょっと遠いからな」

さだのり「たしかに、休み少ないお前にはきついな」

邪火流「でも明日は休みだから行ってもいいかもな」

さだのり「明日な、オーケー」

邪火流「さてと・・・飯も食い終わったし働きますか」

さだのり「お前まだ仕事なのか?」

邪火流「お前と違ってな・・・」

さだのり「ふーん」

舞子が弁当に入れてくれたイチゴを口に放り込む

季節外れではあるが甘さが嬉しかった


248 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 20:53:42.40 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「ただいまー」

舞子「おかえり、よかったわ・・・無事で」

さだのり「簡単に俺がやられるわけないだろ」

さだのりが腕を組んで自慢げに言う

舞子「・・・不安なのよ?」

さだのり「分かってるって」

優しくさだのりが舞子を抱きしめる

さだのり「ほれ、ちゃんと生きてるだろ?」

舞子「えぇ、生きてるわ」

さだのり「そうそう、弁当美味しかったぜ」

舞子「あら、よかった」

舞子が嬉しそうに答える

249 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 20:54:47.65 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「明日は一日休みだな」

舞子「・・・じゃあ、今晩はゆっくり出来るのね」

さだのり「・・・やらしいこと言うなよ」

舞子「あら、恋人なのよ?いいじゃない」

さだのり「・・・なんか・・・早くねぇか?」

舞子「真面目なのね」

クスクスと舞子が笑う

さだのり「いや、別に・・・」

舞子「でも私がいつ襲われるか分からないわよ?」

さだのり「なんでそんなシチュエーションなんだよ・・・」

250 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 20:57:04.76 ID:U+jt/Lvo0
舞子「早くあなたを独り占めしたいもの」

さだのり「怖いなおい」

さだのりが冷や汗をかく

舞子「・・・ねぇ」

舞子が体をさだのりに預ける

さだのり「な、なななななんだよ?」

舞子「・・・しない?」

そんな状況で

上目遣いで

しない?なんて言われて耐えられるほど、さだのりは甲斐性なしではなかった

251 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 20:58:43.90 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「おはよう・・・」

舞子「あら、どうしたの疲れた顔して?」

さだのり「あんなに何回も出来るとかお前おかしいだろ!ビッチだろ!」

舞子「何よ、本当に処女だったのよ?」

さだのり「そこ!?大事なのは過去のこと!?」

舞子「今日のあなた、おかしいわよ」

さだのり「お前は常におかしいよ!」

あー!とさだのりが頭を抱える

252 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:00:53.03 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「・・・てかお前、本当によかったのか?」

舞子「あら、いいのよ」

舞子が嬉しそうに笑う

さだのり「ふーん・・・」

舞子「あなたはよかった?」

さだのり「そりゃまぁ・・・お前、可愛かったし」

舞子「ふふ・・・ありがと」

さだのり「・・・今日は何する?」

舞子「そうね、今日は・・・」


舞子「また、あの公園にでも行かない?」

253 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:02:24.81 ID:U+jt/Lvo0
ずっと


二人は一緒だった


春が終わり、夏が過ぎ

秋が幕を閉じ冬を乗り越え

そしてまた、春が来る


二人が付き合いはじめて三年


いつしか舞子は、さだのりとの子供を身篭っていた


254 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:03:51.27 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「体調はどうだ、舞子」

舞子「大丈夫よ・・・今日は早く帰ってくるんだったわよね?」

さだのり「あぁ、仕事は午前だけだからな」

さだのりが家の戸を開く


さだのり「じゃ、いってきます」

舞子「いってらっしゃい」


いつものように家を出る


だが


この時から、二人の運命の歯車は歪み始めてしまった


255 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:05:29.28 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「あぁ・・・結局ベッケンバウアーのちょっとした話し相手になるだけとかよ・・・」

仕事を終えたさだのりが一人つぶやく

城の中を歩いていると、春の暖かい空気を感じる

さだのり「春か・・・そろそろ桜が咲く時期だな」

微笑みながらさだのりは歩く

今日は帰ったら何をしようか、そう考えていると


「あぁそうだ、ベッケンバウアーをだよ」


誰かの話し声が聞こえてきた

256 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:07:25.15 ID:U+jt/Lvo0
「日時は?」

「そうだな、来週にでもだな」

「謀反は早いに超したことはないからな」


さだのり(謀反・・・?)


「ベッケンバウアーの首が吹っ飛ぶの、早く見たいな」


さだのり(!)


さだのりの背中を嫌な汗が流れる

さだのり(ベッケンバウアーのヤツを殺す・・・?)

そんなこと、黙って見てはいられなかった


257 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:09:24.23 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「ベッケンバウアー!」

さだのりはすぐにベッケンバウアーの部屋に引き返す

ベッケンバウアー「おぉ、まだ話したいのかさだのり・・・」

さだのり「聞いてくれベッケンバウアー!」

冗談には触れず、さだのりが事実を伝える

さだのり「一旦逃げるか身を引けベッケンバウアー!俺がなんとか・・・」


ベッケンバウアー「ふむ、やはりか」

さだのり「・・・やはり・・・だって?」

258 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:11:19.67 ID:U+jt/Lvo0
ベッケンバウアー「なに、こんなこともいつかは起きると思っておった」

ベッケンバウアーが苦笑する

ベッケンバウアー「じゃが、革命とは必要なものじゃよ」

ベッケンバウアー「ワシの政治は生温すぎた・・・誇り高き騎士の中には反発する者もおるじゃろうて」

さだのり「・・・黙って殺されるってか」

ベッケンバウアー「国のためじゃよ」

ベッケンバウアーが苦笑する

その笑みが


さだのりは気に入らなかった


259 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:13:33.74 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「ナメんなよジジイ」

ベッケンバウアー「何がじゃ?」

さだのり「自分の目の前の壁から逃げてんじゃねぇよ」

ベッケンバウアー「・・・逃げてなど」

さだのり「逃げてるね」

さだのりがベッケンバウアーを睨む


強く、強く

260 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:14:35.93 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「誰かが犠牲になるかもしれない、ってか?」

ベッケンバウアー「・・・謀反はかなりの人数で起こすはずじゃ、騎士達同士を戦わせて抑えたところでどうなる?」

ベッケンバウアー「騎士が傷つき、この国の防衛力が無くなっている間に隣国が攻めてきよるわい」

さだのり「なに、簡単なこった」

さだのりがニヤリと笑う

さだのり「謀反ってことは、騎士達がてめぇを殺さなきゃ意味がない」

ベッケンバウアー「あぁ、そうじゃな・・・他人がワシを殺してもワシの後継ぎが王位につくだけじゃからな」

さだのり「つまり、てめぇを傷つけたものを建前では倒さなければならない」

ベッケンバウアー「そうじゃ」

261 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:16:06.26 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「ジジイ」

さだのりが剣を取り出す

さだのり「俺が今からお前に傷を負わせる」

ベッケンバウアー「なに?」

さだのり「騎士達は一応俺を追わなければならなくなる」

さだのり「てめぇはその間に一人でも仲間を増やせ」

ベッケンバウアー「謀反する騎士達はどうする?」

さだのり「心配すんな」

さだのりがどんと胸を叩く

262 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:18:13.11 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「俺が全員殺す」

ベッケンバウアー「・・・」

さだのり「次第にヤツらは俺を殺すことを最優先にする」

さだのり「お前からは目が逸れるって寸法だ」

ベッケンバウアー「じゃがな・・・」

さだのり「仕方ないんだよ」

軽く、さだのりがベッケンバウアーの腕に剣を突き刺す

さだのり「さ、大声で叫べ・・・俺が逆らった、と」

ベッケンバウアー「・・・舞子はよいのか?」

さだのり「二人で逃げるさ」

ベッケンバウアー「・・・すまんな」

263 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:19:00.06 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「なに・・・あ、邪火流は信用できるからな」

ベッケンバウアー「うむ、分かっておる」

さだのり「じゃ、俺は逃げますか」

さだのりがくるりと向きを変える

ベッケンバウアー「さだのり」

さだのり「なんだよ」

ベッケンバウアー「ありがとう」

さだのり「いいってことよ」

264 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:20:48.01 ID:U+jt/Lvo0
邪火流「できません」

「・・・なに?」

邪火流「俺は、陛下を殺すことに加担はしません」

邪火流は、騎士の長と話していた

謀反を起こすから仲間になれ、と

そう言われたのだ

邪火流「我々の目的は陛下をお守りすることです」

「貴様・・・上司の命令が聞けないというか」

邪火流「ただの上司と、一国を背負う陛下」

邪火流「どちらに従うかなど、考えるまでもありません」

265 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:22:26.76 ID:U+jt/Lvo0
「ほぅ・・・死にたいのか」

邪火流「いえ、死んでしまっては陛下をお守り出来ませんから」

「ふん、貴様など解雇することなどたやすいのだぞ?」

邪火流「結構です、これでアンタみたいなつまんない人間に頭をペコペコ下げないで済む」

「貴様!」

騎士の長が剣を抜こうとしたとき


ベッケンバウアーの部屋から、甲高い悲鳴が聞こえた


266 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:22:59.20 ID:U+jt/Lvo0
邪火流「・・・もう謀反を起こしたのか?」

「バカな・・・まだ期日は先だ!」

騎士が走る

邪火流もあとからついていく


ベッケンバウアーの部屋では、側近の女性が青ざめていた


「陛下!どうなさいました!?」

邪火流(うわべは取り繕うってわけか)

ベッケンバウアー「さ、さだのりが・・・」

邪火流「・・・さだのり・・・?」


ベッケンバウアー「ワシを刺したのじゃ・・・」

邪火流「!」

267 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:23:35.68 ID:U+jt/Lvo0
「くそ!おい邪火流、追う・・・いや、貴様はもう兵士ではなかったか」

騎士が忌ま忌ましそうに舌打ちしながら部屋を飛び出す

邪火流「・・・ベッケンバウアー、どういうことだ?」

ベッケンバウアー「お主こそ、解雇されたのか?」

邪火流「今はそれどころじゃないだろ!」

ベッケンバウアー「なぁに」


ベッケンバウアーがニヤリと笑う

ベッケンバウアー「バカな男がワシと交わした約束、話してやろう」

268 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:24:32.49 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「舞子!」

舞子「おかえり・・・どうしたのそんなに慌てて?」

さだのり「いいか、よく聞いてくれ」

さだのりが簡潔に事情を説明する


舞子「・・・陛下が暗殺される・・・それ、本当なの?」

さだのり「騎士が冗談で言えるようなことじゃない」

舞子「・・・たしかにそうね・・・」

さだのり「舞子、お前はここにいろ」

舞子「あら、どうして?」

さだのり「俺はこれからしばらく逃げつづけなきゃならない」

舞子「・・・いつまで?」

さだのり「謀反を謀ってるヤツらが、俺に殺されるまでさ」

ニヤリ、とさだのりが笑う

269 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:25:03.92 ID:U+jt/Lvo0
舞子「・・・私はね、散々あなたには待たされてきたの」

さだのり「?あぁ、そうだったな・・・」

舞子「もう待つのはゴメンよ」

舞子が荷物をまとめる

さだのり「・・・出ていくのか?」

舞子「あなたと一緒にね」

さだのり「は?」

舞子「だから、私もあなたと一緒に逃げるのよ」



さだのり「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


270 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:26:34.52 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「ちょっと待ってくれよ!危険なんだぞ!?」

舞子「分かってるわよそれくらい」

さだのり「お前だって何されるか・・・それに、子供がお腹にいるのに逃げつづけるなんて無茶だろ・・・」

舞子「でも、あなたが一緒にいてくれないのは無理なのよ?」

さだのり「・・・」

舞子「・・・」

無言のまま、二人が見つめ合う

さだのり「・・・死ぬかもしれない、怪我をするかもしれない、それでもついてくるのか?」

舞子「えぇ、あなたの幸せを手伝わなきゃいけないもの」

舞子「私とずっと一緒にいれば、あなたも幸せなんじゃない?」

271 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:27:27.55 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「・・・はぁ、分かったよ」

さだのりも簡単に荷物をまとめた


さだのり「一度進んだら引き返せないぞ」

舞子「えぇ、その気もないわよ」

さだのり「・・・舞子、行くぞ」


さだのり「世界が俺らの敵なんだ」


二人は逃げた


ときには脚を使い

ときには車を使い

舞子の体調に最大の注意を払い、二人は逃げつづけた


272 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:27:58.47 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「お、桜が咲いてる」

逃げている最中

さだのりがふとつぶやいた

舞子「あら、本当ね」

さだのり「・・・懐かしいな、お前と初めてデートしたときも桜の綺麗な季節だったよな」

舞子「えぇ、あなたは遅れてきたんだったわね」

クスクス、と舞子が笑う

舞子「遅れてくるのは今も昔も変わらないけど」

さだのり「うるせぇよ」

さだのりが桜を見つめながら言う

273 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:29:24.83 ID:U+jt/Lvo0
さだのり「また、帰れるかな・・・あの公園に、あの街に」

舞子「もちろん、二人で帰るんでしょ?」

さだのり「あぁ、二人でだ」

さだのりが舞子の手を握り締める

離れてしまわないように、強く、強く


その手を裂いてしまったのは

時か悪魔か運命か

彼等には分からない
274 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 21:30:23.38 ID:U+jt/Lvo0
今日はここまで

久々の投下だったw
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/07/14(木) 21:51:04.84 ID:Pd7sW5svo
乙!

さだのりかっけェがこのあとの展開を思うと……
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/07/14(木) 22:02:27.93 ID:VK14VDq90
乙パトルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ヤダアアアああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼、この後を映画で見るべきじゃなかったあああ嗚呼嗚呼嗚呼
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/07/14(木) 22:13:34.09 ID:Pd7sW5svo
よく考えたら映画は脚色が入ってる可能性も……
まだ可能性はある
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2011/07/14(木) 22:39:53.21 ID:cHBt5E/Y0
騎士の長を騎士団長で脳内変換したがOK?
279 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/14(木) 22:46:34.46 ID:U+jt/Lvo0
>>275 まぁ、あの映画の最後にオマケがつきますよ

>>276 大丈夫、エンディングは違います

>>277 いや、可能性は・・・ね

>>278 その考えを・・・


ゼロにす(ry
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2011/07/14(木) 23:56:22.79 ID:cHBt5E/Y0
>>1の速さをゼロに………できないだと!?
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/15(金) 22:24:12.88 ID:z/F5nrv90
やっと追いついた
乙パトルゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ!!!!
282 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:44:42.26 ID:UJbaXpYU0
さだのり「舞子、大丈夫か?」

舞子「えぇ、なんとか」

二人は小さな村にたどり着いていた

いや、村だった場所、と言うべきだろうか


飢饉によって、もう人は住んではいなかった


さだのり「・・・食料と布団は調達できたし問題はない、か」

舞子「家は残ってるものね・・・それにしても」

舞子「あなたに食料や布団を分けてくれるなんて、親切な人もいたものね」

さだのり「あぁ・・・ちょっとした知り合いなんだよ」

昔のな、とさだのりが答える

283 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:45:09.08 ID:UJbaXpYU0
舞子「へぇ・・・とにかく助かったわね」

さだのり「長居は出来ないけど・・・一日ならもつだろ」

さだのりが適当な家に入る

住人がいなくなったのが最近だったのだろう、わりと綺麗なままで保たれていた

さだのり「・・・舞子、悪いな」

舞子「あら、なにが?」

さだのり「俺のせいでこんなことになっちまってよ・・・」

舞子「あなたの信じた行いなんでしょ?だったら私は責めたりしないわよ」

舞子がニコリと微笑む

284 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:45:58.85 ID:UJbaXpYU0
さだのり「・・・舞子」

さだのりが、優しく口づけをする

舞子「ねぇ、明日は朝・・・早いの?」

さだのり「おいおい・・・追われてる身なんだ、それにお前は妊娠中」

舞子「そういう意味じゃなくて・・・」

さだのり「あ?じゃあどういう意味だよ」

舞子「・・・話していたいのよ、あなたと」

舞子が少し、寂しそうに答える

285 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:46:54.14 ID:UJbaXpYU0
舞子「・・・初めて分かったのよ・・・あなた、危険といつも隣り合わせだったんだって」

舞子「こんな危険、初めてじゃないんでしょ?」

さだのり「あぁ・・・日常茶飯事だったな」

舞子「いつ・・・あなたが死ぬかも分からないじゃない」

舞子が強く、さだのりを抱きしめる

舞子「だから、あなたと話したいのよ・・・たくさん」

さだのり「・・・いいよ、分かった」

舞子「ありがとう」

舞子がさだのりにキスをする

286 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:47:21.19 ID:UJbaXpYU0
舞子「・・・食事にしましょう?」

さだのり「そうだな」


二人が食事を取る

いつもと同じように、二人で向かい合って座りながら

だが、なぜか少しだけ冷たい空気が流れていた


何かを予期させるような、冷たい不気味な空気が


さだのり「・・・」

食事の途中、ふとさだのりが窓の辺りを睨んだ

287 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:47:47.99 ID:UJbaXpYU0
舞子「・・・どうしたの?」

さだのり「・・・待ってろ、舞子」

さだのりがいきなり立ち上がった

その手には剣を握って

舞子「・・・まさか、もう?」

さだのり「いや・・・分からない」

何か、窓の外で気配がしたのだ

さだのり「・・・」


全身の神経を研ぎ澄まし、ドアを開く


そこには、一匹の鳩がいた


288 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:48:13.42 ID:UJbaXpYU0
さだのり「・・・ははは・・・」

さだのりが自嘲の笑みを浮かべる

舞子「鳩?まさか、爆弾なんか取り付けられて・・・」

さだのり「いや、なんもない」

さだのりが笑いながらドアを閉じる

さだのり「はぁ、あんなもん・・・普通なら見分けられるはずなのにな」

舞子「仕方ないわよ・・・それだけ過敏になってるんだと思うわ」

さだのり「・・・鳩か・・・平和の象徴、ね」

皮肉なものだ、とさだのりが吐き捨てる

今の状況で、何が平和なのだろうか、と

289 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:48:39.63 ID:UJbaXpYU0
さだのり「舞子、心配かけて悪かった」

舞子「いいのよ、今は仕方ないもの」

舞子が苦笑する

さだのり「・・・怖いな、全てが敵になった状況は」

自分のいた場所さえもが

今は敵となっている


さだのり「・・・怖い」

初めて

さだのりは、恐怖に震えた

290 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:49:11.14 ID:UJbaXpYU0
舞子「ねぇ、さだのり」

暗い部屋の中

二人はベッドに座りながら寄り添っていた

さだのり「どうした、舞子」

舞子「あなたは・・・私のこと、愛してるのよね?」

さだのり「あぁ、愛してるよ」

舞子「・・・私のためなら・・・命を懸けてしまうの?」

さだのり「・・・あぁ、お前を一人残したくはない」

さだのり「でも、今回は本当に危ないかもしれない」

さだのりがため息をつく

291 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:49:37.35 ID:UJbaXpYU0
気のせいだろうか、ため息さえもが震えているように聞こえた

舞子「・・・覚悟はしてるわ、あなたはそういう人だって分かってるから」

さだのり「すまないな」

舞子「でも・・・出来る限り、一人にはしないで」

舞子がさだのりに抱き着く

怯えるように、甘えるように

さだのり「・・・分かってる、俺だってお前と離れるなんてイヤだからな」

舞子「ありがとう」

さだのり「・・・舞子」

さだのりが、真剣な声で舞子を呼ぶ

292 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:50:03.86 ID:UJbaXpYU0
さだのり「もし、もしもだけどさ」

さだのり「俺がいなくなって・・・そのあと、いいヤツが現れたら」

さだのり「そいつと幸せになるんだぞ?」

舞子「・・・それは・・・分からないわ」

さだのり「分かってる、たしかに簡単には割り切れないかもな」

それでも、とさだのりは続ける

さだのり「俺は死んでもなお、お前を縛り付けるなんてことはしたくないんだよ」

舞子「・・・分かったわ、約束する」

さだのり「ゴメンな、こんな約束したくないよな」

293 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:50:30.15 ID:UJbaXpYU0
舞子「・・・でも、あなたの覚悟は伝わったわ・・・私への愛も」

さだのり「そうか」

辛かった

こんな約束をしないといけないことが

さだのり「舞子、ちょっといいか?」

舞子「なに?」

さだのりが舞子のお腹に耳を当てる

さだのり「ここに、俺とお前の子供がいるんだよな」

舞子「えぇ・・・まだお腹を蹴ったりはしないけど」

クスクス、と舞子が笑う

294 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:50:55.80 ID:UJbaXpYU0
さだのり「・・・俺とお前の未来だ」

嬉しそうにさだのりが言う

さだのり「守りたいな、絶対に」

舞子「えぇ、私もよ」

さだのり「・・・命、か」

彼が一番守りたいもの

彼が一番奪ってきたもの


さだのり「俺に、守れるかな?」

舞子「あら、守れるわよ」


舞子「私の命を、あなたは守ってくれたじゃない」

295 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:51:23.13 ID:UJbaXpYU0
二人は、そんな話を延々と続けた

初めてのデートを思い出し

さだのりが告白した日を思い出し

二人の出会いを思い出し


一晩中、笑い合った


心が離れてしまわないように

ずっと、一緒にいられるように



296 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:51:50.21 ID:UJbaXpYU0
さだのり「舞子、起きろ」

舞子「・・・おはよう、さだのり」

さだのり「早いとこ朝飯食わないといけないんだよ」

さだのりが少し焦りながら言う

舞子「そうね、早く移動しないといけないものね」

さだのり「悪いな、急かしてるみたいでさ」

舞子「ううん、当然のことじゃない」

さだのり「・・・とにかく急ごう」


さだのり「・・・イヤな予感がするんだよ」


二人は朝食を終えるとすぐに家から外に出た


297 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:52:16.34 ID:UJbaXpYU0
さだのり「・・・!」

さだのりがすぐに異変に気づいた

舞子「どうしたのさだのり・・・」

さだのり「・・・舞子、俺にしっかり捕まっとけ」

さだのりが舞子を抱き上げる

舞子「な、なに?」

怯えるような瞳

そんな顔をしないでほしいとさだのりは思った

さだのり「なに、大丈夫だよ」

遠くに、兵士の姿が見えた


さだのり「・・・俺はあいつらより速く走れるからな」


298 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:52:43.36 ID:UJbaXpYU0
必死に駆けた


見つからないよう

捕まらないよう


だが


舞子を抱えたままで、どうして逃げられるだろうか


さだのり「あぁ・・・ちくしょう!」

さだのりは焦っていた

このままでは追いつかれてしまう

追いつかれたら


最悪のビジョンが頭を横切る


299 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:53:09.86 ID:UJbaXpYU0

「いたぞ!」


その最悪のビジョンが

現実になろうとしていた


舞子「!さだのり・・・」

さだのり「クソが!」

さだのりが剣を抜く


「さだのり!抵抗さえしなければお前は極刑は避けられる!」

顔なじみの兵士が言う

300 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:53:40.58 ID:UJbaXpYU0
さだのり「はっ!てめぇはどっちだ?謀反派か?」

「な、お前なんでそれを・・・」

さだのり「へぇ、そっち側だったか」

さだのりの眼が冷たいものに変わる

さだのり「悪いな、俺は別にお前は嫌いじゃねぇが」


舞子を抱えたまま、さだのりは兵士の懐に飛び入る

さだのり「ベッケンバウアーのほうが思い入れがあるんでね」

「!しまっ・・・」


301 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:54:07.28 ID:UJbaXpYU0
さだのりの動きは速かった

風となって、兵士の胸を切り裂く

「あっ・・・」

舞子「!」

舞子が目を背ける

兵士はすぐに物言わぬ屍になった

さだのり「怖いだろ舞子」

さだのりがつぶやく

辛そうに

302 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:54:37.21 ID:UJbaXpYU0
舞子「さだのり、お願い」

舞子がそれに答えず、たださだのりに強く抱き着く


舞子「お願い・・・そばにいて、怖い・・・」

さだのり「・・・分かってるよ」

それに

離れることもできなかった


さだのり「ははは・・・やべぇな、囲まれた」

舞子「え・・・?」


二人の周りを


たくさんの兵士が囲んでいた

303 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:55:03.50 ID:UJbaXpYU0
さだのり「ちくしょう・・・お前ら全員謀反派ってわけか・・・」

「さぁな、ただ我々は陛下の指示に従って・・・」

さだのり「笑わせんなよ」

さだのりがニヤリと笑う

さだのり「どうせ内心では打算ばかりのくせによ」

「・・・貴様には分かるまい、我々の考えが」

さだのり「分かるね」


さだのりがつまらなそうに答える


304 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:55:31.24 ID:UJbaXpYU0
さだのり「どうせ、ベッケンバウアーの平和な政治じゃ自分達の力を満足に奮えないとかいう理由だろ?」

「ほぅ・・・そうだ、平和な世界に兵士がいると思うか?」

さだのり「いらないね」

「それでは、我々の地位は下がるばかりだ」

さだのり「だからなんだよ」

「なに?」

さだのり「自分の地位とかどうでもいいね、俺の知ってるヤツは自分の守りたいもののために兵士になったよ」

「だからどうした?」

さだのり「・・・いやね」

305 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:55:58.52 ID:UJbaXpYU0
さだのりが笑う

自嘲の笑みではなかった


さだのり「そういうヤツは信じられるね」


パン、と乾いた音がして

「な・・・」

兵士の首に穴が空いた


「・・・」

眼が見開いたその表情は、すぐに色を失った

306 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:56:24.21 ID:UJbaXpYU0
さだのり「舞子、見ちまったか?」

舞子「・・・えぇ、でも大丈夫・・・」


「貴様!な、何をした!?」

残りの兵士達が慌てて銃を構えようとする

しかし、その一瞬の隙だけでさだのりは二人の兵士の喉笛を切り裂いた

さだのり「言ったろ、守りたいもののために兵士になったヤツがいたって」

さだのりが笑う


さだのり「そいつが来たってだけなんだよ」


邪火流「どーも、元兵士の邪火流ですよ」


307 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:56:50.81 ID:UJbaXpYU0
「!邪火流!貴様・・・」

邪火流「あー、気安く呼ぶな」

邪火流が銃を構える

「う、撃て・・・」

邪火流「ダメだぜ」

パン、パンと

何度も音がした


すぐに兵士は死体に変わる

あっという間にさだのりを囲んでいた兵士達を片付け、邪火流がさだのりに近づく

308 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:57:17.24 ID:UJbaXpYU0
邪火流「気づいてたとは思わなかったな・・・」

さだのり「いや、もろ見えてたぞ」

邪火流「やっぱり狙撃は苦手なんだよな」

ため息をつきながら邪火流が剣を取り出す

邪火流「こっちのほうが俺らしいからな」

舞子「・・・邪火流さん、どうしてここに?」

邪火流「さだのりがベッケンバウアーのために一策を興じたと聞いて・・・助けに来たってわけですよ」

さだのり「・・・よかった、お前は謀反派じゃなかったんだな」

邪火流「当たり前だ、まぁおかげでクビになったけどな」

首を切るような動作をしながら邪火流が笑う

309 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:57:45.99 ID:UJbaXpYU0
邪火流「・・・舞子さんは妊娠してるのか」

さだのり「あぁ、あんまり激しい運動は出来ないんでな・・・」

舞子「ごめんなさい、足手まといよね」

邪火流「いやいや、さだのりの力の源は舞子さんだからさ」

邪火流がニヤニヤと笑う

さだのり「はぁ、今はそんなこと言ってる場合じゃないんだよ」

さだのりは、ある一点を見つめていた

さだのり「・・・兵士、また来たな」

邪火流「あれは第二部隊だな、第四まであるらしい」

さだのり「・・・厄介だな」

舞子「逃げるの?」

邪火流「普通ならそうするけど・・・」

310 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:58:12.94 ID:UJbaXpYU0
邪火流が懐から何かのスイッチを取り出す

さだのり「・・・それ、地雷のスイッチ・・・」

邪火流「ポチっとな」


轟音と共に、兵士達がやって来ていた場所が吹き飛んだ


邪火流「ここに来る途中に仕掛けてな」

さだのり「怖いなお前・・・」

邪火流「ある程度の装備は掻っ払ってきた」

舞子「・・・それは心強いわね」

さだのり「ありがとよ、邪火流」

311 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 20:58:40.47 ID:UJbaXpYU0
邪火流「何言ってんだ、守りたいから守ってるんだよ」

邪火流が楽しそうに笑う


さだのり「さて、第三部隊が来る前にトンズラするかな」

邪火流「すぐには来ないはずだ、出来る限り遠くに行こう」

舞子「えぇ、そうね」


三人は逃げる


前だけを見つめて

その先にあるのは未来か地獄か

まだ、知る由もなかった
312 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/17(日) 21:00:24.09 ID:UJbaXpYU0
さて、今日はここまで

なかなかこっちは更新できませんね

あくまでサブなので


こちらはsage進行でお願いします
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/18(月) 08:32:03.51 ID:FUIJEcRIO
うおおおおさだのりィィィィィいィィィィィ!
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/19(火) 08:22:25.56 ID:IkPTkKsIO
やるやん、>>1やるやんと青い髪をした人に教えてもらった口調でミサカは>>1を褒めてみます
315 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 18:17:24.81 ID:W/eHxpsr0
>>314 ちょっとおっきした


邪火流「ここまで来ればひとまずは安心だろ」

さだのり「ずいぶん歩いたな・・・」

舞子「ありがとう、さだのり・・・大丈夫?」

さだのり「こんくらい朝飯前だって」

ケロッとした表情でさだのりが答える

邪火流「・・・ところで舞子さん」

舞子「前から思ってたんだけど・・・呼び捨てにしてもらえないかしら?私が年下ですもの」

邪火流「お、いいのか・・・じゃ、舞子」

さだのり「・・・」

舞子「あら、ヤキモチ?」

さだのり「ちげぇよ・・・で、邪火流はなんだ?」

邪火流「そうそう・・・舞子、お前はなんでこの戦いに巻き込まれた?」

316 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 18:17:51.94 ID:W/eHxpsr0
さだのり「はぁ?」

舞子「なんでって・・・さだのりと一緒に逃げて・・・」

邪火流「逃げるところは不特定多数に目撃されちまったか?」

舞子「えっと・・・夜中に基本は移動していたから、多分誰も知らないわよ」

さだのり「目撃したのは兵士くらいだろうな・・・その兵士は俺が殺したしさ」

邪火流「なるほど・・・なら、いざとなったら」


邪火流「俺とさだのりが、舞子を人質にして逃げた、という言い訳が出来るわけか」

さだのり「・・・そうか」

舞子「ちょっと、どういう意味なの?」

さだのり「お前は俺達の協力者だとはまだ相手には掴まれていない」

317 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 18:18:17.82 ID:W/eHxpsr0
邪火流「つまり、舞子の身の安全は保証できる・・・俺達が捕まっても、お前は人質だったと言えば」

さだのり「舞子は無傷で済むんだよ」

舞子「そんなこと・・・」

さだのり「巻き込んだのは俺だ・・・だから、お前が責任感じることはねぇんだ」

さだのりが顔をしかめながらつぶやく

さだのり「頼む、お前は無事でいてほしい」

舞子「・・・分かったわ」

邪火流「よし、これで心置きなく暴れられるな」

さだのり「あぁ」

男二人が、ニヤリと笑う

残酷な笑みだ

318 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 18:18:43.75 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・やっぱり、なんだかんだ俺達は誰かを殺す運命なのかもな」

邪火流「そうだな・・・誰かを守るにも、殺さなきゃならないみたいだ」

舞子「さだのり、邪火流、無理はしないでね」

さだのり「大丈夫、ヤバかったら逃げるって」

邪火流「そういうこと」

さだのり「さて・・・さっさと飯でも済ませて寝ようぜ」

舞子「えぇ」


昨日と違い、一人増えた食事の風景

さだのりにとっては心強い仲間

舞子にとっては新たな友達

たった一人増えただけでも、その風景は明るくなった

 
319 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:52:25.99 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・邪火流」

邪火流「なんだよ」

舞子が眠りに落ちた後

男二人は、静かに話していた

さだのり「ありがとよ、お前が来てくれて本当に助かった」

邪火流「当たり前だろ、俺とお前は友達なんだからな?」

さだのり「ははは・・・そうだよな」

さだのりが目を細める

さだのり「友達、か」

思い出すのは昔のこと

320 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:52:52.29 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・もしかしたら、あいつらと同じ場所に行くことになるかもな」

邪火流「そうだな、やられちまえばそうなる」

さだのり「でも、後戻りなんざできねぇさ」

邪火流「おうともよ」

ガツン、と二人が拳をぶつける


さだのり「寝るか、明日も早い」

邪火流「おう、おやすみなさだのり」

さだのり「おやすみー」

二人も布団に入る


闇の静けさが、なぜか少しだけ耳に痛かった

321 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:53:18.56 ID:W/eHxpsr0
さだのり「さて・・・今日はどこに逃げるんだ?」

翌日、朝食を終えた三人はすでに行動を始めていた

舞子「・・・見つからない場所なんてなかなかないものね」

邪火流「そうだな、見つからないなんて有り得ない、どちらかといえばこちらに地の利があるところを選ぶべきだ」

さだのり「戦いやすい場所、か」

邪火流「開けすぎてたら隠れられないけどな」

舞子「だったら、慣れてる街とかがいいんじゃない?」

邪火流「じゃ、あの街にするか」


そうやって逃げる生活が続いた

いつしか季節は変わり、そんな日々が四ヶ月にも及んでしまった


322 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:53:47.99 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・あぁ、暑い」

舞子「・・・さだのり、お水いる?」

さだのり「サンキュー・・・邪火流、敵は来そうか?」

邪火流「いや、来ないな」

邪火流は双眼鏡で見張りをしていた


邪火流「ベッケンバウアーからの連絡で、そろそろ終わらせられるってさ」

さだのり「もうちょい、か」

舞子「・・・相手も本気で潰しにかかってくるでしょうね」

さだのり「・・・あぁ、下手したら最後の最後でやられるかもな」

邪火流「・・・今日はもう目的地は決まってる、さっさと向かって準備をしとこう」

舞子「そうね」

323 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:54:13.53 ID:W/eHxpsr0
三人が向かったのは小さな村だった



邪火流「・・・誰もいないな」

さだのり「あぁ・・・なんだこの静けさは」

舞子「なんだか不気味ね・・・」



「お前さん達・・・よその者か?」


さだのり「!」

ふいに後ろから声を掛けられた

振り返ると、小さな老人がいた

324 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:54:49.68 ID:W/eHxpsr0
「・・・なんじゃ、お前さん達・・・ここに来ても何もないぞ?」

邪火流「・・・じいさん一人なのか?」

「あぁ、この村は二年前に戦火によって焼かれた」

舞子「・・・おじいさんだけが助かったんですか?」

「そうじゃよ・・・妻や弟・・・娘も失った」

さだのり「そりゃ・・・気の毒だな」

「・・・お前さん達は?」

邪火流「国の兵士から逃げてる・・・けど、ここには泊まれないな」

「なぜ」

舞子「ここに泊まればあなたに迷惑がかかってしまいます・・・」

325 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:55:45.64 ID:W/eHxpsr0
「問題あるまい」

老人が笑う

さだのり「・・・なんでだよ?」

「お前さん達を追って兵士が来るのじゃろ?ワシもやっと死ぬことができるわい」

邪火流「・・・アンタ、死にたいのか?」

「一人残されることは辛いのじゃよ」

舞子「ですが・・・」

さだのり「いいじゃねぇか、死にたいなら死なせてやれば」

邪火流「さだのり・・・」

326 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:56:22.03 ID:W/eHxpsr0
「そこの兄さんは分かってるようじゃな」

さだのり「そういうことなら一日泊まらせてもらうが・・・いいな?」

「もちろん、家ならワシのところがある」

ついて来い、と老人が先導する

舞子「・・・行きましょう」

さだのり「あぁ」


邪火流「・・・さだのり、お前・・・本気か?」

さだのり「何がだよ」

327 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:57:30.86 ID:W/eHxpsr0
舞子「あのおじいさんを死なせるつもりなの?」

さだのり「さぁな」

さだのりが大して興味もなさそうに答える

邪火流「・・・だが」

さだのり「生きる意味を与えなきゃダメなんだよ、ああいうのには」

舞子「・・・」

さだのり「さ、舞子はさっさと寝ろ」

邪火流「・・・俺達は見張りだからな」

舞子「分かったわ」

舞子がベッドの中に入る

328 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:57:58.08 ID:W/eHxpsr0
さだのり「さて・・・ペンと紙・・・」

邪火流「ん?なんか書くのかよ」

さだのり「ラブレターだよラブレター」

邪火流「舞子にか?」

さだのり「そういうこと」


さだのりがスラスラと文字を並べていく

邪火流「どれどれ・・・」

さだのり「読ませねぇよボケ」

329 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:58:28.65 ID:W/eHxpsr0
邪火流「いいじゃねぇか少しくらい・・・」

さだのり「うるせぇ」


さだのり「・・・これが最後かもしれないからな」

邪火流「何か言ったか?」

さだのり「いや・・・」


さだのり「・・・」



330 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:58:57.17 ID:W/eHxpsr0
次の朝

突然、老人が慌てながら部屋に入ってきた

さだのり「ん、じいさんおはよう・・・」

「・・・早く逃げなさい、来たようじゃ」

さだのり「・・・は?」

「兵士じゃよ・・・」


「しかも、見たことが無いほどの大群じゃ」



三人が外に出る


村のはるか先に


信じられないほどの軍隊がいた

331 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:59:33.80 ID:W/eHxpsr0
邪火流「な・・・なんだよありゃ・・・」

さだのり「・・・ベッケンバウアーがそろそろ謀反勢力を片付け終わるんだってな」

邪火流「あぁ・・・だがあそこまで全力で来るなんて・・・」

さだのり「邪火流、舞子を連れて逃げろ」

邪火流「・・・待て、今なんて言った」

さだのり「舞子を連れて逃げろ、頼む」

舞子「ちょっと・・・あなたはどうするの?」

さだのり「戦う」

さだのりが当然というように答える

332 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 20:59:59.79 ID:W/eHxpsr0
その目は真っすぐだった

邪火流「バカかお前!あんな大群一人で・・・」

さだのり「お前がいてもなんにもなんないだろ」

さだのり「お前はたしかに強いが、それも所詮は人の域じゃねぇか」

邪火流「でも・・・」

舞子「・・・私を捨てるの?」

さだのり「あぁ」

さだのりが笑う

悲しそうに


333 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:00:31.40 ID:W/eHxpsr0
さだのり「じいさん、アンタも一緒に逃げな」

「何を言う・・・ワシは家族の元へ向かうのじゃよ」

「ここには家族がいる、なぜそこを・・・」

さだのり「アンタの家族がいるのはここじゃないだろ」

「・・・」

さだのり「アンタの家族はどこにいる?」

さだのり「遠く離れて、いなくなって」

さだのり「アンタの家族はこの土地にいるのか?」

さだのり「違うだろ」


334 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:00:57.49 ID:W/eHxpsr0
さだのり「アンタの家族はアンタの心の中にいる」

さだのり「アンタ、家族が目の前で死んだんだろ」

さだのり「・・・辛かっただろ、それは」

「・・・あぁ」

さだのり「アンタがここで死んだら」


さだのり「アンタの心で生きている家族も死ぬんだよ」

「!」

さだのり「家族を二回も死なせるな」

335 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:01:23.83 ID:W/eHxpsr0
さだのり「アンタの帰る場所は一つだろ」

さだのり「この村じゃない、自分の家のある場所じゃない」

さだのり「家族がいる場所なんだろ」

さだのり「心の中に家族がいるなら、アンタはいつまでも心を持ち続けろ」

さだのり「そこに家族がいるんだろ」

「・・・ワシは・・・」

さだのり「決めろ、アンタの家族を守れるのは」


さだのり「アンタだけなんだ」

336 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:02:11.06 ID:W/eHxpsr0
「・・・分かった、ワシは家族を守りたいのじゃ」

さだのり「それでいい」

ニカリとさだのりが笑う


さだのり「・・・邪火流、舞子のこと・・・頼んだ」

邪火流「ふざけんな・・・お前が守らなきゃ・・・!」

さだのり「無理さ、見ろよあの軍隊」


逃げられるわけがなかった

337 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:02:44.84 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・舞子、邪火流はいいヤツなんだ」

舞子「なによいきなり・・・」

さだのり「邪火流、舞子は・・・俺が言うのもなんだけど、最高の女なんだ」

邪火流「・・・あぁ・・・お前が惚れた人だからな」

さだのり「・・・二人で幸せになってくれ」

邪火流「!」

舞子「・・・さだのり」

舞子がさだのりの名を呼ぶ

338 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:03:19.23 ID:W/eHxpsr0
さだのり「悪い、俺はお前達を守りたいんだよ」

舞子「覚悟はしてたわ、いつかあなたが死ぬかもって・・・」

舞子「でも・・・いいの・・・?あなたは私のことを・・・」

さだのり「愛してるさ」

舞子「だったら・・・!」

さだのり「幸せだった、十分だ」

さだのり「だから今度はお前が幸せになれ」

さだのり「俺がここで、その手助けをしてやる」

鞘から剣を抜く

なぜかいつもより重く感じた

339 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:03:58.52 ID:W/eHxpsr0
邪火流「さだのり・・・いいのか?」

さだのり「なにが」

邪火流「・・・俺が舞子を好きになるんだぞ?俺が舞子と結婚するかもしれないんだぞ?」

さだのり「むしろそれが本望だ」

邪火流「・・・さだのり」

さだのり「舞子、悪いな」

舞子「・・・止められないんでしょ」

さだのり「邪火流と幸せになってくれるか?」

340 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:04:26.21 ID:W/eHxpsr0
舞子「・・・えぇ」

舞子がうなずく

肩が、震えていた


さだのり「・・・最後にさ、ラブレター・・・渡しとく」

舞子「・・・ラブレター?」

さだのり「照れ臭いから後で読んでくれ」

さだのりが頭を掻く

さだのり「・・・じゃ、あばよ」
341 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:05:00.10 ID:W/eHxpsr0
邪火流「・・・いつかまた会えるよな?」

さだのり「あぁ、そのうちな」

舞子「・・・愛してるわよ、さだのり」

さだのり「今からは邪火流に言ってやれ」

舞子「・・・」

舞子が、さだのりの肩に手を置く

舞子「・・・最後に、いいわよね」

そっと唇を近づけて



さだのり「ダメだ」

342 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:05:26.40 ID:W/eHxpsr0
さだのりがその唇を人差し指で抑える


舞子「・・・ふふ・・・あなたらしいわ」

舞子の瞳から涙が流れる

さだのり「・・・邪火流、頼む」

邪火流「・・・三人によろしくな」

さだのり「あぁ」

懐かしい友達に会えるなら悪くない、とさだのりが続ける

さだのり「・・・舞子」


さだのり「・・・幸せにな」


343 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:06:08.09 ID:W/eHxpsr0
邪火流が駆ける

舞子と老人の手を引いて

残されたのはさだのりだけだった


さだのり「・・・これでいいんだ」

一人、つぶやく

さだのり「・・・」

右手には、いつか買ったペアリングがあった

さだのり「・・・ペアリング・・・か」

344 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:06:34.67 ID:W/eHxpsr0
一瞬だけ

それを左手の薬指に付け替えようとする


さだのり「・・・はは、違うよな・・・」

涙が頬を伝った

何度も泣いてきたはずなのに

その熱さには慣れなかった


345 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:07:37.29 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・じゃあな、舞子」

ペアリングを遠くに投げる

届かないほど遠くに


さだのり「行こうか、さだのり」

右手には剣を

左手には未来を


さだのり「未来を守るために」
346 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:08:37.87 ID:W/eHxpsr0
邪火流「・・・ちくしょう」

邪火流は駆けていた

邪火流「二人とも大丈夫か?」

舞子「・・・えぇ」

「なんとかな・・・」

邪火流「・・・さだのり・・・」


彼等が先程までいた村は


すでに炎に包まれていた


347 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:09:06.53 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・ちくしょう・・・数が多いな」

ほとんどは片付け終わった


しかし、さだのりの体も限界が近かった

さだのり(左手を撃たれたか・・・)

いつの間にか、左手からは血が溢れていた


さだのり「さってと・・・」

さだのりが剣を振りかざす

さだのり「あと何人だろうな」

348 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:09:35.79 ID:W/eHxpsr0
「・・・信じられん・・・」

軍隊を指揮していた、つまり謀反の首謀者である騎士がつぶやいていた

「ひ・・・一人であの軍隊を片付けるなど・・・」


さだのり「おいっす」

騎士の背中から、悪魔の声が聞こえた


「貴様!」

349 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:10:14.23 ID:W/eHxpsr0
さだのり「あぁ痛いなおい・・・肋も折れてやがる・・・」

胸を押さえながら、さだのりが騎士に近づく

「護衛はどうした・・・」

さだのり「殺したよ・・・くそ、あいつらしぶとかったな・・・」

「や、やめろ・・・くるな化け物!」

さだのり「化け物だぁ?」

さだのりの頭の中で何かが弾ける

350 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:10:54.23 ID:W/eHxpsr0
さだのり「おうよ、化け物かもしんねぇ」

さだのり「だがな・・・化け物だって誰かを愛したんだ」

さだのり「・・・愛した人を守ろうとして何が悪い」

「くそ・・・」

騎士が剣を抜こうとするが

さだのり「お前で最後だ」

さだのりの剣がそれより先に、騎士の首を貫いた


351 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:11:19.84 ID:W/eHxpsr0
さだのり「はは・・・やっべぇよな俺・・・二万人の軍隊を一人で片付けちまった・・・」

体中が返り血を浴びていた

さだのり「あーあ・・・気に入ってる服だったのに」

ケラケラ、とさだのりが笑う

さだのり「・・・空、青いな」

さだのり「あわよくば・・・俺だけ助かるんじゃねぇかって思ってたけど」



さだのり「そうはいかないか」

352 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:12:08.78 ID:W/eHxpsr0
瞼が重くなってくる

世界が闇に包まれる

さだのり「あぁ・・・ちくしょう・・・」


血と汗の中に

何か、暖かい液体が混じる

さだのり「・・・舞子・・・ありがとよ・・・お前のおかげで幸せだった・・・」

自分が、幸せにしたかった

353 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:12:46.89 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・舞子・・・愛してたんだ・・・」

もう、伝えることはできない

さだのり「・・・舞子」


さだのり「幸せにな・・・」



空が青かった


その日

謀反によって失われるはずだった、高貴な男の眩しい命は救われた


354 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:13:26.87 ID:W/eHxpsr0
そして


たった一人の男は


愛した者を手放した



さだのりは夢を見た

悲しい夢だった


355 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:14:14.65 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・ここは・・・」


遠藤「・・・さだのりか?」

さだのり「・・・遠藤!遠藤か!」

ソラ「なんだ・・・お前も来ちゃったのか」

セルジオ「最後に残るのはさだのりだと思ってたが・・・」

さだのり「みんないるのか・・・ってことはここは・・・」

遠藤「・・・さだのり」

遠藤が少し低い声で言う


356 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:14:47.67 ID:W/eHxpsr0
遠藤「戻れ、さだのり」

さだのり「・・・は?」

ソラ「・・・いつまで寝てるつもりだ、さだのり」

セルジオ「俺達のとこに来るのはまだ後でいいだろ?」

さだのり「・・・な、何言って・・・」


さだのり「・・・これ・・・夢なのか」

悲しかった


彼は


愛した人とは一緒になれず


やっと会えた友人とも、暮らすことな出来ないのだ

357 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:16:01.49 ID:W/eHxpsr0
遠藤「・・・お前にはまだやることがあるだろ」

さだのり「やること・・・?」

セルジオ「・・・幸せになりたいんなら戻れ」

ソラ「そういうこと」

さだのり「・・・お前達・・・」

セルジオ「またいつかな!」

ソラ「ちょっとだけど会えて楽しかったよ・・・今度会ったら一緒に酒、飲もうな」

遠藤「ソラの奢りでな!」

さだのり「はは・・・そりゃいいや」

四人が笑う

358 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:16:27.90 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・行ってくるよ、みんな」

セルジオ「真っすぐな、さだのり」

さだのり「あぁ」

ソラ「振り返るなよ、さだのり」

さだのり「もちろん」

遠藤「・・・またな」

さだのり「またな」



さだのり「・・・さて」


さだのり「久しぶりの再会・・・といきますか」


359 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:18:01.96 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・ん、ここは・・・?」

目を覚ますと

さだのりの周りには花畑が広がっていた

さだのり「・・・生きてたのか、俺」

そっと立ち上がる

さだのり「・・・空、青いな」

さだのり「・・・会えるんだ、あいつに」

舞子に


さだのり「・・・いいのか」

帰っても、いいのだろうか


さだのり「いや、振り返るな」

さだのり「・・・前だけ見てこうぜ、さだのり」
360 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:19:30.94 ID:W/eHxpsr0
彼の家は、そこから遠かった

さだのり(・・・あの花畑、俺が最後に戦った場所だったのか)

周りの人に尋ねて分かった

彼が死んだと思ってから、もう三年が経っていた

その間彼は誰にも見つからなかったのだ

さだのり(・・・ありえるか、そんなこと?)

疑問を抱えながらもさだのりは自分の家へ向かっていた

さだのり(残ってるのかな)
361 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:21:17.16 ID:W/eHxpsr0


さだのり「・・・懐かしい」

さだのりが家に帰ってきた

あの時と全く変わらない姿

その前には石碑が建てられていた


「王のために命を捨てた勇者の家」


そんなことが書かれていた


さだのり(・・・勇者か)

その扉は、3年開かれていないだろう


さだのり「見よ、勇者が帰る・・・ってか」

362 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:24:00.24 ID:W/eHxpsr0

さだのり「・・・懐かしいな」

食事を終えたさだのりがつぶやく

彼は、家の中にいた

さだのり(・・・変わってないな)

変わっていない

彼の姿も、変わっていなかった

まったく


三年の月日が流れたのに

まったく、変わっていなかった
363 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:25:17.96 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・そうだ、舞子に会いに行くんだった」

帰りたかった場所へ

さだのりは向かう


さだのり「・・・指輪、買っていこうかな」

アクセサリーショップで指輪を買う

店員が少し驚いたような顔をしていたが、深くは突っ込まれなかった

さだのり(・・・舞子)


なにか


大切なことを忘れている

そんな気がした
364 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:26:56.54 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・邪火流の家は確か・・・」

記憶を辿り、邪火流の家へ向かう

なぜ

舞子に会いたいのに彼の家に行くのだろうか


さだのり(・・・分かってるだろさだのり)

認めたくなかった

認めたくは



いた


二人は、同じ場所にいた

家の庭で、そっと寄り添いながら
365 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:27:36.34 ID:W/eHxpsr0
舞子「・・・さだのりが死んで・・・もう三年ね」

邪火流「あぁ・・・舞子、まださだのりのこと・・・」

舞子「・・・少しね・・・でも今はあなたがいるから」

邪火流「そっか」

信頼していた友人が

自分の守りたかった人を守ってくれている


嬉しくて、安心して




とても


悲しかった


366 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:28:22.98 ID:W/eHxpsr0
舞子「・・・ラブレター・・・」

舞子が一枚のラブレターを取り出す


邪火流「それ・・・ずっと持ってるんだな」

舞子「ふふ・・・いまさら何してるのかしらね、私」

そっとラブレターを開く

少し汚い文字で書いてあった

不器用で、不格好で

とても懐かしい

彼の言葉だった

367 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:29:09.90 ID:W/eHxpsr0
「きっと、俺とお前は結ばれない
お前は邪火流か誰かと幸せになると思う
でも、それは運命なんだ
お前を幸せにするのは俺じゃなかったってだけの話なんだ
だから、仕方ないんだよ
ありがとう
お前に会って、愛を知った
お前に会って、涙を知った
お前に会って、幸せを知った
もう、何もいらないんだよ
お前が幸せになってくれれば
俺は何もいらないんだ
じゃ、舞子、幸せに

俺は、お前に最も愛された男にはなれない
でも、お前を最も愛した男になれる自信はあるんだ

                          ごめんな」



368 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:30:10.88 ID:W/eHxpsr0
舞子「・・・何度見たのかしら、これ」

舞子「・・・バカな人よ、ホント」

舞子が笑う


舞子「・・・もう一度会って・・・結婚、報告したいわね」



さだのり(・・・)


邪火流「・・・そうだな・・・報告・・・したいよな」

舞子「・・・少し出かけてくるわね」

邪火流「あぁ」
369 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:32:06.65 ID:W/eHxpsr0
邪火流「・・・さだのり」

残された邪火流は一人、考えていた

さだのりのことを

邪火流(よかったのか・・・これで・・・)



さだのり(・・・結婚、か)

さだのりが笑う

あれから三年が経った

彼らの間には愛が生まれていたのだ

さだのり(・・・そっか)


ポケットの中にある指輪は

舞子に贈りたかった指輪は


もう、叶わないのだ
370 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:33:11.23 ID:W/eHxpsr0
邪火流(さだのり・・・)

邪火流(・・・俺は今、幸せだ)

邪火流(でも、本当はこの幸せは・・・)

邪火流(お前が掴むべきものだったんだよな)


さだのり(・・・となると俺にできることは)

さだのり(・・・あいつの背中を押してやること、か)


邪火流(・・・もうすぐ結婚式か・・・)

邪火流(・・・さだのり・・・悪い・・・俺は、お前の幸せを・・・)




さだのり「何迷ってんだよ邪火流」


邪火流は聞いた

懐かしい友の声を


371 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:34:24.41 ID:W/eHxpsr0
邪火流「!!さだのりか・・・!?」

さだのり「よ、久しぶりだな」

邪火流「なんで・・・いや、まて・・・これは夢か?」

さだのり「おいおい、夢なわけねーだろ」

さだのりが笑う

邪火流「バカな・・・なんでお前・・・」

さだのり「俺は不死身の化け物だからさ」

さだのりが邪火流に近づく

さだのり「・・・結婚するのか、舞子と」

邪火流「!!」
372 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:35:56.61 ID:W/eHxpsr0
邪火流「・・・すまん」

さだのり「いいって、こっちは言いたいことがあるんだよ」

邪火流「・・・言いたいこと?」

さだのり「礼だよ礼」

さだのり「お前は俺との約束を・・・舞子を守るっていう約束を守ってくれてるだろ」


邪火流「・・・悔しくないのかよ?」

さだのり「まさか・・・初恋の人と幼なじみ、二人が一気に幸せになるんだ・・・イヤなわけねぇだろ」

邪火流「・・・すまない」

さだのり「謝るな、笑ってくれ」

さだのり「そして誇ってくれ・・・お前は俺との約束を律儀に守るような男なんだ」

さだのり「それは誇るべきことだ」

邪火流「・・・」




373 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:36:27.88 ID:W/eHxpsr0
さだのり「本当にありがとよ、邪火流」

さだのり「舞子を幸せに出来るのは俺じゃなかったんだ、お前なんだ」




さだのり「お前だけなんだよ」

邪火流「・・・さだのり、俺が舞子を守るのはお前との約束があるからじゃないんだよ」

邪火流「俺が守りたいと思っているからなんだ」

邪火流「彼女は、俺が幸せにする」

邪火流「誓ってみせるよ」

さだのり「上出来じゃねぇか、聞き届けた」

さだのりが胸を叩く

さだのり「この胸にてめぇの誓いは刻まれた、忘れるなよ」

邪火流「あぁ」

邪火流も胸を叩く

邪火流「この胸に刻んだ」

さだのり「完璧だ」


男達は笑う

昔のように
374 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:38:11.06 ID:W/eHxpsr0
邪火流「・・・さだのり、俺は舞子と幸せになりたいんだ」

さだのり「分かってるさ」

さだのりが笑う

少しだけ、寂しそうに

邪火流「・・・舞子にも、会ってくれよ」

さだのり「・・・いいのか?」

邪火流「話したいんじゃないのか、初恋の人なんだろ?」

さだのり「・・・どこだ?」

邪火流「・・・公園だよ、お前と初めてデートした場所らしいぜ」

さだのり「・・・あそこか」

覚えている

忘れるわけはない



さだのり「じゃ、お言葉に甘えて」

邪火流「手は出すなよ?」

さだのり「はいはい」

375 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:38:59.65 ID:W/eHxpsr0
さだのりがひらひらと手を振る

二人は互いに背を向けて

別々の方向へ歩いていく


さだのり「・・・手は出すな、か・・・」




さだのり「・・・出せるわけねーだろ」



さだのりは歩いていた

唇を震わせながら

もう届かない思いを抱えて


ポケットの指輪は、少し重かった
376 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:39:42.72 ID:W/eHxpsr0
桜の木の下

さだのりと、初めて一緒にデートをした公園

そこのベンチに、舞子は一人で座っていた

舞子「・・・ふふ、懐かしいわ」

舞子が笑う

そして、ベンチを少し撫でる

舞子「もう三年なのね、あなたがいなくなって」

舞子「・・・さだのり」



377 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:40:16.06 ID:W/eHxpsr0




さだのり「なんだよ、舞子」






声が聞こえた

378 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:41:06.79 ID:W/eHxpsr0
舞子は、自分の耳を疑った

彼はもういないはずだったから

もう会えないはずだったから

もう


さだのり「久しぶり・・・だな」


会えないと思っていたから

舞子「・・・さだ・・・のり?」

さだのり「だからなんだよ」

さだのりが舞子の隣に座る

昔のように

379 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:42:01.37 ID:W/eHxpsr0
舞子「どうして・・・なんで・・・」

さだのり「・・・話がしたくてさ」


さだのり「結婚するんだってな・・・おめでとう」

舞子「・・・ごめんなさい」

さだのり「おいおい、お前の幸せのためなら俺はどうってことねーよ」

舞子「でも・・・私は、あなたを裏切ったのよ?」

さだのり「端から信じてなかったから気にすんな」

ケラケラ、とさだのりが笑う

そんなことは無かった


彼は、舞子を信じていた

380 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:42:39.50 ID:W/eHxpsr0
だから、辛かった

でも

それでも

さだのり「・・・よかったな、舞子」

やはり、彼はそう言った

舞子「・・・ありがとう」

さだのり「お、やっと笑ってくれたな」

さだのりも笑う

舞子「・・・ふふ、どれだけ待ったと思ってるの?」

さだのり「いやぁ、お前とのデートには遅れていくのが基本だったろ?」

381 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:43:16.66 ID:W/eHxpsr0
舞子「変わらないのね、あなたは」

舞子が懐かしそうに笑う

さだのり「変わりようがないだろ、俺は俺なんだから」

舞子「・・・そういうところも変わらないわ」

さだのり「そりゃどうも」

382 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:43:55.91 ID:W/eHxpsr0
二人はしばらく、桜を眺めていた

さだのり「・・・お前と眺める桜が好きだった」

舞子「私も・・・あなたと眺める桜は、なぜか綺麗に見えたわ」

さだのり「お前と一緒にいる時間が好きだった」

舞子「ずっと、一緒だったじゃない」







さだのり「・・・お前が好きだった」




舞子「・・・私も、あなたが好きだった」





383 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:44:47.17 ID:W/eHxpsr0
さだのり「過去のことさ、懐かしい過去のことだ」

舞子「・・・もしあなたがもっと早く帰ってきていたら、私は邪火流とあなたのどっちを選んだかしら?」

さだのり「もしもなんて興味ねーよ、あるのは現実だけだからな」

舞子「・・・そうね、その通りよ」

さだのり「・・・舞子、悪かった」

さだのり「俺の幸せのためなんかに付き合わせて」

舞子「よかったのよ、それが私の幸せでもあったもの」

さだのり「そのせいで、お前は苦しんで」

舞子「その分、笑顔にもなれたのよ」

さだのり「・・・俺はさ、お前を泣かせてしまった」

舞子「そして、笑わせてくれたのよ?」

384 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:46:01.37 ID:W/eHxpsr0
舞子「ありがとう・・・あなたに出会えたこと、本当に嬉しかった」

舞子「後悔なんてしてないわ、もし過去に戻れるとしても」

舞子「絶対あなたと出会う道を選ぶわよ」

さだのり「・・・そうか」

舞子「・・・えぇ」

さだのり「・・・じゃ、またな」

舞子「ねぇ、今度・・・結婚式があるのよ」

さだのり「・・・そうか、行きたいな」

舞子「・・・ぜひとも来てちょうだい」

舞子が微笑む
385 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:47:19.39 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・了解」

さだのりが立ち上がる

さだのり「じゃ、今度な」

舞子「えぇ」

二人がお互いに背を向けて歩く

もう

隣り合って歩くことはできない


もう


さだのり(・・・そっか)
386 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:48:31.80 ID:W/eHxpsr0

帰る場所がなかったのではない

さだのりは、自分で捨てたのだ

さだのり(・・・)

ポケットの中の指輪を握り潰す

金属のはずの指輪は、簡単にゆがんでしまった

さだのり(・・・もう、届かないんだな)


振り返って、桜を見つめる

なぜか、少し寂しげだった
387 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:49:27.73 ID:W/eHxpsr0



夏美「お父さん、お母さん、おめでとう!」

舞子「ありがとう・・・行ってくるわね」

夏美「うん!」

邪火流「大人しくしてるんだぞ、夏美」

夏美「はーい!」


二人の結婚式は始まった

幸せな二人の門出を、たくさんの人々が祝う



ベッケンバウアー「えー・・・邪火流君はお偉いさんに文句を言ったせいで一旦首を切られましたが・・・」


夏美「あーあ・・・つまんない・・・」


「お嬢ちゃん、そこの席・・・空いてるか?」

夏美「?うん、なんかお母さんが絶対に空けとけって言ってた」

388 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:49:56.50 ID:W/eHxpsr0
「・・・そっか、俺のためなんだよ、そこ」

夏美「そうなんだ!お母さんの友達?」

「・・・あぁ、友達さ」


さだのり「親友だよ」


「舞子ちゃんは昔から・・・」


さだのり「ははは・・・そうだな、そうだった」



「邪火流はこう見えても泣き虫で・・・」



さだのり「いやいや、意外と強くなったぜ、ガキの頃と比べたら」


邪火流「・・・みなさん、今日は俺と舞子の結婚式に来てくださってありがとうございました」


さだのり(・・・来るに決まってんだろ)



舞子「幸せな人生を歩むために、みなさんも応援していただけたら・・・」


さだのり(応援するさ、いつまでも)


389 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:50:30.21 ID:W/eHxpsr0
夏美「?おじさん帰っちゃうの?」

さだのり「あぁ、もう十分見たからな・・・それにあの二人に見つかるとまずいし」

夏美「なんで?」

さだのり「まぁいろいろとな」

夏美「ふーん・・・」


さだのり「・・・君は、パパとママが好きかい?」

夏美「うん!大好き!」

さだのり「そうか、よかった」


さだのりが、扉を開けて出ていく


最後に、一度だけ振り返る


幸せな二人を目に焼き付けるために






さだのり「・・・じゃあな、邪火流」




さだのり「・・・舞子、幸せにな」



390 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:51:21.48 ID:W/eHxpsr0
舞子「あぁ・・・緊張した」

邪火流「ははは・・・でもなんとか終わったな」

舞子「えぇ」

夏美「お父さん!お母さん!」

邪火流「お、夏美か・・・いい子にしてたか?」

夏美「うん!途中からは優しいおじさんと話したの!」

舞子「おじさん?」

夏美「うん!」

舞子が夏美のいた席の隣を見る

誰もいなかった

舞子「・・・ねぇ、そのおじちゃんってどんな人だったの・・・?」

夏美「あのねー、髪の毛編み編みしてたよ!」

391 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:52:21.01 ID:W/eHxpsr0
舞子「!!」

その言葉を聞いた舞子が駆ける

彼を探して

周りの人は驚いていた


ただ、邪火流だけは


理解していた

邪火流(・・・最後の別れくらい、二人にしてやるか)




392 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:54:36.42 ID:W/eHxpsr0


さだのり「・・・」

あの公園に

さだのりはまた来ていた

さだのり(・・・)

ふとベンチを見る




さだのり「違う!お前が俺にあーんをしてんのがおかしいんだよ!」

舞子「おかしくないわよ、あーん」


さだのり「・・・なぁ、あそこの人がなんか微笑んでるんだけど」

舞子「あら、いいじゃない」



そんな面影を、さだのりは見つめていた
393 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:56:01.48 ID:W/eHxpsr0



舞子「さだのり!!」

舞子が遅れてやってきた

さだのり「よ、どうしたんだよ」

舞子「・・・はぁ、間に合った・・・」

さだのり「・・・遅かったな」

舞子「・・・どこへ行くの?」

さだのり「・・・遠くさ」

さだのりが空を見つめる

さだのり「この国には思い出がありすぎる」

さだのり「・・・楽しいのも、そうでないのも」

さだのり「ありすぎるのさ」
394 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:57:27.89 ID:W/eHxpsr0


さだのり「・・・ウェディングドレス、似合ってるよ」

舞子「・・・ありがとう」

舞子が両手を握り締める

さだのり「あ、そうそう・・・忘れてた」

さだのりが舞子の目を見つめる

さだのり「友人の言葉、やんないとな」

舞子「え?」

さだのり「結婚式のだよ・・・俺以上にいい友達なんていないだろ?」

さだのりが笑う
395 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:58:13.95 ID:W/eHxpsr0
コホン、と咳払いをしてからさだのりが立ち上がる




さだのり「続いては、新婦友人の言葉!」



空が、青かった


さだのり「・・・舞子、本当におめでとう」

さだのり「お前の新たな人生の始まりを、心から祝福したい」

さだのり「お前と初めて会ったときは、正直ヘンなヤツだと思った」

さだのり「こんな俺と付き合いたいなんて言って・・・」

さだのり「しかも、次の日には家に押しかけてきて」

さだのり「ヘンなヤツだと思ってた」

396 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:58:42.54 ID:W/eHxpsr0
さだのり「でもさ」

さだのり「お前が、俺を励ましてくれたとき」

さだのり「俺に愛してると言ってくれたとき」

さだのり「お前とデートをしていたとき」

さだのり「お前を抱きしめたとき」

さだのり「そんなかけがえのない時間を過ごしていって」

さだのり「俺は・・・お前を好きになった」

397 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:59:20.30 ID:W/eHxpsr0
さだのり「幸せになってほしいと思った」

さだのり「俺が幸せにしたいとも思って・・・まぁそれは無理だったけどさ」

さだのり「でも、今、お前は幸せを掴んでいる」

さだのり「それがとても嬉しい」

さだのり「・・・結婚おめでとう、舞子」

さだのり「幸せにな」


さだのり「不安になることもあるだろう」

さだのり「自信をなくすこともあるだろう」

さだのり「でも心配すんな、舞子は舞子だ!」

さだのり「お前は邪火流が選んだ女だ!お前は強い女だ!」

さだのり「お前は・・・お前は・・・」


398 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 21:59:50.53 ID:W/eHxpsr0








さだのり「俺が惚れた女なんだぜ?」











399 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:00:32.88 ID:W/eHxpsr0
舞子「・・・ありがとう・・・さだのり」


舞子「・・・あなたは、本当に私を愛してくれてたのね」

さだのり「当たり前だろ、お前は俺に愛を教えてくれたただ一人の女なんだぜ?」

舞子「・・・そうなの」

さだのり「おうよ!」

さだのりが笑う

さだのり「・・・本当に、本当におめでとうな、舞子」

舞子「・・・私は、薄情かもしれないわね」

さだのり「何言ってるんだ、お前がいつまでも過去を引きずってるほうが俺は辛いよ」

舞子「・・・さだのり」


舞子がさだのりの肩に手を置く

舞子「・・・」

さだのり「・・・」

舞子が唇を近づける


400 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:01:06.12 ID:W/eHxpsr0
さだのり「ダメに決まってるだろ」

その唇を人差し指で押さえる

舞子「・・・ありがとう、やっぱり止めてくれたわね」

さだのり「当たり前だろ」

舞子「・・・もう会えないの?」

さだのり「あぁ、会わないほうが互いのためさ」

舞子「そう・・・」

残念そうに舞子が笑う

さだのり「・・・じゃあな」

舞子の手を肩から離し、さだのりが歩き出す

舞子「・・・またね」

さだのり「・・・あのな」

舞子「いいじゃない、これくらい」

401 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:01:46.22 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・あぁ、邪火流と幸せにな」

舞子「えぇ」

さだのりがもう一度、桜を見上げる

とても美しい桜を

さだのり「・・・やっぱり、お前と見る桜は綺麗だな」

舞子「・・・そうね、綺麗よ」

さだのり「・・・見納め、かな」

舞子「・・・」


沈黙が流れた
402 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:02:33.23 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・舞子、会えてよかったよ」

さだのりが手を差し出す

舞子「・・・私も、嬉しかったわ」

舞子が握り返す

さだのり「俺のことは綺麗さっぱり忘れな」

舞子「あら、だったらあなたも私を忘れてくれる?」

さだのり「無理だな」

舞子「私も無理よ」

二人が笑う

昔のように、向かい合って

403 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:03:56.99 ID:W/eHxpsr0
さだのり「・・・じゃあな、舞子」

舞子「えぇ」

舞子がさだのりに背を向ける


舞子「・・・振り返らないのが、いいのよね」

さだのり「あぁ」

舞子「・・・さよなら、さだのり」

その言葉が


少し胸に突き刺さる


それでも

さだのり「あぁ、あばよ」


もう、さだのりは振り返りたくなかった
404 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:05:15.46 ID:W/eHxpsr0


さだのり「・・・」

一人残されたさだのりは、桜を見ていた

ベンチにずっと座って


もう、来ることはない誰かを待っているかのように

さだのり「・・・」


さだのり「綺麗だな、桜」

隣に彼女がいなくても


桜は美しかった
405 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:06:33.61 ID:W/eHxpsr0
さだのりが立ち上がる

桜に背を向けて

さだのり(あばよ舞子、幸せにな)


さだのり「・・・一人、か」


生まれたときから

彼は一人だった

親は、家族は、親戚は


一人もいなかった


彼は一人だった




さだのり(元に戻っちまったな)
406 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:07:56.98 ID:W/eHxpsr0

さだのり「・・・」

桜も

空も

何もかもが綺麗だった

さだのり「あぁ、そうだよな」


世界は美しかった


さだのり「・・・」


もう一度だけ、桜を見つめる

そこに、舞子の姿が重なった
407 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:09:30.96 ID:W/eHxpsr0
さだのり「桜は散る、陽は沈む・・・そして、思い出はいつかは消える・・・」


さだのり「でも、愛ってのは消えないわけか」


愛した女を守るため

明日を捨てたバカがいた

友が残した一人の女を

愛してしまったバカがいた


これは、そんな二人の悲しく儚い物語だった



408 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:11:11.74 ID:W/eHxpsr0




絹旗「・・・」ウルウル

浜面(えぇ・・・)


絹旗「超最高のC級映画でした!!」

浜面「そうか・・・?」

浜面「演出はベタ、急展開だし・・・」

絹旗「はぁ、超馬鹿な意見ですね・・・映画ですよ?2時間の物語ですよ?」

絹旗「一つ一つをじっくりやれるわけないでしょう?」

浜面「ふーん・・・」
409 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:13:27.38 ID:W/eHxpsr0


絹旗「超おなかが空きました!!奢ってください!!」

浜面「しゃあねぇな・・・」


さだのり「あーあー小学一年せーい」


絹旗「・・・なんか、変な男がいます」

浜面「シカトしろ・・・」

絹旗「そうですね」


浜面(・・・あれ?)


浜面(あの人どっかで・・・)
410 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:14:38.14 ID:W/eHxpsr0


さだのり「はぁ、ヒマだなおい!!」

さだのり「女がほしい!!」

そんなことをつぶやきながらさだのりは歩いていた

ふと、近くの公園を見る

さだのり「・・・もう桜の季節か」

そこには、少し咲きかけた桜があった

さだのり「・・・綺麗だな」
411 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:17:12.96 ID:W/eHxpsr0

さだのり「あぁ、桜は綺麗だ」

さだのり「みんなもそう思うだろ?」

さだのり「さて」



さだのり「また、新しい春でも探しますか」




fin
412 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:18:43.71 ID:W/eHxpsr0
というわけでこのスレはおしまい

なんとなく書き始めたせいで、中途半端に

後半は駆け足でしたが・・・

でもダラダラ悲しみばっかひきずるよりも、こうやってサクっとしたのがあったんです


このスレどうしよう


雑談とかで埋めてもいいしなぁ・・・


このままhtmlにすんのもったいない気がする

まだ半分以上あるのにw
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/07/19(火) 22:20:56.00 ID:V3AGAGsjo
乙!

結局さだのりって何者なんだよ
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/19(火) 22:22:28.76 ID:fn1DrRSSo
えんだぁぁぁぁ!

今後のこのスレの方向性に迷ってる>>1へ贈り物
つさだのり・学園都市日記
415 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/19(火) 22:24:05.61 ID:W/eHxpsr0
>>413 このスレのさだのりとあっちのさだのりはちょっと別物です

たぶん

>>414 えぇ・・・それをやるのか・・・


やるか・・・?

書きたくなったらボチボチやっていきますw
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/07/19(火) 23:08:12.45 ID:V3AGAGsjo
それにしてもオリキャラでここまで出来るとは、本当にこの>>1はすげぇよ
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/20(水) 00:59:44.66 ID:ShLo21OIO
実際に新婦の友人であんな事言われたら、暴動起きるんじゃね?
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/20(水) 07:49:44.73 ID:WXBtkCYi0
乙パトルゥゥゥゥウウウウウ
419 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/20(水) 08:57:26.11 ID:zLstQ0Zu0
>>416 オリキャラのほうがたぶん楽かと

>>417 これは物語なんで問題ない、うん

>>418 その挨拶は・・・いいのか?w
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2011/07/20(水) 14:05:25.34 ID:jyZKa8rO0
速く続きを書かないと
ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね
っとミサカは某ヤンデレの真似をしてみます。
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/07/23(土) 21:53:11.15 ID:ALIBc2Pm0
乙パトルゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ
全米が泣いた作品だったよ・・・
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) [sage]:2011/07/24(日) 09:20:55.88 ID:jJR0S/PX0
さだのり乙
オリキャラのはずが、完全にメインキャラを食っちゃってるよね。

ところで、美琴や当麻達のスレってどこに行った?
スレ一覧に載ってないんだけど
423 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/07/24(日) 17:27:10.04 ID:9vmj3CHg0
>>422 まぁ、ちょこっとしたときに出せばあとはいいかな、と


上条「恋といえば!」です、でも今日中に新スレ立てますので

スレタイ、ミスっていつもと違う感じになったんですよw
424 :422 [sage]:2011/07/25(月) 11:12:35.44 ID:592cy/0Z0
新スレ発見したから、お礼しに来ました。
1さん、説明ありがとです。
新スレも楽しみにしてます
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岩手県) :2011/07/26(火) 21:34:56.75 ID:27nNE2xJ0
てっくんが見ていた他の話も見てみたいですとミサカは……
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岩手県) :2011/07/26(火) 21:39:46.91 ID:27nNE2xJ0
てっくんが見ていた他のシリーズも見てみたいですとミサカは……
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/04(木) 07:29:45.28 ID:7aWfBea6o
終わったスレなのか?宣伝ageしていいのかな?
428 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2011/08/04(木) 18:52:19.92 ID:1wTCUO1Y0
>>427 ageたららめぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!


さだのり日記?



8月45日

アレイスターっていう人にあった

頭おかしい

プカプカ浮いてるし

でも、俺がビルに入ったのを驚いてた

なんで?

普通に入っただけだよ?

セキュリティーなかったし

で、「俺がこのビルを作ったのを忘れたか?」

って言ったら

「あぁ、君だったのか・・・」

とか言ってきた

ノリツッコミかと思ったけど、そのあとのツッコミはなし

ムカついたからビーカーの中に塩酸入れといた

あとは知らん
429 : ◆G2uuPnv9Q. [saga ]:2011/08/04(木) 18:53:40.73 ID:1wTCUO1Y0
9月1日

8月は30日で終わりだった

あれ、31日だっけ?

もうどっちでもいいや

垣根に会った

「久しぶり」

って言ったら、

「久しぶり」

って返してきた

こだまですか?

いいえ、誰でも
430 : ◆G2uuPnv9Q. [saga ]:2011/08/04(木) 18:55:23.76 ID:1wTCUO1Y0
9月2日


おっぱいの大きなJKを見た

勃起した

おっぱいの大きなJCを見た

かなり勃起した

おっぱいの大きな男を見た

目を疑った


俺の目は、恐ろしいみたいだな

どうでもいいけど、コンタクトが合わないらしい

目がかなりかゆい

まぁコンタクトじゃないけど
431 : ◆G2uuPnv9Q. [saga ]:2011/08/04(木) 18:57:02.53 ID:1wTCUO1Y0
これからは、こんな感じでほのぼのとやっていくかも

不定期更新でw
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(石川県) [sage]:2011/08/06(土) 00:05:23.83 ID:Zo6Qn3o20
>>1のssのせいで受験勉強できないじゃないかよぉ!!


け・・決して>>1のssがおもしろいって褒めてるわけじゃないんだからね//
・・・とミ、ミサカは、最近覚えたツンデレ、というものを試してみましたが、少々はずかしいですね//
433 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/08/06(土) 11:50:16.58 ID:Ix6O2j7r0
>>432 ふへへ、こっちに(ry


12月27日

昨日までは12月だったらしい

日付間違ってたね

さだのりちゃんったらお茶目//


どうでもいいけど、今日は四苦ってものを聞いた

セーロービョーシってのがそれらしい

なんだろう

ツクツクボーシの仲間かな?

それとも背表紙の仲間かな?

と思ったら、生老病死、らしかった

それって幸せなのにな、と思うね

人間って苦しみが幸せなんだな

みんなドM
434 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/08/06(土) 11:52:14.19 ID:Ix6O2j7r0
12月28日

そろそろ年が変わるんだな

年が変わったからってなーにも変わんないけどね

今年の干支が来年の干支にバトンタッチしてた

「ふひひ、お前はあと11年、指でも咥えて待ってろよ!!」

って感じなんだろうな、来年の干支は

性格悪そうだし

どうでもいいけど、干支ってなんで12なんだろう

爆裂戦士エトレンジャー、また見たいなぁ
435 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/08/06(土) 11:52:53.03 ID:Ix6O2j7r0
12月29日






世界からドアノブが消えればいいのに





















436 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/08/06(土) 11:55:24.47 ID:Ix6O2j7r0
12月30日

垣根の馬鹿がウォンビーロングの替え歌で

「さだのりのりオー」

「さだのりのりイェー」

とか言ってきた

とりあえず一発殴ったら

「こういうとき、どういう顔すればいいのかわからないの」

って返してきた

だから

「もうすぐさ、笑えるのは」

って答えた

我ながら、いい返事だったと思う

俺が平安時代に生まれたらモテモテだったね、きっと

短歌とかすぐ返しちゃうもんね

437 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/08/06(土) 11:57:40.64 ID:Ix6O2j7r0

12月31日


一人寂しく大晦日

どうしてカップル多いのか

今宵も一人、寂しく飲んで

宵は覚めても酔いは醒めず

泣く泣く泣くよ、ホトトギス

ホトトギアスってなんかロボットアニメかなんかでありそうじゃない?

あ、ない?

酔っ払いが地面に寝転がるのも、この時期の風物詩だね

それが轢かれて亡くなるのも風物死なのかな

みんな、酒は飲んでも飲まれるなよ
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(石川県) [sage]:2011/08/06(土) 14:20:50.78 ID:Zo6Qn3o20
俺も妹達好きだから>>1に同意を求めるんだが、

御坂似の容姿+ミサカ口調はもちろん、
ささきのぞみさんも声も、それだけで白米3杯いけるくらいよいと思わないか?
439 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/08/06(土) 15:14:01.82 ID:Ix6O2j7r0
>>438 はい?

声で白米三杯?

俺は、ささきのぞみ、っていう文字で5杯はいけますけどなにか?
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2011/08/25(木) 20:46:55.65 ID:xKDRNoNY0
12月29日になにがあった!!
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/25(木) 21:06:01.58 ID:TOPXN0wSO
おぉ、更新してくれるんだ!

楽しみにしてる
442 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/08/30(火) 10:49:09.84 ID:01wJbqEB0
1月1日

誰からも年賀状が来なかった

と思ったら、俺の住所誰にも教えてなかった

ヒマだったから街中に出たらカップルがイチャイチャしてた

お前らもう爆発しろよ、って思った瞬間に遠くで銀行が爆発した

たぶんリア充がその中にいたんだろうね

冗談はおいとくけど

鏡餅を食べたい

めちゃくちゃ食べたい

醤油かけて食べたい

っていうか醤油を飲みたい

とりあえず、あけましておめでとう、俺
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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443 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/08/30(火) 10:51:53.15 ID:01wJbqEB0
1月2日

世の中はなんでも三が日らしい

3日までは正月なんだって

ふーん、って思ってテレビをつけたらマラソンをやっていた

みんな必死に走ってた

でも、一番気になったのはあの格好で最初寒くないのかってことだった

ごめんね選手のみんな

オコタでミカン、これが日本人なんだと思うんだ

どうでもいいけど、ドアノブが一個無くなった

っていうか俺が壊したんだけど

明日はヒマつぶしに町にでも出てみるかな
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444 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/08/30(火) 10:53:51.86 ID:01wJbqEB0
1月3日

街中はリア充が溢れている

僕の瞳には涙が溢れている

なぜなぜ、空はあんなにも青いの?

僕の目はこんなにも真っ赤になっているのに


詩人を気取ってみた

でも今思えば自分しか見ない日記で気取ってみても意味はなかった

なんか知らないけど、部屋がカビ臭い

というか体もカビ臭い

ハイターしないといけないな
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445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2011/08/30(火) 12:54:46.31 ID:V3CrATSA0
体にハイターはらめぇぇぇぇぇ
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446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/08/30(火) 22:43:26.44 ID:4buV91xMo
久々の投下乙

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447 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/09(金) 21:17:45.41 ID:IfbHfOjp0
1月4日

ハイターをした

主に体に

死にかけた

空が見えた

というか空にいた

気がついたら、ベッドで三点倒立をしていた

もう最悪の目覚めだった

上下がひっくり返っていたし、なぜかパンツは片足だけ通していた

ハイターって怖い


でも、気持ちよかった


冗談だ
448 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 17:15:58.48 ID:NN7dFqAe0
1月5日

信じられないことだが

この年になってガチ泣きした

さっき、道を歩いていたら蟻がいたんだ

蟻が小さなお菓子を運んでいた

必死に、一歩ずつ一歩ずつ

しかし、その時事件は起きた

近所のおばちゃんが水を撒いたんだ


蟻は流れていった

それはもう綺麗に流れていった

悲しいほどに流れていった

ありのままに流れていった、蟻だけに


俺はそれを見て泣いたんだ

どうしてチェルシーを落としたんだよ、と


ガチ泣きなんて何年振りだっただろうか

俺の心はまだ綺麗だった

綺麗だったんだ


449 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 17:16:40.36 ID:NN7dFqAe0
1月6日


帰ってみる

あの場所へ





450 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 17:19:57.94 ID:NN7dFqAe0

さだのり「・・・ちっ、めんどくせぇな」

さだのりは荒れ果てた土地に立っていた

彼の生まれた故郷

友達と出会った場所

そして

友達を失った場所

さだのり「・・・なんなんだろうな、これは」

彼の故郷の町は、廃れていた

あの時、友達と駆けた道も

友達と見た花壇も

友達と入った居酒屋も

何もかも

もう、無くなっていた

さだのり「・・・何があったんだろうな」

さだのりがぽつりとつぶやいた

一輪の花だけが、寂しく咲いている


451 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 17:22:41.78 ID:NN7dFqAe0
さだのり「・・・」

辺りを見回す

少年達が、周りを駆けている

どこかで見た顔の少年達が

あの筋肉質な少年は

あの少し太っている少年は

あの女々しい少年は

あの男前な少年は

そして


あの、バカで一直線な少年は


さだのり「おい」

声を掛けた瞬間

その少年達は消えてしまった

さだのり「・・・」

一輪の花が咲いていた


寂しく

寂しく

452 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 17:26:24.20 ID:NN7dFqAe0

邪火流「・・・舞子、いるか?」

舞子「はいはい・・・どうしたの?」

邪火流「夏美が舞を殴ったんだよ」

舞子「あら、また喧嘩?」

邪火流「夏美、どうして殴ったんだ?」

夏美「・・・だって、舞が私のおもちゃを横取りしたんだもん」

邪火流「いいか、お前はお姉ちゃんだろう?」

夏美「いっつもお父さんはそればっかり!!」

邪火流「だって・・・」

夏美「お母さんもそう言うもん!」

舞子「でもね、夏美・・・」

夏美「もういいもん!!」

夏美が家から駆け出て行く


邪火流「はぁ・・・あいつそっくりだな」

舞子「落ち着きがないところ・・・とか?」

邪火流「・・・怒られるのが嫌いなところとか」

舞子「・・・そうね」


453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/10(土) 17:27:43.95 ID:VgODrYlSO
(´;ω;`)
454 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 17:29:41.05 ID:NN7dFqAe0

夏美「・・・お父さんのバーカ」

夏美は一人で道を歩いていた

目にはうっすらと涙が浮かんでいる

夏美「お母さんのバーカ」

夏美は、両親が大好きだった

なのに、舞という妹が生まれてからはあまり自分に構ってくれなくなってしまった

もしかしたら


自分に興味がなくなったのでは、と不安になってしまう

夏美「・・・」

わけも分からず走り出してしまう

すれ違う人たちは、大して驚いたような素振りも見せない

それもそうだろう

別に子供が駆けているのはおかしなことではない

ただ、その内にある感情が普通ではないだけなのだ


夏美(いいもん!!いいもん!!)

無理矢理自分に言い聞かせて、走り続け


さだのり「あいて」

誰かとぶつかった


455 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 17:33:39.61 ID:NN7dFqAe0
夏美「・・・ご、ごめんなさい」

夏美が顔を上げる

ぶつかったのはコーンロウのいかつい男だった

その顔に、彼女は見覚えがあった

自分の両親の結婚式

その時、この男に会った気がする

夏美「もしかして・・・お父さんとお母さんの結婚式に来てた人?」

さだのり「あぁ?お前、名前は?」

男が首を捻る

夏美「・・・夏美」

さだのり「・・・なるほど、邪火流と舞子の娘か」

さだのりが溜め息をつく

なぜか辛そうな顔をしている

さだのり「・・・で、親父とお袋さんは?」

夏美「・・・喧嘩しちゃった」


456 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 17:38:14.40 ID:NN7dFqAe0
さだのり「あぁ?離婚の危機か?」

夏美「違う、私と喧嘩したの」

さだのり「はー、反抗期ですか」

夏美「はんこうき?」

さだのり「親の言うことを聞きたくないお年頃ってことだよ」

夏美「違うもん!」

夏美が男を睨みつける

さだのり「なんだよ、じゃあなんだよ」

夏美「・・・妹が出来たんだ」

ぴくり、と男の眉が動く

さだのり「・・・で?」

夏美「そしたらね、お父さんもお母さんも私に構ってくれないの」

さだのり「・・・なるほどねぇ」

男が呆れたように息を吐く

周りの人は彼を避けて歩いている

風貌が悪いからか

それとも

それとも、彼のことを知っているからか


夏美「・・・だからね、喧嘩しちゃった」

さだのり「そうかい」


457 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 17:41:14.88 ID:NN7dFqAe0
夏美「・・・寂しいな」

夏美がうつむく

男はしばし、夏美のことを不思議そうに見つめていた

そして、そっとその手を取った

さだのり「だったらあれだ、俺の観光案内でもしてくれよ」

夏美「案内?」

さだのり「ちーっと帰って来てない間にずいぶん変わったみたいだからな」

男が辺りを見渡す

もしかして、ここに住んでいたことがあるのだろうか

夏美「でも、お父さんが知らない人についていったらいけないって」

さだのり「なんだ、反抗期なのに言うこときくのかよ」

夏美「!」

夏美が顔を真っ赤にする

なんだか知らないが、父親に従っていると思われるのが恥ずかしかった

夏美「じゃ、じゃあその代わりご飯ちょうだい!!」

さだのり「お、世渡り上手だな・・・いいぜ」

夏美「約束ね!」


458 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 17:45:04.63 ID:NN7dFqAe0
夏美が小指を伸ばして、手を差し出す

さだのり「・・・なんだ、折れってことか?」

夏美「あれ、指きりげんまん知らないの?」

さだのり「おー、折るんじゃなくて切るのか」

夏美「はい、おじちゃんも小指出して」

さだのり「おじちゃん・・・ねぇ」

男が顎を困ったように擦る

そういう行動がおじちゃんなのだ

夏美「はい、出して」

さだのり「はいよ」

男の小指に、自分の小指を絡める

さだのり「あぁ?なんだこりゃ」

夏美「ゆーびきーりげんまん!」

さだのり「・・・これはなんだ?」

夏美「はい、これで約束破ったら針千本飲ませるからね!」

さだのり「・・・はいはい」

そう返事をして、男は夏美の手を握った


なぜだか、その掌は懐かしい感じがした


459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(藤枝) [sage]:2011/09/10(土) 18:44:59.83 ID:pLtq1tr00
さだのり〜〜〜〜(泣)お前さん、本当に悲しい運命だな、おい!!
460 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 22:12:24.39 ID:NN7dFqAe0
さだのり「・・・ここは?」

夏美と男が来たのは、川原だった

夏美「ここはね、私が初めて友達と来た場所なんだ!」

さだのり「・・・あの、観光名所を・・・」

夏美「・・・いや?」

夏美が首を捻る

さだのり「・・・いや、いい場所だな」

なぜか男は夏美の頭を撫でる

なぜか

夏美「・・・ここはね、お父さんにもお母さんにも教えてないんだ」

さだのり「なんで」

夏美「・・・私ね、お父さんの子供じゃないの」

さだのり「・・・だろうな」

夏美「知ってるの?」

さだのり「・・・あいつらとは親友だからな」

夏美「・・・だからね、いつか本当のお父さんには教えたかったんだ」

さだのり「!?」

男が顔色を変える

夏美「でも、おじちゃんには特別教えてあげたの!優しいから」

さだのり「あ、あぁ・・・そうかい」


461 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 22:19:15.78 ID:NN7dFqAe0
夏美「・・・おじちゃんは、家族はいるの?」

さだのり「・・・いない」

夏美「結婚は?」

さだのり「・・・してない」

夏美「ふーん」

夏美が足元の石を蹴る

さだのり「どうしてだ?」

夏美「ううん、なんでもない」

さだのり「・・・」

さだのりが川原に座る

さだのり「いい場所だな」

夏美「そうでしょ!」

さだのり「お前の思い出の場所か?」

夏美「うん、一番大切な場所!」

さだのり「守れるといいな」

夏美「?戦争はもうないよ?」

さだのり「はは・・・そうか、そうだな」

夏美「次の場所行く?」

さだのり「頼む」


462 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/10(土) 22:32:10.29 ID:NN7dFqAe0
夏美「ここはね、私がよくお菓子を買いに来るお店!」

さだのり「・・・俺もガキのころはよく盗ん・・・買ったなぁ」

夏美「盗んだの?ダメだよ?」

さだのり「うるせぇな・・・」

男が溜め息をつく


「・・・おんや、夏美ちゃんかい」

夏美「おじいさんこんにちは!」

「・・・そちらの男は?」

夏美「さっき知り合ったの」

さだのり「・・・久しぶりだな、爺さん」

「・・・!やはりさだのりかのぉ?」

さだのり「元気そうで何よりだ・・・前に出世払いだって言って盗んでたっけ」

「なぁに、お主はこの国の救世主じゃったからな・・・しかし、お主は死んだはずでは?」

さだのり「生きてたんだよ・・・はい、昔盗んだ分の金だ」

「・・・その子・・・夏美ちゃんはな」

さだのり「いいって、教えなくてさ」

夏美「?」

さだのり「次行くか・・・爺さん、また来るよ」

「今度はもっと早く来てほしいもんじゃのぉ」

さだのり「はいはい」

463 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/12(月) 12:30:16.55 ID:jwzBWOwW0
夏美「ねぇねぇ、おじちゃんの名前って何?」

さだのり「ん?教えない」

夏美「なんで?」

さだのり「・・・」

男が夏美を見つめる

何か、物悲しそうな顔をしている

さだのり(・・・昔の舞子にそっくりだな)

夏美「おじちゃん?」

さだのり「あぁ・・・別に教えなくてもいいだろ」

夏美「ダメ!おじちゃんと私は友達なんだよ!?」

さだのり「友達ねぇ・・・」

男がはぁ、と深い溜め息をつく

さだのり「友達なんて軽々しく言うもんじゃねぇよ」

夏美「?おじちゃんは友達いないの?」

さだのり「今はお前のお父さんとお母さんだけだよ」

男が夏美の頭に手を乗せる

さだのり「みんな死んじまった」

夏美「・・・そうなんだ」

さだのり「寂しくはないさ、いつかはそうなる運命だったんだからな」

夏美「・・・ねぇ、おじちゃんは行きたい場所ないの?」

さだのり「・・・行きたい場所か」

男が空を見上げる

さだのり「楽しい場所じゃないけど・・・いいか?」

夏美「うん」


464 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/12(月) 12:38:41.79 ID:jwzBWOwW0

さだのり「・・・ここは眺めがいいな」

夏美「・・・おじちゃん、ここどこなの?」

さだのり「・・・友達が眠ってるんだ」

男が一つの石碑のようなものに近寄る

さだのり「・・・クソッタレたちが寝てるんだよ」

夏美「・・・おじちゃん、泣いてるの?」

さだのり「・・・心は泣いてるかもな」

夏美「・・・花が咲いてる」

さだのり「・・・よぉ、久々だなお前ら」

男が石碑の前に屈みこむ

横顔は笑っていた

さだのり「・・・セルジオ、そっちじゃいい女に囲まれてるんだろうな・・・てめぇは色男だったから」

さだのり「ソラ、セルジオとは仲良くやってるか?」

さだのり「遠藤・・・ちっとは痩せたかよ?」

さだのり「・・・悪いな、なかなか帰ってこれなかったんだ」

さだのり「・・・ここにはイヤな思い出しかないからな」

夏美「・・・おじちゃん」

さだのり「さて・・・飯奢ってやるって約束だったな、行くか」

夏美「!うん!!」

二人はぎゅっと手を握り合う

それは

まるで本当の親子のようで


465 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/12(月) 17:34:11.35 ID:jwzBWOwW0
さだのり「・・・で、何頼むんだよ?」

二人は小さな食堂に来ていた

夏美「んーとね・・・どれにしようかな・・・」

さだのり「さっさと決めろよ・・・」

夏美「おじちゃんうるさい」

さだのり「・・・お前な・・・」

夏美「あ、これがいいな!」

夏美が選んだのは子供向けの料理だった

さだのり「へぇ・・・こんなのがあんのか」

夏美「?おじちゃんが子供の頃はなかったの?」

さだのり「・・・いや、あった・・・かな」

夏美「・・・おじちゃん、外食とかしなかったの?」

さだのり「いっつも自分で作ってた」

夏美「おじちゃん料理できるの?」

さだのり「出来るぞ」

男が頷く

だがどう見てもそんな家庭的には見えない

466 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/16(金) 15:56:16.58 ID:R8Cu3I3B0
さだのり「なんだよ、疑ってるのか?」

夏美「・・・だって、出来なさそうだもん」

さだのり「見かけで判断するな」

夏美「・・・おじちゃんは何頼むの?」

さだのり「そうだな・・・ステーキ」

夏美「太るよ?」

さだのり「鍛えてるから問題ないんだよ」

男がウェイトレスに注文を伝える

なにやら、ウェイトレスも驚いているようだ

周りの客もヒソヒソと男を指差し話している

夏美「・・・おじちゃん、有名人なの?」

さだのり「あぁ、有名人かもな」

夏美「何したの?」

さだのり「・・・なーんも」

夏美「じゃあなんで有名なの?」

さだのり「忘れたさ、お前は知らなくていいんだよ」

男が夏美の頭を撫でる


さだのり「・・・お前が知っちゃいけないんだ」

夏美「?」


467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2011/09/17(土) 19:31:22.25 ID:JvWmDiooo
さだのりの年齢って出てたっけ?
468 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/18(日) 15:57:25.68 ID:YyHZwJtZ0
>>467 正確な設定はないです、だってさだのりだもん


さだのり「・・・美味いか?」

夏美「うん!!おじちゃん、ありがと!!」

さだのり「どういたしまして・・・お前はいい子だな」

夏美「?どうして?」

さだのり「・・・お礼を言えるからだよ」

男が目を細める

夏美「お礼?」

さだのり「・・・あいつも・・・ありがとうございました、なんて最初は敬語だったな」

夏美「あいつって誰?」

さだのり「なんでもねぇよ」

夏美「ねぇおじちゃん、デザート頼んでいい?」

さだのり「・・・お前はよく食うな」

夏美「おじちゃんだってたくさん食べてるよ?」

さだのり「そうだけどさ」

夏美「私達そっくりだね!!」

さだのり「・・・そうだな、そっくりだ」

469 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/18(日) 16:00:58.25 ID:YyHZwJtZ0
夏美「・・・ねぇ、もうそろそろ帰らないといけないかな?」

さだのり「あぁ?あぁ・・・お前が家飛び出してどれくらい経ったんだ?」

夏美「えっとね・・・もう5時間くらいかな」

さだのり「そりゃ帰らないとな」

夏美「・・・一人はイヤ」

さだのり「あぁ?謝るのが怖いのかよ」

夏美「・・・お父さんもお母さんも舞にばっかり構うんだもん」

さだのり「お前は姉貴なんだろ?」

夏美「・・・そうだけど・・・」

さだのり「はぁ・・・じゃあ俺も一緒に行ってやるよ」

夏美「!?いいの!?」

さだのり「・・・もともとお前の親にも会いに行くつもりだったんでな」

夏美「ありがとおじちゃん!!」

さだのり「どういたしまして」

男が夏美の手を取る

さだのり「行くぞ」

夏美「・・・ねぇ、おじちゃん?」

さだのり「なんだよ」

夏美「どうして震えてるの?」

さだのり「なんでもねぇよ」

夏美「・・・そう?」

さだのり「あぁそうだ、肩車してやろうか?」

夏美「肩車?」

さだのり「なんだよ、知らないのか」


470 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/18(日) 16:05:05.26 ID:YyHZwJtZ0
夏美「肩車ってなに?」

さだのり「そうか・・・邪火流は騎士だもんな、体に少しでも負担は掛けられないわけだ」

夏美「ねぇねぇ、肩車ってなーに?」

さだのり「いいから、ほれ」

男は軽く夏美の体を持ち上げ、自分の肩へと乗せる

夏美「すごい!!これって肩車って言うんだ!!」

さだのり「見たことはあるだろ?」

夏美「うん、よく友達のパパがやってるもん!!」

さだのり「・・・別に親じゃなくてもいいんだけどな」

夏美「ねぇねぇ、帰ろう!!」

さだのり「言っておくけど、謝るのはお前一人だぞ?」

夏美「えー」

男は食事の料金を払うと、すぐに店の外へと出た

さだのり「どうよ?いい眺めだろ」

夏美「うん!!」

さだのり「・・・じゃあ、帰りますか」

夏美「・・・うん」

二人は丘の上へと登っていく

さだのり(・・・久しぶりだな)

その時

誰かが家の扉の前で待っているのに気がついた

あれは

あの二人は


さだのり(・・・あーあ、めんどくせぇな)


471 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/18(日) 16:10:42.42 ID:YyHZwJtZ0
舞子「ね、ねぇ・・・」

邪火流「・・・あいつ」

舞子「さだのり・・・よね?」

邪火流「・・・あぁ」


さだのり「おーっす、荷物のお届けに」

邪火流「てめぇ!!今までどこで道草食ってた!?」

夏美「ひぃっ!!」

さだのり「おいおい、怒ってやるなよ、お前たちが娘に構ってばっかで・・・」

邪火流「夏美のことじゃねぇ!!てめぇださだのり!!」

さだのり「あれぇ?」

舞子「・・・私達の結婚式以来ね」

さだのり「あー、そうなるねぇ」

邪火流「そうなるねぇじゃねぇだろ!!大体なんでお前が夏美と・・・」

さだのり「いいじゃねぇか、案内してもらってたんだよ」

男が夏美をそっと降ろす

さだのり「こいつも謝りたいんだってさ」

夏美「・・・ごめんなさい」

邪火流「そこのおじちゃんに変なことされなかったか?」

舞子「心配したのよ?」

夏美「ほ、ほんと?」

さだのり「ちょっと待てハゲ」

472 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/18(日) 16:13:47.68 ID:YyHZwJtZ0
邪火流「はぁ・・・とりあえず、夏美は家に入ってな」

夏美「え、でも・・・」

邪火流「いいから」

夏美「・・・おじちゃんは?」

邪火流「・・・大丈夫」

夏美「・・・うん」

しぶしぶと夏美は家へと入っていく


さだのり「なんだよ、不機嫌そうな顔しやがって」

邪火流「当たり前だ、あれからどれだけお前を探したと思ってる」

さだのり「探せなんて言ってねぇだろ」

邪火流「・・・なぜ出て行った」

さだのり「舞子には言っただろ、ここには思い出がありすぎるんだよ」

邪火流「・・・なぜ俺には言わなかった」

さだのり「てめぇはどうせ引き止めるだろうが」

邪火流「当たり前だ」

さだのり「そういうのがイヤだったから俺はこの国から出たんだ」

邪火流「・・・変わってないな、お前は」

さだのり「お前は変わったな、ちょっと大人になったんじゃねぇのか?」

邪火流「・・・嫌味か」

さだのり「さぁね」


473 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/18(日) 16:17:17.89 ID:YyHZwJtZ0
舞子「・・・あなたのことも心配してたのよ?」

さだのり「あぁそう」

邪火流「あぁそうじゃねぇだろうが!!」

邪火流がさだのりの胸倉を掴む

邪火流「舞子がどれだけ・・・」

さだのり「知るかよ・・・舞子はお前の奥さんだろ?なんで俺まで詮索されなくちゃなんねぇんだよ」

さだのりが舞子を睨みつける

舞子「・・・仕方ないでしょ」

邪火流「・・・さだのり、お前が死んだと思ってから舞子が立ち直るまでどれほど掛かったと思う?」

さだのり「だから興味ないんだよ」

邪火流「・・・」

さだのり「・・・つまんねぇな、もっと面白いヤツだったのに」

邪火流「お前は相変わらず面白いな」

さだのり「・・・そうだろ?」

邪火流「過去を捨てたはずのくせに過去のままか、何も進歩していない」

さだのり「過去を捨てたからもう一度過去をやり直せたんだよ、崖っぷちに向かって進むてめぇに言われたくねぇんだよ」

邪火流「・・・はぁ、お前はどうしていつもそうなんだ」

さだのり「・・・分かってるだろ、そんなことくらい」

474 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/18(日) 16:20:08.12 ID:YyHZwJtZ0
舞子「・・・とりあえず、お帰りなさい」

さだのり「ただいま・・・帰る場所はここであってたかな?」

邪火流「間違いじゃないはずだがな」

さだのり「とりあえずこの手を放せ」

邪火流「・・・」

邪火流が手を放す

邪火流「・・・夏美と話したのか?」

さだのり「俺はただのおじちゃんだ、それが一番だろ?」

舞子「・・・ごめんなさい、また辛い思いをさせちゃって」

さだのり「わりとよかったぜ」

邪火流「・・・入れよ、昼飯は?」

さだのり「食った」

邪火流「よく金があったな・・・」

さだのり「いろいろとな、盗んだわけじゃねぇから安心しろ」


三人が家に入ると、夏美が舞と遊んでいた

夏美「あ、見て見ておじちゃん!!」

475 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/18(日) 16:23:06.47 ID:YyHZwJtZ0
さだのり「おーおー、そいつが妹か」

夏美「うん!」

さだのり「へぇ・・・お前そっくりだな」

夏美「私こんなに泣き虫じゃないよ?」

さだのり「泣いてたじゃねぇか」

夏美「泣いてないもん!!」

邪火流「・・・舞っていうんだ」

さだのり「・・・そうか」

邪火流「夏美から聞いてたか?」

さだのり「一応な・・・お前にもそっくりだよ」

邪火流「そうか、よかった」

舞子「でもね、舞はわがままなのよ?」

夏美「そうなんだ!!私のオモチャとるんだもん!!」

さだのり「そりゃとられるほうが悪いんだよ」

夏美「な、なんで!?私がお姉ちゃんだから!?」

さだのり「自分のものなら守りぬく、それが一番!」

夏美「お、おぉー・・・」

さだのり「ただ妹を殴るのはよくないな」

夏美「・・・はーい」

476 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/22(木) 15:47:47.15 ID:qT2ViBr+0
さだのり「・・・年上なら妹を守ってやりな」

夏美「うん・・・」

さだのり「よし、約束できるガキはいいやつだ」

男が夏美の頭を強く撫でる

どこか乱暴で

しかし、なぜか暖かくて

邪火流「・・・夏美、さだのりとちょっと遊んでてくれるか?飯作るから」

夏美「うん!!」

さだのり「あぁ?舞子は?」

邪火流「家にいるときは一緒に作るようにしてるんだよ」

さだのり「へぇ・・・いい親父だな」

邪火流「・・・そうかな」

舞子「邪火流、ちょっといいかしら?」

邪火流「あぁ・・・じゃあ悪いけど頼んでいいか?」

さだのり「おう、いいぜ」


夏美「ねぇ、おじちゃん」

さだのり「おう、なんだよ夏美」

夏美「舞ってさ・・・お父さんとお母さんの子供なんだ」

さだのり「・・・」


477 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/22(木) 15:57:08.91 ID:qT2ViBr+0
夏美「私ね・・・お父さんが違うんだって」

さだのり「あぁ、知ってるよ」

夏美「・・・お父さんもお母さんも・・・私より舞のほうが可愛いのかな?」

さだのり「・・・どうだろうな、どっちも大切だと思うぜ」

夏美「・・・なんで前のお父さんは私を捨てたのかな?」

さだのり「・・・前の親父のことなんて忘れろ、お前の父親は邪火流だけだろうが」

夏美「・・・うん」

さだのり「・・・前の親父のこと、知りたいと思うのか?」

夏美「・・・ちょっとだけね、でもなんだか怖い」

さだのり「・・・なにが」

夏美「・・・」

夏美が舞の手を取って優しく握り締める

かつて、自分のもう一人の父親はそんなふうに優しく手を握ってくれたのだろうか

夏美「だってね・・・もしかしたら、私のこと嫌いで捨てたのかもしれないじゃない」

さだのり「・・・そうだな、そうかもしれないな」

夏美「だから、怖いんだ」

さだのり「・・・気にするな、怖いなら知る必要なんてないんだからさ」

夏美「・・・でも・・・お母さんが一度だけ、話してくれたことがあるんだ」

さだのり「何を」

夏美「前のお父さんは・・・本当のお父さんはね、とっても優しい人だったって」

夏美「今のお父さんも言ってた」

さだのり「今のお父さんとか言うな、お前の親父は邪火流だけだ」

夏美「・・・うん」

478 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/22(木) 15:59:54.05 ID:qT2ViBr+0
さだのり「・・・なぁ」

夏美「なに?」

さだのり「俺ってさ、怖いのかな?」

夏美「うん、怖い見た目」

さだのり「マジかよ」

夏美「でも優しいよ」

さだのり「ふーん」

男が驚いたような顔をする

怖い、と言ったときにはそんな顔はしなかった

夏美「・・・ねぇ、おじちゃんはお父さんとかお母さんはいないんだっけ?」

さだのり「気がついたときは一人だったんだよ」

夏美「寂しくなかった?」

さだのり「別に、温もりなんて知らなかったからな」

夏美「・・・おじちゃんは、今も一人なの?」

さだのり「・・・そうだな、一人だ」

夏美「どうして?」

さだのり「・・・」

男がじっと夏美を見つめる

その瞳が、少し揺らいでいるようだった

さだのり「失うのが怖いからさ」

夏美「?」

479 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/22(木) 16:03:09.68 ID:qT2ViBr+0
さだのり「さて・・・そろそろ飯も出来るかな」

夏美「・・・おじちゃんも食べていく?」

さだのり「あぁ?俺もお前もさっき食っただろ」

夏美「私はちょっと食べるんだ」

さだのり「なんで」

夏美「お父さんが作ってくれるから!」

さだのり「・・・邪火流のこと、本当に好きなんだな」

夏美「うん、だってお父さんなんだもん」

さだのり「・・・夏美、舞子は優しいか?」

夏美「うん!!お母さんも大好き!」

さだのり「ははは・・・あいつはいい女だからな」

夏美「?」


舞子「夏美ー、出来たわよー!」

夏美「あ、はーい!!おじちゃんも!」

さだのり「・・・いや、ここで舞と遊んどくよ」

夏美「え、なんで?」

さだのり「いいから、行きな」

男が手をヒラヒラと振る
480 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/22(木) 16:06:39.30 ID:qT2ViBr+0
夏美「うん・・・じゃあちょっと待っててね!」

さだのり「あぁ」


邪火流「夏美、さだのりと飯とか食ってきたんだっけ?」

夏美「うん、でもちゃんと食べるよ!」

舞子「ふふ・・・じゃあ、いただきます」

邪火流「舞は・・・あとであげないとな」

舞子「えぇ、さだのりに任せてて大丈夫かしら?」

邪火流「うーん・・・あいつは子供には優しいから大丈夫だって」


さだのり「・・・俺は呼ばれなかったからな」

さだのりがぽつりとつぶやく

夏美という少女は、本当に若い頃の自分に似ている

あんなふうに誰かに反抗するのも、妙に明るいところも

さだのり「・・・」

目の前には、舞という赤ちゃんがいる

まだ生まれて間もないのだろうか

さだのり「はぁ・・・なんで俺が子守しないといけないんだよ」

481 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/22(木) 16:09:15.64 ID:qT2ViBr+0
さだのり「・・・あいつらの子供、か」

じっとさだのりが赤ん坊の顔を見つめる

たしかに、少しだけ二人の面影があるような気がする

さだのり「・・・なんか・・・よくわかんねぇな」

さだのり「・・・まだ歯も髪も生えてないし」

舞子「仕方ないでしょ、生まれたばかりなんだから」

さだのり「あぁ?」

さだのりが振り返ると、後ろに舞子が立っていた

さだのり「飯食ってたんじゃないのかよ」

舞子「舞にもあげないといけないもの」

さだのり「へぇ・・・ちゃんと母親やってんのな」

舞子「当たり前でしょ・・・もう二人目なんだから」

さだのり「そうだな・・・」

ゆっくりとさだのりが立ち上がる

舞子「あら、どこか行くの?」

さだのり「宿」

舞子「泊まっていけばいいのに」


482 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/22(木) 16:12:14.03 ID:qT2ViBr+0
ジロリ、とさだのりが舞子を睨みつける

さだのり「うるせぇな、俺は宿に泊まりてぇんだよ」

舞子「・・・私といるのがいや?」

さだのり「いやじゃねぇ、空気を呼んだとでも思っとけ」

舞子「・・・ごめんなさい」

さだのり「・・・夏美には・・・そうだな、明日会いに来るって言っててくれ」

舞子「えぇ、言っておくわ」

さだのり「・・・迷惑かもな」

舞子「何言ってるのよ、また前みたいに三人で話せるんじゃない、嬉しいわよ」

さだのり「・・・三人、か」

さだのりが眉をひそめる

舞子「?どうしたの?」

さだのり「なんでもねぇよ」

溜め息をついてから、さだのりが家の外へと出る


さだのり「・・・三人、ね」

さだのり「二人のときより三人のときの思い出のほうが大切なわけか」

さだのり「・・・」


さだのり(だとしたら・・・5人だったあのときの思い出が一番大切になっちまった俺は・・・なんなんだろうな)


483 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/23(金) 14:54:28.86 ID:L+kAIgG+0

夏美「おじちゃん!!・・・おじちゃん?」

邪火流「あぁ、さだのりなら宿に行ったよ」

夏美「!帰っちゃったの・・・?」

邪火流「明日また会いに来るってさ」

夏美「ホント?」

舞子「えぇ、さだのりのことだからちょっと遅れてくるでしょうけどね」

邪火流「安心しろ、あいつは約束は守る男だったから」

夏美「う、うん!」

邪火流「じゃあ、洗濯物入れるぞー」

夏美「はーい!!」



さだのり「・・・変わったな・・・この国も」

さだのりは一人、道を歩いていた

彼がこの国を出てからどれほど経っただろうか

実際はそこまで経っていないはずだ

なのに

人々も、建物も、雰囲気も

何もかもが素晴らしい方向へ変化していた

笑顔が溢れ、笑い声が満ちている

さだのり「・・・」

かつてさだのりが戦ったのは、仲間とこんな世界で暮らしたかったからだ

さだのり(・・・あいつらがいないんじゃ意味ねぇよな)

冷たく息を吐く

春の空気は、なぜか少し肌寒い

484 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/24(土) 21:57:23.84 ID:M4An+neP0

夏美「・・・つまんない」

夏美は、一人ベッドの中でつぶやいていた

邪火流も舞子も、舞の世話をしている

夜泣きが激しかったため、二人ともが様子を見に行ってしまった

夏美「・・・」

やはり

妹の世話で、最近両親は自分に構ってくれない

もちろん、仕方のないことではあった

それでもやはり悔しくなってしまう

夏美「・・・おじちゃんはどこなんだろ」

昼間にあった、一人の男を思い出す

なぜだかとても優しくしてくれたあの男を

485 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/24(土) 22:00:28.10 ID:M4An+neP0
夏美「・・・よし」

窓の外を見ると、すでに真っ暗な世界が広がっていた

少しだけ、外に出るのを躊躇してしまう

それでも

夏美「行ってきます!」

そう言って、夏美は玄関から飛び出した

部屋から玄関へと向かい、外へ出るまでわずか10秒

邪火流が止めようとしたが、時すでに遅し

もはや夏美の姿は家の中にはなかった

邪火流「あいつ・・・」

舞子「大丈夫よ、夏美なら」

邪火流「なんだかんだ物騒なんだぞ?」

舞子「・・・大丈夫よ」


舞子「さだのりがいるもの」

邪火流「・・・あいつが、ね・・・」

舞子「えぇ」

486 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/24(土) 22:05:02.89 ID:M4An+neP0

夏美「・・・静かだな・・・」

外を歩きながら、夏美がぽつりとつぶやく

月が寂しく輝いている

まるで、一人ぼっちの夏美のように

夏美「・・・」

寂しかった

もしかしたら、両親は自分のことなんて心配していないかもしれない

だから


夏美「!!」

突然、誰かに体を掴まれた

とても強い力だ

体をゆすっても手はほどけない

夏美「だ、誰!?」

必死に大声を出す

周りに聞こえるように

しかしこの辺りは民家などない

だから、誰も助けになんて来ない

夏美「助け・・・」

ぐん、と視界が上へ上がる

かつがれてしまったのか

このまま連れ去られるのか

前に、邪火流が夜中は物騒だと言っていた

487 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/24(土) 22:13:30.70 ID:M4An+neP0
夏美「いや・・・」

そして


彼女の体は、その誰かの肩の上に乗った

夏美「え?」

知っている

これは、肩車と言うのだ

邪火流にしてもらったことはない

たしか、これを教えてくれたのは

夏美にしてくれたのは


さだのり「夜中は物騒だぜ、夏美」

あの、「おじちゃん」だった


夏美「おじちゃん!?どうしているの!?」

さだのり「ここの夜景は綺麗だからな、ホテルから抜け出してきたんだ」

夏美「・・・そうなの?」

さだのり「・・・お前の姿が見えたからな、一人じゃ危ないだろ」

夏美「あ、ありがと!」

さだのり「・・・おうよ」

488 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/25(日) 22:13:11.00 ID:KgDyVCpg0
夏美「・・・ねぇ、おじちゃん」

さだのり「なんだ?」

夏美「おじちゃんはどうして私に優しくしてくれるの?」

さだのり「・・・さぁな」

夏美「・・・私のことが好き?」

さだのり「おう、大好きだぜ」

夏美「そっか・・・嬉しいな」

さだのり「・・・邪火流も舞子も好きなんだよ」

夏美「・・・でも・・・」

さだのり「舞子はお前が生まれたとき・・・どれほどの痛みを味わったんだろうな」

夏美「?なんで?」

さだのり「・・・なんで母親はあんなに苦しいのに我慢して笑って赤ちゃんを迎えるか知ってるか?」

夏美「ううん」

さだのり「・・・赤ちゃんが泣いて生まれてくるからさ」

夏美「・・・」

さだのり「・・・泣いて生まれてきた赤ちゃんは・・・生まれてきた不安で泣いてるんだ」

夏美「不安?」

さだのり「これからの未来に怯えてるんだ・・・そんな赤ちゃんに笑いかけなければならない」


さだのり「この世の中は、人生は・・・楽しいものだって教えるために」

489 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/09/25(日) 22:18:34.88 ID:KgDyVCpg0
夏美「・・・そうなんだ」

さだのり「どうだ?お前は楽しいか?」

夏美「うん!!楽しいよ!」

さだのり「なら、舞子は正しかったってことだ」

夏美「・・・お母さんは、私をずーっと好きかな?」

さだのり「決まってるだろ」

夏美「お父さんは・・・私を自分の子供だって思ってくれてるかな」

さだのり「当たり前だろ」

夏美「・・・そっか」

さだのり「・・・ここの夜景・・・綺麗だよな」

夏美「うん!!私大好きなんだ!」

さだのり「・・・俺も、昔は好きだったな・・・」

夏美「そっくりだね、私達!!」

さだのり「・・・」

夏美「?おじちゃん?」

さだのり「あぁ、悪い・・・そうだな」


さだのり「・・・そっくりだな、俺たち」

490 :VIPにかわりまして統括理事会がお送りします [sage]:2011/10/03(月) 13:35:15.01 ID:YTMyS+aR0
とある魔術の禁書目録劇場版公開決定!!!!!
更に新約とある魔術の禁書目録3巻は12月10日に発売決定!!!
劇場版の詳細は10月11日発売の電撃文庫マガジンで!
491 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/10/07(金) 11:40:04.35 ID:LHQyTIq+0
夏美「おじちゃん、あの星はなんて名前なの?」

さだのり「あれはセルジオだ」

夏美「えー、そんな名前の星なんてないよ」

さだのり「あるさ、あれはソラであれは遠藤・・・」

夏美「そうなの?」

さだのり「あぁ、とびっきりでかくて綺麗だろ?」

夏美「うん!!!」

夏美が笑う

暗闇で男の表情は分からない

だが、きっと笑っているのだろう

さだのり「・・・家、帰ったらどうだ?」

夏美「うん・・・おじちゃん、明日も会える?」

さだのり「あぁ、迎えに行ってやるよ」

夏美「ホント!?」

さだのり「おう」

夏美「じゃあ指きりしようよ!!!」

さだのり「指きり?」

夏美「昼間に教えたじゃない、約束するの!!」

夏美が男の肩から降りる

そして、小指を立てて手を前に出す

さだのり「あぁ・・・そういやそうだったな」

夏美「しようよ!」


492 : ◆G2uuPnv9Q. [saga]:2011/10/16(日) 14:57:15.79 ID:v953hbf30
さだのり「はぁ・・・仕方ねぇな」

男が小指を伸ばす

夏美「ゆーびきーりげーんまん!!」

さだのり「・・・ウソついたら針千本のーます」


夏美・さだのり「ゆびきった!!」


夏美「じゃあ明日も迎えに来てよね!?」

さだのり「あぁ、迎えに行くからな」

夏美「じゃあね!!」


夏美が家へと帰る

もちろん、そのあとしこたま邪火流と舞子には怒られてしまった

だが、それでも夏美は笑っていた

あの男に明日、会えるのだから

とても、幸せだった



493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(長屋) :2011/11/06(日) 21:13:47.83 ID:bTRoxnhT0
さだのりィィィィィ
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/06(日) 21:17:20.55 ID:ER1cvbkqo
>>493
さげろks
495 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2011/11/06(日) 21:28:03.91 ID:owzxJoKX0

夏美「行ってきます!!」

舞子「あら・・・またどこか行くの?」

翌朝、夏美は外出の準備をしていた

夏美「うん!!おじちゃんに会ってくるの!!」

舞子「さだのりに?」

夏美「今日も迎えに来てくれるんだ!!」

バン、と勢い良くドアを開ける夏美

外の眩しい光が家の中に差し込んでくる

夏美「あ!!おじちゃん!!」

さだのり「よっ」

ドアの外には、さだのりが立っていた

相変わらずオシャレとは程遠い格好だ

あまりそういうことに興味がないのだろうか

舞子「あら・・・もう来てたの?」

さだのり「針千本飲まされたくないんだよ」

舞子「?」

夏美「なんでもないよね、おじちゃん!」

さだのり「・・・せめてお兄さんと言えよ」

夏美「おじちゃんはおじちゃんだよ!!ヒゲ生えてるもん!!」

さだのり「お兄ちゃんという歳でも生えるんだよ」

夏美「そうなの?お母さんがヒゲを生やすのはもうおじさんな証拠だって・・・」

さだのり「てめぇ・・・」

舞子「あら、ごめんなさいね」



496 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2011/11/06(日) 21:33:26.14 ID:owzxJoKX0
さだのり「自分の娘を非常識にしたいのか・・・」

舞子「何よ、ヒゲを生やすのは不清潔よ」

さだのり「ベッケンバウアーが泣くぞ」

舞子「あら、そういえばまだ・・・」

さだのり「あのジジイには会わないからな・・・話してるだけで疲れる」

邪火流「そうもいかないだろ」

さだのり「ん?お前どっから出てきたんだよ・・・」

邪火流「さっきからずっと庭にいたんだけど」

さだのり「・・・気づかなかった」

邪火流「お前な・・・それより、ベッケンバウアーも会いたがってるぞ」

さだのり「俺は死にました、そういうことにしとけ」

邪火流「お前、街中歩き回っただろ・・・相当目立ってたみたいだぞ」

さだのり「・・・変装でもしてくるんだったな」

夏美「ねぇねぇおじちゃん、今日はお城に行くの?」

さだのり「行かない・・・」

夏美「行こうよ!!」

さだのり「・・・なんだこいつ・・・めちゃくちゃわがままなんだけど!」

邪火流「・・・まるでお前みたいだ」

さだのり「ちょっと表に出ろよ」

邪火流「ここは表だ」


497 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2011/11/06(日) 21:37:09.89 ID:owzxJoKX0
さだのり「・・・舞子はどうする」

舞子「私も行くわ、皇帝に会いたいもの」

さだのり「・・・そうかよ」

さだのりが勝手に歩き出す

邪火流「お、おい・・・」

さだのり「だったら早く来いよな」

邪火流「待てって」

さだのり「・・・家族水入らずの時間も必要だろ」

邪火流「・・・」

さだのり「城の入り口ででも落ち合おうぜ」

手を振りながらさだのりが去っていく

夏美「ねぇ、おじちゃん・・・なんか怒ってなかった?」

舞子「・・・どうしてかしらね」

邪火流「さぁな・・・」

舞子と邪火流が顔をしかめる

二人は分かっていた

さだのりがあんなにもそっけない理由を


さだのり(・・・家族、か・・・)

さだのり(思えば俺にはそんなものいなかったな)

石を蹴りながらさだのりが歩く


498 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2011/11/06(日) 21:46:37.67 ID:owzxJoKX0
さだのり(温もりを教えてくれたのはあいつらだった・・・愛情を教えてくれたのは舞子だった)

さだのり(・・・そんな俺は、もう何も持っちゃいない)

さだのり(・・・持たなかったほうが楽だったのかもな)

コロコロ、と石が転がっていく

彼の人生も坂のようなものだった

必死に登り、頂上についたはずだった

だがすぐさま向こうへ転がり落ちてしまった

気がつけば、スタートと同じ位置にいた

それも、頂上からの景色を一度覚えてからだ

もう登る気になんてなれなかった

さだのり(・・・なんだろうな、この悲しさは)

空が眩しいのも、通行人が笑っているのも、風が爽やかなのも

全てがさだのりを苦しめる

さだのり「あーあ、こんな気持ちになるために来たんじゃねぇっての」

さだのり「・・・懐かしい景色だ」

歩道の横を、寂しく川が流れている

この川は、昔よく一人で見に来たことがある

一人のときだ

邪火流達と出会う前に、よく来ていたのだ

さだのり(・・・一人、か)


499 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2011/12/02(金) 21:03:46.16 ID:5NDFpVM70

さだのり「・・・あぁ、懐かしいなこの道が」

一人で歩く道は、やけに鮮明に見えた

色あせたはずの記憶が蘇ってくる

城へ続く道も、そこから分かれている横道も、その周りに建っている家や店も

全てが鮮明に記憶に残っていた

アルバムに収めたはずの写真は、なぜか日焼けしていなかったのだ

さだのり「だからなんだって話だよな」

彼が愛していた三人の友人はもういない

残りの友人も、愛した女性も、彼の手の中には収まりきらない

さだのり(・・・ベッケンバウアーのジジイは元気にしてるかな)

最後にこの道を歩いたのはいつだったか

そんなことを考えるだけで、少し寂しくなってしまう

さだのり(あぁそうだ・・・結局俺は、何も手にしてはいなかったんだ)

さだのり(・・・誰かを求めて熱くなってただけだ、それを・・・誰かの温もりと勘違いしてただけだったんだ)


さだのり(・・・くだらなかった人生だな、こりゃ)


500 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2011/12/07(水) 21:27:47.06 ID:E+2qJdzW0

ベッケンバウアー「・・・」

「どうなさいました?」

ベッケンバウアー「いや、誰かに呼ばれたような気がしただけじゃ」

「は、はぁ・・・」

ベッケンバウアー「・・・気のせいかもしれないのぉ」

「・・・本日の予定は、以上になりますが・・・」

ベッケンバウアー「・・・ご苦労」

「それでは」

ベッケンバウアーの部屋から一人の執事が退出する

静かになった部屋の中、ベッケンバウアーが溜め息をつく

この部屋で、あの男に彼女を紹介したのだ

もしも、あの時彼女を紹介しなければ

ベッケンバウアー「・・・さだのりよ、お前は・・・辛い思いをしながら生きていたのじゃな」


さだのり「んなわけねぇだろ」

ベッケンバウアー「・・・そうか」

さだのり「あぁ?もっとリアクションしろよジジィ、なんでここに!?とか生きていたのじゃな!!とか」

ベッケンバウアー「・・・この年になるまでに、信じられないことなどたくさん経験してきた・・・今更お前が生きて帰ってきても驚きはせん」

さだのり「つっまんねぇ・・・」


501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [age]:2012/01/19(木) 16:58:31.92 ID:uRwW7e6Ko
age!!
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/01/20(金) 21:17:29.45 ID:GKJMEPxYo
つづきまだー?
503 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/01/24(火) 21:46:24.72 ID:yZY4vcrw0
ベッケンバウアー「・・・それにしても、よく帰ってきたものじゃな」

さだのり「・・・別に、帰ってくるつもりはなかったさ」

ベッケンバウアー「舞子には会ったかの?」

さだのり「あぁ、母親の顔になってやがった」

ベッケンバウアー「そうじゃろうて」

さだのり「・・・タバコ、貰ってもいいか」

ベッケンバウアー「残念じゃがワシは持っておらん」

さだのり「ちっ・・・」

ポケットを探ってみるが、そこにはタバコなんて入っていない

ベッケンバウアー「・・・お主は昔と変わらないのぉ」

さだのり「変わったのは世界だよ、俺が取り残されただけだ」

ベッケンバウアー「・・・もしも、じゃ」

さだのり「なんだよジジイ」

ベッケンバウアー「もしも記憶を無くせるとしたら・・・お主は舞子との記憶を消したいと思うか?」

さだのり「出来ないことを望みたくはねぇな」

ベッケンバウアー「だから、仮にじゃよ」

さだのり「・・・消したくないね、俺はそんなこと望まないし必要ない」

ベッケンバウアー「ほう、意外な答えじゃ」

さだのり「・・・あいつとの思い出を消す必要はないさ」

ベッケンバウアー「お主はもう、舞子と結ばれることはないのじゃよ」


504 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/01/24(火) 21:50:48.01 ID:yZY4vcrw0
さだのり「だったらなんだよ、悲しみを消せばいいだけだ、思い出まで消す必要はない」

ベッケンバウアー「・・・よく耐えられるものじゃな」

さだのり「ジジイ、てめぇだって今まで別れってものは経験してきただろうが」

ベッケンバウアー「ワシほど別れを知っている人間はおらんよ」

さだのり「・・・俺だってそうだ、今までいくらかの辛い別れを経験してきた」

そして舞子との別離が、最も辛いものだった

さだのり「・・・だとしても、俺は決して別れというものを恨みはしない」

ベッケンバウアー「受け入れるとでも言うのか」

さだのり「・・・本当はイヤさ、しかしそれはやって来る」

ベッケンバウアー「・・・辛くは無いのか?邪火流と舞子が結ばれていることが」

さだのり「俺が託した俺の過去だ・・・今を生きているのはあいつらだけどな」

ベッケンバウアー「・・・お主は、時間に置いていかれたのじゃな」

さだのり「・・・いや、俺は進みすぎたのかもしれねぇ」

ぽつり、とさだのりが呟く

その顔に浮かんだ悲しげな笑顔の意味を、ベッケンバウアーはよく知っている

ベッケンバウアー「・・・お主は昔から型に嵌らぬ男じゃったよ」

さだのり「型に嵌れば、その型の人生しか歩めないんだ」

ベッケンバウアー「・・・少なくとも、湾曲した形にはならなかったじゃろうに」

さだのり「・・・だとしても、俺は周りのやつらとは違うんだ」

ベッケンバウアー「・・・一人だけ不幸だったとしても、か」


505 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/01/24(火) 21:55:05.58 ID:yZY4vcrw0
さだのり「・・・なぁ、一つ聞いてもいいか」

ベッケンバウアー「なんじゃ?」

さだのり「お前はどうして俺に舞子を紹介したんだ」

ベッケンバウアー「・・・お主は若い頃のワシにそっくりじゃった」

さだのり「俺がお前と?」

ベッケンバウアー「力を持て余し、それを誇りに思い・・・そして、どこまでも突っ走るところがな」

さだのり「・・・老いぼれの過去話ほど信じられないものはねぇな」

ベッケンバウアー「ワシが負けず嫌いなのは知っておるじゃろうが」

さだのり「それで?」

ベッケンバウアー「・・・ワシと違う人生を歩んでほしかった、政略で結婚させられたワシには出来なかった人生の歩み方を」

さだのり「・・・残念だったな、俺は誰よりも悲しい人生を送ることになったよ」

ベッケンバウアー「・・・謝らなければならん」

さだのり「いらねぇよ、お前のつむじを見るのは死んでも御免だ」

クルリ、とさだのりが向きを変える

ベッケンバウアー「帰るのか?」

さだのり「阿呆か、出るだけだ」

重たいドアを開けると、眩しい陽射しが差し込んでくる

そういえば、こんな陽射しの中をさだのりは友人と駆けたことがあった

あの頃は、本当に無邪気だった

世の中の穢れを知りながら、それでも綺麗な道を歩もうとしていた



さだのり「俺に帰る場所なんてないんだよ、ベッケンバウアー」



506 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/01/24(火) 21:59:27.85 ID:yZY4vcrw0


夏美「ねぇ、パパとおじちゃんって友達なんでしょ?」

城に向かう途中の道で、夏美はそんなことを訊ねていた

邪火流「あぁ・・・友達だ」

夏美「ママも?」

舞子「・・・えぇ、親友よ」

夏美「おじちゃんって、どんな人?」

舞子「・・・とっても優しい人よ、自分のことは何も考えないのに・・・他人のことには気を遣うの」

邪火流「・・・あいつは不器用なんだ」

夏美「不器用?」

邪火流「あぁ、不器用だ・・・真っ直ぐ歩いているのに歪んだ見方で世界を見ている」

舞子「・・・あら、あれってさだのりよね?」

邪火流「・・・本当だ、もう帰ってきたのか」



さだのり(・・・記憶を消せるなら・・・か)

さだのり(・・・消したいのは山々なんだよクソが)

道を歩いているはずなのに、なぜか足元がふらつく

涙で視界が歪んでいるのか

それにしては、おかしな揺れ方だ

まるで熱にうなされているような

さだのり(・・・いっけねぇな、無理しすぎたか・・・?)


邪火流「おーい、さだのり・・・」



誰かの声が聞こえた

しかし、それに返すよりも先にさだのりの体が地面に倒れてしまった


夏美「!!おじちゃん!!!」


さだのり(・・・俺には・・・)



507 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/01/27(金) 17:04:24.15 ID:QmLASgUh0


さだのり「・・・」

目を開けると、天井が視界に入った

冷たい印象を与える天井だ、そこは普通の家のはずなのにそれがさだのりの心には重く圧し掛かった

夏美「!!おじちゃん、起きた!?」

さだのり「あぁ?夏美か・・・どこだここ」

夏美「私の家だよ・・・おじちゃん、風邪ひいたの」

さだのり「俺が風邪?」

そういえば、ベッケンバウアーと会ったあとすぐに意識が混濁していた

さだのり「・・・無理しすぎたかな」

邪火流「全くだ」

さだのり「なんだ、お前もいたのか」

邪火流「・・・どうだ調子は」

さだのり「最低だね、少なくともベッドの上では何も出来ない」

邪火流「・・・無茶をするのは昔から変わらないな、どうせ昨日も夜遅くまで起きていたんだろ」

さだのり「・・・別に」

夏美に会うために外に出ていた、なんて言えるはずは無い

今のさだのりはもう夏美にとってはただの「おじちゃん」なのだから

邪火流「とにかく、今日はゆっくり寝ろ」

さだのり「・・・あぁ」


508 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/02/01(水) 16:52:50.26 ID:zkSiI5YH0
邪火流「何か食いたいものは」

さだのり「ない」

邪火流「・・・何か食わないと体に悪いぞ」

さだのり「・・・いいんだよ、別に」

寝返りを打ち、邪火流と目を合わせないようにする

さだのり「・・・早く夏美のところに行ってやれよ」

邪火流「・・・あぁ」

さだのり「・・・俺が倒れて迷惑をかけちまった、謝っといてくれよ」

邪火流「分かった・・・無理はするなよ」

さだのり「何かあったら呼ぶから心配すんな」

邪火流「あぁ」

ガチャリ、とドアを閉じる音がする

邪火流が部屋から出て行ったようだ

さだのり(・・・一人、か・・・懐かしい静けさだ)

ついこの間まで一人だったのに

そして、生まれてからしばらくは一人だったのに

さだのり(・・・温もりを知ったことが幸せだったなら、それを失ったことが不幸だったな)

さだのり(・・・くだらねぇ、失ったものなんてグダグダ言ってられないな)

509 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/02/04(土) 18:33:30.98 ID:G9QdHjEc0


夏美「お父さん、おじちゃん寝てるの?」

邪火流「風邪ひいてるんだから、あんまり困らせたらダメだろ?」

舞子「そうよ、さだのりも疲れてるんだから」

夏美「うー・・・」

キッチンで料理を手伝いながら、夏美は頬を膨らませていた

トントンという規則正しい音が、夏美は好きだ

そしてそれが響いているときは、いつも家族で一緒にいることが出来る

夏美「・・・おじちゃんは、料理とかするのかな?」

邪火流「あいつ、一応一人暮らししてたからな・・・」

舞子「そうね・・・」

夏美「ねぇ、おじちゃんの分も作るんでしょ?」

邪火流「一応な・・・でもあいつ、食べるかな」

舞子「・・・私が持っていくから」

邪火流「?いいのか、舞子」

舞子「あら、積もる話があるのよ」

邪火流「・・・そうだな」

夏美「?」

舞子(・・・それに、あの人が無理をするのは昔からだから)


510 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/02/04(土) 18:38:28.54 ID:G9QdHjEc0

広い荒野の中で、さだのりはただ一人ぽつんと突っ立っていた

周りには何も無く、広さの基準になるようなものはない

どこまでも続く地面と空

さだのり(・・・夢、かな)

目を開けると、そんな光景が目に飛び込んできた

隣には誰もいない

邪火流も、過去の友人も、夏美も

もちろん、舞子もそこにはいない

さだのり(・・・懐かしいな)

物心ついたときには、彼は一人だった

思えば、彼がいた場所は元々このような場所だったのだ

いつまで経っても出口の見えない孤独に、彼はなす術も無く諦めを見せていた

さだのり(・・・こうやって・・・ずーっと座ってたある日、あいつが来たんだ)

小さく笑ってから、さだのりがその場に座り込む

誰も来ない

彼に、初めて声を掛けてくれたあの親友はここにはいない

さだのり(・・・こうやって俺がつまらなそうにしてると、あいつはいつも手を握ってくれた)

何も来ない

彼に、初めて愛情を注いでくれた彼女もここにはいない



511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2012/03/07(水) 19:29:49.26 ID:1QqNBmgc0
じゃがいもさだのりじゃない・・・・だと?
512 :名無しNIPPER [sage]:2012/03/07(水) 20:35:28.80 ID:Ve6qpAUAO
自演乙
513 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/07(水) 22:26:14.35 ID:iZAUK9Ay0
さだのり(…あぁ、そうかい)

くだらないものだな、とさだのりは知っていた

今更この場所に戻ってきたところで、いったい何になるのか

何にもなりはしない

かつて愛した女に、未だに執着し続けるか

それとも、自分が捨ててしまった幸せが羨ましいのか

さだのり(どうでもいいことだな)

くだらないものだ

愛情も、友情も、希望も

何も持ってはいなかったさだのりが、何かを持って消えていけるわけがない

胸糞が悪くなる、彼には何が必要なのか

いや、何も必要ではない

現に今のこの状況さえも、彼にとっては「不快」なものではなく「懐かしい」ものだった

孤独が懐かしいのだ、彼の居場所はもともとそこだったのだから

さだのり(…だったらなんで俺は)

あの場所に戻ったのか

もしかしたら

さだのり(期待してたのかな)

もしかしたら、舞子は自分をまだ愛してくれていたかもしれない

邪火流が自分に気を遣って舞子と別れるかもしれない

そんな、酷い期待を

さだのり(醜いもんだな)

醜いものには慣れていた彼も、ただ自分の醜さにだけは背筋が凍った

514 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/12(月) 11:22:01.21 ID:dMQ/yZRr0


さだのり「…あぁ…?」

ぐいっと体を起こすと、まず視界の中には見慣れない天井が飛び込んできた

自分がそのままそれに押しつぶされるのではないか、ということを考えてしまう

さだのり「…舞子の家か」

舞子「…おはよう、さだのり」

さだのり「…」

いつの間にか、ベッドの横には舞子が座っていた

さだのり「なんだよ」

舞子「…あなたにもご飯を、と思って…食べられそう?」

さだのり「…いらねぇよ、熱も多分下がった」

舞子「…本当に?」

すっと差し延べられた白い手

さだのり「…なんだよ」

舞子「頭に当てないと、熱分からないでしょ」

さだのり「…やめろよ、馴れ馴れしくすんな」

舞子「…ねぇ、やっぱりあなた変よ」

さだのり「…何が」

舞子「…冷たくなったわ」

さだのり「…自分の昔の女が他の男と結婚してて…しかも、その男が自分の幼馴染だ、気分がいいわけねぇだろ」

舞子「…それは…」

さだのり「…悪い、全部俺の身から出た錆だな」

自嘲の笑みを浮かべたさだのりがゆっくり体をベッドの外に出す

515 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/12(月) 11:38:21.64 ID:dMQ/yZRr0
舞子「どこに行くの?」

さだのり「出ていく、ここにいてもどうしようもねぇからな」

舞子「ま、待ちなさいよ」

さだのり「なんだよ」

舞子「…夜は治安が不安定よ、王のおかげで大分は落ち着いたけど…」

さだのり「知ったことかよ」

舞子「…ここにいなさい、あなたの居場所は…」

さだのり「ねーよ、んなもん」

上着を羽織い、手を振りながらさだのりが部屋から出ていく

舞子「…本当に…困った人」



邪火流「ほら、ちゃんと食べないと…」

夏美「いや!!」

邪火流「はぁ…ん?さだのり、どっか行くのか?」

食卓で食事をしていた二人が、さだのりに気づく

さだのり「…あぁ、まぁな」

邪火流「…明日にしたらどうだ?」

夏美「おじちゃん、一緒にご飯食べようよ!!」

さだのり「…また今度な」

夏美に手を振ったさだのりが、そのまま家の外に向かう


516 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/12(月) 15:42:01.87 ID:dMQ/yZRr0

さだのり(…治安が悪い…か)

自分たちが戦ったのは何のためだったのか

あの友を失った戦争では、きっと何かが手に入ったはずだ

さだのり(…ベッケンバウアーのクソジジイも…上手くやってるはずだ)

あの王様は、決して椅子にふん反り返って笑っているような人間ではない

国を良くするため、今も努力しているに違いない

さだのり(…だとしたら)

彼が歩く道にいる、浮浪者達は何なのだろうか

誰もが死んだような目をしている、少し離れた場所では幸せな家族たちが歩いているのに

さだのり(…国がいくら幸せになろうが…幸せになれないヤツもいる)

そんなことを考えながら、歩いていた彼の後ろから

何者かが忍び寄ってきていた

まるで、何かの機会を伺うかのような不規則な足音

さだのり(…)

クルリ、と振り返った彼の視界に入ったのは銀色に光るナイフだった

それを素手で受け止める

掌の中に生ぬるい感触が広がる

しかし、そんなことは気にはならない

彼の脇腹目がけてナイフを突き出したのは、若干15歳にもなろうかというような少年だった

さだのり「…なんだ、金がほしいのか」

「…アンタ…さだのりって傭兵だな」

さだのり「元、が抜けてるぞ」

「…どっちだっていいさ、やっぱりそうだ」

517 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/12(月) 15:51:04.61 ID:dMQ/yZRr0
さだのり「俺のことを知ってるのか」

「あぁ…アンタは俺の父さんを殺したんだ!!」

さだのり「殺した?いつ」

「反乱戦争の時だ!!」

さだのり「あぁ、あのクーデターか」

「今の王は平和ボケしている…父さんや仲間は、それを変えるために戦った!!!」

さだのり「そして俺に殺された…と」

「アンタが父さんを殺したんだ!!」

さだのり「…おいおい、それで今更敵討ちか?勘弁してくれよ」

「うるさい…この悪魔!!!!」

悲しい奴だな、とさだのりは思った

さだのり(…あの戦争で何か大切なものを失って…それをどうすることもできずにここまで生きてきたのか)

自分とそっくりだな、とも

さだのり「お前…肉は好きか?」

「あぁ?今は父さんの話…」

さだのり「好きか?」

「…だったらなんだよ!?」

さだのり「豚も牛も、鳥も魚も…人間に食われても文句は言わない、人間が生きるには食わなきゃならないからだ」

さだのり「戦争だってそうだろ、敵を殺さなきゃ自分が殺される、それだけだ…文句なんて言うな、個人的な感情なんて挟んではいなかった」

「それがどうした!アンタは父さんを…」

さだのり「戦争だって、食事だって同じさ…食われるだけの豚じゃなく、従うための犬がいたってだけだ」

518 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/12(月) 15:55:25.70 ID:dMQ/yZRr0
「うるさい!!」

さだのり「お前の親父は違うのか?人を戦争で殺すたびに涙を流したか?あぁ?」

「それは…」

さだのり「見てみろ、俺が悪魔ならお前の親父だって悪魔だった…」

「そんなことはない、父さんは俺や母さんを守るために戦ったんだ!!!」

さだのり「俺だって仲間を守るために戦った」

あの女性を守るために

「うるさい…アンタと父さんは違うんだ、アンタとは!!!」

さだのり「なら、お前が手に握っているそれはなんだ」

「!!」

さだのり「それは殺意だ、復讐のためだとか、悪魔を殺すためだとか…そんな理由はいらねぇんだよ」

さだのり「見てみろ、お前の中で殺意が芽生え、それが俺に牙を剥く…これも立派な戦争だ」

「…うるさい…」

さだのり「殺したいなら好きにしろ、俺だってお前の心の臓を狙ってやるよ」

「うるさい!!」

目に涙を貯めながら、少年はナイフを再びさだのりに振りかざす

さだのり(馬鹿だな)

誰かの幸せを奪った自分に、そう吐き捨てる

自分だけが、幸せを手放してしまったと思っていた

でも

目の前の少年だって、そうだったのだ

自分の父親の仇を取るために、自らを修羅に変えなければならなかった

さだのり(幸せを手放しただけじゃねぇ)

誰かの幸せを、さだのりは奪っていた


519 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/12(月) 16:02:35.60 ID:dMQ/yZRr0


「お、おい!!そこの君たち、何をしている!!」

突然、二人の体がライトで照らされた

「ぐ、軍のヤツだ!!」

素早く少年が踵を返す

さだのり「いいのかよ、俺にはそいつが刺さってないぞ」

「今度会ったら殺すからな、この人殺し!!」

そんな捨て文句を叫びながら少年は逃げていく

「だ、大丈夫ですか…ってさだのりさん!?」

さだのり「…お前も俺を知ってるのか」

「はい、軍の中であなたを知らない者はいませんよ!!歴戦の勇者、国を救った騎士、あなたのことは誰しもが尊敬しています!!」

さだのり「あぁそう」

「お、お怪我は…」

さだのり「別に」

掌がズキズキと痛む

だが、それ以上に何かが痛みを訴えている

「…この辺りはまだ治安が安定していなくて…強盗、強姦…下手すれば殺人だって起きる場所です」

さだのり「…人間の心に暗闇がある限り、罪は消えない…」

「…あ、あの」

さだのり「なんだ」

「…自分の家族は、本来ならあなたが活躍したクーデターで死んでいるはずでした」

さだのり「…」

「ですが、あなたが我々を勝利に導いてくれた、おかげで両親とも無事でしたし…それに自分は大切な者を守ることが出来ました、ありがとうございます」

さだのり「そうかい、なら手を離すなよ」

「…はい?」

さだのり「…なんでもねぇ、ベッケンバウアーのジジイによろしくな」

「あ、はい…」


さだのり(…見てみろよ、結局俺はその程度だ)

さだのり(守りたかったものを手放して…誰かの幸せを奪って、誰かの幸せを守って…)

さだのり(とことん幸せなんて物に振り回されやがる)


520 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/13(火) 21:38:22.13 ID:xvzF08zv0

さだのり「…宿も高いしな」

通りに面した居酒屋に入り、適当に時間をつぶす

こんなことなら、素直に邪火流達の世話になればよかったか

さだのり(いや…幸せなやつらを見てると悲しくなるからな)

「あれ?お前、もしかしてさだのりか!?」

さだのり「…あぁ?お前誰だよ」

「俺だよ、いっつもお前たちが飲んでた居酒屋の一人息子、庄太郎!!」

さだのり「…飲んでた?俺が?誰と」

「誰って…ほら、邪火流とか…セルジオとか」

さだのり「いつの話…ってあぁ、あの居酒屋のガキか」

「ガキってなぁ…俺、一応お前より一つ上なんだけど」

さだのり「あぁそう」

「いやぁビックリしたな!!生きてたとは思わなかったよ、お前」

さだのり「馴れ馴れしくすんな、俺は客だぞ」

「そう言うなって、俺達の仲じゃないか!!!」

さだのり「お前と仲良くなった覚えがないんだけどな」

「あれ?一緒によく酒飲んだじゃないか」

さだのり「…いつ?」

「邪火流とかの時」

さだのり「…あぁ、俺酒飲んだ次の日って決まって記憶飛ぶからな、覚えてねぇ」

「なんだよそれ…」

521 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/13(火) 21:42:52.43 ID:xvzF08zv0
さだのり「…ウォッカとかあったか」

「お前、酒弱かったよな」

さだのり「うるせぇな、嫌なことがあったら大人はそういうの飲むんだろ」

「…大人は酒、強いはずだけどな」

さだのり「文句言わずに出せよ」

「…はいよ、それよりお前…今付き合ってる女とかいるのか?」

庄太郎の言葉に、さだのりが眉をひそめる

今の彼にその話題を振るのは、ある意味タブーでもあった

さだのり「…お前には関係ねぇだろうが」

「あるんだよ!!俺に妹がいるのって知ってるっけ?」

さだのり「あぁ…たしか結構可愛かった気がするな」

実際は全く覚えていないのだが、適当に話を合わせておく

「妹さ…そろそろ結婚相手探さないといけないんだけど、なかなか相手がな…お前ならちょうどいいかなってさ」

さだのり「知るか」

「お、おい…妹、結構評判いいしお前になら…」

さだのり「俺にてめぇの妹を愛せって?無理だね」

「…あいつさ、昔からお前のこと好きだったんだぜ?」

さだのり「はぁ?」

「飲みに来てるときも、ずーっとお前の傍にいたがったし…お前って見た目はいいし、強いし…結構女の憧れだったんだぜ?」

さだのり「…あぁ、そう」

だった、というのは過去形だ

今の廃れたさだのりを見たところで、果たして誰が彼を愛してくれるだろうか

522 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/13(火) 21:46:59.82 ID:xvzF08zv0
「だからさ、今から呼んでくるから!!」

さだのり「おい、勝手に…」

「いいからいいから!!」

店の奥に消えた庄太郎

めんどくさいことになった、と頭を抱える

さだのり(…愛する、ねぇ)

自分も昔は誰かのことを愛していたはずだ

しかし、なぜか段々とその感情は彼の中から消えて行っている

もちろん、今だって邪火流や舞子、そして夏美のことを「愛して」いる

だが庄太郎の言う「愛して」いるのとは、全く違うものだ

さだのり(…どういうことだろうな)

そういえば、と思い出す

邪火流や舞子は年を取って大人になっているが、自分はあまり老けていないように思う

いや、昔とほとんど変わらないのではないか

昔がかなり大人びていただけに今は年相応、になるだろうが


「連れてきたぞ!!!」

「お、お兄ちゃんってば…」

さだのり「…」

「?おーい、さだのり?」

さだのり「あぁ、なん…」

さだのりがグラスから顔を上げる

そこにいたのは、どこかしら…懐かしい雰囲気を漂わせる女性だった

瑠璃「…さ、さだのり…さんですか?」

黒の長い髪、綺麗な瞳、落ち着いた雰囲気、丁寧な言葉遣い

523 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/13(火) 21:50:32.65 ID:xvzF08zv0
さだのり「…あぁ…名前は」

瑠璃「る、瑠璃です…前にも一応教えたことはあったんですが…」

さだのり「…」

グラグラ、と頭が揺れる

この女性を見ていると、昔の「彼女」を思い出す

さだのり「…そっくりだ」

瑠璃「はい?」

さだのり「あぁいや…なんでもねぇ」

「ま、若い二人はゆっくり飲んでくれよ!!」

瑠璃「お、お兄ちゃん…」

さだのり「…おい、俺は飲んでいいなんて言ってねぇぞ」

「ほらほら、独身なら問題ないだろ!!!」

さだのり「…クソ」


酔ってしまえばこっちのものだ、とさだのりがウォッカを浴びるように飲む

さだのり(…この胸やけの感じ…昔は苦手だったな)

なぜか

なぜか、今はイヤにならない

胸やけは感じているのに、それがまるで自分の体に起きている現象のようには思えなかった

瑠璃「あ…あの」

さだのり「…なんだよ」

瑠璃「…その、いつも一緒にいた…あの女性はどうなったんですか?」

さだのり「…他の男と一緒になった」


524 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/13(火) 21:57:40.76 ID:xvzF08zv0
瑠璃「…そうですか」

さだのり「嬉しいか」

瑠璃「!!そ、そんなことは…」

さだのり「…お前、俺のことが好きだったんだってな」

瑠璃「…」

無言のまま、瑠璃がコクリと頷く

さだのり「なら嬉しいはずだ、好きだった男が独り身なら」

瑠璃「ですが…」

さだのり「俺はな、人の不幸ってものが大好きだ…それ見てれば、自分は幸せだと錯覚できる」

ぐい、とウォッカを喉に放り込む

焼けつくような感じも、やはりどこか他人事だ

さだのり「…だとすれば、俺は今笑われるべき存在だ」

瑠璃「…そんなことはないです、あなたは…」

さだのり「…俺が手放した幸せを…幼馴染が手に入れてるってのは悲しいもんだ」

瑠璃「…」

さだのり「なぁ、愚痴ってみてもいいかな」

瑠璃「どうぞ」

さだのり「…俺にはな、愛した女性がいた…本当に、命を賭けてもいいほどに」

さだのり「その人を守るために、俺は命を捨てた…そして何の因果かは知らないが、こうしてまだ生きている」

さだのり「…だがその女性は、俺の言った通り…他の男と幸せになっていた」

さだのり「…俺はな、そいつのことを心の中で責めてしまったんだ、俺が言ったことなのに」

瑠璃「…それは、当然のこととも言えます」

さだのり「…醜いもんだな、心ってのは」

525 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/13(火) 22:02:06.96 ID:xvzF08zv0
瑠璃「…でも、あなたは決して醜くはありません」

さだのり「…そうか」

似ているな、と思う

こうやって他人の心を癒すのは、まるで彼女のようだった

瑠璃「…私が…彼女に似ていますか」

さだのり「あ?あぁ…なんで分かったんだ」

瑠璃「…あなたに好かれたかったから」

さだのり「はぁ?」

瑠璃「…彼女に似れば…好かれると思っていたんです、私」

さだのり「…くだらねぇ、あいつはあいつでお前はお前だ」

瑠璃「…」

さだのり「…それに胸糞が悪くなる」

瑠璃「…ごめんなさい」

さだのり「お前がじゃねぇ、お前を舞子と重ねる俺にだ」

グラスの中のウォッカがゆっくりと揺れる

グラグラと揺れている自分の姿が、泣いているようにも見える

さだのり「…お前はさ、俺のこと…どう思う」

瑠璃「素敵な人です」

さだのり「…みんなそう言うよ」

瑠璃「?」

さだのり「ありがとよ、勘定はここに置いとく」

瑠璃「あ、あの…」

さだのり「悪いが俺はもう誰も愛することは出来ないと思う、それだけは言っておくよ」

手を振りながらさだのりが店から出る

グラグラと揺れているのは、視界なのか

さだのり(…愛なんて)

吐き気がするのは、ウォッカが強すぎたからだろうか


526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage ]:2012/03/14(水) 03:38:21.83 ID:3gjtaRvto
投下乙
527 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/15(木) 23:15:53.59 ID:Vym9rVMs0

さだのり「…」

ぱっと目を開けると、既に陽が空の中心を陣取っていた

さだのり(いけねぇな…)

酒に弱かったのを忘れていたのか

それにしては、二日酔い独特の症状は残っていない

さだのり(…よかった、財布は掏られてねぇ)

瑠璃「お、おはようございます」

さだのり「…あぁ?」

声の方向を見ると、美しい黒髪の女性がいた

さだのり「…あぁ、アンタか」

瑠璃「?二日酔いの後は記憶が無くなるのでは…」

さだのり「…あーそうだった、アンタのことなんて覚えてねぇからさいなら」

瑠璃「待ってください」

ガシッ、とさだのりの手が捕まれる

振りほどこうか、と思ったがその前に一つ訊ねたいことがあった

さだのり「なんでアンタがここにいるんだよ」

瑠璃「…店のすぐ前であなたが倒れていましたので」

さだのり「…だったら店の中に入れてくれるとかいう優しさはなかったのか」

瑠璃「…あいにく、店に座らせるような場所がなく…」

さだのり「あったよな、絶対にあったよな」

528 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/15(木) 23:20:05.43 ID:Vym9rVMs0
瑠璃「…ですが、無事なら何よりです」

さだのり「…まさかとは思うが、ずーっとそうして俺の寝顔を見てたのか」

瑠璃「…人が寝ているときは、素直な姿になりますから」

さだのり「…あぁそう」

頭を掻いてから、ゆっくりと立ち上がる

さだのり「…アンタ、変わってるな」

瑠璃「変わっているでしょうか」

さだのり「あぁ、どっかの馬鹿と同じくらい」

瑠璃「…」

さだのり「…ありがとよ、アンタが見てたから財布は掏られなかったのかもな」

瑠璃「あ、あの」

さだのり「なんだよ」

瑠璃「…これから、どこかへ向かわれるのですか?」

さだのり「…まぁな、この街に来たのは久しぶりだし」

瑠璃「…久しぶりの帰郷…ですか」

さだのり「…いや、それはちょっと違うかもしれねぇ」

瑠璃「?」

さだのり「…俺に帰ってきたい場所なんてなかったんだ、とっくに」

瑠璃「…」

さだのり「…じゃあな、今度こそ」

瑠璃「…も、もし」

さだのり「なんだよ」

瑠璃「もし宜しければ…今日一日、案内致します」

さだのり「…」




さだのり「はぁ?」


529 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/15(木) 23:24:15.06 ID:Vym9rVMs0

夏美「…おじちゃんがいないとつまんなーい」

舞子「…そんなこと言わないの、彼だって忙しいのよ」

邪火流「そうだぞ夏美」

夏美「お父さんは昼間から家にいるなんて、ヒマだねぇ」

邪火流「今日は休日だからな…」

夏美「あ、じゃあどっか連れてってよ!!」

邪火流「…まぁ、それもいいかな」

夏美「やったぁ!!!」

舞子「いいの?せっかくの休みなのに…」

邪火流「たまには父親らしいこともしなきゃな」

舞子「…そうね」

夏美「私ね、喫茶店に行きたい!!」

邪火流「ははは、夏美もそういうのに興味が出てくる年頃か」

夏美「うん!!!」






瑠璃「ここがオススメの喫茶店です」

さだのり「ちょっと待ってくれ」

瑠璃「は、はい」

さだのり「俺は綺麗な女がいる場所に連れて行けと言った」

瑠璃「…はい」

さだのり「どこにいるんだよ、綺麗な女が」

瑠璃「ここの店主さんも中々…」

さだのり「…あれが美人だと…?」

530 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/15(木) 23:27:46.45 ID:Vym9rVMs0
瑠璃「あなたの好みというものが分かりませんでしたから…」

さだのり「俺の好み…ねぇ」

自分の好み

さだのり「…そういえば…俺ってどんな女が好きなんだろう」

瑠璃「いつも一緒にいたあの女性などは…」

さだのり「…」

愛していた

そうだろうな、とさだのりが笑う

さだのり「…なぁ、瑠璃」

瑠璃「は、はい」

さだのり「…時の流れってのは非情だよな」

瑠璃「…そうでしょうか、人々の思い出を作り、愛を深め、誰かの明日を今日にする…素敵なものだと思います」

さだのり「だからだよ」

瑠璃「?」

さだのり「…だから、そんな時間に置いて行かれた人間は辛い思いをしてしまう」

瑠璃「置いて行かれる人など…いないでしょう?」

さだのり「…」

いない、のだろうか

果たして今のさだのりは時間という物を過ごしているのだろうか

昨日の思い出を背負った彼は、もう時計の針の上で屈するだけの存在ではなかろうか




さだのり「…そうだな、いないはずだ」




531 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/15(木) 23:31:20.84 ID:Vym9rVMs0

夏美「あ!!おじちゃんだ!!!」

邪火流「…さだのり?」



さだのり「あぁ?あぁ…お前らか」

夏美「おはようおじちゃん!!!」

さだのり「あぁ、おはよう」

邪火流「…そちらは?」

瑠璃「瑠璃と申します」

邪火流「…?あぁ、もしかしてあの居酒屋の娘さんか!?」

さだのり「あれ、お前達知り合い?」

邪火流「いや、懐かしいな…昔はよくさだのりの絡んでくれて」

瑠璃「い、いえ」

さだのり「…俺が忘れてるだけなのか、なぁ」

夏美「おじちゃんとお姉さんはデート?」

瑠璃「!!ち、違いますよ…」

さだのり「ただ街を案内してもらってるだけだ」

邪火流「…そうか、街を…」

さだのり「ホント、見れば見るほど変わってるな…なんだかんだ少しずつ清潔になっていくよ」

邪火流「ははは、王様があれだからな」

さだのり「…ホント、綺麗になりやがった」

夏美「?どうしたの、おじちゃん」

さだのり「…いや」



さだのり(…あいつらの血飛沫なんて、もう拭い去られた後だったんだな)

532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/03/16(金) 07:46:41.57 ID:6YwhTf+ro
最近こっちも投下が多くて嬉しい
533 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 15:36:10.40 ID:O0uKvjHv0

夏美「それでね、おじちゃん!!」

さだのり「…」

夏美「…おじちゃん?」

さだのり「ん?あぁ、なんだ」

夏美「もう…ちゃんと聞いててよ!!」

さだのり「悪い悪い…で、なんだっけ」

夏美「明日お父さんとお母さんと夏美と舞でピクニックに行くの!!」

さだのり「へぇ…邪火流、お前仕事は」

邪火流「家族のためだからな…王様にも一応許可は貰ってる」

さだのり「あのジジイがよく許したな」

邪火流「…一応、王様って呼んでおけ」

さだのり「やだね」

瑠璃「…あの、さだのりさんは王とお知り合いなのですか?」

邪火流「あれ、瑠璃さんは知らないのか…」

瑠璃「は、はい」

さだのり「別に知り合いじゃねぇよ…」

邪火流「よく言う…こいつほど王様から信頼されている人間もいないさ」

瑠璃「そ、そうなのですか?」

邪火流「あぁ…今からでもいいから軍に入ってほしいっていつも言ってるよ」

さだのり「血で血を洗うのはもう御免だ」

534 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 15:39:30.94 ID:O0uKvjHv0
夏美「もう、お父さんも話逸らさないで!!!」

邪火流「あぁ…悪い悪い」

夏美「それでね、おじちゃんも一緒にピクニック行かない?」

さだのり「…俺が?なんで」

夏美「お母さんが言ってたの、おじちゃんも一緒に連れて行きたいって」

さだのり「…あいつがねぇ」

瑠璃「…あの、そのお母さんというのは…」

さだのり「…お察しの通り」

邪火流「…瑠璃さんは舞子のこと、知ってるのか」

瑠璃「え、えぇ」

さだのり「こいつ、舞子に憧れてるんだとさ」

邪火流「道理で…舞子に雰囲気が似てると思ったら」

夏美「?お姉さんはお母さんが好きなの?」

瑠璃「憧れているんですよ、私は」

さだのり「…ピクニックだったっけ、断るよ」

夏美「な、なんで!?」

さだのり「俺はそういうのは好きじゃない」

夏美「だって…おじちゃんと一緒に行きたいもん」

さだのり「知るかよ…それにな夏美、お前はお父さんとお母さんを一番慕わなきゃいけない」

ぽん、と夏美の頭に手を置く

さだのり「…いいか、お前は家族を大切にしなきゃならない」

邪火流「…さだのり…」


535 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 15:42:44.59 ID:O0uKvjHv0
夏美「…うん」

さだのり「さて、それが分かったなら俺は…」



「きゃぁぁぁぁ!!!」


邪火流「!!なんだ今の悲鳴!?」

さだのり「…女の声だな、数は三人」

邪火流「の、呑気に分析している暇か!!!」

さだのり「おいおい、助けに行くのか?」

邪火流「当たり前だろうが!!お前だって行くだろ!!!」

さだのり「よくご存知で」

ゆったりと立ち上がったさだのりが、ふと邪火流のほうを見る

さだのり「そういやお前…剣とか銃とか持ってねぇの?」

邪火流「…今日は非番だったから」

瑠璃「!!向こうに男が駆けていきました…!!」

さだのり「…手に女物の鞄を持ってやがる、ひったくりか?」

邪火流「だがその程度であそこまで悲鳴を…」



「だ、誰か助けて!!!!」


さだのり「…強盗、かねぇ」

邪火流「とりあえず、瑠璃さんは夏美を頼みます!!!」

瑠璃「は、はい」

邪火流「行くぞさだのり!!」

さだのり「あいよ…」


536 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 17:50:49.03 ID:O0uKvjHv0
悲鳴を上げた中の一人と思われる女性が地面にうずくまっていた

その足からは赤黒い液体が流れ出ている

邪火流「大丈夫か!?」

「あ…あ…」

周りで腰を抜かしているのが、おそらく残りの二人だろうか

そちらは無傷のようだ

さだのり「おい、何があったんだ」

「と…突然男が後ろから…刺してきて…」

邪火流「…くそ、昼間から派手な強盗だな…」

シャツを破り、女性の足に結び付ける

邪火流「…応急処置だが、念のため病院に連れて行かなきゃならないな」

さだのり「…お前が連れて行け、たしかこの近くに病院が…」

邪火流「いや、あそこは潰れちまったんだ」

さだのり「あぁ?くそ…一番近い病院は」

邪火流「…ここから歩いて20分かもしれないな」

さだのり「…行けるか」

邪火流「あぁ、お前は…」

さだのり「追いかけてみるよ」

肩をすくめたさだのりが駆けだす

まるで疾風のようにも見えるそれは、とても常人のものではなかった



さだのり(…しっかし、治安も良くなったと聞いていたが…)

さだのり(まだ懐かしい香りも残ってるもんだな)


537 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 18:01:40.78 ID:O0uKvjHv0

「…はぁ…はぁ…」

肩で息をする一人の男

手に握られたナイフには赤黒い液体が着いている

「…ちっ…こんだけしかなかったか」

バッグの中身を確認し、そっと舌打ちをする

周りには誰もいない

裏通りなどに好んで入ってくる人間は二種類しかいない

一つは犯罪を犯す者

もう一つはその犯罪を取り締まる者

彼はその前者だった


さだのり「おう、見つけた」

「!?」

だとすれば、後ろから来たのは後者なのだろうか

「お、お前…何の用だ!?」

さだのり「いやぁ、昼間っから強盗やらかすような馬鹿がまだいたとはな」

ニヤニヤと笑いながら近づいてくる男は、只者ではなかった

コーンロウの髪型にいかつい顔

かなりの筋肉質な体には似合わない柔和な笑み

そして何より、この裏通りの雰囲気に溶け込みそうなほどのオーラ

「…てめぇ…追いかけて来たのか…!?」

さだのり「おうよ、一応これでも正義の味方に憧れてた頃もあったんだぜ」

538 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 18:09:22.99 ID:O0uKvjHv0
「くそっ!!」

カバンを男のほうに投げつける

それを目くらましにするには少し小さいだろうか

だがほんの少しの隙でも出来れば問題はない

これでも走りには自信がある、なければ強盗やひったくりなどは出来ない

さだのり「…」

一瞬、男が冷めた様な表情になる

背筋がぞくりと凍るのが分かる。だがそれに怯えている暇はない

「!!」

くるりと踵を返し、男に背中を向ける


その背中に何か硬いものが振り下ろされた

「がはっ…!?」

さだのり「おいおい、逃げるなんてつまんない真似するなって」

それが男の拳だと気づくには少し掛かった

「て…めぇ!!」

さだのり「…俺はな、やっぱり喧嘩とか争い事が好きなんだよ」

ニヤニヤと笑いながら、男が襟首を掴む

獅子に睨まれた子犬のように、背中が震え上がる

さだのり「…どうしてか分かるか、俺の存在意義の一つに力の誇示という物があるからだよ」

「くそがぁ!!」

ナイフを振り回し、男の脇腹を狙う

さだのり「…」

ナイフが脇腹に当たった時に、おかしな手ごたえを覚えた

「あ…」


ナイフが折れたのだ、金属が生身に当たって

金属が、折れたのだ



539 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 18:15:16.30 ID:O0uKvjHv0
「な、なんで…」

さだのり「…怖いか」

「ひっ…」

さだのり「不思議だろ、不気味だし気味が悪いし吐き気がする。まるで初めて親の性行為を見たときのようなおぞましさだろ」

襟首を掴んだ腕に力を籠め、男が笑う

さだのり「…俺たちはな、そんなおぞましさを使って生き抜いてきた…あの戦争も、そして普段の日常も」

「離せ!!!」

さだのり「…化け物と言われようが、俺たちは幸せを手に入れる権利があった」

ガツン、と衝撃が脳内を揺さぶる

建物の壁に頭をぶつけられた

さだのり「…俺はそれを捨て、邪火流はそれを受け継いだ…ってとこかな、お前さんには分からないだろうが」

ヌルリとした感触が首を伝う

さだのり「…俺はその幸せを見守っていたい、俺が捨てた幸せに憧れているからな」

「…何を…」

さだのり「…なに、さっきまでの平穏な雰囲気を壊された怒りだ」

男が拳を握りしめ、そっと振りかぶる

殺される、初めての恐怖が頭を駆け巡る

さだのり「…少しだけ眠ってろ」



さだのり(…そうだ、幸せを守るだけでも十分な人生かもしれねぇ)

舞子の、邪火流の、夏美の笑顔を守るだけでも

さだのり(…)

しかし彼は同時に思った

そこに自分の幸せはあるのだろうか、と


540 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 21:05:09.40 ID:O0uKvjHv0


さだのり「…よぉ」

夏美「!!おじちゃん、大丈夫だった!?」

喫茶店に帰ってきたさだのりを迎えたのは、先ほどの二人だった

邪火流はまだ帰ってきていないらしい

さだのり「当たり前だろ…そんな簡単に俺がやられるかよ」

瑠璃「…!服が破けています…」

さだのり「…あぁ、これか」

脇腹に目をやり、軽く呟く

さだのり「…あーあー、せっかく新しい服だったのによ」

瑠璃「…刺されたのですか?」

さだのり「いや、そうじゃない」

瑠璃「ですが…」

さだのり「それよりカバン、取り返したぞ」

被害者の女性の一人に、ぽんとカバンを放る

「あ…ありがとうございます」

さだのり「…気をつけな、人間の心の中に完全に平穏な場所なんてねぇ、絶対にだ」

「…はい」

さだのり「さーて、俺は仕事は終わらせたし…」

瑠璃「…ですが、私はこの子を見張っていなければなりません」

さだのり「?だからなんだよ、俺は行くからな」

夏美「お、おじちゃん…ピクニックは…」

さだのり「行かねぇよ、お前らだけで楽しめ」

ヒラヒラと手を振って、さだのりがその場を去る


瑠璃「…悲しい人ですね…彼は」


541 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 23:10:06.38 ID:O0uKvjHv0

さだのり「…」

脇腹にふと手をやり、さだのりが顔をしかめる

あの男は確かに、全力を振り絞って彼の脇腹にナイフを突き立てたはずだ

ならばなぜ、彼の脇腹には傷一つないのか

さだのり(…服は切れている…ってことはだ、しっかりと当たってはいたんだ)

ここに来てから…いや、そもそもあの戦争で無事に生き残ってから、ずっと違和感を覚えていたことがある

さだのり(…俺は年を取っていない)

体に、時間の経過がまるで感じられないのだ

若々しさを保っている、などという話ではない

本当に、成長が止まっているのだ

さだのり(…身体能力も…おかしいほどに上がっている)

先ほどの強盗に、なぜ追いつけたのか

あれほどの差をつけられていたにも関わらず

走った後でも、息切れなどしなかった

昔から体力に自信があったとは言っても、それは所詮人間の域だったはずだ

さだのり(…何がどうなってるんだろうな)

死神にでもなったのか

悪魔にでもなったのか

だが、そんなことは大して問題ではない

ただ言えることは、彼はもう「普通の人間ではない」のだ

さだのり(…力の加減が出来るのが救いだな、常にフルパワーなんてアメコミみたいな展開だけは御免だ)

さだのり(…だがまぁ、極力人と関わるのは…避けた方がよさそうだ)

もしも今の彼が、何かしら自分の知らない所で体に異常があるなら

いつそれが、他人に牙を剥くか分からない



542 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 23:18:06.05 ID:O0uKvjHv0
さだのり(…あぁ、もしかしたら)

誰かの幸せを見届けるには、これほどの体が必要なのかもしれない

他人の幸せを守るためには、自分の幸せを守る以上の力が必要なのかもしれない

さだのり(…だとしたら)

これは、必要な力のはずだ

彼にとっては、必要な

遠くから誰かを守るために、駆けつけるには必要な

そして、自分で誰かを抱きしめるにはあまりに強すぎる力だ

さだのり(…丁度いいじゃねぇか、これなら他人に近寄りたいとも思わない)

夏美にも、邪火流にも、舞子にも

必要以上に近づくこともない

さだのり「…何しにここに来たんだろうな、俺は」

帰る場所がほしかったのか

彼女の顔を見たかったのか

過去の思い出に逃げたかったのか

さだのり「…どれでもねぇか」

さだのり「…俺は結局、迷ってるだけなんだろうな…」

ふらふらと旅路の途中に、偶然ここに来ただけなのだとしたら

さだのり(…いや、考えるのはやめるか)

宿に泊まろう、そして明日にはもう戻る

この街は、彼には暖かすぎるから


543 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 23:29:15.95 ID:O0uKvjHv0

邪火流「…ただいま、さだのりは?」

瑠璃「…私にこの子を任せて、どこかへ…」

邪火流「…あの野郎…」

邪火流が喫茶店に戻ったのは、さだのりがその場を去ってから30分ほどしてからだ

夏美「ねぇお父さん…あの人、大丈夫だった?」

邪火流「あぁ、傷は大したことはないみたいだ…落ち着きも取り戻したし」

瑠璃「でも驚きましたね…まさか白昼堂々と強盗が起きるなんて」

邪火流「…おかしいといえばおかしいですね」

夏美「…なんか怖い」

邪火流「いや、大丈夫だ…大丈夫」

娘の頭に手を置いて、邪火流がなだめるように呟く

邪火流(…おかしい)

邪火流(…さだのりが帰ってきたタイミングで…か)

邪火流(いや、偶然だろうな…あの強盗は俺達から離れたところで犯行に及んだ)

邪火流(…強盗…か)

邪火流(…治安を悪くしたい、なんてくだらない理由では…)


邪火流(…!待て、さだのりがこの街に帰ってきたという情報はかなり広がっているはずだ)

彼はこの街では有名人だ、その彼が帰ってきたならたちまち噂は広がる

邪火流(…さだのりはもともとベッケンバウアーに雇われてた傭兵だ…なら治安が悪くなれば、自然と表に出てくることになる)

邪火流(…奴らの狙いは…さだのりの命か?それとも戦争を起こすつもりか…)

邪火流(…とにかく)

夏美「?どうしたの、お父さん」

邪火流「…いや、なんでもない」



邪火流(…誰かが、さだのりの周りで暗躍してるのか?)

544 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/16(金) 23:58:50.15 ID:O0uKvjHv0

さだのり(いや、違うな)

邪火流と同じ結論までは、彼もいたっていた

だがそれでは少し辻褄が合わない

さだのり(俺がここに帰ってきたのはほんの数日前だ…それからそこまで計画的な犯行を企てられるわけがねぇ)

さだのり(…治安を悪くして俺をおびき出そうとしている者もいる)

さだのり(…昨日のガキのように、俺に直接手を下そうとしている人間もいる)

さだのり(…そうだ、ヤツらは派閥なんてまだ作ってはいない…誰もがバラバラに、しかし俺の命を奪うという目的だけを持って動いている)

さだのり(…憎しみは人を加速させる、それは愛や友情よりも恐ろしいほどの加速度だ)

さだのり(…たった数日で一気に俺の情報は広がり…そして治安は悪くなる)

さだのり(…となると、危険に晒される人間が出てくる)

邪火流、夏美、瑠璃

あの三人は今一緒にいるだろう

邪火流も愚かではない

おそらく、今頃はさだのりと同じ結論に至っているはずだ

さだのり(…いや待て、俺を殺すためには俺を呼び出す人質を使うやつも出てくる…?)

となると、最も有効なのは誰か

実の娘か?いや、夏美がさだのりの娘だと知っている人間はほとんどいない

瑠璃か?昨日の酒場での話だけでは、さだのりとの親密な関係は疑われないだろう

邪火流か?彼のことを狙うなど、効率が悪いだろう

だとしたら

さだのり(…た…たった一人…いるじゃねぇか…)

さだのりがかつて愛していた、そしてそれを街中の多くの人間が知っている人物

今、自宅に幼い娘と二人だけでいる、およそ力があるとは思えない人物


さだのり(舞子…!!!)


545 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 00:07:56.25 ID:MAU9zp0O0

舞子「…みんな遅いわね…」

トントン、と子気味よく鳴っている包丁の音

それを聞いているのか、ベッドで寝ている舞も心なしか笑っているように見える

舞子(…ふふ、平和な時間ね)

この平和を作り上げたのは、自分の夫と、あと一人


トントン、と鳴ったのは包丁ではなかった

ドアが誰かにノックされたのだ

舞子(…邪火流ではないわね、ノックなんてする必要がないわ)

舞子(…さだのり?でも、さだのりがここに来るとは…)

そう疑いながら、ドアを開ける


舞子「はい…」


ガツン、と鳴ったのは鈍器が振り下ろされた音だった


舞子(…え…?)


「…こいつが例の女でいいんだよな」

「多分な、ここにこいつの血で脅迫文の一つでも書いてやれよ」

「いいのか?もしかしたら…は来ないかもしれない」

「…が来るのはたしかだ、こいつの夫…らな」

舞子(何を…言って…)

薄れる意識の中で、舞子が聞いたのは


平和が崩れる音だったのかもしれない


546 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 00:13:27.04 ID:MAU9zp0O0

邪火流「舞子!!!」

夏美「お母さん!!!」

バン、とドアを開いた

しかしそこに彼女はいない

邪火流「…舞は無事か…!!!!」

ドアのすぐ下に、真っ赤な何かで書かれた文がある

瑠璃「あ、あの…」

邪火流「…瑠璃さん、ちょっと…家を頼んでもいいですか」

瑠璃「え、えぇ…」

邪火流「…夏美、お父さんは少し行かなきゃいけない場所がある」

夏美「ど、どこに行くの!?」

邪火流「…大丈夫、すぐ帰ってくる」

壁に掛けられた剣を握り、邪火流が外へと向かう

瑠璃(…何…?一体何が起きているの…)

彼女が憧れていたあの男と、何か関わりがあるのだろうか



邪火流「…どういうことだ…城に立て籠もるだなんて狂ってやがる」

脅迫文には、城まで来いとだけ書かれていた

そこに、舞子を人質に立て籠もるのだろう

邪火流(…奴ら、さだのりだけじゃない…同時にベッケンバウアー政権にまで喧嘩を吹っかけるつもりか!!)

だとしたら、今の彼だけではどうしようもない

城の軍隊も抑えられてしまう

なら



さだのり「行くか、相棒」


頼れるのは、もはやこの男しかいなかった

547 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:42:07.20 ID:MAU9zp0O0
さだのりは駆けた

あの女性の無事を祈って

舞子が、そこにいてくれることを願って

さだのり(何が幸せを守るだ・・・畜生が!)

結局、彼には何も守れない

あの戦争で、彼は「自分の幸せ」を守れなかった

今回は「みんなの幸せ」を守れなかった

自分が帰ってくることがどれほどのリスクを持っているか、考えもしなかった

さだのり(・・・世の中が平和になったら、俺が来ても問題ないだと・・・?)

そんなわけ、なかった

彼に憎しみを持つ者はいくらでもいるはずだ

かつての反乱軍の残党だっているだろう

反乱軍の家族がいるはずだ

今の兵士だって、もしかしたら平和を持て余しているかもしれない

平和をもたらした「さだのり」と「邪火流」を憎む者も現れる

そして

さだのり(俺が・・・俺が憎いヤツもいるはずだ)

あの戦争なんて関係ない

その前に彼が傭兵をやっていた頃

何度人を殺しただろうか

さだのり「畜生!」

考えれば簡単に分かるはずだった

自分が、ただここに来てしまったがために





548 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:42:46.83 ID:MAU9zp0O0





さだのり「舞子!」

いないのだ

邪火流がその家の中から出て来た

手には剣を握っている

瞳には憎しみと怒りがあった

あぁ、そうか

さだのりは理解した、舞子はもうここにはいない

さだのり(・・・やられた)


邪火流「・・・」

邪火流の顔には、同時に焦りも見えた

彼一人ではどうすることも出来ない

邪火流「城に立て篭もるなんて狂ってやがる・・・」

ベッケンバウアー政権も敵に回すつもりなのだろうか

邪火流の、その一言だけでさだのりの心の中から醜い物が吹き出してくる

それはつまり、今の幸せを壊すこと

それはつまり、あの優しい老人を巻き込むこと

それはつまり


舞子が人質に取られたということ

さだのり(なら何が出来る)

彼の知っていることは多くない

誰かを説得する術なんて知らない

何事も平和に解決する術なんて分からない

なら


さだのり「行くか、相棒」

彼が唯一知っている、「破壊」をもって




549 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:43:26.45 ID:MAU9zp0O0



ベッケンバウアー「・・・表が騒がしいな」

ふふふ、と笑う一人の老人

その顔には驚きなどなかった

ただ、納得したような、クイズに正解したような、勝ち誇った顔があった

ベッケンバウアー「・・・」

バタン、とドアが開かれた

普段なら開かれることはほとんどない

開かれるとしても、その前に必ず丁寧なノックがされるはずのドアが

「いたいた・・・まさかこんな近くで王様を拝めるなんてな」

「おい、こいつはどうする」

「後で殺してもいいが・・・どうせならあいつらの目の前でやってやれ」

男女の両方がいる

悪事を働きそうな見た目の者から、かなり真面目そうな見た目の者まで様々だ

ベッケンバウアー「・・・なんのつもりじゃ」

「初めまして・・・なんて言うと思ったか、じいさん」

その中の、柄の悪い男が何かを放った

ベッケンバウアー「!舞子!」

舞子「・・・陛下・・・」

「じいさんさぁ・・・さだのりって野郎が帰ってきたのは知ってるかな」

ベッケンバウアー「もっと言えば、お主らのような輩が出るであろうことも」

「なら話は早い、人質になってもらってもいいかなぁ」

ベッケンバウアー「・・・表にいた兵士はどうした」

「夜だからって警備を手薄にしちゃいけないな、たった15人だけなんて」

ベッケンバウアー「どうした、と聞いているのじゃが」

「殺したよ」

ベッケンバウアー「貴様ら!」

憤怒の表情に変わったベッケンバウアーが椅子から立ち上がる。初めて見せた、明確な憎悪

だが、その右足を一発の銃弾が貫く


550 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:44:00.57 ID:MAU9zp0O0
ベッケンバウアー「ぐっ・・・!」

舞子「陛下!」

「人質が騒ぐなって・・・別にいいじゃねぇか、兵士は死ぬのが仕事だろ?」

ケラケラと笑う男を睨みつけ、ベッケンバウアーが言葉を吐く

ベッケンバウアー「貴様ら・・・どうなっても知らんぞ」

「別に、あの二人とアンタさえ殺せればそれでいいんだよ」

「・・・あの戦争で革命を起こした二人と、その戦争で守られた穏健派の王様、それが死んだらみんなはどう思うかな」

ベッケンバウアー「・・・何が目的じゃ」

「昔アンタに謀反を起こそうとしたヤツらと一緒さ」

「・・・世の中には、戦争が好きなヤツもいるんだぜ」






さだのり「・・・城か」

邪火流「あぁ」

それだけの会話を交わした二人

彼等は歩く

手には剣を握り

心には不気味なほどの憎しみを抱えながら

さだのり(・・・いらつかせやがって)

何が目的か、なんて分かっている

相手は狂った人間だ、人と争いを起こすのが好きな人間なのだ

さだのり(・・・俺と同じだ)

ただ、守りたい物があるかないかの違いだ

さだのり(・・・舞子、無事でいろよ)

夏美や瑠璃、舞も心配ではある

それでもあの三人は、さだのりとの確実な接点は捕まれていない

さだのり(・・・)



551 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:45:22.15 ID:MAU9zp0O0
舞子だって、本当はとっくに自分みたいな人間とは関係ないはずなのに

邪火流「・・・敵の数はどれくらいだと思う」

さだのり「一人では流石に城を責めるには分が悪い」

邪火流「舞子を人質にしてもか」

さだのり「あぁ、だとすれば今回の相手は複数だ」

邪火流「・・・お前の帰還の噂を聞き付けて、急遽作られた部隊ってところか」

さだのり「いや、統率の取れた部隊なんかよりよっぽど質が悪い」

邪火流「・・・仲間意識なんて乏しいからな、手加減なんてしないで爆弾やら重火器やらぶっ放してくるだろうな」

さだのり「・・・二人一緒に行動するのはまずい」

邪火流「あぁ」

さだのり「・・・恐らく、城までの道にも見張りを配置しているはずだ」

邪火流「俺は西から、お前は東からでいいか」

さだのり「東からのほうがベッケンバウアーの野郎の部屋に近いぞ?舞子を助ける役目が欲しくないのか」

邪火流「王の部屋にいる可能性は高いが・・・なら、それだけ見張りも多いだろ」

さだのり「俺のほうが確実に敵をやれるってことか」

邪火流「・・・こっちは退路を確立させる、救出はお前に任せていいか」

さだのり「・・・救出、ねぇ」

邪火流と拳をぶつけてから、二手に分かれる

さだのり(だとしたらそれは間違いだな、相棒)

胸が躍る。久々にこの感覚を味わった

楽しみなわけではなく、怖いわけでも、面白いわけでも、悲しいわけでも嬉しいわけでもおぞましいわけでも憎いわけでも好きなわけでも嫌いなわけでもない

ただ、彼の中にある何かが解き放てるのだ、今この瞬間に



さだのり(これから始まるのは掃討戦だ、殺すための争いだ)





552 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:46:08.21 ID:MAU9zp0O0


待ち人未だ来たらず


瑠璃「・・・夏美ちゃん、大丈夫?」

夏美「・・・お母さんは・・・大丈夫かな」

シンと静まり返った家の中

昨日までの平穏は、今は無かった

瑠璃「大丈夫・・・きっと、あなたのお父さんとさだのりさんが上手くやってくれるわ」

夏美「・・・お姉ちゃんは、信じてる?」

瑠璃「えっ・・・?」

夏美「おじちゃんを・・・信じてる?」

瑠璃「・・・聞いたことがあるの、さだのりさんは・・・たった一人の人を守るために、国を敵に回したんだって」

夏美「おじちゃんが?」

瑠璃「えぇ・・・そしてあの人は勝ったの」

夏美「・・・ホント・・・?」

瑠璃「えぇ、だから大丈夫」

夏美「・・・うん、分かった」

瑠璃「・・・大丈夫、だから」

無理矢理な笑みを浮かべる二人

だが、二人とも分かっていた

彼等は、結局何かを失う必要があるのだと




553 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:46:46.12 ID:MAU9zp0O0




邪火流「・・・」

駆け抜ける内に、怪しい人物を幾人か見つけた

その全てが邪火流の顔を見た途端、狂喜から武器を振るってきた

邪火流「めんどくさいんだよ!」

「ははは!アンタ、邪火流だなぁ!?あぁ!?」

太った男が剣を振り回してくる

身を屈めてそれを避け、腹部目掛けて剣を振るう

「がはっ・・・」

鮮血が舞う、月に照らされたそれは懐かしい輝きを持っていた

邪火流(・・・人を斬るのは久しぶりだ)

「がぁぁっ!畜生、てめぇ!」

邪火流「・・・悪いな、ここで見逃してやりたいところだが」

ガン、と男の頭を踏み付け気絶させる

邪火流「・・・意識くらいは奪っておかないといけないんでな」

退路を作るには、途中にいる相手を一人残らず無力化させなければならない

邪火流「・・・だが殺しても・・・駄目だろうな」

彼は知ってしまった、命の重さという物を

かつては知らずに、ただ奪うだけだった

時を経て、家族を持ってやっと気づいた重さだった

邪火流「・・・甘えかもしれないが、父親が人殺しなんて・・・夏美も舞もイヤだろうからな」

そんな言い訳をしながら、「父親」は走った





さだのり「二人目、だな」

そして「男」は知らなかった

目を背けていたのかもしれない、どちらにしろ「父親」との差は明確だった

彼の前には二人の男が倒れている

邪火流と同じ行動を取っただけだ、相手の攻撃を避け、反撃として剣を一回振るう、それだけだ

だが、大きな違いが一つ

さだのり「あーあ、命乞いすりゃ少しは手加減したのにな」

倒れている男は、息をしていないということ

真っ二つに裂けた腹部からは内臓がドロリと飛び出ている

赤黒い血を伴い、それは地面に広がっていた


554 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:48:52.41 ID:MAU9zp0O0
さだのり(・・・あぁ)

ゾクゾクと背中に電気が走る

楽しいわけではない、怖いわけでもない

さだのり(懐かしい)

昔は何度も繰り返した行動だ

さだのり「・・・」

「この化け物がぁ!」

後ろから誰かの声が聞こえた

ヒュン、と鳴ったのは恐らく手榴弾を投げる音だ

凄まじい爆音を立て、粉塵が舞い上がる

「・・・はぁ・・・」

それを投げた本人でさえも驚くほどの威力だった

さだのりの足元に転がっていた二つの死体は粉々に飛び散っていた

「・・・」

ガクガクと震えるのは、恐らく争いへの恐怖だ

それも今までの生温い争いではない

殺せば終わり、ではなく死体を切り刻み、吹き飛ばし、食い散らかす争い

恐ろしい、しかし愛おしささえ感じるほどの純粋な恐怖


「・・・さて・・・今ので粉々に」


さだのり「・・・奇襲なんて汚い真似だな」

「!」

そこで、恐怖の種類が変わった


粉塵の中から聞こえたのは悪魔の声

背中を撫で回されたような感覚が、男に本当の恐怖を与える



さだのり「いや、舞子を人質にするなんて時点でお前達は腐ってるんだったな、忘れてた」

「てめぇ・・・なんで生きていられる!?」

さだのり「さぁね、体が頑丈になっちまってるみたいでさぁ」



555 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:49:40.05 ID:MAU9zp0O0
ドンドン、とわざと足音を鳴らしながらさだのりが男に近づく

「!」

男が恐怖していたのはこれだ

殺しただけでは足りないのだ、殺してからが本番

流れ出した血で紋章を描き、砕けた骨で音を鳴らす


「は・・・ははは、いいな!こっちはこういうのが楽しみだったんだ!」

剣を握り、さだのりに向けて振るう

さだのり「あぁそうかい」

彼の顔を、真横から真っ二つにするように振るい、そして斬る

はずだったが

さだのり「だったら楽しみを俺にも分けてくれや」

それをさだのりは素手で受け止めた

月の光を跳ね返すほど、研ぎ澄まされた刃を素手で

「なん・・・」

さだのり「・・・さぁ、どこを斬られたい」

悪魔だ、と男が呟く

人間なわけがない、手榴弾を喰らって傷一つなく、剣を素手で受け止めるなんて

さだのり「腕か?足か?腹か?胸か?耳か、鼻か、口か、目か?」

ニヤリと笑ったさだのりが、それとも、と続ける


さだのり「全部か」



556 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:50:41.52 ID:MAU9zp0O0
「や・・・」

グチュリ、と鳴ったのは男の足が両断された音だ

痛みが遅れてやってきた

だが悲鳴を上げる暇は無かった

次に斬られたのは腕だった

その後に耳、鼻、腹

「あぁぁぁ!」

さだのり「どうした、争いが好きなんだろ」

俺は昔からこうして生きてきた、さだのりが笑う

さだのり「これしか方法を知らなかった俺に、舞子は他の方法を教えてくれたんだ」

「あ・・・悪魔・・・」

さだのり「だとしたら、俺は舞子を傷付けるヤツを許さない、愛からでも友情からでもなく呪縛からだ」

最後に刺されたのが眉間だったろうか

その瞬間に男の意識が消えたのだから、知るのはさだのりだけだ

さだのり「・・・呆気ないもんだな」

呆気ないものだった

命なんてそんなものだ

さだのり(・・・こいつにも、幸せなんて物くらいはあったのかもな)

物言わぬ死体を見下ろし、考える

さだのり(・・・悪魔、か)

人間ではない

さだのりは悪魔だ、愛した女の呪縛から完全には逃れられず、ずっと暗闇に嵌まる考え方をしてしまう彼は

さだのり「だったらなんだよ、いいじゃねぇか」

また別の男が現れる

それは昨日の夜、さだのりに直接攻撃を仕掛けてきたあの少年だった

「・・・また会ったな、人殺し」

さだのり「いいじゃねぇか・・・」

口許が自然と歪む

何もかもを忘れ、ただそこに残るのは



さだのり「こんなに楽しいんならなぁ!」




狂喜という名の感情のみ


557 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 11:57:05.44 ID:MAU9zp0O0

少年は父親を愛していた

小さなころの断片的な記憶の中で、彼の父親は英雄だった

今の生ぬるく平和な王を、心の底から嘆いていた

いつ敵国が侵略戦争を始めてくるかも分からない、それなのに今の王は平和的に解決しようとする癖がある、と

王とは戦う存在ではなく、従えるための存在だ

そして従うのは犬である兵士達、鎖で繋がれ、餌を与えられ、主人が命ずるならそれに従い尻尾を振る

だが、その犬でさえも呆れるほどに今の王は穏やかだった



「いつか、あの王は殺される日が来るよ」

小さく笑いながら語った英雄は、次の日忽然と姿を消した

英雄は殺されたのだ、たった一人の悪魔の手で





「…アンタは悪魔だ、人間じゃない」

さだのり「そうだな、そしてその悪魔と対峙してるお前はなんだ」

暗い夜道のど真ん中、昨晩とは違い面と向かっている二人

「…街のヤツらはアンタを国を救った英雄として崇めている」

さだのり「みたいだな」

「英雄ってのは、人を殺して喜んだりはしない」

さだのり「俺は英雄じゃないさ、ただ悪魔信仰ってのが世の中にあるくらいだからな」

「…アンタは狂ってる、悪党ってのは優しさを持っていなければならないはずだ」

さだのり「それは物語の中の話だ、本当に悪党なら誰だって構わず殺すし、誰だって構わず汚す」

「…そんなアンタも、たった一人の女のために城に向かうのか」

見下したような目で、少年が笑う


558 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 12:01:57.55 ID:MAU9zp0O0
さだのり「…愛ってのを教えてくれた人なんでな」

「愛?笑わせるなよ、この化け物が」

鋭く光るのは刃だろうか、それとも

さだのり「…化け物が誰かを愛した、そしてそれを守ろうとしている…滑稽な喜劇だとでも思っておけよ」

「喜劇?こいつはただの狂言だ」

さだのり「…言うね、餓鬼が」

「…!!!」

かっと見開かれた少年の目には、さだのりしか映っていなかった

さだのり(…大振りだな、そんな振り方じゃ隙がいくらでも出来る)

剣を大きく振るった少年の脇腹は、本当に無防備だった

そこに目がけて、さだのりは脚を突き出す

「…」

さだのり「?」

ニヤリ、と少年の口が歪んだのはなぜか


さだのり(…!)

少年の剣の動きが、変わる

横に薙ぐような動きを突如として止め、その止めた剣をさだのりの足に突き立てる

さだのり「ぐっ…!?」


傷が付いた

あの強盗の一撃では傷が付かなかった彼の体が

さだのり(そういや、昨日の晩もこいつの攻撃では掌に…!!!)


「悪魔の首を払うのはいつだって英雄だ…だから!!」


脚を傷つけたことで、さだのりはバランスを崩した

その彼の首目がけて、鈍く光る刃が振り下ろされる



「俺は英雄にならなきゃいけない!」


559 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 18:40:18.17 ID:MAU9zp0O0

邪火流「…くそっ、キリがねぇな…」

城までの道のりはかなり長い

その間に、何人もの見張りを配置されていては時間がかかる

邪火流「…かと言って見逃すわけにはいかない、か」

「ははは!!!死ねやぁ!!!」

邪火流「く…」

剣の柄を相手の腹に食い込ませる

「がっ…はぁ!」

邪火流「…」

人の命を奪わずに戦う、というのは中々難しいものだ

邪火流(…さだのりは上手くやってるのか?)

走りながら、ふと彼がいるはずの方向に目をやる

もちろん、ここから見えるわけはない

邪火流(…あいつのことだから…無事だと思うが)


駆け抜けるうちに、ようやく城の姿が目に入った


邪火流(…!)

その、普段は厳重に閉じられている門の下

そこに転がっているのは、護衛兵の死体だった

邪火流「お…おい、しっかりしろ!!!」

体を抱きかかえるが、既に暖かさはなく目は虚ろだった

邪火流「…やられた…!!!」


560 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 18:45:41.29 ID:MAU9zp0O0

ベッケンバウアー「…どうも、派手にやっているようじゃな」

舞子「え…?」

暗い部屋の中、こっそりとベッケンバウアーが舞子に耳打ちする

ベッケンバウアー「…血の匂いが近づいてきておる」

舞子「そんな…!」


「あぁ?表に男の姿が見えた!?」

舞子「!!」

「間違いねぇよ、ありゃ邪火流かさだのりのどっちかだ!!!」

「はは、まさか本当に来てくれるなんてな!!」

「やっぱこの女は人質にして正解だったってことだな」

舞子「どうして…」

「…でもよぉ、この女生かしてていいのかよ」

「…そうだな、あいつらに生きているって思いこませるだけで構わないんだし」

ベッケンバウアー「!!やめろ、それは許さ…」

「うるせぇんだよジジイ!!!」

パァン、と乾いた音がする

ベッケンバウアーの胸に小さな穴が開く

ベッケンバウアー「…っ…」

舞子「…え…?」


「ははは!!!おいおい、まさか今ので死んだんじゃねぇだろうな!?」

「いいじゃねぇか、こいつは別に人質にする必要もねぇんだし」

舞子「あ…あなた達…!!!」

ベッケンバウアー(…さだのり、邪火流…早く来ないと…舞子が危険じゃ…)

揺れる意識の中で、ベッケンバウアーは少しだけ希望を失ってしまった

561 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 18:53:41.51 ID:MAU9zp0O0

「…なんでだ…」

さだのり「…」

少年が振り回した剣は、さだのりの肩を貫いていた

わずかに体を捻ったおかげで、どうにか首を切り落とされることを免れた

さだのり「…ははは…なんだよ、てめぇは俺を傷つけられるんだなおい…」

「く…」

さだのり「…なるほどな、俺が罪悪感を感じているのか、それともてめぇがおかしいのか…どっちか分からないが、こりゃ楽しい」

肩に深々と刺さった刃を掴み、ゆっくりとさだのりがそれを抜く

何か赤い塊が一緒に抜けたが、それには目もくれない

「…化け物か、お前…!!」

さだのり「…いいね、お前の名前は」

阿修羅「…阿修羅だ…」

さだのり「はっはは、いかつい名前だな、えぇ?」

バキバキ、とさだのりの骨が軋む

阿修羅(な、なんだこいつ…?)

さだのり「…あぁ畜生、痛いな…あぁ痛い」

腕に血管が走る、体中を血が巡る

阿修羅「…!!」

剣が、押し返される

全体重を掛けているはずのその剣が、単純な腕力だけで押し返されているのだ

阿修羅「ちっ!!」

ダン、とさだのりの顎を蹴り上げる

さだのり「ごっ…」

阿修羅「くたばれ、化け物!!!」

続いて二撃目、ぐらりと揺れたさだのりの頭に拳を叩きつけ…


さだのり「ははははは!!!」

阿修羅「!」


だがその拳を、歯で受け止められる

それは最早、獣の牙だった


562 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 21:47:53.09 ID:MAU9zp0O0
さだのり「楽しいな…あぁ!?」

阿修羅「くそっ…」

阿修羅が腕を引く、だがその腕をがしりとさだのりが掴んだ

阿修羅(まず…)

さだのり「なぁ…阿修羅だったな、お前は戦いが好きか」

阿修羅「何を言っている、俺は戦いなんて…」

さだのり「お前の父親はあの反乱軍にいたんだろ…そうだ、平和が嫌いなあの反乱軍に!!!」

自分が幸せを捨て、その代わりに壊滅させたあの反乱軍

悲しみしか生まなかった、あの戦争の立役者の片方に

さだのり「…だとすれば、お前も戦いが好きなんだ、それは事実だろう?え?」

阿修羅「くっ…俺はそんなんじゃない、ただ父さんの仇が討ちたいだけだ!!」

さだのり「はっはは!!!言い訳なんてやめちまえ、少なくとも戦いの最中はその快楽に溺れようぜ」

バキバキ、と阿修羅の腕が音を立てる

およそ人間の物とは思えないほどの、さだのりの握力

それが彼の腕を軋ませている

阿修羅「お前は…そうやって、父さんや他のみんなを殺したのか!!!」

さだのり「それしか方法を知らなかった!!!」

阿修羅「!」

ここにきて初めて、さだのりが苦痛の表情を浮かべる

阿修羅によって傷を負わされた時も、それは浮かべなかったはずなのに

さだのり「俺は知ってしまった…誰かの命を奪う恐ろしさを、舞子に教わったんだよ!!!」

ただ腕を掴まれているだけだ、しかしさだのりの剥き出しの闘争心は、どんな兵器よりも恐ろしく感じられる

さだのり「…殺す時に相手のことを考えてはいけない、そこには手加減が生まれる…そして何より、後々それを後悔してしまうからだ!!」

阿修羅「だからお前は…父さんを、何とも思わずに殺したのか!!」

さだのり「あぁそうだよ!!」


563 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 21:53:54.84 ID:MAU9zp0O0
ぱっ、とさだのりが手を開いた

突然放されたことによって、阿修羅はバランスを崩す

無防備な彼に、しかしさだのりは攻撃を加えない

さだのり「…考えられるわけがあるか、お前みたいな息子を持った父親を…殺したなんてことを」

阿修羅「…アンタは化け物だ、普通の人間はそこまで非常には成りきれない」

さだのり「…俺はな、たしかに化け物だ…だがな、あの戦争で大切な何かを失ったんだ」

まるで自嘲するかのように、さだのりが続ける

さだのり「…俺は愛した女を、邪火流に任せた」

阿修羅「あの舞子って女だろ、それは聞いてるさ」

剣を構え、互いが視線をぶつける

さだのり「…あいつらが幸せになるのを見ていた、あいつらが結婚して、あいつらの間に子供が生まれて、あいつらがどんどんと愛を深めていくのを、誰よりも近くから」

阿修羅「だから自分は可愛そうだと…!?ふざけんなよ、あの戦争で俺も失ったんだ、たった一人の父さんを!!」

さだのり「…だから言っただろ、俺とお前は似てるんだ」

阿修羅「…似てなんかない」

さだのり「…辛かった、本当なら今すぐこの手で邪火流から舞子を奪いたかった、我儘な愛情ゆえに」

阿修羅「…そんなこと、俺に話してどうする、同情を買って逃がしてもらおうとでも?」

さだのり「お前にはそんな人生を歩んでほしくないのさ」

阿修羅「昨日出会ったばかりの俺に、気を遣うつもりか」

さだのり「…お前はそっくりだ、昔の俺に…」

タン、とさだのりが地面を蹴る

弾丸のように撃ちだされた彼の体は、真っ直ぐ阿修羅の懐に飛び込む

阿修羅(ば、馬鹿か…あまりに直線的だ!)

待ってもいなかった好機

それを逃すまいと、阿修羅が剣を構えた

だが


564 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 22:00:05.08 ID:MAU9zp0O0
さだのり「…そういうところもそっくりだ、未熟だった頃の俺に」

すっとさだのりが体を沈める

阿修羅(あのスピードから体勢を変え…)

さだのり「あの頃の俺は、てめぇと同じで幸せなんてものを捨てきっていた」

鋼鉄のような拳を、阿修羅の顔に打ち付ける

阿修羅「がはっ!!」

さだのり「…だがな、お前にはそういう人生はオススメ出来ないな…名前と違って、優しいお前には」

阿修羅「…あ…」

グラグラ、と脳内が揺れる

さだのり「…そこで伏せるも、俺をまた追うも勝手だ…だが俺は進むぞ」

阿修羅「…待て…」

さだのり「…あんまり時間は取れないんだ、舞子を助けに行かなきゃならねぇ」

阿修羅「…今更行っても…舞子って女はお前には振り向いてくれないぞ」

ビクン、とさだのりの体が跳ねる

阿修羅「…しつこい男と思われるだろうさ、昔の愛情なんてあの女はとっくに捨ててる…それをいつまでもダラダラと引きずって…しつこいなんてもんじゃない、周りから見ても滑稽だ」

さだのり「…」

阿修羅「…幸せを守ってやるだと…?お前が守りたいのは、お前の幸せだろうが…お前が無理やり押し付けた、お前が考える理想の幸せだ…はは、邪火流ってヤツが舞子ってのを助けるのが何よりもいいシナリオじゃないか…」

さだのり「…」

阿修羅「…お前には無理だ…お前には、幸せなんて守れないぞ」

さだのり「…お前、本当に俺とそっくりだな」

小さく笑ってから、さだのりが阿修羅のほうを振り返る

さだのり「気に入った、お前はいつか俺と殺し合いをさせてやる…それまでくたばるなよ」

阿修羅「…」

化け物が、と阿修羅が毒づく。それと同時、彼の意識は無くなった


565 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 22:04:38.24 ID:MAU9zp0O0

邪火流「…さだのりのヤツ、まだか…?」

既に西門を潜り抜けた邪火流が眉をひそめる

反対側、左では何の騒ぎも起きていない

つまり、さだのりはまだ城には来ていないということだ

邪火流(…仕方ない、俺だけでも行くべきだな)

足音を殺し、ベッケンバウアーの部屋まで向かう

元々城の構造に詳しいのは邪火流だ、相手は城になど来たこともないような連中ばかり

従って、地の利は完全に彼にある

邪火流(…ここまでに数人、見張りはいるが…この程度の数なら退きながらでも応戦できる)


敵に見つからないよう、影を歩きながら邪火流が大きなドアの前に立つ

邪火流「…」

中からは、何か話し声が聞こえている

敵が、いる


邪火流(…懐かしい感覚だ)

小さく笑ってから、ドアを勢いよく開ける


「!!来やがった!!!!」

中から聞こえたのは、心底楽しんでいるというような声


舞子「!!邪火流!!!」

邪火流「舞子…!!!」

舞子の傍らに、ベッケンバウアーが倒れているのが見えた


566 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 22:10:26.43 ID:MAU9zp0O0
舞子「…は、早く病院に…」

「おーっと、そうはさせないぜ」

邪火流と舞子の間に、数人の男が立ちふさがる

邪火流「…斬られたいのか、お前達」

「ははは!ここまで来たからって調子に乗るんじゃねぇよ」

「そうそう、大体お前一人で何が出来るんだよ」

邪火流(…この人数ならなんとかいけるか?)

「…そうそう、人質はもう必要無くなっちまったな…」

邪火流「!!」

その言葉に、邪火流が駆けだす

「…バーカ、そんなハッタリに掛かるなって」

邪火流「な…」

ぽん、と男の中の一人が何かを放った

邪火流(…ブルーベリー…!?)


ダァン、と凄まじい衝撃が響く





ベッケンバウアー「…な…にが…」

舞子「…う…」

聴覚が失われている、視覚も同様に

邪火流「…大丈夫か、二人とも」

舞子「邪火流…?」

回復し始めた聴覚と視覚が、邪火流を少しずつ捉える



噴煙の中で彼は、二人を庇うようにして立っていた


舞子「!!邪火流!!!」

邪火流「…はっ…自分たちの命が惜しいからか…手榴弾の威力を落とすなんて、くっだらないな」

「おーおー、咄嗟に俺達の後ろに回ってそいつらを庇う…さっすが歴戦の勇者ってとこだな」


567 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/17(土) 22:16:52.10 ID:MAU9zp0O0
舞子「…!」

そして、分かった

邪火流が抱えているのは大きな机だった、ベッケンバウアーが細かい書類などを置いている金属製の

それは、手榴弾から放たれた熱によってぐにゃりと曲がっている

舞子「邪火流…!!」

その手榴弾から、直接は逃れたとはいえ、邪火流は熱をもろに受けていた

全身の服が焼け焦げ、ところどころ皮膚は焼けただれている

「…どうした、今の一回でまさかギブってか」

邪火流「…そんなわけねぇだろ…」

強がる彼の体は、しかしぐらついている

「はっは!!ざまぁねぇなぁ!!」

一人の若い男が、邪火流に向かって蹴りを繰り出そうとしている

邪火流「…」

彼はそれを避け、その足を掴んで骨を砕く

「あぁぁぁぁ!!!」

ベッケンバウアー「邪火流、無理をするな…」

邪火流「…」

息の荒い彼は、もはや立っているのが精一杯という感じだ

「ふん、相方はまだ来ないみたいだな、え?」

邪火流「…あいつは来る、絶対に」

「…どうかな、そんな女のことなんて本当は見捨ててるんじゃねぇか?昔の女なんてそんなもんだ」

邪火流「…あいつはそんなヤツじゃない」

「あの化け物が?んなわけねぇだろ」

邪火流「…あいつは、化け物なんかじゃないさ」

邪火流が笑う。彼の体は最早、力が入らないほどに弱っていた

それでも、その瞳には強い意志が宿っている

邪火流「あいつはな」


その時、凄まじい衝撃と共に部屋の壁が外から破壊された

「な、なんだ…!?」


向こうから現れたのは、一つの影

ぐらりと揺れる、悪魔の影


邪火流「俺の親友だ」


568 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 22:06:12.54 ID:wwcWpyy/0

「…て、てめぇ…!!」

さだのり「…」

ジロリ、とさだのりが男達を睨み付ける

ベッケンバウアー「…さだのり…」

さだのり「…よぉ、撃たれたのか?それとも今ので怪我でもしたか」

ベッケンバウアーの胸元から流れている液体を見ても、さだのりは大して驚かない

「ちっ、余裕ぶっこいてんじゃね…」

さだのり「黙ってろ」

近くにあった椅子の破片を、男の顔面に投げつける

「がふっ!」

舞子「…さ、さだのり…」

さだのり「…助けに来たぜお姫様、俺は馬だ、邪火流が騎士だ」

邪火流「悪いさだのり…」

さだのり「…やられたみてぇだな、派手に」

邪火流「あぁ…」

「てめぇ!!!」

さだのり「あぁ?」

先ほどの男が、手榴弾をさだのりに投げつける

舞子「!!ダメ、さだのり!!!」

邪火流「しゃがめ!!!」

さだのり「…」

いや、とさだのりが呟く

ここでしゃがんでしまえば、後ろにいる三人も爆発の余波を受ける

舞子はともかく、傷を負っている邪火流とベッケンバウアーは耐えられるものではないだろう

「ははは!!死ねやくそがぁ!!!」

さだのり「…」


569 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 22:10:33.12 ID:wwcWpyy/0
さだのりががっしり、と手榴弾を掴む

「あ?どうすんだよ、そんなも…」

さだのり「…ありがとよ、こいつは大勢を一斉に片づけるにはちょうどいい代物だ」

「!」

投げつけるつもりか、と男達が警戒する

もしもさだのりが手榴弾を投げ返したのなら、手に握った剣で叩き割るつもりだった

だが

さだのり「…違うんだよ、馬鹿」

さだのりは、それを投げることはしなかった

腕の中に抱えたまま、男達の元に駆けこむ

「な、なんだと!?」

邪火流「ば、馬鹿野郎!!自殺する気か!?」

舞子「やめて、さだのり!!!」

さだのり「やめらんないねぇ」

カチッ、とスイッチが切り替わる音がした


凄まじい衝撃は、邪火流達には届かなかった


ベッケンバウアー「ば…馬鹿者!!!」

噴煙の中で、何人かが蠢くのが見える

いや、それは最早人とは言えない者達だった

腕がちぎれ、内臓が飛び出し、残された箇所には火が燃え移っている

舞子「う…」

そういった光景に慣れていない者なら皆、吐き気を催すほどに

邪火流「…さだのり…」



さだのり「うっひゃー、あっぶねぇあっぶねぇ」

邪火流「!!」


570 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 22:15:13.33 ID:wwcWpyy/0
噴煙の中から、心底愉快といったように笑いながらさだのりは現れた

舞子「あ、あなたどうして…」

さだのり「いや、人一倍体は頑丈でさぁ」

邪火流「し、信じられねぇ…あんな至近距離で爆発をもろに受けたんだぞ!?」

さだのり「足は着いてるぜ…で?これからどうすんだよ」

邪火流「…」

目の前の光景に理解は出来ないが、しかし今はそれどころではない

ベッケンバウアー「…邪火流を病院に連れて行け」

さだのり「お前もだよ」

舞子「…さだのりは陛下を、私は邪火流に肩を貸すわ」

邪火流「…悪い、舞子…」

さだのり「…邪火流、退路の用意は」

邪火流「出来てる、全員無力化させてるからな…」

さだのり「殺したか」

邪火流「…なに?」

さだのり「無力化じゃ足りないんだ、動けないようにするんじゃ足りないんだ、動力源そのものをぶった切れたかって聞いてるんだよ」

邪火流「…いや」

さだのり「…」

さだのりの表情が、不快を物語っている

舞子「ま、待ってさだのり…邪火流は父親として…」

さだのり「なぁ邪火流、お前はあいつらがどういうやつらか理解してるだろ、気絶させてもいつかはまた俺達に牙を剥く」

邪火流「…それは…」

さだのり「人殺しになったら夏美や舞に顔向け出来ないってか?甘ったれるな、それを守るには敵を駆逐しなきゃならねぇ」


571 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 22:33:13.61 ID:wwcWpyy/0
邪火流「…お前は、殺したのか」

さだのり「あぁ」

邪火流「…いつまでそんなことを繰り返すつもりだ」

舞子に肩を借り、立ち上がった邪火流がさだのりを睨み付ける

さだのり「永遠にさ、俺が死ぬまでな」

ベッケンバウアー「…邪火流、お主の言いたいことも分かる、じゃが…」

邪火流「…お前は、そのままじゃいけないんだよ」

さだのり「…知るか、てめぇになんで指図されなきゃならないんだよ」

邪火流「…」

さだのり「退路は予定通り西で行く、てめぇが殺せないって言うなら俺が全員片づける」

舞子「…さだのり、もうやめて…」

さだのり「…舞子、俺がお前を救った方法はどんなだった、お前だけ連れて逃げて、誰一人傷つけないなんて方法だったか?」

舞子「でも…あなたは、そんなことをするような人生を送ったらダメよ」

さだのり「…お前たちに綺麗な人生を送ってほしい、だからお前らの汚れた部分は全部俺が背負ってやる…それだけだ」

行くぞ、と呟いてからさだのりが西へと歩を進める

邪火流(…さだのり…それじゃお前はいつまで経っても泥沼の中だ…)



さだのり「…三人目」

グシャリ、と頭蓋を砕く音

邪火流が見逃した敵を全て、さだのりは葬っていく

舞子はその光景に嘔吐しかけた

舞子「う…」

さだのり「…邪火流、俺は明日になったらすぐ帰る」

邪火流「…なんで」

さだのり「これ以上お前達の近くにはいられない、俺が近くにいたらお前達が巻き込まれるだけだ」

邪火流「…」

さだのり「…さて、そろそろ」


ヒュン、と風を切る音

それはさだのりの後ろから突然聞こえた


572 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 22:37:26.74 ID:wwcWpyy/0
さだのり「…あ…」

どこに隠れていたのか、一人の男がナイフを放っていた

しかしそれはさだのりを狙ったのではない

舞子を、狙っていた

舞子を

舞子「…え…?」




ザクリ、と背中に何かが刺さった

舞子のではなく、さだのりの背中に

舞子「…さだ…のり?」

さだのり「…」

ベッケンバウアーを地面に放り、彼は舞子を庇うようにして立っていた

邪火流「さ、さだのり…!!」

さだのり「…」

あんなに頑丈な体だったのにな、とさだのりが笑う

だが同時に納得もいった

彼が強靭な肉体を手に入れるのは、いつも彼が憎しみを持っている時だった

こんな突然の攻撃に、憎しみなど持てようか


邪火流「さだのり、おい!!!」

さだのり「…舞子、無事か」

舞子「わ、私は大丈夫よ!!あなたこそ…」

さだのり「ならそれでいいんだよ」

舞子「!!」


573 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 22:42:15.17 ID:wwcWpyy/0
背中に刺さったナイフを抜き、男の方へ投げつける

眉間にナイフを受けた男の生死など、確認する必要はない

ダラリ、と生ぬるい感触がシャツの中に広がる

舞子「さだのり!!」

さだのり「…邪火流、お前…どれくらい歩けそうだ…」

邪火流「な、何言って…」

さだのり「舞子、ベッケンバウアーも病院に連れて行ってくれ」

舞子「ダメよ、あなたも一緒に…!!」

さだのり「…俺は後から行く」

舞子「!」

さだのりの後ろから、数人の男達が現れた

おそらく、さだのり達が油断するのを待っていたのだろう

物陰に隠れ、隙が生まれるのを

さだのり「…邪火流、舞子を守るのはてめぇの役割だ…」

邪火流「ふざけんな、お前…」

さだのり「…ベッケンバウアー、お前も年なんだから無理すんなよ」

ベッケンバウアー「…」

さだのり「…舞子」

舞子「や、やめて…」

くるり、と踵を返すさだのり

目の前にいるのは、男達だ

彼が喰らうべき、獲物だった

さだのり「…これでさよならは何度目だろうな」

笑ってから、さだのりが突っ込んでいく

舞子「さ…」

さだのり「走れ!!!!!」

舞子「!!!」

タッ、と舞子は駆けていた

ベッケンバウアーと邪火流に肩を貸しながら

そっと、頬を涙で濡らしながら

574 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 22:46:49.99 ID:wwcWpyy/0

さだのり「…ごほっ…」

簡単に片づけたな、さだのりが息を吐く

呼吸と混じって口から出るのは鮮血だ

背中の傷は思ったより深いらしい

さだのり「…ちっくしょう、痛いな」

グラグラ、と体が揺れる。だがそれはそこまで危なげに感じさせることはない

さだのり「…あぁ、いい気分だ…俺はまた、あいつらを守れたんだからなぁ」

誰かに語りかけるように、さだのりが呟く

さだのり「…で、お前は何をしに来たんだ、阿修羅」



阿修羅「…気づいてたのか」

さだのり「てっきり奇襲でも仕掛けに来たのかと思ってたぜ」

阿修羅「…本当ならそうしたいところだが…お前を殺す時は、散々苦しめた後でと決めてたんだ」

さだのり「そら見ろ、お前も殺しが好きなんだ」

阿修羅「…お前はどうするんだ、これから」

さだのり「あぁ…ここから出ていく」

阿修羅「そうすれば彼らを巻き込まないで済む、と」

さだのり「てめぇみたいな人間があいつらを狙わなくて済むんだよ」

阿修羅「俺はあいつらには興味ない、お前だけが憎いんだ」

さだのり「…そうかよ、だったら今ここで殺せ」

両手を挙げたさだのりは、まるで降参の素振りを見せていた

阿修羅「…何の真似だ」


575 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 22:52:35.06 ID:wwcWpyy/0
さだのり「…悪くないかもしれないんだ、お前みたいなヤツに殺されるなら」

阿修羅「…なに?」

さだのり「…気づいたんだ、邪火流と俺の大きな違いに…あいつは人を殺すことを戸惑ってた、優しいヤツだ」

阿修羅「お前はそういうタイプを見下していたじゃないか」

さだのり「…邪火流はな、昔は俺と同じように人殺しを働いてた…でも、そこから人を殺さない道に進んだんだ、最初から殺さないなんて言ってる腑抜けとは違った」

阿修羅「…」

さだのり「…今になって分かったよ、俺の力は一人の女性を守るには大きすぎる力だったんだ」

周りに転がっている、無惨な亡骸を見ながらさだのりが笑う

さだのり「…俺は、馬鹿だったな…舞子を愛していた頃の俺のほうが…今の俺より、ずっといい人間だった」

阿修羅「…」

さだのり「…さぁ、殺せ…英雄になりたいんだろ」

阿修羅「…お前は、変わりたいと思ったことはないのか」

さだのり「ある、何度もあった…でもな、もう変わったところで舞子は俺の物にはならない」

阿修羅「彼女のために生きていたのか」

さだのり「…さぁな、もう分からない」

阿修羅「…そうか」

阿修羅が剣を強く握る

阿修羅「…お前は悪魔だ、化け物だ」

さだのり「あぁ、俺が一番分かってる」

阿修羅「…だから」


大きく剣を振りかぶり、阿修羅が答える


阿修羅「…お前に、こんな単純な死など許されない」


ガツン、と鈍い音が響く

それは切り裂くような鋭い音ではなく、まるで剣の柄で殴ったかのような音だった


576 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 22:56:33.78 ID:wwcWpyy/0

さだのり「…」

一人ぼっちだ

さだのりは、一人ぼっちだった

生まれた場所が分からない、両親だっていなかった

ずっと一人だった

いつまでも一人だと思っていた

さだのり「…」

見慣れた光景だ、誰も隣にはいてくれない

どこを見渡しても、幸せそうな人々が歩いている

それを見れば見るほど、彼は孤独になっていく

さだのり「…」

自分はいつまでも



遠藤「よう、さだのり!!」

さだのり「…え?」

振り返ると、そこには懐かしい「友達」がいた

さだのり「お、お前…」

セルジオ「何やってんだよ、さっさと来いよ!!邪火流のヤツが怒ってるぞ!!ゲンコツじゃー、ってな」

さだのり「な、なんで…」

ソラ「ほら、さだのり!!!」

さだのり「ま、待てよ!!お前らなんだよ、なんで…」

夢か、とさだのりが気づく

そういえば、昔もこの三人の夢を見た

577 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 23:01:01.79 ID:wwcWpyy/0
遠藤「ほら、早く!!!」

さだのり「お、おい…」

遠藤が無理やり、さだのりの手を引っ張る

さだのり「やめろって!!」

ソラ「…どうしたんだよ、さだのり」

さだのり「…やめろよ、俺にはもうお前達みたいなのはいらないんだ」

セルジオ「…はぁ?お前、なに言ってるんだ」

さだのり「…どうせこれは夢なんだろ、分かってる…お前達はもういない、ここで甘い夢なんて見せられても困るんだよ」

邪火流と舞子は、もうさだのりの元にはいない

この三人だって、もう

セルジオ「…さだのり、お前はどうして一人になろうとするんだ」

さだのり「…もう、何も失いたくない」

ソラ「…そっか、そりゃ誰だってそうだよな」

遠藤「…そうだよな、悪かった」

さだのり「…」

これでいい

三人が彼の元から離れていく

それでいい

彼にはもう、必要ない

彼はこれからも、ずっと一人なのだ

それがいい

それが



邪火流「よぉ、お前一人なのか?」

さだのり「…邪火流…?」


578 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 23:05:43.44 ID:wwcWpyy/0
邪火流「…さだのり、何ウジウジしてんだよ」

笑いながら近づいてくる彼は、邪火流だ

さだのり「…うるせぇ、お前ももう来るな」

邪火流「…そうだな、お前は一人の方がいいのかもしれない」

さだのり「…分かってるならどっか行けよ」

邪火流「…さだのり、お前…一人なのか」

さだのり「…」

なんなんだよ、とさだのりが悪態をつく

さだのり「俺は一人だ」

邪火流「…本当に?」

さだのり「…」

邪火流「…さだのり、舞子はお前のおかげで幸せになった」

さだのり「違う、お前のおかげだ」

邪火流「さだのり、夏美はお前のおかげで笑ったんだ」

さだのり「これからはお前が笑顔にしてやれる」

邪火流「…さだのり、俺はお前に出会ったんだ」

さだのり「…」

邪火流「…馬鹿みたいに真っ直ぐで、強くて、鬱陶しいお前に」

邪火流「…俺はお前から何もかも奪ってしまった、悪い」

さだのり「…舞子のことなら関係ねぇよ」

邪火流「夏美も…だよ」

さだのり「…違う」

邪火流「…俺はクズだ、お前の幸せを奪ったクズなんだ」

さだのり「そんなんじゃねぇ」

邪火流「…俺は…俺はさ、本当は…お前と出会わなかった方がよかったのかな、そしたらお前は…幸せになれたのかな」

さだのり「…そんなわけ、ねぇだろ」


579 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 23:10:19.76 ID:wwcWpyy/0
邪火流「…」

さだのり「俺はお前と出会わなかったら、いつまでも一人だった…遠藤やソラや、セルジオや…舞子に、出会えなかった」

邪火流「…さだのり」

さだのり「…俺は、お前と出会えてよかったんだ、絶対に」

邪火流「…その結果、お前は苦しんでる」

さだのり「…背負うと決めた苦しみだ」

邪火流「だったらさ」

さだのり「…」

邪火流「俺にもその苦しみを分けてくれ、俺だけじゃない…舞子にも」

さだのり「…」

邪火流「…俺達はお前の友達だ、お前が困ってたら助けたいんだよ」

さだのり「…やめとけ、俺と関わっても面倒に巻き込まれるだけだ」

邪火流「それが楽しいんだよ、お前となら」

さだのり「…」

邪火流「…瑠璃さんは、お前を必要としている」

さだのり「…」

邪火流「夏美は、お前を尊敬している」

さだのり「…」

邪火流「舞子だって…本当はな、まだちょっとお前のことも好きみたいだしさ」

さだのり「はっ、悔しいかよ」

邪火流「はは…ま、俺のほうが好きみたいだが」

さだのり「ちっ、なんだよそれ」

ケラケラ、と二人が笑い合う

懐かしい、懐かしい



邪火流「それになさだのり」

さだのり「…なんだよ」


邪火流「俺だって、お前のことが必要なんだよ」

さだのり「…俺だって本当はな」


さだのり「…お前達の所に…」



帰ってきたかっただけなんだ


580 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 23:13:54.85 ID:wwcWpyy/0

さだのり「…ん…」

舞子「!!さだのり、気づいた!?」

さだのり「…舞子…?」

邪火流「…目が覚めたか」

さだのり「…ここは?」

舞子「病院よ…知らない男の人があなたを背負ってきて…」

さだのり「…」

舞子「…あなたを殺すのは俺だけだ、だからそれまで死なないでくれって」

さだのり「…あぁ、あいつか」

ベッケンバウアー「全く、悪運の強いヤツじゃな」

さだのり「…ジジイも同じ病室かよ、臭いくさい」

ベッケンバウアー「ひどい」

夏美「おじちゃん!!!」

さだのり「ん?おぉ、夏美か…」

夏美「はい、お見舞いの花!!」

さだのり「…ありがとう」

瑠璃「…安心しましたよ、無事で」

さだのり「…瑠璃だったっけ、すまなかったな…」

瑠璃「いえ」

さだのり「…」

舞子「?どうしたの、ぽけーっとして…」

さだのり「…なんでもねぇ」


さだのり(…本当に、俺は…ここに帰ってこれたのか…?)


581 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 23:17:33.36 ID:wwcWpyy/0

邪火流「…なぁ、さだのり」

さだのり「なんだよ」

邪火流「…お前は、ここにいていいんだ」

さだのり「…はぁ?」

舞子「…そうよ、化け物だなんて言わないで」

夏美「おじちゃん、今度一緒にピクニック行こうよ!!」

さだのり「…」

瑠璃「…さだのりさん、今度一緒にお茶にでも」

ベッケンバウアー「全く、お主は人気者じゃの」

さだのり「…そうだな…でも、それはまた今度な」

邪火流「…なんで」

さだのり「…そろそろ行かなきゃいけない」

舞子「行く…?元の場所に?」

さだのり「…あぁ、傷も治ってるみたいだ」

邪火流「お、おい…そんな急がなくても」

さだのり「…いいんだよ、これで」

元々荷物なんてほとんどなかった

だから、もう帰ってもいいのだ

舞子「…さだのり」

さだのり「…俺はさ、本当は…この場所が大好きだ、舞子がいて、邪火流がいて、ジジイがいて…みんながいる場所が」


さだのり「…でも、やっぱりここは俺には暖かすぎるんだ」

邪火流「…さだのり…」

さだのり「じゃあな、みんな幸せに」

舞子「…えぇ、じゃあ…」


582 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 23:21:13.19 ID:wwcWpyy/0

さだのり「…」

寂しいな、とさだのりは思った

やっぱり、彼はここが大好きだった

いくら突き放そうとしても、心はここにある

でも

さだのり(…舞子も、邪火流と幸せになってる)

さだのり(…だったら、俺がここにいる必要はない…理由は、ないんだよな)

どこへ続くか分からない道を、彼は歩く

一歩、一歩



夏美「おじちゃん!!!」

でも、彼は歩を止めた

さだのり「…夏美、か」

夏美「…どこか行っちゃうの…?」

さだのり「…あぁ、俺は旅人だから」

しゃがみこんで、夏美の頭を撫でる

夏美「…どうして?」

さだのり「…夏美、お別れだ」

夏美「…」

さだのり「…悪いな、本当はもっと肩車してやりたかったんだけどさ」

そう言ってから、さだのりがそっと立ち上がる

さだのり「…ごめん」

夏美「…ね、おじちゃん」

さだのり「ん、なんだ?」




583 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 23:24:19.55 ID:wwcWpyy/0
夏美「…私ね、前のお父さんのことよく知らないの」

さだのり「…あぁ」

夏美「…気づいたら、もう今のお父さんだったから」

さだのり「…」

夏美「でもね」



夏美「きっと、私の前のお父さんは…とっても優しい人だと思うんだ!」

さだのり「!」

夏美「…えへへ、そうだといいなぁ…」

さだのり「…」

夏美「…ね、おじちゃん」

さだのり「…なんだよ」

夏美「…おじちゃんは、ここが好きなんでしょ?」

さだのり「…あぁ」

夏美「でも…ここにいる理由がないんだよね?」

さだのり「…あぁ」

夏美「だったら私が作ってあげる!」

さだのり「…」

夏美「…おじちゃん、いつかまた…帰ってきてね」

さだのり「…夏美」

夏美「…私、おじちゃんも大好きだから!!!」

さだのり「…分かった、約束するよ」

夏美「ホント!?」

さだのり「あぁ、絶対だ」


584 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 23:27:52.78 ID:wwcWpyy/0
夏美「じゃあ、はい!!」

さだのり「…」

夏美が小指をぐっと伸ばしてくる

少し前まで、さだのりにはそれの意味が分からなかった

でも

さだのり「…あぁ」

そっと、今は彼も小指を伸ばすことが出来る

夏美「ゆーびきーりげーんまーん!!」

さだのり「嘘ついたら針千本飲ます」

夏美「指きった!!!」


さだのり「…今度は…そうだな、桜の綺麗な季節に帰ってくる」

夏美「ホント!?春にはまた会えるの!?」

さだのり「あぁ、邪火流と舞子と…一応、瑠璃にも伝えててくれ」

夏美「うん!!!」

さだのり「…帰ってきたら、さ」

帰ってきたら

ここに

この場所に

さだのり「また、肩車してやるよ」

夏美「うん!!」

さだのり「じゃあ、またな」

夏美「うん、またね!!!!!」



さだのりは歩き出す

生まれ育った街に背を向けて


さだのり「…行ってきます」


そんなことを、口にしてから


585 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/18(日) 23:31:38.75 ID:wwcWpyy/0



浜面「…なんだこれ…」

絹旗「くーっ!やっぱり名作ですね!!」

浜面「どこがだよ!?ベタ、急展開、しかもなんか暑苦しい!!ご都合主義の主人公無双!!」

絹旗「いいじゃないですか、映画はこれくらいが超ちょうどいいんです!!」

浜面「…ったく、こんなんなら滝壺とデートすりゃ…」

絹旗「ふふん、超残念でしたねー」

浜面「…ちくしょう…せめて帰りにポップコーンでも土産に買ってやろうかな…」

絹旗「じゃあ私も…」



さだのり「はいはい、ポップコーンは200円ねー」

浜面(…)

さだのり「お、そこのお嬢ちゃん可愛いな」

絹旗「え、私ですか?」

さだのり「はいよ、タダにしてやる」

絹旗「超ありがとうございます!!」

浜面「…」

さだのり「ん?なんだ?」

浜面「あ、いや…気のせいだから」

さだのり「あぁそう」

浜面「じゃ、じゃあ」

さだのり「おう」




さだのり「はー、近頃は暖かくなったなぁ…」

さだのり「…そろそろ桜が咲く季節…か」




586 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/28(水) 22:27:52.42 ID:6qKil3nU0



邪火流「…めんどくさいことになりましたね」

ベッケンバウアー「…そうじゃな」

男二人は、城の窓から外の桜を見つめていた

咲いては散るそれは、人の命に似ている

邪火流「…あなたが怪我をしてから、もう三か月ほどか」

ベッケンバウアー「…それはお主もそうじゃろう」

邪火流「…出来れば、怪我を直してからこのような事態になってほしかった」

空を流れる雲は、不穏な色を映していた

ベッケンバウアー「…ワシの政治の方針は平和を目的としておった…それが、過ちじゃったのかもしれんな」

邪火流「過ちであったとは思いません」

ベッケンバウアー「…じゃとしたら」



ベッケンバウアー「…なぜ、ワシらの国に隣国が攻めてきおったのじゃ」

邪火流「…」

ベッケンバウアー「…分かっておった、今のこの国は平和というものを求めすぎている…ワシもそうじゃ、それゆえに軍事力は削がれてきておる」

邪火流「…敵からすれば、簡単に手に入る領土だ」

ベッケンバウアー「…戦うしかあるまい、この状況では」

邪火流「…そうですね」

戦争

それは、人と人の間に生まれるいざこざ、などで済む話ではない

血で血を洗い、人が人を踏みにじり蹂躙する、愚かで恐ろしい悲劇

邪火流「…幸い、まだ敵兵はこちらに威嚇を仕掛けてきただけです」

ベッケンバウアー「…当たり前じゃ、向こうとてできれば争いを起こさずに領土を手に入れたいのじゃろう、建物や土地が荒れてしまっては復興に金がかかる」

邪火流「…隊を集めましょう、陛下」

ベッケンバウアー「…そうじゃな」


587 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/28(水) 22:31:36.80 ID:6qKil3nU0

舞子「…また、これなのね」

窓の外の桜を眺め、舞子が悲しそうにつぶやく

夏美「どうしたの?」

舞子「…戦争よ、夏美」

夏美「…戦争?」

舞子「そういえば、あなたは経験したことがなかったわね」

それほどまでに平和だったこの国が

舞子「…人が殺されるの、たくさん…悲しいことよ」

夏美「…夏美も?」

舞子「…大丈夫、あなたは私や邪火流が守るから」

夏美「…本当に?」

舞子「えぇ、舞も守るから…だから、安心して頂戴」

夏美「…うん」

舞子「…」



邪火流「ただいま」

舞子「おかえりなさい」

ガチャリ、と開かれた家の扉

いつもなら、明るく出迎え、そしてそのまま食事にしているはずだ

だが今は、その「いつも」とは違う

舞子「…戦争、なのね」

邪火流「…もう伝わってたのか」

舞子「えぇ…威嚇攻撃を受けたことくらい、もう街中では誰もが知ってることよ」

邪火流「…隊が組織された、迎え撃つしかない」

舞子「…」


588 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/28(水) 22:46:40.61 ID:6qKil3nU0
夏美「お父さん…戦争って、人が殺されるの…?」

怯えたような目で、夏美が尋ねる

邪火流「…あぁ」

舞子「…大丈夫、夏美は…」

夏美「お父さんも…人を殺すの?」

邪火流「!」

邪火流が少しだけ、言葉に詰まる

夏美は、彼が人を殺すことを恐れているのだ

父親が、誰かの命を奪うことを

邪火流「…いや、俺は殺さないよ」

夏美「でも…お父さんは、兵隊なんでしょ?」

邪火流「…」

舞子「夏美…あのね」

邪火流「それでも、お前が嫌なら人を殺したりはしない」

夏美「…本当に?」

邪火流「あぁ…それに、そればかりだったらいつまで経っても戦争はなくならないさ」

綺麗事だ、と心の中で自分に唾を吐く

今ならば分かる、さだのりが今の自分に失望に似たものを覚えていた理由が

昔の自分は、少なくともこんなことは言わなかった

邪火流「…大丈夫、俺は…」

それでも、今の彼にはこんな嘘しか言えない

邪火流「…人を殺したりはしない」

それは父親としてなのか、それとも人としてなのか

だがどちらにしても



邪火流という人間は、悪魔にはなれない

589 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 10:41:37.96 ID:YRuMpQ8a0



そっと頬を撫でる風

その中に混じっている、ほんの少しの火薬の香

男はそれに気付き、震えていた

武者震いか、あるいは恐れからくるものか

答えは彼にも分からなかった

ガタガタと震える腕を抑え、小さく息を吐く

阿修羅「・・・」

どこからだろうか、パンという乾いた音が聞こえた

殺戮を奏でる音だ

断末魔と悲鳴の不協和音を奏でるには、指揮者がいなければならない

阿修羅「・・・」

彼にはこの国を守りたい、などとは思っていない

大義名分を掲げるつもりも、毛頭なかった

だが、ここは彼の生まれ故郷であり、父が眠る地である

阿修羅「・・・始まるのか」

小刻みに震える手の中には、一本の剣がある

青年、という言葉がピッタリな彼は恐らくまだ16、7程度の年齢だろう

しかし剣という、人の命を奪う道具がそんな彼には似合っていた

阿修羅「・・・綺麗事も大義名分も、正義も悪も関係ない」

彼の視線の先に、何かの群れが見えた

確認するまでもない、敵なのだ

彼が首を刈るべき、敵なのだ

彼には国を守りたい理由は大してない

それでも

ここで自分が死ねば、あの「悪魔」と戦うことは二度と出来なくなる

阿修羅「ならば、俺は戦わなければならないな」

生きるためではなく、死なないために

明日に向かうためではなく、過去を清算するために

ただ青年は、剣を握る



590 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 10:42:11.20 ID:YRuMpQ8a0




邪火流「・・・夏美、お前はここで舞子と一緒にいるんだ」

夏美「・・・お父さんは?」

小さな丘の上にある一つの家

見てくれは、決して立派なものではない

家族と暮らすためだけに建てられたもので、金持ちが道楽で作るような酔狂な玩具は何もない

しかしそこだけが、邪火流にとっては帰るべき場所だった

邪火流「俺は行かなきゃいけない」

舞子「・・・大丈夫・・・よね」

邪火流「さぁな、さだのりだって戦争で一度死にかけたからな・・・ましてや俺は、あいつと違って人間の域だ」

茶化したように言うが、それは本音だ

夏美「・・・お父さん、死なないで」

邪火流「分かってる、帰ってきたら一杯やりたいが・・・少し遅くなるかもしれない」

舞子「・・・今日は威嚇してきた敵軍を追い返すだけなんじゃないの?」

邪火流「それで済めばいいが・・・まぁとにかく、本格的な戦争になりそうだったらまずはお前達の避難を最優先させるよ」

舞子「・・・民間人の、でしょ?」

邪火流「俺にとって大切なのはお前達だ・・・正直に言ったらな」

剣を腰にぶら下げ、邪火流がドアを開ける

彼にも分かった、風に乗る火薬の香が

鼻をくすぐるそれは、吐き気が込み上げるほどに憎たらしい

邪火流「行ってくる、危なくなったらまずは瑠璃さんの店に行くんだ、あそこはなんだかんだ人が多く入れる」

舞子「分かったわ・・・気をつけてね」

邪火流「あぁ」

男が歩き出す

人を殺すためだろうか、それとも死なせないためだろうか

邪火流(・・・夏美は俺に人を殺して欲しくないと言った)

出来るのか、そんなことが


そんな、綺麗事が




591 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 10:42:57.44 ID:YRuMpQ8a0



「撃て」

冷たい命令が、街のすぐ外で告げられる

ダン、という重い音が辺りの空気を震わせた

それは矮小な銃器ではない

威嚇のためではなく、殺戮のための道具

ミサイル、というには少し小さいだろうがそれに似た物だった

街の一角が突然、赤く染まっていく

血にも似たその色を見た兵は、満足そうに頷く

「全く、平和という物を求めるあまりに市民はこの場合の対処法さえ知らないようだ」

「平和という言葉ほど統治から離れた物はありますまい」

「いいか、我々の目的はベッケンバウアー帝に降伏を宣言させることだ、くれぐれも帝だけは殺さないようにな・・・国の長が殺されると、人々は狂ったように踊りだす」

「市民は如何致しましょうか」

「抵抗する場合は射殺、抵抗しなければ捕らえろ」

「はっ」

敬礼をしてから、足並みを揃えて隊列は進む

ザッザッザッ、と地面を蹴る音

だがそれがある時、ピタリと止んだ

「・・・どうした、進まないか」

「い、いえ・・・」

「隊長指揮官殿、進路に男が・・・」

「男?」

隊長指揮官が、進路を見つめる

そこにいたのは「男」というより「青年」に近い人間だった




592 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 10:44:01.80 ID:YRuMpQ8a0


瑠璃「はぁ・・・はぁ・・・!」

瑠璃という、美しい女性

街で男が擦れ違えば、恐らく全てが振り返るだろう

そんな彼女も、今は振り向かれることはない

至極当然なことだ、彼女がいる場所からわずか50mほど先に、大砲の砲弾のような物が降ってきたのだ

正確な情報など分からない、知る必要もない

それは建物を崩し、辺り一帯を燃やし尽くそうとしていた

瑠璃(まさか・・・隣国の軍隊がもう・・・!)

街中で持ち切りだったその話

戦争を知らない世代も増えてきたこの国では「軍隊が攻めてきた」などと言ってもまるで映画の話なのだ

映画だとすれば、それは飛び切りの悲劇映画だろうか

あの砲弾の下に、どれ程の命が埋まっているだろう

たった一瞬で、死神は大勢の首を刈ったのだ

道端には、先ほどまでの平和など転がっていない

あるのは、辛い現実を突き付けてくる瓦礫の山だった


瑠璃「・・・助けて・・・」

誰かに届けるように彼女は呟く




593 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 10:44:30.88 ID:YRuMpQ8a0



阿修羅「・・・随分規律の取れた軍隊だな」

「君はなんだね、この国の市民か」

阿修羅「足並み揃えて歩兵は進む、か・・・笑えるな」

「君は何なのかと聞いているのだがね」

阿修羅「国に従って尻尾振る仕事か、犬も呆れるほどの従属感だな」

軍隊の進路に立っている青年は、愉快そうに笑う

「隊長指揮官殿、如何致しましょうか」

「構わん、撃て」

「ですが、相手はまだ・・・」

「何を言っている、これに年齢など関係ないのだよ」

隊長指揮官が、ジロリと兵を睨む

「今から死に行く者に年齢も性別も、過去も未来も関係ない・・・それが戦争によるものならば尚更だ」

阿修羅「戦に年齢は関係ない、か・・・素晴らしい考えだ」

「さぁ、撃て」

戸惑ったような兵士達

だがやがて、一人の兵士が青年に向けて銃を構える

「悪く思うなよ」

引き金に手を掛け、そしてそれを

阿修羅「・・・」

引くことは、出来なかった

青年がその前に動いた



594 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 10:44:57.97 ID:YRuMpQ8a0
「!」

「お前達何をしている、銃を構えよ!」

「は、はっ・・・」

阿修羅「遅いぞ」

ガキン、という金属音

最初に構えた兵士の銃が、真っ二つに切り裂かれていた

「こ、こいついつの間に剣を抜い・・・」

阿修羅「喋る暇があるならば他の得物でも握れ」

次に聞こえたのはグシャリという、鈍い音

その兵士の首から上が、ゴトリと落ちる

「う、撃て撃て!」

目の前の惨状に兵士達が目を覚ます

これが何だったのか、彼等は思い出した

「戦争」

それに正攻法も、奇襲もない

敵を殺せば勝ちになる

血みどろの争いだった

「撃て!」

パンパン、と音が響く

「・・・やったか?」


阿修羅「温い」

「!?」



595 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 10:45:43.61 ID:YRuMpQ8a0
弾幕を避けたわけはない、しかしそこには青年の姿があった

阿修羅「・・・焦りが目に見える、俺に向かって撃ったつもりだろうが・・・実際に俺に向かってきたのは二発だけだったぞ、出来損ない」

先程死体に化した兵士を前に掲げた青年の姿が

「し、死体を盾に・・・」

阿修羅「汚いと笑うか?まさか、この死体も戦争が好きだった屑のものだ、ならば戦争に利用されて涙するわけがない」

冷たく言い放った青年が、死体の腰に下がっていた銃を抜き取る

「き、貴様!」

阿修羅「汚いと、笑うのか?」

パンパン、と響く乾いた音

軍隊は大勢だ、闇雲に撃っても誰かに当たってしまう

「ぐぁぁっ!」

「だ、大丈夫か!?」

軍隊などと言っても所詮は人間だ

スコープの中にいる標的が頭から血を流しても動揺などはしないだろう

もしそれが自分の横にいる仲間ならば、話は別になるが

「く、何をしている!撃て!」

「た、隊長指揮官殿!この隊列では撃てば同士討ちになるやもしれません!」

「こんな所で迎撃されるなど、有り得ません・・・」

阿修羅「ごちゃごちゃ喋るなよ」

「!」

軍隊が先程街に向けて放った大砲

阿修羅がそれの元に歩み寄る

「や、やめろ!」

阿修羅「大勢を片付けるのにこれほど便利な物はないな」

ニヤニヤと笑い、軍隊に向けてそれを撃ち出す

凄まじい反動に阿修羅の体も吹き飛びそうになる

阿修羅「は・・・ははは!こりゃすげぇ!」

反動でさえそれなのだ、直撃を喰らった軍隊は一斉に壊滅状態になっている

かろうじて魔の手を逃れた兵士も、目の前の現実を受け止められずにいる


596 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 10:50:13.29 ID:YRuMpQ8a0
「ひぃっ・・・!」

それは隊長指揮官と呼ばれていた男もそうだった

阿修羅「・・・なんだ、隊長指揮官も大したヤツじゃないんだ」

「貴様・・・来るな!」

銃を阿修羅に向ける隊長指揮官

カタカタと震えていては、当たる物も当たらなくなる

この至近距離から外すことはないだろう、だが急所を貫くのは容易くない

阿修羅「ほらほらどうした、お前は軍人だろうが」

「来るな、化け物が!!!」

阿修羅「…俺をあんなのと一緒にするなよ」

顔をしかめ、青年が隊長指揮官に剣の切っ先を向ける

阿修羅「これが何か分かってるだろ、戦争だ…話し合いで解決するでもなく、両手を繋いで踊るわけでもなく、ただ命を奪って終わらせる解決法じゃないか」

「うるさい!」

パン、と乾いた音

阿修羅の頬に少しだけ傷がつく

銃弾が頬を掠っただけだ

阿修羅「…見ろ、これがお前達の方法さ」

「あ…」

阿修羅「俺の父さんもそうだった、お前達もそうだ、そしてあの悪魔だってそうだったんだ」

阿修羅「お前が抱えているのは何だ?悲しみか、怒りか、喜びか、楽しみか、愛情か悲哀か、それとも無情か?違うね、絶対に違う」

ガタガタと震える隊長指揮官の首を真横から、阿修羅が撫ぜる

誰も、それを止めることは出来ない



阿修羅「それは狂気だ、俺もお前達も、そうなんだ」



597 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 16:36:02.91 ID:YRuMpQ8a0


邪火流「くそ…聞いてないぞ、もう敵軍が攻撃を仕掛けてきやがった!!」

剣を握った手が自然と震える

武者震いでもなければ、恐怖からくるものでもない

ただ怒りによって、彼の手は震えている

ベッケンバウアー「全員に告ぐ、我々の目的は敵の殲滅ではない、自国の防衛ただそれだけじゃ」

「はっ!!」

ベッケンバウアー「…邪火流、お主に指揮を任せるぞ」

邪火流「はい」

ベッケンバウアー「…本来ならば、お主たちには自らの家族を守ってほしかった…これは訓練ではない、本当に主らの中から死人が出る」

「…そのようなことは、百も承知であります!」

「我々に出来ることは、我々だけに出来ることですから」

ベッケンバウアー「…すまぬ」

邪火流「…全員、剣は握ったか」

「はっ!」

邪火流「…銃も持ったか、苦手なものは手榴弾でも構わない」

「はっ!」

邪火流「…戦場に向かう覚悟は持ったか」

「はっ!」

邪火流「…殺す覚悟は」

「はっ!」

邪火流「…死ぬ覚悟は」

最後に、邪火流が眉をひそめて尋ねる

「もちろん!」

邪火流「…ならば行こう」

どこへ行くのだろうか

どこへ


邪火流「…これより、防衛戦を始める」


598 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 16:48:52.70 ID:YRuMpQ8a0


瑠璃「舞子さん!!」

舞子「!瑠璃さん…」

舞子の家の扉が、突然開かれた

入ってきた女性は、舞子と似た黒髪の女性だ

瑠璃「よかった、みんな無事だったんですね…」

舞子「どうしたんですか…頬が汚れて…」

瑠璃「…街が、襲撃を受けました」

舞子「!」

瑠璃「ここも危険です、早く安全な場所に避難を…」

夏美「…お母さん…」

舞子「…えぇ、そうしましょう…」

荷物を纏める時間などない、ここから逃げなければならない



阿修羅「逃げる場所なんてないぞ」

瑠璃「!」

開いたドアの向こうから、男の声がした

舞子「あなたは…!」

阿修羅「…久しぶり…と言いたいがアンタにとっては俺はあんまりいいイメージではないか」

少し悲しげに笑いながら、青年はズカズカと家に上がる

舞子「…なぜここへ」

阿修羅「…アンタ達を守るつもりは別にないが、あの悪魔を誘き出す餌をここで失うわけにはいくまい」

それに、と阿修羅が続ける

阿修羅「…俺にはもう知り合いなんていない、アンタ達だけが俺と繋がりがあると言ってもいい…だから協力を願いに来た」

瑠璃「…協力?」

阿修羅「この国から逃げるか、それとも戦うか…どちらにしろ、一人というのはきついから」

夏美「あ、あの…」

阿修羅「…なんだ」

599 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 16:55:19.46 ID:YRuMpQ8a0
夏美「…街は、大丈夫なの…?」

阿修羅「…おそらく砲弾の直撃を喰らった辺りは壊滅状態だ、先ほど少しだけ偵察に行ったが…すでに敵軍が踏み込んでいた」

舞子「…」

阿修羅「…邪火流はどうした」

舞子「邪火流は仕事よ、軍の」

阿修羅「…この国の軍だけであれに打ち勝つつもりか、笑えてくるな」

舞子「どういうこと?」

阿修羅「…平和ボケしてるこの国の軍が、戦争での戦い方を知るか?アンタ達、銃をどう構えて撃つか知ってるか、剣をどこにさせば命を奪えるか分かるか?」

瑠璃「そんなこと…分かりません」

阿修羅「…相手は違う、民間人でさえいざというときの身の守り方を知っている、ましてや軍人は殺しなんて慣れてるもんだ」

舞子「…でも」

阿修羅「…ベッケンバウアーの政策は間違いだったのさ、国を平和にするには戦争はいらない、だが国を守るには軍事力も必要だと言うのに」

上辺だけの平和というやつさ、阿修羅はそう笑う

夏美「…じゃあ、負けちゃうの?」

阿修羅「…そうならないように俺も戦うがな」

瑠璃「…」

阿修羅「とにかく、ここは危険だぞ」

舞子「なぜ…?こんな辺鄙な丘の上には…」

阿修羅「…だからだよ、ここは高台でなおかつ周りに遮蔽物はない、見晴らしがよくどこからの攻撃をもすぐさま察知することが出来る…」

絶好の見張り台じゃないか、と阿修羅が続けた

阿修羅「…そんなことも分からなかったか?ここだけじゃない、他に見晴らしのいい場所もすべて敵は占領するつもりさ…戦争で何が大切か知っているか、敵を殺すことよりも、相手に察知されないようにすることと食料や武器の調達を妨げることさ」

舞子「…ここは…そんなに危険なの…?」

阿修羅「あぁ、危険だ」


600 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 17:00:51.21 ID:YRuMpQ8a0
舞子「…どうするの」

阿修羅「ひとまず、降りるしかない…ここに留まるよりは余程ましだぞ」

瑠璃「…そうしましょう」

舞子「夏美、あなたは瑠璃さんと手を繋いでいて…お母さんは舞を背負うから」

夏美「うん」

阿修羅「…」

じっ、と阿修羅が窓から外を見つめる

桜が揺れている、それがなぜか悲しい光景にも見えた



阿修羅「…!」

舞子「じゃあ、まずはどこに向かえば…」

阿修羅「待て、お前達はここで大人しくしていろ」

瑠璃「?あの、さっきと言っていることが…」

瑠璃の問いには答えず、阿修羅が壁に掛かっていた銃を掴む

夏美「それ、お父さんのだよ?」

阿修羅「弾はどこにある」

舞子「…机の引き出しに少し、でもなぜ?」

阿修羅「…舞子といったな、娘さん達が外を見ないようにしてやってくれ」

舞子「…!」

阿修羅「…血が噴き出る瞬間など、子供が見ていいものではない」

ガチャン、と銃を鳴らしてから阿修羅が外へ出る

阿修羅「…音が止んだら、窓からそっと外を観察しろ…敵が死ぬか、俺が死ぬかのどちらかだ」

瑠璃「じゃ、じゃあもう…!」

阿修羅「…来ているぞ」

丘の上にあるこの家に、足並みを揃えて



阿修羅「…それそこに死神が、ってな」


601 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 18:43:44.33 ID:YRuMpQ8a0

阿修羅「…」

「ん?何かね君は」

阿修羅「…見たことのない服装だが、この国の軍ではないな」

「あぁ、その通りだが…」

阿修羅「…ここが見張り役を置くにはちょうどいい場所と知ってか」

「!!…そうか、君は…気づいているのか」

向こうから歩いてきたのは、大量の兵隊だった

対する阿修羅はただ一人

家の中にいる女達は、戦力になどならない

阿修羅「…一つ聞くが、見えるとおりここには家がある」

「そのようだな」

阿修羅「ここの住人はどうなる、お前達が活動するには邪魔だろうが」

「抵抗しなければ捕える、抵抗すれば射殺だ、それだけだ」

阿修羅「…ほう」

戦争で、女が捕えられるということ

それが若い女ならば、意味することはただ一つだ

阿修羅「…ならば聞くが、俺はどうなるのかな」

「…抵抗すれば射殺だがね」

阿修羅「…へぇ」

剣を構え、阿修羅が笑う


「やはり、聞く気は無かね」

阿修羅「当たり前だろう、戦争というのはこういうもんだ」


602 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 18:48:47.23 ID:YRuMpQ8a0
阿修羅の剣は、その男の顎を狙っていた

だがそれを、間一髪で避けられる

阿修羅(避けた…!?)

「…このご時世に剣だけかね、それともその銃は張りぼてか」

阿修羅「一度避けたくらいで調子に乗るなよ!」

二撃目

それを、今度は体を捻って「完全に」避けられる

阿修羅「!」

「…全員、照準を合わせたか」

「はっ」

阿修羅「ちっ…」

前に立つ男は後回しだ、まずはその後ろの連中を殺す

阿修羅の本能がそう告げた

銃を構え、適当に引き金を引く

ズダン、という音と共に隊列の中の一人が地に伏せた

「…ほほう、下手な鉄砲もなんとやら、か」

阿修羅「…数があったのは弾ではなく的だがな」

「…だがどうする、この人数を相手にするかね」

阿修羅「…やってみせよう」

阿修羅が駆ける、隊の長と思われるその男は、彼を止めようとさえしない

後ろに並ぶ連中が斬られていっても、眉一つ動かさない

阿修羅(…下種が)

部下の命を何とも思わない、阿修羅の父親とは違ったタイプの軍人だ


603 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 18:54:45.36 ID:YRuMpQ8a0
「ほほう、バッサバッサとはこのことだ」

阿修羅「…」

「…全員、撃て」

「はっ」

機械のように規律の取れた兵士達が、阿修羅に向けて銃を放つ

阿修羅「…」

数発の弾丸を剣で弾く

だがそんな人間離れした業、慣れているわけがない

阿修羅(…このままでは圧される…!!)

元から分かっていたことではあるが、この人数に一人で太刀打ちなど到底不可能だ

それも、そのうちの一人は相当の手練れと見える

「…殺しを少しばかり経験しただけの鼻垂れ小僧だな」

阿修羅「なに!?」

「…ほれ、そうやって敵の言葉にすぐ耳を傾ける」

阿修羅「…!」

チッ、と頬を弾丸が掠める

鋭い痛みが、彼の思考を冴えさせた

阿修羅「…ナメるなよ老いぼれが」

最後の部下の首を斬り、阿修羅がくるりと振り返る

「…24名、私の部下がこうも容易く斬られるとは」

阿修羅「どうだ、これでもまだ餓鬼だと笑うか」

「いや、餓鬼ではないかもしれないな」

長が初めて、剣を抜く

違う、それは剣というよりも刀だった

阿修羅「…日本刀…?」

「…剣というのは体を斬るが、日本刀は敵の心を斬る」

阿修羅「…」

「もう一度言う、君は餓鬼ではないかもしれない」



「鋭い牙を持っただけの、哀れな子犬だ」


604 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/29(木) 18:59:27.72 ID:YRuMpQ8a0
阿修羅「ふざけんなよ老いぼれ!!!」

脳内の何かが弾ける。阿修羅はその男に向かって突き進んだ

武蔵「…私の名は武蔵、というものでね」

ひらり、と優雅にその動きを避けた武蔵が笑う

武蔵「…これは日本で有名な侍の名らしい」

阿修羅「それがなんだ!!」

武蔵「…侍というのは、敵の名前を必ず聞くものだ」

刀を振り上げ、武蔵が尋ねる

武蔵「君の名は」

阿修羅「阿修羅だ」

武蔵「そうかね、では阿修羅君…」

ビュオッ、とおかしな音がする


武蔵「さようならになるかもしれんな」


阿修羅(速い!)

阿修羅が剣を振るう速さの倍以上かもしれない、避けるのが精一杯だった

体が無理な体勢に捻られる

阿修羅(だめだ、この体勢では次の斬撃を避けれ…)

武蔵「…若いな、君は戦争というものも知らなければ戦い方さえ知らないとみえる」

キラリ、と鈍く光った刃には、絶望に打ちひしがれた阿修羅の顔が映る

武蔵「…それでは勝てないのだよ、私には」


もう一度、おかしな音がする

それは死神の鎌の音

背中に迫る、死の足音


605 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/31(土) 14:56:28.24 ID:JCGD5xH50

武蔵「…それでは」

阿修羅(まずい、この距離では避けれない…)



さだのり「俺も混ぜてくれよ」

阿修羅「!!」

武蔵「…誰だ?」

突然聞こえたのは、男の声だった

コーンロウの髪型に、筋肉質な体

腰からぶら下げた剣が異様な存在感を持っている

阿修羅「お、お前なぜ…」

さだのり「夏美と桜の季節に帰ってくるって約束をしたからな…で、こりゃどういう状況だよ」

武蔵「…君は、この国の人間かね」

さだのり「知らないね、俺は国とかそういうもんにはもう属してねぇや」

武蔵「そうか、ならば去れ」

さだのり「やだ」

武蔵「…」

ジロリ、と武蔵が男を睨む

剣をぶら下げている、ということはただの旅人ではない

それに誰かと約束をした、ということは少なくともこの国に知り合いがいるのだ

武蔵「…ならば君から片づけさせてもらおうか」

さだのり「…なんだよ、せっかくバレないように夏美に会おうと思ったのに…このザマか」

つまんねぇ、と地面に唾を吐く男

武蔵「…安心したまえ、君がその相手に会うことはもうないよ」

武蔵が日本刀を、男に向けて振るう

ビュン、という風を斬る音



だが


武蔵「…!!」


斬られたのは、男ではく


さだのり「おぉ、遅いな爺さん」


武蔵の左腕だった




606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/03/31(土) 16:26:49.63 ID:05xhF0epo
さだのりぃぃぃ!!
607 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/31(土) 22:13:29.55 ID:JCGD5xH50

武蔵「ぐっ…!?」

さだのり「言っただろ、遅いんだよ」

スダン、という鈍い音

武蔵の左の脛に、深々と剣の切っ先が刺さっていた

脹脛から刃の先が飛び出している。その先についている赤黒い塊は


武蔵「い、いつの間に抜いた…」

さだのり「いつの間に?さぁね、いつかな」

嘲るように笑いながら、男は武蔵の顎下に拳を打ちつける

武蔵「ぐっ…」

ガクン、と脳内が揺れる

半端な腕力ではない

先ほどまで見えなかった斬撃は、この腕力から生まれたものなのか

武蔵(いや、それだけではない…!!!)

さだのり「…爺さん、アンタ勘違いしてることがあるな」

武蔵「なに…?」

さだのり「経験を積めば人間は強くなれると思ってやがる、そいつは間違いだ」

ズルル、と足から抜かれた剣の血を振るい落とし、男が武蔵の腹に切っ先を当てる

当てるだけだ、まるで殺すまでの時間を楽しむかのように

さだのり「経験なんて関係ない、餓鬼が親を殺せるように、猫が人を殺せるように…そこには経験や圧倒的な力なんて関係ないんだ」

ズブリ、と刃の切っ先が腹の脂肪を突き抜ける

熱い何かの感覚が、武蔵の体を駆け巡る

それは

さだのり「…必要なのは、狂気と殺意だ…誰かを殺すのに、急所を知る必要もなければ恐ろしい重火器も必要はない」

さだのり「一人の人間を殺すなら頭を叩き潰せばいい、腹を切り裂く必要もなければ心臓を打ち抜く必要もない」

ギチリ、と筋肉の繊維を破るように切っ先が進む

その先にあるのは、内臓だ

グチャリ、という不気味な音が全てを物語っている

武蔵「き…さま…」

さだのり「侍ってのは死ぬときは腹を斬られたいんだろ、それとも首か」

武蔵「この化け物め…貴様のような化け物は初めて見る…」

さだのり「…へぇ」


608 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/31(土) 22:23:55.16 ID:JCGD5xH50
武蔵「はっは…こ、この世の中に私をこうも圧倒的に嬲る者がいるとは…」

さだのり「…お前の知ってる世の中なんて狭いんだよ」

バキン、と背骨を切っ先が貫いた

真っ赤な血が地面に弧を描き流れていく

さだのり「俺は、お前より強いヤツを4人ほど知ってるな」

武蔵「それは…会ってみたいものだ…」

薄れていく意識の中で、しかし武蔵はどこか嬉しかった

侍というのは、常に強者との戦いを求めるものだ

そう聞いていたからこそ、彼は強者と戦いを求めた

さだのり「…安心しな、今からてめぇが行くところに3人はいる」

武蔵「…そう…か」

ガクリ、と項垂れた頭



さだのりは一瞥してから、次に阿修羅を睨み付ける

さだのり「…お前も何してるんだ」

阿修羅「…お前は…」

さだのり「何があったんだよ、この爺さんは聞く前に死んじまった」

阿修羅「…戦争だ、隣国との」

さだのり「へぇ…」

顎を撫で、楽しそうにさだのりが笑う。自分の故郷が戦火に燃やされるかもしれないというのに

阿修羅「何がおかしい」

さだのり「いやいや…お前の親父が言ってたのは正しかったのかもな、確かにベッケンバウアーの政策は間違ってたんだ」

阿修羅「…今更何を言っている」

体についた土を払いながら、阿修羅が立ち上がる

609 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/03/31(土) 22:33:53.24 ID:JCGD5xH50
さだのり「…平和なんてものを求めすぎたんだ、俺達は」

阿修羅「ならばどうする」

さだのり「知るか、少なくとも俺は戦わなきゃならなくなった」

阿修羅「…なぜ」

さだのり「あいつらを守らなきゃならねぇだろ」


さだのりが、邪火流の家の扉を強く開く


瑠璃「!!」

さだのり「よぉ、全員揃ってるな」

舞子「さ、さだのり!?」

さだのり「…無事か、邪火流は…仕事だよな」

夏美「おじちゃん…!!!」

さだのり「おっす、約束通り桜の季節に来てやったが…今はそんな場合じゃないな」

瑠璃「さ、さだのりさん…」

さだのり「…なんだよ」

舞子「…あなた、戦ったの?」

さだのり「なんで…」

そこまで言って、さだのりは自分の服に付いた返り血に気づいた

さだのり「…あぁ、戦ったよ」

瑠璃「だ、大丈夫だったんですか…?」

さだのり「大丈夫だよ、それよりお前達はこれからどうす…」

夏美「おじちゃんは…人を殺すの…?」

さだのり「あぁ?」

舞子「な、夏美…」

夏美「おじちゃん…」

さだのり「あぁ、殺すね、それしか方法を知らないんだよ」

夏美「…」

さだのり「で、どうすんだよ」

舞子「…分かった、ここも逃げましょう…あなたと阿修羅さんに守ってもらいながら」

阿修羅「…分かった、出来る限りのことはやってみよう」

610 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/04/01(日) 22:42:37.91 ID:zlbh1uGe0
さだのり「…じゃあ行くか」

外の状況を確認してから、さだのりが戸を開ける


瑠璃「…!!」

そこには、阿修羅とさだのりが殺した兵士の死体が重なっていた

夏美「お、おじちゃん…」

さだのり「こんなのでいちいち動揺するな」

舞子「…」

さだのり「…これからこんな光景、何度も見る羽目になる」

瑠璃「…そうですけど…」

さだのり「…阿修羅、お前は銃は扱えるのか」

阿修羅「…一応それなりには」

さだのり「なら遠距離狙撃はお前に任せた、俺はそっちはからっきしなんでな」

夏美「…おじちゃん、あんまり人を殺さないで」

さだのり「はぁ?なんで」

夏美「…おじちゃんが、人を殺すなんて嫌だ」

さだのり「それはお前の都合だ、俺は誰かを守るためになら誰だって殺すし、自分のためなら誰でも斬る」

舞子「さだのり、あんまり…この子にそういうことを言わないで」

さだのり「…なぜ」

舞子「…この子、怖がりだから」

さだのり「…そうかよ」

俺には似てないんだな、と小さく呟く

阿修羅「…無駄話はそれくらいにしておけ、それよりどこへ向かう」

さだのり「…邪火流と合流する、あいつならある程度状況を把握してるはずだ」

阿修羅「…そうだな」


611 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/04/02(月) 15:05:02.01 ID:JI+6M4WO0
舞子「…でも、大丈夫なのかしら」

さだのり「…何が?」

舞子「…確かに軍と合流すれば…ある程度の状況は把握できるし、安全かもしれない」

さだのり「…」

舞子「…でもねさだのり、相手だってまずは軍から攻撃するとは思えない?」

さだのり「…そうだな」

瑠璃「じゃあ…軍と合流すれば、攻撃を受ける可能性も…」

さだのり「だとすれば好都合だ、こっちから出向く必要がなくなる」

阿修羅「…本当にそうか?」

さだのり「あぁ?」

阿修羅「相手にとっても好都合だ、軍とお前という、最大の敵が同じ場所にいるというのは」

さだのり「…そうかもな」

阿修羅「だとすれば」

さだのり「でもいいじゃねぇか、どっちにしろ俺達は全員いつか狙われてしまう」

夏美「…」

さだのり「なら、こっちから仕掛ける方が早い」

行くぞ、と全員を手招きしながらさだのりが歩き出す

さだのり「…それに、あの軍のヤツらには敵を殺すほどの非情さがない」

阿修羅「…」

さだのり「…ベッケンバウアーは優しすぎたんだ、俺の考えていた以上に」

阿修羅「お前達の過ちだぞ」

さだのり「だから俺が取り返すんだよ、過去の分まで、あいつらの分まで」

遠くの街で、炎が揺らいでいる

さだのり「…あぁそうだ、俺達は間違ってたのかもしれない」

それでも



さだのり「…それを悔いている暇なんて、相手は与えちゃくれねぇんだ」


612 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/04/02(月) 15:09:09.36 ID:JI+6M4WO0


邪火流「…こちらの残存兵力は」

「…5000と少し、というところです」

邪火流「…今のところ俺達にはほとんど被害はないな」

相手が攻撃を仕掛けてきてすぐだ、それも当たり前のことだろう

ベッケンバウアー「…全員、武器を持ったか」

「はっ!」

ベッケンバウアー「…頼む、皆を守ってくれ」

「はっ!!」

邪火流「…行ってきます、陛下」

ベッケンバウアー「…頼むぞ」

足並みを揃え、兵が歩き出す

邪火流(…敵は人数も、武装も、俺達より格段に上だ…)

邪火流(…俺達に出来るのは、足止めだな…)

邪火流(あとは)

ベッケンバウアーが上手く隣国の長と話をつければいい

そんなことが出来るのならば、だが

邪火流(…こんな時)

さだのりがいてくれたら

あの、人間とは思えないほどの男がいてくれたら

邪火流(考えるな、そんなこと…)


「!!隊長、敵兵確認!!!」

邪火流「…撃て、ただし殺すなよ」

「はっ!!」

邪火流(…守るための、殺さない戦い…か)


邪火流(昔の俺なら…鼻で笑っていたかもな)


613 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/04/06(金) 21:55:12.20 ID:jF3Xn67l0

さだのり「…」

グシャリ、というのは肉を叩き斬る音だ

舞子「…」

吐き気を催した舞子が、少し立ち止まる

さだのり「大丈夫か?」

舞子「…ちょ、ちょっと待って…」

夏美「…おじちゃん…この人、死んでる…」

さだのり「当たり前だろ、俺が殺したんだから」

夏美「…」

夏美には、まだ死というものがよく分からない

だが斬られた胴体の切り口から、内臓や血液が溢れる光景など、彼女には刺激が強すぎた

夏美「お、おじちゃん…」

瑠璃「…夏美ちゃん、私が負ぶってあげるからこの布で目を覆って」

夏美「あ…」

瑠璃に言われるがまま、夏美は彼女の背に負われた

阿修羅「…子供には刺激が強すぎただろうな」

さだのり「これくらいで怯えてちゃ、これから先はきついぞ」

舞子「…大丈夫…」

さだのり「…邪火流達はおそらく今頃城で集合しているはずだ…」

阿修羅「…城に行くのか」

さだのり「いや…俺達が着く頃には既に出撃しているはずだ」

殺すためではなく、守るための戦いに

さだのり「…俺達も行こう、戦場へ」

舞子「…危険じゃ…ないかしら」

さだのり「ならここにお前達だけ残るか?そっちのほうが余程危険だ」

舞子「…」

さだのり「…俺の傍にいれば守ってやる、安心しろ」

舞子「分かったわ…」

フラフラ、と舞子が立ち上がる


さだのり(…血の匂いがするな、もう始まってるかもしれねぇ)

614 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/04/25(水) 17:13:43.68 ID:h5edyXOW0

邪火流「…みんな、準備はいいか」

「だ、大丈夫です」

「…正直…生きた心地がしませんよ」

邪火流「…仕方ない、俺達は守るために戦うだけだ」

殺すための戦いなど、命の重みを知った彼らには恐ろしすぎる

邪火流「…だが、もしも…」

「…もしも、敵とはいえ…人を殺してしまったら」

邪火流「…その時はその時だ、どうしようもない」

彼らが握っているのは、剣や重火器だ

それらは全て、人を「守る」道具ではなく「殺す」道具だ

邪火流「…行くか、俺達は守らなきゃいけない」

「…行きますか」

部下の命を背負い、邪火流は城の門を開ける

清々しい空気の中に、嫌な臭いが混じっている

彼が子供の頃、よく嗅いできた臭いだ

どぶの中の泥水よりも汚く、そして道端に転がる生ごみよりも腐った臭い

邪火流「…各隊、配置は分かっているな」

「はっ!!」

邪火流「では向かえ、決して…死ぬなよ」

無理なことだとは分かっていても、彼はそう言った

誰も死なないことなど



無理なのだと、知りながらも

615 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/04/25(水) 17:28:08.92 ID:h5edyXOW0

さだのり「…舞子、夏美と舞をしっかり見とけ」

丘を降り切った所にある、細い畦道

そこで突然、さだのりが剣を抜いた

ギラリと光る刀身には舞子の姿が映っている

舞子「…何かあったの?」

さだのり「…近いんだよ、敵が」

瑠璃「で、でも姿は見えませんよ?」

さだのり「音だ、足音が聞こえる…ここまで大質量で、足並みを揃えて歩いているのは動物の群れか軍隊だけだ」

阿修羅「…アンタには分かるのか」

さだのり「聞きなれてるからな」

おそらく5kmほど先にいるはずだ、とさだのりが説明する

舞子「…それだけあるなら、まだどうにか…」

さだのり「…分かってないな、人を平気で殺せるようなヤツらにとって、5kmなんてなんでもない距離だ」

瑠璃「…そうなんですか?」

阿修羅「ミサイル、重火器、核弾頭…やろうと思えばこんな距離からでも敵を駆逐することは可能だ」

さだのり「…阿修羅、お前は列の最後尾にまわれ」

阿修羅「アンタは前を守るのか」

さだのり「全方向だよ」

言ってからさだのりが、辺りに目を配らせる

人の気配はない、今のところは

さだのり「…邪火流達と合流するのが早い、軍の連中を追うぞ」

瑠璃「どこにいるのか分かるのですか?」

さだのり「あぁ、分かる」

眉をひそめて、さだのりが鼻で笑う



さだのり「行進が下手なほうの軍隊だ、そこに邪火流達はいる」


616 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/04/30(月) 10:23:42.46 ID:/qCYV4mr0

瑠璃「…敵軍は、どれほどの数なのでしょうか」

阿修羅「噂では2万近くいるとかのことだ」

さだのり「…」

煙の上がっている街中へと向かう一向

後ろから突然襲撃を受けるのではないか、という不安はぬぐえない

時々頬を撫でる風にさえ、敏感に反応してしまう

夏美「…怖い」

さだのり「当たり前だ、ここはお前達が今まで生きてきた世界じゃない」

舞子「…さだのり、近くに敵はいない?」

さだのり「…どうだろな、おそらくは」

耳を澄ませても、足音は聞こえない

さだのり(…おそらくはこの辺りにはいないはずだ、なら安心…)



「そいつは外れだけどなぁ」


さだのり「!阿修羅、四人を守れ!」

阿修羅「!!あ、あぁ…」


「安心しろって、俺は普通の人間とか殺す趣味はねぇの」

愉快な笑みを浮かべながら、木陰から一人の男が現れる

ヒョロっとした体系のようだが、何か獰猛な獅子を思わせるオーラを纏っている

さだのり(…脚が太いな、こいつ…)


「よっと…お前がさだのりってヤツだっけか」

さだのり「…」

「どうなのよー、どうなんだよ?」

さだのり「だったらなんだよ」

男の動きは不規則だ、ゆっくりとフラフラ歩いているようだが、たまに目に力が籠る

さだのり(…なんだこいつ)


617 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/04/30(月) 10:32:21.82 ID:/qCYV4mr0
瑠璃「…あなたは、敵軍ですか」

「簡単な、そして非常に重要な質問ってヤツだなぁ」

阿修羅「…答えろ、ここにはお前一人か」

「一人だよ、俺と一緒にいようなんていう酔狂なヤツはうちにはいねぇ」

さだのり「…どういうことだ」

「…俺達の国ってのは、お前達の国とは違ってまぁそれは軍事に力を入れてる国でさぁ」

舞子「…」

「…でも、こっちの国には面倒な男が二人いる、邪火流とさだのりさ」

さだのり「…俺か」

「一人で2000の隊を負かした男だろ、お前」

ニヤニヤ、と下品な笑みが口元に浮かぶ

「…んー、そりゃうちの王様だって部下にはこう言ったさ、まずはさだのりから殺せってな」

さだのり「…それで」

「でもまともな軍隊育ちにお前を殺せるようなヤツはいない」

阿修羅「…まともな、か」

「俺は昔、連続殺人鬼って呼ばれた人間でさぁ」

舞子「!!」

阿修羅「さだのり、ここはお前に任せてもいいか」

さだのり「あぁ、そいつらをさっさと邪火流達に合流させろ」

「おーおーいいの?俺がそいつら追えば、邪火流の所に行けるって言ってるようなもんだぜ」

さだのり「お前はこっから生きては帰れねぇんだ」

「…話続けるぞ、それでさ…王様がこの前、じきじきに俺に軍隊に入ってほしいって言ったんだ」

背中を向けて逃げていく四人には目もくれず、男はたださだのりを睨み付ける

「…俺だってさ、牢獄の中は暇だったからオーケーしたってとこさ」

さだのり「…連続殺人鬼、ねぇ…牢獄にはどうせ同じようなクズ共がわんさかいたんだろ」

「いーや、ありゃクズというよりもただのクズ気取りだね」

さだのり「あぁ?」


618 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/04/30(月) 13:28:07.24 ID:/qCYV4mr0
「聞いたことないか、もしも詐欺師を集めて同じ一つの部屋に入れたらどうなるかって話さぁ」

さだのり「…」

「詐欺について語り合う、意気投合する、大抵の人間はそう答えるんだとさ」

さだのり「違うな、詐欺師は互いを騙し合い、互いを欺く」

「ザッツライト!!その通り、そうだよそう」

嬉しそうな男の笑みは、さだのりを本当のライバルとして認めているようだった

「…牢獄の中の、いわゆる偽物達は自分が何人殺した、どんだけ惨い殺し方をしたかを互いに自慢し合ってた」

くだらないよなぁ、と続ける彼は

「…そんなのはどうでもいい、それより同じ牢獄の中にいる相手を殺したいって思うのが普通じゃねぇかなぁ」

さだのり「…お前はそうしたのか」

「したよ、二人殺した、一人は死体を切り刻んで共同便所に流したっけな、もう一人は腹が減ったから食った気がする」

さだのり「…」

「そうしたら他のヤツらぁブルって看守に助けを乞いだしたんだ、このままじゃ俺達は殺されるぅ!!ってなぁ」

自分達は散々殺したのによ、とつまらなそうな目で男が笑う

「…俺は昔から、俺以上にクズな人間を見たことがなかった…見てみたいと思ったし、見たら殺そうと思ってた」

そして、お前を見つけたと

「…2000の軍隊を殺した男、人殺しをなんとも思わない男…胸が震えたねぇ、あぁ震えた、そのせいで武者震いが止まんねぇ」

男が背中の大きなバッグから何かを取り出す

それは、鎖鎌だった。2Mはあろうかという長い鎖と、ギラリと光る二つの刃

さだのり(…まずいな、射程距離は向こうが上だ)

剣を強く握るが、今すぐ飛びかかることはしない

さだのり(俺に気付かれずに後ろに回ってやがった…こいつは要注意ってやつか)

余裕をかまして阿修羅達を逃がしたが、状況は不利だった

「…なぁ、お前はさだのりだよな、確認しておくが」

さだのり「そうだ、お前は」

「…名前なんてなかったなぁ、親父は俺が生まれてすぐ強盗に殺されたらしいし、おふくろは売春相手に喉斬られて死んだらしいし」



「まぁ、監獄で呼ばれてた432番が俺の名前だ」


619 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/04/30(月) 13:33:27.69 ID:/qCYV4mr0

辺りに目を配らせるが、どうも逃げられそうな場所はない

さだのり「…お前みたいなのと戦いたくはねぇんだよな」

「分かるぜその気持ち、相手のヤバさが分かるからな」

さだのり「…」

タン、と地面を蹴って2歩で敵の懐に飛び込む

「…速い速い、隼みてぇな速さだなぁ!!」

ジャラジャラ、という音にさだのりが体を伏せる

鎖鎌の本当の武器は刃ではなく、その長い鎖だ

叩くことも、首を絞めることも、相手の武器を絡め取ることも出来る

さだのり「…!!」

先ほどまでさだのりの首があった位置を、正確に男は鎖で狙っていた

「おっほぉ!!避けた避けたぁ!!」

さだのり「はははは!!!こいつはいいや、阿修羅なんかよりはよっぽどやりごたえがありそうだぁ!!」

ゾワリ、と胸が高鳴るのはなぜか

戦士の宿命なのだろうか、それとも悪魔の運命か

さだのり「だがお前の体は、吹っ飛ばすには軽すぎだぜぇ!!」

目の前にある男の脚を掴み、無理やり地面から引きはがす

「おぉっ!?」

さだのり「貰ったぁ!!」

地面に強く男の体を叩きつけ、上から覆いかぶさる

さだのり(やったか)


「貰った」

さだのり(!!)


いつの間に、男は鎖をさだのりの首に巻きつけていた


さだのり「ちっ!」

首を無理矢理、その鎖から引き抜く

バキリという嫌な音が、頭の上からする

男の腕力によって、鎖が締め付けられている

さだのり(あぶねぇ、下手すりゃ首を折られてたか)


620 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/04/30(月) 13:39:23.26 ID:/qCYV4mr0
「避けた!!まぁた避けた!!」

鈍い衝撃に、腹を蹴られたのだとさだのりは気づいた

さだのり(こいつ、いつの間に蹴りやがった…)

「あぁいってぇ…ちくしょう、頭打ったなぁ」

後頭部を摩りながら、男が立ち上がる

細い体のくせに、蹴りの破壊力はさだのりが今まで味わった誰のものよりも上だった

さだのり(…こいつ)

「…いいね、最初から手加減なしだ、相手の実力を確かめる、なんてことはしない」

さだのり「当たり前だ、どんな実力のある相手でも首を切り落とせば死ぬんだからよ」

「そうだなぁ、極論だ、それも非常に合理的な」

さだのり「しかし焦った、2000人相手にした時よりも今のほうが死ってのが現実味を帯びてるぜ」

腹の鈍い痛み、首に微かに残る鎖の冷たさ

それが、死神の傷痕に思える

さだのり「…てめぇ、本当に人間か?」

「さぁ、ただ人からは悪魔、って呼ばれてたなぁ」

さだのり「…一つ訊きたいが」

時間を稼ぐためではない、ただこの男に興味があった

さだのりは正義の味方ではない、優しさは持っているし、本当に守りたい人もいる

だが、破壊というものの楽しさを知ってもいる

さだのり「なんでお前は人を殺すんだ」

「お前はなんでだよ」

さだのり「殺すしかないから、かな…他の選択肢選んでる時間があるなら殺す」

「随分シンプル、そして素敵な答えだ」

素晴らしい、と男が手を叩く

しかし隙はない、飛び込んで攻撃すればさだのりの首が落ちるだろう


621 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/05/01(火) 15:25:12.31 ID:liW0DrTI0
「…そりゃいい答えだ、殺すしかないってのは素晴らしいよな」

鎖鎌をクルクルと回し、愉快に男が語りだす

「…誰かを守るため、自分の利益のため、鬱憤を晴らすため…様々な理由で俺達は人を殺す」

さだのり「…そうだな、そしてお前も一人の餌にすぎねぇんだよ」

「…お前の理由は簡単だ、そしてそこまで狂っちゃいない」

風を斬る音と共に、鎖鎌の片方の刃がさだのりの首を目がけて振り回される

さだのり(…)

最小限の動きでそれを避け、次の攻撃に備える

だが男はやってこない、立ち位置を変えることもせず、たださだのりを見つめている

「俺はな、人を殺す瞬間が好きなのさ」

さだのり「あぁ?」

「相手の全てを手に入れるってのは難しいことだ、思いを伝え、唇を奪い、初夜を奪い、そして自分と夫婦の契りを交わさせ、共に一つ屋根の下で暮らし、永遠の愛を誓う…そこまでしないと相手の存在を掌握は出来ない」

二つの刃をカチカチと鳴らしながら、男が呟く

「だがな、殺す時ってのは相手の全てを手に入れられるんだ」

さだのり「…」

「…相手の命を掌握し、靴を舐めろと言えば舐めさせられる、体を差し出せと言えば差し出せられる、非常に単純でしかし明確な方法だ」

相手を支配することが出来るのさ、と男は言う

「…俺は相手を完全に支配して、そして支配したまま殺すのさ」

お前もそうだ、と

さだのり「狂ってやがるな」

「狂ってるぜ、だが正気とはなんだ」

さだのり「…知るかよ、少なくともてめぇは正気じゃねぇ」

殺さなければならない、しかしさだのりは焦っていた

さだのり(…全く隙がねぇ)

武器の距離では相手に分がある、土地の利もそれほど関係はない

そして二人とも、殺すことをためらってなどいない

さだのり(…十中八九、ここで勝つのは難しいな)


622 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2012/05/08(火) 18:11:47.11 ID:RcgiEVjs0
「どうした、さっきから余所見ばかりじゃねぇかぁ」

さだのり「…逃走経路を探してるんだよ」

「…逃走?」

さだのり「あぁ」

「ははは!!なんだよ、俺から逃げるつもりかよ!えぇ!?」

さだのり「…お前の目的はなんだった」

「決まってるだろ、お前みてぇな化け物と殺し合いをすることだ」

さだのり「俺の目的はな、てめぇみたいなくそったれの願い事を真っ向から否定して唾を吐きかけることだ」

「…はぁ…?」

さだのり「てめぇになんか殺されてやるか、俺は仲間を逃がすことに成功した、そしててめぇと拮抗することも出来た」

そして、と

さだのり「最後の3ダウン目だ、ここでてめぇから逃げ切ればそれでいい」

「…俺を殺そうとは思わないのかぁ」

さだのり「思うさ、だが今じゃ分が悪いだろ」

「分が悪い!?分が悪いねぇ!!!」

さだのり「…!」

ポン、と男は鎖鎌を地面に投げ捨てた

なぜ?

さだのりは依然として剣を握っているのに

「じゃあこれで五分五分か、それとも6分でてめぇの有利か」

さだのり「!!」

ゾゾッ、と背中に悪寒が走る。不気味だなんてものではない

目の前にいるのは一匹の蛙だ、そしてさだのりは蛇である

噛みつけばそれでお終いになるはずなのに、噛みつくことは出来ない

その蛙には毒がある、一度喰らえば心の臓まで溶かされる猛毒が

さだのり「…てめぇ、なんのつもりだ」

「何のつもりだと?理由なんてねぇなぁ、俺はお前と殺し合いたいだけなんだよぉ!!」

623 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/10(木) 17:11:01.07 ID:Vm9vcSrX0
さだのり「…てめぇ!!」

足元に転がっている石を、男に向かって投げつける

「なんだよ、怖くなったのかぁ!?」

さだのり(…こいつ、なんのつもりだ!!)

「ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ!!!!怯えちゃダメだぜ、震えちゃダメだぜ、俺達はそんなもん必要としてねぇだろぉぉぉぉ!!!!」

石を避け、男が足元の鎖鎌を拾う

さだのり「ちっ…」

「怖がってんじゃねぇ!!!!」

ジャラララ、という鎖の音を耳で捉える

さだのり「ナメてんじゃねぇよ!!」

剣を振り回し、鎖鎌の刃を叩き落とす

次に鎖そのものが襲ってくる、鉄でできたそれは巨大な鈍器だ

「ヒットォォ!!!」

さだのり「いや、セーフだ!!」

頭を振ることによって、それを避ける

「ナイス!!!でもまだまだまだぁ!!!」

もう片方の刃が、さだのりの眉間に跳びかかってくる

慣れた者に操られると、蛇のようにさえ見えるという鎖鎌

さだのり(あながち間違いじゃねぇ!!)

剣はまだ振りかぶった状態だ、体も避けられる体勢ではない

さだのり(…なら!!)

刃の裏、剣でいう峰に当たる部分を拳で無理やり弾く

さだのり「っ…!!」

指の付け根が嫌な音を立てる、鉄に思い切り拳を叩きつけた様なものだ

「!すげぇなぁ!!」

さだのり「…余所見してると危ないぜ」

「…あ?」

足元の砂を、さだのりは蹴り上げる

「てめっ…」

子供騙しのようだが、視界を奪うことは戦いにおいて非常に有効な手段だ


624 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/12(土) 21:28:39.62 ID:+a18lkWf0
さだのり「卑怯だと笑いたいなら笑え!!」

くるっ、と男に背を向けてさだのりが駆けだす

「!!逃げんのかよ!!!!」

さだのり「逃げる!?こっちは目的二つとも達成した、勝利の敗走ってやつなんだよ!!!」

「ざけんじゃね…」

さだのり「こいつは俺の勝利条件の一つだ、てめぇの魔の手から生きて帰る!!」



砂煙が晴れた時、すでにさだのりは男からかなり遠ざかっていた

「…ちっ」

鎖鎌を肩に掛け、男はさだのりの後姿を見送っていた

それを追いかけることはしない、必要もない

手に残っているのはさだのりが蹴り上げた砂利だ

「…」

手に汗を握る、という表現が彼はあまり好きではない

手が汗で濡れていれば、武器を握ることも出来ないからだ

だが

「…いいね」

今の彼は、まさに手に汗を握っていた

さだのりは今まで出会ってきた男とは違う、根本的な所から違うのだ

殺しを恐れているかどうかではなく、それを諦めているかどうか

さだのりと彼は全く同じ人種だ、彼はそう思う

「…勝利の敗走、か」

不気味な笑みを浮かべてから男は、さだのりが進んだ方向と真逆へ進む

そちらにはおそらく、男の国の軍隊がいる

(ならその勝利ってのを揉み消してやる)


それは殺しをもって


625 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/14(月) 14:56:35.77 ID:pCVCWE5j0

舞子「…はぁ…はぁ…」

瑠璃「随分と歩くのですね…」

阿修羅「静かにしていろ、あまり物音を立てるな」

夏美「…瑠璃お姉ちゃん、私自分で歩けるよ?」

瑠璃「だ、大丈夫…」

瑠璃の背中には夏美が、舞子の背中には舞が背負われている

一人で歩くのも非常にきつい状況だ、それを子供一人背負って歩くなど

阿修羅「…俺が背負う、二人とも貸せ」

舞子「で、でも…」

阿修羅「俺が信じられないか?そうだろうな、自分の命を狙ったことのある男など信じられまい」

鼻で笑ってから、阿修羅が目を細める

舞子の態度が気に食わなかったからではない、少し先にある物が見えたからだ

阿修羅(…軍隊か)

ゾロゾロ、と無防備に歩いてくる大量の兵士達

数は50程だろうか

阿修羅(馬鹿か、あれだけの人数が目立つような形で後進してくるなど)

舞子「…!あ、あれは私達の国の軍隊よ」

瑠璃「ほ、本当ですか?」

舞子「えぇ、先頭にいるのはたしか、ウィルヘルムさんだったかしら…」

阿修羅「知り合いか」

舞子「邪火流がよく、飲みに連れて行っている人だから…」

阿修羅(…あの馬鹿みたいに後進しているのが…俺達の国の軍隊だと?)

阿修羅は思う、あんな軍隊など烏合の衆だと

あの程度の軍隊なら、彼一人で十分殺すことが出来る

自惚れではない、冷静な判断である

阿修羅(…あんな物、何の役にも立たない)

626 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/14(月) 15:02:51.75 ID:pCVCWE5j0

「!!あれは舞子さんじゃないか!?」

軍隊の先頭にいた、ウィルヘルムという男は舞子の姿を捉えた

「と言いますと、邪火流隊長の…」

「保護するぞ、生存者だ!!」

50もの兵隊が、足並みを揃えて駆け出す



阿修羅「…来たな」

舞子「みなさん、私です!!」

「舞子さん、ご無事でしたか!!」

瑠璃「…よかった…合流できたんですね…」

阿修羅(…よかった、か)

生温い考えだ

「…?そちらの方は…」

舞子「瑠璃さんです、私の友人で…こちらは阿修羅さん」

「私はウィルヘルムと申します…」

瑠璃「よろしくお願いします」

「…あ、あの…失礼ですが、そちらの阿修羅という人は…」

舞子「…」

阿修羅「少し前にあったベッケンバウアー皇帝に対するクーデターの参加者だ」

「!」

無言で、ウィルヘルムは剣を構える

だがその剣の根元を、既に阿修羅は掴んでいた

「な…」

阿修羅「ここで血を流したいか、ならそれもいいだろう…だがその血はどこへ流れる?」

瑠璃「い、今は彼も我々の味方です!!」

「…ほ、本当ですか?」

舞子「…我々の敵は、今は彼ではないでしょう?」

「…」


627 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/14(月) 15:11:18.91 ID:pCVCWE5j0
しばし考える仕草を見せてから、ウィルヘルムは阿修羅へ手を差し出す

「…分かりました、今は協力関係としましょう」

阿修羅「協力だと?俺は一人で十分だ、お前達はこの4人のお守でもしているといい」

「!し、しかし今は一人では…」

阿修羅「的は小さい方が当たりにくい、そして何より見つかりにくい…こんな大人数で隠れもせず行進などしてみろ、すぐに敵に見つかるものだ」

辺りに目を配らせる阿修羅

こうしている間に、どこからか狙われていないとも言い切れない

阿修羅(…今は人影などないか)

「…そ、それでは我々は…」

阿修羅「お前達の隊長殿は何と言った?殺せと言ったのか、それとも守れと言ったのか」

「…邪火流隊長は、国を守れと」

阿修羅「ならば本拠地にこの4人を連れて帰るがいい、俺は一人で行く」

舞子「阿修羅さん、それはあまりに危険…」

阿修羅「危険?この鈍共といるほうが危険だ」

それに、と阿修羅は続けようとするが



シュン、という風を斬る音を聞いて、咄嗟に身をかがめた

「!?」

他の誰も気づいていなかったようだ、何が起きたのか分からないという顔をしている。だが近くの樹木が切り倒されたのを見て、今の状況に合点がいったようだ

瑠璃「な、なに!?」

阿修羅「ウィルヘルム!!4人を連れて退け!!」

「だ、だが…」

阿修羅「死にたいのか!?」

「!」

夏美「い、行こう!!」

舞子「え、えぇ!!」

「えぇい!!撤退だ、撤退!!」

勇気のない判断だ、と阿修羅は笑う

それでいて合理的なのだから文句は言えないが


628 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/14(月) 15:24:53.39 ID:pCVCWE5j0

阿修羅(…どこだ)

視界は開けた、邪魔と感じた大勢の兵隊もいない

阿修羅(…)



「…あーあ、ちょいと遅かったかなぁ」

阿修羅「…!!お前…」

木の陰から出てきたのは、一人の男だ

先ほど、さだのりと一騎打ちをしていたであろう、あの

阿修羅「…さだのりはどうした」

「逃げられた、まぁイーブンだったから俺の勝ちってわけじゃないな」

負けでもないということだ、それだけでこの男は化け物である

阿修羅「…なぜここにいる」

「…さだのりが行きそうな場所に先回りしたかったんだよ、こっちにお前達がいるのは分かったし」

阿修羅「なぜ分かった」

「お前だよ、お前のそのどす黒い気配が垂れ流しだったんだ」

阿修羅「…」

「それに、あんな大勢の軍隊が一か所で立ち止まるだなんて何かあったとしか思えない」

阿修羅「やはりあのうすのろ共が原因か」

「うすのろか、俺にとってはお前も亀みたいなもんだけどなぁ」

阿修羅「!」

プチン、と頭の中で何かが切れる

阿修羅「ナメてくれてるみたいだが、俺はそこまで鈍じゃねぇんだよ!!」

剣を振り回し、男の首を切り落とそうとするが

「…やーっぱさだのりとは大違いだ、無駄に懐に入ってくるし何よりすぐにキレやがる」

阿修羅「!」

切っ先を避けた男は、次に阿修羅の首を掴む

阿修羅「がはっ…」

「…このまま頸椎を折ってやってもいいんだけどなぁ」


629 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/14(月) 20:21:07.56 ID:pCVCWE5j0
冷めた瞳で阿修羅の顔を覗き込む男は、なぜか笑っている

「…お前、名前は」

阿修羅「…阿修羅だ」

「へぇ、物騒な名前持ってんのなぁ」

阿修羅「…それがどうした」

「…いや、お前が邪火流ってのじゃなくてよかったよ、噂で聞いてた邪火流ってのはもっとできそうなヤツだったからな」

阿修羅「…」

「…なぁ、お前…人を殺すのが好きか」

阿修羅「なに?」

「…人を殺すのが好きか?否か」

阿修羅「俺に…なぜそんなことを聞く」

「いやねぇ、この国は随分とまぁ平和ボケしてるって聞いたもんでさ」

指に籠める力を、少しずつ男は変える

強めたり、弱めたり

瓶の中の蟻を困らせては笑う、純粋な子供のように

「…堪えられるのか、お前はよ」

阿修羅「…」

「見た感じ、お前も俺と似たタイプの人間だ、平和なんて無理だと知ってるしそんなもの必要ともしていない」

阿修羅「…そうだな」

「…我慢できるか?守るためと言って人を殺さず、平和のためと言って生温い制裁しか加えないこの国が」

阿修羅「…」

「俺はおかしいと思うねぇ、力を抑えるのは理性じゃなくてそれより大きな力なんだ」

今俺がしている風に、と男が加える

「…なぁ、お前は…この国が本当に正しいと思うのか?俺の意見は、隣国の意見だ、この国の住人であるお前は」

阿修羅「…間違っていると思う」

「だよなぁ」

ニヤニヤと笑う男の口の端に、少しだけ涎が垂れる

630 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/14(月) 20:26:33.44 ID:pCVCWE5j0
阿修羅「…それがなんだ」

「いいや、面白いこと聞いたもんだ」

ぱっ、と男は手を広げる

一瞬にして、膨大な量の酸素が阿修羅の肺へ流れ込む

阿修羅「ごほっ!!」

「…いいねぇ、お前は俺と一緒だ、さだのりとも一緒だ」

阿修羅「…あぁ?」

「…ここで殺すのは惜しいってもんだ、俺は今から戦争をしに行く、お前もそうだろう?防衛戦なんかじゃない、掃討戦だ」

阿修羅「…」

「ここは舞台にゃ狭すぎる、何より観衆が一人もいねぇ」

阿修羅「何が言いたい」

「…戦場で殺し合おうや、阿修羅クン」

阿修羅「!」

鎖鎌を肩に掛けた男が、阿修羅に背中を向ける

阿修羅(…こいつ…)

「…あ、そうそう…さっきお前が逃がした奴らの向かった方向はな、俺達の国の軍が向かってる方向でもあるんだぜぇ」

阿修羅「!?」

「信じるか信じないかはお前の自由だ、ただ俺としては本当だと言っておく」

阿修羅「なぜそんなことを俺に言う」

「同胞への敬意ってやつだ、あと戦場で一刻も早くお前とさだのりと、三つ巴の争いってのがしたいのさ」

阿修羅「…」

「早く行かないとな、俺以外のイカれたヤツも軍隊に加わってるんだぜ…ま、俺ほど腕は立たないけどなぁ」

阿修羅「…一つ訊く」

「なんだ」

阿修羅「…てめぇ、目的はなんだ」

「目的なんてないっての、あるのは手段と血みどろの結果だけだ」

手を振りながら歩く男、まるで友達に別れを告げるかのような軽さで、彼はこう言った



「んじゃまたなぁ、阿修羅」



631 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/14(月) 20:44:05.50 ID:pCVCWE5j0

さだのり「…」

さだのりは歩いていた、一刻も早く邪火流達と合流しなければならない

さだのり(…どこだ)

軍隊の居場所も分からない今は、どうすることも出来ない

さだのり(…あの男が、邪火流に遭遇したらまずい)

そういえば、さだのりはなんでここにいるのだろうか

夏美と、ただ桜の季節に待ち合わせをしただけだった

こんな所に、帰ってきたいと思う理由はそれだけだった

さだのり(…)

夏美を、守るための戦いなのか

殺しをするたびに胸が高鳴るさだのりに、守る戦いなんて


さだのり(…)

見つけた、軍隊の列が見える

それは邪火流達の軍隊だろう、見覚えのある少し時代遅れな制服を身に纏っている

さだのり(…!)

そして、その軍隊から少し離れた場所にも

そちらは、重厚な装備をした軍隊が

さだのり(敵じゃねぇか!!このままじゃ鉢合わせだ…!!)

夏美や舞子も、邪火流達のいる所を目指しているとしたら

さだのり(ナメてんじゃねぇ!!)

神様というものは、さだのりをとことん嫌っているらしい。そして悪魔は彼を好いている

全力で駆け出したさだのりは、すぐに軍隊同士のど真ん中へと突き抜ける



男はただ、敵を殺すことでしか人を守れない


632 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/15(火) 16:26:39.01 ID:kl13NUkp0

邪火流「…!!前方に敵軍を確認!!」

「…始まりますね、隊長」

邪火流「…すでに始まっていたさ」

邪火流達の軍隊は、敵の姿を確認していた

数はほぼ互角

ならば、より戦いに慣れている方が有利に違いない

邪火流(…こちらの不利、か)

「…こんな時…さだのりさんがいてくれれば」

邪火流「…弱気になっていてどうする、俺達の国を守るのは俺達だ」

「…隊長殿、我々へ命令を」

邪火流「死ぬな、それだけだ」

「…はっ」

敬礼をしてから、兵は散らばっていく

固まって行動するよりも、散り散りになったほうが見つかりにくいのだ

それに、まとめて爆撃で片づけられることもない

邪火流(…だがもしも、大勢に囲まれてしまえば)

生き残る術など



夏美「お父さん!!」

邪火流「!?」

顔をしかめていた邪火流の後ろから、聞き覚えのする声がした

邪火流「な、夏美…それに舞子、舞…瑠璃さんまで」

舞子「よかった…なんとか合流できたわ」

邪火流「無事だったか…」

瑠璃「えぇ、さだのりさんと阿修羅さんが守ってくれたんです」

邪火流「…さだのりだと?」


633 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/16(水) 15:25:31.05 ID:nyg6i5UH0
瑠璃「え、えぇ…ですが今は別行動を…」

「!!隊長!!!」

邪火流の部下の一人が、双眼鏡から目を放し邪火流を呼ぶ

邪火流「どうした」

「さ、さだのりさんが…」

邪火流「なに?」

部下の手から掻っ攫うようにして双眼鏡を奪い取り、それに目を当てる

邪火流達と敵軍のちょうど中間地点辺り

そこに、一人の男が両手を下げて突っ立っているのが見える

邪火流(さだのり!!!)




さだのり「…おでましだねぇ」

雄牛がけたたましく鳴いているかのような地響きを、さだのりは脚の裏で感じ取っていた

敵軍の姿はもう、目の前

さだのり「…数にして40、武装は剣、銃、大砲やら火器やら」

対するさだのりは、己の身と剣が一本だけ

さだのり「…悪魔はどっちに微笑むか」

さだのりか、それとも敵軍か

悪魔が笑い始める、さだのりはそれを聞いたかのように駆け出して敵軍を斬る

斬る、斬る、斬る、斬る、斬る

血しぶきを上げて倒れる敵兵の中には、やはりあの気違いじみた男はいない

さだのり(…どこに行ったんだ、あの野郎)

後ろから振りかぶられた剣も、目の前から飛んでくる弾丸も、ただの一太刀で両断する

さだのり(…あいつは)

敵兵の顔が青ざめたのは、さだのりが半数ほどを殺し終えてからだった

もう遅い

さだのり「死刑宣告ってやつだ」


634 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/17(木) 08:31:45.05 ID:+3z2ARSz0

邪火流「…あ、あの野郎…」

「す、すごい…一人であの数を!!」

双眼鏡を覗く兵達の顔は、興奮にも、恐怖にも見えた

ただ言えることは、さだのりが彼らのような「人間」とは違うことだ

邪火流「…」

「た、隊長…どこへ行かれるんですか?」

邪火流「さだのりのところだ、舞子達を頼む」

舞子「邪火流…」

邪火流「…」

剣を握り、邪火流が駆けだす

まだ争いの爪痕さえ見えない、平和だった時のままの平原を邪火流は走る

どれほどの時間、走ったのだろうか

遠くに見えていたはずのさだのりは、いつの間にかすぐそこまで迫っている

地面に転がるのは敵兵の遺体だ

邪火流「…」

さだのり「…遅かったな、相棒」

邪火流「…何をしに来た、なんでここにいる」

さだのり「…夏美と約束したんだ、桜の季節に会いに来るって」

くるりと振り返ったさだのりの顔を見て、邪火流が息を呑む

少し前までのさだのりとは違う

殺すことを楽しみにするしかなかった、少し前の彼とは違う



邪火流や、その他の友達とただ純粋に戦っていた頃の


「守る」ための戦いをする男の顔だった

それにしては、あまりに血濡れていたが


635 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/17(木) 08:55:07.94 ID:+3z2ARSz0

「…」

男は、歩いていた

あちこちで戦火が上がっているのは分かる

血の臭いを、風が運んでくる

それでも彼の胸は躍らない

純粋な、ただの赤い血の臭いなど彼にとっては何の慰めにもならない

脳を蕩けさせる、麻薬のような感覚を得るにはそれでは足りない

(さだのり、邪火流、そして阿修羅か)

面白い国だ、と男は思っていた

三人の「化け物」がいるのだろう

少なくとも、さだのりと阿修羅はその類の生き物である

「…んー、楽しくなってきたねぇ」

スタスタ、と乾いた足音がする

その足元には、彼が殺した敵の頭や腕が転がっている

子供が石ころを蹴って遊ぶように、それを蹴っては進み続ける

向かうのは、敵軍…つまり、さだのり達の国の軍の所である

そこには、男の国の軍もいる

「…」


「…!!お、おい!!あいつ…」

「げ…例の囚人だろ、あれ」

男を見つけた兵士達は、怪訝そうな表情で何かを囁いている

男には関係ないことだ、後ろ指を指されるのも人殺しと罵られるのも慣れていた

だからこそ、今の状況などどうでもいい

「…お前達、こんなところで何しちゃってんだよ」

「…あ、いや…俺達は」

「兵士の仕事ってなんなのか忘れたのかぁ?こっちは牢屋から出られてやっとこさ人殺し出来るって喜んでるのに、毎日殺せるお前らは怠慢かよ」

「おい、口を慎めよ社会不適合者!」

「結構結構、こっちだってつまんない予定調和の社会に適合するつもりはさらさらないねぇ」

言いながら、男が遠くを見つめて目を細める

はるか先、普通の人間では見えないくらいの距離に、ある男がいる

(…さだのりか、軍のヤツらと合流したのか)

「おい、なんとか言いやがれ犯罪者!!」

「うるせぇな、こっちは殺すならお前達だっていーんだよ?」

「!」

「…それより、早く行こうぜ」

舌なめずをして、男はさだのり達のいる方角を指さす


「あそこに、照準を定めて、引き金を引くだけだ…弾丸は憎しみを籠めて、ってやつだな」
636 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/17(木) 14:05:25.31 ID:+3z2ARSz0

さだのり「…邪火流、舞子達は」

邪火流「…無事だ」

さだのり「そうか、ならよかった」

邪火流「…阿修羅がまだ合流していない」

さだのり「阿修羅?あいつがか」

邪火流「…まぁ、問題はないだろうけどな」

親しげに近づいてくる邪火流

そういえば、こうやって無邪気に話せる相手なんてさだのりにはほとんどいない

さだのり「…問題ないって、まるであいつは死んでも関係ないみたいな言い方だな」

邪火流「実際そうだろ、お前も」

さだのり「あたぼうよ」

邪火流「…とりあえず、一旦他の奴らと合流しよう」

さだのり「合流?すぐそこにいるじゃねぇか、あいつら」

邪火流「…気づいてたのか」

さだのり「あんな風にちんたら歩いてたらバレバレ…」

だ、という最後の一言が出てこなかった

さだのりの後方から、どす黒いオーラの持ち主が近づいてくるのが分かった

さだのり「…野郎だ」

邪火流「?阿修羅か?」

さだのり「いや、違う」

遠くから近づいてくるだけで、息が苦しくなる

音など鳴っていないはずなのに、地響きが聞こえる気がする

さだのり「…邪火流、敵兵のやつらなんて俺やお前で片づけられる、問題は今から来る男なんだ」

邪火流「…」



637 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/17(木) 14:21:21.66 ID:+3z2ARSz0

舞子「…?邪火流達がこっちに来ないわね…」

瑠璃「そうですね…」

夏美「…おじちゃん、どこか見てる」

舞子「え…?」

夏美「おじちゃんが、睨んでる…どこかを」

「…隊長も、何かさだのりさんから聞かされているようです」

舞子「…」



さだのり「…邪火流、剣を構えろ」

邪火流「…俺は人を殺したくはない」

さだのり「そんな綺麗ごとを言ってられる相手じゃない」

邪火流「…」

さだのり「…俺が会うのは…これで二度目かな」

面倒だ、と呟いてさだのりが剣を構える




「見つけたぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


化け物と化け物が衝突する


さだのり「来た!!」

邪火流「…!!速い…」



「ひゃっはぁぁぁ!!味方なんて傍に置いて、ブルっちゃったのかなさだのりぃぃ!!」

さだのり「うるせぇ、こいつは味方なんて生温いもんじゃねぇ!!」

キン、と金属音が響く。火花を散らした両者の刃は、互いに跳ね返し合う

邪火流「ちっ…こいつはなんなんだよ!」

「!」

ビュン、と振られた邪火流の剣を避け、男が蹴りを放つ

(貰った、まずはこの味方を…)


邪火流(あっぶねぇ!!)

(…避けた!?)

638 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/17(木) 14:38:45.56 ID:+3z2ARSz0
邪火流は、男の蹴りを身を屈めて避けた

そのまま蹴りだされた足を掴む

「!」

邪火流「さだのり!」

さだのり「よく捕えた!!」

高々と振りかぶられた剣は、まさに男の脚を一刀両断しようとしていた

「はっはははは!!こいつぁすげぇな!!」

だが、邪火流は突如自分の腕が強く引かれるのを感じた

男が、脚を自らの体に引き寄せたのだ

邪火流「なっ…」

前のめりになった邪火流の首を切り落とすか否か、というところでさだのりの剣が止まる

さだのり「あ、あぶねぇ…」

「油断大敵だぜぇ!」

さだのり「!」

鈍い音がして、さだのりの体が蹴り飛ばされる

邪火流「さだのり!」

「もういっちょ!」

男の拳を首を振って避ける邪火流、だがその顔を目がけて鎖鎌の刃が飛んでくる

邪火流(!)

首を無理矢理前に折り、それを避けた直後

「ひやぁぁははははぁぁ!!」

男の左拳が、邪火流の鳩尾を突いた

邪火流「がはっ…」

揺れたその上体を、男はもう一度蹴りつける

今度は避けることなどできず、邪火流は無様に地面を転がった

さだのり「てめぇ…」

「おうおう…中々いい腕の仲間がいるんだな」

邪火流「…こ、こいつ…尋常じゃない動きをしてやがる!」

「そうとも、俺は尋常じゃないんだねぇ」


639 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/17(木) 15:20:08.06 ID:+3z2ARSz0

「ま、舞子さん!我々は邪火流隊長達の応援に向かいます!」

舞子「え、えぇ…」

「舞子さん達は、護衛班について行ってください」

夏美「…お母さん…」

舞子「大丈夫…大丈夫だから」

「みんな、邪火流隊長とさだのりさんの応援に行くぞ!!」

「おぉ!!!」

瑠璃(…本当に、始まってしまったんですね…)



邪火流「…はぁ…」

さだのり「…てっめぇ、マジで人間じゃねぇだろ…」

「さぁねぇ、人間じゃなかったって俺はどうでもいいけどな」

ポンポン、と手を叩きながら男が後ろを見る

「…にしても、俺達の国の軍隊はなーにやってんだかねぇ」

さだのり「…俺が殺した奴らじゃねぇのか」

「そいつらは第一軍だ、第二軍第三軍と続々やってくる予定なんだけどな」

邪火流「…やけにペラペラ喋るな」

「喋る?べっつに、俺は自分の国の勝敗なんてあんまり興味はないんだよ」

さだのり「なぜだ」

「…もしもこの戦争に勝利したとして、俺は無罪になるもんなのか?そんなことはないし、俺が人殺しをやめることも出来ない」

邪火流「…」

ゾゾッ、と邪火流の背中が凍る

その通りのことを言っているのに、男はまるで狂っているかのように思える

「…いいか、俺はこれからも殺すしもしかしたら殺されるかもしれない」

男が目を細める

邪火流達の後ろから、彼らの応援が来ている

そして、男の後ろからは軍隊が

(俺にとっちゃ応援なんてもんじゃねぇ、ただのクズ共だ)

さだのり「!!邪火流、敵の軍隊が来やがった…」

邪火流「こっちの応援も来たみたいだな」

「…水を差されちまうが、まぁいっか」

640 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/17(木) 15:37:46.93 ID:+3z2ARSz0
さだのり「…まずい、こいつと邪火流の部下達が鉢合わせになったところで…どうしようもないぞ!」

邪火流「…さだのり、俺とお前でこいつを片付ける、敵軍は俺の部下に任せればいい!」

剣を振りかざし、邪火流が男へ切りかかる

「そういや、お前は邪火流なんだな…思ってたより衰えてないみたいで安心したよ」

邪火流「なに…」

「だが、感覚というものはいつか衰えてしまう物だ、それはお前も同じだぞさだのり?」

さだのり(…!?)

男のポケットのおかしな膨らみに、今更気づいた

あれはなんだ

さだのり「邪火流、避けろ!!」

邪火流「!?」

「遅い」

自慢げに…まるで、最新のおもちゃを買ってもらった子供がそれを友達に見せびらかすかのような軽さで、男がポケットから何かを取り出す

手榴弾だ


「…邪火流、お前はここで死ぬかもしれないぞ」

邪火流「ふざ…」

ピンを外し、男がそれをさだのりと邪火流の中間地点へ放る

さだのり「!」

邪火流「お前、自分が巻き添えになるのが…」

「俺はな、死と言うのは過大評価された恐怖だと思っている」

笑いながら男は周りを見回す

男の国の軍隊も、邪火流の部下達も、すぐそこまで来ている

「その手榴弾はピンを抜いてから起動するまで少しだけ時間が掛かる、どうする?このままお前達の応援がここに来れば…お前達もろとも木端微塵だ」

さだのり「ふざけんな!」

地面に転がっている手榴弾をさだのりが掴む

いつ爆発するかは分からない、だが


さだのり「飛べぇぇぇぇ!!」

そのような恐怖を捨てて、さだのりは手榴弾を男のほうへと投げた


641 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/17(木) 16:39:14.65 ID:+3z2ARSz0
「…」

冷めた目で、男が手榴弾を両断する

ボトリ、という音がして金属片が地面へと落ちる

さだのり「おぉぉぉぉぉ!!!!」

体を丸め、さだのりが男の懐へ飛び込む

「ナメてんじゃねぇよ!!」

男の膝が、さだのりの鼻を砕こうとする

さだのり(…今だ…!)

男は、地面から片足を上げている

体は不安定だ、たとえどれほどの筋力を持っていたとしても

さだのり「邪火流!!!」

「!」

邪火流「任せろ!」

邪火流が手を前にかざした

そこに握られているのは剣ではない

拳銃だ

「なん…」

さだのりは男の膝を素早く避け、上げられた足をがっしりと掴む

「放せ!」

さだのり「チェックってやつだ、これでスリーダウン!!」

パン、という音がする

銃弾は、男の眉間へと向かう

(ちっ…!)

無理に体を立て直すのは不可能、そう判断した男は敢えてそのまま後ろへと倒れる

さだのり諸共、地面へと転がった形になる

(…ざまぁみろ、これで俺の勝ちだ)

さだのりは倒れた衝撃で顔を男の膝に打ち付けてしまったようだ

一瞬、その一瞬の隙で構わない


642 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/17(木) 16:45:43.51 ID:+3z2ARSz0
鎖鎌を握り、男がその切っ先をさだのりの後頭部へ向ければそれでお終いだった

だが

邪火流「隙だらけだぞ!!」

「!?」

遠くにいたはずの邪火流は、いつの間にか男の眼前に迫っていた

「馬鹿な…」

邪火流「くたばれ!」

凄まじい腕力で、邪火流は剣の鞘を男のこめかみに打ち付けた

頭の中の揺れたような感覚に、男は吐き気を覚える

「はっ…」

視界が揺れた、と思った時にはもう意識が無くなっていた

邪火流「大丈夫かさだのり!?」

さだのり「いってぇ…鼻ぶつけちまった」

邪火流「…無事そうだな、よかった」


「邪火流隊長!!」

邪火流「!いい所に来た、この男を拘束しておけ!」

「はっ!!」

さだのり「待て、拘束だと…?今すぐこの場で首を切り落とした方が確実だ」

邪火流「そんなこと、俺達はしない」

さだのり「ふざけんな!!この男の恐ろしさを身を持って知っただろ!?」

邪火流「いいかさだのり、俺達は守るために戦ってきた…お前だって、そうじゃないのか」

さだのり「だからって、敵を生かしておく必要はない」

「…さだのりさん、お言葉ですが…我々は命を奪わない、平和のための戦いを見つけたんです」

邪火流の部下達が、笑いながら答える

さだのり(平和のための戦いだと?)

邪火流「…みんな、敵軍は数がそこまで多くない、適当に撃ちあってから一旦本拠地へ退くぞ」

「はいっ!」

さだのり「…邪火流、そいつを殺せ」

邪火流「無理だ、こいつは捕えて牢にでも入れておく」

さだのり「…それで済むか?」

邪火流「…まぁ、見ていろ」

敵軍に向けて、邪火流が指を差す

それが、指令だった


邪火流「殺さない戦いってものを」

643 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/18(金) 08:25:28.21 ID:ieJXoA120

パシュン、と乾いた音と共に放たれたのは銃弾だった

しかし、それは人を殺すための道具ではなく

「ぐぁぁっ!」


邪火流「よし、命中!」

さだのり「…なんで脚やら手やら狙うんだ、さっさと頭にでもぶち込めばいいのによ」

邪火流「あれは麻酔弾なんだよ」

さだのり「なに?」

邪火流「眠らせることによって、あいつらを捕虜にできる…しかもあっちの銃は掠っただけじゃ意味がないが、こっちの銃弾にはちょいと特殊な加工をしてあって…」

「掠るだけでも十分効果があるんです」

後ろから近付いてきた男がさだのりに頭を下げる

「初めましてさだのり殿!!自分はファウーストと申します!!」

さだのり「…お前も、さっさと麻酔銃ぶっ放したらどうだ」

「は、はい!!」

邪火流「おいおい、そんな怖い顔をするな」

さだのり「…」

銃撃によって崩れた石垣

その向こうに、さだのり達は身を潜めている

銃撃、というが正直な話こちらの一方的な優位だった

邪火流の指揮がよほど上手いのか、それとも相手は焦っているのか

さだのり「…殺人鬼は意識を戻してねぇのか」

「えぇ…ですが、たとえ意識が戻ってもこんながんじがらめじゃ動けやしませんよ、せいぜい指くらいしか」

さだのり「…獅子を捕えるのに縄一本で足りる訳はねぇからな」

邪火流「…そこまで危険なヤツなのか」

さだのり「腕が立つことはどうでもいい、だが精神的にいかれてやがる」

少なくとも俺の知る限りで、これほどいかれたのはいない、と

邪火流「…そんなヤツを早くに捕えられたのは僥倖だったな」

「隊長!!敵軍の鎮圧が完了いたしました!!」

邪火流「おう、なら手早く回収して捕虜…にでもしますか」

さだのり「ふん、どうせ捕虜だとかいって飯くらいは食わせてやるつもりなんだろ」

邪火流「飢え死にされたらこっちも気分が悪いからな」

鼻で笑ってから邪火流は歩く

さだのり(…)


644 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/19(土) 21:35:02.76 ID:vvkVT0u20

阿修羅「…」

阿修羅の足元に流れているのは、罪深き血だ

しかし、それらの全てを塗りつぶすほどに阿修羅の血も汚れている

阿修羅(…敵兵がばらけているのが気になるな)

彼が通ってきた中で、敵兵は少なくとも5分隊に分かれていた

通常なら、もっと集団で襲いにかかってくるはずなのに

阿修羅(…)

おかしい

なぜこの軍隊の連中は、ばらけているのだろうか

阿修羅(…この状況では、ばらける理由はただ一つ)

戦力を下げ、行動するのは

阿修羅(…何かを探しているからだ)

何か

もちろん、戦争を終わらせる…勝利を掴むための何かだ

そしてそれは、おそらくベッケンバウアーの首である

阿修羅(…待て、ということはベッケンバウアーは城にはいないのか?)

避難したのだろうか、それとも敵兵が勝手に勘違いしているのか

ただこの状況は、阿修羅達に有利に働いている

阿修羅(…運がいい、これなら勝てるかもしれない)

素早く足を動かし、地を駆ける

向かうのはさだのりがいるであろう方向、舞子達が向かった方向

そして、おそらくあの狂気に満ちた男も向かうであろう方向

阿修羅(…何をしているんだ、俺は)

そういえば、元々舞子達と知り合ったのは、全てさだのりへの復讐のためだった

それが、今ではさだのりと共闘さえしている

阿修羅(…俺は)

なぜ、殺すことを行いながらも自分の憎い相手を殺しはしないのか

まさか、と阿修羅は頭を振る


阿修羅(…まさか、俺は…あの人達を守りたいだなんて思っているのか?)

645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/05/19(土) 22:00:35.29 ID:KaLGV58so
まさか、これが恋……!?
646 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 14:50:15.98 ID:5YTVVHPa0
>>645 違うでしょうにww




さだのり「…邪火流」

捕虜とされている敵兵を見つめて、さだのりが呼びかける

邪火流「殺せなんていうオーダーは受け付けないぞ」

さだのり「…こいつらをどこに収容するんだ」

邪火流「それ専用の施設があるんだ、お前は知らないかもしれないがな」

さだのり「初めて聞いたぞ」

邪火流「…お前がこの街を去ってからできたんだ、知ってるほうがおかしいさ」

さだのり「…」

昔なら、殺人を犯した者は極刑を免れなかった

ベッケンバウアーの代になってからだろうか、犯罪者の更生を願う、なんていう考えが人々に芽生えたのは

さだのり(…こいつらを収容だと?)

ふざけるな、とさだのりは唾を吐きたくなる

敵を殺すのが戦争だ、殺さずに捕えるのは一般人だけでいい

いや、下手をすれば一般人でさえもが敵になる、それが戦争だというのに

さだのり「…邪火流、舞子達はその施設から離れた場所にいさせろよ」

邪火流「分かってる…それに、一般人の住居とは少し離れた場所に作ってる、見張りの兵も多いんだし心配ないさ」

さだのり「…そうか」


夏美「おじちゃん!!」

突然、ぎゅっと後ろから抱きつかれる

さだのり「おぉ、夏美か」

その声を聴いただけで、さだのりは心が安らぐようだった

張りつめていた空気が、ふっと柔らかくなる

夏美「おじちゃん…人を殺したの?」

さだのり「あぁ、殺した」

夏美「…そっか」

さだのり「怖いか」

夏美「ううん、おじちゃんはそういう人だよね」

さだのり「なんだよそりゃ」

647 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 14:55:42.27 ID:5YTVVHPa0
瑠璃「さだのりさん、ご無事でしたか」

さだのり「よぉ、お前たちも全員無事そうで安心したよ」

舞子「…阿修羅さんだけは、まだ帰ってこないのよ」

さだのり「あいつなら大丈夫だ、そう簡単には死にはしねぇ」

舞子「…さっき邪火流とあなたが捕えたあの人…」

さだのり「あいつか、気をつけろよ…あいつは頭がいかれてやがる、俺以上に」

瑠璃「…さだのりさんは、そんなに壊れた人じゃありません」

さだのり「そう言ってられるのは少し前の俺を知らないからさ」

瑠璃「現実とは今です、過去ではありませんから」

さだのり「…」

一一説明口調だな、とさだのりは呆れる

だがそう言ってもらえるだけ、自分は幸せなのだろうか

阿修羅や、あの殺人鬼にはそんなことを言ってくれる人などいなかっただろうから

さだのり「…とりあえず、お前達は軍のやつらといろ…」

夏美「やだ!!おじちゃんも一緒がいい!!」

駄々をこねるように、夏美がさだのりの腕を引く

無理矢理振りほどくことも出来るだろう、しかしさだのりはそうしなかった

さだのり「…なんで」

夏美「…おじちゃんなら、私達を守ってくれるでしょ?」

さだのり「邪火流がいるだろうが」

夏美「…おじちゃんを守れるのは、お父さんだもん」

さだのり「…」

邪火流「さだのり、今はこいつの我儘を聞いてやってくれ」

さだのり「…分かった、ただし危険が生じたら俺は真っ先に剣を抜く」

舞子「それしか、あなたは知らないのね」

さだのり「そんなこと、お前が一番知ってるだろうが」

昔から、さだのりは変わりはしない

さだのり「…じゃあ行くか、軍の本拠地に」

邪火流「あぁ」



648 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 15:01:19.72 ID:5YTVVHPa0

広々とした空間には、長い机が何個も置かれている

軍の集合食堂、なんてものはさだのりが初めて見たものだ

映画やドラマで見るものが本当に存在しているということに驚きだった

さだのり「…こんな場所があったのか」

邪火流「ここは城に近い、そして何より大勢の人間がいることが出来る…俺達軍隊だけじゃなく、一般人だって匿えるのさ」

城から少し離れた場所に、大きな建物が構えられている

さだのりもこの建物を外から見たことはあった

しかし、中身が軍の本拠地だということまでは知らなかった

機密事項なのだろう、そしてそれをさだのりに明かすということは、彼が信頼されているという証拠でもある

さだのり(…信頼、か)

瑠璃「…あの、私達もいていいのでしょうか」

邪火流「あぁ、ここなら一番安全だからな」

さだのり「どうかな、こんな大きな建物ならすぐに見つけられる」

邪火流「それなら問題ない、見張りの番は何人いると思ってる?」

さだのり「多いのか」

邪火流「少なくとも、お前が想像してるよりは」

さだのり「…そうか」

ステンドグラスが張り付けられた窓に、時折影が落ちる

外はまだ明るいはずだ

さだのり(…ここから収容所までは走っても30分は掛かるか)

収容所には、電話や通信機などの器具が揃っていると聞く

これなら、万が一収容所で異変が起きても対処することが出来るだろう

さだのり「…夏美、お前達は一旦飯を食ってろ」

夏美「?おじちゃんは?」

さだのり「散歩だ散歩」

邪火流「だったらなんで剣を持っていく必要がある?」

邪火流がさだのりを睨み付ける

勝手な行動をするな、と言いたげだったが


さだのり「俺にはこいつが最高のお供なんだよ」

そう言って、さだのりは一人その施設から外へと出た

目的は一つ、阿修羅との合流だった

649 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 15:06:03.20 ID:5YTVVHPa0

阿修羅(…敵が多いな)

深く息を吐く阿修羅の体には、今のところほとんど傷はない

あるとすれば、かすり傷だ

すでに大勢の敵兵を薙いできた、これからだってそうだろう

軍の連中がどこにいるか分からない以上、まずは城へと向かうのが先だろうと思っていた

だが敵も、城を目指しているのは明確だ

出会った敵をすべて殺すことは、自分の活路を作ることにも、城へ向かう敵を殺すことにもなる

一石二鳥、という物だろうか

阿修羅(ふん、ベッケンバウアーが死のうが俺には関係ないんだがな)

元より、この平和というものを目指している国に彼は疑問を感じていた

そして、そのやり方についても

阿修羅(いや、今はそれを考えるな)

余計なことを考えると、精神が乱れてしまう

ただの散歩道ならば問題はないだろう、しかし今は


阿修羅(…!!)

ビュン、という音と共に何かが前方から飛んでくる

凄まじい速度だ、その正体を判断することも出来ないほどに

阿修羅(手榴弾か、それとも刃物か!?)

この速度で飛んでくる物体に当たれば、たとえ小さな鉄くずだとしても傷を負ってしまう

阿修羅はそれを、悠々と避ける

木に当たったその何かは、「石ころ」だった

阿修羅(…)


さだのり「見つけた見つけた、わりと近くにいたんだな」

阿修羅「…お前…」


前から歩いてきたのは、そして石ころを投げたのは


さだのりだった


650 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 15:11:09.46 ID:5YTVVHPa0
さだのり「よぉ、お前も本拠地に行こうってのか」

阿修羅「…本拠地はどこか知らないからな、まずは城を目指そうと思っていた」

さだのり「そうか、なら今から案内してやるが…」

阿修羅「待て、お前は本拠地にいたのか」

さだのり「あぁ、舞子達は無事だ」

阿修羅「…そうか」

ほっと、なぜかため息をついてしまう

別に、彼女達は赤の他人なのに

阿修羅「…しかし意外だな、本拠地に行ったということは、俺達の軍隊は敵兵を殺し終えたのか」

さだのり「いや、殺してはいない」

阿修羅「なに?」

さだのり「守るための戦いだとさ、殺しはせずに捕虜にしている」

阿修羅「捕虜だと?」

さだのり「収容所があるらしい、そこに例の殺人鬼もいやがる」

阿修羅「!!」

さだのり「…俺は今から、そこにも行こうと思ってたんだ…お前を見つけたら、本拠地の前にそこにな」

阿修羅「…あのいかれた野郎を捕虜にするだと?ふざけやがって!」

さだのり「そう怒るなよ…俺だって腸が煮えくり返りそうなんだ」

舌打ちをして、さだのりが来いよと阿修羅を手招く

さだのり「…あの殺人鬼だけは、俺達が殺さなきゃならない」

阿修羅「そのために今から収容所へ向かうのか」

さだのり「あぁ」

阿修羅「…収容所には見張りの番もいるだろう、それをどう説得する」

さだのり「説得できなくてもいい、俺はあのいかれた野郎を殺すんだ」

守るためには、時として犠牲も必要だろう、とさだのりが言う

阿修羅「…そうだな」

だがもしも、と阿修羅の顔が曇る



見張りの番が、もしも…さだのり達の考えを、絶対に受け付けなかったとしたら


651 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 15:18:29.88 ID:5YTVVHPa0

見張り番の男は、深いため息をついていた

彼の目の前の牢屋には、一人の恐ろしい男が入っている

「…なんでよりによって、今日が俺の番なんだろうな…」

この収容所の見張り番は、ずっと同じ人物がしているわけではなかった

囚人と看守に特別な関係が出来るとまずいからだ

普段話すだけでも、次第に心を許してしまうことがある

そのため、定期的に看守を変えることでそういう問題が起きるのを防ぐ

ローテーションを組んで、兵隊の中からこの収容所の看守は選ばれる

看守、と言っても大きな収容所だ、彼だけではなく他に100人以上の兵士がいるのだが

それらの全てが武器の携帯を命じられている

この国で収容所に入れられるのは、非常に危険な人物だけだからだ

裏を返せば、よっぽどなことをしない限りはこんな牢屋には収監されないということでもある

「…しっかし…本当にこいつがねぇ…」

邪火流から話を聞いたときは驚いた、あのさだのりが圧されたというほどの実力者らしい

だが牢屋にいる男は、意外にも大人しかった

両手を手錠で繋がれ、脚には枷が嵌められている

もがけば地面を転がったり、その場に直立することくらいなら出来るだろう

それでも牢の外にいる看守には手を出すことなんで出来ない

「…もしかして、そうでもない奴だったり…」


「なぁ、看守さんよぉ」

「!!」

ビクン、と看守の肩が跳ねる

「な、なんだ…いきなり話しかけやがって」

「…今は何時なんだぁ…俺がさだのりと邪火流にやられてどれくらい経ったんだ」

「そんな質問に答える必要はない」

「おぉおぉ…随分とまぁ、堅い看守さんだねぇ…俺達の国の看守は好きな女のタイプから、ギャンブルの話までペラペラしゃべってくれたのによぉ…」

「…そりゃ残念だったな」



652 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 15:23:31.53 ID:5YTVVHPa0
「そうだ、看守さん…アンタの名前はなんだ…」

「教える必要はないだろう」

あまり殺人鬼と話をするのは、気持ちのいいものではない

それにこの殺人鬼は、まるで人を馬鹿にしたかのような声で話しかけてくる

「…つっまんねぇ看守さんだなぁ…」

「お前に面白い思いをさせろ、との命令は出ていない」

「つまらない思いをさせろ、って命令は」

「出ていない」

「はっはっは!!じゃあお前さんが個人的に俺と話したくないだけじゃねぇかぁ」

「…」

気味の悪い男だ、話しているだけで背中に蜘蛛が走っているかのような嫌な感じがする

「…看守さん、俺の話聞いてくれるかぁ」

「…なぜお前と話をしなければならない」

「おーもしろい話なんだって、俺達の国で看守に訊かれた質問だよ」

「…」

看守の男は、別にその話自体には興味があるわけでもなかった

しかし薄暗い空間の中で、この男と二人だけと言うのを無言で過ごすほどの精神力もない

「話してみろ」

だから、何の気なしに話を聞いてみることにした


「…看守さんがさぁ、ある日俺達に…あ、俺達ってのは他にも囚人がいたからなんだが…もしも一つだけ、牢屋の中に持ち込めるものがあるとすれば、何がいいかって聞いたんだぁ」

「…なんとも普通な質問だな」

「俺達は全員で5人だった…一人は妻って答えたんだ、そいつは俺達みたいなやつにしては珍しく、心から妻を愛するやつだったなぁ」

だった

その過去形が不気味に感じるのはなぜだろうか


653 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 15:30:09.77 ID:5YTVVHPa0
「一人は売女って言いやがった、都合のいい時だけ抱かせてくれりゃあそれでいいってな、そいつは性欲だけは強くてよぉ…女の看守が来た時なんか、自慰を見せつけたりしてたなぁ」

過去形だ

「…一人は美味い飯だって答えた、そいつは太っててよぉ、殺人を犯した理由も、奪った金で美味い物が食いたいってだけだったんだ、本当に飯の話ばかりするヤツだったなぁ」

過去形だ

「一人は縄だって答えたなぁ、もう牢獄での生活が嫌なんで、首を吊りたいって言いやがった…そういやそいつ、一回舌を噛んで死に掛けたことがあったなぁ…」

過去形だ

「…それで、お前はなんと答えたんだ」

看守の額に汗が浮かぶ

この男はなんというのか

なんと答えたのか

「…俺の答えはな、看守さんだよ」

ゾゾッ、と背筋が凍る

自分のことを言われているわけではないのに、看守の背中が凍る

「いやぁ、俺達の入ってた牢獄はこの牢とは違うんだ…ここはいい、便所もあるし、風呂だってある…まぁ水が張られてるだけだから体を少し流すだけしか無理っぽいけど、それでも嬉しいもんだ…だが俺達のいたのは違った」

ニヤニヤと笑う男の口が、三日月のように細くなる

「…ウジが湧いた飯がそのまま置かれていて、看守はいっつも俺達を殴ろうとする…服なんてボロ雑巾みたいだし、風呂なんてありゃしねぇ、汗の臭いで鼻がひん曲がりそうだった…」

「…な、なんで看守が欲しかったんだ」

「二つの理由だ、一つは看守の腰には牢屋の鍵がぶら下がってるから」

ほれお前も、と殺人鬼の男は看守の腰元を差した

「…そいつがあれば俺は自由の身だ、外に出れば欲しいものはなんだって手に入る」

「…も、もう一つの理由は」

「決まってるじゃねぇかぁ」

すっと、男が立ち上がった

脚に枷を嵌められているにも関わらず、本当に、何の苦も無く


「その看守を殺すためだ」


654 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 15:37:54.01 ID:5YTVVHPa0
「…痛めつけるためだ、目をつぶして耳を削いで、胸を貫いて、脚を刺し通して、首を絞めて、金球をつぶして、内臓を抉り取って…そして脳みそをぶちまける為だ」

「…」

看守は吐き気を覚えた、この男の口から出る言葉すべてが現実味を帯びている

「…次の日俺は精神鑑定を受けることになった、結果は問題なし、正常だ…当たり前だよな、異常者ってのは正常ってのを知っている、正常を知らないのは異常なんじゃなくて正常のない世界で暮らしてたってだけだ」

懐かしい話だ、と殺人鬼は続ける

「なぁ看守さん、俺には気をつけなよ、飯をよこす時も半径1mには近づくな、話しかける時は一方的に、俺の言葉に耳を貸さないように」

「…」

「おーっと、言葉でお前の精神を崩壊させるなんて俺には出来ないね、心理学者じゃあるまいし」

だけども、と男は手錠を鳴らしながら笑う

「…言葉でお前を脅すことは出来る、そしてお前は仲間を呼ぶだろう、この男は俺一人じゃ手に負えない、助けてくれって」

「そしたらもう俺の勝ちだ、隙を見て誰かがカギを開けるのを待つ…それで終わりだ」

「…そんなことはさせないぞ…」

「だったら一人で頑張れよ、看守さーん」

ゴロン、と男が横になる

「あーあー、それより手錠が痛いなぁ、こいつ邪魔だなぁ」

「…勘違いするなよ、俺はお前が思っているほど臆病じゃない」

「看守さん、そいつはまず声の震えを抑えていうセリフだってことを教えてやるよ」

「…俺は銃を持っている、お前が変な真似をすれば…」


その時看守はその牢がある廊下の、先の扉が開く音を聞いた

一瞬だけ警戒するが、すぐに心は落ち着きを取り戻した


「さ…さだのりさん!」

「…さだのりだとぉ?」


さだのり「…看守はお前か」

「よかった…びっくりしましたよ、もしかして敵がもうここまで制圧したんじゃないかって…そちらの方は」

阿修羅「阿修羅だ」


「おぉぉぉぉ!!さだのりと阿修羅ぁ!!なになに?俺に会いに来てくれたのかなぁ?」


殺人鬼が、檻のギリギリまで近づく

「お前!!勝手に動くな!!」

「おー、本物だ本物だ、何しに来たんだよ?」


655 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 17:03:44.41 ID:5YTVVHPa0
さだのり「てめぇを殺しに来たんだよ、クソッタレ」

「は…?」

さだのりの言葉に、看守はぽかんと口を開ける

その瞬間、さだのりと阿修羅が剣を抜く

檻の隙間から剣を、殺人鬼の男へと向かって突き出す

「だ、駄目ですよ二人…」

「あっぶないねぇ、血の気が多いやぁ」

だが男は、クルンと後転してそれを避ける

しかも、その勢いで直立の姿勢へとなる

阿修羅「…避けるか、化け物が…!」

「んっんっんっんんー、だってお前達二人とも、殺気に満ちたまんま入ってきたからなぁ」

特にさだのり、と男は指差す

「そんなに殺気立ってたら、いくら鈍感なヤツでも普通は気づく」

さだのり「…看守、鍵を貸せ、こいつを殺す」

「ダメです!!我々の目的は殺しではありません!」

さだのり「俺の目的は殺しなんだよ」

「だとしても、俺はこの鍵を渡しはしません!!」

力の籠った瞳で、看守はさだのりを見返す

阿修羅「見上げた正義感だな、平和主義もここまで来ると拍手をくれてやりたくなる、だがな…綺麗事じゃ世の中生きてはいけないぞ」

「我々は、その綺麗事が叶う世界を目指しているんです!!」

さだのり「…いいか、この殺人鬼だけはそんな理論も通用しないんだ」

「だとしても、何もここで殺す必要はないでしょう?裁判で審判を下すなり、方法があるじゃないですか」

「ダメダメ、俺みたいな化け物に裁きを下すのは化け物じゃなきゃな」

さだのり「…看守、俺は警告をしに来たんじゃない、素早く結論を出しに来たんだ」

「さだのりさん、あなたは間違っていますよ」


656 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 17:07:52.21 ID:5YTVVHPa0
さだのり「…」

「…邪火流隊長が目指したのは、あなたが守ったのは…こんなクソみたいな世界を変えられる可能性だったんじゃないですか」

阿修羅「戯けたことを言うな」

「…だとしても、我々はやってみせます」

さだのり「…だったら勝手にしろ」

剣を収め、さだのりが殺人鬼の顔を睨み付ける

「なんだよ、物言いたげじゃないかさだのり」

さだのり「てめぇ、その枷と手錠を外すのにどれほどの時間が掛かる?」

「外せないねぇ」

さだのり「…そうか」

舌打ちをしたさだのりが、阿修羅に呼びかける

さだのり「帰るぞ」

阿修羅「だが…」

さだのり「いいから、こいつらの綺麗事に一度くらい付き合ってやろうぜ」

どうせすぐに破綻しちまう、さだのりはそう思った

「…さだのりさん、我々に任せてください…あなた達のやり方の間違いを、我々は知っていますから」

さだのり「…俺達のやり方の間違いを知っているか」

ふん、と鼻で笑いながらさだのりは長い廊下を歩きだす

他の牢に入っている囚人達は、手錠さえかけられていない

このやり方が、正しいのだろうか

阿修羅「…」

さだのり「…だとしたらな、看守」

廊下の奥の薄暗い階段に、一歩目を踏み出したさだのりが振り返って言う



さだのり「俺達は、お前達のやり方の間違いを知っているぞ」


657 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 17:14:43.38 ID:5YTVVHPa0

「…」

看守の男は、しばしさだのり達が去った方向を見つめていた

(…我々のやり方の間違い…か)

「残念だねぇ、さだのりがまさか俺を殺さないで帰るなんてさぁ」

「…お前は口を慎め」

「…なぁ看守さん、お前…これからの戦いには参加するのか」

「…ここにお前達がいる限り、俺達は見張りだ」

「ほっほー、怯えてるのか?戦争に」

「これが俺の仕事だ」

「…たまげたな、こいつは随分と王様に尻尾振る忠犬にそっくりだ」

「…お前、昔からそうやって人を見下していたのか」

「なぜそう思う?」

「だからこそ、お前は人を殺すことに快感を覚えていたんだろう」

「間違ってるね、人を見下したやつが人を殺して楽しいと思うか?俺は人を尊敬しているし、寵愛してるんだぜぇ」

お前のこともな、と殺人鬼は言う

「…人間は蟻を殺してもなんとも思わない、蟻が人間にとっての下等生物だからだ、だとすればなぜ蟻を殺して楽しいと思える?」

「…何が言いたい」

「俺にとって人間が下等生物なら、そこに快感を生み出すことは出来ないのさ」

すーっと、男の目が細まる

「…足並み揃った足音が聞こえるな、近くじゃちょうどどっちかの軍隊が行進してやがる」

「!!」

「…残念だなぁ、この規律の取れた歩き方はお前達側の軍隊じゃない」

さだのり達と鉢合わせかもな、と茶化す

「ちくしょう!!」

看守は、近くにあった本部への通信機を取り出す

さだのり達が、敵の軍隊と鉢合わせしたら

殺戮が起きてしまうだろう、いや、絶対に

「本部へ通達、敵兵が収容所の近くを行進中と思われる!!至急、向かわれたし!!」

「…」

殺人鬼の男がニヤリ、と笑う

ちょうど看守の腰元には、この牢の鍵がブラリと下がっている


(さぁて、どうやってあの鍵を俺が握るか、だなぁ)


658 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 17:24:34.48 ID:5YTVVHPa0

さだのり「…聞こえるか、阿修羅」

阿修羅「ふん、これが聞こえないなら俺は耳鼻科にでも行っているさ」

地響きのようにはっきりと聞こえる、敵の足音

二人が剣を抜く

さだのり「…敵の数はおそらく、50程だな」

阿修羅「…相変わらず、小隊に分かれて行動しているらしい」

さだのり「…片づけるぞ」

闇夜の彼方に、ちらりと光る物が見える

それが敵軍の持っている灯りだということは容易に想像できる

さだのり(…邪火流達がここまでたどり着くのは、おそらく10分ほどだ)

走るには遠すぎる距離だが、邪火流達は「車両」という移動手段を持っている

車の機動力を使えば、遠い距離もすぐにたどり着けるだろう

だが車での移動と言うのは、非常に危険でもある

車の動力はガソリンだ、それに引火させれば爆弾など必要もなく辺りを破壊できる

さらに、通常の車両では移動している間、敵への攻撃も防御も行うのは不可能に近い

そのため、この状況では「通常」は車を使う必要はない

そう、通常なら

さだのり(だが邪火流達は、俺達に殺しをさせたくないと思ってやがる)

もしも自分達がここに来ていたということを、あの看守が伝えていたら

さだのり(…邪火流達は、まさに全速力で止めに来るはずだ)

車だろうとなんだろうと用いて、さだのりと阿修羅を止めに来る

阿修羅「…さだのり、うちの馬鹿な兵隊共はおそらく車両を使うはずだ」

さだのり「言われなくても分かってる」

阿修羅「ならどうする」

さだのり「…」



あなた方のやり方の間違いを、我々は知っていますから


さだのり「…阿修羅、一旦退いてはみないか」

阿修羅「なに?」

さだのり「…邪火流達のやり方ってのを、信じてはみないか」

阿修羅「!!貴様、毒されたか…?」

さだのり「…いいから、退くぞ」

さだのりが阿修羅を睨み付ける

さだのり「…どうせ、邪火流達のやり方じゃしくじる、その時が俺達の出番さ」
659 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 17:32:08.61 ID:5YTVVHPa0

邪火流「…ちくしょう、もっと飛ばせないのか!」

「隊長…すでにエンジンは悲鳴を上げています、このまんまじゃオーバーヒートで俺達も悲鳴を上げることになりますよ!!」

邪火流「…さだのり達があの収容所に行ったらしい、理由は」

「…お、おそらくあの殺人鬼の男を…」

邪火流「だが看守が言うには、さだのり達はあいつを殺さずに帰ったらしい…」

そう、そしてすぐに敵兵の存在を確認したらしい

邪火流「このままじゃあいつら、敵兵と鉢合わせだ…」

「…さだのりさん達は、どうすると思いますか?」

邪火流「…殺すだろうな、さだのりは…!!」

進路の先に、光が見える

邪火流「見えた、あれは敵兵の…」

「!!隊長、さだのりさんです!!」

邪火流「なに!?」

キキーッ、と車両は急ブレーキを掛けた

慣性の法則で体が吹き飛びそうになるが、車のシートを掴んで無理矢理耐える


さだのり「…あっぶねぇな、夜道は徐行だぜ運転手さんよぉ」

外から車両の扉が開かれる

邪火流「さだのり…それに阿修羅!!」

阿修羅「…遅かったな」

「な、なぜ?」

さだのり「…敵兵は前だ、お前達は殺さないやり方を俺達に見せてくれるんだろう?」

邪火流「!!」

さだのり「…だったらやってくれよ、俺達には…出来ないやり方だからな」


660 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 17:40:04.29 ID:5YTVVHPa0

邪火流「…」

助手席に座ったさだのり、その後ろから邪火流が小さな声で語りかける

邪火流「…なぁ、さだのり」

さだのり「なんだよ」

邪火流「…お前、なぜ先に敵兵を殺しに行かなかった」

さだのり「…お前達のやり方を見たかった、そしてそいつはいつかしくじる」

阿修羅「その瞬間、俺達は嘲笑ってやる」

邪火流「…だったら、なぜこうやって俺達と合流した、俺達と別行動にすればいいのに、俺達がしくじったかどうかなんて、別に別行動でも分かるだろう」

さだのり「…傍で見ていたかったのさ」

ぽつり、と呟くさだのりの横顔は悲しげだった


「隊長!!敵兵の姿を確認!!」

邪火流「…麻酔弾の用意、そして敵は殺すな!!」

「はっ!!」

周りの車両から兵士達が飛び出す

阿修羅「…さだのり、お前まさか」

さだのり「…なぁ阿修羅、俺達のやり方は間違いだらけってわけじゃねよな」

だが、と

さだのり「…邪火流達のやり方だって、間違いじゃねぇんだ…」

邪火流(…さだのり)

さだのり「…阿修羅、俺達は殺ししか知らないが、こいつらは別の方法を見つけたんだ」

阿修羅「…」

さだのり「…もしかしたら俺は」

パンパン、と銃弾の交わる音がする

それに耳を傾けながら、さだのりはまるでワインを飲んでくつろぐかのような表情で、語った


さだのり「…もしかしたら、邪火流達のやり方を心の底から信じたいのかもしれないな」

661 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 17:46:39.84 ID:5YTVVHPa0

「隊長、敵軍の制圧を完了、現在回収部隊が向かっています!!」

邪火流「よし、よくやった!!」

「自分もすぐに向かいます!」

敬礼をした若い兵が、闇へと掛けていく

邪火流とさだのりは、それを見送ってから笑った

さだのり「…懐かしいなぁ、守るための戦い、か」

邪火流「…俺達だって昔はあんな純粋な馬鹿だったのさ」

阿修羅「…」

ただ一人、阿修羅だけは驚愕の表情だった

さだのり「…阿修羅、俺達は…たしかに化け物だ、そいつは間違いじゃないし、殺しで解決することも出来る」

阿修羅「…」

さだのり「…だがなぁ、それでも…こいつらのやり方のほうが綺麗なんだ、そうだろう」

阿修羅「…そうだろうな、だが綺麗事だ!」

邪火流「…そう怒るな、大丈夫…俺達は、今までもこのやり方で上手くやってきたんだ」

さだのり「…」

阿修羅「…こんなので…ちくしょう、こんなので…!」

阿修羅が一度、ドンと拳をシートにぶつける

さだのり「…認めたくはないさ、俺達のやり方のほうが汚かったなんて…だがな、事実さ」

阿修羅「平和的な戦いと、そんなものすぐに破綻するぞ…」

邪火流「そんなことはないさ」


「隊長、敵兵の回収完了、収容所へと搬送します」

邪火流「よし、俺達は先に帰るか」

「はっ!!」

運転手が運転席に着く

その満ち足りた表情が、平和なんて言う物なのだろうか

阿修羅「…いつか破綻するぞ、こんなやり方」

邪火流「どうかな、俺達のやり方だっていいとこいってるだろ」

ニヤリと笑う邪火流を見て、阿修羅が唇を噛む

どうも、彼には納得がいかない


662 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 18:25:28.00 ID:5YTVVHPa0

夏美「!お父さん、おじちゃん!」

軍の本拠地、広い空間に夏美の声が響く

長いテーブルには大勢分の料理が並べられている

邪火流「ただいま、夏美」

さだのり「よぉ、こっちは無事だったか」

舞子「えぇ・・・そっちは?敵兵がいたって聞いたけど・・・」

邪火流「言っただろ、殺さない解決法を俺達は取るって」

瑠璃「では・・・!」

邪火流「あぁ、一応殺しはしてないさ・・・捕虜にはなって貰ってるが」

肩を竦める邪火流を見て、舞子が微笑む

舞子「よかった・・・」

邪火流「・・・これが俺達の方法だからな、ちょっとの無理なら押し通すさ」

阿修羅「・・・」

夏美「あ・・・おじちゃんも、その・・・」

さだのり「・・・分かってる、本当はこっちの方法がいいからな」

夏美「!」

夏美の柔らかい髪を撫でながら、さだのりが笑う

「そうですよ、我々のやり方でも国は守れます!」

「そうそう、これからは血で血を洗う必要は無くなりますよ!」

周りの兵士達も、幸せそうな笑みを浮かべる

争いのない世の中、そんな物は簡単には作れない

だからこそ、人を出来る限り傷つけない方法を取るのだ

阿修羅「・・・こんなやり方、上手く続くとは思えないな」

「・・・」

邪火流「何言ってるんだ、俺達は今まで上手くやってきたんだから」

舞子「そうよ・・・大丈夫」

阿修羅「・・・」

「それより食事にしませんか?隊長もさだのりさんも、お腹が空いてるでしょう」

「衛星兵が、栄養を考えて作りましたから!」

663 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 18:25:56.82 ID:5YTVVHPa0
邪火流「おいおい、味のことも考えたのか?」

「もちろんであります!」

ビシッ、と敬礼を取った兵士が邪火流と顔を見合わせて笑い合う

舞子「ふふ・・・」

さだのり「・・・」

舞子「?どうしたの、さだのり?」

さだのり「・・・」

そういえば

戦火の中にあっても、さだのりと笑い合っていた彼等は

天国からきっと今も見守っている彼等は

さだのり「・・・あいつらだって、この方法がいいに決まってるよな」

夏美「おじちゃん?」

さだのり「いや、なんでもねぇ・・・飯にしようぜ」


ガヤガヤと賑わう集合食堂

兵士達は戦争の間であるにも関わらず、笑顔を浮かべている

「俺さ、娘に今度ピクニックに連れて行ってくれってせがまれてんだ」

「ははは、俺は恋人に早く結婚しようってさ」

「俺は友達が結婚するんだ、早く戦争を終わらせて祝ってやりたいよ」


邪火流「・・・舞子、野菜取ってくれるか」

舞子「はい、どうぞ」

夏美「私も!」

舞子「はいはい・・・舞には乳児食をあげないと」

瑠璃「母親って大変なんですね・・・」

舞子「えぇ・・・でも、大変な分幸せだってあるのよ?」

瑠璃「そうですか・・・」


664 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 18:26:23.17 ID:5YTVVHPa0
夏美「瑠璃お姉ちゃんも、結婚しなよ!」

舞子「ちょ、ちょっと夏美!」

瑠璃「ふふ・・・そうね」

邪火流「だったらさだのりがいいんじゃ・・・ってあれ、さだのりは?」

舞子「たしか・・・あ、あっちにいるわね」

舞子が指差した先には、さだのりと阿修羅が座っていた

二人は周りの兵士達と離れ、二人だけで何かを話しているように見えた


さだのり「・・・なぁ」

阿修羅「・・・」

さだのり「・・・お前、本当はこの方法がいいんじゃないのか」

阿修羅「俺の性に合わないな」

用意されていた酒には目もくれず、阿修羅は水道で汲んできた水を飲む

阿修羅「・・・なぜ戦場に酒なんか用意してやがんだ」

さだのり「さぁな、落ち着けるためじゃないのか」

阿修羅「・・・この国の連中は平和ボケもいいとこだ」

さだのり「・・・俺もそう思う、だがそれがいかに幸せなことか」

阿修羅「・・・俺には理解出来ない、すぐにこんなやり方は破綻するさ」


邪火流「だから、俺達は努力してるんだよ」

ふと後ろから聞こえた声に、阿修羅はめんどくさそうに振り返る

邪火流「お前には理解出来なくても、俺達には見えている」

阿修羅「・・・」

邪火流「見ててくれ、明日も、明後日も・・・俺達はこの方法で勝利を掴む、血に塗れていない勝利を」

阿修羅「・・・そうか、だが俺は協力出来ないな」

邪火流「分かってるさ・・・」

さだのり「・・・俺は参加する、夏美を守るためにな」

邪火流「お前・・・」

さだのり「勘違いすんなよ、俺はあいつに助けてもらった、だから今度は助けなきゃならない」

邪火流「?」

さだのり「さて・・・それより、敵がこれからどうやってこっちを攻撃してくるか考えようぜ」

地図を広げたさだのりがニヤリと笑う

それは、かつての、あの5人でつるんでいた頃の笑みだった

665 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 18:33:45.96 ID:5YTVVHPa0



「…まーた収容されるヤツが増えたのかぁ、看守さん」

「うるさい、一一話しかけてくるな!」

「冷たいねぇ」

牢屋の中

男は、隣の牢獄に人が放り込まれるのを見ていた

見ていた、と言っても一部始終ではなく、縄で繋がれた見覚えのある武装の兵士たちが連れてこられたところだけだが

「…ちっ、上手くしてやられたわけだ、しかも殺されもせずに」

「言っただろう、我々は殺しはせずに勝利を掴むと」

「へいへい、そいつぁすげぇや、聖人君子もびっくりの吐き気のする理論でさぁ」

手を叩こうとしたのだろうが、手錠で繋がれている男はそれが出来ない

「…」

「食事はこれから運んでくる、水はいるか」

「看守さん、こっちは捕虜なんでさぁ、要望を聞いてもらう必要はないですよー」

「…そうか」

気を遣ってやったのに、と言わんばかりの態度の看守が遠くへ去っていく

残された男は、しばし考える

(…この収容所にはすでに、300近い兵士が収容された)

(そして、そのほとんどが牢に入れられただけの状態)

(…銃やら剣は奪われているが…なーに、命さえあればいくらだって暴れられるんだ)

(…問題は、どうやって俺はここから抜け出すかだ)

(兵士共は俺にブルってやがる、あいつらだけが脱出しても俺はどうせ出させちゃもらえねぇ、つまり俺が真っ先に出る必要がある)

(…手足を封じられた俺に出来るのは、やーっぱ俺らしい残酷なやり方だ、鍵をこっそり奪って抜け出すなんてもんじゃ足りないなぁ)

ニヤニヤと笑いながら、男は隣の牢に壁越しで話しかける

石で出来た壁だ、大声を上げないと聞こえはしない

「よーお、お隣さぁん」

「…なんだ、お前も捕まってるのか」

恐らく、話し声だけで男のことが分かったのだろう、隣の兵士は少しだけ怯えた様な声で話を返してくる

「お前さん達を連れてきた看守は何人だったぁ?」

「…3人だ、でも外にはもっとたくさんいやがったぞ」

「ほうほう、そいつぁいいこと聞いたな」

「お前…確認しなかったのか?」

「こっちは気絶して運ばれてきたんでねぇ」

「…」


666 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 18:40:07.68 ID:5YTVVHPa0
「…情報あんがと、俺が脱獄したらまずはアンタから解放してやんよぉ」

「お、お前…この状況で脱獄できるのか」

「俺、サンクチュアリから脱出したこともあるんだぜぇ」

「…?」

意味の分からないジョークだったか、と殺人鬼は笑う

ちょうど看守がやってきたので、話をここで打ち止める

(…牢獄の間近には、きわめて少ない数の看守しかいない)

(…そして、捕まった兵士たちはこの牢獄に必ず入れられる)

(…看守達は武器を必ず持っている、それこそ全員が)

(…ここは城から走って30分ほど、人々が住む街からは遠くしていると考えられる)

(…通信機は準備されている、敵の城との交信は可能)

(…つまり、俺達が脱獄したことがバレれば即連絡を取られる)

(…なるほどぉ、俺一人が脱獄しても連絡されちまえばちときついなぁ)

幸い、ここには兵士達が多く収容されている

(…んー、こいつはいいな、もう少し待ってから行動してみるかぁ)

看守の言葉を思い出して、殺人鬼は笑う

「おい、食事だ」

鍵を開けた看守は、恐る恐る食事の乗ったトレイを床に置き、すぐさま扉を閉じた

「そんなに怯えなくてもいいじゃねーの」

「…さだのりさん達が来た時といい、お前は身体能力がずば抜けているらしいからな」

「この手錠の鎖をちぎれるかもって?無理無理、そんなのむーりー」

「…」

信じられるか、と吐いた看守は隣の牢屋に食事を運びに行った

(…今日の料理はお肉ですかぁ、捕虜のためのとは思えない豪華さだな…)

そこで男の目に、あるものが飛び込んできた

フォークだ

(…こいつぁ…)

指を鳴らしそうになるのを我慢して、男は肉を頬張ろうとする

しかし手錠まで外してもらっていないため、フォークを手で掴むのは無理だった

(あっちゃー、残念)

そう思いながら


男はまるで犬のように、ガツガツと直接口をつけて肉を食べ始めた


667 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/21(月) 18:48:06.93 ID:5YTVVHPa0


夏美「…」

夜になれば、子供は眠くなるのが普通だ

よく寝ればそれだけ大きくなれるんだぞ、邪火流はいつもそう夏美に言っていた

だとすれば、邪火流はうそつきなのだろうか

夏美(全然眠くないや…)

周りでは、軍人の男がいびきをかきながら寝ている

その中には邪火流の姿もある

近くには舞子、瑠璃、舞も寝ていた

夏美(…?おじちゃん?)

そう、さだのりの姿は見えない

シンと静まり返った広い建物の中を、夏美は歩く

夏美(…な、なんか怖いや)

昔、こういうところにはお化けが出るとも邪火流から聞いた

実際それは、夏美に夜遊びをさせないための嘘なのだが、彼女はそんなこと知る由もない

夏美(…で、出てきたり…)


ひょいっ、と突然視界が高くなる

一瞬胸が跳ねるが、その現実をすぐに受け入れる

彼女は、「肩車」されていたのだ

夏美「おじちゃん!!」

さだのり「こんなところで何してんだよ、夜は勝手に出歩くなって」

夏美「でも建物の中だよ?」

広い廊下、その上に貼られたステンドグラスの向こうにはおそらく月であろう光が見えている

さだのり「…それでも、勝手に出歩くな、みんなといないと危ないだろ」

夏美「…?もしかして、心配してくれてるの?」

さだのり「当たり前だろ」

肩車のまま、さだのりは廊下を歩く

668 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/22(火) 17:26:07.64 ID:pokQSIJs0
夏美「…おじちゃん、人を…殺して楽しい?」

さだのり「…楽しい、か…ちょっと違うな、落ち着くって時はあるが、そいつも楽しい意味での落ち着くじゃないな」

ゆっくりと、廊下を歩く

少し長く伸びた影が、やがて廊下の角を勝手に曲がった

さだのり「…俺や邪火流は、昔からずーっと戦って生きてきた…そして、そこに生きがいを見つけ、その生きがいを失う時もあった」

夏美「…生きがい?」

さだのり「友達も、愛情も…失ったもんだ」

夏美が、少し不思議そうな顔でさだのりを見下ろす

真上からでは分からない、彼の瞳が悲しげに曇っていることは

さだのり「…だがな、俺は…俺は、殺しを楽しんでる時がある、そいつはまぎれもない事実だ」

頭では否定しているが、やはり胸が高鳴ることがある

さだのり「…お前や舞子を守るときは、その高鳴りもなくなるんだがな」

夏美「…お母さんを?」

さだのり「…さて、お前は先に寝てろ…俺はちょっと外を散歩してくる」

広場の前で夏美を下ろし、さだのりが指を差す

邪火流達が寝ている場所まで、いつの間にかたどり着いていた

さだのり「…じゃ、後でな」

一度、ぽんと夏美の頭を叩いてからさだのりは外へと向かう


さだのり「…月が出てるな、満月か」

静かな闇の中を、さだのりは一人で歩いていた


阿修羅「…こんな時間に散歩とは、いい身分だな」

不意にそんな声が聞こえた

振り返ると、さだのりの歩いてきた後を阿修羅がゆっくりと追ってきていた

669 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/22(火) 21:49:46.56 ID:pokQSIJs0
さだのり「なんだよ、こんな時間に」

阿修羅「こんな時に両手両足を投げ出して寝れる性分ではない」

さだのり「…」

ゆっくりと、阿修羅は近づいてくる

さだのりの顔を睨み付けている、なぜだろう

さだのり「なんだよ」

阿修羅「…」

突然、突然だ

阿修羅が拳を下から打ち付けてきた

さだのりの腹に抉りこんだ拳は、殺意さえ感じられる

さだのり「…」

そして、さだのりもまた

阿修羅の頬に拳を打ち込んでいた

阿修羅「…いい反応だ、こんな真っ暗闇の中で」

さだのり「今更親の仇を取ろうってのか」

阿修羅「…」

ふっと、阿修羅は手の力を弱めさだのりから離れる

頬を打たれたにも関わらず、彼の脳味噌は揺れていない

手加減をされた、と理解するのにそう時間は掛からなかった

阿修羅「…俺は、このやり方しか知らないんだ」

さだのり「あぁ?」

阿修羅「憎い相手に殺意を持って、愛する相手の愛は力を持って…何をするにも、俺は拳を振るい剣を抜き、殺意を抱き憎悪を固めなければいけないんだ」

さだのり「それがなんだよ、なんで俺に言うんだ」

阿修羅「…この国の兵士達には、俺は付き合いきれん」

さだのり「…」

阿修羅「…あの兵士達は、その手を血で濡らすことを恐れているじゃないか」

さだのり「そうだな、優しすぎるとは思うさ」

670 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/22(火) 21:55:35.53 ID:pokQSIJs0
阿修羅「…俺には無理だ、あんな場所にいるのは」

さだのり「なぜ?生温いやり方に吐き気がするか」

阿修羅「俺がクズのように思われるからだ」

さだのりが眉をひそめる。阿修羅の顔に、初めて憂いを見たからだ

阿修羅「…モトクロスのレースに一人だけ自転車で参加したような惨めな気持ちだ、追いつくことなんて出来ない、そもそも俺と彼らじゃ格が違うんだ」

さだのり「羨ましいのか」

阿修羅「分からない…俺は生まれた時から、ずっとこの方法しか知らなかったから」

さだのり「俺だってそうだ」

阿修羅「だがアンタは、守るために戦ってるじゃないか」

さだのり「お前は何のために?」

阿修羅「…知らない、だが守りたい人なんていないんだ…」

両掌を、阿修羅がさだのりに向ける

何も握ってなどいないのさ、と言いたげに

阿修羅「…お前と俺は同じだと思っていた、アンタのほうがクズだと思っていた、俺の父親を殺したお前は、ただの悪魔だと思っていた」

だがどうだ、と

阿修羅「蓋を開ければ…お前は、どこか平和を求める善人じゃないか、俺はまるで道化師だ、お前のその変わり様にうろたえることしかできない」

さだのり「俺は変わってなんかいないさ、守りたいから殺す、それが一貫されている」

阿修羅「…殺すことを楽しいとは」

さだのり「思う、だが今は思いたくない」

阿修羅「それだ、俺にはそんなことが言えない」

さだのり「…」

阿修羅「…無理だよ、俺には」

ゆっくり歩き出した阿修羅は、ついにさだのりの横を通り過ぎる

そこは、本拠地の外へと向かう門だ

出てしまえば、いつ敵の襲撃を受けるか分からない

さだのり「どこへ行く」

阿修羅「…」

さだのり「聞いてるのか」

阿修羅「…俺は」

剣を抜いた阿修羅が、一度だけさだのりの方を振り返る


阿修羅「俺はやっぱり、あの男を殺さなきゃ気が済まないんだ、同族嫌悪ってやつさ」

671 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/22(火) 22:00:58.68 ID:pokQSIJs0

「なー看守さん、俺は今クラシックが聞きたいんだ」

「うるさい、黙れ!!」

収容所の中、男はしつこく看守に話しかけていた

時刻はすでに真夜中、看守の苛立ちも募る一方だ

「…ここは平和なのはいいけど静かすぎてよくないな、俺が昔いた牢獄はみんなキチガ…」

「黙れ!!もう真夜中なんだ、お前は野良猫か!?」

「…野良猫がこんな檻に入れられるもんかねぇ」

手錠が掛けられている腕を、男がチャリチャリと鳴らす

「…?おいおい看守さん、上の警備がなってないみたいだぜぇ」

「なに?」

「お客様だ、数は一人、すげぇ殺気を感じるってことは、さだのり…じゃないな、あいつはここまで弱い殺気じゃねぇし、阿修羅だろうねぇ」

ダン、と廊下の奥の扉が開かれる

牢の中で寝ていた捕虜達は、その音に鬱陶しそうながらも注目した

阿修羅「…」

「こ、困りますよ阿修羅さん!!こんな時間…」

阿修羅「…その男を殺しに来た」

「!!ダメです、何度言ったら分かるんですか!!」

阿修羅「…」

「阿修羅くぅん、この看守さんと話すの飽きたんだ、いいところに来てくれたねぇ」

阿修羅「…」

切っ先を、男の方へと向ける

しかし男は、むしろそれに吸い寄せられるかのように近づいていく、笑いながら

「…さだのりは?来ないよな、あいつは守るために戦うなんていう馬鹿な考えに毒されてやがる」

阿修羅「…俺とお前だけだったんだ、下衆は」

「下衆?どこが、俺は欲望に忠実な、ただの犬だぜ」

672 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/22(火) 22:07:55.25 ID:pokQSIJs0
阿修羅「…俺には出来なかった、あの優しい人たちといることが」

「…優しい?お前、あの生温い兵士達を、そこの看守さんを優しい、と」

阿修羅「そうじゃないか、結局俺達は人間のクズだ」

「…興ざめだ、まだ守るためって信念を持って剣を納めたさだのりのほうがいいやぁ」

ゴロン、と転がった男は牢屋の天井を見上げながら下品に笑いだす

「人間のクズだと?俺が、お前が?まさかぁ、俺達はただ殺してるだけだ」

阿修羅「それがクズなんだ、だから俺はお前を殺さなきゃならない、この国にクズはいちゃいけないようだ」

「周りをクズにしちまえばいいだろぉ」

阿修羅「…そんなこと、出来ない」

「優しいねぇ、お前さんもやーっぱこの国の人間だ、根本に優しすぎる考えがある」

阿修羅「…」

「お前、なんでさだのりと一緒にいるんだ?友達か」

阿修羅「あいつは親の仇だ、だからいずれ俺が首を取る」

「親のためにねぇ、優しいねぇ」

阿修羅「…何が言いたい」

「なぁ、優しさってのはすぐ崩れる、理想も、幻想も、夢も、愛情も、友情も、そして平和も」

ジロリ、と男は横を見た

壁だ、石でできた不格好な壁しかそこにはない

それが、男の風景だ

「そんな優しさに浸ってるこの国もすぐに崩れる、崩れるのさ、俺達が一度杭を打てば、それだけでガラガラ崩れる、積み木のように」

「こ、こいつ…!!」

看守が今にも掴みかかりそうな勢いで牢屋へ飛びかかる

「…看守さん、そいつも憎悪だ、そいつが優しさを崩す感情だ」

「!」

「警告しとく、俺達はこれで負けたなんて思ってない、むしろ、負けたのはお前達だ」

上体だけを起こし、男は二人を交互に見つめながら

「こんな俺を生かしておいた、お前達の負けだ」


その瞬間だった

収容所の建物内にいても分かるほどの、大きな衝撃が響いたのだ

673 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/23(水) 14:29:25.26 ID:tub4D+1J0
阿修羅「!!」

「…中々派手にやったみたいだな、街の方に向かってるんじゃねぇのか、うちのヤツら」

少しだけ顔をしかめながら、男がぽつりとつぶやく

まるで阿修羅と看守に、それを伝えるために言ったかのようだ

阿修羅「…街に…だと?」

「お前達のやり方は本当に間違ってたな、軍の本拠地を街と遠ざけていれば、争いに一般市民を巻き込まないでいいと思ってやがった」

阿修羅「…だが、逆に街を攻められた時は軍が出動するまで時間が掛かる」

「あ、阿修羅さん!!自分は本部に連絡してきますので、こいつを見張っててください!!」

阿修羅「…」

看守が急いで通信機の元へと駆けていく

「いいのかねぇ、俺とお前を二人きりにして」

阿修羅「…さぁな」

阿修羅が牢屋の方を見る

鉄格子も、彼の実力なら剣で切り落とせるだろう

だが

阿修羅(…この男と一対一で対峙して…勝てるのか、俺は…)

「…お前は行かないのかぁ?上じゃおそらく、うちの軍が街を襲ってるはずだ」

阿修羅「…俺には、あの人達を守ることは出来ない」

「さだのりには出来るのに、かぁ」

阿修羅「!」

「…ははははっはぁ!!!こいつは面白いなぁ、お前も俺も結局、殺すことしか能のない人間だ、なのにさだのりは違ったんだってなぁ、えぇ!?」

阿修羅「…お前と俺を、一緒にするな」

「一緒さ、俺も、お前も…そして、どうせさだのりもだ…いぃや、もしかしたらこの国に、この世界に住んでる人間はどうせ人を殺さなきゃ生きてはいけないのさ」

阿修羅「なぜそう言える」

阿修羅の背中に、一筋の汗が流れる

男の言葉を聞いてもいいのだろうか

「もう帰りな、若造…これ以上俺といてもなんの進展もねぇだろ」

阿修羅「…」

くるりと阿修羅が踵を返す

どこへ行くかは決めていない、ただこの男の傍にいると何かが壊れてしまう


「…教えてやるよ、なんで俺がそう言えるか」

阿修羅「…」

最後に、男は笑ってから答えた


「すぐに分かる、俺が…この国のやり方の間違いを示してな」

674 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 16:49:05.74 ID:Ee9ZYm790

さだのり「おい、なんだよ今のは!!」

広場に寝ていた兵士達は、爆音に一斉に目を覚ます

街の方で大きな火の手が上がっている

邪火流「くそ、見張りの兵は何してやがった!!」

舞子「…な、何があったの!?」

さだのり「知るかよ、街の方から火の手が上がってんだ、もしかしたらやばいかもしれねぇぞ!」

剣を担いださだのりが、すぐさま外へと駆けだそうとする

夏美「お、おじちゃん!!」

さだのり「なんだよ!!!」

一瞬の猶予もない、そんなときに夏美がさだのりを呼びとめた

夏美「わ、私達も連れて行って!」

さだのり「…」

邪火流「な、何言ってるんだ夏美!!」

夏美「危ないってことは分かってるけど、でもお父さんもおじちゃんも、離れちゃうなんていやだよ!!」

瑠璃「夏美ちゃん…」

夏美「おじちゃん…」

さだのり「…早く準備しろ、軍の車両が出るまでがタイムリミットだ」

舞子「!」

邪火流「さだのり!!」

さだのり「こんな所に置いて行っても不安なだけだろ、俺が着いてた方が幾分かマシだ」

邪火流「だが…」

さだのり「それに、夏美の言うことくらい聞いてやれよ」

ぽん、とさだのりが邪火流の肩に手を置く

さだのり「…子供の言うことは聞くもんだぜ」


675 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 16:53:57.52 ID:Ee9ZYm790

邪火流「…!!な、なんだありゃ…」

建物の外に出た途端、空高く黒煙が上がっているのが目に飛び込んできた

夜中の闇の中でさえ、その暗さは不気味に映る

夏美「ま、街が…」

瑠璃「…お兄さん…」

さだのり「…車両の準備はまだなのか」

邪火流「すぐに運転手が来る」

さだのり「ちっ、運転手じゃねぇと動かせないのか」

舞子「…仕方ないわ、ただの車とは違うのよ」

さだのり「…」

そういえば、とさだのりが辺りを見回す

あれから阿修羅は帰ってきてはいないようだ

どこにいるかは分からない、だがあの大きな爆音が聞こえていたのは確かだ

さだのり(あの野郎、まさか逃げたのか)

瑠璃「さだのりさん…」

さだのり「なんだ」

瑠璃「街に…街に、お兄さんがいるんです!」

さだのり「庄太郎のことか、分かってる」

街には様々な人が住んでいる、さだのりが幼い頃世話になった者も多い

さだのり(…どうする、まずは敵兵の排除が先か?)

火の手を、もう一度さだのりが見つめる

目に焼き付く、という表現がまさにぴったりなその火炎は、どんどんと強さを増している

さだのり(…いや、これは守るための戦いだったな)


「車両の準備が整いました、隊長!!!」

邪火流「よし…」

さだのり「…まずは一般市民の救助が先か」

邪火流「あぁ」

車両に乗り込み、さだのり達は街の中心部へと向かう


676 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 17:43:50.53 ID:Ee9ZYm790

邪火流「…ひでぇな、こりゃ」

道の端には、炭に変わった建物の欠片が転がっている

燃え盛る家々は、最早住人の笑い声など聞かせることはないだろう

さだのり「…野郎共、でっけぇ爆弾でもぶつけたのか」

舞子「…ひどい…」

邪火流「…瑠璃さん、庄太郎の店はここから少し遠い…」

瑠璃「…まずは、この近くの人達を助けてください」

邪火流「…分かりました」

車両から外へと出る

気味の悪い蒸し暑さが体に付き纏ってくる。それに顔をしかめながら、さだのりは瓦礫を踏み進んだ

さだのり(…)

すっと、彼が腰を沈める

そこに転がっていたのは、性別さえ区別がつかないほどに焼け焦げてしまった遺体だ

夏美「?おじちゃん?」

さだのり「夏美、こんな風景を見たらダメだ」

邪火流「…」

邪火流もさだのりに近づいてくる、焼死体を見た彼は顔をしかめながらさだのりに言った

邪火流「…また始まったんだな」

さだのり「終わってさえいないさ」

立ち上がったさだのりが、建物の影へ目を走らせる

近くに敵兵がいるかもしれないのだ

油断などしていられない、してしまえばすぐに自分達も地面に転がる躯になるのだから


677 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 17:48:46.79 ID:Ee9ZYm790
さだのり「…みんな、周りには気を配ってろよ」

舞子「…えぇ」

さだのり「邪火流、お前の部下は何人くらいここに使える?」

邪火流「使いたいだけ使ってくれ、人命救助以上に大切なことはないだろう」

さだのり「…あぁ」

ゴムの焼けた様な香りに鼻がひん曲がりそうになる、それに耐えるのは彼らならともかく夏美や瑠璃にはきついようだ

夏美「…なんか、変な匂い…」

さだのり「…大丈夫か」

夏美「うん…」

さだのり(…この臭いは人が焦げたもんだ)

それも、かなりの数の人間が

建物が倒壊している、その下にどれほどの人が潰されていることだろうか

さだのり(…)

「邪火流隊長…」

邪火流「…分かっている、ここに住んでいたのは年寄が多いからな…」

さだのり「そうなのか?」

邪火流「あぁ、この近くには大きな福祉施設があった…老人達が通いやすいよう、ここに住ませたんだ」

さだのり「…」

邪火流「…こんな最後を送るなんて、思いもしなかっただろう」

さだのり「…年寄りなら、逃げることもままならなかっただろうな」

舞子「…えぇ」

さだのり「…邪火流、部下達に生存者がいないか捜索させろ、俺達は進むぞ」

邪火流「分かった」


678 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 17:53:44.98 ID:Ee9ZYm790
夏美「…なんでこんなこと、するのかな」

燃える街の中を進む、軍の車両

その中で夏美がぽつりとつぶやいた

さだのり「人間が生きているからさ、ただの猿はこんなことしやしねぇ」

夏美「…」

さだのり「俺達は感情と理性という物を持っている、そいつがトリガーなのさ」

舞子「…でも、感情や理性がなければ人間は人を愛せないわ」

さだのり「だからこそ厄介なのさ、簡単に捨てることは出来ない」

邪火流「…次はどこへ向かう?」

さだのり「…この道は右に曲がってくれ、あとは道なりに真っ直ぐだ」

「はい」

邪火流の質問には答えず、さだのりが運転手に指示を出す

瑠璃「…この道は…」

さだのり「お前、兄貴の安否が気になるんだろ」

瑠璃「…ありがとう…」

さだのり「気にするな、それに」

車両に積まれた街の地図を取り出す

様々な位置を目で追ってから、さだのりがポンポンと地図を叩く

さだのり「恐らく、爆弾を投下したのはお前の兄貴の店がある辺りだからな」

瑠璃「!!!」

邪火流「なんだと?」

さだのり「さっきの場所とここじゃ、被害の度合いが違うだろ?ここのほうが一層ひどい、ってことは爆心地に近いってことだ」

舞子「…それって…」


679 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 17:57:47.97 ID:Ee9ZYm790
さだのり「被害の大きい方に進めば進むほど、爆心地に近づけるのは常識でもあるだろ」

瑠璃「じゃ、じゃあお兄さんは…!!」

さだのり「さぁな、生きてるか死んでるかのどっちかだ」

外の風景に、全員が目を凝らす

舞子「…どんどん、炎が勢いを増してるわ」

夏美「暑い…」

さだのり「…おい運転手、水は積んでるか?」

「はい、後ろのトランクに」

さだのり「分かった」

ずいっと、座席から身を乗り出して水を手に取る

さだのり「ほらよ、夏美」

夏美「うん、ありがと…」

ゴクゴク、と水を飲む夏美をさだのりが少しだけ微笑みながら見つめる

夏美「?どうしたの?」

さだのり「いや…水分は切らすなよ、こんな場所で脱水症状なんて冗談じゃなくなる」

夏美「…うん」

邪火流「…なぁさだのり、もしも…もしもだ、爆心地に敵がいたとしたらどうする」

さだのり「…この車両を合わせて、今爆心地に向かってるのはわずかに5台だ」

兵士の数は、全てで20ほど

相手がよほどの少数でない限りは、不利なことに間違いはない

さだのり「…勝機はある、敵の隙を突きさえすれば」

邪火流「…」


680 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 18:03:06.47 ID:Ee9ZYm790
さだのり「…それよりも、問題は囲まれた時だな」

舞子「囲まれた時?」

さだのり「逃げる場所が無くなる、敵を殺さずにとなるとなおさら難しいな」

「車に乗っていれば…」

さだのり「この車、爆弾とか喰らっても大丈夫なのか?」

「…さ、さすがに相手も自分達がいる場所でむやみやたらに爆弾など…」

さだのり「どうかね」

外の炎の威力は、強まる一方だったものから、段々と一定になっていく

そろそろ爆心地なのだろう

さだのり「…お国のため、王様のため、自分のため、家族のため、人間ってのは何かのためになら命も張れる生き物だ」

俺だって、お前だってそうだろう?とさだのりが運転手に訊き返す

さだのり「…自分の体が木端微塵になったとしても、守りたい人がいるなら…敵はきっと、迷わず俺達をブッ飛ばすだろうさ」

夏美「…おじちゃんも、そんな人がいるの?」

邪火流「夏美…」

さだのり「…いたさ、昔は」

車両が止まる。そこは爆心地に非常に近い場所だ

もしも素足で道の上に立てば、焼きつくような熱さの砂利で皮膚が溶けてしまうだろう

さだのり「夏美、舞子、瑠璃…お前達はここにいろ、いいな」

瑠璃「…はい」

邪火流「さだのり、俺もここに残る、みんなを守らなきゃならない」

さだのり「あぁ、任せる…」

夏美「おじちゃん、私も連れていって!」

さだのり「ダメだ」

夏美「どうして!?」


681 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 20:37:00.51 ID:Ee9ZYm790
さだのり「どうしてだと?こいつは餓鬼の鬼ごっこじゃねぇ!!捕まったら殺される、はぐれたら二度と出会えねぇんだ!!」

夏美「おじちゃん…」

さだのり「俺に守ってもらおうなんて甘い考えはよせよ、俺は敵を殺さずに上手く片づけるだけで手一杯だ、てめぇを背負ってることなんて出来ないんだ!」

夏美「おじちゃん!!」

さだのり「ふざけんな、俺にこれ以上…」

そこでさだのりが言葉に詰まる

それから先を言ってしまうのは、駄目だった

この少女の前では

さだのり「…ダメだ、お前もここに残れ、邪火流がいれば安心だろ」

夏美「…」

さだのり「運転手、危険が迫ったら俺をおいて逃げてくれ、俺ならなんとか逃げ切れる」

「…分かりました」

さだのり「邪火流、みんなを守るのはお前の役目だ」

邪火流「…あぁ」

さだのり「瑠璃、お前の兄貴の安否は絶対に確かめてやる、だから信じて待ってろ」

瑠璃「…ごめんなさい、力になれなくて」

さだのり「…じゃあ、後でな」

さだのりが車両から降りようとした、その時

夏美「待ってよ、おじちゃん…」

もう一度、夏美が小さな声で囁いた

嗚呼、そういえば

こんな風に自分を慕ってくれる人は、どれほど久しいだろうか

さだのりの心の中に、ほんの一瞬だけ、あの日の面影が浮かぶ

でも、それは

さだのり「…ダメなんだ、夏美」


682 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 20:43:01.46 ID:Ee9ZYm790
夏美「…おじちゃん、守りたい人がいないんだよね…?」

凍った彼の心を、溶かすことなく優しく暖めるように

夏美の声は、彼の耳へと流れていく

夏美「…だったら、私を守ってよ」

さだのり「…」

夏美「おじちゃん…それじゃ、いつまでも一人だよ!?おじちゃん言ったよね、守りたい人が昔はいたって!!でも、でもその人達をもう守れないんでしょ!?」

さだのり「…お前には関係ないだろ」

夏美「だから、私を守ってよ!!」

子供らしい、簡単な言い方だな、とさだのりが思う

そして、何よりも心に刺さる

彼女は、さだのりの

さだのり「…夏美、俺にはもう誰か特定の人間を守るなんて無理なのさ、俺にはそんな優しい心は残ってないんだ」

剣を指さし、掌を差し出し、さだのりが冷たく言う

さだのり「見てみろ、こいつらは血まみれだ、いくら洗っても取れることはないんだ」

さだのり「…これでお前を抱きしめたらどうなる?お前まで、血まみれになるじゃないか」

さだのり「…だから、もう」

夏美「血まみれになってもいいもん!!」

さだのり「!」

夏美「おじちゃん、私おじちゃんが大好きだよ!?だから守ってよ、私だっておじちゃんを守るから!!」

恐れているのだろうか、少女の優しさを

いや違う、きっと甘えてしまいたいのだ

さだのり「…夏美、もう…」

夏美「…私、おじちゃんと一緒にいたい」

さだのり「…」


683 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 20:48:10.17 ID:Ee9ZYm790
そういえば昔

セルジオという名の、一人の馬鹿が死んだときは

彼は、前へ進むしかないと言った

そういえば昔

ソラという名の、一人の馬鹿が死んだときは

彼は、友と涙を流したのだ

そういえば昔

遠藤という名の、一人の馬鹿が死んだときは

知らない誰かのために命を捨てたことに、少しばかり、羨ましささえ感じた


さだのり(…)

さだのりは、そんな男だった

いつからだろう、自分を化け物だと決め込んで、人々を突き放したのは

いつからだろう、人を殺すと胸が躍るようになったのは

死んでいった友達が、もしも今の彼を見たらどう思う?

喜んでくれるか、褒めてくれるのか

きっと

さだのり(…セルジオなら、苦笑して説教するはずだ)

きっと

さだのり(ソラなら、俺と距離を置くはずだ)

きっと

さだのり(遠藤なら、俺をぶん殴るはずだ)

きっと

さだのり(…)


さだのり(あの日の俺なら、そんな俺を、殺すはずだ)


684 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 20:52:05.13 ID:Ee9ZYm790
夏美「…」

目の前にいる少女は誰なのだろうか

分かっている、彼女は赤の他人などではない

舞子よりも彼の血が濃い人間だ

邪火流よりも、弱い人間だ

そしてさだのりよりも、優しい人間なのだ

さだのり「…夏美」

さだのりが夏美の足元を見つめる

彼女の靴は、お世辞にも長く歩くには向いていると言えない

さだのり「…足、マメができるかもしれないぞ」

夏美「!!」

さだのり「暑くて喉が渇くだろう、汗だってひどいはずだ」

さだのり「…それでも俺に、着いてきたいのか」

夏美「うん!!」

さだのり「…俺を守りたいのか」

夏美「うん!!」

彼女の笑みは、死んでいった友達と同じような、純粋な笑みだ

さだのり「…仕方ないな」

邪火流「!!さ、さだのり…」

舞子「あなた…」

さだのり「…邪火流、舞子、夏美を借りるぞ」

さだのりが夏美の体を抱き上げ、優しく地面に下す

さだのり「…命に代えても守ってみせる、だから安心しろ」

邪火流「…あぁ、無事にな」

さだのり「あぁ」

ぴっ、とさだのりと夏美が同時に親指を立てる


「行ってきます」


685 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 20:56:40.06 ID:Ee9ZYm790

「…看守さん、阿修羅はどうした」

「話しかける時は、敬語でと言っただろ…そこにいる」

「なーなー、阿修羅くぅん」

牢屋の中、男はゴロゴロと寝転がっている

阿修羅「…なんだ」

「いいのかぁ、行かなくて?たっくさん殺せるチャンスなのにさー」

阿修羅「・・俺が殺したいのはさだのりだけだ、わざわざ一般人を殺そうなどとは思わない」

「あっそ、つまんねーの」

阿修羅「…お前こそ、行きたくてウズウズしているようだな」

「分かる?」

阿修羅「…あぁ」

「…そうだな、あんな爆音聞かせられたら外が気になってしょうがねぇや、どんくらい死んだのか、どんくらい壊したのか」

阿修羅「…」

「そして、お前達はどうやって殺さずに解決するのか、見ものじゃねぇか」

阿修羅「…きっと考えがあるんだろ、あいつらには」

「あいつら、ねぇ…お前は入ってないわけだ」

阿修羅「あぁ」

「いいね、いいねぇ…だよな、殺さなきゃどうせ終わりはしないってのを分かってんのは偉いよ」

阿修羅「…」

「…でもまぁ、多分今回の騒動辺りなら上手く抑えられそうだな」

阿修羅「なに?」

「なんでか分かるか?さだのりがいるからさ」

男は一度だけ、鼻を鳴らしてから嬉しそうに言った


「でもな、さだのりだってすぐに分かる、自分は守るには向いてない人間だってさぁ」


686 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 22:08:47.95 ID:Ee9ZYm790

さだのり「…これで鼻覆っとけ」

さだのりがタオルを夏美に渡す

夏美「…うん」

ゴムの焼けたような臭い、木材の焼けた臭い、血の臭い、火薬の臭い

何かしらの嫌な臭いが、常に辺りに渦巻いている

夏美を半ば抱きしめるようにしながら、さだのりは歩いていた

さだのり(…こいつだけは守ってやる)

どこから敵が来ても対応できるよう、常に身構えている

もしも空から爆弾が降ってきたら?

その時は、近くのマンホールにでも隠れるだろう

熱で溶けてしまえばそれまでだが、爆撃を喰らうよりは幾分かマシだ

さだのり(…しかし、なぜここを爆撃した?)

一般市民を減らすのが目的なわけはない

むしろ、戦争と言うのは奴隷を増やすための手段である

使える労働力をこんな風に減らすなど

さだのり(…軍をおびき寄せる為か)

ということは、敵は本拠地の位置を知らないのだろうか

さだのり「…夏美、大丈夫か?」

夏美「もう、そんなに私も軟じゃないよ?」

さだのり「…そうか」

生まれながらに丈夫だったんだな、とさだのりが笑う

その血は、誰からひいたものなのか


さだのり「…ここらが瑠璃の家だったな」

687 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 22:13:28.06 ID:Ee9ZYm790
焼け跡、というには少し綺麗に残った建物

恐らくは木造ではなく、鉄筋だったのだろう

ドロリと形の変わった壁を見るのは、少し気味が悪い

さだのり「…死体は見つからない、ということは…奴らは避難した?どこへ?」

爆撃に気が付いてすぐに逃げたのだろうか

つまり、敵は巨大な爆弾を一発だけ使ったのではなく、何度も、小さな爆弾を使ったということになる

さだのり(…なるほど、どこかに逃げられる場所があるのか…)

マンホール、蓋が溶けている

家の中、既に吹き抜けになっている

湖などはない

さだのり(…!!)

目の前から、銃弾が飛んでくる

剣を抜き、それを両断する

夏美「!!」

さだのり「夏美、俺の傍を離れるな」

強く夏美を抱きしめ、さだのりが目を凝らす

見つけた、遥か先に銃を構えた兵士がいる

恐らくは生き残りを殺すための兵士なのだろう

さだのり(…はん、あの人数で俺に刃向うなんてのはいい度胸だ)

本来ならすぐさま切りかかりに行くところだ、だが今は夏美がいる

さだのり「…夏美、走れるか」

夏美「う、うん」

さだのりに手を引かれるまま、夏美は走る

動く標的を狙撃するのは難しい、弾幕を張れるのならまだしも、敵もそうそう大人数ではなかった

さだのり(いけるか?)

688 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 22:17:49.22 ID:Ee9ZYm790
駆けていく、道には何人かの死体が転がっている

さだのり(…逃げ切れなかったやつらか)

銃弾を避けながらも、その死体の顔を確認する

ドロドロに溶けた皮膚では、性別も年齢も判断できない

身長だけを見ると、恐らく庄太郎ではないと思われる

さだのり(…!)

さだのり達の進路の先に、今度は戦車が見えた

さだのり「くそっ!」

急に進路を変え、またそちらへ駆け出す

今度は細い路地裏だ

ちなみにここは、昔邪火流達とよく遊んだ場所である

そのため記憶には残っていなくても、なんとなく体が正解のルートを走らせてくれる

夏美「はぁ…はぁ…」

さだのり「…」

建物の谷間に入って、さだのりが一旦歩を止める

さだのり「大丈夫か?」

夏美「だ、大丈夫…」

そうは言っているが、彼女はすでに体力の限界らしかった

それもそうだろう、まだ5、6歳の少女が大の男、それもさだのりの疾走についていけるはずはない

さだのり「…」

置いていく、なんていう選択肢はない

一度離れればそれまでだ、それに

さだのり(手放すのは、もう御免だ)

夏美を抱え上げ、さだのりが走り出す

夏美「おじちゃん…」

さだのり「…大丈夫、生存者を探し終えたら、俺達も戻れる」

自分に言い聞かせるように

689 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 22:21:46.57 ID:Ee9ZYm790
裏路地を抜け、少し開けた大通りへ出た

さだのり(!!)

右には、敵兵の姿がある

「!!おい、まだ生きているヤツがいる!!!」

さだのり「くそっ!」

近くの、溶けた鉄骨を敵兵の所へと投げる

少し手の皮膚が焼ける感覚に襲われた、だが今はそんなことに気を回してはいられない

「ぐぁぁっ!」


夏美「おじちゃん!」

さだのり「あんなんで死ぬんなら軍隊なんて入れねぇよ!!」

さだのりの言葉通り、すぐに敵兵は立ち上がり狙撃を始めた

さだのり「く…」

少し走って、また裏路地へ…

さだのり(!!まずい!!)

走ると分かった、そこの先は行き止まりだ

さだのり(くそ、どうする!?)

敵兵の足音が聞こえてくる

後ろから、死神の鎌が迫ってくるのだ

夏美「おじちゃん、どうしよう!?」

さだのり「…」

せめて夏美だけでも逃がさなければ、そう思ったさだのりだがどうすることも出来ない

どうすることも


「こっちだ!!」

突然、誰かに引っ張られた

手を、ではなく足を


690 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 22:26:19.00 ID:Ee9ZYm790

突然の出来事だった、一瞬にして視界は真っ暗になる

さだのり「!」

遅れて気が付いた、そこはマンホールの中だった

夏美「…た、助かった?」

さだのり「…」

すぐ上から、足音と手分けをして探せ、という怒号が聞こえる

幸いにも、マンホールの存在には気づかれなかったようだ

さだのり「…誰だ」

声の主を、さだのりが探す

庄太郎「いやぁ、危なかったな…」

さだのり「…お前、庄太郎か?」

庄太郎「その通り」

ボッ、という音がして明かりがともる

庄太郎はランプを持っているようだった、そして知ったのだが彼らは今、下水道の通っている狭い空間にいるらしい

庄太郎「でもよかった、お前がいるならこっちも勝てそうだな」

さだのり「…生きてたのか、瑠璃が心配してたぞ」

庄太郎「あいつも生きてるのか、よかった」

夏美「おじちゃん、お友達?」

さだのり「みたいだな、こいつのことなんて知らなかったんだけど」

庄太郎「おいおい、命の恩人に対する言葉か?」

さだのり「…で、なんでここにいる?」

庄太郎「敵が爆撃をしてきたのに気が付いたんだ、まずは…俺の店の200mくらい先だったな、悲鳴が聞こえたからすぐに何かあったって分かった」

庄太郎がどこかへと進む、さだのりと夏美がそれを追うと、下水道と下水道の交差点、広い空間に出た

そこには何人もの住民が避難していた

691 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/24(木) 22:32:19.84 ID:Ee9ZYm790
庄太郎「そこで、この人達を連れてここに逃げ込んだんだ」

さだのり「…そいつは運が良かったな」

庄太郎「…それで、上の方はどうなんだ」

さだのり「敵が生き残りを探してる、今迂闊に出たらお終いだな」

夏美「…ね、ねぇ…これからどうするの?お父さん達のところに、あの人達が行っちゃうよ!!」

庄太郎「この子は?」

さだのり「…邪火流と舞子の子供だ」

言いながら、さだのりが避難している人間を確認する

見慣れた顔が多い、それだけで少しほっとしてしまう

「さだのり…生きてたか、よかった」

さだのり「…みんなも無事か」

「…俺は、嫁が死んだ」

さだのり「…」

「…私は息子が…」

さだのり「…そうか、辛かったな」

泣き出す二人をなだめながら、さだのりが考える

さだのり(…どうすればヤツらを叩ける?)

武器は、さだのりの剣一本だ

邪火流達とあの敵兵が出くわせば、大規模な戦闘になる

さだのり(…)

庄太郎「…なぁ、何かいい方法はないのか?」

さだのり「…ある、一つだけ」

庄太郎「!!それはなんだ!?」

庄太郎が聞いたのは、単純で、しかしありえない答えだった


さだのり「夏美を任せる、その間に俺が片づけよう」


692 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/25(金) 17:31:23.04 ID:Jh6JoIv40

夏美「…おじちゃん」

さだのり「心配するなって、すぐ戻る」

梯子を上り、さだのりはマンホールの蓋の真下まで移動する

庄太郎「お、おい…本気なのか?」

さだのり「あぁ」

足音は聞こえない、もしもこの上で敵兵が立ち止まっているだけだったら

さだのり(…)

そっと、重い蓋を開け外を確認する

敵は、いない

さだのり「…すぐに帰ってくる、だからそれまでは動くな」

庄太郎「…」

さだのり「…幸い、敵は少なかったみたいだしな」

ゆっくりと地上へ出て、さだのりが体を伸ばす

やはり真っ暗な下水道よりは、息が楽だ

たとえ、その息の中に血や火薬の臭いが混じってはいても

さだのり(…行くか)

夏美の頭を一度軽く撫でてから、さだのりが駆けだす

大通りはすでに、炎によって全てが消し炭にされている

週末に賑わった店も、子供たちがよく遊んでいたマンションの階段も

さだのり(…)

ひどいな、と目を細めながらさだのりは走る

さだのり(…敵が邪火流達の所へ近づいているのは確実だ、なら敵と邪火流達の遭遇を防ぐのは無理だな)

夏美達にはあぁ言ったが、さだのりだけで敵を足止めするのは不可能

なら


さだのり(…俺が加勢して、出来る限り有利に事が運ぶようにしなきゃな)

693 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/26(土) 19:58:51.19 ID:2NWoQKes0

辺りを焦がす熱気に、さだのりは汗を流す

さだのり(…どうする、このまま後ろから迫っても俺一人じゃさすがに片づけきれない)

かといって、敵兵を邪火流達と合流させると大規模な戦闘になる

つまり、邪火流達の側にも怪我人が、下手をすれば死人が出るのだ

それにあそこには、舞子や瑠璃もいる

巻き込む形になってしまうのは、非常に後味が悪い

さだのり(…)

敵の動きを読むのは簡単だ、少しずつ爆心地から遠ざかるように進めばいい

さだのり(…!)

少し先に、戦車が見えた

数は2機、ゆっくりと進んでいることから分かるように、やはり生き残りを探しているらしい

さだのり(…あれを、どうやって…)

爆発させてしまうのは簡単だ、爆弾の一つや二つ、投げつければいい

だがそうすれば、敵を「殺して」しまう

さだのり(…ダメだ、そんなことは出来ない)

邪火流達の目的は、殺すことではない

さだのりもそれを分かっている、そして自分だって、守りたいと思っている

さだのり(…となると、あの主砲を無力化させるのが大切だな)

簡単な方法は、彼の剣で真っ二つにすることだ

それには、正面に回る必要がある

さだのり(…厳しいな、後ろに回ってから様子を見るか)

素早い動きで、戦車の間近まで進む

瓦礫の陰に身を潜め、一旦敵の動きを観察する

どうやら、さだのりの存在には気づいていないようだ

694 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/28(月) 15:04:52.02 ID:sqndImxt0

さだのり(…)

足音を殺す、必要はないのかもしれないが彼の体に染みついた方法だ

さだのり(…落ち着け、どちらかを壊せばどうせ気づかれるんだ、確実に一機を破壊し、まずは手数を減らせ)

冷や汗が伝う感覚を感じながらも、彼は順調に敵に近づいていく

さだのり(ここで時間を取られたら、俺が合流する前に邪火流達と敵が遭遇しちまう)

タイミングを計り、勢いよく駆け出す

相手の戦車の真上に無理矢理乗り、主砲を剣で真っ二つに裂く


さだのり(よし、これで…)

その時だった、敵がいつの間にか彼に向けて銃を構えているのに気づいたのは

さだのり「!」

「撃て!!」

パン、と乾いた音がする

銃弾を二、三発剣で斬る

さだのり(ちっ、なんでこんなに速く気づかれるんだよ!!)

苛立ちは戦場で命取りになる、慎重に敵の銃撃を避ける

「おいベルトレ、速くこのネズミを撃ち殺せ!!」

ベルトレ、というのは恐らく戦車の操縦をしている兵士だろう

主砲がさだのりの方を見つめる、不気味な一つの黒い目が、彼の顔面を見据えた

さだのり(この距離からじゃ斬れねぇ!!)

ぐっと体を落とし、砲撃に構える


「撃てぇ!!」

凄まじい熱を背中で感じる、衝撃のあまり彼の体は地面へと吹き飛ばされた


695 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/28(月) 15:16:57.37 ID:sqndImxt0
ズズズ、と地面を転がるうちに彼は背中の皮膚が剥けていくのが分かった

暖かい感触が、背中を縫う

暗転しそうになる意識を無理矢理に奮い立たせる、ここで意識を失うのはつまり死を意味する

さだのり(…敵…は…)


「やったか?」

「さぁな、地面に転げてやがる」

「…にしても驚いたな、後ろから戦車の主砲を真っ二つだぜ、こいつ」

「…もしかして、俺達の後をわざわざつけてきやがったのか?」

「ははは!!無様に尻尾振って逃げてりゃ助かったかもしれないのにな」

兵士達はさだのりを見下ろしながら、優雅にタバコを吸いだす


さだのり(…油断してるな、こいつら…)

剣は、まだしっかりと手の中にある

いけるだろうか

薄ら目を開けて、戦車の位置を確認する

兵士達の奥、先ほどとなんら変わらない同じ位置

さだのり(…なるほど、あの戦車を片付けるにはどうしてもこの兵士達を片付けてやんないといけないわけだ)

殺さないで、という条件付きの


「で、こいつは死んでると思うか?」

「さぁな、血はベッタリだけどな」

「一応頭でも吹き飛ばしときゃいいだろ」


さだのり(…)

「ったく、そんなビクビクしなくてもいいのによ」

「おいおい、俺はこんなところで死ぬなんてごめんだぜ、こいつが生きてたらそうなっちまう」

「分かった分かった」

恐らく、一番若いであろう兵士が銃を構える

その時だった



696 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/28(月) 15:23:17.85 ID:sqndImxt0
鮮血が空を舞ったかと思うと、その兵士の鼻の先が斬られたのだ

「…は?」

一瞬だが、周りの兵士達はぽかんとしている

タバコの欠片が地面に落ちたのと同時、さだのりは素早く体を起こし、一人目の腹に蹴りを入れる

「がはっ!!」

「こ、こいつ生きてやがる!」

銃を構えるのは、鼻先を斬られた兵士だ

さだのり(遅いな)

銃口を斬り、次に男の顔面に拳を打ち付ける

二人目だ、あと三人

「この野郎!!」

戦車が主砲をさだのりへと向ける、細かい調整など必要ない、付近を打ち砕けばさだのりの体もバラバラになる

だが

さだのり(…こいつらまで巻き込むことになる)

味方の兵士全員を犠牲にして、さだのり一人だけを討ち取るなど賢い選択ではない

まして、この兵士達は彼がさだのりだなんて気づいてさえいない

三人目の首筋に手刀を入れる、四人目には頭突きを

「て…」

最後の一人は、峰打ちだ

ゴロゴロと転がった兵士達の腰から、銃を抜き去りそれを全て真っ二つに折る

さだのり「…」

残るは戦車だけ、さだのりはゆっくりとその元へ歩を進める


「や…やべぇ!!」

操縦席に座っていた男は、気が狂いそうだった

まさか、あの傷を受けても平気でいられる人間がいられるなんて


697 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/28(月) 15:27:56.70 ID:sqndImxt0
さだのり「よーお」

無理矢理に、操縦席の屋根が開かれる

それは正しい開け方ではなく、ただ力任せにこじ開けられていた

「あ…」

さだのり「主砲はもう斬らせてもらいましたー、どうするんだお前は」

「た、助けてくれ…」

唇を震わせる男の体を、さだのりがじろりと見まわす

武器は持っていない、戦車に乗っていれば安心だとでも思っていたのだろう

さだのり「…お前、お前達の軍がどこに行ったか分かるか」

「て、敵の本拠地を探してんだよ!!」

さだのり「…なるほど、知らないわけか」

「だから助けてくれよ!!俺達は別にお前達の軍を一掃できるわけじゃ…」

さだのり「追え」

「…は?」

さだのり「お前達の仲間を終え、いいから」

助手席というものはなかった、だから戦車の屋根に捕まったまま、さだのりは発進させろと言う

「な、なんでだよ!!無理に決まってるだろ、んなことしたら俺は戦犯…」

さだのり「なるほど、ならここで死にたいわけだ」

「!」

剣の切っ先を運転手の喉元に向ける

「…あ…」

さだのり「後で死ぬか、今死ぬか、どっちがいい」

「…」

汗を流しながら、運転手は戦車を発進させた


さだのり(…邪火流、頼むからてめぇは死ぬなよなぁ…)

彼が死ねば、舞子も、瑠璃も、誰もかれも



さだのり(…誰かに死なれるのはもう十分だ)


698 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/29(火) 23:09:35.15 ID:7St6LmcF0



「俺はな、何かを捨てた人間ってのは好きだ」

突然、牢の中の男が声を発する

そちらのほうを、看守と阿修羅は見つめる

「愛情、友情、地位、家庭、名誉…そういう、ありとあらゆる物を捨てた人間が」

阿修羅「…何を言いたいのかが分からないな」

「さだのりは、何かを捨てた人間だろう?」

阿修羅「…」

「見てれば分かる、あいつは何かを求めてるコヨーテみたいな目をしてやがる、そのくせ振る舞いはただのハイエナさ」

「…さだのりさんは、そのような人ではないさ」

「看守さん、さだのりってのはアンタ達にとっては英雄だろうな」

「そうだ」

「だがなぁ、そいつは視点の違いってやつでさぁ、俺からすればただのキチガイだし、殺された人間の遺族にすれば、憎き仇だ」

阿修羅「…それがどうした」

「…あいつは、枯渇しているが潤す術を無くしてる」

手錠を忌々しそうに見つめ、男は続けた

「それを探しているようだな、今のあいつはさぁ」

阿修羅「それがどうした、お前には何も関係ないだろう」

「あるねぇ、俺は敵を殺す時には出来る限りそいつの全てを掌握したいと思っているのさ」

阿修羅「全てだと?」

「感情、肉体、過去も未来も、何もかも…もちろん、そいつの大切な物も全て」

阿修羅「…」

「…なぁ、阿修羅、俺はなぁ、こんなところでこの戦争が終わるまで大人しくしてるつもりはないぞ」

確固たる自信が、その瞳に宿る

こんな牢屋など、簡単に抜けれると言わんばかりに


「…俺の居場所はここじゃあない、血と涙で濡れた舞台の上さ」

699 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/29(火) 23:15:52.81 ID:7St6LmcF0


さだのり「…」

背中の傷からの出血が激しい

早く止血をしないと、失血で意識を失うだろう

最悪は、二度と目を覚ますことも無くなる

揺れる視界の真ん中に、また敵の後姿を捉える

さだのり(…舞子…)

戦車から降りたさだのりは走り、敵の後ろから奇襲を仕掛ける

敵がどんな表情をしていたかは覚えていない、ただ殺さないように彼は戦った

チリッ、と火傷のような痛みが走る

右腕を銃弾が掠めたらしい、それがなんだというのか

さだのり(…夏美…)

彼に殴られた敵兵は、数Mも吹っ飛んだ

周りから撃鉄を起こす音が聞こえる、それに反応して、彼はそれぞれに的確な攻撃を加える

さだのり(痛い)

誰かが彼の拳に、自らの拳をぶつけた

それが誰か、なんて


さだのり(どうでもいいんだよ)

5人、全てを打ち伏せた彼はすぐさま戦車の元へ走る


「ひぃっ!」

さだのり「速く出せよ、死にたくないだろ」

「ちくしょう!なんだって俺がこんな目に…」

さだのり「そんなのはお互い様だろうが」

背中の広い傷など、縛って止めることも出来ない

ただ痛みに耐えることだけに意識を集中させながら、前を見る

燃え盛る生まれ故郷は、とても儚く悲しいものだ

さだのり「…本当ならな、俺はここでてめぇの目玉を抉り出して烏にくれてやりたいんだよ」

「…」

さだのり「…だがな、俺はそうしない、なぜだか分かるか」

「し、知るかよ…」

さだのり「…だろうな」

唾を吐いて、彼は剣を担ぎなおす

刃先には、血はついていない



700 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/29(火) 23:21:03.82 ID:7St6LmcF0
さだのり(…そろそろ、邪火流達のいた地点か)

随分な数の敵兵を倒してきた

だが、まだ安心は出来ない

邪火流達を応援し、敵を倒した後、再び夏美達を回収しなければならないのだ

さだのり「…おい、運転手」

「なんだよ!!」

さだのり「…もしかして、あれがお前の仲間達か」

「!!」

前方に、兵士の姿が見える

その傍らには、邪火流と、数人の兵士

一つの死体が転がっているのも見える、邪火流の部下の一人だろう

さだのり「…派手にやりやがってなぁ」

「お、俺はここまでだ!!裏切り者の烙印なんて押されて堪るかよ!!!」

さだのり「…」

黙って、さだのりが刃先を首筋へと突きつける

「ど…どうしてもってのかよ…」

さだのり「…早くしろ」

意味の分からない叫びを上げて、運転手が猛スピードで戦車を進める


邪火流「…!なんだあれは!?」

「…あ、あれはベルトレの戦車!?」

「よし、応援か!!」

邪火流(まずいぞ、ここに来て戦車まで…)

「邪火流隊長、ここは一旦…」

邪火流「馬鹿野郎!!この状況で退けるか!!」

邪火流は、戦車に警戒しながらも目の前の兵士を殴りつける

「がはっ!」


701 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/29(火) 23:27:12.79 ID:7St6LmcF0
邪火流「みんな、あの戦車には…」


さだのり「邪火流ぅぅ!!!!」

邪火流「!!さだのり!?さだのりか!?」

「!!お、おい!!あの戦車、乗ってるのはベルトレだけじゃねぇ…」

さだのり「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!」

地面に降りたさだのりが、一人の敵兵にタックルを噛ます

「ぐっ…」

厚い装甲を身に着けた兵士さえ、地面へ投げ飛ばされる

「こ、この野郎…」

邪火流「させるか!!」

銃の柄尻で敵の顔面を殴りつけ、邪火流がさだのりの元へ駆ける

邪火流「夏美は!!」

さだのり「無事だ、今は別場所で待機させてる!!」

邪火流「そうか!」

「くそっ…おいベルトレ!!こいつぁどういうことだ!!!」

「許してくれよ!!そこの男に脅されたんだよ!!」

「ガソリン以外に面倒なもん運んできやがって!!!」

さだのり「おいおい、敵は俺達だろうがよぉ!」

先ほど倒した兵士の兜を兵士へ投げつける

それは目くらましで、本当の攻撃は拳での打突だ

「ぐあぁっ!」

邪火流「…それで、ここまでの敵は!」

さだのり「全部のしといた、後で回収しろ!!」

邪火流「…そうか」

さだのり「…一人やられたのか」

チラッ、とさだのりが倒れている味方を見つめる

頭から血を流している、目は虚ろだ

邪火流「…自分で頭を撃ち抜きやがった」

さだのり「なに?」

邪火流「…優しいやつだった、人と争うのなんて到底無理だったのさ」

言いながら、邪火流は敵兵を薙ぎ倒す

残ったのは、ベルトレという運転手だけになる


702 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/29(火) 23:32:53.87 ID:7St6LmcF0
「っ!!」

喉が干上がるような感触がする、極度の緊張で心拍も安定しない

先ほどの男は、戦車に近づいてくる

さだのり「…おい、運転手」

「なんだよ!!もうやめてくれ、こっちはただでさえ疲れて…」

さだのり「…あいつをさっきの場所まで連れて行け」

邪火流を指さし、さだのりが運転手の襟首を掴む

さだのり「分かるか、お前達が俺達を見失った路地だ、そこに連れて行け、変な真似をしたら死ぬぞ」

「ひっ…」

さだのり「…いい返事だ、脅しに対して恐怖ってのは何よりの肯定だからな」

にっと笑ってから、さだのりが邪火流を手招きする

さだのり「ちょいと不格好なタクシーだが、夏美のいる場所まで連れて行ってくれる、マンホールの中に隠し通路があって、そこに夏美や他の住人も避難している」

邪火流「よし、行こう」

邪火流が何人かの部下を呼び、戦車の上に捕まる

さだのり「…俺は一足先に本拠地へ帰っとくよ」

邪火流「それなら、回収班に敵の回収をするよう言っててくれ」

さだのり「あぁ」

頷いた彼は、舞子や瑠璃が乗っているであろう車両へと乗り込んだ


舞子「さだのり!」

さだのり「…回収班だ」

舞子「え…?」

さだのり「回収班をよこせ、敵の回収を進めろ、いいな」

舞子「な、何を言って…」

心配そうな舞子がさだのりに近づいたその時、彼の体は崩れ落ちた

舞子「!!さだのり!!!」


どこか遠くで、誰かが呼んでいるのに

さだのりは、その人に声を返すことは出来なかった

その声は

かつて愛した



703 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/30(水) 16:36:06.50 ID:MwPaoUN60



「おー、なんだなんだ?」

収容所に、また兵士達が送られてくる

今度は、いつも以上の人数だ

阿修羅「…何事だ?」

「上の騒ぎ、見事抑えたんですよ」

阿修羅「!!」

回収班だったのだろう、一人の兵士がさだのりと邪火流の活躍を嬉々として阿修羅に語る

「すごいでしょう、やっぱり俺達のやり方は間違ってなんかいなかったんだ!!」

阿修羅「…馬鹿な…」

「阿修羅さん、あなたは…それでもやはり、間違いだと?」

阿修羅「…俺には分からない…」

「…我々は帰りますが、あなたは?」

阿修羅「…放っておいてくれ、俺のことは」

虚ろな目で、阿修羅が去る

「いんやぁ、阿修羅君も相当なショックだろうな、今まで自分がやってきたやり方が間違いだったと思ってるんだから」

「なに?」

牢獄の中の男は、面白そうに手錠を鳴らして遊んでいた

「…なぁ看守さん、この牢には俺一人なの?他の奴は?」

「…お前みたいなのと一緒に入っていい、なんて兵士はいなかった」

「ありゃー」

そうだろうねぇ、と笑いながら男は答える

「…なぜだ」

「別に、看守さんと話すのも飽きたから他の話し相手が欲しくてさぁ」

「そりゃ残念だったな」

ふん、と鼻で笑って看守は一旦その場を去る


(馬鹿が)

残された男は、看守の去った方を見ながら笑っていた

(平和だなんだと言いながら、看守である自分に酔ってやがる、そりゃそうだ、人間は権利や地位を与えられるとそれに溺れるもんだからなぁ)

(だがな看守さん、そいつはアンタ達のやり方には必要ない感情だってのを忘れてるなぁ)


704 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/30(水) 16:52:13.97 ID:MwPaoUN60

そういえば、とさだのりは今更ながらに思った

セルジオが死んだときも、ソラが死んだときも、遠藤が死んだときも

誰かが、彼らのために泣いていた

もしも、自分がここで死んでしまったなら、誰かが泣いてくれるのだろうか

涙で棺を濡らして、啜り泣く声を聞かせてくれるのか

さだのり(…それなら悪くもねぇよなぁ…)

このまま、意識の深海へと落ちて行ったら

彼は、どこか安らかな場所で、何も考えることなく、眠りにつけるのか

さだのり(…あぁ、それなら…)


「おじちゃん!!!」


誰だろうか

こんな風に、さだのりのことを心配そうに呼ぶのは

さだのり(…夏美…)

そうだ、この声は、あの少女の声だ

「おじちゃん!!!」


さだのり「…」

目を開けると、泣いている夏美の顔が目に入った

さだのり「…夏美か」

夏美「おじちゃん!!」

邪火流「…目が覚めたか」

さだのり「…こ、こは…?」

ズキズキと背中が痛む、そこで背中に傷を負ったことを思い出した

邪火流「安心しろ、本拠地だよ…ったく、夏美を回収して戻ってみたらこの有様だ」

さだのり「…悪い」


705 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/30(水) 16:56:27.19 ID:MwPaoUN60
邪火流「…それで、調子はどうだ」

さだのり「…なんとか、大丈夫そうだ」

ゆっくりと体を起こす、支えてこようとする夏美を手で制し、さだのりが邪火流に問いかける

さだのり「…それで、どうなった」

邪火流「敵は全て収監した、安心しろ」

さだのり「…そうか」

舞子「!さだのり、目が覚めたの!?」

さだのり「…よぉ、お前も無事だったなぁ…」

女性の声と言うのは、目が覚めてすぐにはうるさいものだ

しかし今は、それも嬉しく感じる

瑠璃「…よかった、もしかしたらなんて…考えてしまいましたよ」

さだのり(俺もだ…もしかしてなんて、な)

瑠璃「?どうしました?」

さだのり「いや、どこ行ってたんだろうなってさ」

瑠璃「あぁ、お兄さんを見送ってたんです」

さだのり「見送った?庄太郎は、どこかに行ったのか」

瑠璃「えぇ、無事な街に行って、住民を避難させるらしいです…」

邪火流「何人かの護衛もいるし、大丈夫だろう」

さだのり「…そうか」

夏美「…おじちゃん、怪我してるの?」

さだのり「いや、もういいよ」

血は止まっているようだ、一日も寝ればすっかり治るだろう

都合よく、休めたらの話だが

さだのり「さて、飯にしようぜ…俺は腹が減って仕方ないんだ」

邪火流「あぁ、そうするか」


706 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/30(水) 17:01:46.13 ID:MwPaoUN60
幸せな時間と言うのは、どこにでも存在するものだ

こんな戦争の合間にも、ほんの一瞬だけだが、顔を覗かせる

邪火流や舞子や、瑠璃に心配されながら

そして、夏美に無理やり食事を食べさせられながら、さだのりはそんなことを考えていた

彼が守りたかったのは、この時間だった

国だとか、国民だとか、そんな大層な物ではなく

力を持って生まれたのなら、力を持って誰かのために生きてみたい

さだのり「…夏美、ニンジンも食えよ」

夏美「お、おじちゃんだって食べてない…」

さだのり「…俺はあんまり好きじゃないんだよ…」

夏美「私だって好きじゃないもん!!!」

平和、というのはもしかしたら身近な物なのではないか

世界平和、ではなく、ただの平和なら

とっくの昔に、人はその形を知っているのではないか

こんな時間がずっと続いたのなら

それは、どれほどまでに素敵な人生になるだろう

喧騒に巻き込まれることはなく、誰かと命を賭けて戦うこともない

そんな人生が


「隊長、近くの街に敵兵が現れたとの情報です!!」

邪火流「ちっ、こんな時にか…数は」

「20ほどとのことであります!!」

さだのり「これまた少ないな」

邪火流「ったく…さだのり、お前はここに残ってろ」

さだのり「いや、俺も行くよ…」

夏美「お、おじちゃん!」

さだのり「心配するな、俺は邪火流の護衛ってだけだ」

邪火流「はは、なら動かなくてもいいかもな」

さだのり「…あぁ」


そんな人生が、ずっと続くことがあれば



さだのりと邪火流が去ったのは、運命だったのかもしれない

この場所から去ったのは



707 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/30(水) 17:06:59.09 ID:MwPaoUN60

「…」

男は、牢獄の中で考えていた

彼は何度も、こんな場所に入れられたことがある

殺し、強姦、強盗、そんな罪を重ねてまだ生きているのが不思議なくらいだ

「…」

それでも、彼は自分を悪人だとは思っていない

人間と言う、範疇に収まっているとさえ思っていなかった

自分はそういう物とは違った存在なのかもしれない、と

「…」

男の国の兵士が、また少人数である街を荒らしているらしい

たかだか20ほどの数で

「…」

その兵士達を抑えるために、さだのり達の国の兵士も迎撃に向かった

「…」

今、この近くにさだのりや邪火流はいない

いるのは、本拠地というところで胡坐をかいているだろう生温い兵士達だけだ

「…」

今しかないのだ、あの化け物二人がいないのは


「看守さん」

「なんだよ」

「…俺、腹が減ったんだけどさ、もうそろそろ食事の時間だよな」

「…なんで分かった?」

「体内時計ってあるだろ、同じ生活をしている人間には分かるのさ、そいつは特に囚人が磨かれるものらしい」

「…なるほどな」

あまり感心していないような表情の看守が、食事を取りに行く

「…おい、お隣さん」

「な、なんだよ!?」

隣の牢に入っている兵士が、いきなり声を掛けられて驚いているのは分かった

それには構わずに続ける

「…俺が脱獄したら、まずはアンタを助けるって言ったなぁ」

「…あぁ」

「その約束、守ってやるよ」

「…なに?」

「そっち、ロープかなんかないか?紐みたいなやつだ、天井からぶら下げられそうなの」

「…あるが…」


708 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/30(水) 17:11:45.37 ID:MwPaoUN60

「ほら、食事だ」

看守が持ってきたのは、また肉料理だった

「看守さん…せめてフォークくらい貸してくれよ」

「…お前にはあんまり近づきたくないんだよ」

「えー、手足縛られてるのに?」

「…仕方ないな」

看守が牢の戸を開け、ゆっくりと近づいてくる

床にお盆を置き、フォークを男の方へ差し出す

その時、ふと看守は思った

この男は、なぜフォークを要求した?

手足が縛られているのなら、使える訳がないのに

口に咥える?だったらどうやって肉を口に入れるのか、フォークを噛んだままでは無理なのだ

なら、そのフォークは一体

「どうも」

男がフォークを口に咥え、その刃先を看守の目に向ける

気づいた


「おま…」

「ひぃぃぁぁぁぁはははは!!!!」

熱が、目玉の中を広がる感触に、看守は思わずのけ反った

目を刺されたのだ、フォークで

「ぐぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

あまりの痛みに気が狂いそうになる

「くそ!!な、なにしやが…」

「あれー、死んではいない…」

「!」

身の危険を感じた看守が、銃を取り出す

それは麻酔弾の入った銃だ、この男を眠らせなければ自分の命はない

パン、と乾いた音がしたすぐ後


チャリン、と鎖が弾けるような音がした


709 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/30(水) 17:29:43.52 ID:MwPaoUN60
「…あ…」

信じられない、男は看守が撃った麻酔弾に、自分に掛けられていた手錠の鎖を当てたのだ

弾けた鎖は、最早何の意味も成さない

「…ははは!!!」

ぶちっ、と素手で足の枷を外す男を、看守は黙ってみていることしかできなかった

「んー、久々の自由ってやつかねぇ、そうでもないけどさぁ」

近づいてくる男を、看守はどうすることも出来ない

麻酔弾?そんなもの、避けられるに決まっている

先ほど、この男は看守の撃った弾に自らの手錠の鎖を当てたのだから

出来る訳がない

人間に、そんなことが

「…看守さん、そんな優しい性格じゃあ囚人達を相手にするのは到底無理だなぁ」

看守の手から、銃が奪われる

「あ…」

パンパン、と乾いた音

両手両足を射抜かれたのだ、いくら麻酔弾とはいえこの至近距離で喰らえば中々の威力だ

麻酔のせいか、それとも目を抉られたショックか、段々と意識は薄れていく

「…お隣さぁん♪」

嬉しそうな男が隣の牢屋を蹴り破る

ひっ、と小さな声がするが男は隣の兵士には何もしなかったらしい、そのかわりある物を持ってきた

「…」

ロープだ

もう、看守は悲鳴を上げることも出来ない

「看守さん、分かるかな?あっちには水の入ったでっかい風呂桶がある、風呂桶っていうよりはまんま湯船だねぇ」

嬉しそうに、男は看守を縛る

両手も両足も、動かない

「天井にはこれまた便利、梁のようなものが見えています」

あぁ、分かってしまった


「さてー、あなたはこれからどうなるでしょうか」


死ぬのだ



710 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/30(水) 23:18:05.48 ID:MwPaoUN60
「…やめろ…」

片方の視界は真っ赤に染まっている、血の色だ

「看守さん、一つ訊きたいことがあるんだけどさぁ」

梁に縄を通し、男が勢いよく引き上げる

途端に看守の世界は、上下が逆になった

下には、水の張られた風呂桶がある

もしも縄がちぎれたら もしも梁が折れたりしたら

手足を縛られた状態で、看守はどうやって水から抜け出せるのだろうか

「…アンタ達の本拠地の場所、教えてくんないかなー」

麻酔弾の入った銃をカチャカチャ鳴らしながら、男が訊ねる

「…無理だ」

「無理、ねぇ」

一発の麻酔弾が、縄に命中する

ブチブチと縄が裂ける音と共に、看守の体はガクンと落ちる

水面まで、もう15pほどか

「看守さん、俺は何も興味本位で聞いてるわけじゃぁない、こいつは俺の死活問題と言ってもいいのさぁ」

嘘をつくな、と看守が悪態をつく

この男は、別に本拠地の場所など知らなくても生きていける

「…いーや、俺はさだのりと邪火流…そうだな、あと阿修羅の野郎を殺さなきゃ気が済まなくてさぁ」

「…」

「もう一度言う、これは興味本位じゃないんだ、情報をくれたらアンタを助けてやるよ」

この状況から、救われる

本拠地の場所を言えば、この男に魂を売れば、仲間を裏切れば

「…」

一筋の汗が、風呂桶に落ちる

波が広がっていくのを、真上から見ながら看守は答えた


「無理だ」




711 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/30(水) 23:27:20.06 ID:MwPaoUN60
「…無理だと?」

男が顔をしかめる

「…俺はな、両親は昔に戦争で死んだし、奥さんなんてものはいない!!彼女だって二年前に他の男に取られた、クズみたいな人間なんだよ!!」

片目を潰され、縄で吊るされながらも看守は力強く答える

「でもな、そんな俺を、あの人は…邪火流隊長は、最後まで世話してくれたんだ!!俺が彼女と別れた時は一晩中愚痴に付き合ってくれた!!他の仲間だってそうだ、あいつらを裏切るわけにはいかないんだよ!!」

「命が惜しくないのかぁ、看守さん」

「命だと!?惜しいに決まってるだろ、誰がそんなもの捨てたがるか!!!」

自棄、という人もいるだろう

しかし男は、看守の目に力が宿っているのを知っていた

「俺は、自信なんて捨てたし、名誉も地位も大してない!!」

「…」

「あぁそうだ、でもそんな俺にも、誇りなんてもんはあるんだ!!俺はなぁ、命なんて捨てたって構わない、それが仲間のやめならなおさらだ!!!」

笑いながら、看守は言った

「誇りだけは捨ててたまるか!!ここは俺の故郷だ、故郷のやつらを裏切れるような人間じゃねぇんだ!!!」

「…看守さん、そりゃダメだねぇ、俺の心を動かせるような演説じゃねぇや」

「だろうな…お前みたいな化け物に分かるわけないだろ」

「…」

「…は、はは…殺せよ、それでも俺は構わない!!最後の最後で、俺はお前を越えてやったんだ、てめぇの目を見て力強く事を言ってやれるんだからな!!!」

「…」

顎を撫でながら、男は笑った

「…いいねぇ、俺はそういう強い人間が好きだ、奪う時に余計にみすぼらしくなるからなぁ」

くるりと振り返った男は、そのまま監獄を後にしようとする

「…俺にとどめをささないのか」

「その縄、いつちぎれるか分からないねぇ」

「!!」

「いつ死ぬかな、失血死か、溺死か」

戸の向こうに立った男は、最後に看守に言った


「グッバイ看守さん、あの世で先に待っててねん」


712 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/31(木) 09:40:38.88 ID:kNV5nWmT0

「…ははは…」

吊るされた男みたいだな、なんて看守は一人で笑っていた

気が狂ったわけではない、もう先の短い人生なのだ

せめて最後くらいは笑っていたかった

あまり価値がなかったかもしれない人生だった、と自嘲する

人に愛されはしたが、そんなものももういない

地位だって、軍の中ではそこそこのままだったし、別に大きな手柄を上げたことがあるわけでもない

それでも

「…」

最後には、誇りを守ったのだ

ちっぽけな誇りだった、こんな男の誇りなど、邪火流やさだのりが抱えていたものに比べれば塵のようなはずだ

「…邪火流隊長…」

だから、せめてその小さな誇りをあの二人に守ってほしかった

彼が生まれたこの国を、彼が愛した人達を、守ってほしかった

「…すいません」

彼は、部下の一人でも死ぬのを嫌っていた

たった一人の部下なのに、大した力もない部下なのに

昔、一緒に酒を飲んだ時、小さなころに大切な友達を亡くしたと言っていたのを思い出した

もしもあの世で、その友達に会えたら

「…」

看守がそっと目を閉じる

幸いなのか、水に堕ちるよりも先に意識が薄れてきた

潰された眼からは、涙は出てこない

その代わり、浮かんでいたのは笑みだった

何かに勝ち誇ったような笑みだった



バシャン、と小さな牢屋の端で水しぶきが上がった


713 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/31(木) 09:47:55.17 ID:kNV5nWmT0

「お隣さーん、元気ぃ?」

「お、お前…何をしたんだ」

「看守さんを殺したよ、そんだけだ」

隣に捕えられていた兵士を、男が手招きする

「お、俺も殺すつもりかよ!?」

「んなわけないでしょ、他のヤツらも助けましょうぜ」

「ほ、他のヤツら…?」

「そういうこと、今他の看守達は俺達が脱獄したことには気づいてない、そこが狙い目だ」

「…でも、俺は銃を奪われてる、他の兵士だってそうだ…」

「だから?」

「…は?」

「別に銃がなくても人は殺せるだろ」

「そ、そりゃそうだけど…」

「…近くの牢はすぐそこだ、ここはそんなに広くはねぇや、俺が前に入ってたのよりもマシだ」

鼻で笑って、男は長い廊下を歩きだす

その途中にある牢の全てを、手で鍵を壊し開いていく

「な、なんだ!?」

「…出て来いみなさーん、これからは俺達の攻撃でさぁ」

鼻歌を歌いながら、男はどんどんと牢を開けていく

捕えられていた兵士達はしばし考えた後、仕方なく男の後ろについていく

「…な、なぁ…俺達も…殺すのか?」

兵士の一人はそんなことを聞いてきたが

「だーかーらー、違うんだってば」

男は軽い調子で首を振っただけだ

「…さって、じゃあ残りの看守も全員殺しときますか」

指を鳴らした男は、兵士を引き連れて廊下の先にあった階段を上る

足音が閉鎖空間に不気味に響く

714 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/31(木) 15:08:57.95 ID:kNV5nWmT0
「あーあー、廊下に見張りも置かないなんてねぇ」

呆れたように男が呟く

誰もそれには答えない、あまりに正論だからだ

こんな危険な人間達を収容しているのに、ほとんど見張りさえいないのだ

「…不用心にもほどがあるな…」

兵士の一人が、小さく、馬鹿にしたように言う

「そうだねぇ、全くもって…」


「!!お、お前達何をしている!!!」


曲がり角から、一人の見張りが突然出てきた

食事を運んでいるところを見ると、ちょうど牢屋に向かうところだったのだろう

「見つかったな、どうする皆さん」

「く…」

見張りの兵士が手に持っていた料理を放り投げ、銃を構える

「…う、動くなよ…」

「…動いたら撃つのか?でもそいつは麻酔弾だろ、俺達は死なないぜぇ」

緩慢な動作で、物怖じもせず男は見張りへ近づいていく

「くそっ!」

撃鉄を起こす動作、これだけでほんの一瞬の隙が出来てしまう

「おっそいねぇ」

頭を低く下げ、見張りの懐に飛び込む

見張りが驚いて下を見た時には、ちょうど拳が突き上げられていた

鈍い音がして見張りの兵士は宙を舞う

鮮血がチラチラと花びらのように舞った

「…いい物もーらい」

麻酔弾の入った拳銃を男が広い、兵士へ向けて二、三発撃つ

ビクン、と兵士の頭が跳ねた

至近距離からこの麻酔弾を頭に浴びれば、即死だろう

「…」

後ろにいた兵士達のほうを振り返り、男が言う

「どうすんの?これからさぁ、アンタ達は兵士だ、殺すのが仕事だろぉ」


715 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/05/31(木) 15:16:15.22 ID:kNV5nWmT0
「…お…俺達だって、そりゃ…」

「…一つ、お願いしてもいいかなぁ」

男がにやりと笑う、口の端から自然と涎がこぼれた

「…略奪しようぜ」

「…なに?」

「武器を、調達しなきゃアンタ達はどうしようもないだろ?」

手を広げ、どこぞの政治家のように演説する

「そうだ、武器を握ればアンタ達はたちまち獣になれる、狩られる側から狩る側に変われるんだ」

「…」

「…武器だけじゃない、金も、女も、何もかもだ」

兵士達の何人かは、既に楽しそうな笑みを浮かべていた

心の中の何かが、ふつふつと湧きあがっているのだろう

「…命も、だぜ皆さんよ…兵士の仕事は殺しだ、もう一度言う、殺しだ」

「そうだ…俺達は殺さなきゃ金ももらえないんだ…」

「略奪だ、俺達をこんな狭い牢屋へ入れたヤツらへの報復だ、敵軍への掃討戦だ」

「いいぞ!!俺はのった、やってやる!!!」

「俺もだ!!ここまでされたら女犯さなきゃ気が済まねぇや!!!」

「いいねぇ、ところで…アンタ達の軍の隊長さんはどぉしたの?」

「死んだよ、ありゃあコネだけで上まで登った木偶の坊だったからな」

「そうそう、俺達のほうが銃も剣も扱いは上手かったのにさ」

「…へぇ」

男の目がすっと細まる

男は、様々な物が好きだった、金、快楽、名誉、そして地位

「…なぁ、だったら俺を隊長にしないか」

「…なに?」

「俺はアンタ達に的確な指示を与えよう、そんでもってアンタ達は略奪でも殺しでもしてくれればいい、奪った物を俺に預けろなんて言わない、ただ好き放題荒らしてくれればそれでいいや、なんなら仲間同士で奪い合っても構わない」

ゴクリ、とどこからか唾を呑む音が聞こえた

「ただし、まずはこの国を根絶やしにしてからだ、いいんじゃないかなぁ」

「…」

兵士の一人が、突然拍手を始める

「いいぞ!!俺はそれでいい、俺はそれで!!」

続いて他の兵士達も揃って手を叩く

もう、狂っていない者はここにはいない

「隊長!!隊長殿!!指示を!!俺達に命令を!!!」

「オーケーオーケー」

ぱんぱん、と手を叩いてから男がにやりと笑う

曲がり角の先に、他の見張りの姿が見えた


「じゃあまずは、リターンマッチと行こうか諸君」

716 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/01(金) 21:06:33.11 ID:DkAXabAZ0


さだのり「…」

突然、本当に突然だがさだのりの背筋に寒気が走った

焼野原を駆ける車の中、彼はふと街のほうを見る

そちらは舞子や夏美がいる本拠地に少し近い場所だった

さだのり「…」

邪火流「どうしたさだのり?」

さだのり「…いや、なんでもねぇ」

背中の傷が痛むのは気のせいなのか、何か嫌な予感がする

邪火流「…そろそろ着くぞ、気合いを入れろ」

「はっ!!」

さだのり「…」

邪火流「さだのり、お前は援護に回ってくれればいい…まだ無理は出来ないだろ」

さだのり「そうだな」

実はというと、ほとんど傷は癒えているのだ

むず痒い感覚があるのは、治癒してきている証拠だろう

さだのり(…なんだ)

だとすれば、背中のこのおかしな痛みはなんなのか

獣の本能と言うべきか、何か危険な物が自らの背中に爪を立てているようにさえ感じられる

さだのり「…邪火流、分かってるとは思うが」

邪火流「あぁ、殺したりはしないさ」

「…!敵、前方に発見!!」

さだのり「…よし、行くか」

邪火流「あぁ」

兵士達が、熱せられた大地に降りる

火薬の臭いも血の臭いも、もう気にはならない

彼らは走り、そして敵とぶつかった

正義という物を、平和という物を彼らは信じて守っていた

だからこそ、だからこそ彼らは気づかなかった


それと正反対の物の、確かな息吹に


717 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 11:22:07.14 ID:6PiExiXO0

助けて、という悲鳴を聞いて男は嬉しそうに笑った

「おーい皆さん、ちゃんと殺してるかぁ?」

「もちろんだろ!!!」

「やっぱこうじゃないとな、俺達は戦利品を獲るために戦ってるんだ、国なんかのためじゃねぇや!!」

収容所から離れた街に、化け物たちは侵攻していた

「や、やめて!!この子だけは…」

「ダメー」

ズバン、と女性の首が跳ねられる

その腕に抱かれた、まだ幼い男の子は涙を流している

「ふっふーん」

殺人鬼の男は、その男の子をそっと抱え上げ

地面に叩きつけた

「うわぁぁぁ!!!」

泣き叫ぶ男の子を、男は冷めた目で見下ろす

「ダメだねー、やっぱり普通の民間人を殺すのは俺にはつまんねぇやぁ」

殺しとけ、と他の兵士に命じる男


(…)

「!!み、みんな逃げろ!!!敵が来てやがる!!」

「…」

遠くで、誰かの声がする

「見つけたー、逃走者ってやつかぁ」


兵士達が女子供に気を取られている隙に、男は一人、面白そうな獲物を見つけた

泣き叫ぶだけの民間人ではなく、逃げることのできる「兎」だ

(楽しいねぇ、やっぱり逃げる的が面白いや)

手の中には、いつもの鎖鎌がある

ご丁寧なことに、収容所の中にしっかりと保管されていたのだ

捨ててしまえばよかったものを、と男は笑う

既に刃先には、血がべっとりとついていた


718 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 14:30:29.32 ID:6PiExiXO0


庄太郎「…はぁ…はぁ!!」

見てしまった

敵が、街の人々を殺しているところを

吐き気が込み上げてくる、無理矢理唾を飲んで耐えるようにするがどうしてもこらえられない

嘔吐物を地面にぶちまけてから、また走り出す

庄太郎(ちくしょう、この街はまだ無事だと思ってたのに!!!)

さだのりはどうしているか、と真っ先に考える

彼さえいればこの戦局はどうにかなりそうなのだ、なのに

彼は今、ここにはいない

庄太郎(このままじゃ…瑠璃達も危ない!!)

敵がもしも本拠地の場所を知ってしまったら

瑠璃、舞子、そして夏美

様々な、罪のない人々が殺されてしまう

なんとしてもこの状況を本拠地に伝えなければならない

庄太郎(とにかく、どこか通信が出来る場所に!!!)

通信機さえあれば、どうにか本拠地へ連絡を取れる

通信機さえあれば、の話だが



「見ーつけた」


庄太郎「!!!」

後ろから、不気味な声が聞こえた

知っている、あの男は先ほど街を襲っていた敵の中の一人だ

鎖鎌をクルクルを回しながら迫ってくる姿は、昔映画で見た死神にも似ている

庄太郎(ちくしょう!!)

吐き気は一瞬にして醒めた、今逃げ切らなければ自分は死んでしまう、何もせずに


719 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 17:47:14.40 ID:6PiExiXO0
「待てってのー、追いかけっこでもすんのかぁ?」

振り回される鎖の音を聞きながら、庄太郎は走る

庄太郎(くそ、どうにかして本拠地に連絡…)

「待てってー、てめぇ死にたいのか?」

庄太郎(耳を貸すな、どっちにしろ止まれば殺される!!)

幸い、土地の利は庄太郎にある

男の知らないような裏路地を何度も行き来しては、どうにか誤魔化そうとする

だが


「んー、裏路地で俺より速く追いかけっこできる奴なんていないんだぜぇ」

スタスタと聞こえる足音はいつまで経っても消えはしない

庄太郎(…くそ、このまま俺の家に帰るか…!?)

家までは非常に遠い、それに家の近くには味方の本拠地がある

下手をすれば、男が勘付いてしまうかもしれない

庄太郎(…!!)

視線の先に、一般人の姿が

庄太郎「おい、逃げろ!!!」

「?」

突然の庄太郎の叫びに、その人々は驚いているような、困っているような表情をしていた

「おー、一般人発見ー」

庄太郎「くそっ!!」

ポケットから護身用の銃を取り出す

しかし、そもそも彼は射撃なんてしたことがない

いや、この国に住んでいればそんなものは必要ない

庄太郎「速く逃げろ!!!!」

銃声が響く、だが男は鎖鎌を振り回すだけで全て銃弾を叩き落とす


「いいねぇ、そうやって抵抗してくんないと殺す気も失せるってもんだなぁ!」

庄太郎「くっ!」


720 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 17:54:10.91 ID:6PiExiXO0
「はははぁ!!ここで俺が鎖鎌振り回したら、そいつらどうなるかねえ!」

庄太郎「ちくしょう!!!」

再び裏路地へ向かう、だがそこの先は行き止まりなのだ


庄太郎(…待て、ここの路地は…!)

ニヤリ、と庄太郎が笑う

そう、ここは少し前にさだのりが敵に追い詰められた、そして庄太郎がそれを救ったあの路地だ

マンホールの下には下水道が広がっているため、上手く逃げられるかもしれない

庄太郎(よし、行くしかねぇ!!)

後ろを見ずに突っ走り、マンホールの中へと降りる

幸い、まだあの男は追いついては来ていない

庄太郎(このまま一旦退かなきゃならねぇ!!!)

庄太郎は走る、下水に響くのは一つの足音だけ

庄太郎(…逃げ切ったか)

走りながら、庄太郎は汗をぬぐう



「…マンホールの中、かぁ」

男はマンホールの上で舌打ちをしていた

庄太郎がマンホールの中に逃げ込んだのは分かっている

それを追いかけることも出来る、のだが

「…いや、今はそこが重要なんかじゃぁない」

クルリと振り返る、男が向かったのは先ほど一般人達が歩いていた通りだ

ところどころ、既に火の手が上がっている

(…敵の本拠地はどこだ)

それを民間人が話すだろうか

(…いや、そうじゃねぇなぁ)

笑いながら、男はパンパン、と手を叩く


(…話させるんじゃねぇ、吐かせるんだ)




721 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 18:06:08.35 ID:6PiExiXO0

「んー、誰がいいかねぇ」

男が通りを歩いている人々の姿を凝視する

その男の手に握られた鎖鎌に、人々も異常だと感じたらしい

急いで走って逃げる者もいれば、既に諦めて逃げるのをやめている人間もいる

男はそんなものに目もくれない

(逃げてる奴はどこに行ってるんだ)

民間人が逃げるのは、軍の本拠地ではないだろう

「ふーん、つまり民間人が知る限り一番安全な場所ねぇ」

大きな広場か、金持ちの家か、軍隊の常在地か

「どっこでもいいけどねぇん」

くるりと見回した男は、やがて二人の人影に注目した

それは、一人の女性と一人の少年だった

恐らく姉弟なのだろう、姉と思われる人物が弟と思われる人物の手を引っ張っている

(ほほう)

いい光景だな、と男は笑う、その姉から弟を奪えば、面白い表情が見られるはずだ

「きーめた」

地面を蹴り、男は走る

ぐんぐんと、その二人との距離は縮まる

「ははははは!!捕まえ…」

その時だった、その女性がポケットから何かを取り出した

それは、この国の人間が持っているとは思えない、憎しみの体現されたもの

拳銃だった


「!」


パン、と一発の銃声が響く

男が体を無理矢理曲げてそれを避ける、その間に二人は走って逃げようとしている

(…いいねぇ、気に入ったぁ)


722 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 18:17:40.24 ID:6PiExiXO0
肩を一度鳴らしてから、男が女性の足元に向けて鎖鎌を投げつける

鞭のように伸びたそれは、足元の地面を崩し、女性のバランスを崩させた

「きゃっ!!」

派手に転んだ女性は、そのまま必死に立ち上がろうとあがいている

隣にいるのは、やはり弟のようだった、「お姉ちゃん!」と必死に叫んで手を引っ張っている

「…捕まえた」

その女性の背中を踏みつけ、男が勝ち誇ったように笑う

「あ…!」

背中の骨を、男の脚が正確に捉えている

少し身動きをするだけで、背中に激しい痛みが走るのだ

「お、お姉ちゃんに何するんだ!!!」

「や、やめなさいジョン!」

「放せよぉ!!」

ジョンと呼ばれた少年が、男の脚を拳で殴りつける

だが、所詮は子供の拳だ、そんなもの大して痛くもない

「…」

「逃げてジョン!!お願い、逃げて!!!」

ジョン「やだ!!こいつ殺してやる!!!」

「あぁ?」

男がジロリとジョンを睨み付ける

ジョンの手には、いつの間にかナイフが握られていた

「…」

ジョン「お姉ちゃんを放せって言ってるだろ!!」

ナイフを前に突き出しながら、少年が叫ぶ

「…いいねぇ、こいつぁ面白いや」

そのナイフの刃先を、男は素手で止める

ぎょっと見開かれた少年の目を、体を屈めて覗き込む

「や、やめて!!お願い、その子だけは殺さないで!!!」

女性は叫び、少年は何もできず震えている


「…坊主」

シンとした空気の中、男だけの声が響く。周りの人々はその惨劇に、一目散に逃げていく



「俺を殺したいか、俺を」




723 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 18:26:10.32 ID:6PiExiXO0

ジョン「…」

「俺の目を見ろ、坊主」

ニヤニヤと笑いながら、男は少年の目を見つめる

「これが人殺しの目だ、お前はまだこれにはなっちゃいない、きっとまだ人を殺したことなんてないんだろぉ?」

ジョン「あ、当たり前だろ…」

「ならなんで俺を殺そうとした?えぇ?」

ジョン「…お姉ちゃんを、傷つけるから…」

歯ぎしりをしながら、ジョンは言う

「はっはぁ!!こいつぁ上等だ、この国の人間はそういう時に平和解決なんてもんを望むんじゃねぇのかぁ!?」

ジョン「…そんなの、俺は嫌だ…」

「…なに?」

ピクリと眉が動く

ジョン「…俺の父ちゃんも、平和解決なんて出来ないって、昔クーデーターってのを起こしたんだ…で、でもそこで父ちゃんは殺されたんだ!!」

「誰に」

ジョン「…さだのりとか言うヤツに」

「!」

「やめなさいジョン!!そんなこと…」

ジョン「だってそうじゃないか!!父ちゃんがさだのりってやつに殺されて、母ちゃんだってそれが原因で死んじゃったんだぞ!!!」

「だからって…」

ジョン「姉ちゃんが俺の世話をする羽目になったのも、元はと言えばそいつのせいじゃないか!!!」

「…お前、さだのりが憎いかぁ」

ジョン「憎いよ!!でも今はお前の方が殺したい!!!」

「はははははははははは!!!!!!!!」

笑いながら、男が足を除ける

「う…」

「おい、姉ちゃんよぉ…アンタ、名前は」

「…アイリン」

「坊主、お前、姉ちゃんが好きか」

ジョン「…うん」


724 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 18:30:39.81 ID:6PiExiXO0
「姉ちゃん、お前は弟を助けたいか」

アイリン「え、えぇ…」

「…いいねぇ、素晴らしい家族愛だ」

奪いたくなる、と男は笑う

ジョン「…姉ちゃんを殺したら俺が許さないぞ!!」

「いんやぁ、そんなんじゃあないねぇ、あーあー、気に入った」

ぐっと、男がアイリンの肩に手を回す

アイリン「!!」

ジョン「な、何するんだよ!!」

「…坊主、ここから生きて帰りたいか」

ジョン「な、何言ってるんだ…お前…敵なんだろ?」

「そーだねぇ、しかし俺は別に国のために戦ってるわけじゃあねぇや、さだのりってのを殺したいだけさぁ」

ジョン「!」

「なぁ坊主、姉ちゃんと俺は、今から少しだけ二人で話をするからよぉ、お前はここで待ってろ」

ジョン「や、やだ!」

「死にたいのか坊主」

アイリン「ジョン…だ、大丈夫だから…」

ジョン「で、でも…」

「行こうぜ姉ちゃん」

そのまま、男はアイリンを暗い路地へと引っ張っていく

周りの目など、到底行きわたらないようなほどに暗い路地だ


アイリン「…私を…殺すつもり…?」

怯えたような目つきで、尋ねる

「いやぁ、違うねぇ」

突然、男はアイリンの服の中に手を突っ込む

アイリン「!」

「お前、処女か」

アイリン「な、何をするの…」

「答えろよ、処女か」

アイリン「…えぇ…」


725 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 19:39:41.04 ID:6PiExiXO0
「いいねぇ」

乱暴なようで、しかし慣れた手つきで男が肌に手を滑らせる

アイリン「…わ、私を…犯すつもり…?」

「弟が大事だろ?」

アイリン「…」

アイリンは怯えた目つきをしている、女にとってこれほどの恐怖はないはずだ

「…なぁ、お前って好きな男とかいるのか」

アイリン「…どうしてそんなことを訊くの…」

「俺はねぇ、人が俺を憎むのも面白いと思うし、人が俺を怖がるのも面白いと思うんだよ」

下半身に手を滑らせる男に、アイリンが舌を出して答える

アイリン「残念ね、そんな相手はいないわよ…弟の世話で忙しかったから」

「…へぇ」

目を細めながら、男が少しだけ手の動きを激しくする

布の掠れる音が路地に響く、遠くで聞こえる人々の悲鳴など嘘のようだ

「…なぁ、俺達ってもしかして育ちは似てるのかもなぁ」

アイリン「似てるですって?あなたみたいな人と…?」

「俺はねぇ、こんなのよりももっと薄暗くて血なまぐさい裏路地で暮らしてた、段ボールなんてものさえ手に入らない、それを奪い合うためだけに命を奪い合うやつさえいた」

ほんの少しだけ、男の顔に本当の意味での「悲しみ」が映る

もしかしたら、彼が初めて映したものかもしれない

「俺の知り合いはなぁ、その段ボールのために命を落とした、近所の浮浪者に頭かち割られてぼろい服と段ボールを奪われたのさ」

アイリン「…気の毒ね」

「気の毒?はは、気の毒ねぇ」

手を動かしながら、男が笑う


「そいつぁ見下した言い方だねぇ、姉ちゃん」

726 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 20:46:39.39 ID:6PiExiXO0
アイリン「…それを哀れに思わないなんておかしいわ」

「それは生温い生活をしてきたアンタだから言えるのさ」

ぎゅっとアイリンを抱きしめた男は、なぜだか優しささえ感じられるほどの手つきで彼女を触る

「俺にとって路地裏の冷たいコンクリートが最高の寝床だったのさ、狭いビルの谷間から見えるほんの少しの夜空が俺達に与えられた唯一の夢物語だった」

アイリン「…」

カチャカチャ、と金属音が鳴る

アイリンはこんな時に、「こんな男でもベルトはしっかり締めるのか」なんてことを考えていた

不思議と、恐怖は薄れてきていた

「…朝目を覚ましたら隣で知らないガキが死んでるなんて日常茶飯事だった、たまにゃあ大人に頭を酒の瓶で殴られたっけなぁ」

ぐぐっ、と何かが彼女の下半身に侵入してくる

何か、なんてもう分かりきっている

肉を引き裂くような痛みに、少しだけアイリンは涙を流す

その涙を、男は優しく拭った

「…でもなぁ、俺はそんな生活を嫌だと思ったことは不思議となかったなぁ、裕福になれたら、なんてことはよぉく考えたが」

アイリン「っ…あなたは…それで悲しくなかったの…?」

「親も友達もいなかった、悲しみに暮れるには俺の心は優しさってものを知らなかったんだなぁ」


だからこそ、俺は人を殺すことに喜びを覚えた、と男が笑いながら呟く

アイリンの耳元で、蜘蛛が這うような不気味さを持たせて

「愛情を知らない俺が、優しさを知らない俺が、人との話し方を知らない俺が、唯一出来る、人を支配する方法だったのさ」

アイリン「そんなの…」

「アンタらにとっては間違ってるだろ、だが俺にとっては正解だったのさ」

腰を振りながら、男が嬉しそうに笑う

「中には殺した相手の肉を食うやつもいたなぁ、だが俺はあんまりそれはしなかった、どこぞの先住民じゃあるまいし」

アイリン「…」

「っと、気持ち悪いか?悪いなぁ、こういう時にどんな話するのかなんて教えてくれる相手はいなかったからなぁ」

アイリン「あなた…こういうこと、初めてなわけではないんでしょ?」

「あーあそうだねぇ、何度も人を犯してきた、一番幼いのは14だったかなぁ、尤もあん時は俺は13だったがな」


727 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 20:52:01.97 ID:6PiExiXO0
アイリン「…その中の誰も、愛し方を教えてはくれなかったの…?」

「当たり前だ、俺のことを愛するヤツなんていないのさ」

さだのりとは違うのがそこだ、と男は心の中で自嘲する

しかし、羨望感などない

別に幸せが欲しいわけではない、彼は快楽主義者だ、幸福主義者ではない

アイリン「…かわいそうな人…」

「はん、犯される側のせめてもの遠吠えか?」

アイリン「そんなんじゃないわ…本当に、かわいそうよ」

「…」

へぇ、と小さく唸ってから男がアイリンの体を強く抱きしめる

「…俺にかわいそうだなんて言った女はアンタが初めてだぜぇ、いつも気持ち悪いだの、怖いだの、そういう罵倒の言葉を並べられながらのセックスだったなぁ」

アイリン「…そんなの、無理矢理だからよ」

「だろうねぇ」

アイリン「…こういう時はね」

「あぁ?」

アイリン「こういう時は、相手に愛してるって言ってあげなさい」

「愛してるだって?なんだそりゃあ、俺にはとても言えないセリフだねぇ」

アイリン「いいから…言ってあげるの」

「…姉ちゃん、アンタってさだのりを恨んでるのか」

アイリン「…えぇ…もっと言うなら、この国が憎いわ…不思議よね、生まれ故郷なのに、ここで両親を失ったってだけで…うっ、憎たらしいのよ…」

「…」

アイリン「…そして、私が最も憎いのは、そのさだのりって人よ…弟をあそこまで狂わせたのもその人だから」

阿修羅と同じ境遇の少年、ジョン

そしてその少年が出会ったのは、狂った一人の男だったというわけだ

「…俺が叶えてやろうか」

アイリン「…なんですって…?」




728 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 20:57:03.00 ID:6PiExiXO0
「俺がさだのりを殺そう」

アイリン「!!ど、どうして…」

「あいつと俺はそっくりだ、それが楽しくてしょうがねぇや、ドッペルゲンガーみたいにそっくりだ」

アイリン「…」

「こうやって処女奪ってんだ、一つくらい言うことは聞いてやるよ」

アイリン「…そうやって、また憎しみが生まれるのね…」

「姉ちゃん、憎しみってのは決してなくならないさ、相手の首を撥ねればお終いだがなぁ」

アイリン「…そういう話はダメよ」

「だったねぇ」

こういう時に何を話すのか、さっき聞いたばかりだ

物は試しに、と男は笑う

そうすれば、もしかしたら自分は誰かの愛情を独り占めできるのかもしれないから

「姉ちゃん、名前は」

アイリン「アイリンよ…」

「アイリン、愛してる」

アイリン「…嘘ね、聞いてて分かるもの…」

「…」

舌打ちをしてから、男がもう一度言い方を変える

「愛してるって言ってんだろ」

アイリン「そういうのはダメ、女性ってのは怖い男は嫌いなの」

「へぇ、でももうそろそろ終わるぞ」

アイリン「え…?」

ドクン、と熱い物が体内へと流れ込む

それが何なのかも、アイリンはすぐさま理解した

アイリン「…」

「…残念だったねぇ、俺みたいな狂った男の種がてめぇの中に植えられたんだ」

アイリン「…それほど、残念じゃないわ」

「あぁ?」

アイリン「…それより、早く弟のところに戻りましょう」

「…つっまんねぇの」



729 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 21:12:46.30 ID:6PiExiXO0


ジョン「!!姉ちゃん!!!」

アイリン「ジョン、大丈夫だった?」

ジョン「姉ちゃんこそ…」

ジョンがアイリンに強く抱きつく

「おいおい、んなことよりどうにかしてお前達は逃げたいんじゃねぇのかぁ」

男がその再開に水を差す

「…こっちとしても、こんな所で時間を掛けたくはねぇんだよ」

街のあちこちで火の手が上がっている、それを見て男は体の芯から何か高揚感のようなものが湧き出てくるのを感じる

ジョン「…逃げるって、どうするんだよ」

「この先に、街の外に出る道がある、さっき来た時に見つけたんだけどな」

アイリン「…でも、あなた達の軍がいるじゃない」

「これ持ってれば大丈夫ーん」

差し出したのは、軍の腕章だ

ジョン「…これって、お前の?」

「あぁそうだ、こいつさえあれば俺達の軍は敵にはならねぇなぁ」

アイリン「…でも、どうしてそこまで?」

「俺はねぇ、自分に得になるようなことをしてくれた相手には優しくするんだよ」

言いながら、男は歩き出す

(…しかし、本拠地ってのはどこだ?さすがにこの二人が知ってるとは思えねぇ)

アイリン「…行くの?」

「お前達も来い、途中までは同じ道だ」

ジョン「途中って…どこに行くんだよ」

「あぁ?俺はなぁ、さだのりをぶっ殺しに行くんだよ」

ジョン「!!や、やれるのかお前!?」

「さぁねぇ」


730 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 21:50:16.78 ID:6PiExiXO0
ジョン「…ほ、本当にやれるの?」

「さぁねぇ、って言っただろ」

男がジョンのほうを睨み付けてから歩く

「…あ?」

その時、何かが建物の間から光を放ったのが分かった

咄嗟に男は身を屈める、残りの二人は何が何やら、という感じだ

(…銃弾?あれは敵の麻酔弾だな)

ほんの一瞬、頭の上を通り抜けただけの弾丸を判断する

(へぇ、なんだよ、もう街が襲撃されたのに気付いたのか)

誰か優秀な人物が連絡でも取ったのだろうか

(…そういやぁ、さっき逃がした男…)

やるぅ、と指を鳴らしてから男はもう一度建物の間を凝視する

再び、何かが飛んでくる

ジョン「な、なんなんだよ!?」

「伏せないと危ないぞ、坊主」

瓦礫に身を隠した男は、しばし息を殺す

すると建物の向こう側から、兵士達が出てきた

数は5人

(少ないねぇ、偵察ならともかく敵がいるって分かってるところにこの人数とはなぁ)

呆れ果てながら、鎖鎌を構えた…その時


ジョン「だ、だからなんなんだって…」


ジョンが物陰から飛び出してしまった

無理もない、幼い少年にはこの状況、厳しかったかもしれないのだ


「!!敵か!」

兵士の一人が判断を誤ったのだろう、銃をジョンに向け、引き金を引いてしまった


ジョン「…!!!」


アイリン「ジョン!!」


731 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/04(月) 21:54:41.73 ID:6PiExiXO0

咄嗟の出来事だった

ジョンの体を、誰かが庇った

それは、アイリン、ジョンの姉だ、彼女が、彼を、庇った

肩から血を吹いたアイリンは、そのまま地面に倒れる

ジョン「ね…姉ちゃん…?」

アイリン「…ジョン…大丈夫…?」

ジョン「姉ちゃん!!」


「お、おい!!民間人じゃないか!!!」

「な、なんだって!?」

兵士達が心配そうにして、近づこうとする

が、ジョンはその兵士達に向けてナイフを翳した

「わっ!?」

ジョン「…何するんだよ…姉ちゃんになんでこんなことをした!!」

「ち、違うんだ坊や…」

ジョン「何が違うんだよ!?俺の姉ちゃんを撃ったな、姉ちゃんを!!」

「くっ、落ち着け坊や!!これは…」

ジョン「うるせぇ!!!」


(はっ、麻酔弾なんだから掠ったくらいじゃ死なないのにねぇ)

ジョンの必死さを笑いながら、男はゆっくり兵士達の死角へ回り込む


ジョン「お前らなんか…死んぢまえ!!!」

「ぼ、坊や…」



「はーい、子供の言うことは聞くもんだねぇ兵隊さん」


「…は…?」


途端に、一人の兵士の首がスパンと撥ねた

ジョンも、他の兵士も、目を見開いている

赤黒い何かが首の断面から零れ落ちるのに、全員が正気を取り戻した

「う、うわぁぁぁぁ!!!!!」


ジョン「あ…」


732 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/05(火) 08:21:17.56 ID:z4JXJ9A80
「坊主、いい顔だねぇ、そいつぁこの国の人間にしておくにはもったいないくらいの憎しみってやつでさぁ」

地面に転がった生首を、男が拾う

まるで草むらに入ったサッカーボールを少年が拾い上げるかのような、そんな自然な手つきで

「そしてこいつを殺したのはお前の殺意だぜ、お前の」

「くそっ、敵だ!!!」

半ば錯乱した状態のまま、兵士達は男に銃を向ける

しかし、そんな状況でどうして照準をしっかり定められようか

「遅いねぇ」

弧を描いた鎖鎌の刃が次に、兵士の一人の右腕をさっと切り落とす

「う、うわぁああああああああああああああ!!!!」

溢れる血飛沫に悲鳴を上げ、兵士は倒れこむ

ジョン「あ…」

「坊主、お前言ったな、俺を殺してやると、だがこれが殺しってもんだ」

ジリジリと後ずさりする残り三人の兵士には目もくれず、倒れこんでいる兵士の元へ向かう

「ゲームオーバーだ、コンティニューはあの世でな」

上から兵士に顔を踏みつける、一度、二度、三度、四度

狂ったようなそれは、正確なステップだった

「ははは!!!坊主、お前にこれが出来るのか!?出来ないだろぉ、出来ないよなぁ!!」

「み、みんな逃げろ!!!」

散ろうとする兵士の中から、まずは一人目を選ぶ

不幸なその一人目は、この三人の中で最も速く人生を終えてしまうのだ

「ターゲットロックオンってやつだね」

走り出した男の目には、周りの光景は入ってこない

ただ、獲物の背中だけが視界の中心に陣取っている


(よーし、捕まえた)

射程範囲内

鎖鎌を投げつけ、その脹脛をごっそりと剥ぎ取る

悲鳴と共に鮮血が宙を舞う



733 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/05(火) 17:16:59.00 ID:z4JXJ9A80
「ぐあぁぁぁ!!!」

ゴロゴロと転がった後も、その兵士は必死に逃げようともがいている

「楽しいねぇ、実に楽しいやぁ」

刃の片方を、男の脚に突き刺す

地面に深々と刺さった切っ先は、簡単にそこからは抜けない

地面に縫い止められた脚には鋭利な痛みが走っている

「…三人目だ」

グシャリ、という音は脚を砕いた音だ

どうしたら人間如きの脚力でそんな現象を引き起こせるのかは分からない、しかし本当に脚は砕けたのだ

「…どうだ、怖いか?」

「ひっ…」

「いい表情だ、写真に収めて高くで売りたくなるほどになぁ」

踵だったと思われる部分を地面から拾いあげ、男はそれを兵士に見せる

「見ろ、これが踵だ」

「あ…」

「ここがくるぶし、そしてこいつは小指だろうなぁ」

ぱっと手を放すと、それは再び血だまりの中へと落ちていく

「…そして、お前もこの砕かれた脚のようになる」

頭を、上から全力で殴りつける

高らかな笑い声と、頭を砕く音が不協和音を奏でている

とっくの昔に兵士は絶命した、なのに男は殴るのをやめなかった

「はははははははは!!!!粉々じゃあねぇか、あぁ!?兵士さんよぉ、お仲間がこんなことにされたのに、アンタ達は出てこないのかぁ!?」

大声で叫び散らしてから、男は走る

残りは二人、そしてそのうちの一人は物陰から頭を出してこちらを伺っていたのだ



734 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/05(火) 17:34:32.57 ID:z4JXJ9A80
「ひゃっはぁ!!」

だっと、駆け出した男は鎖鎌を振り回しその兵士を追いかける

「!」

兵士は、建物の階段を上りだした、外に剥き出しになった階段で鉄格子によって落下防止だけはされている

ただしプライベートなどを守る目的はないのだろう、結構もろい作りのようだ

「…あぁ?」

なぜこの建物に逃げ込んだのか、階段なんて後に退くことも出来ず、また屋上に追い込まれれば逃げ場さえないようなものだ

(ちっ、もしかして自暴自棄かぁ?)

呆れたように考えながらも男は走った

「…」

カンカン、と二つの足音…いや

(…三つ?)

ジロリ、と男は後ろを見つめた

しかし、自分を追ってきている影は見えない

(ってことは、先に逃げてたやつもいたのか)

彼が追いかけていた兵士の他にもう一人


(…なるほどねぇ、もしかして残りの二人とも一緒にここに来ちゃったのかなぁ!?)

馬鹿だ、と男は嘲笑った

しかし胸は高鳴る、人間は極限まで追い詰めると面白い反応をするのだ

(そうだねぇ、本拠地の場所も訊けるかもしれねぇし)

ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、男は階段を上りきった


「…き、来た…」

やはり、屋上にいたのは二人の兵士だった


735 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/05(火) 21:46:43.35 ID:z4JXJ9A80
「追いついた、ここで逃げなきゃ死ぬぜアンタ達よぉ」

「…ここで逃げなきゃ…かぁ」

兵士達は、ジリジリと後ずさりしている

「…どうせ、ここからじゃ逃げられないさ…」

手すりに背中を預けた兵士二人が下を見下ろす

ここは地上4階の高さだ、飛び降りて逃げるのも難しい

「はっはぁん、じゃあ逃げるのを諦めるのか…オッケー、なら情報提供と行きましょうか」

手を叩いた男が、辺りを見回す

見晴らしのいい場所だ、ここからなら街も一望できる

「お前達の本拠地ってのを教えてほしいんだが」

「…なに?」

「もう一度言うぞ、お前達の本拠地を教えろ」

鎖鎌は、もう射程距離内だ

兵士達の首を斬るのに5秒と掛からない

「…本拠地の場所…か」

「…そうだな…そいつを教えたら、俺達は助かるのか…?」

「もちろん、殺したりはしねぇや、俺は自分に協力する人間ってのが大好きだからねぇ」

さぁさぁ、と男が笑う

「…だとしたらお断りだ」

「…あ?」

「味方裏切って生き残って…俺達に、居場所なんてあるか!?」

銃を抜くわけでもなく、ただ兵士はそんな強がりを言う

「お断りだ、バーカ!!!」

汗をかき、怯えた様な表情ながら、兵士達はそんなことを言う

「…オーケーオーケー、分かった分かった、断るんだな、断るんだなぁ…」

なら、と男が顔をしかめる

「せいぜいこの狭いスペースでもがいて逃げるこった」



「ここがお前達の墓場なんだからな」


736 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/07(木) 09:57:16.50 ID:LgI5FH0d0

「…ここが俺達の墓場、かぁ…」

兵士の額には、尋常ではない汗が浮かんでいる

それも無理はない、もうすぐ彼らは首を斬られるか、胸を刺されるかして殺されてしまうのだから

「…でもなぁ…」

ぱっと、銃を取り出した兵士が引き金を引く

「だったらてめぇも道連れにしてやる!!!」

撃ち出された弾丸を、男は避ける

そこで、もう一人の兵士がすかさずもう一度銃を撃つ

「…へぇ、コンビネーションってやつか」

鎖鎌で弾丸を切り裂き、そのままもう片方の刃を一人の兵士へ向かって投げる

「!」

避けた兵士の足元に、男は近くに落ちていた瓦礫を投げつける

恐らくは爆風でどこかの壁の一部でも飛んできたのだろう、周りには高い建物もある

「ははははぁ!!」

スッ、とその瓦礫が兵士の足を斬りつける

「ぐっ…」

「一人ゲットォン!!!」

「ふざけんなぁぁ!!!」

パンパン、と連続した銃声、いい音だと酔いしれながら男は駆ける

「ふふん、所詮は場馴れしてないお前達の負けだっての」

肉を切り裂く音と共に、一人の兵士の脚が屋上の冷たいアスファルトに転がる

「あぁぁぁ!!!」

「…ほれほれ、お前の脚にさっきまでついてた重りですよ」

足首の辺りを掴み、男はそのちぎれた脚を兵士に見せつける

「…どうだ、感想とか文章にでもまとめられちゃうかなぁ」

「くそ…」

「でもまぁ、そんな暇もあげられないってわけだ」

刃の切っ先が、胸を貫いた

兵士の顔は、何が起きたか理解できないような、そんな悲しそうな表情だった


737 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/07(木) 18:52:05.95 ID:LgI5FH0d0
「…あ…」

「はぁい、残りはお一人様ってこったね」

ドン、と胸を貫かれた兵士のこめかみを蹴りつけ、男はゆったりと歩き出す

「…ここまで、か」

「…諦めるヤツを殺すのは面白くないねぇ、やーっぱあがいてくれるヤツがいいやぁ」

言いながらも、男は鎖鎌を握る手に力を込める

「…遺言くらいは聞いてやるぜ」

「誰にも伝えてはくれないのだろう」

「はっはぁ!!その通りぃ」

「…じゃあ、お前に伝えたいことだけ言うとしよう」

「なに?」

男はそこで気づいた、その兵士はポケットに手を突っ込んでいることに

「あぁ?」

「…お前の墓場も、ここなんだよ馬鹿が!!」

それは、手榴弾だった

一人の敵だけを殺すことに向いたものではない、どちらかといえば広範囲にある程度のダメージを与えるようなものだ

「そいつを俺に投げるのか?残念、それじゃあアンタもララバイだ」

「問題ないさ」

「なぜ」

男が顔をしかめる、鎖鎌はまだ振るわない

「…俺はな、貧困層の生まれだった、親だって貧乏だし、生まれた家は屋根さえボロボロだった」

ピンを外した兵士が、きっ、と男を睨み付ける

「クズみたいな生まれだった、明日の飯さえ危ないような…そうだ、俺の人生にそもそもの価値なんてなかったのさ」

「俺もだねぇ」

「だが、今は違う!!こうやって誰かを守りたいと思える、誇りがある、忠誠を誓える上司がいるのさ!!!」

手から放たれた手榴弾は、男の頭の上を越えた

外した、のだ

「はっはぁ、それで?手榴弾は外れた、俺には当たってない、それでどう…」

「…外れた?まさか」


ドン、という爆発音と共に、建物は一斉に崩れ始めた


「!!てめぇ、まさかこれを…」


「大当たりだこの化け物が!!」


738 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/07(木) 19:00:55.23 ID:LgI5FH0d0

(あぁ…短い人生だったなぁ…)

兵士は、瓦礫と共に地面に落ちていく

横では、既に事切れた友人が瓦礫よりも速く、地面へと向かっていた

(…でも…悪くはなかったよなぁ、邪火流隊長…)

凄まじい衝撃に、頭を揺られる

どうやら、地面に落ちたのだ、どうやら、と言ったのは彼にはもうそれを判断する余裕もないからだ

(…邪火流隊長…後のことは任せました…厄介なあの男は、もう…)

その時だった、兵士の視界はすでに横を見ていて…これは兵士の首が横を勝手に向いていたからだが…しかし、その視界のどこにもあの男の姿はなかったのだ

(…俺達よりも…瓦礫に多く巻き込まれたか…?)

首を動かす体力もない、もしかしたらあの男は今頃瓦礫の下でペシャンコになっているかもしれないのだ

それを確認できないのは、少しだけ悔しい

(…ごめんなさい、邪火流隊長…俺は、やっぱり誰かを殺してしまった…)

あの隊長なら、きっともっと上手い方法を使ってこの場を切り抜けただろう

そんなことが出来ない自分は、まだ




トンという、着地音のようなものはなんだったのか



(…!?)

横を向いていた兵士の視界に、誰かの靴の先が映った

軍隊の制服ではないそれは、あの男の…



「危ない危ない」

「おま…え…」

「いい判断だった、ビルの崩壊に俺を巻き込もうってのは賢明な判断だった、そしてそれを実行するのは見上げた勇気だった」

そして、それが失敗したのは残酷な不運だ、と

「鎖鎌ってのはなぁ、非常に便利なもんだ、よく映画のCGとかで見るだろぉ?高いところから落ちた主人公が壁に刀を突き刺して、間一髪助かるっていう…ありゃあなんの映画だったかなぁ、とにかく落下の衝撃を無くすのさ、やってみるもんだなぁ」

男の鎖鎌の刃には、土埃のようなものが付いている

兵士には、それが確認できないが



「…とりあえず、作戦失敗、残念でした」

兵士が何かを言おう、としたときにはもう、刃がその首を切り落としていた




739 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/08(金) 18:26:13.43 ID:Hb7DuCSf0

ジョン「…あ…」

「おーおー、逃げださないなんていいガキだねぇ」

ジョンとアイリンの元に、男はゆったりと歩いて帰ってきた

ジョン「…ど、どうなったんだよ」

「殺したよぉ、殺した」

ジョン「!!」

「さぁて…お前の姉ちゃんをどぉするかねぇ」

ジョン「ね、姉ちゃんを見捨てたら俺が許さないぞ!!!」

「許さない、ねぇ」

ちらっと、男はジョンのズボンを見つめる

男が兵士を殺したのを、真ん前で見ていたのだ

「坊主、漏らしてやがるな」

ジョン「!!ち、違う…」

「怖いんだろう、知ってるか?戦場じゃあ大人でさえ恐怖で漏らすことがある、ましててめぇはただのガキだぁ」

ジョンの髪の毛を掴み、ぐいっと顔の前に持っていく

「…怖いんだろ?殺すと簡単に言ったてめぇの顔は、恐怖で潰れてやがる」

ジョン「あ…」

「…坊主、てめぇは姉ちゃんを守ることも出来ない、自分の手で俺を殺すことも出来ない、教えてやろう、俺はてめぇの姉ちゃんの大切なものを奪った、無くしてしまったらもう取り戻せないものを」

ジョン「!!!な、何を盗ったんだよ!!??」

「はっはぁ!!!いいねぇ、てめぇの顔には今怒りが浮かんだ、怒りが!!!」

言いながら、男はくるりと背を向ける

「行くぞ…てめぇらをさっさと街の外まで続く道まで連れて行かなきゃならねぇ」


740 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 10:56:34.97 ID:44GbrwKs0

足の裏がジリジリと焼かれるような感覚

懐かしく、しかしあまり嬉しいものではない感覚


庄太郎「…そんな…」

庄太郎が下水道から地上へと出た時、真っ先に目にしたのは地獄絵図だった

見知った人間が、体を真っ二つにされて地面に転がっていた

虚ろな目は、炎の上がる空を見ている

庄太郎「な、なんで…」

あの男が外にいたことも気になる、だがそれ以前に、なぜここまで急激な被害が及んだ?

庄太郎(…外から、こんな被害を及ばせるだけの敵が移動してきたら…いくらなんでも、絶対に気付くはずだ!!)

庄太郎は何も、戦いのプロではない

さだのりや邪火流が自分の店に飲みに来たとき、戦いの話などを聞いただけの知識しかない

それでも、今この状況を知るのは彼しかいない



庄太郎(…待て、外から来た場合…だと?)

ではもしも、この被害を及ぼしたジェーン・ドウ達が

もしも、本当にもしもだが、既に最初からこの国にいたのだとしたら?

それはどこに

庄太郎(…!!!そ、そういやぁ、倒した敵兵は収容所に…収容してるって話だった!!)

走り出す、敵に見つからないようにするためではない、この真実を、一刻も早く伝えるために

庄太郎(ちくしょう、だったらもしその収容所から敵兵が逃げだしたら…!!)

捕まえた全ての敵兵が、一気に街中に出てしまったら

庄太郎(…こんなやり方、間違ってたんだ…!!!)

汗が流れるのは、暑さのせいか

きっと、違う



741 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 15:43:28.30 ID:44GbrwKs0
庄太郎「はぁ…はぁ…」

熱気に体力を奪われながらも、庄太郎は走る

もしも、万が一敵が本拠地に辿り着いていたら

この国は、もう終わりなのだ

女子供はどうなるのか、男達はきっと皆殺しだ

庄太郎(それだけは絶対に…)


ドン、と角を曲がったところで誰かにぶつかった

敵兵か、と一瞬背筋が凍ったがそれは違った

阿修羅「…」

庄太郎「…あ、アンタ…」

阿修羅「…お前、敵ではないな」

庄太郎「も、もちろん!!!俺はこの国の人間だ…」

阿修羅「ほう…それで、お前に訊きたいことがあるが…これは一体どういうことだ」

その男は、くるりと辺りを見回して言った

庄太郎「敵だよ!!収容所に捕えてた敵兵が、一斉に外に出たんだ!!!」

阿修羅「…」

やはりか、と男は小さく呟いた

庄太郎「や、やはりって…」

阿修羅「…あの化け物が捕まっていた時点で、ただの兵士だけが警護では足りなかったのに…」

庄太郎「な、何言ってんだかさっぱりだ!!!」

阿修羅「…それで、お前はなぜ走っていた?」

自分よりも年下なその男は、しかし庄太郎よりも落ち着いている

庄太郎「本拠地に伝えに行かなきゃならない!!!」

阿修羅「…何を?街が破壊されている、と?もう遅い、もう」

庄太郎「アンタは諦めるのか!?まだ俺は諦めないね、妹がそこにいるかもしれねぇんだ!!!」

阿修羅「妹だと?」

庄太郎「瑠璃っていう、妹だ!!」

ピクリ、と男の眉が動く

阿修羅「…お前、彼女の兄なのか」

庄太郎「!!る、瑠璃を知ってるのか!?」


742 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 15:48:55.16 ID:44GbrwKs0
阿修羅「なるほどな、だとしたら早く向かったほうがいいぞ、本拠地に瑠璃さんもいる」

阿修羅の言葉に、庄太郎はほっと息を吐く

少なくとも、街中にいるわけではないからだ

庄太郎「…アンタはどうする?逃げるのか」

阿修羅「…逃げる、だと?」

庄太郎「ここでこの国に愛想を尽かしても、何の進展もありゃしねぇ」

阿修羅「この国はなんだ?生温いやり方のせいで、結局は敵兵を逃がし、腹を抉られた」

庄太郎「だとしてもだ!!!」

庄太郎の手が、阿修羅の服の襟首を掴む

庄太郎「ここで逃げるのだけは、男のやることじゃあねぇ!!!」

阿修羅「くだらん精神論だ」

庄太郎「…お前、この国に親はいないのか?」

阿修羅「…母親が残っている」

庄太郎「見捨てるのか」

阿修羅「街に住んでいた、もう死んでるだろう」

庄太郎「…お前が見捨てたら、誰が母親を守ってやれる」

阿修羅「…」

庄太郎「分かった、金ならいくらだってくれてやる、俺の護衛になってくれよ!!アンタ、見たところ強そうだ、役に立つだろう?」

阿修羅「…断ると言ったら」

庄太郎「…力ずくでも連れて行ってやる、俺はこの国を見捨てる腑抜けは見過ごせねぇな!!」

阿修羅「…分かった、瑠璃さんの家族ならば、俺も関係がないわけではない」

男は阿修羅、と名乗ってすぐに後ろを振り返った



阿修羅「…早くしよう、もしかしたら…もう手遅れになるかもしれん」



743 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 16:05:57.16 ID:44GbrwKs0



ジョン「…なぁ…」

「…」

ジョンは、怯えた様な目で男を見ていた

その男というのは、何人もの人間を殺してきた化け物だ

それを、ジョンもよく知っている

ジョン「…姉ちゃん、まだ起きないのか?」

「…そんなに気になるか坊主?」

ニヤニヤと笑いながら、男が背中に背負ったアイリンを指さす

ジョン「…お前みたいなヤツに、姉ちゃんを任せるのが怖い」

「ははははははははは!!!!そいつぁいいなぁ、坊主」

分かってるねぇ、と

「…だがな坊主、今ここで俺がこいつを地面に放り出したとして、誰がこいつを運ぶんだ?お前かぁ?」

ジョン「だから気に入らないんじゃないか」

「…生意気なガキだな」

ジョン「…」

「…見てみろ、あそこにでけぇ木が見えるだろぉ?あそこの少し先に、街の外に出られる道があるんだ」

ジョン「…もう少しだ…」

ほっと息を吐いたのは、この場所から逃げ出せるからか

それとも、この男と別れられるからか

「…こいつも起こさないとなぁ」

どん、と地面にアイリンの姿を降ろし、男が顔を平手打ちする

アイリン「う…ん…?」

「起きたかぁ」

アイリン「!!!!」

顔を覗き込んでいた男の目を見て、アイリンは一瞬怯えた

だが、すぐにそれが敵意を持ったものではないと理解して安堵する

アイリン「…な、なに?」

「見ろ、もうすぐそこに街の外へ出られる道がある」

アイリン「!!本当!?」


744 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 17:34:33.42 ID:44GbrwKs0
「…あの先に、外へと続く道がある、そこを進め」

すっと目を細め、男が道を説明する

ジョン「…なぁ、本当にそこから逃げられるのか?」

「なんだなんだぁ、信じられないか坊主ぅ?」

ジョン「…信じられるかよ、お前みたいなの」

アイリン「…ジョン、どっちにしても私達は…そこへ行くしかないわ、ここにいたら…」

「おーおー、分かってるねぇ、その通り」

男が指差した先には、もう兵士の姿が見えている

ここで迷っていては、あの兵士達に追いつかれてしまうはずだ

アイリン「…あれって、あなた達の国の側の軍ね」

「あぁ、そうそう、見つかっても大丈夫だとは思うけどねぇ」

ジョン「冗談じゃねぇ、見つかったら姉ちゃんが何されるかわかんないよ!」

「あぁ?」

ジョン「…だってさ、お前達の国の軍隊のやつらって…女に好き勝手するんだろ?聞いたことあるんだ」

「へぇ、俺は知らなかったなぁ」

アイリン「…それはそれでどうかと思うわね、私達の国の軍も大概だけど…」

「おいおい、んなこと話してるヒマあるのかねぇ」

アイリン「…それじゃ、私達はこれで…」

「…そうだな、ここでおさらばといこうぜ」

ジョン「…なぁ、お前って…」

「あぁ?」

ジョン「本当に、さだのりを殺せるのか…?」

「あーあ殺せるねぇ、そして俺が殺されるかもしれねぇや」

当たり前のように答えた男を、ジョンは不気味そうに見つめる

ジョン「…お前って、不気味だ、俺はお前みたいなヤツ嫌いだね」

「嫌いってのはいい感情だ、そいつは憎しみに直結するからねぇぇ」


745 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 20:14:29.86 ID:44GbrwKs0
ジョン「…じゃあ、お前とはもう会いたくないな」

「そーかい、そりゃよかったねぇ」

ふん、と鼻で笑ってから、男がアイリンの方を見る

「お前も、俺と離れられて清々するだろうさ」

アイリン「…どうかしら」

「今更いい女気取る必要はねぇよ、さっさと行きな、俺の気が変わらないうちにな」

アイリン「…」

そっと、アイリンが男に近づき、キスをする

「…あぁ?なんのつもりだよ、別に命乞いなんかしなくても殺しはしねぇ」

アイリン「…悲しい人、そうやって…自分に向けられる感情全てを理解できないなんて」

「憐みなんて俺には侮辱さ、愛情だとしたらそいつは吐き気がする」

アイリン「…もし、生きていたら…あなたはどうするの?この後、自分の国に帰るの?」

「帰れるわけねぇだろ、俺は国じゃ一応は死刑囚ってやつでさぁ」

アイリン「…じゃあ、他の国に逃亡する?」

「無理だね、俺はその国まで地獄に変えちまう人間だ、どうせその程度のクソみたいな人生しか送れない」

アイリン「…それじゃあ…」

「生きて帰るつもりはない、さだのりと命を賭けた、痺れる戦いをして死ぬ」

両手を広げ、神を仰ぐように男が振る舞う

「俺はなぁ、この世の中に、神様も天使も、悪魔も、絶対者も全知全能も、いないと思っている」

アイリン「…無神論者?」

「無神論?そいつは神と言うものを認めているからこその理論だ、数学と言う概念をそもそも知らない人間が、どうして足し算を否定できる?」

アイリン「…」

「いいか姉ちゃん、この俺とアンタ達の巡り合わせは神様が決めたことなんかじゃない、俺が選んだのさ、俺がね」

アイリン「…何が言いたいの?」

「教えてやろう、俺がなんでこんな人間になったかを、死刑囚になり、国にも帰れず、人を殺すしか出来ず、泥にまみれて生きるしかなくなったかを」

あーそいつは簡単だ、男は言った



「そいつを俺が望んだのさぁ」


746 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 20:19:00.08 ID:44GbrwKs0
アイリン「…」

「俺の人生を動かしたのは運命の歯車ではなく俺の腕力ってことだ、そいつは俺が選んだ道だ、憐れまれるなんて侮辱だね」

アイリン「…そうね、ごめんなさい」

「…」

じーっと、男がアイリンの顔を見つめる

こんな汚い話をして、怯えなかった女性は彼女が初めてだった

「…お前、肝が据わってるな、いい女だよ」

アイリン「…そう?」

「…手放すには惜しいが、手に入れるには勿体ないや」

しっし、と手で払うようにして男が笑う

下品な笑みで、しかしどこか子供の様に純粋なものだ

「行きな、もうアンタ達は俺みたいな化け物と一緒にいなくていい」

ジョン「…行こう、姉ちゃん」

アイリン「…」

もう一度、アイリンが男にキスをする

「…」

アイリン「さようなら…ね」

「…あーそうだね、さようならだ」

くるりと振り返った二人が、走り出す

もう会うことはないだろう、その二人を男はしばしじーっと見つめていた

そして気づいたのは、その二人の体に、何か赤い点が浮かんでいることだ

ジョンの頭に、アイリンの背中に、赤い点が

それは、まるで、銃の照準の様な


「あーあ」



グラリ、と二人の体が揺れた



747 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 20:24:03.38 ID:44GbrwKs0

「やったか、こいつら…あ?」

兵士の一人が、倒れた二人の元へ駆け寄る

二人の手には、男が渡した腕章の様なものがあった

「おいおい、これ…内の国のもんだろ」

「マジかよ…なんでこんなところにいたんだ?」

「さぁ、もしかして旅行者だったのか?」

「そいつは運がねぇな…このガキ、即死だぜ」

ツンツン、と兵士の一人がジョンの亡骸を足で突く


アイリン「…やめ…て…」


「あ?お、こっちの女はまだ生きてるな」

「背中に当たったんだな、適当にやったから分からなかった」

「いいじゃんか、動けないくせに生きてはいる、どうせそのうちこいつは死ぬんだし」

「そうだな」

兵士達が、アイリンの服に手を掛ける

アイリン「やめ…」

「お前は、どうせこの戦争に巻き込まれて死んだ哀れな一般市民その1ってところになるのさ」

「かわいそうにな、こんな所にいたのが運の尽きだ、おま…」


「そしてこんな所を俺に見せたお前達も運の突きだぁねぇ」


兵士が声に振り帰る…ことは出来なかった

ごとり、とその首が落ちたからだ

「なっ!?」

他の兵士達は驚愕の表情を浮かべる、それもそうだろう、自分達が最近隊長として認めた男が、その兵士の首を撥ねたのだから

「な、何してんだよアンタ!?」

「そいつぁこっちのセリフでさぁ、その二人が腕章着けてるのが見えなかったのか?このボンクラが」

二人目の眉間に鎖鎌の刃を刺す

アイリンは、小さく悲鳴を上げた


748 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 20:29:16.92 ID:44GbrwKs0
「…そんなのに気付けないようなヤツぁ、俺の部下失格ってことだ」

「ち、ちくしょう!!」

残りの兵士が銃を構えた時にはもう遅かった、男の刃が血の弧を描く

転がった死体は、ジョンを合わせて6つ

生きているのは、男とアイリンだけ

アイリン「あ…あぁ…」

「不運だね、戦争に巻き込まれて死んだ哀れな一般兵達が5人ってとこだ」

アイリン「あぁ…ジョン…ねぇ、ジョン…」

ジョンの亡骸に話しかけるアイリンの目から、大粒の涙が流れる

アイリン「…どうして…どうして…」

「…悪いな、まさかこの道にまで馬鹿共がいやがったとは思わなかった」

アイリン「…ジョン…」

虚ろな目をしたジョンの顔を、アイリンがそっと撫でる

せめて、目だけは閉じさせてあげたかったのだろう

「…すまねぇなぁ」

アイリン「…あなたのせいじゃないわ…あの兵士達…この腕章を見た時に少しだけ後悔したようなセリフを…言ってたから…」

「…」

アイリンの背中の傷も大きいものだ、手当てをしなければすぐに死ぬような

しかし、ここでどうやって手当が出来るのか

「…悪いな、俺は人の命の価値ってのを誰よりも知ってるはずの人間だ、何しろそれを奪ってきたのだから」

なのに、それを救うことは出来ないと、男は顔をしかめる

「…お前も、お前の弟も、結局…俺のせいで死ぬんだな、不運だ」

アイリン「…あぁ…そうなのね…」

少しずつ冷たくなる背中に、男は何か悲しい物を覚えた

他の女なら、むしろそれに快感さえ覚えるはずなのに

「…どうする?俺が全力で走れば医者の元まで行けるかもなぁ」

アイリン「…ジョンがいない人生は…もう、何も…ないわ…」

「そーかい」


749 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 20:33:46.76 ID:44GbrwKs0
アイリン「…でもよかった、処女のまま死ぬのって…なんだか、どこかのシスターみたいで…嫌だったのよね…」

ふふふ、と小さく笑う彼女の顔は血の気がない

もうダメだな、と男は悟った

「…そいつはおかしな考えだねぇ」

アイリン「…ありがとう」

「どうしてお礼を言われるのか分からないね」

アイリン「…あなたが…私を…」

「喋るな、もう」

さようならが、こんなにも早く形になるなんて、男は思っていなかった

見てみろよ、と

自分の様な化け物が、誰かと関わりを持てばこうなるのだ

さだのりだってそうなのだ

「…なぁ」

アイリン「…なに…?」

「…アイリン、だったなぁ」

アイリン「えぇ…」

「…愛してる」

小さな声で、男は呟いた

どういう表情だったろうか、自分でも分かることはない

それを見て、アイリンは小さく笑った

アイリン「…上手く、言えるじゃない…」

「…ジョンってのはなぁ、きっと天国に行ったぜ」

アイリン「あなた…そういうの、信じないんでしょ…?」

「今から信じる、そしてアンタも行けるはずだ」

だから心配するな、と男はアイリンの胸に自分の鎖鎌の刃を突き立てた

それなのに、アイリンは恨むような表情をしない

むしろ、最後に一度、彼に口づけをして

アイリン「…待ってるわ」

そう言ってから、彼女は目を閉じた



「…さようならだ」




750 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/11(月) 21:32:39.47 ID:44GbrwKs0

庄太郎「はぁ…ま、待ってくれよ…」

阿修羅「…遅いぞ」

庄太郎の膝は笑っていた

そりゃもう笑っていた、だが今の状況で足が棒のようだ、なんて言っている暇はない

阿修羅「…お前はなぜ、そこまでしてあの鈍間な軍の連中にそれを伝えたいんだ」

庄太郎「…伝えなきゃいけないのさ、俺が…」

ぐっと顎の汗を拭い、庄太郎がまた走り出す

阿修羅「…」

阿修羅には分からない、彼には、愛国心なんて言う物がないからか

阿修羅(いや、違う)

庄太郎だって、そこまでして「国」に命を賭けたいわけじゃないはずだ

ただ、そこにある思い出、人々との触れ合いを、守りたいだけなのだ

阿修羅「…そろそろ着くぞ、冷静に説明できるように整理しておけ」

庄太郎「あぁ!!」

走る、走る、走る

こんなに走ったのは、いつだったか友人達とかけっこで競争した時以来だ

阿修羅「…ん?」

庄太郎「どうした?」

阿修羅「…街の遠くで、爆炎が上がった」

庄太郎「!?」

阿修羅(…あの方向は…)

すっと阿修羅は目を細めたが、決して脚を止めはしなかった

庄太郎「あ、あっちって…何かあったか?閑静な住宅街だったよな…人も避難してるはずだ」

阿修羅「…」

庄太郎「…?おい…」

阿修羅「いや、なんでもない、行くぞ」



751 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/13(水) 16:36:17.96 ID:gXUd6p8X0

舞子「…何か、大きな音が…」

瑠璃「…えぇ」

本拠地の中にいた、避難してきた一般市民や見張りの兵には分からない

今、外では自分達の国が、破壊されているのだ

夏美「…お母さん…」

舞子「…大丈夫、だから…」




庄太郎「みんな!!!!」


瑠璃「!!お兄さん!!!」

庄太郎「!瑠璃、無事だったか!!!!」

突然、建物の広場に庄太郎が現れた

その後ろには阿修羅もいる

舞子「…阿修羅さん、無事だったんですね…」

阿修羅「…そちらは何もなかったようだな」

瑠璃「…でも、どうしてここに…」

阿修羅「…外の状況をお前達に教えなきゃならない」

「そ、外の状況ですか?」

一人の兵がやってくる、阿修羅はその兵士を睨み付けながら言った

阿修羅「収容所に収容していたと思われる全ての敵兵が街に出た」

「!!!な、なんですって!?」

阿修羅「街は壊滅状態だ、もう火の海だぞ」

夏美「ひ、火の海…?みんなは!?」

阿修羅「みんな?お前のお友達か?顔は知らないがな、全員無事なんてご都合主義はあり得ない」

夏美「!!」

「は、早く邪火流さんとさだのりさんに連絡をしなければ!!」

兵士が通信兵に命令を出し、すぐさま邪火流達へと伝達を…




「させないよーん」




阿修羅「!!」


もう一人

突然現れた男がいた

どこから入ってきたのか、その男は、敵の中でも、最も狂ったあの男


752 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/14(木) 00:55:45.94 ID:ZAaORdEs0

「いやぁ、統率された軍隊ってのは便利だねぇ、退く時も決まって必ず本拠地へ真っ直ぐ帰る」

阿修羅「き…貴様、まさか!」

「知ってるか、鳥の巣の場所を知る方法ってのをさぁ、そいつぁ簡単で、鳥を放してやればいいのさ、馬鹿な鳥は帰巣本能でそのまま巣へと帰るんだ」

お前らだって同じだ、と男が馬鹿にする

「…ちなみに、俺が一人で来たと思ってるならそんな希望的観測を止めることをぜひともオススメしたいねぇ、俺は今軍隊の長だぜぇ、下には強奪やレイプが大好きな荒れ者も多いんだ」

瑠璃「!!」

そこで気づいた、そもそもこの男が入ってきたのになぜ一人の兵士も連絡をしに来なかったのか

舞子「…そんな…」

「上にいた見張りは全員吊るされた男状態だぜぇ、尤も生きたまんまだからヤツら、もしかしたらまだ助かるかもねぇ」

鎖鎌を振り回しながら、男がゆっくりと歩き出す

この大広間から出られる出口は、二か所だけ

一か所は男の立っている真後ろにある、大きな扉

もう一つは、阿修羅の後ろの位置にある窓

阿修羅(…まずいな)

こちらが外に出られる、ということは逆に言えば相手もそこから入ってくることが出来るのだ

そうなったら最悪だ、いきなり阿修羅は後ろを取られることになる

阿修羅(これだから地上に剥き出しの本拠地なんて反吐が出るんだ、地下に隠しておけばいいものを!!!)

「焦ってるねぇ、阿修羅くーん」

阿修羅「…焦ってるだと?震えてるように見えるなら、それは武者震いだ」

「辺りをチラチラと見ているのは?出口を探してるのか、後ろから兵が来るのを警戒しているのか」

男が、辺りをくるりと手を回して差す

「ご覧の通り、ここは逃げ場はないね、広い空間だが遮蔽物は料理を並べるためのテーブルだけ、二階は吹き抜けだがジャンプして上の通路に向かうのは難しいねぇ」

阿修羅「…ここでお前を殺せば、お終いだろう」

「それが出来ないから、他の選択肢を片っ端から俺は並べてやってんだぁ」

阿修羅「…」

奥歯を噛むと、血の味がした

阿修羅(…この男といるだけで、吐き気がする…さだのりに会った時でさえ、こんな感覚は味わわなかった)

753 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/14(木) 15:02:52.79 ID:ZAaORdEs0
「さーてさて、どうしようか阿修羅君」

鎖鎌の射程距離に、すでに阿修羅は入っている

「動くな!!」

周りの兵士は、全員男に銃を向けている

だが、発砲することは出来ない

「撃ってもいいんだぜぇ、その代わり一般市民に当たるかもねぇ」


瑠璃「!」

舞子「な、夏美!!逃げるわよ!!!」

夏美「え、あ…」


「無理だね、ここの周りはもう俺達の兵士が囲んでるんだ」

阿修羅(…なんとかさだのり達に連絡を取らなければならない…)

庄太郎(…)


「それで、どうすんのかな、降伏?それとも戦うか?どっちにしてもアンタ達の負けは決まってるんだが」

「ふざけるな!!!」

逆上した兵士の一人が、男に向けて引き金を引いた

「あーらよっと」

男は傍にいた、他の兵士の首を掴み自らの盾にする

「ぐぁぁぁぁっ!!」


夏美「!!」

舞子「な、夏美!!見ちゃダメよ!!」

夏美「お、お母さん…へ、兵隊さんが…」


「あ…」

「…言っただろ、他のヤツに当たるってさぁー」

盾にされた兵士は、胸にぽっかりと穴が開いていた

弾は貫通しているはずだ、ならばなぜ後ろにいた男には当たらなかったのか

「ダメだねぇ、弾丸ってのは日本刀でも斬れるもんだ、俺の鎖鎌でも斬れるってわけでさぁ」

ジャララララ、と鎖の音

盾にされていた兵士の胸から、今度は鎖鎌の刃が生える


瑠璃「う…!」

そこにいた一般市民や兵士達は、胸の奥からすっぱいものが込み上げた


754 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/14(木) 16:17:56.71 ID:ZAaORdEs0
「ほーら、言っただろ、誰かが絶対に死ぬもんだ」

刃の切っ先を、兵士の胸から抜いて男が全員の顔を見渡す

「…残念だなぁ、さだのりはいないのかねぇ」

阿修羅(まずいぞ…通信兵が通信をするまでの時間を俺が作らなければならない…)

「ふん、どうせまだ通信兵を使って連絡をしてはいないんだろう?焦りが目に見えているからなぁ」

そこでだ、と男が阿修羅を睨み付ける


「お前達がさだのりを呼ぶ前に、俺がここで全員を殺すとするかねぇ!!」


瑠璃「!!みんな逃げて…」


ズバン、と男の対角線上にいた兵士の頭が吹き飛ぶ

それは、鎖鎌によるものではなく…


阿修羅(!!ショットガン!?)

「はっはぁぁぁぁぁ!!!いいねぇ、弾丸噴き出て頭がドーン!!ってやつだねぇ」

阿修羅「てめぇ、どこでそれを!!!」

「どこで?知ってるだろ、このショットガン」

この国では闇取引でひそかに売られてるんだろぉ?とにやける

「…まぁねぇ、強奪の目的ってのは大きく三つ、一つ、女を犯して性欲を満たす、二つ、金を集めて物欲を満たす、そして三つ目、武器を拾って敵を殺す、その三つだ」

そして俺の行った強奪は三つ目だ、と

「…さて、それで阿修羅はどうするか」

阿修羅「…通信兵、早くさだのり達に連絡を取れ」

「!し、しかし…」

阿修羅「…ここは俺が…」

「引き受ける?やめときなぁ、お前じゃあ力不足だ」

阿修羅「…力が不足しているか、ならば頭でカバーしてやる…」

「戦略?そんなものは、力でねじ伏せてきたよーん」

刃を投げつけ、男が阿修羅に攻撃する

阿修羅「お前達は早くどこかへ隠れろ!!!」

舞子「で、でも…」

阿修羅「いいから!!!!!」

瑠璃「行きましょう、舞子さん!!!」

舞子「え、えぇ…」



755 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/14(木) 16:30:13.75 ID:ZAaORdEs0

舞子が走る、夏美の手を引き物陰へと向かう


「…阿修羅、お前は俺を何秒止められる?その剣を使い、その憎しみをもって、俺を」

阿修羅「…知るか!!!」

阿修羅が剣を振るう、目の前にあったテーブルが真っ二つに裂け、衝撃で男へと向かって飛んでいく

「…はっはぁ!!!」

一方の男は、鎖鎌をクルクルと回しそれをさらに二分する

「遅いねぇ遅いねぇ!!!まるでスロー再生の映像でも見てるかのようだなぁ!!!」

阿修羅(この野郎、今の一撃でしっかりと遮蔽物まで作りやがった…まさか、隠れながら戦うつもりか?)

目の前の男には、そんな戦法を考える頭脳はなさそうなイメージがある

「…もしかしてさぁ、俺が今遮蔽物を作って、身を隠すスペースを作ったことに驚いてるのか」

阿修羅「あぁ、お前の頭の中はウジが湧いてるかと思っていたのでな」

「ざぁんねん、この周りを兵士に囲まれた状態で、状況を整えずに戦うヤツをなんて言うか知ってるか?」

ショットガンを辺りに受けて撃ちながら、男は高らかに笑う

男を囲んでいた兵士達は、それに怯えて近づくことさえ出来ない


「そいつを人は馬鹿と呼ぶ!!」

ショットガンの中の数発が、阿修羅の横にあったワインのビンを打ち砕いた

鮮血のように、赤ワインが阿修羅の目の前に吹き上がった

阿修羅(!!しまった、視界が…)



「こんにちはー」


阿修羅(!)

声がしたのは右方向、阿修羅が避けたのは左方向

体を低く下げてとにかく攻撃を避けようとする

だが


「誰が上から鎖鎌で攻撃するなんてコマンドを選択したのかなぁん」

阿修羅「がはっ…!」


真下から突き上げられた男の拳に、阿修羅の顎が打たれた

ボキリ、と嫌な音がする

口の中で血の味が広がる

脳味噌の揺れる感覚に、頭を酔ったように踊っていた


756 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/17(日) 17:27:28.53 ID:3awRUQPb0
阿修羅「ぐっ…」

だが、だからと言って怯むわけにはいかなかった

阿修羅(ここで俺が倒れたら…誰が…!!)

無理矢理だが、脚に力を入れて地面に倒れるのを拒む

「おーおー、さすがだねぇ、100点満点なら50点だぁ、半分はよくできまーした」

そして半分は失敗の選択だ、と男は笑う

「ここで大人しく倒れれば簡単に死ねたのにな、もしかしたら生きれたかもしれねぇし」

阿修羅「…のこのこと…自分だけ生き残れ…と言うのか、お前は…」

「…お前にはこの国に尽くす理由なんてないだろうになぁ」

ショットガンの銃口は、阿修羅の頭に突き付けられた

「…それになぁ、もう今更この国を守ろうなんて思ってもしょうがないんだ」

阿修羅「どういう…」

「街の中の人間たちは死んだ、ここにいるヤツらだってそろそろ死ぬ」

阿修羅「!!お前、一般市民を…」

「殺したねぇ、でも全部は俺だって把握してない、もしかしたら俺の部下達が犯したかもしれないし、奴隷にするかもしれない」

大した興味は湧かないだろう?そう言って男は目を細める

「…いいじゃないか、負けたら何を主張することも許されない、それが戦争ってもんだ」

引き金に掛けられた指が、そっと動き出す

「…どうした、銃口はお前に向いているんだぞ?動けよ」

阿修羅(…くそが…頭がふらついて…)



庄太郎「おぉぉぉぉおおおおお!!!!!!!!」

阿修羅「!」

庄太郎が、突然物陰から飛び出す

阿修羅「お前、他のヤツらを…」

庄太郎「俺は逃げない!!この国を守るのは俺だ!!!俺達だ、俺達の国なんだよぉぉぉ!!!!」


地面に転がっていた瓦礫を、男に向かって投げつける

そんなものが、どうして屈強な男に傷をつけられるだろうか

「ダメだねぇ、そうやってうかうか姿を現したりしたらさぁー」

阿修羅「!」



757 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/17(日) 17:33:19.02 ID:3awRUQPb0
男の視線は、庄太郎の方へと向かっていた

その一瞬の隙を、阿修羅は見逃さなかった

視界はもう真っ赤に染まっている、瞼からも出血しているようだ

阿修羅(それがどうしたぁ!!!)

ふらつく脳味噌を振り絞り、銃口から体を遠ざける

「あ?」

阿修羅「庄太郎!!!!」

庄太郎「!」

阿修羅の足元に落ちていたのは、すでに事切れた兵士の持っていた銃

それを庄太郎に向かって投げる

庄太郎「ちっ、こういうのは慣れてないんだよなぁ!!!」

言いながらも、庄太郎はしっかりとした構えで銃を握った

「…」

庄太郎「眠れ!!!」

その中に込められているのは、麻酔弾

撃ちだされたそれは、男の脚へと向かった

「…それで、どーしたって言うんだ」


一瞬だったのだから、誰にも見ることは出来なかったのだが

金属音がした理由は、男がその麻酔弾を鎖鎌で両断したからであり

周りのテーブルが砕けたのは、その鎖鎌がそれらを貫いたからであり

そして、そのまま進んだ鎖鎌の刃は、偶然にも近くの物陰に潜んでいた夏美へと向かった


夏美「!!」



阿修羅「!!!!避けろ!!!!」



ジャラララ、と鎖の音は響いた




758 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/17(日) 17:38:57.19 ID:3awRUQPb0

さだのり「…」

邪火流「…」

通信兵から、連絡が来た

車両に乗っている兵士達の顔青ざめていた

さだのり「…収容所に入れていた連中が、逃げ出したそうだ」

邪火流「分かってんだよそんなこと!!!」

さだのり「…しくじったな、俺達は」

現在の目的地は、本拠地であった

それは、勝利を収めた帰還ではなく、むしろこれからが戦いの本番であるのだった

さだのり「…あの狂った馬鹿までいるそうだ」

邪火流「…舞子と夏美は…あそこにいる、瑠璃さんだってそうだ」

さだのり「…落ち着け邪火流、この車両の中で暴れても世界は何も変わりはしない」

邪火流「落ち着けだと!?俺の妻と娘が、あんな狂ったヤツらの傍に…!!!」

さだのり「俺だって、自分の友人二人が命の危険にあるんだ、お前となんら変わりはしない」

邪火流「…くそっ…」

さだのり「…もうすぐ着くさ、心配はない、どうせ…どうせ、俺が全て片づけるんだ」

「さ、さだのりさん…」

運転していた兵士が、不安そうな声を上げる

「…あの…やっぱり、俺達の方法は…間違っていたんですか…?」

さだのり「それを、どうして俺に訊く?俺は神様じゃあない、答えを知った賢者でもない」

邪火流「…間違っていたんだ…きっと…」

憔悴しきった邪火流が、手の中に顔をうずめる

邪火流「ちくしょう…これでもしもあの二人が…殺されていたら俺は…」

さだのり「…」

そんなのは、さだのりだって一緒だった


さだのり(…舞子…夏美…)


目を細めて、窓を覗くと


戦火に晒された、懐かしい故郷が見えてきた


759 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/18(月) 16:38:41.94 ID:ppKeAdpk0

さだのり「…!!おい、本拠地の方にまで火の手が上がってやがる!!」

邪火流「くそ、派手にやったみたいだな!!」

「隊長、近づきますか!?」

邪火流「無論!!!」

地面に転がった瓦礫や、焼死体をタイヤが轢いていく

不気味な物を潰す音に、車両の中にいた全員は耳を塞ぎたくなった

さだのり「…これが、俺達の知ってる戦争ってヤツだ」

小さく、さだのりが運転手やその他の兵士に教える

さだのり「…生温いやり方じゃなく、相手を殺し、武器を奪い、金を奪い、火で燃やす…それが、俺達の」

邪火流「…クソみたいな、思い出の中の話だ」

さだのり「…運転手、本拠地の周りに敵の姿は見えるか」

「み、見えます!!数にして…お、おそらく100から150!!さらに、多くの車両も!!戦車だけじゃなく、一般市民から奪ったと思われる通常の車まで!!」

さだのり(…となると、本拠地の中まで敵に浸食されているか)

腕を組み、さだのりが唸る

さだのり「…邪火流、俺とお前はすぐに中へと特攻だ」

邪火流「他の兵士達は」

さだのり「他のヤツには外を任せておけ、じゃなきゃどうしようもねぇ」

退路を作るにも、敵を攻めるにも、どちらにしろ外から崩さなければならない

さだのり(…しかしなぜだ?ここまでしっかりとした行動を、敵はなぜすぐに行えた?)

収容所から逃げたばかり、なら全員がバラバラに逃げてもおかしくない

誰かが指揮を取っているとしか、思えなかった

さだのり(…あ、あの野郎!!!!)

心当たりは一人だけ、あの男


さだのり「急げ、もしかしたら俺達が考えている以上に敵は厄介かもしれねぇ!!」


760 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/18(月) 18:18:15.64 ID:ppKeAdpk0

時間が止まる、と言うのは本当にあることなのだろう

例えば、大切に洗っていた食器を、手を滑らせて地面に落としてしまった時

例えば、目の前で大切な誰かが車に轢かれてしまう時

例えば、誰かと走っている途中で、自分が地面に転がるその途中


瑠璃「…!!」

そして、まさに、そこにいた者達の感じていた時間は止まっていた

ほんの一瞬だが、その光景を、信じることが出来なかったから


夏美「…お母…さん…?」


夏美の元へと向かっていたその刃を、舞子は、止めていたのだ

さだのりや阿修羅のように、完全に止められるわけではなく

夏美を庇い、自らを盾にすることで

舞子「…」

深々と刺さったその刃は、ちょうと舞子の脇腹を貫いていた

焦点が合わなくなった瞳が、上へとずれた

夏美「お母さん!!!」

瑠璃「舞子さん!!!」




阿修羅「てめぇ!!」

「おー、不運ってやつだねぇ、偶然、不運、奇遇、言葉はいろいろあるが、こりゃあ中々の運命を感じさせるナイスな展開だな」

鎖を引っ張り、男が舞子の脇腹からその刃を抜き去る


瑠璃「は、早く衛生兵を…」

舞子「…夏美…大丈夫…?」

夏美「お母さん!!お母さん!!!」

庄太郎「ちくしょう、衛生兵!!早く、何して…」



「衛生兵?お前達何を言ってんだよ、なーに言ってんだー?」


761 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/18(月) 18:36:20.82 ID:ppKeAdpk0
阿修羅「…この状況で、衛生兵が落ち着いて治療なんて出来る訳がねぇ…!!」

阿修羅は剣を構え、舞子から目を逸らす

庄太郎「!!お前、舞子さんを見捨てるつもりか!」

阿修羅「そうだね、俺にはそいつは所詮赤の他人だ!!」

庄太郎「!!てめぇ!!」

「それでいいじゃねぇか、それにここで俺を止めなきゃ、その女だけじゃなくてみーんな死ぬんだぜ」

阿修羅「…庄太郎、お前はお人よしすぎるんだよ」

顔をしかめながら、阿修羅は恨めしくそれを言う

阿修羅「…くだらないぞ、この憎しみの連鎖の中に、そんな優しい感情を持ち込もうだなんて!!!」

瑠璃「阿修羅さん…」

庄太郎「そんなことはねぇ!!守ろうと思えば、人は誰だって…」

阿修羅「見たか、街が燃えていたのを、閑静な住宅街が燃えていたのを」

剣を握る阿修羅の手は、震えていた

武者震いと言うよりも、それは悲しみからくる震えに似ている

阿修羅「…あそこには、俺の母親が住んでいた」

庄太郎「!!」

阿修羅「…所詮、こんな方法で誰かを守ることなんてできなかったんだ」

「…それで?どうするんだ、阿修羅くーん」

阿修羅「…」


瑠璃「夏美ちゃん、大丈夫…」

夏美「お母さん!!お母さん!!!!」

舞子「…」

舞子の顔から、段々と血の気が無くなっていく

庄太郎「ちくしょう、誰か!!誰でもいい、布を持ってきてくれ!!」

瑠璃「無理よお兄さん…この出血量を…どうしろって言うのよ…」

庄太郎「だ、だからって…」



762 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/18(月) 18:42:14.16 ID:ppKeAdpk0
「はっはぁ!!!いいねぇ、そーやって自分の大切な仲間、家族、友人、兄弟、!!そういうのを失っていく瞬間の顔ってのは、実に美しい!!額縁に入れて、どこかの美術館に飾ってやりたいねぇ!!題名は涙、ってのでどうだぁ!?」

阿修羅「…よく喋る男だな」

「いい気分だからなぁ、こういう時は話したくなるんだよ」

阿修羅「…」


夏美「お母さん!!お母さん!!!」

瑠璃「くっ…」

庄太郎「誰か…誰か来てくれ!!!」



さだのり「いやっはぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


阿修羅「!!!」

「!」


バン、と突然開けられた大きな扉

すかさず、男はそこから遠のいた


「さだのりぃ!!!」

見つけた、と男は嬉しそうに笑う

だが、さだのりはそれに目もくれず走る

さだのり「舞子!!!」


舞子「さだ…のり…?」



邪火流「舞子!!!」

夏美「お父さん!!!」



阿修羅「お、お前達…!」


「ははは!!通信兵が頑張ったみたいだなぁ、よかったねーぇ、あー!!!」


さだのり「舞子、大丈夫か」

男のハイテンションとは裏腹に、さだのりはごく冷静に舞子の体を調べる

夏美「おじちゃん…お、お母さんが…!!」

さだのり「…脇腹に喰らったのか」

舞子「さだのり…お、お願い…夏美を…」

さだのり「…邪火流、ここの医務室はどこだ」

邪火流「ど、どこって…」

さだのり「どこだ」

邪火流「ま、待ってくれ…ここにはたしかに医務室がある、だからってそこに向かうのは無理だ!!見ただろ、俺達がここに来るまでどれほどの敵兵を倒してきた!?」


763 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/18(月) 18:49:29.12 ID:ppKeAdpk0
「ほほーう、ってことは、上にいた俺の部下達をのして、その上ここまでのヤツらもぶっ倒した、と、そいつはすげぇなぁ」

拍手を送る男は、慌てている邪火流を嘲笑っているようだ

「…でもなぁ、医務室の占拠は無事完了しててなぁ、そこに行くまでにどうせそこの女は死ぬ」


さだのり「…死ぬ、だと?」

「あぁ?怒っちゃったのかなぁ、さだのり」

さだのり「あー、ブチンときたね」

夏美「お、おじちゃん…?」

さだのりが、舞子を背負う

邪火流「さ、さだのり!」

さだのり「…血が出ているだけだ、内臓は無事だということは、問題は出血を止めること」

それくらいの処置なら俺でも出来る、とさだのりが言い張る

さだのり「…」

「…俺がお前を逃がすと思うか?さだのり」

さだのり「…お前を、許すわけにはいかねぇや」

そう言いながら、さだのりは男の横を真っ直ぐと横切った

男は、それに手を出すことはしない

「…ってことはだぁ、まーた俺のところに戻ってきてくれるのかなーん」

さだのり「あぁ」

「待ってるよ」

友達が約束を交わすかのような軽さで、二人は会話を終えた


「…さってっと、いいのか?さだのりの援護に行かなくてさぁ」

邪火流を見ながら、男は呆れたように尋ねる

邪火流「…あいつなら問題はない」

「あっそ、でもここで援護に行った方が、お前が生き残れる可能性はでかいわけだがね」

邪火流「…」

「どっちみち、ここにいる連中は俺が殺すんだ、お前達とは違うぞ、生半可な処置は取らない、簡単だ、息の根を止めるという最高の解決法をもって、俺はお前達を片付けるんだからな」

邪火流「…なるほど、お前はそういう人間か」

「…それでもやるのか」

邪火流「やるとも」

夏美を物陰に隠れさせ、邪火流がきっと男を睨む



邪火流「自分の大事な妻を傷つけられたらなぁ、男ってのは怖いんだぜ」




764 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/18(月) 21:01:30.72 ID:ppKeAdpk0

舞子「…どうして…?」

舞子を背中に背負ったさだのり、彼は何も語らない、彼はいつだってそうだ

大事なことは、舞子に話すこともなく、勝手に決めてしまう

舞子「どうして、私を…」

さだのり「黙ってろ」

出血を少しでも抑えるため、さだのりは舞子の体を自分の背中にぴったりとつけさせていた

さだのり(…)


「おい、敵だ!!」

「おっほー!!女を背負ってるじゃねぇかぁ!!!」

「カモが葱背負ってきたってやつかぁ!!」


さだのり(鬱陶しいな)

飛びかかってくる敵兵を、さだのりは片手で制する

殺さないように、なんて手加減はもう考えていなかった

何人目だろうか、彼の振るった剣がまともに胸に突き刺さった

舞子「!!さ、さだのり…」

さだのり「…」

舞子「さだのり、もう…」

さだのり「黙ってろ、お前は俺の行動に口出ししちゃいけねぇ」

医務室の場所は、舞子が知っていた

それを聞いてから、さだのりはすぐさまそこへの通路を進む

さだのり「…」

舞子「…ねぇ、どうして私を選んだの」

さだのり「どういう意味か分からないんだけどな」

舞子「…どうして、夏美を守ろうとは思わなかったの」

さだのり「…守ろうと思った、だがあそこには邪火流と阿修羅がいる、それに…あのキチガイは、別に夏美に執着する理由はない」

舞子「だからって…」

さだのり「…お前は傷ついていた、それを背負って医務室まで連れて行き、なおかつ敵も倒せるのは、俺だけだった」

それだけの、簡単な理由だ、とさだのりが応える

舞子「…」

765 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/19(火) 20:35:20.73 ID:szNbNZS80
さだのり「…それに」

地面を蹴れば、そこに転がった瓦礫や人の体の一部の感触が伝わってくる

その感触に、顔をしかめることさえしない

さだのり「…お前は、俺が愛した女なんだ」

舞子「!!」

さだのり「…紛いなりにも、俺に愛情が生まれたのは…お前のおかげだった」

ざっと、脚を踏み込み急に停止する

目の前にはもう、救護室が見えていた

さだのり「…守りたいんだ」

勢いよく、脚でそのドアを蹴り開く

そこには、敵兵と見られる兵士が屯していた

「て、てめぇ!!」

「くそ、撃てう…」


さだのり「…哀れだな、お前達ってさぁ」

「早く、銃を…」


身を屈め、さだのりは走る

ベッドの上に舞子を寝かせた次の瞬間には、剣を抜いていた

敵が銃に弾倉を籠める前に、彼はその腕を切り落とす

「あぁぁぁぁ!!!」

「な、何やってんだ、誰でもいいから速く…」


さだのり「…こんな場所がお前らの墓場だ、悲しいだろ、あぁ?」

腕を切り落とした兵士の胸に、さだのりは深々と剣を突き刺す

「がはっ…」

白目を向いたその兵士の腕から、さだのりは銃を奪う

「!」

素早い動きで弾倉を籠め、他の兵士へと向ける

それと同時に、敵兵もさだのりへ銃口を向けた

「お、落ち着け…まずは、交渉といこうじゃ…」


さだのり「落ち着かない」


パン、と銃声が鳴って一人の敵兵が地面に転がる


766 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/20(水) 08:13:08.67 ID:JZxGR/tC0
「ぐぁぁぁ!!」

「か、構うな!撃て撃て!!!」

引き金を引こうとする兵士達の腕を、次々とさだのりは薙ぐ

一人は右腕、一人は左腕…利き腕が犠牲になるのは、兵士にとって致命傷だ

「がぁぁぁ!!」

さだのり「…ガチョウみたいに鳴きやがって、えぇ?」

地面を転がる兵士達は、みな多量に出血している

ほっておいても死ぬのは時間の問題だ

「くそ、助けてくれ!!ここは医務室だろうが!!!」

さだのり「お断りだ」

「ちくしょう、金か!?なんだよ、ちくしょう!!俺には生まれて間もない息子がいるってのによ!!」

さだのり「…息子、ねぇ」

ピクンとさだのりの肩が動く

舞子の傷に消毒液を塗る、麻酔も無しなため激しい痛みのはずだ、しかし舞子は何も言わない

さだのり「…大丈夫か」

舞子「え、えぇ…」

さだのり「…幸い内臓は無事だし、止血さえすれば問題ない」

包帯で適当に巻くだけだが、何もないよりはマシか

軍の設備だと、この程度が限界でもある

さだのり(…早いとこ医者に連れて行きたいが)


「くそっ…こ、こんなところで…」

さだのり「…うるさいぞ一一」

治療を一通り終えたさだのりが、兵士の一人へ近づく

他の兵士は、もう泣き喚く気力さえないらしい、絶命した者もいる

さだのり「…なぁ、悔しいか、こんなところで無様に死ぬのは」

「悔しいなんてもんじゃねぇ!!イヤなんだよ、この化け物が!!!」

さだのり「…お前達だってやってきただろ、そういう人の命をいくつ奪った」

「関係あるかよ!!俺は俺、他人は他人…」

兵士の口に、転がった銃の銃口を突き付ける

「あ…」

さだのり「これで黙るしかないだろ、教えてやろうか、俺の気持ちを」

一発の銃声と共に、兵士の頭は吹き飛んだ



さだのり「俺にとっちゃお前が他人だ、クソッタレ」


767 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/20(水) 15:31:54.49 ID:JZxGR/tC0

邪火流「…」

邪火流は、手元の剣を睨み付けていた

これで、あの男を斬れるのかどうか、と

邪火流(…こいつを…殺すことに、俺は躊躇いはない)

怒りが胸の中で、深く、深く渦巻いている

物陰に隠れている夏美でさえもが恐れてしまうくらい、今の邪火流は恐ろしかった

邪火流「…派手にやってくれたな、化け物が」

「どうせやるならド派手にやらなきゃ、死ぬヤツ全員浮かばれねぇ」

邪火流「…俺もド派手ににしてやろうか」

「いいねぇ、でも自分の娘の前でそいつを出来るのか」

邪火流「…出来るさ」

灯りを反射した邪火流の剣が、不気味に光る

それを見た男の目にも、何か怪しい光が灯った

「…言い残すことがあるなら聞いててやるぜ」

邪火流「そうかい」



一歩、たった一歩で邪火流は男の懐へ飛び込んだ

(…速いな)

一方の男は、慌てる素振りも見せずに、それを避けた

邪火流「遅い!!遅い遅い遅すぎる!!!」

一度、二度、邪火流の振るう剣は男の首を目がけてその刃を剥いた

「おー、すげぇすげぇ!!」

男の嬉しそうな笑みと、邪火流の憎しみの宿る表情

何もかもが正反対な二人の争いを、そっと物陰から見守る者達もいる


夏美(…お父さん…)

庄太郎(…まずいな、このままじゃ…)



「でもなぁ」

男の冷たい刃が、邪火流の脚の甲を貫いた



邪火流「な…」

「遅い?俺は、お前に合わせただけだぞ」

邪火流「!!」

768 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/20(水) 15:52:26.80 ID:JZxGR/tC0
「はははは!!!おいおい、気づいてなかったか!?なぜ俺がお前と距離を取っていたかを、お前の射程圏内の距離を測るためだ、それさえ分かれば、俺は近づかなければいいだけの話じゃあねぇか!!」

邪火流「!」

庄太郎「邪火流、一回退け…」

邪火流「ダメだ…」

庄太郎「!」

邪火流「退くな、俺は、臆することはなく、こいつを殺してやる!!!」

邪火流が、剣を握りしめ、男の鎖鎌の鎖を斬ろうと、振る

「…俺は、ここだぞ」

一瞬だった、男はその鎖鎌を、邪火流の脚から抜いたのだ

邪火流の剣は、鮮血を切り裂いただけだった

邪火流「な…」

男の姿は、目の前

「俺の鎖鎌の鎖を斬れば、射程距離は減る、か」

その判断は間違いだったな、と男は笑う


「俺の目が届く範囲は、ぜーんぶ射程圏内なのよ」



邪火流の目の前には、男の鎖鎌の刃があった


夏美「お父さん!!!!」


悲鳴が響く、邪火流は、どうすることも出来ない

脚から鋭利な痛みが、脳味噌に信号になって届く

動けない

この傷ついた脚では、どうすることも出来ない


邪火流「くそ…」



庄太郎「おぉぉぉぉあぁぁぁぁ!!!!!」



769 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/20(水) 15:57:13.03 ID:JZxGR/tC0
瑠璃「!!お兄さん!!!」


庄太郎は咄嗟に駆け出した

邪火流の体を突き飛ばし、地面に転がす

邪火流「ば、馬鹿野郎!!今は…」



ドスッ、と鈍い音と共に鮮血は、邪火流の額に降り注ぐ


「おー?」

庄太郎の腹から、刃が顔をちらつかせた


夏美「あ…」

瑠璃「お…」



瑠璃「お兄さん!!!!」



邪火流「庄太郎、お前!」


「…仲間を庇って死ぬか、一般市民にとっちゃあかっこよすぎる死に方だねぇー」

庄太郎「…」

庄太郎の腕がだらりと下がる

「…くっはは、ははははは!!!見てみろ邪火流、こいつぁお前の犠牲者だ!!!」

鎖鎌のもう片方の刃を、庄太郎の背中から突き出す

白い、背骨が露わになっている

「てめぇがキレて俺に突っ込まなければ、こいつは今頃ピンピンとしてやがった!!!」

邪火流「!」

「お前のミスだぜぇ、お前の、お前のせいでこいつは死んだんだ」

刃を両方とも抜き去り、男が庄太郎の体を蹴り飛ばす


転がった庄太郎の体は、反対側、外へ通じる扉の前へとたどり着いた


「んー、こいつは残念、俺の興が醒めたってやつだなぁ」




770 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/20(水) 16:01:58.82 ID:JZxGR/tC0
ツカツカと歩いた男は、庄太郎の体を見下ろした

かろうじて息はあるようだが、もう内臓も、筋肉も、皮膚もグチャグチャだ

苦しそうな表情から、段々と生気が失われるのは当然だろう

「…ほれ、どうする邪火流?今からでもこいつの仇を取るってのはどーだ」

邪火流「…てめぇ…」


庄太郎「やめろ、邪火流…」

邪火流「!!!」


阿修羅「あ、あいつまだ生きて…」

瑠璃「そ、そんな…お兄さん!!!」



庄太郎(あぁ…目が見えねぇや…)

庄太郎は、いわゆるゴロツキだった

もちろん、麻薬を売りさばいたり、銃器で人を殺したりすることはなかったが

それでも、喧嘩はよくするし、時には盗みも働いた

幼いころに親を亡くした彼は、妹を養うためか、進んで自ら居酒屋を開いたりした

同年代の友達なんて、出来る訳はない

誰もが学校に行くところを見ては、彼は涙を拭いいつも酒樽を運んでいた

そんな彼の店に、初めて訪れた同年代は、邪火流達だった

彼らもゴロツキ、なのに自分と違って楽しそうで、夢を持っている、馬鹿な5人組だった

庄太郎(…そうか)


庄太郎の掌が、男の脚を掴んだ

「あ?こいつまだ動けるのか、すげぇな」

庄太郎「…俺、さぁ…」

「…なんだよ」

庄太郎「じ、実は…隠れて銃器を売ったりとかしてたんだ、へへへ…」

「何をいきなり」


771 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/20(水) 16:06:31.91 ID:JZxGR/tC0
庄太郎「…まぁ、大抵は兵士に売ってるだけでさぁ…半ば皇帝陛下も黙認してたみたいだけど…」

「だから、なんだ」

庄太郎「…店がやられる前に…こんな、物…持ってきてさ」


庄太郎がポケットから、ブルーベリーのようなものを取り出す


邪火流「!!しゅ、手榴弾…!!!」

阿修羅「やめろ庄太郎!!!」

瑠璃「やめて!!!」


「…」

男の冷たい視線が、手榴弾に降り注ぐ

「そいつをどうする」

庄太郎「こうする」

ピンを抜き、庄太郎はニヤリと笑った

「くそが、死にぞこない!!!」

男が扉を開き、庄太郎の体を建物の外へと蹴り飛ばす

しかし、庄太郎の手は、男の脚を放さない

「!!」

庄太郎「来い、お前も、道連れだ!!!!」

死に際の力とは思えない、あまりの腕力に男の体も外へと引きずられた

「てめぇっ!!!!」

庄太郎「…」



瑠璃「お兄さん!!やめて、やめて!!!!」


瑠璃の泣く声を聞いた庄太郎は、小さく笑った


庄太郎「…瑠璃、俺は、お前を守るために生まれてきた兄貴じゃないか」


瑠璃「!!!」



庄太郎「あばよ、同郷の友よ!!!!一足先に、天国で待ってる、酒でも飲んでなぁ!!!!」




窓ガラスが割れ、建物の中を傷つけた


凄まじい爆風から一瞬して、手榴弾が爆発したのだと、全員は理解した


772 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/20(水) 17:09:39.05 ID:JZxGR/tC0

瑠璃「…お兄さん…」

邪火流「…あの野郎!」

地面を拳で叩き、邪火流が涙を流す

邪火流「俺のせいだ…俺のせいだ!!俺のせいで、あいつは…庄太郎は死んでしまった!!!」

夏美「お父さん…」

邪火流「…俺達を守るためだけに、一般市民を巻き込んでしまった…」

膝から崩れ落ちた邪火流は、ただ泣きじゃくる

瑠璃「…そんなこと、ないです…お兄さんは、私達を守るために…」




「尊い犠牲になるはずでした、ってね」


邪火流「!!」

その声に、邪火流は顔を上げた

爆発を受け、吹き飛んだ壁の向こう、その砂煙の中から現れたのは、あの男だ


邪火流「無傷…だと…」


「んー、危ないねぇ、あんな爆発、間近で受けてたら死んでたってーの」

瑠璃「!!」

男の右腕は、何かを引きずっていた

地面にズルズルと血の跡を描くのは、庄太郎の体だった

「いやぁ、手榴弾を手から放させようにも、しっかり掴んで放さなかったんだぜ、こいつ」

すげぇなぁ、と感心しつつも男が庄太郎の片方の手首を見せる

そこから先、つまり掌はない


「手ごと遠くへ飛ばさせていただきました、とさ、めでたしめでたし」


瑠璃「そんな…!!」


773 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/20(水) 17:15:44.21 ID:JZxGR/tC0
「ほれ、感動の再会じゃあねぇか、楽しみな」

ぶん、と放り投げられた庄太郎は地面に鈍い音を鳴らして落ちた

瑠璃「あ…」

既に、死んでいる

「危なかったんだぜ、本当に…さだのりでもここまで俺に死の危険を感じさせたことはなかったかもな、そいつはすげぇよ」

邪火流「…てめぇ…」

「…怒ってるのか?だとしたらどうする?俺を斬るかい、無理だね、お前じゃ」

瑠璃「お兄さん…」

亡骸を抱きしめ、瑠璃は涙を流す

「ははは!!見てみろ、お前達の散々語ってた平和的解決はたくさんの悲劇を生んだ、羨ましいねぇ、俺の国じゃこーんな素敵な光景は滅多にねぇや」

邪火流「もう一度言ってみろ!!てめぇの首を切り落としてやる!!」

「どうぞご自由に、ただしセルフサービスだ、自分でやれなきゃ諦めなぁ」

手を振りながら、男は壊れた壁から外を覗く

さだのり達に崩された兵士達の陣形も、再び整ってきている

応援がやってきたのだろう

「…形勢は、結局俺達の有利、さ」

邪火流「…」

「…今から命乞いをするなら、許してやらないこともないけどねぇ」

夏美「お父さん…」

邪火流「ふざけるなよ…庄太郎の手前、そんなことが出来るか!!」

「命を懸けるほどの友人か?そうでもねぇだろ、そんな相手なんて何人もいて堪るかってーの」

邪火流「俺のプライドを懸けるには値する!!」

「あっそ、そいつは面白いや」

邪火流「…」


阿修羅「…やめろ邪火流、お前では敵わない」

邪火流「うるせぇ、小僧は黙ってろ」

阿修羅「!」

邪火流「…殺してやる、てめぇを、俺が、殺す!!!」

「無理無理、お前さん、後ろ見てみな」

邪火流「…」

くるりと邪火流は振り返る、夏美が怯えた目で邪火流を見つめていた



774 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/23(土) 22:05:34.18 ID:Mq26Czc80
邪火流「…夏美…」

夏美「お、お父さん…」

邪火流「…」

「おーおー、こういう時にも父親を慕う、いい娘じゃーねーの」

心底感動したように、男は一人手を叩く

いや、実際に感動しているようだ

彼の今の表情には演技臭い物がない、本当に心の底から感心している

「俺はねぇ、人間ってのには正しい道へ導いてくれる人間が必要なんだと思うね」

俺がそれと全く逆の存在なだけに、と

「…父親が勇敢なら子供も勇敢になり、母親が愛を持っていれば子供も自ずと誰かに愛情を抱ける、たまーに頭のおかしいガキも現れるが、そいつは親のせいじゃあねぇ」

邪火流「…何が言いたい」

「こんな時に怯えることなく…いんや、怯えてはいるが、それでも逃げ出すことなく父親であるお前をじーっと見つめてるんだ、さぞかし勇気のある娘だね」

邪火流「何が言いたい!!俺はやめない、俺はお前をここで始末する!!!」

「…そんな親の理想像を、お前は子供の目の前で砕くのか」

邪火流「うるさい!!」

「構わないんだぜ、俺は、別にここでお前が逃げたところでどうだっていい」

鎖鎌を地面に垂らす、片方の刃が地面に当たり不気味な音を立てる

「…だがねぇ、俺は」




「人の幸せを奪うことが何よりも楽しくてな」


突然だった、その地面に垂らされた刃が邪火流の喉元へと向かったのだ

邪火流「!!」

顔を振ってそれを避けると同時に、二撃目が飛んでくる

夏美「お父さ…」

瑠璃「危ないから隠れて!!!」


物陰から瑠璃に手を引かれ、夏美は仕方なく物陰へと移動する


「んー、こうやって目の前でその憧れの親父を殺すのもありかもねぇー」




775 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/25(月) 11:10:29.14 ID:F+am94I20
邪火流「…一つ、訊きたいことがある」

「内容によっては答えられないが」

間合いを見ながら、二人はしばし動くことはしなかった

邪火流「…どうしてお前は、人をそうやって簡単に殺せる?」

「お前は、殺す時に躊躇ったことがあるか」

邪火流「ある」

「嘘だね」

地面に転がった兵士の死体に男が手を伸ばす

その目玉を抉り出し、それを口に放り込む

邪火流「!」

「いいか、お前が恐れていたのはその後の自分が、罪悪感に駆られることだ、人を殺すことそのものではないんだ」

ぷっ、と目玉を吐き出し男が笑う

「…いいか、俺にはそれはない、人間ってのは自分の後先を考える理性があるが、俺にはない」

邪火流「…このキチガイが…!」

「…なら、何が正しい行動だ?守る守るとぬかしておいて、ここさえも守りきれない、お前は正しいのか」

邪火流「…ここさえ、も…だと?」

「あれ、分からなかったのか?ここにいる兵士は、全員収容所にいた兵士だけだ、まぁ何人かは応援もいるかもしれねぇが、どうせほとんどは一度お前達に捕まったヤツらだ」

邪火流「…!!ま、まさか街には他の連中が!?」

「通信兵に言ってさぁ、これから本土から来る軍はとにかくこの国の街を破壊するように言っといた、どうせうちの馬鹿な王様は植民地にするんだから綺麗な形でとっておきたい、なんて言うだろうが」

一歩も動かないその男が、しかし喉元に刃を突き付けているようにさえ感じられる

「それじゃあ、戦争の意味がない、綺麗に保存しておきたいなら協定でも結べって話だしなぁ」

邪火流「…てめぇ…」

「…さてと、答えてやろう、俺がなぜ人を殺すのが平気か、と」



「俺にとっては、それが幸せだからだ」


776 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/26(火) 21:03:49.47 ID:COuFse3K0
邪火流「…し、幸せだと…?」

「なぁなぁ、人間には幸福を求める権利がある、そいつは大抵の国の決まりやら憲法やらで保証されてることだ」

邪火流「…」

「では、幸せとは何か、金を得ることか、愛を掴むことか、人の上に立つことか、それとも誰かを支配することか」

正確には、それらじゃあない、男は笑いながら言う

「アイデンティティの確立…人間はそれを至上の喜びにしているんだよ、自分自身が確立した瞬間に人間は幸せになったと実感する」

邪火流「それがなんだ!」

「お前、今…いや、正確に言えばこの戦争が終わるまでは幸せだっただろう?」

邪火流「…それが…」

「さだのりを裏切ったのも、お前の幸せのためじゃあないのか」

邪火流「!」

邪火流が物陰の方を見つめる

そこにいるのは、夏美だ

彼女の、本当の父親は

「…知ってるぜぇ、なんとなく予想はついた、なぜあの化け物が、そんなただのガキに拘るのか」

邪火流「黙れ!!それ以上言うな!!」

「ふふーん、お前はそうやって親として、そして旦那として生きることで自己を確立した、つまりそれで幸せを得た…俺は殺しによってアイデンティティを手に入れる、その違いだけだ」

邪火流「黙れ!!!」

剣を振りかざし、鬼のような表情で邪火流が男の懐へ入り込む

(速いな)

邪火流「死ね!!」

「おーおー、娘の前でそんな汚い口を利いちゃあダメだねぇ」

首を振って切っ先を避け、男は邪火流の脚を払う

邪火流「なっ…」

「はーい、まずは1ポイント!!!」

膝が、邪火流の顔面に突き刺さる

邪火流「ぐっ…」

鼻から溢れ出た血が宙を舞う、それが邪火流の視界を狭くしていく

「2ポイント!!!」

次は拳だ、信じられないほどに固められた拳が、彼の鳩尾を突く

酸素が、全て彼の肺から飛び出していく

「そして、こいつで3ポイント、グッナイ、おやすみ」

こめかみに、男の膝が入った


邪火流「う…」


777 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/26(火) 22:33:51.36 ID:COuFse3K0
「言っただろ、お前は、そうやっていい人間であることによって幸せを感じてるんだ」

立膝になった邪火流の真上で、男は嬉しそうに笑う

「…これで、終わりだ」

ジャラララ、と鎖の音を耳にした邪火流、しかし彼は、なぜか笑っているのだ

「…どうした、死の恐怖で頭でもおかしくなっちゃったのか?」

邪火流「…鎖鎌、か…近接での戦闘も、遠距離での戦闘も、可能な…武器だ」

「…!」

邪火流が握ったのは、男の鎖鎌、その鎖の部分

「な、なにを…」

邪火流「鎖鎌は独特な軌道を描く武器だ、弧を描くような軌道によって相手を一斉に薙ぎ払い、そして自分の元へとその刃は帰ってくる…達人ならば、帰ってきた刃で自分を傷つけることはない」

それが遠距離、または中距離ならば、と付け加えた

邪火流「こんな敵の間近で、鎖を振り回して相手の体に刃を突き立てたら…もし、相手が体を捻って避けたら?その弧を描いた刃は、真っ先に自分の喉を掻っ切るだろうな」

「てめぇ!」

邪火流「遅い」

ぐっ、と邪火流がその鎖を下に引っ張る

刃の両方共を握っていた男の体も、それに引っ張られたのだ

「しまっ…」

邪火流「そして、俺はなぜ、こうやって膝を立てているか分かるか」

「!」

加速して下がった男の顔面は、あらかじめ立てられていた邪火流の膝に強く打ちつけられる

「ぐっ…!!」

邪火流「…さっき、お前はおやすみの挨拶を俺にしたな」

のけ反った男の頭を押さえ、もう一度、自分の膝に当てる邪火流

「てめ…」

邪火流「それなら、俺は言わなきゃならない」

立ち上がり、男を遠くへ投げ飛ばしてから、邪火流は唾を吐いた


邪火流「おはよう、クソッタレ」



778 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/27(水) 16:18:39.41 ID:zGtyR6mm0

「…やるねぇ、さすがだ」

頭から血を流し、それでも男は立ち上がる

鼻を鳴らすと、真っ赤な血が何か不気味な色に変わって地面へと落ちる

「…あーいてぇな、こいつは骨にも響いてやがる…」

首を回し、顔をしかめながら男は辺りを見回す

邪火流「逃走経路でも探しているのか」

「そういうこった、だからなんだよ」

邪火流「逃がすと思うか」

「…ここで俺に手こずってていいのか?街はもう大惨事だぜ」

邪火流「お前、気づいてないのか?もうすでに街の方には、他の分隊が向かった」

「ありゃー、そうなのか、そいつはダメだな」

目の前の戦いだけで精一杯、男をそこまで追い詰められているのだ

邪火流(…いけるか)

「…お?」


さだのり「…」

さだのりが、扉の向こうから歩いてくる

背中には舞子を背負い、右手には剣をすでに握っている

さだのり「…派手にやってくれてるみたいだな、ちらっと窓の外を見たが…思ったより早く侵攻は進んでるってわけだ」

「嬉しいねぇ、こうやって戻ってきてくれて」

さだのり「お前を片付けるのは俺だけだ、クソ」

「…女の手当ては終わったのか」

さだのり「…邪火流、応急処置はしておいた、すぐに医者に連れて行った方がいいのには変わりないが」

邪火流「悪いな」

夏美「お、おじちゃん…」

さだのり「…夏美も瑠璃も…舞も無事か」

瑠璃「さだのりさん…」

さだのり「…」

地面に転がった、庄太郎の遺体をさだのりが寂しそうな目で見つめる


779 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/27(水) 17:07:00.10 ID:zGtyR6mm0
さだのり「…やりやがったな、てめぇ」

「俺の仕事はそれなんでなぁ」

さだのり「趣味がそのまま仕事になったってことか」

「そーいうことー」

さだのり「…」

背中の傷は、まだ完全には塞がっていない

舞子を背負ったことで、さらに傷口は痛みを増している

それが麻痺するほどなのだから、今のさだのりの怒りは深いのだろう

さだのり「…最後に言い残したいことは」

「と、お前に尋ねてやろうと思ってたぜぇ!!!」

二人の衝突、鎖鎌の刃と剣の刃

その二つが金属音をかき鳴らし、火花を散らせる

一歩退いたのは、男のほうだった

「ひゃぁぁははははぁ!!!いいねぇ、やっぱり締めはお前だよなぁ!!」

さだのり「はん、俺はおろか阿修羅や邪火流さえ、圧すことも出来なかった雑魚が!!!」

「雑魚?雑魚じゃないねぇ、なぜならぁ」

足元の死体を蹴り飛ばす、それはさだのり達の国の兵士だ

ポケットには、ライフルが入っている

「雑魚というのは、大海を知らない馬鹿野郎のことを言うからだ、俺は海を渡ってきてるんだぜぇ!!」

パンパン、と発砲音

辺りのテーブルを破壊した弾丸は、そのまま壁に突き刺さる

さだのり「お前ら、物陰に隠れてろよ!!!」


邪火流「言われなくても隠れてるよ!!」


さだのり「オーケー、上出来だ…」

「…おっと」

足元に転がっていた庄太郎の遺体に、男がつまずきそうになる

その頭をライフルで砕いてから、さだのりの方へと投げる


瑠璃「!!」


それを、さだのりは斬るのではなく避けた

その無駄な動きの間に、男は出口へと走る

さだのり「逃げるつもりかてめぇ!!」

780 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/06/28(木) 14:33:49.08 ID:FJ7NulEm0
「はっ…はっ…」

荒い息をしながら、男がさだのりに向けて中指を立てる

その指を、まるで誘うかのような動きでさだのりを挑発する

「来いよ、さだのり」

さだのり「…」

邪火流「やめろさだのり、今は相手が退くことが第一だ、ここでお前が行ってもしも…」

さだのり「負けたら、か?」

物陰に隠れている邪火流の方を睨んでから、さだのりが走り出す

邪火流「おい、馬鹿!!!」

さだのり「俺はなぁ、今腸が煮えくり返ってる!!イェェェアア!!!煮えくり返ってるんだ!!!」

足元に落ちていた兵士の銃を拾い、さだのりが男へ向けて発砲する

邪火流は驚いた、あのさだのりが、上手く銃を扱っているのだ

彼は、いつも剣しか扱えないと言っていたのに

「俺だって、腸は煮えくり返ってるんだぜぇ!!お前の腸をシチューにして食いでもしなきゃなぁぁぁ!!!」

バネのようにしなやかな動きで、男がその銃弾を避ける

「中指立てたの覚えてるか、あれはな、殺すってハンドサインなんだよ!!!!」

さだのり「だったらその中指で、てめぇのケツでも掘ってやがれ!!!」

二人の刃が交差する、男の鎖鎌には刃が二つ、一方のさだのりは一つだけ

「ひゃっはぁ!!貰った!!!」

さだのり「いいや、渡してないねぇ!!」

体を回転させたさだのりが、連続して刃を男へと向きたてる

男はそれを、後ろに下がるステップで華麗に避けた

「おーおー、うちの軍隊が結構やられてるねぇ!!」

さだのり「はん、命を取ってないだけマシだと思え、うちの軍隊が平和主義でしつこくってねぇ!!」

「それをお前は捨てたんだなぁ、さっすがぁ!!!」

さだのり「黙れ腐れ外道が!!!」

781 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/01(日) 21:26:21.83 ID:uWVCY4FQ0
散らばった瓦礫を切り裂き、二人はどんどんと建物から遠ざかっていく

既に二人の舞台は、月が照らす門前になっていた

邪火流「!!さだのり、外はまずい!!鎖鎌の射程がフルに活かされる!!」

さだのり「んなことは分かってんだよ!!」

額に汗を浮かべ、さだのりは一瞬で思案する

さだのり(どうする、ここはこいつの独壇場だ!!拾った銃にはもう弾丸が入ってない、それに新しい弾倉を充填してたらその間に殺される!!)

剣で戦え、というのか

この広い門前、しかも周りではまだ二つの国の兵士が争っているのだ

流れ弾に気を遣いつつ、目の前の化け物と戦う

こんなこと、さだのりだってやったことはなかった

さだのり(はは…随分素敵なぶっつけ本番だ!)

刀身を地面と平行にする

そのまま横に薙ぐと、空気と一緒に当たりの砂埃さえ切り裂かれる

だが、男の体は斬られることはなかった

ひらりと身を躱し、停まっていた戦車の上に降り立つ

さだのり「…高いところから見下ろすのが好きなんて、下衆みてぇなやつだな」

「どうして俺が高い場所が好きか教えようか」

さだのり「馬鹿だから、だろ」

「相手の必死な顔を正面から見なくて済むからだ」

さだのり「その余裕が気に食わねぇんだよ!!」

戦車へと近づき、その上の男に向けて切っ先を突き立てる

体をおかしな方向に曲げた男は、それを避けつつさだのりへと鎖鎌の刃を向ける

さだのり(やっぱりそう来たか)

分かっていた、この男はこの戦場で、さだのりに背中を向けることはないだろう

自信に満ちた今のこの化け物を、さだのりはどうにかして出し抜く必要があった

だとすれば、それはその「自信」が「慢心」に変わる瞬間


さだのり「おおぉぉぉぉおお!!」

「!」

鋭いその刃をさだのりは素手で受け止める、生暖かい感触が腕を伝い、やがて脇へと流れていくのが分かる

782 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/04(水) 09:35:37.80 ID:pet8/zMO0
さだのり(こんくらいの痛みで、俺は退くわけにはいかない!!)

放さない、手の中の刃を、決してさだのりは放さない

「てめぇ…!!いいね、掌の中がズタボロになって泣け!!!」

鎖を勢いよく、男が引っ張った

その瞬間に、さだのりは突然刃を放す

「!?」

さだのり「やると思ったんだぜ」

体のバランスを崩した男、無理もない

彼が今立っているのは戦車の上だ

「くそが…」

さだのり「高いところが好きだってな、だったら落としてやるまでよ!!!」

剣を振るう、目指すのはただ一つ、男の首だ、それを地面へと叩き落とすことだけが

しかまだまだまだまだ!!」

鎖の部分でその剣を受け止める男、今まではそうやって、さだのりや邪火流の剣を受け止めてきた




「ふっ!?」

斬れたのだ、鉄製のその鎖が、さだのりの剣によって、いや、さだのりの腕力によって!!

さだのり「もらった!!」

鎖を断ち切ったその刃は、そのまま男の首を目がけて振り下ろされる

「…仕方ないねぇ」

忌々しそうに、小さく呟いてから男が二つの刃を構える

「どうして、俺が鎖鎌を使っていたか教えようか、俺は元々、こうやって近くで戦うのを好まないからだ」

さだのり「なに?」

「近くで戦うのは、リスクが高いからなぁ」

二つの刃を交差させ、男がさだのりの剣を受け止める

今度は、剣が止められてしまった


783 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/04(水) 15:34:55.49 ID:pet8/zMO0
「…さだのり、お前もしかして油断したんじゃないのか?鎖を断ち切れたから、俺をこうやって少しでも圧すことができているから」

言いながら、男は手の中に握った二つの刃に力を籠める

五分五分…いや、むしろ圧されているのはさだのりだ

さだのり(こいつ、なんて腕力してやがる…)

さだのりは、自分の腕っぷしだけには自信があった

あの邪火流にさえも、それは負けていないと自負していた

その腕力をもってして、この男の首を撥ねることは出来ないのだ

「…もう一度言う、俺がなんで鎖鎌を使っていたか、リスクの高い近接戦闘を避けるためだ」

待て、とさだのりの脳が体に指令を送る

このまま押したまま、剣を放さず男の前に居続ければ


自分が、死んでしまう、本能の中のもう一人の自分が語りかけてきた


さだのり「!!」

咄嗟の判断だった、このままではどっちみち男を片付けることは難しい

そう思って飛びのいた一瞬後、男の振るった二つの刃が戦車を真っ二つに裂いたのだ

主砲を裂いたのならまだ納得がいく、いくら鉄製だとは言ってもその太さは剣で斬れない物ではないから

では、戦車の車両自体はどうだ

こんなに分厚い鉄の塊を、バランスを崩した体勢から、足元に刃を振り下ろしただけで叩き割って見せたのだ

さだのり「…な、なんだお前…!?」

「俺は、近接戦闘が苦手な訳じゃない、ただ効率がよく、しかも圧倒的な恐怖と無念を味わわせるのには遠距離が便利、ってなだけだ」

別にお前の腕力を恐れた訳じゃないんだぜー、そう男は吐き捨てる

「どうした、自慢の腕力が封じられたら途端に表情が絶望に変わったな」

さだのり「うるせぇ!!」

駆け抜けるさだのりと男、二人とも敵目がけて走るのだ

正面からの衝突、交差した刃が土煙を上げる


784 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/05(木) 09:02:10.00 ID:jjXovT8P0
「ほっほぉ!!」

歓喜の咆哮を上げながら、男がクルクルと回る

さだのりの剣を弾き、回りながらまだ壊れていない戦車の中に入り込む

さだのり(…なんだ?逃げるつもりか?)

「さだのり、ここは狭くて戦いにくいだろ、周りの目も気にしなくちゃならねぇや」

戦車の中、メガホンか何かを使っているのか、遮断されたはずの男の声が妙に響く

さだのり「…」

「俺は今から、国境地域に行く、分かるか?この国と、俺の国との国境地域だ」

さだのり「はん、そんなことを信じろって言うのか」

「信じたくないなら構わないぜぇ、その代わりそこに行くまでの民間人はみーなごーろし、だな」

さだのり「…」

「なぁさだのり」

キュルキュル、と戦車のキャタピラが音を立てる

動き出すのだ、と分かってはいるがさだのりには追う体力がない

「俺もお前も、化け物じゃないか、見てみろよ、この門前の前で生きてるのは、俺とお前だけだ、他の兵士は、見張りも、侵略兵も死んでいる」

さだのり「それがどうした」

「お前に、誰かを守るのは向いてないって言ってるんだ」

戦車が動き出す、巨大な壁を突き破り、それはとうとう歩道の方へと走っていく

最後に、男が言った言葉をさだのりは逃さなかった


「待ってるぞ、さだのり」




夏美「お…おじちゃん…」

建物の中に戻ってきたさだのりが、最初に見たのは夏美の怯えた表情だった

さだのり「…夏美、大丈夫か」

夏美「お、お母さんがおじちゃんを呼んで、って」

さだのり「…」

舞子は大けがをしている、今すぐに衛生兵に治療を行ってもらうか、病院へ行かなければ助からない

それを知っているさだのりは、夏美の言葉を聞いて舞子を励ましに向おうと思った


さだのり「…どうした、舞子」

舞子「…さだのり…」

さだのり(…あぁ、怯えてる)


785 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/05(木) 09:10:39.26 ID:jjXovT8P0
舞子「…みんな…死んでるわ…」

さだのり「…そうだな、生き残った連中はラッキー、ってことだ」

邪火流「…さだのり、今日は…今日は、ゆっくり休もう」

さだのり「…ゆっくり、か」

あの男は、街をすでに兵士達が襲撃していると言っていた

もしも、もしもそれが本当なら

さだのり「…ゆっくりしている暇なんて、ないかもしれない」

邪火流「なに?」

さだのり「…偵察兵を街に送ってほしい、あの男は…街に他の兵士が向かっていると言っていた」

邪火流「…それが罠だという可能性は」

さだのり「…罠?だったらここで全員を殺せるほどのあの男は、なぜそうしなかった?」

邪火流「…」

さだのり「…あいつは、人の絶望の表情、悲しみの声、怒りの拳が好きなんだ」

邪火流「…それで」

さだのり「…街中の惨劇を見せて、俺達の心が壊れるのを見てみたいんだ、あいつは」

邪火流「…分かった、偵察兵をよこそう」

近くの兵士に何かを伝えた邪火流が、舞子に再び寄ってくる

邪火流「…さだのり、夏美の方へ行ってくれないか?あいつもかなり参ってる」

さだのり「…あぁ」

夏美は、近くに転がっている兵士の死体を怯えたように見ていた

彼女には、それは非日常の光景なのだ

さだのりが子供の時とは、もう時代が違う


さだのり「…夏美、あまりそういうのを見るな」

夏美「…お、おじちゃん…」

さだのり「…随分と派手にやられたな、俺達のミスだ」


阿修羅「ミスだと?笑わせるな、平和的手段などと言っていたのはお前達だろう」

さだのり「…」

阿修羅「俺はな、この子供を守るのに必死だった、あと瑠璃さんをな」

瑠璃「あ、阿修羅さん…」

阿修羅「分かるか?この二人の命を守るには、他の命のことを考える暇なんてなかったんだ」

さだのり「分かってるさ」

阿修羅「いぃや、分かってないね」


786 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/06(金) 21:18:05.82 ID:hLO1DPVD0
さだのり「…分かっていないだと?」

阿修羅「…お前、なぜ自分達と敵の命を天秤に掛けなかった?お前だけじゃない、邪火流も、そこの兵士もだ」

周りにいる、生きた兵士全員を睨み付けて、阿修羅が訊ねる

阿修羅「…一体なぜだ、敵は殺すためにいる、守るためにいるわけじゃあない」

邪火流「…俺達は」

阿修羅「平和を作りたいだと?神にでもなったつもりか、あまりつけあがるなよ」

さだのり「…」

阿修羅「…一つ言えることはな、お前達がいくら敵の命を奪わなかったところで、敵はお前達の命なんてゴミクズほどにも思っていないということだ、ここに転がった死体は最高の証明材料じゃないか」

邪火流「てめぇ!!言っていいことと悪いことがあるだろぉが!!」

阿修羅「行っても構わないことと、断じて行うべきではないこともある」

ふざけやがって、と阿修羅が呟く

阿修羅「俺はこんなやり方、最初から反対だった、何が平和だ、平和を経験したこともないくせに理想ばかり掲げやがって」

さだのり「…阿修羅、そういう統率を乱すようなことを言うな」

阿修羅「統率?何のための統率だ?平和か、お前達の大好きな…」

さだのり「それ以上口を開いてみろ、てめぇの首を撥ねるのに俺は躊躇わない」

阿修羅「…死体を片付けたらどうだ?子供が怯えているぞ」

さだのり「…」

夏美「お、おじちゃん…」

さだのり「…夏美、邪火流とどっか静かな場所へ行ってくれ、生き残った兵士もだ!!」

「さ、さだのりさん…」

さだのり「なんだ」

一人の兵士がさだのりの言葉を遮る

「…静かな場所なんてありません、見張りも、廊下の護衛も…皆殺しです」

さだのり「…」

瑠璃「…なんて、容赦ない…」

阿修羅「それが戦争というものさ、新しい憎しみを産ませないためには徹底して敵の根を止めなければならない」

さだのり「…邪火流、俺は街中を偵察してくる、それまで夏美と舞子…瑠璃も守れるか」

邪火流「あぁ」

さだのり「…」

阿修羅の肩をどん、と押してからさだのりは街中へと向かうため、出口を通った

さだのり(…なんてことだ)

冷や汗が流れていたのは、もしかしたら故郷が滅びてしまうからかもしれない、という恐怖からだ


787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/07/06(金) 22:59:36.93 ID:RdI70uIp0
頑張れ、さだのり!!
788 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 12:34:43.38 ID:+3GqWjxm0

「あー、いってぇいってぇいってぇの」

奪った戦車、その操縦は適当に行っている

アクセルを踏めば加速するんだろう、と適当な考えだったのだが、意外とそれでは上手くいかないものなのだ

男はさだのりや邪火流に付けられた傷を摩っていた

傷口に触れるたびに、ヌリルとした液体が指に絡みつく

(おー、結構やられてんなぁ)

先ほどまで乗っていた兵士が吸っていたのだろうか、少し湿気た煙草を咥え、男がため息をつく

さだのり達との戦いで、多くの兵士を失った

それは非常に惜しいことだ、暇があれば仲間の兵士の一人や二人を殺して憂さ晴らしをするつもりだったのだが

(暇だねぇ、あぁ暇だぁ)

その時だった、変な音を立てて戦車が止まってしまった

原因は、男が適当にあちらこちらの機械をいじったからなのだが、詳しくない彼には分かるはずもない

(あぁ?)

ドンドン、と何かの機械を叩いてみるが、反応はない

「くそが」

悪態をついてから外に出る、目の前には火の中に溺れる街がある


「は、早くこっちに逃げるのよ!!」

「いいから、とりあえず火の回ってない方へ逃げるぞ!!!」

「お、おいそこのアンタ!!そんなのんびり立ってると…」


(…民間人、か)

火の手から逃げようとしているのか、男が敵だとも気づかずに近づいてくる

「お、おいアンタ!!聞いてるのか、そんなところ…」

「うるせぇぞ」

隠していた鎖鎌のうち片方の刃でその民間人を斬りつける

一瞬ぽかんとした表情の後、民間人の男は倒れた

(…いいねぇ、やっぱこういうのがいいよ)


「あ、あいつ敵か!?」

「に、逃げろみんな!!」


散り散りに逃げる人々の中から、男がまず見つけたのは子供を連れて逃げる母親だった

(そういやぁ、アイリンのヤツもああいう風に逃げてたねぇー)

にやりと笑ってから、鎖鎌を見つめる

さだのりに真っ二つに斬られてしまった、どうにも気に食わない

鬱憤が溜まっている


(晴らすかねぇ、鬱憤を)


789 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 16:55:38.41 ID:+3GqWjxm0
「た、助けて!!」

母親の叫び声に、なぜ他の一般人が耳を傾けるだろうか

彼らは武器など持っていない、見知らぬ女性が殺されそうになっているのに、何もすることはできない

「助けなければならない」のは分かっているが「助けることは出来ない」ということも同時に理解している

「や、やめて!!来ないで…」

「そうそう、女の叫び声は綺麗なんだがねぇ」

刃の片方を、女性の脚に投げつける

太ももを貫通したその刃が、地面に彼女の脚を縫いとめた

「あぁぁぁ!!!」

「お母さん!!」

小さな少女が、母親の悲鳴を聞いて泣き出す

(いい光景だ)

男には、母親なんていなかった

いや、もちろんいたにはいたのだが、憧れるべき女性ではなかった

毎晩毎晩違う男と寝て、いつも小さかった頃の男を殴っていた

女と言うのは汚い生き物で、男と言うのは性に駆られる生き物だ

彼の中では、そういう図式が出来上がっていた

そして、別にそれを憂うこともなかった、だからといって自分がなんだというわけでもない

「よぉお嬢ちゃん、お母さんを助けたいかぁ」

ビクッ、と肩を震わせた少女が恐る恐る後ろを振り返る

大きな男だ、子供からしてみれば巨人にさえ見えるのだろう

「お母さん、大好きかぁ?命を張れるか、お母さんのためにさぁ」

「た、助けて!!」

「俺は訊いてるんだ、お母さんは好きかってなぁぁ!!」

こめかみを蹴り飛ばすと、少女の体は宙を舞ってから近くの建物の壁にぶつかった

「いやぁぁぁぁあああああああ!!!」

金切り声を張り上げた母親を睨み付け、男がその脚に刺さっていた刃を抜く

「…お母さぁぁん、娘さんは大切か?あぁ?」

「お、お願い!!あの子だけは助けてあげて!!!」

「助けてあげて…だと?」

落ちていた瓦礫を、母親の頭に打ち付ける

ビチッ、という変な音と共に鮮血が宙を舞う

「それが人に物を頼む態度?えぇ?そういう時は靴でも舐めながらヘコヘコ頭下げて言うもんだろ、上司にだってそうするんじゃあねぇの?」

「ひぃ…」

「…オッケー、頼まないならその願いは却下ね」

瓦礫を、何度も少女の方へ投げつける

小さな呻き声が聞こえた後、少女の小さな体からドロリと血が流れ出す

母親は叫ぶ、男は笑う、娘はすでに事切れた


790 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 18:26:32.85 ID:+3GqWjxm0
「ほらほら、お前が頼まないから、娘が死んじゃったぜ、おい」

「い、いや…」

「…いい表情だが…お前一人に構ってる時間もそこまでないんでね」

母親の首を掴み、力づくで捻る

バキンという不気味な音を出してから、その首は力なく横に崩れた

(…この街にも、既に俺達の軍は来ているはずだ)

くるりと辺りを見渡す、少し離れた場所の上空には既に煙が上がっている

侵攻は予定通りに進んでいる

(…今回の戦争の何がよかったって、舞台がこの国だったことだよなぁ)

もしも自分の国で起きていたら、彼はここまで派手に殺しをすることは出来なかった

少なくとも、自分の国の者を巻きこんだらすぐさま捕えられてしまうから

(…だがまぁ、ここは最高の狩場ってわけだ)


「隊長、ここにいたんですかい」

ニヤニヤと笑いながら近づいてくるのは、男の国の兵士だ

隊長と言っても、別にこの男は正式に定められた隊長ではない

ただ、既に元々の隊長は死んでしまったため、彼が急遽指揮を執っているだけなのだ

「…どうした」

「街の侵攻は順調、女達は捕まえましたがどうしますか」

「捕まえた?」

「あ、あぁ…安心してくださいよ、無力です、武器もなければ通信機さえ持ってない、ただの無力な…」

「お前、何か勘違いをしてないか」

「は、はい?」

男がその兵士のポケットをまさぐる、中には小型の手榴弾や銃弾がある

「武器なんてのはなぁ、こんな所からでもいくらだって調達できる、それをもしも隠し持っていたとしたらどうだ」

「そ、それは…」

「…脱がせろ」

「は?」

「その女達は全員脱がせろ、なんなら犯せ、俺達に刃向う気力も無くすくらいに」

つまらない、そういった素振りで男が指示する

「い、いいんですかい!?」

「嬉しいだろ、お前らだってくっだらねぇ軍の訓練だなんだで日頃は遊べやしねぇんだろ」

「そ、そりゃそうですけど…」


791 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 18:32:42.95 ID:+3GqWjxm0
「なんだ、罪悪感でもあるのか」

「そ、そうじゃなくて…その間に、敵軍がやってきた場合ですよ」

「来ない」

「…はい?」

「来ない、敵は、来ない」

「…」

兵士の顎に、汗が伝う

目の前の、元はと言えば収容所に入れられていた犯罪者は、何を言っているのか

「…来たら俺が殺す、そうだねぇ、それがさだのりだったら俺は最高に嬉しい、邪火流や阿修羅でもいい、もしあの邪火流の妻が来たら、犯して殺す」

「あ、あの…それじゃ、俺も隊長も、捕えた女達の所に行きますか?」

「あぁ行くね、そして跳びっきりの下衆な行動をする、それで相手を逆撫ですればいい」

「!そんなことしたら、俺達は殺され…」

「ない」

兵士に爆弾や銃弾の貯蔵庫の在り処を訊ね、男がそこを地図で確認する

尤も、その地図と言うのは元々この街中に備え付けられていたもので、既に地面に倒れているのだが

「…俺達の本国からの支援も、ちゃんと届いてるな?」

「は、はい」

「…よーし、じゃあ行こう、女を犯すのは好きか」

「ま、まぁ」

「…だったら歌おうや、これから俺達は女の花園へ帰れるんだ、大声張り上げて歌おうぜ」

訳の分からない歌を歌いながら、男は歩く

道ですれ違った民間人は、一人残らず殺される

例えばその刃で、例えば銃で、例えば手榴弾で

中には地面に顔を叩きつけられ、目玉がゴロリと転がった者もいた

「いーい気分だね、こういう時には俺は神様に感謝したくなるぜ、無神論者なのに」

パンパン、と手を二回叩いてから男が笑う


「アーメン、貴方の元に子供達の魂が還りましたってねぇ」



792 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 19:23:35.13 ID:+3GqWjxm0

「…」

恐ろしい男だ、兵士はそう思いながらも何も言うことは出来なかった

この男…彼らの国では、恐らく名を知らない者はいないであろう殺人鬼なのだ

名前、というのは一応あるらしい

彼が母親から呼ばれていた名前、男は自らそれを名乗ることはなかった

戸籍もないほどの貧困街の生まれで、周りに聞き込みを行った警察がやっとこさ名前だけに辿り着けたらしい

ニュース番組では散々聞かされた名前だし、恐らく週刊誌を開けばたまにこの顔写真も載っていることだろう

何より、彼が行った殺人の手段が、あまりにも残酷なもののため、一部では彼に関する記事や書物などに年齢制限を用いるべきと言う意見もあるほどだ

「…た、隊長…」

「なんだよ、お前も殺したいのかぁ?」

「い、いえ…」

そんな男に、敬語を使うのもどうかと思うが、しかし今は敬語を使わなければならない

この男は少なくとも、前の隊長なんかよりはよっぽど自分達の利益になることをしている

頭がきれるのだろうか、作戦も非常に上手く、まさかあの収容所から脱獄して、更に敵国にここまでの壊滅的なダメージを与えるとは思わなかった

「…その、人を殺すことに飽きることとか…ないんですか?」

「…飽きる?」

ぽかんとした表情、こういう殺人鬼でも普通の人間と同じなのだな、と驚いたすぐ後

男は街全体にも響きそうな大声を上げて、笑い出した

「飽きる!?飽きる訳ねぇだろぉ、殺しても殺しても飽き足りないねぇ」

「…」

ゾゾゾッ、と背筋が凍る

もしかして、この男と二人でいるのは危険なのではないか、と

「…お前、名前はなんていうんだ?んー?」

「…メ、メルビンです…」

「オーケー、メルビン…そこに一匹の猫が見えるな、分かるか?」

「…は、はぁ」

男が指差した先に、瓦礫の上を器用に歩く猫がいた

よたよたとした歩き方だ、怪我をしているのだろうか

「…あれを、殺すとしたら、お前はどういう方法を選ぶ?」

「こ、殺す…ですか」

793 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 19:33:50.92 ID:+3GqWjxm0
殺すことが前提、その時点でこの男はどこか狂っている

「…そうですね…こ、こう…銃で頭を撃ち抜いたり…」

「ほう」

「…瓦礫か何かで、頭を殴ったり…」

「そこまででいいや、お前の答えは概ね普通の人間と同じだ」

指を振りながら、男は続ける

「俺はね、まぁ…水の入った樽でも見つけて、その真上に縄で吊るすかなぁ、溺れるのが先か、力尽きるのが先か、分からないけど」

「…」

殺すのを楽しみたいのだろうな、メルビンは怖くなってきた

「…だが、猫や犬などの動物を殺しても…楽しいとは思わない、なぜか分かるか?」

「…は、反応が同じだから」

「ザァァァァッツライト!!そうそう、どうせ自分を守るために自己防衛に走り出すだけだ、それ以外の反応なんてほとんどと言っていいほど、ない」

「…」

「でも人間は違う、十人十色、千差万別、星の数ほど足掻くものだ」

この男がそう言うと、非常に信憑性がある

一体、どれほどの人間を殺してきたのか

「…自分の命を惜しんで、誰か別の命を差し出すやつ、諦めて神様に祈りだすやつ、気が狂って訳の分からないことを言い出すやつ、子供だけは助けてくれと懇願するやつ…いいよねぇ、バリエーションが豊富だ」

「…そ、それで…飽きが来ない、と」

「そうそう、分かるじゃないの」

猫を口笛を吹いて、男が近くに呼び寄せる

殺すのか、とメルビンは一瞬驚いたが、そんなことはなく、ただその猫の頭を撫でるだけだった

「俺はなぁ、動物は割と好きなんだ、貧困街では他の子供達が猫とか犬とか殺して遊んでたが、俺にはそれが人間だった」

そっちのほうが質が悪い、言えないのだが、メルビンは吐き気を覚える

「…と、とにかく…急ぎましょう、俺だって女を抱くのは楽しみなんでさぁ…」

「…わかったわかった、急ぐとするか」


一緒に歩きながら、ふとメルビンは考えた

この男、結局はなんのためにこの戦争に参加したのか、と


794 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 23:17:07.90 ID:+3GqWjxm0
「…あ、あの…」

「まだ何か訊きたいのか?お前、俺みたいな人間の何を暴こうって言うんだ」

隣を歩いていた男が、ここにきて初めて不快感を露わにする

「そ、その…あなたは何のためにこの戦争に…」

「何って?殺すためだよ、憎しみをもって俺を見つめさせるために、そうして反抗してきたヤツらを完膚無きまでに葬るために」

唾を吐いてから、男が答えたのはシンプルなものだった

「…それにさぁ、こうやって俺は国の英雄になってるんだぁ、殺しだけで、俺は、あの白い目で見てきた一般人を、見返してやれる」

「…ま、周りの目とか気にするタイプだったんですね」

「あぁ、気にするねぇ、一度英雄になった人間がもう一度殺人鬼になるなんてさーあ、なんて素敵な物語って思わないかぁ?」

メルビンはまた吐き気を覚えた、この男とは、何を話していても恐ろしい

「…あ、あの…」

「…静かに」

「?何かあったんですか…」

「静かにって言ったのが聞こえないのか?その顎切り落とすぞ」

男は近くの地面を見つめ、なぜかそこを避けて通りだした

「…あ、あの…」

「地雷だ、恐らくは遠くから爆破することも出来る、操作も可能なタイプだな」

「!?ど、どうして分かったんですか!?」

「どうして分かったか、だと」

見ろ、そう言って男が指差したのは地雷があると言った地面だ

「ここだけ瓦礫がなぜか不自然に除けられている、そして周りにはその代わりに瓦礫が無造作に積み上げてある」

「は、はぁ…」

「ここに何かがあるのは明確だ、埋められているならそれは二つしかない、遺体か、地雷か」

「…そ、それで…」

「…音が聞こえた、何かのスイッチが入るような音だった」

「…え…」

たっ、と男が突然走り出す

呆然としたメルビンを残し、少し離れてから男は笑った、馬鹿にするように

「それは、遠隔からも操作できるもんだって説明しただろ、そして、そのスイッチはさっき押された、俺が聞いたのはその音だった」

「!!」

メルビンは焦り、そして走ろうとした

足の裏が、何かを踏んだ、堅いものだ、そして、スイッチのようなものだ

それは何か

それは

「いくつかヒントをやったのに、そこを退かなかったのはお前のミスだ、だからてめぇがケツを拭え」

男の笑顔に、メルビンは何かを叫んだ

叫んだのだが、それと同時に彼の体はちぎれて飛んだ

内臓が辺りに散らばる、男の脚元には肝臓が飛んできた

「…まぁ、こうも粉々になったらケツも何もねぇなぁ」

鼻を鳴らしてから、男は歩き出す

795 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 23:27:53.78 ID:+3GqWjxm0

「…見つけた見つけた、まーた背中向けて走ってるねぇ」

男の後ろには、幾つもの死体が重なっている

民間人だ、老若男女の区別はなく、みな平等に殺している

「…俺が見つけたんだ、もう逃げられないぞ」

地面に落ちていた銃を拾い、男がそれを逃げている少年に向けて撃つ

悲鳴を上げてから倒れた少年は、恐らく15、6くらいの年齢だろう

「…今思えば、地面に銃が落ちているのはおかしいなぁ…これはうちの軍のじゃあねぇ、つまりここには、一応この国の兵士達も来ていたってわけだ」

その銃が落ちている、ということは

(はっ、負けたってかぁ!自分達の国も守れずに散る気分はどんなに爽やかだろうねぇ)

こいつは使える、と男がポケットに銃をしまう

スキップにも見えるような嬉しそうな進み方で、あっという間に少年の元にたどり着く

「う、うあぁぁ…!!」

「よーお、お前、不運ってやつだねぇ、もう少し走れば俺から逃げられたのかもしれねぇのにさーあ」

「うあぁぁああ…」

「…あ?」

男が不審に思って、その少年の顔をよく見つめる

そこで気づいたのだが、少年の口にはなぜか穴が開いていた、血が溢れだしている

(…銃弾なんて小さなものじゃあない…こいつは、槍か剣で突き刺されたものだ)

声も出せないほどの傷、それは見ているだけで吸い込まれそうなほどにどす黒かった

「…なるほどねぇ、瀕死の重傷からどうにか逃げられた、そう思ったらそこに俺がやってきた、と」

「うあ…」

「…瀕死の重傷を負わせたのは、うちの軍か?首くらいなら振れるだろ」

首を縦に振る少年を見て、男が満足げに笑う

「…うちの軍から逃げるなんて、素敵だねぇー…あぁ素敵だ、お前、面白いなぁ」

「あ…」

「…お前はどうせ生きられない、その傷の出血は…もう止まりはしない、応急処置も出来ない」

「あぁ!!」

「…ここで死ぬのがいいんだろうが…ちょーっとだけでも命を伸ばしてやる、俺はお前を殺さない」

言いながら、男は手榴弾を取り出す

先ほど、メルビンからくすねていたものだ

「…その代わり、お前には殺してもらう、誰をかって?誰かをさ」

ぐっと男が刃を、少年の腹に突き立てる

「おぁ…」

「…お前は動く手榴弾だ」

そして、その傷口に手榴弾をねじ込む

そこはちょうど腸のある辺りか、無理矢理に手榴弾をねじ込み、男は高らかに笑った

796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/07/08(日) 23:28:16.46 ID:sCFs3wtBo
メルビンがどうしてもメルヘンに見えてしまう
797 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 23:34:19.12 ID:+3GqWjxm0
「うぁぁぁああああ!!!」

激痛によるのか、それとも体に手榴弾を植え付けられた、という恐怖によるのか

少年は気が狂ったように叫びだした

「怖いだろぉ、そうだろうな、いつ木端微塵に砕けるのかは分からない」

ちなみにそのピンは、誰かがちょっとでも刺激を与えれば外れちまうんだ、と男は笑う

その途端に、少年は大人しくなった

「いい子だねぇ、そうやって大人しくして死ね」

じゃあ元気で、と伝えてから男がまた歩き出す

街には死が広がる



さだのり「…ひでぇな」

眉を顰め、さだのりが呟いた

戦車の中から顔を覗かせるだけだ、敵がいれば戦っていたかもしれない

しかし、街中にはもう、敵はいない

転がっているのは民間人の遺体ばかりだ

それも、中には信じられないほど残酷に片づけられたものもある

銃で撃たれた、なんてものは当たり前の死に方だ

ではいったい誰が、死体の中にカラスの死骸をねじ込んだり、それぞれの四肢を壁にぶら下げて文字を作ったりするだろうか

さだのり(あいつだ)

心当たりは、一つしかない

あの、気の狂った男だ

さだのり「…運転手…ここももうダメだ」

「…し、信じられない…」

さだのり「…」

顎をかちかちと鳴らしている運転手、しかしそれも無理はない

さだのり(…俺だって…本当なら泣き叫びたい気分だ)

突然、戦車の中に取り付けられていた通信機が鳴り始める

「は、はい…こちら…あ!?」

さだのり「ん?」

運転手が突然、驚いたような声を上げた

さだのり「おいどうした…!?まさか本部に何かあったんじゃねぇだろうな!?」

「ち、違います…こ…皇帝陛下からの…ちょ、直接通信です…」

さだのり「…あのジジイから…だって?」


798 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 23:41:35.67 ID:+3GqWjxm0
替われ、と有無も言わさずにさだのりが通信機をふんだくる

ベッケンバウアー『…聞いておるかね』

さだのり「イェア、こちらよく聞こえてる」

ベッケンバウアー『!!お主、さだのりか!?』

さだのり「久しぶりだな、老いぼれ」

ベッケンバウアー『…帰ってきているとは聞いていたが…まさか、その車両に乗っているとはな…』

さだのり「それよりよ、今この国がどうなってるか、知ってるんだろ?」

ベッケンバウアー『…あぁ、知っているとも』

通信機の向こうから、非常に辛そうな声が聞こえる

そもそも、平和的な解決を求めたのはベッケンバウアーだった

その本人が、今回の結果を一番憂いているのだ

さだのり「…ベッケンバウアー、俺はこれから敵軍を殺しに行く」

ベッケンバウアー『…』

さだのり「俺は、ただ了承が欲しい」

ベッケンバウアー『…この国では、殺人は重罪だ』

さだのり「そんな法律での話はどうだっていいんだよ!!」

ベッケンバウアー『…』

さだのり「俺が訊きたいのは、お前は腸が煮えくり返っていないかってことだ、俺が訊いてるのは、お前は自分の仲間達が殺されたのに笑ってステーキを食えるような人間だってことだよ!!」

ベッケンバウアー『…』

さだのり「…俺はな、ただ、お前に確認したかった…お前は、まだ、それでも平和を求めているのか、と」

ベッケンバウアー『…ワシは、まだ信じている…人はいつか、必ず憎しみを乗り越えられる、と』

さだのり「…いつか…か」

今はまだその時ではない、だとすればその障害は誰かが取り除くものだ

さだのり「…了承を、俺がやりたいのは殺しじゃない…ただ、仇を取りたいんだ」

ベッケンバウアー『…』

さだのり「頼む」

ベッケンバウアー『…わかった』

さだのり「助かる」

それだけだった、通信を切って、さだのりは運転手に「街中に行け」と伝えた


さだのり(…それでいい…俺は、土台を固めてやる…上を行くのはお前だ、ベッケンバウアー)

799 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/08(日) 23:51:03.93 ID:+3GqWjxm0
>>796 まぁぶっちゃけ、メルビンはメルビン・アンソニーから取った名前という適当な付け方ですし、メルヘンでもいいかと


「…」

街中を歩いていた男が、ある場所にたどり着いた

そこは、アイリンとジョンが死んだ場所だった、いつの間にか適当に進んでいると、そちらに来ていたのだ

(…)

既に二人の遺体は瓦礫に隠れていたが、男はそれを外へと出した

(…アイリン、か)

顔はまだ、綺麗なままだ

美しい、という表現でしか表すことは出来ないが、とにかくアイリンは美しかった

「…お前は、馬鹿だった、俺みたいな男に処女まで奪われて、かわいそうになぁ」

そう言う男の顔は、安らかに笑っていた

なぜだか、今の彼は本当に「安らいでいる」表情だったのだ

(…だが…俺は、これから行かなきゃならねぇ場所がある)

女を捕えた場所?違う

敵の本拠地?違う

(…さだのりは来るか)

国境

彼が、さだのりと待ち合わせをした場所だ

今からどれほど待つことになるのか

1時間?1日?もしかして、1年かもしれない

それでもいいのだ、男はただ、戦いたかった

(…お前も哀れな女だよな、あれほど俺には優しくしたのに、俺の心にはそれほどお前との思い出はない)

ジョンの遺体には目もくれない、ただ、アイリンの遺体の前でしばし彼は立ち止まっていた

(…)

どうすればいいものか、考えてから男はその遺体を埋葬することにした

地面に穴を掘る必要なんてない、既に爆撃でそこかしこに穴が開いている

(…お前はこの国が嫌いだったみたいだが、ここがてめぇにとっての眠る場所だ)

笑ってから、男がアイリンの遺体をその中で一番深い穴に放り投げる

そのあと、周りの砂を恐ろしい速度で掛けていく

(…お休み…か)

母親に言うのだ、とか父親に言うのだ、とか周りの人間が言っていたが、彼はそれを初めて心の底から思った

(…いい夢を見ろ、そして俺のことは忘れてたらいいな)

10分もしないうちに、地面は平らになっていた



ジョンの遺体を一度だけ見てから、男は再び歩き出す

国境地域へ


800 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 09:42:50.43 ID:2Pe3/QIB0


さだのり「くそ・・・街の中心地に近づくほど・・・被害は増してやがる・・・」

少し前に、街を見回った時もこれほどではなかった

第一、転がっている死体の数が増えすぎている

「ど、どうします・・・?まだ敵が近くに潜んでいる危険性は・・・」

さだのり「ないだろうな」

さだのりは断言出来る、ここまで完璧に敵を殺せたのなら立ち止まる理由がない

さだのり「・・・急がないと・・・被害は広がるばかりだ」

「ま、まさか・・・こんなにひどいことになってるなんて・・・」

さだのり「・・・」

キャタピラを回す度に、仲間達の遺体を潰さなければならない

それが気持ち悪いのだ、この前まで明るく生きていた人々なのに

さだのり「・・・吐き気がするな、なんて忌ま忌ましい気分だ」

「・・・今のところ、生存者は・・・」

さだのり「無し、だな」

彼らがここに来た理由の一つは生存者の回収だった

だがその責務は、まだ一度も成功していない

誰も、無事ではいられなかったのだ

さだのり「・・・あいつだ」

「あ、あいつ・・・?」

さだのり「あの野郎が関わってる・・・!」

国境地域に向かうまで、あの男は死体の山を築き上げるつもりだ

まるで道に迷わないよう、賢い旅人が歩いた道にパンを撒くように

さだのりが自分自身の所まで一直線に来られるように、死体を転がしているのだ

さだのり「ナメやがって・・・腐ってやがる」

「・・・!さ、さだのりさん!あれ!」

さだのり「ん・・・?」

戦車を止める、視界の先に一人の少年の姿が見えたからだ

さだのり「生存者か」

「よかった、生きている者もいるんだ!」

喜んだように叫んで、運転手が外に出る、もちろんさだのりもそれに伴う

「君!無事だったのかい!?」

運転手が近づこうとしたその時、少年が突然奇声を発した

「うー!」

さだのり「な、なんだ・・・?口に穴が空いてる・・・」

「ひどい・・・敵にやられたのか?」

「うー!うぁぁ!」

必死に首を振り、少年は何かを伝えようとしている



801 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 09:43:44.14 ID:2Pe3/QIB0
さだのり(・・・なんだ・・・?俺の本能がこの少年は危険だと叫んで止まない)

「さ、錯乱しているのか・・・もう大丈夫、我々は君を保護しに来たんだ」

「うぁ!」

とうとう少年は手足までバタバタさせる

近付いてほしくない、そんな風にさえ見える動きだ

さだのり(・・・なぜ近付いてほしくないんだ?)

さだのりは少年を観察した、怪我を負っているのは目に見える

これほどの怪我なら、普通はすぐさま治療して欲しいはずなのに

さだのり(近付かれたら・・・何かあるのか)

何か

例えば、自分の近くに敵が潜んでいる、とか

さだのり(・・・いや・・・気配はしない、これはなんだ・・・?)

「とにかく、ついて来てくれ」

兵士が腕を伸ばす、少年を抱き抱えようとしたのだ

「んー!あぁぁぁ!」

首を振る、駄目だ、そう伝えようとしている

必死すぎる、これは他人の命が関係している時の反応ではない

こんな必死な反応は、自分の家族、愛人、もしくは

さだのり(自分の命が懸かってる時にするものだ)

少年は、命を狙われているのか?

もう一度、さだのりは注意深く少年の体を見回す

口に穴が空いている、剣で刺されたような傷痕だ、銃弾によるものではない

さだのり(・・・?腹にも穴が空いてるな)

こちらも、やはり剣でえぐられたような傷痕だ

さだのり(・・・傷痕・・・)

さだのりは、じっと見つめた、傷痕の中から顔を覗かせるのは赤黒い液体と

さだのり(・・・なんだ・・・?あの光っている金属片・・・)

そして気が付いた、金属片なんかではない

そう、敵は

上でも、右でも、左でも、ましてや下にいるのでもなかった


さだのり(な、中だっ!!!)



802 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 09:44:11.75 ID:2Pe3/QIB0
さだのり「そ、そいつに近付くな!離れろ!」

「え・・・?」

ぎゅっ、と兵士が少年の体を抱き抱えたのはその瞬間だった

さだのり「しまっ・・・」

カチッ、と不気味な音が響いた

小さな音だった、しかしさだのりも兵士も少年も、その音を聞き逃さなかった

さだのり「逃げろ!」

「!」

少年の体を放り投げ、兵士が走る

少ししてからだった、少年の体の中で手榴弾が爆発し、その体を内側から引き裂いた

さだのり(なんてことを・・・!)

内臓と四肢が飛び散る、鮮血は高く舞い上がって近くの建物に不気味な紋様を描いた

「な、なんて・・・なんてむごいことを・・・!」

さだのり「こんなことを平気でやれるヤツは悪魔だ・・・そして悪魔は一人しかいねぇ!」

行くぞ!と叫んださだのりが戦車に乗り込む

怒りは既に頂点に達している

さだのり「何やってる!急げ!」

「は、はい!」

さだのり(まずい・・・非常にまずい!)

キュルル、と音を立てたキャタピラが少年の右腕らしき物を潰した

気にはしていられない、今はただ進まなければならないのだ

さだのり「おい運転手!この通信機、どうやって本部に繋げられる!?」

「そ、そこのダイヤルを・・・本部ですから、653に合わせれば・・・」

さだのり「くそ・・・最悪だ、なんてこった・・・こんな悲惨な状況を伝えなきゃならないなんて!」

ガチャリ、と通信機が音を立てた

さだのり「こちらさだのり!聞こえるか!?」

邪火流『こちら邪火流!』

さだのり「邪火流か!ちょうどいい、通信が始まったらまずはお前に伝えるつもりだった!」

邪火流『何があった!?』

さだのり「最悪だ、街中は壊滅状態・・・今のところ、生存者は無し」

邪火流『な、無しだと?一人くらい見つからなかったのか!?』

さだのり「ダメだ、敵は容赦ねぇ・・・気になったのは若い女の遺体が少ないことだが、どう思う」

邪火流『!なんて悍ましいことを・・・!』


803 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 09:44:38.56 ID:2Pe3/QIB0
さだのり「・・・とにかく、このままじゃかなり打撃がでかい・・・」

邪火流『・・・避難が済んでいなかった地域には・・・合わせて三万ほどの一般人がいた・・・!ちくしょう、それがほぼ全滅だと!?ふざけやがって!』

さだのり「辛いことだが事実なんだ」

邪火流『これで・・・お前は無事か』

さだのり「今はな、だがいつやられるかは分からない」

邪火流『いや・・・お前はやられないだろう』

さだのり「・・・俺はこれから、中心地に向かう・・・恐らく、そこが被害は最大だろうな」

邪火流『・・・中心地、か・・・避難はほとんどは完了していた地域だが・・・それでも逃げ遅れた人はいる』

さだのり「逃げ遅れた・・・か」

邪火流『・・・さだのり、夏美が替わりたいらしい』

さだのり「なに?」

邪火流『さっきから俺の腕を引っ張って離しやしない』

さだのり「・・・俺も、声を聞いて安心したい」

邪火流『替わるぞ』

次に通信機から聞こえた声に、さだのりは心から癒された

夏美『おじちゃん!』

さだのり「夏美か・・・どうした」

夏美『おじちゃん、大丈夫!?』

さだのり「あぁ大丈夫だ、ピンピンしてる」

夏美『よかった・・・よかった・・・』

さだのり「・・・舞子はどうだ」

夏美『お母さんももう大丈夫、治療してもらったから・・・』

さだのり「・・・夏美、お前は」

夏美『私は大丈夫だよ・・・』

さだのり「・・・そうか、夏美・・・邪火流の傍から絶対に離れるな、いいな」

夏美『うん・・・』


804 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 09:45:54.25 ID:2Pe3/QIB0
さだのり「じゃあ・・・邪火流に替わってくれるか」

夏美『お、おじちゃん』

さだのり「ん?」

夏美『絶対に・・・帰ってくるよね?』

さだのり「あぁ、なんでそんな当たり前のことを・・・」

夏美『ううん、なんでもない・・・じゃあ、お父さんに替わるから』

夏美の言葉に少しだけさだのりは疑問を感じた

だが、今はそれどころではない

邪火流『・・・さだのり、とりあえず中心地まで確認したら帰って来い、いいな』

さだのり「あぁ・・・」

邪火流『・・・じゃあ』

さだのり「阿修羅はどうしてる」

邪火流『・・・一応ここにいる、だが・・・やはりあいつは、あまり・・・』

さだのり「俺達の考えに賛同してくれない、か・・・だろうな」

鼻で笑い、さだのりが最後に言う

さだのり「邪火流、舞子と夏美を守るのはお前だ、他のヤツらは二の次にしろ、いいな」

邪火流『・・・あぁ』

さだのり「切るぞ、健闘を祈ってくれ」

通信を切り、さだのりが運転手に尋ねる

さだのり「中心地まではあとどれくらい掛かる?」

「あと10分ほどです」

さだのり「・・・そうか」

気構えていなければならない

そこには、目を覆いたくなるような惨状があるだろうから

さだのり(…あの野郎)

奥歯を噛みしめ、あの憎い敵のことを思い出す

あの顔の真ん中に、刃を突き立てることは出来るのだろうか

さだのり(あぁ、やってやるとも)



鎮魂のために




805 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 15:16:35.23 ID:2Pe3/QIB0

「…どんどん…被害がひどくなっていますね」

戦車から降り、既に何分も歩いている

時間の感覚がそこにはなかった、なぜなら、もう周りに動いているものがないから

さだのり「…皆殺し…なんて生温い物じゃない」

カラスが遺体を啄んでいる、ソーセージのように持っていかれたあれは腸だろうか

さだのり(…なんて光景だ…こいつはまるでどっかのB級のスプラッタじゃないか!!)

「さ、さだのりさん…あ、あれ…」

兵士の指差した先には、山積みにされた遺体があった

その上に、看板が突き刺されている

血の文字で「地獄」なんて書かれているのだ、馬鹿にしてるとしか思えない

さだのり「…あれだけじゃあねぇ」

転がった遺体の幾つかは、四肢や顔などが切り取られている

地面にそれそれの部品を組み合わせて、新たな遺体が出来上がっている

顔は男性老人、右腕は赤ん坊、左手は白人男性、右足は老婆、左足は犬、そして胴体は若い女性のものだ

「…う…」

さだのり「…吐き気がするな」

隣を歩く兵士は、もう三回は吐いている

こんな地獄絵図など、耐えられる人間は少ない

まして、この光景を見て悦に浸る者がいるとすればそれは化け物だろう

さだのり(…こいつは…死刑だけじゃ足りないレベルだ)

拳の中に血が滲む、その何万倍もの痛みと屈辱を、民間人に味わわせたのだ

さだのり(…許せん…)

「…さ、さだのりさん…もう…せ、生存者はいないのでは…」

さだのり「…!!いや、今向こうで何かが動いたぞ!!」

「え…?」

さだのりが駆け寄ったのは、小さな瓦礫の下だ

女性がその下敷きになっている、既に事切れているのは確かだ

「も、もう…亡くなってます」

さだのり「違う、この女の腕の中!!」

「…?」


806 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 17:10:19.13 ID:2Pe3/QIB0
さだのり「…女の子だ」

「!!」

母親なのだろう、腕の中に小さな女の子を抱えている

ちょうど夏美と同い年くらいの子供だ

さだのり「…生きてる、母親が守ったんだ…」

そっと手を差し伸べると、その少女は怯えた様な表情で二人を見つめ返した

さだのり「…大丈夫だ、俺はお前を助けに来た」

「…おじさん…誰…?」

さだのり「…正義の味方だよ」

自分で言っていて、吐き気がするようなセリフだった、しかし今はこの少女を保護しなければならない

さだのり「…お母さんは…その…」

「…お母さん…死んじゃったの…?」

さだのり「…神様に会いに行ったんだ、お前が…幸せに暮らせますようにって、お願いしに」

「…お母さん…死んじゃったの…?」

さだのり「…」

母親の遺体を、少女が二、三度揺すぶる

「…お母さん…」

「さだのりさん、ここにずっと留まるのは危険です…行かなければ」

「お母さん…起きてよ…」

さだのり「…お前、名前は」

「…お母さん…」

さだのり「…名前は、なんだ?」

「…」

泣き出しそうな顔をして、少女がさだのりを見つめる

無理もない、コーンロウに筋肉質、しかも剣を腰にぶら下げた男だ、不審に思わないわけがないのだ

「…おじさん…」

さだのり「…俺の友達に…ちょうど、お前くらいの娘をもったヤツがいるんだ」

「…」

さだのり「…友達を欲しがってる、そして、君も今は一人じゃ生きていけないはずだ、一緒に来てくれ」

「…うん」

こくりと頷いた頷いた少女を、さだのりが抱きかかえる

さだのり「…お母さんと、お別れ…しなくていいか?」

「大丈夫…」

さだのり「…そうか」


807 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 17:17:05.81 ID:2Pe3/QIB0
「さだのりさん…我々は、まだ偵察をしなければなりませんが」

さだのり「…この子を連れて回ればいいさ、ここに置いていけるわけがない」

「…ですが、危険です」

さだのり「危険を承知で言ってるんだ、俺は」

「…ここに一旦置いて行ったほうが、安全です、我々は今から、敵の隊の中に突っ込むかもしれないんですよ!?ここはもう敵の姿もない、どこかに体を潜ませて…」

兵士の胸ぐらを、突然さだのりが掴んだ

片手だけで少女を抱きかかえ、さだのりは兵士を睨み付けながら叫ぶ

さだのり「この子の母親は、小さな命を守るために、自分の命を張ってまで守り抜いたんだ!!それに引き替えお前はなんだ!?あぁ!?」

「それは…」

さだのり「いいか、娘の命を守るために、母親が自らを犠牲にしたんだ、ましてお前は力のある大の大人じゃねぇか!!なんでお前みたいな人間が小さな女の子一人守れやしないんだよ!?」

少女が、さだのりの腕をしっかりと抱きしめる

怖いのだろうか、さだのりが、それともこの惨状が

さだのり「いいか、教えてやろう、俺は昔誰かを守るために命を張った、結果として何もかも失った、それでもな!!後悔はするしもしもを考えたりもするが、それでもな!!誰かをもう守りたくないなんて思いはしない!!」

「…」

さだのり「…俺は、殺すしか能のない人間なんだ、その殺すという行動で、俺は誰かを守りたい」

「…じ、自分は…あなたみたいな人間ではありません、力もそれほどない…ただの一般兵です…」

さだのり「…ただの一般兵が、ただの女の子も守れないのか」

「…む、無理ですよ…自分は…」

さだのり「…分かった、お前は戦車を運転するだけでいい、おれが守ればいいんだ」

手を放したさだのりが、戦車に乗り込む

さだのり「…お前、名前は」

「…雫」

さだのり「雫か、いい名前だ…」

きっと、母親が愛していた娘なのだろう

さだのり(…親…か)

すっと目を細めたさだのりが、もう一度兵士を呼ぶ

さだのり「運転はお前の役目だ、急げ!」

「は、はい」


808 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 17:22:26.63 ID:2Pe3/QIB0
戦車の重低音に、雫は面食らった表情をする

さだのり「…国境地域には、今は行けない…あの男との決着をつけるのは、今じゃない」

「…し、しかし…ここから先に偵察に行くということは、かなり国境地域に近づきます…道も悪い、ほとんど岩場ですよ」

さだのり(…岩場、か…俺が昔戦ったのも、岩場だった、別に問題はない)

「…て、敵の真ん中へ突っ込むのですか」

さだのり「誰がそんなことをするか…この街の状況を見てみろ、さすがにもう生き残りは絶望的だと考えていい」

「で、では…?」

さだのり「少し先に進む、そこから先は他の連中も引き連れてのほうがいい」

「は、はい」

さだのり「…?何してるんだ、雫」

雫「…お母さんがくれたお守り」

雫が、そっと差し出したのは小さなお守りだった

それが少女の命を守ったのだろうか

さだのり「…いいお母さんだったんだな」

雫「だったじゃないよ」

さだのり「?」

雫「今も、お母さんだもん」

さだのり(!!)

雫「…」

さだのり「…そうだな、悪かった…いいお母さんだな」

雫「うん」

小さなその頭を優しく撫で、さだのりが昔に思いを馳せる

そういえば、彼には父親も母親もいなかった

どうせ、自分は捨てられたのだろう、それでも別に親の存在が羨ましいとまでは思わなかった

家族で歩いているヤツらを見て、幸せそうだなとただ思っていた

さだのり(…親…か)

彼も、もう少し運命の歯車が違えば、父親だったのに

さだのり(…)

「さ、さだのりさん!!!」

さだのり「…どうした…!?」

突然だった、戦車がぐるりとひっくり返ったのだ

さだのり(なに…!?)


809 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 17:28:34.72 ID:2Pe3/QIB0
「がはっ!!」

胸をハンドルに打ち付けた兵士が、急いで外へと這い出る

それに続いて、さだのりも雫を抱きかかえて外へと

さだのり(…今のは地雷だ…)

辺りの地面を見回す、怪しい場所は他にはない

さだのり(…自動で作動したのか?それとも…)

ギラリ、と建物の陰から光が差した

一瞬、さだのりの感覚は小さい頃、セルジオを庇った時のそれに戻っていた

雫を地面に下したのと同時に、剣を鞘から抜く

渦を描いて飛んできたのは銃弾だ、建物の陰に狙撃手がいる

さだのり(…)

剣の一振り、銃弾を真っ二つに切り裂いたさだのりは、すぐさま雫を抱きかかえる

さだのり「おい運転手!!!敵襲だ、建物の陰にいる!!!」

「か、陰…」

キラリ、とまた何かが光る

さだのり(くそ…ここはあまりに開けている、相手にとっちゃ俺達は絶好の的だ!!)

戦車はもう使い物にならない、走って逃げるしかないのか

さだのり(いや待て…背中を向けて逃げて、安心できるのか…?)

狙撃手は、一人だけなのか?

もし一人だとしても、このまま背中を向けて逃げ出せば、彼らは反撃の手段を失う

さだのり(落ち着け、雫を抱えて、どうやって逃げられる!?)

「さだのりさん!!また何かが光ったんです!!」

さだのり「くそ、身を屈めて避けてろ!!」

近くの地面に小さな穴が開く

さだのり(…ここで向かうか、なら…)



ザザザッ、と突然辺りから足音が聞こえた

最悪の状況、さだのりの危惧していた状況だ


さだのり(…やっぱり…一人じゃなかったか)


810 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 17:34:27.63 ID:2Pe3/QIB0

「…お前、この国の人間だな」

さだのりに銃を突きつけたのは、一人の敵兵だ

その後ろにも、何人かの敵兵が見える

思ったよりも多い

さだのり「…」

「答えろ、さもなくばその耳を撃つ」

さだのり「耳ぃ?耳撃たれたら、質問が聞こえないんですけどねぇ」

「…」

引き金が引かれた、さだのりはそれを横に転がって避ける

「さ、さだのりさん!!」

「…なに、さだのりだと?」

さだのり(…余計なことを喋りやがって)

「…貴様がさだのりか、そうか…」

さだのり(…どうする、このまま逃げられるわけはない…雫を腕に抱えていたら、さすがにこの人数はきついぞ)

「…うちの隊長が、ずいぶん躍起になってお前を探していたな」

さだのり(隊長…)

さだのり「ははん、隊長様ってのは俺にそんなに執着しているのかい」

時間を延ばせば、かならず活路は見える

「…全く、他の部隊の連中はあの隊長を新しく認めていたが…俺はあんな殺人鬼、認められん」

さだのり「…殺人鬼…!!あいつか!!」

「…そうだ、今世紀最悪の殺人鬼と言ってもいいだろうな、強姦、強盗、殺人、死体遺棄…食人までしでかした化け物だ」

さだのり「…」

「全く…あんな男のために、俺は戦争をしているわけではないんだ、お前をここで殺せば俺は手柄を立てられる、そして俺の部下達も全員昇進出来るんだ」

ははは、と後ろにいる部下達も笑う

さだのり「…そんなに昇進が大事かい」

「あぁ」

さだのり「…だったら一気に昇らせてやる!!」

さだのりが剣を握りしめた、その速さは恐らく誰にも見えていない

さだのり「天国までなぁ!!」

「…」



811 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 17:41:06.00 ID:2Pe3/QIB0
とん、とその部隊の隊長らしき人間が何かを押した

それは、後ろに立っていた部下の一人だ

さだのり「なっ…!?」

スパン、と胴体から真っ二つに裂かれたその兵士は、すぐに息をするのをやめた

さだのり「て、てめぇ…!!部下を身代りにしやがったな!!」

「…部下が上司を守るのは、当然のことではないかね」

さだのり「腐ってやがる!!!」

次の攻撃も、その上司は部下を突き飛ばして避けた

いや、避けたというよりも止めた、のほうが正しいか

腕の中にいる雫の目を覆いながら、さだのりが次々と兵士達を斬り伏せる

「素晴らしいな、これは…」

さだのり「…どうした、そう言ってる間に残りはお前ともう一人の部下じゃないか」

「さ、さだのりさん…」

さだのり「なんだよ」

「お、おかしいですよ…こいつら、さっきから攻撃をしてきません」

さだのり「…んなことは分かってる」

少し距離を置いて、両者が睨み合う

「…ふふん、距離を置いて我々の動きを見よう、というのがお前達の選択か」

その兵士が、ポケットから取り出したのは

さだのり(…!!!手榴弾か!)

何度目だろう、もうこの戦争では見飽きるほどに見ている

しかし、絶対にそれに慣れることはない

「距離を置いてくれて助かったぞ、おかげで自分達を巻き込む心配もない」

さだのり「てめぇぇぇぇぇ!!!!」

ピンを外し、兵士がそれを投げる

剣でそれを切り裂こうとした、しかし

さだのり(…!!!)

腕の中に抱きしめた雫が邪魔になり、剣を思い切り振るうことが出来ない

さだのり(ま…まずい…!!!)

地面に手榴弾が落ちる、今からでもさだのりだけが逃げれば、どうにか助かる

この少女を見殺しにすれば

さだのり(…駄目…だ…)

放せない、この少女を放すことは、彼には出来ない


「正義の味方というのはね、そもそも戦争に身を投じたりはしないのだ」


閃光と爆音

それが、辺り一帯を包み込んだ

812 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 19:41:00.42 ID:2Pe3/QIB0

さだのり(…今のは…)

凄まじい閃光の中で、さだのりは必死に考えた

あの爆音の大きさは、どうもおかしい

おかしい、というのは大きすぎる、とか響きすぎている、とかではなく

小さすぎるのだ、あの手榴弾のサイズならば、もっと熱も感じるはずだし、それに爆風で周りの地面が抉られるはずだ

だが、それがないのだ、今の爆風で確かに瓦礫は少しばかり動いたが、それらが宙を舞うほどではなかった

さだのり(…!!まさか、今の手榴弾は!!)

さだのりが咄嗟に立ち上がる、腕の中にはまだ雫を抱きしめたままだ

この少女は、なぜか放せない、守りたいと心の底から願うのだ

夏美に、似ているから

さだのり(クレイモア地雷と同じ仕組みか!!)

クレイモア地雷、それは簡単に言えば、爆発そのもので殺傷するのではなく、その爆風によって金属片を飛ばすことで相手を殺すものである

通常のクレイモア地雷は、非常に遠距離までその金属片や子弾が散布される

だがもしも、それを近距離のみに飛ばすことが出来て、なおかつ小型化されたものがあったら

さだのり(いや、これがそれだ!!)

目にはほとんど何も見えない、しかし、さだのりは剣を振るった

金属片が剣に当たる感触がした、さだのりは腕を振り続けた

見えない敵と戦うのが、これほどまでに難しいとは思わなかった

それでも手ごたえはある

さだのり(くそ…!!!)


爆風で巻き上がった砂が、徐々に地面へと落ちていく

「…ほほう」

敵の分隊長が、パンパンと拍手をする

「すごいじゃないか」


さだのり「…」

肩に一つ、脚に一つ、計二つの金属片が刺さった

だが、さだのりは生きている、そして腕の中の少女は無傷だ


さだのり「…運転手…生きてるか」

「な…なんと…か…」

くるりとさだのりが振り返った、運転手をしていた兵士は、腹に一つ、金属片が刺さっている

さだのりよりも後方にいたため、ある程度はさだのりが防いでいたようだ

813 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 19:47:13.11 ID:2Pe3/QIB0
「ははは、素晴らしい、素晴らしいなぁ全く」

さだのり「…まるで焦った様子じゃないな…」

金属片を肩と脚から抜き去る、あまり血が出ていないということは、それらの勢いも殺していたのだろう

「…お前のような優秀な人材が、ここで死んでしまうのは惜しいことだ、私が殺さなければならないのが」

さだのり「…あ?」

「いやなに…お前のような優秀な人材なら、私の下に置いて使ってやりたかった、と言っているのだ」

さだのり「…ふざけてんのかてめぇ」

「いやいや、本気なのだよ」

後ろにいる部下をちらりと見てから、その分隊長は告げる

「…私はね、部下も、妻も、ましてや国の王も信じてはいないのだ、信じられるのは自分自身だけ、そういう人間なのだ」

さだのり「…」

「…ふっふっふ、実のところ、この戦争が終わった時…私はきっと大いに手柄を立てているだろうから、恐らくは国王に会うこともできるだろう」

さだのり「…希望的観測だな」

「しかしねぇ、私はそこで、国王に対してクーデターを起こすつもりだったのだ」

さだのり「なに?」

「だってそうだろ、なんで私がただの年寄りのために命を張らなければならない、くだらないったらありゃしない、それなら私がその座を奪えばいいではないか」

さだのり「…お前、頭の中クルクルパーか?」

「ふふ、お前には分からない崇高な考え、といったところか…」

さだのり「…」

「まぁ、どっちみちここでお前は殺さなければならないが…万が一、お前が私の部下になってもいいと言うなら」

さだのり「言わねぇよ禿げ」

「…そうか、やっぱりな」

それなら死ね、と分隊長が別の手榴弾を投げようとしたとき、その後ろから部下の兵士が通信機を差し出した

「隊長殿、通信です」

「通信だ?だれから」

「総隊長から、です」

「…あの腐れ外道の殺人鬼からか」

さだのり(!野郎から…だと!?)


814 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 19:54:32.94 ID:2Pe3/QIB0

「こちら分隊長、どうかしましたか」

『いやぁ、お前達の分隊がまだ国境にたどり着いてないからさぁ、亀にでもなったつもりかって言いたかっただけだけど』

「…」

『それで、お前達は今どこにいるんだよ』

「…我々はまだ、敵国の中心地にいますが」

『あぁ?なーんーでー、そう勝手な行動をするんだよ』

「…目の前に、恰好の敵がおりますので」

『恰好の敵?』

「さだのり、という者ですな…そうそう、総隊長が殺したがっていたあの男ですよ」

『…』

「ふふふ、なんなら声でも聞かせましょうか、もっともそこからでは何もさだのりには出来まい」

『…お前さぁ、さだのり殺してどうするつもりなんだよ』

「この男を殺せば、国王は私を英雄として奉り、そして私は国王に会うことが出来る」

ひひひ、と外道じみた笑みを分隊長が浮かべる

さだのりは、いつか攻撃できる隙がないかと見ていた

「…そこで、国王を殺して私が支配者になるのだ!!お前のような若造に従うのも本当は吐き気がしていた!!はははぁぁ!!さだのりを殺せば、敵の戦力はないも当然だ、貴様がそこにいる間に、私は敵国を落とす!!」

『…ふーん、で』

「…何を余裕ぶった振りを、貴様はそのまま国境地帯で…」

『…ふ』

「ん?」

『はっはっははははははは!!はははははぁ!!!さだのり!!おぉいさだのり、聞こえてるかぁ!?』

さだのり「…」

『聴いたかよぉ、大した演説するご老体じゃあないか、50手前で早くも頭の中に蛆が湧いてやがる!!!』

「貴様ぁあ!!!私を侮辱するなよ、貴様のような男など、すぐに殺してやるからな!!」

『ひはははっはは!!傑作だなぁ、面白い、三流コメディー映画のBGMが欲しいくらいに滑稽だ!!!』

「き…」

『お前…支配者になると言ったな、えぇ?』

なぜだろうか、さだのりにはもう目の前の分隊長は恐ろしく見えない

声だけなのに、あの男のほうが恐ろしく思えるのだ


815 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/09(月) 20:05:30.09 ID:2Pe3/QIB0
『なら面白いことを教えてやろう、お前は支配者にはなれないよ』

「なんだと!!」

『理由はいくつかあるがねぇ、そうやって自分の野望をペラペラと喋る奴は、すぐに死ぬ』

「く…」

『まぁ聞けよ、そしてもう一つ…支配者、というのは自分の目の届かない所にさえ、力を行き届かせている物だ』

「なに?」

『国王だってそうだ、その国の中でなら、どこにでも権力を持ちだすことが出来る、そうだろ?支配者とはそういうものだ』

さだのり(…なんだ…何を言って…)

『お前には無理だよ、お前は自分の両手の届く範囲しか破壊も、力を見せつけることも出来ないじゃないか』

はははは!!と笑いながら、男の声がさらに一層大きくなる

『なぁぁぁぁさだのりぃ!!!お前は違うな、お前は支配者の素質がある、まぁお前はなるつもりはないだろう、権力なんて興味がないからな、俺だってそうだ!!』

「貴様、知った風な口を利くな!私は支配者になってみせる!!」

『無理だね』

さだのり(…!!あ、あの通信機…なぜ…あんなにサイズが大きい?)

そこでさだのりは気づいた

それまでに、敵の通信機の形は何度か見ていた

しかし、その分隊長が持っている物だけは、少し大きいのだ

さだのり(!!)

雫と、運転手兵士の腕を握り、さだのりは走り出す

分隊長は気づいたようだ、それに驚いたように通信を切ろうとする

『なぜ無理だか教えようか』

その言葉に一瞬戸惑ったのが、もしかしたら間違いだったのではないか

さだのりは逃げた、その通信機から

だが分隊長は、むしろその通信機に耳を近づけた


『お前は、今から支配者に殺されるからだ』

「え?」


ピッピッピ、と規則正しい機械音が流れたのはその時だった、通信機から何かの音がしている

「こ、これは…まさか!!!」

『その通信機さぁ、俺がわざわざ配りなおした物だよな、なぜだか分かるか』

「貴様ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

『言っただろ、支配者ってのは目の届かないところにも力を行き届かせる、裏切り者は殺す、気に入らない者も』

分隊長が腕を振りかぶった、その通信機を投げようとしたのだ

だが、一瞬遅い

その通信機が、爆発する前に最後の通信が聞こえた


『最後の通信だ、それではアディオス、愚かな分隊長』



爆風は、分隊長と、その近くにいた部下の体を粉微塵に消し飛ばした



816 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/10(火) 17:06:33.54 ID:Zk3I1gO60

さだのり「はっ…はっ…」

後ろの方から爆発音が聞こえた

しかし、振り返って確認している暇はない

さだのり「おい運転手!!生きてるか!!」

「は、はい…う…金属片が体に埋まってますけどね…」

さだのり「それくらいなら問題ない、雫も無事だしな」

走りながら、さだのりは何か車両のようなものがないかを探していた

このまま走って帰るには、あまりに時間が掛かりすぎる

歩いていれば見つかる危険性もあるし、何より車の中ならば見つかっても多少は耐えることもできる

さだのり(…そういや、さっきの分隊の奴らはどうやってあそこに来ていた?)

ぴたっと歩を止め、さだのりが辺りを見渡す

どうも目立つ場所に留めているわけではなさそうだ

さだのり(…となると…)

「さ、さだのりさん…どうしたんですか?」

さだのり「…この近くに死角になる場所はあるか?戦車を停められるような広い場所が」

「えぇと…あ、あります!!ちょうどこの先に大きな公園があるんですが、その中に木々の生い茂った場所がありますよ!!」

さだのり「そこだ、そこに奴らは車両を停めてたはずだ」

運転手の言う道を、さだのりを先頭に歩き出す

さだのり「…大丈夫か?」

雫「うん…早くおじさんの友達の…子に会いたいな」

さだのり「…そうだな、すぐに会わせてやるよ」

すぐに、会わせる必要がある

この少女は、母親を失ったことで少なからず心に傷を負っていたはずなのだ

さだのり(…この子を…無事に届けたとして、俺はどうすればいい?)

ふと浮かんだのは、これから先の話だった


「ありました、さだのりさん!!!」


運転手の叫ぶ声に頷きながらも、さだのりは、やはり迷いを捨てられなかった


817 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 15:39:26.29 ID:8Zi1xcVn0

「…ったく、これだから軍隊の統率ってのは難しいな」

国境地域、そこには民間人が住む建物の様なものは一切ない

なぜか、というとそこにあるのは軍事施設であるからだ

尤も、さだのり達の国は国境地域に戦闘機や核爆弾などを所持しているわけではない

あくまで自衛のため、最低限の戦力だけを配置しいてたのだ

だからこそ、この男は一人でそれを切り抜けられた

(くっだらねーの、爆弾の一つでも落とせば俺は木端微塵なのになぁ)

彼が今いるのは、恐らくは指令を出すための管制室だろう

恐らくは、というのはもうそれの役目を果たしていないからだ

辺りには黒焦げになった兵士の姿があった、配線を引きちぎり、体に植え付け感電死させたのだ

えげつない、という言葉はこの男に対しては意味がない

(…しかし、ここでずっと待ち続けるのは賢いとは言えないな)

国境地域、となるとこの建物の他には火薬庫や戦闘機の格納庫などばかりだ

いずれも、下手をすれば爆発を招きかねない

そしてこの場所も、誰かと殺し合うのには向いていない

(…あとは、荒野だけ)

荒野、視界は開けているが逆に言えばそれは相手に見つかりやすいと言う欠点もある

それでも、この男には開けた場所と言うのは最も得意とする舞台だ

(…荒野、か)

さだのりは来るのだろうか

国境地域、軍事施設がある場所よりもさらに先に進めば、もうそこには建物はない

暗い闇と森、そして岩が牙を剥いた大地しかない

(…さだのり、俺はもう準備が出来てるんだ、右手に憎しみ、左に怒りってやつだぁ)

ケラケラと笑いながら男は、近くにいた部下に命じる


「飯でも調達して来い、多分お前らは最後の晩餐になるからな」


818 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 16:05:36.59 ID:8Zi1xcVn0

さだのり「…」

「…」

雫「…」

車両は本拠地のすぐ近くに迫っていた

もうすぐ、邪火流達と合流することも出来るだろう

だが、三人は何も話すことが出来なかった

幼い雫は、さだのりと運転手の暗い表情を見て何か不安そうな顔をしている

さだのり「…運転手」

「…はい」

さだのり「…お前は、この国の方法に誇りを持ってるか?」

「…持っています、我々は…その方法を、いつか必ず実らせてみます」

さだのり「…」

遠い日には、そんな平和的な解決なんて考えたことがなかった

あの、友達が死んでいった日々には


「…さだのりさん、到着しました…」

さだのり「…行こう、あの状況を報告できるのは俺達だけだ」

「…はい」

重い足取りで、三人が歩く

さだのり(…誇り…か)



邪火流「…!!さだのり!!」

さだのり「…よぉ」

建物の中の遺体は、ほとんどが片づけられていた

外に布を掛けられて並べられている、不気味な光景だ

さだのり「…相当…数が減ったな」

邪火流「…あぁ…」

さだのり「…舞子はどうなんだ」

邪火流「…大丈夫、少し貧血気味だが命に別状はないさ」

さだのり「そうか、よかった」


819 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 16:12:31.82 ID:8Zi1xcVn0
邪火流「…その子は?」

さだのり「…唯一の生存者だ、他にはいなかった」

邪火流「…そうか」

瑠璃「さだのりさん、お疲れ様です」

タオルを片手に、瑠璃が近づいてくる

さだのり「みんな無事みたいだな…」

肩の血を拭いながら、さだのりが遠くを見つめる

兵士達が何人も、涙を流している

さだのり「…仲間が死んだんだ、無理もないよな」

邪火流「それだけじゃない…家族が死んだ者、恋人が死んだ者、たくさんいるさ」

瑠璃「…」

さだのり「この子の母親もだ、こいつを守ってな」

雫を瑠璃の方へ導いて、さだのりが続ける

さだのり「雫っていう名前らしい、この子だけはどうにか保護できた」

瑠璃「…そう、ですか」

邪火流「…街のほうはどうだった」

さだのり「…」

兵士達が、さだのりの方に注目する

大抵の者が涙を流したのだろう、その目は赤くはれ上がっている

さだのり「…壊滅的だ、人々が暮らしていた痕跡なんて全くない」

夏美「お、おじちゃん…」

さだのり「…」

不安そうな表情の夏美は、邪火流の手を握っている

さだのり「…一つだけ言えることがある、もう…もう、生存者の望みはない、何万という命が奪われたはずだ」

「そ、そんな…」

あちこちでため息が流れる、中には落胆して倒れこんだ兵士もいた

そんな中、たった一人だけゲラゲラと笑い出した者がいた


阿修羅「ははははははは!!こいつは傑作じゃないか!!!!」




820 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 16:23:23.49 ID:8Zi1xcVn0

邪火流「!!阿修羅、てめぇこの状況を笑うつもりか!!」

阿修羅「あぁ?なんだ、お前達だって嬉しいだろ、笛でも吹いとけよ」

「な、何言ってんだてめぇ!!冗談で済まねぇぞ!!!」

「俺はおふくろが死んだんだ!!!それでなんで笑ってられるんだよ!!」

兵士達が一斉に怒号を浴びせる、だが阿修羅はそれをたった一言で制した


阿修羅「お前達の望んだ平和の末路じゃないか」


シン、と建物の中が静まり返る

不気味な静寂、誰も、それの反論することは出来なかった

阿修羅「…周りの国は、全て軍隊を持ち、必要となれば戦争もやむなしと考えている」

淡々と語る阿修羅の肩が震えていることに、さだのりは気づいた

さだのり(そうだ、こいつも…)

阿修羅「…その中で、俺達の国だけ、戦力を捨てた…殺すことをやめ、平和的な解決を望んだ…これが何を意味するか、分かるだろう」

邪火流「…」

阿修羅「…ライオンの入っている檻の中に、武器も持たずに飛び込んだらどうなる、死ぬに決まっているじゃないか、ライオンは理解を示してくれるわけがない」

邪火流「違う、俺達は…」

阿修羅「違わない、本当はお前達だって後悔してるんじゃないのか?こんな方法を取ってしまったことを」

誰も、何も言えない

阿修羅「…答えてみろ、誰か、これが正解なんだと声を高らかに言ってみろ」

瑠璃「…阿修羅さん…」

阿修羅「言ってみろ!!平和的な解決のために死んでいった数万の命は、尊い犠牲だったと言ってみろ!!俺達はそれでも間違いなんかではないと胸を張ってみろ!!出来るか!?」

「…」

阿修羅「出来ないだろ、何が平和だ、綺麗事じゃないか!!この世界を見てみろ、そんなやり方で上手くいっているヤツらなんていない、世の中は腐ってるんだ、いかに綺麗に生きるかじゃない、どれだけ汚れを払えるかなんだ!!」

きっ、と阿修羅が邪火流を睨み付ける

阿修羅「…答えろ、隊長殿よぉ、何が正しい?この方法で何が正しい、俺のおふくろが死んだ理由を正当化してみろ、やってみろよ!!!!」

邪火流「…それは」

阿修羅「…出来ないだろ…」

邪火流も、小さく頷いた


821 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 16:43:50.20 ID:8Zi1xcVn0

阿修羅「…何が平和的な解決だ、俺の方法が正しかったんだ!!」

阿修羅が涙を流したのを、邪火流は見ていた

彼も、苦しかったのだろう、母親を守ることが出来なかったのだから

阿修羅「…殺さなきゃ、憎しみは止まらない…心そのものを無くさなければ、いつか必ず人は憎しみを行動に移す」

邪火流「…」

「…」

兵士達が俯く、誇りを持っていた自らの信念に、陰りが差してしまったのだ

もう、それが輝くことはないのだろう

阿修羅「…今からでも遅くはない、さっさと敵兵を殲滅する、それでいいだろ」

邪火流「…阿修羅、それは…」

阿修羅「出来ないと言うのか、まだこの状況でも」

邪火流「…」

阿修羅「甘ったれるなよ、俺達は…いや、人間は所詮殺さなければ相手を支配することは出来ない」

邪火流「…」

阿修羅「…分かったら、さっさと殺しに行くぞ、俺の方法が一番真理に近いんだ」

阿修羅が剣を握る

兵士達は、何も言わない

静かな部屋の中だった

たった一人の男が、小さく呟いた




「違う」

誰の声だったのか

聞こえなかった者もいたはずだ、誰が言ったのか分からない者がほとんどだった

阿修羅「…なんだと…?」

阿修羅は驚愕した、その言葉を発したのは、そんな綺麗事から最も遠い人間だったから

「違うんだ」

何が違うのだろうか、阿修羅は初めて、そのことに疑問を感じた

自分と同じ方法しか知らないはずの男が、なぜ、否定するのか


さだのり「…違うんだよ、阿修羅」





822 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 16:49:39.05 ID:8Zi1xcVn0

阿修羅「…違う…だと…?俺達のこの方法が、間違っていると言うのか!?」

さだのり「…あぁ」

阿修羅「ふざけるなよ!!お前に何が分かる、お前は俺と同じ方法しか知らないだろうが!!」

さだのり「…違うんだよ、阿修羅」

兵士達が、夏美が、瑠璃が、そして医務室から帰ってきた舞子が

邪火流が、阿修羅が

さだのりの顔を見つめていた

さだのり「…見てみろ、俺達と同じ方法を選んだ敵が…何万もの命を奪った、それがこの醜い結果じゃないか」

阿修羅「それがどうした!!それでしか俺達は生活を守れないじゃないか!!」

さだのり「そうだ、俺とお前は、その通りだ…でも、ここにいるみんなは違うんだ」

阿修羅「!!」

さだのり「…俺とお前は…化け物なんだよ、阿修羅…人間が望んでいるはずの平和を、心の奥で笑ってしまう、人でなしなんだ」

邪火流「さだのり…」

さだのり「…でもな、ここの人達は違う、綺麗事を言っているんじゃない、心が綺麗だから、綺麗な世界を望んでいるんだ」

阿修羅「そんな綺麗事が通用するわけ…」

さだのり「…今は通用しない…でも、少しずつ、人々がそれを未来に託し、今を生きれば、未来は必ず変わるんだ」

なんという綺麗事なのだろうか

さだのり「…阿修羅…俺達は今を生きてるだけなんだ、でも、この人達はみんな、未来を望んでいる」

いつからだろうか、時間に置いて行かれてしまった感覚になったのは

さだのり「…綺麗事は今は通用しない…でも、いつか綺麗事が通用する世界を、この人達が作ってくれる」

阿修羅「馬鹿なことを言うな…お前は本当にそんなことを信じてるのか!!そんな綺麗事を!!!」

さだのり「綺麗事は信じていない、でもこの綺麗事を言っている人たちのことは信じている」

きっぱりとさだのりが言う、そして小さく笑った



さだのり「…俺達には…出来ないじゃないか、そんなこと」




823 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 16:53:59.64 ID:8Zi1xcVn0
集まった兵士達をぐるりと見回し、さだのりが最後に言う

さだのり「…平和なんて…きっと、叶わないのだろう、俺は…そう思っていた」

それでも、と

さだのり「…もしも、もしも…世界があなた達みたいな人々だけなら、世界は平和になれるんだ」

邪火流「…俺達みたいな人間…だけ…?」

だけ、それはどういうことか

さだのりはさっき何と言った?

「俺達は違う」と言わなかったか?

それならさだのりは、必要ではないのか


さだのり(…そうか)

さだのりは気づいた、今頃になって、なぜ彼が、大切な誰かを守ろうとしていたのか、剣を握っていたのか

さだのり「…邪火流、ここに残った、生きている兵士は全部で何人だ」

邪火流「…なぜそんなことを訊くんだ…」

邪火流は、分かってしまった

さだのりが何を考えているかを、親友だから、魂の兄弟だから

さだのり「…答えろ」

邪火流「…2318人だ…もう、最初の5分の1ほどだ」

さだのり「…そうか、2318人…か」

目を細めたさだのりが、寂しそうに笑う

やめろ、邪火流はそう願った

それは、セルジオが、ソラが、自分の大切な者のために命を投げうつと覚悟した時と同じ顔だったから


さだのり「…その2318人分の返り血を、全て俺が浴びてくる」

やめろ、と邪火流は願った

分かっていた、この戦いは、もう邪火流ではどうすることも出来ないことが

かつてこの国を救った「さだのり」にしか、解決できないことが


824 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 16:58:56.68 ID:8Zi1xcVn0
舞子「…さだのり…今…あなた、なんて…」

さだのり「…阿修羅、これで文句はないだろ、俺は俺の方法で…お前の方法で敵を片付ける、それでいいんだろ」

阿修羅「…お前、本気か…!?」

さだのり「…俺は、綺麗な世界には似合わない男だからな、そんな世界に俺の居場所はいらないさ」

ゆっくりと、さだのりが瑠璃のほうに歩み寄る

なぜだ、なぜそんなにも悲しそうな顔をしているのか


さだのり「…瑠璃、お前に会えてよかった」

そんなことを言うな、邪火流は心の底で叫んでいた

さだのり「…俺のことを、愛してくれる人間がいるなんて…幸せなことなんだな」

瑠璃「さ、さだのり…さん?」

さだのり「でもな、瑠璃…もう俺みたいな男に惚れるのはやめたほうがいい、無愛想だし頑固だし…それに」

ぎゅっと、瑠璃を抱きしめてさだのりが笑う

さだのり「…それに、そいつはきっとすぐにいなくなっちまうから」

瑠璃「!!!」

さだのり「…お前の兄貴は、俺達を守って命を散らした…それは、勇敢な一人の英雄だった」

庄太郎、さだのりはその男のことを詳しくは知らない

なのに、そのことを考えると胸が痛くなるのはなぜか

さだのり「…お前の兄貴に敬意を表するよ、ありがとう…守れなくてすまなかった」

瑠璃「ま、待ってください、さだのりさん…もしかしてあなたは…」

さだのり「…瑠璃、もしも…もしもだけどさ、俺みたいな男にまた惚れたなら、絶対に逃がさないようにしておけ、渡り鳥は必ず飛んでいなきゃ気が済まないからな」

ケラケラと笑いながら、さだのりが瑠璃の手を握る

振るえていた、瑠璃の手が

さだのり「…ありがとう…」

その手を放されたくなかった、なのに、さだのりはその手を解いてしまったのだ


825 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 17:03:05.26 ID:8Zi1xcVn0
舞子の元に、さだのりが歩み寄る

分かっていた、舞子はさだのりが何を考えているのかを

昔からの付き合いだからか

それとも

さだのり「…舞子…お前に会えたことは…きっと神様が俺にくれた一番の幸せだった」

舞子「…さだのり…」

さだのり「…いつも待ち合わせに遅れて悪かったな…でもさ、俺は…俺は、お前との待ち合わせは、いつも楽しみだったんだ」

笑いながら、さだのりが舞子を抱きしめる

懐かしい感触だった、昔はずっとこうして抱きしめていたいと思っていた

なのに

なのに、さだのりは、もうその資格がない

さだのり「…夏美のこと、舞のこと…大切にしてやれよ、お前は立派な母親だからな」

舞子「…」

さだのり「…雫のことも…出来れば、夏美と一緒に育ててやってくれないか」

舞子「…えぇ…」

震えていた、舞子の声が

さだのり「…お前と見た桜は綺麗だった、忘れないよ」

舞子の小さな手を、さだのりが握りしめる

昔はよく、手を繋いで歩いた

懐かしい過去だ、もう今はない

さだのり「…何も恐れなくていい、お前は立派な母親で、そして立派な女性だよ」

俺が愛した女なんだからな、と誰にも聞こえないようにさだのりは呟いた

悲しい声だった

舞子「待って、さだのり…」

さだのり「ありがとう舞子…さよならだ」


826 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 17:07:46.25 ID:8Zi1xcVn0

さだのりが邪火流の元に近寄る

邪火流「…お前は」

さだのり「…」

邪火流「…お前は、俺達5人組の中で…一番最後まで生き残ると思ってた」

さだのり「…俺もだよ」

顔を見合わせて、二人が笑う

最初は5人で笑いあった、一人減り、また一人減り…今はもう、二人だけだった

そして、もう

さだのり「…俺は…な、お前に憧れてた、強くて優しくて…誰よりも、お前に憧れてた」

邪火流「…俺も、お前に憧れてたんだ」

さだのり「…お前は…殺すことをやめたんだ、優しい人間になった…最初はさ、それが理不尽に思えたけど、今なら分かる…お前は、俺の何歩も先を行ってたんだな、もう」

邪火流「…」

さだのり「…お前に会えたことは、最高のラッキーだった」

邪火流「…俺もそうだよ、もしお前がいなかったら、もう俺はここにいなかったはずだ」

さだのり「…夏美のこと…頼んだ」

邪火流「…あぁ」

がっしりと、二人が抱擁する

邪火流は涙を流した、セルジオが、ソラが、遠藤が死んだときと同じ涙を

さだのり「…天国でさ、あいつらと会ったら…今のお前のこと、話してやりたいんだ」

邪火流「あぁ…いいとも」

さだのり「…邪火流、俺は…お前の友達だったんだよな」

邪火流「だったじゃない、友達だ、いつまでも」

さだのり「…ありがとう」

固い握手を交わし、さだのりが一歩下がる

敬礼のポーズを取り、さだのりが呟いた

さだのり「…じゃあな…相棒」

邪火流「元気でな、相棒」


827 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 17:12:10.77 ID:8Zi1xcVn0

夏美(…おじちゃん…?)

さだのりが、夏美のほうへと近寄る

悲しい表情をしている、もう、泣き出しそうな表情だ

夏美は、さだのりのことを強い人だと思っていた

いつも優しくて、たくましくて、強くて

夏美のことを必ず守ってくれた

さだのり「…夏美」

消え入りそうな声で、夏美は名前を呼ばれたのだ

嫌だ

さだのり「…夏美、約束してほしいことがある」

身をかがめ、さだのりが夏美に視線を合わせる

この行動を、夏美はたまに見かけたことがある

子供に言うことを聞かせる時に、「親」がよくする行動だ

さだのり「…俺みたいな男に惚れたらダメだ、幸せになれない」

どうして、と夏美は心の中で思った、さだのりはこんなにも優しいのに

さだのり「…俺みたいな人間になったらダメだ、人の幸せを奪ってしまう」

どうして、と夏美は心の中で思った、さだのりは自分を幸せにしてくれているのに

さだのり「…俺みたいな兵士になるのはダメだ、絶対に人を傷つけたらいけない」

どうして、と

さだのり「…俺みたいな…」

少しだけ、さだのりが言葉を詰まらせた

夏美のことを、悲しそうな目で見ている

どうしてそんな目で見つめるのだろうか


さだのり「…俺みたいな親になったらいけない」

邪火流がそれを見て、唇を噛みしめる

邪火流だけではない、舞子も、瑠璃も、周りの兵士達も

夏美「…おじ…ちゃん…?」

さだのり「…子供の傍を放れたらいけない、それは…それは、大切なことなんだ」


828 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 17:17:12.44 ID:8Zi1xcVn0
悲しい笑顔だった

さだのりは、悲しい笑顔を浮かべていた

さだのり「…約束、出来るか」

夏美「…おじちゃん、どうしてそんなこと…」

さだのり「…約束出来るならいいんだ、それで」

夏美も分かった

さだのりが何を考えているのかを、さだのりは

夏美「おじちゃん…帰ってきてくれるよね…?」

訊ねることなんて、無意味だった

さだのりは苦笑いして、ただ夏美の頭を撫でていた

何も答えてくれない首を縦に振ってくれるだけでいいのに

夏美「ねぇ、指切りしようよ…おじちゃんに方法教えたよね…?約束しようよ…」

さだのり「…夏美」

夏美「ねぇ…嫌だよ、絶対に帰ってくるんだよね…?」

さだのり「…いや」

聞きたくなかった、さだのりの口から、否定の言葉が出てくるのを

夏美「どうして…どうして…私の好きな人はみんないなくなっちゃうの…?」

さだのり「…」

夏美「おじちゃんも…本当のお父さんも…」

さだのり「…お前のお父さんは、邪火流だけじゃないか」

夏美「どうして!?私の大切な人はどうしていつも傍にいてくれないの!?夏美が悪い子だから!?なんでお父さんはいなくなっちゃったの!?おじちゃんはどうして帰ってきてくれないの!?」

涙を流しながら、夏美が訴える

啜り泣く声があちこちで聞こえる

夏美「嫌だよ…どうして…どうして私の傍から…いなくなっちゃうの…?」

さだのり(…)


泣き顔が舞子に似ていた

さだのりが愛していた舞子に

さだのり(…でも、俺にも似てるな)

さだのりにも似ていた

舞子にも似ていた

さだのり(…こいつは…俺の…)



829 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 23:27:36.04 ID:8Zi1xcVn0
夏美「どうしてみんな…!!」

さだのり「…夏美」

さだのりには、その少女の涙を止めることは出来ない

彼女は、さだのりが一番大切にしてあげなければならない人だったのに

さだのり「…ごめんな」

ぎゅっと、さだのりが夏美を抱きしめる





いつだっただろう

夏美は、この温もりを知っている

抱きしめてきたその力強い腕

夏美は知っていた、いつから?

半年前だったか、一年前だったか

いや違う、そんな最近のことではない

彼女が生まれた時?違う


彼女が生まれるずっと前から、この男の優しさを、温もりを知っていた

夏美(…どうして…?)

夏美には分からなかったことがある

邪火流も舞子も、本当の父親の話をする時に悲しそうな表情をしていたこと

さだのりが来た時から、本当の父親の話をまるでしなくなったこと

さだのりが本当の父親のことを知っているように話していたこと

さだのりがこんなにも夏美のことを大切にしてくれること

さだのりが別れの挨拶を最後にしたのが、邪火流でも舞子でもなく、たった半年ほどの付き合いの夏美だったこと

そして


夏美が、こんなにもこの男に懐いていること


夏美(…待って)


さだのり「…じゃあ、な」

ぽん、と一度頭を叩いてからさだのりが夏美の元を離れる

一歩一歩、彼は遠ざかっていく

夏美(…待って…行かないで…)

そうだったのだ、彼女の父親は、彼女を捨ててなんかいなかった

ただ、もう父親として傍にいることが出来なかったのだ

夏美(…待って…)

さだのりが、建物の出口に前に立つ

行ってしまう、もう、この男に会えることは




830 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 23:28:07.74 ID:8Zi1xcVn0






































                      「パパ!!!!!」


























831 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 23:39:33.56 ID:8Zi1xcVn0
どこからか息を呑む音がした

邪火流が驚いたような表情をしていた

舞子が、悲しそうな表情をしていた


遠くで、さだのりが振り返った


なぜだろうか、さだのりは少しだけ、ほんの少しだけだが嬉しそうな表情をしていた

夏美「待って…!!」


さだのり「夏美、お前の父親は邪火流だけだ、他にはいない」


夏美「待って、行かないで!!!」


さだのり「…それにな夏美…お前の親父さんは…もっと素敵な男のはずだ、お前みたいな…お前みたいな優しいヤツの親父なんだからな」


じゃあな、と手を振ってからさだのりが歩き出す


夏美「待って…」

駆けだそうとした夏美の手を、邪火流が強く握った

夏美「放して!!放してよ!!今行かなかったら…」

邪火流「さだのりは俺達を守るために…戦いに行くんだよ!!!!」

夏美「!!」

邪火流の目に、大きな涙が浮かんでいる

それでも、邪火流はもう、さだのりを止めることが出来ないのを知っていた

邪火流「…夏美…さだのりを、行かせてやってくれ…」

夏美「…おじ…ちゃん…」


さだのりの方を見つめて、夏美が呟いた

泣くことしかできない、あんなに大好きだった男が、もう

彼女の本当の父親が



さだのり「…夏美」

最後の言葉になるのだろう、さだのりは振り返ることはなく、言った


さだのり「…またな」



832 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 23:48:06.33 ID:8Zi1xcVn0

さだのり「…」

建物の外に出てしまった、後ろで夏美の泣いている声がする

振り返りたくなるが、それを堪えてさだのりは歩いた

もうすぐ、門に着く

そこから外に出てしまえば、さだのりはもう「人間」であるのをやめてしまう

人を殺し、そして最後は自分も殺される

ただの獣に成り下がるのだ、さだのりは

さだのり(…結局…昔からそうだったんだな)

半ば自嘲気味に、さだのりが心の中で笑う

誰かを守るためには、結局誰かを傷つける

その傷つけてしまった人のことを後から考えることもせず、さだのりは今まで生きてきた

だが

今まで殺してきた兵士にも、家族はいたはずだ

もしかしたら、結婚が間近に迫った恋人がいたかもしれない

それらの夢を、さだのりは潰してきたのだ

さだのり(…俺は…あの男と同じだ)

否定してきた、あの男の狂気

しかし、結果から見ればさだのりも、あの殺人鬼も何ら変わりはない

さだのり(…俺は…結局、化け物のままで死ぬんだな)

ゆっくりと歩いて、門の前に立つ

その脇に、二人の門番がいた

「…さ、さだのりさん…」

さだのり「開けてくれ、閉じるのもお前達だからだ」

指を差して、さだのりが指示する

さだのり(…もう、俺が帰ってくることはないんだな)

寂しくなってしまう、それでも、さだのりは行かなければならない

さだのり「…」

「…さだのりさん、何か…その、あなたがいなくなった後に、やってほしいことなどは…」

さだのり「…俺の遺体は、昔の友達の墓と並べて埋めてほしい、場所は邪火流に訊いてくれ」

「…分かりました…」


833 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/11(水) 23:56:59.35 ID:8Zi1xcVn0
さだのり「…俺がここから出たら…そうだな、夏美にすまなかったって伝えてやってくれ…俺はダメな親父だったからな、あいつには…もう会えないから」

「…分かりました」

さだのり「…じゃあな…」

さだのりが歩き出そうとしたその時、一人の門番がさだのりの方を向いて敬礼をした

さだのり「…なんだ…?」

「…さだのりさん、あなたは…あなたは知っていないと思います、それでも言わせていただきたいことがあります」

さだのり「…」

「…自分の恋人は、あなたに命を助けていただいたことがありました」

さだのり「…俺が…助けた…?」

いつの話だろう

あの、昔さだのりが仲間を失うことになった戦争か

「…自分の…今の幸せがあるのはあなたのおかげなんです…自分…もうすぐ結婚式なんです…」

さだのり「…そうか」

「…さだのりさん…あなたに…あなたにも、来てほしかった…」

涙を流しながら、門番の兵士が敬礼する

「…俺も、ですよ」

さだのり「…なに?」

「…俺の家族は…妻も娘も、息子も…間一髪であなたに救われたことがありました、目の前に敵が来ていた時に…昔のことですが」

さだのり「…嘘だろ…?」

「本当ですよ!!あなたが…俺の家族を守ってくださったんです」

さだのり(…なんで…なんでだ…?)

「…さだのりさん…後ろを見てみてください」

さだのり(…)

さだのりは振り返った、建物の壁には大きな穴が開いていて、そこから中の人々が見える

誰もが泣いていた、さだのりを見送るために

さだのり(…どうして)

「…さだのりさん…あなたは、一人の女性に恋をして、一人の友にその女性を託して…そして娘も託した、不器用だけど…素敵な人じゃないですか」

さだのり「違う、俺は…」




834 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/12(木) 00:05:18.09 ID:H0Umfwb/0
「…違いません、さだのりさん」

敬礼をしたまま、門番がさだのりの目を見つめる

どうしてだろう

さだのりの視界は、少しだけぼやけていた

「…敵が…あなたのことを化け物と言ったとき、自分は悔しかったです、あなたは自分の恋人を守ってくれた方なんですかだ」

「俺もです、その敵に一泡吹かせたくなりました」

「…ここにいる誰もが、あなたのことを…慕っているんです、実際に会ったことはなくても、噂で聞いた人々も」

さだのり「…俺は、たくさんの人を殺した」

「…それでもですよ、あなたのことを憎む人も多いでしょう、でも忘れないでください、あなたのことを愛している人も、同じだけいるんです」

さだのり「!!!」

「…さだのりさん、あなたは…化け物なんかじゃない、我々の…仲間じゃないですか」

さだのり(…)

仲間

さだのりには、昔そんな友達がいたのではなかったか

そう、あのいなくなってしまった3人と、邪火流

ベッケンバウアーが、舞子が

夏美だってそうだ、瑠璃も、庄太郎も

そして、阿修羅だって

「…行ってらっしゃい、もしも…もしも、帰ってきたくなったらいつでも来てください、歓迎しますから」

さだのり「…」

さだのりの心の中から、何かが溢れだした

後ろで、さだのりを見送る人々を振り返る

さだのり(…舞子…瑠璃…邪火流…)

さだのり(…夏美)

小さく笑ったさだのりは、敬礼をした

誰に向かって、ではない、みんなに向かって

この故郷の仲間に向かって




さだのり「またな、みんな」



親指を突き立てて、さだのりは進んだ

もう、迷うことはないだろう



一迅の風が吹く




835 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/12(木) 16:47:04.91 ID:H0Umfwb/0

荒野に、兵士達が集っていた

そこは国境地帯、どちらの国も、血眼になって自分達の領土だと主張する地域

そこに、男を中心にして兵士達は集っていた

「…諸君。今までの長い…いや、日数的には短いのだが、しかし長かった戦いは、恐らくもうすぐ終止符が打たれる」

殺人鬼、化け物、人でなし

男は様々な言葉で形容されるが、しかし同時にかなりの知識人でもあった

知識というのは、何も数学の全てを理解しているとか、何か国語も喋れるとかではない

人々の頂点に立ち、それを率いることが出来る、それが最大の知識なのだ

「…俺達の軍は、まだ1万と4000ほど残っている、対する敵はその6分の1ほどかな…ここに集まったのは200の精鋭達だけだ、俺が強いと思っているヤツらを集めたんだからな」

手を組み、男は笑いながら続ける

周りの兵士達は、隊列を組み、しかしあまり態度のいい姿勢とは言えないような立ち方で聞いている

昔の隊長ならこんな時も直立不動を命じていたな、と笑っていた

「…俺達は奪ってきた、女を犯したな、最高の戦争だったとは思わないか?」

「隊長、そりゃあ誰もがそう思ってますよ」

「…そうだな、俺達は戦争というものを楽しまなきゃならない、結果から喜びを得るのは国のトップだ、なら過程で喜びを得るのは?」

「俺達です」

「その通り…そして、さだのりがここに来たとき、その過程は終わりを迎える」

淡々と語りながら、男は一人の兵士を指差した

屈強な男だ、軍の中でも腕力は一、二を争う

「…お前、人間には二種類の者がいると聞いたことはないか?」

「…いえ」

「食う者と食われる者だ」

「…」

「…さだのりは食う者だった…あいつは2000人ほどの血を体に浴びた獣だ…すっげぇよなぁ、一人でそれだけを片付けたんだ」

「…隊長は…」

「俺は…もっと浴びてみたいのさ、俺は食う者だからな、食われるのは好きじゃねぇ、食うのが好きだ」

時期に食料が届く、たんまり食べろ、と男は言った

先ほどの管制塔に食堂もあった、そこで食べろ、と

「…最後の晩餐になるかもしれない、諸君はほとんどが食われる者なのかもしれない、だが中には食う者もいるはずだ」

「隊長、俺達は食われはしません」

(…馬鹿が)

「…そうだな、お前達は食われない、俺は期待してる…以上だ、諸君の破壊に感謝を述べるよ」

兵士達がその演説に拍手をする

それはどこかの怪しい宗教団体のようだった、しかし力を持ちすぎたものは必ず崇められる

(…お前達の中に食う者は一人もいない)



(一人も、だ)


836 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/14(土) 21:54:24.03 ID:Xp4KcEbx0

さだのり(…仲間…か…)

門は閉じられた

もう、戻ることは出来ない

さだのり(…夏美は、俺のために泣いてくれた)

自分の娘だった少女が

さだのり(…舞子は、俺のために泣いてくれた)

かつて愛していた女が

さだのり(…邪火流は、俺のために泣いてくれた)

昔からの友人が

さだのり(…俺は…仲間がいたんだ)

自然と笑みがこぼれた、これから死にに行こうというのに、それでも、彼は今まで生きてきた中で一番の幸せを感じていた

さだのり(…俺には、仲間がいる…あの男には、いない)

拳を握りしめる、不安を握りつぶせばいい


阿修羅「…随分と嬉しそうだな」

さだのり「…阿修羅か」

本拠地の塀、そこの上に阿修羅が座っていた

さだのり「そんな高いところから、俺を見下ろして馬鹿にしてるのか?物好きだな」

阿修羅「…そんなのではない」

さだのり「…じゃあ、なんだ」

阿修羅「…俺も、行かせてくれ」

さだのり「はぁ?」

阿修羅「…お前は言った、あの人達と俺やお前は違う、と…やっぱり、俺にはあのやり方は合わないんでな」

とん、と地面に降りた阿修羅が笑う

阿修羅「…平和になった世界に…俺達のような人間はいてはいけない」

さだのり「…いいのか?お前にはまだ未来があるぞ」

阿修羅「俺が守りたいのは今だ」

さだのり「…そうか」

阿修羅「お前一人では負けるかもしれないだろう?」

さだのり「…悪いな、お前には色々謝らなきゃいけないことがある」


837 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/14(土) 21:59:40.05 ID:Xp4KcEbx0
阿修羅「…何を」

さだのり「…お前の父親を殺したことも、謝る必要がある」

阿修羅「…謝るな、俺にはそれを聞いてもどうしようもない」

さだのり「…憎くはないのか」

阿修羅「…今のお前を見ていると分かる、過去のお前も…信念を貫いたんだ、俺の父さんがそうだったように」

さだのり「…」

阿修羅「…憎しみを忘れるのではない、捨てるのだ…父さんはよく言ってた」

さだのり「そうかい」

阿修羅「…走って国境地域まで行くか?時間が掛かるが」

さだのり「…問題ない、行こう」

阿修羅「…あぁ」


夜の道を、二人の男が走る

桜の季節、道端には桜並木が連なっている

さだのり「…あ…」

阿修羅「…どうした?」

さだのりが、その途中で足を止めた

どこかの公園だ、阿修羅は初めて着た場所だが

さだのり「…」

阿修羅「…どうした?」

さだのり「…いや…なんでもない」

さだのりの目には見えていた、若い男女がそのベンチで食事をしている幻が

男は照れている、女はそれを見て笑っている

懐かしい過去の幻を

さだのり「…俺はいつも…待ち合わせに遅れていた」

阿修羅「…何を言っている?」

さだのり「…死神が、俺の肩に鎌を掛けている、時計の針を刻むように、少しずつ俺の首にそれを近づけるんだ」

だったらいいだろう、とさだのりが笑う

さだのり「…俺はもう、遅れはしない、すぐに、出来る限りの速さで、あの男を殺してこの国に平和を取り戻す」

阿修羅「…」

さだのり「…行くぞ、こんな公園では立ち止まってられない」

阿修羅「あぁ」

さだのりは再び足のリズムを刻み始める


さだのり(…じゃあな)


誰にでもない、そんな別れを告げて




838 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/07/16(月) 16:50:04.52 ID:zBePtbMz0


(最後の晩餐、というのは)

国境地域の、ある建物

そこの床は、一面にビッシリと血が付いていた

床だけではない、天井まで吹き上がった動脈血は、辺りを鮮赤の世界に変えていた

(素晴らしい味と、異様な幸福感から成る)

中心で笑うのは、一人の男だった

唯一、その場で生きている男だった

周りに転がっているのは肉片だ、またの名を「男の元部下達」である

誰が殺したのか?など尋ねる馬鹿はいないだろう

男が殺したのだ

なぜ?

殺したかったから、としか言いようがない

(…人間の肉は実際は、そこまで魅力的なものではないな)

彼は幼い頃に、一度飢えからその肉を喰らったことがあった

その時の吐き気は、今でも鮮明に覚えている

人間が人間を食べるなんて狂っているのだ。とは言いつつも彼は食べても構わないと思っているが

(…死体が全部で…いくつになるかな)

どれほどの兵士が自分の演説を聞いていたのか

大して、興味もない

ただこの殺された兵士達を見て、男は笑っていた

所詮、喰らう者なんて他にはいなかったのだ、と

(…ったく、さだのりが早く来てくれないと暇で暇で仕方ないね)

転がった誰かの頭を、ぽんと壁に向かって蹴りつける

血飛沫で、どこに当たったかが分かるのだ

壁の中央、ど真ん中にそれは当たった

(100点満点ってところだねぇ)

つまんねぇの、と口では言いつつも他にはやることがない

(…さだのりは来るか?)

来るはずだ、いつ来るのか

(…近いうちに来る…それまでは…まぁ、俺の部下達がバリケードを組んでるが、あいつにしたら糞みてぇなもんだしなぁ)

コロコロと別の頭を足先で転がしながら、男はため息をついた



さだのりは、待ち合わせに遅れる質なのかなんて考えながら


839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大分県) [sage]:2012/07/20(金) 23:39:22.11 ID:08DNJIms0
本スレ完結したと思ったら1000がひどいwwwwwwww
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/06(月) 16:21:48.29 ID:2hW4hksw0
さだのりぃぃぃぃぃぃぃぃ!

更新が待ち遠しい日々が続きます
841 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/06(月) 19:04:03.73 ID:N8rjwLpZ0
さだのり「・・・着いたな」

阿修羅「あぁ」

不気味な雰囲気、国境地帯

最早人が暮らしている街には帰れないのだ、と二人はなぜか理解した

植物が不気味な生き物のように、根を張らせている

動物の姿はほとんど見えない、噂では毒を持った蛇がいるらしい

いや、こんな場所ならばただの毒蛇など優しいか

さだのり「・・・見ろ、ところどころの建物に明かりが見える」

阿修羅「どう思う?国境地帯を見張っている両国の兵士が、しっかりと自分達の仕事を全うしていると考えるか?」

さだのり「それとも、敵兵が既に見張りを全て殺して、あの中に潜んでいるか」

阿修羅「・・・分からない、なんてわけはないか」

さだのり「・・・二手に分かれるか?」

阿修羅「・・・そうしよう」

さだのりと阿修羅が、別々の方向を見つめ・・・


さだのり「あぁ、そうだ」


阿修羅「どうした」

さだのり「・・・お前に一つ、提案があるんだった」

阿修羅「提案?」

さだのり「もしも敵を全員殺し終わって、それで俺達は生きていたらさ」

阿修羅「小説や映画では、そういう台詞を吐いたヤツは死ぬらしいぞ」

さだのり「うるせぇな・・・とにかく、もしも生き残れたら・・・殺し合いをしないか」

阿修羅「・・・なに?」

さだのり「お前にとって俺は親父の仇、それに俺にとってお前は一度舞子の命を狙ったガキ、いいだろ?」

阿修羅「・・・お前、守るために戦いに来たんじゃなかったのか」

さだのり「敵兵に殺されるのだけは御免だ、だったら復讐に燃える青年に殺されたほうがマシだろ」

阿修羅「・・・今更、お前を怨んではいないさ」

さだのり「・・・許してるってわけか」

阿修羅「無意味だ、こんな戦争の中で・・・相手を恨むなんて」

さだのり「・・・じゃ、言い方を変えるか・・・どっちが強いのか決めようぜ」

阿修羅「・・・子供のような考え方だな」

さだのり「・・・答えは、お前と再会したら聞くよ」

手を振ったさだのりは駆ける、その後ろ姿を見ながら、阿修羅は笑った

阿修羅「・・・随分と・・・お前は、あぁ・・・随分と純粋なヤツだったんだな」

842 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/06(月) 19:04:45.13 ID:N8rjwLpZ0



「・・・さだのりがこの国境地帯に辿り着いたら・・・配置していた部下がまずは迎え撃つな」

男は、一人だった

血まみれの部屋から移動し、外の荒野で風を浴びていた

夜の暗闇に、彼の姿は溶け込む

今なら、どんな偉い人間の後ろにさえも、気付かれずに回り込む自信がある

そして、SP諸とも、ほんの一瞬で殺す自信が

「・・・阿修羅が先に来るか、さだのりが先に来るか」

荒野にも、兵士達の死体が転がっている

ここを占領するときに殺した、「さだのり達の国」の兵士

男が暇つぶしに殺した、「部下であった」兵士

数にして400程か

男は一人だった

荒れ狂う荒野の風の中、彼は一人待っていた




さだのり「・・・キリがねぇな」

剣に付いた血を振り払いながら、さだのりは死体を見つめた

殺しても殺しても、次から次へと敵兵は湧いて出てくる

さだのり「・・・あいつは俺の体力を減らすためにわざわざ・・・」


「いたぞ!撃て!」


さだのり「ちっ・・・」

身を低く屈め、銃撃に備える

背中をぴったりと建物の壁にくっつける

これで、後ろから撃たれる心配は無くなるのだ

さだのり(・・・来た)

銃弾は全部で三つ

二つを難無く避け、一つは一刀両断にする

火花を散らしながら、二つに分かれた弾丸はさだのりの後ろの建物にぶつかる

さだのり(・・・少人数で散り散りに動いている、これは・・・)


「いた、向こうだ!」

「弾を篭めろ!」


さだのり「・・・見つかったか」

剣を構えるが、敵は銃を使っている

この間合いではどうしようもない


843 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/06(月) 19:05:29.45 ID:N8rjwLpZ0



「・・・隊長に報告しろ、今すぐだ!」

「了解!」

「おい、さっさと片付けたほうがいいんじゃないか?」

「隊長が言ってたろ、こいつは一筋縄じゃいかないんだよ!」


さだのり「・・・隊長・・・・・・!あいつのことか!」


「青ざめたな・・・怖いんだろ、隊長が」

「む、無理もねぇさ・・・部下の俺達もあの新しい隊長は恐すぎる、なにを考えてるか全く分からねぇ」

無線機を掲げながら、一人が喋る

「でもな、ああいう人に限って、上司にしておくと作戦が上手くいく!俺は死なずに帰れるってわけさぁ!」


さだのり「死なずにだと・・・?俺が見逃すと思うか?」


「言ってろ馬鹿!」

「おい、繋がったみたいだ!」

「!隊長!」


『・・・なんだ?報告でもあるのかぁ?』


「さだのりと思われる男を発見、追い詰めております!」

「いかが致しますか!?」


『・・・なぁ、だったらなに呑気に無線なんかしてんだよ』


「は、はぁ・・・」


『便所で上手く糞が出来たからって、一々母親に報告するガキがいるか?お前らの今のはそれと一緒だ』


「う・・・」

「し、しかし・・・この男は一筋縄ではいかないと・・・」


『お前らが首を取る必要はねーの、命賭けて指一本くらいは削ぎ落としてやったらどうなんだよ』


「!い、命を!?」

「た、隊長!話が違いますよ、俺達は必ず勝てるって・・・」


『勘違いするな、俺は勝てると言った、俺達とは言ってない』


「そ、そんな!」


844 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/06(月) 19:05:57.03 ID:N8rjwLpZ0


さだのり「・・・見てみろ、そいつは隊長なんて器じゃねぇ」


『おっ、さだのりの声がしたな、マジでさだのりを見つけたのか』


さだのり「・・・てめぇ、今どこにいるんだ?ピンピンした俺と戦いたいなら今すぐ出て来いよ」


『それがそういうわけにはいかないんだよなぁ、うちの国の利益にするには、確実にてめぇを殺さなきゃならない』


さだのり「怯えたのか」


『違う違う、こうやって兵士を配置しておけば建前ではしっかり国のために働きましたって感じになるだろ?』


さだのり「・・・」


「た、隊長!ひどいですよ、アンタが勝てるって・・・」


『ごちゃごちゃうるさいぞ、お前達・・・軍隊の勝利とは何か知っているか?全員が生き残ることではない、最後に敵より生き残った数が多いか、相手の頭領を殺すことだ』


「な・・・」

「ちくしょう!アンタが行けって言ったから俺達は全員言うことを聞いた、なのにアンタはその俺達の忠義には返さないのか!?」


『忠義ねぇ、兵隊にしておくにはもったいないくらい綺麗なヤツだ、だったら信じたまま死ねばいい』


さだのり(・・・!この機械音は!)


「し・・・死ねばなどと部下に・・・」


さだのり「お前ら、その無線機を放せ!それは・・・」


『爆弾だ』


凄まじい閃光、爆風

身を地面に屈めたさだのりはほとんどダメージを負わなかった


さだのり「!」


だが、耳元に無線機を近付けていた兵士は既に頭の上半分が吹き飛んでいた

残りの二人も、かなりの傷だ

「あ・・・あぁぁ!い、痛い!」

「ちくしょう!意味が分からねぇ、な、なんなんだよ!?いきなり爆発しやがった・・・」


さだのり「・・・前にもあんなことがあった・・・あいつは無線機に爆弾を仕込んでやがった・・・」


「!」

兵士に近づきながら、さだのりは笑う



845 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/06(月) 19:06:58.64 ID:N8rjwLpZ0
さだのり「めんどくさいヤツを隊長に選んだもんだな、うちの隊長とは大違いだ」

「ぐ・・・く、くそ!来るな!来るなよ!」

「じゅ・・・銃は!?銃はどこだ!?」

さだのり「爆風の熱で溶けてやがるぜ、お二人さん」

「あ・・・あぁ・・・」

絶望に打ちひしがれた二人は、空を見る

綺麗な星空だが、もうここからそれを見ることはないだろう

「い・・・いてぇ・・・なんか・・・」

さだのり「・・・!お、お前・・・内臓が・・・」

「あ・・・あぁ・・・家に帰れば・・・美味い飯が・・・」

「だ・・・大丈夫だって、お前の傷ならまだ・・・」

「飯が・・・食いたいな・・・酒場で可愛い子でも・・・引っ掛けて・・・」

さだのり「・・・」

「・・・殺すのか・・・?俺を・・・」

さだのり「お前は内臓が零れ出てる、そっちのお前は右足が吹っ飛んで向こうの壁にべったり潰れてくっついてやがる」

「あ・・・あ・・・俺達・・・帰れないんだ・・・」

さだのり「・・・」

剣を光らせながら、さだのりが二人を睨みつける

さだのり「今までお前達は・・・俺は、人の命を奪ってきた」

「・・・」

さだのり「だから、死ぬときに命乞いなんてしたらいけねぇ」

「分かってる・・・ちくしょう・・・」

さだのり「・・・どうせその傷じゃ助からない」

切っ先を喉元に向けてから、さだのりは小さく笑った


「…は…はは…なんかさ…殺されるってのに…なんだか…幸せだ…」

さだのり「苦しみから解放してやれるなら、な」





さだのり「向こうにも、可愛い子のいる酒場があるといいな」

「・・・あぁ」




鮮血が宙を舞う

懐かしい光景だった



846 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/07(火) 07:49:08.23 ID:ZnVLF/6C0
阿修羅「・・・」

どういうことなのか

阿修羅の進んでいる道には、一人の兵士もいない

さだのりが進んだ方はどうだったのか


阿修羅(普通ならば、体力を温存出来ると・・・喜ぶべきなんだろうが)

阿修羅の背中には冷たい汗が流れていた

なぜ、一人の兵士もいないのか

理由を幾つか考えたが、どれもイマイチしっくりこない

大体にして、阿修羅の体力を減らすことがあの男にとって重要なはずなのに

阿修羅「どういう・・・考えなんだ・・・」

走り続ける、荒野の景色は単調だ

ゴツゴツした岩場、そこを拓いて作られた軍の建物

そして、遠くには崖さえも見える

むやみやたらに走れば、ほんの拍子に足を踏み外して死ぬだろう

阿修羅(走っている地面の安全も確認しなければ)

駆けているだけでも足をくじいてしまいそうな荒野

一体、そこでどれほど激しい戦闘を行わなければならないのか

阿修羅(・・・ん・・・!?)

月に照らされた目の前の道に、何かが転がっている

阿修羅「こ・・・これは・・・」

死体、死体、死体

見渡す限りに死体が転がっていたのだ、10や20なんかではない

単位は普通に百なのだろう

阿修羅「ば・・・馬鹿な・・・これは俺達の国の兵士だ」

そう、つまりここに駐屯していた兵士が殺されたのだろう

だが、そうすれば疑問が残る

阿修羅「・・・向こうに転がってるのは敵兵だ・・・」

同じように、敵も死体になっていたのだ

信じられない、なぜこんな風に相打ちになったのか

爆弾を使った跡はない、ならば斬り合ったとでも言うのか

阿修羅「・・・だが、どれも・・・非常に綺麗な切り口だ・・・」

首、腹、足、腕

様々な部分が死体から斬られているが、断面は非常に滑らかだった

刺した結果斬れた、という感じではない

最初から斬ることだけを目的にしている手口だ

阿修羅「これは・・・」


「まるで俺のやり方にそっくりだ」


847 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/07(火) 07:49:48.31 ID:ZnVLF/6C0

阿修羅「!?」

クルン、と向きを変えた阿修羅、声は後ろからではない


「おめでとう、コングラッチュレーション!ここに来れたのはラッキーだぜ、大当りだ、阿修羅」


阿修羅「き・・・貴様がやったのか!?」


「あぁ」


阿修羅「なぜ!?貴様の部下までを・・・」


「なぜ、言う必要があるのか?知ってどうする、俺みたいな殺人鬼の意見を」


阿修羅「姿を現せ!」


「・・・気付いてないのか」


阿修羅「・・・うっ!?」


見えた、月明かりに照らされた・・・死体の山の中

死体の体に幾つか刺さっている剣

その上に座り、更に足を延ばして別の剣に乗せているあの男は


阿修羅「・・・見つけた」

「あぁ、見つけた」

阿修羅「・・・覚悟はいいのか?」

「覚悟か、それはお前が決めるものだ、死ぬ瞬間には誰もが決める」

阿修羅「死なないさ」

「・・・その震えた腕でなにが出来る?」

阿修羅「震えてなどいない!俺は!お前を殺すためにここに来た!殺すまで死なないぞ、俺は!」

「・・・殺す、か」

ゆったりとした緩慢な動作で、男は地面に降りた

「そういやぁ、俺が今まで殺した女や男もな、そういう台詞ばっかり吐いたな」

阿修羅「!」

「私の子供に手を出すな、絶対にお前を殺してやる、ってさぁ」

阿修羅「貴様・・・今まで何人殺した!?罪のない人間を!?」

「罪のない人間なんていない、よってゼロだ」

阿修羅「ふざけるなよ!」

剣を構える、だがなぜか切っ先は震えた

阿修羅(これは武者震いだ・・・!)

「・・・人は、な」


「人は死に恐怖を抱く・・・当たり前だ、恐怖とは美しいもんだ」


848 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/07(火) 07:50:16.49 ID:ZnVLF/6C0
阿修羅「なにを言う・・・俺には恐怖なんてない!」

「愛する人と別れること、財産を残していくこと、やり残したこと、明日のサッカーの試合の結果、人は何かしらの心残りを残すことに恐怖を抱く」

阿修羅「俺にはない!」

「限りあるから尊い命だとか、命の限り輝こう、なんて結局は死の恐怖を紛らわすための言葉だ」

阿修羅「黙れ!」

斬り掛かる、距離は足りないがその距離も一瞬で詰めた

阿修羅(よし、斬れる距離・・・)

「そして、人はその恐怖を剥き出しにした瞬間が一番美しいんだなぁぁぁ!」

両手に鎖鎌を構え、男は身を屈めた

阿修羅(相変わらず化け物並の速さだ・・・!)

「お前を美しくしてやろう!エステティシャンになったみたいになぁ!阿修羅!」

ギラリと光った刃を避けると、もう片方の刃が首に向かって降りて来る

風を斬る音と同時、金属音が響く

「止めた・・・か」

阿修羅「・・・この距離なら、お前を殴れる蹴れる蹴散らせる!」

「・・・それは俺も同じだ」

阿修羅「死ね、化け物・・・」


「阿修羅、恐怖が浮かんだな」

阿修羅「!?」

なぜだ、阿修羅の空を切った拳に、刃が突き刺さっている

浅くだが、しかし確実に

阿修羅「ば・・・」

「・・・阿修羅、お前は若い、若いし青いし未熟なんだよ、人を殺したことをまるでキャリアのようにさえ考えている」

阿修羅「馬鹿な・・・!」

拳に刺さった刃を振り払う、血が飛び散るが気にはしない、いや、できない

「・・・積み上げた先には何があった?真理か?悦楽か?まさかぁ、ただの汚い世界だけ、何も変わりはしないんだ」

阿修羅「あぁぁぁぁ!」

「犬が吠えるのは二つの場合、警戒する時か・・・」

阿修羅の体の下に潜り込んだ男は、阿修羅の顎を見た


「恐怖を紛らわす時だ」


849 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/07(火) 07:50:45.60 ID:ZnVLF/6C0
凄まじい顎への衝撃に、阿修羅の意識は一瞬消える

阿修羅(な・・・ぐられた・・・!?)

「そして、恐怖が消えることはないから吠え続ける、犬がうるさいのはそのためだ」

次に、膝に刃を突き立てられた

阿修羅「ぐぁぁあっ!?」

「阿修羅、お前は若い、未熟だ、弱い、ガキだ」

膝の刃が抜き去られた、そして、その刃は阿修羅の頬の肉を斬り取った

ほんの狭い範囲なのに、血は次々に溢れ出る

有り得ない、真っ赤な感触が、首筋を這って服の中に流れ込む、脇の下を通り抜けたそれが肘に行き着いてくすぐったい

阿修羅「うわぁぁぁぁぁ!」

「・・・家帰ってパンでも食べてな、ガキが」

膝蹴りが、阿修羅の胸に突き刺さる

嘔吐しながら、阿修羅は地面に這いつくばる

阿修羅「げっ・・・」

「・・・昼飯と感動の再会か?あぁ?」

阿修羅「貴様・・・ぁ・・・」

「・・・さだのりはどこだ?やっぱり二手に分かれたな、となると部下の馬鹿共とやり合ってるのか・・・」

そこで、男のポケットに入っていた無線機が鳴り出した

「・・・」

阿修羅「ごほっ・・・」

「・・・いいところなんだけどなぁ、ねぇ?」

呆れたように言いながら、男は無線の相手と適当に話した

阿修羅(こいつの・・・この余裕が気に入らない・・・!)

目の前に阿修羅がいるにも関わらず、無線に応えている

阿修羅「貴様・・・」

「うちの部下とさだのりが対面してた、まぁ部下も用済みだからどうでもいいが」

阿修羅「・・・あまり油断しないほうがいい・・・お前の喉を俺が掻き切るかもしれないぞ」

「やれるんならとっくにやってるだろ、てめぇはもう敗北してんだよ」

阿修羅「やってやるさ!」

剣を握り締める

汗で滑りそうなそれを、無理矢理振りかざした

「それだから若いって言ってるんだ」

鎖鎌の刃は、鋭い軌道を描いて、阿修羅の剣の切っ先とぶつかり・・・


そして、砕いた



850 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/07(火) 07:51:18.71 ID:ZnVLF/6C0


さだのり「はぁ・・・なんとかやり終わったか」

頬から流れ出す血を拭き取りながら、さだのりは歩いていた

昔、舞子達を守るために戦った時もこんな戦いを強いられた

一人で戦うのは非常に辛い、相手に味方がいるというだけでなぜか劣等感に駆られさえする

だがしかし、今の彼は違う

さだのり(・・・単純な男だな、俺は)

昔に戻ったようだった

誰かを守るために、恐怖を捨てられたあの頃に

さだのり(悪くねぇ・・・あぁ、悪くねぇな)

剣を軽く振り回して、さだのりは走り出す

鞘に戻す必要はない、敵がいたら斬る

簡単なことだ、敵の過去や家族、人生についてなんて考えない

さだのりは、そんなに善人ではないから

さだのり(あぁ・・・俺は善人なんかじゃない)

それはつまり、本当の善人を知っているから






阿修羅「あ・・・」

「・・・残念だ、お前を初めて見たときはな、本当にビビビッと来たんだ、お前なら俺と対等に渡り合う人間になるかもしれないってな」

違ったんだ、と男は裏切られたような表情で言う

「なんのことはない、ちょっと腕が立って負けず嫌いってだけだったな」

阿修羅「俺は・・・」

「喋るな、つまんねぇ」

阿修羅「俺は・・・お前の考えてないような策を・・・取った」

「・・・あぁ?」

阿修羅「お前が・・・気付いていない・・・それが、俺が!お前に勝っているという証拠だ!」

「てめぇ、何言ってんだ」

阿修羅「・・・お前・・・殺した兵士達のことなんて気にも留めてなかったみたいだな」

「・・・ん・・・?」

阿修羅が何かを取り出した、それは

「フン、手榴弾か」

851 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/07(火) 07:52:03.29 ID:ZnVLF/6C0

阿修羅「・・・兵士なら・・・いくつか持っていてもおかしくない・・・」

「・・・阿修羅、だったらなんだ?」

手の中に握られた手榴弾を、男が蹴り飛ばす

ピンはついたままだ

「・・・手榴弾で俺を吹き飛ばすつもりだったか?それとも、自爆するつもりだったか?」

阿修羅「・・・ふ」

「何がおかしい?」

阿修羅「ははは・・・いやぁ、お前、マジックとか見たことあるのかなってさ」

「・・・」

阿修羅「よくやるだろ、テーブルマジック・・・右手に何も握ってませんよ、って言って周りの視線を右手に集めてる間に・・・左手で細工をする」

「・・・へぇ」

阿修羅「・・・牢獄にいたんなら、知らなくても無理はない・・・が!」

手榴弾をチラリと見た男を、阿修羅は嘲笑った

阿修羅「あの手榴弾は右手だ、本命はあんなんじゃない」

「なに・・・!?」

阿修羅「残念、お前は左手に気づかなかった」

阿修羅の手に、もう一つ

何かが握られている

「てめぇ・・・!」

阿修羅「手榴弾にばかり目が行ったな・化け物が」

「兵士の拳銃を奪っ・・・!」

阿修羅「・・・引き金を引くのは・・・憎しみらしいぞ」

乾いた音を響かせながら、銃弾が飛ぶ

「ちっ!」

華麗な身のこなしで、男はそれを全て避ける

「意味のないことを!てめぇはなぁぁぁ!結局ここで・・・」


阿修羅「マジシャンはな、ときとして・・・左手さえも囮に使う」

「!?」



さだのり「!今のは銃声・・・!」


阿修羅「・・・こんなに静かな夜だ・・・さぞかし今の銃声は目立つだろうな」

「・・・まさか、さだのりをここに連れて来るために」

852 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/07(火) 07:54:25.17 ID:ZnVLF/6C0
阿修羅「ははは・・・!俺の勝利は、お前を殺すことだ!さだのりと協力してやる、俺達はお前を超える!」

「馬鹿な真似をっ!てめぇもさだのりも殺してやる、俺は生き残る!」

阿修羅「てめぇみたいな人間はなぁ!生き残る価値がないんだよ!」

「ほざけぇぇぇぃぃぃ!」

鎖鎌の刃、それは既に阿修羅の剣を砕いたのだ

「てめぇの武器はもうない!」

阿修羅「いいや、まさか」

「!」

すっ、と阿修羅が取り出したのは

「拳銃・・・ま、まだ持っていたのか!?」

阿修羅「こんだけ兵士が転がってたんでな」

撃鉄を起こし、再び引き金が引かれた


阿修羅「補充には困らなかった」




さだのり(今の音は…間違いない、銃声だ!!!)

少し離れた場所から銃声が聞こえた

それはどういうことか

答えは簡単、そこで誰かが争っている

では争っているのは?

片方は、確実に阿修羅だろう

阿修羅が撃たれているのか?それとも阿修羅が拳銃を拾って撃っているのか

どちらにしろ、阿修羅が危険な状況には変わりない

そして、阿修羅を危険な状況に追い込めるような人間は

さだのり(あいつしかいねぇ!!!!)


冷や汗が背中を流れる

さだのりの心には、少しの恐怖はあった

853 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/08(水) 14:15:54.96 ID:USGqPbNs0

「…やるな、お前さぁ…」

ジロリと阿修羅を睨み付ける男の顔は、笑っているようにも、怒っているようにも見える

阿修羅「…ふ…これで…お前は不利になったぞ、どうする?」

「…不利、ねぇ」

阿修羅(…本当はそんなことない…こいつは、俺とさだのりが協力して戦線を張っても…今まで生き残ってきた、俺が不利だったのがイーブン程度になるだけだ)

「…めんどくさい、と思うのと同時に…さだのりをここにおびき寄せる手間が省けたという喜びも同時にふつふつと湧き上がってくる」

阿修羅「…喜びだと?」

「…俺は…人を殺すのが好きだ、でもただ殺すだけじゃない、相手を陥れ、恐怖を植え付け、涙を流させて殺すのが好きだ」

阿修羅「…化け物が」

「…化け物、かぁ…なぁ阿修羅、人は笑うことを許された動物だと言う話を聞いたことがあるか?」

阿修羅「…それがどうした」

「…だがなぁ、犬は嬉しかったら尻尾を振ることが出来る、そう考えたらその話はおかしいんじゃないかなぁ」

阿修羅「…」

「人間の唯一の感情は、悲しみ、憎しみ、怒りなどの負の感情だと思うんだ、俺はさぁ」

阿修羅「…ふん、お前みたいな化け物が人間を語るのか?馬鹿馬鹿しい」

「…わからないならいいんだが…阿修羅、お前はその負の感情でどこまでの高みに上り詰められると思う?」

阿修羅「…」

「…答えを、俺は今から出すのさ、さだのりを殺し!!お前を殺して!!!」

阿修羅「…くだらないヤツだな…キチガイ、殺人鬼、サイコパス…そう思っていたが」

「はいぃぃ?」

阿修羅「…ただの化け物に憧れたガキじゃあないか」

「…そうかもねぇ、阿修羅」

男が鎖鎌を構える、その真ん中は引きちぎられた時のままだ



「…しかし阿修羅、ガキだってキレると怖いもんだ」

阿修羅「…ガキがキレたところで、大人はびびらないさ」

「殺してやる、こっち来いよ」

阿修羅「…お前が来たらどうだ」

「…オッケーオッケー、でもその前に」

阿修羅「…」



「…さだのりが来てからな、俺はお前だけ殺しても面白くはないんだ」







854 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/10(金) 17:48:45.04 ID:tjHjxphR0
さだのり(・・・あいつは、阿修羅と戦っている!)

背中を伝う冷や汗を、さだのりは意識しないようにしていた

意識してしまえば、それは恐怖の象徴になるからだ

さだのり(恐怖を抱くな、ヤツに屈したら負けなんだ・・・!)

殺せるだろうか、自分に

正直、あまり自信はないのだ

阿修羅と協力すれば不可能ではないだろう

だが、つまりそれは「必ず出来る」わけではないという証明でもある

さだのり「落ち着け・・・俺は、夏美や舞子や、他のみんなを守るんだ」

口に出すと、勇気が沸き上がってくる

まるで何か栄養剤を飲んだかのような力の漲り

さだのり「頼む・・・!」

少しばかりの力を俺にくれ、と



「・・・阿修羅、立て」

阿修羅の髪の毛を掴み、男が上に引きずり上げる

うぅ、と小さく呻いた阿修羅だが、何も出来ない

「いつまでもこうやって俺が支えてるわけにはいかねぇんだよ」

阿修羅「・・・お前は・・・」

「さっさと立て、立って逃げ回れ、雑魚のお前にはそれくらいしか出来ないんだ」

阿修羅「化け物だ、さだのりとは・・・違った」

「ぷっはぁ!今更何言ってんだ!?さだのりと俺が一緒だとか違うだとか、そんなことはどうでもいい!俺は、あいつの中に何か高ぶる物を見ている!」

阿修羅「さだのりは・・・お前みたいな・・・化け物じゃない」

「あいつも、そしてお前も持っている、人を殺す無慈悲さをな、普通の人間は、ナイフ持って誰かを殺せと言われても躊躇ってしまう」

阿修羅「黙れ・・・」

「俺達は違う、さだのりやお前は殺すだけ、俺は相手の心を壊してから殺す、その違いだけだ」

阿修羅「てめぇ・・・を・・・」

「いいか?結果は一緒なのさ、死んだ相手は、死んだ後に恥なんて感じないんだよ」

阿修羅「殺さなきゃ・・・俺はあの世に行けない!」

「あの世に行ってどうする?自分は化け物を殺したんだと言い触らして英雄気取って踏ん反り返るか?」

阿修羅「お前に殺された人々の敵を、少しでも取らなければならない!」

「殺されたヤツは弱かったのさ、しかしそういうヤツは自分を殺した人間を憎んではいけない、自分より強い相手を憎むなんてさ」

阿修羅「な・・・なに・・・?」

「結局、俺に殺されたヤツは出来損ないなんだ、力に選ばれなかった・・・」

阿修羅「!!」

855 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/10(金) 17:49:10.72 ID:tjHjxphR0

阿修羅の目に力が宿る、彼にとって今体を動かしているのは勇気や誓いではなかった

「おぉ?」

阿修羅「もう一度言ってみろ!」

空中に持ち上げられた体、その両足に力を入れて男の腹を蹴り飛ばす

「ぐっ・・・」

阿修羅「出来損ないだと!?選ばれなかっただと!?いいか、言ってやる、お前はそんなことを言っている限り、さだのりを、俺を超えられはしない!」

「いってぇ・・・やってくれるじゃないの、阿修羅君」

阿修羅「・・・俺はこの戦争で母を、仲間を無くした・・・だが!今思えば、それには全て貴様が絡んでいた!貴様がいなければ、うちの国の兵士だけでこの戦争は終わらせられる!」

「母を?仲間を?だからなんだよ、自分が生きてるんだから両手上げて笛吹きながら喜ばなくっちゃ」

阿修羅「お前!名前を言え、墓に刻んでやる!」

地面に落ちた剣を拾い、切っ先を男に向ける

一方の男は、二つの刃を抱えた腕を両方ともだらりと垂れさせている

まるで戦うつもりがないかのように見えるその構えは、しかし蛙を狙っている蛇のように不気味なのだ

「だったら俺は、お前の戒名まで考えてやるよ」

阿修羅「名前を言え」

「ない」

阿修羅「・・・ならてめぇの墓にはこう刻んでやる、『糞の混じった脳みその持ち主』だ!」

「・・・いいねぇ、いい目になった、憎しみだけで体を動かしてる、何よりも体を研ぎ澄ましてしまう感情だ」

阿修羅「死ね!」

一歩、阿修羅は踏み込む男に近づく

片方の刃でそれを牽制した男は、もう片方の刃で阿修羅の頭を真っ二つに斬ろうとする

顔を横に振り、阿修羅がそれを避ける・・・耳が少しだけ斬れたが、気にもしない

阿修羅「・・・見える、お前の動きが!」

「俺は見える見切れる受け止める」

阿修羅「その余裕が命取りだ!」

足で砂利を蹴り上げ、男の視界を塞ぐ

「ちっ・・・!」


阿修羅「・・・!」



856 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/10(金) 17:49:37.33 ID:tjHjxphR0
息を殺し、下から上へ、体を真っ二つにするために刃を振るった

手応えはない

阿修羅(有り得ないな・・・なんて反応速度だ)




さだのり「阿修羅!」

さっ、と荒野にさだのりが駆けてくる




阿修羅「早かったな」

さだのり「ヤツはどこだ?」

阿修羅「・・・あの砂煙が晴れれば分かる」

さだのり「この周りは建物が多い、隠れられたら厄介だ」

阿修羅「どうだかな、ヤツはお前に会うことを目的にしていた」


(そうだ)


阿修羅「そんなあいつが、お前を目の前にして逃げるはずがない」

さだのり「・・・確かに」


(だがそれは、決して自惚れではない)


阿修羅「・・・!す、砂煙の中にヤツはいない!」

さだのり「逃げたか・・・!?」

阿修羅と背中合わせに立つさだのり

さだのり「いたら教えろよ!」

阿修羅「それは俺も言う台詞だ!」



「・・・どこ見てるんだ?」


さだのり・阿修羅「!?」

声は上から降り注いだ

いつの間にか、男は建物の外に突き出ている屋根の上に立っていた

さだのり「ちょ、跳躍であそこまで!?」

阿修羅「・・・さだのり、お前にも出来るか?」

さだのり「出来る、だが俺以外で出来るヤツなんて心当たりがない・・・」


「・・・さだのり、ありがとよ、来てくれて嬉しい、あぁー!非常に!」




857 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/10(金) 17:50:04.23 ID:tjHjxphR0



さだのり「てめぇを殺さなきゃいけないからな、来たくなくても来ちまうのさ」

「ははははは!オッケー、待ってろ」

軽やかな動きで地面に飛び降りた男の笑顔は、子供のそれの様に純粋だった

「俺は・・・今まで誰一人、俺より強いと認めたヤツはいなかった」

さだのり「随分と自分の腕に自信があったみてぇだな」

「だがなぁ・・・さだのり、お前だけはもしかしたら俺より上かもしれない、その可能性に俺はゾクゾクしてるんだ」

さだのり「怯えてねぇのか?」

「ふ・・・ふふははは!いいや、楽しい!ずっとライバルがいなかったサッカー選手が!ある日自分の所属しているチームに天才のライバルが入って来たらどう思う?そいつを潰すか?そいつに嫉妬するか?違う!嬉しいのさ、そいつと同じ世界で戦えることが!」

さだのり「・・・俺はちっとも思わない」

「・・・なぜ?」

さだのり「俺はさ、自分は化け物だと思ってた、どうしようもないクズ、人間の風上にもおけない、ヤサグレ・・・だと」

だが違った、と

さだのり「お前には着いていけねぇ、何が殺すのが楽しいだ、何が俺とお前は同じ化け物だ・・・だ、笑いが出てくる」

「違うと?」

さだのり「違う、俺は・・・分かったんだ、俺は皆を守るためにここまで来たんだからな」

「・・・」

さだのり「来いよ化け物、俺は英雄になってやる」

「・・・いいね」

さだのり「あぁ?」

「理由はどうだってよくなった・・・お前と戦えるならそれでいい」

さだのり「ふん、ならよかったなぁ」

「アイリンもお前を嫌ってたみたいだしな」

さだのり「何か言ったか?」

「いいや何も」

構えろ、と男が言う、楽しそうに

さだのり「・・・名前、教えな」

「阿修羅と同じこと言いやがって」

阿修羅「さだのり、一人では危険だ・・・」

さだのり「阿修羅、まだ立てるか?」

「ふん、立てるように手加減してたんだよ、阿修羅君?立てるんだろ、満身創痍の演技なんて辞めろって」



858 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/10(金) 17:50:45.73 ID:tjHjxphR0
阿修羅「・・・傷を負っているんだ、演技ではないがな」

立ち上がった阿修羅が、さだのりにこっそり耳打ちする

阿修羅(ヤツのあの鎖鎌の弱点は自らに刃が戻ってくる可能性があることだ)

さだのり(分かってる、だがあいつはそんなヘマはしない)

「鎖鎌の弱点についてでも話してるのか?ん?」

さだのり「ちっ・・・あぁそぅだ、てめぇをどうやればぶち殺せるか考えてんだよ」

「ふ・・・嬉しいなぁ、俺と戦うヤツってのは大抵、馬鹿みたいに拳銃ぶっ放す警官だったからなぁ」

阿修羅「・・・」

「・・・懐かしい、あの牢獄が昔のように感じる・・・それほどに!外に出た俺は満足の行く時間を過ごしているからだ!」

片方の刃、鎖を掴みながら男はさだのりのほうに投げてよこす

さだのり「てめぇみたいなクソ野郎は、大人しく地獄に帰ってな!」

「さだのりぃぃぃ!甘い甘い甘い甘い甘い!甘いなぁ!その刃が何を狙ったか分からないか!?」

さだのり「!」

地面を蹴り、さだのりが横へ飛ぶ

さだのり(ここは建物が多い、建物の壁を破壊されて瓦礫を撒かれたら・・・)

阿修羅「ヤツの姿を見失う!危険だ、速く開けた場所・・・」


「天国なんか辺りが開けててオススメだけどなぁ」


阿修羅(!?後ろに・・・)

「ゆぅらぁっ!」

刃の感触を皮膚に感じた瞬間、阿修羅は体をくねらせた

全身の関節が無理な動きに悲鳴を上げる、だが耳は傾けない

阿修羅「ぎっ・・・ぁぁ!」

脂肪を少し削がれたが、それ以外は無事だ


だが、今のは「一撃目」

阿修羅(こいつのは一撃目が危険なんじゃない、修正されて確実に迫ってくる・・・)


「悪魔の二撃は逃げきれないってヤツだな」


地面から垂直に上がってくる刃は、阿修羅の股間から切り裂こうと牙を剥く

阿修羅(う、動けん!)


さだのり「阿修羅!地面に伏せろ!」

阿修羅「!」

さだのりの言葉に、阿修羅は素直に従った
859 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/10(金) 17:51:33.16 ID:tjHjxphR0


「・・・なっ・・・!?」


阿修羅の後ろにいたさだのりの姿は、最初男には見えなかった

阿修羅が身を伏せたため、目視出来たのだ

そして、そのさだのりが男に向けているのは

「け・・・拳銃!?」


さだのり「昔から苦手だったこいつだがなぁ!」


「まさか、兵士の死体から回収してやがったのか!?」


さだのり「至近距離なら外さない!」


(こいつ…!!剣だけを使おうなんてくだらないプライドをかなぐり捨てた!!)




引き金を引いたさだのりの指を、男は見つめていた

どのタイミングで弾丸が打ち出されるか

男は知っている

「おぉぉ!」


顔を横に傾けた、だが耳を弾丸が貫通し、鮮血を舞わせた

「でぃぃっ!?」

さだのり「まだまだ!」

続いての二発目、さだのりは男の胸に照準を合わせていた

(こいつ・・・!)

さだのり「お前の命の詰み将棋だ!」


パァン、と乾いた音がスタートの合図だった

さだのり「!」

地面に血を吐いて転がるはずだった男は、ピンピンしている

さだのり「あ・・・あちゃー・・・奇襲は一回だけか・・・」


860 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/10(金) 17:52:47.96 ID:tjHjxphR0


「・・・耳がやられたな、少し音感に立体感が無くなったが・・・」


阿修羅「さ・・・さだのり、お前・・・」

さだのり「拳銃は嫌いだった、なんか卑怯だと思ってたが・・・お前にダメージをくれてやれたんだ、感謝しなきゃな」


「・・・ふふふ・・・いいな、そうやってプライドの拘束を外していけば、人間は化け物を超えられる」

阿修羅「・・・こいつ、まるで怯えてないな」

「怯える?なぜ?」

阿修羅「耳を削がれた、更には自分のほうが人数的に不利・・・なのに」

さだのり「・・・」

「・・・怯えるわけがないだろ・・・?俺は死を恐れてはいない、死をよく理解しているからな」

阿修羅「理解だと?」

「人をバラバラにしたことがある、生きたまま麻酔も無しに肝臓を取り出してやったこともある、12の女を犯してから殺した・・・一番トリッキーだったのは昔本で読んだ処刑道具を一から作って試したヤツだったな・・・」

さだのり「・・・吐き気がするな」

「俺は医者よりも死を間近に見てきた、医者は死を否定するために働くが、俺は死を肯定するために生きてきた」

阿修羅「違う、貴様は何も理解していない」

「知っている・・・だから怖くない、人間が死を恐れるのはそれが未知だからだ、俺は知っている」

さだのり「だったら大人しく殺されろ」

「嫌だね・・・怖くない、死ぬのは怖くない」




「だぁぁぁぁが」




男がニヤニヤと笑い出す、口の端からはだらし無く涎が垂れている

さだのり(!な、なんだこいつ・・・麻薬でもやってるのか!?)

阿修羅(ち、違う!こいつ、ランナーズハイのような物を!人を殺すことで覚えている!)



「死ぬのは嬉しくない、なぜなら死ねば誰も殺せないから、殺せば俺は生きられるッ!」

さだのり「クズが!」

「さだのり!お前の顔を恐怖に歪ませてやるよ!」

さだのり「見てろ!俺達の正義がお前を打ち砕く!」


「昔から言うな、正義とは勝った者のことだと、だが違う!!!」



「時としてちっぽけすぎる正義は、巨大な悪の前に潰えるんだよ、さだのりぃ!!!」




861 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/13(月) 15:31:01.02 ID:mxRjKVzM0

さだのり「…一つだけ訊きたいんだ、お前にさぁ…」

睨み合ったのはどれほどの間だっただろうか

さだのりが口を開いた時に、男は少しばかり顔をしかめた

「俺はお前と話すためにこうやって対峙してんじゃねぇぞさだのり」

さだのり「…お前は肉体言語しか知らない馬鹿か?」

「まさか、ただ男なら肉体で語り合おうぜ、そっちが一番楽だ」

さだのり「…お前…誰かを守ろうと思ったことはないのか」

「はぁ?」

さだのり「…お前には大切な誰かがいないのか?いなかったのか?」

「そんなこと聞いてどうするんだよ」

さだのり「…いいや、ただの興味だけさ」

阿修羅「さだのり、こんなヤツに言葉は必要ない」

さだのり「…そうだな、行くぞ」

剣を構えたさだのりは、その切っ先を男の首元へと定める

距離はどれほどか

正直なところ、緊張でそれを測ることも出来ない

さだのり「…お前と俺は似ても似つかない、なのに俺とお前はなぜか同じ方法にたどり着いた」

「斬るか斬られるか、だな」

さだのり「…しかしそこに至る過程が全く違った、それでよかったと思う、ここに来るまでに俺は様々な苦しさを味わった」

しかし、とさだのりが一歩踏み込む

さだのり「…同じように幸せを味わってきた、俺は…幸せな人生を歩んできたという自信がある」

「残念だなぁ、それが今日ここで終わるんだよ」

さだのり「…その覚悟も出来ている、そして」



斬りかかる、その一瞬だけで男は後ろに避ける動作を見せた


阿修羅(あ、当たってないか…)


「!!」


ぴっ、と男の頬に切り傷がついた


(当たっただと…!?)



さだのり「…幕を下ろすのは俺だ、お前じゃあない」

862 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/14(火) 09:00:46.94 ID:hkktieLu0


「…オーマイガーッ、なんてこったい」

さだのり「・・・どうした?避けたつもりだったのかよ」

「・・・速いな、おかしい・・・あぁおかしいぞ、前のてめぇと大して変わっていない、構えの見た目は、なぁ」

うむむ〜、と男は唸る

嬉しそう、という表情ではない

訝しげな表情なのだ、子供が使い方の分からないおもちゃを目にした時のように

「・・・すげぇ、信じられねぇや」

さだのり「・・・怖いか?」

「嬉しいはずなんだよ、俺は、本当は、こういう瞬間が、嬉しいはずなのになぁ」

阿修羅(・・・こいつ・・・それでもまだ鎖鎌を完全には構えていない・・・)

さだのり「・・・余裕をかましてる場合ってわけか?それともどうしようもないのか」

「・・・アルバート」

さだのり「あぁ?」

「アルバート・タイトス」

阿修羅「な、なんだそれは?」

「俺の名前だ、売春婦だった母親はそう呼んでいた」

さだのり「名前・・・か」

「・・・なんでこれを教えたか言ってやる、もし俺がお前らを殺したらその名前を知るヤツはいない」

さだのり「俺がお前を殺したら?」

「名前が知られたところで死んだ俺には関係ない」

阿修羅「・・・どちらかが死ななければ終わらない闘いか」

阿修羅とさだのりは剣を構え、腰を落とす

だが、それに引き替え男・・・アルバート・タイトスは決して体に力を入れない

さだのり「自殺願望か?」

「・・・悪くないんだよな、こういう命を懸けた闘いは、だがしかし、恐怖を初めて覚えた」

さだのり「なに?」

「恐怖は人を強く、そして滑稽にしてくれる」

だから、と男も鎖鎌を構えた

ジャララ、という鎖の音が静かな荒野に響く

「俺は強くなれる」


863 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/14(火) 09:03:23.24 ID:hkktieLu0


阿修羅「恐怖で強くなれるか、哀れな男だな」

「阿修羅、お前は恐怖で弱くなるタイプの人間だ、腕の震えを抑えられない弱者なんだよ」

さだのり「どうかな、阿修羅は強い・・・俺が認めるほどにはな」

「・・・さだのり、阿修羅、お前らに出会えたのは偶然だった、そしてお前達と死闘を繰り広げるのは必然だった!」

駆け出した男、さだのりの方へと向かっていく

さだのり(こいつの攻撃は避けたとしても意味がない!)

正面からさだのりが受け止める、剣によって「片方」の刃は防いだ

そしてもう一つ

阿修羅「さだのり!」

阿修羅がすかさず、男のもう片方の刃を防ごうとする

「片方ずつー、お片方ずつだよ!」

グリン、と体を捻らせた男がさだのりの頭上を超えるように宙返りを披露する

さだのり「!?なんて身軽な・・・」

「アイムヒア!」

さだのり「!」

さだのりが真後ろを振り返った時には、男は既に体を低くしてアッパーの体勢になっていた

「顎を貰いぃぃ!」

さだのり「いや」

スイッ、と剣を男の拳の予測軌道上に据える

男が拳をさだのりに向けて振り上げれば、勝手に切り裂かれるのだ

「うっ・・・!?」

寸でのところで拳を曲げた男は、指先がパックリ斬られた感覚に顔をしかめる

阿修羅「うらぁっ!」

「!」

横から阿修羅がタックルしてくることに気がつかなかったのは、さだのりの実力に少しばかり動揺しているからか

「くっ…」

阿修羅(もらった!!!)

阿修羅が地面に転がった男の上に跨る、いわゆるマウントというやつだ

阿修羅「…俺はな、あんまり…この国を好きだったわけじゃあない」

そう言いながら、拳を固く握る阿修羅はまさに「修羅」の形相だった

阿修羅「だが…だがなぁ!!!この国の誰もが!!お前に殺されていいような人生を送っていたわけじゃあないんだよ!!」

右拳、左拳!!阿修羅の拳が、男の顔面に打ち付けられていく


阿修羅「…これが俺達の痛みだ!!思い知れッ!!!」



864 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/15(水) 14:37:29.57 ID:ROg33ppy0
さだのり&阿修羅かっこいいよ!よ!
いやー素晴らしい。
865 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/17(金) 20:59:47.83 ID:oWr2Dn+E0

「…っ…!!」

阿修羅「どうだ!?え!?こうやって殴られる痛みはッ!!!」

さだのり「…阿修羅、そろそろ替われよ、俺だってそいつをぶん殴る権利はあるんだぜ」

阿修羅「朝の餓鬼みたいなこと言ってやろう、あと少し」

さだのり「…まぁ、いいさ…思う存分やりたいだけ、好き放題やってくれりゃあそれでいい」

「…ナ…」

阿修羅「なんだ?聞こえないぞ、口の中でも傷ついたか?え?」

「…ナメやがって」

阿修羅「…」

阿修羅の顔が一瞬凍りつき、そして次には拳が打ち出される

男はどうすることも出来ない

この男には、別に信じられないほどの力があるわけではない

別の場所にぽん、と転移することもできないし実はいろんな部隊を引き連れた史上最強の騎士でした、なんてこともない

ただ、残虐性と戦い方が極まりすぎているだけなのだ

マウントを取られた状態では、もう何もできないはず

阿修羅「…清々してるぞ…あー、俺は清々してる!!こいつは母さんの分だ!!俺を小さい頃から育ててくれた、あの不器用な母親の仇だ!!!」

血を吹き出しながら、男は小さく呻く

さだのり「…阿修羅、まだか?」

阿修羅「…そしてこれは庄太郎の分だ」

両拳を握り合わせ、鼻に向けて振り下ろす

鈍く不気味な音が響いたが、阿修羅は手を止めない

阿修羅「処刑だ、圧倒的に処刑してやる…!!!」

「…ふ…」

ニヤリと笑った男が、阿修羅の顔を見据えた

「…ガキだと思ってたが、こういう時はいい顔をする、お前は人殺しの才能があるねぇ」

阿修羅「なに…」

「しかし」

ぷっ、と男が口先をすぼめて吐き出したのは、血反吐の塊だった

それは阿修羅の目に入り、彼の視界をほんの一瞬だけだが奪った

阿修羅「ぐっ…」

そして、その血反吐を拭くために阿修羅が片手で目を拭った瞬間に


「…ダメだねぇ、片手を俺の体から放した、しかも急な反撃に一瞬だけ体の力が緩んだぞぉっ!!」


男は阿修羅の足の間から片手を引き抜いて



驚愕した阿修羅の顔を、横から殴りつけた


866 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/17(金) 21:33:29.55 ID:oWr2Dn+E0
阿修羅「なぁっ…!!」

さだのり「てめぇ…!!!」


「ははははははは!!!いいぞ、俺は再び自由の身だ!!!」

ぐらついた阿修羅の顔に、更に男は拳を二度叩きつける

そのあまりの威力に、阿修羅の体は吹き飛ばされた


阿修羅(ば…馬鹿な、横になっている男の拳だぞ、腰も入っていない、反動だって使っていない!!)

さだのり(…こいつ、腕力だけなら俺と同じかそれ以上だ…!!)


「う〜〜ん…随分と血が流れてしまったなぁ…ふんっ、ふんっ!!」

鼻を押さえつけ、男がその中に溜まっていた血液を外へと吹き出す

地面に落ちたそれは、既に赤黒い塊になりかけている

「…それ…で?お前達は仲間の分の恨みを俺にぶつけたがぁ…果たして俺は何をお前達にぶつければいい?」

阿修羅「…ちっ、さだのり…」

さだのり「…安心しろ、今の攻撃で大分あいつは参ってるはずだ…」

「自分を安心させるために言い聞かせてるようだな」

さだのり「…んなことは…」

「…てめぇ、背中に冷や汗かいてるぜ」

さだのり「!」

鎖鎌を構えた男は、さだのりの方へと駆け寄る

身体を捻ったさだのりは、しかしその攻撃を避けようとはしない

突っ込んでくる男の眉間に、剣の切っ先を合わせる!!

さだのり「馬鹿が、てめぇは自ら罠に飛び込んでくる哀れな兎だ!!」

「いいや、俺は」


すいっ、と体を沈め、男はさだのりの足元に何かを置いた


さだのり(…!!手榴…)



「狼だ」




ドドン、と凄まじい音が空を駆け巡る

さだのりは地面を蹴り、爆風を利用して遠くへと飛びのいた

さだのり(あ…ありえねぇ!!)


867 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/17(金) 21:53:16.75 ID:oWr2Dn+E0

阿修羅「さだのり!!」

さだのり「大丈夫だ…少し火傷は負ったけどな…」

阿修羅「…あの男、自分も爆風を受けるだろうあの位置で一体なぜ…」

さだのり「…どう考える?自爆と捉えるか?」

阿修羅「いや」

阿修羅は即答できた

なぜなら、その舞い上がる煙の中に一人の動く影が見えたから

阿修羅「死体は動かんよ」

さだのり「正論だ」



「…俺が…」


煙が晴れたその先には、どういうわけか傷一つない男が突っ立っていた

阿修羅に殴られた傷からは血が流れているが、それもじきに止まるだろう

「…俺が今まで殺した人間は、どいつもこいつも、死ななくていいようなヤツらだった」

阿修羅「…そうだ、だからこそお前は牢獄に捕えられた」

「…そして…生きていなくてもいいようなヤツらだった…」

さだのり「…違うな、お前にそれを決める権利なんてない」

「…さだのり、阿修羅、この世の中は、弱肉強食なんだ…そして俺はその中の強い人間だ…」

鎖鎌を振り回し、ヒュンヒュンと音を鳴らしながら男は近づいてくる

阿修羅も、さだのりも、構えを解かない

立ち向かうのだ

運命から逃げてしまうことは出来ない

「…お前たちもそうだ」

阿修羅「…そして俺はお前を超える」

「…やってみろぉ…俺は…楽しくてしょうがない、今まで!!俺には敵と思えるヤツがいなかったぁぁあああ!!その人生に、最後に!!ここまで花が咲いたのは嬉しい限りだぁ!!!」

さだのり「汚い花だな、反吐が出るぞ!!!」

「二対一ってのが気に食わないが、それも一興!!!」

片方の刃は、弧を描いて阿修羅の足元の地面を砕く

阿修羅(ちっ、後ろに下がるか…)

「ひぁぁぁっやややっやぁはっは!!」

阿修羅(!)

「俺は!!!こんなつまらないところじゃあ戦えない!!命を散らすことも出来ない!!お前らだってそうだろぉ!?」


男は背を向けて走り出した、しかしそちらは市街地へ向かうほうではなく



国境地域の果てにある、絶壁へと向かう道だった





868 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/18(土) 13:27:36.13 ID:PrSHaub30
「・・・はぁ・・・はぁ・・・!」

男の息は、自然と荒くなっていた

鼻からはまだ血が流れている

拭っても拭っても止まらないので、すぐに諦めた

「・・・ちくしょう、あぁ・・・イライラするねぇ」

後ろからさだのりと阿修羅が追ってきている

(・・・そうだ・・・俺はあいつらを殺すんだ)

なぜ?という質問は、彼にとって意味をなさない

殺すことに疑問を感じたことはなかった

人の命を奪って生きてきた

ずっとそうやって大人になった

彼の人生では、それが常識だった


阿修羅「てめぇ・・・逃げるつもりか!逃げられると思ってるのか!?」

さだのり「阿修羅、あいつは逃げるつもりじゃねぇ、俺達を追い詰めるつもりだ!」

阿修羅「なに!?」


クルリ、と男が振り返り歩を止めた

「フフ・・・やっと気がついたか阿修羅、そうだ・・・お前達は俺を追い掛け、追い詰めるつもりだったんだろうな」

さだのり「だが見てみろ・・・ここは周りが非常に不規則だ、少し先に進めば森がある、あっちの先には・・・絶壁だ、たしか下には滝が流れてるはずだったな、観光客もよく来るみたいな話を聞いたことがある」

阿修羅「・・・森と絶壁、そっちには逃げられないし進めない・・・か」

「お前達を、俺は逃げながら追い詰めたんだ」

さだのり「・・・だが一つ欠点がある」

「俺も追い詰められた、と」

さだのり「あぁ」

「違うね・・・追い詰められた、という台詞は生きようとしてる人間が言うんだ」

阿修羅「・・・ま、まさか貴様!」

「俺は自分が生きることに大して興味がない、何の楽しみのない一生を送るより、麻薬やセックス以上の快楽に身を委ねられる刹那のほうがいいじゃないか」

869 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/18(土) 13:34:26.58 ID:PrSHaub30
さだのり「…てめぇ、俺達を殺して自分も死ぬつもりか」

「そいつも違う、生きてたらそのまま生きとく、死んだって別に自分を呪ったりはしない」

地面を二度蹴りつけた男が、首を鳴らす

「…命に興味がないのではない、生きることに執着していないんだ、だから俺は」

阿修羅「死ぬことも恐れない、と」

「ご名答」

地面に唾を吐いてから、男が顔をしかめる

まだ血が混じっているのが、どうも気に食わない

阿修羅「…くだらないな、そこまでしてなぜ命のやり取りをするんだ、お前は人を殺してきた、それの何が楽しかった?お前は何のために戦った?」

「理由なんてなかった、手段だってどうでもいい、ただ俺はそれが楽しかっただけさぁ!!!」

さだのり「来るぞ阿修羅!!!」

「俺達は!!!激しく燃える灯だ、命の灯は激しく燃えているッ!!!」

鎖鎌の「両方」の刃を、男はさだのりに目がけて投げ飛ばす

さだのり(!?い、いったい何のつもりだ…?これを避けたらあいつには攻撃手段が無くなるのに!!!)

「激しく燃える炎は!!その分早く灯を燃やし尽くしてしまう!!!俺達の命はすぐに散る、美しく、誰に見守られることもなぁく!!!!」

阿修羅「さだのり!!お前はそれを避けていろ!!」

さだのり(…ち、違う…これは阿修羅にわざと隙を見せたんだ!!!)

「…」

阿修羅「両手とも鎖鎌を投げるために、前方へ突き出した…馬鹿がッ!!無防備になったボディに真横から剣を喰らわせてやる!!」

「違うんだよ阿修羅ぁぁああ!!」

阿修羅「!」

阿修羅の剣先に、何かが当たった

金属の様な硬さだ、人間の皮膚のそれではない

阿修羅(…こ、こいつは…?)

「…俺のポケットの中に何が入ってると思う、阿修羅?」

阿修羅(まさか…!!!)


「ダイナマイトだぜ、着火寸前」


さだのり「阿修羅、下がれ!!!」

阿修羅(いや…ここで下がれば、こいつは俺に目がけてダイナマイトを投げてくる…この至近距離にいれば!!自分のことを考えて着火しな…)



「そして、着火だ」


阿修羅(!?)


870 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/19(日) 09:13:54.70 ID:WQfKqQAF0

さだのり「阿修羅ぁぁあああああああああああああ!!!」

阿修羅「おぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

男の投げ飛ばしたダイナマイトは、正確な軌道で阿修羅の胸元にやってくる

阿修羅(どうする…!?)


「…俺達の怒りや憎しみはダイナマイトの導火線につけられた小さなその炎だ!!!止まることはなく、やがていつかは大きな災厄をもたらす!!」


阿修羅(…ダメだ、時間が…)

さだのり「阿修羅、走れ!!!」

さだのりの声を聴いて、阿修羅は走り出す

三歩、そこから遠のいた瞬間


耳を劈く音がした、ダイナマイトが爆発したのだ



「…いい音だとは思うが、しかし残念だ…俺のこの手で、阿修羅を殺したかったなぁ、あーあーあー!!!殺したかったなぁ」

さだのりは生きてるだろうな?と男が砂煙の中を睨み付ける


阿修羅「う…」

地面に這いつくばる阿修羅は、傷だらけだ

見ると腕に火傷を負っている

「ふん、走った分だけダメージが減ったか…火傷はそこそこ重傷みたいだけどな」

鎖鎌を回しながら、男が阿修羅の首を切断するために近づいていく

「…どういう気分なんだ?自信満々で世界を救ってやろうと思っていたヒーローが、こうやって悪役の前で力尽きるってのは」

阿修羅「俺は…」

「…残念、ゲームオーバーってやつだ、よくあるだろ?映画の最後にはfinってつく、あれだよ」

阿修羅「まだ負けてないぞ」

「…!さだのりはどこだ!?てめぇの傍にいるもんだとばかり思ってた、あいつは…」



さだのり「真後ろだぜ」

「!」

男が体を前に倒す、地面に転がるようにしたのだ

さだのり「…やっと捕えた」

しかし、その腕を取り、さだのりは無理矢理男を目の前に立たせる

(しまった…)

さだのり「…finってやつだ」



そうして、さだのりは構えた剣を男の体に向けて振るった

血飛沫が、男の体から溢れ出す



871 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/20(月) 15:06:17.76 ID:+XdRChVs0

阿修羅「…や…やった…!!」

血飛沫を見つめながら、阿修羅は小さく呟いた

男は白目を向きながら、後ろに力なく倒れた

さだのり「…呆気なかったな、化け物」

阿修羅「…あぁ」

さだのり「…さて…俺もお前も、無事に生きていたってわけだ」

くるり、とさだのりが振り返る

さだのり「…約束を覚えてるだろうな?」

阿修羅「…!!!!さ、さだのり!!!!」

さだのり「あぁ?なんだよ、まさか覚えてないなんて…」

阿修羅「後ろだ!!!」

さだのり「!」

勢いよく振り返ったさだのり、その視界に飛び込んできたのは立ち上がった男の姿だった

さだのり「なにぃ!!!」

「…言わなかったか…?俺は!!!!激しく燃えている炎のような人生を送っている!!!!」

鎖鎌を避けながら、さだのりはなんとか阿修羅の隣に移動して


さだのり「!!!」

それから気づいたのだが、彼の手の甲がぱっくりと割れていたのだ

さだのり(馬鹿な…い、いつの間にあいつ、斬りやがった!?)


「…体を…身体を斜めに斬られたが…まだ致命傷じゃあないぜ、失血死だと!?ふざけんな、俺にそんな退屈な死に方をさせるなよぉ!!!!!」

笑いながら、男はさだのりの元へと駆ける

さだのり(う…さ、避けなきゃまずい…)

「さだのり!!!こいつはお前へのプレゼントだ!!!!」

自らの傷口に手を突っ込んだ男は、血液をさだのりの方へと飛ばした

さだのり「いぃっ…!?」

「さだのりぃぃぃいいいい!!!!!!!!!!!」

鎖鎌の刃を避けるさだのり、しかし男の血液が視界の端でチラチラと舞っているのが気になってしょうがない

さだのり(お、落ち着け…こいつはもう、手負い…)

阿修羅「ちぃっ…死ね!!!!」

阿修羅の剣先を、男が素手で掴む…それは掴む、というよりも手に無理矢理突き刺して動きを止めたものだった

阿修羅「!」

「お返しだ!!!」

阿修羅の体を、斜めに一閃する、鎖鎌の刃が阿修羅の体に火傷のような感覚を負わせた

さだのり「阿修…」

「そして、お前もだ!!!」

さだのりには、背中からの一撃

背骨に沿った形で、大きな傷がつく

さだのり(なに…!?)

872 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/21(火) 11:01:38.85 ID:SFBL8wPu0
「…ふ…ふふふ…やっとだ、やっと!!俺のこの牙がお前達に届いたってわけだぁ!!」

跳びあがり、上からさだのりと阿修羅を見下しながら、男は笑う

「人生で一番いい瞬間だぞ、今この時がッ!!!」

阿修羅(あ、あいつは執念だけで動く化け物だ…!!いくら血飛沫が溢れようと、脳味噌が破壊されようと!!!俺達と決着をつけるまでは決して死にはしない!!)

さだのり「だったら…今すぐその瞬間を終わらせてやるよ!!」

剣を構えるさだのり、しかし男の鎖鎌が上から容赦なく襲い掛かる

さだのり(う…地面を転がって避けるしかない!!)

「無様だなぁさだのり!!地面をゴロゴロ転がって…まるで!!丸められた新聞紙で叩かれそうになって必死こいて逃げてるゴキブリみてぇだぞ!!!」

さだのり「うるせぇ!!最終的に生きてれば勝ちなんだよ!!」

「ほほう!!なら俺の勝ちだねぇぇ!!」

鎖鎌、その武器は刃だけが恐ろしいでのはない

その鉄製の鎖でさえ、鈍器として十分な威力を持っている

「ほらほらほらぁ!!」

地面を二、三度殴りつけ、男が瓦礫を作り出す

「千本ノックならぬ、千本キックだ!!」

大小様々な瓦礫を、さだのりと阿修羅に目がけて蹴り飛ばす

阿修羅(…いや…この瓦礫を避ける間に、あの男は次の攻撃を仕掛けてくる…!!!)

さだのり(…なら、あえて受け止める!!!)

剣を構え、瓦礫を次々両断していく

そこで気づいた、もしかして男の狙いは、それだったのではないか


さだのり(…こ、このままじゃ…俺達は、瓦礫を斬り続けるんじゃ…)


「ふはははぁ!!!次次次ぃ!!」

瓦礫を次々と蹴り飛ばしてくる男、中には人間なんか簡単に潰せそうな、もはや瓦礫と言うより岩に近い物さえもあった

「俺は瓦礫の生産工場だぁ!!!」


さだのり「阿修羅!!このままじゃあいつの前に、俺達がバテちまう!!」

阿修羅「だったらどうしろって言うんだよ!!」

さだのり「阿修羅、お前…体は頑丈か!?お腹痛くないか!?虫歯はないか!?」

阿修羅「な、なにぃ…?」

さだのり「いいから答えろ!!!」

瓦礫の雨を、さだのりは睨み付けながら尋ねる

阿修羅「あぁ健康体そのものだ!!それがなんだって…」

さだのり「よぉし、ならちょうどいい!!おあつらえむきだ!!」

ドン、とさだのりが阿修羅の体を前に押した

阿修羅「いぃ…!?」

さだのり「ほれほれ!!俺のために盾になっとけ!!!」


阿修羅が瓦礫を砕く間に、さだのりはそっと、剣に力を込めた


873 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/21(火) 14:05:21.98 ID:SFBL8wPu0
「…阿修羅を盾にした、か」

男の凍てつく視線が、阿修羅の方へと向けられる

阿修羅(さ、さだのりの野郎…くそっ、やっぱこいつもまともじゃねぇ!)

さだのり「…見えた」

「…あぁ、見えたぞぉ…!!」

駆け出した二人が、一斉に阿修羅の体を蹴り飛ばす

阿修羅「ぬっ…!!」


さだのり「死ねぇぇぇぇいい!!!」

「お前がなぁぁああああああああ!!!!!!!!!!」

さだのりの剣は一つ、そして男の刃は、二つ

さだのり(!)

男の刃の片方が、さだのりの一撃によって砕け散った

そしてその破片が、さだのりの瞼に突き刺さる

さだのり(いっ…)

「ひゃはははぁぁあは!!」

条件反射で閉じてしまったその左目、死角から男は二つ目の刃を振りかざした

阿修羅「!!さ、さだのり!!左に…」

さだのり「だろうなぁ!!」

すっ、と左手を顔の横にかざす

さだのり(これで二撃目も防いだ…俺の剣はまだ無事だ、奴が俺に攻撃を止められたその瞬間!!)

グサリ、と手の平に刃が突き刺さる感触がした

さだのり(こいつには、一瞬の隙が生まれる!!!)

ぱっと目を開く、男の刃が左手に突き刺さっている

鋭い感覚が脳味噌に走っていくが、それを押さえつける

さだのり「捕まえたぞ!!」

「…袋のネズミ…というのはな」

その時だった、男はなぜかそのまま刃をさだのりの掌に押し付けて行ったのだ

骨に突き刺さって止まっているその刃を

さだのり「!?」


「自分が捕まったことにさえ気づいていない…目の前の餌に目が眩んで、周りにある布の袋に気付かないんだよ、さだのり」

874 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/21(火) 15:14:41.29 ID:SFBL8wPu0
ゴリゴリゴリゴリ、と骨を貫く音がする

さだのり(な…なんだこいつ…!?)

「ははははぁははは!!いい音だぁ!!骨が砕けてるな!?見ろよ、血が溢れてるぞ!!!」

さだのり「て、てめぇ!!」

「ほらほらぁ!!」

阿修羅「さだのり!!何してる、早く反撃しろ!!」

さだのり「!」

あまりの恐怖に飛んでいたさだのりの意識が、ふっと戻ってくる

さだのり「放しやがれ!!」

掌を刃から無理矢理引き抜く

筋肉組織がその先にベットリと着いている光景が非常に不気味だ

さだのり(う…ひ、左手の感覚が無くなってやがる…!!!)

溢れ出す血を見ていると、失血死という言葉が頭の中でちらつく

さだのり「く…貴様!!!」

「んー、いい表情だ…自分が傷つけられるのは、なんだかんだ誰だって嫌なもんだ」

刃についた血液を舐めた男が、顔をしかめる

「お前さぁ、ちょっと鉄分足りなくないか?」

さだのり「…阿修羅…お前、あいつと一人で対等に渡り合えるか?」

阿修羅「出来るわけないだろ、お前が圧されてるんだぞ?」

さだのり「ちぃっ…これだから独り立ちしてねぇガキは…」

阿修羅「てめぇ…ここにきて俺とも対立したいってか!?」

さだのり「誰もそんなこと言ってねぇだろ!!」


「なぁなぁ、いつまでそうやって仲間割れしてるんだよ」


さだのり「!!い、いけねぇ…」

「ふふん…俺はな、今の間にでもお前達を殺すことは出来たんだ」

自分の傷口から血を飛ばして遊びながら、男が笑う

「…なぜそうしなかったか分かるか?面白くないからだよ、後ろから敵を切り殺すなんて面白くはないだろ」

阿修羅(…こいつ、失血が激しいくせに楽しむ余裕はあるのか…!!)

「…とは言っても、さすがに俺も危なくなってきてるんだよ、頭の端っこでちょっとずつ風景が揺れてやがるし」

さだのり「…血が出過ぎてるんじゃねぇのか?さっさと止血しないとまずいぞ、おい」

「そんなのお前達を殺してからでもいいしさぁ」

男は、ゆっくりとさだのりに向って歩き出す

さだのり「…」

「それに」



「別にこのまま死んでもいいだろ」


875 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/21(火) 15:25:45.80 ID:SFBL8wPu0

さだのり(…左手に力が入らない、か)

さだのりは考えていた

どうすれば、この目の前の男を片付けられるのか、と

頭の奥底で浮かぶのは、邪火流や夏美、舞子達との楽しい時間だった

あの家族を守るために、さだのりは、ここで命を落とすのだろう

そして、目の前の男も、恐らくは阿修羅も

それが当たり前の運命に感じられた

さだのり(…いつの間にか…俺は運命ってやつに翻弄されていたんだな)

左手を意識から外す、残るのは右手だけだ

さだのり「…阿修羅、少し離れてろ」

阿修羅「…なに?」

さだのり「いいから…一人対一人のほうが俺の性に合うんだよ」

「嬉しいねぇ」

火花が散るような視線のぶつかり合い、というのを阿修羅は初めて目にしたかもしれない

阿修羅(…さだのりがこいつを片付けるなら問題はない、もしも出来なくても…俺がまだ残っている)



さだのり「…左手は、お前のせいで感覚も奪われちまった」

「へぇ、そうかい」

さだのり「…だからてめぇは右手を差し出しな」

「ほほう、切り落としてみたらどうだ」

さだのりの剣が、男の首筋に当てられる

一方の男の刃は、さだのりの胸に突き付けられている

さだのり(…)

(…)


そして、一迅の風が吹く


さだのりの剣は、男の鼻の先を少しばかり切り取っただけだった

さだのり(ちっ、避けられた……)



男の刃は


「当たった」


さだのり「…!?」


さだのりの左腕の肘から下を、ごっそりと切り取っていた



876 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/21(火) 18:40:42.72 ID:SFBL8wPu0

さだのり「な…なんだこれは…な、なんだこれは!?」

阿修羅(え……?う、嘘だ…し、信じられない!!!さだのりとあの男は、完全に同時に動いた、互いを攻撃しながら、そして同時に相手の攻撃を避ける動作に移っていたのに!!!)

「…オッケー、速さでもお前より俺のほうが上だったということが証明された…ふふふ…」

さだのり「お…俺の左腕が…」

阿修羅「ば、馬鹿な…!!!こ、こいつさだのりの動きを超えやがった!!!」

「どうする?生まれてから今まで連れ添った左腕だ、お別れの挨拶でもするか?なんなら俺がBGMでも歌ってやろうか、えぇ?さだのり」

さだのり「…う…」

左腕の切り口をチラリと見つめる

綺麗な切り口だ、非常に鋭利な刃物で、一瞬で斬られなければこんな傷にはならない

そして、だからこそすぐには斬られたことにさえ気づかなかったのだ

さだのり(お、俺に…勝てるのか…?)

目の前の男は、自分よりも少し、ほんの少しだが、しかし確実に強い

その少しの差が、人間であるか化け物であるかの境目なのかもしれない

失う者のない男、失うことを選んだ男

どちらのほうが上なのか、たった一瞬の対峙で分かってしまったのだ

さだのり(俺は…)

「…ふふん、お別れのキスでもしてやったらどうだ?なんなら左腕を右腕で掴んでやったら?右と左で1セットだぜ、さだのり」

さだのり(…あぁ…)

だらだらと血液が流れていく、少しずつ、さだのりの体から温もりが消えていくのが分かる

阿修羅「さ、さだのり!!とりあえず布で傷口を縛れ!!!」

上着を引きちぎり、阿修羅が差し出してくる

しかし、もうその声も耳に届かない

さだのり(こ…殺されるのか、俺は、何もできずに…)

気が付けば膝が笑っていた、恐怖のあまり震えていたのだ

どうすることも出来ない、蟻が獅子には勝てないように

さだのり「あ…阿修羅…俺は…」

「ふふふ…次は右手かな?おっと!!左足斬っちまえばちょうどいい感じに右だけ残るなぁ」

さだのり「俺は…」

恐怖で目が霞むのだ、前がぼやけて見える、もしかしたらさだのりは今、涙しているのかもしれない

さだのり(…俺は…)

だからこそ




セルジオ「何やってんだよさだのり?」



懐かしい、仲間達の姿が蘇ったのかもしれない



877 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/21(火) 18:47:46.11 ID:SFBL8wPu0

さだのり「…え……?」


ソラ「さだのり、君は力があるのにそうやっていっつも僕や遠藤やみんなをいじめるんだから…」

遠藤「はははぁ!!こいつには手加減ってのが出来ないのさ、本当はじゃれ合ってるつもりなんだろうけど、馬鹿だから!!」

セルジオ「ははは、違いないな」


さだのり(こ、こいつらなんで…)


ソラ「…さだのり、僕は、セルジオとの思い出を守るために死んだ」

遠藤「俺は知らない女の子を守るために死んだんだぜ」

セルジオ「ふふん!!俺はなぁ、故郷を守るために死んだ!!短い人生だった、恋だってほとんどしなかった、幸せな生活を送ってるヤツらからしたらつまんない人生だったかもしれない!!!」




阿修羅「さ、さだのり…聞いてるのか、さだのり!?」

「恐怖でもう耳も聞こえなくなったか…残念だなぁ、阿修羅君…」

阿修羅「う…」



セルジオ「…でもなぁさだのり…誰かを守るために…何かを守るために死んだ人間が、今までの世界でどれほどいたと思う?」

遠藤「たくさんいただろうな、戦争から家族を守った者、狂った殺人鬼から家族を守った者」

ソラ「…僕達は、そんな人達の中のたった一人だったんだ」

さだのり「お…前ら…」

セルジオ「しかしなぁ、さだのり…俺達は、誰かを守るために、命を懸けられたんだ」

遠藤「それってさぁ、今思ってもすごいことだろ?褒めてほしいよなぁ、俺達のことを汚いガキとか思ってたあの大人達によぉ!!」

ソラ「…さだのり、僕達は守るために死んでしまった、周りの人達からすれば後悔しかないような人生だろう」

セルジオ「でもなさだのり…俺達は、一度だって人生を後悔したことはないんだ」

さだのり「なんで…なんでお前達は…」




阿修羅「さだのり!!聞いてるのかさだのり!?そのままじゃ、失血で死ぬぞ!!」

「ははぁ!!無理無理、どうせこいつはこれから俺にとどめ刺されて死ぬんだよん!!」




遠藤「…さだのり、お前…生まれた時は幸せだったか?」

さだのり「!!」

セルジオ「俺達と違って、お前は家族がいなかったが…それでも、俺達だって別に生まれた時から幸せを背負ってたわけじゃない」

ソラ「…僕達は、生きて幸せになったんだよ、さだのり」



878 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/22(水) 09:37:13.14 ID:rxgTdnHi0

阿修羅「さだのり!!!」

「…こいつの場合は、腕を斬るとか、胸を刺すとかじゃどうも不安だからなぁ」

すっと刃を、さだのりの首と平行に構える男、その刃に不気味なその笑顔が浮かんでいる

「…首を、斬り落とす」



セルジオ「さだのり、お前は一人じゃない、そう分かったじゃないか」

さだのり「…で、でも俺は…」

遠藤「…安心しな、お前は俺達の中で一番強いじゃないか」

さだのり「…あぁ」

ソラ「…さだのり、君は…みんなを背負って歩いてきたと思っているのか?」

さだのり「…なに?」

セルジオ「さだのり、違う…みんな、お前が思ってるほどお前だけに頼ってなんかいないさ」



阿修羅「さだのり!!ちくしょう、なんで動かないんだよ!?」

「…阿修羅君、あんまり騒ぐなよ…お前はあとでゆっくり楽しみながら殺してやるから」



遠藤「…さだのり、違うんだよ、お前は…誰かを背負って戦ってるんじゃない、誰かを背負って歩いてきたんじゃない」

さだのり「じゃあ…じゃあ、俺はやっぱり一人ぼっちなのか?」

ソラ「…違う」

さだのり「じゃあ…」




セルジオ「さだのり、お前はみんなと並んで歩いてきたんだ」

さだのり「!」

セルジオ「…俺も、遠藤も、ソラも…邪火流も」

ソラ「あとなんだっけ…君が愛したあの女性も、そして…君の娘も」

さだのり「…お前ら…」

遠藤「はっはぁ!!なに怯えてるんだよさだのり、あんなの高々一人のキチガイじゃねぇか!!お前に倒せないわけがあるか!?」

さだのり「なっ…む、無理言うな!!俺は…」

セルジオ「…無理を通してきたのが俺達の人生だった」

さだのり「…」

セルジオ「生まれた時に何も持っていなかった俺達が、何かを守るために死んでいった…お前は違うのか?何かを守るために、命を懸けるんだろ」

さだのり「…そうだ、俺は…夏美を…」

セルジオ「だったら立て、立って剣を振るうんだ、さだのり」

さだのり「…」




遠藤・ソラ・セルジオ「俺達だって、ずっとお前と並んで歩いてるんだから」



879 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/22(水) 14:15:08.08 ID:rxgTdnHi0

阿修羅「さだのり!!!」

「…むぅっ…?」


さだのり「…阿修羅…布を貸せ」

阿修羅「!!お、お前!!!」

さだのり「…いいから早く貸せ、血が流れ過ぎてる」

阿修羅「あ、あぁ…!!」

「いやっほー、ここに来て恐怖から抜け出したってか?すごいねぇ」

さだのり「…お前には分からないだろうな」

阿修羅から上着の切れ端をもらい、さだのりがそれで傷口を縛る

片腕では出来なかったため、阿修羅に手伝ってもらったのだが

さだのり(…並んで歩いていた、か)

「どうした?来ないのか、せっかく立ち上がったのによー」

さだのり「…ふ…ふふふ…」

「…あぁ?何がおかしい」

さだのり「いや、随分…俺は回りくどい人生を歩いてきたんだなぁってさ」

剣を右手で握り、さだのりが立ち上がる

(ん…?こいつ、目に迷いがなくなったな)

さだのり「親なんていなかった、友達だってほとんど死んでしまった、好きだった女は手放した…娘だってそうだった」

歩きながら、さだのりは男の顔を睨み付ける

恐怖は、まだあるのかもしれない

それでも彼は一人ではない、あの故郷の仲間達も、そう言っていたではないか

さだのり「それでも、俺は一人じゃなかった…あぁそうだ!!!!」

「ふざけんなよぉ、結局最後は孤独だねぇ!!!」

さだのりの剣と、男の刃が交差する

火花を散らした二つの金属が、鈍い音を立てた

(ちっ…なんだこいつ?ここに来てまだこんなに力が残ってやがる)

さだのり「そうだ!!俺は今は孤独なのかもしれない、それでも!!!」


阿修羅(!!さだのり…泣いてるのか…?)


さだのり「俺には友達がいた!!!好きだった女がいた!!!そして!!!!」

「ふざけんなよ!!!!」

さだのり「娘がいる、今も!!!俺のために涙を流してくれる人が!!!あぁそうだ、人は死ぬとき孤独だと!?ふざけんなよ、死んだあとでさえ!!俺のことを思ってくれる人がいるんだ、ここには!!!」

二度、三度、さだのりは剣を振るう

(!!!ま、まずい…こいつ、少しずつだが俺を圧して…)

さだのり「俺は!!!」

バキン、という何かを砕く音がした

男の鎖鎌の、刃が折れたのだ

(!!)

さだのり「あいつらを守る!!!!」
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/08/22(水) 18:07:12.78 ID:xd4UZ+7Mo
なにこの燃える展開
881 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 10:22:13.47 ID:MHBcUoks0
なぜだろうか

男には分からなかった

目の前で、自分が握っていた鎖鎌の刃が砕け散った

さだのりは、しっかりと立って、男を睨みつけている

自分は、さだのりよりも強い

腕力も強い、生命力だって強い

なのに、なぜ

「なんでだよ・・・」

さだのり「お前には・・・分からないだろうなぁ!」

「なんでてめぇは死なないんだ!さだのりぃ!」

さだのり「あぁ・・・あぁ!気がついた、目が覚めたんだ!ずっと、何のために戦っていたのかを忘れていた!難しく考えていた、自分が戦う理由を正しくしなければと、そんなことばかり!」

さだのりの剣が、男の体を切り裂こうと上から振り下ろされる

間一髪でそれを避けたはずの男は、しかし頬に異常な熱さを感じた

(斬られた・・・まただ、また斬られた!)

さだのり「ガキの頃から俺は何も変わっちゃいなかった・・・あぁ、変わっちゃいない!ずっと、ずっと俺は戦ってきた!一人ぼっちだと思い込みながら!」

阿修羅(さ、さだのりが圧している・・・信じられない、あの傷で!左腕を失いながら!)

さだのり「だが・・・俺はガキの頃からずっと、仲間がいた!馬鹿をしては笑い合う、悲しさを共に分かつ仲間が!」

「戯れ事並べてんじゃねぇよ、さだのり!」

さだのり「そして・・・舞子を愛した!」

下から切り込むように上がってきた剣の切っ先を、男はどうにか避ける

なのに、耳が切り落とされた

さだのり「今・・・今だから言える・・・俺は幸せだったんだ、気がつかなかった」

「おぉぉ・・・なんで俺は負けてるんだぁ・・・」

さだのり「・・・ずっと幸せだった・・・舞子を守ることが出来たあの戦争の時も、ずっと一人ぼっちなんかじゃなかった」

「うぁぁ!なんで!?なんで俺は圧されてるんだ!?」

さだのり「夏美は・・・最後に俺をパパと呼んでくれた、こんなクソみたいな父親なのに」

さだのりの足音が、大きく聞こえる

男は息を呑んだ

目の前のさだのりは、よく知っているさだのりは、しかしなぜか初めて見るように思えた




882 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 10:22:50.80 ID:MHBcUoks0

さだのり「・・・なんて」

「死ねぇぇ!」

苦し紛れ、男は兵士の遺体からあらかじめ引き抜いていた拳銃を取り出し、さだのりに向けた


さだのり「なんて幸せだったんだ、俺は」


血飛沫が吹き上がった

男はかっ、と目を見開く

ないのだ、手の平の中に拳銃が

いや、そもそも


「お・・・俺の腕がないぃぃぃぃ!」


さだのり「・・・」

さだのりの剣の速度は、正に目にも留まらなかった

見えなかった、百戦錬磨を自負していた男の目にも

阿修羅(さ・・・さだのりは、あんな男より強かった!たださだのりは、心のどこかでセーブしていただけなんだ!)


さだのり「・・・お終いだ、お前にはもう何も出来ない」

「あぁ・・・ちくしょう、俺の右腕はどこ行った!?ちくしょう、動けよ!」

さだのり「・・・見苦しいな・・・お前が今まで殺した人々の苦しみに比べたら・・・」

「苦しみだと!?この俺が殺される恐怖に苦しんでるように見えるか!?」

さだのり「・・・」

「いぃぃや!違うねぇ!お前ともう戦えなくなるのだけが怖い!てめぇの顔に傷をつけ、脳みそを取り出し!悪趣味な音楽をかけながら、それを一つ一つのパーツに分解して棚に並べてやれないのが!」

さだのり「・・・死よりも戦えないことが怖い、か・・・馬鹿なヤツだ」

呆れた、とさだのりは小さく呟く

さだのり「お前には守りたいヤツがいなかった、一緒に歩んだヤツもいなかった、俺にはいた」

「なぁ・・・っ」

さだのり「それが俺とお前の違いだ、お前なんかと俺を一緒にすんなよ」


883 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 10:29:59.34 ID:MHBcUoks0
「ち、違いだと…?」

さだのり「そうだ」

「あぁぁあああ…お前は…お前は…」





「さだのり・・・」

男の顔には悲しみがあった

作られた表情ではない、本当に悲しんだ表情だ

「・・・結局・・・ははは、結局俺は誰にも理解などされなかったんだ」

さだのり「理解?」

「看守に話を聞かせても不気味がられた・・・犯した女に過去を話したら怯えられた!誰が俺を理解するのか、誰が!俺と同じ場所に立てるのか、生きている間に見てみたかったなぁ!」

さだのり「!ま、待て・・・てめぇまさか!」

「後ろは絶壁だぜ、さだのり」

ゆっくり、男は後ろに下がっていく

絶壁、その下には暗い空間が広がっていた

滝の音も聞こえる

さだのり「・・・てめぇ・・・!」

「お前に・・・殺されるだけなんて堪えられねぇや」

ふっ、と男は小さく笑った

さだのり「待ちやがれぇぇ!」

さだのりが駆けたのと同時に、男は更に一歩下がった

もう、一歩か二歩で谷底に向かって落ちることになる

さだのり「てめぇだけは俺が片付けるんだよ!」

「さだのり・・・」

息を小さく吐いた男が


そして、ニヤリと笑った


884 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 10:54:10.38 ID:MHBcUoks0
さだのり「…!」

男が、懐から取り出したのはなんだ?

それは、何度もその男が使ったものだった

阿修羅「しゅ、手榴弾…!!」

さだのり「てめぇ…!!都合が悪くなったら自爆か!?許さん、お前には地獄よりも辛い拷問を味わわせてやらなきゃならねぇのに!!!」

「自爆…だと…?ふ…ふふふ…」

一歩、さらに男は下がった

もう、崖はそこで終わっている、後は死の淵に堕ちるだけだ

「崖の先端と言うのは、基本的に非常に地面が脆い、そんな場所で手榴弾を爆破させたらどうなるか分かるか?」

さだのり「!!」

後ろを振り向き、さだのりは駆けだす

「…この手榴弾はな、最後の最後のためにとっておいた、中々の威力のもんだ」

ピンを外した男が、最後に笑った

「さだのり、阿修羅…あぁー、残念だ…出来ればお前達の心臓を抉り出して、そいつをカラスにでも食わせてやりたかった…」

さだのり「阿修羅、離れろ!!」

阿修羅「ダメだ、この場所じゃまだ爆風が届く…」


「とっておきだぁ!!あばよ阿修羅、さだのり!!俺は地獄で待っててやろう、三途の川で再開したら!!!文字通り死のない戦いを繰り広げようじゃぁないか!!!」

その瞬間、凄まじい爆風と閃光が辺りを包んだ


バラバラ、と地面が崩れる音

男は、頭上を見上げた

二人の人影が、一応は見えている

爆風に吹き飛ばされたさだのりと阿修羅は、どうにか崖の崩壊には巻き込まれなかったようだ

(あぁ…幸せだなぁ…)

生まれた時に何も持たず、死んでいく時にも何も持たない

プラスマイナスゼロの人生だった

(…面白かったなぁ、それでもさぁ…)

すぅっ、と目を閉じた男の瞼の裏に浮かんだのは、なぜかさだのりや阿修羅ではなかった


(…アイリンかぁ…会いてぇなぁ…)


そりゃ無理だ、と自分の心の中で男は笑った

彼女は天国に、自分は地獄に行くのだろうから、もしもそれがあるのならば



どれほどの時間、まっさかさまに落ちただろうか

首をへし折る衝撃が体に伝わって、男の命は絶えた

885 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 10:59:53.53 ID:MHBcUoks0

阿修羅「…あ…あ…」

意識を取り戻した阿修羅は、炎に包まれた周りの風景を見て、安堵の声を上げた

生きていた、自分達は勝ったのだ

だがしかし、今は立ち上がるので精いっぱいだ

あの男は死んだのか?

阿修羅「う…」

左手の甲に、大きな穴が開いている

瓦礫か何かが貫いたのだろう、感覚が戻ってきていないだけマシなのかもしれない

阿修羅「…あぁ…ちくしょう、もう…動きたくねぇな…」

笑いながらそう言った、しかしそれは嘘だ

出来れば動いて、他の国で静かに新たな生活を始めたかった

阿修羅(…俺みたいな人間が…?)

新たな生活を送って、それでどうするのかは分からなかった

阿修羅「…俺は…」



「阿修羅」


阿修羅「…!」

驚いてクルリ、と後ろを振り返る

しかし誰もいない、その声だけは知っている

阿修羅「さだのり、生きていたのか!?」


さだのり「…なんとか」


阿修羅「どこだ、どこにいる?早く帰ろう、舞子さんや邪火流が喜ぶぞ」


さだのり「…約束を…果たそうぜ…」


阿修羅「や、約束…!?お前、本気で言っているのか!?今帰れば、お前は幸せな人生をもう一度始められる!!」


さだのり「…この国に…俺やお前みたいな、好戦的な人間はいたらいけないんだ…」


阿修羅「何を…見てみろ、俺は左手が使えない!!お前だって左腕を失った、それでどうやって戦うんだ!?」


さだのり「…約束を果たそう、阿修羅」


阿修羅「さだのり…いい加減に…!!!」


声のした方向が分かった、聴覚の感覚が戻ってきたから

振り返った阿修羅は、そこで目を見開いた

さだのりがそこにはいたのだ、が


阿修羅「お、お前…右腕はどうした…?」


886 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 13:02:43.54 ID:MHBcUoks0
さだのり「そんなことはどうでもいい…さぁ、約束だ…」

阿修羅「ま、待て…お前!!右腕は!!!どうした!?」

さだのり「右腕…あぁ…さっきの…爆風で、引きちぎれたみたいだ…向こうに転がってる…」

さだのりの指差した…いや、彼が顎で指した方向に右腕と思われる、グチャグチャの肉塊が落ちている

阿修羅「やめろさだのり!!どうせその出血じゃ助からない!!!見てみろ、自分の体を!!」

さだのり「…」

阿修羅「右腕も左腕もちぎれ、満身創痍だ!!お前に何ができる!?正直なことを言おう、お前はもうすぐ死ぬ!!ここから街に帰るまでに時間が掛かりすぎる、もう手当だって出来ない…」

さだのり「約束だ、殺し合いだ…」

阿修羅「無駄なことだと言っているんだ!!!」

フラフラと揺れながら、さだのりは阿修羅に近寄ってくる

その光景が、あまりに見ているのに堪えた

阿修羅「やめろ…何がそこまでお前を突き動かす!?お前はあの化け物とは違う、戦いを最後まで求めるなんて馬鹿なマネは…」

さだのり「…俺は…お前にだったら、殺されて構わない」

阿修羅「!!」

さだのり「親の仇を…討つために、殺されるのなら」

阿修羅「もういいやめろ!!!」

さだのり「やめるわけにはいかないんだよぉぉぉおおおお!!!!!!」

最後の一撃だった、さだのりは駆け出し、阿修羅の元に駆け寄った

阿修羅ももう、満身創痍だ

このまま時間が過ぎれば、失血死してしまう

阿修羅(くっ…!)

ここにきて、阿修羅は初めて、さだのりに信頼というものを覚えていたのだと自覚した

この男には、人を引き付ける魅力があった

優しいとか、強いとか、そんなものではない

もっとドロドロとしていて、しかしそれでも一緒にいると落ち着くのだ

阿修羅「さだのりぃぃぃいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」

さだのり「おぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」



二人の男は、正面からぶつかった

さだのりは、何の武器も持っていなかった

もう、彼には戦う術がなかった

そして


阿修羅「安らかに眠れ…!!!!」



阿修羅の手に握った剣が、さだのりの胸を貫いた



887 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 13:08:55.91 ID:MHBcUoks0

走馬灯、だろうか

さだのりの脳裏には様々な光景が蘇った

邪火流が自分に声を掛けてくれたあの場所

セルジオ、ソラ、遠藤と出会った場所

みんなで戦ったあの争い

そして、舞子

さだのり(…あぁ…懐かしい…)

思い出と言うのは、いつまでも心の中に残っていた

消えてなどいなかった

さだのり(みんな…)

夏美の笑顔が、蘇ってきた

その笑顔を、もっと、ずっと、長い間見ていたかった

さだのり(…)



阿修羅「…さだのり…お前は立派だった、今だから言えるよ、俺はもうお前にこれっぽっちの恨みも抱いちゃいない…それどころか、友情さえ感じている」

涙を浮かべながら、阿修羅は言った

阿修羅「…もっと…もっと早くにお前と出会えていたなら、あるいは俺の人生は変わっていたかもな」

くるりと背中を向けた、目の前の男に

さだのりは、何かをしなければならなかった

さだのり(…そうか…俺は)




阿修羅「!!!???」

ズドン、と鈍い衝撃が響いた

阿修羅の胸から、剣が突き出している

阿修羅「ば、馬鹿な…さだのりはもう、腕を無くし…!?」

振り返ろうとして気が付いた、さだのりは、自分の胸に刺された剣を、そのまま阿修羅に突き刺したのだ

背中合わせのようにして、後ろから

阿修羅「…さ…だのり…」

さだのり「…終わった…俺の戦いは…終わったんだ…」

ずるずる、と二人が地面に座り込む

阿修羅(…あぁ)

さだのり「…悪いな…お前には、本当は…幸せな人生を歩んでほしかったんだけどさ」

阿修羅「いや、いいさ…これでいい…俺みたいな人間は、どこに行っても結局災厄を呼び起こす…からな…」

さだのり「…俺もだ…」





888 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 13:14:21.11 ID:MHBcUoks0

さだのり「…俺は…さ」

阿修羅「…あぁ」

さだのり「幸せだった…舞子を愛した、夏美に出会えた、邪火流や、その他の仲間と戦えた…」

阿修羅「…一度…お前の人生を…見てみたかった」

さだのり「…いつかな」

阿修羅「…思えば…俺は、ずいぶんと不器用な生き方をしてきた」

さだのり「俺もだ」

阿修羅「…何のために戦ったんだろうな、俺は」

さだのり「守るため…だろ…?」

阿修羅「…」

段々と、体の感覚が薄れていく

死が近づいているんだな、と阿修羅は理解した

その前に、せめてその前に、最後に訊ねたいことがあった

阿修羅「なぁ、さだのり」

さだのり「…なんだ」

阿修羅「…一つだけ訊きたいことがあった、お前は…」



阿修羅「お前は、なんのために戦っていたんだ?」

さだのり「…なんのために、か…大層な理由なんてなかったんだ」

肩で息をしながら、さだのりは笑った

さだのり「世界を救うとか、みんなを守りきるとか、そんなのでもなかった」

阿修羅「…」

さだのり「…俺には、結局これっぽっちの力しかなかった、誰かを助けるには、小さすぎた」

阿修羅「…」

さだのり「…俺は、生まれた時に一人だった、ずーっと孤独だと思ってたから」



さだのり「…誰かに、傍にいてほしかったんだ」


阿修羅「…ははは、ずいぶんと単純な理由だな…」

阿修羅は笑った、羨ましすぎる生き方だった、そしてさだのりは、きっとそれを叶えていたはずなんだから

阿修羅「…それで?お前は最後にはこうして、俺と背中わせで死んでいくわけだが…それの感想は?」

さだのり「…」

阿修羅「さだのり?聞いているのか?」

さだのり「…」

阿修羅「…そうか…」


阿修羅は目を閉じた

綺麗な空が、瞼の裏に広がっている



阿修羅(…あぁ…俺だって、幸せだったんだ)


889 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 13:19:53.35 ID:MHBcUoks0



ギラギラと太陽が空に輝いている

地面を踏み鳴らし、進んできた兵士達が、ある物を見つけた

「邪火流隊長…さだのりさんと、阿修羅さんです」

邪火流「…」


背中わせで、笑いながら死んでいる二人の男だった

邪火流「…なんて幸せそうな顔をしてるんだろうな、こいつは」

さだのりの顔を見つめる邪火流は、なぜか嬉しそうな表情をしていた

「隊長…」

邪火流「…本当は、ここに…ここに、来たくはなかった、こいつが死んでいるのなんて、見たくなかった」

だがよかったよ、と邪火流は言った

邪火流「…さだのり、阿修羅…帰ろう、俺達の故郷に」

「…隊長、さだのりさんは隊長の旧友の方と同じ場所に埋葬するとして…阿修羅さんは」

邪火流「こいつも一緒に埋めてやろう、それでいい」

「…はい」

邪火流「…さだのり、戦争は終わったぞ、結局は敵との交渉によってだ、お前達の…守ってくれた平和的解決ってやつが、少しは出来たんだ」

さだのりの死体を抱え、邪火流は語りかけた

邪火流「…夏美はな、お前が…お前が死んだことに、ずっと泣いていた…お前は馬鹿だよ、あんなにお前を思ってくれている人々がいるのに、それにしばらく気づかなかったなんて」

邪火流「…舞子も…舞子も、お前のことを思い出して涙していた、ベッケンバウアーもだ…おっと、陛下だったな」

「…隊長、ハンカチを」

邪火流「…いらないさ、涙は袖で拭いてきた人生だ」

邪火流が目を閉じる、どこか遠くで、さだのりの声がした


邪火流「…みんな、聞いてくれ…ここにいるのは、俺の友人の二人だ、手厚く葬ってほしい」

「はい」

邪火流「…ありがとう、さだのり…阿修羅…」

兵士一同が、二つの死体に敬礼をする



「…ありがとうございました」



気にすんなよ、そんな声が聞こえた気がした




890 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 13:28:15.55 ID:MHBcUoks0



小さな丘の上、一人の女性が墓を前にして、笑っていた

夏美「久しぶり、おじちゃん」

その女性は、いくつになっただろうか

もうそろそろ成人する年齢だ

一人で、その墓の前に立っている

夏美「…お父さんとお母さんね、まだまだ元気だよ…そりゃそうだよね、まだ40ちょっとだし…元気だよ」

夏美「…ベッケンバウアー陛下はね、もうそろそろ引退するんだって、でもあの人っていくつなのかな」

夏美「…瑠璃さん、近くで居酒屋を開いたよ、お兄さんの遺志を継ぎたいって」

夏美「…おじちゃん…そのね…舞はお医者さんを目指すんだって、人を助けたいって」

モジモジと体を動かす少女は、まるで父親に結婚を申し込む娘のようにも見えた

夏美「…私は先生になるんだ…子供達にね、しっかりとした大人ってものを教えてあげるの!!!」

夏美「あはは、おじちゃんに言ったら…笑われそうだと思ったんだけど」

夏美「…おじちゃん、おじちゃんのこと、誰も忘れてないよ、みんな覚えてる、私だって」

夏美「…会いたいな、おじちゃんに…本当はね、でも…」

夏美「…でも大丈夫!!おじちゃんが守ってくれたこの国を、みんなを、今度は私達が守るんだ!!!」

夏美「…あとさ、おじちゃん…どうやったら男の子に好かれるのかな?私、腕っぷしが強いからかもしれないけど、舞と違って中々ボーイフレンドが出来ないんだ」

夏美「…まぁ、お父さんはそっちのほうがいいって言ってるけど」

夏美「…そろそろ行かなきゃいけないんだ…またね、おじちゃん」

くるりと墓に背中を向けた夏美は、ゆっくりと坂を下りていく

すると、向こうから誰かが歩いてきた

見たことのない服を着て、逆に坂を登ってきている

夏美(…?)

帽子を被っているからか、顔は見えなかった

だが、その後ろの髪を見た時、夏美は目を疑った

その独特の編まれた髪型は



コーンロウというんだ、と誰かが教えてくれた



891 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 13:34:21.49 ID:MHBcUoks0
夏美「…も、もしかして…!!!!」


待って、と声をかけたがその男は振り返らない

ゆっくりと坂を登っていくと、そのまま進んでいった

夏美「もしかして!!!」

夏美は走った、生きているわけがない、あの男性を思い浮かべて

夏美(違う、生きてる訳ないのに…)




「…」


夏美「…あ、あの…」

「ここは、景色がいいな」

その声に、聞き覚えがあった


夏美「…あ、あなたもしかして…」

「…こんなところで眠っているなら、きっと…寂しくはないだろうな、こいつらも」

夏美「…」

「…知ってるかお嬢ちゃん、人が生きている間に、どれほどの幸せを得られたかが人生の価値ではないんだ、と」

夏美「あ、あなた…」

「…小さな幸せでも…それでも、人生はいいものになるんだ」

夏美「…おじちゃん?」

「…」

くるりと振り返った男の顔は、知っていた


夏美「…おじちゃん…!?」


さだのり「…随分とでかくなったな、夏美」


夏美「嘘…おじちゃん…?」


さだのり「…ははは、こういうのはなんていうのか、怪奇な現象とでも言うべきかな」

夏美「…生きて…たの…?」


さだのり「…夏美、世界は広いな、俺達のいる世界はちっぽけだった」

夏美の横に移動してきたさだのりは、やがてそのまま歩き出した

夏美「おじちゃん!!」


892 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 13:39:01.10 ID:MHBcUoks0
さだのり「…俺さ、今も幸せに遠くで暮らしてるんだが…理由は分からないけど」

さだのり「俺が思うに、世界は何百個もあるのかもな、一つの世界で死ねば次の世界に、そういうもんかな」

さだのり「…いや、もしかしたら俺の勘違いかもしれないが」

夏美「…おじちゃん」

さだのり「…そっちの世界では、俺は…他の死んでいった仲間と楽しくやってる、だから…寂しくはない」

夏美「待って、おじちゃん…私…」

さだのり「なぁ、夏美…お別れを言いに来た、きっと…しばらくは、お前には会えない」

夏美「待ってよ…」

さだのり「…でもさ、もしも…もしもいつかお前が死んでしまったら、それはつまり寿命でを望むわけだが…それで死んだらさ」


さだのり「また、一緒にどっかに行こう、肩車をして」


夏美「!!」


さだのり「…みんなには内緒にしててくれ、どうせお前が夢を見たと思われるだろうし」

夏美「でも…」

さだのり「会えてよかった、さよならは…言うべきではないな、しばらくはお別れだが」

夏美「ね、ねぇ…いつかまた会えるの?」

さだのり「会えるとも」

夏美「本当に?」

さだのり「あぁ」

夏美「…わかった…」

さだのり「…夏美、大きくなったな」

夏美「えへへ…そうかな?」

さだのり「…それじゃ、夏美」

手を挙げたさだのりは、段々と体が薄れていくように見えた

夏美「!!!」





さだのり「桜の季節に、またな」



893 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/23(木) 13:43:08.55 ID:MHBcUoks0


絹旗「…」ウルウル

浜面(え、えぇ…なんだこの話…?)

絹旗「超感動でした!!!」

浜面「そ、そうか…?なんか最後なんてめちゃくちゃ話が広がりすぎて…」

絹旗「そんなことを言ったらC級映画に失礼ですよ!!」

浜面「お前も大概だよ…」

絹旗「このシリーズ、これで最終作みたいですね」

浜面「そりゃそうだろうな」

絹旗「…まさか主人公が死ぬとは思いませんでしたよ」

浜面「ここまで引っ張った癖にな…」

絹旗「あ、あっちにポップコーンが売ってます!!買ってきてください、浜面!!!」

浜面「俺かよ…わかったわかった…」




浜面「すいません、ポップコーン二つ…」


さだのり「はいはい、美味しいポップコーンだよ」



浜面「…え…?」





浜面(ど、どっかで見たことある人…)




さだのり「…そういやぁそろそろ桜の季節か」


さだのり「…久しぶりに会いに行くかねぇ」


おしまい



894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/08/23(木) 13:48:56.86 ID:O3cGRrJYo
895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/08/23(木) 14:47:51.44 ID:izt+GjMZo
じゃがいも
896 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/08/23(木) 15:51:45.18 ID:w/9HvBt4o
さだのりィィィ!!

当時はまさかさだのりのスレが立つとは思ってもなかったし
立つにしても完結まで一年以上かかるとは思ってもなかったなwwww
ま、なんにせよ乙でした
897 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/24(金) 11:26:13.32 ID:DrhX1P6Y0

7月22日

久しぶりに故郷に帰ってみた

夏美が「おじちゃん!私教師の試験に受かったんだよ!!」って言ってきたから「保健体育も教えろよ」って言っといた

首をひねられたのは教えない


邪火流が言うには「あいつは彼氏とか出来たことないから、そういうネタは全くもって通用しないぞ」らしい

そうだったのか、これだから最近の子供は


時間があったから夏美と昼間に二人で出かけた

もうすぐ成人する女だっていうのに、結構子供っぽい服とか着るんだな、あいつ

「下着も買うか?」って聞いたら顔真っ赤にしてポカポカ殴ってきやがった

これだから最近の子供は


昼飯を食ってたら、瑠璃に会った

「お久しぶりです」って言われたから「いいえケフィアです」って返した

えっ?みたいな顔をされたのは教えない


夏美と瑠璃と俺の三人で飯を食ってたら、どうも夏美が俺と瑠璃のほうをちらちらと見てた気がした

「なんだよ」って訊いたら「おじちゃんと瑠璃さんって、なんだかお似合いだよね」って言ってきやがった

「お前、実の父親と他の女にそういうこと言うか?」って言ったら「でも、おじちゃんはおじちゃんだよ」って言ってきやがった

俺はまだ、おじちゃんって言われる歳じゃない

瑠璃は瑠璃でそれ聞いて顔真っ赤にするし

どうすりゃいいんだよ、俺は


898 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/24(金) 11:45:02.82 ID:DrhX1P6Y0

邪火流の家に泊まることになったんだが、そういやぁあいつらには舞って娘もいたな

俺が最後に会ったときは小さい頃だったからな、覚えてる訳ないか


そう思って会ってみたら、「あ、おじちゃんだ」って言われてびっくりした

なんでも毎日のように夏美が俺の写真を見せながら、「これがおじちゃんだよ!」って教えてきたらしい

まぁ初対面で緊張しなくてもいいのはありがたいが

邪火流が「舞に手を出すなよ」って言ってきたから「俺はロリコンではない」と言っておいた

しかし、やっぱり昔の舞子に似て美人だな

夏美はちょっと男にモテなさそうだが、舞は逆にモテまくりそうなヤツだ

舞子が「昔の私そっくりでしょ?」って言ってきたから「昔のお前より別嬪だろ」って言っといた

舞が顔を真っ赤にしたのはなんでだろうかねぇ


ベッケンバウアーがまだ生きてるらしいので電話をしてみた

王様が電話に出るってのも変な話だが、俺だって伝えたらすぐさま取り次いでくれた

「おぉ、さだのりか、元気にしておったか」って訊かれたんで「お前もまだくたばってなかったんだな」って返しといた

そしたら「お主が死ぬまでくたばらんよ」って言われた

あいつは不死身か?


晩飯を夏美が作ってくれるって言ったんで、暇つぶしにずーっと台所で見ておいた

そしたら「あ、あのさ…ずっと見てられるとちょっと気が散るんだけど…」って

なんだよあいつ、すっかり大人になったんだな

それが妙に悲しかったから舞と話をしてみた

邪火流はそろそろ軍の中でも一番の地位に就くらしい

歴代ナンバーワンの若さらしい、あいつなら当然だな

「まぁ、邪火流なら当たり前だろうな」って言うと舞が「おじちゃんはそういうのに興味ないの?」って言ってきた

俺は守るのはあんまり得意じゃない、って言ったらウソばっかり、って言われた

こいつも、なんだかんだ俺が守りたかったものなのかもな


夜、瑠璃もちゃっかり合流して飯を食うことになった

舞と瑠璃が俺の隣の席を取り合って喧嘩になったのはなぜだ

というかそのあと夏美が俺の隣に座った時の驚きはなんだ



わからん


899 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/24(金) 15:45:36.31 ID:DrhX1P6Y0
寝室を借りて寝てたら夏美と舞がやってきた

何だろうかと思ったら「おじちゃん、おじちゃんって今いくつなの?」って訊かれた

邪火流と同い年だ、って言ったら驚かれた

そういやぁ俺、老化してねぇもんな

「どう見ても20代前半だよ?」って言われたのはまぁ嬉しかったが

しっかしそれだといつしかこいつらに年齢を抜かれることになるのか?

そいつは困る


あと「おじちゃん、おじちゃんって瑠璃さんのこと好きなの?」なんて舞が訊いてきやがった

「別に」って答えたらなんかニヤニヤしてきやがったんだが

「おじちゃんも素直じゃないねぇ」って言われたから「そういうお前らは、俺が瑠璃のこと好きに見えるのか?」って尋ねた

そしたら「お似合いには見えるよ」って言われた

俺は別に、そこまで瑠璃にぞっこんなわけじゃないんだがなぁ

「おじちゃん、もし瑠璃さんにフラれたら私がいるからね」って舞が言ってきたんで「お前は年下すぎんだよ」って返しといた

「愛情に年齢なんて関係ないよ」って言われたがそれはババアのセリフだ



邪火流がいきなり入ってきて、夏美と舞に早く寝るように言った

そりゃあ、親父としては娘が男の部屋にいるなんて嫌なんだろうな

と思ったら「さだのりはなんか悪いことを教えそうだ」とのことだった

こいつ、俺の友達だよな?


友達だよな?


「阿修羅はどうしてるんだ?」って訊かれたんで「俺と同じところで元気に過ごしてる、ただお前らと顔を合わせるのは気に食わないんだってさ」って伝えといた

「舞にお似合いだと思うんだがな、阿修羅も悪いヤツではないから」って言われたのが妙にいらついた

俺はダメなのかよちくしょう


いや、いいんだけどね



故郷ってのはやっぱいい、心が落ち着く


900 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/24(金) 15:53:50.65 ID:DrhX1P6Y0



夏美「おじちゃんってさぁ」

さだのり「なんだよ」

夏美「…前々から思ってたんだけど、なんかちょっと怖いよね」

さだのり「あぁ?」

舞「そうだね…お父さんとは別の怖さがあるよ」

さだのり「…別の怖さ?どういう?」

夏美「ほら、そうやって質問するときも顔しかめるし…もうちょっとニコニコしないと」

さだのり「んなこと言ったって、俺は生まれつきこの顔だ」

夏美「それだと今後損するよ?」

さだのり「…何をだよ」

舞「ほら、女の人に好かれないよ?」

さだのり「別にいいよ、そんなに急いでねぇし」

瑠璃「…で、でもさだのりさんは優しいじゃないですか」

舞「そ、それはそうですけど…」

さだのり「ほぉら見ろ!!やっぱ分かるやつには分かるんだよ、俺の魅力!!!」



邪火流「…あいつら、ずいぶん仲いいな」

舞子「そうね…さだのりも、前と違って明るくなったわ」

邪火流「やっといろんな問題から解放されたからだろ…」

舞子「でも、あなたは悲しいんじゃない?」

邪火流「悲しい?」

舞子「夏美は…さだのりに懐いて当たり前だけど、舞もさだのりに惹かれてるじゃない」

邪火流「そ、それはあれだよ!!!親戚みたいな感覚で…」

舞子「そう?舞の目、あれは恋している乙女の目よ…」フフフ

邪火流「」



舞「…おじちゃん、結婚願望とかないの?」

瑠璃「そ、それは気になりますね」

さだのり「ない」

舞・瑠璃「で、でも身を固めるのは重要だと…」

さだのり「固まったら動けません、夏美、飲み物持ってきてくれよ」

夏美「はーい…おじちゃん、ちょっとは女の子の気持ちも考えないとダメだよ?」

さだのり「…は?」


901 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/24(金) 16:06:17.07 ID:DrhX1P6Y0

さだのり「…そういやぁ、夏美は彼氏とかいないのかよ」

夏美「あ、あはは…私は…」

舞「お姉ちゃんね、男の子からあんまり好かれないんだよ」

さだのり「はぁ?なんで」

舞「だってお姉ちゃん、喧嘩っ早いし腕っぷし強いし、男の子から怖がられてるの」

夏美「い、いいじゃん!!」

さだのり「…お前…完全に誰かに似たな」

夏美「うぅ…」

舞「女の子には好かれるのにね、学校とかでいーっつも後輩からラブレター貰ってたよ」

さだのり「お前…生まれる性別を間違えたな」

夏美「うわぁぁぁん!!おじちゃんのせいだよ!!!」

さだのり「邪火流のせいだろ、育て方でガキは変わるんだよ」


舞子「あらら、そんなこと言わないであげて」

さだのり「えー、だってさ、こいつ確かにちょっと男勝りだぜ?」

邪火流「…そりゃあ、親が親だからな」

舞子「サラブレッドの子はサラブレッドなのよ」

さだのり「…舞は?彼氏とかいるのか?」

舞「え?わ、私は…その…」

夏美「めちゃくちゃモテてるけど、全部断ってるんだよね」

邪火流「!?き、聞いてないぞお前に言い寄る男がいるなんて!!!!」

夏美「だってお父さんに言ったらめんどくさいんだもんね」

舞「お母さんには相談してるんだよ?」

舞子「どうやって断ればいいのか、分からないって」

瑠璃「そ、それは羨ましい悩みなのでは…?」



邪火流「さだのり…俺、なんだか寂しいよ…」

さだのり「毛布でも掛けてやろうか」


舞子「…瑠璃さんは?もうそろそろ、結婚を考える年齢なんじゃない?」

瑠璃「わ、私は…」チラッ

さだのり「あぁ?なんだよ」

瑠璃「い、いえ…さだのりさんが結婚する気になるまで、気長に待ちます」

舞「あー!!!瑠璃さん、おじちゃんは私がもらうんだからね!!」

邪火流「や、やめろ舞!!!こんな溝から上がってきたような男と一緒になるのだけは父さん許さないからな!!!」

さだのり「電気毛布でも掛けてやろうか」


902 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/25(土) 13:58:21.13 ID:3yHcj0dY0


さだのり「あぁ…朝か…」

夏美「あ、おじちゃん、おはよう」

さだのり「…あれ…?邪火流達は?」

舞「お父さんは仕事、お母さんと瑠璃さんは買い出しだよ」

さだのり「…瑠璃もすっかりこの家の住人みたいになってるな」

舞「そりゃ、今までいろいろお世話になったし」

夏美「…ねぇおじちゃん、ちょっと家のこと頼んでいい?」

さだのり「はぁ?お前らも出かけるのかよ」

夏美「ううん、私と舞、今からお風呂入るから」

さだのり「…風呂?風呂ってお前、今朝だぞ?」

舞「あのねおじちゃん…朝風呂する女の子は多いんだよ?」

さだのり「んな、朝っぱらに風呂入ってもどうせ汗かくじゃねぇか…」

夏美「おじちゃんには乙女心が分からないの!とにかく、家のこと少しよろしくね!!」

さだのり「お、おいちょっと…」




さだのり「…任せたって言われても何すればいいんだよ」

さだのり「飯…は作ってあるな」

さだのり「…そういやぁ、顔洗いたいな…」

さだのり「洗面所洗面所…こっちか」


ガララッ



夏美「」

舞「」

さだのり「えーっと…洗顔用の石鹸ってどれだ?こっちのは違うよな?」


夏美「なんで脱衣所に入ってきてんの!!!!」

さだのり「あぁ?だってここ、洗面所も兼ねてるし」

舞「わ、わわわわ私達今からお風呂だって言ったでしょ!?」

さだのり「あぁ、それで?洗顔用の石鹸ってこれでいい…」



夏美・舞「土に還れ!!!」

さだのり「げふっ!!!!」




殴られた


意味が分からん


903 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/27(月) 18:26:40.02 ID:EwJlg1ys0

舞「…お、おじちゃんごめんね…」

夏美「だ、だっていきなり脱衣所に入られたら…その、私達だって女の子なんだし」

さだのり「…わかってるよ、俺が悪うござんした」

舞「…怒ってる?」

さだのり「いいか舞、大人の余裕ってのがあってな、こんな、いいか?こんなくだらないことじゃあ、機嫌を損ねたりはしないんだよ」

夏美・舞(お、怒ってる)

さだのり「…にしても、お前らが女の子、ねぇ…昔はこんなにちっさいガキと抱かれてなきゃ動けもしない赤ん坊だったのにさぁ」

夏美「…おじちゃんだって子供の時があったでしょ?」

さだのり「あぁ、あったあった、でもお前らと違って平穏とは遠い生活だったなぁ」

舞「…ねぇ、おじちゃん」

さだのり「なんだ?」

舞「…おじちゃんって、お姉ちゃんの…本当のお父さんなんでしょ?」

さだのり「…邪火流から聞いたのか?」

舞「…お姉ちゃんが言ってた」

夏美「あ、あのねおじちゃん…」

さだのり「…今更語る必要もないだろ?そんなこと」

舞「…でもさ、昔のこと、お父さんもお母さんも話してくれないの、お前達は知らなくていいって」

さだのり「…知る必要がないからそう言うんだろ?」

夏美「…でも、知りたい」

さだのり「…はぁ…邪火流と舞子には内緒だぞ?」

舞「!!う、うん!!!」

さだのり「…俺と邪火流は幼馴染で…えーっと、そうだな…他にも何人かの友達がいた、みんな昔に死んだけど」

夏美「…うん、うん」

さだのり「…舞子と会って、あいつは夏美を身ごもったんだ」

舞「…避妊しなかったの?」

さだのり「そこで一一ツッコむな!!っていうかそんな知識だけはあるんだな!!」

夏美「そ、それで…?」

さだのり「…戦争があったんだ、まぁ…内乱みたいなもんだが、それで俺は邪火流に舞子を託した、それだけだ」

夏美「…」

さだのり「…なんだよ」

舞「…その、幼馴染だったお父さんが…お母さんと結婚して、嫌だったんじゃない?」

さだのり「なんで?」

舞「…だって…自分が好きだった人が…」

さだのり「俺が託したんだ、そりゃ嬉しいさ…邪火流は律儀な男だ、あいつは…本当に、俺との約束を守ってくれてる」

夏美「…」


904 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/08/30(木) 17:50:14.85 ID:SincJlyY0
さだのり「…で?そんなこと訊いてどうすんだよ」

夏美「う、うん!!おじちゃんがいいなら、それでいいんだ」

舞「…ねぇ、おじちゃん」

さだのり「なんだよ」

舞「…私とお姉ちゃんって、お母さんに似てるかな?」

さだのり「…夏美は…そうだな、雰囲気は少し似てるけど、でも俺のほうに似てる気がするな」

夏美「…道理でみんなから男らしいって言われるわけだ…」

さだのり「…20を手前にして、それを言われたらもう未来はないな」

舞「私は?」

さだのり「…若い頃の舞子にそっくりだ、本当に」

舞「えへへ…ってことはさ、おじちゃんは私みたいな容姿が好みなのかな?」

さだのり「はぁ?」

夏美「…お、おじちゃんはそんな軽い人じゃないもんね!」

さだのり(…こいつら何必死になってんだ?)

舞「…私ね、小さい頃からおじちゃんは素敵な人だった、ってお姉ちゃんから聞かされて育ったから…」

さだのり「あぁあれか、会ったこともないヤツに惚れるってやつ」

舞「それに近いかもしれないなぁ…」

さだのり「嫌だね、俺はロリコンじゃないし、それに恋愛にも興味があるわけじゃねぇし」

夏美「?じゃあなんでお母さんのことは好きになったの?」

さだのり「忘れた、昔のことだし…それより朝飯食べたいんだけど」

舞「あ、じゃあちょっと待ってて」

夏美「おじちゃんに手料理を振る舞ってあげる!」

さだのり「そりゃどうも」



さだのり(…どうして好きになったのか、か…)

さだのり(…)

さだのり(忘れたよ、んなこと)

905 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/10/06(土) 02:44:50.86 ID:3FyrU37Ao
まだか
906 : ◆G2uuPnv9Q. [sage  saga]:2012/10/10(水) 21:35:09.87 ID:VNJWS3qq0


さだのり「…」

舞「おじちゃんは、今…幸せ?」

さだのり「あぁ?」

夏美「…おじちゃん、人の幸せって…なんだと思う?」

さだのり(…あのクズは…アイデンティティの確立だとか言ってたな)

さだのり(それだけは…同意できるのが、憎らしい)

夏美「…私ね、おじちゃんがここにいるだけで、幸せだよ」

さだのり「…そうだな、俺も…お前達が生きているだけで幸せだ」

舞「でも、やっぱり恋人を作るのが男の人の幸せなんじゃないかな」

さだのり「…誰かを背負うのは、しばらくやめとくよ」

舞「…そっか」

さだのり「…邪火流は」

夏美「?」

さだのり「邪火流はな、ガキの頃は、俺と同じような不器用で、馬鹿な男だった…」

さだのり「…あいつは大人になり、俺はガキのままでいたがった」

さだのり「…それによって人生に差が生まれたのだとすれば、俺は自らの過ちで道を失ったことになる」

さだのり「だがな、俺は、人生と言うのは決して一本道ではないのかもしれないと、最近思い出してきたんだ」

舞「違うの…?」

さだのり「一本目の道が無くなったら、次の道を探し、迷い、闇に堕ち、時として、道を踏み外す」

さだのり「最終的に行きついた場所が、自分の終着点なのかもな、ってさ」

夏美「…おじちゃんは、今が終着点だって思う?」

さだのり「いいや、俺はまだまだこれから歩くさ」



さだのり(…この国には、まだまだ足りないものがあるからな)




さだのり「俺の目玉が前についてるなら、道ってのは前にしか出来ないだろ」



907 : ◆G2uuPnv9Q. [sage  saga]:2012/10/12(金) 16:00:16.27 ID:UjMAolTH0


邪火流「みんな、飯だぞ…」

舞「あ、お父さん」

邪火流「ん?さだのり、お前何してるんだ?」

さだのり「何って、日記を書いてるんだよ」

邪火流「日記?」

さだのり「…人の記憶ってのは、少しずつ薄れていくからな」

邪火流「なるほどな、いつでも思い出せるように、か」

邪火流がさだのりの日記を覗きこむ

邪火流「…そういえば、俺も…あいつらの墓に、最近行ってないな」

さだのり「…邪火流、俺さ」

邪火流「なんだ?」

さだのり「…俺は、ずっと一人で生きている物だと思っていた、だが違った、世界はこんなにも広くて、憎悪と愛に満ちている」

夏美「…おじちゃん」

さだのり「守りたい物、壊さなければいけない物、そういうのが混在していて、何が善なのかも分からない物だった」

邪火流「…そうだな、昔から俺達は遠回りをしてきた」

さだのり「…同じようなことを、これからの子供達にはしてほしくない」

邪火流「あぁ、そうだな…願わくば、誰かが正しい道を教えてやれたら」

さだのり「正しい道なんてなかったのさ、誰にも…これからだってそうだ」



さだのり「…でも、誰かが歩き出したいと思うなら、それを応援してやれるはずだ、正しい道を教えることは出来なくても、進み方を教えることは出来るはずなんだ」




さだのり「…俺は、それを子供達に教えたい」

夏美「!!」

さだのり「夏美、お前は教師になるんだよな、俺にも手伝わせてくれ」

夏美「ほ、本当に!?」

さだのり「あぁ」


舞子「あら、あんまり教養のなさそうなあなたが先生なんて…ふふふ」

さだのり「あぁ?いたのかお前」

舞子「でも、お似合いだと思うわ…あなたはいつでも真っ直ぐだから」

さだのり「…」



さだのり「…俺は大人になったなんて思ってない、子供のままだと思う…それでも、俺にはやりたいことがある、夢がある、希望がある」




さだのり「明日があるってのは、こんなにも幸せなことなんだな、邪火流」





908 : ◆G2uuPnv9Q. [sage  saga]:2012/10/12(金) 21:27:14.88 ID:UjMAolTH0


夏美「ねぇ、おじちゃん」

ベッドの上で、脚をバタバタとさせながら夏美が話しかける

さだのり「…なぁ、お前部屋に帰れよ…そこ俺のベッドだぜ?」

夏美「えぇーー、でもここ、私の家だよ?」

さだのり「はぁ…その自己中なところは誰に似たんだよ」

夏美「おじちゃんにじゃない?」

さだのり「俺が自己中?まさかぁ、いい冗談だな」

夏美「ううん、おじちゃんって自分勝手で意地っ張りだもん!!!」

さだのり「あーはいはいそうですか…」

夏美「…でもね、私にとっては、大切なおじちゃんだよ」

さだのり「…なぁ、夏美」

夏美「なに、おじちゃん?」

さだのり「…嫌じゃないのか、俺が傍にいることが」

夏美「どうして?」

さだのり「…俺は、お前の本当の父親なんだぜ?お前を捨てた父親が…目の前にいるってのは、どんな気分なんだ?」

夏美「おじちゃんは、私を捨ててなんかないよ…だって、ずっと守ってくれたじゃない」

さだのり「…」

夏美「…お母さんも、お父さんも、おじちゃんが生きていたって知って、すっごく喜んでた…」

夏美「舞だって、おじちゃんに会えて嬉しかったって」

夏美「おじちゃんは、いろんな人と一緒に生きてたんだよ、こんなにたくさんの人に愛されて」

夏美「…私には真似できないよ、おじちゃんは」

さだのり「…俺は、一つだけお前に…謝らなきゃいけないことがあったんだ」

夏美「なに?」

さだのり「悪かった、お前の…お前の傍に、ずっといなかったことを、俺はただ唯一、人生で悔いている」

夏美「おじちゃん…」

さだのり「…だから、俺は出来れば、お前とこれから一緒にいてやりたい、俺には父親面をする資格はないし、するつもりもない」

さだのり「…俺はお前の父親じゃない、お前の父親は、邪火流一人だけなんだ」



さだのり「…俺は、お前の、たった一人のおじちゃんでいいんだ」

夏美「あはは、おじちゃんって呼ばれるの嫌なくせに」

さだのり「そうだな…まぁ、俺ももう…そう呼ばれる歳だしな」


909 : ◆G2uuPnv9Q. [sage  saga]:2012/10/12(金) 21:36:31.67 ID:UjMAolTH0
夏美「…おじちゃん、本当におじちゃんも先生になるの?」

さだのり「そうだな、体育の先生にでもなるかねぇ」

夏美「あー…おじちゃんはそれしか出来なさそうだね」

さだのり「何が言いたいんだ」

夏美「…おじちゃん、学校とか行ったことあるの?」

さだのり「ない」

夏美「な、ないの?」

さだのり「あぁ、俺もないし、邪火流もないんだぜ?」

夏美「…おじちゃんの子供の頃って、どんな風だったの?」

さだのり「…そうだな、あれは…」





思い出すのは悲しい思い出だ

でも、そこにきっと、セルジオや、ソラや、遠藤の生きてきた時間がある

悲しい思い出なのに、それでも俺は忘れたいとは思わない

あいつらの笑顔が、もしも心の中で今も輝いているのだとしたら


そこに、ちょっとした灯りだけを与えるのが、俺の役目だと思うから





さだのり「…舞子は…そうだな、綺麗だった」

夏美「…おじちゃん」

さだのり「勘違いするなよ、今はそういう恋愛感情はねぇよ」

夏美「…うん、分かってる」

さだのり「…それで相談なんだがよ…舞って、料理は出来るのか?」

夏美「え?どうして?」

さだのり「ほれ、あいつって俺のこと好きみたいじゃないか、もし結婚…」

夏美「おじちゃん!!!!!」

さだのり「じょ、冗談だから、許し…」





さだのり「ノォォォォン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/15(月) 05:53:07.63 ID:6GdXH1JDO
>>1って今他に書いてる?
911 : ◆G2uuPnv9Q. [sage  saga]:2012/10/18(木) 21:52:51.31 ID:aVcSiHTo0
>>910 いえ、ここではもう書いてないですよ





さだのり(…予想外すぎたな)

さだのりは困惑していた

彼は、今までほとんど子供というものを相手にしたことがなかった

無論、彼にだって子供時代というものは存在していたのだが、それは世間一般で言われる子供、とは程遠い、血まみれたものだった

だからこそ、夏美が国語やら数学やらを教えている子供達に初めて会った今、何から手を付ければいいのか分からないのだ

バイクに関して何の知識もない人間が、いきなり工具を渡されて「エンジンのボアアップでもしてみようか」なんて言われたのと同じ状況だ

いや、バイクには説明書があるだけ、まだマシと言えるだろう


さだのり「…なぁ、夏美…」

夏美「なに、おじちゃん?」

さだのり「…こ、こいつら…俺はどうすればいいんだ?」

夏美「どうすればって…おじちゃんがしたいことをすればいいんだよ」

さだのり「…」




さだのり「お前ら、いいか?女の体について…」

夏美「おじちゃん」




「ねぇ、夏美先生」

夏美「なに?」

「あの先生、どうしてあんなに大きな体してるの?」

夏美「?おじちゃんのこと?」

「おじちゃん先生なんだ!!」

「夏美先生のおじちゃんなの!?」

夏美「…うん、そうだよ…私の大切なおじちゃん」

「すっげー!!夏美先生より偉いの!?」

夏美「うん、私なんかよりずーっと偉いんだよ!!!」

「すげー!!!!!」




さだのり(…学校ってのは、結局何をするんだ…?)

さだのり(飯だけ食ってればいいってもんじゃあないんだな)


912 : ◆G2uuPnv9Q. [sage  saga]:2012/10/20(土) 08:40:58.04 ID:SvrTU5IX0

「ねぇねぇおじちゃん先生!!」

さだのり「…おじちゃん先生って言うな、俺にはさだのりって名前があるんだけど」

「さだのりおじちゃん先生!」

さだのり「…」



さだのり(め、めんどくせぇ…)



「さだのり先生って、夏美先生のおじちゃんなの!?」

さだのり「…あぁ」

「すごーい!!」

さだのり(今の文脈からすごいところが一つも見つからないんだけどなぁ…)


さだのりには分からない、子供というのは大人がくだらないと思うことでさえも、一喜一憂できるのだ

そして、それゆえに大人が気づかないことにまで、気が回ることもある

さだのり「…お前達、夏美のこと好きか?」

「うん!!」

「夏美先生はね、すっごく優しいんだよ!!」

夏美「おじちゃん、おじちゃんもみんなに優しくしてね」

さだのり「…って言ってもさぁ、俺が教えられる科目なんてないぜ?数学も国語も、社会もぜーんぶお前が教えてるし」

夏美「うーん…おじちゃん、頭悪いもんね」

さだのり「あぁ?」

夏美「ほら、子供の頃学校、行ってなかったんでしょ?学がないっていうか…」

さだのり「お前、人生歩く中で三平方の定理なんて使ったことないだろ?」

夏美「おじちゃん」

さだのり「あぁ?」

夏美「三平方の定理、知ってるの?」

さだのり「…」




さだのり「知ってるのと理解してるのは違うんだ、夏美」

夏美(分からないんだ)

913 : ◆G2uuPnv9Q. [sage  saga]:2012/10/20(土) 08:49:46.75 ID:SvrTU5IX0

さだのり「…そうだ、体育なら教えてやれるな」

夏美「体育…?」

さだのり「こう…走ったり、投げたり、飛んだり」

夏美「アバウトすぎるよ、おじちゃん…」

さだのり「お前らだって、ずーっと机とにらめっこで嫌になるだろ?」

「うん!!」

「遊びたい!!」

夏美「あ、遊ぶんじゃなくて、体育の授業!!」

さだのり「一一授業だなんだって言わなくていいんだよ、子供は子供の時にしか出来ないことをするもんだぜ?机と向かって肩首凝らせて一日終えるのは、大人だって出来るだろ」

ひょい、と生徒の一人を肩車して、さだのりが教室のドアへと向かう

夏美「あ…」

さだのり「ん?なんだ、どうかしたか」

夏美「…ううん」

さだのり「ほーれみんな、外行ってキャッチボールでもしようぜ…グローブはないけどな」

「わーい!!」

夏美「…」




夏美(…肩車…か)





さだのり「…ボールの数はちょうどいいが…」

夏美「…この学校、校庭なんてほとんどないもんね」

さだのり「なぁ、どうせだしどっかの公園にでも行こうぜ?」

夏美「だ、駄目だよ!!今授業中なんだし…」

さだのり「おいおい、そこまで立派な学校じゃねぇだろ、校長が指輪とかネックレスしまくってたり、PTAがアホみたいに子供の生活に首突っ込んでくるような学校じゃあねぇだろ」

夏美「そ、そうだけど…」

さだのり「事後承諾だ!!!みんなも言ってみろ!!」

「「「事後承諾!!!!!」」」

さだのり「こうやって、子供には物教えるんだよ」

夏美(頭が痛くなってきた…)


914 : ◆G2uuPnv9Q. [sage  saga]:2012/10/23(火) 14:08:39.34 ID:h0ZioR+m0



さだのり「いいかお前らー、怪我しないようにキャッチボールしろよ」

「はーい!!」

夏美「おじちゃんはしないの?」

さだのり「ほらあれだ、俺の剛速球は世界を変えてしまうから危ないんだ」

夏美「めんどくさいんだね…」

さだのり「そうじゃねぇけどさ、子供相手だと手加減が難しいだろ」

夏美「そうだね…ん?」

夏美がちらり、とある場所を見た

そこでは、二人の男子生徒がボールを取り合っていたのだ

夏美「こらこら!!!仲良くしなさい!」

「やだ!!こいつ、俺が先にボール持ってたのに取り上げようとしたんだよ、先生!!」

「嘘つくなよ!!俺のほうが先だったし!!!」

「俺だった!!!」

「俺!!!!」

夏美「ちょ、ちょっと…」

さだのり「…おいおい、お前らそんなことで喧嘩するなよな」

「だって先生!!!俺のほうが先だったんだ!!!」

さだのり「どっちも先を主張してるってのがおかしいって気づけよ…子供だねぇ」

「俺が先だった!!!」

さだのり「分かった分かった、だったら俺にボール貸せよ」

「な、なんで先生に渡さなきゃいけないの?」

さだのり「…いいから」

「うぅ…」

男子生徒は、さだのりにボールを渡した

さだのり「…いいか、キャッチボールってのは別に一人でするもんじゃねぇんだ、二人でも出来るしそれ以上だって、輪になって出来るもんだ」

さだのり「ただな、いいか、ただな!!相手がいなければキャッチボールなんて出来ないんだよ」

さだのり「…お前らのどっちが先に取ったのか、なんてどうでもいいじゃないか、二人でキャッチボールしてたほうが楽しいし、有意義な時間が過ごせるってもんだ」

「…うん」

さだのり「…そうやってお互いを憎んで奪い合うほど、こいつはお高くて大切なもんじゃあねぇだろ」

「うん…」

さだのり「ほれ、向こうで怪我しないように遊んできな」ポンッ

「!!あ、ありがとう、先生!!!」

さだのり「あぁ」

夏美「…おじちゃん…」




915 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2012/11/10(土) 09:21:44.34 ID:0i759P/a0

さだのり「…」

夏美「おじちゃん、今のすっごく先生っぽかったよ」

さだのり「そうか?やっぱ俺って才能あるのかもな」

夏美「それは違うと思うけど」

さだのり「違うのかよ…」

夏美「…おじちゃん、もしも自分に子供が出来たら…あんなふうに、優しくしてあげるんだよ?」

さだのり「アホかよ、自分の娘のために命張った父親がここにいるんだぜ?」

夏美「!!そうだね…そうだよね」

さだのり「…いいな、子供に何かを教えるってのは…」

小さく笑いながらさだのりは言う

さだのり「俺達の知っていることと、あいつらだけが知っている真実が混じり合って、新しい未来が出来るなら」

さだのり「俺はその手助けをしたい」

夏美「…私達だけが知っていることも、あるもんね」

さだのり「あいつらは戦争を知らない、知らなくていい」

さだのり「…俺達だけが知っているのは、殺し合いは憎しみと喜びの両方を生み出すと言うことだ」

さだのり「あいつらが知っているのは、喜びは戦争じゃなくても生み出せるってことだ」

さだのり「綺麗事がまかり通らないのは世の常だ、綺麗事だけじゃ夢しか描けない」





さだのり「だが、俺達はその夢の中を生きてみたい」

夏美「…うん」

さだのり「…そうだよな」




さだのり(なぁ、みんな…)




916 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/11/11(日) 11:59:45.53 ID:rL2aAu7B0
917 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/19(土) 13:40:33.60 ID:jELZe6WI0
もう来ないのかな?
918 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2013/01/25(金) 00:26:45.53 ID:DxHgeAwu0

さだのり「…ずいぶんとこの国も変わったよな」

ぽつりとつぶやくさだのりの背中は、誰よりも大きかった

夏美が知っている父親の背中は、いつも邪火流の物だった

頼りがいがあって、抱きつけば必ずそのまま歩き出してくれる

だが…さだのりの背中は、ほんの少しだけ遠くにあるような気がするのだ

決して離れているわけではないのに

もしも、抱きしめることをしなければ、いつかまたふらっといなくなってしまうかのように

夏美「…おじちゃん」

さだのり「お前ら怪我するなよなー」

子供に言い聞かせてから、さだのりが空を見上げる

彼が仲間と出会った時には、すでにそこにあった空だ

さだのり(空…ソラねぇ、ははは…)

思い返せば、本当に面白い人生だったのだ

仲間との出会い、別れ恋をして、そしてその恋を失い…

命までも失った

なぜだろうか、と思うほどに人を傷つけ、そしてたくさんの命を奪ってきた

神様というものを恨むことで正当化する人間もいるが、さだのりはその類ではない

さだのり「…なぁ夏美」

夏美「なに、おじちゃん?」

さだのり「…キャッチボール、しないか」

夏美「?」

ボールを夏美のほうに投げてよこしたさだのりが、グローブを手に嵌める

さだのり「やったことないんだよ俺…親父もおふくろもいなかったから」

夏美「あ……」

さだのり「…俺にはできなかったことなんだ」

夏美「…」

夏美が、そっと投げ返した白球は、空に美しい弧を描いて飛んでいく

それが

それが、なぜだかさだのりのグローブに届かない気がしたのだ





さだのり「お、ナイスボール」

ニヤニヤと笑ったさだのりの手の中に白球があった

それに、少しだけ夏美は胸をなでおろした



919 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/08(金) 17:25:02.05 ID:B7S6xHWf0
来てた
920 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/14(木) 02:56:35.43 ID:OZvTU/mi0
来てた
921 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2013/02/17(日) 09:06:51.84 ID:QlQY0xe+0

さだのり「…お前らー、そろそろ帰るぞ」

子供達に声を掛けたさだのりは……その肝心の子供達が集まる前に、歩を進めた

夏美「ちょ、ちょっとおじちゃん!」

さだのり「めんどくさい、待つのは嫌いなんだよ……」

夏美「……いっつも待たせてたくせに」

さだのり「?なんか言ったか夏美」

夏美「う、ううん……みんな、早く帰ろうね!!」







「ねぇさだのり先生!!今度はいつ来てくれるの!?」

さだのり「んー、そうだな……さすがに毎日学校抜け出すのはよくないだろうし」

夏美「はっ!そうだった……こ、校長先生になんて謝れば…」

さだのり「あとで俺が頭下げてやるよ」

夏美「おじちゃん……校長先生に会ったことないでしょ」

さだのり「…いいんだよ、別に」



さだのり「そうだな、今度は……俺の気が向いた時に来てやるよ」

「えー、明日来てよ!!」

さだのり「ダーメ」

「じゃあ明後日!!」

さだのり「ダメだ」

「ケチ!!!」

さだのり「うるせーな、お前らとっとと学校帰らないと怒られるぞ?」

「さだのり先生が守ってくれるから大丈夫だもん!」

さだのり(その大丈夫な自信がないんだよなぁ)






学校に到着したさだのりは、すぐに校長室へと向かった

しこたま大目玉を喰らうのを覚悟していたが、意外にも校長は理解を示してくれた…

さだのりと同じような考えの人なのだろう

少し変わった風貌の人だった、さだのりに少しだけ似てるような気がした

さだのり(…俺の生まれ変わりとかだったら面白いな)


922 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/17(日) 18:17:36.70 ID:xo9hF48Ro
投下きた!
923 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/17(日) 21:13:49.57 ID:jFa9UmGb0
うぅ...
ジャガイモぉ...
924 : ◆G2uuPnv9Q. [saga sage]:2013/02/24(日) 23:54:25.46 ID:iTtpI47p0



さだのり「…」

邪火流の家…広く感じられるリビングで、さだのりは椅子に座り目を閉じていた

瞼の裏に映るのは、かつて失った幼馴染たち

そして、彼らと過ごした悲しくも楽しかった青春だった

セルジオが、ソラが、遠藤が……

彼の心の中で、そっと笑顔を浮かべていた

さだのり(あぁ……懐かしい)




夏美「おじちゃん、御飯出来てるよ」

さだのり「…あぁ」

夏美「ほらほら、早く食堂行こうよ…どうしたの?」

さだのり「いや、ずいぶんでかい家だよな…邪火流は儲けてんのな」

夏美「…おじちゃんと違って、真面目だからね」

さだのり「あぁ?俺だって真面目だろうが」

夏美「あはは!!おじちゃんが真面目ってことはないよ」

さだのり「……」

夏美「…おじちゃん?」

さだのり「いや、なんでもないよ…お前は真面目だから、教師になれたんだな」

そう言ったさだのりの顔が、なぜか寂しそうなのはなぜだろうか

邪火流と夏美の真面目な部分は、似ているのだ

本当の親子のように

さだのり「……飯、なんだって?」

夏美「ビーフシチュー」

さだのり「そりゃ楽しみだ…」

すっと、立ち上がったさだのりの背は…夏美よりずっと高い

頭に触れるのも無理なくらいに

夏美「…」

さだのり「…何してるんだよ、お前も行くんだろ」

夏美「え?あ、あ、うん」




食堂に用意されていたビーフシチューは、なぜだか懐かしい味がした




さだのりにとって、誰かの手料理を食べるのは…それは、いつも相手が舞子の時だけだった


925 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/05/04(土) 00:14:48.82 ID:TkOGvYTy0
続きキボンヌ
926 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/05(日) 07:38:20.03 ID:6R6Lt1jw0
カモーン!
927 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2013/05/05(日) 14:26:04.39 ID:7thvv9Oe0




夏美「ねぇおじちゃん」


静かな夜……窓の外に映る美しい夜空を見て、夏美が呟いた

夏美「死んだ人はみんなお星さまになるんだって……昔から、お父さんは言ってたんだ」


さだのり「へぇ、そりゃ素敵な話だな」


夏美の愛読書なのだろうか、吐き気のするような甘い内容の恋愛小説を読みながら……さだのりが適当に返事をする

夏美「おじちゃんは、そんなことってあると思う?」

さだのり「どうかねぇ……一度は死んだような身だけど、知らないな」

夏美「知ってるか知ってないかじゃなくて、信じるか信じないか」

さだのり「……昔、俺には大事な友達がいた、親友なんて言葉を最近のヤツはすぐに使う、一緒に遊べば親友、気が合えば親友……そんな簡単なことを言って親友を何人も作るけど、もしも自分がいじめられてたり、あらぬ疑いをかけられたりした時に、本当に助けてくれる友達は何人いる?」

さだのり「…俺にはそれでも親友と言えるヤツがいた、そいつらは…邪火流以外全員死んだ」

さだのり「……そんなヤツらの死を間近で見てきたからこそ思う、あいつらはあんな綺麗な星になっていられるわけがないんだ」

さだのり「…ただ、そうあってくれたらどれだけ素敵だろうか、とは思うけどな」

さだのり「自分の大切な人は死んでしまっても心の中で輝き続ける、そういう意味では星になるんだろ」

夏美「ふーん……」

さだのり「…お前も、もうそろそろ成人するんだろ?いまさらそんなメルヘンチックなことばっかり考えるなよ」

夏美「成人して色々現実を知っちゃうから、メルヘンを信じてみたいの!」

さだのり「…そうかい」

夏美「ねぇ、明日は私が朝食作るんだけど、おじちゃんも食べる?」

さだのり「……そうだな、食べるかもしれない」

夏美「?」

さだのり「…………なぁ、夏美…お前、好きな男とかいないのかよ」

夏美「いないけど、なんで?」

さだのり「…人を愛するってのはいいぞ、自分の人生が輝きを持つし、すっごい強くなれる気がする」

夏美「…うん、そうみたいだね」

さだのり「……そういうヤツに料理を作ってやるとな、コロッと落ちるもんだ」

夏美「ふーん……おじちゃんもそうだったの?」

さだのり「そうだなぁ……そうかもしれない」

夏美「かもしれないって…自分のことじゃない」

さだのり「…」


さだのり「……俺、さ」

夏美「なに、おじちゃん?」



928 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2013/05/05(日) 14:31:49.25 ID:7thvv9Oe0
さだのり「……これからまた人を愛すると思うんだ」

夏美「うん、そうだろうね」

さだのり「…それが瑠璃なのか舞なのか、それとも別の女なのかは分からない」

夏美「…舞も入ってるんだ」

さだのり「たださ、どうしてもこう……舞子と比べてしまう気がする」

夏美「…」

夏美がそっと目を細める

笑っているようにも見えるし、悲しそうにも見える

そんな表情が本当に舞子にそっくりだ、とさだのりは笑った

さだのり「……その時にさ、もしも舞子よりも素敵な女性だと思ったら……俺は、結婚してもいいもんなのかな」

夏美「!!いいに決まってるよ、おじちゃん!!」

さだのり「……そうか、お前の口からそれが聞けてほっとした」

夏美「ど、どうして?」

さだのり「なんでもない、それよりこの小説なんだ?幼馴染の男と女が結婚するとかありえねーっての」

夏美「あ!!それ栞挟んでたでしょ!?」

さだのり「栞?あぁ、これ栞だったのか、ゴミだと思って捨てちゃった」ガサゴソ

夏美「ああああああああああああああああああ!!!!どこまで読んだか分からないじゃないの!!!」

さだのり「本当に面白かったらこんなのなくてもどこの展開まで読んだか分かるだろ、それで分からなくなるなら面白くなかったってことだしいーじゃん」

夏美「おぉぉぉじぃぃちゃぁぁぁん!!!」

さだのり「わ、分かったから机を持ち上げるなぁああああああああああ!!!」












舞「うるさいよ二人とも!!!」


さだのり・夏美「ひっ!?」


舞「まったく、夜中なんだから近所迷惑も考えなよ…おじちゃんも、そろそろ寝なさい!」

さだのり「で、でもさー」

舞「でももだってもあり得ません!!」

さだのり「はい」


こうやって舞子の尻に敷かれていたのだろうか

夏美は二人のやり取りを見て……小さく笑った



舞「お姉ちゃんもね」

夏美「はーい」

929 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/05/08(水) 18:55:17.33 ID:l+R/WI4y0
お、お茶目な
ジャガイモだぜ
930 : ◆G2uuPnv9Q. [sage saga]:2013/05/09(木) 11:29:14.50 ID:sFii81v10

舞「ねぇ、おじちゃん」

さだのり「ん?なんだ?」



ベッドに寝転がり、邪火流の部屋から持ってきた聖書を読みながらさだのりが適当に返事をした

舞「おじちゃんって、どんな女の人が好みなの?」

さだのり「……グレース・ケリー」

舞「え?」

さだのり「嘘だよ、どんな人でもいいんだ、俺とずっと一緒にいてくれれば」

舞「…私じゃだめ?」

さだのり「お前はなんていうか、娘みたいな感覚だろ」

舞「ふーん…じゃあ、瑠璃さん?」

さだのり「……そうだな、必死に俺の傍に近づこうとはしてくれてる」

舞「…」

さだのり「お前がもうちょいだけ大人になれば、いい勝負だけどな」

舞「!本当に!?」

さだのり「…ま、その時まで俺が生きてればの話だけど」

舞「おじちゃんって、死なないんじゃないの?」

さだのり「さぁ?」

ページをめくり……さだのりが不機嫌そうな顔をする

さだのり「なぁ、聖書に書かれてることって本当だと思うか、お前?」

舞「それが真実かどうかじゃなくて、それを信じるかどうかだと思うよ」

さだのり「…」

舞「それを信じて神様を信じて、真面目に生きればきっと救われるって思えば、頑張って生きられるんじゃない?おじちゃんが、お母さんのために戦ったのと同じだよ」

さだのり「…方法が戦争ってのも同じか」

舞「それは違うと思う」

さだのり「…」

パタン、と厚い表紙を両手で挟んで閉じてから、舞に投げてよこす

さだのり「これ、邪火流に返しておいてくれよ」

舞「寝るの?」

さだのり「あぁ、慣れない本読んでたら眠くなってきた」

舞「おじちゃん頭悪いもんね」

さだのり「あぁ?」

舞「…」

そのまま、ごろんと舞も床に寝転がった

さだのり「何やってんの?」

舞「もう少しおじちゃんと話したい」

さだのり「…あぁ、そう」


931 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/17(金) 08:10:26.08 ID:sRgCJEun0
深いな………
932 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/07(金) 05:35:39.24 ID:ocFMwjuW0
続きはよ
933 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/08(土) 06:35:59.03 ID:c/bAzGE9o
糞ワロタまだあったのかこのスレ
>>1はもう禁書SS書かねえのか
934 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/08(土) 06:36:46.30 ID:c/bAzGE9o
sage忘れてた
935 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/26(水) 19:36:51.14 ID:fWUDo1BQo
続きあひょ
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