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番外・とある星座の偽善使い(フォックスワード) - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:00:09.05 ID:M0U/e/FAO
・上条×麦野SSです

・こちらのスレに投下させていただいたSS(一巻・新約一巻再構成)の番外編です。

麦野「ねぇ、そこのおに〜さん」
http://ex14.vip2ch.com/news4gep/kako/1273/12730/1273075556.html
麦野「ねぇ、そこのおに〜さん」2
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1291/12918/1291819165.html

・更新は不定期になります。
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諸君、狂いたまえ。 @ 2024/04/26(金) 22:00:04.52 ID:pApquyFx0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1714136403/

少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1714054765/

渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714052788/

二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

2 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:02:19.38 ID:M0U/e/FAO
〜簡単な時系列〜

6月6日……麦野、スキルアウトに絡まれるも逆に皆殺しする。
救出に向かった上条を目撃者として殺害しようとするが、フレンダの乱入により取り逃がす。

6月7日……麦野、上条の身元を調べ上げ、通学路にて待ち伏せ。
アイテムが青髪を人質に取り、麦野は上条を殺害しようと通学路より連れ出す。
しかし報復に現れたスキルアウトの残党と交差点で会敵。その際上条が麦野を庇って瀕死の重体に陥る。

6月8日……上条、昏睡状態から目を覚ます。そこで一晩付き添っていた麦野と後に現れたアイテムと顔を合わせる。

6月11日……麦野、上条の見舞いに訪れいくつか会話を交わす。
その帰り道、歩道橋にて土御門と遭遇。上層部から警告を発せられる。
直後、電話の女に呼び出されて仕事を受ける。

6月13日……麦野、仕事帰りの車中にて電話の女から警告を発せられる。
その際、滝壺から恋愛指南を受け退院祝いの料理の特訓を受ける。

6月14日……上条退院。帰宅すると学生寮で待ち構えていた麦野に手料理を振る舞われ、後に服の買い出しへ。
そこで上条がセブンスミストで垣根と遭遇。会話を交わす。

6月21日……上条、麦野と共に第六学区へと遊びに出掛ける。
しかし御坂と佐天に遭遇し、逆上した麦野が殺害に及ぼうとするも上条に撃破される。
その後麦野を引き取りに来た絹旗から二度と関わらない事を約束させられる。

6月21日(深夜)……上条、第三学区にて雨の中垣根に再会し、背中を後押しされて迷いを断ち切る。
直後にフレンダから麦野失踪の報を受け、青髪と土御門の助力を受け第一九学区へ。
そこで麦野と三度目の対決。死闘の末、麦野から思いを告げられる。

6月28日……上条、麦野と制服デート。ブラッド&デストロイとプリクラで遊ぶ。

7月7日……上条、麦野と花火大会へ向かい、改めて上条から告白し直し、めでたく結ばれる。
その後麦野宅へと雪崩れ込み、共に一夜を明かす。

7月10日……上条、麦野とプライベートプールへで水遊び。
その際に学園都市第六位からメッセージを受け取り、麦野が上条宅へ転がり込む事に。

7月20日……上条、麦野、ベランダに引っ掛かっていたインデックスを発見する。

今回のお話は、SS一巻の時間軸になります。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/07/08(金) 21:04:12.46 ID:5yfQAkQ90
ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっくすェあああああ
来たァあああああああああああーーーーーーーーー これで今年の夏も乗り切れる!!!!
4 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:04:37.28 ID:M0U/e/FAO
〜10月2日〜

麦野「……ディルがない」

麦野沈利は地下食品街にて買い物カゴ片手に歎息した。
夕食に使うハーブがどうしても見当たらないのである。
既にサーモン、パプリカ、サニーレタス、レモン、粗塩、生卵、ターメリック、タイム、ローズマリーはある。
しかしディルだけがない。ハーブなどそうそう売り切れる類のものでもないにも関わらずに、だ。

麦野「まいったわね……どうするか」

麦野は完璧主義者である。少なくともレシピにある食材くらいはきっちり取り揃えておかなければ気が済まない質である。
例え振る舞う相手が手を抜いても抜かなくても嬉しそうに頬張る食べ盛りの高校生であったとしても――
食客と呼ぶにはあまりにエンゲル計数を逼迫させる、暴力の独占ならぬ暴食の独占の権化たる修道女であっても。

麦野「イライラするわねこういうの……」

麦野沈利の沸点は低い。流石に数ヶ月前に比べれば見違えるほど丸くなったが、それは角が丸くなっただけで取れた訳では断じてない。
それこそ場合によっては気体爆弾イグニスのように火花一つで自らを含めた全てを焼き尽くす狂気は未だ健在である。が

麦野「(……この私が、誰かのために何かを作るだなんて、ね)」

思わず上向けた左手に目を落とす。数多の生を奪い、幾多の死を与えて来た手。
人殺しの手ほど美しく艶めかしい『何か』が宿ると伝え聞いた事が麦野はあった。
ヴァイオリン、ピアノ、アルモニカ……楽器の種類こそ異なれど、奏者の手は皆共通して美しい。
例えば一流の手品師、ないし奇術師の手も総じて柔らかい。それこそ並みの柔肌など比べ物にならないほどに。

麦野「(人殺しのくせに……こんなもんまでもらっちゃってさ)」

左手薬指に嵌められたブルーローズの指輪がキラキラと輝いて見えた。
薬指の血管は心臓に強く結びついていると言うのは良く言われる話だが……
思考はもちろん頭脳に宿る。しかし心などと言う無形のものが胸に宿るとすれば――
自分は心臓を掴まれていると麦野は己を分析する。

麦野「(――人並みに幸せですってか?調子こいてんじゃねえぞ人殺しの化物が)」

否定出来ない幸福に緩む口の端と頬を戒めるようにピシャリと手で打つ。
誰に許しを請うでもないが、神に赦しを乞うほど恥知らずでもなかった。
 
 
 
 
 
だがしかし―――
 
 
 
 
 
御坂「げっ、第四位」

5 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:05:06.53 ID:M0U/e/FAO
〜2〜

御坂「げっ、第四位」

麦野「ああん?」

最悪……何でこんな所にこの女がいるのよ。うわっ、エコバックなんて持ってる……似合わな〜〜……
って違う違う!やばっ、声に出ちゃってた。ううっ、バッチリ目合っちゃった……
ここで逸らしたら負ける気がする。顔も目も逸らさない。絶対に

麦野「何しに現れやがったクソガキ。のこのこケツ振りに来たんならとっとと消えろ。目障りだってーの」

御坂「なんでバッタリ会ったくらいでそこまで目の敵にされなきゃいけないのよ!」

麦野「この無駄に広い学園都市で、よりにもよってテメエのツラ拝まされんのは横切った黒猫のクソ踏んづけたのと同じくらい私にとって“不幸”なんだよ」

御坂「どうして会う度会う度そんな親の仇見たいな目で見るのよ!?私麦野さんに何かした?その逆はあっても私からはないじゃない!」

麦野「あれだ、寝る前にゴキブリ見ちゃった時みたいな不愉快さね。蚊ならプチッと潰せるけどアンタすばしっこいしどこにでも出て来るししぶといし」

御坂「よくもよくも次から次へと人を馬鹿にした悪口が飛び出て来るもんねえ…ええ女王様(第四位)!!?」

麦野「私の料理のレパートリーよりはバラエティーに富んでるよ。料理にゃ愛情だけどテメエには憎悪しか湧いてこないわ」

麦野沈利。学園都市第四位原子崩し(メルトダウナー)。
この女との付き合いというか、因縁って言うか……兎に角もう三ヶ月近い。
三ヶ月って言えば季節なら1シーズン、学期なら一学期よね?
だいたいそれくらいあればどんな人間だって打ち解けるまで行かなくたって、最低歩み寄りくらいはあるじゃない?

麦野「ちっ……テメエが一人って事は、当麻は補習か。帰りが遅いはずね」

御坂「どんな判断基準よそれ!失礼なやつねあんたって本当に!!」

麦野「ああん?年上にタメ口しかきけねえお子様の中坊に礼だのなんだの言われたかないわ。なんならその貧相な身体に礼儀教えてやろうか超電磁砲(レールガン)!?」

断言出来る。この女に歩み寄りの余地なんて地雷原の隙間ほどだってない。
もう有刺に電流と爆薬が仕掛けられてるみたいな高い金網が間にある。
この女は私が知る限り誰に対してもそうだ……
 
 
 
 
 
禁書目録「しずりしずりー!これ食べたいんだよ!買って欲しいかも!」
 
 
 
 
 
このシスターと、アイツを除いて

6 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:07:25.44 ID:M0U/e/FAO
〜3〜

禁書目録「しずりしずりー!これ食べたいんだよ!買って欲しいかも!」

その時、険悪な雰囲気と剣呑な視殺戦を知ってか知らずか……
インデックスが一枚のホワイトチョコレート片手に駆け寄って来た。
ちょうど商品棚で睨み合うライオンとトラとの会敵にあってだ。

麦野「うん……何それ?チョコ?」

禁書目録「“きゃどばりー”って言うんだよ!私のいた国のホワイトチョコレート。この学園都市(まち)で見るのは初めてかも」

麦野「ふーん……あっ、本当ね。イギリス産って書いてる」

禁書目録「うん!これ買ってくれると嬉しいな?」

麦野「……もう一個買ってきな」

禁書目録「いいの!?」

麦野「甘えんな。あんたのじゃなくてアイツの分よ」ペシッ

禁書目録「痛っ」

御坂「無視すんなゴラアアアアアァァァァァ!!」

が、たまらないのは売られた喧嘩と買った喧嘩、その双方共に蚊帳の外に放り出された御坂である。
しかし対する麦野は買い物カゴにデコピンを喰らわせたインデックスのチョコレートを放り込んで涼しい顔で受け流す。
それこそ怒る御坂に冷や水をかけるような眼差しを向けて。

麦野「私ら忙しいから後にしてくんない?つーか本当に何しに来たのよあんた」

御坂「あんたから売った喧嘩でしょうが!これよこれ!これ買いに来たのよ!」

麦野「!?」

禁書目録「?」

と、冷めた流し目を向けていた麦野の目が大きく見開かれた。
その視線の向かう先……それは御坂が手にし、麦野が探し求めていたハーブ、ディルだった。

麦野「何でそんなもん持ってんのよ」

御坂「悪い?調理実習で使うのよ!」

麦野は知らぬ事だが、御坂は次の日繚乱家政女学校との合同実習があり……
献立から材料から器具から全て自分の手で揃えて臨むようにと課題を与えられているのだ。
今日は本来そのための買い出しに足を運んだところ――遭遇したのである。互いにとって最も合わせたくない顔に。

麦野「おい、今日のとこは見逃してやるからそれ置いてけ」

御坂「巫山戯けんじゃないわよ!誰があんたなんかに!だいたい人に物頼む時そんな山賊みたいな言い方するなんてあんた親にどんな躾されてんのよ!」

麦野「親は関係ねえだろ!親は!!山賊だあ?山猿みてえなガキにんなもん関係ねえぇぇぇぇぇんだよォォォォォ!!」

7 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:07:56.68 ID:M0U/e/FAO
〜4〜

禁書目録「(ああ、また始まったんだよ……どうしていつもこうなるのかな?しずりとたんぱつ)」

はあ……本当に困った二人なんだよ。イギリス清教とローマ正教くらい仲が悪いかも。
似た者同士なんだし、もっと仲良くすればいいのに。

禁書目録「二人とも!そんな葉っぱ一切れで喧嘩するのはみっともないんだよ!」

しずり、とうまといる時みたいにもっと誰にでも優しくなれたらたんぱつとも友達になれそうなのに……
この二人、私がとうまと会う前からの知り合いみたいだけど、こんなに仲悪かったのかな?

麦野「ふーん?この葉っぱ一切れが今夜のメインに乗っかるのにそんな事言ってていいのかにゃーん?」

禁書目録「そ、それは困るんだよ!」

御坂「ムチャクチャ言ってるのもメチャクチャやってんのもそっちの方でしょうが!ちょっとシスター、あんたどっちの味方なのよ!」

禁書目録「ああもう!だからもう喧嘩止めるんだよ!さもないと……」

麦野・御坂「「さもないと??」」

禁書目録「おそうざいこーなーの揚げ物、全部試食コーナーみたいに食べて二人に罪を被せるんだよ!」

麦野「やめなさいこの馬鹿!また出禁になるでしょうが!」

御坂「またって……前にもやったの!?」

麦野「やったんだよ八月に!目離したら全部食い尽くして警備員のお世話になりかけたんだよ!」

禁書目録「わかったなら仲良く半分こするんだよ!」

御坂「なんでそうなるのよ!私だけ損してるじゃない!」

麦野「仕方無いからこいつの半分もらってやってもいい。けど仲良くなんて死んでも  イ  ヤ  ♪」

御坂「あんたってヤツはァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

麦野「テメエにあんた呼ばわりされるほど落ちぶれちゃいねえぞこのガキがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

私の記憶が失われそうになった時、とうまとしずりとたんぱつで力を合わせたり出来たのに。
本当は、お互いの強い所も知ったり認めたりしてるはずなのにね。
私もそうだけど、私もしずりもたんぱつも……みんな形は違うけどとうまの事が大好きなのに。

禁書目録「嗚呼……もうどうにでもなーれ、なんだよ」

意地っ張りなしずり、意固地なたんぱつ。見た目は正反対だけど、中身はそんなに変わらないと思うんだよ。

ああ、とうまの家の冷蔵庫の磁石と同じなのかも。一緒の向きだと反発しちゃうみたいに。

8 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:09:59.31 ID:M0U/e/FAO
〜5〜

禁書目録「仲良き事は良き哉、なんだよ!ありがとうたんぱつ!」

御坂「べっ、別に?この女のために分けてあげた訳じゃないし。あれ以上騒いで私まで出禁くらうの嫌だっただけなんだから勘違いしないでよ!ほらっ」スッ

麦野「たかが葉っぱ一切れで恩着せがましいんだよ。第三位の名が泣くぞ」パシッ

御坂「泣かしときゃいいのよそんなもん。そのたかが葉っぱ一切れ奪い取ろうとするあんたより人間は出来てるつもりよ」

地下食品街を出た後、三人は待ち合わせ場所に良く使われる大樹の木陰のベンチに腰掛けていた。
硝子張りの建築物が夕陽を映して墓石のように聳え立ち、鏡張りのビルディングが茜空を写して墓石のように並び立ち……
揺蕩う雲の峰、秋風を受けて回る風力発電のプロペラを仰ぎ見ながら。

麦野「チッ……」スタスタ

御坂「?」

麦野「これでいいか……ほらっ」ポイッポイッ

御坂「うわっ!?」パシッ

禁書目録「よっと!」ガシッ

すると舌打ちと共に立ち上がった麦野が向かった先……そこはいくつか並んだ自動販売機。
その中から適当に押した缶コーヒーを取り出すと、二人に向かって下手投げに放ってみせたのだ。

御坂「……SBCモカ?」

禁書目録「こっちはラテ?」

麦野「あんたに借りなんて作りたくないし、あんただって私に貸し作るのなんてイヤでしょ?それでチャラよ」

御坂「……うん。ありがとうね、第四位」

受け取った缶コーヒーをしげしげと見やりながら御坂は毒気を抜かれたように一つ息を吐いた。
それをつまらなさそうに一瞥をくれると、麦野は麦野でナチュラルティーのボタンを押し、中身を開けた。

御坂「(エラそうなヤツ……ありがとうくらい言ったって何も減らないのに)」

麦野「熱っ」

禁書目録「うー……あったまるんだよー……これ服の中に入れたら、きっと冬でもあったかいに違いないかも!」

御坂「(アイツの前じゃ違うのかしらね……)」

自販機に寄りかかる麦野に木漏れ日の影が落ち、御坂とインデックスに木洩れ日の光が射す。
まるでそれが、三人の少女らを隔てる世界の立ち位置のように。

麦野「………………」

麦野は、それを正しく理解していた。恐らくはこの場にいる誰よりも正しく……
決して光の中に入ってなどいけない自分の位置から、二人を目映そうに見つめて。
9 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:12:21.24 ID:M0U/e/FAO
〜6〜

私には、この色褪せた街に植えられた風車が卒塔婆か十字架みたいに見える。
アイツには言った事ないし、言ったら怒られそうだから言わない。
でも、こうやってこいつらと顔を突き合わせてるとはっきりとわかって来る。

禁書目録「ずっとあったまっていられたらいいのに」

御坂「あら?あるわよ。学園都市特製“冷めないカイロ”」

禁書目録「そんないいのあるの!?」

御坂「あるわよ。ほったらかしにしてもゴミに出しても発火しないカイロ。“外”じゃ売ってないだろうけど」

禁書目録「ふーん。それは持つの?それとも貼るの?」

御坂「く、詳しいわね日本に来たの今年のくせに」

自分が人殺しの怪物で、そんな自分は絶対向こう側の人間にはなれないって。
昔なら考えもしなかった違いが、アイツと付き合うようになってからよくわかる。
もしかすると私は自分で思ってるよりも暗い女なのかも知れない。

禁書目録「他にも湯たんぽって言うのも覚えたんだよ!ねっ、しずりが教えてくれたんだよ!」

御坂「あんたが?」

麦野「そいつが服の中に猫入れてあったまってたの見てね。服に毛つくから止めろって言ってんのに」

御坂「へえ……まるでお母さんみたいね」

麦野「眼科行け。私はまだ十代だ。そんなデカいガキ産むのも育てんのも真っ平御免よ」

御坂「えっ、嘘!!?」

麦野「どいつもこいつも同じリアクションしやがってよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

ひだまりの中浸かるぬるま湯。指先までふやけそうだ。
幸せ太りって言うのは確かにある。私の心についた脂肪だ。
けれど意外に性にあってるのかも知れない。こうやって晩御飯のメニューに頭を悩ませたり、気紛れにお菓子作ったり。

御坂「ごめん……ううん、本当ごめん」

麦野「二回言うなよ!何で二回言うんだよ!?」

御坂「ありがとうとごめんなさいは礼儀の基本でしょ?セ・ン・パ・イ?」プークスクス

麦野「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

自分が嫌いな人間は、自分の作った料理をどんなに上手く作れても美味しいと感じられないって滝壺から聞いた。
……当たりだよ滝壺。でもね、そんな私の作る料理を美味い上手いって何でも食っちまう貧乏舌がいるんだ。

だからせめて、私は料理だけは手を抜きたくない。

壊す事と殺す事しか出来ない私の手から生み出せる、唯一のものだから。
10 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:12:53.40 ID:M0U/e/FAO
〜7〜

フレメア「シスター?」

地下食品街近くの路上にて、一人の少女が雑踏の中目を止めた。
人混みの中にあって目立つシルバーホワイトの修道衣。人波の中にあって目立つプラチナブロンドの髪。
人集りの中にあって耳目を引くその出で立ちに、同じ異国の人間の血を引く者として足が止まる。
留学生が多い第十四学区、神学校の多い第十二学区から離れたこの第七学区にあってその修道女は確かに珍しかった。

フレメア「(大体、どうしてこんな所にシスターがいるのかな?近くに教会なんてあったかなあ)」

フレメア=セイヴェルンは異国の血を引く人間である。
海の向こうにある国からこの学園都市に渡る前から……そう、両親らと暮らしていた頃から十字教の存在は知っていた。
とは言っても『神の子』や『聖母』などの一般常識的な伝承くらいしかまだわかっていない。
この進化と深化を続ける最先端技術の結晶体の街にあって神の存在を心の底から信望している訳でもない。
ただ、サンタクロースの存在の方がまだしも信じられる、そんな微笑ましい価値観の少女である。

フレメア「(駒場のお兄ちゃん、今日は会えるかなあ……最近全然見ないし、大体電話でお話して終わっちゃうんだもん)」

パチン、とキッズケータイを開いて待ち受け画面を見やる。
そこにはまるでフランケンシュタインのような巨漢と、抱きつく小さなお姫様のようなフレメアが映っている。
こんな時どうしたら良いのかわからない、けれど精一杯と言うのがありありとわかる恥ずかし気な笑顔。
駒場利徳……今年の頭に、自分が通っている小学校にボウガンなどを担いで侵入しようとした『無能力者狩り』の集団から自分を救い出してくれた……
フレメアにとっての王子様であり、騎士であり、英雄だった。

フレメア「(浜面とも半蔵とも、大体いつから会ってないかあ……また、みんなで遊びたいな)」

改めて別の画像フォルダを開く。そこにはどこか忍者を連想させる名前の少年と、茶髪と金髪の中間に染めた少年。
二人が酒瓶と缶ビール片手に肩を組んで笑顔で酔っ払っているのが見えた。
当の駒場は画面の端で仰向けに横臥していたる。どうやらグラス一杯でひっくり返ってしまったらしい。
大柄な身体付きの割に、意外と酒に弱い質なのかも知れない。

フレメア「(会いたいなあ……みんなに)」

そんな、ありふれた日常に――

11 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:15:09.75 ID:M0U/e/FAO
〜8〜

見つけたぞ……あの金髪のガキ。ゴミ。クズ。何も生み出さない無能力者のガイジンめ。
お前みたいなクソがのさばるせいで、お前らみたいな無能力者がこの街に蔓延ってるせいで!
僕は前歯がなくなったんだぞ。あのウスラデカブツ。あのゴミ溜めと掃き溜めと糞溜めと肥溜めみたいなヤツらのせいで!

少年A「殺してやる……」

少年B「お、おいここでやるのかよ!?ここじゃまずいだろ?!」

少年C「そうだぞ、流石にやべーよここじゃ。もう少し人気の少ない所で……」

少年A「ああもううるせえな黙ってろよお前ら!!」

何楽しそうにヘラヘラ笑ってやがるんだレベル0が。何楽しそうに生きてんだよ!
この街じゃレベルがその人間の価値だ!それが0のヤツは生きる価値がないって事なんだよ!
僕はレベル4だ。念動力系のレベル4だ。お前らみたいなクズより四倍も価値ある人間なんだよわかるか!?

少年A「あのガキだけは生かしちゃおけないんだよ!アイツのせいで、アイツらのせいで僕は大恥かいたんだよ!負け組連中の、負け犬連中に舐められたまま追われるかってんだよ!!」

ガチャッ、学園都市製の電動補助式ボウガンの調子を確かめる。
射撃演習場なんかにあるブロウパイプなんて目じゃないぞ。
それに僕の念動力が加われば、自動修正機能と合わさればどんな的だって外さない。
出来ないだろ。能力任せの馬鹿や、道具頼りの阿呆には絶対出来ないだろ?それが僕には出来るんだよ!!

少年B「……イカれてるよ、お前」

少年C「ついてけねえよ……たかがゲームに何マジになってんだよ」

少年A「黙ってろって言ったろ!?お前らから撃たれたいのか!?」

少年B・C「……!」

少年A「ちくしょう……」

あの街路樹の下で携帯見てやがる……動くなよ……この駐輪場からなら絶対に外さない。
30メートルなんて距離、普通じゃ無理だけど演算補正と能力があればあのガキの頭なんてリンゴを撃ち抜くより簡単だ……!

少年A「お前は……僕に殺されなくちゃダメなんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

狙いは付けた。後は引き金を引くだけだ……そうだ死ね。死ね、死ね。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺して殺る!!
その無価値な脳味噌ぶちまけて、血で僕に贖えクソッタレェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!

12 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:15:52.71 ID:M0U/e/FAO
〜9〜

「いやーほんま助かりましたで先輩……」

「先輩いなかったらマジで終わんなかったよな多分……」

「まあ、たまたま通りがかったら泣きそうなお前達が見えて、見るに見かねてだったんだけど」

地下食品街付近の往来の中、男二人に女一人の三人組が闊歩していた。
一人はプルシアンブルーの髪を靡かせた長身の少年であり、野太いテノールボイスで揉み手している。
それを受けてカチューシャに纏められた黒髪をそよがせる先輩格と思しき女性がその傍らを見やる。
すると目を向けられたツンツン頭の少年が気恥ずかしそうにバツが悪そうに頭をポリポリとかいた。

「お前達、いつもこうなのか?能力開発でもない普通の五科目なんだから、別に演算に頭を悩ませる事もないと思うんだけど」

「僕らデルタフォース、三人合わせても吹寄さんの平均点に届くか届かへんかぐらいなんで」

「それを言うなって……ああもう成績はリーチ、出席日数はテンパイ、進級がもう地獄待ちですよ!」

「ほう、お前麻雀なんてやるのか?意外なんだけど」

「いや、“昔”父さんが家に会社の人連れて来て麻雀してるの見た事あって……それでなんか覚えちまって」

「僕はもっぱら脱衣麻雀やなあ。学園都市製3D脱ぎ脱ぎマージャンはリアル透け透け見る見る君やでえ」

「馬鹿っ!雲川先輩いるだろ!?」

雲川「別に私は構わないんだけど?お前らくらいの年のヤツはみんなそういう事で頭がいっぱいだと思ってるけど」

雲川先輩……と呼ばれた女生徒の名前は雲川芹亜と言う。
デルタフォースの通う高校の一学年先輩に当たり、今日はたまたま一年生の校舎の前を通りがかった所……
相も変わらぬ補習にない頭を抱えて唸っていた二人に声をかけたのだ。

雲川「まあもっとも?お前にはそれより遥かに刺激的な恋人がいるようで何よりだけど」ニヤニヤ

「いやー……それほどでも」テレテレ

「刎ッッ!破ァァ!」ドゴオオオオオ!

「痛っ!何すんだ青髪!!」

青髪「次はチ○コや!次ノロケたらチ○コ行くで!」

その後頭部に突っ込みと呼ぶには怨念と嫉妬のこもった鉄拳を突き刺し青髪が憤る。
ついぞ彼女いない歴=年齢の自分の傍から彼女いない歴0年へ昇格した親友に対するやっかみである。しかし――

少年A「お前は……僕に殺されなくちゃダメなんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

その時、絶叫が響き渡った。

13 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:18:38.97 ID:M0U/e/FAO
〜10〜

少年A「お前は……僕に殺されなくちゃダメなんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

御坂「!?」

麦野「?!」

その時、御坂の超電磁砲(レールガン)が微弱な生体電流を感知し、空間把握により絶叫の出どころを見つけ出した。
距離およそ30メートル前後の位置、駐輪場の近くの物陰から……ボウガンを手にした少年が――

御坂「(マズい!)

その射線の割り出しを御坂は即座に演算し突き止める。
それは大樹のすぐ側で携帯電話をいじくっていた……幼い外国人と思しき少女!
それも少女は絶叫にこそ気づいたが、その標的が自分であると夢にも思っておらず――

ドンッ!!

裂帛の勢いで空気を切り裂き、音を置き去りにするような速力で放たれる金属矢。
それも電動補助式のボウガン以外にも、念動力の後押しを受けて飛来する。
人混みの中に放つという異常性にあって、その磨き抜かれた殺意が放たれ――

麦野「ちっ!」

る直前!いち早く反応していた麦野が飛び出し

フレメア「きゃっ!?」

麦野「っ!」

かざす左手から円弧を描いて展開される光球の防盾と共に少女の前に割って入り、右手で少女を突き飛ばして飛来する金属矢を

ボシュッボシュッボシュッ!

連射式なのか、三本の矢が次々と光の楯に吸い込まれ、熔解し、消し炭となってその残骸が秋風に乗って消え失せる!
対する突き飛ばされ尻餅をついた少女が唖然とする中

麦野「走れ!」

フレメア「!?」

麦野「御坂ぁっ!!」

御坂「わかってるっ……つーの!!」

少女に背を向けて叫ぶ麦野、そのすぐ側で駆け出した御坂が――

御坂「もったいないけど……!」

轟ッッ!!

電磁力で引き上げ、放り出し投げつけるは――先程麦野から渡された未開封の缶コーヒー。
コインを取り出す間もなく、手近なそれを砲弾代わりに打ち出される――レールガン!!

御坂「おごるわよ!!」

ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

少年A「わあああああ!?」

ボンッッッ!と少年のボウガンのみを狙った最小限の威力で放たれた缶コーヒーの砲弾。
窓ガラスをぶち破るようにその凶器を真っ向から粉砕し、破裂した缶から飛び散るコーヒーが顔にかかって――
14 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:19:15.66 ID:M0U/e/FAO
〜11〜

少年A「わあああああ!?」

いきなり、撃ったはずの矢が防がれて代わりに何かが飛んで来た。
僕はそれが何かさえ見えなかった。なんだよちくしょう!なんでなんだちくしょう!

少年B「や、やべえ逃げるぞ!」

少年C「付き合ってらんねえよ!」

ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!お前らまで逃げるのか!?
巫山戯けんなよ!今まで散々僕とつるんで来たくせに都合が悪くなったら逃げるのか!?
ちくしょう!ボウガンがない!ちくしょう!どいつもこいつも僕を舐めやがって!

少年A「うあああああああああー!!!」

駐輪場の自転車を念動力で持ち上げる。一台五台十台二十台。
ぶつける。この距離からだって飛ばせる!あの逃げたガキを背中から潰すくらいは出来る!!
あんなゴミが死んだところで誰も困らない。あんなレベル0のガキがのさばったヘラヘラ笑ってるような世界は間違ってるんだよ!それを――

「なにやってんだよ……テメエ!」

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!

少年A「――――――」

その時、持ち上げたはずの自転車がどんどん僕の制御から離れていった。
ガシャン、ガシャン、ガシャンと歯が抜け落ちるみたいに、一台一台落下して行く。

少年A「な……な……な」

「テメエがどこの誰かなんて俺は知らねえ……でもな、テメエが今何しようとしてたかはわかるぞ」

気がつくと、僕の腕が知らないやつに掴まれてた。なんだコイツ……なんだオマエ!
離せよ!離せよちくしょう!ちくしょう!能力が使えない!動かない!ほどけない!
なんだよ!なんでどいつもこいつも僕の邪魔ばかりするんだ!僕はレベル4だぞ?気安く汚い手で触んなよ!

「あんな小さい娘、こんなもんで狙いやがって……!」

少年A「何キレてんだよ!?お前には関係ないだろ!!あんな無能力者のゴミ生かしといたらこの街のためにならな」

「いいぜ……テメエが何もかも自分の思い通りになるって思ってんなら……!」

やめろ……おいなんだやめろ!殴るのか!?僕が誰だかわかってるのか!?
お前もあのゴリラみたいなヤツみたいに僕を殴るのか!?おい!!

「テメエの物差しで人をゴミとか決めつけて力を振りかざすってなら……!!」

やめろ……やめろ……やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!!

15 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:22:32.05 ID:M0U/e/FAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「 ま ず は ― ― そ の ふ ざ け た 幻 想 を ぶ ち 殺 す ! ! 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
16 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:23:05.83 ID:M0U/e/FAO
〜12〜

バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!

少年A「……!!」

刹那、真っ向から振るわれた握り拳が横っ面に突き刺さり……凶行に及ぼうとした少年の身体が宙に舞った。
同時に射出しようとしていた自転車もまた全ての制御を失い、共に地面に倒れ伏す。
それはまさに肺の空気がいっぺんに抜けるような衝撃と共に、ノーバウンドで金網に叩きつけられたのだ。

禁書目録「とうま!」

そこで初めて状況を把握したインデックスがベンチから飛び出して駆け寄って行く。
まるでちくわをエサに釣られたスフィンクスのようにとてとてした歩みで。

御坂「アイツ……」

その突然の出来事に、思わず御坂も唖然とする。一瞬、今起きた凶行が演算と共に脳裏から消え失せるほどに。
代わって胸裏を埋めて行く、曰わく形容し難い感情が満ち充ちて行く。
つい数日前に合わせた顔だと言うのに、夕焼け以外の何かに染まる頬の火照りにかぶりを振って

雲川「いきなり駆け出さないで欲しいんだけど。何かと思うんだけど……あれ?青髪は?」

次いで姿を表すは、上条の通う高校の冬服セーラーの女学生。
そよぐ秋風に煽られる黒髪を手で押さえながら、検分するかのように辺りを見渡しながら悠然と歩を進める。
恐らくは銃弾飛び交う戦場や、敷き詰められた地雷原であったとしても揺るがない足取りで闊歩しつつ

上条「はあっ……なんなんだ?コイツ……女の子は……行っちまったか」

たった今、拳一つで幼い少女の命を半ば無自覚で救った上条当麻もまた、我に返って状況把握に勤めていた。
幼い少女が通り魔に狙われ、それを御坂がレールガン代わりに缶コーヒーを撃ち出し、それに乗じて身体が勝手に動いたのだ。
打算も何もなく、計算など過ぎりもせず、勝算など計りもせず。そして――

麦野「――帰る時は電話かメール寄越せって言ったわよねえ?かーみじょう」

上条「げっ」

麦野「……その女はどこの誰かにゃーん?」ゴゴゴゴゴゴ

ボウガンよりも遥かに生命の危機を見る者に予感させる、心臓を握り潰すような微笑が出迎えた。

17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/07/08(金) 21:23:20.99 ID:oZzhunWAO
感激だ…また読めるのか!
18 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:23:37.02 ID:M0U/e/FAO
〜13〜

上条「む、麦野さん?違うんですよこれは?この方は雲川先輩といいまして、私こと上条当麻の学校の先輩でして……!?」

麦野「ふーん?部活に入ってるでもないあんたが、どうして学年違いの先輩と一緒に帰ってんのか、私にはどうしてもわかんねえんだよなあ、かーみじょう」

……うん、ダメだ。テメエはダメだ当麻。アリかナシかで言えばアウトだ。
別に電話もメールもなかったのはまあ許そう。帰りが遅くなったのもまあ良いとしよう。
でもな当麻……私は料理に手を抜けない質なんだよ。つまりだ、お前を料理すんのにも手は抜かないってこった。

雲川「おやおや……刺激的な鉄火場の次はドロドロの修羅場か?これで愁嘆場まで乗ったらドラ3なんだけど」クスクス

上条「ちっ、違う違います違うんだ三段活用!青髪!おい青髪……っていねえええええぇぇぇぇぇ!!?」

ああそうか。あのぶっ飛んだ髪の色した青頭はもういねえってこった。
つまりだ、もう誰にも邪魔されずに……人が一生懸命料理と買い出しに精出してたすぐ側で、私の知らねえ女と仲良く下校してやがったこのドちくしょうを三枚おろしに出来るって訳ね?
ああもうさっきのガキがどうとか、ボウガン持ったクドい感じに脂っこいデブが誰かとかもう関係ねえよな?

麦野「関係ねえ!関係ねえよ!言い訳とかカァァンケイねぇぇぇぇぇんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

禁書目録「しずりしずり!女の子行っちゃったよ!?どうするのどうするの!?」

御坂「それよりこの状況どうすんのよ……ああもう何でもかんでも首突っ込んで来て!あんたが入ってくんのが一番ややこしいのよ!」

上条「待て!待てって!いっぺんにまくし立てられても上条さんの耳は二つしかないんだっつうの!!」

……でも、今のであんたが怪我しなくって良かった。
もうね、私はあんたの身体にこれ以上傷がつくのなんてごめんだ。
私があんたの背中に立てる爪痕以外の何も傷ついてなんて欲しくない。これは本当。
……それだけが、あの日腕ブった切られて死にかけて帰って来たあんたの前で、ただ泣き崩れるしか出来なかった――口に出せない私の本音。

麦野「なら……一つしかない口からどんな悲鳴が上がるか聞いてやるよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

上条「ふっ、ふっ、ふ……!」



―――おかえり、私の当麻―――

19 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:25:22.78 ID:M0U/e/FAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「不幸だああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
20 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/08(金) 21:26:18.87 ID:M0U/e/FAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第一話「サーモンハントにうってつけの日」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
21 :投下終了です :2011/07/08(金) 21:27:51.97 ID:M0U/e/FAO
本日の投下はこれで終了です。ドキドキいたしますがよろしくお願いいたします。それでは失礼します…
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/08(金) 21:29:34.65 ID:oQ8HDaFDo
タイトルなんかワロタ

僕はレベル4だ。念動力系のレベル4だ。お前らみたいなクズより四倍も価値ある人間なんだよわかるか!?

ゼロになにをかけてもぜr おっと誰か来たようだ


でもまたよめるのかありがとう作者さん
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/08(金) 21:32:15.76 ID:JrefbLbn0
>>1

これだけであと一年頑張れる
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/08(金) 21:45:13.91 ID:RGYqpkII0
乙!

まさかリアルタイムで読めるとは思わなかった
楽しみにしています
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県) [sage]:2011/07/08(金) 21:50:32.57 ID:EMw0lRgoo
板更新したら、いきなり一番上にあって物凄い勢いでクリックしちまったぜ!!!!!!!
またむぎのんの切ない想いが読めるだなんて感動だぜ
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/07/09(土) 03:01:32.55 ID:0CdijnWAO
ノーバウンド先輩!ノーバウンド先輩じゃないっすか!

何はともあれお帰りなさいませ
こっちもドキドキいたしますわ

総合に投下してた方もおもしろかったし続きが気になるんだぜ
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/07/10(日) 02:02:10.64 ID:QeUjQub70
リアルタイムで見るのは初めてだ
これはゴ・ヒ・イ・キ確定ね!
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/07/10(日) 07:23:21.18 ID:at8FMdrx0
>>1
虎のような、麦のんの描写が、半端でないのだよ。
29 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:21:10.24 ID:U58nKrMAO
>>1です。休日なのでこの時間ですが投下させていただきます。
30 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:23:26.38 ID:U58nKrMAO
〜1〜

少年は走る。少年は駆ける。少年は……逃げる。

少年B「はあっ!はあっ!はあっ!」

人混みの中他人の肩にぶつかり、人込みの中他者の足を踏みつけて少年は疾走する。
背中から罵声を浴びせられようと、正面から怪訝な眼差しを向けられようと構う事無く道を行く。
スタートラインはあの駐輪場からだったはずだ。しかしゴールテープが見つからない。

少年B「ひぃっ、ひぃっ、ひぃっ!」

肩で息をするどころか、鼻腔を広げ口を開き、舌を垂らし唾液を溢れさせるような……
お世辞にも美しいとは言えない、青息吐息を地で行くそれはまさに逃亡者を地で行く醜態だった。
されど彼にはもうかなぐり捨てる何者も残されてなどいなかった。拠り所にしていた『能力』さえもが

「あかんやろー友達ほっぽりだしたらー」

……この雑踏の中のいずこからか聞こえてくる、怪しげなイントネーションに野太く滋味深いテノールボイスの主には通用しない。
途中ではぐれた少年Cからコールの一つも鳴りはしない。
それは有形の声音と無形の圧迫感を以て自分の後をついてくる『誰か』にやられたという事だ。

「友達っちゅうのはやー、彼女とかそんなもんよりずっとずっと大事なもんや思うねんよ?僕ぁ彼女おらん歴=年齢やけどね!」

少年B「五月蝿い!五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!」

通行人「……??」

そして奇妙な事に――少年Bが恐慌状態で張り上げる叫び声に対応する野太い似非関西弁の少年の声は……
周囲には一切『認識』されていないのだ。まるで少年Bの奇異な独演会のようにしか周囲には認知されていない。
雑踏の中を疾走しながら絶叫するその様は、逃亡者というより関わり合いを避けたい狂人のようですらある。だが

少年B「たっ、助っ……!」

「あかんあかんそっち行ったら。逃げ出した先に楽園なんてないて、大きく分厚く重くそして大雑把過ぎる剣士さんも言うてたやろ?」

少年は葦の海を割ったように周囲の人々が気味悪がって開けた空白の道を抜け出すようにひた走る。
それは溺れる犬が対岸を目指すように直向きで、切実で、絶望的な熱狂に取り憑かれた――

「せやからなー……あっ、」

それが、少年Bの聞いた……現世に於ける、最後のはなむけの言葉となった――

31 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:24:01.74 ID:U58nKrMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
青髪「切れてもうたね。君の運命の糸」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
32 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:24:55.35 ID:U58nKrMAO
〜2〜

キキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ……ゴシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!

通行人A「キャアアアアアー!!」

通行人B「じ、事故だ!!」

通行人C「違う飛び込みだ!誰か飛び込んだぞ!!」

青髪「うーん……ツいてへんかったなあ」

次の瞬間、車道に飛び出した少年Bは青髪らの通う高校のスクールバスにより轢殺された。
狂人か熱狂的自殺志願者のように赤信号に飛び出し、横合いから自動操縦による回送運転に跳ねられたのだ。
誰の目からも過失の明らかな事故……そうとしか他に形容のしようがない起こるべくして起きた惨劇だった。

通行人A「救急車!誰か救急車呼んで!!」

通行人B「うぷっ……おえええええぇぇぇぇぇ!!」

通行人C「無理だろ……助からねえよこれ……」

青髪「(残念やったね。君が逃げられへんかったんは僕なんかやないよ)」

アスファルトに咲く花のように、という懐かしいフレーズを口ずさみながら青髪は交差点に広がる赤絨毯に背を向ける。
上条らから随分離れた場所まで来てしまったため、再び元来た道を逆戻りする必要があった。
右手にだらしなく学生鞄を担ぎ、左手をポケットに突っ込みいつもの帰り道を行くように。

青髪「(君が逃げられへんかったんは、君自身の“運命”や)」

瞬く間に他人の不幸という蜜に群がる蟻の群れのような人々の流れに逆らって青髪は行く。
先程狙い撃ちされかけた金髪碧眼の少女は無事逃げおおせた事も既に知っている。
交通事故による死亡者一名と警備員(アンチスキル)の支部の掲示板に張り出されるのも数時間後の問題だ。
主観的に見ても客観的に見ても、あの少年の死は逃れ得ぬものだった。
青髪は手を下すどころか戦ってすらいない。ただ、『友達を見捨てて逃げたら死んでしまう』と警告しに来たに過ぎない。

青髪「(一度会うんは偶然、二度逢うんは必然て星占いの本にもあったけど)」

まるで星の動きを見通し、人の運命を占う占星術師のように……
青髪は少しだけ小走りになりながら上条らの元へ向かう。

青髪「(どうも、君に次はあらへんかったみたいやね――)」

常と変わらぬ、鷹揚な笑顔を浮かべて――

33 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:25:37.50 ID:U58nKrMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い第二話:「アンハッピー・デイズ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
34 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:27:52.52 ID:U58nKrMAO
〜3〜

黄泉川「あー……とりあえず現状把握に務めるじゃんよ」

黄泉川愛穂は歎息していた。地下街付近で何やら能力者による傷害事件が発生したとの報を受け駆けつけたまではいつも通りの日常だ。
つい数日前から同居と日同じくして出て行った学園都市最強の能力者の事に悩ませていた頭もまた、職務に打ち込む事で紛らわせているという面もまた否定出来なかった。
他にも打ち止め(ラストオーダー)と呼ばれる少女が芳川桔梗の知り合いであるカエル顔の医者の元に運び込まれた事もまた頭のそう少なくないスペースを占めている。が

黄泉川「……被害者はどっちじゃん?」

禁書目録「とうま!とうま!たんぱつ!とうまが息してないんだよ!」

御坂「何勝手に死んでんのよ!勝ち逃げなんて許さないからね!」ビリビリ!

麦野「………………」

上条「」だうー

その心労や気苦労の多い頭を更に痛ませるのは、今この場で起きたあまりにコミカルな事件現場である。
まず前歯を全てへし折られた通り魔と思しき小太りの少年。
次に少年以上にダメージを受け渇ききった石畳に鉄分たっぷりの潤いをもたらしうつ伏せ寝に痙攣する上条当麻。
その上に文字通り尻に敷いて足組みする麦野沈利、電気ショックによる蘇生を試みる御坂美琴。
黒髪の毛先を退屈そうに弄る雲川芹亜と、SBCラテを両手で飲むインデックスの姿である。

黄泉川「なるほど、尻に敷かれてるじゃん」

麦野「いつもはこいつが上だからね」

黄泉川「おおー……若さに溢れてるじゃん!」

青髪「カミやーん、生きとるかー?」

上条「……ばあちゃんの顔が見えたよ……まだばあちゃん生きてんのに」

麦野「あれ?あんたおばあちゃんいたの?しまった、詩菜さんから聞いとくの忘れてたわ」ぐりぐり

上条「早く降りろっつーの!!」

青髪「じゃあ次僕に座って下さい!ばっちこーい!!」

上条・麦野「「ねえよ!!」」

背中に感じる柔らかで吸いつくような感触も捨てがたいが上条は生憎とノーマルである。
こんな路上の衆人環視の中人間椅子に興じるような趣味は生憎と持ち合わせていないのだ。
ひょっこり素知らぬ顔で合流し、代わって欲しそうな青髪と違って
35 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:28:24.16 ID:U58nKrMAO
〜4〜

雲川「つまり斯く斯く然々なんだけど」

黄泉川「うちは三菱じゃん」

雲川「ラパンってキュートだと思うんだけど」

御坂「だ・か・ら!話進まないからちゃんと説明してよああもう!!」

人間下敷きとも言うべき静電気にグシャグシャになるシャンパンゴールドの髪をかきむしりながら御坂が吠える。
めいめい勝手な方向に進む中にあって相対的に一番常識的な御坂が事情説明に移る。
この気絶しているボウガンを持った少年が小学生を狙っていた事、それを自分達が食い止めた事……

黄泉川「そうか……こいつが……んん?」

御坂「どうかしましたか?」

そこで黄泉川が長考に入る棋士のように手指を口元に当てる。
手繰るは思考の迷宮へと導くアリアドネの糸、目指すは記憶の宮殿へと連なる鉄扉。
ボウガン、襲撃、小学生……いくつかの類似する事件から割り出し、酷似する案件から紐解いて行く。
黄泉川は街の治安と生徒の安全を守る、翼有る楯である。
思い出せ、思い出せと閉ざされた目蓋の奥に広がる事件の数々の中から――

黄泉川「思い出した……あいつ、今年の頭に捕まったやつじゃんよ」

上条「こ、今年の頭……って?」

禁書目録「???」

麦野「まだあんた学園都市に来てないでしょ」

うつ伏せ寝のまま二の足にインデックスが腰を下ろし、背中側に麦野が腰掛ける中顔だけ上げた上条が問い掛ける。
どこからか救急車のサイレンが鳴り響くのが視界の端に映ったが、すぐさま考え込む黄泉川を見据える。
そこで、雲川がポンと手の平を握り拳で叩くようにして何かに当たりをつけたように口を開く。

雲川「ああ……あの小学校襲撃事件か。よく覚えてるんだけど」

黄泉川「まさにそれじゃんよ。そうだ……あの時、襲撃グループに加わってて駒場にぶちのめされてお縄になったやつじゃん」

青髪「掲示板で無能力者狩りやー!言うてたあれ?それ僕もネットで見たわ。けっこうな騒ぎになったし」

禁書目録「無能力者……狩り?あっ」

麦野「………………」ヒョイ

そこで麦野の顔付きが変わった。ヒョイとインデックスを持ち上げて下ろし、上条に手を差し伸べる。

上条「……黄泉川先生」

その手を上条もごく自然に取り、立ち上がる。先程までのカカア天下の未来を予想させるドタバタから打って変わって

上条「それ……教えてもらえませんか?」
36 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:30:42.39 ID:U58nKrMAO
〜5〜

どこのガキが襲われようが傷つこうが殺されようが死のうが……実のところ私に興味はないし関心もない。
少なくとも、命以外何もかも失ったクソッタレな人生の中で……ギャラをもらわないでやる殺しなんて真っ平御免だ。
でもそれは私が自分の生や他人の死に金銭以上の価値観を置いてないからだ。
断じて分厚いだけが取り柄で、中身がスッカスカの道徳の教科書から習う薄っぺらい善悪なんかじゃない。

黄泉川「始めは、スキルアウトと能力者の口喧嘩が原因だったらしいじゃん」

上条「らしい?」

黄泉川「……あんまりにも飛び火し過ぎて、始まりのきっかけも終わりの落とし所も誰にもわからないじゃん」

この中の何人が知ってるか知らないけど、人間なんて燃やして灰になっても、ダイヤモンド一個しか生成出来ない。
『灰とダイヤモンド』の例えじゃないけど、この学園都市にいる限り誰しもがマウスでモルモットなのよ。

御坂「じゃあ……スキルアウトじゃなくて、何の関係もない無能力者が狙われてるって事!?」

雲川「掃いて捨てるぐらいチープで、叩いて売るほど陳腐な話なんだけど」

青髪「おとろしい話やで……それもう私刑言うか死刑やん。あっ、これダジャレちゃうよ?」

それをボランティアで殺して回るのも、ゲームとして狩って回る感性も私にはない。
二度と浮かび上がれない闇の底で息を潜めてる深海の鮫は、水打ち際で跳ねる小魚なんて相手にしない。
まあ、鉛の外套と鍍金の冠かぶったこの真っ直ぐなキラキラお目めした超電磁砲あたりは頭に来るんだろうけどね。

上条「……そんなつまんねえ事で、あんな小さな娘が狙われるなんて話があってたまるかよ……!!」

……ねえ当麻。どうしてあんたはたかが他人のためにそんなに真っ直ぐに怒れるの?
例えば、私はあんたが無能力者狩りに巻き込まれたら巻き込んだ連中を鏖(みなごろし)にする。
それはあんたが私と三度もやり合って生き延びたレベル0だからじゃない。
私にとっての上条当麻が、ダイヤモンドより貴重なものだからだ。

麦野「……かーみじょう、そんなに熱くならない。周り見えなくなるわよ?」

上条「……あ、悪い……沈利」

あんたの指先に合わせて啼く身体の代わりに、私の真っ黒な脳細胞は冷感症なんだよ当麻。
あんたの白い熱を感じてる時しか忘れられないんだよ


自分が、人殺しの怪物だって
37 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:33:10.14 ID:U58nKrMAO
〜6〜

フレメア「はあっ……はあっ」

フレメア=セイヴェルンは降って沸いた襲撃事件から辛うじて難を逃れ、ちょうど学校帰りの学生で溢れるモノレールに乗り込んでいた。
肝を冷やすどころか血も凍るような思いをした中で、泣き喚く事もへたり込む事もせず生存を最優先にしたその精神力はまさに子供離れし大人顔負けである。

フレメア「(怖かった……大体終わったと思ったのに、こういうの)」

腰掛けた座席の衝立にもたれ、手摺棒の低い位置をギュッと握り締めるも小刻みに震える手指は誰かと繋がる事を求めていた。
それは血の繋がった姉フレンダ=セイヴェルンであり、深い繋がりを持つ駒場利徳であった。
しかし彼等に何度電話しても繋がらない。メールも返って来ない。
最も心細い時に、最も側にいて欲しい誰かと繋がれない孤独。
これがもし、フレメアが姉と歳同じくするほどの年輪をその幼い身体に刻んでいたとすれば耐え得るだろう。しかし

フレメア「うう……駒場のお兄ちゃん……フレンダお姉ちゃん……」

それはあくまで大人の視点であり、第三者の視野だ。
孤独と孤立と孤高はいずれも似て非なる意味を持つ。
しかしそれは当事者にしか分かり得ぬ、という共通点を有している。
それを背負うにフレメアの肩はあまりに狭く背中は小さく、足取りは覚束ず頼り無いものだった。

フレメア「あいたいよ……」

一人とは状況だが、独りとは状態だ。個としての心寂しさ、心許なさ、心細さは群集の中でより鮮明化し先鋭化する。
求める誰か一人は、知らない誰か百人に勝る。モノレールの車窓から見える空はすでに茜色から藍色へと変化している。
フレメアの心模様を映し出すように……それを思うと、フレメアは溢れ出しそうな涙を零しそうになる。


と――

男子生徒「おいどけよ!低レベル校!」

フレメア「!」

その時、フレメアの座席から三人分離れた場所から甲高い恫喝と罵声が車内に響き渡った。
思わず振り向くと、底には霧ヶ丘付属と思しき学生服の男女二人が、どこかの女子中学生に絡んでいた。
どうやら座席をどけと口汚く罵っている様子が見て取れた。

女子中学生「い、いやです!どうして……」

女生徒「はあ?はあ?はあ?なになに?聞こえな〜い」

男子生徒「うわ臭っ。ゴミがしゃべってる。うわ臭っせ!臭えー!」

フレメア「………………」

もう、限界だった。

38 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:33:42.62 ID:U58nKrMAO
〜7〜

フレメア「だっ、ダメだよ……」

男子生徒「……ああ?おいそこのチビー?なんか言った今?」

……知ってる。今年に入ってからこんな事ばっかり。レベル0だから、無能力者だからって……
絵本の悪い王様や意地悪な貴族みたいに、私達をゴミ扱いする人達がいるって大体知ってる。
……ゴミ掃除だって、学校追い出されて、学園都市から出て行った子もいる。

フレメア「だ、大体その席はその人のだから……ダメなんだよ!」

男子生徒「はあ?聞いてねえよ!今お前がなんつったか答えろって聞いてんだよ!ゴミ!!」

フレメア「ううっ」

今の私みたいに小突かれてるなんて生易しいのじゃない。
目が見えなくさせられちゃった子もいる。私のいる小学校が、ネットにさらされたって先生達が言ってた。
だから悪い人達、怖い人達に狙われる。ゴミ掃除だって。
生きてる価値ないって。でも……でも、私は言いたい。

フレメア「わ、私はゴミなんかじゃない!その人もゴミなんかじゃないもん!」

女生徒「へえー……舐めた口聞いてんじゃないわよパツキン!」

フレメア「くう……うっ!」

痛い。痛い。髪の毛引っ張られるのすごく痛い。痛い、痛い、痛い……
けど、ゴミって言われる方がもっと痛い。胸が痛くて痛くて泣きたくなる。
だから、大体我慢出来る……ちょっと我慢出来たら、ずっと我慢出来るから。

女子中学生「代わります!代わりますから!その子関係ないですから!!」

男子生徒「もう遅えーよ。降りろよ次の駅、逃がさねーから」

女子中学生「……!」

女生徒「おまえら何見てんだよ!!」

誰も助けてくれない。みんな見ぬふり。わかってる。
私達レベル0で、戦える勇気があるのは駒場のお兄ちゃんや、浜面や、半蔵みたいな男の子達だけだって。
でもっ、でもっ……私だって、大体何も出来ないけど、負けないだけなら出来る。

フレメア「ゴミなんかじゃない!私達は人間だもん!あなた達と何も変わらない、あなた達と同じ人間だもん!!」

女生徒「何とち狂ってんだこのガキ?黙れってんだよ!」

私達をゴミなんて呼ぶ人に負けたくない。私はゴミになりたくない。
今日私を助けてくれた人達にも、お礼も言わないで逃げた。
何も出来ないけど、何も変えられないけど……もう逃げたくない!

フレメア「私は――ゴミじゃないもん!!!」

私は……逃げたくない―――!

39 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:34:28.02 ID:U58nKrMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――さっきから五月蝿えぞ、ブス―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
40 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:36:56.97 ID:U58nKrMAO
〜8〜

女生徒「なっ……!?」

「ああ?口臭えのがこっちまで匂ってくんだよブス。不味いのはそのツラだけにしとけ。キンキン五月蝿くっておちおち寝てもらんねえ」

その時――向かいの席で腕組みしながら船を濃いでいたらしい青年が寝起きの不機嫌さも露わに……
フレメアの髪を鷲掴みにして引きずり回そうとしていた学生らの背中に声をかけたのだ。
ライトブラウンの長髪をガシガシとかきながら、さもうっとおしそうに。

男子生徒「なにカッコつけてんだよナルシス野郎!テメエどこの学校だ!?レベルは?!名乗れよ!!」

「――悪いな。学校行ってねえんだここ何年か」

女生徒「はあ?あんたスキルアウト?なに?群れなきゃ私達能力者に喧嘩も売れないゴミがなにタメ語利いてんだよ!」

「スキルアウトでもねえよ。あんな痩せた野良犬連中と一緒にすんな」

この時、怒髪天に達していた学生らは気づかない。
青年はスキルアウトなどではない事は、その瀟洒なスーツを着崩した姿から推して知るべきだったのだ。
いざ相手に喧嘩を売る段になって、相手の服装や佇まいを見抜けない……
それは、『誰に対し』『どんな相手』に火の粉を飛ばすという事かへの認識不足。

「テメエのレベルがいくつかなんて知らねえが、連れてる女のレベル見りゃそう大した男じゃねえのはよーくわかったぜ?」

女生徒「ああ!?」

「悪食に走るぐらいなら俺は潔く餓死を選ぶね。テメエの乗っかってる男はチープ過ぎる」

そう――この男は学園都市の闇に住まうライオンなのだ。
能力の強弱などという常識の埒外に存在し、己の作り上げた法則の檻内を闊歩する王者。
男子生徒はそれを知らずに青年の襟首を掴み胸倉を締め上げた。
しかしそれでも尚……青年は人を小馬鹿にしきった喉を鳴らした笑みを絶やさない。

男子生徒「気取ってんじゃねえぞコラ!テメエ……」

ライオンにとって強者も弱者もない。あるのは自分以外は全てエサという認識のみ。
この男子生徒は、虎の尾を踏んだのではなく獅子の鬣を掴んだのである。そう――

「――人の服掴むって事は、もう始まってるってこった」

男子生徒「はあ!?」

「でもって終わりだ。ムカついた」

41 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:37:44.73 ID:U58nKrMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
垣根「―――絶望しろ、コラ―――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
42 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:38:42.96 ID:U58nKrMAO
〜9〜

ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

男子生徒「ごっ、があああああああああああああああ!!?」

フレメア「!」

垣根「ばーか。女の前で格好つけんなら相手見て絡め……ってもう聞こえてねえか」

次の瞬間、男子生徒はモノレールの車窓に叩きつけられ、粉々に砕け散る硝子と共に――
向かいの車線を直走るもう一台のモノレールにすれ違い様に叩き込まれ……
再び窓ガラスをぶち破って吸い込まれ、あっという間に姿が見えなくなった。

垣根「おーおー飛んだ飛んだ。まあ多分死んでねえだろ、多分」

打ちっ放しもこんくらい上達すりゃな、と独語しながら乱れた襟元を垣根は正す。
上手く着崩しはするがだらしないのは嫌いなのか、パンパンと掴まれた部分を手で軽く払って立ち上がる。

垣根「おい、そこのブス」

女生徒「ひっ、ひいいい!?」

垣根「テメエの足りねえ頭でもわかったか?たかがレベル4が関の山の“能力”なんざ、本物のレベル5の“暴力”の前にクソの役にも立ちゃしねえってよ」

垣根は続ける。へたり込む女生徒から、唖然とするフレメアに一瞥をくれて

垣根「――ビビりながらでも、半泣きでも、必死に啖呵切って食い下がったそこの嬢ちゃんの方がまだしも見れたもんだぜ。誉められたもんでもねえが」

フレメア「……あ」

垣根「プライド持って噛みついた嬢ちゃんがゴミだってなら、ただ見てるだけのテメエらはなんて呼びゃいい?」

同時に車内を見渡すと――顔色を失う周囲の反応に肩をすくめた。

垣根「しょっぺえ野郎共だ。おい、ずらかるぞ」

フレメア「えっ!?」

垣根「このままじゃ警備員来んだろ。面倒臭えのは嫌いなんだよ……っと!」

フレメア「えー!?」

垣根「悪いなそっちの嬢ちゃん。定員一名でな。五年後に頼むわ」

女子中学生「えっ、あっ、は……」

垣根「そーら行くぞー」

フレメア「えー!!?」

そして垣根はフレメアを抱きかかえると、ぶち破った窓から白い翼をはためかせて飛び立っていった。

フレメア「えええええぇぇぇぇぇ!!?」

フレメアの長い一日はまだ終わらない――

43 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:41:32.87 ID:U58nKrMAO
〜10〜

青髪「あれ?ベッドのうなったんやね。春に遊びに来た時まだあったのに」

雲川「へえ……少女漫画けっこうあるんだけど。これなんて特に懐かしいけど」ペラペラ

御坂「(コルクボード……写真いっぱい貼ってる。あいつカメラなんてやるの?)」キョロキョロ

麦野「あ・ん・た・ら・ね・え・!」

一方その頃……麦野のそう高くない沸点は今まさに我慢と忍耐と限界と臨界を迎えていた。
例えるならば海中に没した活火山が煮えたぎるマグマを噴出させる数秒前、怒りの表面張力があと一枚コインを落とせば溢れださんばかりであった。

禁書目録「すふぃんくす!私にも半分寄越すんだよ!独り占めなんて許せないかも!」

スフィンクス「シャー!」

上条「猫とちくわ取り合うなー!!」

麦野「……人ん家のガサ入れしてんじゃねェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

その原因は、事件の後上条の部屋に雪崩れ込んで来た招かれざる三人の客に対してである。
青髪は取り払われたベッドの足が置かれていた床の凹みをなぞり、雲川は上条の本棚に追加された麦野の少女漫画をパラパラ捲っていた。
御坂は床にぶら下げられたコルクボードに貼り付けられた三人や二人や一人の写真をマジマジ見上げ……
インデックスはスフィンクスと一本しかないちくわを醜い争いと共に奪い合い、上条はみんなの靴を揃えていた。

上条「一応、適当な所座っててくれよな」

麦野「かぁぁぁみぃぃぃじょぉぉぉう!」

上条「そんなピリピリすんなよ……せっかく来てくれたんだし」

麦野「呼んでねえし」

事の始まりは、補習の課題を手伝ってくれた雲川に上条が謝礼を申し出たところで『じゃあ晩御飯ご馳走になりたいんだけど』と言われ、上条がそれを承諾したからだ。
それに乗じ同じ補習仲間として苦楽を共にした青髪も参戦し、何故か御坂までついて来てしまったのだ。

麦野「あー……あれね、旦那が前触れもなく夜中に職場の人間連れて来た時の妻の気持ちが今ならよーくわかる。あんた、私が買い物言ってなかったらどうするつもりだったの?」

上条「悪い……」

麦野「……まあ?ここはあんたの家なんだし、私にだってそれくらいのわきまえはあるわ。ちょうど人数分あるし」

上条「今日のメシ、なんだ?」

麦野「サーモンの塩竈香草焼き♪」

鮭に絡むところのみ、麦野は唇に人差し指を添えてウインクした。
44 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:42:04.70 ID:U58nKrMAO
〜11〜

上条「悪いなホント……いきなりになっちまって」

麦野「別に。気が乗らなきゃ作らないし、別にあいつらのためじゃなくってあんたに食べさせる分だと思えば腹も立たないし、かかる手前は同じよ」

上条「(本当素直じゃねえよなあこいつ……いや、わかりやすいんだけどさ)」

ガサッと台所にお買い物エコバックを下ろし、麦野が右手を腰に当て左手をプラプラと振る。
麦野という女性は御坂のようなある種のテンプレート的な、所謂ツンデレとはやや趣が異なる。
どちらかと言えば臍曲がりなタイプだと言うのが上条の中の結論である。
他人から寄せられる好意を拒絶し、自分の行為の中にある善性を否定する。

麦野「……本当なら、お泊まりの日に作ってあげたかったんだけどね」

上条「インデックス、怒るぞ?」

麦野「五月蝿え。あんたは私のものよ。他の誰に憚るつもりもないわ」

お泊まりの日、というのはこの奇妙な同居生活に設けられた一つの法である。
平日は上条とインデックスがこの部屋で生活しているが、土日は麦野が上条を自分の部屋に招くのである。
若干変則的な生活であるが、これが通い妻(麦野)と押し掛け女房(インデックス)の間に結ばれた協定である。

麦野「だいたいね……」ぼそっ

上条「ん?なんだ?もう一回……」

麦野「」チュッ

上条「!!?」

麦野「な・ん・で・も・な・い」

かと思えば、小声で耳打ちすると見せかけてキスを送ったりする。
それもキッチンの物陰でこっそりと、悪戯をしている子供のように。
思わぬ不意打ちに頬を押さえる上条だが、麦野は悪びれた風もない。

麦野「あいつら帰るまでこれで我慢してやるよ」

上条「………………」

麦野「おいおい黙り込まないでよ。優しくさすってやれば元に戻るかにゃーん?」

麦野という女性は愛情表現が極端に下手である。それはぶっきらぼうでも冷めている訳でもなく……
どうしたら良いか、どうしたいのかが自分でも常に手探りなのだ。
先程地下街付近で上条を冬眠から目覚めた鬼熊が鮭を狩るように屠ったのがその証左である。
上条が本気で浮気するなどと微塵も思っていない。ただ――

上条「……てる」

麦野「えっ?」

上条「見られてますよ……麦野さん」

麦野「!!?」

全員「「「「(ジー)」」」」

その時、全員の視線が麦野に注がれていた。痛いほどに

45 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:45:03.90 ID:U58nKrMAO
〜12〜

青髪「カミやーん?10月や言うてもヒーターまだ早いんちゃうー?暑いわ熱いわー」ニヤニヤ

雲川「冷めないカイロより熱々なんだけど」ニマニマ

御坂「な、な、なにやってんのよアンタ達!そういうのはウチに帰ってからやりなさいよ!!」ワナワナ

禁書目録「たんぱつ、ここ私達のお家なんだよ」ムシャムシャ

麦野「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」ガクガク

上条「(……周り見えてねえのはどっちだよ、麦野)」

真っ赤にした顔を隠すようにキッチンにしゃがみ込み、鬼熊が冬眠の穴を掘るように身を縮める麦野。
穴があったら入りたいとはまさにこの時の状態を指すのだろう。
気づくべきだったのだ。あれだけやかましく家捜ししていた物音が静まり返っていた時点で。
『自分だけの現実』ならぬ、『二人だけの世界』は時として社会的なパーソナリティーの根幹を揺るがせる。
かつて上条の機転がなければ青髪、御坂共々全力で殺しにかかっていた暗部の女王という肩書きは……
この際ぬるま湯で薄められたカルピスくらいにまで落とされていた。

麦野「ぶち殺す!!ぶち殺し尽くす!!見た奴みんな殺して殺る!!」キュィィィン!

上条「はいはい。ブレイクブレイク」パキーン

雲川「お前の彼女、見てて飽きないんだけど」

青髪「彼氏の影響バリバリや。アホアホやんお姉さん」

禁書目録「あれでバレてないと思ってるのが一番罪深いかも」

御坂「……まさか、いつも?」

禁書目録「――変な声聞こえても見て見ぬふりしてるんだよ。私一人の時はね。ねー、すふぃんくす」

スフィンクス「にゃーん」カリカリ

麦野「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

知らぬが仏というが、鬼が泣いている。麦野は上条が立てるフラグをぶち殺すためにわざと人前でイチャつく事はある。
しかしナチュラルの状態でそれを見られる事に耐性がないのである。
どれだけ理解ある年上のお姉さんを演じようが、素の恋愛経験の下地がほぼ白紙のグリーンボーイ。
恥ずかしげもなくイチャつくには少しばかり年齢と経験値が不足していた。

麦野「うう……」

上条「やっぱり、一緒にメシ作ろう、な?」ポンポン

生暖かい笑顔が、いっそ残酷だった。

46 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:45:50.27 ID:U58nKrMAO
〜13〜

麦野「穴があったら入りたい……いや、あいつらを穴に埋めて……」ブツブツ

上条「いつまでヘコんでんだよ……」

麦野「私はレベル5だぞ……学園都市第四位だぞ……」ボソボソ

上条「いいじゃねえか。だんだん馴染んで来たっつーか」

麦野「?」

上条「会った頃に比べたら色んな自分、出せるようになって来たって思うけどな。前のお前、もっと頑なだったし」

たおやかな手指で鮭の鱗を削ぎ落とすための包丁を握り、ゴリゴリ……ゾリゾリと皮を剥がして行く行く麦野。
その隣で上条が米をシャカシャカとかき混ぜ、洗い、すすいで行く。
二人だと手狭なキッチンにあって、黒揚羽の髪留めでサイドポニーにまとめられた麦野の髪が猫の尻尾のように揺れる。

麦野「別に。今も昔も私は何も変わったつもりないんだけどね」

上条「いや、そうでもねえぞ?」

上条が炊飯器に洗米を入れ、水を満たし、ターメリックを落とす傍らクイッと顎で指し示す先……そこには

禁書目録「八組目ゲットなんだよ!」

青髪「アカン!この娘ムチャクチャ強いわ!」

雲川「駄目。まだ三組しか上がらないんだけど」

御坂「ちょっとアンタ!イカサマしてるでしょ!?でなきゃ八回連続でなんて」

禁書目録「ふふん、私の完全記憶能力を知っていながら神経衰弱に挑んで来るなんて、身の程知らずにも程があるんだよ!」

料理が出来上がるまでの間トランプ遊びに興じている四人がいた。
目下インデックスの一人勝ちで、二番手は雲川、三番手は青髪、ビリは御坂である。

上条「前ならこうやって家に人上げるとか一緒に飯食うとか、死ぬほど嫌がったろ?でも、今だって飯の準備してくれてる」

麦野「……家主のアンタの手前ね」

鮭にペッパーを刷り込みつつ麦野はボンヤリとした口調で答えた。
そして自身に問い掛ける。自分は変わったのだろうかと、変われたのだろうかと。
しかし――上条がそれを認めても、麦野はその変化がどうしても受け入れられなかった。

麦野「でも、私が変わった云々は悪いけどアンタの買いかぶりよ。ロバが旅に出た所で、馬になって帰って来るわけじゃないんだから」

このあたたかな輪の中にあって、自分一人が暗部上がりの人殺し。
白い羊の群れに黒い山羊が入り込んでしまったような、そんな場違いさ。

47 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:49:20.87 ID:U58nKrMAO
〜14〜

―――しかし―――

上条「じゃあ、それは沈利に元々あった良い所が出てきたって事じゃねえか?」

麦野「……そりゃあ身内の贔屓目ってもんでしょ」

上条「あれだよ。雪解け……みたいな感じなのかな?こんなあったかい場所で、凍ったままだった沈利の優しい所が水みたいに流れ始めた……そんな風に思ってんのが俺だけでも、俺はそう思ってるぜ」

上条が予め用意していたボウルにカンカンと卵を叩き付け、器用に卵白だけを落として行く。
そして空の中に残った二つの卵黄を、待ってと制止した麦野が手近なグラスに落とす。
さらにその中にウスターソースとビネガーと今し方使っていたペッパーを目分量で振り掛けて行く。
即席のプレイリーオイスターの出来上がりである。

麦野「……恥ずかしい事ばっかり言わないの。これ飲んでちょっと黙ってて」

上条「おっ、サンキュー」

麦野「(……優しいって言うのはさ、こんな人殺しを地獄の底から抱え上げて救い出すような、アンタみたいなお人好しの馬鹿のためにある言葉なんだよ、当麻)」

卵白を落とせば後はメレンゲになるまで泡立てるのみ。後は粗塩とローズマリーとタイムの葉を落として混ぜるのだ。
上条が卵黄を一気飲みしつつ、かき混ぜる傍らで麦野はレタスとプチトマトを水洗いする。

麦野「(……馬鹿の一言ね麦野沈利。自分に優しい言葉をかけてくれるヤツは全部善人で、自分に厳しい言葉をかけてくるヤツは全部悪人か?まるで世界の中心に立ってる悲劇のヒロイン気取りね?)」

麦野沈利は戸惑っている。上条当麻のために生きて死ぬと誓った思いは揺るがない、揺るがせない、揺るぎない。
しかし……否応無しに、このひだまりのように優しい少年が、永久凍土の地平線まで溶かしてしまう。

ギュッ……

上条「ん?」

麦野「……後はもう焼くだけだから、友達の所戻ってて。せっかく来てもらったんなら、私になんて構ってないで客をもてなしな」

塩竈包みにしたサーモンを何台目かの電子レンジのオーブンに入れる、その傍ら――

麦野「……手伝ってくれてありがとう。ちょっとだけギュッとしてて」

上条「おう」

絡めた指、繋ぐ手、組んだ腕……それだけが、それだけが麦野が『人殺しの自分』に許せた唯一のものだった。

麦野「……あんまり、私を甘やかすなよ?」

アンタのために死ぬのが惜しくなるでしょ、とは言わなかった。

48 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:50:40.91 ID:U58nKrMAO
〜15〜

禁書目録「ぐぬぬぬ……」

青髪「よっしゃ、ババ抜きは今一つみたいやね……よっ」

雲川「ジャック抜けたけど」

御坂「………………」

一方その頃、ババ抜きへとシフトし早々に一ぬけした御坂は壁面にぶら下げられたコルクボードを見上げていた。
それは部屋につくなり真っ先に目に飛び込んで来たものであり……
ババを押し付け合う中でもずっと頭から離れずにいたものだった。

御坂「(これ、夏休みのかしらね?)」

そこに貼られていた写真の数々……最初に目についたのは、ベランダに出された子供用プールで遊んでいるインデックスの姿。
その側で麦野がたらいに氷を敷き詰め、まるまると太ったスイカの冷え具合を確かめているような一枚があった。

上条「ああ、それ夏休みん時のヤツだよ」

御坂「ひえっ!!?」

上条「?。なんだよビリビリ」

御坂「い、いきなり近づかないでよ!びっくりするじゃない!」

上条「ああ、悪い悪い。なんかあんま真剣に見てたみたいだからさ……そんな面白いか?それ」

と、そこへやって来たのは調理をあらかた終えたこの部屋の家主こと上条当麻その人である。
ちょうど御坂から見上げて右斜め45°(人間が最もかっこいい角度)の位置に立っていた。
思わず別の意味でもドキリ、とさせられる。自分の部屋というホームグラウンドにあってか、肩の力が抜けたその横顔に。

御坂「べっ、別にっ……ただ、ただアンタが……写真撮ったりするタイプだったのか……って」

上条「うーん……沈利と付き合い始めてから、かな」

御坂「っ」

上条「あっ、これ土御門と舞夏とみんなで流しそうめんやった時のなんだ。よく出来てるだろ?」

御坂「そ、そうね」

しかしそれだけに……天罰術式すらも反応しない悪意無き一言が御坂の胸に突き刺さる。
それは写真の中に納められた……上条が竹を割り、土御門が台を組み、舞夏が素麺を茹で、インデックスがつゆと醤油を見比べているシーン。
これは麦野がシャッターを押したものか、その場に映っていない。

御坂「(……笑ってる)」

その写真の数々は、御坂が知っている人間ながら御坂の知らない笑顔が溢れんばかりに映っている。
当然の事ながら――そこに御坂美琴と言う少女はどこにも映っていない。一枚たりとも
49 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:52:52.64 ID:U58nKrMAO
〜16〜

もしの話だけど……もしの話だけれど、この写真の中にある笑顔が私だったなら……
アイツの側にいるのが私だとしたら、それはどんな世界だろう。
偽装デートも断られて、ペア契約は写真とストラップだけ。
あの時二人で映ったフォト。あれがきっと最初で最後。

上条「最初、カメラって全然わかんなかったし今でも自己流なんだけどさ……光の当て方と、どこを端っこにするかを意識し始めたらちょっと変わったかな」

御坂「そ、そうなんだ……カメラってどんなの?」

上条「夏の家電セールで一番安かったデジカメ。上条さんの頭とやりくりの中で何とかなりそうでそんな難しくなさそうなヤツだけどな」

青髪「せやなーカミやん。最初僕に相談して来てんもんな。“デジカメってどんなのが良いんだ”って」

上条「なんかお前が一番そういうの詳しそうだったからさ。変態的な意味で」

青髪「恩を仇で返すとはこの事やね!目に勝るレンズと心に勝るメモリーはないんよ!」

アイツの、コイツの、上条当麻のいる世界。それは私がいる世界と地続きだって言うくらいわかってるわ。
だけど……つい、考え込んじゃう時があるの。コイツの側にある、あの皮肉っぽい笑い方をするあの女の立ち位置。
ついさっき見た、右斜め45°の視界、あの女から見た世界。
ここが私の場所だったなら、どんな景色が見れたんだろう?

青髪「うわ〜カミやんのお母さん相変わらず若々しいなあ……僕んとこのおかんとエラい違いや」

上条「そうか?」

青髪「……なあなあカミやん?カミやんのお母さんなー?」

上条「なんだよ。人の母親を変な目で見んなって」

青髪「ちゃうちゃう。お母さんなーんか彼女さんと似てへん?それとも彼女さんがお母さんに似とるんかね?」

上条「だから変な目で見んなっつーの!」

雲川「ああ、男の好みや理想像のベースは母親って言うのは良く知られた話だけど。でもお前の好みは寮の管理人さんタイプって聞いたけど?」

上条「誰から聞いたんでせうか!?俺先輩とそういう話してませんよね?!」

青髪「  僕  や  ♪  」

上条「沈利ー!青髪飯いらねえって!一人分抜かしてくれていいぞー」

麦野「りょーかーい」

青髪「うおおおい堪忍したって神様仏様上条様!」

コイツのいる世界、私のいる世界、あの女がいる世界。
学園都市って言う一つの街なのに、なんでそれぞれこんなに違って見えるんだろう?
50 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:53:44.01 ID:U58nKrMAO
〜17〜

禁書目録「でもそれだと、しずりはそういうタイプじゃないかも!」

雲川「確かに。随分かけ離れたタイプに見えるけど」

青髪「ええやん、年上のお姉さんとか素敵やん?なあ君はどない思う?」

御坂「ええっ!?私っ!?」

私は、最近アイツを見てるとドキドキする。でもそのドキドキを心地良く感じられてる瞬間が確かにある。
街でアイツを見かける時、たまに肩がぶつかってそれを感じる時、寝る前にアイツの顔を思い浮かべる時……
顔が熱くなって、胸があったかくなって、それと同じだけ心がキュッとなる。
私がそれに気づいた時にはもう、アイツはとっくの前にあの女を見てた。

御坂「べっ、別に〜〜……アンタの好みが寮の管理人さんだって年上のお姉さんだって私には全ッッ然ッッ関係ないわ!」

青髪「そういう意味では確かに君はカミやんの言うタイプちゃうもんねえ。でも僕ァ(ry 包容力を持っとるんよ?」

雲川「さっきのお仕置き見る限りだと、そういうタイプを目で追っても痛い目に合わされそうなもんだけど」クスクス

禁書目録「イタリア行った時なんて、そのせいで氷の船が真っ二つになったんだよ」

御坂「イタリア――」

上条「ななななんでもない!なんでもねえ!」

キッチンに肘を置いて頬杖をついてこっちを見てくるあの女。
写真の中でとっても幸せそうに笑ってるあの女、麦野沈利。
私は知らなかった。あの女があんな風に台所に立って、料理を作って、私達を見守るようにしている姿なんて。
考えた事も、思った事も、巡らせた事さえない。
けれどその代わり、今私の中でいっぱいに膨れ上がってる事がある。

青髪「でも彼女さん、ばっちしカミやんの家族と写真取っとる当たり抜け目ないなあ」

雲川「確実に外堀から埋めにかかってる感が写真から伝わって来て面白いけど」

禁書目録「とうまのお父さんとお母さん見てると、しずりととうまの将来ってこんな感じになるのかな?」

上条「父さん言ってたなあ……麦野、母さんが若い頃にそっくりだって」

麦野「どの辺り指してそう思われてるのかしらね……髪型?」

もし、もし……私が麦野さんと逆の立場だったら――
こんな風に写真に映ったり、アイツのためにご飯作ったり、してたのかな……
51 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:55:53.58 ID:U58nKrMAO
〜18〜

上条「いや、怒ると物投げて来るところは確かに母さんに似てるかも」

麦野「おいおい人聞きの悪い事言わないでもらえるかしら?物投げつけるのは手出さないようにって言う私なりの優しさなんだから」

上条「さっき思いっきりタコ殴りにしたじゃねーか!」

麦野「屈折した女で悪かったな。私の愛情表現は人より歪んでるんだよ。母さん母さん言うなこのマザコン」

上条「マザコンじゃねえよ!!」

麦野「いーやマザコンだね!!」

こんな風に、私が突っかかって行ってもいつも面倒臭そうに受け流されるんじゃなくて……
何だか加減のわかった噛み合いみたいなじゃれ合いみたいな、そんな形の関係が私にも作れたかな?

青髪「男は大なり小なりマザコンやでえ。こらもう遺伝子に刷り込まれた本能みたいなもんや。せやなかったら赤ちゃんプレイは一つの文化になってへんよ?」

雲川「まさかの上条マザコン疑惑なんだけど。でもこの写真見ると確かに似てるけど。そっちの彼女の方が明らかにキツい顔してるけど」

麦野「キツい顔って言わないでくんない?性格キツいのは認めるけどね。つうか女に母性なんて幻想求めんな。母性ってのは才能であって本能じゃない」

青髪「今の発言は全世界20億人の赤ちゃんプレイ愛好家を敵に回す発言やでえ!」

禁書目録「とうまとうま、赤ちゃんプレイってなに?」

上条「マザコンとか赤ちゃんプレイとか平和な上条家のお茶の間凍らすような発言止めい!インデックスもそれは覚えなくていい!」

青髪「20億人総赤ちゃんプレイとか胸が熱うなるでえ!」

麦野「摘み出すぞ青カビ頭!!」

だけど、そんな私がどんなに幻想(ゆめ)を見ても決して現実のものにならない立ち位置にいる第四位は……
今もオープンから目が離せないからって風でもなく、会話にも加わっているのにキッチンから出て来ない。
何て言うのかしらね……あすなろ園の子供達が遊んで輪の外から見守ってる養母さん達とも違う。
絶対に超えられない一線を自分で引いて、そこから先に踏み込まないようなそんな不自然さを感じる。

麦野「……なんだよ御坂。ジュースのおかわりならテメエで取りに来い。ここは店じゃねえんだよ」

御坂「じゃあ、そっち行かせてもらうわよ。今大丈夫?」

麦野「別に。ほったらかしてたってあと15分で焼き上がるわよ」

―――アンタ、一体誰に遠慮してるの?

52 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:56:24.91 ID:U58nKrMAO
〜19〜

じっくりとオープンの中で粗塩と香草を混ぜ合わせた塩竈が熱されて行くのを麦野は見るともなしに見つめていた。
腕組みをしながらキッチンに寄りかかり、今度はポーカーを始めた四人に背を向けるように。

御坂「このライムソーダっていうのもらっていい?」

御坂はやや背の低い冷蔵庫を覗き込むようにしてその内の一本を手にし、扉を締める。
『超機動カナミン』とロゴの打たれたグラスに注ぎつつ、傍らの麦野を見やる。
その内心を窺い知る余地はおろか術すら見いだせない、同じ女から見てややもすると冷たく感じる横顔を。

御坂「ディル、役に立った?」

麦野「まあ、ね」

御坂「どうしたのよ。元気ないじゃない」

麦野「そうね。だから何?」

御坂からすれば、麦野は取っ掛かりを見いだせない氷壁だった。
溶けない雪と凍てついた氷に閉ざされた、芽吹く前に花の種さえ枯死させる岩壁。
元より二人の間に友好的な関係を築き上げる下地や余地などありはしない。
両者を結び付ける一枚のハーケン、『上条当麻』というマスターピースを除いては。

御坂「ううん、何だか気になっちゃって……いきなりお邪魔して悪かったわね」

麦野「そう思うんなら食ったらとっとと出てけ」

御坂「……相変わらずよねアンタって。夏の頃からちっとも変わらない」

麦野「誰にでも振るほどデカいケツしてねえんだよ。それに……」

御坂「それに?」

麦野「……こういうのに、馴染みがねえんだよ。悪かったな。雰囲気悪くして」

御坂「ううん。別にそんな事ないわよ。アイツの友達、なんかみんな変わってる人達みたいだし気にした様子もないし」

コクッ、コクッという御坂が喉を鳴らす音とブーン、ブーンとオープンから立つ音が手狭なキッチンに響き渡る。
背後から聞こえて来る話し声や絶叫が、目と鼻の先にあるのにどこか遠くに感じられるほどに。

御坂「――だから」

麦野「……?」

御坂「だから、向こうに混ざらないの?」

麦野「……混ざりたそうな顔してたか?混ぜてくれっつったか?私が一度だってそうしたか?」

御坂「そうじゃないけど、そんなんじゃないけど、なんかほっとけなくて」

麦野「余裕綽々だね、お優しい常盤台のエースさん」

御坂「その呼び方止めてよね。私には御坂美琴って名前があんのよ」

――例えば、肩がぶつかるほど近くにいながら、遠く離れた御坂と麦野のように

53 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:59:13.16 ID:U58nKrMAO
〜20〜

御坂「――あの写真みたいに」

麦野「?」

御坂「あんた、本当はあの写真みたいに笑える人間なんだからさ、もっと自分出してもいいと思う」

麦野「――――――」

御坂「だってもったいないじゃない!せっかく美人なんだから」

二人は秤に乗せられた、全く同等の重さを持つ灰とダイヤモンドだった。
一握の死灰と、一個の金剛石。そして二人は同じ場所に立っていたとしても違うものを見るだろう。
同じ牢獄に囚われたとしても、恐らくは鉄格子から覗くものからして違う。
御坂は夜空に星を見上げる人間であり、麦野は夜闇の泥を見下ろす人間と言った具合に。

麦野「――五月蝿えなあ。言われなくたって知ってるわよ」

御坂「?」

麦野「私がイイ女だって事くらい」

御坂「ナルシスト!」

麦野「ナルシストじゃない女なんていないわよ。自惚れ屋じゃない男なんていないようにね」

水と油を何年何十年と攪拌し続けても混ざり合わないように。
同じ液体でありながら性質からして異なるように、二人は違っているのだ。

麦野「ちっ……わかったわよ。行けばいいんでしょ行けば」

御坂「!」

麦野「行かなきゃ行くまでテメエの話相手させられるくらいなら、ヘタなポーカーやってる方がまだしもマシってなだけ」

そう言い捨てて麦野は御坂の横をすり抜ける。どうせ焼き上がるまでの短い時間の間だけ、と言い残して。

御坂「じゃあ私とやらない?私強いわよ」

麦野「――好きにすれば?」

御坂「了解っ。そこの二人ー!終わったらカード貸して!」

上条「いいぞー。よしインデックス、上条さんはツーペアだ!」

禁書目録「うーん、うーん、どうかな??」

そして御坂が呼び掛けた先では、青髪と雲川を下した上条とインデックスの一騎打ちが終わろうとしていた。
上条の手役はスペードとクローバーのAと8のツーペア。
インデックスはハートのK、Q、J、A、そしてジョーカーとロイヤルストレートフラッシュには至らなかった。

雲川「Deadman’s hand……」

上条「へ?」

雲川「それ、死者の手だけど。ものすごく不吉な役なんだけど」

上条「げっ」

青髪「(――カミやんらしいなあ)」

もしこの場に運命論者がいたならば、この不吉極まりない上条の手とインデックスの手に何かしらの意味を見いだしたかも知れない。
この科学の街、学園都市にあって非科学的な予兆を。
54 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 12:59:46.46 ID:U58nKrMAO
〜21〜

上条「えーっと雲川先輩。この場合はどうなるんでせうか?」

雲川「別にツーペアはツーペアだからそのままでもいいけど、場所によってはノーゲームで仕切り直しって場合もあるけど」

麦野「へえ?これそんなに縁起が悪いの。アンタらしいっちゃアンタらしいけどね、当麻」

雲川「悪い。なんせこの役が偶然出来たら、迷信深いやつなんてわざわざツーペア捨てて作り直すくらいなんだけど」

御坂「へえー……確かにカード見ても真っ黒だし、言われてみれば」

上条「不幸だ……」

禁書目録「じゃあ勝負無しだね!はいしずり、カードカード」

麦野「ありがと。じゃ、いっちょ揉んでやるか」

御坂「来なさい第四位!格の違いを見せてあげるわ!」

麦野「他の女の部分で私に勝てないからね。カードくらい勝ちたいんだろうけど私は負けるのが嫌いなのよ。二枚チェンジ」

御坂「若さじゃ勝ってるわよ。オ・バ・サ・ン」

麦野「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

トランプとは諸説紛々あるが、もっとも言及されるのは――戦争の形を模しているという説だ。
元来トランプとは血と鉄を必要としない戦争であり、敗者は命の代わりに命に等しい財産を失う事すらまれな話ではない。
それは間近に迫る第三次世界大戦の跫音が近づく中にあって非常に不吉であった。

青髪「(――死者の手、か。不幸通り越して不吉とか、カミやんの星の巡りの悪さもいよいよ磨きかかってきてんなあ)」

カードとはさらに遡れば占いに通じる。例えば有名な物はタロットカード。
その他にもカードに印を刻み、記し、描き、魔術として用いる事もある。
今や日常のものとなり朝のお茶の間を一喜一憂させる星座占いさえもそうだ。

青髪「(僕はお星様で言うたら“笑い上戸の星”なんやろうねえ)」

夏休みの読書感想文のテーマにしたサン=テグジュペリ『星の王子様』を諳んじながら青髪は笑う。
運命を顕微鏡で覗くように、未来を望遠鏡で見るように、糸のように細められた笑い目が夕食前の団欒を見やる。

麦野「ショウダウン」

御坂「コールよ!」

そして二人が揃った手札を開けようとする。青髪の位置からは麦野の手役はハートのクイーンが見え――
御坂の手札は見えないがかなりの自信を持っている事が勝利に崩れたポーカーフェイスから見て取れる。そして――
 
 
 
 
 
チーン!
 
 
 
 
 
55 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 13:00:32.06 ID:U58nKrMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「焼き上がったな!メシにしようぜー!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
56 :投下終了です [saga]:2011/07/10(日) 13:02:06.10 ID:U58nKrMAO
本日はここまでになります。大変暑いので皆様もお身体に気をつけて下さいね。では失礼いたします。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/07/10(日) 18:32:26.18 ID:kp4+Cq0AO
またこれを読めるなんて嬉しいぜ
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/10(日) 19:24:26.10 ID:Oh55kFKeo
「久しぶり」
59 :貼り忘れたテンプレ:登場人物 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/10(日) 20:37:17.60 ID:U58nKrMAO
〜主な登場人物紹介〜

上条当麻……フラグを立てる度に麦野に半殺しの目に合わされる不幸体質。
現在一つ屋根の下ドタバタと三人暮らしをしている。

麦野沈利……鮭料理に限ってレパートリー豊富な高校三年生。
麻痺していた人間性を徐々に徐々に取り戻しつつある。

禁書目録……最近洗い物とトーストを焼く事を麦野に習い始めた魔術師。
現在、メモを片手に洗濯機に挑戦するも日々悪戦苦闘中。

御坂美琴……麦野に喧嘩を売られたり逆に買ったりと相性は最悪。
しかし麦野が心中を吐露する唯一対等の同性。

青髪ピアス……相も変わらぬ変態嗜好の持ち主にして上条の補習仲間。
最近、下宿先のパン屋に謎の外国人を連れて来たらしい。

垣根帝督……ゴーイングマイウェイを地で行く神出鬼没の自由人。
間接的に上条に大きな影響をもたらした張本人。

では失礼いたします。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/07/10(日) 21:36:57.84 ID:OMEoKv7AO
時系列的には、ブルーブラッドの前になるのかな?
61 :作者 ◆K.en6VW1nc [sage]:2011/07/10(日) 21:56:03.55 ID:U58nKrMAO
>>60
わかりにくくて申し訳ありません。以下の通りになります

とある星座の偽善使い(無印1巻再構成)

番外・とある星座の偽善使い(SS1巻再構成)←今ここ

とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド)↓
とある驟雨の空間座標(レイニーブルー)↓
新約・とある星座の偽善使い(新約再構成)

です。では失礼いたします……
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/07/10(日) 22:58:42.34 ID:gtpRZCGAO
>>61
だからフレメアの事知らないのか
一瞬えっ?ってなったし
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/11(月) 22:50:39.15 ID:KwiDyPgX0
もつ。

>禁書目録「――変な声聞こえても見て見ぬふりしてるんだよ。私一人の時はね。ねー、すふぃんくす」
ぜひとも、ここについて詳細も20レスくらいで御願いできますでしょうか。
それがあれば、もう2〜3年は塩と水だけで頑張れると思います。
64 :作者 ◆K.en6VW1nc :2011/07/14(木) 18:50:04.29 ID:1DwrXIIAO
サーバーが安定したようなので、今日は21時前後より投下させていただきます。では失礼いたします
65 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:02:30.61 ID:1DwrXIIAO
〜1〜

麦野「何やってんだかね、私……」ザクザク

禁書目録「どうしたの?しずり」マゼマゼ

麦野「別に。似合わない事してるな、って」

禁書目録「そう??」

麦野「だってそうでしょ?」

卵の殻のように纏う塩の鎧をザクザクとナイフで割り開き、ホクホクのサーモンを切り分けて行く麦野。
その傍らで蒸したターメリックライスにバターを落として杓文字でかき混ぜるインデックス。
既に人数分の取り皿には洗い立てのサニーレタスが敷かれており、上条らはテレビを見やっていた。

麦野「私が、こんな脳味噌が常温で溶けて行くような生温い輪の中で日和ってるだなんてさ」

禁書目録「そんな事ないんだよ。どうしたの?最近しずり元気ないし、塞ぎ込んでるように見えるかも」

麦野「あんたの目から見てもそうなら……当然、当麻もそう感じてるんでしょうね」

禁書目録「うーん……とうまはとんまだからそんなに深くは考えてないと思うんだよ。何かあったの?」

麦野「……ねえ、インデックス」

禁書目録「なあに?」

サーモンの切り身をインデックスがよそったターメリックライスの上に乗せる。
そこへさらにパプリカ、プチトマト、レモン、クレソン、レーズンを盛り付けて行く。
その傍らインデックスは冷蔵庫から飲み物のボトルを取り出し、パタンとその扉を締める。
ライムソーダや水出しコーヒー、そしてアルコール類もある。
IDによる年齢確認を顔パスしてしまうが故、麦野は内心複雑な思いでそれを購入している事をインデックスは知っている。
インデックスも最初は麦野を上条の恋人ではなく年の離れた姉だと勘違いしたほど大人びて見えたからだ。

麦野「私さ、ここにいていいのかな?」

禁書目録「……何を言ってるのかな?」

麦野「……何言ってるんだろうね。私にもよくわかってない」

禁書目録「――しずりもとんまかも」

麦野「?」

禁書目録「しずりは色々考え過ぎなんだよ。もっと私みたいに脳天気に生きた方が楽しいかも!」

インデックスはその背中をパシンと叩いた。激励するように叱咤するように。
檄や喝など入れないが、ふと垣間見せるその繊細な横顔がいつものペースを取り戻すよう促して。
それに対し麦野がキョトンと目を丸くして頭一つ半低いインデックスを見下ろし、対照的にインデックスがそれを見上げる。

66 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:03:01.29 ID:1DwrXIIAO
〜2〜

禁書目録「しずり?しずりが大好きな人はだあれ?」

麦野「……当麻」

禁書目録「だよね?私もしずりもとうまが大好きだからここにいるんだよ。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもないんだよ。“好き”以外の理屈とか、“愛してる”以上の理由とか“そんなの関係ねえ”んだよ!」

麦野「おいコラ」

インデックスがキッチンに飲み物を置いて麦野のエプロンの裾をギュッと握る。
沈み込んだ姉を励ます妹のように、あるいは元気のない母を勇気づける娘のように。
麦野はそんなインデックスを見て思う。幼い物言いながらも聡い娘だと。

禁書目録「――大丈夫。しずりがどんなに自分が大嫌いでも、そんなしずりが私もとうまも大好きなんだよ」

麦野「―――………………」

禁書目録「だから、私ととうまが好きなしずりを、しずりにも少しずつ好きになってくれたら嬉しいな」

麦野「………………―――」

禁書目録「ほらっ、背筋を伸ばすんだよ!」パシーン!

麦野「〜〜〜!!?」

禁書目録「叩きがいのあるいいお尻なんだよ」

かと思えば思いっ切り麦野の臀部をひっぱたいてみせる。
あまりの強烈さに思わず突っ張るように背筋を伸ばす麦野に、インデックスは更に両手を背中側から胸元へ回し――

禁書目録「知ってるんだよ!こういうのを“あんざんがた”って言うだってね!おっぱいも大きいから赤ちゃんもお乳に困らないんだよ!ほら!」モミモミ

麦野「うわっ!ちょっ、盛り付け崩れるでしょうが!止め……止め……」

禁書目録「ああ憎たらしいんだよ。ほら、ちゃんとしないとシャケがこぼれるんだよ〜〜??」ユッサユッサ

麦野「〜〜!!」

禁書目録「毎日同じもの食べてるのに、私だけ大きくならないのは不公平かも!きっと神様がサボってるに違いないんだよ!」プニュプニュ

麦野「……離れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

そしてインデックスは飲み物類を抱えてキッチンから逃げ出した。
なまじ深く考え込むタイプに活を入れるには怒らせるのが一番だとこの数ヶ月でインデックスなりに学んだからだ。
そしてそれなりに――麦野の弱点も看破し、把握し、認識している。

禁書目録「(しずりがおっぱい弱い事くらい、あれだけ毎日イチャつかれたら完全記憶能力がなくたって覚えるかも)」

家事手伝い以外にも、学ぶところは多々あるのである。

67 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:05:10.73 ID:1DwrXIIAO
〜3〜

禁書目録「お待たせなんだよ!適当に持って来たから自分でついでほしいかも」ドサドサ

青髪「ありがとさーん。おっ、何やアルコールもあるやん!」

上条「ああ、それ沈利のだよ……これ、内緒な?」ボソボソ

雲川「男子寮に女二人も囲ってる時点で既に御法度破りも甚だしいけど?」

上条「うっ、それは……」

雲川「安心しろ。私も話がわからん先輩じゃない。まあ酌の一つももらえれば口を噤むのもやぶさかじゃないけど」

御坂「……まさか、あんたも?」

上条「……土日だけ、ちょこっと付き合って」

御坂「信じられない!この不良!!」

ジョージ・T・スタッグスのボトルをしげしげと見やりラベルを確認する雲川と青髪の傍ら、御坂が人差し指を突きつけて弾劾する。
一方断罪される側の上条は両手を胸の前で振って緩める気配のない追求を何とかかわそうと必死である。
土日にちょっとだけ、と言えども表書きには71度と記されたバーボンウイスキーである。
酎ハイやビールなどと言った可愛らしいものではなく、明らかに飲み慣れた人間のチョイスに付き合えるだけ上条も意外にイケる口なのかも知れない。

上条「そ、そう言えば青髪!確か地下街に30種類くらいビール置いてる店あったよな?前に土御門が言ってたけど」

青髪「あああっこ?あの辺りにパンの配達行くけど客入ってるとこ見た事ないわー。穴場や、言うてたけどホンマのとこどないなんやろうね?」

御坂「ちょっと!話逸らしてんじゃないわよ!!」

麦野「五月蝿いわねえ……」

と、そこにやって来たのは料理の大皿を抱えてやって来た麦野である。
キャンキャン噛みつく御坂に辟易したような、呆れ果てたようなそんな表情で。

青髪「キター!!」

禁書目録「ご飯ご飯ー!!」

雲川「まあ、堅苦しい話は抜きにして」

上条「熱いうちに食べちまおうぜ!」

御坂「ちょっと!まだ話は……」

麦野「はいはい。クレームは後で聞いてやるから。受け付けないけどね」

そして他にも冷蔵庫から引っ張り出された食材と相俟って、ちょっとした宴会のような様相が醸し出される。
早くもかぶりつきの体勢にある食べ盛りで育ち盛りの学生らに待った無しである。

麦野「じゃ、当麻。家主としてどうぞ」

上条「えっと……いただきまーす!!」

全員「「「「いただきます!!!」」」」

上条家の夕食、開帳――

68 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:05:46.24 ID:1DwrXIIAO
〜4〜

青髪「ハムッ、ハフハフッ、ハフッ!」

禁書目録「おかわりちょーだい!」

上条「ヒィッ!?人間火力発電所!?」

御坂「美味しい……!」

雲川「うん、なかなかのものなんだけど」

麦野「どういたしまして」

常日頃売れ残りのパンばかり食べているのか、青髪は汗なのか涙なのかわからない汁を垂らしながら凄まじい勢いでがっついて行く。
それにさらに三倍速で平らげて行くわんこそば状態のインデックスが取り皿を上条に手渡しおかわりを要求し――
御坂はその一口でこの料理にどれだけの食材と労力が込められているかを衝撃と共に味わう。
雲川は上品な手つきでそれを優々と口に運んでは舌皷を打ち、麦野はショットグラスを傾けながら満更でもなさそうな表情を浮かべていた。

御坂「あんた……本当に料理出来たんだ」

麦野「似合わないでしょ?」

御坂「ううん……でもビックリした。全然そういうタイプに見えなかったから」

こいつがいるからね、と麦野はポンポンとインデックスの頭を撫でた。
上条と麦野で折半し、必要悪の教会からインデックスに振り込まれる給金などそれなりにやりくりしているらしい。
そこで話題になったのは家計の根幹を成す食費についてだが……

麦野「そう言えばさっきスーパーで小耳に挟んだんだけど、これから食品関係が値上がりするとかなんとか」

青髪「ああ、それうちの店のおっちゃん(店主)も言うてたわ。小麦値上がりするかも言うて頭抱えとった」

雲川「お前の下宿先はパン屋だったな。じゃああのフルーツサンドも値上げの対象になるのか?世知辛いんだけど」

麦野「……そう言えば、普段そんなはけないハーブが今日に限って品薄だったしね。やっぱりこの間の一件が……あっ」

上条「………………」

数日前『前方のヴェント』を尖兵として送り込み勃発した『0930事件』を嚆矢に……学園都市はローマ正教との緊張状態に突入した。
その余波とも言うべきか、外部の協力機関による提携にも淀みが生じ物流に影響が出始めているのだ。
値上げ云々はまだ風説の流布の域を出ないが、それに不安を覚えたものが値上がり前に買い溜めや買い占めに走る事はまさに水は低きに流れるの例えに漏れず、当然の帰結とさえ言えた。

69 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:07:50.45 ID:1DwrXIIAO
〜5〜

御坂「でも学園都市内にも農業ビルはあるし、食肉クローンや人工栽培とかに強い第十七学区の工業地帯なんて有名じゃない?」

麦野「これだから世間知らずのお嬢様は。完全な自給自足が出来るならこの閉鎖都市が外部の協力機関と手を結ぶはずないでしょうが」

御坂「うっ……でも、今はまだいいけどこの状態が長引いたら一端覧祭とかにも影響出るのかな?外部からの動きが鈍るって事は内部からも入場制限が起きるかも知れないし、社会見学みたいなイベントもそれどころじゃなくなっちゃうかも……」

麦野「そんな生易しい結末で幕が引かれるならね。いざ幕が上がったら私やお前みたいなレベル5、或いはレベル4あたりの人間兵器クラスの連中が駆り出されたって全然不思議じゃない。身元確認の申告書が回って来るのも時間の問題かもね」

雲川「うちの学校の警備員もその問題に絡んでの対策に腐心してるようだけど。おかげで中間テストが先送りになったのはありがたい限りだけど」

青髪「そう言えば、戦争起きるかも知らんのに子供預けられるかーい!って親御さんらからの電話けっこう鳴っとるみたいやね。さっき補習の課題出しに言った時職員室で聞いたわ」

禁書目録「じゃあこれからご飯食べられなくなっちゃうの?おやつは?ジュースは?すふぃんくすのご飯は?」クイクイ

上条「大丈夫だインデックス。すぐに終わるさ。きっとこんな事長くは続かねえよ」

服の袖を引っ張るインデックスのプラチナブロンドを撫でてやりながらも、上条は急速に食欲が失われて行くのを感じた。
この戦端が開かれた原因の一つは間違いなく自分を主流としていくつもの傍流が渦巻いているのだ。
逆巻き、うねり、淀み、荒れ狂う闘争の予感。これまでの事件とは比較にならない大きな波が押し寄せて来るであろう事は疑いない。

麦野「………………」

麦野はその横顔を、どこか痛ましそうに細めた眼差しで見つめた。
上条当麻の恋人、というポジションは決して楽なものではない。
それは無意識に、無自覚に、無関係に乱立するフラグではなく……

麦野「(あんたのせいじゃないよ。当麻)」

絶える事のない揉め事、尽きる事のない荒事、果てる事のない争い事に……
否応無しに巻き込まれ、是非もなく、引きずり込まれる『戦い』そのものである。
70 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:08:20.27 ID:1DwrXIIAO
〜6〜

近しい例をあげるなら、自身の恋人、伴侶、家族が常に危険の渦中と危機の坩堝に翻弄され続ける事に他ならない。
勿論上条当麻はそれを自らの意志に依って選び、自らの意思に拠って進む。
しかしそれをすぐ側で、その傍で見ている者にはたまらない。

怪我、流血、戦傷……生死の境と死地の境、死の淵を行きつ戻りつし続ける男の半身たるという事。
その重圧、その辛苦、その懊悩……いずれも心身の消耗と精神の磨耗は想像を絶する。
その形が唇すら重ねない片恋ならばまだしも、身体を重ねた恋獄ならば火で炙られ火に焼かれ火を飲み込むようなそれ。

無論、麦野とて男女の関係を持ってすぐさま地金を晒すような生易しい精神構造などしていない。
そんなものは第十九学区での激闘と、アウレオルス=イザードとの死闘の中の上条を見て捨て去った。
故に麦野は上条とフラグを立てる女を殊の外忌み嫌う。それは単に微笑ましい嫉妬ではない。

『お前達に、こいつと人生を共にするだけの覚悟があるのか』と。
『お前達に、自分の死を懸けてこいつの生を守れるのか』と。
『戦う事以上の重圧と闘う日々に、耐えられるだけの器があるのか』と……

暗部の世界に身を置いて来た麦野だからこそ肌身に感じられる実感。
それは命の軽さと死の重さ。流した血と築いた骸と食んだ肉の味を知っているからだ。
好きだ嫌いだ惚れた腫れた、それだけで上条の側に在り続けるなど不可能だと理解しているからだ。

躊躇いなく自分の命をドブに捨て、躊躇なく他者の命を食い散らかす。
揺るぎない思考と揺るがない志向と揺るがせない指向。
それを砂糖をまぶしたような笑顔で、蜂蜜をかけたような声音で、煉乳を溶かしたような精神で――

言い寄って来る女を見ると殺したくなるほど麦野は上条を愛していた。
上条が傷つくような厄介事を運んで来る女がいれば先んじて始末したくなるほどに。
されど上条は人を助ける、救う、守る。麦野をそうしたように。
故にその行動原理を麦野は出来うる限り尊重する。
そうでなければ自分を救った上条と上条に救われた自分の否定に繋がるからだ。

この紐解けない矛盾を後に麦野は自ら乗り越える事となる。
しかし今この時は、その二律背反の板挟みの中精神の蟻地獄とも言うべき擂り鉢の袋小路を彷徨っている最中であった。

自分が幸せな未来、誰かに優しい世界、そんなものは存在しないと言わんばかりに。
71 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:10:10.25 ID:1DwrXIIAO
〜7〜

麦野「(……なんてね……)」

青髪「オソノさんや!オソノさんのお粥や!そりゃー!!」

禁書目録「あー!ズルいんだよ取りすぎなんだよ!!このー!!!」

御坂「あんたこそ皿ごとかきこもうとしてんじゃないわよー!!」

雲川「上条、シナモンもう少し足したいんだけど」

上条「あっ、はいはい」

麦野「(こいつら見てると真面目に考えてんのが馬鹿らしくなって来るわね)」

が、そんな胃にもたれるような話題より胃にもたれそうな食後のデザートに飛び付くのがキッチンに立つ麦野を除く学生らである。
今彼等が喰らいついているのはアロス・コン・レチェというスペインのミルク粥である。

上条「麦野ー」

適量の米を片手鍋に入れ、そこへ牛乳とコンデンスミルクを入れ火にかける。
その間にレモンを半分にカットして、白い所を残さず黄色い皮だけ刻んで入れ、加えてゴールデンレーズンを加える。

上条「沈利ー」

そしてコトコトと煮込みながらブランデーをふりかけて冷やすと出来上がりである。
テレビっ子のインデックスが見たアニメ映画から麦野にねだって昼間に作ったものだ。と

上条「おいっ」プチンッ

麦野「ひゃあっ!?」

上条「悪い、シナモ」

麦野「オラァァッ!!」ドッ!

上条「ごっ、がああああああああああああああああああああ!!?」

麦野「何しやがんだテメエ!」

上条「それはこっちの台詞だっつーの!」

そこで雲川に言われシナモンパウダーを取りに来た上条が物思いに耽り背中を丸めて身を乗り出していた麦野の……
ちょうど背中辺りを叩いて呼び掛けたところ、紐ブラの結び目が解けたのだ。
先程インデックスが麦野の胸をいじっていたせいか……
その返礼は後に御坂が食らうのと同じボディーブローで報われた。

上条「シナモン取りに来ただけだってのに……不幸だ」

麦野「あんた前科あるからね。またかと思ったじゃない」

上条「(お客さん来てるのにそんな事すっかよ!上条さんはあくまでノーマルでニュートラルで健全な感性の持ち主の事ですよ)」ヒソヒソ

麦野「(嘘吐け。声出したらインデックスにバレるぞ?とか言ってたじゃないの!あれ聞かれてたっぽいぞ!)」ヒソヒソ!

上条「(……何ですと?)」

麦野「(さっきインデックスが言ってたのよ……聞いてなかったの?)」

72 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:10:45.95 ID:1DwrXIIAO
〜8〜

世界の命運を左右する少年も一皮向けば健康的な一学生である。
時に若さが出てしまう事もあるが、それもインデックスが居候するようになるまでだ。
特に付き合い始めの7月7日からインデックスがベランダに引っかかっているのを発見するまで――
特に7月10日からの空白の十日間は暇さえあれば、と言う仲良しぶりであった。
一時期インデックスの目を憚って……という時は麦野が爆発したり、上条が暴発したりである。
迸る熱いパトスは常に思い出ではなく理性を裏切るのである。若さ故の過ちと言うべきか。

麦野「(……今度から気をつけようね?)」

上条「(……するな、って言わねえんだな)」

麦野「(……だって)」

雲川「シナモンまだー?」チンチン!

上条「あっ、今持って行きます!」

麦野「(ちくしょう)」

懐かしき蜜月の日々……鳴蜩の寿命並みに短いそれを思うと麦野も遠い眼差しでシナモン片手に去って行く上条の背中を恨みがましく見つめざるを得ない。
もしインデックスとの出会いがなければ――それこそ夏休み中だったに違いないと麦野は頬杖を突きつつ毛先をくるくると捩る。
満更そういう事が嫌いな質でもない、という自身の新たな一面もまた上条を通して知り得た事である。

麦野「(私がお腹かかえて、あいつが頭抱える……ククク、ゾクゾクしてくるじゃない)」

そして今一つの側面は麦野は非常に暗い情念を秘めた性格の持ち主であるという事だ。
その根底、その深奥、その奈落とも言うべき場所に渦巻くものはひどくドロドロしている。
上条の背中に爪を立てるというのも、ある種の示威行為に近い。
仮にフラグを立てた女が何らかの拍子に上条の背中を見たとすれば、その禍々しさに身震いするだろう。
『私の所有物(おとこ)に触れたら殺すぞ』との無言のメッセージとして。

麦野「(でも……もし私達がインデックスと出会わなかったら、一体どんな風になってたのかしらねえ?)」

デザートと来ればお茶にでもしようか、と麦野はヤカンに水を注ぎながらついと物思いに耽る。
もしインデックスに出会わなかったら、自分達にはどんな日常が訪れただろうと。
冷蔵庫からダマスクローズジャムを取り出し、戸棚から茶葉を引っ張り出しつつ……

麦野「(――ただの男と女でいられたらなら、こんなに気を揉む事もなかったでしょうに)」

73 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:13:11.44 ID:1DwrXIIAO
〜9〜

次から次へと舞い込む事件にも関わり合いを持たず、もっと平々凡々としていられただろう。
少なくとも現在の生活に入って食べる楽しみを見出し、ああだらしないと思いながらシワのついた洗いざらしのシャツにアイロンをかけるような日々。
少なくとも――愛すべき退屈を持て余す平穏が麦野と上条にもあったろう。
しかしそうはならなかった、ならなかったのである。

麦野「(――今だって人並み以上に幸せなんだ。人殺しにゃ勿体無いくらい)」

麦野は優しい世界というものを信じない。みんなが笑って迎えられるハッピーエンドに対し……
否定的でこそないものの懐疑的であった。少なくとも、諭されて受け入れる余地など毛ほどもない。

麦野「(――なのに、私はこれ以上何を求めるって言うんだ)」

富める者の悩みと言ってしまえばそれまでだが、麦野にとって幸せというものは押し通したエゴの上に成り立つものだった。
例えば麦野が御坂を嫌うのには、気質や性格の方向性以上に……
もう入り込む余地のない恋に、未だにいじましい思いを捨てない御坂の一途さである。
例えるならばフルーツバスケットで選ばれた自分が、ゲームが終わるまで選ばれずにずっと呼ばれるのを待っている子供を見るようないたたまれなさ。

麦野「(誰にも譲るつもりのない椅子取りゲームに乗ったんだろ。譲る気も渡す気も分けるつもりもねえのに悩んでるフリしてるんじゃないわよ。無駄にデカい胸なら張れよ性悪女)」

麦野はインデックスが上条に懸想している事を当然知っている。
インデックスと出会った時から既に上条と麦野は付き合っていた。
これがフルーツバスケットならばズルと謗る者もいるだろう。
それでも最初から勝ち目などないゲームにインデックスは乗ったのだ。

麦野「(……なんか上手く結べないわね。最近、また大きくなってきたし……食欲の秋だからって食べ過ぎたか?)」

服の中でほどけた紐ブラを脱がずに結び直すのはかなりの手間である。
本来、麦野とインデックスの関係性は絡まった紐のように複雑を極めていておかしくないものだ。
記憶を失い続けて来たインデックスの、『何度目かの初恋』を殺したのは麦野なのだから。
しかし――インデックスは先程のように沈み込んでいた自分をあんな風に励ましてさえくれたのだ。
誰かの涙の上に成り立つ笑顔しかない世界にあって、インデックスの笑顔は麦野が持てない唯一の力を秘めた微笑だった。

74 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:14:26.28 ID:1DwrXIIAO
〜10〜

甘い。とつくづく思う。それは誰かを踏み台にして得ている立ち位置より上から目線で御坂やインデックスに含む所がある私であったり……
そんな女特有の悲哀のナルシズムに浸っている私を、何くれにつけて楽にしてくれる御坂やインデックスに対してだ。
当麻、を軸にして成り立つ私達の歪なトライアングルに対してでもある。

麦野「(……そう言えば胸も張ってきたし、子宮に膨らんでる気がする。そろそろか?)」

上条当麻のいる優しい世界。そこに甘んじ甘えて甘ったれてる私はきっと、昔私が一番嫌ってたタイプの女になってる。
曰わく、恋愛さえ上手く行けばテメエの世界の全てが救われると勘違いしてる馬鹿女。
曰わく、思い人さえいればテメエの抱える全てが報われると思い違いしてるクソ女。

麦野「(……欲しくなるんだよねー……)」

捨てた物は金銭にも引き換え券にもなりゃしない。
代償にすらならず捨てるしか価値がないゴミだから捨てられるのだ。
どんなデカいトラウマ抱えてような悲劇的な過去があろうが、そんな免罪符は尻拭き紙にもならない。
幸福は不幸につく微々たる金利であって、不幸は即ち幸福への配給券になんてなりはしない。

麦野「(……ドロドロになりたいね。ドロドロにされたいなー……)」

人殺しの悪夢を見た後、死にたくなるような暗い想像を一人弄んだ後は決まって当麻が欲しくなる。
どこのビッチだと鼻で笑ってやりたくなる。抱かれりゃ安心して、寝れば納得するのか安っぽい女め。
自分でも思う。恐らくこの部屋にいる誰よりも私の性癖は病的だ。
電話の女に言われたような、人を殺す時のバカ高いテンションと人を殺した後のダウナー状態の落差の中××××するほどじゃないけどね。

麦野「(かーみじょうー……)」

そんな中、あんたに『欲しい』って言われるのが私は好きだ。
あんたが私の中で気持ち良いって言ってくれるのが好きだ。
貫かれる喜悦、飲み込む愉悦。私という観念の怪物が、一時母性の化物へと身を窶す瞬間がたまらなく好きだ。

麦野「お茶、持ってくわよ」

全員「「「「「「はーい」」」」」」

あんたに必要とされてるって、一番肌身に感じられるのが私は好きだ
75 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:16:45.10 ID:1DwrXIIAO
〜11〜

上条「ありがとうな、沈利」

麦野「熱いから気をつけるのよ」

御坂「(お茶も出来るんだ……)」

ロシアンティーとローズジャムを持って来た第四位の顔は穏やかだった。
良かった、何だかもう大丈夫みたい。まあ元々タフそうな女だし、変な気回すまでもなかったかもね。
でも……驚きの連続よね。これじゃまるでお嫁さんじゃない。
似合わないのに変に様になってるって言うか……

御坂「(でも明日の調理実習前はよせば良かったなー……なんかちょっと自信なくしそう)」

悔しいけど、料理の腕は私と互角かそれ以上だと思う。
顔もスタイルも能力もズバ抜けてる上にこんなスキルまで身につけてるだなんて流石の美琴センセーもちょっとへこむかも。
天は二物を与えず、って言うけど人間として色々欠けちゃいけないものを神様に取り上げられたようなこの女に……
あいつはこういう家庭的って言うか、意外なギャップにやられたのかしらね……ぶふっ!?

御坂「な……なにこれ……なんか入ってる!?」

麦野「ああん?……やばっ、カナミンのカップじゃない」

御坂「なんか……ポーッて……あったまる……みらいなあ」カクンッ

上条「ビリビリ?おいビリビリ!?」

青髪「くはー!こらけっこう効くでえ……ほとんどウォッカ割ってるのと変わらんわ」

雲川「確かにガツンと来るけど……ああカーッとする」

禁書目録「たんぱつ大丈夫?私のと交換する?」

うわ……なんかジワジワ来る……あっ、これお酒入りなんだ……
熱い……胸が熱い。顔が熱い。お腹が熱い。なんだろう……お酒ってこんなにキツいもんなの?
ヤバい……目回る……息まで熱くて……眠くないのに寝る前みたいなグラグラ来てる……

麦野「やっちまった……当麻ごめんお水持って来て」

上条「あ、ああ」

麦野「お子様の中坊にゃ刺激強過ぎたか……バルカンウォッカだしね」

あによー……おほひゃまおほひゃまころもあふふぁいひへぇ……あんららってわらひほよっふふらいひかいがわらいくふぇにー!

麦野「ダメだねこりゃ……仕方ない少し寝かせて」

ひれいなふひいる……ほのふひいるれあいふろほっふえにひゅーひらたろ?
まひにひまひにひまーひにひ……あいふとひゅーひてるろはほのほふひふあー!!


るるーい!!

76 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:17:44.83 ID:1DwrXIIAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ぶちゅううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
77 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:18:15.62 ID:1DwrXIIAO
〜12〜

麦野「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんー!!?」

御坂「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ♪」

その刹那、88度のバルカンウォッカ入りロシアンティーに倒れ伏した御坂が――
いきなり、介抱しようとした麦野の唇を奪ったのだ。制止はおろか反応すら許さない、挙動はおろか予兆すら感じさせない……
まさに電光石火の早業で瞬く間にキスされたのだ。

上条「」

ちゅく、ちゅるるるっ、じゅるるるっ……

青髪「Oh……」

禁書目録「Ah……」

御坂の桜色の舌が麦野の桃色の唇を貪るように重ね、奪い、食む。
逃がすまいとするように華奢な二の腕を首筋に絡めて固定し――
交じり、蕩け、溢れ、零れる粘着質な音が静止した部屋の中で響き合い、水飴を絡めるように一方的に。

御坂「あっ、んっ、あいふのあひふぁふるうっ……んっ、んんふっ、ちゅぱ、あいふとひふひたおふひにひゅーふるのぉ!」

麦野「んー!んー!!んー!!?」

丹念に、丁寧に、執拗に顔を傾ける麦野を上向かせて舌先を小突き、舌腹を絡め、舌裏を舐め上げ唾液を啜り飲む。
白井黒子が見れば鼻血を出すか血涙を流すかしそうな桃源郷がそこには広がっていた。
一方ノーマルな麦野からすれば地獄絵図も同然である。
上条など頭が真っ白になりコップがガシャンと取り落としてしまった。

全員「(ヤバい)」

御坂「あふんっ、んんっ、んちゅんむんっ……あいふの、ろうまの、はえひへぇー!!」

ちゅっ、にちゅっ、にゅるっ、ぬちゅくちゅぷじゅりゅりゅるるっ……ぽいっ

麦野「」

猟師に撃たれ地に伏した鬼熊のように横臥した麦野、ジュルリと舌なめずりし手の甲で拭う御坂の笑顔は輝いていた。
それに対しこの部屋にいる全員の笑顔は生暖かいまま凍りついた。
犯られる。殺られるのではなく犯られる。間違いなく今や絞りかすのように投げ捨てられた麦野のように。

御坂「ひゅーひちゃうんらぞー……」

雲川「まっ、待って欲しいんだけど。これは……んー!!」

御坂「わらひはられにれもひゅーひひゃうんらろー!!」ガバッ

雲川「いやああああああああああああああああああああああ!!」

78 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:21:33.12 ID:1DwrXIIAO
〜13〜

次いで、麦野に次ぐ年長者である雲川が止めに入ろうとして犯られた。
あっと言う間に制圧され、屈服させ、撃沈させられた。
揉みくちゃにされ凌辱され尽くし、物悲しく転がるカチューシャだけが取り残された。

雲川「」

禁書目録「助けて!とうま助けて!!とうまああああああああああああああああああああ!!」

御坂「らぁぁぁぁぁー……めぇぇぇぇぇ!!」ブチュゥゥゥゥゥ

上条「インデックスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」

加えて、四つん這いで逃げ出そうとしたインデックスはそのまま馬乗りに押し倒され蹂躙された。
飛び出したスフィンクスに猫の手も借りたいと伸ばした右手は空を掴むばかりであり、痙攣したように戦慄いた左手の指先がカーペットを掴んで力尽きた。

青髪「ええい僕も男や!逃げも隠れもせえへん!煮るなり焼くなり好きにし!むしろしてくださ……あばばばばばばばばばばうぼぁー!!」バチバチバリバリ!

御坂「ちらーう!」

そこで何故か襟元をキッチリ締め直して正座した青髪はキスではなく御坂の漏電によって戦闘不能に陥った。
食べかすのような麦野、吸いかすのような雲川、絞りかすのようなインデックスは兎も角――
青髪はお気に召さなかったのか食指が動かなかったのか、黒焦げのパンのようにされ倒れ込んだ。残るは……

御坂「cdhdgdgjt当麻jtjuwqmpmpmjmjmd好ujdmujauatata愛tagmhjgjmtmtmtmgmgmg!」

上条「(やべえ……やべえぞ!)」

そしてにじりよる笑顔のキス魔、もといヘッダの足りてない御坂は今やレベル6の頂に立っている。が

麦野「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

上条「(こっちもだー!!?)」

こちらも切り札である『光の翼』が暴発寸前の麦野が雄叫びと唸りと嘶きを上げた。
その鬨の声たるや聞く者の鼓膜を穿ち、吠える者の声帯を破り、轟かせた咆哮霹靂は――
一突きにて街中の硝子全てを木っ端微塵に破壊したという十字教の伝承の一つであるトレドの鐘に匹敵した。

麦野「ミサカコロス!レールガンコロス!!ダイサンイコロス!!!」

御坂「/AJMpj.atm麦野txajdmwm奪g.gjaxtgakxktathp戦jxahj!!」


相まみえる熊と猪。だがしかし――
79 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:22:18.40 ID:1DwrXIIAO
〜14〜

グビッグビッグビッグビッグビッ

上条「む、麦野さん……?」

麦野「はあっ……ハアッ」

そこで麦野が選び取ったのは……ジョージ・T・スタッグスの瓶に口をつけての喇叭飲みである。
88度のバルカンウォッカに酔っ払った御坂相手に素面でやり合っても勝てない。
ならばと71度のバーボンウイスキーを煽った麦野の取った策は――

麦野「……舌出せよ」

上条「(目が据わってる!!)」

麦野「やってやるよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

上条「アッー!!」

奪われる前に奪ってやる、という極めてシンプルな方策であった。
アルコールで御坂の感触を洗い流し、同時に上条で口直しと超能力者らしい合理的判断である。
というよりただ単に鬱屈していた真っ黒な情念が噴き出しただけなのだが

麦野「はんっ……ちゅっちゅるる……れろ、れろ、れろ……んはっ、はああっ、れるっ、れろっ、れるっ、れろっ……ちゅく、ちゅる、ちゅぱ……れろ、れろろ、れろろろっ……!」

上条「――!?」

御坂「ひああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

麦野「ちゅくちゅぷぷっ、じゅるるっじゅるる……ぴちゃっ、ぺちゃっ、にちゃっ……じゅるるる!……ちゅぱっちゅずずうぅ!」

上条「」

麦野「にゅるるるっ……んふっ、あふっ、ふうううん?ひもちひい?ひもちひい?わらひのおふひひもちひい?んちゅっ!じゅる、にゅるるる……ああっ、ああんっうんん、んくっ……じゅるるるるっ!ちゅゅうううう〜〜……ぷはっ!」

上条「」バタン

御坂「うわあああああぁぁぁぁぁんー!」

麦野「はあっ……ハアッ……楽勝だ、超電磁砲(レールガン)」

後退のネジを外した女の執念とテクニックが二人の明暗を分けた。
泣き崩れる御坂と、足が震え膝が笑っている麦野。
幼気な中学生の悪戯に対し、大人気ない遊び無しの復讐を遂げる麦野。
途中から明らかにトロンとした女の目になり、子供の前では絶対にやってはいけない舌使いでキスして。

麦野「最低でも××××××で×××××を×××××××出来るようになってから出直してきやがれこのクソガキが!!」

御坂「びえええええぇぇぇぇぇん!!!」

上条「不幸だ……」

以降、麦野が御坂にアルコール類を含む一切の物を出さなくなったのは言うまでもない――

80 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:24:27.34 ID:1DwrXIIAO
〜15〜

麦野「(最悪だクソッ!よりにもよって舌入れやがってクソックソックソッ!)」

上条「麦野……ま、まあ野良犬に噛まれたと思って」

麦野「テメエあの青頭に同じ事されてもそう言える?ああ?」

上条「すいません……」

麦野「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう」

その後……スキー場の上級者コース並みで機嫌を急斜角にした麦野は討ち死にした返事をしない屍のような面々の中……
上条の膝にその栗色の髪を広げて頭を乗せる枕代わりにしていた。
御坂はインデックスのお腹に頭を乗せて泣き疲れて眠っている。
恐らく目覚めた時には何も覚えていないだろうし覚えていてもらっては困るのだ。

麦野「胸は揉まれる、ブラは外される、女にキスされるわで私の今日の運勢最悪だわ。セクシー系担当ったって苦労させられ過ぎでしょうが」

上条「……お疲れ様」ナデナデ

麦野「五月蝿え」カミカミ

頬にかかる髪に触れて来る上条の手を捕まえ指に噛み付く麦野。
アルコールの微酔いも手伝ってか、頬が熱い。それ以外の理由も無きにしも非ずだが――

麦野「あんたには指一本触れさせない。あんたは私の男(もん)で、私はあんたの女(もの)だ」ガジガジ

上条「痛てててっ……歯立てんなって!」

麦野「舌絡めてやろうか?いつもみたいに……アーンって」

ベッ、と舌を出して上条の膝でゴロゴロする麦野。
慣れない来客にそれなりに気疲れしたらしく、全員死体になっている今誰の目を憚る事もない。
ニヤニヤと、『どっちでもいいよ?どっちに転んでも私の勝ちは動かないから』とでも言いたげな笑顔で。

上条「そんな悪い口は塞いでしまうかね?」

麦野「やってごらんなさい?出来るもんなら」

伸ばす指先が、甘噛みしていた手をさするように握り締める。
男特有の少し固い指先。指だけなら自分の方が長いが、それを支える掌が上条の方が大きかった。
それを感じながら麦野は縁取られた眦を閉ざし、柳眉を和らげた。

麦野「(不思議なもんね。きっと私、例えこのまま目が見えなくなっても――触れただけで、あんただってわかる気がする)」

キスする時の、閉ざされた暗闇を麦野は好んだ。
恐らくそれは、世界で最も優しい暗黒に他ならないと思えるが故に。
目蓋の内側で描く、愛しい男の輪郭を麦野は愛していた。
81 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:25:01.08 ID:1DwrXIIAO
〜16〜

麦野「こら。デコにすんなデコに。女はデコは出しても上げるのは嫌いなの」

上条「雲川先輩どうなんだよ……」

私にとって当麻はどんな存在かと人に問われれば、間違いなく『私を選んだ男』と答えられる。
同時にこいつは私が選んだ男でもある……出会い方が人に誇れるものでも、馴れ初めを人に語れるものでもないけれど。
顔はまあまあだし、性格もそう悪くない。レベルだ金だの話で言えば箸にも棒にも引っ掛からないこいつを好きになったのは――

麦野「女のデコって男よりちょっと出てるのよ。ほら触って比べてごらん」スッ

上条「……本当だ。気づかなかった」

麦野「あと生え際。私はいいけど嫌がる子もいるんだからね。まあそんな事したらブチコロシかくていだけど」

一度目は私の命を助けて、二度目は私の魂を救ったからだ。
他人から命綱を投げられてもそれを跳ねつけるくらい気位の高い私を……
他人に施しを受けるのも、他者に弱味を見せるのも嫌いな私の、はねのけた手ごと引きずり上げるから。

上条「しねえって。また夕方みたいにサンドバックにされたら上条さんの身体は持ちませんの事ですよ」

麦野「舐めて直してやろうかにゃーん?」

例えば私のして来た事の全てを神様が許してくれるとしても……
百回許されようが私は拒否する。千回赦されようが拒絶する。
だけど――もし、もし一万回拒否したその後でもし……

文字通り万が一、一万一回目に私が『助けて』と誰にも聞こえないような声でつぶやいたとして――
こいつはその一万一回目を、どんな絶望の闇と中と底にいても助け出してくれる、そんな男だからだ。

上条「……やめとく。我慢出来なくなるし」

麦野「お口が寂しいにゃーん……」

レベル0のくせにレベル5でも出来ない奇跡みたいな離れ業が出来る十字教の神の子みたいなヤツだとも最初は思ったけど……
付き合って見てわかった事はスプーンの一本も曲げられず、テストも赤点ばっかり。
基本的に面倒臭がり屋でマメでもないし、特別気が利く訳でもない。ベッドだと意外にSだしね。

上条「もうちくわはスフィンクスが食っちまったぞ」

麦野「ちくわより太いの持ってんでしょー?」

そんな欠点だらけで短所まみれの男に惚れた時点で、きっと私の負けだ。
そして――勝つ気も失せてしまった。こいつの側が心地良過ぎて。

82 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:27:12.84 ID:1DwrXIIAO
〜17〜

無能力者(レベル0)の腕の中、今も私が頬ずりし、甘噛みし、指繋ぎする右手。
幻想殺し(イマジンブレイカー)とこいつ呼ぶ掌。
私の剣(原子崩し)を打ち砕き、私の盾(闇)を切り崩し、私の鎧(心)を剥ぎ取った右手。
この街でレベル0、という言うのは優に全体の過半数を占める――言わば落伍者だ。

私自身、無能力者など歯牙はおろか一瞥すらくれずに生きて来た。
ライオンは足元を通り過ぎて行く蟻になど気にもとめない。
何故なら視界に入らないから。視野に入ろうが視点を過ぎろうが視線を跨ごうが認識にすらしない。

稀に、でもないけれど噛み付いて来るドブネズミはいる。
例えば破落戸(スキルアウト)。しかしあくまでドブネズミはドブネズミ。
大型であろうが小型であろうが所詮は繁殖力しか取り柄のない――
学園都市のモルモットにも研究施設のマウスにもなれないドブネズミ。

ドブネズミはしぶとい。コンクリートにだって穴を開ける。
そのくせに数時間おきに食べなきゃ餓死する。
インデックスだってまだ我慢出来ると思うわ。
あとは絶えず二十種類近くかそれ以上の病原菌を住み着かせた身体。

私はドブネズミとスキルアウトの関係性を戯れに重ねて合わせて見る。

なるほどね。まずヤツらはATMや金庫をぶち破るスキルを持ってる。
次に誰かしらの敵か、はたまた金を持って歩いてる弱っちいエサがいないと成り立たない。
能力者を敵と見做す薄っぺらい大義、その上で正当化した理由がなきゃ悪事も働けなきゃ組織も維持出来ない。
能力者への憤怒、憎悪、嫉妬、羨望、殺意、敵意、悪意……病原菌みたいに巣食う悪感情。

成る程?確かにドブネズミらしいわ。言葉遊びのこじつけがこんなにしっくり来るとむしろ笑えてくる。
窮鼠猫を噛む、という例えもこれまたぴったり当てはまる。
あくまで猫を噛むだけで勝てる訳じゃない。当麻と出会った時のスキルアウト連中もそう――
ネコ科はネコ科でも、あいつらはネコとライオンを見間違えた。

なら――当麻はどうなんだと言われれば、当麻はただ当麻としか私にはもう言えない。
私というネメアのライオン(怪物)を打ち倒したヘラクレイトス(英雄)と思った事もある。
ヘラクレイトスは三日間かけて怪物を絞め殺したが、当麻は三度の死闘の果てに私をネメアの谷から引きずり上げた。

私が好きな星座占いの、よく知られた獅子座のエピソードのように。

83 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:27:43.60 ID:1DwrXIIAO
〜18〜

青髪「うう……電撃責めなんてマニアック過ぎるでえ……でも僕ァ(ry」

雲川「……こんな刺激的なのは初めてのカウントに含みたくないけど」

禁書目録「ナニモオボエテナインダヨ?ワタシハ……ワタシハー!!」

麦野「あっ、起きた」

上条「みんな……本当にすまなかった……」

御坂「ZZZZZZ……ZZZZZZ…」

麦野「……忘れましょう。今日の事はここにいる人間だけの秘密って事で」

全員「右に同じ(や)(だけど)(なんだよ)!」

と、麦野と上条が一頻りイチャついている中続々とヴァルハラの門から、黄泉の国から、エデンの園より三人が帰還した。
青髪は何故かやられる前よりツヤツヤとし、雲川はカチューシャを直しつつ、インデックスは完全記憶能力に障害をきたしていた。
上条はバルカンウォッカを多分に含んだ紅茶のカップを期せずとも取り違えてしまった事を平身低頭で謝罪していた。
麦野もまた酔っ払って眠り込んでしまった御坂を見て頭を悩ませていた。

麦野「仕方無い……当麻、こいつ歩けるようになったら私の家連れて行くわ。タクシー拾えばすぐだし」

上条「いや、でも……」

麦野「このキス魔部屋に置いといて、翌朝キスマークだらけにされたあんたの身体に原子崩しぶち込むような真似したくないからねえ?」ギロッ

上条「ひいっ!?」

麦野「(あーこいつのせいでこいつのせいでこいつのせいで)」

さっきから御坂のゲコ太ケータイがひっきりなしに振動している。白井黒子からの着信である。
麦野も麦野でやや責任を感じているのか、仕方無いので常盤台には急遽第三位第四位の合同実験でも入ったとでも適当に言い繕ってやろうと考えた。
どの道、微かと言えどアルコールの匂いがする状態で常盤台などに連れて帰っても面倒事に巻き込まれるだけだ。それに――

御坂『あんた、本当はあの写真みたいに笑える人間なんだからさ、もっと自分出してもいいと思う。だってもったいないじゃない!せっかく美人なんだから』

麦野「(……なんで極悪人の私が、こんな偽善者みたいな真似しなくちゃいけないのよ……あー頭の中のイライラが収まらねえ)」

――麦野沈利は誰であろうと借りを作る事を嫌う人間である。
ハーブのディルに対しSBCモカをおごったように――
『大嫌い』だと『認めている』からこそ、『対等』でありたいのだ

84 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:30:29.37 ID:1DwrXIIAO
〜19〜

麦野「起きろクソガキ。明日の生ゴミに袋詰めで出してやろうか?」

御坂「う〜〜ん……むりのひゃーん?」

……ったく。こいつのへそ曲がり加減はホント筋金入りだよな。
本当は自分が他人にどう見られてるか気になって仕方ねえクセに、自分を悪く悪く見せるんだよな沈利のヤツ。
なんつうか、小銭がジャラジャラうるせえとか言って募金して、それを『ありがとう』って言われると本気で不機嫌になるタイプつーか……

青髪「雲川先輩〜〜女子寮までお送りしまっせ〜〜」

雲川「別に良いんだけど。送り狼になられても困るけど。すごく。噂になっても嫌なんだけど。割と本気で」ササッ

青髪「ほんまに嫌がられてる!!?」

……こいつ、何でも出来るけど本当は不器用なヤツなんだよな。
人に努力してる所見られると嫌がるし、誉められても受け流すし……
誤解を招いても平気そうな顔して、実は顔に出さないだけで悩んだりしてるし。

禁書目録「じゃあゴミ出しはとうまにお願いするんだよ。私、洗濯機するから」

麦野「本当に出来るー?」

禁書目録「もう出来るんだよ!見くびらないで欲しいんだよ!」

なあ沈利。お前よく馴れ合いは嫌いとか、群れ合いは反吐が出るとか言うけどさ……
お前は一人でも平気そうだけど、独りで大丈夫なヤツなんて一人も居ねえって。事実俺がそうだしな。
お前(恋人)がいなくなったりインデックス(家族)がいなくなっても……
御坂(友達)がいなくなっても青ピ(親友)がいなくなっても雲川先輩(先輩)がいなくなっても……
誰一人欠けても俺は『不幸』だ。逆に一人も欠けなきゃ俺は『幸福』なんだ。

上条「――なあ、みんな」

全員「?」

御坂「ZZZZZZ……ZZZZZZ……」

――この先戦争が起きる。これはきっと避けられねえ。
もうガキの喧嘩の、街の事件のレベルなんかじゃ済まないってのもわかってる。
――俺には足りてねえものの方が多い。この先どうなるのかどうするのかもわからねえ。
だけど、だけど今この時だけはせめて――俺は願いたい。強く、強く。

上条「――記念撮影、じゃねえけど一枚撮らねえか?」

今ここにある笑顔が、もう一度巡り会えるその日を――俺は刻みつけたい。

85 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:30:56.74 ID:1DwrXIIAO
〜20〜

御坂「ZZZZZ……ZZZZZ……」

上条「あーこりゃ起きねえなホント……でもビリビリだけ抜かすのも可哀想だしな」

麦野「鼻毛でも書いてやりゃ良いのよ」

青髪「“肉”も捨て難いでえ」

雲川「どうする?もういっそこのまま撮ってみるのも面白いと思うけど」クスクス

禁書目録「また一枚、思い出が増えるんだよ!」

スフィンクス「にゃー!」

インデックスの膝枕の上でバルカンウォッカ(88度)&ローズジャム入りロシアンティーに倒れ眠りこける御坂。
それを高い所にデジカメをタイマーにセットし終え頭をかく上条。
愉快そうにその寝顔を見やる雲川、さらにいつもと変わらぬ笑い目を更に細くする青髪。
そして――スフィンクスを抱っこして上条の隣に寄り添う麦野。

麦野「こいつにとっては人生初のあられもない酔っ払い姿だね。せいぜい見返して身悶えするんだね」

青髪「あれもうウォッカ入りジャム言うかジャム入りウォッカですやん。中学生があんなん飲んだらそらひっくり返るわ」

雲川「私もあれは正直効いたんだけど。もうキスがあってもなくても寝たかも知れないくらい強烈だったんだけど」

上条「……まあ、何があったかは黙っててやろうぜ。疲れて寝ちまったって事にしてさ」

皆が御坂を見下ろしていた。あの地獄絵図を引き起こしたとは思えないほど微笑ましく可愛らしい寝顔を。
一日だけ通う学校を跨いでのお食事会、高校生に混じって参加した中学生、一様に皆同じ事を感じていた事であろう。

雲川「超電磁砲だ第三位だ常盤台のエースだ名前は良く聞くけど」

麦野「寝ちまえばただのガキよ、ガキ。起きてたら上にクソがつくガキだけどね」

青髪「でも寝顔はほんま可愛いもんやでー」

禁書目録「お酒臭い天使、だね」クスクス

上条「本当だよなあ……って」

麦野「(じゃあインデックス、こいつ私が連れて帰るから当麻よろしくね)」

禁書目録「(一緒に寝てもいい?)」

麦野「(いいわよ。貸すだけだからね?)」

禁書目録「(りょーかいなんだよ!)」

上条「やべえタイマータイマー!映る映る映る!」

青髪「えっ」

雲川「なっ」

麦野「はっ」

禁書目録「へっ」

上条「おっ」

スフィンクス「にゃーん」



パシャッ



全員「「「「「最後くらいちゃんとやれー!!」」」」」



こんな夜があったって良いではないか、と――

86 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:31:42.98 ID:1DwrXIIAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第三話「Lily of the Valley」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
87 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:33:55.25 ID:1DwrXIIAO
〜21〜

麦野「おらおらしっかりケツ振って歩けよお子様の中坊。ブチ込まれもしてねえのに腰抜かしてんじゃねえぞクソが」

御坂「うう……まだ頭クラクラする……身体フラフラする」

麦野「また寝やがったら路地裏のドブネズミどもの穴空きチーズに化けてもらうよ。テメエみたいなガキでもな、使える穴があって溜まってるもん吐き出せんならなんだって良いんだよ。男なんてもんはさ」

お食事会の後、麦野は御坂に肩を貸しながらセーフハウスを目指し路上を行く。
とうに最終下校時刻は過ぎ、電車もバスも出払い、出歩いているのはアンチスキルとスキルアウトくらいである。
そんな中を見目麗しい女二人で歩いているのだ誘いを振り撒いているようなものだが――
学園都市第三位、第四位を前にすればレイプツリーより先にキリングフィールドが出来上がる事請け合いである。

御坂「麦野さん言葉使い汚いよう……女の子はそんな下品な事言わないのお……」

麦野「家の育ちは良いんだが、親の育て方と私の育ち方が悪かったもんでねえ?品なんてもん母親の子宮に置いて来たわ」

御坂「子宮なんて……いやらしいー!!」

麦野「(あーあ……当麻と二人っきりになれなかったなあ)」

とんだ厄介者を背負わされる羽目になった、と麦野は酒精の残滓を引きずる甘い吐息と共に歎息した。
口の中のメロン&バニラミントのガムを噛みながら、火照る頬に吹き抜けて行く夜風が心地良い。
どうせなら御坂と言わず上条と月光浴と洒落込みたい所だったが……

??「うっ、ううーん……」

麦野「……女?」

あいにくと月夜が照らし出したのは、金属製の郵便ポストに熱烈な抱擁の半ばで敢え無く石畳に転がる女であった。
それも無機物に対する求愛なのか髭の濃い伴侶にそうするようにスリスリと頬擦りしていた。
一見すると大学生のように麦野には見て取れた。白のシャツに黒のスラックスとシンプルな出で立ちだが――
それなりに金のかかっているバッグを投げ出し、微睡んで見えるその姿に麦野は奇妙なデジャヴを覚える。

麦野「(……ロシブ、スケール、Az、エルモ……香水はゼロプラ……わかんねえよ。飲んでる私でもわかるくらい酒臭いぞこの女……)」

最初は靴と時計から目が行ってしまったが、そのだらしない寝顔に麦野が覚えた既視感……それは

御坂「お母さん……?」

麦野「!?」

最悪の形で的中した。

88 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:34:27.03 ID:1DwrXIIAO
〜22〜

美鈴「美琴ちゃーん!どうしたのこんなところでー!」

御坂「ママこそどうしたのこんなところでー?パパにいーつけちゃうんだぞー」

美鈴「ママは保護者会の会合の帰りぃぃぃぃぃ!ちゃーんとパパにも言ってから来たから心配ないもーん」

御坂「いーけないんだーいーけないんだー!パーパーに言ってやろー!!」

御坂・美鈴「「アッハッハッハハッハッハハッハッハ!!」」

麦野「」

背丈が違う、プロポーションが違う。そのクセ顔立ちが鏡写しのように瓜二つ。
大きい方の十数年前が御坂に、御坂の十数年後がこうなると言った強い遺伝子と血と絆の結び付き。
ステレオとモノラルで重なり合う笑い声の周波数……
否定されても疑いないほど親子の間柄を確信させるに足るその邂逅。

美鈴「んんー?美琴ちゃーん?もしかしてお酒飲んでるー?……ママはそんな不良娘に美琴ちゃんを育てた覚えはありませーん!!」

御坂「飲んでないもーん!飲んでないもーん!!お母さんこそまたこんなに酔っ払って……パパまた泣いちゃうよー!!」

美鈴「酔ってないもーん!酔ってないもーん!全然酔っ払ってなんてないだもーん!!」

美鈴・御坂「「アッハッハッハハッハッハハッハッハ!!」」

麦野「(どうなってのよこれ……私まで酔ってねえよな?)」

ならば何故外部の人間が中に?と疑問に思えば保護者会の会合だと言う。
この時麦野の頭脳はアルコール以外の成分によってその働きを阻害されていた。
二人に増えた酔っ払いの、馬鹿に陽気な大笑いによって。

美鈴「うぁぁー……美琴ちゃーん、そっちの人先生?娘がいつもお世話になってますう。母の御坂美鈴ですぅー!!」

麦野「先生!!?私そんな年じゃねえよ!!!」

美鈴「こんな格好でどうもすいませーん……ひっく……」

麦野「謝るポイントそこじゃねえよ!!」

御坂「ともだちー」

麦野「友達?誰が?おい御坂ァァ!!」

美鈴「どっちも」

御坂「みさか」

美琴・御坂「「はーい(はぁと」」タッチタッーチ

麦野「二人いっぺんに返事すんな!!確かにどっちも御坂だけどさあああああ!!」

御坂・美鈴「「アッハッハッハハッハッハハッハッハ!!」」

麦野「テメエらの笑いのツボがわかんねえんだよォォォォォォォォォォ!!!」

89 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:36:28.51 ID:1DwrXIIAO
〜23〜

二日酔いなどした事がないほどアルコールに強い麦野だが、頭の中のイライラ以上に痛みが収まらない。
前門の酔っ払い、後門の飲んだくれである。勝算も勝機も勝敗もへったくれもない。
関わり合いを持ったのがそもそも間違いだったのだと麦野はブチ切れ寸前の青筋を指先でほぐしながらかぶりを振る。

麦野「(決めた。捨てて行く。襲われるなりゴミ漁りの野良猫と仲良くなるなりするんだね)じゃあ、私はそういう事で……」スタスタ

御坂「待てー!」ガシッ

美鈴「こらー!」ヒシッ

麦野「ぐあっ!?」ビターン!

が、酔っ払い二人を捨てて踵を返そうとした右足を御坂に、左足を美鈴にすがりつかれ麦野はもんどり打ってつんのめった。
足腰の強さ(色んな意味で)に自信と定評のある学園都市第四位が、完全に酔っ払い二人の手玉に取られている。
思い切り顔から叩きつけられ、強かに秀麗な眉目を打ち付け、軽く涙目に陥るほどに。

美鈴「美琴ちゃんのお友達なんれしょー……友達置いて逃げてんじゃねー……」

麦野「だから友達じゃないって言ってるでしょうが!御坂どけ!どけぇぇぇぇぇ!!」

御坂「むぎのさんの身体柔らかーい……あったかーい……離れなーい!!」

麦野「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

蟻地獄に落ちた甲虫のように足掻き、身体を返して後退る麦野に御坂がのし掛かり腰回りにしがみつく。
すると御坂を引き剥がそうと顔を手で突っぱね、腕尽くで引き剥がそうともがけども――

美鈴「おいちょっと、つれないわねー。生意気なおっぱいー」モミッ

麦野「ひゃうっ!?」

美鈴「おおー?感じやすいねー……そんな声出されたらもっとしたくなっちゃうぞー!」モミモミモミモミモミ

麦野「ああぁっ、は、離せよお……ああっ、もう、やめっ、やめて……あっ、あぁんん、いやぁ……もっ、もうっ、ダメぇ!」

美鈴「生意気なおっぱいにはお仕置きらー!私だってねー、水泳でこのたゆまぬ91センチのおっぱい鍛えてるんだぞー?んんー?この感じは紐かー?紐かー?おっきいからって締め付け嫌がったら垂れちゃうんだぞこのー!!」

御坂「ずるーい!むぎのさんもお母さんもずるーい!私にも分けろー!捧げろー!いいわよぉ……まずは!その生意気なおっぱいをぶち転がーす!」

麦野「いーやー!!!!!!」

麦野沈利、再起不能(リタイア)―――

90 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:36:56.11 ID:1DwrXIIAO
〜24〜

美鈴「改めましてっ。御坂美琴の母っ、御坂美鈴ですっ。趣味は数論の勉強ですっ」キリッ

麦野「(趣味=酒だろ。もう御坂美鈴の後に“酒”ってつけなよ)」

長い格闘の末、御坂美鈴はようやく酔いが醒め、正気を取り戻し、我に返り、何事もなかったかのように自己紹介を始めた。
それを麦野は電話で呼び出したタクシー待ちの間、近くにあったコンビニで買ったミネラルウォーターを口にしつつ受け流していた。
さんざん揉みくちゃにされた胸が切なくて仕方無く、今度からこの母娘と関わり合いになるのは止めようと固く心に誓って。

麦野「(詩菜さんと全然違うタイプね……ああ早く帰りてえ)」

美鈴(酒)「あ、あははは……美琴ちゃんも不可抗力とは言えお酒飲んでひっくり返っちゃうだなんて……血は争えないわねえ」

麦野「(当麻まだ起きてるかしら……ケータイケータイ……)」

一応、年長者として御坂に飲ませてしまった事に関して詫びる所は詫びた。
が、友達でも何でもない知り合いの親と話が弾むほど人間が出来ているでもない麦野は――
最近買い換えたVertuの携帯電話を弄る事に意識を向けていた。
待ち受け画面は夏の終わりにエントリーしたプリチューコンテストで優勝した時の上条とのツーショットだった。と――

美鈴「あら?」

麦野「はい?」

美鈴「貴女、上条くんの……?」

麦野「……そうですけど?上条を知ってるんですか?」

美鈴「(あちゃー)」

そこでつい悪意なく目が行ってしまった高級ブランドの携帯電話の待ち受け画面を目にして御坂美鈴は顔を手で覆った。
大覇星祭の折、美鈴が目にした美琴の一方ならぬ思いを寄せる少年と眼前の女性との関係。
同時に酔っ払いというこの世で一番厄介な人種を家に連れて帰ろうとするほどの仲でありながら『友達』ではないというその言葉。
御坂と麦野の年齢を足してようやく達する年嵩を経て来た『大人』はすぐさま全ての内情を把握した。

美鈴「(美琴ちゃん……最初に覚えたお酒の味が自棄酒はよくないわ)」

麦野「あの……?」

美鈴「あ、ああ何でもない、何でもないわ」

恐らく娘は叶わぬ恋に身を焼いているか、あるいは適わぬ相手に挑んでいるか、そのどちらかであると。
自棄酒云々は美鈴の的外れな想像であったが、それ以外は全て的中していたのだ。残酷な事に

91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/14(木) 21:38:40.84 ID:mrDucSwE0
御坂・美鈴・妹達・打止・番外「アッハッハッハハッハッハハッハッハ!!」×10000

恐るべき光景を幻視した
92 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:39:34.72 ID:1DwrXIIAO
〜25〜

美鈴「そう……貴女が詩菜さんが言ってた……“むぎのしずり”さん?」

麦野「はい。詩菜さんとお知り合いなんですか?」

美鈴「同じプールジムのお友達なの。知り合ったのは大覇星祭の時なんだけどね」

麦野「(あの時か)」

大覇星祭が行われた際、麦野は機を逃さず上条の両親に挨拶し――
なんとその後学園都市内を案内までして見せるという抜け目ない行動をとっていたのだ。
特に『相手方の母親を味方につければ9割勝ったも同然』という、女特有の合理的判断を麦野は容赦なく行使した。
この辺りがどんなに大人びていても中学生の御坂と……
生き馬の目を抜く仁義も信義も大義もへったくれもない、上条のフラグを折り続ける戦いに身を投じ続けた麦野との絶望的な経験値の差である。

美鈴「そっかあ……貴女がねー」

麦野「(面倒臭い女……)」

美鈴「詩菜さんが言ってたわ。とってもいい子が当麻さんと仲良くしてくれてる、って。よく話してるの」

麦野「(似た者親子ってか)そうなんですか?」

美鈴「ええ、子供達の事なんかよくね。最近だと学園都市が危ないから、どうにかして連れ戻せないか……なんて暗い話題も多いけどね!だいたいいつも貴女達の事よ♪」

御坂「スー……スー…」

最近、回収運動があって今日もその保護者会の集まりと陳情に……
と続ける美鈴の膝の上には未だに眠り続ける御坂の姿があった。
麦野はそれを見下すでもなく、表面上は普通の顔をしながら冷めた眼差しで見やる。

麦野「(無理よ。この瓶詰めの地獄からは誰も逃げられない)」

そんな事は無理だと。逃げて安全な場所など学園都市に限らずどこだろうとそんなものはないと――
口には出さずミネラルウォーターと一緒に言葉を飲み込んだ。
麦野はそんな自分を心底性格の悪い女だと静かに自嘲した。

麦野「(親子揃って人が好いというか……おめでたい連中。死刑囚の釈放運動の署名の方がまだしも確度が高い話よ、それは)」

麦野はこの学園都市の闇を知っている。知り過ぎているが故に――
美鈴や、それを取り巻く保護者らの運動が何一つ実を結ぶ事なく終わると予見していた。
最悪、無駄な実をつけて学園都市から養分を吸い取るような枝は『剪定』されると――

美鈴「ねえねえしずりちゃん?お姉さんと電話番号交換しなーい?」

麦野「!!?」

思った矢先、思わぬ矛先が麦野へ向いた。

93 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:40:12.81 ID:1DwrXIIAO
〜26〜

麦野「いえ、そんな……いきなり」

美鈴「ええー美琴ちゃんの番号もアドレスも知ってるんでしょー?私一人仲間外れー?」

麦野「ええ、まあ……(インデックス絡みの時に教えられたからな……ああクソッ、この女やりにくいったらない!)」

美鈴「じゃあやっぱり美琴ちゃんとお友達だ♪ねえねえ美鈴さんも仲間に入れて?若い年下の友達欲しいなあー?」ワクワク

麦野「……どうぞ、赤外線使えます?」

美鈴「おっしゃー!!年下の綺麗どころげっとー!!」ダキシメッ

麦野「抱きつく意味ねえだろうが!!酒抜けたんじゃねえのかよ!!」

美鈴「だってーこーんな美人見たらテンション上がっちゃうっしょー?これならパパにもやましい事ないし♪ぶはー」

麦野「酒臭ッッ!!」

普段世の中を斜に構えて見、自分や人間に冷ややかな目を向ける麦野にとってこの手のタイプは苦手なのだ。
十重二十重に張り巡らせた有刺鉄線を易々と乗り越え、完全武装した重鎧の上から抱き締めて来るような……
曰わく、インデックスのような人たらしとは異なりながら通じるタイプが。

美鈴「でも良かった。帰る前に美琴ちゃんの顔見れて。常盤台に問い合わせても保護者だってのに教えてくれないの。黒子ちゃんに聞いても第六位との合同実験でいないとか言うしさー。今日がダメならまた明日来た時でいいかなーって諦めてたからちょっと嬉しかったかも」ポチポチ♪

麦野「(第六位!?いや待て、私はまだ手を回してないぞ!?誰だ……第六位って誰なのよ!!?)」

美鈴「それに……」ピピッ

その時赤外線通信による電話番号とメールアドレスの交換を終えた美鈴が――
行方不明の学園都市第六位(ロストナンバー)の名を耳にし驚く麦野に対して――

美鈴「―――良かった、貴女みたいないい子が美琴ちゃんの友達にいてくれて」

麦野「!?」

美鈴「少し安心しちゃった。この子、同年代かそれ以上の友達って私の知る限りいなかったから」

麦野「……いや、だから」

美鈴「だって私初めてみたわ。美琴ちゃんが不可抗力とは言えお酒なんて飲んで、誰かとお食事会して、こんなにぐっすり眠っちゃうくらい遊び疲れて寝てるなんて」

麦野「……ケンカと悪口ばかりですよ。お互い顔合わせる度に」

美鈴「――それだっていいものよ?」

94 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:42:34.31 ID:1DwrXIIAO
〜27〜

美鈴の放った言葉と声音の響きはまるでこの夜風のように穏やかだった。
絶えずささくれ立った圭角を針鼠か山嵐のように突き立たせる麦野の鋭角さを――
そっと、あたたかいタオルで包み込むような優しさを秘めていた。
『優しさ』『穏やかさ』『柔らかさ』を忌み嫌う麦野の感性をもってしてもはねのけられないほどに。

美鈴「この子の友達も何人か知ってるわ。白井黒子ちゃん、初春飾利ちゃん、佐天涙子ちゃん……みんないい子よ、とても」

麦野「――でしょうね」

麦野が嫌う、ひだまりのように優しく綺麗な世界。
馴れ合いだと、群れ合いだと、凭れ合いだと鼻で嘲笑う集まり。
麦野はとどのつまり――『誰かにとっての優しい世界』が大嫌いなのだ。
それは励ましてくれたインデックス、促してくれた御坂など……『自分にとっても優しい世界』が許せないのだ。

美鈴「でもその中で……悪口を言って、喧嘩をするって事は――本音を言って、本気でぶつかれるって事じゃない」

麦野「それは……!」

美鈴「それはもう、あの子達とも違う形での“友達”だと私は思うわ。こうして、介抱もしてくれ―」

麦野「違うっっ!!」

美鈴「………………」

麦野「……あっ」

御坂「むにゃむにゃ……」

その時一瞬、麦野は地金を晒した。出会ったばかりの赤の他人に。
上条当麻以外に見せた事のない、抜き身の脆い素顔が出てしまった。
麦野は否定したい。自分には愛した男がいて、それは今眠っている少女が恋をしている相手だ。
そんな……そんな間柄を、友達などと呼ぶ傲慢が麦野には受け入れられなかった。
麦野は元々高慢な性格である。しかしそれだけは許せなかったのだ。

美鈴「あはっ。やーっと本当の顔してくれた♪」

麦野「……な」

美鈴「美鈴さんもさー結構努力してんのよー。毎週屋内プールでばしゃばしゃ泳いだり、風呂上がりには体中に保湿クリーム塗ったくったりしてさあ。でもねー」

しかし――そんな頑なだった麦野の頬に、美鈴がピトッと手を添えた。
まだアルコールの残る顔をにまぁ……っと笑顔に変えて。

美鈴「その憎たらしいくらいピチピチの十代の素顔……もっと大切にしなよ?」

麦野「……!!」

美鈴「さっきまでのクールな顔より、ムキになった今の顔の方が素敵だよーん?うりうり♪」

今の麦野では真似の出来ない――『大人の笑顔』でツンと、麦野が打ちつけた鼻頭を押した

95 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:43:03.05 ID:1DwrXIIAO
〜28〜

美鈴「じゃあしずりちゃんー!美琴ちゃんを頼んだよー!マブダチ同士の約束ー」

麦野「……さっさと行けば?運転手さん、出して」

美鈴「あーんしずりちゃんツンツンしすぎぃー!デレが足りないぞデレがー」ナデナデ

麦野「……はい」

運転手「出しますね」

美鈴「よしよし♪美琴ちゃん、まったねー♪」ブロロロー

御坂「すー…すー…すー…」

頭撫でんじゃねえ。なんだって言うのよ今日は。やってらんないわよ。
胸から顔からベタベタ触りやがって。片目の塞がったボクサーみたいな距離感で、耳の聞こえない水牛みたい突っ込んで来て。
――どいつもこいつも、誰も彼も。私を甘やかすな。優しくするな。

麦野「……行ったようね。二台目来るまであと三分か」

御坂「すぴー……くかー……」

麦野「……一卵性親子め」

親子揃って同じ事言いやがる。振り返って見れば今日は最悪だ。
いきなり家に団体客、キス魔に犯られる、酔っ払いに胸揉まれる。
その上御坂の母親と変な話はする羽目になる。セクシー系担当のノルマの他にフラグと不幸まで重なって――

マヨエー!ソノテヲヒクモノナドイナーイ!ピッ……

麦野「あっ、もしもし……当麻?」

上条『おう、着いたか?』

麦野「あと二分でタクシー来る」

上条『そうか……やっぱり俺行った方が良かったか?俺なら御坂おぶってけたし』

麦野「いいの。私がイヤなの」

上条『……ったく。焼き餅やきだよなあ、お前』

麦野「私とあんたのお母さん似てるんでしょ?多分性格も似てると思うんだよね。特にそういう所」

上条『って事は俺も将来父さんみたいに……はあ……』

麦野「不幸?」

上条『――いや、最高に幸せじゃねえか。それ』

だんだん、私あんたに似て来た気がするよ。そういう所がさ。
つくづく……つくづく、生温くって、甘ったるくて……
もう責任取れよ一生かけて。お前のせいだぞ私がこんなになったの。

麦野「――よろしい。ご褒美がてら夜のお供に私の下着姿の写メでもプレゼントしてあげようかにゃーん?」

上条『ばっ、馬鹿野郎!!』

麦野「冗談よ冗談。ガッカリしたー?」

――私を、こんなに優しく殺しやがって

上条『――おやすみ、沈利』

麦野「おやすみ、当麻――」

おやすみ、私の当――



御坂「――は……吐きそう……かも……うぷっ」



ちょっ……ここで吐くな御坂ぁぁぁぁぁあ!!

96 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:45:03.78 ID:1DwrXIIAO
〜29〜

運転手「あっ、赤信号か……最近やけに多いな?」

美鈴「(う〜んあれが麦野沈利ちゃんかあ……美琴ちゃーん、ありゃ相当手強いぞー?)」

あちゃー……走り出した途端赤信号なんて先行き悪いなあ……
保護者会の回収運動の話し合いも、その足で行った陳情も上手く行かないし……
レポートもやんなきゃいけないのにこんな時間まで自棄酒しちゃったわよん。
私もまだまだ若いつもりだったけど、年々弱くなってる気がするのよねえ……

美鈴「(詩菜さんが“私の若い頃にそっくりな娘なの”って言ってた意味がちょっとわかったかもね)」

美琴ちゃんがお腹にいる間からいざ生んでおっぱい終わるまで飲まずにいてからかな?
だんだんだんだん弱くなって来たのって……べっ、別に年々酒量が上がってるとかそんなんじゃないんだからね!うん。
さっきのプールバーでだって……まあ、ね?たしなむ程度たしなむ程度

美鈴「(ふふふ……美琴ちゃーん?諦めちゃダメよー美鈴さんも応援するからね)」

仕方無い、今日は仕切り直してまた明日来よう……
あれ?断崖大学のデータベースセンターってそう言えばどこだったっけ?
あーまあいいやー明日には明日の風が吹くー!にゃははははは!

美鈴「(でも……あの美琴ちゃんがねー……あーあ、親子で飲めるまであと六年かあ)」

そのくらいになれば多分おっぱいもでっかくなって背も伸びて……
美琴ちゃん生まれた時に助産婦さんに言われたっけ。
『失礼ですが、お母様より美人になりますよ』って。
あったりまえじゃなーいパパと私の自慢の娘なんだもん。
ただ……ボーイフレンドはまだわからないわねえ。
ケンカ友達で恋のライバル……うーん若いっ。青春してるわ。

御坂『おえええええっ!』ビチャビチャ

麦野『私のコートに吐くなぁぁぁぁぁ!』

あーあ……こんな聞こえて来るぐらい仲良くケンカしちゃってまあ……
でも大丈夫。しずりちゃんが詩菜さんに似てるなら、私に似てる美琴ちゃんもきっと仲良くなれるはずよ。

美鈴「……ああ言うの見ちゃうと、連れ戻すの心苦しくなっちゃうわね……親として」

運転手「はい?」

美鈴「あっ、こっちの話よこっちの話。ささっ、やっとくれー」

ああ、お月様が高いわねえ……もう秋だものねえ……んっ?

バサァッ……

美鈴「……何かしら?あれ」

97 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/14(木) 21:45:41.15 ID:1DwrXIIAO
〜30〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
垣根「いつまで飛びゃいいんだよ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
フレメア「駒場のお兄ちゃんが見つかるまでー!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
美鈴「―――子供と……天使―――?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――仰ぎ見るはタクシーの窓、浮かぶは揺蕩う月、その中で踊るは獅子とウサギの影二つ―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
98 :作者(酒) ◆K.en6VW1nc :2011/07/14(木) 21:47:13.96 ID:1DwrXIIAO
これにて第三話投下終了です。レスをありがとうございます。それでは失礼いたします
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/14(木) 21:49:38.76 ID:9bnw0Us00
乙!

安心の内容と投下量ですな
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/07/14(木) 22:07:22.31 ID:FXZD6+F90
才能ってあるところにはあるんだな。映像が目に浮かぶよ。 
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/14(木) 22:21:35.26 ID:6S220HCDO
言うほど面白くないな
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) :2011/07/14(木) 22:22:00.11 ID:M42LfjiAO
リアルタイムで読めるとか感動します!!

上麦の中で一番だと思うです!
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/07/14(木) 22:50:12.05 ID:FpGt3p3AO
これ読んでさ、他の上麦じゃ物足りないの>>1
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/14(木) 23:30:50.95 ID:fuAkXHFS0
垣根は何をしてるんだwwww
シリアスな場面だったのに思わず吹いたww

なにはともあれ乙です
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/15(金) 07:26:37.15 ID:GMamfvwIO

ていとくん面倒見いいなwww
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/15(金) 14:18:42.97 ID:S9KOlIyLo
>>91
こええええええええええええええ!!!!!

そして乙ー
嫉妬深い女の子は大好物です(キリッ
107 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:26:44.66 ID:PXVe/j9AO
〜1〜

今日は朝からついてなかった。まず寝言で違う女の名前を呼んだらしく眉毛のない女に家を叩き出された。
次に腹になんか入れるために立ち寄ったベーカリーで、前から口説いてたウェイトレスにメルバトーストのバターを塗った側を床に落とされた。
昼は昼でナンパした女教師にストロベリーサンデーをかっさらわれた。

夕方には呼び出した科学者がドタキャンしやがった。
何でも付き合ってた男が第七学区で交通事故にあったらしい。
お互いにとってご愁傷様だ。やっぱり男付きの女はロクなヤツがいねえ。

極めつけは待ち合わせ場所に停めてたブースタの八九年モデルを煙草買いに行ってる間にパクられた。
百円ライターみたいに乗れなくなったら捨てるつもりだったが――
それでもパクられたってのはムカついて仕方ねえ。どうせスキルアウトの連中だろうな。

仕方ねえからモノレールに乗って徒歩で帰ろうとしたのが極めつけだった。
まずたかが霧ヶ丘付属『程度』のガキが車内でツバ撒き散らしてアホ丸出しで喚き散らしてて寝れたもんじゃねえ。
次に絡まれてたガキンチョが必死こいて食い下がってやがったから――

垣根「――なんで俺がこんなヒーローみてえな真似しなくちゃならねえんだ……」

フレメア「?」

垣根「何でもねえよ……」フー

朝からのストレス解消がてら、クソ五月蝿え目覚まし時計をぶん殴る要領で喚いてたガキをシメた。
でもって今、その助け出したガキンチョと一緒にロシアンレストランで飯食ってる。

垣根「フー……」

何の事はねえ。今夜会う予定だった女が来れなくなって、キャンセルすんのも面倒臭えから連れて来た。
ここは前からよく食いに来てる。従業員が今日の俺が何色の髪の女を連れて来るかで賭けをしてるか知ってる程度には。
だが女に土壇場でフラれたって噂が立つのと、小学生のパツキンロリ連れてくんの……
どっちが悪い噂が立つかもう少し考えてくりゃ良かった。

フレメア「煙草って美味しい?大体、どんな味するの?」

垣根「苦えよ」

フレメア「苦いのは美味しくないよ?大体、そんな身体に悪くて美味しくないものどうして吸ってるの?」

垣根「それが人生の味だからだ」

フレメア「ふーん」

その連れて来たガキンチョは、サワークリームがクドいビーフストロガノフから弾いたグリーンピースくらいどうでも良さそうに受け流した。
モノレールの件といい、不貞不貞しいガキだ。

108 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:27:21.09 ID:PXVe/j9AO
〜2〜

垣根帝督とフレメア=セイヴェルンはロシアンレストラン『Раскольников(ラスコーリニコフ)』の一角にてディナーをとっていた。
店内は貸し切りにされており、テーブルの上でのキャンドルを除いて極力光源が抑えられ……
奏でられるアルモニカより流れるチャイコフスキーをバックに、聞こえるか聞こえないかの睦まじい会話に耳を傾けるのが垣根の常であったが――

垣根「(腹に手当てて“お腹が鳴りそうで鳴らない”だあ?こんな歳からひねた言い方しやがる)」

フレメア「臭い」

垣根「あ?」

フレメア「煙草、臭い。大体、ご飯食べてる時そんなの吸っちゃダメ。お行儀悪いんだよ」

垣根「(しかもガキのくせしておふくろみてえな事言いやがる)」

Ermenegildo Zegnaのスーツを着こなし、ソブラニーのブラックルシアンを吹かす垣根の出で立ちはどう見ても――
どう贔屓目に見てもNo.2あたりのホストか学生ヤクザかにしか見えない。
固くなり過ぎないようモード系のキレイめにしているが――
どう見ても女を食い散らかす事にも飽き果てた人間としての暴力性や危険性が見る者が見れば一目瞭然である。が

フレメア「ダメ」パシッ

垣根「おいっ!」

フレメア「ダメ」ジュッ

垣根「〜〜〜〜〜〜!!?」

唇から煙草をもぎ取られ、灰皿にねじ込まれても垣根は怒るに怒れない。
それはフレメアが怖いもの知らずなせいもあるが――
垣根は『一応』敵ではない一般人に寛容たれという己の流儀を子供相手に曲げられない。
ましてや喫煙を咎められて怒鳴り散らしてはただの悪党ではなく小悪党以下だ。

垣根「(くぅおんのガキがぁ〜!!)」

フレメア「大体、そんな臭いの吸ってたら女の子にモテないよ?キスしてもらえないよ?」

垣根「(ちっ……どっかの頭のイカレたライオン女みてえな真似しやがって)」

垣根にとって思い出したくもないが、かつてプールバーで一人飲んでいた女がおり……ナンパ待ちか?と思い声をかけたところ

『煙草臭えんだよ、腐れホスト。キャッチかますなら財布と股の緩い女かどうかの見分けぐらいつけとけ、ボケが』

と頭からバーボンウイスキーをぶっかけられ大恥をかかされたのだ。
それ以降、その栗色の髪の女とは会っていない。

109 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:29:22.87 ID:PXVe/j9AO
〜3〜

フレメア「ふう。大体、お腹いっぱい」

垣根「グリーンピース残ってるぞ」

フレメア「大体なんて言わないで全部あげる」

垣根「女ってテメエのいらなくなったもんしか寄越さねえよな」

垣根は女は嫌いではないがフェミニストではない。
仕事の中で必要に迫られれば女子供であろうとこのテーブルのキャンドルを吹き消すように殺す。
垣根は人を食って生きている学園都市の闇に住まうライオンなのだ。が

フレメア「そんな事ないよ?ありがとう、悪いお兄ちゃん。助けてくれて、ご飯食べさせてくれて、ごちそうさまでした」

垣根「さりげなくグリーンピースから話題逸らして打ち切りやがった。なんてえガキだ」

後に出会う少女がバンビなら、この少女はウサギだった。
あの適度に薄暗いプールバーで出会した美女がメスライオンならばの話だが――
垣根はその女が奇妙に印象強く残っており、その理由の一つには

『一度会えば偶然、二度逢えば必然って言うけどね――二度目にそのツラ見せたらブチコロシかくてい。消えろ、二度目が今にならない内にさ』

垣根「(喫煙者だろうが非喫煙者だろうがあんなイカレた女と釣り合うようなヤツがいんなら俺は禁煙を賭けてもいい)」

恐ろしいまでの気の強さ、折れない鼻っ柱の高さがありありと見て取れる美貌だった。
その性格異常か人格破綻の具合を差し引いてなおお釣りの来るプロポーション。
垣根としてはもう少し足の細いタイプがお好みなのだが、そこは目を瞑れた。

目を瞑れないのはグラスを傾ける所作に反比例してあまりに品のない言葉。
猫は家で飼えるがライオンをベッドには引き込めない。そういう事だった。
垣根をしてあんな万年生理不順のような女が絆されるとすればそれは――

垣根「(それこそ全てを許せるような男か、はたまた全てを引きずり上げられるような男か)」

垣根の思考回路に、重責を負ってまで抱え込みたい女などいない。
垣根の行動様式に、重荷を担ってまで救いたい女などいない。
学園都市を、統括理事長を、第一位を――天から地の底に投げ落とされてまで叛逆を決意した剣に生きる者の両翼は己しか背負ってなどいない。
酒も煙草も女も車も――そんなものは垣根の闘争にあっての息継ぎ、まさに灰になって落ちるまでの短い一服に過ぎないのだから。

110 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:29:51.73 ID:PXVe/j9AO
〜4〜

フレメア「ねえねえ悪いお兄ちゃん」

垣根「ん?なんだ煙草吸っていいか?」

フレメア「それはダメ。ねえ、大体、どうして私のあの時助けてくれたの?」

垣根「しっかりしてやがる……ああ……煙草吸わしてくれたら教えてやるよ」

フレメア「それもダメ。でも教えて?」ウルウル

垣根「そんな歳から上目使いで媚びるんじゃねえよ。そうだな……お願いしますにゃあ、とでも言ったら答えてやるよ」クックック

フレメア「please(お願いします)、にゃあ」

垣根「そこだけパブリックイングリッシュで発音すんな。しかもにゃあの位置がズレてるぞ……まあいい、教えたら煙草吸わせろ」

フレメア「いいよ」

だがしかし――そんな垣根も時に気紛れを起こす時がある。
それは苛立ちの捌け口代わりにフレメアを助け出した今のように……
そして、かつて土砂降りの雨の中街を彷徨っていた少年の運命を決定づけたように。

垣根「――昔……つっても三カ月前かそこらだったか、テメエみてえになんかに打ち拉がれてたガキを見つけた。男だ」

フレメア「……うん」

垣根「なんかとっぽい感じでよ。女のあしらい方もテメエの扱い方もろくすっぽわかってねえようなただのガキだった。そいつがどっかの女を傷つけたのなんだのって……正直、たかが女一人なんかに何マジになってんだコイツ?って思った訳だ」

上条さん、と名乗り垣根の『帝督』を『提督』と間違え『艦長さん』などと呼んだ少年。
オシャレ、と呼べそうなギリギリのラインはウニのように逆立った無造作ヘアのみ。
女慣れなどまだまだ、と言った具合の朴訥さ……そして真摯さを垣根は感じた。

垣根「だがな、こうも思った。こんな不器用な男に少なからず想いを寄せた女が後ろにいて、男も憎からずその女を思ってる……笑えるだろ?金払わねえでコント見てる気分だった」

垣根は話のわからない馬鹿、話してもわからない馬鹿を嫌う。あの霧ヶ丘付属の学生のような。
しかし――何かをしでかしそうな馬鹿は嫌いではなかった。

垣根「……乗ってやったんだよ。昔行ってたたプールバーのナインボールと同じだ。この男って玉を突いてやりゃあ、その後ろにいる女も巻き込まれてポケットに入る。文字通り収まるべき所へってよ。それもあと一押しで」

フレメア「―――………………」

垣根「俺は女に優しいからな。たまーに」シュボッ……

111 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:33:14.16 ID:PXVe/j9AO
〜5〜

――そう、垣根は上条と麦野の関係を最初から最後まで知らぬまま……
最も二人から遠い位置にいて、二人の背中を後押ししたのだ。
それは230万分の1の天災と、32万分の1の天才と、10万3千冊の魔導図書館の未来を――
誰も、本人も、そして統括理事長、果ては神さえ知らぬままこの暗部の皇帝はやってのけたのだ。

フレメア「うん。大体、わかった」

垣根「……惚れるなよ?あと十年したら相手してやっても」スー……

フレメア「――悪いお兄ちゃんは、その男の子を好きになっちゃったんだ?」

垣根「ゲホッゴホッブホォッ!!?」

フレメア「良かった。“ろりこん”のお兄ちゃんだったらどうしようかと思ったけど……うん、私、そういうの大体差別したりしないから」ガタッ

垣根「椅子引いてんじゃねえよ!!俺の好みは足の細くて品のある女だ!!」

フレメア「うわー、しょっぱーい。にゃあ」

垣根「理解力と学習能力が釣り合ってねえよ!マジでムカつくな最近のガキは!」

どや顔で金のフィルターを咥え黒の紙巻き煙草を吹かしていた垣根がむせかえるのも無理はない。
断っておきたいがここは上×麦スレである。断じて濃厚な上×垣スレなどではないし交差もしなければ物語も始まらない。
そんな事をすれば能力者が魔術を使うようなダメージが心に残る。未元殺しなんて誰が得をするんだ誰が。

垣根「さて……メシも食った事だし、俺は帰るぞ」

フレメア「逃げた。会話打ち切って逃げた」

垣根「引っ張るな!!“大体”、テメエこれからどうすんだ?最終下校時刻過ぎてるぞ」

フレメア「“学園都市第二位垣根帝督のお兄ちゃんにモノレールからさらわれて、ご飯おごるからってこんな時間まで引っ張り回されました”って警備員に保護してもらう」

垣根「」

フレメア「“にゃあって言わされて、お兄ちゃんはそんな嫌がる私の側で美味しそうに煙草吸ってました”って(ry」

垣根「よし送ろう。俺は女に優しいから」ニコッ

フレメア「キモい」

垣根「本当にいい加減にしろよこのガキ!」

姉譲りの心理戦を展開するフレメア(無能力者)が垣根(超能力者)に勝った。
フレメアは内心『大体楽勝ね、レベル5』などと思いながら――


フレメア「じゃあ、もう一回私を“助け”て?」

垣根「!?」

にっこりと、それはもう砂糖と蜂蜜と煉乳をまぶしたような笑顔でフレメアは小首を傾げた
112 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:33:43.09 ID:PXVe/j9AO
〜6〜

そして――

垣根「いつまで飛びゃいいんだよ!!」

フレメア「駒場のお兄ちゃんが見つかるまでー!!」

垣根「ああ愛されてんな駒場の兄ちゃん!俺は学園都市二位だぞ!?未元物質(ダークマター)垣根帝督だぞ!!?それがなんだって別の男に会いに行くアッシー代わりなんだよ巫山戯けんじゃねえ!」

フレメア「学園都市の皆さーん(ry」

垣根「くぅおんのガキがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!」

『おえええええっ!』ビチャビチャ

『私のコートに吐くなぁぁぁぁぁ!』

垣根「人生最悪の夜だクソッタレがァァァァァァァァァァァァ!!」


垣根は何者も背負わないと決めた背中にフレメアを跨らせて月夜を舞う。
フレメアをして『電話もメールも繋がらないなら会いに行けばいい』との事らしく……
下界からは誰かがゲロをブチ撒ける音から品のない叫びまで聞こえる。
上条とフラグを立てた者にとっては誰もついていない日である。

垣根「ったく……こんな真っ暗闇で、いくら空からったってそう簡単に見つかる訳が……」

駒場らはスキルアウトである。薄暗い路地裏、深いこの夜の闇の中から見つけ出すのは困難である事は二人ともわかっていた。
彼等は衛星による監視を嫌って、ボロ布を繋ぎ合わせたようなバリケードまで張り巡らしている。しかし

フレメア「……私達は、ゴミなんかじゃない」

垣根「………………」

フレメア「もしゴミだって言われても……大体、そのゴミの中から無くした指輪を見つけるみたいに……」

垣根「(……ったく)」

フレメア「――私にとっての、大切な人に、会いたいの――」

垣根「(――女ってのは、つくづく理屈の生き物じゃねえなあ)」

女は言葉じゃ納得しねえ――そうかつて上条に言って聞かせた言葉がそのまま跳ね返ってくるのを垣根は感じた。
小さくとも、幼くとも、フレメアは『女』なのだ。
垣根は『女』が嫌いではない。その情念は時に禍々しく、そして無垢で、浚えない底にある星の砂である。と――

ヒュウウウウウ……トンッ

垣根「ああ?」

その時……上空を行く垣根の鼻先に――達するはずのない高度に、秋風に舞い上げられた――

垣根「――紙飛行機」

フレメア「……ん?」

テスト用紙で折られたような紙飛行機が鼻先に当たり、墜落し、垣根が一時飛行を止めた。

すると――

113 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:36:16.52 ID:PXVe/j9AO
〜7〜

重力に従ってヒラヒラと落ちて行く紙飛行機……
垣根は思わず誰のイタズラだと視線を紙飛行機に向ける。
つられてフレメアも紙飛行機の向かう先をジッとその碧眼で見やる。

「…………ん?」

その翼の折れた白い鳩のような紙飛行機が一人の男の顔に落ちる。
舞い散る雪の一片のように、降り注ぐ羽の一枚のように。
天からの贈り物のような――その赤点の答案用紙で折られた鳥が

駒場「―――……舶来!!?」

フレメア「駒場のお兄ちゃん!!」

垣根「――嘘だろ……」

なんと……墜落して行った先、コンビニの駐車場でレッドブルを飲んでいた駒場の顔に落ち……
見上げた駒場が満月を背に、垣根の背中から手を降るフレメアを見つけたのだ。
垣根があの紙飛行機にぶつかって空中で静止しなければ……
誰が欠けても、何が足りていなくても……起こり得ない奇跡のような邂逅、遭遇、再会……

垣根「ははっ……おいおい。コントじゃなくてラブコメかクソッタレ!」

フレメア「いいから早く!早く下りて!」ペンペン!

垣根「痛え!痛えって!」

駒場「……舶来!!」

フレメアが垣根の頭を叩く。まるで背を屈めない躾の悪い馬を鞭で叩くお姫様のように。
徐々に高度を下げて行くフレメアへ駒場が両手を伸ばす。まるで野獣に姿を変えられた皇子のように。
垣根が頭を低くし背中を屈めて翼をはためかせて行く。まるで分かたれた二人を手引きする従者のように

フレメア「お兄ちゃぁぁぁぁぁーん!」フミッ

垣根「ぐえっ」

駒場「……お前、どうしてここに」

そしてフレメアは垣根の背中を踏み台に、涙の浮かんだ目尻を笑みに変えて駒場の首に抱きついた。
対する駒場は戸惑いを隠せない。一日中『作戦行動』の指揮を執り、やっと今日初めての食事にありつこうと立ち寄ったコンビニで……
フレメアからの連絡さえ、身の危険が及ぶ可能性を考えて断っていたにも関わらず――
出会ってしまったのだ。メルヘンな天使を従えて夜空から舞い降りて来たフレメアに。

垣根「……見せつけてくれるぜ。こちとら女に袖にされたばっかだってのによ」

駒場「……俺の身内が悪い事をした」

垣根「いいって事よ。なあ――」

そこで……フレメアをキャッチした駒場が、踏み台に使われた垣根を見やり――
垣根もまた、自分を踏み台にしてまでフレメアが会いたかった男を見上げた。

114 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:37:28.39 ID:PXVe/j9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
垣根「――スキルアウトのリーダー、駒場利徳よ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
115 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:38:34.42 ID:PXVe/j9AO
〜8〜

駒場「……俺を知っているのか」

垣根「あんた、自分のタッパ考えろよ。そんなデカいナリしてりゃイヤでも目につくぜ」

駒場「……舶来を、案内役に使ったのか?」

垣根「よせよ。俺はテメエを消せなんてオーダーを受けた覚えはねえし、消しに来たんならもっとスマートにやる。ライオンは狩りと縄張り争い以外で無駄な殺しはやらねえもんなんだよ」

フレメア「?」

刹那、漂う緊張感が駒場より放たれたが垣根はこの夜風を受けるように涼しい顔でそれを流した。
暗部の皇帝と路地裏の帝王、街の闇と街の影に住まう者の顔合わせ。
その二人の上空を通過する、学園都市の夜間飛行船が巨影を落として行く。

駒場「………………」

垣根「そう構えんなよ。せっかく連れて来てやったドゥルシネーアがビビるぞ」

駒場「……敵でないにせよ、敵となる可能性のある者の前で開襟をくつろげて、とは行かんだろう?ましてやライオンの檻を目の前にしてはな」

垣根「学園都市っつー風車に挑むドン・キホーテっててか。安心しろ、今日の俺の役回りはロシナンテだ」

駒場「……見た目の割に教養がある事は理解出来た。あいにく、サンチョパンサも今出払っていてな。やると言うなら引く理由がないがやらんと言うなら突き進む意味もない」

垣根「お互いにな」

フレメア「?。何のお話?」

垣根「何でもねえよ」

――そう、垣根と駒場が目指す場所はある種似通っている部分がある。
駒場が『花火』を以て『学園都市の現実』に反逆するならば……
垣根が『ピンセット』を以て『学園都市の真実』に叛逆すると言った具合に

駒場が学園都市の警報レベルを引き上げて目的達成を狙うならば――
垣根は学園都市の警戒態勢を親船最中に矛先をそらせて目標達成を狙う。
どちらも『陽動と混乱の中に己の意志を示す』という点も、また。

垣根「おい、なんかおごれよ。ガキ乗せて飛んで来た運賃代わりに。初乗り一万円のところが破格の大サービスだぜ」

駒場「……初対面だと言うのに、教養はあっても常識が致命的に欠けているな」

垣根「安心しろ。自覚はある……まあ」

そして垣根は去り行く飛行船を振り返り仰ぎ見る。まるで敵を射抜くような、鋭い猛禽類の眼差しと共に――

垣根「――今日のMVPは、人をダシに使ってツラも出さねえムカつく銀月の騎士ってとこか」

この場にいない、第三者を睨み付けた。
116 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:40:33.12 ID:PXVe/j9AO
〜9〜

青髪「怖あ……この距離やったら絶対見えてへんはずやのになあ……ライオン並みの鋭さやね、さすがスペアプラン(学園都市第二位)」

雲川「……で?わざわざ私をツテに貝積から飛行船を借り出してまでしたかった事が紙飛行機遊びか?伊達や酔狂にしては度が過ぎると思うけど第六位(ロストナンバー)」

青髪「その呼び方やめてえな!僕には青髪ピアスって名前があるねんよっ」クネッ

雲川「気色悪い真似をするな。だいたいそれは偽名だろう?紙飛行機の次はお前が飛びたいのか?紐無しバンジーとか刺激的だけど」ニヤリ

青髪「あっすいません僕調子乗ってました調子乗ってましたほんますいませ……ンアッー!」

雲川芹亜は首を傾げていた。帰路の途中、いきなり『飛行船貸して下さい!』と自転車を貸してくれと言われるのと同じ調子で頼まれたのである。
この――書庫(バンク)からさえ抹消された、公式に行方不明扱いになっているはずの学園都市第六位(ロストナンバー)からの依頼によって。

青髪「はひー……ふひー……し、死ぬか思うた」

雲川「(結局、私にもこいつが何者かわからないんだけど)」

雲川芹亜は学園都市上層部の内一人のブレーンという地位と人脈を持っている。
故に土御門元春のような多重スパイや上条当麻の監視役も当然知っている。
その雲川を以てしても青髪の能力も所属もは依然不明のままなのだ。

青髪「冗談キツいですわ……“サービス残業”や言うても、ここで死んだら保険とか誰が受取人なりますねん?おかん?」

そう、訳がわからないのだ。六月にバイクを盗んで停学、今日の謎の交通事故騒ぎ、先程の常盤台への根回し、今は垣根帝督に紙飛行機をぶつける事……
雲川の明晰な頭脳をして推理の糸口が掴めない。青髪が動いたという共通項しか見いだせないのだから。

雲川「話す気はないのか?先輩を使うだけ使って何も言わないとか可愛くないんだけど」

青髪「すいませんそれ無理ですわ。人に話したら“特異点”が“破局点”になるんで……今度店のフルーツサンドおごりますんで勘弁したって下さい」

雲川「メロンとラフランスもつけたら許してやるけど?」

青髪「くはー!」

かなわんなー、これでまたモンテカルロのピアスが遠のく……と青髪は歎息した。
パン屋の住み込みはもらいが少ないのだ。労力の割にと。

117 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:41:34.69 ID:PXVe/j9AO
〜10〜

危なー……ほんまにケダモノ並みのセンサーの持ち主やねダークマター。
鷲の目と翼、獅子の身体を持つグリフォンっちゅうとこかな?
こない言うと格好ええけど――グリフォンには二種類おんねん。

一つは王家の財宝と紋章を守る白銀のグリフォン。
もう一つは天界の復讐の女神の馬車を引く漆黒のグリフォン。
あと一週間もしたら白銀と漆黒のグリフォンは共食いを始めんねよね。

それも独立記念日に。狙ってやったんならまるで革命家や。
叛逆と革命なんちゅうんは小萌先生の補修よろしく紙一重。
正義なんて人ぶん殴るのに都合のええ理由付けがあるかないかや。

せやけど――あの金髪ロリ小学生はまだここで死ぬ運命にはないんよ。
せやから出血大サービスでちょっとオマケさんつけてあげたかったてん。
筋書きの変わらん終わりが待っとるんやったら、せめてこないな優しい夜があったかなかったかでその後はエラい違いや。

僕は、そこんとこの感性まで機械みとうになりたあないねん。
あの最悪の魔術師で最高の科学者は僕の能力に神託機械(オラクルマシーン)なんて名前つけよったけど――
んなもん知るかい。絶滅危惧種の甘ロリ美幼女の最後の夜くらい、好きな男と一緒にいさせてあげたいやん人情的に。

なんや計算複雑性理論がどうのこうの、計算可能性理論がなんとかかんとか……
要するに僕の能力は抽象機械による預言を可能とする存在とか言う話らしい。
要するに世界の果てを見通す望遠鏡、世界の終わりを見透かす顕微鏡みたいなんが僕の能力。

戦闘力0やけど、滞空回線やの樹系図の設計者見る限りそれなりに有用な技術転用出来るみたいにやね僕の力。
そのおかげでpoint central 0のカミやんと、0次元の極点のメルトダウナーのお目付役みたいになってる。

アホちゃうか。ネクタイ締めたエラいおっちゃんらとビーカーに引きこもっとるおっさんの都合で――
人の命右から左へ流されたらたまらんわ。この街嫌いやないけどそういう所好きになられへん。
せやから足元でやいのやいの回収運動や花火や暗部抗争や起きるんや。
あの逆様の魔術師、僕の頭見て魔術的要素か?言いよるセンスが気にいらん。

まるで超機動カナミンの悪役みたいで、ゾッとせえへんわ。
118 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:43:38.47 ID:PXVe/j9AO
〜11〜

ヒーローは元々悪役がおらんと存在価値も存在意義も存在理由もクソもない。
僕は――別にカミやんに学園都市やのやれ世界やのを救うヒーローになって欲しい訳でもない。
ただ一緒に補習受けて、今日みたいにご飯お呼ばれして、どんちゃん騒ぎ出来る友達やからおるんや。

なあ最悪の魔術師。自分、この間自分のいっちゃん大切な友達切ったやろ?
なあ最高の科学者。自分の命を救ってくれた恩人まで捨てたんやろ?
なあ最低の人間。AIM拡散力場の集合体にかて友達は出来るんよ?

せやから――僕は今日、敢えてフレメア=セイヴェルンが巻き込まれた事件にちょっとだけ手貸した。
あのちっこい女の子が、未だバラバラの三人を近い未来結びつける。
あんさんが馬鹿にしくさってる、『人間の絆』があんさんを討つ第一歩になんねん。

妻から娘まで捨てたあんたが、最後捨てたもんに復讐される。
唯一の助けに、無二の救いに、なったかも知らんもんにあんさんは自分で手切ったんや。
――僕は、そないなあんさんを世界で一番かわいそうな『人間』思う。

なんぼ寿命を延ばそうが、病を克服しようが、死を超越しようが――
そんなもんを生きてるなんて僕は思わへん。僕から言わせれば『死んでへん』だけや。
生きる事に前を向いてへんで、死ぬ事から逃げ回っとるだけや。

あんさんはフラスコから出たら死ぬホムンクルスや。
真理を解き明かそうが、摂理をねじ曲げようがなにしようが……
人は自分から逃げられへんよ。この甲板に伸びる、月に照らされた僕等の影みたいに。

ダークマターが僕を銀月の騎士言うんなら、あんさんは月に憑かれたピエロや。
泣き方笑い方も忘れてまうから、そないな男か女か子供か老人かもわからん顔になんねん。
帰る故郷の匂いも思い出されへん、月を足場にした可哀相なピエロ。

なあアレイスター・クロウリー。あんさんがこうやって誰かと食事を囲んだんは……
人間を超越したんやない。人間を捨てる前に過ごした人間として生きとった頃のあんたは何年前になる?
百年か?千年か?それともほんまに千七百年前から生き取るんか。

僕とあんさんの違いは、誰かと食ったメシの味を知っとるかや。
自分の手から作ったパンを食べる誰かの笑顔を知っとるかや。
笑かしてくれる友達がおるから、僕はあんさんみたいにならんのや。

あんたが捨てたもの全部抱えた男に――あんたは負けるんやで

いつの日か、必ず――

119 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:44:11.17 ID:PXVe/j9AO
〜12〜

雲川「…………ほう」

雲川は青白い月を目指すように闇夜を渡る飛行船の甲板より、秋風にカチューシャで纏められた黒髪とプリーツスカートをそよがせていた。
手摺りに凭れ掛かり、珍しく糸のように細い笑い目を開いて黙り込んでいる青髪を見やりながら。
それは歎息というより感歎と呼ばれる成分が多分に含まれた、曰わく瞠目と共に吐き出されたそれ。

雲川「(男というものはどいつもこいつも、ある瞬間バチっと女を立ち入らせない時があるけど)」

それは雲川をして『無血開城』と言わしめた上条当麻もまた時折見せる横顔の評価に似ていた。
それは麦野をして『一番魅かれて、一番遠い背中』と評されるものだった。
雲川をしてさえ計れない青髪の胸の内。何年何組に属しているかさえ明かされない少女よりも謎めいた眼差し。

雲川「(まるで、届かない月に手を伸ばしている気分なんだけど)」

雲川は青白い月に向かって手を伸ばす。古来より『不可能』『ありえない』との代名詞たるブルームーンに。
広げた手指の間より射し込む月明かりに細める眼差し。そこに重なるもう手の届かない上条当麻の笑顔。
その笑顔がもう、あの暗部上がりの女のものになってしまった事を雲川は今日改めて理解した。

雲川「(私には、秋の夜が長すぎるけど)」

行くべきではなかった。常と変わらぬ飄々とした己を保つのに精一杯で。
行って良かった。最後に上条と二人ではないが皆と写真が取れて。
焼き増しを頼んだ。最初で最後の一緒に映った写真。これでいい、これでいいと自分に言い聞かせた。

雲川「(――私はこの月を、次は誰と見上げるんだろう)」

次、この月に重ねる笑顔は誰だろうと――考えた雲川の答えはもう間もなく出される事になる。
それは上条とよく似ていながら、全く異なる笑顔を宿した誰か。
生憎と、その男が背負うは月輪ではなく日輪という違いこそあれど――

雲川「フルーツサンド、ちゃんと奢れよ。約束なんだけど」

青髪「はいは〜い。メロンからラフランスからチェリーまでありまっせ〜」

風を受けて回るあのプロペラのように、逆風の中にあっていや増すばかりの勢いのその男との出逢いは、もう少し先の話――

雲川「――――――………………おやすみ」

空に空いた穴のような月が、瞳の中で滲んでぼやけた


120 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/15(金) 23:45:06.13 ID:PXVe/j9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第四話「月に叢雲 花に風」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
121 :投下終了です :2011/07/15(金) 23:47:08.22 ID:PXVe/j9AO
主人公とヒロインが出てない……orz以上、ていとくん→青ピ→雲川先輩でした。では失礼いたします。よい休日を!
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/15(金) 23:50:18.00 ID:RQtzldPvo

それにしてもかっこよすぎだろ、垣根さん。(この垣根さんはていとくんとは呼べない)
でも、この後、あの子とくっつくのかと思うと、にやにや笑いが止まりません。

もちろん、雲川先輩と彼も。あのカップル好きです。
根性男、今回出てくるんですかね。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/07/16(土) 00:06:23.97 ID:HCISfHBHo
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/16(土) 00:51:30.32 ID:43gMIgSno
乙ー
しかしここまで「魅せる」文章もなかなか素晴らしい…

ていとくんゼニアのスーツ着てるのかいww高校生のくせにwwこちとらブリオーニのスーツ一着しか持ってないというにwwチキショー
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/16(土) 01:03:16.05 ID:BZDpiEB+o
幻想物質って書いたら途端にキラキラしてこないか!?


おえ…
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/16(土) 06:21:06.77 ID:mzY97EUB0
おつー
金で黒ってソブラニーしかあらへんやんww
フレメアに勧めたのはカラフル?
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/07/16(土) 20:58:15.00 ID:ROXqbWkH0
乙。
あれ?駒場って死んだんじゃなかったっけ?生きてたのか。
128 :作者 ◆K.en6VW1nc :2011/07/17(日) 17:21:58.31 ID:3guX2yCAO
>>1です。第五話の投下は21時からになります。では失礼いたします……
129 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:05:13.39 ID:3guX2yCAO
〜1〜

いつだったか、この小便臭え小娘に聞かれた事がある。

御坂『どうして、アイツが危ない事に首突っ込むのを止めさせないの?』

その時は適当にあしらって鼻で笑ってやった。テメエには一生わかりゃしねーよってね。
解は心の中にあれば良い。答は胸の中にあれば良い。
私とテメエの間にある断崖に、架け変え可能な橋なんてどこにもありゃしないんだよ。

御坂『アイツの事、大切じゃないの?』

大切よ。大切過ぎて秘めた胸が息苦しくなる。大事過ぎて負った背が重苦しくなる。
何度投げ出したくなったか、何度逃げ出したくなったか、何度泣き出したくなったかわかってもらいたいとも思わない。
アイツが突っ込む首の根を押さえつけて、手足に鎖でも繋いでやれば良かったなんて地点はもう通り過ぎた。
御坂、テメエが考えたのは私が考えるのを止めた場でとっくの昔に通り過ぎた所なのさ。

麦野『私とテメエの履いてる靴の違いよ、超電磁砲(レールガン)』

当麻がそこにいるから助けるんじゃない。私がここにいるから助けるんだ。
私がいれば、死の危険がせいぜい生の困難さにまで引き下げられる。
それしか出来ないんだ。テメエが思ってるような皆救われるハッピーエンドのために、アイツが助けて回らなきゃならないストーリーに――
私は噛み砕いた奥歯ごと反吐の一つも吐いてやりたいんだ本当は。

麦野『テメエはせいぜいコンクリート踏みしめてそっから伸びてる花でも探すんだね。犬の小便ひっかかた小汚えタンポポでもさ』

私はアイツに助けを求める人間全員が大嫌いなんだ。
どうして死んで然るべき力しか持てねえヤツらのために私の男が傷つかなきゃならない。
どうしてそんな当麻を見ながら私がこそこそ陰で泣かなきゃいけない?
めでたしめでたしでピリオドの打たれた物語の後に、病院のベッドで痛みの熱と寝返り一つで開く傷口に苦しむアイツと向き合わされる私の気持ちが一体誰にわかるってんだ!!

御坂『――最低』

私が当麻の傍にいるのは、私自身が当麻から逃げ出さないためだ。
私は二度と助けられる側に回らない。例え私であったとしても。

麦野『はっ、ご愁傷様』

――誰かを救って回るこいつを、もう誰かが守ってあげたっていいでしょう?
でもね御坂……あんたじゃダメだ。あんただけはダメなんだ。これだけは譲れない。

例え……最も敵に近い私の――――と認めていても

130 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:05:43.72 ID:3guX2yCAO
〜2〜

御坂「ん……」

『押さえつけられたものは必ず反発するわ自由を求めるのが人間の性だもん。いくら頑張って良い子ちゃんしてても、悪い子をねじ伏せることはできないの……』

麦野「どうしようもねえビッチだなこいつ。どうにかしてやりなよチャックさん」

御坂「……あれ?」

日付が24時に差し掛かる頃――御坂美琴は麦野沈利の部屋のベッドにて目を覚ました。
その寝ぼけ眼に最初に飛び込んで来たのは見知らぬ天井ではないクイーンサイズのベッドの天蓋。
そして大画面のテレビに映る海外ドラマと思しき映像の光が、水の入っていない水槽に反射されて目映いほどだった。

御坂「……ここ、どこ?」

麦野「あん?もう目が覚めたの?」

御坂「……第四位?」

麦野「朝まで起きないもんだと思ってたのに」

そして――半身起き上がらせた御坂が次に目にしたものは、ナイトガウンを羽織ってソファーの肘掛けにて頬杖をついている麦野の後ろ姿だった。
室内はテレビ以外の光源と言えばバースタンドの柔らかな光のみ。
上条家とは対照的な、まるでホテルの一室のような生活感のない部屋の中にあって――
御坂美琴は、先程上条宅でも感じた麦野の香水の匂いを部屋に感じた。

御坂「ここどこ……私どうして……第四位、あんたの部屋?」

麦野「……第四位なんて、他人行儀な呼び方しないで」

御坂「え゛」

麦野「さっきみたいに……“沈利”って呼び捨てにして欲しいにゃーん?」

御坂「」

が……それも束の間、脳が覚醒に伴う正常な動作を開始するより先に放たれた麦野の一言に御坂は凍りついた。
言わば立ち上げ段階にあってフリーズしたパソコンの白いウィンドウのように。
対照的に麦野は鉤のように折り曲げた人差し指を口元に当てて恥じらうようにし――

御坂「は……はは、あんた何言ってるの?寝ぼけてるの?」

麦野「……ええ、夢みたいな一時だったわ」

御坂「」

麦野「御坂……いえ“美琴”があんなに情熱的だったなんて……私、私もう男に戻れない身体にされちゃったかも……」

御坂「」

麦野「ほら……その証拠に」

そこでついと麦野が口元に添えていた人差し指を御坂へと差し向ける。
それに御坂も合わせて視線を向けると――そこには

御坂「きゃああああああああああああああああああああ!!?」

御坂の可愛らしい遅咲きの桜がこんにちはしていた。全裸で。

131 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:07:46.96 ID:3guX2yCAO
〜3〜

麦野「すごかったわあ……さっきのあんた」

御坂「いや!いや!!いやああああああああああ!!!」

麦野「いきなり押し倒されて、唇奪われて、痛いくらい胸触って来て……」

御坂「聞きたくないー!知りたくないー!!」

麦野「イヤだって、私何度も言ったのに……」

御坂「嘘って言ってよ第四位!嘘だって私に信じさせてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

麦野「“沈利、私のものになりなよ”って……あんな風に言われたら」

御坂「そのネタはやめて!マジで怒られるからやめて!!本当にシャレにならないからもうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

嘘だと言ってよバーニィ!とばかりに耳を塞いで枕にヘッドバンキングを繰り返す御坂。全裸で。
断っておきたいがここは上×麦スレである。断じて濃厚な麦×琴スレなどではないし交差もしなければ物語も始まらない。
そんな事をすれば作者は得をするがR指定のライブがレッツパァーリィ!奇蹟のカーニバルが開幕してしまうので書かない。
世の中美しければそれでいいとは限らないのだ。

麦野「全部本当の事よ美琴……ひどいじゃない、あんなに情熱的に舌入れてきたのに」←嘘は言っていない

御坂「うっ、嘘よ!あんた私をハメようとしてるのよ!!そうに違いないわ!!!」

麦野「あんなに激しく、腫れちゃいそうなくらい私の胸おもちゃにしたくせに……」←嘘は言っていない

御坂「」

麦野「……いいよ。一人で産んで育てるから……その代わり、美琴の名前、一文字もらっていい?」←嘘をついている

御坂「女同士で子供作れる訳ないでしょうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

麦野「ちっ、思ったよりノッてこねえな。つまんねーこいつ」

御坂「あんたってヤツはァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

種が弾けそうな勢いで怒り狂う御坂。しかし全然怖くなどない。
一応下は穿いているが、手ブラするまでもない身体付きに思う所など何一つありはしないのだ。

御坂「早く!早くなんか着るものちょうだいよ!!」

麦野「口からクソ垂れる前にsir,をつけな、このウジ虫が!」

御坂「早くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

この二人がセリーナとブレアのように分かり合える日など来ないのである。恐らくは半永久的に。

132 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:09:04.11 ID:3guX2yCAO
〜4〜

御坂「本当にすいませんでした……」

麦野「……カップを取り違えた私も悪かった。けどそれとこれとは話が別だ。わかるね超電磁砲(レールガン)」

御坂「はい……」

麦野「秋物の新作にすっぱいレールガンぶち撒けやがって。どう落とし前つけてくれんだ」

御坂「言葉もありません……」

麦野「まあ……もう良いんだけどさ。私も出来るもんなら忘れたい。色々と」

タクシー待ちの最中、嘔吐した御坂により麦野のトレードマークでもある秋物らしい明るい色の半袖コートはその短い生涯を終えた。
その一方で常盤台のブレザーもかなりの被害を被り、麦野は御坂が寝ている間にシャワーで水洗いしていたのだ。
本当は焼き捨てるなりしたかったが――美鈴から頼まれた手前思い止まったのだ。

麦野「じゃあ、本当に何も覚えてないのね?」

御坂「うん……全然」

麦野「(まあ覚えてたら私の顔真っ直ぐみれねえよな。私だって目合わせたくないし)はい」

そう言いながら麦野は冷蔵庫からソルティライムを取り出して御坂に後ろ手に放った。吐いた後の水分補給である。
本当ならば吐く前にポカリスエットなりアクエリアスなり飲ませれば全く苦しまずに吐けるものだが間に合わなかったのだ。
それを受け取った御坂はキス魔に変身した事も美鈴の事も覚えていないらしい。

御坂「あっ、ありがとう……(……なんかさっきまでより優しくない?)」

麦野「(とぼけたガキね。親の顔が見てみたいもんだわ。もう見たけど)」

御坂「(意外と家庭的だし、もしかして面倒見いいんじゃ……)」ジー

麦野「(なにガンつけてんだ殺すぞ)どうしたの?」ニコッ

御坂「な、なんでもないっ。それより、ふ、服洗ってくれてありがとうね?汚いの触らせちゃって…本当にごめん(あっ、やっぱり笑うと本当に美人なんだこの人……)」ニ、ニコッ

麦野「どういたしまして(なにニヤニヤしてんだブチ殺すぞ)」ニコニコ

御坂「(そ、そうよね……本当に悪いだけのヤツなんていないもの)」ニコッ

また麦野も言わない。キス魔の件は冗談としてお茶を濁し、美鈴の件は伏せておいた。
せいぜい次に親と顔を合わせた時に大恥かきな、という悪意を秘めた笑顔である。
騙されるな御坂。落とし穴の上には金貨が置かれているものだ。と

133 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:11:13.19 ID:3guX2yCAO
〜5〜

♪とぅるるるるるるるる♪

麦野「あっ、風呂湧いた。今準備するから、終わったらあんた先入って」

御坂「えっ、い、いいわよそんな私は後で!」

麦野「私、牛乳風呂派なのよね。後で片付けとかあるし、それに……」

御坂「それに?」

麦野「……なーんかまだゲロ匂ってる気がしてイヤなのよねー。だからさっさとしてくんない?」

御坂「(うっ……確かにそんな気もする……けどもう少し言い方ってもんがあるでしょデリカシーないわね!)」

麦野「ほれ。これ使っときなさい」ポイッ

御坂「え」

麦野「あとお前が着れそうな寝間着とか捜すからこのガウンでも巻いてて」バサッ

と、湯沸かし終了を知らせるメロディが流れると麦野がソファーから立ち上がり、御坂に茶色い買い物袋を投げ渡した。
女性用下着と歯ブラシ他etc.のお泊まりパックである。
美鈴とタクシー待ちの間ミネラルウォーターを買いに入ったコンビニで調達したらしい。

御坂「……ごめんっ!!ありがとう……!本当に……何から、何まで――」

麦野「――ふん」

鼻を鳴らすか鼻で笑うようにベッドで布団を鎖骨辺りまで覆い隠す御坂に一瞥を送ると麦野は冷蔵庫からムサシノ牛乳片手に部屋から出て行った。
一人取り残された部屋のテレビにはアッパーイーストサイドの学生らがしっちゃかめっちゃかの乱痴気騒ぎが繰り広げられており――
薄暗い部屋と相俟って、どうやら主人公の親友が恋人にふられたらしく、ヤケになって今まで毛嫌いしていた男と寝たシーンのようだった。

御坂「(……もしかしなくたって、本当に優しい人じゃない)」

思わず申し訳ない気持ちに御坂はやや沈んだ。ある種最もこの手合いの立ち振る舞いから遠い麦野からの気遣いである。
人間とは不思議なもので、善人が一回悪い事をすれば評価がガクンと下がる反面、悪人が一度良い事をすれば評価が上向くのである。
それもストレートにではなくやや変化球気味に放られた善意に、御坂はあわやミットで受け取るのを持て余したほどに。

御坂「(……私、もしかしてあの女の事誤解してたのかな?)」

もちろん誤解は誤解である。麦野は断じて善人ではないし善人と言うカテゴリーに入れられる事を何よりも嫌うのだから。
134 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:11:39.61 ID:3guX2yCAO
〜6〜

御坂「……アイツの部屋と、同じ匂いがする……」

当然、麦野が通い妻している上条の部屋の匂いと多少似通っていても不思議はない。
御坂は手渡されたソルティライムと一緒にその苦い思いを飲み込んだ。
今日とて満足に話も出来なかった。お食事会は楽しいものだったがなにぶん人が多かったし、何より麦野が絶えず傍らにいた。
千載一遇の好機なれど、千丈の堤に蟻穴を開ける事すらかなわない。

御坂「アイツもやっぱりこの部屋に来るのかな?」

キュッとソルティライムのボトルキャップと共に御坂は己の落ちそうな気分を締め直す。
当たり前と言えば当たり前だ。認めたくない現実とは裏を返せば変えられない事実。
御坂とてわかっている。二人は恋仲なのだ。それもただ単に砂糖と蜂蜜と煉乳を纏めて垂らしたような間柄などでは決してない事も。

御坂「(……アイツもこのベッドであの女と寝たのかな……ってダメダメ!ダメダメダメダメそんな事考えちゃ!!)」

バスンバスンと罪無き布団を撲殺しながら御坂は溶鉱炉のように赤くした顔をイヤイヤしつつ悶絶していた。
先程の軽いベッドシーンを見たためかイヤでも頭をよぎる想像。
御坂とて男女の付き合いを知らないほど純粋培養のお嬢様育ちではないが深く深く知るほどでもない。

御坂「(くっ……考えれば考えるほど死にたくなるけど……あっ、愛があれば……そ、そういう事もあるわよ……ね?)」

少なくとも愛の延長上にある行為と捉えているが、その着地点そのものが麦野のファールラインとの間に大きなズレがあるのだ。
麦野のそれは御坂の考えているような優しくて美しい愛情の発露などでは決してない。
もちろんない訳ではないがもっともっと女としてドロドロしている。

御坂「(……ま、まだ中学生だもん私……)ん?何これ」ゴロゴロ

と――その煮えたぎるドス黒いマグマのような麦野のベッドにあって転がる御坂の膝小僧に当たったもの……
それは、汚くはないがずいぶんくたびれたクマのぬいぐるみであった。
それもシャケよりラベンダー畑のハチミツが好きそうな可愛らしい茶色いクマ。

御坂「ふふふ……なんだ、可愛らしいところあるんじゃない第四位。くくくっ……年と顔の割にねー」

思わずぬいぐるみを持ち上げ、高い高いする。幼子がそうするように

135 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:14:46.69 ID:3guX2yCAO
〜7〜

御坂「Pさんでしゅ!ハチミツと著作権が大好きでしゅ!ぷぷぷ……」

ぬいぐるみと言うと以前会敵した『アイテム』の面々の一人のサバ缶女や、実験関係の書類を隠していたスカーフェイスのぬいぐるみを思い出すが――
御坂とて麦野を馬鹿に出来ない程度にこういうものが好きだった。
ゲコ太から始まるキャラクターものに限らず、可愛いものは可愛いのだ。

御坂「……ねえー。あんたのご主人様ってイイヤツ?ワルいヤツ?」

裏声「ワルいヤツでしゅ!ワルいヤツでしゅ!」

御坂「そうよねー……高慢ちきだし、鼻っ柱強いし、いっつも上から目線の見下し口調だし」

裏声「性格ワルいヤツでしゅ!根性ワルいヤツでしゅ!ついでに意地ワルいヤツでしゅ!」

御坂「あんたも苦労するわねー……」

御坂は考える。上条は麦野のどこを好きになり何を愛しているのか。
それはあの冷たくも美しい顔立ちなのか?それともあのプロポーションなのか?
性格はあえて除外した。何故なら把握出来ないからだ。

卑猥な罵倒を人目もはばからず張り上げるかと思えば、先程のロシアンティーの時に見たようにカップの取っ手に指を通さない程度に品というものを知っている。
家庭的な料理を鮮やかな手並みで作る傍ら、容赦も躊躇も微塵もない暴力を振るう事を厭わない面もある。
上条の頬にキスするシーンを見られてテンパるかと思えば、同じ墓に入る事を決めたような表情もする。

御坂「……さっ、さっき……アイツの頬に……ちゅ、チューな・ん・て・し・て・え〜〜!!」

と思い返せばキッチンでのキスの光景に歯噛みせずにはいられなくなる。
8月27日の遭遇戦の際は思いっきり当てこすりのキスだったから良くないが良かった。
逆にああいうナチュラルなイチャつかれ方の方が腹が立つのだ。そこで……

御坂「た、確か……左のほっぺ……だったわよね」スッ……

おい

御坂「な……なによ……あれくらい、あれくらいなんて事ないわよ!」ググッ……

おいクソ御坂

御坂「こ、こうやって……振り返った時に……当たるみたいに〜〜……」グググ……

私のクマにゲロ臭い口でキスすんな!おい!!

御坂「ん〜〜」チュ〜〜

御坂ァァァァァァ!!!

御坂「!?」

――そこに、まだ中身が残っているムサシノ牛乳のプラスチック瓶をブシュウッ!と握り潰して仁王立ちしている――

麦野「……なにしてるのかにゃーん?」

人の形をした鬼がいた。
136 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:15:33.91 ID:3guX2yCAO
〜8〜

御/坂「」

麦野「ったく……涌いてんのか?なあおい涌いてんだろ御と坂」

ゲコ太パンツ一丁でカーペットに転がる御と坂をまるで虫螻にそうするように見終ろす麦野。
犯られたのではなく殺られたのか、ピクリとも動かない。
あまりに恥ずかしいシーンを見られ人間として考える事を止めてしまったのかも知れない。

御/坂「い、いつから……」/「見てたの……?」

麦野「子役時代のマコーレ・カルキンばりにはしゃいでた辺りからずっと」

御坂「………………」

麦野「何が第三位だ!ぬいぐるみ相手にチュッチュッチュッチュッとキスの練習かあ?それこそ家帰ってやれこのボケが!!」

御坂「言わないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

フローリングにこぼしたムサシノ牛乳を丁寧に拭き取る傍ら、奪還したクマのぬいぐるみをソファーに置く。
お気に入りのカッペリーニに汚れを落としたくないのか、御坂は赤絨毯と貸したスペースに放られている。
もぞもぞと青い毛布ならぬ黒いガウンを羽織りながら御坂はかぶりを振った。こんな事言いふらされては明日から学園都市を歩けなくなってしまう。

麦野「いーやダメだ!言うね!!ぬいぐるみにキスの練習だあ?カマトトぶってんじゃねえぞこの中坊が!!」

御坂「う、うるさいうるさいうるさい!いい年こいてぬいぐるみ離れ出来ないイタいオバサンに言われたかないわよ!!」

麦野「オバサン?オバサンっつったかコラー!!」

御坂「オバサンにオバサンって言って何が悪いのよー!!!」

麦野「二回言ったかオラー!!!!!!」

そこで掴み合いである。高3十八歳VS中2十四歳のキャットファイトである。
御坂の両頬を引っ張る麦野、麦野の髪を引っ張る御坂。
どっちも親が見れば育て方を振り返らざるを得ない醜態である。

麦野「だいたい私は18よ!無敵の未成年様なんだよ!!」

御坂「嘘吐きなさいよ!!あんな強そうなお酒ガバガバ飲んでて……ああごめん年齢認証顔パスなんだごめーん」

麦野「(ピキッ)食いでのねえバターロールみてえな胸ぶら下げて粋きがってんじゃねえぞこのガキが!!」

御坂「(ブチッ)私はこれから大きくなんのよ!垂れてくあんたと違ってねえ!」

麦野「……もう取り消せねえぞ!!」

御坂「誰が!!」


シュクレ・ド・フランスVSバターロールの醜い争いである――

137 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:16:39.48 ID:3guX2yCAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第五話「暗闇でドッキリ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
138 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:18:45.81 ID:3guX2yCAO
〜9〜

禁書目録「静かだね……」

上条「ああ、みんな帰るとより実感するよなー」

禁書目録「(ふふふ、たんぱつはしずりのところ……だから今日はとうまにいっぱい甘えん坊出来るんだよ!)」

上条「(麦野のヤツ、本当に大丈夫かな……いや、んな事言ったらビリビリも違った意味でやべえかも……)」

禁書目録「ねえねえとうま?私今日すごーく頑張ったよね?お皿洗いもしたよね?エラい?私ってエラい?」

上条「(あの二人すっげえ仲悪いんだよなあ……出会った時が出会った時だったし、それ考えれば随分進歩した……よなあ?って上条さんは思う訳ですよ)」

禁書目録「とうま?ねーとうまとうまー」

上条「(つっても麦野って基本的に誰でもああだしな……なんだかんだ言って話しかける分、ビリビリはちゃんと相手として認識されてるって事だし)」

禁書目録「とうま聞いてるの!?」

上条「(姫神が家に来た時は結局最後まで名前呼ばなかったし覚えなかったし……大覇星祭の時なんて吹寄の事ずっと無視してたし、オルソラはめちゃくちゃ苦手なタイプっぽかったし、アニェーゼ本気で殺そうとしたし……おっかしいなあ。あのサバ缶の娘とかジャージの娘とか、絹旗なんかとかとは仲良いのにな)」

一方その頃……上条当麻は散らばったトランプを片付けつつその中から先程雲川が言及した『死者の手』なるツーペアを作り上げていた。
スペードとクローバーのAと8。何でも雲川曰く『有名なガンマンがこの手を作った酒場で撃たれて死んだ』らしい。
そんな不吉極まりない手役が果たして誰にその後ろ向きの祝福を授けるのか――

禁書目録「とうまー!!!!!!」ガブー!!

上条「んぎゃああああああああああ!?」

禁書目録「これは仕方無いよね!?これは噛まれても仕方無いよね!!?」ガブガブ

上条「何がどうしてどうなってどうやれば上条さんは噛まれなければいけないんでせうかインデックスさーん!!?」

禁書目録「こんなに近くで話し掛けてるのにお返事出来ないカニミソ頭なんて食べられてしまえばいいんだよ!!」ギリギリ

上条「不幸だー!!!」

まずそれは上条の頭上に降りかかる形で訪れた。
それはこの季節になれば実り始める毬栗を踏みつけて割るが如くのバイティングである。
人はそれを自業自得と呼び、多分に漏れず上条にもそれは当てはまった。

139 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:19:14.77 ID:3guX2yCAO
〜10〜

禁書目録「………………」ツーン

上条「い、インデックスさん?」

禁書目録「………………」フーン

上条「おーい、インデックスー」

禁書目録「………………」プイッ

上条「(仕返しのつもりか……ってこれは俺が悪いよなあ、俺が……)」

万力で締め上げるかのような噛みつきを一頻り終えた後、インデックスは元ベッドが置かれていたスペースで膝を抱えてどんよりした暗雲を立ち込めさせていた。
悪気はなかったのだが結果としてインデックスを無視し続けた事による無言の抗議である。
その背中には『聞こえないんだよ、ふんだ』とばかりに黙殺を決め込んでいる。

禁書目録「(とうまの馬鹿っ。もう知らないんだよ)」

のの字こそ書かないもののカーペットの繊維を指でなぞるインデックスの眼差しは僅かに潤んでいた。
彼女はただ、上条と一緒に過ごせる夜を大切にしたかっただけなのである。
別に会話に建設的な内容などなくたって構わないのだ。それこそ、明日の天気の話であっても。

禁書目録「(またしずりの事考えてたに違いないんだよ……とうまはそういうの全部顔に出るタイプだから……だから、イヤでもそれが私にはわかっちゃうんだよ)」

誉めてもらいたかったのだ。頭を撫でてくれるだけでも良い。ただ構って欲しかっただけなのだ。
インデックスはやっと失敗せずに出来るようになったトーストと、それに何かを挟んだり乗せたり塗ったりしか出来ない。
インデックスが皿洗いを覚えたのは、麦野のように料理を作れない自分なりの仕事作りなのだ。

禁書目録「(しずりが離れてても、心がすふぃんくすが咥えたちくわみたいに離さないんなら、それはとっても悲しい事なんだよ)」

インデックスは麦野が嫌いではない。自分に初めてご飯を食べさせてくれ、ステイルと命懸けで戦ってくれた。
むしろ人情としては上条の次に大好きな人間である。
しかし――否応無しに隔たる、女としての差が歯痒くてたまらないのだ。どうしようもなく。

禁書目録「(とうま、早く前に回り込んでよ。ごめんね、って言ってくれないと私もごめんね、って言えないんだよ)」

そしてインデックスはコルクボードに貼られた写真の一枚……初めて三人で映ったそれを見上げ――
140 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:21:19.43 ID:3guX2yCAO
〜11〜

私はずっとしずりがうらやましかった。私はずっとしずりがねたましかった。
しずりは綺麗なんだよ。スタイルだって私じゃ全然適わない。
ぶっきらぼうで男勝りで蓮っ葉なで……でも、本当は不器用で傷つきやすい女の子なんだよ。
料理だってお店に出て来るみたいに美味しいし、私は覚えてないけど『お母さん』みたいに世話を焼いてくれるかも。

しずりがもしそれだけの女の子なら私は嫉妬しないんだよ。
私が嫉妬するのは……私が悔しいのは、そんな努力すれば私にも出来る事の中になんてないんだよ。
しずりが最初からとうまの恋人でも、それだけなら私はこんなに苦しくないかも。



――だって、しずりはとうまのために戦える『力』があるから。



すていると初めて戦った時、私はしずりの超能力を『光の魔術師』だと思ったんだよ。
どんな壁やビルだって吹き飛ばせる。殴ったり蹴ったり走ったりするのだってとうまより全然強い。
魔術の事が全然わからなくても、『あんぶ』にいた人間だから悪い人の考える事がわかるって。
悪い人の行動を先読みして先回りして先手が打てるって。



――私には、魔術が使えない。逃げるのは得意だけど戦えない。完全記憶能力で何でも覚えられるけど悪い人の考えは読めない。



しずりは言ってた。自分は人喰いライオンだからって。
強者の知識を守る敬虔な子羊の私にそんな事真似しなくていいって。
しずりがしてる事を、私が覚えたらとうまがすごく悲しむって。

しずりが戦えない子で、それでもとうまの恋人って言うだけなら私は嫉妬しない。
私は魔術サイドの中で、必要悪の教会の魔術師として……とうまのパートナーになれれば良かったかも。
恋人に『心』を持って行かれても、私はパートナーとしてとうまの『命』を守れる子になりたかったんだよ。

しずりが恋人でも、パートナーでも、それこそ最初からいなかったとしたら――
私はもっとぐうたらしてただとうまのそばにいられる……
そんな幸せにただひたっていられる大食いの女の子でいたかも知れないんだよ。
でもそうはならなかった、ならなかったんだよ。

ズルいんだよ。恋人として勝てない、女として負ける、パートナーとして追いつけない、じゃあ私はどうしてここにいるの?
私はとうまの側にいたいだけなのに、もうどこにも座れる椅子がなかった。

だから一度――言っちゃいけない事を、私はしずりに言ってしまったんだよ。

141 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:22:21.82 ID:3guX2yCAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
禁書目録『―――私の“何度目”かの“初恋”を殺さないで!!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
142 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:23:51.61 ID:3guX2yCAO
〜12〜

私には一年前からの記憶がないんだよ。だからもしかしたら私がすているに恋をしていたかも知れない『私』もいたかも知れないかも。
もしかして、私のために世界を敵に回してまで愛してくれた人を好きになった『私』がいたかも知れないんだよ。
その前も、今の『私』の知らない『私』が愛していた人が……『初恋』があったかも知れないんだよ。

麦野『………………』

しずりは、泣いてるみたいに笑って、笑ってるみたいに泣いて――
言っちゃいけない事を言った私を、それでも抱き締めてくれたんだよ。
『あんたが泣いてるから』って、ずっと。私もしずりもそれをとうまに言わなかった。
だからその時、私は誓ったんだよ。きっと何人か前までの『私』が、見捨てられた事を呪ってたに違いない神様に――



――――――私は、とうまとしずりの『家族』になる――――――



全部の椅子がとうまとしずりが座ってしまっているなら、私は二人の膝の上に乗るって決めたんだよ。
それが爪も牙も翼もない羊の私が選んだ、自分で決めた道。
恋人になれない、パートナーになれない、そんな私の選択肢は、きっと消去法の上に成り立つたった一つの冴えたやり方。

私には家族の記憶がない。しずりは家族に嫌な思い出しかないって言ってた。
お金持ちの家に生まれて『利』が『沈む』なんて名前つけられたらだいたいどういう子供だったかわかるでしょ?って。
だけど――とうまには家族との思い出がたくさんあるんだよ。優しいお父さんと綺麗なお母さんがいるんだよ。だから



上条『――なら、いっぱい写真撮ろうぜ。それなら例え自分一人だけ忘れちまっても形に残るし、いつだってみんなで分けあえる……だろ?』



そうとうまが言ってくれた時、とうまが『でじかめ』って言うの買って来てくれた時、初めて写真を私達を撮ってくれた時――
私は泣いたんだよ。とうまは何があったってオロオロして、しずりは私はギュッとしてくれて『テメエのせいだこの女殺し、責任取れ鈍感野郎』って笑ってたんだよ。

それが、私達が『家族』になった日。今でも忘れられないあの夏の日。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――私が、自分の幻想(いばしょ)を見つけた日――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
143 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:27:13.14 ID:3guX2yCAO
〜13〜

シュンシュンシュンシュン……

上条「あーやっちまったー……失敗だ」

禁書目録「?」

――と、物思いに耽って部屋の片隅にこもっていたインデックスの……
耳に届くはヤカンの湯沸かし音。部屋に響くは上条の声。
何やらキッチンにて何かを作っていたようであり――
インデックスは振り向かずともその正体が匂いでわかった。

上条「参ったなー……間違えた」

禁書目録「(……カップラーメン……)」

それはキッチンの灯りの下、湯気を立てて注がれていくスーパーカップ2.0全部いりのとんこつラーメン。
猟犬部隊の嗅覚センサーもたるやというインデックスの食への妄執を擽るに足る、プルースト効果さえ及びもつかない香りの暴力。

上条「ちょっと小腹空いたからってつもりだったんだけどなー……インデックスー?」

禁書目録「……なあに?」

上条「――悪いんだけどさ、これちょっと食うの手伝ってくれねえか?多分っつーか絶対食いきれない」

禁書目録「……しずりが、夜食べたら太るしきりがないからダメって言ってたんだよ」

麦野、インデックスを含めた上条家のルールの中の一つには『夜食禁止』というものが存在する。
一度インデックスがそれを破った時、麦野の手により冷蔵庫に電子ロック式の鍵が取り付けられ夜間の開け閉めが一週間出来なくなった事がある。が

上条「――いいぞ?なんせ俺がルール破っちまったんだ。俺が許す!」

禁書目録「……共犯?口止め?買収?」

上条「いやいや、手伝ってほしいんですよ上条さんが。このままじゃ捨てちまう事になるしな。そんなもったいねえ事したらお百姓さんに申し訳が立たねえよ」

インデックスは知っている。まずスーパーカップなどと言う大物を他の製品と間違う事など有り得ない。
インデックスは知っている。お百姓さんはカップラーメンなど作ったりしない。
インデックスは知っている。つい先程まで麦野のご飯で上条はお腹いっぱいで動けないとダラダラしていたのを。

禁書目録「(――馬鹿っ)」

そんな初歩的な手で釣るなど誰が乗ってやるものかと思ったが――
女が損ねて斜めにした機嫌をどう直したものかもわからない少年の……そういうところが、そういうところが――

禁書目録「仕方無いなあとうまは。ほらっ、持ってくるんだよ!」

上条「へいへい」

―――ただのカップラーメンが、とてもあたたかそうで―――
144 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:27:47.62 ID:3guX2yCAO
〜14〜

上条「やっぱとんこつが一番上手いよな!」ズズー

禁書目録「音立てて食べたら下品なんだよ!」ズルズル

上条「郷に入れば郷に従って下さいよインデックスさん。ここは学園都市で上条さんは日本人なんだから。それにお前だって啜ってんだろ?」

禁書目録「と、とうまに仕方無く合わせてあげてるんだよ!……チャーシュー、もらっていい?」

上条「いいぞ。食え食えー」

一つのスーパーカップを、二つの箸で手繰る二人。
とは言っても上条が2、インデックス8の割合いでのペース配分だが――
インデックスが独占するでもなく、上条が器を2人分出すでもない。

上条「ラーメンの汁に冷えたおにぎり入れると、急いで食わなきゃいけない時も適応になって食いでがあるんだぜ」

禁書目録「そうなの?」

上条「ああ、お前らが来てくれるまでずーっとそんな感じでしたよ。上条さんのメシは」

禁書目録「……なんだか美味しいけど、それって寂しいね」

上条「学園都市に住んでるヤツなんてだいたいそんなもんだってみんな。ただ、本当に寂しい時なんか誰か誘って食いに行ったり、今日みたいに友達呼んだりもしてたんだ」

禁書目録「……今は?」

上条「ん?」

禁書目録「今は寂しくない?」

上条「そうだなあ……」

一足先にごちそうさま、と割り箸を置いて上条が寝転がる。
両手を頭の後ろに組んで天井を見上げ、昔を懐かしむように。
そう――運命を打ち破り、インデックスと麦野と共に守り抜いた己の『記憶』を

上条「――そりゃ、お前や沈利がいるからさ」

禁書目録「うん」

上条「でも――さっきは寂しかったかな?」

禁書目録「?」

上条「呼び掛けても、部屋のどこからも返事かえって来ねえのってさ、寂しいよな」
禁書目録「……とうまが悪いんだよ」

上条「ああ――ごめんなインデックス。さっき俺が感じたのと、同じ寂しい思いさせちまって」

禁書目録「……馬鹿っ」

上条「だよなあ。おかげで今日もまた補習食らっちまったぜ。トホホ……」

スフィンクス「にゃー」

寝転がりながら丸まったスフィンクスをいじると、スフィンクスが眠りを妨げられ迷惑そうに一鳴きしした。
それを――インデックスは目を細めて見やった。

禁書目録「……馬鹿っ」

145 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:30:40.45 ID:3guX2yCAO
〜15〜

禁書目録「(嗚呼――しずりも私も、とうまのこういうところが……)」

麦野をして頭が悪い・気が利かない・言う事を聞かない・鈍感……
シャツがシワになるのにほったらかすとアイロンもかけずに学校に行く、本を読んで仕舞わず積みっぱなし。
今だって食べてすぐ横になる面倒臭がり屋。なのに――なのに

禁書目録「(……好きになっちゃって、嫌いになれないのかも……)」

普段どんなにだらしなくても、一番欲しい言葉と一番大事な時に駆け付けてくれる……
曰わく、『こいつは私がいなくちゃダメだ』と『私はこいつがいなくちゃダメだ』の二重の恋情。

禁書目録「――ごちそうさまっ。とうま!」

上条「おお?」

禁書目録「食べたらあったまってちょっとうとうとして来たから、私もゴロゴロするんだよ」トッ

上条「へいへい。甘えん坊さんだなーインデックスは」

ヒョイと枕代わりに出される右腕。いつもならば麦野の指定席でインデックスは左腕か胸板だが今日は別だ。

禁書目録「……私も、しずりも、もう寂しくないよ?」

上条「……ああ!」

インデックスは御坂の伺い知れない部分まで麦野を知っている。
それは麦野が背負う重圧、重責、重任を理解しているという事に他ならない。

麦野『一番じゃないと、耐えられないんだ』

それは女同士の間に結ばれた上条の知らない秘密協定。
麦野は一番に選ばれたという揺るぎないものを支えに上条の命を守っている。
インデックスはそんな上条を護る麦野を守る。

禁書目録『――じゃあ、とうまの事を頼むんだよ。私の分までね』

一番でなくては耐えられないというのは一番でないと我慢出来ないのではなく……
一番でないと上条を支える麦野自身を支えられないのだ。
故にインデックスはともすれば塞ぎ込み思い詰めそうな麦野の荷を軽くする。
上条当麻という愛した男を共に守るために。

麦野『私達って』

禁書目録『似てるね』

恋した少年のため、愛した男のため、最凶の魔術師と最恐の超能力は双翼の協定を結んだのだ。
その二人を無自覚の内に護るは最弱(さいきょう)の無能力者、神浄討魔。

禁書目録「……ねむねむ」ウトウト

家族としての深い絆、女としての強い繋がり。
麦野がインデックスを傍らに置き、御坂を側に寄せ付けないのはそう言う理由である。

禁書目録「あったかいんだよ……」スー……

そして聖女は現に微睡む。浅き夢の畔にて――
146 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:31:15.19 ID:3guX2yCAO
〜16〜

御坂「痛たたた……よくもやってくれたわね。痕残ったらどうすんのよ」

受け皿のようにした掌よりすくう牛乳風呂の白い湯が、開いた指の先から股にかけてトロトロと流れ行く。
それを引っかかれた肩口に注ぎ、塗り込むようにさする華奢な二の腕。
かけた湯が薄く窪んだ鎖骨に溜まり、音もなく小振りな胸を濡らす。

御坂「本当に乱暴な女……もう山猫ね山猫。ヒリヒリするったらありゃしない」

美少女と美少年の狭間にある、少女から女への過度期にあるシャープな輪郭を伝う汗。
濛々と浴室内に立ち込める湯気に、前髪が張り付いた額をあげるようにして御坂は猫足バスタブの中より天井を仰ぎ見る。
湯船から顔を出す可愛らしい膝小僧を伸ばし、バスタブの縁に肘を置いて頬杖をついた姿勢で。

御坂「(やっぱりアイツがあの女のどこを好きになったか全然わかんない)」

特濃・成分無調整のムサシノ牛乳によって埋められた湯。ややもすると少しぬるく感じられるそれ。
神代の頃よりクレオパトラが愛用していた牛乳風呂の、自身の体温より三度ほど高い湯の中御坂は思いを巡らせる。
効能は肌理細やかな肌を生み出す美容と、不眠症の改善。そしてそれを必要とする――
つい先程まで取っ組み合いの喧嘩をした麦野沈利という人間とに。

御坂「(何であんなヤツ……)」

白薔薇の花片を浮かべたような湯に口元まで身を沈めながら御坂は心中にてボヤく。
自分がもし男だったならあんな女頼まれたって願い下げよ!と。
もちろん御坂とて麦野が上条と、それ以外の人間に接する事細かな差異を理解している。例えば――

御坂「(私だって……)」

例えば麦野は、御坂とインデックス以外の女性の名前を決して呼ばない。
そして会話の輪には加わり、合いの手は入れるが誰かに語り掛ける事がない。
表面上はあまり気がつかないが、顔を何度か合わせる内に気づいたのだ。
それを知った時、御坂は空恐ろしいものが身体に走るのを感じた。

御坂「(アイツと……)」

例えば麦野は、上条を『かーみじょう』と呼ぶ時は巫山戯けたりからかうゆとりがある時である。
『当麻』と呼ぶ時の言葉に偽りはないと感じられる。
そう――あの女は、自ら作り上げたこだわりというより……
ある種のルールを己に課しているように感じられるのだ。
上条と自分とそれ以外の人間に対する折り合いのように。

147 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:34:01.39 ID:3guX2yCAO
〜17〜

食蜂『あの娘は椅子の子供、貴女は梯子の子供、それが貴女達の女子力とか人間力の差じゃなぁい?違うー?違わないよねぇー?』

いつだったか、『常盤台の女王』食蜂操祈が街中で出会した麦野と御坂のいつもの喧嘩を目の当たりにしたらしく……
それを評して二人の関係性を椅子と梯子になぞらえた事があった。
女王とエースを隔てる絶対的かつ絶望的な違い。それは生まれついた育ちにあると

食蜂『貴女、椅子より下に這いつくばって膝を屈する大人って見た事あるぅ?かしづかれてそれを見下ろしながら育った子供がぁ……どーんな事考えると思うぅ〜?』

常盤台の女王、暗部の女王、光と影の分かたれた二人の共通点……
それが能力に拠るものであれ、家柄に依るものであれ――
幼い子供の時分から、小さな自分達が腰掛けた椅子よりも低い位置に自分より遥かに大きな大人が跪くのを見下ろし育ったという事。

食蜂『あっ、この世界って狭いんだって思うのよぉ?だって見上げる大人がいないんですもの。全部自分の目線より下で、誰も自分と同じ目線にいてくれないのぉ……これって強力な支配力に繋がるけど、子供の世界がどんどん歪んで行くのよぉ?』

それを当たり前だと、自我が芽生えるより前から侍る大人達が子供の椅子より低い位置に跪く光景。
成長するにつれ伸びる心的な背丈が生まれついて誰よりも高いという事は、見上げる何かがいないという事。
そして子供ながらに思う。大人だって子供の自分にこんな事したくないだろうなと感じる瞬間が。

食蜂『子供に頭を下げる大人の心の中は不満と屈辱の中でいっぱいよぉ?子供にこき使われて、でもお金や仕事のために仕方無くって、そして子供はそれを感じながら――だんだん失望していくの』

それに対し、御坂は上り下り出来る梯子を行ったり来たり出来る子供だ。
子供の世界を見渡し、大人の世界を覗き見、いつしか梯子を使わずともいずれの世界も行き来出来る人間になる。
椅子の子供はそれが出来ない。子供一人では降りられない大人用の高い足の椅子から……
固定された目線、硬直した世界、最初から完成させられた環境。
立てれば梯子、寝かせれば架け橋となる梯子の子供と、座ったまま降りられない権力の椅子に座る子供。

これが麦野と御坂の埋めがたい差――

148 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:34:37.08 ID:3guX2yCAO
〜18〜

と、その時――

ジッ……ジジッ……フッ……――

御坂「あっ……」

突然、御坂の視界が暗転した。どうやら浴室の照明がその生涯を終えたらしい。
あっという間に牛乳風呂の湯をすくっていた自身の手元すら見えなくなる。
途端に真っ白だったお湯が暗い海の水のように御坂には思えた。

御坂「シャワーまだなのに……もー……第四位?第四位ー?」

思わず声を上げ、猫足バスタブから手を伸ばして浴室のドアを開き麦野へと御坂は呼び掛ける。
電磁波で空間把握する事などボウガンの少年との会敵を引き合いに出すまでもなく御坂にとっては朝飯前だが……
如何せんして牛乳風呂に濡れた身体を清めるのにシャワーは欠かせないし、何より気味が悪かった。

麦野「あーん?今度は何よー!?」

御坂「お風呂の電球切れちゃったみたいなのー!!」

麦野「ちっ……」

遠くからさえ聞こえてくる大きな舌打ち。見ていた海外ドラマが良い所だったのか先程の取っ組み合いが尾を引いているのか……
麦野のすこぶる機嫌の悪そうな声に、御坂は一瞬声をかけた事を後悔した。が

麦野「――次から次へとまあ落ち着きないヤツねえあんたは……」

御坂「これは私のせいじゃないわよ……」

それから一分するかしないかの内に、麦野が替えの電球らしき箱と……
そして青白い火のついた、青い薔薇のアロマキャンドルを明かり代わりに持ってやって来た。

御坂「ごめんね本当に……シャワーまだでさ、やっぱり暗いお風呂場って不気味で」

麦野「はいはい。ちょっとこれ持ってて」

御坂「うん……あっ、ブルーブラッドのブルーローズじゃないこれ。人気あるわよね?」

麦野「ああ、そうみたいね。それが最後の一個だった」

青い薔薇……『不可能』『神の祝福』『奇跡』の花言葉を意味する自然界には存在しない品種。
しかし学園都市では『外』と違い完全に、完璧に改良されつくした人造の奇跡だ。

麦野「……ったく、いくら私から見えないからって恥じらいってもんがないの?。これだから女子寮住まいのお嬢様は」

御坂「私達、もう一緒にお風呂入った事あるじゃない。夏に」

麦野「そんな事もあったかしらね」

149 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:38:57.07 ID:3guX2yCAO
〜19〜

麦野がよいしょ、とリビングから踏み台代わりに椅子を浴室に運んで来た。
実家に住まっていた頃より腰掛けていた長い背凭れと足の高い椅子。
幾多の人間を見下ろし、脇に控えていた執事が存命だった頃のそれである。

麦野「まあ、夏からいっこうに成長の兆しが見えない身体見たって面白みもなんとも思わないわねえ?」クスクス

御坂「五月蠅いわね!」

もちろんそんな事など知る由もない御坂は両手で支え持つ青い炎を揺らめかせる薔薇のキャンドルに目を落としながら唇を尖らせる。
麦野も電球を片手に持ちながら滑らぬよう椅子に足をかけたのが見えた。
しかし暗い室内にあってその表情までは見えない。クスクスとせせら笑う声だけが響き渡る。

麦野「まああんたの後輩辺りにゃ骨付き肉放るようなシチュエーションなんだろうけどね。生憎と私はノーマルで、幸いにもテメエが大嫌いだ」カパッ

御坂「……そんなに私の事、嫌い?」

麦野「頭の天辺から足の爪先まで」

光量を和らげる遮光カバーを取り外し、麦野が口元を歪めて笑う。
牛乳風呂はぬるめが好みだが、御坂との関係性にぬるま湯のようなそれなど持ち込ませない。
超電磁組を含めた、女同士の和気藹々など反吐が出ると言外に言っているのだ。

御坂「――あんたっていつもそう。有刺鉄線バリバリに張り巡らせて、国境みたいに他人を立ち入らせないわね……」

麦野「テメエみたいに誰にでもオープンチャンネルなヤツばっかりだとか思い上がってるんじゃないわよ。近寄ったヤツは警告無しで銃殺。誰にでも甘い顔して仲良しこよしなんてもんは“テメエら”で共有するんだね」キュルキュル

御坂「……そんな生き方、狭くない?あんた、何かを寂しく思ったりする事ってないの?」

麦野「世間なんて自分含めた数十人の人間で出来てんだよ。私の世界はそれくらい狭くてちょうどいい……抜けねえなこれ、クソッ」グッ、グッ……グラッ

御坂「あっ、危ない!!」

麦野「あっ……」

その時、高い足が浴室の濡れたタイルにスリップし……
爪先立ちしていた麦野が電球を引き抜こうとしたその矢先――

バシャアアアアアン!

150 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:39:35.52 ID:3guX2yCAO
〜20〜

御坂「きゃあっ!?」

麦野「……った……」

支えの揺らいだ椅子から転げ落ちるようにして麦野は猫足バスタブに身を投げてしまった。
同時にアロマキャンドルを取り落とすも御坂がその身体を抱き止めた。
しかしその衝撃で暗闇の中牛乳風呂の湯が飛沫を上げて舞い上がり……
ピチャン、ピチャンと飛び散った水滴が落ちる音を二人は聞いた。

御坂「………………」

麦野「……痛っ……」

御坂「――――――」

猫足バスタブの内側、迫り出した凹凸に強かに御坂が打ちつけられ、その上に麦野がのしかかるような押し倒すような体勢。
麦野は気づいていない。鼻先五センチメートルもない距離に御坂の顔がある事を。
そして御坂にはわかる。浴室の天窓より降り注ぐ月灯りが、逆光のように麦野を照らし出しているのを

御坂「(……すごい、息出来なかったよ今……)」

天窓より臨む月すら霞むほど美しい顔がすぐそこにあった。
着水の衝撃により湯船の中に立つ細波が寄せては返し、チャプチャプと御坂の肌と麦野の服を濡らす。
麦野の優美なウェーブの巻かれた栗色の髪が御坂の頬をくすぐり、痛みに呻く声が産毛まで震わせる。

御坂「(……この人、こんなに綺麗な顔してたんだ……)」

通常ならば決してありえない距離感。上条当麻しか知らない距離感。
薄暗闇の中にあってさえわかる美貌というものは、ある種反則のように御坂には思えた。
一瞬、身体を起き上がらせる事が頭から消えてしまうほどに。

麦野「……おい、大丈夫?」

御坂「えっ、ええ!?えっえっえっえええええ!ええ!大丈夫大丈夫大丈夫!!全然大丈夫よ!!」

麦野「?……そう。ならいいけど……あークソッ、本当になんて日なのよ今日は……」

ザパッ、と濡らした服ごと麦野が覆い被さっていた御坂から身体を離す。
給湯温度より低い身体が離れて行く時、御坂は湯冷めにも似た感覚に襲われた。
麦野はそれどころではなく、どこかに行ってしまったキャンドルと電球を手探りで捜すも――結局、見つからなかった。

御坂「(ど、どうしよう……今私、スゴいドキドキしてる)」

夫婦は顔が似てくるというが、麦野のそれは上条の不幸体質とフラグを立てる能力が乗り移ったが如しである。

御坂「……んもおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」バシャーン!

麦野「!!?」

やり場のない叫びと湯を叩く音が、学園都市の夜に木霊した―――
151 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:41:37.21 ID:3guX2yCAO
〜21〜

『こいつは私と違っている』というのと、『私はこいつみたいになれない』というのは似ているようで違う。

御坂は、私にとって一番大嫌いな人種(タイプ)だ。
テメエが正しけりゃ他の人間が間違ってんのかと、テメエが正義の味方なら他の人間は悪のやられ役かと。
こいつは私と違って人を殺さない。殺せない。例え自分が死ぬ事になろうと曲げないだろう。
だから独り善がりな正義感で誰も彼も殴れる。だって相手に負うものも自分に失うものもないから。

私の意地の悪い見方からすりゃ、テメエの手を汚さない。
涙を流そうが汗を垂らそうが血を吐こうが最後には必ず報われる。
こいつはこいつで悩みもあるだろう。苦しみもあるだろう。
私とこいつが違っていて当たり前だし、むしろ同じだったら気色悪くて吐き気がする。

こいつは、掛け値無しに正義のヒロインなんだ。

汚れていない手を誰とでも結べる。穢れていない心は折れても砕けても割れても壊れる事がない。
永遠だなんて、砂糖水に漬けっ放しでふやけた価値観(ラベル)を貼られたダイヤモンドみたいにね。
ダイヤモンドは古いギリシャ語で『征服せざる者』って意味もある。
私はこいつだけがどうしても倒せない。どうやっても殺せない。

こいつは、月のようなインデックスとも星のような私とも違う。
月は昼間でも霞んで浮かぶ。夜の中でも優しく輝く。
私は星だ。誰かに選ばれるのを待っていた、いくつものある名前のない屑星の一つ。
こいつのように晴れ渡る空にあって、例え雲がかかるその向こうで絶えず輝く太陽のような女だ。

十把一絡げの有象無象の星の嵐のような私と違う、誰にでも降り注ぐ一つしかない太陽だ。
御坂、私はテメエが大嫌いだ。腹の底から心の底から魂の底からテメエの事が大嫌いなんだよ。
だってお前はイイヤツだから。だって私はワルいヤツだから。

当麻の側にいて、私がいて、噛みついて来るテメエがいて、見守るインデックスがいて……
あんたほど私にコンプレックスを感じさせる女は他にいない。
料理だろうが戦闘だろうが能力だろうが美貌だろうが私は何一つとしてあんたに譲るもんなんてない。
だけどもし私が……きっと私が当麻の側にいて、ずっとずっと……
そう、ずっとずっと考えてる事を――あんたは生まれながらにクリアしてるんだよ。御坂。

私が何を考えてるか――あんたにわかる?

152 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/17(日) 21:43:18.74 ID:3guX2yCAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――私が人殺しじゃなければ、私はあんたみたいになれただろうか――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
153 :投下終了です :2011/07/17(日) 21:44:25.51 ID:3guX2yCAO
では第五話投下終了となります。ありがとうございました!
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/17(日) 21:45:44.12 ID:/4PExNQAO

圧倒的!
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/17(日) 21:46:01.69 ID:/iL2jxXQo
乙ー
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/07/17(日) 21:50:46.28 ID:dFrccUPy0
超絶乙なんです。
>>1のおかげで上麦こそジャスティスだと俺は思うんだけどなぁ・・・。
俺は、数時間おきにチェックしてるのに。以外と反応少ないよな・・・むぎのん人気無いのかなぁ・・・。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/07/17(日) 21:54:49.29 ID:XrtRn8FEo
乙!!
美琴とむぎのんの独白に惹かれた
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/07/17(日) 21:55:26.52 ID:HQmBf5pGo
後日談で決着を見てしまっているのが大きい。

十二分に面白いし、続きは待ち遠しいし、きっちり読んでいるのだけれど。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/18(月) 12:19:05.71 ID:xu8P/hJl0
ほんとどうしてこの二人は友達になれないんだろうな・・・
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/18(月) 12:35:14.84 ID:i6clvvQho
傍目から見れば友達と見えんことも…
161 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 17:58:57.17 ID:5HPWMU5AO
>>1です。台風でトラブルがなければ、21時に第六話を投下させていただきます。
162 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 18:00:25.18 ID:5HPWMU5AO
>>1です。台風でトラブルがなければ、21時に第六話を投下させていただきます。
163 :作者 ◆K.en6VW1nc :2011/07/19(火) 18:51:39.03 ID:5HPWMU5AO
もう一回テスト……では失礼いたします。
164 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:03:17.23 ID:5HPWMU5AO
〜1〜

――――――――――――――――――――
10/2 23:13
from:沈利
sb:おーい
添付:
本文:
まだ起きてるかにゃーん?
――――――――――――――――――――

上条「ん?」

それはスーパーカップ2.0全部乗せトンコツラーメンを平らげ、食休みに入りがてら寝転んでいた……
上条の携帯電話の入っていた一通のメールが始まりであった。

――――――――――――――――――――
10/2 23:20
To:沈利
Sb:起きてるぞ
添付:
本文:
どうした?なんかトラブったか?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/2 23:23
from:沈利
sb:RE:起きてるぞ
添付:
本文:
トラブりまくり(>_<)つか御坂マジうぜー
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/2 23:24
To:沈利
Sb:マジお疲れ
添付:
本文:
喧嘩してねえ?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/2 23:26
from:沈利
sb:RE:マジお疲れ
添付:
本文:
しまくりだよ(>_<)頭ん中のイライラ収まらね
え。

ねね。いいものあげよっか?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/2 23:33
To:沈利
Sb:いいものってなに?
添付:
本文:
お前らなあ……で、なにくれんだ?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/2 23:39
from:沈利
sb:じゃーん♪
添付:(104KB)20XX1002_2231.01jpg
本文:
――――――――――――――――――――

165 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:03:46.55 ID:5HPWMU5AO
〜2〜

上条「(ぶふほぉぉっ!!?)」

インデックスを起こさぬように腕枕を外さず、身じろぎに済ませるもそのメールを受信した時上条は目を見開いた。
それもそのはず……容量が大きいため自動受信出来なかった添付ファイルを開くと――
そこには何故か衣服が濡れ濡れ透け透け透けの麦野が、バスルームの鏡撮りし肌蹴られた胸元と浮かび上がるブラジャーを中心に……
明らかにからかったような面白ろがったような悪い笑顔で携帯を構えている姿がそこに映っていた。

上条「(あ、あいつビリビリが家にいんだろ!!?なにやってんだ嬉しいけどー!!)」

思わず、右腕に微睡むインデックスを見やる……どうやら寝ているらしい。
必然的に仰向け寝の体勢故に、携帯をかざすように持たざるを得なかったため――
それを慌てて横倒しにし、顔も横向きにしてまじまじとそれを見やる。

上条「………………」ゴクリ

人の常か女の業か男の性か……見たくないものから目を逸らす事は出来るが見たいものから目を瞑るのは困難を極める。
無論麦野からすればほんのお遊びである。電話でおやすみ、と言った後にたまにこういう悪戯を仕掛けて来る。
麦野は一日にニ十通も三十通もメールを送って来たりなどしないが――
たまに集中的に短いメールでやりとりする事もある。

上条「(……フォルダ移そう、うん。念の為。これは念の為ですよ)」

添付ファイルでも『こんな服買ったけどどう?似合う』と言うコーデであったり――
『これ美味しいよ』などとどこぞのカフェのケーキを送って来たりする。
麦野は一人になると煮詰めたようにドロドロした負の感情に囚われる事も多いが、決してそればかりなどではない。

――――――――――――――――――――
10/2 23:43
To:沈利
Sb:おー
添付:
本文:
……これさっき言ってたヤツか?つかよ……
つかよ……うん、すげーエロい。ありがとう
――――――――――――――――――――

忘れられがちであるが、彼等は高校一年生と高校三年生の学生である。
自身の能力や周囲の事情から巻き込まれる事件の外側ではごくごく普通のカップルである。
一日中どちらかの部屋でダラダラしたり、一日掛けでデートとてする。喧嘩もするしそれ以上先のの事も当然ある。
書き記すまでもない他愛のない日々無くして、非日常に身を投じるなどありえないのだ。

166 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:04:16.27 ID:5HPWMU5AO
〜3〜

麦野「(くくく……せいぜい私の身体をオカズにするんだね)」ニヤニヤ

御坂「……あんたなにニヤニヤしてんの?」ジトー

麦野「別にー?」ポチポチ

――――――――――――――――――――
10/2 23:56
To:かーみじょう♪♪♪
Sb:でも一人でしたらしてやんないから
添付:
本文:
ナ・マ・ゴ・ロ・シ・か・く・て・い・ね

――――――――――――――――――――

一方、自分が牛乳風呂から上がった後麦野が何をしていたかなど知る由もない御坂はと言うと……
麦野が持っている中で一番地味で最も普通のシルクのパジャマを着てベッドに腰掛けていた。
相変わらずカッペリーニのソファーにゴロゴロしながらマイペースに携帯電話をいじるその表情に……
御坂は当然の事ながら相手は上条だなと推測する。

御坂「そう言えばさ、あんた私にメール全然してこないよね。するとしてもだいたい電話じゃない」

麦野「私とあんたはそういう関係じゃないでしょ?だいたいデコ盛り沢山絵文字使いまくりの頭悪そうな目チカチカするようなメール付き合って打つとか本当に面倒臭いし」

御坂「それはそうだけどさ……メールとか好きじゃないの?」

麦野「相手の顔が見えないヤツとはしたくないの」

たった今どの口が言うかというメールを送った後麦野は携帯電話をソファーに置いてテレビに向き直る。
御坂は初めての部屋、それも麦野宅でのお泊まりとあってやや所在ない。
冷蔵庫から新たに渡されたソルティライチも空になったのにまた口をつけてしまう程度には。

麦野「チャックさんのスカーフいいな。“外”から取り寄せられないかしら」

御坂「えー……これ初めて見るけど、なんかこの男チャラチャラしててイヤな感じかも」

麦野「そう思うでしょ?でもチャックさんがいないと回らないのさ、このお話は」

御坂「セレブでゴージャスでハイソな高校生……って、書いてるけどさ。実際こんな子達ばっかりじゃないわよね」

麦野「頭スカスカの男共と股ユルユルの女達のくっだらねえ恋愛ゴッコがメインだからね」

麦野が見ている海外ドラマはアメリカのマンハッタンが舞台だが、現実にこんな暮らしぶりがあるんだろうかと首を傾げざるを得ない。
それほどまでに御坂の感性からかけ離れたものを、麦野はヘラヘラと笑って見ているのだ。

167 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:06:31.59 ID:5HPWMU5AO
〜4〜

麦野「あんたさ……」

御坂「ん?」

麦野「どんなの観るの?」

と、珍しく麦野がソファーにて寝間着代わりに使っている上条のワイシャツ一枚の格好で御坂に話を振って来た。
御坂に対する当てこすりなのか、はたまた普段通りにしているだけなのか……
対する御坂はBDのパッケージを置いて足を投げ出した。

御坂「わかんないなあ……佐天さんみたいに好きなアイドルとか役者とかもいないし。一一一知ってる?」

麦野「ああ、確かにイケメンだねあれは。好みじゃないけど」

御坂「その一一一主演のヤツは一通り摘み食いで見たんだけどなんか合わなくって……そりゃ、こんな恋愛出来たらいいなって思う事もあるけど」

麦野「ふうん」

それに対して麦野がごろんと寝返りを打って御坂を見やる。
栗色の巻き毛を枕のようにしてだらんと、だらしないほどリラックスした姿で。それに御坂は意外なほど目を奪われた。

御坂「私ね……笑われるかも知れないけど、男の子とまともに手つないだ事もないんだ」

麦野「そうだろうね。そんな顔してる」

御坂「――だから、ドキドキしながらでも、一緒に手繋いで、ただ歩くだけでも出来たらそれで満足かな……って」

麦野「………………」

御坂「どんな感じなんだろうって思うの。好きな人と付き合えて、その人が自分の中の真ん中とてっぺんにいて、そこで何するのも初めてで……ううん、一人でして来た事全部が、二人でするならみんな初めてかなあ……って」

麦野「〜〜〜〜〜〜」

御坂「好きだった時からドキドキしてるはずなのに、付き合ったりなんかしたらドキドキしすぎて寿命追っ付かないかも……な、なーんてね」

麦野「(どこを逆さに振ればそういう発想が浮かんで来るんだこいつ)」

なんて残酷な質問をしてしまったのだろうと言う後悔が、聞かなきゃ良かったと言う後悔に取って代わる。
言うまでもなく麦野は少女の感性より先に女の情念を身につけてしまった質である。
恋愛に至る過程が、救済と言う出発点から入り、今は共に戦うと言う道筋なのだ。

御坂「あ、あんたは……?」

麦野「えっ……」

御坂「あんたは……あいつと付き合ってる今、どんな事したいの?」

麦野「――――――」

御坂「あ、あるでしょ?その……色々」

しかし――そこで掛けられた問いに、麦野はすぐに答えられなかった。

168 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:06:57.78 ID:5HPWMU5AO
〜5〜

麦野「どう……って、そりゃあ……普通に遊びに出掛けたり、ダラダラ過ごしたり」

御坂「だからあ〜……その遊びに出掛けたりダラダラ過ごす内容よ、内容」

麦野「――別に普通。服買いに行ったりご飯食べたり映画観たり?つかさ、それは相手が特別だから特別な気がするだけで、やってる事は本当に普通だから」

それは、自分があれほど望んでいた『普通の女の子』と言う『特別なポジション』が……
今更確認するまでもなく自分の中に馴染んでしまっていた事に気づいたからである。
そう、例えばこんな風に他愛ない会話に興じる程度には。

麦野「ああ、あるある。あとエッチとか」

御坂「そ・れ・は・聞・い・て・な・い!って言うか聞きたくないわよ知り合いのそんな話!!」

麦野「……あんたさ、キスすりゃコウノトリがキャベツ畑に赤ん坊落としてくとか思ってるタイプ?」

御坂「それは流石にないでしょ……あんた私をなんだと思ってる訳?」

麦野「夢見がちな中学生。なら無修正ポルノを突きつけるような下卑たお話をしようか?」

御坂「だからしないってんでしょうが!!ああやだやだ汚い高校生!」

麦野「巫山戯けんな。パパの精液がシーツのシミになり、ママの割れ目に残ったカスが私達なんだよ。どこの穴で育った?」

御坂「サイテー!サイテー!!サイテー!!!」ブンッ

背後からクッションを投げつけて来る御坂に対し、寝転んだままカウンターバスターする麦野。
振り返れないのは、今自分どんな顔をしているかわからないからだ。
麦野とて本当の所はわかっている。前ほど何かに対して『怒る』と言う事が出来なくなって来たのだ。
それが歯痒くて仕方無い。自分の中の強さがどんどん剥げ落ちて行くようで。

麦野「(……肉切り包丁が丸くなってりゃ世話ないわね)」ポイッ

御坂「ちょっと!人と話する時は相手の顔見なさいよね!無視してんじゃな……ぶぎゅっ!」

例えば、御坂に対するそれが『憎悪』から『嫌悪』へ、『嫌悪』から『好悪』へと……
希釈と呼ぶにも値しない濃度で下がって行く悪感情に麦野は戸惑っていた。
麦野はろくでなしではないが人でなしである。アイテムを文字通り使い勝手の良い、いつでも使い捨て出来る、使い潰しの道具のように扱って来たはずだ。それがどうだ。今の自分はまるで――

麦野「(――とんだナマクラ刀だ)」

まるで――

169 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:09:02.44 ID:5HPWMU5AO
〜6〜

御坂「もー……ほんとあんたって訳わかんないやつよねえ」ボフッ

麦野「……?」

御坂「優しいかと思えば突き放したり、さっきみたいにキッチンでポツンとしたりしてるかと思えばこんな風に普通に話も出来る、私の事顔も見たくないって割にああやって下着とか制服とかお風呂まで準備してくれたりさ」

麦野「おいおい。あんたまさか私の事イイヤツだとか言いたい訳かにゃーん?だいたいテメエさっきクマにワルいヤ」

御坂「いいえ、あんたは“イイヤツ”よ」

麦野「……!?」

そこで投げ返されたクッションを抱っこしながら御坂が放り投げるように口を開き、思わず麦野が振り返った。
ほとんど反射的に、心の不随意筋に電流を浴びたように。
されど御坂はそんな麦野のリアクションに片目を瞑って小首を傾げた。

御坂「――あんたはイイヤツよ?私だってあんたと今まで色々あったし、これからも色々あるだろうけどさ……今日あんたが私にしてくれた事、立場入れ替えてもきっと全部は出来ないよ。常盤台だから泊めてもあげられないし」

麦野「はっ、たかが一宿一飯に義理固いこって……それだけでイイヤツ認定メダルがもらえんなら、私は公衆便所バッチつけた女より安いもんに成り下がった気分だわ」

御坂「(公衆便所バッチ?)――またそうやって悪ぶる」ハア

麦野「!」

御坂「あんたさ……寒がりなくせに、誰かにあっためて欲しいくせに針が引っ込められないハリモグラみたいよ。その割に針が刺さらないよう鼻先で人つついて、構おうとしたら針立ててさ」

ストンとベッドからフローリングに降り立ち、水の入っていない水槽を御坂は一撫でしながら御坂は回り込む。
半身起こした麦野の横たわるカッペリーニのソファーへと。
微かに床を滑り僅かに絹が擦れる音と共に、歩み寄る。

御坂「器用なのは料理の手先だけで、生き方ぶきっちょ過ぎ。まるで、自分はワルいヤツだって言い聞かせて、そうしなくちゃいけないってムキになってる……自分に厳しいのと自分を許さないのは違うのよ」ヨイショ

麦野「こっち来るな」

御坂「イヤよ。どうして私が私の事嫌いなあんたの言う事聞かなくちゃいけないのよ」ポスンッ

麦野「おい」

御坂「本当にイヤなら力尽くで反撃すれば?あんたの馬鹿力ならそれくらい朝飯前でしょ?違う?」ゴロン

170 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:10:08.61 ID:5HPWMU5AO
〜7〜

麦野「……何の真似だテメエ」

御坂「相手の顔見えないヤツとは話したくないんでしょ?あんたが私の目線まで下がって来れないなら私が上がるしかないじゃない。こんな風に」

麦野が身構えるより早く――御坂がその後頭部を麦野の膝上に乗せた。
もちろん麦野とて顔が見えない云々を言及していては『電話の女』との連絡だって取れなかったであろう。
御坂も放言だとわかっているから敢えて取り合わない。

御坂「……あんたがどんな世界で生きて来たか、どうやってアイツと出会ったかとか、はっきりと聞いた事はないけど……」

麦野「………………」

御坂「それに引け目だとか負い目だとか持って、勝手に一人で線引きしないでよ。何だかそう言うの、見てて悲しくなるから」

麦野「お説教?お説法?お節介?」

御坂「そんなんじゃない!勿体無いって言ってるの!!」

御坂は見抜いている。前々から薄々と当たりを付けていた自分の考えが……
この麦野と二人きりと言う時間と空間の中で、窓辺より射し込む幻暈の燐光のように朧気な疑問が確信へと。
気位の高い麦野に対して上から目線と言うのは逆効果と思われるが実は違う。
目線を上にして実はやっと対等なのだ。何故なら彼女は高足の椅子の子供で、御坂は架け梯子の子供だから。

御坂「こんな言い方私にされるの嫌だろうけど――あんた、本当に優しくなったわ。出会った頃とまるで別人。それが今日一日ではっきりよくわかった」

麦野「テメエに私の何がわかる?」

御坂「わかるわよ。大好きなアイツの側にいて、大嫌いなはずの私までこうしてくれてる。あんたがどれだけ“イイヤツ”とか“イイコト”に高いハードル上げてんだか知らないけど……もうあんたは、私の中でただ嫌いな悪人になんて括れない」

麦野「………………」

御坂「あんたはそれをぬるま湯の中で弱くなったって思ってるでしょ?優しい時間の中で甘くなったって思ってるでしょ?だからひとりになろうとする。悪ぶろうとするのよ。だから」

そして麦野は御坂の語るがままに耳を傾ける……
常のように鼻であしらい笑い飛ばす事も、腰を折り水を差す事もしない。

御坂「――勝敗とか生死とか善悪とか強弱とか敵味方とかそういうわかりやすい“力”を取り戻そうって必死に足掻いてるの……わかるよ。私にはわかるよ麦野さん」

何故ならば

御坂「――私も、あんたと同じレベル5(超能力者)だから―――」

171 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:12:08.88 ID:5HPWMU5AO
〜8〜

わかるよ麦野さん。あんたがアイツの側でアイツと一緒に戦う時――
きっとあんたは自分の拠り所をほとんど手放して闘ってる。
生死・善悪・勝敗・強弱・敵味方……私の中にも薄かったり濃かったりしてもある要素が上条当麻にはない。

でも多分完璧主義者で、そういう人から見れば無駄なこだわりが捨て切れないあんたには……
アイツを守る『力』がどんどん勢いや鋭さを失って行くように感じられてるんでしょ?
一人で生きて、独りで死んでいいなんて思ってる人間が人の輪の中で生きて行く事はどんどん弱くなる事だって。

私はあんたを人を人とも思ってない人間だとずっと思ってた。だけど――
アイツやあのシスターと一緒にいる時のあんたは、紛れもない普通の女の子だった。
守りたい人が、接する人が、交わる人が、増えて行く度にあんたはそれを重荷に感じてるんでしょうよ。

私達レベル5には理解者が少ない。同じレベル5同士だって分かり合ったり語り合ったりする事なんてない。
そんな中で、私やあんたの中で占めている『上条当麻』って言う存在がどれだけ稀少で貴重なものかも痛いほどわかる。
辛いんでしょ?苦しいんでしょ?アイツだけ守っていれば良かった世界から、だんだん広がるあんたの世界まで含まれていくのが。

あんたが何を抱えて、負って、担ってるかなんて私にはわからない。
だけど自分から孤独に逃げ込んで、自分を孤立に追い込んで、自分は孤高だなんて思って欲しくない。
強さとか、力とか、それだって大事だけど――人間として、当たり前に感じていいはずの優しさや穏やかさや柔らかさまで重荷に思って欲しくない。

戦って、闘って、戰い抜いて――私にはまるであんたが戦う事に逃げてるように見える。
平和の中でそんな胃に穴が飽きそうな重苦しい事考え続けて、磨り減りそうな戦いの中でしか自分を爆発させられないみたいに。
アイツの側にいる時のあんたの素顔を、アイツ以外の場所で出しちゃいけないなんて決めてるのあんただけよ。

――誰があんたを強い女の子だなんて最初に言ったんでしょうね?
あんたはいつから“強い自分”から“強くなきゃいけない自分”に変わってしまったの?
あんたは女として強いよ。だけど肝腎の人間の部分があんまりにも……不憫過ぎる。

あんたを椅子の子供だって言った第五位の言葉が、少しわかった気がする。

172 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:12:45.03 ID:5HPWMU5AO
〜9〜

私は甘ったるい馴れ合いと、生ぬるい凭れ合いが大嫌いだ。
でも本当はわかってる。私にとって世界は優しくちゃいけないんだ。
人を殺した日から壊れて閉じた私の世界が優しくちゃダメなんだよ、御坂。

それが私にとっての『自分だけの現実』だからだ。
誰かと愛情を育てて、友情を育んで、理解を深めて、信頼を高めて――
そんな世界が私にあっていいはずがない。あっちゃいけないんだ。

御坂、お前の回りの優しい世界みたいにね。

馴れ合いが嫌いと言いながら、私がアイテムを使い勝手の良い使い捨ての出来る使い潰しの道具と連んでいたのは――
私は人殺しで、絹旗は置き去り、フレンダは殺しを趣味にしている節があるし、滝壺にはあそこしか居場所がなかった。
――私達は世界に見捨てられて、神様に忘れられた側の人間だ。
傷を舐め合う趣味はないけど、あんたがいるような世界に侮蔑や憎悪を覚える事もなかったから。

私にとって上条当麻とは、御坂がいるような昼間の世界でも私がいた夜の世界でもない、優しい優しい夕闇だった。
私と当麻が出会った、劣等感の光でも優越感の闇でもない場所……フラットな優闇の世界だったからだろう。
わかってる。大事な所に特例を作る時点で私の完璧主義は破綻してるってね。

ダメなんだよ御坂。もう私は散々自分の決めたルールさえ守れず破り続けてる。
無駄なこだわりだってお前は笑うだろう。当麻が知ればそんな幻想をぶち殺すでしょうね。
でもダメなんだ。自分を雁字搦めにして、上乗せした理由と後付けした意味で自分を縛り付けないと私はダメなんだ。

この爆発しそうな重圧と、破裂しそうな矛盾に折り合いがつけられない。
私にとって世界は平和じゃダメなんだ。いつだって残酷じゃなきゃイヤなんだ。
そうでないと私が否定して来た他人の人生と、拒絶して来た救いの手と、破壊して来た命に向き合えない。

今だって御坂への原液だった憎悪が嫌悪に、嫌悪が好悪にまで稀釈されてるんだ。
ドス黒いマグマのようだった自分が、当麻の腕の中で37度の牛乳風呂みたいになるまで私はぬるくなった。

当麻、あんたは私が失ったもの、諦めたもの、捨てたものまで与えてくれる。
私はそんなあんたにどんな顔したらいい?きっとね、申し訳なくなるくらい悲しく笑ってしまいそうになる。
この世界は私に優し過ぎる。味方が多すぎる。あんたは私を甘やかし過ぎだよ。

173 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:15:21.91 ID:5HPWMU5AO
〜10〜

当麻、あんたが暗部上がりやスキルアウト崩れ辺りなら私はこうなってない。
もっと好き勝手にやるし、どこで野垂れ死んでも……まあ、復讐は間違いなくするだろうけど守らない。
だって悪人と悪党だから。人でなしとろくでなしだから。
遅かれ早かれ煙みたいに消えるか、土の肥やしになるか、カラスの餌になる末路しか待ってない。

当麻、あんたは笑うかも知れないけどね……私はお前の間にもし子供が出来たらどんな名前にしようかとか……
どんな子供かな?男の子ならイケメンかな?女の子なら麻利ってつけたいな、なんて思ってニヤニヤする時がある。
下らねえ結婚式特集の三文記事読んで、私なら海上ウエディングにするねとかバカな事を考える。

冬は二人きりでどっか旅行行きたいな、なんて思ってあんたが学校言ってる間にくだらねえパンフレットを立ち読みする事もあるんだ。
学園都市で“外”の3Dなんて目じゃない4Dのアトラクション施設が出来たらインデックスをビビらせに三人で行くのも悪くないなんてね。
一人でブラブラしてる時、たまたま入ったカフェが当たりだった時は今度一緒に来たいなだとか。
……一人で見れば、独りで観れば色褪せて見えるこの学園都市(まち)が
 
 
 
 
 
―――あんたが何気なく見てる風景が、一緒にいる私にとってどんなに美しい景色かあんたはわかってない―――
 
 
 
 
 
あんたは命以外何もかも失ったクソッタレな私の人生から、金で取り戻せないものを惜しげもなくくれる。
あんたはショートケーキがあれば、上に乗ったイチゴをごく自然に私にくれるようなヤツなんだよ。当麻。

今私の指に嵌ってる二万五千円くらいのブルーローズリング、お風呂と料理の時くらいしか離さないくらい大切なんだよ。
離れててもあんたと繋がれてる気がして、一人でいても寂しくない。
安っぽくて、そのクセ重たい女でしょ?私。だからせめて、あんたの力にくらいならせて欲しい。
度し難い私の、救いがたいエゴのために私はあんたを守りたい。

――だから私は泣いちゃいけない。弱くなっても甘くなっても丸くなってもいけない。
だから御坂……私はお前を受け入れられない。
私がインデックスを側において、あんたを寄せ付けない本当の理由――教えてやろうか?



それはね―――………
174 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:15:55.54 ID:5HPWMU5AO
〜11〜

麦野「――そうね。だから何?」

御坂「………………」

麦野「あんたのありがた〜〜い話はよーくわかったよ。確かに私は弱くなって丸くなって甘くなってぬるくなった。あんたにこんなナメた口きかれても、この距離で首を刎ねない程度には。だけど優しくなった、って言うのは見込み違いで見当違いで勘違いで思い違いだよ。あんたは私って人間をまだわかっちゃいない」

膝枕の体勢になった御坂の滑らかな頬に麦野は掌を添え指を這わせる。
御坂はそれを目だけ動かして見やる。ひどく優しい手付きだと。
ちょうどガラスのランプシェードを愛でるようなそんないたわりのこもった動き。

御坂「……そこまで意固地と言うか、意地っ張りって言うか……死んでもNOを貫き通して不完全なYESも許さないなんて、ほとんどビョーキよ、私からすれば」

麦野「……そうかもね」

御坂もまた麦野の柔らかな頬を撫で、なぞり、さすり、くすぐる。
ふう……と言う息を一つ吐き出さざるを得ない。
なだめてもすかしても、押しても引いてもダメ。
冗談のような想像だが、金庫の中にまた一回り小さい金庫、その中にまた……
と言った頑健さと堅牢さと強固さを誇る、鍵穴のない心を相手取っている気分だった。

麦野「――なんでだ?」

御坂「なにがよ?」

麦野「何がどうして、あんたはそこまで私に構いたがる?これだけ罵詈雑言ぶつけられて、怒りはするだろうけどマジ切れさえしない。あんたはそんな呑気な性格じゃないでしょうに」

御坂「わざと怒らせよう、あえて嫌われようってやってるヤツの思い通りになんて誰がなるもんですか!」

麦野「………………」

御坂「あんたの性格のひん曲がり方はね、きっとアイツ以外の誰にも解けないと思う。けどね……」

いつしかBDが終わり、室内の音が消えた。後頭部に感じる柔らかさや温かみ。同じ血の通った人間だとわかるそれ。

御坂「――あんたがどれだけ拒絶しても、周りが否定しても、あんたが本当は優しい人だって事、私は覆すつもりないし」

麦野「……何が言いたいのか、私にはさっぱりだわ」

御坂「うーん……改まって言うのも、幼稚園か小学校以来なんだけどさ。一度しか言えないから聞いて?」

麦野「はあ?」

御坂「あのね――」

その時、眼下より御坂の両手が見下ろす麦野の頬を挟むようにして――言った。

175 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:18:53.30 ID:5HPWMU5AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――私達、友達にならない?――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
176 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:19:53.76 ID:5HPWMU5AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第六話「優闇と優凪の奏鳴曲」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
177 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:20:25.04 ID:5HPWMU5AO
〜12〜

麦野「!!!???」ビクッ

御坂「ちょっ、ちょっと何て顔してんのよ!?どんなリアクションよそれは!?」

麦野「」

御坂「(あっ、やっぱり。この人言われた事ないんだこういうの……)」

そこでの麦野の表情は、御坂が見て来た中でこれ以上ない驚き顔であった。
まるで昼寝中に尻尾を踏んづけられた猫のように。
そこで御坂は思い当たる。この女は絶えず周囲を威圧する事で己の椅子を確保して来た人間だ。
つまり――対等な目線で、直球の好意をぶつけられた事がない。

麦野「ふ、巫山戯けんな……テメエと友達なんてくくり、へへ反吐が出るわよ」

御坂「この期に及んでまだ人を舐め腐った態度を止めないのは感心するけど、グズグズのズルズルじゃない」

言わば地獄甲子園クラスのデッドボール、孫六もビックリの荒れ球のインハイ、肩繰高のファックボールetc.……
麦野沈利は言わばアストロ球団も真っ青な世界でピッチャー返しを連発して来た人種である。
そこに思春期の息子に父親が投げるキャッチボールのような球が投げられたのだ。見逃し三振以前の問題である。

御坂「……ふー。何よ、私と友達になるの、そんなリアクションされなきゃいけないくらい生理的に無理なの?流石の美琴センセーもそれはヘコむわ」

麦野「待ってよ……あんたまだ酒残ってんの?」

御坂「ないわよっ!」

麦野の目が泳いでいる。切り返しに力がない。御坂の顔を撫でる手が止まっている。
それに対し御坂は膝枕から頭を上げ身体を起こしソファーの上でお見合いの形を取る。

御坂「だからさ……あんたが見た目より色んな事考えてるのもわかる。どんなに口が悪くたって本当は優しいし、嫌いなところまだまだあるし、アイツの事でもいろいろあるけどさ……」

麦野「――――――」

御坂「……もう、顔合わせる度に罵りあったり喧嘩するの、止めよう?お互い疲れるし、私もずっとあんたとこのままってイヤなのよ」

麦野「……白旗上げるって事?」

御坂「違うわよ!張り合うのはともかく煽り合い罵り合いをやめようって!あんたも疲れるでしょ?私だってあんたは嫌い。だけどこのままでいるよりずっとマシってだけ!ほらっ」

そこで御坂が差し出したのは――紛う事無き握手の形。
俗に言うシェイクハンドである。しかし麦野はそれをキョトンと見つめ――

178 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:21:32.27 ID:5HPWMU5AO
〜13〜

麦野「(´・ω・`)ノミ」ペシーン

御坂「(#^ω^)つ」……スッ……

麦野「(`・ω・´)ノミ」ペチーン

御坂「(#°Д°)つ」……スッ…

麦野「(°∀°)ノミ」ビターン!

御坂「(#°皿°)つ」……

麦野は握手を拒否するようにその手を叩く。まるでエサやりの手を引っ掻く猫である。
撫でられる事は死ぬ事と見つけたなりと言わんばかりに。
忘れられがちだが麦野の性格と人格、そして意地と強情さは最低最悪である。
恐らく聖母マリアが差し伸べた手にツバを吐きかけるほどの性悪である。

御坂「何で手叩くのよォォォォォォォォォォ!!」

麦野「巫山戯けんな!さんざっぱら罵って見下してこき下ろして来たテメエと“はいそうですか、私達お友達になりましょうキャッキャウフフ”だあ!?出来るかクソッタレ!!」

御坂「だからそれも含めて水に流しましょうってんのにあんたはァァァァァァァァァァ!!」

麦野「バケツ一杯のシャネルぶっかけても聳え立つクソはクソだ!!んなキレの悪いオチはとっとと便所に流しちまいな!!」

御坂「別に毎日メールしろとか放課後お茶しに行こうとかパジャマパーティーしようとかそう言うんじゃないから!!私とあんたは対等!上だ下だで喧嘩すんのもう馬鹿らしいでしょ!!?」

麦野「………………」ツーン

御坂「……ほらっ」

そっぽを向く麦野の手を取り、ニギニギと握手を交わす御坂。
麦野はそれを振り解くでもないが、握り返さない。
御坂とてわかっている。麦野はこういう人間で、それに付き合って喧嘩していても何ら建設的な発展は望めない。
こういうところが御坂も麦野が大嫌いなのだ。しかし

麦野「……なんでなのよ」

御坂「今更ぐじぐじ言わないっ」

麦野「……私とテメエは敵同士。それでいいじゃないか。そうじゃなきゃダメじゃない……そうでしよ?御坂」

御坂「それはあんたが作ってあんたが守る自分のルールでしょうが。誰にも屈さないその姿勢は認めるけどね――」

御坂はやっと理解した。上条が麦野を好きな理由の一つは恐らく――

御坂「――どんだけ悪ぶっても、ひとりになろうとしても、出会った時私を殺そうとした“強い”麦野沈利は帰ってこないわ」

この、いじらしいまでの未分化な幼さだ。

179 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:24:43.68 ID:5HPWMU5AO
〜14〜

麦野「………………」

御坂「あんたがアイツを支えようって必死になってるのはよくわかるわよ。誰の手も借りず人も当てにしないのもわかる……私もそうだったから」

『絶対能力進化計画』……麦野も御坂もそれを知っている。
麦野の精神状態は常にあの時の御坂と同じだ。
人並み外れたタフネスさと上条当麻と言う存在に支えられて今の所は小康状態だが――

御坂「……でもね、人間ってそんなに強くない。レベル5の力とこれは別物なの。わかるわよね?」

麦野「……わかる」

御坂「私だってね、あんたが昔のままならこんな事言わない。勝手にすればって思う。けど、あの神裂って人と戦ってるあんたを見てから……アイツを、あの天使の羽根みたいなので守った時のあんた見てから……わかんなくなったの。ただ嫌いでいれたら良かったのにそれが出来なくなったの」

それが長く続かない事も御坂にはよくわかる。
平和に馴染めず、人の輪から距離を置き、自分なら食事が入らなくなりそうなネガティブ思考を抱えて――
あんなに、あんなに悲しそうにみんながトランプしている姿を見守っている姿を見て耐えられなくなったのだ。

御坂「――なんでかな、一番なりたくない女の見本ナンバーワンのあんたと私、なんか似てる気がするの。悔しいけど」

麦野「うん……」

御坂「けどね……サバサバしてるクセに変にウジウジしてるあんたに、いきなりみんなと仲良くなんて絶対出来ないだろうし」

麦野「イヤよ……ベタベタすんのは好きじゃない」

御坂「でしょ?――だからさ、あんたが困ってる時、辛い時……逆に私もそういう時があると思う。そんな時さ、顔合わせてコーヒーでも飲めたらさ……いいと思わない?これなら重くないでしょ?」

麦野「御坂……」

御坂「――あんたは何でもかんでも一人でやろうとするから深い所まで重い事考えなくちゃいけなくなるのよ。私もそうだから」

あれはまるで言葉の通じない国に、地図もなく放り出された旅人だ。
それ以上に自分で引いた線から踏み出せず人を受け入れられない。
御坂とて以前の麦野ならば勝手にすれば!好きにすれば!となっただろう。が

御坂「――自分をさ、少しだけ許してあげて?あんたが何に苦しんでるか知らないけど」

麦野「………………」

御坂「あんたが自分を許せないんじゃ、誰もあんたを許せない。それでもあんたが自分を許せないなら――」

180 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:26:12.23 ID:5HPWMU5AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――私が、あんたを許すよ。あんたはここにいていいんだって―――――― 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
181 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:28:05.34 ID:5HPWMU5AO
〜15〜

麦野「―――………」

御坂「馬鹿の考え休むに似たりって言うけどさ、あんたの雰囲気ってなんかもうノイローゼみたいな感じがする。でもね?あんたがあそこにいるのを責める人間なんて誰一人いなかったでしょ?」

麦野「……あんたはどうなのよ」

御坂「私の事は私!……そんなさ、何だかやり直す事さえ諦めたような投げやりな感じもうやめよう?」

麦野「(―――似てる……―――)」

右目に諭す御坂、左目に笑む上条を麦野はその時幻視した思いだった。
性別も違う、レベルも違う、関係性も違う、なのに重なる鏡像。
そう、麦野の中にあって『ただ一つの救い』で『なければならない/あらねばならない』存在の二重写し。

麦野「……ガキが」ポスッ

御坂「えっ!?」

麦野「馬鹿馬鹿しい――」

御坂の肩に寄りかかるようにして、そのままソファーに倒れ込む。
苦しくてたまらない。全身から疲労に、脳の芯から疲弊に近い感覚が押し寄せてくる。
受け止め損ねて押し倒された御坂が慌てふためく声を、麦野は遠く聞こえた気がした。

麦野「(―――御坂、あんたは当麻の“味方”であっても、私の“敵”じゃなくちゃいけないんだ)」

――御坂がインデックスを受け入れ御坂を跳ねつける理由。
それは御坂が、絶対に揺るがない正しい者として、過ちとわかっていて振り切ろうとする麦野の前に立ちふさがる存在でなければならないと言う事。

麦野「(皆が私の味方で、同じ局面で倒れたら――私が死んだ後、誰が当麻を支えるんだ)」

麦野が欲しかったのは、過ちを正す存在。『悪』の自分を討つ『善』の自分、御坂美琴。
御坂は自分と違った角度での上条を支える存在でなければならない。
似たような駒は同じ局面で全滅する可能性が高い。だから――
御坂は、黒白の盤外に位置せねばならないと……
麦野沈利の死の後、すぐにでも上条当麻を支えられる存在。欠けた双翼を補う片翼の駒として――
182 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:30:52.37 ID:5HPWMU5AO
〜16〜

それはね――私がもし当麻を支える戦いの中でくたばった時、あんたしか当麻を支えられる女がいないと思ってるからよ、御坂。
そういう意味で――私は私のための、身勝手で独り善がりのエゴイズムのためにあんたを利用してる。
ある意味では――私が受け入れたインデックスよりずっとずっと高く評価してる。

似た能力、一つ違いの序列、愛した男が同じ……それでいて異なる物の見方。
私にとってあんたは、これ以上ない最高のスペア(代替品)だ。
その当麻が好きって言う心の動きさえも――私の手の内だ。

こんな私があんたの友達でいていいはずがない。あんたが私を友達にしていいはずがない。
私は腐ってる。狂ってる。どうしようもなく歪んでる。
だから私はあんたと絶対に友達にならない。そんな資格は私にない。

私はいつかきっと取り返しのつかない過ちを犯す。
これは甘えだ。あんたを体よくストッパー代わりにダシにしてる。
私とあんたが肩を並べるとしたら当麻に絡む戦いの時だけだ。
それ以外で交わってヘラヘラ出来るほど私は人間が出来てない。その程度の恥くらい知ってる。

あんたとだけは馴れ合わない。あんたが当麻を真剣に好きなのをわかってて、それでも髪の毛一本譲ってやるつもりもない。
――だから、私は死の形以外で当麻と別れるつもりもない。
私が死んだら、あんたに当麻を預ける。だから決してあんたには番を回さない。

あんたは綺麗だよ御坂。私が見てきた女の中で一番綺麗だ。
真っ直ぐで、強くて、揺るがない。素のまま生のままの自分で勝負出来る。
私には無理だ。間違ってるとわかってて道と自分を曲げられない。御坂、あんたはね――
 
 
 
 
 
―――あんただけが、私にとって唯一無二の“対等の敵”だ。
 
 
 
 
 
私の前に立ちふさがって私に食ってかかれる……唯一の人間なんだよ御坂。
いつか私はぶつかる。遠いか近いか、早いか遅いかはわからないけど、未来のどこかで避けられない激突が必ずある。
お前は私にとって眩し過ぎる。だから馴れ合わない。

私がもし、お前を友達と呼べる日が来るなら――
それはきっと、生きて帰るつもりもない戦いの中自分と引き換えにしてでも殺さなきゃいけない奴に出会った時だ。
――あんたは私がなれなかった私で、私はあんたがなろうとしてもなれない私だ。



だから――



183 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:31:19.89 ID:5HPWMU5AO
〜17〜

麦野「――ぶち殺してやるよ、そんな幻想」

御坂「―――!!?」

その時――麦野が寄せた美貌が、御坂と相貌に重なった。
御坂の唇のちょうど真横に、落とされた口づけ。
それに御坂が真っ赤に紅潮させた顔のまま引きつり、物音に身を固くし目を瞬かせる猫のように硬直した。

麦野「――死ね。死んじまえ。これが私の答えよ御坂。もういっぺん言う。死ね!」

最も唇に近い場所に落とされた口づけが離れ、御坂の形良い耳朶へと麦野は囁きかけた。
静止した時間が、交わった長針を引き離し重なった短針を引き剥がすように。

御坂「なっ、ななっ、ななな……」

麦野「唇じゃねえんだ。お互いこれでノーカウントよ。ざまあみろクソッタレ!!」

御坂「なにすんのよあんたはァァァァァァァァァァ!!?」

ライナーとマスカラの落ちた眦が離れて行く。
グロスもリップも引かれていない唇が離れて行く。
ストレートとウェーブのかかった髪が離れて行く。

麦野「(悪いね当麻。これ浮気じゃないから。さっきヤられた分の仕返しだから)」

御坂「これが答えって……答えになってないわよ馬鹿ー!!」

麦野「(そう言えば、インデックスにもほっぺにチューしてやった事ねえな。いやしないけどね?女同士とか気持ち悪い)」

御坂「ちょっとあんた!聞いてんの!?ねえってば!!」

麦野「(ああ、そう言えば当麻におかえりなさいとおやすみなさいのキス出来なかったな。明日はおはようのキスもなしか。口直ししたいなー)」

御坂「――麦野さん!!」

麦野「馴れ馴れしいんだよ。太いのブチ込んで幻想と一緒に××もブチ犯してやろうか?」

御坂「っ……」カァァァ……

麦野「おやすみ。私ソファーで寝るからあんたベッド使って。それじゃ」ズルズル……バサッ

御坂「ちょ……ちょっとー!!」

そして麦野は上条のワイシャツを寝間着に、ボロボロのぬいぐるみとふかふかのブランケットを引きずってソファーに寝転んだ。
カッペリーニのソファーは数人掛けでもなお広々としているし、何よりそこらのベッドなど話にならないほど柔らかいのだ。
長時間座っていても寝ていても身体が痛くならない。と

麦野「ん……ああ、携帯」

不意に腰元に感じる違和感……それは先程放り出した携帯電話だった。

麦野「………………」

184 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:33:59.43 ID:5HPWMU5AO
〜18〜

なっ……なんなのよこの女!!?私が嫌いなの!?嫌いならなんでチューすんのよ!
ビックリし過ぎてかわせなかったじゃない!黒子だってあそこまで大胆にやらないわよ!!
……この期に及んでまだ私の事そんなに嫌いなら、どうしてそんな事するのよ。訳がわからないじゃない。

麦野「第三位」

御坂「……なによっ」

麦野「まだ怒ってんの?あんなの変態なあんたの後輩が挨拶代わりにやってるんでしょ」

御坂「させないわよ馬鹿っ!」

麦野「あっそ。別にどうでもいいんだけどさ、ちょっとこっち来てよ」

御坂「……またするつもり?」

麦野「してほしいのか?死ね。写メ撮るからこっち来いっての」

御坂「は?」

えっなに?写メ撮るって……なんの写メ撮るの?
……とりあえず、行ってみるか。また同じ事したら電撃浴びせてやるわ。
やっぱりこの女大嫌い!いきなりあんな事するなんて人間として最低よ!

麦野「よっ……こんくらいくっつきゃ入るか?」グイッ

御坂「わわわっ……」

うわっ……何これ、アイツとケータイショップで写真撮ろうとした時みたい……
どうしようすごくいい匂いするこの人……指細いし……か、肩くっつけてるだけでわかるくらい胸ボリュームあるし

麦野「――たまにはいいでしょ、こんなのも」

御坂「……?」

麦野「何でもない。撮るよー」

パシャッ

麦野「……こんなもんかしらね?」

御坂「うん、いいんじゃないかしらね」

麦野「何せ元が良いからね。私の」

御坂「ナルシスト!!」

麦野「逆に聞くわ。私から外見と能力取ったら何が残る?」

御坂「」

麦野「そういう事」ピコピコ

わー打つの早いな……やっぱり手先器用なんだ。
の割に爪とかそんなにつけたりいじったりしてないみたい。
ん……でもさ、何でいきなりツーショット写メなんか??
たまにはいいとか言うのはまあ……確かにそうだけど?

麦野「こんなもんか。修正完了」

御坂「わー……きれかわ」

麦野「――勘違いすんなよ。私はあんたを友達なんて絶対に呼ばない」

御坂「えっ?」

麦野「けど……あんたが私をそう呼ぶのはあんたの勝手」

……素直じゃないなあこいつ。どんだけ高慢ちきで、どんだけ傲慢なのよ。
プライドって椅子から降りたら死ぬんじゃない?この女。

御坂「――じゃあさ」

麦野「あん?」

御坂「それ……私にも送って?」

麦野「……ふんっ」
185 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:34:46.01 ID:5HPWMU5AO
〜19〜

一方……御坂美琴不在の常盤台女子寮では――

白井「「んほぉおおおっ!!おほぉおおおおっ!!!」

――帰らざる主の目を盗み、家族全員が出払い取り残されたマコーレ・カルキン以上のハッスルを繰り広げている変態と言う名の淑女……
白井黒子が御坂のベッドの上で飛び回り、跳ね回り、のた打ち回って布団や枕の匂いを吸引してトリップしていた。
その様相たるや正気を疑うどころか狂気の沙汰であり、自然薯を掘り当てる猪が如く鬼気迫るそれだった。

白井「あは、ぬふ、ぬは、ぬほ!しゅごい!最高!お姉様っ!お姉様っ!!おねえぇぇぇぇぇ様っっ!!わたくしは……わたくし黒子はひぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!」」

まさにやりたい放題、もとい犯りたい放題である。
世の中東京タワーをレイプする魔王は存在するが――
親愛なるルームメイトにして敬愛する先輩のベッドをレイプするのはこの230万人の学生らの住まう学園都市にあって白井黒子唯一人であろう。
オンリーワンにしてナンバーワンの変態性を如何なく発揮し、白井の夢は夜開く。

白井「わ……わたくしこと白井黒子はぁぁぁぁぁぁっっ!!わたくしはいけない子ですのぉぉぉぉぉ!!お鼻がっ!!!黒子のお鼻の穴が広がってじまいますのぉぉぉぉぉぉお姉様の、お姉様のいい香りでぇぇぇぇぇぇっっ!!んほおぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうっっっ!!」

御坂は今夜実験で帰らない、と聞かされその実母美鈴からのコールも手伝ってか――
白井のテンションは土曜の夜を迎えたペンキ屋、エンドレスピークにして終わりなきクライマックスである。
炙りをやった白いうさぎをダイソンの吸引力を以て吸い込みトリップしたようにさえ見受けられる。しかし



フリソソグーネガイガイマメザメテクー♪


白井「お姉様っ!?」

突如として鳴り出す着信音に白井は正気を取り戻した。
御坂は泊まり込みでレベル5との共同能力実験に携わっているとの話しか白井は聞かされていない。
第六位が一体どのような人間か、と言う興味ももちろんあったが――
そこで白井はサイドボードに置いていた扱いにくい携帯電話を取り出し、開く。

白井「……!!?」

その濁っていた双眸が、驚愕に見開かれた。

186 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:38:52.62 ID:5HPWMU5AO
〜20〜
――――――――――――――――――――
10/3 0:43
from:お姉様
sb:もう寝たかな?
添付:(68KB)20XX1003_036.01jpg
本文:
ごめん黒子っ!実験って嘘!
でもでも見て見て!
これ第四位と撮ったの♪
起こしちゃったらほんと悪いっ
――――――――――――――――――――

白井「ぎょえええええぇぇぇぇぇ!!?」

先程までの熱に浮かされた狂態が見る見るうちにその勢いを鎮静化させて言った。
驚きはおよそに分けて三つ。一つ目は実験と言う話が嘘だった事。二つ目はどういう経緯からか第四位といる事。
そして三つ目は……よほど嬉しかったのか、こんな時間に、嘘をついた事をバラしてまで――
あの上条当麻を巡って戟刃を交えていた不倶戴天の仇と仲良く映っていると言う事実。

白井「お、お姉様に何がございましたの……黒子を、この黒子を差し置いてぇぇぇぇぇ!!」

御坂美琴は一般的な常識と感性を持ち合わせている。
そんな彼女がわざわざこんな時間にこんな用件でメールを送るなど……
久しぶりに見せたそのあまりの無邪気さに、白井は頭をかきむしった。

白井「……くうっ、くくく……ぐががが、ぐががが!ま、まあ?わたくしとお姉様が居並ぶ立ち姿の次点くらいにはお似合いでしてよ?……クソッ、クソッ、クソがこんちきしょうですのぉぉぉぉぉ!!」

ソファーなのかベッドなのか……男物のワイシャツ姿一枚のアダルトな麦野と、パジャマ姿のキュートな御坂。
右手で御坂の肩を抱き寄せ頬を合わせ、添い寝している所を上から撮影したものであろう。
御坂にいたってはうっすらはにかみながら無邪気にピースまでしているのだ。
どう見ても事後です本当にありがとうござい(ry

白井「……何故、あの第四位と?」

が、白井はそこで思い当たる。麦野と御坂の仲の悪さは余人が仲裁に入ろうとして返り討ちに遭い、調停を試みて弾き飛ばされるレベルだ。
類人猿……もとい件の上条当麻を巡っての二人の確執、遺恨の根深さは周知の事実だ。それが何故――

白井「―――お姉様は、優し過ぎますの」

決まっている。御坂美琴から、麦野沈利へと歩み寄ったのだ。
あの地雷原を敷き詰めて侵入を拒み、スナイパーストリートのように容赦なく撃ち込むような……
レベル5最狂の女性能力者に……手を差し伸べたのだろうと。
187 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:41:13.28 ID:5HPWMU5AO
〜21〜

白井「まだまだわたくしは、お姉様のあの境地には辿り着けませんの」

恋敵とも言うべき同性、好敵手とも評するべき能力者を相手に……
手を差し伸べられる器量と、歩み寄れる度量。
白井の目からすら叶わぬ恋を投げ出せない一途さ、真摯さ、明朗さ……
苦笑せざるを得ない。つくづく遠く、そして広い背中だと。

白井「……――もしわたくしが、お姉様の立場でしたら……果たして、そんな風に出来ますの?」

いっそのこと、力尽くで奪ってしまえば良いものを……と言う考えが脳裏を掠め、白井は思考を止めた。
自分が御坂の立場ならば、恋敵を向こうに回して奪い取れるか?
否と言えずわからない、と言う結論に留めた。その時になって、当事者になって初めて人は己を知るのだから。

白井「……もし――」

もし自分に御坂美琴よりも大切な横顔が出来、その相手が既に違う相手と手を携えていたならば……
自分はどうするだろう。理想としては潔く身を引いて見守る側に立ちたい。
だがもし……だがもし、その相手に自分が手を差し伸べねばならない時が来たとしたら……
自分は取ったその手を、自分の腕の中に抱き寄せてしまいはしないだろうか?

白井「……あーりえーませーんのー♪」

自分に親愛、恋情いずれの両面からも御坂美琴を上回る存在など考えられない。
もしそんな相手が生まれたとすれば恐らく、御坂とは全く違うタイプの……
砲弾すら傷を付けられないダイヤモンドではなく、指先で触れただけで砕け散りそうなガラス細工だろう。

白井「ふひゃふぅぅぇぅぅ!!ならばわたくしはしどけない寝姿写メールでお姉様を眠れなくさせますのぉぉぉぉぉぉほっほっほっほあっはー!!」パシャッパシャッ

捨てられ雨に打たれた野良猫のように、世を拗ねて背中を丸めているような相手。
御坂をとても賢く逞しく人懐っこい大型犬に例えるならばの話だ。
白井は自分で自分をそこまで面倒見の良いタイプとまで思えるほど自己評価は高くなかった。

寮監「こんな時間まで何を騒がしくしている白井ィィィィィ!」ガラッ

白井「げえっ、寮監!!」ジャーンジャーン

寮監「刎ッッ」ゴキィッ!

白井「あうう……」ドサッ

だが、冷たい驟雨に撃たれ街を彷徨う野良猫のような誰かが……
翼の折れた黒揚羽のような誰かが救いを求めて来たならば……


もし―――………
188 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:45:47.18 ID:5HPWMU5AO
〜22〜

――――――――――――――――――――
10/3 1:17
from:沈利
sb:やっと寝た
添付:(96KB)20XX1003_036.01jpg
本文:
で、こんなん撮ったよ(>_<)
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:20
To:沈利
Sb:仲良いな!
添付:
本文:
お疲れ!俺のワイシャツ……
やっぱりお前か。一枚足りないと思ったら。
インデックスも寝たぞー
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:21
from:沈利
sb:ごめん。持って帰っちゃった。
添付:
本文:
あんたもお疲れ♪ねえ、私とこいつどっちが
可愛い?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:23
To:沈利
sb:仕方ねえなあ
添付:
本文:
沈利だって。言わせんな恥ずかしい。
でも、この調子で仲良くなっていけたら……
上条さんも喜ばしい限りですよ。
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:24
from:沈利
sb:RE:仕方ねえなあ
添付:
本文:
別に
――――――――――――――――――――

189 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:47:10.90 ID:5HPWMU5AO
〜23〜

――――――――――――――――――――
10/3 1:27
To:沈利
Sb:RE:RE:仕方ねえなあ
添付:
本文:
俺から見ればお前ら友達だよ普通に。
そう思ってないのお前らだけ(笑)喧嘩友達?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:28
from:沈利
sb:死ね
添付:
本文:
(笑)←すげームカつく(>_<)お前可愛くない
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:30
To:沈利
Sb:死ねとか禁止
添付:
本文:
お前は可愛いぞ?やべえそろそろ寝る時間だ
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:31
from:沈利
sb:死ね死ね
添付:
本文:
アンタにはもったいないくらいね(>_<)
腹立つ!さっきやったオカズ返せ!!
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:33
To:沈利
Sb:もう寝るぞー
添付:
本文:
ヤだ。
今日は本当にお疲れ様。ありがとうな、沈利
――――――――――――――――――――
190 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:47:47.83 ID:5HPWMU5AO
〜24〜

――――――――――――――――――――
10/3 1:34
from:沈利
sb:結構撮り直して恥ずかしかったよ……
添付:
本文:
わかった…………ねえ、当麻私の事好き?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:35
To:沈利
Sb:よしよし
添付:
本文:
好きだぞ。すげえ大切に思ってる。
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:35
from:沈利
sb:スリスリ
添付:
本文:
もう一回!
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:38
To:沈利
Sb:ギュッとな
添付:
本文:
明日もお前に会いたい。毎日お前といたい
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:39
from:沈利
sb:私もアンタの事大好きだよ
添付:
本文:
私も同じだよ(>_<)また明日ね当麻♪
まただよ。また明日会おうね。おやすみ……


ギュゥゥッ
――――――――――――――――――――

191 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/19(火) 21:49:51.07 ID:5HPWMU5AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――――――――――――――――
10/3 1:43
To:沈利
Sb:誰かにおやすみが言える幸せ!
添付:
本文:
また明日な!!




PS:友達出来て、良かったな!
――――――――――――――――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
192 :投下終了です! :2011/07/19(火) 21:51:33.44 ID:5HPWMU5AO
第六話終了です……画像は皆様の心の目でお楽しみ下さい。では失礼いたします
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/19(火) 22:09:02.74 ID:kldqp9Hw0
さりげなく結標さんの存在ほのめかしてるところがいい…
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/07/19(火) 23:40:22.07 ID:1cPmoQSt0
乙ですの。黒子の抜群の安定性ww
本編なみの書き込みで、サラッとは読めないけど読み応えあるね。
なんだが、「re-take」っていうエヴァの同人誌を思い出したよ。
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/20(水) 02:22:11.08 ID:yIHMG5hI0
御坂パート長い

萎える
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/20(水) 04:51:03.56 ID:mcc/eElO0
むぎのんがもはや別キャラだな
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/07/20(水) 15:46:39.22 ID:aL636b1Qo
相変わらずここのむぎのんかわえぇなぁ…
ふと思ったが偽善使いの人が当麻&アイテム一家のSS書いたらどんなことになるんだろうか
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/20(水) 15:56:41.61 ID:SV0E9pHk0
やっと追いついた乙。これ新約編の前なんだね。むぎのんの性格が若い
後の作品よりまだ全然強くない。だがそれがいい
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/20(水) 16:05:33.60 ID:S8OHf6Pdo
むぎのんはかわいいなぁ!
むぎのんはかわいいなぁ!!
むぎのんはかわいいなぁ!!!
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/07/20(水) 19:20:45.08 ID:CC3Q48kAO
御坂はなぁ…なんだかなぁ
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/07/20(水) 20:32:41.39 ID:NVR8R5IAO
ミサカがいい子すぎて泣いた…
敵としてしか存在出来ないとか残酷すぎて泣ける。
202 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 18:10:33.83 ID:7OOgLsNAO
>>1です。
第七話の投下は21時になります。これで前半部分が終了となります。それでは失礼いたします
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/21(木) 20:28:31.38 ID:MBbhpim2o
お待ちしています
204 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:45:26.68 ID:7OOgLsNAO
〜1〜

浜面「あれ?駒場のリーダーは?」

服部「食事休憩だとさ。朝から何も食べてないんだと」

浜面「ヒュー!流石リーダー!!」

服部「ガッツリ三食どころか今だって食ってる奴の言うこっちゃえな」

浜面「腹が減っては戦は出来ぬ、って言うだろ?」モグモグ

服部「武士は食わねど高楊枝、とも言うだろ」

浜面「そういうお前は忍者の末裔……なあ、江戸時代とかそんな頃からお前のご先祖様ってこんな事してたのかな?」

服部「わかんねーよそんなもん。ご先祖様に顔向けどころか親不孝の極みってな事してんだからさ。今も」

浜面「違えねえや」

時を遡る事数時間前……浜面仕上、服部半蔵率いるスキルアウトの集団の一派はとある廃ビルにて棒火矢作りに精を出していた。
かく言う浜面もホットドッグを頬張る傍ら樫の木材をくり貫いており、半蔵は手製の爆薬の調合に。
残る七人の面子も完成して行くそれらに塩化ビニール性の羽根を三枚ほど取り付ける作業に勤しんでいる。
そう――全ては、駒場利徳による学園都市への反旗を翻す計画のために。
引いては無能力者狩りを行う能力者らに対応するための武器の手入れも含めて。

スキルアウトa「おーい“設置”の方はどうだー?」

スキルアウトb「自転車寄せるヤツならもう終わったって」

スキルアウトc「ちげえよ馬鹿。お偉方の施設に詰めるゴミの話だよ」

スキルアウトd「誰かやってんだろ?あれ臭えから俺やりたくねー」

スキルアウトe「ば、馬鹿聞こえ」

服部「聞こえてるぞ。文化祭じゃねえんだ!!真面目にやらねーとお前らから詰めちまうぞ!?」

スキルアウトf「ひいっ!?」

浜面「まあまあ半蔵そうカリカリすんなって。もう設置は二万件以上終わってんだろ?後は駒場のリーダーが花火上げるだけだ。それより……」

スキルアウトG「あいつらは!?あいつらは帰って来たのか!!?」

それぞれの役割分担を時に真面目に、ある者は嬉々として、またある者はマメに無線機で報告・連絡・相談と意見を交わす雑多な室内にて……
まるで花火工場のような様相を誇るコンクリートの打ちっ放しの部屋にあって響く狼狽した声音に浜面が振り向いた。
最近出所して来たらしい新参者である。その額には大きな向こう傷がついており――
されど、その強面に反して顔色は良くない。それに対して浜面は渋い顔を作りながらもそのスキルアウトの肩を叩いて宥めた。

205 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:45:53.01 ID:7OOgLsNAO
〜2〜

浜面「……落ち着けよ」

スキルアウトG「これが落ち着いていられるかよ!?もう三日だぞ!?三日も見つからねえって事は」

服部「おい!!」

浜面「だから半蔵も落ち着けって……落ち着けってのは、この際あいつらは帰って来ねえもんだって諦めろってこった」

スキルアウトG「……けどよお!!」

浜面「――最初から腹括ってこの話に乗ったんだろうが!!今更ブルって士気下げるような事言うなってんだ馬鹿野郎!!」

戦慄くスキルアウトの動揺を鎮めるように渇を入れた浜面の怒声が、室内をシンと静まり返らせた。
青白い月の光が見下ろす廃ビル内にあってその声は落とされた雷のようですらある。
それにスキルアウトの押さえられた肩がビクッと強く一度震わせたが――それがショック療法となったのか声から動揺の色が褪せて行く。

スキルアウトG「すっ、すまねえ……俺が悪かった」

浜面「……良いんだ。捕まったヤツらもこうなる事を想像くらいしてたろうし俺らも覚悟はしてる……お前の事情も、一応聞いてるし無理もねえ。けどな、二度とブレるな。いいな?」

スキルアウトG「あっ……ああ」

半蔵「………………」

駒場利徳の計画。それは学園都市内における現在コードオレンジに設定されている学園都市の警戒レベルを……
まず二万件以上設置された災害時誘導経路の阻害、VIP施設の出入り口付近周辺の排水口をゴミで封じるなどして下準備を整える。
そして常ならば保安上の問題にもならないそれらの『爆弾』を、駒場のみが知る『起爆点』より一斉に蜂起させるのだ。

それにより一斉にコードオレンジからコードレッドへと警戒レベルを引き上げ――
大量のエラー報告を打ち出し通信網を整備するサーバーをダウンさせると言う作戦だ。
当然その『起爆点』を知るはスキルアウトらのリーダーでありブレインでもある駒場利徳である。

スキルアウトGが問題にしているのは、少なからず拿捕された仲間達が帰ってこないと言う事。
駒場しか知り得ぬ情報を求め、次々と捕まっては姿を消しているのだ。
最善でも拷問、最悪殺されているだろうし――拷問の上で殺されている可能性の方が遥かに高い。

半蔵「(……とんだ厄介者拾っちまったぜ……浜面の言い草じゃねえけどこういうヤツが一人いると周りに影響がでる)」

206 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:47:50.97 ID:7OOgLsNAO
〜3〜

そもそもこの計画は、警備員が一日二日はまともに動けない状況下にあって無能力者狩りに参加する凶悪な能力者らを討つためのものだ。
自分達スキルアウトの一部と能力者が街中でかち合い、口論から始まった一連の騒ぎ……
それに対し、駒場は重い腰を上げたのだ。責任は自分達の手でつけると。

浜面「……もういい、作業に戻れよ」

スキルアウトG「ああ……」

街の通信機能を麻痺させ、警備員や風紀委員へ通報出来ない状況下にてリスト化した凶悪な能力者らを集団で襲って駆逐する。
駒場の指揮と半蔵の立案により、人員、金銭、物資……他のスキルアウト組織との連携。
計画はとりもなおさず順調に進んでいるように思えた。しかしハードに伴うソフトはそうは行かない。

浜面「……イヤなもんだな、こういうの。俺やっぱり人使うの上手くねーわ。向いてない」

服部「何言ってんだ。お前こそしっかりしろって。万が一駒場のリーダーになんかあったら次に回されるお鉢は浜面、お前なんだぜ?」

浜面「俺は駒場のリーダーほど頭も良くねえし人望もねえよ。何で俺なんだ何で……」

叩かれた肩を落として持ち場に戻るスキルアウトGを見送りながら浜面はホットドッグの紙袋に苛立ちをぶつけるようにクシャクシャと丸める。
同時に口に合わない硬水を飲み干した後のような空気が漂っていた室内が、再び機械的な作業に戻る。
誰しもが次は自分達が攫われる番かと思うと、こうして手でも動かしていないとやってられない。
浜面もまた半蔵からの駒場の後継者として……と言う説教に対して話題の矛先をそらしたかったのか

浜面「あいつさ、三ヶ月前くらいに仲間皆殺しにされて、仇討ちしようとして車で突っ込んで、結局そのまま事故ってお縄になったんだよな……だからかな、仲間絡みの事になるとカリカリすんの」

服部「例の“茶髪の女”だろ?でも“リスト”にそんな女乗ってなかったんだし、この無能力者狩りとは関係ねえのかもな……うん、三ヶ月前か……確かケンカ通りでだったよな?」

そう……三ヶ月前のある日、スキルアウトの一派が一人の能力者に絡んで皆殺しにされたと言うその事件。
死体すら残らなかった、闇から闇に葬られたその事件の犯人……『茶髪の女』と言うその特徴しか最早わからない。そう――

浜面「ああ。6月6日だ。ぞろ目の日だから覚えてる」


上条当麻と麦野沈利が出会った日である――

207 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:48:48.23 ID:7OOgLsNAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第七話「罪の跫音」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
208 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:49:14.66 ID:7OOgLsNAO
〜4〜

フレメア「うーん……うーん……」

時は遡る事数時間前、美女と野獣と悪漢の奇妙な巡り合わせは何の変哲もないコンビニエンスストアにて収束した。
皓々と照らす蛍光灯の人工的な光が夜の帳に抗うように瞬き、スイーツコーナーでおとがいに人差し指を添えてうんうんと唸るフレメア。
その背後にて両脇を固めるは駒場と垣根であり、片や呆れ顔、片やその強面を渋面を浮かべて並び立つ。

フレメア「モンブランにしようかな……ショートケーキにしようかな……うーん」

垣根「なんだ、悩むくれえなら両方買っちまえよ」

フレメア「ダメ。大体、さっき悪いお兄ちゃんとご飯食べたから一つしか入らないよ」

駒場「………………」

フレメア「ねえねえ駒場のお兄ちゃん?」

駒場「……うん?」

フレメア「モンブランとショートケーキ、大体どっちがいいと思う?」

そこでフレメアがモンブランとストロベリーショートケーキの二つを背伸びして駒場に見せた。
180センチを越える垣根をして頭一つ抜きん出た駒場とフレメアの身長差はまさに大人と子供のそれである。
結局どちらかを決めきれず、右手に苺左手に栗のスイーツを掲げてフレメアは迫る。
それこそ砂糖菓子のような笑みを湛えてニッコリと

駒場「……俺が決めるのか?」

フレメア「うん!どっちも決められないからお兄ちゃんに選んで欲しいの!」

垣根「……おーい?金髪の嬢ちゃん?」

フレメア「?」

垣根「二つとも選んで、片っぽ兄ちゃんにくれよ。そうすりゃ一口ずつだって食えんだろ」ニコッ

フレメア「ねえねえお駒場の兄ちゃん駒場のお兄ちゃん早く早く!」ピョンピョン

垣根「(……泣いてねえ、泣いてねえぞ!!)」グスン

『あなたなら私が本当に食べたい方を選んでくれるよね?』と言わんばかりに輝くフレメアの瞳に垣根は映っていない。
小さくとも女は女であり、女とは女に生まれるのではなく女になるのだ……
と言う引用を諳んじるまでもなく垣根の意見と存在と笑顔は無視された。
『男は顔ではない』と言うのは真実の一端を締めているのだ。間違いなく。

209 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:52:06.48 ID:7OOgLsNAO
〜5〜

駒場「……そうか、ならば」チラッ

フレメア「?……//////」

そこで駒場が見下ろしたのは、フレメアの服装だった。
ワインレッドのタイツにベレー帽、ピンクとホワイトを基調とした可愛らしい姿。
そこでフレメアの手にもたれたモンブランとショートケーキを改めて見やり――そして選ぶ。

駒場「――苺の方だ」

フレメア「うんっ!」

垣根「(クソッタレ)」

付き合い切れるか、と言った表情で垣根は店内をぐるりと見渡す。
深夜のためか一人しかいない店員、まばらな客しかいない店内。
傍らには巨漢と幼女、そして自分は連れる女もいない手持ち無沙汰。如何せんして所在ない心持ちである。

垣根「さーて俺はどうすっかなー……ん」

そこで垣根はドリンクコーナーへと足を運び、迷う事なくRootsのアロマブラックを手に取る。
垣根はフレメアのように二つある中から一つを選ぶ事はしない。
二つあれば二つ、ダメならどちらも選ばない。
右にパン、左に肉、選べと迫られればどちらにも口をつけず飢えて死ぬべき、それが『自由』だと言うダンテのそれに習う訳ではないが――

駒場「……それだけでいいのか?」

垣根「いいんだよこれだけで」

フレメア「また苦いの飲むの?それが人生の味だから?」

垣根「ちげえ。単に甘ったるいもんにやられたからスッキリしてえんだよ」

フレメア「?」

垣根「(お前らの事だよ!)」

わかりきった事ではあるが、人間は二本の腕しか持てない。
その中に収まり切らない何かを欲するとすればもう背に負う事しか出来ないのだ。
子供とは無垢な貪欲さを生まれながらに持ち合わせている。
可能性、と言い換える事も出来るだろう。それに垣根は目を細めた。

垣根「(いつからだろうなあ)」

ケーキを欲さなくなり、砂糖の味もわからなくなるような殺戮の暴風の中を駆け抜けて来たのは。
この秋空に瞬く星のように、ありふれた悲劇に心を砕かれ闇に堕ちた幼年期の終わり。
子供の瞳には不思議な力があり、時に鏡に映った自分を見るような気持ちにさせられる。迷いの具である。

垣根「……やっぱこれも貰うわ。いいか?」

駒場「……構わない」

垣根「たまには悪くねえか、こういうのも。ほれ」

フレメア「はーい!」ガサッ

垣根がスイーツコーナーから取り出したのは、モンブランだった。
210 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:52:50.04 ID:7OOgLsNAO
〜6〜

一手足りない、と駒場利徳は感じていた。それは自らの計画を言わば俯瞰的に見られる『鳥の目』からだ。
駒場の指示に従い手足となって動いている浜面らは言わば平面的に見る『獣の目』である。
そう、一手足りない……それは『必ず勝つ』『決して負けない』と言う相反する勝利条件。
すなわち『計画が頓挫してもしなくても無能力者狩りを止める』と言う一手。

フレメア「駒場のお兄ちゃんどうしたの?大体、いつもより難しいお顔してるよ?」

駒場「……何でもない、少し疲れただけだ」

フレメア「お休み出来ないの?もう寝る時間なのに?」

駒場「……“宿題”が溜まっていてな。なかなかはかどらなくて困っている」

フレメア「ふーん……どれくらい?」

宿題……自分がそういうものに頭を悩ませていたのはいつ頃だったかさえ記憶は朧気だと駒場は感じていた。
踏み入れた路地裏の世界。スキルアウトと言ってもそれこそ寮にも学校にも帰らず路上生活している者は1%に満たない。
潜在的には一万人は存在されると言われるスキルアウトにあってさえ帰る場所は必要なのだ。

駒場「……山積みだ」

フレメア「大体、夏休みの宿題よりいっぱい?」

駒場「――……そうだな」ヨシヨシ

フレメア「/////////」

駒場利徳は考える。最初はただ居場所が欲しかった。
学校、教室、机……そこに自分達の居場所はなかった。
居場所を作るためと言う建て前だけでは許されないような事もして来た。
自分も多分に漏れずその一人であったし、そんな自分が掃き捨てられるこの10月の落ち葉のような吹き溜まりの王となった時――
出来た事は、その中にあってスープを吸い過ぎた麺のようによれよれな『一線』を引く事だけだった。そして

駒場「……舶来、お前の宿題は終わったのか?」

フレメア「あっ……いけない」チラッ

垣根「おいコラ!“このお兄ちゃんに連れ回されて宿題が出来ませんでした”みたいな目でこっち見んのやめろ!!」

フレメア「大体、その通りじゃない?違う?」

垣根「……女って絶対わかりきった答えを男の口から言わせたがるよなクソッタレ……ああわかった!見てやるから宿題出せよ」

フレメア「えっ?お兄ちゃん、大体何年も学校行ってないってモノレールで言ってなかった?大丈夫?」

垣根「ムカついた。舐めてやがるなテメエ」ビキビキ

この温い灯火を何としてでも守りたかったのだ。何に代えても
211 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:54:50.98 ID:7OOgLsNAO
〜7〜

駒場「……モノレール?そう言えば、まだお前達が何故居合わせたのか……聞いていなかったな」

フレメア「………………」

駒場「……舶来?」

三人はコンビニの駐車場、その車止め近くに腰を下ろしていた。
駒場はスーパーの袋をシート代わりに丸々一本のハム、サバの水煮缶、生卵のパックを広げて。
垣根はコンビニのガラスに凭れかかるようにしてコーヒーを飲み、フレメアは背中から下ろしたランドセルを開く形で――
バツが悪そうな……そう、まるで先生に怒られる前の子供のように悄然と俯いた。が

垣根「――霧ヶ丘の女学院だか付属だかに絡まれてんだよ、ソイツ」

フレメア「言わないで!」

駒場「……そうなのか?」

フレメア「………………」

駒場「……そうなんだな?」

とぼけた顔で悪びれた風もなく垣根が語り、フレメアが押し黙り、その隣で駒場が顔を上げる。
フレメアは答えない。言いたくないのだろう。
だがしかしそれに付き合う義理もない垣根はおもむろに煙草を取り出して咥え、炙った穂先から立ち上る紫煙を美味そうにくゆらせた

垣根「そのガキな、自分達無能力者はゴミなんかじゃない、あなた達と何も変わらない同じ人間だ……エラい剣幕で食い下がってたぜ。おかげでこちとらこのコーヒーがねえと寝ちまいそうなくらい睡眠不足だ」

駒場「……お前が、それを助けてくれたのか」

垣根「そんなつもりじゃねえよ。ただの寝起きのムカつきぶちまける誰かが、たまたま輪にかけて五月蝿え馬鹿ガキ二人だったってだけだ」

文字通り煙に巻いて出た言葉が、乳白色の煙と共に夜風に溶けて舞い散る。
雲一つない、夜の海に揺蕩う海月に雲をかけるようなその仕草に、駒場は垣根と言う男の一端を知った。

駒場「……礼を言う」

垣根「もうもらってる」

チャプチャプと手中のRootsの缶を揺らして垣根はどういたしましてと目線を切った。
それにフレメアが一瞬非難がましい視線を送るも……

駒場「……舶来」

フレメア「……だって、だって」

ギュッとスカートの裾を握り込むようにしてフレメアは俯いたまま言葉を紡ぐ。
駒場はその巨体を屈めると言うより縮めるようにしてフレメアと向かい合う。
それは幼い姫君に剣を預ける騎士の絵画のようにも垣根には見えた。

212 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:55:20.05 ID:7OOgLsNAO
〜8〜

フレメア「……私達はゴミなんかじゃないもん……駒場のお兄ちゃんも半蔵も浜面もみんなも……みんなみんなゴミじゃないもんっ」

駒場「………………」

フレメア「みんなまで、無能力者みんなをゴミって言われてるみたいで悔しかったんだもん!!」

駒場「……舶来」

フレメア「わた、私達……私達、ごっ、ゴミなんかじゃないもん……だ、だか……ぐすっ……わたっ逃げたくなかった……逃げないで、ゴ、ミじゃないって、言ったもん!!」

フレメアは闇夜の中にあって虹をかけるような澄んだ涙をポロポロとこぼして行く。
自分を、駒場らを、無能力者を、みんなを馬鹿にされたのが許せなかったのだ。
許せない事から逃げない。これは子供にしか持ち得ぬ正義だ。
無力で、ちっぽけで、ガラクタのような力の伴わない正義。

垣根「(……ガキにしか流せねえ種類の涙もある)」

チリチリと中ほどまで焦げる黒煙草を横咥えしながら垣根は片手をポケットに突っ込む。
垣根は決してフレメアを侮り蔑んでいる訳でも、褒め称えている訳でもない。

垣根「(ガキが泣くのは、テメエの力じゃどうしようもねえ現実を何とかしたくて泣くんだ。年食ったガキが泣くのは、どうしようもねえ現実に絶望してから泣くんだ)」

フレメアは無能力者が置かれている現状が許せなくて無謀な勇気で立ち向かった。
逆に席を離れ屈しようとした女子中学生は現状の中で賢明な判断をし屈服した。
だから垣根は女子中学生ではなくフレメアを連れ出したのだ。

駒場「………………」

フレメア「ひっく……えっぐ」

駒場はそんなフレメアを抱き寄せた。ゆっくりと、まるでヒナとタマゴを抱える皇帝ペンギンのように。
垣根はそれを見るともなしにみる。離れても良いしそれがこの場に置ける最善でもあるのだが―――





駒場「……――逃げていいんだ。舶来」





フレメア「……!?」

駒場「……逃げる事には、二つ種類がある」

駒場は、フレメアの両肩に余るほどの大きな掌と野太い指を乗せてその泣き顔を見つめる。
対するフレメアは怒られるとでも思っていたのか、どうして良いかわからぬまま駒場の顔を見据えた。
垣根もまた――ポトッと椿の花弁のように落ちる灰が転がり落ちるのも気にせずそんな二人を横目で見やる。

ウサギと、ゴリラと、ライオンが一つの月の下に見える奇妙な巡り合わせ――

213 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:57:14.92 ID:7OOgLsNAO
〜9〜

駒場「……舶来、お前はダチョウと言う動物を知っているか?」

フレメア「……うん、大体、知ってる」

駒場「……ダチョウは、空が飛べない。ライオンに見つかれば」

フレメア「早い足で、逃げるんだよね?」

駒場「……そうだ。だがダチョウも追いつかれてしまう時がある。どんなに足が早くてもだ……追い詰められたダチョウは、どうすると思う?」

フレメア「……わかんないよ。駒場のお兄ちゃん」

垣根「………………」コクッ

煙草に渇いた喉をアロマブラックで潤す。煙草でも吸わないと間が持たないし手持ち無沙汰だが――
今や煙草を吸う人間など時代遅れの野蛮人と言う風潮はこの学園都市にも当然ある。女受けも決して良くはない。

駒場「――舶来、顔と目を手で隠してみろ……」

フレメア「?…………こう?」

駒場「……そうだ。何が見える?」

フレメア「大体、何も見えないよ?」

駒場「……そうだな。じゃあ……俺は消えたか?」

フレメア「?。そんな事ないよ。駒場のお兄ちゃんはそこにいるよ」

駒場「……そうだ。だがもし、舶来がダチョウで俺がライオンならどうする?」

フレメア「えっ」

駒場「……ダチョウは追い詰められ、逃げ場を失うと地面に穴を掘って顔を埋めるんだ。そうするとライオンは見えない。見えないからライオンはいないんだと。だが――ライオンは変わらずダチョウを食おうとする」

フレメア「あっ……」

駒場「……それは悪い逃げ方だ。現実に目の前にある怖くて恐ろしいもの目を瞑って逃げようとしても、ライオンは消えない。絶対に」

垣根「………………」

しかし――こうやって、ただボーっとしているくらいならば身体に悪くともサマになると垣根は考える。
ダチョウとライオンの関係性について思いを巡らせるそれに対しても。

駒場「……もう一つはウサギの逃げ方だ。ウサギは――やはりダチョウのようには飛べない。これは同じだ。だがウサギは――」

フレメア「………………」

駒場「……“逃げる”ことから“逃げない”。逃げて逃げて逃げて……生き延びるまで逃げて生き残るために逃げるんだ」

フレメア「……うん」

駒場「……舶来、一生懸命生きるために逃げるウサギは本当に臆病だと思うか?」

フレメア「ううん……臆病じゃない」

駒場「……逃げろ。舶来。生きるために逃げるんだ」

214 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:57:43.16 ID:7OOgLsNAO
〜10〜

垣根「(……品と学のわかった野人か)」

根元まで燃え尽きた、煙草一本分の講義。そう――駒場が教えたかったのは逃げる勇気、生きる勇気だ。
モノレールでもフレメアのした事は、果たして垣根が偶々居合わせなかったらどうなっていたか……
結果は言うまでもない。駒場はそれをフレメアに諭したかったのだ。

駒場「……舶来、お前が俺達の分まで戦ってくれた事は……俺まで勇気をもらえた気持ちだ。だがしかし……お前のそれは無謀な前進だ。俺はお前に、勇気を持って逃げる事を知って欲しい」

フレメア「うん……でも」

駒場「……でも?」

フレメア「――どうしても、戦わなくちゃいけない時が来たら?」

駒場「――……」

だが……返って来た問いに駒場は苦笑しそうになった。
今がまさにその時だ。無能力者と言うウサギの身でありながら能力者と言うライオンに挑む自分が……
ダチョウにならないための、ウサギの王。追い詰められ戦うウサギそのものだと。

駒場「……その時は戦え。しかし一人では決して戦うな」

フレメア「……うん」

駒場「……逃げながら戦い、戦いながら逃げ、生きるために戦うんだ……約束だ、舶来」

フレメア「うん!!」

垣根「……フー」

垣根が煙ではなく息を吐いた。まるで答案用紙の解答に満足したようにライオンの王は月を見上げる。及第点だな、と。

垣根「……お兄さんからのありがた〜〜いお勉強も良いが……お前、宿題はどうすんだ?」

フレメア「あ」

垣根「宿題から逃げると先公がライオンに化けるぜ……どれ」

と、そこで垣根がフレメアに財布を渡して言った。
コーヒー二つ買って来い、代わりに好きなお菓子も一つだけ買って良いと。
そうすれば宿題を教えてやろうと言う交換条件で。

フレメア「えー……」

駒場「……行って来てやれ、舶来。このお兄ちゃんへのお礼、まだしてないんだろう」

フレメア「ありがとうは言ったよ?うん、じゃあ仕方無いから行って来てあげる!」タッ

垣根「俺をここまでコケにしてくれやがった女はテメエで二人目だこんちくしょう」ポイッ

駒場「っ」パシッ

去り行くウサギ、取り残されるゴリラとライオン。
そして垣根が駒場へとブラックルシアンを放り、それを駒場がキャッチした。
215 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 20:59:49.75 ID:7OOgLsNAO
〜11〜

駒場「……身体に良くないぞ」

垣根「あんたは吸わねえ口か?」

駒場「……浜面に付き合って、何度かは、ある」

キンッとガボールのジッポーから灯される炎が、無骨な駒場の顔を照らして火を付ける。
ゴホッと一度は噎せたようだが見た目よりキツくないせいか、浅いクールスモーキングで駒場も紫煙で肺を満たす。
合わせて垣根も二本目の煙草に火を点け、男二人並んで満月を見上げる形になった。

駒場「……何故こんな事を?」

垣根「あんたの講義が面白かったんでな。だがあんたは二カ所嘘をついた。たいがいのダチョウは穴掘る前に喰われちまうよ」

駒場「……言うな。子供に言って聞かせるには、ああする他浮かばなかった」

垣根「“仮退是退、真退是敗”の例えが一発でわかる小学生がいたら俺は禁煙を賭けても良いぜ」

駒場「……何回禁煙に成功した?」

垣根「聞いて驚け。何と三回だ」

喉を鳴らして笑う垣根、肩を揺らして笑う駒場。
実にくだらないやり取り過ぎて、一時『計画』に力んでいた力が抜けるようだと駒場は微苦笑した。

垣根「――部外者の俺が言うのもなんだが、あれが最善だったと思うぜ」

駒場「……誉めたら同じ事を繰り返す。叱れば萎縮させてしまう。諭す他なかった……なら、もう一カ所の嘘は?」

垣根「“君主論”の捩りだ。細かい事情はわからねえが……あんた、あのガキを巻き込みたくないんだろ?戦いの中に」

駒場「……“止むに止まれぬ人にとっての戦いは正義であり、武力の他に望みが断たれた時、武力は神聖なものとなる”……カビの生えた墓土のマキャベリズムだ。俺はあいつが戦わずとも良い状況を作りたい」

垣根「そうか」

駒場の目指す物。フレメアのような力無き者が争いに巻き込まれず、また自分達のように武器を取らない事。
そう……そこに至るまであと一手、あと一手なのだ。
垣根もまた駒場の名は暗部にあって耳にはしている。
計画の概要如何まで把握しているのかしていないのか――

垣根「――あのガキは俺が家まで送ってってやる。いいひとゴッコはそこまでだ」

駒場「……すまない」

垣根「女がつきまとうと色々と鈍るからな……覚悟だ、なんだ、色々とよ」

フレメア「買って来たよー!」

駆けて来る、ガラスの靴も持たない灰かぶり姫が戻って来た。

216 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 21:00:18.02 ID:7OOgLsNAO
〜12〜

垣根「さて、食うとするかモンブラン」

駒場「………………」ムシャムシャ

フレメア「美味しい、にゃあ」

駒場「……にゃあ?」

争いと言うものは始める事は容易く収める事はひどく難しい。
駒場もまた、多くのスキルアウトがそうだったように最初は居場所が欲しくて路地裏の住人となったのかも知れない。

垣根「おい!!」

フレメア「一口は大体、一口だよ?」

垣根「このガキ!その一口がマロングラッセたあどういう了見だ!!イチゴよこせ!」

フレメア「や」パクッ

垣根「くぅぉんのガキがァァァァァ!!」

駒場「(……子供が二人いる)」

混ざれなかった椅子取りゲーム、入れてもらえないフルーツバスケット。
自分達の居場所を作る事が、いつしか違う誰かの居場所とぶつかる事になる。
最初は、ただ居場所が欲しかった。能力者が憎かった。それは駒場の中で恐らく今も変わらない原点である。

垣根「そこは割り算だ」

フレメア「こう?」カキカキ

垣根「そうだ」

駒場「(……真面目にやっているな)」

学校を離れてからの方が増えた『宿題』は膨大だ。
難問揃いの上、選択肢はひどく狭く、制限時間はとても短い。
解答は一つとは限らないし、何より正誤の判断をする教師すらいないのだから。

フレメア「駒場のお兄ちゃん〜〜」スリスリ

駒場「むう……」チラッ

垣根「(こっち見んな。お前ら二人の時間だろうが)」

スプーンすら曲げられない自分に気づいた時、一つの世界が閉じたように感じられた者達。
閉じた目蓋の中で恐らくは誰しもが一度は能力を使える違った未来の自分を想像したであろう。
しかしそうはならなかった。ならなかったのだ。

フレメア「あのねあのね……今日ね、学校でね」

駒場「……うん、うん」

垣根「(眠い……)」

辿り着いた先……この夜に浮かぶ月明かりよりも小さく温い灯火。
駒場が無能力者狩りを止めようと、ある種の踏ん切りないし覚悟が定まったのは――
この膝の上に乗った、ランドセルを背負ったシンデレラのおかげなのかも知れない。

フレメア「……スー……スー…」

垣根「(寝るなよ。家わかんねーだろ)」

駒場「(……そろそろ戻らねば……な)」

たとえヒーローになれなくとも――駒場利徳には、守りたい世界が、小さな世界があったのかも知れない――


そう、この柔らかな月明かり降り注ぐ優しい夜の下で――

217 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 21:03:05.21 ID:7OOgLsNAO
〜13〜

フレメア「……ん〜〜」

垣根「大丈夫かコイツ」

駒場「……もう12時近いからな。無理もない」

フレメア「やだ……まだ大体大丈夫……駒場のお兄ちゃんといる」ギュッ

そして――別れの時。ほとんど眠りかけているフレメアはそれでも駒場の腕にしがみついて離れなかった。
垣根はそれを呆れ顔で見やり、駒場が困ったように笑う。
フレメアの手は小さい。駒場のジャケットを掴む手も弱々しい。

駒場「……また、今度な」

フレメア「……今度って、大体いつ?」

駒場「……わからない」

垣根「………………」

この時、駒場と垣根は心を一つにしていた。恐らくその今度は永久に来ない事を。
この別れが永遠のものになるであろうと。それは路地裏の影に住む帝王と学園都市の闇に棲む皇帝の共通認識であった。

フレメア「……じゃあ、約束、して?」

駒場「………………」

フレメア「一緒に、クリスマス、サンタさんに、プレゼント、お願いするの……一緒に、靴下つるして……」

垣根「………………」

フレメア「駒場のお兄ちゃんと……一緒にクリスマス……したいから」

駒場は、月夜を見上げた。垣根は月影を見下ろした。フレメアは真っ直ぐ駒場を見ていた。
そして――駒場はゆっくりと顔を下ろし、垣根もゆっくりと顔を上げた。

駒場「……約束だ」

フレメア「……うん――……」

そしてフレメアは安堵したように瞳を閉じた。
最後に映った――駒場の笑顔に安心しきったように。
駒場は苦手な酒が無性に飲みたくなり、垣根は今煙草を吸っても恐らく不味いだろうと感じた。

駒場「頼む」

垣根「ああ」

男二人に、交わす言葉は最早ない。かける言葉はいらない。
声にも出さない。フレメアが起きるからだ。幻想(ゆめ)から覚めてしまうからだ。
別れとは告げるものでも告げられるものでもなく、己自身に語り掛けるものなのだから。

バサッ……

駒場「………―――」

垣根「―――………」

フレメアを背負い、満月の中羽ばたく垣根。それを見上げる駒場。
翼ある者と翼なき者。無能力者と超能力者。その垣根が一時取り払われたように



駒場「……さらばだ、フレメア=セイヴェルン――」



きっとこの瞬間


垣根「………………――――――」



少年は、永遠を願った―――

218 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 21:03:31.83 ID:7OOgLsNAO
〜14〜

浜面「遅いな……駒場のリーダー」

前へ、前へと進む針

青髪「……やったら高いなあ、今夜のお月さん」

止まる事も巻き戻る事もない

雲川「―――………夜が長すぎるけど」

彼女の世界の果てにある終末時計

御坂「スー……スー……」

歪んだ長針、曲がった短針

禁書目録「……ムニャムニャ……」

すくえどすくえど指の間からこぼれる砂時計の星の砂のように

スキルアウトG「………………」

零れて、濡れて、溢れて、滴る漏刻の水時計のように

垣根「――クソッタレが」

登り、傾き、沈んでは落とす影が刻む日時計のように

フレメア「……お兄ちゃん……」

軋んだ歯車が、折れた螺子が夜明けを連れて来る

麦野「――――――当麻――――――」

空に開いた穴のような月に代わって、登りゆく『太陽』が――

上条「―――また明日、かあ………」

手繰られた暦を、破り捨てるかのように――

219 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 21:04:27.34 ID:7OOgLsNAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――十月三日  駒場利徳  路地裏に死す――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
220 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/21(木) 21:05:24.12 ID:7OOgLsNAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――過去(つみ)と未来(ばつ)が交差する時、物語は始まる―――――― 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
221 :投下終了です :2011/07/21(木) 21:05:58.46 ID:7OOgLsNAO
以上第七話終了となります。失礼いたします
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/21(木) 21:06:40.70 ID:MBbhpim2o


いやぁ…因果は巡るな…
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/21(木) 21:27:14.64 ID:n7UrHqWIO
乙です。超乙です。業が深いです。

駒場ああああああ!!
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) :2011/07/21(木) 22:46:25.09 ID:aUVX16/eo

まだまだ続いてくれー!!!!
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 00:22:32.79 ID:sorjLCOy0
書いてる奴のドヤ感がスゴい伝わってくる
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage]:2011/07/22(金) 01:06:40.31 ID:GbzKfVQ7o
そりゃお前が嫉妬しちゃうほどよく出来てるもんな
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 01:16:13.38 ID:sorjLCOy0
>>226
するかバカwww嫉妬してんのはテメーだろwwwww
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 01:19:16.27 ID:jai1VbP4o
ネタにマジレスする男の人って……
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) :2011/07/22(金) 01:22:56.33 ID:GbzKfVQ7o
>>227
         _、_
      .(;^ω^)\
      | \ / \√|    
      ( ヽ√| ` ̄
      ノ>ノ  ̄
      レレ   ((
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/07/22(金) 01:41:02.39 ID:Kk1/zvZ10
>>227
暑いからってカリカリすんな
お冷でも飲んで落ちつけよ つ旦
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 01:48:55.18 ID:9Yd6I1kf0
まあ>>225の言うことも分からなくはない
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 01:55:41.85 ID:jai1VbP4o
そういう事はチラシの裏に書いてろ、な?
誰も得しないから
それを肯定したら信者、否定したらアンチってレッテル貼られて荒れるだけだから
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 01:56:31.54 ID:jai1VbP4o
逆だ馬鹿氏ね
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 09:06:58.10 ID:sorjLCOy0
>>232
そもそもここ自体チラシの裏だから
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 12:43:32.73 ID:z1u4Tk3DO
イメージソング(笑)とか書いちゃう痛い書き手だからな
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/23(土) 01:08:29.67 ID:o/dMTjnKo
>>234
鬱陶しいからROMってろって事だよ言わせんな恥ずかしい
237 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 18:08:21.26 ID:9nLn6TsAO
>>1です。第八話は今夜21時頃に投下させていただきます。では失礼いたします……
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/24(日) 18:26:37.82 ID:4HobW/gOo
待っておりますだ
239 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:01:41.80 ID:9nLn6TsAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――――人殺し―――――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
240 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:02:10.65 ID:9nLn6TsAO
〜10月3日〜

麦野「………………」

朝目が覚めて、私が一番最初に確認するのは天井だ。
私の家なのか当麻の家なのか、行き来する内に判別が必要になって来る。
頭が働かないのは低血圧、身体が重いのは気分の問題、体温が少し高く感じるのはそろそろ始まりそうだから。

麦野「(……朝か。今何時かな)」

伸ばす手、ソファーの側に置かれたテーブルの上の携帯電話。
アラームが鳴った後なのか鳴る前なのか、自分でもたまにわからなくなる。
私の寝起きと寝付きはそれほどまでに悪いのだ。寝相が良い事だけは私の数少ない美徳の一つなんだろうけど。

麦野「(6時2分……何だまだ全然早いじゃない)」

やっぱりソファーはソファーね。昼寝には向いてるけど一晩となれば話は別。
いつもなら覚めきらない目を閉じて起ききらない頭を回して一日の流れを考えながら二度寝してしまう事もしばしばある。
当麻を起こさなきゃ、遅刻させちゃダメだといつもなら思う所だけど――

麦野「(嗚呼……そうだった、確か御坂が来てるんだったっけ)」

打つ寝返り。いつも左側にいる当麻の顔がない。
そう、左側。私、背中を向けられて寝られるのイヤなの。近いのになんだか遠く感じられて。

御坂「んー……はあっ!おはよー」

麦野「………………」フリフリ

その代わりに、ベッドの上で腕を広げ腕を伸ばし首を回す御坂が私に気がついたようだった。
それに私は手を振る事で応える。しゃべるのも億劫だ。
これは私だけかも知れないけど、朝15分くらい熱いシャワーを頭から浴びないとスッキリ目が覚めない。
こいつはそんなのと無縁なんだろうなと詮無い事を考える。

御坂「あー……よく寝た。今日も晴れみたいねえ」

麦野「……そうね……」

御坂「いけない!制服制服!着替え着替え!」

バタバタとベッドから飛び降りてバスルームに駆けて行く御坂。
悪いけどブレザーばっかりは家庭用洗濯機じゃどうにもならないわよ。
それ以外は何とかなったけどね。当麻の制服みたいに水洗い可作業着洗いだと楽で良いんだけど

麦野「……はあー……」

一応、アイツが起きてるのに私が寝てる訳にも行かないか。
当麻なら私が寝てる間でも自分で勝手にやって出て行くけどね。


朝目覚めたばかりなのに、私はもうこんなにも当麻に会いたい。

241 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:02:38.59 ID:9nLn6TsAO
〜2〜

上条「んー……痛ててて……ぐおー……」

その日の上条当麻の起床は運び込んだ布団越しにも固く冷たいバスルームであった。
常ならば麦野がおり、インデックスと共に左右を固める変則的川の字なのだがそうも行かない。
そのために取り払われたベッド部分の空きスペースは今頃インデックスとスフィンクスの寝床になっているだろう。
浴室の小窓から射し込む光が目蓋を焼き払い、夢現の桃源郷から追い出される形で上条は身体を起こす。
珍しく鉄の雄鶏が告げる鬨の声より早く目が覚めたのだ。
惰眠を貪る事に勝る三文の得などありはしないと言うのに。

上条「さーてと……メシ作んなきゃな……って」

と、秋が深まるにつれ冷たくなるバスルームのタイルを踏み締めて起き出して来た上条が目にしたもの……それは

禁書目録「あ、とうま!おはよーなんだよ!!」

上条「おーインデックス……早いな?」

禁書目録「たまにはね。ねえねえとうまとうま?」

上条「?」

禁書目録「……昨夜はありがとうね?」

上条「ん……?ああ、どういたしまして」

単に早起きなのかはたまた宿主より先に空腹を訴えた腹の虫が為せる業か、そこにはトースターに六枚切りのパンを差し込んでいたインデックスの姿があった。
インデックスでも使えるようにワンタッチで焼き上がる子供向きの超機動カナミントースター。
インデックスが使えるようになった数少ない文明の利器でもある。
しかし寝癖なのかお洒落なのか、ワックスをつける前から爆発した頭をポリポリと掻く上条には何に対してお礼を言われているのかがわからない。
わからないまま生返事にも似た相槌を打ちながら上条は冷蔵庫を開ける。

上条「……ほとんど空か」

禁書目録「とうまとうま。ハムってまだある?」

上条「ああ……まだ二切れ残ってるぞ」

インデックスにはレパートリーが少ない。故にパンは必須である。
何せトーストにマヨネーズを塗ってハムを乗せるだけで朝ご飯になる。
乗せたり挟んだりするパンだけでも大きな進歩である。
来た当初は本当に何も出来なかったのだから。

禁書目録「じゃあ……一枚ずつ半分こする?」

上条「!?」

禁書目録「……とうま?今ものすごーく失礼な事、考えてない?」

上条「い、いや、お前が食い物分けてくれるなんて珍しいなー、って」

麦野が教えるまでは

242 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:04:43.58 ID:9nLn6TsAO
〜3〜

麦野「ん」ゴトッ

御坂「あっ、コーンフレーク」

麦野「好きなの選んで。もう何も作る気しないし」グデー

御坂「あっ、じゃあこのホワイトチョコ味……ってあんたは?」

麦野「食べる気しない」グター

御坂「健康志向の朝ご飯なのになんであんたはそんな不健康なのよ……」

麦野「私、元々夜型人間なのよねえ……」ボヘー

ブラウス姿でテーブルにつく御坂から目を切って私はテレビをつける。
しゃべるのも億劫だけど何か音がないと間が持たない。
それに朝から何か作るだなんて当麻が相手じゃなきゃやる気しない。
当麻達に作る以外の私の食事は朝はシリアル昼はシャケ弁夜は外食だ。
つまり一切作らない。女の独り暮らしなんて手抜きゃ男よりひどいもんだよ。

御坂「あっ……これ美味しい。このね、フレークかミルク吸っちゃう前に食べるのが良いのよねえ」

麦野「(……ぬるくなってベチャベチャになったコーンフレークなんてゲロみたいなもんよ)」

御坂「常盤台じゃこういうのってまず出ないからなんか久しぶりー……ゴンボとか懐かしいわ」

麦野「(でも飽きんの早いんだよねゴンボとかチョコワとか)」

御坂「あっ、制服本当にありがとうね?ブレザーはどうしようもないけど、まあ寮に戻って取り替えたらなんとかなるし、助かっちゃった」

麦野「……じゃあそれまで上どうすんの?」

御坂「んー……規則破りになっちゃうけど、諦めるしかないかなあ……はあっ」

ああ、こいつのいる常盤台って外出時でも制服着用義務付けられてるんだっけか。
時代錯誤っちゃ時代錯誤だけど、学園都市でも指折りのお嬢様学校なんてそんなもんでしょうね。
でもこれ制服が可愛くなかったらちょっとした嫌がらせよね。

麦野「……ちょっと待ってて」

御坂「?」

麦野「羽織るもん貸す」

御坂「えっ、いい、いいわよ別にそこまでしてもらわなくても!」

麦野「貸すだけよ。やる訳じゃないんだからちゃんと返しに来なさい」

もはや一体化しちゃいそうなソファーから起き上がって私はクローゼットを開ける。
去年衝動買いした切り一度も袖通してないSee by Chloeのコートがあったはず。
コイツには似合わないだろうけど、人に貸すならどうでも良いヤツの方が良い。

御坂「あっ、ありがとう……」

……何顔赤くしてんだ?コイツ

243 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:05:10.17 ID:9nLn6TsAO
〜4〜

上条「さてさて」

朝食の後、上条はいそいそと一日の支度を始める。
教科書、提出物、冷蔵庫の中身が乏しいため弁当ではなく今日は学食にする心積もりであった。
携帯電話を確認すれば時刻にはまだ少しゆとりがある。
その後麦野からメールが来た様子はないが便りがないのは元気な証拠、と思う事にした。
後は燃えるゴミを取り纏めて登校時にでも出せば良い。珍しくゆとりのある朝であった。
と、準備するその傍らでハムトーストを食べ終えたインデックスが朝のテレビの星座占いに食いついた。

禁書目録「あっ、今日しずりの星座がビリなんだよ」

上条「おっ、本当だ」

禁書目録「“非常に運勢が低下する一日です。出来るだけ外出を控えましょう。運勢向上のラッキーカラーは白です”だって」

上条「珍しい事もあるもんだなあ」

禁書目録「私が記憶している限り、この3ヶ月くらいでしずりの星座がビリだったの六回しかないかも。珍しいね」

インデックスの完全記憶能力は優れたものであり、それはこの学園都市に来てから今日に至るまでの天気すら諳んじる事が出来る。
かつ三日前の晩御飯のメニューすら朧気な上条とは頭の出来がそもそも違うのである。

上条「外出を避けましょうったって学校や仕事ある人どうすんだよこれ。回避しようがねーじゃねーか」

禁書目録「あれ?しずり学校行ってないよね?」

上条「……まあ、な」

麦野は相変わらず特別留学という措置にあるため学校に通わずとも良いのだが、上条はそれを少し勿体無く感じていた。
出来る事ならば『闇』から解放されたのだから、青春を取り戻すという訳ではないが学校もそう悪くないのでは……
などと考える時もたまにはある。麦野曰く『アイツらがやってるのは私が中学に上がる前に終わった場所』らしいのだ。
学校とはとりもなおさず勉学に励む場所である。が、学生生活を謳歌するのも……と詮無い事を――

上条「……ってやべえ!グズグズしてたら遅刻しちまう!!行ってきまーす!!」

禁書目録「あっ!とうま!!」

考える間もなく上条は学生鞄とゴミ袋を持って駆け出し、バタバタと部屋を後にした。

禁書目録「お財布忘れてるんだよー!!」

キッチン側の鍵や財布を置いてあるスペースのそれに気付いた時、上条が駆けて行くのがベランダから見えた。

244 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:07:25.73 ID:9nLn6TsAO
〜5〜

御坂「じゃあ、私行くね。一晩泊めてくれてありがとう」

麦野「んー……」

御坂「それに……コートまで」

麦野「んー……」

結局、私は玄関口までは見送る事にした。ドアが開くなり秋特有の強い風が私の髪をさらって、御坂に貸したコートをはため貸せる。
まあこれで汚れも目立たないでしょう。全然似合ってないのはこの際贅沢言わないで欲しい。

御坂「でも……本当に良い秋晴れね」

麦野「………………」

私は朝が苦手で弱くて嫌いだ。晴れったって雨さえ降ってなけりゃいいやぐらいにしか思ってない。
だけど御坂はマンションの通路の手すりから空を仰ぎ見ていた。どこか遠い眼差しで。コイツでもするんだね、こんな表情。

御坂「……色んな香りする風が吹いて、お日様があったかい」

麦野「……?」

御坂「――ねえ、あんたはこの世界が眩しいものだって思う?」

麦野「――――――」

……何マジな顔で訳わかんない事聞いて来てんの?と思う。
もしその世界とやらがこの学園都市を指してるんなら私の答えはノーだ。
この街は白でも黒でもない色褪せた灰色の街だ。醜くくも美しくなんかもない。

麦野「――――…………」

けれど――セピアとモノクロの銀塩寫眞のような私の世界にあって……
私は当麻の傍らでその世界の切れ端を見て来た。
……その世界は、私にとってどう映ったかと言うなら――

麦野「……眩し過ぎるくらいね」

御坂「……そっか」

麦野「なんだよ」

御坂「何でもない♪じゃあ行って来るね!コート必ず返すから!」

――御坂、お前は今誰と私を重ねてた?まるで死んだ人間を悼むような顔してたわよ。まあだいたい見当つくけど。
たった今駆け出してエレベーターに消えて行くあんたの背中に、かつて何が乗っかってたかも私は知ってる。

麦野「……世界、ね」

あんたの背中には『死』が、私の背中には『罪』が。
当麻の背中には――人がついていく。けれどアイツは私の事も含んだ上で背負ってるだなんて思ってないと思う。
アイツの背中は広い。私がいくら爪を立てても揺るがない。

ビュウッ

麦野「――嫌な風……」

羽織ったカーディガンと私の前髪を嬲って行く風が、何だか生暖かくて気持ち悪かった。
こんな風の吹く日はだいたいロクな事がない……――非科学的なジンクスね

245 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:08:32.31 ID:9nLn6TsAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第八話「毒麦のたとえ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
246 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:08:58.53 ID:9nLn6TsAO
〜6〜

上条「(沈利とビリビリももう起きてっかな……まあ、大丈夫だろ!)」

無事ゴミ出しも終わり、登校にもゆとりを持って出れたわたくしこと上条当麻はと言うと……
通学路を歩きながらカバンを左手に右手に携帯電話を持って歩いてる。
昨日届いたメールを読み返しつつ、沈利からのがフォルダのほとんどを占めているそれを。
思わず顔がニヤケてやしないか気になったが、液晶に映ってる表情はまあだいたいいつも通りだ。
気持ち悪いもんな携帯電話見ながらニヤニヤしてるヤツ朝っぱらいたら。

青髪「カミやーん!おはようさん!!」

上条「おお青髪おはよー。昨日はお疲れ」

青髪「こっちこそ昨日はごちそうさんでした。片付けもせえへんで帰ってごめんなあ」

上条「いいっていいってお客さんなんだし」

と、思ったらいつも笑ってるコイツが向こう側からやって来た。
コイツの頭って見ての通り派手だからどんな人集りにいてもすぐ見つけられるんだよな。
それにやたらデカいしやたら通る声だから尚更だ。
なんか今朝はもう一人の目立つ頭のヤツがいねえなあ……
土御門のヤツも昨日誘ってやれば良かったかな。折角のお隣さんだし。でも沈利が嫌ってんだよなあ……

青髪「今日は風強いなあ」

上条「だな。プロペラが回りっ放しだ。これ全部電力に変わるってんだから、今更だけどすげーよな」

青髪「僕ら男子の自家発電が結集したらいったいどんだけのエネルギーが生まれるんやろうねえ?」

上条「………………」

悪いヤツじゃねえんだけど、たまに離れて歩いて欲しい時がある。
例えば今みたいな時とか、この風で女子のスカートがめくれねえか目見開いてる今とか。
とりあえず他人のフリをするためにカラカラと回る風車を見上げて見る。
学園都市だと並木とか信号機並みに多いこのプロペラ。
沈利曰わく『墓標か十字架みたい』なそれ。でも俺の印象はちょっと違う。俺は――

ビュウッ!

姫神「きゃっ。」

青髪「……白や!白やー!!」

姫神「」ゴッ

青髪「ごっ、があああああ!!?」

とか考えてる矢先に前を歩いていた姫神のスカートが風に煽られて覗けた中身にはしゃいだ青髪がノーバウンドでブッ飛ばされた。
青髪……いくら俺とお前が友達でも今のは庇えねーよ

青髪「か、カミやん……なんでそんな素なん?」

沈利がいつももっと寒そうなのはいてるの見慣れてるしなあ……

247 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:10:55.25 ID:9nLn6TsAO
〜7〜

麦野「さーてと……今日はどうするかにゃーん?」

一方その頃、麦野はシャワーを浴びて頭をスッキリさせた後リビングにて髪を乾かしていた。
朝風呂の方が何故か上手く行くブローを当てつつ、適当にチャンネルを回す。
御坂を送り出している間に星座占いのコーナーを見逃してしまったのが少し悔やまれたがそれはそれ。
麦野は基本的に良い結果の出た占いしか信じない質なのだ。
それに一日を左右されるには、彼女は学園都市で長く暮らし過ぎていた。

麦野「当麻は学校だし……インデックスはまあいつも通り……ああでももういい加減冷蔵庫の中身ヤバいわね」

だがそのサイクルの一部が変化したのは七月を越え、八月に差し掛かった頃であった。
二重生活のように行き来する二つの家。麦野とて当然一人の人間であるからしてプライベートな時間や空間は当然欲しい。
まして麦野自身も半同棲をするようになってから気づいた事だが――

麦野「……やる事あるけどやる事ねー」

ワンルーム、というのはじつに不都合である。例えば時に喧嘩もするし顔も見たくなくなる時がある。
そんな時いちいちどちらかがほとぼりが冷めるまで家を出て外で時間を潰すというのは非常に効率が悪いし精神衛生上良くない。
服が入りきらない、電化製品が合わないetc.、etc.……
誉められたものではない学生の半同棲とてその辺りの事情は一般的なカップルと何ら変わらないのだ。
と麦野はヘアーアイロンで巻き毛を作りつつそんな事を考える。

麦野「(……こんな事で頭悩ませる日が来るなんてねー)」

ふと水の入っていない水槽のインテリアを見やる。
自分は深海に住まう異形の魚で、上条は清廉な浅瀬を泳ぐ美しい魚だ。
浅瀬の魚が深海に潜れば深海の水圧に圧壊し深海の魚が浅瀬に上がれば内圧の変化に自壊する。
麦野は――今、身と心を軋ませる内圧の変化に必死に順応しようとしている最中にある。
ともすれば人間性の回復につれもたげて来る、内なる心の闇の手綱を何とか捌いて。

麦野「やばっ、熱熱っ!!」

それが暗闘か戦場の違いこそあれ、血溜まりの中で己を見つけてしまった人間は平和の中生きる術を身に付ける必要があった。
獅子に生まれた者が草を食んで生きるような、そんな生き方が。
考え込み過ぎて熱のこもったヘアーアイロンに、麦野はあわや火傷しかけた。

248 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:11:24.87 ID:9nLn6TsAO
〜8〜

月詠「……という事で、心理学的にはこの“微細な罪悪は百の善行により贖われるのか?”“力持つ者は正義の範に悖る事をしても許されるのか?”という部分が焦点になってくる訳ですよー」

青髪「センセー!“もとる”の意味がわかりませーん!!」ガタッ

吹寄「“道理に背く”という意味よ!!」バンッ

マズいなあ……休みがちっつーか入退院の繰り返しを言い訳にするつもりじゃねえけどほとんどわかんねえ……
あー本当に進級大丈夫かな俺。成績良くなくても出席日数さえ足りてりゃなんとかなりそうなもんだけど……
本当に中間テストなくなって良かった。イヤ本当にマジで。

月詠「姫神ちゃんはこの問題をどう思いますかー?」

姫神「……駄目だと思う。どんな理由があっても。人を殺しては駄目」

月詠「先生もそう思うのですよー。そこでです!これは先生が大学生だった頃、法学部のお友達がこのテーマに“正当防衛と過剰防衛”を当てはめてですねー」

小萌先生の話が能力開発の授業から少し外れたテーマに移ったのはわかるけどなあ……
なんつうか、こういう教科書にも載ってねえ解答に何が正しくて何が間違ってるかとかって……
これから戦争が始まるかもって時だと、何か考えさせられるよなあ……
上条さんのお馬鹿な頭を逆さに振っても豚の貯金箱の小銭みてーなもんしか出て来ねえ気がする。

青髪「あははは、吹寄さんに怒られてもうたわー」カタン

上条「俺なんて質問さえ浮かばなかったって……つかスプーン曲げの話が何故こんな話に?」

青髪「んーなんか“大海をスプーンで計るような”とか何とかムズい話から。けどちょっとも理解出来へん」

上条「……わかんのは、海の広さとか大きさを計んのにスプーンじゃ役不足だってこったな」

青髪「カミやんカミやん。それ役不足やのうて力不足ちゃう?」

上条「え゛……せんせーい!役不足と力不足ってどう違うんでせうかー!?」ガタッ

小萌「まー!上条ちゃんったらそれはこの間教えたばかりなのですよー!」

吹寄「上条当麻!貴様一体授業で何を聞いていたの!?」

わかんねーけど……俺は、根っからの、生まれついての、ずっと変わらず悪人でいなきゃいけねえなんて間違ってると思う。
そいつは確かに悪い事をしたヤツかも知れねーけど



もし今の話のままで行けば、悪人は絶対救われちゃいけないって事になるだろ?



249 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:13:38.32 ID:9nLn6TsAO
〜9〜

麦野「………………」

麦野沈利は考える。美容院は五日前に行った。秋物の新作は大凡買い漁った。
出不精というほどでもないが、明確に欲しい物がある買い物以外での麦野の外出先はひどく限られている。
以前ならばアイテムがいた。今は上条がいてインデックスがいる。

一個人としての麦野沈利は自由人である。しかし制限無き自由とは裏を返せば選択肢がないと言う事だ。
故に今もこうしてソファーに身を預けたままボンヤリとしている。

麦野「……ヘタクソになったわね」

それは一人の時間の使い方、暇潰しと言っても良い。
恋愛至上主義でもなければ数分置きにメールを送るような恋愛依存体質でもないごく一般的な感性を次第に麦野は育てつつあった。
が、上条と二人ないしインデックスを含めた三人と行動する事が増えたためか……
以前自分が一人の時どう過ごしていたかを麦野は思い出せずにいた。

麦野「……あいつが帰って来るまで、持て余すわね色々と」

例えば、今までこの部屋に帰って来る時出迎えてくれる誰かなどいなかった。
明かりだってついていない、食事だってない、暖房も入っていない。当たり前である。
何故ならば独立した学生らの一人暮らしが当たり前の学園都市にあってはそれこそが一般的なのだから。

麦野「……独り言多くなったな」

その当たり前から麦野は遠く離れた場所にいた。元々が切った張ったの鉄火場、屍山血河の頂の上から物言わぬ生命の残滓と肉体の残骸を見下ろし君臨して来たのだ。
それが麦野の中の『当たり前』だったのだ。その当たり前が今や――
人を殺した手で料理を振る舞い、物を壊して来た手で家事をする事に置き換わった。

麦野「………………」

その拭い去れない違和感、この飲み込めない異物感。
考えれば考え込むほど迷い込む螺旋の迷宮。暗闘の中人間として壊れた心が、平穏の中で溶けて行く感覚。
それは喪失に似た感覚で、病にも通じる感傷だった。
自分は平和の中に居場所を見いだせないどころか人間に生まれて来た事そのものが間違いだったのではないかとさえ思える。

麦野「……よしっ、行くかっ」

そして麦野はソファーに別れを告げて何代目かになる半袖コートを羽織るべく立ち上がる。
一人でいるとロクな事を考えない。ならば当て所もない散歩にでも出掛けようと

250 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:14:06.93 ID:9nLn6TsAO
〜10〜

上条「(どうしてっかな、沈利)」

こうやって窓の外を眺めてると――いや、授業に集中してねえって言ってるようなもんなんだけどな?これ。
なんつーか、ふとした時に沈利の事を考えるクセが出来ちまった。
そりゃ上条さんも沈利と付き合う前なんかはまあ彼女がいたら日常薔薇色人生総天然色生活極彩色……
まで行かねーけどきっと何もかもが上手く行くみたいなウッハウハな事は考えてた訳だ。俺バカだし。

上条「(あいつほっとくと昼まで寝てっからなー……)」

例えば最初に思ったのは、多分俺の15.6年くらいの人生の中で親でもありえなかった距離にいる他人に触れるって事だ。
変な話、それは幼稚園や小学生で卒業してしまう男の子女の子の手繋ぎなんかがいつでも出来るって事でもある。
そいつが寂しい時悲しい時心細い時――他の誰にも真似出来ない距離、あいつを抱き締められるものを手にしたように感じた。

上条「(あんだけシャケ弁で塩分取ってりゃ血圧上がりそうなもんだけど低血圧っぽいんだよな、沈利のやつ)」

それはあいつの心って部屋に、靴を脱いで上がれる権利というか資格というか許しというか……
お互い親にも言えないような抱えた秘密、不安、そして愛情。その他諸々がオープンに出来るんだ。
こんなもん当たり前だろ?って話だけど――沈利は、滅多に心の扉を開かない。

上条「(……シャケとサーモンの違いってなんだ?)」

はっきり言って、初めて会った時のあいつは恐ろしく怖かった。
次に知ったのは、その奥にある触っちゃいけない脆さ。
最後に待ってたのは――笑顔だった。俺が見て来た女の子の中で一番綺麗だと俺は今でも勝手にそう思ってる。

上条「(……国産と外国産?)」

付き合う前が補助輪付きの自転車なら、付き合ってからは補助輪無しだ。
確かに危なっかしいしデコボコ道じゃつんのめりそうになる。
だけど補助輪無しの方が――当たり前だけずっと遠くまで、もっとスピードを出して走っていける。それに二人乗りだって出来る。

上条「(でも聞いたら話長そうだしやめとくか)」

――けれど最近、麦野の様子がおかしいんだ。
最初は俺の不幸とか巻き込まれる事件のせいかって思ったんだけど……
何だか塞ぎ込んで途方にくれているように見える。
昨日青髪達を呼んだのは気分転換も兼ねてだったけど……


次の休み時間、電話してみっか
251 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:16:07.04 ID:9nLn6TsAO
〜11〜

マヨエー!ソノテヲヒークモーノナードイナイー

麦野「!」

セーフハウスを出た少しした頃、けたたましく鳴り響く私の携帯。
当麻だ、と思いながら私は第七学区のスクランブル交差点の前で信号待ちの列に加わりながら電話に出る。
どうしたのかしらこんな時間に。まだお昼休みになってないわよねえ?

麦野「もしもし?どうしたのよ」

上条『おお、おはよう。昨日はお疲れ様。良く寝れたか?』

麦野「おはよー。散々よ散々。コートにゲロぶちまけられるわ風呂に落ちるわでね。アイツは二度と泊めない……ってあんたまだ学校じゃないの?」

上条『いや?今休み時間なんだ。お前がどうしてっかな、って声聞きたくてさ』

麦野「あれー?あれー?なんかいつもより優しいけど……あれー?」

上条『なんだよ。それじゃ上条さんはいつもは冷たいみてえじゃねえか』

麦野「冷たくないけどなんか最近素っ気ないって言うか扱いが雑って言うか……あれねえ?初々しさとか新鮮味とか可愛げとか?あんた年下のくせにそういうの全然ないし」

上条『まさかのダメ出し!!?』

麦野「ははっ、言ってる事は本気だけど責めてる訳じゃないから安心して?」

――顔?そんなもん見なくたって、例え私は目を潰されたってあんたの顔が書けそうなくらいあんたの顔を覚えてる。
こうやって声を聞いてるだけで、さっきまでのダウナーな気持ちが嘘みたいに消えて行く。
街の雑音も、人の雑踏も、車の音さえ消えてなくなるくらいあんたの声が好き。
電話してるのが耳元で囁かれてる気がして濡れて来るくらい。

上条『そんな風に思われてたのか……俺』

麦野「私が人に下す評価の中じゃダントツに甘くつけてるわ。私はあんたを甘やかし過ぎて彼氏としての教育に失敗したと思ってるけどねえ?」

上条『言いたい放題じゃねーか!!』

麦野「甘いは甘いでも甘口カレーよ。カレーである以上辛いのは当然でしょー?かーみじょう」

不思議なものね。部屋でテレビ見てるあんたの横顔に慣れて、シャツの匂いに慣れて、優しい声に慣れて……
馴染んで行く度に得られる奇妙な安らぎ。これに私はなんて名前をつけて呼んだら良い?
ただ愛だ好きだは言って欲しいけど言うのは嫌い。なんか安っぽくなるから。
さっきコテで巻いた毛先にクルクル指を巻きつける。別に退屈してるんじゃないわよ?

252 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:16:38.32 ID:9nLn6TsAO
〜12〜

上条「カレーか……ってメシの話じゃないっつうの!」

麦野『何よ?用件あんならさっさと言って。私忙しいのよねー?』

上条は一年七組の教室から程なく近い昇降口にて麦野と通話していた。
たった今も廊下の窓ガラスを揺らす木枯らしが吹き抜けるのと同じ音が麦野側からも聞こえて来た。
忙しいかどうかはともかく、外にいるのは間違いないようだった。

上条「いや……あのな?こういう聞き方されるとお前怒るかも知んねーけど、お前最近なんか元気ないように見えてさ」

麦野『……それで?』

上条「――どうにも気になっちまってさ。授業中でもチラチラそれが頭によぎって……勉強に集中出来なくてさ」

麦野『いやいやそれはいつもの事だろ。って言うか私のせいにしないでくれる?』

上条「悪い……」

上条にも思い当たると節があると言えばあるしないと言えばないがやましい事は何一つとしてない。
ポケットに突っ込んでいた左手でポリポリ頭をかきながら上条は考える。
麦野の口調は女らしさと男勝りな所が入り交じっているためその心を計るのはこの頃の上条にはまだ難しかった。が

麦野『何であんたが謝るのよ。あんたが悪けりゃ私はヘソ曲げる前にキレてるから。別にあんたのせいじゃないし』

上条「……そうなのか?俺の思い違いか」

麦野『季節の変わり目じゃない?色々あんの女には』

上条「そっか……」

麦野『そんなくっだらねー事に気回す暇あったら勉強したらー?』

上条「にゃろう……」

思わずこめかみがひくつく。上条はどちらかと言えば『言わなきゃわかんねーだろ』というタイプであり……
麦野は逆に『言わなくてもわかってよ』というタイプである。
麦野からすれば上条は頑固な所があるし、上条からすれば麦野は意固地である。

上条「――はあ、わかったよ。わーかった。わかりましたよ三段活用」

麦野『わかってない』ボソッ

上条「?……でもさ、元気ない時とか調子悪い時とか……ちゃんと言ってくれよな?別に俺に特別何が出来るとかじゃねえけど」

麦野『………………』

上条「お前の事、心配なんだよ。お前は確かにしっかりしてっけど、めちゃくちゃ危うい所あんのも……俺わかってるから」

麦野『――……ふー……馬鹿ねーあんたは。だからあんたはかーみじょうなのよ』

253 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:18:45.03 ID:9nLn6TsAO
〜13〜

麦野「私はエラそうな男が死ぬほど大嫌いだけどね、私の気持ちは汲んでも顔色伺うのはよしてちょうだい」

ごめんね当麻。私さ、意地っ張りなんだよあんたも知っての通り。
別にあんたに寄りかかれないほど信用してないからじゃないんだ。
あんたを信頼してるから私はあんたに寄りかかっちゃいけないと思ってる。

麦野「――あんたはさ、私の男なんだから」

例えばさ、普段肩で風切って歩いて鼻の高い女っているでしょ?
でもそんな女が自分の男の前だとデレデレすんのは仕方ないにせよ甘えて弱い所見せるじゃない?
同性の目から見てさ、そういう女って反吐が出そう。
テメエが普段突っ張らかってるくせして肝心かのめの場面でメソメソメソメソ……
結局男に縋らなきゃ生けていけない程度の安い女が自分の値札高くつけてんじゃないわよってね。

麦野「どっしり構えててくれてて良い。そういうエラそうなのは嫌いじゃないからね」

当麻。あんたは優し過ぎる。私に甘過ぎるよ。油断したら私はそういう私の嫌いな女になりそうだ。
そうなったらその女はただ重いだけのお荷物だ。
でも優しいあんたは、どんな荷物だって捨てられない人間だって言うのはあんたに救われた私が一番良く知ってる。

上条『――わかった。何か悪かったな。なんかこれじゃ俺の方がぐらついたみたいだな』ククク

麦野「ぐらついたら背中から蹴り飛ばしてやる」

上条『普通そこは支えるって言う所だろ?止めとく。その太い足じゃあな〜〜』

麦野「携帯越しで良かったわねえ?後で覚えてろテメエ!!」

――私は、私の弱さから暴発させた心の闇であんたを死なせかけた。
あの時私は本気であんたが死ぬまで殺そうとしたんだ。
だから私は――もうあんたを、私の弱さで傷つけたくない。

上条『へいへい。後って言えば……今日うち来るか?』

麦野「さあ?私忙しいから」

何でかしらね。あんたが少しでも元気になってくれたり調子が良くなってくれると私の方が楽にさせられる。

キーンコーンカーンコーン

麦野「じゃあ」

上条『またな!』

何て言うんだろうね?こういうのってさ

254 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:19:13.18 ID:9nLn6TsAO
〜14〜

上条「――大丈夫じゃねえクセに、クソ意地張りやがって」ガラッ

吹寄「上条当麻!貴様のニワトリ頭はチャイムの音も聞こえないの!?」ズズイッ

上条「っと吹寄!!?」

青髪「ははは勘弁したりーや吹寄はん。センセーまだ来てないし」カラカラ

吹寄「そういう問題じゃない!」バンッ

上条「お前が先生かよ!!?」

と、通話を終え折りたたんだ携帯電話をしまいながら教室の扉を引いた上条を真っ先に出迎えたのは吹寄制理であった。
青髪は相変わらず助け舟を出しているのか単に面白がっているのか常と変わらぬ笑い目である。そこへ――

姫神「上条君。電話?」

上条「え?あ、ああ、まあな?」

青髪「なんやなんやまたあのお姉さんとのラブコールかいな……憎たらしいー!!」ガバッ

上条「ぐあああ止めろ青髪!締まるっ……締まるっ!!」

吹寄「全く……そういうことをするなとは言わないけど、時間とけじめはしっかり守りなさい!」

上条「オ゛レ゛がゲジメ゛づげら゛れ゛ぞう゛でず……」

姫神「(やっぱり。あの人)」

着席して待っていた姫神秋沙はヘッドロックをかけられ悶絶する上条の様子より察する。
電話の相手――麦野沈利。三沢塾の一件の後、霧ヶ丘女学院から放校処分を受け住処を終われた姫神は……
一時期上条家に身を寄せていた時期がある。と言っても麦野がいくつか所有しているセーフハウスの一つに早々に放り込まれたのだが。

姫神「(あの。怖いくらい。冷たい目をした人)」

三沢塾の一件の際、麦野と上条は喧嘩の真っ只中にあったため行動を共にしていない。
しかしアウレオルス=イザードが上条を瀕死の重傷を負わせた事が――
麦野を『ただの彼女』のままにさせてはくれなかったある意味運命的かつ決定的な事件だった。
そのため麦野は姫神の名前を『覚えない』『呼ばない』事にしたのだ。
逆立てた稚気の発露のようでその実、麦野もその件には一方ならぬ思いがあるのだ。特に中心に位置した姫神に対しては。

上条「ギブ!ギブー!!」

青髪「リア充は消毒やー!!」ギリギリ

姫神「(……上条君)」

吹寄「お前達!!いい加減にしなさい!」ガッ!ゴッ!

上条・青髪「「ぐはっ!」」

姫神「……あっ」

そこで姫神ははたと気付く。一時間目の休みが終わりを告げて尚――土御門元春の姿がこの場にない事を

255 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:21:55.23 ID:9nLn6TsAO
〜15〜

麦野「……気の利かないヤツ」

黒蟻の群れのような人混みの中私はゆっくり歩みを進める。
馬鹿。そう思うんならデートの一つでも誘い出してくれりゃいいものを。
別に学校抜け出して来てくれなんて言わないし、夕方まで待っててくれってなら渋々でもそうするのに。

麦野「ううん……気、使わせちゃったかしらね」

信号が変わりそうになって少しだけ早足で渡りきる。
このスクランブル交差点を来る度に思い出すんだ。
当麻が私の命を身を挺して助けてくれた事を。
路地裏での一方的な殺し合いから始まった私達の出会い。
詩菜さんにはもっともらしい出会いの形でお茶を濁したけれど――
正直、人に馴れ初めを聞かれて話せる類のものでもないなと自分でも思ってる。

麦野「よっ」

交差点と交差点の浮島部分で私は一度歩みを止めて再び信号が切り替わるのを待つ。
あの時の――当麻は文字通り命懸けで『二人』の人間の命を救ったんだ。
一人は当麻を殺そうとしていた私。もう一人は――



スキルアウトG『見つけたぞ売女ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』



麦野「――――…………」

私が殺そうとした、あのどこの馬の骨とも知れないスキルアウトの命だろう。
当麻は、自分を殺そうとした私と私を殺そうとした人間と私が殺そうとした人間まで――
あの瞬間に助けた当麻が自分の流した血の海に沈む所を見た時、私の中の内なる何かが悲鳴をあげた。

麦野「……そうだったね。お前は自分の事にも気が回らないお人好しだったっけ」

それからだ。私の中でゴミにも劣る石コロ(無能力者)がダイヤモンド(英雄)に見えたのが。
そしてその後も良い意味で――ダイヤモンドだって炭素の塊が生んだ石のようなものだと気づいたのが。

轟ッッ

麦野「ん?」

その時、浮島に佇んでいた私のすぐ側を黒塗りにスモークガラスのゴミ収集車……に偽装した暗部の工作車が通り過ぎて行ったのが見えた。

麦野「……灰とダイヤモンドねえ」

バイバイ。拾う骨も残らないどこかの誰か。人間の身体丸々一人分灰にしても取れるダイヤモンドは一つ分さ。
ダイヤモンド一つの命。これって重いのかしらね?軽いのかしらね?
ああ……そういえば『灰とダイヤモンド』の話って――
恋人と暮らすために暗殺者を止めて人生をやり直そうってする話だったわね

……何だか、笑えないわね。自分みたいで
256 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:22:22.39 ID:9nLn6TsAO
〜16〜

馬鹿だなあ沈利のヤツ……付き合う前ならいざ知らず、流石に今なら顔が見えねえ電話越しでもわかるっての。
そりゃあ俺だって女心とか、らくらく英語トレーニングの日常会話のレベル3よりわかんねーけど……
声ってさ、きっと表情と同じくらいその人間の色んなもんが出ると思う。
つってもあいつが何に悩んでどんな言葉を欲しがってんのかそれがわかんねえと意味ねえけどさ。

上条「難しいもんだなあ……」ハア

姫神「?。この問題が。わからないの?」

上条「えっ!?あっ、いや……はははっ、そうなんだよ。ここんとこの例文がさ、二行目からわかんねーの」

姫神「………………」

やべっ……口から出ちまってた。しかも溜め息のオマケ付き。
お前は女子か。恋する乙女か上条当麻よ。流石に今のはちょっとカッコ悪いぞ。
……うん、こりゃカッコ悪いよなあ……悩むもんにしたってもう少し種類があんだろ。お前は高校生か。高校生だけど。

姫神「何か。悩み事?」

上条「いや……悩み事、って言うほど深刻な話じゃねえよ。まあ考え事みたいなもん」

姫神「……このひと月で。上条君がどうして赤点と補習ばっかりなのか。わかった気がする」

上条「うっ」

相変わらず結構痛い所突いてくんな姫神のヤツ。
コイツもぱっと見表情とかに乏しいし声にもそんな波ねーからあれだけど……
色々考えたり思ったりする事があんだよな。男だ女だって言う前に同じ人間な訳だし。

姫神「私で良かったら。話を聞くけど」

上条「!!?」

姫神「内容によっては。上手く答えたり出来ないかも知れない。けれど。人に話せば自分の中でも筋道が立つかも知れないから」

うーん……こいつは困ったぞ。何かこう親身になって言われると無碍に断るのも相手を否定してるみてえだし……
けど大の男がそんな事人に話すってのも何かイヤだしなあ……

上条「ん〜〜……ん?」

姫神「?」

青髪「これが今一番熱いデートスポットかあ〜〜」

青髪のヤツ……教科書立てて間に学園都市walkerなんて読んでやがるのこの位置だとまるわかりだぞ……
って何だ?あああれか……第六学区の遊園地の特集記事が見える……あれどうかな?

上条「……姫神」

姫神「うっ。うん」

上条「第六学区の遊園地って知ってるか?」

姫神「!?」

こういうのならギリギリOKかも知れない。いや多分だけどな。多分。

257 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:24:25.05 ID:9nLn6TsAO
〜17〜

麦野「……結局、ここに行き着くって訳よねー」

スクランブル交差点を抜けた後、麦野沈利は途中コンビニに立ち寄りシャケ弁を買って上条とインデックスの住まう学生寮まで来てしまった。
吹き荒ぶ秋風が今日は一際激しく、見上げる青天がどこか寒々しい。
フレンダの口癖を真似ながら仰ぐ上条の部屋。インデックスが引っ掛かっていたベランダ。
こんなに晴れた天気なのに洗濯物が干されている様子はまだない。もう十時だと言うのにだ。

麦野「そう言えばゴミ出しは当麻、洗濯機はインデックスって言ってたけど……ちゃんとやれてるかにゃーん?」

前のように洗剤と柔軟剤を入れるスペースを間違えたり、或いは加減を間違えてドバッと入れてやしないかと思いながら麦野はエレベーターに乗り込む。
雑多な自転車置き場の内何台かが横倒しになっているほど吹き付けて来る強風。
それに関して麦野は微苦笑を浮かべ上昇する箱の中の浮遊感の中想起する。
かつてインデックスが仕出かしてくれた赤っ恥ものの失敗を。

麦野「(……下着、飛ばされたんだよねー……あの時は本当に死にたくなったわ)」

あれはインデックスに洗濯機のやり方を一通り教え、目の前で実践し、それをインデックスに課題として自分がいない時上条の手を借りずにやって見ろと言った夏の日。
麦野は働かざる者食うべからずの精神の体現者となりインデックスを仕込んだ。
上条では言う事を聞かなかったり教えるのが下手だったりと言う散々な結果を目にしていたからである。が

麦野「(よりにもよってあのパツキンアロハのグラサン野郎の顔によォォォォォ!!)」

インデックスはなんと麦野の下着まで外干しにし、挙げ句洗濯バサミの留めが甘く、かつ風に飛ばされたそれが――
よりにもよって上条と共に帰宅して来た下界の土御門の顔に落ちたのである。
それも黒なのにスケスケという尖った下着である。それに対し土御門のリアクションは――

土御門『――こんな時、どんな顔をすればいいかわからない』

麦野「(笑えよ!笑えよチクショォォォォォ!!)」ガンガン!

暗部モードのシリアス顔で返された時は流石に麦野も顔を背けた。
それを思い出すとエレベーターが停止する勢いで壁を殴りたくなるというより壁を殴っている。と

チーン!

土御門「お……!?」

麦野「ああ……!?」

到着し開かれた扉、見交わされる剣呑な眼差し――

258 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:24:51.73 ID:9nLn6TsAO
〜18〜

上条「(4Dアトラクション?)」ヒソヒソ

姫神「(そう。ヴァーチャルリアリティ。“外”の3Dを越えた。質感や匂いまでリアルに再現するアトラクションが。10月から出来たみたい)」ボソボソ

よしっ……さっき姫神から教えてもらった例文答えから多分この時間はもう当たんねえだろ。
なんて事考えながら俺は先生の目を盗んで姫神とこそこそ第六学区のアトラクションについて聞いてた。
何でも飛び出して来る映像をさらに越えて、映像そのものにある程度のリアリティを持たせてるって話だ。

詳しい原理はさっぱりだけど、例えばケーキの映像が映し出されたとする。
するとそのケーキに触ったり出来、匂いを嗅げば本当に甘いらしい。
味がすんのかまではわかんねーけど……それって変な話、この秋の学園都市にいながら常夏の島や一面の銀世界まで体感出来るって事だ。
本当にすげーよな学園都市……遊園地のアトラクションでそんなレベルとかどうなってんだよ本当。

上条「(サンキュー姫神。ありがとな。青髪辺りに聞いたらまたヘッドロックかけられそうでさ)」ゴニョゴニョ

姫神「(ううん。役に立てたなら。私も嬉しい)」コショコショ

良かった良かった。やっぱこういうイベントものって女の子の方が強いよな。
そっか……んな面白そうなもんがあるなら……いつもならインデックスも一緒だけど――

上条「(――沈利、誘ってみるかな)」

今回はインデックスに少しお留守番してもらって、夕方から遅くなんねー内に夜に帰れば――
沈利とデート……ってのも良いよな?確かに精神的にちょっと波が来てる時どうかと思うけど……
あいつも言ってた通り、顔色窺うつもりじゃなく俺自身もちょっと気分転換したいんだよな。
――ここ最近、確かにプレッシャー感じてる自分もやっぱりいる。
でも二人揃ってブルーな時は、俺は出来るなら同じブルーのもう片方を励ます側に回りたいって思う。

上条「(――よし、試してみっか)」

少し気持ちが上向いて来たぞ。よしやるぜやるぞやってやんよ三段活用!
すまんインデックス。今度お前も一緒に連れて行ってやるから。
下見と思って我慢してくれ……ってする訳ねーよな、うん。

姫神「……/////////」

ん?どうした姫神。何で教科書で顔隠してんだ?
何か肩と背中がプルプルしてるけど、どうかしたのかこいつ。

259 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:26:48.12 ID:9nLn6TsAO
〜19〜

麦野「……やーっとお目覚め?随分な重役出勤ぶりね」

土御門「いやー寝坊してこんな時間になっちまったにゃー。舞夏のヤツが今日は実習でいないからモーニングコールがなかったんだぜい」

開かれるエレベーター、佇む土御門と見える麦野、吹き抜ける風が蜷局を逆巻くように荒び、互いの視線が帯電とも火花とも取れる圧力を伴って交わされる。
土御門元春。上条と交際を持ち始める前から麦野に接触して来た学園都市のスパイにして必要悪の魔術師のエージェント。
麦野は察する。大方『副業』にでも精を出していたのだろうと。

麦野「あっそ」

が、他人の領域他者の領分に足を踏み入れても得るものなど何もない事を麦野は知っている。
故に佇む土御門の脇をすり抜けて上条の部屋を目指すべく麦野は歩を進める。が

土御門「――そろそろ三ヶ月だ。今の暮らしには馴染めたか?」

麦野「――テメエの役割には当麻の監視以外に私も含まれてんの?」

土御門「なに。これは単にお隣さんとしての好奇心だ」

麦野「好奇心が殺すのは猫だけとは限らないでしょ?何も問題はないわ“お隣さん”」

土御門「――本当にそうか?」

その背に刃のように突きつけられた含みのある言葉に、麦野はピクリと形良い眉の片側を上げた。
麦野は土御門を嫌っている。ファーストコンタクトのその時から。

麦野「持って回った言い方は好きじゃないわね……何が言いたいのかしら?」

土御門「――いや?深海を泳ぐサメが、本当に太陽を拝めるほどの浅瀬に順応出来ているのかどうか……今のお前の迷いに満ちた顔を見ているとそう疑いたくなっ」

ガンッ!!と振り向き様に麦野が掴んだ胸倉が土御門をエレベーターの扉に押し付けた。
それは秋風が寒々しく吹く学生寮の廊下にあって事の他大きく、重々しく響き渡った。

麦野「――言ったよな?好奇心が殺すのは猫だけじゃねえってさあ……!!」

風が吹き、散らばる前髪から覗かせた心臓まで握り潰すような狂気の眼差し。
常人ならば逸らす前に瞑る前に眼球が凍てつくほどの冷たい激怒を孕んだ視線。
しかし――土御門は飄々とした態度を崩さない。崩れない。
額に銃口を突きつけられているのと変わらない威圧感さえそよ風にも感じていないように

土御門「――そうしていないと、自分すら支えられないか」

匕首の切っ先を静かに首筋に当てるように、そう言った。

260 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:27:13.77 ID:9nLn6TsAO
〜20〜

上条「(これは1……これは4……えーっとこれは……やべえわかんねー。入院してる間に進んだとこかここ?)」

ちくしょお……いきなり抜き打ち十分間小テストとかありかよ!?
もうこの時間は当てられねえって思ってたのに……
結構入院するはめになってっから、借りたノートだけじゃわかんねーとこもあるなあ……

上条「(四択テストったって……くそっ、唸れらくらく英語トレーニングで鍛えた俺の頭脳!!)」

無能力者でも能力者でも、確かに比重がかかってくんのは能力開発だけどそれ以外だって普通にある。
例えばこの英語。ナンシーとヴェーラとオーソンの会話!
くそう……流石にテスト用紙に上条さんのたぎるソウルは伝わらねえか

上条「(足りねえもんが多すぎるよなあ……集中集中!愚痴言っても始まらねえ!学べ!一つ一つ、どんなに小さい事でも!!)」

教師「よしそこまで」

上条「NOォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

教師「隣の席のヤツとテストを交換して下さい。答え合わせに入るぞ」

まっ、待ってくれ先生!!こういったところで小銭みたいに点数稼がねーとヤバいくらい上条さんの成績は……
ええい10月3日だから選択肢3!当たれ!当たっててくれ頼む!!

青髪「あ〜自信ないわあ……テストさえなかったら学校も楽しいねんけどなあ」

上条「課題もなー……」

青髪「あと授業も!!」

いや、それだと学校来てる意味ねえだろ。まあコイツは小萌先生見てニヤニヤしてんのが一番幸せらしいからそうかも知れねえけど。
……そう言えば昨日黄泉川先生が言ってた無能力者狩り……あれも元はスキルアウトと能力者との言い争いから始まったんだよな。
スキルアウト。無能力者による武装自衛集団……この言葉がいつ、どこから生まれたのかは俺もわかんねえ。
ただ俺が学園都市に『来た頃』にはもうあった呼び名だ。
能力者による一方的で、不条理な暴力から身を守るために。

青髪「カミやん、四問正解」

上条「うげっ……半分も行ってねえよ……お前は――全問正解!?」

青髪「おっしゃー!今日はついてんで!」

上条「(こいつ……まさか小萌先生の授業じゃねえからって)」

――正当防衛と過剰防衛の話……かあ

261 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:29:11.60 ID:9nLn6TsAO
〜21〜

麦野「――もういっぺん言ってみろ」

土御門「ライオンが牙を剥く時は二種類しかない。狩りで獲物を追う時と縄張りの中で追い詰められた時のな。今のお前は紛れもなく後者だ」

――頭の中のドス黒い脳細胞の一つ一つ氷結して行く感覚。
ああそうだねグラサン野郎。テメエは今寝てるライオンの尻尾を踏んだ。
エレベーターを棺桶にするかこの小汚ねえ壁の染みに化けるか好きな方を選ぶんだね。

土御門「――そんなに、表の世界が息苦しいか。光の世界が生き苦しいか。お前も“元”暗部ならわかるだろう?環境に適応出来ないヤツから脱落して行くんだ。どれだけの能力を持とうが強さがあろうが」

麦野「知った風な減らず口ね。テメエのケツの穴が顔についてたなんて知らなかったわあ……?適者生存なんてカビ臭え能書き、締まりの悪いジジイのケツみてえにプープー屁垂れやがって!!汚ねえクソひり出す前に内臓からぶちまけてやろうか!?」

何知ったような事上から目線で言ってやがるこのクソ野郎が!
そう言って高みから見下ろしゃ私を引きずり下ろしてその上に立ったつもりか!!テメエ何様なんだよ!!!

土御門「――これから戦争が始まる」

麦野「そうね。だから何?」

土御門「そんな中カミやんを守らなきゃいけない側のお前が、いつまでもカミやんに心を守ってもらっていてどうする……?」

掴んだ胸倉に伸ばした手首を、引き剥がして行きやがる。
なるほど?私とタメ張れるくらい鍛えてのはわかった。
――でもダメだ。もう許せない。何勝手に私の取り扱い説明書読み上げてんの?

土御門「――押し潰されそうなんだろう?正常な世界に復帰して、カミやんの側でまともな人間性を取り戻すに連れて自分のして来た罪の重さに」

グラサン野郎が講釈垂れて来る。戦場で自我の目覚めと確立を経た少年兵が人間社会に帰還すると――
平和に適応し切れず、戦争が終わった後も捨てられない武器で自分の頭を撃ち抜くケースはザラにあると。
私を安く見るな、レベル5を甘く見るな、元暗部を軽く見るな。私はそんなに弱くない。

土御門「ああそうだ。お前はそんな可愛げのある女じゃない。逆だ」

……なに?

土御門「――お前はカミやんの側で“人間”に戻りたいと、自分で自分を弱く弱くしたいだけなんだよ。学園都市の怪物としてでなく“ただの女”になりたくてな」

262 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:29:42.84 ID:9nLn6TsAO
〜22〜

青髪「この待ち受け画面見る度に僕ァカミやんと拳で友情語り合いたくなんねん」

上条「べっ、別に良いじゃねえか!ジロジロ見んなよ!!」

青髪「なあなあ電池パックにもプリクラ貼ってんやろ?貼ってんやろ?こなくそー!!」

上条「返せー!!」

クラスメートA「クソぉ……あいつ一人だけ抜け駆けしやがって」ギリギリ

クラスメートB「それも上級生だろ?あんな美人を〜〜!!」ギリギリ

クラスメートC「俺達と同じレベル0のクセに!死ねッッ」ギリギリ

ニ時間目の休み時間、上条は麦野にデートの誘いでも入れようかとメールを打つべくケータイを開いた所――
その待ち受け画面、麦野が応募したプリチューコンテストの優勝した時のデータに青髪が食いついたのである。

本当は待ち受けにするのは気恥ずかしくてたまらないのだが、麦野をして『浮気防止』のためにこの画面なのだ。
が、上条の机に乗っかって来た青髪が携帯を引ったくりクラスメートは歯軋りしながらそれを見ている。

青髪「でもあれやなあーこないしてるとほんま別嬪さんやね。全然レベル5とか大仰な人には見えへんっちゅーか」

上条「そりゃあレベル5たって女の子は女の子だろ?他の子と何も変わらねえって」

青髪「レベル5にそんな風に言えて接せられんのカミやんくらいのもんやと思うで?嫁さんだけやのーてあの常盤台の子とか」

上条「んーレベル5だレベル0だで好きになったり付き合ったりした訳じゃねえって。人間として好きになったから……かな?」

青髪「見た目て言わんところがリア充臭いなあカミやん!!」

見た目で言えば麦野沈利という女性は街中でも十中八九は振り返られる美貌の持ち主である。
それに加えてレベル5という天才の素養を持って尚マイナス値を振り切るほどの口と性格の悪さ。
そして殺人者、元暗部、怪物というファクターを含めて尚自然体で受け止められる辺りは青髪並みの包容力をナチュラルに持っているのかも知れない。

青髪「中身なあ……確かに料理で言うたら中身って味やもんね。見た目は盛り付けとか食器。食って不味かったら長続きせえへんもんねえ」

上条「語るなあ」

――怪物が、人間に恋をしたように――

263 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:32:16.70 ID:9nLn6TsAO
〜23〜

麦野「―――………」

土御門「……カミやんは不思議なヤツだ。俺みたいな人間でさえ仕事抜きでもずっと友達でいたくなるような、真っ直ぐで気持ちの良い男だ」

――表情には出さなかった。だけど言葉が上手く出て来ない。
こいつを言い負かしてやり込めて威嚇し威圧し威すだけの力ある言葉が。

土御門「――俺は男で、あいつを友達として見れて良かったと思っている。お前のように――俺は“女”じゃないからな」

――私は、自分の中にあるレベル5の怪物性と一人の人間としての狭間で壊れて狂った事がある。
あの第十九学区のブリッジでの、当麻との三度目の戦いの中で。
その中で私は当麻の側で人間に、当麻の敵に怪物となれるよう自分を制御する事を覚えた。それが――

表の世界に適合しようと、自分で自分を弱くしようと足掻いていたのか。
私は『ただの女』になりたかったんだろうか。私が最も忌み嫌っていた人間に。
それを心のどこかでこのままじゃいけない、こんなのは私じゃない。
そのせめぎ合いが――私の弱さ、こいつが言う迷いの中だって言うの?

土御門「――平和な時代ならその選択肢は全く間違っていない。だが――」

グラサン越しにも覗ける強い眼差し。ああそうか。このグラサン野郎は目の色を他人に読ませないためじゃない――
あんまりにも真っ直ぐな眼差しをさらけ出さないためにグラサンをかけているのかとふと思った。

土御門「――板挟みの中で自分を見失ったまま渡りきれるほど、この先の道は太くも平坦でもないぞ」

私はグラサン野郎の脇をすり抜ける。私も奴も振り返らない。
いや――私は振り返れないのか。この男の眼差しを圧するだけの力を持てずに。

土御門「役立たずの宝物を――捨てきれないのは俺も同じだ」

エレベーターの扉が閉まる。同時に私の心の扉も閉まる。
ああそうだね。死ぬ時は一人が良い。死ぬ時は独りで善い。
バケモノ(怪物)は、バケモノ(恐怖の対象)として生きて、バケモノ(誰かを殺さなければ価値を見出されない者)として死ななきゃいけない。

麦野「――私もそうだよ」

死に方を決めて、それに沿う生き方をしようと決めたのに私は私の中の『女』に負けるって言うのか。
お綺麗な生き方を望む私と汚れた自分とのジレンマの中で、私は抱えた矛盾とエゴの狭間で磨り減って行くのか。

平和の中、最後まで捨てきれなかった銃で自分の頭をブチ抜く馬鹿のように――

264 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:33:21.42 ID:9nLn6TsAO
〜24〜

青髪「ええなあホンマ……あれちゃう?我等がデルタフォースもなんやかんや言うてホンマに女っ気ないのん僕だけちゃうん?土御門は何か裏切り者の匂いがするし!カミやんはリア充化するし!!」

上条「リア充じゃねえよ!!」

青髪「アホー!ナンパしても引っかかれへん僕の気持ちが、黙っとってもフラグ立ちまくりのカミやんにわかるかーい!!まあフラグ立っても骨もフラグも嫁さんに折られるんやろうけどね?あれ?昨日めたくそにシバかれてんの思い出したらあんまり羨ましくなくなって来た。不思議!」

上条「そりゃなあ……確かにお前の言う通り昨日見ての通りだし。流石にケータイから自分以外の女の番号消せとまでは言われてねーけど」

青髪「ああでもホンマにあるん?メールチェックとかケータイチェックとか現実に」

上条「今んとこそれもねえけど流石に勘弁して欲しいよなあ〜〜」

ガタンガタンと乗り掛かった机で遊ぶ青髪から携帯電話を取り戻し、上条はカチカチとメールを打つ。
例えば携帯電話一つとっても、いつしか麦野がパックに含まれていた無料通話の相手に指定されていたり……
いつだったか携帯電話をもう一台持たされそうになった事もあったが流石にそれは断った。
今は――ゲコ太ストラップの代わりにデュプイのプレーリードックのストラップがぶら下がっている。
独占欲と執着心の強い麦野曰く『何かムカつくから』らしい。と

――――――――――――――――――――
10/3 10:33
To:沈利
Sb:さっきの今であれだけど
添付:
本文:
今日の夕方遊びに行かねえか?
第六学区の遊園地なんだけどさ
――――――――――――――――――――

青髪「メールは普通やね。って言うかカミやんあんまり絵文字使わへんの?前から思ってたけど」

上条「絵文字って面倒臭いんだ。って覗くなよ」サッ

青髪「いやあ女の子誘うあれの参考にしよう思うて。最近前にも増して上手くいかへんねんよねナンパ……」

上条「いや、俺お前がナンパ上手くいったとこなんてお前が目開けた回数より見た覚えねーぞ」

青髪「これからは合コンの時代や!!」

上条「なんでそうなる!?」

この時上条は失念していた。今日の麦野の星座占いの運勢が『外出は控えましょう』とあった事を

置き忘れた財布と共に、スッポリ頭から抜け落ちて――

265 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:36:11.12 ID:9nLn6TsAO
〜25〜

私はあいつに選ばれた。あいつは私を選んだんだ。
子供の頃からさえ、結局一度もした事のなかったフルーツバスケット。
そんな中、私の能力でも見た目でもなく――あれだけ醜い面をさらけ出して尚、あいつは私を選んだんだ。

幼い頃から、足と背の高い椅子に座ってありとあらゆる人間を見下ろして来たような冷めた子供だった私。
そんな私の手を取って、暗い屋敷から連れ出して、光射す場所に連れ出してくれた男の子。
フルーツバスケットの中で、最後まで私に当てられた果物の名前を呼び続けてくれた男の子。

私は等身大の自分だとかありのままの素顔だとか、そんな耳障りの良い言葉が嫌いだった。
そんな『実はこの人はイイ人なんだ』『本当に悪いヤツなんていないんだ』みたいなね。
私の素顔は、本性は、こんなにも歪んでる。暗部に堕ちるから腐るんじゃない。腐ってるから暗部に堕ちるんだ。

でも――そんなヘドロの中から手を引かれて、抱き寄せられて、それでも『お前が欲しい』って言われたら……
自分でさえ認めたくないほど醜い自分を受け入れられたら――

当麻と出会って、破れた闇の殻。最初に目にしたのがあいつなら、私は生まれてすぐ目にしたものを親と認識してしまうヒヨコだ。
今の私は飛べない翼と覚束無い足だけを頼りにその後をついて回っているようにさえ感じられる。
当麻の部屋というあたたかい巣から離れられないほどに。

麦野「――インデックスのヤツ、ちゃんとやってるのかしら」

取り出す合い鍵。世間一般のカップルって、合い鍵を交換し合うのってどれくらい時間が必要なんだろうね?
私の場合は付き合ってから一週間足らず。そもそもあいつと付き合い始めてからまだ三ヶ月経つか経たないかなのよね。
新婚って呼ばれる期間がおよそ二年なら、私達はどうなんだろう?

マヨエー!ソノテヲヒークモノナード……

麦野「ん?」

鳴り響く携帯電話。今度は何だろう?

――――――――――――――――――――
10/3 10:33
From:かーみじょう♪♪♪
Sb:さっきの今であれだけど
添付:
本文:
今日の夕方遊びに行かねえか?
第六学区の遊園地なんだけどさ
――――――――――――――――――――

麦野「……馬鹿」

何であんたは、いっつも私が一番欲しいタイミングで一番欲しい言葉をくれるかね。

麦野「――行くわよ。どこだってね」

そして私は、鍵を捻った。いつも通り
266 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/24(日) 21:36:49.64 ID:9nLn6TsAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――――ただいま――――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
267 :投下終了です。 :2011/07/24(日) 21:37:44.39 ID:9nLn6TsAO
これにて第八話終了となります。ありがとうございました。では失礼いたします!
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/24(日) 23:40:07.31 ID:+wJeXwzs0


土御門くんにイライラしちゃう話だったね
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/25(月) 00:20:51.26 ID:iIQCTjCVo


土御門はホンマ食えん奴やでぇ…
270 :名無しNIPPER [sage]:2011/07/25(月) 19:14:32.12 ID:1vY9xdNf0
乙!土御門ェ…

上条さんがリアルに充実した高校生で爆死しろWwwwwそしてむぎのんは大人かわいい系好きか…
271 :作者 ◆K.en6VW1nc :2011/07/28(木) 00:16:02.14 ID:ozSBc94AO
書き溜め分を誤って消してしまいました……orz次回更新は週末になります
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/28(木) 00:17:21.70 ID:PNHC0EBvo
5分で支度しな!
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/28(木) 00:18:59.34 ID:vWqX6Rdu0
あっ、それは乙
舞ってるよ
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/28(木) 01:18:13.15 ID:bjXpAvsDO
わざわざ報告ありがたいです!!ほんわか期待して待ってますね
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2011/07/28(木) 06:58:32.59 ID:vOnhA1RYo
むう残念
自動セーブあるエディタかEvernote使って書くといいお

276 :作者 ◆K.en6VW1nc :2011/07/29(金) 17:57:16.31 ID:0s0AWUMAO
皆さんありがとうございます。何とか一から書き直せましたので、今夜21時に第九話を投下させていただきます。

日常編の短い12話で終わらせるつもりだったのに……少し伸びそうですがよろしいお願いいたします。では失礼いたします
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/29(金) 17:58:38.93 ID:+GfMOhBDO
おっ!?楽しみに待ってますね!!!!
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県) [sage]:2011/07/29(金) 18:34:57.06 ID:B1xBwkclo
このSSと発射ガールと極光の海の3人は別格だなあ。すんげえ楽しみ。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/29(金) 18:37:21.50 ID:ca2npRnYo
待っとりますです
280 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:02:20.65 ID:0s0AWUMAO
〜1〜

少年C「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

――少年は根城にしていた、今はもう稼働していない工場の一室に必死に逃げ込んでいた。
無能力者狩りの仲間との集合場所と、さらって来た無能力者を連れ込み嬲るための処刑場であった。
黴臭く埃っぽく、当たらない陽射しがとこどころから破れた窓より薄暗い闇の中に降り注いでいる。
工場内にはもう少年以外『誰も』動ける人間などいない。それもそのはず――

「――クソッタレが」

カツン、カツンと杖を突く音だけがまるでこの処刑場の執行人のように耳障りな足音を立てる。
その少年のホワイトヘアーだけがこの暗闇の中不気味なまでに鈍い輝きを放っており……
たった今も少年の頬に飛び散った仲間の血を塗り固めたそれよりも赤く紅く朱く――

「今日は燃えるゴミの日だったなァ」

少年C「あ……ああ……あああ」

「――これでオマエらの足りねえ頭でもわかったか?たかがレベル4が関の山の“能力”なンざ、本物のレベル5の“暴力”の前にクソの役にも立ちゃしねェって事が」

カツン、と工場内の事務机の下に隠れていた少年の前にその杖を突いた白い悪魔が立ちふさがった。
抜けた腰、笑う膝、鳴る歯の噛み合わせ、その全てを――
その白い悪魔はつまらなさそうにくだらなさそうに不愉快そうに見下ろし――そして言った。

「これならその俺に楯突いて来たあの“三下”と今朝の“無能力者”の方がまだしも見れたもンだぜ」

少年C「た、助けてくれ!!俺はもうあんたと戦うつもりなんてねえ!あんたとやるつもりなんてもうねえんだ!」

自分はどこから間違えた?仲間の内一人は昨日の騒ぎで再逮捕された。
もう一人は交差点で事故死した。やっと、やっとあの『青い髪の男』を振り切って逃げ仰せたはずだと――

少年C「助っ」

ガウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!

少年C「―――………」

「悪ィ。五月蝿くて聞こえねェんだ」

その白い悪魔は、命乞いの言葉から末魔の声までその銃声で断ち切った。
しかしその悪魔はたった今事切れた少年にもはや一瞥すら寄越さず、血塗れになった二台目の携帯電話を操作する。
その画面には『無能力者襲撃・要注意人物』と表示されていた。

「あと三十人か……長ェサービス残業になりそうだなァ?」

少年もまた、逃れえぬ死の報いを受ける事となった。自らの業(カルマ)に身を滅ぼして――
281 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:03:06.64 ID:0s0AWUMAO
〜2〜

ぶごご……ぶごごごごご……

麦野「………………」

禁書目録「………………」

麦野「イーンデックスー?」

禁書目録「……なあに?」

麦野「これさ、掛け布団敷き布団合わせて何枚入れた?」

禁書目録「三組六枚なんだよ」

麦野「………………」

禁書目録「………………」

麦野「ブ・チ」

禁書目録「待っ、待って!!話せばわかるんだよ!!?」

末魔を迎えた巨蟹のように白い泡を噴き出し黒い煙を吹き上げる学園都市製AI搭載型最新鋭全自動洗濯機を前に――
佇むインデックスの傍らにしゃがみこむ麦野が発そうとしたブチコロシかくてい宣言を遮ってインデックスが叫んだ。
さながら被告人と弁護人を両立させたテッド・バンディのように。

禁書目録「お布団丸洗いOKって書いてたんだよ?えーあいもとうまがセットして行ったから大丈夫なはずなんだよ!?」

麦野「おいおい。大丈夫じゃないのはそのネジの緩んだ頭じゃない?十万三千冊も頭に本詰まってんなら“加減”の文字くらい入ってんでしょうが!!」

御覧の有り様である。許容量などとうに越えている仕事量を任された洗濯機はもはや過労死寸前である。
パンクするしない以前にどうやったらドアがロックされたのかが不思議なくらいの量である。
これにはさすがの麦野もげんなりして額に指先を置いてかぶりを振る。
それはインデックスの失敗というより任せた自分に責任があるのだと言う歎息ぶりで。

禁書目録「うう、何回も洗ったり干したりするの面倒臭くてついいっぺんにしちゃったんだよ……」シュン

麦野「(……やれやれ)」

むくれるインデックスの横顔を見やりながら麦野は落ちて来た髪を耳にかけながら仕方無いかと妥協した。
アイテムを率いていた頃の完璧主義と結果重視が全ての事柄において実を結ぶとは限らない事を麦野はこの数ヶ月で知った。
花開く前に摘んでしまうより、伸びた芽を育ててやるのも悪くはないかと

麦野「まあいいわ。今度から量に気をつける事」

禁書目録「はーい……」

麦野「――お茶でも淹れようか、頑張ったしね」

禁書目録「ほんとっ!?」

麦野「(現金なヤツ)」

何かに対して我を忘れるほど怒り狂うそれが、いつしか些細な過ちならば許せるまでになった自分のように。

上条家に根を下ろすようになった自分を見るように――

282 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:05:04.26 ID:0s0AWUMAO
〜3〜

禁書目録「〜〜♪」ペラッ

麦野「……そう言えば」

禁書目録「?」

麦野「あんたとも暮らし始めてからだいたい三ヶ月近くなるんだね」

禁書目録「そうだね。どうしたの?改まって」

麦野「(あのグラサン野郎が三ヶ月とか言うからよ)」

洗濯機が過酷な労働を強いられる中、麦野はキッチンに立ちマリアージュフレールの紅茶を淹れる傍ら――
麦野が持ち込んだいくつかの漫画を寝転がりながら読むインデックスに話し掛けた。
インデックスが読んでいるのはチェザーレ・ボルジアの生涯を描いた漫画であり、仮にも聖職者としてそれはどうかとも思われるのだが……
同じ作者の作品の一つは超能力者といった要素の強いものであり、あまりこだわらない質なのかも知れないと麦野は思った。

禁書目録「でもそう言われると早いね。何だかドタバタしてる内に夏が終わっちゃったんだよ」ペラッ

麦野「そのドタバタのほとんどはあんた絡みだけどねえ?」

禁書目録「うっ」

麦野「別にあんたを責めてる訳じゃないわよ。前にも言ったけど、最初はなんて疫病神拾って、なんて厄介者押し付けられたかと思ったけどね」ククク

馥郁たる甘い香りが漂うキッチンにて、麦野は茶葉を蒸らす傍ら買って来たイチゴをカットする。
そしてそれをティーカップの底に敷き詰めて砂糖を盛って紅茶を注ぐのである。
当のインデックスは窓辺の陽当たり良い場所を選ぶ猫のようにしながらからかう麦野をムッとした表情で見やる。

禁書目録「……私もね。最初の内ははしずりの事スッゴくイヤミでイジワルな継母みたいに思ってた。だからおあいこなんだよ」

麦野「昨日当麻貸してやったのに結構な言い草ねえ?あとあんた、夜食禁止って言ってたのに食べたでしょ?」

禁書目録「(ご、ゴミ出しの袋に捨てたはずなんだよ!?どうしてわかったのかな!!?)」

麦野「とか思ってるんでしょ?ストックが一つ足りないからすぐにわかる」

禁書目録「」

麦野「まあ大方当麻が食べさせたんでしょ?あいつは後でオ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね」

禁書目録「(あ、あれ?私お仕置き無し?助かった?)」

麦野「と、世の中そんな上手い話は転がってない訳で」

そこで麦野が立ち上る湯気越しに、実に人の悪い笑みを浮かべた。
人間性格は丸くなる事はあるかも知れないが、良くなどそうそうならないものである。

283 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:05:32.85 ID:0s0AWUMAO
〜4〜

禁書目録「お出掛け!!?」

麦野「そう。当麻と“二人っきり”でね。さっきメールが来て誘われちゃった」

禁書目録「ズルいズルいズルいんだよ!私も行く!!行きたいかも!!!」

麦野「ダメ。たまには二人っきりにさせてよ」

禁書目録「まだ土日じゃないんだよ!ルール違反かも!!」

麦野「カップラーメン食べたわよねえ?それはルール違反じゃないの?」ニヤニヤ

禁書目録「ぐぬぬぬ……」

麦野「夜には返すわよ。でもって今夜もあんたに当麻を貸す。お金も置いてくしお仕置きもなし。私ってば本当に丸くなったわねえ?」

禁書目録「ひっ、卑怯かも!!」

麦野「おいおい。あんたの完全記憶能力は飾り?忘れちゃったかにゃーん?私は悪い奴で、ついでに人も悪いのさ」

カチャッと二人分のティーカップをテーブルに並べる傍ら、握り締めた両手を置いて悔しがるインデックスを見やる。
打算と妥協と堕落の鼎談が、より甘やかな誘惑をインデックスに投げ掛けているのが幻視出来るような表情である。

禁書目録「うう〜〜……」

麦野「――この紙キレには何でも買えるし好きなだけ食べられる魔法がかかってるの。それとも空っぽの冷蔵庫に耐えかねてスフィンクスでも食べる?」

スフィンクス「んにゃ!?」

麦野「猫は小骨が多い上に不味いって話だけどねえ?」チラッ

文字通り悪い取引を持ち掛ける魔女めいた笑みを湛えながら麦野は未だひだまりに侍る三毛猫をチラッと見やる。
とうのスフィンクスは『おいバカやめろ!』と言わんばかりに毛を逆立てている。
清貧を範とする修道女であっても聖女と呼ぶには程遠いインデックスである。
苦みばしった福沢諭吉と食いでのない子猫、どちらも選ばず飢えて死すという結末は最初から頭にない。


そして――


禁書目録「ふっ、ふん!そうだね!私のこの空より広〜〜い心に免じて二人っきりにさせてあげるんだよ!それから!これは食べ物に転んだんじゃなくってしずりの善意を無碍に出来ないからなんだよ!聖職者としてね!!」

麦野「(マジでチョロいなコイツ。銀貨30枚で神の子売ったユダかっての)」

首を括る荒縄も身を投げる井戸もないままインデックスは身を落とした。げに恐ろしきは暴食の業(カルマ)か。

284 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:07:57.75 ID:0s0AWUMAO
〜5〜

麦野「じゃあ、これで何か美味しいものでも食べてちょうだい。一食分にしちゃ破格よ」

シメシメとほくそ笑みながらテーブルの下で小さなガッツポーズを取りつつ麦野はもう片方の手で財布を探る。
デュプイの財布から引き出す一万円札。そこにアメックスとダイナースの内ダイナースのブラックカードが覗ける。
学園都市のレベル5と言う超法規的存在、そしてついて回るお嬢様疑惑の一端を如実に示すように。と

禁書目録「あ!」

麦野「なに?なんなの?まさか足りないなんて言わないわよね?」

禁書目録「お財布……」

麦野「?」

禁書目録「とうま、朝お財布忘れて行っちゃったんだよ……」

麦野「(馬鹿じゃないの?あいつ)」

麦野の財布を見てインデックスも思い出したのだ。
弁当作りの材料さえないため学食で食べるしかないかと朝ボヤいていた上条の事を。
それに対し麦野は口をつけたベリーフレンチを味わいながら目蓋を閉ざした。何と言う間抜けかと。
恐らく忘れている事さえ今も尚気づいていないだろう。メールで遊びに誘っておいて何と言う体たらくかと。

麦野「あいつ、こんな調子でよく私と付き合うまで一人暮らし出来てたわねえ」

禁書目録「なんだかしずり、彼女って言うか奥さんみたいかも!」

麦野「奥さんか……あいつのパンツ洗ったり干したりしてる時が一番それを感じさせられるよ」

麦野は思う。上条が下校途中に何らかのいざこざに巻き込まれて戦ったり逃げたりと……
それが夏場だった頃には泥やら汗やら、作業着洗いの念入り洗いで洗濯機を回さなければならなかった。
始めて上条の部屋に上がった時に洗いざらしのシャツをただ部屋に吊している時など『男ってみんなこうなの?』とひそかに呆れたものだった。

禁書目録「しずり、人にはさせても絶対自分じゃやらなさそうに見えるタイプかも」

麦野「失礼ね。私だってあいつが自分の男じゃなきゃやらないわ。家政婦でも女中でもないんだから」

禁書目録「とうまの事、好きだから?」

麦野「……かも、ねー」

麦野は元来世話好きな性格でも母性本能にも乏しいタイプだと自己評価ないし自己分析していた。
そこには上条が年下というせいも多分に含まれているせいだとも。
もしこれが同い年ならば甘ったれんなと一蹴するだろうし、年上ならば死ねとのたまうだろう。

285 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:08:38.20 ID:0s0AWUMAO
〜6〜

禁書目録「ねえねえしずりしずり?」

麦野「ん?」

禁書目録「しずりはとうまのどんなところが好き?」

麦野「……少なくとも“全部”なんて頭の悪くて心の広い答えを真面目な顔で言えるほど多くはないわね」

禁書目録「いちいちひねくれてるんだよ」

コクコクと紅茶を飲み干した後、底に残されたイチゴをアーンと一つ口に含みなからインデックスは言う。
普通、自分と同じ十代の女の子ならば『全部』だとか『優しい』だとか『かっこいい』辺りが適当な模範解答だろうと。
もう少し年嵩を経れば社会的ステータス、資産や将来性が比重を増し行く事もインデックスはテレビで学んだ。
さらに学園都市にはそこに『能力』『レベル』が付加されて来る。
いずれも上条には不足しているものばかりである。が

麦野「――あいつが、私を選んだからよ」

禁書目録「――――――」

麦野「どんなに小難しい事考えても、重苦しいほど悩んでも、きっとこれ以上の理屈なんてないし理由なんていらないわ」

禁書目録「……他の人がしずりを選んだとしても?」

麦野「どうかしらね?」

例えば麦野は、同じレベル5から誘いをかけられても殺しにかかる事でそれに応えるだろう。
『自分だけの現実』で作り上げられた己の能力を上回るか比肩する存在それ自体が既に麦野の圭角に触れているのだ。
かと言って自分よりレベルが低い存在は路傍に群がる黒蟻も同然だった。

麦野「――ただ、前にも言ったけどあいつは私より強いよ」

実際の所――純粋に上条と麦野が相対したとすれば本来は麦野の圧勝なのだ。
原子崩しを幻想殺しで無力化されても、肉弾戦に持ち込めば人を殺せる麦野に勝てない。ならば何故か?

麦野「――勝ちも負けも生きるも死ぬも正義も悪もなくさ、自分を殺そうとした女の命を助けて、挙げ句心まで救うようなヤツにどうやって勝てばいい?」

禁書目録「………………」

麦野「その上、そんな救いようのない馬鹿に惚れちゃった時点でもう私の負けは確定。もう二度とやりたくないわあんなヤツ」

負けたのは無能力者の腕力でも超能力者としての能力でもなく――
同じ『人間』としての『心の強さ』に負けたのだと。
故に麦野は収まったのだ。『上条当麻』という大器の中に――
286 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:10:51.51 ID:0s0AWUMAO
〜7〜

麦野「まあルックスで言えば中の上くらい?角度によってはカッコよく見える時もあるけどそう言う時は私の目が見えなくなってる時ねえ」

禁書目録「ボロクソなんだよ。でもとうまはかっこいいんだよ?だらしないし頭悪いし人の話聞かないけど優しいんだよ!!」

麦野「あんたの方がボロクソ言ってるでしょうが。でも自分で言うのは良いけど他人に言われると腹立つわね」

空いた自分のカップの取っ手をチンと人差し指で弾いて麦野が微苦笑を浮かべた。
本人の前で誉めればつけあがる、御坂の前ではノロケたくない。
袂を分かったアイテムの前ですら麦野はノロケた事がない。リーダーとしての沽券や威厳に関わって来るからだ。しかし

麦野「……不思議ね。付き合う前は長所から好きになるのに、付き合って行くと短所を愛していけるようになるなんてね」

禁書目録「それちゃんととうまに言ってあげたらいいのに!私はちゃんととうまにいいところも悪いところも言うよ?とうまは馬鹿だからね。言わなきゃわからないならわかるまで言うんだよ」

麦野「私は逆。言わなくても通じ合えるのがいい。甘ったるいの苦手だし」

禁書目録「私と違って紅茶にお砂糖入れないもんね。しずりってそう言うところあんまり女の子っぽくないかも」

麦野「男受けは間違いなく悪いね。こんなひねくれて可愛げのない性格、あいつ以外誰が好き好んで選ぶってんだ」

禁書目録「男っぽいもんね。でもどうしようか?お財布ないととうまご飯が食べられないんだよ!」

麦野「……そうねー」

ツンツンと上条の財布をつつく二人。別段一食抜いたくらいで人間死にはしない。インデックスを別として。
それに上条には友達が多い。金を借りるなり食事を分けてもらうなり出来るだろう。が

麦野「……11時前か」

上条の昼休み時間はおよそ12時30分。一時間半ほどゆとりがある。
幸い米は底をついていない。お弁当作りに耐えうるほどの材料はないが――
海苔と麦野のシャケフレークはある。この時麦野の頭に浮かんだものは――

麦野「そう言えばあんたにまだ教えてないもんがあったね」

禁書目録「?」

麦野「――おにぎり作り♪」

トースト、洗濯機に次ぐ第三の訓練……新たなるステップ、おにぎりである。

麦野「――あいつには余った分届けてやればいいわ」

デートの返事は、その時すれば良い

相手の顔を見て、しっかりと

287 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:11:31.40 ID:0s0AWUMAO
〜8〜

上条「……やべえ」

土御門「どうしたんだにゃー?」

上条「……ない」

吹寄「何が?」

上条「サイフがねえ!!」

三時限目の休み時間、途中から入って来た土御門を加えて校内の自販機にジュースを買いに行った段で上条はようやく気がついたのである。
財布がないのである。それも家に忘れて来たのかはたまた落としたのかさえあやふやな意識のままで。
それに振り返る青汁を飲んでいた吹寄と、豆乳を飲んでいた土御門からすればこの程度の上条の不幸など見慣れたものである。
が、とうの上条からすれば気が気でない。当たり前である財布とは生活の綱なのだから。

土御門「それは穏やかじゃないんだぜい。どこまで持ってたか覚えてるか?」

上条「待ってくれ今思い出すから……うーん、うーん……今朝まではあった……家だ!家に忘れたんだ!!」

吹寄「相変わらずね上条当麻……」

土御門「なら持って来てもらえばいいんじゃないか?さっきカミやんの嫁さんが家に――」

吹寄「上条の嫁??」

上条「(馬鹿っ!土御門!?)」

土御門「(うおっ!?しまったつい!!)あ、あーカミやん!ジュースなら俺がおごってやるんだぜい!デルタフォースのよしみでな!」

上条「お、おう!流石は持つべきものは心の友だよなマイフレンズ!!」

上条・土御門「「HAHAHAHA!」」

吹寄「(あやしい)」

と、珍しく口を滑らせた土御門の口を上条が手で覆い遮った。
青髪や土御門や雲川、一時身を寄せていた姫神などを除いて同居している事を知るのはごく一握りに留めておきたかったのだ。
だがそこにある欺瞞を吹寄は見逃さない。あまりに小芝居が大根過ぎて。

吹寄「……上条当麻?」

上条「な、なんだ吹寄?う、上手いなあこのバナナミルクシェーキ!」

吹寄「まさかとは思うけど――貴様、部屋に誰かと住んでるの?」

上条「ブーーーーーー!!!」

土御門「カミやん汚えええええー!!」

某探偵か毒霧で名を馳せたレスラーのように噴き出す上条。
そっちの気などないのにサングラスごと顔面をミルクシェーキまみれにされ割と本気で嫌がる土御門を見て――
吹寄は疑念を確信に変える。間違いなく同棲か、またはそれに近い状態にあると。

288 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:13:29.40 ID:0s0AWUMAO
〜9〜

吹寄「……そうなの?」

上条「は、ははは吹寄さん?上条さんにそんな浮ついた話はありませんの事ですよ」

土御門「(俺のグラサン……)」

吹寄「相手は?あの茶髪の上級生?」

土御門「(イラッ)」

上条「なっ、何故こんな取り調べみたいな流れに!?違うよな?違うよなあ土御門?」

土御門「壁が薄くて嫁さんの声がヤバい」

上条「裏切り者ォォォォォォォォォォ!」

吹寄「質問に答えなさい上条当麻!!」

何故財布を無くした落とした忘れたからこんな流れになったのかと上条は収まりの悪い髪の毛をかきむしりたくなった。
しかしこんなもので収まらないのは吹寄の追求である。

吹寄「(やっぱり……あの大覇星祭の時の)」

吹寄は大覇星祭の折り、上条の影に見え隠れしていたその女性を目にしている。
冷ややかな微笑と凍てついた眼差し、熱を感じさせない氷の女王然とした美貌。
自分達の周囲にいないであろうタイプのその佇まいを。

上条「え、えー……すまん吹寄!!どうかその俺達男子の夢が詰まった豊かな胸の中に収めてくれ!!」

吹寄「全く貴様というヤツは!貴様はまだ学生でしょう?校則以前に常識の問題じゃない!それに胸は関係ないでしょ!胸は!!」

無論吹寄とて本気で咎めている訳ではない。当然誉められたものでもないが――
確かに自分は額と頭は固いかも知れない……だがそこまで四角四面なつもりでもない。
ただ、気になっている事が一つあるのだ。それは――姫神の事である。

吹寄「(姫神さん……)」

姫神が転校して来て約1ヶ月ほどではあるが気づいた事がある。
それは姫神が上条に向ける眼差しに込められた感情だ。
恐らく鈍いであろう上条は気づいていないだろうが聡い吹寄からすればその目に宿る淡い光の名前を――
世間一般で何と呼ぶかを知っている。たったひと月であろうとも。

上条「テメエのせいだぞ土御門!」

土御門「バナナミルクシェーキもう一本やるから勘弁して欲しいにゃー♪」

上条「もう一本もいらねえからありったけ殴らせろ」

そう、この今も醜い仲間割れにじゃれついているようなこのクラスメートを……
自分の友達がどう懸想しているかを思うと胸が痛くなるのだ。

289 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:13:59.99 ID:0s0AWUMAO
〜10〜

吹寄「全く……少しはしっかりしなさい上条当麻。学生の身分で万が一何か間違いがあったら、傷つくのは女のほうなのよ」

上条「言葉もありませぬ……」

土御門「吹寄。ここは俺に免じてカミやんを許してやってくれ」キリッ

上条「いいぜ……殺す!!」

土御門「幻想じゃなくて!?」

上条「テメエをだよ!!」

まさかの同棲発覚と財布を忘れた不幸はとてもではないがバナナミルクシェーキでは癒せない。
再び土御門の血を欲して振るわれる怒りの鉄拳を土御門はヒョイとかわしてスタコラサッサと逃げ出した。
そのいつも通りの巫山戯けたやりとりと背中を見送る吹寄だけを残して。

吹寄「(上条当麻め……)」

男の視点から見る女と女の視線から見る女、両者の視界には隔絶とも言うべき懸絶した価値観の差異がある。
不釣り合いなどと吹寄は言わないし思わないが、何故かあの麦野沈利なる女性には――良い印象が持てない。
自分の友人に肩を持つ訳ではないが、何故姫神ではなく麦野なのかと。

吹寄「上条当麻!!」

上条「なんでせうか!?早く土御門のヤツを捕まえてぶん殴ってやらねえと上条さんの気が済まんの事ですよ!!」

吹寄「む……麦野さんだっけ?どうやって知り合ったの?」

上条「んー……?」

そこで上条がやや言い淀んだのを吹寄は見逃さない。
窓の外には8月を越えるも10月の強風に力尽きた黒揚羽が、枯れ果てたマリーゴールドの側に横たわっているのが見えた。
そこへ――10月が最後となる紋白蝶がひらひらと待って行く。

上条「――ナンパされた!」

吹寄「えっ!?」

上条「“ねぇ、そこのおに〜さん”ってナンパされた!で、付き合った!!」

吹寄「……貴様というヤツは!!」ガッ

上条「ぶべらっ!?」

廊下を駆け出し、その不真面目な解答をいけしゃあしゃあとのたまいぬけぬけと逃げ出す背中を蹴りつける。
どこまで不真面目なのだと。これでは姫神があまりに浮かばれないではないかと
女特有の仲間意識と言われてしまえばそれまでだが――

吹寄「全く……こんなやつのどこがいいんだか」

窓の外には枯れ果てたマリーゴールド、力尽きた黒揚羽に寄り添う小さな紋白蝶。
蝶の羽ばたきがやがて天候を荒れさせると言うバタフライエフェクトのように――
この先訪れる終末の形と、迎える破滅の形を吹寄は知らない。

やがて訪れる、終わらない夏への扉を開くその時までは――

290 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:16:28.82 ID:0s0AWUMAO
〜11〜

禁書目録「うう〜〜」

麦野「難しい?」

禁書目録「出来ないんだよ!しずりみたいに三角にしようとしたらグシャッてなるかも!」

麦野「あんたが下手なのは力加減。別に丸くてもいいの」

禁書目録「んん〜〜!!」ギュッギュッ

一方その頃……麦野は高速炊飯により炊き上がった米を使ってインデックスにオニギリ作りを教えていた。
例え失敗しても昼食代わりになるし、ちょうど良い機会だと思う事にして。
問題は――当初の目的である上条の分が残るかどうかだが。

禁書目録「もうっ。隅っこ作ろうとしてもポロポロするんだよ……あーんこれも失敗!」パクッ

麦野「――でもさ」

禁書目録「?」ムシャムシャ

麦野「きっと喜ぶと思うわよ?“インデックスがトーストの次にオニギリを覚えてくれた”ってさ」

禁書目録「……し、仕方無いんだよ」

麦野「はい。サランラップ使いな。その方がまだやりやすいでしょ?」

新しいサランラップを掌に載せ、そこにシャケフレークとの混ぜご飯をある程度乗せてインデックスは手を重ねる。
これならば手もベタつかないし、熱にやられる事もない。
米同士の密度も狭まるし、何よりある程度形も整って来る。
最初からこうすれば良かったか、と指導法を見直しながら。

禁書目録「本当にまん丸でもいいの?」

麦野「最初だからね」

禁書目録「しずりは?」

麦野「ん?」

禁書目録「しずりは最初から三角やタワラに出来たの?」

麦野「出来ないのが悔しくてね、出来るまでやった。最初はあんたと似たようなもん」

誰にでも最初の一歩があり、それは麦野とて例外ではない。
顰めっ面でおにぎりを作るインデックスを見ているとより強くそう感じられた。
教える事によって麦野もまた学んで行くような、不思議な感覚。

禁書目録「日本のドラマで、こんなシーンあったんだよ」

麦野「そう?」

禁書目録「なんだか、私達お母さんと娘みたいだね!」

麦野「おい待てコラ。何人の事さりげなくオバサン扱いしてんのブチ殺されたい?せめて姉妹と言え」

それは麦野自身が常々否定している母性に似ていた。
母性など男の幻想であり、同時に女の才能だと。もし母性が生まれつき備わっているならば――
自分のような闇に堕ちた子供や、絹旗のような置き去りとてこの世に存在しないという事になるのだから。
291 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:17:15.37 ID:0s0AWUMAO
〜12〜

禁書目録「ふふふ……でもね?」

麦野「?」

禁書目録「しずりにギューッてしてもらったり、一緒の毛布でお昼寝してたりするとね?なんだかお母さんみたいな感じがするんだよ」

麦野「………………」

禁書目録「私、お母さんの事知らないけど……きっと、ここが覚えてるんだよ」

出来た!とソフトボール大にまで大きくなってしまったおにぎりを持った手とは逆の手で……
インデックスは控えめな左胸をトントンと叩いた。
それは脳が司る記録ではなく、心に刻まれた記憶の在処。
家族の記憶がインデックスにはない。そもそも家族があったかさえも覚えていない。
もしかすると孤児だったかも知れないし、或いは麦野のような裕福な家庭で、麦野と違って愛情一杯に育てられたのかも知れない。

麦野「……恥ずかしい事言うの禁止」ギュッ

禁書目録「わぷっ」

麦野「(なんか御坂みたいに突っぱねられないんだよねー……コイツだけは)」

胸の谷間で窒息寸前のインデックスを抱きながら麦野は天井を見上げる。
今のインデックスと昔のインデックス、同じ顔と身体を持ちながら異なる彼女の違い。
それは紛れもなく今のインデックスが誰と出会い、何を思ったか……それが今の彼女を形作る全て。

麦野「……じゃ、おにぎりも出来た事だし手洗ってあいつんとこ行こうか?」

禁書目録「うん!!」

麦野「(出来たって言うか二個しか残らなかったんだけどね。いや、二個も残ったって事で良しとするべきか?)」

麦野の作った小さな三角とインデックスの作った大きな真ん丸おにぎり。
ジャーっと流し場で手洗いする少女を見やりながら麦野は外していたブルーローズのリングを薬指に嵌める。
自分の中の薔薇の棘のような部分は消えてなどいない。しかし間違いなくその先端は丸みを帯びてしまっていた。

麦野「……これはこれでそう悪いもんでもないかしらね」

禁書目録「なーに?」

麦野「指輪の話」

高校生らしい25,200円のリング。一ヶ月記念日に二人で買ったお揃いのそれ。
今もその片割れが上条の首にチェーンでぶら下がっている事であろう。
麦野からすればこれまた浮気防止の首輪代わりであるのだが

麦野「(――首輪つけられたのは、果たしてどっちかしら?)」

バタバタと出掛ける準備を始めるインデックスを見やりながら、うっすら微笑んで麦野はそんな事を考えた。
292 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:18:19.01 ID:0s0AWUMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第九話「There's no such thing as a free lunch」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
293 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:20:44.48 ID:0s0AWUMAO
〜13〜

そんなこんなでお昼休みである。

上条「不幸だ……」

姫神「上条君。どうしたの」

上条「姫神か……ははは、上条さんは財布忘れて絶賛飯抜き中なんですよー」

上条当麻は机に突っ伏し打ちのめされていた。その原因は言うまでもなく忘れた財布と苛む空腹によるものである。
昼休み直後のドップラー効果で響き渡る廊下の高いテンションに反比例して下がり行くダウナー状態。
そんな時である。小さな巾着袋に収まったお弁当を持っていた姫神が話し掛けて来たのは。

姫神「……そう」

上条「ツイてねえ、ツイてねえよな俺って本当に……」グウウウ

姫神「……。良かったら。私のおかず。少し分けてあげようか?」

上条「!!?」ガタンッ

姫神「普段なら。トレードだけど。今日は特別」

上条「ほ、本当にいいのか姫神!?」

姫神「いい」

思わぬ天の恵みに上条が顔を上げて身を乗り出した。
すると姫神は答えるより早く手近な机を寄せて上条と差し向かいの形になり、お弁当箱を開く。
そこには野菜の天麩羅入りの混ぜご飯である。その香りはもはやフェロモン以上の暴虐を持って鼻孔を擽る馥郁たる香り。

上条「お……おお……おおお!」

一体朝何時に起きればこんなにも豪勢に、かつそれだけ時間が経っているにも関わらずパリッと上がっている衣。
上条家ではまず残らない夕食の残りを詰め込んだ自分の作るそれとは明らかに異なる次元の出来映え。
麦野は朝に大変弱く朝食を作るのがやっとのため、たまにやる弁当作りは上条の仕事なのである。
とは言っても里芋の煮っ転がしの汁がご飯コーナーに染みて来る程度の腕前だが

姫神「……あーん」

上条「?」

姫神「……あーん/////////」

そこで姫神が顔をやや赤らめながら野菜天麩羅の一つを差し出して来た。
これで上条が弁当持ちならばただ交換するだけにとどまっていただろうそれ。
しかし箸も持ち合わせていない上条に対し姫神がとったアクションは大胆極まりないものであった。

上条「?……あーん」

そして上条も何の気なしに口を開いて首を伸ばしてしまった。それほどまでにお腹が空いていたのだ。
同時に、麦野との付き合いの中で『あーん』という行為に対し慣れきってしまっていたのだ



―――しかし……それが仇となる―――



294 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:21:43.82 ID:0s0AWUMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「か  ー  み  じ  ょ  う」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
295 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:23:45.29 ID:0s0AWUMAO
〜14〜

次の瞬間、その場に有り得ざる声音が上条の鼓膜を震わせた。

上条「……へ?」

姫神「」

そこでやっと気づく。自分が座っている窓際の席。
この強風の中にあって雲さえ散らされる晴天の陽射しに突如として落ちる影。
それは人のシルエットに近く、また鳥のようなフォルムをしていた。

麦野「………………」バッサバッサ

禁書目録「………………」フヨフヨ

上条「」

姫神「とっ。鳥??」

何と――上条の教室の窓の外に、インデックスを抱きかかえながら羽ばたく麦野の姿があったのだ。
原子崩しから成る十二枚の光の翼。地上から数えて2、3階部分に当たる空中にて――
ランチバスケットを抱えた死の天使達が舞い降りた。

麦野「お届け物でーす。朱肉ねえから血判で☆」

禁書目録「受取拒否は受け付けないんだよ☆」

姫神とハートマークが飛びそうな『あーん♪』状態のまま凝り固まったままの上条に――
インデックスは夜の訪れを思わせるドス黒いオーラを漂わせて。
麦野は神々しいまでの狂気に歪んだアルカイックスマイルを浮かべて。

上条「……なにしてるんでせうか?」

麦野「テメエこそ何やってんだ?コラ」ニコニコ

上条「おっ……おかずを……分けてもらおうって……」

麦野「オカズなら昨夜あげたよね?何他の女に鼻の下伸ばしてんのかにゃーん?」ニコニコ

上条「さ、財布……忘れて……」

禁書目録「持って来てあげたんだよおサイフ。ご飯と一緒にね。けどお楽しみでお取り込み中だったみたいだね。とうま」

上条「………………」

麦野「………………」バッサバッサ

禁書目録「………………」プラーン

教室の窓際席の外に舞い降りた天使達とガラス越しに見つめる高校生という現実離れしたシチュエーション。
しかし――これは現実である。ほとんど浮気現場を目撃したに等しい状況下に憤怒を越えて笑顔の麦野。
そして時を停めた彫刻のような上条、阿修羅か羅刹のような表情のインデックス。

麦野「……かーみじょう?」ニコニコ

――忘れてはならない。十字教の天使の翼とは猛禽類の翼をモチーフとしている事に。
もちろん猛禽類は麦野、狩られる獲物は言うまでもなく――上条である。

上条「は……ははは……」

それが上条の最後……否、最期の笑顔であった。

296 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:24:39.04 ID:0s0AWUMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「ブ ・ チ ・ コ ・ ロ ・ シ ・ か ・ く ・ て ・ い ・ ね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
297 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:26:46.36 ID:0s0AWUMAO
〜15〜


ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!

麦野「かーみじょォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォう!!!」ガシッ

上条「ごっ、がああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

禁書目録「とうまァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」グイッ

姫神「」

上条「助けてええええええええええええええええええええ!!?」アッー

クラスメートA「か、上条がさらわれたぁぁぁぁぁ!!?」

クラスメートB「と、鳥じゃ!この鳥、人ば襲う!!」

クラスメートC「すげー!!なんだあの羽根すげェェェェェ!!」

バリーン!!と抜き手で窓ガラスを突き破り、窓辺まで来ていた上条の胸倉を掴んで麦野らは飛び立った。
ほとんど夜鷹の子さらいか、ネズミを捉えたフクロウである。

上条「――あああああぁぁぁぁぁ……」

姫神「………………、」

エコーをかけてフェードアウトし、空の彼方に消えて行く上条に姫神は野菜天麩羅を取り落とした。
たった今目にした現実に思考が追い付かず軽くフリーズ状態である。
いきなり光の翼を背負った美女が空から落下して来るヒロインよろしく光臨し――
ブルータル極まりないデスボイスでシャウトしながらトラックで突っ込んで来たような勢いで……
目の前でクラスメートが拉致されたともなれば誰しもそうなるだろう。

吹寄「なっ、なにがあったの!!?」

土御門「カミやんが鷹にさらわれたんだにゃー」

吹寄「どこの田舎の話よ!?姫神さん?姫神さん!?何があったの!?」

そこへ騒ぎを聞きつけた吹寄が駆け寄るも、姫神は答えようがない。
ほんのちょっぴり出した小匙一杯の勇気がまさか一人の少年の未来を奪ってしまったなどと……

姫神「……鳥が」ガクガク

吹寄「姫神さん!!?」

姫神「鳥が。鳥が来た」ブルブル

吹寄「姫神さん!?姫神さん!?気をしっかり持って姫神さん!!」

余談ではあるが、麦野が抜き手でブチ破ったガラスの修理費は漏れなく上条に回される事となった。
後にそれが上条の彼女の仕業であると判明した時、上条を羨む男子はいなくなり、皆は少しだけ上条に優しくなった。

298 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:27:15.51 ID:0s0AWUMAO
〜16〜

上条「――あああああぁぁぁぁぁ……」

雲川「次から次へとまあ飽きさせない男だけど」ムシャムシャ

青髪「シバかれるほど愛される幸せっちゅうのも考えもんですねえ」

拉致された上条の姿を秋風吹き荒ぶ屋上より見下ろしていたのは――
カチューシャで纏めた黒髪を靡かせる雲川芹亜であり、その手にはメロンやラフランスやマンゴーの挟まれたフルーツサンド。
フェンス越しに見やる雲川の側にあるベンチに腰掛けていた青髪からの、昨夜借りだした飛行船の謝礼である。

雲川「うん、相変わらず美味しいけど……これを作ったのはお前か?」

青髪「いやあ、ジョンさんですわ」

指先についたクリームをペロペロ舐めながら雲川が言及したそのパン作りの主、ジョン・スミス。
8月に青髪が拾って来た記憶喪失に陥った外国人従業員の仮名でもある。
ジョン・スミスとは英名で『名無しの権兵衛』、名付け親は雲川である。
由来はその時雲川が暇潰しに読んでいたジェームス・ヒルトンの『心の旅路』の記憶喪失の軍人から取った。
そのシャトルーズグリーンの髪を持つ青年の生き方と照らし合わせれば実に皮肉なネーミングである。

青髪「……不思議なもんやねえ。あんだけシバかれても冷めへん恋と、世界を敵に回してでも一人の女の子を救いたかった愛……どっちも僕には真似出来へん」

雲川「――本当にそうか?」

青髪「本気はいつもまだ見ぬ可愛い女の子のために取っとくんです!」

などとのたまいながら青髪はパラパラと風に流されるままに学園都市walkerのデートスポット特集に目をやる。
そこには第六学区の遊園地、第二十一学区の天体観測所にして展望台が映っており――
マンゴーとラフランスとメロンの挟まれたサンドイッチを食べ終えた雲川がそれに目を止めた。

雲川「なんだ。相手もいないのにそんなものを見て」

青髪「ひどい!先輩かておらんのんに!」

雲川「まあ私もいないけど。そもそも星を見に行くような相手を見つけた自分を想像出来ないけど」

青髪「――さあ?それはどないですやろ」

空に座する星の嵐。その訪れが一年後となる事を青髪は正確に予見していた。
恐らくは、たった今さらわれていった親友とは別の――
星に願うより自分の根性一つで叶えてしまうような、そんな大味の男と。

青髪「――それこそ、神のみぞ知るっちゅう事で――」

彼女の知らない物語が始まるのは、もう少し先の未来――
299 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:29:08.53 ID:0s0AWUMAO
〜17〜

上条「不幸だ……」ボロッ

麦野「自業自得、とも言うわね」

上条「だからあれは誤解だっての!!」

禁書目録「みんなそういうんだよ。テレビでやってたもん」

上条「んがー!!」

上条当麻は満身創痍であった。教室から拉致され学校の外まで連れ出された後粛清、拷問、暴行のフルコース。
五体満足なのはギャグ補正がついているおかげであり、その姿は痣やら足跡やら文字通り踏んだり蹴ったりである。
三人は今、学校の近所にあるコンビニである。同じ学校内の生徒らなどもおでんやジュースなどを買いに来ている者もいる。
皆一様に麦野の美貌やインデックスの可憐さに一度は振り返るものの――
上条の人間サンドバックぶりに慌てて目をそらして散って行くのだ。触らぬ神に祟り無しである。

麦野「やれやれ……こりゃあオニギリもデートもお預けかしら?今日初めて見た自分の男の顔がケチャップかけた豚まんみたいじゃねえ?」

上条「誰のせいだ誰の!だから悪いと思ったのと感謝の気持ち込めてなんか奢ろうってここ来たんじゃねーか!!」

禁書目録「とうまとうまー!私この鰻重食べたいんだよ!」ヒョイ

上条「1680円!?なんだこれ外食より高いぞ!!?んなもん却下だ却下!」

禁書目録「ケチンボー!」

1680円もする鰻屋より美味いと評判の鰻重を取り下げられむくれるインデックス。
散々失敗したオニギリを平らげたにも関わらずまだ食べたりないらしい。
そんな二人を尻目に麦野はドリンクコーナーを見上げる。すると――

麦野「……またない」

上条「ん?」

麦野「またコーヒーがない。ここいっつもブラックばっかりないのよね」

上条「……誰かが買い占めてってんじゃねえのか?すげーコーヒーマニアか」

麦野「カフェイン中毒者かっての」

そこにはRootsのアロマブラックだけがごっそり抜かれていた。
以前上条の見舞い帰りに立ち寄った際にはBossのブラックと日によってまちまちである。まるで妖精の仕業のように。

上条「……なあ麦野」

麦野「なーに?」

上条「さっきの遊びに話なんだけどさ」

麦野「ああ。うん。行く行く」

上条「軽ッッ!?」

麦野「おいおい。私がひっそり顔赤らめてもじもじしながらOK出すとでも思ってたー?かーみじょう」

上条「い、いやそうじゃねえけどさ」

麦野「でしょ?」

300 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:29:44.74 ID:0s0AWUMAO
〜18〜

インデックスが店内をウロウロし始めたのを機に切り出した上条からの誘いの返事は拍子抜けするほどあっさりしていた。
もともと演技を除いてデレデレしたり見せつけるためにイチャイチャして来る以外は麦野は基本的にサラリとした質である。
内面がどれだけ高校生離れしてドロドロした女の情念が渦巻いていたとしても。

麦野「――でもさ、ありがとう。わざわざ誘ってくれて」

硝子扉に映り込んだ背後の上条に目を合わせつつ麦野は言う。
その言葉に僅かな間上条はキョトンとしたものの、フッと肩の力が抜けたように――笑った。

上条「いいって。俺も話聞いてるうちになんか行きたくなってさ。思い立ったが吉日、善は急げって言うだろ?」

麦野「そうねえ……でも別に何も平日、それもこんな風の強い日じゃなくたって良かったんじゃない?」

上条「んー……言われてみりゃあまあ、お前の言う通りなんだろうけどさ」

ガチャンと上条が麦野の肩越しに手を伸ばして頭一つ高い位置にあるミッドナイトアロマを取る。
麦野は顔の横から伸びて来たその右手を見つめる。
ついに目が行ってしまう手の甲に浮かぶ血管や、指先の爪を。

上条「――単純にさ、俺がお前と遊びたいって思ったんだよ。ただそんだけなんだ」

麦野「………………」

上条「深い意味とか、理由とか、考えとか関係なく……ただお前に会いたいなって思ったんだ。ほい」

麦野「あっ……」

上条「これでいいか?」

それは上条が取って麦野に手渡したコーヒーの銘柄なのか、はたまた誘った理由なのか一瞬麦野にもわからなかった。しかし

麦野「……それでいい」

上条「ん」

麦野はその手を取る事で応えた。女の自分とは違う肌の濃さ、指の長さ、手の大きさ。
当たり前だが男と女は身体の作りが違う。違って当たり前なのだ。
麦野は壊す事しか知らなかった手でそれに触れて、感じて、考える。

麦野「――これでさっきの分チャラにしてやるよ」

上条「それで半殺しにされた上条さんの命の価値は缶コーヒー1本でせうか?」

麦野「馬鹿ね」

僅かに持たせかける背中と後頭部、寄りかかれる誰かではない受け止めてくれるその存在。

麦野「――私にとって、人間の価値は缶コーヒー以下よ」

回りくどい愛情表現しか出来なくてごめんね、と麦野は肩越しの少年に振り返った。
それが不器用な麦野なりの、精一杯の下手くそな甘え方だった。

301 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:32:05.21 ID:0s0AWUMAO
〜19〜

上条「美味い!上手いぞインデックス!!」

禁書目録「ほんと!?」

上条「ああ、お粥の時と大違いだ!すげー美味いぞ!!」

禁書目録「やった!やったんだよしずり!とうまが誉めてくれたんだよ!」

麦野「良かったわね」

そして――何とかインデックスから1680円の鰻重を諦めさせ、代わりにおでんを買い与えてコンビニを出た後――
三人は学校付近にある公園のベンチに来ていた。
そこでである。上条がインデックスのソフトボールのように文字通り雪だるま式に大きくなってしまったオニギリを口にしたのは。

上条「うん。本当に美味いぞインデックス!もう一個くれないか?」

禁書目録「はい!こっちはしずりのなんだよ!」

上条「麦野の?」

麦野「まあね」

シャケフレークの混ぜご飯風の海苔無し真ん丸オニギリがインデックス、海苔付き三角が麦野である。
上条としては形や味云々よりも、作ってくれた二人の気持ちとインデックスの成長が喜ばしかった。
今朝はトーストが焼けたし、洗濯機は何とか故障せずに頑張っている。

上条「本当によく頑張ったなーインデックス。エラいぞ」モグモグ

禁書目録「えへへへ……エラい?私ってエラい?」

上条「ああエラいさ。また今度頼むな?」

禁書目録「き、気が向いたらね!」

麦野「(……ああ、なんか)」

上条を真ん中にして左側がインデックス、右側が麦野。
強い風に枯れ葉が踊り木々を揺らし、臨む空が底抜けに明るく陽射しが柔らかい。
インデックスの頭をわしゃわしゃと撫でる上条、くすぐったそうにはにかむインデックス、それを見守る自分。

麦野「(――した事ないけど、ままごと遊びの楽しさってこういう事を言うのかしらね)」

まるで家族のようだ、と素直に思えない辺り麦野のひねた性格は墓場まで持って行くものになるだろう。
しかし――どこかでそれを悪くないと思っている自分がいる事も麦野は否定出来なかった。

上条「ああ、そう言えば神裂から送られて来た梅干しってまだあったよな?」

禁書目録「かおりからの?あれ全部食べちゃったかも」

上条「なにぃ!?上条さんはまだ一口も食べてなかったんだぞ!!」

麦野「(……家族、か)」

少なくとも――缶コーヒーにつける口元が緩むのを隠せない程度には

302 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:32:58.68 ID:0s0AWUMAO
〜20〜

ひだまりの中浸かるぬるま湯で、指先までふやけそうになる。
全身の血液が氷水にとって代わる殺しの感覚からも、脳が熱湯のように煮えたぎる戦いの感覚とも違うこの場所。
上条当麻のいる世界、インデックスのいる場所、私の立ち位置。

上条「シャケもいいんだけど、梅干しオニギリも食って見たかったなー」チラッ

禁書目録「だ、ダメなんだよそんな顔しても!!」

上条「じゃあ代わりにおでんの汁くれよインデックス。何か美味そうだ」

禁書目録「いーや!!」べー

きっと、この世界を拒絶したりこの時間を否定したりするのは簡単よ。
だけど――それに代わる何かが私の中にあるかって言えば、きっと何もないわ。

上条「インデックスはケチだなあ……昨日ラーメンやったのに……あ゛」

麦野「かーみじょう……インデックスに夜食禁止って言ってんのにあんたから進んで食べさせるとかこんな示しのつかない話もないわよねえー?」

上条「ぐぬぬぬ……やっ、やったのはオレだ!!」

麦野「いやだからもうバレバレだっての」

――ここには、レベル5(超能力者)じゃない私がいる。
どこを探しても見つからなかった私が、この無能力者と魔術が使えない魔術師の中にいる。
一つのベンチに座って、おでんの汁を取り合ったりオニギリ摘んだりコーヒー飲んだり……
変な意味だけど、こいつらとの目線は私と同じなんだ。
アイテムという部下を率いていた頃の肩肘を張るという事もなく……
同じレベル5の御坂との間柄のように啀み合うでもなく。

私はレベル5だ。そうやって生きて来た。誰かに疎んじられる事はあっても軽んじられる事はなかった。
それを嬉しいとも寂しいとも悲しいとも感じた事はない。
幼い頃の小さい私の前に膝を屈する大人達を見下ろしながら私は育ったのだから。
だけど――こいつらは、そんな私にお構い無しで突っ込んで来る。

私は子供が嫌いなのはそういう理由も含まれてる。
あいつらは私のレベルも家柄もお構い無しに言いたい事とやりたい事しかしない。
平たく言えば、素のままの私に恐れも何もなく飛び込んで来る。

麦野「――まあ、許してあげるわ。寛大な心でね」

それを――跳ねつけられない私がいて、そんな私を振り回すこいつらがいて。
風が、空が、木洩れ日が、どうしようもなくささくれ立った私を包んで行く。

こういう時間も悪くないかと、そう錯覚させてしまうほどに。

303 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:35:07.46 ID:0s0AWUMAO
〜21〜

禁書目録「じゃあおでんのカップ捨てて来るんだよ!」タッタッタ

上条「ち、ちくしょう!結局汁一滴もくんなかったぞあいつ!!」

麦野「自分の食い物は自分の食い物、他人の食い物は自分の食い物を地で行くやつだからね」

上条「何というジャイアイズム……」

そして上条に一口も渡る事なく露と消えたおでんカップを片手にインデックスがゴミ箱を探しに駆けて行く。
一人分空いたベンチに二人を取り残して、やや広い公園の何処へと。
風に吹かれる二人は、まるで子供の成長を見つめる親のようだとどちらともなしにそう感じていた。

上条「……ありがとうな、インデックスに色々教えてくれて」

麦野「あんたじゃ甘やかすからねえ?」

上条「ぐっ……上条さんは人に何か教えんのが苦手なんですよ」

麦野「……なーんか浮かんで来るわ」

上条「?」

麦野「さ・き・の・こ・と」

麦野がヒョイとコーヒーを手渡し、上条がそれを受け取って口をつける。
間接キスで顔を赤らめていた三ヶ月前が嘘のような枯れっぷりである。
三ヶ月と言えばまだ少し余熱のようなものが残されているだろうに。

麦野「例えばね?私とあんたが将来結婚したとしようか」

上条「ああ」

麦野「……今から子供の教育と叱る母親が私で、あんたは遊びに出掛けたり行事の時しか役に立たない父親になるビジョンが見えた」

上条「流石にそんな事ねえだろ!?つかリアル過ぎて夢がねえよ!!」

麦野「甘ったるいラブストーリーと安っぽいハッピーエンドだけ摘み食い出来んなら私は豚になるまでそうしてるわ。でもまあ……」

上条「でも?」

麦野「――そういう糠味噌臭い未来も、あんたとだったらそう悪くないか……なんて思っただけ」

例えばこの海のない学園都市にあって、もし二人が海に出掛けたとすれば――
恐らく砂の城やビーチバレーやスイカ割りに興じるでもなく……
言葉少なく肩を寄せ合い、同じ海の煌めきを眺めてどちらともなく眠りにつくような、そんな境地なのだろう。

上条「悪くねえなあ、それも」

麦野「で、テメエほっぽりだして詩菜さんとショッピング行く」

上条「俺と父さん二人きり!?」

麦野「あの人とは上手くやれそうな気がするの。なんか他人と思えない」

茂る夏を越えて深まる秋の落ち葉が冬を経て、春に豊かな土壌を育てるように――
304 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:35:37.79 ID:0s0AWUMAO
〜22〜

禁書目録「ゴミ箱どこかな??」

プラチナブロンドの髪を翻らせる枯れ葉色の風が吹き抜けて行く中、インデックスはやや手広い公園内を行く。
ローマ市内を思わせる石畳を踏みしめる足取りは軽やかで、それは上条当麻に喜んでもらえたという事実が翼を与えたかのように。

禁書目録「ここは初めて来る所かも」

キョロキョロと走らせる眼差しと足取りは小鳥のようであり、役目を終えた緑樹と役目を果たす風車とがその眼差しに映る。
インデックスにとっては何度目かになる初めての秋の訪れ。
その秋空を渡る鳩達がバサバサと羽ばたいては地面に降り立って――

???「………………」

禁書目録「(あの人の回りだけ鳩が集まってるんだよ)」

鳩の群れが一つのベンチの周辺に集まって来ているのがインデックスに留まる。
――その中心には、一人の青年がパン屑を撒き、そこに鳩達が食いついているのが見て取れた。
仕立ての良いスーツ姿と、インデックスと同じように異国の血が流れていると思しき彫りの深い顔立ち。
余程上背があるのか腰掛けたベンチで背中を丸めるようにしていて尚、佇むインデックスと同じ目線の高さほどである。

禁書目録「何してるの?」

???「瞭然。鳩に餌やりをしている。店のパンが余ってしまったのでな。食べきれない分を手伝ってもらっている」

禁書目録「ふーん……」チラッ

???「……憮然。私は怪しい者ではない。警備員を呼ぶ心積もりならば思い止まって欲しい」

禁書目録「ち、違うんだよ!ただ、ちょっと良いなあって思っただけかも」

???「……君も、やってみるか?」

禁書目録「いいの?」

???「恬然。それこそ売るほどあるのだ。食べきれないほどのパンがね」

インデックスの眼差しに気づいた青年の発した声音はまるで壮年のように滋味深く、どこか懐かしい響きがあった。
インデックスにはそれが『思い出せない』。声だけは聞き覚えがあるような、そんな不思議な感覚。
こんな右耳に色濃く残る白いケロイドや、吸血鬼に噛まれたあとのような鍼灸痕と言った目立つ特徴があればすぐさま思い出せるはずなのに。

禁書目録「じゃあ私も餌やりしたいんだよ!あとパンが余ってるなら分けて欲しい……あっ、しずりから知らない人からご飯もらっちゃいけないって言われたかも」

――インデックスには、その青年が誰なのかがわからない――

305 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:37:45.39 ID:0s0AWUMAO
〜23〜

クルックー!クルックー!!

禁書目録「わあ……すごいんだよ!」

???「莞然。こうするのは初めてか」

禁書目録「うん!あははは!鳩がいっぱいでくすぐったいんだよ!」

青年から手渡されたパン屑を、ただ地面に撒くのではなく掌に留めてそれを鳩に差し出す。
すると鳩達が一斉に羽ばたきつつインデックスの掌に殺到して来るのだ。
パン屑を肩に乗せればそこに鳩が何羽か留まり、まるで翼をつけたような気分になる。
そんなインデックスの姿を――上等なスーツ姿の青年は我が子を見守る父性すら感じさせる笑みと共に見つめていた。

???「君は……」

禁書目録「ん?」

???「君は今一人なのか?」

禁書目録「ううん!そんな事ないよ?」

???「では誰かと一緒なのか?」

禁書目録「そうだけど……どうして?」

???「いや、何とはなしにそう思った」

もし垣根あたりが青年を見ればテーラー&ロッジのオーダーメイドスーツかと身なりを見るだろう。
もし麦野が見ても恐らく青年が誰だかわからないが、その正体を知れば殺しにかかるだろう。
もし上条が青年の声を聞けば――恐らくは以前会敵した時との顔の違いに少なからぬ混乱を覚えただろう。

禁書目録「じゃあおじさんは?」

???「悄然。私はまだそこまでの年嵩を経てなどいない……はずだ」

禁書目録「はず?」

???「――私は、自分の正確な年齢や名前や出自を知らない。思い出せないと言うべきか」

禁書目録「―――………」

???「黯然。こんな事を初対面の人間に話すものではないな……悪い事をした」

その時パン屑を手にしたままインデックスは青年を訝しんだ。
まさか、という思いが頭をよぎったのである。それではまるで――

禁書目録「……だね」

???「?」

禁書目録「――私と、同じだね」

誰を見ても自分の知り合いのような気がして、同時に誰がどこまで自分の事を知っているのかさえわからない感覚。
文字が読める、言葉がわかる、されど見知った顔の一つもない……
さながら地図を無くしたまま見知らぬ街を訪れた異邦人のような感覚を……インデックスは知っている。

禁書目録「……――私にも、一年前の記憶がないの――……」

???「……哀然。私もそのようなのだ」

この青年もまた、自分を大きく失った人間なのだと

306 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:39:28.75 ID:0s0AWUMAO
〜24〜

禁書目録「おじさん、お家はあるの?」

???「晏然。今はパン屋で働かせてもらっている。今日は朝の仕事だけでな。持て余した時間をこうして当て所もなく街を彷徨いて潰している。自分の存在の手掛かりを得るために」

禁書目録「ふーん……じゃあ、誰かと一緒に住んでるんだね?私もそうなんだよ!三人暮らしなんだよ!」フフン

???「三人暮らしか……それは“父”と“母”と一緒という事か?」

禁書目録「ううん。好きな男の子と、好きな女の人なんだよ。まいかがいうには“さんかくかんけいのゆがんだらぶ!”かも」

???「恟然。かくも複雑な身の上だとはすまない事を聞いた……進んでいるのだな。この“カガク”の街の学生は」

禁書目録「私は学生じゃなくてシスターなんだよ!日夜世界平和をお祈りしてるんだよ」

???「平和か……難しい問題だな」

そこで青年はインデックスから、その足元にパン屑目当てに屯する鳩達を見やる。
鳩、平和の象徴であると記憶喪失で街を彷徨っていた自分を拾ってくれた少年から教わった事がある。

『――鳩っちゅうんは鷹と違って鋭い嘴も爪もない。せやからいっぺんパン屑欲しさに喧嘩し始めたらエグい事なんねん。泥仕合で決着つかんからね。この街の無能力者狩りとその争いみたいに』

その彼の話を聞き、間もなく戦争が始まるという噂を聞くと――
平和とは一体なんなのだろうと思わざるを得ない。
かつて世界の全てを敵に回した背教の魔術師と思えぬほど一般的な感覚で。しかし

禁書目録「――そうだね。みんなで一緒に一つのご飯を分け合って食べられたら、そんなに争ったりする事ないのにね」

???「……かも知れないな」

禁書目録「ね!私そろそろ行かなくちゃ。パン屑ありがとうなんだよ!」

そして少女が思い出したように青年と鳩の群れから離れて再び姿を現した時のように駆けて行く。
それに驚いた鳩が宙へ飛び立ち、吹き抜ける風が羽根を空へ舞い上げる。その後ろ姿に――

???「―――もし」

禁書目録「?」

???「良ければ……君の名前を教えてもらいたい」

すると――インデックスは、その投げかけられた声に『振り向いた』のだ。
秋の陽射しの中、舞い散る鳩の羽根の下――ゆっくりと、穏やかに




禁書目録「――私の名前は、インデックスって言うんだよ?」




忘れ去られた約束が時を経て果たされたかのように――優しく微笑んで――

307 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:41:39.88 ID:0s0AWUMAO
〜25〜

麦野「………………」

上条「グー……グー……」

一人分空いたベンチ、膝の上にかかる一人分の頭の重さ。
ツンツンした髪の毛と、だらしのない寝顔。あと十分したら予鈴が鳴るから起こしてくれとそう言われた。
間抜けな顔してどんな夢見てるのかしらね、こいつは

麦野「(――風が強いわね)」

靡く風に嬲られる髪が舞い上がって落ちて、こいつの鼻先を掠めてくすぐる。
サラサラと枯れ葉が擦れて枯れ枝が揺れる音が駆け抜けて行く。
どうしようもなく、私が這わせた指がこいつの寝顔から離れられない。

麦野「(デートの誘いにリアクション薄いとか人には言っといて、恥ずかしげもなく膝枕なんてねだってくんなっての)」

静かで、穏やかで、優しい一時。戯れに、こいつの首筋に指をかける。
私がほんの少し魔が差すままに気紛れを起こせば容易く落ちる首。
私は当麻を殺す事を想像してみようとして――出来なかった。

麦野「(……なんかいいわね、こういう“当たり前”も)」

――空を横切る鳩を見送りながら、枯れ葉と枯れ葉の隙間に描かれた切り絵の空を仰ぐ。
数時間待てば見れる顔を、わざわざ届け物にかこつけて会いに来た私。
こうしていると落ち着く。否定出来ない安心感がある。
本当は抱かれている時の方が好きだけどね。目覚ましもかけずに眠る方が。

禁書目録「とうまー!しずりー!」

麦野「シーッ」

禁書目録「あっ……とうま寝てる」

そんな取り留めない事を考えている内にインデックスが戻って来た。
結構遅かったけどトイレでも探してたのかね?まあ別にいいんだけど。
問題は――今私の上でグースカ寝てるコイツだ。

麦野「食べたら眠くなったんでしょ。ったく。ガキかっつーの」

……私はコイツを殺せない。そこで私ははたと気づく。
私、『人間』を『殺せなくなって』来てないか?
前みたいに『モノ』を『壊す』ように出来なくなっちゃいないか?
こうして、肌を合わせて身体を重ねて体温を通わせる存在に。

麦野「……本当に」

例えば――昔の私ならインデックスのように自分以外の誰かがコイツに寄り添う事など許さなかったはずだ。
御坂もそうだ。間違いない。私は『上条当麻』と『上条当麻が救った人間』を殺せなくなって来ている。何故なら――

否定してしまう事になるからだ。私を救ったコイツと、救われた私の存在を――

308 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:42:18.04 ID:0s0AWUMAO
〜26〜

禁書目録「うふふふ!確かに子供かも。食べてすぐ寝ちゃうなんてね」

麦野「授業中に寝てその分勉強に遅れるよりはマシだけどね。さの代わり、私の膝を枕にさえしなきゃ」

――例えばこいつに命を助けられるなり心を救われた人間が敵に回った時、私は躊躇なく殺せるだろうか?
殺せると思いたい。立ち塞がる敵は潰す。行く手を阻む敵は殺す。
動きを止めたきゃ殺せばいい。気に入らなきゃ壊せば良い。
そうやって生きて、そうして死んで行くはずだったろう?悪(わたし)は

麦野「……この太い足のどこが良いんだか」

あてられたか?感化されたか?影響されたか?この偽善使い(フォックスワード)に。
こんな優しいひだまりの中で、男を膝に乗せて口で言うほどまんざらでもなさそうにヘラヘラ笑って――
数時間後のデートを思って内心どこか気持ちを救われて?
おいおい人殺し。欲張りなのはベッドの上だけにしとけよ。

禁書目録「じゃあ私も膝枕するんだよ!左足が空いてるんだよ!よいしょっ」

麦野「ちょっ……おい!!」

私を真ん中にして右足側に当麻、左足側にインデックス。
ダブルの膝枕でちょっと痺れて来る。そして――それを文句を言いながらも退かせる事が出来ずにいる。
ライオンはライオンでもまるでメスライオンだ。狩りと子育てに勤しむメスライオンだ。

麦野「なんなのよあんた達は……」

思わず溜め息が出る。よく溜め息すると幸せが逃げるって言うけど……
こんな呆れ果てた溜め息すら、私の膝に遠慮なしに寝転がる幸せは逃げてなんてくれない。
……どうしたらいいのかしらね、本当にこういうのって

禁書目録「いいねっ!こういうの」

麦野「何がよ?」

禁書目録「――帰る場所があって、待っててくれる人がいるって、当たり前だけどとっても幸せ、って」

麦野「………………」

禁書目録「しずりはどう思う?」

買い物して、お食事会して、お泊まりして、料理を教えて、デートの約束して、今こうして……
だんだん、だんだん、私はあの血と死と闇の世界から少しずつ少しずつ……
こうやって真っ当な人暮らしと人間らしい心を取り戻しているこの事は、果たして本当にプラスなんだろうか?

キーンコーンカーンコーン

麦野「当麻、昼休み終わった」

禁書目録「あっ、逃げた!」

――私一人に優しい世界なんてあっちゃいけないんだ。

世界は私に残酷じゃなきゃいけないんだよ、インデックス

309 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/07/29(金) 21:44:21.67 ID:0s0AWUMAO
〜27〜

浜面「クソォッ!!」

スキルアウトG「(ビクッ)」

一方……第七学区に居を構えていたスキルアウトらの『新たなる』リーダー浜面仕上は苛立っていた。
潰れたバーを改造して根城にしていたアジトにて、何かに耐え押し殺すように沈黙を守りつつも――
こらえきれなくなったようにカウンターに握り拳を振り下ろすその様は悪い酒にあたったようにさえ見える。

浜面「……駒場……」

カウンターには『行方不明』になった駒場の好んだ安酒が置いており……
その瓶の表面にありありと苛立ちを湛えた浜面の顔が映る。
自分でもやりたくもない仕事を任される違和感、他人から任されたくもない役目を押し付けられる異物感……
ごく自然に人の輪の中心に立っていた駒場と己を自分で比べ、また他人から比べられる感覚に。

スキルアウトG「(どうなるんだ……これから)」

一方スキルアウトの一人はそんな浜面と目を合わさずバーの片隅に佇んでいた。
服部半蔵は今出払っている。九ヶ所にも及ぶ現金、金塊、ITバンク架空団体名義アクセスカード……
分散していた主だった資金源も潰され今それに代わる資金集めに奔走しているのだ。

浜面「(クソッ……もう、もう俺達には後がないってのに!!)」

浜面は破産すら許されず、首を括る荒縄だけが頼みの綱である多重債務者のように逼迫した表情であった。
駒場の頭脳とカリスマ性の元『計画』に集った人員は今や空中分解寸前、資金源も失ったため抑えも効かない。
なんとしても新たな稼ぎと別の方向へスキルアウトの目を向けさせる必要があったのだ。



―――そこへ―――



「失礼いたします」

浜面「誰だ!!?」

スキルアウトG「??!」

「ああ、お取り込み中の所を大変失礼いたしました。ニ、三分だけお時間よろしいでしょうか?」

いつからそこにいたのか、どうやって入って来たのか……一
人の身なりの良い青年実業家のような男が音もなく店内の扉を開け佇んでいた。
もしこの場に垣根がいたのならば、銀座英國屋のスーツかと値踏みしたであろう。そして

浜面「……何の用だ」

「まず、こちらを」

パサッとカウンターを滑るようにして放り投げられた一枚の女の写真。
そして詰まれた札束のいくつかに浜面が目を剥いて振り返った。

浜面「……!!」

「――ビジネスの話をしませんか?浜面仕上」

そのいやに『丁寧な口調』の、甘いマスクと声の男に――
310 :投下終了です! :2011/07/29(金) 21:46:10.25 ID:0s0AWUMAO
いつもたくさんのレスありがとうございます。いつもいつも助かってます。ひたすら感謝をば……

では第九話投下終了となります。ありがとうございました!!
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/29(金) 21:56:19.19 ID:+GfMOhBDO
乙!!!!!!待ってたかいがあったわぁ!!もうね……軽く泣き入りながら読みました
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/07/29(金) 21:56:51.04 ID:fpiIQdYC0
投下乙
最後に出てきたのはエツァリ?
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/29(金) 21:57:08.60 ID:7uekWGMn0


前スレのスレタイ回収には鳥肌がたった
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/29(金) 22:37:40.37 ID:JL1XGdRE0
イザード...
今はパン屋なのか
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/31(日) 09:39:35.04 ID:5sSYAscIO
ヘタ練…
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/07/31(日) 20:55:13.13 ID:GM68Vv+AO
乙!!さりげなくスピンオフで主役になるキャラ達にフラグ立ってるなww

あとむぎのんが持ち込んだ漫画って惣領冬美の[チェザーレ]と[E's]?
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/01(月) 17:44:21.20 ID:JHJHQvvIO
みさきちをどうするかが問題だろ
318 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/01(月) 18:02:18.29 ID:UIqsu33AO
>>1です。第十話の東京ディズ……げふんげふん、魔法の国の遊園地デート編がなかなかキりの良いところで終わず膨張してしまい、更新が遅れます。すいません……

>>316
はい。正解です。

そしてキャラが増えてしまったため人物紹介その2だけ投下させていただきます。では失礼いたします……
319 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/01(月) 18:05:28.67 ID:UIqsu33AO
〜簡単な登場人物紹介U〜

雲川芹亜……上条らの通う高校の上級生。博識で様々な事情に精通している。
青髪の下宿先のパン屋のフルーツクリームサンドがお気に入り。

フレメア=セイヴェルン……無能力者(レベル0)の金髪碧眼小学生。
垣根をコキ使いタダ働きさせた上に煙草をむしりとった女傑。

駒場利徳……フランケンシュタインのような見た目と裏腹な知的キャラ。
フレメアとの別れ、一方通行との出会いを経て天に召された。

浜面仕上……駒場の後継者として新たなリーダーの座につくも悪戦苦闘。
求心力や資金源など早くも組織運営にかげりが見え始めている。

吹寄制理……上条らデルタフォースの暴走を食い止める最後の良心。
姫神を気遣う傍ら、麦野にあまり良い印象を抱いていない。

姫神秋沙……上条に淡い思いを寄せているが報われる事が少ない。
いつかメインヒロインの座に躍り出る日を心待ちにしている。

??????=????……8月9日以前の記憶の全てを失った外国人。
青髪と同じくパン屋に住み込みで働く傍ら自分の手掛かりを求めて街を彷徨うのが日課。

一方通行……他のシリーズでもコンビニの缶コーヒーの買い占めを行っている張本人。
エンカウント率が非常に低く。見つけるとその日良い事がある。

グループの『上』……一見青年実業家に見える爽やかノンフライな“グループ”の指示役。
妙に丁寧な口調とビジネスライクな物腰で浜面に御坂美鈴殺害を依頼する。

御坂美鈴……娘を上回る酒癖の悪さで麦野を翻弄しフラグを立てた。
回収運動を行っており娘を説得しようとしているが……??

以上投下終了となります。
320 :作者 ◆K.en6VW1nc :2011/08/02(火) 18:02:25.75 ID:lrjKmZUAO
>>1です。第十話は本日21時に投下させていただきます。よろしくお願いいたします
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/02(火) 18:48:13.12 ID:fEaqG3Z6o
全裸待機してます
322 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:00:39.98 ID:lrjKmZUAO
〜1〜

モノクロの人波、セピアの人集り、タールの人山、色褪せた学園都市(まち)、艶消しの世界。
黒蟻の行進(マーチ)のようだと麦野沈利は第七学区のターミナル駅の柱に凭れかかりながら何くれなく視線を走らせる。
雑踏の中を、往来の外を、喧騒の内を、自分にとってのただ一人のウォーリーを探すゲームだ。

禁書目録『じゃあ行ってらっしゃいなんだよ!ちゃんととうま返してね!』

麦野「(残念だったわねかーみじょう。世間一般から見ればあんたは両手に花なんだろうけどね、あんたの方が私達の共有財産みたいなもんなんだよ)」

出掛けにそう言って自分を送り出してくれたインデックスの言葉を胸裡にて反芻しながら無意識に緩む唇をなぞる。
不思議なもので、キスを誘うはずのグロスなのにいざ事に及ぶ時はそのべたつきが癪に触る。
共有財産、に位置づけられるその男はどう感じているのだろうかと弄ぶ思考。

麦野からすれば自分が本妻、インデックスからすれば自分が正妻と言った所だろうか。
昼休みを終え、一時間だけ授業を受けて今ここに息急き切って駆けて来る男はそれを知らない。
どんなプランを用意しているかは窺い知れないが、それで頭が一杯になっていてくれるならこんなに嬉しい事はない。

麦野「(……ワクワクしてるんだ、私)」

見上げる電光掲示板、自分と同じように待ち合わせをしていたらしい少女が想い人との合流を果たすのが見える。
麦野はその光景を見やりながら手にしたメトロミントを一口含む。
スペアミントの甘く爽やかな香りが喉に流れて行く。
この待ち合わせの時間、というのが麦野は存外嫌いではなかった。
時間に遅れて来るのは勿論の事許し難いが、それでもどこかウズウズしているその愛おしい焦れったさが気に入っていた。

麦野「(――早く、早くきなよ当麻)」

知られた非科学的な話であるが、人間が生涯に打つ鼓動は皆決まっているという眉唾話がある。
それが本当だとすれば……自分の今早鐘を鳴らす胸は正しく生き急いでいる。
柱の陰から出て来ないか、キオスクに立ち寄ってはいないか、階段を上って来てはいないか――
無地白色のミルクパズルのような世界を変える色付きのマスターピースを麦野は探す。

麦野「(早く、私を見つけてよ)」

鬼のいない隠れん坊に興じているような、そんな心持ち。
――冷めているだけで、熱がこもらない訳ではないのだから――

323 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:01:07.48 ID:lrjKmZUAO
〜2〜

吹寄『何?貴様は今日のすき焼きパーティーにこないの?』

赤から青に変わる信号を走り出し、動き出す人波を掻き分けて上条当麻は奔る。
薄っぺらな学生鞄を担いで、逸る胸と踊る足のまま駆け出す。
脳裏を過ぎるは両手を合わせて拝み倒した吹寄制理の腕組みと仁王立ち姿。

姫神『残念。もしかして。大事な用事?』

二段飛ばしでエスカレーターの右側を駆け上がり、モールへ向かって右手に曲がる。
自分が昼休み中抜けしている間に決まったすき焼きパーティー。
胸裡を過ぎるはその議題に清き一票を投じた姫神秋沙の小首を傾げた姿。

土御門『くはーっ!カミやん率先してクラスの輪を乱しまくってるんだにゃー!いいぜい?明日散々肉の旨味と鍋の奥深さをこんこんと語って聞かせてやるからとっとと行くんだぜい!』

宝石店を、花屋を、アパレルショップを、成城石井を、不二家をグングン視界の端に追いやりながら走り続ける。
先に約束しちまってたから勘弁してくれ!と平謝りする背中と肩を思いっきり張り飛ばされた部分がヒリヒリする。
目蓋を過ぎるは人を食った笑顔と共に送り出してくれた土御門元春の笑顔。

青髪『ああ、二日続けてご馳走にありつけるやなんて僕ァ幸せもんやなあ……せやから“デートあるから悪いまた今度!”なんてリア充な友達も寛大な心で許したるわ早よ行ってまえカミやんの裏切り者ー!!』

モールを抜け、長く広く張り巡らされた歩道橋を走り抜け、迷惑そうに秋空へと羽ばたいて行く鳩を尻目に駆ける。
心中を過ぎるは全授業終了を告げるチャイムと共に椅子を蹴った上条をエスコートするようにスライドされたドア。
僻みと泣きとエールが綯い交ぜになった絶叫で呼びかけてくれた青髪ピアス。

禁書目録『ちゃんとお土産買ってくれないと家に入れて上げないんだよ!オズマ姫のクッキー缶がいいかも!!』

飛び込むようにターミナル駅のエントランスを潜り抜け、改札口を目指し、ゲートから下校に伴いわらわらと湧き出す学生らをかわして行く。
記憶を過ぎるは昼休みの終わり、公園での別れ道、そう人差し指を突きつけて真面目な顔作った後に微笑んでくれたインデックスの立ち姿。



―――そして―――



麦野『―――かーみじょう―――』

この道の先、百メートルも十秒もない距離で自分を待ってくれているであろう最愛の――

324 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:05:06.56 ID:lrjKmZUAO
〜3〜

マヨエー!ソノ……ピッ

上条『沈利か?』

麦野「お掛けになられた番号は現在……」

上条『繋がってるな』

麦野「他に誰がいんのよ」

15時00分。駅構内に飛び交うアナウンス、足音、話し声、電光掲示板、音楽、ニュースの雑音の中にあって――
条件反射のように取り出されたVertuの携帯電話、脊髄反射のように飛び出す悪態、そしてクリアの声音。
それはカクテルパーティー効果のように麦野の鼓膜に響き耳朶を震わせ心に染み入って行く。
支柱に寄りかかる自分を通り過ぎて行く男の視線すら気にならないほどに。

麦野「今どこ?」

上条『すぐ近く』

麦野「だからどこだよ」

上条『だからすぐ側』

そこで麦野は視線を張り巡らせ黒山の人集りと黒蟻の行列のような人の行き来に意識を集中させる。
しかし上条の姿は見当たらない。自分が今立つ中央改札口から見て右から左へ視線を一周させて尚見つからない。
それどころか――携帯電話から聞こえて来る声が二重に聞こえて来る。
それに対して勘働きの優れた麦野はすぐさま察する。

麦野「ああ、私もあんたを見つけた」

上条『どこだと思う?』

麦野「――そんなの決まってるじゃない」

そこで――麦野は凭れ掛かっていた支柱から背中を離して一歩前に出る。
そして踏み出した足の、その踵を翻して自分が立っていた支柱を見やって笑みを深める。
成る程これは隠れん坊だ。どうやら自分一人ではなかったらしく――

麦野「――柱の裏、私の後ろっ」ガシッ

上条「あっ、ちくしょう!もうバレちまったか」

麦野「慣れないキザったらしい真似したってすーぐわかるわよ。これ、一一一のドラマでやってたヤツでしょ」

上条「クソッ……せっかく格好良く現れようと思ってたのに……ダセえ〜〜」

麦野「私もあんたもインデックスも同じドラマ見てたじゃない。バレッバレだよ?かーみじょう」

麦野は呆気なく柱に隠れていた上条の腕を捕まえた。
もう少しわからないふりをして上げた方が可愛かったかな?などと思いつつも――

麦野「――ドラマの続き、しないの?」

上条「いっ……今、ここで……か?」

麦野「かーみじょう」

捕らえた腕、伸ばす背、爪先立つ足元、捧げる唇が頬を掠め、麦野が笑う。

麦野「――私を出し抜こうだなんて百万とんで十年早いのよ。この馬鹿」

インデックスの前でも、御坂の前でもない、上条にしか見せない笑顔で――

325 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:06:56.66 ID:lrjKmZUAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十話「女帝と女王と」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
326 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:07:26.97 ID:lrjKmZUAO
〜4〜

上条「………………」

麦野「グロスついちゃった?」

上条「いや、今日こそは奇襲攻撃で先制点取って主導権握ろうとしたんだけどなー……逆に手玉に取られちまったみてえだ」

Suicaで改札口を抜けた後、手繋ぎで階段を下りる上条と麦野。
一段先に降りてお姫様をエスコートするようにして二人は下りる。
上条はそんな麦野を時折振り返り、麦野はそんな上条の旋毛を見ていた。
流石に背中を押して驚かすのは躊躇われた。が、代わりに――

ビュオオオオオッ

麦野「!?」ブワッ

上条「うわっ!?すげー風っ……麦野大丈」

麦野「こっち見んな!!」バッ

上条「うわっ!?すげー下g」

麦野「言うなってんだ!!」ガッ

相変わらずの強風が電車の発着により生じた瞬間的な突風となり麦野のコートを吹き上げた。
慌てて押さえるも振り返った上条がバッチリそれを目撃し、羞恥と吃驚に瞬間的な湯沸かし器のようになった麦野が旋毛目掛けて殴りつけた。

上条「痛っ……痛たたた……ちょ、ちょっと待ってくれ……すげー痛い!」

麦野「私は周りの目が痛えよ馬鹿野郎!」

上条「んなカリカリすんなって……おー痛い痛い……」

麦野「(……っあー思いっきり……見られたー……中……見られたー)」

思わず上条を殴りつけた手でコートの裾を押さえながら階段から降り立つ。
恥ずかしい恥ずかしくないではなく、突発的にノーマ・ジーンのような役回りを演じてしまったのだ。
周りに見られたかも知れない、こんなにいやらしくて寒々しいデザインの……
と思うともういても経ってもいられない。伏せた顔が上げられないのだ。

麦野「ほらっ……きびきび進めっ」

上条「(そんなに恥ずかしいなら穿いてくんなよ……いやでも待てよ?)」

麦野「前の車両!」

上条「沈利」

麦野「!?」

上条「紫ってのも(ry」

麦野「かーみじょォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォう!!」

ゴォォォォォォォォォォー!!!!!

が、ランジェリーのチョイスを誉めるタイミングを明らかに間違えた上条の断末魔はホームを通過する特急快速の音に掻き消された。
その後、上条は麦野の紫が赤に見えるまでラピッドスタンプされ、あわや人身事故と間違われかけたのは言うまでもない……

327 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:09:31.40 ID:lrjKmZUAO
〜5〜

ガタンガタン、ガタンガタン

上条「不幸だ……」

麦野「一日に二度も言わせないでくんない?自業自得よ自業自得」

上条「あんくらいでカリカリすんなって……上条さんは社会の窓が開いてたってあんなキレねえよ」

麦野「男と女を同じ物差しで計んな!!あんた私が他の男に見られて平気な訳!?」

上条「いや、それはイヤだ。絶対イヤだ」

麦野「……私だって」

上条「?」

麦野「私だって……あんたしか……こんなの見せられないし……あんただから……見せられるし」

上条「〜〜〜〜〜〜」ギューッ

麦野「ちょっ、ちょっと苦しいっ」

そしてトマト祭りから帰って来たばかりのようになった上条を引きずって麦野はモノレールに乗り込んだ。
しかしちょうど一回目の帰宅ラッシュにぶつかったためか二人は座席に腰掛けるゆとりもないまま吊革に掴まる。
それも上条がぶら下がっている一本しか空きがないため、麦野は必然的に上条にしがみつくような体勢になっていた。

麦野「(んっ……?)当麻……今日体育かなんかあった?」

上条「あ、ああ……四時間目に合ったんだけど……悪い、汗臭かったか」

麦野「……汗の匂いはするけど、別に臭くないわよ(当麻の匂いがする……)」

故に――麦野は上条の胸元から首筋にかけて鼻先を埋めるように身体を持たせかけるような体勢となってしまっている。
麦野はフラゴナールの香水を愛用しているが実は欠点とも言うべき体質が一つある。
それは暗部に長く身を置いていたため、血腥さや死臭で鼻があまり良くないのだ。
そのためか、匂いに敏感な人間よりも逆に匂いにうるさい。
垣根やステイルなどの喫煙者に嫌味を言わずにいられないのはそのためだ。しかし

麦野「(ヤバい……私変態みたいだ……変態って言うか頭おかしい女みたい)」

この時麦野が上条の汗の匂いに感じたのは、若い男女の旺盛な好奇心と貪欲さに流す汗に対する条件反射。
ベッドの上でそういう事をしている訳でもないのに一瞬身体が誤認し誤作動し、それを恥ずかしく思ったのだ。
上条のパジャマの匂いを嗅いだりワイシャツを寝間着代わりに使うのも、上条の匂いに安心するからかも知れない。

麦野「(初めてのお泊まりの時もこうしてたっけ……なんか懐かしいにゃーん)」

上条「どうした?」

麦野「なんでもねえよ!!」

プルースト効果が褪せるほど馴染み慣らされきってしまって。
328 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:09:59.80 ID:lrjKmZUAO
〜6〜

麦野「でもさ」

上条「うん?」

麦野「これから行く遊園地ってどんな所?4Dアトラクションが出来たって事以外チェック入れてないのよねえ」

上条「んー……遊園地っつっても“外”のオズワルドランドくらいあるみたいなんだ。俺も初めて行くんだけどさ」

麦野「オズワルドランドって、あの千葉にあるくせに東京とか言ってるヤツ?」

上条「そうそう。あれなんで千葉にあんのに東京なんだろうな」

こうやってあんたの身体にしがみつきながらモノレールに揺られてると、いつも考える事があるんだ。
7月7日。私とあんたが付き合った日。初めてお泊まりした日。初めて交わした日。初めて尽くしの日。
あの日がもし晴れじゃなくて雨だったら、私達はどうなってのかなって思う時があるの。

織女星祭。学園都市の七夕祭り。あの日私達があれだけ大胆になれたのはきっとイベントの空気というか……
雰囲気の後押しもそう軽くないウェイトであったと思うのよね。
私は素直じゃないから遠回しにあんたを引き出して遠回りに思いを伝える事しか出来ずにいた。

あんたは素直で嘘のつけない馬鹿だけど、色々鈍感過ぎて本当は結構ヤキモキしてた。
初めてのキスが血の味だなんて、人殺しの私にはお誂え向きだけど……
本当は少し恥ずかしくて、本当は少し怖かった。
キスした後さえそんなにブレないあんたを見てて、舞い上がってるのは私だけなんじゃないかってさ。

上条「俺さ、もう少ししたらスクーターの免許取りてえなって思ってんだ」

麦野「スクーター?どうしてよ」

上条「んー結構俺達が遊んだりとかどっか行くともう最終下校時間過ぎで電車とかバスない時あるだろ?それで」

麦野「――スクーター、ねえ?」

上条「あと……ちょっとだけ男の子の憧れっつうか夢って言うか」

麦野「?」

上条「その……沈利をさ、後ろに乗せてさ?こう……」

麦野「おいおい。これから寒くなんのに原チャリとか……そうねえ」

でもこんなガキみたいな事ちょっと恥ずかしそうにして言うあんたと、それに少し真剣さをプラスしたあの時のあんた。
本当はスッゴく嬉しかった。私と同じ真剣になってくれた。私はそれが嬉しかったんだよ。当麻

麦野「――あったかくなる春になったら、考えてあげる」

片思いだけで満足だったのに、それが両想いになれただなんてさ。

あの空に瞬いていた織姫と彦星みたいに。
329 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:11:59.71 ID:lrjKmZUAO
〜7〜

上条「おお……ここがもう既に遊園地っぽいぞ」

麦野「そうね」

上条と麦野は第六学区内にある遊園地前の駅へと降り立った。
清掃ロボットが他のエリアよりも数多く巡回しているのか、この遊園地のイメージでもある御伽の国……
ないし地中海風の石畳が駅周辺から地続きである事に上条は素直に感心した。

麦野「あれね。学舎の園に似てる」

上条「ああ……そう言えばお前が通ってる事になってる学校ってあの中だったもんな確か」

麦野「うん。とは言ってもあそこは気取ってて女臭くてあんまり好きじゃないの。それにさ……」スッ

絡める指、繋ぐ手、組む腕、寄せる肩。ほとんど変わらぬ目線から見上げるように――
麦野は駅エントランスを出るなり再び吹き荒ぶ風を厭うように上条に寄り添った。

上条「うっ……」

麦野「あの中じゃこんな事出来ないでしょ?許可があろうがなかろうが男子禁制の場所なんだから」

上条「そ、そうだな(なんでこいついつもこんないい匂いするんだろうなあ……)」

風に翻る巻き毛が鼻先を掠めて上条はやや不意打ちを食らったような顔をした。
それは麦野の使っているクリーンのオーデパルファムの香りでもあるのだが――
顔が、表情が違うのだ。二人きりの時しか見せない姿とその素顔。
言うなれば家族の前での素っ気ない鬼嫁が、二人になった途端結婚前のような雰囲気に戻るような……
と、日常から入れ替わり非日常へと切り替わるその佇まいが何ともなしにドキッとさせられた。

麦野「手荷物検査ってかスキャンあるっぽいね」

上条「ああ、出ないと入園出来ないって書いてたな確か……麦野、ペットボトル持ち込めないぞ。飲んじまえ」

麦野「なにそれ?なんで??」

上条「いや、なんか前に気体爆弾イグニス?とか言うのがペットボトルに詰められてテロ未遂事件があったみたいなんだよここ。だからだ」

麦野「ちっ……仕方ないわね。あんた飲んで」

上条「おう」

エントランスからはまるでそこしか行きようがない一方通行のようにぞろぞろと遊園地へ向かう来場者達。
麦野はエルメスのバーキンからメトロミントのペットボトルを手渡し、その傍らバックの中身を整理していた。
それを横目で見ながらスペアミントの液体を一口口に含む。
スーッとしたクールな味わいが、煽り立てる強風を伴って寒いほどに感じられる。

330 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:13:13.06 ID:lrjKmZUAO
〜8〜

上条「おおーなんかスッキリするけど口ん中寒みー……ミントガムを水にしたみてえだ」

麦野「最近ハマってるの。朝起きて飲むと目覚めるわよ?今朝は切らしててグダグダだったけどね」

上条「ああ、なんか下手なコーヒーより目冷めそうだ……でもコンビニとかで見た事ねえな」

麦野「成城石井学園都市支店なら置いてるわよ。まあ200円ちょい」

上条「200円!?高いな!!」

一気飲みしてゴミ箱に放り投げたのが一瞬勿体無いとさえ思える値段に上条は仰天した。
しかし麦野はガサガサといじり終えたバックを再び持ち直すと、あっさり上条の手を引いて行列に加わる。
入園ゲート前にある手荷物検査場はパーテーションとガードマンに仕切られており横から割り込む事は出来ない。
その上広大な駐車場のようなスペースは遮るもののない吹きっさらしでやや肌寒く感じられた。

上条「流石お嬢様……」

麦野「おいおい。たかが200円の市販品でお嬢様とか私が安く見えるからやめろ」

上条「いやー……なんか学生服のままお前と一緒にこうしてると……」

麦野「私の美しさが引き立つでしょ?」

上条「ちげえよ!!つか俺引き立て役!?」

麦野「あはははっ!確かに飼われてるツバメか姉弟っぽくは見えるわねえ?」

と、そこで行列を振り返ると――他のカップル連れの視線がちらほら自分達に向いていた。
男の視線は『いい女だな』と『おいそこのウニ頭俺のとトレードしねえか』?であり――
女の視線は『なにあの女そのバック私に寄越せよ』と『あの男の方は彼氏?弟?』と『おい私の彼氏、私にもあのバックプレゼントしろよ』と言った具合に。と

係員「魔法の国“オズマランド”へようこそ!チケット売り場は向かって正面になります!」

上条「だってさ。急ごうぜ」

麦野「うん。とっ、とっ、とっ」

手荷物検査を滞りなく終え、二人はパーテーションの仕切りから一直線にチケット売り場へと直走る。
その手を引くのは上条である。それが麦野には何とはなしにいつも不思議な気持ちにさせられるのである。

麦野「(2つ違いだってのに……あんまり私にそういう事意識させないのよね、こいつ)」

年下の男、というのは女の視点からすると相手が年下というより自分が年上だと強く意識させられる事が多い。
それは麦野をして、生まれて初めて出来た彼氏だと言う事もあるが――

331 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:15:29.45 ID:lrjKmZUAO
〜9〜

年下の男、というのは私の目からするとガキ以前の子供のように見える。
例えば私とこいつは二歳離れてる。この二歳というのを仮に身長に置き換えてみよう。
イメージで言えば20センチくらいあるような気がする。
けれど――こいつは背伸びというものをしない。知らないんじゃないかとさえ思う時がある。

上条「ファストパス……えーっと指定時間の……」

麦野「まっ、無駄に並ばず時間になったら行きたいアトラクションに乗りゃいいって訳」

上条「ああそうそうそれそれ。流石にこの風の中吹きっさらしで待つのは勘弁だもんな」

麦野「馬鹿ね。その間に色々見て回れたり食べたり出来るでしょー?」

上条「あっ、そうか」

麦野「(ダメ男……いや、この年のヤツなんてみんなこんなもんか?まあ変に手回しから根回しからバッチリ仕込んでるこいつってのもキモいし)」

自慢じゃないけど私の身長がだいたい160半ば。少し高いヒールだと170近くにはなるでしょうね。
でもってこいつが170行くか行かないか。こいつは現実と同じ私の身長差で私と接する。言わば同じ目線だ。
恋人なんだからそれは当たり前でしょ?って普通思うでしょうね誰だって。けど

上条「そうだなあ……沈利、何から攻めてみる?」パラッ

麦野「パンフ?うーん……このグルグル回るのは別にいいな。このジェットコースターは?」

上条「(ジェットコースター……か)……いや、こっちの水に落ちるみたいなヤツがいいな?」

麦野「なに?あんた怖いの?ビビってんのー?かーみじょう」ニヤニヤ

上条「にゃろう……あのですね麦野さん?上条さんにもこれは深い考えが」

麦野「はいはい。じゃあ深い考えより浅い水のやつにしようか」タッ

上条「待て麦野!」

私はプライドが高い。欠点と呼んで良いレベルで。
でもこいつはそんな事お構い無しだ。プライドが邪魔して言えない事出来ない事……自分でさえ無駄と思えるこだわり。

麦野「待たないわよ!散々待たされたからね!」

プライドは私の武装だ。私を守ってくれるけど、同時に重くて動きが悪くなる。でもこいつは――
ベッドの上にいようが下におりようが私の有り様を裸にする。

当たり前だけど、裸って恥ずかしいんだよ。すごく寒いの。

こいつの前以外じゃ脱げないし、あたためてもらえないとダメなんだ。

抱きしめてもらわないと、怖くてたまらないんだ。

安心して、泣けないんだ。

332 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:15:55.24 ID:lrjKmZUAO
〜10〜

ウサギ『助けてェー!』

キツネ『ヒャッハー!逃げる奴は肉のパイだ!逃げない奴は良く訓練された肉のパイだ!』

クマ『本当、いばらの茂みは地獄だぜ!フゥーハハハハハ!!』

麦野「オラぁ逃げんなウサギ!追い込みかけられた途端ケツ振りやがって!逃げた先にテメエの行きてえ国はねえぞ!!」バンバン!

上条「(安全レバーの意味ねえー!!)」

麦野「早い早い早い!!結構早いわねえ当麻ー!!」

上条「あ、ああそうだなー!!」

チャプチャプと絶え間なく流れる水がフルームを走り、その上を丸太をくり抜いたボートが進む。
常時時速60キロほどで前進するウォータースライダーに乗り込み、山岳地帯を模したセットの中を駆け抜け、時折上がる夕陽に輝く水飛沫へと麦野は手を伸ばす。
そして山岳地帯を逃げ回る目つきの悪いウサギを爛々とした目で追い掛けるクマとキツネに指差しまでしてみせる。

麦野「あははははっ!冷たーーー!!!」

つい数分前まで



麦野『チープな作りねえ?水の上流れるだけならそうめんだって出来るわよ』


上条「(とか言ってたの誰だよ!つかお前が誰だよ!?)」

などとのたまっていたにも関わらず、丸太ボートが発進するなり御覧の有り様である。
最初は安全レバーから手を抜いて水に触れ、その冷たさにキャッキャと笑い出し、キャラクターが登場した辺りで目を奪われ……
何度かバウンドする急斜角と急上昇を繰り返した後には完全にニコニコ顔である。

麦野「来る来る来る!来る来る来る!当麻当麻写真来る写真来るポーズポーズ!」

上条「お、おう!やっ、ヤッホー!?」

麦野「ヤッホー!!」

バッシャーン!!

麦野「ぎゃはははは!気持ち良いー!!スカッとするわー!!」

上条「(……こいつの子供時代の話ちらほら聞いてっけど、マジで初めてなんだなこういうの)」

以前上条の両親が麦野と初めて顔を合わせた際、外資系企業の証券取引対策室に勤める父・刀夜が目を剥くほどの財閥のお嬢様だと言う事が判明したが――
どうやら有り余る資産や裕福な暮らしの中に、こんな風に遊園地に連れて行ってもらった事のない子供時代。

上条「(まっ、いいか。こいつが楽しそうなら俺も楽しいし!)」

麦野は今、失われた幼年期を取り戻そうとしているのかも知れないと上条はフッと微笑んだ。
333 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:17:39.79 ID:lrjKmZUAO
〜11〜

麦野「ふふふ……あんたすっげー変な顔してる……くくく、お漏らししてないかにゃーん?いくら水場ったって誤魔化せないわよーん?」

上条「お前だってなんだこのバンザイポーズ!人の事言えねーだろ!!」

麦野「う、五月蝿いわねえ……」

そしてアトラクションから降り立った後、滝壺(理后ではない)に至る最後の山なりの頂上に設置されたカメラでの撮影の現像が上がった。
若干引き笑い気味の上条と諸手を上げて喜色満面の麦野。
舞い上がった飛沫が前髪に水滴となって落ちたのを払いながら今更のように取り繕う。
『あんたが乗りたいって言うから仕方無く付き合ってあげたのよ』と言わんばかりに。

麦野「んん……?」

上条「どうした麦……ああ、あれか」

現像された写真を手渡された後、再び赤煉瓦風の石畳に目を向けると……
そこには行き交う学生やカップルらの制服姿の中、ひときわカラフルなキャンピングトレーラー。
そこでクレープやワッフルやチュロスを販売しているのが目についた。

上条「麦野、あれ食うか?」

麦野「えっ」

上条「?。お前甘いの苦手だったっけ」

麦野「〜〜耳貸して〜〜」

地中海の建物が立ち並ぶ中にあって目立つパステルカラーの看板を指差す上条に対し、麦野がそっと顔を寄せて耳打ちする。
最近目に見えて早くなった夕暮れもまだまだ日が高い光の中を、二つの影絵を一つにするように。

麦野「(止めとくわ。ちょっと最近食べ過ぎてる気がするから)」

上条「(お前の量で食べ過ぎならインデックスどうなるんだよ?)」

麦野「(違うわよ……胸)」

上条「(?)」

麦野「(最近また胸が大きくなって来てんの……私ね、落とす時はほっぺたと胸に来るけど、肥える時もそこからくんのよ……だから、ダイエット……)」

食欲の秋、と言えば聞こえは良いが実際のところ上条家での二重生活をするようになってからの麦野の悩みの一つである。
以前までの朝は食べる気がせず、昼間はシャケ弁、夜は軽く適当にと言う食生活から……
ほぼ三食しっかり食べる生活にシフトしてからジワジワと体重とプレッシャーが増し行く。
ホックだと締め付けが窮屈に感じられ、形が悪くなるかもと思いつつの紐ブラだったのだ。が

334 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:18:57.12 ID:lrjKmZUAO
〜12〜

上条「じゃあさ、俺頼むからお前一口ずつ食えよ。それなら問題ねえだろ?」

麦野「(〜〜〜〜〜〜)」

バ上条。その一口に何人の女が泣きみてきたと思ってんのよ。
そりゃあ私だって色々考えてるわよ?例えば昨日はミルク粥抜いて、シャケ弁を一番小さいサイズにした。
あとダイエットする時は昼食を夕方三時四時にずらすの。
で、夜は出来れば六時半から七時の間に食べられるように調節する。その時間が消化と吸収の兼ね合いの限界点。

実はね、食べないダイエットなんて無理なのよ。つうかそれもう昔やった。
ただいくら抜いてもいざ食べた時の栄養の吸収率が半端じゃなくなるの。そもそも肌に悪いし。
けどね、間食と夜につまむの止めれば緩やかに落としていけるのよ私の場合……
本当のダイエットは誰かに教わったり本で読んだものなんてクソの役にも立たないわ。
むしろ自分の体質に合わせて調節を……ってちょっと聞いてる人の話?

上条「ベリーチーズワッフルと、アップルシナモンクレープ一つずつ」

かーみじょぉぉぉぉぉう!!何でテメエは肝心な時に人の話聞かねえんだよ!?
私だって頑張ってんだよ!甘い物抜いて耐えてんだよ割と必死に!
いつもほかほかご飯をお腹いっぱい食べても太らないインデックスとは違うんだよ憎たらしいけど!

上条「さっ、食おうぜ食おうぜ」

麦野「テメエ人の話聞いてねえだろ!?」

上条「聞いてたさ。けど一回食ったくらいで今までの苦労が水の泡になっちまうくらいなら、そんなくだらねえ幻想はブチ殺してやらなくちゃな!」

って何人の胸見て『大きくなーれ大きくなーれ』みたいな笑顔してんだ!
私の胸吸ったり!揉んだり!挟んだり!枕にしたりやりたい放題ねえ!?
お前私が痩せて綺麗になるより胸がちっちゃくなるほうがイヤなんだろ!?そうなんでしょ!?

上条「こんな日くらいいいじゃねえか。明日からやればいいんだ」イケメンAA

麦野「明日頑張るじゃダメなのよ!今日頑張らないやつに明日は来ないんだよ!」

上条「明日って今だぜ、沈利」イケメンAA

……いいの?

上条「いいんだよ」イケメンAA

……足太くなっちゃうよ?

上条「その代わりおっぱい大きくなるだろ?何もなくしてなんかねえ」イケメンAA

いや、その理屈はおかしい

上条「さあ、俺のクレープをお食べ」イケメンAA

オカシイケド モウガマンデキナイ

ダイエットハ アシタカラ!

335 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:21:02.69 ID:lrjKmZUAO
〜13〜

上条「(これで俺に無理矢理食わされたから、って言い訳立つだろ)美味いか?」

麦野「スッゴク オイシイ」ムシャムシャ

メリーゴーランド付近のベンチに並んで腰掛けながら麦野は頬張る。
まずふんわりクレープに包まれた焼きリンゴの甘味とシナモンシュガーの香りを楽しむ。
次に濃厚なチーズが焼きたて熱々のワッフルに溶け、ベリーソースが後味を引き締めるそれを食す。

麦野「……もし太ったらA級戦犯は間違い無くあんただからね」

上条「全然太ってねえって。つか女の子ってダイエットとか気にすっけど、男の俺からすりゃ本当にしなくちゃいけないほどか?むしろやんなきゃいけねえタイプほどやらねえだろ」

麦野「馬鹿ねあんたは。厳密に言うと太ってからじゃ遅いの。正確に言えば太らないためにやらなくちゃダメなの」

上条「そんなもんか」

麦野「そんなもんなの。服入らなくなるほど太った事なんてないけど、服がキツくなるとやっぱり焦るよ」

と、行き交う来場者の足音やアトラクションのアナウンスや子供のはしゃぐ声をBGMに麦野がチラッと横目で上条を見やる。
クレープを包む紙を下ろして折るようにしながら恨みがましく。
上条はベンチの背もたれにダラリと腕を垂らしながらその眼差しを受け止める。

麦野「……私が連れて歩くの恥ずかしくなるくらい太っちゃったらどうするの?」

上条「見た目が変わったって別にお前の中身が変わる訳じゃないだろ?」

麦野「………………」

その言葉に麦野がツンと唇を尖らせた。別に誰に見せるための服ではなく自分が着たい服がキツく感じるのは女として焦る。
が、そんな風に言われてしまえばつい低い方に水を流してしまうではないかと。

麦野「私は……あんたのために綺麗でいたいんだよ」ボソッ

上条「ん?何か言ったか?」

麦野「別に。テメエと付き合ってる時点で私が面食いって線は消えたなって思っただけ」

上条「ひでえ!」

食べ終えた包み紙をクシャクシャに丸めながら麦野は思う。
ぽっちゃりなんて誰に通じる言い訳だ、自分にも通じない嘘だ。
そして……今のままで良いと言われている内が花だ。

麦野「(あんたは、私の身体を世界で二番目に良く知ってるからね)」

灯りを消しても、脱げばわかってしまうのだから。

336 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:21:34.92 ID:lrjKmZUAO
〜14〜

「それでは宜しくお願いいたしますよ。浜面仕上」

浜面「………………」

一方その頃……オーセンティックバーのカウンターに置かれたダレスバックを引き取り、『妙に丁寧な口調』の男がカウンターから離れる。
このソリッドブルーの眼鏡と銀座英國屋のスーツとパネライの腕時計に身を固めた青年実業家風の男のオーダー……
それは手渡された『写真の女』を始末せよとの依頼であった。

「どういたしました?前金、としてはそう悪くない妥当な線だと思いますが」

浜面「……いや、そうじゃねえ」

金払いもそう悪くはない。写真の女の素性も何もわからないが――
その女が『いる』と言われた断崖大学のデータベースセンターの見取り図なども渡されている。
つまり絵図は既に相手方が引いており、それを受けた自分達は言わば実行部隊にあたる。
しかしそれに浜面は薄気味悪さを感じずにはいられないのだ。

浜面「話がうますぎる。その裏にある背景まで突っ込むつもりはねえ、だがせめてこの女が何者かくら――」

「世の中には」

浜面「………………」

「知らなくても良い事と、“知ってもどうにもならない事”の二種があります。おわかりですか?」

浜面「答えるつもりは……ねえんだな?」

「ええ」

甘いマスク、上等なスーツ、ビジネスライクな語り口でありながらその男の放つ雰囲気はこの裏路地のドブ板以下の匂いがする。
浜面の中に浮かんだ漠然したイメージでは、コーヒーブレイクを優雅に楽しむビジネスマンの笑顔のまま電話一本で人を殺せる人種と同じ匂いが。

「それでは失礼いたします。最高の結果を期待していますよ。浜面仕上」

そう言って男は握手を差し出して来たが――浜面はそれを視線を切る事で拒絶した。
しかし男は些かも落胆した様子もなく、踵を返すとダレスバックを下げてバーの扉を押して出て行く。

「(この様子ではあまり期待出来そうにもありませんね……しかし露出の面を鑑みて“グループ”を使うのは最善手とは言い難い)」

男は裏路地を行く。通りの外に停めてある大切なアウディにイタズラされていなければ良いが、などと思いながら。

「(御坂美鈴。貴女は少々派手に動き回り過ぎたのですよ)」

男は行く。強い風の中を足音を立てない歩き方で。
それは暗部に身を置く者の、一種の習い性であった。

337 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:23:36.54 ID:lrjKmZUAO
〜15〜

スキルアウトa「(本当にあいつで大丈夫なのかよ……)」

スキルアウトb「(駒場さん、本当に殺られちまったのか!?)」

スキルアウトc「(半蔵さんもいねえのにあいつの考えに従って……それでヘマやらかしたら誰がケツ取るんだよ!?)」

スキルアウトd「(もう終わりだよ俺達……この仕事終わって金もらったら抜けようぜ)」

スキルアウトe「(俺は駒場さんを慕ってついて来たんだ。浜面は嫌いじゃねえけどあいつの下はごめんだ)」

スキルアウトf「(これでやっと売春とか他の御法度も解禁だな……金だ、金しかねえだろ信じられるもんなんて!)」

スキルアウトG「………………」

浜面「……クソッ」

男が立ち去った後、浜面は主だったスキルアウトのメンバーを収集しバーで一通りの計画案を提示した。
その内容とは暗闇に紛れて断崖大学データベースセンターに盗難車で近寄り、手製の焼夷ロケット砲を十発ほど打ち込むというそれだ。
あのスーツの男から渡された見取り図と、どこをどう焼けば全ての入り口を塞いで効率良く煙を内部に充満させターゲットを炎と煙で燻り殺すという手である。しかし

浜面「(コイツら……!)」

当然の事ながら、衆目の中正式な代替わりを経てなお新たなリーダーの座に就く者に最初に向けられるのは期待ではなく猜疑の目である。
『お前に何が出来るか力を示せ』『俺達には何を回すんだ。金か?車か?地位か?』『なぜお前が頭を取るんだ』etc.……

浜面「(……俺を舐めてやがる……駒場のリーダーと比較して、馬鹿にして、腹になんか抱えて、腹の底で笑ってやがる!)」

それが浜面のように旧リーダーの死を以て継承されたケースならば尚更である。
頭を潰されて尚どれだけ早く組織を束ね、立て直し、立ち向かわせるかが最初にかかる重責。
誰もが初めて人を使う側になって初めてぶち当たる壁は、自分以外の人間の大小様々な不満なのだから。

浜面「(ちくしょう……これがあんたの見てた景色かよ!駒場!!)」

この時、相棒である半蔵がいない事が浜面にとって災いした。
頼りになる右腕も、仲間も、手下も、全ては駒場ありきの上にあったのだと……
誰が頭をとっても遅かれ早かれ潰れるという見通しも開き直りさえ出来ぬまま――
浜面は駒場の死を悼む感傷に浸る間もないまま、憎みたくもない親友に憤りすら覚えていた。
338 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:24:04.45 ID:lrjKmZUAO
〜16〜

『ギャアアアアアアアアアア!!』

麦野「……!!」ギリギリギリ

上条「(すげえ力だ……手痛い)大丈夫か沈利?やっぱり止めるか?」

麦野「止めない」

『グアアアアアアアアアア!!』

麦野「……っ」

上条「(なんだ?麦野のヤツ……そんな怖えのか?)」

窓の無いビルならぬ扉の無い部屋、そこは666の亡霊達が飛び交い絶叫と哄笑が木霊する幽霊屋敷……
『スケルトン・イン・ザ・クローゼット』と呼ばれるアトラクションに上条と麦野はやって来た。
が、入口の断末魔のエフェクトと己の手元足元すら見えぬ真っ暗闇に麦野の足が竦み、笑い、覚束無いものとなった。

上条「(まあ確かに怖いっちゃ怖いけど……側にもっと怖がってるヤツがいるとあんま怖くなくなるよな)」

麦野「当麻?私の側を離れるんじゃないわよ?いい?」ギュッ

上条「へいへい……でもさ、あんまくっつくと歩きにく」

麦野「ほら手繋げよ!手掴めよ!手握れって!!手離すなってんだ!!」

上条「(痛たたたたた……力強過ぎだろ……つか必死過ぎ)」

まず最初に入口にある肖像画の貴族らしき男性が壮年より白骨化するまでの絵が変化する演出に麦野の顔が引きつったのである。
“外”にあるオズワルドランドがコミカルでファンシーな雰囲気だとすれば、こちらは井戸の中から出て来てはいけない白ワンピースの女性や

『オ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛』

麦野「……!!」ブルッ

上条「ほーら大丈夫だ大丈夫だー……よーしよし怖くない、恐くないぞー」

やたら身体の色が白いクセに目の回りが真っ黒な不健康な子供。
さらには天井裏から血塗れのメッタ刺しでアシストする母親など……
とりあえず和洋折衷、古今東西のコワいものを666種類集めましたと言った具合のちゃんぽんなお化け屋敷である。

上条「(コイツ、ゲームとかは平気っぽいけどこういうのダメなのか)」

その上血の海のような赤錆、墓場のようにさえ見える寒々しい風景が部屋の窓から伺える。
外は荒涼とした不毛な土地、内は暗く陰鬱とした情景。
まさに学園都市の最先端技術の映像美を無駄使いしまくったホラーハウスである。と

339 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:26:18.01 ID:lrjKmZUAO
〜17〜

ゴゴン!とその時部屋全体が稼働したような振動が足元に伝わったかと思えば――
視点が低くなり、擂り鉢を下るように足元から沈み込んで行く感覚を上条は感じた。

上条「すげーな……上がってんのか?それとも下がってんのか?」

麦野「………………」ブルブル

上条「……震えてるな」

飛び出す書物を収めた本棚や髭を手にしたイタズラなお化け達。
上条はそれを自分達が下がっているのか彼等が上がっているのかに感歎の声を上げるも……
腕にしがみついてもう何も見まいとする麦野にその意識を戻した。

上条「よしよし……俺がいるからな?」

麦野「……怖くねえよ」

ちょうど不気味な洋館内を、人間の顔を剥ぎ取り自分の顔に貼り付けたままジャラジャラと鎖を引きずる少女が麦野の側を通過して行く。

上条「ああ、俺がいるから怖くないな?」

麦野「……うん」

肩口に埋めたまま顔を上げられない麦野を上条は腕の中に抱き寄せ胸に身体を預けさせる。

上条「初めてだもんな。お化け屋敷」

麦野「……違うわ」

上条「いいんだいいんだ。笑ったりしねえし、泣いても構わない」

赤錆の水の中、のっぺらぼうのような金属製の顔をした看護婦が獲物を求めてうろついている。
自分より背が低い位置にいる人間を手にした巨大なハサミで狙っている背虫男までもが。
モチーフになった怪物らの細部まで精密に精巧に再現された立体映像は、触った質感が存在しないだけでほとんど実物そのものである。しかし

麦野「……絶対に克服してやる。私はね、こんなみっともない自分絶対に認めない」

上条「んな極端な……一つや二つくらいあったっていいじゃねえか苦手なもんくらい」

麦野「冗談じゃないわ」

麦野が自分を指して怪物(バケモノ)と自嘲気味に語るのを上条は知っている。
自分に弱さなどない、自分は強くなくてはならないと常に張り詰めているような性格の持ち主であるとも。

麦野「――冗談じゃない」スッ

そこで麦野は肩口から顔を離す。矜持というよりほとんど意地である。しかし

上条「――じゃあ」ギュッ

麦野「!?」

上条「暗いからな。お前とはぐれないようにさ。いいか?」

麦野「……うん」

繋ぎ直した手から伝わる震えが、いつしか力強く握り返された。
暗いせいか麦野の表情を上条の側から伺い知る事は出来ない。
そして――それが結果的に麦野にとって幸いした。

340 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:28:14.08 ID:lrjKmZUAO
〜18〜

――怖いよ。今まで私が殺して来た人間が亡霊になって帰って来たみたいでね。
首のないヤツ、手足のないヤツ、半身のないヤツ……
全部全部、私がやって来た殺し方でぶっ壊して来た人間みたいに見えるよ。

――あんたと出会って、あんた達と暮らし始めるまでこんな事考えなかったし感じなかった。
ううん……多分、深く考えたり直に感じたりしないようにして来たんだろうね。

『人体』を『物体』と認識出来るレベル、再生治療が不可能なまで破壊しないと……
『生き返ってくるかも知れない』って意識が、冷感症みたい閉ざしている心を揺さぶるから。
おかしな話ね。狂ったみたいにならなきゃ正気を保てないだなんてさ。

もうこの思考自体が多分おかしいんだ。人間として大切な何かが決定的に欠けてる。

あの単価18万のクローンを一万体以上ぶっ殺しまくったヤツがどうだったかなんて知らないけど――
多分、最後の方は自分が何やってるかわかった上で自分でも何してんだかわかんなくなってたろうね。

上条「大丈夫か?」

当麻。私の手を繋げ。手を握れ。手を掴め。手を離すな。
私を逃がさないで。私が逃げないようにしなさい。私が殺して来た人間から目を背けないように。
本当はこれが立体映像か、私の歪んだ心が生み出した幻想かの区別も実はついてないくらいイカレた私を。

麦野「――楽勝ね。やった事ないけど肝試しだって出来そう。来年行く?」

上条「本当に意地っぱりだなあ沈利は……お化けが苦手とか別に女の子なんだから恥ずかしくないってのに」

麦野「可愛げなくて悪かったわねえ」

破裂した内臓拾い集めてる化け物。首から上が吹き飛んで胸のあるなしでしか女ってわからない死体。
『人間』ってわからないようになるまで殺し尽くして来たんだ。それこそこのお化け屋敷の怪物みたいに。

目を開けろ、麦野沈利。目を閉じたって、見えなくなるだけで消える訳じゃない。
殺した人間の影や幻覚が街中や家で見えるだなんて、暗部で駆け出しだった頃の話でしょう?

麦野「――ねえ?こんな可愛くない私でも、あんたは私の事好き?」

――さあ、こいつに嘘をつこう

上条「当たり前だ。可愛くても可愛くなくても俺はお前が大好きだ」

涙が女の武器なら、笑顔は女が一番吐く嘘だ

麦野「――私も」

嘘じゃないのは、あんたの手の温もりとそれが好きな私の気持ち。

341 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:30:15.49 ID:lrjKmZUAO
〜19〜

白井「ぐぬぬぬぬぬ……」

初春「うわースゴい……なんか女の子同士のなのにラブラブですね!」

佐天「流石ー!ってカンジ。でも御坂さん女の子も行けちゃう人だったんですか?」

御坂「あははは違う違う。ないわよ女の子同士だなんてそんな気持ち悪」

白井「きええええええええええええええええええええい!!」

全員「「「!!?」」」

一方その頃……御坂美琴率いる超電磁組はファミリーレストラン『ジョセフ』の窓際席を囲っていた。
色とりどりのドリンクやスイーツを粗方平らげた後、場の中心には件の携帯電話……
昨夜麦野と御坂のツーショット写真が白井以外のメンバーにも公開され話題に華を添えていた。
そんな中である。抱えた頭をヘッドバンキングしながら怪鳥のような叫び声を上げた白井に一同の視線が集中したのは。

白井「あの類人猿の家にお呼ばれして食事まで囲みあまつさえあの第四位麦野沈利さんと一夜を共にしこのような扇情的かつこれだけでご飯三杯は軽くいただけるようなしどけないお顔とあられもないお姿を晒すなどと黒子こんな現実認めねえですのォォォォォ!!」

初春「また始まりましたねー白井さんの病気」

御坂「だからただお泊まりしただけだって言ってるのに……別に黒子が考えてるようないやらしい事何もないわよ?」

白井「ならば!でしたら!そのコートは何ですのォォォォォ!!!」

行儀悪く人差し指で突きつけた先。それは白井・初春の座る席よりテーブルを挟んで対面に位置する御坂・佐天の……
学生鞄の置かれたスペースに綺麗に折りたたまれたSee by Chloeのホワイトコート。
麦野が汚れた常盤台のブレザーのままでは見栄えが悪いだろうと貸し与えたそれである。

御坂「だからー……上着が汚れちゃってそのボロ隠しに貸してもらっただけなんだって」

白井「制服が汚れるような激しい睦み合いをなされ二重の意味で汚されてしまいましたのお姉様ァァァァァ!?」

御坂「汚れてんのはあんたの心でしょうが店の中でデカい声で阿呆な事言ってんじゃないわよこの馬鹿黒子ォォォォォ!」バリバリバリ!

白井「あばばばば!?」

佐天「(……レベル5第四位、原子崩しかぁ……)」

そして――愛の鞭ならぬ牛追い棒の刑に処される白井をいつもの事とスルーしつつも、いつもと違う人物の話題に佐天は天井を回るファンを見上げた。

342 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:30:47.83 ID:lrjKmZUAO
〜20〜

佐天「(怖かったなあ……あの時)」

グランベリージュースを啜りながら思い返されるは数ヶ月前の6月21日。
第六学区のショッピングモールにて御坂と共に歩んでいた際、初めて麦野と顔を合わせた時の事を思い出す。
あの狂気に歪んだ表情と殺意に染まった眼差し。根刮ぎの絶望を撒き散らすような深い闇の匂い。
あの場に上条当麻なる御坂の懸想する少年がいなければ自分は果たしてどうなっていただろうと。

佐天「あ、あのー」

御坂「ん?どうしたの佐天さん」

白井「」

初春「あっ、店員さんこれ下げちゃってください」

店員「……こちらの方を……ですか?」

佐天「あっ、いや、ただちょっとした好奇心なんですけど」

黒焦げのパンと成り果てた白井を指差す初春を横目に、佐天が隣の御坂へと一瞥を送った。
その疑問はちょっとした好奇心の発露であったが、以前から気にはなっていた事でもある。それは――

佐天「このお姉さん、御坂さんより一つ序列が下ですけど……やっぱり強いんです……よね?」

御坂「何で?藪から棒に」

佐天「あっ、いやー……同じレベル5同士が戦ったらどっちが強いんだろ?やっぱり序列通りなのかなーって……あはっ」

御坂「うーん……どうなんだろ?」

と素朴な疑問を投げかけられたその時、御坂はブラッドオレンジジュースをストローを押さえて飲みながら小首を傾げた。
御坂にとって思い出したくもない……されど忘れられない学園都市第一位、一方通行の会敵。
同じ超能力者でありながらその序列にはレベル以上の懸絶した差異がある。
実際の所は『戦ってみないとわからない』としか答えようがないのだが――

御坂「――私、第四位と正面切ってぶつかった事ってないから」

佐天「えっ!?」

御坂「佐天さん……その驚き方ひどくない?」

佐天「一度もないんですか?あんなに仲悪くて有名なのに?」

御坂「それは間違ってないけど……」

――そう、御坂は麦野と真っ向から対峙し互いに後には引けないほどの闘争を経験した事が『ない』のだ。
その機会があった8月19日の研究所襲撃の件の十日前には既に麦野は『アイテム』を正式に引退していたのだから。

8月9日……アウレオルス=イザードと三沢塾、姫神秋沙を巡る事件にて……
それをきっかけに麦野は統括理事長の許しを得て暗部から解放されたのだから
343 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:32:38.18 ID:lrjKmZUAO
〜21〜

御坂「(あの女の仲間とはやりあったけど……あの女、どうしてあの時いなかったんだろう。何度聞いても無視されるし)」

白井「お姉様は誰にも負けませんのっ!」ガバッ

初春「あ、復活しましたねー白井さん」

佐天「あはははっ……じゃあ結局そういう事が一度もなかったならそれに越した事ないですね」

御坂「そうね……」

ふっとたった今皆に見せていた携帯電話の画面を見る。
パジャマ姿の自分とワイシャツ姿の麦野が、絡むように一つのソファーに寝転んでの笑顔の一枚。
これまで数限りない舌戦や小競り合いで張り合って来た、大嫌いなはずの相手だと言うのに――

御坂「(男の子みたいに上だ下だにこだわる訳じゃないけど……あの女と私、本気でぶつかり合ったらどうなるんだろう?)」

同じ皿から料理を食べ、同じ屋根の下で共に眠り、コートまで貸し与えてくれた一宿の恩義と一飯の友誼。
ふとした瞬間見せる柔らかい眼差しと優しい笑みとあたたかみを感じさせる美貌。
それがなければ歩み寄ろうなどとは決して思わなかったと言うのに。

御坂「(今だって頭の天辺から好きって訳じゃないけど……でももう爪先まで嫌いだなんて簡単に言い切れないよ)」

血を流す以外に納める術を持たない剣を持つあの狂気の女王が敵として立ちはだかった時……
自分は佐天の言うように麦野を斃せるだろうかと御坂は己に問い掛ける。
一度でも昨夜の記憶が、一瞬でも昨日の笑顔が、戦いの中過ぎりはしないだろうかと――

佐天「(み、御坂さんものすごい真剣な顔で麦野さんの写メ見てるよ初春!?これひょっとしたらひょっとしちゃったりして!!)」

初春「(それまで相手に抱いてた憎しみが愛情に変わる瞬間ってお約束ですけどたまらないものがありますねー佐天さーん)」

佐天「(うんうん!ああいうドSな人がふっと見せる優しさとかもー心鷲掴みだよね!)」

初春「(えーそうですかあ?一度しか会ってませんけどあの人多分Mですよ?)」

白井「(わたくし白井黒子はお姉様の求めに応じてSMリャンメンリバーシブル着脱可ですのォォォォォ!!)」

と、麦野とのツーショットを前に真剣に黙り込む御坂を小声で囃す少女らの鼎談の中――

ハナテ!コーコローニキザーンダ……

御坂「……お母さん?」

『着信・お母さん』という表示と着うたが御坂の視界に飛び込んで来た

344 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:34:19.81 ID:lrjKmZUAO
〜22〜

『667人目の住人にならんか〜〜』

上条「死亡診断書持参が入居条件って……」

麦野「よくもまあこれだけ凝りも凝ったもんね」

幽霊屋敷の出口付近、この666人の幽霊や怪物らが住まう部屋の新たな住人を勧誘する係員を横目に上条と麦野は無事はアトラクションをクリアした。
周囲の来場者も皆一様に安堵の溜め息や声を漏らし、『怖かったねえ』『また来たいな』などと言い合っている。
二人はそんな中を手が汗ばんで感じられるほど固く結びながら進む。
遠くには夕陽を背に直走るジェットコースターから歓声と絶叫と悲鳴が木霊し、今更ながら現実世界へ帰還したのだと言う実感が込み上げて来た。

上条「ああ、かなり凝ってたな……ここはインデックス連れて来ねえ方がいいだろう」

麦野「こーら」ビシッ

上条「って!」

麦野「かーみじょう」

と……そこで上条の鼻先に麦野が人差し指を突きつけスイッチを押すようにした。
背中を折り、片目を瞑ったまま眉だけあげる呆れたような不機嫌そうな表情で下から上条を見上げる。
それに足を止めた上条の周囲を、ゴールした来場者らが追い越して行く。

麦野「デート中は私の事だけ見てて。他の事考えないで」

上条「あっ……悪い、つい」

麦野「ふんっ……」

上条「悪い悪い……」

そこで麦野がわざとらしくそっぽを向き、上条が『しまったな……』とバツが悪そうに頭を掻いた。
こうやって三人暮らしをするようになってから『インデックスも今度ここに連れて来てやろう』という父性的な思考が作り上げられてしまいつい陥りがちな失敗である。
麦野はそんな上条に瞑っていた目蓋を薄く開いて流し目を一つ送り、ある一点を見やると――再びツンとしてしまった。

麦野「あんたが誰も彼も気にかけんのは今に始まった事じゃないけど、今は私の方だけ向いてて」

上条「ああ……本当にすまねえ」

麦野「まあ、別に良いんだけど――その代わり、あれ」スッ

上条「……土産屋?」

麦野「あそこで何か買ってくれたら許してあげる。さっ、行くよー」ズルズル

上条「おおっ!?」

次第に落ちかける夕闇の中麦野が指差した先、そこは暖色系の灯りの灯る魔法使いの城のような……
魔法の国オズマランドのグッズが並ぶショップであった。

345 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:36:29.90 ID:lrjKmZUAO
〜23〜

上条「すげえな……土産物屋って言うか、ここも一つのアトラクションみてえだ」

麦野「そうね」

二人が立ち入ったショップ内はまさに一つのアトラクションばりのスペースと内装であり、そこをキャラクターの着ぐるみに身を扮した従業員らが他の来場者と記念撮影をしたりオススメ商品などの説明をしていた。
入り口から向かって正面が多種多様なお菓子やグッズ。
左側が大小様々なぬいぐるみ、右側がキャラクターのラインを控え目にした免税店という作りになっていた。
魔女の館か魔法使いの城のような調度品の数々が置かれ、工房らしき物まで備えられているのが奥に見えた。

麦野「さて、ここであんたに問題」

上条「何ですと!?」

麦野「この店の中で何でもいいわ。“私だけの”のものをちょうだい

上条「――お前だけの?」

麦野「そう。お揃いでもない、私だけの」

上条「……う〜〜ん」

麦野「じゃあ私店の中適当に見て回ってるからよろしくね?かーみじょう」

そう言うと麦野はスッと上条から離れて一歩前に進み、一度だけ振り返って一瞬微笑んだ。
先程までのアトラクションでの硬質な空気が嘘のように、暖色系の間接照明が灯る店内に溶け込むように。
そこで鳩が豆をグリースガンで食らったかのように取り残された上条は文字通り棒立ちである。

上条「ちょっ、もう少しヒントかなんか――……って行っちまった」

伸ばしかけた手が虚しく空を切る前に頭へと持って行き、特徴的なツンツンヘアーを描いて上条は考え込んだ。

上条「(“私だけ”のプレゼント……あれか?インデックスの話したからかな)」

それが原因か?とも思ったがインデックスと麦野の関係性は比較的良好である。
今更それに腹を立てるも何もないだろう。かと言ってお揃いの物……
今麦野が左手の薬指につけ、自分も服の下に首からチェーンを通してつけているブルーローズのリングとも違う物。

上条「(何だろうなあ……言っちゃ悪いけど、ここに売られてる中でそんな特別なもんなんて……)」

最初は免税店のそれか?とも思ったが上条はブランド品に明るくない上にそんな持ち合わせなどない。
その辺りは麦野も期待していないだろうしそもそも今麦野が身に付けているブランド品さえわからないのだ。

上条「麦野だけのもの……一つだけのもの」

取り敢えず、上条は店内を見て回る事にした。
何かしら琴線に触れる品の一つや二つはあるだろうと。
346 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:36:57.33 ID:lrjKmZUAO
〜24〜

麦野「さーて……どんなお宝見つけて来てくれるかにゃーん?」

私は普段あまり『どこ行くの?』『何でもいいよ』『あんたが選んで』という言い方を当麻にしない。
別に何もかも自分で決めなきゃ気がすまないほど仕切り屋でも何でもないけど――
ただ、あいつは二つのものを示すとだいたい間違った方を選ぶから。

麦野「……キャラ物のまな板、バスマット、傘立て……何でもありね。商魂逞しいって言うかなんて言うか」

けど、当麻は『これが欲しい』と言って買ってくれたら早々に店を出てしまうのだ。
私だってこれでも女の端くれ。目的のもの以外だって見て回りたい。
そもそも自分の男と買い物しながらああでもないこうでもないと話してる時間の方がもしかすると好きなのかも知れない。
初めてあいつと服屋に行った時そう感じた。あいつとウロウロした時と、一人で見た時では明らかに密度が違って感じられたから。

店員『はい、今ならば専用のアドレスもお付け出来ますよ!』

麦野「(スマートフォンのアドレスまでこのキャラクター会社直通に出来るんだ……まあやらないけどね)」

免税店に目を向けてみる。キャラクターのラインを抑えた大人向けのブランド品みたいだけど私はいらない。
御坂のゲコ太やインデックスのカナミンみたいな特定の好きなキャラクターなんてないし、そこまで少女趣味でもない。
私は何となく今ぶら下げてるバーキン30のヴォー・スイフト白にネズミだウサギだがくっついてるのを想像する。
ないな。ないない。これはない。イタいのを通り越して死にたい。

麦野「(……本当はなんだっていいのよ。当麻。あんたからもらえるもんならそれはもう“私だけ”のものなんだから)」

別に高級品じゃなきゃ絶対ダメって訳じゃあない。プイのレザーウォレットとか使ってるし。
でもバックか時計かの一点豪華主義で明らかに服とか靴とかが負けてるような女ってのは見てて情けない。バランス考えろよ。

麦野「(私は、あんたが足りない頭からひねり出した答えが欲しいんだ)」

これはこれで甘えなんだろう。私からあいつへの甘え。
別に試してる訳じゃない。ただ私は信じたいんだ。
インデックスにあって私に足りない物、御坂にあって私が勝てない物。
あいつの助けを必要して、あいつに救いを求める何人もの女達の中で。

ただ一人、私だけを愛してくれていると感じられる瞬間が欲しいんだ。

347 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:39:00.63 ID:lrjKmZUAO
〜25〜

上条「どうすりゃいいんだ……」

開始早々五分も立たぬ内に上条の頭の中身は外見よろしく焼け付き焦げ付いていた。
俗に言うウンコ座りで頭を抱えるその様はさながら網の上で焼かれるウニが如く泡を吹いて湯気立つ。
確かにこの遊園地のマッピングやアトラクションに関しては授業より真面目に覚えていたが――

上条「ぬいぐるみ……ダメだ。沈利の部屋にあのボロいクマがいる……食器はなんか違う。アロマポッド……ってんなもんここじゃなくたってセブンスミストでだって買えるっての!」

当然、上条当麻の頭に分刻みのスケジュールを組み立てつつ如何なるアドリブにも対応しかつサプライズを仕掛けるような経験値や知識は刻まれていない。
当然女性に人気のあるグッズであるなどと言った下調べなどたかが2ページ足らずの学園都市walkerの特集記事になど載っていない。
思いつきで誘い行き当たりばったりでここまで来たのだから。

上条「“自分だけのもの”……オーダーメイド?ってんなもんある訳が……」

まずキャラクター商品の大概が全滅。お菓子関係の線は最初からない。
日用品関連も望み薄、免税店は最初から手が出せない。
あと残るはガラス工房や遊園地内のケータイショップやブティック関連だが――

上条「(お揃いのもの……でもねえからアクセサリーか?リングはもうあるしな)」

上条は南瓜をくり貫かれたランプのお化けの頭を撫でながら考え込む。
首からぶら下げたブルーローズのリングをチェーンに通した、麦野曰わく『首輪』。
そこで思い当たる。何故自分達はこれを選んだのだろうか?
世間一般のカップルがそうしているからそれをなぞった部分もある。だがその時――

麦野『――シルバーがいいな。重さがそのまま愛情に繋がってるみたいで』

そう語った麦野の横顔が、上条にとって何故か『年上』という事を強烈に意識させられた。
良い意味で何を考えているかわからない、そんな表情をしていたの――上条は鮮明に覚えている。と

女「あーこれすごくない?」

男「ええっ!?お前これはないだろ〜〜」

上条「ん?」

カボチャのお化けを撫でていた上条が何の気なしに振り返ったその先に――
自分達と同じようなカップルがとあるスペースで立ち止まっていた。

上条「あれは――」

それは最初から目を切っていたガラス工房であった。
348 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:39:29.58 ID:lrjKmZUAO
〜26〜

御坂「だから……もういいっ。今友達と一緒だから切るわね!」

美鈴『ちょっと、美琴ちゃんまだ話は』ブツッ

ツー……ツー……ツー……

御坂「はあっ……」パタン

御坂は着信を受けて一時離席し、ジョセフの外に出てガードレールに腰掛けながら母・美鈴との会話を打ち切った。
朝から止む事のない風が地面を舐めるように吹き上がり、さながら台風でも訪れる前触れのように感じられた。
未だ沈まぬ茜色の夕陽の中を、狂ったように回り続ける風車が陽射しが聳え立つ墓標のようにさえ見えて。

御坂「……お母さんに会ったんなら言いなさいよあのバカ女!おかげでやりにくいったらないじゃない!」

会話の内容は凡そ三点。一つは昨夜御坂が半ば酩酊状態にあった際それを伴って歩いていた麦野と美鈴が顔合わせをした事。
二つはその麦野と仲良くしなさい、ちゃんとお礼もするのよと言った小言。
そして三つは……これより戦争状態に突入する学園都市から実家に戻って来なさいという言葉であった。

御坂「なんでどいつもこいつも私を蚊帳の外に置いて勝手に話終わらせたり進めちゃったりすんのよ!!」

店内から歩道の御坂を見やる超電磁組の面々には見えぬように御坂が息巻く。
身に覚えのない泥酔状態を母に見られたバツの悪さ、それを隠していて今このタイミングでこうなる事がわかっていたような麦野。
そして――御坂の意思を尊重しつつも自らの意志を曲げるつもりもない母美鈴の言葉。
親の心子知らずと言ってしまえばそれまでだが、御坂はそれを受け入れられる事が出来なかった。

御坂「(そんなすぐに出たり離れたり出来る訳ないよ……お母さんわかってない)」

親の目からすればこれから戦場となるかも知れない学園都市になど子供を預けられないのは感情でわかる。
しかし御坂はその学園都市のレベル5第三位であり――この学園都市には『妹達』もいる。
今もファミレスの窓辺からこちらを見守っている超電磁組、この場にいない上条当麻ら、そして――

御坂「(――ずるいよ、麦野さん)」

こんな時まで何一つ言ってくれなかった麦野沈利の後ろ姿が目蓋に浮かぶ。
一体麦野と母はどんな会話を交わしたのだろうか、眠り込んでしまった自分を挟んで何を語ったのだろうと――

ブワッ

御坂「……!!?」

その時、一際膨れ上がる風の奔流に御坂が弾かれたように振り向いた。

349 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:42:54.62 ID:lrjKmZUAO
〜27〜

白井「ぐぬぬぬぬぬ……お姉様、どなたとお電話なさっておられますのぉ……まさかあの類人猿!!?それとも第四位??!」

初春「白井さーん。窓に脂ついちゃいますよー?」

佐天「ん〜〜でもあんまり良さそうな雰囲気じゃないっぽいね。なんか喧嘩腰みたい……やっぱり話し相手は麦野さん!!?」

と、御坂が母からのなだめすかしての硬軟織り交ぜた説得を打ち切り憮然としている様子を見やりながら――
各々思い思いに、もとい口々めいめい好き勝手に囃し立てるは鼎談の三人である。
わりと聡く状況の把握と観察と分析に務める初春は御坂の様子を見てとり、あまり景気の良い話ではないなとあたりをつけて静観していた。しかしその一方で

白井「ありえませんのォォォォォ!!お姉様から歩み寄ったらしい事は明々白々!しかし!しかし!そこに特別な何かなどありえませんのあってはなりませんのォォォォォ!!」

佐天「やだなー白井さん。嫉妬ですか?ジェラシーですかー?でも考えてみればなんかドラマチックですよねえ好きになった男の子の彼女惹かれちゃうとか!初春はどう!?」

初春「あははは(佐天さん腐ってますねー)」

燃え上がる嫉妬の炎を囲んで疑念と疑惑が手と手繋いでオクラホマミキサーを踊らせるは白井。
それに合いの手を入れて茶化すは佐天、初春はそんな二人を渇いた笑顔で見比べながらジュースに口をつける。
ゴールデンキウイの酸味以外の酸っぱいものが込み上げて来そうだと。

白井「そんなはずございませんの。あの二人はもはや犬猿の仲などと言う生易しいものではございませんのよ?ほとんど天敵同士ですの」

佐天「いやいや白井さん王道じゃないですかこういうの。今までライバルだった相手が向けて来る意外に優しい笑顔とか、どうしようもなく傷ついて壊れそうに脆い素顔とか見ちゃうと“あれ?この人本当はもしかして”みたいになりません?」

白井「わたくしにそういう属性はございませんの!」

佐天「いやー白井さんって物凄く情に厚くて懐深そうですから、例えライバルでもその相手が雨に打たれながら涙を流してるようなシーンだったりするとつい傘差し出しちゃうとか似合いそうですって」

腐ってやがる、遅過ぎたんだと初春が呆れながらそんな二人から再び視線を御坂に移す。すると

初春「――あれは!?」

その時、初春の外を見つめた眦が見開きの形で固まった。

350 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:43:22.64 ID:lrjKmZUAO
〜28〜

上条「麦野!」

麦野「ん?」

と、麦野が免税店内にあるウブロの腕時計を見つめていると――
その背中に上条の声がかけられ、肩越しに振り返る。
一度離れてからおよそ十分足らずである事が目だけつけた腕時計の文字盤が指し示していた。

麦野「見つかった?」

上条「ああ!お前だけのもん、見つけたぜ!!」

麦野「(ネックレスあたりかにゃーん?)」

上条「じゃあついて来てくれるか?ちょっとばかしお前にいてもらわないといけないから」

そこで麦野も上条に導かれるまま他の買い物客の行き来の合間を縫って進む。
ズンズン進む上条の背に、少なくともぬいぐるみなどと言ったあからさまにハズレのそれを選ばなかった事は評価出来た。
かと言って食器やマグカップのような日用品といったものも今の気分ではない。
そんな期待と不安が綯い交ぜとなった胸を膨らませながら歩を進めたその先には――

麦野「硝子工房……??」

そこは様々なグラスなどが並び、妖しい虹色が艶めかしく煌びやかに輝くゴブレットまであった。
さらに進むとこちらは展示用なのか、ガラスで作られたグランドピアノやアルモニカ、ヴァイオリンなどもある。
様々な光を浴び、人の衣服の色に合わせて文字通り万通りもある万華鏡の森がそこには広がっている。

麦野「……あんたにはしちゃセンスは悪くないかな」

上条「すいません!こっちの娘になんですけど」

職人「はいはい。そちらのお嬢さんかね?」

麦野「!」

すると工房の更に奥……店売りの店員らとは一目で違う老人が目を細めて麦野を見やった。
同時に紹介するような形となった上条がやや照れ臭そうに鼻の頭を掻いてはにかんだ。
麦野も訳もなくついつられて会釈してしまう。一体何が始まると言うのか

職人「なるほど、彼女が君にとってのシンデレラか」

上条「あー……うん、まあ。そうなるな」

麦野「???」

上条「麦野」

そこで上条が麦野に向き直った。煌びやかな星屑を散りばめたようなこの硝子の迷宮のような場所で。
切り出すのも恥ずかしそうに少し赤らめた顔を俯いた顔を……やがてきっぱりと上げ、そして言い放った。

上条「お前、足のサイズいくつだ」

麦野「はあ!!?」

上条「靴だよ靴!!ガラスの靴作ってもらうんだよ!!」

麦野「!!?」

プロポーズでも申し出るような真剣さで

351 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:45:20.72 ID:lrjKmZUAO
〜29〜

麦野「びっくりしちゃったわよ……何言い出すかと思ったら」

上条「――俺も結構迷ったんだ。……けどこれ以外思い浮かばなかった。嫌だったか?」

麦野「い、いやなんて一言もいってないじゃない」

そして――麦野は足形と採寸を計り終えた後、椅子に腰掛けて足を投げ出していた。
あまりに予想外の選択肢に当初はかなり面食らったが……
それも少しずつ少しずつ冷静さを取り戻して来た。

麦野「が、ガラスの靴なんて思いもよらなかったわね正直……」

上条「最初他の客が見てるのを見てさ……それで気になってさっきのおじいさんに聞いたら作ってくれるって」

上条がチョイスしたのはガラスの靴であった。
それも店内にあるサイズごとのガラスの口に恋人の名前を彫り込む店売りのそれではなく……
職人が実際に女性の足に合わせ、さらにその当人を見て浮かんだインスピレーションからデザインを起こすと言うものだ。

上条「本当なら子供とかが履いて歩いて割れて怪我しないように右足分しか作らないようにしてるらしいんだけど……」

麦野「まあ子供なら両揃えにしたら間違いなくやるでしょうね。だから店の中も片方しかないのか」

上条「ああ。けどこれから作ってもらうのは一応歩きにくいけど履けるらしいんだ……ちょっとしたお姫様気分、って事で」

麦野「……馬鹿」

思わず椅子に腰掛ける左側に佇む上条に、麦野は肘掛けから手を伸ばしてその頬に触れた。
馬鹿が馬鹿なりに真面目に考えて出した答え。ガラスの靴。

麦野「……12時過ぎたら、魔法解けるのよ?」

上条「解けねえって」

麦野「……ガラスの靴持った王子様が、その持ち主にどうするか知ってるでしょ……?」

上条「ああ……プロポーズでもない普通のプレゼントで頼んで来るヤツは珍しいっておじいさんにも言われたよ」

麦野「……馬鹿」

上条「――お前だけのもんだ。沈利」

それに麦野の目が細くなる。それは世界に一つしかない自分のために作られたガラスの靴が私だけのもの?
それともそれを、その意味を理解した上で贈ってくれた上条が私だけのもの?と問い掛けるように。

麦野「……あんたは、私だけのものだよ。――本当にいいの?」

上条「ああ……昨日の事、昼間の事、さっきの事……色々誤解されたけどさ」

麦野「――――――」

上条「俺が選んだのは、お前だけだから」
352 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:46:03.40 ID:lrjKmZUAO
〜30〜

お姫様になんてなれる訳がない。王子様なんている筈がない。
夢見る御伽噺の優しい魔法や奇跡なんて学園都市どころか現実にだってない。
ましてやこいつも私もあの赤頭や露出狂女みたいな魔術師ですらない。
ただのレベル5とただのレベル0……ただのありふれたカップルだ。

麦野「……サイズ24センチのシンデレラでも?」

上条「俺だって王子様じゃねえさ。生まれだってお前と違って普通の家だし」

私はシンデレラと違って灰なんてかぶって来なかった。
かぶって来たのは他人の返り血。ドレスの元の色がわからなくなるくらいかぶって染まって来たのよ?
それなのにあんたはこんな私をお姫様扱いしてくれるって言うの?

上条「レベル0だし、オシャレセンスも0だし、今日だって白馬どころか全力ダッシュでモノレール。頑張ってスクーター取れりゃいいかぐらいの普通の高校生だよ」

やめろよ。泣きそうになるじゃないか。私はこんなにお前に依存してるんだぞ?
よしなよ。そんなに優しい顔で私を見ないで。どんな顔すればいいのかわからない。
私のちょっとしたヤキモチと意地悪でお前をわざと困らせたこの性悪女がシンデレラだなんて。

麦野「……関係ねえよ。そんなの関係ねえんだよ」

ガラスの靴。きっと世界で一番壊れやすい永遠の欠片。
履けるったって、歩けるったって、体重増えたら割れちゃうでしょうが。
さっきダイエットの話したばっかだってのにもう頭から抜けてる。

――それに、私は重い女よ?重さでしか愛情が表現出来ない面倒臭い女なんだぞ。
それをいっつもいっつも何でもないように背負って、抱えて、どうして私はいつもあんたの前じゃ……
強いだけの私でいさせてくれないんだ。王子様に救われるまでさらわれるくらいしか能のない役立たずのお姫様に戻されちゃうんだ。

麦野「――今日は靴だけで勘弁してあげる」

上条「………………」ヨシヨシ

麦野「なんだその“わかってるわかってる”みたいな撫で方はァァァァァ!!」

――今日はあんたの馬鹿さ加減に免じて、この靴で許してあげる。

一人じゃ着れないドレスは、何年か後の私に任せる。

ヒラヒラした服、大嫌いなんだけどさ

一生に一回、一日だけなら我慢してやるから

だから

だから早くさらいに来いよ



―――私だけの上条当麻(おうじさま)―――



353 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:48:03.59 ID:lrjKmZUAO
〜31〜

御坂「あんた……!!」

「あらぁ?随分なご挨拶ねぇ……こんな吹きっさらしの中一人でケータイいじくっちゃったりしてぇ……ひょっとしてお話相手は貴女がお熱な男の子?あはっ、中にいるのはあなたの“お友達ぃ”?」

荒れ狂う狂風さえも周囲に配置した大名行列のような人間を風除けのようにして現したその姿。
豪奢な金糸の髪を風に遊ばせるがままにして佇むその姿。
否応無しに目につく蜘蛛をモチーフにしたハイソックスと白手袋、肩から下げた星のマークの入ったバック。
暗部の女王とはまた違った意味で御坂の圭角に触れたその女王が、ファミレスの窓辺にその眼差しを向ける。

「この230万人が住む養蜂場(がくえんとし)に来た頃は思ったわぁ……“友達百人出来るかな♪”って。でもぉ……私の魅力を以てしても貴女は私のお友達になってくれないのねぇ?あんな蜜蜂四匹ぽっちで本当に本当に寂しくなぁい?」

御坂「――人の友達指して蜜蜂呼ばわりとは相変わらずイイ性格してるわねえ……」

「うふ……前にも言ったけどぉー私達のレベル5の能力とぉ……それ以外のレベルの人間との戦力って雀蜂と蜜蜂くらい違うのよぉ?馬鹿にしてるんじゃなくてこれはジ・ジ・ツぅ〜〜!」

その少女は語る。蜜蜂と雀蜂の体格差は種類によっては約五倍。
七匹に満たぬ雀蜂で十万匹以上もの蜜蜂を殲滅し鏖(みなごろし)にする事さえ可能なのだと。
同じ蜂でもまさに生物としてのレベルが違うと言いたいのだ。
学園都市を養蜂場、常盤台は巣、派閥は働き蜂、自分を女王蜂になぞらえて語った――常盤台のもう一つの『顔』

「ふ〜ん……でももう一匹の女王蜂とは仲良くなれたのねぇ?ねーえ?第六位ってどんな人?私まだ見た事ないなぁ……」チラッ

御坂「!?」

その少女が視線を向けた先。窓辺の白井黒子。御坂はそれに思わず目を剥く。
まさか読み取ったというのか?電磁波の干渉により読心出来ない自分に代わって白井の心を覗き見るように。

御坂「ちょっとあんた!!!」

「あはっ。これくらい私の解析力を持ってすれば斜め読みから立ち読みまで自由自在なのよぉ?乙女の秘密、付録つきで見ちゃったぁ」

少女が率いる大名行列が道を塞ぎ、ファミレスを囲み、人垣の中二人のレベル5が対峙する。
全力を出せばリモコン一つで常盤台を集団自殺に追い込む事さえ出来るのではないかとさえ思える――『常盤台の女王』

354 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:48:59.57 ID:lrjKmZUAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
食蜂「ねえ……ちょーっとだけ、先輩(わたし)とお茶してくれなぁーい?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
355 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/02(火) 21:49:51.00 ID:lrjKmZUAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
レベル5第五位……心理掌握(メンタルアウト)食蜂操祈、御坂美琴と対峙す――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
356 :投下終了です! :2011/08/02(火) 21:51:12.18 ID:lrjKmZUAO
本日の投下はこれで終了となります!では失礼いたします
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/02(火) 22:07:01.86 ID:fEaqG3Z6o

食蜂はウザいねェ〜
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/02(火) 22:41:33.73 ID:TBj0cyhAO
乙!

あれ、ブルーブラッドの第5位と同一人物なんだよな……?
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/02(火) 22:43:10.88 ID:zUoVs79IO

みさきちを出して来おったか!?
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/02(火) 22:43:35.20 ID:eLpfzCXOo
>>1
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/03(水) 00:03:33.63 ID:KAILquUVo
>>1乙!
俺の嫁きた!
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/03(水) 10:58:00.20 ID:yXTUqhT70
>>1乙なのですよー。
ブルブラ・レイニーのイケメン黒子の面影すらねえwwwwwwww

むぎのん達のデート風景がすげーリアル。つうか内面描写がリアル
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/04(木) 11:37:00.72 ID:ZWajnbJyo
なにこのお化け屋敷、ゲームのクリーチャーのすくつじゃないか!!
行ってみてぇwwwwwwww

あとむぎのんの胸、大きくなーれ大きくなーれとか吹いたwwwwwwwwww
乙でした!
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/04(木) 12:53:21.67 ID:wkPRT2ug0
お化け屋敷の名前ググッたら“他人に見られたくない家庭の事情”=後ろ暗い秘密って出た。
レストランの名前が罪と罰の主人公とか灰とダイアモンドの話、この作者の一見わからなくても意味がわかるとゾッとする仕掛けがなんか怖い

でもむぎのんに挟んでもらえる上条さんは爆発しろWWWWWWWWWW
365 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 07:07:09.62 ID:UIeiMW9AO
>>1です。忙しく立て込んでいましたが、今夜21時に第十一話を更新させていただきます。
今回は御坂・麦野・食蜂がメインを張ります。よろしくお願いいたします。

追伸……誤爆してしまった某スレの1さん、改めて申し訳ありませんでした……

追伸2……十二話で終わらせるつもりが終わりません……倍の二十四話くらい行きそうです……では失礼いたします。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/07(日) 10:45:06.06 ID:FqScMq4k0
>>1
むしろその倍でもいいぜ!
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/07(日) 12:04:58.61 ID:GcSo9JJyo
まってます

話数が増えるとか俺得
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/07(日) 20:18:56.56 ID:hx9poy1wo
もうそろそろ…
369 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:00:38.73 ID:UIeiMW9AO
それでは投下します
370 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:01:13.05 ID:UIeiMW9AO
〜1〜

麦野『……眩し過ぎるくらいね』

この世界が眩しいと思うかどうか、私はふとあんたに問い掛けてみたくなった。
私自身どうしてそう思ったのかはわからない。ただ、布束砥信が私に語って聞かせた――
10031人の妹達の一人から見た世界が、自分もそれ以外の人間も全て否定して生きているようなあんたにどう映ったのか――それを知りたかったのかもしれない。

御坂『……そっか』

麦野『なんだよ』

御坂『何でもない♪じゃあ行って来るね!コート必ず返すから!』

だけど、私はその答えを聞いて本当は少し後悔したんだ。
そう言ったあんたの顔が――何だか私には泣きそうになっているように見えたから。
どうしてそう感じられたのかはわからない。だけど、それを見た私は何だかいたたまれなくて――
借りたコートを羽織って駆け出した。雪みたいに白いのに、けっこうあったかいそれ。まるであんたみたいね。

御坂『(――ちゃんと、返しに来なきゃ)』

マンションから降りるとそこにはタンブルウィードみたいに地面を転がっては空へと舞い上がる枯れ葉。
衣替えした並木道を駆けて行く私は、いつあんたに返そうかってそればっかり考えてた。
物を借りるという事は、当たり前だけど返すためにまた会いに来るって事だから。

御坂『……なんでだろう、ちょっと胸が痛い』

顔を合わせるのも姿を見るのも嫌だったあんた。って言うか嫌いなのは今だって変わらない。
変わったのは、せいぜいが威嚇や牽制や舌戦に対する停戦協定。
そして――困った時、辛い時、苦しい時、そんな時はお茶でもしながら話し合ったりしようって言う相互互助。
本当は『テメエと友達に何て括りに入れられるなんて吐き気がする』って言われた時ちょっと傷ついたんだ。
これだけ譲っても手を伸ばしても、最後まで突っぱねるあんたにはもうどんな言葉も思いも届かない気がして。

御坂『……何でかな』

――なのに、とてもとても寂しそうに見えたあんたが目に焼き付いて離れない。
私はこのコートを手にした事で、そんなあんたとまた顔を合わせる一回限りの回数券を得た気がした。

御坂『――何で、あんな女に……』

次あんたに会った時、私は上手く笑って『ありがとう』って言えるかどうか――……
そんな、そんな事を私に考えさせるあんたがやっぱり私は嫌いだった。

371 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:01:43.74 ID:UIeiMW9AO
〜2〜

御坂『……って言う事があったの』

舞夏『そうかそうかーお食事会かー』

――何とか常盤台に戻った後、私はいつも通り授業を受けて繚乱家政女学校との合同研修に望んだ。
予定通り昨日あの女に分けたディルを使っての調理実習。
オーブンでの焼き上がりまでの待ち時間の間、私と土御門舞夏とシンクによりかかりながら少しだけおしゃべりをしてた。

舞夏『うんうん。仲良き事は美しき事哉美しき事哉ー』

話す事なんて本当に他愛のない事で、最近兄貴に会いにいけないんだー、とか。
そんな時だった。アイツの部屋の隣にこの子のお兄さんが住んでて、シチューを届けに行った時――
あの女といくつか立ち話をしたって言う話題に飛び火したのは。

舞夏『ふふん!麦野沈利とは夏に兄貴達と一緒に流し素麺をやって以来の仲だからなー。それからだなー料理を教えたりするようになったのは』

御坂『……あんたが教えてるの?』

舞夏『そうだぞー。何せ最初は鮭が絡む料理以外はほとんどレパートリーがなかったんだ。ただ兎に角負けず嫌いで、その分飲み込みが早いから教える分にはとても楽しい相手なんだなー』

少し意外だな、と思ったけど流し素麺ってところでピンと来た。
そうだった。アイツの部屋のコルクボードにたくさん貼られてた写真の中に確かあったはずだ。
でも、あの病的なくらいプライドが高いあの女が……人に料理を習うだなんて。

御坂『料理好きなんて家庭的な面があっただなんてねー……まあ私も昨日お呼ばれしなかったらとても信じられなかったけど』

舞夏『ああー違う違う』

御坂『?』

舞夏『あれは料理が好きなんじゃなくて、ただ料理を振る舞う相手の喜ぶ顔が好きなのだよ。麦野沈利自体は自分の作る料理に舌が全然追いついてないからなー』

御坂『――……悔しいけど、結構美味しかったと思うけどな。あれで満足出来ないってどんだけ完璧主義者なのよ』

舞夏『うーん……それもちょっと違うんだなー』

そう言いながらもオーブンに向ける目は油断なく焼き具合を見てる。
あまり表情に変化のない子だけど、その目はちょっと驚かされるぐらい鋭い時がある。例えば

舞夏『――自分を愛せない人間は、自分の作る料理を美味しいって感じられないんだなー』

372 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:03:38.64 ID:UIeiMW9AO
〜3〜

御坂『自分を愛せないって……あの女、自分の武器と欠点知り尽くしてる鼻持ちならないナルシストよ?なまじ元が良いから余計鼻につくって言うか……』

舞夏『ちっちっちっ♪』

御坂『……違うの?』

舞夏『うむ。料理には人柄が出るんだ。麦野沈利は自分を嫌ってる。エゴイストなのは本当だし、ナルシストはナルシストでも自分が大嫌いなタイプのナルシストもいるのだよー』

オーブンのガラスに映るその表情。私と対して歳も変わらないはずなのに、この子は私と違う眼鏡をかけているみたいだった。
確かに女の子って、自分が大嫌いって言うタイプのナルシストもいる。
誰かに『そんな事ないよ』って言ってもらいたくてね。
なんか……こういうと私もあんまり性格良くないな。

舞夏『ただ、嫌いと言っても……話してみる限り、色んなものを拒絶して排除して否定して、それでも最後に残されたたった一つの捨てられない“何か”を大切にしてるタイプなんだろうなー……良くも悪くも』

その言葉に、今朝とは違う痛みが私の胸に突き刺さった。
あの女が捨てられないもの。それはあの病的なプライド?無駄なこだわり?……アイツ(上条当麻)の笑顔?

舞夏『――御坂美琴。母性愛って何だと思うー?』

御坂『母性……うーん』

そこで胸によぎったのはうちのバカ母、もといお母さん。
私が幼い頃、お気に入りのゲコ太ぬいぐるみが破れたのを繕ってくれてる姿……
言うのは恥ずかしいけど、それに泣いちゃった私をあやしてくれた柔らかい匂い、優しいイメージ。

御坂『優しさ……かな?』

舞夏『私もそう思うしそう思いたいなー。ただ、麦野沈利のそれはもっと――歪んだラブなんだなーこれが』

御坂『歪んだラブって……』

舞夏『………………――ライオンの母性なんだってさー……』

御坂『あっ……』

その言葉に私は思い当たった。メスライオンは、自分の子供に人間の匂いがついたり、まずめったにないけど外敵に脅かされると……その子供を自分で噛み殺してしまう事がある。
或いは他の群れのオスがそのメスの群れにいるリーダーのオスライオンを殺して権力を奪うと……
そのリーダーとの間にもうけた子供を目の前で噛み殺され、それによって母ライオンが発情に至るってケース……

373 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:04:05.44 ID:UIeiMW9AO
〜4〜

御坂『(うっ……)』

この子が言葉にするのを躊躇った理由がわかった気がする。
そして納得も行く。あの女は『母性なんて男の幻想で女の才能』って言葉がよみがえって来る。
――あの女が、自分の中の母性を否定する意味はそう言う事なのかと。

御坂『(じゃあ……あんたは)』

胸が痛みから重さへその質を変える。母性という一般的に『優しい』『愛しい』『尊い』というファクターさえ……
あんたにとってはそんなに残酷で、絶望的で、救いがないって言うの?
アイツに向ける母性的な眼差しに、そんな怖くて暗い側面があるだなんて思いたくない。

舞夏『でも――麦野沈利は本当に上条当麻を愛してると私は思うぞー?』

そんなの悲し過ぎる。辛すぎる。少なくとも――私がアイツを好きな気持ちとあまりに種類が違い過ぎてる。
私だってあの女と何を比べて引き合いに出すつもりもないけど……
病んでるだとか、重いだとか、そんなわかりやすい言葉さえ否定するような愛情の種類が私には理解出来ないよ。

舞夏『愛情って言うのは、本当に人それぞれだと思うんだなー。細い針金一本一本を束ねて太くした真っ直ぐな愛情もあれば……ぐっちゃぐっちゃにこんがらがった雁字搦めで、もう本人にも解けない継粉結びみたいな愛情もあるってなー』

もちろん、本当のところなんてあの女にしかわからない。
それが正しいとか間違ってるとかって問題でもないって言う事くらいわかる。
――私は良く黒子にゲコ太の事で少女趣味って言われるけど……それくらい、わかるよ。

舞夏『それをナチュラルに受け入れられるあたりが、上条当麻のいい所なんだろうなー』

アイツは……全てわかった上であの女を受け入れてるんだろうか?
ううん……多分きっとそう。アイツはどうしようもなく鈍い馬鹿だと思うけど……
その辺りを受け流して付き合えるほど器用でも賢いとも思えない。

チンッ

舞夏『焼き上がったぞー』

――あの女に負けたくないって思って、アイツが食べたらなんて言って食べてくれるかなって思いながら作った料理。
だけどなんとなく……今食べても美味しくないだろうなって思っちゃう。

舞夏『んーディルと魚料理の組み合わせは抜群だなー』

ディル。アングロサクソン語で『あやす』って聞いた事がある。

――やっぱり、あんたがどれだけ否定しても……私はあんたが母性の強いタイプだと思う。

374 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:05:57.33 ID:UIeiMW9AO
〜5〜

私はアイツが好きで、あの女が嫌い。アイツが私に見せない種類の笑顔をあの女に向ける度苦しくなる。
あの女しか知らないアイツの表情を知っていると思うと辛くなる。
人がこの思いを初恋と呼ぶなら、初恋ってなんて残酷なんだろう。

私のイメージだけど……まるで初めての自転車みたいだ。
真っ直ぐ走れない、こけそうになる、補助輪をつけてちゃスピードなんて出ない。
ベルを鳴らしてもアイツは私に振り返ってくれるだろうか?
ライトをつければどんな暗闇の中でもアイツを照らせるのかな?
カゴなんかじゃ収まり切らないほどの思いを乗せて、私はアイツに向かって走っていけるのかしら。

人によっては山だって越えられるギア付きマウンテンバイクみたいな人もいるかも知れない。
だけど私はそんなに器用じゃない。素直じゃない。強くない。
アイツを見て痛む胸の種類が、ときめきなのか苦痛なのかわからない。
叶えたい願いと適わない相手。それが同じだなんて辛すぎるの……

もう、あの女の立っている場所を自分に置き換え幻想に浸っても……
自分だけの現実が、二人だけの世界に適わないのがわかるから。
 
 
 
 
 
私の恋は、不治の病に対する延命措置だ。 
 
 
 
 
生まれて初めて好きになった男の子が、大嫌いで終わるはずだった女の子と一緒。
これだけなら、何も私だけが世界で一番不幸な訳じゃない。
――私の『大好き』は揺らがない。けどあの女が『大嫌い』が揺らいでる。

ねえ麦野さん。どうして私に優しくしてくれたの?
私にはあんたがわからない。そんなあんたに対する自分の気持ちもわからない。
結局朝から、あんたは一通のメールも私にくれない。私も一通のメールも送れない。返ってこないのが怖いから。

わかりやすいライバルだったなら、はっきりした敵だったなら良かった。
歩み寄れる距離が、踏み込める余地が、友達と呼び合えるほど近づけたなら――
こんな宙ぶらりんの気持ちになんてならなかったのに。

そして、きっとこんな事を思ってるのは私だけだ。
あんたは変わる事なく私を見下して、鼻で笑って、馬鹿にするでしょうね。
――あんたの性格なら、そう思われるだけまだマシな部類なんだろうけど。


遠過ぎて触れられないアイツ、近過ぎてぶつかるあんた。


その狭間で揺れる私は


私は――


375 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:06:54.77 ID:UIeiMW9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十一話「枯葉のヴァイオリン、六花のヴィオラ、向日葵のチェロ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
376 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:08:56.49 ID:UIeiMW9AO
〜6〜

食蜂「私ぃ、パッションフルーツのパンナコッタとグアバジュースぅ☆」

女生徒×99「「「「「かしこまりました食蜂様!!」」」」」

御坂「………………」

佐天「(こ、この人が……常盤台の女王……)」

初春「(レベル5第五位……心理掌握)」

白井「(食蜂操祈……王城よりお出ましですの)」

ファミリーレストラン内外を埋め尽くし貸し切り状態にする派閥の人間らを伴っての包囲網に御坂を除く全員が息を呑む。
六人掛けのテーブルにあって四人と相対する食蜂はサッと片手を上げてオーダーを告げる。
我先にとスイーツバイキングからドリンクバーへと殺到する働き蜂の統制された動きと抑制された心理。
文字通り一声かければ常盤台の過半数を顎で動かせる最高権力者にして絶対支配者。

食蜂「あはっ。みんな表情が固い固い〜!もっとくつろぎましょぉ?せーっかくの放課後☆ティータイムなんだからぁ」

唇の押し当てた白手袋に包まれた左手人差し指をメトロノームのように振り、それに合わせて小首を傾げる。
片目を瞑った小悪魔チックなウインクと共に舌先を出した微笑みは一見すれば女王というよりもおてんばな姫君に見えるほどに。

御坂「一応、お茶の一杯だけは付き合ってあげるわ。こんな銃突きつけられて取り囲まれてるみたいな状況でコーヒーブレイクが楽しめるほど私は人間が出来てないのよ」

白井「(……気を抜けば、飲み込まれてしまいますわ)」

――九十九人にものぼるレベル3〜4よる包囲網。
そんな中レベル0の佐天、レベル1の初春など99の銃口を向けられているのと差ほど変わらないほどのプレッシャーなのだ。
もちろん食蜂に敵意も悪意も殺意もない。童女のように天真爛漫とした純粋無垢さがあるだけだ。しかし

食蜂「ねえねえ!そこの小パンダちぁ〜ん?」

白井「……なんですの?」

食蜂「余 計 な 邪 魔 し な い で ね ぇ ?」

白井「……!!?」ゾワッ

白井の気構え身構え心構えを読み取ったのか食蜂が微笑みかけて来る。
氷水の風呂に叩き込まれたような寒気と震えと怖気が毛穴を開かせ、そこから一気に脂汗と冷や汗が吹き出す。
麦野が放つ狂気とは全く別次元の、理解の及ばない領域からの重圧。

377 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:09:25.94 ID:UIeiMW9AO
〜7〜

御坂「――ちょっと。私の後輩イジメたら店ごと吹き飛ばすわよ?」

食蜂「あははははは!私の実力をもってしても貴女とやり合うのはちょーっと割に合わないかなぁ?それにぃ……私は貴女とお茶したいなぁ、お話ししたいなぁって思ってるだけなのなぁ」

御坂「……黒子。良いから普通にしてて」

白井「で、ですがお姉様……」

食蜂「あれれれれれぇー?貴女、後輩の教育が行き届いてないんじゃなぁい?」

そこで食蜂が運ばれて来たグアバジュースを一口飲むと……うんうんと楽しそうに頷いた。
それはジュースの味が気に入ったのか白井の態度が気に入らないのか一見判断に苦しむほど自然なそれだったが――

食蜂「まるでナイトみたいねぇ?お姉様の露払い……いいなぁカッコいいぃ〜!……で・も」

白井「――……?」

食蜂「守られてるのは貴女の方なんだなぁ小パンダちゃん?さっきから見ててわからなぁい?感じられなぁい?彼女がビリビリ張り詰めてるのはぁ……“足手まとい”の貴女達を守るためだよぉ?」

白井「!?」

食蜂「このコップとおんなじにならなぁーいようにぃ?」

ガチャン!と空になったジュースが食蜂の手からパッと落とされ床面に割れ砕け、血のように流れ出し広がる液体。
同時にジュースに入っていた氷をガリッ、ガリッと噛み砕くチャーミングな八重歯。
そう――食蜂からすればレベル4など存在しないのと同じ。
子供が『いらない付録』を見るのと同じ眼差し。

佐天「(この人、怖い……麦野さんと違った意味で……恐い!!)」

子供が捕まえた昆虫の手足や羽根を毟り取ってもぐのに悪意も殺意も敵意もない。
食蜂の笑顔、立ち振る舞い、物言いはひどく無邪気で子供っぽい。
子供特有の利害の絡まない残虐性を見る者に感じさせるように。

食蜂「いいお友達がたくさんいていいなぁ……いいなぁ?」チラッ

御坂「あげないわよ。そもそも友達は、オモチャみたいに貸し借りしたり貰ったり捨てたり出来るもんじゃないの。能力頼りで人の心は読めても気持ちや痛みもわからないあんたにはわからないでしょうけどね!」

しかし――『梯子の子供』はそれに異を唱える。

378 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:11:23.84 ID:UIeiMW9AO
〜8〜

食蜂「――真っ直ぐねぇ貴女は……私の権力能力魅力女子力人間力ぜーんぶぜーんぶ注ぎ込んでも……貴女だけは、貴女だけが私の思い通りにならないんだからぁ……百人目の“お友達”は貴女のためにっていつも空けてるのになぁ?埋めて欲しいな☆私の心のス・キ・マ♪」

御坂「人の心を私の立ち読みしてる漫画みたいに見て、リモコンでオモチャにするようなあんたの思い通りになんて誰がなるもんですか」

食蜂「あー〜〜人聞き悪いぃ……第四位とは仲良くしてるのにぃ……私も“お友達”に入れて欲しいなぁ」

されど食蜂はパンナコッタをスプーンでつつき、プルンと震わせた箇所から切り崩して行く。
同時に上に乗っていたイチゴを転がし、その瑞々しさに目を細める。
しかし御坂の柳眉は顰められたままだ。第四位、という白井から盗み見たキーワードを口にされて面白かろうはずがない。

食蜂「貴女は綺麗ねぇ……そのフローレンスダイヤモンドみたいな意思能力が、あのブラックダイヤモンドみたいな第四位さえ魅かれるほど目映い引力を放ってるのぉ……」

御坂「第四位が?あんた心が読めるって割に何も見えてないわね。私とあの女はあんたと私以上に仲が悪いのよ!」

食蜂「またまたぁ☆先輩の前だからって謙遜しなくて良いんだゾ♪」

食べる?と差し出した一口大のパンナコッタを御坂は拒否し、食蜂はなーんだと言って自分で食べてしまった。
御坂と食蜂の確執は白井が入学して来る前から、図書室、婚后の一件と数限りない。
それなのに食蜂は事ある毎に御坂に絡み、ちょっかいを出し、からかい、いじり……
そのクセ御坂の周囲を囲い込むようにし、追い込み、一人になった所にモーションをかけて来るのだ。

食蜂「……あんな人食いライオンみたいな子ぉ……」

御坂「……?」

食蜂「人食いライオンってねぇ?群れから追い出されたり飛び出したりしたはぐれがほとんどなんだぁ……特徴はねぇ?他の個体より遥かに大きな身体と高い攻撃力、それから――ぱっと見てメスと間違えちゃうくらい鬣(たてがみ)が全て抜け落ちてて……そんなになるまで精神に致命的なストレスや異常を抱えてるコワ〜〜い生き物なのぉ」

御坂「……何が言いたいのよ!!?」

食蜂「――悪い友達と付き合うのはどうかと思うなぁ?あの子は貴女に相応しいお友達にはぜーったいならなぁい」

379 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:11:52.70 ID:UIeiMW9AO
〜9〜

バンッ!!

白井「お姉様!!?」

佐天「御坂さん?!」

初春「――――――」

御坂「――あんた、いい加減にしなさいよ……人が黙って聞いて大人しくしてればつけあがって!!」

その時、御坂が両手をテーブルに叩きつけて身を乗り出した。
それを食蜂がパンナコッタをすくうスプーンを持つ手とは逆手で頬杖をつきながら目線だけ上向かせる。

御坂「人の後輩馬鹿にして、人の知り合い指差して勝手に知った風な口聞いてんじゃないわよ!!!」

女生徒「「「「「「食蜂様!!」」」」」

食蜂「んー大丈夫大丈夫……静かにしててねぇ?お口チャック。シー」

文字通りの霹靂、雷鳴が如く一喝を受けてなお食蜂は揺るがず、浮き足立つ派閥の人間をせき止めるよう軽く手を振った。
ダイヤのエースとハートのクイーン、漂う空気は気体爆弾イグニスのように火花一つで爆発しそうなほど張り詰めているにも関わらずだ。

食蜂「……あはっ」

御坂「何ヘラヘラ笑ってんのよ!!」

食蜂「んー?ふふふっ♪ちょーっと突っついただけで心の応力、精神の反発力がスゴいなぁーって♪ねぇねぇ?仲悪いんじゃないの?嫌いなんじゃなかったの?第四位の事ぉ」

御坂「今私が一番ムカついてんのはね……私が大嫌いなあの女の事を、ろくに知りもしない部外者のあんたが訳知り顔で語ってる事に一番ムカついてんのよ!!」

今にも掴みかからんばかりの剣幕の御坂がそれでも手を出せないのは周りに白井らがいるためだ。
食蜂には麦野のような凶暴性はない。しかし何をしてくるかわからない危険性がある。
故に舌戦に留める必要がある事を御坂は熟知している。

食蜂「――じゃあ、貴女はその大嫌いな第四位の“本当の素顔”を……ちゃーんと正しく理解してるのかなぁ?」

御坂「………………」

食蜂「私はねぇ?恋人同士が百年間語り合ってもさらけ出せない心の裏も奥も闇も全部ぜーんぶ……見えちゃうんだぁ。聞こえちゃうんだぁ」

人食いライオン、本当の素顔、不吉な想像を聞く者に過ぎらせる断片を放りながら食蜂は御坂を見上げる。
知るものが聞けば、麦野が歴とした殺人者である事を遠回しに指しているとわかるだろう。
麦野沈利は御坂美琴の友人に相応しい存在ではない、と言外に言っているのだ。が

御坂「――そうね。だから何?」

食蜂「!」

――御坂は敢えて麦野と同じ口ぶりで、食蜂の続く言葉を遮った。

380 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:13:52.36 ID:UIeiMW9AO
〜10〜

御坂「――たかが街中で何度か見かけて、コソコソ心の中覗き見したくらいで……顔合わせる度に喧嘩してる私と比べて、あんたがあの女の何を知ってるって言うのよ!!!」

私、なんでこんなにムカムカしてイライラしてるの?
この女が前に私と第四位が街中で喧嘩してるのを見たって言った時の……
『椅子の子供』『梯子の子供』の話をされてた時はこうじゃなかったのに。

御坂「あんたがなぞれるのは薄っぺらな上っ面だけよ!心?精神?だから何?あんたは何もわかってない!
理解出来たってあんたには絶対共感出来ない!知ったって感じる事なんて出来ない!あんたがあの女の何を見て知ってるのか言ってみなさいよ!
あんな寂しそうに輪から離れて、文句言いながらでも受け入れてくれて、大嫌いな私に食べる物も着る物も寝る所も分けてくれて……
そんなあの女の顔見た事があんたにあんの?ないでしょうが一度だって!!」

私だってあの女は嫌いだ。あいつの側にいて優しく笑う所も、私達を見て寂しそうに見守るのも……
あの月明かりの下の綺麗な顔も、お日様の下の眠そうな目も……
わかってしまう。あの女の壊れそうなくらい切なくて脆い素顔を、あいつがどうしようもなく愛してるのが。

御坂「人の心のごく一部、目立って悪い所だけあげつらって自分の物差しに当てはめるな!!狭い見方と歪んだ目線だけでその人間の全部を物差しではかる権利なんてあんたにない!!そんな資格誰にもないでしょうが!!」

あの夏の日、あの女が必死にあいつを守るために戦ってる横顔さえ見なければ……
私だってあんたみたいにあの女を自分の物差しで見て嫌いになれたわよ!
あんな……あんな壊れそうな横顔なんて知らなければ良かったのに!!

御坂「あんたが言ってるのはただの言葉よ!!何がが間違ってるだ正しいだなんて誰に言えるのよ!!それ決めていいのは私達なんかじゃないでしょうが!!そんなもんあんたの幻想よ!!」

――この世界が眩しいって、そう言った時の顔さえ知らなければ……

御坂「――いいわ。これ以上あの女に文句があるって言うなら……」

あの泣きそうな顔さえ……知らなかったら

御坂「――これ以上私の“友達”に文句があるって言うなら……!」

――あの女はただ……ただ私の『敵』でいたのに―――

381 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:14:44.00 ID:UIeiMW9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「私があんたの相手になってやるって言ってんのよ、食蜂操祈!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
382 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:16:36.43 ID:UIeiMW9AO
〜11〜

女生徒「「「「「御坂美琴!!!」」」」」

ガタッ!!と御坂の切った啖呵と同時に九十九人の派閥の人間が一斉に立ち上がる。
その眼差しには宣戦布告とも言うべき御坂の言葉に対する明確な敵愾心がありありと浮かんでいた。

佐天「(やっ、やっ、ヤバいよ初春!)」

初春「……っ……」

白井「(やってしまわれましたわ……ですが!それでこそ!!わたくしのお姉様!!)」

怯える佐天、歯を食いしばる初春、我が意を得たりとばかりに身構える白井。
九十九人のレベル3〜4の雀蜂とレベル5の女王蜂。
レベル0、1、4の蜜蜂とそれを率いるレベル5のエース。
彼我の戦力差は絶望的、むしろ一手合わせただけでこの区画が吹き飛ぶ事くらい誰にでもわかる。
しかし――まだ、応報に対する号砲は鳴らされていない。

食蜂「……ふぅ〜〜ん?」

カチャン、と食蜂が銀の匙をテーブルに置いて両手で頬杖をつきながら御坂の言葉を吟味していた。
そう……食蜂は九十九人の派閥の人間が臨戦態勢に入った事さえどうでも良さそうにしていた。
ただ――御坂のぶち上げた言葉の意味を、たった今食したパッションフルーツのパンナコッタを味わうように……
その歯応え、喉越しを吟味するようにウンウンと頷き――そして
 
 
 
 
 
食蜂「えーいっ☆」パチンッ
 
 
 
 
 
女生徒×99「「「「「   」」」」」ガクンッ

御坂「!?」

食蜂が高々とかざした右手で鳴らしたフィンガースナップがパチンッと店内に響き渡ったその瞬間……
全員がその意識を喪失し、糸の切れた操り人気が棚から落ちるようにテーブルに突っ伏した。
リモコンを使うまでもなかったのか、リモコン無しで出来る芸当なのか――

食蜂「ふうー……やめやめ。やーめやーめ。なんかつまんなくなっちゃったぁ」

御坂「……!?」

食蜂「せーっかくの貴女との放課後☆ティータイムだったのにぃ……こーんな表面張力いっぱいいっぱーいな空気じゃつまんなぁいのぉ……」

一つ言える事、御坂にもわかった事。それは食蜂にとってこの場はもう『白けて』しまったのだ。
つまり――暴発寸前の空気も爆発寸前の雰囲気も、今食蜂が子供のように唇を尖らせてブーブー言う以上の『価値』がないと判断されたのだ。
そう……最初から食蜂は御坂と『お茶会』をしているだけのつもりなのだ。ここまで事態を悪化させてなおあっけらかんと

383 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:17:02.29 ID:UIeiMW9AO
〜12〜

御坂「なっ……」

食蜂「どうしていきなり怒ったりするのぉ?私のフリートーク力で貴女と仲良くおしゃべりして、甘いお菓子いっぱい食べて、日が沈むまで一緒に遊びたかったのになぁ……?」

純粋無垢、天衣無縫と言った様子は入店当初から食蜂はなんら変わっていないのだ。
あれだけの裂帛の怒りをぶつけられ、殺気立った一触即発の空気すら――
食蜂にとっては楽しいティータイム、優雅なコーヒーブレイクだったのだ。
つまり――御坂は『敵』としてさえ見做されていないのだ。
『戦うに値する相手』とさえ認識されていなかったのだ。

御坂「(この女……!)」

初めて御坂の額から冷たい汗が流れる。女王の度量や人間としての器量以前の問題だ。
食蜂操祈には『底がない』のだ。それに対して御坂は震えそうになる。
人格破綻者、社会不適合者の集団であるレベル5の中ですら異質な感性。

食蜂「あーあー……私の魅力をもってしても第四位には勝てないのねぇ……足だって私の方が細いしぃ、胸も私の方が大きくてぇ、背も高くて若いのになぁ?寂しいなぁ……寂しいよぅ」

心理掌握(メンタルアウト)と言う人間の感情の奔流、坩堝、荒波を読み取る能力。
当人でさえ直視を避け持て余す『心の闇』を長年に渡って触れ続けた結果こうなったのか……
或いは生まれつき底が抜けている異形の精神だからこそこの能力が発現したのかは御坂にもわからない。

食蜂「んもー……じゃあ、ここでバイバイ?」

御坂「……そうよ。しばらくあんたの顔は見たくない」

食蜂「そう……じゃあ私まだダークチョコレートデカダンス食べたいから、ここで見送るねぇ?」

御坂は全身から一気に力が抜けるのを感じる。恐らく食蜂は御坂が叫んだ声の大きさに吃驚しただけなのだ。
何を言っても、語っても、諭しても、この『椅子の子供』……
お菓子とぬいぐるみとおもちゃに囲まれた子供の女王様には何一つ響かないだろう。

御坂「……出ましょう、みんな」

佐天「は、はい……」

レベル5にもし心的要素を当てはめるとすれば――
一方通行が『孤独』、垣根が『絶望』、御坂が『正義』、麦野が『狂気』、削板が『根性』……
差し詰め食蜂は『無垢』という冠が与えられるかも知れない。

食蜂「またねぇ?私の可愛い可愛い後輩(みこと)」

レベル5第五位食蜂操祈……彼女もまた学園都市の生み出した天才(かいぶつ)なのだから

384 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:19:24.91 ID:UIeiMW9AO
〜13〜

佐天「……なんか、スゴい人でしたね」

初春「常盤台の女王……って言われる理由が少しわかったような気がします」

白井「……お姉様、大丈夫ですの?」

御坂「うん……私は平気。ごめんねみんな。スゴく怖くてイヤな思いさせちゃったね」

ファミレスから出た後、御坂は麦野から貸し与えられたクリームホワイトのコートを小脇に抱えながら繁華街を歩いていた。
流石に肝を冷やした佐天も強風に靡く黒髪を押さえながら何とか一息ついたようで……
気弱そうに見えて実は芯の強い初春がそんな佐天の背中をさする。
白井もまた常盤台にいるため多少の耐性があるため平気だが……
友人らに不愉快な思いをさせ、また自らも被害を被った御坂の表情はやや疲れていた。

御坂「――と、まあ……これでわかった佐天さん?序列は私の方が二つ上だけど、ああいう苦手なタイプも少なからずいるのよ」

佐天「あっ、いや、そんなんじゃ……」

白井「いえ――あの女王に面と向かって天下御免を切れるのはお姉様にしか出来ませんの」

御坂「啖呵切っただけよ。実際、相手にすらされてなかったって言うのはちょっとショックだったわ。変な言い方だけど――格が違う。能力以外の部分でね」

麦野のような抜き身の刃を思わせる狂気の女王とは全く異なる次元に位置する怪物。
誰も食蜂が全力で戦った所など見た事はないが――断言出来る。
あの女王がもし戦うとすれば、蟻の巣穴に水を流し込むようなそれだろう。
殊更レベル5という言葉を使ったのは、せいぜい警戒心を解かなかった白井に対する――
『私の方がスゴいもん!だからその子より私とお話しようよ!』という子供っぽい自己顕示欲以外の意味など恐らくはない。

御坂「――つくづく、どっかおかしいわねレベル5って」

佐天「あれー?それだと御坂さんもおかしいって事になるんじゃ……」

御坂「わっ、私はフツーよフツー!!第四位や第五位に比べたら全然常識的よ!!」
白井「それはあくまでレベル5の話であって、一般常識的に考えて……」

御坂「私のベッドを変な汁で汚したあんたが言うなァァァァァァ!」

初春「あ、あのー……御坂さん?」

御坂「へ?どうしたの初春さん」

と、それまで言葉少なめだった初春が御坂に並ぶように駆け寄り

初春「あの、さっきのって――」

そして、言った。

385 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:20:18.39 ID:UIeiMW9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
初春「――麦野さんの事言われて本気で怒ったのって……やっぱりそういう事ですよね?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
386 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:20:52.99 ID:UIeiMW9AO
〜14〜

御坂「―――!!?」

初春「あっ、いえ、あんな物凄い真剣に怒ってる御坂さん見るなんてなんか新鮮だなーって」

佐天「うーいーはーるー!思った思った!私もそれ思ったよ!!もうね、自分の恋人の悪口言われたみたいな激怒っぷり!!あれもうすんごくかっこよかったー!!」

白井「んのぉぉぉぉぉ初春ぅぅぅぅぅ!!途中で明らかにわたくしに関する怒りより比重が高かったそれを何故あえて今口にしますのぉぉぉぉぉ!!!」

御坂「ちっ、違うわ!違うわよ初春さん!あれはただの弾み!!ただの弾みよ!!」

寸鉄のように放たれた初春の言葉が、往来の中で皆が振り返るほどの白井の絶叫を呼び覚まし佐天が食いつき御坂が狼狽した。
そう、先ほど食蜂に向かってぶつけた上条ばりのソウルフルな説教は傍目から聞けばそう受け取られてもおかしくないものだったのだ。

佐天「もーヤバかったよねー!あれって“麦野さんを悪く言う奴は私が相手だ!”って言ってるようなもんじゃん!私初春を馬鹿にされてもあそこまで怒れる自信ないって!しかもあの常盤台の女王相手に!!」

初春「その前にもお食事会とかお泊まりの事さりげな〜くノロケてて、一体昨夜どんなお楽しみがあったのか想像させられるところがポイント高いですねえ」

白井「お姉様ぁ!お姉様ぁぁぁぁぁ!本当にあの写メはただのパジャマパーティーですの!?事後ではございませんのそれとも事前ですのぉぉぉぉぉ!!?」

佐天「あれだけ白井さんがアタックして落とせない御坂さんを一晩でどうやってあそこまで言わせるような事したんだろ麦野さん!あっちの方もレベル5なのかなあ?」

初春「最低でも唇は行っちゃってると見ていいでしょうねーこれは」

白井「唇!?唇ならばわたくし白井黒子、憚りながら博多明太子になるまで熱い口づけをこのわたくしにィィィィィ!!」

御坂「い・い・か・げ・ん・にしなさぁぁぁぁぁい!!」ビリビリバリバリ

白井「何故わたくしだけにあばばばばばぁぁぁぁぁ!!?」

そして繁華街での一角に、愉快で前衛的な黒焦げオブジェが一体出来上がった――

387 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:23:15.85 ID:UIeiMW9AO
〜15〜

白井「」プシュー

御坂「だから違うって言ってるじゃない!私が好きなのは……私が好きなのは……あ、ァィッ」ズルズル

佐天「あはははははっ。わかってますわかってますって御坂さん」ズルズル

初春「佐天さん、どっちを指してわかってますって言ってます?」

超電磁組は繁華街の往来の中を行く。黒焦げ焼死体寸前のこんがりウェルダンな白井を引きずって。
さりげなくロズウェル事件の宇宙人のような白井を引きずらない初春がその後に続いて。
吹き抜ける秋風に、佐天のスカートめくり攻撃をされないよう鞄で押さえつつ。

初春「でも……」

御坂「ん?」

初春「それだけ真剣に大嫌いって言える相手って、それもう大好きと変わらないんじゃないですか?」

御坂「それは違うわ初春さん」

初春「え?」

御坂「――私達は、争うのをやめましょうって歩み寄っただけで、あの女は私を友達だなんて認めてない。そんなくくりに入れられるのは吐き気がするって」

そしてそれを語る御坂のシャンパンゴールドの前髪を秋風をそよがせて行く。
どこか遠い眼差しをしたその瞳が、見えざる上条当麻の幻想を宿すように。

御坂「――初春さんは大人だから言うけど――」

佐天「(あれっ?私は??)」

御坂「……私がアイツが好きなのを変わらないように、あの女もアイツを愛してる。だから私達は“友達”にはなれても初春さん達みたいな“親友”にはなれない」

初春「………………」

御坂「――私達のどちらかがアイツを諦めない限り、絶対に」

最愛を求める限り親友になれない。恋に太平楽な結末などありえない。
あるのは手にした勝者と失った敗者という現実のみ。
それが全てを受け入れようとする御坂と、上条当麻を除く全てを否定する麦野の唯一共有する価値観。

初春「――じゃあ」

御坂「じゃあ?」

初春「――麦野さんが、本当に助けを、救いを求めている時もそれは変わらないんですか?」

御坂をして『大人っぽい』と評された初春が笑う。
御坂さんは『子供っぽい』なあと微笑みながら。
一見ドライなようで、それを貫けるほど成熟しているならば何故麦野を貶されてあそこまで真剣に怒れるの?
とその風に揺れる花飾りの少女の微笑みは御坂の矛盾を愛しく感じていた。

御坂「――――そうね…………」

388 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:24:34.91 ID:UIeiMW9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――絶対、助けに行くと思う。きっと、アイツがいてもいなくても――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
389 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:27:31.25 ID:UIeiMW9AO
〜16〜

上条「出来上がり、一ヶ月後になるってさ」

麦野「結構かかるわね……」

少し無理させ過ぎちゃったかな、と反省しながら私は当麻の右腕を取りながら次第に日暮れを迎える遊園地を共に歩む。
ブルーローズの指輪、ガラスの靴、後はドレスでも誂えれば教会に殴り込みに行けそうだ。
何て思いながら私はこいつの体温に身を委ねる。
ここ何日か身体が冷たく感じる。そろそろ始まるのと季節の変わり目って言うのもあるんだろうけど。

麦野「ねえ、ポケットに手入れてもいい?」

上条「ん?いいぞー」

当麻の学ランのポケットに入れる手。冷たい指先が薄皮一枚隔てて流れる血に温められてるみたい。
私を溶かす36度の体温。空っぽな私の身体の中を埋め尽くして満ち充ちて行く温もり。
匂いだったり体温だったり、私はこいつの『存在』を感じられるものが好きなんだろう。

麦野「これからどんどん寒くなって行くのかしらね」

上条「だろうな。10月も半分越えた辺りじゃ夜もだいぶ冷え込んで来るだろうし」

麦野「……その時はあっためてくれる?」

上条「……おお」

麦野「何だよ歯切れ悪いな。何いやらしい事考えてるのかにゃーん?」

上条「か、考えてねえよ!」

嘘吐け。ヤリたい盛りのクセしやがって。ってあんまり私も人の事言えないか。
始まる前って無性に欲しくなるし、あまり表に出したくないけど情緒不安定になる。
昔なら殺し方がより一層残酷になったし、今なら滅茶苦茶デカい声で喘ぐ。
愛情の確認、なんて純愛めいた感覚は私に限っては有り得ない。
私がこいつと交わすのは単純に気持ち良いのと、存在が感じられるからだ。

麦野「でも、今年の冬はなんだか楽しみ」

上条「?」

麦野「こたつだ石狩鍋だクリスマスだお正月だ……冬休みに入ったら旅行なんかもいいね」

上条「――楽しいイベントいっぱいだな」

私の中に入って来るこいつの存在、それを飲み込む私の存在。
逃避のようで、依存のようで、狂気のようで。
私の中の歪んだ部分、狂った部分、壊れた部分が……
真っ黒に塗り潰された中身が真っ白に染まって行く瞬間が好きだ。

麦野「ま、それもテメエが補習で休みを潰さなきゃの話だけど?」

上条「が、頑張る!」

ズブズブに沈んで行くシーツの海と、浮き輪のようなコイツ。
息継ぎも出来ないくらい深い底で、泳ぐのを止めて波にさらわれるのが私は好きだ。
390 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:27:58.69 ID:UIeiMW9AO
〜17〜

上条「イベントか……また写真増えるな。今日も来るってわかってたらデジカメ持って来たんだけど」

麦野「まあ、次来た時でいいんじゃない?ねえ、今度の土日泊まりがけで来ない?ホテルあるみたいだし」

つい数週間前渡ったヴェネツィアを模したようなテーマパーク内を二人は行く。
軒を連ねる赤煉瓦の街並みに灯る暖色系のランタンの数々がホタルの光のように柔らかく夕闇に輝く。
一つのポケットに二つの手。一度とずれていない二人の体温が重なる。

上条「それはいいけど……ホテルなんてあったか?」

麦野「あんた馬鹿ァ?さっきのチケット売り場でスリーデイパスポートとかホテルの案内あったじゃん。それにこれだけ広くて数も多いんだし、全部遊び倒して回るには一日じゃ足んないっての。そのためにあんでしょ?“外”のオズワルドランドと一緒でさ」

上条「(もしかしてハマったのか?)確かに全部回るのにはそんくらいかかりそうだな。でも飽きねーか?」

麦野「飽きたら飽きたで別の“お楽しみ”があるんじゃないのー?そのためのホテルでしょ」

上条「魔法の国で子供の幻想(ゆめ)壊すような事言うなって!!」

麦野「人の幻想ブチ殺して回ってるあんたがそれを言う?」

まるで学園都市製の『冷めないカイロ』のようだとどちらともなく思った。
ただ一つ違うのは、使い捨てでもなければ買い足しも出来ないという事。
麦野の左手薬指に嵌められたリングの感触が伝わり、チャプチャプと二人が渡る架け橋の下の水路が細波を寄せては返す。
今朝から吹いている秋風が水面に波を立たせ、夕闇の雲すら散らして行くのだ。

麦野「でも……」

上条「?」

麦野「何だか、幻想(ゆめ)の中にいるみたい。あんたと付き合うようになってから、私は長い夢の中にいるよう」

上条「………………」

麦野「――ありがとう。ここまで連れて来てくれて」

上条「……バーカ。まだ早いってんだ」

麦野の言葉。それが単純に幸せ過ぎて夢のよう、という意味合いでない事は上条にもわかる。
今更言葉にするまでもない共通認識。故に上条は少し強くその細く長い指と小さく白い手を握り返す。

上条「“オズマ”、行くぞー」

麦野「ん」

目指す先は二時間のファスト待ちであった今回の目玉、4Dアトラクション『オズマ』である――

391 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:29:57.27 ID:UIeiMW9AO
〜18〜

係員「はいこちらになります!では専用のバイザーをお渡ししますので……」

上条「(なんか御坂妹のゴーグルみてえだな……)」

そして――上条と麦野は4Dアトラクション『オズマ』へと来場した。
地球儀を模したような建物は虹色のように七変化する色合いのドーム状の外観であり、内部は完全に白色で統一されている。
一見してプラネタリウムを思わせる造りになっているが、椅子や機器と言ったものは一切見当たらない。
ただどこまでもどこまでも真っ白な殺風景が続き、天井から奥行きまで計り知る事さえ出来ない。

麦野「……洋画で良く見る、精神病院の真っ白い部屋をデカくしたみたいね」

上条「怖い事言うなって……」

係員「はい!それではアトラクションの説明に移りますね」

卵の内側のようなドームの中、係員の説明が始まる。
何でもこのアトラクションは、専用のバイザーを装着する事により、脳波から『自分だけの現実』とも言うべきバーチャルシミュレーションを映し出すものらしい。
例えば上条が『海』を頭に思い浮かべれば文字通りドーム内は海の映像が具象化されるのだ。

麦野「軽くSFね。もしエロい事考えたらどうなんの?」

上条「やめろっての!」

係員「/////////」

麦野「(やったヤツいんだな)」

上条「(え、エロい事考えんの止めよう……)」

しかしこのアトラクションの妙味は、仮に上条が『海』を想像しそこが一般的なハワイのビーチだったとする。
しかし麦野が『海』を思い浮かべてもそこはビーチではなく海中、スキューバダイビングのように魚が踊る光景かも知れないのだ。
もしくは二人揃って『日本海』を思い浮かべても、上条が雪景色のような想像をするかも知れないし麦野は荒波を連想するかも知れない。
つまり『自分だけの現実』を他者と共有とする事に他ならないのだ。

係員「ただし、恐怖や苦痛、或いはそれに準じるネガティブなイメージをもたらす映像は自動的にカットされますので、ご了承下さい」

麦野「(成る程ね。つまり火傷しそうな熱湯や火傷じゃすまないマグマみたいなイメージは御法度って事か)」

上条「だよなあ……えーっとこれは五感にも連動してるんだっけ?」

係員「はい!ただし、あくまでお客様のイメージが元になりますので例えば……食べた事のない料理などはフィードバックされない場合もございます」

392 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:30:26.09 ID:UIeiMW9AO
〜19〜

麦野「私の好きな鮭児の味はわかっても、食べた事のない料理は脳内のイメージやエピソード記憶にないから再現不可って事ねー」

上条「つまり……俺達の“記憶”と“イメージ”と“自分だけの現実”にないものは再現出来ねえんだな。わかった」

そしてこの『オズマ』の最大の特徴……それは具現化された映像を見るだけでなく……
森ならば木々の匂い、お菓子ならば味わい、演奏ならば聞け、天使を思い浮かべればそれに触れる事さえ出来るのだ。
“外”の世界でようやく普及し始また3D、せいぜいが『匂い』までしか再現出来ない4Dとは訳が違うのである。
まさに二〜三十年先行く最先端技術の結晶体である学園都市にしかないアトラクションである。

麦野「(じゃあ童貞が悶々エロい事考えても、再現出来るのはせいぜい視覚情報だけで感触は伴わない訳ね。ご愁傷様)」クスクス

上条「(なんでお前はそんな下品な方にばっかり考えんだっつうの!)」

麦野「(目新しいもん見るとどう悪用しようかって頭の造りが出来上がってんのよ。あんた、私とのエッチ思い出したら殺すからね?)」

上条「(こんなところでそんなR18映画どころじゃねえもん思い浮かべたら学園都市にいられなくなんだろ!!?)」

係員「ちなみに青少年に悪影響を及ぼすようなイメージにもフィルターがかかります」

係員の説明は続く。この『オズマ』内では来場者の脳に直接リンクして具象化されるため、乱れがあればすぐさま強制的にシステムダウンされると。
『幻想御手事件』を例に出すまでもなく、脳に深刻なダメージが残る一切の危険性を考慮し尽くされているのだ。

上条「俺の幻想殺しで消えたりしねえよな?」

麦野「それはないんじゃない?能力でも魔術でもない“カガクのチカラ”なんだからさ。でも……」

上条「でも?」

麦野「記憶や知識やイメージやエピソードを基に作られんなら、残念だけどインデックスは連れてこないほうがいいわね」

上条「……だな」

ふと上条は思う。このシステムは例えば、インデックスのように頭脳に『猛毒』を孕んだ人間や……
『記憶喪失』の人間がプレイングすればどうなるのだろうか?と。
もちろん偽善使い(かみじょうとうま)は記憶を失ってなどいないが――

係員「それではアトラクションスタートです」

上条・麦野「おおっ!?」

そこで、アトラクションが動き出して――

393 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:32:25.88 ID:UIeiMW9AO
〜20〜

ゴゴン!と次の瞬間ドーム内が真っ白な世界から真っ黒な帳にとってかわった。
同時に係員の姿も見えなくなり、二人は暗闇の中なのに互いの姿だけは昼間のようにハッキリと見える――
曰わく漫画かアニメのような状態からスタートする事と相成った。

上条「まっ、真っ暗だな……」

麦野「そうね……かーみじょう。なんかイメージしてみてよ」

上条「お、俺からか?んじゃあ……空!空なんてどうだ?」

ブンッ!と奇妙な浮遊感が上条の言葉を引き金に二人を包み込み、夜の帳が――
見る見るうちに真夏の蒼穹を思わせるアクアブルーの碧、スカイブルーの蒼、クリアブルーの青へと変わる。
航空機でなければ鳥ですら辿り着けない空の上。しかし

上条「おおっ!?本当に空の上に出ちま……ってのわああああああああああ!?」

麦野「当麻!?」

二人は空の上に出たまでは良かった。しかし上条は空=高い所=落ちると連想してしまったため……
本当に空から落ちる夢そのままに真っ逆様に墜落して行ってしまった。
空の上から空の中へ落ちるという訳のわからない状態に陥り、そこで麦野は

麦野「雲!綿菓子みたいなフワフワモコモコ!!クッションになれ!!」

ブンッ

上条「落ちる落ちる落ちる……ぶふぇっ!?」ボインッボインッ

麦野「あら、本当に出来た」

反射的に麦野は空=雲=クッションという想像をしたため、上条は上空何百メートルから落下しながらも――
突如として現れた迷い羊のような雲に受け止められ、トランポリンの上で跳ねるようにして停止した。

麦野「あら?……これってまさか……じゃあ」

その現象にニヤリと真っ黒い笑顔を浮かべて麦野が左手を振る。
すると……眼下の綿アメのような雲に顔面から突っ込んだ上条に向かってスルスルと……
光で織り成すカスケード(流水階段)のようにガラスの螺旋階段が架かって行く。

上条「すっ、すげー……これが“オズマ”ってのか」

オズマ。それはオズの魔法使いに出てくる魔法の国の女王の字。
そう、このオズマ内では人を傷つける以外の全ての魔法が使えるのと同義なのだ。
科学、魔術、違いこそあれど両者共に天上に至るまでの力を有せば――それこそ『奇跡』に区別など必要ないように。
394 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:32:52.71 ID:UIeiMW9AO
〜21〜

麦野「ふ〜ん……確かに、この空間の中じゃなんだって思い通りになるっぽいね。人気があるのも頷ける」

上条「ああ……ちょっとした神様気分だな……よっと」ズボッ

麦野「色々試してみるか……雲、綿菓子、甘くなれ」

ブンッ

麦野「ん!これ本当に綿菓子の味がする……」ブチンッ、ムシャムシャ

上条「どれどれ……雲、全部かき氷になれ!!」

ピキーン!

上条「冷てええええええええええ!!?」

麦野「(こいつ本当に馬鹿だろ)」カツンカツン

雲を綿菓子に変え、ひとつまみちぎって食しながら麦野は光とガラスの螺旋階段を下りて来る。
当の上条はと言うと自分の乗っている浮き雲をみぞれ味のかき氷に変えてその冷たさにのた打ち回っていた。
それを見下ろす麦野はそれこそつける薬のない馬鹿を見る目でかき氷より冷ややかな眼差しを送る。

上条「くっ……かっ、かき氷じゃなくて羊になれ!」

メエエエエエー!

麦野「それは山羊でしょ!!?テメエ本当に馬鹿なんでしょ!!?」

上条「う、うるせえ!ちょっと間違えたんだよ!!」

メエエエエエー!ムシャムシャ!

麦野「おい!本当に山羊が雲食ってるぞ!?また落ちるからなんか別の事考えて!」

上条「わっ、わかった!や、山羊じゃなくてペガサス!ペガサスになれ!!」

リューセイケーン!!

麦野「テメエはもう何も考えるなあァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

これが『オズマ』である。上条は羊に乗る自分を想像しようとして山羊を連想してしまい、山羊=手紙を食べる=手紙は白=白は雲の負の連鎖。
あまつさえ空を翔るペガサスを想像しようとして某流星拳の御仁を思い浮かべてしまったのだ。
ある意味、これ以上内面をさらけ出させる……もとい被験者の知能や思考や想像力を如実に表す装置もない。
言うまでもなく上条は頭が良くない。悪いと言わないのは麦野なりの身内贔屓である。

麦野「ちっ……土台がなくちゃおちおち話もしてられないわねえ?しゃーない」

すると――麦野は流星群VS幻想殺しで殴り合う上条を無視して左手を天空にかざす。
雲上の彼方にあって降り注ぐ太陽を掴むように、仰ぎ見た天上に向けて、ただ一言。

麦野「――お菓子の国になりなさい!!」

上条「!?」

ブンッ!

次の瞬間、ブルーワールドよりパステルカラーへと世界が様変わりする――

395 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:34:59.81 ID:UIeiMW9AO
〜22〜

上条「おー!すげー!!本当にお菓子の国になっちまったぞ!!!」

蒼穹より世界がアイボリーへと空の色を変え、大地がブラウニーに形を変えて行く。
お城を連想させるデコレーションケーキ、ないしウェディングケーキが見る見るうちに聳え立つ。
生クリームのガードレールとスポンジケーキのハイウェイが生まれ、信号機代わりにポッキーが生える。
赤黄青の信号は全て同色の飴玉にとってかわり、そこへと二人は降り立つ。

麦野「ちっ……さっきあんたからもらったクレープとかワッフルのイメージが強く残ってたみたいね」

上条「ここならいくら食っても太る心配ないしな!」

麦野「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね・!」

上条「おいおいこの世界は暴力行為禁止だろ?つうか……」

麦野「……なんだよ」

上条「……お菓子の国とか、お前ちょっと可愛い所あるな?」

麦野「悪かったわね!!ずっと甘いもん我慢してたんだよ!!」

上条「悪いなんて言ってねえだろ?ただ可愛いって(ry」

麦野「女に“可愛い”は誉め言葉じゃねえんだよ!!」

もともとこの年になるまでお気に入りのぬいぐるみがないと眠れないような幼い部分が麦野にはある。
この『オズマ』はそう言った潜在的願望をも拾い上げてしまう面があり、このお菓子の国は麦野の感性の一部でもある。
やれやれ、素直じゃねーなと呆れた笑みでお手上げのポーズを取る上条にもそれはわかる。

上条「んじゃ……お菓子の国ならこういうのも出来るかな?」

ブンッ!

麦野「カボチャの馬車!!?」

上条「さっきガラスの靴作ったろ?ならカボチャの馬車があったって良いだろ」

麦野「……私の年考えなよ。18だよ18」

上条「全然お姫様だって!来いよっ!!」グイッ

麦野「きゃっ」

ふてくされ腕組みし、そっぽを向く麦野の手を取り現れたカボチャの馬車へ上条は乗り込む。
それに麦野はドキッとさせられされるがままに連れ込まれた。
『美しい』や『綺麗』という言葉は聞き慣れ言われなれても、良く言えば大人び、悪く言えば老けてみられる麦野は『可愛い』と言われた事がなかったからだ。

麦野「強引ねえ……」

上条「そうか?こういうのってテンション上がるよ。なんかちょっとした能力者気分で」

麦野「能力者?」

上条「ほら、俺の右手ってこうだからさ」
396 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:35:26.04 ID:UIeiMW9AO
〜23〜

そうして乗り込んだカボチャの馬車がピンクやパステルの街並みを行く車窓を見つめながら上条は言う。
この学園都市製のバーチャルシミュレーションマシーン『オズマ』。
この中ならば無能力者の自分でさえもちょっとした能力者気分になれて少し面白いと。

上条「この幻想殺しって能力を別に恨んだり、他人と比べて劣ってるなんて思った事はねえんだけど」

麦野「………………」

上条「みんなみたいに裏返しにしたトランプの絵が透けて見えたり、スプーン曲げられたり出来ない自分よりも……それが出来るやつが少し羨ましいなって思った事は流石にあるよ。やっぱ人並みにさ」

麦野「……悔しい思いもして来たんじゃないの?レベル0だからって馬鹿にされたりさ」

私も最初はそうだったよ、と麦野は板チョコの屋根瓦の家々を見つめながら呟いた。
麦野も最初は上条を路地裏のゴミ(スキルアウト)として認識し殺しにかかった。
そして原子崩しを打ち破った上条を書庫(バンク)で調べ、レベル0のクズ(無能力者)と見下した。
そして今は――やはりレベル0を殊更ゴミ扱いするつもりもないが、路傍の石程度にしか見ていないスタンスは変わらない。が

上条「そうだな……馬鹿にされて来た事もたくさんあるし、カチンと来た事もいっぱいある。トランプの透視が出来たりスプーン曲げの出来る自分を想像したり、どうして自分にはそれが出来ないのか……卑屈になったり自虐的になった時だってあったぞ」

麦野「……やっぱりあんたでもあったんだね。そういうの。てっきり何も考えないで、ヘコむ事もない馬鹿だとばっかり思ってたわ」

上条「麦野さんは上条さんをなんだと思ってるんでせうか?」

麦野「――……最初は敵(ゴミ)、次は味方(ヒーロー)、今は――」

自分の能力が通用しない相手。それは麦野にとって……最初は殺人現場の目撃者以上に許せないものだった。
麦野はレベル5の地位と権力と矜持でありとあらゆるものを見下して来た。
暗部としての闘争と殺戮の中で己を練り上げ、研ぎ澄まし、勝ち取り、奪い去り、築き上げて来た。

麦野「――どうしようもない彼氏(バカ)、って所だね」

しかし――上条の右手と、麦野の命を助け、心を救った行為はその全てを否定した。
否定した、というよりも通用しなかったのだ。何故なら――上条は最初から、そして今も

麦野を『一人の女の子(にんげん)』として見ているからだ。

397 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:37:34.34 ID:UIeiMW9AO
〜24〜

そう、上条は麦野をレベル5としてあてにした事も利用した事も一度もない。
超能力者としてでなく、常に『麦野沈利はどうしたいんだ?』と問い掛けて来る。
いつも『人間』として話し掛けて来るのだ。その上条にとっての当たり前が、麦野の『自分だけの現実』の中にはなかった。

麦野「――レベル0とか関係ねえよ。無能力者とか関係ねえんだよ、ってあんただけはそう思わされる。そういうのを差し引いてもあんまりにも馬鹿っぽくってさ、レベル5だって肩肘張ってる自分まで馬鹿馬鹿しくってね」

無論、麦野とて誰にでもそう接せられて容易く心など開かない。
むしろプライドが刺激されて逆に殺しにかかるだろう。
馴れ馴れしくレベル0程度が自分に同じ目線に立つなと。
三度に渡る殺し合い、その度に命と心と魂とを解きほぐされて――
そう、上条を二度死に目に追い込み、二度それ以外の人間を殺しかけてやっと麦野は折れたのだ。

麦野「――私、多分ダメ男好きかも知れないわってあんたといると思うわ」

上条「流石の上条さんも傷つくぞ!?ほら泣くぞすぐ泣きますマジ泣かせんな三段活用!!」

麦野「誉めてんのよ。私なりにね」

麦野の本質は病的なまでに高い自尊心と、際限ない暴力と破壊衝動、そして狂的な情念である。
自分の上に立つ者を認めず、並び立つ者を許さず、下に甘んじる者は利用価値を除けば歯牙にもかけない。
上条は文字通り命を三度矢面に晒し、言葉通り麦野にとっての『能力』という価値観と判断基準の埒外に立つ事で――
やっと、やっと、そこまでしてやっと……麦野は上条の腕に収まる事を選んだ。
ライオンと共に生きて行くのに、血を見ないで済むなどとという夢物語はありえないのだから。

上条「ったく……本当に口悪いなあ……」

麦野「顔と身体で十分カバー出来るでしょ?」

上条「いや、好きになったのはそこじゃねえよそれもあるけど」

麦野「まさか全部、なんて冬でもないのに寒い事言わないでね?あと笑顔だ中身だ、別にそんな私じゃなくたっていい理由なんていらない」

進むカボチャの馬車が、長いスプーンの橋を渡る中ほどで……
麦野はアイボリーの空へと再び左手を振るう。
すると――パウダーシュガーの雪が降り注いで来た。
一見して粉雪のようで、されど口に含めば砂糖の味が感じられるそれを。


398 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:38:50.68 ID:UIeiMW9AO
〜25〜

私は雪が嫌いじゃない。少なくとも雨よりは好きだ。
音にならない音を立てて降り積り降り注ぎ降りしきる白雪。
この学園都市じゃ年に五回も振るかどうか、って言うのもポイントね。
冬の間ずっと降るとありがたみがないし、何より寒いし歩きにくいし。

――私から見て色褪せたこの学園都市(まち)が、歪んで醜く見える世界が、ほんの少し美しく見えるから。
汚い物、醜い物、形ばっかり綺麗な薄っぺらな物、それが雪に覆われて白く染まるのが好きだ。
冷たさにも心地良い冷たさって言うのがある。夏だったなら氷、冬だったなら雪って具合に。

上条「――そうだなあ」

麦野「………………」

雪って可哀想よね。例えばさ、長い冬の終わりに春が来て……
花も草木も鳥も獣も訪れたあたたかい陽射しを心の底から歓ぶのに――
雪だけが溶けて消えて行く。皆を包む光の中、焼かれて溶けて消えて滅ぶ。
美しかった白が泥にまみれて、濁った色のまま看取られる事なく死んで行くの。

上条「――強いて言うなら」

麦野「言うなら?」

上条「――お前といると、幸せだから」

麦野「―――………」

上条「不幸だ不幸だってつっても、お前とこうやって一緒にいれて、デート出来て、これが幸せじゃなきゃ何が幸せだってんだ?」

だけど――今ならこう思う。

上条「正直な所、お前追っ掛けんのに精一杯でさ」

消えて行く刹那、最初で最後に触れたぬくもりに最期を迎えた雪は

上条「――初めてお前に言った“好き”の後の事、何も考えてなかったんだ」

――そのぬくもりを呪って、憎んで、怨んで、消えていったんだろうか?

麦野「――もっと、具体的に。私しか持ってないもので、あんたが私を選んだ理由」

違うと思う。

上条「――その太い足と、悪い口、あとキツい性格」

麦野「ああん!!?」


雪は――その掌の中で消えて行く時……きっと、きっと満たされて消えて行ったんだ。

上条「つまり――」

ただ一言、ありがとうって

生まれて初めてのぬくもりに触れて

この世で最後のぬくもりに包まれて

冷え切った命と冬の終わりに

ただ、一度だけ

自分を包んでくれたぬくもりの中で、雪はきっと

きっと

冷たさしか伝えられない自分を、あたためてくれたぬくもりに

ありがとうって――
399 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:41:10.49 ID:UIeiMW9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「――麦野(おまえ)が嫌いな沈利(おまえ)を、俺は好きになったんだよ――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
400 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:41:43.18 ID:UIeiMW9AO
〜26〜

麦野「………………」

上条「?」

麦野「……かーみじょう」

ダメだ。コイツはダメだ。言えよ。頭の悪い事言えよ。
さっき私が禁止って言った、全部とか中身とか声とか目とか笑顔とか――
頭の悪い答えで良いんだよ。私は正解を用意してる訳でも、答え合わせもするつもりなんてねえんだよ。

麦野「……ねえ」

上条「な、なんでせうか?」

ぶっちゃけた話、身体の相性が良いからでも構わない。まあ言った後は絶対ぶっ飛ばすんだけど――
目に見えないもの、手で触れられないもの、肌で感じられないものなんて私には信じられない。
私は御坂とは違う。甘くて優しくて綺麗な純愛なんて、他人のを見るのも自分がやるのも反吐が出るんだ。

麦野「……充電切れちゃった。抱け」

上条「はあ!?」

麦野「良いから抱けよ!!……このままじゃ息も出来ない」

上条「こ、こうか……?」

麦野「そう」

――完璧主義者の私自身が嫌ってる欠点まで好きだなんて言われたら、私はこれ以上自分の何を嫌いになれって言うんだ?
出来る訳ないでしょうが。そんな事したら、私を好きなあんたを否定する事になるでしょうが。
クソッ、顔見せられない。幻想(バーチャル)の世界でも、涙だけは現実(ホンモノ)かよ。

麦野「――テメエのせいだ」

上条「い、今足太い所も好きって言ったのがか?」

麦野「違う。テメエが悪いんだ。お前がいるからいけないんだ。あんたのせいで私はどんどん弱くなる」

上条「………………」

麦野「毎日充電してるとバッテリー弱くなるでしょう?減りがどんと早くなって、満タンでいる時間がドンドン短くなる。充電器に挿しっぱなしだともっと弱くなる」

上条「沈利……」

麦野「お前の、せい……だ!」

ちくしょう。こいつの体温も本物だ。あったかくてあったかくて……
優しくって優しくって、死にたくなるくらいあったかいよこいつ。

上条「――馬鹿だなあ、お前」

ああ馬鹿だよ。テメエの馬鹿が移ったんだ。責任取れよ。
つける薬もない馬鹿さ加減も、カエルの先生も匙投げるくらいの愛情(びょうき)も

上条「んなもん、簡単な事じゃねえか」


全部全部――お前が私を選ぶからこうなったんだぞ。

勝てる訳ないだろ

こんな優しい馬鹿に

こんなあったかい馬鹿に

401 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:42:36.94 ID:UIeiMW9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「――お前が弱くなってくってなら、その分俺が強くなりゃいい話じゃねえか――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
402 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:43:30.94 ID:UIeiMW9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――雪が、太陽に勝てるはずないでしょ――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
403 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:46:18.70 ID:UIeiMW9AO
〜27〜

食蜂「つまんなぁい……」

超電磁組が立ち去った後、食蜂はダークチョコレートデカダンスに舌鼓を打ちながら独り言ちていた。
それを取り巻いていた九十九人の人間は粗方引き上げさせ、今は最低限の護衛を伴うに限らせている。
その様子はファミレスの外に吹く木枯らしを見てつくアンニュイな溜め息というより――

食蜂「つまんなぁいのぉ……寂しいなぁ……」

やっと遊べると思っていたおもちゃを取り上げられてしまった子供のような落胆さである。
食蜂にとって御坂は常盤台にあって唯一無二の――能力の通用しない人間である。
心の中、胸の内、秘めた影を覗き見る事の出来ない自分と『対等な存在』
小突き、怒らせ、構ってもらうとそれを面白がるというメンタリティーは正しく子供のそれである。

食蜂「私は貴女の事大好きなのにぃー……私の支配力をもってしても思い通りにならないお天気みたいなものなのになぁ」

食蜂の能力、心理掌握(メンタルアウト)とは見方を変えれば『人の器』を覗き込む能力に他ならない。
例えばどんな畏怖、偉容、威厳を示してもその内面は食蜂から見れば素通しのグラスも同然である。
どんな聖人君子のように振る舞えどその人間の内情など食蜂の前に取り繕う事など決して出来ないのだから。

言わば『人間の限界』を一目で計れてしまうという事。
ある意味において誰しもが人間に抱く幻想を食蜂は持ち得ない。
読みさしの文庫本を手繰るようにしてその人間の胸裡、心中、内面、深層、その全てが食蜂には読み取れる。

かさぶたを剥がす要領で容易く心の傷を開いてその人間を壊す事も……
当人でさえ目を背けたい心の闇を暴く事さえ食蜂には出来るのだ。
グラスの水嵩を増やして溢れさせるように、先程のように叩き割るも思いのままに。

そんな中――御坂美琴だけが、食蜂の手中の埒外にある。
ただ一人底をさらけ出さず手の内の見えない存在。
言わばぬいぐるみや玩具やお菓子のような一人遊びの派閥の人間とは違う……
一緒に砂の城を作ったり鬼ごっこをする『お友達』……
それが食蜂が御坂に与えた、歪んで捻れた正当な評価なのだ。と

???「お一人様なんだよ!」

店員「かしこまりました。ご案内いたします」

その時、一人の修道女が来店してきた。

404 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:46:45.41 ID:UIeiMW9AO
〜28〜

食蜂「(あらぁ?とーっても可愛らしいシスターだわぁ……真っ白な服、まるで雪のようねぇ……)」

???「この“いちまんえん”で食べられるの全部持って来て欲しいかも!」

店員「ええっ!!?」

退屈と時間と怠惰とを持て余していた食蜂の眼差しが、木枯らしと共に姿を現した一人の修道女へと注がれる。
スノーホワイトのウィンプルから流れる目映いばかりのプラチナブロンド。
年の頃はわからないが、恐らく自分とさして変わらぬ事が異国の血流れる可憐な顔立ちからもわかる。が

???「バリバリムシャムシャバキバキゴクンッ!バリバリムシャムシャ(ry」

食蜂「(……まるでバキュームカーみたぁい……私の分析力をもってしても、明らかに体積を超えた分量がお腹に消えて行ってるわぁ)」

とかく耳目を引くのはその半神めいた容姿以上にその食べっぷりである。
思わずカメラが回っていないか店内を見渡すも、いやに目立つ青い頭をした学生の後ろ姿くらいで他に見るべきものはない。
つまり――テレビ番組の撮影やドッキリではないと言う事。

食蜂「(大食いに特化した肉体変化系能力者かしらぁ?)」

食蜂をして理解力の及ばぬまさに人外の領域。もし大食いにレベルを当てはめるならば間違いなくレベル6。
修道女とはもっと慎ましやかな食事風景を想像していた食蜂は――
その様子に食指が動いた。物珍しい動物を目にした時の子供のように。

食蜂「(うふふ……お腹の中がどうなってるのかはわからないけどぉ……私の解析力で、貴女の頭の中覗いちゃうゾ☆)」

入店よりわずか三十分足らずで一万円分のメニューを平らげた異国の少女に食蜂の興味の矛先と関心の手先が伸びたのはある種の必然であった。
そして食蜂はバックからリモコンを取り出し、それを件の修道女へと差し向ける。

食蜂「(さぁてさぁて……神に仕える女の子の中身、丸裸にしちゃうわよぉ……そーれ♪)」

???「ごちそうさまなんだよ!おつりはいらないかも!」

店員「(おつりなんてないんですけど……)」

修道女がレジにて一万円札を取り出し、店員がレシートを手渡すその瞬間――
食蜂はカチンとレバーを押した。そう、その修道女の内面を覗き見るために。





――――――しかし――――――





405 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:48:54.37 ID:UIeiMW9AO
〜29〜

食蜂「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

女生徒A「食蜂様!!?食蜂様!!!」

女生徒B「食蜂様お気を確かに!店員さん!!早く誰かを!!!」

店員「は、はい!!」

食蜂「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

女生徒C「食蜂様しっかりしてください!食蜂様!!」

――修道女が店を出た直後、食蜂はテーブルの上のスイーツとグラスとリモコン全てをひっくり返して末摩の声を上げた。
その狂態を見るや、錯乱や恐慌や痛苦と行った生易しいレベルののた打ち回りようでない事が誰の目にも明らかだった。

食蜂「(な……なの……子……本……呪い!!?)」

食蜂は両手指のグローブから爪が飛び出さんばかりに頭をかきむしる。
イエローブロンドの髪の毛全てを引き抜き、毛穴全てから血が噴き出しそうな命に関わる苦痛。
外側から破壊され、内側から崩壊し、末摩を断たれんばかりの苦痛・苦痛・苦痛……!

食蜂「(私……の……改竄力を……超え……!!?)」

脳裏に焼き付いたのは、バビロンの無限図書館を思わせる広大な書架のイメージ。
修道女の脳内にコネクトを試み、深層心理の海に飛び込んだまでは良かった。
だが――今やその『原典』の孕む猛毒とも言える呪詛、劇薬とも言うべき情報量が……
食蜂の頭脳をコップとするならば、そこに世界中の海水全てを一度に流し込むような絶望的な状況。
修道女が何も知らぬ内にファミレスから引き上げねば間違いなく即死していたほどの衝撃が断続的に継続的に永続的に苛んで来る。
食蜂でなければ内側から破裂しかねないほどのそれに思考がホワイトアウトするのに意識がブラックアウトしてくれない。

女生徒A「食……蜂……!」

女生徒B「救急……く!!」

女生徒C「……!……!!」

声が遠のく。原典の情報量という雪崩に飲み込まれた食蜂に最早助かる術はない。
雪崩は最初の窒息死を除けば後は体温を急速に奪われての凍死より早い心停止。

食蜂「…………死…………」

今の食蜂は、最早逃れ得ぬ死の氷海に投げ込まれた蟻も同然であった。
 
 
 
 
 
――――――しかし――――――
 
 
 
 
 
 
406 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:50:11.70 ID:UIeiMW9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――大丈夫かいなー?ロリっぽい嬢ちゃーん――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
407 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:51:57.88 ID:UIeiMW9AO
〜30〜

食蜂『!?』

???『生きとるかー?って死んどったら“繋がられ”へんか。ははは』

――次の瞬間、食蜂が目を覚ましたのは……食器が散乱しテーブルがひっくり返ったファミレスの床面ではなく……

食蜂『……ここ、はぁ……??』

???『あっ、起きた。早いなあ流石たいしたもんや……やはり天才か、なんちゅーて!』

開いた目に最初に飛び込んで来たのは、どこまでもどこまでも限り無く広がる夏空。
さらに天に向かい東へ顔を向ける無数の向日葵と、仰向けに寝そべる背中に感じる、太陽の匂いがする柔らかくあたたかい土。

食蜂『……向日葵畑ぇ?』

???『うん。ここんとこ寒うなって来し、秋ってちょい物悲しゅうてあんま好きちゃうねん。それで真夏の風景イメージしてん。やー危なかったなあ』

そして――食蜂を照らす、青天に座す太陽を背負ってこちらを見下ろして来る少年が見えた。
その表情は陽射しを受けて逆光の形となり、伺い知る事は出来ないが――
いやに野太く滋味深いテノールボイスと怪しいイントネーションの関西弁が耳についた。

食蜂『イメージってぇ……ここぉ、お花畑じゃないのぉ?』

???『ちゃうよー。これはやね、さっきショッキング映像見てもうた君への“しばらくお待ちください”の画面みたいなもん。テレビであるやろ?』

食蜂『ううん……よくわかんなぁい……私の理解力を越えてるわぁ……』

???『別にどうって事ないよ。君、リモコンつけっ放しで電波飛ばしまくっとったやろ?あれがあったから僕の能力っちゅうか、僕と繋がられたんや』

逆光の少年は語る。悶絶する食蜂が能力をオンのままリモコンを放り出して暴れ、そのおかげで少年は発狂寸前だった食蜂の精神に寸での所で介入出来たのだと。
この真夏の向日葵畑の風景は少年にとっての『自分だけの現実』という話だ。

???『世界の果てから世界の終わりまで覗き見する程度の能力や。あくまで視るだけ、ホンマは接続出来へんし、君ぐらいの精神系能力者やないとこの風景共有出来へんからね』

つまり、今の食蜂は崩落を迎えつつあった精神の牙城から一時的に少年の『自分だけの現実』に避難している形なのだ。
だが食蜂は疑問に思う。ならば何故この少年は自分の能力の支配力に押し潰されないのかと。
408 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:53:57.65 ID:UIeiMW9AO
〜31〜

???『ははっ。それは僕がありとあらゆる女の子を受け入れる包容力を持ってるからなんよ?』

食蜂『……そうなのぉ?あなた、私が怖くないのぉ?どうして』

あなたはどこの誰なの?どうして私を助けてくれたの?なんのためにこんな事するの?
食蜂は矢継ぎ早に質問を繰り出す。まだ頭がガンガンと痛んで起き上がれない。
向日葵の頭をツンツンとつつく少年の、逆光の彼方にある顔が見えない。

???『――理由なんて別にないよ??』

食蜂『……?』

???『ただ、僕の大好きな友達やったらこないな時どうするかなーって思うたら、つい手が出てもうた』

僕が一番可愛いんは自分なんやけどねえ、と少年はこの青空にも負けないほど深いプルシアンブルーの頭をかきながら微苦笑したように見えた。
耳元のピアスが西日を受けて反射し、食蜂はそれが眩しくてつい目を細めた。

食蜂『友達ぃ……?』

???『そや。友達。でも君の友達作りは誉められたもんちゃうよ?』

食蜂『どうしてぇ?』

???『友達言うんは自分と対等な人間や。同じ人間なんやから“心”があんねん。その心をなんぼ便利やからってオモチャみたいにいじくる子は僕は嫌いやよ?』

食蜂『(……嫌い……)』

嫌い、という単語を食蜂は生まれて初めて面と向かって人に言われた事実を反芻していた。
今まで自分は“好き”と言われた事はあっても“嫌い”などと言われた事はなかった。
自分を悪く言う人間、自分を悪く思う人間、そのノイズやバグの垂れ流しを――
自分は従えた派閥の人間を風除けの城壁にし、常盤台を王城とし、そこに君臨する女王となって防いで来たのだ。
チューニングのズレたラジオのような、調律の甘いピアノのようにその不協和音は耳障りだったから。

???『まあ……僕もちょっと前まで、友達出来るまで君と似たようなもんやったから人の事言われへんけど』

自分の能力を、学園都市全体の監視網に技術転用されてグレて頭青くしたりなと少年はつけ加えた。
僕の能力で役に立ったんは、せいぜい遊園地のアトラクションに使われて子供に喜んで遊んでもらうくらいや、とも。

???『――でも、こんな僕でも』

食蜂『………………』

???『友達のおかげで変われて、今がある。昨日は晩御飯までご馳走になったし、毎日アホばっかやって楽しい』

409 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:55:14.34 ID:UIeiMW9AO
〜32〜

友達、という言葉の意味と重み。今の食蜂にはまだわからないもの。
しかし――目の前の逆光の少年は、恐らく『椅子の子供』である自分を生まれて初めて叱った人間だとわかった。
親でさえも、教師でさえも、大人でさえも自分をたしなめた人間などいなかったとのにと。
御坂美琴は怒りはすれど同じレベル5で同じ常盤台中学だ。ならば――この少年は?

食蜂『……友達とお食事するのって、楽しい?』

???『楽しいよ。おかげでベロンベロンになったけど』

食蜂『もっと、聞かせてぇ?』

???『うーん。もうだいぶ“毒抜き”終わったみたいやし、ホンマはもう少しお話したいねんけど』

フワッ

食蜂『あっ……』

???『僕これからすき焼きパーティーあんねん。ごめんなあ』

向日葵畑が白く霞んで行き、風景が遠のいて行く。
食蜂は手を伸ばす。行かないで。もっとあなたとおしゃべりしたい、と。
 
 
 
 
 
 
――――――しかし――――――
 
 
 
 
 
女生徒A「……様!」

女生徒B「……蜂様!!」

女生徒C「食蜂様!!!」

食蜂「!!!!!!」

店員「い、意識が戻ったぞ!!」

――瞬間、食蜂の視界は再び向日葵からファミレスの座席の上に帰還した。
周囲から沸き立つ歓声。しかしそれすら――覚醒を迎えた食蜂の耳には届かない。
逆に起こした身体でファミレス内を見渡す。今のは夢か幻か、わかるのは未だ脳にズキズキと毒針の苛む痛み。そして

食蜂「…………!」

???「ああ土御門ー?店決まったん?うん?ごめんごめん今から合流するわー」

ファミレスの出口付近、携帯電話片手に出て行く後ろ姿……青い髪の少年。

食蜂「‥‥‥‥!!」

喉が破けんばかりに叫んだせいで声がかすれて届かない。
立ち上がろうにもまだ足に力が入らない。手を伸ばしてもガードレールを跨いで渡って行く少年には届かない。

食蜂「・・・・!!」

振り向いて、あなたと話がしたい、あなたは誰なの、名前を教えて、、だが

ブオオオオオ……

???「一度会えば偶然で――」

一台のトラックが通り、少年を一瞬覆い隠し、過ぎ去った後には青い髪の少年の姿は最早そこにない。

???「二度逢えば必然や」

しかし、トラックの音に紛れて送られた背中越しのテノールボイスが、確かに指を伸ばす食蜂の耳に届いた。

食蜂「待っ……」

背の高い向日葵に指をかける幼子のように――
410 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/07(日) 21:57:44.37 ID:UIeiMW9AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――また今度会おうや。ほんまもんの向日葵が咲く、その頃に――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
411 :投下終了です [saga]:2011/08/07(日) 21:59:04.48 ID:UIeiMW9AO
以上11話終了となります。お疲れ様でした!そしてたくさんのレスありがとうございます
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/07(日) 22:02:43.97 ID:uGR0YmNDO
>>1乙!!!!!
休日最後に幸せな時間をありがとう!!!
うまいこと言えねーけど
いつも楽しみにしてる
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/07(日) 22:05:37.77 ID:cDohH8QU0
インさんの頭覗いてみさきち発狂で上食SS思い出した。
てかまんま同じだな
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/08/07(日) 22:16:49.68 ID:Cns2M7fd0
まあ、インさんの頭の中覗いたらそうなるのはほぼ確実だろ。>みさきち発狂
似た展開になるのはしょうがない。

てか上条さんいい男すぎるな。
あとむぎのん、ダメ男を好きになりやすいのは自覚してるんだな。原作の浜面的な意味で。
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/08(月) 07:32:53.65 ID:kAFxGR3+0
ヒマワリ→夏→ブルブラか…ヒマワリ畑のみさきち青ピとか絵面最高すぎる。

そしてもう上麦が完全に夫婦wwwwwwwwwwイチャラブとか甘甘とかそんな空気じゃないのにハマる。
普段は鬼嫁がしきるけど大事なところは旦那が締めるみたいな感じだわ。
あきらかに初体験すませた後の上条さんのしっかり具合がすごい。

…童貞捨てたらこんなイケメンになれるの?教えてエロい人
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2011/08/08(月) 11:40:51.63 ID:mldRwICjo
>>415
イケメンだから童貞を捨てられるんだよ
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/08/08(月) 14:32:15.38 ID:0ys8AL8go
男はみんな童貞のまま死ぬんだろ?なに言ってんだかははは、こやつめ
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/08(月) 14:54:27.49 ID:+wBnEVfDO
子供はコウノトリやキャベツだよな?
間違っても保健体育とか信じる情弱になるなよ
ちと文部省そげってくるわ
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) [sage]:2011/08/08(月) 16:48:06.89 ID:eH73SikF0
>>418
おいおいむぎのんも言っていただろ
***に***ぶっこんで出来るって


目から出る汗拭けよ
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/08(月) 18:09:17.79 ID:X7mysS8IO


清い身体で何が悪い!!
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/08(月) 20:09:41.64 ID:nplmMc0IO
乙乙☆

童貞を墓まで持ってゆく覚悟はしてるけど、生きてるうちに変態と言う称号を捨てたいです……
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/08(月) 21:24:13.93 ID:mX42wic90
>>421
むしろその方が難しくね?
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/08(月) 23:48:36.70 ID:3YuqliZAO
乙。相変わらずタイトルが秀逸。バイオリンビオラチェロって弦楽三重奏の事だよね

あと毒麦の例えも新訳聖書の[悪人の見分け方・裁き方]って意味だよねって童貞は童貞は言ってみる
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/09(火) 01:37:31.76 ID:BpQYHW8K0
乙!御坂…一番まっすぐなのに、そのせいで物語の中で一番ずれてるな…この近そうでかすりもしない距離感がかなしい。
425 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/09(火) 17:46:27.06 ID:oiFx59wAO
〜簡単な登場人物紹介V〜

土御門元春……上条の友人にして麦野に毛嫌いされている愛すべき隣人。
流し素麺の竹割りや日曜大工などが出来、色々と器用な御仁。

土御門舞夏……麦野に対する二代目料理の指南役。
勘働きが強く聡い部分があるため、麦野の負の側面をよく見通している。

白井黒子……御坂への愛情、変態度ともにレベル6。
弱者を見捨てられない、という最大の長所が後に最悪の場面で裏目に出る事に。

初春飾利……四人組の中でもっとも精神的に大人に近い感性の持ち主。
佐天のスカートめくりを何とか出来ないかと苦心している。

佐天涙子……四人組の中でのムードメーカー。
恋愛話になると男女構わず食いつきいじっては楽しむタイプ。

食蜂操祈……御坂をして悪い意味で底無しと評される器の持ち主。
一年後、ひまわり畑でとある人物と再会するがそれはまた別の話。

426 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/09(火) 17:51:50.76 ID:oiFx59wAO
>>1です。色々と立て込んでいるため、第十二話の投下は今週末くらい?になりそうですすいません。
そしてたくさんのレスをありがとうございます。夏バテへの最高の特効薬です。

>>423
はい。新約聖書の一節から引用させていただきました。各話タイトルもだいたい引用です。

では失礼いたします……
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/10(水) 09:28:01.46 ID:y42jHHfAO
い、インデックスが「なまえのないかいぶつ」に、うわ何するやめ
<バリバリムシャムシャバキバキゴクンナンダヨ!
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/12(金) 16:44:04.27 ID:6CB7UOzBo
また読めて幸せです。
ありがとう
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/12(金) 20:46:34.38 ID:mmhhjs8V0
青髪のくせにカッケー乙
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/13(土) 10:01:55.99 ID:SFL/ilEDO
>>1
期待して待ってます
青髪だからカッコイイんだぜ?wwwwww
431 :作者 ◆K.en6VW1nc :2011/08/13(土) 22:06:50.24 ID:l3xgH1zAO
>>1です。明日の夜21時から第十二話、中盤最後のお話を投下させていただきます。
では暑い中ですが皆様お体に気をつけて下さい。失礼します
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/14(日) 00:42:59.97 ID:t5KJ/es+0
HKB
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/14(日) 00:55:29.97 ID:Z0UwQWiDO
待ってたぁーーーっ!!
>>1も体調とか気をつけてくれな!?
読み手としては書いてくれたら嬉しいけど、ここ迄好きになれて泣いた作品だし、何よりも体調不良には気をつけて欲しい
愚だレスしてすまなかったが、>>1の作品で男泣きした奴がいるのを知って欲しかったんだぜ!!!!
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/14(日) 09:01:09.36 ID:qx8oKYiDO
気持ち悪い
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/14(日) 13:52:05.62 ID:tm9KcVf1o
うん
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/14(日) 20:21:27.71 ID:eqHDfTPio
お待ちしております
437 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:34:36.36 ID:0rnOj66AO
>>1です。少し早いですがこれから投下させていただきます。
そしてたくさんのお声掛けありがとうございます。
おかげ様で12話目になります。ではよろしくお願いいたします。
438 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:35:03.14 ID:0rnOj66AO
〜1〜

美鈴「はあ……美琴ちゃんったら」

御坂美鈴は学園都市第七学区地下街にあるオーセンティックバー『LEGROS』のカウンターにて嘆息していた。
左手にはブラッディシーザーのグラス、右手には押せど響かぬ携帯電話。
それを眺める横顔はバーの仄暗い照明と相俟って憂愁を帯びたそれであり……
中途で切られた通話、返って来ないメールの内容を反芻せど湿気った乾き物ほどにも肴にならない。

美鈴「(少し強引に行き過ぎたかしらね……反発されるのはわかってたけど)」

最初は記憶が無くなるまで酩酊した娘に対する叱咤。
次いでそれらの介抱をした麦野を話に絡め、ワンクッション置いてから本題――
戦争が始まりそうな学園都市から娘を連れ戻すにあたっての話し合いの場を持ち掛けようとしたが素気なく通話を切り上げられた。
二日酔いの頭痛よりマシとは言え、それ以上に根深い問題に美鈴は頭を悩ませた。

美鈴「(でもね美琴ちゃん……貴女が譲れないように、私も親としてこれだけは譲れないの)」

出来うる限り顔色や声色に出ぬよう努めているが、飲まずにはいられない気分であった。
昨日の散々だった保護者会や昨夜のけんもほろろな学園都市側の体温。
その上こなさなければならないレポートが控えており、この後申請許可の降りた時間になれば断崖大学のデータベースセンターに行かねばならない。
夫・旅卦も今現在電話に出られないようでこちらも音信不通なのだ。

美鈴「(はあっ……とりあえず、いったん時間と距離を置いて根回しと搦め手で少しずつ外堀から埋めて行くべきかしら)」

シャクシャクとブラッディシーザーに添えられたセロリをかじりながら美鈴は携帯電話をカウンターに置く。
とかく懸念材料がつい先程飲み干したダーティーマティーニのオリーブのように持て余されてならない。
我が子が戦渦に巻き込まれる事も、戦火に焼かれる事も、戦果を上げる道具にされる事も御坂美鈴は拒否する。

美鈴「………………」

学園都市とは一種の閉鎖都市である。万が一の有事の際、親だからと介入出来得る手立てはあまりに少ない。
何かあった時、親の目から見て14歳の少女に過ぎない娘を守り、助け、救い出してくれるような存在が果てしてこの街にいるかどうか

美鈴「……ないわねー」

その可能性を感じられた少年は、あのブラックダイヤモンドのような少女と既に結ばれているのだから――

439 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:35:40.03 ID:0rnOj66AO
〜2〜

結標「……疲れたわ」

一方、御坂美鈴が杯を傾けているバーの横を一人の少女が歩みを進めている。
地下街出入り口から吹き抜ける狂風が逆巻く地下街を、渦巻く往来の中羽織った霧ヶ丘女学院のブレザーを靡かせていた。
その極めて肌面積の広く、高い露出度を引き立てているのはピンク色のサラシに似たインナー。
その鮮烈な赤髪も相俟って過ぎ行く男性らが皆一様に振り返るも――
結標の表情に喜色の笑みはない。ただ憮然とした表情でフォーションのアップルティーのボトルに口をつけている。

結標「(仕事は無事終わったけど……相変わらず先の見えないドブさらいの繰り返し)」

地下街にある観葉植物園の硝子に凭れかかりながら結標は皓々と輝く人口の星々を見上げる。
その一つ一つに今尚光射さぬ闇の底に囚われている仲間の顔が浮かんで来るようで――

結標「(絶対に勝てないゲームに挑んでる気分だわ)」

低周波振動治療器を取り付けた双肩と背中にかかる重圧。
こんなものをつけて街中を歩くなど女を捨てているようなものだと思わなくもないが――
見てくれや形振りなど構っていられる地点は既に通り過ぎて久しい。が

結標「(……匂ってないわよね?)」

駒場利徳の交戦の際に路地裏を転げ回り、返り血や料理店の裏手にあるゴミバケツから豚の骨や臓物をひっかぶってしまった。
一応クロエのインテンスを帰りの車の中で振り掛け最低限の身嗜みはと――

???「お店。この先?」

???「せやでー」

結標「(……何?あの青頭)」


そこで、どこかの高校の集団と思しき学生らが何処を目指して結標の前を通り過ぎて行く刹那――
結標は、黒曜石を連想させる一人の少女と目が合った。

???「……血の。匂い」ジッ

結標「……!!?」

その濡れ羽色の黒髪の少女が呟いた言葉に結標が表情を固くする。
しかし少女はそれきり前へ向き直り再び往来の中へと埋没して行った。
結標は知らない。この少女こそが、後に自分に栄光と破滅をもたらす運命の巫女である事を。
440 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:36:58.75 ID:0rnOj66AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
夏雲の空の下、『永遠』という名の呪いを受けるその日まで――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
441 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:39:11.60 ID:0rnOj66AO
〜3〜

海原「(おや……あれは)」

初春「じゃあ、ここでお別れですか?」

御坂「うん。第四位の所にこのコート返しに行かなくちゃ」

白井「ではわたくしもお供(ry」

御坂「あんたは来なくていい!先帰ってて!!」

佐天「白井さんダメですよー。二人っきりにさせてあげないとー」

御坂「ち、違うわよっ。何言ってんのよ佐天さん!!?」

海原「(御坂さん……ですか)」

時同じくして――海原は再建されたカフェ『サンクトゥス』の窓際席にて……
店の真横、流れる風のままに素通りして行く御坂らを見やる。
手にしたエスプレッソの馥郁たる芳香すら一瞬褪せるほどの驚きを以て迎え入れた視界。
それはそのまま海原光貴……否、エツァリの世界そのものだった。

海原「(――純白、というのもとってもお似合いですよ)」

白を基調とした己が纏う仮初めの制服と奇しくも同じ色のコートを羽織る御坂を見送りながら海原は静かに心の中で賞賛を捧げた。
早朝より上層部より寄越されたオーダーをこなす傍ら、一息入れようと立ち寄ったカフェで思わぬ天恵を授けられた気分ですらあった。
同時に――喉に流し込まれるエスプレッソより苦いものが二つ、海原の胸に落ちていった。それは――

海原「(――さて、どうしたものでしょうか)」

一つは、つい先ほど耳にし裏取りも終えた案件『御坂美鈴暗殺計画』。
さらにもう一つは……御坂の想い人『上条当麻』である。
第一の案件は、口にするのも憚られるダーティーな手段を用いれば回避出来る手立てはある。しかし第二の案件は

海原「(――自分も、思ったより諦めの悪い人間のようで)」

――上条当麻。御坂美琴が懸想し、彼女の世界を救った絶対的存在(ヒーロー)。
しかし海原が上条の存在を知ったその時には既に麦野沈利が側にいた。
それに対し、海原もまた忸怩たる思いを抱いていた。

海原「……苦いものです」

エスプレッソのカップを置き、海原は立ち上がって踵を返す。
『御坂美琴の世界』は、上条当麻の手によって守られていない。
彼はヒーローではなく――フォックスワードなのだから。

海原「(こんな思いを、彼女にさせる訳には行きませんね)」

既に唯一のものを抱いた男に、無二のものは託せない。
故に、持たざる者である自分にしか掴めない結末を手にするために海原は再び闇の中へと舞い戻る。
442 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:40:07.04 ID:0rnOj66AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――悲劇だけでは、終わらせないために―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
443 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:40:37.05 ID:0rnOj66AO
〜4〜

土御門「(流石に堪えるな……風が吹き付けて来るだけで身体が軋む)」

同時刻、土御門元春はクラスメートらの集合を待って地下街出入り口付近木陰のベンチに腰掛けていた。
というより……立って歩くのもやっとのダメージをつい先日の『0930』で受けたばかりなのだ。
故に肌寒さを我慢してでもベンチに座っている。
自分でもわかるほどぎこちない歩き方になっているのを自覚しているがために。

土御門「(……目一杯笑って、精一杯楽しんで来いよ、カミやん)」

仲間という光を奪われた結標、御坂という光を守るために戦う海原、手にした光に背を向けざるを得なかった一方通行……そして自分。
蠢動する闇、胎動する世界にあって、上条当麻は事態の中心点であり最後の希望の光であった。
それが土御門にとって時にサングラス越しに見る太陽より眩しく感じられる瞬間がある。
恐らくは――その上条の傍らで侍る、あの血塗れの魔女も。

土御門「(……山積みなんだぜい)」

既に裏方がどう取り繕っても解れと縺れと破れのカバー出来ない魔術サイドと科学サイドの衝突。
その両方に属する土御門は知る。魔術サイド……
というよりイギリス清教含む必要悪の教会も虎視眈々とどちらの側につくかを計っているだろう。

土御門「(どいつもこいつも、役に立たない宝物を抱えてる)」

科学サイドとしての土御門元春もまた上層部を出し抜く手立てを模索している。
幸か不幸か、上層部が気にかけて止まない一方通行というワイルドカードが望むと望まざるに関わらず闇に堕ちて来たのだ。
場合によっては手を結ぶ事もやぶさかではないと土御門は考えている。

土御門「(捨てちまった方が楽なのに捨てられない……俺も、俺達も、そして――麦野沈利、お前もだ)」

土御門は背凭れに頭を預けて嵐の前触れのような強風荒ぶ夕闇を見上げ――
朝方、エレベーター前にての麦野との手荒い対話を思い返す。
土御門がサングラス越しに見る物事と人間の本質。
現在の麦野沈利の最大の武器にして最悪の弱点……それは――

土御門「(――お前はカミやんを深く愛し過ぎちまった)」

人殺しの世界は広がらない。ただ閉じて崩れて行くだけ。
そこに上条当麻とそれを取り巻く者達という新しい世界を放り込めばどうなるか?


水や空気を入れ過ぎたバルーンのように……内側から最悪の形で破裂するだろうと――

444 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:43:06.03 ID:0rnOj66AO
〜5〜

科学者「……ううっ」

一人の女性が、第七学区にあるとある病院内にて泣き腫らした目の下に広がった隈をこすりながらしゃくり上げた。
既に病室に備え付けてあるソファーには点々と渇いた涙の跡が腰掛けた己の位置から見て取れた。
しかしその涙を拭ってくれる少年……年下の恋人はと言うと――

少年B「……シュー……シュー……」

昨日、交通事故に巻き込まれたきり未だ昏睡状態にある。
しかし女性はただの交通事故とは思えなかった。
それはこの恋人の悪癖――『無能力者狩り』に身を投じていたという事実に基づいている。
何度言っても聞かぬ自業自得の果て、無能力者に恨みをかって背中から交差点に突き飛ばされたのではないかとさえ思う。

科学者「顔……洗ってこよう」

女性は酸素マスクに呼吸を支えられる少年の側から離れて手洗い場に立とうとする。
同時に考える。これは天罰なのかと。だがそれとは別に何故彼だけがこんな目に合うのかと神を恨みたくなる。
何故名医として知られた冥土帰しの病院ではなく、こんなありふれた病院に搬送されてしまったのかと。

科学者「……帝督とも繋がらないし」

少年の仲間の内一人は騒ぎの中逮捕され、一人は音信不通。
事故の状況もわからず、昨日浮気相手だった男との逢い引きを本命の少年の事故とあってキャンセルしたきり電話もメールも繋がらない。
遊ぶつもりが遊ばれていたのかと、目をこすりながら少年から目を背けて部屋を出ようと扉に手をかけた。





その瞬間―――





パアンッ!





科学者「……えっ?」

何かが弾けるような音に、女性は振り返った。窓ガラスが割れるような、その不吉な音。

科学者「あ」

振り返る先。粉々に割れた窓ガラスに残る弾痕。そして飛び散った血痕。

科学者「ああ……」

朝から吹き荒れる秋風が、血飛沫に濡れ真っ赤に染まった窓ガラスから吹き込んでカーテンを揺らす。

―――ピー……―――

命の終わる音。地平の彼方を思わせる心電図、清潔な白のシーツが窓ガラスから滴る血液に雨漏りのように赤い雫を生み

科学者「あああ……!!」

外れた酸素マスクから血の泡すら止まり、その一瞬の出来事に女性は目尻が裂けんばかりに見開いた。

少年B「―――………

蓋を閉め忘れたペットボトルが転がり落ちるように噴き出し流れ出す血潮


誰の目にも明らかな、命の終わり――
445 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:43:59.62 ID:0rnOj66AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
446 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:44:53.95 ID:0rnOj66AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十二話「Die erste Walpurgisnacht」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
447 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:45:21.44 ID:0rnOj66AO
〜6〜

麦野「……本当に御伽の国か魔法の世界か、って感じよね」

上条「そりゃあ、ここはお前の“自分だけの現実”の一部……つまりお前の心の中だからだろ?」

カボチャの馬車の終着駅、砂糖菓子の城へ連なる飴色の階段を麦野は登る。
一段先行く上条が引く手に導かれるままに、エスコートされて。

麦野「こんなファンシーでメルヘンなもん私としては認めたくないな。もう少しキッチュなもんだと思ってた」

僅かに頬を伝った涙の跡、麦野の眼差しは澄み切っていた。
その表情を見る度に上条は思う。まるで泣き疲れた子供が空を眺めるような顔だと。
握り締める手指。力のこもっていないそれを、上条はいつも少し強めに握ってやる事にしている。
少しでも目と手を離せば、たちどころに迷子になって消え入りそうな儚さをそこに見るからだ。

上条「悪い……キッチュってなんだ?」

麦野「うわあ……頭のネジ緩んでるって言うか、締め直す穴が見当たらない。ついでにかける言葉が見つからない」

上条「五月蝿えな!らくらく英語トレーニング日常会話編まだ3級なんだよ!まだ習ってねーよそんな単語!!」

飴色の階段を登り詰め、角砂糖の石畳を二人はゆっくりと歩く。
チョコミントの庭園の、そのまたチョコスプレーの土を踏め締める。
そんな上条の言葉に呆れたようにマーブルの庭石を蹴飛ばしながら――麦野は語る。

麦野「“Kitsch”。ドイツ語で毒々しい紛い物、安っぽいおぞましさ、まあネガティブなもんだってその××××女の×××よりユルユルガバガバの頭に入れておくんだねえ?」

上条「へいへい下品でわかりやすい解説どうもありがとうございました麦野大先生!だいたいドイツ語なんて学校で習わねえだろ!!」

麦野「そんな事言ってるからイタリアで迷子になりかけたくせに人に道も尋ねられないなんて不様な羽目に陥るのよ」

上条「うっ……」

麦野「楽しかったにゃーん……右往左往ってのはああいうのを言うんだろうね。物影から見てて爆笑もんだったわ」ククク

448 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:47:17.85 ID:0rnOj66AO
〜7〜

そう――つい先日イタリア行き三泊四日のペアチケットを福引きの懸賞で当てた際上条はインデックスを伴い、麦野は別口の超音速旅客機に自腹で乗り込み、共にヴェネツィアに降り立ったのだ。
その時インデックスがはぐれ、それを捜している間に自分まで迷子になってしまった上条を――
物影から真っ黒な腹を抱えて笑い転げながらも助け舟を出したのが麦野だったのだ。

上条「それを言うなって……マジでどうしようかと思ったんだぞ。言葉も通じねえ文字も読めねえ人もいねえじゃ」

麦野「まあそれも含めて散々な旅行だったわね。最後らへんは実質強制送還みたいなもんだったし、観光も食べ歩きも何にも出来やしなかった。チッ」

飴細工の薔薇の庭園を横目に通り過ぎながら麦野が舌打ちした。
その後麦野は大の苦手なオルソラに出くわし、おしぼり女と毛嫌いする五和、上条が幻想殺しで引ん剥いたアニェーゼetc.……
シャワールームでばったり、ラッキースケベ、乱立するフラグetc.……
さらにはアドリア海の女王、ビアージオとの戦いetc.……
最後には溜まりに溜まった鬱憤が大爆発し、原子崩しで何隻か氷の船を沈める大暴れに至ったのだ。

上条「(お、思い出したら冬でもないのに寒気がっ)」ガクガクブルブル

麦野「本当、いつになったら私達って普通のカップルみたいに遊びに出掛けたり出来るのかしらねー」フー

バリバリとリンゴ飴の味がする薔薇をむしり取り、麦野は思い出しつつ苛々とそれを噛み砕く。
それは憤懣やるかたない現状への隠しきれない不満の現れである。さらに

オルソラ『貴女様のその“光の翼”……まるで“光を掲げる者”“宵の明星”のようなのでございますよ』

麦野「………………」

思い起こされるのは別れ際にオルソラが残した言葉。
第十九学区での上条との最終決戦の折に発現した六対十二枚の光の翼。
かつてステイルがルシュフェルと称した原子崩しの力。
十字教においてその天使はかつて『神』の側に侍る事を許された存在だと言う。
そして神裂火織をして『神浄討魔』と呼んだ上条を常に独占する自分……

麦野「(――これは、そんな綺麗なもんじゃねえよ)」

そんなこじつけなど犬にでも食わせろと麦野は刺のある茎だけを残して吐き捨てた。
確かにインデックスの件を通じて魔術の存在は証明された。
しかし上条との関係性に、そんな夾雑物も介在物も不純物も入り込む余地も麦野は認めなかった。
449 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:48:19.11 ID:0rnOj66AO
〜8〜

上条「カップルらしい事か……ごめんな、本当に」

麦野「………………」

上条「――最近、色々考えてる」

同じく麦野の側に座り込むようにして上条の横顔に麦野はしまった、と自分の浅慮と短慮に舌打ちしたくなった。
お食事会の時も『戦争』というキーワードに触れて上条がトーンダウンしたのを目にしていながらこの体たらくはなんだと。

麦野「――別に、あんた一人のせいじゃないでしょ?」

上条「………………」

麦野「こういうのはね、元から至る所に火種がゴロゴロ転がってるもんなの。素人のあんたが火花を散らしたからって、それをボヤの内に消し止められなかったのは裏方がヘマやらかしたからよ」

麦野もよっこしょと並んで三角座りしながら指をパチンと鳴らす。
すると茨の道を指し示すかのような薔薇から蜂蜜とシロップで出来た砂糖水の小川がせせらぎとも流れ出す。
麦野は続ける。あんたはただ誰かを助けるのに必死だっただけでしょう?と

麦野「――あんたはただ胸を張ればいい。もし背中丸めたら、張り飛ばしてでも支えてやるからね」

上条「沈利……」

麦野「もし立ってもらんなくなったら、背中から抱いて受け止めてやる。それでもダメなら一緒に倒れてあげるわ」

上条「………………」

麦野「――それこそ地獄の底までだって、ね」

ギュッと上条のツンツンヘアーを抱き寄せて肩口にもたれかからせる。
麦野は『一緒に生きよう』とも『一緒に戦おう』とも言わない。
『一緒に死のう』という言葉以外に伝えようのない愛情も人や世にはあるのだ。

上条「――ダメだな。死ぬとかそう言うの前提で話すのは止めにしようぜ、沈利」

麦野「………………」

上条「生きよう。何が何でも何があっても三段活用」

麦野「……当麻」

上条「――生きるんだ。どんなに格好悪くて、みっともなくても、情けなくても。死んじまったら何も変えられねえ。だけど生きてりゃ何か変えられる。それが運命だったり未来だったり自分だったり」

麦野「――――――」

上条「俺だって、本当はもっとカップルらしい事いっぱいしたいんだぞ?デジカメも心のメモリー足んなくなるくらい」

それは奇しくも――駒場利徳がフレメアに語って聞かせた言葉とほぼ同じだと言う事を……二人は知らない。

450 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:50:14.52 ID:0rnOj66AO
〜9〜

上条「今日はパスして来たから出来ねーけど……前にお前が言ってた石狩鍋つついたり、クリスマスに気持ち大きめのケーキ食ったり、ダラダラゴロゴロ寝正月したりさ」

麦野「……なんで全部私が太りそうな食い物イベントばっかなの?」

上条「幸せ太りさせてやれるくらい、上条さんはお前と一緒にいたいんですよ」

上条の肩口に頭を乗せながら麦野はその言葉に耳を傾ける。
全てがバーチャルシミュレーションのこの幻想の世界で、ただ一つの現実(リアル)に身を委ねて。

麦野「――私は、ここ(あんたのそば)にいていいの?」

上条「いいに決まってんだろ」

麦野「――私は、ここ(このせかい)にいていいの?」

上条「誰かがダメだって言っても」

麦野「――私は、ここ(いっしょに)にいてもいいの?」

上条「お前がダメだって言ってもだ」

麦野「……――わかったわよ」

いじけて不貞寝した猫のように背けた横顔、その頬に触れ髪を撫でる手に麦野は目を細め力を抜く。
上条も自分も今、インデックスにさえ見せられない素顔(よわさ)を持ち寄っている。
常ならば麦野はもっとギスギスドロドロとしているし、上条はもっと平々凡々としている。
誰も知らない、誰にも言えない、二人だけの秘密。

麦野「――その代わり、約束して」

上条「何をだ?」

麦野「この学園都市で……私を除いた229万9999人の人間の誰よりも私を愛して」

上条「………………」

麦野「私以外の女に、私が爪立てるその背中を預けないで。あんたは私のものよ当麻。あんたの苦しみも含めて全部を私にちょうだい」

麦野の女としての本質。狂的な執着心と、病的な独占欲。
異常なまでの愛情と過剰なまでの恋情。だが歪んでいるからこそそれは強い。
恐らくは御坂がどんなに年嵩を経て紆余曲折を迎えようとも決して辿り着けない――
恐らくは愛情という美しく綺麗な名前さえ当てはまらないもの。

麦野「――あんたが選んだ私の最初の男で、私を最後の女にして」

呪いのような愛情、ガン細胞のように無限増殖するそれ。
は息絶え死が二人を分かつその日まで麦野は上条を手放さない。

麦野「――――好きだよ、当麻」

寒さが増すほど凍てつき密度を高める雪のように。

451 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:50:41.91 ID:0rnOj66AO
〜10〜

このアトラクションの中は、どうやら人の心を映し出す魔法の鏡みたいだけど――
私の心はこんなに綺麗なんかじゃない。御伽の国も魔法の世界も、みんなみんなバーチャルで作られた幻想だ。
私の中のグロデスクな部分やサイケデリックな箇所は悉くカットされてる。
でも今だけは偽物で良いから綺麗なお姫様でいたい。

係員『アトラクション終了まで後三分となります。来場者の方は……』

上条「――そろそろ、終わりみてえだな」

麦野「そうね。もうおしまい」

一足先に降らせる雪のイメージ。それを私達は見上げてる。
今年こいつと見る雪はきっと二重の意味で特別なんだろうね。
今年初めてのそれ、人生で初めて誰かと見つめるそれ。

上条「絶対、またここに来ような。沈利」

麦野「二人で?三人で?」

上条「両方で、って事でさ」

灰のような雪だと私は思った。さっきプレゼントしてもらったガラスの靴のイメージか――
はたまた私の中の幼い子供の部分が望んだシンデレラ・コンプレックスの裏返しなのかも知れない。
こいつと行く茨の道は、ガラスの靴なんかじゃ渡りきれないってわかってるのに。

麦野「――ねえ当麻?」

上条「ん?」

麦野「雪ついちゃった」

キョトンとした顔でポカンと口を開けるアホ面の私の王子様。
雪よもっと降れ。灰よもっと積もれ。私の中のキッチュな部分の全部覆い隠すように、もっともっと勢い良く。

麦野「――溶かして?」

一片の雪の華が私の唇に落ちる。冷たい。それをあんたの熱で上書きして当麻。
お菓子の国に降る初雪、幻想と現実の境目さえ曖昧なこの場所で――
ほら、重なった。感じられる。伝わる。溶けて行く。私の中の冷え切った何かも雪と一緒に。

麦野「――……」

上条「?」

麦野「ありがとう」

舞い散る百万以上の一片の雪達。大地に還って花を芽吹かせるなり、川を下って海に渡るなりすればいい。
雪と灰はよく似てる。雪の結晶はダイヤモンドに似てる。
『灰とダイヤモンド』はそんなお話じゃないのにね。
だけど私はここでいい。けれど私はここがいい。私はこいつの体温に溶ける、ひとひらの雪でいい。

麦野「――とーまに、あえてよかった」

――私の世界を変えてくれた、あんたの側がいい――
452 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:52:25.23 ID:0rnOj66AO
〜11〜

一方……沈みきった夕陽に取って代わる夜の帳が上がる頃、浜面仕上は路地裏にいた。
一見どこにでもある普通の街並みの入口には長さ10センチから30センチほどの鉄杭が葦原のように突き立ち――
ドラム型の清掃ロボットと一般人の立ち入りを頑なに拒むバリケードが張り巡らされていた。

浜面「駒場のリーダー……」

胸に空いた穴を虚ろに響かせる吹き荒ぶ風が、聳え立つビルとビルとの間に張り巡らされたビニールシートを煽る。
その内の一つは何故か留め具が外れてはバタバタと捲れ上がり、そこから月灯りが射し込んでいた。
その光が照らす先、浜面が立つビルの壁面にぶちまけられた乾いた血糊。
それは佇む浜面に否応無しに一つの現実を突きつけて来る。

浜面「勝手過ぎんだろうが!最後の最後になってケツ回しやがって……俺に一体どうしろってんだよ!!」

駒場利徳はもういないという現実が、浜面の中で四つの考えとなってせめぎ合う。
一つ、駒場はただ雲隠れしているだけなのだと。
二つ、駒場は『計画』の最後の最後で臆病風に吹かれて逃げ出したのだと。
三つ……駒場は『死体も残らない』死に方をしたのだと。
一、ニは浜面の希望的観測……ないし願望に基づく仮定だ。形はどうあれ生きているのだと。
しかし浜面とて理解している。そんなものは逃避だ。
三の最も現実的な可能性を覆すには到底至らない。

浜面「(昨夜だって俺達と飲めねえ安酒飲んでたろうが!)」

浜面の精神の魂柱とも言うべき部分が軋み、内面から奏でられる旋律に歪みが生じる。
たった今も駒場のように『指揮』を執るでもなく半蔵のように『指示』を出すでもなく……
ただ自分に不信と不平と不満の眼差しを向けて来るスキルアウトのメンバーにただ『命令』を下すだけのミーティングが終わったばかりだった。
故に浜面はその場を離れて駒場が最後に目撃されたこの場所に佇んでいる。
誰も自分を追って来ない、探しに来ない、ついて来ない。
こうしている間にも自分を陥れる算段を取り付け密議を交わしている気さえする。

浜面「(これが……あんたの見てた世界かよ……あんたの見てた風景だってのかよ!!)」

浜面は思い返す。昨夜、食事休憩を終えて戻って来た駒場との最後の会話を――

453 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:52:53.58 ID:0rnOj66AO
〜12〜

浜面『おいおい。あんま強くねえクセにガバガバ飲むとこの前みたいにひっくり返るぜ?』

駒場『……あれはお前達が俺の酒にスピリタスを混ぜたからだろう』

半蔵『いやいや、冗談で言ったのは俺だが本当にやったのは浜面だって』

駒場『……殺人の実行犯より殺人教唆の方が重罪に課せられるケースは多いぞ』

それは昨夜、垣根がフレメアを連れて別れた後――
塒(ねぐら)に戻った駒場が珍しく浜面と半蔵に、三人で飲まないかと自分から誘って来た時の事だった。
うらさびれたバーを自分達のアジトに作り変え、六人掛けのこじんまりしたスペースに三人は並んで腰掛けていた。

浜面『まあそう言うなよ。あん時のあんた見て舶来だってケラケラ笑ってたじゃねえか。良かったな身体張って笑い取れて』

駒場『………………』ゴンッ

浜面『痛えー!?』ヒリヒリ

半蔵『馬鹿……でも珍しいな駒場のリーダーから飲みに誘ってくんの。だいたいいっつも一人でチビチビ酒舐めてるか、ほとんど俺らが誘うかなのにさ』

駒場『……飲まずにはいられない夜もある』

拳骨を見舞う駒場、頭を押さえて悶える浜面、合いの手を入れる半蔵。
元はバーだったと言うのに適当に取り付けた剥き出しの裸電球に蛾が飛び込んでは落ち、また羽撃いては落ちを繰り返す。
そんな目映い光の下、言葉少なめにジャックダニエルを傾ける駒場の横顔に落ちる影を聡い半蔵は見落とさなかった。

半蔵『どうしたんだ?“計画”絡みなんかあったとか?』

駒場『……違う。舶来に会った』

浜面『舶来……ああ、フワフワした金髪のあいつ』

駒場が訥々と語り始める。食事休憩の際、フレメアと出会した事。
そのフレメアが日に二回も能力者絡みのトラブルに巻き込まれ、内二回目の窮地を救い出した人間に連れられていた事。
そして――彼女の無謀な勇気を、駒場なりの言葉で何とか諭した事。
イチゴのショートケーキとモンブランどちらにするかで悩んだ事……
宿題を少しだけその男と見てやった事。彼女が眠くなるまで話し相手になってやった事……
駒場はその男が何者かは明かさなかった。舶来の本名すら伏せて語るほど用心深い男である事は二人もわかっていたため、そこには敢えて触れなかった。
だが、そこで浜面が『二回トラブルに巻き込まれた』というキーワードに引っ掛かりを覚えた。

454 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:55:02.86 ID:0rnOj66AO
〜13〜

浜面『一日に二回も巻き込まれるとか……いよいよ末期だなこの無能力者狩りも』

半蔵『悪運に救われた……ってところだな。運が良いんだか悪いんだか』

浜面『悪いに決まってんだろ。悪酔いしそうな胸糞悪い話だぜまったく……あ』

駒場『……なんだ、浜面』

浜面『舶来を最初に助けたヤツらってどんな連中だったんだ?』

掻っ払って来たビッグマンの4リットルボトルを牛乳割りにして薩摩揚げをツマミにする半蔵を尻目に――
内心『その組み合わせはねーよ』と思いつつアサヒをグッと飲み干し、浜面が疑問を投げ掛けた。
それに対し駒場はただ首を横に振る事で暗に不明を告げた。

駒場『……俺もその現場を知らない。舶来も気が動転してすぐさま逃げ出した。だから顔は見ていない……ただ』

半蔵『ただ?』

駒場『……見たところ光を司る能力者だったらしい。後ろ姿からすれば女、茶髪のロングヘアーだった……らしい』

半蔵『び、美人か!!?』

駒場『……知らんと言ってるだろう』ゴンッ

半蔵『痛えー!?』ヒリヒリ

浜面『お前黄泉川に惚れてたんじゃねえのか……そんな見境ねえからお前は童貞なんだよ』

半蔵『お前だって童貞じゃねえか浜面!!』

浜面『ば、馬鹿野郎!俺女の子と手繋いだりデートした事あるぞ!!』

半蔵『お、俺はき、キスまでならした事あるぜ!お前と一緒にすんな!!』

浜面『うるせえ死ね!ヤラはた過ぎて素人童貞のまま寂しく死にやがれ!!』

半蔵『なんだとこの野郎!お前こそ素人童貞も捨てられねえまま死んじまえ!!』

浜面『なんだとこの童貞!!』ガタッ

半蔵『やるかチェリーボーイ!!』バンッ

駒場『……醜い争いはよせ、童貞共』

浜面・半蔵『『あんたは違うってのか!!!』』

駒場『………………』

浜面『ま……まさか』

駒場『……実は……』

半蔵『ははっ……嘘だろ?あんたも本当は童貞なんだろ?今更言い出しにくいんだろ?わ、笑ったりしねえから言ってくれよ……』

駒場『……夏に(ry』

浜面『聞きたくねえー!知りたくねえー!!信じたくねえー!!!』

駒場『……お前らが言えと言ったんだろう……』

半蔵『嘘だって言って欲しかったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!!』

455 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:55:47.14 ID:0rnOj66AO
〜14〜

焼酎の牛乳割り片手に咽び泣く半蔵、アサヒの空き缶を握り潰す浜面、チビチビとジャックダニエルを舐める駒場。
バーのカウンターに突っ伏し男泣きに打ち拉がれる仲間を何やら申し訳なさそうに見やる駒場の側で――浜面は考える。

浜面『(……茶髪の女……まさかな)』

スキルアウトの一人が血眼で探し追い求めている『茶髪の女』。
一瞬それが浜面の脳裏を過ぎったが、茶髪の女などこの学園都市には腐るほどいる。
光を司る、という能力は確かに稀少で特徴的かも知れないが――

浜面『(知ったこっちゃねえ。あいつらとはこれまで関わりなかったし、組むのだって今回の“計画”が初めてだしな)』

浜面にとってはあくまで他人事の範疇である。
何故ならばスキルアウトの一人がいたグループと、浜面らの間には抗争も交流もなかったのだから。
それに浜面らはATM強盗や車・板金を盗み出して売り払うなどが窃盗をメインにおいていたが――

浜面『(比べる訳でもねえけど、レイプ魔呼ばわりされるくらいなら童貞って罵られる方がまだマシだっつうの)』

彼等のいたグループは主に『女』を金蔓にするのがメインだった。
それこそ強姦や輪姦、誘拐や監禁、写真や撮影だので骨抜きし――
後はお定まりの売春を強要し、無理矢理客を取らせて金に換える。
いずれも駒場の縄張りでは御法度とされているものばかりである。

働く悪事や稼ぐ金銭に貴賎など持ち込まないが、浜面は粗で野であるが卑ではない。
自分の心に影を落とし良心の呵責に苛まれながら傷つき泣いている女を抱いて何が楽しいのかと。
それならばバニーガールのエロ動画を眺めている方がまだマシとさえ思えた。

浜面『……でも、それで舶来は助かったんだよな。変な話、俺達が憎くて仕方ねえ能力者に救われて』

駒場『……かもな』

浜面『もちろん、だからってコロッと能力者の見方変える訳でもねえし、計画から降りるつもりもねえって。けどよ……』

浜面とて能力者を憎んでいる。憎まずにいられたならばスキルアウトになど身を持ち崩す事などしない。
力がないと言う理由だけで排斥され、力ある者何一つ与えられぬまま奪われ見下され馬鹿にされ……
能力だけの醜くく歪んだ能力者を何人も何十人も見て来たその見方は一度や二度の美談と覆りはしない。ただ――

456 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:58:13.69 ID:0rnOj66AO
〜15〜

浜面『けどよ――どうしてその能力者達は、俺達無能力者の側の舶来を助けたりしたんだ?』

駒場『………………』

言うまでもなく自分達のようなスキルアウト……もとい無能力者は『持たざる者』である。
誰かが誰かを助けるのに理由はいらない、というのはあくまで『外』での話だ。
学園都市におけるレベルとは時や人や場合によってはかつての日本における士農工商……
カースト制度にも匹敵する絶対的かつ絶望的なヒエラルキーが横たわっている。
それに晒され続けて来た結果……素直に人の善意を受け入れるには、浜面らはあまりの悪意に触れ過ぎて来た。
人間に虐げられた野良猫がもう二度と、決して人間を信じないように。

駒場『……舶来をモノレールで助けた男は……』

駒場はオイルサーディンを無骨で節くれだった指先で摘み上げ口に運びながら言葉を探す。
しょっぱさと共に込み上げる思いを咀嚼し、どう表したものかと模索するように。

駒場『……――ただ単にムシャクシャしてやったそうだ』

浜面『はあ?なんだそりゃ』

駒場『……舶来に絡んでいた連中が目障りだったから鬱憤晴らしにブッ飛ばした、とそう言っていた』

もちろん、駒場が指す件の能力者……垣根帝督からしてもそれ以上の意味などないのかも知れない。
それこそ王たる器を持つ者の気紛れな目こぼし、というのが一番近い表現だろう。

浜面『……訳わかんねえな、能力者』

駒場『……明確な悪意で無能力者を狩って回る能力者もいれば、気紛れの善意で無能力者を守る能力者もいると言う事か』

浜面『はっきりしねえなあ……俺頭悪いからよ、白か黒かごっちゃになると頭こんがらがるんだ』

駒場『……まあ、な』

浜面「――いる訳ねえんだ。俺達と同じような事考えて動く能力者なんて。気紛れで助けられて、遊びで殺されて、俺達の命を右から左にされてたまるかってんだ」

この時、駒場の脳裏によぎったもの。それはもし『能力者』『無能力』という垣根を越えた一個人の中に……
もしかすると『自分と似たようなもの』を抱えている能力者もいるのではないかと言う事。

浜面『でももし……』

駒場『………………』

浜面『善悪でも白黒でもなく、人助けに勝手に身体が動いちまうような……そんな優しい馬鹿がいたとすれば――』

善悪の是非、能力の有無によらず誰かを救えるような――
457 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:59:05.85 ID:0rnOj66AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
浜面『――なんかそれって、ヒーローみたいじゃね?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
458 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 20:59:34.76 ID:0rnOj66AO
〜16〜

駒場『……ヒーロー、か……』

浜面『わかってるって。俺達のこれからやる事、今までして来た事、とてもじゃねえけどヒーローなんて言えねえ』

半蔵『……そうさ。これは俺達のけじめを、あいつらに落とし前つけさせて、全部にカタをつけるためだろ?』

浜面『おっ、復活したか半蔵』

半蔵『計画実行前から潰れてたまるか馬鹿野郎!二人とも、俺は決めたぞ。上手く行ったら個室サロンで女を買う!売り出してる連中知ってんだ』

浜面『うわあ……』

駒場『……売春は(ry』

半蔵『言うな!あんたは女達に売るなとは言ったが男達に買うななんて言ってないし聞いてないぜ!』

――わかってたんだよ。俺達はヒーローになんてなれっこねえ。
少なくとも俺には駒場みたいに無能力者狩りを止めさせようだなんて……
テメエの足で立ち上がって、それに周りの人間がついて来て、何もかも引っ張っていける素質なんてこれっぽっちもない。
俺の能力がレベル0から1に上がるくらいありえねえよ。

駒場『……それはさておき、いつまでも深酒に浸っていては明日に響く。そろそろ締めにしよう』

半蔵『だな……最後に、一杯やろうぜ』

浜面『ああ』

でもよ――ここでなら、こいつらとなら、何か変えられる気がしたんだよ。
群れの強さ、数の力、自分達の居場所、色々あるけど――俺一人が無力なんじゃねえ。

浜面『――捕まった連中の分』

半蔵『――やられたヤツらの分』

駒場『……どこかの無能力者の分』

浜面・半蔵・駒場『『『生きようぜ』』』

――居心地が良かったんだ。俺達がかっくらう安酒に酔っ払うみたいに。
いつか醒める酔いだってわかってんのに、追いやられて、爪弾きにされて、白い目で見られて……
そんな連中の輪でなら、横並びの群れの中でならコンプレックスなんて感じなかった。
引け目も負い目もなく、ただ自分がここにいて良いんだって思えた。

駒場『……――美味い酒だ』

なあ駒場よ。今ならわかる。何であんたが俺達が誘わなきゃずっと一人酒ばっかしてたのかが。

駒場『……礼を言う』

わかっちまったんだよ。ちくしょう。あんたがいなくなって初めてわかったんだよ。ちくしょう。

ちくしょう……!


459 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:00:28.91 ID:0rnOj66AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
浜面「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/14(日) 21:02:24.31 ID:R4HBe6GO0
このまま浜面が死んだら死んでも死に切れないよ・・・・
垣根さん助けて・・・・
461 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:02:28.03 ID:0rnOj66AO
〜17〜

浜面は夜空に吠えた。ビニールシートの捲れ上がった一部から除く、額縁に切り取られたような月に向かって吼えた。
それは負け犬と謗られ、落伍者と罵られ、たった今もリーダーの器ではないと自他共に認める力無い自分への、そして――

浜面「ヒーローなんて……ヒーローなんてどこにもいねえじゃねえか!!」

ヒーローなどいないこの冷笑的な世界そのものへの怒りだった。
場違いにも弱者を守ろうとしヒーローに成り損ねて逝った駒場への。
それを見下ろしどこかでそんな自分達の綺麗事を鼻で嘲笑う者達への。
それはやり場もなく行き場もなく逃げ場さえない怒りだった。怒りだけが浜面を支えていた。

浜面「クソッ……!」

資金源のうち九ヶ所は破壊され、残る十四ヶ所は他ならぬスキルアウトの身内らが持ち逃げした。
船頭を失った泥船からネズミが逃げ出すのは当たり前である。
頼り無く心許なく覚束無い浜面というハーメルンの笛吹き男に、ネズミ達はレミングス(集団自殺)に向かう義理などない。
卑屈なプライドに後ろ足で砂をかけられた浜面を支えるもの。
それはあの『いやに丁寧な口調の男』から依頼された『写真の女』を殺害し受け取る報酬と勝ち得る手腕を示す事だけだった。

浜面「……駒場、あんたの形見もらってくぞ」

そして浜面は壁の染みになった男の前で宣言する。そこに立つ己に宣誓する。
その手には駒場が身体に仕込んでいた発条包帯(ハードテーピング)……そして予備の演算銃器(スマートウェポン)。
そう――受け継ぐのだ。駒場の遺志と意志を己の意思と意地に変えて。
器は継げなくとも、その力を受け継ぐのだ。勝ち負けにこだわる先に行き着く死より、意地汚く生き延びるネズミの力……窮鼠の一噛みを。

浜面「……クソッタレなヤツらからの、クソッタレな仕事を、クソッタレなヤツらまとめて……やってやるよ!!」

浜面は踵を返す。引き返す事も振り返る事も後戻りも出来ない道を行かねばならない。
もしその道の途中で、弱者も救ってくれないヒーローが、自分を悪者だと立ちふさがったとしても

そんな偽善者には、このありったけの怒りを込めた銃弾をくれてやると固く胸に誓って――

462 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:02:56.96 ID:0rnOj66AO
〜18〜

美鈴「うえっぷ……また飲み過ぎたあー」

一方その頃……御坂美鈴は昨夜よろしく郵便ポストに対して熱烈な抱擁の真っ最中であった。
火照りを覚ますにはあまりに強い夜風もなんのその、天下御免の酔っ払いに怖い物などありはしない。
しかし唯一の相違点は――予想以上に足に来ていると言う事。

美鈴「あんのチャラ男……ちょー強えー」

それもそのはず、一人で杯を空けては憂さを晴らしていた美鈴に声をかけて来た男がいたのだ。
チャラチャラした見た目と、女慣れした口説き方、ゼニアのスーツとゼニスの腕時計をした青年。
人妻子持ちなのでナンパはお断りと告げても懲りず口説いて来たので、自慢のスーツがゲロまみれになるまで徹底的に潰して来た所である。

美鈴「いつぶりかしらねえ私をここまで追い込んだヤツ……ふへへへ、まだまだ若いもんには負けんぞー……美鈴さんに勝とうなんて十年早えー!」

ジョージ・T・スタッグス、ロンリコ151、最後はスピリタスで。
顔は見れたものだし若く見られてのナンパなので悪い気はしなかったが美鈴は既婚者であり夫に操を立てている。
故に哀れなチャラ男は今頃頭の中で三千本のリッケンバッカーをかき鳴らしているような頭痛に苛まれている事だろう。
現に美鈴も目の奥が痛いほどなのだが、自棄酒がほんの少しだけ愉快なものになったのも確かだった。

美鈴「ういー……断崖大学のデータベースセンターってけっきょくどこよー」

郵便ポストに寄りかかりながら開く携帯電話でナビウォークを起動させる指先すら覚束無い。
娘からの着信や返信も未だない。この酔いの火照りが覚めるか娘のほとぼりが冷めるのが先か――

美鈴「……沈利ちゃんからもメール来ねーし!」

そして昨夜より音沙汰無しの電話番号とメールアドレス。
娘の年上の友達、先輩格、恋のライバル……そして年下の『友人』。
手持ち無沙汰を慰めるために意味もなく電話でもかけようとした

――その時――

カツン……カツン

美鈴「……んあ?」

そんな美鈴のすぐ側を――闇夜にあって目立つ白い影がこちらを向いていた。
現代風デザインの杖と、それに負けず劣らぬ前衛的なファッションの

美鈴「おーい、そこの白いのー」

???「あァン!?」

痩身のシルエットが、そこに佇んでいた。

463 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:05:13.97 ID:0rnOj66AO
〜19〜

カラーン……カラーン……カラーン……

上条「鐘が鳴ってる……向こうもちょうど閉園時間か」

麦野「――あっと言う間ね」

――吹き荒ぶ秋風に乗って響き渡る遊園地の鐘の音が夜に吸い込まれて行く。
月灯りが照らす光が、第七学区へ向かう二人の道行きを照らす。
闇夜の中にあって連なる二つの影が一つに重なり溶け込む。
その足元から麦野は視線を上げて傍らに見やる。
そして巻き起こる夜風に舞い上がる前髪が落ちた所で上条も振り向いた。

上条「ああ、本当にあっと言う間だったな……やっぱり今度から休みの日に来てえな。全然回れなかった」

麦野「そうね。けど半日足らずで三つも回れれば御の字じゃない?ディナーは今一つだったけど」

上条「かもな……でも、本当に行って良かった。思ったより楽しかったし、それに――」

麦野「――それに?」

上条「お前があんなはしゃいでて、なんかそれがすげー新鮮だった!」

麦野「ば、馬鹿!はしゃいでたのはあんたでしょ?私のレベルに追い付くならまだしも勝手にテメエのレベルに引き下げてんじゃねえよ!」

上条「嘘吐けよ。お前だっていっぺんも嫌がらなかったじゃねえか。お化け屋敷以外」

麦野「うっ……」

上条「――お疲れ、麦野」

既に最終下校時刻が過ぎているため、帰りのモノレールもなくなってしまっているが――
ほぼ第七学区と隣り合わせにある道筋は一駅分にも満たない距離である。

上条「はー……やっぱりいるよな、スクーターのライセンス」

麦野「……かーみじょう。あんたの頭で本当に受かんの?本当に大丈夫なのー?」

上条「馬鹿!上条さんを見くびり過ぎだっての!だいたい聞いた事ねえよ原チャリの免許落ちるヤツなんて!」

麦野「私だって聞いた事ないし自分の男が原チャリの学科試験も受からないお粗末な脳味噌だなんて思いたくないわ。でももし落ちたら――」

上条「……お、落ちたら?」

麦野「――テメエを“チンパン”か“ペニ公”って呼ぶ事にする」

上条「なんだそのあだ名!!?」

今更ながら必要性を覚える原動機付き自転車の取得に乗り気の上条の意気を挫くように弄る麦野。
歩くのは苦手、と以前織女星祭でのたまった事はあるが――
こうして肩寄せ合って歩む30分足らずの道のりも、この向かい風を除けばそう悪くないかと信号待ちしながら麦野は思った。

464 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:05:46.68 ID:0rnOj66AO
〜20〜

美鈴「うあー……運転手さーん、まだー?」

運転手「はい、もう十分足らずで着くかと」

美鈴「あっはっはっはっはっは!早くしてねえ?出ないと……第二弾が……ウップ」

運転手「戻さないで下さいねお客さん!!?」

美鈴「へいへーいシートに吐いたらいち・まん・えーん!!全日本半ドア連合所属の名にかけてえ……美鈴さんはお口を半ドアにしない事をここに誓いまーす!!」

運転手「はいはい。その半ドア連合の話は聞き飽きましたんで、本当に危なくなったら言って下さいね。止めますから」

美鈴「何をー。早く断崖大学のデータベースセンター連れてってくんないと本当にやっちゃうぞー、へっへー」

運転手「(うああ、本当に嫌なお客さんだーっ!!)」

同時刻、御坂美鈴はつい先程まで絡んでいた『白いの』が呼び止めたタクシーに放り込まれて断崖大学を目指していた。
昨夜の回収運動のための保護者会とは違い、今日は大学に提出するレポート作成の資料集めのために学園都市を訪れたのだ。
AI・プログラム関連の電子情報群や演算ソフトを集めた閲覧保管施設(データベースセンター)がこの学園都市にしかなく、『この時間帯』にしか使用許可がおりなかったためである。と

運転手「また赤信号か……最近どうしてこんなに引っかかるんだ?」

美鈴「んー?……あれれ?」

タクシーが信号待ちに引っ掛かり停車すると……
青信号に切り替わった横断歩道を渡る二つの人影に、酒精の導きに彷徨っていた美鈴の眼差しが止まった。

上条「……っ……?」

麦野「……ん……♪」

美鈴「(うわー熱い熱い。若いねえー)」

それは奇しくも時同じくして同じ交差点に立ち……仲睦まじく腕組みしながら横切って行く上条と麦野の姿。
その光景に美鈴は若さを感じ、最後に旅掛とああして夜の散歩を楽しむなどと一体いつぶりだったろうかと思いを巡らせた。
同時に、愛しい我が子が……どう贔屓目に見ても親馬鹿を発揮しても――
美琴が介在する余地がコピー用紙一枚分の厚みもない事も美鈴は感じ取った。

美鈴「(美琴ちゃん……あれ落とすのはママのレポートよりよっぽど厄介よ)」


それは単に秋の肌寒さもなんのその、というお年頃のカップルにありがちな生暖かいいちゃつきぶりにではなく――
465 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:07:51.69 ID:0rnOj66AO
〜21〜

コートを脱いで来ても良かったかな、とふと思った。
それはこの肌寒い秋風の中にあって私一人じゃないって事、この静かな月夜の下にあってこいつがいるって事。
指を絡める、手を繋ぐ、腕を組むだけじゃ物足りなく感じてる私。

コートは私を寒さから守ってくれる。あたためてもくれる。
だけどこいつから伝わる体温を感じるのに少し邪魔になる。
0.02の薄っぺらい膜が中でこすれて痛く感じる時のような焦れったさともどかしさと狂おしさと愛おしさ。

私の中のドロドロした部分は、時にこいつを溶かして飲み込んでしまいたいと感じているのかも知れない。
一つになるという行為。同化するという物事。深く繋がるほど感じる隔たりはそのままこいつと私の心の距離。
仮にこいつと良く似た子供を宿したとして、そいつが私の身体から離れて行くのをきっと私は惜しむだろう。

上条「でもいいのか?本当に家まで送ってかないで」

麦野「駅まででいいわ。一人で帰れる」

上条「でも女の子の夜の一人歩きは上条さんは感心せんの事ですよ」

麦野「大丈夫。絡んで来る馬鹿いたら×××ねじり切って咥えさせてやる」

上条「〜〜〜〜〜〜」キュッ

麦野「私はたださらわれるしか能のないお姫様でも、守られるばかりのお嬢様でもないんだよ。あんたと張っても負ける気しないし」

上条「ストーカー騒ぎん時のか弱い麦野さんはどこに言ったんでせうか……つか前に俺の方が強いって言わなかったか?」

麦野「私と戦わなきゃあんたの方が強いわよ」

こいつは私より強い。私だってメンタルの上から言えば並みの女の二十人力はある。でないとこいつの女なんてやってられない。
フィジカルの面は言わずもがな。調べた事ないけどミオスタチンも人より多いんじゃないかなきっと。
ただ一つかなわないのは――罅が入っても傷がついても決して折れないこいつの人間としての強さ。
というより惚れた弱味が根っこにある以上、こいつにまともにやり合う分だけ無駄な浪費ね。気力や時間の。

麦野「――けど」

上条「どうした?」

麦野「今日はちょっとしたお姫様気分だったわ。ガラスの靴だ御伽の世界だ魔法の国だお菓子の城だ……初めてだった」

上条「18歳にして初の遊園地デビューだな!」

麦野「そう言われるとなんかムカつくんだけど」

466 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:08:19.28 ID:0rnOj66AO
〜22〜

交差点の横断歩道に横たわるゼブラを踏みつけながら狐と獅子は夜を行く。
ところどころで警備員が巡回しているが構う事なく歩を進める。
ダークグリーンやアイスブルーの輝きが彩る夜の中、ビュウビュウと吹き抜ける風がプロペラを回す。
それを見上げる麦野にはやはりそれが墓標か十字架のように見え――
対する傍らの上条にはそれが『道標』のように思えた。

上条「お姫様か……俺、王子様ってガラじゃねえんだけど」

麦野「王子様って言うか駄馬ね駄馬ね」クスクス

上条「とうとう人間ですらなくなった!?」

麦野「家畜にも向かないし奴隷にも使えない。まあ馬繋がりで馬子にも衣装の王子様でいいよ」ケラケラ

上条「覚えてろよ……」

鏡張りのビルに映る互いの微笑。麦野は麦野なりに今日という一日を楽しんだのだ。
今まで両親に遊園地に連れて行ってもらった事など一度たりとてなかった。
上流階級の人間の宿業と言ってしまえばそれまでだが、余りある金と物を与えられる中――
麦野は『思い出』だけが与えられなかった。家族の『記憶』だけが欠けていた。

上条「でもお前も変わってるよな」

麦野「何がよ?」

上条「デートの時は一緒に出りゃいいもんを、わざわざ待ち合わせにするし帰りは別々だし」

麦野「テメエは本当に頭悪いな。こういうのってムードの問題でしょ?」

麦野は語る。他の半同棲カップルがどうかは知らないが、常に一緒だとどうしても糠味噌臭いのだ。
一緒の家から出るお出掛けはどことなく買い物に行くような気分の延長でもから抜けきらない。
麦野にとっては誘ったり誘われたり、待ったり待たされたりという『時間』が大切なのだ。
別れた後一人の帰り道、その日一日を振り返って余韻に浸るという事。
生活感が滲み出るのは仕方ないにせよ、それが関係性にまで染み付くのを麦野は嫌う。

麦野「まあそれも寝る前まで何だけどさ。今日はせいぜい12時くらいかにゃーん?」

上条「あと二時間しかねえじゃねえか!」

麦野「――でも、想い出はずっと残るよ。心にね♪」

上条「うっ」

麦野「かーみじょう?」

そういう糠味噌臭い生活は、もう十年ほど先送りにしたって良いではないかと。
それこそ父親に似た面倒臭がり屋か、自分と良く似て負けん気の強い子供に手を焼きくような未来は。

467 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:12:46.36 ID:0rnOj66AO
〜23〜

麦野「私さ、インデックスに絡んだあの夏の日……考えたのよねー」

上条「………………」

麦野「もし、あいつみたいに記憶を奪われたら、あんたとの思い出を無くしたら、あんたの中から私が消えてしまったらってね」

衣替えした枯れ葉の街路樹を突っ切る車道を走るバンの集団が暗がりに灯すテールランプを見送りながら麦野は紡ぐ。
有り得たかも知れない未来を、起こり得たかも知れない悲劇を。

麦野「――きっともしそうなったら、夏の頃の私だったらあんたと別れてる。どんなに好きでもどれだけ愛してても」

上条「そんな事……」

麦野「冷たい言い方かも知れないし冷めた考え方だとも思うわ。だけど……」

麦野が立ち止まり、その手を引いていた上条も同時に立ち止まった。
駅までもう百メートルもない距離、一メートルもない二人の距離。

麦野「あんたの中から私が消えてしまうって事は、それはあんた一人が失われるんじゃない。あんたの中にいる私も死ぬのと一緒、同じ意味なのさ」

もし記憶を永久に失い、永遠に取り戻せないとすれば――
それは一つの『死』だ。命もある。心もある。魂もある。
しかし幾多の『死』と数多の『終わり』を見て来た麦野の考え方は違う。それを『生きている』などとは考えられなかった。

麦野「――そうすればきっと、私はまたあの闇の中に舞い戻ってた。優しい幻想(ゆめ)の終わり、儚い夏の幻って言っちまえばおセンチな話だけどねえ?」

人は死ぬ。死なざるを得ないから死ぬ。どうせ死ぬ時は一人が良いとそう考えている。
それは殺す殺されるを繰り返して来た麦野の中の一つの真理。
『人は必ず死ぬ』という子供の頭でもわかる理屈を、経験によって身体に刻んだ人間の考えを覆す術など一般人にはない。

麦野「でも今は違うかな」トッ

上条「!」

麦野が上条の胸に飛び込む。爪先立ちの背伸びさえ必要ない同じ目線。
それを上条は黙って受け止める。静かに受け入れる。
有り得たかも知れない悲劇を超えた、今ここにある奇跡を。

麦野「例えあんたが全てを忘れてしまっても、何度だって“はじめまして”って言える。今の私ならね」

デジカメで切り取る思い出、それを貼り付けるのは何も百円均一の安物のコルクボードだけとは限らない。

『心』という曖昧模糊な、誰しもが持ち合わせるマスターピースに刻む事だって出来るのだから。

468 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:13:14.90 ID:0rnOj66AO
〜24〜

上条「――俺だってそうだっつの。お前が俺を忘れても、無くしたのは俺の記憶であってお前の命まで失われる訳じゃないってなら……お前がどんな形であれ生きててくれんなら――俺はそれでいい」

麦野「――私から記憶を奪ったら、きっとどうしようもなく弱い女になりそうだね。戦い方も考え方も全部リセット、なんてなったらあんたを守れないじゃない」

上条「――いいんだ。それだって。なんべんも言ったけど、上条さんが麦野を好きになったのはレベルでも、能力でも、ましてや強さでもないんだって」

――俺がもっと強かったら、頼りがいがあったら、しっかりしてたら……
さっき言ってたみたいな普通のカップル……いわゆる『普通の女の子』のままでいさせてやれなかった事も。
いくら鈍感な上条さんでも、流石にわかる。8月8日にあったアウレオルス=イザードとの戦いの後のこいつの変化も。

麦野「……私は重いぞ」

上条「舐めんなよ。腕で担げなきゃ背中でおぶってやる。暴れたって引きずってくぞ」

その前の……6月21日。あの夜落ちたブリッジが、そのまま俺とこいつを繋ぐ架け橋になった日から俺は覚悟を決めてる事がある。
貫き通さなきゃいけない誓いを。どんな事があっても突き通さなきゃいけない事がある。

上条「――重くたっていいんだ、沈利。重いのが悪いだなんて誰が言って、どいつが決めたってんだ?少なくとも俺はそう思わねえ」

麦野「……当麻」

上条「――お前の重さが、俺の中の揺るがないもんになるんだ。もうなってんだよ、沈利」

それは、俺が今でも偽善使い(フォックスワード)を名乗る理由。
正義の味方でも救いのヒーローなんかでもない俺が人助けに必死になって駆けずり回る理由。
それは目の前で泣いてる誰かをほっとけねえ、って言うのが心の一番太い根っこにある。そして

上条「――こんな大事なもん重荷に思うってなら、俺の中に胸張って誇れるもんなんて一つだってねえよ」

――俺がヒーローなんかじゃなく、偽善使い(フォックスワード)を名乗り続ける本当の理由

……それは――

469 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:15:14.08 ID:0rnOj66AO
〜25〜

――当麻と付き合う前、こんなだけど一応女の端くれでもある私だって少しくらいは考えた事がある。
誰かに恋するだの誰かに愛されるだの、そんな薄ら寒いぬるま湯に浸かる私を。そんな私を選んだ、隣を歩く誰かを。

安っぽくてくだらねえ愛の言葉だ、無責任な上辺だけの優しさだ、鼻で笑ってツバを吐いてやりたくなる本音だなんだかんだ……
馬鹿らしい。そんな甘ったるい世界なんて現実のどこにもねえっていい加減気付けよ。
誰も彼もが仲良しこよしで、そんな奴らの輪の真ん中にいるヤツが手放しで持ち上げられて幸せを祈られるなんて幻想――
想像しただけで火の通ってないシャケ弁食った時みたいな吐き気がする。

何かを許す、誰かを信じる、世界に認められる、幸せの中で笑う――私の大嫌いなもの。
シャケ弁の端っこについてる、漬け物コーナーにはみ出したミカンの切れっ端みたいな価値観。

この原子崩し(メルトダウナー)って力は私そのものだ。
破壊する、否定する、拒絶する、排除する。壊す事と殺す事にしか使えない。
だから私は誰も助けない。救わない。守らない。

ただ一つ、ここまでを捨てたつもりの私の中の残された上条当麻(モノ)を除いては。

麦野「――私さ、やっぱり男の趣味悪いみたい」

上条「上条さんは女を見る目があったと思ってるぞ」

麦野「節穴ね。目見えてないんじゃない?」

上条「恋は盲目、って昔のエラい人が言ってたぞ」ニヤニヤ

麦野「〜〜〜〜〜〜」バシンバシン!

上条「痛いっての!」

――私は偽善の言葉(フォックスワード)なんて信じない。
誰かがこの馬鹿に吹き込んだ台詞から引っ張ってくんなら『女は言葉じゃ納得しない』ってとこかね。

でも……三度殺そうとして、三度も私を止めるような行動を取ったこいつを否定するだけの言葉を、私はもう持ってない。持てない。
信じるというのとも少し違う。疑いたくても疑えないんだ。
何度投げ出したくなっても、こいつだけが変わらない。

上条「ほら、そろそろ駅着くぞ」

麦野「――うん……」

上条「……寂しいのか?」

麦野「別に?」

――『永遠』だなんてチープなキャッチコピーがつけられたダイヤみたいに輝くこいつが

麦野「――だって、明日また会えるじゃない?」

――こいつと同じくらい悪くなった私の目にも、星よりも輝いて見えるから
470 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:15:40.21 ID:0rnOj66AO
〜26〜

そして麦野と上条は駅前の噴水広場にて別れた。
どちらともなく告げた言葉と重ねた唇に『おやすみ』を乗せて。
夜風と呼ぶにはあまりにも勢い良く吹き荒ぶ秋風に揺れる花壇を前に。
それが二人にとっていつもの、そして一つとして同じ日のない日常の風景であった。

姫神「(雨が。降りそう。二次会。やっぱり止めようかな)」

青髪「あーメッチャ食べ過ぎてお腹しんどいわー……こないなタヌキ腹やったら上手く歌うんキツいわー」

姫神「肉ばかりに箸を伸ばすから。野菜をバランスよく食べれば。胃の中でクッションになるのに」

青髪「そないな事今更言われたかて後の祭りやって〜〜」

姫神「自業自得。あれ。そう言えば。土御門君は?」

青髪「何や用事ある言うて先帰ったで?」

姫神「さっきまで。カラオケ。乗り気だったのに」

第七学区の交差点の東側から歩む二つの影。その頭上を押し流されるようにして広がる乳房雲の群れ。
季節外れも甚だしい雷雨を予感させるに足る、凶兆すら感じさせる怪しい雲行き、嵐の前の静けさ。

垣根「ムカついた。もう着れねえだろこれ……うっぷ、また吐きそうだ!」

そして西側から来たるは水洗いされたスーツを肩口に引っさげた咥え煙草の青年。
苛立ち紛れに噛み千切るフィルター、吐き出す紫煙が秋風の中溶けて消える。
辛うじて生き延びたクロノマスターの文字盤が示す時刻は既に最終下校時間を過ぎている。

「一方通行(アクセラレータ)。何か用件ですか」

更に南側より歩を進めるは銀座英國屋のスーツに身を包んだ青年実業家風の男性。
左手に携帯電話、右手にダレスバックを引っさげた甘いマスクと柔らかな声。
その爽やかな笑みと、いやに丁寧な口調がひどく演技がかって見えた。

御坂「はあっ、はあっ、はあっ」

北側より出でるは常盤台中学の制服の上にSEE BY CHLOEのホワイトコートを羽織った少女。
止まる車、切り替わる信号、動き出す雑踏、四方向からの通行。
少女は走る、駆ける。何かに追われるように、誰かを追うように。



轟ッッ



青髪の少年、茶髪の青年、黒髪の少女、シャンパンゴールドの少女が交差点にて一瞬交錯し――
そして各々の道筋へと向かって行く。振り向く事も振り返る事もなく。



吹き荒れる風だけを残して、交わる運命が放たれて行く――



471 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:18:17.30 ID:0rnOj66AO
〜27〜

スキルアウトG「(ブチ込んでやるぞ)」

そして――上条と麦野が交差し始まった物語の舞台……
交差点にて会敵したスキルアウトもまた、断崖大学へと向かい直走る盗難車から降り立ち駆けて行く。
その手にはハンドメイドの手製の焼夷ロケット砲。
背を屈め頭を低くし、見取り図にある約八箇所もの出口の内一つに狙いを定めてスキルアウトは行く。

スキルアウトG「(ここいらで手柄を立てねえとどうにもならねえんだよ!!)」

スキルアウトの妙に青白い顔に汗が滲み出、焼夷ロケット砲を持つ手に巻かれたチェーンがチャラチャラとなる。
切れ込みを入れたズボンに包まれた足は今すぐにでも飛び出したいのを留めるので精一杯だ。
今まで女衒めいた仕事しかして来なかったスキルアウトは、浜面らほど荒事に長けていなかった。しかし

スキルアウトG「(帰る場所なんて……もうどこにもねえ!!)」

スキルアウトは考える。あの『茶髪の女』に全てを奪われた日々と現在を。
仲間は全て鏖(みなごろし)にされ、資金源も女達という商品も失った。
報復に打って出た交差点では無関係の人間を轢いただけで肝心の『茶髪の女』には近づく事さえ出来なかった。

スキルアウトG「(何も残ってねえ……どん底だ!!)」

スキルアウトは訴えた。自分を捕縛した警備員に。
自分を第十学区の少年院に自分を放り込んだ裁判所に訴えた。
仲間が殺された事。死体は残らなかったが血痕は残されていた。
状況証拠ならばそれだけでも事足りた。しかし――スキルアウトの訴えは揉み消された。
否、『訴えた事すら』なかった事にされたのだ。立件以前の問題、闇に葬られた見えざる神の手に握り潰されたのだ。

スキルアウトG「……狙え、狙え……!」

三ヶ月という月日、少年院から出所した後スキルアウトは浜面らのグループに新参者として加わった。
資金源もない、発言権もない、自分を拾ってくれた駒場利徳もいない。
浜面仕上には軽んじられ、服部半蔵には疎んじられ……
『居場所』を作るのだ。もう誰にも蔑まされないために。そして

スキルアウトG「ウオオオオオオオオオオ!!」

ドン!と焼夷ロケット砲が出口に着弾し夜空を赤く染める火の手が上がる。

憎き仇……『茶髪の女』の顔を思い浮かべて放った一打。

外すはずがない。どん底に落とされた人間に無くすものなどない。

――必ずやいつか、この絶望をあの女に叩き込んでやると――
472 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:18:44.55 ID:0rnOj66AO
〜28〜

麦野「……どうしたもんかねー……」

一方、麦野は家路につく道の途中でドラッグストアに立ち寄っていた。
そろそろ始まりそうだし買い足しておくかと店内をウロウロと回りつつメトロミントを買い物カゴに放り込んだその時――
あらぬコーナーであらぬモノを見つけてしまったのである。それは

麦野「……奇跡!うすさ0.01ミリ……最先端技術の無駄遣い過ぎでしょ学園都市/////////」

――麦野の顔が真っ赤になる程度のモノである。
外部とはニ、三十年ほど先行く学園都市の技術力は実に様々な分野に行き渡っている。
ちなみにインデックスが上条家にやって来た際――

禁書目録『とうまとうま−!これ膨らむばっかりで食べられないんだよ!風船なんて冷蔵庫に入れても美味しくならないかも!』

上条『インデックスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥー!!!』

麦野「(……あれからその手のもんはみんな私ん家に移したんだよね……)」

若さ故の過ちである。苦い思い出を頭から追い出すようにかぶりを振る傍ら――
はたと思い当たる。こちらのストックはどうだったかと。

麦野「(そう言えば昨日御坂にソルティライチ渡した時にはもうなかったっけ……この間のが最後だよね……ってこういうのは男が買うもんだろうが!つかあいつなくなったんならなくなったって言えよ!!)」

存外女の側からするととかく切り出し辛い問題である。
かと言って『買って来いよ』とも恥ずかしくて言い出しにくい。
さりとていざそういうムードになった時ないはないで困る。
一時期針で穴を開けてやろうかと言う病んだ時期(インデックスが転がり込んで来た辺り)もあったが今はそうも行かない。

麦野「(……私以外に客いねえよな?)」

ついつい辺りを見渡してしまう。店員は幸いにも深夜だと言うのにおばちゃんが一人だけである。
まるで万引き犯のように油断なく視線を這わせ……そーっとその箱へと手を伸ばした。

―――その時―――

♪とぅるるるるるるるる♪

麦野「!!?」ビクッ

鳴り響く携帯電話。取り落とす箱。思わず見開いた目を左右に走らせ、そこで気づく。
着信音からして上条以外の誰かからの電話だと思い当たった麦野は慌てて箱を商品棚に戻して携帯電話を取り出し、開く。

麦野「……!?」

その画面に映っていた、打ち込んだばかりの名前――

473 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:19:46.61 ID:0rnOj66AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――着信:御坂美鈴――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
474 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:21:38.80 ID:0rnOj66AO
〜29〜

『かの御坂美鈴様より、断崖大学のデータベースセンターの使用申請が出されていたものですから、そちらを襲撃させていただきました』

ポツ、ポツ、ポツと降り出した雨が一気にどしゃ降りのそれに取って代わる。
最初は飛礫のようなそれが、次第に雹を思わせるような黒風白雨に。
さながらハリケーンでもやって来たようなその雨風の中――一人の白い影が携帯電話を耳に当てながら顔をしかめていた。

『回収運動という言葉はご存じですか』

この暴風の中にあってさえハッキリと耳朶に響き渡る柔らかな声。
その紳士的な声音と悪魔的な声色に白い影はペッと唾を吐き捨てた。
かつてものの本にあった、長くて厚いだけが取り柄のその文章の海の中でただ一箇所心に留まった節。

『御坂美鈴様は回収運動における保護者代表の立場にあります。彼女の背後関係や我々との利害関係は必ずしも一致しませんが、念の為にここで摘んでおく事に決定しました』

――それは前線で銃弾を撒き散らし敵を殺すものより、銃弾の届かぬ場所から書類や電話一つで敵味方を死なせる人間が最も悪辣だと言うそれ。
白い影はそこで一言二言交わした後、ピーッという奇妙な音の後通話を断ち切った。

???「クソッタレが……」

白い影はしまい込んだ携帯電話に代わってポケットの中の拳銃。
弾丸は夕方、病院内に潜伏していた最後の無能力者狩りのメンバーを屠った際に一発使ったため残り四十九発。
四は死、九は苦にかけられる忌み言葉だと言うくだらない言葉遊びが脳裏を過ぎると

ダッ


???「―――――、」


その白い影のすぐそばを、栗色の髪の女がすれ違うように駆け抜けて行く。
ビルの林の向こうに広がる地平線、赤々と燃え上がる火の手、断崖大学データベースセンターに向かって走って行く。
白い影は垣間見たその美しい顔立ちに見覚えがあった。見間違えようもない顔の一つであった。

???「………………」

暴風が吹き荒れて行く。全てを飲み込み押し流して行くような豪雨が、灰色の街を黒ずんだ坩堝に変えて行く。
狂ったように廻る十字架のような風車が、歪み軋み捻れた音を立ててクルクルと回る。
この夜の先に待ち受ける、逃れ得ぬ死への手向けのように。

???「――行くかァ」

許されざる者達への墓標のように――

475 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/14(日) 21:23:16.64 ID:0rnOj66AO
〜30〜

かくて魔の山のような断崖大学データベースセンターにて運命は交差する。
 
 
 
 
 
生者と死者の境界が曖昧となる夜にあって、天に向かって掲げられた火の元に
 
 
 
 
 
重力の虹に引かれるようにして集う、罪人との狂宴と悪人の饗宴。
 
 
 
 
 
パンを模された肉が供えられ、葡萄酒を象る血が捧げられる魔女の大釜の底が抜けたような坩堝の中へと
 
 
 
 
 
幻想交響曲を背に向かう断頭台への行進へと光を司る魔女は駆けて行く。
 
 
 
 
 
明ける事のないヴァルプルギスの夜の中へ、星の光もさらえぬ闇の底へ魔女は行く
 
 
 
 
 
―――――伏魔が手招きする、絶望の地平線へと―――――
 
 
 
 
 
476 :投下終了です! :2011/08/14(日) 21:24:36.18 ID:0rnOj66AO
たくさんレスをありがとうございます。最高に幸せ者です。
では第十二話終了となります。失礼いたします。
477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/15(月) 00:08:09.68 ID:e7mY+Vi/0
すごく面白くて上麦こそがジャスティスと思えるよ 
偽善使いシリーズ大好きだけど、濃くて難しいな この板向けじゃないのかもね
478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/15(月) 00:39:36.96 ID:K0ue3RsPo
ものすごく面白いのだが、一点だけ。

「一レス一行」の演出手法を多用しすぎではないかと感じた。
わざとらしく見えてしまうし、ここぞという時の効果が落ちるように思う。

余計なお世話かもしれないけれど、感想として。
479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/15(月) 01:03:42.74 ID:uKny2V2io
それを否定するわけじゃないが引きのとき(チャプター?の終わり)にしか使ってないことを考えると問題ないしむしろ好きだよ


空白の行数はもう少し減らしてもいいと思った
480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga sage]:2011/08/15(月) 11:49:39.32 ID:kx6ceCAo0
こんなに爆発してほしくないHAMADURAははじめてだ…超乙

永遠の愛が逃げられない呪いとか、母性をライオンの子殺しとか、この作者さんは徹底的に残酷だわな(褒め言葉)
対人関係もパパセラssから相互理解とかあったかいやさしさを全部切り捨てて一切受け付けなくしたような…

良い意味でエグいss。読んでて心をえぐられるよ
481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/15(月) 14:41:31.35 ID:tmgsGoNNo
便所の落書きでこんな読み応えのあるSSがあるなんてな…むぎのんが持つ「歪み」がよく表現できていますぞ
かまちーよりも文章がうまいしなww
482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/15(月) 17:21:38.39 ID:e7mY+Vi/0
そうなんだよな、小説として読むにはめちゃくちゃ面白いんだけど、ssとして読むには疲れるな
俺が小説慣れしてないだけだが…。本編だったら良かったのに
483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/16(火) 00:13:38.65 ID:YYJc8V/50
>>1乙 すごく面白かった

思うに、ハードテーピングとスマートウェポンを持つ今の浜面に
アニメの(やや)イケメンフェイスがあれば、超HAMADURAになれるかも
そして、ドラゴンライダーに乗った浜面は超HAMADURA2に…
484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga !red_res]:2011/08/16(火) 06:53:18.48 ID:rqOedTgL0
      〃  /: : : :i: : : : : : : : : \ : : : : : :ヾ     }
       {{γ7: : : :.:: :| : : : : ト、\: : ::\ : : : : :iYj......ノ
       / ,′: : : :: :|: : :..:.:.|v、 : \: : : Y: : : :|て添
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       八!: : : i: : :/ イ: : : : :| :::._,,x===x|: :i: ::lヽノ |ト-”
.       |: i : |: : i" j∧: : ::|  '"VJii::} ヾi! |i} ||
.       |/| : |: : | yfi\ |    ゞ=,,' | :/ : |イ  ’
.        j! | 八:.:.|ハゞVン \   wiw |/i: l |:|
          |{ |:\::∧ ¨´ 丶      / .i! j:从  ___
          ゞ. |::ハ::::::iヘ     _    / |/¨ー  /   ヽ
.            |′i:::::| i>..._ ` ` イ ,ィ     ,     :
            ゝ:γj     ≧升彡' ,::   .: j /    i
                 }jヾ     `_..Y::/   .::i f/    八
                 Y 丶..::、    ||ー    :::У  -===ミ}
              |   ゙ヽ.Y    八     .:{く「     ::''.イ
              L _  |  /  `ー-=ミ_`:|    ! i!
              `¨ヽ `i/   ..::Y /¨¨i    |、_八
                 i | ゙̄≧=o。:jo゚   |    i`ー=ミ、
                      | ゚、    ...:...    i   |´ ::.i/
                      i   ゝ、 .....:ィ::::::::::::::-|     i  ::|

485 :名無しNIPPER [sage]:2011/08/16(火) 11:30:57.09 ID:wzR0OlG50
浜面達の回想シーンでグッときた。キャラの魅せかた上手すぎだろ。この浜面は好きになれる。
486 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga !black_res]:2011/08/16(火) 17:35:17.28 ID:yfl+7YQAO
テスト
487 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 17:38:14.01 ID:yfl+7YQAO
>>1です。今夜21時、第十三話を更新させていただきます。
いつもより短めですがよろしくお願いいたします。
488 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:02:59.84 ID:yfl+7YQAO
〜とある驟雨の空間座標(レイニーブルー)32.5〜

結標『――まるでハリケーンね』

窓硝子を穿つ飛礫のような雨と、ヒステリックな夏の嵐、そして稲光る遠雷を――
結標淡希は初めて目にする天井に取り囲まれながら見やっていた。
彼方には時計盤のような風車が狂ったように廻り、夜の帳を紫電が切り裂く度に不吉な影が浮かび上がる。

白井『怖いんですの?いつもあんなにおへそを出されておりますのに』

結標『ただ五月蝿いだけよ。雨音が耳鳴りみたいでね』

そして傍らには――下ろされた栗色の髪と流された赤髪を絡ませて遊ぶ『仇敵』が微笑んでいた。
結標はそれにどんな表情を向けられば良いのかわからなかった。
憎しみを込めた眼差しを送れば良いのか、愛しさを含めた流し目を向ければ良いのか。

白井『――では、こうなされては如何ですの?』

結標『んっ……』

白井『聞こえますの?わたくしの音が』

抱き寄せられ胸元に押し付けられる耳朶。伝わって来る鼓動が、ノイズのような雨音に上書きされて行く。
トクン、トクンという穏やかな心音とせせらぎのような血流。

結標『……聞こえるわ』

白井『これで雨音も気になりません事?』

結標『――そうね』

塞ぎたかったのは内なる罪悪感を訴える声だったのかも知れないと薄暗闇の中結標は思った。
昨夜まで側にあった、子守歌を思わせる心音とは異なるリズム。
最も愛おしかった存在から逃げ出し、最も憎らしかった存在へ飛び込んだ自分の心臓こそ止まってしまえば良いのにと考えながら。

白井『――雨、お嫌いですの?』

結標『……少しね、思い入れがあるのよ』

白井『そうですの』

四つ違いの少女はそれ以上の事を深く追求して来なかった。
聡いと言うか、弁えがあると言うか……少なくとも、今結標の抱えているものを理解した上で――
少女は側にいるのだろう。片翼のもげた黒揚羽を両手ですくいあげるように。

結標『――去年の秋頃も、こんな嵐の夜だったわね』

それは結標にとっても忘れ得ぬ日。10月3日。
断崖大学データベースセンターでの一件。自分達『グループ』が各々の利害関係のために手を組んだ夜。
あの夜もこんなハリケーンじみた吹き荒ぶ嵐のようだったと。そして――

結標『……もっと、音を聞かせて……“黒子”――』

あの夜、『私達』が出会わなければ自分はどうなっていたのだろうかと――

489 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:04:02.15 ID:yfl+7YQAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十三話「Witch's dozen」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
490 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:04:31.03 ID:yfl+7YQAO
〜1〜

――――――時は僅かに遡る――――――

スキルアウトa『セキュリティー切れてんじゃねえのか!?話が違えじゃねえか!』

スキルアウトb『馬鹿落ち着け!動いてんのは火災報知器だけだって!』

スキルアウトc『兎に角例の女探そうぜ。時間がねえ、見張り減らして代わりに中入れろ!早く!!』

スキルアウトd『ったく浜面の野郎杜撰な絵描きやがって!だから言ったんだ!』

スキルアウトe『いや、火そのものは全部点いた……このハリケーンのせいか』

スキルアウトf『ツイてねえなあ……ツイてねえよ』

スキルアウトG『………………』

美鈴『(な、なんなのよこれは!!?)』

御坂美鈴は直径50メートルほどのドーム型の施設、断崖大学データベースセンターのそのまた隣接したキューブ状の建物に身を隠していた。
そこはサブ演算装置保管庫であり、美鈴は蛍光灯の切れた真っ暗な部屋、マザーボードに頭を低くして縮こまった。
調べものをしている最中に突如として起こった爆発、火災、そして鎮火と共に雪崩れ込んで来た靴音。
それがハリケーンの吹き荒ぶ音と相俟って、美鈴の精神の均衡に爪を立てて行く。

美鈴『(探されてる……さっきの爆発がこいつらのやったものなら、見つかったら私は殺される!!)』

今施設を利用しているのは自分一人、そして先ほどから耳朶と心臓を震わせる男達の怒号。
酔いの回った頭でも覚えている警備員への三桁から成る緊急通報番号へのコールは既になされた。
『妙に丁寧な口調の男』が応答に出てから既に十分近く経過しているのに梨のつぶて。
何一つとして間違っていない手順をなぞりながらも、酔いすら消し飛ばすほどの恐怖に美鈴は震えていた。
恐怖だ。このハリケーンと、迫り来る死と、辺りを包む暗闇が蝕んで行く。

美鈴『(一人はまずい。独りはマズい。ひとりは追い詰められる。誰か、誰かお願い!!)』

破裂しそうな心臓と共にせり上がりそうな叫びを、誰かへの言葉に伝えたかった。
夫は連絡がつかない、さりとて娘・美琴への電話はプライドが許さない。
娘を戦場と化しつつある学園都市より連れ戻すと説得を重ねていた自分が何故娘に寄りかかれるか。と――

麦野『――友達なんかじゃない』

その時美鈴の脳裏をよぎったのは、昨夜と今夜にかけて二度見かけた冷たい美貌、脆い横顔。

美鈴『はは……』

指先が、登録したばかりの番号に伸びた

491 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:06:48.55 ID:yfl+7YQAO
〜2〜

――――そして時は巻き戻る――――

麦野『クソッタレが!!!』

麦野沈利は足元に原子崩しを放ちロケット噴射の要領で宙から空、街路樹から風車へと飛び石伝いに直走る。
原子崩しを放つ左手とは逆に右手で持った携帯電話。
暴風雨の夜駆け抜け前髪が額にへばりつき、嵐の中突っ切って下着の中までビショビショになる。
あまりの風雨の勢いに怒鳴り返すように叫ばねば電話口の相手に伝わらぬほどであった。

麦野「さっき武器持ってるって言ったわねえ!?ならそれはスキルアウトよ!!」

美鈴「な、なにそのスキルアウトって?」

麦野「武装したギャングみたいな連中だと思えばいいわ!!」

美鈴との会話から分析する。恐らく美鈴は昨夜麦野が懸念した通り、回収運動に熱を入れ上げ過ぎて『剪定』される事になった。
しかし『剪定』にあたっての意思決定は上層部からなされるのが通例だが――
恐らく襲撃の実行部隊は暗部ではく駄賃目当てのスキルアウトが動員されたのだと麦野は推理する。
暗部ならば最初の一撃で全てカタをつけるはずだし、第一陣が空振れば第二波は全力で縊り殺しに来る。
そうなれば美鈴は今頃生きていないだろうし、そもそも暗部ならば作戦行動前から妨害電波を含んだ一切の通信手段を断ち切ってから事を起こす。
こんな穴だらけのチーズのような計画に食いつくのはそれこそ溝鼠(スキルアウト)のような溝鼠だと麦野は断定する。

美鈴『そ、そのギャングだかチーマーだかヤンキーがどうして私を狙うのよ!?』

麦野「あんた、御坂を取り返そうとしたろ?似たような親達煽って、事をデカくし過ぎたんでしょ!?だからだよ!!」

美鈴『……!!』

麦野「馬鹿がッッ!!!」

受話器越しにも息を飲む美鈴に、麦野は年長者と言う事も忘れて怒鳴りつける。
しかし口調とは裏腹に麦野の頭脳は氷の湖のように澄み、冷え切っていた。
暗部を動員していないと言う事は美鈴の後ろ盾と背景を調査した上で『念の為』殺すと言った程度。
故に手際の悪いスキルアウトに撃たせ走らせ囲ませている段階に留まっているのだ。

麦野「(敵は潰す。敵は殺す。その後でこの馬鹿を街の外に放り出す!それしかない!!)」

美鈴にとっての最悪の不運は、麦野にとっては最大の幸運であった。
今ならばまだ取り返しがつく。まだその分水嶺に踏みとどまれていると。

492 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:07:26.68 ID:yfl+7YQAO
〜3〜

麦野「御坂は!?」

美鈴『え?』

麦野「御坂は呼んだの!?ムカつくけどあいつは私と同じレベル5よ!まだなら今すぐ――」

美鈴『ダメよ!!!』

麦野「!!?」

美鈴『美琴ちゃんはダメ!美琴ちゃんがどれだけすごくても、沈利ちゃんと同じくらい強くてもダメ!!あの子を危ない所から連れ戻そうとした私が、どうしてあの子を頼れるって言うの!!!』

麦野「……っざけんなこのクソ馬鹿が!!!」

嵐の音すら静まり返るほどのガテラルボイスで麦野が叫ぶ。
この抜き差しならぬ状況下で、戦場に放り込まれたも同然の中にあってまだ正論を吐くかと。
しかし――この剣ヶ峰の上に立ちながら命綱を即答で拒絶する美鈴に、どんな説得も無駄だし何より押し問答している時間が惜しい。故に

麦野「――サブ演算装置保管庫だったわね?だったらそこで死ね」

美鈴『?!』

麦野「私が行くまで間に合わなかったらそこで死ね!!」

美鈴『えっ、待って沈利ちゃん!私そこまで貴女に――ッ!!』

麦野「だったらハナから電話かけてくんじゃねえ!!!」

ブチッと通話ボタンを切って麦野は雷雨の中宙に身を踊らせる。
麦野は苛立っていた。どうしようもなく怒り狂っていた。

麦野「(――出会わなければ良かった)」

美鈴と出会ってさえいなければ、顔さえ合わせていなければ、言葉さえ交わしていなかったら――
麦野は誰も助けない。救わない。守らない。上条当麻以外の誰がどこでどう野垂れ死のうが知った事ではない。

麦野「(――出逢わなければ良かった)」

御坂と食事を囲み、同じ屋根の下で眠り、共に朝を迎えていなかったら――
麦野は、その笑顔にどんな奇跡が起きようと拭い去れない影が落ちるのを想像せずに済んだのにと。

麦野「(――殺してやるよ。どいつもこいつも。動いてるやつが一人もいなくなるまでね)」

麦野は思う。上条当麻、インデックス以外の誰かを初めて救出するための戦いにあたって――
やはり表の世界は、陽の当たる場所は、自分には向いていないと。
好き嫌いの問題ではなく、深海魚は浅瀬には住めないのだ。そういう風に出来ているのだ。

麦野「(――頭のネジ、締め直しね――)」

鎖に繋がれた内なる獣を目覚めさせる。

手足の先に行き渡る血が氷点下にまで下がって行く。

ブチブチと、引き裂いたような狂笑が浮かび上がり――

493 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:10:10.14 ID:yfl+7YQAO
〜4〜

警備員A「(クソッ、黄泉川隊長さえいれば……)」

断崖大学データベースセンターの周辺に、この暴風雨の中にあってさえ集まる物好きな野次馬らを制止していた若き警備員は内心舌打ちしていた。
メインとなる大学より二回りは大きいドーム型の施設から散発的な銃声と断続的な怒鳴り声が聞こえてくる。
そして――怒号は自分達の側からも響き渡っている。

警備員B「応援はまだなのか!!」

警備員C「これ以上待機していられるか!突入するしかないだろう!」

警備員D「落ち着かんか馬鹿者!このまま突っ込めば狙撃の的だ!」

警備員E「待機!?“上”からの厳命……でありますか!?」

警備員A「(……一体何がどうなっているんだ)」

――たった今、バリケード代わりにしている車両の裏手で交信している無線機は混線状態だった。
待機か突入かで揉めているだけならばまだ良い。
その上何故か……『学園都市上層部』から圧力をかけられているのだ。加えて

「………………」ニコッ

警備員A「(何者なんだ?この優男は)」

いつの間に自分達をやや遠巻き気味に見守っている蝙蝠傘の青年……
一着三十万円は下らない銀座英國屋のスーツにダレスバックを手にしたその『学園都市上層部からのオブザーバー』がにっこりと微笑みかけていた。
どうやら自分達警備員が迂闊な動きをしないよう見張っているように感じられたし――またその通りなのだろう。

「お互いに骨が折れますね。“雑用”は」

警備員A「………………」

「ああ、また勢いが増して来ましたね。せっかくのスーツが台無しです」

人の生き死にがかかった局面で尚スーツの方が大事なのか、甘いマスクに男の自分ですら見とれてしまうほど美しく青年は微笑む。
『雑用』とは何を指して言っているのだろうと問い掛けたくなった、その時――

???「………………」

ザッ

警備員A「き、君!中は危険だ!入っ――」

「――おや?これはこれは」

肌を石飛礫のように叩く横殴りの暴風雨の中、一人の女性が人垣から抜け出しデータベースセンターより駆けて行く。
持ち場を離れる訳にいかない若き警備員の制止の声は嵐にかき消された。そう

「――引退した、と聞いていましたが」

若くして成功を収めたビジネスマンのような青年の声も、また。

「いやはや、困ったものです」
494 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:10:37.92 ID:yfl+7YQAO
〜5〜

浜面「まだ見つからねえのか!例の女は!!」

スキルアウトb「ヒッ!?」

ドンッ!!と常より『大きな』音を立てて壁を殴りつける浜面の怒声にスキルアウトの一人が肩を竦めた。
ゴツッ、ゴツッと鉄板入りDr.マーチンのブーツがデータベースセンター内の廊下に響き渡り、歩を進める。
そう――浜面仕上は苛立っていた。半ばで脆くも崩れ去った己の作戦の脆弱性と――
たった今も『補強』している己の手足以上に思い通りにならない仲間……否、部下に対して。

浜面「まだ見つかんねえのかって聞いてんだよ!俺達に後なんてねえんだ!!早く探せ!!!」

スキルアウトb「は、はい!!」

浜面が描いた絵図は文字通り嚆矢から折れた。手製の焼夷ロケット砲は全弾命中し爆炎を噴き上げたが――
この季節外れの暴風雨によって燃え広がる前に火の手が弱まり、さらに自動消火器で消し止められてしまったのだ。
故に浜面は作戦を変更し、燻り殺す前に逃げ出した『写真の女』を直接始末するために出張って来たのだ。
不確実なロングキルより確実なショートキル。
ただでさえ写真以外の素性はあの背広の男から知らされてさえないのだ。
それこそ帽子に眼鏡といった簡単な変装で外に群がる野次馬の群れにでも逃げ込まれれば見分けがつかない。と

美鈴「きゃあっ!」

スキルアウトb「見つけたぞ!写真の女だ!!」

浜面「(――当たり、か)」

浜面が考え込み始めた矢先、数人のメンバーが集っていたドアをこじ開けると中から女の短い声が聞こえた。
対照的にメンバーの喜色に満ちた声が上がり、浜面は静かに頷いた。

浜面「……連絡入れるか。こちら中央ドーム。ターゲットをサブ演算装置保管庫で捕獲。こっちで始末すっからお前ら足の用意しろ!ずらかるぞ!!」

頷きながら無線機で他のメンバーに呼び掛ける。
自分の足元をすくおうと狙っているメンツの、そのまた足手まといな人間を使う事の難しさを浜面は痛感していた。
自分は駒場のようなカリスマ性で人を率いる事も、半蔵のような知性で人を従える事も出来ない。
故に恫喝めいた物言いでしか人を束ねられない自分を、浜面は舌打ちしたくなりなりながらも指示を出す。が

浜面「……おい?聞こえてんのか?お」

スキルアウトa『ぎゃああああああああああああああああああああー!!?』

浜面「!?」

――舌打ちが凍てついた。僅かばかり込み上げた達成感ごと
495 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:11:26.49 ID:yfl+7YQAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
???『ねぇ、そこのおに〜さん』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
496 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:13:38.69 ID:yfl+7YQAO
〜6〜

浜面「……ッッ!!」

スキルアウトa『助げっ…助げでっ……』

???『あれ?さっきまでと勢いが何か違う気がするけど……あれー?』

グジャアッ!!と何かが引きちぎられる音と、ベチャアッ!!と何かが潰れる音が無線機から聞こえて来る。

スキルアウトa『ァ、ああああああああああああああああああああッ!?』

???『おーおー出る出るデカい声。“こんなん”なっても人間ってまだ生きてられんのねえ?ちょっとした驚きだわ――ハイ無線機の前の君!』

浜面「!!?」

???『こいつの身体は今“どうなって”るでしょうか?三秒以内に正解したら止めてあげるよ。どうせ助からないし生きていけないけどね“こんな身体”にされたら』

浜面の全身から血の気が失われて行く。無線機越しに聞こえて来る断末魔。
それはもっとも浜面がリーダーの座に就く事を渋がっていたスキルアウトの悲鳴。
そして――震える耳朶にドライバーでも突っ込まれているような、怖気をふるう冷たい声音。

???『さーん……』

スキルアウトa『や゛、や゛め゛で……』

浜面「よせ……!」

???『にー……』

スキルアウトa『ゆ゛る゛じで……!!』

浜面「やめろ……!!」

???『いーち……』

スキルアウトa『だずげでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ』

???『どばーん!!』

浜面「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

???『ぎゃはははははははははははははははははははは!!!』

ボチュウッ!!と何かが踏み潰され弾け飛んだような音と、狂ったような……否、言葉通り狂った哄笑が炸裂した。
無線機越しですら呪われそうな、聞く者に笑い声だけで絶望を与えるような呪詛に満ちた狂笑。
浜面の叫びすら黒く塗り潰す、まさに悪魔的な嗤い。

???『――女、まだそこにいんだね?』

浜面「……誰だ、テメエ……!警備員じゃねえな!!?」

???『――謎の侵略者(インベーダー)』

浜面「!!!!??」

???『女返してくれたら帰るけど、面倒臭いから返す気になるまで一人ずつ殺して行くわ。まあ――』

浜面は、確信する。

???『止める間もなく始めちゃうけどね』

自分は、とんでもない怪物(モンスター)を呼び込んでしまったのだと。

497 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:14:05.58 ID:yfl+7YQAO
〜7〜

麦野「ふう……」

トクトクトク、バシャバシャバシャと頭からメトロミントのボトルをかけながら麦野はかぶりを振る。
頭からかぶった大量の返り血が、歯磨き粉を高い濃度で溶かしたようなミントウォーターに洗い流されて行く。
麦野はまるでシャワーを浴びた後のように髪をかきあげ、ひと息つく。

麦野「――テメエら殺して回る手間と暇なんざ誰がかけるかっての」

パン!パンパン!!と至る所から響き渡る銃撃音をBGMに麦野はサーバールームから出、廊下を歩み始める。
人体の尊厳に至るまで徹底的に蹂躙し尽くした肉片だか肉塊だかの赤絨毯を背に。
すると出たすぐの所で――麦野の足元に額からブチ抜かれ事切れた射殺体が転がっていた。

麦野「仲間割れ?まあドブネズミに共食いは避けて通れないもんだけど」

これで四体目か、と死体が手にしていたスタンガンと蹴飛ばす。
スキルアウトならば拳銃を持っている事も珍しくなく、スタンガンなどまだ良心的な部類だが――
麦野にそんなもの関係ないのだ。自らが手にしている能力以上の武器などないのだから。

麦野「(揃いも揃って馬鹿ばっかりね。まあ学校もロクに言ってないような連中に数の使い方なんて学びようがないか。って私も学校行ってないけど)」

麦野は歩みを早めながら考える。確かに読み通り敵対勢力はスキルアウトのみで構成されているようだ。
暗部ならば最低でもツーマンセルかスリーマンセルで行動するし、何よりこんな雑多で不揃いな武装などしない。素人だ。
故に麦野はあえて無線機にて殺害現場を実況して脅しをかけた。
敵に存在を警戒されるリスクを、そのまま恐怖によるプレッシャーに変えて注意を向けさせる。
美鈴というチーズにかぶりつこうとするネズミを鈍らせるには、自分というネコの存在を匂わせれば良いのだから。

麦野「ん……あれがサブ演算装置保管庫かな?」

麦野は虐殺による示威行為と殲滅の重要性を理解している。
美鈴が捕まってさえいなければ良かったのだが、敵の手に落ちた以上こうするしかなかった。

麦野「さて、どうするかな」

そして――スイッチの切り替わった麦野にはもう『人間』が『物体』に見えている。
つまり――上条当麻らの側で回復しつつある『人間性』をシャットダウンしている。

麦野「――まあ、やる事は決まってるんだけどさ」

――自らの怪物性を、露わにして――

498 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:16:11.58 ID:yfl+7YQAO
〜8〜

スキルアウトb「ど、どうすんだよ浜面!!なんかドンパチ始まっちまったぞ!?」

スキルアウトc「お、おい!女始末してさっさと引き上げねえとヤバいぜマジで!!」

スキルアウトd「馬鹿!女人質にして盾にすんだよ!盾だ盾!!」

スキルアウトe「そんな時間ねえよ!警備員に囲まれてんだ!」

スキルアウトf「どうすんだ浜面!!」

浜面「五月蝿え!!今考えてんだよ!!」

美鈴「(な、何がどうなってるの!?)」

御坂美鈴の混乱は頂点に達していた。麦野から通話を一方的に切られた後、ついに少年達に捕まってしまった。
ドーム状の建物の中、擂り鉢型になっている大講堂の中心に引きずり出されて頭に拳銃を押し付けられた時には流石に死を覚悟した。
しかし――警備員がやっと来てくれたのか銃撃戦が始まってから少年達の動きに迷いが生じたのがわかった。
否――恐怖だ。特にリーダー格と思しき鼻ピアスの少年……
浜面と呼ばれた少年の顔に色濃い恐怖が刻まれているのが美鈴にもわかった。

浜面「さっ、さっきの無線機の女が誰だか知らねえがまだ取り引きは有効だ!この女を死体にしてあの背広の男に引き渡しゃまだ匿ってもらえるかも知れねえ!おい女!!」

美鈴「な、なに……?」

浜面「テメエ……女に心当たりあるか?」

美鈴「お、女……なんの事よ?」

浜面「とぼけんじゃねえ!!あの化け物みたいな女呼び込んだのはテメエじゃねえのかよ!?巫山戯けんな!他にもいんのか!?三秒以内に答えろ!早くしろ!!」

美鈴「……!!」

ジャキッと美鈴の頭部に大ぶりな拳銃が押し当てられる。
美鈴にもわかっている。化け物、というのが誰かはわからないが女、というのは誰だかわかる。
――自分が弱かったばかりに、巻き込んでしまったあの少女だ。

美鈴「……知らないわね!!」

浜面「!!?」

美鈴「人に銃突きつけて話するもんじゃないわよこのガキが!大人を舐めるんじゃない!!」

浜面「……のアマぁっ!!」

美鈴の思わぬ決然さに、浜面が引き金に指をかける。しかし――引けない。

浜面「……くっ」

――人は、人の目を見て撃てない。軍隊という様式、戦場という舞台にあってさえ――
知らない誰かを、厳然たる命令の元遠巻きにならば撃てても……

人は、人の目を見て撃つ事に自分が銃を向けられるのと同じだけの重さを持つ。


しかし――


499 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:16:52.25 ID:yfl+7YQAO
〜9〜

カッ!!

浜面「!!?」

刹那、大講堂の扉が目映い光に包まれ瞬く間に融解するのを浜面は見た。

ドォッ!!

浜面「危ねえっ!!」

瞬きすら遅きに逸する反射神経で飛びすさった浜面の危機察知能力はまさに驚嘆に値した。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!

崩れ落ちて行く扉の向こう、氷のように冷たい光芒と共に姿を現すシルエット。
それは女だった。濡れた栗色の巻き毛を濡らした、半袖コートの女性。

???「あんまり静かだから殺られちゃったのかと思ったけど」

浜面「!!」

この時浜面の脳裏をよぎったものは二つ。一つは無線機越しに聞こえて来た、あの魔女めいた哄笑。
窄まる肛門に氷柱をねじ込まれ背筋まで凍らされるような冷たい狂気。

???「危機一発だったみたいね。オバサン」

駒場『……見たところ光を司る能力者だったらしい。後ろ姿からすれば女、茶髪のロングヘアーだった……らしい』

浜面「……嘘だろ」

二つはたった今目にした光芒……浜面からすればビームに見えるそれは紛れもなく『光を司る能力者』の特徴に当てはまる。
――昨夜聞いたばかりの、舶来を助けたという茶髪の女。

浜面「なんだよ……これ」

浜面の中の思考が追いつかない。目の前の現実が受け入れられない。
目の前のこの障害となる魔女が、舶来を救った女神かも知れない言う事。

美鈴「沈利ちゃん!!」

???「全く……学園都市(まち)の仕組みも知らずに跳ね回った挙げ句とっ捕まって、くだらねえプライドで娘にかっこつけて、ケツ回された私はいい面の皮ねえ?」

コツ、コツと光の魔女が歩み寄って行く。怯える風もなく、構えた様子もなく、気を張った表情すら浮かべない。
ただ自分達の存在に無関心なのに自分達の武装に目を光らせる冷眼。
気怠けそうな足取りながら、肉食獣の攻撃性を秘めた雰囲気。

???「で、テメエらか。私のデートの余韻台無しにしてくれた糞袋共は」

――それは怪物の目だ。人を人とも思っていない、美しい女の姿をした怪物だ。
路地裏の影に巣食うスキルアウトらとは違う、学園都市の闇に棲む怪物。
能力による自信以上に、経験による自負がこの女を揺るぎないものにしていると。

500 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:18:46.82 ID:yfl+7YQAO
〜10〜

あーあ。下着までビチョビチョ。いつホテル入ってもいいように気合い入れて来たヤツなんだけどね。
あいつが昼休み学校帰った後、シャワー浴び直して余所行き用の服に着替えたってのに全部おじゃん。
始まる前って無性にあいつが欲しくなるんだ。どうしようもなく。
あと――今日みたいに人殺した後。やってる時のテンションはクールかハイなんだけど、終わった後――

麦野「その女、返してもらうから」

死にたくなるほどダウナーな気分になる。何もかもメチャクチャにしてやりたくなって、あいつにムチャクチャにされたくなる。
この土砂降りの雨に濡れるより冷たく重くなった身体を、あいつの熱で溶かされたくなる。
血より熱いもので汚されたくなって、そう言う時の私は終わった後自己嫌悪に陥るくらい淫らになる。
我ながらイカレてる、と思う。でも今夜はもうあいつに会えない。

浜面「巫山戯けるな……テメエは何なんだよ!何でこのタイミングでやってこれんだ!!あの依頼はデコイで、俺達はハメられたのか!!?」

麦野「――あんた、頭のネジ緩んでる?」

浜面「な……」

麦野「私はそこのオバサンの迷惑電話に呼び出されただけ。テメエらみてえな路地裏のドブネズミがなに幻想(ゆめ)見てんの?」

罪悪感と絶望感、孤独と狂気、『怪物』から『人間』に戻った時私に襲って来るもの。
ああ、初めての殺しの日もこんな雨の日だった。こういう夜には決まってその時の悪夢を見る。
悪夢を見るのは罪悪感の現れって言うけど――当たり前でしょ?人殺してんだからさ。

麦野「つまりあれね。テメエらは警備員に捕まって青春が終わるか、私とやり合って人生終わるかしかないの。まさかあんた、自分がとんでもなく切れ者の策士の陰謀に巻き込まれて終わるだなんて……そんなカッコいいバッドエンドでも期待してたー?」

――人を殺した人間は、絶対人間に生まれ変われない。
地獄って言うのはそういうヤツらを生まれ変わらせないためにある。
だから私は生ある限り当麻の側にいたい。来世なんてものは私にはないから。

麦野「――この学園都市(まち)の闇は、そんなに浅くねえんだよ」

――ああ、子宮がうずく。痛いくらい――

麦野「――あんた

あんたが、欲しい。
501 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/16(火) 21:19:46.76 ID:yfl+7YQAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブ  ・  チ  ・  コ  ・  ロ  ・  シ  ・  か  ・  く  ・  て  ・  い  ・  ね  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
502 :投下終了です! :2011/08/16(火) 21:21:04.32 ID:yfl+7YQAO
たくさんのレスとアドバイスをありがとうございます。
それでは後半戦スタートになります。失礼いたします……
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/16(火) 21:23:41.21 ID:+SFqUqoqo
乙。

……既に書かれている後日談考えると、この浜面は生き延びて改心(?)するんだよな。
ビジョンが見えねえ……
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/08/16(火) 21:31:04.62 ID:mSTEkBD/0
乙です。

上条さーん!!! はやくきてくれーーっ!!!( ゚д゚ )
505 :504 [sage]:2011/08/16(火) 21:33:57.32 ID:mSTEkBD/0
なんで顔文字がついてるんだろう……設定でそうなるのかな?
申し訳ないです。
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/16(火) 21:39:19.53 ID:TFSn4Baco
乙です
むぎのんの業は深いな…
しかし、ここまで浜面がどうしようもないチンピラに見えるSSも珍しいね
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/16(火) 21:43:23.21 ID:NStjZCcIO
結論を述べるには早すぎる気がする。
ともかく投下乙です。
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/08/16(火) 22:20:17.17 ID:yXkp3PiAO
俺らの上条はまだかっ!!
>>1
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/16(火) 22:37:44.81 ID:E1l53gxDO
>>乙!

お前の上条は心の中でそげぶってるから安心しろ
510 :名無しNIPPER [sage]:2011/08/18(木) 12:26:26.31 ID:YHVROXAs0
でもこのはまづらはおうえんしたくなるはまづら。

12話タイトルがヴァルプルギスの夜、13話が魔女のダース、つぎはなんだろ?

511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/18(木) 16:11:27.45 ID:FmEPn6540
              __  ―   二二ミ...、
               /三三)二(三三三)、\
            r{三三'/:::::::::::`ー― 'ヽ ){⌒)/7__
           し' ̄::::::::::::::::::::::::::::::::::::: i⌒о´ )/
             ′::::::::::::::|::::::::::ト、 ::::: |::::::゙ーr ,‐くミ
          |::::::: |r:=ミ:|i:::::::::|=:ミ:::|i:::: |:::∨廴oア
          |ハ:|:::L:;;;::」'ヾ:_::j _L::;ハ:;ノ::i::::::::Yヾ
              从::|灯尓   '~乍ぅ}ミ|::::::|:: |::::|
          厶:::ヾ弋iソ     弋)ノ '|::::::|:: トミ=-
_____,ィXヘ ハ:::} ''''' ′    '''''ノィ::ノッ从}
三三}三三i三|XX}  j八   r==‐、     ,小:::: |
¨777' ̄ ̄ ̄ヾXソ    ヽ  V´__ノ   イ:::i::|ヽ:| ということで、ギター弾いて歌ってみようかと
///                  _>--r< _|'7ス`  
//               }////_j /////,ー- 
/              ,,|/〉/{   {///// '    \
 _                /,'/人ハ r''/ハV │       \
′ \          {,'//  Vi}{/X/´   | ,, __    \
\  \         /// Y }ミ7//     ヽ   \      \
  ,>、,x、\     /// / 」ミ//       \_ノ \      \
 | r'゙/x  \  ///  { /ミ/'゙      ...::::::: |   \      ヽ
 | | { r'\   \'\/   Vミミ}o   、 ....:::::,::::: │   \     ,′
 \  ヽ ノ /,/\|   /ミミj    `¨¨¨´:::::::..│    /   /

512 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 17:38:39.16 ID:GCmG3rJAO
>>1です。第十四話は今夜21時から投下させていただきます……ハワイアン?
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/18(木) 18:08:35.21 ID:N7FCP8mXo
お待ちしております
514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage saga]:2011/08/18(木) 18:13:44.03 ID:QlE0woyZ0
追いついたァ。さぁ、待つぜ!
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/18(木) 20:54:50.23 ID:sxbW0ii20
予告ならもう少しだな
待ってますよ>>1
そして、浜面、死ぬなよ!
516 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:04:15.27 ID:GCmG3rJAO
〜15〜

麦野「 ブ ・ チ ・ コ ・ ロ ・ シ ・ か ・ く ・ て ・ い ・ ね 」

浜面「――――ッ!!」

ドン!と言う蹴り出しの音と共に浜面はその場が飛び上がるようにして後退った。
次の瞬間、コンマいくつかのタイムラグと共に浜面の立っていた場所が――

ドジュウウウウウウウウウウ!!

浜面「な……」

瞬き一つ遅れた後、リノリウムの床面が蒸発……否、消滅した。
駒場の残した発条包帯(ハードテーピング)により膝にある六つの靭帯を保護し、大腿骨・脛骨・腓骨を繋ぐ各部筋肉を外側から補強し――
それにより駆動鎧並みの瞬発力を可能としたダッシュがなければ――
殺られていた。間違いなく。訳もわからぬままに……!

麦野「良い反応ね」

コツ、コツと身の毛もよだつような破壊を事も無げにやってのけた怪物がヒールを鳴らしてやって来る。
大講堂中心部より左斜め奥へと飛び込んで浜面へ向かって。

麦野「あの露出狂ジーパン女に続いてテメエで二人目だよ。見てからかわした奴は」

スキルアウトc「て、テメエ!動くな!!下手な真似したこの女が死ぬぞ!!!」

美鈴「ひっ!?」

麦野「――けどテメエの仲間はどうかな?」

カッ!と麦野が左手をドーム型の天井へとかざした光芒が放たれた瞬間――
美鈴に銃を突きつけたスキルアウトは信じられないものを眼にした。

ゴゴゴ……ゴゴゴゴゴ……!!

スキルアウトb「な」

スキルアウトc「え」

スキルアウトd「ば」

スキルアウトe「が」

スキルアウトf「ま」

天蓋が一気に溶断されるかのように青白い光芒に切り分けられた断面が赤銅に染まり――
ミシ、ミシミシと天蓋を支える構造全てを焼き切って行く。
結果――耐えられるはずがないのだ。宙に浮かべたケーキを八等分したような天蓋が、その自重になど――!!

麦野「――人様の視界に入って来たネズミは――踏み潰されても文句ねえよなあ!?」

ゴシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

スキルアウトbcdef「「「「「がっ!?ああああああああああ!!?」」」」」

天が、空が、星が落ちてくるような瓦礫の雪崩が大講堂上層部を決壊させる。
逃れようもない崩落、光の魔女が振り下ろす鉄槌の元――!!

517 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:04:44.79 ID:GCmG3rJAO
〜14〜

美鈴「――――ッッ!!」

天蓋が落盤し、降り注ぐ瓦礫の雨が美鈴の周りのスキルアウトらをその一山に埋もれさせて行く。
両手で頭を抱えて縮こまる美鈴の頭に、円形に切り取られた大講堂上層部より暴風雨が吹き荒れる。
しかし――美鈴には瓦礫はおろか欠片すら降り注がない。
美鈴の周囲のみが台風の目のように全ての破壊から無縁であり、代わりに横殴りの雨を乗せた颱風だけが舞い上がる。

浜面「な、な……!?」

麦野「――どうしたの?楯突いて来たんならもう少し気張りなよ」

ビュオオオオオオオオオオ……

直前に大講堂左斜め奥に逃げ込んでいた浜面はその大崩落の後、舞い上がる粉塵すら暴風にかき消される彼方で――見た。
これだけの破壊を生み出しておきながら破片一つ美鈴に飛ばさないその能力者を。

麦野「この辺に使われてる建築材なんて、金魚すくいのポイだよね。もっとも、有機物だろうが無機物だろうが――」

浜面「(まさか……こいつ)」

麦野「――私の原子崩し(メルトダウナー)の前じゃ処女膜ブチ破るくらいの手間しかかかんないんだけど」

浜面「(超能力者……レベル5!!?)」

轟々と雨粒を乗せた突風が逆巻き渦巻く中片膝をついて顔を上げた浜面が固唾を飲む。
飲み込んだツバを吐く事も出来ず、呑み込む側から戻しそうになる圧倒的なプレッシャー。
確信する。浜面はレベル5など今まで知らなかったが――
レベル4の無能力者狩りのメンバーが手品に見えるレベルだ。
間違い。メルトダウナーという能力がどういう性質のものかはわからない。が

浜面「(……死ぬ)」

当たって痛いなどという路地裏のやり取りの埒外にある破壊。
当たるどころかかすれば死ぬ。間違いなく殺される。
そしてこの魔女は決して自分を見逃さないだろう。
この死の恐怖で研ぎ澄まされた五感と、発条包帯で手にした身体能力でやっとかわした初撃。
背中を向けて逃げ出せば間違いなく……命を落とすのではなく奪われる。

麦野「――墓穴掘ったね。さっき見た限りじゃ警備員は突入して来れない。つまり――テメエはもう捕まって“保護”してもらうのも無理って訳」

浜面「(……殺される)」

麦野「喜べ。掘った墓穴(ぼけつ)がそのままテメエの墓穴(はかあな)だよ。準備が良くて助かるにゃーん?」

――この、死と絶望を撒き散らす魔女に……殺される――!!

518 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:06:45.79 ID:GCmG3rJAO
〜13〜

浜面「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォー!!!」

ダンッ!!と突いた片膝から蹴り出す瓦礫の一部が砲弾のように魔女へ向かって殺到する。
駒場利徳が人体を跡形もなく破壊し鉄骨すら粉砕するのと同じ蹴撃を、立ち尽くす魔女目掛けて。
バスケットボール大の瓦礫が十数、そこから空気抵抗と大気摩擦、加えて破壊衝撃により分裂し数百の破片が飛来する!

麦野「――ふん」

フォンッと突き出した左手から生み出される光の楯がその瓦礫と破片と砂利とをボシュボシュボシュ!と焼き尽くして行く。
砂粒一つ肌に触れさせず、変わって降り注ぐ驟雨が原子崩しの熱に焼かれて蒸発する。が

麦野「――ん?」

浜面「(今だ!!)」

ザウッ!と蹴り出したコンクリートの散弾が原子崩しの盾に吸い込まれて行くのと同時に再び駆け出した浜面が10メートルという彼我の距離を一瞬で詰め――
さながら瞬間移動のように回り込んで魔女の背後に踊り出る。

浜面「(自分で……自分を誉めてやりてえよ!!)」

視界を一瞬前方に集中させ、飛来物に意識を向けさせた瞬間に視界の外側に消える。
さらに発条包帯により強化し上昇した身体能力と、誰も誉めてなどくれないアスリート並みのトレーニングを積んだ肉体のみが可能とする死角からの逆撃!







麦野「  遅  え  よ  」

浜面「!?」

ブンッと振り下ろした拳が、振り向きざまに魔女が無造作に振るった右手により手首から先を鷲掴みにされ……!

ゴキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

浜面「がっ……!ああああああああああああああああああああ!!?」

手首から先の変則アームロックの状態から引き寄せられ――
同時に叩き込まれた膝頭が腹部に突き刺さり、さらに膝蹴りから変化した前蹴りが浜面を蹴り剥がす!
肺の中の空気全て……否、酸素を運ぶ血管が内側から破裂するような衝撃と共に、ノーバウンドでビジネスデスクに突っ込む。

浜面「うぐっ……ぐうううううううううう!!」

麦野「――ご愁傷様。こちとらテメエよりもっとすばしっこい露出狂女と張ってんのよね」

――魔女が、首だけ動かして身体の周囲に四つの光球を浮かび上がらせる。
浜面は知らない。この魔女がかつて世界で二十人といない『聖人』相手に一矢報いた経験があるなどと。

519 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:07:15.06 ID:GCmG3rJAO
〜12〜

……痛え、痛えよ……痛えなんてもんじゃねえ。
ゲロと一緒に口からハラワタ吐き出しそうなぐらいキツい……!
腹の下から力入らねえ。女のパワーじゃねえ……いや、人間のパワーじゃねえ!

麦野「――オイオイ。お粗末な上にもうイッちまったかあ?」

キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン……!

来る……!来る……!!来る……!!!あのヤバい光が来る!動け!動け!!動け!!!

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

浜面「――ッッ!!!」

光が来た。立ち上がれねえから転がって逃げる、避ける、かわす!
机がブラインドになった。転がる。ダンゴ虫みたいに転がる!
とんでもねえ熱と光と爆発が来る。身体を丸めて水浸しの床を利用して滑って転がる。
運がいい。この雨がなかったら今ので死んでる……!!

浜面「ぐっ……がはっ!!」

血の味と匂いがする空気の塊が喉から飛び出して来る。
ズレた内臓が元の場所に戻ってくる。やべえ、吐き気で頭が冴えて来るとかどうなってんだよ!?
今までの路地裏で、昔駒場と殴り合った時でもこんな死にそうな痛みなんてなかったぞ!?

麦野「あァン?どうした?」

ザリ、ザリ、ビチャ、ビチャって水浸しの瓦礫を踏み越えて女が来る……
稼げ、少しでもいい。時間を……何でも良いから稼ぐんだ!

浜面「お゛……まえ」

麦野「………………」

浜面「はぐらいを……助けたんじゃねえのかよ?」

麦野「――――――」

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

うっ、撃って来やがる!瓦礫ぶっ飛ばして……近づいて来る!
話も聞かねえのかよ!?時間稼ぎもお見通しだってのか!?
なんなんだ……なんなんだ、この化け物は……ゲームだったらラスボスより強い隠しの裏ボスかってんだ!

麦野「……私は誰も助けない。救わない。守らない」

巫山戯けんな……こんな、こんな、訳のわからない『上』の連中に取り入るために……
駒場のやらかした尻拭いの途中で……駒場の残したもん守らされて……
何で……どうして、死ななくちゃ、殺されなくちゃ、こんな目に合わされなきゃならねえんだ!!

麦野「何勘違いしてるのかにゃーん?私はそこのオバサン助けに来た訳じゃないから」

ちくしょう……ちくしょお……

麦野「殺しに来たんだよ。テメエらをね」

チク……ショウ!!!!!!

520 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:09:18.96 ID:GCmG3rJAO
〜11〜

浜面「!!!!!!」

その瞬間、浜面は身体を覆い隠すようにしていたビジネスデスクとコンクリートを跳ね飛ばして飛び上がり――

浜面「があっ!!」

真上に達した跳躍の限界点、発条包帯の引き出せる身体能力の極限点から……
切り崩された天蓋より伸びる四角柱の鉄筋を、空中からのボレーシュートのように高速で魔女へ叩き込む!

麦野「馬鹿の一つ覚えね」

ドウッ!ドドウッ!!と麦野は襲来して来る黒金の毒牙を冷めた眼差しで見上げながら――

麦野「チョロチョロ跳ね回りやがって!!ベンジョコオロギかテメエは!!」

ドンッ!と足元に原子崩しを放ってロケット噴射のように身体を空中に向かって飛び出させる。
四角柱の鉄筋をかざした光の盾で消失させながら、浜面の落下運動が始まった地点から更に上回って――

麦野「死ね!!」

光の盾をかざした左手が浜面に伸びる。触れるもの全てを焼き尽くす防盾はそのまま、有象無象を焼き滅ぼす篝火となる。
だが浜面は突き出された左手を空中で猫ひねりのように身体を回転させてそれをかわし――
魔女の左腕を右足で踏みつけ、そこから魔女の左肩を踏み台にして更に飛び上がる。
駆動鎧並みの超人的な機動力を生み出す発条包帯があるからこそなせる、軽業師のような身こなしで!

浜面「っらあ!!」

魔女の肩口から再び身を踊らせた空中にて浜面は踵落としを見舞う。
ブオン!という人間の身体能力を凌駕した横殴りの音を振るいながら叩き込む変則胴回し蹴りが、魔女の左肩を捉え――

麦野「っ!!」

が、魔女もまた光の楯を再び原子崩しに変えて放ち、空中で逆噴射するように無理矢理体勢をねじ曲げて蹴撃を回避した。
そのあまりの反応速度に、浜面の表情が再び凍りつく。

浜面「(嘘だろ!!?)」

文字通り空を切る足、空中で逆さまに揉み合いながら頭から真っ逆様に墜落して行く中浜面は驚愕する。
ありえない。スタント無しのワイヤーアクションも同然の動きの中、並みの身体強化能力者を軽々と超える力を手にした自分を――

麦野「墜ちろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

掴まれる襟首が布地から引きちぎられるような握力で掴まれ、空中からハンドボールのように投げ捨てられる!
密着した状態で能力を使えば我が身さえ焼くとわかっているがために。

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
521 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:09:47.66 ID:GCmG3rJAO
〜10〜

浜面「ぐはっ!!」

七メートルの高度から放り出され、ビジネスデスクを叩き割るようにして投げ出される浜面。
同時に魔女も再び原子崩しを落下地点に叩き込んで着地する。
仰向けに突っ込んだ浜面はビジネスデスクが衝撃を和らげてくれていなければそのまま意識を失っていただろう。

浜面「クソ……がぁ!」

しかし――浜面今し方何合か交わした攻防の中で――
いくつかの情報を得た。得たが故に立ち上がる気力を振り絞れた。

麦野「チッ!」

再び魔女が左手をかざして光芒を奔しらせて来る。
風穴の空いた天井から注ぐ、バケツをひっくり返したような豪雨の中を突っ切って。

浜面「ちくしょう!」

まな板の上の鯉のようだった浜面が死力を振り絞って寝返りを撃つように転げ落ちる。
しかし机に隠れる前に吹き飛ばされ、爆炎に巻かれながらまたもや弾き飛ばされる!
だが浜面は破裂しそうな耳朶の鼓膜を両手で塞ぎ、頭部を守り、目を焼かれぬよう固く瞑って爆風に身を乗せた。
数メートル、いや数センチ、否数ミリで良いから魔女から逃れなくてはならないのだ。

麦野「見たところ発条包帯(ハードテーピング)でも仕込んでるのかしらねえ?」

浜面「!!!」

麦野「それもそうか。無能力者だったねテメエらは。もっとも、そんなもんライオン狩りにはクソの役にも立ちゃしないけど」

既に台風一過の後のようになっている大講堂は既に瓦礫の山とひっくり返ったビジネスデスクで見る影もない。
ザーザーと数百本のシャワーノズルを全開にしたような土砂降りの雨がざんざんと床面を穿って行く。
浜面は崩れ落ちて来た講義に使うのだろうスクリーンを遮蔽物に使いながら身を隠す。
幸いにも、この耳鳴りがしそうな雨音が気配と足音を消してくれる。

浜面「(少し……わかって来たぞ)」

浜面は機を伺いながら、恐怖より凍てついた血液が戦闘により頭に登った巡りが雨によって鎮められて行くのを感じていた。
それは生命の危機を前にして取り戻しつつある冷静さと、この僅かなやり取りの間に得た情報、そして路地裏での対能力者戦に当てはめて考えて行く。

麦野「――もういいや。ちまちまやっても埒が開かないなら」

恐らくは浜面仕上の生涯にあって最凶最悪のこの能力者を相手に――浜面は一つの策を見いだしていた。

522 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:12:02.31 ID:GCmG3rJAO
〜9〜

浜面「(――あいつは、能力者は、一回につき一つの事しか出来ない)」

浜面は数秒にも満たない星の砂を詰めた時計のように貴重な一瞬を積み重ねた。
あの光を司る魔女の能力の展開パターンは約3つ。
ビームと、シールドと、ブースターだ。そのどれもが触れただけで死に至る。
しかし――能力が如何なる大規模破壊を生み出そうと精密な制御を行おうとあくまで一度につき一つの種類しか出せない。

浜面「(さっきの鉄筋コンクリートでわかった。盾とビームは一度に出せねえ!)」

まず初撃のコンクリートは光の楯で防いだ。しかしそれに乗じた背面攻撃を魔女はわざわざ近接格闘で引き剥がした。
空いていた右手はビームを撃ってこなかった。そうすれば浜面の身体は今頃上下に泣き別れている。
そこから導き出される答えは、盾を発現しながら射撃というような同時展開は出来ないという事。

浜面「(――それから、あのビームは狙いを付けるまでほんの少し……ほんの少し、タイムラグがある!)」

もう一つは四角柱の建築資材による攻撃……鉄筋コンクリートがあくまで『面』での質量攻撃だったため盾を使うのはわかる。
しかしあくまで『線』でしかない建築資材による攻撃を魔女はビームによる撃墜をなさなかった。
弾丸並みの速度を誇る強襲攻撃に狙いをつけて撃ち落とす事が出来ず、ゆえにジェット噴射でこちらに飛び込み盾で浜面を焼こうとしたのだ。
そして――弾丸並みの機動力で移動する浜面を、あの女は狙って来なかった。
二度も浜面が叩きつけられ地べたを這いつくばって来たタイミングでしか撃って来なかった。

浜面「(……駒場のリーダーに、救われたな)」

発条包帯による連続回避がなければとっくに光の雨で焼き尽くされている。
補強のない生身だったならば駆け出す前に撃ち殺されている。
しかし近寄ればあの人間離れした肉弾戦の餌食にされる。
故に浜面は――あえて、火中の栗を拾う決断を選ぶ。



――――――しかし――――――



麦野「――根刮ぎ、持ってってやるよおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

浜面「!?」

魔女が歌い、怪物が吠える。同時に四つの光球が再び魔女の周囲に浮かび上がり――
浜面を狙ってでの射撃ではなく、『浜面を含んだ全て』を狙っての砲撃を敢行するのだ。
即ち……この大講堂をコンパスで円形を描くようにして、破壊する――!!

523 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:12:29.20 ID:GCmG3rJAO
〜8〜

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

麦野「ぎゃはははははははははははははははははははは!!」

魔女を中心として時計回りに放たれて行く原子崩し。
リノリウムを、ビジネスデスクを、モニターを、ドームを次々に巻き込んで『溶解』させて行く。
ピンポイント射撃から虱潰しのローラー射撃で、圧倒的な熱量と攻勢で魔女は全てを薙ぎ払う。
浜面の狙い全てを見越した上で、一縷の希望に至る命を含めた全てを奪い去るために。

麦野「おらおらおらぁっ!プチっと潰してやるから噛みついてこいよ!!マウスにもなれねえドブネズミなら、せめて優しく駆除してやるかさァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

水滴が蒸発し、瓦礫が消滅し、空間が破壊される。
天空から降り注ぐ雨粒に濡れた髪が額に貼り付くより早く風穴から吹き荒ぶ嵐がそれを舞い上げる。
星はおろか月さえ見えぬ暗雲の下、原子崩しの放つ光量が狂気に歪んだ妖絶なる艶笑を浮かび上がらせる。



だが



浜面「――ッッ!!」

美鈴「!?」

――浜面が飛び出した先、それは時計回りの中心点……麦野の背中、美鈴の背後!
仲間を今も押し潰している瓦礫の絨毯の物陰から躍り出、手にした演算銃器(スマートウェポン)を――

麦野「!」

浜面「やっと……笑いが消えたな」

浜面が演算銃器の引き金に人差し指をかけ肩越しに振り向いた魔女の背中に狙いをつけた。
演算銃器。赤外線を用いて標的の材質・厚さ・硬度・距離を正確に計測し、破壊に最も火薬をその場で精製する。
合成樹脂を瞬間的に凝固し弾頭を形成する、発条包帯に次いで駒場が遺していったもの。

浜面「――最後に笑うのは、俺だ」

浜面が取り得た作戦。それは魔女が如何なる精密な制御と緻密な演算を駆使しているのかはわからないが――
どれだけこの大講堂に吹き荒れる暴風のような破壊を生み出そうとも、必ず台風の目がある。
それは破壊を生み出している魔女と、それに守られている美鈴だ。
あの大崩落の中にあって美鈴に破片一つ飛ばさない安全地帯からの奇襲。
いわば人質を盾にしての射撃を敢行する事により魔女の判断と反撃をコンマ数秒でも遅らせる、まさに一度きりの奇襲!

浜面「この俺だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

ドン!

そして、向き直りきらない魔女の背中目掛けて弾丸が発射され――

524 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:13:39.08 ID:GCmG3rJAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――踏み殺すぞ、無能力者(ドブネズミ)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
525 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:15:40.87 ID:GCmG3rJAO
〜7〜

ガシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!

浜面「――……

その時、浜面は信じられないものを目にした。

麦野「――“0次元の極点”」

浜面の放った演算銃器の弾丸が、魔女の腸(はらわた)を食いちぎるより早く――
まるでテレポーテーションでもしたように、魔女の身体の前に突如として出現したコンクリートの壁面がそれを食い止めたのだ。
浜面が知らない、0次元という空間を原子崩しで切断し、切り裂いた次元からこの世のありとあらゆる物質を手元に引き寄せる能力が。


麦野「――面白いオモチャ残してってくれたわ。あの入れ墨男」

浜面「……あ」

麦野「でもまだスマートには行かなかったわね……調整が必要か」

この瞬間、浜面は悟った。あの絨毯爆撃は自分を吹き飛ばすためではなく――
文字通り逃げ回り隠れ潜む自分を燻り出すために放たれたものなど。
最初から、浜面が何らかの形で人質を利用すると見越した上で……
『囚われた哀れな人質』『救出すべき弱い対象』である美鈴すら『おびき寄せる撒き餌』に使ったのだと。

浜面「――ありえ、ねえ……」

浜面が膝から落ちる。それは発条包帯による、身体的プロテクトを無視した負荷が今更のように襲って来た事以上に――
浜面は絶望したのだ。圧倒的戦力と、自分など足元にも及ばない本物の『悪』に。
そう――浜面は何一つ間違っていなかった。限られた条件の中、常に最善手を取り続けた。ただ一点を除いて。

麦野「ドーブネーズミー」

それは魔女を救出者(セイバー)と思った所だ。人質を取り戻しに来た正義の味方だと心のどこかで思っていた。
――違っていたのだ。相手は、浜面が小悪党に見えるほどの『巨悪』だったのだ。
頭の良し悪しではなく、『悪』のメソッド・ロジック・ノウハウの元に動いている――
言わば『黒が黒を喰う』本物の怪物だったと言う事だ。

麦野「……どうやって死にたい?」

浜面「――ッッ!!」

しかし――浜面は懐からスタンガンを取り出す。
狙う先は……この水浸しの床面。これならば、これならばコンクリートでも防げまいと……
振り下ろす、自らも感電死しかねない地の利と天候を活かした乾坤一擲の窮鼠が一噛み――!!!

526 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:16:08.26 ID:GCmG3rJAO
〜6〜

バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!

浜面「(これで……!)」

突き立てるスタンガン、水浸しの床、暴風により不純物を多分に含んだ水面を走る電撃。
ここでも浜面は間違ってはいなかった。間違っていたのは――

麦野「はっ!」

ズギャン!と魔女が左手をタクトを操るように振ると……電撃が散らされるように、魔女を避けるように消えて行く。
あまりに強力過ぎたが故に発禁となった違法スタンガンをさらに改造したそれは――
魔女に静電気を纏ったドアノブほどにもダメージを与えなかった。

麦野「死を賭した反撃、か。痺れるねー」

浜面「――――――」

麦野「でも、それだけ」

浜面は知らなかった。知らな過ぎたのだ。原子崩しは破壊をもたらす光の能力などではない。
その根元は電子を司る能力であると。その気になれば『最強の電撃使い』御坂美琴の能力さえねじ曲げられる。
スタンガン程度では文字通り歯が立たないどころか言葉通り指一本触れられない。

浜面「(……俺は)」

ビーム、シールド、ブースター、テレポーテーション、エレクトリック……
そのどれをとっても浜面の手に余る厄介以上に憎らしい力の全て。
そこに加えて――この魔女はレベル0(無能力者)相手にさえ『油断』しない。

麦野「――私相手にここまで張ったレベル0はテメエで“二人目”だ」

浜面「………………」

麦野「うち一人目には“三回”負けてる。だからテメエはここで殺す」

浜面がうなだれた。あまりの絶望はついぞ恐怖すら生み出さない。
バシャッと両膝をつき肩を落とし、スタンガンを取り落とす。
演算銃器から引き金から人差し指を離す気力さえ残っていない。

浜面「(……ここで、死ぬ)」

誰がこの絶望を具現化したような怪物を三度打ち倒したと言うのだ。
全てを薙ぎ払う能力、補強無しでの化け物じみた身体能力、脳細胞まで黒に染まった悪の経験則……
しかもこの怪物は未だ『本性』を見せていないという事すらわかる。

麦野「――テメエの顔は結構私好みだったんだけどね。今の男よりよっぽど聞き分け良さそうだ」

浜面の顔を見下ろしながら怪物が笑いかけた。
ブウン……と鬼火のような光球を揺蕩わせて。
こんな怪物を飼い慣らしている男は誰だと言うのだ。もし……もしそれが本当ならば

麦野「――じゃあね」


――その男の方がよっぽど『怪物』ではないか――


527 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:18:39.26 ID:GCmG3rJAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――やめなさい!沈利ちゃん!!―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
528 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:19:05.87 ID:GCmG3rJAO
〜5〜

浜面「――……」

その時、予想だにしない人間の声が大講堂内に木霊した。
この嵐の中にあって霹靂のような力強く鋭い声が。

麦野「……はあ?」

美鈴「もういいじゃない!彼はもう戦えないし貴女に勝てない!外に警備員が来てるんでしょう!?」

麦野「――そうね。だから何?」

美鈴「……学園都市の条例はよくわからないけど、このまま引き渡せば彼は然るべき法の裁きを受ける事になる。これ以上貴女が手を下す必要なんてどこにもないのよ!」

――御坂美鈴が、原子崩しを放とうとしていた麦野の前に両手を広げて立ちはだかっていた。
肌寒い豪雨と、晒され続けた恐怖を噛んで青紫になった唇を震わせながら。
死刑執行寸前であった浜面に背を向けて庇うようにして。

麦野「……頭のネジ緩んでる?オバサン。一度しか言わない。どいて」

美鈴「……どかないわ」

麦野「血の巡りの悪い母娘ね――」

そんな美鈴の必死な……そう必死というより悲壮なまでの表情に魔女が巻き毛をかき上げた。
まるで何度掛け算のやり方を教えても九九も満足に出来ない子供を見る教師のような……曰わく冷めた表情。

麦野「あんたも一度や二度警備員に連絡してそれでも来なかったでしょ?今も来ないでしょ?つまり“そういうこと”なんだよ……こいつを生かしておいて得な事は何一つない。なんでわかんないかな」

美鈴「……人の命を損得ではからないで!!」

麦野「――いい加減にしろこのクソババア!!!」

魔女が美鈴の胸倉を掴んで締め上げた。駄々をこね癇癪を起こした子供に苛立ったような形相。
――否、逆だ。まるで魔女が地団駄を踏んで美鈴がそれを許さないようにさえ見える。

麦野「テメエの命狙ってた人間の盾になるってか!ここまで火点いたケツ私に回して拭わせといて自分はマザーテレサ気取りか!!テメエの手は汚さねえ、血も流さねえでなに“外側の世界”の綺麗事語ってやがる!!」

そう、凍てついていた魔女の顔からみるみるうちに狂気が消え失せて行く。
それどころか――必死に怒りの形相を作ろうとして顔をクシャクシャにしているような……

美鈴「――なら」

しかし……見据える美鈴の表情は対照的に揺るがない。

美鈴「……どうして貴女はそんなに泣きそうな顔をしているの?」

麦野「!?」

529 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:19:31.56 ID:GCmG3rJAO
〜4〜

……怖いわ。この雷雨の寒さ以上の震えと冷たさで歯が鳴りそう。
足が震えて、本当は上手く立ってられない。腰が抜けそうよ。
だけど――私は『母親』だから。泣きそうな『子供』の前で膝を折る訳には絶対に行かないの。

美鈴「……目の前で人を殺そうとしている子供を止めない大人がどこにいるの」

麦野「巫山戯けんな!あんたは御坂の母親であって私のママじゃねえだろうが!!どけ!!どかねえならテメエごとブチ抜くぞ!!!!!!」

美鈴「――いいえ、出来ないわ」

私は今、一人の『親』として怒ってる。それは沈利ちゃんにじゃないわ。
それは――この学園都市という街そのものに対してよ。

美鈴「――貴女は、いい娘よ。優し過ぎるくらい」

麦野「!?」

美鈴「貴女がどんな世界で生きて来たかは私も詩菜さんもわからない……今日みたいな、殺し殺されるような場面が一度や二度じゃない事も見てわかった」

麦野「だったら……!!」

美鈴「それでも貴女は私を助けに来てくれたじゃない!!!」

――誰が、この娘をこんな風にしたの?躊躇いなく人の命を奪わせるような問題の解決を……
この心を鬼にしなければ正気も保っていられないような幼く弱い子に教えたと言うの?

美鈴「一度か二度しか顔を合わせてない私を、電話一本で助けに来てくれるような貴女が……私を守ってくれた手で人を殺すところなんて見たくないわ!!」

――誰が、この娘に人の殺し方を教えたというの?

美鈴「――“子供”が武器を振り回して戦場に向かうのを本当に喜ぶ“親”なんて一人だっていない!!」

麦野「――――――」

美鈴「……だから私は美琴ちゃんを連れ戻しにこの学園都市に来たわ。そしてその美琴ちゃんの“友達”の貴女に――」

ものの例えで言う、子供が『どうして人を殺しちゃいけないの?』って質問に正解なんてない。
だって――『どうして人を殺しちゃいけないの?』だなんて子供に質問させる時点と地点からもう間違っているからよ。

美鈴「人を……殺して欲しくない」

この娘は、まだ間に合う。手遅れなんかじゃない。取り返しがつく。
この学園都市の『大人』の誰かがこの子に人殺しを強いたと言うなら――

美鈴「――貴女は誰も殺さなくていいのよ!!沈利ちゃん!!!」

――同じ大人(おや)が、それを変える事だって出来るはず――!!!

530 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:21:45.89 ID:GCmG3rJAO
〜3〜

麦野「………………」

降りしきる雨の中、ジュッと最後の水蒸気を残して……麦野の原子崩しの光球が掻き消えた。
呆気に取られたような茫然としているような……曰わく、形容し難い表情と双眸にかかる濡れた前髪。
麦野はただ立ち尽くしていた。驟雨に濡れ冷え切った身体を……

美鈴「もう……やめてちょうだい」

抱き寄せて来る、美鈴の両腕があたためて来る。
人を殺し物を壊す事しか出来ない麦野の手からもう何一つとして奪わせまいとするようにキツく、固く、そして強く。

麦野「………………」

麦野の中から、狂気を具現化させたような獣の唸りが遠ざかって行く。
御坂美鈴がした選択は決して間違いではなかった。
それは未だ娘・美琴では御せない麦野の心の在り方に対しての、かつて上条が行った事とよく似ていた。

麦野「……やめろよ!」

麦野を止めるには言葉であれ武力であれ、真っ正面から麦野の狂気や暴力をねじ伏せた上で『戦い』そのものを取り上げなくてはいけないのだ。
病的なまでの異常に高いプライドの上に立ってやっと対等なのだ。
それは麦野は相手が死ぬか自分が殺されるまで戦う事を止めない狂気の女王だからだ。

麦野「やめろよ!はなせよ!!ここまでやって、ここまできて、ここでおりるだなんてできるわけねえだろうが!!」

人の血と肉を食む怪物は鎖や檻では囲えない。倒す事などもってのほかだ。
優しさや許しや慈しみでは決して消えない。罪とは、罰とは、業とは、そんなに軽くも甘くも温くもない。
ならばどうするか――答えは、狩る獲物のいない世界に導いてやるのだ。

美鈴「いいえ……終わりよ、沈利ちゃん」

牙を奮い、爪を立てる相手を取り上げれば――怪物は何も出来ない。
戦いそのものが生まれない場所に、怪物はその存在意義を失う。
怪物を倒すために怪物になったところで、また別の怪物がまた生まれるだけだ。何も変わらない。
少なくとも美鈴の判断は正解とは言えなくとも解決策の一つではあった。

美鈴「――終わりにするの」

美鈴が麦野を抱き寄せる。それは麦野が持ち得るメスライオンの母性とはまた異なる――

美鈴「終わらせなくちゃいけないの」

――人の親と言う、麦野の知らない母性の在り方だった。だが

美鈴「貴女は――

531 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:23:09.93 ID:GCmG3rJAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
世  界  は  そ  ん  な  に  優  し  く  な  ど  な  い
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
532 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:24:26.08 ID:GCmG3rJAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
スキルアウトG「見つけたぞ売女ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
533 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:25:39.71 ID:GCmG3rJAO
〜2〜

麦野「――ッッ!!」

崩落した大講堂、麦野が焼き切った扉の彼方から姿を現す……
妙に青白い顔の、安物のチェーンを手首に巻いた切れ込みズボンのスキルアウトが

ドンッ!!


手製の焼夷ロケット砲を麦野目掛けて放って来る。
土砂降りの黒風白雨の中、その瞋恚の炎が散らす赫亦を散らして――

麦野「!!!」

フォンッ!と麦野はすぐさま原子崩しによる防盾を展開し抱き締めて来る美鈴と自分の前を守らんとする。
そう、狂気は消えども麦野の冷静さは些かも損なわれてなどいない。
何故ならば麦野は元暗部だからだ。敵意、悪意、殺意に対する第六感はもはやDNAに刻み込まれた『本能』だからだ。

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

麦野「( ― ― 今 の )」

美鈴「きゃっ!?」

焼夷ロケット砲が巻き起こす爆風と舞い上がり爆炎をも防ぎ切る光の楯。
水浸しの床面まで焼き尽くす大火力から美鈴を守り抜き、既視感を覚える声音の在処、敵の居所へと麦野が視線を向ける。

麦野「( ― ― 今 の 声 ― ― )」

麦野の中の記憶の鍵が、扉が、蓋が、箍が開いて行く。
トラウマの水底に沈む岩のように、ジレンマの森に朽ちた虚のように、白紙に落とした墨汁が広がるように――

麦野「(  ど  こ  か  で  )」

ザッ

――そう、麦野は何一つ間違っていなかった。
思わぬ敵の強襲に対し、美鈴に毛ほどの傷もつかせず原子崩しを発動させた。が

浜面「オ」

美鈴「……!?」

――防盾を展開したと言う事は、光芒を放てないと言う事。
それは呼吸より早く、鼓動より速く、瞬きより疾く――
縫う間隙すらない針の穴に、運命と言う糸を通すような――

浜面「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!」

ガウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

スキルアウトからの砲撃から美鈴を守った麦野の背面――

麦野「――――――………………

怪物を討ち滅ぼす銀の弾丸(シルバーブレッド)……浜面仕上の演算銃器の魔弾が

スキルアウトG「……ギャハッ」

麦野沈利の背中から腹部にかけて――突き刺さった。

534 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:28:02.94 ID:GCmG3rJAO
〜1〜

スキルアウトG「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――ッ!!!」

美鈴「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッッ!!!」

麦野を抱き締めていた美鈴の両腕にかかる重みが一気に増し、代わりに伝わる力が一気に失われて行く。
麦野が倒れる。美鈴が支える。麦野が斃れる。美鈴が押される。麦野が殪れる。美鈴も倒れる。
ベシャリと水浸しの大講堂の床面、風穴の開いた天蓋から降り注ぐ暴風雨の中……麦野は力尽きた。

美鈴「沈利ちゃん!沈利ちゃん!!沈利ちゃん!!!沈利ちゃん!!!!!!」

スキルアウトG「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

麦野に覆い被される形で下敷きになった美鈴が上げる絶望の雄叫び。
麦野が斃れ伏した瞬間、星月夜も彼方へ過ぎ去った暗雲に向かって歓喜の勝ち鬨を上げるスキルアウト。そして

浜面「はあっ……ハアッ……」

――言葉を紡ぐ力まで使い果たした浜面の青息が双肩でなされる。
浜面は撃った、最強の超能力者(レベル5)を。
浜面は討った。最悪の怪物(モンスター)を。
引き金を引けたのは、スキルアウトの絶叫により我にかえったその刹那――
魔女(かいぶつ)が少女(にんげん)に戻ったその瞬間だった。

浜面「……ちくしょう」

しかし――浜面の表情に喜色の色はない。あれだけ、あれだけ二日酔いの夜に見る悪夢から這い出して来たような……
正真正銘、最低最悪の怪物が……一瞬見せた少女の表情を浜面は撃ったのだ。
人を撃った事も死体を見たのも初めてではない。ただ

浜面「……これで」

軽い引き金、重い圧迫。美鈴に向かって躊躇った銃口が、少女へ躊躇なく向けられ放たれた。
たった今まで吹けば飛ぶようだった自分の命が、相手の死にすり替わる。そう

浜面「――俺もめでたく殺人者(ひとごろし)の仲間入りか……ははっ」

人の目を見て銃を撃つ重みを背負いたくなかったからこそ、美鈴暗殺の最初のプランは遠距離攻撃だったのだ。
『煙と火で死に追い込む』事で、『人を殺す』と言う行為に対する無意識下の欺瞞、精神面に対する一種のプロテクトとして。
535 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:28:29.47 ID:GCmG3rJAO
〜0〜

思い出した。私を殺そうとして私が殺し損ねた破落戸(スキルアウト)だ。
想い出した。当麻が私を庇って、当麻が助けたあの溝鼠(スキルアウト)だ。
忘れたんだね。あんまりにも居心地の良いあいつの側と、居心地の悪いあいつらの側にいて。

雲川『Deadman’s hand……』

あの時の当麻の手役。スペードのAと8のツーペア。
死んだスキルアウトの生き残りと、死に体だったレベル0の溝鼠。
『死者の手』……この手を作ったガンマンは酒場で背中から撃たれて死んだんだっけ確か。
……あれは、運命からの皮肉だったんだね。私がこうなる事への。

嗚呼……水溜まりかと思ったら全部私の血じゃないの。
雨が降っても薄まらない。風が吹いても流れない。
ダメだねこりゃ。助かりっこない。助かる方がおかしい。
あんまり人を殺し過ぎると、いざ自分の番になると他人事みたいだ。
当たり前ね。他人事と思わなきゃ仕事で人なんて殺せるか。

美鈴「――!――!!――!!!」

五月蝿えよ。雨が煩くて、風が喧しくて聞こえねえんだよ。
あれ?オバサン私の身体の下だよね?耳元で叫ばれてんのに聞こえないっておかしくない?
ダメだ。聴覚から来た。もう嵐の音も聞こえない。

寒さも、震えも、冷たさも感じられなくなって来た。
目だけ動かせる。手……指輪が見える。ブルーローズのリング。
真っ赤だ。真っ赤な薔薇になってる。指が動かない。

――そうか。こんなもんで死ぬくらい私は弱くなってたのか。
あのオバサンの、御坂の母親の、一般人の前で人殺しを見られんのを躊躇うくらい甘くなってたのか。

私がいい娘?馬鹿言わないで。一人助けりゃ善人か?
一回救えば私がして来た事がチャラになるって?
馬鹿馬鹿しい。人殺しは死ぬまで人殺しのままなんだよ。

誰かに許される事は甘えだ。自分を赦すのは逃げだ。
ガン細胞みたいに生きてる限り無限増殖する絶望に食い尽くされて死ぬか――
こうやって、惨めったらしく血を吐いて死んで行かなきゃダメなんだ。

罪が許されるのと、罰が赦されるのは別の話なんだよ。


許しを乞うのは、いつだって加害者の側だけだ

麦野「――――――………………


とーま。とーま。みえないよ。なにもみえないよ。

おほしさまもみえないよ。まっくらだよ。とーま。

とーま。まっくらだよ。とーま。

とーま。どこ?

とーま。

とー



536 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:30:55.78 ID:GCmG3rJAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十四話「D O O M S D A Y  C L O C K」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
537 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/18(木) 21:32:01.15 ID:GCmG3rJAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――この悲劇(ものがたり)に、救世主(ヒーロー)はいない―――――― 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
538 :投下終了です! :2011/08/18(木) 21:32:58.32 ID:GCmG3rJAO
第十四話終了です!たくさんのレスいつもありがとうございます。では失礼いたします。
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/18(木) 22:10:49.86 ID:9xlPcBvso

因果は巡るかぁ…
まあむぎのんにはヒーローが付いてるしな
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/18(木) 22:16:07.41 ID:bHqs+ojto

こっちを本編にしても良いくらいだな
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/18(木) 22:17:30.50 ID:2zOydi2wo
>>540
それは言い過ぎ
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/18(木) 22:18:07.28 ID:bHqs+ojto
これは失敬ww
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/18(木) 22:52:16.04 ID:l4+ynDEDO
乙!!
毎度毎度楽しませてもらってます
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/19(金) 00:40:30.79 ID:BP5q3t1po
おつー

流石の安定感
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/19(金) 01:04:49.51 ID:hcX/r/yU0

スキルアウトGうぜー
それにしても、今度はどうしたらむぎのん助かるのかね?
結局、そこは>>1の手腕を信じるって訳よ!
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/19(金) 01:43:19.47 ID:aXw3dI9DO


>>1のおかげで麦のん麦のん麦にゃーにゃーが好きになった
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/19(金) 10:53:59.88 ID:YwXczfCAO
浜面かっけえ
548 :名無しNIPPER [sage]:2011/08/19(金) 12:16:35.53 ID:kukTMV0i0
乙。カウントダウンでなんかやばい気がしたと思ったら…どこまで残酷なんだ作者よ…。
つか罪とか業の書き方が一方さんSSより重い。なんで誰もお互いに歩みよらないんだよ…
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/20(土) 02:12:54.93 ID:tTvycHOUo
やっぱカウントダウンだったか

数字減っててあれって思った
550 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 10:25:28.67 ID:Y4ZbBsuAO
>>1です。第十五話は今夜21時に投下させていただきます。

……本編より長くなっちゃったなあ番外編なのに。では失礼いたします。
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/08/21(日) 12:22:00.68 ID:vhmzk50AO
期待して待ってる
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/21(日) 13:00:21.37 ID:OfSJLw6Eo
長くなるなんて俺得

お待ちしております
553 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 20:49:58.72 ID:Y4ZbBsuAO
では第十五話投下いたします。
554 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 20:50:30.26 ID:Y4ZbBsuAO
〜−15〜

スキルアウトG「はは……ははは……ははははッッ!」

降り注ぐ墨汁のような驟雨の中、スキルアウトは破顔する。
妙に青白い顔色は隠しきれない歪んだ喜悦と暗い愉悦に満ち充ちていた。
ガシャン、と手製焼夷ロケット砲を肩口から取り落とし――
切れ込みの入ったズボンの腰元に突っ込んでいたオートマチックを握り締めた。
ブルブルと武者震いに戦慄くその手首に巻かれたチェーンを鳴らして。

浜面「お前……」

スキルアウトG「やったぞ!やったぜ浜面!!あいつだよ……あいつが“茶髪の女”だ!俺の探してたクソ女だ!!」

――浜面仕上は、その様子を疲弊しきった表情で見るともなしに見やった。
演算銃器のグリップから指を一本一本引き剥がすようにして行く。
あまりに固く握り締め過ぎて手中から離れていかないためだ。
同時に――死の緊張と生の安堵による弛緩が浜面の全身から力を奪っていた。
もう腕を上げる事すら億劫に感じるほど気力をすり減らした、一種の虚脱状態。

美鈴「沈利ちゃん!沈利ちゃん!!目を開けて!息して!!返事して沈利ちゃん!!」

そして……御坂美鈴が自分を庇うようにして覆い被さったまま動かなくなった麦野に必死に呼び掛ける。
力が抜け切った全体重がのしかかり、この暴風雨以上に体温が下がっている。
背中の肩甲骨辺りから血が流れ出し、折り重なって尚感じられないほど小さな呼吸。
即死を免れたのは幸運だったが、瀕死である事は依然として変わりない。そして

スキルアウトG「俺がよお」

美鈴「!?」

スキルアウトG「俺が殺してやりたかったのによォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

ガウン!ガウン!!ガウン!!!とオートマチックから放たれる発砲音。
その銃弾が既に虫の息の麦野の背中に新たな赤い花を咲かせて散らして行く。

麦野「……ッッ!!」

美鈴「やめて!もう撃たないで!!お願いやめて!!!」

スキルアウトG「うるせえェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

その度に麦野の身体が見る者に危機感を抱かせるような痙攣の仕方をした。
皮肉にも、死の淵にぶら下がっていた麦野を呼び戻したのはその苦痛。
脇腹と腰元にそれぞれ一発ずつ食い込んでいる。

555 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 20:50:59.22 ID:Y4ZbBsuAO
〜−14〜

浜面「おい!!」

スキルアウトG「俺に指図すんな浜面ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

浜面「……!!」

ガウン!とスキルアウトが制止しようとした浜面の足元に一発撃ち込んだ。
そのあまりの剣幕たるや、浜面に二の足を踏ませるほどに。

スキルアウトG「邪魔すんなよ……今の俺は言葉じゃ止まんねーぞ」

激昂と消沈、呪怨と悲嘆、その狭間を彷徨う夢遊病患者のような足取りでスキルアウトがにじり寄って来る。

美鈴「わっ、私を撃ちなさい!!」

スキルアウトG「………………」

美鈴「貴方達が狙ってるのは私でしょう!?私だけ狙えばいいでしょうが!!この娘は関係ない!!!」

スキルアウトG「黙れってんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

ドン!と仰向け寝に横たわる美鈴の側に散らばっていたビジネスデスクに弾痕による風穴が空く。
その耳の真横を掠めていった弾丸に美鈴も思わず鼻白む。
暴力とは無縁の世界に生きる一般人たる美鈴にあって、悲鳴を上げないだけ賞賛に値するほどの緊張感。

スキルアウトG「関係ねえのはテメエだよクソババア……俺が用があんのはなあ」

そう言うや否や――見開きのまま凍てついた美鈴、物言わなくなった麦野を見下ろし――

スキルアウトG「――俺の仲間皆殺しやがったこの茶髪女だよォォォォォ!!」

その頭蓋骨に突き立てるような爪先蹴りでのサッカーボールキックで麦野を蹴り飛ばした。
それにより麦野が美鈴の上から蹴落とされ引き剥がれ、建築資材の粉塵と自らの出血とが相俟った赤茶色の血溜まりに沈み込む。

麦野「ぐぶっ……」

スキルアウトG「俺の!仲間を!!ダチを!!!虫螻みてえに殺しやがって!!!!!!」

横っ面を蹴り飛ばし、胸を踏みつけ、脇腹の傷口を抉るように執拗に蹴撃を叩き込む。
スキルアウトの必需品、鉄板入りの安全靴。内臓まで破れよとばかりに、全ての怒りの万分の一でも晴らさんように。

美鈴「死んじゃう!そんな事したらこの娘死んじゃう!!あっ」

スキルアウトG「落とし前つけてんだ引っ込んでろこのクソアマ!!」

止めようと足に縋りつく美鈴の頭を、未だ発砲したばかりの焼けた銃身で横殴りに薙ぎ払い、こめかみを穿つ。
美鈴の身体が車に轢かれた猫のように吹き飛びもんどりうった。
その勢いのまま泥水に顔から突っ込み、強かに打ちつけられる。

556 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 20:52:55.21 ID:Y4ZbBsuAO
〜−13〜

スキルアウトG「はあっ……はあっ……」

麦野「――――…………

スキルアウトG「オラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」

細かい小休止、短い一呼吸の後、際限なく繰り返される暴力。
痙攣を通り越して既にショック状態に等しい麦野の腹部が真紅に染まるほど蹴りつける。
顔を踏みつけ、頭を潰さんばかりにし、麦野は口から血の泡すら吐かなくなった。
血を吐き出す力さえ失われ、自分の血で溺れ死にかけていた。

スキルアウトG「俺のダチはなあ!テメエが引きちぎった右腕しか見つかんなかった!!花供える墓も!死体もねえ!!どうやって殺した!!?」

蹴りつける傍ら、思い出したように引いた引き金が麦野の右肩を穿って穴を開ける。
すぐになど殺さない、楽になど死なせない、殺された仲間と同じようにしてやると言う歪な決意。

スキルアウトG「なあ痛いだろ?おい辛いだろ?そら苦しいだろ?」

今まで強大な能力者に狩られるばかりだったスキルアウトの……
誰かにとっての悪役、学園都市にあっての落伍者として扱われて来た怨念全てが人の形を取ったように。

スキルアウトG「檻ん中でテメエを殺す想像してたのと同じように!アイツが痛えって!!アイツらが苦しいって!!テメエを殺せって毎晩頭ん中ガンガンすんだよォォォォォ!!」

麦野「げ……ぼっ……」

スキルアウトG「死ねよ……!!」

馬乗りになったスキルアウトが、麦野の細首に両手をかける。
絞殺ではなく、首の骨をヘシ折るためのそれ。
上がる顎、一気に血の気を失った顔が不自然に紅潮して行く。

スキルアウトG「苦しんで死ねよ!!俺のダチ殺したのはテメエだろうが!!俺の仲間殺したのはテメエだろうが!!テメエが!テメエが!!テメエが!!!テメエが!!テメエがよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

美鈴「うわああああああああああああああああああああ!!」

スキルアウトG「ぐあっ!!?」

――美鈴が、瓦礫の一山をスキルアウトの側頭部にしたたかに投げつけた。
黒風白雨の中にあって、麦野の返り血に濡れたワイシャツ。
美鈴の精神力も今や極限に置かれ、半ば恐慌状態に陥っていた。

スキルアウトG「テメエ……!!」

浜面「いい加減にしやがれこの馬鹿野郎!!!!!!」

そこで――遂に浜面仕上が立ち上がった。

557 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 20:53:22.26 ID:Y4ZbBsuAO
〜−12〜

浜面「俺達の仕事はその写真の女を殺す事だろうが!履き違えてんじゃねえぞ!!」

スキルアウトG「――――――」

浜面「テメエの都合は後に回せッッ!!」

その一喝が、麦野の首をヘシ折ろうとしていたスキルアウトの隆々と張り詰めた腕の筋肉を弛緩させた。
同時に、もう泣き叫ぶ事も出来なくなった美鈴が膝からガクンと崩れ落ちる。

浜面「――その女はもう死んでるのと変わらねえ。ほっといてもくたばる」

状況は、もう誰の目にも明らかなほど限界に達していた。

浜面「――トドメ刺すのはやる事やってからにしろってんだ!冷やす頭ん中までヤキ回ってるってならテメエから風通し良くするぞ!!」

スキルアウトG「浜面テメエ!!」

猛るスキルアウトに先んじて浜面の演算銃器がスキルアウトの身体に向けられる。
銃口の狙いはもっとも狙い易く打ち損じが少ない胴体部。
だがしかし――浜面のこの行動は突如として正義感に芽生えたためなどと言った類のものでは決してない。

浜面「――今のリーダーは俺だ」

浜面は既に人一人を撃った。見知らぬ相手の顔を見、憎くもないのに目を合わせた上で弾いた。
一線を越えてしまったのだ。その踏み出した一歩の持つ重みは、どんなに小さくともなにより強い。

浜面「文句があるのか……!?」

威嚇を越えた殺るか殺られるかの戦いは、時と場合によっては暴走した味方へとその銃口が向けられる。
二重の意味で弾丸は前から飛んで来るとは限らないのだから。

スキルアウトG「……チッ」

憎々しそうに鳴らした舌打ちと共にようやくスキルアウトは麦野から離れた。
そう、もはや麦野が助からないであろう事は誰の目にも明らかだった。
遅かれ早かれという違いと、浜面の威圧が冷静さを取り戻させた。そして

浜面「あんた……」

麦野「………………」

浜面「一つだけ教えてくれ」

浜面は粗で野であるが卑ではない。女だから殺さないなどと言う甘さはないが、嬲り殺しを楽しむ趣味嗜好もない。
浜面はスキルアウトに向けていた銃口を油断なく麦野に向けながら――口を開いた。

浜面「あんたは……舶来を助けてくれたのか?」

麦野「………………」

浜面「ちっちゃい外人の女の子だ。昨日の第七学区の交差点……そこであんたは舶来を助けたんじゃないのか!!?」

558 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 20:56:11.78 ID:Y4ZbBsuAO
〜−11〜

なにやってんだよ俺は……こんな事聞いてどうすんだ?今更何になるってんだ?
この女が首を縦に振ろうが横に振ろうが……下の人間の、それもこの女を殺したいほど憎んでるヤツの前で……
リーダーの俺がイモ引く訳にもケツまくる訳にも行かねえのに……
どっちに転んだって撃つしかねえってのに……これじゃまるで

浜面「その娘はな……今日死んだ俺達のリーダーが目に入れても痛くねえくらい可愛がってた、それこそ死んでも守りたかったもんなんだ」

――これじゃまるで、本当は撃ちたくねえみたいじゃねえか!
『舶来を助けたのは自分だ』って、嘘でも良いから言って欲しいみたいじゃねえか。
『この女を撃たなくても済む理由』を探してるみたいじゃねえかよ!!

浜面「答えてくれ……舶来の事も、この女みたいに助けてくれたんだろ!?」

スキルアウトG「浜面!!」

浜面「すっこんでろ!!!」

――どうしてだ?いつから、どうして、なんでこうなった?
こんな後戻り出来ねえ道に、二度と抜け出せねえ底無しに足突っ込んじまって、俺はこんなんになっちまった!?
昨夜のこの時間、俺はホットドッグ咥えたまま半蔵とだべりながら作業してたじゃねえか。
もう少しすりゃ、駒場のリーダーと安くて酔いが早いだけが取り柄の酒飲んでただろ!?

浜面「なんとか言ってくれ!しゃべれねえならうなずくだけでもまばたきだけでもいい!!」

何でだ!?何でたった一日で俺の現実は、俺達の世界はこんなになっちまったんだよ!?
俺達がスキルアウトだからか?無能力者だからか?レベル0だからか?
居場所作ってもこんな風に壊れて、選ぶ間もなくこんな所でドンパチかよ!
迷う暇も、悩む時間もなく、他人から命令された駄賃欲しさの殺しで!

麦野「……ペッ!」

浜面「っ」

麦野「死……ね……!!」

――そんな俺を、この心臓ブチ抜いて来るようなイカレた目で女が睨んで来る。
どんな非道い地獄と、どんだけ人間の醜い所を見りゃこんな目が出来る?
……決まってる。多分この長い夜が終わったら、俺はこの女が見てるような闇に堕ちる。



こいつは、一体どれだけ深い闇を見て来たってんだ?



美鈴「うぐっ……ううっ」

スキルアウトG「あァ?」

美鈴「……ご……めんね」

――写真の女が、膝と手突いて泣いてる。大の大人が、ガキみてえにポロポロ泣いてやがる。
559 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 20:56:37.20 ID:Y4ZbBsuAO
〜−10〜

麦野「……が」

美鈴「ごめんね……ごめんね沈利ちゃん」

撃たれる雨が狙うように血塗れの麦野に降り注ぎ、暗雲を仰ぎ見る美鈴の涙を洗い流して行く。
麦野はもうしゃべる気力も、指先一本動かす力も残されていなかった。
そんなもがれる手足も残っていない麦野を、ノロノロと四つん這いで寄って来る美鈴が――

美鈴「……私、大人(おや)なのに」

麦野「――――――」

美鈴「子供(しずりちゃん)を……守ってあげられなかった――」

麦野「………………」

美鈴「私のために……巻き込んでごめん」

麦野「‥‥‥‥‥‥」

美鈴「守ってあげられなくて……ごめん!!」

麦野の頭をかき抱いた。麦野の腫れた左頬に、雨以外の雫を落として。
それに辛うじて自由に動かせ、しかし視力も落ちきった麦野の目が開く。
大量出血による間近に迫る死にあって、その言葉は最期を看取る無力なナイチンゲールのようで――

スキルアウトG「おい」

ジャキッと遊低をスライドさせ、オートマチックのハンドガンをスキルアウトが二人に向けて来る。
妙に青白いその顔が、氷雨を受けてより抜けるように。

スキルアウトG「人殺しがなに安らかな終わり迎えようとしてんだコラ」

麦野「……ッッ!!」

スキルアウトG「この女、そんなんなってまで守りてえか?」

キキッ、とせせら笑うような引き金に力が込められる音に麦野は辛うじて蘇った聴覚で聞き取り、感じ取る。

スキルアウトG「――決めた。テメエの目の前で、この女の頭吹き飛ばしてやる」

麦野「……ろっ!」

スキルアウトG「脳味噌拾い集める時間くらいやるよ……なあ!!」

――麦野の目の前で、美鈴の頭を吹き飛ばすつもりなのだ。
命を奪う前に心を壊し、地獄に落とす前に生き地獄を味あわせるために。

スキルアウトG「それがフェアってもんだろ?」

麦野「や゛……め゛ろ゛」

スキルアウトG「テメエがオレから奪ったもん考えりゃよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

麦野「巫山戯け……!!」

目を閉じる美鈴、唸る麦野、吠えるスキルアウト、見開く浜面。


これは、許されざる罪の物語。

これは、赦されざる罰の物語。

これは、終わらざる業の物語。



ズギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!



――血で記された物語の終止符は弾丸にて打たれる――

560 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 20:57:32.76 ID:Y4ZbBsuAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十五話「Starless and Bible Black」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
561 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 20:59:51.57 ID:Y4ZbBsuAO
〜−9〜

『デ、データなら引き渡す!金も全部あんたらにやる!!だ、だから!!!』

こいつは命乞いがあんまり五月蝿くって首を刎ねた。確か研究者だったと思う。
よくある研究成果の外部漏洩。外部の人間に娘を人質に取られて仕方無くだってさ。
だったらなんで命乞いすんの?って話よね。だから――殺した。

『もう抜けようなんてしませんから!二度と逃げたりしませんから!!』

こいつは鼻水垂らした泣き顔が見てられなくて、福笑いみたいになるまで顔を焼いて骨が見えて来たあたりで殺した。
確か下部組織の新入り。見せしめとして全員の前で公開処刑。
抜けようとした理由?自殺志願者の動機なんてどうでもいい。

『殺さないで!殺さないで!!お腹の赤ちゃんを殺さないで!!』

こいつは上層部の理事に囲われてた愛人。もう誰が父親かわかんなくなるまで散々ヤラれて、それでもお腹の子を庇いながら死んでいった。
ううん。私が殺した。中身が見たいって言われて、腹を引き裂いて殺した。
中身は黒い肌をしていた。その理事は白い肌に賭けてたみたいね。

『こんな真っ暗な世界で真っ黒な場所で子供達が犠……』

こいつはよくわからない。何でも学園都市の在り方に異を唱える教育者だったみたい。
見せしめとして手足を切り落とし、死なないように内臓を一つ一つ引きずり出して並べた。
それを口に突っ込んで食わせ、窒息するまでそれを続けた。

『……なんで、君のような子供が――』

こいつは暗部絡みの事件に再三に渡る警告を無視して捜査を続けてた警備員。
上層部の汚職の裏付け資料を始末する時、デスクに家族の写真が飾ってあった。
片足を失ったらしい車椅子の弟みたいな男の子と二人で映ってた。
何故だか、その写真までは焼き捨てられなかった。

『は……く……殺……して……!』

もう胸から上しか残ってない女の子が培養基に入ってた。
私が焼き尽くした研究施設のラボにいた同じくらいの年の娘。
何百本ものチューブを身体に挿されてそれでも生きていた。
殺して、と頼まれたのは初めてだったからよく覚えてる。

『――――――………………』

こいつは私が生まれて初めて殺した人間。今でも雨の夜になると悪夢(ゆめ)に出てくる。
私が人間を辞めたきっかけ、怪物が生まれた瞬間、実在する地獄が開いた日。


これは私が殺して来た人間の『ほんの』一部だ。


562 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:00:20.99 ID:Y4ZbBsuAO
〜−8〜

『ぎゃああああああああああああああああああああ!!』

殺した。殺して来た。怖くなって数えるのをやめた後も増え続けた。
その内数えるのを止めて、考えるのを止めて、感じるのを止めて――
私の中に残ったのは、命の数じゃなくってギャラの額に変わった。

『死にたくねえよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

口座に入る報酬の額を見る度思ったもんね。なんだこいつの命の値段はたった150万ぽっちかってさ。
最初は虚しくなって、次は泣けて来て、最後は笑えて来た。
なんだ大した事ないじゃん。人間の命、明日の値段、未来の価値ってね。

『来るな、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

アイテムの連中に聞いた事がある。殺して稼いだ金で買った最初のものなんだった?って。
私はシャケ弁だった。バックでもコートでもなく――
いつもと変わらないシャケ弁といつもと同じように食べた。


しょっぱかった。


『お前なんて生まれて来なければ良かったんだ!!』

――当たり前よね。人殺してる時点で、そいつはもう人間が人間として受けられるどんな権利も放棄してる。資格も喪失してる。
だって他人の人生を破壊してるから。だって他者の存在を否定してるから。

『こいつと来たらー!ごちゃごちゃ言ってないで仕事しろ〜〜!』

善悪じゃなくて足し算引き算で考えれば演算も出来ない子供だって理解出来る。
仮に80歳まで生きられたかも知れない人間を20代そこそこで殺して――
10年かそこら檻だか牢だか入ってチャラになるなんて本当に思う?なる訳ねえだろ?

許すも

許されるも

許されないも

許さないもない

『許す』なんて言葉があるから、私みたいな人殺しがいくらでも増える。いつまでも減らない。

人を殺したらもう全てを諦めろ

殺されたやつの諦められなかった全てを奪っておいて

やり直せる、変えられる、正せるなんてありえない

いくら傲慢な私だって、恥を感じるわきまえくらい持ち合わせてる。

善性の選択なんてクソくらえだ

563 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:02:30.64 ID:Y4ZbBsuAO
〜−7〜

これだけ殺してやっとわかった命が持つ重さ。
ここまで殺してやっとわかった死の持つ重み。
当麻と出会って、インデックスと暮らし始めて、御坂達と付き合う今になって――
私は震えてる。脅えてる。戦慄いてる。戦いてる。恐れてる。



――私と、当麻達(あいつら)が違っている事に――



私だけが違ってる。私だけがあいつらみたいになれない。
あいつが繋いでくれる手はあんなにあったかいのに、あいつらの手はあんなにきれいなのに……
私だけがいくら洗っても消えない血と落ちない死の匂いで汚れてる。

身の内の狂気が、胸の中の絶望が、背に負った後悔が重い。
あったかいひだまりは、どんな裁きより残酷に私の罪を暴いて行く。
瞳を背けていたもの、眼を切っていたもの、目を瞑っていたもの。
瞼の裏に広がる暗闇に、私が殺して来た人間の顔が焼きついてる。



雪(わたし)が太陽(とうま)に溶けても、氷(つみ)が全て水(ゆるし)に変わって流れるだなんてありえない。



摘んで、奪って、消して、潰して、壊して、殺してきた私があいつらの側でもがいていたのは、ありえたかも知れない世界をそこに見るから。
償う事も贖う事も取り消す事も取り返す事も取り戻す事も出来ない私があいつらの傍で足掻いていたのは、ありえたかも知れない未来をそこに感じるから。


人を殺さず6570日を生きれたかも知れない優しい世界と綺麗な私をそこに見るから


そんな御都合主義のもし(if)なんて私の過去のどこにもない。
if(もし)があるのは未来だけ。でも未来を語る資格を私はなくした。
自分の手で破壊した。笑いながら人から奪った。
血で濡れた汚れた左手、血に塗れて穢れた右手で、ダイヤモンドを受け取る事なんて出来ない。

――そんな手に刺した感触も、銃を撃った衝撃も、人を殺した自覚さえ希薄な能力で殺して来たんだ。
殺意と、演算と、命令一つで何度となく繰り返して来たからこうなる。
ちゃんと、自分の手を通して人を殺さなかった。
命を奪う感触が手に残ったなら、その一度で止める事が出来たかも知れない。
嫌悪感も、恐怖感でも、罪悪感でも何でも良い。ブレーキになったかも知れない


だけど私はそれをしなかった。



最初の一回を踏みとどまれなかった。



二度と戻れない道だと考えもせずに。



私は人を殺したんだ。


564 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:03:06.60 ID:Y4ZbBsuAO
〜−6〜

青髪『彼氏の影響バリバリや。アホアホやんお姉さん』

ああそうだよ。私は馬鹿だ。私は阿呆だ。つける薬も見当たらない、死ななきゃ治らない馬鹿だ。
人殺しのくせに、あったかい部屋で、あったかい奴らと、あったかいメシ食って、あったかい時間過ごして……

禁書目録『だよね?私もしずりもとうまが大好きだからここにいるんだよ。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもないんだよ。“好き”以外の理屈とか、“愛してる”以上の理由とか“そんなの関係ねえ”んだよ!』

――それは私が他人から奪って来たもんでしょうが。
笑いながら殺して、踏みにじって、ツバを吐きかけて、蹴飛ばして来たもんだ。

雲川『どうする?もういっそこのまま撮ってみるのも面白いと思うけど』

綺麗な思い出、優しい想い出、都合のいいところだけを切り取った写真をコルクボードに貼り付けて……
もう『写真の中でしか笑えない誰か』の笑顔を永遠に奪って永久に失わせたのは私だ。

御坂『私が、あんたを許すよ。あんたはここにいていいんだって』

いい訳ねえだろ!神が許そうが死人が赦そうが、私が私を許さない。
楽な方に浸って、甘い方に流されて、温い方に溺れて……挙げ句この様だ。
私の弱さがテメエの母親を殺すんだぞ!!このどこまでも弱くなった私が!!!

上条『――お前が弱くなってくってなら、その分俺が強くなりゃいい話じゃねえか――』

――私は、あんたに命を助けられた。魂を救われた。
だから私はあんたに命を預ける。魂を捧げる。
身体だってあんたの好きなようにオモチャしたって構わない。
人しか殺せない私が、あんたに分けられるものなんてそんなもんしかない。



だけどね



美鈴『ごめんね……ごめんね沈利ちゃん』

――何でテメエが謝る?何でテメエが泣く?私とあんたは昨日今日顔を合わせただけの赤の他人なんだぞ。

美鈴『……私、大人(おや)なのに』

自分の母親の顔もろくすっぽ思い出せない私でもわかる。
今のあんたの表情は、私の実の親だって向けてくれた事なんてない。

美鈴「子供(しずりちゃん)を……守ってあげられなかった――」

……守る?この私を?このレベル5(バケモノ)を、この超能力者(バケモノ)を、この第四位(バケモノを)?



『人間』のあんたが……私を守る?



―――巫山戯けるな―――



ふざけ……!!
565 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:05:41.94 ID:Y4ZbBsuAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「ふざけんじゃねえぞオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォー!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
566 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:06:43.83 ID:Y4ZbBsuAO
〜−5〜

スキルアウトG「な……!?」

――渇いた銃声が、バギンッッ!という硬質な破壊音にとって代わった。

浜面「……!!?」

御坂美鈴の後頭部に向かって放たれた無慈悲な弾丸が……
中空にて螺旋を描きながら静止する。逃れ得ぬ距離、防ぎ得ぬ威力、免れ得ぬ死が――

スキルアウトG「は……」

浜面「……羽根?」

ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ

美鈴の胸に抱かれ、視力を取り戻した麦野の背中から伸びた一枚の『光の翼』が……
弾丸を受け止め、同時に鋼鉄を蒸発するように溶け行き、炭化し、灰すら残さず燃え尽きる!

麦野「……関係ねえよ」

見えざる神の手が握り潰した悲劇の終止符。麦野の背から伸びる『光の翼』が二枚になる。

麦野「関係ねえよ!!カァンケイねェェんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

浜面「(嘘だろ……!!?)」

血反吐を吐きながら雄叫びを上げるガテラルボイスに、浜面の二の足が竦む。
もう指一本動かせないはずだ。一歩だって進めないはずだ。
それだけのダメージを与えたにも関わらず――翼が、三本に増える。

麦野「何が罪だ!何が罰だ!!何が業だ!!!」

そう――麦野はもう首から下がほぼ動かせないほどの瀕死の重傷を負っている。
だが――麦野にとっては『首から上』が自由になるならば『何も問題はない』とばかりに……四本目の翼が起きる。

麦野「“それ”は私のもんだ!私だけのもんだ!!“それ”だけはねじ曲げられねえんだよ!!!」

――そう、能力者に必要な『演算能力』……それらの機能が集中する真っ黒な脳細胞さえあれば……
『殺意』と、『狂気』と、『演算』一つで……『人を殺せる力』を放てると、麦野の五枚目の翼が伸びる。

麦野「このゴミ溜めの世界と!この肥溜めの場所と!この掃き溜めの私らと……この女は関係ねえだろうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

六枚目の翼が輝く。麦野の叫びに呼応するように……!
567 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:08:14.39 ID:Y4ZbBsuAO
〜−4〜

私は否定して来た。優しい世界を、あたたかい光を、仲良しこよしの人間を、ぬくもりに満ちた時間を。
だって私は人殺しだから。否定して、拒絶して、排除して、自分の幻想をそうやって破壊して来た。
否定して否定して否定して否定して……何一つとして私を救う何物も残らないよう否定して来た私。そんな私が

青髪『姉さーん!』

今更何かにすがってたまるか

雲川『上条の彼女ー』

そんな恥知らずな真似が出来るわけない

禁書目録『しずりー!』

この罪は私だけのものだ

御坂『第四位ー!』

この罰は私だけのものだ

フレンダ『麦野麦野ー!』

私は色んなものを捨てて来た。

絹旗『超麦野ー!』

仲間さえも捨てて来た。

滝壷『むぎの』

自分のエゴのために捨てた。

上条『沈利』

捨てたんだよ!!

麦野「……ぐ!」

私が捨てて来た者に、私が否定して来た物に、今更縋りつけるはずねえだろ。

当麻。私はあんたに命を預けた。背中を預けた。剣を預けた。だけどね……

私の『弱さ』まで!『脆さ』まで!!『甘さ』までテメエに預けたつもりはねえ!!

そんな甘っちょろい女になって、そんな情けない人間に……私はプライドまで預けた訳じゃねえんだよ!!
568 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:10:50.46 ID:Y4ZbBsuAO
〜−3〜

私の立ってる場所はここだ。暴力と殺し合いと裏切りしかないこのドブドロの世界だ。

私が選んだ道だ。私が望んだ末路だ。だけどねえ……だけどなあ!!

美鈴『守ってあげられなくて……ごめん!!』

――この女は関係ない。ここは『私達』の世界だ。

気に入らなきゃ殺す、動きを止めたきゃ殺す、金が欲しいから殺す。

そんなクズとゲスとカスの吹き溜まりに……テメエは関係ねえんだよ!!

テメエみたいな……テメエみたいな口先だけの『偽善者(イイヤツ)』がいて良い世界じゃねえんだよ!!

私は否定する。優しい世界にいる残酷なこの自分を否定する。

――ならこんな残酷な世界にいる優しいその女を否定してもいいよな?

私が『あの場所』にいちゃいけないように!

テメエも『この場所』にいちゃいけないでしょうが!!

科学者『殺してやる……』

暗部『殺してやる!』

女性『殺してやるっ!!』

教師『殺してやる!!!』

警備『殺してやる!!!!』

少女『殺してやる!!!!!』

死者『殺してやる!!!!!!』


――私の悪夢(ゆめ)に出て来ていいのは、私が殺した人間だけだ。


私の罪悪感(じこまんぞく)のために殺されるような偽善者(イイヤツ)を……


悪夢(ゆめ)の中に入れてやるほど……私の心は広く出来てねえんだよ!!!

569 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:11:25.52 ID:Y4ZbBsuAO
〜−2〜

麦野「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

バギン!バギン!!バギン!!バギン!!!

麦野の翼が牙のように背中から突き立つ。七枚、八枚、九枚、十枚と。
自分を抱く美鈴を守る翼有る盾のように、美鈴に向かう敵を屠る翼在る剣のように。

スキルアウトG「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

スキルアウトがオートマチックを狂ったように乱射する。
『ここで倒さねば』『これで倒さねば』『これを倒さねば』とんでもない事になると。だがしかし――!

麦野「――!!」

バギン!と十一枚枚目の『光の翼』が飛来する弾雨を次々と薙ぎ払いって消滅させ、叩き落として消失させる。
降り注ぐ雨すらも一閃の後断ち切るような光刃を以て、美鈴を守るように。

麦野「手足が動かなかろうが、内臓が破れようが、戦力差はひっくり返らねえ!」

スキルアウトG「!!!」

麦野「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

そして奮った十一枚目の翼が……スキルアウトの右腕、肘から下、手にした銃ごと――断ち切る!

スキルアウトG「ぐあっ!?ああああああああああああああああああああ!!?」

麦野「これが超能力者(レベル5)だ……これが第四位の原子崩し(メルトダウナー)だ!!」

さらに……その原子崩しで形作られた光の翼が巻き起こす颱風が、文字通りスキルアウトの右腕から噴き出す血の雨と共に――
横殴りの暴風雨と共に吹き飛ばし、瓦礫を山ごとひっくり返すように叩き伏せる。
指先一本自由にならずとも、立ち上がる力がなくとも――

麦野「つけ上がってんじゃねえぞクソ野郎!テメエら無能力者(レベル0)なんざ、指一本動かさなくても100回ブチ殺せんだよォおおおおおッ!!」

心臓に近い位置に風穴を開けられた致死量の出血、運動機能を司る神経の一部に傷を負っても……
麦野の『人を殺す力』は失われてなどいない。それは

美鈴「沈……利ちゃん!」

裏を返せば――『人を殺す剣』は『人を守る盾』にもなれるのだ。

570 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:15:01.44 ID:Y4ZbBsuAO
〜−1〜

人を殺した罪悪感は、殺した奴が死ぬまで無限増殖する悪性新生物だ。
背負った罪が、泣き叫ぶ声さえ枯れるほどの罰(いたみ)が背中に走り続ける。
命ある限り増え続ける。そして最後はその痛みに狂って、最期はその痛みに殺される。

――人を殺すって言うのは、そう言う事だ――

私は治療薬(すくい)なんて求めない。私は痛み止め(たすけ)なんて要らない。
そんなもののためにねじ曲げちゃいけないもんがある。
善性の選択なんざクソでも喰らえ。罪の清算はここでしてやる。

ただし――それはこの場違いも甚だしい人間(みさかみすず)を放り出した後だ。
御坂美鈴。テメエみたいな偽善者(いいやつ)に、こんな悪人(わるいやつ)だらけの場にいる『資格』なんてない!

ここにいていいのは暴力を振るえる手と、引き金を人差し指と、薄汚ねえ金をさらう腕を持ったやつだけだ!
敵をかばって身体を盾にするような、私の代わりに死のうとするような、テメエのガキのために必死こくような……
そんな偽善者(あまちゃん)がいて良いスペースなんて一歩だって譲ってやらねえ!!

これは当麻を支えるための戦いなんかじゃない。
これは御坂を救うための闘いなんかじゃない。
誰に強制された訳でも選ばされた道でもない、自分で選んだ私の死に場所だ。
断崖大学データベースセンター。文字通り崖っぷちってか。良い場所ね。



――良いセンスだよ。死ぬ時は一人の方が良い――



こんな天使の真似事みたいな原子崩しの翼。クソッタレな私の力。

これは――天使の翼なんかじゃない。

これは――光の十字架だ。

これは――私の剣だ。

人殺しの私に与えられた罪の証だ。

罪が重くて重くて重くて重くて重くて重くて重くて……

罰が痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて……

痛くて、重くて、辛くて、苦しくて、背負ったものに潰されそうになって

それでも

上条『俺は』

あいつは……一人も見捨てなかった。

あいつは……一回も投げ出さなかった。

あいつは……一言だって言い訳しなかった。

あいつは

それでもあいつは――

上条『俺は誰かを助けられる――偽善者でいい』


あいつは、当麻は
571 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:15:56.37 ID:Y4ZbBsuAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――こんな怪物(わたし)を、あいつは好きだと言ってくれたんだ――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
572 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:16:29.14 ID:Y4ZbBsuAO
〜0〜

バギン!!

浜面「……ッッ!!」

そして――星の光も届かぬ黒風白雨の中……浜面仕上は目を見開く。
暗雲を切り裂き、曇天を染め上げ、闇夜に走り抜ける稲光の中……十二枚目の翼が天へと伸びるのを。

麦野「……」

手足も動かぬまま、しがみつく写真の女を、まるで卵を守る親鳥のように……
不健康な色をした光の奔流を羽根の形に変えて大きく広げる。

浜面「(能力者どころの話じゃねえぞ。同じ人間の気がしねえ……!)」

――誰もが神々しさを感じる『天使の翼』……忘れてはならない。そのモチーフが猛禽類の羽根である事を。
そして――空を渡る鳥が地に落とす影は十字架に良く似ている。
止まり木なくば翼を休める事すらかなわぬ、飛ぶという自由と引き換えに神が鳥に与えた十字架である。

十字架は言うまでもなく罪と罰の象徴である。それは幾多の生を奪い数多の死を与えて来た麦野が背負う呪い。
殺して来た人間の怨嗟と呪縛と絶望が渦巻き逆巻く墓標そのものだ。

美鈴「沈利ちゃん!動かないで!!動いたら死んでしまうのよ!!?」

……十字架とは神の加護を表す。御坂美鈴という死に至る病に冒されざる者を守護する十字架となって麦野は顔を上げる。
十字架は逆様にすれば剣の形になる。麦野はその切っ先を浜面に突きつける。今にも消え入りそうな光を掲げて。

浜面「……最後に、もう一度だけ聞いとく。もうあんたが死ぬのが先か、俺が殺されんのが先かわかんねーからな」

そして――浜面もまた演算銃器を握り締め、発条包帯の巻かれた足を踏み込む。
学園都市にとって最悪(レベル0)の烙印を押された少年が、学園都市が生み出した災厄(レベル5)に……
今、再び怪物に挑む。死を超えた先にある生を掴むために。

浜面「――舶来を助けたのは、あんたか?」

麦野「……私は」

そして――麦野も、また

麦野「――誰も助けない。救わない。守らない」

――世界はそんなに優しくなどないと『否定』する――

浜面「そうか」

麦野「ああ、そうさ。私は――」

――人と人は、決してわかりあえない。



麦野「――テメエの仲間を殺した女だ。よろしく」



ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

天からの号砲のように雷が落ち――

浜面「……ッッ!!」

麦野「――ッッ!!」

それが、引き金となった。

573 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/21(日) 21:16:59.07 ID:Y4ZbBsuAO
倍増しとなる苦痛も苦悩も火にくべよ。

燃えて、燃えて、煮え滾れ。

釜の中の蛙の指先

蠑の目

蝙蝠の羽根

犬の舌

蝮の舌先

切り刻まれた蛇の牙

母喰鳥の羽根

蜥蜴の手

苦痛と苦悩の呪いに

地獄の大釜よ煮え滾れ。

苦痛も苦悩も火にくべろ、

燃えて、燃えて、煮えたぎれ。

浜面「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォー!!」

奈落の縁が見えるまで

麦野「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!」

地獄の底が覗くまで――

浜面・麦野「「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」

生  あ  る  全  て  に  呪  い  あ  れ  ―  ―  ―  ―

574 :投下終了です! [saga]:2011/08/21(日) 21:18:30.69 ID:Y4ZbBsuAO
たくさんのレスありがとうございます…では第十五話これにて終了となります。失礼いたします。
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/21(日) 21:22:11.29 ID:Y+Kt4AYfo
>>1
…やべえ鳥肌たった
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/21(日) 21:23:00.83 ID:X7NrhVk10

スゲー面白かったぜ
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2011/08/21(日) 21:27:43.22 ID:4jX48Xcxo

超麦野ー!で笑ってしまったww
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/08/21(日) 21:28:38.48 ID:jIy+zLCp0

最高だったぜ
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/08/21(日) 21:35:55.03 ID:vhmzk50AO

待ってた甲斐があったよ
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/22(月) 13:08:34.80 ID:0fChiSQ+0
超乙。異様な迫力というか、読んでて圧倒させられる。
現時点ではフレンダ死んでないけど、このむぎのんなら殺さないね。
581 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 17:22:52.44 ID:oaSu1JVAO
>>1です。第十六話は今夜21時に投下させていただきます。では失礼いたします……
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/23(火) 17:50:44.17 ID:KWrlo0On0
毎回報告アリガトー
待ってま〜す
583 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:04:47.17 ID:oaSu1JVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十六話「Lasciate ogne speranza, voi ch' intrate」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
584 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:05:14.81 ID:oaSu1JVAO
〜12〜

麦野「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

光の翼が羽撃いては黒風白雨を切り裂き、大講堂の天蓋を木っ端微塵に引き裂いて行く。
一閃の後生まれた切れ間は瞬く間に自重を支えきれずに雪崩れ込み――
振り下ろされる断頭台のような死の翼が、瓦礫ごと浜面を押し潰さんとする!

浜面「――ッッ!!」

シュオッと言う風切り音の後降り注ぐ瓦礫を発条包帯で補強された浜面の両足がジグザグの軌道を描いて潜り抜けて行く。
踏み出し、飛び出し、頭上を掠めれば身を引くくして転がり、横転しながら演算銃器の引き金を引く。
ドドドドドドと言う滝を思わせる破壊音の中、盲滅法にガウン!ガウン!!ガウン!!と乱射して行く。

麦野「(クソッ……速すぎるッッ!!)」

飛来する銃弾を手足のように操り、光の翼を繭のように折り畳んで銃弾から身を守る。
合成樹脂の弾頭と精製された火薬の爆発が翼成る盾を隔てた空間で破裂し――
麦野は喉元からせり上がる吐血を食いしばった口から吐き出さぬよう飲み下す。それは

美鈴「……!!――ッッ!!!」

麦野「(足手まとい抱えて戦うのが……こんなにキツいだなんてねえ!!)」

自分の胸元に必死に顔を伏せて身を固くする御坂美鈴の存在。
浜面の銃撃から自分だけを守るならば容易い。しかし――
今や麦野は自分の死以上に美鈴の生に重きを置いていた。
浜面を殺しても自分が死んでは駄目なのだ。美鈴を生かさねばならないのだ。

麦野「(――あいつは、こんなに重いものを背負って戦ってたのか)」

既に麦野は死に体である。心臓付近を撃たれ出血が止まらず呼吸も危うい。
背中を穿たれた事により四肢の動きを司る神経にダメージを受け、実質しゃがみ込んだまま戦っているのと変わらない。
その上さらに悪条件はいくつも重っている。一つは出血多量による視野狭窄と思考の鈍麻。
この暴風雨により出血と相俟って体温の低下が著しい。加えて

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!

麦野「(長くは……保たない!!)」

砕け散る十二枚目の翼。残る十一枚の翼を支える演算力も体力も既に限界に達している。
そもそも『何故か』この力は異常に体力気力精神力を消耗するのだ。
インデックスの記憶を巡る戦いでは一度の発動で力尽きるほどに。

麦野「(――私は、こいつに勝てるのか!!?)」

そして浜面もまた――

585 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:05:43.56 ID:oaSu1JVAO
〜11〜

浜面「(――俺に、こいつを倒せるのか!!?)」

ドウッドドウッ!と十一枚の翼から放たれた横一線による光芒を浜面は発条包帯の恩恵を受けた跳躍力により飛び上がってかわし――
崩落した天蓋の剥き出しの鉄骨に左手で掴まってぶら下がり、右手の演算銃器でガウン!と撃ち返す!
狙いは美鈴でも麦野でも良かった。美鈴を殺さねば浜面に未来はない。麦野を倒さねば浜面に明日はないのだ。
しかし麦野は光の翼を鞭のように振るって弾丸を叩き落とし、返す刀で猿のようにぶら下がる浜面を串刺しにしようと切り返してくる。

浜面「(この怪物に!この化物に!!)」

浜面が手を離し重力に従って落下し始めた瞬間、毛先を焦がす光の翼が通り抜け頭上でオレンジ色の爆発が起きる。
そして着地点目掛けて十一本もの原子崩しが突き刺さるも、完全に地に足をつける前の浜面はその着弾と爆風に吹き飛ばされた。

浜面「ぐはっ!!?」

爆破の衝撃と爆音に転がされ、浜面の右耳から血が溢れ出す。
鼓膜をやられたかと思ったが、耳鳴りを感じ取るとそのまま後転しながら浜面は溶解した鉄扉まで押し流された。
そこへさらに――強風と豪雨と暗闇の中光を放つ毒牙が浜面に迫る!!

轟ッッッッッッ!!

浜面「――――!!!」

見てくれも何もなく大の字になった鼻先を死の光芒が通り抜け壁面に風穴を空ける。
散らばった破片が背中に食い込み擦過傷は数限りないが――
浜面は生きている。当たり前である。掠っただけで死に至るのだから。が

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

麦野「……ッッ!!」

浜面「(やっぱりだ……あいつももうとっくに限界を振り切ってる!!)」

十一枚目の翼が砕け散り残り十枚となる光の翼。浜面は察する。
光芒・防盾・噴射・次元切断と数限りなくあるあの原子崩し(メルトダウナー)と言う能力。
恐らくあの翼は切り札だ。それも本来は見せたくない奥の手。

浜面「(やるしかねえ)」

麦野が四肢動かせぬほどの致命傷を負っているという天の利。
そしてこの暴風雨という地の利。駒場の遺品を用いた人の利。
そして浜面自身も機転や間隙を縫う素養を覚醒させつつあった。
浜面が麦野らを殺さねば明日がないように、麦野は浜面を倒さねばこの場を離れる事が出来ない。
どちらもただ背を向け逃げようとした瞬間背中から撃たれるだろう。戦況はまさに互角であった。

586 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:07:35.63 ID:oaSu1JVAO
〜10〜

美鈴「もういいわ!もうやめて!!もう戦わないで沈利ちゃん!!!」

麦野「黙ってろ!!!!!!」

美鈴「……!!」

麦野「テメエは自分が助かる事だけ考えてろ!!」

美鈴は最早腰が抜け立ち上がる事さえ出来ない。当然である。
このデータベースセンターに来てから絶え間ない壮絶な破壊と凄絶な暴力の嵐が吹き荒れているのだ。
銃弾が、ロケット砲が、ビームが飛び交う本物の戦場。
娘・美琴はこんな戦場に放り込まれるのかと思うと空恐ろしくなる。しかし

麦野「……点で駄目なら線で行く。線で無理なら面で潰す!!」

四肢動かせず自分がかき抱くこの少女は――『自分が死ぬ事』を何とも思っていなくとも――
『美鈴に生きる事』を強烈に意識させる。諦めすら否定する、狂的で暴力的で破壊的な情念。
大瀑布をひっくり返したような大雨の中、美鈴の返り血に染まったブラウスから下着も何もかも透けている。そんな中

麦野「……しっかり掴まってて」

美鈴「!!」

麦野「振り落とされたらもう二度と手貸してやれないわ!もう腕も上がんねえんだよ!!」

この少女は、大人の自分ですら折れそうな心を尚も強く保ち続ける。
その源泉が大人の美鈴にはわかる。生来のものもあるだろう。
しかしそれ以上――少女はここまで『強くならざるを得ないほどの』絶望があったに違いないと。そして

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

麦野「飛ぶぞ!!」

美鈴「う、うん」

バサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

原子崩しによる連続集中砲火を翼から叩き込みながら二人は浮上する。
ジェット噴射にも似た現象を巻き起こしながら麦野は羽撃く。

麦野「ぐ……あっ……ああああああああああああああああああああ!!!」

麦野の身体が限界を超えて軋みを上げる。しがみついて来る美鈴を抱き上げてもやれない。
呼吸器系は既に塞がりかけ、口からドボドボと鮮血を垂れ流し続ける。
自分にここまで絶望的なダメージを与えたのはあの無能力者が初めてだった。


そして、相手の死より足手まといの生を優先させ逃げる事も――

587 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:08:01.63 ID:oaSu1JVAO
〜9〜

浜面「させるかよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

麦野「!!?」

暴風雨吹き込む天蓋の大穴から浮上し脱出しようとする麦野らを――
奇跡的に無事だったのか、出入り口付近に放り出されたまま瓦礫の下敷きになる事を免れた――
スキルアウトの武器が詰まった薄汚れた鞄から浜面が取り出したもの。それは

麦野「(棒火矢だと!!?)」

ドン!ドン!!ドン!!!

昨夜、服部半蔵らと作り上げていた棒火矢……樫の木材をくり抜き爆薬を詰めた直径五センチ、全長70センチのロケット兵器。
流線型のラインに加え側面に塩化ビニール製の羽根が三枚取り付けられた江戸時代の試作兵器。
飛距離は約2000メートル。これだけならば戦闘力が著しく下がりきった瀕死の麦野であろうと問題ない。
しかし問題なのは――その爆薬が『高級プラスチック爆弾』だと言う事だ。

ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!

麦野「がああああああああああああああああああああ!!」

美鈴「わああああああああああああああああああああ!!!!??」

炸裂……!大講堂という広大なスペース、爆風が天蓋目掛けて吹き抜けると言えど高級プラスチック爆弾搭載型の棒火矢の威力は凄まじく――
光の翼で命中前に蠅叩きのように撃ち落とすも、その破壊力たるや凄まじく麦野らは一発で撃墜される。
その爆炎はモニターを木っ端微塵にし、教壇を跡形もなく吹き飛ばし、黒板がガラスのように砕け散る。

麦野「(力の落ちきった今の私でカバー出来る威力じゃない!爆風も弾き返せないってか!?)」

浜面「これでも期待薄かよ!!」

さらに参謀である服部半蔵の発案もあり、この高級プラスチック爆弾搭載型棒火矢は一定の指向性がある。
訓練もろくに受けていないスキルアウトの射手がまかり間違って爆発に巻き込まれないように破壊は常に前方を向く。
元々は『計画』における駒場のみが知る爆破ポイントに使われる特別製だったのだが――
駒場亡き後使い道のなかったその棒火矢が、浜面の武器となる。

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

麦野の九枚目の翼が今のプラスチック爆弾撃墜にて砕け散る。

後先も是非もない浜面はそれを躊躇わない。この機転と判断力が浜面仕上の最大の武器なのだ。

588 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:10:08.37 ID:oaSu1JVAO
〜8〜

美鈴「死んじゃう!死んじゃうよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

麦野が咄嗟に美鈴を身体で庇うように落下したおかげで閃光に目を潰される事も爆炎に肺を焼かれる事も……
鼓膜を破られる事も免れたが美鈴は完全なパニック状態に陥ってしまった。これは美鈴の精神が脆弱なのではない。
美鈴はあくまで一般人であり、被害者なのだ。彼女の状態を責める事は誰にも出来ない。だが

麦野「(何度も撃たせたらやられる……だったら仕掛けて来る前に撃ち落とす!)」

そこで麦野は八枚にまで目減りした光の翼を広げ――

浜面「やっ……」

麦野「撃たせねよねえんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

轟ッッッッッッ!!

上下左右からしなる鞭のように原子崩しで構成された光翼が、触手が如く軌道を描いて浜面へ殺到する。
浜面を中心としてミキサーにかけるような死の刃が繰り出され、原子にいたるまで切り刻むために――

浜面「べェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

発条包帯、発動。麦野が翼を広げた瞬間棒火矢を抱えながら浜面は横っ飛びになり、次の瞬間浜面のいた場所が翼により『消滅』する。さらに

ブオンッ!

麦野「(チョロチョロと!!)」

駆動鎧並みの身体能力を与え、人体の機動力を十倍にも高める発条包帯。
その速力たるや麦野が正面に向かって攻撃から壁面を沿って走る所謂『壁走り』に近い離れ業すら可能とする。
人間のものとは思えない唸りを上げ、ダンプカーが横切ったような鈍い烈風を巻き起こして浜面は走る。

麦野「ウザってえんだよドブネズミがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

残り七枚となった翼の連撃が浜面を狙う。瞬く間にドガドガドガと次々壁面に大穴が空くも――
それは常に半歩先行く浜面の後追いにしかならず、捉え切る事が出来ない。

麦野「……!!」

美鈴「怖い……!!」

不自由な四肢、足手まといな荷物、出血多量による反応速度と演算能力の低下。
その上この暴風雨が降り注ぐ雨粒が、能力発動に現出させる光球に触れて蒸発し、それが攻撃の予兆となって敵の回避に有利にさせてしまう。
今の麦野は先程浜面を圧倒した時の三分の一……いや十分の一程度の戦闘力しかない。
589 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:10:35.18 ID:oaSu1JVAO
〜7〜

加えて麦野の原子崩し(メルトダウナー)は正確な照準を定める時間が必要である。
だがかつて『聖人』神裂火織と会敵した際にはその常人の二十人力の身体能力による回避運動にてほぼ封じられた事がある。
その際は見越し射撃で応戦したが結果は惨敗。つまり――発条包帯のような機動力でかき回されるのは最悪の相性なのだ。
かと言って能力の使用圏内を無視してバックファイアを無視して発動すれば美鈴を巻き込んでしまう。
さらに麦野の身体は背中を打ち抜かれた事で四肢が言う事を利かないのだ。先程のように体術で圧倒する事も叶わない。

麦野「チッ……面倒臭い真似しやがる!!」

この時麦野は拡散誘導支援体(シリコンバーン)を放る指先すら動かせなかった。
これらの悪条件の積み重ねと、浜面仕上の持つ戦術的能力、アスリート並みのフィジカル、そしてスキルアウトとして積まれた対能力者に関する洞察力、加えて多くの武器――
麦野が以下にハンディを負ったと言えど、他の人間ならばここまで苦戦しない。
上条のようにメンタルで麦野をねじ伏せたタイプとはまた異なる強者。それが浜面仕上――!

浜面「一発でダメなら……!!」

そして浜面は駆け抜けながらプラスチック爆弾搭載型棒火矢を構える。
本来走りながらの射撃は非常に照準を合わせるのが難しく、また熟練を要する技術だが――

浜面「沈むまで――叩き込む!!!」

ボン!ボン!!ボンボンボンボンボンボンボンボン!!!

更に連射してくる『高級プラスチック爆弾』に狙いなど必要ない!
文字通り標的を木っ端微塵にするための連鎖破壊。細かな照準より大きな威力。
それらが流星雨のように次々と麦野らへと押し迫る。

シュバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

麦野は座り込んだ七つの砲門を開き、同じく原子崩しで一気に薙ぎ払う。
更に一箇所の爆発が空中で次々と誘爆を引き起こし、闇夜を焼き尽くす劫火となって両者の間で炸裂する。

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

麦野「(もう半分か!?)」

ついに七枚目の翼が折れ、十二枚あった『光の翼』が半分にまで目減りする。麦野最大の誤算。それは

浜面「(まだ半分か!?)」

学園都市第四位原子崩しという最狂の怪物を敵に回した事で――
ある種の戦闘の天才とも言うべき浜面仕上を覚醒させてしまった事だ。



590 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:13:09.28 ID:oaSu1JVAO
〜6〜

麦野「ぎゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

浜面「!?」

次の瞬間、天蓋の彼方に広がる暗雲が加速し降り注ぐ雨が焼け落ちる水蒸気の中――
六枚の翼が再び羽撃き、狂人めいた哄笑が雷鳴を推して響き渡る。
渦巻く颱風が、逆巻く風切りに蜷局を巻いて吹き荒ぶ。
同時に――六枚の翼全てから現出された妖光の砲門が無差別爆撃と集中砲火を繰り出し、大講堂全体が一瞬で『破裂』する――!!

ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!

浜面「――――――!!!??」

狙いも何もない光の大瀑布がドームを吹き飛ばし、風車を薙ぎ倒し、敷地内の土壌を切り崩し、破壊する!
光芒の奔流と、光刃の凱嵐が建築物を破壊し、瓦礫が砂粒に変わるほどの一方的な暴虐。
核爆発でも起こったような閃光が闇夜を塗り潰し、浜面は何が起こったかもわからぬまま大講堂から吹き飛ばされた。

浜面「ぐっ、あああああッ!!」

麦野「パリィ!パリィ!!パリィってかァ!?笑わせんじゃねえぞクソガキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」

無造作に炸裂させた大破壊が浜面を瓦礫の山から放り出し、隣接する施設の二階部分の窓枠にまで叩きつける。
外側から教室に投げ入れられ、衝撃でガラスが全て砕け散り……
それにより床に投げ出された浜面の後頭部と背中をガギン!!という鈍い音と重い激痛が身体を走り抜ける。
あまりの衝撃に血の混じった胃の内容物を嘔吐し、正中線から広がるダメージに手足に広がる。

浜面「(あ、あれ……でまだ……本気じゃなかった……のかよ!?)」

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

麦野の翼が割れ砕け残り五枚。半分を切ったにも関わらず――
浜面は驚愕を隠しきれない。相手は『全力』だったかも知れないがまだ『本気』などではなかったのだと。

麦野「死ね」

キィィィィィィィィィィとという光の収束が五つに目減りした原子崩しの砲門を一つにして――放つ。
束ね合わせた光の柱、インデックスが放った竜王の殺息(ドラゴンブレス)のように――
スタンドに投げ入れられたホームランボールのような浜面目掛けて!

591 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:13:37.12 ID:oaSu1JVAO
〜5〜

轟ッッッッッッ!!

美鈴「――……ッッ!」

麦野「オバサン!!」

グラウンドゼロと化した大講堂より隣接した施設の二階右半分に巨砲を打ち込みながら麦野が叫ぶ。
美鈴は必死に麦野の腰に両手を回し爪を立ててしがみつきながら、目を開けていられないほどの光量の中それを聞く。信じがたい言葉を。

麦野「――今のは……当たったか?」

美鈴「え……」

麦野「当たったかって聞いてんだよ!!」

美鈴「(まさか……この娘!?)」

首だけ振り返ると二階部分から上を無くした施設が崩れ落ち瓦礫に変わって行くのを見届け……
そこで美鈴は愕然とする。叫ぶ口から入り込む雨水を吐き出す事さえ忘れて

美鈴「あ、貴女……目が!?」

麦野「………………」

――そう、麦野はもはや全力も本気を出す余地さえ残ってなどいないのだ。
先程の一斉射撃は浜面という単一の標的を狙ったそれではない。単に目標を『前方』に切り替えただけなのだ。
点で撃つ力も線で捉える力もない。面で放つ他ないほどまでに。

麦野「(血を流し過ぎた)」

あまりに大量の出血は視力をも奪う。スキルアウトから受けた銃撃が気付けとなったがそれも長くは続かない。
出血と豪雨が体温を、流血が思考と視野を真綿のように締めて行く。

麦野「(もう……もたない)」

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

再び翼が割れ砕け、残る四枚。もはや周囲には野晒しとなった鉄骨の花しか残らぬまでの圧倒的破壊。
屋内を壊滅させ屋外に身体を晒した結果となったが、疑似竜王の殺息とも言うべき原子崩しを放った今……
今の一撃で浜面が死んでくれていなければもう麦野が立ち上がれない。



しかし



ブオオオオオ……ガタン!ゴトン!ゴオオオオオ!!

麦野「!!?」

その時、周囲一帯が瓦礫の王国と化した闇夜の中……
耳鳴りがしそうな雨音を切り裂いて轟くエンジン音。
瓦礫の石畳を跳ね飛ばし、へたり込む麦野らに向かって直走って来る――1台のステーションワゴン!

浜面「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

逃走用に乗り付けて来たステーションワゴンのアクセルを限界まで踏み込んで浜面が突っ込み――
十分な加速を乗せ、麦野らを標的に捉えると……蹴り破ったドアから身を投げ出し盗難車を投げ出す!

592 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:15:34.15 ID:oaSu1JVAO
〜4〜

麦野「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

文字通り走る凶器となったステーションワゴンを、音だけを頼りに麦野が光の翼を振るってボンネットを突き刺す。
しかし止まらない勢いを更に殺すために二枚目の翼で叩き潰し、三枚の翼で串刺しにする。が

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

美鈴「きゃあっ!!?」

麦野「――――がはっ…………!!」

四枚目の翼は振るう前にかき消え、代わって残りの高級プラスチック爆弾搭載型棒火矢を積んだ車がガソリンに引火し大炎上する。
夜の帳が白色から赤色へとその色を変え、麦野の霞がかった視界に青色の残光を焼き付けて大爆発した。

麦野「ごぼっ……」

美鈴「助けて!助けて!!誰か助けてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

瓦礫と共に転がされ、ついに溜まりに溜まった血を残らず口からぶちまけて麦野がうつ伏せとなる。
その身体の下に発狂寸前の美鈴を庇って。既に麦野のコートを引き裂き、剥がれそうなほど爪を立てて美鈴は泣き叫ぶ。
もう麦野は意識を保っているのが奇跡だった。

麦野「(外したか……!!)」

麦野が放った原子崩しは確かに浜面を放り出したアルプススタンド、二階部分を粉砕した。
しかしそれは二階の右半分であり――浜面は左半分に転がされていたのだ。
地上から、闇夜から、遮蔽物越しに放ったが故に仕留め切れなかった。
恐らく浜面はその際空いた穴から校舎一階へと降り立ち車を確保したのだろう。
麦野と浜面が初めて会話を交わした無線機越しに言っていたように、部下に撤収作業のために用意させていた車を。

麦野「(もう……動け……ない)」

ここでついに麦野は限界に達した。これまで暗部にて幾多の『能力者』を、今まで上条と数多の『魔術師』を相手どって来た。
しかし――これほどまでに厄介な『人間』など今までただの一人もいなかった。
仕留め損なうほどに相手の死が遠ざかり、自分の敗れが近づく。
もう身体が言う事を聞かない。麦野ほどのタフネスさを誇って尚――

麦野「(動け……動け!!この女を放り出したら眠らせてやる……動けよ!)」

状況は絶望的だった。

593 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:16:01.15 ID:oaSu1JVAO
〜3〜

浜面「死ぬ……死んじまう……どうすりゃ勝てんだ……何すりゃ倒せんだ!?」

そして――浜面もまた麦野達から離れた瓦礫の山に身を隠しながら荒い息を肩でついていた。
もう発条包帯がかける反動と重圧が極限にまで達しているのだ。
身体は至る所擦り傷と泥にまみれ、欠片や破片がリッケンバッカーのギターピックのように何本も背中に刺さっている。

浜面「残り……あと一発か……」

手に残っているのは手製の焼夷ロケット砲一発きりと、腰に差した警棒のみ。
外傷がまだ致命的でないのはかすっただけで死ぬからだ。
怪我以上に体力の消耗と精神力の磨耗が激しいのだ。
一発ももらえない重圧の中、学園都市第四位を名乗った怪物と戦うという極限状態はそれほどまでに浜面の全てを削る。

浜面「――楽に……なりてえ!」

浜面はもう全てを投げ出してしまいたくなるほど追い詰められていた。
だが逃げられない。死力を振り絞り、鬼気迫る戦いに身を投じる者にしかわからない境地……
『逃げたら殺される』『投げたら死ぬ』という脅迫観念。
浜面は今やネメアの谷にて、背後に断崖を背負って不死身のライオンと戦うヘラクレイトスも同然であった。

駒場『……俺達はウサギだ。生き死ににこだわるならば勝敗は捨てた方がいい』

浜面「ああ……俺はウサギだ……」

だが――浜面は立ち上がる。演算銃器もさっきの衝撃でどこかに落とした。
もうこの肉体以外何も残っていない。逃げる足ももはや意味をなさない。

浜面「けどよう……目の前にニンジンぶら下がってたらよお」

――死ぬか、殺すしかない。それ以外の道など最早浜面にも麦野にもない。
浜面の世界は今日壊れた。持たざる者は何より強い。
――今の麦野がこれだけ追い詰められているのは、間違いなく美鈴という荷物を背負い込んだ側面も否め切れないのだ。

浜面「……食いついちまうよ。だってウサギだもんな」

浜面は立ち上がる。ロケット砲を担いで一歩進む。
仲間が誰も来ないところを見れば逃げ出したか、逃げ出した先で捕まったか。
駒場の遺したものを守ろうとし、それにさえ見捨てられた気がした。

浜面「畑泥棒したって……ニンジン喰わなきゃ死んじまうんだよ!!」

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

三枚目の翼が燃え尽きる音と共に――浜面は駆け出した。
594 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:18:00.26 ID:oaSu1JVAO
〜2〜

私は誰も助けない。救わない。守らない。あいつ以外の何者も。当麻以外の何物も。
なのに、私を今突き動かしているものは何?私を支えているものは何?
――わかってる。それは当麻が私を導いてくれた世界のぬくもりだって。
認めたくない。信じたくない。否定したい。でも出来ない。

あの何気ない日々が、破れない約束が、交わした言葉が。
出会った人間が、過ごした夜が、迎えた朝が、囲んだ食事が。
だけど――それは私が縋っていいものなんかじゃない。

私が殺した路地裏のスキルアウト。あれが真実だ。
私の中のどんなに優しい記憶でも決して曲げられない事実だ。

ねえ当麻、私の隣にいるあんたにはこの世界がどう見えてた?
なあ御坂、私の背にいたおまえにはこの街がどう感じられた?
ああインデックス。私の前にいるおまえはどう受け止めてた?

美鈴「ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいでごめんなさい……」

麦野「………………」

身体に食い込んで来るこのオバサンの爪が腰に刺さって痛い。
痛いって事はまだ私は生きてる。血が流れてるって事はまだ私は死んでない。
オバサン、泣きすぎだろ。大人大人言うならガキの前で泣くなよ。

私はね、泣かないって決めてんの。泣いたら負ける。自分に負ける。
だけど……あんたはこんな時まで私に謝るのか。
泣き叫けべよ。大の大人がみっともなく泣く所、アリーナで見てやるからさ。

麦野「……なあ……オバサン」

美鈴「えっ……」

麦野「……生き……たい?」

私がここまで戦えたのは、お荷物なテメエの重さがあったからだ。
私がここまで闘えたのは、この雨の中でも私にしがみつくあんたがあったかかったからだ。

美鈴「生きたい……私は生きたい!!生きて美琴ちゃんに、パパに会いたい!!」

麦野「――……ああ」

ククッ……何だこのオバサン。私の罪よりあんたの体重(いのち)の方がずっと重いわ。
私の罰より、あんたが立てる爪の方がよっぽど痛いよ。
笑えて来る。くだらねえ。本当にくだらねえ。ああ馬鹿馬鹿しい――

麦野「……そうね」



――答えは、最初から出てるじゃないの



パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

595 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:18:55.56 ID:oaSu1JVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――――――私もだよ――――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
596 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:19:54.18 ID:oaSu1JVAO
〜1〜

バサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

片翼を背負って麦野は暴風雨の中を飛ぶ。これが最後の羽撃き、最期の輝きだった。
背負った全てを翼に変えた一枚きりの翼で麦野は脱出の可能性に懸ける。
相手がもし棒火矢を一本でも残していれば麦野の負けで美鈴は死だ。
既に一度も脱出しようとして阻まれている。それでも――麦野は諦めなかった。しかし

浜面「――――――」

麦野「……ああ――」

浜面は持っていた。最後の焼夷ロケット砲を。
最後の一枚、最後の一発。麦野は断崖大学を見下ろせる高さまで、倒壊寸前の風車の上まで。
狂ったように回るプロペラと、荒れる暴風雨。
射手のミスを期待したかったが――この男は外さないだろう。そして

ボッ

地上の星のように放たれた焼夷ロケット砲が正確に麦野らに向かって――

ボシュッ

麦野は当然のようにそれを光の翼で薙ぎ払った。
翼二枚を捨ててまで溜めて振り絞ったか弱いの羽撃き。
しかし――それが麦野の限界……いや、『人間』の限界だった。

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

最後の翼が砕けて散る。質量を持たぬ電子線の翼は羽を舞い上げる事もなくその力を失った。
フィラメントが焼き切れる前の輝きのように瞬き――断崖大学上空にて力尽きる。
同時に重力が思い上がった人間に絶望(ばつ)を与えるように麦野らを引きずり下ろす。

麦野「――――――………………」

美鈴をしがみつかせたまま麦野は仰向けに落下して行く。
この瞬間学園都市第四位の怪物、暗部の女王、最狂の超能力者は『死んだ』。
悲劇を終わらせる事が出来ず、惨劇の夜を超えられぬまま少女は闇に沈む。

美鈴「――神……様」

麦野「……!」

落下する直前……能力を振り絞った麦野が……一つだけ奇跡を起こした。

ブンッ

美鈴「!!」

麦野「……重いんだよ」

今の今まで動かせなかった四肢……左腕だけ、生命力の全てを振り絞って――麦野は美鈴を上空から屋上の屋根に投げ捨てた。
浜面すら圧倒する、女性離れした腕力で……地上にて墜落死するより、骨折程度で済むように。

麦野「――ダイエットしな、クソババア」

『生きたい』と願った女性の望みをほんの僅かかなえる、流れ星のように――

美鈴「沈利ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

麦野は、初めて上条達以外の誰かを助けた。
597 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:22:45.89 ID:oaSu1JVAO
〜0〜

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

落下して行く麦野はほとんど失われた視力の中見た。
この惨劇の夜の、そのまた闇の底で――地獄の門が開き、魔女の大釜が煮えるのを。
それは『オズマ』の中ではシャットダウンされていた麦野の心象風景――
人殺しの業、麦野が心に宿した『地獄』が、地上にて亡者のうめきに変わる。

麦野「(ああ――)」

十字架にかけられた首無し死体の森、瓦礫の山が亡者が腕を伸ばす墓石となり――
赤い屋根の白い家軒を連ね、その中で親達が子供を頭から喰い殺しているのが見える。
麦野が殺して来た人間達が、男の顔には黒い布が、女の顔には白い仮面が被せられ――
その誰もが手を叩き、足を踏み鳴らし、背を合わせて踊り狂う。
ヴァイオリンを持った四人の死神が髑髏の顔を笑みに変え歯を鳴らし楽器を演奏する。

麦野「(――あのオバサンの爪、食い込んで痛い)」

麦野は救いを、助けを、許しを求めない。何故ならば人殺しだからだ。
人殺しに許されるのは、地獄を真っ直ぐ見つめて死んで行く事だけだと思っているからだ。
百の罪も、千の罰も、万に一つの救いも求めない。

麦野「(……そうか)」

腐り落ちた果実と、ひび割れた砂時計と、朽ち果てた髑髏の山に麦野は堕ちて行く。
数秒後に激突する地面から、触手のように死者の手(デッドマンズハンド)が伸びる。
天を目指す木々がその枝葉を伸ばし、絡め取るように。

麦野「(私が当麻の背中に爪立てんのは――)」

血塗られた手、腐り果てた腕が麦野を闇の中へ引きずり下ろす。

『おかえり』

『おかえり』

『おかえり』

『おかえり』

『おかえり』

人は決してわかりあえない。世界は誰にも優しくない。
神は残酷である事のみ平等で、運命は絶えず死へといざなう。
人殺しは死ぬまで人殺しであり、行き先は地獄しかない。

麦野「(……私は……あいつにしがみついてたんだ)」

怪物が人間に、魔女が少女に。麦野の背負った罪の重さがそのまま速度に繋がるように――





麦野「“生きたい”って……しがみついてたんだ」




―――――この悲劇(ものがたり)に、救世主(ヒーロー)はいない―――――

598 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:23:50.12 ID:oaSu1JVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
沈利い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
599 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:24:35.25 ID:oaSu1JVAO

美鈴「ああ……!!」

ドン!

屋根に叩き落とされ九死に一生を得た御坂美鈴は聞いた。
この嵐の夜の雷(いかずち)よりも雄々しく轟く少年の叫びを

浜面「なっ……」

麦野を撃ち墜した浜面仕上は見た。この嵐すら道を空けるような速力で大地を踏み越え、石畳を駆け抜け、瓦礫を蹴り飛ばして――
空から降って来る翼を持たぬ天使の元へと走る少年の背中を

麦野「……!!」

麦野沈利は感じた。盲目も同然だった暗黒の世界の中にあって……
目蓋の裏に浮かべたその笑みを絵に描き起こせるほど愛しい存在を。そう

「まだだ!」

烈風を掻き分け、逆風を切り裂き、暴風をねじ伏せ、少年は一陣の神風となって嵐の夜へと手を伸ばす。
少年は認めない。無慈悲な神が押し付けた残酷な結末など、ただ美しく終わる悲劇(バッドエンド)を認めない。

「まだ終わりじゃねえ!!」

人と人は決してわかりあえない。しかし人には歩み寄る事が出来る。
罪は許されず罰は赦されない。しかし人には手を差し伸べる事が出来る。
業は決して終わらない。しかし人には悲劇を打ち破る事が出来る。

「お前の世界は終わらない!!!」

――だから少年は破る。悲劇を、破滅を、絶望を。
ありとあらゆるバッドエンドを少年は否定する。

「言っただろ……!!」

少年は走る。墓石のような瓦礫の山を登り、十字架のように倒れた風車の上を駆け……
並み居る死者の腕の中、ただ一人汚れを知らない手を伸ばす。
流れ星をその手で掴むように少年は手を手を伸ばし――傾いだ風車から、翼も持たぬまま……飛ぶ!跳ぶ!!翔ぶ!!!

そう――この悲劇(ものがたり)に救世主(ヒーロー)はいない。

ここにいるのはただの少年だ。

悲劇だけでは終わらせないただの偽善使い(フォックスワード)だ。



「おまえの全部抱えて、引きずり上げてやるって……!!」



人を救うのは神ではない



ましてや正義の味方(ヒーロー)などでもない



人間は……同じ人間にしか救えない――!!!



600 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:25:53.63 ID:oaSu1JVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「そこが地獄の底だってなああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
601 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:29:01.47 ID:oaSu1JVAO
〜1〜

麦野「――――――………………!!!!!!」

上条の腕が墜落する麦野を受け止めたその瞬間、幻想(じごく)が壊された音が聞こえた気がした。
空から降って来るヒロインのようだと上条は思った。
だが残念な事にそのヒロインはどうしようもない性悪で、お姫様というよりそれを苛める継母か意地悪な姉のようであるが――

麦野「バカヤロウ……なんできたんだよ……どうして……!!」

上条「――訳は後で話す」

涙声を震わせて麦野は泣く。地獄を目にしてさえ涙一つ流さなかった少女が泣いている。
――それだけで十分だった。上条が戦う理由など。

麦野「……ちくじょお゛……テメエ……ふざけ……んなよぉ!人殺し(わたし)には誰も助けられない!救えない!!守れないんだよォォォォォ!!」

上条「………………」

麦野「前にも進めない!後ろも下がれない!!私はあんたみたいに出来ねえんだよォォォォォォォォォォ!!」

その感情の爆発を、上条は静かに受け入れ――そして言った。

上条「――お前が、罪を背負ってる事に変わりがないように」

屋根の上の美鈴を見上げながら

上条「――お前が、最後まで必死になって守った手の中のもんも変わらねえよ」

腕の中の麦野を見下ろしながら

上条「前にも後ろにもいけなくても――お前は誰かのために立ち上がれたろ?」

麦野「――」

上条「――――ありがとう。お前のおかげだ、沈利」

――静かに、優しく、笑いかけた。

麦野「……っうう!うぅぅうあわぁぁぁぁぁァァァァァああぁああァァァァァああア゛ア゛ああぁあああぁぁァァァァァ!!!!」

翼という十字架は、裏返せば剣となる。しかし十字架には――道標という意味もある。
十字架の下で誓う永遠の愛があるならば、同じ道標を見つめて共に歩む事もまた出来る。
十字架という、線と線の交差に神が宿ると言うならば
人と人との交差に宿るものを上条当麻は信じる。

傾いだ十字架のような風車の下、墓標のようなプロペラを道標に、少年と少女はここに再会した。
かつて崩落したブリッジが、麦野という椅子の子供に、上条という梯子の子供が架け橋をかけたように。

神は罪を許さない。神は罰を赦さない。

ただ人だけが、人に手を差し伸べられる。涙を拭える。

それは奇跡でも、魔法でも、ましてや運命などでもない


―――この幻想(ものがたり)に、英雄(ヒーロー)はいらない―――
602 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:30:59.74 ID:oaSu1JVAO

禁書目録「……そして王子様は、ガラスの靴の良く似合うエロかっこいいシンデレラを探しに街に出掛けました」

スフィンクス「にゃー」

禁書目録「あっちこっちを走りつづけて、王子様は求めてやまないシンデレラを一所懸命探しました」

スフィンクス「みゃーん」

禁書目録「そこで見つけたシンデレラは、本当に灰をかぶっていて、綺麗なのは顔だけで心は泥まみれな女の子でしたが、王子様はそんなシンデレラの欠点も含めてマジ惚れしてしまったのです!」

スフィンクス「なー」

禁書目録「王子様は見事シンデレラにガラスの靴を履かせ、ハートを鷲掴みにし、死ぬまで幸せ太りしたシンデレラの尻に敷かれました!めでたしめでたし……って」

スフィンクス「んにゃ?」

禁書目録「シンデレラってこんなお話だったかな?何だかこのシンデレラ、すごく意地悪そうな顔で性格も歪んでるんだよ!」

スフィンクス「あーお。あーお」

禁書目録「とうま遅いねー。鰻重まだかな?お前もお腹空いたね。すふぃんくす」

スフィンクス「うなー!」

禁書目録「だいたいとうまがいけないんだよ!オズマ姫のクッキーお土産に頼んだのに忘れて!」

スフィンクス「みゃう……」

禁書目録「うん……昼間にコンビニで見た1680円の鰻重買って帰って来るまでお家に入れないなんて言わなければ良かったんだよ。こんな嵐になるならね」

スフィンクス「(ゴロゴロ)」

禁書目録「……ねえすふぃんくす?」

スフィンクス「?」

禁書目録「シンデレラにかかった魔法は、本当に12時までだったのかな?」

スフィンクス「???」

禁書目録「私はね、こう思うんだよすふぃんくす」

禁書目録「きっとシンデレラにかけられた魔法は、12時までなんてケチケチしたものじゃなくて」

禁書目録「――日付が変わっても、年を重ねても、おばあさんになっても、いっしょのお墓に入っても」

禁書目録「たった一人の王子様に愛されるって言う、永遠の魔法だったんじゃないかな?って思うんだよ」

スフィンクス「にゃんにゃーん!」

禁書目録「永遠の愛ととうまみたいなお馬鹿さんの頭を直す魔術は私の魔導書にも書いてないけど」

禁書目録「――この魔法は、誰にでも使えるのかもね?」

スフィンクス「みゃーん!」

禁書目録「……今はそれよりお腹いっぱいご飯が出てくる魔術が欲しいんだよー!」

603 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:31:35.45 ID:oaSu1JVAO

禁書目録『あっ、今日しずりの星座がビリなんだよ』



――運命は時として残酷で



上条『おっ、本当だ』



――その中で生きる人々に優しくなど決してない



禁書目録『“非常に運勢が低下する一日です”』



――しかし、人は運命を変えられる



禁書目録『“出来るだけ外出を控えましょう”』



――絡まった運命さえも越えていける



禁書目録『“運勢向上のラッキーカラーは”』



――例えばこの朝に見た星占いの事さえ忘れ、昼間に見た鰻重を忘れないような



禁書目録『―――“白です”―――だって」



――白銀の髪と純白の法衣を纏った修道女のわがままが一人の少女の運命を“救済”へ導いたように



――全ての人間を救える救世主(ヒーロー)などこの世界に一人もいない



――しかし、この世界に生きる全ての人間に、誰かを救う事が出来る



――神に救われなければならないほど、この世界は弱くなんてない――



604 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:32:25.05 ID:oaSu1JVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十七話「偽善使い(かみじょうとうま)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
605 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/23(火) 21:33:42.04 ID:oaSu1JVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――偽善使い(フォックスワード)と原子崩し(メルトダウナー)が交差する時、物語は始まる――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
606 :投下終了です! [saga]:2011/08/23(火) 21:35:02.14 ID:oaSu1JVAO
第十六話終了、第十七話開始です。たくさんのレスをありがとうございます。では失礼いたします……
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/23(火) 22:00:21.78 ID:LbsGuNjDO
乙!!

今回も楽しませてもらいました
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/23(火) 22:21:30.85 ID:KWrlo0On0
乙です!!
やはり来ましたよ、上条さん
さすがと言うしか無いな!
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県) [sage]:2011/08/23(火) 22:24:15.38 ID:sUdFbGo6o
伸介にいやん・・・
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県) [sage]:2011/08/23(火) 22:24:42.72 ID:sUdFbGo6o
わりぃwwwwww誤爆wwwwwwww
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/23(火) 22:34:23.54 ID:cLPslmLQ0
乙!

上条さんカッコいいよ……カッコ良過ぎるよ!
612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/08/24(水) 04:42:43.66 ID:P2f5JoKvo
相変わらずいいとこで上条さんでてくるねぇ!

超乙!
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/24(水) 06:31:29.74 ID:rdNiSyWIO
乙〜
上条さんまじヒーロー
614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/24(水) 10:12:20.02 ID:jLpZgRTY0
上条当麻復活!
上条当麻復活!!
上条当麻復活!!!

この地獄って退廃芸術のヴァニスだよね(ドクロ、果物、砂時計がモチーフ)
タイトルはダンテの神曲で地獄の門の入り口に刻まれた「この門をくぐる者はすべての希望を捨てよ」からか。
前回ラストはマクベスの魔女の呪いの歌だしこの作者とは美味い酒が飲めそうだ。
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/08/25(木) 07:58:04.27 ID:kNfZmx7W0

上条さんもさすがだが、この浜面なら垣根相手にしても滝壺と協力したら一矢報いたりして生き延びるんじゃなかろうか。
この調子で15巻再構成も見てみたくはある。
616 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 18:10:18.39 ID:ftCL6srAO
>>1です。第十七話は今夜21時に投下させていただきます。では失礼いたします。
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(dion軍) [sage]:2011/08/25(木) 20:04:44.19 ID:IMwnEnCs0
おっつつつつつつつ!!!
マジかっこいいよ上条さん!!
もう2巻から15巻までの話がどうなるのか期待したい!!

で!! 上やんと麦ノンのお子さんはいつ出てきますか作者さんんんんん!!!?
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(dion軍) [sage]:2011/08/25(木) 20:05:21.14 ID:IMwnEnCs0
おっつつつつつつつ!!!
マジかっこいいよ上条さん!!
もう2巻から15巻までの話がどうなるのか期待したい!!

で!! 上やんと麦ノンのお子さんはいつ出てきますか作者さんんんんん!!!?
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(dion軍) [sage]:2011/08/25(木) 20:06:38.52 ID:IMwnEnCs0
ごめん 連没した……
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/08/25(木) 20:21:13.31 ID:IbhvSZnAO
少し自重しましょうね
621 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:06:14.16 ID:ftCL6srAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――俺はヒーローなんかじゃない――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
622 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:06:43.06 ID:ftCL6srAO
〜15〜

上条「……不幸だ……」



―――時は僅かに遡る―――



上条当麻は第七学区にあるコンビニにて雨宿りしていた。
事の発端は麦野沈利と別れた後、帰宅の旨を告げるべくインデックスの携帯電話へコールを鳴らしたまさにその時であった。

禁書目録『とうまとうまー。私が頼んだお土産ちゃんと買って来てくれた?』

上条「えっ……」

禁書目録『オズマ姫のクッキー缶お願いしたんだよ!私お昼休みにとうまに言ったかも!!』

上条「(しっ……しまったぁぁぁ!?)」

禁書目録『……忘れたんだね?』

上条「……ち、違う!」

禁書目録『しずりとばっかりイチャイチャして、とうまは私の事なんてどうでもいいんだね!?』

上条「言えねえ!ガラスの靴選びで忘れてたなんて言えねえ!(落ち着けインデックス!これにはワケがあるんだ!!)」

禁書目録『建て前と本音が逆なんだよ!とうまのバカ!ダメンズ!!ロクデナシ!!!』

上条「ひいっ!?」

――結果、怒り狂うインデックスから昼間コンビニで見かけた1680円もの鰻重弁当の買い出しを上条は告げられた。
買って帰って来るまで絶対家には上げないとまで言われてしまったその理由はもはや語るべくもないだろうが――

上条「やっぱ腹減って気立ってんだなインデックスのヤツ……」

知らぬは当人ばかりなり。インデックスはお土産を忘れられた事以上に――
上条が麦野にガラスの靴を買った事に対するジェラシーがあるのだ。
無論それに気づいていないのは上条ただ一人。
かくしてこの朴念仁もとい唐変木は同じ系列のコンビニを梯子しては空振りに終わり……
ようやく断崖大学付近にある三軒目にて財布に痛すぎる1680円の鰻重弁当を手にする事が出来た。だがしかし

上条「今月どうやって暮らして行こう……いやホント。割とマジで」

――清算すべくレジ待ちに並んでいた所、季節外れのハリケーンを思わせる荒れ模様の天気と相成り上条はしばし雨宿りせねばならなかった。
何分、今日のデートと鰻重弁当のおかげでビニール傘を買う小銭すらないのである。


上条「……不幸だ……」


――――かくて場面は冒頭に戻る――――

623 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:07:10.41 ID:ftCL6srAO
〜14〜

雨降りの夜になると、俺はよく思い出す事がある。
それは忘れもしないあの6月21日……俺が麦野を追っ掛けて第十九学区までデルタフォースのみんなでバイク3ケツで走ったあの夜の事だ。
俺が、沈利から思いを告げられた日でもある。

上条「痛かったな……あん時」

もう二回目になる立ち読みの週刊雑誌をめくりながら俺はぼそりと口をついた自分の言葉に少し驚く。耳元で囁かれたような気がしてさ。
思わず誰かに聞かれてやしないかって周りを見渡すとそんな事はもちろんなく……
店内は俺みたいに足止め食らった人間達が迎えの車がどうこう言ってた。
そりゃそうだろ。この風じゃ傘さしたって傘ごと飛んでっちまう。

上条「(この漫画みてえには上手く行かねーよな)」

前に立ち読みした時は飛ばしてたラブコメ漫画のちょうど告白シーンにあたるページをパラパラ流し読みしながら俺は思う。
俺達が出会ったのは、あの血腥いの路地裏での殺し合いからだった。
再び出逢ったのも、あの血塗れの交差点での巡り会いからだった。
俺達が分かり合えたのは、血深泥の果たし合いからだった。
俺達はいつだって傷や血や痛みを避けては通れなかった。
けどその度に少しずつ少しずつ前に進めて来たような気がする。

上条「………………」

今度は他の漫画に移ろうかと思ったら、坂上にある断崖大学に向かって警備員の装甲車が走って行くのが見える。
ここに来る前になんか炎上したみたいなすげえ音と光が遠くから見えたのを思い出す。
大学って言えばなんかの研究で爆発事故でも起きたんだろうか?

上条「(ってやべえな。あんまりウダウダしてたら警備員が見回りにくんじゃねえか?)」

読み差しの漫画を戻して、ちょっとばかし無理してでも帰ろうかと思った。
すると――この雨風の中で、何かが飛んで来るのが見えた。

垣根「おえっぷ……」

上条「!!?」

垣根「……ああん?」

こんな嵐の夜の中でも目立つデカくて白い六枚の羽。
小脇に抱えた高そうでオシャレなスーツ。窓ガラスを挟んで見るその姿。
上条さんのお馬鹿な頭でもよく覚えてる、忘れられっこねえ人。

上条「艦長さん!!?」

垣根「……またお前か」

―――学園都市第二位、垣根帝督―――

624 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:09:15.90 ID:ftCL6srAO
〜13〜

垣根「何でまた雨の日に出会すんだ……」

上条「そんなの上条さんにもわかりませんの事ですよ。つかそのスーツどうしたんだ?」

垣根「思い出すとムカつくから言いたくねえ」

御坂美鈴へのナンパに失敗し、挙げ句スーツをゲロまみれにされた垣根は過ぎた悪酔いを覚ますべくウコンの力を買い求めるためにコンビニへと立ち寄った。
そこでばったり再会したのである。あの雨の夜に拾った少年、上条当麻と。
二人は挨拶もそこそこにコンビニの駐車場で立ち話をしていた。
目を開けていられないほどの嵐ではあるが、そこは垣根の未元物質による支配下に置かれた空間であり雨粒一つ入り込む余地もない。

上条「(すげえ……だからこの前会った時も濡れてなかったんだな。うっかり右手で触んねーようにしねえと)」

垣根「………………」ジッ

上条「いくら艦長さんでもこの鰻重はやれねえぞ」

垣根「いらねえよ。こんな悪酔いした日にんな脂っこいもん食ったら吐く。ってこんな時間にそんな重たいもん食うつもりか?」

上条「いや、食うのは俺じゃなくて俺の同居人なんだ。これ買って来るまで家に入れないって言われて……」

垣根「ほー」

未元物質を隔てた一寸先で荒れ狂う暴風雨の中垣根はウコンの力を飲み干し、ゴミ箱にそれを放り投げながら意地の悪い笑みを浮かべた。
この学園都市のシステム上、ルームシェアという言葉が指し示す意味合いは一つしかない。
何せ昨日送り届けたフレメア=セイヴェルンのような幼い子供でさえ姉とは離れて暮らしているらしいのだから。

垣根「(って野郎とばっか縁が出来ても嬉しくも何ともねえよ)」

そして駒場利徳と、フレメアと、自分が出会い別れたこのコンビニに再び立ち寄り――
奇妙な縁を感じさせるこの少年と再び顔を合わせる事になった偶然に、垣根は何かしらの感慨を覚えた。
まるで見えざる何者かの手繰る運命の糸に引き寄せられているかのようで。

垣根「吹くじゃねえか。それ、前に言ってた女か?」グイッ

上条「うおっ!?艦長さんやべえ!!!」

垣根「ああ?」

パキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ……ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!

垣根「!!?」

上条「不幸だー!!」

垣根にどんな女を連れ込んでいると聞かれ、バツが悪そうに頭をかいた上条に絡むように垣根が肩を組んだその瞬間……
未元物質が一瞬の余韻すら残さず砕け散ったのだ。
625 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:09:48.14 ID:ftCL6srAO
〜12〜

垣根「(俺の未元物質が……)」

上条「やべー!濡れる!!濡れる!!」

垣根「(消滅しただと!!?)」

未元物質による防壁が粉砕された後降り込み吹き荒ぶ暴風雨にも構わずに――
垣根は目を見開いた。右往左往しながら軒下に逃げ込む上条へと視線を向けて。

垣根「……おい」

上条「やべえ!やべえ!!ってなんでせうか!?」

垣根「お前、今俺に何をした?」

上条「?」

垣根「お前に触れた途端俺のダークマターが消し飛んだ……これはどういう理屈だ」

上条「ああ……」

雨風に濡れて落ちた黒髪からしたたる水滴をかきあげながら上条が垣根へと向き直る。
コンビニの照明を後光のように受けて立つ上条と、駐車場の暗闇の中雨に打たれる垣根。
光と闇の相剋のような立ち位置の中、上条がかきあげた右手に視線を落としながら語る。

上条「俺の右手……つか能力って呼んで良いのかな?幻想殺し(イマジンブレイカー)ってんだけど」

垣根「(――“幻想殺し”――)」

上条「異能の力っつうか、超能力とかでも消しちまえる力が宿ってるんだ。っても消したり掴んだり出来るだけで、後は使い道のねえ消しゴムみたいな能力なんだけどな。俺自身は無能力者だし」

垣根「………………」

幻想殺し(イマジンブレイカー)。その単語に垣根は覚えがあった。
統括理事長アレイスター・クロウリーが推し進める幾つもの枝分かれし並列化された『プラン』……
その中で学園都市第一位(アクセラレータ)を中核と為すプランと比肩し得る重要度と機密性を単語。
それは統括理事長との直接交渉権を狙う垣根だからこそ知り得た情報である。

垣根「お前は――」

上条「はい?」

垣根「学園都市第一位……一方通行(アクセラレータ)のクソ野郎を知ってるか?」

上条「………………」

垣根「沈黙は肯定と受け取るぜ……上条」

そしてもう一つ。くだらない風の噂と聞き流していた『学園都市第一位が無能力者に敗北した』という情報の真偽。
そこで沈黙した上条の無表情を見て垣根は察する。
そのくだらない与太話が、垣根すら詳細を知り得ない幻想殺し(イマジンブレイカー)の字を持って信憑性が増し行く。

垣根「なら――」

???「ちょっとあんた!こんな所で何してんのよ!!」

626 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:11:50.25 ID:ftCL6srAO
〜11〜

あーもう最悪……黒子達と別れた後、第四位にコート返しに行こうと思ったらあいつら家にもいないし……
こっちからメールしても全然返って来ないし、諦めて学生寮から帰ろうと思ったらあのシスターにとっつかまってこんな時間までご飯奢らされた。
私と会う前にファミレスで一万円分食べたらしいけど相変わらずお構い無しよねあの食べっぷり。
そう言えば初めて会ったあの夏の日もホテルのレストランで散々食べ散らかしてたっけ……なんか懐かしいなー

御坂「……ってなんで別れた途端にこんな土砂降りになんのよー!!?」

て懐かしむのもそこそこに私は雨の街をバシャバシャ踏み鳴らしながら常盤台女子寮を目指して走ってる。
結局コートは返せなかった。ちゃんとあの女の顔を見て返したかったら。
他人から借りたものをそのまた他人伝手に返すのってなんかヤじゃない?
だけど……せっかく借りたコート水浸しになるくらいならやっぱ返せば良かった……

御坂「どっか……どっか傘買える所!!」

折り畳み傘はこの暴風雨で壊れちゃって使えない。
って言うか今日は流石に誰のフォローも入らないからきっと寮監にひねられるわ……
あの壊れた傘みたいに首を……首をコキャッてひねられて……嗚呼憂鬱。

御坂「(あっ……そう言えば黒子が言ってた)」



―――学園都市第六位って……一体誰なんだろう?―――



???「不幸だー!!」

御坂「あれ?」

どこかで雨宿りしようって学生鞄を頭の上に被せて走ってた私の耳に入って来たお馴染みの声。
それは何の変哲もないコンビニから聞こえて来た。あそこでならビニール傘くらい置いてるかしら?
なんて思いながら横殴りの雨とスカートが捲れ上がりそうな風の中振り返った私が見たもの。それは――

御坂「ちょっと!あんたこんな所で何してんのよ!!」

上条「ビリビリ!!?」

御坂「ビリビリって言うな!私には御坂美琴って名前があんのよ!」

???「――テメエは」

昨夜別れたきりのアイツと、見た事もない男の人。
何だろう?アイツの友達にこんなタイプの人っていたっけ??

???「常盤台の超電磁砲(レールガン)か」

――私の事知ってるみたい。テレビで見たのかな?
627 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:12:17.15 ID:ftCL6srAO
〜10〜

垣根「(幻想殺し、第三位とが知り合いだと?)」

御坂「あんたこんなところで何してんのよ?あの女は?」

上条「えっ……何でお前がそんな事……」

御坂「あんたん所のシスターから聞いたのよ。夕方にばったり会ってね」

上条「他人様にあれだけ迷惑かけんなってあれほど言ったのに……悪い御坂、俺からも謝る」

御坂「べっ、別にいいわよ!昨日ご飯ご馳走になっちゃったし……こ、これで借りはチャラよ、チャラ!!」

上条「みっ……御坂大明神様ー!!」

垣根「(こいつは一体何者なんだ?)」

顔を合わせるなりいつも通りのやり取りを交わす二人を見比べながら垣根は情報を整理して行く。
一つ、自分がかつて気紛れで拾い上げた少年、上条当麻は統括理事長にとって一方通行と並ぶほどの重要人物であるという事。
二つ、幻想殺しは第三位と知り合いであるという事。
そこから導き出される答えに、垣根の中の暗黒面がその虚を覗かせて行く。

垣根「(――お前の事は嫌いじゃなかったんだがな)」

10月9日の独立記念日までまだ時間はあるが――
『超微粒物体干渉用吸着式マニピュレータ』の在処は掴んでいるしそのための下準備も既に終えている。
後は統括理事長の同時並行で進める予備プランを全て破壊した上で一方通行を殺害し、自分がその中核に座るのみ。

垣根「(さて……どうするか)」

その為には今ここで早々に幻想殺しというプランを潰しておくか――
はたまた決行日まで隠忍自重につとめるかと。
既に垣根の目には二人は獲物として映っている。そこに情などというものは既にない。
暗部の皇帝としての冷徹な判断と非情な決断のみがそこにある。



―――だがしかし―――



ズギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!

上条「……あれは!?」

御坂「――あの光!!」

垣根「――――…………」

その時、三人のいるコンビニ駐車場から見上げた坂上にある断崖大学データベースセンターより……
暗雲を切り裂くようにして放たれた光芒が闇夜の中一条の輝きを放ち、同時にドーム状の施設が崩落して行くのが見えた。
垣根が自らの戒律に則った天秤を動かそうとしたまさにその瞬間に。

628 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:14:41.58 ID:ftCL6srAO
〜9〜

上条「……あれは!?」

上条は二人から目を切る形でその破壊音へと振り返り目を見開いた。
蒼白の妖光。それは見慣れた麦野沈利の原子崩し(メルトダウナー)の輝きだった。
上条は思わず息を飲む。何故麦野があんな所で戦っている?
そう疑問に思う間にも破壊音と閃光が絶え間なく断崖大学から響き渡る。加えて――

上条「ヤバい……!」

御坂「ちょ、ちょっと!!?」

上条「ビリビリ!この鰻重頼んだ!!」

――崩落したらしいドームから一瞬姿を覗かせ、消失した『光の翼』が……
風斬氷華がヒューズ・カザキリへと変貌する際のように夜空に伸びているのが見えたのだ。
それを確認するなり上条は麦野へ携帯電話さえ鳴らす事なく、買ったばかりの鰻重弁当を御坂に押し付け駆け出そうとした。が

御坂「待って!!」

上条「ビリビリ!俺は今――」

御坂「私も行く!!」

上条「!!?」

御坂「あの女があそこで戦ってるんでしょ!?私も行くわ!!」

上条「来るな!!!」

御坂「えっ……」

上条「――お前は来るな。来ちゃダメだ」

垣根「………………」

それを制止し、加勢しようとする御坂を上条の一喝が押し止めていた。
その剣幕に御坂がたじろぎ、垣根は雨に打たれながらその成り行きを静かに見守っていた。
昨夜、このコンビニで共に過ごしたフレメアと駒場の姿に二人を重ねるように。

御坂「どうしてよ!あんたがいくらあの女の……あの女の彼氏でも!!あんた一人で止められる訳ないじゃない!!!」

上条「――出来る出来ないの問題じゃねえ。御坂、お前だけは今のあいつに会わせられねえ」

御坂「なんで!!」

上条「――お前が!あいつの友達だからだ!!」

御坂「……ッッ!!」

上条「……あいつは今、お前にだけは見られたくねえ姿で戦ってる。それを止められんのは――」

垣根「………………」

上条「――俺だけだ」

そのきっぱりした物言いとはっきりした後ろ姿に、上条が自分が拾い上げた時とは異なるステージに立っているのを感じた。

御坂「でも!!」

垣根「――ウニ頭」

上条「……艦長さん」

故に――エース(御坂)をどかせてキング(帝督)はジョーカー(上条)へと歩み出る。
昨夜インデックスが揃えたポーカーの手役、K・Q・J・A・ジョーカーのように。
この場に不在のクイーン(麦野)と、未だ姿を現さないジャックを除いて――

629 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:15:18.56 ID:ftCL6srAO
〜8〜

垣根「一つだけ答えろ」

上条「……なんでせうか?」

垣根「――あの光が、お前の“星”か?」

……ひでえ夜だ。スーツはゲロまみれ、身体はズブ濡れ、挙げ句今夜も女を食い逃した。
そこに加えて幻想殺しだ超電磁砲だなんだかんだ……面倒臭えったらありゃしねえ。

上条「――ああ、そうだ。俺の希望(ほし)だ」

垣根「――そうか」

御坂「ちょっとあんた!人が話してんのに割り込ま――……なっ!?」

上条「ビリビリ!!?」

垣根「……安心しろ。眠らせただけだ。ガキには過ぎた夜更かしだからな」

――面倒臭えってんだよ。こんな時まで仕事以外で動いてやる価値はこいつらにはねえ。
こんな不意打ちの未元物質で眠りこけるような、第三位の格下ごときいつでも殺せる。
ライオンは狩りと縄張り争い以外じゃ無駄な殺しはやらねえ。

上条「……垣根さん」

垣根「行け。このガキは俺がどうとでもする。男の戦いに女は邪魔なだけだ」

上条「……ビリビリに手出さないでくれよな?」

垣根「ムカついた。いくら常識が通用しねえからって中坊にちょっかいかけるほど落ちぶれてねえよ!!」

――こいつは、闇に堕ちた俺に決して持てねえ何かを持ってる。
星の数ほどある悲劇に触れて壊れた俺が、どこのドブをさらってももう見つけられねえ無くし物を……
コイツは生まれながらにして持ってる。そう感じられる。

垣根「行け。クソヒーロー」

上条「俺はヒーローなんかじゃねえさ……でも、ありがとう」

……妙だな?この中坊、今日口説いたあの巨乳人妻に似てると思ったんだが――多分関係ねえ赤の他人の空似だろう。
こんな胸って呼ぶのも苦しい平野、草が生えてるかも怪しいもんだ。が

上条「俺、垣根さんに会えて良かったよ」

垣根「……〜〜とっとと行け!!」

上条「ああ!!」

そう言い切るとそのウニ頭は突っ走って行った。
オイオイ……これがあのパツキンロリの言う所の『フラグ』ってのか?
巫山戯けんな。俺はゲイでもホモでもねえし男に走るほど女に飢えてもねえ。そんくらいの常識はある。なあ――

垣根「――出て来やがれ。覗き魔のクソッタレ野郎が」

???「――自分なりに気配ってヤツを断ってみたんですけどね。やはりまだまだ修行不足のようです」

630 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:17:20.02 ID:ftCL6srAO
〜7〜

嵐という魔王が引き連れた亡霊のような暗雲の下にあって目立つ白を基調とした制服姿。
撃たれるような冷たい雨音にあってわざとらしい足音とカツッと垣根の背後から響き渡る。
スキルアウトらのような鉄板入りのそれではない、察するに真鍮入りの靴だろうと垣根は当たりをつけた。

海原「よろしければ、参考にしたいのですが。この闇夜と豪雨の中、音に頼っていた訳ではないでしょう。どうやって自分の存在を察知したのですか」

垣根「生憎だが、俺は自分よりおしゃべりな男は嫌いなんだよ」

それを知ってか知らずか……茶髪の少年こと海原光貴は絶やさぬ笑みを浮かべて垣根に話し掛けた。
しかし垣根は振り返らない。腕の中にいる御坂が邪魔なせいもあるが――

垣根「さっさと用件を言え。これ以上の厄介事はもうごめんだ」

海原「では手短に――彼女を、御坂さんをこちらに引き渡していただけませんか?」

垣根「イヤだと言ったら?」

海原「――戦います」

垣根はあえて振り向かない。何故ならば相手の顔を見ずとも殺せるからだ。
この暴風雨の中、海原が垣根に対抗し得る金星の光すら届かない闇にあってさえ二人の力量差は絶望的な開きがある。だが

海原「自分がいくら命を懸けた所で貴方に一太刀入れられるかどうかも怪しい所です。ですが――自分にも死を賭してでも守りたい“世界”があります」

垣根「――世界か。たかが女一人にデカく出たな」

海原「大きいですよ。何物にも代え難いほどに。そして彼は、上条当麻は――」

垣根「………………」

海原「彼はもう違う誰かの“世界”を守っています。そんな彼に御坂さんは守れない、任せられない。だから――」

垣根「絵札でもねえ端役が、キングに挑むと?」

海原「カードは絵札だけではありませんよ。自分はどんな手役にも数字にも姿を変えられます。ですが」

自分は上条当麻というジョーカー(御坂のヒーロー)にだけはなれないと海原は語った。
それに対し垣根は思う。また上条当麻かと。また幻想殺しかと。
一体あの男はどれほどの縁を人々と育み、そして繋がっているのだろうと。故に

垣根「――持って行け。この手のツラの女は俺にはどうもゲンが悪い」

海原「ありがとうございます」

垣根はそこで初めて――海原に振り返った。

631 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:17:45.78 ID:ftCL6srAO
〜6〜

御坂「うっ……」

どうしたんだろう私……なんだかすごく眠い。何でかしら……ええっと確か……あいつと会って……
麦野さんを助けに行かなくちゃって言って……それで、それから

上条『――あいつは今、お前にだけは見せられない姿で戦ってる』

何でよ。どうしてよ?私これでも学園都市第三位よ?
あんたより強いし、第四位より上よ。私だって戦える。なのにどうして?

上条『――お前があいつの友達だからだ』

友達なら、助けに行くもんじゃないの?あの女が私に見せられない姿ってなに?
私が力を貸してもどうにもならないって言うの?

上条『――あいつを止められるのは俺しかいない』

助けに行くんでしょ?救いに行くんじゃないの?
何であんたはそんな何かを挑むような顔をしてるの?

???「では、自分は御坂さんを送り届けます。ご心配ならばついてこられますか?」

???「調子に乗るなクソガキ。そのガキがどうなろうと俺の知った事じゃねえ」

???「……ありがとうございます。自分を信用してくださって」

???「どうでもいい。イイヒトごっこはもうたくさんだ」

……誰?視界がぼやけて良く見えない。さっきのチャラチャラした男の声が聞こえる。
それからもう一つ……この声、なんか聞き覚えがあるような――

???「その割に……彼女の身体に奇妙な違和感を覚えるのですが」

???「俺の能力だ。明日になるまでそいつに物理的な干渉は一切出来ないよう防壁をかけた。おいたした瞬間テメエがくたばるような、な」

???「――彼が信を置くだけの事はありますね“艦長さん”」

???「ムカついた。余程死にてえと見える」

???「冗談です。つい嬉しくなってしまいまして――これで、自分も“仕事”に精が出そうです」

???「自分と“同類”の人間と親しくなったところで嬉しくもなんともねえよ。何がそんなにおかしい?」

???「――いえ、彼自身が彼女の世界を守れなくとも……」

???「………………」

???「彼の“世界”が、彼女の“世界”を守ってくれている……そう思うと」



……私、お姫様だっこされてる?



???「参りましょうか、御坂さん」



――この声、海原光貴……?



あっ……また、眠くなって――
632 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:20:28.60 ID:ftCL6srAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――僕の勝ちや、アレイスター・クロウリー――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
633 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:20:56.50 ID:ftCL6srAO
〜5〜

姫神「何が。勝ちなの?」

青髪「んん?カラオケの得点♪」

吹寄「痛みを翼に変えーる!!止まる事は〜もう出来ないから〜瞳に炎を灯し……」

姫神「……吹寄さん。ちょっと」

青髪「……歌の点数はテストほどようないみたいやねえ」

一方その頃、すき焼きを囲む会を終えた一年七組の面々は月詠小萌と別れた後……
それぞれ気取られぬようバラバラに別れ二次会とも言うべきカラオケボックスに集結していた。
完全下校時間はとっくに過ぎているが、店によっては融通の利く所もあり……
最もお堅い吹寄がマイクを握って拳を利かせている辺りで察する事が出来るだろう。
そんな中、チューチューとコーラを啜りながら選曲する青髪の傍らにタンパリンを持った姫神が耳を寄せて来た。
しかし青髪はニッコリ笑ってそれを受け流す。94点を叩き出したご満悦な表情で。

青髪「(――これでもう、あの“三人”が集結する未来は変えられへん。僕らの勝ちで、あんさんの負けや。アレイスター)」

姫神「私は。t.A.T.u.にする。All the Things She Said。貸して」ピピッ

青髪「わーお……この二人百合百合やん。これって女の子同士の恋の歌やろ?あの雨降っとる中金網越しに見つめるプロモの」

姫神「彼女達は。イメージ作りのポーズ。本当の同性愛者じゃない」

青髪「そうなん?」ジー

姫神「やめて。私も。そっちの方向には。全く興味ないから」

青髪「(――未来っちゅうんは、つくづく残酷なもんやねえ)」

いつまでも次の曲が決まらない青髪からパネルタッチを奪い入力する姫神を見やりながら青髪は天井を見上げる。
全てのマスターピースは青髪の望む未来へと集った事に安堵するように。
今日一日の中であった予知出来なかったのは学園都市第五位……食蜂操祈との思わぬ顔合わせのみであったが――

青髪「(ラッキーカラーは“白”……どれがハマるかヒヤヒヤしたけど、これで誰も死なへんし殺し合わへん)」

今頃、断崖大学データベースセンターではあの『三人のヒーロー』が集結しているだろうと安堵した。
これで、アレイスターという神から与えられる不幸という贈り物から皆が開放されると……
今度ばかりは本当にギリギリの綱渡りだったと心の底から一息ついて。

青髪「――これで仕舞いや」

634 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:21:24.04 ID:ftCL6srAO
〜4〜

そう……青髪ピアスが見通したいくつかの未来、星座占いの結果、ラッキーカラーの『白』……
本来ならば麦野から借りた『白いコート』を着た御坂が断崖大学に向かうはずだった。
しかしそこで御坂が行けば見てしまうだろう。母・美鈴を守るために人を殺す瞬間の麦野の姿を。
その惨劇の瞬間を目にした途端、御坂が麦野に抱いた淡い友情は深い絶望に塗り潰され――
美鈴は自分を守るために麦野に人殺しをさせたと己を責め……
更に現れた美琴の存在により親としての最後のプライドまで失っただろう。

仮に『白い髪』をした一方通行が麦野らと出会せばどうなるか?
美鈴は兎も角、麦野は敵として認識され浜面共々射殺され未来は閉じてしまっただろう。

もし『白い翼』を持つ垣根が断崖大学に向かったとすれば――
一方通行との早過ぎる出会いを果たし、殺し合いを始めたに違いない。

そこに御坂が加われば、御坂は一方通行と出会してしまい――
また違った形の新たな悲劇と絶望が生まれてしまう。

そして『白い修道女』インデックスが御坂と出会さなければ彼女は早々に常盤台へ引き上げただろう。
インデックスが昼間に鰻重を見かけ、上条がお土産を買い忘れて使い走りにされなければ二人は断崖大学での異変にすら気づけなかった。

そう、最大の悲劇とは『御坂美琴が麦野沈利を助ける』という美しい友情そのものだったのだ。
自分の母を守るために人を殺した『悪』の麦野に『正義』の御坂は立ち向かえない。
殺さなければ母が殺され、母のために友人が人を殺したという絶望的な事実がいつか麦野と御坂を必ず避けられない激突へ導く。

するとどうなるか?麦野は相手が死ぬか自分が殺されるまで戦う事を止めない。
ならばどうするか?『二人の少女を戦いの舞台から下ろす』以外に未来はない。

インデックスの可愛らしいわがままが麦野を助け、御坂を救ったのだ。
そして『白い制服』の海原が美鈴を裏から、美琴を表から救い出す。
最後の決着は上条がつける事で、フレメア=セイヴェルンという少女がやがて『三人』を結びつける。

青髪「あー肩凝った……帰ったらジョンさんに揉んでもらお」

そう――この悲劇の物語は、一人の名も無きヒーローの導きによって終幕へと向かう。

それは上条でも、垣根でも、ましてや青髪でもなく――

635 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:23:28.84 ID:ftCL6srAO
〜3〜

上条「くそっ、通せ!通してくれよ!!」

警備員A「だ、ダメだ!これ以上進んじゃ行かん!!」

上条「頼む!中に!!中に俺の大切なヤツがいんだよ!!!」

警備員A「いかんと言っているだろう!!死にたいのか!?」

上条「くっ……!」

一方、破壊音や閃光すら止んでしまい荒れ狂う暴風雨の中――
上条はあまりの猛威に散り散りになってしまった人集りの波に逆らって断崖大学データベースセンターに辿り着くも――
そこで若き警備員に足止めを食らってしまっていた。
上条は知らない。断崖大学そのものを外部から封鎖するように取り囲むその布陣が

「………………」

学園都市上層部から命を受けた、上等なスーツを着こなした青年実業家風の『いやに丁寧な口調の男』の指示によるものだと。

上条「クソッ!!」

警備員から離れて大学の周囲を回り、何とかして侵入経路を探さんとするが――
至る所に警備員が……そう、内部に突入するでもなくただ外部に守りを固め蟻一匹通すまいとしている様子に上条は苛立った。
このままでは中に入れない上に積極的に見殺しにされているようなものではないかと。



――だがしかし――



『………………』

上条「……??」

土砂降りの雨、光源さえ死に絶えた闇の中にあって……
一人の巨漢が上条を見つめながら佇んでいた。
遠目からも2メートル以上あるのではないかと伺わせるに足る、安っぽいレザージャケットに身を包んだ強面の大男が。

スッ……

上条「あっ……」

『………………』

そのフランケンシュタインのような大男が指差した先。麦野の原子崩しや浜面の火器などで破れたフェンスの穴。
それはこの暗闇の中にあって誰しもが見落としてしまいそうな小さな穴。

上条「……ここから行けそうか?」

『………………』

上条「悪い!助かる!!」

上条は駆け寄りながらその大男に話し掛け、男はただ頷いた。
上条も先を急いでいたため、言葉少なくそのフェンスの穴からデータベースセンターへの侵入を果たした。

『………………』

もしこれが雨の夜でなく明るい真っ昼間であれば上条とて気づいたかも知れない。
その大男に有り得るべき『影』が地に落ちていない事を。

もし浜面仕上がその大男の顔を見たならば涙を流したであろう。
その厳つい強面の中に秘められた、誰よりも優しく不器用な笑顔の名は

636 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:24:31.71 ID:ftCL6srAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――――駒場利徳―――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
637 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:24:58.72 ID:ftCL6srAO
〜2〜

雨は降り止まず、風は収まらず、夜は未だ明けない。
上条が見たものが幻想であったかどうかさえ正誤や是非や真偽を問える者はこの場にいない。

仮に世を去った駒場利徳が肉の体を持たぬまま現世に降り立ったとしたならば――
それは科学のみを信仰し、非科学を否定するこの学園都市にあってどのような意味を見出せばよいだろうか?
上条は駒場を黄泉川から聞いた名前と行い以外何も知らない。
駒場もまたフレメアから話を聞いただけで上条の顔すら知らない。

それは上条がはっきりとしたフレメアの顔を見るでもなく……
その狙われていた後ろ姿を『無能力者狩り』から期せずして守った事に対する死者の導きなのか?

はたまた我を忘れ己を見失いかけている浜面仕上を止めてくれという……
浜面の、親友の明日無き暴走に胸痛めての事だったのだろうか?

上条はフレメアの後ろ姿しか見ていない。フレメアは麦野の背中しか見えていなかった。
そんな二人が顔を合わせるのは、奇しくも鏡合わせの未来の先。

フレメア「……お外、風が大体ゴーゴーしてる」

フレメア=セイヴェルンは季節外れのハリケーンに揺れる雨戸を見上げながら一冊のパンフレットをめくっていた。

フレメア「あ!これ行きたいな……駒場のお兄ちゃんと、大体クリスマスに……」

それは街中で無料配布されている学園都市walker。
今週の特集記事は第六学区にある『オズマランド』だと言うのにたったの2ページしか乗っていない事にフレメアは唇を尖らせた。

フレメア「駒場のお兄ちゃん、ちゃんと傘持ったかな?あったかくしてるかな??」

フレメアはベッドにゴロゴロ寝転がりながら枕元にある二つの写真立てを見やる。
一つは実姉フレンダ=セイヴェルンとのツーショット。
もう一つは……駒場利徳と、浜面仕上と、服部半蔵とお花見した時の写真。

フレメア「楽しみだなあ……クリスマス」

キング(垣根帝督)を、クイーン(麦野沈利)を、ジャック(駒場利徳)を、エース(御坂美琴)を、ジョーカー(上条当麻)を……

最もか弱く幼い少女が、知らず知らずのうちに救いへと導く。

今この場にいないジャック(駒場利徳)に代わって

もうこの世にいないヒーロー(駒場利徳)に代わって――

638 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:26:54.29 ID:ftCL6srAO
〜1〜

浜面「動くな」

上条「………………」

そして――雨と風と雷が渦巻く断崖大学データベースセンターにて――
二人の無能力者が向かい合う。上条は麦野にそっと上着をかけて奇跡的に無事な建物の屋根の下に横たえる。
上条は拳と決意と表情を固め、浜面へと向き直る。
屋根の上の美鈴、屋根の下の麦野……時間がなかった。

浜面「はは、なんだこりゃ……出来の悪い少年漫画かよ?絶体絶命のヒロインを華麗に救い出すヒーローか?これじゃまるで俺がヒールじゃねえか!!」

浜面が腰元に差した伸縮自在の特殊警棒を取り出し、泣き笑いのような表情を浮かべた。
それに対し――上条が歯を食いしばって睨み付けた。

浜面「たまんねえなあオイ……殴り殺さなくちゃ気が済まねえよ!!」

上条「――俺はヒーローなんかじゃない――」

上条当麻は戦って来た。それは時に能力者であり、それは時に魔術師であった。
そして今は――上条と同じ無能力者(にんげん)であった。

浜面「――じゃあテメエはどこのどいつなんだよ!!?」

浜面仕上は戦って来た。それは時に警備員であり、時に無能力者狩りの能力者であった。
そして今は――浜面と同じレベル0(にんげん)であった。

上条「――俺は、ただのレベル0だ」

上条は右足を一歩踏み出す。

浜面「――俺は、ただの無能力者だ」

浜面は左足を一歩歩み出す。

上条「――俺は、ただの学生だ」

上条が右拳を握り締める。

浜面「――俺は、ただのスキルアウトだ」

浜面が警棒を握り締める。

上条「ああ……!」

浜面「そうさ……!」

そして――二人が同時に駆け出した。

上条「俺と!!」

浜面「テメエは!!」

振り抜く上条の右拳と、振り下ろす浜面の警棒が交差し――

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

鉄球と鉄球が激突したような轟音と共に火蓋を切って落とされる最後の死闘。
引きちぎれた浜面の鼻ピアスと、吹き出した上条の流血。
しかしどちらも蹈鞴を踏まず、互いに額をぶつけ合い、同時に叫ぶ

「「同じ(違う)人間なんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」」

駒場利徳に導かれた上条、駒場利徳を背負う浜面。
麦野沈利を倒した上条、麦野沈利を斃した浜面。
数奇な運命を歩む両者が、遂にヴァルプルギスの夜に激突する。

639 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/25(木) 21:27:28.04 ID:ftCL6srAO
〜0〜

上条「(沈利より……当たりは軽い!)」

譲れぬは意思

浜面「(あの女の方が……拳は重い!)」

違えぬは意志

上条「テメエだけは……!」

退かぬは意地

浜面「オマエだけは……!」

引かぬは遺志

上条「絶対に……!」

無能力者が激突し

浜面「絶対に――!」

レベル0が衝突し

上条「負けねえ!!」

運命が交差し

浜面「勝つ!!!」

宿命が交錯し

上条「テメエの幻想を……」

上を見上げる者と

浜面「オマエの全てを……」

前を見据える者が

上条「ぶち殺してやる!!」

立ちはだかる壁を

浜面「否定してやる!!!」

立ちふさがる敵を

上条「――お」

己が拳で打ち砕く

浜面「……オ」

立ち上がれるのは

上条「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

ただ一人

浜面「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」

――決着、迫る――

640 :投下終了です [saga]:2011/08/25(木) 21:28:44.74 ID:ftCL6srAO
たくさんのレスとご感想ありがとうございます。第十七話終了となります。では失礼いたします……みなさんありがとうございます
641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/25(木) 21:31:48.14 ID:9zIAen/DO
乙!!!!

一人一人がキャラ立っていて魅力的だわ………
642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/25(木) 21:33:35.04 ID:/u5A/MgGo

浜面さん…………斉藤一?
643 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/25(木) 21:38:25.25 ID:2ydqoeL/0
>>1
上条さんと浜面の戦いがこれ程盛り上がるとは…
>>642
なら、上条さんは抜刀斎か
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/25(木) 21:48:45.46 ID:9lNDnkKIO


なんかスクライド最終回を幻視した
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 01:04:21.11 ID:/fq/zU+IO
剣心大好きです。
あ、関係ないですね。

乙です
更新楽しみにしています。
646 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 03:59:02.54 ID:ZG9aGwI5o

両方応援したくなるわ
647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 09:14:37.01 ID:YO5fXLnX0
乙!!!
たしかにこの世界観じゃ御坂やレールガン組は助けにならんわ…どいつもこいつも覚悟決まりすぎててパワーや正義感じゃあどうにもならん
648 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 14:39:10.92 ID:ZZxx+9zAO
>>1です。第十八話、VS浜面ラストバトルは今夜21時に投下させていただきます。では失礼いたします。
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チリ) :2011/08/28(日) 14:47:07.04 ID:eI6bOByd0

650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/28(日) 14:52:45.06 ID:jotRFoe9o
お待ちしております
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/28(日) 19:55:09.20 ID:F4tXxWD50
期待して待機!
652 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:02:02.52 ID:ZZxx+9zAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十八話「無能力者(はまづらしあげ)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
653 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:02:55.03 ID:ZZxx+9zAO
〜1〜

バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!

浜面「ッ」

上条「っ」

二度目の激突は、浜面の左フックと上条の右ストレート。
拳と拳がぶつかり合い、次の瞬間浜面の指の付け根の皮が剥げ上条の指の股から血が弾ける。

上条「らあっ!」

浜面「おおっ!」

左足で踏みとどまり、返す刀で浜面の右ハイキックが上条の左頬に深々と突き刺さる。
発条包帯の巻かれた左足。鉄骨を容易く拉ゃげるその破壊力は既にないが――

上条「おっ……」

足の甲が奥歯をヘシ折り、爪先がこめかみをえぐる。
意識を刈り取るには十二分な威力と精度。しかし――

上条「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

喰らいながら上条は振り下ろす。打ち下ろすような右拳をもう一発、鼻ピアスのちぎれた鼻骨目掛けて。

浜面「ぶふっ……!」

再び噴き出す鼻血。傾ぐ肉体。今度はバランスを崩し、よろめく。
しかし――よろめくだけだ。倒れはしない。だからこそ

上条「があっ!!」

体勢を立て直すより先に上条が頭から突っ込み、浜面の腹部に闘牛のように頭突きを喰らわす。
浜面の鍛え抜かれた腹筋に走る鈍い痛みと鋭い衝撃。
更に上条が両腕を回し、突進からつかみかかる形になる。しかし

浜面「――雑な戦い方しやがって!!」

浜面は迷う事なく立てた肘鉄を上条のがら空きの背中に叩き込み、重い一撃を突き刺す。
その上で握り締めた拳を振り上げ――固めた手の小指側で、ハンマーで釘を叩くように何度も何度も上条の頭に叩きつける。だが

上条「――!!」

歯を食いしばってそれに耐え、回した腕が浜面の腰に回されたベルトを掴んでいた。掴んだら離さない。故に――

上条「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

浜面「!?」

掴んだベルトを引きちぎるような勢いで持ち上げ、浜面の身体を僅かに浮かせると――
食いしばって耐える力を、そのまま突っ切るパワーに変え……
全体重をかけて浜面を押し倒し、瓦礫の山に後頭部から突っ込ませるように――馬乗りになる!

浜面「がはっ!!」

上条「ぐっ!?」

倒れ込みながらも、腕の力だけで振り抜いた警棒が上条の目元に叩きつけられ、今度は上条が悶えた。

654 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:03:25.10 ID:ZZxx+9zAO
〜2〜

後頭部に感じる眩暈にも似た痛苦が浜面を襲い、目元を狙われ目眩に浮かされるように上条は右目を押さえる。
そこで浜面は鍛え上げられた腹筋で上半身を起こし、右手で地面を掴んでは起こした瞬間横倒しに流れ雪崩込む。
そして互いに地を這う形から――浜面の靴底が目元を押さえる上条の脇腹を蹴り剥がした。

上条「ッッ!!」

浜面「多少喧嘩慣れしてるみてえだけどな……」

浜面が立ち上がり、曲がりかけた鼻の穴に指を突っ込み鼻息を飛ばすようにして溜まった鼻血を噴き出させる。
渇いた口呼吸から取り戻した酸素を味わう間もなく――

浜面「こちとら路地裏で能力者と渡り合うために鍛えてんだよ!!」

うずくまる上条の頭をサッカーボールに見立てたように蹴り飛ばし、再び上条が地面に転がされる。
発条包帯は既に人体を弾け飛ばせるほどの威力こそないが――
人を蹴り殺すには十分な破壊力は未だ健在であり、鉄板入りDr.マーチンのブーツがそれを支える。

上条「うごっ……」

浜面「まったく馬鹿だよな……そこらのアスリートと同じ事やってんのに、誰も誉めちゃくれねえんだからよ!!」

呼吸を整えた浜面が走り出す。転がされた上条はまな板の鯉も同じだった。
浜面は助走をつけ、フットサルのような動きから三度上条を蹴り上げんと――

上条「ああ……」

浜面「!!?」

上条「テメエはどうしようもねえ大馬鹿野郎だよ!!」

うずくまる上条が、倒れ込んだ際に握り締めた手のひら大のコンクリートの破片を浜面目掛けて投げつけた。
それに一瞬、浜面が竦む。しかし怯む事なく直走から逸れた形で避けると――

上条「こんだけすげえ力持ってんのに……!!」

投げた瓦礫より一回り小さい破片を握り込みながら上条は既に立ち直っていた。
走り込んで来る浜面目掛け、握り締めた破片が割れるほど強く固めた右拳が

上条「なんでこんな事にしか使えねえんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

浜面「……っは、あ……!!」

浜面の鳩尾をそのまま背骨ごとぶち破るような渾身のかち上げ。
胃の内容物が、肺の空気が、血液の流れが、全て口から噴き出しそうになる。
そんな浜面を――上条は警棒で打たれ充血した右目で見下ろした。

655 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:05:33.89 ID:ZZxx+9zAO
〜3〜

上条「……立てよ」

身体がくの字に折れたまま鳩尾を押さえ膝をついた浜面の襟首を左手で締め上げ――
上条は冷静ささえ感じさせる声音で、水鏡を思わせる抑揚で浜面に告げ――

上条「――立てェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

掴んだ襟首を引き寄せ、踏み込んだ足で、捻る腰で、振り上げた拳で、フルスイングでの一撃。
今度は錐揉みしながら吹き飛ばされた浜面が地べたに転がされる。
この豪雨によりスープを吸い尽くしたリゾットよりもドロドロに溶けた地面に顔面から突っ込んで。

浜面「ぐっ……」

上条「……何でだ?」

その中を多少ふらついた足取りで、傾いで揺れる身体で上条がザックザックと歩み寄る。
浜面の呻く呼吸、悶え苦しむ表情、地面を掻く手指。
大地に爪を立てるようにうつぶせで泥を掴む浜面を見下ろしながら上条は叫ぶ。

上条「何で麦野を、美鈴さんを狙う!?何でだ!?美鈴さんは学園都市の人間じゃねえのに何でここまで追い込みかけられなくちゃならねえんだ!!?」

浜面「――依頼だよ!!」

バッ、と浜面が掴んでいた泥が上条の顔にぶつけられ、目が塞がった。
そこで浜面は――右膝を突き、左足で立ち、振り向き様のバックハンドブローで振るった警棒を――
素人がやる縦振りでも達人がやる突きでもなく玄人がやる横薙ぎに上条の顔面を打ち据えた。

上条「……ッッ!!」

浜面「駒場の野郎は死んだ!代わりに俺がアイツらまとめなきゃならねえんだ!!金がいるんだ!!!“奴ら”に取り入るしか俺に道はねえ!!」

蹈鞴を踏んだ上条の腹部に靴底から叩き込むような前蹴りが放たれ、身体がコの字に曲がるほどの衝撃が襲う。
しかし浜面は手を緩めない。攻撃を休めない。目を切らない。

浜面「さっきの女も“奴ら”と関係ねえなら、テメエも関係ないよな?なら交わした取引きはまだ有効だ!ターゲットを死体にして持って帰ればまだ……!!」

だが……豪雨が土を泥に変えるように、雨は泥を洗い流す。その言葉に――

上条「もう一度……言ってみろテメエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

カッ、と闇夜を切り裂く稲光と共に目を見開いた上条の眼差しが

浜面「――――!?」

ドゴン!!と浜面の顎目掛けて下からかち上げるような音と共にその石頭で打ち抜いた。

656 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:06:07.37 ID:ZZxx+9zAO
〜4〜

麦野『――私に、人の親になる資格なんてない』

――燦々と降り注ぐ夏の陽射しの中、木漏れ日に手を翳しながら麦野沈利が目を細めて見送る先……
それは少子化が叫ばれる昨今にあって、学園都市でも非常に稀な光景……ベビーカーを押す若い夫婦。
それを並んでベンチに腰掛けていた上条当麻も共に見やっていた。そのボールを転がすような麦野の言葉に耳を澄まして。

上条『……どうしてそんな事言うんだ?』

麦野『――思うのさ。仮に私とあんたが将来結婚して、子供が出来たとするじゃない?』

上条『ああ』

麦野『……その子供を抱くには、私の手は血に汚れ過ぎてる。それに子供だって可哀想だからよ』

上条『………………』

麦野『父親は兎も角、母親が殺人者だなんて知れば……自分は呪われた子供だって、そう思わないなんて誰にも言えないでしょ?』

溶けかかった三段重ねのアイスクリームのチョコミントを舐めながら麦野は遠い眼差しで夏空を見上げる。
その横顔がひどく美しく、そして物悲しく、上条はともすれば麦野の細い身体が折れそうになるほど抱き締めたくなる衝動に駆られた。

麦野『これ以外の生き方が見つからなかったなんて綺麗事は言わない。私は仕事として、報酬をもらって人を殺してきたの。戦争でもなければ正当防衛でもなく、自分の大義名分も相手の人生も何もなく』

そうでもしなきゃ人なんて殺せない、と麦野は足元に落ちた蝉に集る蟻の群れを見下ろしていた。
こいつらみたく食うために、生きるために仕方無くって訳でもないしねと付け加えて。

麦野『――人を殺すと、自分の中の何かが取り返しのつかない壊れ方をするの。殺せば殺すほど狂って行って、その血塗られた部分がどんどん大きくなって行って――』

そうやって、人間は怪物(モンスター)になるのと締めくくった。
人間として壊れた人間は、怪物としてしか生きられなくなると。そして

麦野『――あんたは、絶対に人を殺すな』

上条『………………』

麦野『あんたは、私みたいにならないで』

その言葉の重みに、上条は正解ではない答えも不完全なイエスも返せなかった。
そんな上条に、麦野はチョコミントのアイスクリームを差し出して来た。

麦野『私は、そのまんまのあんたが好き』

――もう戻れない、あの夏の日の午後――

657 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:08:07.55 ID:ZZxx+9zAO
〜5〜

浜面「がああああああああああああああああああああッッ!?」

上条「ふ、ざ、け、んな、ボケ!!!」

仰け反る浜面に、上条は更に胸倉を掴んで頭突きを一発、二発、三発、四発と叩きつけ――
自分自身が額が割れるほどそれを繰り返すと、踏み出した左足から担ぐように振りかぶった右拳が思い切り振り抜かれる。

上条「人を殺す事がどんだけ重てえもん背負う事になるか……テメエは自分の頭で考えた事が一度でもあんのかよ!!?」

上条は知っている。人を殺した人間がどれだけ重い十字架を背負わなくてはならないかを……
麦野沈利という、分かちがたい半身を通して知っている。誰よりも。

上条「依頼依頼って、宿題こなすみてえな感覚で、物でも金でも釣り合わねえ天秤に生き死に乗せて……人の命で遊んでんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

浜面「宿題だよ……やりたくもねえもんに変わりはねえってとこがよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

ズバン!!と上条の左拳をかいくぐって交差し放たれた浜面のクロスカウンターが上条の顔面に突き刺さり殴り飛ばす。

浜面「宿題とでも思わなきゃやってらんねえよ!!」

それにより液状化した泥土が砂を噛み、再び両者の間合いが開く。

浜面「学校行かなくなった後の方が宿題山積みだぜ!補習も追試も取り返しもつかねえ!!なあそうだろ!?」

紫色に腫れ上がった拳、青黒い痣と赤黒い傷にまみれた二人はよく似ている。
髪型も背丈も顔立ちも異なりながら――二人はまるで生き別れた兄弟のようですらあった。

浜面「駒場は死んだんだよ!このクソッタレな学園都市(まち)の、クソッタレな能力者(れんちゅう)に殺されたんだ!!」

上条「――駒場……」

浜面「ああそうだ!ガラにもねえ正義の味方(ヒーロー)みてえな真似して死にやがった!!この世界そのものに殺されたんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

浜面が警棒を振りかぶって突っ込んで来る。あまりにも救いようのない雄叫びを上げて――



上条「――俺は」



ドンッッ!!

浜面「ごっ……!?」

それに合わせて叩き込んだ上条の膝蹴りが、浜面の下腹部を強かに打ち据えた。

上条「俺は……そいつを知ってるぞォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

崩れかけた浜面を、更なる横蹴りで首が曲がりそうな勢いのまま薙ぎ倒して――!
658 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:08:35.94 ID:ZZxx+9zAO
〜6〜

浜面「ぐふっ!?」

上条「――黄泉川先生から聞いた。無能力者狩りから小学生を守ったスキルアウトがいるって……」

浜面「(あの巨乳が……!?)」

上条「駒場……そう言ってた」

横倒しになった浜面を見下げながら上条は語る。
昨日の夕方、第七学区のスクランブル交差点での会話。
駒場利徳――そう黄泉川から聞いた名前を、上条は歯軋りと共に反芻する。

上条「テメエはそいつの仲間なんだろうが!!」

浜面「……ああ、仲間だよ」

上条「だったら何でこんな事すんだ!?俺達と同じ無能力者を守った無能力者の仲間のテメエが、何だってその仲間の顔に泥塗るような真似しやがんだ!!」

そして浜面は奥歯が砕けんばかりに食い縛ってノロノロと立ち上がる。
その名を他人の口から語られる事に――行き場のない怒りさえ覚えて。

浜面「――仲間だったさ!!」

轟ッッッッッッ!!

上条「!?」

発条包帯を纏った両脚が0から100へのトップスピードに一気に乗り、上条の背後へと回り込む。
そして両手指を組み合わせて二つの拳を一つにし――鉄槌を振り下ろすように上条の後頭部を殴り倒した。
もんどりうって前のめりに崩れ落ちた上条の頭を何度も何度も……
地団駄を踏むように蹴りつける度に上条の顎や頬に砂利が食い込んでは裂け、血が流れる。

上条「げっ、がっ、ばっ……!」

浜面「俺達のリーダーで、俺の親友だった!もういねえ!!」

浜面は元来、粗で野であるが卑ではない男である。
故に苦しむ。上条が指摘した点は浜面が苦汁を飲んで腹に収めたつもりだった点だった。
それを再び突きつけられた事が、浜面の逆鱗に触れた。

浜面「わかってんだよ!!わかってんだそんなもん!!!けどなあ、泥食ってでも俺が前に進まなきゃ、駒場のした事は無様な犬死にで終わっちまうだろうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

上条「ふざけんじゃねえよテメエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」

上条も受け身から寝返る事で背から腹へ移して繰り出される踏みつけを両手で掴み、傾いだ浜面の軸足とその狭間……
股関を思い切り蹴り上げ、押し返す。不利な体勢からの無理な脱出に浜面も顔を歪めるが――

上条「テメエのしてる事はマイナスだ!!レベル0ですらねえただのマイナスだろうが!!!」

浜面「!!?」

659 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:10:44.88 ID:ZZxx+9zAO
〜7〜

グンと仰向けから跳ね起き、更に浜面の軸足を外側から蹴りつけ上半身が揺らいだ所を上条の左フックが脇腹に突き刺さる。
しかし浜面もまた切り返し、回し蹴りで上条を文字通り蹴散らし再び上条は瓦礫の山に背中から叩き落とされた。
肉体を、精神を、己の全身全霊をもって相手の全存在を殴りつけるような、そんな死闘。

浜面「俺がマイナスだと!?」

上条「ああそうさ……無能力者ですらねえ美鈴さんを食い物にしようとしてるテメエと、無能力者狩りの連中、どこが違うか言ってみろ!それがマイナスでなくてなんだってんだ!!」

浜面が痛打された股関から立ち上る圧迫感に顔を歪め――
上条が頭部から流れ出る流血に眉をしかめる。
それでも二人は戦う事を止めない。決して譲ろうとはしない。
どれだけ身体が苦しくとも、どんなに心が痛くとも止められない。

浜面「マイナスだっていい……」

上条「――――――」

浜面「どこ行ってもレベル0だって馬鹿にされて、居場所ぶっ壊されて、仲間ぶっ殺されるくらいならマイナスに振り切った方がまだマシじゃねえかよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

上条「だから他人を踏みつけにすんのか!?それは前に進んでんじゃねえ、ただ沈みそうな泥沼渡んのに他人を踏み台に使ってるだけだろうが!テメエが溺れたくねえためだけに!!」

浜面は既に自分の足で踏みとどまれる一線を越えてしまった。
ブレーキの壊れた機関車のように、先に待つは断崖絶壁。
早い破滅か遅い絶望かの違いしかない所まで追い詰められているのだ。

浜面「テメエだってそうだろうが!レベル0は、無能力者は、いつだって能力者の食い物にされて来たろ!!奪われたもん奪い返して何が悪い!力を持ってたって何一つ与えてくれねえあいつらから、俺達が奪われる前に奪って何が悪い!!」

そんな暴走を止めるには二つしかない。正面から叩き潰すか――
崖っぷちへと向かうレールそのものから脱線させる以外他にない。

浜面「お前だって同じだろ!レベル0ってだけで謂われない陰口叩かれて、鼻で笑われながら踏みにじられて、ゴミ扱いされて来ただろうが!!違うだなんて言わせねえぞ!!!」

上条「……ああ、そうさ」

――御坂のような正義の味方でも、麦野のような悪の華でも浜面仕上を止められはしない。

上条「――俺はテメエとは違う!!」

同じ人間を除いては――

660 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:11:26.25 ID:ZZxx+9zAO
〜8〜

麦野「………………」

雨が降ってて本当に良かったと思うわ。ってもう泣き声上げちゃったから意味ないんでしょうけどね。
でもいい――来てくれたのがあいつで良かったって本当に思う。
御坂だったら……戦わなくちゃいけなくなる。あいつは私のやり方を決して認めないだろうから。
だってあいつは正義の味方だから。だって私は悪だから。

美鈴「し、沈利……ちゃん」

麦野「……オバサン……」

もう屋根から降りて来たのか。足でも挫いたっぽいけど折れては無さそうね。
でも残念。私は骨折以前の問題よ。体力、気力、演算能力、全部振り絞って使い果たした。
けど思ったよりタフねこのオバサン。御坂の母親なだけの事はあるわ。

美鈴「良かった……生きててくれて」

麦野「……死に損なっただけ。まあそれも時間の問題なんだけど」

雨が止まない。嵐が止まない。血が止まらない。自分の身体だからわかる。
もう持たない。あいつらの戦いを見届けるより先に私は死ぬかも知れない。
つうか……おいクソババア!何するつもりよ!?何の真似だ!!

美鈴「おんぶよ。十年ぶりくらいだからちょっと腰に来るけど……って沈利ちゃん重い!ダイエットしなよ!!」

麦野「巫山戯けんな!テメエも足やってんでしょうが!!足手まといは捨てて……」

美鈴「――その言葉、さっきまでの沈利ちゃんにお返しするわ」

麦野「――――…………」

美鈴「――久しぶりだわ“子供”を背負うのは。さあ、上条君が戦ってくれてる今の内に!」

――さっきまで死にたくない、生きたいだの泣き喚いてたくせに……
クソッ……助けに来た人間に助けられるだなんて私はピエロか!この身体じゃ……抵抗出来ないよ。

美鈴「子供達が必死に戦ってるのに、大人がメソメソしてたら恰好つかないわよ」

麦野「……足手まといのくせに」

美鈴「そうよ。私は沈利ちゃんみたいに強くない。上条君みたいに戦えない……だけどね」

――雨が冷たいのに、寒くない。細い背中なのに、広く感じる。
泣いて、喚いて、叫んで、逃げる事さえロクに出来ない甘ちゃんのクセに

美鈴「子供を背負う事は出来るわ。私にはそれしか出来ない。でもね?」

麦野「……」

美鈴「なんでも出来ちゃう沈利ちゃんや美琴ちゃんでも、これだけは真似出来ないでしょ?」



――この大人(ヒト)に、勝てる気がしない――



661 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:13:25.08 ID:ZZxx+9zAO
〜9〜

浜面「待っ……」

上条の言葉に引きつけられている間に屋根から降りて来た美鈴が麦野をおぶって嵐の夜に駆けて行くのを浜面は見た。
見たという事は、目はあらざる方向へと向いたという事。つまり――

上条「――どこ見てやがる」

浜面「……っっ!!」

上条「テメエの相手は……」

浜面「――――!!!??」

上条「この俺だろうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

浜面の前歯をへし折るような渾身の右ストレートと、上条の奥歯までさらう会心の左ストレートが交差する。
激突の瞬間濡れた髪から、汗の流れた額から、切れた頬から血が飛び散る。
もう互いに殴り合うスタミナすら切れかけ、タフネスを誇る身体は折れかけていた。
今の衝突で両者とも弾き飛ばされ上条は崩れかけの校舎に、浜面は雨晒しの泥土へ。

上条「ごっ……」

浜面「がっ……」

上条・浜面「「ああああああああああああああああ!!!」」

折れかける膝、笑う足、割れた拳、腫れ上がった顔、無事な場所などどこにもない。殴られていない箇所などどこにもない。

浜面「テメエと俺の何が違う!!」

浜面のハイキックが上条の手首を蹴り上げ、更に反対の足から繰り出す爪先蹴りがガードを突き破って上条の脇腹に突き刺さる。
しかし上条は息の塊を吐き出しながらもその左足を右手で掴み、左肘鉄を叩きつける!

浜面「ぐっ……!」

上条「俺はスプーンが曲げられねえ!!」

更に掴んだ足とは逆の足を踏みつけ逃がすまいとし――
三度繰り出す頭突きが浜面の胸板から心臓に重い衝撃を浴びせる。

上条「トランプの絵札を透かし見る事も出来ねえし身体検査だって毎回憂鬱だ!万年レベル0だって思い知らされてきた!!けどな!!!」

浜面「……!!」

上条「それが他人を食い物にして良い理由になんてなる訳ねえだろ!俺の学校だってレベル0のヤツはいっぱいいる!!でもな、レベル0だからって人に馬鹿にされる事はあってもレベル0を理由に人を傷つけていいなんて思ってるヤツは一人だっていねえ!!それが俺とテメエの違いだ!!」

浜面の胸倉を両手で掴み、闘牛同士が角を突き合わせるように睨み合う。
もう腕を振るう力も拳を握る力もほとんど残されていない。それは浜面も上条も同じだった。



――だがしかし――



662 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:13:53.76 ID:ZZxx+9zAO
〜10〜

フレメア『駒場のお兄ちゃーん!こっちこっちー』

駒場『……うっ……うむ』

服部『ククク……見ろよアレ』

浜面『まるっきり親子だなありゃ』

――あれは今年の夏だった。コブつきでナンパもへったくれもねえのに水着姿の姉ちゃんの尻追っかけてる半蔵。
やたらホットドッグやらかき氷持たされた俺と、駒場のリーダーを引っ張り回す舶来の四人でプール行ったのは。

フレメア『大体この辺りから足つかないの。肩車して?』

駒場『……そ、それは……』

フレメア『お兄ちゃん……?』

駒場『……は、浜』

浜面『あーやべ俺ジュース買い忘れてたわ!ひとっ走り行ってくる!』

服部『お、俺急に持病の癪が!!』

駒場『……後で覚えていろ』

フレメア『お兄ちゃんはーやーくー!!』

あん時もそうだったな。傍目から見てわかるくらいしどろもどろになってやがんの。フランケンシュタインみたいないかつい顔して。
あんまり面白くって二人の水遊びを遠くから半蔵と見てたっけな。ニヤニヤしながらさ。

浜面『泳ぐよりあいつら見てる方が面白いな』

半蔵『まあな……あれが俺らの担いで神輿かと思うとちっとばかし複雑だが』

浜面『たまにはいいじゃねえか。湿っぽい路地裏抜け出してお天道さんの当たる場所に繰り出したって』

半蔵『これで舶来が十年……いや五年育っててくれりゃ』

浜面『そん時ゃ俺らも同じだけ年食ってるからやっぱりロリコン扱いだぞ』

半蔵『……グスッ』

浜面『泣くなって』

イモ洗いみたいなプールを遠巻きに眺めてるベンチの俺らの横をとんでもないイイ女が通り過ぎて目で追ったが――
そっちは男連れだった。なんか頭がツンツンして背中にすげー爪痕立った冴えねーヤツ。
クソッ、男が顔じゃねえのは自分に当てはまらなきゃ意味ないっての。

浜面『眩しいな……』

服部『ああ』

――水が弾けて、光が溢れて、風を受けて、そこで太陽みたいに笑う舶来。
駒場も照れくさそうにぶきっちょに笑ってた。みんな笑ってたんだ。
今ならわかる。駒場、あんたが命懸けでも守りたかったもんが


もう戻れないあの夏の日が


あの太陽みたいな微笑みが


そこで馬鹿笑いしてた俺ら


――あんたは、こんなありふれた世界を守る、ちっぽけなヒーローになりたかったんだって――
663 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:15:38.01 ID:ZZxx+9zAO
〜11〜

浜面「――いねえだろうが」

上条「!!?」

浜面「ヒーローなんて……どこにもいねえじゃねえかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

上条「ぶっ……はぁっ!?」

瞬間、発条包帯に補強され繰り出した浜面のショルダータックルが上条を押しやる。
瓦礫の山を押しのける勢いで猪突し、上条を校舎の壁面と自分の肉体で挟み込み――
ただでさえ脆くなっていた壁ごとブチ抜いて校舎に突入し、猛牛が角をしゃくりあげるように上条を天井まで叩き上げる!

浜面「ああそうだ!俺はテメエと違う。土壇場で女助けるような器量もねえ!駒場みてえに人を束ねる度量もねえ!!」

そして浜面はビジネスデスクを頭上まで高々と持ち上げ――
芋虫のように天井から床面に叩きつけられた上条の身体目掛けて投げ下ろす!

上条「がああああああああああああああああああ!!?」

浜面「今だって誰か助けに来てくれるどころか仲間同士でドンパチだ!あんな馬鹿共引っ張ってこのザマだ!!」

ビジネスデスクが真っ二つに割れるほどの威力で叩きつけられ上条が絶叫する。
しかしそんな上条の悲鳴を上回る勢いで雄叫びを上げる浜面にはそれさえ聞こえず――
浜面は砕け散ったビジネスデスクの包丁大の破片を自分の流血も厭わず握り締め……上条の太ももに振り下ろし、突き立てた。

上条「うがああああああああああああああああああああー!!」

浜面「ガラでもねえリーダー、やりたくもねえ宿題、全部ケツ回されて尻拭いやらされて!駄賃目当てのガキの使いで良いように利用されて!!」

――状況は殴り合いから潰し合い、潰し合いから殺し合いに移行していた。
現実への絶望が浜面という学園都市への怒りの炎へ油となって注がれる。

浜面「なんで俺がこんな事しなくちゃいけねえんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

ドゴン!!と発条包帯の破壊力を上乗せされた鉄板入りブーツが上条を教室内のガラスへと猫の子を放り投げるように叩きつける。
同時に窓枠ごと巻き込んで上条はもんどりうって廊下に叩き出される。
これが一方通行が、垣根が、麦野が体得し御坂や食蜂が手にしえぬ能力とは別のファクター……『暴力』である。

664 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:16:05.09 ID:ZZxx+9zAO
〜12〜

仮に麦野沈利と御坂美琴が全ての柵を取り払って殺し合わせれば――
能力戦では御坂の勝利に疑いはない。しかし総力戦となれば御坂は麦野に敗北するだろう。それは何故か?
それは己の手足がなくなろうが首一つで敵の喉笛を食いちぎる『暴力』が源泉にあるからだ。
自分の首を刎ねられるまで殺し合いを止めない『暴力』を――浜面は麦野との戦いを通して会得してしまった。

滝壺『“心せよ。怪物を打ち倒す時汝怪物にならん事を。深淵を覗き込む時、深淵もこちらを覗き込んでいる”』

かつて第十九学区で麦野と上条が最終決戦を繰り広げた時滝壺の脳裏によぎった言葉の意味。
浜面は今呑まれかけていた。あまりに耐え難い現実と、駒場を失い仲間に見限られそこに一人きり放り出された事実に――



上条「――だったら、テメエは一度だって誰かに手を差し伸べた事があんのかよ」



浜面「なっ……!?」

上条「……ねえよな。だから今も一人の仲間をテメエを助けに来ねえ!!」

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!

打ち砕かれた窓枠を飛び越え、廊下に投げ出された際に巻き込んでしまった四つ足の椅子を思い切り浜面の顔面と頭部に叩きつける。
血の登りきった浜面の脳天気から噴き出さんばかりの勢いで。

浜面「ぐうう、ぐぅぅぅううう……!!」

上条「……一度だって他人に手を差し伸べた事もねえテメエが、自分が困った時だけ助けられんのが当たり前みてえな顔してんじゃねえよ!!」

ガランと四つ足の内一本だけになった椅子を捨て、上条は夥しい出血に染まった浜面の顔を――

上条「座って待ってりゃオヤツが出て来んの期待して!気にいらなきゃ泣き喚いて!!テメエのしてる事とガキの駄々、どこが違うってんだ!!!」

握り込むだけで激痛が走るほどずる剥けになって肉が見える拳を固める。
指の股から流れ込む血潮を振り払うような勢いそのまま――

上条「泥沼は一人じゃなかなか抜けられねえ。でも誰かが外から手を差し伸べてくれりゃ案外簡単に抜けられるもんなんだよ!それをテメエは!!」

――――殴る――――

上条「テメエの泥沼に……自分が助からねえからって人の足引っ張ってんじゃねえ!!!」

殴る、殴る、殴る、殴る……!!

665 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:18:12.46 ID:ZZxx+9zAO
〜13〜

浜面「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ああああああああああああああああああああ!!」

しかし引きずり出され連続して殴打を受ける浜面もまた、床に落ちて割れた蛍光灯を……
その切っ先を上条の顔面に突き刺さんとし、上条が慌てて離れ――

浜面「ふざけろ!!」

た出足を浜面が飛びつき、上条がひっくり返される。
しかし上条がいくら蹴りつけても浜面は決して掴んだ足首を離さない。それどころか

浜面「そうやって……!!」

上条の片足を右腕の脇の下に抱え込み、伸ばした左手で顔面を鷲掴み――
持ち上げる、落とす。上げて、叩く。何度も何度も床面に後頭部をバウンドさせて頭が割れるまでそれを繰り返す。
足を掴んでいるため脱出も許されないい無間地獄を与えて!

浜面「そうやって弱者を助けようとして、ヒーローになろうとした駒場が死んだつってんだろうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

上条「その駒場の顔に、沈みかけてる泥沼の泥塗ってんのはテメエ自身だってなんでわかんねえんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

上条も下から吠えながら殴り返し、更に顔面を押さえつけている浜面の掌が食いちぎれんばかりに噛みつく。
鋭く走る激痛に手を引っ込めた浜面のそのまた脇腹をもう拳も固まらないがために掌の底と手首で殴りつけ……
遮二無二に暴れて二匹の獣が離れる。既に両者とも頭から肩口にかけて真っ赤に染まるほどに。

浜面「フー……フー……」

上条「はー……はー……」

浜面「テメエに俺の何がわかる!!?」

上条「じゃあオマエは俺の何がわかる!?」

浜面「……知らねえよ」

上条「――知りたくもねえよ」

浜面が教室内に備えつけてあるパソコンのモニターを回線ごとブチブチと引きちぎり――
フラ、フラとそれを抱え――発条包帯の巻かれた右腕から振りかぶるようにして――

上条・浜面「「知るかってんだ!!」」


飛び込んだ上条のすぐ側を通り抜け壁にぶち当たりボンッッ!!とパソコンが爆発した。
チリチリとジリジリと、焼け付いた浜面と焦げ付いた上条のように。

上条「テメエの事なんざ知らなくても、その駒場ってヤツの世界はきっとテメエより広かったって事くらいわかる!こんな泥沼の殺し合いの中、自分さえドブに捨てるようなテメエより!!」

火花散らす、男の戦いのように――

666 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:18:54.57 ID:ZZxx+9zAO
〜14〜









轟ッッ!!

上条「器量だ人格とかの問題じゃねえ!テメエはもっと違う部分、そう言う所でそいつに負けてんだよ!!」

上条は右拳を振るう、上条は足をを震う。拳に乗せた先にしか届かぬ、あり得たかも知れないもう一人の自分へと









轟ッッッ!

浜面「ああそうだ!俺は俺だ!!浜面仕上だ!!!駒場みたいなリーダーにも!テメエみたいなヒーローにもなれねえ!!」

浜面がイヤというほどの体重を乗せた拳を、怒りを乗せた肘を、雄叫びを乗せた蹴りを放つ。
叩いても叩いても伸びる、熱した鉄のような……ありえなかったもう一人の自分へと。

上条「そうだろうな……けどな!!」

上条が浜面の横っ面を殴り飛ばし

上条「俺は認める。その駒場ってヤツを。戦って死んだ事じゃねえ、そんくらいの覚悟で人を守ろうとしたヤツは俺達無能力者、レベル0の誇りだろうが!!」

浜面がグラウンドに再び投げ出され

上条「虐げられて来た?ああそうだろうさ俺だって身に覚えの一つや二つじゃねえ。不幸自慢してりゃこの夜が明けたって終わらねえよ!
でもそうじゃねえ!そんな痛みを知ってる俺達だからこそ、このクソッタレな世界に、終わらねえ泥仕合に“それは違う”って言えんだろうが!!
そうやって困ってる人や虐げられてる人達に手を差し伸べられたなら、テメエらスキルアウトも!俺達レベル0も!!学園都市の人達から認められたんじゃねえのか!!?」

浜面「んなもんただの言葉だ!テメエが正しけりゃ俺が悪いなんざ誰が決めた!?昨日ああすりゃ良かった、明日こうすりゃマシになる、挙げ句今日この様だ!!
何も変えられねえなら、こんな計画ハナから乗らなきゃ良かったんだ!駒場のやつが無能力者狩りだの言わなけりゃ、学園都市への反撃だのやらなけりゃ、俺達の世界だって壊れやしなかったってのによお!!」

ドオン!!とサンドバックをハンマーで殴り抜いたような音と拳がぶつかり合う。
浜面の左拳に罅が入り、上条の右手が割れ、舌戦と殴打の応酬の中――
浜面は引かない、止めない、下がらない。曲げられない、折れない、譲れない――
667 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:21:32.03 ID:ZZxx+9zAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「――じゃあ、テメエはなんでその“計画”とやらに乗った一番最初の理由はなんだ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
668 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:22:02.62 ID:ZZxx+9zAO
〜15〜

浜面「――!!」

上条「なら、お前はどうしてその駒場ってヤツの代わりにリーダーになろうとした?」

――その言葉に浜面の雄叫びが、唸りが、嘶きが止む。
痛みが、熱が、怒りが、一瞬にして水を打ったように冷めて行く。

上条「――答えられる訳、ねえよな」

上条が鼻から流れ出す血を、口内に入り込んだ砂利ごと吐き捨てる。
割れた右手の甲で拭い、腫れ上がって塞がりかけた目蓋を開いて。

上条「テメエは何すんのも“他人ありき”じゃねえか」

浜面「……ッッ!!」

上条「そいつの側でなら何か変えられると思ったんだろ?ならそいつに触れたテメエは自分自身の何を変えた!?
リーダーなんてやりたくなかった?当たり前だろ!自分の足で立って自分の手で何も掴もうともせず、ただ流されるまま嫌々やってるようなリーダーに誰がついてくるってんだ!!」

それは浜面の最も根元的な部分を撃ち抜く銀の弾丸(シルバーブレッド)だった。
再び雨のグラウンドで向かい合う両者。されど――伸びた訳でもない身長が、膨らんだ訳でもない体型が……
何故か逆転したようにさえ見えた。少なくとも両者にとっては。

上条「上手く行かなきゃ他人が悪い、能力者が悪い、学園都市が悪い、レベル0が悪い、弱者が悪い、駒場が悪い、そのくせテメエが追い詰められたら俺がヒーロー呼ばわり?ふざけんじゃねえよ!!
俺はテメエを倒しに来た正義の味方なんかじゃねえ!俺はただ沈利を止めに来ただけだ!!」

浜面「黙れ……」

上条「テメエが変わりもしねえで、世界が変わるのを待ってんじゃねえ!他人、他人、他人の中でテメエは!オマエは!!“浜面仕上”はどこにいんだよ!!
テメエがはまってる泥沼は自分の足で立とうともしないでいつも言い訳に使ってる他人に流されて辿り着いた場所だろうが!!
テメエの手で何の選択肢も選ばねえで、与えられた結果だけにふてくされて“世界”が悪いとか言ってんじゃねえ!
そんなんだから依頼、依頼ってまた他人から流されるまま人殺しが出来んだろうが自覚もなく!!」

浜面「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

人は歩む道の中で開き直る事が出来る。人は進む道の果てに居直る事も出来る。
しかし――ただ一つ誰にも言い訳出来ないものがある。
それは『最初の一歩』で『始まりの場所』だ。そこを突かれ、浜面は憤った。
669 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:22:33.84 ID:ZZxx+9zAO
〜16〜

浜面「……来いよ、レベル0(ヒーロー)」

わかってる。俺だって本当はわかってる。俺が何しようが駒場の居なくなった世界は変わらねえ。
俺達がいた未来はなくなっちまった。俺達の『昨日』は『過去』になっちまった。
二度とあの夏の日なんざ戻れない。ただ秋が来て冬が訪れて春を迎える。
世界は俺達に関係なく回る。何事もなかったように廻って行く。

そこでドブネズミみたいに地べた這い回る俺達だけを残して、季節は変わって行く。

なあ駒場よ。俺はこうする以外どうすりゃ良かったんだ?
出来ねえよ。ただ諦めて、あんたを忘れて、何事もなかったようになんて生きられねえ。
小狡く立ち回るネズミになったって、ただ眠りこけて食われるだけのブタになんてなれる訳がない。

俺達はウサギだ。こいつが何をほざこうが、畑泥棒してでも泥まみれの人参にかじりつかなきゃならない。
逃げるしか出来ねえすばしっこい足を前に出して、野菜にしかありつけねえ前歯で噛みつくしかな。
あのライオン女みたいな羽根もない俺は、これ以外の生き方がわからねえんだ。

浜面「――オマエのごたくはもうウンザリだ」

信じられねえんだよ。昨日も安酒飲んで、夏にはプール行って、春には花見に行って……
あんたサンタクロースの衣装探してたろ?これから来る冬に、舶来にプレゼントやるって。
それをからかう俺がいて、殴られる半蔵がいて、笑ってる舶来がいて、あんたがいて

あんたが守ろうとしたこのクソッタレな世界に、俺はいる。俺はまだここにいる。

俺達があんたを忘れない。このぶっ壊れた世界の誰があんたを忘れても――
頭吹き飛ばされて死んでも、心臓撃ち抜かれて死んでも、心に宿んのが思い出だってなら……
俺達があんたを忘れねえ。どうせ俺は頭悪い。だから都合のいい事しか覚えてられえ。それでいい。

浜面「……決着(おわり)にしようぜ」

誰かがお情けで寄越す後ろ向きの祝福(ハッピーエンド)なんざクソ食らえだ。
無様な結末を前のめりでやってやる。止まらないだけなら俺でも出来る。
だから駒場、あんたにぶん殴られて怒られんのはそっちに行くまで待っててくれよ。


勝手に俺達を置いて先逝っちまったんだ。それくらいいいだろ?
 
 
 
 
浜面「――来いよ。テメエの全てを否定してやる」
 
 
 
 
なあ、駒場よ――

670 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:25:06.35 ID:ZZxx+9zAO
〜17〜

上条「俺はヒーローなんかじゃない」

そう……俺は正義の味方でもなけりゃ救世主でもないただの偽善使いだ。

上条「俺が本当にそうなら、あん時助けられたかも知れねえ」

沈利。お前はよく俺の事をヒーローだって言うけどな……
俺がもし本当に生まれついてのヒーローだったら――

上条「あのスキルアウト達も、沈利も」

あの時路地裏に連れ込まれてレイプされそうになってたお前が人を殺す前に助けられたかも知れない。
小萌先生の言ってた正当防衛と過剰防衛の話そのままに。

上条「俺の一番大切な女の子に……人殺しなんてさせずに済んだかも知れない」

あいつらを殴り倒して、お前を綺麗なお姫様のまま連れ出してやれたかも知れない。
ガラスの靴持って迎えに行く白馬の王子様(ヒーロー)みたいに。

だからスクランブル交差点での自己犠牲(じこまんぞく)の身投げをした俺は偽善者なんだ。
沈利にもスキルアウトにも青髪にも、もう誰一人死なせたくねえって思ったら考えるより先に身体が動いちまったんだ。

上条「――白黒(ケリ)、つけよう」

俺が善人だったら、自分を人殺しだって言うお前さえ許せなくなっちまう。
俺が悪人だったら、お前のして来た事も仕方無いの一言で済ませちまう。
善人で助けられないなら、悪人で救えないなら、俺は偽善使い(フォックスワード)で十分だ。

もう二度とあんな悲劇を繰り返したくないって後悔が俺の中に根付いてるから……
俺はお前の重さも闇も罪も全部抱えて引きずりあげてやるって腹を括れた。

沈利、お前は『人間は都合良く生まれ変われない』って良く言うけど……
俺は信じてる。『人間は生き直す事が出来る』って信じてる。



さっき泣き叫びながら美鈴さんを守ってたお前を見て、俺はそう感じられた。



お前が俺以外の誰かを守るために初めて立ち上がってくれた事が。
『人間は自分以外の何者にもなれない』って言ってたお前が変わり始めた事が。
俺は今、涙が出そうなくらいお前が誇らしくてたまらねえんだ。


人は変われるって事を、俺にもう一度信じさせてくれたお前の事が。


プライドの高いお前が、涙と鼻水で顔グッチャグッチャにして……
泥と血と雨と灰にまみれながら守ったダイヤモンドを、底無し沼になんざ沈めさせない。


迷いはない。

覚悟はある。

俺は戦う。


――――お前の世界を、終わらせたりしない――――
671 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:25:59.93 ID:ZZxx+9zAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「――いい加減始めようぜ、無能力者(はまづらしあげ)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
672 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:26:31.81 ID:ZZxx+9zAO
〜18〜

ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!

その瞬間、二人の無能力者(レベル0)が弾かれたように動き出した。

上条「っっっっっ!」

上条が駆け出し

浜面「ッッッッッ!」

浜面が飛び出し

上条「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

浜面「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

両者が走り出す。

上条「!!!」

上条が最後の力を込めた拳を振るい

浜面「!!!」

浜面が全ての力を振り絞った拳を奮い

ゴキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

上条「……!」

浜面のアッパーカットが上条の顎をかち上げ、跳ね上げ、打ち上げ

浜面「――!」

上条のボディーブローが浜面の腹部を突き刺し、突き通し、突き崩し

上条・浜面「「がっ……!」」

後ろに倒れそうな上条、前に崩れそうな浜面が一瞬交差し、すれ違い――

上条「俺は……!」

上条が左足を踏ん張って持ち直し、軸足をそのままに腰を捻って振り返り

浜面「テメエを……!」

浜面が右足を踏み鳴らして立ち直り、利き足をそのままに背を翻して向き直り

上条・浜面「「越えて行く!!!!!!」」

673 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:27:05.41 ID:ZZxx+9zAO
〜19〜

浜面の固められた拳の強さは何物も持たざる者の強さ。故にそれはアダマントよりも強い。

上条の握り締めた拳の強さは希望(ほし)を掴んで離さない力。故にそれはダイヤモンドより硬い。

上条「テメエを越えねえと……!」

背をぶつけあった二人が己の全てを乗せた拳と共に向き直る。

浜面「オマエを超えねえと……!」

互いに譲れぬ想いを抱いた胸を晒して二人の少年はぶつかりあう。



上条・浜面「「オレはアイツに届かねえんだ!!!!!!」」



恋人の背を追いかける上条、親友の影を追いかける浜面。

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

上条「――!!」

上条の右腕と浜面の右腕が交差した瞬間

浜面「……!!」

浜面の右拳と上条の右拳が交錯した刹那

上条・浜面「「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」」

同時に倒れ込む二人の拳に優劣は、強弱は、勝敗は、全くと言っていいほど差がなかった。

上条は砂を噛み

浜面は泥を舐め

二人は土を味わった

674 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:29:44.38 ID:ZZxx+9zAO
〜20〜

上条「……ッッ!!」

上条の立ち上がろうとする両足が生まれ立ての小鹿のように震えていた。

浜面「――ッッ!!」

浜面の起き上がろうとする両脚が産み落とされた子馬のように戦慄いていた。

浜面「勝つのは……俺だ」

しかし……ここで浜面に限界が訪れた。発条包帯の加護が失われ、肉離れ寸前の足が言う事を聞かないのだ。

上条「負けんのは……テメエだ」

しかし……そこで上条は限界を超える。それは拳の強さではなく……立ち上がる力、それが二人を分かった。

浜面「テメエが……強いからじゃねえ」

誰かの力を借りて戦った浜面と、誰かの力に頼らず闘った上条……差と呼べる差などまさに紙一重だった。

上条「オマエが……弱いからだ」

浜面の力は全くの互角どころか一回り上条を上回っていた。

浜面「……ああ」


ただ心の強さだけが、上条は浜面より一回り上回っていた。

浜面「――その通りだ、クソッたれ――」

英雄(かみじょう)の勝ちでもなく


勇者(はまづら)の負けでもなく


ただ、戦士(ふたり)に決着だけがついた

675 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:30:26.68 ID:ZZxx+9zAO
〜21〜

……立てねえよ。

『………………』

さっきから、地べたに駒場の安全靴の足元が見えてんだ

浜面『……よお』

……顔、上げられねえんだよ。きっとすげえおっかない顔してるに違いねえ。

怒られんの待ってるガキの気分だ。学校通ってた頃の事思い出すぜ。

浜面『……幽霊でも、足はついてんだな』

……わかってる、わかってるって。俺があんまり馬鹿だから死ぬに死にきれねえんだろ?

だからってよお……化けて出てくんなよ。それとも殴られ過ぎて頭おかしくなったか?俺。

『………………』

浜面『とっとと……天国でも地獄でも行っちまえ』

早く行けよ。もう、雨がザンザン降って来て前が見えてねえんだ。

オマエの足元がぼやけて、滲んで、霞んで、前が見えねえんだよ……!

『……フッ……』

行っちまえ。オマエのツラはもう見飽きた。やっと消えたか。

せいせいするぜクソッタレが……もうそのフランケンシュタインみたいな顔は当分見たくねえ。

少なくとも……あと十年以上は見たくねえよ馬鹿野郎。



だから……だから……



――また会うそん時に、そのマズいツラ見ながら美味い酒飲もうぜ



なあ、駒場よ――

676 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:31:18.05 ID:ZZxx+9zAO
〜22〜

雨だけが降っていた。いつしか荒れ狂っていた嵐は止み……静かな音だけが夜に響いていた。

浜面「お……い」

上条「……なんだよ」

土砂降りのグラウンドの中、うつぶせに横たわる浜面が去り行く上条の背に話し掛けた。
それは最後にどうしても聞いておかねばならない事があったからだ。

浜面「あの女……レベル5第四位」

上条「……沈利の事か」

浜面「お前……あいつの仲間なんだろ?」

上条「そうだ。俺の全部だ」

上条が立っているのは精一杯のやせ我慢だと浜面は悟る。
自分が全てを使い果たしたように、この男も全てを振り絞ったのだと。

浜面「――あの女は……」

上条「………………」

浜面「舶来を……金髪の小学生……女の子だ……その娘を、助けたか?昨日……第七学区の交差点で……」

どうしても聞いておきたかったのだ。自分達を見下し、奪い、狩る高位の能力者が……本当に自分達を助けたのかと。

上条「――お前の言う舶来って子がその子なのかどうかはわからねえ。俺も駆けつけた時には遠かったし後ろ姿しか見えなかった。ただ――」

浜面「………………」

上条「――赤いベレー帽の女の子を、沈利は助けた。あいつ意地っ張りだから絶対認めないけど……無能力者狩りの連中から、御坂と一緒に守ってた」

浜面「み……さか?」

上条「……テメエが殺そうとした、美鈴さんの娘だ」

浜面「――……!!」

上条「……良かったよ」

そこで上条は踵を返し、浜面へと向き直り……そして

上条「……な?人なんて殺そうとするもんじゃねえって」

――手を、差し伸べたのだ。当たり前のように

浜面「!!?」

上条「生きてりゃ、何度だってやり直せるさ」

そして、浜面を起き上がらせたのだ。ボコボコに腫れた顔のまま笑って。

上条「一人じゃ立ち上がれなくても、誰かが手貸しゃ意外と立てるんだぜ」

浜面「………………!!!!!!」

上条「――簡単なもんだろ?」


人と人は決してわかりあえない。

しかし、歩み寄る事が出来る。

手を差し伸べる事が

肩を貸す事が

共に歩む事が出来る。

上条当麻とは、麦野ですら足元にも及ばない偽善者(エゴイスト)なのだ。
破滅も、悲劇も、絶望も、上条はその全てを引きずりあげる。
それくらい強欲でなければ、麦野の恋人などやっていけない。

浜面「――……」

雨が、浜面の傷ついた頬を濡らして行く――
677 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/08/28(日) 21:32:04.41 ID:ZZxx+9zAO
〜23〜

――――しかし――――

スキルアウトG「コ……ロス」

白い飛沫を上げて夜の帳を染め上げる雨の中、蠢く影が泥濘に足跡を刻んで行く。

スキルアウトG「殺して……殺る」

引きちぎられた肘から先を失った右手もそのままに……

浜面が手放した演算銃器を左手に携え、更に蒼白となった顔色に浮かぶ憎悪が全てを黒く塗り潰して行く。

スキルアウトG「あのおんな ころす」

切れ込みの入ったズボン、安っぽいチェーンの巻かれた手首、青白い顔。

それは麦野が『殺す』事の出来なかったスキルアウト。

スクランブル交差点にて身を挺した上条が命を『救った』少年。

スキルアウトG「……………―――――」

鬼火に導かれる幽鬼のようににじり寄り、美鈴と麦野の後を追うスキルアウト。

殺人者である麦野をGuilty(有罪)であると断じ、Gespenst(亡霊)は彷徨う。

逃れ得ぬ魔女への鉄槌を下すためにスキルアウトは行く。

スキルアウトG「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!」

未だに止まぬ雨

後ろ向きの祝福を引き金に乗せて

絶望を糧とする死者の手が、末魔を断たんと迫り来る
 
 
 
 
 
――ヴァルプルギスの夜はまだ終わらない――
 
 
 
 
 
678 :投下終了です! [saga]:2011/08/28(日) 21:33:32.94 ID:ZZxx+9zAO
第十八話これにて終了です。たくさんのレスをいつもありがとうございます……一つ一つが宝物です。では失礼いたします
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/28(日) 21:36:10.11 ID:fMtEMxmN0
今夜も……乙
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/28(日) 21:38:19.85 ID:95NOZQpDO


胸が熱くなった
泣いた
>>1の作品を好きになれてよかった
これ以上なーんも言えんわ
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/28(日) 21:39:28.09 ID:UfmD+HUS0

この浜面は爆発しろと言われて欲しくない。
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/28(日) 22:48:19.60 ID:F4tXxWD50


駒場……安らかに眠れ。
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/08/28(日) 22:54:08.88 ID:g26hDyJHo
乙!

この浜面はかっこいい浜面だ
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/28(日) 23:59:16.29 ID:KI3FWWCh0
>>1

やべぇ、やば過ぎる程感動したぜ
685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/29(月) 00:52:50.82 ID:YptegP4Lo
シリアスシーンに浜面が出張ると目頭熱くなるレベルの男気を見せてくれるから大好きだ
686 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/08/29(月) 19:12:18.96 ID:hDOQ5gXEo


スクライドとるろ剣のちゃんぽんみたいで面白かった
687 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/30(火) 11:38:25.87 ID:KSCppqci0
乙…!浜面も上条さんもどっちもかっこよかった。最後の手を貸すシーンでブワッときたぜ。

てか青髪も垣根も海原もみんなかっこいいのよな。
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
688 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 17:54:04.58 ID:v3OANEYAO
>>1です。第十九話、むぎのんラストバトルは今夜21時に投下させていただきます。↓の表示まだ消えませんね……では失礼いたします。
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
689 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/01(木) 17:56:15.16 ID:qO1gJjPs0
待ってるよ〜>>1!
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
690 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:01:55.92 ID:v3OANEYAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十九話「殺人者(むぎのしずり)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
691 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:02:25.71 ID:v3OANEYAO
〜1〜

「(浜面仕上が苦戦しているようですね)」

時は僅かに遡り……断崖大学データベースセンター正面玄関前に詰めていた『妙に丁寧な口調の男』はやや落胆していた。
未だ待機命令を出されるに留められまんじりとしている警備員らの中心にあって佇まいを崩す事なく……
土御門曰わく『遠距離から聞く』という手段によって内部事情の把握につとめながら。

「(一方通行に加えて学園都市第四位の介入が仇となりましたか……はてさて、次の一手を考えなければなりませんね)」

まるで夕食のメニューを考えるように男は方策を巡らせる。
『この程度』の問題にグループの面々や下部組織を動かすまでもないと高を括ったのが良くなかったと自省しつつ。

「(しかし学園都市第四位を無力化した所までは評価しましょう。後は猟犬部隊の残党でも投入すれば問題なく片付けて――)」

そして男は改めて携帯電話を取り出し、木原数多亡き後飼い殺しにされている猟犬部隊へのコールを鳴らそうとする。
既に断崖大学周辺の包囲網、埒外の封鎖線に至るまで猫の子一匹這い出る隙間もありはしない。が

警備員?「お話があります」

「……こんばんは」

飛び交う無線と行き交う警備員らの坩堝の中にあって凪の水面のような男の背後に一人の警備員が話し掛けて来た。
その声に男は聞き覚えがあった……というよりも『有り過ぎた』。
それは奇しくも両者にとっての共通認識であった。

「何の用ですか?海原光貴。貴方はこの作戦に乗り気ではなかったようですが」

海原「……参りましたね」

ヘルメットとスコープで顔を覆い隠した茶髪の少年……海原光貴の存在を男はすぐさま認めた。
それに海原も思わず苦笑する。全てお見通しかと。

海原「――御坂美鈴の件ですが」

「そんな所だろうと思っていました」

男は既に海原が『かなり醜い手』を後ろから回している事も熟知していた。
しかしその手にはあと一手足りない。最初から存在していながら未だ出されていない一手が。

海原「――では、手短に」

こうして素顔を晒していない自分に有視界で接触を試みて来る辺り根回しのほとんどを終えているのだろう。
油断ならない土御門、不安定な結標、制御の聞かない一方通行、何を考えているかわからない海原……
つくづく自分は部下に恵まれない上司だと嘆きつつ――

「――質問を承ります。海原光貴」


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692 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:02:54.42 ID:v3OANEYAO
〜2〜

麦野「………………」

美鈴「(マズいわ)」

御坂美鈴は致命傷を負った麦野沈利をおぶりながら顔を歪めた。
撃たれてからそれなりの時間が経過し、次第に背中にかかる重みが増して行く。
どうやら自分の体重を支える力も失われ始めたのか口数もめっきり少なくなった。
既に美鈴のブラウスはインナーが透けるほど濡れ、ベットリと流血が染み込む。
正面玄関口まで後数分の距離がひどく感じられ、そこで――

美鈴「や、やっぱり学園都市も安全じゃないのね」

麦野「………………」

美鈴「いや、それを言ったらどこだって同じでしょうけど」

麦野「……オバサン」

美鈴「もうこの国には、安心して子供を預けられる場所って――」

麦野「無理すんな、オバサン」

美鈴「……ッッ」

麦野「……そういう強がりは背中の震えを隠してからにするんだね」

何とかして意識を繋ぎ留めようとしている美鈴の思いを麦野は見抜いていた。
そう、美鈴は震えている。最早自分の生き死にではなくおぶった麦野(こども)の命が今にも失われそうな事に対して。

麦野「――あんた、もう回収運動なんて止めな」

美鈴「!?」

麦野「あんたが命を狙われる羽目になったのもそもそもは回収運動が原因でしょう?こんな目に会えば余計御坂が心配になるのもわかるけど――」

あんたに出来る事はもう何もない。手を引けと麦野は突き放すように告げた。
ここまでの大規模破壊を目の当たりにしてなお警備員が突入して来ないのは――
美鈴が最初のコールの際に入れた連絡さえ『割り込まれた』からだ。
そしてもう一つ、麦野にはもう美鈴を学園都市の外に逃がすだけの力は残されていない。
先ほど美鈴を放り投げた左手のみ、ショックを受けたのか動きを取り戻したが――それだけだ。
その薬指に嵌った二万五千円のブルーローズの指輪は未だ赤く染まっている。

麦野「(状況はもう限界ね)」

その指輪の贈り主を守るために存在する自分が贈り主に救われ……
助け出す相手におぶわれている皮肉さに笑う力も残されていない麦野が唇を歪める。

麦野「――次はない。今だって危ないのに、これ以上ボランティアで戦えるほど私は人間が出来てないわ」

キッパリと突き放すようにそう告げた。自分は誰も助けない、救わない、守らないと。


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693 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:05:10.41 ID:v3OANEYAO
〜3〜

美鈴「……そうね。戦争始まると危ないからって、連れ戻しにきたのに本当に薮蛇になっちゃったもん。沈利ちゃんがいなかったら私今頃――」

この鉄風雷火の修羅場と、屍山血河の修羅道を抜けた後腰が抜けてしまうのではないかとさえ思えるぐらい美鈴は追いつめられていた。
一晩で十歳は老け込んでしまったような錯覚さえ覚えるほど疲れ切ってしまった。

美鈴「……ニュースじゃ国内の他の都市よりは学園都市の方が安全だって言ってたけど……」

麦野「そうね。だから何?どこに逃げた所で安全地帯なんてない。誰かの都合、それこそ電話一本紙切れ一枚で殺し合いは始まる」

美鈴「沈利ちゃん……」

麦野「――私は、そんな世界でずっと生きて来た。当麻と出会うまでは」

美鈴にとってそれほどまでの衝撃を受けた体験を、麦野は重みを感じさせない声音でそう言い切った。
そこで美鈴は改めて思う。子供に人殺しを教える世界とそこに潜む闇。
御坂からすれば4つも開きのある年齢も、美鈴から見れば差ほど開きのない同じ子供。
彼女は一体どれだけの絶望をその心と目に焼き付ければ――
あれほどまでの凄惨な暴力を身につけたテーブルマナーのように振るえるのかと。

麦野「(――当麻と出会ってからの方が、ノーギャラのトラブルが多いか)」

これから上条は世界を相手に否応無しに巻き込まれ、是非もなく戦争に立ち向かわなくてはならない。
その背を麦野は守らねばならないのだ。統括理事長からの命を受けたレベル5として……
そして、上条当麻に命を助けられた心を救われ魂を捧げたパートナーとして。

美鈴「どうしたらいいのかしらね――……」

麦野「さあ」

麦野の中のいくつかの決めごとの一つ。例えば上条とそれ以外の人間が同じ天秤に乗せられたとすれば――
麦野は躊躇いなく上条を取るし、躊躇なく自分の命をドブに捨てられる。
麦野の力とは『否定』であり、強さとは『捨てる』事だった。

美鈴「……――もし」

麦野「えっ?」

美鈴「もし、沈利ちゃんが――」

しかし……あの自分を救い出した少年は、その天秤(げんそう)すらぶち殺すだろう。
昨日は無能力者狩りを、今日は自分を助けに。上条とは見限る事も見切る事も見捨てる事も出来ない。
麦野はそれを誰より深く重く知っている。何故ならば――

美鈴「美琴ちゃんを――……」

何故ならば――……


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694 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:06:30.08 ID:v3OANEYAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
スキルアウトG「見つけたぞ売女アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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695 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:07:06.79 ID:v3OANEYAO
〜4〜

正面玄関口まで後数分の道程の途中に立つ十字架のような風車、卒塔婆のようなプロペラの下――
立ち塞がるは麦野に右手をもぎ取られたスキルアウト。
駒場利徳より浜面仕上に受け継がれた演算銃器を構えていた。
妙に青白い顔からは更に血の気が失われ、かわって切れ込みの入ったズボンを赤く染めて尚……
麦野の悪因悪果が形代を為したような亡霊はそこにいた。

美鈴「……!!」

麦野「――下ろして」

美鈴「沈利ちゃん!?」

麦野「いいから下ろせ。あんたには関係ないでしょ?」

そのスキルアウトは風車に寄りかからなければ立っていられないほど消耗し、雨に撃たれながら二人に照準をつけており……
それに対して麦野の声音はひどく冷めていて投げやりだった。
対照的に声色を失う美鈴が肩越しに振り返り耳を疑うほどに。

麦野「――もうあの羽根は出せないけど、一発くらいなら撃てる。最低でも相討ちに持ち込める。だからあんたはその間に走って逃げて」

美鈴「出来る訳ないでしょ!!」

麦野「出来る出来ないじゃない。これは私の問題よ。私はもう歩けないし能力は撃てて一発。足手まといは必要ない」

この降りしきる氷雨より冷たい声音に美鈴の顔が引きつる。
そう……今浜面と交戦中ながらも上条が到着したならば――
麦野は躊躇いなく命をドブに捨てられる。麦野にとって命は道具(アイテム)で死は手段(ツール)だった。

美鈴「(どうすれば……)」

スキルアウトG「来いよ売女……テメエを殺して俺も死ぬ!そうすりゃ女だけは見逃してやる!!そんな女なんざもうどうでもいい、テメエさえ殺せればもう何もいらねえ!!!それが因果応報(フェア)ってもんだろうが!!!!!!」

麦野「……またフェアか。馬鹿の一つ覚えね」

美鈴「(どうすればいいの!?)」

この時、間に挟まれた形になった美鈴は懊悩し煩悶し苦渋を覚えた。
前には殺さずにはいられない人間、後ろには死んでも構わないという少女。

麦野「――短い付き合いで良かったよ、オバサン。私あんたみたいなタイプ苦手でさ」

血讐の罪業(カルマ)を目の当たりにした

麦野「――あんた、御坂に似すぎ」

美鈴が下す選択は――


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696 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:09:33.09 ID:v3OANEYAO
〜5〜

私の一番の罪は、ただの人殺しでいられなかった事だ。

どこかで、この世界に上手く折り合いをつけて生きようとしてた。
どこかで、人殺しのくせにイイヤツになろうとしてた。
当麻と愛し合う中で、インデックスのご飯を作る中で、御坂と喧嘩する中で

どこかで、この世界で生きる術を求めてた。自分を弱くしてまで。
馬鹿な話よね。ライオンが草だけを食んで生きて行けるはずがないのに。
いつからか生きようとする幻想を抱いてたのね。
このぬくもりの中に見る微睡みの夢のような生き方を。
何度となく考えて出して来た答えを、私は希望(げんそう)に縋る事で覆そうとして来た。馬鹿ねえ?



――この世界に、購える罪なんて一つもありはしない。



あの科学者には娘がいた。

あの暗部の下っ端は自由を求めた。

あの妊婦には赤ん坊がいた。

あの教師には生徒がいた。

あの警備員には家族がいた。

あの女の子はあんな姿にならずに生きたかったろう。

そして私はこいつの仲間を殺した。

そんな命を奪って来た私が許されて良いはずがない。
それを許すようなヤツは偽善者ですらない極悪人だ。
なら当麻はどうなんだって?決まってる。あいつは私の罪を許した訳でも私の罰を許した訳でもない。



あいつは、こんな私を見捨てられないだけなんだ。



だから私はあいつを愛した。愛される事を受け入れた。
あいつが私の全部を引きずり上げるというのはそういう意味だ。
許すという逃げを自分に与えず、赦すという甘えを私に与えず……
それでも私を見捨てないあいつのために、私は自分を投げ出さずに来た。
あいつは真っ直ぐだ。私を許すという楽な生き方を、私と生きる中で敢えて選ばずに向かい合ってくれた。
その真摯さに私は撃たれた。『なら私も偽善者でいい』と思えるほどに。



だから、さっき私を地獄の底から引きずりあげてくれた時――私はもう死んでもいいと思った



当麻が来てくれたなら、きっとこの女も私より上手に救ってくれる。
そのために私はこいつをここで殺さなきゃいけない。
こいつを撃たなきゃこの御坂の母親も殺される。
こんなイカレ野郎が私だけで済ませるはずがない。
このオバサンの暗殺計画はまだ終わってないんだから。
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697 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:10:06.01 ID:v3OANEYAO
〜6〜

誰に許されたい?

神様?

殺した連中?

当麻?

それとも自分?

ねえよ。人を殺す事で何かを得た時点で――そいつは救いの全てを放棄してる。
心の破産。自己破産は新しい生き方の第一歩って話だけど、そんなもん人殺しには関係ない話。
例えば――滝壺はあんなんだし、絹旗は置き去りだから『妹がいる』とか私にだけ言って来たフレンダの話をしようか。



もし私が何らかの理由でフレンダを殺したとしたら、その残された家族は殺した私が誰かに許されて罪を贖うような生温いハッピーエンドを望むと思う?



ねえよ。私なら許さない。家族だ恋人だ友人だなんだかんだ、そんなもん殺されて尚許せるのは自分以上に譲れないもんがないヤツ。
よくドラマで言うじゃない『復讐なんてしても死者は喜ばない』って。
本当にそうかしら?誰も死人と話した事なんてないのにどうしてそんな事が言えるのかしらねえ?



私は見て来た。私が殺して来た人間は皆脅え、私を憎み、運命を呪い、世界を恨みながら死んでいった。
私は全て見て来た。あの命以外何もかも失ったクソッタレな人生の中で。



全ての死者が生者に優しいなら、この世界の非科学(オカルト)はここまで広まってない。
特にこの学園都市で暮らしてると尚更そう思う。
あの目を見て来てまだそんな綺麗事をのたまえるヤツなんていないよ。人を殺すってのはそれくらい重い。
よくドラマで言うじゃない?『一生罪を背負って生きる』って。



一生背負わなきゃいけないほどの罪抱えて、まだ『生きる』事が前提か?



命に縋ってんじゃねえよ。捨てる事を躊躇うなよ。
だから私は自分の命をドブに捨てる。躊躇なく捨てられる。
あのグラサン野郎が言ってた、戦争から解放された少年兵が平穏の中自分の銃で自分の頭を吹き飛ばす話を思い出す。



こんな業(おもさ)背負って前に進めるほど、人間は上等な生き物じゃない。



自分の手元も見えないほどの暗闇の中から陽の当たる場所に出て気づく、洗い流せないほどの血に汚れた手に。
そして生きるために振るって来た暴力(ぶき)を最後まで手放せず――
この偏頭痛よりひどい頭の罪悪感(いたみ)を消したくて頭を吹き飛ばす。

だからもういいオバサン。これは殺人者(わたし)の物語だ。あんたは関係ない。
だから早く私を下ろせよ。あんたはこの世界にいて良い人間じゃ――


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698 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:10:57.59 ID:v3OANEYAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――大人を舐めるんじゃないわよ、子供(クソガキ)――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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699 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:13:10.27 ID:v3OANEYAO
〜7〜

スキルアウトG「!?」

麦野「?!」

美鈴「――そんな子供の屁理屈が本当に大人の論理を覆せると思ってるからあんた達はガキなのよ」

美鈴は前に進む。背ける事なく顔を上げ、閉ざす事なく目を開き、スキルアウトへと一歩前へ。
その今までにない決然とした表情と気迫と佇まいに、スキルアウトならずとも麦野まで飲み込まれそうになる。

美鈴「馬鹿も休み休み言いなさい沈利ちゃん。貴女は生きる事を根っこから勘違いしてるわ」

決して声を荒げず、しかし一歩も譲らない。麦野が初めて触れる、美鈴の『大人』としての背中に……
そして美鈴が今どんな目で見ているのかはわからないが、スキルアウトが蛇に睨まれた蛙のように金縛りにあっている。

美鈴「貴女、よく人から完璧主義者って言われるでしょう?そういう子はね、他人以上に自分を許せない子よ。今の沈利ちゃんみたいに」

美鈴は構わず前に出る。麦野を背負う重みなど羽根一枚ほどもないように。

美鈴「――貴女、自分が死ねばそれで終わるだなんて本当に思ってる?馬鹿ね。死ぬだけなら今も誰かが交通事故にあってるかも知れないし、美琴ちゃんが80歳過ぎたら老衰で死ぬかも知れない。私の言ってる事わかるわね?」

麦野「……!」

逆に、麦野はその背中を岩の山のようにさえ感じていた。この背中はもう揺るぎはしないと。

美鈴「――死ぬだけなら、誰にだって出来るのよ」

麦野「な……」

美鈴「そして貴女が殺されれば、上条君は必ず彼を殺すでしょう。彼が貴女を殺したいように。私だって美琴ちゃんが殺されれば同じ事をしないなんて言えない」

逆に……麦野の身体が震え出す。それは恐怖ではなく――畏怖によって。

美鈴「そして――彼を殺してもよ。沈利ちゃん。貴方、彼を殺して自分の罪を投げ出そうとしてない?彼に殺されて罰を受けようとしてない?甘いのよ」

それは――断罪者でも偽善者でもない、一人の母親(おとな)だけが持てる力。

美鈴「――自分を投げ捨てて責任を取ろうなんて綺麗な生き方は大人の世界じゃ通用しないわ。責任を取るという道はね、もっと泥臭くて、しんどくて、嫌な事ばかりで、誰にも誉めてもらえなくて、自分で誇る事も許されない事なのよ、沈利ちゃん」

――麦野沈利が、触れた事のない強さ――


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700 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:13:39.26 ID:v3OANEYAO
〜8〜

この娘は、あんまりにも綺麗で優し過ぎるわ。本人がどれだけ否定してもね。
よく子供が大人は良い子悪い子の見分けなんてつかない節穴の目だって思ってるけどね――
大人だって昔は子供だったのよ?良い大人悪い大人を見分けられる力を持っていた、子供の頃が。

美鈴「命を捨てられるのは確かに力の一つかも知れない。けれど強さの全てなんかじゃないわ」

――この娘に人殺しのやり方を教えたのは誰?
自分の許し方も知らず、命をドブに捨てる生き方を強いたのは誰?
決まってるわ……悔しいけれど、それは私と同じ大人よ。

美鈴「沈利ちゃん。さっきね、私貴女にひどいお願いをしようとしたの」

――だったら――

美鈴「――貴女のように強くて、綺麗で、優しい子に、美琴ちゃんを守って欲しいって……そうお願いしようとしたの」

同じ大人が、それを正してあげる事も出来るはず。
確かに私はこの子みたいにビームも打てない。
あんなパンチやキックも出来ない。頑張ってもビンタするのが関の山。
けどね沈利ちゃん――私にあって貴女にただ一つだけない強さが何かわかるかしら?

美鈴「ひどいでしょ?こんな痛い目見て、怖い目にあって、戦争みたいなところに放り込まれて……それでも貴女に美琴ちゃんを守って欲しいって思える程度に大人(わたし)は汚いのよ?」

それはね沈利ちゃん、私が母親だからよ。子供を産んだからよ。
私に貴女の罪の重さはわからない。けれど貴女の背負う痛みの重さは少しわかる。
そして痛みを比べっこする訳じゃないけれど――

私は今でも覚えてる。あの死んだ方がマシな痛みの中で、それでも美琴ちゃんという命を産み出せた喜びを。
生まれたばかりの美琴ちゃんが上げる泣き声に、私は初めて『イノチ』というものを学んだ気さえしたわ。
同時に、生み出した三千グラム足らずの重さが私には地球よりも重く、尊く、美しく思えた。

美鈴「――けれど、それでも私は貴女に――」

沈利ちゃん。貴女はきっと多くの死に触れて来たんでしょう。
そして頭の良い子だって言うのもわかる。けれどそんな貴女がまだ知らないであろう事……
それは命(みこと)よ。貴女が知らなくちゃいけないのは命(みこと)の重さ。
私が美琴ちゃんに『イノチ』という名前を与えたのは



――私自身が、イノチを学んだからよ――



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701 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:14:34.72 ID:v3OANEYAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
美鈴「――それでも大人(わたし)は、子供(あなた)に生きていて欲しいんだと思う――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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702 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:16:59.96 ID:v3OANEYAO
〜9〜

そして――麦野を背負った美鈴がスキルアウトへと……
その先にある正面玄関口を目指して一歩一歩進んで行く。
まるで立ちはだかる死の向こう側にある生へと挑むように。

スキルアウトG「……オ」

美鈴「そうね。どんな事情があれ沈利ちゃんが貴方の仲間を殺した事は貴方の言う因果応報だわ。貴方にはきっと彼女を裁く権利があるんでしょう」

その立ち姿は、何百何千という銃弾飛び交う戦場にあってさえ……
かすり傷一つ負わないのではないかと敵対者に思わせるほどの威容。
しかし――現実に美鈴は拳銃の有効射程距離の内側へ達しようとしていた。

美鈴「けれどね……私は沈利ちゃんに命を助けられた。死から救ってもらったわ」

――美鈴一人でも良い鴨撃ちの的だと言うのに、麦野を背負ったまま逃げ切れるはずがない。
スキルアウトはなけなしの力を振り絞って必ずや二人を殺しに来る。

美鈴「だったら――彼女に守られた私が彼女を守るのだって因果応報よ!!」

誰も死からは逃れられない。この場には『殺さなければ気が済まないスキルアウト』と『死んでも構わない麦野』。
そして『人を殺すのも殺されるのも死んでもごめんだ』という美鈴しかいないのだから。

麦野「やめろオバサン!!」

美鈴「――沈利ちゃん」

この雨ですら洗い流せない血と死と炎の赤の中を美鈴は行く。
この誰かが死ななければならないという世界(ばしょ)にあって――

美鈴「――信じてる」

麦野を死なせず、麦野に殺させないという分かち難い絶対矛盾。
命をドブに捨てられる力を持っているならば、命をドブから救いあげるやり方が……
この自分を許す事も救う事も助ける事も出来ない少女にしか出せない答えを。

美鈴「私は貴女を信じてる」

今麦野に求められているのは、正解ではない答え。
今麦野に求められているのは、不完全なイエス。
今麦野に求められているのは――命と向き合う事。



美鈴「――大人は、いつだって子供を信じてるものなのよ」



スキルアウトG「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

そして、スキルアウトの演算銃器が二人へと向けられ――


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703 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:18:01.42 ID:v3OANEYAO
〜10〜

出来る訳がない

私の能力(ちから)は、人を殺す事と物を壊す事にしか使えない。
そして私自身そういう事にしか使って来なかった。
屍の山を越えるために、血の河を渡るために私はそうして来たんだ。

当麻みたいに誰を助けるでもなく、御坂みたいに誰を守るでもなく、ただ私自身が生きるためだけにに殺して来た。

それを今更あんた(美鈴)を助けるためだなんて言い訳はしたくない。
テメエが死ぬのを惜しくなった理由を人に預けるなんてクソでも食らえ。
人殺しは死ぬまで人殺しだ。さっき覗き見た地獄に堕ちるその時まで。それを

美鈴『――死ぬだけなら、誰にでも出来るのよ』

私には死(ばつ)って言う御褒美すらないって言いたいのか。
惨めったらしく、ブザマに、格好悪く、不細工に

美鈴『貴女、よく人から完璧主義者って言われるでしょう?そういう子はね、他人以上に自分を許せない子よ。今の沈利ちゃんみたいに』

――白も黒もなく、ただこの色褪せた世界で足掻いてもがいて生きろって言いたいのか。

美鈴『――それでも大人(わたし)は、子供(あなた)に生きていて欲しいんだと思う』

あんたは、満点じゃない生き方を選べって言うのか。
完璧じゃない答えを、不完全なイエスを、受け入れた上で生きろって言うのか。
――それで十分だって、あんたはテメエを死に目にさらしてまで私にそれを教えたいのか。

御坂『器用なのは料理の手先だけで、生き方ぶきっちょ過ぎ。まるで、自分はワルいヤツだって言い聞かせて、そうしなくちゃいけないってムキになってる……自分に厳しいのと自分を許さないのは違うのよ』

――テメエら母娘(おやこ)にはもううんざりだ。
私は当麻に言った。『ロバが旅に出たからって馬になって帰って来る訳じゃない』って。
私の本質は変わらない。どうしようもなく歪んでる。歪んだままここまで来てしまった。

土御門『役立たずの宝物を――捨てきれないのは俺も同じだ』

私は馴れ合いが嫌いだ。誰かに優しい世界が大嫌いだ。
ひだまりの中祝福されて、どいつもこいつも仲良しこよしの人の輪を憎んで来た。
私は当麻みたいに出来ない。私は御坂みたいになれない。



私し(人殺し)は、私(人殺し)だ



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704 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:20:14.27 ID:v3OANEYAO
〜11〜

上条『――ダメだな。死ぬとかそう言うの前提で話すのは止めにしようぜ、沈利』

どうして、テメエら母娘はあいつと同じ事を私に言うんだ。
自己否定と自己破壊と自己嫌悪の塊のような私にとって――

上条『生きよう。何が何でも何があっても三段活用』

どうしても捨て切れない役立たずの宝物が、私に呼び掛けて来る。

上条『――生きるんだ。どんなに格好悪くて、みっともなくても、情けなくても。死んじまったら何も変えられねえ。だけど生きてりゃ何か変えられる。それが運命だったり未来だったり自分だったり』

出来る訳がないって言いたいのに……あいつが助けた人間、救った世界、守ろうとした場所がそれを否定する。

麦野『――私は、ここ(あんたのそば)にいていいの?』

上条『いいに決まってんだろ』

言葉で抗って

麦野『――私は、ここ(このせかい)にいていいの?』

上条『誰かがダメだって言っても』

態度で逆らって

麦野『――私は、ここ(いっしょに)にいてもいいの?』

上条『お前がダメだって言ってもだ』

それでも半分に出来ない魂が

上条『――重くたっていいんだ、沈利。重いのが悪いだなんて誰が言って、どいつが決めたってんだ?少なくとも俺はそう思わねえ』

どうしようもなくあんたの存在に惹かれていく

上条『――お前の重さが、俺の中の揺るがないもんになるんだ。もうなってんだよ、沈利』

私がどれだけ今いる世界を否定しても、自分を拒絶しても……
そこにいるあいつと出会ってしまった事だけが取り消せない。
私達が出会ってしまった血塗れの路地裏は今も続いてる。

御坂『――ねえ』

その上で紛い物の羽根を背負って、絶望(じべた)の上に立たなくちゃいけないって言うのか。
壊す事しか出来ない左手と、殺す事しか知らない右手で、私にしか出せない答えを出せって、あんたはそう言いたいのか。

私は当麻のように人も救えない

私は御坂みたいに誰も助けられない

私がこいつを殺しても何も変わらない

私が死んでも何も変えられない



御坂『――ねえ、あんたはこの世界が眩しいものだって思う?』



――ああ、ちくしょう――




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705 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:21:08.26 ID:v3OANEYAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――眩し過ぎて、前が見えねえよ――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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706 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:21:40.09 ID:v3OANEYAO
〜12〜

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!

スキルアウトG「……!!?」

麦野「……――」

その瞬間、美鈴の背中から伸ばした左手……麦野の原子崩しがスキルアウトの頭上を通り抜けた。
同時に――麦野らの前に立ちはだかるようにしていたスキルアウトの背後、十字架のような風車が半ばで切り落とされた。

麦野「……生きる理由じゃない」

スキルアウトG「あっ……」

麦野「――死ねない言い訳が出来た」

スキルアウトが突きつけていた演算銃器が……瞬時に次元を切り裂いて麦野の左手へと収まる。
それに対し空手となったスキルアウトが驚愕に目を見開く。
10メートルは離れていた距離から、二人は全く動いていないのに――

麦野「……何ボサッと突っ立ってやがる?テメエは私と殺し合いに来たんだろ。私は狩られるだけの獲物(ブタ)じゃねえぞ」

スキルアウトG「て、テメエ……!」

『0次元の極点』……それは今は亡き木原数多が提唱した理論。
0次元の『1点』という『世界の全て』さえ手元にあれば、3次元の全ての座標とリンクしワープやテレポートの為の中継ポイントにできるというそれ。
その気になれば銀河の綺羅星すら手元に引き寄せられるという世界の在り方を『否定』する力。

麦野「私を殺しに来たんならテメエも殺される覚悟があんでしょう?それがテメエの言う因果応報(フェア)ってヤツよ」

その理論に必要不可欠な次元の切断方法……それは『量子論を無視して電子を曖昧なまま操る』という粒機波形高速砲。
『壊す事』と『殺す事』しか出来ない麦野だけの原子崩し(メルトダウナー)。

スキルアウトG「ぐううう……!!」

麦野が美鈴の背から身体を落とす。地べたにへたり込みながら、左手で握り締めた銃を突きつけて。
それにスキルアウトはそのままずるずると半ばで焼き切られた風車のシャフトに寄りかかりながら呻く。
出血多量により自分の身体を支えていられないのだ。今の麦野のように。



――――だからこそ――――



麦野「……ッッ」

麦野は手にした演算銃器の重みを感じながら……
一度瞳を閉じ、歯を食い縛り、大きく息を吸い込む



――――そして――――



美鈴「え……!?」

麦野「……――」

――美鈴へとその銃口を突きつけ、引き金に指をかけながら――


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707 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:22:33.60 ID:v3OANEYAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――“遠くから”“聞いて”んだろ!クソッタレ共!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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708 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:25:08.50 ID:v3OANEYAO
〜13〜

「!」

海原「これは……」

その雄叫びとも言うべき麦野の血を振り絞るような声が――
すぐさま状況に対応出来るよう警備員らが詰めていた断崖大学データベースセンター正門前にいた『グループの上役』と海原の耳朶を震わせる。
暗部特有の『遠距離から話を聞く』というツールを用いられている事を前提に麦野は叫ぶ。
いつでもどこでも『割り込んで』来る暗部のやり方を熟知しているが故に。

麦野『――御坂美鈴は回収運動を放棄する!保護者会は解散、第三位“超電磁砲”を連れ戻す事もしない。学園都市第四位“原子崩し”がそれをさせない!!』

そしてどうやら海原や『グループの上役』が『遠距離から』見るに麦野が美鈴に銃を突きつけており……
それに対して美鈴がしどろもどろになっている。
今の今まで自分を守り、自分が守って来た相手に銃口を向けられれば驚愕に目を見開くより他ないだろう。

美鈴「沈利……ちゃん」

麦野「――――――」

その麦野の眼差しは、見開かれた美鈴以上に真摯だった。
自分が銃口を突きつけられてもこれ以上必死の形相になどならない。
故に――美鈴はその眼差しに込められた光の意味を探り、知り、そして――

美鈴『――全部止めます!だから殺さないで!!お願い!!!』

「――――…………」

海原「……と、言う訳です」

思わぬ美鈴の全面降伏宣言に、その直前まで『グループの上役』及び学園都市上層部へ交渉していた海原が再び言葉を紡ぐ。
結標淡希辺りが知れば『醜い手』と歎息するような交渉材料をちらつかせていた所を中座させられた形ではあったが――

海原「“先程の件”と合わせまして、何卒御一考願えませんか?」

御坂美鈴の全面降伏宣言だけという曖昧な結論ではこの暗殺計画を上層部は中止などしないだろうし――
海原一人だけ肩に力を入れてもそれは変わらない。だが

「――いいでしょう。今の成り行きは当然“上”にも伝わっているはずです」

しかし、二つで一つの要素が組み合わさった時はその限りではない。
残りの足場固めは『御坂美琴の世界』を守る海原の仕事である。

海原「ありがとうございます……では、続けてもよろしいでしょうか?」

例えヒーローになれずとも、それは銀月の騎士のような海原にしか出来ない事なのだから――


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709 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:26:02.87 ID:v3OANEYAO
〜14〜

麦野「――はっ、はっ、はっ、はっ……」

美鈴「沈利ちゃん!!」

麦野「こ……れ、で――」

次第に聞こえて来る警備員らが鎮圧を始めた足音に麦野は演算銃器を取り落とした。
これが正真正銘の限界だった。こんな不様で不格好で不確実な大博打に打ってでねばならないほどに。
そして改めて泥濘の中に身を横たえた麦野を美鈴が抱き起こす。
麦野は賭けに勝ったのだ。生贄無しには乗り越えられないこのヴァルプルギスの夜を。

麦野「――……オバ、サン」

美鈴「しゃべらないで!!」

麦野「……――これで終わりよ。オバサン」

美鈴「沈利ちゃん……!!」

麦野「あんたの娘は……御坂は私が“背負う”。だからもうこの学園都市(まち)の闇に踏み込むな」

――そう、麦野も死なず、スキルアウトも殺さず、美鈴を救い出すにはもうこれしかなかったのだ。
それは『回収運動』そのものから全面的に手を引く事。
暗部が動き出す前の、スキルアウトに駄賃をやって使い走らせる程度の重要度の低い計画だと言うのもわかっていた。
もちろんこんな曖昧な結論はもうワンランク上の重要度ならばどうあっても覆す見込みなどなかっただろう。

麦野「……戦争が起きても、私が御坂を殺させない。御坂に人も殺させない……これでいい?」

美鈴「沈……利ちゃ……ん」

故に美鈴に拳銃で脅しつけるような即興の道化芝居までやってのけた。
これ以上膠着状態が続けばスキルアウトらだけで話は収まらず暗部が繰り出して来る。
そして美鈴もまた……必死に拳銃を突きつけてくる麦野の眼差しに宿る光を信じてそれに乗ったのだ。

美鈴「ありが……とう」

麦野「――……ふんっ」

麦野は誰も助けない。救わない。守らない。ただ――御坂の敵を討ち、御坂を戦争に巻き込まない事を美鈴に約束したのだ。
こうでもしなければ美鈴は納得しないだろう事は今夜一晩でいやというほど思い知らされたのだから。

麦野「一人殺すも二人殺すも今更変わらないなら――」

美鈴「………………」

麦野「――1人抱えるも2人背負うも今更変わらない」

麦野が否定したもの……それはこのヴァルプルギスの夜に満ち充ちていた『死』そのものだ。
罪は消えない。罰は終わらない。ただ業の中から『死』だけを断ち切ったのだ。

警備員A「――いたぞ!こっちだ!!」

スキルアウトG「くっ……」

『命』だけを残して――


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710 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:28:44.37 ID:v3OANEYAO
〜15〜

警備員A「さっさと立たんか!」

スキルアウトG「……死ね」

警備員A「無駄口を叩くな!!」

スキルアウトG「死ね!死ねよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

――私が断ち切ったのは『死』の部分だけだ。
復讐は終わらない。禍根は消えない。カルマは変わらずそこにある。
だから私は――ただ黙って連れて行かれるそいつを見つめる。

麦野「………………」

目に焼き付けろ。私を殺したがってる人間の顔を。
――戦争に巻き込まれれば、御坂だってこんな目を生きてる限り向けられるだろう。
それをさせない事を私はこのクソババアに約束した。このオバサンの命を拾うための代償として。

スキルアウトG「くたばれ!俺を生かして返した事を後悔させてやる!!」

例え私がこいつに殺されても……あいつらは私のために復讐しなくていい。そんな価値は私にはない。
第二のこいつ、第三の私に当麻や御坂がなる必要なんてどこにもない。
私は毒麦で良い。一粒も残さず刈り取られ枯死する毒麦でいい。

スキルアウトG「……忘れねえぞ!」

麦野「………………」

スキルアウトG「死ぬまでテメエの面は忘れねえぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

――私が自分の罪を忘れないために。そしてこいつが拾った命をどう扱うかを確認するために生かして帰す。
その上でまだ復讐の権利を行使するならそれでもいい。
私は今度こそこいつを殺してやろうと思う。私から解き放って楽にしてやる。最悪の意味で。

私は決して謝らない。この首を下げるのは、断頭台の刃が落ちる時だ。
許しなど乞わない。贖いなどない。もうそんな逃げ道はどこにもない。
さっき見た地獄と、そこから救い出してくれたあいつが、同じくらい恋しい。

麦野「――――――」

私の残りの人生はただの執行猶予だ。絞首刑に至る十三階段を登り終わるまでの



生きる理由なんて一つも見つからないのに


死ねない言い訳だけが増えて行く



他の誰でもない自分(あいつ)のためにと



私はまだ生きる事にしがみついてる



あんたの言う通りだねオバサン


人間とかじゃなくて、私自身の生き方はそんなに綺麗じゃないみたい





パシンッ!






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711 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:29:44.91 ID:v3OANEYAO
〜16〜

――その時、渇いた平手打ちがスキルアウトの横っ面を叩いた。

スキルアウトG「!!?」

美鈴「いい加減にしなさい!!!!!!」

麦野「……オバサン――」

それは警備員に抱えられながらも呪詛の声を浴びせかけていたスキルアウトから……
麦野を守るように間に入って仁王立ちする美鈴が叫んだ怒りの声だった。

美鈴「――君に、人を責める資格があるなんて思い上がってるならそれは大きな勘違いよ」

スキルアウトG「――……」

美鈴「銃を取って私達を殺そうと追い掛け回した君だけに、この娘を責めるだなんてむしの良い話通る訳ないでしょうが!!」

スキルアウトG「っ、このババ……」

警備員A「――御婦人方、失礼つかつまります……吻破ッッ」

バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!

スキルアウトG「ぽっ……ごっ」

麦野「!!?」

警備員A「……失敬。これは始末書ものですなあ。また黄泉川隊長に……叱られませんな。うむ」

そして美鈴に食ってかかろうとしたスキルアウトが――
前歯と鼻骨ごと根刮ぎもって行かれるようなパンチによって意識を失い気絶した。
それは上条より鋭く、浜面より腰の入った、麦野より重い『大人』の鉄拳だった。
その警備員は待機ばかりさせられてついカッとなってやったなどと付け加え、そして――

警備員A「――ありがとう」

麦野「えっ……」

警備員A「君のおかげで尊い命が救われた。警備員として情けない限りだが、恥を偲んで礼を言いたい」

上役が馬鹿な待機命令出すからだとボヤキつつ、ぺこりとした警備員の一礼に麦野は面食らった。
へたり込んだまま鳩が豆をグリースガンで食らったように。

警備員A「――生きていてくれて、ありがとう」

麦野「………………」

警備員A「おかげで気持ち良く仕事が出来る。ほら行くぞ!!」

そして警備員はスキルアウトを引きずって連行していった。
ポカンとした麦野と、その頭に手を置いてよしよしと撫でる美鈴を残して。

美鈴「――帰りましょう?沈利ちゃん。ほらもう一回おんぶ!」

麦野「うわっ!?」

誰かに感謝される事、守られる事……初めて大人からされた事にキョトンとする麦野をおぶって美鈴は再び立ち上がる。



おぶわれた視点は、幼い頃麦野が座っていた椅子より高かった。




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712 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:32:44.08 ID:v3OANEYAO
〜17〜

そして――浜面仕上と上条当麻の決着がついた頃、麦野沈利と御坂美鈴は警備員に保護され救急車にて搬送されながら緊急輸血を受けていた。
失血死寸前であった麦野と共に、美鈴がそれに付き添う。
麦野の血塗れの左手を握り締めながら、冥土帰しの病院を目指して。

麦野「……フー……フー……」

美鈴「沈利ちゃん……」

雨に濡れたアスファルトを照らす赤いランプ。そして目に痛いほど白々しい車内の光を浴びて――
麦野はさせるがままにその左手を握らせている。拒むでもなく。
酸素マスクに浮かぶ白露が一呼吸ごとに浮かんでは消え……
その上にポタポタと美鈴の涙がこぼれる。説教したり叫んだり泣いたり忙しい女だと思いつつ。

麦野「……そんな顔されても困るんだけど」

美鈴「ごめん……なんか、安心したら涙出て来ちゃって……あははは」

麦野「――そう」

反対に麦野は涙を零さなかった。車内にあって雨のせいにも出来ず、また上条もいないためだ。
麦野は上条のいない所では決して泣かないと決めているからだ。

美鈴「実はね……」

麦野「………………」

美鈴「土砂降りだったからわからなかったろうけど……本当は漏らしちゃった」

麦野「………………」

美鈴「ダメな大人よね、私って本当に」

しかし――麦野はそれを笑い飛ばさなかった。昔ならば破裂した笑い袋のように腹を抱えて転げたろうが……
麦野はそんな美鈴を馬鹿になどしなかった。ただ左手を握り返す事でそれに答える。

麦野「……そんな事ねえよ」

美鈴「えっ……」

麦野「私は……あんたみたいになれない」

本当に弱い人間は、漏らしたなどとわざわざ言わない。
余計な荷物(むぎの)など背負わず自分だけ逃げられるだろう。
銃を持った男達の前に膝を屈しても誰も責めはしない。
しかし美鈴はそのどれにも当たらなかったのだ。

美鈴「そりゃこの歳でチビっちゃうのは……ってそれはこっちの台詞なんだけど?」

麦野「……ちょっと誉めるとつけあがる所は娘そっくりね」

美鈴「うふふふ……もしかして反抗期?」

麦野「巫山戯けろ。私はもう十八だ」

美鈴「じゃあまだまだ子供じゃない?」

麦野「……チッ」

美鈴「ふふふっ♪」

――『心』で負けたのは美鈴で二人目だとは、言わなかった。


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713 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:33:13.91 ID:v3OANEYAO
〜18〜

道中、麦野は途切れ途切れになりながらも意識を保つために美鈴と少なからず言葉を交わした。
その中で麦野は美鈴との取り決めにあって一つだけ条件を付けた。それは

麦野『――今夜あった事、私と話した事、何一つ御坂には伝えないで頂戴』

美鈴『ええっ!!?』

麦野『それが条件よ。安いもんでしょ?』

美鈴『どうしてよー!?』

麦野『……馴れ合いは嫌いなの』

麦野にとって御坂は正義の味方(てき)でなくてはならないのだ。
友達と観念に吐き気を催すほど嫌っているのは今も変わらない。
そして生半可な友情ゴッコなど背負い込めば――
決定的な場面で御坂と対峙出来なくなるからだ。

麦野『オバサンと同じ。余計なアクション起こされてこれ以上トラブル増やされてもたまったもんじゃないのよ』

美鈴『……私は兎も角、沈利ちゃんはいいの?』

麦野『――貧乏くじ引くのは慣れてる。どっかの馬鹿のせいで』

後にこの時の約束が『新入生』事件の際、麦野と御坂の激突に深く関わって来る事は御坂は知らぬまま終わり……
『御坂は人を殺せない』『御坂に人を殺させない』『御坂を人に殺させない』という未来に繋がる事を、この時麦野は知る由もなかった。
代わって……美鈴が麦野の左手をヨシヨシと撫でながら車内の蛍光灯を見上げた。

美鈴『――それって、上条君の事?』

麦野『………………』

美鈴『親の私がこんな事言っちゃあおしまいだけど……美琴ちゃん、本当に沈利ちゃんに勝てるかしら?』

麦野『叩き潰す。全力で』

美鈴『恋も戦争なのに?』クスクス

麦野『戦争にルールは必要ないでしょ?』

美鈴は思い返していた。旅卦との大恋愛はどうだったかなと。
決まっている――麦野らに負けないほどスペクタルでスリリングなものであったと。
そして得心もいった。詩菜が何故自分と麦野が似ていると評したのかを。

美鈴『……本当にありがとう。沈利ちゃん』

麦野『………………』

美鈴『あの娘の事、よろしく頼むわね?』

麦野『………………』

美鈴『――貴女が、美琴ちゃんの友達でいてくれて良かった』

麦野『……ふん』

そして麦野は――その美鈴の微笑みを断ち切るように目蓋を閉ざし、口の中でのみ言い返した。


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http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
714 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:34:59.77 ID:v3OANEYAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野『――絶対、止めに行ってやるわよ。きっと、当麻がいてもいなくてもね――』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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715 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:37:27.83 ID:v3OANEYAO
〜19〜

斯くしてここに最初のヴァルプルギスの夜(Die erste Walpurgisnacht)は終わりを迎える

罪は消えず、罰は変わらず、業は終わらない

しかし麦野は『死』の連鎖を断ち切り『命』の連環を残した。上条当麻とは全く真逆のやり方で

前にも進めず、後ろにも退けず、それでも尚立ち上がる事を決め

震えながらでも、何度転んでも、何回も倒れる事を受け入れ

紛い物の翼で羽撃くのではなく、二本の足でこの世界の上に立ち上がる事を麦野は選んだ

十字架は神の加護であり、翼を広げた鳥のようであり、裏返せば剣となり、突き立てれば道標となる

そして十字架とは磔を意味し、処刑を司る神罰の証であると共にもう三つほど意味がある

それは『神の子』と『復活』と『死を滅ぼしし矛』という尊名

麦野は己の死とスキルアウトの死と美鈴の死を討ち滅ぼした

上条のように命の麦を救うのではなく、死の毒麦を刈り取る事で種を残した

彼女の『否定』する力が――後にフレンダ=セイヴェルンの、御坂美琴の、そして上条当麻の死を断ち切る

新約聖書はかく語りき。『一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし』

後に麦野は自らの命と引き換えに『もう一人の自分』を討ち滅ぼすため、『上条当麻の世界』を守るべく二度目のヴァルプルギスの夜に挑む事となる。

しかしその際一粒の麦の犠牲すら許さない『神の子』のような少年の手に再びすくい上げられ、麦野は人間として『復活』を果たす。

これは、彼女が辿った荊棘の道のほんの一ページに過ぎない。

これは、彼女の背負った十字架(ものがたり)の少しばかり長いプロローグだ。

人には全てを手離して生まれ変わる事は出来ない

しかし人には全てを抱えて生き直す事が出来る

共に歩む誰かがその歩みを支え、道を誤りまらぬ限り


例えそれが――


上条「だから!上条さんはスキルアウトじゃないじゃねえじゃん三段活用!!」

警備員A「ええいそんなボコボコの顔で何を言うか!!それに我等が敬愛する黄泉川隊長の口調までパクって!」

上条「つかさっき会ったろ!美鈴さーん!?沈利ー!!?だ、誰かー!!!」

警備員A「キリキリ歩かんか!!」


――ひどく運が悪く、肝心な時『しか』頼りにならないような……

上条「ふっ、ふっ……」

そんな、世界で一番不幸せ(こうふく)な王子様と共に――
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http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
716 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:38:45.44 ID:v3OANEYAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「不幸だああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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717 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/01(木) 21:42:04.88 ID:v3OANEYAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――偽善使い(フォックスワード)と原子崩し(メルトダウナー)が交差する時、ヴァルプルギスの夜は終わりを迎える――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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718 :投下終了です [saga]:2011/09/01(木) 21:44:14.05 ID:v3OANEYAO
第十九話終了となります。どうもありがとうございました。あと五話ぐらいで(多分)終了なので、それまでよろしくお願いいたします。では失礼いたします
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719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/09/01(木) 22:13:26.90 ID:57Ioqncqo
乙!
後5話くらいか!楽しみに待ってる!!!
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720 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/01(木) 22:21:16.49 ID:98+qfgEAO
乙!

上条さん、締まらないなぁww
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721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/01(木) 23:08:20.96 ID:9DICaTyAO
乙!

すげえ乙!
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722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/09/01(木) 23:19:20.85 ID:g9PkLO6/0


あと五話か。次はどの話を再構成するのか期待。
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723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/01(木) 23:50:43.12 ID:qO1gJjPs0
>>1

アア、カミジョーサン、カワイソウダナァ
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724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/09/02(金) 02:35:55.14 ID:4pS6d9cq0
上条さんwwww
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725 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 13:04:49.08 ID:G+RwveOAO
>>1です。第二十話は今夜21時に投下させていただきます。



P.S……上条さんは本当に留置場にぶち込まれタイーホされました。では失礼いたします。
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726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/09/03(土) 14:01:04.19 ID:0RnHArnAO
上条さんェ

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727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/03(土) 14:58:36.45 ID:9X/v7iFAO
とりあえず全裸で舞ってる



上条さん、高1で前科一犯か……
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728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/03(土) 21:06:19.94 ID:3EaO5vDT0
服は脱いだよ
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729 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:08:11.60 ID:G+RwveOAO
〜1〜

姫神「結局。こんな時間」

青髪「吹寄さんがマイク離しよらんかったからなあ〜次ボウリングとか身体もたへんよ」

走り去って行く救急車を尻目に、青髪ピアスと姫神秋沙が遊歩道の水溜まりを避けて歩みを進めて行く。
既に嵐は過ぎ去り、肌寒い雨だけが夜の学園都市に降り注ぎ……
硝子張りの建築物と鏡張りの研究施設に伝う水滴に濡れた二人が写り込む。

青髪「でもほんまにええのん?女子寮まで送ってったるで?」

姫神「いい。小萌先生の家で。雨宿りして行くから」

青髪「いやいやそない言わんと」

姫神「……それに。一緒にいるの。噂されると嫌だから」

青髪「酷ッッ!こんな時間誰に見られんねん!?」

二人は三次会を欠席し帰路につく途中であり……
ちょうど姫神が目指す月詠小萌の住まうアパートへ通じる分かれ道に行き当たったのだ。
そこで青髪は二晩続けて違う女の子にエスコートを断られた事にガックリと凝った肩を落とす。

青髪「(きっと僕がカミやんやったら断られへんのやろうけど……まあ無理やね。あのいかつい鬼嫁はんが許す訳ないし)」

姫神「……。青髪君」

青髪「なんやー?気変わった??」

と、そんな青髪の大仰なリアクションに対し姫神が濡れ羽色の髪から水滴を滴らせ俯き加減に切り出した。
青髪はその抑揚に乏しい声音に乗せられた硬質な響きにあえてとぼけた風を装う。

姫神「青髪君は。誰かを好きになった事って。ある?」

青髪「……――そらなんべんもや」

例え今、姫神が降りしきる驟雨に乗せるように双眸から流すものを知りながらも――青髪は敢えて見て見ぬふりをした。

姫神「私は」

青髪「………………」

姫神「……初めてだった」

青髪「(失敗やったかな。学園都市walker見せたん)」

運命の歯車を回すため、青髪は敢えて上条をけしかけ麦野の元に向かわせた。
その事で深く傷ついている少女に青髪はかける言葉を持っていなかった。

青髪「――やっぱ、小萌先生のアパートまで送ってくわ」

姫神「………………」

青髪「(見てられへん)」

そして青髪は一歩先行く形で歩を進めて行く。
それは背後の姫神の顔を見ながら上手く笑える自信がなかったからだ。



ごめんな、と心の中で一人詫びながら




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730 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:08:40.69 ID:G+RwveOAO
〜2〜

本当はわかってた。あのどこまでもどこまでも広がる夏雲と青空の下で出会った彼の隣にはもう……
私とは全く正反対のあの女の人がとっくの昔からいたって事くらいわかってた。
今日だって勇気を出してお弁当のおかずを分けてあげようと思ったけどそれも無理だった。

姫神「……雨。いつ上がると思う?」

青髪「わからんなあ〜今日は天気予報見てけーへんかったし」

男の子はわからない。それ以上に私は私の気持ちがよくわからない。
例えば同じ男の子でも、上条君と青髪君だと一緒に歩いてても全然違う気持ちになる。
……上条君とだったら、送ってもらう所を見られて噂されても嫌じゃない。
上条君に迷惑をかけたり、申し訳なく思ってしまう事もあるだろうけど。

姫神「……明日。晴れると思う?」

青髪「それもどないやろな〜」

今日も本当は上条君がすき焼きパーティーに来れなくなったのがとても残念で……
あの綺麗なお姉さんとデートって聞いて、楽しみが半分くらいどっか行ってしまった。
ご飯を食べてる時も、いる筈がないのにどこかの座敷で上条君がいるんじゃないかって探してた気がする。

青髪「姫神さんは雨嫌いなん?」

姫神「好きじゃない。嫌いとまでは。言わないけれど」

何だか胸の辺りがモヤモヤして、声を出せばスッキリするかも知れないってカラオケにも行ったのに……
結局疲れて虚しいだけだったからボウリングには行かなかった。
でも女子寮の一人部屋は少し寂しくて、それで小萌先生の所に行こうとしているのかも知れない。


――そうしたら――


青髪「太陽は、いつも登っとるんよ?」

姫神「?」

青髪「どんな雨の日も曇りの日も、それこそ今日みたいな嵐の日も」

姫神「………………」

青髪「太陽はいつもその向こう側に出とる。ほら着いたで?」

そして気がつけば、少し懐かしく感じるボロなアパートの前まで来ていた。
部屋に灯りが着いてる。やっぱり帰って来てるみたい。

青髪「ほなおやすみ〜」

そう言うと彼は片手を上げて帰ってしまった。もしかして気を使わせてしまっただろうか。

姫神「………………」

階段を上って、小萌先生の部屋の前に立つ。接触の悪かったインターホン。昔みたいに強く押す。すると

???「おかえり小も……誰?」

姫神「……貴女こそ。誰?」

血のように赤い髪と、甘いクロエの香りがする女の子がそこにいた。


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731 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:10:46.79 ID:G+RwveOAO
〜3〜

青髪「――次の主役は君やで。姫神さん」

そして青髪は水溜まりを子供のようにジャブジャブと踏みしめながら小萌のアパートへと振り返る。
片手に握り締めた携帯電話で迎えの車を呼び出し終えたその後に。

青髪「誰かを愛せる人は、ちゃんと誰かに愛してもらえるんよ?僕と違うて」

それは独り言というより泣き言に近い響きさえ漂っていた。
あのアパートで姫神を迎えた人間こそが、後の人生にあって半身も同然の存在である事に――
青髪は僅かばかり羨望を覚えた。相手の未来が見えない、というごく当たり前のファクターが青髪には通用しない。
その能力故に、誰を好きになってもその相手の運命の相手から迎える死の瞬間まで見通してしまえるのだから。と――

プップー!

青髪「来た来た!悪いなあこんな時間にわざわざ車出してもろうて」

???「当然。逆に連絡が無さ過ぎて店主まで心配していたぞ。こんな嵐の夜に出歩いてはいけない」

やって来たハイマー社製Sクラスのキャンピングトレーラーの運転席へと乗り込み――
、青髪はすぐさま住居スペースへと移動し制服をハンガーにかけタオルを探す。
同時に水晶髑髏のシフトレバーがガコンと動き、ウロボロスの意匠があしらわれたハンドルが切られ発進する。

青髪「僕にも色々あんねん友達付き合いとか。あっ、レッドブルあるやん一本もらってもええ?」

???「好きにするといい」

青髪「おおきにー」

夜の街を飛沫を上げて直走るキャンピングトレーラーに揺られ、タオルで頭を乾かしつつレッドブルを一口飲み干しながら横目で運転席を見やる。
身元不明の記憶喪失者であっても裁判所に申請すれば二重戸籍を承知の上でならば戸籍は獲得出来るし免許も取得出来る。
そしてこのキャンピングトレーラーは彼の城なのだ。焼け落ちた三沢塾に代わる、彼の城。

青髪「――運命っちゅうのは皮肉なもんやね、ほんまに」

たった今青髪が送って行った少女と運転手の間には浅からぬ因縁がある。
そしてこの第二の人生を生きようとしている青年の残した『負の遺産』が――
後にとある少女らを終わらない夏への扉へ導く事をこの時誰も知らない。

青髪「なー後で肩揉んでーめっちゃ凝ってんよ」

???「憤然。それくらい自分でやりたまえ」

この青髪ピアスを除いては――


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732 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:11:31.19 ID:G+RwveOAO
〜4〜

絹旗「……と、まあそういった方向性で超進めたいと思います。“勧告”が意味を為さなかったならそれはそれ。三日後に改めて“警告”を発しましょう」

フレンダ「結局、それで構わないって訳よ」

滝壺「きぬはたがそう言うなら」

そしてキャンピングトレーラーが通り過ぎて行くのを雨に濡れたファミレスの窓際席より見送りながら滝壺理后が頷く。
その対面には絹旗最愛、フレンダ=セイヴェルンが並んで腰掛けており――
当然の事ながら残る一席はずっと空いたままである。

フレンダ「でも結局、何で親舟最中な訳よ?確かに統括理事会の一人だけどほとんど名ばかりの役立たずだし影響力あんまりないし、殺すだけの価値なんてない訳よ」

絹旗「超同感ですけどね。“スクール”もなんだってこんな余計な仕事増やすんだか」

金華のサバの水煮缶をほじくりつつ、最近カレー味のサバがさ……
などとのたまう傍ら“親舟最中暗殺計画”について話し合うのを滝壺はボンヤリと見聞くともなしに聞く。
既に『スクール』に勧告は発している。これが受け入れられない場合は計画に必要不可欠な狙撃手を殺害する事で警告とする、と結論を出した上で。

滝壺「(むぎのなら、こんな時なんて風に言うかな)」

忘れもしない8月9日……麦野沈利は『アイテム』を引退した。
統括理事長直々に許しを得、『幻想殺し』のパートナーに従事するために。
その後継者には最年少である絹旗が指名され、アイテムは一人欠けながらも滞りなく任務をこなしている。
だがそれはまだ壁とも言うべき大きな仕事が回って来ていないという部分も決して少なくない。が

滝壺「そういえば、前からお願いしてる新しい人ってまだ来ないね」

絹旗「“電話の女”も超困ってるみたいですけどね。人材不足でいいのが見つからない、みたいな事ボヤいてましたし」

フレンダ「結局、麦野クラスの抜けた穴はそうそう埋まる訳な……」

絹旗「………………」

滝壺「………………」

フレンダ「……ごめん……」

滝壺「だいじょうぶ、私はそんなうっかり屋さんのふれんだを応援してる」

外に振り込む雨が窓ガラスを通り抜けて来たような湿っぽい空気が、そのまま解散の流れに繋がった。

『帰るよー』と手を叩いて場を締める彼女は、もういないのだ。


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733 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:14:19.03 ID:G+RwveOAO
〜5〜

滝壺「(お腹空いて来ちゃった)」

何か頼めば良かった、と思いながら滝壺は流れ解散となったファミレスを後にし近くの24時間スーパーへと立ち寄る事にした。
バサバサとビニール傘を入口で開いたり閉じたりしながら水気を飛ばして雨傘袋に入れて店内へ。
が、その際視界が一瞬揺らいで霞んだ。まるで立ち眩みのように。

滝壺「(おかしいな。最近体調あんまりよくない)」

買い物カゴを手に取りながら目頭を押さえる滝壺はこの時まだ気がついていなかった。
彼女が能力を使用するに当たって必要とする『体晶』が自らの身体を蝕んでいる事に。
しかし仲間の前で体調不良を口にしたくなかった。
それは麦野が欠けた後より一層顕著となった滝壺の傾向でもある。

滝壺「(私の居場所、ここだけだから)」

そう思いながら滝壺は惣菜コーナーへと向かう。
居場所。かつてフレンダが『ここ以外にも見つかるといいね』と言ってくれたそれが滝壺の胸裡を過ぎる。
その事がかつて常盤台の超電磁砲と会敵した際……
滝壺は体晶をケースごと噛み砕いて御坂の能力を乗っ取るという荒業に出させるほどだった。

滝壺「あ」

するとそこで――滝壺の目に入ったもの。それはごくありふれたシャケ弁。
そう、どこにでもあるシャケ弁を見る度過ぎるのだ。
あの気高く美しい横顔を。かつてこの24時間スーパーで買った食材を使い麦野に料理を教えた事を。

滝壺「……これにしよう」

今もたまに麦野を街中で見かける事がある。それは時に自分達にも見せた事のない穏やかな表情の時もあれば……
どんな仕事の時より張り詰めた表情の時もあった。
彼女が今も戦い続けている事を滝壺は知っている。
そして滝壺はそのシャケ弁を買い物カゴに入れてレジを済ませ、外に出る。と

ドンッ

滝壺「あっ」

その時、滝壺が誰かにぶつかりシャケ弁をひっくり返してぶちまけてしまった。

「おいおいどこ見て歩いてんだよお姉ちゃん?目ついてんのか?聞こえてんのか?耳ついてんのかアア!?」

「あー弁償だな弁償。これ狼のファーなんだぜ?どうしてくれんだよマジで」

「まーまー落ち着けって。金なんかよりいいもん持ってるぜこの女」

「まあそういう事だからさ?大人しくついて来てよお姉さん?」

悲劇は、繰り返される――


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734 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:15:33.07 ID:G+RwveOAO
〜6〜

浜面「クソッ……」

同時刻、浜面仕上は逃げ出すような形で雨の街を彷徨っていた。
血で血を洗う死闘の後すぐさま警備員らが踏み込み、上条と共にその場で逮捕された。
しかし何故か浜面だけが――逮捕を免れすぐさま釈放されたのだ。
一体何故?という疑問はすぐさま氷塊した。いや、させられた。

『お疲れ様です。浜面仕上』

あの銀座英國屋のスーツを身に纏った青年実業家のような男から電話があり――
事件の首謀者である浜面は刑務所送りと引き換えにある取引を持ち掛けられたのだ。
それは期せずして学園都市第四位を撃破した事により、とある世界と組織のために働いてみないかというスカウト。
もとい断る余地も選択肢もない浜面の足元を見た上での徴集に等しいが。

浜面「ははははは……ひでえ泥沼だ。抜けられるもんじゃねえ。足掻けば足掻くほど深みに嵌りやがる」

そして浜面は後払いの報酬を支度金として手渡され、夜の道をうろついていた。
筋肉痛と殴打された身体が熱を持ち、火照りを冷ますためにこの雨の夜を一人彷徨っているのだ。と

???「離して」

「いいから来いよ!!」

浜面「………………」

満身創痍で夜道を彷徨く浜面の視線の先……ピンク色のジャージの少女がスキルアウトらに手を掴まれ路地裏に引きずり込まれて行くのが見える。
駒場亡き後歯止めのかからぬ跳ねっ返りが憂さ晴らしに因縁でもつけたのだろうと浜面は思う。
残念だが運が悪かったと思って諦めるんだな、と浜面は腫れ上がった目を切って顔を背ける。が

浜面「………………」

浜面の内面にあって、つい今し方その心を殴りつけた一人の少年の声がした。
自分の女を助け、友人の母を救うために徒手空拳で飛び込んで来たあのレベル0……
自分と同じ無能力者の少年。敵である自分にさえ手を差し出したあの少年の声が。

浜面「……ふざけやがって」

浜面の内心にあって、つい今し方その目蓋に浮かんで来る友人の姿があった。
舶来を助け、能力者と戦い、学園都市の在り方に反旗を翻したあの無能力者……
自分と同じレベル0の友人。路地裏でくすぶっていた自分を迎え入れてあの友人の姿が

浜面「ふざけやがって――ッ!!」

浜面の足を、前に進ませた。
 
 
 
 
 
 
――駒場利徳が、笑った気がした――
 
 
 
 
 
 

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735 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:16:32.29 ID:G+RwveOAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十話「たとえヒーローにはなれなくても」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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736 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:18:57.18 ID:G+RwveOAO
〜7〜

そして――滝壺理后は連れ込まれた雨の路地裏で信じられないものを目撃する。

スキルアウト1「ああ?なんだテメエは」

その少年は降りしきる雨の中、鉄パイプ片手に佇んでいた。

スキルアウト2「こいつ、見た顔だ。駒場ん所の」

痣と、傷と、そして泣き腫らしたようなひどい顔のまま

スキルアウト3「駒場?あいつ今日死んだって聞いたぜ」

金に近い茶に染めた痛んだ髪、ピアスのちぎれた団子鼻

スキルアウト4「おいおいヒーロー。なんだなんだあ?テメエも混ぜて欲しいのかあ?」

泥と血と雨にまみれたその姿は決して見栄え良いものではない。だがしかし

スキルアウト5「ちょうどいいわ。駒場のやつが鬱陶しくてここんとこおまんま食い上げだったとこだ。殺っちまおうぜ」

滝壺は本能的に理解した。この少年はヒーローであると

スキルアウト6「そんなこんなで、テメエの顔潰して少年Aにするぐらいはムシャクシャしてんだわ」

???「ああ……俺もムシャクシャしてんだ。どうしようなく」

ガラン、と鉄パイプを引きずりながら少年は自虐的な笑い方をした。
何もかも失ったような、行き場のない怒りと悲しみが滝壺に伝わって来る。

スキルアウト1「はあ?」

???「居場所もダチも何もかもなくして、こんな泥沼に嵌り込むまで……何もわかっちゃいなかった自分の馬鹿さ加減に」

滝壺「(……居場所……)」

居場所、というその言葉が囲まれ腕を取られた滝壺の琴線に触れた。
恐らくこの少年は決して取り戻せない何かを大きく失ったのだろうと。

???「……こんな簡単な事だったんだな」

スキルアウト2「何だヒーロー!さっきから何言ってやがる!?」

???「……あのウニ頭の言う通りだ」

スッ、と少年が鉄パイプを肩に担いでスキルアウトらと睨み合う。
一触即発の空気の中、自嘲的な笑みに唇を歪めながら――

???「――その通りだ、クソったれ」

スキルアウト「「「「「「やっちまえ!!!」」」」」」

少年が飛び出し、滝壺を捉えていたスキルアウトの一団に踊りかかる。

???「俺はヒーローなんかじゃねえ……」

一陣の風のように

???「――ただの、無能力者(レベル0)だよ!!!!!!」

――吹き荒ぶ


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737 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:19:26.11 ID:G+RwveOAO
〜8〜

スキルアウト1「ぐほっ!?」

スキルアウト2「がはっ!!」

目の前のスキルアウトの鼻っ柱を横薙ぎに振るった鉄パイプで殴り倒し、返す刀で背後に回っていた少年の腹を突く。
そして屈み込み下がった顔面を浜面の左ミドルキックが躊躇なく蹴り飛ばす。

浜面「(悪い、駒場のリーダー)」

更にそこから飛び上がり、空中蹴りを三人目のスキルアウトに浴びせかけて少女から引き剥がし――
着地と同時に回転し左手のバッグハンドブローを目元に叩き込む。
浜面は止まらない。左手で少女を抱き寄せ、迫り来る四人目をローキックで打ち据え、更にミドルからハイキックでこめかみを打ち抜く。

浜面「(俺はあんたみたいに格好良くも生きられねえ。潔く死ぬ事さえ出来ない)」

倒された四人を踏み台に前後から挟み撃ちで迫ってくるバールとスタンガンを持った二人を――
浜面は少女を庇って真横に逃げると標的を見失った二人が互いの武器で同士討ちとなった。
そこで浜面は手にした鉄パイプでスタンガンを持った少年の手首をヘシ折る覚悟で振り抜き、打ち砕く。

スキルアウト6「テメエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

浜面「ッッ!!」

ガギン!と縦に振り下ろされたバールが横に構えた浜面の鉄パイプで受け止められ鍔迫り合いになるが――

浜面「……全ッッ然だな」

スキルアウト6「!?」

浜面「話になんねえよ!!」

浜面は蹴り上げた。最後の少年の股間を蹴り潰さんばかりの勢いで。

スキルアウト6「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

浜面「あの女の蹴りはこんなもんじゃなかったぜ……」

浜面は少女を手放した左手でその悶絶する少年の顔を鷲掴みにし、思い切り路地裏の壁面に後頭部から打ちつける。

浜面「あのウニ頭はこんなヤワじゃなかったぞ!!」

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!

トドメの一撃が、リーダー格の少年の鼻っ柱を真っ向から叩き折った。
今の浜面は誰にも止められない。敵などいない。負ける気がしない。

浜面「(でも、俺はまだここにいる)」

浜面は左手で少女を抱き、右手で鉄パイプを突き出しながら構える。
まるで后(クイーン)を守るナイトのように。

浜面「……どうした?」

スキルアウト6「ヒィッ!?」

浜面「来いよ!!」

浜面は、上条当麻が越えられなかった悲劇を自分の足で乗り越えた。


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738 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:21:54.74 ID:G+RwveOAO
〜9〜

スキルアウト「「「「「「お、覚えてやがれ!!」」」」」」

浜面「はあっ……ハアッ」

浜面仕上はスキルアウトらを追い払った後薄汚れた路地裏の壁面に寄りかかる。
鉄パイプ一本という乏しい武装ではあったが――
それでも6対1という圧倒的不利を覆すだけの地力が既に浜面には備わっていた。何故ならば

上条『そうやって困ってる人や虐げられてる人達に手を差し伸べられたなら、テメエらスキルアウトも!俺達無能力者(レベル0)も!!学園都市の人達から認められたんじゃねえのか!!?』

あの少年の拳はこんなものではなかった。浜面も今の大立ち回りで多少は疲れたが――
痛いのは身体だけだ。あの少年のように心まで殴りつけて来るような痛みなどスキルアウトらの拳に宿っていなかった。

麦野『ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね』

あの女の攻撃は掠っただけで死ぬ能力であり、浜面はそれを全て紙一重でかわして来た。
当たって痛いだけの拳ならば一発も当たる気がしない。
最強のレベル5(超能力者)を討ち果たしし、最弱のレベル0(無能力者)に打ち倒され――
目覚めの時を迎えた浜面の相手ではなかった。

???「だいじょうぶ……?」

浜面「……平気だ。このケガ、あいつらのじゃねえし」

???「痛い……?」

浜面「――痛えよ」

カラン、と浜面の手から鉄パイプが取り落とされ水溜まりに沈む。
呆気なかった。拍子抜けするほどあっさりと浜面は少女を助け出せた。
自分の手で何一つ変える事も選ぶ事も貫く事も出来ないと腐っていた浜面の手は……
今、例えようのない何かが確かな重みと形を持って浜面の手に宿っていた。

浜面「――ここが、痛え……」

???「………………」

浜面「穴が空いたみてえに空っぽなのに……痛くて痛くてたまんねえんだよ!!!」

押さえた胸、こちらを覗き込んで来る少女にも構わず地面を殴りつける。
紫暗に腫れ上がった拳に新たに生まれる傷と食い込む砂利、そして流れる血と溢れる涙。

浜面「なんで!どうして!!」

浜面は何故あの少年を下せなかったのか今はっきりと理解した。
勝てるはずがない。こんな力を乗せた拳の持ち主に、勝てるはずがなかったのだと。


そして―――



浜面「なんで俺はこんなちっぽけなんだよ!!」



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739 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:23:10.10 ID:G+RwveOAO
〜10〜

滝壺「………………」

少年は泣いていた。滝壺はその姿にかける言葉が見当たらなかった。
生まれて初めて見る、命乞い以外の異性の嗚咽に。

???「どうしていっつも取り返しのつかない所で取り戻せねえもん落っことしちまうんだ!!」

少年が流している涙。それが悔し涙である事は滝壺にもわかった。
この力をもっと早く手にしていたならば何かを変えられたかも知れないと。
友人を死なせる事もなく共に戦えたかも知れない。

命令以外の形で仲間を束ねる事が出来たかも知れない。
もう終わってしまった昨日を、乗り越えられたかも知れない今日を、変えられたかも知れない明日を……
夜の帳さえ白く染める驟雨に乗せて、少年は血を吐くように嗚咽を絞る。

???「なんで無くしてからじゃねえとそれに気づかねえんだ……!!」

取り返しのつかないモノ、取り戻せたかも知れないものが少年に重くのしかかる。
中腰で覗き込む滝壺を前に、頭を垂れて咽び泣く罪人のように少年は歯を食いしばる。

滝壺「――――――」

滝壺は、泥に汚れる事も躊躇わずにその場に膝をつく。
雨に濡れた黒髪が頬に張り付き、渇いた唇が上手く動かない。
それでも構わず滝壺は――少年へと、両腕を伸ばす。

滝壺「泣いていいんだよ」

滝壺は異性を知らない。恋を知らない。愛を知らない。
しかし滝壺は知っている。6月21日、あの夜もやはり雨が降っていた。
麦野沈利が心の闇をさらけ出したあの日、滝壺は手を差し伸べられなかった。

滝壺「あなたはちっぽけなんかじゃない」

滝壺は少年を胸に抱き寄せ空を仰ぎ見る。星一つ見えぬ闇の中、上がらぬ雨に撃たれ、晴れぬ暗雲の向こうに浮かぶ月を探すように。

滝壺「つらかったね」

???「うっ…ぐっ!!」

滝壺「もう、頑張らなくていいんだよ」

この、名も無き傷だらけのヒーローに向かって囁く。

滝壺「――助けてくれて、ありがとう」

???「――……オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

少年は泣き叫ぶ。この世界に生を受けた赤子の産声のように。
生まれて初めて助けた名も知らぬ少女の胸に抱かれて、少年は滂沱の涙を流す。
 
 
 
 
 
 
これが浜面仕上と、滝壺理后の最初の出会いだった。
 
 
 
 
 
 


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740 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:25:40.89 ID:G+RwveOAO
〜とある夏雲の座標殺し・0日目〜

結標「――貴女、名前は?」

姫神「――秋沙。姫神秋沙。貴女は?」

結標「――淡希、結標淡希」

姫神「淡い希(のぞみ)だなんて。幸が薄そう」

結標「秋(あい)の沙(すな)だなんて不毛な名前よりマシよ」

小夜時雨が降りしきる夜に、私が居候している部屋に駆け込んで来た一人の少女。
何でも彼女もかつて月詠小萌を家主としたこの部屋に転がり込んで来たらしい。言わば居候の先輩である。
名乗り合った後はお定まりの自己紹介。聞けば彼女は私より一つ年下で、特別留学扱いとして籍だけ置いている霧ヶ丘女学院に通っていたらしい事もわかった。つまり私の後輩に当たる。

姫神「雨が止んだら。寮に帰るから」

結標「好きにしたら?私だって居候なんだし、元々貴女の方が先輩なんでしょう?小萌だってそろそろ帰って来るでしょうし、ゆっくりしていったら?」

ゴシゴシと手渡したタオルで墨黒を流したような艶やかな髪を拭く。
その煉乳を溶かし込んだような肌と、この上なく整っていながら表情というものに乏しい横顔を私は卓袱台に頬杖をつきながら見やった。

結標「(変わった娘ね……この娘といい私といい、変わり者ばっかり拾って来るあんたも相当変わってるわよ、小萌)」

目を切って閉ざした瞼に浮かぶのは年齢不詳はおろか歩く年齢詐称とも言うべき家主の姿。
今日もあの小さな身体で生徒のために駆け回っているのだろうななどと思う。
学校には『窓のないビル』の『案内人』を務めてより通っていない。
もし小萌のような教師が担任だったならそれはそれで退屈しないだろうなとも。

結標「(……コーヒーくらい淹れてあげるべきかしらね。雨に当たっちゃったみたいだし)」

などと考えながら瞼を開く。するとそこには――

姫神「………………」

結標「……何かしら?私の顔に何かついてる?」

卓袱台を挟んで何処へと視線を向けていた彼女が身を乗り出してその微睡みの彼方を透かし見るような眼差しを向けて来た。
やっぱりお茶の一つも出さなかった事に腹を立てているのだろうかと訝ってみたが……

姫神「髪。赤い。地毛?」

結標「地毛よ。それがどうかした?」

彼女の視線は二つに結わえられた私の髪に注がれている。
別段染めている訳でもさほど目立っているとも思えない。
仕事で顔を突き合わせている男など若くして総白髪であるし昔『案内』したゲストに至っては髪が青かった。
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741 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:27:02.71 ID:G+RwveOAO
姫神「まるで。血の色――」

一房、髪に触れられた。一瞬喧嘩を売られているのかと思った。
女にとって同じ女に髪を断りもなく触れられると言う事は男同士で肩がぶつかるのと同じ意味を持つ。

姫神「私と。同じ――」

その一人言ちるような抑揚のない声音と、平坦な表情が何故か強く焼き付けられた。同時に、剣呑な毒気も抜かれた気がした。

結標「――やっぱり変わってるわ、貴女」

後に私は思った。『この娘』と出会わなければ、果たして私はどんな運命を辿ったのだろうと。

後に私は考えた。『あの娘』と出逢わなければ、果たして私はどんな未来を迎えたのだろうと。

この娘と一緒に生きたい、あの娘と一緒に死にたい。
分かち難く隔たる二人の狭間で壊れた私の弱さ、甘さ、脆さ。

結標「……コーヒーでも淹れるわ。貴女、お砂糖やミルクは?」

姫神「ありがとう。お砂糖はいらない。そのかわり。ミルクを少し」

あの夜、迷い込んで来たずぶ濡れの黒猫のような貴女に淹れたコーヒー。
ドリップもへったくれもないインスタント。安っぽい苦さと薄い味。
台所に立って、貴女に背中を向けて、それでも私はガラス越しに貴女を見つめてた。

姫神「あの」

結標「何かしら?」

姫神「いつから。ここにいるの?」

結標「最近よ。小萌から聞いた限りだと、貴女と入れ違いくらいだと思う」

ガラスを叩く雨の音の穏やかさ。お湯を沸かすガスの炎のあたたかさ。
それが貴女の寝息の静けさと低めの体温にとって変わるまで……
私達は一年近くを要して、そこから一週間かからなかった。

姫神「また。ここに来たら。いる?」

結標「どうかしらね?私もいつもいる訳じゃないし、いつ出て行くかもわからないわ」

今でも思う。私達は出会って良かったの?それとも出逢わなければ良かったの?
貴女に抱かれて、『あの娘』を抱いて、その度に胸を過ぎる答えのない質問。
でもただ一つ……『この娘』も『あの娘』も『自分』も裏切った私のただ一つ確かな事。

結標「はいコーヒー。熱いから気をつけてね」

姫神「ありがとう。貴女。ミルクは?」

結標「入れるわ。砂糖とミルクが入ってないと飲めないのよ」


貴女に巡り会っていなければ、今の私はここにいない。
 
 
 
 
 
 
――これが私と姫神秋沙の最初の出会いだった――
 
 
 
 
 
 

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742 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:31:10.95 ID:G+RwveOAO
〜11〜

上条「……不幸だ……」

一方その頃……上条当麻は冷たい鉄格子の檻の中にて泣き暮らしていた。
そこは世に言う留置場であり、不当に法を犯した者が正当な報いを受ける場である。

上条「上条さんも今まで色んなトラブルに巻き込まれて来たけど、流石に留置場なんて初めてですよ……」

絶対等速「(……ここのメシ、ひじきがちょっととたくあん二枚しか出ねえんだよなあ)」

上条「尻の穴に指突っ込まれるなんて……もう男として終わった気がする」

絶対等速「(味噌汁ついてくるだけマシか)」

上条「もう沈利の顔が真っ直ぐ見れねえー!!」

絶対等速「(卵くらい欲しいよなあ……)」

服部「お前初めてかここは?力抜けよ」

雑居房の片隅にて流した涙で『の』の字を書いて打ち拉がれる上条に服部半蔵が声をかけ、絶対等速は留置場の食事に思いを馳せていた。
そして呆れたような半蔵の声に、踏みつけられた豚まんのように顔を腫らした上条が振り向く。

上条「ははっ……まあそんなところです」

絶対等速「俺もそうさ。最近じゃ捕まった時の事考えて悪さする前に風呂入るようにしてる……あんたら何やったんだ?」

上条「……ケンカ」

服部「ATM強盗。急ぎで金が要ったんだが焦り過ぎてな」

絶対等速「そうか。俺も昔強盗やって風紀委員にぶち込まれた。世知辛いぜ」

上条は断崖大学データベースセンターの件で、半蔵は結標に破壊された隠し金や活動資金を取り返すために浜面抜きで事を起こして捕まった。
当の絶対等速はというと――昨日より八九年式モデルのブースタ(オーナー:垣根帝督)を窃盗した疑いで縄についている。

上条「顔写真撮られたり指紋取られたり尻の穴検査されたり……もうダメかも知れねえ」

絶対等速「そんなもんどうって事ねえよ。“無能力者狩り”の連中なんて手足どころか命まで持ってかれてんだ。生きてるだけ儲けさ」

服部「ああ……」

更に彼等ら以外にも……無能力者狩りに加わっていた能力者達まで続々と自首ないし連行されて来ているのだ。
その事に対し半蔵はやや皮肉な面持ちで疲れた溜め息を吐き出した。何故あと一日早くこうならなかったのかと。


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743 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/03(土) 21:32:15.13 ID:G+RwveOAO
〜12〜

上条「どう言う事だ?それ」

絶対等速「シャバにいたくせに知らねえのか?今日一日で無能力者狩りの連中が次々ブチ殺されてったんだとよ。殺し屋でも雇われたか……とにかく悲惨らしいぜ」

そう……駒場利徳の遺志を受け継いだ一方通行により無能力者狩りのメンバーは次々に射殺されて行った。
その数およそ30〜40人ほどであり、残りのメンバーは死を恐れ、余罪の追求覚悟で警備員への保護を申し出たほどであった。
特に主だった三人のメンバーの内一人は昨日逮捕され、一人は廃工場にて射殺体で発見され……
残る一人は潜伏先の病院で狙撃され死亡したと絶対等速は付け加えた。なかなかの情報通らしい。

服部「で、今更ビビって駆け込み寺かよ。つくづく自分に都合良く出来てやがるな能力者(アイツら)は」

上条「……そっか」

絶対等速「自業自得ってヤツだ。多分無能力者から“人材派遣”辺りに雇われた殺し屋か?手口が徹底してる」

服部「――因果応報さ」

思わぬ形で半蔵の双肩にかかっていた荷が下ろされ、代わって虚脱感が襲って来た。
罪悪感など微塵もない。されど達成感も欠片もない……そんなやり切れない気分だった。

服部「(思ったよりスッキリとは行かねえもんだな駒場のリーダー……あんたが生きてりゃもう少し手放しで喜べそうなもんだが)」

半蔵とてわかっている。今日一日で無能力者狩りもスキルアウトも共倒れに終わった。
特に代を取ったばかりの浜面にそれは荷が勝ち過ぎる状況だった。
誰が頭を取ろうと遅かれ早かれ自分達は潰れていただろう。
それでも諦め切れずに資金調達に打って出てたのは――
『はいそうですか』と過去を捨て真っ当な生き方を選べるほど半蔵自身が器用ではなかったせいだ。

服部「(懐かしいな……俺が計画練って、駒場が指揮して、浜面がアシを確保して――……)」

悪事の果てに黄泉川に三人まとめてぶち込まれ一晩中この留置場で喚いていた頃が遠い昔のようだと半蔵は懐古する。



――すると――



警備員A「上条当麻!釈放だ!!」

上条「!!?」

警備員A「こちらです」

???「んまー!上条ちゃんひどい顔なのですよー!!」

上条「なん……だと」

その時、鉄格子越しに姿を表した人物……安っぽい蛍光灯照らされ逆光を背負った小さなシルエット――

月詠「まるでサンドバッグなのです!!」

月詠小萌が、そこに佇んでいた。

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744 :投下終了です! [saga]:2011/09/03(土) 21:33:52.78 ID:G+RwveOAO
たくさんのレスをありがとうございます!では第二十話終了となります。お疲れ様でした!!
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745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/03(土) 21:36:36.22 ID:3EaO5vDT0
>>1

乙カレー
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746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/03(土) 22:04:31.36 ID:espJeInLo
乙ー
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747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/03(土) 22:12:07.65 ID:LyRrMoPd0

よもや留置場行きとは…
上条さんの不幸はパネェわwwwwwwww
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748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/09/03(土) 22:41:05.59 ID:phn0zUYq0

ここの浜面は、マジがんばれと言いたくなるわ。
スキルアウト6人相手に引けをとらない強さと、それだけの力をもっと早く持てなかったことを後悔する弱さを見せ付けられれば、
滝壺も惚れるわな。

しかし滝壺も体晶使用による死亡フラグが……本来なら垣根相手にそうするはずだったことが早まってるのは何をもたらすのやら。

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749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2011/09/03(土) 23:27:04.02 ID:0VOg8rYk0
>>1は絶対等速好きだなwwwwww
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750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/04(日) 09:17:48.71 ID:y2SsPQJAO

浜面いいな

しかしいつも思うんだが、なんで名前聞いただけで漢字わかるんだ姫神にあわきん
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751 :今日はこれだけです ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/04(日) 17:29:12.20 ID:TPkhWv4AO
〜簡単な人物紹介W〜

海原光貴……御坂美琴の世界を陰から日向から守る銀月の騎士。
グループの上役や垣根帝督相手に一歩も譲らない交渉力と粘り強さを持つ。

結標淡希……小萌のアパートに居候している赤髪の案内人。
後に黒い髪の少女と白の字の少女の狭間で大きく揺れる事になる。

絹旗最愛……麦野の後を継ぎアイテムを率いる事となったリーダーにして最年少者。
麦野を慕う反面上条を毛嫌いしており、いつか挽き肉してやろうと思っている。

フレンダ=セイヴェルン……金華のサバ缶味噌煮込み味と水煮を行ったり来たりし最近はサバカレーがマイブーム。
フレメアとは離れて暮らしているため、無能力者狩りの事を知らなかった。

滝壺理后……体晶をケースごと噛み砕いて能力発動するなどしたため中毒症状がかなり進行している。
ピンク色のジャージにちゃんと自分の名前を書いていたりと意外にしっかり者。

服部半蔵……駒場の死、浜面の失踪後に留置場に放り込まれる事に。
焼酎の牛乳割りで薩摩揚げをツマミにするなど悪食の気がある。

絶対等速……垣根の愛車を盗むなどして警備員に逮捕された留置場の牢名主。
『人材派遣』を知っているなど裏社会の事情にも精通している。

警備員……上条を逮捕し留置場へと放り込んだ若き隊員。
過去に兄が殉職しており、その志を継いで警備員となった経緯がある。
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752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/04(日) 17:33:43.14 ID:WSesibjuo
小萌wwww
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753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/04(日) 17:44:25.45 ID:3R4xhzHV0
やっと追いついた
面白いです乙!
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754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/04(日) 17:45:07.73 ID:RVpktnhGo
警備員は重要なのか・・・
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755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/04(日) 19:58:21.30 ID:atSDMY0To
滝壺が体晶使ったのっていつだっけ
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756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/05(月) 10:00:26.74 ID:fyaV77jq0
>>1
滝壺の体晶の使用方法は体晶をケースごと噛み砕くのではなく、
粉状の体晶を飲み込んで使用するんだよ
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/09/05(月) 10:39:13.75 ID:acsH/5W40
>>755
体晶自体は8月の絶対能力者編で御坂相手にする時使ってたはず。
ただ相手の能力乗っ取ろうと限界まで能力追跡使ったのは、今のところ10月のクーデターの垣根を相手にした時だけ。
758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/05(月) 11:10:49.59 ID:16Vt+QKP0
>>756
>>757
>>居場所。かつてフレンダが『ここ以外にも見つかるといいね』と言ってくれたそれが滝壺の胸裡を過ぎる。
その事がかつて常盤台の超電磁砲と会敵した際……
滝壺は体晶をケースごと噛み砕いて御坂の能力を乗っ取るという荒業に出させるほどだった。

荒業っていうくらいだからわかってて書いてるんじゃないかな?新約偽善使いでむぎのんは8月9日に引退したエピソードがあるから三人で戦ったんだだろうね

759 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 17:45:52.72 ID:r59ePYOAO
>>1です。第二十一話は今夜21時に投下させていただきます。
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/05(月) 21:00:32.63 ID:kPS7xu6O0
正座して舞ってる
761 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:00:40.46 ID:r59ePYOAO
〜冥土帰し〜

打ち止め『あの人は……あの人は何処?ってミサカはミサカは尋ねてみたり』

ソファーとテーブルだけが置かれた簡素な談話スペース。
冥土帰しはリノリウムの床面を照らす自販機の予め焙煎された豆を擦り潰す音と

打ち止め『うん……ミサカも早く会いたい、ってミサカはミサカは頷いてみる』

脳裏に蘇る打ち止め(ラストオーダー)の言葉を反芻しつつ腰を下ろした。

冥土帰し「ふう……」

更にピーという電子音が重なり、冥土帰しは自販機の取り出し口からコーヒーを取り出し苦い液体を一口含む。
そこへザーという雨音が加わり、立ち登る湯気が鼻腔をくすぐる。
たった今手術を終えた患者との出会いもまた、この談話スペースだったと思い返して。

麦野『――……お願いね、先生』

冥土帰し「(全く、“君達”は本当に医者泣かせなお得意様だね?)」

四肢動かせぬほどの致命傷、出血は命に関わるほどの致死量ながらも……
そのお得意様(かんじゃ)は寝かされたストレッチャーの上で平然と言ってのけた。
それは冥土帰しへの揺るぎない信頼と、自分の身体を入れ物程度にしか思っていない投げやりさが綯い交ぜとなっていた。
そこが『生きよう』とする打ち止めや妹達と対照的だと冥土帰しは感じている。

冥土帰し「(もう少し、自分を大切にしてもらわないと困るんだけどね?)」

故に冥土帰しは『これだけは使いたくなかった』と考えていた『負の遺産』を麦野に施した。
油脂系の『溶ける骨組み』を使って肉の再生ペースを整えた上で、急速な細胞分裂を促すそれを。
『生きるための身体』ではなく『戦うための肉体』を欲している麦野に。

しかしそれが時に――ひどく痛々しく感じられてならない瞬間がある。
かつて二度上条を死に目に追いやり、今自らが死に傷を負った少女、麦野沈利。

彼女は今手術を終え深い眠りに就いている。戦士の浅い微睡みと短い休息を思わせる寝顔を、打ち止めの遺伝子上の母にあたる御坂美鈴に見守られて。

冥土帰し「一応“彼”に連絡を入れておこうかな?」

――冥土帰しは空になった紙コップをゴミ箱に捨て、静かに立ち上がった。
孫娘のような年頃の麦野からすれば、差し詰め自分はおじいちゃんかと腰をさすりつつ。

762 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:01:08.75 ID:r59ePYOAO
〜御坂美鈴〜

美鈴「この娘は本当に強いわね……」

御坂美鈴は手術を終え深い眠りに就いた麦野の寝顔を……座りの悪いパイプ椅子に腰掛けつつ見守っていた。
その眼差しの先。湿布や絆創膏の貼られた頬、包帯の巻かれた額。
静謐ながらどこか張り詰めたその寝姿は、まるで枕元に銃を置いて眠る世界の人間のようだと感じられた。

美鈴「子供が強過ぎると大人がせつなくなるわ」

間接照明に照らされたその寝顔から、内に秘めた強さが滲み出ているようだと美鈴は感じていた。
それは自分が同性であり子を持つ母親だからかも知れないが――
麦野という少女は恐らく異性より同性にモテるタチだろうなと感じられて。

美鈴「んっ……ちょっとコーヒーでも飲んで来ようかしらん?」

そんな風に考えながら、美鈴は疲れ切っていながらも眠りに就く事を拒んでいる身体を立ち上がらせ廊下に出る。

美鈴「(そう言えば上条君ってばどうしたのかしら……まさか捕まっちゃったとか?ないない)」

涼しさと冷たさと寒さの入り交じった薄暗い廊下の空気を感じながら美鈴は歩く。
興奮という訳ではないが身体が依然として気を張った臨戦態勢のままで寝付けないのだ。
そして何より上条が姿を現すか彼女の身内とも言うべき人間にバトンを渡すまでは眠る訳に行かないと美鈴は感じていた。が

???「クスン……クスンクスン」

美鈴「……――?」

その時、通り過ぎた個室病棟から幼子が啜り泣く声が美鈴の耳朶を震わせる。
最初は病院にありがちな怪談ないし幽霊絡みの話が頭を過ぎったが――

美鈴「……開いてる」

僅かばかり開いた扉の隙間から漏れ出す啜り泣きの声に美鈴は何故か既視感を覚えた。
自分はどこかでこの啜り泣きの声を聞いた事があると。それもとても身近でありながらひどく遠い昔に。
それがどうにも放っておけず、せめて声だけでもかけてみようかと扉に手をかけると……

美鈴「ごめんなさい。どうかしたの?」

打ち止め「え……?」

美鈴「あらら……?」

愛娘がそのまま記憶の宮殿から抜け出して来たような少女が、そこにいた。

美鈴「……美琴ちゃん?」

打ち止め「!」

その少女もまた、何かに気づいたように両手で口を押さえて――

763 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:03:16.19 ID:r59ePYOAO
〜御坂美琴〜

御坂「――!!?」

白井「お姉様!?」

初春「御坂さん!」

固法「気が付いたのね」

一方その頃、御坂美琴は第一七七支部の仮眠室にてガバッと身体を跳ね起きさせる。
それを取り囲むは白井黒子、初春飾利、固法美偉の三人。風紀委員の面々である。

白井「お姉様あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!」

御坂「ちょっ、ちょっと黒子!!?どうしたのよ急に!?」

固法「どうしたはこっちの台詞よ御坂さん……貴女、ずっと眠っていたのよ」

御坂「えっ!?」

初春「そうですよ御坂さん」

御坂が目を覚ますなり号泣し飛びついて来る白井をなだめなつつ状況把握に務めようとする御坂に、初春からフォローが入る。
御坂は数時間前、警備員に抱きかかえられてここまで連れられたのだと。
そしてその警備員は三人に御坂を預けるなり忽然と姿を消してしまったのだと。

御坂「嘘……私が?」

固法「本当よ。最初は何かされて気を失ってるのかと思って透視させてもらったけれど……」

初春「外傷らしい外傷もなくてただ眠ってるだけみたいだったので……ここで」

白井「一体どうなさいましたのお姉様……何か覚えていらっしゃいませんこと?」

御坂「う、うん……」

身体に付きまとう奇妙な違和感と記憶の不鮮明さに当惑しつつ御坂は身体にかけられた毛布をはぐってベッドから下りる。
断崖大学付近のコンビニで上条当麻と初めて見るタイプの遊んでそうな優男と出会った所まで記憶はある。
だが御坂は白井の余計な勘ぐりを避けるためにあえて上条の事だけを伏せてその時の状況を説明した。が

白井「どこの憎いアンチクショウですのォォォォォ!わたくしのお姉様に狼藉を働いた痴れ者はァァァァァ!」

御坂「(やっぱりこうなった……)」

一人ボルテージを上げてヘッドバンキングする白井をスルーしつつ御坂は更にもう一つの隠し事に思いを巡らせる。
麦野沈利、上条当麻、そして海原光貴と思しき声の主に対して。
そんな思案顔の御坂を見やりながら、固法は眼鏡を直しつつ訝しんだ。

固法「だとしたら相当な使い手ね」

御坂「……?」

固法「御坂さんの不意を突いて、尚且つ無傷で帰せるような凄腕の持ち主がこの学園都市に何人いるって言うの?」

学園都市第三位を赤子の手でも捻るようにあしらえるほどの実力者……もしそんな人間が存在するならば――

764 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:03:43.75 ID:r59ePYOAO
〜垣根帝督〜

心理定規「アイテムから勧告があったわよ。親船最中の件について」

垣根「そうか」

心理定規「そうか……って貴女ねえ」

一方、第七学区の路上にて返還されたブースタ八九年モデルのシートに身を横たえ……
車内に酒精の残り香と紫煙を立ち込めさせる垣根に対し派手なドレスに身を包んだ少女が溜め息をついた。

心理定規「計画が漏れているのよ?どんな見込みがあればそんなに悠然と構えていられるのかしら」

垣根「決まってる。勝ちの目は揺るぎようがねえからさ。なんせ――」

咥えた煙草から落ちそうで落ちない灰を見やる心理定規に構わず垣根は語る。
その瞳に上条と言葉を交わしている時のような鷹揚とした雰囲気は既にない。
ブラックダイヤモンドのような眼差しが雨の街と夜の闇を無感動に見つめているだけだ。

垣根「情報を流したのは他ならぬ俺自身だからな」

心理定規「……!!」

垣根「親船最中が死のうが生きようが、狙撃手が殺されようが殺されまいが俺の勝ちは動かねえ。まあ警告がてら狙撃手が見せしめに殺されるかも知れねえがそんなもんは“人材派遣”の所で補充すりゃいい。もう手は打ってある」

ほれ、と垣根が投げて寄越したUSBメモリーを心理定規がパソコンに繋いで開くとそこには『紹介料70万円』『砂皿緻密』とあった。

心理定規「本来の目的(ピンセット)に目を向けさせないためのブラインドってわけ?」

垣根「最近、そういう賭けに失敗した男と知り合ってな」

心理定規「………………」

垣根「俺は、もっと上手くやる」

そう言い終えると垣根はシートを倒して横になった。
心理定規に『送って行く』とも『出て行け』とも言わなかった。
ただフロントガラスを叩く雨粒とネオンの光をただ黙って見つめている。

心理定規「……馬鹿な男ね」

垣根「心配するな。自覚はある」

能力を使わずとも理解出来る。この男にとって野心以上に魅力的な『女』などいないのだと。
その証拠に用は済んだとばかりに、ドレスの少女に一瞥すらくれないのだから。

心理定規「(……馬鹿な女ね)」

ルームミラーに映るその端正な顔立ちが、ひどく憎たらしかった。

765 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:05:56.32 ID:r59ePYOAO
〜禁書目録〜

禁書目録「とうまの馬鹿!しずりの馬鹿!!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!」

土御門「(エラい事になったんだぜい)」

禁書目録「もとはる!もとはるー!?ねえ聞いてるの!!?」

土御門「き、聞いてますたい!」

一方、土御門元春は帰って早々に隣室のインデックスに捕まった。
同じ必要悪の教会(ネセサリウス)の魔術師同士、『現在』のインデックスとも『過去』のインデックスとも土御門は接した事がある。
しかし今夜のインデックスはとことん質が悪かった。それは何故かというと――

禁書目録「きっと“また”二人でいやらしい事してるに違いないんだよ!」

土御門「そ、そんな事ないんじゃないかにゃー?カミやんはお前さんの事を本当の家族みたいに……」

禁書目録「もとはる!!」

土御門「はひぃっ!?」

禁書目録「い ま 私 が 話 し て る ん だ よ ?」

土御門「……はい」

――最初はこの暴風雨に乗ったゴミが上条家の窓ガラスを割り、生まれた穴から風が吹き荒び雨が入り込み……
『今一人ぼっちだから助けてほしい』と修繕に呼ばれたまでは良い。
『お腹すいた』と義妹・舞夏が作り置きしてくれたシチューを鍋から一気飲みされた事も許せないがまだ堪えられる。だが

土御門「(シャトー・ディケムにアネホ・インペリアルが……)」

麦野所有の白ワインとテキーラの空き瓶が転がった頃には後の祭。
立派な絡み酒のご相伴に不本意ながら預かる形となった土御門は何故か正座までさせられている。
既にフラフラになるまで追い込まれている事から如何な惨状を辿ったかお察しいただきたい。

土御門「(昔とエラい違いなんだぜい……)っておい何してる!?」

禁書目録「わからないの?もとはるを逃がさないためだよ!」

土御門「逃げないからどいてくれい!こんな所カミやんと麦野と舞夏に見られたら幻想じゃなくてブチコロシかくていなんだぜい!」

禁書目録「逃げたらもとはるにいやらしい事されたってある事ない事ぶちまけてやるんだよ!!」

その上土御門の膝を椅子代わりに座り、かつ据わった目で至近距離から蛇のように睨まれ……
土御門は蛙になれるならばこの雨の中高らかに歌い上げただろう。

土御門「ふっ、不幸なんだぜいー!」

禁書目録「とうまの馬鹿野郎ー!」

――インデックスが覚えていない頃の土御門のように――
766 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:06:26.11 ID:r59ePYOAO
〜食蜂操祈〜

食蜂「あらぁ、窓にカエルさんが来てるわぁ?」

ルームメイト「ひいっ!!?」

食蜂「ここ二階なのにスゴい跳躍力ねぇ?生命の神秘だわぁ」

一方、食蜂操祈は派閥の人間に煎れさせたセイロンミルクティーを口にしながら窓辺に張り付いたカエルを見やっていた。
設えられた安楽椅子に腰掛けつつ、ショパンのような雨音に耳を澄ませて

ルームメイト「(き、気持ち悪いわ!早くいなくなってしまえばいいのに……)」

食蜂「………………」

ルームメイト「(はっ、叩き落として追い払ってしまえばいいんだわ!)しょ、食蜂さ」

食蜂「――――――」

ルームメイト「」ガクン

食蜂「……五月蠅いわねぇ?」

――いた所、ルームメイトの心に走ったノイズが風情をぶち壊しにした事に食蜂は気分を害した。
どうやらこのルームメイトは蛙が生理的嫌悪の対象らしく……
その心のざわめきが食蜂には調律のズレたピアノの音色を聞かされたような気持ちにさせられた。
おかげでセイロンミルクティーの香りまで飛んでしまったような気がしてカップをソーサーに戻す。

食蜂「カエルさんの方がよっぽど静かよぉ?ねぇ?」

カエル「ゲコゲコ」

食蜂「……本当に」

棚から落ちた糸の切れた操り人形のようなルームメイトを無視して食蜂は窓ガラス越しにカエルと睨めっこする。
やはり人間以外では心の声は聞こえてこない。この雨垂れの音色より静謐だと感じながら――
ハアと甘い吐息をかけ白く曇った窓ガラスに相合い傘を描き、うち右側に『みさき』と書き込む。

食蜂「あの御方、なんてお名前なのかしらぁ……私の読解力をもってしてもわからないなんてぇ」

その左側に書き込むべき名前がわからない。あのひまわり畑の少年の顔も、名前も、能力も……
何一つとしてわからない。あの太くも深いテノールボイス以外には。

食蜂「“井の中の蛙大海を知らず”」

どこに行けば会えるのか、会ってなんと礼を言えば良いのか

食蜂「“されど空の青さ(深さ)を知る”――」

あの青い髪の後ろ姿に抱いた思いにつける名前が、食蜂にはまだわからない。

一年後……本物のひまわり畑が咲き誇る、終わらない夏への扉が開くその時までは――

767 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:08:40.17 ID:r59ePYOAO
〜警備員〜

警備員A「痛たたた……」

黄泉川「大丈夫じゃん?」

警備員A「心配には及びません黄泉川隊長!いつもの事ですから!」

同時刻。警備員第七三支部にて若き警備員が『片足の手術痕』をさすりつつ朗らかな笑顔で黄泉川愛穂に答えた。
この若き警備員は学生時代事故に巻き込まれて膝から下を失った事がある。
その後暫くして冥土帰しなる医者に再生治療を施され足を取り戻した。
しかし雨の日はやはり疼くのか、時折さすっている事を黄泉川は知っている。

黄泉川「お前はいつもよくやってくれてるじゃん。けど無理は禁物じゃんよ」

警備員A「はっ!肝に命じます!!」

黄泉川「(こういう熱血な所は兄貴譲りじゃん)」

この若き警備員の兄……かつての黄泉川の同僚は学園都市上層部の汚職の証拠を握り事件を追っていた所――
何者かによって証拠物件もろとも灰にされた。
弟と一緒に映っていた一枚の写真を除いてその全てを。

黄泉川「(――あれからもう何年経つか……)」

同時は学園都市の暗部に深く踏み込み過ぎたとも、そこに住まう掃除屋に消されたとも噂された。
皆がその死を痛み、また憤ったものだが――その兄の死はまだ学生であり車椅子に乗っていたこの若き警備員を打ちのめした。
それからしばらくしてからである。若き警備員の口座で匿名ながら莫大な額の金が振り込まれたのは。

黄泉川「(こいつはその寄付金で再生治療を受け、自分の足で立ち直り、それを乗り越え、兄貴と同じ道を選んだ)」

それらの経緯について黄泉川なりに調べた所、何度か焼け落ちた事件現場時に花を供えに来る少女がいたらしい事もわかった。
おぼろげな目撃情報のみで顔まではわからなかったが『茶色い髪の少女』という事のみわかった。
ここで夢想癖のあるものならば、その少女が何らかの形で事件に関係していたのではないかと勘ぐる事も出来ただろう。
しかし、真相は今もなお深い闇の中である――

黄泉川「……よし、今日はみんな頑張ったから私から一杯おごるじゃん!」

警備員一同「「「「「よっしゃー!!」」」」」

例え若き警備員とその少女が街中で出会したとしても互いに気づく事は永久にないだろう。
片足を失い車椅子に乗っていた少年は足を取り戻して警備員となり……
幼かった少女は既に歳不相応なまでに大人びてしまったのだから。


例え、既にこの雨の中巡り会っていたとしても――


768 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:12:40.76 ID:r59ePYOAO
〜麦野沈利〜

麦野「………………」

手術後しばらくして……麦野沈利は冥土帰しの病院のベッドで目を覚ました。
その茶色というより栗色に近い巻き毛まで寝汗で濡らし、汗ばんだ額に張り付く前髪をより分けて。

麦野「……上手くやってくれたみたいだね。カエル顔の医者(せんせい)」

髪をいじる左手を念の為に指先まで開き、閉じるように握り込む。
同じく右手も動作確認し、足の爪先も確かめる。
四肢の動きも戻っている。手術後の熱や痛みは冥土帰しが調合した特別製の麻酔薬によって打ち消されているが――

麦野「……ひでえツラになったもんだね。女の私が男前が上がったって仕方ないのに」

胸元から腹部にかけて包帯が巻かれているのをパジャマの上から確認出来た。
それから頬にも絆創膏や湿布、額にも包帯が施されているのが手触りでわかる。
鏡を見る気にもなれなかった。同時に人に見せる気もなかった。だがしかし

麦野「……まあ、しゃーないか。あんまり贅沢も言ってらんないし?」

???「そうだぜ。んな事言ったら俺なんて豚まんみたいになっちまってんだからさ」

麦野「……本当、お互いひどい顔してるわねー」

???「ああ、暗くて本当に良かった」

いつしか止んでいた雨が、月に照らされて虹を描いているのが開け放たれた窓辺から伺えた。
暗雲の名残を引く星月夜をバックに、夜風に翻るカーテンがそのシルエットに一瞬重なっては離れ行く。
夜空にかかる三日月のような白虹。そこに佇む少年の声。

麦野「……どうして?」

???「……お前、今自分がどんな顔してるかわかってねえだろ?」

麦野「………………」

???「ほら――」

その朧気なシルエットが麦野へと歩み寄って来る。
麦野の滲んでぼやけた視界にもはっきりと、くっきりと、ゆっくりと歩を進めて。
術後の痛みや傷口の熱など麻酔で打ち消されているのに、ひどく胸が痛む。
雨は上がり雲も薄まっているのに、シーツの上にポタポタと水滴が落ちる。

???「こんな近くまで来ねえとわかんねーだろ?」

風が吹く

麦野「……まだ」

雲が散る

???「……これくらいか?」

月が輝き

麦野「……まだ遠い」

影が重なり

???「――こうか?」

時が止まり

麦野「――――ッッ」

言葉が

???「――ただいま」

奪われる――

769 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:14:13.86 ID:r59ePYOAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――上条「もう、泣いていいんだぞ?」―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
770 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:15:10.98 ID:r59ePYOAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十一話「L'alba separa dalla luce l'ombra」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
771 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:15:54.50 ID:r59ePYOAO
〜月詠小萌〜

月詠「……スゴい声なのですよー」

雨に濡れ風に揺れる一輪の百合を見やりながらショートホープに火を点け、旨そうに吸い込んで吐き出すは月詠小萌。
上条をここまで乗せて来た愛車に身を凭れさせながらトントンと携帯灰皿に灰を落とし、目を瞑る。
耳を澄ませるまでもなく二階からさえ聞こえて来る麦野の泣き声に、小萌は上条を連れて帰る事を諦めた。

月詠「上条ちゃんは本当に女泣かせの悪い子なのです!先生はそんないけない子に育てた覚えはないのですよー!」

サンドバックにされた男の子と夜泣きの赤ん坊のような女の子、どちらを優先すべきかはこの月灯りより明らかである。
故に小萌は煙草一本分だけ待つという体裁をとって置いて行く事にした。
何せ灰皿がいっぱいになるよりも長く待たせた女の子がそこにいるのだから。と

???「あら?」

月詠「あ……」

???「もしかして大覇星祭の時の……上条君のクラスの先生でしたっけ?」

月詠「あっ、確か、ええっと……」

???「ああ、良いんです良いんです」

と……月灯りの下姿を現した意外な人物に小萌は見覚えがあった。
慌てて煙草をもみ消そうとするその手を遮る声音。
それは大覇星祭で上条夫妻と共にいた保護者にして……

美鈴「――夫が吸いますので」

月詠「あうー……」

学園都市第三位超電磁砲(レールガン)の母、御坂美鈴である。

美鈴「……彼も無事だったみたいですね」

月詠「たった今まで留置場で社会勉強していた所です」

美鈴「あちゃー……」

月詠「(でもどうして親船理事から釈放要求が??訳がわからないのですよー)」

そこで美鈴と小萌はニ三言葉を交わし、夜も遅いので共に帰る事にした。
『後は若い二人に任せて……』という年長者からのささやかな気遣いである。そして

美鈴「――――――」

美鈴はもう一箇所の病室を見上げ、フッと微笑みかけると――

打ち止め「――――――」

その病室から手を振る少女の姿は美鈴は認め、同じように手を振り返した。

月詠「どうかなさいましたか?」

美鈴「――いえ」

そこで打ち止めと美鈴が如何なる言葉を交わしたのか……それを知るのは――

美鈴「――“娘”に会ってたんです」

――夜の海を揺蕩う、水母のような月ひとつ――

772 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:17:54.54 ID:r59ePYOAO
〜フレンダ=セイヴェルン〜

フレメア『お月様綺麗だね。フレンダお姉ちゃん』

フレンダ「まあそうね……ってフレメア、結局もう三時間は話してる訳よ。いい加減通話料ヤバ……」

フレメア『えー……大体、いつも電話もメールも出てくれないフレンダお姉ちゃんがいけないんだよ?たまにはお話したい!』

フレンダ「(結局、そのたまにが長い訳よ)はいはい……じゃあフレメアが眠くなるまでは付き合ってあげるから」

遠く離れたセイヴェルン姉妹は携帯電話片手に同じ月を見上げていた。
フレメアはベッドに寝そべりつつ、フレンダは窓枠に腰掛けつつ。
通話時間は既に三時間を越えても尚話が尽きず、特にフレメアの声は時を追うごとに饒舌になって行く。まるで

フレンダ「(結局、大事にするつもりが寂しい思いをさせてるのは私って訳よ)」

フレメア『フレンダお姉ちゃん!私のお話ちゃんと聞いてくれてる?』

フレンダ「はいはい聞いてる聞いてる。オズマランドの話でしょ?」

フレメア『うん、大体いつでも良いからフレンダお姉ちゃんと行きたいなあ、って』

フレンダ「……出来れば他の遊園地にしない??お姉ちゃんあそこはちょっと苦手な訳よ」

フレメア『いーやー!たまには私のわがまま聞いてよー!!』

フレンダ「(ああ、結局こういう強情な所は私譲りな訳よ)」

寂しさを紛らわせるような原因を作っているのは自分のせいだとフレンダは電話越しだからこそ渋面を作る。
オズマランド。フレンダがペットボトルに気体爆弾イグニスを詰めてテロを起こそうとした遊園地。
アイテム加入前に加わっていた計画での苦い思い出が胸によみがえり、正直あまり良い気分ではない。が

フレンダ「はいはいわかったわかった……結局、いつがいい訳よ?」

フレメア『いいの!?』

フレンダ「(結局、言い出したら聞かない訳よ)」

遊園地一つ行くのにさえ躊躇う、姉妹で異なる世界とその立ち位置。
しかし結局妹に甘いフレンダはフレメアとオズマランドに行く約束を交わし、キャッキャと喜ぶフレメアの声を聞きながら思った。

フレンダ「(……絹旗はどうだったのかな)」

自分はどれだけ闇に身を窶しても『家族』がいる。血を分けた姉妹がいる。

しかし彼女は……置き去りの子(きぬはたさいあい)はどうだったのかと――
773 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:18:22.52 ID:r59ePYOAO
〜絹旗最愛〜

ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

絹旗「………………」

???『絹旗ちゃんはさ、研究所(ここ)から出たらどこ行きたい?』

???『映画館?絹旗ちゃん映画館行った事ねーの?』

???『ヒッハハハ……悪い、実は私も行った事ねえんだ』

???『……私も、親いねえからさ』

???『だからさ、いつかここ抜け出したら一緒に映画見に行こうぜ』

???『――約束な?絹旗ちゃん――』

ガシャン!と絹旗はシャワールームの鏡を殴りつけ粉々に破壊した。
降り注ぐ白湯に鮮血が混じり、濡れたニットのワンピースが雨から湯に変わっても凍てついた心は溶かせない。
散々いじくられたドス黒い脳細胞の、数少ない真っ白な記憶だけが消えてくれない。

絹旗「……嘘吐いたのは私ですか?約束破ったのはあンたの方ですか?」

音を立てて排水溝に消えて行く鏡の欠片に絹旗は濡れたニットのワンピースのままへたり込む。

絹旗「超壊れたのは私ですか?超狂ったのはあンたの方ですか?」

鏡に映ったもう一人の自分達が、この鏡のように壊れてしまったきっかけは何だったのか。
絹旗は怪我をするのも構わず鏡の欠片を拾い、握り締め、血を流し、涙する。
わかっている。壊れた欠片をいくら拾い集めて元になど戻らない。あの頃になど帰れない。

絹旗「超寒いです……」

自分をどれだけ抱いてもシャワーを浴びてもあたたかくならない。
当たり前だ。冷め切っているのは自分だからだ。
どれだけシャワーを浴びてズブ濡れになっても、泣いても叫んでもあの頃になど帰れない。
いっそ壊れてしまえたらどれだけ楽だったろうと

黒夜『私、黒夜海鳥ってんだ。よろしくな!……えーっ、えーっと』

黒夜『ヒッハハハ……ごめん、私馬鹿だから下の読み方わかんねーわ』

黒夜『でもいいよな。“最愛”って名前』

黒夜『一番大好きって意味だもんな!!』

黒夜『私も絹旗ちゃんの事大好きだぞ?』

黒夜『私らが姉妹(かぞく)だったらなー』

黒夜『泣くなよォ……絹旗ちゃンは泣き虫だなァ』

黒夜『絹旗ちゃーン……』

黒夜『絹旗ちゃァァァァァン!!!!!』

――彼女のように、彼女と一緒に壊れてしまえたらどれだけ楽だったろうと――

774 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:20:39.76 ID:r59ePYOAO
〜滝壺理后〜

???「グー……ゴゴ……」

滝壺「……あったかい……」

滝壺理后は第七学区にある公園の東屋にて、夜明け前の空を眺めながら少年と身を寄せ合っていた。
霞行く空は既に月を追い落とさんとし、雨は止んで久しい。
聞こえて来るのは雨垂れの名残、そして少年の寝息。
よほど疲れ切っていたのだろう。少年は数時間に渡って泣き続け、雨上がりと共に泣き止むと――
そのまま絹旗の胸で眠ってしまったのだ。まるで泥のように。

滝壺「(……男の子の肩って、ゴツゴツして固いんだ)」

濡れた服のままでは風邪を引いてしまうかも知れないと思い、先程の24時間スーパーで適当なシャツを買って着替えた。
秋の夜は少し冷え込んだが、そのせいか少年の肌身の暖かさがより伝わって来る。
少年は兎も角、滝壺は持ち合わせに困ってなどいないのだから個室サロンなりなんなり移動しても良かったのだが――

???『だ、ダメだ!会ったばっかの女の子とこ、こ、個室サロンなんて!半蔵じゃあるまいし!』

???『俺男だぞ!?スキルアウトだぞ!?さっきあんな目にあったばっかじゃねえか!もっと自分を大事にしろって!!』

???『い、いや……別に二人きりになったからって何する訳でもないんだけど……しねえとも限らねえだろ!しちまうから間違いってんだ!!』

???『な、名前は勘弁してくれ……こんなカッコ悪いとこ見られてまだ名乗れるほど図太くねえよ、俺』

滝壺「(かみじょうとは全然違う、ね)」

滝壺は恋を知らない。愛を知らない。異性を知らない。
しかしこの少年が悪く言えば意気地無しで、良く見れば純粋なのが滝壺にはわかった。
故に一晩、ほとんど人生の中で初めてと言って良いくらい異性と話をした。
それは少年も同じだったようで、ほとんど少年が語り手、滝壺が聞き手であったが――

滝壺「……いいんだよ」

滝壺は登る曙光に目を細めながら考える。麦野が上条の強さに魅せられたのならば……
自分はきっと、誰かの弱さに惹かれるタチなのだろうと

滝壺「――大丈夫、私はそんな弱い(つよい)君を応援してる」

滝壺がそっと立ち上がり、少年の肩にピンク色のジャージを羽織らせる。
そして東屋から出、一度だけ振り返って少年の傷だらけの寝顔に……微笑みかけた。

滝壺「また、ね」

『一度会えば偶然、二度逢えば必然』という麦野の言葉が何故か頭をよぎった。

775 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:21:05.44 ID:r59ePYOAO
〜一方通行〜

一方通行「夜明け……か」

一方通行はビル群の彼方より登り行く夜明けを見上げながら『仮眠室』を出、雨上がりの街を行く。
カツ、カツという杖の立つ音の響きが右手に馴染むようになって約1ヶ月。
そして未だに馴染まない拳銃の握りが左手に痺れをもたらし早三日となる。

一方通行「………………」

水溜まりを避け、人通りと同じく行き交う車もないスクランブル交差点を行く。
目指す先は濡れたアスファルトの上に描かれた黒白の鍵盤を思わせる横断歩道。そしてコンビニと御坂美鈴と邂逅した郵便ポストが見える。
同時にゴミ収集所にたかるカラスの群れがガアと不愉快な一鳴きを上げた。

一方通行「(……翼か……)」

自らの身の内に目覚めた黒翼を連想させるカラスの羽根に一方通行はその優麗な白眉を歪ませる。
翼。それは昨夜断崖大学データベースセンターで目の当たりにした『光の翼』をも思い出させる。加えて

一方通行「(……なンだったンだ?あれは)」

遠目から見つめるに誰かの能力なのかも知れなかったが――
心当たりがなくはなかった。ただそれを確かめるだけのゆとりがなかった。
美鈴を逃がすべくスキルアウトらを屠るのに手一杯で。

一方通行「(……コーヒーでも買って行くかァ)」

思わず携帯電話で現在時刻を確認しようとし――そこで気付く。
ポケットに入れっぱなしにしていた駒場利徳が遺した携帯電話に。
そして……待ち受け画面の少女。打ち止めと同じような年頃の金髪碧眼の少女。

一方通行「………………」

首筋のチョーカー(電極)に手をかけ、能力が戻っているかを確かめる。
電極は正常に作動し、代理演算機能も復活している。そこで――

バギンッッ!

一方通行「クソッタレが」

その携帯電話をベクトル操作で粉微塵に破壊した。
ひとかけらの証拠も残らぬよう朝風に乗って消えるまで。粉末状になるまで徹底的に破壊する。

一方通行「――取り戻す」

それは電極の正常な機能を指してなのか、はたまた打ち止めを指してなのか……その胸の内を知る者はいない。

一方通行「――ふン――」

ゴミ漁りをするカラス。忌み嫌われる不吉な凶鳥。最低辺の存在。
何故か自分と重なって見え、一方通行は鼻を鳴らすとコンビニのドアをくぐっていった。

776 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:22:59.76 ID:r59ePYOAO
〜浜面仕上〜

浜面「う……」

ひりつく傷と痣に障る爽やかな朝風に眉を顰めて浜面仕上は目を覚ます。
筋肉痛と打撲と擦過傷に痛む身体。傷口から体内から発せられる熱が寝汗となって額を滲ませているのが感じられる。
そして左肩口から消え失せた柔らかい感触とあたたかい体温に代わる、ピンク色のジャージも。

浜面「……行っちまったか」

肩にかけられたジャージ。互いに名乗らなかった名無しの少女。
年の頃は自分と同じか、一つ上か、一つ下か……
だが浜面にとって、大事なのは彼女が何者かなどではない。

浜面「――ありがとう」

一つの区切りと立ち直りのきっかけ。駒場のいた一昨日の世界。駒場が死んだ昨日の世界。駒場のいない今日の世界。
浜面仕上のいる世界。生き延びたいと昨日願った明日が今日になる。
浜面は一つ拳を握って東屋の長椅子から立ち上がると大きく背と両腕を伸ばして深呼吸した。

ガサガサ……

浜面「……グッチャグチャだな」

そんな爽やかな朝の陽射しの中、浜面はポケットの中からマイルドセブン・セレクトを取り出す。
雨に濡れたためシケっており、散々大立ち回りを繰り返したためヨレヨレに折れてしまった煙草。
まるで今の自分のようだと思いつつ一本口に咥え、火を点けた。

浜面「……マジい」

生乾きの煙草、最悪の味、炙った穂先から立ち上る消化不良気味の紫煙。
目にしみる。フィルターがしょっぱい。それでも――

浜面「……誰だよ、こんなもん人生の味なんて言ったやつ」

死体すら残らなかった駒場利徳への墓引きの煙として浜面は朝焼けの空にそれを手向ける。
長い目で見ればこの煙草のように灰になるか煙になるか燃え尽きるしかない人の一生。
しかしこの人生を自分の足で生きて行かねばならない事を浜面は知っている。

浜面「……このジャージ」

羽織っていたジャージを広げ、裏返してよく目を凝らしてみる。
どことなく香水とは違った甘い香りと煙草の煙が混じり、浜面はそこにもういない少女の存在を感じた。

浜面「“RIKOU TAKITSUBO”……たきつぼ、りこう??」

ジャージの内側のタグに書かれたその少女の名前にどんな漢字を当てるのか……
浜面がその字を知る日は、もうすぐそこまでやって来ていた。


暁の空に座す、夜明けの太陽と共に――

777 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/05(月) 21:24:06.07 ID:r59ePYOAO
〜上条当麻〜

上条「……朝か」

麦野「すー……すー……」

登りきった太陽が病室を照らし、涙の跡が残った麦野の寝顔に光を注ぐ。
上条の手を握ったまま、静かな寝息だけをゆっくりと立てて。

麦野『私は私が嫌いだけど、あんたが好きでいてくれる私はそんなに嫌いじゃない』

眠る前に話した多くの事。ポツリ、ポツリと紡がれた言葉。
普段見せない素顔と口にしない本音。今回の一件はそれなりに堪えるものがあったのか麦野は常より饒舌だった。
自己嫌悪と自己破壊と自己否定の源泉たる心の闇に飲まれまいとするように。

麦野『――もう、ガラスケース越しに世界を見るのを止めただけよ』

いっそ突き放したような冷たい声音と渇いた口調。
皆との夕食会、御坂とのお泊まり会、インデックスとのおにぎり作り、オズマランドでのデート。
そして罪業に満ち充ちた過去との対峙と、御坂美鈴という大人の存在が麦野を立ち上がらせるきっかけとなった。

麦野『背負ったものの重さは一生変わらないわ。ただ、私がそれに潰されない程度に不貞不貞しくなったってだけの話』

麦野は過去を乗り越えたとは言わず、受け入れたと言った。
御坂を守るとは言わず敵を討つという表現を使った。
そして自らを取り巻く世界に迎え入れられるのではなく、傍らに寄り添う事を選んだ。
どこまでもひねくれていて――どこかしら真っ直ぐだった。

上条「学校行かなくっちゃな……その前に家帰って、シャワー浴びて」

上条は思う。麦野は上条以外の何者も守らない。しかし美鈴との約束はきっと守るだろうと。
あの第十九学区での戦いで自らの殻を破った麦野が……
まるで生まれて初めて目にしたものを親と思い込む刷り込みのように上条を愛した麦野が――
何者の意思にも拠らず自分の意志で弱々しくも立ち上がったのならば、自分はその歩みを支えたいと思った。

上条「洗濯機回して、スフィンクスにエサやって、インデックスにメシ作って」

それが長い時間を、それも一生という時間をかけたとしても――
上条は麦野とそれを取り巻く世界の全てを守りたいとそう強く誓った。
二万五千円の指輪が、五千円のガラスの靴が、いつの日か本物になるように。

上条「――今日も一日、頑張るぞ!!!」

麦野「ブツブツうるせー!」バシーン!

上条「」

麦野「早く学校行け!……馬鹿」




――この、何度沈んでも陽が昇る世界の中で――




778 :投下終了です! [saga]:2011/09/05(月) 21:28:06.01 ID:r59ePYOAO
以上、二十一話終了となります。たくさんのレスをありがとうございます。

>>756
はい。本来とは違う無茶な使い方をしなければいけないほど御坂に追い込まれた、と考えていただければ幸いです。


……ボツにした三巻再構成のアバンでアイテム(麦野抜き)VS御坂美琴書いて見たかったなあ……では失礼いたします。
779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/05(月) 21:29:48.28 ID:5w6Evdpg0
780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/05(月) 21:30:28.05 ID:kPS7xu6O0
乙一
781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/09/05(月) 22:08:50.07 ID:acsH/5W40
乙です

>ボツにした三巻再構成
まだプロットが残っているなら、是非読みたいです。
782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/06(火) 07:12:50.89 ID:9/zDkJxpo
おつ
783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/06(火) 07:15:05.82 ID:9/zDkJxpo
心理定規「アイテムから勧告があったわよ。親船最中の件について」

垣根「そうか」

心理定規「そうか……って貴女ねえ」


ていとくんが女の子だったようです
俺得
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/06(火) 10:06:23.84 ID:QAlQpNl80
やめろwwwwwwwwwwwwwwいままで上条さんとのやりとりがなんかせつない乙女的なもんになるだろ…

乙。警備員A、むぎのんが殺した回想シーンの警備員の弟だったんだね…そして回想黒夜見た後新約の絹旗がチョコあげるシ−ン読み返すと涙出てきた
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/06(火) 13:45:49.69 ID:yCd103jAO
乙!

節々に青ピの続編フラグが立ってる……のか?
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/07(水) 00:19:21.59 ID:gSpNvRVp0
>>1
これはスピンオフ作品を書くためのフラグだな

>>783
『あなた』を漢字で変換しなさい
787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/07(水) 02:05:50.95 ID:jf83mxSIO
>>786
つまらんツッコミすんなよ
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/07(水) 06:37:30.10 ID:c3GcktzFo
『あなた』を漢字で変換しなさい
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/07(水) 13:02:28.22 ID:A5k5R3tAO


これは>>786が残念
790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/07(水) 16:16:33.28 ID:bZ1pWga2o
>>786さんネタにマジレスかっけぇーっすwwww
791 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/08(木) 21:12:04.84 ID:NQ+V6nxAO
>>1です。少々体調が悪いため第二十ニ話は今週末土日いずれかになると思います。すいません……

>>781
はい。プロットだけは頭にあって、「ギクシャクする上条さんとむぎのん」でした。
むぎのん大喧嘩の末に怒って家を出て行ったり、御坂と本気で殺し合いをしたり、土御門らと流し素麺をしたり、ゴムに穴を空けるエピソードなどありましたが――
悪条さんの影響を強く受け過ぎてしまったためにボツにしてしまいました。すいません。
792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/08(木) 21:23:19.87 ID:N5OCQ4BRo
お大事に
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2011/09/09(金) 14:57:55.63 ID:LBtn1FUt0
>ゴムに穴を空けるエピソード
これがとても気になります
794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(dion軍) [sage]:2011/09/10(土) 09:56:28.53 ID:nYFVxyAL0
>ゴムに穴を空けるエピソード
俺も気になった・・・上やんと麦ノンの子供、マジで出てきてくれないかな。
795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/10(土) 10:24:44.97 ID:GyJLlvmZ0
>>794 sageェ・・・
796 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 17:24:17.03 ID:42BNj/aAO
>>1です。第二十ニ話は今夜21時より投下させていただきます。では失礼いたします……
797 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 20:59:53.89 ID:42BNj/aAO
〜10月8日〜

???「……位!」

麦野「(あれからもう四日も経つのねえ……)」

???「……四位!!」

麦野「(アビニョン……あのおしぼり女もいんのか。なんかすっげームカムカしてくんだけど)」

???「第四位ってば!!!」

麦野「五月蝿いわねえ……傷に響くからデカい声出さないでくんない?第三位」

御坂「もうっ……」

10月8日、16時6分。麦野沈利と御坂美琴は冥土帰しの病院のラウンジにいた。
そこは中庭のハーブガーデンを臨めるガラス張りの窓際席であり……
向かって左側に車椅子の麦野、右側に学校帰りの御坂がそれぞれ腰掛けている。

御坂「何よいきなり黙り込んでボーっとしちゃって……これじゃまるで私が一人で話し掛けてる変な子みたいじゃない」

麦野「一人デカい声出してる時点で十分変だっての……だいたいさあ」

麦野が空になったシャケ弁の容器を隅に追いやり、再び動くようになった右手で大きめのマグカップに入ったエスプレッソに口をつける傍ら――
チラッと通路を挟んだ向かいの席に冷めた眼差しを送る。そこには

白井「………………」ゴゴゴゴゴ

麦野「……あそこでストロー噛みながらレモンティーぶくぶく泡立ててる小パンダはなに?」

御坂「……気にしないであげて。四日前からずーっとこうなの」

ドス黒いオーラを隠しもせず漂わせ、麦野らをウォッチングしている白井黒子の姿があった。
確か上条二回目の入院の見舞いや『残骸』絡みで見た顔だなと麦野はつまらなさそうに見やる。
というより御坂とインデックス以外の名前を覚えないため白井への認識は『口喧しい小パンダ』にとどまっている。が

白井「(ドちくしょうがァァァァァ!お姉様があんなにも甘く優しくお声掛けなさっていると言うのにその素っ気なさはなんですのォォォォォ!!)」

一方的にメラメラと情念の鬼火を燃やす白井の心中は穏やかではない。
相手は敬愛する御坂の仇敵でありながら一夜を同衾した麦野。
敵視して良いのか嫉妬して良いやらわからぬ存在である。

白井「(ならばいっそわたくしこと白井黒子とその席を代わっていただきたいですのォォォォォ!!!)」

それも他ならぬ麦野自身が御坂を呼び出したのである。
そして御坂は一もニもなく病院へと駆けつけたのだ。
白井をして面白かろう筈がないのである。心配そうに麦野を見つめる御坂の横顔も、無味乾燥な眼差しで見返す麦野も。

798 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:00:23.19 ID:42BNj/aAO
〜2〜

御坂「……それにしても本当にビックリさせられたわ。あんたがそんな大怪我してる所なんて初めて見た」

有り得ないと御坂は思った。このプライドが服を着て歩いているような相手が……
車椅子姿で人前に、それも自分の前に出て来る事そのものが怪我以上に有り得ないと。
そのくせ何があったか一切語らないスタンスだけがいつも通り麦野のままで、そのギャップに御坂はひどく戸惑った。

御坂「……あんたってさ」

麦野「なんだよ」

御坂「聞いた事は答えてくれないし、自分の事はちっとも話してくれないし……私ってばそんなに信用ない?」

白井「(お姉様が何やら切なげな横顔をなされておりますの……って思いっきりそっぽ向いてますのォォォォォ!!)」

溜め息をついて憂いの表情を浮かべる御坂を麦野は顔を横向けて目線を合わさない。
代わりに、ガラスに映った御坂の横顔と真っ直ぐな言葉に耳を傾けていた。

御坂「そのくせこんなメールでいきなり呼び出して来るしさ」

膝の上に畳んで抱えた麦野のオフホワイトのコートに置いた携帯電話を開いて見せる。
その画面には一通のメールと素っ気ない一文が映っていた。

――――――――――――――――――――
10/8 11:19
from:麦野さん
sb:コート返せ。
添付:
本文:
あと渡したい物あるから来て。いつもの病院
――――――――――――――――――――

白井「(お姉様を都合のいい女扱いしておりますのー!?)」

麦野は語らない。断崖大学での出来事も、負傷の理由も、美鈴との約束も、何一つとして。
事情を知る上条は既にアビニョンに飛び立ちインデックスにはしっかりと口止めしている。だが

麦野「――リハビリよ」

御坂「リハビリ?」

麦野「そう、リハビリ」

百合を敷き詰めた硝子の棺から抜け出し、『眩しい世界』への社会復帰(リハビリ)の第一歩として――
麦野は御坂を選んだ。好意とはまた異なる類の信頼の裏返しとして。

御坂「(……そっか)」

白井「!!?」

その時、御坂がふっと抜けたように微笑んだ。
側で見ていた白井がギョッとするほど、優しく爽やかで晴れやかな笑みを。

御坂「(覚えててくれたんだ)」

10月2日の夜、御坂から歩み寄り、手を差し伸べた手を、かけた言葉を。それが御坂の心根を解きほぐす。

799 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:02:21.46 ID:42BNj/aAO
〜3〜

御坂『でしょ?だからさ、あんたが困ってる時、辛い時……逆に私もそういう時があると思う。そんな時さ、顔合わせてコーヒーでも飲めたらさ……いいと思わない?これなら重くないでしょ?』

麦野「(――ただの社交辞令じゃなかったって事か)」

図らずも神裂火織との戦いで御坂と鉢合わせたカフェで頼んだのと同じエスプレッソを口にしながら麦野は御坂を見やる。
その場の雰囲気と社交辞令だと思っていた誘いにあまり期待せず、あえて不躾なメールを送ったにも関わらず――
言葉通りやって来た御坂に対し、一瞬なりとも好悪の天秤があらぬ方向へと傾いだ。
そのひどく嬉しそうな表情に、一瞬釣られそうになる口元をマグカップで遮って。

御坂「――じゃあ、手貸してあげる」

麦野「………………」

御坂「手伝うよ。だってリハビリは一人じゃ出来ないでしょ?」

リハビリ。社会復帰を意味するその言葉はテーブルを隔てた二人の間ではそれぞれ異なる意味を持つ。
麦野は『眩しい世界』への回帰を、御坂は傷ついた麦野が頼って来てくれた事そのものに対して。さらに

白井「(お姉様マジ天使!)」

ベルサイユのばら風のショッキングな顔芸の白井が入り込めない世界が目の前に広がっていた。
上条譲りの不幸さとフラグを立てる能力と、女性版上条とも言うべき御坂のフラグメーカー能力が噛み合わさったのだ。
今や間に挟まれた白井は泡立てていたレモンティーに乗っているスライス並みにいらない子になりつつあった。故に

白井「わっ、わたくしもお手伝いいたしますの!」

麦野「パス」

白井「orz」

麦野「……安心しなよ。私はノーマルだし、あんたのお姉様取ったりしないから」


白井「本当ですの!?本当ですの!!?大事な事ですから二回聞きますの!!」ヒシッ

麦野「馴れ馴れしく手握んないでくれない?」

御坂「(あら?)」

御坂がはたと気づく。麦野は基本的に仲間か敵以外の人間に声掛けなどしない。それを――

御坂「(丸くなった……って言ったらまた頑なになるから言わないでおこうっと)」

白井が詰め寄っても、突っぱねるのではなく受け流したのである。
拒絶と否定と嘲弄以外の形で『表の人間』と関わろうとしなかった麦野が

御坂「……なんか、やっと猫に触れられたみたい」

麦野「はあ?」

ゆっくりと、歩み寄って来てくれたように感じられて。

800 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:02:47.96 ID:42BNj/aAO
〜4〜

そして――リハビリが始まった。

麦野「……ッ」

御坂「無理しないで。掴まっていいから」

麦野の病室にて、ベッドから出入り口のスライドドアまでの短い道程。
冥土帰しの施術は完璧であり傷口が開く事はない。
障害も一切残らなかったし基礎体力も落ちていないが、当然ながらスムーズにとは行かない。
そんな麦野が自分を支えるのが辛そうになって来ると御坂がそれを受け止める。

麦野「……チッ」

白井「大丈夫ですの。ゆっくりでよろしいんですのよ?」

御坂「(黒子もいつもこうだと良いんだけどなあ)」

手すりから再スタートを始め、舌打ちする麦野を白井がなだめる。
風紀委員で鍛えられているだけあり、手を差し出すタイミングや肩を貸す力加減などもお手の物である。
元来白井は御坂に関する変態行為を除けば極めてに真面目な人間なのだ。

麦野「……走るのはまだ難しいか」

御坂「当たり前でしょ?って言うか一時間もしない内にここまで出来れば十分以上にすごいって」

白井「如何です?風紀委員は優秀な人材を歓迎いたしますの」

麦野「パス」

そして数十分後には麦野は歩ける程度にまで己を立ち直らせた。
フィジカル以上に元のメンタルがタフなせいか、麦野はもう真っ直ぐ立てるようになっていた。

麦野「……片足無くしても立ち直った人間がいんなら、最初から二本ついてる私に出来ない理由なんてない」

御坂・白井「???」

麦野「(――私は進む。立って、歩く)」

この時麦野の胸に去来する物……それはアビニョンで戦う上条について行けず送り出す事しか出来なかった己への歯痒さ。
そして、かつて金で償いが買えると言う免罪符を信じていた過去に行った醜悪な偽善。
加えて自分を見ている御坂らの前で不様に膝を折る事など出来ないというプライド。

麦野「――案外、キツいわね」

御坂「うん……少し休もう?」

麦野「いい」

白井「いけませんの!」

と、そこで白井が麦野の肩に両手を置いて押し留める。
それに麦野は『なんで?』と言うように片眉をあげる。が

白井「息継ぎ無しで海を泳いで渡る事など誰にも出来ませんのよ?」

麦野「………………」

白井「休む事は息継ぎですの。でないと自分の重みで沈んでしまいますのよ?」

麦野「……そうね」

御坂「(あれ?なんか私より扱い上手くない??)」

801 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:04:48.96 ID:42BNj/aAO
〜5〜

ギシッ、と白井の言葉に従い麦野はベッドの縁に腰掛けた。
微かに額に浮かぶ汗を、白井がハンカチでポンポンと当てて行く。
それをする白井にもされる麦野にも、御坂は驚きを隠せない。

御坂「(もしかして黒子って……思ってたよりずっと大人っぽいのかな?)」

ベッド側に備え付けられたミニ冷蔵庫からボルヴィックのレモンテイストを取り出し喉を潤す麦野。
御坂の知る限り、麦野の圭角に触れず意を通せるのはインデックスくらいのものだったはずだ。
上条という他の誰にも取って代われない異性を除けばの話だが――

麦野「(ただの馬鹿じゃないって事か)」

食べる?とサイドボードに置かれていた、インデックスが持ち込んだジェリービーンズの小瓶を手渡すと白井が笑顔でそれを受け取った。
そこで麦野は珍しく他人の評価に色を付けた。恐らくは三日前の自分でも聞き入れたかも知れないと。
ストンと胸に落ち腹に収まる言い回しが、自然と受け入れられた。

御坂「なんか不思議な感じね」

白井「?」

麦野「なにが」

御坂「いや、私達がこんな風に集まってるだなんてちょっと想像出来なくってさ」

ポスンと麦野の側に御坂が座り、白井がパイプ椅子に座る。
その窓辺から吹き込む風が枯れ葉の匂いを運び、穏やかな陽射しが肌に染みて行く。
麦野はボルヴィックを口に含みキャップを締めながら睫毛を伏せた。

麦野「――かもね」

白井「ここに佐天さんや初春が加われば大わらわですの!」

麦野「やめて。馴れ合いは嫌いなの。だいたいここは中坊の溜まり場じゃない」

御坂「(――ああ、そうか)」

そこで御坂は思い当たる。かつてこの病室で見た麦野の仲間らを。
後に絶対能力進化計画に絡んで彼女らと痛み分けに終わったが――
その後、いくら問い詰めても麦野は彼女らの事を語らなかった。
そして彼女らが麦野と一緒にいるのを見た事は一度もなかった。
彼女らのいた世界から足を洗い袂を分かったのかと今更思う。それは

御坂「(――この人、本当はずっと寂しかったんじゃないかな?)」

麦野が白井に向けた眼差しに、そこはかとない懐古の光を見出したからだ。
802 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:05:14.43 ID:42BNj/aAO
〜6〜

麦野「(フレンダの馬鹿思い出すな。この小パンダ見てると)」

私は仲間を捨てて暗部を抜けた。私のエゴのためにアイテム(あいつら)を置き去りにした。
8月9日。私があの男だか女だかガキなのか年寄りなのかわからない統括理事長に呼び出されて引退した日の事。
絹旗が初めて泣いて、フレンダが失望した様子で、滝壺の笑顔が痛かったあの日。

麦野「(頭と性格はこっちの方が良いんだろうけど、このレズっぽい雰囲気が)」

後悔はしていない。いや、私には後悔する資格こそがない。
自分の都合と当麻を優先させるために私は取引に乗ったんだ。
道具を使い捨てるようにあいつらを放り出した。
仲間とは言わない。私にはあいつらを仲間と呼べない理由があって呼ぶ権利がない。だけど

麦野「……ああ、そうそう」

御坂「?」

麦野「忘れるところだった」

どうしてもふとした瞬間にあいつらの存在が頭を過ぎるんだ。
特にこいつらみたいな仲良しこよしの連中を見てると……
自分の中でしっかりした区切りがついてない事がわかるから。
別にこいつらが好きな訳でもあいつらが嫌いな訳でもない。ただ単に私の気持ちの問題だ。

麦野「今の内にこれ渡しとく。他の連中には今頃インデックスが届けに行ってるでしょうし」

御坂「???」

白井「便箋……これはまさかの恋文!?」

麦野「(やっぱり馬鹿だ)」

――特に、今こいつに手渡した便箋の中身なんかがそうだ。
私はあいつらと一度だってこんなやりとりをしただろうか?
いやない。私はあいつらを使い出のある道具(アイテム)程度にしか思っていなかった。
そういう線引きの元接して来た。それを何故だか惜しく思っている自分もまた私は否定しきれない。

御坂「い、今開けてもいい?」

麦野「ご自由に?(後輩の前で赤っ恥かくのはあんただしねえ?)」

御坂「な、なによそのニヤニヤ笑い……ちょっと怖いじゃない」

御坂が便箋を開けて中身を取り出そうとする。
こいつを呼び出したのは他でもない。これを渡すためだ。
三日前までならそんなつもりもなかったんだけど――

御坂「な、なによこれぇ!!?」

白井「んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

――少し、今までして来なかった事を始めようと思う。

803 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:07:14.57 ID:42BNj/aAO
〜7〜

青髪「あ〜〜!出来上がったんやねこれ」

雲川「くっくっく。予想以上の仕上がりなんだけど」

禁書目録「しずりも大満足の出来映えなんだよ!」

同時刻、青髪ピアスが住み込みで働いているベーカリーにて……
学校帰りに立ち寄った雲川芹亜はカウンターにて二枚の便箋を手にしていた。
麦野から御坂へと手渡された物と同一のそれをインデックスから受け取って。

青髪「おおきに。それにしてもえらい格好っちゅうか何ちゅうか」

雲川「これ常盤台の超電磁砲にも見せるのか?どんなリアクションをするか楽しみで仕方ないんだけど」

禁書目録「たんぱつにはしずりから渡してると思うんだよ!今日呼び出すって言ってからね」

青髪「せやな。でも大丈夫なん?あの別嬪さん交通事故に遭うたんやろ?」

禁書目録「(ギクッ)う、うん大丈夫なんだよ!ピンピンしてるんだよ!!」

青髪「(ほんまは知っとるんやけどね)」

雲川「(そういうところがお前のダメな所なんだけど)」

インデックスが使っている起動少女カナミンの便箋の中身をしげしげと見やる雲川の傍らぬけぬけと青髪が語る。
それに対しインデックスは何とか顔に出さず口を滑らせる事なくやり過ごせたと一人安堵していた。
そんなインデックスを見やりながらトレーとトングを整理しつつ青髪がその細い眼差しを向け――

青髪「わざわざ届けてくれたんはありがたいけどええのん?別嬪さんの側ついたらんとって」

禁書目録「いいんだよ。しずりは“もう大丈夫”だからね!」

青髪「……そっかあ」

禁書目録「(本当はしずりのお酒飲んだ罰としてお使いに来させられたんだよ)」

なんとなくバツが悪いインデックスはその全てを見透かすような眼差しからやや顔を外す。
まるで頭の中に収められた十万三千冊の魔導書の中にある伝承『ホルスの目』のようだと感じられた。
そしてこのインデックスの直感を、あの最高の科学者にして最悪の魔術師が聞けば『着目点は間違っていないが着眼点が正しくない』と宣うだろう。

雲川「ほう?ならわざわざ届けに来てくれたお礼に青髪がパンをおごってくれるらしいけど」

禁書目録「ほんと!!?」

青髪「勘弁したって下さい!店潰れてまう!!」

未だ『オシリスの時代』の真っ只中にあって……『ホルスの目』を持つ少年は頭を抱えて心の底から悲鳴を上げた。

804 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:07:57.15 ID:42BNj/aAO
〜8〜

御坂「いつ撮ったのよこんなもん!!?」

麦野「あんたが酒かっ食らって頭のネジゆるゆるん時だよ。ひとでえ馬鹿面だね?」

御坂「うああああああああああー!!!」

白井「うひょおおおおおおおおおおー!」

麦野が御坂や青髪らに手渡した封筒の中身。それはお食事会の最後に酔い潰れた御坂を中心に撮った記念撮影写真。
インデックスの膝枕に涎を垂らしながら眠りこけ、投げ出した腕が見下ろす上条の足の間に。
それを笑いながら見下ろす青髪と口元に拳を当てて笑みを噛み殺す雲川。
さらにスフィンクスを抱っこしながら指差している麦野が映っていた。

白井「これは焼き増し出来ませんの!?」

麦野「百万円」サッ

白井「ぐぬぬぬ……」スッ

御坂「勝手に人の恥ずかしい写真撮るなー!黒子!あんたも財布しまいなさい!!」

頭を抱えて髪をクシャクシャにかきむしる御坂をよそに白井が財布に手をかけ、麦野が掌を上向きに差し出していた。
ここに来て御坂はまたもや麦野にコロッと騙されたのだ。
麦野は態度こそ僅かに軟化し人格は微かに陶冶されたが性根の曲がり具合は一切変わってなどいない。

御坂「なんてもん撮ってくれんのよ!肖像権の侵害ってのよこういうのは!!」

麦野「ふーん?いらないんならこの小パンダにあげちゃうけど?」

白井「ばっちこいですの!!」

御坂「ダメー!!」

麦野「……これ、お前にやれって言ってたのは当麻なんだけどねえ?」

御坂「えっ……」

麦野「伝言。“またみんなでメシ食おうな”……だってさ」

その言葉に喚き散らしていた御坂がピタッとその動きを止め――
代わって真っ赤にしていた顔が笑気ガスでも吸い込んだかのようにニマニマと緩み始めた。
完成した福笑いをさらにひっくり返して分解したように。

御坂「(アイツが……)」

麦野「(あんだけ物欲しそうにコルクボード見てりゃいくらあいつが鈍感でも気づくっつーの)」

白井「(あんの腐れ類人猿がァァァァァァァァァァ!)」

御坂「し、仕方無いわね?せっかくの好意なら無碍にしたらあんたの立つ瀬がないもんね!うんうん!!」

麦野「別に?嫌なら返し(ry」

御坂「うるさいうるさいうるさい!!!」
そう言い切るや否や御坂は麦野に取られまいと、白井に奪われまいと――
わざわざ病室の片隅に猛ダッシュしてまで慌てて学生鞄に写真を突っ込んだ。

805 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:12:15.99 ID:42BNj/aAO
〜9〜

御坂「はー……はー……はー……」

麦野「(あいつがエロ本慌ててしまう時みたいね)」

……なんだかねえ。こう必死だといじるのも腰が引けるって言うか。
悪いね小パンダ。あんたの分はどうやら回ってこないよ。

白井「ですが……」

麦野「?」

白井「お姉様が幸せそうでなによりですの」

麦野「………………」

白井「それがわたくしでない事が歯痒い限りですが」

レズとかありえないし気持ち悪いと思うし私には理解出来ない世界だけど――
わかる。この小パンダは他人のために貧乏クジを引かされるタイプだ。
確かに好みは御坂っぽいけど、きっと最後の最期に隣にいる相手は御坂とは真逆のタイプ。
ガラスみたいに繊細で、撒き散らした破片で自分も他人も傷つけるような相手が何故だか想像出来る。

御坂「で、でも……」

麦野「………………」

御坂「――ありがとう」

それからこいつもその手合いの人間だろうね。そこんとこがあのオバサンとかぶって仕方無い。当たり前か母娘なんだし。

御坂「……大切にする」

麦野「……あっそう」

――あんまり見たくないんだけどねこういう表情。
私はこいつと友達なんかじゃないし、こいつはいつか私の前に立ちはだかる敵になる。
その敵に塩を送るだなんて私もいよいよ焼きが回って来たか。

御坂「……あの、さ」

麦野「なに?」

御坂「あんたはあんまり私の事信用してくれてないみたいだけど」

麦野「………………」

御坂「あの夜何があったとか、今どうしてこんなんなのかとか色々聞きたい事あるけど」

けど、目の前の敵に塩どころか砂糖まで送って来るほど甘ったるいこのお子様の中坊は……

御坂「――私、あんたが困ってる時あったら絶対助けに行くから」

麦野「――――――」

私以上に甘いこの中坊は確かにあのオバサンの娘なんだろう。
だから御坂、気持ちだけもらっとく。それがあんたの母親との約束だから。
おい小パンダ。何ハンカチ噛んでこっち睨んでやがる。違うって言ってんでしょうが

御坂「必ず、助けるから」

――ガラスケースを取っ払った世界は、やっぱり変にこそばゆい。
 
 
 
 
 
御坂「――今度は、一人じゃない」
 
 
 
 
 
806 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:12:45.42 ID:42BNj/aAO
〜10〜

麦野「――――…………」

御坂「――さっ、リハビリ続けよっか?」

そう告げながら私はこの女に手を伸ばす。何かリアクション取ってよね!私一人突っ走ってるみたいで恥ずかし……
って黒子、ハンカチ食い破るんじゃないわよ。泣くな泣くなー!

麦野「……そうね」

うわっ、すっごいバツが悪そうな顔してる。きっと『いつか私に手を貸した事を後悔させてやる』とか思ってんでしょうね。
後悔なんてする筈ないじゃない。今ここで手伝わない方が悔いが残るって。
でもちょっとは効き目あったかな?それも私の気のせい?

御坂「でも第四位、あんたどうしてそんなに急ごうとするの?」

麦野「決まってるでしょ?やる事があるからよ」

御坂「……あいつ絡み?」

麦野「ふん……」

やっぱりね。私もそうかなって思ってたんだ。
だっていつものドライアイスみたいな顔立ちに汗まで浮かべて頑張ってるんだもん。
この女の真剣な表情と一生懸命な様子見てれば何となくそれ以外ないかなって。

麦野「暑い!ちょっと待って髪結ぶ!!そこの髪ゴム取ってくんない?」

白井「これですの?あら……」

麦野「……なに見てんだよ」

白井「いえ、眼鏡があったもので……これは読書用ですの?」

麦野「そうよ。悪い?」

そんな事言いながらサイドポニーに髪を器用にまとめて行く第四位。
本当だ。よく見たら眼鏡も置いてるし本もある。
どんなの読むんだろう……えーっとSweetの11月号と……げっ、アンネ・フランク!!?どんな組み合わせよ!

麦野「おい。ジロジロ見ないでよムカつくわね」

御坂「ご、ごめん……ちょっと意外でさ」

……なんだろう、この女がなんだか近くに感じられる。
今まであった見えない壁が取り払われたみたいな、そんな感覚。
有刺鉄線は代わらず敷かれてるんだけど、その先が丸くなったような……

白井「“私が私として生きる事を許してほしい”」

麦野「………………」

白井「でしたわね?」

今のってアンネの日記の一節かしら?黒子の意外な一面を見た気がする。
私も彼女の悲惨な生涯と無惨な最期くらいしか知らないけど――

麦野「……さあ、どうだったかしらねえ」

この女はこの女で、何か思う所や響くものがあったんだろうなって思う。

そして面会時間の終わりには、第四位はもう歩けるまでになっていた。

この女も、必死に色んな事に足掻いてるんだなって思った。
807 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:14:47.42 ID:42BNj/aAO
〜回想・10月4日〜

10月4日、04時56分。上条当麻は泣き疲れた麦野沈利を抱き締めながら夜風に翻る窓辺のカーテンを見やる。
天上に座す満月へ架かる白虹。ナイトレインボーと呼ばれる日本では珍しいその現象は……
降り注いだ雷雨と吹き荒れた暴風が残して言ったささやかな贈り物に上条には思えた。

麦野「――語るに落ちたもんね。私も」

上条「………………」

麦野「最初から答えの出てる出てる問題をああでもないこうでもないって重箱の隅突っついて……挙げ句あんたの存在にしがみついて身体に縋ってる。どこの安っぽいビッチだよ」

上条「そりゃしがみつくだろ?」

麦野「………………」

上条「誰だって崖っぷちから落っこちそうになったら藁でも何でもすがる。当たり前の事じゃねえか」

麦野「………………」

上条「お前も強情っつーか……意地っ張りだよな、ホント」

この身も心も深く傷ついた少女に、今自分が出来る事は胸を貸す事とその言葉に耳を傾ける事。
麦野はそれ以外の全てを拒否する……いや、拒絶する以外の術を知らないのだ。

上条「お前が手伸ばさなくっても抱き上げる。手伸ばしたら引きずり上げる」

麦野「………………」

上条「前も、今も、これからもずっと」

インデックスがかつて語った言葉がある。それは彼女が十字教に仕える修道女という観点からだが――
大罪を犯した者の中で、最も救いから遠い者。それは

禁書目録『――しずりは、自分で自分を殺そうとしてるんだよ』

己に絶望し、更に業を深め、神を否定し、救いを拒絶し、何一つ自分を許さない。
インデックスは語る。水と霊を以て生を授かった者ならば……
許しや贖いをどこかで求めねば己の『悪』に耐えられないのだと。
十字教の神の子は全ての人々の罪を背負って死を贖いとし、復活によって生まれ変わる事で浄罪の御業を果たしたのだと。
無神論者である上条にわかりやすく説けば『悪人にこそ神の愛が必要なのだ』と言う教えである。が

禁書目録『――でも、しずりは自分にそれを許さないだろうね』

麦野を麦野たらしめている狂的なまでのエゴイズムと病的なまでプライドをインデックスは正しく理解している。
負の潔癖症とも言うべき呪われた性を正す事を麦野は望みはしないだろうと。

808 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:15:34.06 ID:42BNj/aAO
〜12〜

禁書目録『だからとうまにはしずりに“生きろ”って言い続けて欲しいんだよ』

希望も、慈悲も、救済も、贖罪も否定し続け、他者の死はおろか自分の生すら平気でドブに捨てる。
例え腕がもげようが目を潰されようが死ぬまで苦悩し続ければ――
殺されるまで絶望を撒き散らす本物の怪物に麦野はなってしまう。故に

上条「お前は今日、初めて自分一人の足で立ったじゃねえか」

麦野「……派手に転んだけどね」

上条「転んだっていいさ」

上条は麦野の髪を撫でつつその頬に手を添える。
酷く殴られ強く蹴られ腫れた頬に色濃く残る涙の跡。
恐らくこの腫れは泣き明かした事により目蓋にも及ぶであろうと。

上条「笑ったりしねえ。馬鹿にもしねえ。憐れみもしなけりゃ愛想だって尽かさない」

麦野「………………」

上条「転んだって事は立とうとしたんだ。歩こうとしたんだよ。沈利、お前赤ちゃんが転んで泣いたからって笑うか?」

麦野「……笑わないわね」

上条「だろ?」

髪を撫で、背中をさすり、肩を叩き、身体を抱き締める。
麦野の記憶の中にないもの。富める者でありながら恵まれぬ幼年期を過ごした少女。
ならば満たされるまでそれを続けてやれば良いのだ。噛みつかれても引っ掻かれても吠えられても。

上条「だいたい、お前が色々考え込んだり悩み抜いたりすんのもわかるけどさ……答えなんてもっと早い段階で出てたんだぜ」

麦野「何が」

上条「一昨日のスクランブル交差点。お前あの小学生の女の子助けたよな?」

麦野「――ものの弾みよ。考える先に身体が動いた」

上条「……つまり、そう言う事だろ?」

麦野「〜〜〜〜〜〜」

上条「(やっとらしさが戻って来たな)」

麦野が零した涙、流した血。誰よりも死を見つめ、絶望を背負い、それでも尚立ち上がった。
それは上条の中の父性にあって、初めて我が子が立ち上がったのを目の当たりにした気持ちに似ていた。

上条「泣きすぎて喉カラカラだろ?何か飲み物買って来る」

麦野「………………」

上条「すぐ戻って来るって。そんな顔すんなよ」

麦野「さっさと行けよ」

上条「へいへい」

――数年後、この気持ちを『二人』で分かち合う未来を『二人』はまだ知らない――

809 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:17:35.66 ID:42BNj/aAO
〜13〜

麦野「――赤ちゃんね」

当麻が出て行った後の病室は当然の事ながらしんと静まり返った。
薄れ行く残り火のような体温がだけが離れて行かない。
赤ちゃん。私には作れないもの。産めないもの。けれど――

美鈴『美琴ちゃんの“みこと”って言うのはね、“いのち”って意味なのよ』

美鈴『初めて授かった“いのち”。その命ある限り生きて欲しい……そう願ってね』

美鈴『私の名前を一文字託してね。これだけはお嫁さんに行っちゃっても変わらないでしょう?』

麦野「(――私はどうだったかしらね)」

沈利。一般的に『お嬢様』と呼ばれる家柄と格式の子にあって『利が沈む』と字された自分。
もし私がまかり間違ってあいつとの間に命を授かったとしたら――

麦野「麻利……」

ありえない未来、望むべくもない幻想、かなうはずもない希望。
当麻の『麻』と沈利の『利』……浸るだけにしよう。溺れちゃいけない。

麦野「……なーんちゃって」

上条「何がなんちゃってなんだ?」

麦野「!!?」

上条「ほれ、ホットチョコレート」

麦野「〜〜〜〜〜〜」

上条「?」

手渡されたのは紙コップに入ったホットチョコレート。
私の内面みたいにドロドロしてて、こいつみたいにあったかい。
一口含んで、舌で味わう。当たり前だけど甘い。けれど切れた唇に染みて痛い。

麦野「――悪くないわね」

上条「素直に美味いって言えばいいのに」

麦野「嫌いじゃないって意味」

死にかけた夜の、殺されかけたその日に味わいホットチョコレート。
奇妙な感覚が沸々と私の奥底から沸いてきて、深奥に染み渡っていく。

麦野「――あんたと、こうしてる時間が」

上条「………………」

麦野「……ずっと、じゃなくていいから」

――認めよう。私はこいつの胸の中で死にたいと思う以上にこいつの腕の中で生きたいと思い始めてる。
生きる理由なんて前向きなもの全てを否定して来たくせに、死ねない言い訳ばかり増やして行ってる。

麦野「――少しでも長く、続いて欲しい」

あと少し、もう少しと思い始めている私と、そうさせるあんたがいるこの世界に生きて帰って来たんだって……思わされる。

810 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:18:07.27 ID:42BNj/aAO
〜14〜

上条「……少しは素直になって来たか?」

麦野「――もう、ガラスケース越しに世界を見るのをやめただけよ」

上条「ガラスケース?」

麦野「そう」

ニ、三度吐息を吹きかけ立ち上る湯気が暗闇に溶け込んで行くのを麦野は見つめ、語り初める。
御坂美鈴と出会った経緯、話した言葉、交わした約束、その全てを。

麦野「今までずっと言えなかったけど……私はどこかで引け目や負い目を感じてた。あんた達と暮らすようになってから」

上条「……わかってたさ。俺もインデックスも……多分ビリビリ達も」

そこで上条も紙コップを両手で持ちながら天井を仰いだ。
やっと麦野が自分の口から本心を話してくれたかと安堵したように。
距離を置くために遠回りどころか逆走を続けた麦野。
その迷走が巡り巡って一周し――麦野はようやく元居た場所に帰って来たのだと。

麦野「ガラスの棺の中に百合の花敷き詰めて死ぬより、泥んこになって生きる方がよっぽど苦しいって言うのも教えられた」

上条「うん」

麦野「――で、そこで気づいた。その泥んこの世界に私もあんたも御坂達も含まれてるんだって」

上条「ああ」

麦野「………………」

上条「………………」

美鈴は言った。人は綺麗になど死ねないし生きられない。
泥に塗れ、這い這い蹲って足掻く世界の中にしか生も答えも求めるものもないのだと。
麦野が聞いて来た数多の死の静寂、幾多の終末の音の中には決してないのだと。

麦野「……御坂を守るんじゃない。御坂の母親との約束を守る。それが私なりの落としどころとあいつとの折り合いよ」

この世界を眩しいと言った少女の母親から託された願い。
自分に新たな道を指し示した大人との初めての約束。

麦野「一人殺すも二人殺すも変わらないなら、一人抱えるも二人背負うも変わらない。ただあいつを私みたいな人殺しにさせないって約束したの。私は言った事は必ずやるわ。どんな手を使ってもね」

決して友になりえず、いつの日か必ず敵となる『ありえたかも知れないもう一人の自分』。
自分が半ばで斃れても、自分の代わりに上条を支える人間としてという打算も含めて。

上条「……なあ、沈利」

――だがしかし――

麦野「なに?だからってあいつと仲良くなんてしないわよ。私はあいつが大嫌……」

上条「それさ」

811 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:19:29.02 ID:42BNj/aAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――俺にも、手伝わせてくれよ――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
812 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:22:04.17 ID:42BNj/aAO
〜15〜

麦野「――……」

上条「忘れたか?御坂は俺の友達でもあるんだぜ。まあなんか喧嘩友達みたいなカンジだけど」

麦野「……――本気で言ってんの?」

上条「お前一人でやんなきゃダメだなんて今の話の中には一言だって出てないぞ?」

麦野「………………」

上条「それにビリビリはお前の友達でもあるし、インデックスにとってもそうさ」

思わず麦野は手にした紙コップを取り落としそうになった。
麦野が踏み込みを躊躇い踏み切る事を躊躇した地点を――
この男は生まれながらにして飛び越えているのだ。文字通り一足跳びに。

上条「一昨日の食事会の最後、みんなで記念撮影したろ?」

麦野「う、うん」

上条「思ったんだ。戦争とかゴタゴタしたもん全部終わったらまたこのメンツでメシ食ったり遊んだり馬鹿騒ぎしてえなって」

麦野「………………」

上条「そん時あの写真に笑顔で映ってたメンツの誰一人欠けても俺はきっと心の底から笑えないし、その写真を眺める度に楽しかった時の事と同じくらい後悔するんだと思う」

麦野「……当麻……」

上条「だから、これはお前のためとかっつうより自分のためなんだよな」

あいつビリビリすると周り見ないで突っ走っちまうからな、と付け加えて上条は破顔する。
まあお前も思い込んだら一直線だけど、とも付け加えて。

麦野「――なんかムカつくわねえ?」

上条「怒るなよ」

麦野「いいえ。ムカつくわ。あんたが私以外の女に向ける目と、私以外の女共があんた向ける目が」

上条の周りには多くの人間が集い、またたくさんの味方がいる。
対照的に麦野は全てを切り捨ててでも一つの物と一人の人間に固執する。
二人は本来正反対のベクトルを持った人種である。白と黒、光と影、表と裏と言った具合に。

麦野「知らないでしょ?あんた自分がモテるって」

上条「ねえなあ……」

麦野「知ってるでしょ?私がヤキモチ焼きだって」

上条「まあなあ……」

麦野は神に許しを乞わない。人に救いを求めない。少なくとも他者の手助けの一切に手を跳ねつける。
そんな麦野にとって一番近い他人である上条だけが――踏み込んでいける。拒む手ごと引きずり上げられる距離にいる。
813 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:22:47.95 ID:42BNj/aAO
〜16〜

私の中には色んな私がいる。戦う時の狂的な私、こいつを愛してる病的な私、ごく普通の時の私、子供のままの私。
罪も罰も業も死も、後悔も絶望も堕落も何かも全てひっくるめて私は私だ。
綺麗で優しい女の子にも、物分かりと都合の良い女にもなれない私を……
私が嫌いな私を好きだと言ってくれたこいつ。
許すも赦さないもなくただ生きろと言ってくれたこいつ。

麦野「――でも」

上条「……うん」

麦野「私は私が嫌いだけど、あんたが好きでいてくれる私はそんなに嫌いじゃない」

私はこいつに選ばれた。私がこいつを選んだ。
人は死ねば灰になる。あの大金庫に良く似た電子炉で灰になる。
けれど灰になっても残るダイヤモンドを私はもう見つけてしまった。

麦野「――私が耐えられなかったのはガラスケース越しに見てた世界じゃなくて、そこに映った自分が醜過ぎて耐えられなかったんでしょうね」

たかだか18年、人を殺して数年程度で出せる答えになんて重みはない。
息一つで散り、風一つで舞う一握の灰みたいに。
だから私はこれからも煮え切らない悩みと、覆らない答えに死ぬまで頭を抱えて行くんだろう。

あの時見た実在する『地獄』からこいつに引っ張り上げられた時――
そこには白(きぼう)も黒(ぜつぼう)もなかった。
ただ色褪せた灰色の世界(げんじつ)と、罪深い私と、こいつって言うダイヤモンドと、あのオバサンがいた。


殺す以外で手にした銃は罪より重かった。生かすために抱えた命が罰より重かった。重いからこそ揺るがなかった。
その時は死ぬまでの悪あがきを、他の誰のためでもなく自分のためにしたいと思った。
わかってる。これはは悪人の居直りで罪人の開き直りだ。


私はずっと私に優しい味方ばかり多い世界が居心地悪くて仕方なかった。
殺人者が実は可哀想な身の上で、本当は優しい人間で、被害者にも非があっただとか……
そんな外付けも後付けも付け替え自由な価値観が私は嫌いだった。
けれど私はもう認めてしまった。一番大嫌いな女と同じ価値観を


――この世界が、眩しいものだって――


814 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:24:46.68 ID:42BNj/aAO
〜17〜

麦野「ねえ当麻」

上条「……なんだ?」

麦野「――今から言う独り言を、ただ黙って聞いて」

麦野の声が震え出す。恐らくはこの広い世界の中で、上条ただ一人しか知らない顔。
それはドライでクールな仮面を脱ぎ捨てた、ガラスの素顔からこぼれる涙。

麦野「私は綺麗な子にも優しい娘にもなれない。イチャつくのも苦手だし、ヤキモチだって焼く。プライドだって高いし、エゴだって強い」

自分の善行すら受け入れられず、自分の悪行から目を切れない。
何をするにも無駄なこだわりの元、完璧でなければ自分にも他人にも折り合いがつけられない。

麦野「人は見下すし、あんたの気持ちより自分の都合を優先するし、構われ過ぎてもムカつくしほっとかれるのはもっとイヤ」

膨れ上がった自己矛盾と、広がる自家中毒、腐食にも似た絶望。
壊死して行く精神と、悪性新生物のように無限増殖する負の感情。
酒を酔おうがセックスに溺れようが死を夢想しようが忘れられないもの。
麦野は自分の記憶に殺されそうにすらなっていた。

麦野「あんたを生きる理由にして、他人を死ねない言い訳にして、追い込まれないと自分と向き合う事も出来ない」

麦野が仮に百人救う生き方を選んでも残された人間はそれを許さない。
麦野が千人救う罪滅ぼしを選んでも殺された死者がそれを赦さない。
殺された側から、残された側からすれば、それをやった人間がどう生きようとまるで関係ないのだ。

麦野「――こんなに汚くて」

助けての一言が、許しての一言が、例え首を締め上げられても麦野には言えない。一度でも口にしてしまえば……
麦野はもう地獄にすら行けない気がしていた。
一度でも荷を下ろしてしまえばもうこの煉獄は背負えないと。

麦野「――こんなに醜くて」

麦野は世界に価値など見いだしていなかった。それを守ろうとしている上条に価値を見いだしていたつもりだった。

しかしそれは逆だった。世界が眩しいと認めてしまえば、そこに自分が存在する価値を見いだせなかったのだ。
そんな醜い自分を飲み込む事で、麦野は今日初めて立ち上がったのだ。

麦野「――こんなにわがままな私だけど」

ガラスの靴もない裸の素足で、初めて刻んだ椅子の子供の小さな一歩。
変えられない過去を受け止め、その上で変えられる未来を受け入れて。

麦野「――私はあんたについて行きたい」

それは、麦野沈利の少女時代の終わり――
815 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:26:00.99 ID:42BNj/aAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――馬鹿だなあ。もういるじゃねえか――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
816 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:26:29.45 ID:42BNj/aAO
〜18〜

麦野「……っっ!!」

上条「お前が過去(むかし)した事を悔やんで、現在(いま)も苦しんで、未来(このさき)も辛い事があるって全部わかった上で……それでも自分で考えて、自分で決めて、自分で選んだってなら俺はお前をずっと支えてやりたいし、支えたいし、支えさせてくれよ三段活用」

上条の手が麦野の背中に回り、腕が肩を抱き、胸に顔を預けさせる。
身体をゆっくりと揺らし、後ろ髪を撫で、すっぽりと包むように。
その微笑はただひたすら優しかった。さながら幼子をあやす父性のように。

上条「だいたい、俺が居んのはになったのはお前が可哀想だからでも同情した訳でも見捨てられねえからでもないっての。上条さんはボランティア(無償の愛)で女の子と付き合えるほどマメでもなけりゃ器用でもないって俺以外ならお前が一番良く知ってるだろ?」

麦野「だっ……て!」

上条「それお前の重さが俺を支えてるとは言ったけど、そもそもお前の事本当に好きじゃなかったら受け止められねえよ。だから言ったじゃねか。恋人(ふたり)になれて良かったって。ただの他人ならどうしたって限界があるだろ」

湿布や消毒液、僅かに鉄錆のような血と汗の混じった上条の匂いに麦野は泣き濡れ潤んだ眼差しを上げる。

上条「お前、俺の事まだ神の子(ヒーロー)とか思ってねえか?」

麦野「………………」

上条「じゃあそんな幻想はもう一度ブチ殺してやらなくちゃな」

麦野「!」

そして――見上げた最後、絡め捕られた眼差しはすぐさま意地悪い笑顔に吸い込まれ――
続く反論は、反駁は、反抗は……あえなく奪われた唇にさらわれる。
麦野からせがむ事や恣意的に誘導する事はあっても、いきなりされた事などほとんどなかったからだ。

上条「――ほら、俺はここにいるぞ」

麦野「……バッ」

上条「……でもって、お前もここにいる」

麦野「――――――」

上条「少なくとも、こうしていつでもキス出来る距離に俺達はいる。俺がしたいと思ったからやる。俺だって男なんだぜ?」

麦野「あ……う」

上条「お前が怪我してなくてここが病院じゃなきゃその先に進みたいくらい俺はお前が好きだしその程度にはスケベなんだよ。男と女って違いはあっても、俺はお前と何も変わらねえ“同じ人間”だよ」

817 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:28:47.91 ID:42BNj/aAO
〜19〜

常日頃発揮する説教スキルがそのまま殺し文句に転嫁されたように。兄貴分たる垣根が見れば苦笑いするように。

上条「……お前はここにいる。って言うかお前がいない部屋が上条さんにはもう想像がつかんの事ですよ」

麦野「……馬鹿野郎。テメエはただ黙って独り言聞いてって言っただろ」

上条「黙って聞くだけなら壁にでも出来るけど、壁は寄りかかれるだけで受け止めらんねえじゃねえか」


思わず指先で奪われた唇に触れる。ホットチョコレートの甘い味がした。
初めてしたキスが血の味だった頃に比べれば――
少なくとも自分を黙らせる程度に上手くなったのかと麦野は変な所で感心した。

上条「お前はここにいる。それが信じられなくなったり揺らいだりした時は“当麻(オレ)がそこにいる”って思えばいい。
そりゃお前が落ち込んだり沈んだりしてる時、俺に出来る事が話聞いたり抱き締めたりしか出来ねえ時もあるけど――」

いつしか声と肩の震えが止まっていた。冷え切っていた身体が、熱いくらいの身体に温められる。

上条「――俺がいる事忘れんなよ。お前の悩みにどう答えていいかわかんなくて時間かかる時もある。お前が俺を信じられないって思う事もあるだろうさ。
でも一つだけ確かなのは……言葉でわかりあえなくても、話し合わなきゃ何も変わんねえ。俺は馬鹿だし物覚えも悪い。けどお前といる時の事は忘れない。何を思ったかも何を感じたかも」

代わりに――目蓋の裏に広がる闇が滲んで行く。
どうしようもなく瞳の奥から込み上げて来るものがある。
胸が震える。その内側にある心臓のそのまた奥にあるものが。

上条「――俺は誰かと比べてお前を選んだ訳でも、お前の中の何かを人と比べて選んだんじゃない。お前しかいないって思ったからなんだよ。沈利」

鷲掴みにされている。麦野が唯一勝てない、倒せない、殺せない少年にその心を掴まれている。

上条「今いる世界を否定してもいい。俺を否定してもいい。自分を否定してもいい。百回でもそんなお前が好きだって言ってやる。千回だってお前はここにいて良いんだって言いたい。それでも足りねえってなら――」



――麦野は、大きな勘違いをしていた。



818 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:29:45.22 ID:42BNj/aAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「百万回だって言ってやる。それを伝えられるだけの人生(じかん)を俺にくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
819 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:30:15.98 ID:42BNj/aAO
〜20〜

それが麦野の限界だった。余りに多くを抱えた千丈の堤が、一つの蟻穴をもって溢れ出した。
子供のように弱々しく、罪人のように痛々しくしゃくり上げるその姿は……
紛れもなく偽らざる麦野の心底だった。言葉に出来ず声にならぬ、魂の苦悩を絞り出すような涙だった。

上条「だから、もっと自分の事を大事にしてくれ。俺達はみんなお前が大切なんだ。お前がいなくなった生活なんて考えられねえし、お前が消えた世界なんて想像出来ねえよ」

罪も許されない、罰も赦せない、業は終わらない。
闇の中で幾多の生を、闇の底で数多の死に触れて来た少女に上条が出した答え……
それは居場所だ。前にも進めず後ろにも退けない少女に対して、ひだまり溢れる木陰のベンチのような存在になると。

上条「写真だって思い出だって記憶だって……確かに俺とお前は2つ離れてっけど、それだって同じように歳取んのは変わらない」

自分の中の絶望から目を背けず、期せずとも御坂美鈴を守った麦野。
法が、神が、死者が、麦野自身が自分を許さないのであれば――
時間を、居場所を、生きる事を与えられるのもまた生者しかいない。
性善にも依らず、独善にも拠らず、偽善に因る手を上条は差し伸べる。
そこが例え世界の果てでも、麦野の世界は終わらないと。

上条「生きてる限り何度だって失敗していいんだ。失敗は“もうダメ”なんじゃねえ。“まだやれる”って事なんだ。お前は立とうとしたんだ。つまりそれって歩こうとしたって事だろ?」

麦野が『地獄』で見たもの。腐り落ちる果物を滅びゆく生、朽ち果てた髑髏を逃れぬ死、ひび割れた砂時計は限りある時を意味するヴァニタスそのものだ。
だが上条の右手はその砂時計をひっくり返す。零れ落ちる星の砂を拾い集めて。

上条「一緒に征こう、沈利」

麦野「……うっ」

上条「――俺と一緒に、生きてくれ」

麦野「――……ッッ!!」

朝風が涙を攫って行き、棚引く暁雲が明星を連れて来る。
戦ぎ、靡いて、翻るカーテンが二人の姿を覆い隠して行く。

止まない雨はなく

明けない夜はなく

晴れない闇はない

夜明けの空を、鳥達が羽撃いて行く。

いくつもの舞い散る羽根が、吹き上がる風に導かれ空に溶けて行く。

ガラスケース越しではない、手のひらの中の世界が始まって行く――
820 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:32:56.21 ID:42BNj/aAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十ニ話「カルタグラ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
821 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:33:28.53 ID:42BNj/aAO
〜21〜

それからしばらくし、麦野が手足の自由を完全に取り戻すと共に御坂らは帰って行った。
麦野は読み差しのSweet11月号を放り出すとサイドポニーに眼鏡姿のまま、渇いた喉を潤すための飲み物を買いに売店へと向かうべく廊下に出る。
上条と過ごした夜と迎えた朝を振り返りながら

麦野「(……生きろ、ね)」

途中、何の気なしに携帯電話使用エリアという事もあり端末を弄る。
上条からは当然連絡はない。アビニョンでの暴動や戦闘がそれだけ激しいという一つの証左である。

麦野「(――あんたこそ、生きて帰ってきなよ)」

遠く離れた異国の地で今も戦う上条を想い、胸の前で携帯電話を握り締める。
本音を言うならば連絡がないのも不安を掻き立てられるし……
あればあったで悪い報せかと胸をかきむしられる。と

ガラガラガラガラ……

???「××!××!!しっかりしろ!」

冥土帰し「動かさない方がいい。少し離れていてくれないかい?」

麦野「?」

その時、廊下を滑るストレッチャーとカエル顔の医者の声が聞こえた。
それだけではない。麦野の圭角に触れるもう一つの声音が響いて来たのだ。
思わず向き直ると、眼鏡越しの麦野の双眸そのまま見開きの形になる。

浜面「滝壺!滝壺!!」

麦野「……!!?」

滝壺「……ぅ……」

麦野「滝壺!!!」

浜面「?!」

そしてそれは――思わず口をついて出た叫びに反応し振り返った浜面仕上もまた同じであった。
しかし麦野はそれどころではない。見えてしまったのだ。
ストレッチャーの上で呻く、悪目立ちするピンク色のジャージ……
精も魂も尽き果てたような滝壺理后が顔を真っ青にして苦しんでいるのを。

浜面「………………」

麦野「………………」

浜面と麦野の眼差しがぶつかり合う。しかしそれもストレッチャーが運ばれて行く僅かな時間しかなかった。

麦野「……――」

先程までの若干浮かれていた精神に冷や水を浴びせられたかのような面持ちでそれを見送る他ない。
だが麦野は即座に平和ボケした思考回路を切り替えた。

麦野「っ」

サイドポニーを揺らしながらストレッチャーの向かう先を追い掛ける。
麦野も本当はどこかでその甘い認識に気づいていた。
心のどこかで苦い現実をわかっていたつもりだった。

822 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:34:22.14 ID:42BNj/aAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
世  界  は  そ  ん  な  に  優  し  く  な  ど  な  い
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
823 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/10(土) 21:36:05.31 ID:42BNj/aAO
〜22〜

御坂「……で?」

食蜂「なあにぃ?」

御坂「どの面下げて私の部屋まであんたが来てんのよ!!」

食蜂「あはっ☆この前のお詫びとぉ……それから仲直りの印にぃ〜?」

白井「(第四位の次は第五位!お姉様のフラグメーカーっぷりは本日も絶好調ですのォォォォォ!!)」

一方その頃、常盤台女子寮の御坂と白井の部屋に思わぬ珍客が菓子折りを持って訪ね……もとい押し掛けていた。
デズデモーナのあまおうのフレジェ片手に強引に押し入って来るは食蜂操祈。
先日のファミレスでの一件に対する謝罪の意味も込めての訪問である。しかし

御坂「結構よ!私今模様替え中なの!!そんな散らかった部屋に“先輩”に上がってもらう訳には行かないわ!!!」

食蜂「いやぁん?私の包容力をもってすれば下着が脱ぎっぱなしでも気にしないわよぉ?」

御坂「心読めるくせに空気読めないヤツね!イヤミで言ってんのよ!!」

白井「(ああ……またしてもお姉様との憩いの一時が)」

訪問販売のような押し問答を繰り返す二人の内、食蜂の中に起こった細波のような変化を白井は知らない。
『友達作り』という行為を非常に歪曲した感性こそ未だ修正されていないが……
食蜂なりにファミレスで出会った少年に多少なりとも感化されているのだ。が

食蜂「おっ邪魔しまぁすー♪」

御坂「ちょっと!コラー!!」

押し売りのように構わず部屋に侵入する食蜂に御坂が声を張り上げる。
しかし食蜂は御坂の制止も聞かずしげしげと部屋を見やり――

食蜂「えっ……」

ボトッ

御坂「!!?」

ある一点でその天真爛漫(ぼうじゃくぶじん)な振る舞いが止み、手にしていた菓子折りがカーペットに取り落とされる。それは

食蜂「……あ、あれはぁ?」

御坂「何よ……友達と撮った写真よ。何か文句ある?」

ベッドサイドのボードに置かれた、今日麦野から手渡された夕食会の記念撮影の写真。
真新しい写真立てに入れられ飾られたそれを食蜂が珍しく驚きに満ちた表情で食い入るように見やる。それもそのはず――

食蜂「どうしてぇ……」

写真の輪の中にあって一際目立つ青い髪。インデックスをして『ホルスの目』のような少年――

食蜂「“あの方”が貴女といるのぉ?」
 
 
 
 
 
――青髪ピアスがそこに映っていた――
 
 
 
 
 
824 :投下終了です! [saga]:2011/09/10(土) 21:38:38.01 ID:42BNj/aAO
たくさんのレスをありがとうございます。第二十ニ話終了となります。
御坂が手に入れた写真はSS一巻の表紙を御坂、青ピ、雲川先輩に差し替えていただければ幸いです。それでは失礼いたします……
825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/10(土) 21:40:09.61 ID:IolRBreA0
乙かれさまデスノ!
826 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/10(土) 22:05:05.60 ID:Ec3f2eJOo


さてゴムに穴をあける話を詳しく聞こうか
827 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/09/11(日) 09:17:03.27 ID:uRFOivgL0
乙!
むぎのんスイート読むのかww紅茶がマリアージュで見てたDVDはゴシップガール…なんだろうすごくかわいい。
828 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/11(日) 10:51:21.05 ID:6RE9S2Hy0
乙ですの
黒子はどこにいっても抜群の安定性だな
だがここの黒子は出来る子だ 要らない子なんかじゃないよ
829 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/09/11(日) 13:26:42.49 ID:NHZXwowAO
乙。浜面は「許して」むぎのんが元に戻ったけど、上条は「許さない」事でむぎのんを立ち直らせた対比が上手いと思った。
830 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟県) [sage]:2011/09/11(日) 19:45:30.01 ID:hGL3wB900
むぎのん「許さない、絶対にだ」
831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/09/11(日) 20:26:11.12 ID:ak0XqvGAO

シリアスな上条さんはいつもカッコイイ
832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/15(木) 11:37:46.47 ID:/OqNlMwIO
>>830
もういいだろ小清水は…許してやれよ中の人なんだし
833 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/15(木) 17:56:24.10 ID:RRQGWZ/AO
>>1です。第二十三話は土日いずれかの更新になると思います。
残りニ話ですが、最後まで全力投球したいので少しお時間をいただきます。
いつもたくさんのレスをありがとうございます。では失礼いたします……
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/15(木) 19:44:03.13 ID:Mwfws4I/o
お待ちしております
835 :なすーん [なすーん]:なすーん
                     __        、]l./⌒ヽ、 `ヽ、     ,r'7'"´Z__
                      `ヽ `ヽ、-v‐'`ヾミ| |/三ミヽ   `iーr=<    ─フ
                     <   /´  r'´   `   ` \  `| ノ     ∠_
                     `ヽ、__//  /   |/| ヽ __\ \ヽ  |く   ___彡'′
                      ``ー//   |_i,|-‐| l ゙、ヽ `ヽ-、|!  | `ヽ=='´
                        l/| | '| |!|,==| ヽヽr'⌒ヽ|ヽ|   |   |
  ┏┓  ┏━━━┓              | || `Y ,r‐、  ヽl,_)ヽ ゙、_ |   |   |.         ┏━┓
┏┛┗┓┗━━┓┃              ...ヽリ゙! | l::ー':|   |:::::::} |. | / l|`! |i |.        ┃  ┃
┗┓┏┛     ┃┃┏━━━━━━━.j | l|.! l::::::ノ ,  ヽ-' '´ i/|  !|/ | |リ ━━━━┓┃  ┃
  ┃┃    ┏━┛┃┃       ┌┐   | l| { //` iー‐‐ 'i    〃/ j|| ||. |ノ        ┃┃  ┃
  ┃┃   ┃┏┓┃┗━━━.んvヘvヘゝ | l| ヽ  ヽ   /   _,.ィ ノ/川l/.━━━━━┛┗━┛
  ┃┃  ┏┛┃┃┗┓     i     .i  ゙i\ゝ`` ‐゙='=''"´|二レ'l/″           ┏━┓
  ┗┛  ┗━┛┗━┛    ノ      ! --─‐''''"メ」_,、-‐''´ ̄ヽ、              ┗━┛
                   r|__     ト、,-<"´´          /ト、
                  |  {    r'´  `l l         /|| ヽ
                  ゙、   }   }    | _|___,,、-─‐'´ |   ゙、
                    `‐r'.,_,.ノヽ、__ノ/  |  |      |、__r'`゙′
                            |   |/     i |
                             |          | |
836 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 11:50:31.19 ID:W55C2CfAO
>>1です。今夜21時より投下させていただきます。では失礼いたします。
837 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:01:02.42 ID:W55C2CfAO
〜10月8日〜

一度会えば偶然、二度逢えば必然って言葉があるらしい。
フィクションの中でよくある曲がり角でパン咥えた女の子とぶつかって一悶着あって、その後バッタリ……ってヤツだ。
そんなコテコテのラブコメのはしりを最近じゃ『フラグ』って言うんだと。

絹旗『グァバジュース超特急で』

フレンダ『私トマトジュースね』

浜面『………………』

フレンダ『ハリー!ハリー!!ハリー!!!』

断言しよう。ん な も ん ね え よ 。
何?何だってんだ?どうなってんだコレ。どうなんだオレ。
ライフカードが見当たらない。つうか俺のライフがもう0だよ我慢の限界的に。

浜面『(俺の仕事ってドリンクバー職人?これが裏社会?冗談だろ?どう見てもただファミレスでだべってるガールズサークルじゃねえか!)』

威勢がいいのはこのガラスの少年時代の心の中だけ。
まるでというか本当のパシリよろしくドリンクバーを往復させられ恨みがましく『先輩』2人と『上司』1人を見る。
まず一人目はこのニットのワンピース着た一番ちっこい俺の上司。

絹旗『嗚呼……超楽ちんですね人を顎で使える立場って』

絹旗最愛。もあいって読んだらいきなり肩パン喰らって脱臼しかけた。
何でもこんなランドセルが似合いそうなナリしてこのアイテムとか言う治安維持部隊の司令塔を張ってる。
このちっこいヤツが?とも思ったが中近東辺りじゃ少年兵のみで構成された部隊は最年少の人間をリーダーにする事が多いと聞く。
何でも『残虐行為に歯止めがかからない』『何をするかわからない恐怖』からなんだと。

浜面『(……見た目じゃわかんねーもんだな)』

絹旗『なんですか?ガン見とか超いやらしいです!』

浜面『みっ、見てねえよ!!』

少なくともこの下着が見えそうで見えないって言うか見えてる角度で脚組み換えてる小悪魔っぷりからそんなアブナそうなヤツには見えないんだが――
この間『スクール』とか言う組織のスナイパーの頭をトマト祭りみたいに潰した時点でそんな甘い認識は捨てた。
人は見た目じゃないって言うけど、女を見た目で判断すると痛い目に遭うって言うサンプルみたいなヤツだ。それに

フレンダ『結局、浜面ってキモいんだけど』

浜面『(イラッ)』

フレンダ=セイヴェルン。この女もだ。

838 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:01:31.74 ID:W55C2CfAO
〜2〜

フレンダ『ねえねえ絹旗。ところでその右手どうした訳よ?』

絹旗『別に超なんでもないですよ』

こっちは絹旗と違ってその自慢の脚線美とやらをストッキングでより引き立てる方向性に進んでるらしい。
見た目だけなら金髪碧眼の美少女で通りそうなもんだが――
とっ散らかしたテーブルの上に転がってるドアを焼き切るためのツールと電気信管がそれを裏切ってくれる。
これで捕まえたスナイパーを散々活き活きと拷問してやがった。こいつもアブナいヤツだ。

フレンダ『浜面ー喉渇いたってばー!!』

浜面『今持ってくよ!!』

俺からすればマグロの解体ショーを人間でやられてるようなもんだがそれでも『先代に比べりゃ全然優しい方』なんだと。
このアブナい連中を束ねてた前リーダー。何でも恐ろしく強くて怖いくらい美しかったって話だが――
その話は絹旗の前ではNGだとアドバイスされた。
どんな女かは知らないがこいつらの様子を見る限り尊敬半分恐怖半分のブレンド。一体どんなアマゾネスだよ。

滝壺『はまづら』

浜面『あ』

滝壺『私、抹茶オレが飲みたいな』

浜面『……へいへい』

……それからあの雨の夜、全てを失った俺の前に舞い降りたピンク色のジャージの女の子。滝壺理后。
10月3日の夜に出会い10月4日の朝に別れた忘れがたい少女と俺はこのファミレスで再会した。
それにも驚いたがそれより驚かされたのはあのか弱そうな女の子がこのアイテムの中核を担ってるという事。

浜面『ほい、オラ、はい』

絹旗『ちょっと』

フレンダ『浜面?』

絹旗・フレンダ『『私達の時と滝壺(さん)への態度(超)違ってない(ません)?』』

浜面『違ってねーよ!!』

絹旗『いやいや。私の時“ほい”とか超適当でしたって』

フレンダ『私なんて“オラ”よ“オラ”!浜面(下っ端)のクセにエラそうな訳よ!!』

絹旗『浜面超生意気です新入りのくせに。滝壺さん超気をつけて下さい!男はみんな狼って言いますが、こいつからは超洗ってない犬の匂いがしますよ!!』

浜面『ひでえ言われようだ』

滝壺『大丈夫、私はそんな犬呼ばわりされるはまづらを応援してる』

フレンダ『結局、滝壺と浜面はどういう知り合いな訳よ?なんか最初から顔見知りっぽいし』

そこでピタッと空気が止まった。イヤな空気だ……読みたくねえ

839 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:03:29.03 ID:W55C2CfAO
〜3〜

浜面『……あー』

滝壺『ナンパした』

絹旗・フレンダ・浜面『『『!?』』』

滝壺『“ねぇ、そこのおに〜さん”ってナンパしたの』

と思ったら読みたくねえ空気がいっぺんで凍った。一足早い冬が来たみてえに。つうか今の何?ギャグ?ジョーク?
つかフレンダが雪みたいな目で、絹旗は氷みたいな眼でこっちを向いて来た。おいおいマジでなんなんだよこの空気!?

絹旗『嗚呼……浜面は超最近アイテムに補充されて来ましたもんね?』

フレンダ『ああいいのいいの。ルールがわかってないなら教えてあげる訳よ!』

絹旗『私達には命以外何もかも失った超クソッタレな人生がお待ちかねです!!』

フレンダ『結局、道具(アイテム)の補充なんていくらでも利く訳よ!!』

絹旗『私達の超大事な大事な滝壺さんに色目使うってならブッ殺しても構わないんですよ♪』

フレンダ『わかってもらえた?浜面今一度死んだよ☆』

絹旗『超確認しますよ?わ か っ て ン で す か ?』

怖えええええ!なんか目つきとか話し方とかもうなんか全体的に怖えよ!
ニットは目から光が消えてるしベレー帽は目が輝いてるよ!リアクション正反対なのに考えてる事同じだよこの二人!
女ばっかりの中に一人だけ男がいるとか言うレベルの居心地の悪さじゃねえ!
ハブの巣放り込まれたガマくらい脂汗出て来たぞ今!

滝壺『まあ、冗談は置いておいて』

巫山戯けんなぁぁぁぁぁ!今その冗談で俺死にかけたんだよ!
人の命って軽いな!枯れ葉一つの重さもねえってか!

滝壺『はまづらは私がスキルアウトに絡まれてるところを助けてくれたんだよ』

絹旗『……へえ、そうなんですか』

フレンダ『あちゃー……』

……の上に本当の事話したら今度は絹旗がまた不機嫌そうに!
フレンダはなんか『やっちまったなあ』みたいなお手上げポーズだし!
俺が何したってんだ?こいつらの怒りのツボがまるでわからねえって。

絹旗『……フレンダ、私ちょっとお花摘んで来ます』

フレンダ『雉を撃って来てもいい訳よ?』

滝壺『ふれんだ相変わらず日本語上手いね。私も行くよきぬはた』

浜面『花って……ここファミレスだぞ?んなもんどこに(ry』

絹旗『』ゴッ

浜面『ごっ、がああああああああああああああああああ!!?』

また肩パンかよ!脱臼しそうになるから止めてくれよこのちびっ子は!

840 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:03:56.24 ID:W55C2CfAO
〜4〜

浜面『痛え……痛えよ』

フレンダ『はー……』

浜面『……何だよ。溜め息つきたいのは俺の方だっての』

フレンダ『ああ違う違う。何て言うか皮肉な巡り合わせに思う所がある訳よ』

でもって滝壺と絹旗がいなくなった後のテーブルに残された俺の顔を見るなりフレンダがベレー帽を脱いで髪をかきあげた。
こいつ俺の事キモいキモい言いまくって来るからあんまり好きじゃねえんだよな……
そのクセすげーおしゃべり好きだから正直コミュニケーションは取りやすくて助かってるけど。

フレンダ『この間浜面に言ったよね?絹旗の前にいたリーダーの話』

浜面『あ、ああ……確か“むぎの”って言ったっけ?』

フレンダ『それよそれ。その麦野さ、男絡みで引退してるって訳。ちょうどあんたみたいに絡んで来たスキルアウト蹴散らして助けようとした男と』

浜面『……そうだったのか』

フレンダ『そう。でも勘違いしないで欲しい訳よ。この世界色恋沙汰で足抜け出来るほど甘くないから』

グサッと釘を刺された気がした。わかってる。ここ数日新入りとして関わった仕事のいくつかで――
これがアルバイトでサークル活動でない事くらいは。
そして俺が早くもこの仕事に嫌気がさして吐き気を覚えてる事も含めて。

浜面『じゃあそいつは何で抜けれたんだ。おかしいだろ』

フレンダ『“主は主あるを知る”』

浜面『?』

フレンダ『私達の“上”のそのまた“上”の話って訳よ』

浜面『………………』

フレンダ『でも一応言っとくね?ここ恋愛禁止だから。絹旗はキレたら麦野よりヤバい訳よ』

フレンダは続ける。絹旗はその一件で男嫌いに近い状態になったらしい。
その姿を消したリーダーの事を上司と部下という関係性を越えた思慕の念を抱いていたとも。
そりゃそんだけ重なればそうなるよな……ってこれ俺関係なくね?

フレンダ『幸いこんなキモい浜面でも絹旗は気に入ってるっぽいし?私としてはつまんない波風は立てて欲しくない訳よ』

浜面『キモいって言うな。俺だって立てた波に呑まれて溺れ死にたかねえよ』

フレンダ『――私だって』

浜面『?』

フレンダ『仲間が仲間に殺されんのもう見たくないしねー』

……なんだろう?今すげーゾッとしたぞ。やっぱあんのか味方殺しって。

フレンダ『麦野がいた頃一度ね。ありゃひどかった』

……なんなんだろうな、人の命って

841 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:05:54.87 ID:W55C2CfAO
〜5〜

絹旗『………………』

滝壺『きぬはた』

絹旗『なんですか?滝壺さん』

一方、化粧室にて手洗いを終え鏡を睨むようにしていた絹旗とそれを気遣うように並ぶ滝壺の姿がそこにあった。

滝壺『――ごめんね』

絹旗『……良いんですよ滝壺さん。別に滝壺さんが何かした訳でもないんですし、物の好き嫌いだけで人の好き嫌いするほど子供じゃありませんよ私は』

右手に巻かれた包帯。鏡を割った時に生まれた疵痕。
それはあの6月7日、左手に包帯を巻いて姿を現した麦野の姿と重なると滝壺は考え……
6月21日の雨の日も、その後の入院も含めて絹旗はあの日上条を殺しておくべきだったと今でも思っている。

絹旗『……まあ、こんな格好だから舐められたり比べられたりするのも超わかりますけど』

滝壺『きぬはた……』

絹旗『私は麦野の後継ぎですからね。麦野みたいになりたいとも思いますし、麦野みたいになりたくないとも思いますけど』

絹旗『違うよ』

ふるふると黒髪を流すようにかぶりを振って見つめながら滝壺が包帯の巻かれた絹旗の右手を労るように包み込む。

滝壺『きぬはたはきぬはただよ。むぎのじゃないよ』

絹旗『――……』

滝壺『私はそのままのきぬはたが好きだよ。私はこのままのきぬはたでいてほしいな』

絹旗『滝壺さん……』

滝壺『頼り無い年上だけど、私はそんなきぬはたを応援してる』

滝壺は思う。麦野が引退してから絹旗は前より己を出さなくなったと。
絹旗は想う。麦野が離脱してから滝壺は前より優しくなったと。
二人は思う。欠けた四人が再び揃った今という時を。

絹旗『……よし!行きましょうか滝壺さん!』

滝壺『うん』

絹旗『あっ、それから』

そして二人は化粧室のドアを開き通路を出んとした時、ついと絹旗が振り返る。

絹旗『――あの浜面が何かいやらしい事したら超言って下さいね?シメてやりますから』

――もうここにはいない麦野の影を振り切るように、勢い良く

絹旗『――なんせ、私は超リーダーですからね!』

今もどこかで戦い続けているであろうその背に届くようにと――
842 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:06:20.64 ID:W55C2CfAO
〜6〜

フレンダ『じゃ、私達ここで』

絹旗『浜面。滝壺さんに変な事したら超お仕置きですからね?』

浜面『入って一週間もしねえ内にそんな事するかよ』

フレンダ『ふーん?じゃあ一週間が一ヶ月になったら違うって訳?』

絹旗『入って一週間足らずでタメ口とは超なってませんね新入りのくせに』

浜面『(お前らこそ会って一週間経ってねえのに何でこんな砕けてんだよ)』

そして一行はファミレスにて流れ解散の後、各々の行く先へと歩を進めた。
絹旗は毎度の事ながらC級映画鑑賞へと、フレンダは何やら待ち合わせがあるらしく先を急いでいるようだった。そこに取り残されるは――

滝壺『………………』ボー

浜面『(……二人っきりか)』

浜面はポリポリと頭を掻いてやや手持ち無沙汰にしていた。
何とはなしに上手く話題が見つからない。一晩中話せたにも関わらず――
まるで朝露のように消え失せた少女との再会はこの上なく浜面の心を掻き乱した。
陳腐な表現だとわかっていながら『運命』という言葉が過ぎるほどに。

浜面『あっ、あのさ……』

滝壺『?』

浜面『この間はその……すまなかった』

滝壺『どうして謝るの?はまづら』

浜面『い、いや……』

未だに高く登る秋空より吹き付ける風が滝壺の切りそろえられた黒髪を揺らし、二人の視線がぶつかる。
それに浜面は言いようのない感情を持て余した。

浜面『いきなり泣き崩れたり、一晩中話し相手になってもらったり、ジャージ貸してもらったり、あとなんか雰囲気悪くしたりして悪かった』

滝壺『そんな事ないよ、はまづら』

抜き身の暴力(つよさ)、剥き出しの心根(よわさ)、浜面仕上という人間の地金の全てを晒したあの雨の夜。
滝壺理后という己の全てを知る少女と期せずして再会してしまった事への気恥ずかしさ。
それが男としてのささやかなプライドが今更のように鎌首をもたげさせ所在なくさせるのだ。が

滝壺『私もずっとはまづらの事が気になってたから』

浜面『えっ……』

滝壺『はまづら、車の中で話していい?少し寒い』

浜面『お、おおわかった。今出すよ』

ここで浜面はようやくここが駐車場である事を思い出し、慌てて車のキーを取り出す。すると

浜面『……でけえ』

二台分の駐車場スペースを占拠するキャンピングカーが見て取れた。

843 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:09:26.12 ID:W55C2CfAO
〜7〜

絹旗『フレンダ』

フレンダ『なーにー?』

絹旗『どうして超ついて来るんですか?』

フレンダ『たまたま行き先が同じな訳よ。結局いつもの映画館でしょ?駅前の』

絹旗『それはそうですけど……フレンダはまたなんで?』

フレンダ『ふふふ♪私はこれからデート』

絹旗『!!?』

フレンダ『第六学区の遊園地で待ち合わせな訳よ。それでね』

絹旗『』ギュウウウウウ

フレンダ『痛い痛い締まってる締まってるってば!!』

一方、絹旗とフレンダは枯れ葉舞う並木道をサクサク踏みしめながら駅方面を目指していた。
そこでである。絹旗がフレンダの首を締めOK牧場の決闘が始めたのは。

フレンダ『ゲホッゲホッゲホッ……ちょ、ちょっと絹旗!』

絹旗『超知りません!フレンダなんて!』

フレンダ『違う違う聞いて聞いて!結局誤解な訳よ!恋愛禁止の御法度は破ってないって!』

絹旗『………………』スタスタ

フレンダ『絹旗!!』

咳き込んでいたフレンダを置いて歩み去って行く絹旗の手首を掴み、引き止める。
そこでようやく絹旗はフレンダに背を向けたまま立ち止まった。
その頑なさにハアと小さく溜め息をつきながらベレー帽を直しつつフレンダは対話を試みる。

フレンダ『デートって言っても女の子な訳よ女の子。絹旗が考えてるようなんじゃ全然ないから……』

絹旗『いやあフレンダってレズじゃないですか』

フレンダ『レズじゃなくて百合!じゃなくて絹旗!!ちゃんとこっち向いてよ!!』

フレンダが見た絹旗の背中。それは今はもういない麦野の後ろ姿に似ていた。
頑なで、寂しげで、誰にも預けない小さな背中と細い肩。悪い意味で麦野と重なるそれ。

絹旗『………………』

フレンダ『もうっ』

掴んだ白い手首。包帯の巻かれた右手。いつも通りの眼差し。
ようやく振り向いた絹旗の見返りが秋風が揺れるショートボブを靡かせる。

フレンダ『絹旗、やっぱり変わっちゃったね。前みたいな柔らかさが全然ない訳よ』

絹旗『超変わらざるを得ないじゃないですか』

フレンダ『………………』

絹旗『私は、リーダーなんですから』

フレンダ『違う』

絹旗『???』

フレンダ『それは違う訳よ。絹旗』

――そして一陣の風が隔たれた二人の間に吹き抜けて――
 
 
 
 
 
フレンダ『私はリーダー(あんた)じゃなくて絹旗(アンタ)に話してる訳よ』
 
 
 
 
 
844 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:09:56.88 ID:W55C2CfAO
〜8〜

絹旗『………………』

フレンダ『もうね、ぶっちゃけ見てらんない訳。私達いつからこうなっちゃったの?二人の時くらい上とか下とか持ち込まないで話しようよ』

絹旗『フレンダ……』

フレンダ『滝壺からも言われたんじゃない?麦野の真似なんてしなくていいって。結局、私もそこんとこは同意見な訳よ』

並木道の側を八十九年モデルのブースタが駆け抜け、枯れ葉の絨毯が捲れ上がる中フレンダは思う。
確かに自分は麦野に対し恐怖と好意が半々、アイテムに対する所属も利害と愛着の半々だったはずなのにと。

フレンダ『……一番年下の絹旗に頭張らせてるのはほんと情けないけど、それでも何もかも一人で背負い込んでるみたいな顔されるのは勘弁して欲しい訳よ』

絹旗『別にそんなつもりじゃ超ないですよ?ただ……』

フレンダ『ただ?』

絹旗『先に断っておきますけど、私は浜面にどうこうは全くないですよ』

フレンダ『………………』

絹旗『また“四人”に戻った事に少し違和感というか……超落ち着かないんですよ』

フレンダ『絹旗……』

絹旗『……あーもう。だからあんまり素とか超出したくないんですよ。あんまり内面見せるとかリーダーとして超どうなの?って話じゃないですか』

そこでようやく絹旗はほうっと一息つくようにしてかぶりを振った。
気心知れたフレンダが相手では、本音を話さなければいつまでも食い下がるだろうと秤にかけた上での話である。

絹旗『わかってますって。もういなくなった人間の事こんなにウジウジ考えるとか超ナンセンスだって話』

フレンダ『………………』

絹旗『一番引きずってるのが他ならぬ私自身だなんて超格好つかないじゃないですか。あまりにも』

降り注ぐ木の葉を遠くを見るような眼差しで仰ぎ見ながら絹旗は語る。
今まで空席だった場所に入って来た新入りに対し絹旗なりに思う所があるのだろう。
組織運営を任され三人での新体制から早二ヶ月の時が経ち一つの季節を越えて尚……

絹旗『捨てられたのと超変わらないって言うのに……一番大人になりきれてないのは私自身だなんて』

絹旗もまたどこかで麦野の影を探していたのだ。

845 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:11:56.00 ID:W55C2CfAO
〜9〜

ズルいですよ麦野。私達を置いて、私に全部丸投げして……
『アイテム』を頼むだなんてあんな優しい笑顔で見つめられたら、私は麦野を超恨む事さえ出来ないじゃないですか。
だいたい麦野は昔からズルいんですよ。面倒臭い事私達に投げて自分は美味しい所ばっかり……

フレンダ『……そりゃあ私も変わんない訳よ。けど私はお世辞抜きで絹旗がリーダーで良かったって思ってるって』

絹旗『私に超リップサービスしたってキスなんてしてあげませんよ』

フレンダ『ううん。本当にそう思ってる。だってさ』

でも今ならちょっと麦野の気持ちもわかるんですよ。
後を継いでから急にフレンダの気持ちがわからなくなったり、滝壺さんと距離を超感じたり……
リーダーって孤独なもんなんだなあって。だから何?って話なんですけど

フレンダ『結局、あんたが私達の“居場所”になってくれてる訳よ』

絹旗『………………』

フレンダ『滝壺はここ以外に居場所がないって言ってたし……結局、私も居場所を守ってあげたい身内がいるからここで踏ん張れてる』

居場所。それは私にとって失われ続けるもの。
最初は家族、次に置き去りの養護院、次は暗闇の五月計画、今はアイテム。
それでも私が何とかやれてるのは……みんながいてくれるからです。
例え道具としてだって、私達に居場所をくれた麦野から託されたものだからです。それに

フレンダ『ここは絹旗の居場所でもあって、私達皆の居場所でもある訳よ!』

……あの時の麦野の顔は、全然幸せそうじゃなかったです。むしろ超悲しそうな顔をしてました。
あれは恋を楽しんだりしてるお気楽な笑顔じゃありませんでした。
自分の居場所を失った時の私の顔と同じでした。
だからかも知れませんね。麦野を憎む事も忘れる事も出来ずにいるのは。

フレンダ『おかしな言い方だけど、麦野がいた頃よりずっと一蓮托生な訳だし……結局、それを支える私達にも頼って欲しい訳よ』

命以外何もかも失った超クソッタレな人生の中ですら――
こうして真っ先に裏切りそうな頼りない『仲間』がいて――

絹旗『……ふー』

絹旗最愛(わたし)がここにいて――

846 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:12:24.16 ID:W55C2CfAO
〜10〜

絹旗『……フレンダは超バカですね?』

フレンダ『んにゃっ!?』

絹旗『そんな事わざわざ言いに私を追っ掛けて来たんですか?前に私に“私達は仲良しこよしのガールズサークルじゃない”とか超エラそうな事言ってたくせに』

それに伴って絹旗の手首を掴むフレンダの力が緩み、絹旗の頬も緩む。
抜けるような溜め息と抜ける肩の力。それは果たしてどちらのものか。

絹旗『早く行っちゃって下さいよフレンダ。待ち合わせがあるんでしょう?』

フレンダ『……もう良い訳?』

絹旗『良いも何も私は最初から超大丈夫です』

アスファルトを滑って行く風に追い立てられ、木の葉が足元を転がって行く。
頂点より僅かに傾いた太陽が、二人の影を薄めて行く。

フレンダ『そ!じゃあ私もう先行くね!』

絹旗『………………』

フレンダ『絹旗!』

絹旗を追い抜いて行くフレンダが街路樹に身を隠すようにして顔だけ覗かせて来る。
さながら隠れん坊に興じる子供のように八重歯を覗かせて。

フレンダ『今日はダメだけど、今度二人で遊園地行かない?』

絹旗『はあ?』

フレンダ『結局、絹旗は知り合いに依存するタイプな訳よ。なんか今の絹旗って、私の妹に似てる気がするしさ』

絹旗『妹って……』

フレンダ『あっ、いっけない』

そこでフレンダが自分の頭を小突きながら舌を出してウインクを飛ばして来た。
妹、という単語に小首を傾げる絹旗へと笑って誤魔化すように。

フレンダ『じゃあね!絹旗約束だよー!』

絹旗『ちょっ……』

フレンダは駆けて行く。己の発した言葉に覚えた照れを隠すように。
絹旗はそれを唖然として見送り……舞い散る銀杏の葉の中薄く微笑んだ。

絹旗『そういう約束って超死亡フラグって言うんですよ?まったくもう……』

約束。黒夜海鳥とは果たせず終いだった映画館に行く約束。
守られるでも破られるでもない約束……それが妙にくすぐったっかった。

絹旗『――私も超まだまだですかね――』

そして絹旗は再び歩み出す。果たされるかどうかわからない約束を胸に。

その約束がどうか果たされる事を、信じる事を止めた神に祈るように――
847 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:14:38.59 ID:W55C2CfAO
〜11〜

盗んだバイクもとい、盗んだバンで走り出す。
ぶっちゃけて言えば女の子を後ろに乗せて走りたかった。チャリでもバイクでもなんでも。
幹線道路を直走りながら図らずも叶ってしまった幻想(ゆめ)は間を持たせるためのタバコの苦い味がした。
表の世界で叶わなかった夢が裏の社会で叶ったなんて思うと少しやりきれない気持ちになる。

滝壺『………………』

浜面『(き、気まずいぜ……)』

助手席に乗り込んだピンク色のジャージの女の子、滝壺は車酔いでもしたように黙り込んでいた。
なんてこったい。と思いながらウインカーを左に切る。これってドライブって呼んでいいもん?

滝壺『はまづら』

浜面『お、おう』

滝壺『さっきの話だけどね』

浜面『………………』

滝壺『10月3日の夜と10月4日の朝から、私はずっとはまづらが気になってた』

飲み込んだ唾が、呑み込んだ煙と一緒に落ちて行く。
秋空が妙に晴れがましいのに物寂しい。そう感じるのは――
隣にいる滝壺の儚さか、それとも色々あった俺の心境の変化か。

滝壺『とっても強くて、すっごく弱くて、ちょっと怖そうで、それでも寂しそうなはまづらの事が……ずっと』

浜面『……そうか』

滝壺『うん。はまづらとは初めて会ったはずなのに、私はなんだかずっと前からはまづらを知っていたような気がしてた』

お、落ち着け浜面仕上……本能のアクセルと理性のブレーキを踏み間違えるな。
心のシートベルトと魂のエアバッグの貯蔵は十分か?大丈夫だ問題ない。
ドキドキすんじゃねえ。信号見ろ。車間距離開けろ。
ルームミラー見てもいつもの俺だイケメンにはなれねえから落ち着けHAMADURA

浜面『ど、どうしてなんだ?俺と滝壺はあの夜の前まで会った事なんて――』

滝壺『……鏡』

浜面『!?』

滝壺『はまづらは、私と同じ目をしてる』

その言葉に俺はナビ画面に走るノイズのような気持ちが胸を騒がせるのを感じた。
それは不愉快だとか恋愛感情的な意味じゃなくって……
あれだ、ズレたチューニングを元のツマミに戻して音を作る時みてえな――



滝壺『――私と同じ、居場所を探してる人の目をしてた――』



……あーちくしょう……俺は、俺達どこに向かって走ってるんだ?



848 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:15:15.39 ID:W55C2CfAO
〜12〜

浜面『同じったって……滝壺はレベル4でアイテムの構成員で、俺はしがないレベル0で下部組織の下っ端だぜ?』

滝壺『でも、同じ人間だよ?』

浜面『……同じ』

滝壺『同じだよ。私はそれを見てきてるから』

浜面『見て来た?』

滝壺『――むぎのと、かみじょうを』

浜面『(また“麦野”か……)』

『むぎの』というその名はこのアイテムの面々にとって、浜面にとって『駒場利徳』のようには感じられた。
そしてバンは幹線道路を抜け、ゲートを抜けて第七学区へと入る。
数日前となんら変わらぬ街の風景が、何故だか違ってみえる。
それは心境の変化以上に浜面の『目』と『芽』が開いたからなのだが――

滝壺『むぎのはレベル5で、かみじょうはレベル0だった』

浜面『(俺が戦ったあのバケモノみたいな魔女も確かそうだったかな……たしか“しずり”とか呼ばれてたか)』

滝壺『――むぎのは最初、かみじょうを学園都市のゴミとかレベル0のクズとか無能力者のカスだとか……そんな風に言ってた』

浜面『……そうだろうな。俺もそう言われてきたし俺達はみんなそう言われて来た』

滝壺『……むぎのは、かみじょうを殺そうとしたの。生きたまま電子炉に入れてやるって』

浜面『!!?』

滝壺『私はそれがとっても怖くて、すごく悲しかった』

あのウニ頭はなんて名前だったんだろう?と過ぎらせた思いを凍てつかせるような……
滝壺が発した不吉な単語にあわやハンドルを切り損ねそうになる。
それを淡々と語る少女の透徹さに、改めて自分はガールズサークルの使い走りでない事を思い知らされる。

滝壺『でも、むぎのはかみじょうを殺せなかった』

浜面『……そりゃまたなんで?』

滝壺『レベル0のかみじょうが、レベル5のむぎのの命を助けたから』

浜面『……――!?』

滝壺『“善悪とか敵味方とかレベルなんて関係ない”って……三回も殺し合いをして二度死にかけて、それでもかみじょうは“化け物”って人から言われたり“怪物”って自分で言ってたむぎのを“人間”に戻してくれたの』

煙草の先端に溜まっていた灰がペダルを踏む浜面の膝の上に落ちる。
一瞬よぎったまさかという予想、馬鹿なと頭から追い出す想像。
ありえない。出来すぎている。そんな三文小説の筋書きのような巡り合わせなどありえないと。

849 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:17:55.39 ID:W55C2CfAO
〜13〜

滝壺『……その時私は思ったの。むぎのは本当の居場所を手に入れられたんだなあって』

浜面『居場所――』

滝壺『うん……居場所。私の居場所はここだけだけど』

浜面『………………』

滝壺『ふれんだが前に言ってくれたの。“いつか他にも滝壺の居場所が出来るといいね”って……』

頭から奇妙な既視感を無理矢理追い払って尚、口に咥えているフィルターだけになった煙草に含まれたタールのような思いが浜面の中へとゆっくり降りて来る。

浜面『(――似てるんだ、俺とこいつとその麦野ってやつは)』

浜面は唯一の居場所を失った。滝壺は無二の居場所を喪わないためにここにいる。
そして滝壺が未だ麦野を忘れられないのと同じように、浜面も駒場を忘れられない。さらに……

浜面『(……レベル5ってバケモノも、レベル0ってゴミも、どっちも“人間”扱いなんてされてねえ……)』

見えざる相似形。あの夜対峙した魔女を怪物と呼んだ自分もまた……
ベクトルこそ正反対なれど今まで自分達レベル0を人間扱いしなかった連中となんら変わらなかった事に気づく。
ならばこの滝壺理后なる少女はどうなのだろう?

滝壺『でも、初めてはまづらと会った夜……レベル0なのに私を守ってくれた強いはまづらと、私の胸で泣いてた弱いはまづら……“人間のはまづら”を見た時』

滝壺は車酔いがひどくなったのかやや具合悪そうな顔色ながらも――
うっすらと、まぶしい太陽に目を細めるようにして微笑んだ。

滝壺『――私はこの男の子を守ってあげたいって思ったの』

浜面『……!!』

滝壺『はまづらをギュッてしてあげてた時、私はここにいるんだ、ここにいたいんだ、ここにいてもいいんだって……』

幹線道路を抜け、第七学区の中心街へと入り、ガタガタと背後の工具入れが浜面の内面と連なるように揺れる。

滝壺『あんな怖い目にあったのに、生まれて初めて男の子と一晩中お話して……それでも私はまづらは怖くなかった。私に優しくしてくれた』

浜面『お、オレは……』

滝壺『――同じだよ』

浜面『!!?』

浜面がギアを落とそうとシフトレバーに伸ばした手に、滝壺の柔らかな手が重なった。

滝壺『――あの時の私達に、レベルなんて関係なかった。同じ人間だったんだよ。はまづら』

850 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:18:23.83 ID:W55C2CfAO
〜14〜

キッ、と浜面は道路端に車を横付けしバンを停めた。
これ以上気もそぞろに滝壺と接していては運転も誤りかねないと判断して。
その横をもちろん何も知る由もない学生らが通り過ぎて行くばかりだ。

滝壺『なに?はまづら』

言葉が出て来ず、声にならず、意味を為さない短い沈黙が続いた。
真っ黒なバンへチラと横目を向けて来たツインテールの少女の姿がミラーに映るも、すぐさまシャンパンゴールドの髪の先輩らしき少女に呼び掛けられ走って行くのが見えた。

浜面『……俺も、滝壺と同じような事考えた』

滝壺『はまづらも?』

浜面『ああ、まだ返せてないあのジャージを見る度に……またいつか会えるかって、ずっと滝壺の事を考えてた』

まるで告白のようだ、と浜面はそんな自分を内心で窘めた。
滝壺は表情から察するのがやや難しいタイプではあるが――
少なくとも今の会話から『差別される側』だった浜面に対し……
人間として好意を抱いてくれたのだと言うニュアンスを感じ取れた。

浜面『俺さ、滝壺に会う何時間か前に同じレベル0に言われたんだ。“助けが欲しいってならテメエは誰かを助けた事があんのか”って……』

滝壺『……うん』

浜面『最初は何巫山戯けた綺麗事言ってやがんだこいつって思ったさ。そりゃテメエが出来るだけの強さと立場がある成功した側の人間だろうがって』

故に浜面は取り繕う事をやめた。さりとて偽悪的に振る舞うでもなく露悪的に話すでもなく――

浜面『こうも言われた。“テメエはいつも他人ありきじゃねえか。テメエ自身はどこにいる”って』

滝壺『……はまづらはここにいるのにね』

浜面『――ああ、その通りだクソッタレ』

居場所という立ち位置を挟んで似通う滝壺と浜面を隔てるもの……
それは揺るがず流されぬ『自分自身』を有しているか否か。

浜面『そんな当たり前の理屈さえも……駒場(あいつ)らがいる時はそん中に埋もれて、アイツ(駒場)らがいなくなってからは自分を見失って』

鳥の巣を育むように居場所を作れどそこに『己』だけがいない。
更に今も浜面は『誰かが作り出した流れ』の中に放り込まれている。だが

浜面『……でも、滝壺を助けた時わかった』

851 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:19:28.12 ID:W55C2CfAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――俺はまだここにいる―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
852 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:22:58.65 ID:W55C2CfAO
〜15〜

滝壺『………………』

浜面『何もかもヤケクソになって投げ出そうとした俺を引き戻してくれたのがアイツなら、折れかけた俺をもう一度立ち直らせてくれたは滝壺、お前なんだ』

あのレベル0の少年は目を背けていた自分自身を突きつけて来る真実の鏡だった。
同時にあのレベル5がレベル0のフレメアを助けたという事実が浜面をこの世界に引き止めた。
そして冷たい雨の中、汚れる事さえ厭わずに抱きしめてくれた滝壺の存在が浜面を奮い立たせた。
どれか一つ、誰か一人欠けていても浜面は今のように自分を取り戻す事は出来なかっただろう。

浜面『……ありがとう滝壺。お前に会えて本当に良かった』

滝壺『!』

浜面『――ずっと、それを伝えたかった』

無能力者狩りに、学園都市に、人間そのものに半ば絶望しかけていた浜面を救ったのもまた同じ人間のぬくもりだった。
それは耳を澄ませていた滝壺にも伝わって来るようで――

滝壺『……ありがとう、はまづら』

浜面『よせよ。お互いにありがとうって言い合うのってなんかくすぐったいっつの』

滝壺『……ううん。良かったよ、はまづら』

照れ隠しのようにピアスの千切れた鼻の頭を掻く浜面の僅かに赤らんだ顔を――



滝壺『……最後(最期)に、はまづらに会えて(逢えて)良かった――』



浜面『えっ?』

滝壺『――――――………………』

――白蝋のように青ざめた顔色の滝壺が……そこで言葉を途切れさせた。

ガクンッ

浜面『!?……滝壺?おい、滝壺!!!』

滝壺『………………』

フィラメントの切れた照明か、糸を失った操り人形のように……
事切れた死人が如く滝壺はシートベルト以外の支えの全てを失った滝壺が意識を手離した。
呼吸が口元に耳を近づけないとわからないほど小さく、弱く、儚く――
魂が抜け落ちた骸も同然の滝壺に浜面の声は届かない。

浜面『滝壺ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーッッ!!』

学園都市暗部にあってすら禁忌とされる『体晶』……
その溜まりに溜まった毒素が葡萄酒の澱のように滝壺の身体を蝕み、体内から喰らうかのように舞い上がった。
853 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:23:25.56 ID:W55C2CfAO
〜16〜

冥土帰し『“体晶”だね?』

そして浜面は切羽詰まった状況下から覚えたてのコード五ニを引っ張り出すまでもなく――

冥土帰し『“暴走能力の法則解析用誘爆実験”に用いられていたものだ。意図的に拒絶反応を起こし、能力を暴走させるための』

第七学区にいた事から最寄りの病院、冥土帰しの元へ滝壺を担ぎ込んだ。

冥土帰し『暴走能力者の脳内では通常とは異なるシグナル伝達回路が形成され、各種の神経伝達物質、様々なホルモンが異常分泌されているんだ。体晶とはその分泌物質を採取し、凝縮、精製した能力体結晶だ』

そのカエル顔の医者からの説明を呆然と、診断を茫洋と浜面は聞いていた。
奥歯を噛み砕かんばかりに食い縛り真一文字に結んだ唇を戦慄かせて

冥土帰し『彼女はなんとかRSPK症候群の一歩手前で踏みとどまっている。今ならまだは彼女の健康を取り戻す事が出来る』

己の無力さと現実の無情さに打ち震える膝の上で

冥土帰し『その代わり約束して欲しい。二度と彼女に能力を使わせないと。一度でも発動させたが最後、彼女は“崩壊”を迎える事になる』

浜面「クソッタレ!!!」

グシャッ!と手にしていた紙コップを握り潰し、浜面は談話スペースでこらえきれぬ呪いの声を吐き出した。
火傷しそうな熱さのコーヒーがぬるま湯にさえ感じられるほどの熱度と怒りを湛えて。

浜面「こんな……こんな馬鹿な話があってたまるかってんだ!!」

手の平からこぼれ、指の股から滴り落ちるコーヒー。
そこに熱を失って行った滝壺の体温がまだ残っていた。
それは浜面の手に再び見出せたかも知れない掛け替えのない物が零れ落ちて行くようですらあった。

浜面「ちく……しょう!」

生まれて初めて自分の手で守れたかも知れない少女の命が今まさに失われようとしている現実。
取り戻した己を見失わぬよう、浜面は全身全霊でそれに耐えていた。

麦野「………………」

その場より程近い渡り廊下に佇む、サイドポニーにリムレスの眼鏡をかけた少女の視線にも気づかずに――

854 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:25:49.44 ID:W55C2CfAO
〜17〜

麦野「(そういう事ね……)」

麦野沈利は背にしていた柱より身体を離し踵を返し先程の様子を目蓋の裏で反芻する。
担ぎ込まれて来た滝壺、言うまでもない『体晶』による中毒症状。
それは他ならぬ麦野自身も幾度も目にして来た光景である。

麦野「(滝壺のAIMストーカーは能力を意図的に暴走させる事で発動する無理筋の力。その負荷が限界に達したって事か)」

もう一箇所の自動販売機のあるコーナーへ重い足を進めながら麦野は現状把握に務める。
冷静に思考し、冷徹に思索し、冷厳に思案しつつ歩みを進める。そこへ――

冥土帰し「おや?」

麦野「……先生?」

冥土帰し「動き回ってはいけないとは言わないが歩き回ってはいけないよ?君の傷は思っている以上に深いんだからね?」

麦野「大丈夫よ。食後の軽い運動だから」

辿り着いた先。そこには食事休憩中と思しき冥土帰しの姿があった。
白衣の医者と入院着の患者、二人が初めて顔を合わせ言葉を交わした時のように。

冥土帰し「そうかい?なら食後のコーヒーに付き合ってくれないかい?」

麦野「別に構わないけれど夜眠れなくなったら先生のせいだからね」

冥土帰し「ふむ?では一杯ご馳走しよう」

腰掛けていたソファーから立ち上がり、冥土帰しは麦野の分のコーヒーを選ぶべく自販機のボタンを押す。
そこで麦野も冥土帰しの座っていた隣に腰を下ろして足を組む。
それは幾度も生死の境を彷徨って来た上条を現世へと連れ戻して来た神の手の持つ医者に対する麦野なりの信頼の表れでもある。

冥土帰し「……その様子だと、全て察しがついていると考えて良いかい?」

麦野「相変わらず鋭いわね先生は」

冥土帰し「あのジャージの彼女は夏に二度見かけているからね?彼の見舞いに来ていた君が連れ歩いていた女の子達の内一人だ。あれだけ騒がしくしていていればイヤでも記憶に残るよ?」

麦野「ふん……」

長い永い夏。麦野が上条と出会い、アイテムへ別れを告げた季節。
自分が必要とする人間と手を結ぶために、自分を必要とする人間達と手を切ったあの日。
悔いがなかったとは言えなかった。しかしやむを得ないと言うにはあまりに――

麦野「……あのジャージ悪目立ちするからね」

透徹な眼差しが、余人の介入を許さなかった。

855 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:26:15.77 ID:W55C2CfAO
〜18〜

冥土帰し「……彼女は意識を取り戻したよ。五分以内ならば話も――」

麦野「いい」

冥土帰し「………………」

麦野「私はあいつらを自分の都合で切り捨てて、アイツと天秤にかけた上で放り出したんだ」

麦野は受け取った紙コップのコーヒーよりも苦い感傷を飲み干しながらサイドポニーをいじる。

麦野「“体晶”なんてもんを使わずには生きられないような闇の中にアイツらを置き去りにして、私は自分一人自由の身になったんだよ。先生」

冥土帰し「………………」

麦野「滝壺に“体晶”を使わせ続けて来たのも他ならぬ私自身。だけどね先生。私は命令を出した自分に責任は感じてるけど後悔はしてないし、滝壺に負い目も引け目も感じちゃいない」

努めて淡々と語るその横顔を月灯りのような自販機の光が照らして行く。

麦野「――私は効率良く敵を殺し追い詰めるのと同じくらいアイツらを死に目に追いやって来たんだよ。死にたくないから。殺されたくなかったから。だから私はアイツらを使い潰しの道具として扱って来たし、アイツらも生き延びたいから、生き長らえたいから従って来たのよ。それを今になって」

冥土帰し「……だから顔を合わせられない、と?」

麦野「そうよ」

眼鏡のズレを直す。病院での暮らしが肌に馴染むとどうにも家にいる時のような地が外見に表れて来るのだ。
人は死や、痛みや、恐れに対してなるべく身軽でいようとする。
だが同時に、常日頃押し殺している本音を吐露しやすいのもまた病院という環境だった。そこで

冥土帰し「――そんな事は、ないんじゃないかな?」

麦野「……?」

冥土帰し「君の言う通り、君は色々な物を切り捨て様々な者を投げ捨てて来たのだろう?それは誰にも変える事の出来ないものなのかも知れない。けれどね?」

生を拒絶する殺人者(メルトダウナー)の対局に位置する、この死を否定するカエル顔の医者(ヘブンキャンセラー)は

冥土帰し「――君が捨ててきたモノたちは、果たして本当に君を見捨てたのかい?」

麦野「………………」

冥土帰し「いいかい?」

麦野が撒き散らして来た『死』以上の『生』を万人の下へ返して来た医者……
星座の蛇遣い座(アスクレピオス)のような神の手を持つこの老人は――

856 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:27:09.70 ID:W55C2CfAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――この世界で取り返せないものは、奪われた命と失われた時間だけだよ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
857 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:29:12.07 ID:W55C2CfAO
〜19〜

麦野「………………」

冥土帰し「それは、孫娘とお爺ちゃんほど離れた君と僕が唯一同じくする価値観ではないのかね?」

麦野「――そうかもね」

生を拒絶してきた殺人者と死を否定する医者が共有する唯一の事柄。
神の奇跡すら手を伸ばし得る科学万能の学園都市にあって……
神の奇蹟すら人の御業で御する術のあるこの世界にあって――
未だ為し得ぬ生命の復活と時間の回帰。共に滅びと終わりを知る二人の見て来た地獄(やみ)そのもの。

冥土帰し「人は良く言うね?“振り返るな”“迷うな”“捨てよ”と。僕もこれは曲げられない摂理だと思う。だが変えられない真理などでは決してないと想う」

麦野「――もっともらしく聞こえるけど?」

冥土帰し「生きる事を山登りに置き換えればわかるだろう?後ろを振り返らねば今自分が何合目に差し掛かったかわからない。選ぶ道を迷わなければ先行きさえ不確かだ。
例え荷を捨てて頂きに登りつめてもその後暖も取れなければ水や食料も得られない。生きて降りる事まで含めて“山”なんだ。
それをせず身軽さに任せ、己が望む場所だけを目指して遭難し、挙げ句人を心配させ、それを助ける者の手を患わせる愚かしさを――君は誰よりも知っているだろう?」

麦野「先生」

冥土帰し「……いや、柄でもない御説教のようですまないね?」

一見して耳障りの良い言葉の裏に潜み、人を死に追いやる欺瞞を老医師は知っている。
子供もしくは若者の価値観ならばそれでも良いだろう。
されど老人は知る。子供や若者より遥かに成熟した大人でさえ迷っていない者など一人もいないのだと。

冥土帰し「……ただ、これだけは君に知っていてもらいたい」

右から左か、前か後ろかしかない道しか人生にないのなら

麦野「……うん」

人は道を誤りなどしない。この老医師の『友人』のように。

冥土帰し「一度の戦いや二度の闘いで出した答えもまた、一回や二回の過ちでまた覆ってしまう」

人は道に迷いなどしない。この孫娘を思わせる『患者』のように。

冥土帰し「――その全てを背に負って、僕は君に生きて欲しい。君の背を追う者達が道に誤らぬよう」

君は全てを投げ捨てて死ぬにはあまりに若すぎると――冥土帰しは笑いかけた。

冥土帰し「……もう、その背に重過ぎると言う事はないだろう?」

858 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:29:42.80 ID:W55C2CfAO
〜20〜

……いつしか麦野が手にしていた紙コップの底には僅かにコーヒーの名残を残すのみとなった。
反対に冥土帰しは手にしていたコーヒーはまだ半分以上残っている。
しかしもう時間はない。食事休憩が終わりつつあった。

冥土帰し「……僕はそろそろ行くとしよう」

麦野「うん……」

冥土帰し「最後にもう一つだけ。この中身を覗き込んでごらん?」

冥土帰しが手にした紙コップを麦野に差し出して来た。
半分以上残ったコーヒーの表面は波打ち、そこに訝る麦野が映り込み、揺れる。

冥土帰し「君が映っているだろう?」

麦野「そうね。だから何?」

冥土帰し「――揺れて、歪んで映っているのが見えるだろう?」

麦野「そりゃ……」

冥土帰し「歪んでいるのは君の顔かな?それとも揺れているコーヒーのせいかな?」

麦野「――……」

冥土帰し「そう言う事さ」

冥土帰しが伝えたい事。それは心の在り方。己の内なる水面を凍てつかせるのではなく、鏡のように静める事。
心静かに保つ事が出来ぬ者にはいつまで経っても己の姿が歪んで見える。
実際の己の姿は何一つ変わってないにも関わらず、自分が本当に歪んだ人間だと思い込んでしまう。

麦野「(――静かに自分に向き合えって事ね)」

この医者はいつからカウンセラーに職替えしたのかと麦野はアップにした後ろ髪を払って溜め息を一つついた。

麦野「――先生?」

冥土帰し「何だい?」

麦野「やっぱりコーヒー飲んだら寝れそうにもないわ。もう少しウロウロしてくる」

冥土帰し「そうかい?」

麦野「――眠くなるまで、話し相手でも見つけてね」

冥土帰し「……1935号室。君も彼女も手短にね?」

麦野「……わかった」

冥土帰しから離れ、サイドポニーを揺らして麦野は再び渡り廊下へ向かう。
背中越しに笑みを浮かべ、肩越しの謝意を言葉に乗せて。

麦野「ありがとうね、先生」

そうやって取り戻した足取りのまま去り行く麦野を、冥土帰しは薄くなった頭をかいて見送った。

冥土帰し「――患者に必要なものを用意するのが、僕の仕事だよ――」
859 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:31:42.85 ID:W55C2CfAO
〜21〜

滝壺「ん……」

一方、小康状態から回復し点滴を受けベッドに横たわっていた滝壺は暗澹たる思いを煩っていた。
それは胸裡にて反芻されるはカエル顔の医者の下した診断、実質的な最後通告。

滝壺「(……もう、みんなといっしょに戦えないのかな?)」

『体晶』を用いれば人間として死を迎え、『体晶』を用いなければ能力者としての終わりが待っている。
それはとりもなおさずアイテムの構成員としての役割と居場所を失う事に直結していた。

滝壺「(もう、みんなを応援出来ない)」

しかしアイテムは基本的に正規メンバーであったとしても使い捨ての消耗品である。
これが麦野ならば例え滝壺が死のうと最後の最期まで能力使用に踏み切るだろうが――
奇しくも現在のリーダーは絹旗である。恐らく絹旗の性格上、滝壺は足手まといとしてメンバーから外されるだろう。
いずれにしても滝壺は悲観的な物思いに耽らざるを得なかった。

滝壺「(はまづらを守ってあげるって、約束したのにな)」

滝壺は考える。お払い箱となった自分は果たしてこれからどうなるのか?
組織から切り捨てられただ一個人として生きて行けるのか?
もしくは学園都市の闇に関わり多くを知りすぎた者として処分されるのか?
三人しかいない正規メンバーである絹旗とフレンダのみとなれば次の補充要員が来るまでアイテムはどうなるのかと――


――キィンッ


滝壺「……扉の前から信号が来てる……」

半ば虚脱状態の身体を横臥させるに任せた滝壺の意識野に引っ掛かる懐かしいAIM拡散力場。
それは暗澹たる気持ちを持て余していた滝壺にとって一縷の光のようにさえ感じられた。

滝壺「いいよ。入ってきて」

ガラッ

???「………………」

ノックも声掛けもなくスライド式のドアを開いた先に佇む少女……
それは滝壺が見た事もないリムレスの眼鏡と、見覚えのある栗色の髪をサイドポニーにした――

滝壺「美人なのに眼鏡だけ似合わないね」

???「五月蠅いわね。わかってるって」

同じ入院着を纏って姿を現したアイテム前リーダーにして現レベル5第四位。

滝壺「……むぎの、久しぶり」

麦野「――久しぶり……」

原子崩し(メルトダウナー)麦野沈利がそこにいた。

860 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:32:37.81 ID:W55C2CfAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十三話「Play〜祈り〜」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
861 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:33:06.84 ID:W55C2CfAO
〜22〜

麦野「(……おかしなもんね。袂を分かった人間とこうして膝交えて顔を突き合わせてるだなんて)」

滝壺「(むぎの、変わったけど変わらないね。でもこうして久しぶりに見ると何だか知らない人みたい)」

麦野「(……何て言えば良い?どんな顔すりゃ良い?)」

滝壺「(聞きたい事、話したい事、知りたい事、いっぱいあるな)」

麦野「滝……」

滝壺「むぎ……」

麦野「………………」

滝壺「………………」

麦野「あんたから」

滝壺「むぎのから」

麦野「〜〜〜〜〜〜」

滝壺が横たわるベッドサイドに置かれたパイプ椅子に腰掛けながら麦野は小刻みに肩を震わせた。
入室より見交わしたまま数分、二人はこの有り様であった。

麦野「……何であんたがあの団子鼻ピアスと一緒にいんの?」

滝壺「なんでむぎのまで入院してるの?かみじょうのこっこ出来たの?」

麦野「おいコラ。私はジョークが嫌いだってもう忘れたのかにゃーん?」

滝壺「ジョークじゃなくて真面目に聞いたのにな」

麦野「余計タチ悪いわよ!!」

滝壺「でも良かった。むぎのが元気そうで」

麦野「……元気じゃないのはあんたの身体の方でしょ?」

滝壺「うん……」

枕に顔を横向け仰臥する滝壺が黒真珠を思わせる双眸を麦野へと投げ掛けて来る。
どうして私がここにいるのがわかったの?どこまで私の身体の事をわかっているの?と。
しかし滝壺は自然とそれが受け入れられた。如何に袂を分かち道を別ったと言えど――

滝壺「そうだったね。むぎのは昔から私達の事みんなお見通しだったもん」

麦野「……そうでもない。こんな眼鏡かけなきゃいけない程度には目が悪くなったわ」

滝壺「そう?でもむぎのの目、昔よりずっとずっと……優しくなった」

麦野はいつだって自分達より遠く、深く、鋭く、冷たく物事を見極めて来た。
それを思えば別段どうと言う事はなかった。語るべきところはそこではないとも。

滝壺「――今も」

麦野「!」

滝壺「私の事、心配してくれてる。わかるよむぎの」

滝壺の低い体温を乗せた指先が、点滴を刺された白い手首が麦野の頬に触れる。
同性の目から見てさえ欠点の方が遥かに多いが、それでも嫉妬さえ起きない美貌を慈しむように。

滝壺「――私、もうダメみたい」

麦野「――……」

滝壺「もう、みんなの力になれないんだって……言われちゃった」

862 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:35:09.37 ID:W55C2CfAO
〜23〜

麦野「………………」

滝壺「……むぎの」

麦野はその手を払い除ける事もせず滝壺の好きなようにさせる。
しかし聡い滝壺は指先から伝わる麦野の表情を瞳を閉じる事によって目蓋の裏に描き――そして告げた。

滝壺「――いいんだよ、むぎの。私がこうなったのはむぎののせいじゃないんだよ。だって私が私の居場所を守るために戦い続けて来た事だから」

麦野「……私はあんた達を使い捨ての消耗品として、死んでも結果を出させる使い潰しの道具(アイテム)として扱って来たんだぞ」

滝壺「……知ってるよ?」

麦野「だったらなんで」

滝壺「――それでも、むぎのは私達を一度だって自分のためだけに“無駄使い”しなかった」

麦野「……!!」

滝壺「私達を道具として活かす事で、私達を人間として生かしてくれたのはむぎのなんだよ」

点滴が落ちる音にならない音が空気を震わせ、薬品秋の匂いがする病室に吹き込んで来る秋風がそれを洗い流す。
滝壺は言葉を紡ぐ。限られた時の中で、残された刻の中で。

滝壺「むぎの覚えてる?私達がお別れする前の七月にファミレスに集まった時の事」

麦野「……ああ、フレンダにうちの大飯喰らいの偽ID作らせた時だったわね」

滝壺「むぎの、あの時なにか事件に巻き込まれてたよね?かみじょうといっしょに」

麦野「………………」

滝壺「あの時むぎのは私達に一言も手伝えって言わなかった。私達を巻き込まないように、きぬはたが何聞いても知らんぷりしてた。私、覚えてるよ」

麦野「……別に」

もう戻れないあの夏の日。インデックスの記憶を失わせまいと各方面を奔走していた麦野はアイテムの戦力を動員する事なく独力で事態の解決に当たっていた。
その時の麦野の横顔を見て、滝壺は絹旗に対して『私はむぎのを信じてる』と言ったのだ。

麦野「任務でもない案件に、ギャラも出ないトラブルにボランティアであんたら引っ張り出すほど私は落ちぶれちゃない。って当麻を殺しに行く時あんたら引き連れて行った私の言うこっちゃないけどね」

そうやって添えられた指先から逃れるようにそっぽを向いた麦野の横顔は……
やはりあの夏の日となんら変わりはなかった。優しくなった眼差しを除いて何一つ。
滝壺はそれが嬉しく、また羨ましく思えてならなかった。

863 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:36:07.56 ID:W55C2CfAO
〜24〜

カラカラとリノリウムの床面を滑り行くワゴンの音が廊下より響き渡り、二人の間に落ちた沈黙をより際立たせる。
麦野の胸の奥底にある思いが、滝壺の心の深奥にある想いが、二人の言葉が上手く声に乗らない。

滝壺「……ふれんだは表の世界に出られない。きぬはたは外の世界に戻れない。私は裏の世界でしか生きられなかった」

麦野「そうね。私らはみんなそうだった」

滝壺「それでも――お仕事がない日でも、私達よくあのファミレスに集まってたね」

麦野「………………」

滝壺「あそこはむぎのが私達を活かして、生かして、行かせてくれた場所なんだよ」

麦野はふと考える。自分は今までこんな風に腹を割って滝壺と言葉を交わした事があったろうかと。
滝壺はふと考える。自分達が今までこうして心を開いて互いと向かい合った事はあっただろうかと。

滝壺「私はまだ生きてる。むぎのがくれた命があって、私が見つけた居場所があるんだよ。だから」

麦野「………………」

滝壺「――最後に、むぎのに会えて嬉しかった」

麦野「……ッッ!!」

滝壺「……最期に、むぎのに逢えて良かったよ」

そして麦野は滝壺を『抱き寄せて』いた。入院着の肩掛けから羽織っていたピンク色のジャージごと。
滝壺もそれに応えるようにゆっくりと麦野の背中に手を回す。二度目の別れを惜しむように。

滝壺「私もむぎのみたいに大切な居場所(ひと)、見つけられたかも知れない」

麦野「うん……」

滝壺「初めて、むぎのの気持ちがわかったんだ」

麦野「……うん」

滝壺「――大切な人を守りたいって思う気持ちがあると、何も怖くなくなるんだね」

麦野「うん」

滝壺はまだ知らない。浜面と麦野が互いに殺し合った事を。
麦野は知らない。滝壺を守ったのがその浜面だと言う事を。
もし出会う形が違えば、辿る道筋が異なれば――
麦野は今もアイテムのリーダーであり、滝壺を死地に向かわせんとした果てに浜面に討たれる未来もあっただろう。だがしかし

麦野「――そうだね」

運命は変わる。変えられる。

麦野「――――私もそうだよ――――」

他ならぬ、人の手によって

麦野「………………」

今、この瞬間にも――
864 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:38:11.96 ID:W55C2CfAO
〜25〜

絹旗『はっ……ははっ……はははっ……なんですかそれ?巫山戯けないで下さいよ麦野……私達にも言えない事ってなんなんですか?そんな超くだらない事のために……足抜けして私達を放り出すんですか?』

私は一人を選ぶために独りを選んだ。私を必要としていたあいつらを放り出して、私が必要としているあいつのために。
私自身のエゴであいつらを夜より深い暗闇の中に置き去りにしたんだ。

フレンダ『結局……麦野は私達よりアイツを選んだって訳?』

どこかで綺麗でいようとした醜く汚れた私。あいつらを重荷のように切り捨てた弱く力無い私。
自分で選んだつもりになった戦場に逃げ込む事で、私に追いすがるあいつらの眼差しを振り切った私。
私はいつだってそうだ。一番大事な時に限って自分のエゴを頼みに独りを選んでしまう。
そんな私に今更あいつらにかけられる言葉も申し開きの言い訳も何もない。

なのに

フレンダ『麦野ー!!』

絹旗『超麦野ー!』

滝壺『むぎの』

私の胸で燻ぶり続けているこの星の光のような灯火になんて名前をつければいい?
当麻に導かれたこの世界にあって未だ私の手に残り続けるこの欠片に。
あいつらと過ごした何気ない日々が、見交わした笑みが、どうしようもなく私を突き動かす。

麦野「……そうだったのか」

幸せな記憶。掛け替えのない居場所。私を支える温もり。
忘れようもなく刻まれたものが、今になって思い出せる。
自分の居場所と守りたい誰かを見つけた滝壺の姿の見て。

麦野「あいつらは、こんな気持ちで私を送り出したのか」

これが最後、これが最期と微笑んでいた滝壺。
生きる意味でも死ねない言い訳でもない力強い笑顔。
私が投げ捨て、投げ出し、投げ打った場所で今も戦い続けてるあいつら。

麦野「――……」

受け入れなきゃいけないのは、自分の弱さ。
向き合わなきゃいけないのは、自分の過去。
乗り越えなきゃいけないのは、自分の暗闇。

麦野「――行かなきゃ」

私の悪夢(ユメ)に出て来て良いのは、私が殺して来た人間だけだ

私の幻想(ゆめ)の中で、今も現実に生き続けてるあんたらを

放り出したのが私のエゴなら

取り戻そうとするのも私のエゴだ

そのための『鍵』は、たった今手にした

865 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:38:39.22 ID:W55C2CfAO
〜26〜

マヨエー!ソノテヲヒクモノナド……ピッ

上条「もしもし?」

麦野『私』

上条「ああ沈利か」

五和「!!?」

土御門「(あちゃー……)」

同時刻、負傷しながらも『左方のテッラ』を下しアビニョンより学園都市へと向かう超音速旅客機の中――
五和がおしぼりを差し出そうとしたまさにその瞬間、上条が携帯電話に出たのだ。
当然、学園都市製の最先端技術で作り上げられた超音速旅客機は携帯電話の電波程度ではビクともしない。

五和「(で、電話の相手ってまさか!)」

土御門「(カミやんの嫁ですたい。本当にはかったように横槍が入るにゃー)」

上条「そうか……うん、うん、わかった」

五和「(よっ…嫁って……)」

土御門「(オルソラ教会とベネチアで顔を合わせたんだろう?お前さんこそおしぼりが必要なくらい汗が出てるにゃー)」

五和「(うああああああああああああああああああああ)」

土御門「(また一つフラグと共に乙女の幻想がブチ殺されたんだぜい)」

いつもならば連絡待ちに徹している麦野からのコールに満身創痍の身体を座席に横たえ上条は相槌を打つ。
その出張帰りの夫が妻へかける電話のような上条の横顔に五和は動揺を隠しきれない。
同様にサングラス越しにもニヤニヤ笑いを隠そうともしない土御門を除いて。

上条「ああ、今代わる……土御門!」

土御門「ん?」

上条「麦野がお前に代わってくれって」

と、そこで上条から土御門へと携帯電話が手渡される。
麦野とは10月3日の午前に会ったきりではあるが別れ際が最悪であった。が

土御門「何ですたい?」

麦野『ふん……電話に出れなくなってりゃ良かったもんを』

土御門「相変わらず随分なご挨拶だぜい。で?死んで欲しいくらい俺を嫌ってるお前さんの用件はなんだにゃー?」

麦野『……とう』

土御門「………………」

麦野『――当麻を連れて帰って来てくれて、ありがとう』

麦野の口からついて出た言葉に土御門はやや目を丸くし……それから不敵な笑みを浮かべた。

土御門「――その様子じゃどうやら吹っ切れたようだな」

麦野『死ね』

その声に最早揺らぎはないと確信し、土御門は上条に携帯電話を返した。

866 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:40:59.36 ID:W55C2CfAO
〜27〜

麦野『当麻?』

上条「ああ俺だ……もういいのか?」

麦野『――うん。さっきも言ったけど、私少し開けるから。区切りがついたらまた連絡する』

五和「(なっ、何話してるんだろう……)」

縁取られた二重瞼を小鳥のようにして見やる五和を余所に、上条は何やら真面目な表情で受け答えしている。

上条「……ほんとの事言うとな、お前を一人で行かせたくなんかねえ」

麦野『でしょうね。私があんたの立場でもそう思うよ』

上条「それでも――お前は行くんだな?」

麦野『行くわ。他の誰でもない、私自身のエゴのために。あんたの事も御坂の件も全部含めてね』

上条「………………」

麦野『あんたが私を信じてくれてるなら止めないで。あんたが私を好きでいてくれてるなら助けに来ないで』

恋人と言うよりも、運命共同体という言葉の方がしっくり来そうな……
上条という光に対する影。日の元にあれば絶えず寄り添い、闇に溶け込めばば無類の力を発揮する……それが麦野沈利。

麦野『あんたが私を愛してくれてるなら――わがままな私が帰って来た時、叱ってちょうだい』

上条「――わかった」

麦野『ありがとう』

上条「……ったく。ガラスの靴が届くまでに帰って来いよ?」

麦野『そんなにかからないってば』

五和「(ガラスの靴ー!!?)」

五和がガラスの靴という単語に過敏に反応する中暫くして上条は通話終了ボタンを押した。
幸福が逃げそうなほど大きな溜め息をひとつつき、頭をガシガシと掻いて。

上条「はー……」

『仕方無えなあ』と言った具合に微苦笑を浮かべ一瞬寂しげな横顔を見せた後、上条はいつも通りの表情へ戻る。
それを肘掛けに乗せた腕で頬杖を突きながら土御門が茶化すような意地の悪い笑みで見やって来た。

土御門「――お互いじゃじゃ馬娘には手を焼かされるな、カミやん」

上条「……ああ」

五和「(ガラスの靴+お姫様×女の子の夢=結婚!?)」

殻より出でてよりずっと巣で帰りを待っていた雛が、自分の翼を以て羽撃かんとする姿に目を細めるようにし……
同時に帰る場所と果たすべき約束がある今の麦野ならば大丈夫だろうという揺るぎない確信が上条にはあった。

867 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:41:57.05 ID:W55C2CfAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――確かにあいつは、ただ守られるだけのお姫様なんてガラじゃねえよな――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
868 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:42:35.86 ID:W55C2CfAO
〜28〜

白井『息継ぎ無しで海を泳いで渡る事など誰にも出来ませんのよ?休む事は息継ぎですの。でないと自分の重みで沈んでしまいますのよ?』

もう十分休んだよ。そう思いながら私は最初に下着の左側の紐を緩く結び、次いで右側の紐を固く結ぶ。
意外に左右のバランスに気を使うのよね。って言うかヒーター効き過ぎ。

御坂『――今度は、一人じゃない――』

気持ちだけもらっとく。そう反芻し反復し反響する胸の内を締め付けるようにブラジャーの紐を後ろ手で結ぶ。
あまり大きいのも考えものね、なんて言ったらあのお子様の中坊は怒るだろうか。

冥土帰し『――その全てを背に負って、僕は君に生きて欲しい。君の背を追う者達が道に誤らぬよう……もう、その背に重過ぎると言う事はないだろう?』

結い上げていたサイドポニーを下ろして髪を広げ、後ろに送る手櫛で払う。
それから眼鏡を外してベッドのサイドボードに置く。

滝壺『私もむぎのみたいに大切な居場所(ひと)、見つけられたかも知れない。初めて、むぎのの気持ちがわかったんだ――大切な人を守りたいって思う気持ちがあると、何も怖くなくなるんだね』

あいつから返してもらったオフホワイトのコートに袖を通してベルトを結ぶ。
いつもと色合いが違うのは気に入らないけどこの際仕方無いと割り切る。
たった今脱ぎ捨てた入院着のまま出歩くよりはずっと良いし。

麦野「――――――………………」

抱き締めた時滝壺から勝手に拝借した携帯電話を開いて操作し、私がいた頃と変わらない作戦コードを打ち込む。
何?このバニーガールのエロ動画。とスルーして行く内にヒットした。
親船最中狙撃計画、首謀者はスクール、現在のアイテムの状況、その全てを頭に叩き込む。

上条『一緒に征こう、沈利』

私の後ろに見えるロダンの『地獄の門』。そこに刻まれたLasciate ogne speranza, voi ch' intrateという文字。

上条『――俺と一緒に、生きてくれ』

私の前に広がる線路と有刺鉄線に彩られた『死の門』。そこに描かれたArbeit macht freiという言葉。

麦野「――いかなくちゃ」

腐り落ちた果実、朽ち果てた髑髏、罅割れた砂時計のイメージを頭から追い出し――
私は病室の窓枠に手をかけ足を乗せ、そこから一気に夜の学園都市へと飛び出した。

869 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:44:26.42 ID:W55C2CfAO
〜29〜

絹旗「そうですか……」

浜面『ああ、連絡が遅れてすまなかった。正直気が動転して――』

絹旗「浜面。嘘をつくなら声の震えくらい隠したらどうです?電話越しじゃなきゃお仕置きしなくちゃいけないくらいの超お粗末さですよ」

浜面『……お見通し、って訳か』

絹旗「私はこれでもリーダーです。下っ端が何考えてるかくらいわかります」

同時刻、絹旗最愛は映画館より出た矢先に鳴り出した携帯電話より浜面から受けた報告に対しクールに切り返した。
辺りは翌日10月9日の独立記念日前夜とあって常より人混みがその密度を高め――
幸いにして二人の通話は誰の耳に止まる事もなかった。

絹旗「(おおよそ滝壺さんを連れて逃げ出す算段と私達を敵に回す腹を括ったってとこですか。なんか滝壺さんの電話も繋がらないし)」

絹旗は洞察を深め考察を広げる。恐らく浜面は崩壊寸前の滝壺でさえ『アイテム』は容赦なく能力を使わせると判断したのだろう。
しかし同時に、絹旗ならばそれをしないかも知れないという一縷の望みを捨てきれずにいたのか――
或いはどちらに転んでも打てるだけの手を用意した上でのこのコールだろうと。

絹旗「まあ合格点には程遠いですが及第点は上げましょう。滝壺さんは浜面に任せますよ」

浜面『……信じて、いいのか?』

絹旗「これはただの悪口です。貴方や滝壺さんみたいな超使えない人間を我々“アイテム”の中に留めていても足手まといになるだけと言ってるんですからね」

回る風車、煌めく街、妖しいネオン、輝くテールランプを見送りながら滝壺はガードレールに腰掛け素気なく伝える。
こういう時リーダーで良かったと初めて思えたかも知れない。
少なくとも効率的に殺さなくてはならない味方を選べるという一点のみにおいて。

浜面『――ありがとう』

絹旗「……その代わり、浜面には二人分働いてもらいますからね。少なくとも滝壺さんを養える程度には超コキ使ってやります!」

そこで絹旗は『電話の女』に新たな補充要員を申し立てようと考えを巡らせる。
流石に自分とフレンダだけでは組織は立ち行かない。最低でもあと一人欲しいと――

絹旗「(……とりあえず、ハケンって事で)」

――この日、浜面仕上は正式なアイテムの構成員となった。

870 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:44:55.05 ID:W55C2CfAO
〜30〜

浜面「……首の皮一枚繋がったって、そう考えりゃいいのか?」

浜面仕上は眠りに就いた滝壺の病室から程近い喫煙所にてマイルドセブン・セレクトを吹かしていた。
ガラス張りの室内にあって皓々と灯る照明を見上げながら文字通り一息つく形で。

浜面「(――ハケン、見習い、アルバイト……呼び方なんてどうだってもいいさ。これでまた一歩、闇ん中に堕ちちまった)」

絹旗から持ち掛けられた滝壺に関する安全保障と引き換えに浜面は正式なアイテムへの加入を果たした。
言わば補充要員が来るまでの身代わりのようなものだったが――
浜面はそれでも良いと思っていた。滝壺へこれ以上負荷がかからなければと。

浜面「……星、見てえな」

星。それは暗い場所でのみ輝くもの。手を伸ばしても届かないもの。
しかし浜面は闇に堕ちて尚、数日前までの後悔など跡形もなく消し飛んでいた。
どんな先行きの見えぬ夜の道にあっても、もう迷う事なく星の標を目指す事を決めたのだ。

滝壺『でも、初めてはまづらと会った夜……レベル0なのに私を守ってくれた強いはまづらと、私の胸で泣いてた弱いはまづら……“人間のはまづら”を見た時――この男の子を、守ってあげたいって思ったの』

弱さの全てをさらけ出し、強さというものを見つめ直した。
この学園都市の底知れぬ闇にあって人の命などこの煙草の煙のように軽く……
己の生など穂先に溜まった灰のように呆気ないものだと受け入れた上で。

浜面「(俺はあいつを死なせたくない。あいつの居場所を守りてえんだ。グダグダと迷ってばっかだったけど、やっとそれがやりたい事だって分かったんだ)」

道に迷い、己を見失い、仲間と別れ、辿り着いた先は更に深い闇。
滝壺を居場所を無くした自分のようにしたくないという思いと、滝壺を駒場のように死なせたくないという想い。
意を決したように燃え尽きかけた煙草を灰皿にねじ込み、目を閉じる。

浜面「クソッタレなウニ頭野郎」

滝壺『レベル0のかみじょうが、レベル5のむぎのの命を助けたから』

浜面「確かテメエもそうだったな」

浜面の瞼の裏を過ぎる少年と、滝壺の胸裡を掠める少年が同一人物である事を――二人はまだ知らない。

浜面「――今なら」

そしてこの夜――

浜面「テメエの気持ちがよくわかる」

浜面仕上の少年時代が終わりを迎える――

871 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:46:39.14 ID:W55C2CfAO
〜31〜

心理定規「何を作ってるの?」

垣根「ロングアイランド・アイスティー」

心理定規「……貴方紅茶なんて飲むの?」

垣根「名前だけだ。紅茶なんざ一滴だって入っちゃいねえ。つうか来る時はコールの一つくらい鳴らせよ」

同時刻、垣根帝督と心理定規は『スクール』の隠れ家にいた。
垣根はシャワーでも浴びていたのか上半身裸のジーンズ姿であり――
五種のアルコールを一つのグラスに注ぎながら未だ水滴滴る頭には無造作にタオルを乗せてミニバーに立っていた。

心理定規「失礼。で、それはどんなカクテル?」

垣根「ラム、ウォッカ、ジン、テキーラ、オレンジリキュールをレモンジュースにぶち込んだカクテルだ。見た目だけは紅茶だがな。飲むか?」

ソファーに腰掛けつつファッション雑誌のページを手繰っていた心理定規の視線が垣根の上半身に注がれる。
五種のアルコール……ラムはメンバー、ジンはブロック、オレンジリキュールがアイテム、ウォッカがグループでさしずめ自分達スクールはテキーラかと。
その全てを混ぜ合わせて飲み干すという行為の意味。
心理定規は垣根の水滴したたる鎖骨から視線を外し、言った。

心理定規「……アルコールも良いけど、明日に差し支えないようにしてちょうだい」

垣根「言われるまでもねえよ。つうか何しに来たんだお前は」

心理定規「ベッドを半分借りに来た――って言ったら……どうする?」

一息にグラスを煽って飲み干した垣根がガシガシとタオルで髪の水気を拭き取って行く。
心理定規の言葉を聞いているのかいないのか、新たに取り出した黒色の煙草に火を点けて。

垣根「好きにしろ」

心理定規「……そう。じゃあそうさせてもらうわ」

消沈したように呟き、怒ったように雑誌を投げ捨て、心理定規は垣根とすれ違う形で空いたばかりのシャワールームに向かう。

心理定規「――貴方、いつか必ず誰かに背中を刺されるわよ」

垣根「安心しろ。自覚はある」

薄暗い室内、窓の外に広がる紛い物の地上の星々。闇を照らせど晴らす事の出来ない脆弱な光達。

心理定規「――刃が、真っ正面からだけ飛んで来るだなんて思わない事ね」

夜の底を這いずり回り、朝陽の光に集る自分達は火に焼かれる虫のようだと心理定規は思った。

872 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:47:09.79 ID:W55C2CfAO
〜10月9日・独立記念日〜

浜面「親船最中が狙撃されかけた……?」

フレンダ「結局、私達の警告は無視されたって訳よ」

絹旗「それも超始末したはずのスナイパーを補充してです。殺すだけの価値もない親船最中を、目つけられるリスクを天秤にかけた上で無理矢理でも予定を合わせて」

翌日、戦力外通告を出された滝壺理后に代わって浜面仕上を加えたアイテムの面々はファミレスに集結していた。
そのテーブルの上にはオズマ姫のクッキー缶と香港赤龍電影カンパニーが送るC吸ウルトラ問題作『とある忘却の黄金錬成(アルスマグナ)』のパンフレット。
何でも記憶を失った錬金術師と名前の無い超能力者と年齢不詳の天才少女のハートフルラブコメディらしいがそれはさておき

フレンダ「結局、スクールはなんだってそんな割に合わない事しなくちゃいけないって訳よ?おかしくない?」

浜面「……絹旗、ちょっと良いか?もしかして親船最中は本命じゃないんじゃないか?」

絹旗「発言を超許可します。そう思う根拠は?」

浜面「……似たような計画に、つい最近まで俺も乗ってたからさ」

絹旗・フレンダ「「???」」

浜面は語る。駒場利徳という名を伏せた上で彼が練っていた『計画』を。
一見本命を叩くように行動して警戒レベルを恣意的に混乱させ、その隙に真の獲物を狙うやり口。
風紀委員や警備員の体制を揺るがせ、その間に無能力者狩りのメンバーを襲おうとした手口。
これを今回の件に当てはめるならば親船最中を襲う事で警戒レベルに偏りを生じさせ、手薄になった別口に当たるのではないかと。

絹旗「――愚考、というには一考の価値がありますね。街の脆弱性を突いて超本命を狙うという一点においては」

浜面「俺にも確証なんてない。ただ――」

フレンダ「――絹旗、今現在警備が手薄になってる施設にチェック入れてみたらどうかな?」

浜面「!」

絹旗「ありですね。浜面車出して下さい。私は“電話の女”を通じて今から洗い出しを始めます。超念には念をという事で」

浜面「……ありがとう。俺の話聞いてくれて」

フレンダ「――結局、スクールに警告出しといてこのザマじゃギャラに関わるって訳よ!」

新生アイテムの面々もまた席を立つ。己が戦場へと向かうために。


そして――


873 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:48:54.32 ID:W55C2CfAO
〜33〜

土御門「“回収”だ。護送車じゃなくて収集車で良い……念の為人材派遣のDNAの照合もあたってみてくれ。見ただけじゃ誰だかわからないぐらい“破壊”されてるからな」

土御門元春が

海原「……とりあえず人材派遣の部屋に到着しました。こちらもパソコン、録画用のHDレコーダ、ゲーム機、炊飯器、洗濯機のAI設定用メモリ、全てやられてますね」

海原光貴が

結標「一応、家電の中でも残っているものもあるみたいだけどね」

結標淡希が

一方通行「……、あン?」

一方通行が

佐久「スクールの連中の動き出しが思ったより早い。もう少しアクションを遅くしてくれりゃあ良かったものを」

佐久辰彦が

手塩「是非もない。私達は、ルビコン河を、渡った。もう、後戻りは、出来ない」

手塩恵未が

鉄網「うん……」

鉄網が

馬場『博士。スクールとグループに動きが』

馬場芳郎が

博士「わかっている。いずれにしても、他の連中も動き出すだろう」

博士が

査楽「そろそろ頃合い、ですかね」

査楽が

ショチトル「――ああ」

ショチトルが

土星の輪の少年「砂皿緻密は無事撤収。これより現地で合流するとの事」

土星の輪の少年が

心理定規「……始まるわよ」

心理定規が

垣根「――行くぞ」

垣根帝督が

フレンダ「結局、行き先はどこな訳よ?」

フレンダ=セイヴェルンが

絹旗「第十八学区・霧ヶ丘女学院付近の素粒子工学研究所です。親船の騒ぎに乗って私設警備や機材運搬の混乱が生じたのはあそこ一箇所です」

絹旗最愛が

浜面「(――勝って、生きて、帰りてえ)」

浜面仕上が

滝壺「………………」

――10月9日、独立記念日。学園都市暗部抗争、勃発――

874 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:49:49.87 ID:W55C2CfAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

番外・とある星座の偽善使い:第二十四話「The Divinity」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
875 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/17(土) 21:50:47.32 ID:W55C2CfAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――ゼロサム・ゲームの幕が上がる時、ドッグ・イート・ドッグ(咎狗達の共食い)は始まる――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
876 :投下終了です! [saga]:2011/09/17(土) 21:53:27.10 ID:W55C2CfAO
投下終了です。皆さんのたくさんのお声掛けに支えられ次回で最終回となります。
最短で来週の日曜日を目処に25話、26話を出来れば良いなと考えています。
では失礼いたします……今夜もありがとうございました。
877 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/17(土) 21:54:09.98 ID:vGEyo/bZ0
オツカレサマデス
878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/17(土) 22:26:41.89 ID:6WxjeX7s0

相変わらずの仕上がり感服してます
879 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/18(日) 02:17:03.40 ID:lPJvl9dEo
>>860は敢えてのplay?
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/18(日) 04:29:44.08 ID:0VULzC9to
五和はもらっていきますね
881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/18(日) 22:08:42.18 ID:lzLe5YbQo
>>879
おまえ俺があえて言わなかったところを…


でもあえてだとしたらレベル高すぎる
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/09/18(日) 23:05:23.72 ID:1Nk9RuUU0
おいおい、バカかお前ら?偽善使いが、そんなミスするわけ無いだろ?playってのは、演劇とか芝居って意味さ。
自分らしく生きるって難しいし、他人から見た自分らしい自分を演じようと皆必死なわけよ
自分らしく生きるために自分を演じてる、そんな矛盾 でも、みんなが幸せになって欲しいって祈ってるわけやん?俺って素敵やん?
883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/18(日) 23:50:20.51 ID:lbR1x807o

番外編第一部が最終回なんですよね?
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/20(火) 13:57:23.08 ID:WlIG1++IO
>>882
恥ずかしいやつ
885 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/20(火) 20:03:32.71 ID:IotBwIur0
>>883
いや違う!! 第一部じゃなくて序章だ!!
886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/24(土) 05:24:00.84 ID:7JR1SnS4o
wktk
887 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2011/09/25(日) 04:25:32.54 ID:jECoRwYbo
まだかな
888 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 14:59:18.28 ID:LC5MmfkAO
>>879
うわああああああ(ry


最終回、25・26話を投下いたします。
889 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:02:14.73 ID:LC5MmfkAO
〜0〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Life is not a problem to be solved, but a reality to be experienced(人生は正答ある問題ではなく、経験の積み重ねが続く現実である)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
890 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:02:44.92 ID:LC5MmfkAO
〜1〜

浜面「ぐっ……」

フレンダ「ごほっ……ゴホッ」

絹旗最愛「――……!!」

崩落し炎上する粒子工学研究所。蹲う浜面、這うフレンダ、跪く絹旗。
皆一様に満身創痍であり、その身を朱に染めていないものなど誰も居はしない

???「――憐れみすら湧かねえもんだな」

――ただ一人を除いては

???「アスファルトに焼かれてのうたつミミズを見下ろしてる気分だ」

赤き火の海、紅き血の海、朱き死の海の中判決を待つ罪人のように首を垂れる三人を前に青年は佇んでいた。

浜面「テメエ……!」

???「………………」

浜面「何者だ……!!」

???「――化け物だよ」

最早内外を隔てる壁面すら意味を成さない凱嵐が青年を中心に吹き荒れている。
資材から瓦礫から何から無重力状態で中空を揺蕩い、浮遊する欠片が少年の身体に触れただけで崩壊し砂塵に還る。
見えざる玉座に腰掛ける王の威光に焼かれるように。

フレンダ「聞いて……ない訳よ!」

身体を上下に分断されそうな傷口を押さえ息も絶え絶えにフレンダが呻く。
確かにスクールが暗躍している事はわかっていた。
しかし本命中の本命……チェスで言うなればキング自らが前面に出て来るとは思っていなかった。

絹旗「学園都市……第二位」

絹旗の能力『窒素装甲』の雛型となった学園都市第一位に次ぐ実力者。
それは230万人の学生と研究者が集うこの学園都市(セカイ)で二番目に危険な人物。
そうと余人に伺わせない洒脱な立ち振る舞いは既になく、今や抜き身の刃を振るう裁きの王がそこにはいた。

フレンダ「……未元物質(ダークマター)」

かつて自分達を率いていた麦野より二つ上、かつて自分達と会敵した御坂と一つ上しか序列が変わらないというのに――
横たわる懸絶が、隔絶が、聖絶の力となって越えがたい壁となる。

絹旗「垣根帝督!!」

垣根「………………」

死に至る病(ぜつぼう)の顕現化のように立ちはだかる皇帝を前に、三人は為す術もなく敗れ去った。



時は僅かに遡る――



891 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:03:12.67 ID:LC5MmfkAO
〜2〜

フレンダ『来るかどうかも分からない相手をただ待ってるだけってのも……』

浜面『退屈か?』

フレンダ『まさか。本音で言えば何事もない越した事はないけど、結局私もギャラが欲しい訳だから何かあって欲しいのと半々くらいかな』

数十分前、スクールに先んじて素粒子工学研究所に到着したアイテムの面々は網を張っていた。
フレンダは各種トラップを散りばめ、浜面はと言うと――

浜面『……俺だってこんなもんさっさと脱ぎてえよ。何があってもなくても』

浜面は両手を開閉し手応えを確かめる。それはフルフェイスのヘルメットを取り付けたような……
灰を基調とし要所に黒のプロテクトを取り付けた駆動鎧。その名も

浜面『しっくり来すぎているのが逆に変な感じだ』

フレンダ『HsSSV-01“ドラゴンライダー”……これから始まる戦争用に作られたとかなんとか言ってたねそれ』

絹旗『超苦労しましたよ。駆動鎧の大半がアビニョンに駆り出されてましたからね。開発途中の物を無理矢理引っ張って来ましたがまあ超浜面に使えそうなのはそれくらいでしょう』

浜面『……どっから取って来たんだこんなもん』

絹旗『工廠に決まってるじゃないですか。本来ならバイクを含めて運用されるものらしいですがそこまで超贅沢言ってられないので』

はあ、と浜面は溜め息をつきながらHsLH-02をブンと取り回す。
警備員らが鉄扉を打ち破るために使うリニアハンマーに、メタルイーターM5まで攫って来た辺りの裏事情を鑑みて。
何でも絹旗曰わく警備員の新型警邏バイクのモデルだったものらしい。
とは言ってもバイク自体は未だ開発途中であり、ライダースーツ型駆動鎧を徴収する際にも『丈澤道彦』なる技術者がかなり渋ったとの事だった。が

浜面『……ちっこいだなんて言って悪かった。確かにあんたは俺の上司(リーダー)だよ』

絹旗『部下に最高の仕事をさせるのが上司の役割ですので』

麦野の後を継ぐという重責を担えるだけの器を絹旗は既に有している。
そんな絹旗を、フレンダは気体爆弾イグニスの詰まった香水瓶を手にしながら見やった。

892 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:05:08.31 ID:LC5MmfkAO
〜3〜

フレンダ『……私さ』

浜面『?』

フレンダ『暗部で長い事してて、死ぬのが怖くてやってられるかって訳だけど……なんかこうしてると結局、まだ生きたいとか思う訳よ』

フレンダは小型クローゼットほどあるピンセットを運び出す下部組織の人間らを横目に訥々と語る。
それはフレンダの行動原理の一つ、『死にたくない』という意識。

フレンダ『標的の人生なんてどうでもいいし?まあ止めを刺す時の命を摘むまさにその瞬間……相手の運命を支配した気分、コイツは私に殺されるために生まれて来たんだって言う快楽は別に嫌いじゃない訳』

そんなフレンダの独白を浜面は着込んだ駆動鎧にメタルイーターM5を担いで見つめる。
やっぱり危ないヤツだなコイツらと思う反面、やはりフレンダが一番人間臭く、俗っぽいなとも。

フレンダ『けど――私には身内がいる。でも私は自分が一番可愛い訳よ。まだ死にたくないし、誰よりも長く生きたい。あんた達だって結局そうでしょ?』

浜面『――……まあな』

絹旗『命以外何もかも失った超クソッタレな人生ですが、それさえ無くしてたら超意味ありませんからね』

浜面は路地裏の青春から、絹旗は元いた居場所から、フレンダは家族から引き離された。
しかし浜面は滝壺、絹旗は受け継いだアイテム、フレンダにはフレメアが……生きる意味と死ねない理由がある。

フレンダ『――生きよう。結局、どんな人生だろうと命がなくちゃ何も変えられない訳よ』

絹旗『そう言えば超約束しましたもんね、一緒に遊園地行きましょうって』

浜面『俺もだ。こんな所じゃ死ねねえよ。カッコ良い死に方選べるほど真面目に生きてないし』

フレンダが手の甲を上に差し出し、そこへ絹旗が掌を重ね、更に浜面のグローブが包み込んだ。

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

フレンダ『……絹旗(リーダー)、命令を』

絹旗『――決まってます。誰も超欠ける事なく終わらせます』

浜面『楽勝だ、リーダー(絹旗)』

施設を揺るがす爆破衝撃の中、三人の重なった手が応、という掛け声と共に離れて行く。

絹旗・フレンダ・浜面『――――――』

各々が選んだ戦場を背に、戦う理由を胸に、少年少女らは駆け出して行く。

絹旗『来ますよ!』

帰る場所と

浜面『行くぞ!!』

そこで待つ者と

フレンダ『出るわよ!!!』

今を生きる自分達のために

893 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:05:59.32 ID:LC5MmfkAO
〜4〜

垣根『――砂皿、テメエは施設外周部で待機。ピンセットの運搬に従事する人間から敷地内で覗かせた頭まで全部吹き飛ばせ。やり方は任せる』

砂皿『……心得た』

垣根『お前らはピンセットの探索及び奪取を最優先に。念動力系と念話能力の応用が利くお前らなら訳ねえだろ』

土星の輪の少年『了解』

心理定規『それはいいけど……貴方はどうするの?』

垣根『決まってる。網から罠まで根刮ぎ“喰い破る”んだよ』

一方『スクール』は施設に張り巡らされた防壁を突破し、そこで垣根が各メンバーに指示を飛ばした。
アイテムに先回りされたのは予想外ではあったがあくまで想定内。
垣根は揺るがない。勝利は揺るがせられない。そう語る背中が三人の目に映る。

心理定規『――信じて、いいのね?』

垣根『信じる?安い言葉使ってんじゃねえ』

ただ一人、その背中を砂皿や少年とは違った色合いの眼差しで見つめるドレスの少女を除いては……

垣根『覆せない絶望を奴等に、覆らない勝利をテメエらにくれてやる。差し出口叩く暇がありゃ頭回して身体使え』

心理定規『……行きましょう』

土星の輪の少年『了解』

砂皿『ああ』

振り返りもせず三人から離れて行く背中を心理定規は遠く感じていた。
手を伸ばせば、声を掛ければ、あの背中に届くのにと。

心理定規『(馬鹿よ……貴方は)』

あの背中はまるで、誰かに刺されるのを待っている孤独の王のようだと心理定規は感じていた。
そんな少女の横に並んで歩く少年はと言えば――

土星の輪の少年『――信じよう』

心理定規『………………』

土星の輪の少年『こんな暴力と裏切りの世界の中でも……あの人が僕等の信頼や期待を裏切った事なんて一度だってなかった』

去り行く垣根の背中に寄せられるそれはやはり信頼だった。
幾度とない屍の山を、何度とない血の河を、垣根は彼等を率いて越えて来たのだから。

土星の輪の少年『そんなあの人だから――僕等はあの背中に全てを託せたんじゃないか』

心理定規『――そうね』

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

二度目の爆発が火柱を昇らせ施設天蓋を吹き飛ばす。
それが号砲の合図となり、応報の烽火となって空を焼き尽くした。

心理定規『――彼は、そう言う男だったわね』

894 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:08:04.47 ID:LC5MmfkAO
〜5〜

――戦闘が始まる。

フレンダ『ハッ!』

素粒子工学研究所中央部にて、フレンダが十重二十重に張り巡らせた着火テープに電気信管で火花を散らし――
それにより天蓋から壁面に至るまで雪崩のように降り注ぐ瓦礫が垣根に対し質量攻撃を仕掛ける。

垣根『くだらねえ』

パンッ!と振るった翼が蠅を叩き蚊を潰すように崩落して来る瓦礫を払いのけて塵に帰す。そこへ――

絹旗『超合わせなさい浜面!』

浜面『おう!!』

窒素装甲を纏った絹旗が垣根目掛けて駆け出し、右拳を振るう。
駆動鎧に身を包んだ浜面が走り出し、HsLH-02をハンマーのように振り抜かんとする。
猪突が左側から、猛追が右から襲い掛かるも――

垣根『はっ!』

垣根はポケットに手を突っ込んだまま上体を僅かに逸らした髪の毛数本の見切りで絹旗をいなし……
その側から追撃を加えんと振り下ろされたHsLH-02の銃身を、軽やかなサイドステップでかわす。

絹旗『(こいつ……!)』

垣根『――俺と踊りたきゃ、もう少しヒールを高くする事だ』

絹旗『――!!?』

左フックでの目くらまし、右アッパーによる揺さぶり、両手を組み振り下ろしてのハンマー。
垣根はそれらを悠々と『未元物質』を纏わせた右手で受け止め――

垣根『寝てろ。背が伸びるぜ?』

ガッ!と足払いでもかけるように繰り出した垣根の蹴りが窒素装甲越しにも絹旗を揺らがせ……
傾いだ側面から未元物質の翼を平手でも見舞うように薙ぎ倒し吹き飛ばす!

絹旗『ううっ!?』

フレンダ『絹旗ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』

浜面『っ』

フレンダが叫び、スカートから取り出した携行型対戦車ミサイルを放つ。
箭を引き絞るように十指に構え、口で咥えて紐を引き抜き、圧縮空気が後押した爆炎が――
フレンダの絶叫に意を向けた垣根目掛け、駆動鎧の恩恵を受け疾風となった浜面が絹旗を抱きかかえた頭上を通り過ぎ

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

浜面『やったか!?』

複数のミサイルが施設を根幹から揺るがすような大爆発を引き起こし、絹旗を抱き上げた浜面が爆炎の彼方へ見返る。



だが



垣根『今――』



浜面・絹旗・フレンダ『『『!!?』』』


垣根『――なにかしたか?』



『皇帝』は倒れない――
895 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:08:30.49 ID:LC5MmfkAO
〜6〜

垣根『テメエらはいつもそうだ』

着崩したヴァレンティノのスーツに焦げはおろか煤一つなく

垣根『ああすりゃ勝てる。こうすりゃ負けない。強けりゃ粋がる。弱けりゃ群がる』

チャラチャラと鳴るガボールのチェーンが不吉な響きを奏でて耳朶を軋らせ

垣根『生きるのは自分。死ぬのは他人。こんなオモチャで俺を倒せるとでも?馬鹿が。頭使う以前に現実を見る目ってのがまるでなっちゃいねえ』

浜面『嘘……だろ』

浜面のその呟きはフレンダ・絹旗両名の心の声でもあった。
絞り出したその声さえも、ともすれば恐怖を通り越した感情に塗り潰されそうになる。
それは人に生を受けた以上『死』と並んで避け得ぬもの。

垣根『数の暴力、力押し、知略機略戦略……』

人はそれを『絶望』と呼ぶ――

垣根『俺の“未元物質”に、その常識は通用しねえ』

轟!!という風の唸りと共に『死の翼』が広がる。
その翼に崩落し剥き出しとなった青天井から降り注ぐ太陽光が当たり……
それを垣根の翼が回折し、未元物質により物理法則を歪められた殺人光線へと性質を変えて放たれる。

浜面『がああああああああああああああああああああ!!?』

絹旗『浜づ……きゃああああああああああああああああああああ!!?』

フレンダ『(ヤバい!!)』

駆動鎧を溶かし窒素装甲越しにも肌を焼く光線に対しフレンダがリモコンを押す。
施設内及びこの戦場に設置した陶器爆弾と人形爆弾で根刮ぎ吹き飛ばすように。

ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!

垣根『泣かせる努力だ』



フレンダ『!?』

垣根『報われない努力ってのは見てて涙が出そうになるぜ』

轟!!とスーパーセルを思わせる颱風がた酸素まで焼き尽くす勢いの爆炎を……
それに勝る勢いで渦巻いて衝撃を引き剥がし、逆巻いて炎を引き離し、嵐は一瞬にして凪へとその様相を変え――

垣根『ましてやそれが虫螻の足掻きなら尚更な』

ザシュッ!

フレンダ『――かっ……はっ』

浜面『フレンダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』

垣根の翼がフレンダの腹部を刺し貫き、そのまま無造作に瓦礫の山に放り出した。
垣根は殺意はおろか敵意すら、もしかすると悪意すら三人に向けて来ない。

垣根『一人』

象は蟻に注意など払わない――!!

896 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:10:34.39 ID:LC5MmfkAO
〜7〜

そして時間は巻き戻る――

浜面「垣根帝督ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

垣根「!」

激昂した浜面が駆動鎧の速力を活かし、一瞬にて背後へと回り込む。
人体の限界と人間の潜在能力を凌駕するこの駆動鎧なくして垣根の反応速度をかいくぐる事は出来なかっただろう。そして

浜面「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

バズーカのような電磁力式ハンマーを垣根へと叩きつけ、ズドン!!重量20キロの亜音速の楔を背中に打ち込む。しかし

垣根「俺は挿す側に回りたいんでな――」

浜面「!?」

垣根「生憎と男は受け付けてねえんだよ」

シュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ……!

HsLH-02の楔は垣根の翼に阻まれ、水に石を落としたような手応えのみを浜面に伝え『蒸発』した。代わって――

垣根「気は済んだか?」

未元物質を纏った腕で浜面軽々と持ち上げ、シェイクハンドするようにし……そこから一気に――

垣根「――ブッ潰れろ」

ゴガン!ゴガン!ガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!

手にしたビニール傘から水滴でも払うように無造作に――
浜面を壁面に、床面に、研究資材に、繰り返し振り回し繰り返し叩きつける。

浜面「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!?」

垣根「二人」

ドゴン!!と浜面を投げ捨て、垣根はパンパンと両手の汚れを払う。
反対に放り出された浜面は一合にて半死半生の重傷を負い、駆動鎧の至る所に罅が入り血が流れ出した。
理論上は最高速のドラゴンライダーから転げ落ちても操縦者の生命を保証する駆動鎧を以てしても――垣根の前にそれは意味を為さない!

絹旗「っ」

ドン!と投げ出された浜面の陰より絹旗を人形爆弾を放っても――

垣根「気の強い女は嫌いじゃねえが――」

ガギン!と垣根の未元物質が象る不可視にして不可知の防壁がそれを撃ち落とし

絹旗「……!」

垣根「――高校生以下は受け付けてねえんだ」

絹旗は再び横殴りの翼に身体を縦に叩き潰され――

垣根「三人」

垣根という王の足元に平伏した。

897 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:11:02.23 ID:LC5MmfkAO
〜8〜

フレンダ「み……んな!」

浜面は呼吸すらままならない衝撃に膝を屈し、絹旗は四肢動かぬ圧力に膝を折った。
二人とも駆動鎧や窒素装甲の守護が無ければとっくに肉塊か肉片に変わり果てていただろう。
それほどまでに垣根は強かった。桁でも格もレベルですらない。文字通り立っている次元そのものが違う。
その事が瓦礫の山に仰向けに倒れ込み、はみ出しそうな内臓を手で押さえるので精一杯のフレンダにもわかった。

垣根「さて、と」

彼の立つ場所は玉座であり、ただ一人を除いて彼以外の全ての能力者を平伏させる。
それは圧倒的な暴力であり能力であり演算力でありカリスマ性である。

垣根「別にテメエじゃなくても良かったんだが、一番話が早そうなタイプに見えたんでな」

フレンダ「ひっ……!」

垣根「質問。まずピンセットの在処だ。それからテメエらん所に確かサーチ系能力者がいたな?どこに雲隠れしてる?答えやすい順から話せ」

そんな絶望を司る魔王がフレンダへと向き直る。
フレンダは知っている。自分が今生かされているのは情報を引き出すためであると。
フレンダは知らない。自分が今生かされているのは垣根が自分にフレメアの面影を見いだしているからだと。

フレンダ「ひっ……ぐっ……ううっ……」

麦野の狂気も人間離れしているがそれはまだ怪物性の発露でありまだ理解や恐怖が及ぶ範囲の話だ。
しかし垣根のもたらす絶望は最早災厄の域に達している。津波や地震でも相手にしているような途方もなさ。だが

フレンダ「み、……み、みみんな」

浜面「フレ……」

絹旗「……ンダ」

垣根「――こいつらの手前話し辛いってなら、しゃべり安くしてやってもいいんだぜ?」

垣根の翼が断頭台の刃のように絹旗へと差し向けられる。
話さなければ自分が殺される。仲間も殺される。どうあがいても絶望以外の選択肢を垣根は与えない。
フレンダの恐怖と苦痛と絶望に歪む顔に脂汗が滴り落ち、瘧のように手が震えて歯が鳴り膝が笑い――

フレンダ「ごっ……ごめん、みんな……」

痺れそうになる舌を何とか動かし……フレンダは――

898 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:11:55.64 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
フレンダ「Miji cavino capri citreva sigichovire sgicacci slano happa fumifumi?!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
899 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:13:57.74 ID:LC5MmfkAO
〜9〜

死ぬのが怖い。殺されるのが恐い。あいつが強い。全部がコワい。
でもっ、でもっ、私は……私は結局、私は結局臆病者な訳で――

垣根「……今なんつった?」

フレンダ「……あ……あんたに話す事なんてねぇっつの!!」

私は死にたくない。フレメアを独りぼっちで置いて行きたくない。
だけど……麦野が、麦野がいなくなってからもずっとやって来たみんなが欠けてまで生きたくない。
本当は裏切って楽になりたい。みんながここにいなきゃ寝返って安全な方につきたい訳よ。でも

フレンダ「み、みんな本当にゴメン……私と、私と一緒にここで死んで――」

浜面「……く、く……くくく……」

絹旗「……本当に……超……馬鹿ですね」

――久しぶりに、三人になっちゃった私達が四人になれた訳よ。
絹旗と遊園地に行くって約束しちゃって、キモい浜面と滝壺の事まだいじりたくって……
言わなけりゃ良かった。みんな一緒に生きるだなんて格好つけなけりゃ良かった訳よ。そうすれば――

フレンダ「り、リーダー命令な訳よ!結局誰か一人死んで欠けて生きるくらいならみんな殺された方がマシな訳よ!!!」

浜面「……ああ、どうやら最後は笑ったまま死ねそうだ」

絹旗「嗚呼……浜面も、超馬鹿ですねえ」

麦野の言う通り馴れ合いなんてするもんじゃない訳よ。
結局、馴れ合った連中と心中なんて馬鹿みたいな話。
でも……でもこんなチャラ男、ブチ切れた麦野や絹旗に比べりゃ全然怖くない!
生きたまま拷問受けて死ぬより、ただ殺されて楽になれる方がまだマシな訳よ!

垣根「――誇りと死を天秤にかけたか。感傷的だが、現実的じゃねえな」

浜面「――ああ、そうだろうさ」

浜面……キモい顔が余計キモくなるまでボコボコにされてまだ立ち上がる訳?
私達死ぬんだよ?今私が、あんた達の前だから裏切れなくて切った啖呵で結局殺されるんだよ?

絹旗「私も……馬鹿が超移っちゃいましたよ」

絹旗……もう骨砕けてるんでしょ?左腕ブラブラじゃん。
右足も本当は折れてるじゃん!立ったって……立ったってもう何も――

絹旗「――確かにうちは馬鹿ばっかですが……臆病者は一人もいないんですよ。第二位」

何も変えられないのに――私までつられて立ってる。はは……

900 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:14:43.70 ID:LC5MmfkAO
〜10〜

垣根「そうか」

轟!!と垣根の『死の翼』が天へ枝葉を伸ばす木々のようにざわめき……
打撃に特化した翼が斬撃へ突出した刃へとその様相を変えて行く。
王の威光に身を焼かれながらも掲げた旗に取りすがる民へ振り下ろされる裁きの剣のように。

浜面「(……悪い駒場、思ったより早くテメエのマズいツラ拝みそうだ)」

駆動鎧の中で肉も骨も血も持って行かれそうになって尚立ち上がるは浜面仕上。
その脳裏に過ぎるは滝壺理后。彼女をこの戦場に連れて来ずに良かったという満足感と……
居場所を守るという約束と、生きて帰るという誓いを果たせずに終わったという絶望に満ちていた。

フレンダ「……ごめんね」

はみ出しそうな内臓を押さえる手から鮮血を滴り落とすはフレンダ=セイヴェルン。
その胸裡を過ぎるは昨日遊園地に行くという妹との約束と……
いつか絹旗を遊園地に連れて行くという約束を果たせずに終わった絶望が満ちていた。

絹旗「――――――」

血染めのニットのワンピースから剥き出しの折れた右足と砕けた左腕を引きずり、それでも立ち上がるは絹旗最愛。
その目蓋の裏を過ぎるはやっと『アイテム』を取り戻したという満足感と……
『アイテムを頼んだ』という麦野との約束を果たせずに終わった絶望が満ちていた。

垣根「あばよ三銃士。テメエらのマスケットは枢機卿(オレ)に届かなかったな」

そして炎上する素粒子工学研究所に皇帝の裁きが下される。
右の翼は断罪の、左の翼は審判の、空の鳥が野の百合を啄むように双翼を広げる。
垣根の相貌に最早色も笑みもない。粛々とギロチンの刃を下すのみ

浜面「(悪い、滝壺――)」

白銀の刃が天蓋より広がる空を断ち割るように振り上げられ

フレンダ「(ごめん、フレメア)」

純白の剣が見上げた三人の六つの瞳ごと切り裂くように振り下ろされ

絹旗「(超すいません、麦野)」

逃れ得ぬ死と共に、空が三人を見下ろし――

901 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:16:00.02 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――いいえ。四人よ――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
902 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:18:10.04 ID:LC5MmfkAO
〜11〜

ズギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!

垣根「!!」

その瞬間、垣根の振り下ろした未元物質のギロチンが天来の光柱によって撃ち抜かれ――
三人の首を刎ねる刹那、半ばにて焼き切られ消失する!

垣根「上か!?」

垣根が弾かれたように顔を上げ振り向きざまに目を開いた先より……
轟ッッ!!と舞い降りた翼が太陽を背負って急降下して来る。
雨霰とばかりに矢継ぎ早に、妖光の射手が次から次へと釣瓶撃ちに閃光を放って来る。

垣根「ちっ!!」

垣根が『死の翼』を広げて後退り、その場で光の繭のように身を固めて衝撃に備え……

フレンダ「嘘」

キィンッ!と星の瞬きを思わせる煌めく光が一点から複線に、複線から全面に空を覆い――

王の裁きに対する神の裁きのように、唖然とするフレンダ、呆然とする絹旗、愕然とする浜面を守るように――
生み出された光の坩堝が、流星の大瀑布のように降り注ぐ!

ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!

浜面「この光……!!」

光の津波が鉄槌に、星の雪崩が破城鎚に変わって垣根の立つ足場を畳返しのようにめくれ上がらせ吹き飛ばす!
自分達が触れる事も出来なかった垣根を、後退させたこの魔弾の射手を浜面は知っている。

絹旗「――まさか!!?」

目が潰れそうなほど眩い光の在処を絹旗は知っている。
絶望のブラックアウトすら焼き尽くすほどの破壊のホワイトアウト。
天空から舞い降りたその光が地に下り、描かれる影の形を絹旗は知っている。

バサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

垣根「――テメエは」

垣根の広がる六枚の『死の翼』に対する十二枚の『光の翼』。
燃え上がる炎すら一瞬で消し飛ばし、瓦礫の山に光臨したその見覚えある後ろ姿。
見慣れぬ純白のコートを羽織っていながらも聞き間違えようもないその声が

「――二ヶ月ぶり、って所ね」

絹旗「……!!」

さらけ出された背中が、透き通った横顔が、冷め切った声が絹旗を揺さぶる。
舞い散る雪のような光の粒子と、降り注ぐ『原子崩し』の羽が

「――背、相変わらずちっちゃいね――」

絹旗の頬から落ちる涙の雫に映り込む、その姿は――

903 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:19:16.01 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦 野 「 ― ― ひ さ し ぶ り ― ― 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/25(日) 15:19:31.51 ID:kA0Fv1zNo
リアルタイムktkr
905 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:19:52.70 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十五話「fortissimo-the ultimate crisis-」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
906 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:21:04.02 ID:LC5MmfkAO
〜12〜

絹旗「どう……して」

麦野「――忘れ物を取りに」

嗚呼……ひっでえツラしてるねコイツら。って言ってもツラが吹き飛ばされる前に間に合って良かった。
オイオイ何泣いちゃってんの?優しくさすってやりゃ泣き止……む訳ねえな。
こいつら泣かしたのはあの腐れホストだけど、こいつ泣かしてんのは私の責任。

フレンダ「麦野……どうやってここに?」

麦野「それは私がお前らの元リーダーだからです」

滝壺の携帯パクったり人材派遣を拷問したりしてやっと辿り着けたとは言わない。
本当にまあ色々あったけどギリギリ滑り込みセーフの今別にどうでも良い。
今大事な事は、今大切な事はそんな事じゃないから。

浜面「お前が……“麦野”!!?」

麦野「そうね。だから何?」

私の背中に穴空けやがった男の声がする。ちょっと見ない間に面白い格好してるね。
次見かけたらブチコロシかくていのつもりだったけど取り敢えず後回し。
曲がりなりにも私を追い込んだんだから使いではあるでしょうし

垣根「――痛ってえな」

麦野「ノックが強過ぎたかしら?」

痛い?嘘吐けこの新人ヤクザが。今のでかすり傷一つ負ってねえくせにどの口がほざく。
これが噂の未元物質か。予想以上に厄介な能力ね。
素粒子を司り机上の上にすら存在しない物質を生み出す力だったっけ?確か。

垣根「あのプールバーで俺に酒ぶっかけた時から何も変わらねえな、テメエは」

麦野「あのプールバーで私に酒ぶっかけられた時から何も変わらないわね、アンタは」

――確かに当麻と会う前の私なら相手にもならないだろう。
有り得ないけど御坂と手を組んでも勝てる気がしない。
けれど当麻と逢った私なら負ける気がしない。

垣根「――ムカついた。よほど死にてえと見える」

麦野「――初めて気が合ったね。私もテメエをブチコロシてやりたいよ」

――勝たなきゃいけない戦い、負けられない闘い。
そこで手にした力が私にはある。そこで背に負った物が私にはある。

垣根「嫌われたもんだな……まあいいさ」

――こいつらの前で、膝なんてつけない――

垣根「――三人が、四人に増えるだけだ」

907 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:23:29.61 ID:LC5MmfkAO
〜13〜

浜面「――――…………」

浜面仕上は感じ取る。十二枚の光の翼を負う女王を前に、六枚の死の翼を担う皇帝のオーラが一変し……

自分達を文字通り歯牙にもかけなかった絶望的存在が臨戦態勢に入るのを。

しかし相対する麦野は背中越しに『アイテム』守るように立ちはだかる。

その後ろ姿に浜面は奇妙な気分の高揚を覚えた。

麦野「――私は、あんた達を放り出して投げ出して逃げ出した」

それは自分と殺し合いをした敵が味方に回るという心強さ。

麦野「今から言う事はそんな私のエゴよ。良かったら聞いて」

対する絹旗の眼差しは涙に潤み、フレンダの面立ちは形容し難い色に染まる。

麦野「――私の背中をあんた達に預ける」

絹旗「!」

麦野「背中を預けるって事は、あんた達が私を許せなかったらいつでも刺せるって事」

フレンダ「………………」

麦野「けれどもう一度あんた達が私と一緒に戦ってくれるなら……手を貸して」

そしてそれ以上に麦野の横顔は透明だった。全てを受け入れた上で尚、全てに挑むように……

麦野「――あんた達に向けた背中で、あんた達を背負わせて」

――微笑んだのだ

908 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:23:59.70 ID:LC5MmfkAO
〜14〜

垣根「っ!」

麦野「ッ!」

それを引き金にドン!と双翼が羽撃き、横殴りの麦野の翼と横薙ぎの垣根の羽が激突し、ぶつかり合った場所から弾け飛ぶ衝撃波が瓦礫の山を吹き飛ばし――
その刹那二人は同時に大穴の空いた天蓋より飛び出し、晴れ渡る大空へと舞い上がる!が

垣根「――逆算、終わるぞ」

麦野「!?」

垣根「テメエの牙はもう俺に届かねえ!」

轟ッッ!!と垣根の翼が無数の鞭のように麦野へと迫り来る。
見開いた眼差しの瞬き一つで人体を分解する羽根が、視界を埋め尽くさんばかり殺到し――

麦野「!」

麦野はそれらを背負った翼で錐揉み飛行するようにかいくぐりつつ原子崩しを撃つ!放つ!!穿つ!!!
されど垣根は振るう翼でそれらが接触する寸前に打ち消し、掻き消す。

麦野「(当麻みたいに無効化した!?)」

垣根「――真似事が通じる程度の浅い底だな。それがテメエの器(げんかい)か?」

麦野は知らない。10月3日の夜垣根と上条が再会した事など。
そこではからずも垣根は未元物質を消失させた幻想殺しの現象に瞠目した。
故に垣根は幻想殺しが引き起こした事象からヒントを得、特定の能力の無効化を思いついたのだ。
この場合は麦野が操る粒子でも波形でもない中間点を揺蕩う対電子線に特化した新物質を生み出して。

垣根「なら器ごと砕いてやる。欠片も残らねえようにな」

垣根の逆算は原子崩しの光芒と翼撃、二度接触すれば十分に過ぎるのだ。
麦野の不覚は初太刀でこの皇帝を討てなかった事。
さらに垣根の翼を走る力場が収束して行き……今度は電子線から身を守るのではなく、電子線を無効化した上で麦野を天空から叩き落とさんとする!

垣根「――異物の混ざった空間。ここはテメエの知る場所じゃねえんだよ!」

ドン!!と電子線を無力化させる素粒子の集合体が麦野へ撃ち出される。
かすっただけで発動させた原子崩しの翼を打ち消してしまう新物質を前に、麦野は――

麦野「――焼け死ぬのはテメエだ。イカロス(鑞の翼)」

垣根「!!」

ズギャン!と麦野の突き出した左手より迸る原子崩しが――
垣根の放った『未元物質』を根本から『別次元』へと『切り飛ばす』。
最初から『この世界に存在しなかった』ように――

麦野「――0次元の極点」

909 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:24:42.11 ID:LC5MmfkAO
〜15〜

浜面「俺の銃を防いだ時の…!」

学園都市上空で相見える死の天使達の闘争。絹旗を担ぐ浜面はその現象に見覚えがあった。

0次元の極点。木原数多が提唱し構築していた空間理論。

それはこの世界においてn次元の物体を切断すると、断面はn−1次元になり……3次元ならば2次元、2次元なら1次元。

ならば1次元を切断すると0次元になるはず、という理論を基礎とし――

麦野は既にその『切断方法』に不可欠な『量子論を無視して電子を曖昧なまま操る』刃を持っている。

絹旗「麦野……!」

抱えられた絹旗が天空で激突する二人を歯噛みしながら見上げる。

0次元の極点は理論上ならば銀河の果てにある物質まで手中に収め、また銀河の果てまで飛ばす事も出来る。

そんな想像を絶する領域にまで上り詰めた麦野が――

フレンダ「……麦野が」

浜面「!?」

フレンダ「あの麦野が私達に“手を貸して”だなんて……結局初めて聞いた訳よ」

仲間だった頃ですら『手伝え』と命令する事はあっても……

『手を貸して』などと言ったのはフレンダが知る限り初めての事だった。

フレンダ「――みんな」

だから――

910 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:26:59.86 ID:LC5MmfkAO
〜16〜

麦野「(……クッ)」

天空を翔るイカロスの翼は折れない。紛い物の翼であろうともあれはダイヤモンドの翼だと麦野は確信していた。何故ならば

垣根「――応用だけは磨いたもんだが基礎からしてなっちゃいねえな。見たところまだ“調整”が必要なんじゃねえか?それ」

ビュウッ!と旋風を纏い未だ傷一つ負っていない垣根に揺らぎは微塵もない。
麦野は既に最後の切り札とも言うべき『0次元の極点』を見せてしまったが……
垣根の手の内は未だ見えず、実力の底など読めはしない。

垣根「空間を切り飛ばしてあれこれ出来るってならせめて反物質(アリスマター)か本物の暗黒物質(ダークマター)くらい引っ張って来るんだな」

麦野「……吹いてんじゃねえぞ腐れホスト野郎!!」

垣根「吹くさ。吹くどころか噴き出さねえように真面目な顔作る方に気使う」

0次元を司る麦野、未元を統べる垣根。共に似通った棲息領域にあって異なるもの。それは

垣根「――笑える話だろう?」

麦野「……!?」

世界の有り様を『否定』する麦野の原子崩しと、世界の在り方を『支配』する未元物質という差異に止まらず――

垣根「同じ鳥類でも、ハトがタカに挑むなんざ狂気の沙汰だ」

バン!!と生み出された竜巻が麦野へと迫り来る。
幾重にも折り重なり逆巻き渦巻く真空波が空気を切り裂いて吹き荒れ、施設周辺をひっくり返す勢いで襲い掛かり――

垣根「――二万五千の新物質、断ち切れるもんなら断ち切ってみやがれ!」

麦野「――!!」

ドバァッ!未元物質を乗せた竜巻のような烈風が麦野をミキサーに放り込んだ果実のように切り刻む。
0次元の極点で断ち切り消し飛ばすにはあまりに多く、またあまりに凶悪な一撃を前に――

麦野「……があっ!!」

麦野は文字通り身体を血染めにし、原子崩しの翼も半ばもぎ取られ、噴き出す血煙を口から吐き出した。

垣根「――0と無限は等価だが、限りなく0に近いのと限りなく無限に近いのとじゃ意味が違う」

暴君(ネロ)の大火に如雨露の水をかけても無駄だと言わんばかりに――

垣根「――テメエの0と1の世界は、俺の無限の未元(せかい)に及ばねえんだよ」

皇帝は揺るがない――!

911 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:27:53.15 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――ハトだろうがタカだろうが、鳥は鳥だろうが!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
912 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:28:19.24 ID:LC5MmfkAO
〜17〜

麦野「!?」

浜面「オラァッ!!!」

垣根「!」

ッッッドン!!!!!!という音すら置き去りにするかのような号砲と共に地上より天空へ向け放たれる一撃。
それはメタルイーターM5。来る戦争に備え制式採用が決まったばかりの対戦車仕様ライフル。

絹旗「虫螻に足元すくわれてりゃ超世話ないですねえ!!」

駆動鎧の加護を受けた浜面が構え、窒素装甲の守護を授かった絹旗が銃身を支えるフルオート射撃。
それが垣根の不可知にして不可視の防壁ごと弾き飛ばす不可避の連撃となる。
物理攻撃のダメージこそ通らないものの、物量攻撃に押し流され垣根が麦野から引き剥がされる!

麦野「あんた達……!」

絹旗「何一人で超戦ってんですか麦野!!私達は“アイテム”でしょうがっ!!!」

フレンダ「絹旗ヤバいヤバいヤバい!!」

垣根が急降下し狙いを切り替えるや否や浜面が駆動鎧の速力を生かしたジグザグ走法でメタルイーターM5の弾丸をバラまきながら注意を引きつけ……
ボロボロの絹旗をズタズタのフレンダが引っ張って二人は瓦礫を転がり地べたを舐めた。

絹旗「手を貸す!?自分の勝手で出てった人間が超エラそうに!」

麦野「絹旗……」

絹旗「どうせ命令するなら“私の背中を守れ”くらい超ふんぞり返って言えばいいんですよ!!」

オフホワイトのコートを鮮血に染めた麦野が上空より見下ろした先、フレンダの肩を借りて立つ絹旗が声を上げた。
それに目を見開いた麦野に、フレンダは鳩に豆鉄砲でも叩きつけたような快哉を叫ぶ。

フレンダ「背中くらいいくらだって預かってやる訳よ!!」

フレンダが傷口を押さえていた左手を天へ向かって差し伸べる。早く来いと急かすように

絹旗「“前リーダー”が言えないってなら“現リーダー”の私が超命令してやります!!」

絹旗が何とか生きている右手を空へ向かって突き上げる。早く行こうとせっつくように。

フレンダ・絹旗「「私達に麦野の背中を支えさせろって訳よ(です)!!」」

そして――

913 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:30:14.02 ID:LC5MmfkAO
〜18〜

浜面「オラァッ!!」

垣根「はっ!」

ゴバッ!!!!!!と跳躍した浜面の飛び蹴りが繰り出され、砲弾のような衝撃波と共に爆ぜる。
しかし翼成る盾がそれを防ぎ、受け止めた状態から反転して六翼を広げ浜面を押し返す。
されど浜面は体勢を立て直すのではなく、零距離からメタルイーターM5をドン!!と放ち、その勢いに乗じ後方へ飛びずさる。
だが垣根は開いた距離に構わず踏み鳴らすように地面に叩きつけ

浜面「ッッ!!」

次の瞬間垣根と浜面を隔てていた地面が衝撃波によりクレーター状に陥没する。
だが浜面は駆動鎧による急加速で垣根の牙が届くより早くサイドロールし、五、六回横転して切り抜けていた。

垣根「大したもんだ。テメエじゃなくてそのパワードスーツが、だが」

第三次世界大戦に備え開発途中であったドラゴンライダーの駆動鎧は確かに浜面の命を拾わせた。
コンピューターによる知識や技術の検索と補強を司り、モーターや科学性スプリングが運動量やベクトルを修正する。
二本の足で法定速度を軽々と凌駕する機動力と反応速度なくして今の一撃は避け得なかったろう。だが

垣根「こいつは俺の流儀に反するが――」

浜面「!!」

垣根「言って聞かねえ馬鹿なら拳でわからせてやるしかねえな」

バォ!!と言う爆音が後からついて来た頃には――

浜面「ぐ、ああああッッ!?」

真っ正面から未元物質を乗せた垣根の拳が浜面を殴り飛ばした。
ベクトルを集めても動かせない巨大な質量を以て、その余波が衝撃波に転化し施設一帯を均等に破壊するほどの勢いで――
浜面は薙ぎ倒され、瓦礫とガラスと機材が木っ端微塵に粉砕される!

垣根「――よく馬鹿は死ななきゃ治らねえって言うが」

駆動鎧が無ければたった今浜面がノーバウンドで突っ込んだ瓦礫の山はそのまま墓標と成り果てていただろう。
浜面は強い。少なくとも麦野を打ち倒した事から鑑みて紛れもなくある種の戦闘の天才である。だが

垣根「――試してみる価値くらいはありそうだ」

浜面「……!?」

六翼から再び不可視の未元物質を、不可知の素粒子を、不可避の一撃を乗せるこの若き皇帝には……
獅子に生まれついた者は己以外の全てが獲物なのだ。

垣根「――絶望しろ、コラ」

そして死の翼が空を覆い――

914 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:30:41.89 ID:LC5MmfkAO
〜19〜

ずっと遠回りして来た気がする。どこから道を間違えたのか、その分かれ目すら思い出せないほどに。
どこまで行けば良いのか、いつまで生きれば良いのか、何をすれば良いのかさえ。

わかってる。人を殺したあの日から私の世界は終わってしまった。
私に身内を殺されたヤツが現れたあの雨の夜が私の世界の果て。
何度考えても答えなんて出やしなかった。結論は最初から出てるんだから。

でも今はそれで良いと思ってる。紛い物の価値観に鍍金貼り付けたってそんなもんすぐ剥げ落ちる。
黄金律の方程式なんてどこにもない。ダイヤモンドみたいに変わらず輝く答えなんて有り得ない。
たかが炭素の塊に、鑿で砕けるような石ころに『永遠』なんて宿るはずがない。


私がガラスケース越しに見てたダイヤモンド(げんそう)は、やっぱりただの石(げんじつ)だった。


石。意思。意志。遺志。賢者の石でも愚者の石板でもない征服せざる者。
私と一緒に食事した連中、私と一夜を共にした御坂、私を一番に遊園地に連れてってくれた当麻。
私に生きろと言った大人、私に背負えと言った医者、私に手を貸してくれたあいつら。

私の閉じた世界の内側で今も生きてるあいつら。私の終わった世界の外側で今も戦っているこいつら。
迷走して、逆走して、奔走して、一周してやっと辿り着いた私の始まりの場所。
私が後にした賽の河原で今も石を積み続けているこいつらを見た時、私の中の何かが弾けた気がした。

私が犯した過ち、それはこいつらを勝手に過去にしてしまった後も続く現実。
ずっと前だけを見ているつもりで背を向け目を切っていた世界。
私はそこでこれからも悩み苦しむ。戦い続ける。答えなんてずっと出ないでしょうね。



――それでいい。答えを手にしていれば、きっと私はそれだけにこだわり続けて他の物に手を伸ばそうとはしなかったから。


美鈴『美琴ちゃんを守ってあげて』

殺す事しか出来ない右手に御坂を託されて

禁書目録『とうまを護って欲しいんだよ』

壊す事しか知らない左手で当麻を守ると誓って

滝壺『むぎの、私大切な居場所(ひと)、出来たんだよ』

あいつらに向けた背で、こいつらを背負いたいって。

915 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:33:48.01 ID:LC5MmfkAO
〜20〜

スキルアウトG『苦しんで死ねよ!テメエ!!俺のダチ殺したのはテメエだろうが!!俺の仲間殺したのはテメエだろうが!!テメエが!テメエが!!テメエが!!!テメエが!!テメエがよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!』

私は殺人者(ひとごろし)だ。これも誰にも変える事の出来ない事実で、私にも曲げる事の出来ない現実だ。

禁書目録『――帰る場所があって、待っててくれる人がいるって、当たり前だけどとっても幸せ、って』

そんな私をやっとトーストを焼けるようになって、おっかなびっくり洗濯機を回して、まだおにぎりが上手く作れないあいつは家族と呼んでくれて

美鈴『――それでも大人(わたし)は、子供(あなた)に生きていて欲しいんだと思う――』

そんな私を酒にだらしないくせに、弱っちいクセに、本物の強さを持ったあのオバサンは大人として叱り飛ばしてくれて

警備員A『――生きていてくれて、ありがとう』

そんな私を名前も知らない一般人が、全くの赤の他人が、ありがとうと言ってくれて


御坂『今度は、一人じゃない』

そんな私を有り得たかも知れないもう一人の私が、友達に一番近くて一番遠い私の敵が勇気づけてくれて

白井『“私が私として生きる事を許してほしい”……でしたわね?』

そんな私をあの小パンダはリハビリに手を貸して励ましてくれて

冥土帰し『この世界で取り返せないものは、奪われた命と失われた時間だけだよ』

このゴミ溜めの眩しい世界で

土御門『――その様子じゃどうやら吹っ切れたようだな』

這い蹲ってでも立ち上がると決めた私の背中を押してくれた連中がいて

滝壺『私はまだ生きてる。むぎのがくれた命があって、私が見つけた居場所があるんだよ。だから』

絹旗『手を貸せ!?自分の勝手で出てった人間が超エラそうに!どうせ命令するなら“私の背中を守れ”くらい超ふんぞり返って言えばいいんですよ!!』

フレンダ『背中くらいいくらだって預かってやる訳よ!!』

最初から最後まで自分勝手な私をもう一度受け入れてくれたこいつらがいて

上条『……ったく。ガラスの靴が届くまでに帰って来いよ?』

私の帰りを今も信じて待ってくれているあいつがいるのに

916 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:34:36.90 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――いつまでも、自分の罪(おもさ)に負けてられるか――――!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
917 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:35:09.34 ID:LC5MmfkAO
〜21〜

麦野「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

垣根「!」

ドンッッ!!!!!!と原子崩しを足元に乱射し、その爆発的推進力を以て麦野が浜面に迫る垣根へ肉薄する。
しかし垣根は慌てる事なく振るう翼の標的を切り替え、剣の舞のように麦野へと殺到させ――

麦野「遅えよ!」

垣根「!?」

ドン!ドン!ドン!と直線から直角に、足元に叩き込んだ原子崩しの推進力でジグザグに高速移動し一撃の被弾もなく回避する。
これは『聖人』神裂火織が麦野に見せた神速の動き!

麦野「おいおいのんびりしてんじゃないわよ!!」

ザウッ!と半ばで折れた原子崩しの翼を交差させ垣根の翼を弾き返す。
これは『魔術師』ステイル=マグヌスが見せた炎剣の動き!

麦野「今からテメエにやられた分兆倍にして返してやるんだからよォ!!!」

砕けた瓦礫の鉄骨を走りながら拾い、それを電子を司る原子崩しの力で放つ!
これは『超電磁砲』御坂美琴のレールガンを模した技!

垣根「(こいつ……化けやがった!!)」

疑似レールガンを撃墜しながらもそこで初めて顔色を変えた垣根目掛け――
轟ッッ!!と全ての原子崩しを束ね、纏め、重ねて放つ光の柱。
これは『自動書記』インデックスが放った竜王の殺息(ドラゴンブレス)を模した業!

麦野「関係ねえよ!カァンケイねぇんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

垣根すら一瞬押し流した疑似ドラゴンブレスにたたみかけるように振り上げる右拳……それは言うまでもなく

垣根「――!!」

ズバァッ!!と振り抜く拳は上条当麻の動き!
しかし……それだけで麦野は終わらない――!!

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!

垣根「なっ……」

麦野「――テメエの次元(セカイ)は、私の手の中だ」

麦野は右拳を振るいつつ、垣根という王を守る未元物質の牙城を――
原子崩しで『0次元の極点』を切断し、六翼を断ち切り、こじ開ける!

麦野「――砕けねえ幻想(ダイヤモンド)なんてどこにもねえんだよ!!」

痛みの中目覚めた翼を振るい、迷いの中振りかざした剣。
それはまさしく、次元(せかい)を切断(ひてい)する力――!!
918 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:37:12.37 ID:LC5MmfkAO
〜22〜

麦野「絹旗ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

絹旗「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

垣根「(しまっ……)」

こじ開けられたダイヤモンドウイングへ絹旗が駆けて行く。
折れた足で、砕けた腕に『香水瓶』を手に垣根へと突っ込み――

フレンダ「――気体爆弾イグニス」

その絹旗が駆け出した地点で力尽きたフレンダが瓦礫から顔を上げニヤリと笑う。
気体爆弾イグニス。御坂美琴に対してフレンダが仕掛けた詐術でありこのサイズではフェイクに使った爆薬とさほど変わらない。が

フレンダ「自信満々の能力者を嵌めたこの瞬間が……最っ高に快感な訳よ!!」

一瞬でも未元物質を断ち切られ間隙が生じ、肉体をさらした垣根ならば――
この香水瓶程度ですら取り返しのつかないダメージを追うだろう。そして

絹旗「浜面ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

浜面「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

ガコン!と手にしていたメタルイーターを垣根へ差し向ける浜面。
浜面は内面で苦笑し外面で世界で一番人を馬鹿にした表情を作り――
人使いの荒い自慢の上司(リーダー)もろとも

垣根「テメエ!!」

絹旗「――私の窒素装甲はこンな爆薬程度では貫けませンので」

バギン!と手中の気体爆弾イグニスの香水瓶が割れ、大気に晒される。
ガラリと変わった絹旗の口調と窒素装甲の演算能力は爆発すら凌ぐ。
つまり――垣根だけを巻き込む乾坤一擲の自爆攻撃なのだ。

麦野「――これが」

ボッと浜面のメタルイーターが放った弾丸がイグニスへと撃ち込まれるのを垣根はスローモーションで見つめていた。

フレンダ「――アイテムって訳よ」

巻き散らす火花がイグニスへと伝播し、無色の大気が真紅の灼熱へとその色を変え

絹旗「地獄に着いても」

絶望の暴君、災厄の魔王、暗部の皇帝、学園都市第二位未元物質(ダークマター)垣根帝督を

浜面「――忘れるな」

瞬きすらも許さぬ劫火の扉が開かれ、煉獄の門へと誘う。
何人足りとも触れざる高みへと昇り行くイカロスの翼ごと

垣根「――!!」

パキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!

919 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:38:06.09 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
浜面「楽勝だ、垣根帝督(レベル5)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
920 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:38:34.42 ID:LC5MmfkAO
〜23〜

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!

麦野「――――――」

フレンダ「――――――」

絹旗「――――――」

浜面「――――――」

素粒子工学研究所が崩落し炎上して行く様はまさに皇帝の落城であった。
しかし凱歌を上げる者もいなければ勝ち鬨を上げる者もいない。
戦闘開始から恐らく十分経つか経たないかの僅かな時間の中、精も魂も尽き果て全身全霊を使い果たしたのだから。

浜面「やった……よな?」

麦野「――冗談じゃない」

これで立ち上がってこられてはもはやこちらが立ち上がれない。それほどまでの相手だった。

フレンダ「これで死んでくれなきゃ」

絹旗「――もう」

しかし――その淡い希望は

PIPIPIPIPI!PIPIPIPI!PIPIPIPIPI!

全員「!!?」

す ぐ さ ま 絶 望 へ と 変 わ る

垣根「―――――俺だ―――――」

全員「!!!!!!」

心理定規『ピンセットは手に入れたわ。けど彼は死んでしまった……』

垣根「――そうか」

ガラガラガラと瓦礫の山より出でる垣根、その手には携帯電話。
それすなわち気体爆弾イグニスが及ぶより先に再び未元物質が展開し物理法則をねじ曲げ歪ませた事に他ならない。

浜面「……ははっ、ははは……」

消え入る爆炎と晴れ行く粉塵の彼方に浜面が見たもの。
それはヴァレンティノのスーツのみを焦がし、未だ健在な垣根の立ち姿。
渇いた笑いが意志に反して口からこぼれる。ここまで追い詰めたにも関わらず

心理定規『正直私と下部組織の人間だけで捌くには追っ手の数が多すぎる。砂皿が雑魚を散らしてくれてるけれど焼け石に水よ』

垣根「………………」

心理定規『どうしたの?』

麦野「――チッ」

携帯電話片手にこちらを睥睨して来る垣根は一筋紙で切られたような傷の走る頬を撫でるのみ。
四人の総力を結集した致死必至の連撃の報酬。それがたった一太刀報いたに過ぎないという絶望的な現実。
フレンダは既に言葉を失い絹旗は睨み付けるより他に力すら残されていない。
渇いた笑いを漏らす浜面と舌打ちを鳴らす麦野もそれは変わらない。

921 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:40:36.31 ID:LC5MmfkAO
〜24〜

――ムカついた。何がムカついたってのはスーツを台無しにされた事だ。
確かに最後の動きは目を見張るもんがあったが見開くほどじゃねえ。
まさかこの俺に一矢報いたってのは予想外だが結果は想定内。
俺の優位は未だ揺るがねえし有利に変わりはねえ。が

心理定規『帝督!!状況はもう限界よ!!“メンバー”の連中が追って来てる!!』

垣根「………………」

心理定規『帝督!!!』

――大局を見ろ垣根帝督。目的は既に達成されてる。
ピンセットの奪取という絶対条件はクリアーした。
こんな局地戦にかまけた所で必要条件には繋がらねえ。
確かにこいつらはブチ殺さなきゃ気がすまねえくらい頭に来てるが――熱くなり過ぎるな。冷静に判断するんだ。

麦野「っ」

浜面「ッ」

フレンダ「……!」

絹旗「――!」

垣根「………………」

こいつらを死ぬまで殺す手間と、刻一刻と迫るメンバー、ピンセット、部下の尻拭い。
バッカじゃねえか。テメエらはもう死に体だ。誰がテメエらみてえな雑魚連中相手に五分五分の勝負なんて仕掛けるか。
面倒臭いってんだ。テメエらにそれだけの価値があると思ってんのか。

垣根「――40秒持たせろ」

心理定規『帝督……!』

少なくとも出だしからアイテムは潰せたし例のサーチ系能力者はこの行動の限界点にも姿を現さねえって事は既に戦力外と考えて良いだろう。
せいぜい拾った命とくれてやる目こぼしを噛み締めるこったな。

垣根「――部下に救われたな、原子崩し」

麦野「テメエ!!」

こいつのチンケな羽根と光に俺は見覚えがある。
上条。こいつがお前の言ってた『星』なのか?

フレンダ「む、麦野!!」

こいつのツラと、あのガキのツラがどうにもダブる。舶来とか呼ばれてたガキの身内か?

浜面「ふっ、伏せろ!!」

この黒っぽいライダースーツの野郎。あのフランケンシュタインと被るな。
もっともこいつはあいつみてえな頭の巡りは良くなさそうだが――

垣根「――遊びは終わりだ」

――認めてやる。テメエらの牙は俺に届いたぞ

922 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:41:03.29 ID:LC5MmfkAO
〜25〜

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!

全員「――!!!」

その瞬間、垣根の引き起こした局地的な竜巻が瓦礫と砂塵とアイテムを巻き上げた。
それにより吹き飛ばされ残らず地面に叩き付けられた彼女等は見た。
土をつける事もなく堂々と立ち去り、未だ揺るがぬ威光を背負った王の背中を

麦野「……チクショォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

仰向けに転がされた麦野が吠える雄叫びすら掻き消すような暴風が過ぎ去った後――垣根は風と共に姿を消していた。
うつ伏せに倒れる浜面、横向きに伏したフレンダ、瓦礫に寄りかかったまま動けない絹旗を残して。

浜面「……野郎」

麦野「――逃げやがった」

フレンダ「たっ……助かった?」

絹旗「――ですかね」

もはや命だけを残して全滅させられたアイテムの面々は空を仰ぐより他なかった。
追跡するにも滝壺はおらず追走する手立てもなく追撃する戦力すら残されていない。
絹旗がピンセットを運び出すという判断をしておらず、メンバーが介入して来なければ間違いなく壊滅していただろう。

浜面「――マジな話クソ漏らしそうになった。つーか小便チビった」

フレンダ「……私、今にも内臓はみ出しそうな訳なんだけど」

絹旗「折れた骨が飛び出してます……もうピンセットの奪還は無理そうですし、超最悪ですよ」

麦野「……私も今ので傷開いちまったよ。またリハビリやり直しね」

全員満身創痍であった。気を抜いて意識を失えばそれがそのまま即、死に直結するほどの瀕死の重傷の中――
何故か全員苦笑いを浮かべていた。完膚なきまでに敗北を喫して尚一人も欠ける事なく生き延びた事に。

麦野「……テメエのせいだぞ団子鼻」

浜面「……人殺しかけといて何言ってんだこいつ」

フレンダ「あれ?結局、麦野とも知り合いな訳?」

絹旗「あー……超面倒くさいです。なんなんですかこのゴチャゴチャ」

絹旗らは知らない。浜面と麦野が断崖大学で死闘を繰り広げた事を。
しかしそれに対して突っ込むだけの気力すらどこを逆さに振っても出て来ない。ただ

麦野「……おい」

浜面「……なんだ」

麦野「――テメエ、名前は?」

何よりもブザマなこの敗北を

浜面「……浜面仕上」

麦野「――そうか」

――四人は、勝利より誇らしく思えた。

923 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:41:52.73 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「はーまづらぁ……コード五十ニ、隠蔽工作と救急車呼んで」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
924 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:44:09.67 ID:LC5MmfkAO
〜26〜

浜面「!?」

麦野「絹旗。辛いだろうけどフレンダが一番傷が深いからそっち優先するわよ」

絹旗「超構いませんよ。じゃあ次は私で」

フレンダ「ひゃあ!?む、麦野!!?」

その時――立ち上がった麦野が呼んだのだ。『はーまづら』と。
フレンダをお姫様抱っこする形で、オフホワイトのコートを血に染めながらも。
それに対し浜面とフレンダがそれぞれ異なる感想から同じリアクションを取った。

麦野「……つうかもう息すんのもしんどい。昨夜から寝てないし」

フレンダ「――ありがとう」

麦野「……ふん」

麦野は行く。抱えられたフレンダから見てすら血泥にまみれた頬を晒して。
気恥ずかしいのだろうかフレンダに対しあまり目を向けない。しかしフレンダは――

フレンダ「……麦野、優しくなった訳よ」

麦野「はあ?」

フレンダ「昔の麦野なら絶対“スクール”の連中殺しに追い掛けてったじゃない。例え私達や滝壺が体晶の使い過ぎで死ぬ事になったとしても……」

麦野「そうね。だから何?」

フレンダ「それに……結局、私」

フレンダは語る。きっとアイテムの人間が揃い踏みした衆人環視の中でなければ自分は垣根帝督に屈し仲間を売っていたかも知れないと。
しかしその吐露を耳にした麦野は顔色を変えた風もなくアッサリと

麦野「別に責めやしないわよ。先にあんたらを裏切ったのは私だし、それがたかが一回来たくらいで帳消しになるなんて思ってない」

フレンダ「麦野……」

麦野「むしろよくやってくれたわ。あんた達のお陰であの腐れホストに一太刀入れられた。それに」

ザッザッと砂を噛む音と共に紡がれる麦野の言葉は、上条と出会う前の麦野ならば考えられないほど穏やかだった。
以前の麦野ならば滝壺を死に追いやり、背信を働きかけたフレンダを容赦なく粛清しただろう。が

麦野「――罪だ罰だ業だ命だあれこれ色々背負い込む羽目になったけど」

フレンダ「………………」

麦野「後悔だけは背負いたくなかった。ただそれだけよ」

上条の手を離さず、御坂の手を掴み、塞がった両手の代わりに背負う事を麦野は選んだ。そう――

フレンダ「――結局、麦野のワガママな所は相変わらずな訳よ!」

麦野「……トドメ刺さたいのかにゃーん?」

取り返せない過去の先に今尚続く、現実の世界に挑み続けるために――
925 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:44:43.55 ID:LC5MmfkAO
〜27〜

浜面「……あいつが、お前らのリーダーだったってのか」

絹旗「ええ。ただし頭に元とか前とかついちゃいますけど」

浜面「――どうりでな」

フレンダを運び終え戻って来る麦野を目で追いながら浜面は感慨に耽る。
麦野沈利。断崖大学で会敵し浜面が撃破したレベル5。
その事実に浜面はあの夜雨の中出会った滝壺がアイテムの人間だった事と同じくらい衝撃を受けた。

浜面「(一週間の間にレベル5の四位と二位とバトルとかこれから俺の人生どうなんだよ)つうか現リーダー……運ぶなら俺が」

絹旗「滝壺さんに超告げ口しますよ?浜面に変な所触られたって」

浜面「おい!!」

絹旗「――甘えさせて下さいよ、ちょっとくらい」

浜面「………………」

絹旗「……今だけは、超寄りかかりたい気分なんで」

麦野「おーい絹旗生きてるー?」

絹旗「超遅いですよ麦野。どれだけ待ったと思ってるんです?」

そこへ麦野が歩み寄り、対する絹旗が砕けた左腕と折れた右足を晒しながら口を尖らせた。
遅い、というその言葉に込められた様々な意味。複雑な思い。そして

麦野「持ち上げるよ。力抜いて楽にしな」

絹旗「はいっ」

慣れ親しんだ玲瓏たる美貌が間近に迫り、華奢ながら力強い膂力で絹旗が抱えられる。
あの8月9日よりこの10月9日、およそ二ヶ月ぶりの再会が戦場という皮肉に絹旗の唇が緩む。
会ったら会ったで言ってやりたい文句やこぼしたい愚痴などそれこそ山ほどあったというのに――

麦野「……重っ」

絹旗「はあっ!?」

麦野「フレンダといいあんたといい、重くなったね」

絹旗「な、何言ってるんですか!トッポは一日一箱に超抑えて――」

麦野「――重いよ」

絹旗「………………」

麦野「……手応えあるわ」

何も言えなくなってしまったのだ。その透き通った表情に。
例えるならば雨上がりの街、雲の切れ間から射し込む光の梯子のように澄み切った横顔に

絹旗「……引退してから超ナマったんじゃないですか?何か当たってる胸が前より超ボリュームが増して(ry」

麦野「私が引退してから態度悪くなったねあんた。尻叩くよ?」

浜面「おい!俺を無視すんな!!」

麦野「私達忙しいから後にしてくんない?」

――絹旗はゆっくり目を閉じた。これが夢ならば覚めぬようにと

926 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:47:07.97 ID:LC5MmfkAO
〜28〜

麦野「………………」

浜面「(き、気まずい……)」

それから数分後に到着した救急車内にて浜面と麦野も共に直走り流れて行く景色を見つめていた。
されど対する浜面は気が気でない。曲がりなりにも殺し合いをした相手と隣り合わせという危機的状況に。

麦野「……まさか、あの時のテメエが私の古巣に居るなんてね」

浜面「それはこっちのセリフだ」

アイテムの面々も予想だにしない麦野の参陣に複雑な思いがあるがこの二人の比ではないだろう。
昨日の敵は今日の友、などという少年漫画的な精神構造など学園都市の影を生きて来た浜面と闇を歩んで来た麦野の間には存在しない。ただ

麦野「――あんたが、滝壺の居場所か」

浜面「!!?」

麦野「私も他人の事言えた義理じゃないけど、あの娘の男の趣味も大概ね」

浜面「(ブッ飛ばしてやりてえこの女王様キャラ……でも今手出したら病院は病院でも霊安室行き……)」

麦野「――でもまあ、男を見る目は確かか」

浜面「?!!」

麦野「仮にも私を倒した“二人目”の男だからね」

救急車内の小窓より伺える第七学区の道路標識を目で追う麦野。
そこから天井部分に取り付けられた蛍光灯を仰ぎ見、ついで併走するフレンダと絹旗を乗せたもう一台の救急車に一瞥をくれる。
滝壺の居場所。自分が二人目ならば一人目は誰なのかという疑問。その板挟みに口を紡ぐ浜面をよそに――

麦野「……滝壺の事、お願いね」

浜面「お願いされなくたって、自分で決めた事さ」

麦野「?」

浜面「――滝壺は俺が守る」

麦野「……そう」

この時双方は似通っていた事を考えていた。麦野が纏っていたある種の危うさが消え、揺るぎないそれに取って代わっている事に。
それは浜面にも同じが言えた。羽化という進化、進化というより深化を経て己が真価を目覚めさせたように。

麦野「――はあ」

浜面「……?」

麦野「……見なよ、あれ」

と……そこで冥土帰しの病院へと滑り込んだ正面玄関を指差す麦野。そこには

滝壺「――――――」

浜面「滝壺……」

ベッドを抜け出して来たと思しき滝壺理后がピンク色のジャージを肩から羽織って待ち構えていた。

927 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:47:43.18 ID:LC5MmfkAO
〜29〜

滝壺「はまづら!むぎの!!みんな!!!」

浜面「滝壺!?ダメだろ外に出たら!!」

滝壺「ごめん……でも、わかったんだよ」

フレンダ「???」

滝壺「みんなの信号が北北東からきたの」

絹旗「滝壺さん……」

停車する救急車、下ろされるストレッチャー、緊急搬送口に集う『アイテム』の面々。
携帯電話を麦野に持って行かれ連絡手段など無きに等しいにも関わらず――
滝壺は『四人』の存在を感じ取ったのである。その事に麦野は微かな疑念を抱いた。

麦野「(まさか……能力が成長して?)」

ガラガラと絹旗とフレンダを乗せたストレッチャーが手術室に向かって走り去って行く傍ら麦野は腕を下から支えるように組む。
滝壺は既に『体晶』により死に体にも関わらず自分達の存在を探知し、顔色こそ悪いが不自由なく歩き回っているのだから。

麦野「(ひょっとして――!?)」

滝壺「むぎの」

麦野「……何かしら?パクッた携帯の件なら今度買って返すわよ」

滝壺「ううん。違うの」

入院着の上から羽織ったピンク色のジャージをはためかせ、浜面に支えられるようにして寄り添う滝壺。
切り揃えられた黒髪が秋風を受けて靡き、同じように麦野の栗色の巻き毛が翻る。

滝壺「――ありがとう」

麦野「………………」

滝壺「みんなを助けてくれて、私の代わりに居場所を守ってくれて」

浜面「……滝壺」

滝壺「――はまづらを、私の大切な人を連れて帰って来てくれてありがとう」

ビュウ、と三人の間を駆け抜ける秋風が物悲しくも優しく揺らして行く。
もし違う未来や別の世界や異なる時間があったと仮定して――
きっとこの三人が血深泥の殺し合いに興じるといった悲劇的な筋書きも有り得ただろう。
出会いの形や、些細なすれ違いや、譲れない思いの果てに。だが

麦野「――身体、大切にしなよ」

滝壺「むぎのもね」

麦野「おい、はーまづらぁ」

浜面「なんだよ」

麦野「入院中だからって滝壺を産婦人科にかからせるような真似したら私がテメエを殺すぞ!」

浜面「するか馬鹿野郎!!」

――互いを支え合う二人と同じように、麦野にもまた帰る居場所があり待っていてくれる人間がいる。
ただしその前に抜け出した病室に戻りカエル顔の医者からお説教を受けねばならない。と――

928 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:49:02.78 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――おかえりなさい――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
929 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:51:21.85 ID:LC5MmfkAO
〜30〜

麦野「!!?」

禁書目録「……しずり?」

そこに姿を現すは病院内にあってさえ目立つ純白の法衣を纏った修道女。

麦野「な、何であんたまでここにい――」

禁書目録「………………」

パンッ!

麦野「!?」

禁書目録「謝らないんだよ」

――インデックスが背伸びするなり麦野の頬を平手打ちしたのだ。
名を呼ぶより早く、何故ここにいるのかを聞くより速く。

禁書目録「……どこに行ってたの?」

麦野「………………」

禁書目録「黙ってられたらわからないんだよ!!」

滝壺「………………」

浜面「(えっ!?えっ!?なにこれ?どうなってんだ??なんだこの蚊帳の外感)」

この場において最も訳がわからないのは浜面である。
いきなり一目見れば忘れられそうにもないプラチナブロンドの聖女が零れそうなほど大きな碧眼に涙を浮かべて麦野を打ち据えたのだ。
麦野と殺し合いをした浜面からすれば龍の逆鱗を鑢で削るが如く暴挙である。

禁書目録「勝手に病院抜け出して!あんなにヒドい大怪我したのにまたこんなに傷増やして!!」

麦野「………………」

禁書目録「どうしてもっと自分を大事に出来ないの!?私がどれだけ心配したかわかってるの!?しずり!!」

しかしながら部外者の浜面にも見て察せられた事、この二人がアイテムの面々とはまた異なる角度の関係性にあるという事。
それは学園都市に住まう学生らの大半にあってもっとも希薄なもの

禁書目録「馬鹿……」

麦野「………………」

禁書目録「しずりの馬鹿!!!」

うなだれる麦野を抱き締めるインデックスの姿は正しく『家族』の肖像だった。
異なるのは二人が血縁関係に非ず人種からして異なっている事。
だが病院を抜け出した事を真っ直ぐ叱り飛ばし、帰って来た事を迎え入れるその姿は

麦野「……悪かったわよ」

家出娘を叱る母親のようにすら浜面には感じられた。
フレンダや絹旗を抱き上げていた母性的な横顔は既になく、ふてくされた年相応の素顔がそこにはあった。

禁書目録「……ただいまは?」

麦野「はあ?」

禁書目録「ただいまは!?」

麦野「――――――」

麦野がガシガシと栗色の巻き毛をかきながらインデックスを見やるも、叶わないと根負けし観念したのか――

麦野「……た」

抱き締め返し紡がんとする言葉。すると

930 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:51:55.99 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――よっ、沈利―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
931 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:52:24.71 ID:LC5MmfkAO
〜31〜

麦野「――――――」

浜面「おっ、お前!!?」

滝壺「ひさしぶり」

麦野の背に声がかかり、浜面の両目が見開かれ、滝壺の双眸が柔らかく下がる。
滝壺からすれば数ヶ月ぶり、浜面からすれば六日ぶり、麦野からすれば一日ぶりに聞くその声の主。

「滝壺……それに浜面!?どうなってるんでせうかこれは!!?」

浜面「どうしたはこっちのセリフだウニ頭!どうしてテメエがここにいんだよ!?」

「どうしたもこうしたもアビニョンから帰って来てすぐここに放り込まれたんだけど……」

麦野「……あ」

「そんで病室の空気入れ替えようって窓開けたら麦野が見えてさ……インデックス、オレ点滴台引きずってんだから一人で突っ走んのはやめてくれって」

禁書目録「ついカッとなっちゃったんだよ。反省はしてないかも」

「しろって!」

尖らがった黒髪に中肉中背、角度によっては見れる顔立ちと意外に筋肉質な右腕。
カラカラと点滴台を引きずり、ペタペタとスリッパを鳴らして麦野の背中に歩み寄るその少年。

「あーあーこんなに泥だらけにしちまって……血だっていっぱいついてるじゃねえか」

少女が背負ったものは罪と罰と業と命。その細い肩と小さな背中を支える者。
少女の帰る居場所(いえ)の家主にして恋人、半身にして相棒。
インデックスを抱き締める麦野の身体に回される腕。耳元にかかる声。伝わる体温。慣れ親しんだ匂い。

「――よく、帰って来た」

麦野「……うるせえ」

「――よく、頑張った」

麦野「うるせえ」

「――よく、無事でいてくれた」

麦野「うるせえよ!!」

麦野は振り向けない。インデックスの肩口に顔を埋めたまま背中を震わせて叫ぶ。
前の少女を抱き締め後ろの少年に抱かれる。麦野が送ったデュプイのストラップ……プレイリードッグの家族のように。

「あー……悪い。滝壺、浜面。ちょっと外してくれねえか?」

浜面「え、えっと……」

滝壺「うん。行こう、はまづら」

三人を残して立ち去る二人。そう、ここにはもう一人きりで戦う悲しい少女はどこにもいない。

「――人がいると見栄張るもんな、お前」

禁書目録「意地っ張りだからね、しずり」

殻を破り、翼を広げ、巣立ちを迎えて尚……止まり木を持たぬ鳥はいない。



―――空だけが、三人を見下ろしていた―――


932 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:53:05.22 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「ただいま……当麻、インデックス」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
933 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:55:04.62 ID:LC5MmfkAO
〜32〜

前に当麻と入ったアクセサリーショップで見たシルバーのウロボロスを思い出す。
二匹の蛇が互いの尾を永遠に喰らい合うループの象徴。
きっと私はこれからも廻り続ける。巡り巡ってたった今振り出しに戻ったように。

麦野「……少し、疲れた」

上条「ああ」

振り出しの場所から仰ぎ見る天使の梯子。私が座っていた椅子より高い脚。
オバサン、あんたの言う通りだね。認めたくないけどその通りだわ。

美鈴『――貴女、自分が死ねばそれで終わるだなんて本当に思ってる?馬鹿ね。死ぬだけなら今も誰かが交通事故にあってるかも知れないし、美琴ちゃんが80歳過ぎたら老衰で死ぬかも知れない。私の言ってる事わかるわね?――死ぬだけなら、誰にだって出来るのよ』

あの時私がアイツを殺しても殺されてもきっと何も変わらなかった。

美鈴『――自分を投げ捨てて責任を取ろうなんて綺麗な生き方は大人の世界じゃ通用しないわ。責任を取るという道はね、もっと泥臭くて、しんどくて、嫌な事ばかりで、誰にも誉めてもらえなくて、自分で誇る事も許されない事なのよ、沈利ちゃん』

当麻が私を受け止めてくれなかったら、オバサンが私を背負ってくれなかったら、アイテムが私を支えてくれなかったら――

麦野「……もう、倒れてもいい?」

上条「俺達が受け止めてやる。安心しろ」

麦野「……少し、休んでもいい?」

禁書目録「いいんだよ。もういいんだよ」

露出狂女や赤毛野郎と戦っていなかったら、御坂やインデックスと闘っていなかったら――
あいつらの技だの力だのを取り込んで引き出せなきゃあの腐れホスト野郎にかなわなかった。

麦野「……じゃあインデックス。一日一回シャケ弁届けに来て。ここの病院食のシャケ、マズいんだよね」

禁書目録「了解なんだよ!」

麦野「……当麻、色々背負い込んだけど、これからもよろしく」

上条「――こっちこそな!」

当麻の事、御坂の事、アイテムの事も含めた現実との折り合い。
私がくたばったって世界は変わらない。けれどこの壊す事と殺す事しか出来ない私だけの原子崩し(チカラ)で変えられる現実を私は見つけた。

麦野「――後、頼んだよ」

アイテムって言う始まりの場所と、当麻達って言う私の帰る場所で――

934 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:55:37.83 ID:LC5MmfkAO
〜33〜

上条「――任せろ」

その言葉を最後に、麦野は力尽きたように気絶した。
それは負った外傷や出血やダメージ以上に、張り詰め続けた精神の糸が切れたような崩れ落ち方であった。

禁書目録「しずり!」

上条「大丈夫だ、インデックス」

慌てて支えようとして巻き込まれそうになる麦野を上条が引き取る形で抱き寄せる。
右手首に刺された点滴のチューブを引き抜き、その痛みに一瞬顔をしかめるも……
上条は力尽きた麦野をしっかりとお姫様だっこで受け持った。身動ぎ一つせずに

禁書目録「しずり……」

上条「休ませてやろう。こいつも限界だったんだ」

禁書目録「――うん!」

弦の切れた弓はもはや矢を放つ事はない。この一週間の間……否、数ヶ月から数年分の精神的疲労が頂点に達したのだろう。
己の罪業を受け入れ、過去と向き合い、仲間を救出し、巡り巡った荊棘の轍の果てに辿り着いた帰るべき居場所。
そこで迎え入れてくれたインデックスと信じて待っていただろう上条に抱かれ安堵したのだ。

上条「こんなんなるまでムチャしやがって……これじゃ説教も出来ねえじゃねえか」

禁書目録「とうまが言っても説得力がないんだよ!」

上条「い、痛い所を……」

禁書目録「しずり、本当にとうまの悪いところが似て来たんだよ。夫婦は顔が似てくるってテレビで言ってた通りかも!」

抱えられた麦野を覗き込みながらインデックスが薄く微笑む。
恐らくはここまで来て尚『生きたい』という意識は限りなく絶無に近いであろう麦野。
己を許す事も神に赦される事も望まないであろう少女。
しかし彼女は帰って来たのだ。己のいる世界と人間に折り合いをつける事で

上条「出来るなら顔が似てくるまで一緒にいたいもんだけどな〜〜……よっこらせ!」

禁書目録「え?」

上条「何でもありませんの事ですよ」

インデックスを伴い麦野を抱えたまま上条は緊急搬入口より病院の外に広がる秋空を見返す。
どこまでも澄み渡りどこまでも晴れ渡る空。数日前の暴風雨が信じられないほどの秋晴れの中――

上条「……雨、上がったな」

禁書目録「えっ?雨はこの前なんだよ?」

上条「いや、こっちの話」

少女は深い眠りにつく。広げた翼を止まり木で休ませるように――

上条「――もう、傘はいらねえな?」

それを見守る者達の笑みに看取られて――
935 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:57:35.71 ID:LC5MmfkAO
〜34〜

かくて少女の中に降り続けていた雨は上がった。
雲間から射し込む光の檻の中へと、自らの意志と足によって収まる事を決めて。

土御門『俺だ。アイテムは全滅、メンバーは壊滅。そうだ。スクールの垣根帝督に潰された』

今尚闇の中を歩み続ける土御門元春は携帯電話越しに結標淡希へと伝える。
連絡を受けて少年刑務所内での戦いを終えた結標もまた――

結標「そう。こっちも終わったわ。ブロックの連中もまとめてね。海原の方は??」

土御門『そっちも片付いた。このゼロサムゲームもそろそろ佳境だ。準備はいいか?』

結標「こういう犬の共食いをドッグ・イート・ドッグ(同業者の潰し合い)と言うんでしょうね。いいわ、戻りましょう。あの闇の中へ」

己が過去を乗り越え、闇の檻から抜け出す。背後から届く仲間達の声に後押しされるようにして――

心理定規「行くの?砂皿」

砂皿「ああ。垣根帝督から新しいオーダーが入ったからな……お前は?」

心理定規「私はここに残るわ。“彼等”の戦いに割り込める余地も入り込める戦力もないし、止めるつもりもないのだから待つより他にないしね」

砂皿「そうか」

一方、心理定規と砂皿緻密はスクールの隠れ家にいた。
スーツケース片手に部屋を出て行こうとする砂皿……
そんな男の後ろ姿を、心理定規はメンバーから自分を庇って死んだ少年のヘルメットを膝に乗せソファーに腰掛けつつ見送る。

心理定規「男って馬鹿ね。一人の例外もなく」

戦場を渡り歩く傭兵たる砂皿、闇に堕ち若き命を散らした少年、己が野心のために学園都市に反旗を翻した垣根。
中でも砂皿より先に部屋を後にした反逆者との心の距離はドレスの少女をして縮める事さえ叶わない。
一晩を共に過ごしながら指一本触れてこなかったあの男の心には何者も存在していなかったのだから。

心理定規「――馬鹿は、私の方かしら」

心理定規には予感があった。部屋を出て行く際のあの不敵な笑顔が……

心理定規「……鳴らない電話を、いつまでも待ち続けて」

何故だか扉の向こうに広がっていた光の中に消えて行ってしまったような気がして――

936 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 15:58:03.87 ID:LC5MmfkAO
〜35〜

垣根「待ちくたびれたぜ第一位(メインプラン)」

一方通行「ハッ。たかが顔合わせにずいぶン面倒臭ェ手間暇かけやがったな第二位(スペアプラン)」

初春「……!!」

倒れ込む信号機、ひしゃげた道路標識、歪むガードレール、陥没したアスファルト、砕け散ったATMから舞い散る紙幣。
それらを蹂躙されていた初春飾利は地面から舐めるように見上げていた。

一方通行「今のはほんの名刺代わりだ。来いよ格下(スペアプラン)。悪党の立ち振る舞いってヤツを教えてやる」

垣根「そうか。ならこいつは授業料だ」

轟ッッ!と降り注ぐ紙幣全てが垣根に触れた途端一気に燃え上がり、交差点を炎上させる!

垣根「――取っとけ。釣りはいらねえ」

ボッ!!!!!!と火の海と化したスクランブル交差点。
対峙するは学園都市第一位一方通行(アクセラレータ)。
対立するは学園都市第二位垣根帝督(ダークマター)。

一方通行「――足りねェな。不足分はオマエの命で支払えクソッタレ」

ズアッッ!と一方通行の背中から黒翼が噴き出し

垣根「取り立ててみやがれ。テメエごと踏み倒してやるこのクソ野郎が」

ズバッッ!と垣根の背後より白翼が飛び出し

一方通行「――高いもンにつくぜ」

垣根「――安い挑発だ」

煉獄の扉が開き、地獄の劫火が黒白の影を赤く朱く紅く染め上げる。

一方通行「垣根……帝督ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

ヒンノムの谷より来たりてゲヘナをぶつける黒翼を担う天使(ヒトアラザルモノ)と

垣根「一方……通行ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

キドロンの谷より出でてシュオルをぶつける白翼を担ぐ魔王(ヒトナラザルモノ)が

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」

白夜の闇と漆黒の光が交差し、檻から解き放たれた爪と鎖を引きちぎる牙が交錯し――

「………………ッッッッッッ!!!!!!」

一撃のもと折れた翼と一合のもと砕けた羽が舞い散る中一つの終止符がここに打たれた。

初春「ああ……」

その場に一輪の花だけを残して――

937 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:00:07.30 ID:LC5MmfkAO
〜36〜

かくして10月9日、学園都市独立記念日に勃発した暗部抗争はここに終結した。
各々の胸に墓標を、礎を、爪痕を、誓いを刻んで。
ある者は一縷の光を見出し、ある者はより深い闇に飲まれて。

青髪「――どないするん?あの子ら“ドラゴン”の尻尾に辿り着いたみたいやけど」

《何も問題はないよ。何もね……》

青髪「ふーん。相変わらず余裕綽々やね」

そして闇でも光でもない無の空間に揺蕩うは聖人にも囚人にも、男にも女にも、子供にも老人にも見える――
最高の科学者にして最悪の魔術師、最強の超越者にして最低の人間。
フラスコの中の小人(ホムンクルス)と神託機械(オラクルマシーン)が向かい合う。
二人を隔てるビーカーのガラス以上の隔絶を挟んで。

青髪「……“左方のテッラ”はカミやんの秘密に気づきかけたみたいやけど?」

《彼が死した今それを証明する者もいないだろう。そもそも“彼等”の求める世界の有り様と、私の目指す世界の在り方はフォーマットが異なっているからね》

青髪ピアスは思う。自らの能力を以てしても見通せない者は約三つ。
それは月詠小萌の若さの秘密と、自分の未来と、目の前の人間の死。

《君の方はどうなのかね?》

青髪「何言うてるんかサッパリや」

《君が匿っているテオフラトゥス=フィリップス=アウレオールス=ボンバトゥス=フォン=ホーエンハイムの字を継ぐ者だ》

青髪「………………」

《それが君の答えか》

その問いに答える事なく返した踵と向けた青髪の背中。それが全てを物語っていた。
しかしビーカーの中の人間はそれを気にした風もなく見送る。

青髪「……さあ?せやけどこれだけは言わしてもらう」

10月9日が終わり、第三次世界大戦が始まり、人々の営みは劇的に変化して行く。

青髪「あんま、人間(ぼくら)を舐めへん方がええよ」

やがて辿り着く未来と明日と世界を目指して人々は歩み続ける。

青髪「――あんさんにどうこうされなあかんほど、僕らの世界は弱くなんてない」

《そうか》

砂を落とす事を止めた時計のような『人間』だけを残して――

938 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:00:58.57 ID:LC5MmfkAO
〜37〜
 
 
 
 
 
「もしもし?」
 
 
 
 
 
――――one year later(一年後)――――
 
 
 
 
 
「はあ?また補習?懲りないわねあんたも……」
 
 
 
 
 
――――on a certain day in November(十一月某日)――――
 
 
 
 
 
「……ったく。荷物持ち頼もうかって思ってたのに使えないわね」
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い(フォックスワード)
 
 
 
 
 
「まあ良いわ。ただしかさばる酒とかつまみとかはあんた達が持って来る事」
 
 
 
 
 
第二十六話
 
 
 
 
 
「うん、待ってるからね」
 
 
 
 
 
「Magic∞world」
 
 
 
 
 
「じゃ、また後でね?……かーみじょう」
 
 
 
 
 
939 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:03:07.93 ID:LC5MmfkAO
〜38〜

麦野「……ネギがない」

麦野沈利は地下食品街にて買い物カゴ片手に歎息した。
食事会に使う長ネギがどうしても見当たらないのである。
既に鮭の切り身とアラ、豆腐、玉葱、キャベツ、大根、椎茸、人参、昆布などはある。
しかし長ネギだけがない。長ネギなどそうそう品切れになる類のものでもないにも関わらずに、だ。

麦野「まいったわね……どうするか」

麦野は完璧主義者である。少なくともレシピにある食材くらいはきっちり取り揃えておかなければ気が済まない質である。
例え振る舞う相手が手を抜いても抜かなくても嬉しそうに頬張る食べ盛りの高校生『達』であったとしても――
健啖家と呼ぶにはあまりにエンゲル計数を逼迫させる、暴力の独占ならぬ暴食の独占の権化たる『家族』であっても。

麦野「余所のスーパー回ろうかしら……」

麦野沈利の沸点は低い。流石に一年前に比べれば見違えるほど穏やかになったが、それは無闇に牙を剥かなくなっただけで折れた訳では断じてない。
それこそ場合によっては気体爆弾イグニスのように火花一つで自らを含めた全てを焼き尽くす鬼気は未だ健在である。が

麦野「(……この私がたかが長ネギに頭を悩ませるだなんて、ね)」

禁書目録「しずりしずりー!これ食べたいんだよ!買って欲しいかも!」」

麦野「ダメー」

禁書目録「見てから言って欲しいんだよ!?」ガーン

麦野「見なくてもわかる。ダメったらダメー」

禁書目録「ケチンボー!」

そこへスニッカーズ片手に駆け寄って来るインデックスに対し麦野は野菜売り場を見渡しながら素気なく却下した。
その手慣れた体温たるや駄々をこねる子供を華麗にスルーする母親にも似て。

麦野「昨日ブラックサンダース箱買いしてやったでしょ?どうしたのあれは」

禁書目録「……てへっ☆」

麦野「オ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね」ギロッ

禁書目録「ち、違うんだよ!すふぃんくすが食べちゃったんだよ聖職者は嘘つかないかも!!」

麦野「神様にベロ抜かれてくるのと私にメシ抜かれんのどっちがお好みかにゃーん?」

禁書目録「」

中腰になりながら笑っていない眼差しでインデックスを見下ろしつつ指差した場所はお菓子コーナー。
戻して来いという無言の圧力に後ずさるインデックス。するとそこへ――



美鈴「あら?沈利ちゃん!」



940 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:03:33.82 ID:LC5MmfkAO
〜39〜

麦野「……どうも」

美鈴「あらあら奇遇ねえ!元気にしてた?」

打ち止め「あ!寒そうな下着のお姉さんだってミサカはミサカは挨拶代わりのスカートめくり!」

麦野「おい馬鹿止めろ!離せってんだ!!」

番外個体「ひゃっひゃっひゃっ!これはこれは第四位様。エコバックがよくお似合いで」

麦野「ああん?なに?このスーパーじゃ喧嘩も売ってんの?テメエこそその買い物袋から飛び出したネギはなに?」

御坂妹「今日の食事会の材料ですよ、とミサカは彼の胃袋を掴もうと必死な番外個体の乙女の秘密をネタばらしします」

番外個体「ちっ、違うし!あんなモヤシ野郎輪の隅っこでマロニーちゃんでもしゃぶってれば良いんだって!!」

御坂妹「いい加減素直になったらどうですもう一年ですよ、とミサカはどうしようもなくツンデレな末っ子に呆れます」

禁書目録「くーるびゅーてぃー久しぶり!身体は大丈夫かな?」

御坂妹「おかげさまで、とミサカはこの一年で学んだ“笑顔”を向けます」

そこには美鈴を筆頭とした御坂一族が揃い踏みしていた。
何でも美鈴が麦野を病院まで付き添った10月3日の夜に打ち止めと出会ったのが縁らしく……
紆余曲折を経て他の姉妹らや黄泉川家、そして一方通行とも関係を築いているらしい。この場にいない長女・美琴を除いて。

麦野「御坂は?……って確か外出制限と小パンダの面倒見なきゃいけないんだったけ」

ギャアギャアとお菓子売り場に移って騒ぐ御坂姉妹とインデックスをよそに美鈴と麦野が話し込む。
この時御坂と白井は色々込み入った事情と確執があり食事会は欠席と相成っていた。それに対し麦野なりに思う所もあるのだが――

麦野「まっ、別に参加は強制って訳じゃなし、どうせ来月もやるだろうしね」

美鈴「……そうね」

麦野「――その内ひょっこり戻ってくるわよ」

そこで麦野はウブロの腕時計に目を落とし現在時刻を確認する。
少し早く出過ぎたかな、と思い至りどう時間を潰すか人差し指を唇に当てて考え込むと――

美鈴「ねえ」

麦野「はい?」

美鈴「まだ時間あるなら、ちょっとお茶しない?」

麦野「!」

思わぬ誘いが、向こうからやって来た。

941 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:05:28.41 ID:LC5MmfkAO
〜40〜

番外個体「……キレイだね。ミサカこんなお茶見た事ないよ」

打ち止め「フルーツがいっぱい!ってミサカはミサカは果物の宝石箱なガラスのポットをうっとり眺めて見る!」

禁書目録「ホットティーパンチなんだよ。しずりが私のお誕生日に作ってくれたかも!」

御坂妹「シトラスの香りがなんとも芳しいですね、とミサカはマハラジャなメニューに瞳を輝かせます」

所変わって、麦野らは御坂一族に誘われサロン『リリー・オブ・ザ・バレー』の席についていた。
その中心にはガラスの大きなポットとカップ。中には濃いめに淹れたホットティーをジンジャーエール・オレンジジュース・レモン汁で薄め……
さらにスライスされたオレンジ・レモン・リンゴ・ミントを落としたティーパンチがあった。
ゆうに十人近いメンツを捌けるため、これくらい大勢でないと頼みにくいメニューである。

麦野「オバサンも来るの?」

美鈴「ううん。私はこの子達に持たせる材料の買い出しに付き合っただけよん。帰ってパパのご飯作らなきゃね♪」

カメラに撮って一方通行にメールを送る番外個体、人数分を取り分け注ぐ御坂妹、打ち止めとインデックスがキャッキャッと足を揺らしてそれを待つ。
一年前まで想像すら出来なかった平和な光景と平穏な日常がそこにはあった。

麦野「……平和ね」

美鈴「ええ……私自身、色々この娘達の事で思う所もあったし感じる所もあるけど」

御坂美琴の世界を守って欲しいと託された麦野も御坂妹から受け取ったティーパンチに舌鼓を打ちながら見やる。
目を細める美鈴と、瞳を輝かせる御坂姉妹らとを交互に。

美鈴「――こうしていると、やっぱり良かったと思うわ」

麦野「………………」

美鈴「ありがとう、沈利ちゃん」

麦野「――別に。ここまで頑張ったのはオバサンとあの娘達でしょ?」

御坂がこの場にいれば口に出しようがない謝辞を、麦野は馥郁たる甘い香りを楽しみながら目を閉じた。

麦野「――でも、お茶ありがとう。この店は当たりだわ」

美鈴「どういたしまして♪」

美鈴との約束はまだ続いている。第三次世界大戦、最終戦争、異端宗派(グノーシズム)などでも……
交わした約束を違える事なく、御坂に語る事もなく――

942 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:05:55.43 ID:LC5MmfkAO
〜41〜

打ち止め「このマシュマロ可愛いね!ってミサカはミサカはあの人の分をお持ち帰りするためにラッピングに挑戦して見る!」

御坂妹「一方通行はギモーヴなど食べないと思いますが?とミサカは恐らく彼の嗜好を知り尽くしているであろう番外個体をチラ見します」

番外個体「なんでミサカの方ばっかり見んのさ!ねえねえ、これってどの順番で食べるの?」

禁書目録「イギリスでは焼き菓子が一番最後だからサンドイッチから食べるんだよ」

みんなのお母さんとしずりが何かお話してるんだよ。
多分たんぱつの事とか今までの事とか色々振り返ってるのかも。

美鈴「でも沈利ちゃんのお買い物姿も板についたものねえ……シスターちゃんといる所見てたらお母さんと子供みたい」

麦野「やめてくんない?私はまだ19よ。世間的に見て華の女子大生だっての」

美鈴「あら、私がパパと出会って美琴ちゃん産んだのも沈利ちゃんくらいの歳だったわよ?ふふっ、大学生かあ……」

麦野「……なによ」

美鈴「ううん。同じ大学だったら先輩後輩になれたのになーって。ほら、去年の件で長期休学しちゃって留年したからまだ大学生だしね私」

本当に色んな事があったこの一年間の中で、しずりも少しずつ変わって来たんだよ。
前ならこんな風に食事会に誘われても断ったろうし――
あんな風に今も肩の力を抜いてリラックス出来なかったかも。

禁書目録「たんぱつのお母さん!私これ食べたい!!」

美鈴「いいわよーん好きなの頼みなさい」

麦野「コラ。余所様に食べ物をねだるなっていつも言ってるでしょ」ゴンッ

禁書目録「痛っ」

美鈴「いいのいいの。この娘も美琴ちゃんのお友達だしね♪」

病院や避難所やバーベキュー大会で見かけたしずりの友達を助けに行ったあたりからかな?
憑き物が落ちたみたいに、しずりが吹っ切れたのは。

麦野「……ありがとうございます。ほらインデックス、あんたも」

禁書目録「ありがとうなんだよ!」

美鈴「どういたしまして♪」

この一年間、本当に色々あったかも。例えば――

943 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:07:57.13 ID:LC5MmfkAO
〜42〜

フレンダ「結局、何度来ても楽しめる訳よ!ビバ魔法の国!!」

絹旗「フレンダ、超はしゃぐのはいいんですが何で腕絡めて来るんですか?」

フレンダ「結局、この国の秋は人肌恋しい季節な訳よ」

一方、絹旗とフレンダは第六学区の遊園地、地中海風煉瓦造りのテーマパーク内にある大桟橋を腕を組みながら闊歩していた。
じゃれついて来るフレンダの頭にはネズミのイヤーカチューシャ、絹旗は猫耳である。

絹旗「……やっぱりフレンダってそっちの気あります?私そういうの超興味ないんで」

フレンダ「あーあ、浜面と滝壺もくれば良かったのに」

絹旗「相変わらず人の話超聞きませんね。あの二人は例の月命日ですってば」

フレンダ「ああ、例の“駒場”とか何とか言うスキルアウトの墓参り?だったっけ」

肌寒さが染み入って来る11月の夕焼けの空の下、フレンダは絹旗のポケットに手を突っ込むようにして腕を組むが――
残る二人、浜面と滝壺の姿はそこにない。揃って第十学区にある駒場利徳の墓参に足を運んでいるのだ。

絹旗「まあ今日はみんなオフですし良いんじゃないんですか?ただ明日は集まりあるんで超遅れないようにして下さいね?」

フレンダ「(あっ……しまった。結局、頭から抜けてた訳よ)」

絹旗「?。どうしましたフレンダ」

フレンダ「(うーん……フレメアと会うって約束しちゃったけど仕事もあるし……これ以上伸ばせないし)」

この時フレンダの胸裡を過ぎるは翌日に控える久方振りとなる実妹との顔合わせであった。
一年前に顔を合わせたきり第三次世界大戦以降のゴタゴタに巻き込まれ続け、今や電話かメールでくらいしか互いの近況を知り得ずにいた。
そのドタバタもようやく一段落し、顔合わせと相成った矢先のダブルブッキングに今更気づいたのである。

フレンダ「あー……明日になってみないと結局わかんないんだけど、説得出来そうになかったら私出られないかも」

絹旗「……リーダーを前にドタキャン予告とは超良い度胸ですねフレンダ?」

フレンダ「あは、あははは……今日の食事会の材料費絹旗の分も持つからそれで穴埋めして欲しい訳よ!」

絹旗「フレンダ、それとこれとは」

フレンダ「まあまあ!ほら行こ行こ!!」

絹旗「ちょっ、フレンダ!」

絹旗の腕を引っ張って駆け出すフレンダ。彼女らもまた学園都市の闇から抜け出し、光溢れる世界への帰還を果たしたのである。
944 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:08:49.80 ID:LC5MmfkAO
〜43〜

御坂10326号「寒くはございませんか?とミサカは膝掛けを携えてお客様の身体を気遣います」

滝壺「私は大丈夫。ありがとう」

同時刻、滝壺は第十学区にある立体駐車場にも似た墓地のあるビルの待合室にあるソファーに座っていた。
何故彼女一人きりかと言うと……たった今、浜面が射撃演習場を模したような墓石に献花を供えに行っているからだ。
遺骨も違灰も遺髪もない名前だけ刻まれた駒場利徳の墓。
ここの係員を勤める『御坂美弦』なるプレートを胸につけたフォーマルスーツ姿の妹達の一人に案内されて。

御坂10326号「そうですか。何かあればお声掛け下さい、とミサカは一礼して受付に戻ります」

妹達(シスターズ)の中にも次第に個性の細分化が顕著となり、御坂妹のように笑顔というものを覚えた個体もいれば――
10031人の死を悼み、その意味を考えるためにこうして墓守を担う個体もいる。と

ガコンッ

滝壺「……お疲れ様、はまづら」

浜面「ああ」

そこで自動ドアが開き、浜面が姿を表した。その手に携えられていた花はなく、代わりに無形の何かを手にしているように滝壺には感じられた。

浜面「終わったよ」

滝壺「――うん」

浜面「じゃ、食事会行くか。何買ってく?」

滝壺「しゃぶしゃぶのお肉」

浜面「!?」

駒場利徳の死と月命日の墓参を始めてより約一年。それは二人が出会ったあの夜から一年経ったという事でもあり……
流石に浜面の目にも涙が伝った跡や充血した様子もないが

滝壺「しゃぶしゃぶのお肉食べたい。こういう時以外むぎの達やみんなと会えないから、ちょっと贅沢」

浜面「(しゃぶしゃぶ……エロい響きだ)」

滝壺は知っている。浜面の流した涙、二人が出会ったあの夜。
故に滝壺は浜面と手を繋いで墓地を出る間際、一礼する御坂10326号とその向こう側にある――

滝壺「(ありがとう。これからもはまづらを応援してくれたら嬉しいな)」

骨も灰も残らぬままこの世を去った駒場利徳の幻影に対して滝壺は黙礼を送った。
AIM拡散力場を透かし見るように、上り詰めた『9人のレベル5』の八番目の能力とはまた違った不可思議な力で。

浜面「……また来るぜ。駒場のリーダー」

居場所を守ろうとした男の眠る場所を後にし、居場所を失った少年と居場所を求めた少女は共に歩み出す。二人で見つけた居場所に帰るために――

945 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:11:00.98 ID:LC5MmfkAO
〜44〜

海原「冷え込みますねえ……この国は嫌いではありませんが、この季節だけはどうも好きになれそうにもありません」

土御門「……海原、そんなものを飲みながら言っても説得力がないぞ」

一方通行「(帰りてェ……)」

一方、結標淡希を除く元『グループ』の面々はコンビニにたむろしていた。
一方通行はBossのブラックを、土御門は黒烏龍茶を、海原はお汁粉をそれぞれ片手に携えて。
さながら同世代の仲間達が持て余した時間を潰すように自然体に。

海原「ショチトルが好きなんですよ。故郷でも小豆はたくさんありましたし」

土御門「日本に馴染み過ぎだろうお前達二人は」

一方通行「……おい」

土御門「?」

一方通行「いつまでオマエらに付き合わなきゃならねえンだ」

海原「まあまあ。久しぶりに顔を合わせた事ですしたまには良いじゃありませんか。どの道向こうで一緒になるんですから」

土御門「くくく……旅は道連れ世は情けってな」

一方通行「……クソッタレが」

三人がコンビニに集ったのは『現時点』ではほんの偶然である。
一方通行は食事会までの時間潰しに、海原はお菓子類を、土御門は成人用偽造IDでアルコールを買いに。
ただ結標だけがこの場にいない。というより『学園都市』そのものにいないのだ。

土御門「そう腐るな一方通行。少なくともこうして顔を突き合わせて食事を囲む程度には平和になったって事だ」

海原「貴方自身も随分と丸くなられましたしね。一年前とは大違いです」

一方通行「………………」

人を食った笑みの土御門と人の悪い笑みを浮かべた海原を無視して一方通行は杖をついて歩き出す。
今年の夏からなし崩し的に始まった食事会もこれで四度目になる。
その都度欠席しようとして打ち止めや妹達に担ぎ出され付き合う羽目になるのも最早毎度の事であった。

海原「待って下さい一方通行。今から行ってもまだ早いですよ?」

土御門「そうだぜい。それとも待ちきれないのかにゃー?」

一方通行「ついて来ンじゃねェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」

海原・土御門「「行く方向同じじゃないですか(なんだぜい)」」

駆け抜けた闇の中、底、奥、果てに辿り着いた先。それは彼を待つ家族の肖像であった。

946 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:11:27.24 ID:LC5MmfkAO
〜45〜

青髪「今日はヒマやねえ〜〜」

食蜂『冷え込むからかしらぁ?私の集客力をもってしてもお得意さんしか来ないなんてぇ……』

雲川「私も好きでこうしてる訳じゃないんだけど。というより第五位。念話が漏れてるんだけど」

一方その頃、青髪は住み込みのベーカリーにて店番という名のサボりを満喫するかのようにレジに突っ伏していた。
店内のボックス席には何やら苛立った様子でコーヒーを啜る雲川と、バイトのブロンズパロットの制服に身を包んだ食蜂の三人である。
店内は例年にない寒さに客足が遠のいているのか閑古鳥が鳴いており、青髪のぼやきと食蜂のテレパシーくらいしか会話がない。
と言っても食蜂が青髪に話し掛ける時は決まって念話のため端から見れば青髪が一人でしゃべっているようなのだが――

食蜂「………………」

青髪「んん?そろそろ時間やないかって?せやねえ……ほなジョンさんにバトンタッチしよか。雲川先輩コーヒーのおかわりどうですか?」

食蜂「♪」

雲川「待て。今お前達念話無しで会話したろ。どうやって意志疎通をはかってるのか気になるんだけど」

青髪「目と目で通じ合えるんよ!」

食蜂『私達お友達ぃ☆』

雲川「……じゃあ最後にコピ・ルアクのおかわり欲しいんだけど」

食蜂「はぁい♪」

和やかなジャズの流れる店内をカツカツと食蜂の靴音だけが響き渡る。
10月3日の顔合わせより年を越え迎えた夏に青髪と食蜂はひまわり畑で再会した。
その後紆余曲折を経て社会勉強がてら食蜂はこの店でバイトをしているのだが――

雲川「(……あの根性馬鹿は今頃横須賀と半蔵達と準備中だろうけど)」

食蜂『勇気を出して素直に誘えば良かったじゃなぁい?貴女ほどの会話力なら第七位くらい舌先三寸で丸め込めるでしょぉ?』

雲川「(心を読むな!話し掛けるな!)」

食蜂「あおくーん!コピ・ルアクのストックもうなくなりそうだけどぉ」

青髪「あーちょい待ってー」

雲川「(はあ……)」

そんな食蜂を見る度雲川は思う。自分にせめてこれくらいの可愛げか

雲川「(多分、女としても見られてないんだろうけど)」

食蜂『あらぁ?貴女とってもキュートだと思うけどぉ』

雲川「(だから心を読まないで欲しいんだけど!)」

さもなくばこの二人のような男女の友情でも育めればと――

947 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:13:21.96 ID:LC5MmfkAO
〜46〜

心理定規「服部、削板、横須賀達からメールよ。鍋の準備終わったって」

佐天「わかりましたー。それにみんなだいたい集まって来たみたいだし出欠取るよー!一方通行さーん!」

一方通行「……面倒臭ェ」

打ち止め「ちゃんと手上げなきゃダメなんだよ!ってミサカはミサカは……」

初春「毎度の事ながら壮観ですよねこれ……」

心理定規「この面子だけで学園都市をひっくり返せそうね」

一方、第十五学区駅前広場には初春から見て馴染みの顔ばかりがごった返していた。
端から見れば性別も学校もレベルもてんでバラバラな群集が十数人から集っているのだ。
集合場所である河原には数十人は詰めており、ほとんどサークルというより愚連隊である。
その様子を初春と心理定規は点呼を取りに行った佐天の背中を見送りつつ白い息を吐きながら呟いた。

心理定規「……彼も」

初春「………………」

心理定規「彼も変わったわね。いえ、貴女が変えたというべきかしら」

初春「そんな……」

心理定規「謙遜する事はないわ。されたら私が惨めじゃない」

学園都市第七学区を焦土と化したアレイスター・クロウリーとの最終決戦の後――
今では月に一度その時の面子で食事を囲むのが通例にまでなった。
それを見るたびに心理定規が思う事。それはこの食事会を一番最初にやり出した垣根の変化である。

心理定規「私の能力は知ってるわね?」

初春「ええ……」

心理定規「――彼の心は飢えと渇きと身を焼く熱さと骨まで凍る冷たさを持った死の砂漠だった。それは仲間だった私にも変わる事はなかった」

初春を踏み台にし、一方通行と殺し合い、その後も数限りない暴虐の嵐を吹き荒れさせながら歩んだ再生と復活への道のり。
初春とは違った角度から垣根を見続けて来た心理定規にはその変化が信じられなかった。それと同時に

心理定規「そんな砂漠のようだった彼に根付いた花は貴女一人よ。おかげで彼を随分人間らしくしてくれた」

初春「………………」

心理定規「――ありがとう」

その変化を見届けた後、心理定規は垣根から心を離した。
この初冬の星空の空気に溶ける白い息のように。

心理定規「……常識だけは相変わらずないけど」

初春「……たまに私も頭が痛くなります」

そして――奇妙な共感を通じ合わせる二人は同時に笑い合った。

948 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:13:47.30 ID:LC5MmfkAO
〜47〜

「どうもすいません艦長さん……わざわざ拾ってくれて」

「別に構わねえよ。行き先は同じだしな……って言うか前に買ったっつってたスクーターはどうした?」

「一昨日誰かにパクられてから見つかんねえんだ……不幸だー!!」

「俺も前に乗ってたブースタをパクられた事がある。アレイスターのクソ野郎がいなくなった後も相変わらずクソだなこの学園都市(まち)は」

ごった返す第十五学区駅前広場へと向かう一台のマイバッハに二人の男が乗り込んでいる。
一人は着崩したスーツ姿の青年であり、もう一人はありふれた学ラン姿の少年であった。
後部座席には買い込まれた鍋の材料と酒類がゴロゴロ転がっており――

「でもこうやってみんなとメシ食えるようになっただけ随分平和じゃねえか」

「えーっとこれで四度目か?仕切りの持ち回りが……」

「一回目が艦長さんのバーベキュー、二回目が食蜂さん行きつけのレストラン」

「三回目に滝壺がクラブ貸し切って、今回が削板だ。つうか河原で芋煮会とかこの時期やんなっつーんだ」

「“子供は風の子!根性があれば寒さなんて!”って言ってたもんなあ……」

「あいつ冬の朝でも乾布摩擦やるタイプだぜきっと……っ次の仕切りは第一位のクソ野郎にやらせるか」

そんな中ブラックルシアンを咥える青年がカッカッカと底意地の悪い笑みを浮かべる。
10月9日の戦いで身体を失った青年はその後の復活し、復讐戦で『勝ち』をもぎ取った。
その死闘たるや夜空の色が変わるほど激しいものであり、『学園都市が静止した日』として今も尚230万人の住人の記憶に刻まれている。が

「一番面倒臭い忘年会の仕切りをやらせてやる。せいぜい大恥かきやがれクソ野郎!ギャハハハハハ!!」

「(変わったなあこの人も……)」

そこで――


「ああん?」

「えっ!?」

マイバッハの運転席と助手席から見える駅前広場から何やら揉め事と思しき喧騒が二人の耳へと届いた。
それは平和の訪れた学園都市にあって今尚散発的に起こる――

「何やってんだアイツら!?」

「ケンカか?俺も混ぜろよ」

ドタバタのイザコザのハチャメチャである――
949 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:15:27.17 ID:LC5MmfkAO
〜48〜

時は僅かに遡る――

少年A「殺してやる……」

少年b〜z「「「ほ、本当にやるのか?街中だぞ?」」」

少年A「五月蠅い黙ってろよ!」

少年b〜z「「「………………」」」

少年A「あの茶髪の女のせいで僕は捕まったんだ!オマエらだってあの髪の白いヤツのせいでムショにぶち込まれたんだろうが!!あの二人のせいで僕達の人生は台無しだ!!!」

第十五学区駅前広場にて、ボウガンを携えた少年とその一派が交差点付近よりジリジリと包囲網を狭めながら息を潜ませ牙を研いでいた。
彼等の集団に明確な呼び名はない。強いて言うなれば一年前に一方通行により壊滅に追い込まれた『無能力者狩り』の残党でありる。
彼等の目的は最早無能力者などではなく、自分達を一年間も少年刑務所へブチ込まれる羽目へ追いやった当事者らへの復讐。それのみが彼等を突き動かしていた。

少年A「思い出せよ!オマエらずっと待ってたんだろ!?僅かなたくあんとひじきを奪い合わなくても済む、あの絶対等速とか言う牢名主にイジメられなくても済む、僕達レベル4のエリートが笑って暮らせる生活を!そいつはまだ終わっちゃいねえ!始まってすらいねえ!(ryいい加減始めようぜ!!エリート(僕ら)!!」

少年b〜z「「「………………」」」

少年A「返事しろよ!!」

少年b〜z「「「(オマエが黙ってろって言ったんじゃねえか……)」」」

空回り気味の演説ながらも駅前広場を包囲する無能力者狩りの残党26名の殺意は本物である。
特にフレメアを狙い駒場に殴り飛ばされ、麦野に攻撃を防がれたリーダー格である少年の怨念は根深い。
他の面々も一方通行に仲間を始末され、エリートコースから転落させられ、散々な目に合わされた事に変わりはない。故に――

麦野「ああ第一位。この前送ったHavilandのカップどうだった?」

一方通行「あァ。ありゃァ良いもンだ。豆にばっかりこだわって来たがカップ一つでも味わいが変わって来るもンだなァ」

麦野「私はコーヒー詳しくないけど紅茶も似たようなもんだからね」

少年A「(完全に油断してやがる……ククク馬鹿め!)」

以前の反省を活かして少年が辿り着いた結論は『数の論理』である。
レベル3〜4の能力者が26人いれば負ける訳がないと

少年A「お前達は……僕に殺されなくちゃダメなんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

そう、タカをくくっていた――
950 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:16:35.47 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一方通行・番外個体・御坂妹・麦野・浜面・フレンダ・絹旗・浜面・海原・土御門・心理定規・食蜂・青髪・「「「「「は ァ ?」」」」」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
951 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:18:48.86 ID:LC5MmfkAO
〜49〜

少年A〜z「「「「「」」」」」

……どうなってるんだ?

一方通行「あァ?なンだオマエら」カチッ

番外個体「ギャハッ、ねえねえこれ誰狙い?もしかして貴方?」バリバリ

御坂妹「また貴方が買った恨みですか一方通行?とミサカは溜め息混じりにクラリックガンを取り出します」ジャキッ

打ち止め「ゴム弾だけど当たると痛いじゃすまないよ!ってミサカはミサカは怪我しない内に逃げる事をお勧めしてみる!」

美鈴「ほら打ち止めちゃん、下がらないと危ないわよ」

何で……通行人全部がこっち向いて構えてんだ?

浜面「こいつら!無能力者狩りの連中じゃねえか!!」

フレンダ「ああ、じゃあ結局同業者の差し金とかそういう訳じゃなくて?」

絹旗「またお金にならないトラブルとか超面倒臭いですね」

滝壺「大丈夫。私が全員の能力(チカラ)を乗っ取るから」

お、おい……まさかこいつら全員――

海原「嗚呼、やはり御坂さんは欠席で良かったです。彼女に累が及ぶのは自分としても困りますので」

土御門「削板と垣根も外してて良かったにゃー。アイツらが暴れるとこの辺一帯が更地になるんだぜい」

心理定規「同感ね。佐天さん、貴女は下がってて」

佐天「初春こっちこっち!巻き込まれるよ!!」

初春「わ、私は風紀委員です!」

――仲間だって言うのか!?

食蜂『貴方は戦わないのぉ?』

青髪「(僕の力は戦闘向きやあらへんからね。バレとうないし)」

禁書目録「しずり、買い物袋預かるんだよ?」

麦野「ほい……悪いけど、ここにいる全員だいたいなんかしら怨みかってるから。テメエらが誰だかなんていちいち覚えちゃないのよねー」

まだ……まだ増える!?一体何人いるんだ!!?

雲川「よし、責任は私が取る。やれ!!」

やめろ……やめろ……やめろ!!
952 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:20:09.73 ID:LC5MmfkAO
〜50〜

――そして時間は巻き戻る。

少年b「ギャァァァァァー!!」

御坂妹「これでは弱い者イジメですね、とミサカは彼等をこの前覚えたばかりのガン=カタの練習台にします」

浜面「構うこたあねえ!こいつらが散々して来た事は弱い者イジメなんてレベルじゃねえんだよ!!ゲーム感覚で無能力者を殺しやがって!!!」

そこから先はワンサイドゲームである。これまで散々無能力を狩り続けて来た彼等が今や駆られる立場に追いやられ――
彼等が推し進めた数の論理は彼等を押し潰す数の暴力に取って代わる。

少年A「(う、嘘だろ!?)」

絹旗「正義の味方がいなくて超残念ですねえ!!」

番外個体「ここには悪人しかいないっつーの!ギャハハハハハ!!」

滝壺「大丈夫。ターゲットのAIM拡散力場は“支配”した」

その上レベル5『第八位』へと上り詰めた滝壺は体晶無しで複数の能力者を同時に支配するまでに成長していた。
それにより今まで馬鹿にし虐げ続けて来た『無能力者』同然にされた無能力者狩りのメンバーは……

麦野「パリイ!パリイ!パリイ!てかァ?笑わせんじゃねえぞクソガキ共!!お子様のケンカ程度で“私ら”をどうにか出来ると思ってんのかァ!!?」

土御門「――十秒持ったら誉めてやる」

食蜂「貴方達まとめて操っちゃうぞ☆」

これまでの報いを受けるように次々と倒れ、あっという間に終わりつつあった。そこで――

少年A「くっ……どけっ!」

禁書目録「あっ!あれ!!」

少年Aは一昨日盗み出したスクーターに跨り、駅前広場から交差点へと逃げ出した。これもまた以前の経験を活かした逃走手段であるが――

「いいぜ……」

少年A「!?」

逆走した交差点中央に停車したマイバッハが行く手を塞ぎ――

「せっかくコツコツ貯めた金で買った俺のスクーターをパクろうってなら……」

少年A「!?」

疾走する『自分のスクーター』目掛けて突っ込む黒髪の少年と、気怠るそうな煙草をくゆらす――

「やっと沈利を乗せて走れる俺の夢を奪おうってなら……!」

垣根「ふー……」

少年A「お、オマエはァァァァァ!?」

ボンネットに寄りかかる垣根帝督が煙と共に吐き出したその溜め息が


垣根「――絶望しろ、コラ」



少年の見た最後の光景であった――

953 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:20:48.87 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「そ の ふ ざ け た 幻 想 を ブ チ 殺 す ! !」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
954 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:24:37.20 ID:LC5MmfkAO
〜51〜

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

少年A「ごっ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

垣根「オラよっと!」

激突する直前に右ストレートを放った上条にブッ飛ばされた少年は敢え無く宙を舞い、コントロールを失ったスクーターを垣根が未元物質の六翼で受け止める。
目配せ一つそれを行った二人は言わば先輩後輩のような間柄であり、阿吽の呼吸は遺憾なく発揮された。

上条「か〜〜……痛え!」

一方通行「ああン?三下と第二位(スペアプラン)のクソ野郎じゃねえか」

垣根「あ?なんだコラ?やんのかコラ?」

今の騒ぎを聞きつけてやって来た警備員らにより一時的に通行止めとなった交差点にて――
拳をプラプラと振る上条に見知った顔がいくつも歩み寄って来た。

浜面「よお……」

上条「おお……」

中でも浜面は長い間胸に刺さっていたトゲが抜けたのか、少しばかり面映ゆそうに上条へと手を上げた。
……一年越しに果たされた駒場の悲願と、やり遂げた自分を振り返って。

浜面「――終わったよ」

上条「……そっか」

少し離れた場所で伸びている少年と間近の浜面に目を走らせた所で上条はおおよその事情を察した。
自分のスクーターを盗み出した少年のその顔。忘れようもない無能力者狩りの首謀者とも言うべき存在。

上条「――お疲れ」

浜面「……おう」

浜面に肩を組んで言葉少な目に上条は頷き、浜面もまたそれに短く応えた。
浜面は思う。駒場の墓参りを終えた後、またしても導かれるようにして迎えた一つの結末に対して。

上条「……行こうぜ、浜面」

浜面「――行くか、上条」

上条「垣根さん!一方通行もほら!」

バンバンと浜面の背中を叩きながら上条は垣根と一方通行に呼び掛ける。
交差点の向こう側、大捕り物が始まった駅前広場を目指して。

垣根「おー今行く……ってまた面倒臭い事になっちまったぞどう収集つけんだこれ」

一方通行「俺が知るか」

垣根・一方「「はァ……」」

一方・垣根「「………………」」

垣根・一方「「真似すん(ン)な!!」」

二人の後に続く『無敵』と『最強』の両翼が心底ウンザリしたように同時に溜め息をつきながら向かった先。そこに待ち受けるは――

955 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:25:30.58 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――かーみじょう――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
956 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:25:56.70 ID:LC5MmfkAO
〜52〜

上条「沈利……インデックス」

麦野「遅えよ。どこほっつき歩いてた?」

禁書目録「とうま、また遅刻なんだよ!」

打ち止めらと合流を果たす一方通行、初春と抱き合う垣根、アイテムの元へ向かう浜面を尻目に――
上条は頭をかきながら二人の下へ歩み寄る。少しバツが悪そうに。

上条「悪い悪い……道が混んでてさ」

それは何一つ特別でない日常のやりとり。『恋人』たる麦野。『家族』たるインデックス。
そして何よりも愛おしく、何物にも代えられない居場所……
この夜空に浮かぶ月のように一つしかなく、瞬く星全てをかき集めても足りないほど輝かしいもの。

麦野「――反省してる?」

上条「すごく……」

禁書目録「もう!とうまとかきねがビリだったんだからね!」

上条「すまねえ……どうしたら許してくれる?」

麦野「そりゃあ」

禁書目録「ねえ?」

麦野・禁書「「キスして」」

上条「!?」

禁書目録「ほっぺならいいよね?」

麦野「じゃあ私唇もーらい」

上条「〜〜〜〜〜〜!!?」

麦野・禁書「「出来ねえ(ない)とは言わせないわよ(ないんだよ)!!」」

弱る上条が右を向けば麦野が、左を見ればインデックスが。
さりとて周りを見渡せば青髪がニヤニヤと、土御門がニマニマと、垣根がニタニタと――

美鈴・打ち止め・御坂妹・番外「キース!キース!!」

上条「ちょっ……!」

一方通行「こっち見ンな三下ァ」

上条「おまっ」

土御門・海原「やーれ!やーれ!!」

心理・初春・佐天「そーれ!そーれ!!」

青髪・雲川・食蜂「チュッチュッ!チュッチュッ!!」

フレンダ「麦野が」絹旗「超汚されます!!」滝壺「大丈夫、私は期待に応えてくれるだろうかみじょうを応援してる」

浜面・垣根「ヒューヒュー♪」

上条「〜〜ああー!クッソー!!やってやるから見てろ見てみやがれ見せてやる三段活用!!!」

チュッ……

全員「Yahooooooooooooooooooooー!!!」

はやし立てる仲間が、後押しする戦友が、腕の中の二人が、上がる歓声が、吹き抜けるように秋の夜空へ舞い上がって行く。
たった今終わった最後の大掃除とも言うべき後始末も忘れ、何事かと駅から降りて来る学生らが見守る中――
上条はやってのけた。さながら一足早い結婚式のように
957 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:27:52.49 ID:LC5MmfkAO
〜53〜

警備員A「何をしとるか貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!!」

上条「げえっ!?アイツあん時の!!?」

垣根「ずらかるぞテメエら!集合場所まで散れ散れ散れ!!」

打ち止め「飛んで飛んで!ってミサカはミサカは貴方の背中に大ジャンプ!」

番外個体「ほら早く飛びなよ!こ、これは仕方無くこうしてんだからね!?落としたら殺しちゃうよ一方通行!!」

御坂妹「顔真っ赤にして何を言ってるんですか番外個体、とミサカは一方通行の左腕にしがみつきます」

美鈴「じゃあここは」雲川「私達に任せて先行って欲しいんだけど」

一方通行「ふざけンなクソッタレがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

と、乱痴気騒ぎにかけつけた警備員をよそに各々はそれぞれの持ち得る手段の限りを尽くして脱出をはかる。
まず一方通行は背中に打ち止め、左腕に御坂妹、胴体に番外個体にしがみつかれ無理矢理天使化して夜空を駆けて行く。
残った美鈴と雲川が口八丁手八丁で足止めし――

垣根「飛ばすぜ飾利!舌噛むなよ!!」

初春「私風紀委員なのにぃぃぃぃー!」

佐天「悪いのは向こうだって!無能力者を馬鹿にするなー!!」

心理定規「本当にあの超電磁砲と空間移動がいなくて正解だったわ」

垣根がマイバッハで女三人を拾い上げてその場からスピンターンし、重く長い車体を振り回してその場を離れ――

海原「おや、こんな所に彼のスクーターが」ニコッ

土御門「悪いなカミやん!後で返すんだぜい!!」

上条「ちょ!待て……不幸だぁぁぁぁぁ!!」

白々しい笑顔と共に再び掻払われたスクーターに海原と土御門が二人乗りし――

滝壺「はまづら」絹旗「超今すぐ」フレンダ「車盗って来て欲しい訳よ!」

浜面「字が違うだろォォォォォー!!!」

食蜂「あおくーん!私達どうするぅ?」

青髪「このまま行こ!カミやんお先ー!」

浜面が滝壺をおんぶして走り出し、後をフレンダと絹旗が競い合うようにし、青髪は食蜂の手を引いて駆け出した。
当然、取り残された形になった上条・麦野・インデックスはと言うと――

麦野「仕方無いわね……アレ、やるか」

958 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:28:44.37 ID:LC5MmfkAO
〜54〜

上条「大丈夫か沈利!?」

麦野「平気。鍛え方が違うわ」

禁書目録「た、高いんだよ!」

そして麦野は原子崩しの翼を広げて夜空を舞い、追っ手を振り切って削板らが待つ会場へと向かう。
上条が左腕で肩を組むようにし、インデックスが胸元にしがみついて来る。
満天の星々が掴み取れ、満月に吸い込まれそうなほど高く高く――

上条「――まるで、地上の星みたいだな」

見下ろす下界の夜景はさながら逆転した天地が織り成すもう一つの銀河を思わせるほど皓々と輝いていた。
学園都市。230万人の人々が住まう街。上条が渡り、麦野が育ち、インデックスが流れて来た……
一人ぼっちだった少女らが二人として出会い三人として暮らす居場所(いえ)である。

麦野「230万の灯りね」

禁書目録「私達のお家も、この中に含まれてるんだよね?」

上条「ああそうさ。変われば変わるもんだよな」

麦野「?」

上条「見る角度がほんの少し違うだけで、普段何気なく暮らしてる俺達の街ってこんなに綺麗だったのか……ってさ」

禁書目録「とうまが似合わない事言ってるんだよ!」

麦野「あーサムいサムい」

上条「んなっ!?」

星。それは天上にあって瞬く希望の象徴。しかし星は空のみ存在するに非ず。
星はそれを見上げる者に対して輝きを変えるのだ。
その形は時に死した眠りについた者の魂となり、その輝きは時に生きて迷う者の標となる。

麦野「冗談よ冗談……それじゃあ、集合場所の河原まで飛ばすとするか」

上条「ああ……行こうぜ」

禁書目録「お鍋ごと行っちゃうんだよ!」

上条・麦野「「それはよせ」」

三人は行く。過ぎ去りし日の真夏の大三角のように夜空を駆け高く舞い上がる。
彦星を意味するアルタイルが上条ならば、織姫を意味するベガは麦野、白鳥を意味するデネブはインデックスと言ったように――

麦野「さてと……飛ばすとするかにゃーん!!」

上条「振り落とされんなよ、インデックス!!」

禁書目録「お鍋食べるまで死ねないんだよ!!」

麦野沈利は知る。己を取り巻く世界も人間も実は一年前から何も変わってなどいないという事を。
色褪せた街並みが空から見渡せば何物にも代え難い地上の星に見えるように、ただ麦野自身が物の見方を変えただけなのだ。

一人きりで弱く淡く儚く輝く星さえも、連なる事で星座を描くように。
集えば夜の闇さえ照らす事の出来る星の河のように――

959 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:30:40.69 ID:LC5MmfkAO
〜55〜

御坂「(あ、第四位からメールだ)」

一方、再建された常盤台中学女子寮にて食事会を欠席した御坂に麦野からメールが届いた。
その文面『やっぱあんたも来ない?』というものだったが――

御坂「(……まだちょっと無理かな)」

ストラップのない携帯電話を操作し丁重に断りのメールを入れる傍ら御坂はルームメイトたる白井のベッドを見る。
そこには『円環状の金属ベルト』と『軍用懐中電灯』と『霧ヶ丘女学院のブレザー』が置かれていた。
当の白井がシャワーに入っているのを見ると御坂はベッド側にあるサイドボードへと目を走らせる。そこには

御坂「――黒子を置いてなんていけないわよ」

古めかしいラピスラズリが散りばめられたウルトラマリンのオイル時計。
そして水没し壊れてしまった携帯電話が飾られていた。
8月10日を境に学園都市から、もしかするとこの世から消えてしまったかも知れない……
第八位滝壺に次ぐ新たなる『九人目のレベル5』の忘れ形見がそこにはあった。

御坂「また、こんな風にみんなで笑い会えたら良いのに」

御坂の眼差しが自らのサイドボードへと振り返られる。
そこにはインデックスの膝で眠りこけ、青髪が、雲川が、スフィンクスが、麦野が、上条が御坂を見守っている記念写真。
たった一年だと言うのに、まるで遥か遠く昔のように御坂には感じられてならなかった。

御坂「……メールくれたのに、顔合わせられないよ」

御坂は写真を見つめていた瞳を閉じて目蓋の裏に過ぎ去りし日々を仰いだ。
かつて御坂は麦野に手を貸した。されど今御坂は麦野が寄越す手を取れない。
御坂の手が沈み行くベツレヘムの星に残った上条に届かなかったように。
それでもあの光の翼で北海に飛び込んで行って上条の手を取った麦野に届く気がせずに。

白井「――どうかなさいましたの?“御坂先輩”」

御坂「……何でもないよ」

二度とツインテールに結ばれる事のない長い髪から水気を拭き取りバスルームから出て来た白井を見る度御坂は思う。
自分は麦野のように恋人に、インデックスのように家族にもなれなかった。
さりとて終わらない夏への扉の向こう側に消えた『彼女』と共に心を埋葬してしまった白井のようにもなれないと。

御坂「明日晴れるかなー……ってね!」

麦野が星ならば、インデックスが月ならば、御坂は太陽のように微笑み返し……そして


――――運命の朝がやってくる――――

960 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:31:10.30 ID:LC5MmfkAO
〜56〜

禁書目録「いってらっしゃいなんだよ!」

麦野「うん、ありがとう」

上条「サンキューなインデックス!言って来ます!」

禁書目録「わかったかも!」

芋煮会の翌朝、上条と麦野は玄関口にて見送るインデックスの頭を撫でて家を出る。
そう、今日は久方振りとなる二人きりのデートでありそうするよう勧めたのは他ならぬインデックスである。

禁書目録「たまには二人にさせてあげるんだよ」

スフィンクス「にゃあ?」

禁書目録「ほらすふぃんくすどいてどいて。私もお散歩に行くんだよ」

インデックスは受け取ったお昼ご飯代の一万円を握り締めていそいそと支度を始める。
傍らのスフィンクスも連れて歩こうかとも思ったが――
初冬の目映くも暖かい陽射し射し込む窓辺で微睡んでいたので置いて行く事にした。

禁書目録「ふんふふん♪ふんふふん♪ふんふんふ〜ん♪」

姿見の前でプラチナブロンドの髪をとかすインデックスの真後ろにあるコルクボード。
そこには多くの仲間達と自分達の映る写真があった。
例えばオズマランドに御坂・麦野・インデックスの三人で行った時の写真や。

姫神『淡希。ピースピース』

結標『ちょっ、ちょっと恥ずかしいってば秋沙!?』

姫神秋沙と結標淡希が青薔薇の花束を抱えている写真。
後に起きた8月10日の悲劇の中、二人が恋人同士だったのだとインデックスは初めて知った。

食蜂『あおくんどーお?私の芸術力を以てすれば水槽だってジャングルにぃ☆』

青髪『増えるワカメちゃん入れたらあかんがなぁぁぁぁぁ!!』

食蜂と青髪が麦野の使っていなかった水の入っていない水槽に金魚を移したり水草を植えている写真。
織女星祭ですくった二匹の姉金に互いの名前をつけるほどの親友であるらしかった。

雲川『この馬垣根!馬鹿大将!!』

一方通行『俺は関係ねェ!おい垣根ェェェェェ!!!』

ハロウィンの際魔女に扮した雲川がフランケンの削板、ドラキュラの垣根、ミイラ男の一方通行を箒で叩いている写真。
聡明な雲川と天然の削板の歯車は今日まで空回りをし続け、きっとこれからもこうであろう。

禁書目録「よし!行って来るんだよ!!」

そしてインデックスは玄関に飾られたガラスの靴を一撫でし、おもむろに外へと飛び出した。

この先待ち受ける運命の出逢いも知らずに――

961 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:33:58.26 ID:LC5MmfkAO
〜57〜

麦野「どこ行く?」

上条「う〜ん……オズマランドは前行ったしなあ」

麦野「……昔みたいにこんな時間から回るベッドの遊園地とか考えてないかにゃーん?」

上条「ぶっ!?」

麦野「インデックスが来る前まではだいたいそんな感じだったでしょ?私達」

上条「……若かったもんなあお互い」

麦野「まだ一年しか経ってないでしょ」

上条「もう一年経ったんだな……」

上条は麦野は手を繋ぎながら繁華街を行く。次第に冷え込みを増しつつある学園都市。三人で迎える二度目の冬。
変わり行く街並みと人々の営み。されど人混みの中を連れ立って歩く二人だけが変わらない。

麦野「……まさか続くと思わなかったよ。この私に男が出来るだなんてさ。それも一年続くだなんて」

上条「そうか?確かに上条さんもこんな可愛い彼女が出来るだなんて思ってなかったけどな」

麦野「私もよ。ガチガチの石みたいだったこの私がよくもまあこれだけ転がされて、磨かれて、丸くなったもんだ」

クスクスと含み笑いを浮かべながら語る麦野の横顔に差し掛かる初冬の陽射し。
光の中映える栗色の髪がビル風を受けて靡き、上条の鼻腔をくすぐる。

麦野「――ねえ?今でも私の事好き?」

上条「当たり前だろ。一年前から何も変わらねえよ。お前の事が一番好きだ」

麦野「へえ……残念ね?私の好きは一年前に終わっちゃった」

上条「!?」

その言葉にブリザードにさらされた薔薇の花のように凍てつきムンクの『叫び』のように顔を歪める上条。
その横顔を満足げに見やると――麦野は耳打ちするように唇を寄せ――

チュッ……

上条「うっ……」

麦野「――今は“好き”じゃなくて“愛してる”かにゃーん?」

不意打ちのキス。すり減る所が無くなるまで転がり落ちて磨き抜かれた石。
それは麦野の中に宿った星より目映いダイヤモンドの結晶。
何者にも征服せざる女王の胸に宿る、無形のネックレス。

麦野「じゃ、行く?」

上条「お、おう!」

『永遠』は石などに宿りはしない。宿るとすればそれは――
幾多の研磨と数多の練磨の果てに辿り着く、各々の胸に瞬く星が如くダイヤモンドの心の中に――

これより訪れる、運命の時間に砕かれぬように――
962 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:34:42.16 ID:LC5MmfkAO
〜58〜

フレメア「あれ?大体この辺りって聞いたのにな……」

一方、フレメア=セイヴェルンは第十五学区の駅前広場にて地図を片手にグルグルと歩き回っていた。
ベレー帽を乗せた豪奢な金糸の髪を揺らし、ワインレッドのタイツを纏った姉譲りの脚線美を動かしながら。

フレメア「フレンダお姉ちゃんどこにいるんだろ?この辺りに来たのも大体初めてだし……にゃあ」

一年前オズマランドに一緒に行ったきり電話やメール以外で顔を合わせる事が出来ずにいた姉フレンダ=セイヴェルンとの待ち合わせ。
しかしながら土地勘の薄い第十五学区とあってフレメアは地図と交互に街を見渡し、どうしたものかと途方に暮れていたが――

???「――どうしたのかな?」

フレメア「!」

???「ごめんね?何だか貴女が困ってるように見えたんだよ。迷子かな?」

そこへ自分と同じ異国の血を引いていると思しきプラチナブロンドの髪にスノーホワイトの法衣を纏った……
迷える仔羊を導く神に仕える聖女、学園都市では目にするのも珍しい『シスター』が話し掛けて来た。

フレメア「あっ……えっと、大体この辺りにある噴水広場の時計台を探してるの。お姉ちゃんと待ち合わせしてて」

???「噴水広場?それなら東口かも。こっちは西口だから反対方向なんだよ!」

フレメア「そ、そうなの?(あれ?なんかこのシスターさん、大体見た事ある……??)」

???「そうなんだよ!私もお散歩しててよく迷うかも。この学園都市(まち)は何かおかしいからね」

フレメアの金糸の髪が冬風に翻り、シスターの白銀の髪が寒風に靡く。
そう……二人はここに『再会』したのだ。一年という時を経て……
互いにそうとは知らぬまま、運命の悪戯に導かれるようにして

???「貴女、名前は?」

フレメア「ふ、フレメア……フレメア=セイヴェルン」

???「ふれめあだね?私もお散歩の途中だから、良かったら噴水広場まで送ってあげるんだよ!」

――それはとある星座占いにあった言葉。かつて麦野が上条に、そして垣根に語ったジンクス。

フレメア「だ、大体……名前は?」

???「ん……?あっ、いけない!この国では人に名前を聞く時は自分から名乗らなくちゃいけなかったかも!」

――『一度会えば偶然で』

???「ふふふ……私の名前はね?」

『二度逢えば必然』と――

963 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:35:49.78 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
禁書目録「――私の名前は、インデックスって言うんだよ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
964 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:37:56.19 ID:LC5MmfkAO
〜59〜

かくして長きに渡る序章は終わり、全ての役者はここに出揃った。

フレメア「イン……デックス(目次)?」

インデックス「よろしくね、ふれめあ!」

金糸の乙女と白銀の聖女が交差し、全ての刻はここから動き出す。
運命が導き、宿命が定め、天命が下し、作り上げられる新たな戯曲。

土御門「奴等が動き出したぞ。海原、準備は出来ているか?」

海原「もちろんですよ。ランベスにいる“彼女”も今朝発ったようです。一方通行にはまだ?」

土御門「“アイツ”が合流するまで伝えるな。それこそ“新入生”の思うツボだ」

必要悪の教会のエージェントが、アステカの魔術師が、学園都市最強の能力者が……
かつての『卒業生』が今、凶悪な『新入生』と対峙する。

御坂「はあっ……気晴らしにあの子誘ってゲーセンでも行こうかしら」

白井「ジャッジメントですの!」

何も知らぬまま巻き込まれて行く常盤台のエース、関わって行く風紀委員。

絹旗「結局超ドタキャンしましたねフレンダ……浜面、アーノルドパーマー氷入りで」

浜面「一年経ってもドリンクバー職人!ハハッ!!負け犬上等ォおおおおおおおおおおおおォォう!!!」

滝壺「大丈夫、私は氷の溶け具合まで計算出来るようになったはまづらの成長ぶりを応援している」

そこに絹旗を頂点に、滝壺を中核に、フレンダを手に、浜面を足に迎えた新生アイテムが加わり――

シルバークロース「――状況を開始する」

黒夜「ひっはは……久しぶりだねェ絹旗ちゃァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!」

ここに再び訪れる、ヴァルプルギスの夜の第ニ幕――

965 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:38:26.34 ID:LC5MmfkAO
〜00〜

麦野「……で、映画館と」

上条「ああ、ここ最近インデックスに付き合った機動少女カナミン見たのが最後だろ?」

麦野「でもあんたが選ぶ映画って絹旗ほどじゃないけど当たった試しがないのよねえ」

上条「そりゃあお前が恋愛映画に五月蠅いからだろ?」

麦野「そういうあんたはこだわり無さ過ぎ。って言うかムードが足りなさ過ぎ」

訪れる夜、忍び寄る影、押し寄せる闇も知らぬまま上条と麦野はシアターホームの前に佇む。
絡ませる指、繋いだ手、組んだ腕、寄せる肩、分け合う体温。

上条「上条さんは男だからそういうの今一つピンと来ねえんだよなあ……だって」

麦野「だって、なに?」

七夕の日に契りを交わした冴えない怠け者の彦星と気性が荒くエゴイストな織姫。
されど流れぬ星の下巡り会い結ばれた二人の行く手を阻めるものなど居はしない。
無敵の盾を右手に宿す少年と、最強の矛を左手に秘めた少女の前には運命すらも道を開ける。

上条「――俺達、映画に負けねえくらい好きあってんだろ?」

そこで上条が麦野の腰に右腕を回してヒョイと抱き寄せ――

麦野「……恥ずかしい事言うの禁止!!」

突然の事と言葉に詰まった息の行方さえ見失った麦野を、一年間で五センチ背を伸ばした上条が支える。
高飛車で、傲慢で、我が儘で、やたらプライドが高く、欠片の可愛げもない上条だけのシンデレラを

麦野「――わかった、わかったわよ!つべこべ言わずに私を引っ張ってきなよ……ついてってやるからさ」

上条「――おう!」

指で弾かれたコインの裏表のような二人。神が下す運命(こたえ)すらはねつける上条。神からの贈り物(ふこう)をも突っぱねる麦野。
頼りない胸の内を時にさらけ出しながらも殴りつけるようにそれを支え、いずれかが迷えばいずれかが手を引き共に歩む。

上条「それじゃまあ……行こう!行くぞ!!行くぜ三段活用!!!」

死に至る病は絶望であると説いたセーレン・キルケゴールはかく語りき。
『人生は正答ある問題ではなく、経験の積み重ねが続く現実である』と。

麦野「わっ!?当麻待っ……」

科学と魔術の交差する物語(げんじつ)は長く険しい。されど二人に絶望(げんそう)など必要無い。

上条「――来いよ!沈利!!」

麦野「――うんっ」

互いという、ダイヤモンド(えいえん)に勝る地上の星(きぼう)が二人を照らす限り――

966 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:39:00.60 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
新約・とある星座の偽善使い:第0話「No buts!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
967 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/25(日) 16:39:44.73 ID:LC5MmfkAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――少年少年達(かれら)は、戦い続ける――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
968 :終了です! [saga]:2011/09/25(日) 16:42:07.93 ID:LC5MmfkAO
以上、番外編終了となります。今回のテーマは『救い』『生きる』『祈り』に続いて『繋がり』でした。
皆さん長きに渡ってありがとうございます。お疲れ様でした!!

〜恒例・本編でお蔵入りした没ネタ集〜

・ブチギレむぎのんVSマジギレ御坂、友情決裂ガチバトル

・“神浄”上条さんVS覚醒ていとくん、運命の師弟対決

・青髪ピアスVS赤髪ステイル、錬金術師は二度死ぬ編

・青ピとみさきちのベットショップ巡り

・雲川芹亜は鍋奉行〜削板軍覇の長い一日〜

・ドキッ!スキルアウトだらけのプール開き!!フレメアもいるよ!!!

・絶対等速の栄養満点☆刑務所クッキング

・遊園地デート後の激しい濡れ場(激しめ)

・浜面&滝壺の楽しいキャンピングカーライフ

・垣根「一方通行のコーヒーがマズ過ぎて夜も眠れない」

・禁書目録「しずりととうまがキッチンで変な事してるんだよ」

・一方通行「ビリヤードでも二位なンですかァ?ていとくゥゥゥゥゥン!」

☆「待て。今の飛車は待ってくれ」冥土帰し「相変わらずのヘボ将棋だね?」

・???「ぱぱ?かんけいねえよ!ままのおせっきょうなんてかぁんけいねえんだよぉぉぉぉぉ」

・この中に一つだけ嘘が混じっています。では失礼いたします……
969 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/25(日) 16:44:59.40 ID:Fy3J48hR0
先ずは一言……1乙!!
970 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/09/25(日) 16:46:44.00 ID:WQwntPqNo
乙!

・雲川芹亜は鍋奉行〜削板軍覇の長い一日〜

うあああああああああ。見てぇええええ。
このシリーズのせいでこのカップリングがインプットされてしまったというのに。
971 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/09/25(日) 16:47:37.32 ID:uc91pjvAO
乙!!


有り難う!そして有り難う!!

新訳の方も期待してるぞ!
972 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/25(日) 16:53:26.14 ID:L7kqKIC70
>>1

俺としては「青ピとみさきちのベットショップ巡り」が見たいぜ
973 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/09/25(日) 17:56:12.66 ID:R2ATrGCu0
乙なんです ゆっくり読むよ。
1つだけ嘘?
>以上、番外編終了となります。
これが嘘だな
974 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/09/25(日) 19:02:13.26 ID:9pZlCwoLo
面白かった超乙!
また楽しみにしてるよ!

>>950
一方通行・番外個体・御坂妹・麦野・浜面・フレンダ・絹旗・浜面・海原・土御門・心理定規・食蜂・青髪・「「「「「は ァ ?」」」」」
浜面が二人…だと…?
975 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) :2011/09/25(日) 19:33:05.65 ID:lANqizJyo
   ∩___∩         |
   | ノ\     ヽ        |
  /  ●゛  ● |        |
  | ∪  ( _●_) ミ       j
 彡、   |∪|   |        J
/     ∩ノ ⊃  ヽ
(  \ / _ノ |  |
.\ “  /__|  |
  \ /___ /
976 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/09/25(日) 19:33:35.55 ID:lANqizJyo
誤爆したぁぁぁぁぁorz
ごめん
977 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/25(日) 19:37:13.01 ID:IyIUoX6xo
終了が釣りだと言いたいのか……
978 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/25(日) 19:46:25.20 ID:3QVGZ/yRo
二度死ぬ錬金術師とフレメアのプール開きと☆のヘボ将棋についてkwwsk
とくにフレメアのプール開きについてはとくにくわしくとくにたのみt…
979 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/25(日) 20:48:12.75 ID:+AZVrGgK0
今まで乙。これからも期待してる

>>没ネタ
これが嘘だな
980 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/25(日) 21:07:56.18 ID:K8jfayPA0
>>1

・遊園地デート後の激しい濡れ場(激しめ)
 これをkwsk頼む
981 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/25(日) 23:25:13.91 ID:2gO7MgEEo
乙でした

乗っ取りのスレを見つけて読み漁ってたころには本編がとっくに終わってたから、こうしてリアルタイムでこの作品を読めたことが感慨深い

>ドキッ!スキルアウトだらけのプール開き!!フレメアもいるよ!!!
もしフレメアの部分が嘘だったらただの地獄絵図だな

あわきんと姫神の方も読まないとなぁ
982 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/25(日) 23:57:38.25 ID:VH5hkO2ao
乙です

続編をお願いします
983 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/26(月) 01:04:27.00 ID:IQjWpjtco
>>1おおおおつ!!

次は偽典として>>968のネタをやってくれるんですね待ってます
984 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/26(月) 01:35:37.89 ID:WivENF/Ao
おつううううううううう!!!

985 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/26(月) 02:53:44.69 ID:UGeb9RnAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第?話「ONE MORE FINAL」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
986 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/26(月) 02:55:02.52 ID:UGeb9RnAO
〜〜

「ねえ、じいちゃんせんせー」

「じいちゃンじゃねェっていつも言ってンだろうが。なンだ」

「ここのこうちゃ、ままのいれたのよりおいしくない」

第七学区にあるとある病院の談話スペースにて一人の少女と一人の医師が同じソファーに並んで腰掛けていた。
医師は若い頃から慣れ親しんでいた苦味走ったブラックコーヒーに口をつけていたが――
傍らの少女は紙コップに入った紅茶に一口をつけるなり不服そうに唇を尖らせた。もしこの少女の母親の言葉を借りるならば――

『っつーか何これ。ちゃんと茶葉開かせろよ!それにエグみまで出てるじゃん!!普通ならこれやり直しが基本のクオリティだぞ!!』

「……ママの紅茶は美味しいかァ?」

「おいしいよ!でもぱぱのいれるこうちゃはふつう。っていうかぬるくてうすい!」

「三し……じゃねェ。オマエのパパはな、お前が火傷しないようにぬるく淹れてんだと思うぞ?」

「えー……」

「ウチのガキも猫舌だからなァ……」

と、医師は自分でも苦しいと言わざるを得ないフォローを入れる少女は納得していないのか床に僅かに届かない足をぶらぶらと揺らしている。
その仕草に、医師は自分の家も他人の家も子供という生き物はさして変わらないのだなという奇妙な感慨を覚えた

「ねこじたってなに?すふぃんくすとおなじしたって事?」

「熱いのに弱い舌って事だ。オマエの所の猫も長生きだが」

「すふぃんくすもこうちゃのむよ?ぺろぺろー、ぺろぺろーって!」

何でも聞きたがる利発そうな所は母親似か、とそろそろ尻尾が二つに分かれそうな三毛猫の真似をする少女を見やりながら医師は思う。
母親譲りの美しい顔立ちから冷たさを除き、代わりに父親似の柔らかな瞳がキラキラと輝いている。
きっとこの少女には世界の全てが眩しく輝いているのだろうと見る者に思わせるダイヤモンドのような眼差し。と――

「麻利ー」

「!!」

「おォ?」

そこへ緩やかなウェーブの巻かれた栗色の髪の女性が少女に『麻利』と呼び掛けて来た。それを目にした医師は

「ままー!!」

「はいはい待たせてごめんね。ありがとう“鈴科先生”」

「構わねェよ。どうせ休憩中だしなァ」

――どうかこの可愛らしい少女が、この母親の若い頃に似ませんようにと切に願った。

987 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/26(月) 02:55:56.24 ID:UGeb9RnAO
〜〜

「まま!まま!おからだだいじょうぶ?どこもいたくない?」

「うん痛くないよー。ママはどこも悪くないからねー?」

「(学園都市最恐の鬼嫁も人の親かァ)」

幼い頃の打ち止めを思わせるタックルと父親を想わせる猪突猛進ぶりをこれ以上ないニコニコ顔で抱き寄せる母親。
まるで太陽に両手を伸ばすように、陽射しに目を細めるようにするその横顔は――

『ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね』

「(……頼むから中身まで似るンじゃねェぞ)」

「じゃあままどうしておいしゃさんにみてもらったの?おなかいたいの?」

「んー……お腹に違いはないけど痛くないかな。痛くなんのはまだずーっと先だよ」

「???」

「麻利」

頭に疑問符を浮かべ小首を傾げていた少女が床に下ろされ、変わって母親が長いスカートを擦らないようにしながら目線を合わせて屈み込む。
チラッと医師の方を見上げ、医師が少しの間を置いた後頷くと母親もまた頷き返し――

「――麻利はこれからお姉ちゃんになるんだよ」

「!」

「びっくりしたかにゃーん?」

少女の浮かべていた疑問符が感嘆符に変わり、傾げていた小首が真っ直ぐになってうんうんと何度も縦に振られる。
傍らでその様子を見やっていた医師は白衣と同化しそうなホワイトヘアーをガシガシとかき……

「やったー!おねえちゃんだ!!まりおねえちゃんになるんだ!!!」

屈み込んだ母親の頭を小さな手と細い腕でしっかりと抱き寄せ……
少女が生まれる前から家にいる三毛猫にするように頬擦りするのを医師もまた僅かに緩められたネクタイと同じく口角を上げた。

「……まァ、なンだ……」

「うん」

「――おめでとう」

「……ありがとう!」

「いえーい!」

母親の幼い頃を彷彿とさせながら、それでいてひだまりのような笑顔を浮かべて少女は医師にピースサインを送る。
すっかり写真が趣味になってしまった父親にカメラを向けられる度そうするように誇らしげに。

「――さあ、お家帰ろうか麻利?」

「うん!ねえねえあかちゃんどこにかくしてるの?いないよ?」

「お腹おっきくなってないからね。麻利ーそんなにさすってもまだ赤ちゃん出て来ないよー」

「――お大事にィ」

これから四人に増えた写真を撮りまくるであろう少女の父親を想像して、医師は笑った。

988 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/26(月) 02:58:07.85 ID:UGeb9RnAO
〜〜

「で、相変わらず医者の不養生かよ鈴科先生。俺にも一本くれよ」

「もらい煙草たァ情けねえなオマエも」

「うるせえな。昼飯食っちまったら煙草代も残んねえんだよ」

「嫁に金玉も財布も握られて、次握られンのは命かァ?」

大破した救急車の査定に訪れたロードサービスの社員が一頻り見積もりを終えるのを医師は喫煙所から見やっていた。
吹かすキャプテンブラック・ダーククリームを寄越せと手を差し出して来るその団子鼻の社員の奥方はさぞかし切り盛り上手なのだろうと思いながら。

「仕方ねえっちゃ仕方ねえんだがな……二人目が来月小学校に上がるし、色々物入りだってのに管理職には残業代も営業手当てもつかねえし」

「もうそンなになるか。まァ結婚も出産もオマエの所が一番早かったしなァ」

地上へ至る地下道の側、霊安室近くに追いやられた喫煙者に厳しい時流に抗うように二人は煙草を吹かす。
チョコレートのほろ苦さとカカオの甘い煙が見上げる春の青空へと溶けて行く。
在りし日へ誘う朧気なノスタルジーを思わせるように。

「結婚って言えばあれだな、アイツらん時は本当ひどかったよな」

「あァ、海上ウェディングって聞いた時から嫌な予感はしてたンだ」

「魔術結社が氷の船で突っ込んで来てな……忘れられねえぜ。ドレス姿でビームぶっ放す花嫁なんて」

一度しか使われなかった霊安室。かつてこの病院にいたカエル顔の医者は一生涯死者を出す事なく天寿を全うした。
白髪の医師という後継者を得、その結婚式の仲人を務めた老人は『やっと向こうで旧い友人とコーヒーが飲めそうだね?』と思い残す事なく笑顔のまま命数を使い果たした。
最初で最後となった霊安室、そこは安らかな死に顔に彩られていた。

「……なあ」

「あン?」

「今夜飲みに行かねえ?アイツも誘って」

「煙草買う金もねェくせに何言ってやがる。だいたい今日アイツを誘ったら俺もオマエもあの鬼嫁にぶち殺されンぞ」

「理后に来月分前借りすりゃなんとか……ってなんでダメなんだ?」

「……面倒臭ェ。宿直もねェし俺ン家で飲むぞ。そン時話してやるよ、浜面」

「そりゃ助かるが、お前の方は嫁さん大丈夫なのか?」

「デキた女だからな。ただガキがうるせえぞ?」

――その死に顔に誓った思いを知るのは、この医師の伴侶のみ――

989 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/26(月) 02:58:37.69 ID:UGeb9RnAO
〜〜

「ねえ麻利?」

「なーにーままー?」

「麻利は男の子だと思う?女の子だと思う?」

「ん〜」

舞い散る桜並木の中を歩む母娘。降り注ぐ木漏れ日を受けて映える栗色の髪が風にそよいで行く。
繋がれた手から伝わる幼いぬくもりと見上げてくるあどけない眼差し。
その問いに対し少女はスパゲティにするかハンバーグにするか悩むように小さく唸り……そして

「どっちでもいいよ!おとこのことかおんなのことかかんけいねえよ!かぁんけいねえんだよぉぉ!」

「(嗚呼……子供ってやっぱり親を良く見てるわ。おかしいなあ麻利の前で夫婦喧嘩した事ないんだけど)」

「だってね?だってね?」

ヒラヒラと春風に踊る花片がちょこんと鼻に乗ったのを取り除くと、少女は再び母親のお腹辺りに顔を埋めて抱きつき……
かと思えば両手を目一杯広げて顔を上げ、にっこりと笑いかけて来たのだ。

「おとこのこでもおんなのこでも、おなじ“にんげん”だもん!」

「――――…………」

「ぱぱと、ままと、まりとおなじにんげんだからそんなのかんけいないよっ。まま!」

それに対し、母親も細めていた眼差しに涙が滲みそうになって――
笑顔に変える。子供の前で決してすまいと決めている事。
一つは子供の前で喧嘩をしない事、もう一つは嬉しくても悲しくても泣かない事。

「そうね。男の子でも女の子でも、パパとママの子供に変わりはないわ」

「うん!」

母親は思う。この娘は父親に良く似ていると。父親からすれば顔立ちは自分に似ているらしいが性格は間違い無く父親譲りである。しかし父親と異なるのは――
この少女は、父親の不幸を打ち消して余りある『幸福』を自分達に与えてくれるのだと。

「さて、今日はお祝いにシャケでも……」

「まり、けーきたべたい!」

「ケーキ?」

「うん、うれしいことがあったひはけーきたべるの。まり、こうちゃいれるよ!おなかのあかちゃんにものませてあげよう?」

「はいはい。じゃあママと一緒にしようね。インデックスおばちゃんから届いた茶葉があるから」

――海の向こう、今や総大主教となった神の家を守る聖女(かぞく)がそう言っていた。
近々、終ぞ右方のフィアンマをも凌駕する力を手にした炎の魔術師を伴って来日して来るらしい。
あの燃えるように赤い髪をした、自分達の結婚式を取り仕切った神父を――

990 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/26(月) 03:04:34.25 ID:UGeb9RnAO
〜〜

「ふんふふん♪ふんふふん♪ふんふんふーん♪」

少女は夕暮れの中、尾が二つに分かれそうな三毛猫をお腹に乗せてゲコ太クッションに頭を寝かせる。
母親をして『御坂のお姉さん』からのプレゼントである。

『最近疲れが取れなくてさ……お酒も抜けにくくなってんの』

『私より四つも下なのに何ババ臭い事言ってんのあんた。私なんてもうすぐ』

『もうそんなになるっけ?にしても……』

『……なに?』

『子供一人産んでるとは思えないスタイルよねあんたって。昔より数倍綺麗じゃない』

『麻利がお腹にいるってわかってからお酒飲まなくなったからね。それでじゃない?』

そんな母親の友人がくれるゲコ太のぬいぐるみ。
やがて生まれて来る弟か妹の遊び道具になるであろうそれは現時点では少女ただ一人の物である。と――

ガチャッ

「!」

「おかえりー」

「ただいまー」

「ぱぱ!」

回る鍵穴、傾ぐノブ、開くドア、聞こえて来る父親の声。
くつくつと湯気が立つ台所、射し込む西日、回る風車が運ぶ桜の花片。
子供部屋から三毛猫を抱えた少女がフローリングを滑るように駆けて行き

「麻利ー!捕まえたぞー!!」

「きゃー!」

「お疲れ様……ってオイオイ。スーツにスフィンクスの毛つくでしょ?ほら貸して」

「悪い、頼むわ沈利」

「ニャー!(生え替わりの時期なんだ仕方ないだろ!)」

それを抱き止める父親からスーツを受け取り三毛猫の毛をロールで取り除いて行く母親。
玄関に飾られたガラスの靴以外に、大中小と並ぶ靴。三人と一匹の家。

「ねえねえぱぱ!ぱぱ!ほらほらままもままも!」

「???」

「ふふふ……そうだったねえ?よし麻利、当麻……じゃないパパに言ってごらん?」

「だめだよ!ままもいっしょにいうの!」

「はいはい。パパ、ちょっと耳貸して?」

右から妻の、左から娘の耳打ちに表情が驚きから笑顔に変わり、二人をガバッと抱き寄せる父親。
それを見届けた三毛猫はトコトコとカッペリーニのソファーに戻って丸くなり、夕陽に照らされた写真立てを見つめる。

『さーて、これでめでたしめでたしかにゃーん?』

写真立てに写る笑顔。それは海上ウェディングの船上。

『ねえ――』

『20XX 7/7 上条当麻22歳 麦野沈利24歳』と刻印された――

『あ・な・た……』

空と海の狭間で花束を抱えたシンデレラがそこにいた――
991 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2011/09/26(月) 03:06:34.19 ID:UGeb9RnAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――愛を込めて、花束を――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
992 :それではまた会える日まで :2011/09/26(月) 03:10:14.95 ID:UGeb9RnAO
皆様、本当に長い間お疲れ様でした。この物語を作り上げたのは皆様です。おやすみなさいませ。良い夢を……
993 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/26(月) 03:12:48.40 ID:HHhUi/0Oo
乙!!
すごい乙!!!!
マジで楽しかったぜ
994 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/09/26(月) 03:15:03.52 ID:oofexRwAO
>>1
絶対等速スキだね〜
995 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/09/26(月) 07:28:51.92 ID:cxqKA/NAO
乙!!

泣けるハッピーエンドだ!

こんな素晴らしい作品は初めてだったぞ!

新訳の続編も宜しく
996 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/26(月) 08:37:30.99 ID:zWWVSN8AO
乙!
997 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/09/26(月) 09:56:01.20 ID:caxSUM6N0
乙でした
998 :VIPにかわりまして統括理事会がお送りします [sage]:2011/09/26(月) 11:03:51.38 ID:IIy9+W/Y0
999 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/26(月) 14:25:47.93 ID:o6gxaTcx0
不覚にも泣きそうになったwwww

乙!
1000 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/26(月) 17:32:31.97 ID:P3m1JRTi0
乙!

フィアンマを凌駕する…………だと?
1001 :1001 :Over 1000 Thread
 _,,..i'"':,  @    @   @
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フェイリス「冷やし中華始めました」 @ 2011/09/26(月) 17:28:18.34 ID:PHXUz3HAO
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馬鹿にしてたけど聴いてみて案外良かった音楽言ってけ @ 2011/09/26(月) 17:27:19.34 ID:JtVj8tcAO
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朝倉「そんなにしてほしいの?」 @ 2011/09/26(月) 17:07:00.86 ID:ZVVMloSSO
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安価で架空の漫画作って萌えオタ共釣ろうずwwwwwww @ 2011/09/26(月) 15:57:09.96 ID:NpDXs7f70
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1317020229/

垣根「魔法少女?」 @ 2011/09/26(月) 15:24:31.29 ID:bUyWRkrb0
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ハルヒ「涼宮ハルヒのけいおん!」 @ 2011/09/26(月) 13:06:39.07 ID:xd3aWPbf0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1317009998/

【おっさんに】彼女募集中♀×♀★2【明日は無い】 @ 2011/09/26(月) 12:36:28.81 ID:yGorADsno
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女「私の机が擬人化した」 机「あ、おかえりなさい♪」 @ 2011/09/26(月) 10:37:35.96 ID:91wP4Hsmo
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