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かがみ達は深い霧に囚われたようです - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:18:11.66 ID:TBBAKQJ7o
 らき☆すたのSSです。オワコンじゃないよ!
サイレントヒルかと思いきや、キングの「霧」とクーンツの『ファントム』を下敷きとしております

 *キャラが死にます注意

 あとはおいおい
それでは、はじまりです
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こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
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【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713091115/

アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713089503/

エルヴィン「ボーナスを支給する!」 @ 2024/04/14(日) 11:41:07.59 ID:o/ZidldvO
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さくらみこ「インターネッツのピクルス百科辞典で」大空スバル「ピクシブだろ」 @ 2024/04/13(土) 20:47:58.38 ID:5L1jDbEvo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713008877/

暇人の集い @ 2024/04/12(金) 14:35:10.76 ID:lRf80QOL0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1712900110/

ミカオだよ。 @ 2024/04/11(木) 20:08:45.26 ID:E3f+23FY0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1712833724/

アルミン「どうやら僕達は遭難したらしい」ミカサ「そうなんだ」 @ 2024/04/10(水) 07:39:32.62 ID:Xq6cGJEyO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1712702372/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:19:29.65 ID:TBBAKQJ7o




 #0


3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:21:08.38 ID:TBBAKQJ7o


着信/2件

01:泉こなた
02:泉こなた


→発信


 ……

4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:23:02.14 ID:TBBAKQJ7o


『あ、もしもしかがみん? 遅いよーあ、いやいや、御勤めご苦労さんです!』

『ほんの冗談だって……あ、うん。こっちはもう寝るとこー』

『ゲームしたりしてたんだけどねーほら、こっちのチームはおねむが早くて……』

『そうそう私達と違っていい子ばっかだから……ん? かがみんもこっち側じゃん』

『まあまあ、とにかくしばらく付き合ってよ』


 …………


『んあ? もうそんな時間? どーりでねむたくなってきたわけだ』

『はいはいわかりましたー……で、かがみんは明日予定通りに来れそう?』

『んー了解了解。たぶん山のほう霧が濃いから気をつけて』

『うん、なんか夕方から出てきてどんどん濃くなってねー』

『ゆーちゃんとつかさが不安がっちゃって』

『そうそう、まあ頼れるみゆきさん、みなみちゃんがいるから』

『ま、とにかく事故らないようにね、もうかがみんに会えないなんて耐えられないから』

『スルーされたヨー……うん、じゃあ寝坊しないようにね』

『はいはいわたしのせいわたしのせい……ん、楽しみにしてるからねー』

『はいはーい、おやすみかがみん!』

『また明日ね』


……
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:24:24.11 ID:TBBAKQJ7o

「おやすみ、また明日ね」


 長引いた電話を終えると、壁掛け時計を仰ぎ見る。

『A.M.1:55』

 あーあ。
6時起き……マジで寝坊しないように気をつけないと。
ってか、ホントに事故らないように気をつけないと。


 ……

 ……
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:25:19.95 ID:TBBAKQJ7o










                 霧









7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:26:54.26 ID:TBBAKQJ7o



 #1


8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:27:34.08 ID:TBBAKQJ7o

 美しい稜線を切り裂くように描かれた一本の道路。
赤いスポーツカーが灰色のカーブ上に滑らかな軌道を残して駆け抜けてゆく。

「……はずだった」
「ヘンなナレーション入れるなくさかべぇぇぇ!」
「まあまあ柊ちゃん落ち着いて……」
「はあ……もう、なんなのよこの手抜き工事は……」
「そんなこと言ったってよーひいらぎ−、やっぱあそこで脇道入っちまったのがいけなかったんだって」
「それあんたのせいでしょぉぉぉ!」
「まあまあまあ……」
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:29:39.52 ID:TBBAKQJ7o

 訂正。
子供の作った粘土細工みたいに歪んだ一本の道路、いや、道。
私の白い軽自動車(レンタカー)は凸凹の道を右に左に上下斜めに揺られながらなんとか進んでいる。
しかも道はどんどん森林に分け入っていて、日照りもなけりゃ視界も悪い。

 本来なら、しっかりと舗装された立派な幹線道路で快適な山道のドライブを楽しんでいたはずなのに。
どうして私、あのとき日下部の言うことなんか聞いたんだろ。
たしかにこっちの道のほうが自然を満喫できるかも、なんて思っちゃったんだろ。

 ……だめだ、前向きに考えよう。
所々に差し込む木漏れ日がまさに自然! って感じで、なかなかに気持ちいい。
あと……自然がいっぱい。
あとは…………

「あやのー、これって森林浴ってヤツになんのかなー」

 ……以上。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:30:48.55 ID:TBBAKQJ7o

 車は走る。
現在時刻は13:10。
車には、私と日下部と峰岸の3人が乗っている。
女子3人寄ればなんとやらとは言うけど、ごたぶんに漏れずこの車内もやっぱりかしましい。
主に日下部が。

「なあなあ! 今の花めっちゃきれいだったなー、摘んでってもいいかなー!」

 こんなふうに、私の真後ろではしゃぎっぱなしの日下部。
というかアンタのその格好はなんだ。
Tシャツにショーパンにビーサンって、子供か。
夏休みにおばあちゃんの家に行く子供か。

「だめだよみさちゃん、花は見て楽しまなきゃ」

 そう考えると、峰岸が少し歳の離れたお姉さんに見えてくる。
白地に薄く花柄の入ったワンピースに、五分丈のニットカーディガン、膝の上に日よけのストローハット。
困った、もう二人が姉妹にしか見えない。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:32:31.16 ID:TBBAKQJ7o

 となると私はなんだろう?
やっぱり二人の保護者?
でも私のカッコもボーダーカットソーにショーパンレギンス、ミュールとかだし……

 ……親戚のお姉さん?
ちょっとマセてる感じの。
いやいやいや、そりゃたしかに今日の服装はちょっと適当かなーって気もするけど、
それでも4、5ヶ月前までは華の女子高生だったわけだし、まだハタチまで11ヶ月もあるし……

「なあひいらぎー、さっきからなにブツブツ言ってんだー?」
「うえっ!?」

 後ろから不意に声がかかり、私は頓狂な声をあげてしまう。

「うえっ!? じゃねえよー、さっきから一人でなんか喋ってたぜー」
「それは、えーと……アレよ!その……」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:34:13.35 ID:TBBAKQJ7o

 まいった。
大学の友人にも指摘されたのだが、どうやら私は考え事の最中に独り言をつぶやく癖があるらしい。
よりにもよって日下部に聞かれるなんて、一生の不覚。
しどろもどろになって言い訳を考えていると、思いがけず助け舟が渡されてきた。

「柊ちゃん、ずっと運転で疲れたのよね? ちょっと休憩にして、体伸ばしてもいいんじゃないかな」
「おーいいこと言うなあやのー」

 ナイス峰岸!

「そうよそれそれ! さっきからいいとこないかなーって探してたの、
見つけたらちょっと休憩にするからね!」

 ナイス私!

「……そんじゃ車止めたらホントのこと教えろよなひいらぎ」
「柊ちゃん今日の服かわいいもんね、華の女子高生って感じ?」

 ハイ大間違いでした。
今日たぶん厄日だわ、厄日。


13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:36:00.55 ID:TBBAKQJ7o



 悪路から解放され広く整った道路を十数分走り、
巨大な骨組みで構成された塔の足下に車を停めると、私は全身を目一杯伸ばした。
伸ばした指先から胸の中心まで、血液が酸素を乗せて駆けめぐる。
後部座席で肩を重ねて眠る二人に気づかれないよう静かに、私は凝り固まった体を外界に放り出した。

 さわやかな風とやわらかな日光といきたいところだったけれど、
周囲の森が清風を遮り、太陽も暗灰色の雲に飲み込まれてしまっていた。
ぬるま湯のような空気の中で、溜息がひとつこぼれた。

 鈍色の電波塔が鬱屈とした森を切り裂き、雲に呑みこまれるほどに高く伸びている。
これのおかげで外とつながれるってことは、これにその権利を全て委ねていることだ。
自分の内臓の一つをこの鈍色の巨人に握られているような気がして、
かすかな反抗で彼を守る金網の根元を蹴飛ばしてみた。
耳障りな音と共に露出した親指に軽い痛みが走り、ミュールが居心地悪そうに砂を噛んだ。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:37:07.67 ID:TBBAKQJ7o

「柊ちゃん」

 振り返えれば差し出されるペットボトル2本。

「ジュースとお水、どっちがいい?」

 少し悩んで、オレンジジュースを受け取る。
疲れたら糖分、ってことで。

「サンキュー峰岸、起こしちゃってごめんね」
「ううん全然、私も外の空気吸いたかったから…もう2時も回ったんだね」

 峰岸がボトルの蓋を開いて水を口にすると、私もそれに倣いジュースを飲む。
液体が唇に触れ、ゆっくりと口の中へ沈んでいく。
豊潤なオレンジの香りと、絡みつくような触感、そして濃厚な甘みに思わず顔を歪める。
体は貪欲に飲み込んだジュースを吸収するが、私がこれを飲むことは金輪際ないだろう。
ペットボトルの口を閉め、一呼吸。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:38:39.30 ID:TBBAKQJ7o

「峰岸、悪いんだけどそっちの水ちょっともらえない?」
「あれ、柊ちゃん100パージュースだめだったっけ?」

 彼女は心底意外そうな顔を見せながら、ミネラルウォーターのボトルキャップを閉めて差し出してくれる。
私は差し出された水を受け取り、軽くお礼を述べた。

「私はどうも苦手なのよね、甘ったるくて」
「私はその甘さが好きなんだけどなあ……あ、みさちゃんが好きだったのかなあ、たぶんだけど」
「あーなるほどね、わかる気がするわー……で、その日下部はまだ昼寝中?」
「そう、起こさないでここまで来るの苦労したんだから」

 そう言って車に目をやる峰岸の表情は、春の日差しのように穏やか。
お姉さんは撤回、やっぱり峰岸はお母さんね。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:40:24.38 ID:TBBAKQJ7o

「……そんじゃ日下部もいないところで真面目な相談なんだけど、峰岸はこれどう思う?」

 と、つとめて明るい調子で呼びかける。
そう、私達はなかなかの難問を目の前にしていた。

「……これって……この壁のことだよね?」

 と、彼女は困ったような調子で答える。
なるほど、壁というのはいい比喩だと思う。

 たしかにそこには、白い壁が立ちはだかっていた。

 塔下の広場からほんの10m前方、私達が進もうとしている方角に真白な壁がある。
その正体は、見たところ”霧”みたいだ。
濃厚な霧が、まるで壁のように幾何学的なラインを引いて広がっている。
その広がりは、鬱蒼と茂る木々のせいで全く測ることができない。
高さも肉眼で届く範囲を十分に超えている。
少なくとも、高層ビルほどの電波塔よりも上空まで達していることは確かなのだけれど。
中を覗いても、目測10数mくらいまでしか視界が届かない。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:41:50.89 ID:TBBAKQJ7o

「山奥だとこんなこともあるのかなあ……」

 峰岸はおっかなびっくり手を霧に差し出す。
私もそれに倣って右手を伸ばすが、腕が丸ごと呑み込まれていくような感覚に慌てて手を引っ込めた。

「こういうものなのかしらね……」

 まるでゼリーに腕を差し込んだみたいだ。
それに、厭な冷たさ。

「……まあ、こうしててもしょうがないし、行こっか」
「そうだね、高良ちゃん達も待ってるだろうし……」

 峰岸は車へ歩き出す。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:43:18.52 ID:TBBAKQJ7o

 私は水を一口含んで一息に飲み込んだ。
口ぶりからすると峰岸はこの霧に少なからず不安を持っているようだし、それは私も同じだった。
正直に言えば、このまま旅行を止めてすぐに帰りたいとさえ心のどこかで考えている。
なぜかはわからないけど、あの霧に触れた瞬間にそう思った。
なにか得体の知れない恐怖が、霧の中から体の内部に侵入してきたみたいだ。
まあ、待っているこなた達を放って帰ることなんてできないんだけど。
また一つ、溜息がこぼれた。

 ボトルを封じて車へ戻ろうとしたその瞬間だった。
射るような視線に背後から心臓を貫かれ、考える間もなく体が動いていた。

 そこには、変わらず白い壁があるだけだった。
当然、壁を破って化物が姿を現わしたわけでもない。
肩透かしをくらったような気持ちで呆けていると、一陣の風が私を貫いた。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:44:25.47 ID:TBBAKQJ7o

 その風は冬より冷たく、私の体温を奪い去る。
肩を抱いて、目を閉じて歯を食いしばって寒気を堪える。
風は周囲の音や色を吹き飛ばし、世界を真っ白く染め上げた。
そして霧の中からは再びあの視線が矢のように飛んでくる。
いけない、このままじゃ目を開いてしまう。
心臓が早鐘のように鼓動を打つ。
私の体を突き刺すほど睨んでいる、それの姿を目にしてしまう。
いけない、見てしまう。
それが何者か。
私は、知りたくない。
それが―――
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/07/18(月) 05:46:08.83 ID:TBBAKQJ7o

「―――っ!」

 目を開くと世界は以前の姿に戻っていた。
じっとりとした空気が肌にまとわりつき、遠くで鳴く蝉の声が耳に障る。
霧は変わらず漂っているだけで、異変は幻のように消え去っていた。
首筋をじわじわとつたう汗が私を不快にさせる。

 車中では、日下部を峰岸が揺り起こしている姿が見られる。
首筋の汗をぬぐい、冷水を二口三口と体内に流し込む。
きっと、疲れのせいで白昼夢を見てしまっただけだ、そう自分を納得させる。

 そうして私は二人が待つ車へ走り出した。

 決して、後ろを振り返らないように。


21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [age saga]:2011/07/18(月) 05:52:26.63 ID:TBBAKQJ7o
 今日は、以上です

 投下間隔は一週間目安で予定しとります
が、次回は21日深夜にやる予定であります

 しっかしレスにすると消化はええんだなあ、くわばらくわばら


 ここまで読んでくださってありがとうございます。
それでは、また次回。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/18(月) 07:50:49.97 ID:GkrweyXSO
また変わった組み合わせだな
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/18(月) 09:10:02.95 ID:86QogovTo
デモンズソウルかとオモタ
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/18(月) 15:48:55.45 ID:9G76p8oIO
できれば主要キャラはしんでほしくないなあ期待
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [age saga]:2011/07/22(金) 00:58:45.32 ID:5blvEuBDo
 やっぱり深夜になったぜ、ははっ、わろす
レスありがとーごぜえますね

 ぬるっと投下始めまーす
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:03:49.47 ID:5blvEuBDo



 #2


27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:07:09.12 ID:5blvEuBDo


 N町
総人口2000名弱(予定)
標高……たしか千数百メートルに位置する街
行政の観光政策によって生まれた街
西洋風の街並みを忠実に再現
住人の大部分が第三次産業に従事
それっぽく言うなら、人工都市


 その一般公開を前に、夏休みとこなたのお父さんのコネを利用して私達はここに観光にやってきた。
長時間のドライブを経て、ようやく街に乗り込んだ……んだけど。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:09:20.08 ID:5blvEuBDo

「ひいらぎー、気をつけろよなー私は友達が人殺しなんてそんなのイヤだからなー」
「さっきのはしょうがないでしょ……大体、お金出すの私なんだからね。ああもうヘコむー……」
「おっ、車の凹みと心のヘコみをかけてんのかーやるじゃんひいらぎー」
「くさかべえええぇぇぇ!」
「まあまあ柊ちゃん落ち着いて……私も協力するから、ね」

 凹み、というのは十数分前私が木に擦って作った車の怪我のこと。
怪我がなかったのは幸いだけど…私のサイフには大きすぎる痛手だ。

「……まあ、そりゃ気をつけるって……この霧だからね……」

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:11:38.10 ID:5blvEuBDo

 壁に突入してから霧の深さは進むほどに濃密になっていき、
今では車を走らせているメインストリートの両端が霞んで見えるほどだ。
(片側二車線のしっかりした道路だから、結構な幅はあるのだけれど)

 時刻はまだ14時過ぎだというのに日光がほとんど届いていないらしく、周囲は太陽が沈んでしまったばかりのように薄暗い。
街灯の灯りが進むべき道を頼りなく示している。
この状況じゃあ気をつけていても過失を犯してしまいそうなので、制限よりだいぶ控えめの速度で通りを走る。

 幸いにして、そのような事態に遭遇する気配は感じられないけど。

「なーんか人っ子一人いないじゃんかよー、休みの昼間なのにおかしくねーか?」
「それはほら、まだここは一般公開されてないでしょ? この霧だからきっとみんな家の中にいるんだと思うよ」

 日下部が質問、峰岸が解答。
これまでずっと、10年近くも見続けてきた光景ではある。

「それにしたってなあー……ひいらぎはどう思う?」
「うーん、峰岸に賛成。みんな閉じこもってるんじゃないの?」
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:14:05.63 ID:5blvEuBDo

 かるーく答えて車を路肩に停め、パンフレットを広げて地図を眺める。

「それより、ちょっとホテルの前にスタンド寄ってきたいからそっち見てもらってていい?」

 もう少しっぽいからと付け加え、車を再び発進させた。

「そこに行けば嫌でも人に会えるでしょ、まさか営業してないはずもないし」
「第一町人はっけん! ってか、りょうかーい」
「柊ちゃん、もう少しよろしくね」

 気持ちのいい返事を二人から受け取り、車の速度をさらに緩めて走る。

 ……まさか、本当に営業してないなんてことはないわよね。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:16:33.12 ID:5blvEuBDo

 ほどなくガソリンスタンドを見つけ、車で乗り入れる。

 ヘッドライトを浴びて霧の向こうに浮かび上がるそこは、さながらヨーロッパの映画から飛び出したような外観だった。
さすが”西洋の街並み”と言ったところだろうか。
後ろで日下部が騒ぎながら写真撮ってたのも当然ってことで。

「……っていうか普通のスタンドよね? 私、セルフやったことないんだけど」

 ぼやきながら車を白線内に停める。

「そんな心配しなくたってここはサービスの町なんだからよー、大丈夫だってば」
「そうよね、待ってりゃ大丈夫よね、あはは……」
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:17:31.51 ID:5blvEuBDo


…………

…………



「…………」

「…………」



「……誰も来ないね」





 そう、待てど暮らせど店員が現れる気配すらない。


33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:19:11.71 ID:5blvEuBDo

「あーもう! まさかホントに営業してないの?」
「うーん……私達に気づいてないんじゃないのかな?」
「かもなー、そんじゃいっちょ呼び出してくっかー」

 そう言って勢いよく車から飛び出して行く日下部。
このフットワークの軽さは見習わないと……なんて思いながら背中に向かって一声。

「お願いねー」

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:22:13.91 ID:5blvEuBDo


 それから、峰岸と話すこと数分が経った。
歩いて十秒かからない距離だろうに、日下部は帰ってこない。


「……遅いね、みさちゃん」

 物憂げに外を見つめる表情からすると、峰岸はだいぶ不安がっているようだ。
無理もないとは思う。
私だって、情けないことに不安で指先が落ち着かないでいるわけで。
こういうイレギュラーに弱いほうだと自覚はしていたけれど。


 先ほど感じた視線と悪寒が、胸の内をじわじわと締め上げる。

「そうね……よし、日下部のことだ。迷ったかもしれないし迎えに行くわ」

 あえて声を張って、何ごともないように告げてシートベルトを外す。

「あ、それなら私も!」

 峰岸も同じようにベルトを外してカーディガンを羽織る。
誰か来たときのために峰岸には車にいてほしいのだけど……一人では不安なのも事実だし、ここは素直に一緒に行くことにしよう。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:24:23.57 ID:5blvEuBDo

 ゆっくりと外に出て辺りを見回し、車の鍵を閉める。
8月だというのに、ここの気候は半袖では肌寒いくらいだ。
標高のせいか霧のせいか……なんとなく、後者だとは思うのだけれど。

 それに、ただ寒いとかそれだけじゃなくて……なんて言えばいいのか。
それこそ、この霧が体内に入り込んできて体温を奪っていっているような、そんなバカげた空想さえ喚起させる。

 事務所には、やはり十秒程度で到着した。
ガラス張りの事務所内部にはこうこうと明かりが灯っていて、純白の内壁に反射する光がまぶしく感じられる。

 しかし、本来ならば必ず誰かいるはずのそこにも人の姿はない。
そして、日下部の姿もそこにはなかった。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:28:44.16 ID:5blvEuBDo

 会話は無かった。
峰岸は押し黙って私に寄り添うようにしている。
私も黙って事務所のドアノブに手をかける。
掌から冷気が流れ込み、冷たい血液が体内を駆け巡った。
恐る恐る扉を開くと、中から生ぬるい空気が漏れ出してくる。
踏み込んだところで、やはり人の気配は感じられない。
自販機の機械音が空しく響いているだけだ。


「柊ちゃん、あれ……」

 小さな声と共に、視界の端から峰岸の手が突き出される。
その指先は、何かを指し示しているようだ。

「あれって……テーブル……?」


 目を向けた先には、奇妙な状況が広がっていた。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:33:20.89 ID:5blvEuBDo

 まず目に付くのは、キャップが開いたままテーブル上で横倒しになったペットボトルと食べかけのお弁当。
ボトルのお茶が乾いた跡だろうか、テーブル上や床に薄茶色の染みが広がっている。
丁寧に作られた、彩りも豊かなお弁当は中身が半分以上が残されている。
それを包んでいたであろうハンカチも、雑然とテーブルの上に投げられていた。

 近付いてみると、しばらくそのままになっていたのだろうか、固まったお米が半透明になっているのがわかる。
その横には携帯が開かれたまま裏返しに置かれていた。
『家内安全』と彫り込まれたご利益のありそうな御守が、だらしなくテーブルからぶら下がっている。

 新築の小ぎれいな内装と明るい色合いにまとめられた部屋の中心で、生活痕の残ったテーブルが異様な雰囲気を放っていた。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:36:37.08 ID:5blvEuBDo


 私の心はさらに言いようのない不安感に襲われる。
まるでいつか読んだ、『マリー・セレスト号』のエピソードのようだ。

「……早く日下部見つけたほうがよさそうね」
「うん、でもここにはいないみたい……外、探してみよう」

 峰岸は一刻も早くここから立ち去りたいようだし、私にもそれを断る理由はない。
とにかく、日下部を見つけないと。

 早足で出口へ向かう。
扉を目の前にして、外の空気を思い出し体が凍りつく。
目を伏せて一つ深呼吸し、気合いを入れて扉に手をかけた。

39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:38:57.56 ID:5blvEuBDo

「―――!」



 目の前の、ドアを隔てて数十cmの距離に人間が突然現れた。


 だけど、すんでの所で叫び声を上げずに済んだのは、幸いだった。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:42:28.31 ID:5blvEuBDo


「なんだよ、二人とも車で待ってんじゃねーの? びっくりすんじゃんよー」


 事も無げに扉を開いて私達を飛び上がらせたヤツ、日下部が事務所に入ってくる。

「……もう! こっちが言いたいわよ……あんた今まで何してたの?」
「はは、わりーわりー。なんかここも誰もいねーし、裏とかどーかなって思ったんだけどよー、
やっぱ誰もいねーんだよな……どうなってんだろーな」

 不思議がるような、ちょっと腹を立てたような口調で説明をつなぐ。

「ちゃんと二人にも連絡しようとしたんだぜ?
けどさっきから携帯がずっと圏外でよー……柊のどうなってる?」
「え? 別に普通じゃ……」


 驚いた。
あんな獣道みたいな山林の中でも三本立っていた電波が圏外になっている。

 一体、どうしたことだろう。

「ホントだ、私のも……峰岸のは大丈ぶ……」
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:44:01.17 ID:5blvEuBDo



 驚いた。


 って言うか、どう反応すればいいやら……

42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:46:23.30 ID:5blvEuBDo


「…………あーーはっはっは! なんだよあやのそれー!」

 とりあえず、このリアクションは不正解だと思う。


 峰岸は地べたに腰を落とし、華奢な両手で力なく体を支えていた。
うつむいていて表情は見えないが、ただ顔が真っ赤に染まっていることだけはわかる。


「……腰、抜けちゃった」

 震えた声で峰岸は言い、顔を上げて最高の苦笑いを浮かべた。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:48:04.38 ID:5blvEuBDo


 結局、店員の姿も見つけられないまま私達は車へ戻った。

「そんでどーすんだよひいらぎー油入れらんなかったしよー」

 散々笑ったせいか、若干紅潮した頬を膨らませて日下部が発言する。

「それは仕方ないから帰りでいいわよ、もうホテル行っちゃいましょ」

 私も少なからず……というかかなりリラックスできた。


「……そうだね」

 私達に安らぎを提供してくれた峰岸、しかし本人は明らかに口数が少ない。

 そりゃそうか、腰抜かして日下部におぶってもらってここまで来たんだから。
私だったら……なんて考えたくもないわね、峰岸、笑ってごめん。
でも、『あやののことおんぶするなんて小学以来だなー』なんて言われてたのはとっても微笑ましかったよ。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:49:01.52 ID:5blvEuBDo


 結局、店員の姿も見つけられないまま私達は車へ戻った。

「そんでどーすんだよひいらぎー油入れらんなかったしよー」

 散々笑ったせいか、若干紅潮した頬を膨らませて日下部が発言する。

「それは仕方ないから帰りでいいわよ、もうホテル行っちゃいましょ」

 私も少なからず……というかかなりリラックスできた。


「……そうだね」

 私達に安らぎを提供してくれた峰岸、しかし本人は明らかに口数が少ない。

 そりゃそうか、腰抜かして日下部におぶってもらってここまで来たんだから。
私だったら……なんて考えたくもないわね、峰岸、笑ってごめん。
でも、『あやののことおんぶするなんて小学以来だなー』なんて言われてたのはとっても微笑ましかったよ。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 01:53:03.28 ID:5blvEuBDo

「しっかしなんで電話通じなくなっちまったのかなー」

 着いたら家に連絡しろって言われてたのによー、と日下部は愚痴る。
峰岸の携帯も、やはり圏外を示していた。
私も家族に連絡を入れないといけないし、こなた達とも連絡とれないし、まったく不便なことこの上ない。


 ……いや、この不快感はそれだけじゃない。

 電波塔で考えていた、つまらない想像が実現した。
それも、些細なことかもしれない。

 だけど、少なからず心中穏やかではいられなかった。

 携帯一つにこんなに依存してたなんて、とか庶民的なことを考えている場合じゃなく、
現実に外界とつながる手段が一つ奪われたことが私を不安にさせる。


「……さあね……まあ、ホテルに固定電話もあるんだから、ちょっとの我慢よ」

 得意の希望的観測を口にして、制限遵守で車を走らせる。
事故の心配もなさそうだけど、かと言ってスピードを上げることもできず。


 結果、ホテルに到着した頃には時刻は15時に迫っていた。

46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/22(金) 02:00:10.07 ID:5blvEuBDo

 はい、本日は以上であります
途中、連投規制とかで騙されて二重になったんで、>>44はあぼーんしてください

 次回は25日深夜にでも
まあ話が進まないので軌道に乗るまで巻きでいきます
たとえ自分の首を絞めることになろうとも


 読んでくださってありがとうございました。 
よろしければまた次回。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [saga sage]:2011/07/22(金) 12:54:44.18 ID:Kqri5WUt0
ヴァイスで双子デッキ使ってた俺得SS
頑張れよ、>>1
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北陸地方) [sage]:2011/07/22(金) 13:57:26.04 ID:aR1G7WUAO
ガタックのほうかとおもた
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/07/22(金) 18:50:18.31 ID:eBZXImIAO
サイレントヒルかと思ってスゲーwktkしてたけど……
まぁ応援するよ。頑張って!!
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/07/25(月) 20:39:42.73 ID:eOZTErzJo
 サイレントヒルもデモンズソウルも好きです
誰からきすたでやってくんねえかなあ

 投下します
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:41:46.94 ID:eOZTErzJo



 #3


52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:42:22.51 ID:eOZTErzJo

 ホテル裏の駐車場に車を停めること数分の現在、私達は正面玄関の前で立ちつくしていた。

 ホテルは西洋の古風な洋館に高層ホテルをくっつけたような風変わりな建物だ。
とは言っても著名な建築家デザインしたものらしく、そのたたずまいは違和感を全く感じさせない。
まるでアニメの世界みたい……ってこれじゃこなたみたいね、まったく。

 正面玄関には重厚感溢れる木製の扉が立ちはだかっている。

 しかし、ここの売り文句の一つである”欧州で一流の教育を受けた”ドアボーイはどこにも見当たらない。
そのせいで私達は一流のサービスも受けられず扉の前で立ち往生というわけだ。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:43:31.93 ID:eOZTErzJo

「……やっぱり誰も来ないね」

 なんとかショックから立ち直った様子の峰岸が、ドアをノックしながらつぶやく。

「車はあったし誰もいないはずないんだけどね……すいませーん! 誰かいらっしゃいませんかー!」

 都合3度目の叫び声も空しく扉に吸い込まれていく。

「まったく、一流のサービスはどうしたんだってば……だれかここ開けろーーー!」

 しびれを切らした日下部が私より数段大きな声で叫ぶ。


 その声も扉にはじかれ、霧の中へゆっくり散って消えていった。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:44:10.77 ID:eOZTErzJo

「しょうがない、こうなったら勝手に入りましょ」

 数分後、私の提案に二人は無言で肯定を示した。
しびれを切らした以上に、早く誰かに会いたいんだと思う。
少なくとも、私はそう。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:45:33.64 ID:eOZTErzJo


 見た目に反して滑らかに動く扉から手を離し、私達はホテル内に足を踏み入れた。

 だだっ広いエントランスは静寂に包まれていた。
暗橙色の間接照明と採光窓からかすかに入る光がフロアを弱々しく照らしている。

 一日中ホテルマンがいるはずの正面のフロント、右手に広がる待合所、いずれにも人影を認めることはできない。
利用者のいない椅子が寂しそうに鎮座し、スイッチの切れたテレビの真っ黒な液晶が室内を寂しげに反射している。

 耳を澄ませばかろうじて、左手の売店から機械音、どこかにあるゲームコーナーから場違いに明るい電子音が聞こえてくる。

 どこか浮ついた感覚は、まるで夢の中みたいだ。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:46:18.13 ID:eOZTErzJo

 黄銅色の呼び鈴を鳴らしてみても、フロント奥のドアから従業員が姿を現す出すことはない。
玄関でしたより大きな声をあげてみても、答える人は誰もいない。

 展望レストラン、大浴場、温水プール……パンフレットで目にしたあらゆる空間の画が、
不気味な静寂を伴って頭の中を巡っていた。
人間が消えただけでこんなにも摩訶不思議な空間が出来上がるんだと、つまらない感心が先立ってしまう。

 それは逃避だって、よくわかってる。
それでもこの夢みたいな現実の中で、頭が出した答を心が認めたくないらしい。

 つまり、非常事態だと。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:46:49.99 ID:eOZTErzJo

「……い……おい……おい、ひいらぎ!」

 肩を激しく揺さぶられ私は……そう、目を覚ました。
 
「ひいらぎ、ちびっこ達の部屋はどこだ?」

 ちびっこ達の部屋……こなたの部屋はどこだっけ?

 不意に暖かい感触に後ろから包まれる。
振り向くと、峰岸がカーディガンを私に羽織らせ、肩を柔らかく抱いていた。

 それでようやく、私は自分が震えていることに気が付いた。

「柊ちゃん、泉ちゃんの部屋は何階の何号室か教えて」

 まるで子どもをあやすような声で峰岸は私に語りかける。

 泉ちゃんの部屋……こなたの部屋は……


『3階の一番奥、305だからね〜間違えて他の部屋に入らないようにね、かがみん』
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:49:21.76 ID:eOZTErzJo

 ……

「……3階の一番奥……305号室」

 私の言葉を聞くやいなや、日下部は走り出していた。
階段を2段飛ばしで駆け上っていく姿は、まさに風のようだ。

「柊ちゃん、私達も行こう」

 そう言って峰岸は私の手を引いてゆっくりと歩き出す。
私は止まない寒気に肩を震わせながら、ただ耐えることしかできなかった。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:51:21.11 ID:eOZTErzJo


 果てしなく長く感じられた階段を昇り、3階廊下になんとか辿り着く。

 既に日下部は部屋に入ったようで、内開きの扉が口を開いていた。
私もおぼつかない足取りで、それでも出来るだけ急いで、峰岸に導かれながら部屋へ向かう。


 室内はひどい有様だった。

 5人分の荷物はそのまま、誰の姿もそこにはない。
大部屋の畳の上にはぐしゃぐしゃの布団が散らばっている。
蛍光灯に反射してチカチカと輝いているのは割れた窓ガラスの破片だ。

 荒れた室内は、今となっては日下部がどれだけ散らかしたのかわからないが、ここで何かが起きたことをたやすく想像させた。
そんな中で日下部は押入れを開き、布団をめくり、窓を覗いてトイレや浴室にまで入り、室内を隈なく調べている。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:51:52.43 ID:eOZTErzJo


 こなた。みゆき。つかさ。ゆたかちゃん。みなみちゃん。


 目の前が真っ暗になり、気づけば峰岸に体を支えられていた。
鉄塔の下で感じた視線と悪寒、街を覆い尽くす霧、そして誰もいないこの街。

 様々な要素が噛み合い、私の空想、悪夢が際限なく広がっていく。

 得意の希望的観測もすっかり形をひそめて、最悪の事態が頭の中でループし続けた。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:52:46.77 ID:eOZTErzJo

「……柊!」


 もう一度、日下部の声で目を覚ました。
日下部は私の両肩を真正面からがっしりと掴んでいた。

「いいか、今からこの階回ってくからな。この階が終わったら次の階、一緒に行くぞ」

 そう言って硬直した私の瞳をじっと見すえる、日下部の声はうわずり、唇が震えていた。


 それに気づいた私は、凝り固まった首を精一杯に縦に動かした。
逆に彼女の瞳を懸命に見つめ返して、できるだけ力強く肯定のサインを送る。

 日下部は一度だけ頷くと、峰岸に目で合図を送って扉に向かって歩き出した。

「柊ちゃん、行こう」

 その後を追って、峰岸が私の手を取って歩き出す。
私の指を優しく握る彼女の手は小刻みに震えていた。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:53:15.92 ID:eOZTErzJo


 まるで、気持ちが伝わってくるようだ。
日下部の言葉から、峰岸の指先から、勇気が私に流れ込む。
希望的観測が帰ってくる。
震えは止まりはしないけど、二人と同じなら仕方ないし、悪くない。

 峰岸の掌をしっかりと握り返し、数歩ぶん前を行く日下部の背中を追う。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:54:30.15 ID:eOZTErzJo


 と、そこであることに気付いた。


「ちょっとちょっと、二人ともストップストップ!」

 怪訝な顔で同時に振り返った二人にハッキリと伝える。



 私達、丸腰。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/25(月) 20:56:17.45 ID:eOZTErzJo
 中座します
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/07/26(火) 00:16:56.23 ID:3uEXW1SRo
 中座ってレベルじゃねえが再開
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:17:36.66 ID:3uEXW1SRo


 現在の状況。
私と日下部がリネン室から拝借したモップ、峰岸が消火器、、と頼りない装備で3階の捜索を続けている。

 エレベーターを中心に東西に客室が広がっているフロアの西側、301から307までの6部屋を調べ終えて、収穫なし。

 さすがに一般公開前だからか、ほとんどの客室は鍵がかけられていた。
一室だけ、305と同様に荒らされた部屋があったが、そこに人の姿を確認することはできなかった。

 未だに誰かを……こなた達を見つけることはできないでいる。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:18:24.01 ID:3uEXW1SRo

「よし、じゃあ東側いきましょうか」

 隣に立つ日下部、一歩後ろに立つ峰岸に呼びかけた。
二人は静かに頷き、私と歩調を合わせてゆっくりと歩く。
緊張から少しは解放されたようで、冷静に歩を進めている。

「いやー、しかし柊が立ち直ってくれてよかったぜー」

 軽く背中を伸ばしながら、場違いに明るい口調で日下部が切り出す。
まったく……大根役者なんだから。

「ほんとにね、一時はどうなるかと思っちゃった」

 峰岸も、いかにもといった口調でそれに答える。
どうやら、気を遣ってくれているみたい。

「泣きそうな顔してんだもんなーさすがに焦ったぜー」

 気遣いは嬉しいんだけど……
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:19:07.61 ID:3uEXW1SRo

「でもちょっと可愛かったなあ、あんな柊ちゃんめったに見れないよね」
「写真撮っときゃよかったよなあー」

「あんたら、黙って聞いてりゃ好き勝手……バカにしてんのかー!」

 耳がどんどん熱を蓄える。
顔が赤くなっていってるのがよーくわかる。
こんな状況で大声をあげるべきじゃないのもわかってるんだけど。

「おおー!ひいらぎが怒ったー!」

 そんなつもりじゃねーのによー、と大袈裟に頭を抱える。

「そうだよ、柊ちゃんが先導してくれるようになって嬉しいんだから」
「それはホラ……日下部が見境なくドア開けようとするから……仕方ないじゃない」

 そう、日下部を先に行かせるとろくすっぽ確認もせずドアをガチャガチャやってしまう。
危険を避けるために私が先頭に立ってるだけで……仕方なく……
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:20:38.69 ID:3uEXW1SRo

 ……結局、二人のおかげでいつもの自分に戻れたのは確かなのに。
ちゃんとした感謝もできないいつもの自分が、なんだかイヤになる。

「まあひいらぎが元気ならそれでいいけどなー続きいこっぜー」
「ほらみさちゃん、離れたら危ないよ」

 ……

「ん、なんだって?」

 ……とう

「どうしたの?」

「……ありがとうって言ってるのよ」

 結局、いつもの私と変わらず、それでも少しは伝えられたかな。

 まあ……二人のこのニヤニヤ笑いはしばらく忘れられそうにないけど。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:21:20.89 ID:3uEXW1SRo


「……ここもダメか」

 309号室に鍵がかかっていることを確認し、溜息をついた。
このフロアも残り3部屋、再び悪い思考が心を占めようとする。

 日下部峰岸も一息遅れで溜息をつく。
口にはしなくても、二人とも確実に疲弊しているのだろう。

「よし、そんじゃ次の部屋行きましょ……」

 なるべくなら、そんな様子は見せたくないもんだけど。

「おおー……」
「おー……」

 お互い、そんなわけにもいかないわよね。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:22:48.60 ID:3uEXW1SRo


 『310』

 いかにも気取った文体で書かれたプレートがついた部屋の扉に手をかける。
私がドアノブ、日下部がドアの前、一歩下がって峰岸が消火器を構える。
二人に目で合図を送り、返事を受け取る。
一呼吸で心の準備を済ませ、私はノブを握る手に力をこめた。


 ガチ、と音がして、ノブはかたくなにその位置から動こうとしない。
緊張から解放され、もう何度目か忘れるほどに繰り返した溜息を吐いた。

「またかー……んじゃ次な……」

 素直な日下部はもう疲れた様子を隠そうともしない。
とは言ってもまだまだ道のりは長いだろう。
彼女の肩をポンと叩き、苦笑いを交換して再び歩き始める。


 そこでふと、峰岸が立ち止まっていることに気が付いた。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:23:30.28 ID:3uEXW1SRo

「あれー、どしたんだよあや……」

 しっ!
と日下部の問いかけは珍しく厳しい顔をした峰岸に制された。
彼女は口に人差し指を当てた”静かに”のポーズのまま、310号室の扉を見つめている。

「どうしたのよ峰岸、なんか気になる……」

 しーーっ!
と私の声も同じように打ち消される。
驚いた、というか峰岸に制されるのって初めてかも。
などと考えている私と日下部を手招きし、耳元で囁いた。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:24:11.96 ID:3uEXW1SRo



 何か聞こえる。


74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:25:26.92 ID:3uEXW1SRo

 さあっと体を硬くした私達に続けて。

「……誰かいるかも」

 あっという間に喋ることも忘れて、私は310に意識を集中させる。
クリーム色のドアは何も語らない。

 ……

 ……

 だけど、たしかに何か聞こえる。
話し声には聞こえないけれど、室内から弱々しい物音が聞こえてくる。



          ・・・・
 こなた達だろうか、それとも……

75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:26:17.96 ID:3uEXW1SRo


 高まる鼓動と比例して頭が痺れていく。
息も苦しくなるほどに、期待と不安で神経が昂っていた。


 がちゃり、と鍵を開ける音が聞こえた。
息を呑み、体を緊張させて武器を構える。
ノブが回ると、扉がゆっくりと引かれていく。



 そして、言葉にできないほどの喜びが室内から躍り出した。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2011/07/26(火) 00:27:08.87 ID:QNawgxQoo
霧と聞いててっきりあの人かと思ったでござるのまき
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:27:18.51 ID:3uEXW1SRo

「おねえちゃん……よかった、よかったよう……」

 愛しい妹、つかさ。
私も会えて嬉しいわ、だけどそんなに泣かなくったっていいじゃない。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:27:49.28 ID:3uEXW1SRo

「かがみさん、日下部さん、峰岸さん……本当に、無事で良かった……」

 無二の親友、みゆき。
無事でよかった、ってのはやっぱり……。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:28:36.94 ID:3uEXW1SRo

「みなさん……良かった……本当に、無事で……」

 可愛い後輩、みなみちゃん。
口調はやっぱり控えめだけど、本当に優しい子なのね。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:29:28.24 ID:3uEXW1SRo

 みんなに会えて、すごく嬉しい。
本当に……すごく心配してたんだから。

 ……でも、おかしいわよね?


「……うん、本当に良かった……でも……」
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:30:28.35 ID:3uEXW1SRo





    ・ ・
 ……5人で泊まってたはずじゃない。




82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:31:20.50 ID:3uEXW1SRo


「……こなたと、ゆたかちゃんは……?」

 その問いかけに、耳が痛むくらいの沈黙が返ってくる。
しかし俯いた3人の様子が、質問への何よりの解答に思えた。


「……とりあえず、ここにいては危険かもしれません、部屋に入りましょう」

 重苦しい空気の中で、ドアに手をかけたみゆきが口を開く。
断る理由もないので、私達はそれに従い310へ。

「……小早川さんがベッドで休んでいますので、起こさないようにお願いします」
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:32:05.91 ID:3uEXW1SRo





 小早川さんが?





84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/26(火) 00:37:27.23 ID:3uEXW1SRo
 本日は以上です。
ズレは脳内補正してくださると嬉しいです

 次回は30日土曜の夜にでも、ようやく話が動くとこまでいけそうです

 それでは今回も、ありがとうございました。
また次回、よろしくお願いします。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/26(火) 01:51:46.57 ID:eQyH3BRDO
乙!!
土曜日が待ち遠しいぜ
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:06:28.82 ID:xm2Rv5pmo
 意外と遅くなった。

はじめます
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:08:15.92 ID:xm2Rv5pmo
 意外と遅くなった。

はじめます
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:08:57.89 ID:xm2Rv5pmo



 #4


89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:11:51.61 ID:xm2Rv5pmo

 部屋は広い和室で、305号室と全く同じ構造のようだった。
ドア横に不自然に積まれたテーブルや冷蔵庫の脇をすり抜け、部屋の中心へ進んでいく。

 ゆたかちゃんは布団も乱さず眠っていて、
寝込んでいるというよりは昼寝をしているといった様子なのだが、半日近く起きていないらしい。
彼女を起こさないよう注意しつつ、周囲の状況を観察する。

 そこで過ごしていたのだろう、彼女の傍に寄せ集められた布団の山からは、
寝巻き姿の3人が肩を寄せ合っている光景が容易に想像された。

 カーテンがしっかりと閉められた窓からは、外の様子を微塵も窺い知ることはできない。

「みなさん、準備もできましたしこちらへどうぞ」

 みゆきの声を受け振り返ると、円形に6枚の座布団が配置してあり、みゆきとみなみちゃんが既に鎮座している。
二人の気遣いに感謝しつつ、私達もそれぞれ腰を下ろした。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:14:06.92 ID:xm2Rv5pmo


 再び、重苦しい沈黙が広がる。
蛍光灯の真っ白な光がひどく目に痛い。

 みゆきは口を開こうとしては閉じの繰り返しで、何をどう話したらいいかひどく逡巡している様子だった。

「みゆき、一から全部話してちょうだい。その、覚悟は……できてるから」

 私の言葉に同意を示すように日下部と峰岸が頷く。

 ……全く、無責任な言葉。
『覚悟はできてる』って、一体何を覚悟してるのか、認められてないくせに。
言葉の裏で必死に隠れようとしている、その意味を想像する。
震えはじめた指先を抑えるために、私は両手を膝の上で強く合わせた。

「……少し、小声で話しますね」

 と、前置きしてみゆきがその口をゆっくりと動かし始める。
私は一言も聞き逃さないように、聞き流してしまわないように、彼女を見つめた。

「……深夜……私達の部屋がノックされたのが始まりでした」
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:16:10.84 ID:xm2Rv5pmo


 ………………


「ん……」

 夜の闇と霧に包まれた静寂の中で私は目を覚ました。
手探りで眼鏡をかけ、時刻を確認する。

 『A.M.2:32』

 液晶のバックライトがひどく目に障る。
携帯電話を閉じると、私は髪をまとめなおして布団にもぐりこんだ。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:21:13.07 ID:xm2Rv5pmo


 ……

93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:24:08.82 ID:xm2Rv5pmo

 トン、トン、とドアをノックする音。 
この音が私を揺り起こしたのだと気がついた。
こんな時間に、一体なんの用事だろうか。
悪戯か、それとも急を要する事態か、無感情なそのリズムからは計り知ることはできない。

 ただ、なぜだろう。
その音は、ほんの少しだけ私を不安にさせた。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:26:39.77 ID:xm2Rv5pmo

「……みゆきさんも気づいた?」 

 隣から声をかけられ、暗闇の中に泉さんの影を確認する。

「ええ、こんな時間に何事でしょうか……」
「ね、非常識にもほどがあるよ……私が確認するから休んでてー」

 彼女は小声で私に告げると、ゆっくりと体を起こす。
その様子から、は皆を起こしたくない、よりも面倒で仕方ないという気持ちが伝わってきた。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:28:30.54 ID:xm2Rv5pmo

 闇に馴染んだ目で室内を見回すと、どうやらつかささんを除いて全員が目を覚ましてしまっているようだった。
それも当然のことで、ノックの音は時を追うごとに激しくなっている。
今ではトントン、よりもドンドンという擬音が適切に感じるほどだ。

 泉さん、気をつけてください。
と、声をかける。

 わかってるって、と言うように彼女はドアを見つめたままひらひらと私に手を振る。
変わらない態度は余裕の証拠だろうか。

 さらにけたたましくなる殴打の音に両耳を塞ぎながら、彼女がドアスコープを覗き込む。

 直前で、音が止んだ。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:29:53.06 ID:xm2Rv5pmo

 泉さんはドアから顔を離すと、頭上に疑問符を浮かべて振り返る。
私も彼女を見つめ返す。
みんなの様子を伺っても、一様に怪訝な表情を浮かべるばかりだ。
いつの間にか起きていたつかささんが、眠たそうに目をこすっていた

 そのうちに泉さんがドアを開いて廊下に顔を出しはじめ、私は慌てて布団から抜け出して彼女の傍に駆け寄る。
彼女の表情は不安よりも不満の色で染まっていた。

「どうなっているんでしょうか」
「いやーどうもこうも私にもサッパリ。誰もいないし……タチの悪いイタズラだね」

 憤慨した様子で捲し立てる。

「そうですね……とりあえず、戻りましょうか」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:30:58.46 ID:xm2Rv5pmo

 ドアに鍵をかけたことを確認して室内に戻ると、突然視界が真っ白になった。
反射的に目を瞑るが、すぐに電気がつけられたのだと気付き目を慣らしながら開いていく。

 みなみさんが電気のリモコンを片手にこちらを見つめていた。
後ろには怯えた表情の小早川さんが寄り添うように座っている。
……つかささんはまだ明るさに慣れないようで、布団から出ては入ってを繰り返していた。

「お姉ちゃん、どうしたの?」
「いやー私が聞きたいくらいだよ」
「悪戯でしょうか……」
「悪戯にしては……時間も時間ですし、子どもが、というのも考えにくいですね……」
「でもー……なにもないなら気にしないでいいんじゃないかなあ、私ねむいよー」
「おうおうつかさ節炸裂だあー……ま、それでいいか……」
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:32:10.63 ID:xm2Rv5pmo

 ガラスの炸裂する音。
会話が断たれる。
全員が一斉に振り返った。


 ガラスを破りカーテンを跳ね除け、悪夢が現れた。
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:34:11.91 ID:xm2Rv5pmo

「蛾……?」

 誰が呟いたかは定かでないが、それの形は例えるならまさに蛾だった。

 人間の腕ほどの胴体に、子供がデッサンしたような歪な形の翅が”くっついて”、1mはあろうかという巨体を構成している。

 胴体からは(まるで甲虫のような)無数の突起が生えた六本の脚が突き出していて、何かを求めるように動き回っていた。

 眼はついていないが、白い羽箒のような形状をした触覚を振り回して辺りを探っているようだ。
蜜を舐める口吻はなく、代わりに肉食昆虫のような口が開いては閉じ、赤黒い口腔内部から唾液の糸が垂れている。

 全身は雪のように真っ白だが、翅にはまるでデザインされたような目玉模様が描かれており、
漆黒の瞳が私を睨んでいるようにさえ感じられた。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:34:58.37 ID:xm2Rv5pmo

「なに……あれ……」

 つかささんがほとんど声にならない声をもらす。
瞬間に蛾の頭がこちらを向いて、口が笑ったように開かれた。

「……あっ!」

 ほとんど息を呑むような小さい悲鳴が発せられる。

 裂けそうなほどに開かれた口から小さく金切り音を発し、蛾は翅を広げ私達に襲い掛かかってきた。
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:35:54.38 ID:xm2Rv5pmo

 私は反射的に立ち上がる。

 だが、それだけだった。

 それは一瞬のことで、恐怖もなく、嫌悪感もなく、ただ散漫な意識だけが残った。

 蛾が飛んでくる。
立ち上がってどうする。
身を守るには。
あと10m?
何かあれば。
何もない。
5m。
どうする。
どうする。
もう目の前に


 不意に、お母さんの笑顔を思い出した。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:37:17.75 ID:xm2Rv5pmo


「みゆきさんっ!」

 目の前に純白の壁が立ち、寸前まで迫っていた蛾は視界から消え去る。
勢いで壁が大きく歪み、柔らかな繊維が私の鼻先をちょこんとくすぐった。

「……泉さん……!」

 彼女はそのまま毛布に体ごと覆いかぶさった。
長い髪が私の膝を撫でる。

 閉じ込められた蛾は檻の中で暴れまわるが、あの巨体にも人間一人を跳ね除けるほどの力は無いらしく、
彼女の表情からは余裕が伺える。


「こいつやっつけるからさ、手伝ってよ!」

 そう言って、彼女は笑った。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:38:28.06 ID:xm2Rv5pmo


 深呼吸。
昂ぶった鼓動を落ち着かせ、辺りを見回す。
見つけたのは一個の消火器と、まだ立ち上がることのできない3人の姿。

「みなみさん」

 呆然とする彼女は、まだ目の前で起きた出来事を処理できていないようだ。
彼女の肩を正面から掴み、意思の戻りつつある瞳を見つめる。

「みなみさん、つかささんとゆたかさんをお願いします。逃げますので、二人を守っていただけますか」
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:39:15.74 ID:xm2Rv5pmo

「……はい」

 左手の助けを得ながらだが、確かな足取りで彼女は立ち上がった。
いつもと同じ、ささやくように優しく、けれど力強い声が私に安堵を抱かせる。
彼女はこれで大丈夫、つかささんとゆたかさんは……明らかに芳しい状態ではないが、みなみさんがついていれば大丈夫。
なら、私は……。

「泉さん、消火器を持っていきますので、もう少しだけお願いします!」

 彼女のサインを背中で受け止め、不安定な足場でつまづいてしまわないように走る。
消火器を取って彼女の所へ行き、蛾を叩き潰す。
10秒あればお釣りがくるはずだった。

 しかしその数秒の間に事態はさらに転変する。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:40:29.17 ID:xm2Rv5pmo

 再びガラスのはじける音が響き、2匹目の化物が侵入する。
既に割れた窓から3匹、4匹、5匹。
さらに違う化物が数匹、1mはあろうかという蜘蛛のようなもの、混ざり合ったように原型が何なのかすらわからないもの。
次々に侵入するそれらを前に、再び私の足は凍りつく。

「みんな、逃げるよ!」

 再び彼女の声で目を覚ますと、彼女は既に抑えていた布団を放棄して、つかささん達の手を引いていた。
私は手にしかけていた消火器をしっかりと抱え、先んじて扉を開く。
扉のノックことを思い出したが、目前に迫った恐怖が私の行動を決定していた。
意を決して扉を開き、外の様子を伺う。

 弱々しいオレンジ色の証明と非常灯の緑色が、無人の廊下を空しく照らしていた。
そこは室内の騒ぎが嘘のように静まり返っている。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:41:37.50 ID:xm2Rv5pmo

「急いでください!」

 扉を開いて逃げ道を作る。
泉さん、つかささん、小早川さん、みなみさん。
巨大なはばたきを背後に感じながら扉を閉め切った直後に、重たい衝撃が扉を揺らした。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:44:33.95 ID:xm2Rv5pmo

「な、ないす……みゆきさん」

 肩で息をしながら泉さんが笑いかけた。

「……あれ、なんなのか……知ってる?」

 その問に答えることはできず、私はただ首を左右に振った。
あんな巨大な昆虫が存在できるはずがない。
いや、あれはとても昆虫とは言えないような……グロテスクで、まさに”この世のものとは思えない”生物だった。

「だ、だよねー……はは、ほんとにマンガみたい……とにかく、逃げなきゃね。 空いてる部屋探して、立てこもりだ」
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:46:54.19 ID:xm2Rv5pmo

 他のお客さんだっているし、朝になればきっと助けも来る。
彼女はそう言って、つかささん達にも同じように声をかける。

 私も彼女を追うように、つかささん達の様子を伺った。
皆が一様に真っ青な顔をしている。
つかささんは泉さんの、小早川さんはみなみさんの手を借りて、おぼつかない足取りで立ち上がった。

 私は右手に抱えた消火器の使い方を頭の中で反芻し、今は地獄と化した部屋の扉が確実に閉まっていることを確かめる。

 その一枚を隔てた向こうに、不気味な蠢きを感じながら。

109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:48:18.80 ID:xm2Rv5pmo

 そうして私達は、3階のフロアで逃げ場所を探し始めた。

 305号室側…フロア西側の探索を終え、私達はフロアの東側へと移動している。
扉が開いたのは307号室だけ、そこも化物が跋扈する空間だった。
他の宿泊客や従業員を発見することはできず、期待感が薄まっていく。
その上、307のような事態に備えての足取りは重く、緊張状態が際限なく繰り返される。

 いつ終えられるとも知れない危険な捜索に、私達の肉体も精神も加速度的に擦り減っていた。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:49:31.07 ID:xm2Rv5pmo

「じゃあ、いくよ」

 トン、トン

 不気味なほど静かな空間にノックの音が響き渡る。
その反響が消えると、全員の強張った息遣いだけが廊下に残った。
……返事はない。

 泉さんが目で合図を送り、ノブに手をかけた。
私は消火器を構えながら、彼女の右手の動きを注視する。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:50:33.68 ID:xm2Rv5pmo

 金属がぶつかり合う硬い音が聞こえると、私達は安堵と落胆の交じり合った溜息をもらした。
東側フロアの一室め、313号室の扉が開かれることはなかった。

「ここもだめかー」

 大仰に声を上げると、泉さんはばったりと床に倒れこんだ。
私は手を差し出して、照れたように笑う彼女を引き起こす。

「お疲れ様です、もう少し、頑張りましょう」
「いやいや、みゆきさんもお疲れさま。みんなももうちょっとだけがんばろうね!」

 そう言って振り向きながら、彼女は小さなガッツポーズを送った。
疲れを隠し切れない様子の3人も小さな笑顔で答える。

 もう少し。
そう自分に言い聞かせて、再び重たい消火器を持ち上げる。
それがどれほど希望や願望が入り混じった観測だとしても、それが今の私を動かす力だった。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:51:34.48 ID:xm2Rv5pmo

 『312』と彫られた金属のプレートが乳白色の扉に取り付けられている。
何度見ても、この扉から放たれる重々しい威圧感には慣れることができない。

 泉さんがドアを開き、私が化物に対処するためにドア横で消火器を構え、みなみさん・つかささん・小早川さんは不測の事態に備えて後方で待機。

 やはり、ノックに対しての返事はない。 
泉さんの手がドアノブにかかると、消火器を握る手に力がこもる。
化物が飛び出してきたら、ホースを向けて左手を引くだけ。
冷静になれば大丈夫。
冷静に、冷静に……
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:52:38.31 ID:xm2Rv5pmo

「―――ひゃん!」

 不意に首筋に冷たいものが触り、私は小さく悲鳴を上げた。
首元を確認すると、泉さんの小さな指が私の首に触れている。
彼女は子どものようにけたけたと笑った。

 その意図がわからずに戸惑う私に両手を伸ばすと、彼女は唇の両端に指先で触れ、そのまま口角を引っ張り上げた。
皮膚が優しく引き伸ばされる心地良い感触が、全身の緊張を和らげていく。

 一呼吸おいて、私も左手を伸ばし彼女の唇の端に触れる。
そして、私がされたように唇を引き上げた。
殊更に強調されたような笑顔が妙におかしくて、こらえきれず私は笑ってしまう。

 泉さんは満足したように頷くと、親指をピンと立てたグーを私に向けて突き出した。
私も同じかたちを作って、彼女に向けて手を差し出した。
互いの手をコツンとぶつけて、笑顔を交換する。

 それだけで緊張は嘘のように消え去り、暖かな喜びが胸を満たした。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:53:51.95 ID:xm2Rv5pmo


 泉さんが改めてドアノブを掴み、私は消火器を構える。
先程のように合図を交わすと、彼女はゆっくりと右手をひねっていく。

 ……金属音は鳴らない。
かけられた力に従ってノブは回転し、回りきった所でその動きを止めた。

 全員が顔を見合わせる。
泉さんは乾いた表情で唾液を飲み込むと、ゆっくりとドアを押し開いていく。

 消火器を持つ手に再び力が入り、ひとつ、息を呑んだ。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:54:30.70 ID:xm2Rv5pmo


 それからの数十秒のこと。生涯私の記憶から消えはしないだろう。

116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:55:50.58 ID:xm2Rv5pmo

 少しだけ開いた隙間から腕が伸び、泉さんの手首を掴む。
蝋のように白く、痣のような青黒い斑点が散らばる、幽鬼のような左手。
そう、それが左手であったことすら、鮮明に脳に刻み込まれた。

 その手が彼女を強く引き寄せ、顔や右肩が扉に強く打ち付けられる。
彼女の口から一条の血が垂れた。

 室内に引き込まれようとする彼女は、左手で扉を掴んで抵抗する。

「やだ、やだ! 助けて!」

 彼女の悲鳴で私は我に返った。
消火器を捨てて、彼女の右手を掴み脇腹を抱きかかえた。
全力で彼女を支えるが、その手から彼女を取り戻すことができない。

 突然、胸部に激しい衝撃を感じると、景色が後ろに吹き飛んでいった。
床に強かに体を打ち付けられ、呼吸もままならない。
どうにか目線を向けると、私を蹴り飛ばしたその足が見えた。
手と同様で不気味な色の足には、指がなかった。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:57:17.91 ID:xm2Rv5pmo

「やだ! 痛い! 痛いよ!」

 彼女はもう肩まで室内に吸い込まれている。
小早川さんとみなみさんが、彼女の左手を掴んでいた。

 彼女の表情が苦悶で歪み、途端、大きな石をぶつけ合ったような音が響く。

「や、ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 一瞬だけ息を呑んだ、彼女が涙を溢れさせながら金切り声を上げる。
掴まれた箇所、手首から先がぶらりと垂れ下がっているのが薄闇の中に見えた。

 骨が折られた。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:58:16.06 ID:xm2Rv5pmo

 脳は芯まで冷たくなりながらその光景を克明に記憶していく。
私は痛む胸を押さえ、無理矢理に呼吸をして、彼女へ歩を進める。
私が助けるべきその人の名前を、うわごとのように吐き出しながら。
彼女に触れられた唇から、彼女の名前をこぼしながら。

 あと少し、あと少しで彼女に手が届く。

 彼女を助けることができる。

 廊下の仄かな照明を反射して、暗闇の室内に白い足がすっと浮かび上がる。
足は標的を定めると、小早川さんに向けて突き出される。
刹那にみなみさんが小早川さんに覆い被さった。
庇ったみなみさんの背中が打ち抜かれ、二人の体が吹き飛ばされる。

 その瞬間、泉さんを支える人は誰もいない。

 宙に浮いた彼女の左手に、私は体ごと飛び込むように手を伸ばす。

 懸命に伸ばされた彼女の指を、私は握る。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 00:59:27.94 ID:xm2Rv5pmo



 その指は、私の掌から虚しくすり抜けていった。


120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 01:01:16.12 ID:xm2Rv5pmo

 彼女は悲鳴の残響だけを残して室内へ引き摺り込まれ、閉じられた扉からは鍵を下ろす冷たい金属音が響く。

 私はただ呆然と扉の前に座り込む。
掌にはすり抜けていった指先の感触がじんわりと残り、網膜には引き摺り込まれる瞬間の彼女の瞳の色が焼き付いていた。

 私の目は何も捉えない。

 ただ聴覚だけが鋭敏に反応していた。

 ドア越しに聞こえる彼女の叫び声。
ガラスの割れる音、固い物がぶつかる音。
彼女が抵抗する音。
そして物音が止んだ。
くぐもった声が、泣き声なのか悲鳴なのか知れない声だけが残る。
やがて声は小さくなり、消えていく。


 泉さんの、いのちが消えていく。
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 01:02:21.09 ID:xm2Rv5pmo

 誰かのすすり泣きが響く中で、私の頭の中では彼女の最期が幾度も繰り返されていた。
いっそ気が狂ってしまったほうが、どれほど楽になれるだろう。

 何がいけなかったのか。

 どうすればよかったのか。

 泉さんの笑顔も、寝不足で曖昧な瞳も、悪戯な調子の声も、長く伸ばした髪の毛も、私に触れる暖かい手も、何もかもが還ってこない。

 行き場を失った感情が一粒、頬をつたって流れ落ちた。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 01:04:36.63 ID:xm2Rv5pmo


 ***

123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 01:12:17.16 ID:xm2Rv5pmo
 本日は以上であります!

 週末鯖重いな、引くわ!
その煽りをくらったので些細な修正、>>122の場面転換の合図を>>90>>91の間にコピペお願いします脳内で。

 次回は1日の夜予定です。
ささっとやっときたい場面ではある。

 そんでは、今回もお付き合いありがとうございました。
また次回、よろしくお願いシマース
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/31(日) 01:17:53.25 ID:xm2Rv5pmo

 資料
 3階見取り図
廊下の長さとか部屋の広さとかありますんで、あくまでイメージ程度でお役立てください


   305          310

303   306    309   311

302   307    308   312
       エレベーター
301                313
   リネン   自販機  階段
          スペース 
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:05:04.96 ID:vyHZ93aso
 ええいやってしまえ投下します
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:06:12.26 ID:vyHZ93aso


 ***

127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:07:32.96 ID:vyHZ93aso

「……あとは、この部屋に逃げ込んで今まで隠れていた、という次第です」

 一息に語り終えて、みゆきは顔を上げた。

「……かがみさん達の声が聞こえて、やっと扉を開けることができました」

 俯いて泣き続けるつかさの肩を、峰岸が抱いている。

「……小早川さんはそのときからずっと……特に外傷はないのですが…」

 ゆたかちゃんはみなみちゃんに見守られて、小さく息をたてている。
日下部は神妙な顔で考え込んでいるようだ。

「今は……私達がこれからどうすべきか、考えましょう」

 暗闇の中を手探りで進もうとするように、みゆきが皆に呼びかける。

 その言葉を蹴り飛ばして、私は立ち上がった。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:10:28.64 ID:vyHZ93aso

「待ってください、かがみさん! どこに行くんですか」
「……どこって……決まってるじゃない、312号室よ」

 部屋から出ようとする私の腕を、みゆきが掴んで制止する。
……邪魔、しないでよ。

「こなたが……死んだなんて聞かされて、はいそうですか、って納得できるわけないじゃない。この目で見ないでそんなこと……信じられるわけないじゃない!」
「……それはわかります。でも、だからってそこに行くのは危険です!」

「危険なら尚更よ! こなたが生きていたらどうするのよ……見捨てるっていうの!?」
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:11:31.23 ID:vyHZ93aso

 腕を握る力がすっと抜け、彼女の表情が悲痛な色に染まる。

「……違います……ただ……」
「ただ、何よ! 今までそれを確かめないでいたんじゃないの? こなたが生きてるっていう可能性を、見ないフリしてきたんでしょ!?」
「……私は……」

 やり場のない私の感情が、どす黒い奔流になって彼女を責める。

 彼女はもう、私に指先で儚く触れることしかできない。
唇を噛み締めて、襲いかかる罵倒にただ耐えることしかできない。

「……自分が……自分が傷つくのが恐いから!」
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:12:00.44 ID:vyHZ93aso


 瞬間、私は景色を見失った。
じわじわと頬に痛みが広がって、ようやくそこを弾かれたのだと気付く。
眼前からはみゆきの姿が消え、代わりにゆたかちゃんが立っていた。
小さな肩を大きく上下させながら、私を見上げる。

「……謝って……!」

 涙の溜まった瞳が、炎のように燃え上がっている。

「高良先輩に謝ってよ!」

 嵐のような怒声を上げる。
私の知らない彼女が、そこに居た。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:13:08.65 ID:vyHZ93aso

「自分だけ辛いなんて、思わないで! いちばん辛くて、だけど、がんばってるのは高良先輩だよ!」

 彼女の言葉が、私を目覚めさせる。
感情の激流を吹き飛ばしてくれる。

「一番近くでおねえちゃんを助けられなくて……それでも、私達をここまで引っ張ってくれて……」

 私は、ただ、こなたが……死んだなんて信じられなくて。
ううん、考えたくなくて。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:14:04.25 ID:vyHZ93aso

「そんな、高良先輩を悪く言うなんて……許せるわけないよ……」

 ……ごめんなさい、ゆたかちゃん。
私は本当に……どうかしてた。
みゆきを傷付けて、それで全部誤魔化して、目を背けようとしてた。


「……私こそ、叩いたりしてごめんなさい。でも、謝るなら、高良先輩にです……」

 彼女の、私の頬を打った、掌は真っ赤に染まっていた。
その小さな体にはあまりに大きすぎる傷を負って、それでも彼女は優しさを失わない。
私は、何をしていたのだろう。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:15:05.04 ID:vyHZ93aso

「……みゆき」


 彼女は泣いていた。
両膝を地につけて、両手を顔に押し当てて、ただ泣いていた。
堰が切れたように、とめどない涙を零し続けていた。

 私は立ち尽くし、言葉を失う。
見たこともないその姿を前に、自分の行為がどれほど残酷に彼女を傷つけたのか、思い知った。
どうすれば、どうすれば彼女の心に届くのだろうか、一体どうすれば。
思考は堂々巡りを繰り返し、私は呆然と彼女を見下ろすだけの無様な人形となってしまっていた。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:15:57.21 ID:vyHZ93aso

「みゆき……」

 何を言うべきかもわからずただ声をかけ、手を差し出す。
そんな私の行動は、すぐに中断されることになった。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:17:25.13 ID:vyHZ93aso

 初めは鈍い音。
粘土を壁に叩きつけたような音だった。
それがカーテンで目隠しされた窓の外から聞こえてくる。
繰り返されるその激突音が、私達の意識を釘付けにした。
衝撃は強く、さらに強くなっていく。

 そして、突然に静寂が訪れた。

 誰かと言葉を交わしたくなって、振り返る。
つかさと視線が重なったその瞬間に、炸裂音が響き渡った。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:18:01.38 ID:vyHZ93aso

 心臓が跳ね上がり、耳鳴りがキンキンと叫び声をあげる。
それは激突が繰り返されていた部屋の上手側ではなく下手側、つまり私達の居る入り口側の窓で起きた。

 轟音と共に固く閉じられていたカーテンが捲れ上がる。
レールの高さまで跳ね上がったカーテンが、与えられた衝撃の強さを物語っていた。
厚手のガラスが大小の破片となって畳の上に散っていく。
そして、『それ』がぼとりと鈍い音をたてて転がり落ちた。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:18:49.17 ID:vyHZ93aso

 ほとんどはみゆきの言葉の通り、たしかにそれは例えるなら蛾のような生物だった。
しかし彼女の形容と違い、その体は全体が黒く濁っていた。
昆虫のような、ともすれば美しく見える漆黒では決してなく、コールタールを適当にぶち撒けたような歪んだ配色。

 そして黒い両翅の中心には、黄色い目玉模様がついている。
『それ』が蠢くに合わせて、目玉はぎょろぎょろと動き回る。
まるで、私達を捉えて逃がさないと言っているようだった。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:20:08.83 ID:vyHZ93aso

 『それ』は突然に動きを止めたかと思うと、巨大な翅をばたつかせ始めた。
まるで初めて空を飛ぼうとしているかのように、その動きはぎこちない。

 さあ、今すぐそこの消火器を手にとってあの気色悪い生き物を叩き潰せ。

 そんな考えが頭をよぎるが、思考に反して体は一向に動きはしない。
『それ』の挙動を感じることに全神経が集中していた。
流れてきた鼻をつくような生臭い空気の匂いが、いつか嗅いだことがあるようで、私の記憶の淀みを撹拌する。

 しかしその記憶が掬い上げられる一歩手前で、『それ』の動きが私の思考を遮った。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:21:30.42 ID:vyHZ93aso

 今や『それ』の空を飛ぼうとする試みは達成しようとしていると思えた。
翅の動きは既に目で捉えられる速度を越え、十万の蛾が羽ばたいたような低音を発している。

 視界の隅からゆっくりと、みなみちゃんの姿が消えていった。
背後からも皆がじりじりと後ずさる気配を感じる。
後ろに下がってもそこは部屋の隅、逃げ道など無いというのに一体どういうつもりだろう。

 そんなことを、不思議と冷静に考えていた。
しかしそれに反して私の脚はがくがくと震えて、動かすことすらままならない状態に陥っていた。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:22:33.89 ID:vyHZ93aso

「……お姉ちゃん……」

 止まない耳鳴りの向こう、背後から押し殺すようなつかさの声が聞こえた。
視線は決して『それ』から外さないまま、その声に耳を傾ける。

「逃げないと……」

 だから、逃げるって一体どこへ?
問い詰めたくなるような気持ちと裏腹に、体はやはり動かない。

 つかさは床を這うようにして、前へ前へと進んで行く。
そうしてみゆきの元へ到ると、彼女の肩を掴んで顔を近づける。
つかさは懇願するような切迫した表情で、言葉をかけているようだった

 それでも、みゆきは微動だにしない。
その姿はまるで、許しを請うよう。
それか、処刑を待つ罪人のよう。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:23:54.13 ID:vyHZ93aso

「ゆきちゃん……お願い、一緒に……」

 ひときわ大きな羽音をあげて、『それ』が飛び上がった。
空の飛び方を確認するように、ふらふらと宙を動き回る。

 やがて『それ』は空中で動きを止め、ゆっくりと口を開いた。
鋭い乱杭歯が並ぶ口中から濁った唾液がどろりと垂れて畳を汚す。
裂けるほどに開かれた口は、笑っているような形状をしていた。

 低い羽音が一瞬で鋭く尖ると、『それ』が跳躍した。
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:26:21.32 ID:vyHZ93aso

 『それ』は二人目がけて一直線に突進する。

「ゆきちゃん……」

 つかさがみゆきを抱きしめる。
重なり合う二人は、運命を共にする母子のよう。


 視界が明滅し、時間がコマ送りで流れる。
痛いくらい張り詰めていた緊張がふっと解け、全身が燃えているみたいに熱い。
耳鳴りが消え、初めて聞こえたような世界の音の中、かすかに。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:26:54.60 ID:vyHZ93aso


(助けて、かがみ)

144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:27:38.34 ID:vyHZ93aso


 こなたの声が、聞こえた気がした。

145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:28:49.60 ID:vyHZ93aso

「――――――ぁぁぁぁぁぁあああああ!」

 弾かれたように体が動いた。
二人を追い越して床に落ちた枕を拾い上げると、大きく振りかぶって飛んでくる『それ』目がけて振り下ろした。

 柔らかく、重たい衝撃を感じながら『それ』を布団の上に叩きつける。
かん高い悲鳴を上げながら、『それ』が枕の下で巨大な翅をばたつかせた。
再び枕を振りかぶって、全力で叩きつける。
一回、二回、三回、四回、五回、六回……重ねる度に布団の上に錆色の染みが広がっていく。

 それでもなかなか『それ』の動きは止まらない。
痙攣する体に枕を投げつけ、私は枕ごと『それ』を踏みつけた。
何度も、何度も、何度も、何度も、脚の感覚が無くなっても潰し続ける。

 一足毎に撒き散らされる血のような、けれどもっと脳を揺らすその匂いは、死の匂いだ。
子供の頃、お社の傍で眠るように死んでいた野良犬を葬ったときに感じた匂いの、もっと強烈でもっと重たい、どこか地の底から立ち上るような匂い。
それを追い返すように、二度とそれが戻ってこないように、私は『それ』を殺し続けた。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:30:24.94 ID:vyHZ93aso

 やがて『それ』がぴくりとも動かなくなると、私は一つ大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

 両足の感覚は消え、左肩が鈍く痛む。
ひび割れた唇の端が切れ、乾ききった口の中には濃厚な鉄の味が広がる。
目尻から涙が止め処なく流れて、熱い空気が肺に満ちて呼吸すらままならない。

「…………友達、を…………」

 荒い息に混じって、言葉が心臓から絞り出される。

「……私の、友達、を……傷付け、させる……もんか……」

 ああ、違う。
そんなんじゃなくて、みゆきに……
ああ、みゆきは……どこ……? ……本当に……


 ごめんなさい。


147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 18:32:44.99 ID:vyHZ93aso
 本日は以上です。

 #4終えれてよかった、それに尽きる。

 つーわけで次回はたぶん5日深夜になるはずです。
今回もありがとうございました。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2011/08/01(月) 19:01:23.65 ID:ExnD/RNAO

こういう話は苦手なのについ読んでしまうな
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/03(水) 18:29:33.74 ID:if+7f6wDO
気付かないうちに更新キテターーー

乙!!!
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/04(木) 10:51:06.03 ID:J4xjH+6SO
思わず息を飲む

そんな言葉がよく似合う
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/04(木) 14:08:48.72 ID:qaWRC9AAO
かがみんちゃんまんまるくなっちゃったの?(;ω;)
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:32:28.45 ID:hmDMckbPo
 よーしやればできる!

 投下します
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:35:48.15 ID:hmDMckbPo



 #5


154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:39:45.35 ID:hmDMckbPo

 そこは真っ暗で、何も見えない空間だった。
そこではただ、声が聞こえた。
こなたの声が、悲しげな声が頭に響く。

155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:41:50.90 ID:hmDMckbPo


(助けて、かがみ)

 ……助けるって?

(助けて……)

 こなた、教えて?

(……かがみ……を……)

 待ってこなた! 聞こえないよ!

(…………)

 こなた! ねえこなた! お願い、行かないで!

(……かがみ……私を……)

 こなた! こなたぁ!

156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:43:14.47 ID:hmDMckbPo



( 私を 救って )


157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:52:45.88 ID:hmDMckbPo


「―――こなた!」

 突然世界に光が差して、私の目は反射的に固く閉じられる。
心地よい柔らかな感触が体を包んでいるようだった。


「お姉ちゃあああーーーーーーん!」
「え!? え!? 何……ぁいたっ!」

 嬌声が猛スピードで近づいて来たかと思うと、腹部にどしんと衝撃が走った。
同時に左足、左肩に鈍い痛みが走り、私はたまらず呻き声を漏らす。

 きっと気付いていないのだろう、声の主、つかさは一向に私から体を離そうとしない。
そればかりか、なおも私にぐりぐりと頭を押し付けてシャツに涙のシミを描いている。


 ゆっくりと開いた私の目に映ったのは、そんな光景だった。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:54:01.09 ID:hmDMckbPo

「よお柊、大変だな」
「良かったね、ひーちゃん」

 日下部、峰岸が横になった私を見下ろしている。
逆光で二人の表情は窺えないが、しきりに眼を拭うような仕草をする峰岸は泣いているようだった。

 未だに状況を把握することができない。
310号室であの化物を倒して、記憶はそこでぷつりと途絶えていた。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:56:31.20 ID:hmDMckbPo

「ここは……」

 蛍光灯の光が白塗りの壁に反射し、その眩しさが私の神経を目覚めさせていく。

 ここはとても、310とは似ても似つかない部屋だった。
窓が一つも無いこの部屋には、その代わりとでも言うようなたくさんのドアがある。
私の背後に一つ、左に一つ、正面の左右に一つずつ、客室の扉と比べては劣るが、どれもしっかりした造りに見える。
正面の二つのドアの間には……薄暗くてよく見えないが、廊下があるみたいだ。

「どうぞ、柊ちゃん」

 室内中央に置かれた大きなテーブルから、峰岸が湯気の上がったマグカップを運んでくる。
テーブル上にはいくつもマグカップが置いてあり、ここで経過した時間を感じさせた。
いつの間にか日下部も立派な事務用の椅子に座って、カップに口をつけては深く息を吐いている。
テーブル周りには同じく立派な椅子が2脚と質素なパイプ椅子が4脚。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:57:14.08 ID:hmDMckbPo

 しかしそこに居るべき人々が今ここにはいない。

「峰岸、みんなは……」

 私が言い終える前に、まるで私の声に反応したかのように、右正面のドアが開いた。

 暗橙色の光の中から彼女が姿を現す。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:57:50.54 ID:hmDMckbPo

「……みゆき」

 言葉が出てこない。
言いたいこと、言うべきこと、たくさんあるのに。

「かがみさん……」

 静かにドアを閉じ、みゆきは痛々しく腫れた瞳で私を見つめる。

 その視線を受け止めることができず、カップに口をつけるふりをして顔を伏せた。
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:58:39.31 ID:hmDMckbPo


「……私も、みなみさんも、ゆたかさんも、無事ですよ」

 心臓が跳ね上がり鼓動が全身を揺さぶると、押し出されるように涙が滲み出た。

「……かがみさん、あなたのおかげです」

 ありがとうございます。
そう言ったみゆきはきっと微笑んでくれていたと思う。
だって、彼女の言葉がいつものような優しい響きでいっぱいだったから。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/05(金) 23:59:59.26 ID:hmDMckbPo

「…………よかっ……た…………」

 それ以上、何も言うことはできなかった。


 きっと、私は友達を守れた。
今はそれだけだ。

 この先にどんな苦難が待ち受けていようと、今だけは、それが全てだ。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:00:28.44 ID:HMhA1kjqo


「……それで、そこの廊下を抜けると従業員出口があるというわけです」

 この部屋、従業員控室について一息に説明をしたみゆきは、ほっと表情をゆるめてホットミルクを一口含んだ。

 なるほど、たしかにここは私達が過ごすには適した場所らしい。
ロッカールーム、トイレ、洗面所にシャワールーム、そしてゆたかちゃんが休んでいる仮眠室。
いずれも密室なので、そこから侵入されることはない。
あとは従業員出口とフロントへの扉の二つを閉じれば、窓一つないこの部屋はちょっとした城になるわけだ。

 部屋の隅には全員の荷物がまとめてあり、エントランスに放り投げてあった私達のバッグもそこに鎮座していた。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:01:57.10 ID:HMhA1kjqo

「なるほどねー……フロントの奥って、なんていうか……便利なもんね……」

 テーブル上のカップに伸ばした途端、肩に鈍痛が走り、慌てて左手を引っこめる。
日下部は目ざとくそれを認めたようだった。

「ひいらぎー動かすと後が怖いぞ、気をつけろよー」

 わかってるわよ、と日下部に右手をひらひらと振り返す。
思う存分に化物を叩き伏せた私の左腕は、日下部に処置してもらってなおズキズキと熱く痛んでいた。
足は足で最悪の筋肉痛みたいな疼痛が走っていたが、どちらも動かせないほどではないことは幸いだった。
ホテルの救急セットの充実ぶりにも感謝したいところだ。

166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:02:42.01 ID:HMhA1kjqo


「……では、これからのこともお話ししたいのですが…
…まずは、かがみさんが……気を失ってからのことをお話ししなければいけませんね」

 みゆきが声のトーンを落とした、その瞬間に緊張が広がる。
その空気を一身に受けた私は、身を乗り出して次の言葉を待ち受けた。

「……では、と言いたいところですが、少し私からは……話しにくいところもありますので…
…すみませんが、どなたかお願いしていいですか?」

 そう言って、みゆきはテーブルを囲む全員を見回した。
肩透かしを喰らった気分になりながらも、そのバトンを誰が掴むのかを注視する。

 しかし、それについては既に意思統一が成されているようだった。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:04:12.66 ID:HMhA1kjqo

「あれ……私?」

 つかさと峰岸がうんうんと首を大きく縦に振る。
どうやら、みゆきが……動けない間は、日下部がリーダーになっていたらしい。

「いやいやいや! 私はないだろー…………マジ?」

 二人がもう一度首を振ると、日下部は顔を覆って大げさに天を仰いだ。

「でもよー、ぜってぇ私じゃないほうが……なあ、あやのー」

 みさちゃん、お願い。
峰岸が言い放てば、つかさまでその尻馬に乗っかるように日下部に”お願い”をする。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:06:21.46 ID:HMhA1kjqo

 それで日下部は観念したようだった。
頭を抱えて長い溜息を一つ吐くと、一転して鋭い眼で私を見つめた。

「いいか柊、聞いててキツくなったらすぐに言えよ」

 弛緩しかけた空気が再び張り詰める。
身を固くしながら、日下部に目で合図を送った。

169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:08:18.03 ID:HMhA1kjqo


「よし……そんじゃ、柊が化物をやった後だよな。あの後すぐにまた違うヤツらがどんどん入ってきてな…
…蛾だったり、バッタだったり、ムカデだったり……まあ虫だな。ああ、でも犬みたいなのもいたっけ……それにあれはー……」

 こんなときでも日下部は日下部で、話の枝葉をうまく端折ることができないようだった。
私はじれったさを堪えながら、じっと耳を傾け続ける。

「あー……わりい、そこじゃねーよな。とにかく化物がどんどん入ってくっから……で、柊も倒れちまったし…
…あれだ、なんとかしないとと思ってさ、そんで転がってた消火器振り回して、私も戦ったんよ」

 なるほど、日下部らしい。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:13:00.04 ID:HMhA1kjqo

「したら、すぐにクールちゃんも一緒になってくれてー……まあ、全員でメガネちゃんと柊を守ったわけ。感謝しろよー」

 言われなくても、感謝してもしきれない。
とにかく後で、みなみちゃんとゆたかちゃんにもお礼を言わなきゃ。

「そんな感じで10匹くらいは倒したかなー……いい加減体も限界だったけど、
それ以上にな……嫌なことに気付いちまったんだよ」

 声、表情が曇って、日下部はことさらに唇を迷わせる。
それでも覚悟したように口を真一文字に結ぶと、話を再開した。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:14:17.81 ID:HMhA1kjqo


「なんつーかな、ドッジボールみたいだって思ったんだよな」

 すぐには理解が追いつかない私に対して、日下部は懸命に言葉を探すように話し続ける。

「ドッジボールでよ、運動の苦手なヤツが最後に残ることってあるだろ?
あんな感じでさ……強いヤツが集団で弱いヤツを取り囲んで……いたぶる、って感じだな。
……って、ドッジボールはそこまでじゃねえか……」


 とにかくだ、と日下部は迷っているようだった語調をはっきりと区切らせた。


「私には、ヤツらが私らで遊んでるみたいに思えたんだよな」

172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:16:20.60 ID:HMhA1kjqo


 ”遊ぶ”

 その言葉の恐ろしさに、血の気が引いていく。


「まあみんながどう感じてたかはわかんねーけどな。
とにかく、私はおかしいと思って、クールちゃんにも頼んで戦うのやめたんだよ。
そしたらな、ヤツら……なんも手ぇ出してこねえんだ……」


 話は核心に近づいてる。

 そう、日下部の態度が雄弁に語っていた。


「そんなんがどんくらい続いたんだろーな。 ……よくわかんねーけど……現れたんだよ…………」
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:17:45.14 ID:HMhA1kjqo


 『あいつ』が―――

174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/06(土) 00:27:43.31 ID:HMhA1kjqo
 すいません今日は以上ですー
どうもレスポンス遅いし、なるべく週末夜を避けて投下するようにしますの

 乙とかレスとかありがとうございます。
マジ嬉しいっす、精進するです

 つーわけで次回はできれば9日もしかして10日夜に参じます
そんでは今回も、ありがとうございました
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/06(土) 00:40:37.84 ID:hdMxkAHSO
乙といえばやる気が出ると聞いて
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/06(土) 06:29:05.15 ID:B6OA/wLDO
おぉ!核心くるかぁ!?

ともあれ乙!!!!!
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/09(火) 23:59:49.56 ID:0D24R2T7o
 投下します
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:01:20.67 ID:IlYow/uGo

 かたん、と金属音が響き、全員が一斉にその音の出所を見すえる。

 滑るように開いたドアの向こうからみなみちゃんが、寝巻きだろうか、動きやすそうなジャージ姿で現れた。
ほんのりと上気したまっ白な肌と、色気のかけらもない服装のミスマッチがなんだかとても愛らしい。

「シャワー、お先に……え……?」

 4人分の視線を一身に集めていることに気付くと彼女は、戸惑いながら頬をさらに赤くさせる。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:02:55.10 ID:IlYow/uGo

「あの……あ、かがみさん……大丈夫ですか?」
「あ、私? えっと、うん、大丈夫。ありがとう、みなみちゃん」
「いえ、そんな……あの、私もご一緒したほうがいいですか?」

 彼女は紅潮した顔に不安の色を混じらせて問いかける。
そんな彼女に気を遣ってだろう、みゆきがことさらに優しく、まるで子供に話しかけるようにやわらかい言葉をかけた。

「大丈夫ですよ、みなみさん。それよりもゆたかさんをお願いします。何ごともないようなら、一緒に休んでください」
「……はい。すみませんが、失礼します」

 そうして彼女は、少し前にみゆきが出てきた部屋、仮眠室の中へと姿を消した。
一瞬重なった彼女の視線が悲しげだったのは、私の思い違いだろうか。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:05:12.33 ID:IlYow/uGo

「……さて、と。そんじゃ続き始めっかー」

 一人言のようにつぶやき、日下部は体を伸ばして腰の骨をゴキゴキと鳴らした。
しかし、何気なく振る舞う彼女の顔には、くっきりと憂鬱の陰が落ちている。
初めて見る彼女のそんな表情は、とても思い違いとは思えなかった。

 そんな日下部の姿に気付いたのだろうか、話を続けようとする彼女をみゆきが静かに制した。

「日下部さん、あなたもお疲れだと思いますので、どうぞ先にシャワーを浴びてきて下さい」
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:06:31.73 ID:IlYow/uGo

 茶化すような笑いを打ち消して、日下部はみゆきに疑うような鋭い視線を投げつける。

「……いいのか?」

 彼女は動じる様子もなく、それを正面から受け止めていた。

「はい。あとは私がお話しします」

 ものの数秒、息苦しくなるくらいの緊張が満ち、それを打ち消すように日下部が勢いをつけて立ち上がる。
快活な笑顔には、たった今まで見せていた真摯な表情の面影すら残っていない。
ただただ元気な、いつもの日下部がそこにいた。
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:08:56.46 ID:IlYow/uGo

「わりい! そんじゃメガネちゃんあとよろしく!」

 彼女はカバンから手早く着替えを取り出して、浴室へ、さきほどみなみちゃんが開いたドアをくぐっていった。
それと同時に峰岸が立ち上がり、ちょっとごめん、と一言残して同じドアの向こうへと消えていく。


 そうして、この広い空間を持て余すように、私、つかさ、みゆきの三人が残った。

「つかささん、よろしければあなたも……そうですね、軽い食事など作っていただけたら嬉しいのですが……」
「ううん、ごめんゆきちゃん。私、ここにいるよ」

 みゆきの遠回りな勧めを、つかさは毅然とした口調で固辞する。
みゆきはきゅっと唇を結ぶと、悲しげな微笑みを浮かべた。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:11:45.57 ID:IlYow/uGo

 つかさのそんな姿を見るのは初めてかもしれない。

 つかさをそうさせるもの、私はこれからその深淵に乗り出そうとしている。
つかさを変え、日下部を退かせ、そしてみんなを苦しめている現実。

 その正体を、私は今知ろうとしているんだ。


「……では……結論から話させていただきます……」
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:12:25.48 ID:IlYow/uGo


 …………

185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:14:09.30 ID:IlYow/uGo

 蛇口を力いっぱい下ろすと、シャワーから痛いくらいお湯が吐き出される。
頭から被ってしまえば、何も見えないし聞こえるのは水が肌にぶつかる音だけ。

 身震いと共に嘆息が漏れる。
体がそのまま溶けてしまいそうな気がした。
体の汚れと一緒に、内側の汚れも流れていく気さえしていた。
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:15:55.36 ID:IlYow/uGo


(……そこに……現れたのは……)


 だというのに、反芻する。 

 瞳を閉じても耳を塞いでも離れない。

 乱暴に眼鏡を外して顔を両手で覆った、みゆきの姿が。
消え入りそうな声でそれを告げた、みゆきの声が。

187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:18:10.63 ID:IlYow/uGo



( 泉さん、でした )


188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:20:11.22 ID:IlYow/uGo

(いえ、きっと正確には……泉さんの姿をしたもの、です)

(『それ』は、平然と化物の間を歩いてきて……言ったんです)

(……すみません……あれが夢だったら……どれだけ……)

(……泉さんの、あの、悪戯な笑顔で、泉さんの、聞いているだけでこちらが楽しくなるような声で……私達を……)

189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:21:30.98 ID:IlYow/uGo


「 ”殺す” ……か」

 その言葉、こなたの姿をした『そいつ』が口にした言葉を、呪文のように唱えてみる。
だけど、それは私にとってなんの感慨ももたらさなかった。

 あまりにリアリティの無い言葉。

 バカげてる。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:23:16.27 ID:IlYow/uGo

(私達のことは、今は生かしておく)
(せっかくだから、楽しみたい)

 そんなことを言って、『それ』は沢山の化物を引き連れて去っていったらしい。


「…………」


 その後でみんなは安全な場所を探して従業員室に辿りついた。
その間、私はずっと呑気に気絶してたってわけ。

191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:24:26.83 ID:IlYow/uGo


「……こなた」


 どんなに取り乱しても最後までそれを話してくれたみゆき。
ずっと私の肩を抱いてくれていたつかさ。 
部屋から飛び出していった日下部。
追いかけていった峰岸。
眠り続けるゆたかちゃん。
見守り続けるみなみちゃん。

 みんな、何を思っているのだろう。

192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:26:05.68 ID:IlYow/uGo


「……こなたぁ……」


 もう枯れ果てたと思っていた涙が止め処なく湧き上がる。
それは流れ落ちるお湯なんかよりもずっと熱く、体内を駆け巡って全身を震えさせていく。
私は、冷たさの残る固い床に座り込んで、ただ感情を吐き出し続けた。

 涙は温い水と混じると排水溝の闇の中に吸い込まれて、後には何も残らなかった。

193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/10(水) 00:34:28.61 ID:IlYow/uGo
 本日は以上です

 なかなか遅々とした展開でサーセン
ですが、ようやく役者が揃ってまあ一安心です

 つーわけで投下間隔を一週間目安にさせていただきまして、次回は盆明け、16日夜を予定しております

 それでは、今回もありがとうございました
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/10(水) 03:06:49.40 ID:QogVBE7AO
おお、キングの霧とか俺得
暗黒の塔と関連あったら嬉しいな
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/10(水) 09:55:03.67 ID:9WemHoVSO
見た目はこなたそのものなのか
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/16(火) 23:08:42.28 ID:UiyGyp4r0
さーせん!
ちょいと多忙で今夜投下が厳しいので、明日にさせていただきます
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:18:16.05 ID:wGCdZCC0o
 眠い!
が始めます
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:18:51.36 ID:wGCdZCC0o



 #6


199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:19:43.74 ID:wGCdZCC0o

「柊ちゃん、ごはん用意したから、好きなのどうぞ」

 従業員室に戻った私を出迎えたのは、そんな峰岸の言葉とテーブル上のやけに豪勢な料理の山だった。
トーストとロールパンに各種のジャム、玉子と玉葱の味噌汁、サラダにスクランブルエッグにロールキャベツ、春雨、きんぴらとか……。
飲み物も野菜ジュースや牛乳、麦茶緑茶玄米茶にパックの紅茶やコーヒーとかとか……。

「……ありがと……ていうか、これどうしたの?」
「厨房から持ってきたの。たぶん朝食のバイキング用じゃないかな?」
「一生懸命運んだからなー心して食えよー」

 峰岸は苦笑いを浮かべながら紅茶に口をつけ、日下部は無邪気に笑いながら牛乳を飲んでいる。
少し目を腫らした、二人の振る舞いは至って自然だった。
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/18(木) 01:20:08.18 ID:APD+//JSO
きたかAA略
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:20:29.65 ID:wGCdZCC0o

「へえ……それじゃ遠慮なく、いただきます」

 対面の席に座って、食卓に手を合わせる……と、そう言えば。

「ねえ、ここには二人だけ? みんなは……」
「はーい、ここにいまーす!」

 私が言葉を言い切らないうちに、部屋の隅から可愛らしい声が飛び出してきた。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:21:34.22 ID:wGCdZCC0o

「ゆたかちゃん! みなみちゃんも」

 ゆたかちゃんは小さな体をいっぱいに伸ばしてその存在を知らせている。
彼女のすぐ横で、みなみちゃんがしゃがみこんだまま軽い会釈をした。

「かがみ先輩、無事で良かったです。それと…色々とすみませんでした」

 なんとも愛らしい、むず痒くなるような彼女の仕草が、私をちょっとだけ慌てさせた。
寝起きでやぼったくなった髪の毛のせいか、いつもの彼女とは違った……まるで、こなたのような印象。
それは二人が、家族だからなのだろうか。
それとも、私がそれを求めているからなのだろうか。

「ええっと……こちらこそ、ホントにごめんね。あ、ありがとう」

 どうにも浮ついた態度の私に、彼女は堂々とした微笑みを返す。
その、まるで……天使か妖精みたいな表情は、彼女の小さな体の内に秘められた強さを感じさせた。
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:22:51.61 ID:wGCdZCC0o

「んでどーよ、やっぱだめか?」
「はい……何も映りません……点くだけです」
「あー、もうみんなダメじゃねえかよーちくしょー」

 日下部のぼんやりした問いにみなみちゃんが答えて、日下部がだらりと落胆する。
それはそれで珍しいやり取りで面白いのだけれど、そんなことよりもだ。

「ちょっと、ねえ、みんな駄目ってどういうこと?」

 すっかりとろけてしまった日下部は、私の真っ当な疑問にさえ答えようとしない。
そんな様子を見かねてか、みなみちゃんが横から助け舟を渡してくれる。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:24:02.96 ID:wGCdZCC0o

「先輩、見てください」

 そう言って彼女は携帯電話を突き出すと、私に見えるようにリダイヤルのキーを押す。
『自宅』という表示が画面一杯に現れたかと思うと、それはすぐに消えてしまった。
あとにはただ虚しい電子音の響きが続くばかり。
彼女は続けて見慣れた三桁の番号を打ち込み、同じように画面を私に向ける。
返ってくる反応は同じだった。

(けどさっきから携帯がずっと圏外でよー)
(ホントだ…私のも圏外……)

 数時間前のやり取りが脳内を巡る。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:25:01.57 ID:wGCdZCC0o

「携帯はこの通りです。そこのPCのネットも、固定電話も…
…無いよりはと思ったラジオも、それとテレビも……ぜんぶ、使えないんです。つまり……」

 淡々とした言葉が次第に曇っていき、ついには途切れてしまう。
彼女の視線が、みだれていた。

 思い出す。
彼女が一人の女の子であることを。
泰然とした表情の内側の、優しい彼女は恐くて仕方がないんだ。
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:26:18.89 ID:wGCdZCC0o

「つまり……陸の孤島ってことね」
「……はい。そういうこと……だと思います」

 彼女はかすかに頷いて、何も映そうとしないテレビに視線を向ける。
ぼんやりと下がった彼女の手を、ゆたかちゃんの小さな掌が包み込んでいた。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:27:19.54 ID:wGCdZCC0o


 つまり、助けは期待できないということだ。
少なくとも、私達が帰る予定だった明後日の昼間までは。

 もしかしたら、音信不通を不審に思って誰かが来てくれるかもしれない。
でも、それがなんだというのだろう。
この街には……この霧の中には、あいつらがいるのだから。

 ……あいつらは、一体なんなのだろう。
この霧は一体なんなのだろう。
そんな考えばかりが浮かんでは出口を失って消えていった。
なにもかもが常識の外側で、私には正解の糸口さえ見つけることができなかった。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:28:46.60 ID:wGCdZCC0o

 それは、考えることだけ無駄なことなのかもしれない。
なんとか、思考の矛先を切り換える。

「……つかさとみゆきはどうしてるの?」
「ああ、二人なら先に休んでるぜー」

 言いながら日下部が手に持ったトーストで仮眠室を指した。
そうしたことで自分がトーストを持っていると気付いたみたいに目をみはると、そのまま少し焦げ付いたトーストをかじった。
やけに快い音が私の脳を刺激して、食欲を呼び起こす。

 時計を確認すれば、時刻はもう19時を回っていた。
最後に食事を取ったのはお昼前、あの長い山道を登る前のことだ。
その後おなかに入ったものなんて……水と、あの果汁100パーのジュースくらい。
それに気付くと同時に、空腹感が急激に膨れ上がる。
私は日下部へのお礼もそこそこに、目の前の食卓に向き直った。

 さっきは気付かなかったけれど、並んだ食事のなんと輝かしいことだろう。
素敵な料理たちと向き合う下準備にと、ティーカップにお湯を注いでストレートティーのバッグを放り込んだ。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:30:00.51 ID:wGCdZCC0o

「おふろ、いただきますねー」

 カップの中に朱色が広がっていく様子を楽しんでいるうちに、ゆたかちゃんが浴室へ通じるドアをくぐっていった。
同時にみなみちゃんもテーブルへ場所を移し、コップに注いだ牛乳を一口一口、それが貴重なものだというように飲み始めた。

 私もサラダを取り分けて、一口含んでみる。
みずみずしい野菜の食感が口の中に広がると、えもいわれぬ快感と底知れない不快感が一緒くたに心を満たしていった。
その感情の乱れは私を困惑させたが、一方ではどこか納得できるものだった。
ともかく、素直に楽しめない食事でも、今は食べるしかないことはわかっていた。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:31:19.89 ID:wGCdZCC0o


 オーブンがロールパンをじりじりと焼いている。
その音やただよう甘い香りに引かれながら、思考は宙を舞っていた。

 このまま、少し気まずいディナーでも、何気なく過ごせたらそれはどれだけ幸せなことだろうと思う。
だけど、そうするわけにもいかないことはわかっていた。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:32:18.14 ID:wGCdZCC0o

「……あのさ、これからどうする?」

 漠然とした、一人言のように呟いた質問の、その意味はしっかりと伝わっているようだった。
全員が、それぞれに体を強張らせる様子が感じられる。
引き締まった空気に少し呑まれる自分を感じながら、私は努めて平坦に声をあげた。

「なんて言うか、逃げるか守るかってことになると思うんだけど」

 ここからなんとかして逃げ出すか、なんとしてもここを守り抜いて助けを待つか。
あらゆる手段は、その二択に集約されるだろう。

「……もう話したかもしれないけど……みんなの考え、私にも聞かせて」


 ……本当に、選択肢はそれだけ?
だとしたらこの心地は、喉の奥に何かがつっかえたような感じは、なんなのだろう。


 私は……何を望んでいるのだろう。

212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:33:52.39 ID:wGCdZCC0o


「……私はね、柊ちゃん」

 意外にも、話の口火を切ったのは峰岸だった。

「逃げたほうがいいって思う。だって、留まっても助けが来る保証なんてないし……何より、ここを守るなんてきっと、無理だと思うの」

 明瞭な声には、彼女の考えの強固さが現れていた。
しかしそこから急にトーンを落として、弱気な言葉を繋ぐ。

「……でもね、それが難しいってこともわかってるの……中途半端でごめんね。 ……柊ちゃん。外の様子、聞いてないよね?」
「……うん」
「そうだよね……玄関の扉の横に大きな窓があったの、覚えてる?」
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:34:49.42 ID:wGCdZCC0o

 ホテルに辿りついたときに、その窓から中を覗いたことを思い出す。
大通りに面した窓は、私の背丈の倍もある大きなはめ殺しのもので、
装飾過多なそれはショーウインドウのような印象を与えるものだった。

「そう、そこから外を見たんだけど……すごく、たくさんのあいつらがいて……とても逃げ出せる状況じゃ……」

「……」

「やたらでっけえトカゲとか犬とかなー……あんなのがウヨウヨしてる中で車まで走るなんて考たくもねえなー」

「……」

「……従業員出口が駐車場に近いはずなんですけど、何かが扉を塞いでるみたいで開かないんです。非常口も同じで……」
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:36:43.76 ID:wGCdZCC0o

「……とにかく、逃げるのは厳しいってわけね……」

 その結論に返事は返ってこない、それが何よりの答だった。
そこら中にあいつらがいる状況で、車まで辿りつくことは不可能だろう。
それに、たとえそこまで行けたとしても、この街から逃げ出せる気もしない。

「……しっかし、引きこもってんのもなあ……ぶっちゃけ、あっちが本気出しゃいつでも…
…あー、扉なんて破られちまいそうだしな」

 ぼやくような日下部の言葉を誰も否定できない。
そう、私達がこうして無事でいられるのは、ほとんどあいつらの、いや、『あいつ』の知るよしもない意図のせいなのだろう。
『あいつ』がその気になれば、いつだって私達は……殺されてしまう。
そんな薄氷の上にいつまでも立ってはいられないが、現状ではまるで打つ手がない。
思考が滞り会議も行き詰まろうとした、その時だった。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:37:47.48 ID:wGCdZCC0o


 きゃあああああぁぁぁぁぁぁ……


 悲鳴、この声は……ゆたかちゃん。

私がそう認識するより早く、みなみちゃんが椅子を蹴飛ばして扉を開け放して、風のように浴室へ消えていった。
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:38:48.93 ID:wGCdZCC0o

 その一瞬の余韻を、私はただ眺めていた。
日下部も峰岸も同様に、立ち上がろうともせずただ互いに顔を見合わせている。
まるで夢のような浮遊感だった。

 しかし、夢はすぐに覚める。
再び浴室から鈍い音、そしてゆたかちゃんの泣き声が聞こえ、
私達ははじかれたように立ち上がり、みなみちゃんの姿をなぞるように走った。
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:39:59.43 ID:wGCdZCC0o

 開け放されたドアを抜けた正面には『WC』とプレートのついた茶木色のドア。
それを無視して右手へ走れば、そこにはまた同じようなドア、も開け放たれていた。
くぐって左手の洗面台の鏡に、立ち昇る湯気が映りこむ。
出しっぱなしになっているらしい、シャワーの音が耳障りだ。

 振り返れば、開いたままの浴室の前に屈むみなみちゃんの後姿があった。
彼女の背中には白くか細い腕が回されている。
その手が彼女の寝巻きに大きな皺を作り、絶対に離したくないと訴えているようだった。

 歩調を緩めて歩み寄れば、彼女の腕の中にゆたかちゃんの姿を認めることができた。
彼女は、激しく泣きじゃくっていた。
バスタオルを一枚掛けただけの体ががくがく震えて、小さすぎる体をより繊細なものに映す。

 常套句ではなく、本当に触れたら壊れてしまいそうな姿だった。
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:40:55.63 ID:wGCdZCC0o

 掛ける言葉も見つからず、惰性で足を運ばせてバスルームを覗きこむ。
湯気と熱気にあてられて狭まる視界の中、異変はすぐ私の眼に飛び込んできた。


 純白の空間の中に、その歪な体が浮き上がっていた。
洗剤の2Lボトルで半身を叩き潰されてなお、それは棘の生えた太い脚を蠢かせている。
頭から胴体が潰れているせいで定かではないのだが、それは数十センチはあろうかというバッタのようだった。
弱々しく二本の太い脚で床を蹴って、浴室の壁に体を押し付け続けている。
壊れた機械のように何度も、何度も。
その度に胴体から延びた、まるで機能していないような、無数の細い脚が一本また一本と抜け落ちていく。
抜け落ちた脚はすぐに、転がったシャワーヘッドから噴き出す水の流れに乗って、排水口へと吸い込まれていった。
水はそれに触れると黒く濁った。
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:41:50.66 ID:wGCdZCC0o

 不意に、うっすらと鼻をつく臭いに気付く。
腐らせた生ゴミの何倍も質の悪い、そんな生臭さ。

 湯気が、白く立ち昇っている。

 体中を駆け巡る不快感と共に鳥肌がざっと沸き立つ。
私はそれの存在も無視してシャワーの温度を限界まで下げた。
ものの数秒で蒸気は霧散して、後には僅かな臭気と寒気が残った。
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:42:37.71 ID:wGCdZCC0o

 水勢を最大まで引き上げると、刺すように冷たい水が激しく噴き出す。
虚しく蠢き続けるそれにシャワーを向けた。
それは潰れた半身を置き去りにして、ゆっくりと流れていく。

 いつの間にか、日下部が細長いブラシで排水口の蓋を開いていた。
一秒一瞬でもと、シャワーを握る腕に力がこもる。
それは脚を動かして抵抗したが、それでもやがては排水口へ呑み込まれていった。
ゴボゴボと不快な音が鳴って、すぐに消える。

 残された上半身も流して、私達は汚れ一つ見当たらない卸し立てのバスルームを取り戻した。

 それでいい。
そう自分に言い聞かせて、バスルームのドアを硬く閉じた。

221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:43:36.21 ID:wGCdZCC0o

 すっかり冷えてしまったロールパンを、食べようとは思えなかった。

 ゆたかちゃんの話はこうだ。
頭も体もきれいにしてもう上がろうという時に、それが排水口から現れた。
シャワールームを飛び出してうずくまったところで、みなみちゃんが駆けつけた。
彼女はすぐにそれを叩き潰して、ゆたかちゃんにバスタオルを掛けて抱きしめた。
あとは私の知る通り。

 私達は何をするにも必ず複数人で行動することを確認して、今日はもう眠ってしまうことにした。
時刻はまだ20時を回ったばかりだったけれど、眠れない気はしなかった。
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:44:22.09 ID:wGCdZCC0o

 仮眠室には4つの二段ベッド。
つまり、ベッドが8床。
誂えたようなその数は、なんという皮肉だろう。
寝返りを打てば、折り曲げた膝が毛布越しに壁に触れた。

 下段ベッドから、つかさの寝息が聞こえる。
その穏やかな呼吸は私の胸を落ち着かせ、体を一息に眠りへと導いた。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:45:23.67 ID:wGCdZCC0o


 やがて夢現の中、暗く静かな空間に浮かび上がる。
半身が潰れても壁に向かい続けるその姿と、ゴボゴボという濁音。


 澱みに落ちていく意識の中で、それが幾度も繰り返されていた。

224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/18(木) 01:54:12.06 ID:wGCdZCC0o
 今回はここまでです
眠くて成形がアホになってる気がします、読みにくかったら申し訳ねえ

 次回投下は25日にやらせてもらいます
また半端な間が空きますが、よろしゅうお願いします

 それでは本日もありがとうございました。
おやすみなさい
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/18(木) 02:11:52.88 ID:APD+//JSO
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:10:42.01 ID:T98CVpPDo
 どうにか始めます!

 そういえば、ダークタワーは関連しない気がしてきました
広義でそう捉えてくれたら嬉しいってレベルでしか作れんです
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:12:29.24 ID:T98CVpPDo



 #7


228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:14:48.55 ID:T98CVpPDo

 AM6:22

 液晶の明かりが二度寝の意欲を一瞬にして奪い去る。
そうでなくても、10時間も寝ればもう十分なんだけど。
相も変わらず全身がズキズキと熱を発しているけど、痛みが悪化していないことは幸いなのだろう。

 それにしても、習慣ってのは恐ろしい。
こんな状況でも、いつも起きるのと同じ時間に眼が覚めてしまうなんて。


 …………?
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:15:52.08 ID:T98CVpPDo

 なんだろう。

 仮眠室の扉の向こう側、従業員室から何か聞こえる。
室内を埋めているみんなの寝息の隙間から、確かに物音が私の耳に届いている。

 扉の開閉、水の流れる音、誰かが歩き回る気配。
どうやら、私を起こしたのは習慣だけではないらしい。

 眠るみんなを起こさないよう、細心の注意を払って二段ベッドから降りる。
梯子の軋む音が、耳につく。
不意に下段ベッドのつかさが、うん、と寝息をもらした。
梯子の中途で体を固めて、目を覚ましてはいないか、暗闇の中で気配に耳を澄ませる。
すぐに幸せそうな、聞いてるこっちまで心地良くなる寝息が聞こえ始めたので、私はカーペットに足を降ろした。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:16:43.30 ID:T98CVpPDo

 少しずつ慣れてきた眼に、室内の様子が映る。
下段にはつかさ、日下部、みなみちゃん、ゆたかちゃんの姿。
みなみちゃんゆたかちゃんはイメージ通りに寝相まで良くて、あまり毛布を乱さずに大人しく眠ってたみたい。
つかさは、今日は眠りも深かったのか、いつもより寝床がきれい。
日下部は、まあノーコメント。

 あとは、みゆきと峰岸なんだけど。
さすがにベッド上段まで一々覗き込もうとは思えなかったので、私は小さく腹をくくって仮眠室を後にした。

231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:17:40.65 ID:T98CVpPDo


「……あら、かがみさん。おはようございます」

 お早いんですね、と微笑んだ彼女が、穏やかな朝の空気を連れてきたように思えた。

「おはよう。みゆきこそ、こんなに早くからめかしこんで、どこかお出かけ?」

 一体いつから起きていたのだろう、彼女はすっかり朝の身支度を終えていた。

 ベージュのかぎ編み風ボレロと重ねた淡い花柄のワンピース、膝丈の裾から下は黒いレギンスがくるぶしまでを覆っている。
足元は……残念ながら従業員用のスリッパなのだけれど。
髪も、その緩やかなウェーブがかった長い髪を右肩の前でまとめていて、品を感じさせる落ち着いたスタイリング。
ふふ、と唇に手を添えて笑う姿が、女として嫉妬するくらいに様になっていた。
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:18:08.53 ID:T98CVpPDo

「そうさせていただこうと思っていたんですが……どうしましょう、お目溢しいただけますか?」

「そうもいかないのよね。昨日遅くに色々あってさ……とにかく、単独行動は厳禁ってことにしたのよ」

 私の格好はと言えば、白いビッグTにグレーのひざたけビエラパンツ、以上。
自分で言うのもなんだけど、機能性と最低限の外面を備えた最高のルームウェアだと思う。
というわけで、みゆきはみゆき、私は私。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:20:04.62 ID:T98CVpPDo


「そうですか……」

 かちり、という音が聞こえた気がした。

 彼女がふっと瞳を曇らせて俯き、空気が一変する。
冷たく湿った笑顔が、いつもの朝の温もりを吹き飛ばしていった。

「かがみさん。一緒に行きませんか」

 そうして私は夢から覚め、気付く。

「312号室へ」


 私達は、霧の牢獄に捕われたままなのだと。

234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:20:38.68 ID:T98CVpPDo


 従業員室、フロント、ロビー、、階段、廊下。
私達は何も喋らずにいたので、無音の空間にはただスリッパを滑らせる音が流れていた。

 『312号室』の乳白色の扉がどこか荘厳な存在感をもって私達を迎える。
その扉を前にして立ち止まり、黄銅色のプレートを眺めて息を飲んだ。
柄にもなくみゆきは、マスターキーを掌の上で弄んでいる。
ぎこちない手つきが、彼女の心情を雄弁に語っていた。

 だけど、いつまでもそうしているわけにもいかない。
誰かか目を覚ます前に従業員室へ戻らなければいけないのだから。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:21:32.32 ID:T98CVpPDo

「……行きましょ」

「……そう……ですね」

 彼女の指が鍵をつまみ上げて鍵穴へ導いていくその動きを、固唾を飲んで見守る。
指先が、震えながらも正しく働き、鍵を開くのに大した時間はかからなかった。
だというのに、私は何もしていないのに、この疲労感はなんなのだろう。

 彼女の手が、ドアノブにかかった。
ことさらに緩慢に、まるでもったいつけているかのようにノブが回っていく。
それがじれったくもあり、恐怖でもあった。

 がた、という金属音と共にノブの動きが止まる。
そして、扉が動き出す。
木製の扉にありがちなギイッという軋みも上げずに、ただ静かに、滑らかに扉が開かれていく。

 その瞬間が、訪れる。
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:22:35.45 ID:T98CVpPDo


 AM6:55

 まだ、誰も起きては来ない。
私とみゆきは二人きり、従業員室のソファに座り込んでいた。
空調、水滴、冷蔵庫のコンプレッサー、そんな音ばかりが頭を通り抜けていく。
蛍光灯の眩しさに目を閉じてみれば、あの室内の様子が蘇る。


 そこは、小さな地獄。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:23:36.84 ID:T98CVpPDo

 扉を開いてすぐに、床にうず高く積った鏡の破片が目についた。
クローゼットのすぐ脇にあるそれは、きっと全身鏡の残骸なのだろう。

 その全身鏡が収まっていたであろう枠から、かすれた赤黒い染みの帯が壁を走っていた。
私の腕よりずっと太いその帯はテレビ台まで走り、台上のポットにぶつかるとそれを塗り潰していた。
ポットの表面が、不自然に陥没している。

 染みはテレビ台を離れると、部屋の中心に溜まった。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:25:08.35 ID:T98CVpPDo

(助けて)

 私の足は意識と無関係に、まるでその染みに誘われるように進んだ。
そうして徐々に、室内の全様が明らかになっていく。

 赤黒い染みは部屋の中心から、部屋中に撒き散らされたようだった。
壁や窓にも天井にも、至る所に無数の滴がべっとりと痕になっている。
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:26:30.50 ID:T98CVpPDo

(助けて)

 しかし、そんな惨状の中で、何よりも私の目を釘付けにしたのはベッドだった。
ツインベッドの廊下寄り。
そこには死が凝縮されていた。
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:27:31.84 ID:T98CVpPDo

(助けて)

 幅の広い、ダブルサイズくらいはありそうなベッド。
それが、真黒に染まっていた。
綺麗に洗濯されて純白だっただろうシーツは、白い色を僅かにしか残していない。
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:30:45.11 ID:T98CVpPDo


(助けて)

 あの、こなたの小さな体に、これだけの血が入っていたのかと思う。

 放射状の血溜まりは、こなたが死んだその一点を示しているようだった。

 そう、この部屋の有様は、こなたの最期の光景なんだ。
こなたがどうやって死んでいったか。
いや、そうじゃない。

 そうじゃない。
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:34:14.83 ID:T98CVpPDo


(助けて)

 こなたがどうやって殺されたのか。

 それが全て、手に取るようにわかる。
鮮明に、まるで見ていたように思い描くことができる。
痛かっただろう。
苦しかっただろう。
こなた。
こんなに軽い言葉しか持っていない、私をどうか許して。
こなた。
こなた。こなた。こなた。

(助けて―――)

243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:36:01.41 ID:T98CVpPDo


「―――かがみさん」

 目を開く。
それだけで、私は従業員室へ帰って来れる。
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:36:52.13 ID:T98CVpPDo

「痛く、ありませんか……」

 みゆきが、ハンカチを差し出していた。
いつの間にか握り締めていたらしい左の掌から、血が滴っていた。
けれど痛みもなく、驚きもなかった。

 強い、麻酔をかけられたみたいだった。
痛めた肩の鈍痛も感じなければ、心が痛む様子も感じられない。
体も動かせないので、差し出されたハンカチを受け取ることもできない。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:38:27.13 ID:T98CVpPDo

「……ごめんなさい」

 彼女は硬直した私の掌を丁寧に、指を一本ずつ解いていくように開いて、ハンカチを滑り込ませる。
パールホワイトの生地が、私の血液で真赤に染まっていく。

「私のせいで、私の勝手にかがみさんを巻き込んでしまって……本当にごめんなさい」

 彼女の瞳が、揺れる。
私は、彼女が悪いなんて思っていなかった。

「……私が望んだことよ。みゆきは何も悪くない」
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:39:23.53 ID:T98CVpPDo

 そうだ、全て私が望んだことなんだ。
こなたが殺された、そこを見たいと思ったのは、私。
だけど、それはなんで?
ただ知りたいと思っただけじゃない。
悲しみを共有したかったわけでもない。

 この気持ちは、何?
白い扉を想像すると、背筋がゾクゾクする。
黒く凝固したシーツを考えると、呼吸がうまくできない。

 この気持ちは、なんだ。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:40:40.85 ID:T98CVpPDo

「……ありがとう、ございます……」

 私の手を包み込んだ彼女の両手は、ひどく震えて、冷たかった。
その手を温めてなお、私の体は熱を失わない。
この熱は、どこから生れているのだろう。
そして、徐々に痛みを取り戻していく私の手足は、何を望んでいるのだろう。

「……ううん……そんな……」

248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:41:13.44 ID:T98CVpPDo


 かち、と聞き慣れた金属音で、私の思考も言葉も中断させられた。
目を向ければ、仮眠室のドアノブがゆっくりと動いている。
私はぼんやりとその動きを追い、みゆきも目をこすりながら成り行きを見つめた。

249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:42:25.29 ID:T98CVpPDo


「おはよう、柊ちゃん、高良ちゃん」

 音も無く体を室内に滑り込ませて、峰岸は微笑んだ。
珍しく(朝なのだから当たり前ではあるのだろうけど)前髪を分けた彼女の、少し疲れた瞳はまだまどろんでいるようだった。

「おはようございます、峰岸さん。お早いんですね」

 そんな返答をするみゆきは、朝の優雅さを取り戻していた。
ももの上で小さく重ねられた掌は、いつの間に私から離れたのだろう。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:43:31.38 ID:T98CVpPDo

「おはよ。よく眠れた?」

 一方で私の掌はみゆきのハンカチを握り締めたままでいる。
もし気付かれたら、変に思われないだろうか。
考えてみたら、この広い部屋でソファに二人並んでいるのも、おかしくないだろうか。
そんなことが気になりだせば、どんどん居心地は優れなくなっていく。
かといって今さら変に動いてもかえって怪しいような気がして、結局私は自然な態度を繕って挨拶を返した。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:44:38.55 ID:T98CVpPDo

「うん、やっぱり疲れちゃってたからね」

 彼女は細い髪を手櫛で整えながら、ちらちらと辺りを覗った。
視線はキッチンから奥の通用口まで泳ぎ、また私達の元へ帰る。

「顔、洗いたいんだけど……大丈夫かな?」

 なにか、妙に含みのある口調だった。
やっぱり、気を遣わせてしまっているのだろうか。
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:45:16.00 ID:T98CVpPDo

「ええ、私達しか起きていませんので、どうぞ使ってください」
「あ、じゃあ私も付き合うわ、起きたばっかでまだだったのよ」

 私達が申し出た、その一瞬で彼女の顔色が変化した。
驚きや困惑、そしてきっと恐怖が、その表情を歪めている。

 私達ももう、それを勘違いだと拭い捨てることなんてできず、固唾を呑んで彼女の動向を見守った。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:46:58.57 ID:T98CVpPDo

 彼女は、迷っているようだった。
たぶん、同時にそれが自分の勘違いであればいいと願っているのだとも思えた。

 そして、時間にすればたぶんほんの十数秒、だけど果てしなく長く続いたと思える、そんな逡巡の末。

 彼女が口を開いた。

254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:48:27.73 ID:T98CVpPDo



「……ねえ……小早川ちゃんと、岩崎ちゃんは……どこにいるの?」


255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/26(金) 01:53:50.33 ID:T98CVpPDo
 本日は以上です

 この辺からぐりぐりと話が動いていくはず
ですが投下間隔はまた少し空いて、次回は9/5予定ですサーセン

 つーわけで、今回もお付き合いありがとうございました
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 07:22:44.03 ID:XlLyJ3UDO
乙!!

ゆたみなまで行方不明だと・・・?


元ネタ的なもの全部知らんから次が待ち遠しいZE☆
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 08:09:14.22 ID:GJWEQ/6IO
こなたが泣きわめく姿が想像できないな…
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 10:50:58.97 ID:4TzwW6WSO
息するの忘れてたような感覚
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/06(火) 01:52:43.59 ID:0xl9oRd/0
サーセンこんな時間になってしまったので、投下は明日夜にさせていただきます!
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:09:16.36 ID:JcSAnYVQo
 結局こんな時間だよね、ハハッ
まあしかし、投下します
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:10:39.76 ID:JcSAnYVQo

 峰岸は一体、何を言っているのだろう。

「……まだ、寝てるはずでしょ?
「ううん。二人のベッド、空だった……」

 峰岸が言葉を区切るより早く、みゆきが立ち上がった。
唇を震わせて、しきりに眼をまたたかせて。

「峰岸さん、確認をお願いします。かがみさんはロッカールームと従業員出口をお願いします」
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:11:58.75 ID:JcSAnYVQo

 言うが早いか、彼女は浴室へ消えていった。
峰岸も弾かれたように動いて、寝た子を起こすことを厭わないように仮眠室の扉を開けば、私も駆け足で通用口へ向かった。

 ぼんやりと非常灯の色をした通路は狭く、人影はない。
通用口の扉もやはり閉じたままだ。
踵を返してロッカールームを覗いても二人の姿はない。
ロッカーを開いたところで、そこには従業員の手荷物や着替えがあるだけだ。

 心が恐怖で塗り上げられていく。
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:13:33.70 ID:JcSAnYVQo

「……マスターキーが、ない……」

 キーボックスに二つあったマスターキー、そのうちの一つはみゆきが持っている。
もう一つは、私とみゆきが部屋を出るときには確かにそこにあった。
つまり、私達が従業員室を空けていた20分間で、二人はどこかへ行ってしまったということになる。

 ホテルのマスターキーを持って、だ。
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:18:01.01 ID:JcSAnYVQo

「それなら大丈夫なんじゃねーの?」

 日下部の言葉は、とみに明るい。

「自分で鍵持ってってんなら、襲われたわけじゃないよなー?」
「う、うん。きっとそうだよ! 案外、キッチンで朝ごはん作ってくれてるかも」

 つかさが同意の言葉を重ねる。
峰岸の表情も、だいぶ柔らかくなった。
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:18:41.81 ID:JcSAnYVQo


 私も同じだ。
もう、二人が無事でいるって思ってしまっている。

 だけど、違う。
日下部の口調が、つかさの笑顔が、峰岸の顔色が。
そして、机の前で微動だにしないみゆきの背中が、この事態がそんな話では済まないことを予感させていた。
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:21:00.43 ID:JcSAnYVQo

「……じゃあキッチンから、探しに行きましょ」

 二人が誰にも何も言わずにキッチンに行くだろうか。
こんな状況で疲れた私達を早朝から起こしたくなかった?
そうかもしれない。
二人はキッチンの鍵と従業員室の鍵でなく、マスターキーを持っていくような性格?
短時間のことだし、安全のために手間は少ないほうがいいと思った?
そうかもしれない。

 だけど、そう、もっと大事なこと。
昨晩あんな目に遭ったゆたかちゃんが、みなみちゃんと二人とはいえ、あえて安全なこの部屋の外へ行こうとするの?
それを、みなみちゃんが良しとしたっていうの?
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:21:48.42 ID:JcSAnYVQo

「……みゆき、鍵お願い」

 ……それでも、私達は二人を探すしかない。
ホテル中をくまなく……ホテルの外も。
可能性を1%でも引き上げるために、そうするしかないんだ。
動かなくちゃ、助けられる人も助けられなくなる。

「……ええ、そうですよね……」

 みゆきは振り返ると私を見て、震える掌の内に鍵を握りこんだ。

「ご一緒します」

 燃えているみたいに充血した瞳が、彼女の意志を表していた。

「私とみゆき……もう一人、一緒に―――

268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:24:43.40 ID:JcSAnYVQo


 ―――大丈夫ですよ、先輩。


 全員が、その声へ向き直る。
それは従業員出口へ通じる暗闇から聞こえていた。

「そんなに心配しないで下さい」

 足音と共に近づいてくる声が、徐々にその存在感を増していく。
元気で屈託のない、とても可愛らしい彼女の声。
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:25:51.73 ID:JcSAnYVQo

「私ならほら、ここにいますから」

 その小すぎる体がゆっくりと、部屋の明かりに照らされていく。
少し袖が余ったピンク色のパジャマに身を包み、いつもは二つ結びの髪が無造作に下りていた。
それこそ、たった今起きてきたみたいな、ゆたかちゃんの姿。

「ね? 先輩」

 そして、『それ』は微笑んだ。
彼女の顔、彼女の声で、いかにも自然に微笑んでみせた。
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:28:46.40 ID:JcSAnYVQo

 その挙動、仕草、振る舞いの全てが、私の体を強張らせる。

「あんたは……なんなの……?」
「やだなあ先輩、私は私じゃないですか」

 そのいたずらな口調が、私の頬を紅潮させる。

「……そうじゃないでしょ……!」
「あはは! 先輩、いつもよりずーーーっと怖いです」

 その彼女への冒涜が、私の髪を逆立たせる。

「かがみ先輩! せっかくの可愛いお顔が台無しですよ。私みたいにほら、にっこり笑いましょ? ね、せーんぱい!」
「……ふざけないで! あんたは何者で何が目的なのよ!? どうして、こんなこと……!」
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:30:19.58 ID:JcSAnYVQo

 私が声を荒げると、『それ』は心底驚いたようなポーズをとってみせた。
ぱっちりつぶらな瞳をいっぱいに広げて、ご丁寧にまばたきの回数まで増やして。
だけどその瞳に、彼女が持っていた優しい色合いは残っていない。
ただ無感情な黒目が私を捉えているだけだ。

 虚しい視線を覆い隠すように、それは目をいっぱいに細めて笑顔を作り直す。

「そっかー、そうですよね! わかりました、ちょっと待ってくださいねー」
「……? なに言って……」
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:30:45.51 ID:JcSAnYVQo

 私の疑問を飲み込んで、その体が溶けて混ざった。
初めのうちは髪色や服の質感を残して、次第にそれらも飲み込まれていって、やがてそれは一つの黒いかたまりになった。
アメーバのようなそのかたまりは、音も立てずに不気味に蠢く。


 本当に、どうしてこんなものが今、私の目の前にあるのだろう。
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:33:14.48 ID:JcSAnYVQo

 それが形を取り戻していく。
子供みたいに小さな足と、まあそのサイズに見合った長さの脚、ご丁寧にもハーフパンツを履いている。
腰から胸にかけてのラインは、だぼっとしたロンTのせいか体の造りのせいか、とにかく女性的な起伏が見当たらない。
手を見れば、やたらと余った袖口からちょこんと指先が覗いていた。

 ほっそりと華奢な首すじ、に乗っている頭は体と同じようにとても小さい。
だけど、その小顔からお尻まで伸びたぼさっとした髪の毛が、野暮ったさと共に子供っぽい印象を強くさせる。
なかなか大きくて丸い瞳は、よく動くのと相まって活発で明るい人柄を思わせた。
泣き黒子があるのに色気を全く感じさせないというのも、実は凄いことなんだろう。
高くもなく低くもなく、筋が通っているようで丸っこい鼻のラインは、私はかわいいと思う。
ぽっかり開いたかと思えば次の瞬間には笑っている猫みたいな唇も、小さくてかわいらしいもんだ。
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:34:34.66 ID:JcSAnYVQo

 これが、わずか10秒ほどで行なわれた、その変身についての印象。

 それは悪夢。

 そして紛れもない現実。
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:36:32.00 ID:JcSAnYVQo

 『それ』は、ゆたかちゃんの姿からこなたの姿へと変わり身を遂げた。
今、私の目の前にはこなたの形をした『それ』がいる。

「さあさかがみん、これでわかっていただけたかねー」

 軽い口調も語尾を伸ばす癖もそのままに、こなたの声がこなたの口から発せられる。

「あれあれ? そんなボーっとして、感想とかないの?」

 下瞼のクマの濃さまで再現して、こなたの瞳が私を見つめる。
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:41:32.35 ID:JcSAnYVQo

「かーがみん。おーい……かがみんやーい」

「……反則よ」
「え、何? もっかい言って?」
「……なんでも……いや、そっか……」


「……みなみちゃんはどこ?」
「お〜さっすがかがみん、話が早い!」
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:41:59.78 ID:JcSAnYVQo

「王子様は今、お姫様を助けに向かってるよ」

 そんなことを言いながら、それは再び体を溶かし変質させていく。
ただ、今度のそれは肩から腰までに限られていた。
溶けた上半身が大きく広がって、形を成していった。

「助けてみなみちゃん! わたし怖い!」

 出来上がったゆたかちゃんの姿で、それはろくな感情も込めずに、むしろ楽しそうに叫んだ。
お姫様だっこされたゆたかちゃんをさらっていくこなたで、お姫様と魔王ってわけだ。
だけどその出来は学芸会にも劣るレベルで、それがまた私の心を波立たせた。
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:44:16.66 ID:JcSAnYVQo

「……そうやってみなみちゃんを連れ出したってわけ?」
「そゆこと。さすがにもっとちゃんとやったけどねー」

 ゆたかちゃんの体が溶けて、こなたの体に吸収されていく。
彼女は数秒で消え、あとにはこなたの小さな胸が残った。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:47:10.00 ID:JcSAnYVQo

「ま、そーゆーわけで……みんなには、私とゲームしてもらおうと思って」

「……ゲーム?」
「そ、ゲーム。私とみんな、学校にいるみなみちゃんに辿りついたほうが勝ち、簡単でしょ?」

 まるでリビングでレースゲームでも始めるみたいな調子で、『それ』はいきいきとまくしたてる。

「ま、拒否って選択肢はないと思うけどねー」

 だけどこれはゲームなんかじゃない。
みなみちゃんの命が懸かった、本当の戦いだ。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:47:52.25 ID:JcSAnYVQo

「あ、今もそうだけど競争中はジャマは引っ込めとくから、安心してくれていーよ!」

「……邪魔というのは、あなたが引き連れているあの生物達のことですか?」

 ここで、ずっと傍観していたみゆきが割って入った。
射るような眼差しを『それ』に向ける彼女は、ともすれば私まで恐怖を覚えるような空気を纏っていた。
思いがけず、背中からじわじわと冷たい汗がにじみ出す。
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:50:06.50 ID:JcSAnYVQo

「そうだよみゆきさん、他にも質問ある?」
「学校というのは中央通りの第一小学校のことですか?」
「あー、そっちじゃなくて公園通りの中学!」
「では、みなみさんに学校のどこに行くように伝えましたか?」
「んー、学校としか言ってないけどー……鍵はぜんぶ開いてるし、みなみちゃん次第だねえ」

「……なるほど……では、最後にもう一つだけ聞かせてください」

 不意に、みゆきの放つ雰囲気が変わった。
肩の力を抜いてゆったりと髪をまとめ直し始めた彼女に、今の今までの張り詰めた力強さは微塵も残っていない。
それこそ、こなたと喋っているみたいだ。


「あなたは、ズルはしませんか?」
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:51:48.52 ID:JcSAnYVQo

 『それ』が首を傾げる様子を見て、みゆきが言葉を続ける。

「……例えば、こうしている間にあなたは、その便利なお体を分裂させて、ゆたかさんの姿でみなみさんに迫っているとか……
もっと単純に、お仲間に先回りさせているとか、色々と考えてしまうのですが……」

 『それ』は、さも困ったみたいな顔をしてみせる。

「うーん……そうだねえ……」
「……やはり、あなたを信じるほかありませんか?」
「まあ、そーなっちゃうね。あ、でも分裂どうとかは心配しなくていーよ」
「どうしてですか?」
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:54:12.94 ID:JcSAnYVQo

「ぶっちゃけ私、そんな器用なことはできないんだよねえ」

 ぼんやりと話しながら、『それ』が右手の親指をちぎり取る。
驚く暇も与えずに、『それ』はちぎった部分をテーブルに放り投げた。

「ほらね、この通り」

 それはほんの数秒で真黒なかたまりになると、そのまま溶けてテーブル上に広がっていった。

「そゆことでオッケー? みゆきさん」

「……はい、十分です」
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:55:14.17 ID:JcSAnYVQo

「みんなも、他に質問とかない?」

 『それ』がテーブル上の黒い水溜りに欠けた指先をひたせば、液体は凝固して元の親指を形作った。

「……そんじゃ私がこの部屋から出たらスタートね! ズルなんて絶対しないから、みんなもせーぜーがんばってくれたまへー」

 『それ』は後ろ手をひらひらと振りながら、悠然と従業員出口へ歩いていく。
やがてその姿は暗闇の中へ消え、扉が閉じられる音がかすかに聞こえた。
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:57:07.86 ID:JcSAnYVQo

「日下部さん。寝起きに申し訳ありませんが、今すぐに1km走れる準備をお願いします」
「峰岸さん、つかささん。私達がホテルを出たら、玄関を閉めてこの部屋で待っていてください」

 それと同時にみゆきが強い声をあげた。
彼女は脱いだボレロを適当な椅子に引っ掛けると、髪をアップに束ね始める。

「ちょ、メガネちゃん! どーゆーことだって……」
「説明は走りながら! すみません、今は急いでください……つかささん、スニーカーお借りしますね」

 半ば反射のように体は動かしながらも解説を求める日下部を一蹴して、みゆきは1秒でも惜しいというように準備を進めていく。
彼女の気勢に呑まれてか、日下部もその口をつぐんだ。
つかさに至ってはただ頷くだけだ。
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 03:59:47.87 ID:JcSAnYVQo

「かがみさん、あなたは……」
「行くわよ」

 私も邪魔な髪の毛をアップにまとめて、自分のカバンからスニーカーを引っ張り出した。
準備なんてそれだけ。
スニーカーの紐を結び直しながら、言葉を渡す。

「私も……行くわよ。大丈夫、絶対に足手まといには、ならないから」
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 04:02:36.76 ID:JcSAnYVQo

 履き終えた靴の感触を確かめるために数回跳んでみる。
脚の痛みは、消え去っていた。
内に外に、肩を大きく回してみても、少し違和感も感じない。

 全身は燃えるように熱く、そのくせ頭は妙に冷えていた。

 本当に、私はどうしてしまったんだろう。

「……わかりました。では、かがみさん、日下部さん、行きましょう」

 先陣を切ってみゆきが部屋を突っ切り、扉を開いた。
フロントを飛び越えロビーを駆け抜け、躊躇もなく玄関の鍵を開ける。


 そうして私達は再び、霧に覆われた街の中へと飛び出していった。

288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/07(水) 04:12:39.28 ID:JcSAnYVQo
 今回は以上でーす
こなたの口調ってほんと難しいな! 違和感あったらさーせん

 あと、元ネタはほんと設定だけ借りてるだけなので、読んでもネタバレとかは全くないです
なので>>256さん、「霧」も『ファントム』も面白いんで、ぜひ読んでみてください。営業じゃないよ!

 つーわけで次回は14日夜の予定です、今度はイレギュラーがないように願いたい
それでは、今回もありがとうございましたー
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/07(水) 15:56:50.61 ID:eGDsd11SO
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/08(木) 23:17:00.16 ID:97vPtKpDo
楽しみにしてるぜ
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 00:56:20.03 ID:p9D9L+3go
 どうにか
投下させていただきます
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 00:57:20.01 ID:p9D9L+3go



 #8 


293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 00:58:31.29 ID:p9D9L+3go

 あれは……もう1年も前になるんだ、3年生になったばかりの頃だったなあ。

『はい800mも私の勝ち! かがみんには何より、速さが足りない!』
『ぐぬぬ……あんたその体のどこにそんな力蓄えてんのよ……』
『その秘訣はホラ、空気抵抗とかじゃない? ……ああ、でもそれはそんな違わないか』
『うっさい! ……もう、覚えてなさい。校内マラソンでは負けないから』
『おお怖! 何がかがみんをそうさせるのやら……』
『……なんとなくよ』

 始めはそう、なんとなくだった。
なんとなく走力種目で全部負けたってのが悔しくて、なんとなくその場のノリで。
でもそのうちにだんだん本気になってきて、ダイエットって称してランニング続けたり、
日下部に走り方まで教わったりもしたっけ。
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 00:59:33.06 ID:p9D9L+3go

「……かがみさん、かがみさん」

 だけど結局、こなたには勝てなかったなあ。

「……うん、大丈夫、聞いてるわよ」

「……次の交差点を左、まっすぐ行って右手に第二小学校です。見逃さないとは思いますが、一応注意を……お願いしますね」
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:01:45.65 ID:p9D9L+3go

 ホテルを出てからここまでの間、二人のハイペースについていけるのは、あの頃の努力のおかげだろうか。

「なあメガネちゃん、そろそろ説明してくれよ」
「……はい、そうですね……ですが、何から説明しましょう……」

 日下部はさすが現役ってとこで、走りながら普通に喋っている。
だけど、みゆきの息が弾み出していることには気づかないらしい。

「うーむ何から聞いたらいいやら……とりあえず、今走ってる理由からで」

「……日下部、あんた……」
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:03:37.79 ID:p9D9L+3go

「ちょ、ちょい待ち! クールちゃんを助けるためってのはわかってるってば!」

 私の冷たい視線を受けた彼女は、慌てて自己弁護を始める。

「けどよ、『あいつ』がいるんだから、全員で行ったほうが確実じゃん?
なのに私らみたいな……動けるメンツだけで行くのはなんでかって話よ」

 だいぶ具体化した日下部の疑問を受けて、みゆきは思案するように視線を逸らした。
走りながら考えをまとめて、なかなか大変なことだと思う。
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:06:34.07 ID:p9D9L+3go

「……それが最大公約数だから、ですね……」

 最大公約数ってなんだっけ?
とでも言うような日下部の顔を見てか見ずしてか、みゆきが説明を続ける。

「速く学校に着くこと……と、危険を避けること……他の理由もありますが、私達三人は、その二点の最大公約数なんです……」
「速いだけなら日下部だけでいいけど危ない……安全になら5人がいいけど遅くなる……ってわけね」
「ええ……車で行ければベストだったのですが……それが『彼』のルールに抵触しないとも限りませんし……」

 なるほどなー、と頷いて、日下部は少し足を緩めた。
次を尋ねてこないのは、少し余裕がなくなってきたからだろうか。
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:09:50.14 ID:p9D9L+3go

 たしかに、現状が私達にできることのベストなのだろう。
それだけに、歯痒かった。
312号室を見れば、『あいつ』の身体能力が私達より高いのは明白だ。
当然『あいつ』は私達より早く学校に着くだろう。
あとは、みなみちゃんがうまく『あいつ』とすれ違うことを願うばかりだけど、それも彼女の性格を考えれば望み薄だ。

 きっと一番辛いのは、みゆきだ。
家族同然のみなみちゃんが『あいつ』に弄ばれていて、そのためにゆたかちゃんを悼むことさえできない。
悔しいだろう。
切ないだろう。

 それでも私達は、残された可能性をほんの僅かでも無駄にしないために、全力で走り続けるしかない。
だからこそ、みゆきが語気を荒げて一秒にまでこだわったんだ。

 だから私も、弱音なんて吐いていられない。

299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:13:21.95 ID:p9D9L+3go


「……なあ! これじゃねえか?」

 先頭を走っていた日下部が不意に声を張り上げた。
駆け寄ってみれば、2mはあろうかという煉瓦に鉄柵を通した塀が道沿いに延々と続いている。
学校と言うよりは刑務所のように見える嫌な造りだけれど、どうやら間違いないらしい。

『N町立N中学校』

 取り付けられたばかりなのだろう、金属のツヤと重量感を備えたプレートが塀の中で異様な存在感を放っていた。
それが横目に過ぎていけば、そこはもう正門だ。
『あいつ』の言った通り、鉄柵と同じ鈍い色をした重厚な観音開きの門は完全に開かれていた。
ご丁寧に守衛所の窓まで開かれているが、当然そこにいるべき人の姿はない。
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:16:09.23 ID:p9D9L+3go

 門を目の前にして、足が止まる。
一秒ですら惜しいというのに、境界を越える一歩が踏み出せない。
それほどに、その空間は異様な空気を孕んでいた。

(壁の線)

 息を呑む音が聞こえた。
誰が発したのだろうか。

(陥没したポット)

 背筋を這う冷たい汗が、気持ち悪い。

(真黒なシーツ)


 ―――こなたさんが、私達を、殺すって―――

301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:19:46.73 ID:p9D9L+3go


 指先に走った電流が私を霧の中へ引き戻した。

「……行こうぜ」

 電流のように感じたのは、私の手を握った日下部の感触だったらしい。
彼女はまっすぐに学校を見据えながら、私とみゆきの手を握りしめていた。

「……ええ、行きましょう」
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:22:22.93 ID:p9D9L+3go

 私達は、肩を並べて一歩を踏み出した。
門を踏み越えて学校の敷地内に入ったところで、世界が変わるわけでもない。

 はずなのに。
この空気はなんなのだろう。
霧がまとわりついて肩が重い。
吸い込む霧の冷たさで肺が痛い。
まるでこの霧自体が意思を持って、私の体を弄んでいるみたいだ。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:25:19.47 ID:p9D9L+3go

「こう広くちゃ、骨が折れそーだな」

 ぽつりと日下部がつぶやく。
たしかに、この霧の中では校庭を一回り探すだけでも相当に時間を喰いそうだ。

「急いで慎重に、ってことよね……見落とし、気をつけましょ」

 ますます濃くなった霧で狭まった視界に、一瞬たりとも気が抜けなかった。
白いブラインドの向こうから何かが飛び出してくる、そんなイメージが眼の奥をちらついて離れようとしなかった。

「……まずは正面玄関へ行きましょう……正門でないなら、そこが……」

 ほとんど一人言のようなみゆきの言葉は、虚空を漂って私にたどり着く。
ともかく彼女は前だけを見て突き進み、私達はその背中を追って歩いた。
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:27:06.33 ID:p9D9L+3go


(見捨てるっていうの!?)

 憔悴した彼女から昨日の言葉が反響し、心臓に鈍器で殴られたような衝撃が走る。
彼女の行動の原因を全て自分に求めるなんて、そんな傲慢を考えてるわけじゃなかった。

 だけど、それでも考えてしまう。
もし、危険に遭っているのが私達の友人じゃなかったら。
みなみちゃんじゃなかったら。
それ以上に。
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:29:39.24 ID:p9D9L+3go

(自分が傷つくのが怖いから!)

 私があんなことを言っていなかったら。
彼女のこんな背中を見ることは、なかったんじゃないだろうか。
そんな、勝手なことを考えてしまう。

 放った言葉は、もう二度と返ってこない。
謝って、それで済むはずもない。
(そういえば私、まだみゆきに謝ってなかったっけ)
だけど、だからこそ、私は……
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:32:54.38 ID:p9D9L+3go

「……っと、ごめん」

 みゆきの背中に体が触れ、いつの間にか彼女の間近に来ていたことに気付く。
そんなに早足になっていたんだろうか。


 ……いや、違う。
みゆきの足が止まっているんだ。
ただ前を、遠くを見つめてみゆきは動こうとしない。
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:35:47.98 ID:p9D9L+3go

「……どうし……」

 しっ、という動作だけで私を制して、彼女は前方を見つめ続ける。
その性急さに半ば呑まれるように、私も黙って校舎の方へ注意を向けた。

 特別、何も感じられない。
のは最初の数秒間だけだった。
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:38:18.24 ID:p9D9L+3go

 聞こえる。
微かに、たん、たん、と規則正しく響くその音は、徐々にこちらへ近づいてくる。

 これは、足音。
それも一人の。
誰かがこちらへ歩いてきている。
みなみちゃん?
それとも……
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:41:45.71 ID:p9D9L+3go

 間もなく、霧を開いて彼女が姿を現した。

 私よりもだいぶ高い背丈にすらりと伸びた手足、短く整えられた髪形。
シルエットだけでそれが彼女だとわかる。

「みなみさん……」

 みゆきが弾んだ声を上げる。

 しかしその語尾は弱々しく萎んでいった。
表情も同様に、浮かんだ喜色がすぐに蒼白な色に飲み込まれる。
体から、血の気が引いていく。
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:45:40.24 ID:p9D9L+3go

「みゆきさん! みなさんも……良かった……」

 みなみちゃんは喜びと安堵をその声に乗せると、小走りになってこちらへ近寄ってくる。

 そんな彼女の、首に両手が回されている。
彼女も、両手を背中に回していて、その隙間から小さな足が飛び出している。


 少し前傾した彼女の背後から、可愛らしい笑顔がちょこんと覗いた。
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:49:16.43 ID:p9D9L+3go

「そいつから離れろぉぉぉぉぉぉ!」

 銃弾のように飛び出した日下部の、その怒号の向こうから、彼女の屈託なく響く声が聞こえた。

312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:51:32.62 ID:p9D9L+3go



 いただきます。


313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:54:16.20 ID:p9D9L+3go

 反応したみなみちゃんが振り向く、その動きよりも早く『それ』は彼女の左肩に顔を埋めていた。
正面から見えるのは頭だけだが、彼女の肩にその顔の半分が文字通り”埋って”いるようだった。
駆け寄った日下部が、その頭を掴んでみなみちゃんから引き剥がそうとする。
すぐに『それ』の腕が伸びて、日下部の体が弾き飛ばされた。
今度はみなみちゃんが背中に回していた両手を離し、抵抗するようにその頭を抑えた。

 が、彼女はゆっくりと力を抜いてその手を下ろしていった。
入れ違うみたいに『それ』の両手が現れて、彼女の二の腕と首の付け根を掴んだ。
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:56:44.97 ID:p9D9L+3go

「……あ……あ、ああああああああああああ!」

 跳ね上がった彼女の顔が苦痛で歪んでいく。
裂けるほどに開かれた口から叫び声が溢れ出す。
右手が力なく宙を泳ぐ。
左肩から、赤い染みが白い服を染めていく。
ビクビクと痙攣する左手から流れ落ちる血液が、水溜りとなって広がっていった。

 私も、みゆきも、日下部も、一歩も動けずにただその光景を見つめていた。
彼女の顔色が蒼白になっていき、悲鳴が徐々に小さくなっていく。
そして私の耳が何かを砕いたような音を捉えた次の瞬間、彼女の体が地面に崩れ落ちていった。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 01:58:52.25 ID:p9D9L+3go

 それを合図に、凍り付いていた私達の時間が動き出す。

 みゆきはみなみちゃんの傍に駆け寄ると、ワンピースを脱いで彼女の傷口を縛りつけた。
肩を半分抉り取られて白い骨が覗く傷口から止め処なく溢れ出す血が、すぐにワンピースを真赤に染め上げる。
日下部もうずくまっていた体を起き上がらせて彼女に近づくと、着ていたパーカーを脱いでみゆきに手渡した。
それでどうにか、血溜りが際限なく広がるほどの出血は防げたようだった。
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 02:00:12.14 ID:p9D9L+3go

 私も三人の下に歩み寄って、羽織っていたカーディガンをみゆきに渡した。
だけど、苦しみに喘ぐ彼女を横目に捉えながらも、私はただその向こうをじっと見据えた。
彼女を突き飛ばしてから、まるで観察するみたいに私達をじいっと見ている『それ』の姿を。
私はみなみちゃんを追い越して、彼女と『それ』の間に身を置いた。

 『それ』は私の視線に気付くと耳元まで裂けた真赤な口を大きく歪め、
たった今抉った彼女の一部をさも味わっているふうに咀嚼し、喉を大げさに鳴らして飲み下した。
そして、
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 02:01:29.62 ID:p9D9L+3go



 ごちそうさまでした。


318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 02:03:12.51 ID:p9D9L+3go

 と、朗らかな声を上げて手をパチンと軽快に重ね合わせた。
かと思えば両手が溶け合うように一つになり、そこを起点に全身が形を失っていく。
そして、10秒。

 『それ』は再び、こなたの形をとった。
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 02:09:22.42 ID:p9D9L+3go

「いやー、感動だよかがみん! まさかこんなに速く来てくれるなんて」

 どうして、こなたなのだろう。

「まあゲームは私の勝ちだけど、みんなの努力を称えてみなみちゃんはちょっとだけにしといたから」

 無数の選択肢の中で、どうして。

「んじゃ、今回は終わり! ってことで次回をお楽しみにー」

 後ろ手を振りながら、霧の中に消えていく。
その背中を私達は、ただ見送った。

 見送るほかに、できることなんてなかった。

320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/09/15(木) 02:26:10.70 ID:p9D9L+3go
 今回は以上です

 で、ぶっちゃけ書き溜めが尽きました、ワロス
始めた段階ではなんとかなる公算だったんですけど、想定以上に忙しかったり遅筆だったりして、まあなんとかなりませんでした

 そこで読んでくれる方々に、今後の投下スタイルについてなんとなく伺いたいのです
一応、二週間に一回ペースで今までぐらいの量を投下したいのですが、それもできるかなって感じなので
妥協案ってことで、週一で区切りとか度外視で作ったぶんだけ投下していくか、時間はかかっても区切りのいいとこまで作ってから投下するか、の二択かなと思ってるのですが

 もっと段取り良くやってたらよかったんですが、すんません
よければ協力を、忌憚のないご意見をお願いします

 それでは、今回もお付き合いありがとうございました
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/15(木) 08:25:06.78 ID:wTrFjSrSO
それで構わない

322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/10/15(土) 00:23:36.72 ID:fZtDY5Dno
まだかな
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/23(日) 17:34:38.87 ID:Pe/G12Glo
もう一月経ってたのか…
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/21(月) 00:53:05.57 ID:8tXjlbXSO
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