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吹寄「この変態ストーカーが……!」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 22:41:10.36 ID:mQR8XmcAO



♪Dashing through the snow, in a one-horse open sleigh,


♪O'er the fields we go, laughing all the way.


♪Bells on bob-tails ring, making spirits bright,


♪What fun it is to ride and sing a sleighing song tonight!





サビは歌うものか、生殺しに苦しめトナカイども。
こっちは『おー、ジングルベール』なんて暢気に歌う気分でも無いんだから。
鈴も鳴んない、今日はクリスマスだけどここは無機質な病院の廊下だ。
それに勿論のことサンタが居るとも思ってないし。
第一、小さい素直な子供にしかやらないというのが怪しいんだよ。
都条例に引っかかりたくなけりゃ、こっちにも渡しやがれ。
出来ないのならペド野郎の烙印を押してやる、変態白髭が。

とまあ、こんなにも罵っておいてのうのうと言うなれば。
もし本当に居るんだとしたら、彼は架空の人物じゃないのなら土下座だって何だってする。
変わり身が早いと罵ってくれても結構だ、何せなりふり構ってちゃいられないことがある。

そう今年の願い事は決まったから。
もう子供っぽく拗ねたりなんかしないから。
だからどうか、叶えて欲しい。
――バカバカしいとは分かってるけど。


僕は一週間前のあの夜に、戻りたい。



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2 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 22:44:52.35 ID:mQR8XmcAO



12月18日、午後6時52分。


……あー、鬱陶しいなこの匂い。
おちおち尾行に集中できないだろうが。
ひのきとか抹茶とか香木とか花とか、とにかく色んな物をごっちゃにして出来た高級極まりない香りが常につきまとってくる。
それだけなら良いんだけど……ここまでになるとうんざりだ。
それは前を行く彼女から無意識に放たれているのだろう。
僕しか知覚出来ないので信憑性には欠けるけど。

生唾を飲み込むのも何回目だ?
尾行していると言ったけど、実際のところ引き寄せられるように僕は歩いているのかもしれない。
アリの行列のように、ハールメンの笛吹きのように、カルト宗教のように。

3 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 22:46:17.97 ID:mQR8XmcAO



寒空の下を闊歩する僕はこの街においては普遍的な、どこにでも居そうな高校一年生である。
不幸でも憂鬱でもなく、しかし退屈には適わない。
彼女は居ないけど、周りの友人には恵まれている。


……なんて、愛読するハーレム系ライトノベルの主人公(そこそこイケメン)はよくそんな事を言ってのけるんだよねー。
しかもダルさの中のドヤ顔で。

『テメエ!!! そんな可愛い女の子ちゃん達侍らせといて何言ってんだ!!』

てのは中二病の読者達が返すテンプレ。

『はいはい、不幸自慢(笑)乙』

これは高二病とでも言えば良いのか。

だから、読んでる間は『○○ちゃんぶひぃぃぃぃ』とか言ってりゃ楽なんだよバーカと思ってる僕はもちろん童貞である。

ま、定型文のようなそんな言葉に、飽きを感じていることも確かなので敢えて言ってみよう。
勿論、キリッとした顔で。





――僕は、周りの人間とは確かに違うのだと。

4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/27(水) 22:46:52.73 ID:QZEh0FCAO
この香ばしさが演出でありますように
5 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 22:48:16.71 ID:mQR8XmcAO



何においてだろうか。

まあ、状況を鑑みるに女の子を尾行していると即答されそうでもある。
端的に言えば『可愛いクラスメートをストーキングなう』
……言葉に出すと酷かった……。



学力は中の中、上にも下にも同じぐらいの人が居るように思える。


まあそれは、この街全体で考えた時の話なので所属する高校の中ではギリギリ上位陣か否か、そんな感じ。
特筆するようなことはない。


どんな美人も落とせそうな素晴らしいルックスを持っているわけでもない。
平均より背が高いのが強みと言えば強みなのか。
女の子だったら、この細い目を気にするのだろうけどそんなナイーブなメンタルではない。
変な装飾品を付けているため目立ちはするが、それだってドーピングみたいなもんだ。
髪の色を戻しアクセサリーを外したら、友達は果たして僕を僕だと認識してくれるのか。
……つっちーは気づくだろうけどカミやんはなあ……、あのクソ鈍感野郎には喋れば良いんだろうか。



――という下りで思い出した、話を戻そう。

特異点としては、変な喋り方と気味の悪い嗜好もあげられる。
喋り方、別に素であれが格好いいとかお洒落とかそう思ってるわけじゃない。
ネタでやってたら定着しちゃったみたいな、――そんな曖昧な感じ。
ああ、でも女性が好きと言うのは嘘偽りもなく本当だ。
それはエロゲやさん付けしたくなる某魔法少女抱き枕に誓っても良い。

女の子ラブ! 僕は女の子(次元は問わない)を愛してる!!!
6 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 22:50:08.65 ID:mQR8XmcAO


落下型ヒロインのみならず、義姉義妹義母義娘双子未亡人先輩後輩同級生女教師幼なじみお嬢様金髪黒髪茶髪銀髪ロングヘアセミロングショートヘアボブ縦ロールストレートツインテールポニーテールお下げ三つ編み二つ縛りウェーブくせっ毛アホ毛セーラーブレザー体操服柔道着弓道着保母さん看護婦さんメイドさん婦警さん巫女さんシスターさん軍人さん秘書さんロリショタツンデレチアガールスチュワーデスウェイトレス白ゴス黒ゴスチャイナドレス病弱アルビノ電波系妄想癖二重人格女王様お姫様ニーソックスガーターベルト男装の麗人メガネ目隠し眼帯包帯スクール水着ワンピース水着ビキニ水着スリングショット水着バカ水着人外幽霊獣耳娘まであらゆる女性を迎え入れる包容力を持っている…………と思ったか?



―――甘ぇよ。



OLはないし、熟女も魔法少女も魔女も天使も悪魔も無い。アンドロイドロボットサキュバスインキュバス緑髪赤髪サイドテール前髪上げお団子カチューシャ隣の大学生司書女医海賊車掌さんアイドル貧乏性科学者武道家スポーツ選手学ラン着物袴エプロンリクルートスーツレオタード白衣スモックボンテージサイハイアオザイ裸Yシャツワンピースクーデレヤンデレストーカー……。


なーんてこんなにも漏れが見つかるじゃないか、ボロボロと。
だいたい人外を一括りにするのはどんな判断だ。
てか当時の僕はそんなに狭い男だってのか、誰だか知らないが訴訟も辞さない。

7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/07/27(水) 22:50:16.07 ID:aj+6flDAO
青ピェ……
8 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 22:51:34.07 ID:mQR8XmcAO


まあ、話を戻そう。
僕はアニオタでラノベオタでギャルゲオタでドルオタだ、ご立派にサブカル厨だ。
この意志表示で理解してもらえたとは思えないが、先へ進むことに……。

なんか……鼻がムズムズして……。


「……はくしょん!」


可愛くねえええってかやべえええええ!!!

ひくっと喉の筋肉は収縮、息が詰まる。
予想外に大きな声に僕は口を塞ぎ、慌てて一番近くの植え込みに身を潜める。
そして大きな体を窮屈に曲げたまま
今のは見つかっただろ!と思ったのだが前を歩く彼女は幸いにしてヘッドホンをつけていた。
……さむ……、12月の夜の屋外ぱねぇ……。
凍えながら吐く息はまるで煙のようだった。


何の話をしていたんだっけ……、ドラ○ちゃんとジャ○アンの妹だったらどっちが可愛いか……。
……あ、これ結構難しい命題かも?
有能な妹VS引っ込み思案な妹とか……特定地域で紛争起きるぜ。

僕としてはどちらでも、ほんと良いんだけど。

9 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 22:54:07.03 ID:mQR8XmcAO



馬鹿な妄想が脳裏を這いずる。
その為しばらく目を離していたら、何時の間にか彼女は道路から姿を消していた。
ぱちくり、緩慢な瞬きのせいで冷えた空気が目に凍みる。
よく目を凝らしてみると、30メートル先くらいに別れ道があるのでそこで曲がったんだと思うけど焦燥感は拭えない。

四方八方見回しても誰も居なかった。
立ち眩みが起きぬようのろのろと立ち上がり、追跡を再開することにする。


靴裏のゴムの擦れる音が体内のどこか柔い所を締め付けていく。
足音にも細心の注意を払わないと、全くストーカーなんて楽じゃないぜ。
それにしても今回の匂いは本当に強い。
芳しく重厚で気品と中毒性のあるそれは、唾液が垂れるほどに心地よくどこかで確かに感じたことのある懐かしさ。
正直言って、思考もフワフワとして纏まらない。
だから独白?だけどこんな馬鹿なことを言えてるはずなんだ、いつもそう……うん、こうじゃないはずだから

そんな精神だけど、取り敢えずは先ほどの話に戻ろうか。


自分はそんなに普通じゃないと言ったけど、偏差値だったら27ぐらいだろうか。
決して73ではないのが悲しいところ、しかし下に評価せざるを得ない。
だって今現在とても憂鬱だし、憤ってるし、恥ずかしいし、哀しいし。


理由、と言えばこの傍迷惑でしかない能力のせいに他ならない。


10 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 22:56:26.08 ID:mQR8XmcAO



異能力者――レベル2って、劣等生でもなくエリートでもなくぶっちゃけ影が薄い、中途半端。
実生活でちょっと便利?ってくらいの強度、らしいけど役に立ったことなど無い、本当に。
寧ろ迷惑極まりないのだから、早く無くなってしまえと毎日祈る日々だ。

そもそも工業的利益で強度は決められるという話なんだけど、レベル2もの利益は生み出せていないと確信してる。
だって僕の能力って公使しても幸せになれねえんだもん、喜ぶとしても保険会社とか葬儀屋ぐらいなんじゃね。
どうせなら火炎放射とか透視能力に目覚めたかった。
いかにもラノベっぽかったり、女子の服の中見れるとか夢が広がるのに――。



そうして無事に先述の曲がり角までたどり着いた。
11 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 22:58:44.32 ID:mQR8XmcAO


ペタッとマンションの影に張り付いているわけだけど、ぱっと見不審者のこの状況からは今すぐ脱したい。
でも、もし通報されたら負ける未来しか想像出来ない。
うわー……、そうなったら実家で米作るしか無いじゃん……。
さらば学園都市……?嫌だ嫌だ。

ああ、普通の女の子なら通報なんかしないと思うかもしれないけど、それにこちらも思いたいけど!
尾行してる彼女――吹寄さんはとっても正義感の強い人なので、例え知り合いであっても容赦はしないと思われる。


向こうから音はしない、脳髄を溶かすような匂いは相変わらず。
……まあ、行くしか無いんだけどさ。
やや曇った空、ここからそう遠くない商店街から一週間後に控えたリア充どもの馴染みの曲が聞こえてくる。

――せめて、今年のクリスマスくらいは迎えさせてあげたい。
もう遅いことかもしれないけど。
決意の象徴か拳を握り、勢いよく右足を踏み出す。

そして角を曲がり――。

12 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 23:02:02.71 ID:mQR8XmcAO





「……こんの変態ストーカーがっっっ!!!!!!!!!!!」





――叫んだなと理解した瞬間には、既に彼女のすらっとしたおみ足が顔に迫ってきていた。


突然だけど、おみ足の前2文字はきっと御御だよなあ、おみおつけと同じ字で。
いや超納得できる、過剰すぎじゃないって、本当全国民は畏敬の念をもつべきだって!!!
いや本当に素晴らしい美脚だし、あ、僕しか分かんないのか、それはそれは。


――彼女の性格的に、制裁として蹴られるんだろうなあ――。
分かってんのに、避けもしないでパンツ見えないかなあと心待ちにするのは、罵られたことに若干興奮するのは。
……変態だと侮蔑されても仕方がないか。




グゴキャ!!!!!!!





ハイソックスは、案外つるりとしているんですね。
13 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 23:06:54.06 ID:mQR8XmcAO



只今は回転しながら落下中。
パンツは見えませんでした、ドンマイ。


――さて、今まで何だかんだと勿体ぶってたのも自分の能力が大嫌いだからなんだけど、もう仕方ない。
大事でも無い複線を、ずるずると引き延ばされるも鬱陶しいだろう。
分かる分かる、ラノベヒロインの過去とか『やっぱり家庭環境不和じゃん!!!』とかよく思うし。


僕の能力は予知能力【ファービジョン】、内容はある特殊な未来が分かること。
コントロールは出来ない、今までその予定を覆せた事もない。



――あ、首いてえ――。



ドスン。
頭や肩甲骨や尻を襲う痛み、頬に触れるアスファルトの冷たさ。
空を見るしかない僕、マジ哀れ。


「後頭部から落下しないように心がけてあげたわ、感謝しなさい」

「……おお、きに……」

「…………ん、その声」

「……ほんま、しびれたわぁ……」

無造作に散らばる僕のアバンギャルド極まりない真っ青な髪の毛。
吹寄さんが焦り始めた、ような気がする。
「……え、青髪……?」

「……ご名答……」

コツコツとローファーが鳴ったかと思うと、不安げに眉を寄せる吹寄さんが眼前に現れた。

美人って真下を向いても美人だ……。
14 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/07/27(水) 23:12:14.00 ID:mQR8XmcAO



「……えっと……ごめん」

「……ボクはピンピンしとるから……」


ああ、不安げな顔とか声とか。
こんなに綺麗で真っ直ぐな女の子なのに。
僕の能力が今回も狂ってなければ、彼女はもうすぐ死んでしまう。


――神様ってのは本当に居ないんだなと改めて思い知る。



僕は異能力者、能力名は予知能力【ファービジョン】
初めて作動したのは、小学3年生のとき。
学年で飼っていたウサギの内の1つから、とっても良い匂いがしたときだった。
それから3日と経たずにそれは死んだ。


僕は死期が近づいた生き物を匂いで察知できる、ただそれだけの能力者。

最低最悪の能力者。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/07/27(水) 23:15:55.80 ID:YUopr5EAO
なん…だと…?
16 :今回分終わり :2011/07/27(水) 23:17:19.59 ID:mQR8XmcAO
一人称だの捏造過多の青髪×吹寄スレです、苦手な方はご注意下さい。
青髪と吹寄の能力の設定は殆ど出てきてないので、禁書まとめサイトから参考にさせていただきました。
冒頭のジングルベルは著作権は切れているそうなんで……多分、大丈夫かと。

それではお付き合いいただきありがとうございました。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/07/27(水) 23:23:38.04 ID:aj+6flDAO

途中から未来予知で嫌な未来でも視ちまったかなーと思ったら案の定だよ!
死亡フラグ回避の為に頑張ってその過程で恋愛フラグが立つ話でFA?
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/07/28(木) 08:05:42.33 ID:L03echiUo
以外といい展開
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2011/07/28(木) 16:48:41.23 ID:AoreK17fo
うおおおおお青吹とか俺得の予感んんんん
がんばってくれ
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) :2011/07/29(金) 19:14:19.57 ID:pIDjpynAO
ドラゴン臭が……
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/07/29(金) 20:06:52.68 ID:nr+BdznAO
ドラゴン臭(笑)
さげてから物言えよks
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/01(月) 21:17:58.51 ID:U/Q/KU8DO
この鳥見たことあるがなに書いてたっけ
23 : ◆ObanGQEW7M :2011/08/01(月) 21:41:48.96 ID:4k1I1UyAO
こんばんは、ニッチな内容なのにレスありがとうございました
これから投下します

>>22
現行で他のスレやってまして、設定は繋がってるんですがあちらを見ずとも大丈夫なように書きます
もしあれなら酉でググってみたりして下さい
24 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/01(月) 21:43:55.46 ID:4k1I1UyAO



「傷口に染みるでしょうけど、動かないで」

「……はーい」

そうして吹寄さんはピンセットで白い綿、消毒液によって湿ったそれを摘んだ。
じりじりとこちら側に近付いてくる。
ピントの合わない視界の中でも分かるのは、肌が非常に綺麗だということ。
これが通販の恩恵だとしたら、ニキビに悩む全人類は同じものを買うべきだろつ。

いや、でも吹寄さんの食生活とかかなりキチッと決まってそうだよな。
給食のように1か月前ぐらいからとか。
――よく考えてみれば給食というのはなかなかどうして興奮する行為じゃないか?
憧れの先輩と、人気者の同級生と、可愛いと噂の後輩と、その日の3分の1は同じ物を摂食するわけだ。
この体が所有する血肉の3分の1は気になるあの子と一緒……うう、妙に官能的……。

「えい」

――ぴちゃりと冷たい何かが――痛覚に染み渡ってくような――。


「……っあ……!」

うあああっ、なんかビリビリって!!!
神経刺激されて本当に痛ぇ!!!

悶絶を隠しきれない僕、真剣な眼差しで綿を押さえる吹寄さん。
25 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/01(月) 21:49:50.46 ID:4k1I1UyAO



「これでガーゼよね」

「おっ……お」

「動くな」

「……」

美声で吐息混じりに、しかも息がかかるぐらいの距離で言われたら抗い様も無い。

それと治療のためだと分かっているけど、秘密知られちゃいけないわ目の遣り所は無いわ初めて女子の部屋にあがるわ。
心臓が過負荷で壊れそうだ。

「こっちの痣は痛む?」

ガーゼ越しにかかる圧力は筒を当てられたような。
別にこれぐらいなら大丈夫だ、スキルアウトの腹パンはもっと痛ぇ。

「いやぜーんぜん、怪しいことしたボクが悪いんやし。 寧ろこんくらいの痛みの方が快感やっちゅうか」

ヘラヘラと笑うと彼女もつられて緊張が解れたようだ。

「それなら良いのだけれど――あ、まだ痛むようだったら言いなさい」

「おおきに」

救急箱を持って吹寄さんは立ち上がる。
僕をあげてすぐに替えた服を着ている。
12月も中盤で冷え込む日が続くのにハーフパンツにタイツって寒くないんかな。
女の子のこういう斜め上の忍耐力ってすげえ。

そう言えば、初めて見る私服だった。
26 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/01(月) 21:53:08.83 ID:4k1I1UyAO



「それにしても吹寄さんのキックえらく綺麗やなかった? 格闘技でもしてたん?」

「ああ通販で頼んだ『これで学んでクマとも闘おう、女性のための防犯術』っていうDVDで練習してたのよ」

「おお……なるほど」

タイトルが些か気になるがそれは置いておいて。

家で自学する系の教材をコツコツできる人は凄いなあと心から思う。
僕と言えば資格取得にしろ語学習得にしろ某ゼミナールにしろ、3日坊主どころか注文しただけで満足してしまう人種なのだ。お坊さんにも失礼なんだけれど。



あの後――僕が蹴られた後のことを簡単に説明しよう。


知人を傷つけてしまったと落ち込む吹寄さん。
そして治療させてくれと僕の手を取り、このマンション――僕たちの高校の女子寮まで連れてきてくれた。
本来女子寮に男子が入るのは特別許可が要るらしいが、第三次世界大戦の影響で形骸化してるらしい。

こういうことを鑑みると、ロシアにとってだけではなく学園都市にとっても立派に大惨事である。
勝利を導いた科学力を賛辞するだけじゃ駄目だよなー、残滓にも目を向けなきゃと三思せざるを得ないわー。なんて低レベルな駄洒落は置いといて。

男子のより幾らかグレードが高そうなマンションにも(オートロックが凄い)悠々と侵入させていただいた。
一階でしかも駐輪場の向かいの吹寄さんの家に入れてもらった。


――そしてギャルゲにもありそうな今の展開になると。


そして相変わらず、あの“死臭”はするわけだ。
27 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/01(月) 21:56:47.29 ID:4k1I1UyAO



ぶっちゃけ吹寄さんに落ち度は無い、悪いのは100パーこっち。

けど目を離したく無かったから、好意に甘えてのこのこと来るわけだ。
そもそも僕が見ていたからって、未来が変わるとは思わない。
どうせいつものように、無駄に足掻いてそれでも死んで。
無力さを思い知らされるだけなんだろう。

だけど――どうしても。


「で、青髪」

「どうしたん?」

彼女はエプロンを着けながら口を開く。
さも何でもないことのように――いや、あちらには実際に特筆するようなことじゃ無いんだろう。
分かってる。
僕が自分の能力について虚偽の申告をしてるから、みんなと齟齬が発生するんだって。

僕が弱虫だからいけない。


「何かあたしに用事でもあったの?」


…………ほんっと、胸にグサリと来るというか。
……困るなあ、何て言えば良いんだろう。
28 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/01(月) 21:58:30.92 ID:4k1I1UyAO


多分だけど偶然ってのは怪しまれて、その外のトンチンカンな理由は論破されるに違いない。
吹寄女史は弁が立つ、そりゃあもう。
僕みたいに何でもかんでも嘘ばっかの野郎は、いつ見破られるか内心ビクビクで。

『ああ、告白のタイミング窺ってたんよ!!!』
三枚目キャラが言うと説得力がまるでねえし。

『君がもうすぐ死ぬかもなんで、通報出来るようにスタンバイしてました』

って素直に言うと、気が弱い奴はそれだけで死ぬんだ。
蘇るのは、暗い部屋でぷらぷらと揺れる足、首に食い込む縄、青白い皮膚。
後悔と怒り。
ああ、嫌だな。思い出すもんじゃねえや。


「……」


そう、こうして恒久的に悩んでるのに、いつまで経ってもベストアンサーは無く。
何とか知恵袋だったらスッキリと答えを出してくれるのだろうか。

29 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/01(月) 22:00:53.22 ID:4k1I1UyAO


「ボクは……、……えらいべっぴんさんがおるなあと思ったら吹寄さんで、夜道を一人で歩くんは危険やなあと思たらいつの間にか」

「小学生のような語り口……嘘っぽいわね」

「ほんまですわ!」

どうやらこの説明では腑に落ちないみたいだ、まあ予想してたとおり。

「……んー……」

カーペットの上に座る僕を見下す目は俗に言うジト目、しかもオプションでポニーテールとエプロン。
これを絶景と言わずして何と言うんだ。
本当、二次元すぎる。

しかし弁解だ、取り繕わなきゃいけない

「……ぁ」

のは分かるけど上手に声が出せない。

つーか凄え勢いで脈拍数上がってる。
早すぎで血管裏返るかも。
それにしてもMってのはネタのはずなんだけどなあ。
まあ、手のひらなんていつだってひっくり返してやろう。


美人に睨まれるなんて、僕ってば超幸せ者だよね!


30 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/01(月) 22:08:59.87 ID:4k1I1UyAO



「……まあ、良いわ。 さっきのことってあたしがかなりいけない訳だし」

「……そんなことは、な、いんちゃう」

「ねえ、青髪」

「はい」

「貴様、大根は好き?」

沈黙。
しばし待たれよ。

「……むっちゃ好きです」

「夕ご飯の用意はしてある?」

首を振った。
僕はパン屋に居候中の身だけど、店長ご夫妻は今日は用事でいらっしゃらない……はず。


「じゃあ、青髪さえ良ければだけど……ここで夕飯食べてかない?」

「――え、有り難いけど良いん?」

フラグ……じゃねーな。
万が一立ててたとしても、この状況からするに恋愛とかじゃないあっちの方だ。

「実家から大根を沢山送られちゃって、消費に困ってるのよ。
それに今日は姫神さんとお鍋の予定だったけど、風邪ひいちゃったらしくて」

姫神さん……ありがとう、それとお大事に!

「じゃあ、いただこかな。
吹寄さんの作る鍋なんてクラスの奴らには話せんけど」

「それじゃあ、ちょっとそこで待ってて」


そうして彼女は台所へ消えていく。
……んだけど、毒ガスや包丁で倒れないか心配だ。
邪魔だとは分かっていても、その場を立って僕も台所で作業することにした。


どうか死ぬな、と全身全霊で祈るのだけれど、誰に対してしているのかは全く持って不明である。
31 :今回分終わり :2011/08/01(月) 22:11:12.23 ID:4k1I1UyAO
真夏に真冬のことを書くのが至難なんで思い出すためクーラーを付けてるんですが
案の定夏風邪になりました、皆さんはお気をつけて下さい
それでは
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/01(月) 23:11:03.27 ID:waDJw0oIO
おう、>>1

あとお大事に
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/08/01(月) 23:29:28.01 ID:L9TsxOTAO
幼女おつ、続きも楽しみ
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/02(火) 00:51:44.63 ID:pQFkMjht0
ふむ。吹き寄せに罵られることは、我々の業界では御褒美なのか?
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/02(火) 02:27:00.40 ID:UFuhfpCRo
姫神・・・
>>1乙だす
36 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/04(木) 00:14:28.60 ID:ku8jUwgAO
こんばんはー、風邪はおかげさまでもうすぐ治りそうです
投下します

>>34
ご褒美です
ご褒美です
37 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/04(木) 00:16:14.18 ID:ku8jUwgAO



「あ、よそいましょうか」

「ほな、お願い」

「そうね、大根中心で取ってあげるわ」

ぐつぐつと煮える鍋の中には、輪切りの他に星形やハート型の大根。
1種類だけで総面積の半分は占めているんじゃないか。

「嘘やなくて、ほんまにぎょうさんあるんやね」

「ダンボールに5キロぐらいはあったかもしれないわね……」

「それは……」

煩雑なテレビの音をBGMに、僕らは今向かい合って鍋をつついている。
シンプルに塩味なそれは野菜が多めで非常に美味しい。
おお、豆腐ゲット。
美味しい。

「もっとお肉買っとけば良かったかしら」

「野菜もごっつ美味いし、全然満足しとるよ?」

温かいご飯なだけで補正がかかる季節、それに可愛い女子と2人きり。
これでブーブー言う奴が居たとしたら断言してやろう。

そいつはホモだ。
38 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/04(木) 00:18:02.89 ID:ku8jUwgAO



「そう言ってもらえるのは僥倖ね」

「今はどこも戦争の煽りで物価上昇しとるし」

「そうそう、特に牛肉とか笑っちゃうわね」

久しく口にしていないなあ……、クリスマスにでも食べようか。

「旧ソ連との関係悪化で小麦も大打撃とか家主さんが言っとったなあ」

「ああ、青髪はパン屋に下宿中なのだっけ」


口の中の豆腐を舌で潰し一気に飲み込む。
食道を滑る滑らかな表面を確認し、僕は頷いた。


「飲食業だと、この時期とかクリスマス商戦で大変じゃない?」

「そうらしいなあ、パン屋っちゅうのに特需あるからってケーキ作ったりお菓子作ったり。
とは言え、ボクも1年目やし」

「……ふうん」


若干目が翳ったような――気のせいだとは思うけど。
そして僕が7個目となる大根に箸を伸ばしたとき、申し訳程度に携帯が着信を告げた。
パン屋の店長からだ、どうしたんだろう。

「すまん、席外すわ」

「どうぞ」

下に敷いていた座布団を踏んづけないようにして。
薄暗い廊下、明かりの付いていない玄関へと歩く。

……お、あぶね。
あと一歩で土足ゾーンへと落ちるところだった。


僕は立ち止まって、手にしていた携帯の通話ボタンを押した。
39 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/04(木) 00:22:11.12 ID:ku8jUwgAO



ピッ

「はい、もしもし」

「聞こえる?」

父よりも少し年上な、僕の雇い主の方の声だ。

「はい、聞こえますよ」

「良かった、こっちはもう大雪で」

ああ、言われてみれば無駄な音が全くせずに静かだ。
積もった雪は消音効果があるから、なんだろう。

「今、娘が子供産むからってこっち来てんだけどさ」

「はい」

そのために東京を遠く離れ、ご夫妻で北へと旅立って居るらしい。
娘さんは、1回見たような。
綺麗な人だったと記憶している。


「それが、子供は1人じゃなくて実は3つ子だったんだと。
あと旅先で嫁さん肺炎になっちゃって」

「え、大丈夫なんですか?」

とは言え、出発前に見送ったときはあの匂いはしなかったわけだから彼女が死ぬことはまず無いだろう。
寧ろあの気丈な奥さんが体調を崩すとなると、ご主人の精神状態の方が心配だ。
はは、と彼は向こう側で苦笑した

「ああ、普通に治ることは治るんだが。
ってことで、そっちには帰らん」

「いつまでですか?」

「あー、正月過ぎだなあ」

今日はクリスマスの丁度1週間前、12月18日、金曜日。
そこから12月いっぱいは帰らないんだから――2週間は居ないのか。
玄関の寒さに少し震えて、冷え冷えの携帯を握りなおした。

「お正月もそちらで過ごすならわざわざ戻るのは面倒ですもんね」

「だから、家のことは出来ないんだが」

「はい、戸締まりはしておきます」

「悪いな。
他のバイトにも伝えるが、君はうちに住んでるし頼りっきりにしちゃうけど」

「任せて下さい」

「ありがとう、助かる。
ま、小麦の値段も張ることだし、今年のクリスマスは中止てことなんだろうな。

じゃあ、そっちはよろしく」


そうして電話は切れた。
40 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/04(木) 00:24:05.49 ID:ku8jUwgAO



……あったかー。
全身の筋肉がほぐれるようなそんな感覚。
部屋に戻ると、吹寄さんは何やら訝しげに僕を見てきた。


「何かあったの? 妙な顔してるわよ」

「本当にあったんや……、クリスマス中止のお知らせは」

「はあ?」

状況を掴めていない彼女に(それはまあ当然なのだが)掻い摘んで説明することにした。
その途中にふと自分の取り皿を見てしまった、席を外したことを少し後悔した。
――だって、ポン酢の池の中にうず高い円柱のタワーが出来てんの見たら――さ。


「……と言うことなん」

「じゃあ、今年の青髪は1人で悲しいクリスマスなわけね」

「……彼女おるかもしれんやん」

それにしてもこれからどうしようか。
というか、何か僕に出来ることはあるんだろうか。
答えの出ない命題がグルグル。
とぐろを巻くので鬱陶しいったらありゃしねえ。
41 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/04(木) 00:25:49.28 ID:ku8jUwgAO



今までの経験からして、この匂いがする人間は遅くともし始めてから1週間以内には死にいたる。
それは、持病だったり急病だったり寿命だったり事故だったり他殺に自殺に行方不明にと色々な理由からするんだけど。
明らかなことは1つ。


――どんなに僕が頑張ったって、それは覆しようのないのだ。



この僕の能力は希少らしい、この230万人が住む都市にも独りきり。
まあ、こんな忌まわしい力は僕だけで良い。
そうだ、便宜上は予知能力ということだけど、一応だけど専用の能力名もある。
痛々しいネーミングは否定しないけど、しかしこの能力には悲しいくらいにぴったりだ。

こんな風にどうにもないとネガった心証を吐露していると、
どこかの誰かに『そんな未来は変えれば良い』と言われてしまうかもしれない。

残念ながら、それはどうしても無理なんだ。

どうしても、僕は失敗してしまう。
42 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/04(木) 00:26:51.99 ID:ku8jUwgAO



たまに、人生とは電車に似ていると言う人が居る。
鉄オタでは無いけれど、その意見には全面的に賛成だ。

始発駅は誕生で終着駅は死亡、生物である限り普遍的で恒久的なみんなの。
健康そうとか虚弱だとか、実はそんなの無関係だ。
重点は2駅間の距離と、そのスピード。
長生きな家計だとか、いき急ぐとか合致する部分は多い。


運命のレールは強固なんてもんじゃなく、僕がいくら1本の線路を爆破したところで、いとも簡単に路線変更してみせる。
抗うことは出来ない、良いところ僕は最終の1つ前の駅の職員だからだ。



――また通過していく、と諦観の念で見送るだけなんだ。

43 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/04(木) 00:29:33.77 ID:ku8jUwgAO

とは言え、クラスメートが死ぬってのに行ってらっしゃいと見送れる神経は生憎持ってない。
論点は如何にして長く生きてもらうか、それに尽きる。

……やっぱり見守るとなるとストーカーしかないか……。
こうも偶然が続くと、天のお達しにも思えてくる。


「貴様、やはり風邪ひいてるんじゃないの」

「……え」

「ほら、あたしよりも熱いじゃない」

なんて、似合わないシリアスパートを終えたご褒美なのか。
すぐ前には、胸が良い感じに強調させられる前傾姿勢で前髪をかきあげた吹寄さん。
僕の前頭部を押さえる手も――そうだ。

……正直にこの事態を説明しますと、俗に言う――おでここっつんです。
いや、勿論あちらがやってきたんで。


「急にぼーっとしたり、何か上の空だし。
第一、貴様だったらクリスマスはサンタがどうとか騒ぎそうなものだけど」

言われてみればその通りだよなあ。
今日学校で吹寄さんからあの匂いがしてから、僕はずっと落ち着かない。

いや、冷静なのか。
44 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/04(木) 00:31:42.03 ID:ku8jUwgAO



「明日学校あるけど、大丈夫なの?」

「え、そうやったっけ?」

「先生言ってたでしょ? スキー合宿の打ち合わせあるからクラス委員長と実行委員は集合って」


「……忘れとったわー」

いや、ほんと完璧に。
そうだ、僕はクラス委員長で吹寄さんは実行委員……。
ん?
だったら、休日にもかかわらず合法的に彼女のことを見れるんじゃないだろうか!
大勝利!

「でも、体調悪いなら休みなさいね。
……そのためにあたしが居るんだし」

「おーきに!」


面倒見の良い姉のような顔で微笑む吹寄さん。
申し訳なさと憐憫が半分ずつ。


鍋の中の大根は、もうすぐ終わりそうだった。

45 :今回分終わり :2011/08/04(木) 00:34:21.96 ID:ku8jUwgAO
書いてて青ピに殺意が沸いてくる始末です、ああ吹寄可愛い
それでは、お付き合いいただきありがとうございました!
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/04(木) 00:38:36.12 ID:JalJPdGk0

吹寄の手料理…ゴクリ
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/08/04(木) 12:31:21.14 ID:wTnt1jSh0
青ピェ……
48 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/06(土) 22:21:19.48 ID:XEL0KAjAO
こんばんは、今日の投下内容は2日目です
49 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/06(土) 22:29:57.59 ID:XEL0KAjAO



*12月19日、土曜日





……寒い。


ただ今の僕はコの字型に配置されたテーブルの角に座り、自分の居る意味が見いだせない会議に参加している。
どうやら自由見学の責任者を決めているらしいけど関係無いだろう。
いつものように目を細めて、ぼーっと行方を見つめている。
全く、こんなのはとっとと決めて帰りましょうよと受け取り手の居ないメッセージを発信。

「……」

今日は雪が降るかもしれないと言われただけあって、これまた寒い。
ぶっちゃけ家のベットから抜け出すのも一苦労で、わざわざ休日なのに行くものかと思ったりした。
でも、担当の黄泉川先生に怒られるのは嫌だし(ある意味ご褒美か)、一応クラス委員長だし、担任の小萌先生の面目を潰すのも本意じゃない。



――何より僕にはやるべきことがある。


50 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/06(土) 22:31:25.43 ID:XEL0KAjAO



吹奏楽部の演奏の音がどこからともなく聞こえてくる。
こんな寒い日に外で、しかも金属を触りながら立ちっぱなしなんて本当に体育会系だなあ。
絶対僕にはできねーや。

……そうだ、吹奏楽部と言えば。
何故コンクールの衣装はスラックスなんだろうか。
え、下着が見えるから?
そんなの分かってる。
でも、だったら膝掛けでも良いんじゃないかな。

まあ、ただ単に僕が毛布を足にかける女の子が好きなだけだった。





「以上で委員会を終わりにします、礼」

その声にハッとして顔を上げると、嬉しそうな表情で黒板を見つめる他クラスの男子が見えた。
どうやら思案にふけっている間に終わってしまったらしい。
少々の後ろめたさを今更ながら感じながらも、僕は席を立つ。
太ももに張り付くスラックスが生暖かい。
全く……早く暖房にあたって安穏としたい。
ああ、お昼何にしようか。
まだ用意してないんだよなあ、お腹減った……。


――そうじゃねえだろ、危機管理能力欠損しすぎだバカ。
鶏でもあるまいしケロッと忘れんな。

おい、吹寄さんはどこだ?
この部屋から出て行ってしまったのなら追いかけなくては――。


「青髪」

「う、わ」


しかし劇的なことは何もなく、彼女は単純に僕の後ろにいらっしゃった。
51 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/06(土) 22:38:15.99 ID:XEL0KAjAO



慌てて振り向く、予想外に彼女が近かったことに驚く。
無意識のうちに1歩下がる。
キュ、と床が鳴った。

「……ねえ、会議中ずっとボンヤリしていたみたいだし、やっぱり熱あるんじゃ」

「いや、ほんまボクは大丈夫やし」

「そうか?」

「ごっつピンピンしとるよ?」

「語尾上げながら言われても、ねえ」

釈然としないと言った顔でスクールバックに毛布を入れている。

「んでなあ、吹寄さん」

「どうしたの?」

「昨日はご馳走さんでした」

「ああ、どういたしまして。
……と言いたいところなのだけれど、昨日はあの後人参も届いちゃったのよね」

「ボクで有りならいつでもご馳走されに行くんやけど」

「ぜひ頼みたいわね」


よし、反応からして問題なさそうだ。
苦笑いの彼女、やはり美人である。
スタイルも抜群だし、性格もサッパリとしているし責任感もある。
からにして、狙っている男子も多いんだよなあ。
驚愕とか嫉妬に満ちた眼差しが、いくつもいくつも、もちろん僕に向けてだ。

ええい、寒いし早く言ってしまおうか!


「そ、のことでなんやけど、お礼になるか分からんけど今日の昼おごって良いんかなーって」

「あたしに?」

もちろんである。

「いやこっちの方が助かったんだし、第一そんなの気にしないけど。

……そうね、お腹空いてきたわ。
体調悪そうな貴様が倒れないようにも見張りたいし、ええ行きましょうか」

彼女は空を切って歩き出した。
そんな後を僕はついていく。


でも、本当に僕の顔色が悪いんだとしたら、残念ながらそれは君のせいなんだ、吹寄さん。
52 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/06(土) 22:46:38.12 ID:XEL0KAjAO



学校をでた後は、冬風すさぶ外を縮こまって歩き(スカートで寒いだろうに)特に要望も無かったので、1番近くにあったファストフード店に入ることになった。

「それにしても今日は寒いわね」

「冬将軍襲来はお断りしたいんやけどなあ」

前の茶髪の女の子が出した財布が、気持ち悪いカエルで正直目を離せない。

「雪は降らないで欲しいわ」

「片付けめんどいもんな」

「まあ、それもあるけれど――」

言葉尻を塞ぐようにして店員が声をかける。
その後に続く言葉とは何だったんだろうと何故か心に引っかかりつつも注文を終えた。


照明はボルトで強固に固定されていて大丈夫だ。
席も自動車が突っ込むかもしれない窓側は選ばず、尚且つテロや地震や火災があっても逃げられるように非常口から近い。
ポケットに忍ばせた携帯には1つボタンを押すだけで、簡単に病院にも警察にも繋がるようになっているはず


我ながら完璧だ。

53 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/06(土) 22:53:46.02 ID:XEL0KAjAO


「しっかし意外やったなあ」

「何が?」

「吹寄さん、そないな物も注文するやなあと」

2人分のトレイの上、僕の方には一般的な男子高校生が頼みそうな縦に大きいバーガー。

「……蜂蜜、好きなのよ……」

目を伏せる彼女の方にはキツネ色に焼けた数枚のパンケーキ。


正直言って今までメニューにあるなんて知らなかった。
それをフォークとナイフを使って丁寧に
切り分けている姿はとても可愛らしい。



「へえ」

「ニヤニヤするな!」

「蜂蜜、ねえ」

「な、何か変な想像してないでしょうね!!」

僕といえば雪と蜂蜜プレイの可能性について思い巡らせていたぐらいなので糾弾される覚えは全くない、心外だ。

「キミには……菜食主義っちゅうか、健康管理には煩いイメージがあったん」

「こんなとこでヘルシーもへったくれも無いでしょうに」

ごもっともでしょうが。
店員に聞こえないかなんて臆面もせずに言ってのけ、紅茶を口にする様は男からしても格好いい。


「……あ、あいつらには言わないでよね」

「フハハ、ボクが婦女子の可愛らしい秘密を野郎共にベラベラ喋る男やと?」

「ええ、――そうね」

形の良い唇が持ち上がり、さらりと髪の毛が揺れた。

「上条が掴んできた情報を土御門が良いように脚色して貴様がバラすイメージ」

「……何なん、ボクら悪の枢軸みたいやん……」


小萌先生にとってはあながち間違いではないのだろうなあ。

54 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/06(土) 22:58:38.25 ID:XEL0KAjAO


「……あ」

それは、最後の1口を食べきってしまおうとしたときだった。
ふいに僕は思い出してしまった。


「明後日から冬休み……?」

「今年はだいぶ早いけどね」


何てことだ……、例年ならクリスマスと共に冬休み開始なのに……。
――本当にどうしようか。
明日も日曜日なわけで僕は困ってしまっているのに、暫定目標の25日まで僕はどうやって彼女を監視すれば良いのだろうか。
――補習に吹寄さんが出るなら僕も難癖つけて出席してしまえば良い。
でも彼女は赤点を取るような人間じゃないだろう。
接点が無さ過ぎる。


……無いなら作れ、若しくは思い出せ。

今日の会話、大抵は身にならない与太話だけど……ヒントはあるはず。

風邪……雪が嫌い……デルタフォース……。



――あ!



「青髪」

「吹寄さん!」

ほぼ同時だった。
逸る気持ちを押さえ込んで発言権を譲ることにする。

僕もやれば出来るじゃん!


「青髪って、数学出来たわよね?」

「うーん、ボクんなかで1番得意な教科ってのは確かやね」

「それなら、お願いが――」



数分後、ルンルン気分の僕と何やらホッとした吹寄さんは、彼女の家へ向かうことになる。

吹寄制理さんが僕に依頼したことも、僕の提案が承諾されたこともどっちもプラスでしかないからだ。
俗に言うwin-win?


「それにしても、吹寄さん数学苦手やったんね」

「あいにく文系なのよっ!」


この学園都市にて文系は生きにくいだろうと同情しながら、車の通らない細い道を慎重に慎重に歩いていく。
55 : ◆ObanGQEW7M :2011/08/06(土) 23:01:25.95 ID:XEL0KAjAO
着々と有利に物事を進めてく青髪さんにはむしろ畏敬の念を持ちたいですね、主人公補正って恐ろしいと
それでは今回もお付き合いいただきありがとうございました!
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [ sage]:2011/08/06(土) 23:13:10.91 ID:N6QBW19IO
これ読んでる間は自分もこんな充実した生活ができるような気がしてくるんだ……
乙!
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/06(土) 23:20:52.08 ID:lxm1tAxAO
ゲコ太の良さが分からないとか失望したぜ青ピ…

乙です
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/10(水) 11:35:27.97 ID:GY76rqnSO
乙です
59 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/11(木) 15:50:50.37 ID:N6WxcZDno
こんにちは、いつもご覧下さってありがとうございます
では投下いきまーす
60 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/11(木) 15:55:56.81 ID:N6WxcZDno

少しだけ眠いような、そんな午後。


「んと、数学Aの方が苦手なんよね」

「そう、特に対偶や背理法とかそんな所がね」

「……って点取る部分やなかったっけ?」

言ってからしまった、と思う。
今日の僕は失言が多すぎでは無いか。


『おう兄ちゃん、その足りねえ脳細胞働かせてしっかり考えてみろよ』
脳内に広島弁?を使うサングラスをかけたお兄さん。
『はいなんでしょうか』
『なんでしょうかじゃねぇよ!!!』
『え』
『このまま吹寄さんキレる→怒り心頭で部屋を飛び出すというプロセスを経たら?
この世紀末な学園都市なら、交通事故とか誘拐されるかもしれないじゃねえか!
このノータリンが!』

ドンガラガッシャーン、とドラム缶がひっくり返った。

「そうなのかしら」

その通りだ。
脳内ヤクザの言うとおり僕は慎重にならなければいけなかった。
教えてくださってありがとう、僕、まだ挽回可能って信じてる!!!!
61 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/11(木) 15:57:30.73 ID:N6WxcZDno


「ごめんなさい!!悪意があったわけじゃ無いので!僕が悪かったです、申し訳ありませんでした!」

いわゆるジャパニーズ土下座、しっかり三つ指もつきました。

「怒ってなんか無いけど……」

「だから出て行かないで下さい!」

「分かったから。いつものエセ関西弁に戻っりなさいってば」

耳のあたりを両手で抑えられ、顔は拘束されたまま上へ移動させられた。
妙に天井の照明が目に染みたのと吹寄さんの困ったような笑い顔のせいで、僕は目を閉じた。





彼女は日々の宿題を、僕は今日配られた冬休みの課題に取り組んでいる最中。

「……なんで命題の反対の反対が真になるのよ……」

また困惑したような切なげな声がした。
僕は左を見た。

「やっぱそこで引っかかるん?」

「……マイナス×マイナスがプラスになるわけも正直分からないわ……」

思考放棄を象徴するようにシャーペンが転がる。
何と言うべきか。
頭が固いと言うより、現実に即して考えることが出来ないと表現するべきかもしれない。
じゃあ、僕が例を提示すれば良いんだけどそれがなかなか難しい。

……。
62 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/11(木) 15:59:43.88 ID:N6WxcZDno



「っとなぁ――最近寒いし、ここんとこは毎日2℃ずつ気温が下がってるとするやん、まぁ、有り得んのは承知の上ね」

「……ええ」

「そやったら6日前の気温は今日と比べて12℃高いんやない?」

「……」

「マイナス2℃ずつ上昇していく、そしてマイナス6日後」

テーブル上においた右手、減少する一次関数を遡っていくように滑らせた。
平方根にマイナスがあって二乗したらプラス、とも言おうと思ったけどそもそも前提からして駄目だった。


「……あ、そうね!」

「で、今日から6日後――クリスマスには12℃下がっとる、プラス×マイナスで」

「結果はマイナス!」

熱をこめた口調と共に、目を輝かせて僕を見つめる。
いつもの大人びた勝気な表情はすっかり潜めていて、喩えるなら捻くれていない純粋な小学生のようだ。
とはいえ、自分が高学年のときはすっかり生意気盛りだった気もするような。


「そゆこと」

そして出してくれたコーヒーに口をつけた。
程よい酸味と苦味、しかし少々温くなってしまっていたのでもっと早く飲めば良かった。

ちょっとした後悔。
63 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/11(木) 16:03:04.71 ID:N6WxcZDno

「なぁ、吹寄さん。ボクとゲームをせん?」

「ゲーム?」

「そう、簡単で時間も取らんゲームなんやけど」

学ランのポケットに入っていた10円玉を出し、人差し指と親指で摘んだ。

「勝った方が明日のお昼を用意するっちゅーのは」

「あくまで用意なのね」

「おお、のってくれるん?」

「一応勝負師を自負してるのよ」

初耳だったがふふんと眉を上げる彼女につっこめそうにはない。

おや、と思うかもしれないがこの僕の巧妙な策により明日も一緒に居ることは確定済みなのである。
あの後、甘いものが好きだと発覚した後。
自分の家には美味しい菓子パンがあるんだけどなー、とそれとなーく催促したわけだ。
消費期限切れちゃうといけないから食材も使えるんじゃないかなーとか。


自分の幸運さが末恐ろしい、何か僕に災厄が降りかかる前触れなんじゃないか?


「どういうルールなの?」

「これの表が出たらボクの勝ちでキミの負けは裏が出たら」

「分かった―――なぁんて言わないわよ」

あたしの勝利条件が無い、とにらまれる。

しかし気付いてもらえたことに僕は密かに安堵した。
64 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/11(木) 16:04:30.26 ID:N6WxcZDno


「うーん、全部ひっくり返したんにねぇ。結果同じになってしまうんはどういうことなんやろ」

あまりに白々しいなぁ、演技力の向上が求められるぞ。

「……あ、なんとなく貴様の言いたいことが解った」

問題集を指して何やら指をひっくり返したりしている。

「うん、ボクも詳しく説明は出来んけど、点対称の物体をぐるっと回り込んだ対角線上で見たら同じ図形?」

「その説明は、ごめん、理解できないけれど」

たしか昔読んだ外国小説で出てきたような、完璧に受け売りなので偉そうに講釈垂れるのは間違いか。

四角の机の一角に僕、その左隣に吹寄さん。
僕らは90度違うだけなので同じ図形を見ているわけではないのだろうか。

なんて、指摘されたように僕にも全く意味は分からなかったのだけれど。



その後、お詫びもこめて、さっきのルールを対象が彼女に設定し直して僕は10円玉を放った。

なんと、小さい側面を下にして横に立った。
僕たちといえば、今になっては腹が立つくらい2人して大笑いするしか出来なかった。

65 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/11(木) 16:07:16.46 ID:N6WxcZDno














なんて、僕が無知だったころを想うところでこの状況が打破されるわけもなく。
―――とは言え、たった数日前なんだけどなぁ。





―――冷たい、冷たい。
暖房入れてる筈なのに、血を失ったからなのか。


外に居たほうがまだマシかもしれないと思える、病院の廊下。
このクリーム色の壁を越えた先には、管に繋がれ存命している彼女がいるんだろうか。
うな垂れるとスニーカーにべっとりとついた、誰のものか分からない血液が嫌でも目に入る。
僕はせりあがる嘔吐感に瞼を閉じた。

集中治療室なんて、ドラマやアニメでしか見たこと無かった。
いや、集中治療室って細かく分類されていると、若すぎる茶髪のナースに説明されたような。
ああ、もう、全部がおぼろげで。

どうしてこうなったんだっけ、あああ、分かるけど認めたくない。
自分に対する憎悪に喰われて消化されたい。



「……あの部屋、なんつったっけ……」


そこで、僕はやっと足音に気がつくのだ。
66 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/11(木) 16:10:39.45 ID:N6WxcZDno



「多分、NCU―――Neurosurgical Care Unitだと思うよ」

「……」

脳神経外科集中治療室か、やっと思い出した。

そして僕は声のしたほうを向く。
名は知らない少女だったが、何回か見たことのある顔だと分かった。
着ているのはところどころ赤い灰のパーカー、髪が短くなって肩ぐらいと特徴は根こそぎ消えていたのにどうして分かったのか不思議だ。
何より目の色が違う。
瞳は綺麗な碧じゃなかったか、カラコンでも入れてるのか?
不気味に赤く、何だか淀んでいる。

声もしゃがれて、確かアニメに出れるくらい可愛い声だったのに。


「……キミも入院しとんの」

「ううん、お見舞いだよ」

「……アイツの?」

「うん」

今すぐに彼女も入院したほうが良いと思った。
ひどく憔悴ていて、顔も青白いし何やらフラフラとしていて貧血のように思える。
勿論、口には出さなかったが。


「メリークリスマス」

そう言って銀髪の少女は笑ったから、僕も返しておいた。

「メリークリスマス」



そうして僕はまた、ただ目を閉じる。

67 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/11(木) 16:14:12.89 ID:N6WxcZDno
青ピ解説の内容は理系(笑)な自分が思ってるだけなので決して真に受けないで下さい
それでは、お付き合いいただきありがとうございました
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/12(金) 00:22:37.61 ID:rSz0Va/SO
話しが進む度に吹寄の死に近づいていってるんだよな…
進んで欲しいけど進んで欲しくない
とりあえず>>1よ結婚してくれ

乙です
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/12(金) 10:11:09.53 ID:S7o7tHe40
何かショートショートの花束思い出すなあ
70 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 15:00:29.54 ID:9l7RczjAO
>>1です、真っ昼間からですがいきます

>>68
10年後にまた言って下さい(迫真)
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/08/15(月) 15:05:07.91 ID:kaybp+nO0
カモン
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/15(月) 15:58:34.07 ID:1GBDRWhAO
寝ちゃったかな
73 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 16:37:50.01 ID:9l7RczjAO



*12月20日、日曜日





冷え冷えとした空気、鈍重な沈黙、テーブルに会話はない。
こんな重苦しい雰囲気になるなんて初めてだ。
ああ、勉強そっちのけで思い出作りに精を出したのがいけなかったのだろうか。
僕は睨まれている。


「貴様は曖昧にしてるけど、あたしだって馬鹿じゃない」

問い詰める視線は知識欲、そして少しの猜疑心、非常に胸に刺さる。

「正直に話しなさい、――貴様が知る真実を」

こんなの言えるものか。
君がそれを知ったらきっと揺らぎのない眼光は消える。
代わりに溢れそうな塩水が角膜を覆うんだ。

そうして不条理に絶望したまま、君は死ぬのか。



何故こんな重苦しい雰囲気になったのかには、少しだけ遡ろう。
74 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 16:41:21.85 ID:9l7RczjAO



慌てふためいて整理整頓した僕の部屋、とりあえず見られて困るものはすべてクローゼット行き。
さすがに僕とて吹寄さんとエロゲの化学反応は見たくないので。

「あー、サイコロ1は良いけど……赤いマスじゃない……」

数歩分だけ移動した画面の中の赤いツナギの彼――世界一有名な配管工と名高いのだが、がっくりと肩を下ろした。

視点が僕のキャラ、よく誘拐されるお姫様を中心に捉える。


「ほなお先ー」

このゲームに勝つためには、星を手に入れなければならない。

星とは何かと言われれば、スゴロクを模したマップ上に現れる謎の発光体である。

どれか一つのマスに一つある星、そこを通過するとプレイヤーは一定のコインと引き換えに星を得ることができる。
最後は総数で勝敗が決まる。

まあ、第四次星争奪戦は僕に軍配が上がったらしい。
僕がただいま降ったサイコロの表示は9、ゲームの中で一番大きい目は10である。
先を急ぐ身からすると、なかなかな数字じゃないか。

「あ、ねえ、それじゃ」

「ふははッ!」

止める吹寄さんの声も振り払い、僕はテレビ画面上の僕のキャラクターを走らせる。ヒールのある靴でピンクの長いドレスを着てるのに俊敏な動きをする――ティアラが動かないなんて素晴らしい。


しかし僕は、たった今彼女が叫んだ意味は嫉妬なのだと本気で考えていた。
75 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 16:43:39.86 ID:9l7RczjAO



そんなわけない、僕の部屋でゲームをやっているとは言えこのソフトに関してビギナーはこっち。
同じハードを持っているから、持ってきてもらったのだ。


「あ゛!!」

一歩前のマスを踏む。
すると、どこからともなく現れた竜巻が金髪美人を吹き飛ばしていった。

「……お姫ちゃん……」

そして彼女はマップのはるか正反対に……。

「だから言ったのに……」

結局、5角の浮遊体は吹寄さんが何食わぬ顔でとっていった。

76 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 16:46:48.31 ID:9l7RczjAO



茶色い可愛いバスケット。
吹寄さんはそれのふたを開けた。

「どうかと思ったけれど無難にサンドイッチを作ってきたわ、ああそれとクリームチャウダー」

ああ、道理で荷物が重かったわけだ。
頼まれたのでさっきトートバックを開いたわけだけど、その時のデカデカとした水筒はこのためか。

店の一角のカフェスペース、そこの椅子に座った彼女。
備え付けのでコーヒーを入れる僕を見て頭を下げた。

「いや……めっちゃ美味そうやんか」

「パン屋の店員にサンドイッチ持っていくだなんて笑止、じゃない?」

「ボクがレディに酷いことを言いますか」

「ふぅん、いつもの言葉のセクハラはノーカンなのね?」


そう言われると返す言葉も無いし、何より弁明する気もないので謝っておいた。

77 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 16:53:02.04 ID:9l7RczjAO


ガタ、ガタッ

厨房の業務用冷蔵庫からクリームとガムシロップを2セット取り出して、向かいへと座った。

「ここは良いところね」

「その分商品はちょい割高なんやけどね、――ほないただきます!」


先にあたためたばかりのクリームチャウダーに手を伸ばした。
濃厚で、塩気と甘味の比率が素晴らしい、具材もキノコにニンジンにコーンにブロッコリーにと非常にふんだんだ。

……おおすげー美味しい。
というか僕は最近食べてばかりの気もするけど、気のせいだよね。

「あぁー」

「そうやってだらしない顔して」

たしなめるような顔は、友達のそれというか姉が出来の悪い弟に対する感じで。

「暖かいもん胃に入れたかったんよ、しかしほんまにうまあ……」

シロップを全部入れなおかつコーヒーをふうふうと冷ます吹寄さん。
猫舌なのだろうか。

「サンドイッチもうまい……」

「良かった」


しかし僕はあることがひっかかる。

こっちばかり食べていて、吹寄さんはコーヒーを含んでは置きの繰り返し。
一向に食べようとしない。

――具合でも悪いのかと考えてしまって、もちろん僕の杞憂であって欲しい。
しかし脈拍は速さを増していく。


そういえば今日の朝から物憂げな顔をしていたような。
78 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 16:59:29.44 ID:9l7RczjAO



「食、べんの?」

何というぎこちないトーンだろう。
とりあえず、これで具合が悪いと言われたら迷わず病院に連れてこうと決意していた。

「……ごめん、ちょっと考えごとしてた」

「……あー、そうなん」

「貴様は」

「ボクは全然平気よ。うんいつでも言ってな? てか、寒いんとちゃう?」

黙って首を横に振って、そしてだんまり。
それが生死には関係無かったとしても、気にかけたくなる悩ましげな翳りである。


「明日、身体検査よね」

「そやね」

いつもなら定期考査と同じくらいの時期だったのだが、まあ例の大戦のせいである。
なんて業が深いのでしょうか、いっそのこと中止になってくれても良い。


「賭けても良い、どうせ今回も変わらないわ」

歪んだ口元は自嘲以外の何物でもなかった。
白のタートルネックの首を覆う部分が振動に合わせ揺れる。
何かフォローする言葉を探すにも、何が地雷じゃ無いのか分からないし。


「無意味なんだし、サボろうか」

「……それだけは駄目だ」

条件反射的に、理性が制御する間もなかった。
79 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 17:03:40.63 ID:9l7RczjAO



吹寄さんは驚いて目を丸くする。
自分でもこんな堅い語調になるとはと恐怖した、下手すれば追及されてしまう。
君は明日行かなければいけない、の理由。

あー、しくじった……。

「ボクだって行きたい! なんて思わへんけど、明日で終わりやろ」

明日行かなければきっともうクラスメート達に会えないんじゃないか、とは言わないし言えない。
こう言うと推測のようだが、対象者の一週間以上の生存率はほぼ0に等しい。
彼女だってそうだ。
明日冷たくなってても、いや、今この瞬間に倒れたっておかしくないんだ。
雲量7くらいの空が窓から覗く。


ああ、僕だって行きたくない。
何てたって、能力が非常に特殊なせいで検査だって変テコなんだ。

「それに、次は――上がっとるかもしれないんやん、だから明日だけは行かんと」

と言うと鼻で笑われた。
どうしてだろう、僕は訝しむ。


青髪の能力は何だっけ、と吹寄さんは言った。

80 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 17:07:26.46 ID:9l7RczjAO

鋭い目でこっちを見るのが痛々しくて、思わず下を向く。

「予知能力」

嘘なのはご存知な通り。
願望を込めて流暢に。

「……強度は?」

「2や、けど」

正確なんだけれど、あまりに使い道が無いので2に収まっているそうだ。
聞こえるはずのない弁解をしても仕方無いんだけど。

ひとしきり尋問したので、という風に吹寄さんは息を吐きこう聞いてきた。


「……ねえ、あたしの能力って知ってる?」

そう言われてみて初めて考えたけど、思い当たる節が無かった。
申し訳ないけど首を振ろう。

そして雲が日を遮り、午後だというのにほんのりと薄暗い。


「正解よ」

正解?

「大概のレベル0だって、何かしら能力はあって――むしろ1に届かないから、端数を切り捨てられてるだけじゃない?」

「……」

「だから、どこまでも0が続く人間って――そうは居ないのよね」

そこで、ようやく僕は彼女の本意を理解した。
行きたくない、の意味をだ。
81 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 17:09:30.80 ID:9l7RczjAO



たとえ少数10ケタ目にかろうじて1が出たとしても、それは立派に能力の発現といえる。
無と有の断絶のこちら側、僕ら側だ。

そう考えると、学園都市に6割も居るレベル0のうち真にその意味にそぐうのは。

「……せいぜい上条とかあたしをいれて数百人ってとこじゃないかしら」

0だから、かけても意味がないと。
彼女はそう言ったんだ。



あまりにデリカシーが無かったなあと、本気で落ち込んでいた。
確かに僕のみたいなゴミみたいなのでも、一応能力ではあるのだ。
要らない、と嫌悪したくなるのは持ちうる者の特権なのかもしれない。
いや、そうなんだろう。

だとしたら僕みたいな中途にウジウジしてる野郎は、それこそ最も憎悪の対象じゃないか。

「ごめん、吹寄さん」

僕は彼女のためと言いながら自分が罪悪感を持たないようにちょこまかしているだけだった。
消えれば終わりなのは、あちらだけでなく繋がっている僕の一部分もそうなのに。
茶と緑チェックのズボンが見える。

許されなくても良いから、頭を下げた。

「ええ、良いわよ」

「え」

驚愕のせいで背筋が痛い痛いと軋む。

吹寄さんの瞳はまた違う色で輝くのだ。
いや輝いたのか、曇ったのかもしれない。


とにかく――目の色が変わった。

82 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 17:12:10.02 ID:9l7RczjAO



「さあ、あたしは話したわ」

「……ええと」

「とぼけても駄目よ、青髪。案外貴様は分かりやすいもの」

「分かりやすい」

何でだ、悪い予感しかしねー。
どっかで僕は決定打を……。


「貴様は予知能力ね」

こき、と首の筋が鳴った、ような。

「だから、最近急にあたしに張り付くのには」


ごくり、と唾を飲み込む。

「能力的に、何か意味があるんでしょ」

カチャカチャ、と陶器の擦れる音がして。
何かと思ったら動揺した僕の手がカップに触れたみたいだ。
――おいおい、どうかしてる。

吹寄さん鋭すぎやしないか、もはや畏敬の念さえ覚えるぞ。


そうして、話は冒頭へと戻るわけだ。

83 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 17:14:43.80 ID:9l7RczjAO



「さっきは……ボクのデマカセや」

何とか絞り出した嘘でこれである。

「大覇星祭のときの自分のポジション、思い出しなさい」

……ああ、プライバシーに考慮して小萌先生が組んだ表があった。
でも普通のことは何一つ予知できない僕がいる意味は無かった。
担任にさえも、何だかんだと誤魔化せているのだから恐ろしい。

「……ボクの予知能力言うても、桜の開花予想や天気予報っちゅーか」

「あたしのご機嫌伺って、ずーっと張り付いて。

時折あたしの顔見て瞳潤ませたりして――貴様おかしいのよ、分かる?」

「……花粉症やもん」

「1回でも鼻かんだかしら、ああ、風邪でもないのよね?
あたしが聞いてもピンピンしてるって」

人差し指でトントンと机を叩く仕草から察するに、煮え切らないこっちの態度に苛々を隠しきれないみたいだ。


「…………何でよ、貴様が出し渋るのはこっちの未来でしょう」


とは言ったって、僕は君の孤独も恐怖も責任をとれないんだよ、無責任なんだ。
確定未来に希望なんてなく、僕といるときは強がってみせたってそんなのは何のマシにもなりはしない。

つまり、この香木や香草や花や、芳香の限りを尽くした匂いを運ぶ特急電車。
それからは誰だってどうしたって逃げられないから。
84 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 17:33:01.69 ID:9l7RczjAO



「――お願い、教えてよ」

懇願する声にいつかの同じように死んでいった人の、それが被る。
結局、彼女の死因は自殺だったけれど。

「何で知りたいんだよ」

こんなに渋っていたら自ずと答えは出てきそうだなあ。

「だってあたしはあたしにしかなれない」

「そんなの、誰だってそうだ」

「もし、想像する通りなら――逃げてきた分、取り急いでやらなくちゃいけないことがあるの」

その瞳を見るに嘘ではないといった様子ではあったが。


「……これは僕の独り言だけど、絶望するよ、死にたくなるし発狂するんじゃない。
今は1人じゃないけれど、夜になって暗くなってそうしたら孤独が痛いんだよ、いつ何が起きるのか分からないよ」

「貴様は馬鹿ね」

言葉面とは違って優しげな声だ。
これだって聞くのは何回になるのだろうか。

「なんで、貴様がそんな蒼い顔するの。察知しただけなんだから……近づかなければダメージ無いじゃない」

机に少しだけ散ったパンの屑。
カップの底に溜まったさっきのコーヒー。
最後通牒。
今までの経験則と、僕の友達である彼女の人格とを量りに載せた。


「……勝手に死んだら怒る」

苦笑した吹寄さんが頷いたのが見えた。
甘い匂いと少し寒い室内、無音。


なので僕は、もうすぐ君は死ぬかもしれないとそう言った。
85 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/08/15(月) 17:38:14.54 ID:9l7RczjAO
寝てました、すみません……

余談ですが、自分は関西人ではないので青ピき関西弁を再生するときに某グループの某リーダーで再生するのですが、交際を誤魔化さないで良いので早く結婚していただきたいです
早く幸せになれ、と

それではまた次回!
86 :名無しNIPPER [sage]:2011/08/15(月) 18:10:37.36 ID:uwcDh/vro
おつー
高校生になって昔のゲームやると懐かしさで[ピーーー]る
あと、是非とも死亡フラグは回避してほしいけどなー・・・・・・回想がアレよね
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/15(月) 18:48:07.87 ID:+Ys8NS5/0
某グループの某リーダー?

城○か?
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/16(火) 10:18:26.63 ID:w2emUB2SO

青髪も吹寄もつらいよな…
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage「!桜_res]:2011/08/16(火) 23:07:34.74 ID:SL/szh4F0
      、_ム     x  、    \   、  xー"
       ≧、_  /   彡      \  、  }
      彡    /  /  ',       \  、 」  ボクぁ落下型ヒロインのみらなず、
    _ >  /  / ,  / , ',  ∨  、  |  義姉義妹義母義娘双子未亡人先輩後輩
      ̄イ /   イ   /  λ 、   ∨     |   同級生女教師幼なじみお嬢様
     / /  ム/  /   /∨\  ∨   |   金髪黒髪茶髪銀髪ロングヘアロングショートヘア
   _彡 /   /      /  ∨、 \ ヽ   |   ボブ縦トールストレートツインテールポニーテール
     ̄7/    ノ       /==彡〃ベ=\ \|   おさげ三つ編み二つ縛りウェーブくせっ毛アホ毛
    /   /     /    三=    `ー゙|   セーラーブレザー体操服柔道着弓道着保母さん看護師さん
     /     ̄7 /  /===x、 ニ三  z==~~ |   メイドさん婦警さん巫女さんシスターさん軍人さん秘書さん
    /ム   ///ノ∨  .......    ≠   ::::.... ノ   ロリショタツンデレチアガールスチュワーデス
     /  /  ∧   ::::::     !li!     ::::::〈     ウェイトレス白ゴス黒ゴスチャイナドレス病弱アルビノ
     ≠彡//7 ∧           __         |    電波系妄想癖二重人格女王様お姫様ニーソックス
       / / //  ,        __       |    ガーターベルト男装の麗人メガネ目隠し眼帯包帯
        爻  ノ ゚ーヘ       、 |┴┴| /    ノ    スクール水着ワンピース水着ビキニ水着スリングショット
         //   ヽ   。  } |    | { ゚   }    水着バカ水着人外幽霊獣耳娘まで
           /ム/V/⌒\   / |    | ',  /ヽ   あらゆる女性を迎え入れる包容力を持ってるんよ!?
       /         >、 |エエエ|   /   }
      /              └──‐┘     〈

90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/09/01(木) 00:21:57.02 ID:6xNDNznz0
まだ?
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [ sage]:2011/09/05(月) 21:59:21.28 ID:aQgFLDLIO
まだーーーーー!!?
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/07(水) 21:46:56.72 ID:2aECdv/DO
俺の無限待機(ダークマダー)に常識は通用しねぇ
93 : ◆ObanGQEW7M [sage]:2011/09/07(水) 23:02:11.77 ID:s4k4h6LAO
ええとこっちに連絡するのを忘れていました!
今は定期考査中なのですいませんが終わり次第更新します…!お待たせしてすみません!
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/09/08(木) 02:42:37.27 ID:6cpZfBfO0
俺は放置プレイでもイケるから問題ないよ
95 : ◆ObanGQEW7M :2011/09/11(日) 21:25:16.43 ID:KoA6y+AAO
お久しぶりです
考査が終わったので今晩投下します、よろしくお願いします!
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/09/11(日) 22:19:26.65 ID:/Co/MhZAO
舞ってる
97 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:14:12.02 ID:En5VmwKAO



***

死ぬかもしれない、と言われたあたしよりも告げた彼の方が蒼い顔をしているのはどういうことなんだろう。
その奇抜な髪と対して変わらないわ。


彼の言葉を聞いて最初に思ったのは、よりにもよってそんなことだった。

「……」

衝撃的、いや青髪があまりにも言いよどむものだから予想はしていたんだけど。
やっぱり驚いてはいる。

「……嘘と思ってくれても良いけど」

「そんな顔で言われて、疑おうとは思わないわ」


これで演技なんだったら病気じゃないかと逆に疑わしい、
何だっけ、ミュンヒハウゼン症候群、だとか。
いつも薄く笑っていて探っても表情が読めないけれど、流石に沈痛そうな面持ちだった。

「…………死ぬ、ねぇ」

頬杖をついて外の景色を見る。
曇天、日光はいつの間に消えてしまっている。

そうか、青髪の予測が本当ならあたしは死ぬ。
いつかじゃないし将来でもない。
来年ううん、クリスマスは迎えられるのかしら。


黒々と胸に横たわるものから目を背けて、あたしはひたすらにコンクリートの道路を眺める。

98 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:15:43.55 ID:En5VmwKAO


こうして息をするのも数えられるくらいなんだ。
いつ終わりが来るのか、何があたしを終わらせるのか。

分からない。
どうやって死ぬのかも、分からない。
事故なんだろうか、病気か、はたまた他殺だったり、案外寿命も有り得るかもしれない。

それと―――

「言いにくいのに教えてくれてありがとう……ねえ、変更不可なのよね」

青髪は相変わらず死にそうな顔でうなだれたままだ。
無言は肯定と受け取って良いだろう。
勿論見えないけど、当事者のあたしのそれより酷く落ち窪んでいる気がした。

ごめんなさい、そっちの気も知らずに勝手に死んでいって。


「彼は可哀想なくらい良い人なんだ」とぼんやり思った。

ただのクラスメートなあたしが死ぬだけでそんな顔をしているのだ、これが例えば三親等間だった、なんてなってしまったら。
死にそうなのはそっち。
皮肉なことに、何故か宣告されたこっちの方が冷静じゃない。



「あたしは、――自殺はしないわよ」

するすると上がっていく青髪の視線、ずるずると下がっていくあたしの胃の中の重し。
嘘じゃない、本当でもない。

少なくとも今はそう思っている―――と最後までは言わなかった。


アスファルトの灰色がじわじわと膨張していく光景を幻視してしまって、目を塞ぐしかできなかった。
99 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:19:04.51 ID:En5VmwKAO



******


真実とは言ってもありのままを話すことは、決して正解じゃなかったんだろう。


先ほど――とは言っても、もう送り届けてから30分は経つのか。
かのマンションの中へと滑り込んでいく吹寄さんのどうしても隠しきれない翳りを僕は見逃せず――、かといって晴らすことも出来なかった。
事なかれ主義もここまで来ると異端だろう。

残酷すぎる彼女の既定未来、僕しか予知出来ないそれには、先もなく。
そのことに感傷的になってる暇も与えずに、いつの間にか終わってしまう。
まるで冬の日照時間のようで、有限だと理解しつつもその短さを嘆かずにはいられない。

車道を見やる。
今はまだ4時も30分頃なのに、近くを走る車は揃ってヘッドライトを点けていた。

……結局何も出来ねーんだよ。


独りきりで寒空の下を闊歩したってどうにもなるわけでもない。
だからといって、このままあの家へ帰ろうという気も湧きやしない。
溜め息と共に一番近くの停留所に腰を下ろした。

「……つめてぇ」

デニム越しに感じるプラスチックは酷く冷たく、二の腕や首に鳥肌を立たせようと誘ってくる。
100 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:20:32.92 ID:En5VmwKAO

手持ち無沙汰で、つい携帯を開く。

まあ、震えなかったのだし当然か。
未送信メールが2通と新着ナシの受信箱。

カシッ、カシ
2、3回キーを叩く。
1通は送信ミスだったので消去。
日付が1ヶ月前で止まっている方のメールを開いた。

かなり前に作成したっきりなはずなので、何を書いたのかは思い出せない。
何故か少し楽しみながら十字の真ん中を親指で押した。
宛先はカミやん、タイトルナシ、添付は山のように積まれたプリントの束で(撮影は小萌先生)今もなお増殖を続けている。


その時の僕はアイツに何と送りたかったのだろう、頑張れ、いつ来れる、どうしたんだ、待ってる。
下へと目を滑らせた。





無かった、そこには何も無かった。
しばらく来ない友人を心配する文面は一つだって無かった。


ただ真っ白だった。
101 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:22:14.35 ID:En5VmwKAO


書かないのなら消せばいいのに、書けないなら忘れれば良いのに、それをしなかったのは―――

「心配してっるっつー自己主張かよ……」
瞬間、くらくらと脳から酸素が逃げていく。嘔吐感、全身から噴出す汗。
携帯を投げ捨てたくなるような、強烈な自己嫌悪、ああ憎い、この恥曝しが。

そうやって悲しみから良心から逃げていたのか、自分ではやらないくせに先送りしやがって。
迫りくる地面に対しベンチの板をぎいっと摘む。


これだって体の良いだけの自己憐憫だ、そうなんだよ。

心配しているフリを装って。迷惑事から逃げ回ることに何より必死なんだ。
今まで救えなかったのだってもしかしたら救わなかったんじゃないか、なあ本当にベストを尽くしたのか。
当人に教える、教えないは抜きにして、お前は毎回彼らを救おうともがいたのか。


「したよ……、したけど」


次第に視界が狭まって、チカチカと眩い光が黒に紛れ始める。
呼吸は辛いし、相変わらず平行感はめちゃくちゃ。


露呈したんだ、偽善者にすらなりきれないこの僕が。

自分で体を支えるのは億劫だ、かといえば前に進む気力も飛び込んでいく勇気も無い。
壁に全体重を預けもたれかかる。


だからこうやって、ベンチに座り込んで歯止めの利かない電車を目を塞ぎながらそれでも見てたんだ。
眺めてたんだ。
102 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:27:05.86 ID:En5VmwKAO



いくらか経ってやっと脳貧血らしきものが落ち着いた。
座っていてどうしてなるんだと自分を問い詰めたかったけど、温かみを感じない指先に触れたのでヨシとしよう。

言われてみれば全身が火照ってる気がするのだ、風邪か?
だとしたら吹寄さん凄いけど

「……男の風邪なんか需要ねぇだろ」

一体何分何時間ここに居たのか、そういえば風が冷たいな。
携帯を開かずにサイドのボタンを押しLEDを点灯させる。
体感時間よりもかなり過ぎてしまったことを確認し、それでもどうすれば良いのだろう。
家に帰るべきなのか、それとも―――


意味もなく、しまいかけた携帯をまたも開いた。



そして先に言うとそれは正解だった。


103 : ◆ObanGQEW7M [美鳥_res]:2011/09/12(月) 00:30:59.94 ID:En5VmwKAO


Calling
吹寄制理


104 :あれ昔テストスレでは出来たのにな ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:33:27.65 ID:En5VmwKAO


――ピッ



「……もしもし」

サーサーーー、煩わしい。

学園都市にしては珍しく、ここは電波状況が良くないみたいだ。

「どうかしたん?」

ベンチから立ち上がり屋根の外に出た。

「吹寄さん?」

車のせいだろうか、何だって聞こえてくる素振りがない。

「……吹寄、さん?」

頬に触れる携帯が何故か妙に温い。


おい、待ってくれよ。



「……何かあったんやな?」

電波状況、無音、僕にかけてきたこと。
誘拐か、はたまたスキルアウトに絡まれたか。
一番最近にかけてきたのが僕である理由で電話をかけてきたのかもしれない、無音は脅されていて、電波状況は路地裏や地下だから。

向こうからは身動ぎ一つの音さえせずに、ノイズ音が存在感を主張するのみだった。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/12(月) 00:37:23.30 ID:OMQwvy4Ro
つ !
106 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:37:23.24 ID:En5VmwKAO


「……GPS検索から、アンチスキルに通報する」

見つからないように最小のボリュームで
そうして通話中のまま吹寄さんのプロフィールからページを出した。



「キミのことは絶対、助けに行く」



瞬間、息を呑む声がした。

「――――必要無いわよ」

「ない……て」

衝撃が大きすぎて子供のように反芻してしまった。
必要ない?

「……ごめん、何にもないの」

「強盗事件でも」

「……ううん」

吹寄さんの現在位置は家らしい。
地図上の赤い点の下には馴染みのあるマンションの名前。

だとしても不自然だ。
だとしたら、何故だ。

「じゃ、何でそんな――死にそうな声で」
僕は、熟考もせず無責任も矛盾を暴いてしまった。

「………………」

そんな弱々しい声、酷く疲れきった時でも聞かなかったんだ。
入学したときから大覇星祭もさっきの告白のときも


「――ごめん、すぐ行くから」


『目を離したら、自殺してた人も居た』
『おおよそ1週間で、みんな居なくなる』

『どうあがいたって、観察してるだけなんだ。干渉は出来ない、どうしたって』



――僕の言葉が、今、苛んでるんだ。
107 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:40:38.86 ID:En5VmwKAO


携帯を握りしめそのまま走り出す。
全速力で目的地へと駆け抜ける、風の冷たさが物理的に耳に痛い。
胃も肺も口も鼻も、全部に冷えた空気が雪崩れ込む。

さっき、自分の不甲斐なさに目眩を起こした男がもう走ってるんだ、馬鹿だ。
どうしようもない。

「はっ、はっ……っ………!!」

煌々と光る電灯のおかげで、白く煙る息が後ろに流れていく様を見た。


運命を変えれる・変えれない、なんて未知の結果に公式を立てたい学者じゃないんだろ。
すれ違った人も、知人と同室のお見舞い客も、嫌いな先生も、可愛いクラスメートも、唯一無二の親友もみんな生きてるんだ。
献体なんかじゃなく、彼だけの生を全うしてるんだ。
ガキの他愛もない妄言で死んでいい、そんな存在じゃない。在るはずがない。

だったなら、そんな言葉を吐いた人間が『君は死ぬだろうから僕が傷つかない適度に守ってやる』なんて態度じゃいけなかったんだ。
僕だけでも、だからこそ生存を諦めず、この芳しい匂いにも勝つべきだったんだ。

だから、だから――!


108 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:42:42.21 ID:En5VmwKAO


例のマンションへ着いた。
一階だったはずだ、知り合いが居ませんようにと祈りつつ入り口から入る。
知り合いどころか誰も居なかった、冬の日の休みなのでみんな部屋に居るのだろうか。




ガチャリ

電気の消えたその部屋には、不用心にも鍵がかかっていなかった。
そして照明のスイッチも見当たらない。
後ろ手でドアを閉め、もう一方で携帯を出し灯りにした。
画面は通話中のままだった。

「吹寄さん、」

奥に投げかけるも返事はない。
足元に気をつけ、ゆっくりとしたペースで歩く。
キッチンの横をすり抜け、そこでようやく姿が見えた。

真っ暗な部屋で同じように煌々と光るのは、繋がったままの携帯だろう。
暖色系で纏められた女の子らしい部屋の片鱗すらなくて、無機質で痛々しい、黒。

彼女はベッドの縁に座り込んでただ下を見ていた。



「―――――――」

手先の末端がビリビリと痺れ、通常よりもだいぶ早い脈拍を刻む、頼んだ覚えなどない。
足先に伝わるじんわりとした、焦燥を誘うような冷たさ。
寒い、寒い部屋だ。


109 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:45:07.60 ID:En5VmwKAO


「言うだけ言うて無責任で、ごめんな」
逡巡しなかった、さっきから言おうと思っていたのだ。

「……」

うなだれる隣に座った。
寒い部屋だよなあ、暖房ぐらい点ければ良いのに。


「でも決めた、何としてもキミは絶対に死なせんって」


既定未来も、終末も、運命も全て抗ってやる。
だって、この学園都市で推測出来るのは僕だけなんだから。


「―――ワン切りのつもりだったの、」

吹寄さんは携帯をテーブルに置き、そのまま左手は僕のコートを軽く掴んだ。
勿論体温なんか分からない。

「帰ってからこれからのことずっと考えてるうちに、心臓が……どんどん速くなっていって、緊張なのか病気か分からない、だから誰かに相談しようって。

真っ暗な部屋で唐突に声が響く。

だけど……誰にかければ良かったんだろう」

冷たく滑らかなシーツの上に手を這わせる。

110 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 00:48:36.15 ID:En5VmwKAO


「親は都市に懐疑的だし信じないと思う、。じゃあ友達は、でも巻き込んだら嫌だな、、って思って。

そうしたら―――あたし、独りなんだなあ……そうやって死ぬのかなって」

未来なんて幻で夢も叶わないまま。
寒い、痛い。

「そうして気がついたら……青髪の番号が画面に出てた」

結末を知らなければ、やはり今だって夕飯の用意をしてたのだろうか。

「そんなの嫌がらせでしかないのに、1回だけなら、って………」

「……」

ぎゅっと音を立て、より強くコートを握ったようだ。


「あたしも……、貴様も、誰も悪くないのに何でこんななんだろう……」

嗚咽で震える肩は細くて、弱々しかった。
この体温も確かにいつかは消え果て物言わぬ肉塊になり果てる、でもこんな速くて良いはずが無い。
髪から香るシャンプーの匂いが、妙に空々しい。

111 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 01:07:19.34 ID:En5VmwKAO


「そんなレールは元からおかしいんだ」

「……おかしいのよ、ね、それが当然じゃ、ない……っ」

首をくすぐる髪の毛に額を当てる。


最初のホームルーム、妙に張り切る人だなあと思った。
僕が邪な気持ちで委員長になった後は、罵倒しながらも何だかんだで助けてくれた。
夏休み、僕たちだけは補習の必要は無かったのに参加したのでみんなに笑われた。

その後も、重なるような微妙な距離を保ちつつも時に現れる接点は喜んでしまったり。


――あの匂いはどうか別人であれど、何回も祈ってみたり。

「見て見ぬフリも諦めも止める、……吹寄さんは死なせない」

この重みも熱も無くしてたまるものか、そうして肩を抱き込むと何でも出来るような、しなきゃいけないそんな気がした。




「……ごめんなさい」

細い声はどうしても聞こえてくれない。
112 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/09/12(月) 04:10:19.06 ID:En5VmwKAO
途中の緑は各自補完していただけると嬉しいです
100レス超えました、ありがとうございました!
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/12(月) 06:04:27.98 ID:MhXIM6w3o
乙!
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/09/12(月) 13:15:58.58 ID:Dl16GiZE0
更新キタ━(゚∀゚)━!
乙!
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/12(月) 17:04:11.49 ID:X504Bw360
今まで残念イケメンとかいってすいませんでした兄さん
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/29(木) 23:59:00.30 ID:2N0d8U5B0
まだかいな
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/01(土) 19:14:52.64 ID:bR8Vsi5DO
まさか>>1が吹寄のかわりに……!?
118 : ◆ObanGQEW7M :2011/10/14(金) 17:29:46.68 ID:2G88w1IAO
最近旅行だの何だのでバタバタしてましたすみません!!!
今晩投下します!
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/10/14(金) 17:56:31.34 ID:/FNHFXyw0
こういう風にssかける人ってすごいよね。練習できてみんなに良い所と悪い所言ってもらえるといいんだけど・・・
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/15(土) 03:32:39.74 ID:ph8l7IuF0
やっとキタ━━━(゚∀゚)━━━!!
ってまだ?
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage saga]:2011/10/29(土) 22:19:19.80 ID:EkrUlSgP0
ここまで空くと不安だな
122 : ◆ObanGQEW7M :2011/10/31(月) 01:02:27.11 ID:FjWvkU5AO
うわあああああああ、ほんとすみません!
次こそちゃんと投下します
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/31(月) 18:47:39.71 ID:kBf8l/rZ0
二週間くらいドジっ娘のうちだよなでなで
124 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 22:44:00.14 ID:FjWvkU5AO

12月19日、月曜日




………吹寄さんは無事だろうか。



汗で滲む手の中の直方体は静謐を保っているのに何度も確認してしまう。
馬鹿だよなあ、メールは送ったしマナーモードも解除しバイブも設定してあるってのに。

今日は身体検査、だから怖い。
僕らの学校に高位能力者は居ない、でも怖い。

後ろへ見切れていく街並み、窓ガラス越しに映る自分の目は黒く暗い。
これから【それ】をするにしてはあまりに健全的な空だ、そう、前向きで生産的。
光合成に適しそうな柔らかく暖かな光。


能力を具現化できても優位性はほぼない(僕が最たる例だ)低位の学生が大半のこの学校。
だが、それでも急にレベル3以上と診断される生徒も居ないわけではなく、まあごくごく稀ではあるのだが。
そして決まって彼らは制御が出来ない、何故ならそもそもの扱いに慣れていないから。
――低位が故のアブコントローラブル。


【第10学区】と書かれた標識を通過した。

頭が重い、痛い。
125 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 22:47:36.50 ID:FjWvkU5AO


自身が妙な能力に目覚め、自傷してしまうこともある……かもな。
急な心境の変化が自分だけの現実を開花させることもあるのだ。
彼女は演算力は申し分無いんだから。


こんな時、あのヒーロー気質だったり躊躇しない友人達が居たのなら心強いことはない。
……華麗に颯爽に助け出してくれそうだよなあ。
カミやんはわけわからん右手で、つっちーはあの恐ろしい判断力で。

それ考えると僕の能力はいかにも悪役サイドだ、人の死期を利用する雑魚キャラ。
良いところRPGの中ボスか?



でも、あそこには英雄も策士も居ない。

今は僕しか彼女を守れないみたいだ。



……残念。


「……」

鏡越しに運転席の男と目が合った。
怯えたようにひきつった頬、土気色で生気がない。
僕と目が合えば死ぬとでも思ってるのだろうか。
なら学園都市は世紀末状態だって。
心配しなくてもあなたから匂いはしません。

次にまばたきをすると、中年の澱んだ白目は前方を見据えようと試みていた。

126 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 22:50:41.49 ID:FjWvkU5AO


目的地まではあと2キロほど。
胃の中の鈍痛には気づかないフリを決め込んで唾を飲み込む。

喉がやけにひくついた。

「………鬱陶し」


今の僕は自分だけの試験場へと向かっている最中である。
この声に反応してか、彼の肩は微かに上下した。


自分だってこんな試験なんかしたくないんだから、せめてそっち側の人間は楽しめよ。


………腹が立つ。
127 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 22:51:27.65 ID:FjWvkU5AO



***

いつもより少し遅めに寮を出てすっかり冷え切った道を歩く。
交通量が多い時間帯に学校へ向かうなと青髪に再三と注意されたからだ。
あんまり人は居ないけれど今日は身体検査だし問題は無いだろう。


予想外なことに教室には結構な数の人が居た。
みんなあたしを見て支度を始めたようだ、時間に間に合わないと思ったのだろう。

その中には予想外の人物もまた、


「姫神さん、体調悪くない?」

「ええ。まだ咳は。少し……けほっ」

黒髪を揺らして姫神さんが咳き込む。
昨日、部屋に行ってお粥を渡して来たときには今日は行けないと言ってたのに。
上下長袖ジャージの上からパーカーとマスクを付けている姿が寒々しい。
思わず手を取ってみた。

「ほら、冷たいじゃない」

「ただの冷え性だから。気にしないで」

「休んだって良いと思うけれど……」

姫神さんはいつもの判別しがたい表情で首を振り手を解き、若干フラつきながらも体育館に向かって行く。
横から覗く耳も真っ赤で、ああ、今すぐ帰らなきゃダメだって。

「――大丈夫。だから。行こう」

小さい顔を半分以上覆い尽くすマスク、真っ赤な肌、潤んだ瞳。


やけに扇情的だった。
128 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 22:56:11.76 ID:FjWvkU5AO


***

――ゴトン、ゴトン。

先を行くカートと、それを押す背広の男をじっくりと睨みつけた。
いつもよりも静かな施設で僕と数人の靴音が響く。

クリーム色の壁、広々とした廊下、明るいBGM、バランス良く置かれた観葉植物。
寒々とした外から来たら、適温適湿で天国に思えるだろう。
ほんの一瞬、なら。


………胃が痛い、それに薄ら寒い。気持ち悪い。
もう嫌だ。
こんなところには一秒だって居たくないのに。
ダメならいっそのこと、死んで終わりたい。

歩いて歩いて突き当たり、白のキーボードに男の1人が近付いて何やら操作をしている。
いよいよ行かなくては。
逃げ道を模索しても真後ろには二倍も横幅がありそうな恰幅の良い男がただ立っている。


ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン
ガチャン!!!


五重にも鍵をかけられたドアが開き、蛍光灯が冴える空間が露わになる。
そしてぶわっと拡散する例の芳香。

「………っ」

せり上がる胃酸、喉の奥が開き焦燥感が口いっぱいに迫り来る。
129 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 22:58:19.79 ID:FjWvkU5AO


後込みしていると後ろの背広に押し込まれた。

「もうちょい……ゆっくり歩けへんの」

「時間が押しています」


体温が全く伝わってこないのが不気味で仕方なかったので、慌ててその手から離れる。

じわりじわりと全身から滲み出る汗は喪われていく僕の生気で良心だろう。

カートの上の紅茶の入ったティーポット、ティーカップは5個。
それから半透明のアンプル、ベタベタ張られたラベルのせいで中は見えない。
そして注射器5本。
これを持って向かう先は面会所。
楽しい楽しいティータイムっていうわけだ。

「さいですか………」


足がフラついて、嗚呼、アンプルごと倒れたかったのにまたも背広に邪魔をされてしまった。
恐ろしく無機質な目で、こちらを見る数個の瞳。

だって、ああこんなの、いつになったって慣れるわけねえだろ。





――ああ、駄目だ。


130 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:00:57.42 ID:FjWvkU5AO


***

各教室で透視検査や予知検査や心理操作の検査を受け、そろそろお昼時。
人が居ない時間を狙うべきだと姫神さんは言うので食事前最後に、物理系の検査を受けることにした。

体育館はヒーターが入ってるとは言えど寒々しい。

「姫神ちゃん、吹寄ちゃん、おは……こんにちは」

体育館で順番待ちの列(光学系だった)に並んでいると、担任に声をかけられた。
いくらか下に目を向けるとピンク髪をヒョコヒョコと揺らし、にこりと笑う姿が見える。


「おはようございます、先生」

「おはようございます。

おや姫神ちゃん、お顔が真っ赤なようですね?」

「気にしないで。下さい」

「青髪ちゃんからのメールですね?」

姫神さんは珍しく苦笑いをして先生を見た。
メール?
一切覚えが無いけれどどういうことなのか。

一人だけ合点のいかない顔をするあたしを置いて先生は自分より高い位置にある姫神さんの肩に手を置いた。

「それなら心配ご無用ですよ姫神ちゃん。
吹寄ちゃんには先生達何人か付いていくことになったのです!
だから、姫神ちゃんはお家で休んだ方が――もうすぐお昼になりますけど、お弁当食べずに帰るべきですよ」

「……? あの、状況が」

何であたしの検査に先生が3人も。
それと青髪からのメール。


……疑問符は付けているようで、実のところ合点しているんだけど。

131 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:05:24.02 ID:FjWvkU5AO



きっとあたしが死ぬかもしれないことを言ったのだろう。
だからみんなに、目を離すなとでも伝えた。

でも、そうやって公表することはむしろ危機を招くんじゃと言ったのもあいつだった。



あれ。

何でこんなに、今日のあたしは冷静なんだろう?

昨日は取り乱して、それからずっとうなだれてて。





疑問を抱えた者は放って、話は進んでいた。

「……月詠先生が付くのは。少し不安だけれど……」

「ひっ、姫神ちゃん! ひどいですよぅ!」

確かに、先生は立派な大人ではあるけれど見た目は庇護欲をそそるというか。
マスク越しにうっすらと笑い顔を見せて、姫神さんはあたしを見る。

「彼から聞いた?」

「いえ、何も」

「……そう」

「体の調子悪いのに、ありがとう」

「……土日。お世話になったもの」


1つ礼をして姫神さんは歩き出した。
132 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:07:24.05 ID:FjWvkU5AO


遠目だと背中は小さくて、わざわざ来させてしまった罪悪感がやっと到来した。
あんなに具合悪いのに来てくれるなんて、姫神さんは優しい良い人だなあと痛切に思う。
上条しかり青髪しかり姫神さんしかり先生しかり、庇護を受けてばかりのあたしとは違う。
彼らに何も返せてない。

……何で、こう、駄目なのかな。

せめても、誰かの痛みを分かち合いたのに「ああ可哀想」で停止しちゃって。

人の死期が読めるってどういうことなのかな。


「それじゃ吹寄ちゃん、先生達と回りましょう」

「………」

「吹寄ちゃん?」

先生、と声をかけた。

「ご迷惑かけてすみません」

先生は大きく首を振ってくれた。
教師に迷惑をかけるのが生徒の仕事だとも言う。

それでも、消えない。


「吹寄ちゃん? そんな顔しちゃ美人が台無しですよ?」

「そんなことは……」

列が少しずつ短くなっていく。
検査を終えて教室へ向かう人、面倒で途中で抜ける人、何だか歯抜けのそれはジェンガみたいだ。

膠着する列から誰か引き抜いてくれないかしら、見晴らしの良い景色を一目でも見てみたい。
今も昔も崩壊の瞬間をじりじりと待つだけで、何の価値も意義も無いのだ。


133 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:10:52.68 ID:FjWvkU5AO


試験を一つ終え二つ終え、昼食を取ることにした。
体育館からそのまま食堂へと向かう。

「緊張してます?」

「いえ、特には」

「おっ、今回は自信あるんですねー!」

「逆なんですよ」

思わず苦笑してしまう。
きっと今回も無能力者と突きつけられるだろうし、無用な期待は抱かない。
努力した覚えも無いことだし。

「今までちっとも良くなくて、なのに急に変わるとは思えないです」

「分かりませんよ? 実際、昔の教え子には受験生で能力発現した人だって居ます。
本人もそれはそれはびっくりしていて。

吹寄ちゃんは成績優秀で演算能力には申し分ないですからねー」


彼らもまさか、その年になって発現するとは予想だにしなかったんじゃないかな。
あたしも弾みで何か能力が開花して、そうしたら逃げられるのかな。

あと一週間ぐらいなのに。


諦める方がよっぽども建設的なのに、ね。
134 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:20:01.77 ID:FjWvkU5AO

***


着いた。

クリーム色。
広々とした空間。
ぼやける視界。

ガチャン

カートが止まる。
香る、より濃く。
扉が5つ。小窓も5つ。
そこから手が5本、付きだしている。
椅子に座らせた。
カートに手を伸ばし操作し始める。

カチャカチャ

アンプルの角を折る。
仰々しいラベル。
有毒性、取り扱い注意
ガスマスク。
僕を見張る。
黒光りの拳銃。

何人かでその伸びる手に触れた。
モニターと接続する。
注射器が液体を吸う。
しかと見てしまった。

匂いはもう痛いぐらい。


「止、め」

かちゃん

拳銃がこちらを向く。
固まる、何もかも。
黒光りに反射するこの顔が。
死にたくないと。

からからの喉。
息を吸う。

ああ。
タイミングが分かる。
それだけじゃないか、僕は。
なのに。
なぜだ。
なにが。

いけないのか。


注射器を持った男が立った。
小窓の前に立つ。

クリーム色膨張。


針が刺さった。

液体が体に侵入していく。
もう止められない。
駄目だったんだ。

ごめんなさい。

ごめん。
ごめん。
ごめん。

ごめん。


ごめんな。
135 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:21:12.97 ID:FjWvkU5AO




………。
………。
………。

それから。


背広が声を上げる。



「それでは第1■次特別検査及び■■■■及び■■■■を開始いたします」



「あああああああああああ………!」



136 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:22:25.65 ID:FjWvkU5AO


***


食堂で日替わり定食を注文した。
先生と向かいで食べる昼ご飯。

今日の夕ご飯は何にしようかしら。
昨日は何を作ったっけ。
青髪の好みのものとか、何だろう。
あとで聞いてみることにしよう。

「正直、諦めてるんです」

「と、唐突にどうしたんですか」


クリームソースのたっぷり付いたフォークの回転が止まる。
先生はこちらを凝視した。

「きっと大したこともなく能力も出ないまま……死に様だけは変かもしれないけど、

あたしってそうやって、終わると思うんです。

影響力もそうはなく、普通に」

先生は困った顔をした。
しばらく何やら考え込み、そして立ち上がった。
あたしの手を握る。

あったかい。

桃色の髪がさらさらと揺れる。
シャンプーの香りも微かに。

137 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:23:38.59 ID:FjWvkU5AO



「……駄目ですよ、価値が無いとか、どうせとかそんなこと言ったら。

……先生悲しいです」

「………」

「――それとね、青髪ちゃんは吹寄ちゃんのこと、ぜったいにそんな風には思ってないです。

いつものらりくらりと、担任にさえ自分のことを隠していて、
何にも言わないでニコニコしてるあの子がこうやって頼み込んでいるんですから」

あたしから手を離しポケットの中に手を入れる。
数度、俊敏に画面を叩いた。

「これ、は」

「ええ、昨日の晩に」

宛先いっぱいのその中の1つ。
タイトルはお願い。
添付には能力の証明書。

自分の予知能力で知ったことだけど、明日吹寄さんが顔に大怪我するかもしれない。
みんな注意して見ててくれないか。
あと本人には秘密で。

そんな文面だった。


「青髪ちゃん、本当に予知能力者だったんですね。
先生、いつもはぐらかされちゃってました」

伏し目がちに見るフォントは薄ぼんやりとしてちょっと見辛い。

「そう……みたいですね」

朝の違和感も今の不思議に固い警備体制も。


死ぬと言ったら大騒ぎで、かといってあまりに軽度だったら協力してくれるか分からない。


………頭良いなあ。
138 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:26:40.89 ID:FjWvkU5AO



使いどころ間違ってるんじゃ無いかって。
もっと有効なことに使えば良いのになんて、もう思えなかった。

心臓がじんわり熱を持ち、背骨が整うようなそんな感覚。
すっきりとした視界。


「人の痛みが分からないなら、取ってあげれれば1番良いんです。

完全になんて分かれないし、なおかつ2人で苦しむ必要なんてどこにも無いんですから」

痛みを分かつのではなくて、取り除ける。
寄り添うのではなく守る。

そうなりたいなあと思う。
そうなれるかなあと思う。

「あたしも、何かになれるんですか」

一瞬きょとんと、そしてすぐ笑顔になって


「ええ、必ず」

そう、言ってくれた。

139 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:28:56.22 ID:FjWvkU5AO


規定の検査を全て終え、先生方と別れ最寄りのスーパーに足を進める。
ここも何人かの友達が着いてきてくれて、ほんとに友人に恵まれたなあとつくづく思う帰り道。

スーパーからマンションは徒歩数分なのでみんなに別れを告げた。
冬とはいえ街灯もある明るく広い道なので、人目はなくとも恐怖は無い。

買い物袋の中には卵は入って居なかったので少しだけ振り回した。

「明日はふっゆっやすみー、ふふふ」


あたし作詞作曲の冬休み賛歌もラスサビを迎える。
その時だった。

「………吹寄さん………?」

あの、何というか、冬に食べる冷やし中華ぐらい持ち腐れの?
(冬に食べるアイスはなかなかオツなものなので条件には入らない)
地味に良い声が左横から聞こえる。


「そ、の声は」

ぎ、ぎ、ぎと首を動かして。


「……いやあ、やけにけったいな歌が聞こえたもんやから」

「ぁ、青髪!!!!!」

暗がりから浮き出る長身。
いつもの学ランと変なTシャツではなく、妙にキチンとした格好で歩いてくる。

「聞いてたのね!?!!?」

「いやあ、……つい3分前ぐらいやったかな」

「ほぼ全部じゃない!」

「そうなん? あ、袋持つわ」

「え、あ、りがと」


何でもないように悠々と袋を持ってかれた。
140 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:32:11.46 ID:FjWvkU5AO



ああもう、それにしても恥ずかしい!
顔に手を当ててみると明らかに熱い、薄暗くて良かった。
それにしても誰も居ないと思ってたのに!
しかも荷物を持ってもらったから強く言い出せないのよ。

「今日どうやった?」

「え、あ、今日」

「なんも起きんかった?」

「え、ええ」


本当は、メールしてくれたお礼も言いたいけど
「吹寄ちゃんには秘密になってる予定なので」と確か言われていた。

「おかげさまで大変なことは何も、ほんとにありがとうね」

「何にもやっとらんけど、どういたしまして」

「青髪はどこへ行って受けたの?」

髪の毛もセットして、装飾品の類も全て置いて。
そんなに物々しい検査とは露知らず。

「……あー言いたいような気はするんやけど、何や色々条例に引っかかってまうんよ」

冷たい風が吹いても、いつもの細目を崩さずに淡々と言ってのけた。
そうか、条例。
それなら仕方ないわよね。


無言。
あと3分ぐらいなのだけど、何故だか妙に息苦しい。
な……何か気まずいから話でも振ってみようか。

「……青髪は、クリスマスプレゼント何が良い?」

「んと? ボクにくれるん?」

驚いたようだ。
咄嗟に出る話がクリスマスか……、自分でもなんだか一年の終わりを無意識下に感じていたことにびっくり。

141 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:37:48.50 ID:FjWvkU5AO


「そうよ、お世話になってるし
でも残りは5日ぐらいだし、手編みのマフラーとかは無理だけど」

今年のクリスマスはケーキも作ってみようか、だったら青髪の下宿先を借りたいところだ。


「せっかくやけど、吹寄さんがサンタコスしてくれるの見んのが一番幸せかもしれんなあ……」

沈黙、再び。

「………キモッ」

「ぼかぁ自分の欲望に正直に生きようと必死なだけなんや!!」

「取り繕うな!! 何それ!!」

「サンタコスはサンタコス!! ミニスカと帽子とブーツの超レアもんやないの!!」

何だこの盛り上がり方。
しかも否定するのがまた嬉しいなどと言うのはほんとに流石よねー………。

真面目に答えろと睨んでみると一瞬たじろいだ。
142 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/10/31(月) 23:46:37.85 ID:FjWvkU5AO


クリスマス、無宗教の家なのでいつものように流されるままケーキを食べてはしゃいでいた。
今年は色々と厄があるみたいだし、教会とか行ってみるのも良いかもしれない。
それからホワイトクリスマス。
雪かきをする必要があるかどうか帰ったら調べようと決意した。

青髪はやっと口を開く

「――言うてもまぁ、ボクは美人に貰えるもんやったら何でも嬉しがるに決まっとるからなあ」

次は停止。

いつものようにヘラヘラと青髪は笑って、さぞ何でもないことのように言うけど。

「ふふっ、何よそれ」

「どこかで立ち読みした、モテる言葉百選より抜粋したもんや」

「それぐらい買いなさい。」

やっぱり彼は優しい。
それでいて臆病だ。

自分には甘く、そして自棄的なのに他人には優しく破滅的だ。

ああ、良くないことだからゆっくり時間をかけて矯正してあげよう。
きっとあたしに出来るのはそれくらいだから、せめてもの鍵になればいい。



「きっと生き残って、貴様におせちでも振る舞ってあげるわ」

「うん、楽しみやなあ」


少し離れた街からはクリスマスソングがひっきりなしに聞こえてきていた。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) :2011/11/01(火) 00:11:36.95 ID:N+yHYDMAO
終わりー、ほんとに寝落ちしすぎてすみません。
ほんとにすみません

それではお付き合いありがとうございました!
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(北陸地方) :2011/11/01(火) 12:09:34.10 ID:Roqz1BKAO


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145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/01(火) 13:10:15.46 ID:sax5JeXy0

青ピに抱いてもらい隊

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146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/01(火) 16:18:57.64 ID:Bx4vHBEDO
文体が村上っぽい。一人称だからだろうか



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147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/01(火) 17:40:01.83 ID:htcA/mgZ0

しばらく更新なかったから再開されて何より

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148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/01(火) 21:59:56.07 ID:tDHm8qGDO
>>6
インキュバスって男じゃなかった?


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149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/02(水) 00:34:58.51 ID:EGYSrQeDO

投下があるだけでもありがたい

サーバを移転しました@荒巻 旧サーバ:http://vs302.vip2ch.com/
150 : ◆ObanGQEW7M :2011/12/11(日) 19:50:05.49 ID:pRxL/6gAO
お久しぶりです、今晩投下しますー

>>148
青髪「……んー、まあ、ショタならオールオーケーやん?」
151 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/11(日) 19:54:22.95 ID:gE+xTVvAO
よっしゃこれで勝てる
152 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:27:37.82 ID:pRxL/6gAO

12月20日、火曜日。


午前10時、吹寄邸のインターフォンを鳴らす。

「いらっしゃい……」

白いブラウスに赤いカーディガン、黒いプリーツスカート、首もとにはリボン。
部屋着なのにジャージでは無いなんて、なんとお洒落なんだろうか。

「ジャージの方が寒いものなのよ、とりあえずは……そういうことにしておきなさい」

よく分からないがそういうことらしかった。

冬も寒い中頑張らないといけない女子の皆さんは大変だ、用意されたもこもこスリッパを見て思う。

「お邪魔します」

「……じろじろ眺めて、どうしたの?」

目の下を薄くなぞる。
彼女も合点がいったようで、陰鬱さを加速させた顔で僕のダッフルコートを受け取った。

「昨日嫌な夢見ちゃったのよ……」

「どんな?」

扉が外気を遮ると、頬や首筋に伝わるじんわりとした温かみ。
目の下に黒い隈を横たえさせた吹寄さんは先導して廊下を歩く。

相変わらず良い匂いする部屋だ。

153 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:29:37.36 ID:pRxL/6gAO

「サンタが、実は…………だめ、言えない……」

「んーと、エロエロなん?」

「ち、違うわよバカッ! そんなわけ……ない」

「ならどうして言ってくれんのかなー?」
睡眠不足からか今日の吹寄さんのツッコミには勢いが足りない。
物足りないというかボケがいがないような。

「悪どい笑みね……」

リビングに通され、用意してもらったココアをすする。
僕には少し甘いけれど、これが吹寄さんの趣味なら文句を言うつもりは無い。
パンケーキにも蜂蜜をかけていたし、甘い物が好きなんだろうな。

「聞きたいの?」

「うん」

「……後悔しないわね」

「夢の話でけったいやなー」

「だって……おぞましかったんだもの……!」

そこまでじらされると余計気になるではないか。
結露した窓から水滴が1つ落ち、巻き込んで連鎖していく。
両腕で自らを抱き寄せるようにして彼女は口を開いた。

「……サンタクロースが」

「………?」

「実は……」

長い逡巡、そんなに思い巡らせるべきことなのか、
サンタで?




「……実は、親だったって夢を……見て……」



絶句。

154 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:33:58.40 ID:pRxL/6gAO


「…………そんな…………」

「ごめんなさい………」

沈黙は恐怖によるもので、思いもしなかった告発に胸が騒ぐ。
両親がサンタ、なんと陰惨な夢なのだろうか。
あの年に一度現れる心優しい北欧の老紳士は、実は僕らの親でしかなかった。
トナカイもソリも全ては幻。
全ては食品産業とおもちゃメーカーの陰謀で。
嗚咽混じりの声が紡ぎ出すのは昨夜のナイトメア。

「あたしがサンタ来ないかなって張り込みしてたら……、実家のお父さんが訪ねてきて……。
何で居るのか分からなくて……聞いたら……クリスマスプレゼントって」

ああ、想像するだけで……涙がこぼれそうな……




…………わけねえだろ。


155 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:37:12.63 ID:pRxL/6gAO



「え、あ……、うん。
ボクはむしろ……吹寄さんに……」

驚いたと言うか、ともごもご呟く。

「……中学に上がるまで毎年毎年欠かさずに来てくれたサンタクロース。
そもそもあたしは小学校からここに住んでいるのだから、実家の親がくれるはずも無いのに……」

それは小学生までは住居スペースが同じだからでは無いのだろうか。
教師が子どもたちの為に親から集金してクリスマスのプレゼントを贈るという都市伝説もまた聞いたことがある。

「あれがサンタクロースじゃないのなら、……あたしにプレゼントをくれたのは誰なのよ……」

泥棒だったら確かに怖い。
いや、しかしこの同級生は純正培養も度が過ぎるんじゃないか。
小学校くらいで空気の読めないお調子者の男子が言い触らしそうなものだけど……。

「もう来ないけど、それでも彼は……心優しい聖人なんだから……」

マグカップを両手で握り口をすぼめては息を送る。
156 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:40:20.32 ID:pRxL/6gAO


ふうふうと幾度も風をおくる。
そんなに熱いとは思わなかったんだけどなあ。

吹寄さんは僕の視線に気づいて、低めの声を投げてきた。

「……猫舌なの」

「……」

……。

「何よ」

視線を捉えられたので返して笑う。
眉を寄せられ睨まれてしまった。



いやしかしあざとい、あざとい。
だけどすげえ、何だろ、これ。

うんほんとに、この僕のことを侮ってるのかと思うくらいに分かりやすいんだけど


「あ、青髪?」

……悶えすぎて息が苦しい!!
なんでだ、何だこれぇええ!!!!!

157 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:41:05.84 ID:pRxL/6gAO
「っ……」

いやほんとあざとい!!!!
サブカル好き男子高校生なめんなよってくらいにあざといんだけどうわあああ!!!!!やめろぉ!!!小首を傾げるなああ!!!!!

「出したもの悪かった!? 青髪!? ちょっと!?!?」

ドンドンドン!
行き場の無い思いを太ももにぶつける。

王道好きなんだよ!!!! 気の強いあの子の弱点を知るのは自分だけ的な!!! 悶死じゃねーのこれ!!!!!
ぐぁあああ、凛とした人の焦り顔たまらない!
何だよサンタってぇえ!!!!!
現代にはいねーよ、多分!!!!!
貴様、なんて二人称でそれは!!!!!
あざとい!!!!!
ごちそうさまっす!!!!!!

「これ、ほ、発作みたいなもん……で……」

「発作!? それこそ一大事じゃ!?」

「だい……じょうぶ」

カーペットにぺたりと横たわる。
冷たさが床から伝ってくるのが正気になれと言い聞かせてくるように思えた。



158 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:44:14.81 ID:pRxL/6gAO



カリカリ、コトン
シャーペンが紙に引っかかる音が絶える。

「……どうしたん?」

「確率の問題なのだけれど……」

どれどれと思って同じページを開き問題を確認する。
特に難しそうには思えないんだけどなあ……。

「6人のうち3人は女子の集団が一列に座る、このときどの女子同士も隣にならないような場合の総数を求めよ……よね」

「解き方やったら、まず女子を固定した場合を考えて」

「ううん、そうじゃないのよ」

言っている意味がよく分からないので口を噤むしか出来ない。
向かいの吹寄さんは頬杖をついていた。

「女子が隣同士にならないように……って、何か不穏じゃない?」

「……ああ……」

「貴様たち3馬鹿と、あたしと姫神さんと誘波さんが一列に座らないといけない。
それであたしがあの2人と隣になりたくないからと言って両隣を貴様たちで固めるようなものよ」

例えばの話を思い巡らせてみる。
吹寄さんの中で不快度が僕<女子になるなんて、仲良しな2人だったのに。

挟まれる身にはたまったもんじゃないよなあ。

159 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:45:34.25 ID:pRxL/6gAO


「きっついなあ……」

「何があったのかしらね……、きのこたけのこ論争くらいだと良いのだけれど……」

「あれも興味持たん人間にはどうでも良いことの極みやね」

「マァムが至上なのよ、マァムが」

僕はそもそも甘いものは好きではないので軽く笑ってお茶を濁すことにする。

「ボクが気になったんはアレやね、中学の頃の連立方程式。
忘れ物をした弟を追いかける姉みたいな話ばっかしやん?」

「あたしのところは兄だったわねぇ……」

兄なら兄で、そういう絡みが好きな女性には美味しいだろう。
僕はまだその境地にたどり着いてはいない。

「そうだったん? まあ、ボクのは姉が追っかけてくれるっちゅー何とも羨ましい設定でなあ?
よく友達と、この姉さんのビジュアル考えてたもんやで、あぁー羨まし……」

何てったって厨房の弟のためにバイクに乗って追いかけてくれるんだぜ?
しかも家を出てから結構早く気付くし、姉さんボクのこと見張ってたんとちゃいます?的なヤンデレ成分も期待出来るし。

最高だよなあ。

160 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:48:30.35 ID:pRxL/6gAO


「忘れ物をしたのは妹かもしれないでしょうに」

「それならそれでもええよ!!!
ドジっこ妹としっかり者な姉とか鉄板やん!?」

「そうかしら、最近の流行りは抜けている姉を可愛がる妹と」

「……吹寄氏……?」

「聞いただけ!聞いただけよ!」

抜けている姉を可愛がる妹。
……某社会現象コンテンツのことじゃあ無い、よなあ。うん。

「ま、そっちもそっちでええねん ワクドナルドの姉妹仲良いCMは至上すぎてなあ」

吹寄さんはやれやれ、といった目で僕を見るが分かってはもらえないのか。
あれだけでカロリーが高くとも朝から行く気になるのに。

「心から仲が良い姉妹なんているのかしらね……」

「それは……どういう」

「表面で装ってもドロドロとした展開かもしれないじゃない。
例えば、姉の好きな人というのは妹の彼氏のうちの1人で奥手な姉を笑っているのかもしれないし。
姉も姉で寝取ったのに『好きな人』としてごまかしている可能性だって」

「朝からそんなん重すぎるやろ!!」

何てことだ、恐ろしい。
何つーか同じCMを視聴してここまで受け取り方に差があるとは。
目を細めて笑う吹寄さん。
彼女の後ろの本棚にぎっしり並んだ昼ドラのDVDには関心を持たないと固く誓おう。


161 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:52:33.02 ID:pRxL/6gAO


僕が持ってきたパンをもそもそと食べ、そして午後の勉強スタート

「……ごっつ眠い……」

「……そうね……」

……とはいかなかった。

うがー、……ねみーんだよ……!
何だよこれ……? パンに盛られてたのか……?


「コーヒーでも淹れてくるわ……」

「おおきに……」

目を擦りながらふらふらと歩いていく吹寄さん。
その後ろ姿を見ると、強烈な疑念が湧き上がってしょうがない。

……もしかして僕は、自分が知らないうちに睡眠薬を盛ったのか……?

「青髪……、砂糖は」

「……ああ、ブラックで頼むわ……」

……いやいや、まさかまさか。
笑えねえジョークはたちが悪い。

首筋がひやりとしたものに侵される。

そんな理由は無い……と言いきりたいが思いあたるところはある。

……心配すぎて軟禁?
……眠った隙に不埒なことを働こうと?

やかんの笛の音がだんだん大きくなってきたような。


それすら体の外に作られた膜を一枚通してのような、そんな不鮮明な感覚だ。

162 : ◆ObanGQEW7M [sage]:2011/12/11(日) 21:55:58.32 ID:pRxL/6gAO


まあ、僕まで眠いのはおかしいんだし……。
男のヤンデレなんて萌えねえことを、そして一発で刑務所に行けそうなことをするつもりもない。

よ、なあ?

「………青髪ぃ」

「どうしたん?」

横から声が降り注ぐ。
呂律が回っていないじゃないか。

「……これ多分……、さっきのココアのせい……。
健康食品で……安眠を助ける、作用があるとか」

「……ポリフェノールはどこいったん……」


ココアはモノによってはコーヒーより覚醒機能があるとも聞くが、……追及は負けと言うことか。

首を伸ばしてキッチンの方を見ると、とろんとした目の彼女がやかんの取っ手に触れていた。

まぶたに溜まっていた血液が一気にひいていく。

「吹寄さん、危ないんじゃ!?」

「大丈夫よ……、これくらい……」

立ちながらも舟を漕いでいるのに、どこが危険じゃないとぬかすんだ。
柔らかいマットレスをこれでもかと踏みつけ、台所へと入る。

「つっても、こんなのはボクにやらせるべきなんやから」

彼女の両の二の腕を抑え、そのまま横に追いやった。

163 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 21:59:50.36 ID:pRxL/6gAO

「む」

「万難を排して困難に迎え――やったかよう分からんけど。
地道にフラグは折ってかんと、ね」

オレンジ色のそれを持ち上げ、熱湯をティーカップに注ぐ。
数度かスプーンを回すインスタントのコーヒーはお湯に溶け、固体として形を成さなくなった。

「戻ってええよ?」

「それぐらい、あたしが持つのに……」

むくれて、かつ照れたような複雑な表情をされた。
こぼさないように慎重に歩く、今度はマットレスも優しく踏みつけた。

コトン

「いただきます」


ああ、インスタントのコーヒーはこの妙な酸っぱさが好きだ。
胃には良くないのだろうけど、口中の細胞にこれが染み渡っていくのは妙に心地いい。
それと飲んでいる間は、香ばしい匂いだけしかしない。

164 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/11(日) 22:02:55.75 ID:pRxL/6gAO


「そんなに過保護じゃなくたって、……たかが熱湯かぶっただけじゃ死んだりしないわよ」

まあその通りだとは僕も思うのだけれど。

「でもなー、吹寄さん妙にそそっかしいんやもん」

大覇星祭で倒れるわ、脱走して捕まりかけるわ、カミやんに着替え覗かれるわ。
最後のは、まあさすがあの男としか言いようが無いけどな。

「ボクが見とかんと、すぐ死んでまうんやないかな。
案外気ぃ張ってるだけで、抜けてたりすること知っとるし……って、どうしたん」

カップから正面に視線を戻す。
仰々しい音を立て、机に倒れ込んでいる。黒髪が散らばることもお構いなしだ。

「眠いのッ!」

「じゃあ、毛布でも」

「きっ、貴様はそこでアホ面晒して息を吸ってなさい!」

凄く斬新な罵り文句を聞いている。
まあ、心性からしてドMな僕には嬉しいだけなので上着をかけることにした。

コーヒーが冷めてしまわないうちに飲み干して、僕はまたシャーペンを握る。


―――顔の火照りは暖かい部屋のせいだ、多分。
165 :終わり [saga]:2011/12/11(日) 22:06:35.16 ID:pRxL/6gAO

パイの実派な自分からするときのこたけのこ戦争はアホらしいのですが
まあ常識的に考えてきのこ選ぶ方が捗ることは否定できませんな
クリスマスに向けて結構更新頻度上げてきます
お付き合いいただきありがとうございました!
166 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 00:05:54.46 ID:qTSL3g66o
おつ!
吹寄可愛いし青髪にも抱かれてえ
やっぱ文明人はきのこだよなー
167 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 01:49:02.09 ID:q7rIuXOpo

まさかたけのこ派の俺が少数派とはな
168 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 03:44:27.13 ID:4Yz6lH/R0
サンタが親とかwwwww


…え、違うよね?
169 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/16(金) 08:47:43.51 ID:UhUxoalIO
俺の親は白いヒゲはえてないからサンタじゃないよな…
毎年サンタさんが来てくれてるよな…現金置きに…
170 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 21:21:35.75 ID:bwqQBJbSO

吹寄かわええ

しかしたけのここそ至高だと思うんだが
171 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 22:33:01.35 ID:5TtlF+NAO
マァムのクリスピーはやっぱどうしたって邪道じゃないかと思うこの頃
今晩投下します、よろしくお願いしますー
172 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 22:41:28.56 ID:oEKTBK1Ko
マチカネホンタイザ!
173 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:25:28.92 ID:5TtlF+NAO


***

寒さを一層募らせていく無機質な廊下。
堅く有り難みのない灰色の煤けた椅子。

銀髪の少女は相変わらず一定の距離を保ち隣に座っている。
僕からは、隠しようもなく陰惨に血の臭いがするだろうに。


ただただ静寂が募る、積もる。





クリスマス当日の今日は寒い日だ。
確か昨日の予報は雪は降ると言っていた。
全部埋もれるくらいに落ちてくればいいのだ。
シャワーを浴びたのに消えない鉄臭さも、爪の内側にこびりつく赤色も、
甲高いブレーキ音も、冷たかった彼女の指先も、塩辛くて乾燥した口内も、白に淘汰されればいい。
もっともっと凍えられれば。
このままどんどんと存在価値を薄めていけば蛮行が消えると思っているんだ。
既定されてたとおり、全ては正しく回ると思うんだ。

それが駄目なら、せめて、1週間前の自分に会いに行かせてほしい。
何も知らず、愚かな思い違いをしていたあのときの僕。
そうして全て終わらせる。

―――幸いにして今となっては何の未練も無いんだ。

174 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:28:34.31 ID:5TtlF+NAO


僕は1人で生きて誰にも干渉しないべきだった、
少なくともそういうレールはちゃんと敷かれていた。

きっと誰かの線路と合流してはいけなかったんだ。



気無しに時計を見るともう昼の2時だった。
半日ほどこうしてここに座っているだけみたいだ。
何も出来ずに。

……僕が追いやったのに。


「大丈夫かい」

「……あ………はい」

目前には緑の手術着を纏った医者がいつの間にか立っていた。
体中からじわりと発汗するのを感じる。

「――彼女、吹寄さんだが全身に擦過傷だらけだがね失血はそれほどじゃない。
輸血して事なきを得たよ」

目前には緑の手術着を纏った医者がいつの間にか立っていた。
両生類のような特徴的な目を見ることが出来ず、目線は靴に戻す。
175 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:35:20.32 ID:5TtlF+NAO



術前にも死に至るほどの怪我ではないと言われた。
しかしそれでも、肩に居座っていた重荷は降りた。
この医師は冥土帰しとの異名を持つと聞いたことがある。
きっと彼女のことも、連れて帰ってきてくれたのだろう。

「ありがとうございます」

「それで、彼女のご両親とは連絡がとれないんだね」

頷いた。
数日前に吹寄さんが言っていたとおり、ご夫妻で外国でバカンスをしている。
こんなことなら、連絡先を聞いておけば良かった。
あの僕らの先生ですら番号を知らず、今は奔走しているのだから。

「――じゃあ君が適任だ。
それから先は、うん、少し着いてきてほしいんだ」


もう彼は柔和な笑みを浮かべてはいない。
生唾を飲み立ち上がった。
そして言われたとおりに冥土帰しの後を歩く。

――途中、清潔で暖かみのある渡り廊下を通った。
すれ違う子供の患者たちがサンタの仮装をしていた。
あの香りがする少年がはしゃいでいたのは、この上なく痛々しい。


着いたのはドラマで見たことのあるような典型的な医者の部屋だった。
176 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:36:59.05 ID:5TtlF+NAO



***

12月21日、水曜日。


お使いから帰ってきた彼が、居間に現れた。

「言われたとおり年賀状50枚、とこれはお釣り」

「ありがとう青髪」

外の冷さが残る青髪のコートを受け取り、ハンガーにかける。
クラスでも1・2を争うくらいの長身のものなので、まあ当然のごとく全てが大きい。
試しに当ててみると膝上10センチくらいだった。
青髪が着たら腰骨ぐらいなのだけれど。

「あたしのハンガーはどれも肩幅が狭いものばっかりで、型くずれしたらごめんなさい」

「ん、あ、そんなええもんとちゃうから気にせんといて。
それより、年賀状のデザインこれでええかな」

見せられたのは今年の干支が可愛らしくデフォルメされたものだった。
コンビニでその柄を見たことがあったような。

「ありがとう、貴様のことだしもっと変なもの買ってこないか不安だったけれど」

「あのなあ……と言いたいような、言えへんような」

「冗談よ」

そろそろこたつを出すべきか、毎年のこの年賀状の作業のときには暖を取りながら書いていた気もする。
用意しておいた去年の年賀状と、それから今年初めて送るクラスの人の分の住所のメモを左側に置き、さあ作業を始めましょう。
177 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:38:06.21 ID:5TtlF+NAO



住所をひたすら書き移していく。
ちらりと盗み見ると向かいの彼は買ってきた少年漫画を読み終え、退屈そうにみかんを食べていた。
あたしのためにこんな狭い部屋に拘束させて申し訳ない。
とは確かに思うのだけれど、正直この男の考えるところは分からないままだ。

『策は――ないわけじゃない』

初めて自分の死期を知ったとき、青髪はそんなことを言っていた。
一瞬、あまりのストレスにあたしが聞いた幻聴なのかと思ったのだけど、確かに肩に回された手は暖かった。
耳をくすぐる響きがした。

『大丈夫だから。 ……だから、そばに居させて欲しい』

暗い部屋だったし、あたしも目を瞑っていたので青髪の表情は分からない。
だけれど多分、優しくて悲しい笑みを浮かべていたのだと思う。


そういう声だったから、きっと――多分。
178 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:43:26.77 ID:5TtlF+NAO


それとどうして青髪がこんなに必死なのかも分からない。
きっとあたしも同じ立場に置かれたら、死を回避するために動くのだろうけど、青髪のそれは徹底されている。
あたしを家から出さない。
それと危険を伴う行動はさせない、昨日のやかんしかり。


別に嫌なわけじゃ無く、ただ不思議なんだ。
彼の策とは何で、どうしてここまで守ってくれるのだろう。
巻き込まれて死ぬかもしれないのに、どうして。

思い上がったことを言えば、青髪があたしを好きだからとなるけれど
それは何となくでも無いなと思う。

好きな人を守りたい、と言うのは突き詰めて言えば
『想い人を失った自分を作り出したくない』などという自分本位も混じる。

そうじゃなくて、彼の行動は違う。
感覚的にしか言えないが、何となく、恐ろしい大義名分のために動いているような。

そんな気がする。
179 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:46:46.76 ID:5TtlF+NAO


………と考えているうちに、住所を写し終わった。
ここまでひたすら同じ番号(みんな寮生活のため)を書き写すのは精神的にくるものがあった。
マンション名まで印刷して、あとは部屋番号をだけ書くとしたならとても簡単だっただろうに。

「はあ……」

「……あ、再放送で世にも微妙な物語やってるやん」

作業の邪魔になるので床に置いといた新聞のテレビ欄を見ながら青髪は呟いた。

「なあ、見てもええ?」

「良いわよ」

俊敏な動きでリモコンを手に入れ、迷わずにボタンを押す。
人の家なのに適応力高いわね……。

「随分と久しぶりの気がするわ」

「んと、一作くらいは必ず吹寄さんの好きなタイプの話あるんやないかな」

愛憎ドロドロ的な策略と怨念に満ち溢れた物語があたしは好きなので、何だか心が高鳴ってくる。
このままだと青髪に阻まれて見えないので、前側に移動する。


そしてさっそく1つ目の話が始まった――。

180 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:49:29.35 ID:5TtlF+NAO

2時間後。



「………ふ、吹寄さん」

「………」

「………ふっきー、………せーちゃん」

「………貴様あたし宛の年賀状読んだでしょう」

背中に頭を押し付けるあたしに、上からおずおずと声が降り注いでくる。

「怖い話………駄目なん?」

「………悪かったわねぇ………」

いつもなら必死で隠していたかもしれない、けど2時間も怖い話を見てしまいストレスゲージはとうに満タンになってしまった。
震える手で新聞を掴む、番組の後ろには背筋を凍らせる小話セレクションとあった。
冬の夕方に……どうしてこんなことを……!

「ええ、あたしはサイコ系の話が苦手よ。 特に後味悪い系のSFなんか凄くねぇ。 で、何か文句でも……?」

今回の五本立てのラインナップは、近未来系×2、現代社会の闇系×2、江戸時代怪談系と、それはもう――散々。


冗談抜きに、今日死ぬのかな。


181 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:52:52.01 ID:5TtlF+NAO


「え、あ、昼ドラ好き言うたのに、どうして」

「昼ドラは現実味が無いでしょ……! SFはそうなっちゃうかもしれないじゃない……!!
う、うわあああああああ!!」

「分かった! 、よう分かったから!!
確認せえへんかったボクが悪いんや!
認めるから、背骨に頭を押し付けんのは!」

「宇宙人に殺されるんだわ!」

「いたいいたいいたい!!!
ごめんって!!!」

「これもそれも小学校の図書館のせいよ……。
SFコレクションにショートショート傑作選……何日満足に眠れなかったことか」

「気持ちは分からんでも無いけども……」

昼ドラの良いのは、あんな愛憎劇はなかなか無くて、
あっても、普通の学生では味わわないところにあると思う。
要は親近感がわかないから、一種のバトル物として見れるのだ。
それに比べ、近未来・SF系はありえそうでしょう?
2ヶ月前の第三次世界大戦のときだってびくびくして毎日を過ごしていた。

この学園都市にだって、ミサイルが落ちてくるのではないかと。
結局は杞憂には終わったけれど。
182 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:55:30.69 ID:5TtlF+NAO



「見るの止めれば……くっ……」

「うん………」

「む、無言にならないで、思い出すから!!」

管理社会、核戦争、宇宙人との邂逅、船の故障。

「そんなに怖がってもらえるんやったら、局も本望なんと違う?」

そんなことは聞いていない。
青髪の背中に再度頭突きを入れる、くぐもった呻き声がした。
背中を這いずり回り首に到達した恐怖、寒気がする。

「ああ駄目ねもう料理作って忘れるしか」

「ちょ、そないな状態のキミにはさせられんけども」

ああ、こんなことなら一作目でギブアップしてれば良かったのに……。


そういったすったもんだがあり、結局今日の夕飯は共同制作することに落ち着いた。

「んじゃあ、吹寄さんはそれかき混ぜといて」

「……キャトられる……」

「もし宇宙人がおっても、ピンポイントでここ狙って来ないし。
死ぬんならみんないっ」

「あーあーあー! そういう死ぬときは全員とかっ、そういうの怖いのよ!!
達観するな!! 死んだら終わりよ何もないの!!
あたしだけは生き残ってやるのよー!!」

「……吹寄さん……」

「何よ」

青髪は下を指差した。

エプロンを見るとポテトサラダがべっとりと付いていて、それはどうしようもなく悪寒を引き連れてきて。

端的に言えばまた失神するかと思った。


183 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:57:54.69 ID:5TtlF+NAO


ご飯を食べ終え、無理してバラエティーに声をあげた。
青髪も責任を感じたのかいつもに増して饒舌で、あたしも舌と喉が痛い。
みかんも何個食べたのだろう。
テーブルにはオレンジ色がいっぱいに広がる。

『また来週ー!』

どこにも面白みを感じることができなかった番組だけれど、終わってしまえば寒々しい。

「………」

「………」


青髪が部屋にかけられている時計を見た。
午後9時、いつもならそろそろ帰る時間だった。
あまり遅くなってしまうと、その後にも支障が出る。
いや、しかし。


――ここで帰りやがる奴がどこに居るというの?
184 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/18(日) 23:58:48.04 ID:5TtlF+NAO


激烈に眠気を誘う例のココアも全く効かないし、目は爛々と冴え渡る。

「えと、じゃあ」

「ねえ青髪……今日届いたゲームがあるのだけれど」

最大4人まで同時にプレイできるRPG、もちろん全年齢向けだ。
しかし攻略本には人数と比例して難易度が上がり、下手同士が組むと関係がこじれると書いてあった気もする。
そんなのはどうでもいい。

「……まあ」

いつもの糸目を更に細めて思案する青髪。
夜遅くまで騒いだとしたって誰か見回りに来ることもないし、そんなに心配することじゃ無いんじゃ。
彼は勢いよく立ち上がった。

「嫌よ!! ねえ、今のあたしを置いていくと言うの!? 多分ショックで死ぬわよ!?!」

低反発クッションを握り青髪のくるぶしを集中攻撃してやる。

ぼふ、ぼふ、ぼふ!

「よう分かったから……」

溜め息混じりの声だった。


「とりあえずトイレ借りるわ……」
185 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/19(月) 00:09:10.71 ID:KxinZ2gAO


「ええと、右は任せたわよ」

「うわこのキャラ可愛いもう駄目やん」

なめた口を聞く青髪の膝(リアルの方)を左のかかとでこつんと叩く。

「可愛いからって敵は敵よ、真面目にやんなさい。
というか貴様が頑張らないと、使ってる美少女剣士が死ぬわよ」

「それもそれで趣があるんやけど……まあまだええわ、じゃあ、ちょいと本気を」

とはいえ、あたしの操作する格闘家(男)がほとんどの敵を倒してしまったので相当楽ではあるはずだ。

案の定青髪はすぐさまに美少女の敵を倒し終えた。

「アルマちゃん……またな」

「よし、これで次のステージね」

青髪の残念そうな顔を笑い飛ばして、コントローラーを力いっぱいに操作する。


時刻は12時少し前。
186 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/19(月) 00:13:15.66 ID:KxinZ2gAO


***

「………」

「……寝たな」

どうも僕です。

はあ、と溜め息をついて立ち上がる。
現在は22日午前4時、夏だったら日が登り始めるくらいだろうか。
吹寄さんはコントローラーを握ったまま体操座りで寝入っている。
ようやく落ち着いたようで深夜の凄まじいテンションはもう霧散して消えてしまった。

いやあ、それはそれは凄かった。
隣の部屋から苦情が来ないのがある種の奇跡のようなものだ。
普段が真面目な人が暴れると恐ろしいのだと思い知った瞬間でもある。
何が起きたかなんて……僕の口からは……。


とりあえず、こんな風にしてては風邪をひくに決まっている。
毛布をかけようかとも思ったのだが、それじゃあしっかり休めないだろうし、ベットへと運ぶことにした。
起きてもまたすぐ寝るだろうし。

眠る彼女に近づき、膝と床の間と腕と脇の間にそれぞれ手を差し込む。
187 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/19(月) 00:14:42.89 ID:KxinZ2gAO


吹寄さんは確か女子の中では背が高かったし、それはそれは素晴らしいプロポーションをお持ちだ。
なので、正直苦労するかなとも覚悟していたのだが。

「………かるっ」

足腰の運びだけで持ち上がった。
栄養食品がどうだとか頻繁に口に出しているが、これは些か軽すぎるのではないか。


そのままたった数歩を慎重に歩く。
落とさないよう、起こさないよう。
その際に髪が僕の腕を撫でるのが少しだけくすぐったい、袖は捲らなくても良かったか。

「………っ」

無事にベットに下ろし毛布をかけた。
洋服はそのままなので申し訳ないけれど我慢してほしい。

「1回帰るか……」

体を収めようと身じろぎする姿が新鮮でもう少し見ていたかった。
だが照明をつけていては眠れないだろうし、僕もシャワーを浴びたいところだ。
それにしても吹寄さんには悪いことをした。
きっと怖いのに視聴を止めなかったのは僕が楽しんでいて、
なおかつ吹寄さんが怖がっていることに気付けなかったからなんだろう。
うん、要反省だ。

ハンガーにかけられたコートを着て徐々に明かりを消した。
188 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/19(月) 00:20:16.24 ID:KxinZ2gAO


真っ暗な部屋。

僕が今まで思っていた吹寄さんは、いつも正しくて強くて鋼のようなイメージ。
だけれどそれはボロボロ剥がれ落ちていく。
甘党で猫舌で愛憎劇が好きで、平気で夜更かしするし、案外びびり。

また1つ彼女を知って、記憶は書き換えられていく。
そのたびに僕は存外人間らしい彼女に、失望どころかより強い執着心を持っていく。

時間がないからもっと知りたいのか、
もっと知りたいのに時間がないのか。
そんな順番でさえ履き違えそうになる。

今はもうがんじらがらめで――絶対に死なせたくなくて。
だから失敗しないようにと、必ず起こり来るその時にちゃんと対象できるようにとイメージを形作る。


きっと起きて僕が居なかったらキャトられたとまたも怯えるのだろう。
そんな顔も気にならなくは無いけど、出来れば笑っていて欲しい。

用事を済ませたらすぐに帰ってこよう。

「おやすみ」

眠る吹寄さんの邪魔にならないよう、小さく囁いた。
189 :終わり [saga]:2011/12/19(月) 00:23:29.32 ID:KxinZ2gAO
小学校時代に星新一や筒井康隆の話にトラウマを
植え付けられた人はそう少なくないはずだッ!
そろそろSSを追い抜いてしまいそうですが頑張ります
お付き合いいただきありがとうございました!
190 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 00:28:02.18 ID:F6gwSk9k0

191 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 00:51:06.85 ID:4nHbcwADO

鋼の女の意外な隙はあざとくてかわいい
192 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 01:11:57.64 ID:zid99JDSO

吹寄さんを嫁さんにしたい
193 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 04:56:16.83 ID:PjP4mV7AO
何か粋がって「25の夜に投下するぞ☆」
的なサンタみたいなこと目論んだのですがこれじゃ早起きの老人な気もしなくはない
そんな感じで投下しますー
194 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 04:57:46.98 ID:PjP4mV7AO


不思議な夢を見ている。
そういう自覚は、今回の夢では何故か持っていた。


気が付くとあたしは、真冬の夜に相応しくない格好で歩いていた。

空を仰ぎ見る、オリオン座と白く澄んだ半月が特徴的だ。
それにしても寒い。
息も白いし、手はジンジンと痺れるし、なにより靴を掃いていない。
自分の胴体を見る、何やら白いワンピースを着ているらしい。

「………」

どこかで見たようなそうでないような街にただ1人、終わりの見えないレンガの壁に沿って進んだ。
目的地も知らない、劇的なことも起きない。
これが明晰夢――意識がある夢なのなら、あたしでも空を飛べるのだろうか。
退屈な夢を一変させたくて、取り敢えず暖かくなれと念じる。
とは言え、何の期待も込めていなかった。
「………え」

なのにまぶたを開けると、一変した世界がそこには鎮座している。
水色の空、髪を攫う心地良い風。
左には今までなぞっていたレンガから、可憐に咲いたチューリップに変わっている。


疑いようもなく、紛れもなく春だった。

195 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 05:00:57.82 ID:PjP4mV7AO


「凄い……」

気分が高揚してくる。
ここはあたしの夢、あたしが想像主。
だから何でも出来る。
現実のような制限もなく、制度もなく。


次は何をしようか。
そう考えだしたときだった。





「……あなたは、こんなところにずっと居ちゃ駄目だよ」



突然の呼びかけに体を震わせ、思わず振り返る。
5メートルほど後方には、1人の少女が立っていた。

「不実の空間での虚ろな達成……それから逃れたくなくなるのがあなたたちだから」

「………どうして、夢の中くらい思い通りで良いじゃない」

「あなたが目覚めたいのなら、それは駄目だよ。
こんな……変てこなネットワークになんか、いちゃいけない」


慎重に言葉を選んで話しかけている、そんな印象を持った。
この不可解な存在に何と返せば良いのか分からなくて、あたしはただ押し黙る。
日光も雲に隠れ、辺りは若干光度を下げられた。


制服を着て、眼鏡をかけた彼女は綺麗なままのプリーツを握りしめた。

196 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 05:11:02.92 ID:PjP4mV7AO


「……説明を求めるわ」

何も得ることの出来ない現実世界から、こちらへ逃避することの何が悪いのか。
何がいけないというのか。

「信じがたい話なの……」

「……構わないわ」

御三家とも称される進学校の制服なのだとあたしはそこで初めて気がつく。
だとしたら、彼女は他者の夢に侵入出来る能力者で……。

「……能力、と言っても差し支えは無いのかな」

「………」

「端的に言うとあなたたち、学園都市の生徒の夢はただの頭の中の空想じゃない。
現実とは違う空間……njhbq……言語化出来ないから……
ん……別の世界で本当に起きている。

インターネット上の、SNSサービスにもあるんじゃないかな……、こういう世界は」

思考が追いつかなくて、可愛らしいその声も耳を通り
脳を軽く撫でてまた抜けていく。
夢にしても支離滅裂だ。

なのに、何故か笑い過ごせない。
あたしのとりわけ優秀じゃない脳は、自分でも咀嚼できない言い回しをするだろうか。

197 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 05:16:19.62 ID:PjP4mV7AO


「ここは、あなたの居るところからあちらへ行く人のための、……休憩所のようなもの。
……そしてここは兼ねて、あなたたちの……何ていうか、夢、の置き場でもあるの」

気が付くと世界は暗転していた。
季節が巻き戻されたように雪が降る夜へと舞い戻る。
あたしの肌に触れる風は切れるんじゃないかと思うほど冷たく、
それだけで帰りたくなる。


「前後不覚に、でろでろに溶けた意識の人なら夢の終わりと共に目覚めていく。
……でもね、今のあなたみたいに『夢を見ている』と自覚する人が来ることもあるの」

おかしい。
この寒さに耐えられないのでもう一度、春に季節を戻そうとしているのに。
それが駄目なら、今の季節。
秋のふけ、11月の始めだって良かったのに。

「このぬるま湯に安住しないで、ここは数直線上には無い、マイナスの根元」

決して楽園ではないと呟くその声は、儚げで幽かだ。
せっかくの意のままにいく夢なのに、ここでもあたしは上手くいかないらしい。

「名前は、――――」

いつになったら、あたしの人生はあたしが主役で回り出すんだろう。
脇を歩くのもとっくに退屈しているのに。
198 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 05:18:55.88 ID:PjP4mV7AO


こん、こん、こん。


ローファーの音が辺りいっぱいに響き渡る。
乾いた悲しみを浮かべた少女が一歩、また一歩と近づいてきたのだ。

「―――次はちゃんと、意識も自我も手放しておいてね。

それは約束、だから」


伸びた手が、あたしの肩を押す。
突然のことだったのでよろめかざるをえない、あたしの裸足の左足は地面に

ぐらり

「―――、あっ―――」

飲み込まれていく。
全身もバランスを崩し、抗うのは難しい。
目の端に見えたのは、地面に広がる黒い影と手を伸ばしたままの彼女。
真っ逆様に落ちていく。
底の見えない暗闇に。
小さいときに見た、不思議の国のアリスのようだなと思い目を閉じた。

当然のごとくこの夢に、未練はもうさらさら無かった。


その日、起きて一番最初に見たニュースは第三次世界大戦の集結だった。


199 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 05:23:13.52 ID:PjP4mV7AO


***

12月22日、木曜日

吹寄さんの家を出たのは、まだ薄暗い6時前だった。
街を行くのは運動部の学生だろうか、ご苦労なことだなあと息を吐く。
家に帰り生ぬるいシャワーを浴びる、家の中は埃まみれだ。
時間さえあったら掃除しなきゃいけないなとひしひしと感じる。
無視を決め込むのは今だけだから。

そしてパン屋を出て、24時間営業のコンビニへ行った。
確か吹寄さんの家ですぐ食べられる物は乾パンだけだった、
甘いものが好きと言うので、チョコちぎりパンを買っておこう。
コーヒーはろくなものが無かったのでメーカー製の物を籠に入れて……



そして気付いてしまった。


……こんなに台所事情把握してるの気持ち悪くね……?
局地的に漂う冷たい沈黙。

……いや、無駄を生み出さないことは凄く大事なんだけど。
だけど、これじゃ何て言うか……キチガイじみている。

『変態ストーカー!!!』
と罵られたこともあったなそういや。


……とは言え、僕の評判と吹寄さんの生存を量りにかけたときの結果は明白だ。
そもそも自分でも、おかしなキャラを作りすぎてしまったせいで制御できない気はしている。
ストライクゾーンだって、本当は8〜55なのだ。
凄く凄く健全なのに


……もう、甘んじてしまおう。

200 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 05:25:39.32 ID:PjP4mV7AO


会計を済ませ自動ドアを潜り抜ける。
冷たい朝の空気が胃に染み渡る。
早起きは苦手だったのに、そんなの馬鹿馬鹿しいと思えるくらい魅了される。
透明感のある朝日に、霜が降りて煌めく世界。
寒くて仕方ないとしか思わなかったのに。

「……はあ」

ビニール袋の擦れる音を聞きながら僕は涙しそうだった。
こんなにも愛すべき景色があったのだとまざまざと思い知ったのだ。
いつか生命を脅かされることも無くなった吹寄さんが、この道を歩く日が来ると良い。
あの部屋に押し込められることなくたって、生きていけるようになったら。
そんなささやかな願いを今は成就させたくて仕方がない。


決して“この道を一緒に”なんて望まないから。


201 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 05:27:10.38 ID:PjP4mV7AO



通い慣れたいつもの道を歩き、
誰かに見つからないようにそそくさとマンションへ入る。
この間10数秒、我ながら手慣れたものだ。

合い鍵を使い中にお邪魔する、いつも僕を迎えてくれる暖かさは無い。
まだ寝ているのだろう、音を最低限に廊下を歩く。
居間に入ると、ベッドの中で横になって眠る吹寄さんが見えた。
当たり前だけど心の底から安堵した。

今日もまた、整合性に溢れた景色がここにある。


テーブルの一角に上半身を投げ出し、延長線上の吹寄さんの肢体を眺める。
美人とは何をしても美人と言うのは事実らしく、無造作に乱れた髪や血の気の失せた白い肌も
一文字に結ばれた唇もマイナスになんかなりそうにない。
むしろ棄てられたような、そんな滅びの美学さえ感じる有り様で
自分は朝から絶好調だなあと呆れてしまう。

女性の寝顔を見つめるのはご法度と聞いたことを思い出し、視線をテーブルに戻した。
頬に触れる板はまだ冷たい。
それでも、ぼんやりと思考が散乱している脳の寝たいというメッセージは強烈で。

僕が活動をすることで起こしてもいけないし、
少しだけ、少しだけ寝てしまおう。


202 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 05:29:52.57 ID:PjP4mV7AO


***


「……っぅ」

カーテンから注ぐ日光が眩しいのと、どうにも寝心地が悪くてあたしは目を覚ます。
夢も見ないくらいにひたすらに惰眠をむさぼっていたはずだけれども……。
……何もピンポイントで目線を狙って来なくたって。
掛け布団を顔までかぶり側面から口を出す。
これが理想的な寝姿な気がする。

……自発的に起きたはずなのに瞼が重い。
もう一度寝てしまいたい、そうしようとの伝達スピードは恐ろしく早かった。
その時にあたしが何となく目をやったのは首元で。

「………」

……お気に入りの服を着たまま寝てたのか……。

慌てて上体を起こし、洋服を脱ぐ。
加えて、昨夜はお風呂に入り忘れていたことにも気付く。
ああもう!昨日は何でこんなことしちゃったのよ!

上は下着姿になった。
あとはタイツとスカートを脱いで、お風呂場に向かわなくちゃ。
早くしないと彼がここを……。




そこで声を上げなかった自分を褒め称えたい。

203 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2011/12/25(日) 05:30:52.95 ID:PjP4mV7AO


テーブルに散らばるのは現実世界ではとうてい有り得ない、
だけど見慣れてしまった青い髪の毛。

「っ……」

幸いにして彼はまだ寝ている、突っ伏してこちらに気付く様も無い。


後になって思えば毛布にくるまって移動すれば良かったのに。
……寝ぼけた頭では思いつかなかったことにしておこう。
決して、平生からあたしが馬鹿ってことじゃ……。

ゆっくりと両足を地面に下ろす。
ひやりと冷たいが構わず腰を上げた。

「……っ」

今はスカートの衣擦れすら恐ろしい。

かかとから爪先へと重心を移動させる歩き方で居間を脱出した。
さてシャワーを浴びるか、と思い脱衣場で下着だけになって気がついた。

「替えを持ってくるのを忘れた……」

本格的に馬鹿だった。
結局下着姿にバスタオルを巻いて、戦々恐々としながら居間へ向かいクローゼットを漁った。

青髪は昨日の夜更かしの分を取り戻すかのように壮絶な格好で寝ていた。
結局、昨日のゲームの後はあたしの方が先に寝てしまったようだ。
ベッドで寝た覚えも無いし、青髪は昨日とは違う服を着ているから。

「……おやすみ」

暖まりきってないこの部屋で寝るのは辛くないのだろうか。
毛布を手にそっと掛ける。
せめてもの昨夜のお礼をこめて。


返事は当然、あるはずもなかった。

204 :終わり :2011/12/25(日) 05:32:36.37 ID:PjP4mV7AO
フォーゼまであと2時間半ほどでしょうか
来れたらまた今晩投下します
それでは素敵なクリスマスを!
205 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 12:53:15.06 ID:tZtQOlBDO
>>1乙である。
206 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 15:24:51.69 ID:2ARcoy71o
メリクリ乙
207 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 19:17:46.34 ID:KmYKWfCg0
メリークリスマス!
今晩も待ってる
208 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 21:25:43.71 ID:QuUh0leAO
乙!
209 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 22:08:37.80 ID:ENwjhCOm0
いつもは書き込むのすら申し訳なく思ってしまう

だが乙
210 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 03:41:27.35 ID:APmXSA87o
新年になっても待つぜ
211 : ◆ObanGQEW7M :2012/01/16(月) 00:32:38.29 ID:ypgakVjAO
あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いいたします
今年はマヤ歴がうんたらだの、厄年だのですが死なないように頑張りますー
センターを終えてきた方はご苦労様でした! あと少し頑張って下さい!

それじゃあ少ししたら投下しますー
212 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 00:55:55.47 ID:wYQFqQD+o
***

もう何回も、リピート再生した医者の文言。

『――だからとしても、気に病むべきではない。
あの時点で取れうる、君も彼女も生存するための最善の方法だったのだからね』

最善は最良とは違うだろう。
正義が良いことだなんてそんな風には思わないのだから。

『まだ、回復の望みは捨てるべきじゃない』

あんたがそんな風にしか言えないのなら、
彼女はもう良くならないと宣告されたようなものじゃないか。
暗い部屋から這い出して、どこへ向かおうとも考えずに彷徨う。
ポスターの中で笑う少女を見ても何の感情も沸き上がらない。
らしくないと誰かに笑われそうだ。

モデルよりも彼女のほうが可愛いなんて何様のつもりなんだろう。

こうして落ち窪んでいると病人に見えるようだ。
かえって好都合だった、そのまま人通りの少ない中庭へと出る。
外は相変わらずちらちらと雪が降っていて、肺の中まで冷気を感じるほどだ。

呆然としていたうちに、僕の体に残った擦過傷もいつのまにか治療されていたらしく
ジーンズの生地と膝の包帯がこすれたのが分かった。

人気のないベンチに座り、ねずみ色の空を仰ぐ。
何か飲み物でも買おうかと思いポケットを探したが見つからない。

ああ、あそこに転がしたままなのか――。

213 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 00:57:22.64 ID:wYQFqQD+o

あのカエル顔の医者が告げた言葉はさっきから何度も何度も反芻される。


『外的要因による脳挫傷はさほどの問題ではない』

『基準値を超える負荷による、いわば脳のオーバーヒート』

――見事に僕のせいで、もう笑うしかなかった。

彼女からもうあの匂いはしないわけだから、きっと死ぬことはない。
覚醒の時まで意識を持たないだけだ。
もっとも、それだって訪れるかは分からないのだが。



僕は多分幸せになれないと、悟ったのはいつだろう。

この僕も愛らしく、胡散臭い関西弁も、変な髪色も、ダサい能力名も、
変なキャラ付けの一切無い、それくらいの時だろうか。
学園都市の存在は知りつつも特に興味を持たず、ただ普通の小学生をやっていた。
僕はこの地に産まれ、育ち、学ぶのだろうと漠然と思っていた。

だとしたら、そんな僕に1つだけ伝えよう。
お前は周りの人間を不幸にせずにはいられないのだと。

そしてそれよりももっと醜悪なことに、
他の誰が不幸になってもお前だけは幸せになってしまうのだと。

そう、伝えよう。
214 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:00:34.23 ID:wYQFqQD+o


僕の実家は米どころで、日本の中でも特筆される豪雪地帯だった。
毎年の屋根まで覆うくらいの積雪に、雪かきを疎むよりも
遊び場が増えることを嬉しく感じるほどに幼かった頃だ。

雪はキラキラと陽光を反射するので、地域の子供は夏より冬の方が黒かった。
もちろん僕も例に漏れていなかったはずだ。


ある冬の日、地区の育成会のスキー教室があった。
車で1時間弱ほどのスキー場にバスを借りて行くと言うのだ。
友達と一緒にどこかへ行くのが楽しみで、僕はその日をずっと心待ちにしていた。
お年玉で新作のゲームもお菓子も買ったし、ケガをしないようにも心がけた。
ただ唯一、風邪をひいてしまい鼻水はひどかったけれど。

まだ薄暗い中、家族全員で集合場所へと向かう。
父の運転する車を降りるや否や僕は駆け出した。

駐車場の敷地内で大人たちに苦笑を送られながら雪合戦をして遊ぶ。
するといつの間にか心配だった鼻づまりも治った、
だからこのうえなく清々しい心持ちで、僕はバスへ向かったはずだった。


しかしそんなスキー教室に、結局参加しなかった。
215 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:04:30.26 ID:wYQFqQD+o


――いや、出来なかったと言うべきなのか。

嗅覚が戻った途端に襲い来るのは強烈な匂い。
それに脳まで揺さぶられたような気がした。
比喩でも何でもなく、脳が書き換えられたと思った。
眩暈、吐き気、寒気、頭痛―――風邪かと思った

結果僕は、地面に倒れ気絶してしまったのだ。
でも、今だってあの場に行けば強烈な匂いに失神させられたかもしれない。
何せ80人超のそれを嗅いだのはあれが最初で最後だ。
しかも、直前は嗅覚を遮断されていたのだから落差が激しいのだろう。


次目覚めるとそこは病院で。
―――だけれど僕のそばには、真っ青な顔をした看護婦しか居なかった。



道路の除雪が不完全でバスが横転して谷底に落ちた。
僕の家族を含め、乗員乗客は全員即死した。


倒れた僕の付き添いで留まった母からそう聞かされたのは
もう日のとっぷりつかった夕方だった。

216 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:05:57.37 ID:wYQFqQD+o

近所の家からは生活感が失せた。

それもそのはずだ、そもそも人が居なくなっているのだから。
除雪車の不備、というのは100%行政のミスらしい。
親子2人じゃ使い切れないくらいの保険金と賠償金を手にし、
まるで逃げるように引っ越しした。

そしてその後、僕はあれのそばで生きてきた。
忘れては蘇り、誰かがこの世から消えては無くなる。
その突如現れた嗅覚を唯一母には伝えておいた、酷い顔をして黙り込まれた。

ひのきに似ていると分かったのは、
引っ越した先の家の匂いがまさしくそれだったからだ。

ホームレスが素行の悪い男に殺されたとき。
飲酒運転中のドライバーがサラリーマンをひくとき。
街のチェーン店が食中毒により緊急入院を招いたとき。

いつもいつも目眩がするぐらいに甘美で、芳わしい香りだった。

子供の僕はまだ、これの特異さも邪悪さも正確な理解は出来ていなかったのだろう。
そもそも生死の概念すら曖昧なのだ。
いつかひょっこり、死んだ者たちが帰ってくるんじゃないか……
とは言い過ぎだけれど。
少なくとも泣くのはいつだって形式的だった。
母が涙を流したら寄り添うように、時折写真の前で泣いてみせる。
そうすれば、鬱操の兆しが見え始めた母の気を害することもない。

そんなことをしていたら、罰が当たって当然で。
僕が心底自分を軽蔑したのは、そこから遠くない小学5年のときだった。

217 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:07:04.24 ID:wYQFqQD+o


その年の社会見学はここ――学園都市だった。
目的はというと、ハイテク技術の見学と中学受験の説明。
それから、能力検査。

都市でしか見られない景色で子供をつって
中学に入学出来たらこの街で暮らせるのだと刷り込む。
更に、能力検査をすることで潜在的な能力者を見つけられる。
仮に僕らの世代が縁が無かったとしてもプラスの感情を抱いていれば
子供を送り出すことにも積極的かもしれない。

今になると、実に効率的だと感心すらしてしまう。


そんなシステムに組み込まれた僕は、能力検査で案の定引っかかった。
自分で言うのは何とも忍びないのだが、この能力は大ざっぱに分けると因果律操作系に分類されるそうだ。
そしてその系統の能力者はあまり見られない、レアケースらしい。
確かに、こんな能力者が何人も居ても誰も救われないだろうし異論はない。
そんな珍しい能力者をこの街が逃すはずは無いだろう。
見学が終わったあとも幾度ともなく呼ばれ、検査を受けた。
218 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:07:33.09 ID:wYQFqQD+o


ここまでは良かった。
突如現れた非日常にわくわくしていたし、母も息子の快挙を誇らしげに語っていた。
程なくして僕は単身この街に移住することにした。

毎回の移動も大変だし、能力者ならここに居るべきだろうと母が言ったからだ。
特に反論することもなく、普通レベルの小学校に中途入学する。
友達も出来て、僕は順風満帆な寮生活を過ごしたのだった。


とは、勿論ならない。



一層雪が強さを増す、東京でもこんなに雪が降るとは思ってもみなかった。
いつもどんより曇った地元なら、まだ分かるのだが。


――さて、1つ指摘しなければいけないことがある。
この能力が死にゆく人全員を察知するのなら
ここのように病院や老人ホームでは、強い匂いを感じるのでは無いだろうか。
だけれど今は感じない、この能力がパンクしたからか?
そんなことはない、先ほどすれ違った少年の例がある。

全能ではない、だけれど不規則でもない。

このルールを発見したのは、およそ科学者と思えない
間違っても呼びたくもない、そんな1人の男だった。
姓すら紹介されたかは定かではないし覚えてやる義理もない。

ただ、顔に入れ墨のある残忍で冷徹な男だったとだけ言っておく。
219 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:13:34.42 ID:wYQFqQD+o


膝の上に置いた指の節が白い。
生気がないんだ、何をすれば良いかも分からない。

またのらりくらりと惨禍を押し付け、僕は生き残った。
覆しようのない因果律の壁を打ち破ったのだ。
吹寄さんを身代わりに、僕のレールは大きく捻じ曲がった。

だけれどそれは悲しいかな、今も昔も変わらないのだ。
僕はそうして生きてきた、生きた。
どうしたら止められるのだろう。
そうでなかったら、せめて僕はちゃんと死ななければいけない。

そんなこと理解していたつもりだった。
実行しようと決意していた。

だが、なのに――。

暗然とした過去よりも、疼痛のするほど甘ったるいそれを。
意図的に知らないふりをした少年時代から変わらない。

結局のところは逃げでしかないなんて自分でもよく分かってる。
それでもどうしたって出来ない、
数時間前に握った手の冷たさに今頃になって嗚咽させられる。

そうして惰弱な自信の身を守るため、僕はまた数日前に立ち戻る。


激しい自己嫌悪も自家撞着も自己否定も、お手の物なのだから。

220 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:15:30.75 ID:wYQFqQD+o
***


頭が鈍器で殴られたように痛い。
こう、ぐわんぐわんと………脳内に鐘でも収納しただろうか。
ジングルにしろ煩悩にしろ、少しばっか早いんじゃないかなー。

なんてくだらなさ120%、目覚めてすぐに期待しないでくれということだ。

寝不足と酸欠、あとは首の筋も違えたような気がする。
軽く撫でただけじゃわからないけど、髪も跳ねてるかもしれない。
この上なく深いな目覚めを迎えた。

まだ頭がぼうっとしている。
突っ伏したまま首を横に傾ける。
カーテンから零れる白色の陽光が目に痛い。
目を瞑ったら今にでも寝てしまえる僕を励ましているようだ。
わるいな、光合成は出来ないけどこっちも自分なりに頑張るわ。
………生産性ねーのも大概にしろと、吹寄さんなら言ってくれそうなもんだけど。
うん、言ってくれるな、きっと。
ただの生真面目のように扱われることが多いけど、かなり悪ノリもしてくるし。
具体的には健康オタクすぎてシチューにサプリ投入した。

ああでも、これは天然なのかもしれないな。
221 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:17:28.21 ID:wYQFqQD+o

吹寄さん………。

さっきまで、ベッドで寝ていたはずだよなあ………。

「………!?」



どうしてどこにも居ないんだ。
携帯を取り出してみると、午前10時少し前。
どんだけ寝てんだよ………!!
膝をテーブルに打ちつけながらも立ち上がる。
決して広くはない部屋をぐるりと一周見渡すが、どこにだって居やしない。

ギリと歯の擦れる音がやけに煩い。
眠気は空気を察して遠く彼方へと去ったようだった。


整えられた毛布を力任せに引き剥がす。
ベッドを俯瞰してみてももぬけの空、
シーツをなぞったって体温すら残っていない。
キッチンは無音。シンクも乾ききっていた。
冷蔵庫を開けた、炊飯器も、電子レンジも。
食器棚も、本棚も、ビデオデッキも、ベッドの下も。
意味もなく換気扇を付けた。
居ない、居ない、居ない―――。
222 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:21:08.90 ID:wYQFqQD+o



冷気を躊躇わずにベランダも大げさに開いてみる。
居ない、居ない、居ない―――!!

大股で歩き、ユニットバスに通じる扉をノックする。

……返事はない。
風呂に入ってるにしては、水音も蒸気も感知できでいない。
ドアを開けると、半裸の彼女が居るわけもなかった。

「――吹寄さん」

駄目だなあ、ああ駄目だ。

何故か笑い出しそうな自分が居る。
別に何にも幸せなことはないし、楽しいとも思ってないはずなのに。
あの匂いがするのかどうかすら、錯乱しきっててよく分からない。


だってここに居ないんだ、他にもう部屋はないのに。
だからさ、そうなんだよ。

ここに居ないのなら、そういうことだ。

この部屋に居なきゃ、僕と一緒に居なきゃ駄目なのにさあ。

どこにも居ないんだ。
223 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:25:32.60 ID:wYQFqQD+o


携帯を手にし、俯きながら耳に当てる。
彼女の番号が最新の受信だったというより、最新の受信は彼女からだ。
多分、きっと例外なく。
数回の呼び出し音の後に、聞こえてきたのはピアノの音色。
―――革命のエチュードとか言っただろうか。


「―――は、ははっ、あー、そういうことなんやね」

置かれている所存が不本意で、逃げ出した。
僕が愚かにも寝ている隙に、証拠となる携帯も置いて。
財布も学生証も全て置いて。
このチャンスを逃がすまいと。

頭の中で彼女が反逆に至ったわけは呆気なく構成されていく。
嫌だなあ、まだ逃げたと決まったわけじゃないのに。
でも思い出してみると、この部屋に居るときはいつも眠そうで暇そうにしていたじゃないか。
緩んだ目で外を見て。

僕を嘲笑うように鳴り狂うメタルカラーの直方体。
電源ボタンを切り、ジーンズに滑らせる。

靴を履き鍵を同じポケットから取り出すと準備完了である。


僕はそろそろ、拉致監禁の刑期も調べないといけないみたいだ。
224 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:26:56.74 ID:wYQFqQD+o



***


「ええとこれ、テーブルに置いとくわね」

語尾が不自然に上がってしまった。
さっきの興奮は今も冷めることなく、あたしの胸に巣くったままだ。
女優にはなれそうもない。

「……わざわざごめんなさい」

「療養中なんだし、そんなの気にしないでちょうだい」

姫神さんの部屋はあたしのと同じ間取りのはずなのに、広々として見える。
やっぱり健康グッズは幅を取るのか……。

「具合はどうなの?」

「昨日は食欲が無かったけど。今日はそれでも……」

「何か食べれたのね、あと足りないものとかあったりする?」

ベッドに横たわる姫神さんは、紅潮した顔を横に振った。

「ありがとう。吹寄さん」

「お互い様よ、というか昨日だって呼んでくれて良かったのに」

具合が悪いのに衣服が散乱してないのはさすが姫神さんと言うほか無い。
女子の鑑な几帳面さだなあとつくづく感心してしまう。
225 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:30:55.19 ID:wYQFqQD+o

「そんなこと。貴女のボディーガードに殺されたくは」

「前半はあまり否定できないけど、凶暴では無いわよ!?」

「そう? 最近はいつにもまして。雰囲気が読めないから」

「………そうね」

ニヒルな笑みだった。
でも実を言うとあたしも思っていたことなので、
それには曖昧な返答をするしかできない。

「でも。警備員と言うよりかは。通い妻?」

「何を言うか」

フリフリエプロンの青髪なんて想像しちゃ駄目だったんだ。
絶対に、断じて。

「平安時代なら。通い夫という風習が」

「あのねぇ………」

「喧嘩ばかりになるんじゃないか。と思っていたけど」

喧嘩、はしたことはない。
とは言え、まだ1週間も過ごしてないのだからそれは当然じゃ。

………まああいつは理解が早いし自称紳士なだけあるので
あたしの意見に同調しているというのが正解だろうけど。
226 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:31:54.87 ID:wYQFqQD+o


「………姫神さんもいつの間にか元気になったようで何よりね」

「ふふ。おかげさまで?」

彼もテーブルに突っ伏すのは疲れた頃だろう。
そろそろ戻ろうか、あたしの分の新聞を握り姫神さんに呼びかける。

「じゃあ、あたしはここで。
何か起きたらすぐに電話でもしてちょうだい」

玄関も相変わらず殺風景で、一つだけ置いてある故郷とおぼしい写真が異質だった。

「ありがとう。……吹寄さん」

「どうしたの?」

編み込みのブーツは非常に履きづらい。
苦戦だ。

「――何か。」

「……っ、っぅ」

「良いことでもあった?」

すぽんと音を立てブーツを履くことが出来た。
サイドにあるジッパーを上げ、あたしは立ち上がる。

「ええ、それはそれは素晴らしいことがね」

「それなら何より」

鍵を閉めてねと言って、施錠された扉を開ける。
外は開放感に満ち溢れている。
227 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:34:01.45 ID:wYQFqQD+o



後ろからガションという金属音が聞こえ、満足してあたしは歩き出した。

もうすぐお昼というのに空気はとても冷たくて、歯の根が寒風にしみる。

――のだけれど、顔はどうしようもなく火照っている。
心臓もどくどくとうるさい。
体の末端の神経まで、どくんどくんと各々のリズムを主張する。

帰って青髪に伝えたら、どんな顔をするのだろう。
両腕を組みながら待ち、早く到着した方に急いで乗り込んだ。


この箱はのろいことに定評がある、
なんと言っても階段で移動するのと同時間を要するようなのだ。
寒さを凌ぐためだ、もどかしいが約数分待つことにしよう。

新聞で折りたたんで包んでいた白い封筒がある。
再度取り出してライトに透かす。
学園都市理事会の朱印はきらめき、上質な白い紙が目に眩しい。
顔は弛みきっていて、口角を下げるのさえ困難だ。

だってこの世の春が遂に、このあたしにも来たのだ。
そんなものあるのかとすら思っていたのに!
いま喜ばなくていつ喜べと言うのだろうか。


そのまま破顔し続けていると、突然8階のランプが点灯した。
あたしは焦る、こんな姿を誰かに見られたらぞっとしない。
急いで体裁を整え、右奥に移動する。
視線は下に、髪で表情を隠そうと虚しい努力だ。
228 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:37:57.98 ID:wYQFqQD+o


扉が開くと冷たい空気が飛び込んでくる。

「………」

伏目にして視線を合わせないようにしていた。
入ってきた人の靴は黄緑と黒の派手なスニーカー。

思わず頭を上げていた。
見覚えがあったからだ。

カタン。


彼の指が閉を押すと銀色の扉が外とこの空間を遮る。
必然的に、箱の中はあたしたちだけになる。
あたしは意味もなく手を伸ばし、頭に振れようとする。


手首は勢い任せに握られて、そのまま奥へと押し込まれてしまった。

ガタンッ!

体が強かに打ちつけられるが、痛みは感じない。
もっと違った何かが大切だった

肩にかかる負荷は、エレベーターの重力と彼から感じる重圧からなのか。

229 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/01/16(月) 01:41:18.63 ID:wYQFqQD+o


あたしはようやく気付くのだ。

お得意のポーカーフェイスは、そこには形も見えない。
肩は苦しげに上下しているし、
シャツは乱れに乱れガーゴイルのカーディガンから裾がのぞいている。

異常だった、必死だった、不格好だった。

背中は壁にべっとりとくっついていて、機械の発する重低音が肩甲骨から全身へと伝派していく。


そして彼がそうする理由も、身勝手ながら悟るのだ。
あたしは迂闊だった。
これじゃあ、まるで逃走を目論んだみたいじゃないか。

「吹寄さん」

ほとんど真上からの声だった。
見上げると左手を壁に押し付け、あたしの進路も退路も奪う彼の目とかち合う。


不気味なくらい爛々と輝いていた。
口端も、歪に持ち上げられていた。



――痛々しくて、見ていられなかった。
230 :おわり [saga]:2012/01/16(月) 01:42:52.83 ID:wYQFqQD+o

今回はここまでにしますー
寒いので風邪なんかにはお気をつけて
お疲れさまでした
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/01/16(月) 01:43:53.78 ID:RtRmIXero
このじらじら感がなんとも……!
乙!
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/01/16(月) 14:57:54.50 ID:P7Tf2CjAO
芯にくるぜ!
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/28(土) 02:54:08.19 ID:JOWGVTaO0
まだなのかー!
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/14(火) 01:53:19.40 ID:K7OaNmQQo
バレンタインチョコの代わりに俺は投下を期待して待つ
235 : ◆ObanGQEW7M :2012/02/18(土) 23:11:54.42 ID:PHk3+DzAO
チョコをあげた皆さんももらえた皆さんも関係のない皆さんもこんばんはー
もうちょいしたら投下しますー
236 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/02/18(土) 23:17:24.38 ID:PHk3+DzAO



「ボク言うたやん、1人で出たらあかんよって。
なんで聞きいれてくれへんかったんよ?」

細い手首を握りしめながら扉を開ける。返事は無い。
スニーカーを脱ぎ散らかして居間へと押し入ると
散らかしたままの家具や雑貨が形を変えず待っていた。

血相を変えて探し回った数分前の僕自身が再生されてくようだ。
いつもの整然さはどことやら、ぐっちゃぐっちゃでばらばらでぼろぼろ。

「……なんで出てったん」

めくれあがった毛布に腰を下ろした。
吹寄さんは立ったまま、じぃっと僕の目を見つめ見下ろすだけだ。
弁解の1つもしないで、真意が読めない混沌とした顔は逆光を浴びても美しい。

「言い訳になるから、……何も言わないわ」

「話して」

下向きの長い睫毛が陰影を落とす。
この瞬間に限った事ではないが彼女のその様を見る度に、
僕は途方もない悪人なのではないかと疑心してしまう。
この美しい級友の関心を僕だけに向けたくて嘘を吐く、僕だけが知る領域を作成したい。

要は彼女の世界を縮めてしまいたくてこんな凶行に出ているのではないか、と。
237 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/02/18(土) 23:19:20.79 ID:PHk3+DzAO


自分を無条件で愛し信頼し、肯定してくれる誰かを欲しがらない者はそうは居ない。
ことにおいて僕は自覚があるくらいそれが顕著だ。
限りなく我を薄めた“設定”のせいで、
全うなら背負わなければいけない痛みから逃げ出せた。
でも、だから曖昧だ。
何が自分でどれが自分でどうしたら自分で何故自分で在るのか。

あやふやで曖昧模糊。

全部全部、自業自得でしか無いけれど――。

躊躇いながらもほんのりと赤い唇は言葉を紡ぎ始める。


「……あたしのと姫神さんの郵便物を取りに行ったの。
外に出るけれどマンション内だから良いかと――いえ、正確には駄目と思わなかった」

自分の非は認めるが定義不足でもあったのだと小さく漏らした。

彼女の律儀で義理堅い人間性は理解しているつもりだ。
信じてしまえば良いのに、僕はこの細い手を話せない。
だがお前は彼女から信頼を預かるような人物ではないと声が渦巻き、捉え、逃さない。
それは痛くて重いし、凝り固まった劣等感を持っているのは不健康極まりない。

「……逃げたんやないの」

彼女の肩が震えた。
狼狽したのか激怒したのか定かでないが、余裕げな顔はそこには無い。

238 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/02/18(土) 23:20:57.30 ID:PHk3+DzAO


「……どうして」

「閉じ込められた窮屈な毎日で、しかも命の危険も迫ってて。
そんなん、逃げたくなんのもよう分かるよ」

裏を返せば自嘲でしかないこの文言は、どす黒く卑しくとても醜い。
機能不全の虹彩、焦点も視界もオールグリーンなのに視線の先は真っ暗だ。
いつだって何だって、重みは光までねじ曲げ屈折する。
見たいものは歪んでしまったものじゃないのに。

「いつまで続くか分からんし、どこで止めればええかも知らん。
無意味なんやろなとは思っとる」

冷蔵庫の稼働音も止んで、完全な静寂が降り積もる。

「せやけど、こないなことしか出来ん」

見張って捉えて、それでいざ危機が迫ったら――。

「ごめん」

君の身替わりに僕がなる。

「こんなことしか、出来なくて」

笑えるだろ、早くに感知しても打つ手はそれしかないんだ。
それだって出来るのかする分からない、今まで試みたことすら無いから。
僕は自分の能力を呪い死は悼むけれど、ただそれだけだった。

運命に反逆だなんて……考えたこともない。

239 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/02/18(土) 23:22:54.21 ID:PHk3+DzAO


「囲って縛って、捕らえて、もう絶対に逃がさない」

初めてなんだ。
このベッドで脅えて閉じこもる君を見て、胸が苦しかった。
今だって、まるで恐怖なんて感じないように強がるけれど時折見せる陰った瞳は痛々しい。

「………」

体裁なんてもうどうでも良い。
きっと怒らせてしまうし、離別に泣かせてしまうかもしれない。
自分を責めてこれからを過ごすかもしれない。
だけどそんなことじゃ死なないのは、僕は身を持って体験している。
生きていけないような悲しみも傷も恥も、案外致死量には達しないんだ。

「怒って当然だし、憎んでもらったって仕方ない。
ただ、もう躊躇はしない」

覚悟だって出来てる。
この一週間で笑って泣いて怒って悲しんで照れて、そんな顔をたくさん見れた。
本当はまだ充分ではないが、勿体ないくらいの記憶であることに間違いはない。

そうやって、決着を付ける。

だから――邪魔をしないで欲しい。

240 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/02/18(土) 23:25:28.49 ID:PHk3+DzAO


握る手の冷たさに思わず手を離す。
握った先の肌の白さと痕の赤のコントラストの痛々しさが直視を拒ませる。
片手で目を塞ぎ、溜め息の音を聞いた。

「……貴様は勘違いばかりしているわ」

スプリングの軋む音と零距離で聞こえる息づかい。
驚き、手を退けると同時に、胸元にかかる重みとじわりとした吐息。

「こうでもしないと分からないなんて」

僕の足を跨いで膝立ちに、視線の位置はそうは変わらない。

「貴様は本当に……馬鹿よ」

その目蓋の奥、美しい白黒を覆う厚い涙の膜。
胸元を掴むこの手の真意が分からないまま、僕は口を塞いだ
241 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/02/18(土) 23:26:20.98 ID:PHk3+DzAO


***

あたしの行動が突拍子も無かったからか、息を呑み体をよじろうとする。
逃げられてしまうと堪らないので、冷たさが残る右手を青髪の左手と絡ませる。
理解できないとでも言いたげに瞳は左へ右へとせわしく動く。
左手で胸を推しているが倒れ込む気配がない。
そうしようと思ったわけではないけれど、妙に悔しい。

「あたしを助けてくれるのはもう貴様だけなのに。
……どうして逃げなきゃいけないの」

非があるのはこちらなのになんて言い方なんだろう。
でも彼にはそうやって諭さなければ意味が無いようだ。
賢く綺麗に繕ったって何も解決しないのならそれに固執はしない。

「あたしは……決して逃れられないとしても生きたいと思うわ。
上条でもなく土御門でもなく姫神さんでもなく、貴様が居なきゃ成し得ないの。
他の誰でもなく」

髪の先が彼の肩にかかり、首をくすぐっている。
吐息がかかりそうな緊張感のある距離、妙に両膝が震えてしまう。

こんなに一箇所に付加をかけてしまえば、このベッドも壊れてしまうだろうか。
ぽきんと、予期しないままにいつの日か。
修繕できない傷を負ってしまう前に、さらけ出さなきゃいけない。
向き合わなきゃ。
242 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/02/18(土) 23:27:13.45 ID:PHk3+DzAO



握る手にやんわりと力を込める。
縛られるのは嫌いじゃないと――分かってもらえるだろうか。

「いつもの貴様は掴みどころがなくて、何も考えていないのかとさえ思ってた。
だけれど本当は、あれだって渾身の演技だったのでしょう?」

動揺すると喋り方も変わってしまうし、立派な弁舌も無くなってしまうし。
貴様は完璧な役者なんかじゃない、ましてや道化になんかなれやしない。
1人の真摯な人間なんだ。

「そもそもあたしは貴様が何故そうしているのかも知らない。
知らないことからは逃げたくないし、いつか明かして理解したい」

憂鬱な心象のわけも身を抉るような自嘲癖のわけも、消えるまでには聞かせてほしい。
それぐらいしかお礼と謝罪にならないから、あと少しだけの優越として。


243 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/02/18(土) 23:28:43.84 ID:PHk3+DzAO


「だけど、それだけじゃないの。


あたしは――この非日常がすごく愛おしい。
……誰かにこんなに執着されるのも初めてだし、知ったのも知られたのも――」

捕らわれることに苦痛を感じないというよりかは、そうとすら思ってなかった。
小さく拙く人の瞳に触れない箱庭のような、繊細な関係。
おかしくなるほど続きを求めていて、いつか訪れる終わりが怖い。


ストックホルム症候群というものの話を聞いたことがある。
犯人と人質の間で起こってしまう奇妙な関係。
そんなようにあたしは追い込まれておかしくなっているのかもしれない。
こうやってらしくなく擦りよるのも誰かの策略かもしれない。
だけれど外出しないのに可愛い格好をするのも、夜遅くまではしゃぐのも
嫌いな数学を頑張るのも、栄養バランスより美味しさ重視のご飯を作るのも――。

「望んでこうしてるの……、こんなのお願いされたら恥ずかしくて出来っこない」

苦しいなあ、こんな量の感情を処理するのなんて初めてだ。
目からはいつの間にか涙が出てきたし、苦しくて肩で息をしている。


癪だけどもう認めてしまおう。





あたしは彼のことが好きなんだ。

244 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/02/18(土) 23:32:29.90 ID:PHk3+DzAO


目の色を変えた青髪の、ぞっとするくらい冷たい瞳にあろうことか悦んでいた。
おかしいくらいに、入れ込んでるんだ。
優しくて弱い彼がこんなにエゴを向けている。
それに密かに舞い上がって、――絶望。
信じてもらえないあたしのこの感情は、何のために在るのか。
だからこれは一世一代の大一番。

指先は震えてじんじんと痛む、顔は火照ってとても熱い。
妙にふわふわと血に足つかないこの浮遊感。

足はもう支えにならなくて、重いとは思うのだけれど座り込んでしまった。

「……あたしのことを見つけてくれて、ありがとう」

そして最後に一番酷なことを。
あたしが青髪を縛るための一番有用なことを言ってしまおう。
期間限定だから許してほしい。

口内は乾ききっていた。


「――だから、最後まで側にいて」


245 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/02/18(土) 23:33:13.43 ID:PHk3+DzAO

言いたいことは言い切った。
離れようとした刹那、背中に回される力強い両手。
額が彼の胸元に押し付けられる。

呼吸困難になるくらい、驚いた。

「……ごめん」

低温を耳元で囁かれると全身の骨が共鳴するようでくすぐったくて堪らない。

「最後まで、隣に居るから」

頷く代わりに、背中へと手を伸ばした。

時計の音よりも家電の音よりも鮮明な吐息と心拍に、浚われてしまいそうな。
広い背中を抱きしめたまま、膝上で身じろぎも出来ない。

この距離が幸せすぎて、もう一つの禁句を言ってしまいそうになる。
駄目なんだ。
このあたしが、彼に好きだなんて伝えてしてはいけない。
誰も、幸せになれないから。

心の奥遥か奥に仕舞い込んで、その代わり回す手に力を込める。

このまま耽溺してしまえたら、と固く目を塞いで。
246 :おわり [saga]:2012/02/18(土) 23:34:36.25 ID:PHk3+DzAO


ベッドちゃんご臨終のお知らせ、ご冥福をお祈りします
そんな感じでお付き合いいただきありがとうございました!
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/18(土) 23:47:44.31 ID:0jOTlK7Co
いちおつ
エロい絵面なのにめちゃくちゃ切なくて
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 02:38:19.55 ID:tcq7Ah8DO
乙でした
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/19(日) 23:28:42.50 ID:GJ5sIT3AO
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/02/20(月) 08:11:58.68 ID:Z8FodzcZo
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) [sage]:2012/02/20(月) 18:48:51.61 ID:kKWJGZB/0
髱偵ヴ縺九▲縺代∞
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/20(月) 23:17:05.24 ID:nPFCAexgo
ヘッダがたりないようだな

253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/09(金) 17:39:04.77 ID:KN7Lpaz5o
待機
254 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/03/14(水) 22:47:30.59 ID:omf6AoNAO


吐息、洗剤の香り、脈打つリズム。

「……」

部屋中の空気が煮詰まったような錯覚に襲われ
思い出したようなスプリングの悲鳴に耽溺から覚醒を促される。
ぎしぎしとベッドは軋む。

既定の生い先からしてこれが最後だと思うと放っておいてほしくて仕方がない。
叶ってしまった非望を守るため、更に強固な鍵をかけ引きこもる。

あの夢の中の少女みたいな存在がもしもこの世に居るのなら
どうか、どうか見過ごして欲しい。
あたしには痛いくらいの幸せを持ってあちらに行くから。
それで断ち切れる。

きっと―――、

「――吹寄さん、ごめんな」

名を呼ばれる都度にどきりとする。
嬉しくて、なのにくすぐったくて。

「……分かってくれたのならそれで良いわ、あたしも勝手に外出するのは悪かったし」

「せやけど、ちょっと前のボクはほんまにどうかしとったやんか。
束縛なんざ気持ち悪い言うのが持論やのに――」

そう自嘲することもないのに。
体を縛る長い腕に、爛々と光った虹彩に、紛れもなく心奪われている。
痛いほどに、強く。

255 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/03/14(水) 22:49:03.58 ID:omf6AoNAO


「……別にそんなので困ったりはしない。
言ったでしょう、貴様があたしのために何かしてくれるだけで、とても嬉しいのよ」


口触りの良いだけのお世辞とは思われないように願う。
甘ったるくて知恵の足りないまるでお話にならない少女思考。
自分でも困惑しているけれど、これは紛れもない本心なんだ。

「文句なんか、つけないわ――」

吐息混じりに言い逃げるように下を向く。
それもこれも、隠しきれない笑みを見つけられたくないささやかな反抗心からだ。
いや反抗心と言うより、アドバンテージを埋めようとしての行動か。

「吹寄さん……」

相変わらず骨に響く声だ、腰まで砕けてしまいそうな気さえ起こる。

「……どうかしたの?」

彼の鼓動が早まったような、いや息も浅くなっているし錯覚なんかじゃない。
これを伝えようとしていたのか、気付かずにいたなんて恥ずかしい……。

「あ……重いわよね……ごめんなさい、もう降りるから」

Yシャツの陰から見える鎖骨に、また心臓が急かされる。
抱きしめられるのは幸せだけれど、全部身体を預けられるのは重いし鬱陶しいだろう。
そのせいで息がしにくいだろうし、血も止まっている。



――あたしはそう思って声をかけた、のに。


256 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/03/14(水) 22:50:53.21 ID:omf6AoNAO


「……青髪?」

「……」

「えっと、重いでしょう?」

沈黙。


指で肩を叩いても何の返事だってよこそうとはしない。
これはどういう意図なのだろう。

「……その、離してくれても良いのだけれど」

「……ボクの人生、今まさに確変起きとるやん……神ゲーや……」

恍惚だ。
そして意味不明。

あたしには関係のないことなのかなとため息をついた、瞬間。


「っぅうう!! 潰れるから!?」

「あぁああああああ!!」

腕と胸板に挟まれてしまった、圧迫感で全身が苦しい!
痛い!

更にぎしと背骨が軋んだ、ような……!

「あ゛ぁー!! 吹寄さんごっつ可愛い!! 可愛い!!」

「な、ちょ、貴様は何を訳の分からないことを……!」

「照れとるん!? それ照れとるんよね!」

「ちがうわよ……! た、だ、……困っただけだもの……」

こ、の男は何を言っているのだろう!
顔が熱いし……とにかく反応に困る冗談は止めてほしいのだけれど……!

257 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/03/14(水) 22:51:57.32 ID:omf6AoNAO


「それを照れるだったりはにかむと世は言うんやないかなあ!?」

預かり知らぬところであたしは彼にハイになる契機を与えてしまったようだ。
こんな近距離でそんなことを叫ばれたって、困るだけだ。

「ふはは! ボクに誉められて照れるとか何それ、ほんまかわええええええええ!!!」


「急になんなのよそれは……!」

「前からふつふつと感じてたんやけど、ボクの理性が我慢させとったんよ!
せやけどもうあかんしほんま無理やもん。
……それに吹寄さんを可愛い言わないのは人類として間違っとるんやないかな……って」

「そんな有史始まって以来の不誠実なカテゴライズは止めなさい!
真面目な声色もやめろ!」

人類の汚点どころか哺乳類の恥だ。

「照れても逃げようとしないなんて、ほんま天使なんかなー
ははっ、天使に触れとるよ!」

狂乱と頭に浮かぶ。
あたしの男を見る目は悪いのかもしれない、と言うか多分悪い。

「ふれてるのは貴様の気でしょうがっ!!!!」

ごちん、と衝突音。
ひりひりする額、それから鈍痛が頭の中に込み上げる。
腕がするりと抜けた。

「そういう……強気なんも、かわ、え、え……」

「うっさい!」

吹寄おでこエクステンドを食らった青髪はベッドの中へ沈んでいく。
最後まで楽しそうな顔をしていたのがやけに印象的だった。


258 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/03/14(水) 23:01:30.42 ID:omf6AoNAO



ズキズキと頭は痛むが問題ない。
いつまでも心配するので愛の痛みだと頷いたところ、鳩尾に拳も入れられてしまった。
だけどさあ、可愛いということを隠す理由もないし、つーか隠せるわけない。
2人きりと言うことなのである程度自重してたわけだが、もう無理だった。
ほんとに可愛い、あまりにご褒美すぎるのでそのうち罵られるのだろうか。
しかし罵りだって僕の主食である、ようは何をしても可愛いので抵抗も無駄だ。

「な、なによその顔……」

「この布団ごっつええ匂いする」

「離れなさいってば!」

のらりくらりと転がったまま、興奮する心を押さえつけ彼女の話を聞く。

259 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/03/14(水) 23:04:25.23 ID:omf6AoNAO


「も、もう……あまり困らせないで欲しいのだけど。

話とは本当に急なことなのだけれど、明日用事が出来てしまったの。
ポストを見ていなかったことも災いして……とは言えどどちらにせよ厳しいけれどね。
貴様も着いてきてもらえないかしら?」

「ええよ? でもどこ行くん?」

尋ねる僕に対し、エレベーターの中からずっと持っていた封筒を黙って渡した。
受け取って差出人を見てみると、学園都市の理事会と能力開発研究所の連名だ。
胸騒ぎがするが、中身を取り出しても良いとのことなので言葉に甘えることにする。
白い紙に踊る、簡素なフォント。




「……能力発現の可能性……?」




困りながらも笑い、吹寄さんは僕の目を見た。

「この前の能力検査、どうやら引っかかったみたいなのよね。
心象変化が大きかったのかしら、もしくは火事場の馬鹿力」

このタイミングに悪意を感じる必要はないのだろうか。
文面に目を滑らせると、発現したそれは確かに危機のために生み出されたような
そんな気も起こってくる。


260 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/03/14(水) 23:06:44.29 ID:omf6AoNAO


彼女のように危機的状況に置かれ、能力発現する例も少なくはない。
と言うか、僕だって同じわけだ。

「結構珍しいみたいなのよ、270万居ても100人は居ないって」

こちらと似たような因果干渉系の能力。
だけれど彼女の方が持ってて幸せになれそうな、錯覚ではないと思う。

「だからこれの詳細とアドバイスなんかを聞きに、総合研究所へ行かなければいけないのよ」

「なるほどなあ、それにしても良かったやん。
おめでとう」

しかし偶然でなかったとしても、あの日この部屋でうずくまる彼女を苛む要素に
無能力者だからという持つ必要のない劣等感も挙げられる。
それが除かれるなら僕は友人として、妄執的なストーカーとして喜ぶべきじゃないか。

「……ありがとう?」

「どういたしまして、ってかどないしたん?」

「何て言うか、貴様が祝ってくれると思わなかったのよ。

怪しいんとちゃうかー、危ないでー吹寄さん絶対騙されとるわー

とか言われるとばかり……って笑うな!」

「何やのその関西弁……ぶふっ」

棒読みだったり変なイントネーションにもほどがある。
何て言うかカタカナっぽい、ああ、ほんとにおかしいな。
けたけたと笑うと、恥ずかしげにむくれる顔がよく見えた。
261 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/03/14(水) 23:10:02.47 ID:omf6AoNAO



「な、何よ……自分だってエセ関西弁のくせに、しかもしょっちゅう剥がれるくせに!」

「せやけど、今は人生でも数番目かの修羅場なんやもん。
真面目にいかんと怒られるんやないかなーって」

「ギャップに戸惑うから……」

と、言うことなので真面目なときでも関西弁解禁だ。
とは言え、わざわざ直しているよりかは口調を変える余裕が無いから標準語なわけで。

「仰せのままに、お嬢様」

乙女ゲーではこう呼ばれると主人公が動転していた、と思う。

「……っ。
あ、あまり、バカっぽいこと言うんじゃないわよ」

大成功だ、満更でも無さそうな声じゃないか。

視界の端に見えていた彼女が寝転ぶ僕を見下ろした。
長い髪の毛が重力に従いだらりと揺れる。

「……ありがとう。喜んでくれて嬉しかったわ」

「ん」

「この能力を使ったら、ほら、何があっても生き延びれそうじゃない?」

過信は禁物。僕の予知した未来を壊せた者は誰も居ない。


件の芳香と、ベッドからする彼女の匂いにむせかえりそうだ。
262 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/03/14(水) 23:11:29.35 ID:omf6AoNAO


「……せやね」

「今年は、おせちを注文しようかしら。食べきれなかったら貴様に片付けさせて」

「それはええけども、手作りせぇへんの?」

「年の瀬までバタバタしたくないもの」

「えぇー、ボクも手伝うし作ってほしいんやけど」

だけどこれはそういう自惚れじゃない。
とあるささやかな、未来設計。

それぐらいは、理不尽なルートを執りやがった奴への復讐として許してはくれないか。

「なら仕方ないか、ちゃんと手伝いなさいね?」

「了解」

そして僕は、この計画を机上の空論で終わらせてはならないのだ。

きっと成功させるから。
僕は誰かを救うことを自分の存在意義、最終目標に設定した。
だから自分のために、彼女を救う。
無差別に選んだ彼女を――、


脳が発してくる気怠いほどの違和感は無視するに限る。
そんなことに今更気付いたって、どうしようもないのだから。



もう何も、してはいけないのだから。
263 :おわり [saga]:2012/03/14(水) 23:14:56.82 ID:omf6AoNAO

乙女ゲーの主人公はギャルゲーのヒロインより可愛い法則を提唱してます
今日はここまでです、お付き合いいただきありがとうございました!
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/15(木) 08:43:21.81 ID:1aXga7NAo
乙!
いったいどんな能力なんだろうか……
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/15(木) 23:29:51.24 ID:RzTJII9ao
乙!こいつらかわいいのに切ないぜ
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/17(土) 17:09:34.98 ID:aXOBuuQFo
せいりんめんこい
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/03/22(木) 17:52:10.99 ID:4+P6di620
今日見つけて一気に読んでしまった。
青ピ男前。
268 :投下おわり [saga]:2012/04/15(日) 21:20:19.06 ID:9GDOR6Hpo

本日分以上です。背景はこんな感じでぼちぼちと。
今度の投下は土日あたりの週一ペースになるかと思います。
ではまた〜
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/15(日) 21:21:22.03 ID:9GDOR6Hpo
誤爆しました本当にごめんなさい>>1様!!
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 01:09:59.28 ID:gUbaApq5o
一瞬なにが起こったのかわからなかった
>>1待ってるぜー
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/04/16(月) 09:03:22.62 ID:mgvtte5P0
272 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:28:05.60 ID:dFQUJS/AO



12月23日

「吹寄さん……」

「もう! 離しなさいよ!
貴様はただでさえ図体大きいのに、鬱陶しいったら!!」

「せやけど不安やもん」

「分かったから! 人の目が痛いのよ……!」

僕たちは今、能力開発センターの3階に居る。
白衣やスーツを着た大人が時折早足で駆け抜ける以外はとても静かだ。

横にも縦にも広い通路は各部屋を結んでいる。
間隔は病院の各科ごとと同じくらいか。

「キミが変態野郎に捕まり実験されてしもうたらボクはどないすればええねん……!」

「貴様にはこの事態を一番どうにかして欲しいわ」

滑らかかで細い手首を握ってみたところでどうにかなるわけではない。
困らせるだけとは知っているが、危なっかしくてどこまでも着いていきたいぐらいだ。

「対象とその血縁以外は入れないのだから仕方ないじゃない」

「吹寄さんの兄弟のフリ……いや、そんなんすぐバレるわ。
しゃあない、ここは姻戚関係や…… っちゅーことで結婚しよう?」

至極真面目に言い放つ。
吹寄さんはしばし呆け、端正な顔をだらしなく伸ばしていた。
273 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:28:45.06 ID:dFQUJS/AO


「え……、あ、まあそれなら、そう、なるかしら……?」

それから真面目な彼女は数十秒ほど思案した。

「…………いや、おかしいでしょ! 目的とそれに対する手段かみ合ってないじゃない!!」

「あははバレてもうたわー、吹寄さんいじるのおもろいからなー」

「勘弁してよね、ほんと……」

そう言うと吹寄さんはふっと力を抜き目線を上げた。
髪の毛と同じように漆黒の瞳は朧気に僕の姿を映している。

「すぐ戻るから待っていて」

そして――彼女は、何とも珍しいことに片目をつぶった。

「―――!」

その決して上手いとは言えないウィンクに驚き手の力が緩む。
その隙に、ひらりと通路の向こう側へと消えていった。



「……」

クラスでは真面目なりにもはっちゃけていたり、普通の女子らしさもあるが
最近は虚勢を張る姿しか見せることはなかったと思う。

どきりと胸が鳴る、長距離走後のように鼓動が煩わしい。

「……あかんわぁ……あれは、なぁ……」

自分の声の気味悪さにもだが、押し寄せてくる衝撃は止まず増幅するばかり。

飲み物でも買いに行こう、それもとびきり冷たいやつを。
274 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:29:26.50 ID:dFQUJS/AO


***

「……あああ……あたしは何ということをぉおお……」

おかしい、昨日もこうやってぐだぐだと頭を抱えた気がするのに。
恥ずかしさで脳が沸騰しそうだ、何を血迷ってウィンクなどしたんだろう。
もう、ほんとにおかしい、有り得ない、おかしい。
青髪だってあたしのあまりの下手さに驚いていたんだ、そうに違いない。

「うううう……消えてしまいたい……」

「ええと……吹寄さん? 心拍数上がっているようだけれど」

「あ、あ、すみません!」

彼女はふふ、と笑い手持ちのタッチパネルを押した。
ピーと鳴っていた電子音が止む、どうやらあたしの状態に関係あるようだった。

「緊張だけじゃなさそうね」

診察室に似た部屋には、おびただしい数の機器に乱雑とした資料の山。
そして目の前の飾り気のない女性が一人、椅子に座りあたしを待っていた。

275 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:30:31.94 ID:dFQUJS/AO

「すみません……ちょっと舞い上がってて」

「良いじゃない、今浮かれなくていつそうするのかしら」

芳川というネームプレートを付けたアドバイザーはそう言うと目を細めた。

「そろそろ本題に入ろうかしら」

「はい、よろしくお願いします。芳川先生」

白衣を着た彼女は大きく目を開いた。
あたしの言葉に心底驚いたようだ、理知的な微笑がそこにはない。
そうか、ここは公的と言えど研究所でこうしてあたしと対峙するこの人は研究員なのか。
的外れなことを言って不快にさせてしまったのだろうか。

「えっと……」

謝ろうと口を開いたときだ。

「……ごめんなさいね、言われ慣れていなかったものだから。
わたし、そう呼んでもらえることがずっと夢だったの、だからとても嬉しいわ」

ありがとうと唇が動き、彼女は――先生は穏やかな笑みを湛えていた。
276 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:31:34.33 ID:dFQUJS/AO

***


冬なのに炭酸を飲んでしまったことを恥じつつ
用済みになったペットボトルを捨てにゴミ箱へ向かう。
この階には紙コップ式の自販しか無く、そして非衛生的だと言う噂を聞いていた。
わざわざエントランスへ行くのは面倒だが、ただひたすら待つのも退屈だ。

缶を捨て、さて戻るかと踵を返したときである。

「よぉ青ピ、久しぶりだな」

いつの間に近づいてきたのやら。
特撮のヒーローのような声、確かに馴染みがある。
振り返るとこれまた見慣れた太陽の柄のTシャツに白ラン、驚いたことに私服らしい。

「あぁ、ソギーやん。久しぶりやなあ」


にひっと笑う少年はこの街が誇る超能力者が一人、最強の原石
そして僕の能力を知る数少ない友人――削板軍覇その人だった。

277 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:33:34.39 ID:dFQUJS/AO


「久しぶりとは言ったが、まあお前の姿はさっきも見たんだ。
黒髪の女と仲睦まじくしているようだったから邪魔はしないでおいたが」

「ソギーもコマンド:気を使うが使えるようになったんやね! ボク感動やわぁ」

自販機前の背もたれのない椅子に座り、ハバネロ水を購入する彼を見る。
背は僕より低いが平均よりは充分大きい。
そして5年経っても変わらない、爛々と輝く瞳。

「それじゃ俺が気が利かない野郎だったみてえじゃねえか、うん! 今日も辛い!」

「相変わらずやなあ。
キミは根性論信奉者っちゅーよりもドMさんなんかと思うんやけどまあええわ」

「ドM? そう言われたのは初めてじゃねえが。
俺は好きな奴に苛められることに性的快感は催さねえぞ?」

「驚いた、ソギーでも恋するんかいな」

「ははは、一度お前の中の俺のイメージをぶっ潰す必要がありそうだ」

この友人とは長い付き合いになるが、会えば能力か都市の趨勢か
そんな学生には堅苦しいような話しかしてこなかった。

こんなフランクな奴だとは微塵も思いはしなかったのだ。
278 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:35:26.17 ID:dFQUJS/AO


この超能力者は僕の思うヒーローそのものだ。
ツンツン頭の級友だってそう称されることはあるが
僕の中で英雄とは彼以外に居ない。
強くて優しくて正しくて、そして絶対に死なない、そんな漫画のような奴。
何故こんな評価をしているかと言えば、この僕も命を救われたからとしか言いようが無い。
小学生の時だ、ある日モノレールに乗ったときテロリストに乗っ取られてしまった。
過激派の彼らは理想のために僕ら全員を道連れにして死なせたかったらしい。
どうやったのか知らないが突発危機回避プログラムも作動させず
なおかつ当時の理事を人質に取る見事な仕事っぷりである。
僕はかの死臭がしないので助かるのだろうと確信していたが
周りの乗客はみな怯えきった瞳をしていた。
そんな時、現れたのがヘリから落下してきた彼なわけで、後は八面六臂の大活躍。
死傷者ゼロで見事に事件を解決したわけだ。
後から聞くと彼はその時から風紀委員の主力部隊であり
現在は副委員長であるのだろうか。

全く適いそうにもない。
279 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:38:49.95 ID:dFQUJS/AO


――という理由もあり、妙に世俗的な話は避けてきたと思う。
同じ原石ということで縁故があったが、僕と彼は心の有りようが全く違う。
偶像としての意味のアイドルに、地に足付けて喋らせることを拒んできたというか。

「そうだそうだ、恋と言えばだ」

「えらい切り出し方やね」

「あの黒髪はお前の恋人なのか?」

「え、そう見えたん?」

「お前みたいにパーソナルゾーンを広く持ちたがる奴が誰かを触っていたんだ。
当然そう思うさ」

相変わらず熱血なのに頭の回る奴だ、隙がない。

「それはごっつ嬉しいことやけど、ボクがあないな美人さんに好いてもらえるかいな。
あれはクラスメートなんや、最近能力に目覚めなはった」

「そうか、それはめでてえことだ。
しかし、ただの能力発芽者が本丸に呼び出されるなんざ普通じゃねえな」

頷く、それは確かに僕も疑問に思っていたことだからだ。
ここは――能力開発の本拠地、清濁飲み込む鉄の城。
ただの能力者ならそれ相応のカウンセリング用の施設が用意されている。

だから、生徒でこんなところに用事を持つ者は研究員か、もしくは

「俺達の仲間、ということでも無さそうだが」

僕たち――つまり原石。
ただし原石だとしたらもっと早くに現出していなければおかしいのだ、
何せ僕の能力発芽でさえも、原石の中では遅いくらいなのだから。
280 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:40:23.48 ID:dFQUJS/AO


「まあ、レアにも程がある能力みたいやったし
あちらさんが気になることもぎょうさんあるんやろ」

それに、と言葉を続ける。
「ボクの能力あるやろ、あのけったいなやつ。
あれに引っかかっとんねん。それも関わっとるんやないかなって」

「大変なことじゃねえか、誰かに言ったのか?」

削板の声が2トーンほど落ちた。
壁に寄りかかり、じっと僕を見据えている

「彼女は吹寄さん言うんやけど、それとキミだけやね。
保護仰ぐとしても何に縋るのかべきなのか分からんし
頼った先で殺されてもうたら目も当てられんわ」

自分の検査のように、彼女まで僕のため利用されてしまったらと思うととても言い出せない。
ここに留まるのは全て卓越した医療レベルのせい。
学園都市以外で同じ水準の環境が有るなら逃亡しているに違いなかった。

「青ピのこの都市に対する不信の理由も聞く必要が有りそうだが……
で、お前はどうするんだ」

「ボク? 吹寄さんを殺させへんように頑張るだけやね」

曖昧な言葉を是とはしないようで、削板は飲み物を片しつつ
「努力の方向性は間違えると厄介だぞ、思いつめてるんじゃないか」と説く。
281 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:43:44.04 ID:dFQUJS/AO


「大丈夫、まあなるようになるわ。多分な」

どんなに罪悪感に襲われそうになっても、僕は潰れなかったし終われなかったのだ。

「ボクはキミみたいにはなれんやろ。せやからせめて自分のエゴを達成せな」

ヒーローとは強く優しくて正しくて弱きを救い悪をくじき――絶対に死なない。
そんな存在であるべきだ。
命を引き換えに助け出す、そんなのはもはやエゴ、主張を押し付けただけだ。

誰かに自分を贔屓されたり、自分のために誰か自身を蔑ろにされるのは
不愉快で情けなくてとても痛いことなのだろう。

そんな感情を押し付ける奴はヒーローとは呼んではいけない。

「馬鹿というか、頑固というか」

「うっさいわ、自分がよう分かっとる」

だから僕はヒーローになれずとも良い。
惨めで目も当てられないほど情けなかろうと、それが本望だ。

282 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:44:58.64 ID:dFQUJS/AO

***

モニターに映し出されたのは、この前の検査の結果なのだろう。
ほとんどの項目において見込み無しを現すEが並ぶ。
相変わらずの結果だ。

先生は使用上の注意を細かに教えてくれた。
もっとも過度な使用は生命を脅かすきっかけになると最初に言われてしまったけれど。

「この前送った書類では検索条件が広すぎたようなの、申し訳ないわ。
あなたの能力の前例は5年前に1人だけ、発現者はキミで2人目のようね」

「そんなにマイナーなんですか……」

確かに話にも聞いたことの無い力だ。存在するとさえ思わなかった。

「ここは学園都市だから生徒達の自分だけの現実も科学に拠るのではないかしら。
あなたのそれ、当時の名を借りるなら共痛回路【ペアリング】は異質なの。
傷を転移し請け負うなんて、一種の時間遡行と言っても過言ではないじゃない?」

そんな名前がつけられた、いや5年前にすでにつけられていたのかもしれない。
これからはそう呼ばれる機会もあるのだろう、名前の他にあたしを識別するための手段。
だけれど、自分も能力者になったのだという実感は湧いてこない。

283 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:46:28.39 ID:dFQUJS/AO


「そんな大層な能力とはどうにも思えなくて。
昨日試しに包丁で切ってしまった傷を生肉に転移してみたんです。
だけどそれも凄い時間差があって、結局浅い傷が移るのに3分も」

「初めはみんなそんなものよ。
今まで使ったことのない体のパーツを使ったのだから仕方ないわ」

まあ当たり前だけれど、すぐに誰かの役に立つことは無いらしい。
あたしに救いの手を差し出してくれた彼のようになりたかったけれど
そうは上手くいかないみたいだ。

「今のところ転移できるのは自分と他者、あるいは物。
キミを介さないことには傷は移動出来ない――これもレベルが上がるにつれて改善されるでしょうけど」

そこで言葉を切ると、彼女はモニターに向けていた視線をあたしの方へ滑らせた。
涼やかな目元は本物の美人に化粧は必要ないと暗に伝えてくる。
ほんの少しだけ塗ったグロスが、自尊心と劣等感を刺激して妙に切ない。

「でも――キミの検査結果を見ると、前回も前々回も数値はそうは変わらない。
全く萌しが無かったの、あなたが目覚めるという予兆すら。
一介の科学者としての質問なのだけれど、今回の結果に思い当たる節はある?」

それなら、きっと。
間も空けずに頷いた。

284 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:48:20.50 ID:dFQUJS/AO


「心情の変化が影響を及ぼすのなら、多分」

穏やかな声のアドバイザーに語るのはこの一週間のこと。
あたしが死ぬかもしれないとは言わないけれど後は全てぶちまけた。
クラスメートにつきまとわれ、心配され、2人きりで過ごしたこと。
彼は学校よりもずっと必死で、加えてあたしにはひた隠しにする事情があること。

それを、それを教えて欲しい、分け合いたいと願ったこと。

「以前から自分の無力さに嫌気がさしていて、でも何も出来なくて。
せめて、苦痛を理解させてもらえないかとずっと考えていたんです」

「教えてくれてありがとう。
キミは自分だけの現実の弱さが課題であったようだから
その経験と感情の揺らぎが影響を及ぼしたと考えても良さそうね」

芳川先生は先ほどとは違い自身のノートに記録をつけている。
何故デジタル化しないのかと思ったが、彼女が臨時増員であることも影響しているかもしれない。

285 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/04/27(金) 00:52:48.92 ID:dFQUJS/AO


カリカリと万年筆がノートを走る。
先生のメモとあたしをモニターする音が2つ合わさり、不思議なハーモニーを奏でている。

彼女は髪をかきあげ、ちらりとこちらを見る。

「それにしても吹寄さん、キミは恋をしたのね」

「……!! ど、どうしてそれを」

「だって彼の話をする時のあなたの体表温度は急上昇して、哺乳類の発情期にありがちな」

「あああ! 分かりましたから!!」

大人の女性というのは顔を見ればすぐに分かるだの、声が色めいているだの
主観的な情報に基づき考察すると思っていたのに。
先生はきっと女性である前に科学者なのだ。

逡巡して、口を開いた。

「……不純でしょうか」

「どうして? 進化のプロセスに基づいた、とても人間らしい結果だと思うわ。
ふふ、上手くいくと良いわね」

先生のその言葉に素直に頷けないあたしは、複雑に絡み合ったコードを見て溜め息を吐いた。

機器にまで現れるレベルなんて、いつの間に酷くなってしまったのだろう。
286 :終わり :2012/04/27(金) 00:56:33.38 ID:dFQUJS/AO

さして重要ではない能力名をひねり出すのに数周かかりました、お恥ずかしい
感想どうもありがとうございます
それではお付き合いいただきありがとうございました!
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/04/27(金) 01:31:55.84 ID:8YFJ7pIco
>>1
芳川がニートじゃない、だと? 世界の調和が乱れる

白白コンビの方も楽しみに待ってまっせ
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/04/27(金) 05:45:28.04 ID:/SLZObvto
乙!
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/27(金) 08:51:02.65 ID:UzMjClDDO


なんて能力だ
不穏だな……
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/04/27(金) 10:42:33.91 ID:tGRMr0Vgo
この能力……明らかに死亡フラグ
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/27(金) 18:29:38.19 ID:WrNu96qSo
乙!
削板が出てきてうれしいが、一方で吹寄の能力がとてもフラグっぽい…
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/27(金) 18:31:55.79 ID:1HtwBvHKo


ニート脱出できて良かったな、芳川
あとここ以外でも青吹見る機会あって嬉しいわ
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) :2012/05/05(土) 16:45:23.10 ID:tGYc5awX0
乙なんだよ!
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/05(土) 22:46:32.00 ID:Myb+OlLSO
一気に読んだ
>>1頑張ってくれ
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/12(土) 23:58:05.58 ID:L6Z+0pTzo
>>292
スレチだがkwsk
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/19(土) 02:05:17.30 ID:xaCx0KAOo
>>295
支部で見たぞ
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/05/24(木) 09:33:52.48 ID:yz13aats0
ああ、何か青嵐とかいうあれか。
割と好きさな。
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage ]:2012/05/29(火) 21:18:56.38 ID:QGTG917Y0
わ、た、し、待〜って〜るわ いつまでも、待〜って〜るわ
299 : ◆ObanGQEW7M :2012/06/04(月) 01:16:04.64 ID:Gjcv3mPAO
こんばんはー、投下しますー
300 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:16:59.54 ID:Gjcv3mPAO


「……」

何故か無言になってしまった。
これが女の子なら見て楽しむことも出来るが、生憎のところ削板に可愛げはない。

沈黙を振り払うようにして、僕は口を開いた。

「えーと、で、何かソギーは話あるんとちゃうん?」

「ああ。まあ話というかお前の生死を確かめたかったんだがな」

「それはまた物騒な、どうかしはったん?」

削板はぽつりと2つの名を呟いた。
確か研究所で何度か会った同類の名前だったか。
彼らもまた、学園都市の開発を待たずして目覚めた、こちら側――天然の能力者。

「その2人がどうかしたん?」

「先月に立て続けで死んだんだ、心臓発作と交通事故と言ってたか」

「そりゃまた……」

何というべきか陰謀を感じざるを得なかった。
若い健康的な学生が心臓発作を起こすのも、この街に居ながら死んでしまうのも妙だ。
交通事故だなんて暗殺と疑って下さいと言わんばかりじゃないか。

301 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:18:25.17 ID:Gjcv3mPAO


「やけに冷静だな」

「キミもそうやろ、とうに慣れとるわ」

昔から僕たちは疎まれ、要らない嫉みを身に受けてきたのだから。
都市の運営者にとっては存在意義を揺るがせる者だし、研究者は扱い方を倦ねている。

苦労して能力者になった生徒は腹が立つだろうし、無能力者は言わずもがな。
かといえども外に置いておいたら混乱を生み出すだけだ。

「結局ボクらは……」

存在しちゃいけないんだろうか。
まさか、なら何のために能力者は生み出されるのか。
僕たちの抑止力になるために、だなんて被害妄想も甚だしいな。

厭世的な考えを振り払い、佇む削板に目を向ける。

「俺も追ってはいるが、なかなかどうして捕まえられねえ。
お前は目立つ行動してねえだろうが、気をつけて損はねえと思うぜ」

「そうするわ。まだまだ人生これからやし」

「腹も立つし、奴らいつか倒してやろうとは思ってるんだがな。
いつか助けを仰いだら力を貸してくれ」

「ボクも枕高くして寝たいし、ええよ。出来ることあったらやけど」

「言ったな?」

彼は笑い壁から体を剥がすと、大きく伸びをした。

302 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:22:33.69 ID:Gjcv3mPAO


「それじゃ時間だ、そろそろ俺は行く」

「おう、ソギーも気をつけて」

弾丸さえ効かない男に言っても無駄なのだが。
削板は額につけていたハチマキの位置を直し僕を見た。

「なあ青ピよ」

「どないしたん?」

とは言いつつも何となく分かってはいる。
この男が鋭い目をするのは、敵を見たときか義憤にかられるとき。

もしくは説教のときだけなんだから。


「俺からすると、些かお前は考えすぎなんだ。

好きな女を死なせたくない、それならそれが理由で良いじゃねえか。
何を恥じることがある、人類史は愛憎から出来ているんだ。

自然の摂理だよ、むしろ足掻くお前は偉いとさえ思うぜ」

「……そうなんかな」

無音の中、自販機の唸るような稼動音がやけに耳にこびり付く。
咄嗟に壁に張られた書類にピントを合わせたはずなのに、
輪郭は段々とぶれていきついには焦点を定めかねる。

否定すれば良いのに、僕の乾いた唇は何故躊躇するのだろう。
削板の言うとおり、なわけは。

「不本意か?」

「まあ、思いがけないことやったというか」

むしろ顔を真っ赤にしても否定しなくてはいけないことだったんじゃないか。

「俺は詳しいことは何も知らん。
だがな、ごちゃごちゃ言い訳した挙げ句、自分の思いまで歪めたら笑えねえぞ。

それにな――」

彼の口から漏れる言葉は全て僕たちの現実のようで。

反響して、氾濫して、判明しそうな想いに、僕はどうやって向き合うべきなのだろう。

「……心に留めとくわ」

今はまだ、声を絞り出すので精一杯だった。
303 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:23:58.79 ID:Gjcv3mPAO

***

診察(?)も終わり、芳川先生と別れを告げ部屋を後にした。
そろそろお昼時だ、朝ご飯は食べてきたけれど緊張からかお腹が空いてしまった。

どこかに食べに行こうと提案してみようか。
あたしより情緒不安定な彼も元気を出してくれるかもしれないし。

「居ないわね……」

先ほど別れた場所に来てみたのだけれど、あの派手な男はどこにも見えなかった。
トイレにでも行っているのだろうか、ならここで待てば良いか。

そう思い腰を下ろした時だった。

「青ピなら下の自販機付近にでも居るんじゃねえか?」

「……?」

声をかけてきたのは奇妙な風体の男だった。
年は同じくらい、目をひく白い学ランに身を包み、何故だかハチマキをしている。
雰囲気はどことなく上条に似ているような、そんな感じ。

「俺はあいつのダチだ、さっきまでそこで話してたんだ。お前のことも含めてな」

あたしの話を?
何と言ったかは気になるがそれは青髪に聞けば良いだろう。

「ああ、なるほどね。教えてくれてありがとう」

「吹寄と言ったか」

名前まで話してしまったのか。
こういうところから情報漏洩していって……とは思わないんだろうか。
そういうところが、いまいち抜けている。
304 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:25:42.41 ID:Gjcv3mPAO


「あいつほっとくと考えすぎで死ぬだろうから、目をかけてやってくれないか」

「了解したわ。あの男ってば、脳天気のフリをしているのに」

「実のところはネガティブなのかね。根性無しではないけどよ。

まあ、ちゃんと理解してもらえてるならあいつも大丈夫だろ」

「ええ、じゃあそんな脆いあいつを迎えに行ってくるわ」

「おう、気をつけろよ」

彼と別れ、吹き抜けになっている階段を下りた。
ブーツのかつんという音が静かなフロアいっぱいに響き渡る。
この靴も相当ヒールはあるのだけど、青髪の身長には遠く及ばない。
あの視点から俯瞰する景色はどんなものなのだろう。


自販機のあるエリアと言うのが分からず右往左往してしまい
見つけるまでに十数分かけてしまった。
青髪はベンチに座りぼーっと宙を眺めていた。

「待たせたわね」

「……おー、ごめんごめん。もっとかかるもんやと思っとったから」

靴音にも気付かなかったようで、声に驚き肩を震わせていた。

305 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:27:54.53 ID:Gjcv3mPAO


「白い学生服の男に教えてもらったのよ。貴様はここに居るだろうって。

それにしてもお腹空いちゃったわ、どこかに食べに行かない?」

「せやね、たまにはええかもしれん」

「あら、反対されるかと思ったけれど」

「少し考えを改めたっちゅーか、
吹寄さんがしたい言うことにボクはストーキングすればええんやなと」

「ストーキングだなんて、そんな聞こえの悪い言葉を使わなくとも」

自動扉を抜けると、12月の冷たい風が体を叩く。
マフラーと帽子だけじゃ、やっぱり物足りない。

「せやけど妙な背徳感あるし、それはそれは興奮するんやもん☆」

「気持ち悪……」

照れ隠しでも何でもない。
考えて見て欲しい、長身の男がしなりながら舌を出している様を!

「今日のドン引きいただきましたー!
嫌がりながらも我慢して歩いてるんかなとか思うとえらくゾクゾクするで?」

「貴様って本当はサディストよねえ? ねえ?」

「んー? ボクはMやけど吹寄さんはもっとMやと思うんよね」

「そんな不名誉要らないわよ」

「いつかな
『お止め下さいご主人様……そんなとこ、あたしぃ』ってな感じのメイドプレイするのが」

何も言わずに鳩尾に拳を入れた。
何故こいつはシリアスなままでいられないんだろう。

本当に落差に戸惑う、こうセクハラされると……それでも好きなあたしが滑稽じゃないか。

306 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:30:04.78 ID:Gjcv3mPAO


「女子にしては……重たいパンチやな……っ、萌えるわ……」

「足蹴も欲しいのかしら」

「くれるん……!?」

「貴様はぁ!」

上半身を丸めていたが、気にせず青髪の胸倉を掴む。

「ふっ、吹寄さん」

見上げる青髪の顔は首を絞められ頬が紅潮していた。
慌てて手を緩める、すぐ手が出るのは良くない癖だ。

「な、何よ。頭突きでも食らいたいの?」

「それもええんやけど……いや随分冷たいおててしてはるんやなと」

今度は完全に手を離した。
首元に冷たい物を押し付けられたときのあの不快感は何とも言い難い。

「……冷え性なのよ、なのに手袋無くしちゃったから」

「女子は多いんやっけ、ボクの手なんざいつも熱いんやけどね、ほら」

青髪の右手があたしの左手に触れる。
骨ばったその手はじわりとした温かさをあたしに教えてきた。

307 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:31:55.17 ID:Gjcv3mPAO

「ほんとね……でも不思議ね、貴様の腕の方があたしより長いでしょう。
だったら心臓までの血管の距離もそうなるわよね」

「……」

「ほんとずるいくらい……、何故目を逸らすのかしら」

「え、あ、役得やなあと。
女子に冷え性が多いんは皮下脂肪の差やとか聞いたような」

「あああ……痩せなきゃ駄目ね……」

「いやー、吹寄さんちっとも重ないと思うけど。ボクかてお姫様抱っこ出来たし?」

「いつそんなことを!」


信号はタイミング良く赤になった。
言い逃れできないようにと手に力を込めると、青髪は更に目を細めた。

「昨日やけど、ってこれ言わんかったっけ」

「白目向いてなかった!?」

あれは小学生の修学旅行だったか。
同室の子が深夜まで起きるなか、疲れたあたしは早くに寝てしまった。
そしてその後、購入のために見本として張られた写真の中に見つけてしまったのだ。
白目を向いて半開きのままこうこうと眠る、凄まじいあたしの姿を。

308 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:33:24.89 ID:Gjcv3mPAO


「いやあ? 寝顔もごっつ可愛かったわ」

「世辞は良いのよ世辞は……っ、あたしとしたことが……不覚だわ。
それと冬なこともあって……肉付きも……」

「男としてはふにふにしとる方が抱き心地ええし、その点吹寄さんは最高うぼぁ!」

「これ以上あたしに殴らせないで!」

「ええんやで殴ってくれて! ごっつ興奮するしな!」

「あたしが嫌なんだってば!」

そこであたしは青髪の手を振り払おうとして……振り払おうとして。

ん?

あれ、何故手を繋いで歩いているんだろう?

あれ……。



…………!!!!



「っ!!!」


慌てて手を離す。
失われていく体温を名残惜しいと感じる場合じゃない。

「悪かったわ……全く気付かないで……あたしの手、冷たいのに」

口元を隠すように両手を絡めると、さっきまで繋いでいた手の暖かさにびっくりする。
隣の存在を直視できず、視線は側溝を覆う霜へと移る。

「あはは、いやなあ? ボクは気付いとった言いますか確信犯やったと言うか。
可愛い女子と手を繋いで喜ばない男がどこに居るん?」

「もう良いから」

「柔らかくひやりとした手! 関節まですべすべとしてなあ……
……ほんまもうたまらんわ……!」

「分かったってば! うるさいから黙りなさい……」

「事実なんやけどなあ」

ニット帽の両端の三つ編みの紐を引っ張り目深にかぶり直した。
街中から絶え間なく聞こえるクリスマスソングが少しだけ薄れる。
309 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:36:49.95 ID:Gjcv3mPAO


無言で歩いていると、やはり北風の冷たさが身に凍みる。
ふう、と息を吹きかけてみてもその暖かさは束の間で、やはりすぐに逃げてしまう。

「吹寄さん?」

「何かしら」

「手の冷たい人は心が温かいんやって」

「それは多分、あたしと同じ人種の強がりだわ」

きっと恋人と手を繋いだときに咎められ、とっさについたんだと思う。
可愛いというよりかは、したたかだなあと。むしろ鼻につく。

「即答やね……、あー、なんと言うべきなんやろなあ……。
あー、キミは否定しはったけどボクは、うん、正しいと思うんやわ」

「貴様がそう思うのなら貴様の中ではそうなんでしょう」

何が言いたいのかさっぱり合点がいかない。
青髪がうんうんと唸っている間に、左手中指のささくれを移動して練習することにした。
指に移動させると同じようにささくれに、唇にやると皮がめくれ
髪だったら枝毛になった。

人体以外にも応用できるのかなと帽子を睨んでみる。
今までよりも三倍くらいの時間を要したけれど、ほつれた毛糸を見るに成功したようだ。

なるほど、芳川先生が言っていたように慣れが一番大事みたいだ。
小さい傷の方が移しやすいようだし、距離が近い方が時間がかからない。
310 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:42:20.70 ID:Gjcv3mPAO


「――分けてもらいたいなと」

練習に集中していて全く聞いていなかった。

「……えーと、何のことかしら」

改めて青髪の方を向くと、こいつにしては珍しいことに照れを浮かべている。

「その、心の温かさ、的な何かやけども」

「……ああ」

どうやらあたしは、またも気を使わせてしまったようだ。
さっき寒そうにしていたから、きっと青髪は見逃さなくて。

「――その、ええと、練習に付き合ってもらえるかしら」

気付くか気付かれるか、左手をほんの少し青髪の方に向かわせた。

「ボクは何を?」

「貴様は、あたしの心の温かさとやらを学んでいれば良いわ」

これは練習だ、そう正しい能力行使の練習だ。
だからあたしは心を痛めなくて良いんだ。
そう、うん、大丈夫。

手がまた繋がれる。
次は意識的で、わざと触れ合おうとして。
だからか収まってきた心拍数が、またも右肩上がりに上昇していく。
311 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:43:03.61 ID:Gjcv3mPAO


「……はは、なーんかごっつまどろっこしいな」

「……そうね」

本当に慎重で、面倒で、おっかなびっくり。

「……傷らしい傷が無いのだけど、何でそんなに手が綺麗なのよ」

「下宿しとるから水回りやらんから?
吹寄さんがそないに落ち込むことやないと思うんやけど」

「腹立たしいわね……まあ、なら仕方ない。
貴様から移そうかと思ったけど無かったから、勝手にやらせてもらうわ」

「ああ、移動させるんやね。うん、爪が食い込んで痛気持ちいいわ」

「そこは指摘してくれて良いのだけれど!」

条件反射的に手離そうとしたけれど、向こうはそれを許さない。

「これくらい大丈夫やから、やりたいことやし。ボクはドマゾやもん」

「……貴様は……」

左手から伝わるじわりとした熱が全身を温めていく。

灰色の街も何だか穏やかに見える、そんなとある日のこと。

312 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:44:52.25 ID:Gjcv3mPAO

***



消毒薬が外にいても臭ってくる。
まあ、僕の体に塗布されたものなので当然なんだけど。

うなだれてどれくらいの時間が経ったのだろう。
肩に積もる雪が体温で溶け、液体となり体を濡らす。
彼女に温かいと誉められた指先も、すっかり冷えてしまっていた。

あの時、手を握らなければ。必要以上に親密にならなければ。
今頃うなだれているのは吹寄さんで、僕のために泣いていたのかもしれない。

でも、それで良かったのに。
そうする予定だったんだ。


そして、誰かの足音。


「――あなたも捻挫に骨折に打ち身にとひどい有り様らしいのに
こんな所に居て平気なのかな」

「……」

外で見ると、まるで雪が擬人化したようにも見える。

ひたすらに白銀の少女は真っ黒な傘をさしていた。


「冷えちゃうんだよ」

「……何か用でもあるのか」

少女は何も答えずに僕のすぐ目の前まで近付いた。
313 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:47:12.69 ID:Gjcv3mPAO

「自分が救うと意気込んで、死ぬとまで決意して。
なのに自分のエゴでしかないと言われちゃって、ううん、これは主観だったね。

でもそれは、自分の独り善がりだったと言われてしまった。
結局救われたのは――自分の方」


少女の瞳は僕を捉えていない。
どこかあらぬ方を、ひたすらに宙を見つめている。


「救いたいと願ったのに何をやっているんだろう?
それか元々このレールの目的地は奈落の底だったのかな。

結局伸ばしてくれた手を地獄の底へと引きずり込んでしまった?
それとも、引き上げてくれた反動であちらを落としてしまったのか」

人の不幸を喜ぶかのような、陽気な語り口なのに腹は立たない。
だって、ただ、ただひたすらに彼女は――。

「悲しいね、辛いね、情けないね。
後悔しても怒りは収まらないし、死にたくて仕方がないんだ。
だけどそれでどうにかなるわけじゃない、どうにも手詰まり、困っちゃったね」

彼女は不気味で、気持ち悪い。

「分かるよ、だってね。同じだから」


ただただ底無しに気味が悪い。

314 : ◆ObanGQEW7M [saga]:2012/06/04(月) 01:57:47.92 ID:Gjcv3mPAO


「君は……」

「“私”の名前は禁書目録、献身的な545匹目の仔羊。
イギリス清教のシスターで、同時に10万3000の原典を納める図書館なんだよ」

どろりとした赤い目がこちらを向く。

「今日は聖誕祭――私たちにとってとてもおめでたい日かも。
一年に一度の大切な日、この国では贈り物をしたり大切な人と愛を深めあうようだけれど。

だからね、聖職者として私はあなたに提案をしに来たんだよ」

「提案……?」

烏のように真っ黒な傘が、僕の真上に移動する。
やけに心臓が高鳴って、どうにも騒がしい。

「プレゼントとは言わないかも。
そんなに私は不遜じゃないんだよ」

少女は義務的な笑みを浮かべ、乾ききった唇を開く。









「もしも、彼女の意識を戻せるって言ったらどうする?

――代わりにあなた、多分死んじゃうけれど」





禁書目録の瞳の中の六芒星は、怪しくそして禍々しく輝いた。


「―――」

まるで僕を、試すかのように。
315 :終わり :2012/06/04(月) 02:03:03.75 ID:Gjcv3mPAO

髪の長い女の子が三つ編み紐付き帽子を被るのと、マフラーを付けて髪がもふっとなるのが大好きです
しかしもう春です!

そんな感じで今回は投下終了です、お付き合いいただきありがとうございました!
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/04(月) 14:23:20.43 ID:gYGWVYu1o

ここでインデックスさん、いやペンデックスさんが出てくるとは……

先生、袖口から指だけが出ているのはアリでしょうか!
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/04(月) 19:46:51.95 ID:sw5TRPENo
オツデックス
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/07(木) 00:14:33.76 ID:E+nbzmvLo
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/06/10(日) 08:53:40.73 ID:Q5/uMkUs0
>>316
その状態で指を曲げて袖口をちょこんと押さえるのが好き。
萌えっつーより単純に和む。

ただし精々学生まで。
社会人でやらかしたらドン引きする。
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/06/19(火) 08:49:58.26 ID:8K/CqGEAO
待ってるぞ
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/24(日) 15:20:18.62 ID:7rvm/XjXo
まだかなー
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/07(土) 01:58:09.24 ID:f4jXIromo
七夕にも待機
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 10:15:50.05 ID:CSOGvBADo
待ってる
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/01(水) 01:33:52.96 ID:HgeOWLGto
8月になっても待つ
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/18(土) 02:41:11.87 ID:8TFmcJfRo
まだまだ
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/05(水) 08:57:50.93 ID:oXK8Iqgno
夏が終わりに近づいてるぞ
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/25(火) 18:57:30.56 ID:Hgx9bu2l0



   ___l___ ム ヒ  __|_ ヽヽ     .| | | |      
   ノ l Jヽ 月 ヒ   | ー ―――― .| | | |     
    ノヌ   ノ l ヽヽノ.| ヽー       .| | | |           
    / ヽ、_    ̄ ̄           ・ ・ ・ ・
        




328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/09/25(火) 22:57:48.96 ID:A5GRElU/o
元スレも落ちちゃったからなあ
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/09/26(水) 00:28:11.81 ID:e2Y97O6to
>>328
え?
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/09/26(水) 18:16:29.23 ID:sgwoC13To
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1298121610/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1306684004/
のスピンアウトだけど2スレ目で落ちちゃったのよ
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/27(木) 05:27:14.37 ID:lgrOzhaHo
>>330
いや、2スレ目まだ落ちてなくね?
少なくとも俺のjaneでは落ちてないように見えるぞ
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