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 IS大戦 〈インフィニット・ストラトス×サクラ大戦〉 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:34:18.96 ID:qJ5PnGe/o




 諸君は戦争に関心を持たないかもしれないが、戦争は諸君に関心を持っているのだ


                                             トロツキー
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旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
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木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
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いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
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【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
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こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
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【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
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アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
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エルヴィン「ボーナスを支給する!」 @ 2024/04/14(日) 11:41:07.59 ID:o/ZidldvO
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/07/30(土) 19:36:03.99 ID:L5Dj7qWAO
>>1乙。小ネタスレで見かけた人かな?
楽しみですー
3 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:36:48.16 ID:qJ5PnGe/o

 この日、彼は横須賀の総監部へと出頭した。

 あの上野恩賜公園での事件以来、こういう日が来るのではないかと覚悟をしていたけれど、

その日は彼が思った以上に早かった。

 総監室の前に立つといつも以上に緊張する。

「大神三尉、入ります!」

 いつも以上に背筋を伸ばし大神は部屋に入る。士官とはいえ所詮は若手、こんな場所に
くることは滅多にない。

「来たか大神」海将の階級章が輝く三川忠信総監が、やや緊張した面持ちで彼の名前を呼ぶ。

「はっ!」

 彼は再び姿勢をただした。

「大神、こちらは統合幕僚本部の三隅一佐だ」

 総監室のソファで見慣れない陸自の制服を着ている男性を見て総監は言う。

 階級は一佐だが、その眼光の鋭さは総監以上だ。

「三隅だ、よろしく。キミが大神三尉か」

 三隅一佐は立ち上がると右手を差し出した。どうやら握手を求めているらしい。

 敬礼を交わすのが習わしの自衛隊において、こんな風に右手を差し出す人は珍しい。

 大神は一佐の目を見据えつつ、彼の手を握った。

 がっちりとした体格にふさわしく、握る力も強かった。大神も細身の身体に似合わず

力には結構自信があったほうだが、この人にはかなわないかもしれないと思わせる。

そんな力強さ。

「上野公園での件は大変だったな」

「いえ、自分はたまたまそこに居合わせただけです。何もしておりません」
4 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:38:45.02 ID:qJ5PnGe/o

「謙遜するな。小さな子どもを助けたと聞いている。あの状況でなかなかできるもの
ではない」

「市民を守ることは自衛官として当然の責務だと考えております」

「ふむ、なかなかの優等生ぶり。幹部学校主席は伊達ではないか」

「それで、自分は……」

「そう焦るな。帝都周辺では、貴官が上野公園で遭遇したような『降魔』が出現している
ことはもう知っていると思う」

「はい」

「わが自衛隊でも、すでに警察などと共同で降魔を倒すための特殊部隊を編制中だ。
そこで大神三尉」

「はっ」

「キミにもその対降魔部隊に入ってもらう」

「……はい」

 覚悟はしていたけれど、いざ言われると不安になってくるものだ。

「若いキミには色々な仕事を経験してもらいたいとは思う。しかしあいにく対降魔翌霊力を
持った自衛官は限られている」

「日本の平和を守るためならば、どのような職務にも邁進していく覚悟はあります」

「ふむ、いい心掛けだ。それでは、大臣から配属先を預かっている。急で悪いが明後日、
この場所に出頭してもらいたい」

 そう言うと三隅一佐は一枚の紙を俺に差し出した。

「大神宗一郎、粉骨砕身の決意で任務を遂行していきたいと……」

「どうした」

「ここは……」

「キミの配属先だ。大神三尉」

「いえ、でも」

「これは特務である。質問も拒否も許されない」

「わかりました。大神三尉、明後日指定の場所に出頭いたします」

 防衛大臣の名前入りで書かれた配属先、

 それは――
5 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:39:41.37 ID:qJ5PnGe/o





        I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



          第一話 大神、IS学園に着任す
6 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:43:18.81 ID:qJ5PnGe/o

 
 IS学園――

 そこはIS搭乗者を養成するための専門の教育機関だ。

 軍の訓練施設を除けば、ISの搭乗者教育をする「高校」はここしかない。

「初めてきたけれど、随分と新しいなあ」

 学園の敷地は広く、そして設備は新しい。自衛隊の施設とは雲泥の差だな、と大神は

心の中で思い、苦笑する。

 学園内は静かであった。この日は日曜日なので当然といえば当然かもしれない。

 正門には、警備員の詰所があり、彼はそこに顔を出す。

「あの、すいません。海上自衛隊からきました大神と申します。校長にお会いしたいの

ですが」
 
「え? はい。わかりました。少々お待ちください」

 IS学園は生徒も職員も女性ばかりと聞いていたが、警備員も女性であった。

 本当に女性ばかりの場所。

(男ばかりの職場にいた身としては、ちょっとキツイかもしれない。しかしそんな心配

をしていても仕方がないか。とりあえず、校長に会って話を聞こう)

 大神はそう考え気持ちを切り替える。切り替えの早さは彼の特技でもある。

(それにしても校長はどんな人なんだろう)

 IS学園の校長は陸上自衛隊の元陸将補で、自衛隊IS部隊の創設者でもあったと彼は
聞いていた。

 いわばIS運用のエキスパートだ。

 一昨日に会った三隅一佐よりも、もっと厳しい人なのかもしれない。

 女性ばかりのIS部隊を編成した人なのだから、相当精神的にタフでなければやって
いけないだろう。

 そんなことを考えながら待っていると、校舎のほうから髪の短い女性が胸をタユンタユン
させながらこちらにやってきた。

 大きな眼鏡が印象的な女性である。

 近づいて見ると、背が小さい。
7 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:44:32.92 ID:qJ5PnGe/o

「はははは、はじめままして、私、山田まひゃっ、噛んじゃった」

「あの、大丈夫ですか?」

「ごめんなさい。お……、大神宗一郎さんですよね、海上自衛隊の」

「ええ、はい。大神です」

「は……、はじめめまして。私、IS学園教諭の山田真耶と申します」

 随分挙動がおかしい。

「本当に大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫です。私こう見えて身体は丈夫なんです」そう言うと真耶は両手の

拳をギュッと握って見せた。

 反動で胸がタユンと揺れる。

「どど、どこ見てるんですか!」

「ああ、すいません」

「ふゆゆ……。こ、こちらこそ、ごめんなさい。私、男の人はあんまり慣れていない
ものでしゅて……」

 また噛んだ。

「ああ……、ダメですね私」

「ふふ……」

「どうしました?」

「いや、随分可愛い先生だなと思いまして」

「か、カワイイ……!」

 元々赤らんでいた真耶の顔が更に赤くなっていく。

「だ、大丈夫ですか」

「ちょ、ちょっと待ってください……」

 真耶は大神に背を向けて、深呼吸らしき動きをしはじめた。
8 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:46:14.88 ID:qJ5PnGe/o

「スーハー、スーハー、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「……」

「じゃ、行きましょうか」

「……はあ」

 色々と無理している感じの教員、山田真耶に連れられて大神は校長室に向かうことに
なった。

「何かわからないことがあったら聞いてくださいね。私に答えられることであれば、何でも
答えますから」

「どうも」

(何を聞こうか)

 大神は少しの間考える。

「せっかくなんて、山田先生のことを色々教えてください」

「わ、私ですか……!? 私なんて……そんな。じゃ、じゃあその、大神さんのことも
教えてください……」

「わかりました」

 テッテレテッテッテー♪

(何だ今の音は……。これが世に言う好感度上昇音というやつか?)

「あ、ごめんなさい。メールです」

「そうですか」

 それから大神と真耶は他愛のない話をしながら校長室へと向かった。

 日曜日の静かな構内は気持ちがいい、と大神は思う。時折飛ぶ小鳥のさえずりが、多少の
緊張を和らげてくれる。

「着きました。ここです」

 構内でも一際大きな建物の一室に、校長室はあった。ドアも立派だ。
9 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:47:45.83 ID:qJ5PnGe/o

「では、入りましょう」そう言って、真耶はドアをノックする。

「山田です。大神さんをお連れしました」

「おう、入れ」

 ドア越しに男性の声が聞こえてくる。心なしかその声は楽しそうだ。

「失礼します」

 ドアの向こうは、予想通り広々した室内で立派なテーブルやソファが並べられていた。

 一昨日見た総監室よりもはるかにいい。

 そんなことを思いつつ、大神は部屋の奥にある大きな椅子と机を見る。


 そこには――


「くうーっ、うめえな、このシャンパン」


 酔っ払いがいた。

「んもうっ、校長先生! また校内で飲酒ですか?」

「いいじゃねえか、たまの日曜日くらい」

「いつだって飲んでるじゃないですか。もー」

「あんまりモーモー言ってると牛になっちゃうぞ、山田先生。あ、胸はもう牛ちゃんか」

「何を言ってるんですか」

「!」

 不意に、入口から人の気配がした。

「あんまり冗談が過ぎるようでしたら、セクハラで訴えられますよ校長」

「おう、千冬か。早かったな」

 そう言うと校長(らしき酔っ払い)は、シャンパングラスを軽く上げた。
10 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:49:10.59 ID:qJ5PnGe/o

「たまたまそこの二人が歩いているところを見かけましてね。呼び出される前に来ました」

 黒髪の美人がそこにいた。

 スラリと長い脚を引き立てる黒のスーツ姿。意志の強そうな目つき。大人っぽい雰囲気。

 そのすべてが大神の好みであった。

「あなたは……」

「申し遅れました。私、そちらの山田と同じくIS学園で教師をしております、
織斑千冬(おりむら ちふゆ)と申します」

 千冬は姿勢を正し、マナーの教科書に出てくるような美しいお辞儀をした。

 何か武道をやっている人の動きだ、と彼女を見た大神は感じる。大神自身も、剣の使い手
であるからわかるのだ。

「堅苦しい挨拶はなしだ。それよりお前も自己紹介しろ、もう皆お前のことを知ってるけど」

 校長が大神を見て言った。

「あ、はい」

 酔っ払いに促されて、大神は自己紹介をする。

「このたび、このIS学園に配属されることになりました、海上自衛隊の三等海尉、
大神宗一郎です!」

 大神は姿勢を正し、はっきりした口調で自己紹介をする。

 伝統ある海上自衛隊の士官として第一印象は大事だ。

 しかし酔っ払いはそんな挨拶が気に食わなかったようだ。

「おめえよお、大神。ここは自衛隊じゃねえんだからもっとこう、親しみやすい挨拶をしろよ」

「親しみやすい、ですか」

「とりあえず好みの女のタイプを教えろ」
11 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:50:19.13 ID:qJ5PnGe/o

「はい?」

「校長」たまらず千冬が口を挟む。

 しかし酔っ払いの勢いは止まらない。

「とりあえず、ここにいる山田先生と千冬、どっちがお前の好みだ」

「え、そんな……」

「校長っ! いい加減にしてください」

 そう言うと千冬は校長の机に拳を打ちつける。物凄い音が部屋に鳴り響いた。

「悪い悪い、そんなに怒るなよ。冗談だっての」そう言いつつ、校長はシャンパングラス
に残った液体を飲み干す。

「では、校長も自己紹介をしてください」と、千冬が促す。

「ああ、わかったわかった。俺がIS学園校長の米田一紀(よねだ かずのり)だ。
大神、お前をここに呼んだのはほかでもないこの俺だ」

「はい。それで、自分をここに呼んだ理由は」

「お前、得意教科はなんだ」

「はい?」

「得意な教科だよ、特に高校時代に成績が良かった教科」

「あの……、数学ですか」

「なるほど。おい千冬」

「はい」

「数学の教員の空きはあったな」

「はい。一般教養の教員は軒並み人手不足です」

「よし、じゃあ大神、お前は明日から数学教師な」
12 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:51:38.12 ID:qJ5PnGe/o

「え、はい? ちょっと待ってください」

「なんだよ」

「いきなり意味がわかりません」

「お前、俺の言ってる言葉が理解できんのか? お前は明日から数学教師としてこの
学校で働くんだよ」

「いやだから」

「あんだよ面倒くせえ」

「いきなり数学教師なんて言われてもわけがわかりませんよ。自分は自衛官ですよ」

「んなこたあわかってるよ」

「じゃあ何で」

「大神、お前ここに来るとき“特務”って言われなかったか?」

 不意に、米田の目つきが鋭くなる。

「え? はい」

「特務に質問も拒否も許されない。わかるな」

「……はい」

 有無を言わせぬ迫力。とてもさっきまでの酔っ払いと同一人物とは思えない。

「よし、じゃあ職員用の寮へ行け。明日から仕事だ」

「わかりました」

「ああ、それから大神」

「はい」

「ここの生徒は女子ばかりだ」

「はい、わかっています」

 ISは女性にしか動かせないと聞いていた。
13 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:53:01.95 ID:qJ5PnGe/o

「しかもオメー、とびっきりの美少女が揃ってる。それも世界中のだ」

「……」

「もし生徒に手を出したら、分かってるな」

「……はい」

 懲戒免職では、済まされないだろう……。

「それから」

「まだありますか」

「特務でここにきているということは、秘密にしろよ。何せ特務だからな」

「職員の人にも言ってはダメですか?」

「できるだけ、人前では言わんほうがいいな。生徒たちには特に」

「わかりました」

「お前は一応、海上自衛隊との人事交流できたということにしておく」

「はい……、わかりました」



   *



 大神が出て行った後、校長室には校長の米田と千冬の二人が残った。

「これでよかったのですか校長」

「ああ、すぐには教えねえ」

「ですが、大神三尉も随分戸惑っていたようですが」

「この程度で戸惑うくらいじゃあ、“あいつら”の隊長は務まらんよ」

「どういうことです?」

「つまり、“試験”みたいなもんだ。いきなり学校の先生やれって言われて、困らない
奴はいないだろう。しかも相手は女子生徒ばかりだ」

「それは、困るでしょうね」

「それを乗り越えてこそだ。まあ、ISのことについては、随時教えて行ってくれ」

「わかりました」



   *
14 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:54:43.74 ID:qJ5PnGe/o



 米田校長に対して「わかりました」、とは言ったけれど、実際は全然意味が
わからなかった。

(俺は自衛官なのに、なんで教師なんてやらなければならないんだ? 
教師になるための教育なんて、一つも受けていないのに……)

 自分は本来、降魔と戦うための特殊部隊に入ると言われていた。

 しかし配属先は学校。もちろん、IS操縦者を養成するための特別な学校では
あるけれど、そんな学校で何をするかと言えば教師をするというのだ。

 平和を守るために自衛隊に入り、厳しい訓練に耐え、トップの成績で幹部学校を
卒業した大神にとって、この処遇は当然納得できるものではない。

「あ、あの、大神さん。大丈夫ですか?」

 心配そうに真耶は大神の子を覗きこむ。

「いえ、大丈夫ですよ。ただ、ちょっと混乱しているだけで」

「私も米田校長の考えていることはよくわからないのですが、あの人のことですから、
必ず何かお考えがあるものだと思っています」

「そうなんですか?」

「ええ」

 大神にはただの酔っ払いにしか見えなかったけれど、山田真耶もあの織斑千冬も、
米田に対しては一目置いている様子であった。

 確かに時折見せるあの鋭い目つきはただの俗物ではないことを感じさせる。

 だが彼の本当の意図を理解するには未だに至っていない。

(本当になぜ自分が教師を……)

 何度考えても答えはでるわけもなく。しばらく歩いている職員用の寮に到着した。

「ここが職員用の寮です。大神さんの荷物は今朝届いていましたので、お部屋に入れて
おきました」

「わざわざありがとうございます」
15 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:56:12.69 ID:qJ5PnGe/o

「いいえ。でも気を付けてください」

「はい?」

「この学園は生徒たちだけでなく、職員も女性ばかりなのであの、……シャワーとか」

「は、はい。気を付けます」

「私たちのほうも気を付けるようにしますので……」

「そうですね。じゃあ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、ふつつか者ですがよろしくお願いします」

 そう言って山田真耶はペコリと頭を下げた。しかしこの言い方だと、まるで嫁入り
みたいだ。

 それはともかく、大神は彼女の案内で寮の中に入る。

 玄関を抜けると、甘く、それでいて酸味のある果物を煮込んだような強い匂いが鼻腔を
刺激した。これが女性の多い空間の匂いだろうか。

 今まで生活していた護衛艦の中や自衛隊の隊舎のニオイとは明らかに違う空間である。

 不意に、目の前にパンツ丸出しの女性の尻が目に入る。

 ドーンという効果音がピッタリなほど実に堂々とした尻だ。

「もう、坂本先生! スカートかズボンをはいてくださいっていつも言ってるじゃないですか!」

「おお、山田先生か。むっ、そちらの殿方は恋人か?」

「ふぇ? ち、違います! 新しく入った先生です!」

(どうやら、俺が先生になることは決定事項らしい)大神はふと心の中で思った。

「そうか、私は坂本良子だ! よろしく。趣味は温泉めぐりだ。温泉施設のタダ券とかも沢山
持っているから、必要な時は私に言ってくれ」

「あ、ありがとうございます……」
16 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:58:36.56 ID:qJ5PnGe/o

 なんだか男性よりも男前な女性である。

 ここの学校はこんな人ばかりなのだろうか。

「坂本先生、何かあったんですか?」

「ねえ、私のナプキン知らない?」

「うわあ、頭痛い……」

「わっ、男だ!」

 しばらくすると若い女性たちがぞろぞろと出てきた。皆この学校の職員たちなのだろう。
見事に、職員も女性ばかりだ。

 それにしても日曜日だというのに、なんでこんなに人がいるのだろう。

 外に出たりとかはしないのだろうか。

「おお、あなたが新しく入るという男の先生ですな」

「ちょっと、聞いてもいいですかあ」

「あの、独身ですか」

 いきなり現れた女性軍団に囲まれた大神は質問攻めにされてしまう。男が相当珍しい
というのは本当らしい。

「もー、皆さん! 大神先生は今日こられたばかりでお疲れなんですから! 
質問は後にしてくださーい!」

 真耶のおかげで、なんとか大神は自分の部屋に行くことができた。

 部屋には、真耶の言った通り彼の荷物がすでに置かれていた。転属の多い幹部自衛官は、
なるべく身軽な方が良いと先輩から教えられていたので、荷物はそう多くない。

 寮なので、生活必需品はそれなりに揃っているから尚更少ない。

「しかし、早速こいつを着なければならないとは」

 大神は、自分の荷物から私物のスーツを取り出す。

(どうやら自分が今着ている海自の制服は、しばらく出番がなさそうだな)

 大神はふとそんなことを考えたが、実際その通りになってしまう。

「ああ、疲れた」

 何もしていないのに、ドッと疲れが出る。荷物を一通り整理し終わった大神は、ベッドに
倒れ込んだ。そして、夕食までの少しの間眠りに落ちることになった。
17 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 19:59:38.59 ID:qJ5PnGe/o



   *

 

 大神は夢を見た。

 あの日以来、何度も見てしまう夢。

 桜の花びらが舞い散る上野恩賜公園に突然出現した降魔と呼ばれる化け物。

 それを刀一本で倒した少女がいた。

 風に舞う花びら越しに見た彼女の、後ろで束ねた長い髪の毛が印象的であった。

 キミの名前は?

 そういえば名を聞いていなかった。

 名も知らぬ少女。

 あんな少女が戦っているのに、自分が戦わないわけにはいかない。

 大神は手を伸ばす。

 力が欲しい。平和を脅かす降魔を倒すための力が。



 ムニュ。



「ん?」

 柔らかい感触が手から伝わってくる。低反発枕は買っていなかったはずだが。

「あ……」

 真っ赤な顔をした山田真耶の姿がそこにあった。

「きゃああああああ!!」

「いったあああ!」

 目の前に星が光る。



   ☆
18 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 20:00:35.42 ID:qJ5PnGe/o


「イテテテ……」

 大神は頬を抑えながら歩いていた。

「ごめんなさい、いきなり胸を掴まれたのでびっくりしちゃって」謝る真耶。

「いや、いいんです。こちらこそ失礼しました」

「私が勝手にお部屋に入ったから」

「いや、いいんです。気にしてませんから。おかげで目が覚めましたよ」

「はう……」

 二人で寮の食堂へ行くと、そこはすでに騒がしかった。

「ん? なんだ?」

「やっと来たな」

「いくよ、せーのっ」


「大神先生、ようこそIS学園へ!!」


 パーティー用のクラッカーが鳴り響き、大神の頭に紙吹雪が舞った。

 よく見ると、食堂の壁に大きく『歓迎・大神宗一郎君』と書かれていた。

 いつの間に用意したんだこんなの。

「おう、大神。おせーぞ」

「校長?」

 昼間と違い、ワイングラスを片手に持った米田校長が赤い顔で大神に呼びかける。

「これは一体……」

 戸惑う大神に、誰かが声をかける。
19 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 20:02:40.86 ID:qJ5PnGe/o

「これから一緒に働く仲間が増えるのだから、歓迎会はやらないければならない、
というのが校長のお考えだ」

「織斑先生?」

 スーツ姿の織斑千冬がいつの間にか大神のすぐ近くに立っていた。

「まあ、校長のことだからお酒が飲めれば理由なんてどうでもいいのかもしれないけどな」

「そ、そうかもしれませんね」

 校長が無類の酒好きであることはもうわかっていたので、そんな理由でも驚かない。

「まあ、校長だけでなく、私たちもキミを歓迎したという気持ちはあるさ、大神君」

「は、はい」

「そうかしこまらなくていい。気を張ったままだと持たないからな」

「そうですね」

 グラスを傾ける千冬の横顔は、まるで新雪のような美しさがあった。

 正直、大神は校長よりも彼女の隣にいるほうが緊張する。

 ふと、千冬は声を小さくする。

「校長のことだが」

「え?」

「キミが不信感を持つのはわかる。何も説明をしていないわけだからな。ただ、信じて
あげて欲しい」

「……」

「校長もキミには期待しているからな」

「校長が……」

 大神が顔を上げると、そこには今にも服を脱ぎ捨てようとしている米田校長の姿があった。
20 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 20:04:18.02 ID:qJ5PnGe/o

「ああ、織斑先生ばっかり大神さんを一人占めしてズルイ!」

 教職員の一人がそう言って声をかけてきた。手にはキリンライガービールの瓶が
握られている。

「ああ、すまないな。これ以上大神君を独占するつもりはない。後はキミらの好きに
すればいい」

「やった! ほら、宮藤先生。こっち来てよ」

「ああ……」

 本当なら、もう少し彼女に“独占”されていたかった。大神はそう思ったけれど、
彼女の後姿を眺めることしかできなかったのだった。




   *



 
 校長以下数人の女性教師たちによる狂乱の宴が終わったのは、寮の消灯時間(11時)
間際のことであった。

 やっと終わったと思い、部屋に戻ってくつろいでいると誰かがノックしてきた。

(ん、誰だ? まさか織斑先生か?)

 妙な期待を胸に、大神をドアを開ける。するとそこには、誰もいなかった、と見せかけて
視線を下げると山田真耶がいた。風呂上がりなのか、顔が火照っている。

「山田先生、どうされました?」

「お疲れのところ申し訳ありません大神さん」

「いえ、別に」

 昼間に少し寝ていたので、それほど疲れていはいない。
21 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 20:05:45.19 ID:qJ5PnGe/o

「実は、この学園では夜に先生たちによる見回りがあるんです」

「見回りですか?」

「はい。で、でも、今日はみんなその、大神さんの歓迎会で……」

「グテングテンに酔っぱらっているんですね」

「はい、実は私もちょっと頭が痛くて……」

「わかりました、山田先生。不肖大神、学園内の夜の見回りに行ってきます」

「あ、なんでしたら私も一緒に……」

「いや、大丈夫ですよ。頭、痛いんでしょう? 一人で行けます」

「そうですか」

「学園の案内図と懐中電灯は借りて行きますね」

「はい、あの……」

「なんですか?」

「いえ、何でもありません」

「ええ、それじゃ。行ってきます」

 ということで、大神は夜の学園の見回りをすることになった。寮の管理人室に行くと、
見回りルートの書かれた紙と懐中電灯を貰うことができたので、それを持って職員用
の寮を出る。

 学園内は広いので、見周りをする時はいつも自転車を使うらしい。

 大神もそれに乗った。夜の学園は、昼間とはまた違う表情を見せる。

 ふと、体育館のほうを見ると、灯りがついているのが見えた。

(こんな夜遅くに、誰かいるのか?)

 この日は日曜日でもあるし、職員は皆寮で寝ているので、人は出入りしていないはず
なのだが。
22 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 20:06:37.57 ID:qJ5PnGe/o

 もしかして侵入者かもしれない。大神は心の中で身構えて体育館へ向かう。

 足音が響く。

 どうやら、灯りがついているのは体育館の中でもその一部だけらしい。

(人の気配がする)

 誰かが照明を消し忘れているというわけでもない。

 そして彼が到着した場所は、

「シャワールーム……?」

 体育施設には付き物のシャワールームである。

 更衣室の中に入ると水の流れる音がする。

(い、いかん。頭がクラクラしてきた。しっかりするんだ大神!)

 大神は必死に自分に言い聞かせる。

 だが、


 か、身体が勝手に……。


 大神はシャワー室のドアを開けた。

 するとそこには、人影が見える。

 湯気の中で、髪の長い女性がバスタオルを一枚巻いただけの状態で立っていたのだ!

「キ、キミは……」

「……!」

 その鋭い瞳には覚えがあった。





   つづく
23 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2011/07/30(土) 20:09:11.83 ID:qJ5PnGe/o
 みなさんこんばんは。

 イチジクです。

 初めてのかたははじめまして。前作、孤独の魔法少女グルメ☆マギカから読んで
いただいたかたはお久しぶりです。

 筆者の三部作のうち、最終章がついに投下されることとなりました。

 これも、応援してくれた方のおかげと思っています。

 今回は趣向を変えて、ISとサクラ大戦という、時代設定の違う二つの物語を
掛け合わせてみました。

 まだ第一話なので、世界観や設定などがよくわからないかもしれませんが、
物語を読んで行くうちに、追々理解していただければ幸いです。

 今作は、前作よりも更に長くなっており、本編だけでちょうどラノベ一冊分くらいの
分量はありますので(マジです)、まったり見て行ってください。

 これから少し長くなりますが、よろしくお願いいたします。


● 前作および第零話『騒乱の胎動』はこちら。

 孤独の魔法少女グルメ☆マギカ〜井之頭五郎と魔女の物語〜
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1306497755/


● 前々作、すべてはここから始まった……。

 魔法少女まどか☆イチロー

http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1302/13023/1302346747.html
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/07/31(日) 01:42:50.24 ID:B8RLj6aRo
乙乙
来てたと思わなかった

流石大神さんの一族、体の躾がなってないな
25 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:00:53.15 ID:yOs4HpOGo
 ひっそりやります。
26 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:01:28.38 ID:yOs4HpOGo





 愚者は教えたがり、賢者は学びたがる。

                     チェーホフ
27 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:02:43.96 ID:yOs4HpOGo


 日曜日の夜、なぜかIS学園に数学教師として勤務することになってしまった海上
自衛隊の自衛官、大神宗一郎は学園内の夜の見回りを行っていた。

 そして、体育館の一部で怪しい光を発見する。

 中に入ると、シャワー室の照明がついており、人の気配がする。

 正義感あふれる大神は(←ここ重要)、勇気を振い起し、シャワー室の中に突撃して
行った。


 そこで見たものは!


「キ、キミは……」

「……!」

 目の前にいる、バスタオル一枚を巻いただけの少女。

 その鋭い瞳には覚えがあった。

 あれは確か、大神がIS学園に来る以前、とある人物と東京の上野恩賜公園で
待ち合わせをしていた際、偶然出会った少女である。

 彼女は、持っていた日本刀で降魔と呼ばれる化け物に立ち向かい、そして不思議な
力でそれに打ち勝った。

 その時は、長い髪の毛を後ろで結んでいたけれど、今はシャワーを浴びたばかり
なのか、髪をおろしている。

 けれども、その鋭い瞳はしっかりと覚えていた。そして、服越しにもわかったあの
胸のふくらみも、今はよく見え……。

「いやああああああああああ!!!」

「いや、違うんだ! これは」

「ちぇすとおおおおおおおおお!!」

 どこから取り出したのか、デッキブラシを振り上げる彼女。

「うわ! そんなに腕を上げると」

 ハラリと落ちるバスタオル。
 
「いやぎゃあああああああああ!!!!」

 天が震えた。
28 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:03:18.56 ID:yOs4HpOGo








    I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



          第二話 新任教師
29 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:04:29.89 ID:yOs4HpOGo


 シャワー室を出た大神は急いで職員用の寮に戻り、なぜかロビーでうたた寝
をしていた山田真耶を抱えて再び体育館へと戻って行った。

「ちょ、ちょっと。何があったんですか? 大神さん?」

「とにかく一緒に来てください!」

「ふひゅぅ……」

 真耶を抱えた大神は、大急ぎで体育館に戻り、そこで事情を説明する。

「わかりました。ちょっと行ってきますね」そう言うと、真耶はヨタヨタと歩きながら
体育館の中に入って行く。

 そして数分後、パジャマの上にカーディガンを羽織った真耶とジャージ姿の
少女が出てきた。

 後ろで髪を束ねている髪型を見て、大神は改めて上野恩賜公園で会った
彼女だと認識する。

「彼は大神さんと言って、明日からこの学校で先生をする人なんですよ。
不審者じゃありません」

「……先生?」

 顔を真っ赤にしたその少女は、モジモジしながら目をそらした。

 無理もない。年頃の少女が裸を見られて平気でいられるはずもないだろうし。

「それと篠ノ之さん、ちゃんとシャワールームの使用時間は守らないとダメですよ」

「すみません、寮のシャワーが使えなくなっていて……」

 どうやら真耶も知っている生徒のようだ。まあ、学園内なのだから当り前かもしれないが。

「山田先生、この子は」

 大神は恐る恐る声をかける。

「ああ、この子は篠ノ之箒(しののの ほうき)さんです。私の受け持っているクラス、
2年1組の生徒です」

「ああ、そうなんですか」
30 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:04:57.61 ID:yOs4HpOGo

 篠ノ之箒、変わった名前だ。

 そんな彼女が、険しい目つきで大神を睨む。

 今にも斬りかかってきそうな目である。

(まずいな、凄く怒っている)

 大神は不安になった。

 ゴツイ男相手なら投げ飛ばせばいいが、女性相手にはそうもいかない。

「篠ノ之さん、今日のところは早く部屋に戻りなさい」

「……はい、すいませんでした」

 箒は、体育館のドアを施錠すると、カギを山田真耶に渡してトボトボと歩いて行った。
どうやらあの方向に、生徒用の寮があるようだ。

「それでは山田先生、俺たちも戻りましょうか」

 大神がそう言うと、真耶は無言で両手を広げる。

「……」

「あの……、どうしました?」

「靴がないんで、また運んでもらえますか?」

 足元を見ると、彼女は裸足であった。




   *
31 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:05:50.79 ID:yOs4HpOGo



 翌日、大神は上野動物園のパンダの気持ちを味わうことになる。

 IS学園の職員はほとんど女性なので、男の大神はすでに全校の注目の的になって
いたのだ。

(何が特務だよ。こんなに注目されてたらやりにくいじゃないか)

 何をどうするのかすら、聞かされていないけれどもできるだけ目立たないように過ごそう
と考えた大神の計画はすぐに破たんした。

 元々この状況では無理があったのだ。

「ええ、みなさんにお知らせがあります。もうご存じかと思いますが、今日から海上自衛隊
より人事交流でいらっしゃいました、大神宗一郎さんが数学の先生として勤務されます」

 山田真耶がいつもの数割増しの声で大神を紹介する。

 教室のざわつき。

 はじめて見るが、生徒は皆女子だ。女子生徒しかいない。男所帯に慣れた大神にとっては
異様な光景ですらある。

 そして、教室での匂いは職員用の寮とはまた違うものを彼に感じさせた。

 窓際の席を見ると、昨日見た長い髪を後ろで束ねた少女の姿があった。

 名前は篠ノ之箒。

 ふと、箒と大神は目があった。

 すると箒は強烈に睨みつけ、そして目をそらす。

「……」

 大神は考え込む。

(やっぱり怒っているよな。あれは事故だと思うけど……)

「センセイ……」

(ん?)
32 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:06:40.78 ID:yOs4HpOGo

「せんせい、大神先生?」

「え? はい」

「自己紹介をお願いします」

 真耶がこちらを見て言う。

 “先生”なんて言われ慣れていないので、反応が遅れてしまったということもある。

「はい。あの、海上自衛隊から来ました、大神宗一郎といいます。担当教科は数学
です。みなさん、よろしくお願いします」

 そう言うと大神は深く頭を下げる。

 すると、一斉に歓声が上がった。

(一体何事だ)

 よく見ると教室の外にも生徒の姿が見えた。

「はいはい、先生、質問いいですか?」

 一人の元気のよさそうな女子生徒が手を上げる。

「今おいくつですか?」

「潜水艦に乗ったことありますか?」

「血液型は?」

「身長いくつですか?」

「星座は」

「趣味はなんですか?」

「武道とか、やられているんですか?」

「孤独のグルメは好きですか?」

「休日の過ごし方を教えてください」

「女性は、どんなタイプが好みですか?」

 立て続けに湧き出てくる質問に戸惑う大神。
33 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:08:13.16 ID:yOs4HpOGo

「お前たち! 何をやっている」

 学年主任・織斑千冬、降臨である。

「お前たちは別のクラスじゃないか、さっさと教室へ戻れ」

 千冬のその言葉に生徒たちは、文字通り蜘蛛の子を散らすように戻って行った。

 やっと静けさを取り戻す教室。

「お前たち、もう二年生なんだからあまり浮かれたことをするんじゃない。あと、大神先生
に迷惑をかけるな」

 毅然とした態度がとてもカッコイイ。

 大神はそう思った。それと同時に自分が情けないとも思った。

「……」

 相変わらず篠ノ之箒は何の感情もあらわさない。

 大神は昨夜のことを思いだす。それにしても大きかった……。

(いかん、何を考えているんだ。しっかりしろ大神!)

 顔を上げると、篠ノ之箒が再び睨んできた。



   *
34 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:09:04.40 ID:yOs4HpOGo


 さすがに、赴任してすぐ授業などできるはずがないので、最初の一週間は授業の様子などを
見学して仕事のやり方を学ぶことになった。

 それにしても高校の授業は懐かしい。大神はそう感じた。幹部学校を出て以来だから、
約五年ぶりの高校ということになる。

 ただ、この学校は普通の高校とは違いISの教育が第一にあるため、ほかの教科もレベルが
高い。

 また、世界中から留学生がきているらしく国際色も豊かだ。

 よく見ると英語で授業をやっている。

(え? 英語。大丈夫か……)

 大神は多少語学には自信があった(ご先祖様は色々な国の女性を相手にしてきたのだからな!)。

 だが、それで授業ができるかどうかはまた別問題だ。

(これは大変なことになりそうだ……)

 先のことに不安を感じつつ、大神は研修を続けた。

 しかし大変なことはすぐにやってくる。

 その日の昼休みだ。

「先生! 一緒にお昼食べましょうよ」

「食堂行きましょう、食堂」

「何が食べたいですか?」

 授業が終わると、物凄い早さで複数の女子生徒が大神の元に集まってきたのだ。

「いや、ちょっと」

 ぐずぐずしていると、また別の生徒も集まってくる。

「ああ、ズルーイ。私も私もー!」

「あんたたちはいいじゃない、私たちにも話させなさいよ」
35 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:10:00.45 ID:yOs4HpOGo

「先生、早くう!」

 これはマズイ、と大神は思った。

 恐らく、誰と食べても不公平になってしまうことは明らかだ。そして、そういった不満
は悪い噂をも招きかねない。

 女の嫉妬は怖いぞ、ということを彼は祖父から教えられていた。

「キミたち、今日はちょっとね」

 そう言って大神は女子生徒の集団から逃げ出した。

 生徒たちとはある程度距離を取らないとな。

 少し寂しい気もするが、生徒と教師という人間関係を考えれば心を鬼にしなければ
ならない。

 大神は生徒たちの誘いを振りきると、やっとの思いで職員室にたどり着いた。

「大神先生! お昼ご一緒しませんか?」

「大神先生、こっちで食べましょうよ」

「ねえ、大神先生? 今日、手作りなんですよお」

「大神君、一緒にどうだ」

(こっちはもっとヤバイ……!)

 職員室には、学園の職員が集まっている。無論、女性ばかり。生徒たちのほとんどは、
興味本位で近づいてくるのに対し、彼女たちの目は、まるで獲物を狩る肉食動物のように
見える。

(これが肉食系女子という奴か……)

 いや、女子というには少し年齢がいっていると思うぞ大神。

 混乱の中、大神は職員室からも逃げ出し、購買でパンと牛乳を買うと安息の地を求めて
走りだした。
36 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:10:48.42 ID:yOs4HpOGo

 こんなもの、戦場に比べれば大したことはない。そう思う大神であった。戦場経験は
未だにないが。

「ふう……、ここなら人はいないか」

 大神がたどり着いたのは、学校の屋上だった。本来なら立ち入り禁止のはずのこの
場所なのだが、なぜか鍵が開いている。

「今はしかたがないので、ここで昼食を取ろう」

 イスとテーブル、などという贅沢は言ってられない。

「――ここは立ち入り禁止ですよ、大神先生」

「あん?」

 頭の上から声がした。

 ふと見上げると、人の影が見える。

「あ」

 今しがた、大神が出てきた屋上の階段室の上に人立っていたのだ。制服を着ているので、
ここの学校の生徒だろう。

(パンツの中が見えそうだ……)

 大神がそう思った瞬間、生徒は飛び降りた。

「キミは確か……」

 その後ろで束ねた長い髪には見覚えがある。

「篠ノ之箒くん……?」

「あ、はい。名前、覚えていてくださったんですね」

「そりゃあ、昨日の今日だし……」

「……!」

 大神のその言葉に箒は反応し、そして顔をそむけた。
37 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:11:30.74 ID:yOs4HpOGo

「いや、その! 謝ろうと思っていたんだ。キミの、その……」

 口に出すと、昨日見た光景が脳裡に蘇ってくる。

 文字通り、一糸まとわぬ姿。そしてたわわに実った二つの果実……。

(うっ、イカン!)

「大神先生」

「な、なんだい」

「昨日のことは、その、秘密にしていただくとありがたいです」

 そう言うと、箒はどこから取り出したのかよくわからない日本刀の鯉口を切った。
鯉口三寸から見える刃が怪しく光る。

「も、もちろんだよ。二人だけの秘密」

「二人だけの秘密……?」

 そう呟くと箒は再び顔をそらした。

「ところで箒くん、こんなところで一体何をしているだい?」

「それは……、昼食を食べようと思っていまいした」

「こんな場所でかい?」

「いや、その。恥ずかしくて」

「恥ずかしい?」

「お弁当を作ってきたんです」

 彼女の手には、布の巾着袋があった。

「確かここの生徒は皆寮暮らしと聞いていたけれど」

「はい。でも宗教上の理由などで食べられないメニューもありますので、自分で食事を
作ることもできます」
38 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:12:20.35 ID:yOs4HpOGo

「ああ、なるほど」

 大神は授業風景を思い出す。海外からの留学生も多く、中には肉を食べられない
人などもいるだろう。

「でもどうしてお弁当を自分で? ダイエットかい?」

「いえ、たまたまです。料理は練習をしないと腕がなまってしまいますし」

「なるほど、武道の稽古と同じだね」

「は、はい」

「そうだ、俺もここで一緒に食べてもいいかな」

「どうしてですか?」

「いや、どうも沢山人が集まっちゃって、落ち着いて食べられないんだよ。男の先生は
珍しいらしくてね。多分、数日経ったら大人しくなるとは思うけど、今日は」

「あ、私は構いませんよ。でも……」

「なんだい?」

「それだけで、足りますか?」

 箒の視線は、大神の手元にあった。

 彼の手には、購買で何とか買ったアンパンと牛乳だけである。

「まあ、昼はこれくらいで我慢するよ。周りが落ち着いたら、食堂で食べようかと思っているし」

「あの、先生」

「なんだい、箒くん」

「もしよかったら、私のお弁当すこしいかがですか?」

「いいのかい? いや、でも悪いよ。キミのだろう」
39 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:13:01.59 ID:yOs4HpOGo

「いえ、本来なら誰かに食べてもらうためのものですし、味を見てもらって、感想を
聞かせてもらえれば私としても嬉しいですから」

「……そうか。それじゃ、お言葉に甘えようか」

 大神と箒の二人は、誰もいない屋上の影で、昼食をとることになった。

「あの、お口に会うかわかりませんけど……」

「いやいや、とんでもない」

 大神はそう言うと、箒が作ってきたという唐揚げを一つ口に入れた。

「……ん」

「……」

 不安そうに大神の顔を覗き込む箒。

「美味しいよ、とっても」

「本当ですか?」

 ふと、彼女の緊張した表情が緩む。

 自然な笑顔が見えた。

「うん、味付けもいいよ」

「ありがとうございます」

「ああ、でも俺の好みで言ってるから、参考になるかどうか」

「そんなことないです。とても嬉しいです」

「そうかい? 料理は好きなのかい」

「いえ、そういうことではないのですが、祖父からの教えがあって」

「教え?」

「ええ、自然から力を得るためには、食事が一番重要だと教えられました。空の恵み、
土の恵みに感謝して食事をしようと」
40 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:14:06.11 ID:yOs4HpOGo

「いいお祖父さんだね。俺はずっと寮暮らしが続いているから、こういう風に自分で作る
ということがほとんどなかったよ」

「そうなんですか」

「こういう、手作りのものが食べられるなんて、嬉しいな」

「あ、大神先生」

「なんだい?」

「もしよろしければ、そのまた――」

 その時、箒の言葉を遮るように校内放送が流れた。

《大神先生、大神先生、至急校長室まで来てください。大神先生、大神先生、至急校長室
まで来てください》

「参ったな、何かあったのかな」

 いきなりの放送による呼び出しに困惑する大神。

「……」

「どうしたんだい、箒くん」

「いえ、何でもありません。それより」

「ああ、わかってる。お弁当、ありがとう。少ししか食べられなかったけど、本当に美味しかっ
たよ」

「あ、ありがとうございます」

「それじゃ」

「あ、あの!」

 ふと、箒が大神を呼びとめる。

「なんだい?」

「上野公園では、助けていただきありがとうございます」
41 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:14:32.47 ID:yOs4HpOGo

「覚えていたのかい?」

「忘れるわけ、ないじゃないですか。私、ずっとお礼を言いたくて」

「俺は何もしていないよ」

「でも、とても勇気づけられました」

「そうか……」

「お引き留めして申し訳ありません」

「いや、構わないよ。それじゃ」

 今度こそ大神は箒に挨拶をし、放送で言われた通り校長室へと向かった。

(しかし、何で鍵のかかっているはずの、屋上に彼女はいたのだろう)

 体育館の時もそうだったが、彼女は施錠された場所によく侵入しているのだろうか。




   *
42 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:15:47.81 ID:yOs4HpOGo

「大神、入ります」

 校長室に入ると、校長のほかに千冬と真耶という、いつもの二人が待っていた。

「遅かったな大神。どっかで女と乳繰り合ってたのか?」緑茶をすすりながら校長が
聞く。

「……!」

(なんだこの男は、まさかエスパーか?)

「まさか図星とな?」

「そんなことあるわけないじゃないですか!」

 大神は動揺を隠すため、少し強めに声を出した。

「それで、何か御用でしょうか」

「ああ、お前の今後の活動についてだが」

「はい」

(いよいよ特務か……)

 大神は緊張する。

「放課後、山田先生と千冬の指導で、ISの搭乗実習をしろ」

「はい?」

「だからISの実習だよ。ISについての知識は幹部学校で習っただろう」

「基礎的なことは一通り」

「お前にIS適性があることは、もう報告が来ている」

「しかし校長、自分の適性はCマイナスと聞きました。適性としては最低ランクではない
でしょうか」

「最低だろうが最高だろうが、適性があることには変わりねえ。ISが動かせることは
わかってんだ。さっさと実習をしろ」
43 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:16:27.08 ID:yOs4HpOGo

「それが特務ですか?」

「まあ、その一部だな」

「わかりました。大神、全身全霊をもってISの実習を行います」

 大神は不動の姿勢を取った。

「まあそう固くなるな。千冬も山田先生もIS乗りとしてはベテランだ。彼女たちの
言うことをよく聞くんだぞ」

「わかりました」

(しかし教師としてだけでなく、ISの実習とはどういうことだろう)

 大神はまたもや戸惑う。この学園にきてからわからないことが多い。

 校長は色々と隠し事をしている。もちろん、千冬や真耶もだ。一体なにを隠して
いるのか。しかも、今度はISの搭乗実習ときた。

 ISの操作方法を学ぶのなら、確かにIS学園はぴったりだ。

 しかし、操作方法を覚えるだけなら自衛隊のIS部隊でも行えるはずだ。そのための
教育部隊もある。

 心にモヤモヤを抱えつつ、大神は午後の勤務に向かった。



   *
44 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:17:47.33 ID:yOs4HpOGo



 そして放課後。大神はIS訓練用のアリーナに呼び出される。

 空の見える大きな透明なドームは出雲ドーム、じゃなくて福岡ドームよりもはるかに
大きい。

「お待たせしましたあ」

 IS用のアンダーギアを身にまとった山田真耶がこちらを見て手を振ってきた。隣には、
アシッタスのジャージを着た千冬がいる。

 それにしても、なぜ女性はISを操縦するときは、あんなスクール水着みたいな服を着る
のだろうか。しかも、山田真耶は胸が大きいから、それがやたら強調されて……。

「何を見ている」

 千冬の鋭い声が大神の心をえぐる。

「いえ、何も」

 大神は目をそらして応える。

「それでは大神先生、早速だが起動試験を行う」

 アリーナ―の床が開いて、そこから二体のISが出てきた。

 ゆっくりと登場する様子は、まるでSF映画のようだ。

「第二世代量産型訓練機、打鉄(うちがね)だ。キミも見たことがあるだろう」

 やや緑がっかったその機体は、自衛隊の主力IS、「銀河(第三世代型)」によく似ている。

 無駄なものが一切なく、基本的な機能が満たされた姿は、まさに訓練機のための訓練機
と言っていい。

「はい、これは大神先生のですよ」

 真耶は小さなUSBメモリのようなものを大神に手渡した。

「これって、まさか」
45 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:19:16.64 ID:yOs4HpOGo

「はい、IS用の外部補助装置(サードコア)です」

「いつの間に……」

 IS用外部補助装置とは、ISのコアと搭乗員をつなぐ、いわゆる接続具(ジョイント)
のようなものだ。

「では、早速乗ってみましょう」と笑顔で真耶は言った。

「いきなりですか?」

「時間がありませんから」

(時間……?)

 真耶の言葉が少し引っかかったけれど、とりあえず大神はISに搭乗することにした。

 訓練機にサードコアをセットすると、機体にインプットされたプログラムが次々に動き
出す。

『大神先生のデータは、自衛隊から提供されております。今回は、予めそのデータを
サードコアに入れておきました』

 無線越しに千冬の声が聞こえる。

 大神はIS学園に来る前に、目黒の防衛研究所で色々なデータを取られていた。
その時は、まさかこのデータがISを操縦するために取られているなどとはつゆほども
思わなかったけれど。

「出力、よし。バッテリー、よし。起動状況、良好。データリンク、40%」

 マニュアルに書かれたチェック項目を一つ一つ確認していく。ちなみに訓練機には
電子マニュアルが常備されているのでわかりやすい。

『それでは、いきなりで悪いが起動だ。山田先生がバックアップを行う』

 千冬の硬質な声は無線越しでも健在だ。

 彼女の声を聞くと、大神の不安は少しだけ和らいだような気がした。

「よし……。訓練機、打鉄、起動」

 緊張で身体が熱くなる。
46 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:20:26.27 ID:yOs4HpOGo

 しかしそれ以上に、何かが解放された気持ちになった。

 フワリ、と身体が宙に浮く。

 ヘリコプターに乗った時の感覚とはまるで違うその感じは、IS独特のものだろうか。

『上昇、ゆっくり上昇しろ』

「はい」

(高度調整……)

 ゆっくりと上昇操作を行おうとする大神だったが、

「うが!」

 機体が一気に上昇した。

(くそっ、調整が効かん!)

 このまま行くとドームの天井にぶつかってしまう。

「ふんっ」

 気合いを入れて上昇から水平飛行に切り替えると、今度はアリーナにある観客席に
ぶつかりそうになる。

 速い、速すぎる。

(これがISの機動力というものなのか。想像していたもよりもはるかに速い)

 一気に身をよじって、なんと旋回するも、こうなると一体どうやって止めればよいのか
わからなくなってきた。

(減速、減速……)

 頭の中で強く念じながら減速を試みるも、なぜかISはクルクルと錐揉み状に機動しはじめた。

『オオガミセンセーイ』
47 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:21:45.70 ID:yOs4HpOGo

 無線越しに山田真耶の声が聞こえてくるけれども、それに応えている余裕がない。

(こんなに広かったアリーナが、今はこんなにも狭く感じる。これあISという乗り物
なのか)

 大神は、昼食にパンと牛乳、それに箒の作った唐揚げくらいしか食べていなかった
けれど、今となってはそれがよかったと思った。

 というのも、多く食べていたらそれを全部吐き出してしまいそうだったからだ。




   *



 数分後、何とかISを停止させた大神が機体から降りる。

「どうだった、初めてのISは」

「あの、いえ」

 足もとがふらつく。

「おっと」

 倒れそうになる大神を、千冬は優しく支えた。微かにシャンプーの香りがする。

「す、すみません」

「無理をするな。初めてにしてはよくやった。危うくアリーナを破壊するところだったがな」

「いえ……」

 正直、言葉を発することすら億劫なほど大神は憔悴しきっていた。

 体力には自信のあった大神だが、ISの操縦は体力以上に大きな精神力を必要とする
ようだ。

「大丈夫ですか、大神先生」

「もう、大丈夫です」

 大神は(本当はもっとひっついていたかったが)千冬から離れ両足でしっかりと立つ。

 空を見上げると夕日に染まる空が赤く染まっていた。

「山田先生、大神くんを部屋までおくってあげなさい。ISの処理は私がやる」

「でも、織斑先生」

「大神先生は、初めてのIS搭乗でそれどころではないだろう」

「はい」

 二人はアリーナのシャワー室でシャワーを浴びた後、着替えて寮に戻った。

 しかし部屋に戻った大神は、そのままばったりとベッドの上に倒れて、夕食も食べずに
眠ってしまった。
48 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:22:38.84 ID:yOs4HpOGo



   *




 世界がグルグルと回る。

 激しい痛みとか苦しみとか、よくわからない不快な感触が身体を襲った。

 なだろう、この感覚は。

 大神は宇宙空間を漂っているように感じる。

 元々ISは宇宙での活動を目的に作られたものらしい。重力から解放され、あらゆる
衝撃をも凌駕するそれは、人類をまた別の段階に引き上げるだけの能力を持っている
と言っても過言ではないのかもしれない。

 ただ、それを動かせるのはほとんどが女性。

 それも、今ならわかる。

 あの苦しみは、男性では耐えられないのかもしれない。

 言うならば出産の苦しみに似ている。男では失神してしまうほどの痛みに、妊婦は耐える
という。

 ふと、暖かいものを感じた。

「ん?」

「気がついたか、大神くん」

「千冬……さん?」

「なんだって?」

「ああいや、織斑先生」

「構わんよ。今は学校ではないからな」

 大神の顔のすぐ近くに、優しい目をした黒髪の美女が、彼の髪をそっと撫でていた。
49 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:23:46.53 ID:yOs4HpOGo

(こ……、この状況は!)

 説明しよう、年上好きの大神には理想的な状況(シチュエーション)がいくつかある。

 その中の一つがこの、膝枕なのである!!

「ああ、すまない。なんだか変な体勢で寝ていたもので、そのままだと寝違えてしまい
そうだったからな」

「あ、ありがとうございます」

 大神は急に恥ずかしくなり起き上がった。

「でも先生、なぜ俺の部屋に」

「いや、山田先生から大神くんが夕食に出てきていないと聞いてな。それで訪ねてみたら、
鍵が開いていたもので……。悪いと思ったが」

「いや、別に」

 むしろ大歓迎です、と言うにはまだ勇気が足りない大神であった。

「あ、夕食」

 時計を見ると、既に午後十時を回っている。夕食というには遅すぎる時間帯だ。

 まあ、疲れているのでこのまま眠ってしまえば朝になるとは思うのだが。

「それでその、夜食を持ってきた」

「へ?」

 よく見ると、部屋のテーブルの上に皿に乗った二つのおにぎりがあった。

「これは、織斑先生が?」

「ああ、普段作り慣れていないから、不格好かもしれんが」

 確かによく見るとそのおにぎりは、あまり上手に三角形にはなっていない。海苔もはがれ
かけている。
50 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:24:29.20 ID:yOs4HpOGo

 だが、形などは関係ない。大事なのは、自分の好みの女性が自分のためにおにぎりを
作ってきてくれた、というその事実なのだ。

「ありがとうございます。その、食べてもいいですか」

「そのつもりだ」

「い、いただきます」

 大神は千冬の作ってくれたおにぎりをほおばる。

「少し、塩加減が強いかもしれんが」

「大丈夫です」

 疲れた身体には塩が良いと誰かが言っていた気がする。

 一瞬で食べ終えた大神は、千冬に礼を言った。千冬はなんだか照れくさそうに目をそむける。

「それで、今日のことだが」

「ISの搭乗実習のことですね」

「ああ」

「随分恥ずかしいところを見せてしまって」

「いや、初めてであれだけ動かせるなんて大したものじゃないか」

「そんな、ただ必死だっただけですよ」

「だがこれで、キミがISを動かせることがわかった。それもかなり高いレベルでだ」

「はあ……」

「どうした?」

「あ、いや。あの、ISを動かすというのは大変なんだなと思って」

「そうだな。あれは普通の乗り物ではない。言いかえれば、自分のもう一つの身体とも言って
いい」
51 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:25:23.20 ID:yOs4HpOGo

「もう一つの身体?」

「そうだ。人間では到達できない領域に踏み込ませることができる、第二の身体」

「……」

「よく分からないか?」

「いや、分かるような分からないような」

「まあそれでいい。私だって、未だに分からないことだからけだからな。ISについては」

「そうなんですか」

「だからこそ、こうして研究をする意義があるというものだ」

「そうですね」

「その、大神くん」

「なんでしょう」

「ISに乗るのは、嫌になったか?」

「え……」

 なんでそんなことを聞くのだろう、と一瞬思った。確かにISの操縦は大変だ。

 しかし、それが嫌かと言われれば、

「いえ、そんなことはありません。確かに操縦は難しい上に、精神的にも肉体的にも大変
だと思いますよ。でも、男の自分が乗れるというなら、それをやってみる価値はあると思い
ます」

「よかった」

 そう言って千冬は柔らかい笑顔を見せた。

「……!」

「どうした」

「いえ」

 彼女の笑顔が、大神の心をISに乗った時よりも揺さぶったことは言うまでもない。




   *
52 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:26:44.35 ID:yOs4HpOGo



 翌日も新任教師として現場で教育を受けながら、夕方からはIS実習を行った。

 まさに二足の草鞋。

 どちらか一方だけでも辛いのに、それを二つこなすのである。これが大変なわけが
ない。

「くっそおおおおおお」

「その調子ですよ大神先生!」

 アリーナで山田真耶の機体と並んで飛ぶ大神。最初のうちは、後ろについて行くだけ
でも精一杯だったが、段々追いかけっこができるくらいまで飛ぶことができた。

 三日、そして四日とどんどんと時が流れて行く。

 一日が物凄く濃い。それでいて一瞬で過ぎ去るようだ。

 部屋に戻ると、すぐにストンと眠りに落ちてしまうような生活が約一週間続いた。

 そして日曜日である。

 日曜日の授業は休みのため、朝からもうずっとISの訓練である。

「よし、15分ほど休憩だ」

 織斑千冬のその声で、緊張感が一気に和らぐ。

「いやあ、大神くんとの訓練は初めてだが、なかなかやるねえ」と坂本先生は言った。

 休みの日なので、山田真耶や千冬だけでなくほかの教職員も大神の訓練に付き合って
くれたのだ。

 確かにありがたいことではあるけれど、お前ら休みの日に何かやることはないんかい、
と彼は心の中でつぶやくのであった。

(それよりトイレだな。あと、水分補給もしなければ)

 訓練用のISを下りた大神は、アリーナ内のトイレへと向かう。基本的に女子トイレばかり
の施設なので、男子トイレいに行くのも大変だ。
53 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:27:34.39 ID:yOs4HpOGo

「まったく、無駄の多い飛び方ですわね」

「ん?」

 廊下を見ると、学園の制服を着た女子生徒が立っていた。

 教室で見たことがある、二年生の生徒だろう。長い金髪と青いカチューシャが印象的な
少女であった。

「キミは、誰だい?」

 確か、この日のアリーナは生徒の出入りを禁止していたはずなのだが。

「私を知りませんの? 一年生の時に、学年トップの成績を修めたこの私をしらないとは、
何をしているんでしょうか」

(いや、だから誰だよ)

 着任以来、一週間。大神はとにかく忙しすぎてまともに生徒の顔と名前を覚える暇が
なかったのである。

「まったく、不器用な飛び方といい、私のことを知らない無知さといい、こんなかたが私たちの
リーダーだなんて、信じられませんわね」

「リーダー?」

「何をやっているオルコット!」

 廊下に厳しい声が響いた。

「織斑先生……」

「オルコット、“そういうこと”はまだ言ってはいけないと注意したはずだ」

「もし訳ありません。どうしても気になったもので」

「言い訳はいい。ここは生徒立ち入り禁止だ」

「でも先生」

「さっさとしろ」
54 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:28:45.92 ID:yOs4HpOGo

「……わかりましたわ」

 千冬に注意された金髪の生徒は、トボトボと歩いてアリーナを出て行った。

「織斑先生、あの子は」

「セシリア・S・オルコット。イギリス出身の生徒だ」

「なぜ彼女がここに」

「さあな……」

 千冬の眉が少しだけ動いた。何かを隠している、と大神は思ったけれど、それ以上は
詮索しないことにした。

(それにしても、さきほどのセシリア・オルコットという生徒は、イギリス人なのにも関わらず、
妙に日本語が上手かったな。しかもなんか変な喋り方だったし)

 そんなことをぼんやりと考えていたら、自分がトイレにまだ行っていないことに気づき、
大神は急いでトイレへと向かった。




   *


 
 午後からの訓練で、千冬は意外なことを言い出した。

「せっかくだから模擬戦をやろうと思う」

「模擬戦ですか?」

「そうだ。大神くんもだいぶ慣れてきたようだからな」

「しかし織斑先生」

「なんだ」

「俺は、この刀しか使えないのですが」

 実習の大部分は機動訓練に費やされている。当然、戦闘まで頭が回らなかった。
55 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:30:26.27 ID:yOs4HpOGo

 大神は生身の時と同じく、日本刀型の近接戦闘武器を二刀流で使用している。

「それだけ使えれば十分だろう。実際、私も刀一本で世界選手権を戦い抜いたぞ」

「いや、それでも」

「大神くんは、二本使えるから実質四倍」

 その計算はおかしい、と言おうとしたがやめた。

「でも先生、大神先生はまだ乗り始めて一週間も経ってないんですよ。いきなり模擬戦
なんて早すぎませんか?」

 山田真耶が当然すぎることを言う。確かに、乗り始めて約一週間で模擬戦なんて、
ちょっと乱暴だ。

「時間がない。むしろ実戦形式の訓練は遅すぎるくらいだ」

「実戦形式? 時間がない?」

 大神の頭の中に浮かぶ様々な疑問をよそに、千冬は話を続けた。

「模擬戦の相手はもう呼んである」

「え? 山田先生じゃないんですか?」

「ああ」

「一体誰が……」

「入ってきていいぞ」

「はい」

 IS用アンダーギアに身を包んだ一人の少女が入ってくる。

 長い髪を後ろで束ねた髪型が印象的な生徒。

「キミは……」

「二年の篠ノ之箒だ。彼女がキミの相手になる」

「よろしくお願いします」

 千冬に名前を呼ばれた箒は、ゆっくりとお辞儀をした。




   つづく





 ※ IS原作では、入学試験が模擬戦闘という設定だが、当スレでは違うよ。
56 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/07/31(日) 13:33:20.55 ID:yOs4HpOGo
次回、やっとこさ初戦闘
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/07/31(日) 14:56:31.28 ID:0AodmIPpo
いいね、いいね
58 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:10:35.35 ID:VP7i6s5vo
 近所の犬がうるさい。
59 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:11:17.38 ID:VP7i6s5vo




 人間嫌いと孤独への愛は、互いに交換できる概念である。

                         ショーペンハウアー





            
60 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:12:04.79 ID:VP7i6s5vo


「二年の篠ノ之箒だ。彼女がキミの相手になる」

「よろしくお願いします」

 千冬に名前を呼ばれた箒は、ゆっくりとお辞儀をした。

 目の前にいるのは、間違いなく大神に弁当の唐揚げを食べさせた篠ノ之箒であった。

「なぜ彼女が」

 大神は千冬を見て言う。

「大神先生の初めての相手には、彼女が適任だと思ったからな。同じ近接戦闘武器を
使う者同士でもあるし」

「初めての相手……」

「私もはじめての相手は大神さんがいいです」なぜか山田真耶はそう言って顔を赤らめる。

「山田先生、ちょっと黙って」

 千冬がそう言うと、真耶は坂本たちによって大神から離された。

「それでは、準備はいいか篠ノ之」

「はい、いつでも」

「大神先生も」

「え? はい」

 篠ノ之箒の乗るISは、専用機と呼ばれるものである。

 その赤い機体は、大神たちが使っている訓練用のISとは全く違う空気を放っていた。

「織斑先生、あの機体は……」

「紅椿(あかつばき)、篠ノ之箒の専用機だ。機動力に優れた第四世代型の機体」

「……ほかには」

「以上だ」

「いや、もっと詳しいスペックとか」

「戦いの中で確認しろ。敵が一々自分のことを教えてくれると思うか」

「いや、そうですけど」

「試合開始だ!」

(何だか今日の織斑先生はおかしいぞ……!)
61 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:14:40.46 ID:VP7i6s5vo









   I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



          第三話  初 陣
62 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:15:30.82 ID:VP7i6s5vo

 大神にとって専用機と対峙するはこれが初めてのことである。

 しかも相手は顔見知りの二年生。

 相手のスペックはよくわからないが、普通の機体でないことだけは確かだ。

『一応、ルールを説明しておく。武器は付属のものだけを使用。勝敗は、相手の正面、
横、後方のシールドエネルギーをいずれかゼロにすれば勝ち。ゼロにされれば負けだ。
つまり、相手に攻撃されず、こちらの攻撃が当たれば勝ちということだな』

 無線越しに簡単な説明が入る。

「それだけですか? ほかにルールは」

『実戦にルールなんてあると思うか?』

「いや……」

『ほかに質問はないな。篠ノ之は』

「ありません……」箒は静かに答えた。

『よし、それでは10秒後に試合を開始する』

 こちらが心の準備をする間もなく、模擬戦のカウントダウンが開始される。

(くそ、やるしかないのか)

 篠ノ之箒の持つ武器は、大神と同じような日本刀のような形をした近接格闘用の剣だ。

 対する大神は、同じように日本刀型の剣だが、こちらは二刀流である。

『5秒前、4、3、2.1……』


 緊張の一瞬、


『試合開始』
63 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:16:20.72 ID:VP7i6s5vo

 合図と同時に、篠ノ之箒の機体が恐ろしい速さでこちらに迫ってきた。

 小細工など一切ない、気持ちの良いほどの直進だ。

「うおおおおおおおおおお!!!」

 彼女の気迫が伝わってくるようだ。

(真っ正面から抑えるのは、恐らく不可能)

 そう判断した大神はぶつかる寸前で機体をかわした。

 箒の剣が空を斬った、と思った瞬間。

《左側面(レフトサイド)、損害率10%》

 視界に赤の警告画面が点滅した。

「なに!?」

 確かによけたはずだが、わずかにかすっていたらしい。

(しかしそれにしても、かすっただけでここまでダメージを与えられるものなのか。
恐ろしいな、専用機というものは)

 再び向かい合う二人。

 大神にとって箒の目は、屋上で会ったあの少女と同一人物とは思えないほど鋭く、
気合いの入ったものに見えた。

 再び剣を構える箒。

 大神も二本の刀を構えた。

(守っているだけでは勝てない、俺も攻めないと。行くぞ、箒くん!)

「どりゃああああああ!!!」

 大神は勇気を振り絞って距離を詰める。

「てりゃあああああああ!!」

 箒も同様に距離を詰めてきた。物凄いスピードだが、直前で正面衝突を避ける。
64 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:17:18.81 ID:VP7i6s5vo
 だが、

「んぐう!」

《正面(フロント)、損害率15%》

 再び攻撃をくらう大神。痛み分けどころか痛み損だ。しかもかなり損害率が高い。

(正面からの打ち合いは明らかに不利だな。基本的なパワーが違いすぎる。
だったら)

 大神は機体を旋回させる。

(ドッグファイトならどうだ)

 ドッグファイトとは、戦闘機などが行う相手の後方を取る戦い方で、クルクルと追い
かけまわす姿から、犬のような戦いかたと言われたことが、名前の由来らしい。

 だが、篠ノ之箒と紅椿は旋回性能もかなり高く、回っているうちに大神の機体に
追いつかれそうになった。

(少し負担がキツイが)

「ぬう!!」

 大神は機体を急上昇させ、相手の後を取ろうとする。だが、箒はヒラリとまるで花びらの
ように機体を反転させ、持っている剣で斬りかかった。大神は必死に、刀で防御する。

《右側面、損害率30%》

(今度は派手に斬られた)

 心なしか、戦っているうちに箒の攻撃力がどんどん上がってきているような気がする。

「くそっ」

 焦る大神。しかし焦れば焦るほど動きが単調になって行く。

《後方面、損害率18%》

(機体性能ではほぼ勝つのは不可能。だったら)

 大神はISの飛行速度を落とし、相手の動きを見据えた。
65 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:18:09.70 ID:VP7i6s5vo

「でりゃあああああ!!!」

 箒が剣を構えてこちらに向かってくる。

 大神は、落ち着いて箒の剣を打ち払った。単純な剣の技量なら大神ほうが上なのだ。

 金属と金属のぶつかり合う音が鳴り響く。

 箒の持っている剣は一本、しかし大神にはもう一本剣が残っていた。

「そりゃあ!」

 大神の剣が箒の左側面のシールドを斬り裂く。

 だがすぐに箒は体勢を立てなおし、剣で突きを放った。

 大神は辛うじてその突きをかわした、つもりであったが……。

《右側面、損害率48%》

 直撃は免れたはずなのに、やたら損害が大きい。

『大神さん! 相手の特性をよく見極めてください』

『こら、山田先生。口出しするなという命令だぞ』

『でもこのままじゃ一方的ですよ』

 無線越しに聞えてきた山田真耶の言葉。

(相手の特性を、見極める……) 

「そりゃ!」

「ふんっ!」

 打ち合い、離れる。

「でりゃあ!」

「そいっ!」

 斬り合い、そして離れる。
66 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:18:52.14 ID:VP7i6s5vo

(なぜ離れる?)

 飛びながら、斬り合いながら大神は考えた。

(相手の特性。箒くんの機体の特性は、その高い機動力)

 一本の長い刀という、近接戦闘用の武器を持っているけれども、機動力が高いので、
それを生かした戦い方をしているのだ。

 つまり、近接用の武器に高い機動力を付加することによって、中距離の戦い方の
ような戦闘をすることができる。

(なるほど。旋回とか急上昇とか、俺は箒くんの得意な分野で戦っていたということか)

 単純に機体の性能のせいにしてしまうのは簡単だ。

 しかし、それで諦めてしまうのは軍人として、なにより戦う一人の男として許されない。

(だったら)

 再び接近した。そして箒の攻撃を受け止める。

「ぐっ!」

 距離を取ろうとする箒を、大神は追った。

《正面、損害率68%》

 ダメージを覚悟した戦いだが、やむを得ない。

「逃がさない!」

 大神は箒と接近したまま飛んだ。

「うっ!」

 箒の顔が真っ正面に見えた。

 驚愕の表情を浮かべているようだ。

 再び刀を振う。
67 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:19:29.19 ID:VP7i6s5vo

 相手のダメージが赤く表示される。

 まだ、足りない。

 箒は急上昇するも、大神はISの腕を箒の機体に絡ませた。

「うわ!」

 今まであまり経験のない負荷を感じたためか、箒は機体のバランスを大きく崩して
しまう。

「え?」

 その結果、ISの直進する力が、大きく下の方向へ向かってしまった。

「な!」

 絡み合った箒と大神の機体が錐揉み状に回転しながらアリーナの地面に向かって
墜ちて行く。

 いくら訓練用アリーナが広いとはいえ、その高度はあまりにも低い。

「しまった!」

 大きな衝撃音とともに、大神と箒の機体は、両方地面に激突した。




   *
68 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:20:16.78 ID:VP7i6s5vo

 一時間後、地下司令室――

 先ほどの模擬戦の映像を見ているのは、校長の米田と千冬であった。

「訓練機は大破して使用不能か、なかなかやるな大神は」

「幸いにも搭乗員は二人とも無事です」

「さすがはISだな。で、箒の機体はどうだ」

「それが……」

「なんだ?」

「まったくダメージがないんです」

「ほう……」

 米田は御猪口にある日本酒を飲み干す。

「自分の身を呈して“部下”を守る、上官の鏡じゃないか」

「しかし一歩間違えれば」

「そんな小さいことを気にするようなやつなら、俺は推薦しねえよ」

「そう……、ですね」

「ほかに何か変わったことは?」

「篠ノ之箒の戦闘データです。つい先ほど解析が終わりまして」

 そう言って千冬は一枚の紙を差し出した。

「ほう、これは」

「機動力、攻撃力ともに大幅な上昇を見せております。以前出動した時よりもはるかに
高く」

「やはり、思った通りだな」

「はい……」




   *
69 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:21:22.65 ID:VP7i6s5vo


 暗い闇の中。光は見えない。

 感覚もない。今、生きているのか死んでいるのかすらわからない状況。

 何があるのだろう。

 ただ、温かい。

 懐かしい温もりだ。

 このままずっとこうしていたいけれど、そんなことをしてはいられない。

 大神は意を決して目を開けた。

「あ……」

 目の前に見覚えのある顔が見える。

「箒くん……?」

「す、すいません」

 あの温かい感触は、箒が大神の頭を撫でていたからだった。

「大丈夫なのかい?」

「私は大丈夫です。でも、大神先生の訓練機が」

「ああ、よくわからないけどキミが無事ならそれでいい」

「先生……」

「それにしても凄いな、キミは」

「え?」

「俺、模擬戦は初めてだけどキミのISは本当に強いよ。さすが、一年間みっちり訓練
しているだけあるね。一週間の付け焼刃では敵わない」

「いえ、そんな。それに、大神先生も強かったです」

「いや、俺はキミについて行くので精いっぱいだったよ」

「ああ、いえ……」

 大神は、ゆっくりと起き上がった。

 周囲を見ると、ここは保健室らしい。
70 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:22:12.67 ID:VP7i6s5vo

「あの、先生」

「なんだい?」

「ああ、その。地面にぶつかったとき、守ってくれてありがとうございます」

「守った?」

「先生が私を激突から守ってくれなかったら、私もISもただでは済まなかったと思い
ますし」

「ああ、いや。よく覚えてないな。なんか色々必死だったから」

「でも、先生が私を守ってくれたことは事実です」

「そうか。でもよかった」

「何がです?」

「箒くんのキレイな顔にキズがつかなくて、本当に良かった」

「……!」

「どうかしたかい?」

「なに行ってるんですか」

 箒の右ストレートが大神の顔面に当たる。

「ふが!」

「ああ、すいません」

 二人がは足をしていると、誰かが保健室に入ってきた。

「大神さん……、じゃなかった。大神先生、気がつかれましたか?」

 山田真耶だ。

「ああ、起きてましたね大神先生。ケガがなくて本当によかったです。
あれ? どうして鼻を押さえているんですか?」

「今さっき怪我をしたところなんですがね……」

 大神はその後、真耶と一緒に職員寮へと戻って行った。




   *
71 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:23:30.67 ID:VP7i6s5vo

 翌日からまた授業がはじまる。

 なんだか月曜日という気があまりしないけれど、とにかく仕事だと自分に言い聞かせる
ようにして、大神は登校した。

 昼間は授業の準備や先生方のセクハラ……、ではなく雑用に精を出し、放課後はIS
の訓練をする予定であった。

 しかし訓練機は昨日壊してしまったので、この日は何をするのだろう。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、いきなり警報音が鳴った。

「なんだ? 火事か、地震か!?」

 大神が戸惑っていると、向こうから山田真耶が走ってきた。

「大神先生、こんなところにいましたか! すぐに来てください」

「どうしたんですか」

「いいから、こっちです!」

 真耶に連れられるまま、進んで行くと地下室の方へと向かっていくのがわかった。

「山田先生、こっちは立ち入り禁止区域のはずじゃあ」

「今はいいんです! いえ、もうこれからはいいんです」

「へ?」

 訳がわからぬまま、大神は真耶と一緒に立ち入り禁止区域に入って行った。

「ここで着替えてください。すぐに!」

 そう言われ、小さな更衣室に連れて行かれた大神は、訳がわからないまま戦闘服を
着せられてしまった。

(なんなんだこの格好は)

 無駄に最新技術を使った更衣室を出た大神は、いつの間にか戦闘服に着替えた真耶に
連れられてある部屋に通された。
72 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:24:21.43 ID:VP7i6s5vo

「来たか、大神」

「こ、校長!」

 陸上自衛隊の制服に身を包んだ米田校長がそこには待っていた。

 よく見ると、その隣には山田真耶と同じような戦闘服姿の千冬もいる。

「織斑先生も、一体なにが……」

 しかしその疑問に答えたのは米田であった。

「何がってオメー、出動に決まってるだろう」

「出動?」

「そうさ、大神。お前には帝國華劇団IS部隊、別名『花組』の隊長として出撃してもらう」

「帝國華劇団!?」

 その名前には覚えがあった。

 かつて降魔のような邪悪な敵から帝都を守った伝説の秘密部隊。

「実在していたのか……」

「俺が、その華劇団の司令長官、米田一紀だ。そして愛人一号の千冬――ごほっ!」

「誰が愛人だ、誰が」

 千冬の拳が容赦なく米田を襲う。

「くそ、千冬め。これでも俺、一応ここの司令官だぞ」

「話を進めてください、司令」

「わかったよ」

 そこで大神は質問する。

「米田司令、俺が隊長ということは、やはり部下が」
73 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:25:43.12 ID:VP7i6s5vo

「その通り、彼女たちがお前の部下だ。入ってこい」

 米田に言われ、二人の少女が司令室に入ってきた。

「キミたち」

 その二人には見覚えがあった。長い髪を後ろで束ねた少女、そして青いカチューシャ
が印象的な金髪の少女。

「箒くん、それに……」

 金髪の少女がニヤリと笑う。

「誰だっけ」

「セシリアですわ! セシリア・オルコット! 私の名前を忘れるなんて、酷い野蛮人ですわ
ね!!」

「まあ落ち着けセシリア。とにかく大神、お前は彼女たちの隊長として、ISに乗って戦って
もらう」

「戦うって、降魔とですか?」

「ああ。だが降魔と言ってもただの降魔じゃねえ。これを見てみろ。千冬」

「はい」

 米田の指示で、千冬は司令室の巨大モニターを起動させた。

 そこには、見覚えのある山奥と、複数のヘリコプターが見える。

「ここは?」

「東京の奥多摩だ。よく見ろ、あそこ」

 モニターの画面に映し出された風景が少しずつ拡大していく。画面の中心に見えるもの、

 それは――

「IS……、ですか」

「そうだ。降魔は単なる化け物じゃねえ。俺たち人間の使う兵器に擬態することができる。
これを俺たちは魔操兵器と呼ぶ。そして奴らは最強の兵器に擬態した」
74 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:26:41.56 ID:VP7i6s5vo

「それが、IS」

「そうだ。しかも、見た目だけじゃなく、その性能もISにきわめてよく似ている。
もうわかると思うが、ISに対抗できるのはISしかねえ」

「それなら、自衛隊のIS部隊で」

「残念だが、降魔を倒せるのは対降魔霊力と呼ばれる特別な霊力の持ち主しか
できないんだ。そこにいる箒やセシリアのようにな。もちろん、お前にもあるぞ」

(だから、彼女たちがこの部隊に……)

 大神は、箒とセシリアの顔を交互に見る。

「時間がない、大神。ISを使って、あの魔操兵器を倒してくれ」

「いやしかし、魔操兵器を倒したいという気持ちはありますが、訓練用のISも昨日壊して
しまったわけで」

「その点なら問題ないですよ、大神さん。いえ、大神隊長」

 そう言ったのは山田真耶である。

「山田先生?」

「ついさっき、隊長用のISが届きました。すぐに展開できます」

「本当ですか?」

「大神、今から調整している暇はねえ、すぐに現地へ向かってくれ」

「わかりました!」

 大神たちは、海上自衛隊から貸与されたV‐22Jに乗って、奥多摩へと向かった。



   *
75 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:27:38.39 ID:VP7i6s5vo

 東京、奥多摩上空――

「今回、セシリアは待機だ」

「なんでですの?」

「まだお前のISは万全ではないからな」

「量産機でもいけますわ」

「その量産機は、昨日隊長が壊した」

「ぐぬぬぬ……」

(俺を睨まれてもしかたないんだけどな)

 どうやらセシリアは待機らしい。

 というわけで、大神は箒と二人で出撃するということになった。

「箒くん、俺と一緒で不安かもしれないが、よろしく頼む」

 大神は隣に座っている箒にそう語りかけた。

「いえ、不安だなんて。大丈夫です。私はその、初めてではないので、出来る限り
頑張ります」

「え? ああ、ありがとう」

 大神もノリでここまで来てしまったが、冷静に考えたらかなりヤバイ状況であることは
間違いない。

 どうすればいい。

(そうだ、箒くんが不安にならないよう、安心できる言葉をかけよう。それが大人としての
義務だ)

「箒くん」

「は、はい。何でしょう」
76 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:28:04.92 ID:VP7i6s5vo

「俺は、何があってもキミを守り抜く! だから安心してほしい」

「え……!!!」

 ティンティロリロリン♪

「あら、メールですわ」

「オルコット、任務中は携帯電話の電源を切れと言っているだろうが」

「す、すみません」

 千冬がセシリアを叱っているのを横目に、大神たちは出撃の準備をした。




   *
77 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:29:01.02 ID:VP7i6s5vo


 奥多摩山中に出現したIS型魔操兵器。その討伐のため、新・帝國華劇団花組こと、
IS学園部隊が出動する。

 そして、その部隊を率いたのが、海上自衛隊三等海尉、大神宗一郎である。

 彼は、かつて帝國華劇団花組を率いた初代隊長、大神一郎の子孫でもあったのだ。

 そしてこの日、大神は初めての戦闘を経験することになる。

 現場近くの広場に機体を着陸した後、大神は織斑千冬と最後の打ち合わせを行った。

「敵は自衛隊の実験機、飛燕に極めて似た形状の無人型ISだ。コードネームは
“黒兜(ブラックヘルム)”。主な武器は近接戦闘用の大太刀と、小型の特殊誘導兵器、
それに高レベルのエネルギー弾も発射する」

「はい」

「戦闘データに関してはすでにISの内部記憶装置にインプットしてある。だが敵は魔操兵器だ。
まだ、我々が知らない攻撃方法を持っているかもしれない」

「わかりました」

「それから、キミのISだが、ここに用意してある」

「は、はい」

 この戦いにおいて、大神の使用する機体には、大神専用機が用意されていた。 

「これが、俺のIS」

 それは兵器と言うにはあまりにも白い機体であった。

 まるで実験機のようだ。

「白はどんな色にも染まる。この機体を彩るのはキミ次第、と言ったところかな、大神くん」

「俺次第、ですか」

「基本的にISというものは操縦者の資質に大きく影響されてしまうのだ。教えただろう」
78 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:29:36.84 ID:VP7i6s5vo

「はい、わかりました」

 大神は自らの専用機に搭乗する。

『基本的な操作は量産機とは変わらん。だが、そのスペックはキミ専用にカスタマイズ
できる。ISをどう“成長”させるかはキミ次第ということだ』

「なるほど。しかし、どんなタイプなのかな」

『出撃準備』

「了解。帝國華劇団花組、出撃します!」




   *
79 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:30:28.41 ID:VP7i6s5vo


 はじめての出動で喉が渇く。

 今のところ敵に動きはない。

「大丈夫かい、箒くん」

『はい、今のところは』

 闇に染まる奥多摩山中で、白と紅色の機体が空を飛ぶ。

 訓練用アリーナと違って広さに限りのない外の戦闘はどうしても不安になる。

 しかも今回は模擬戦ではなく本当の戦いである。

『間もなく戦闘領域に突入します』山田真耶の声が聞こえてきた。

(さあ、いよいよだ)

 大神がそう思った瞬間、眩しい光の塊がこちらに向かって飛んできた。

「うわっ!」

 大神は辛うじて避ける。

(もう攻撃してきたのか?)

 次の瞬間、ISの警告音がけたたましく鳴り響いた。

(近い!!)

 大神のすぐ横を通り過ぎる黒い影。

「なに!?」

 IS型魔操兵器、コードネーム黒兜が狙った先は、

「せりゃ!」

 篠ノ之箒専用機であった。

 黒兜は大太刀を振りおろし、箒はそれを自らの刀で受ける。
80 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:31:16.99 ID:VP7i6s5vo

「箒くん!」

 素早く救援に向かう大神だが、そのまま黒い機体は真上に飛び上がった。

「大丈夫か、箒くん!」

『はい、ダメージはありません」

「よし、行くぞ」

 大神は三次元レーダーで黒兜を探索する。

 すぐ真上、こちらに向かってくる。

「こいつ!」

 大神は二本の刀を出して黒兜を迎え撃つが、黒兜の狙いは箒に集中していた。

「こいつ、なぜ」

 大神は一気にISを加速させる。

 加速性能は量産機よりも段違いにいい。

(これならいける)

 大神は二刀流で敵に斬りつけた!

 だがすぐに離れる黒兜。

「逃がすか!」

 再び追撃態勢に入るも、機動が上手く行かず取り逃がしてしまう。

(まだ慣れていないということもあるが、正直、量産機に比べても専用機の旋回性能は
イマイチだな)

 そして再び黒兜は凶刃を振う。

 その相手は、箒。

『ぐわああ!』
81 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:32:13.30 ID:VP7i6s5vo

「箒くん!」

(どうしたんだ、箒くんの動きが昨日よりも明らかに悪いぞ)

『ISも対降魔霊力も、本人の精神状態に大きく依存するらしい』

 無線から千冬の声が聞こえた。

「どういうことです?」

『篠ノ之箒はあまり本番に強いタイプではない。極度の緊張と不安が、ISの機動に
影響を与えているのだろう』

「そんな……」

 大神は黒兜を追う。だが、そいつは巧みに攻撃をかわすと、再び箒に攻撃の矛先を
向けた。

『篠ノ之の心を何とか解きほぐす必要がある。出来ますか、大神隊長』

「俺に、出来ること……」

 箒と黒兜が正面からぶつかり合う。

 強烈な光の後、金属と金属とがぶつかり音が鳴り響いた。

(俺は……)



   *
82 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:32:48.76 ID:VP7i6s5vo


「来るな!!」箒は、剣を振った後、逆噴射で距離を取った。

 この空間には、大神と箒の二機がいる。

 しかし敵の黒兜は執拗に箒ばかりを狙ってくる。

(心をを読まれているのか)

 自分自身の弱い心。

 恐怖、絶望、不安、降魔はそんな人間の弱い心に付けこんでくる、と聞いたことがある。

 だから敵が攻撃を集中してくるのも無理はない。

 弱いほうから叩くのは兵法の常道だ。

(負けてたまるか!)

 箒はなんとかして自分の心を奮い立たせようとするが、大きな不安が心を覆った。

(ぐっ!)

『箒くん!』

 無線越しに大神の声が聞こえた。

 あの人はなんと強いのだろう、と箒は思った。

 模擬戦闘で、圧倒的な実力差を見せつけられても決して諦めることなく戦いを続ける。

 そういう人だからこそ、隊長に選ばれるのだ。

 それなのに自分は――



 彼女の動きが止まる、その一瞬の隙をついて、巨大なエネルギー弾が襲いかかってきた。
83 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:33:26.09 ID:VP7i6s5vo




『どりゃあああああああああ!!!!』




 物凄い爆風と衝撃。巨大な爆発が正面で起こった。


 しかし、


「あれ? 何ともない」

 
 箒の身体も、そして機体もまったくの無傷。

(どういうことだ)

『大丈夫かい、箒くん』

「大神隊長……」

 彼女の目の前には、大神の白い機体があったのだ。

『約束しただろう、何があってもキミを守り抜くって』

 箒の胸が、恐怖とはまた違う高鳴りを覚えた。



   *
84 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:34:06.88 ID:VP7i6s5vo


 大神は作戦を考えた。

 作戦と呼べるほど“ち密”なものではないが、それでもないよりはマシだと思った
からだ。

「箒くん」

『はい』

「攻撃はキミに任せる。キミの防御は俺に任せてくれ!」

『でも、そうしたら隊長が』

「俺のことなら大丈夫だ。それより、キミの攻撃ならあいつを倒せるはずだ」

『わ、わかりました』

 箒が長刀を構える。

 心なしか、大神には先ほどよりも彼女の機体が大きく見えるような気がした。

 何やら赤いオーラも漂っている。

『行くぞ!』

 箒は武器を構えなおし、黒兜に挑んだ。

『でりゃああああああああ!』

 黒兜は箒の長刀を払いのける。そして、反撃。

 しかしその間に、大神が滑り込んで攻撃を防いだ。

「もう一度だ!」

『はい!』

 再び箒の攻撃。

《ゴガアアアアア》
85 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:34:38.61 ID:VP7i6s5vo

 ノイズのような音が頭に響く。

(これが、魔操兵器の鳴き声なのだろうか?)

 黒兜の肩の装甲が崩れ落ちた。

「よし! 効いているぞ箒くん!」

『はい!』

 無線越しにも、箒が元気を取り戻してきたことがわかる。

 今度はエネルギー弾を放ってくる敵。

 それも大神は全弾防いで見せた。

 損害率は合計で14%

 機動性は悪い代わりに、大神の専用機の防御力は恐ろしく高い。

『すごい……』

「行けえ! 箒くん!!』

『どりゃああああああ!!!』

 今度は左肩の装甲を斬り落とした。

 たまらず距離を取ろうとする敵。

「逃がすかあ!」

 箒と大神は同時に追撃をかける。

『大神隊長』

「なんだい」

『一緒に、トドメを――』

「わかった」
86 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:35:13.87 ID:VP7i6s5vo

(これまで耐えてきた分まとめてお返しだ!)

 そう思い大神は箒とともに刀を構えた。



「破邪剣征――」


 機体が白く輝きはじめる。

 これがISの力なのか。


「桜花放神!!!!!」


 とてつもない光が、黒兜を襲う。

 敵のエネルギー弾など目ではない。


「うおおおおおおおおお!!!」


「でりゃああああああああ!!!!」


 二人のエネルギーにお混ざり合った攻撃によって、敵は跡かたもなく消え去って行った。




   *
87 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:36:56.38 ID:VP7i6s5vo

 地下司令部では、先ほどの戦闘の映像を司令の米田がゆっくりと見ていた。
 手には、酒類ではなくコーヒーを持っている。

「隊員の強さを引き出せる男とは聞いていたが、まさかここまでとはな」

「正直、私も驚いています」

 米田の言葉に、隣に立っていた千冬が返事をする。

「大神機のISの特徴はなんだ」

「機動力、攻撃力等はそれほど高くありませんが、なんと言ってもあの防御力は注目に
値します」

 千冬は戦闘データの表示されたタブレット型コンピュータを見ながら言う。

「防御重視型だが、その防御力は味方を守る時に使うと更に上がるということか」

「自分も、こういうタイプのISを見るのは初めてです」

「確か、大神の機体の核(コア)は、前は千冬の機体のものだったんだろう?」

「そうです。だから尚更驚きました」

「どうしてだ?」

「私のISは、自分の防御力を犠牲にしてでも、相手にダメージを与えるものでした。ですが、
大神くんの機体はその逆……」

「そうだな。真逆だ。お前さんが攻撃特化型なら、大神のは防御特化、それも仲間の防御特化だ」

「ISに操縦者の特性が出やすいと言うのですが、まさかこれほどとは……」

「まあ、そういう特性だからこそ、アイツが隊長にふさわしいと言えるんじゃないか」

「はい。大神隊長は、おそらく最も隊長に適任な人材でしょう。今はまだ粗削りですが、これから
成長していけば、より理想的なリーダーになれる可能性を秘めています」

「お前よりもか?」

「私は、戦えませんから。……降魔相手には」

 千冬はそう言って目を伏せる。

「……そうか」

 米田は、何かを悟ったように残ったコーヒーを飲みほした。



   *
88 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:38:06.16 ID:VP7i6s5vo

 初出動を終えた日。疲れてはいたけれども、大神は少しだけ上機嫌だった。

 というのも、この日は特別に大浴場の使用許可が下りたからである。ここ数日、
シャワーばかりの日が続いていたので、大きなお風呂でゆっくりできるのは嬉しい。

 もちろん、艦内生活も多い海上自衛官にとって風呂は入れる日よりも入れない日の
方が多いのだが、そのことが彼を余計風呂好きにさせてしまったようだ。

 深夜の誰もいない大浴場に大神が入る。

「久しぶりのお風呂だな。ゆっくり湯船につかって、明日からまた頑張ろう」

 そんなことを言いながら大神は服を脱ぐ。

 その時!

 浴場のほうから人の気配がした。

(まさか、誰かいるのか?)

 そんなはずはない。大浴場は、大神が使うということで立ち入り禁止になっているはず。

(誰かが入っている、ということは中にいる人はもちろん女の人だから、ここは戻ったほうが
いいのか)

 大神の頭の中にそんな思いが一瞬よぎったが、すぐにかき消えた。

(い、いかん……。頭がクラクラしてきた……。しっかりしろ、大神!)

 そして、

(ぐっ、だめだ、身体が勝手に風呂場の方へ……)

 大神は、ガラリと入口のサッシを開けた。

「え?」

 そこには、一糸まとわぬ篠ノ之箒が身体を洗っていたのだった。

「みぎゃああああああああああああ!!!!」

「うわああああああ!!!」





    つづく
89 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:38:38.45 ID:VP7i6s5vo
風呂にはじまり風呂で終わる。それがサクラ大戦。
90 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/01(月) 20:39:43.80 ID:VP7i6s5vo
 次回、セシリアのあの変な喋り方の原因が明らかになる……?
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/08/01(月) 21:25:23.79 ID:C7ltfgXjo
安定の体の勝手さwwww
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/02(火) 10:49:33.37 ID:OfupOSv8o
大神さんはブレないな

そしてバトルものだと不遇な防御特化か…
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2011/08/02(火) 12:36:01.34 ID:gUvvI1FAO
サクラ大戦のかばうは、反則的なまでのチート技
94 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:00:41.33 ID:pOhxSdW0o
今日も暑かったですねえ。
95 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:01:19.42 ID:pOhxSdW0o



 世の中には幸も不幸もない。ただ考え方ひとつで、どうにでもなるのだ。

                                 シェイクスピア
96 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:01:45.88 ID:pOhxSdW0o


 彼女がかつて生まれ育った街では、霧が多かった。

 だからこそ彼女は憧れたのである。

 抜けるような青空に。

 包み込まれるような白い雲に。

 輝く太陽に。

 空を飛ぼう。

 あの憂鬱でうっとうしい霧を抜けて、空へ飛び出そう。

 そして身体全体で青を感じよう。

 今、彼女には翼があった。

 その翼に彼女は名前を付ける。ブルーティアーズと。


「セシリア・オルコット!」


 教官の硬質な声がグラウンドに響く。

「はい!」

 セシリアは背筋を伸ばし腹から声を出すように返事をする。

 彼女の後ろには、多数の生徒たちが見ている。

「お前のISの調整が終わった。本日より飛行を許可する」

「了解しました」

「では早速起動させてみろ」

「はい!」
97 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:02:22.97 ID:pOhxSdW0o







   I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



       第四話  青空の雫
98 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:03:28.40 ID:pOhxSdW0o

 その日、授業と授業の合間に、少し時間が出来たので、大神はIS実習の授業を見学
することにした。

「ここで実習ですか」

 大神の目の前には見渡す限り青々とした芝のグラウンドが広がっていた。

「ええ、アリーナよりも広いのでのびのびと訓練できますよ」

 なぜか一緒に山田真耶も大神についてきた。

 まあ、解説役がいたほうがいいのかな、と大神は思う。

 隣にいる真耶の表情を見ると凄く楽しそうである。

(彼女は本当にISが好きなんだなあ……)

 真耶の顔を見て、大神はぼんやりとそんなことを思った。

 しばらくすると、一人の女子生徒がISに搭乗した。

 いつも見ている訓練機とは違う、青の機体である。

「先生、あれは」

「あ、あれはセシリアさんの専用機ですよ」

「専用機?」

「ええ、彼女も篠ノ之さんと同じように専用機を持っています。調整が終わって、今日
から乗れるようになったんですね」

「なるほど」

 遠くから見ているので、セシリアの表情はよく見えない。

 だが、ふとブロンドの髪が揺れたと思ったら、大神には彼女がこちらを見たような
気がした。
 
(気のせい、だよな……)

 大神は心の中で思った。

 それからすぐに飛行訓練が始まる。
99 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:05:19.41 ID:pOhxSdW0o

 この日は快晴。

 輝く太陽と白い雲、そして気持ちの良いほどの青空の中で、セシリアの操る青い機体
が優雅に、それでいて速く飛んで行った。

「そういえば、何か大きい銃みたいなものを持っていますね」

「あれは、彼女の専用武器です。狙撃用のビームライフルです。彼女の狙撃の腕は、
学年でも一、二を争うほどのものなんですよ」

「そうなんですか。でもあんな大きいものを持っては機動が大変そうですが……」

「確かに、セシリアさんの機体は遠距離支援型のものなので、篠ノ之さんのような
近接戦闘型の機体に比べたら機動力はあまりよくないかもしれません。
でも、見てください」

「ん?」

 真耶の視線の先にはセシリアの機体がある。

「彼女の機動をよおく、見てください」

「……」

 セシリアの機体がクッと横に動く。

「あ!」

「凄いでしょう? 彼女は、機体の旋回性が劣る部分を技術でカバーしているんですよ」

「先生、あの動きは」

「無反動旋回(ゼロリアクトターン)と言います。あれが出来る生徒は、この学校ではオルコット
さんくらいのものですかねえ」

「カットバックドロップターン?」

「それは別のアニメです。ゼロリアクトターンですよ。つまり反動のない動き」

「反動がない動きですか……」
100 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:05:54.67 ID:pOhxSdW0o

 セシリアの動きを例えるならば、群れで動く魚の動きのようだ。

 大神は子どもの頃に水族館で見たことがある。なんの前触れもなく一斉に方向転換を
する魚たち。

 右かと思えば左、左かと思えば右。

 予備動作がないので、どこへ行くのかわからない。

 それによって、魚群は敵から身を守っているのだ。

(もし自分にもあの動きができたら……)

 大神はそう考えた。

 旋回性の劣る自分の機体を、もっと効率よく動かすことができるのではないか、と。




   *

  

 その日の午後、校内でセシリアを見つけた大神は早速声をかけた。

「セシリア」

「あら、大神三尉。どうされましたの?」

「キミに教えてもらいたいことがある」

「は、はい?」

 そしてその日の夕方、セシリアと大神は訓練用アリーナに集合した。

「今日はありがとう、セシリア」
 
 訓練用のアンダーギアに着替えた大神が言う。

「ちょっと、勘違いしないでいただきたいのですが」
101 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:07:23.43 ID:pOhxSdW0o

「なんだい?」

「私は、私のISの調整のついでに、あなたに教えるんですからね。おわかりですの?」

「ああ、わかってるよ」

「それに――」

「それに?」

「あなたに、この前のような無様な戦いを、今後もずっと続けられたら、私としては非常に
迷惑です。ですから、あなたのため、というより私のために学んでもらいますからね」

「はい、わかりました。セシリア先生」そう言って大神は姿勢をただした。

「茶化さないでください三尉(サブ・ルテナント)。ISは遊びではなくてよ」

「そうだね」

「それから、ISの操縦には熟練を要します。一気に何もかもできるようになろう、とは
思わないでください」

「山田先生にも言われたよ」

「私はまだ、ランドセルを背負っていた頃からISに乗っていたのですから、年季が
違いますわ。まずは基礎をしっかりとやってもらいますからね」

(ランドセル?)

 大神は彼女の言葉が少し引っかかった。イギリスの小学生もランドセルを使うのだろうか。

「聞いてますの? 大神三尉」

「ああ、はいはい。聞いてます」

「では、早速はじめましょう」

 セシリアはISに搭乗する。
102 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:08:35.94 ID:pOhxSdW0o

 夕日に染まった青の機体は、昼間見たものとはまた違った印象を受ける。

「さ、大神三尉もお早く。時間は有限ですわよ」

「わかった」

 黄昏の空に白と青の機体が交錯する。

『私についてきてください。まずは基礎からいきますわよ』

 無線越しに彼女の声が聞こえてきた。

 大神の目の前にあるセシリアの機体がゆっくりと旋回する。

 大神もそれに続く。ゆっくり飛ぶのは、速く飛ぶよりも難しい部分がある。自転車と
同じだ。

『それでは次の機動。ゆっくりから早く』

 セシリアは、ゆっくりと前進してから素早く右に曲がった。

「おわ!」

 まったく予備動作が見えない。本当に、いきなり曲がったという感じだ。

(俺も……)

 大神はセシリアの動きを真似ようとするけれど、どうしても一挙動遅れてしまう。

(これでは敵にやられてしまうな)

『いきなり素早くやろうとしてもダメですわ。とにかく、基本となる動きを身体に染み付けて
ください』

「身体に……、染み付ける」

“染み付ける”といういかにも日本人らしい表現に大神は再び驚いた。

 本当に彼女はイギリス人なのだろうか。

『ISの機動は人体の動きに通じるものがあります。つまり、人の動きに無駄が多ければ、
ISの動きにも無駄が出てしまいますわ』
103 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:09:16.01 ID:pOhxSdW0o

「なるほど」

 再び曲がるセシリア。本当に無駄がない。

『自然体で機体を動かしてください。無駄な力を入れず、それでいて周囲の環境を感じる
ように。難しいかもしれませんが』

「自然体……。まるで武道のようだ」

『そ、そうですわね』

 大神は昔のことを思い出した。

 小さい頃から通っていた道場で、剣の師匠に言われた言葉だ。

 武術の中で最も強い型、それが自然体であると。

 自然体に目立った構えはない。しかし、攻撃だろうが防御だろうが、次の行動に素早く
移ることができる。そして、急な状況変化にも対応できる。

 大神は精神を研ぎ澄ました。

 風の感触、温度、湿度、太陽の光、雲の動き、そして目の前にいる一人の少女。

 あらゆるものを身体全体で感じ、そして行動する。


 右へ――


 機体が、まるで急な風に吹かれた花びらのように、ふっと横にずれた。

『え?』

 セシリアの声が聞こえる。

 踏んばったり力んだりする必要はない。

 この空間の中にある空気と一体化するように。
104 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:09:41.76 ID:pOhxSdW0o

 
 左へ――


 景色が変わる。

(もしかして、この動きを利用すれば)

 大神はあることを思いつく。

 ゆっくりと、空中にホバリング状態で停止しているセシリアに近づく。

 そして力を抜いて、


「……!」


 気がつくと、目の前わずか十数センチ先にセシリアの顔が見えた。

「あなた……」セシリアは顔を赤らめながら聞く。

「なんだい」

「一体何者ですの?」

「何者と言われても……」




   *
105 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:10:40.66 ID:pOhxSdW0o

 夕闇に染まるアリーナを眺めながら、大神とセシリアは二人並んでベンチに座っていた。

 大神が無反動旋回(ゼロリアクトターン)を初めて成功させたことを祝して、スポーツドリンクで
乾杯したのだ。

「まさか一日で成功されるとは……」

「セシリアの教え方が良かったんだよ」

「そ、そうですわよね。って、それでもおかしいですわ」

 しかし出来てしまったのもは仕方がない。
 
「セシリア」

「なんですの?」

「聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「また質問ですの? まあ、よろしくてよ」

「セシリアの話を聞いていると、すごく日本語が上手いんだけど、キミは何年日本にいるんだい?」

「……どういうことですの?」

 ふと、セシリアの表情が固くなる。

「いや、キミの日本語の表現力から考えて、一年や二年でそこまでできないと思って」

「そうですか?」

「それに、キミの説明仕方や立ち振る舞いを見ていると、何か武道でもやっているように思えたんだ。
千ふ……、織斑先生のように」

「ん……」

「どうしたんだい?」

「乙女のプライベートを詮索するような男は嫌われますわよ」

「ああ、いや、ゴメン。どうしても気になって」
106 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:11:24.48 ID:pOhxSdW0o

「ハア」

 セシリアは大きく息を吐いた。

「まあいいですわ。無反動旋回(ゼロリアクトターン)を成功させたこともありますし、
少しだけ話してさし上げますわ。私のことを」

「ああ」

「私が祖国のイングランドから、日本に来たのは十歳の時です。ですから、今から
約六年前ですわね」

「どうして日本に……」
 
「両親が、亡くなりましたの。鉄道の事故で。向こうでも身寄りはいましたけど、私の
母方の祖父の希望で、日本にある祖父の家に引き取られることになりましたわ」

「母方の祖父?」

「私、こんな髪の色をしていますけど、実は四分の一ほど日本の血が流れていますのよ」

「ええ!?」

 大神にとって衝撃の真実であった。

「祖父の名は、神崎茂治」

「神崎しげはる……、どこかで聞いたことがあるような」

「神崎重工の会長ですわ」

「神崎重工? それってISの開発にも関わったあの神崎重工?」

「そう、それです」

 神崎重工は日本のみならず、世界的な企業である。鉄道車両や船舶、二輪車をはじめ、
宇宙航空産業事業も行っており、ISの開発にも参加している。

 しかし、神崎重工の名前を口にした時のセシリアの表情はさえなかった。

「正直、神崎の家はあまり居心地がよくありませんでしたわ」
107 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:12:47.63 ID:pOhxSdW0o

「どうしてだい? お祖父さんの家なんだろう?」

「私のお母様は、ロンドンへ留学中にお父様と知り合いましたの。そして恋をして、結婚。
でもお父様は、あまり裕福な家庭の出身ではありませんでしたから、家族は反対しましたの。
 それで、半ば駆け落ちのような形で結婚。しばらく神崎の家とは絶縁状態だったらしいのです」

「……」

「それなのに、ある日突然、その娘の子どもが家に来たのですから、ほかの一族からしてみれば
厄介者が来たと思われても仕方ありませんわね」

「そんな……」

 セシリアが日本に来たのはまだ十歳の時だ。

 そんな小さな少女が、見知らぬ異国に来る。母親の生まれ故郷とはいえ、辛かっただろう。

 その上、親類からあまり温かく迎えられなかったとしたら。

 大神は幼いころのセシリアを思うと胸が痛んだ。

「何度か、神崎家の養子にならないかと言われましたけど、私は断りました」

「……」

「私、お父様とお母様のことがとても好きでしたから。もし私が神崎家の人間になってしまったら、
両親のことを皆忘れてしまうと思いましたの。
 私は、お父様のこともお母様のことも大好きでしたから。仕事が忙しくて、滅多に会えることが
ありませんでしたけど……、絶対に忘れませんわ」

「セシリア……」

「私、神崎の血は引いておりますけど、神崎に頼らず自立して行こうと決めておりました。
そんな時、偶然IS適性で最高レベルの評価が出たことがわかったので、このIS学園に入学しよう
と思いましたの。この学園は授業料が免除されますし、何より卒業後の進路も色々ありますから」

「……」

 不意にセシリアが立ちあがる。
108 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:13:34.15 ID:pOhxSdW0o

「いいですか、大神三尉。私は神崎の力でこの学園に入ったわけでも、専用機を
あてがわれたわけでもございません!」

「ああ、わかってるよ」

「でも世間ではそうは参りませんわ。神崎の血縁だから成績を水増しされているとか、
代表候補生になれたと言う者もおります。
 だからこそ、私はトップを取らなければなりませんの。
 そういう連中を見返すために、勉強でもISでもトップを取らなければまいりませんわ!」

 グッと拳に力を入れ、彼女は熱弁する。

 しかし、少しして自分の言ったことが恥ずかしくなったのか、顔を赤らめて俯いてしまった。

「三尉……」

「なんだい」

「こ、このことは誰にも言わないでいただきたいですけど」

「このこと?」

「今日、大神三尉とお話ししたことですわ」

「ん、ああ。わかった」

「絶対ですわよ」

「セシリア……」

 大神もゆっくりベンチから立ち上がる。

「なんですの?」

「キミは偉いな」

「あ、当り前ですわ」

「とても素敵だよ」

 そう言って、大神は笑顔でセシリアの頭を撫でた。

 ふわりとしたブロンドの髪がとても柔らかいと感じた。

「……!」

 そしてセシリアは、再び顔を真っ赤にして俯いた。

   


   *
109 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:14:19.92 ID:pOhxSdW0o
 

 夢と言うものは明け方によく見るようで、大神もまた夢をみていた。

 どこまで続く青い空に吸い込まれてしまいそうだった。

 そうだ、ISに乗ったらどんな気持ちだろうか。

 ふと、人の気配がした。

 ドアをノックする音。随分リアルな音が出る夢だ。

「大神さん、お、起きてます? あ、開いてる」

 暗がりの中、誰かが入ってくる気がした。

 大神は眠たい目をこすりながら、周りを見る。まだ外は暗い。

「あ、大神さん。起きましたか。大変なんで――、きゃあ!」

「ふが!?」

 再び大神の目の前が闇に閉ざされた。

(何なんだこれは! 夢か?)

 大神はいきなり視界が奪われたことに混乱してしまった。

「あん、大神さんうごかなああ、眼鏡が」

「ふが、ふがが」

 大神は何か大きなものが二つほど顔の上に乗っかってしまい、息が出来なくなって
しまったようだ。

「メガネー、どこ? あああん」

「ふがー! ふがあああー!」

「何をやっているんだお前たちは」

 急に、顔の上で暴れていた“柔らかいもの”が大人しくなった。
110 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:14:46.49 ID:pOhxSdW0o

 そして世界が明るくなる。

 誰かが部屋の灯りをつけたらしい。

 やっと回復した視力で部屋を見回すと、すぐ目の前に山田真耶がいた。

「やまだ先生?」

「ご、ごめんなさい」

 眼鏡をかけ直した真耶が大神から素早く離れる。

「起きたようだな、大神くん」

「え……」

 横を見ると、戦闘服姿の千冬がいた。

(これはなんだ? 早朝ドッキリか?)

 大神は一瞬、何がなんだかわからなっくなった。

「朝からすまない。実は魔操兵器の出現情報が入った、すぐに地下司令部にきてくれ」

「え、はい」




   *
111 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:15:21.05 ID:pOhxSdW0o


 IS学園、地下司令部――

「大神三尉、以下三名到着いたしました」

 米田の前で不動の姿勢を取る大神。その後ろにはセシリアと箒の姿がある。

「きたか大神」

 早朝にも関わらず米田も、隣にいる千冬も寝むそうな顔一つせず大神たちに向き合う。

「早速だが、埼玉県と群馬県の県境近くで降魔反応が出た。自衛隊の偵察部隊が現場に
急行した結果、IS型魔操兵器が確認された」

「……」

 大神たちは、米田の説明を黙って聞いていた。

「しかし、どうも偵察部隊の報告では、今まで俺たちが見てきた魔操兵器とは違う種類のもの
らしい」

「違う種類ですか?」

「ああ、降魔反応自体はあるのだが、はっきりとした形が把握できないようなんだ」

「はっきりとした形というのは」

「これを見てくれ。――千冬」

「はい」

 そう言うと、米田は司令室の巨大スクリーンに注目した。大神たちも同じように注目する。

「これは偵察部隊が先ほど撮影した映像なんだが」

「……?」

 確かにISらしき影が見える。だが、以前見たようなはっきりとした姿が見えない。

「霧が、濃いようですが」
112 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:15:59.64 ID:pOhxSdW0o

「ああ、昨晩から濃霧注意報が出ている。だが見えにくいのはそれだけじゃない。
おそらく光学迷彩を装備しているようだ」

「……光学迷彩?」

「そうだ。どうやらこのISは、自分の姿を見せないようカムフラージュをしているって
ことさ。それも最新技術でな。さらにこの霧だ」

「霧がはれるまで待つというのは」

「現場は市街地に近い。ここで時間を費やして市街地に逃げられたら厄介だ。
なるべく早い段階で叩きたい」

「わかりました。帝國華劇団花組! 現場に急行します!」




   *



 緊急発進したV−22Jに乗った大神たちは、一路現場へと向かう。

 ただ、今回は時間がないので途中から機体から直接発進するという。ISに乗って入れば
大丈夫とわかっていてもやはり少し不安だ。

 大神は、機内で隊員たちに声をかける。
 
「あの、箒くん」

「……」

「箒くん?」

「なんでしょう」

 篠ノ之箒の機嫌はすこぶる悪かった。

 寝起きだからだろうか。もし、そうでなければ機嫌の悪い理由は、色々ある。

(いや、しかしあの時のことは事故だと思うのだが)
113 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:16:30.58 ID:pOhxSdW0o

 大神は、風呂場で遭遇事件のことを思い出した。

(やはり大きい……、いや、イカンイカン)

 これからの任務のことを考えて集中しようとする大神。

 そんな大神に箒は言った。

「昨日、セシリア・オルコットと自主訓練をしたそうじゃありませんか」

「え? ああ。それが何か」

「私も、時間はあったのですが……」

「え? ああ。誘ったほうがよかったかな。でも」

「でも何ですか?」

「いや、でも昨日の訓練は二人のほうが」

「……ほう」

 彼女の背中からゴゴゴという効果音が聞こえてきそうなほどの迫力である。

(なんでこんなに怒っているんだ彼女は)

「ほら、セシリアとはまだ一緒に飛んだことがなかっただろう? だから色々と知って
おきたいと思ったのさ。それに、彼女の技術も教えてもらったし」

「それで、セシリアと二人きりで……」

 そう言って箒は顔をそむける。

「箒くん」

「……」

「箒くん、俺を見て」

 大神は彼女の肩を掴む。
114 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:19:08.12 ID:pOhxSdW0o

「俺だって、キミたちと同じようにISの操縦が上手くなりたい。なぜなら、俺が上手く
なればキミを守ることができるから……!」

「……隊長は」

「ん?」

「隊長は卑怯です」

「卑怯?」

「明日……」

「え……」

「明日、一緒にお昼を食べましょう」

「お昼? どうして?」

「いいから、食べましょう」

「ああ、わかった」

「約束ですよ」

「ああ、約束だ」

 心なしか、箒の態度が先ほどよりは、柔らかくなってきたような気がした。

(やはり、寝起きで機嫌が悪かったのか。箒くんは低血圧なのかな)

 箒の気持ちをよそに、大神は一人そう考えて納得した。

「お二人とも、そろそろ出発ですわよ」

 セシリアがそう報告してくる。

「ああ、わかった」

「了解だ」箒も返事をする。

 まもなく展開地点に達する。




   *
115 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:19:47.52 ID:pOhxSdW0o

 現場は埼玉県の秩父市付近と言われている。最初の目撃情報は、熊谷市付近だという
からかなり移動したことになる。

「それにしても酷い霧だ」

 現場に漂う霧に、視界が遮られる。ISに搭載されたカメラを頼りに進むしかない。

 ISの計器類を信頼してはいるけれども、二つの目で生活している身としては、こういった
飛行には慣れが必要だろう。

「箒くんもセシリアも無事か」

『紅椿、問題ありません』やや緊張しつつも、平静を装う箒の声を聞えてきた。

『ブルーティアーズ、こちらも問題ありませんわ』セシリアの声のほうが、若干余裕が見える。

 だがその余裕が命取りになることもある。大神は心の中でつぶやく。今度の敵は、なんだか
やばそうだ。

 しかもこの霧。

『大神隊……長、聞……えるか。織斑……だ』

「すいません、よく聞こえないのですが」

『妨害……電波……、おそらくその……霧に、何か問題がある……ようだ』

「霧に、問題?」

《 WARNING 》

 その時、ISが警告を発する。

(降魔反応!?)

 警告の直後、光の筋が大神たちを襲った。

「うわ!」

『くうっ!』
116 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:20:22.46 ID:pOhxSdW0o

『なんですの?』

 天空に伸びる一筋の光は見覚えがあった。

『隊長、狙撃です』と箒の声。

「フォーメーションを崩すぞ、各機散開!」

『紅椿、了解』
 
『ブルーティアーズ、了解ですわ』

 固まっていては的になるだけだ。大神はある程度距離をとって散開することにした。

「各機、狙撃の場所に気を付けろ。恐らく前方の山地だ」

『りょ、了解です』

『ブルーティアーズ、了解』

《 WARNING 》

 再び警告音。

「旋回! 狙撃くるぞ!!」

 再び一本の光の筋が大神のすぐ横を流れる。

 しかしこれで、だいたいの敵の位置は把握できた。

『三尉、大神三尉』セシリアの呼ぶ声が聞こえてきた。

「どうした、セシリア」

『私に提案がありますわ』

「提案?」

『今回の敵、私にやらせてはもらえませんでしょうか。どうやら敵は遠距離攻撃を得意
としているようですので、同じ遠距離武器を持っている私にその相手はぴったりですわ』
117 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:20:57.67 ID:pOhxSdW0o

「しかし……」

『大神三尉も、篠ノ之さんも、近接戦闘向きの機体ですので、この戦いならば私の出番
かと」

「わかった。だが無理はするなよ」

『了解ですわ。無理などしなくてもこのセシリア・オルコット、やってみせますわよ』

 大神はセシリアをフォーメーションの真ん中に据える。

 大神たちは、セシリアをサポートするように彼女の斜め後方に位置した。

 セシリアは大型の狙撃用のレーザーライフルを構える。

『先ほどの狙撃で敵の位置は完全に把握いたしました。風はほぼ無風。
絶対に外しません。』

(セシリア……)

『発射(fire)!!』

 先ほど撃たれたものと同じような光の弾道が山肌に吸い込まれた。そして爆発。

 しかし、敵を撃破した形跡は……、ない。 

『ど、どういうことですの?』

「敵が、いない?」

 
《 WARNING 》


 三度警告音が鳴る。

「右だ! 二時の方向!!」

 先ほどとはまったく違う角度からビーム兵器が襲いかかってきた。

(まさか、敵は二体いるのか?)
118 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:21:26.78 ID:pOhxSdW0o

 予想外の角度からの攻撃に大神は戸惑う。
  
 だが戸惑ってばかりもいられない。

『こ、今度こそ外しませんわ』

 再び射撃体勢に入るセシリア。

『発射!』

 再び吸い込まれる光線。

 だが、

『手ごたえが、ありません……』

「セシリア、作戦変更だ! 俺と箒くんで敵に接近する。キミは支援射撃を頼む」

『三尉、危険です!』

「そんなことはわかっている、だが現時点でキミの射撃では倒せない」

『……!』

「箒くんは俺の後に」

『紅椿、了解』

「セシリアは火力支援だ」

『ブルーティアーズ、了解ですわ……』

「行くぞ! 箒くん!!」

『了解!』

 大神の専用機も、箒の紅椿も加速性能にはそれなりの自信があった。

《 WARNING 》

「左旋回!」
119 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:22:04.10 ID:pOhxSdW0o

 大神と箒は大きく左に旋回する。

 彼らの右側に光の柱が見えた。

「逆方向だ、行くぞ」

『了解』

 しかし――

《 WARNING 》

「右旋回!」

 今度は逆方向から光線が飛んできた。

(一体どういうことだ? この山にはどれだけの敵が潜んでいるというんだ?)

 あらゆる方向から飛んでくる敵の攻撃に、大神たちはすっかり混乱してしまっていた。

《 WARNING 》

(近い!)

 後方で爆発が起こる。

『うわああああ!!』
 
「箒くん!」

《 WARNING 》

「くそっ! 一時撤退だ!!」

 大神と箒はジグザグに動きつつ、その場を離れた。敵がどこに潜んでいるかわからない以上、
いたずらに接近しても的になるだけだ。



   *
120 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:22:50.90 ID:pOhxSdW0o


「箒くん、大丈夫か」

『右脚部がやられただけです。損害率15%、まだやれます』

 ふと、霧越しに箒の笑顔が見えた。

(部下に気を使われるなんて、俺はなんてダメな隊長なんだ)

 大神がそんなことを考えている時、

『大神隊長、聞えるか。織斑だ』

 先ほどの通信よりは比較的はっきりした声が聞こえてきた。

「え、はい。聞えます。大神です」

『現場に近くなって、大分通信の状態がよくなってきた。おそらくこの通信妨害は霧の
せいだ』

「霧ですか?」

『そうだ。それもただの霧じゃない。電子機器の働きを阻害するために開発された
電子霧(エレクトリック・フォグ)の可能性が高い』

「電子霧?」

『霧にの中に超小型のナノマシンを混ぜておくことによって、計器類やレーダー、それに
無線の働きを阻害する。そして、視界も』

「視界、妨害……」

『魔装兵器が使っているものだが、恐らく原理は同じだろう』

「しかしどうすれば……」

『計器類に頼り……すぎない……、ISの……力を……信じ……』

 再び通信が途切れる。

(霧が濃くなっているのか?)

「何はともあれ、敵の位置がわからないと」
121 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:23:35.83 ID:pOhxSdW0o
『隊長、いっそ山ごと燃やしてしまったらどうでしょう』箒が物騒な提案をしてきた。

「却下だ」

 大神は即答した。

(敵が霧を使って自らの位置を秘匿して、こちらに攻撃を仕掛けてくる。相手には
こちらが見えるけれど、こちらから敵は見えない……)

 日の出の時間が迫る。

 霧が晴れれば奴はまだ別の場所に移動するだろう。そうなる前に、ここで仕留め
なければならない。

(敵には見える、計器類は使えない。ということは)

「セシリア! 箒くん!」大神は無線でセシリアを呼ぶ。

『は、はい。なんでしょうか』

「俺に考えがある。協力してくれないか」

『え? はい。わかりましたわ』

『了解しました』

 最初にセシリアが、そして次に箒が困惑しながらも大神の話を聞いた。



   *




 計器類が使えない。

 それは恐らく向こうも同じこと。だとすれば、敵の頼みはやはり目視になるはず。

 大神はそう考えた。
122 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:24:18.67 ID:pOhxSdW0o

 大神は単独でISを加速させ、敵の射程内に入る。

《 WARNING 》

 警告音が鳴った。

 間髪いれず、相手は攻撃してくるはずだ。

(来い……!)

 大神は静かに、それでいて集中した状態で霧の中を見据えた。

 狙撃用ビームが大神の機体を襲う。

 だが、その光線は天空を貫いた後に消えて行く。

 墜落したわけではない、大神の機体は健在だ。

 そして再び前進をはじめる。

《 WARNING 》

 再び警告音。

 だが敵の攻撃は当たらない。

 的外れの方向に飛んでいく。

 そして大神は前進を続けて行く。

 距離が近くなればなるほど、狙撃地点が絞られてくる。

「どうした、魔操兵器!」

 大神の機動は誰にも読めない。

 ただ一人、大神しか知らない動き。

 それが、セシリアから教えてもらった無反動旋回(ゼロリアクトターン)の特徴。

(敵は必ず、自分たちを目視してから攻撃している。通常の旋回ならその動きを
予想できるかもしれないが、この動きでは予想もできない)
123 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:24:57.10 ID:pOhxSdW0o

「そろそろ限界が見えてきたな!」

 大神は主要武器である2本の刀を構える。

 再び敵の狙撃――

「見えた!」

 敵との距離はすでに50メートル以下まで迫っていた。ここまで距離を詰めれば、
いくら霧が濃くても相手の姿は視認出来る。

 大神の武器は、ここから更に距離を詰めなければならない。

 だが、その必要はなかった。 

(なぜなら俺は――)


「破邪剣征――」


「囮だああああ!!」


「桜花放神!!!!」


 敵が大神に気を取られているうちに接近していた箒。

 彼女の放った技が山の木々に直撃する。

 凄まじい爆発が起こり、その結果いぶり出されるような形で一体のISが姿を現した。

 巨大なビームライフルを携えたIS型魔操兵器。近接戦闘に特化した黒兜とはまた
違う意味で不気味な雰囲気を醸し出していた。

 敵は不意に攻撃してきた箒に向かいライフルを構える。

 だが姿を現した狙撃手ほど脆弱なものはない。
124 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:25:49.86 ID:pOhxSdW0o

「セシリアアアアアアー!!」

 大神は叫ぶ。



 わたくしの狙撃で――




 お逝きなさい!!



 眩しい光の筋が、まるで吸い込まれるように魔操兵器の胸部へと当たる。

 最大出力で放たれたビームは、ISの命とも言える、核(コア)のある部分を正確に
撃ち抜いた!

 そして、撃ち抜かれたIS型の魔操兵器は、糸の切れた操り人形のように、地面へと
落下して行ったのだった。




   *
125 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:27:05.64 ID:pOhxSdW0o

 すっかり霧の晴れた空は抜けるような青空だ。

 大神とセシリアは、集合地点となっている航空自衛隊熊谷基地のグラウンドで
空を眺めていた。

「キミの教えてくれた無反動旋回のおかげで助かったよ。あれがなければ、敵の
的にされるところだった」

「しかし驚きですわ。習得したばかりの技を、実戦でいきなりお使いになるなんて」

「いや、必死だったからね。でも、やれると信じていたよ」

「そういえば、大神三尉は無反動旋回のやり方のことを、まるで武道のようと
おっしゃってましたね」

「そうかい? ああ、確かに言ったかもしれない。実際やってみても、確かに昔習った
剣術の動きと似ていたから」

「私も、あれを成功させた時、神崎家で習った薙刀の動きをイメージしていましたの」

「薙刀?」

「神崎家の女は、基本的にみんな薙刀を習います。私とて、例外ではありません
でしたわ」

「そうなのか。だから、キミの立ち振る舞いは、織斑先生や箒くんに似ていたのか」

「結局、私に神崎の血が流れていることは変わりありませんし……」

「……」

「ねえ、三尉?」

「なんだい」

「私のフルネーム、ご存じです?」

「え、確か、セシリア・S・オルコットだったよね」

「ええ、そのミドルネームのSなんですけど……」

「ああ」

「スミレ、と言いますの」

「スミレ……?」

「私が生まれた時、お祖父様がつけてくださった名前です……」

「いい名前だね」

「……はい。ありがとうございます」

 そしてセシリアは一息ついて言った。

「今なら、私も素直にそう思えそうですわ」





   つづく
126 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:29:52.33 ID:pOhxSdW0o
今日の大神さんはわりと紳士だったな。アレは次回に期待してくだされ。
127 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/02(火) 20:31:36.15 ID:pOhxSdW0o
次回、あの中国娘が帰ってくる。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/02(火) 21:21:59.71 ID:OfupOSv8o
中華娘ェ
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) :2011/08/03(水) 11:54:30.40 ID:VchzZweA0

坂本良子って何のキャラ?
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/03(水) 17:41:08.31 ID:xlWMuM4l0
乙ー

敵でサクラ大戦の出て来るかな?wktk
131 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 19:23:25.81 ID:BAdFfFJXo
>>129

 坂本先生は、単なるモブキャラなんですけどやたら設定が細かい。
 あと、別にどこのキャラというわけでもございません。


 登場人物データファイル

 坂本良子(さかもと りょうこ)

 当スレのみに登場。いくつかの人物を掛け合わせたセミオリジナルキャラクター。
 名前の由来は、土佐の英雄坂本龍馬より。
 メインのモデルはストライクウィッチーズの坂本美緒。ただし、子孫ではない。


 ● 来歴
 高知県出身。
 中学卒業後、国立航空学園に入学、21歳で航空自衛隊における戦闘機搭乗員の資格を取得。
 24歳の時に、IS部隊に興味を示し職種変換を希望。翌年、教育課程を経てIS部隊に着任。
 29歳の時、かつての上官からIS学園に勧誘される。
 現役出向という方法もあったが、彼女はあえて自衛隊を退職し正規の学園教師となる。
 退官時の階級は特別昇任によって、三佐。
 現在は、IS学園三年生の学年主任をしている。

 ● 性格
 変化を恐れない冒険心と豪快な性格で、いずれの組織においても人望が厚い。
 学園でも、最も評価の高い教師の一人である。
 ただし、自分の服装にはまったく無頓着で、他人の目をほとんど気にしない。
 職員寮では、しばしばスカートやズボンをはかず、下はパンツだけでウロウロすることもある。
 また、着替えるのが面倒という理由で、ISのアンダーギアの上にジャケットを羽織っただけ
の姿で学科の授業を行ったこともあった。
 通称「パンツ丸出し教師」
 しかし本人はそんなことをまるで気にしていない。

 ● 嗜好
 温泉やお風呂がとても好きで、温浴施設のタダ券、割引券などを多数所持している。
どうやって手に入れているかは不明。
 基本的に料理などは家事は苦手。
 ただし、洗濯には妙なこだわりをもっている。
 また、自身の服装には無頓着なわりに、他人の服装にはうるさかったりする。
 自分が着るわけでもないのに、ナースやメイド、それにゴスロリなどの服をなぜか持って
いる。

 
 ● その他
 身長167p、体重不明。3サイズはB84W61H88

 
132 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:07:37.12 ID:BAdFfFJXo



 子の曰く、徳は孤ならず。必ず鄰あり。

                   『論語』




 
133 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:09:02.36 ID:BAdFfFJXo

 その日、IS学園に戻ってきた生徒がいた。

(約二週間ぶりか。何も変わっていないわね)

 特徴的なツインテールを風でゆらし、彼女は校舎へと続く長い道を歩く。

「あれ?」

 ふと立ち止まる。

 見覚えのない人物が彼女の視界に入った。

(男?)

 スーツ姿の人物は、髪も短く刈り込まれており、ガッチリとした体型。それは確かに
男性であった。この学園で男性は珍しい。

(ははーん、あれが新しい“隊長”だね)

 彼女は、すでに“あのこと”を知っていた。

 それもそのはずである。

 二週間入院していたとはいえ、彼女もまた“隊員”なのだから。

「はーい、そこのお兄さん」

「ん?」

 短髪の男性がこちらに気づく。

「ねえ、あなたは新しく来た先生?」

 少女は、出来るだけ上目づかいで可愛い子ぶって聞いてみた。男と言うのは、
こういう感じの女性に弱いのだということを、入院中に雑誌で読んだからである。

「……」

 男性は少し考えているようだった。
134 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:09:46.35 ID:BAdFfFJXo

(ありゃ、いきなり離しかけられて戸惑っている。もしかしてこの年で、結構純情ボーイ
なのかな? それはそれでちょっとキモイなあ)

 少女がそう思っていると、

「ねえキミ、ここは高校だよ」

「はあ?」

「どこかの先生の娘さんかな。それとも生徒たちの妹?」

「な、なにを言っているの?」

「ダメだよ。小学生はまだここには入ってきちゃいけないんだ」

 そう言うと男性は笑顔で頭を撫でた。

「小……学……生……?」

 少女は小刻みに震える。

「ど、どうしたんだい? 具合でも悪いのかい?」

「アタシは、こう見えて――」

「!?」

「十六歳なのよおお!!!!!」

 少女の下段回し蹴りが、男性を襲った。

「うわあああああああ!!!」

 

 
135 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:10:53.40 ID:BAdFfFJXo
 

 




   I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



         第五話   信 頼
136 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:11:53.81 ID:BAdFfFJXo


 校長室の中で笑い声が響いた。

「カッカッカ、小学生か。そりゃ失礼だな」

 校長の米田が湯のみを手に膝を叩いて笑う。

「もうっ、笑いごとじゃないですよ校長」

 先ほど大神の脚に下段回し蹴り(ローキック)を放った少女が起こりながら言う。

「はは、悪い悪い」

 校長室には、校長の米田、織斑千冬、大神、そしてツインテールの女子生徒がいる。

「校長、この子は……」

 大神はだいたい察しはついたけれど、一応聞いてみることにする。

「ああ、もうわかってると思うが、彼女が帝國華劇団花組、三人目の隊員、凰鈴音
(ファン・リンイン)だ。まあ、気軽に鈴(リン)と呼んでやってくれ」

「はあ……」

「ま、中国人だが日本在住期間は長いから、言葉のほうは問題ない」

 大神は鈴と呼ばれたツインテール(正式名称:サイドアップテール)の少女に目を向ける。

「よろしく。自分が隊長の大神です」

「……ふん」

 大分ご機嫌斜めのようだ。

「こら、凰。目上の人に向かってなんて口のきき方だ」たまらず千冬が注意する

「はい、すいませんでした」

 心のこもっていない声で鈴はそう言った。
137 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:12:24.11 ID:BAdFfFJXo

 どうやら、先ほど小学生に間違えられたことに相当腹を立てているようだ。

「まあまあ、鈴。そんなに怒るなよ」

「だって」

「若く見られるんだったらいいじゃねえか」

「でも小学生ですよ」

「ここだけの話だが千冬なんてこの前な、政府のお偉いさんに、歳は三十じゃないかって――」

「校長……」千冬の氷のような冷たい言葉が発せられる。

「はい」

「……潰しますよ」

「ゴメンナサイ」

 一体なにを潰すのだろうかと大神はふと考えたが、怖くなったので忘れることにした。

(それにしても……)

「なによ」

(またえらく気の強そうな子だな)

「今何か失礼なこと考えたでしょう」

「な!? そんなことは……、ないよ」

 大神は力なく答えた。




   *
138 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:13:06.36 ID:BAdFfFJXo



 昼休み――

 大神は女子生徒(と一部教職員)の食事の誘いを振りきって、立ち入り禁止になって
いるある校舎の屋上に行った。

 この日、篠ノ之箒と昼食を食べる約束をしていたからだ。

「なぜお前がここにいる」

 しかし、今朝会った鈴と同様、箒の機嫌もあまり良くない。

「あら、食事は大勢でしたほうが楽しいでしょう? ね、三尉」

「はは、そうだね」

「……!」

 屋上には大神と箒のほかに、セシリアも来ていたのだ。

「あら、箒さん。お弁当が二つもあるじゃないですか。気が利きますわね」

「それはお前のじゃない、セシリア」

「じゃあ、私のサンドイッチ、食べます?」

「殺す気か……」

(なんだこの嫌な予感は……)

 大神にはセシリアのランチボックスから、妖気が立ち上っているように見えた。

「あ、そういえば今日は花組の隊員が帰ってきたぞ」

「ええ、聞いてますわ、凰鈴音さんでしょう?」セシリアは笑顔で答えた。

「ああ、随分優秀な生徒と言われていたけれど」

「まあ、私ほどではありませんが、それなりに優秀ですわね。箒さんや三尉と同じ近接格闘
タイプですのよ」

「へえ、そうなのか」
139 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:13:40.72 ID:BAdFfFJXo

 ふと、大神が横を見ると目を伏せる箒の姿があった。

「……」

「どうしたんだい、箒くん」

「……、いえ、何でもないです」

 何か嫌なことか、悲しいことを思い出しているような顔だ。

「そんなことより、お昼、食べましょう。時間もありませんし」

「……そうだな」

(箒くん、鈴と仲があまり良くないのかな)

 箒の持ってきてくれた弁当を開けながら、大神はふとそんなことを考えた。



   *




 その日の放課後、凰鈴音も加わり花組の合同訓練をすることになった。

 場所はいつもの競技用アリーナで、集まったメンバーは鈴のほかに大神、箒、セシリア、
そして教職員の山田麻耶と織斑千冬もいる。

「凰、久しぶりの起動だが大丈夫か?」

 ジャージ姿の千冬が腰に手を当てた状態で聞く。

「ええ、平気です。それより早くISに乗りたくてウズウズしてたんですから」

 鈴の表情を見ていると、本当に嬉しそうである。

(彼女は心底ISが好きなんだな)

 大神は鈴を見ながらそう思った。
140 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:14:30.26 ID:BAdFfFJXo

「なによ、アンタ」

「え?」

 不意に鈴が大神のほうを睨みつけてきた。

「アタシのISの腕を疑ってんの?」

「いや、そんなことないよ。何だかすごく嬉しそうだなって思って」

「当り前よ。アタシはISに乗るために生まれてきたと言っても過言ではないわね」

 そう言って鈴は腰に手を当て、(膨らみのあまりない)胸を張った。

「よおし、お前たち。時間がないからさっさとやるぞ」

 千冬は二回ほど手を叩き、全員を注目させてからそう言った。

「まずはフォーメーションの確認訓練だ。順番は、左からオルコット、大神隊長、
そして篠ノ之、最右翼が凰だ」

「アタシが最右翼だなんて、わかってるじゃない」

 編隊飛行の最右翼は攻撃の最大の“要”でもある。

「それでは山田先生。ISの搬出とリミッターの解除を」

「了解しました」

 真耶は千冬に言われた後に、携帯型の小型コンピュータにパスワードを打ち込んだ。
すると、アリーナの地面が割れ、そこからISが出てくる。

 大神、箒、セシリア、そして鈴というそれぞれ個性の強い形の機体が並ぶ姿は壮観だ。

「へえ、あれが隊長機なの。真っ白ね」と鈴は言った。

「どうだい、俺の機体は」

「なんか地味」

「……」
141 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:16:07.49 ID:BAdFfFJXo

「では、制限解除をします」真耶の声が聞こえてきた。

 一瞬の静寂がアリーナを包む。

「搭乗!」

 沈黙を破る千冬の掛け声で、大神たちは一斉に走り出した。

 それと同時に、千冬や真耶たちはアリーナ内で安全の確保された通信室へと走る。

 大神は、自分の専用機に乗った。普段の訓練でも実戦と同じように、チェック項目に
目を走らせISの正常な起動を確認しなければならない。

(今日もご機嫌だな)

 大神は自分のISに心の中で語りかける。

《ピピピピッ》

 ふと、何もない場所でセンサーが反応する。ISが自動で計器の点検をしているだけ
なのだが、それでも大神には心の中の呼びかけに答えてくれているような気がして
嬉しかった。

「こちら隊長機、各機状況報告」

『ブルーティアーズ、異常なし』真っ先に報告したのはセシリアだった。

『紅椿、異常なし』続いて、箒が報告する。

『甲龍(シェンロン)……、異常なし!』

 鈴の声を聞き終え、全員の正常起動を確認した大神は千冬に報告した。

「サポート、こちら隊長機、全機異常なし。これより飛行訓練を実施する」

『こちらサポート、全機異常なし了解。飛行訓練を許可する』

 短節な千冬の声に後押しされるように、大神は飛行体勢に入った。

「帝國華劇団花組、発進!!」
 
 四機のISが一斉に離陸。アリーナの床が壊れるのではないか、というくらい凄まじい
衝撃波で飛び立った四機は、大神を先頭に、キッチリと三角形のフォーメーションを
形成した。
142 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:17:21.17 ID:BAdFfFJXo

 最右翼の鈴の姿を確認する。

 甲龍という無骨な名前と見た目にも関わらず、その機動力は非常に高い。

「行くぞ、左旋回!」

 大神はまずゆっくりと旋回する。

「次、右旋回」

 次に右へと旋回。

「縦!」

 大神は、ISを急上昇させて、いわゆる宙返りを実施した。

(凄いな……)

 大神に続く三機のISは、全員完璧についてきた。

 ISは自分で動かすのも難しいが、人に合わせて飛ぶというのはもっと難しい。
 ベテランのパイロットならば、後輩がついてこれるように、上手に飛ぶことも
出来るだろうが、大神ではそうもいかない。

 だが、その慣れない大神に完全について飛べるというのだから、この三人の
技量は並大抵のものではないだろう。

 大神はスピードを少しずつ上げながら、回避行動や急降下などを実施。それらを
部下三機は、完璧にこなして見せた。

『下手な飛び方ね……』

 ふと、鈴の声が聞こえた。

「面目ないね。キミたちが上手くついてきてくれるおかげで助かったよ」

『なによ、隊長なんだからもっちしっかりしなさいよ』

「そうだね」

 確かに情けない部分はあると大神も自覚している。だがIS搭乗に関して、
一年以上の経験の差はいかんともし難いものである。
143 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:18:26.41 ID:BAdFfFJXo
(ISの操縦で彼女たちの心を掴むのは難しいだろうな)

 大神は飛びながらそんなことを考えていた。

『編隊飛行もその辺でいいだろう。次に個別の飛行訓練に入る』

 無線を通じて千冬の声が聞こえてきた。

「了解」

 個別の飛行訓練は大神にとって願ったりかなったりだ。仲間の飛び方が見られる分、
技量把握もやりやすいだろう。

『じゃあ、私。一番でやりまーす』

 元気一杯に立候補したのは、甲龍に乗る鈴であった。

「ああ、わかった」

 大神はそれを許可する。

『じゃあ、行くわよ』

 甲龍は全速力で加速したかと思ったら、クルクルと錐揉み状に回転しながら、大きく
旋回をし、今度は上昇したかと思えば下降する。まるでジェットコースターを見ているような、
大胆な動きでアリーナ内を縦横無尽に動きまくった。

「これは凄い……」思わず声が漏れる大神。

『ひゃっほーい』

 楽しそうに声まで出して飛ぶ鈴の姿は、まるで天空で遊ぶ“竜”のように見える。

 大神は同じ近接戦闘型の篠ノ之箒と鈴の飛び方を、頭の中で比べてみた。

 確かに箒の機体は速い。だが、機体性能を勘案しても、鈴を倒すことは難しいかもしれない。

(頼もしい仲間だな)

 大神は素直に思う。

(ただもう少し性格が大人しければ、言うことないんだが)

 そう思うことも忘れてはいなかったようだ。




   *
144 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:19:21.81 ID:BAdFfFJXo

 
 その後、近接戦闘訓練などを繰り返したがどの訓練でも鈴の成績は優秀であった。
学年でも一、二を争うという実力派伊達ではなかったようだ。

「久しぶりだというのに、随分飛ばしますわね鈴さん」

「当り前よ、今度の個人戦は絶対アタシが優勝するんだから。二週間の遅れを取り戻す
のよ」

 訓練を終え、ISから降りたセシリアと鈴が何やら楽しそうに話をしている。

「……」

 一方、箒は浮かない顔だ。そういえば、ここに来てから鈴とほとんど話をしていない。
というか、むしろ避けているようにも見える。

「箒くん……?」

「は、はい」

「どうかしたのかい」

「いえ、何でもありません。私は明日の予習がありますのでこれで」

 そう言うと、箒はロッカールームへと歩いて行った。

「お前たち、アリーナを閉めるからさっさと着替えてこい」

 千冬の声が響く。

「はーい」

「わかりましたわ」

 鈴とセシリアも更衣室に向かって行った。

「織斑先生」大神は千冬に話しかける。

「なんですか、大神先生」

「凄いですね、鈴っていう子は」

「……まあな」
145 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:20:04.02 ID:BAdFfFJXo

「どうかされました?」

「いや、あの調子が本番でも生かされればいいのだが」

「ん?」

「いや、何でもない」

 千冬も何かを心配している様子だった。




   *



 それから数日後、実戦の機会はやってきた。

 大神が夕食を食べた後、明日の授業の準備を寮の部屋でやっていると、いきなり緊急の
呼び出し音が鳴る。

「降魔か!」

 大神は急いで地下司令部へと向かう。

「来たな、大神」

 既に戦闘服に着替えていた米田校長改め、米田司令が待っていた。隣には千冬と真耶もいる。

「到着しました!」

 バタバタと走り込んできたのは、箒、セシリア、そして鈴の三人だ。

「遅いぞお前たち」

「はっ、すいませんでした」箒が直立して謝る。

 彼女たちはすでにIS用のアンダーギアに着替え終えていた。
146 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:21:20.39 ID:BAdFfFJXo

 全員の到着を確認した米田は、話を始める。
 
「よし、全員揃ったな。実は千葉県木更津市付近で降魔反応が確認された。自衛隊の
偵察部隊の話だと、IS型の魔操兵器だ。千冬、映像を」

「はい」

 米田の指示で、千冬が司令室の大画面に映像を出す。

「これは……」

 それは紛れもなくIS型の魔操兵器。ただ、今回は山中にコソコソと隠れているわけではない。

「よりによって、自衛隊の木更津駐屯地のすぐ近くに出現しやがった。しかも周囲に土塁を
作って、ご丁寧に機関銃型の武器まで装備してやがる」

 恐らく、最初に戦った黒兜のような近接戦闘タイプというよりも、秩父山中で戦ったあの
狙撃型のISのように、遠距離攻撃タイプなのだろう。 

「このまま放置していくわけにはいかんので、今すぐ排除してほしいというのが木更津駐屯地司令
の要望だ。既に駐屯地の飛行場にも被害が出ている。このまま住宅地にまで被害を拡大させる
わけにはいかん」

「わかりました、帝國華劇団花組、出動します!」

 大神たちは、すぐにV−22Jに乗り込み、東京湾を横断して木更津へと向かった。





   *




 上空から見た木更津は田圃が多く見える。

 そんな中、小櫃川の河口付近にこんもりと盛り上がった土塁が見えた
147 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:22:02.07 ID:BAdFfFJXo

「降魔反応……、間違いない。魔操兵器だ。よくもこんな人の多いところに堂々と出て
これたものだな」

 今までとの搭乗場所の違いに戸惑いつつ、大神は攻撃態勢に入る。

「まずは遠距離攻撃だ。セシリア」

『はい!』

「出力40で射撃」

『わかりましたわ』

「鈴と箒くんはセシリアの防御だ」

『紅椿了解』

『甲龍了解よ』

 射撃姿勢に入るセシリアの脇を、鈴と箒がガッチリと防御する。

「発射!」大神は号令を発した。

『発射!』セシリアも復唱し、ビーム砲が発射された。

 ギインという鈍い音。

 カメラで確認するが、土塁に囲まれたISに変化はない。

「これは……」

『大神隊長、随分敵の防御が固いようだ』

 木更津駐屯地からISの搭載カメラを通じて戦況を見守っている千冬が言った。

「そのようですね」

『どうされますの、隊長』セシリアが聞いてくる。

「出力80、周囲に外さないよう、いけるか」

『問題ありませんわ』
148 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:22:28.43 ID:BAdFfFJXo

 セシリアが再びエネルギーを充填する。

『ねえ、隊長。こんな奴、一気にやっちゃえばいいじゃない。アタシの剣なら一撃よ』

 セシリアの隣にいる鈴が話しかけてきた。

「いや、まだ相手のタイプも判明していない。無暗に斬り込むのは危険だ」

『ふうん……。了解』

 鈴は素直に大神の言葉に従ったけれど、不満があることは明白だった。

(安易な突入で隊員を危険に晒すことはできない……)

 大神の頭の中には常にそのことがある。

『充填完了、いけますわ』セシリアの声。

「よし、発射」

『発射!』

 再び眩しい光。さっきの狙撃とは段違いの光線が魔操兵器を襲う。


 だが――


 爆発の後に残ったのは、やはり先ほどと変わらないISの姿であった。

 一瞬、空気に向かって攻撃しているような感覚に襲われる。

(一体、なんなんだこいつは……)

 反撃してくるのならまだしも、沈黙が不気味であった。

 と、次の瞬間砲門を開いた敵は、木更津駐屯地を攻撃する。

「な!?」

 爆発。飛行場の一部が爆発をしあ。それも丁寧に滑走路を狙っての砲撃だ。
149 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:23:14.90 ID:BAdFfFJXo

「くそっ」

 躊躇していられない状態になってきた。

「こちら隊長、敵の砲撃を止めるぞ。先頭は俺が行く。箒くんと鈴は俺の後、セシリアは
支援射撃だ」

『了解』

『了解ですわ』

『了解よ』

 大神はフォーメーションを作り敵に突撃する。

 左に箒、右に鈴という隊形だ。

《 WARNING 》

 上空からの接近を感知したIS型魔操兵器は、さっそくこちらに銃口を向けてくる。

 あの機体のどこにそんな弾薬があるのだ、というくらい強力かつ大量のエネルギー弾を
放ってくる様子は、まるでスコールが逆になったような感じだ。

 こういうとき、恐れて逃げてはいけない。大神は幹部学校でそう教わった。

「セシリア!」

『了解ですわ』

 セシリアの支援射撃が大神の横を通過する。

 一瞬、敵の弾幕に切れ目が見えた。

(ここだ!)


「でりゃあああああああああああ!!!!」


 刀を振り上げる大神。
150 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:24:51.32 ID:BAdFfFJXo

(もらった!)

 ガキンと、まるで鉄の棒で岩を叩くような無力感が大神の右手を襲う。

「な!!」

 防御壁を展開しているとはいえ、ISの直接攻撃をまともに食らってただで済むはず
がない。

『隊長!!』

 箒の声が聞こえた。

「離脱だ!」

 目の前の爆発を避けるように、大神はその空間を離脱した。

 考えてみればセシリアの遠距離攻撃を防御できるほどの力の持ち主だ。いくら近接戦闘型
とはいえ、攻撃力のあまり高くない大神の攻撃が通用するとは思えない。

『隊長、箒です。ここは私たちも攻撃を加えた方が』

 無線越しに箒が提案する。

『そうね、隊長だけじゃ心もとないし、アタシらが手伝ってあげるわよ』鈴も同調した。

「……ありがとう。では攻撃隊形を指示する」

 大神は、攻撃のためのフォーメーションを確認して、敵の射撃領域に突入することにした。
先日から何度か繰り返した訓練の一つだ。

 彼女たちは個別の力も強いけれど、それを協力させることによってもっと強い力を発揮する
ことができる。彼はそう考えたからだ。

「いくぞみんな。セシリア、準備はいいか」

『こちらブルーティアーズ、準備万端ですわ』

「箒くんと鈴は」

『大丈夫です』
151 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:25:44.26 ID:BAdFfFJXo

『ふん、当り前よ』

 二人の準備も万端なようだ。

「よし、攻撃開始だ」

 大神たちは縦一列の隊形で、大きく旋回しながら敵に近づくことにする。いわゆる
“らせん”状の飛行は、敵の射撃をそらす意味がある。

 そして後方での支援射撃はセシリア。

 最後の突撃の起点となる重要な射撃を任せる。

「行くぞ!」

 大神は機体を加速させる。旋回性能はそれほど良くはないが、加速性能は箒の機体にも
劣らないものがある。

 再度敵が砲門を開く。

「ぬおおおおおわあああああ!!!」

 だがその時だった。

『ひっ!!』

「なに!?」

 突入する三機の機体のうち、鈴の機体が急停止したのだ。

「鈴!!」

『……』

 返事がない。

 空中で止まった機体は敵の格好の的だ。

「何やっているんだ!!」

 編隊飛行の中で取り残された鈴の機体に射撃が集中する。
152 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:26:18.51 ID:BAdFfFJXo

『隊長! どうしましたの』セシリアの戸惑いの声が聞こえた。

「セシリア! 支援火力だ! 敵を黙らせろ!」

『りょ、了解』

 かなり早い段階で、セシリアに射撃をさせた大神は鈴の元に急ぐ。

「鈴!!!」

『隊長、敵が』今度は箒の声だ。

「なに!?」

 魔操兵器型のISは、射撃を中止させたかと思うと、その周囲で爆発を起こした。

 眩しい光に包まれる魔操兵器。

 そして、その姿は――

「消えた?」

 敵が掘ったと見られる土塁だけを残し、IS型魔操兵器は跡かたもなく姿を消していた。




   *
153 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:27:14.43 ID:BAdFfFJXo


 その後、大神たちは周囲を探索してみたものの、結局見つけることはできなかった。

 大神たちそのまま探索を自衛隊の偵察部隊に引き継ぎ、IS学園に戻ることになる。

「取り逃がしたか」

 IS学園の地下司令部で、司令の米田が独り言のようにつぶやく。

「申し訳ありません」   

 そう言って大神は頭を下げた。

 地下司令部には今、大神と米田、そして千冬の三人しかいない。

「まあ気にすんな。確かに取り逃がしたことがはじめてだが、こちらに犠牲は出なかった
んだ」

「いや、しかし……」

「鈴が行動不能になっちまったか」

「はい……」

 大神は千葉県での戦闘を思い出す。鈴とその機体が突然飛行を止めてしまったため、
敵の反撃をくらい、その上逃げられてしまったのだ。

「おめえさんには言ってなかったな」

「はい?」

「鈴のことだよ。アイツが最初の戦闘に出た時」

「はあ……」

「アイツはよお、仲間をかばった時に敵の攻撃が直撃しちまったんだ」

「そのことが」

「ああ、医者の話では身体に影響はないってことだったんだが、はじめての戦闘で敵の攻撃の
直撃を受けちまって、なおかつ入院する事態にまでなっちまったんだ」
154 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:29:11.85 ID:BAdFfFJXo

 大神が言ったその時、一緒にいた千冬口を挟んだ。

「実戦と訓練は違う」

 千冬の声に、大神は顔を向ける。

「確かに訓練では上手く飛べたかもしれない。だが実戦での緊張感を感じた時、
あの時の記憶がよみがえってきたのかもしれん」

「それで、動きが止まったと」

「ああ、身体には何の影響もないんだ。だったら考えられるのは、精神的なものしか
ないだろう」

「はい……」

 大神は俯く。

(どうして彼女のことをもっと気遣ってやれなかったのか。俺は、鈴の飛行を見て舞い
上がってしまった。彼女のことを人としてではなく、単純に戦力としか見ていなかったのか)

 そう思うと悔しくなり、唇をかんだ。

「大神」

 そんな大神に米田は声をかける。

「もしも、なんだが……」

「は、はい」

「もし鈴がこの後、華劇団として戦うことをやめたいと言っても、止めないでやってくれ」

「……それは」

「俺たちの都合で彼女たちを戦わせているんだ。たとえ、人類の危機であったとしても、
それは変わらねえ」

「……」

「俺たちは、彼女たちの上官である前に、教師なんだ」

「司令……」




   *
155 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:30:07.80 ID:BAdFfFJXo

 司令室を出ると、そこには長い髪を後ろで束ねた少女が待っていた。

「箒くん?」

 篠ノ之箒である。

「た、隊長……」

 箒は力なく呼びかける。

「もう寮に戻ったと思ってたけど」

「あの、隊長」

「なんだい」

「少しお話があります。すぐに済みますので」

「ああ、いいよ。着替えるから少し待ってくれるか」

「はい……」

 着替えを終えた大神は、学園内にあるベンチに箒と二人で座った。

 外灯に照らされたベンチは、なんだか舞台のセットのようにも見える。

「それで、話っていうのはなんだい?」

 暗い顔をしている箒を気遣うように、大神のほうから話しかけた。

「実は、凰鈴音のことなんですけど。聞きました?」

「ああ、聞いたよ。初出撃の時に、敵の攻撃をまともにくらってしまったんだろう? 
それが原因で、身体が動かなくなってしまったんじゃないかと」

「あの子がやられた原因は、私にあるんです」

「なんだって?」

「鈴音が私をかばって、敵の攻撃の直撃を受けてしまったんです」

「……」
156 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:31:18.52 ID:BAdFfFJXo

「私がいなければ、彼女は……」

「箒くん、ちょっと待って」

「え?」

「それはちょっと違うんじゃないかな」

「どうして、ですか」

「だって、キミがその時逆の立場だったら、つまり鈴の立場だったとしたら、
キミは鈴を見捨てるっていうのかい?」

「そ、そんなことはありません」

「そうだろう? 仲間同士で助け合うなんて、いいことじゃないか。負傷してしまった
のは残念だったけど」

「でも大神さん、私が……」

「ん?」

「私がもっとしっかりしていれば、彼女が私をかばって敵にやられるなんてことは、
なかったと思うんです」

「箒くん……」

「私のせいで鈴音は、戦えなくなってしまったんじゃないかって、その」

「そうだったのか」

 箒は鈴に対して後ろめたさを感じていた。それが、鈴に対するあのよそよそしい態度だった
と思うと、大神は納得した。

「あの」

「なんだい?」

「鈴音は、もとに戻れるでしょうか」

「……」
157 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:32:05.82 ID:BAdFfFJXo

 大神は先ほど司令室で言われた米田の言葉を思い出す。


『もし鈴がこの後、華劇団として戦うことを止めたいと言っても、止めないでやってくれ』


「……きっと、きっと大丈夫さ」

 そう言って大神は笑顔を見せる。

 ふと、箒の表情の中に垣間見えた憂いが少しだけ消えたような気がした。





   *





 翌日、鈴と話をしようと大神は学園中を探してみたが彼女の姿はなかった。寮の管理人の
話では、この日もいつものように制服に着替えて学校に行ったという。

 にも関わらず、学校にはいない。

(学校外に逃げたか?)

 鈴は成績は優秀だが、あまり素行がよろしくないという話も聞く。

(参ったな)

 そう思いつつ、大神は屋上に出た。

 迷った時は空を見て気分転換をしよう。子どものころから、よくやっていることであった。

「ふう、今日はちょっと曇ってるなあ」

「何やってんのよこんなところで。サボり?」

「ん?」
158 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:33:03.68 ID:BAdFfFJXo

 不意にかけられた声に驚き、大神は振り返る。

「ここよ、ここ」

 顔を上げると、屋上にある階段室の上に一人の少女が座っていた。

「鈴、こんなところにいたのか」

「やっほー、大神っち」

「大神っち……」

「いいじゃない、なんか可愛くて」

「人前では言うなよ」

「わかってるって、これでもTPOはわきまえるんだから」

「TPOをわきまえているんだったら、授業に出てくれないかな。一応、キミはここの
生徒だろう」

「学校の授業なんてつまんない。それよりここで空を見ていたほうがマシよ」

「そう言うなよ……」

「あなただって、ここでサボりに来たんでしょう?」

「キミを探しに来たんだ」

「私を? 授業に出席させるため?」

「いや……、まあそれもあるんだけど……。とりあえず、そこから下りてきてくれないか。
首が痛くてたまらん」

「アタシ、見下ろされるの嫌いなの」

(ああ、そうですか)



   *
159 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:34:10.81 ID:BAdFfFJXo

 とりあえず、屋上の階段室の上から下りてきた鈴と、大神は屋上の隅に座って話を
することにした。

「話って、昨日の戦闘のことでしょう?」

 大神から話を振る前に、鈴は自分から切り出した。

「まあ、そうだな」

「ふん、情けないよね。中国の代表候補生にまでなったこのアタシが、怖くて動けなく
なるんだからね」

「……」

「わかってるわよ、こんな状態じゃあ戦えないってことくらい」

「でも訓練では、よく飛べてたじゃないか」

「訓練で飛べたって、本番でダメなら意味ないでしょう? 本当に、意味ないのよ……」

「でも鈴……」

「ねえ大神っち」

 大神の言葉を遮るように鈴は言った。

「なんだい」

「アタシ、この学園やめようと思うの」

「ええ!? どうして……」

「だってさ、アタシはこの“力”、つまりISに乗ることができる能力を、何かに役立ててみたいって
思ったの」

「……」

「でも実際は役立たずな能力だってわかったのよね。いくら練習で上手く飛べたって、化け物相手の
戦いで、動けなくなっちゃうんじゃ、意味ないじゃない」

「ちょっと待ってくれ鈴」
160 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:35:28.57 ID:BAdFfFJXo

「何よ」

「そんな簡単にあきらめていいのかい? それだと困る人もいるだろう」

「別に……。学園の皆は、ライバルが減ったって喜ぶでしょうね」

「ほら、箒くんとか」

「篠ノ之? なんてアイツが」

「彼女は気にしてたんだよ。キミのことを」

「はあ? なんでよ」

「自分のせいで、鈴がこんな状態になってしまったんじゃないかって」

「バッカじゃないの!」

「なあ!?」

「いいこと? 戦闘でやられたのはアタシの責任なの。そして、こんな状態になって
しまったのもアタシ自身のせい。他人のせいにすることなんてないわ! 
篠ノ之が自分を責めるなんてお門違いもいいところよ。迷惑だわ!」

「……」

(その言葉は、箒くん自身に直接伝えてあげた方がいいかもな)大神はそんなことを思った。

「さて、行きますか」そう言って鈴は立ち上がり、お尻の辺りをパンパンと手で払う。

「行くってどこに?」

「どこって、授業に決まってるでしょう。一応、生徒らしくしとかないとね。
あんまり素行が悪いと、“次の学校”でも悪影響が出てしまいそうだし」

「鈴……」

「じゃあね、大神っち」

 鈴は笑顔で手を振る。大神は女性の笑顔を見て、こんなにも悲しい気持ちになったのは、
生まれて初めてであった。



   *
161 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:38:18.22 ID:BAdFfFJXo

 大神は小さい頃は道場で、大きくなったら防衛大学校や幹部学校で、去って行く同期の
人間の後ろ姿を見てきた。

 彼らは自分と同じ道を外れ、自分とは違う道に進んで行く。

 それはとても寂しいことではあったけれど、それと同時に「もっと頑張れよ」と言いたくなる
気持ちもあった。

 大神も辛かったのだ。それでも彼は歯を食いしばってやり抜いた。

 なぜそれが出来たのか。

 それは、仲間がいたからだ。

 ある時はライバルとして、またある時は親友として。共に励まし合い、競い合ってきた仲間が
いたからこそ、大神はここまでやってこれた。

 もちろん、先輩や教官にも良い刺激を沢山受けたけれど、身近な仲間たちの存在が何より
大神を勇気づけた。

 そして今もそれは変わらない。篠ノ之箒、セシリア・S・オルコット、織斑千冬、山田真耶、
米田一紀、そして帝國華劇団のIS部隊に係る全てに人々。

 彼女たちがいたからこそ、大神はここにいるのだと考えていた。

(鈴は今一人なんだ。おそらく孤独なのだろう。彼女の気持ちをわかってあげることができれば、
乗り越えられるかもしれない)

 大神は、学校にいる間中、そんなことを考えていた。

(鈴は箒くんをかばって負傷してしまったという。だから決して、自分勝手な人間ではないと思う。
むしろ仲間思いと言ってもいい。だがその気持ちが上手く伝えられないだけではないか?)

 学校から職員寮に戻り、自分の部屋で明日の授業の準備をしながら、大神はまだ考え続ける。

(特に箒くんと鈴はまだまだ分かりあえる余地があると思う。二人とも気持ちの伝え方が下手だから、
もっと話し合う機会があれば。ただ、誰かに強制されて話し合えと言っても、きっと無理だろうな)

 ふと気がつくと、時計は午後十時前であった。
162 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:39:27.52 ID:BAdFfFJXo

「あ!」

 思わず立ち上がる大神。考え事をしすぎて風呂に入り忘れるところであった。

 明日も授業があるし、緊急の出動があっても嫌なので、さっさとシャワーを浴びて
寝よう。そう思い、大神は着替えやタオル等を持って寮のシャワー室へと向かった。

 一階はもう夜も遅いので、人気がなかった。

「よかった、この様子だとシャワー室は誰も使っていないだろうな」

 この寮の住人はほとんど女性ばかりなので、シャワー室の使用は気を使う。

 しかし、大神がシャワー室に行くと、中から水が流れる音が聞こえてきた。

「ん? だれかいるのか」

 大神は更衣室に入る。

(はっ、ロッカーが開けっぱなし。あっ、これはもしかして山田先生の服。ということは、
今この中では山田先生がシャワーを浴びているというのか)

 大神は俄かに興奮してきた。

(い、いかん。頭がクラクラしてきた。しっかりするんだ大神!)

 大神は自分自身に渇を入れようとする。

 だが、

(か、身体が勝手にシャワー室の方へ……)

 大神はシャワー室へと入って行った。

(やはり山田先生だ)

 大神は自慢の視力(左右2.0)で山田真耶の姿を捉える。

 不可解な湯けむり(DVDやブルーレイで消えるアレ)のせいで、その全てはよく見えない
けれど、大神の“心眼”の前には無力であった。
163 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:40:53.36 ID:BAdFfFJXo

(やっぱり山田先生の胸は大きいな。背はあまり高くないのに、凄い戦闘力だ。
これが大人の実力という奴か!)

 彼は興奮しつつも、感心していた。

「誰かいるんですかあ?」

 緊張感のない真耶の声がシャワー室内に響く。

(しまった、このままでは見つかってしまう。早く逃げないと)

「あれー? メガネどこでしょう。メガネメガネ」

 どうやら真耶はメガネがないと何も見えないらしい。

(チャンスだ!)

 そう思った大神は素早く、そして静かにシャワー室から脱出した。

「ふう、危なかった。何とかバレずに脱出することができた……」

 大神は安堵のため息を漏らす。

 そして、先ほど見た映像を脳内で再生することも忘れていなかった。

「さすが山田先生だ、いいものを持っている」

「私が、何を持っているんですか?」

 不意に、山田真耶が現れた。

「わあ! 山田先生、シャワーですか?」

 大神は必死に動揺をごまかそうとする。

「ええ、そうですよ。大神さんもですか?」

「あ、そうですね」

 大神はシャワーを浴びて、ほんのり顔の紅潮した真耶の顔を見て、再び先ほどの
裸を思い出してしまった。

(うっ、これはマズイ)
164 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:41:54.43 ID:BAdFfFJXo

「ど、どうされました?」

「ああ、いや、なんでもないですよ――」


 その時、大神に電流が走る!


(待てよ、昔の人は本音で付き合うことを“裸の付き合い”と言った気がする。
ということは――)

「大神さん?」

「山田先生!」

「は、はい」

「ありがとうございます。先生のおかげで、糸口が見えそうな気がしました」

「あ……、そうなんですか」

 大神はシャワーを浴びるのも忘れ、次の日曜日の計画を練り始めた。



 後半(Bパート)につづく 
165 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/03(水) 20:43:39.19 ID:BAdFfFJXo
 今回は長いので、ここで一旦切ります。

 安心と信頼の風呂オチ。いかがだったでしょうか。

 ちなみにお風呂覗きは犯罪なので、真似をしてはいけませんよ。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/03(水) 21:13:13.96 ID:z6EMsDxE0
大神さんwwwwwwww

乙ですー
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/03(水) 21:13:26.22 ID:4zchxzBUo
安定の不自由な身体wwwwww
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/03(水) 22:44:56.84 ID:YzxaemrAO


山田は2周めの隠し攻略キャラなんですね分かります
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/04(木) 04:43:34.97 ID:K8Rsqe48o
体が勝手に…は大神一族のお家芸なんだろうなww
170 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:17:10.58 ID:JYp0kFiCo
 暑い。そして今週は明日まで。盆休みまではまだ一週間あるけど頑張ろう。
171 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:18:02.85 ID:JYp0kFiCo
 
 そして日曜日である。

 大神は電車に乗っていた。彼の両端には、箒と鈴が座っている。

「どうして私が篠ノ之と大神っちの二人と出かけなければならないのよ」不満そうな声を
漏らしたのは鈴である。

「まあ、そう言うなよ鈴。せっかくチケットを貰ったんだからさ」

 そう言って大神が見せたのは、県内にある温泉施設のタダ券である。

 同僚の坂本先生からいただいたものだ(もちろん代償はある)。

「箒くんも、急に声をかけて悪かったね」と大神は左隣りの箒に声をかける。

「いえ、私は。とっても嬉しいです」

 いつにない笑顔を見せる箒。

(箒くん、よっぽど温泉が好きなんだな)

 電車に揺られ、彼女たちの向かった先は、県内でも有数の温泉施設であった。

「大きいな」

「大きいですね」

「大きい」

 とにかく大きい。一体いくつお風呂があるのだろう、大神は思う。

 それほどお風呂好きというわけではないが、やはり大きいお風呂はワクワクする。

「じゃ、俺はこっちだから」

「あ、先生。どこへ行くんですか?」

 箒が呼びとめる。

「いや、何いってるのよアンタ。大神っちは男だよ」

 呆れ顔で鈴は言った。

「あ、そうだった」

 箒は顔を真っ赤にして俯くのだった。





   *
172 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:19:20.36 ID:JYp0kFiCo


 気不味い。

 鈴はとても気不味いと思った。

 隣にいるのは篠ノ之箒である。普段あまり喋ったこともない女子生徒と一緒にお風呂に
入る。これほど気不味いことがあるだろうか。

 しかし彼女にとって一番気になることは……。

(デ……、デカイ)

 箒の胸に実った豊かな二つのふくらみである。バスタオルで隠しているとはいえ、
その大きさは、驚異的だ。

 とりあえず二人は身体を洗うことにした。

 バスタオルの締め付けから解放されたその胸は女の鈴から見てもけしからん迫力である。

「一体なに食べたらそんなに大きくなるのよ」鈴は箒の胸を睨みつけながらつぶやく。

「へ? 何のことだ?」
 
「その胸よ」

「こ、これが?」

 箒は明らかに動揺している。

「べ、別にいいことは何もないぞ。肩は凝るし、男からは変な目見られるし、夏場は胸の下の
辺りに汗疹とかできるし」

「そりゃアタシに対する厭味か」

「でも、鈴は痩せていて羨ましいと思うぞ」

「そりゃあ、IS乗りとして理想の体型を維持するため、トレーニングは欠かさないわよ」

「そうか、凄いな」
173 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:20:24.08 ID:JYp0kFiCo

「まあね」

 鈴は自分で言っておいて、何だか空しくなってきた。これから学園を辞めようと考えて
いる人間が、なぜISのことにこだわっているのだろうかと。

(IS乗りか……)

 二人は身体を洗い終えた二人は湯船につかることにした。

「ねえ篠ノ之、せっかくだからこっちの露天のほうにしようよ」

 鈴はそう言って箒を呼ぶ。

「ん、ああ」

 数日前までの曇り空から一転して、この日は快晴であった。

「んー、気持ちいい」

 鈴は両手を上に伸ばし、上空を見つめた。空には飛行機が一本の飛行機雲をつくっていた。

(ああ、こんな青空の中を飛べたら、気持ちいいだろうな)

 ふと、鈴はそんなことを思ったが、すぐに打ち消した。

(いやだな、アタシ。まだ未練タラタラじゃないのよ)

「あの、鈴音……」

 ふと、箒が声をかけてきた。

「ねえ、篠ノ之」

「なんだ」

「アタシのことは、鈴でいいわよ。皆そう呼んでるし」

「ん……、そうか。わかった」

「その代わり、私もアンタのことは箒って呼ぶわ」
174 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:21:36.08 ID:JYp0kFiCo

「え?」

「だって篠ノ之って呼びにくいでしょう?」

「別に構わない」

「そういえば、最近はセシリアも箒って呼んでたわよね」

「そういえば、そうだな」

「仲良くなったの?」

「そういうわけではないけど……」

「けど?」

「華劇団として、一緒に飛ぶようになってから、彼女も変わったというか……」

「変わった?」

「ああいや、違うな。彼女はそれほど変わってはいない。私が、セシリアのことを
知ったんだ」

「ふうん……」

「じゃあ、鈴。改めて聞いていいだろうか」

「なに」

「どうして鈴は、ISに乗ろうと思ったんだ?」

「私……?」

 単純だが深い質問に鈴は戸惑う。答えをはぐらかすこともできたのだが、
ISに関してはそれなりにプライドを持っている彼女に、そんなことはできなかったのだ。

「私がISに初めて乗ったのは、十四歳の時。当時は量産型だったんだけど、
それに乗って空を飛んだ時、本当に凄いと思ったわ」

「凄い?」
175 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:22:40.44 ID:JYp0kFiCo

「単なる飛行型パワードスーツではない、何かを感じたの。もう一人の自分の身体を
手に入れた感覚」

「わかるような気がする」

「でしょう? IS開発者の一人は言ったわ。『ISは人類の新しい可能性を切り開く』ってさ。
アタシはその時ね、自分でその新しい可能性を切り開きたいって、思ったの」

「そうなんだ……」

「まあ、身の程知らずだったんだけどね」

「そ、そんなことはないだろう」

「あるわよ箒。アタシは怖くなったの」

「怖く?」

「初めての戦いで、敵の攻撃をまともにくらって、それで怖くなった。こんなザマじゃあ、
もうISには乗れないわ」 

「やはり、私のせいで」

「はあ? 違うわよ!」

 思わず鈴は立ち上がってしまう。ほかの入浴客がこちらに注目した。

「失礼」

 そう言って、鈴は再び湯船につかる。

「言っとくけど、負傷したのは私の不注意、誰のせいにする気もないわ」

「でも、あの“事故”がなければ鈴は……」

「戦いに『もしも』はないわ。運も実力のうちってね。結局私はその程度だったの」

「鈴……」

「もうこの話は終わりにしましょう」
176 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:23:35.80 ID:JYp0kFiCo

「……ダメ」

「え?」

「ダメだ、終わらせない」

「どうしたのよ」

「鈴、聞いてほしい。私もあの後怖くなった。二度目の出撃はできないと思っていた」

「……」

「でも私は出撃した。いや、出撃することができた」

「どうしてよ」

「隊長が、大神さんがいてくれたから」

「大神っちが?」

「そうだ。彼が一緒に飛んでくれるだけで、私は凄く心強かった。今でも出撃の時は
緊張する。苦しいし逃げ出したいと思うこともある。でも、私は飛ぼうと思う」

「……ふふ」

 箒の真剣なまなざしを見て、鈴は思わず笑みがこぼれた。

「な、なにがおかしい」

「いや、ゴメン。箒ってさ、好きなんだね。大神っちのこと」

 箒の顔が急激に紅潮する。

「べっ、べべべ別に大神さんのことはそんな、好きとか嫌いとかではなく、ただ単純に
上官として尊敬をだな」

(分かり易いやつ)

 鈴は、箒だけでなく、その彼女をここまで惚れさせた大神宗一郎という男にも興味を
持ったのだった。





   *
177 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:24:03.85 ID:JYp0kFiCo




 大神たちは食事をして、適当にリラックスしてから学園に戻ることにした。

「それにしても大きかったわね、箒」

「バカ、ここでその話をするな」

 なんだか来る時よりも二人の表情が明るいし、心なしか仲良くなった気がする。

「ねえ、大神っち」

 ふと、鈴が早足で大神の隣にきた。

「なんだい」

「箒のこと、どう思ってる?」

 後方から箒の「ひぃ!」という声が聞こえた。

「どうって?」

「いやもう、なんかあるでしょう? 好きとか嫌いとか」

「ちょっと鈴」

「アンタは黙ってなさい」

 大神は少し考えてから答えた。

「そりゃあ、大事に思っているよ」

「へえ……」

「大事な仲間だからな」

「それだけ?」

「もちろん違うぞ」

「ほお……」
178 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:24:32.82 ID:JYp0kFiCo

「箒くんは俺の大事な生徒でもあるからね」

「……」

「もちろんキミもだよ、鈴」

「まあ、そうよね」

「ど、どうしたんだい?」

「なんでもないわよ」

 鈴はつまらなそうにしてから、また箒の隣へと戻って行った。




   *
179 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:25:07.87 ID:JYp0kFiCo




 その後、大神たちはIS学園に戻ってきた。

 大神がはじめてここに来た時もそうだったけれど、日曜日の学園は静かだ。

 しかし、そんな学園でバタバタと走りまわっている人物がいた。

「あ、いたいた。戻ってきたって聞いたんですよ!」

「な、山田先生?」

 大神の同僚の山田真耶であった。

「どうされたんですか、山田先生!」

「なんで私も連れて行ってくれなかったんですかあ!!」

「ええ!?」

「あ、ごめんなさい。それも重要ですが、とにかく大神さん大変です」

「大変?」

「今すぐ地下司令室に来てください。篠ノ之さんたちも早く」

「!?」


 地下司令室に行くと、既に戦闘服姿になった千冬と米田、そして留守番をしていた
セシリアが待っていた。

「ちょうどいいタイミングだったな、大神。それに箒、鈴」

「降魔ですか」

「ああ、場所は場所は千葉県富津岬すぐ近くの海上……」

「そこってもしかして……」

「ああ、第一海堡跡に現れやがった」
180 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:26:45.68 ID:JYp0kFiCo

「なんですって!」

 第一海堡は東京湾に位置する海上要塞の一つで、第二次大戦終了時まで実際に運用されていた。
現在は要塞として使用しておらず、海上保安庁の灯台があるだけだ。
 なお、同地は財務省の所管であり、勝手に立ち入ることはできない。
(以上、ウィキペディアから引用)


 大神たちはV−22Jに乗って現場付近の海上に急行、そして“たまたま”東京湾上にいた
ヘリ空母型護衛艦日向に着艦し、そこからISを展開することになった。

 日向艦上――

「大神っち。私は……」

 鈴は申し訳なさそうに大神に話しかけた。

「鈴、キミはここで待っていてくれ。なに、すぐに終わらすさ」

「……はい」

 鈴は浮かない顔をしている。普段、気の強い彼女もこうして暗い顔をさせてしまうことに、
大神は少しだけ心が痛んだ。

「大神隊長、戦力は少ないが」

 千冬がそう言うと、

「大丈夫ですよ、やってみせます。なあ、箒くん、セシリア」

「あ、当り前です」箒は拳に力を入れて答えた。

「ええ、当然ですわ。今度こそ仕留めてみせますわよ」セシリアも力一杯応える。

「そうか、皆無事でな」

「はい!」

 千冬の言葉に答えて、三人は艦上に展開してある自分のISに向かう。

 その時、大神は途中で立ち止まり鈴に声をかけた。
181 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:27:14.95 ID:JYp0kFiCo

「鈴、帰ったら話をしよう」

「ええ?」

「これからのこととか、色々」

「……うん」

 鈴は軽く頷いた。

 そして大神は再び走り出す。

 夕焼けに染まる東京湾上で、護衛艦日向の艦上から三機のISが飛び立った。




   *
182 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:28:47.69 ID:JYp0kFiCo


 東京湾上空から海面を見ると、富津岬の先端部分に、小さな島のようなものが見える。
周囲には、警戒のため海上自衛隊や海上保安庁の艦艇が数隻警戒していた。

(あれが第一海堡だ)

 以前、ヘリコプターから見た光景とはまるで違う、禍々しい雰囲気を持っていた。降魔反応も
バンバンきている。

「みんな気を付けろ、木更津のときよりもはるかに魔力が強い」

『わかっていますわ』セシリアが返事をする。

『りょ、了解です』箒も答えた。

 自衛隊の偵察部隊からの情報だと、すでに海堡全体を武装化しているという。

(魔操兵器にはそういう芸当もできるのか)

(あの時、木更津で始末できていれば……)

 大神は後悔はしたけれども、すぐに切り替える。切り替えの早さは彼の特技でもあるのだ。

「過去のことをくよくよしても仕方がない、今は目の前の敵を倒すまで」

 大神は意を決する。

「箒くん、キミは俺のサポート。セシリア! キミの攻撃で魔操兵器周辺の砲台を叩くんだ」

『紅椿了解!』

『ブルーティアーズ、了解ですわ!』

 大神は機体を加速させ、第一海堡に接近した。

 海堡の中心には木更津で見たあのISが留まっている。

 こちらの接近を察知した敵は一斉に銃撃を開始。

 小型のエネルギー弾が、文字通り雨霰のごとくこちらに襲いかかってきた。

「箒くん、当たるなよ!」
183 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:29:38.91 ID:JYp0kFiCo

『は、はい!』

 大神は拘束で海堡周辺を旋回した。

(まるでハリネズミのようだ。この段階で上空からの攻撃は不利)

 そう判断した大神は、侵入路を決める。

「皆! 西側から低空で侵入するぞ! セシリアは海堡の西側を中心に破壊。
箒くんは俺の後ろをついてきてくれ」

『了解ですわ』

『了解』

 大神は機体を反転させると、比較的弾幕の薄い海堡西側に回り込み、
そこから急降下して海上スレスレを飛んだ。

 バババと空気を切り裂く音とともに敵のエネルギー弾が通り過ぎる。

「ここならいけるぞ!」大神は水しぶきを上げ海面スレスレを飛び海堡に接近する。

 しかし――

 巨大な水柱が立ち爆音が響いた。

「くそ!」

 大神たちはその爆発から逃げるため海上で急停止する。

 よく見ると、海上にはいくつもの黒い物体が浮かんでいたのだ。

(機雷だと……!?)

 確証はないが、機雷のようなものをすでに海上周辺に敷設しているようだ。

 再び激しい銃撃。

「箒くん!」

『はい』
184 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:30:15.57 ID:JYp0kFiCo

「キミの技で、海上の機雷を吹き飛ばせるか」

『やってみます』

「その前に、一旦ここから離れるぞ」

『了解』

 大神と箒は一旦、その場を離れ、十分距離を取ってから再び海上から接近した。
今度は箒が先頭だ。

「いけ、箒くん!」

『了解。破邪剣征――』

 箒の機体が赤く光る。

『桜花放神!!』

 物凄い光と音が海上を二つに、割る。

 まるで十戒のごとく、海が二つに割れ、その割れは海堡の先端まで到達した。

「よくやった!」

 そう言って大神は箒の機体を追い抜き、海堡の先端まで加速する。

 一旦は止んだと思われた銃撃だが、再び激しい攻撃が加えられてきた。

『隊長!!』

「大丈夫だ」

(この程度の攻撃で壊れるほど、俺のISはヤワじゃない!)

 大神は心の中でそう叫び、海堡の先端にある砲台に一太刀浴びせる。

「せいりゃ!!」

 砲台はいとも簡単に爆発した。
185 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:31:02.89 ID:JYp0kFiCo

「いけるぞ!」

 そう思った瞬間、彼の前に巨大な影が出現する。

『隊長! 敵のISが!!』

 セシリアの声が聞こえた。

「なに!?」

 今まで島の中心部でじっと動かなかった敵、IS型の魔操兵器が大神のすぐ近くにまで
迫っていた。

 しかもその手には、銃ではなく巨大な斧が握られている。

(こいつ、接近戦もできるのか)

 そう思った瞬間、巨大な戦斧が振り下ろされた。

「ぐわ!!」

 二本の刀を十字にして、なんとか敵の攻撃を受けたが、その凄まじい“重さ”に、
大神の機体が沈む。

「くっ!」

『隊長おおおおおおおお!!!!』

「箒くん!」

 篠ノ之箒の紅い機体が高速で大神のほうに突っ込んでくる。

「でりゃあああああ!!」

 箒の一刀流が、敵のISに直撃する。

 だが、効かない。

 それどころか、逆に戦斧の一振りで箒の機体は吹き飛ばされてしまった。

「箒くん!」
186 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:31:49.71 ID:JYp0kFiCo

 大神が箒を助けようとしたところで、敵はこちらを攻撃してくる。

「くそう!」

 一瞬、島から離れた箒に周囲の砲台が火を吹く。

(しまった、箒くんは機雷と砲台を吹き飛ばすために余分なエネルギーを使ってしまったんだ。
くそっ、こんな大事な時に俺はなんてことをしてしまったんだ!)

 そんな大神の後悔をよそに、ISは容赦なく攻撃を繰り返してくる。

「ええい、だが接近戦なら負けやしない」

 大神は戦斧の攻撃をかいくぐり、敵の胴体を斬りつけた。

「グウォオオオオオオ」

 魔操兵器の声のようなものが聞こえる。

 効果はある。こいつだって、やたら硬いだけで決して倒せないわけじゃない。

 だが――

 後ろからの攻撃がくる。

 海堡に設置されたいくつかの壊し終えていない砲台が執拗に大神の背後を狙ってきているのだ。

『どんどん出てきますの! キリがありませんわ』

 遠方からセシリアが狙撃で砲台を一つ一つ破壊するも、とても間に合わない。

「打撃、俺にもっと攻撃力があれば……!」


『ないものをねだってもしょうがないでしょう?』


 その時、大神の後方から何かが飛んできて、IS型魔操兵器にぶち当たった。


「な!?」
187 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:32:46.12 ID:JYp0kFiCo

 驚きはしたが、敵が一瞬ひるんだと感じた大神は、すかさず攻撃を繰り出す。

「せりゃあ!!」

『なかなかやるじゃない、“隊長”』

「キミは!」

 篠ノ之箒と一緒にいる機体、それは紛れもなく凰鈴音の操縦する専用IS、甲龍であった。

『アタシが来たからには、情けない戦いなんてさせないわよ!』

 そう言って鈴はISに対して蹴りをお見舞いした。

 そして、地面に落とした青龍刀のような主要武器を拾うと、再び敵から距離を取る。

 大神もそれにつられて距離を取った。

「鈴、どうしてここに」

『どうしてって、アンタたちの戦いが見てられなかっただけよ」

「でもキミは……」

『ええ、怖いわ』

「鈴……」

『でもね――』

 ここで鈴は一息つく。

『ここでアンタたちがやられちゃうほうが、もっと怖いと思ったのよ』

「鈴、キミは」

『さて、さっさとやっちゃいましょう。隊長、指示を出して』

「あ、ああ。セシリア!」
188 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:34:37.80 ID:JYp0kFiCo

『はい』

「キミは俺たちの後に来て支援火力を頼む」

『ブルーティアーズ了解ですわ』

「次に箒くん」

『は、はい』

「キミは俺たちのサポートだ。砲台の攻撃を頼む」

『紅椿了解です』

「そして鈴」

『なによ』

「キミは俺と一緒に突入だ。できるか」

『いきなりハードなことさせるじゃない』

「……」

『でも――、隊長のそういところ、嫌いじゃないわよ』

「よし、行くぞ!」

『了解!!!』

 完全に闇に染まった東京湾上空で、大神たちは決着をつける。

「セシリア!」

『了解ですわよ、出力全開!!』

 セシリアの連続狙撃で一瞬、敵の砲台が沈黙する。

「突っ込むぞ!」

 大神たちは突入する。

 真ん中が大神、左翼には箒。

 そして攻撃の要である右翼には、鈴だ。
189 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:35:40.34 ID:JYp0kFiCo

 残った砲台から射撃が来るが、大神が壁になってガードする。

『隊長!』箒の声が響く。

「大丈夫だ!」

 そして長細い海堡の端に到達すると、箒は自慢の長刀で残った砲台を叩き斬った。

「行くぞ鈴!」

『わかってるわ』

 敵のISが近い。

 戦斧を持って構えている。

 ここで鈴と大神の機体は並んだ。


「陰陽天空――」


 二人は構える。


「双・龍・斬!!!!!」


 あれだけ硬かった敵の胴体が、鈴と二人で力を合わせることによって、
いとも簡単に砕けてしまう。

 そして夜の東京湾は、一瞬だけ昼の明るさになった。




   *
190 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:36:14.25 ID:JYp0kFiCo



 翌日、いつもの朝がやってきた。

 昨日激しい戦闘をしたにも関わらず、鈴、箒、そしてセシリアもいつも通り登校してきたようだ。  

 廊下で彼女たち三人を見かけた大神は声をかけた。

「おはよう、三人とも」

「おはようございます」

 箒は丁寧に挨拶する。

「おはようございますわ。大神三尉」

 セシリアは優雅(?)に挨拶をする。

 そして鈴は、

「おっはよー、大神っち」

 実になれなれしかった。

「おいおい、TPOはどうした」

「いいじゃない。これから長い付き合いになるんだから」

「え、それって」

「もう少し、この学校にいようと思ったの」

「そうか、良かった」

「あ、それから箒」

 不意に、鈴は箒のほうを向いて言った。
191 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:37:11.63 ID:JYp0kFiCo

「今日からアンタ、ライバルだから」

「どういうことだ?」箒は聞き返す。



「こういうことよ」



 !?



 そう言うと、鈴は大神の腕を掴み、飛び上がって彼の頬に軽く口づけをした。

「えええええええ!!!!」

 朝の校舎内に、箒の声が響き渡った。




   つづく
192 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:39:19.40 ID:JYp0kFiCo
 これにてIS大戦026は終了させていただきます。鈴は、いいね。小さいけど。
193 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/04(木) 20:40:30.38 ID:JYp0kFiCo
ちなみに「大神っち」という呼び方は、単純なタイプミスから出てきました。

この呼び方が似合うヒロインは鈴しかいないだろうね。
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/04(木) 23:10:45.70 ID:LSuZ+3IAO
大神せんせいー先祖代々伝わる戦闘後のお決まりのあれはやらないんですか
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/05(金) 04:36:53.57 ID:FjPfnxjco
勝利のポーズは犠牲になったのだ・・・
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/05(金) 14:55:34.30 ID:ejvyedyDO
全員集合時に千冬さんが「キメッ☆」とかやったら笑えないだろうしな……
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/06(土) 22:05:36.84 ID:WvfDeqyjo
今日は来ないのかな?
198 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 06:43:04.58 ID:5Jwnh/F/o
みなさんおはようございます。
金曜日と土曜日は、PCのメンテナンスや草野球の練習などで投下はできませんでした。
今日はやります。
フランスから転校生がくる話です。
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/07(日) 08:38:52.82 ID:qJXrirxAO
最終的にはヒロイン5人になるんだろうけど7人なったらいいな
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/07(日) 11:07:58.53 ID:VaeETerno
続編フラグだと
201 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:14:14.35 ID:5Jwnh/F/o
こんにちは。昔は一日練習を休めば取り戻すのに三日はかかると言われたものです。
でも今は、一日練習したらもとに戻すのに三日はかかります。歳は取りたくないものだ。
というわけで投下!
202 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:15:19.12 ID:5Jwnh/F/o





 どんな偉大な行動、どんな偉大な思想も、そのはじまりはささやかなものだ。


                                          カミュ
  
203 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:16:12.04 ID:5Jwnh/F/o

 鈴の復帰から数日後の朝、大神は校長室へと呼びだされた。

 任務でもない限りこんな朝早くから呼び出されることなどないので、少し不信に思いつつも、
大神は校長室を訪ねる。

「大神です! 参りました」

「おう、入れ」

 校長室の中から米田の声が聞こえてきた。

「失礼します」

 そう言って大神は校長室へと入る。

「ん?」

「どうした大神」

 校長の椅子に座った米田が聞いてくる。

 何かが足りない、そう思い米田の横を見て大神は納得した。

「あの、織斑先生は……」

「ん? 千冬か? 職員室に決まってるだろう」

「あ、そうですか」

 米田が呼び出しをした時にはいつも千冬が彼の右側に立っていたので、
大神としては少し物足りない気持ちになったことは事実だ。

「なんだ、千冬がいなくて残念だったか」

「いえ、別にそんなことは」

「隠すな、顔に出てるぞ」

「あ、いや。それより校長、用とはなんでしょうか」

 大神は動揺を誤魔化すために姿勢を正した。

「ああ、そうだった。実は、花組の新隊員のことについてだ」

「新隊員ですか?」
204 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:16:59.69 ID:5Jwnh/F/o

「そうだ。鈴も戻ってきて、戦力も整ってきたと思うが、少しバランスが悪い。
そうは思わんか?」

「それはどういう意味ですか?」

「戦力的な意味だよ。大神、お前を含めたメンバー四人のうち、近接戦闘型が三人だ、
それに対して長距離戦闘が可能な支援型のISはセシリア一人」

「確かに、そう言われるとバランスが悪いですね」

「前衛が多いのはいいことだが、セシリア一人では荷が重すぎる。そこで、新メンバーを
加えようということになった」

「はあ……」

「既に候補は呼んである」

「ちょっと待ってください校長」

「なんだ」

「その新隊員というのは、この学校の生徒ですか?」

「あん? 確かにそう言われてみればそうだな」

「どういうことです」

「“今日から”この学校の生徒ってことだ」

「はい?」

「つまり転校生だな」

「転校生……」

「おい、入ってこいよ」

 そう言って米田は声をかけた。

 すると、大神が入ってきたドアとはまた別の、隣の部屋に直接つながっているドアが開く。

「失礼します――」

 丁寧な言葉で、一人の生徒が入ってくる。

「な!」

 大神はその姿を見て驚いた。

「はじめまして、シャルル・デュノアと言います」

 転校生は、学園の制服らしきデザインの服を着ているけれど、スカートではなくズボンを
はいているのだ。

「男、ですか?」

「まあ、そうだな」

 米田はニヤニヤしながら答えた。 
205 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:17:25.60 ID:5Jwnh/F/o
 







    I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



         第六話 力の使い方
  
206 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:17:59.58 ID:5Jwnh/F/o


 朝の校長室で、校長の米田の隣に立った転校生は、なんと男子生徒だったのだ。

「男子ですか? 校長」

「ああ。こいつのことは、気軽に“シャル”とでも呼んでやってくれ」

「よろしくお願いします」

 シャルは再び頭を下げる。

「で、でも校長。男なのにISに乗れるんですか?」

「なに言ってんだ大神。お前だって乗れるじゃねえか」

「いや、そうですけど」

「実際男のIS乗りはいるぞ。数は多くないけどな」

「そうなんですか」

「整備科の阿部先生とか操縦できるんだぜ」

「なんだって!?」

「まあ、この話は置いといて」

「置いとくんですか……」

「それより大神」

「はい」

「シャルは銃器を主体とする典型的な支援型ISの搭乗者だ」

「それは頼もしいですね」

「早速だが今日の放課後、アリーナで千冬たちやほかの隊員を集めて起動試験を行うから」

「いきなりですか」

「降魔はいつ出現するかわからん。一刻も早くシャルには戦列に加わってもらわなければ
ならんからな」
207 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:18:33.58 ID:5Jwnh/F/o

「しかし校長」

「なんだ」

「彼女、いや、彼のIS搭乗経験はどれほどのもので」

「心配するな、なあシャル。お前、ISに乗り始めてからどれくらいだ」

 急に話を振られて動揺したシャルだが、すぐに気持ちを切り替えて答えた。

「はい。十二歳の時からですので、四年です」

「だそうだ。シャルはヨーロッパ大手のデュノア・エレクロニクス社のテストパイロットを
やっていたんだ。IS搭乗経験ならお前よりもはるかに多いぞ」

「そうなのか」

 大神はシャルの姿をマジマジと見る。

「……!」

 するとシャルは恥ずかしそうに目を伏せた。

(確かに、男性用の服は着ているけれと……)

 大神はシャルの身体を見て思う。

(なんだか華奢だし、まるで女の子のような身体つきだな)

 先祖代々、女体に対して敏感な大神は、そんな違和感を覚えたのであった。

「あの、シャルって呼んでいいかい?」大神は優しく話しかける。

「はい、構いません」

「じゃあシャル。よろしく。俺が帝國華劇団花組隊長の、大神宗一郎だ」

 大神はそう言って右手を差し出す。

「よろしくおねがいします」

 シャルも右手を差し出し、大神の手を握った。

(柔らかいな……)

 男の手にしては、明らかに柔らかいその右手の感触に、大神は不覚にもドキドキして
しまったのだった。



   *
208 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:19:01.80 ID:5Jwnh/F/o


 その後、シャルは教室に行くことになった。

 当然ながら彼の所属する二年一組はもう大騒ぎだ。

「は、はじめまして。シャルル・デュノアです」

 ドッと女子の声援が湧きあがる。

「キャー、美少年よー」

「こっちこっち」

「シャルルくーん」

「甘いものは好きですか?」

「誕生日いつ?」

「好きな女性のタイプは?」

「孤独のグルメは好きですか?」

「フランスでは、ナルトとドラゴンボール、どちらが人気なのでしょうか」

「きゃああああうううう」

 よく見るとほかのクラスからも女子生徒が見物に来ているのだ。

 大神はこの狂乱の宴を眺めながら、自分が赴任してきたときのことをふと思い出した。

(俺のときよりも、反応が大きい。こういう風に騒がれるのは嫌だけど、なんだか男としては
複雑だな)

 そんなことを思いつつ、クラスにいる花組の隊員を目で探す。

 篠ノ之箒は相変わらずというか、すました表情で前を向いていた。

 セシリアも周囲の熱狂から隔絶されたように落ち着いており、こちらの目線に気づくと
軽く手を振る。
209 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:19:43.73 ID:5Jwnh/F/o

 周りに流されていない彼女たちを見て、大神は少しホッとしていた。
もし、彼女たちもほかの生徒たちに流されて、シャルのことで熱狂していたら
かなりショックを受けていたかもしれない。

 なお、鈴は二組なのでいない。

「お前たち、何をやってるんだ!」

 騒ぎを聞きつけた織斑千冬が教室にやってきたようだ。

「こら、お前たちは別のクラスだろうが。早く教室へ行け! そこの田中、伊藤、
お前らは席に着け!」

 さすがは無敵の学年主任。

 今まで騒ぎまわっていた生徒たちが蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの席に戻って行く。

「大神先生、山田先生。あなたがたがしっかりしないと、授業になりませんよ」

「すみません」真耶はシュンとなって頭を下げる。

「申し訳ありません」大神も男として情けない、と思いながら謝った。

 千冬の介入により、ようやく落ち着いたかに見えた学園も、昼休みになるころには、
再び騒がしくなるのだった。



   *
210 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:20:21.45 ID:5Jwnh/F/o

  
 その日の放課後、訓練用アリーナに集められた隊員たちは一様に驚いていた。

「まさか噂の転校生が」

「新しいメンバーだなんて……」

「信じられませんわ……」

 箒、セシリア、鈴の三人は目を丸くする。

 彼女たちの目の前には、IS用のアンダーギアを着た噂の転校生、シャルル・デュノアが
いたのだから驚くのも無理はない。

 そんな彼女たちに対して、千冬が説明をした。
 
「彼は、デュノア・エレクトロニクス社でテストパイロットをしていたからISの操縦に関しては
問題ないそうだ。また、機体はデュノア社から支給されたものを使う」

「みなさん、よろしくお願いします」

 シャルはそう言って頭を下げた。

 ふと、大神はあることが気になったので聞いてみることにする。

「ところでシャル。キミの名前はデュノアというけれど、やはりデュノア社と関係があるのかい?」

「え? いや……、関係はありません。たまたまです」

「……そうなんだ」

 どうも会話がぎこちない。

 この場に漂う微妙な空気を感じ取り、いち早くそれを払おうとしたのは山田真耶であった。

「そ、そうだ。みなさんもお互いに自己紹介しましょうよ。教室でもしたとは思いますけど、
メンバーとしては初めての顔合わせですし」

「そうだね。ほら、みんな」大神も真耶に続いて、自己紹介を促す。
211 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:21:10.41 ID:5Jwnh/F/o

 まず最初に自己紹介をしたのは意外にも箒であった。

「二年一組、篠ノ之箒だ。特技は剣道。とうぞよろしく……」

「よろしく。篠ノ之さん」

「同じく二年一組、セシリア・オルコットですわ。あなた、私と同じ遠距離支援型と聞きましたけど、
今日はそれがどれほどのものか、じっくり拝見したいと思います」

「よろしくオルコットさん。ご期待に添えるかどうかわからないけど、頑張ります」

「二年二組、凰鈴音よ。そこにいる箒や隊長と同じ近接戦闘型だから、ちゃんと私たちの支援が
できるか、見せてもらうわ」

「はい、がんばります」

 シャルの対応は、超がつくほど丁寧なものであった。

 ぶっきら棒な箒、高飛車なセシリア、そしてやたら気の強い鈴など、“癖”の強い隊員の相手を
してきた大神にとって、こんなにも丁寧で優しい感じの隊員は初めてである。 

「自己紹介も終わったな、それではデュノアのISを展開するぞ」

 自己紹介が終わるまできっちり待っていてくれた千冬がそう言うと、シャルの表情が引き締まる。

「わかりました」

 アリーナの床が開き、中のエレベータからシャルがこれから乗る専用機が出てきた。

 オレンジ色の機体が姿を現す。

「あれが、シャルの専用機ですか」

「はい。我々は単にラファールと呼んでいますが、正式名称はラファール・リヴァイヴ・カスタムUと
言います。第二世代型の量産型ISを、彼専用に改造したものと聞いております」

 タブレット型のコンピュータを抱えた真耶が説明してくれた。

「量産型?」
212 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:22:13.10 ID:5Jwnh/F/o

「あら、量産型と言ってもバカにできませんよ。詳しい改造まではわかりませんけど、
ラファールは日本の打鉄(うちがね)よりも拡張性が高く、装備にも幅がありますから」

「拡張性ですか」

「ええ、つまり同じISでも色々な武器が同時に搭載できるということです。その分打撃力は
落ちますが、汎用性の高いISであることは間違いありません」

「なるほど。ということは作戦によって、柔軟な対応ができるということですね」

「その通りです。デュノア君が、どれほどの種類の武器を使いこなすことができるのか
わかりませんけど、これからの活躍が期待できそうです」

「ふむ……」

『これより、シャルル・デュノアの起動試験を行う。アリーナ内にいる者は、事故防止のため、
専用の見学エリアに移動すること』

 無線から千冬の声が聞こえてきた。

「さ、私たちも行きましょう、大神先生」

「あ、はい」

 山田真耶に連れられて、大神は見学ボックスへと入った。アリーナ内では、ISの動きを
間近で見学するためのボックスがいくつか用意されているのだ。

『こちらサーポート、シャルル・デュノア、ISネームを申告せよ』

『こちらシャルル・デュノア、ISネーム“クロード”』

『ISネーム了解。クロード、訓練飛行を許可する』

『クロード了解。これより訓練飛行を開始します』

 シャルのISがふわりと浮きあがる。

 スムーズかつ安定した浮遊は、彼のIS操縦技術の高さを示している。

 それからシャルはオレンジ色の機体を上昇させる。夕日の色と機体の色が入り混じって、
やけに幻想的に見えた。
213 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:23:10.35 ID:5Jwnh/F/o

 右旋回、左旋回と機体をゆっくり旋回させ、それから今度は素早く旋回させた。

(上手いな……)

 ISに乗り始めてまだ一ヶ月も経っていない大神だが、それでもシャルの上手さは
容易に理解できた。無駄な動きがない。

『こちらサポート、クロード、射撃を許可する』

『クロード了解。射撃開始』

 シャルは、右手に装備した機関銃型の武器を構えた。セシリアの狙撃用レーザーライフルよりも、
やや銃身は短いけれど、その分だけ取り扱いが容易そうに見える。

 バババッと連続したエネルギー弾が次々に的を射抜いて行く。訓練用に設定された低出力射撃
ではあるけれども、その射撃技術は目を見張るものがある。

 一撃必殺のセシリアとはまた違った頼もしさがあった。

 しかし――

「どうしました? 大神さん」

 ふと、横にいた真耶が聞いてくる。

「いや、何でもありません」

 確かに機動も銃撃も完璧に見える。

 だが、大神には何か引っかかるものがあったのだった。




   *
214 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:24:29.19 ID:5Jwnh/F/o

 一通りの訓練を終えたシャルが戻ってきた。

「日本(こっち)に来たばかりだというのに、凄いね、シャルは」

「ありがとうございます」

 シャルが照れくさそうに笑う。

「ふむ。実に無駄のない動きだ。射撃もよかったぞ、シャル」

 珍しく箒が褒めた。

「なに、箒が人を褒めるなんて、こりゃ雪が降るんじゃないの?」

 鈴が箒の言葉を茶化す。

「私だって、評価するときは評価する。そういうお前はどうなんだ鈴」

「まあ、いいんじゃないの? 今のところはね」

「どういうことですか?」と、シャルが聞く。

「訓練で上手く行っても、本番でどうなるかって話よ」

「ふん、経験者は語るという奴か」箒が腕組みをして鼻で笑う。

「うるさいわねえ! 結構大事なのよ!」

「……」

 箒と鈴が言い合いをしている間、セシリアはじっとシャルのISを見つめていた。

「セシリア?」そんな彼女に大神が話しかける。

「え? なんですの? 大神三尉」

「ああ、いや。どうしたのかなっと思って」

「いえ、何もありませんわよ」

「そうか。それならいいんだけど」
215 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:25:13.80 ID:5Jwnh/F/o

 その後、大神たちは全員がISを起動させ、フォーメーションの訓練を繰り返した。
ちなみに鈴は、模擬戦をやりたいと主張したが、千冬たちはそれを許可しなかった。




   *




 一通りの訓練を終えた後、大神はセシリアに再び声をかけた。
 
「セシリア」

「あら、三尉。どうされました?」

「実はセシリアにお願いがあるんだ」

「お願い?」

「ああ、実はシャルのことなんだ」

「シャルさんがどうかされましたの?」

「彼は、日本にきてまだ日が浅いだろう? それに学校だって変わってしまったし、
色々と慣れない環境で大変だと思うんだ。その上、降魔とも戦わなければいけない」

「はい」

「だから、セシリアからシャルに色々と教えてあげられないかな」

「教える、ですか?」

「そう、学園生活のこととか、あとISの運用の仕方とか」

「……」

「セシリアは、何度か実戦に参加しているし、成績もトップクラスだから色々と詳しいと思うんだ。
だから頼むよ」

「新入隊員の教育係、といったところでしょうか」

「そう、そんな感じ」
216 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:25:50.80 ID:5Jwnh/F/o

「念のために聞きますけど、どうして私に?」

「ほら、セシリアは結構教えるのが上手いじゃないか。俺に無反動旋回なんかも教えて
くれたし」

「なるほど」

 本当は、消去法で最後に残ったのがセシリアだったのだが、それは大神の心の中に
そっとしまわれた。

「わかりましたわ大神三尉。このわたくし、セシリア・オルコットが転校生兼新入隊員の
教育係を行いますわ」

「ありがとう、セシリア」




    * 
217 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:26:49.12 ID:5Jwnh/F/o
 

 その日の夕食は、寮の食堂でセシリア、鈴、箒、そしてシャルの四人で食べることに
なった。

「ごめんなさいね、シャルルさん。本当は歓迎パーティーでもしてあげたいのですけど、
なにぶん急なことですし」

 セシリアが隣に座るシャルを気遣いながら言う。

「いえ、とんでもないです。僕なんかのために、皆さんの予定を変えることはありませんよ」

 シャルはそう言って軽く手を振った。

「なに言ってんのよ。歓迎会なんていつでもできるでしょう」と鈴。

「今はそういう状況ではないけれど、いつかはしたほうがいいかもしれないな」箒もそれに同調した。

「ところでみなさん」

 セシリアが話の流れを切るように言う。 

「今日の訓練後に大神先生から頼まれたのですけど、シャルルさんの学校生活や例の活動に
ついての教育は、私セシリア・オルコットが行います」

「へえ、そうなんだ」鈴がポテトをモソモソ食べながら反応した。

「大神先生、なぜ私ではなくセシリアを……」箒が何かブツブツ言っている。

「箒、アンタ自分が指導者向きだと思ってんの?」

 そんな箒を無視して、セシリアは話を続ける。

「同じ、遠距離支援型のISですし、色々と助け合うところは助け合いましょう。わからないことが
あったら、何でも私に聞いてくださいね」

「ありがとう、オルコットさん」

 そう、シャルは礼を言った。

「ノンノン。違いますわシャルルさん」
218 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:27:31.10 ID:5Jwnh/F/o

「違う?」

「私のことは、セシリアで結構ですわよ」

「セシリア……」

「そうよ。もう仲間なんだから、堅苦しいのはナシ。アタシのことは鈴って呼びなさい」

「うん、わかったよ。鈴」

「わ、私は箒だ」

「ホウキ?」

「そうだ」
  
「よろしく、箒」

「よろしくシャルル」

「……ところで箒」

「なんだ」

「キミの飲んでいるそれは何?」

 よく見ると、箒は食堂のメニューにはない四角い紙パックの飲み物を飲んでいる。

「これか。これに目を付けるとは、キミもなかなかやるな」

「?」

「これは『ヨーグルッぺ』という飲み物だ。数ある乳製品の中でも極上のものだぞ」

「へえ、そうなんだ」

「そんなの売店で買えるじゃない」と、鈴は口を挟む。

 そんな鈴にセシリアは言った。

「あら、でも鈴さん。そのヨーグルッペを飲んだら、胸が大きくなるかもしれませんよ?」
219 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:28:20.55 ID:5Jwnh/F/o

「はあ? なに言ってんのよセシリアは」

 と、鈴は言ったものの、彼女の目がヨーグルッペを飲む箒の胸元に言っていることを
見逃さなかった。

「鈴よ。胸の大きさとヨーグルッペは関係ないと思うぞ」

 胸を凝視された箒はやや照れくさそうに言う。

「べ、別に胸なんて気にしてないわよ。あんなもの飾りよ」

「そうだな。胸が大きくてもあまりいいことはない。先月も新しい下着を買わなければならなく
なったから」

「喧嘩売ってんの? アンタ」

 箒に顔を寄せる鈴をセシリアがなだめる。

「ほらほら鈴さん、落ち着いて。殿方がいる前ではしたないですわ」

「ってか、最初に話を振ったのアンタじゃないのよ」

「あら、そうでしたっけ?」

「アハハハ」

 そんな彼女たちの様子を見て、シャルは思わず笑みがこぼれる。

 その純粋な笑顔に、三人は少々気恥ずかしくなってしまったようだ。

「ごめんなさい。笑うつもりはなかったんだけど、皆さんが本当に仲良さそうだったから、
思わず」

「仲良さそうに見える?」

 鈴が、やや照れくさそうに言った。

「……」箒もそう言われて黙りこくってしまう。

「まあ、今だから言いますけど、私たち、最近までそれほど仲が良かったわけでもありませんのよ」
220 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:28:58.72 ID:5Jwnh/F/o

「そうなの? なんだか昔からの友達みたいで、羨ましいと思ったよ」

「私たちの学園は、かなり競争も厳しいですし、生徒同士の交流というのも限られたもの
でしたの」

 とセシリアが言うと、鈴も続く。

「アタシたちがこうして一緒になったのも、元々は“例の活動”がきっかけだったんだけど、
最初のころは連携も上手く行かなくて大変だったのよ。でも、あの人が来てから変わったわ」

「あの人?」

「大神先生ですわ」

「大神先生……」

「あの人がいてくれたおかげで、楔といいますか、まとまりが出てまいりましたの。なんだか、
不思議な方ですけど、とても頼りになりますのよ」

「そうなんだ……。凄いな、大神先生は」

「凄いといえば、凄いのかもしれませんわね。何かを変える力はあると思いますわよ」

「何かを変えるか……」

 セシリアの言葉を聞いたシャルは、何かを考えるように俯いた。




   *
221 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:29:50.42 ID:5Jwnh/F/o

 IS学園、校長室――
 
「触媒?」

「そう、触媒だ」 

「それが彼、大神くんに要求される能力ですか」

「ああ」

 校長室では、校長の米田が椅子に座り、教員の織斑千冬が窓際に立っていた。

「確かに、大神のIS乗りとしての能力は、お前から見ればまだまだだろうよ、千冬」

 米田はそう言って、御猪口に注いだ日本酒を飲む。

「成長の速度は驚異的ではありますけどね。正直、素人の状態からあの短期間で
ここまで上達するとは、正直思いませんでした」

「だが、俺たちがあいつに期待するのは、戦闘力じゃあねえ。もちろん、本人の強さも
重要だがね」

「それが、触媒としての役割ですか」

「そうだ。大神の部下、つまり花組の隊員は一人一人の個性が強い。故にその個性が
互いにぶつかりあって、強さを打ち消しちまうこともあった」

「最初の戦闘の時ですね」

「だからそんな彼女たちの個性をつなぎ合わせ、強い一つのチームを作る、そんな触媒
としての役割を期待しているのさ」

「今のところ、どうですか」

「ああ、今のところは合格だな。最初のころは殺伐としていたけど、今はいい感じに連帯感も
生まれている。それでいて緊張感を失っていない」

「部隊の指揮官としては理想ですね」
222 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:30:27.08 ID:5Jwnh/F/o

「ただ、これから新しい仲間が入ったらどうすなるか、という問題も出てくるわな」

「シャルル・デュノアのことですか」

「戦力としては申し分のない人材だ。ただいくら強くても、チームに溶け込ませないと、
足を引っ張る存在になりかねない」

「そのデュノアのことなんですが」

「どうした」

「彼のデータには、わからない部分が多くあります」

「そりゃデュノア社のせいだろう。企業秘密とか何とかで、色々と詳しい身体データを
不明確にしやがったんだから」

「校長、何か知っていますね」

「なんのことだ?」

「我々に、というか、私に隠していることが、まだおありのようですが」

「そうかな、クックック」

「校長……、いえ、司令」

「そう焦るな、時期にお前にも話す。もちろん大神にもな」

「そうやって物事を隠すのは、良くないですよ」

「それが秘密部隊ってものよ。仲間にだって隠すことはあるさ」

「はあ……」




   *
223 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:31:21.23 ID:5Jwnh/F/o

 IS学園資料室――

 訓練を終えた大神は、そのまま寮には帰らず、この日に収集した訓練データを見直していた。

 シャルル・デュノアの訓練を見ていて感じた違和感の原因を探るためである。

 学園内で行われた訓練のデータは、すべて学園のデータベースに保存される。
秘密部隊の訓練といえども、それは例外ではない。

 起動、飛行、攻撃、防御。あらゆる点で、彼は上手くこなしている。

 特に問題はない。

 しかしなぜこんなにも引っかかるのだろうか。

 ふと、シャルの映像を見ながら大神は考えた。

 上手すぎるのだ――

 まるで、モノサシで線を引いたような上手さだ。

 セシリアや鈴も上手いのだが、どこか癖のある上手さであるのに対し、シャルのそれは何かの
お手本通りといった感じである。

(何と言うか、力を抜いている感じ、だろうか)

 大神は自分の中の違和感を上手く言葉に出来ず、歯がゆい思いを抱えていた。

(仲間を疑うというのはよくないことなんだろうけど、シャルに関しては分からないことが多すぎる。
もっと、色々話を聞くべきだろうか)

「なにをしているんだい、大神くん」

「はい?」

 大神が振り返ると、そこにはスーツ姿の千冬がいた。

「織斑先生」

「校長室から戻ってみれば、資料室に灯りがついていたものでね。まだ戻っていなかったのか」
224 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:32:08.12 ID:5Jwnh/F/o

「ええ、すいません。今日の訓練で気になることがあって」

 千冬はゆっくりと歩いて大神に近づく。

「シャルル・デュノアのことか?」

「は、はい。そうです」

「何か問題でも?」

「いえ、俺の方からは何もありません。ただ――」

「ただ?」

「何もないことのほうが、問題かな、と」

「そうか」

「すいません、素人が変なこと言って」

「なに、キミも自衛官だし、まったくの素人ではないだろう」

「まあ、そうですけど」

 ふと、大神の目の前に千冬の顔があった。彼女は顔を近づけ、大神の目をじっと
見つめていたのだ。

 薄っすらとなされている化粧が彼女の魅力を更に強化しているように思えた。

「あ、あの。先生!?」

 間近でまっすぐ見つめられたことに動揺する大神。

「目が充血しているな。疲れているのだろう」

「はい?」

「いつ降魔が現れるかわからない。身体の調子は常に気を付けておいたほうがいいな」

「は、はい」

「休むことも仕事のうちだと、幹部学校で習わなかったか?」
225 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:33:24.72 ID:5Jwnh/F/o

「ああ……、いえ、習いませんでした。けど、織斑先生の言うことは正しいと思います」

「そうか。では、私は先に帰るとする」

「あ、はい」

「戸締りはきちんとしておくんだぞ」

「わかりました」

「お疲れ様、大神くん」

「お疲れ様です」

 そう言うと、千冬は足早に資料室を出て行った。

「……千冬さん」

 誰もいない資料室で、大神は一言つぶやくのであった。





   *
   
226 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:34:12.32 ID:5Jwnh/F/o

 翌日の学園でも、当然ながらシャルブームは終わっていない。

 しかし、昨日のように彼が周囲の女子生徒たちにもみくちゃにされるということはない。
というのも、彼の隣には「教育係」に任命されたセシリア・オルコットがいたからである。

 実力主義のIS学園において、成績が学年一位のセシリアはそれだけ権威があるのだ。

「セシリアばっかり、シャルルくんを独占してズルーイ」

 そう言う者もいるけれど、彼女自身は特に意識してシャルと一緒にいる気はない。

 クラスメイトの一人が聞いてくる。

「ねえねえ、セシリアさんって、シャルルくんのことが好きなの?」

「……え?」

 彼女にとっては予想外の質問に少し戸惑う。

 確かに、男と女が一緒になればそういう噂が立つのは当り前なのかもしれない。特に、
男性の極端に少ない環境にあるIS学園ではなおさらだ。

「シャルルさんのことを、あまり男性として意識したことはございませんわ」

「またまた〜。あんなに可愛いんだよ」

「はあ」

 少なくともセシリアにとってシャルのようなタイプの男性は好みではない。

 だからといって、完全にどうでもいいという相手ではないのだ。

(なぜでしょう。私はあの子に、何か親近感を抱いていますわね)

 ふと、セシリアはそんなことを思った。

 見た目も性格も、それに性別も異なる相手に、恋愛感情ではなく親近感を持つ理由。

 それはすぐには思いつかなかった。



   *
227 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:35:27.78 ID:5Jwnh/F/o

 放課後の訓練用アリーナではその日、セシリアの声が一際響き渡る。

「支援射撃は単に当てればいいというものではありませんのよ! 前衛が戦いやすいように、
常に仲間の動きを意識なさい!」

「は、はい!」戸惑いながらもシャルは返事をした。

 教室でのやや過剰なまでの上品さと違い、この日のセシリアは感情を表し、情熱的な
指導を行っていた。


「一人で戦っているわけではありません。私たちのような後衛は、自分の位置と仲間の位置、
そして敵の位置を常に把握しなければなりません」

「はい!」

「前衛が裏をかかれないよう、常に仲間の死角をフォローすることも私たちの仕事です!」

「わかりました」

 西日に照らされて輝くオレンジ色の機体がアリーナ内を浮かび上がる。

 この日、シャルを含めた二対二の模擬戦をやることになったのだ。大神は仕事の関係で
遅れるというので、彼抜きで訓練を行うことになった。


『シャル! しっかりフォローしなさいよね!』

「うん、わかったよ」

 シャルとコンビを組むのは甲龍を操る鈴だ。

『ゆくぞ、鈴』無線越しに箒の声が聞こえる。

 それに対するのは、箒(前衛)と山田真耶(後衛)である。

 セシリアは今回、模擬戦には参加せず、主にシャルの動きを観察し、必要に応じて指導する
ということになっていた。

『こちらサポート、織斑だ。各員、準備は良いか』
228 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:36:52.98 ID:5Jwnh/F/o

 通信室から織斑千冬の硬質な声が聞えてくる。

『サポートこちら甲龍、いつでも準備万端よ』

『サポートこちら紅椿、こちらも準備よし』

『こちらクロード、準備よし』

『こちらパクス(山田のISネーム)、織斑先生準備OKです』

『こちらサポート了解、これより30秒後、模擬戦を開始する。制限時間は五分だ。
各員、くれぐれも事故のないように』

『了解!』

 複数の声が無線に響く。

 セシリアはそのやり取りを黙って聞いていた。

『セシリア、お前は大丈夫か?』

 ふと、千冬が聞いてくる。

「ええ。こっちも準備万端ですわ。シャルルさんだけでなく、ほかの皆さんの実力も拝見させて
いただきますの」

『そうか。邪魔はしないようにな』

「わかっておりますわ」

 そして模擬戦がはじまる。

 機動訓練、射撃訓練と、基礎的な動作では模範的な動きを見せていたシャルだが、
実戦形式の訓練で果たしてどこまでやれるのか。セシリアの興味はそこにあった。

『行くわよお!』

 機動力を生かして一気に距離を詰める鈴。

『ふんっ!』

 しかし箒の操る紅椿も機動力では負けていない。

 単純な搭乗者の技量では鈴のほうが上だが、機動に関する限り、機体性能では箒のほうが
上かもしれない。
229 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:37:44.72 ID:5Jwnh/F/o

『ミトライユーズ!!』

 機関銃型の武器を取り出し、シャルが支援射撃を行う。

 箒は鈴の攻撃を避けて、さらにシャルの射撃も避けなければならない。かなり難しい
戦いを強いられることになっているところだ。

『くそう……!』

 箒は自慢の旋回性能と加速性能でシャルの射撃から逃れ、再び鈴に斬りかかろうとする。

 だが、苦し紛れの一撃が当たるほど鈴も油断してはいない。

 箒の長刀はすぐにはじかれ、逆に反撃されることになる。

『篠ノ之さん! 離れて!!』

 真耶の支援射撃が鈴と箒、二人の間を抜ける。

 相手の体勢を崩して反撃に出る、はずなのだが体勢を崩されたのは逆に箒の方であった。

 真耶の支援射撃の直後、すぐにシャルの連続射撃が箒を襲ったのだ。

『山田先生はシャルのほうをお願いします!』

 箒は目標の変更を要求。

『一人で私に勝とうなんて、甘いわね!』

 そんな箒に対して、鈴は青龍刀型の武器で連撃を仕掛ける。

『うぐっ!』

 超接近戦では自慢の旋回能力が生かせない箒は、逆噴射で距離を離そうとする。

 だがそこをシャルの射撃が狙う。

『そこ!』

 真耶がレーザーライフルで狙いを定める。しかし、シャルには当たらない。
230 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:38:52.11 ID:5Jwnh/F/o

『く、位置取りが上手いですね……!』

 シャルの位置は、鈴の後方にいた。まるで影のように、彼女に合わせて動く。

 そして箒が鈴と距離を取ると、支援射撃で攻撃をするのだ。

 あたかも、鈴の持つもう一つの武器のようにシャルは動いた。

(コンビネーションでも優等生ですのね)

 模擬戦の結果は当然ながら鈴とシャルの圧勝であった。箒の奮闘により、撃墜認定に
こそ至らなかったものの、チームとしてのコンビネーションが機能していたのは誰が見ても、
鈴たちのほうであった。

 訓練後、彼女たちはISから下りて簡単な反省会をすることになった。

「凄いじゃないのよシャル! アンタ初めてなのによくアタシと合わせられたわね」

「たまたまだよ。鈴が僕のことを気遣ってくれたから、とっても合わせやすかったんだ」

「何謙遜してんのよ。デュノア社のテストパイロットは伊達じゃないのね」

 そう言って鈴はシャルの背中を平手で叩いた。シャルの華奢な身体がよろける。

「さすがだシャル。実に無駄のない攻撃だった」

 模擬戦でやられた箒も、シャルの働きには感心していたようだ。

「これなら、本番も楽しみね」と鈴が言う。

「ダメだよ鈴。一般の人たちには実戦なんてないほうがいいんだから」

 シャルが鈴を注意する。

「ああ、そうよね。なんか凄く真面目ね、シャルは」

「そこがシャルのいいところではないのか?」と、箒が言葉をつなぐ。

「シャルももう少し融通を効かせないと、箒みたいになっちゃうわよ」

「ど、どういう意味だ鈴」
231 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:39:21.96 ID:5Jwnh/F/o

「別にぃ〜」

 鈴たちがふざけているところに、訓練用のアンダーギアを着用した大神がアリーナに
入ってきた。

「すいません、遅れまして」

「あ、大神先生」

 大神の姿を見て、真っ先に駆け寄ったのは山田であった。

「くっ……!」

 出遅れて悔しそうな顔をする箒を見て、セシリアはちょっとだけおかしく思えた。

「そうか、シャルはコンビネーションもこなせるんだなあ」

 大神は真耶の話を聞いてしきりに感心していた。

「大神先生、一つ模擬戦をやってみてはどうですか」

 そう言ったのは、通信室から出てきた千冬であった。

「織斑先生」

「先ほど、二対二で模擬戦をやってみました。まだ納得できない者もいるようですし、もう一度
やってみたと思うのですが」

「はい、是非」

 そう言って箒が前に出る。

「大神っちと? 面白そうね、アタシにやらせてよ」

 次に立候補したのは鈴であった。

「凰、お前は下がれ」

「へ? なんでよ」

「メンバーは私が決める」
232 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:40:22.13 ID:5Jwnh/F/o

「んもう……」

 鈴は心底つまらなそうな顔をしたが、小さい頃から千冬と面識のある彼女は、千冬の
怖さを十分認識しているため、すぐに引き下がる。

「第一チーム、前衛が篠ノ之」

「は、はい」

「後衛はオルコットだ」

「はい」

 先ほどは、模擬戦を遠巻きに眺めていただけだったので、セシリアは自分が呼ばれることを
覚悟していた。

「第二チーム、前衛は大神先生」

「はいっ」

「そして後衛は、シャルル・デュノア。お前だ」

「……はい」

「?」

 セシリアはシャルルの表情を少し確認したが、なぜか暗い。

 確かに大神は、ほかの隊員に比べて技量は劣るかもしれないけれど、決して弱いわけではない。
セシリアの得意技である無反動旋回をたった一日で覚えたほどなのだから。

「では、各員準備につけ」

「了解!」

 全員が、一斉にそれぞれのISへと向かう。

 すでに日は傾き、空は群青色に染まっていた。




   @
233 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:41:18.15 ID:5Jwnh/F/o

 結果から言うと、この模擬戦における大神とシャルのチームはボロ負けであった。

 鈴との間では、あれほど上手く行った前衛と後衛とのコンビネーションが、大神との
間ではまったく機能せず、大神は箒とセシリアの的になるだけであったのだ。

「……すみません」

「いや、いいんだよ別に」

 訓練後、シャルはしきりに大神に対して謝っていた。

 最初の模擬戦では、ほぼ理想的ともいえる支援射撃を実現したシャルだが、
次の模擬戦闘では、まったく連携に欠け、あさっての方向に弾を飛ばす。

 大神の技量不足を考えたセシリアだったが、すぐにその考えを否定する。
大神は単独よりも連携攻撃で敵を叩くタイプだ。決して合わせ難いタイプではないと思う。

(ですが、それは私の主観かもしれませんわね)

 自分にとっては合わせやすい大神が、実はシャルにとって合わせにくい仲間。

 これは一体どういうことなのか。

 セシリアは訓練後もしばらく考えたけれども、納得のいく答えは出なかった。




   *
234 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:44:28.99 ID:5Jwnh/F/o


 大神は悩んでいた。

 もちろん、夕方の訓練のことである。

 これまで連携攻撃(コンビネーションアタック)にはそれなりに自信のあった彼であった
けれども、新しく来たシャルとはまったく動きが合わなかったからである。

(こんなことで、実戦を戦えるのか)

 初めてだから上手く合わせられなかったと言っても、鈴とは合わせられたのだ。
ということはつまり、大神とは上手く合わせられない、ということになる。

(俺の何がいけないのだろう……)

 IS操縦に関するマニュアルを見ながら大神は色々と考えを巡らせてみたが、自分の技量不足
ということ以外はこれといって心当たりがなかった。

(やはり技量不足か)

 わかってはいたけれど、そう考えると心にズシリとくる。部隊を率いる隊長としては、このような
未熟さは許せないものだ。

 寮のロビーでそんなことを頭の中でグルグルと巡らせていると、そこに真耶がやってきた。

「あ、大神さん。こんなところにいたんですね。部屋に行ってもいなかったから」

「ああ、山田先生。どうしました」

 ちなみに山田真耶は、寮にいる時や周りに生徒がいないときには、大神のことをさん付けで呼ぶのだ。
 
「あの、デュノアくんのことでちょっと気になることを聞いたもので」

「気になる?」

 真耶の左手にはタブレット型のコンピュータが持たれていた。

「あの、隣、いいですか?」
235 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:45:33.67 ID:5Jwnh/F/o

「あ、はい」

「よいしょ」

 大神の座っていたベンチに、真耶も腰掛けた。風呂上がりのようで、シャンプーの香りが
彼の鼻腔を刺激する。そして大神の視線は彼女の胸元の谷間に吸い寄せられるのであった。

「この記事なんですけど」

「記事?」

 慌てて、視線を胸元からコンピュータの画面に移す大神。

 そこには、とあるニュースサイトの記事が映し出されている。

 日付は、ちょうど去年のものだ。

 記事は、EUのデュノア・エレクトロニクス社における新型のIS起動試験で、一機のISが暴走した、
というものである。

「ISの暴走事故ですか」

「はい。デュノア社といったら、デュノアくんが所属していた会社ですよね。名前も同じですけど」

「そういえばそうですね」

 ISの事故は決して珍しいものではないが、暴走事故というのは近年あまり聞かなくなった。

 そんな中で起こった暴走事故。

 具体的にはISの制御が効かなくなり、いくつかの実験施設を破壊した、というものであった。
幸い死者は出なかったものの、デュノア社では数人のけが人と、数万ユーロ単位の損害が出たという。

「それで、この時の実験機の搭乗員なんですけど」

「誰ですか?」

「いえ、名前は分からなかったんです。でも――」
236 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:46:26.53 ID:5Jwnh/F/o

 そう言って真耶は画面を下にスクロールする。

「……これは」

 十五歳のパイロット。
 
 記事にはそう書かれていた。

 シャルル・デュノアは現在十六歳だ。

 今年で十七歳になる。

 この記事は一年前のものなので、この時にまだ誕生日を迎えていないとすれば、
この搭乗員がシャルである可能性は高くなる。

「でも待ってください、山田先生」

「なんですか?」

「もしも、搭乗員がシャルなら、もっと大騒ぎになっているはずじゃないですかね」

「どうしてですか?」

「だって、男性ですよ。世界的に珍しい男性のIS乗りが操縦したISが暴走うる。
海外じゃなくてもマスコミは飛びつきそうですけど」

「確かに、そうですねえ。じゃあ、やっぱり別人なんでしょうか」

「でも、彼もデュノア社にいたんだったら、何か知っているかもしれません」

「ええ」

「もっと、彼とは話をしてみる必要がありますね」

「はい。あ、そうだ。話は変わりますけど、大神さん」

「はい」

「今日、夜の見回りをお願いしてもよろしいですか?」

「え?」




   *
237 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:47:34.48 ID:5Jwnh/F/o

 そういえば夜の見回りは久しぶりだと大神は思った。

 チャカチャカと自転車を動かし、時々会う警備ロボットに挨拶をしながら学園内の
あらゆる場所を回る。

 普段男性が入ってはいけない場所でも、堂々と入っていけるのが見回りの特権、
というわけではない。

 消灯時間後の学園は静かである。

 大神はこの静けさが好きだ。

 満天の星空の元、解放的な気分になった大神が向かった先は、生徒用の寮であった。

 生徒の居室のある二階以降は入ってはいけないが、一階までなら入っても良いのである。

「さて、みんなちゃんと寝ているかな」

 懐中電灯を持って、寮の内部を見回る。

 特に問題は無さそう……、であったが。

 ふと、大神の耳に水の流れる音が聞こえた。

(ん? 水の音。消灯時間だというのに)

 しかも、ただの水の音ではない。

 よく聞くと、その音はシャワー室から聞こえていた。

 大神は更衣室に入ると、シャワー室から光が見えた。水の流れる音もはっきりと聞える。
誰かが入っていることは確実だ。

(……っは! いかん、頭がクラクラしてきた)

 大神の本能が遺伝子レベルで蠢きはじめる。

(しっかりするんだ大神!)

 大神は自分で自分に渇を入れる。

 だが入った方向が違ったようだ。
238 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:49:25.22 ID:5Jwnh/F/o

(か、身体が勝手に……)

 大神は、まるで吸い込まれるようにシャワー室へと入って行った。

「え……?」

 しかし運が悪いことに、シャワー室では、先ほどまで使用していた人間が出てきた
ところであった。

 いわゆる鉢合わせというやつだ。

「いや、違うんだこれは……!」

 大神は苦しい言いわけをしようとしたその時、彼の目に飛び込んできたのは見覚えの
ある身体のラインであった。

「キミは……」

「あ……」
 
 その顔と声は、間違いなくシャルル・デュノアであった。

 しかし、彼の上半身には本来だったら付いていないものが二つ付いており、下半身には
“付いていなければならないもの”が、全く見られなかった。

「き、キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 シャルが今までにない叫び声を上げる。





 後半につづく!
239 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/07(日) 14:50:34.18 ID:5Jwnh/F/o
今回も長いんで、一旦ここで切ります。ここまで読んでくださったかた、お疲れさまでした。
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/07(日) 17:42:56.66 ID:PhPBYzWq0
大神さんwwwwwwwwww安定の身体の不自由wwwwwwww

乙ですー
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/07(日) 21:21:38.03 ID:VaeETerno
安定しすぎて生きているのがつらい

レニの性別バレも風呂イベントからだったなぁ……
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/08/08(月) 07:51:01.25 ID:Mfvea0sI0
レニは全く動揺してなかったけどな
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/08(月) 09:00:17.42 ID:HCZO9MOAO
まあレニは見られて恥ずかしい胸も無いんd
244 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:36:22.14 ID:ZufZBuWOo
 前回までのあらすじ

 シャワー室を覗いたら、転校生の男の子が実は女の子だったでござる。
245 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:37:16.34 ID:ZufZBuWOo

「き、キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 シャルが今までにない叫び声を上げる。


 その声を聞いて、誰かがすぐにシャワー室に入ってきた。

「い、一体何事ですの!?」

 シャワー室に入ってきたのは、幸か不幸かセシリアであった。

「セシリア!」

「お、大神三尉。なんでこんな場所に。ってか、シャルさん? え? なに??? 女?」

 いきなりのことで、セシリアも混乱しているようだった。

「どういうことですのこれは!」

「セシリア、詳しい説明は後だ。すぐにこの騒ぎを……」

 そうこうしているうちに、複数の足音がこちらに近づいてきた。

「三尉とシャルさんはこちらに隠れていてください。私がなんとかしますわ」

「え?」

「待ってよセシリア」

 大神とシャルは、セシリアによって、掃除用具入れに入れられてしまった。

 もちろんシャルはタオル一枚である。

(シャ、シャルなのか?)

(見ないで……!)
246 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:38:08.92 ID:ZufZBuWOo

 小声でそう言ったシャルは大神の顔を手で押さえる。だが、掃除用具入れの中は狭いので、
シャルと大神は互いの吐息がかかるほど密着せざるを得ない状態であった。

『どうしたのセシリア』

 女子が集まってきた。

『申し訳ありません、忘れ物を取りにシャワー室に来たんですけど、ネズミを見てしまいまして』

『ええ? ネズミ? ウソー』

『ネズミ退治しなきゃ』

『だ、大丈夫ですわ。見間違いかもしれませんし』

『ああ、でもこの前さ、寮長さんが、お気に入りの猫型ロボットの耳をネズミにかじられたって言って
たよー』

『そりゃ酷いなあ』

 女子が二人以上集まれば自然と発生するスーパーお喋りタイムに突入してしまったため、
すぐにその場から人がいなくなりそうになかった。

(くそっ、何ということだ)

 大神とて男。裸の女子が密着した状態で正気を保つのは至難の業である。

(こんな時、何を考えればいいんだ。そうだ、素数を数えよう。ええと、素数っていくつだっけ)

 ちなみに大神は数学の教師である。だが、今の彼にまともな計算などできるはずもなかった。

(ああ、もうすいません。ごめんなさい)

 意味不明の謝罪を繰り返し、大神の意識は半ば飛びかけた。




   *
247 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:38:57.28 ID:ZufZBuWOo


「ここなら大丈夫ですわね」
  
 そして十数分後、何とか耐えきった大神は、セシリアの部屋にいた。

 もちろん、隣には先ほどまで掃除用具入れの中に入り、裸で抱き合っていたシャルも
いる。

「ルームメイトとかいないのか、セシリア」

「私は学年一位となりましたので、一人部屋を貰いました。もっとも、いなくなったクラスメイト
が多いので、部屋が余ったということもありますけど。というか、そんなことよりっ」

 セシリアは腕を組み、こちらを見据える。

 大神とシャルはなぜかベッドの上で正座していた。

「どういうことなのか説明していただきましょうか」

「いや、夜の見回りでたまたま寮に来て」

「大神三尉ではございませんわ。そちらのシャルルさんに聞いているんですの」

 セシリアの視線は、真っすぐシャルに向けられていた。

「……」

 大神も横目でシャルの姿を見る。

(大きいな。Cカップくらいはあるんじゃないか。今まで一体、どうやって隠してきたんだ)

「言いたくないのでしたら、無理にとは言いませんけど」

 ベッドの上とはいえ、正座させといて何を言っているんだこの女は。

「ご、ごめんなさい」

 ふと、今まで固く口を閉ざしていたシャルが声を出した。

「シャルルさん……」
248 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:39:57.16 ID:ZufZBuWOo

「僕、色々とウソをついていました」

「うん、わかってる」

 つい先ほども、大きなウソが一つバレた。

「もちろん、男装のことだけじゃないんです」

「ん?」

「僕の本名は、シャルロット・デュノア。以前、デュノア社とは関係がない、
と言いましたけど、あれもウソです」

「なんだって?」

「デュノア社の創業一家であるデュノア家には、娘がいるんです」

「確か、今の社長の娘が三人いると聞きましたわ」

 セシリアはイングランドの生まれで、その後日本の大企業である神崎重工の本家に
身を寄せていたので、そこの事情にはわりと詳しいようだ。

「はい。そして僕は、四人目の娘なんです」

「なんだって!?」

「僕のお母さんは、ほかの姉妹とは違います」

「腹違い……」

「そうです。でも母は数年前に病気で亡くなりました。そして身寄りを無くした僕は、
デュノア家に引き取られることになりました」

「……」

「父としては責任を取ったつもりなんでしょうけど、正式な妻ではない娘である僕にとって、
本家での居場所は……、ありませんでした」

「……そうなのか」

 大神にはあまり想像もつかないけれど、デュノア家がシャルにとって過ごし難い場所
であることは火を見るよりも明らかだった。 
249 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:41:33.14 ID:ZufZBuWOo

 そういえば似たような境遇にいる人物を大神は知っている。

 目の前で腕を組んでいるセシリア・S・オルコットもまた、両親の死をきっかけに日本へ
渡り、そして居心地の悪い一族の元に身を寄せていたことがある。

 だが、目の前のセシリアは、安易に同情しているようには見えなかった。

「……」

 じっとシャルを見据え、何かを考えているようにも見えた。

「そしてもう一つのウソ。これはさっきばれてしまいましたね」

「男装のことかい? それも家と関係があるのか」

「いや、家は関係ありません。少しはあるかもしれないけど」

「ん?」

「実家に居辛かった僕は、デュノア社のIS研究施設に行くことにしたんです。IS適性が
高かったもので、自分から希望しました。
そこで、デュノア社の開発するISのテストパイロットとして、働きながら勉強をしていたんです」

「なるほど。それでISの操作は上手かったんだな」

「でも去年……、その……、ISの暴走事故を起こしてしまいました。新型のISだったんですが、
いつも以上にやる気を出して搭乗したものの、制御できなくなり……」

 研究施設の設備を破壊し、けが人も出したISの暴走事故。大神は真耶から聞いていたけれど、
その当事者がシャルであることがここで証明されてしまった。

「いや、しかしなぜ暴走なんて」

「僕は、普通の人間よりも、霊力と呼ばれる力が強くて、それで暴走したと言われて」

「霊力……」

「対降魔霊力のことですわね。私たちと同じ。だから彼、いえ、彼女も帝國華劇団に入れられたの
でしょう」

 と、セシリアは解説する。

「それはわかる。でも、なんで男装なんだい?」

「それは……」
250 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:42:32.01 ID:ZufZBuWOo

「ん?」

「霊力は女性のほうが強いと言われています。だからその霊力を抑えるために、男性の
格好をして、男性のようにふるまえば霊力の抑制ができると言われましたので」

「なに!?」

「僕、どうしてもISに乗りたかったんです。だって僕からISを取ったら、何も残らないし……。
だから、男の子の格好をしてでもISに乗り続けようと決めたんです」

「……」

「シャルルさん、いえ、シャルロットさんと呼んだほうがよろしくて?」

「いえ、今更どちらでも構いません」

「私から一言、言っておきます」

「うん」

「人は生まれは選べません。でも、生き方は選べますわ」

「……」

「さ、今日はもう遅いですし、解散ですわ」

 確かに、時計は十二時を回っている。

「あ、大神三尉はそこから出て行ってくださいな」

 セシリアが指差したのは、窓であった。

「あの、セシリア。ここって、三階だよな」

「そうですわ。周りにバレると大変なことになりますから」

「飛び降りろと?」

「ザイルはございますわ」

 セシリアは、笑顔で登山用のロープを取り出した。

(なんでそんなものを持っているんだセシリア……)

 大神はそう思いつつ、ロープを使って生徒用の寮から脱出した。




   *
251 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:43:11.95 ID:ZufZBuWOo
 

 シャルの実家の事情はともかく、IS暴走事故については深刻な問題である。

 もし、実戦中に暴走が起こってしまえばタダでは済まない。

 翌日の昼、大神は千冬と真耶を呼んで校長室に集まった。

「なるほどな。一年前の暴走事故。やはりデュノアが絡んでいたか」

 昼の弁当を食べながら千冬が言う。

「確かに問題ですね」

 と、真耶も続く。

 しかし、この日の校長室には部屋の主が見えない。

「ところで織斑先生、校長はどこに行かれたんですか?」

「校長は出張だ」

「出張……。どこへ」

「それがわからん」

「へ?」

 すかさず真耶がフォローを入れた。

「校長の出張先については、いつも極秘なんです。私たちにも知らされていないんですよ」

「肝心な時に……」

「まあいない校長にどうこう言っても仕方がない。それより今はデュノアのことだ」

 千冬は干しアンズを食べながら言う。

「確かに、暴走はまずいですよね」

「ISを暴走させるほど、強い霊力を持つ人間というなら、大神くんと上手く連携できないことも
納得できるな」
252 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:44:19.25 ID:ZufZBuWOo

「どういうことですか?」

 シャルは鈴とは上手く連携ができたけれど、大神とはさっぱりであった。

「ふむ。前に校長と少し話したことがあるのだが、キミは仲間の戦闘力を高める体質の
ようだ」

「え?」

「篠ノ之にしても、オルコットにしても、キミと一緒に飛ぶことによって、その戦闘能力が
飛躍的に上昇している。理由はまだよくわからんが、キミが持つ最大の武器の一つと
言ってもいいだろう」

「……俺の武器?」

「男装のことも含め、シャルロット・デュノアは自分の能力を抑えることで、高い戦闘能力を
示してきた。だが、大神くんと組んだ時……」

「『ああ、我慢できない』って、奴ですね。織斑先生」

 山田真耶の声が怪しく部屋に響く。

「……」

「……」

 気不味い沈黙の後に、再び千冬が口を開く。

「今までも、そして恐らく今もデュノアは上手く力を制御できていないところがある。だからといって、
このまま制御しない状態が続けば、彼の能力は萎んでしまうだろう」

「萎む?」

「こういう話を聞いたことはないか? 透明な容器に入れられたノミは、いつもの半分しか飛べない
状態に置かれてしまう。そして、何度か飛んでいるうちに、その透明な容器を外したら、今までの
半分しか飛べない状況になる」

「確かに……」

「だがそれ以上に怖いのは――」

「?」
253 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:44:54.02 ID:ZufZBuWOo

「暴発だ」

「……暴発」

 大神の脳裏に、あのニュースサイトで見た、IS暴走事故の画像がよみがえった。

 と、次の瞬間校長室の警報が鳴る。

 千冬が素早く立ち上がり校長の机の上にある電話の受話器を取った。

「私だ。ああ……」

 そしてしばらく話をした後、こちらを向いて言う。

「降魔が出現した」

「な!」




    *
254 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:45:36.60 ID:ZufZBuWOo


 心の準備をする前に、大神は司令室に集められた。

 全員戦闘服に着替えた状態で集合しており、もちろん今回はシャルも参加している。

「今回、司令がいらっしゃらないので、副司令の私が臨時で指揮を執る」

 戦闘服姿の千冬がそう宣言した。なんだかいつもよりも空気が引き締まっている感じが
する。

「場所は茨城県の竜ヶ崎市付近だ。複数の魔操兵器の情報も寄せられている」

「複数? ってことは、チーム戦みたいなやつ?」

 やや楽しげに言う鈴。

「遊びではないだぞ、凰」

 それを注意する千冬。

 確かに、千冬の言うとおり、これは遊びではない。

「大神隊長」

「はい!」

 大神は千冬に対して不動の姿勢を取る。

「今回のメンバーについては、キミに一任したい」

「メンバーですか?」

「ああ、特にデュノアのことだ」

「シャルの」

 全員の目が、シャルの姿に注目する。

「デュノアは、今回の任務が初めてだ。ゆえに、何か不測の事態が起こることも考えられる。
だから、メンバーから外すことも一つの選択肢ではある」

「ええ、どうして?」鈴が驚きの声を上げた。
255 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:46:03.42 ID:ZufZBuWOo

「あんなに強いのに……」箒も残念そうだ。

「……」セシリアは黙ったまま、じっとこちらの会話を聞いていた。

「大神隊長。どうだ」

「俺は……」

 大神はシャルの表情を見た。不安そうな顔をしている。

(不安がる者に対して、安心させてやれる者こそが指揮官だ)

 そう確信している大神は、再び千冬に向き直る。

「副司令、自分はシャルを連れて行きます」

 そうはっきりと宣言した。

「……!」

 シャルの驚きの表情が見てとれた。





   *
256 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:46:59.71 ID:ZufZBuWOo


 


 茨城県上空――

 大神たちにとって、これまでにない降魔反応が出ていた。

『こちらサポート、降魔反応は複数であることが確認された。しかし相手は一度戦った
ことのある相手だ』

 千冬の声が聞こえる。

「戦ったことのある相手?」

『まず、近接戦闘型が三体。これは黒兜と呼ばれる例のあれだ。そして遠距離支援型と
思われる機体が、こちらも三体。これは、秩父で戦った機体と思われる。ちなみに
コードネームは山猫(リンクス)だ』

 つまり、大神たちの相手は近接戦闘型の黒兜三体と、遠距離支援型の山猫が三体
ということになる。

(六対五の集団戦だ。当然こちらは一人少ない)

「シャル、セシリア、聞えるか」

『こちらブルーティアーズ、聞えておりますわ』

『こちらクロード、聞こえてます』

「今回の戦いは、支援タイプのキミたちが重要な鍵を握っている。しっかり頼むよ」

『了解ですわ。あまり前線で無様な戦いを見せないでくださいな』

『クロード、了解です……』

 無線越しにも、シャルの不安が伝わってきそうだ。

「シャル」

『は、はい』

「俺はキミを信じている。だから、キミも俺を信じて欲しい」
257 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:47:34.24 ID:ZufZBuWOo

『……はい』

 自分の気持ちはどこまで通じただろうか。

 これほど不安になる通信も珍しいものだ。

 そんなことを考えながら、大神たちの部隊は戦闘領域に差し掛かった。

(降魔反応が近い)

「箒くん! 鈴! 戦闘態勢! 敵が来るぞ!!」

 大神が無線に向かって叫ぶ。

『紅椿了解です』

『甲龍も了解よ、いつでも来なさい!』

 不意に山中から三体の機影を発見した。

 それと同時に、身体に衝撃が走る。

(速い!)

 大神は確信する。この速さは間違いなく近接戦闘型魔操兵器、黒兜だ。

 黒兜の大太刀が一斉に襲いかかる。

 金属のぶつかり合う音が鳴り響いた。

『紅椿、交戦(エンゲージ)』

『甲龍、交戦!!』

 どうやら、箒や鈴にも同時に襲いかかったようだ。

 そしてその直後、敵の後方から放たれるビーム兵器が彼女たちを襲う。

 大神はそれを助けようとするが、彼の目の前にも黒兜が現れた。

「ぐっ!!」
258 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:48:41.71 ID:ZufZBuWOo

 大太刀で来ると思いきや、今度は体当たりである。

「セシリア! シャル! 二人の支援射撃だ。セシリアは箒。シャルは鈴!」

『ブルーティアーズ、了解ですわ』

『クロード、了解です』

 二人の兵器が前線の黒兜を狙う。

 セシリアは箒を、シャルは鈴の支援射撃を行う。

(俺は一人で……)

 と、大神が思った瞬間二本のビームが大神を襲った。

 敵の山猫(リンクス)こちらに狙いを定めてきたのだろう。

 群れからはぐれた個体を襲うのは肉食獣の本能としても理解できる。

(簡単にやられてたまるか!)

 俺は隊長なんだ、そう自分に言い聞かせて黒兜に対抗する。

「確かに俺の技量は未熟かもしれない。だけど、平和を守りたいという気持ちは
誰にも負けないんだああああああ!!!!」

 大神は気合いで大太刀を打ち払う。

 次の瞬間、襲いかかってくる敵の支援射撃をセシリアから教わった無反動旋回で
かわすと、再び黒兜に攻撃を加える。

《 WARNING 》

 衝撃の後の爆発音。

 敵の狙撃が脚部に当たったらしい。

 損害率は5%。かすった程度だが地味に痛い。

(この山猫どもを何とかしないことには……!)

 大神は山の中腹を見る。
259 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:50:27.93 ID:ZufZBuWOo

 電子霧(エレクトリック・フォグ)はないので、完全には姿を消せないけれど、
光学迷彩による偽装も面倒だ。

 大神は逆噴射で敵と距離を取った。

「みんな聞いてくれ! 作戦を変更する。セシリア!」

『はい』

「キミは山に隠れる山猫を一掃してくれ」

『了解ですわ』

「箒くん、鈴! キミたちは俺と合流、三人で一斉に黒兜を一機ずつ叩く」

『こちら甲龍、了解よ』

『紅椿、了解だ』

「そしてシャル」

『はい』

「支援射撃はキミに任せる」

『クロード、了解です――』

(自分で何もかもやる必要はない。出来ることをやればいいんだ。指揮官に必要なのは、
熱いハートと冷静な頭脳)

 大神は箒たちと合流し、反撃の態勢に入った。





   *
260 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:51:42.26 ID:ZufZBuWOo



 シャルは合流した大神たち三機を支援するために装備を整える。

 冷静に現状を把握し、そして自分の役割を考える。

 ここで必要とされるのは、隊長の考えを理解し、それを手伝うこと。

(隊長は三機で協力して、一機ずつ撃破しようと考えている。だったら僕がやらなければ
ならないことは、それを支援すること。つまり、残り二機を引きつけることだ!)

 シャルは予備の機関銃を取り出し、二丁拳銃ならぬ二丁機関銃で射撃を開始する。

 合流した大神たちは、見事な編隊飛行で敵に回り込むと、そのうちの一機を攻撃しはじめた。

 シャルは狙いを定め、別の機体に射撃する。だがそこだけに気を取られない。

 大神機に攻撃しようとしたもう一機にも、射撃を加えた。

(よしいける。これなら牽制だけでなく、敵にダメージを与えることも)

 そう思い発砲するも、敵に当たらない。

 黒兜は巧みな機動でシャルの射撃を避け、大神たちを攻撃する。

『箒くん!』

 大神は箒を庇い、黒兜の大太刀を受け止める。

『隊長!』

 箒の叫びが無線越しに聞こえてくる。

『早く敵を』

『りょ、了解』

(僕が攻撃を当てていれば……)

 シャルは唇を噛む。

(なぜだ、どうして、訓練ではあんなに上手くいったのに……)
261 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:52:59.04 ID:ZufZBuWOo

 IS実験施設や学園での訓練との違いに戸惑ってしまう。

 射撃が当たらず、黒兜による味方への邪魔を許してしまい支援にならない。

『シャルさん、聞えます?』

 ふと、セシリアの声が聞こえた。

「聞えてるよ」

『訓練と実戦は違いますのよ』

「そんなの、わかってるよ!」

 焦りのため、思わず声を荒げてしまうシャル。

 しかしそれに対するセシリアの声は冷静だった。

『実戦では、八割の力で勝とうなどと思わないことですわ。命がかかったことなのです。
全力か、それ以上の“思い”でことに当たりなさい』

「全力で……」

『私からは以上ですわ』

 そう言うと、セシリアからの通信は途絶えた。

 どんなに上手くできたところで、それは所詮訓練。実戦には遠く及ばない。
そして実戦では、訓練の時のように力を抜いて出来ることは限られている。

(僕は……)

 敵と戦うのは怖い。でもそれ以上に、自分自身が怖かった。

 一年前のIS暴走事故。

 新型のISへの搭乗に心躍ったシャルは、自分の持つポテンシャルを100%引き出そうとした。

 だが結果は――

(怖い、でも僕は……、やるんだ!)
262 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:53:36.11 ID:ZufZBuWOo

 シャルは目を見開き、再び状況を把握した。

 周囲の状況が手に取るようにわかる。

(心を、解放する)

 ISの能力を全開以上に引き上げるための心の制限(リミッター)を外した彼女は、
先ほどとは一転し、強力かつ正確無比な射撃を行った。

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 魔操兵器の鳴き声が聞こえた。

 当たったのだ。

『今だ! 行くぞ』

『はい!』

『行くわよ!』

 三人の連続攻撃が同時に当たり、黒兜一機を撃破した。

『残り二機!』

 大神の声が響く。

『隊長こちらブルーティアーズ、こちらも一機撃破ですわ』

『隊長了解。引き続き頼む。こちらもケリをつけるぞ!』

『紅椿了解』

『甲龍了解よ』

「クロード了解、支援続けます!!」

 シャルも無線に向かい叫んだ。

 彼女の持つ二丁の機関銃からエネルギー弾が吐き出される。
263 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:54:14.09 ID:ZufZBuWOo

 そして黒兜へ当たる。

「今です!」

 前衛の三機が一機に攻撃された黒兜に集まった。

『どりゃあああああああ!!』

 再び三人の一斉攻撃で、敵を撃破した。

 大きな爆発が空中で起こる。

(あと一機だ。どこに)

 爆風と煙で一瞬敵の姿を見失ったシャル。

(これで終わりだ……!)

 そう思った瞬間、煙の中から黒い機体が浮き上がってきた。

「え?」

『シャル!!!』

 大きく大太刀を振り上げた黒兜が、シャルの目の前にいた。

(そんな、レーダーの反応は……!)

 黒兜の攻撃は、いとも簡単にシャルの持つ機関銃を破壊してしまった。


(やられる――)


 一瞬、家族や昔の知り合いの顔が脳裏をよぎった。
264 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:55:33.47 ID:ZufZBuWOo


『シャ、シャルロットっていいます』


『……、あの女にそっくりね』


『役立たず。アンタ、何のためにいるの?』


『近寄らないで。アンタのせいでお父様は』


『どうしてデュノアの姓を名乗るのかしら』


 いやだ……!


『シャルロット。ごらん、これがキミの翼だ』

『これは何?』

『ISって言うんだ。人類の新しい可能性を切り開く乗り物だよ』

『新しい可能性?』

『シャルロット、キミならその可能性を切り開くことができるかもしれない』


 いやだ……!



『緊急事態! 緊急事態! 実験用ISオルレアンが制御不能。繰り返す、
実験用ISが制御不能!!』




『あんな事故を起こしてもまだISに乗ろうってのかい?』


『仕方ないよ。だって彼女、ここを出ても行くあてはないし。ISに乗るしかもう、道はないんだ』
265 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:56:08.48 ID:ZufZBuWOo


 いやだ!!

 ISなんて、本当は乗りたくなかったんだ!

 でも……、僕にはもう……!





 シャル!!!




「え?」

「キミは一人じゃない。俺がいる。俺たちがいる」

「隊長……?」

 光の中に大神の姿が見える。

「私もいますわよ」セシリアがその後ろからひょっこりと顔を出す。

「私もいるぞ」今度は箒。

「アタシもね」鈴もそう言って両手を広げた。






 シャル!!!




「はっ!」
266 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:56:48.52 ID:ZufZBuWOo

 彼女が目を開くと、そこには“本当に”大神の姿があった。

「大神……、隊長」

「言ったはずだ! 俺はキミを信じるって!!」

 空中で、無線越しではなく直接声が響いてくる。

「隊長、僕」

「まだ戦いは終わっていない!」

「……はい!」

 シャルは大きく息を吸い込み、そして自らの能力を限界まで展開させる。

 攻撃するだけが戦いではない。

 もっと色々な戦いかたが、あるはずだ。

「みんな、僕の力を……!」

 シャルのISが光を放つ。

 だがそれは、暴走ではなかった。





 グラース・オ・スィエール――
   天   の  恩  恵 




   *
   
267 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:57:16.25 ID:ZufZBuWOo

 
 
 
 
「これは……」

 大神は自らのシールドエネルギーが回復していることに気づく。

『うわ、回復してる! 機体が元通りだ』鈴の驚きの声が聞こえてきた。

『確かに、これがシャルの力なのか』と、箒も言う。

『皆さん、感心しているところ悪いのですが、まだ敵は残っていますわよ』

 そう、セシリアは釘をさすように言った。

「わかているよ、セシリア」

 大神はそれに答える。

『隊長』シャルの声だ。

「さあ、みんな。ケリを付けるぞ」

『了解!!!!』

 全員の声が無線に響いた。





   *
268 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:58:06.52 ID:ZufZBuWOo


 
 翌日、IS学園の教室では――

「えええええ???」

「何これええ!!」

「うそ、どういうこと?」

「美少年じゃないの?」

 混乱していた。

「み、みなさん改めましておはようございます。シャルロット・デュノアです」

 女子の制服に身を包んだシャルがそう言って挨拶をした。

「美少年じゃなくて、美少女おお???」

 自分を解放することを恐れなくなった少女は、霊力を抑えるための男装を止め、
女性として生活することに決めたのだ。

「大神先生」

 朝のSHR後、職員室に行こうとする大神をシャルが呼びとめた。

「ああ、シャル。どうしたんだい?」

「制服、似合います? 変じゃありません?」

「そんなことないよ。とっても似合ってる」

「よかった」

 女子の制服姿のシャルは、実に嬉しそうであり見ているこっちも嬉しくなりそうだ。

「これからは、もっと女の子っぽくいきたいと思います」

「そうだね。それがいい」
269 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 20:59:28.62 ID:ZufZBuWOo

「それじゃあ大神先生」

「なんだい?」

「あの、今度僕と――」

「はいストップ」そう言って二人の間に割って入ったのは鈴であった。

「ったく、油断も隙もあったもんじゃないな」

 と、箒も言う。

「キミたち、どうしたんだい?」

「女の子化したシャルに鼻の下伸ばしているダメ教師を注意しにきたの」

「べ、別に鼻の下なんて伸ばしてないぞ」

「破廉恥な……!」

「はいはい。皆さん何をしていらっしゃるの? さっさと授業の準備をする」

 箒や鈴たちを止めに入ったのはセシリアであった。

「じゃあ、授業頑張ってな」

 そう言って大神は職員室へと向かう。

 ふと、気になって彼女たちのほうを見ると、セシリアと目が合った。

 彼女は笑顔を見せ、瞳で何かを訴える。

 正確にはわからないけれど、こちらはもう大丈夫、そんなことを言っているような気がした。





   つづく?
270 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 21:00:21.24 ID:ZufZBuWOo


 【おまけ】


 大神が職員室に向かっていると、山田真耶が笑顔で近づいてきた。

「先生」

「どうしました? 山田先生」

「デュノアさんのことなんですけど」

「シャルが何か」

「彼女、男装をすることで霊力を抑えていたんですよね」

「そうですね」

「ということはですよ、女装をすると霊力が上がるんですかね」

「そうでしょうね」

「だったら……」

 真耶の目が怪しく光る。

「先生?」

「大神先生も、女装してみますか?」

「え、遠慮しときます」

「遠慮しないでいいですよお、私も協力しますからあ」

「ちょっと待ってください、結構ですから」

「大神せんせー」



 今度こそつづく
271 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/08(月) 21:09:37.93 ID:ZufZBuWOo
 こんばんは。タイガー&バーニーで好きなヒーローはカンフーキッドの筆者です。

 今回の話は何回も書き直して、随分長くなってしまいましたがいかがだったでしょうか。

 どういう話しにしようかと色々悩んだ結果、こんな話になってしまいました。

 さて、次回はまた転校生がやってきます。今度はドイツからです。

 それではまた後日。
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/08(月) 22:15:37.34 ID:YyeCYIlAO
>>271
乙!

だがキッドちゃんの名前を間違えるとは……仕方ないから俺が貰って行きますね
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/09(火) 00:57:09.44 ID:bAILiWM+o
アイリスポジだったのか ISだと回復するのは箒の役だったのに……
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/09(火) 01:21:14.08 ID:4bctt3BAO
原作でもエネルギー回復はしてたし支援機体だし適材適所じゃね?……なんか盾に物騒なイチモツあるけど


で、発明家ポジションの眼鏡っ子まだー
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/09(火) 13:54:05.47 ID:NGgpvcOUo
しののののののさんの姉がいるじゃないか
276 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:41:12.38 ID:RpWT6RJmo
 今日はヤバかった。熱中症になるかと思った。ただ、お盆休みまであと少しなので、頑張ろう。
277 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:41:40.67 ID:RpWT6RJmo





一つひとつの部分が透明でも、全体が透明にはならない。

                               ゲーテ
278 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:42:18.44 ID:RpWT6RJmo





 長い銀髪が初夏の日差しに当たりキラリと光る。

「ここが、私の新しい“現場”ですか……」

 硬質な声で少女はつぶやいた。

 彼女の目の前には、広い敷地と真新しい建物が並ぶ世界唯一のIS専門教育機関、
IS学園がある。

「ああ、そうだ。ここでお前は学ぶ」

 隣にいた男性が彼女の声に応えるように言う。

「そして戦うと」

「まあ、それもあるな」

「ここには教官もおられるのですね、米田陸将(ゲネラールヨネダ)」

「確かにいるぞ。ああだがちょっと待て」

「はい?」

「ここでは将軍じゃねえ、校長(ハウプトゥ)と呼べよ」

「……校長」

「そしてここは軍隊(アルメー)じゃなく、学校(シューレ)なんだ」




 
279 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:42:46.25 ID:RpWT6RJmo




 



    I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



        第七話 氷の中の少女


 
  
280 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:44:30.31 ID:RpWT6RJmo


 その日の朝、大神は校長室に呼び出された。

「おう、久しぶりだな大神」

「……校長」

 数日の間、出張と称して行方不明になっていた米田であった。

「どこへ行ってきたんですか」

「ちょっとヨーロッパへな。新隊員の勧誘だよ」

「それが、“彼女”ですか」

 米田の横には千冬がいるのだが、その横に千冬と同じように背筋をピンと伸ばした
少女が立っていた。

 銀の髪に白い肌、なぜか眼帯をしている左目。そして何より背が小さい。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。NATO(北大西洋条約機構)のIS部隊にいたところを
引っ張ってきた」

「校長、この子はいくら何でも……」

「お前、そのネタは鈴の時にやっただろう!」

「いやしかし」

「彼女を推薦したのは私だ」

「え?」

 不意に別の人物の声が割り込んできた。それは意外な人物。

 織斑千冬である。

「織斑先生が?」

「実は二年前までNATOの共同IS学校の教官をしていたことがあってな。
そこでの教え子の一人が、このボーデビッヒなのだ」
281 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:45:00.90 ID:RpWT6RJmo

「そうだったんですか」

「……」

 ラウラはじっと大神の顔を見ていた。

「ああ、はじめまして。自分が大神宗一郎です。どうぞよろしく」

「……教官、彼が隊長ですか?」

 ラウラは大神の顔を見たまま、千冬に聞いた。

「ああ、そうだ。彼がお前の所属する帝國華劇団花組の隊長だ」

 千冬がそう言うと、先ほどまで彼女の隣で不動の姿勢を取っていたラウラが大神の前に
歩いてきた。

「あの、なにか」

「大神隊長、あなたと手合わせしたい」

「はい?」




   *
282 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:46:01.98 ID:RpWT6RJmo




 先日に引き続き、この日もまた転校生が来たことにクラス中はざわめいていた。

 無理もない。しかも今回は銀髪の少女ときたものだ。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ……」

 ラウラは最低限の挨拶だけを済ます。

「え、ええと、ボーデヴィッヒさんはドイツ国防軍所属で、NATOのIS部隊に所属しておりました。
基礎のほうはバッチリだと思いますので、みなさんどうか仲良くしてあげてくださいね」

 ラウラ本人の代わりに、担任の山田真耶が補足説明をする。

 ざわめく教室。

 シャルが転校してきたときとは明らかに違う空気だ。

 彼女の周囲からは、人を近づけないオーラのようなものが漂っていた。

 そして、彼女が教室の前に立っている間、教室の後ろでその様子をうかがっていた
大神のほうをじっと見つめていた。敵意すら感じさせる視線で。

(どうも彼女の考えがわからんな)

 大神は、彼女と色々話をする必要があると感じた。




   *
283 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:47:17.70 ID:RpWT6RJmo



 教室の喧騒というものは彼女にとってはじめてのものだ。

 幼い頃から実験施設で育ったラウラにとっては、こんな風に普通の少女のように学校に
通う機会などなかった。

 勉強だけならば、する必要はない。彼女は軍と研究所の特別プログラムによってあらゆる
技術や知識を習得しているからである。

 すでに大学卒業レベルの知識は有しており、どんなテストでも満点を取る自信はあった。
それに、身体能力も強化されているので、小柄な身体つきではあるけれど運動神経も良い。

 教室の席についた彼女は考える。

(一体なぜこのようなことをしなければならないのだろうか。降魔と戦うだけならば、別に学校に通う
必要はないではないか。こんなことをしている暇があったら、対降魔戦の訓練をもっと行うべきだ)

 実直で効率を重視するドイツ人の血を受け継ぐ彼女にとっては、あまり非効率なことはしたくない、
というのが正直なところだ。

 そんな彼女の前に人影が現れた。

「ん?」

 顔を上げると、金髪の少女が立っている。

 やや長い髪を後ろで束ねたその少女は遠慮がちにこちらに笑いかけた。

「あ、はじめまして。僕、シャルロット・デュノアといいます」

「知っている」

「え? 僕のことを知っているの?」

「デュノア・エレクトロニクス社のテストパイロットだろう」

「どうして?」

「ヨーロッパのことは多少知っている。お前は軍の所属ではないから知らないかもしれないが、
NATOにいた関係で、デュノア社のことについても色々と聞いたことがあるからな」
284 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:48:04.70 ID:RpWT6RJmo

「そうなんだ。実は僕もね、最近転校してきたばかりなんだ。あ、僕のことはシャルって
呼んでよ。皆そう呼んでるから」

 ラウラはシャルと名乗る少女の表情をじっと観察する。

(親近感という奴だろうか。同じ欧州出身であり、最近転校してきたばかり同士。
だがそんなものはくだらない)

「そうか……」

 ラウラはそう言うとシャルから目をそらした。

 これ以上は興味がない、ということを露骨に態度で示したのだ。

「ねえ、ラウラって呼んでいい?」

「好きにしろ」ラウラはシャルのほうを見ずに応える。

「……」

 シャルは、まだラウラの前から動こうとしない。

「もうすぐ授業がはじまるぞ」

 ラウラはそう言い放った。

「そ、そうだね」

 予鈴が鳴ると、さすがにシャルも自分の席へ戻って行く。

 一時間目の授業は化学のようだ。急な転入で教科書などはほとんど用意できなかったのだが、
少なくともラウラには必要のないものであった。




   *
285 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:49:10.00 ID:RpWT6RJmo



 ラウラはあまり人と話をしない。

 する必要がないからだ。研究所でも軍でもそれは同じだった。

 研究員の言うことを聞き、上官からの命令を聞き、それを忠実に実行する。
そんな毎日である。

 授業が終わり、休み時間になるとまた誰かが話しかけてきた。

「お、お前がラウラ・ボーデヴィッヒか」

「……誰だ」

 顔を上げると、長い髪を後ろで束ねた少女がいた。胸がやたら大きいのが気になるところである。

(あんなに大きくて邪魔にならないだろうか……)

「私は二年一組の篠ノ之箒だ」

 聞かれてもいないのに、その胸の大きい女は自己紹介をする。

「そうか」

「この時期に転校とは珍しいな」

「そうだな」

 無視したい、とラウラは心の中で思ったけれど、教室内で無用のトラブルを起こしてもつまらないので、
適当に聞き流すことにする。

「先ほど、シャルと話をしていたようだが」

「シャル?」

「シャルロット・デュノアのことだ。我々はシャルと呼んでいる」

「それが何か」

「ちょっと何を話していたのか気になったものでな」
286 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:49:52.08 ID:RpWT6RJmo

「大した話ではない。気になるなら本人に聞けばいいだろう」

「それはそうだが、やはり気になるではないか」

「私は気にならない」

「……」

 胸の大きい少女は腕を組み、何かを考えているようだ。

「もうすぐ授業がはじまるのだが」

「……ああ、そうだな。邪魔して済まなかった」

 そう言うと箒は立ち去って行った。

(本当にめんどくさい)

 そう思っていると、今度は金髪に青色のカチューシャを付けた女子生徒が話しかけてきた。
朝のショートホームルームに話しかけてきた生徒よりも全体的にふんわりとした髪質であり、
その眼は幾分たれ気味であった。

「あらあら、そっけないですわね。それとも、緊張なさっていますの?」 

「……」

「私、セシリア・オルコットと申しますの。ご存じですよね」

「申し訳ないが、よく知らない」

「なんですって、この私を知らないと。IS競技会におけるイングランド代表候補生ですのに」

「生憎、競技会のような遊びには興味がないので」

 生死を賭けない戦いなど、彼女にとってみればお遊びに等しい。

「なんですってえ? この私がお遊びをやっていると申しますの?」

「……」

「なんとかおっしゃったらどうですの」
287 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:50:24.67 ID:RpWT6RJmo

 意外と沸点が低いな、この女。そう思っていたらセシリアとラウラの間に人が割り込んできた。

「まあ待ってよセシリア」

 今朝話しかけてきたシャルという生徒だ。

「ちょっとシャルさん。お待ちになって。この方に作法というものを」

「落ち着いてセシリア、次の授業がはじまるから」

「午後からのISの授業で、私の実力を見せつけてやりますわよ」

「セシリア、課題のプリントやった?」

「え? 何ですのそれ」

 遠ざかって行く二人の会話を聞きながら、ラウラは大きく溜め息をついた。

(一体何なんだこのクラスは……)




   *
288 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:51:40.78 ID:RpWT6RJmo

 
 次の休み時間、ラウラは職員室にいる千冬を訪ねた。

「納得がいきません教官」

「なにがだ」

「この学校についてです」

「どういうことだ?」

「私は降魔と戦うためにここに呼ばれたとききました。しかしここは戦うための軍ではなく、
ただの学校ではありませんか」

 ラウラは千冬を尊敬しているため、今でもNATOのIS学校時代の名残で彼女のことを
“教官”と呼んでいる。

「その通りだ。この学校は一人前のIS乗りを養成するために作られたものだ」

「だったら私が通う必要はないのではありませんか」

「自惚れるなよ小娘」

 千冬の目がキッと鋭くなる。

 一瞬でも、彼女の勘が鈍くなったのではないかと考えたラウラは、自分の浅はかな考えを反省する。

「お前はまだIS乗りとしては十分ではない」

「自分が完璧だとは思いません。まだまだ教官には敵わないと思っております。
でも、わざわざこんな子どもっぽい場所で勉強をする必要はないと思います」

「……それで、どうするつもりだ」

「戦闘訓練をやらせてください。降魔と戦うための準備は必要不可欠のはずです」

「按ずるな、放課後になれば訓練はやる」

「だったら今すぐやりましょう。いちいち待っているわけにはいきません」

「ボーデヴィッヒ、お前今年でいくつだ」
289 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:52:40.40 ID:RpWT6RJmo

「え? 十七になりますけど」

「それが全てだ」

「はい? 意味がわかりません」

「それはお前が未熟だからな」

「私のどこが未熟なのですか。知識的には大学卒業程度のものはあります。
五ヶ国語の読み書き会話もできますし」

「そういうところが未熟というのだ」

「……?」

「私の言葉の意味がわからないようなら、まだ対降魔部隊に入れるわけには、いかない
かもしれない」

「教官」

「そろそろ時間だな」

「教官、待ってください」

「授業に遅れるぞ。さっさと行け」

「教官!」

 千冬はもうラウラの呼びかけには応えなかった。

「……!」

 彼女はグッと拳を握りしめる。

(なんでこんなところで、こんなことをやらなければいけないんだ)




   *
290 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:53:41.68 ID:RpWT6RJmo




 午前の授業を終えて、昼休みとなる。

「ねえ、ラウラ」

 不意に話しかけてきたのは、シャルであった。

「なにか……」

「一緒にお昼食べない? まだこの学校のことでわからないこともあると思うし」

「……悪いが、昼食後に用があるのだ。一緒には行けない」

「そうなんだ」

 シャルはいかにも残念そうな表情をして自分の席に戻って行く。彼女の席には、
先ほどラウラに話しかけてきたセシリアや箒が待っていた。

 どうやら今朝話しかけてきた三人は全員顔見知りのようだ。

(それはそうと、さっさと食事をとらなければ)

 ラウラは、素早く昼食を済ませるとそのままもう一度千冬に話をするつもりでいたのだ。

(食事は食堂でとれるようだな)

 彼女の頭の中には、学校内の見取り図が完全に入っている。

 ラウラは食堂に行き、食券を買うことにした。

(どうやって買えばいのだろうか……)

 彼女にとって食券を買うというのは最初の壁であった。

 古今東西、あらゆる知識を習得した彼女ではあるけれど、食券を買うというような基本的な
知識が欠落しているのだ。

 食券を買うことは、戦闘に何ら関係がないからである。

「どうしたんだい?」
291 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:54:17.37 ID:RpWT6RJmo

 ふと、何者かが話しかけてきた。

「ん?」

 振り返ると、そこには朝校長室で会った若い男が立っている。

「ええと、確か……」

「大神だよ。今朝校長室で会ったよね」

「そうですか」

 ラウラは大神から目を離し、再び食券の販売機に目を移す。

「食券を買うのは初めてかい?」

「……」

 ラウラは答えない。

「そうだ。今日は記念に俺が驕ってあげるよ」

「べ、別にそんな」

 人に借りを作るのは好きではない。

「何が食べたい?」

「な、何でもいい」

「そうか。じゃあ俺と同じA定食でいいか」

「……」

 ラウラは軽く頷いた。

 食券を出して、定食を受け取る。

 食事を受け取るというところは、軍の食堂とあまり変わらない。

 食事を受け取ったラウラは、大神と同じテーブルに座る。

「なぜ、あなたがここにいるのです」
292 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:54:59.49 ID:RpWT6RJmo

「いいじゃないか、たまには一緒に食べよう」

「私は用があるので、ゆっくり食べている暇はないが」

「それでもいいよ。じゃあ、いただこうか」

「……」

 ちなみに、律儀なラウラは、この後大神にしっかり定食の金額を支払った。

 ここで買ったA定食の内容は、ハンバーグ定食であった。メインが煮込みハンバーグ、
サラダ、スープ、そしてライス。

 食器は、外国人ようにナイフとフォークが準備してある。

 大神は日本人らしく、箸を使っているようだ。

「しかし、なぜ大神先生は私と一緒に食事をとろうとしたのですか」

 ラウラはサラダを食べながら、そんな疑問を口にした。

「なぜって? お互いのことを知るなら、一緒に食事をするのが一番だと思ったからだよ」

「よくわかりませんが」

 ラウラにとって、食事というのは栄養を補給する行為にほかならない。

 なぜそれを一緒にやったらお互いのことを知ることになるのだろう。

「そうかな。ねえ、ラウラ」

「……なんでしょう」

「キミは、趣味とかあるのかな」

「趣味ですか!?」

 ラウラは質問の内容に驚く。

 これまで聞かれたことのないことだったからだ。そもそも、なぜ上官が部下に趣味などを聞くのだろうか。
293 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:56:14.57 ID:RpWT6RJmo

「なぜそんなことを聞くんですか」

「いや、キミのことを色々知っておきたいなと思ったからだよ」

「それで趣味ですか? もっとほかに聞くことがあるんじゃないですか」

「ほかに聞くことって?」

「例えば(ハムッ)、そうですね。得意な戦闘スタイルとか、あとは今私が扱える武器
の種類など……」

「それは後からでも聞けるじゃないか」

「何を言っているんです。重要なことでしょう」

「重要?」

「今この瞬間に敵が攻めてきて、戦うことになったときにですね、上官であるあなたが
私の能力を把握していなければ、戦えないじゃないですか」

「ああ、確かにそうだね」

「真面目に聞いているのですか」

「ああ、聞いてるよ。それで、趣味はないの?」

「そこに戻りますか」

「ああ、うん。気になっちゃって」

「……趣味は、ありません」

「どうして」

「必要ないからです」

「でもあったほうが楽しいじゃないか」

「楽しい?」

「ほら、キミのクラスの箒くんなんかは剣道をやっているし、シャルって子は知ってるかな。
彼女は料理が好きなんだって」
294 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:57:32.66 ID:RpWT6RJmo

「……」

「どうしたの?」

「本当にわかりません」

「なにが」

「あなたが私の上官であることが、です」

「まあ確かに、いきなり言われたら受け入れづらいかもしれないなあ」

「そうではありません」

「ん?」

「もっとこう、必要なことを必要なだけ聞けばいいでしょう。私の、趣味だとかそういう
ことは気にしなくていいんです」

「どうして?」

「あなたは私の上官でしょう。上官の命令は絶対です。故に、一々部下の心情を
慮(おもんばか)っていては作戦に支障をきたします。そうは思いませんか」

「確かに、効率的ではないな」

「だったら、私とそんなくだらない話をする必要もないはずです」

「でもラウラ、人間っていうのは非効率な生き物だろう?」

「先生……」

「なんだい?」

「あなたも士官学校を卒業したのなら、部下に対するそのような心情は捨てていただきたい」

「そうかな」

 大神はまだ納得できない、という顔をしている。しかしラウラはそんなこを気にしては
いられない。早く千冬と話をしなければと思っているからだ。
295 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:58:12.16 ID:RpWT6RJmo

「ああ、ラウラ。口の周りにソースがついているよ」

 不意に大神は、ラウラの頬に紙ナプキンで拭う。

「なにをする!」

「ああ、ゴメンよ。頬にハンバーグのソースがついていたもので」

「自分で拭けます」

「キミのキレイな顔にソースは似合わないもんね」

「キレイな顔……」

 心臓が高鳴る。

(どういうことだ。戦闘でもないのに……)

 今までに感じたことのない胸の高鳴りに彼女は戸惑う。

 これは病気だろうか。

 胸が苦しい。けれどもそれは、激しい運動をした後のものとは明らかに異なる。

「変なことを、言わないでください……」

「変なこと?」

「私の……、その、顔がキレイとか」

「キレイじゃないか。肌とかすごくきめが細かくて」

「……気持ち悪くないのですか」

「なにが?」

「日焼けとかしていなくて、やたら白いし。それに髪だってこんな色……」

「その髪の毛もすごくキレイだよ」

「……!」

「でも、でも……、眼帯とかしています」
296 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 20:59:40.64 ID:RpWT6RJmo

「ウチの学校は、制服を魔改造したりする生徒もいるし、その程度どうってことないよ」

「……」

「どうしたんだい?」

「失礼します」

 食事を半分まで食べたラウラは、トレイを持って立ち上がる。

「どうしたんだい?」

「失礼します……」

 ラウラは食事を切り上げてその場から立ち去った。

 これ以上大神の顔を見ることができなかったからだ。

 気持ち悪い、怖い、恐ろしい、不気味。

 そんな言葉は、言われ慣れていた。

 だから彼女は強くなった。誰よりも強くなろうと努力した。 

 織斑千冬という日本人の教官と出会ったことで、半人前とか出来そこないなどと
呼ばれていた彼女の境遇は一変する。

 約一年にわたる彼女の指導の結果、NATOでもドイツ連邦軍内でも随一のIS乗りへと成長した。

 生まれた時から戦い続けることを運命づけられた彼女にとって、強さ以外に価値あるものなど
なかった。もちろん趣味もない。

 だから彼女は常に最強を目指した。強さこそが全て。

 千冬の指導があったらとはいえ、彼女は強さを手に入れた。

 しかしそこにあったのは……。

「なぜ、私はこんなにも苦しいんだろう……」

 今まで感じたことのない状態に戸惑うラウラ。

 千冬の元に行こうとしていたこともすっかり忘れ、フラフラと校内を歩きまわるのだった。





   *
297 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 21:00:24.41 ID:RpWT6RJmo


 大神とラウラが食事をしている時と同じころ――

「それで、どうなのよ。例の転校生ってのは」

 昼休みの中庭で、鈴は魔法びんの中にある紅茶をコップに注ぎながら聞く。

「なんというか、木で鼻をくくったような感じだな」

 自作のカツサンドを食べながら箒は答えた。

「木で鼻をくくる?」

 箒の言葉を聞いて、シャルはすぐに意味を理解できなかったようだ。

「冷たい態度で、めんどくさそうに相手をするという意味ですわ」

 そんなシャルにセシリアは意味を教える。

「なるほど」

 箒、シャル、セシリア、そして鈴の四人は昼休みの中庭で芝生の上にわざわざ
レジャーシートを敷いて昼食を楽しんでいた。

 青空の下での食事は気持ちいいよ、と言ったシャルの提案によるものである。

 本当なら例の転校生も誘う予定だったのだが、振られてしまった。

 箒は仕方なく、もう一人分のカツサンドを食べることにする。

「あんまり食べてると太るわよ箒」

 紅茶を飲みながら鈴は言う。

「その分動けばいい」

「確かにそうだけど」

 そんな鈴にセシリアは言う。

「あらあら、鈴さんはもう少し“豊か”になったほうがよろしいんじゃなくて?」

「セシリア、アンタのその台詞は宣戦布告と受け取るわ」
298 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 21:02:51.65 ID:RpWT6RJmo

「もう、やめてよセシリア。鈴もほら。仲良く食べよう」シャルが二人を宥めるように言う。

「そうだな。ギスギスするのはあの転校生だけで充分だ」と、箒も言った。

「やっぱ、アイツって“ここ”に来るのかな」

「そうだろうな、この時期の転校だ。ほかに考えられん」箒は頷く。

「なんか、ちょっと自信がないな……」

「ふむ」

 箒の心配はもっともである。

 軍にいた、というらしいから戦闘力はそれなりにあるのだろう。

 だが、降魔との戦いでは、ただ強いだけではやれない。

「何かこう、理解し合えるものはないだろうか……」

 箒が独り言のようにつぶやく。

「フフ……」

 それを見てセシリアは微笑んだ。

「なにかおかしいか?」

「いいえ、なんだか箒さん変わったな、と思いまして」

「私が変わった?」

「だってそうでしょう? 少し前のあなたなら、他人と分かり合おうなんて言わないと
思いましたから」

「私が人と上手く付き合えないとでもいうのか」

「あら、違いました?」

「……いや、確かにそうかもしれない」
299 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 21:04:47.81 ID:RpWT6RJmo

「そうやって素直に認めるところも変わりましたわね……。
いえ、これは変わったと言うよりも、“成長した”と言ったほうがよろしいかしら」

「成長?」

「人は誰も成長するものですわ。それはとても良いことですわよ」

「んん……」

 箒は少し恥ずかしくなって俯いてしまった。こうやってはっきり人から褒められることに
慣れていないからだ。

「何よ箒、照れてるの?」

 どこから取り出したのか、饅頭を食べながら鈴はそう言ってからかった。

「別に照れてなどいない」

「そうですわよ鈴さん。あなたも成長したらどうです?」

「はあ? アタシは成長してるっての」

「胸のほうはまだまだですわね」

「ああー、うるさいわねえ。人間言っていいことと悪いことがあるわよ」

「あーら、そうでしたっけ」

「二人とも、それくらいにしようね。ほら、落ち着いて落ち着いて」

 シャルが二人の間に割って入って宥める。

「しょうがないわね」

「ふふん」

 セシリアは、シャルが止めにはいるのをわかっているからこうやって挑発めいたことを
言ったのだろう。また、この程度の発言で鈴が本気にならないこともよく知っている。
何気ない会話の中でも、しっかりとした信頼関係が見てとれる。

 だからこそ、戦闘というあのギリギリの状況でもお互いを信じて連携することができるの
だと箒は思う。





   *
300 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 21:07:13.75 ID:RpWT6RJmo



 その日の放課後――

「今日転校してきたこのラウラ・ボーデヴィッヒだが、彼女が新しい花組の隊員だ」

 訓練用アリーナで、千冬がほかの花組メンバーに紹介する。

 しかし、箒たちに驚きの反応はない。

「なんだ、知っていたのか?」と千冬。

「ああいや、この時期の転校でしょう? どう考えてもアタシたち絡みだなって予想は
できたわよ」

 鈴のその言葉に全員頷く。

「そうか、なら話は早いな」

「あの、織斑教官」

「なんだ」

「朝の話を覚えておられますか」

「朝?」

「手合わせのことです」

「なんだそのことか」

「大神隊長と模擬戦をやらせてください」

「ふむ……」

 少し考える素振りを見せた千冬は、こちらに視線を向けた。

「大神隊長、どうだ」

「え? 俺ですか」

 ふと前を見ると、ラウラが物凄い形相でこちらを睨んでいる。
301 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 21:08:24.69 ID:RpWT6RJmo

(何か俺がやったのか?)

 ただならぬ殺気を感じた大神は少し怖くなったけれど、生徒相手に怯むわけにはいかない。

「ねえラウラ、どうしていきなり大神隊長とやりたいと思ったの?」

 恐る恐るシャルが聞く。

「隊長が私の隊長にふさわしいか、確認するためだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ちょっとアイツ、何考えてるのよ」

 鈴がラウラの態度に腹を立てているようだ。それを箒が宥める。

「織斑先生、いいんですか?」

 いきなりのことで真耶も心配そうだ。

「本人がやりたいと言っているのだ。やらせたらいいだろう」

 そう言って千冬は軽く笑った。

 大神は時々この人のことがわからなくなる。

「それでは、IS展開の許可を」と、ラウラ。

「山田先生、お願いします」

「は、はい。わかりました」

 こうして、合同訓練の前に大神とラウラの模擬戦が行われることになった。

 アリーナにラウラの専用機が姿を現す。

 初めて見た機体だが、黒と灰色を基調としたいかにも軍隊的なフォルムをしたISである。

 真っ白でシンプルな形状の大神のISとは対照的な姿。
302 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 21:10:56.48 ID:RpWT6RJmo


「シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)と呼ばれるボーデヴィッヒさんの専用機です。
基本的には大型のレールカノンを使った支援型ですが、ワイヤーブレードを使った
近接戦闘もいけるようです」
 
 タブレット型のコンピュータを見ながら真耶が教えてくれた。

「時間は約十分だ。大神くん、心行くまでやらせてやってくれ」

「え? はい。わかりました」

 大神の肩をポンと叩くと、千冬は通信室へと向かった。

「私たちも、見学ボックスに行きますので大神先生。あまり無理をしないでくださいね」

 と、真耶は笑顔でそう言った。

「ええ、大丈夫です」

 大神が先生たちと話をしている間、ラウラはその様子をじっと見つめていたようだ。

(何を考えているのか、未だによくわからないな)

 大神はそう思いつつ、自らのISへと向かった。






   後半につづく!
303 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/09(火) 21:14:10.40 ID:RpWT6RJmo
こんばんは。キミキスヒロインの中では星乃さんが一番好きな筆者です。

今回はシャル編ほど長くはないのですが、だからと言って短くもないのでここで切ります。

次回(後半)では、いきなりラウラと大神さんがタイマンで戦います。

さて、どうなってしまうのでしょうか。それでは、おやすみなさいませ。
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/10(水) 02:58:52.22 ID:wWNGyqfHo
チンクがんばれチンク
305 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:31:40.90 ID:AHcBjQhzo
サッカーで人が少なくなっている今がチャンスだ!
306 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:32:15.01 ID:AHcBjQhzo




 十分後――

「……」

 結果から言うと、大神はやられた。

 しかもかなり圧倒的に。

 さすがにこの負けは、大神としてもショックだったようで、先ほどから一言も
口をきかない。

「信じられない。これがIS部隊の隊長だというのか……」

 大神以上にショックを受けていたのは、ほかならぬラウラであった。

「これで気が済んだだろうボーデビッヒ。さっさと訓練をするぞ」

「待ってください教官! これが隊長の実力なんですか?」

「今日は多少調子が悪かったかもしれんが、だいたいこれくらいが実力だろう」

「本当にそうなのか!」

 ラウラは振り返り、ほかの隊員に聞く。

 基本的に、千冬以外のメンバーには興味のなかったラウラが聞いてしまうくらいだから、
相当のショックだったのだ。

「ああ、確かにISの適性では箒よりも低かったわね」

 鈴は思い出したようにそう言った。

「私がC+で、隊長は確かC−」と箒。

「ISが操縦出来るギリギリの適性ですわね」セシリアも続いた。

「あと、操縦歴も短いんでしょう? 聞いた話では先月から始めたって」

「この一ヶ月での伸びは驚異的だけど、一対一の戦いともなるとね」
307 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:32:40.89 ID:AHcBjQhzo

 なんだか皆も納得しているようであった。

「お前たち! 驚かないのか」

「はあ? 何がよ」

 全員がキョトンとした目でラウラを見る。

「隊長が負けたのだぞ。お前たちの隊長が」

「だから何?」

(なぜだ。なぜこんなにも平然としていられるのだ)

「模擬戦とはいえ、新人の私に負けたのに何とも思わないのか?」

「そりゃあ、新入りにギャフンと言わせられなかったのは残念だとは思うけど……」

 そう言うと鈴は隣の箒を見る。

「経験からすれば妥当なところだろう」

 箒も澄まし顔で言った。

「お前たちは、それで隊長と認めるのか?」

「勝っても負けても隊長は隊長だし」

 控え目な笑顔でシャルは言った。

「訳がわからない……」

「ん?」

「強くない隊長を隊長と認められるわけがないだろう!」

 ラウラはそう言って、駈け出してしまう。

 アリーナには、茫然とした隊員や教師たちが取り残されていた。




   *
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/10(水) 20:32:53.88 ID:NnokNmw20
|∀゚)
309 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:33:22.98 ID:AHcBjQhzo


「いいんですか? 織斑先生」

 大神は駈け出したラウラの後ろ姿を見て彼女に聞く。

「……いや、いいんだ。むしろ思った以上かもしれん」

 心なしか千冬の口元が緩んでいるようにも見える。

「あの真面目そうなドイツ人が訓練をサボって逃げ出すって、大事じゃないんですか?」

 鈴も大神と同じようなことを考えているようだ。

「むしろこういった展開を待っていたと言っても過言ではない」

 千冬は小声でブツブツとつぶやく。

「織斑先生?」

「大神先生、いや、大神隊長」

「はい……」

「アイツを、ラウラ・ボーデヴィッヒを少し探してきてはくれないか」

「ああ、はい。任せてください。でも俺なんかが行って大丈夫でしょうか」

「どういうことだ?」

「俺よりも、ラウラのことをよくわかっていらっしゃる織斑先生のほうが」

「残念だが私はキミが思っているほど、彼女のことを知っているわけではない。
まあ実力的にも図抜けていたことは確かだが、沢山いるうちの教え子の一人にすぎない」

「……」

「だがキミは違う」

「俺は……」

「キミにとってボーデヴィッヒは、部下であり仲間であるのだ」

「……わかりました」

 そう言って大神はアリーナの出口へと向かおうとした。
310 :しまった! 見つかったか!! ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:35:05.71 ID:AHcBjQhzo

「ああ、ちょっと待て」

「はい、なんでしょう」

 大神が振り返る。

「私のほうから何も知らせずに行くというのもアレだから、彼女のことについて一つだけ
知っていることを話そう」

「はい? なんですかそれ」

「ちょっとこっちに来てくれ」

「はあ……」

 大神は千冬に近づく。

 彼女は大神の耳元に口を近づけると、


「―――――」


「ええ? 本当ですか?」

「ああ、これは間違いない」

「そうなんですかあ。意外だなあ」

「私も最初はそう思ったが、まあ、年頃を考えれば」

「それもそうですね」

「じゃあ、頑張ってくれ」

「わかりました」

「ああそれと」

「はい」

「IS用のアンダーギアであまり学園の敷地内をウロウロせんほうがいい」

「そ、そうですね」

 大神は急いで寮に戻り、自分の部屋で“ある物”を回収してからラウラ探しに向かう。

 それから寮を出た大神が、学園内の広い敷地を自転車でグルグル回っていると、
いくつかあるベンチの一つに特徴ある銀髪の少女が座っているのを発見した。




   *
311 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:35:48.13 ID:AHcBjQhzo


 ラウラは一人、ベンチに座っていた。

 勢いよくアリーナを飛び出したものの、今の彼女に行く場所などなかったからだ。

「やあ、ここにいたんだ」

 不意に、聞き覚えのある男性の声がした。

「隊長……。いや、大神先生。どうしてここに」

「どうしてって、キミを探しにきたからに決まっているだろう」

「でも私は……」

「大事な仲間だ」

「でも」

「隣、いいかな」

 大神は自転車を降りると、カゴの中に入れておいた予備のジャージの上着を持ちだす。

「これ、着ていなさい。ずっとその格好だと風邪引くかもしれないし」

「私は別に」

「いいから」

「はい」

 ラウラが職員用のジャージの上着を羽織ると、大神は彼女の隣に座った。

「色々と納得できないことも多いようだね」

「納得できないことばかりです」

「例えば?」

「例えば、隊員よりも弱い隊長なんて認められない」

「……」
312 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:37:09.67 ID:AHcBjQhzo

「私は強さこそが全てと教えられてきた。強いことが、認められるための大きな手段だった。
でも……」

「でも?」

「ここの人間は違う」

「どういうところが……?」

「どうして、ほかの隊員は強くない隊長のことを認めているんですか? 
どうして、織斑教官ですら、あなたのことを隊長として認めているのですか」

「難しい質問だな」

「私にはそれがわからない。自分よりも弱い、それもかなり弱い部類に入る隊長を、
こうも信頼する理由が」

「俺もよくわからない。だけど一つだけ確かなことがある」

「確かなこと?」

「そう。俺は彼女たちのことを信頼しているんだ。誰よりも」

「……?」

「信頼っていうのは、結局相互作用だろう? 一方が信頼して、そしてもう一方が疑っている状態なんて、
本当の信頼関係とは言えない。俺は、まだまだ立派な隊長にはなれていないと思うよ。
でも、その分俺が彼女たちを、隊員たちを信頼してあげようと思う」

「……」

「人と人とのつながりは強いんだ。特に降魔との戦いではね」

「自分は……。自分にはよくわかりません」

「これから、わかっていけばいいさ」

「これから……」

「相手のことをよく知れば、それだけ信頼関係が強くなるだろう」
313 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:37:52.37 ID:AHcBjQhzo

「だから自分に趣味なんて聞いてきたのですか」

「まあ、あれは特に話題がなかったから言っただけなんだけど……」

「……」

「あ、そうだ」

 そう言って大神はポケットから何かを取り出す。

「これは……」

 ラウラの顔色が変わった。

「ストラップだよ。以前、親戚の子に貰ったんだけど」

 大神の手には二本の携帯電話用ストラップがあった。

 いずれも袋に入っている新品の状態だ。

 ストラップには、ウサギの人形のようなものが付いていた。

「なんか、ウサギグッズが好きみたいなことを聞いていたから、こういうの喜ぶかなと思って」

「兎(カニーンヒェン)……」

 何を隠そう、ラウラはウサギ好きである。

 放っておいたら給料を全部ウサギ関連につぎ込んでしまうほどのウサギ好きなのだ。

「くれるのですか?」

 ラウラの目が輝く。

「ああ、どうぞ。俺、あんまりストラップとか使わないし」

「じゃ、じゃあ。こっちを」

 ラウラは、黒いウサギの付いたストラップを選ぶ。
314 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:38:41.84 ID:AHcBjQhzo

「先生は、こっちを使ってください」

 そう言って、彼女は白いウサギのストラップを大神に返した。

「黒ウサギを取ったか。そういえば、俺たちのISみたいだな」

「く、黒は好きです。何色にも染まらぬ黒」

「そうか。なるほどね」

「先生……」

 チラリと横目でラウラが大神を見る。

「なんだい?」

「先生は私のことを、怖くないんですか?」

「怖い? どうして」

「国では皆自分のことを恐れていました。不気味だとか、気持ち悪いとか、狂暴だとか」

「ラウラ、恐れっていうのは不明から来るんだ。誰だって、知らない土地に来たら不安に
なる。それと同じさ。キミのことをよくわかっていないから、恐れるんだ」

「私のことを」

「そう、だからキミのことを知っていれば恐れたりなんかしないよ」

「本当ですか?」

「本当だ」

「ウソですね」

「どうして」

「これを見て、そう言い切れますか」

 そう言うと、ラウラはゆっくりと自分の左目についている眼帯を外した。
315 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:39:50.56 ID:AHcBjQhzo

 彼女の左目が姿を現す。

「金色……」

 そこには黄金色に輝く瞳があった。

「IS適性を上げるために施した手術で、こうなってしまいました」

 彼女は左目と右目で色の違う、いわゆるオッドアイの持ち主だったのだ。

 初めて彼女の左目を見た者は、大抵驚く。

「どうです」

 しかし大神の反応は彼女にとって意外なものであった。

「……キレイだな」

「え?」

「とってもキレイだよ」

 大神はそっと手を伸ばし、ラウラの左目を覗きこんだ。

「手術の副作用なのかな。こう言ったらなんだけど、作ろうと思って作れるもの
でもないし。やっぱり、その目も含めて、キミなんだと思うよ、ラウラ」

「……!」

 ラウラの顔が急に真っ赤になる。

「どうしたラウラ」

「一体なんなですかアナタは!」

「何だと言われても」

 ラウラにはもう一つ聞きたいことがあった。


(どうして、あなたが近くにいると、こんなにも胸が苦しくなるのか)


 しかしその疑問を口にする前に、大神の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。

「出動か!」

 ラウラにとって、初めての出動機会はあまりにも早く到来した。





   *
316 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:41:28.59 ID:AHcBjQhzo



 IS学園地下司令室――

 すでに全員集まっている室内に、大神とラウラも到着した。

「おう、ラウラ。早速で悪いが出動だ」

 ラウラの顔を見た米田は開口一番でそう言う。

「構いません。それが自分の任務ですから」

 ラウラは、先ほどまでと違い感情を抑えた硬質な声で答えた。

「司令、場所はどこですか」

 と大神は聞く。

「そう焦るな。千冬」

「はい」
 
 司令室の大きなモニターに地図が映し出される。

「場所は東京湾。それも葛西海浜公園の近くだ」

 以前も海辺での出動があったけれど、今度はかなり都心に近い場所に出現している。

「言うまでもながい、この辺りはこれまで出現した地域とは比べ物にならないほど人が多い。
現在、自衛隊と警察で避難誘導をしているけれども、都心部やすぐ近くにある東京ディステニーランド
上空にこられたら厄介だ」

「確かに危ない……」

 モニターを眺める大神に千冬が声をかける。

「大神隊長。今回もメンバーの選定はキミに一任したい」

「ラウラのことですね」

「そうだ」

 ラウラの表情が少しだけ動く。
317 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:41:59.61 ID:AHcBjQhzo

「今回、ボーデヴィッヒはまだコンビネーション等の訓練を受けていない。
ほぼ、ぶっつけ本番の状態になるわけだが、隊長は連れて行くか」

「俺は……」

 この時大神は、ラウラの顔を見ようとしたがやめた。

 部下の顔色をうかがって命令を下すような上官を彼女は好まないと思ったからだ。

「ラウラは、連れて行きます」

「隊長……!」

「隊長、よろしいのですか?」

 そう聞いてきたのはセシリアであった。

 ほかの隊員の顔を見るが、全員一様に不安そうだ。

 その気持ちはわからなくもない。だが、大神の決意は固かった。

「俺が連れて行くというのだから連れて行く。彼女の実力は、実際に戦ってみた俺が
よくわかっている。ラウラもいいな」

 大神は、その時はじめて彼女の目を見た。

「……はいっ!」

 ラウラは、力いっぱい答えた。




   *
318 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:42:44.91 ID:AHcBjQhzo


 東京湾上空――

 夕闇に染まる空だが、陸からの光が強くあまり暗くは感じない。

「この付近か」

 降魔反応が強くなった。

「迎撃態勢! 支援火力前へ!!」

 降魔反応の強い領域に進入すると、いきなりレーダーで三機のISの機影をとらえた。

 高度500メートルを飛んでいる大神たちの編隊に向けて、海面から数十メートルの
場所にいた三体のISが急上昇してこちらに向かってくる。

 撃て、と大神が号令をかけるまでもなく、セシリア、シャル、そしてラウラの支援組が
射撃を開始。

 シャルのマシンガン、セシリアのレーザー、そしてラウラのレールカノンが凄まじい
衝撃とともに発射され、上空で爆発させた。

 機影はまだ健在であることを確認した大神は、近接武器を持って一気にたたみかける。

「行くぞ!」

 大神を戦闘に、左翼箒、右翼鈴の突撃部隊が距離を詰めてて近接戦闘を挑む。

「せりゃああああ!!!」

 大神は機影に向かい白刃を振った。高い金属音とともに、姿を現したのは空色の
フォルムに、頭部がなぜか金槌のような形をしたISであった。

 手には長い槍のようなものを持っている。

 ブンっと大きく槍を振りまわし、大神の基地を狙う青いIS型魔操兵器。

『どいて隊長!』

 鈴の声が聞こえたと同時に、大神の機体の上を声その金槌頭のISに青龍刀型の
武器を振り下ろす鈴。
319 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:43:12.05 ID:AHcBjQhzo

 だがそれも槍で防ぐ。

『意外と固いわね』

『鈴、次だ!』

 続いて箒が超加速で接近し、長刀を振り抜く。

 だが当たらない。

 次の瞬間、別の二体が槍を逆手に持って箒の機体を攻撃した。

「箒くん!!」

 間一髪で間に合う。

 大神が敵と箒との間に立って、二つの槍を二刀流で同時に防いだ。

『隊長……』

「一旦距離を取るぞ。再び支援射撃で――」

 大神が指示を出そうとしたその瞬間、灰色の影が彼の目の前を通り過ぎる。

「ラウラ!」

『隊長、何をやっている。そのような温い戦い方では敵が逃げてしまう』

「待て!」

 大神の制止も聞かず、ラウラは敵の一体を近接戦闘用のワイヤーブレードで捕まえた。

『鮫(ハイ)か』

 ラウラが型のレールカノンを構え、至近距離で発射する。

 激しい爆風が大神たちを襲う。

『アイツ、勝手に何やってるのよ!』
320 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:43:46.46 ID:AHcBjQhzo

 鈴の怒声が聞こえてきた。

「こちら隊長機、前衛は無事か」

『紅椿異常なし』

『甲龍も以上ないわ!』

「ラウラ、何をやっている。下がれ」

『隊長、こいつは危険だ』

 大神の胸に不安が襲う。

『こいつ、まだ生きている』

「ラウラ! すぐにワイヤーを離せ!」

『な――』

 ラウラは確かに、大神に言われた通りワイヤーブレードを離した。

 だがその瞬間、まるで糸の切れた凧のようにフラフラと落下して行った。

「ラウラアアアアアアアア!!」

 大神の叫びも届かず、ラウラの機体は水面に打ちつけられる。

『大神隊長! 何があった。どういうことだ!』

 千冬の声が無線を通じて聞こえてきた。

「こちら大神、ラウラが墜落した。すぐに救助する!!」

『こちらサポート、隊長! 今は戦闘中だ』

「しかし!」

 次の瞬間、大神に対して巨大な槍が襲いかかる。金槌頭のISが攻撃を仕掛けてきたのだ。

「せいや!!」
321 :了解四段活用 ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:44:36.78 ID:AHcBjQhzo

 だが、大神の目の前にいる敵はすぐに吹き飛ばされた。

「箒くん!」

『大神隊長、早くラウラを』

「キミたちは」

『こいつらくらい、アタシたちだけでやれるわよ』

 今度は鈴が答える。

 体勢を立て直して向かってくる敵に青のレーザービームが直撃する。

『こちらブルーディアーズ、私たちを忘れてもらっては困りますわ』

「セシリア」

『こちらクロード、僕も支援するから、大神隊長は早く』

「シャル、ありがとう」

 大神はレーダーでラウラの位置を補足する。

(まだ沈んではいない)

「皆、俺はラウラの救出に向かう。途中の指揮は……、セシリア!」

『はい』

「キミが執ってくれ」

『ブルーティアーズ、了解ですわ』

「各人の健闘と無事を祈る」

『了解』

『了解よ』

『了解です』

『了解ですわ』
322 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:45:23.08 ID:AHcBjQhzo

 大神は彼女たちの声を聞きながら、水面に向かって加速した。

 もちろんそのまま水面にダイブしたら、いくらISでもただでは済まないので、
一旦急停止してから再びレーダーでラウラの位置を確認してから海に入った。

 元々宇宙空間での活動を考慮していたため、海の中でもある程度の機動はできる。

 ラウラの姿はすぐに見つかった。

 しかし意識がない。

「ラウラ、聞えるか! ラウラ」

『……』

 無線にも返信はない。完全に意識を失っている状態だ。

 大神はラウラの機体に近づき、直接彼女の顔を見た。

 目を閉じた状態で、時々苦しそうにもがいている。

(とにかく水の外へ出よう)

 そう思ったが、今水面に出ると敵に攻撃される可能性がある。

「サポート、聞えますか。大神です」

『こちらサポート、よく聞こえる』

「ラウラの様子がおかしい。意識がもどらない」

『こちらでも調べているが、確かに生命反応があるが反応がない』

「一体どういう――」

 その時、大神は何かに気がついた。

「織斑先生、何か妙な反応が」

『妙な反応?』


「ちょっと待ってください。この反応は……、逆流(Regurgitation)?」
323 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:45:57.87 ID:AHcBjQhzo

『逆流、だと?』

「どういうことです?」

『大神隊長、ボーデヴィッヒは……』

「はい」

『“精神攻撃”を受けている可能性がある』

「なんだって?」





   *
324 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:47:27.26 ID:AHcBjQhzo


 千冬の話しによると、ラウラはISと搭乗員との接続装置でもある外部補助装置
(サードコア)を使わず、ISに搭乗できるという。

 しかし、魔操兵器と直接接触したことによって、降魔の呪いがISから直接彼女の
脳内に流れ込んだ可能性があるようだ。

 大神を含めた普通の搭乗員はサードコアを通じてISとつながっている。

 なぜならそれは、ISの持つ情報量が極めて過大であり、その情報量が逆流して
搭乗員に流れ込んでしまった場合、脳に重要な損傷を与える危険性があるからだ。
そんな情報の逆流を防ぐ“弁”の役割を果たすのが、サードコアである。

 ラウラは、IS適性を手術によって上昇させたため、サードコアを通さずISに搭乗する
ことができるようになり、戦闘能力も飛躍的に上昇した。

 だがその代償も大きかったようだ。


「ラウラ! 今助ける」

 大神はラウラのISを抱えて、近くの葛西海浜公園に上陸した。公園内はすでに
避難が完了しており、自衛隊や警察以外の人は見られない。

「ラウラ!」

 大神はコックピットを開いて、ラウラに直接触れる。

 先ほどまで反応を見せていたラウラも、今はほとんど動かない。

 まるで死んでいるかのように冷たくなっている。

「ラウラ、しっかりしろ」

 彼女の頬を軽く叩いても返事はない。

『大神隊長、聞えるか』

 耳元の無線に千冬から通信が入る。

「はい、聞えます」

『ボーデヴィッヒをISから切り離さないでくれ』
325 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:48:08.64 ID:AHcBjQhzo

「どういうことです?」

『彼女の意識がISに流れ込んでいる可能性がある』

「意識の、逆流か」

《 DANGER 》

 ラウラの機体から警報が鳴り響く。

『今すぐ救援を――』

「千冬さん」

 思わず、大神は下の名前で呼んでしまう。

『どうした』

 しかし、千冬は特に感情を表には出さなかった。

「自分がサードコアを使って、彼女のISにつなげば、ラウラの意識を回収(サルベージ)できますか」

『不可能ではないが、危険だ』

「多分もう、時間がありません。意識レベルがどんどん下がっている」

『大神隊長!』

「お願いします」

『もう、繋いでいるだろう……』

「ええ、すいません」

『謝らないでくれ。もし、私もキミと同じ立場なら――』

 大神はサードコアをISに繋ぎ終え、スイッチを入れた。

『同じことをしただろう』

 千冬のその声を聞きながら、大神はラウラの意識の中に潜る。




   * 
326 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:48:37.51 ID:AHcBjQhzo



 寒い……。

 一面に広がる荒野。

 そして枯れた木々。

(これが、ラウラの意識の中なのだろうか。それとも彼女のISの情報?)

 とにかくラウラを探さないことには始まらない。

「どこにいる、ラウラ」

 大神は周囲を見回す。

 しかし寂しい風景が続くだけだ。

(なんて寒いところなんだろうか。意識の中というのに寒さだけはやけにリアルに感じる。
ここに留まっていたら凍え死んでしまいそうだ)

 大神はそう思い歩き出した。

 考えていても仕方がない。とにかく、ラウラがいそうな場所を探すしかない。

 いやしかし、どこにいる。

 大神は歩く。歩く。どこまでも歩く。

「ラウラ―!」

 そして叫ぶ。

 この思いは、必ず通じるはずだ。

 そう信じて。

 不安に押しつぶされそうになるけれど。

 ふと、前を見る。

 人影が見えた。
327 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:49:38.09 ID:AHcBjQhzo

「ラウラ……?」

 いや、ラウラではない。少なくとも大神の知っているラウラではない。

 小さいのだ。

 いや、ラウラの身長はそれほど高くはないが、それ以上に小さい。

 そう、年の頃は五歳か六歳くらい。

 銀色の髪の毛と左目の眼帯、そして白い肌はラウラと同じだ。

(これはもしかして、小さい頃のラウラか?)

 ワンピース姿の少女は、手にウサギのヌイグルミを抱えている。

「ラウラ」

 大神はもう一度呼びかける。

 しかし返事はない。

 ラウラに似た少女は踵(きびす)を返し、どこかへと歩いて行った。

「待ってくれ」

 大神は少女の姿を追う。

 消えては現れ、そして現れては消える。

 少女の姿は、幻のようだがしかし、今の彼には彼女の姿を追うしかない。

 しばらく歩くと、彼の目の前にはいきなり洞窟のようなものが現れた。

「ここが……」

 ふと、先ほどのウサギのぬいぐるみを抱えた少女がこちらを見てから、洞窟の中に
消えて行った。

「この中に……」

 大神は走りだす。
328 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:50:16.37 ID:AHcBjQhzo

 暗い洞窟だが、全く何も見えないわけではない。

 足場の悪い道を歩きながら大神は進む。

 ここにラウラがいると信じて、歩き続ける。

「……!」

 しかし大神は言葉を失ってしまう。

 そこに、確かにラウラはいた。

 だが、

「氷の中……」

 洞窟の奥にある巨大な氷。その氷の中にラウラの姿が見える。

「ラウラ!」

 大神は声を出すが、届くはずもない。

(このまま放っておいたら、彼女の心は……)



 凍りついてしまうかもしれない――
  
 

「ラウラ! 俺はここにいるぞ!」

 大神は氷に近づく。

 まるでアクリル板のようにキレイな氷だ。

 これを見るだけでも、この世界が概念の世界であることがわかる。

 だが寒い。

「ラウラ! 目を覚ませ! 頼む……!」

 大神は拳を振り上げ、氷を叩く。
329 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:50:49.53 ID:AHcBjQhzo

 驚くほど反応がない。

 自分の無力さを胸の奥から付きつけられているような感覚が拳を通じて伝わってくる。

 それでも大神は叩くのを止めない。

「ラウラ! 戻ってこい!!」

 そう言って大神は激しく氷を叩いた。

「くっ……!」

 激しい痛みを感じ、彼は自分の手を見た。

 手が凍りついている。

 そしてにじみ出る赤い血液。

「くそがあ……!」

 冷たさと痛みと孤独と、そして無力感。

 それらを全て噛みしめて大神は再び拳を握り氷を叩く。

「ラウ……ラ……!」

 ガクリと膝をつく大神。

 立っていられなくなるほどの寒さ。

 身体の芯を蝕むような冷気が大神の気力と体力を吸い取る。

 息をするのも億劫になるほどのダルさ。

 意識レベルが下がるのもわかる。

 だが――

 大神は必死に仲間の顔を思い出す。
330 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:51:42.46 ID:AHcBjQhzo

 大神を信じて戦っている、箒、セシリア、鈴、シャル。彼女たちを支える千冬、真耶、
そして米田。IS学園の仲間たち。

「こんなところで諦められないんだよ……」

 大神は立ち上がる。

 すると不意に人の気配を感じた。

 先ほど、何度も見た少女がそこに立っていた。

 彼女は何者なのだ。

「お兄ちゃん――」

 その少女が初めて口を開いた。

「……」

 大神は答えない。いや、答えられないと言ったほうが正しい。

「もう帰ろう?」

 寂しげな表情で彼女は言う。

 このままここで、ラウラを呼び続けても助けられるという保証はない。

 下手をすると自分まで死んでしまいそうだ。

 だったら、一旦戻ってほかの仲間たちを助けに行ったほうがいいのではないか。

「このままだと、死んじゃうよ」

 少女はそう言って、小さな手を大神の方に戻した。

 この手を取れば、元の世界に戻れる。

 大神はふとそう感じた。

 彼はゆっくりと、彼女に手を伸ばす。
331 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:52:38.72 ID:AHcBjQhzo



 しかし、


 途中でグッと拳を握ると、少女の目の前で思いっきり振りかぶってラウラの入っている
氷に拳を突き立てた。

 さっきまであんなに固かった氷が、いとも簡単に壊れる。

 それと同時に少女の姿は消え、氷の中から、成長したラウラが彼の胸に飛び込んできた。

「隊……、長……」

「ラウラ」

 大神はラウラの身体を受け止め、そして胸の中にいる彼女に静かに語りかける。

「おかえり――」






   * 
332 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:53:27.76 ID:AHcBjQhzo

 
 

「距離2500――」

 セシリアのスコープが敵の姿を捉える。

「行きますわ!」

 彼女の狙撃がIS型魔操兵器の正面装甲を吹き飛ばした。

「今です! 二人とも」

『おうよ!』

 鈴が怯んだ敵一撃を打ちこむ。

 激しい光とともに、ワンテンポ遅れて爆音が届く。

『破邪剣聖――』

 そして鈴の後に待機していた箒が長刀を構える。

『桜花放神!!!!』

 再び激しい光を発し、IS型魔操兵器を一気に吹き飛ばしたのだった。

『いやったあああああ!!』無線越しに鈴の叫び声が聞こえた。

「箒さん、聞えます?」

 セシリアが無線で呼びかける。

『ハア、ハア、ハア……。聞えている』

「三体目の魔操兵器も仕留めました。やりましたわ」

『ああ、良かった』

『箒、すぐに回復させるよ』シャルがすぐさま声をかけた。

『……頼む』
333 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:54:34.90 ID:AHcBjQhzo

『情けないわね箒、私は楽勝よ』

「鈴さん、無理はいけませんわ」

 前衛である鈴と箒のダメージが大きいことはセシリアもよく理解していた。

(でもこれで終わりなのかしら……)

 彼女の胸の中にたまった不安はまだ消えていない。

「皆さん、まだ油断しないでください」

 無線で全員に呼びかけるセシリア。

『何言ってんのセシリア、もう降魔反応は……』

 鈴の声が途切れた。

『セシリア! レーダーに新しい機影だ!』

 シャルが叫ぶ。

「まだいましたわ!」

 セシリアは状況の把握しようとする。

 敵の数は――


 五体!


「皆さん! 海中ですわ!!」

 水しぶきをあげて出てきたのは、先ほどと同じ型の魔操兵器。

 いきなりビーム兵器で牽制してからこちらに突っ込んでくる。

「箒さん! 鈴さん!」

『任せろ!』
334 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:55:20.84 ID:AHcBjQhzo

『ここで止めるわ!!』

 箒と鈴が武器を構え、五体を迎え撃つ。

 しかし、先ほどまでの戦闘で疲弊しているのは目に見えていた。

『ぐわああ!!』

 激しい衝突の後、防衛線を超えた三体がセシリアたちに向かってくる。

「迎撃!!」

 セシリアはそう叫んで射撃を実施する。

『近づくなあああ!!』

 シャルも、機関銃で弾幕を張って敵の接近を防ごうとする。

(闇雲に撃ってもダメですわ……)

 そう思い、セシリアは冷静に狙いを定める。

 しかし、

 戦闘の疲労が一瞬の判断を鈍らせた。

「な!」

 槍を構えたISがすぐ目の前に迫っていたのだ!

 無反動旋回(ゼロリアクトターン)をしようとしたが、間に合わない。




 セシリアは大きなダメージを覚悟した!


 けれど、いつまで待っても身体に衝撃はない。
335 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:55:55.44 ID:AHcBjQhzo



(どういうことですの?)

 一瞬、何が起こったのかわからなかったが、彼女の目の前には視界を遮る白い光が
見えた。

「隊長……」

 セシリアの前に大神専用のISがおり、敵の攻撃を防いだのだ。

「せりゃあああ!!!」

 大神の攻撃に怯んだIS型魔操兵器は逆噴射で、彼の前から離れた。

「大神三尉! 遅いですわよ、もう」

『すまないセシリア、皆も。そして、今までよく持ちこたえてくれた。ありがとう』

 無線越しに聞える大神の言葉につい笑顔が漏れてしまうセシリア。

『全員まだ生きているな、ここから反撃開始だ!』

 大神は力強く叫んだ。




   *
336 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:56:50.76 ID:AHcBjQhzo



 戦場に戻った大神の気合いはいつも以上にみなぎっていた。

『隊長、ラウラはどうしましたの?』

 と、セシリアは聞いてくる。

「ああ、戻ってきたよ。行け! ラウラ!」


『ツヴァイク了解』


 一瞬の光――

 連続射撃が敵五体全てに命中した。

 セシリアに勝るとも劣らない狙撃だ。

「シャル! キミは鈴と箒くんの回復だ」

『クロード了解』

 シャルは、敵が怯んだ隙に前衛二人の回復に向かう。

「セシリアは俺の援護を頼む」

『ブルーティアーズ、了解ですわよ』

「ラウラは俺の直衛だ」

『了解です』

 大神はISを一機に加速させた。

「守るだけが俺じゃないってことを見せてやる」

 シャルに回復をさせてもらっている鈴や箒の上を通り越して大神は敵に接近した。

「目標固定、セシリア!」

『ブルーティアーズ了解、支援射撃!』

 大神の後方から青いレーザーの線が敵の一体に吸い込まれるように当たる。
337 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:57:23.81 ID:AHcBjQhzo

 一瞬、制御を失った相手の機体に大神の二刀流が襲いかかった。

 左肩が切れる魔操兵器。

 だが大神はすぐに追撃はせず、そのまま敵の集団の中を突っ切った。

 当然、敵は攻撃を仕掛けてくるのだが、

『隊長には指一本触れさせやしない』

 彼の斜め後ろにいたラウラのワイヤーブレードがISの動きを止める。

『土産だ』

 そして、肩のレールカノンを至近距離で発射した。

 激しい爆発から、旋回した後に大神は次の指示を出す。

「シャル、支援射撃」

『クロード了解』

 今度はシャルの連続射撃で敵の動きをけん制する。

「箒くん! 鈴!」

 回復を終えた二人を従え、敵IS一体に狙いを定める。

 大神の二刀、鈴の青龍刀、そして箒の長刀がトドメを刺す。

 大きな爆発が起こった。

『一機撃破ですわ』

「休まず行くぞ! ラウラ! セシリア! 十字砲火(クロスファイア)!」

『了解ですわ』

『ツヴァイク、了解』
338 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:58:03.14 ID:AHcBjQhzo


 ラウラのレールカノンとセシリアのレーザーライフルによる、二方向からの射撃。
威力、正確さからいって逃げられるものではない。

 金槌頭の両肩の装甲が吹き飛んだ。

「行くぞオオオオオ」

 そして、無防備になったところで大神が突っ込む。

「でりゃあ!!」

 今度こそ大神の二刀流が敵ISのコアを破壊した。

「あと三体!」

 シャルの射撃が別のISを攻撃する。

 それを避ける魔操兵器。

 しかし、そこには鈴がいた。

『逃げられると思ってるの?』

 ガキンッ、と正面の装甲が割れる。

 だがまだ敵は健在だ。

 すると後方からするりと箒が現れ逆袈裟切りを決めた。

「あと二体!」

 状況が不利と見るや、小型のレーザー兵器で敵を寄せ付けないようにするIS型魔操兵器。

 だがそんな子供だましが通用するはずもなかった。

『小賢しい!』

 ラウラのレールカノンとワイヤーブレードが、そんな小さな攻撃を全て不能にさせたのだ。
339 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:58:46.57 ID:AHcBjQhzo

『無駄ですわ!』

 そしてセシリアの狙撃で、敵の頭部を吹き飛ばす。

「よおし、一気に決めるぞ!!」

 大神は更に大きな気合いを込める。

『紅椿了解』

『甲龍了解』

『クロード了解』

『ブルーティアーズ了解ですわ』

 彼の白い機体の後ろに隊員の機体が集まる。

『ツヴァイク、了解だ!!』

 そしてラウラの機体もその編隊に加わった。




「狼虎滅却――」


 

「刀光剣影いいいいいいいいいいいいい!!!!!!」







 
 六人の力で、東京湾上に新たに出現したIS型魔操兵器も、木端微塵になったことは
言うまでもない。






   *
340 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 20:59:19.01 ID:AHcBjQhzo




 護衛艦日向艦上――

「みんな、すまなかった。すべては私の責任だ」

 戦闘を終えたラウラは、そう言って隊員全員い頭を下げる。

「あの、ラウラ――」

 大神が声をかけようとした瞬間、

「アンタねえ、勝手なこと言ってんじゃないわよ」

 と、鈴が言いだす。

 喧嘩をふっかるんじゃないかと思い大神が止めようとしたその時、

「新人が迷惑かけるのは当り前なのよ。悪いと思うなら、次で名誉挽回しなさい」

 そう言って笑顔を見せた。

「鈴……」

「そうだぞ、ラウラ。我々は支え合って戦うんだ。一人だけじゃない」と箒も続く。

「素直になることは、良いことですけどね」セシリアも笑顔で言った。

「ねえ、ラウラ。明日は一緒にお昼食べようね」とシャル。

「……みんな」

 最後に大神が声をかける。

「ラウラ」

「はい」

「ようこそ、IS学園へ――」
341 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 21:00:29.65 ID:AHcBjQhzo



 大神はここできれいにまとまった、と思ったが話はこれでは終わらなかった。

「ところで大神隊長」

 不意に声をかけてきたのは、千冬であった。

「どうしました? 織斑先生」

「実は帝國華劇団では、戦闘が終わった後『勝利のポーズ』というものをやるらしいのだ」

「勝利のポーズ、ですか?」

「そうだ」

「それは一体……」

「ふむ、私もよくはわからんのだが、司令のお話では、戦いに勝った喜びをポーズで表現
したらいいのではないだろうか」

「わかりました。では織斑先生も一緒に」

「いや、私は別に」

「ラウラ、みんなを呼んでくれ」

「了解、隊員を召集します」

 いつの間にか傍に来ていたラウラに大神は指示を出す。

「さあ、やりましょう」

「……しかたない」

 千冬が観念したところで、鈴や箒たちが集まってきた。

「え? どうしたの? まだ帰らないの?」

「大神隊長、どうされましたか」
342 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 21:02:32.37 ID:AHcBjQhzo

 大神は全員に、事情を説明した。

 今回は、ラウラが加入したことの記念という意味もある。


「よーし行くぞー!」

 大神の声が夜空に響き渡る。

「勝利のポーズ」



「キメッ!!!!!!!」

 


 全員がポーズを決めた、そんな隊員の様子を、艦上にいた海上自衛官たちは
茫然と見ていたのだった。




   *
343 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 21:03:13.02 ID:AHcBjQhzo




 この日、大神の長い長い一日が終わろうとしていた。

 そんな大神に対するささやかなプレゼント(?)が、大浴場での入浴である。

 この学校は職員、生徒ともにほとんどが女子なので、大浴場も普段は女子専用である。

 ゆえに、その大浴場が使えるひは大神の楽しみでもあった。

「よし、ゆっくりと湯船につかって疲れを癒そう」

 そう思い、風呂場のサッシを開くと――

「……」

 銀髪の少女が正座をし、頭を下げて三つ指をついていた。

 もちろんここは風呂場なので、服は着ておらずバスタオルを巻いただけである。

「あの、ラウラ」

「お待ちしておりました、大神隊長。いえ、ご主人さま」

 そう言うとラウラはやや照れくさそうに顔を上げた。

「何をやっているんだい、ラウラ」

「日本では、好きな相手とこうやって一緒に風呂に入るのが伝統と聞いた」

「ちょっと待て。そんな伝統は聞いたことがないぞ」

「とにかく、一緒に入りましょう」

「いや、本当にちょっと待ってくれ。マズイじゃないか」

「一体何がマズイというのですか。私の心と体はすでに隊長のものです」

 そんなやりとりをしていると、
344 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 21:03:59.35 ID:AHcBjQhzo

「おいラウラ! 浴場の使用時間は守れと言ったはずだ――」

 箒が現れた。

「な……」

「箒くん、違うんだこれは」

「なにをしてるだああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

「違うんだああああああああああ!!!!」

 大浴場から発せられた箒の叫び声は、生徒寮にまで達したという。




   つづく
345 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/10(水) 21:05:24.61 ID:AHcBjQhzo
 結局風呂オチにしてしまった。今回は身体が勝手に動いたわけではないからセーフだな。
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/10(水) 21:16:00.47 ID:dl/MIGGm0
《私の嫁》ではなく《御主人様》と来たかww

にしても大神さんマジ主人公

乙ですー
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/11(木) 03:18:09.48 ID:5CkqaxOLo
安定のちょろいさん
348 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/11(木) 20:50:12.70 ID:iHaWAoHUo
 クイズ風☆次回予告

 次回、第八話で大神は誰かとデートらしきものをするようです。

 それは誰でしょう。

1.篠ノ之束
2.天草シノ
3.セシリア・オルコット
4.鹿目まどか
5.山田真耶
6.下田麻美
7.織斑千冬
8.セルベリア
9.シャルロット・デュノア
10.坂本先生

 正解者には、変態仮面変身セットをプレゼントするかもしれません。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/11(木) 21:02:00.99 ID:5CkqaxOLo
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/11(木) 21:20:57.64 ID:+L8mMaj40
>>348
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/12(金) 00:17:42.43 ID:z/8TMDHAO
>>348

鈴とラウラ好きの俺はどうすればいい、ゼロは何も答えてくれない……
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/08/12(金) 08:12:47.75 ID:ZM7ZJ6EAO
お前等騙されすぎ
どう考えても4だろ

4以外にありえない
むしろ責任とって4にしろ
353 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:51:47.57 ID:cZMudr5so
 みなさんこんにちは。それでは正解を発表します。
354 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:52:15.86 ID:cZMudr5so

 その日、大神はある人物と待ち合わせをしていた。

「お兄ちゃん、お待たせ」

 見覚えのある声が彼の耳に届く。

「ああ、ここだよ」

 駅前の人が多い中で、大神はセミロングの髪を二つに結んだ少女に手を振る。

「しばらく見ないうちに大きくなったな」

「もう中学生だしね」

 少女はそう言ってぺったんこの胸を張る。

(胸のほうはあまり成長していないか……)

 大神は一瞬失礼なことを考えたが、それを口に出すような男ではなかった。

「そのリボン、かわいいね」

「ええ? そうかな」

 少女は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「ママがね、選んでくれたの」

「そうなんだ」

「じゃあ、行こうよ。あ、でもお兄ちゃんっていうの、おかしいかな」

「いや、別に構わないよ」

「そう? わかった。じゃあ……」

 赤いリボンの少女は、身を揺らし始めた。

「ど、どうしたんだい?」

 大神は少し動揺する。

「あ、あの……」
355 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:52:42.95 ID:cZMudr5so

「ん?」

「手……」

「そうか。昔はこうしてよく手をつないでたもんな」

「……うん」

 少女は顔を赤らめつつ、大神の手を握った。彼の手の平には、彼女の柔らかい手の
感触が伝わってきた。

 彼女はこうして、手をつなぐのを誰よりも喜んでいたような記憶がある。

「それじゃ、いこうかまどか」

「うん!」

 少女の名前は鹿目まどか。大神の遠い親戚でもある。



   *
356 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:53:33.55 ID:cZMudr5so




 そんな二人の様子を見つめる複数の人影。

「随分小さな子だな。小学生か……」

 篠ノ之箒は小刻みに震えながら隣にいる少女に話しかけた。

「大神っちってば、ああいうのが好みなのかな。アタシというものがありながら……」

 箒の話も聞かず、ブツブツと独り言を言っているのは鈴である。

 この日、箒と鈴は大神が何者かとデートの約束をしていたという情報を聞きつけ、
彼の尾行をしていたのである。 

「おい鈴、あの娘はなんだ。大神先生の何なんだ」

「うるさいわねえ、アタシが知るわけないじゃないのよ」

「むっ……」

 箒が(野生の勘で)周囲を探ると、自分たちと同じように大神と少女の様子を探る
二人組を発見した。

「あいつら、何者だ」

「え? なに」

 箒の視線の先には、中学生くらいの少女が二人。

 一人は髪が短く活発そうな様子の少女、もう一人はややウェーブがかった長い髪の
少女だ。

 大神を尾行しつつ、彼女たちの様子に気を配っていると、明らかに件の二人も大神たちを
尾行している様子であった。

「鈴、少しの間頼んだ」

「え、ちょっと箒、どうしたのよ」

 大神と少女二人の尾行を鈴に任せると、箒は自分たちと同じように大神たちを追う
二人組の少女に接近した。
357 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:54:06.74 ID:cZMudr5so

「お前たち、何をやっている」

「ひっ!」

「ああ……」

 思わぬところから声をかけられたためか、髪の短い少女の肩が大きく揺れる。

「な、何ですか……」

 前を行く二人を気にしつつ、髪の短い少女が聞く。

「お前たち、前の二人を尾行しているな」

「え? 何のことでしょう」

 目が明らかに泳いでいる。

「誤魔化しても無駄だ。あの前にいる黒髪の男性の知り合いなのか?」

「あ、いや、私たちは……」

 動揺している髪の短い少女を押しのけるように、髪の長いややおっとりとした少女が
前に出る。

「ごめんなさい、覗きをするつもりはなかったんですけど、どうしても面白そうで」

「面白そう?」

 箒がギロリと睨んだら、二人の表情が固まってしまった。

(しまったな。そこまで驚かすつもりではなかったのだが)



   * 
358 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:55:02.33 ID:cZMudr5so



 事情を聞くと、二人は大神と一緒にいる少女、鹿目まどかと友達だという。

 髪の短い活発そうな少女は、美樹さやか。

 そして髪の長い、おっとりとした少女は志筑仁美というそうだ。

 いずれもまどかと同じ中学に通う中学生とのこと。

 まどかが誰かとデートをする、という情報を聞きつけた二人は、こっそりと彼女を尾行
していたのだという。

(私たちと同じような行動だな……)

 自分の中学生レベルの行動に少し反省する箒。

「中学生か、小学生くらいに見えて危うく通報するところだったわ」

 箒たちと合流した鈴がそんなことを言う。

「でも先輩も十分ちっちゃいじゃないですか。あたしたちと同じくらいかと思いましたよ」

 と、笑顔で言ったのはさやかであった。

「ああん? 何よアンタ。喧嘩売ってんの?」

 不穏な空気を感じ取った仁美がすかさずフォローを入れる。

「小さくても可愛いですよ、凰先輩は」

「ち、小さくて悪かったわねえ! 旋風脚くらわすわよ」

 どうやら火に油を注いだ模様。

「落ち着け鈴。先生に見つかるだろう」

「く……!」

「先生ってことは」と、さやか。

「あの殿方は貴方たちの先生なんですか?」
359 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:56:30.19 ID:cZMudr5so

「ああ、そういうことだ」

 そうこうしているうちに、大神とまどかの二人はカフェテリアに入って行った。

「ああ、なんか凄く仲良さそうっすねえ」

 楽しそうに話をしている大神たちの様子を見て、ふとさやかがそんなことを言った。

 クリームのついたまどかの頬を、紙ナプキンでぬぐう大神。

 その様子を見て箒は胸が痛んだ。

「鈴、もう帰ろう」

「え? 何言ってんのよ箒。まだ始まったばかりでしょう?」

 そう言って鈴が抗議の声を上げる。

「そうですよ先輩、これからじゃないですか」

 さやかも同調する。

「私も、まだ登場したばかりでロクに活躍してませんわ」

 若干個人的な願望を織り交ぜながら仁美も言った。

「もうこれ以上は続けることはできない。いや、続けられないと言ったほうが正しい
かもしれない」

「どうしてよ……」と、鈴。


「なぜならこの話は、作者の思いつきだからだ」

「はい?」

「つまり本編に関係ないし、ましてや番外編ですらない。作者が即興で書いたウソ展開なんだ」

「な、なんだってー!!!」




「ということで、本当の第八話はここからだ!」
360 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:56:56.90 ID:cZMudr5so

 ※ロリキューブ見ながら書いた。

 後悔なんてあるわけない。
361 :ここからが本編 ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:58:11.31 ID:cZMudr5so




 人は賢明な人間にも愚行があることを信じない。何という人間蹂躙!

                                     ニーチェ
362 :ここからが本編 ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:59:08.74 ID:cZMudr5so

 この日の大神はいつになく緊張していた。

 初めての戦闘よりも緊張していた、と言ったら言い過ぎになるかもしれないが、
それほど期待に胸を膨らませる事態がやってきたのである。

(ち、千冬先生とお出掛け……)

 彼の職場の先輩であり、また秘密部隊の副司令でもある織斑千冬と買い物に
出かける約束をしたのだ。

 千冬は言うまでもなく大神にとってあこがれの女性である。

 その人との外出に心が躍らないわけがない。

 初夏の日差しの中、カジュアルなファッションにも気合いを込めた大神は、
頬を平手で打ち、少し早目に自分の部屋を出た。

 しかし、職員寮のロビーに行くと、既に千冬が先にそこで待っていた。

「あ、おはようございます!」

 いつも以上に気合いを入れて挨拶をする大神。

「お、おはよう」

 それに対して千冬は、いつもより控え目に挨拶を返す。

「……」

 彼女の服装は桃色のカーディガンに、薄手の布に花柄のロングスカート。

 普段、スーツ姿かジャージ姿、はたまた戦闘服姿と、仕事用の格好しか見たことが
なかった大神にとって、千冬のカジュアルな服装はとてつもなく強烈な破壊力を有していた。

「やっぱり、変かな」

「ぜ、全然変じゃないです!」

「どうした、そんな大声出して」

「あ、スイマセン」

「まあ、少し早いけど行こうか」

「そうですね」

(今日はいい日になりそうだ)

 千冬と並んで歩く大神は、ここ最近感じたことのなかった大きな幸福感に包まれていた。
363 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 14:59:54.90 ID:cZMudr5so





        I S〈インフィニット・ストラトス〉大 戦



          第八話 これはデートですか?
364 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:01:07.04 ID:cZMudr5so


 日曜日の朝、二人して出かける大神と千冬を監視する者がいた。

「こちらアルファー、現在マルタイが校門を通過。駅に向かう模様。追跡を開始する」

 篠ノ之箒は、小型の携帯式無線のマイクに向かってそうつぶやく。

「ねえ、本当について行くの?」

 箒の隣で、私服姿のシャルが不安そうに問いかけた。

「無論だ。何が起こるかわからんからな」

 箒は前方にいる大神たちから目を離さずに言う。

「あの二人なら、何があっても大丈夫と思うんだけどな」

 核爆発でも起こらない限りは生き残っていそうな二人ではある。

「もしものことがあったらどうするんだ」

「もしものことって、なんなのよ……」

「ボーッするな、行くぞシャル」

「はあ」

 そうこうしているうちに、大神と千冬は最寄りの駅に到着した。

 何の話をしているのかわからないけれど、楽しそうな雰囲気の二人に少々面白くないと
感じる箒であった。

「感情が顔に出ているわよ箒」

 不意に、背後から話しかけてきたのは鈴である。

「鈴、作戦中は直接話しかけるなと言っているだろう」

「仕方ないじゃないの、同じ電車に乗るんだし」

「それよりも箒、尾行のやり方がなってないぞ」

 箒にダメ出しをしたのは鈴と一緒にいたラウラである。
365 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:01:58.98 ID:cZMudr5so

「お前にだけは言われたくないぞ、ラウラ。なんだその格好は」

 ラウラのこの日の服装は、ゴシック・アンド・ロリータ、通称“ゴスロリ”というもの
であった。

 黒を基調とした服で、左手にはウサギのヌイグルミまである。

「これか? 坂本先生に頼んだらこの服を貸してくれたんだ。私は私服というものを
持っていなかったからな。どうだろう、似合わないだろうか」

「いや、むしろ逆。似合いすぎて怖いのよ」

 と、鈴が気持ちを代弁してくれた。

「似合いすぎて怖い?」

 ラウラの銀髪に、細い体型、低い身長、そして眼帯。まるで人形がそのまま動きだした
かのような彼女の姿はまさしく奇跡である。

 ゴスロリを着るために生まれてきたと言っても過言ではない。
 
(しかし坂本先生はなぜ、こんな服を持っていたのだろうか)

「そんなことより皆、早く切符買わないと、電車きちゃうよ」

 シャルがそう言って全員に呼びかける。

「ああ、そうだった」

 とりあえず、そこにいた四人は券売機に向かって走り出した。




 ことの発端は数日前――

 織斑千冬が、大神に対して一緒に買い物に行ってくれないか、と誘ったのがきっかけである。

 職員室で内密に交わされたその約束だが、地獄耳の坂本教諭に聞かれてしまう。
366 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:02:56.00 ID:cZMudr5so

 職員間の噂が、生徒たちの元に達するのにそれほど時間は要しなかった。

「これは忌々しき事態だ」

 この出来事に危機感を覚えた篠ノ之箒ほか数名は、大神の行動パターン等を
調べ上げた上で彼らの尾行と監視をすることを決定した。

 そして大神たちを追跡する尾行組は、第一班の箒とシャル、そして第二班の鈴とラウラに
分け、現在尾行中である。

 ちなみに二人の尾行に難色を示したセシリアと、街に出たら色々とヘマをやらかしそうな
山田真耶は学園内で居残りとなった。

「ひえーん、私も大神さんと一緒に買い物行きたかったあ……。ゲフッ」

「山田先生、飲み過ぎですわよ」

「うるさいですねえ、これが飲まずにやってられますかっての。うう……」

「この人、なんでコーラを飲んでこんな状態になれるのでしょう」

 真耶の世話を押し付けられたセシリアは、一つ溜め息をついた。

(大神先生と織斑先生、今頃は電車の中でしょうね)

 セシリアは窓の外の青空を眺めてふとそんなことを思った。

「せっちゃんおかわり!」

「“セッちゃん”はやめていただけませんか、先生」




   *
367 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:03:24.19 ID:cZMudr5so



 さて、箒たち四人は、大神と千冬が乗ったのと同じ電車に乗り、彼らを尾行した。

 駅に着いて、改札を抜けるとそこは眩しい街であった。

 電車を降りると、箒とシャルはラウラ・鈴ペアと別れ、別々に大神たちを追うことになる。

 大神と千冬は、どこかのブディックのような店に入って行った。

「服を見るのかな……」二人の様子を見てシャルがつぶやく。

「だがちょっと待ってくれシャル」

「どうしたの?」

「この服屋は男物が中心ではないだろうか」

「ああ、そういえばそうだね」

「どうしてだろうか」

「男の人にプレゼントをするためとか」

「男の人?」

「大神先生に」

「どうして!」

「いつもお世話になっているから、とか」

「まさか! だいたい男が女にプレゼントされるなんて……」

「織斑先生だったらありうるよ」

「そんなバカな……!」


 数十分後――


「あ、出てきたよ箒」
368 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:04:00.05 ID:cZMudr5so

「何か持っているか?」

「いや、何も買わなかったようだね」

「そうか……」

 安心したような、少し寂しいような、不思議な感覚であった。

「しかし、尾行というのはわりと疲れるものだな」

「そうだね。こういう店とかに入ると、ずっと待っていなければならないしね」

「相手にバレないようにするのも神経を使う」

 漫画などでは、かなり簡単に尾行をしているけれど、実際にやるとなると大変だ。

 箒はつくづくそう思った。

 次に大神と千冬が向かった先は、なんとオシャレなイタリアンレストランである。

「そういえば、もうお昼だね」

「ん、そうか」

 尾行に夢中で気がつかなかったけれど、確かに昼食の時間だ。

 幸い、店の向かい側には屋外のカフェテリアがあった。

「ふむ、ちょうどいい。ここで食事をするか」

「ここは、ファーストフード店みたいにセルフサービスのようだね」

「そうなのか」

「あ、僕が頼んでくるよ。箒は、先生たちを見てて」

「いいのか? すまないな」

「うん。それで、何が食べたい?」

 箒はツナサンドとコーヒーと、あと何か一つ二つ頼むことにした。
369 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:04:55.69 ID:cZMudr5so

 もちろん店からは目を離さない。幸い、彼らが窓際の席に座ったので二人の様子が
よく見える。これは一方で、こちらの様子も知られてしまうというリスクにもつながるのだが、
この際仕方がない。

 そしてしばらく待っていると、

「あれ? 箒じゃないか」

「!?」

 あまり聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには見覚えのあるヒラメ顔の男が立っていた。

「キミは、一夏か?」

「おう、やっぱり。覚えていてくれたんだ」

「五反田さんもおるでー」

 一夏の後で、赤い長髪の男もハイテンションで顔を出す。

 織斑一夏。箒の小学生時代の幼馴染で、彼女の通うIS学園の教師、織斑千冬の弟でもある。

 彼とは小学生時代、同じ道場に通っていたこともあったのだ。

「いやあ、もしかしたらと思ったけど、やっぱりな。髪型も雰囲気も変わっていないからさあ」

「お前もあまり変わっていないな。声以外は」

「いや、手厳しい」

「あ、俺はどうだ?」五反田が嬉しそうに身を乗り出す。

「お前の顔は忘れた」

「そんな、酷い」

「まあそんなことはともかく」

「え!? 俺の扱い酷くね?」
370 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:05:25.10 ID:cZMudr5so

「一夏たちはどうしてここにいるんだ?」

「どうしてって、五反田と遊びに来たんだよ。それで、もう昼だし何か食べようかと思って」

「そうか」

「箒たちは?」

「今日は、と、友達と買い物に来たんだ……」

「へえ、同じ学園のか?」

「そうだ」

「今どこ?」

「注文した品を取りに行ってもらっている」

「ん?」一夏が何かに気づいたようだ。

「どうした」

「箒、お前さっきから何向こうの店をチラチラ見ているんだ?」

「!」

「何かあるのか?」

「いや、何でもない」

「そうか」

 箒は大神たちのいるイタリアンレストランから慌てて目をそらす。

「お待たせ箒」

 トレイにアイスコーヒーやツナサンドなどを乗せたシャルが戻ってくる。

「おお、シャル」
371 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:06:07.53 ID:cZMudr5so

「な! 超☆美少女!!」

 シャルの姿を見て、五反田が興奮する。

「落ち着けよ」一夏はそれを止めた。

「箒、この人たちは?」

 シャルがトレイをテーブルに乗せつつ、不安そうに聞いてくる。

「ああ、紹介しよう。私の幼馴染その一とその二だ」

「おい!」

「ちょっと待てよ箒、その紹介はいくらなんでも!」

「箒、ちょっとしか紹介になってないよ」シャルが苦笑しながら言う。

(むう、面倒くさいな)

 箒はそう思いつつ、彼らに互いを紹介した。

「へえ、箒の小学校時代の幼馴染なんだ」

「ああ、織斑一夏だ」

「俺は五反田弾。バンドやってんだバンド。よろしく」

「あ、僕、シャルロット・デュノアといいます。箒さんとは同じクラスなんです」

「くうううう! カワイイじゃないか!」

 五反田は一人で異常に興奮している。

「それはいいのだが二人とも」

 箒は、五反田の興奮をよそに冷静に声を出した。

「なんだ?」

「どうかしたか」
372 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:06:37.12 ID:cZMudr5so

「なぜ当り前のようにこのテーブルに座っている」

「え? いいじゃないか」

「そうやそうや。一緒に昼食食べようや」

「おい、勝手に決める――」

「箒、箒……!」

 シャルが箒の袖を軽く引っ張った。

「どうした」

「あんまり騒ぐと先生たちにバレちゃうよ」

「む、そうだな」

 箒は自らの興奮を恥じて、その場に座った。

「まあ、食事くらいなら一緒にいてもいいだろう」

「なんでそんなに偉そうなんだよ……」

 一夏がやや不満そうに言う。

「お、そうこなくっちゃ。おい一夏、お前なんか買ってこいよ」

「いや、お前が注文取りに行けよ」

「俺はちょっとシャルロットちゃんに色々と聞かなきゃならないんだよ」

「アハハ……」

 五反田のその言葉にシャルは苦笑した。

「こうなったら勝負だ」

「ふん、返り討ちだ」

「行くぞ一夏!」
373 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:08:04.58 ID:cZMudr5so

「おう」

「最初はグー! じゃんけん……、ポン!」

 一夏、グー、五反田チョキで一夏の勝ちである。

「くそお」

「お前、昔から最初にチョキを出すクセがあるよな」

「チクショー!」

 悔しがりつつも五反田は注文をしに行った。

 テーブルに残ったのは、箒、シャル、そして一夏の三人だ。

「……いや、まあ久しぶりだな」

「そうだな」

 空気が重い。こういう時、ムードメーカーの存在が重要になる。

 五反田が意外に重要なポジションであることを改めて認識する箒だった。

「学園はどうだ、箒」

「まあ、普通だ。相変わらず忙しいけどな」

「最近はなんか物騒だけど、そっちは大丈夫か?」

「物騒?」

「ほら、降魔とかいうやつ。春休みに一緒に遊びに行こうって言った時も、結局あの化け物のせいで
うやむやになっちまったし」

「そ、そうだな」

 まさか自分が今、その降魔退治をしているとは絶対に言えないのだ。

「そっちの、ええと、シャルロットさんは外国からの留学生かな」

「はい。フランスからです」
374 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:08:54.20 ID:cZMudr5so

「そうなんだ。日本語、上手だね」

「最近の言語習得プログラムは優秀です。でも読み書きはまだまだで」

「そうなんだ。凄いな、IS学園」

 そんな話をしていると、

「――あのー、すいません」

 突然誰かが声をかけてきた。

「!?」

「はい、なんでしょう」一夏が返事をする。

 顔を上げて見ると、髪はオールバックで白のスーツを着た男性であった。

 ギターでも持っていそうな格好だ。

「この辺りに、長い黒髪でカチューシャを付けた女の人を見ませんでしたか」

「黒髪? カチューシャ?」

「歳は中学生くらいなんですけど」

「知り合いですか」

「ええ、まあ……」そう言って男は頭をかく。

「箒、知らないか?」

 一夏はこちらを見て聞いてきた。

「いや、そんな人は見ていないな」

 箒は正直に答える。

「僕も見てないよ」

 シャルも言った。
375 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:09:49.92 ID:cZMudr5so

「そうですか。参ったなあ。携帯も通じないし。あ、ありがとうございます」

 そう言うと、白スーツの男はどこかへ行ってしまった。

「ねえ、箒」

 シャルが小声で話しかけてきた。

「なんだ」

「今の人って、大神先生に似てなかった?」

「そうか?」

「なんか雰囲気とか、立ち振る舞いとか」

「確かに……」

 堅気の人間ではない。そんな空気は箒も感じていた。

(普通の人間は、白のスーツなんて着ないし)

「何の話をしてんだ? 二人とも」

「いや、なんでもない」

 箒は、とりあえずごまかすことにした。

「ところで話変わるけど――」

 一夏の言葉に箒は再び緊張した。

 彼が何を聞きたがっているか、何となくわかっていたからだ。

「……!」

「千冬姉は元気か?」

「……げ、元気にしている」

「まさかIS学園で働いているなんて思わなかったぞ。少し前までヨーロッパに行ってたし」
376 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:10:24.16 ID:cZMudr5so

「そうだな」

「相変わらず男っ気はないかな。まあIS学園は女性ばかりと聞くから、そういう心配は
ないと思うけど」

「……!」

「どうした、箒」

「いや、何でもない」

「そうか」

「ところで一夏」

「なんだ?」

「もし、もしも千冬さん、いや、織斑先生に恋人ができたとしたらどうする?」

「ええ? あの千冬姉にか? そんなのあるわけないじゃないか。でも――」

 ふっと、一夏の表情が変わった。

「そんな奴が出てきたら、まずはこの俺が……」

 そんな一夏の顔を見てシャルが小声で言う。

「箒、なんだか一夏くんの顔が怖いよ」

「あいつは重度のシスコンなんだ」

 箒も小声で応える。

「シスコン?」

「シスターコンプレックス。つまり姉好きなんだな。それもかなり」

「そんな。ということは、大神先生と一緒にいるところを見たら」

「マズイことになるやもしれない」
377 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:10:58.36 ID:cZMudr5so

「ん、どうした二人とも。またコソコソ話をして」

「あ、箒!」

 思わずシャルが声を出す。

 見ると、大神と千冬の二人は食事を終えて店を出てくるところであったのだ。

(まずい!)

「どうした? 誰か知り合いでもいたのか?」

 一夏がシャルの視線に気づき、大神たちを見ようとしたその瞬間、

「一夏、すまない!」

 そう言うと、箒は一夏に眼つぶしをくらわし、そして頸椎に手刀を入れて動けなくさせた。

 ガタン、という音とともにテーブルに顔を伏せる一夏。

「行くぞシャル」

「え、でもこの人」

「五反田がいるから何とかしてくれるだろう」

 一夏たちを放置した箒とシャルは、大神たちにバレないようその場を離れた。





   *
378 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:11:54.23 ID:cZMudr5so


「まったく、何やってんのよアイツら」

 箒たちが騒ぎを起こしたため、尾行が困難になってしまったので、彼女たちに代わって
鈴とラウラのコンビが大神と千冬を尾行することになった。

 こうして、定期的に尾行を交代することによって相手に気づかせないという作戦だ。

 しかし――

「ちょっとラウラ、何をしているのよ」

「ふむ、なかなか興味深い店だ」

 ラウラにとって街のものは全てが珍しいらしく、色々な店や人に関心をしめしている。

(もう、これじゃまるでラウラの“お守り”じゃないのよ!)

 大神と千冬の尾行、ラウラの世話。

 この二つを同時にやらなければならない鈴は結構多忙な身であった。

 そうこうしているうちに、大神たちはある雑貨屋に入った。

 午前中は服屋に入ったというから、一体何が目的なのだろう。と、鈴は頭の中で考えを巡らす。

「ねえラウラ。大神っちと千冬さんは何が目的だと思う?」

 鈴はラウラに聞いてみるが返事はない。

「もう、ラウラ」

 振り返ると、そこにはウサギの耳のついたカチューシャを装着するラウラの姿が。

「何やってんのよ」

「ああ、さっき白いスーツを着た人が『似合いそうだから』と言ってくれたのだ」

「変な物着けてんじゃないわよ。余計に目立ってしまうじゃない」

「そうだな。しかし、なかなか可愛いではないか」
379 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:12:22.40 ID:cZMudr5so

「それは否定しないけど……。それより」

「それより何だ?」

「アンタ、目的を忘れたわけじゃないでしょうね」

「わかっている。二人の尾行だろう」

「そうよ」

「それがどうした」

「アンタ、悔しくない?」

「悔しい?」

「だってラウラも、大神っちのことが好きなんでしょう?」

「ああ好きだ。愛している。私の全てと言っても過言ではない」

「ああ、わかったわかった。その大神っちがほかの女とデートしているのよ」

「買い物ではないのか?」

「デートみたいなものよ」

「それが何か」

「それを見て悔しくないの? 箒なんて露骨に不機嫌になっていたわよ」

「そうだな……」

 ラウラはほんの少しだけ考えた。

「別に悔しくはない」

「はあ?」

「むしろ私は幸せに思う」

「どうしてよ。アンタの好きな相手が別な女と一緒にいるのよ」
380 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:12:58.47 ID:cZMudr5so

「大神隊長の喜びは私の喜びでもある。彼が好きになった相手がいるのならば、
私はその人も好きになろう」

「……」

「ましてやその相手は、私が尊敬する織斑教官なのだ。これを祝福しないでどうする」

「アンタ」

 なかなかやるじゃない、と言いかけた瞬間、

「まあ、日本には“妾”という制度があるらしい。隊長と教官がもし結婚したならば、
私は二人の妾になろうと思う」

「ぶっ!」

「どうした」

「アンタ、一体何を考えているのよ!」

「何をと言われても、愛する人と尊敬する人、皆が一緒にいられる最高の選択肢だと思うが」

「妾なんて、もうあるわけないでしょうが」

「アジアでは一夫多妻が普通だと聞いていたが」

「誰がそんなこと言ったのよ」

「坂本先生」

「あのパンツ丸出し教師が……!」

「それはそうと、鈴」

「何よ」

「お前は、大神隊長のことが好きなのか?」

「……」
381 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:13:39.40 ID:cZMudr5so

「どうした」

「まあ、嫌いではないかな。結構、熱血バカなところはあるけど」

「では好きなんだな」

「そりゃ、好きだけど……」

「何か問題でも?」

「そりゃあるわよ。相手は千冬さんよ。胸も適度にあるし、性格もしっかりしている」

「……」

「もし、大神っちが千冬さんのことを好きだったら、アタシなんか敵うはずがないし」

「敵う? どういうことだ」

「だってアタシ、胸もないし背も小さいし。そうそう、私が大神っちにはじめて会った時
なんて言われたと思う? 小学生だって。笑えるでしょう?」

「……私は、そういう考え方はあまり好きではない」

「はあ? どういうことよ」

「鈴、お前は戦う前から諦めている」

「な……!」

「お前らしくもない」

「アンタねえ、私の何が分かるって言うのよ」

「確かに、鈴との付き合いは短い。だが、戦いの時の鈴は、危険を承知でリスクを取る
勇気を持ち合わせていた」

「……勇気」

「だが今のお前はなんだ。戦う前から既に逃げ腰ではないか」
382 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:14:05.68 ID:cZMudr5so

「……!」

「一度、正面からぶつかってみるといい」

「何よ、私のことも応援してくれるっていうの?」

「いや、お前とはライバルだ」

「はい?」

「織斑教官なら仕方がないが、お前が隊長と一緒になるというのならば、正妻は私だ」

 そう言ってラウラは腕を組んだ。

「何よそれは!」

「ふっ、少しは“らしさ”が戻ってきたではないか」

「……ふん」

 そう言って、鈴はラウラから顔をそらした。

「……」

「ありがとう……」

「なぜ礼を言う?」

「いいからありがとう。ちょっと、感謝したい気持ちになったの」

「ああ、わかった。その気持ち、受け止めておこう」

 鈴とラウラは、そんな話をしながら尾行を続けたのであった。




   *
383 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:14:59.05 ID:cZMudr5so


 織斑千冬との買い物は、彼女の弟である織斑一夏への誕生日プレゼントを選ぶもので
あった。

 厳密に言えばデートではない。

 しかし、それでも大神は嬉しかったのだ。普段、滅多に見ることのできない千冬の笑顔を
何度も見ることができたからである。

「すまない大神くん。今日は一日、私のワガママに付き合わせてしまって」

「いえ、構いませんよ。むしろ楽しかったです」

「楽しかった?」

「ああ、いや。こうして一緒に買い物といか食事とかをしていると、普段あまり見ない千冬さんの
表情を見ることができて」

「私は、そんな変な顔をしていたか?」

「ああいや、そうじゃないんです。あなたは、いつも素敵な顔をしています」

「な、何を言っているんだ」

「すいません」

「別に謝らなくてもいい……」

 そう言って千冬は顔をそらす。

「しかし、どうして明治神宮なんですか?」

 この日、最後に訪れたのは明治神宮であったのだ。

「以前一夏と……、弟と一緒に初詣に来たことがあるのだ。といっても、十年以上昔の話だが」

「そうなんですか」

 日曜日とはいえ、夕方なので敷地内の人はまばらだ。

 うっそうと茂る木々は、都内とは思えない静けさを感じさせる。
384 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:15:40.13 ID:cZMudr5so

「初詣だから当然人は多い。私はあの時、幼い弟の手を掴み、絶対に彼を守ろうと強く
誓ったのだ」

 千冬は歩きながらそんな思い出話をしてくれた。

 本殿への参拝を終えた大神たちは、振り返る。

「そろそろ帰りましょうか、“大神先生”」

 ふと、呼び方が変わった。

「千冬さん?」

「おい、お前たち。いつまで遊んでいるつもりだ」

「ふえええ?」

 どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 すると、社務所の影から見覚えのある影がぞろぞろと出てきたではないか。

(朝から感じた違和感はこれか)

 大神は千冬に夢中で気がつかなかったのだ。まあ、仕方ないよね。

「探偵ごっこは楽しかったか? お前たち」

「気づいていたんですか……?」

 箒が恐る恐る訪ねた。

「馬鹿者が。あの程度の尾行に気遣いない奴があるか。むしろ気づかないほうがおかしい」

「ですよねえ」

 鈴が自嘲気味に笑った。

(ヤバイ……)

 大神は千冬に夢中で気がつかなかったのだ。
385 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:16:11.63 ID:cZMudr5so

「まあ、お前たちの気がかりもわかるので、今回は見逃してやる」

「気がかり……」

「大神先生のことだろう?」

「……」

 全員押し黙る。

「まあ、お前たちもずっと見ていたからわかると思うが、今日は買い物に付き合ってもらった
だけだ。弟の誕生日プレゼントを買うためにな」

「弟って、一夏のことですか?」箒が聞く。

「そうだ。ほかに誰がいる」

「そうですよね」

「だから安心しろ。私と大神先生とは、お前たちが心配しているような関係ではない」

「……」

(うう……)

 大神は心の中で呻いた。わかってはいたけれど、こうもあっさりと言われてしまうと本当にショックだ。

「どうした、凰」

「べ、別に私は大神っちのことなんて気にしてはなかったんですからね」

「私は街に出たかっただけです」

 ラウラは真顔で答える。

「僕は少し気になったかな」シャルは照れくさそうに言う。

「わ、私は……」
386 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:16:51.01 ID:cZMudr5so

「それよりお前たち、学園には早く帰れよ。寮の門限を破ったら、それなりのペナルティー
があるんだからな」

「はい」

「さて、大神先生。我々も帰ろう。今日は本当に――」

 そう言いかけた瞬間、千冬の声が止まる。

 そして彼女はその場に膝をついた。

「千冬さん!」

 大神が千冬に駆け寄る。

「どうしました」

 箒たちも駆け寄った。

「いや、何でも……」

 千冬は右手で胸を押さえながらも、周囲を安心させようと顔を上げようとする。

「千冬さん、どうしました!」

 こんなに苦しそうな顔をした千冬を見たのははじめてであった。

 どんな時でもどんな状態でも、平然としている印象のあった千冬がこんなにも苦しんでいるのだ。

「一体、どうなっているんだ」

「大神さん! あそこ!」

 そう言って、箒が指差した先は鳥居の上であった。

「あの鳥居が何だって言うんだ!?」

 疑問に思いつつ、千冬を抱いた状態で大神は箒の指し示す場所を見る。

 そこには、初夏の夕空に浮かぶ黒い影。



「人が、乗っている……?」
387 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:17:43.94 ID:cZMudr5so

 大きな鳥居の上に、人が乗っているのだ。

 よく見えないが、目を凝らすと軍人の制帽のようなものを被っている。

「誰だ!!」

 そこにいた大神を含む五人が一斉に戦闘態勢を取る。

 黒い人影の出す、禍々しい殺気に大神たちは警戒せずにはいられなかったのだ。



《フフフフ……、やっと見つけたぞ》


「!!」

 鳥居の上にいるはずなのに、その声はすぐ近くで話しかけられているようだった。
実に不気味な感覚。

 スッと、鳥居の上の人影が消えたと思ったら、地上の石畳の上に舞い降りていた。
まるで瞬間移動でも使っているようだ。

 近づいた人影に大神は目を凝らす。

「なんだこいつは……」

 人影は、背が高く痩せており、そしてカーキ色の軍服を身にまとっていた。

 しかも初夏にも関わらず、防寒用のマントまで着ている。

 コツ、コツ、と軍靴独特の足音を鳴らし男が近づいてきた。

「く……」

 男が近づいてくるたびに頭がクラクラしてくる。

 それは箒や、ほかのメンバーも同じのようだ。

「何者だ貴様!」

 大神は再び叫んだ。

 すると、怪しい軍服の男は立ち止まる。
388 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:18:45.04 ID:cZMudr5so

 そして、はっきりと大神の顔を見据えた。

 背が高く痩せており、それでいて鋭い目つき。肌は青白く、その眼はどこまでも冷たく
暗いものであった。




「わが名は――



         加 藤 保 憲




               帝都に仇をなす者なり」




「カトウ、ヤスノリ……?」

 大神はその名に聞き覚えがあった。

 はっきりとは思いだせないが、とんでもない人物であることはわかる。

「シャル!」

「はい」

「千冬さんを頼む」

「え、はい」

 大神は千冬の身をシャルに任せると、加藤と名乗る軍服の男に向かって歩き出した。

「大神さん! 危険です」

「隊長!」
389 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:19:22.29 ID:cZMudr5so

 箒とラウラが呼びかける。

 相手が不気味な存在であることはよくわかっていた。

 しかし、このまま奴を生徒たちに近付けるのはマズイ。

 それだけはわかっていた。

「加藤とか言ったな、お前の目的は何だ」

「わが“切り札”を貰い受けに来た」

「切り札?」

「織斑……、千冬」

「な!」

(やはりこいつの目的は千冬さんか!)

「大人しく渡してもらおう」

「お前の目的が何かはよくわからんが、千冬さんを渡すわけにはいかない」

「そうか。ならば、強引に奪っていくまでのこと」

「やめろ!」

 加藤は再び歩きだした。

 一歩一歩、ゆっくりと。まるでこちらの恐怖心を煽るかのごとき歩き方だ。

「近づくな!」

 大神は身構える。

 しかし、次の瞬間加藤はマントから自らの手を覗かせた。

 白い手袋をはめており、手の甲には五芒星が描かれてる。

「ふん」
390 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:20:19.16 ID:cZMudr5so

 加藤が白手袋のはめられた右手を振ると、強力な風が巻き起こり先頭にいた大神は
吹き飛ばされてしまった。

「隊長!」

 恐らくどんなに踏ん張っても吹き飛ばされてしまうような風。

 力では逆らえない風だ。

「ぐは!」

 大神の身体は石畳の上に叩きづけられる。

 何とか受け身は取ったものの、息が止まるようだ。

「隊長!」

「先生!」

 生徒たちの何人かが駆け寄ろうとする。

「近づくな! こっちじゃない!!」

 奴の、加藤保憲の狙いは千冬だ。

「加藤保憲、私が相手だ!」

「箒くん!」

 大神がいなくなった後に加藤と対峙したのは箒だった。

「ん……」

 加藤の表情が変わる。

「箒くん……?」

 箒の身体から奇妙な光が漏れ出ているように見えた。
391 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:21:16.01 ID:cZMudr5so

「破邪の血か、少々厄介だな」

 加藤の歩みが止まる。

「加藤保憲……」

 箒は喉の奥から絞り出すように加藤の名を呼ぶ。

 今、箒はあの時のように刀を持っていない。しかし、彼女の構えは武器を持っていなくても
武術のものに相違なかった。

(徒手空拳は不利だ)

 大神も、加勢しようと近くにあった竹ぼうきを手に取る。

「かとおおおお!!!」

 箒が突っ込んだ。

「ふんっ」

 加藤が小さな布を投げると、彼の前に結界のようなものが出来て箒の動きを封じる。

「ぐっ!」

 箒の前進が止まった。

「箒くん! 下がれ!!」

 大神は竹ぼうきを振りかぶり加藤に向かう。

「無駄なことを」

 そう言うと、加藤は振りかぶることなく左拳を出す。

 乾いた音とともに竹ぼうきが真っ二つに折れた。

「ぐはっ!」

 それと同時に大神の身体も吹き飛ばされ、再び地面に叩きつけられてしまう。
392 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:21:57.99 ID:cZMudr5so

「我々も忘れるな!」

「そうよ!」

 大神が身を起こすと、仁王立ちしている加藤にラウラと鈴が飛びかかっていた。

「やめろ! 二人とも!!」

 大神は叫ぶが届くはずもない。

「きゃあ!」

「うわあ!」

 大神と同じように、ラウラと鈴も吹き飛ばされてしまう。

「私の友達に手を出すなあ!!」

 それを見た箒が叫ぶ。

「く!」

 加藤の表情が曇る。

 先ほど奴が形成した結界を突き破り、再び加藤に攻撃をしようとする箒。

「ふんっ!」

 箒の接近を避けるように、加藤は後ろへ飛んだ。

 しかもその飛び方は大きい。

 まるで、ピンポン球のように身軽に飛び跳ねた加藤は再びこちらを見据える。

「ほかの連中はともかく、そこの女は厄介だな」

「!」

 加藤の目線の先に箒がいることは明白であった。

 そして、加藤は素早く右手を空に向かって付き出す。
393 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:22:32.64 ID:cZMudr5so

「来い! 魔導兵よ!!」

 加藤の声とともに夕闇の中から姿を現したのは、IS型の魔操兵器であった。

 それも四体。いずれも大太刀を主要武器とする黒兜だ。

「しまった!!」

 魔操兵器はシャルの後方から接近する。

「くそ!」

 大神は走る。走る、そして走る。

「シャル!!!」

 シャルは千冬を抱いた状態で顔を伏せた。

 そこに振りかぶる黒兜。

(間に合わない!!)

 そう思った瞬間、魔操兵器の動きが止まった。

「な……!」

「やっと目覚めたか」

 加藤の声が聞こえる。

「千冬さん?」

 先ほどまでシャルに抱かれていた千冬が、いつの間にか立ち上がっている。
 
 彼女の足元には、気を失ったシャルが横たわっていた。

「千冬さん!」

 大神の叫びに気がついたのか、千冬はゆっくりとこちらを見る。

 その精気のぬけた目は今まで見てきた千冬とはまるで別人だ。
394 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:23:28.22 ID:cZMudr5so

 不意に千冬が口を開く。

 声は聞えなかったが、大神にはその口の動きで彼女の言葉はわかった。

 



 ス・マ・ナ・イ






「千冬さああああああああん!!!!」

 大神の叫びも空しく、千冬は黒兜に抱かれると、天高くへと舞い上がった。

 これまで魔装兵器が何のために動いていたのか不明であったけれど、今回はあの
加藤保憲と名乗る軍服の男の指示に従って動いていたことは明白であった。

 大神は再び加藤を見据える。

「加藤! 貴様千冬さんに何をした!」

「フフフフ、織斑千冬は戻るべき場所へ戻ったのだ」

「戻るべき場所だと……?」

「奴とはまた会える、その時まで楽しみにしているのだな」

「おい! 待て」

「フハハハハハハ」

 不気味に笑う加藤に対し、箒が拳を振う。

「逃がすかああああ」

 しかし、彼女の拳は空を切った。

「な!」

 まるで立体映像のように姿を消す加藤。

 そして夕闇に染まる明治神宮は、再び元の静けさを取り戻して行った。




   *
395 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:24:12.13 ID:cZMudr5so


 その日、大神たちは警察の事情聴取の後、ヘリでIS学園に戻った。

 学園に戻った大神は、とりあえず生徒たちを寮に戻し、地下司令室で米田と二人だけで
話をした。

「それで、その加藤というのは何者なんですか、どうして千冬さんが!」

「落ち着け大神。お前が焦ったところで千冬が戻ってくるわけじゃねえ」

「しかし司令!」

「お前が冷静さを無くしてどうやって指揮を執るっていうんだ!? お前の身はお前一人のものじゃ
ないんだぞ」

「……それは」

「千冬を誘拐されて焦る気持ちはわかる。アイツは優秀な副官だったし、IS乗りとしても超一流だった」

「どうして、千冬さんが……」

「とにかく話を聞け大神。順を追って説明するぞ」

「はい」

 とりあえず、大神は司令部の椅子に米田と向かい合うような形で座った。

「まず加藤保憲についてだ」

「加藤……」

「コイツはな、帝都に存在する魔人だ」

「魔人?」

「ああ、恐らく二百年以上生きている化け物だよ。正式な記録では百年前に登場しているのだが」

「百年前ですか?」

「そうだ。大神、関東大震災は知っているだろう?」
396 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:25:16.47 ID:cZMudr5so

「あ、はい。知ってます。歴史で習いましたし」

「あれを引き起こしたのも加藤だ」

「加藤が? そんな」

「奴は陰陽道の術、外国で言うところの魔術だな。それに通じていた。
そしてその術で地霊を操り、古くからの怨霊を蘇らせることにより、
帝都に壊滅的な打撃を与えたのだ」

「そんなことができるなんて」

「もちろん奴一人の力ではないが、加藤はあらゆる力を動員して帝都を破壊しようと
試みている。そう、何度もな」

「何度も?」

「そうだ。お前も知っての通り、帝都は震災から復興した。しかし、その後戦争や大火事で
何度も打撃を受けている。これも奴の仕業だ」

「なぜ加藤は帝都を破壊しようなどと」

「わからん」

「わからない?」

「百年以上前からご先祖様たちは加藤と戦っている。しかし、奴の目的は未だにわからん。
だから、ただ純粋に帝都を破壊することだけの存在だと考えるようになった」

「純粋に……、帝都を破壊するだけの存在?」

「お前には理解し辛いかもしれない。実際俺もよくわからんのだ。そしてご先祖様たちにも
よくわからなかった。
帝都は様々な魔物から狙われているが、この加藤という奴は一際厄介な魔物だ。
厳密に言えば、人間の要素も含んでいるから我々は魔人と呼んでいる」

「じゃあ、今回降魔を生みだしているのも」

「恐らく加藤だろうな。しかし、元々降魔というのは加藤のものではない」

「違うんですか?」
397 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:27:00.62 ID:cZMudr5so

「少なくとも太正時代に起こった『降魔戦争』において、加藤は関係がない。
知ってるか? 降魔戦争」


「多数の降魔が帝都に現れて、大混乱に陥った事件ですよね」

「ああ、幸い降魔は陸軍対降魔部隊によって鎮圧され封印された。しかしその封印も、
さすがに百年も経てばガタがくる。そこを加藤に狙われたんじゃねえかと俺たちは見ている」

「つまり、加藤は封印されていた降魔の力を利用して、帝都を破壊しようと目論んでいると」

「ああ、予想が正しければ」

「しかしおかしくないですか?」

「何がだ」

「降魔を使って帝都を破壊するのなら、もっと帝都の中心部で降魔を出現させたほうが
いいんじゃないですか? でも、今まで俺たちが戦ってきた場所は、
都心部よりもやや離れた場所ばかり」

「郊外って言いたいんだろう?」

「はい」

「確かにな。ちょっとこれを見てくれ大神」

「はい?」

 そう言うと米田は何かのスイッチを押す。すると、司令部の大画面に関東の地図が映し
出された。

「これは……」

「まあ、見てみろ。これがお前たち、帝國華劇団花組が戦った場所だ」

 地図の中に、黄色い光が浮かび上がる。

「そしてこれが、降魔が最初に発見された場所」
398 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:27:45.83 ID:cZMudr5so
 今度は赤い光が表示される。

「この赤い光の中から、ラウラが初めて戦いに参加した、東京湾上空での戦闘ケースを
取り除いた場合」

「これは」

「気がついたな」

「五角形?」

「そうだ。また、この赤い点をつないで、こんな風に五芒星を作ることもできる」

 関東の地図の上に赤い五芒星が浮かび上がった。

「……!」

 大神の脳裏に浮かび上がるのは、加藤保憲がはめていた白の手袋だ。そこには、
はっきりと五芒星の刺繍がなされていた。

「五芒星、陰陽道でセーマンドーマンとも呼ばれる。陰陽道の五行に通じる形だとされる」

「この位置に降魔を出現させたことに、何か意味があるのでしょうか」

「恐らくな。何かとんでもないことが起こりそうだ」

「……それで、司令」

「どうした」

「なぜ、千冬さんは誘拐されたのでしょうか」

「ああ、それなんだが……」

「……」

「生贄(いけにえ)にされる可能性も否定できない」

「生贄ですか?」

「ああ、かつて加藤は帝都の地下に眠る地霊を呼び覚ますため、霊力の強い女性を強引に
拉致したことがあった」
399 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:28:23.56 ID:cZMudr5so

「しかし待ってください司令」

「なんだ」

「確か、千冬さんは霊力は強くないんですよね。それがどうして生贄に……」

「ああ、確かに千冬の霊力は強くねえ。ただそれは“対降魔霊力”に関してだ」

「どういうことです」

「大神。お前さんや箒たちが持っている霊力は対降魔霊力、つまり降魔を倒すための霊力
なんだ。だが千冬にはもう一つの霊力が宿っていた」

「もう一つの、霊力?」

「ああ、お前とは逆に“降魔を強化してしまう”霊力だよ」

「そんな」

「これが、アイツが対降魔戦に参加できなかった最大の理由だ」

「どうしてそんなことが……」

「わからん。この情報は最高機密だったのだが、やはりどこかで漏れてしまったのだろう」

「司令」

「どうした」

「千冬さんは、生きていると思いますか?」

「恐らくな。そう簡単に殺しはしないだろう。奴らにとっては利用価値のある人間だ」

「だったら捜しに行きましょう! 生贄にされる前に」

 大神は立ち上がり、米田に詰め寄る。

「大神、それはお前の仕事じゃない」

「しかし!」
400 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:29:27.56 ID:cZMudr5so

「お前も軍人なら命令を守れ。いいか、千冬の捜索と敵の調査は別の部隊が担当する。
お前を含む対降魔IS部隊、花組は、次の魔操兵器の出現に備えて待機だ」

「司令……」

「命令を復唱しろ大神!」

 大神は震える手を握り締め、その場で不動の姿勢を取った。

「お……、大神三尉! 魔操兵器出現に備え、別命あるまで待機します!」

「よろしい。寮に戻れ」

「了解……」

 大神は力なく歩き出した。

「ああ、待て大神」

「はい何でしょう」

 米田に呼び止められ、大神は振りむく。

「一つ、大事なことを言い忘れていた」

 米田は苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「なんでしょう」

「随分昔の話なので、現在もそうとは言い切れないのだが」

「……」

「対降魔部隊の元隊員が、降魔の側についてこちら側と戦ったという記録があるのだ」

「どういうことです……」

「降魔になったんだよ、人間が」

「司令、その話を今ここでするということは……」

「千冬にもしものことがあるかもしれないということだ。今のうちに覚悟を決めろ……」

「……!」

 大神はそれ以上何も言えなかった。




   つづく
401 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:30:45.81 ID:cZMudr5so
というわけで、正解は4番、ではなく7番の織斑先生でした。簡単すぎましたね。
ちなみに加藤のモデルは、例のハチマキ野郎です。
402 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/13(土) 15:37:33.71 ID:cZMudr5so
なお、変態仮面変身セットはパンツが調達できなくて……
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/13(土) 17:11:34.37 ID:sCnFi8fU0
乙ー

ならパンツは自前か……
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/14(日) 00:28:48.67 ID:r3QSRYvAO

千冬さんマジであやめさんポジションかよ…
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/08/14(日) 01:12:12.87 ID:TuM5332AO
一夏は小さい頃なぜか降魔の封印破って浸食されて悪落ちしてるとか思ってました


ところで 箒→さくら セシリア→すみれ シャル→アイリス ラウラ→マリア
とすると鈴はカンナ?紅蘭?
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/14(日) 04:23:56.88 ID:VVuk1ISLo
中華だから紅蘭だろ カンナェ
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/14(日) 11:17:09.25 ID:BDjyRXpN0
けど中華には個別シナリオがなかったような……
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/14(日) 11:18:47.27 ID:cEHvCPrY0
間違えた中華ではなく紅蘭だ
409 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:35:32.53 ID:xEF9Tby6o
 よいしょ。もうすぐ終わりだ。長いようで短い物語でしたね。
 それでは、投下。
410 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:38:19.87 ID:xEF9Tby6o




  悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。


                                         アラン
411 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:39:33.39 ID:xEF9Tby6o

 日もすっかり暮れ、IS学園の空にはいくつもの星が瞬いていた。

 走れメロスではないけれど、初夏満天の星空、といったところだろう。

 大神は空が好きであった。

 昼間の青々とした空も好きだが、こうした夜の星空も好きだ。訓練航海中に見る星は
また格別だ。

 しかし今の大神にはそんな星を楽しむ気持ちには当然なれなかった。

「俺は、何てことをしてしまったんだ……」

 今になって後悔の念が沸々と湧き上がる。

(あの時、命がけで千冬を守っていれば。いや、自分が犠牲になってでも千冬を奪われ
なければ)

 米田は言った。覚悟をしておけと。

(千冬さんが俺たちに敵対する? そんなバカな)

 大神は必死に心の中の不安をかき消そうとする。

 だが、呪いを流しこまれた人間が魔に染まってしまったという例は枚挙にいとまがない。

(こんな状況なんだから、呑気に買い物なんてしている場合じゃなかったのに)

 大神は唇を噛み、そして拳を握りしめる。

(なのに、俺は千冬さんと一緒に出かけられると、浮かれてしまって、油断をして。
挙句、彼女を加藤保憲に奪われてしまった……)

 自らの拳を自分のコメカミ当たりに撃ちつける大神。

 痛い。だが足りない。まだ足りない。

 自分の愚かさに情けなくなる。

(何が隊長だ。少しくらい敵に勝ったくらいでいい気になってしまって。あの子たちがいなければ
何もできないくせに)

 大神は寮に戻るのを止め、学園の敷地内にあるベンチに腰掛けた。
412 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:40:05.61 ID:xEF9Tby6o

 こんな歪んだ顔を寮の人たちに見せたら、きっと皆嫌な思いをするだろう。

 そう思った大神は、しばらく外で、文字通り頭を冷やそうとしたのだ。

 しかしじっとしていると、千冬の顔が浮かんでくる。

(千冬さん、俺は……!)

 その時、何者かが近づいてきた。

「誰だ!」

 思わず大神は声を出してしまった。
413 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:42:08.81 ID:xEF9Tby6o





 



    I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



          第九話 不安と孤独


 
  

 
414 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:42:40.78 ID:xEF9Tby6o

 人影が動きを止める。

「箒……くん?」

 IS学園の制服に身を包んだその少女は、紛れもなく篠ノ之箒であった。
手には何かの布の包みのようなものを持っている。

「ここにいましたか、大神先生」

「ああ、今司令室から戻ってきたところだ。これから寮に帰ろうと思う」

「そうですか」

「キミこそどうしたんだい? もう寮に戻って休んでいると思っていたんだけど」

「あの、大神さんを探していました……」

「俺を? どうして」

「こ、これを渡そうと思って」

 そう言うと箒は手に持っている布の包みを少し上げて見せた。

「え?」

「その、お夜食です。大神さん、夕食まだだろうと思って」

「い、いいのかい?」

「はい。食べてもらいたくて作りました」

 そう言えば、大神は昼に千冬とパスタを食べて以来、何も食べていなかった。

 色々あり過ぎてそれどころではなかったからだ。

「ここでいただいてもいいかな」

「え?」

「いや、ちょっとまだ寮に戻りたい気分じゃないんだ。少し心を落ち着かせてから
帰ろうと思って、ここにいたわけだから」

「そうですか。構いませんよ、私は」
415 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:43:09.71 ID:xEF9Tby6o

「ありがとう」

「あの……」

「なんだい?」

「ご一緒しても、よろしいですか?」

「ああ、構わないよ」

 包みの中には小さな弁当箱が入っており、蓋を開けるとキレイに三角の形をした
おにぎりが入っていた。

「おにぎり……」

「ごめんなさい、こんなものしか作れなくて」

「いや、違うよ。とても嬉しいんだ。やっぱり日本人には米だよね」

「はい」

 不安そうだった彼女の顔がふと柔らかくなったように見えた。

「いただきます」

 大神は箒の作ったおにぎりをほおばる。

 塩味がほど良く、まだほんのりと米の温かみが残っているようだった。

「……」

「どうしました?」

 おにぎりをじっと見つめて止まってしまった大神を見た箒が話しかける。

「あ、いや。ちょっと思い出したことがあって」

「思い出した?」

「ああ、初めてISに乗った日のことを」

「初めて乗った日……」

「キミは覚えているかい?」

「もちろん、覚えています」

「とても印象的な日だった」

「はい」
416 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:43:57.73 ID:xEF9Tby6o

「俺は、幹部学校時代から体力には自信があったんだけど、ISに乗った日は
本当に疲れてしまった」

「あれは、体力だけでなく精神力も使いますからね」

「そうだね。だから、部屋に戻ったら食事も取らずそのままベッドに倒れこんでしまったんだよ」

「ああ、なんだかわかる気がします」

「それで、夜中に目が覚めてそれで食べる物もなく途方に暮れていると、千冬さん、
じゃなくて織斑先生が夜食を持ってきてくれたんだ」

「織斑先生が?」

「ああ。それがおにぎりだった」

「意外ですね。あまり料理とかをするほうではないと思ってましたが」

「確かに、形は不格好だったし塩味も濃かったなあ」

「ひどいですねえ」

「でも――」

 大神の手が震える。

「とても、優しい味だった……」

「大神さん」

「箒くん……。俺は……、千冬さんを護れなかった。もっと俺がしっかりしていれば、
彼女はこんなことには……」

「大神さん!」

「……!」

 箒の声に少し驚いた大神は我に帰る。

「すまない箒くん。ダメだな俺は」
417 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:44:40.34 ID:xEF9Tby6o

 そう言って大神は手に残ったおにぎりを食べて、ウェットティッシュで手のひらを
拭いた。

 隊長たるもの、部下の前に弱音を吐いてはならない。

 辛い時こそやせ我慢。先輩から教えられた言葉が頭をよぎる。

(千冬さんだって、俺たちの前で辛そうな顔なんて一切見せなかったじゃないか)

 そう思った大神は強引にでも気分を切り替えようとする。

「シャワーでも浴びれば、少しは気分も――」

 不意に、大神の目の前が真っ暗になった。

「ほ、箒くん?」

 柔らかい感触が大神の顔を覆った。とてもいい匂いがする。

「じっとしていてください」

「ちょっと……」

 箒は、大神の頭を抱えているのだ。そして優しく大神の頭を撫でる。

「大神さん……」

「……なんだい」

「私は、あなたのおかげで勇気を貰いました」

「勇気?」

「私が再び戦闘に出ることができたのは、あなたのおかげです。あなたがいなかったら、
怖くてもう戦うことはできなかったかもしれません」

「……」

「私は、あなたに感謝しています」

「……」
418 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:45:23.92 ID:xEF9Tby6o

「だから、あなたに恩返しがしたい」

「恩返し?」

「少しくらい弱音を吐いたっていいんです」

「……」

「私に、甘えてください」

 不意に彼女の腕の力が強くなった。

 心臓の鼓動が聞こえる。

 そして温もりを感じる。

 大神は大きな安らぎを感じていた。

(自分はなんて小さいのだろうか。やはり、男はどこまで行っても女性には敵わないの
かもしれない)

「ありがとう、箒くん」

「大神さん?」

「もう大丈夫だ」

 大神の視界が明るくなる。

 そこには、顔を真っ赤にした箒の姿があった。

「箒くん?」

「お、オオガミサン」

 何だか様子がおかしい。

「どうしたんだい?」

「お休みなさい!」

 そう言うと、箒は全力で生徒寮の方向へと走って行った。

「ああ、弁当箱」

 ベンチには、おにぎりの入った彼女の弁当箱が残されている。

「仕方ないな」

 大神は残りのおにぎりも全部平らげると、弁当箱を洗って翌日返すことにした。




   *
419 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:46:15.84 ID:xEF9Tby6o


 
 翌日は平日なので、いつものように授業が始まる。

 この頃になるとすでに大神はいくつかの授業を受け持つようになっていた。

 職員室に入つと、いつもいるはずの学年主任の席に千冬の姿はない。

 昨日のことは夢だと思いたかったが、彼女がいなくなったというのは否定できない現実
であった。

 気を取り直し、授業へ向かおうとする大神。

 職員室を出て廊下を歩いていると、ラウラの姿が見えた。

「隊長……」

 声をかけてくるラウラ。

「やあラウラ。これから移動かい?」

「……はい」

 大神の様子を気遣ってか、特に何もせずすれ違うラウラ。

 しかし、

「あの、隊長」

 少し歩いたところで彼女は振りかえり、大神に声をかけた。

「ん? なんだい?」

 大神も立ち止まり振り返る。

「隊長の喜びは私の喜びです。そして隊長の悲しみは私の悲しみでもあります」

「ラウラ……」

「気になることがあるなら、遠慮なくおっしゃってください」

「……」
420 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:46:51.68 ID:xEF9Tby6o

「では、私はこれで」

 そう言うと、ラウラは軽く会釈をして歩き出す。

「ありがとう、ラウラ」

 大神は彼女の後姿に向かって声をかけた。

 ラウラは軍隊時代に織斑千冬の指導を受けており、誰よりも彼女を尊敬し、ある意味
心酔していた。

 千冬のことが心配なのは彼女も同じだ。

 しかし、ラウラは千冬のことは一切話さなかった。

(彼女も心配なのに)

 大神は自分の弱さに情けなくなりつつも、再び歩き出す。

 そうすると、今度は後ろから何かがぶつかってきた。

「なあ!?」

「何してるの、大神っち」

 一瞬、何が起こったのかわからなかったけれど、どうやら鈴が後ろから飛びついて
きたようだ。

 鈴は大神の首に手を回し、後ろから彼の横顔に顔を寄せた。

「こら、鈴」

「冴えない顔してんじゃないわよ。ほら、これ食べて。アーンして、アーン」

「え?」

 よく見ると、鈴の手にはクッキーのようなものがあった。

「家庭科の時間にシャルが焼いたのよ。ほら」

「大神先生」
421 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:47:57.10 ID:xEF9Tby6o

「シャル」

 目線を前に向けると、大神の目の前に照れくさそうに顔を赤らめるシャルの姿があった。

「ほら、食べてよ大神っち」

「恥ずかしいからやめろ」

「食べないとこのままずっとしがみつくわよ」

「子泣きジジイか」

「私は女よ。それより、早くアーンして」

「やれやれ……」

 どうやら鈴の性格上、食べないと本当に下りてくれそうにないので、大神は一口
クッキーを食べた。

 ふんわりとしたほど良い甘味と香りが口の中に広がる。

「美味しい」

「よかった」

 目の前のシャルがホッと胸をなでおろす。

「でしょう? アタシが食べさせてあげたから美味しさ十倍よ」

「それはさすがに多いだろう……。とにかく下りてくれるかい」

「ハーイ」

 鈴はひょいと背中から飛び下りると、シャルと並んで大神に手を振った。

「授業、遅れるなよ」

「わかってるって」

「し、失礼します」

 シャルが軽く会釈をする。

「ふう……」
422 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:48:30.02 ID:xEF9Tby6o

「あの子たちなりに、あなたを元気付けようとしているんですわよ」

「おわっ、セシリア!」

 いつの間にか、セシリアが大神の隣に立っていた。

「神出鬼没は淑女のたしなみですわ」

「そんなたしなみは知らん」

「それより」

「ん?」

「大神三尉は隊長なのですから、部下に心配されるようではダメですわよ」

「……わかってるよ」

「でも、あの子たちはあなたを支えようと頑張っているのですから、少しくらいは甘えても
良いと思いますわ」

「キミも、そう思ってる?」

「愚問ですわ」

「ありがとう、セシリア」

「あなたにしっかりしてもらわないと、私としても困りますからね」

「ははっ、そうだな」

「ああ、それともう一つ」

「どうしたんだい?」

「私も、家庭科の授業でクッキーを作ってきたのですが――」

「じゃあ、俺は授業あるから」

「ちょ、ちょっと三尉」

「じゃあ、セシリアも授業に遅れるなよ」

「少しくらいいいじゃありませんか」

 ここで死ぬわけにはいかない。

 大神はそう強く思いながら歩き出すのであった。




   *
423 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:49:09.85 ID:xEF9Tby6o


 その日の昼休み、大神は同僚の山田真耶に話しかける。

「山田先生」

「え? はい」

「頼みがあるんですが」

「はい、何でしょうか」

「ここではちょっとアレなんで、少し場所を変えませんか」

「ええ?」

 ざわつく職員室。

 だが大神はもはやそんなことを気にしている暇はなかった。

「あの……、それで話というのは」

 人のいない給湯室で、大神は声を低くする。

「織斑先生のことです」

「……はい」

 事情を知らされていないほかの職員と違い、真耶はある程度のことは校長から聞いて
いるようだ。

「織斑先生の飛行記録や、戦闘に関するデータ、それに動画などもあれば出来る限り
集めてくれませんか」

「どういうことです?」

「彼女に関することなら何でもいいんです。とにかく、急いで」

「待ってください、大神さん」

「はい」

「どうして急に」

「最悪の事態を想定するためです」
424 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:49:55.69 ID:xEF9Tby6o

「最悪の事態……」

「本当は俺もこんなことは考えたくはないのですが、軍人である以上はあらゆる
想定をして準備することが義務であると考えています」

「大神さん……」

「そんな悲しい顔をしないでください」

「でも」

「悲しいのは俺だって同じです。正直焦っている部分もあります。だけど、俺たちは
前に進まなければならない。織斑先生を救うためにも」

「……強いんですね、大神さんは」

「強くないですよ……。でも――」

「……」

「彼女たちのためにも、強くならなければなりません」

「……わかりました。出来る限りの情報を集めます」

「ありがとう」

「大神さん」

「はい」

「一緒に、頑張りましょう」

「そうですね、頑張りましょう」






   *
425 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:50:59.69 ID:xEF9Tby6o

  

 その日の放課後、大神は覚悟を決め隊員全員を地下の司令部に集める。

 張り詰める空気。

「みんな、今日集まってもらったのはほかでもない。千冬さ、じゃなくて織斑先生についてだ」

「……」

 箒やラウラなど、隊員の目が大神に集中する。

「あくまで可能性の話なのだが、伝えておかなければならないと思う。彼女は、
織斑千冬は俺たちに敵対する可能性がある」

「……!」

 場の空気が凍った。

 声にこそ出さなかったが、全員の動揺が手に取るようにわかる。

「……」

 箒は俯き、じっと何かを考えているように見えた。

「どういうことなんですか?」

 降魔については、比較的知識の少ないシャルが質問する。

「かつて降魔に捉えられた軍人がいるのだが、魔に取りこまれて降魔化してしまった
例もあるんだ」

「そんな……」

「もちろん、彼女がそうなるとは俺も思っていない。だが、可能性は否定できない。
そのことは覚悟しておいてほしい」

 大神のその言葉に鈴は立ち上がった。

「ってことはつまり、千冬さんと戦うこともあるってこと?」

「そういうことだ」
426 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:51:56.22 ID:xEF9Tby6o

「……」

「校長、いや、司令から聞いた話では、織斑先生は元々降魔の力を増大させる体質の
持ち主だったようだ」

「降魔の力を増大、ですか?」シャルが大神の言葉を復唱する。

「ああ、簡単に言えば俺たちと“逆”の能力を持っていたということだ」

「逆の能力」

 その時、大神に代わって箒が解説をした。

「対降魔霊力のことだ。私たちの力は、降魔を倒し、封じるためのもの。しかし、
織斑先生の霊力は逆に降魔を強化してしまう危険性があった。
だから、彼女がISに乗って戦えなかったのは、単に対抗魔霊力がなかったという
だけでなく、逆に敵を強化してしまうことになりかねなかったからだ」

「でもそれじゃあ……」

 鈴の不安そうな声が部屋の中に響く。

「過去の例のように魔に取りこまれている可能性は非常に高いということだ」

「くっ……」

 ラウラの顔が歪む。

 誰よりも千冬を尊敬している彼女ならば無理もない。

「だけど、聞いてほしい」

 そこで大神は身を乗り出し、声を強くする。

 全員が顔を上げた。

「敵にとって織斑先生が利用価値のある人間であるならば、まだ殺してはいないだろう。
これはわかるな」

「はい」
427 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:52:33.33 ID:xEF9Tby6o

 全員が頷く。

「だとすれば、彼女は、織斑千冬はまだ生きている可能性が高い。これだけは言える
だろう」

「つまり、どういうことです」

 ここでやっとラウラが口を開いた。

「彼女が生きているならば、まだ何とかすることもできるってことだよ」

「……」

「死んでしまったらそれでおしまいだけれども、例え魔に取りこまれたとしても、生きている
ならば、何か手があるかもしれない」

「隊長は、諦めていないということですね」

「当り前だろう」

「なら、我々は全力で隊長を支えるのみ」

 そう言ってラウラは立ち上がる。

「ラウラ」

「アタシも同じ意見よ」

 鈴も立ち上がる。

「私も協力いたしますわ」

 セシリアも言った。

「僕も、出来る限りのことをするよ」

 シャルも立ち上がる。

「大神隊長、やりましょう」

 最後に箒も立ち上がった。
428 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:53:19.52 ID:xEF9Tby6o

「みんな……」

「ですが隊長」とラウラが軽く手を上げる。

「どうした、ラウラ」

「……織斑教官は、並みではありませんよ」

 それは大神を試すような言い方にも聞えた。

「どんなに強かろうが、俺は負けない。いや、負けるわけにはいかないんだ。
俺の信じる“正義”を貫くためにも」

「正義……」

 その言葉を聞いて、鈴が反応する。

「アタシ、正義とか少し恥ずかしくてあんまり好きじゃないんだけど……」

「鈴……」

「でも大神っちの言うことなら、信じてみようかな」

 そう言って、鈴は軽く片目を閉じた。

「茶化すんじゃない鈴、大神隊長は真剣なんだ」と、箒がフォローする。

 しかしそう言われるとちょっと恥ずかしくなる大神であった。

「加藤保憲ですか? あんな見るからに悪者っぽい外見の男を私の第二の故郷
であるこの日本にのさばらせておくわけには行きませんわね」

 セシリアはそう言って胸を張る。

「そうだな、セシリア」

「絶対に勝ちましょうね、大神先生」

 シャルが両手をグーにして気合いを入れた。でも力の入れ方が女の子っぽくて
ちょっと可愛く見えた大神であった。
429 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:54:00.70 ID:xEF9Tby6o

(加藤保憲……、俺はお前を許さない。帝都を守るためにも、千冬さんのためにも、
絶対にお前を止めてやる)

 大神は心の中で改めて誓う。

「あ、みなさんもう集まってましたか」

 不意にそう言って、部屋に入ってきたのは山田真耶であった。

「山田先生」

 真耶の手には、ジェラルミンンのケースがあった。

「それは」

「はい、織斑先生の戦闘記録や飛行データなどが入ったものです。学園の、
というか世界的に見てもトップクラスの資料ですよ」

「もう持ち出せたんですか?」

「ああ、いや。校長に相談したら、すでに用意してくれていて」

「校長が……」

 大神は頭の中にあの酔っ払いの顔を思い浮かべた。

「役に立てばいいのですが」

「立ちますよ、山田先生。いや、立てて見せます」

「あ、はい」

 大神が顔を近づけると真耶は恥ずかしそうに顔をそむけた。

「よし、皆。これから織斑先生の戦闘パターンを研究する。事後、アリーナで
戦闘訓練だ。やや厳しい日程になるがいいか」

「当り前よ!」

 真っ先に返事をしたのは鈴であった。彼女はこのチームのムードメーカーかも
しれない。
430 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:54:47.57 ID:xEF9Tby6o

「了解です隊長」

 ラウラも力強く返事をした。やはり千冬のことになると反応が違う。

「当然ですわ」

 セシリアも優雅に返す。彼女は、ある意味マイペースを貫いているのだろう。

「はい、よろしくお願いします。大神先生」

 やや緊張した面持ちでシャルは言った。

「了解。大神隊長、さっそくはじめましょう」

 箒も、はやる気持ちを抑えるように声を出す。

 大神は、改めてメンバーの心の強さを感じた。

(絶対に負けない。平和のためにも、そして何よりこの子たちのためにも!)




   *
431 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:56:17.57 ID:xEF9Tby6o

 
 大神たちは織斑千冬の戦闘データを解析する。

 そこで改めて感じるのは彼女の完璧さだ。

 近距離戦闘はもとより、射撃が主体の中長距離戦闘もこなす。

 しかもその多様な戦闘方法を、あらゆる相手に対して柔軟に使い分けることができる。

 また、彼女の得意技は相手の防御を無効化できるという反則的なまでの強力さである。
これに勝つには並みの努力ではできないだろう。

 ISを動かし始めてまだ日の浅い大神ですら、彼女の実力が圧倒的だることがわかる。

 ただし、その圧倒的な強さは現役の長さを犠牲にしたものであったこともまた事実だ。

 織斑千冬の脳は、かなりの部分で損傷を受けていたという。

 ラウラと違い、特別な手術を受けなかった彼女には自らの脳をコアの情報量(アクセス)
から保護する手段を持たなかった。

 ある程度座学をこなすと、今度はアリーナでの特訓である。

 学んだことは即、実戦で生かさなければ意味がないというのがIS学園流だ。

 千冬がいないので、同僚の坂本や宮藤などに手伝ってもらいながら、特に連携戦闘の確認を
行った。

「現時点で、個々人の能力を伸ばすのには限界があります」

 山田真耶は言う。

 大神も同意見だ。

 ゆえに、一人一人の力を合わせて敵を倒す形にするしかない。

 千冬が相手なら。

 考えたくない事態だが考えないわけにはいかない。
432 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:57:16.62 ID:xEF9Tby6o

 訓練後も、大神は資料室に残ってこれまでの戦闘データを検証しつつ、新たな戦いかた
を模索していた。

 正直、今まで通りの戦いでは限界があることを感じていたのだ。

 しかもこれからは千冬のサポートもない。

(どうすればいいんだ……)

 大神はパソコンのキーボードを叩きながら、自身の迷いを振り切れずにいた。

「うーん……」

 瞼が重くなってきた。

(そろそろ休まないと、もし出動があったら)

 そんなことを考えていると、誰かが資料室のドアを開けた。

「!?」

 学園の資料室は、一般の生徒などは出入りできないことになっている。もちろん、教職員も
特別に許可を受けた者以外は立ち入り禁止である。

 しかし、この時入ってきた者は、その“例外”であった。

「よう、大神」

「校長」

 やや顔を赤らめた米田校長であった。

「どうされたんですか、こんな時間に」

「そりゃ俺のセリフだ。お前、寮に戻ったかと思ったらこんな時間まで」

「あ……」

 時計を見ると、十時を回ろうとしていた。
433 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:57:45.37 ID:xEF9Tby6o

「研究熱心なのも結構だが、根を詰めてもやっていけんぞ。今出動があったらどうする」

「すいません」

「まあいい。ついでだ、ちょっと面貸せ」

「え……?」

 大神は資料室から校長室へと連れてこられた。

「まあ、一杯飲めや」

 ドカッとソファに座った米田は、そう言ってコップに日本酒を注ぐ。

「いえ、もしものことがあったらいけませんので」

「いいから、一杯だけ飲め。これは命令だ」

「命令……?」

「大神、お前のそのしかめっ面見てると、話せるものも話せなくなるっての。だから飲め」

「……わかりました」

 大神は、日本酒の入ったコップに口を付ける。

 久しぶりに飲む酒だが、口に入れると冷たさを感じ、喉を通ると熱く感じた。

 頭がクラクラする、というほどではないが心臓の鼓動が少しだけ早くなったような気がした。

「少しは落ち着いたか」

「ええ……、すいません」

「なぜ謝る」

「ご心配をかけてしまい」

「うるせえな、部下を心配すんのは上官の仕事なんだよ。一々気にしてんじゃね」
434 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:58:29.57 ID:xEF9Tby6o

 そう言うと、米田はコップに注いだ日本酒をグイっと飲み干す。

「カッー、うめえな。職場で飲む酒はまた格別だ」

「……」

「しけた顔すんなよ、大神」

「わかっています」

「千冬のことだろう?」

「……はい」

「今から心配したってはじまらねえよ。と言っても、オメーには無駄か」

「校長、俺はどうすれば……」

「わからねえよ」

 米田は即答する。

「わからないって」

「それは誰にもわからねえ。お前が、切り開くんだ大神」

「自分が?」

「そう、お前の選択が未来を切り開く。それが花組隊長の役目だ」

「……そう言われましても」

「ISは人類のあたらしい可能性を切り開く」

「どこかで聞いたことある言葉ですが」

「IS開発者の一人、白井雪乃の言葉だ」

「……」

「俺はな、お前にはその力があると思っているんだよ」
435 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 20:59:13.35 ID:xEF9Tby6o

「……俺なんて、まだまだです」

「お前が自分を信じられない。お前一人ならそれはいいかもしれん」

「……」

「しかし今のお前には仲間がいるだろう」

「ん……!」

「彼女たちは、お前を信じているんだ」

 大神は、隊員やサポートしてくれる職員の顔を思い出す。

(彼女たちは、自分を信じてついてきてくれる)

「例え不安でも、前に進むしかねえんだ。もちろん、俺もついてくぜ、大神」

「校長……、いえ、司令」

「ふふん、少しはマシな顔になってきたな。目の下のクマはひでーが」

「そ、そうですか?」

「まあ、適度に疲れがあったほうが顔が引き締まるってもんだ」

「うーん……」

 大神は、軽く目の下を指で触れて見た。クマがあるかどうかはわからないけれど、
少し眠たくなったのは事実だ。

「それはいいが、アイツのことなんだが」

「アイツ?」

「俺たちの“敵”だ」

「加藤、保憲ですか」

「ああ、帝都破壊にこだわる魔人。奴を倒すために、幾人もの陰陽師や魔術師が
立ち向かったが、その強力な妖力でことごとく蹴散らして行ったという」
436 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:00:01.71 ID:xEF9Tby6o

「相当凄い奴なんですね」

「俺たちの御先祖様も苦労したらしい」

「奴を倒す手は、あるんですか?」

「実は、花組の隊員の中で奴に対抗するための“要(かなめ)”の人間がいる」

「要?」

「そうだ。誰だかわかるか」

 大神は、少しだけ考えた。

 加藤保憲に対抗できる人間。彼の部下である隊員の顔を一人一人思い浮かべる。

 そして、明治神宮で加藤と対峙した時のことを思い出した。

「篠ノ之箒……」

「そうだ、よくわかっているじゃないか」

 唯一、生身の状態で加藤の結界を破ったのが彼女だ。

 大神たちは、誰も加藤に指一本触れるまでもなく吹き飛ばされていったにも関わらず、
彼女は違った。

 そう言えば、加藤自新も箒のことを「厄介」と言っていた気がする。

「でもどうして箒くんなんですか?」

「アイツは『破邪の血』を受け継いでいるんだよ。箒の母方の実家は真宮寺と言ってな、
代々魔を滅するための家柄だったのだ。もっとも、今はその血筋も絶えつつあるけどな」

「破邪の血……、魔を滅するための家柄……」

「箒は、対降魔霊力だけならトップレベルの潜在能力を持っている。生身で降魔を討滅
できるほどの力の持ち主だしな。だがIS適性は低く、操縦者としての経験もほかの隊員に
比べれば浅い」

「……」
437 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:00:45.27 ID:xEF9Tby6o

「大神、箒をどう生かすかが、今後の戦い方に大きく影響するとは思わないか?」

「そうですね……」

「そうだ。お前にいい物を貸してやろう。よっこいしょ」

 米田は立ち上がると、自分の机の引き出しを開け、何かを取りだした。

「なんですか? 校長」

「これだ」

 そう言うと、米田はやや古い紙束をテーブルの上に乗せる。

 よく見るとそれは、和綴じの書物であった。

「随分古い本ですね」

「百年以上も前のものだからな」

「百年以上……?」

「ほかにももっとあるんだが、全部を全部読むわけにはいかんからな。これだけ持ってきた」

「どういう本なんですか?」

「まあ、ちょっと目を通してみな」

「はあ……」

 電子書籍の普及が著しい今日、紙の本、それも和綴じの書物に違和感を感じつつ
大神は頁をめくった。

 カビ臭い和紙の匂いが鼻の奥をチリチリと刺激する。

「これは、降魔……?」

 どうやらそれらの書物は、降魔との戦いを書いた先人の記録のようだ。
438 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:01:13.73 ID:xEF9Tby6o

「温故知新って言葉、知ってるか?」

 米田がニヤリと笑い聞く。

「論語の言葉ですね。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」

「そうだ。最新の戦法や技術を学ぶのもいいが、古い物から学ぶこともあるはずだ。まあこれは、
俺のような古い人間でも役に立つんじゃないかという、微かな希望だけどよ」

「ありがとうございます」

 大神は立ち上がり、頭を下げる。

「頑張れよ、大神。今の俺にはそれしか言うことができない」

「頼もしいですよ、校長」




   *
439 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:02:04.55 ID:xEF9Tby6o



 しかし大神には時間がなかった。

 暇さえあれば古文書をめくり、最新の戦闘データに目を通し、そしてISの実働。

 せっかく受け持たせたもらった学園の授業も対応できなくなり、ほかの先生に
代わってもらうことになった。

『ちょっと大神っち、動き悪いわよ!』

 放課後のアリーナで、無線越しに鈴の声が響く。

「す、すまない」

『鈴、隊長になんて口の聞き方をするんだ!』
 
 箒が怒って鈴に注意する。

「いや、いいんだ箒くん」

 自分の動きが悪いことは事実だ。

 訓練とはいえ、連日の疲労で上手くISが操縦できない。

『隊長、もう休まれたらどうですか?』

 ラウラの心配そうな声が聞こえる。

「いや、大丈夫だラウラ」

『大丈夫ではありませんわ、三尉』

「セシリア……」

『あなたが今のような状態で実戦に出て貰ったら、部下である私たちが危険に晒されて
しまいます』

「ん……」

 反論のしようがなかった。

 セシリアの言うことも、正しいのだ。
440 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:03:01.29 ID:xEF9Tby6o

 このままでは、今まで以下の戦いしかできない。

 それはわかっていた。だが、この難局を乗り切る道が見つからないことには、安心して
休むこともできない。



   *



 そしてその日、寮に戻った大神はロビーで古文書と睨み合いをしていた。

 自分の部屋で読んでいると眠ってしまいそうだったからである。

 しかし、どこで読んでも眠気はかわらない。疲労と不安、そして焦りが頭を混乱させ、
読書どころではない。

「大神さん」

 不意に声をかけてくる声があった。

「山田先生」

「また古い本ですか?」

「え、はい。何とか、加藤を倒すための手立てがないものかと思いまして」

「……」

 真耶は大神の手に持っている和綴じの古書を少し眺めてから、彼の隣に座った。

「先生?」

 そしてじっと大神の目を見つめる。

「大神さん」

「は、はい」

「古文書の読解は私に任せてくれませんか?」
441 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:03:33.53 ID:xEF9Tby6o

「はい?」

「私が校長から借りた本を読んで、そこからヒントを探します」

「いや、でもこれは……」

「ちょっといいですか?」

 そう言うと、真耶は大神の顔を両手で包むように触る。

「あの、先生……?」

 大神の目線は、不意に近づいてきた真耶の胸の谷間に釘付けになってしまう。

「目が、真っ赤ですね」

「はい」

「疲れている証拠です」

「いや、それはわかっています。でも」

 真耶は手を離し、そして改めて大神と向き合った。

「大神さん、あなたは一人しかいないんですよ。世界でたった一人の大神さんなんです」

「ん……?」

「だから、大神さんの身体が一つしかないように、あなたの頭も一つしかないんです」

「はあ」

「だから、あなたの頭の作業も私に手伝わせてください」

「先生……」

「私が調べている間、あなたは体調を整えてください。今日の訓練のように無様な姿を
実戦で見せないように」

「痛いことを言いますね」
442 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:04:21.96 ID:xEF9Tby6o

「私だってこういうことは言いたくはありません。でも、あなたを失うことはもっと嫌
ですから」

 眼鏡越しからでも、彼女の真剣なまなざしはしっかりと伝わってきた。

「……わかりました。古文書の読解はお任せします」

「ありがとうございます」

「でも大丈夫ですか?」

「ええ、こう見えて古文の成績は良かったんですよ」

「……」

「あれ、私のことは信じられないんですか?」

「いや、そんなことは」

「三流の指揮官は部下の身体を使い、一流の指揮官は、部下の頭脳も使う。校長が
おっしゃっていました」

「校長が」

「ほかにも、できることがあればガンガン言ってください。協力します」

「あ、ありがとうございます」

「ふふん、私のほうがあなたよりもちょっとだけお姉さんなんですから、じゃんじゃん頼って
ください」

 と言って真耶は胸を張った。

「ふふ、でもお姉さんって感じじゃありませんよね」

 大神は微笑みながら、彼女の頭を撫でる。

「もー、大神さんったら」

「すいません」

 なんだか、随分久しぶりに笑った気がする大神であった。
443 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:05:23.01 ID:xEF9Tby6o






 リラックスしたら、急に眠くなった大神は、とりあえずテーブルの周りを片付け、
自分の部屋に戻ることにした。

「ふう」

 一息ついた彼は、ベッドに腰掛ける。

「ん?」

 すると、ベッドからあり得ない感触が手に伝わってきた。

 よく見ると布団がコンモリと膨らんでいる。

「なんだ?」

 疑問に思った大神が、布団をはいでみる。すると――

「な!」

 大神は声を上げた。

 彼のベッドには、ウサギ柄のパジャマを着たラウラが寝ていたからである。

「なんだ隊長、遅かったですね。ほら、早く寝ましょう」

 そう言って大神のシャツを掴むラウラ。

「ちょっと待ってくれラウラ。なんでこんなところに」

「眠れる時に眠っておく。それが軍人のあり方でしょう? 隊長」
444 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:06:18.01 ID:xEF9Tby6o

「質問に答えろ」

 ラウラと大神がもみ合っていると、急にドアが開く。

「ラウラはいるかあ!」

 箒であった。彼女の声が部屋中に響く。

「箒くん?」

「なんだ、箒か」

 驚く大神に対し、ラウラは平然としている。

「いないと思ったらやっぱりここにいたか。何をしている」

「見てわからんのか箒、これから隊長の添い寝をするところだ」

「そそそそそ、添い寝ええええ?」

 箒の顔が真っ赤に染まる。

「いや、違うんだ箒くん!」

「わかっています、大神先生。ラウラ、戻るぞ」

 そう言って箒はつかつかとベッドまで歩くと、ラウラのパジャマの後ろ襟の辺りを
掴んでラウラを引きずって行った。

「隊長、寂しくなったらいつでも私を呼んでもらって構わない」

 箒に引きずられながらラウラはそう言う。

「失礼します」

 最後に、箒は軽く会釈をして部屋を出て行った。




   *
445 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:07:26.14 ID:xEF9Tby6o


 翌日の昼休み、大神はテラスで昼食を食べることになっていた。

 テーブルについたメンバーは、大神のほかにセシリアと鈴である。

「ほかのみんなはどうしたんだい?」

 と、大神は聞く。

「箒さんなら、山田先生と一緒に古文書の解読をしておりますわ」

「昼休みなのに?」

「ええ、なんでも箒さんの実家から、また別の書物を取り寄せたとかで、寸暇を惜しんで
読んでおります」

「凄いなそれは。で、ラウラとシャルはどうした?」

「あの二人なら、坂本先生と一緒に新しい戦法の研究をしてるよ」

 次に答えたのは鈴であった。

「新しい戦法?」

「ISの技術は機体だけでなく、戦闘も日進月歩だからね。世界中のあらゆる戦法の中から、
降魔相手に使えそうなものを探しているんだって」

「……」

「ラウラは軍にいたし、シャルは企業の研究所で働いていたらしいから、そういう戦闘の
分析や研究は得意なじゃないかな」

「そうか、二人も頑張っているんだ」

 大神は唸る。

 自分ばかりが頑張っているように思っていたが、ほかの人たちも千冬のため、そして
平和のために努力しているのだ。

 そう考えるといても経ってもいられなくなるのが大神である。

 他人が二倍努力するなら自分は三倍、四倍努力するなら自分は六倍努力しようとする。
とにかく何事においても負けず嫌いなのだ。それゆえに、幹部学校でも主席だったのである。
446 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:07:56.64 ID:xEF9Tby6o

「ああ、ちょっと急用が」

 そう言って大神立ち上がった。

「ちょっと待ちなさい大神っち」

 大神が立ち上がるや否や、隣にいた鈴は彼の袖を掴む。

「何をするんだ」

「今は昼休みなんだから、ちゃんとご飯は食べなさいよ」

「そうですわよ隊長。身体は資本ですわ」と、セシリアも続く。

「……そうだな。確かに」

 鈴に言われて空腹を感じた大神は再びその場に座った。

「で、今日の昼食というのはなんだい?」

「これよ、これ」

 そう言って鈴が取りだしたのは、プラスチックのタッパー容器である。

 蓋を開けると、美味しそうな匂いが広がってきた。

「酢豚だね」

「そうよ、疲れている時は酢が一番って阿部先生も言ってたわ」

「鈴さんの唯一できる料理ですわ」

「失礼ね、ほかにもできるわよ」

「他って、なんですの?」

「えーっと……」

「二人とも、そんなことより早く食べようよ」

 と、大神が声をかけた。
447 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:08:29.50 ID:xEF9Tby6o

 しかし酢豚だけというのはどうなのだろうか。

「大神三尉、私も作ってまいりましたわ」

 セシリアは笑顔で、どこからともなくバスケットを取り出す。

「!」

「ちょっとセシリア、大丈夫なの?」

 心配そうに声をかける鈴。大神も心配であった。

「大丈夫ですわよ、今日のは……」

 なんだかひっかかる言い方だが、以前彼女が作ったサンドイッチは妖気が出ていた気がする。

 そうして、取りだされたのはやはりサンドイッチであった。

 イギリスといえばサンドイッチといったところか。

「さあ……、どうぞ」

 いつもの自信満々の顔とは違い、やや緊張した表情を見せるセシリア。

 せっかくの好意だ。受け取らないわけにもいくまい。

 そう思った大神は意を決してセシリアのサンドイッチを口にした。


「……うまい」

 サンドイッチはとても美味しかった。

 優しい味だ。やや形は不細工だが、とにかく美味しい。

「美味しいよセシリア」

「よかったですわ」

「ホッとしてるんじゃないわよ」意地悪な笑顔で鈴がからかう。
448 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:09:15.33 ID:xEF9Tby6o

「うるさいですわね、もう」

「でも本当、美味しいよセシリア。ありがとう」

「実はそれ……、シャルさんに作り方を教えてもらったんです」

「シャルに?」

「彼女、料理が得意だというから。ほら、私はあまりそういうのが得意ではありません
からね」

「セシリア」

「私のように、美貌と知能、そしてIS操縦に優れた生徒が料理下手なんて、格好が
つきませんわ」

「美貌?」

「そこに疑問符を付けますの?」

「ほら大神っち、私の酢豚も食べなさい」

 鈴は箸で豚肉をはさむ。

「ほら、アーンして」

「……」

「鈴さん、はしたないですわよ!」

「いいじゃん、初めてじゃないんだし。ほら、アーンして」

「自分で食べるから」

「何よ、アタシの酢豚が受け取れないっていうの? おりゃっ」

「うわ、鼻に酢豚が……!」

「んもう、鈴さん」

「こら! 鈴」





   *
449 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:09:47.50 ID:xEF9Tby6o



「破邪の陣?」

 その日の放課後、大神は篠ノ之箒と山田真耶の二人から聞き慣れない言葉を聞いた。

「はい、現時点で篠ノ之さんの能力を生かすのは、それが一番なんじゃないかと思いまして」

 そう言ったのは和綴じの古文書を持った真耶である。

「元々、有名な陰陽師の一派が生み出した陣形なんですけど、対降魔霊力を高めることに、
最も効果の上がるものらしいのです」

「そんなものが……」

「ただ……」

「どうしました?」

「元々地上で使うものですから、空中を移動するISでこの陣が使えるかどうかは」

「山田先生」

「はい」

「やってみましょう。今は何をしてでも加藤を倒すことが先決です。試せるものは何でも試す」

「わかりました」

「箒くん」

「はい」

 今まで黙っていた箒が声を出す。

「頼むぞ」

「……はい」



   *
450 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:10:45.86 ID:xEF9Tby6o

 その後、訓練用アリーナで大神たち花組のメンバーは、真耶と箒から破邪の陣について
の説明を受けた。

「いわゆる、五行をつかさどるい五芒星の形を空中で作ります。そしてその中心に篠ノ之さん
を入れます」

「つまり、俺たち五人で五芒星の外枠を作り、その中心に箒くんを据えるという形ですね」

「そういうことです」

「本当にそんなんで上手く行くの?」

 と、鈴は疑問を投げかける。

「数百年前の資料ですので、今でも使えるかどうかはわからない」と箒は答えた。

「だったらもっと、確実な戦い方のほうが」

「待ってくれ鈴」

 そう言って大神は鈴の言葉を止めた。

「何よ」

「あの加藤保憲と対峙したときのことを思い出して欲しい」

「あの時は……」

 嫌な思い出だ。出来れば思い出したくはない。

「恐らく、加藤の妖気に最も効果的に対抗できるのは箒くんだと俺は思うんだ。だから、
その箒くんの力を最大限まで引き出せる戦い方を訓練するのは、間違っていないと思う」

「それで、大昔のやり方を?」

「歴史に学ぶのは悪いことじゃないさ」

「僕は賛成です」

 と言ったのはシャルであった。
451 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:11:34.85 ID:xEF9Tby6o

「シャルさん、あなたは最新の戦法を研究していたんじゃなくて?」

 セシリアが気遣うように聞く。

「確かに、新しい戦い方を開発することは大事だと思う。でも、古いものが今でも残って
いるというのには、何かしらの理由があると思うんだ」

 確かに、何の意味もないものが現在まで書物として残っていることはないだろう。

「で、ラウラはどうなの?」

 鈴は、ラウラにも話を振る。

「私は、隊長が言うのならそれに従います」

「セシリアは?」

「私も異論はありませんわ。ただ……」

「ただ?」

「この作戦の要となる箒さんは、どう思われているのかなと思いまして」

「箒?」

 全員の視線が箒に集まる。

 箒はやや恥ずかしそうにしていたが、意を決して口を開く。

「あの、みんな。知っている人は知っていると思うが、私の母の実家は真宮寺家と言って、
代々魔物退治を行ってきた。幼い頃、私はこの血筋を煩わしく思ったことがある。
だが今は、その血筋を引いていることが私の誇りだ。どうか、力を貸してほしい」

「……」
 
 箒の言葉を聞いて、全員が押し黙った。

 当の彼女は、その反応を見て何かマズイことを言ってしまったかと思い戸惑っている。

「箒くん」

 そんな中、最初に声をかけたのは大神であった。

「大神さん……」

「力を貸すんじゃない、力を合わせるんだ。俺たちは仲間なんだから」

「……はい」

 こうして、大神たちの訓練に破邪の陣の演習が加わった。

 しかし、当然ながら古(いにしえ)の業(わざ)がそう簡単に仕えるはずもなく、何度も失敗を
繰り返すのであった。



   *
452 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:12:19.30 ID:xEF9Tby6o



 大浴場――

 その日の訓練を終えた箒たちは、大浴場で疲れを癒していた。

「んー」

 湯船の中で伸びをする鈴。

「さすがに今日は疲れましたわね」

 そう言って首をひねるセシリア。

「確かに……」

 シャルも疲労の色は隠せない。

「……」

 ラウラは、特に顔色を変えることなく湯船につかっていた。

「みんな、すまない」

 唐突に箒は言う。

「はあ? いきなり何よ」

 伸びをやめた鈴が言った。

「私のワガママで、余計な疲労を増やしてしまったようで」

「何よ、破邪の陣は必要だからやっているんでしょう?」

「そうなのだが……」

「別に気にする必要はありませんわよ、箒さん」

「そうだよ箒。訓練で疲れるの当り前だよ」

 セシリアとシャルはそう言ってフォローする。
453 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:13:10.35 ID:xEF9Tby6o

「ふむ……」

 箒は俯いた。これからの戦いを考えると、あまり明るい展開は期待できそうもない。

「まったく、大神っちもそうだけど、疲労がたまると皆ネガティヴな方向に頭が行っちゃう
のよね」

 鈴はそう言うと立ち上がった。

「鈴?」

 そしてゆっくりと箒の後ろまで移動する。

「疲れを取るにはマッサージが一番よ、箒」

「ちょっと、やめ――」

「おりゃおりゃ」

 鈴は後ろから箒のたわわな胸を揉みしだく。

「ええ乳しとりまんなー、箒はん」

「こら鈴、離せ」

 バシャバシャと暴れる箒。

 そんな様子の中、周りからは自然と笑みがこぼれた。







 しかし数日後、破邪の陣が完成する前に敵が現れる。

 場所は、東京都千代田区大手町――






   つづく

  
454 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:15:47.95 ID:xEF9Tby6o
本日はこれでおしまいでございます。次回以降はもうずっと戦闘シーンばかり。

ご覚悟めされよ。
455 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/14(日) 21:21:40.67 ID:xEF9Tby6o
 それでは次回予告風クイズ第二弾!

 次回の戦いにおいて、大神の僚機(ウイングメイト)となる人物は誰でしょう。

1.篠ノ之箒
2.セシリア・S・オルコット
3.凰鈴音
4.シャルロット・デュノア
5.ラウラ・ボーデヴィッヒ
6.鹿目まどか
7.山田真耶
8.坂本良子
9.水戸光圀
10.佐藤利奈

 正解者には、パピオン変身セットの一部をプレゼント、するかもしれない。
 
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/14(日) 22:56:45.20 ID:BDjyRXpN0
>>455

あえて7!!
457 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 19:58:24.56 ID:Cq5y/m/Qo
パソコンを見にヤ●ダ電器に行ったのですが、最近のノートパソコンは画面が小さいような気がします。
やはりデスクトップかな。ゲーム用に買ったテレビをPCにつなげば大画面で動画が見れそうだし。
458 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 19:59:34.62 ID:Cq5y/m/Qo




 もしこの世界に悪がなかったら、それはもはやこの世界ではない。

                                 ライプニッツ




  
459 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:00:20.62 ID:Cq5y/m/Qo

 夜の東京は昼間と同じくらい明るい光を放っていた。

 少し前、東京湾上空で見たその光が今目の前にある。

 お台場でISを展開した大神たち帝國華劇団花組は、そのまま東京駅付近まで向かった。

 突然のIS型魔操兵器の出現に、丸の内周辺は大混乱になっているようだ。

 電車も止まり、道路は渋滞していた。

(こんな場所で戦えるのだろうか……)

 これまで、まるで狙ったかのように人の少ない場所に出現していた降魔が、この日は
よりによって東京ど真ん中に出現したのだ。

 複数の降魔反応がISのマルチディスプレイに映し出される中、大神はある一点を注視
していた。


 そこに立つ人物――


 風にマントを揺らす旧陸軍の制服を着た男が高層ビルの上に立っていた。

 小さいが、確かにわかる。

《大神、宗一郎だな》

 男の声が聞こえた。

 無線を通じているわけでなく、かといって大きな音が響いているわけではない。

 直接脳内に話しかけられているような感覚。

「加藤……」

 大神は噛みしめるようにその男の名前を呼ぶ。


 加藤保憲――
460 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:01:32.51 ID:Cq5y/m/Qo

 帝都に仇なす男。

 百年以上の長きにわたり帝都を破壊することだけに執念を燃やす魔人。

「加藤! 千冬さんを返せ!」

《彼女は切り札だ。そう簡単に返すわけにはいかん》

「貴様……!」

《大神……》

「なんだ」

《このまま大人しく帰れば、貴様らは死なずに済むぞ》

「何をバカなことを」

《お前は自分が死ぬのを厭わない男だろう。だが、後ろの少女たちはどうだ》

 大神の背中には、箒、セシリア、鈴、シャル、そしてラウラが飛んでいる。

 彼女たちは軍人ではない。

 しかも未成年だ。

 大神のように命をかける必要はない。

 今更ながら大神は自身の責任の重さを痛感する。

 それが例え、加藤による策略であったとしても、そのことを忘れるわけには
いかない。

「……」

『隊長、箒です』

 大神の無線に、篠ノ之箒の優しげな声が響いた。

「箒くん?」
461 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:02:06.27 ID:Cq5y/m/Qo

『私たちは今日まであなたについてきました。今更あなたの傍を離れることはしません』

『そうよ、大神っち。いえ、隊長。この凰鈴音もいるわよ』

『このセシリア・S・オルコット、隊長にどこまでもついていきますわ』

『シャルロットです。僕も、隊長と一緒にこの街を守りたい』

『ラウラ・ボーデヴィッヒ、私の命はあなたのためにあります。マイン・リーバー』

「皆……、ありがとう」

《クックック……》

 そんなやりとりが聞こえているのか、加藤の不快な笑い声が響く。

《本当に死にたいらしいな。大神。この加藤保憲の道を塞ぐ者は、誰であろうと容赦は
しない》

「どうするつもりだ」

《来い!》

 加藤の掛け声とともに、奴の後から三体の黒い影が出現した。

 魔操兵器、コードネーム黒兜(ブラックヘルム)だ。

「何が来ようと同じだ! この子たちは、俺が絶対に守る!」

 




 
462 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:02:45.14 ID:Cq5y/m/Qo
 




 



    I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



          第十話 帝都防衛戦


 


  
463 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:03:27.90 ID:Cq5y/m/Qo

 黒兜はIS型魔操兵器の中で最も標準的な機体で、大太刀を主要武器とする近接戦闘型
であり、時折強力なエネルギー弾を放つ厄介な存在だ。

 しかし――

「セシリア! ラウラ! シャル! 支援射撃!!」

 大神がそう叫ぶと同時に、後衛の三人は一斉に射撃を開始する。

 空中に現れた黒兜に対し、セシリアのレーザーライフル、ラウラのレールカノン、そして
シャルの機関銃が正確に機体に命中する。

 グラリと機体を傾ける黒兜。

 しかし、彼らが体勢を立て直すことは二度となかった。

「でりゃああああああああああ!!!」

『そりゃあああ!』

『せいやああああ!!』

 大神に続き、箒、そして鈴が近接戦闘用武器でつっこみ、トドメを刺す。

 三体の魔操兵器はあっけなく撃墜されてしまった。

「加藤!!」

 大神は叫んだ。

「これが俺たちの答えだ! 観念しろ! 加藤っ!!」

《ふっ、戦闘能力は向上したようだな。初めての戦い時とは比べ物にならない》

(こいつ、やはり最初から……!)

《だが余興にしてもまだ物足りん……。夜は長いぞ、大神》

「加藤おおお!!」

『降魔反応多数! 大神隊長! 気を付けて!』

 無線から山田真耶の声が聞こえる。
464 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:04:12.33 ID:Cq5y/m/Qo

「!」

 マルチディスプレイに浮かび上がった降魔反応は既に十を超えていた。

「囲まれたか!」

 周囲を見回すと、いつの間にか複数の魔操兵器が浮かび上がっていた。

 このままじっとしていればやられるだけ。しかし、闇雲に動いていても意味がない。

「ラウラ! 敵戦力の分析だ!」

『ツヴァイク了解』

「セシリア! 突破口を探せ」

『ブルーティアーズ了解ですわ』

「箒! 鈴! 俺たちが先頭になって包囲を突破するぞ。シャルはすぐ後ろで支援射撃」

『紅椿了解』

『甲龍了解よ!』

『クロード、了解です』

 大神が指示を出していると、予想以上に早くセシリアから連絡がきた。

『隊長こちらブルーティアーズ。突破口見つけましたわ。七時の方向、防衛線薄いです』

「よし行くぞ! 俺に続け!!」

『了解!!!!!』

 大神を先頭に包囲網の突破を図る。

 勢いが大事だ。一瞬の迷いが命取りになりかねないからだ。

「おりゃあああああああ!!」

『クロード、支援射撃開始!』
465 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:04:48.47 ID:Cq5y/m/Qo

 シャルの射撃が空の道を開く。

「でりゃあ!」

 大神が、目の前の敵を斬りつけた。

 物凄い衝撃と火花が散る。

(一発では仕留められなかったか)

 さすがに、さきほどのような攻撃は何度もありえないだろう。

 そう思い大神は黒兜と切り結ぶ。

 二刀流を使って、もう一つ別の機体にも切りつけた。

『隊長!』

「キミたちは先に行け!」

 文字通り、目にもとまらぬ速さで仲間のISが通過していく。

 仲間が脱出している間、大神は殿(しんがり)として敵の攻撃を食い止めるのだ。

「全員無事か!」

『こちらブルーティアーズ、全員の突破を確認』

「了解だ!」

 次の瞬間、肩に衝撃が走る。ガクンと機体が沈んだような気がした。

「くそ!」

 黒兜の大太刀が大神の肩部を攻撃したのだ。

 よく見ると、別の機体も射撃姿勢をとっている。

「邪魔するな!」

 前線に取り残された大神は、敵を牽制しつつ本隊への合流を目指すのだが、敵の集中攻撃
が予想以上に激しい。
466 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:07:21.80 ID:Cq5y/m/Qo

『隊長おお!!』

 目の前を強力なエネルギー弾が通過する。

「ラウラ!」

 ラウラのレールカノンだ。

『大丈夫ですか、隊長』

「助かった、すぐ行こう!」

『了解』

 ラウラとともに本隊に合流した大神は態勢を立て直し、敵の攻撃に備える。

「ラウラ、それで敵の分析は」

『はい、今のところ、近接戦闘型の黒兜が十二体、狙撃型の山猫(リンクス)が四体、
それから多弾性支援射撃型のIS、コードネーム要塞(フォートレス)が六体です」

 要塞(フォートレス)は千葉県に出現した射撃型のISだ。

 拠点防衛用に特化しているらしく、機動力はあまり高くないが、その強力な火力と
硬い装甲は厄介どころの話ではない。

『隊長、それで作戦は』

「奴らを残すのは危険だ。各個撃破で掃討する。まだ避難できていない人たちも
いるようだから、極力街に被害が出ないように敵を倒すぞ」

『了解』

「それから、一斉には無理だからいつものバディ、二人一組で戦うぞ。右翼前衛は鈴」

『甲龍了解』

「そして鈴の後衛はシャルだ」

『クロード、了解です』
467 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:07:52.72 ID:Cq5y/m/Qo

「左翼前衛は箒」

『紅椿了解』

「箒くんの後衛はセシリア、キミに頼む」

『了解ですわ』

「そして俺の直衛はラウラ、キミだ」

『ツヴァイク、了解です』

「ようし、行くぞ! 右翼から前進!」

『了解!』

 鈴の機体が大きく旋回して敵の前衛に向かう。

『シャル! サポートしてよ!』

『クロード、了解!』

 シャルの射撃音が夜の東京に鳴り響く。

 二人のコンビネーションは相変わらず冴えている。

 シャルのオレンジ色の機体が鈴の赤紫色の機体にピッタリとくっつき、その動きを
射撃によって巧みに支援している。

『そりゃ、そりゃあ!』

 鈴が一段で黒兜を撃破すると、その後方の要塞にも“一太刀”浴びせる。

 そして離脱。そこにシャルが射撃する。

『こっちも負けてはいられない!』

 左翼側は箒が前衛だ。

 自慢の加速力を生かして一気に敵との距離を詰めると攻撃、そして離脱。

『行きますわ!』
468 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:08:40.98 ID:Cq5y/m/Qo

 そこに間髪入れずセシリアの射撃。

「ラウラ、俺たちも行くぞ」

『ツヴァイク、了解です』

 大神も二本の刀を構えた。

「ラウラ! 前方の山猫(リンクス)を狙え!」

『了解!』

 ラウラの強力なレールカノンが、数体いる敵機の中で正確に狙撃機体を狙い打った。

 実に正確な射撃だ。

 厄介な敵は早めに始末しておくに限る。

「ぐおお!!」

 しかし、今度は別の機体が大神機に向けて射撃をしてきた。

 機体に衝撃が走る。

 身体的な痛みはないが、損傷(ダメージ)を伝える警告音がISの嘆きのようで心が痛んだ。

『隊長!』

「大丈夫だ」

(IS、すまいない)

 ダメージレベルを見ながら大神はそう思う。

 防御力の高い機体であることを今日ほど感謝したことはない。

「くそ、鈴に攻撃が集中している。救援行くぞ!」

『ツヴァイク了解』
469 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:09:10.03 ID:Cq5y/m/Qo

 大神は一気に機体を加速させる。旋回性はよくないが、加速性はいいのだ。

 しかし目の前に現れる巨大なビル。

「やつら、高度を下げたか」

 目の前に林立する高層ビルは、文字通りコンクリートジャングルだ。

 大神はビルを縫うように飛び、鈴の援護に向かう。

「こっちだあ!!」

 そして一気に高度を上げて敵をおびき出す。

 大神の思惑通り、数体の敵機がビルの上に飛び上がった。

「シャル! ラウラ! 狙い撃て!!」

『クロード了解です』

『ツヴァイク了解』

 大神に急接近した黒兜が大太刀を振り上げ攻撃を仕掛ける。

「そう簡単にやられはしない!」

 大神は二刀流を十字に構えて敵の攻撃を受け止めた。

 防御しているとはいえ、衝撃は決して少なくない。

 そこに、もう一機の機体が現れる。

 そっちの攻撃も急いで防ごうとしたら、目の前で爆発が起こった。

『隊長! ご無事で』

 ラウラのレールカノンが命中したらしい。

「こっちは問題な――」

 また別の機体が大神機に襲いかかる。
470 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:10:02.82 ID:Cq5y/m/Qo

『させないわよお!!』

 今度は、鈴が敵の背後から斬りつけた。

 空中でバランスを崩した敵にシャルがトドメを刺す。

『鈴、隊長、離れて!』

 ダダダッという連弾で黒兜の機体は爆発し、砕け散った。

 しかしほっとしたのもつかの間、今度は別の方向からシャルと同じような連弾が大神たちに
襲いかかった。

「危ない鈴!」

 鈴をかばい、弾を受ける大神。

 ガクンと身体が揺れる。

 首に力を入れていなければ危なかった。

《正面、損害率44%》

「大丈夫か鈴!」

『隊長こそ大丈夫なの!?』

「俺は問題ない、ラウラ! 掃討だ」

『ツヴァイク了解』

 大神は再び機体を加速させる。

 ビルの影に隠れて射撃してくる敵は本当に腹が立つ。

『隊長! 敵機補足』

「待て! 撃つなラウラ」

 大神はラウラの射撃を止めた。ここで撃てばビルもタダではすまない。

 スコールのように襲いかかってくる魔弾をよけながら大神は更に加速して距離を詰める。
471 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:10:37.62 ID:Cq5y/m/Qo

 すると“要塞”は機関銃から戦斧に持ち替えて襲いかかってきた。

「そうこなくては!」

 大神は二刀を構え、斧をはじき返した。

 しかし今度は蹴りを繰り出す。

(随分器用だな、魔操兵器なのに)

 大神はチャンスとばかりに、敵の脚部を脇で抱え込んだ。

《!!!》

 想定外の状況に、魔操兵器も同様しているようだ。

「おりゃあああああ」

 大神は一気に上昇する。

 敵も斧を振って抵抗するも、大神は残ったもう一本の腕で刀を使い、再び戦斧をはじいた。

(そろそろいいな)

 そう思い大神は腕を離す。

 再び対峙しようとする要塞に対し、大神は逆噴射で距離を取った。

「ラウラ!」

『貰った!!』

 黒兜よりも機動力の低い要塞(フォートレス)は、空中では絶好の的だ。

 レールカノンが命中して、大爆発を起こす要塞。だが、まだ降魔反応は健在だった。

 見事にへこんだ正面のカーキ色のボディを見るや否や、大神は超加速で斬りかかる。

 防御力の高い要塞は、早めに畳みこまないと、回復されたらまた厄介だ。

「せりゃあああ!」
472 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:11:21.16 ID:Cq5y/m/Qo

 相手のコアを破壊する手ごたえがあった。

『隊長が敵機を撃墜』

「よし次だ」

『隊長、こちら甲龍。こっちはいいから箒のフォローに行ってあげて』

「鈴」

『鈴……』

 レーダーを確認すると、確かに箒たちの機体に敵が集中を始めた。

「無事でいろよ、鈴、シャル」

『甲龍了解』

『クロード、了解です』

「ラウラ、行くぞ」

『ツヴァイク了解』

 大神とラウラは急降下して、すっかり車の通らなくなった道路の上を飛んだ。

 時折見える自衛隊の装甲車から、迷彩服姿の自衛官が手を振る。

 大神は航空機のようにやや機体を横に振ってそれに答えた。

(帝都を守っているいるのは俺たちだけじゃないんだ)

 大神はそう思うと少し勇気が出た思いがした。




   *
473 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:11:55.45 ID:Cq5y/m/Qo



 ビルを抜けると箒たちの姿が見える。

 箒の赤い機体は、敵の黒機体三機に囲まれていた。

(マズイな!)

 そう思った大神は加速する。

「ラウラ、支援だ!」

『了解』

 すぐ後方のラウラに指示を飛ばすと、大神はそのまま箒のいる場所まで飛んだ。

「でりゃああ!」

 鳴り響く金属音。

「箒くん! 加速だ!」

『了解!』

 箒のISの機動力なら、格闘戦よりも高速戦闘のほうが適しているはずだと大神は判断した。

 後ろから追いかけてくる魔操兵器にラウラのレールカノンが命中する。

「箒くん、大丈夫か」

『は、はい。私は大丈夫です』

「セシリア、キミは」

『ブルーティアーズ、無事ですわ。このくらいでやられてなるものですか』

 セシリアがそう言うと、青いレーザーライフルの軌跡が夜空に吸い込まれた。

 そして爆発。

『山猫タイプ一体、撃破ですわ』
474 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:12:31.65 ID:Cq5y/m/Qo

「了解だセシリア。それから箒くん!」

『はい!』

「二人で合わせるぞ」

『了解』

 大神は箒と二人で素早く旋回する。

 旋回性能は箒のほうが上なので、彼女が外側で攻撃の要だ。

「いくぞおおお!!」

『うおおおおおお!!』

 ほとばしる気合いが真横にいてもわかるくらい伝わってくる。

「な!」

 箒の一振りで、黒兜の機体がまるで豆腐か何かのように簡単に両断された。

 先ほどまでの苦戦がウソのようだ。

「続いて行けるか!」

『問題ありません!』

 そう言って箒は再び刀を振う。

 今度は一撃ではなかったが、それでも相当のダメージを与えている。

「トドメは任せろ!」

 大神は、ほんの少し後ろめたい気持ちを持ちつつ、手負いの黒兜を始末した。

 その直後、彼の目の前に魔弾が通り過ぎる。

 数百メートル先から要塞(フォートレス)タイプの魔操兵器が射撃をしているのだ。

「セシリア! ラウラ! 支援射撃できるか!」
475 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:13:08.96 ID:Cq5y/m/Qo

『問題ありませんわ』

『こちらもすぐにできる』

 そう言って二人が狙いを定めた。

「箒くん、二人で行くぞ」

『了解』

 ラウラとセシリアの射撃で敵の射撃が沈黙する。

 その一瞬の隙に大神と箒は加速した。

 ギシギシと機体が軋む音が聞こえるような気がした。

(頼むIS、今夜だけは壊れないでくれ)

 虫のいい願いだとは知りながらも大神はそう心の中から思った。

 そして敵が攻撃態勢に入る前に大神の二刀流が要塞を襲う。

「そりゃあああ!!」

 要塞の持つカーキ色のボディーが吹き飛ぶ。

「箒くん、トドメを!」

『了解』

 箒のトドメを任せた大神は別の機体にターゲットを移す。

 丁度、すぐ近くの黒兜が前面の装甲を開いてエネルギー弾を撃とうとしていたのだ。

「させるかああああ!!!」

 大神は片手で刀を突き刺した。

 見事に突き刺さった刀を抜くと、そこから逆噴射で素早く離脱する。

「離脱だあ!」
476 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:14:05.89 ID:Cq5y/m/Qo

 大神は離脱すると、先ほど斬りつけた要塞と、次に刀を突き刺した黒兜が大爆発を
起こした。

 少しばかりダメージを負ってしまったが、これくらいで怯むわけにはいかない。

(あと何機だ……)

 もはや撃墜した機体を数える余裕すらない。

 既に三〜四回分の戦闘をこなしたくらいの運動量で、身体は疲労のピークを迎えて
いるが大量に放出されたアドレナリンの影響で頭の中はわりと冷静でいられている。

「まだ、行ける」

 そう思った瞬間、箒に別の機体が近づいてきた。

「危ない!」

 大神が、箒と敵との間に機体を割り込ませる。

 防御態勢が不十分だったため、思った以上に多くのダメージを受けてしまった。

『隊長!』

「何をしている、すぐに攻撃だ!」

『りょ、了解』

 箒の一振りで、残った敵も撃破される。

《損害率82%》

(ちょっとヤバイなんてレベルじゃないな……)

『隊長』

「大丈夫だ、大丈夫」

 そう言って箒を落ち着かせようとした時、ラウラから通信が入った。

『隊長! こちらツヴァイク! 新たな降魔反応です!』
477 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:14:42.82 ID:Cq5y/m/Qo

「なに?」

 確かにレーダーには新たな敵影が見える。しかし姿は――

『隊長、あそこ』

「な!」

 なんと、皇居の堀から四体の敵が姿を現したのだ。

 青の機体に、金槌のような頭部。

 東京湾上空で戦ったあの撞木鮫(ハンマーヘッド)である。

 槍と小型のビーム兵器を主要武器とするISは、黒兜よりも攻撃の範囲が広く、
要塞よりも機動力が高い。

「来るぞ!」

 大神は構える。

 無反動旋回でビーム攻撃をかわすと、二本の刀で敵のコアを狙う。しかし、敵も
簡単にはやられてはくれず、長めの槍で大神の攻撃を防いだ。

 そうこうしているうちに別の機体が大神を攻撃してくる。

「な!」

『危ない隊長!』

 今度は、箒が大神と敵との間に割って入った。

「箒くん!」

『隊長、早く離脱を!』

 しかし箒を残して移動するわけにはいかない。

「ラウラ!」

『申し訳ありません! こちらにも敵が』
478 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:15:20.50 ID:Cq5y/m/Qo

「くそ」

 ガツンと横から衝撃が来た。

 サイドのシールドエネルギーが剥がれる。

「このお……!」

 大神は反撃を試みるが上手く動かない。

《損害率90%》

(しまった、ISの防御力に頼り過ぎた)

 大神は一瞬後悔したが、すぐにその思いを振り切り刀を構える。

「逃げてたまるかあああ!!!」

 再び大きな衝撃。

 大神の一振りが敵、撞木鮫(ハンマーヘッド)の腕を斬り落とす。

《 DANGR 》

 一際大きな警告音がコックピットに鳴り響く。

「IS、持ってくれ……!」

 その時、





 グラース・オ・スィエール――
   天   の  恩  恵 
479 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:15:58.20 ID:Cq5y/m/Qo

 金色の光が大神たちの機体を包み、防御力(シールドエネルギー)が回復した。

 この力は間違いない、

「シャル!」

『アタシもいるわよ!』

 赤紫色の機体とオレンジ色の機体が夜空を舞う。

『隊長、ご無事で』

「キミのおかげで無事だよ」

『ISは大事に扱いなさいよね、大神っち』

「面目ない」

『丸の内方面の敵は掃討しました』

「了解だ。よし、皆で一気に残りの敵を叩くぞ」

 しかし大神には気がかりなことがあった。

(もしこのまま戦ったら、皇居にまで被害が及んでしまうのではないか)

 大神も日本人であり軍人でもあるため、人並みに尊皇の精神は持っている。

『大神さん聞えますか、山田です』

 急に山田真耶の通信が入る。

「こちら大神、どうしました」

 大神は応える。

『あの、陛下からの伝言です』

「へ、陛下?」

 この国で陛下と言われたらごく限られた人間しかいない。
480 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:16:38.23 ID:Cq5y/m/Qo

『あの、「皇城のことは気にせず、戦ってください」とのことです』 

「……わかりました」

『本当にいいのですか、隊長』

 箒からの通信が入った。

 大神は皇居を背に東京の街並みを眺める。

 すでにいくつかのビルは穴が開いたり上のほうが欠けたりしている。

 多分、あれは鈴がやったのだろう。

「なるべく、被害が出ないようにするさ」

 そう言うと大神は再び刀を構える。

「いくぞ、皆!」

『了解』

 大神は五人の隊員を率いて、残りのISと新たに現れた撞木鮫タイプのISに突撃する。

「支援射撃!」

『了解!』

 ラウラ、シャル、そしてセシリアが一斉に射撃する。

 既に姿は捉えた。

 目の前の大爆発で視界が悪くなるも、大神は二刀流の構えを崩さない。

「貰った!」

 そこには槍を構えた撞木鮫がいる。

「せりゃあ!」

 敵の持つ槍を巧みにかわし、刀を突き刺す。
481 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:17:21.00 ID:Cq5y/m/Qo

 ガガガッと衝撃が腕を伝う。

「次だ!」

 大神が再び刀を構えると、別のISが槍を振う。

 そこに青いレーザービームが直撃する。セシリアの攻撃だ。

 更に、怯んだ的に対して箒が長刀で切り捨てた。

「箒くん!」

『まだまだ行けます!』

 大神が振り返ると、今度は青龍刀を振う鈴の姿があった。

『アタシだってまだいけるわよ!』

 シャルの支援火力によって弱った魔操兵器を切り捨てる。

『隊長! こちら紅椿! 敵の様子が』

「ん……」

 前方を見ると、数体の魔操兵器がまるでスクラムを組むようにかたまっている。

 これまで各個撃破されてきたので、固まって戦おうとしているのか。

「ラウラ」

『はい』

「どう思う?」

『好都合ですよ、隊長』

「よし、いくぞ。号令はセシリア!」

『ブルーティアーズ、了解ですわ』

「鈴と箒くんは俺に続け」
482 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:17:46.67 ID:Cq5y/m/Qo

『分かったわ』

『紅椿了解です』

 大神たちは大きく敵の射線からそれる。それを追うように射撃をしてくる魔操兵器。

 ここまで大神の狙い通り。

『距離1100、行きますわよ!』

 セシリアがレーザーライフルにエネルギーを充填する。

『うてええええええ!!!』

 そして号令。

 セシリアだけでなくラウラとシャルも一斉に射撃をする。

 空中で再び大爆発が起こる。

 眩しい光の後、ほんの少し遅れて音と衝撃波が機体を襲う。

「怯むな! 進むぞ!」

 セシリアたちの射撃の直撃を避けた敵魔操兵器が何体かフラフラと飛んできた。

 そこをすかさず、大神たちが切り捨てる。

「でりゃ!」

 そして爆発。

『隊長! こちら紅椿、こちらの掃討も終わりました!』

『甲龍、こっちも仕留めたわ』

「隊長了解」

 降魔反応は……、ない。

「みんなよくやった、降魔反応は消えた!」
483 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:18:12.94 ID:Cq5y/m/Qo

『よっしゃああ!』

『こら、鈴。騒ぐな』

『いいじゃないのよ、頑張ったんだし』

『まだ終わりじゃありませんわ! 隊長』

「すまない、わかっている」

 大神は周囲を見回す。

 IS型の魔操兵器は始末した。しかし一番肝心な敵がまだ残っていたのだ。



 加藤保憲――



《クックックック……》

 不快な笑い声が頭の中に響く。

 よく見ると、いつもよりも巨大な月が出ている。それを背にした人影が空中に浮いて
いるようだ。

「加藤! お前の負けだ! 千冬さんを返せ!」

 大神は加藤に対し叫ぶ。

《ザコを倒したくらいで、勝った気になっているのか、大神よ》

「なんだと?」

《俺の目的は、IS型の魔操兵器などではない》

「なに……!?」

 確かに、言われてみればおかしいことはわかる。

 IS型の魔操兵器は強い破壊力を持っているのだ。
484 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:18:50.16 ID:Cq5y/m/Qo

 もし、首都の破壊にISを使うならば、こうして、都心に集中して出現させるよりも、
都内全域で同時多発的に出現させたほうがよっぽど効率のよい破壊ができる。

 だが、今回大神たちと戦ったISはほとんど破壊行為をしていない。

 まるで、こちらと戦うことだけが目的だったような戦い方だ。

《魔導兵は、アレを生みだすための生贄にすぎない》

「生贄……」

《もうすぐ午前零時だ。奴が蘇る……》

「加藤! 貴様!!」

 大神は自身のISが加速させた。

「かとおおおおおおおお!!!」

《無駄だ》

 加藤がそう言った瞬間、周囲は強い光につつまれた。

 時計が深夜零時を指し示す時、大きな音とともに地面が揺れる。

「これは、地震か?」

 大神たちは空中に浮いているのでよく感じないが、東京が揺れていることはわかる。

「何があったんだ……」

『隊長! あそこの銀行の付近で巨大な降魔反応!!』

「な!」

 東京六菱USO銀行の建物付近で禍々しい瘴気が漂っているのが見える。

 大神は最初気のせいかと思ったが、その黒い煙のような瘴気は次第に何かの形になった。

「これは……」
485 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:19:50.99 ID:Cq5y/m/Qo

 夜の東京の上空に浮かんだのは、巨大な甲冑を着た人間のように見えるIS。

 しかもデカイ。

 ゆうに五十メートルはあろうかと思われる巨大な機体がこちらを見下ろしていた。

《最大の魔操兵器、マサカド……》

「将門!?」

 大神は思い出した。

 確か加藤保憲は平将門の怨霊を呼び覚ますことで帝都を壊滅させたという。

 そして千代田区大手町には将門の首塚がある。

「貴様、そのために魔操兵器を」

《そうだ。これまで貴様らが倒してきた魔操兵器は、このマサカドを呼び出すための
生贄に過ぎない。地下深くに眠る降魔の力を利用して、将門の怨霊を呼び覚ました
のだからな。そしてこの姿だ》

「……」

《間違いなく帝都は、そして日本は終わる》

「そんなこと、させるかあ!!」

《せいぜいあがくがいい。行け!》

 加藤のその言葉に合わせるように、マサカドの両目が怪しく光る。

『大神っち! あいつ動くよ!』

 鈴の声が響く。

「わかっている、全員戦闘態勢!」

『了解!』

「セシリアは射撃準備、ラウラは敵の調査をして弱点を見つけるんだ!」

『ブルーティアーズ了解』

『ツヴァイク、了解』

「絶対に、絶対に帝都は守る!」

 大神は自分に言い聞かせるように、そう叫んだ。





   つづく
486 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/15(月) 20:21:17.73 ID:Cq5y/m/Qo
 今宵は以上でございます。次回、最終話。
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/15(月) 20:50:48.26 ID:NHciKKyL0
次回最終話か……wktk

乙ですー
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/16(火) 02:17:45.54 ID:bAU4tLM60
光武を想像してるけど問題なしですよね?
489 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:47:17.38 ID:1FeWQ1Pjo
 日焼けしまくって痛い……。ちなみに21世紀の光武がISだと思っていただければ幸いでございます。
490 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:47:46.61 ID:1FeWQ1Pjo




 死にいたる病とは絶望のことである

                   キェルケゴール
491 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:49:27.49 ID:1FeWQ1Pjo


 全身を和風の甲冑に身を包んだような形の超大型のIS型魔操兵器は禍々しい気を
放っていた。

『こちらブルーティアーズ、エネルギー充填完了しましたわ、隊長』

「よし、撃て!」

 大神は発射の命令を出す。

『ファイア!』

 セシリアが高出力のレーザーを放ち、そして大きな爆発が起こる。

『やったか!』

 変なフラグを立てるな、と大神は心の中で思う。

 しかし、巨大な爆発にもかかわらず、魔操兵器“マサカド”は傷一つ負っている様子は
なかった。

「どういうことだ……」

 それどころか、いつの間にか巨大な弓と矢を構えていたのだ。

「危ない! 皆よけろ!!」

 まるで宇宙に向かう巨大ロケットのような衝撃波を帯びた矢が大神たちの横をすり抜ける。

「うわ!!」

 直撃をしたわけでもないのに、その矢が持つ魔力に耐えられず吹き飛ばされるISたち。

「皆、無事か!」

『紅椿、無事です!』

『甲龍無事よ』

『ブルーティアーズ、何とか無事ですわ』
492 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:50:08.87 ID:1FeWQ1Pjo

『クロード、異常なし』

『ツヴァイク、異常ありません』

 とりあえず、全員の無事を確認してホッとする大神。

 しかし、このまま安心してはいられない。

 この巨大な魔操兵器、マサカドをこのまま放置しておくわけにはいかないからだ。

「ラウラ! 敵の解析は!」

『あ、はい! 先ほどのセシリアの攻撃でわかったことがあります』

「それはなんだ」

『実は、彼奴の周囲には、強力なバリアのようなものが張られているということです』

「バリア?」

 箒から割り込みの通信が入る。

『こちら紅椿、恐らく妖力による結界だと思います。加藤が使っていたものと同じ』

「あれか……」

 巨大な機体、しかもその機体を守る結界、そして強力な攻撃能力。

 目の前の障害のあまりの大きさに、大神はくじけそうになるが歯を食いしばって現実を
見据えた。

「俺は、逃げない……!」
493 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:50:37.33 ID:1FeWQ1Pjo







       I S〈インフィニット・ストラトス〉大 戦



          第十一話 大神、最後の戦い
494 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:51:23.11 ID:1FeWQ1Pjo


 ラウラの分析によれば、魔操兵器マサカドの周囲には妖力による結界が張られている
らしい。これでは通常の攻撃は通用しない。

 対降魔霊力を持っているはずのセシリアですら、その攻撃が通用しなかったからだ。

 マサカドはいつの間にか武器を弓から反りのある太刀に持ち替えて、それを振った。

 物凄い衝撃波が再び周囲に広がる。と同時に、近くのビルの一部が斬れて、ゆっくりと
重力に惹かれ地上に落ちて行くのが見えた。

 一見すると、マサカドはまだ目覚めたばかりで妖力が安定していない。それでも奴の持つ
破壊力はけた違いだ。

 そして、それを放置しているとどんどんと強くなってしまう。

 奴が本格的に覚醒して暴れ出す前に始末する必要がある。

 大神は考える。

 どんな固い壁でも、破れないものはないと。

「皆、一点攻撃だ。破壊を続ければ破れないものもない」

『了解!』

 しかし、一点攻撃するにしてもどこを攻撃すればいいのか。真っ正面から行けば、
敵の餌食になってしまう。

 だったら後ろから行けばいい。

「全員通達、マサカドの背後に回る。そこから攻撃だ」

『了解!』

 大神を先頭にマサカドのいる方向へと真っすぐに飛ぶ。

 敵もこちらに気づいて太刀を構える。

 だが、まともにやり合うことなどありえない。

「旋回!!」
495 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:52:20.98 ID:1FeWQ1Pjo

 大神の合図とともに、六体のISは一気に旋回し、そしてマサカドの背後に回り込む。

「支援射撃!」

『ブルーティアーズ、了解』

『ツヴァイク了解』

『クロード、了解!』

 後衛組の三人が一斉に支援射撃を実施する。

 これまでの敵と違って“的”が大きいので、精密な射撃ではなく、破壊力を重視した
射撃が可能だ。

 セシリアもラウラも、そしてシャルも思いっきりエネルギーをぶち込む。

 大規模な爆発とともに、マサカドの機体がグラリとゆれる。

(チャンスだ!)

 大神はそう感じて加速する。

「次、前衛!」

 大神を先頭に一気にマサカド本体へと突っ込む。しかし、敵はいつの間にか振り返り、
こちらを待ち受けていた。


「しまった!」

 気がついた時にはもう遅かった。

 マサカドの持つ巨大な太刀が大神の機体に襲いかかる。

 大神は防御態勢を取ったが、そんなものは気休めにしかならない。

 ガクンと、今までにない衝撃が大神の身体を襲った。恐らく物理的な衝撃だけでなく、
妖力による強化も幾分加わっているのだろう。

 吹き飛ばされる大神の機体。
496 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:53:20.37 ID:1FeWQ1Pjo

『隊長おおお!!!』

 箒が大神の機体を追ってくる。

『隊長に何すんのよ!』

 一方、鈴は大神に対して攻撃をしたため、一瞬の隙ができたマサカドに対して攻撃を
加えようとしていた。

「よせ! 鈴!!」

 気持ちは分かるが、大神には嫌な予感しかしなかった。

 一瞬の光。

 まるで花火のような光とともに、鈴の機体が吹き飛ばされる姿が見えた。

『うわあああああああああ!!』

「鈴!!」

 大神は叫ぶがその声は届かない。

 鈴の機体はビルにぶつかった。

(吹き飛ばされてる場合じゃない!)

「ぐおおおお!!」

 大神は態勢を立て直そうとすると、そこに箒の機体がいた。

 紅椿が大神の機体を掴んだことで、大神は態勢を立て直すことができたのだ。

「箒くん!」

「隊長、大丈夫ですか」

 箒は、無線ではなく直接通話(フェイストゥフェイス)で大神に呼びかける。

「俺は大丈夫。それより鈴だ」
497 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:54:28.68 ID:1FeWQ1Pjo

『こちらブルーティアーズ、鈴の救援はシャルが向かいましたわ」

「了解! セシリアとラウラはシャルたちの援護射撃。事後、再集結。集結座標は
後に示す」

『了解ですわ』

『ツヴァイク了解』

「俺たちも行くぞ、箒くん」

「行くって」

「まずは鈴を助ける」

「わかりました」

 大神は皇居の方向に吹き飛ばされたので、何にも当たらずに済んだが、鈴はオフィス街方面
に吹き飛ばされたため、会社のビルに激突してしまったようだ。

 鈴が激突したビルに近づくと、オレンジ色のシャルの機体に助けられる鈴のISが見えた。

「鈴、大丈夫か」

『なんとかね。アハハ……。さすが甲龍、なんともないぜ』

 大神は鈴の軽口を今は責める気にはならなかった。

 こちらを心配させまいと、明るく振舞っていることは明白だったからだ。

「シャル! 鈴の回復を」

『クロード了解』

「セシリア、ラウラ。攻撃中止! 日比谷公園上空まで後退せよ」

『ブルーティアーズ了解』

『ツヴァイク了解』

「鈴、飛べるか」
498 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:55:19.22 ID:1FeWQ1Pjo

『まだ行けるわ。今度はウソじゃないわよ』

「わかった。箒くん、シャル。行くぞ」

『紅椿了解』

『クロード了解』

 一旦距離を取ろうとする大神たちを見て、マサカドは追撃することなくゆっくりと
移動を開始した。

 向かう先は南東の方角。

 銀座方面に出るつもりか。

 集結地点に向かって飛んでいる間、パッパッと光が見えた。

 そして遅れて聞こえてくる爆発音。

「何をやっているんだ!」

『築地から上陸した陸自の打撃部隊が対空ミサイルを発射した模様です』

 真耶の声が聞こえる。

「今すぐ止めさせるんだ! 被害が増える!!」

『りょ、了解』

 指揮系統も一元化されているわけではない。

 対IS型魔操兵器の戦闘は、帝國華劇団に一任されているとはいえ、通常の防衛は
自衛隊の任務だ。

 そして華劇団は自衛隊に対する指揮権を持たない。それは自衛隊側にとっても同じ。
お互い、対等な立場で行動を“調整”するのみ。

 巨大な魔操兵器、マサカドの出現はその調整の想定外の出来ごとであった。

 不意に爆発が起こる。
499 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:56:21.97 ID:1FeWQ1Pjo

 陸自の車両が何台かやられたらしい。

 オレンジ色の炎が広がっていた。

 不気味な色である。

『こちらブルーティアーズ、全員集合完了いたしましたわ』

 大神は全ての隊員が目の前にいることに安堵する。

「よかった、全員無事だ」

『よくないわよ、アタシはボコボコにやられたんだから。あのデカイの、タダじゃ
おかないんだから』

 鈴がやや興奮気味にまくしたてる。

 戦闘中の過度の興奮はあまり望ましいことではないが、今のこの状況では戦意を
喪失してしまうよりもはるかにマシだ。

「皆、落ち着いて聞いてくれ」

 大神は全員に呼びかける。

 無駄に興奮させないよう、低く落ち着いた声で語りかけることを心がけながら。

「先ほどの戦闘でも見た通り、マサカドは遠距離の攻撃だけでなく、近距離による
直接打撃も効かないようだ」

『それじゃ、打つ手がないじゃない』

 鈴がまだ興奮気味に言う。

「落ち着け、鈴。全く手がないわけじゃない。箒くん」

 大神は視線を箒の機体に向ける。

『え? 私ですか』

「この戦いの要は、恐らくキミだ」

『私が……』
500 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:59:01.67 ID:1FeWQ1Pjo

「キミを中心に攻撃を仕掛ける」

『それってもしかして』

「破邪の陣だ」

『隊長……』ラウラの心配そうな声が聞こえた。

『ですが隊長、あれはまだ一度も……』 

 と、セシリアも言う。

 確かにセシリアの言うとおり、破邪の陣は訓練の段階ではまだ一度も成功していない。
古文書の通りに陣を作っても、思ったような力は発動されないのだ。

 だが迷っている暇はない。

「他に手はないんだ。俺は破邪の陣で行く。もし、無理だというのならここで外れても構わない」

 言いたくはなかったが、気の進まない隊員を連れて行っても失敗するだけだ。

『アタシは行くわよ』

 真っ先にそう言ったのは意外にも鈴であった。

「鈴」

 鈴は訓練中、破邪の陣には最も批判的だったからだ。

『あのデカブツの結界を破れるのは箒だけなんでしょう? だったら、やってもらおうじゃないの。
そのためだったら何でもするわ』

 鈴は一見すると目立ちたがりのようだが、一方で確実に勝利を掴むため、自分から積極的に
縁の下の力持ちを担うこともある。

『僕も手伝います、隊長』

「シャル……」

『自分の身体と心は常に隊長とともにあります』
501 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 20:59:29.08 ID:1FeWQ1Pjo

 ラウラも言い切った。

『仕方ありませんわね、私も協力させていただきますわ』

「セシリア」

『ただし、私が協力する限りは何が何でも成功していただきますわよ、箒さん』

『ん……、わかっている。まかせてくれ』

 箒は一瞬言葉に詰まったが、気を取り直し力強く返事をした。

「よし、皆行くぞ。帝國華劇団花組、出撃せよ!」

『了解!!!!!』

 日比谷公園の上空に浮かぶ複数の光が、銀座方面へと向かった。



   *
502 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:00:11.85 ID:1FeWQ1Pjo



 銀座の上空に浮かぶ巨大な影。

 その影は破壊をつかさどる神か、それとも悪魔か。

 その圧倒的な力で自衛隊の車両を蹴散らし、周囲の人間を一斉に絶望の淵へと叩きこむ。

 魔操兵器マサカド――

 人類はその巨大兵器に対し、なすすべもなく破壊を見守るしかないのか。

 そう思われた瞬間、複数の光が魔操兵器の前に現れた。
   
「そこまでだマサカド!」

 大神が叫ぶ。

 マサカドは答えない。

 兜の奥から光る二つの赤い光が不気味に光るだけである。

 そしてマサカドは太刀を構え、一振りする。

 強力な衝撃波が銀座の街を襲う。

 道路に、あり得ないほどの斬り跡がついた。

「今度こそ、お前を止める! 行くぞ、花組!」

『了解!!!!!』

 五人の声が無線に響く。

「射撃組!」

 大神が号令をかけると、セシリア、ラウラ、シャルの後衛組が一斉に射撃を開始する。

 しかし、案の定マサカドには効かない。

「怯むな、進め!」
503 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:00:47.43 ID:1FeWQ1Pjo

 マサカドは武器を太刀から弓矢に持ち替えると、大きく弦を引く。

(ここだ!)

 大神は、その瞬間を待っていた。

 確かにマサカドの矢の威力は大きい。


 しかし――

 
 強大は光と衝撃波が大神たちを襲う。


「でりゃあああああああ!!!」


 その後に出来る隙も大きい。


 大神たち花組の隊員は、ギリギリのところで旋回をする。

(全員、無事だ!)

 大神はそれを確認すると、マサカドの側面へ出た。

「行くぞ皆!!」

 大神の号令に、全員が反応した。

『了解!!!!!』

 大神を含めた花組の隊員は、五角形の陣形を空中で形成する。

 そしてその中心にいるのは、




 篠ノ之箒――――
504 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:01:46.91 ID:1FeWQ1Pjo



「くらえええ!! 破邪の陣!!!!!」

 大神は叫ぶ。

 
 そして箒は精神を集中する。



 破邪剣征――




 
 桜 花 天 心 ――!!





 破邪の陣から集められた霊力が箒の機体に流れ込む。


 そして彼女は刀を振った。


「…………!!!」


 一瞬、マサカドの表情に驚愕のようなものが浮かんだようにも見えた。

 そして世界が割れた、そんな音が聞える。

(よくやった箒くん。そのまま休んでいてくれ)

 ゆっくり下降していく箒の機体を見て、大神はそう思う。

 箒も、大神の気持ちが伝わったのか、安堵の表情を浮かべているように思えた。

 そしてマサカドを包む、禍々しい妖気が消える、そんな気がした。
505 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:02:20.43 ID:1FeWQ1Pjo

「セシリア! 射撃だ!!」

 大神はすかさず命令する。

『了解ですわ!』

 セシリアがレーザーライフルを撃ち込むと、マサカドの肩の辺りが爆発した。

「グオオオオオオオ!!!」

 この世のものとは思えない唸り声が聞えてきた。

 先ほどとは明らかに違う。

 確実にダメージを与えられている。

「効いてるぞ! ラウラ、シャルも!!」

『ツヴァイク了解!』

『クロード、了解です!!』

 連続した爆発で、マサカドは大きく揺れる。

 セシリアたちの放つ射撃の間隙を縫うようににして、マサカドは再び弓矢を構える。

 だが――

「させるかあ!!」

 大神がマサカドの弓手を叩き斬る。

 斬り落とせはしなかったが、かなり深いところまで斬れたことは確かだ。

「ゴワアアアアアア!!」

 再びマサカドの叫び。

『アタシにもやらせなさい!!』

 今度は逆方向から鈴が青龍刀で斬り込む。
506 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:03:04.81 ID:1FeWQ1Pjo

『さっきのお返しよ!!』

 たまらず、マサカドは弓を手放した。

『お二人とも、下がって!』

 再びセシリアたちの一斉射撃が始まった。

 はっきり言えば、妖力による防御結界のないマサカドは、巨大な“的”でしかない。

 太刀に持ち替えたマサカドが片手で攻撃しようとする。

 だが、鈴には当たらない。

『確かに凄い破壊力ね、でも当たらなければ大したことはないのよ』

 どこかで聞いたことのあるような台詞を吐きながら、鈴は敵の首筋に刃を当てる。

 ここまでくると、もうやりたい放題である。

『みなさん、三角射撃(トライアングルファイア)ですわ!』

 セシリアの号令により、三方向から射撃が加わった。

 大爆発の後に、大神と鈴が更に斬撃を加える。

 そして巨大な甲冑の一部がボロリと剥がれ墜ちた。

『隊長! コアです! コアが見えました!!』

 ISの命とも呼べる核(コア)。それがマサカドにも存在した。

 どんなに大きくても、こいつはIS型魔操兵器なのだ。そう感じさせる。

『大神っち! 最後は決めなさいよ!』

 と、鈴の声が聞こえた。

『私の分まで、ぶつけてくださいませ!』

 セシリアの声も聞こえた。
507 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:04:01.44 ID:1FeWQ1Pjo

『隊長! 倒しましょう!』

 シャルの声だ。

『隊長! 最後は隊長が』

 ラウラも言う。

『隊長、箒です! 私たちの力を……!』

 箒の声も聞こえた。

 全員の声を力に代え、大神は飛ぶ。


「くらえマサカド!」



 狼虎滅却!!!



 快・刀・乱・麻あああああ!!!!!!!




 大神は自分の機体をぶつけるように、マサカドのコアに斬りかかった。

 そして――


 突き抜けた!



 マサカドの胴体は爆発することなく、まるでブロックが崩れるようにバラバラになって
地上へと落ちて行った。



「うおおおおおおおおお!!!!!!」
508 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:04:40.02 ID:1FeWQ1Pjo


 大神は叫び声をあげる。

 今までの恐怖、怒り、喜び、悲しみなど複雑な感情を一気に噴出させるように。


「隊長おおおおお!!」


 誰かの声が聞こえてきた。

 真っ先に大神の元に来たのは箒だった。

 ISが壊れるんじゃないかと思うほど勢いよくぶつかってきた箒は、大神に直接声をかける。

「隊長! やりましたね」

「ああ、キミのおかげだ箒くん」

「私だけじゃありません」

「わかってる。皆のおかげだ」

『コラー! 箒! 抜け駆けするんじゃないわよ!』

『銀座のど真ん中ではしたないですわね、箒さん』

『箒、羨ましいな』

『どけ箒、そこは私の場所だ』

 他の隊員たちも集まってくる。

「ありがとう、皆。だがまだ終わったわけじゃない」

「……!」

 全員の表情が一気に緊張したのがわかった。

 箒は機体を離し、大神はレーダーを確認する。

 残る降魔反応はたった一つ。
509 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:05:52.45 ID:1FeWQ1Pjo


「加藤!!!」


 加藤保憲、本人だ。


《クックック……、マサカドを倒すとは予想外であった》

 空中に浮かぶ、不気味な影。

 加藤保憲は銀座の時計台の真上に浮かんでいた。

「お前の負けだ加藤!」

 大神は叫ぶ。

 しかし、

《これで確信した、お前たちを倒せば我の道を阻む者はない》

「なんだと?」

《マサカドは確かに“最大”の降魔だ。しかし、最強ではない》

「……!」

《言っただろう、彼女は切り札だと》

「加藤、貴様!」

《出でよ! 降魔“血冬”!!》


 そこにいた全員に衝撃は走る。

 銀座の上空に一体のISが姿を現す。

 それはまぎれもなく、彼女だった。 

 かつて、世界最強と言われたIS操縦者。
510 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:06:32.63 ID:1FeWQ1Pjo

 世界で数人しかいないという、IS適性SSの持ち主。



 
 織斑千冬――



 
 大神たちが恐れていることが現実となる。

 かつての仲間が、敵となって現れたのだ。


「千冬さん! 千冬さん!!」

 大神は必死に呼びかけるが、答えるはずもない。

 禍々しい黒の機体は、マサカドよりもはるかに小さいにも関わらず、その存在を
大きく見せている。

 相当の戦闘力があることは間違いない。

「千冬さん! 俺です! 大神です!!」

『何やってんの隊長!!』

 鈴が大神機に体当たりをくらわす、

 次の瞬間、いつの間にか間合いを詰めていた千冬の機体が鈴の機体を斬りつける。

「鈴!」

『うわあああ!!』

 辛うじて致命傷は避けたものの、大きなダメージを負ったことは間違いない。

 千冬に動揺はない。

 全く感情を見せることなく、攻撃を加えてくる。

(くそ! 俺が動揺したばっかりに)
511 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:07:12.32 ID:1FeWQ1Pjo

 大神が奥歯を噛みしめて刀を構える。

『隊長! ここは私たちが』

 と、ラウラの通信が入る。

『そこから離れてください』

 シャルも言う。

 どうやら射撃戦で、千冬に挑むらしい。

 確かに、今の千冬の武器は刀が一本。

『僕が弾幕を張るから、その間に二人は狙って』

 シャルが無線越しに叫ぶ。

 予備の機関銃も取り出して、大量の弾を発射した。

『いきますわよ』

『こっちも準備よし』

 セシリアとラウラが狙撃を開始する。

 しかし、

 いつの間にか、刀をライフルに持ち替えた千冬は、旋回しつつシャルの弾幕をかわし
ビームを発砲する。

『うわあ!』

「シャル!」

 千冬の射撃はシャルに命中し、まず弾幕がやんだ。

『シャルさん!』

『構うな、撃て』
512 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:07:49.64 ID:1FeWQ1Pjo

 セシリアとラウラは射撃を続ける。

 しかし当たらない。

 千冬は冷静に射撃をかわすと、再びレーザーライフルを撃つ。

『きゃあ!』

『うわあ!』

 セシリアとラウラの機体から緊急信号が発せられた。かなりのダメージを負った証拠だ。

 再び武器を剣に持ち替えた千冬は手負いの二体を一気に蹴散らした。

 空中制御の能力を失った二体は、フラフラと落下していく。

「セシリア! ラウラアアア!」

 大神の呼びかけもむなしく、二体は墜落した。

 戦闘開始早々、六体のうち四体を倒した千冬。

 残りは箒と大神の二体だけである。

 強すぎる。圧倒的な強さ。

 付け入る隙の無い絶望的なまでの戦闘力。

 マサカドなどとは比べ物にならない。

 それが織斑千冬。

 そして今は、降魔血冬――

 加藤が言った、最強の切り札。

『隊長、やりましょう』

 箒が長刀を構える。

「無理だ箒くん、今のキミの身体は」
513 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:08:35.14 ID:1FeWQ1Pjo

『戦えるのはもう私と隊長しかいないんです!』

(箒くん、キミは強い。それに比べて俺は……!)

 大神は自分の弱さを嫌悪する。戦いにおいて最も避けなければならないことは、
恐怖に支配されることだ。

 そして一度恐怖に支配されたら、折れてしまった心は、なかなか元に戻らない。

 大神の心と身体は、長く続いた戦いの中で朽ち果てようとしていた。

(このままではいけない。せめて彼女だけでもここから逃がそう。今の俺でも時間くらいは
稼げるだろう)

 辛うじてそう考えた大神は箒に声をかける。

「箒くん、キミは――」

「隊長」

 すぐ横にきた箒は、一瞬大神のほうを見る。

 そして、




「大神さん――、好きです。愛しています」




「え……」


「だから、生きて」

 箒のその笑顔は、今までにないほど穏やかで、そして優しい表情であった。

「箒くん!!」
514 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:09:21.91 ID:1FeWQ1Pjo

 すかさず機体を加速させる箒。

 大神を止めるのも聞かない。

 ギンギン、と酷い金属音とともに火花が散る。

 箒の赤い機体と千冬の黒の機体が激しく切り結んでいる。

 物凄い霊力と妖力とのぶつかり合い。

 だが、破邪の陣で霊力を使い果たした箒に勝ち目があるはずもなく、

「……!!」

 勝負は一瞬だった。

 大神が助けに入る間もなく、千冬の突き出した刀が箒の機体を貫いていた。

 血が、血が見える。

「箒くん! 箒くん!!」

 大神は必死に無線に呼びかけるが返事はない。

 千冬が刀を引きぬくと刃には微かに赤い“血のり”が付着していた。

「箒くん……」

(最悪だ……)

 大神は心の中でつぶやく。

 最悪だ
515 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:10:02.79 ID:1FeWQ1Pjo

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ

 最悪だ
516 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:10:40.06 ID:1FeWQ1Pjo

 
(何が軍人だ! 何が隊長だ! 彼女たちを守るって決めたのに!!!)

 箒の機体が、墜落して地面に激突する。

(俺は、恐怖に身をすくめているなんて!!!)


「う……」



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
   

 血管が切れそうになるほど大神は叫んだ。

 そして、彼は再び刀を振い機体を加速させる。

 それに対し千冬は冷静に刀を構えた。

 その瞳はまさに氷のように冷たい光を放つ。

 一方、大神のほうは燃えていた。

 熱い、炎のように。

 心も、身体も。

「そりゃあああああああああ!!!」

 大神の二本の刀が繰り返し千冬に襲いかかる。

 しかし千冬はそれらを一つ一つ捌き、反撃をする。

 千冬の攻撃はまるで精密機械のように正確に大神の機体の弱い部分を狙ってくる。

 大神の右肩の装甲が吹き飛んだ。

 腰の装甲も吹き飛ぶ。
517 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:11:40.94 ID:1FeWQ1Pjo

 もはや防御能力(シールドパワー)などあってないようなものだ。

「俺は! 俺は負けない!!!」

 大神は飛び上がり、上から千冬の背後を狙う。

 だがそれを読んでいた千冬は、すぐさま刀を振い、大神の脚部を斬った。

 左脚部が吹き飛ぶ。

「でりゃああああ!」

 それでも脚を犠牲にして千冬に一太刀撃ちこんだ。

 相手のシールドパワーを削る手ごたえがあった。

 それ以上にこちらの防御力は削られているけれども。

 隊長として、部隊を守る盾としてあらゆる攻撃を受け止めていた大神の機体はすでに
限界を迎えていたのだ。

《 DANGER DANGER 》

 まるで泣き叫ぶかのように警告を繰り返すISの機体に心を痛めつつも大神は戦いを
続けた。

「すまないIS! もう少しだけ!!」

 大神機の右腕が刀ごと吹き飛ぶ。

「まだ左手がある!」

 大神はそれでも攻撃を止めない。

 左手が吹き飛べば体当たりするだけだった。

 どんなにギリギリの状況でも、戦う意志だけは消えない。

 大神は左手一本で千冬と斬り合う。

 脚部は完全に破壊され、空中でバランスをとることすら叶わない。
518 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:12:12.39 ID:1FeWQ1Pjo

《 DANGER 》

 ISの警告音。

 それは彼のISが最後に発した、言葉のようでもあった。

「でりゃああああああ!!!」

 大神は残った左腕で千冬の機体を抱え込む。

 そして、加速する。

 もはや旋回すら満足にできないその機体だったが、加速だけはできるのだ。


 その先は――


「うおおああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」



(戦いを終わらせるのは憎しみではない――)



 大神と千冬の機体は、地面に向かって真っすぐに加速し、そして激突する。



 その爆発の中で、二つのISのコアが――




 砕け散った。




     
   * 
519 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:13:36.07 ID:1FeWQ1Pjo

 

 
 道路のど真ん中に出来たクレーターの中心で、大神は一人の女性を抱きしめていた。

「全く、キミという男は」

 女性は優しく、大神の黒髪を撫でる。

「千冬さん……」

 大神は顔をあげ、千冬と目を合わせた。

「わかっていたのか」

「ええ、あなたが完全に操られるような人ではないことも。必死に抵抗していたんですね。
箒くんのアレも、脇腹をかすった程度でしたし」

「ふっ、馬鹿者が……」

 千冬はそう言って微笑んだ。





   *
520 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:14:48.84 ID:1FeWQ1Pjo


 一人の男がビルの谷間で、息を荒げながら走る。

 夜の帳は時期に無くなろうとしている。

 そうなれば逃げ場はない。今のうちに遠くに行かなければならない。

「ぐふっ!」

 男はせき込み、口に手を当てた。

 はめていた白い手袋が真っ赤に染まっている。

 このままではマズイ。

 そう思いつつ男は再び走り出す。

「どこへ行くのかな」

 男を追う人影があった。

「貴様……!」

 男は白いハンカチを投げる。ハンカチはコウモリに姿を変え、人影に襲いかかるも、
刀の一振りで滅せられてしまった。

「く……!」

 男の顔が歪む。背が高く、色白のその男は旧軍の軍服を着ていた。

「観念しろ加藤保憲。あれだけの“大物”を召喚しておいて、それで満足に戦えるとでも
思ったか」

 白い制服に身を包んだその人影はそう言って近づく。

「貴様、何者だ」

「忘れたか? かつて俺たちの御先祖様はお前と戦ったんだぞ」

「まさか……」

「帝國華劇団月組、加山雄二! 上意により、貴様を封印する!」

 制服の男はそう言って刀を構えた。




   *
521 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:17:41.68 ID:1FeWQ1Pjo
  
 数分後、加藤を捉えた制服の男、加山は別の人間と合流していた。

「やりましたね、加山三尉」

 そう言ったのは、どう見ても中学生くらいにしか見えない少女である。

「お嬢ちゃんに褒められて、僕は幸せだなぁ〜」

「お嬢ちゃんはやめてもらえるかしら」

 黒のカチューシャを付けたその黒髪の少女はそう言って少し不機嫌そうな顔を見せた。

「悪かったよ、暁美二曹」

「とりあえず、一件落着と言ったところかしら」

「まあ、そうだけど」

「不満そうね」

「いや別に、不満ってほどじゃあないんだけどなあ」

「あなたの同期のことを考えているの?」

「そうだな。あいつの活躍に比べれば、僕なんてまだまださ」

「だったらもっと精進しなさい。そんなことだからいつまでたっても、隊長“見習い”が取れない
のよ」

「へいへい」

「……大神宗一郎か。一緒に仕事をしてみたいわね」

「やめといたほうがいいぞ」

「どうして?」

「あいつに会って惚れない女はいないってほどのだ。男だって惚れるかもな」

「あら、だったらあなたも惚れたの?」

「さすがにそれは……。ああ、でも。色々と影響は受けたかな」

「さ、そんな話は置いといて、迎えが来るわ」

「キミから言っといて、酷いな」

「時間がないわ」

「ああ、そういやもうすぐ夜が明けるな。だったら“月”は隠れましょうか」

 そう言って加山たちは闇の中に消えて行った。 
522 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:18:44.36 ID:1FeWQ1Pjo


   エピローグ


 夏休みを前に、大神はIS学園を離れることとなった。

「みんな、ありがとう。たった数カ月だったけど、本当にお世話になりました」

 大神はそう言って頭を下げる。

 校門前には教職員だけでなく生徒たちも集まっていた。

 彼は今、スーツを脱ぎ再び海上自衛隊の制服に身を包んでいる。ただし、この学園に
はじめて来たときのような黒の冬制服ではなく、夏用の白い制服である。

「織斑先生、山田先生、坂本先生、それに米田校長、ほかにも沢山の先生方の御指導もあって、
辛かったけど本当に濃い毎日だったと思います」

「おおがみせんええええ」

 生徒たちよりも先に真耶が泣いていた。

「わっはっは、大神君、温泉に入りたくなったら私を尋ねなさい」

「大神先生、また遊びに来てね」

「先生、文化祭来てよ」

「大神先生! 孤独のグルメ、ちゃんと読んでね」

「先生、潜水艦、潜水艦」

「大神先生、やらないか」

「お断りします」

 生徒や教職員たちと最後の挨拶を交わした大神は、最後に校長に礼を述べた。

「米田校長。本当にありがとうございます」

「頑張ったのはお前さんだ。俺は何にもしてねえよ」

 米田は照れくさそうに言った。酒も飲んでいないのに顔が赤い。
523 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:19:50.54 ID:1FeWQ1Pjo

 彼はああ言っているが、政府の上層部と交渉をしたり、自衛隊の他の部隊との調整を行い、
調査を専門とする部隊を密かに指揮していたことを彼は知っていた。

「本当、ありがとうございます」

「ところで大神よ」

「はい」

「誰を選ぶんだ」

「はい?」

 教職員や生徒たちの目の色が変わる。
 
「だから誰を選ぶのか聞いてんだよ」

「いや、何のことですか?」

「決まってんだろうお前、こんないい女がたくさん揃っている場所だぜ。誰か選んで行かない手は
ないってもんだ」

「今言わないとダメですか?」

「大神、お前今日が最後だろうが。今言わないでいつ言うんだよ」

 全員の視線が大神に集中する。

(まずい、これは不味いことになった……)

 大神は助けを求めるように千冬に視線を向ける。

 しかし、

「まだまだ修行が足りん」

 そう言って彼女は目をそらす。

(そんな……)
524 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:20:51.41 ID:1FeWQ1Pjo

「ちょっと大神っち? アタシにあんなことさせといて、今更他人はないでしょう?」

 いきなりそう言いだしたのは鈴である。

「おい鈴、いきなり何を」

「大神さん、毎日ワタクシのサンドイッチを食べたいとおっしゃったのに」

 セシリアがウソ泣きをしながら言う。

「そんなことは言ってないぞセシリア」

「大神先生、あんな狭い場所で僕に……」

 シャルも目を潤ませながら言った。

「あ、それは……」

「私の全ては隊長のものだ。どこへ行こうと私はあなたのものです」

「ラウラ、ちょっと落ち着け」

「大神さん……」

 箒が顔を真っ赤にして肩を震わせている。

 手には銘刀、霊剣荒鷹が……。

「皆、さよなら!!」

 大神は一気にその場から駈け出した。

「コラー! 逃げるなあああ!!」

 大神と女性陣の追いかけっこが最寄りの駅まで続いたことは言うまでもない。








   お わ り
525 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/16(火) 21:23:48.42 ID:1FeWQ1Pjo
 エロ神にはじまり、ヘタレ神で終わる。

 長いこと読んでいただきましてありがとうございます。

 これにて、大神先生の物語は終了いたします。

 結局誰とくっついたかって?

 ご想像におまかせいたします。米田√じゃないことだけは確かだ。
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/16(火) 21:36:10.03 ID:lmsH+lQR0
なんという暑い戦い……乙です!!!


最終回なんて…寂しいです…
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/08/16(火) 22:45:21.99 ID:5VpHGFQSo
長い間乙

後日談とか無しですか
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/08/17(水) 01:13:05.51 ID:KGdvdCqAO
従妹のまどかですね?わかります!

乙乙様
529 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/17(水) 20:16:58.91 ID:UPb0/WDso
>>526
申し訳ない、もう書き溜めがないのです。

>>527
実は月組の加山の活動も書こうかと思うたのですが気力が足りなかった。

>>528
あれは思いつきですけえ。ほむらも出てるし、まどかも出してみようかと。


 あと、ゲスト出演したICKさんにも触れてくれたらそれはちょっとだけ嬉しいなって。
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/08/17(水) 21:25:28.55 ID:0Z2gJmuk0
何か次回作の予定はありますか?wktk
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/08/18(木) 17:36:55.26 ID:Q5ZMBDz+o
おつっした
532 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/18(木) 18:24:15.48 ID:T5aT0Nnso
 孤独の魔法少女グルメ☆マギカ

 過去ログ入りしました。興味のある人はこちらも見てね。

http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1306/13064/1306497755.html
533 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/20(土) 07:28:25.14 ID:/qhuSA3Mo
>>530
小説で2本、論文で1本書く予定があります。
みなさんが楽しめるようなSSはおそらくその後になるでしょう。
小ネタくらいはやるかもしれませんが、長いのは無理です。
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/08/20(土) 17:55:26.12 ID:8UUcZIzP0
セルベリアもこの世界に存在していたのか…
535 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/08/20(土) 21:08:38.50 ID:/qhuSA3Mo
ラウラのカーチャン役でござった。出番はなかったけど。
536 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/09/04(日) 20:45:10.19 ID:FjjR5SCEo
次回はガチでR18をやる。
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/09/06(火) 21:12:43.60 ID:tdXRVzjAO
黒いクリスマス

ザクり
グサり
ドチャり

街は一瞬にして血に染まり




こうですか?わかりません><;
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