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和「ジーニアス?」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 20:47:29.39 ID:3F2+R/XM0







 和「えっ?それって英和辞典の事?」






 
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2 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 20:50:18.68 ID:3F2+R/XM0

 唯「違うよ和ちゃん。英和辞典は全く以って関係ないよ」

 和「じゃあ、未来辞典でも作るの?」

 唯「和ちゃんがオードリーのオールナイトニッポンのリスナーだったなんて驚きだよ」

 和「ゆ〜めはー捨てたと言わーなーいでー♪♪♪他に道ー無きふたり〜なーのに〜♪」

 唯「『浅草キッド』も全く以って関係ないよ」

 和「面白いとは思うのだけど、フリートークが少し長いのよね。内輪ネタが多いし。私的にはもう少し投稿コーナーの時間を増やしてほしいわ。まあ、これはあくまで私個人の意見だけど」

 唯「ヘヴィーリスナー!?」

 昼休みの時間の桜高二年一組の教室。同学年二組の生徒である平沢唯はこの教室(にくみ)まで移動して、このクラスの生徒である幼馴染の真鍋和と机を並べて、妹の作った弁当を食しながら和と話していた。

 和「別にヘヴィーリスナー何かじゃないわよ。聴ける時に聴いているだけ。むしろヘヴィーリスナーはフリートークの方が好きなんじゃないかしら?」

 と、自作の弁当をつつきながら、和は目の前に向き合う様に座っている幼馴染に答える。

 

3 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 20:52:28.65 ID:3F2+R/XM0

 唯「もう、そんな事はどうでもいいの。和ちゃん。これはとても大事な話なの」

 唯の何時に無く真剣な面持ちと口調に、和も少し表情を変え、耳を傾ける。

 和「どれくらい大事なの?ケーキの上に乗ってるイチゴくらい?」

 唯「うーん、そうそうそれ位かなぁ。って、もう、茶化さないでよ和ちゃん」

 唯の顔が少し険しくなるが、怖いと言うよりむしろ可愛いとさえ和は思ってしまう。

 和「ごめんね唯。今度はちゃんと話を聞くから」

 和は流石に少し反省した表情(かお)になる。

 唯「うん、それでねジーニアスっていうのはね、うーん、えーと、神さまがこう入って来て、パワーアップして、バーンと戦って、世界を護って……」

 唯は身振り手振りを交えながら、少しもどかしそうに、でも真剣な様子で説明するのだが、言ってる事が結構アレなのと、妙に擬音が多いので何となく言わんとしている事が判る様な気がするのだけど、要点が掴みづらい話だと和は幼馴染を見遣りながら思った。

 
 
4 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 20:53:50.97 ID:3F2+R/XM0
 
 和「それで、そのジーニアスと言うのがどうしたの?」

 まだよく判らないといった様子で、和は少し眉を寄せながら訊いた。
 
 唯「うん、和ちゃん。私ね・・・」

 唯は一瞬、和の顔を見つめて、すぐに少し目を逸らす。そして再び、和を見つめる。こんな唯は初めて見る。



 唯「私ね、ジーニアスなんだ……」



 和の瞳にはこの時の唯は、とても儚げに映った……。



 
 
5 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 20:56:52.77 ID:3F2+R/XM0
 
和「そうなんだ、じゃあ私、生徒会に行くね」

唯「え゛ー!?そいつはひどいよ和ちゃん」

 和の有り得ない切り返しに、さしもの唯も涙目になって非難する。

和「ごめんね唯。まだ、ジーニアスが何なのかよく判らないし、それにこんな唯は初めて見たからつい、ね……」

 和は流石に少し済まなそうな表情で、掌を合わせて謝罪した。唯は、おいおいつい何なのよ、もう。と思ったが、和が本当に済まなそうにしているのを見て機嫌を直す。

和「それで、唯がそのジーニアスとかいうものだったとして、どうして今、私に話す気になったの?」
 幼馴染との長い付き合いの中で、彼女がこんな事を話すのも、こんな表情(かお)を見せるのも初めてだった。

唯「それは……それは、和ちゃんも多分、ジーニアスだからだよ……」

和「えっ!?私も?」

 予想外の唯の言葉に和は首を傾げる。正直に言って和には当然そんな自覚はない。だが、そんな事を言う唯の表情はいたって真剣だ。

 
6 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:01:11.62 ID:3F2+R/XM0

 唯「和ちゃんはまだ覚醒していないだけ。普通、ジーニアス持ちかどうかは特に覚醒前は殆んど判断付かないんだけど、私は和ちゃんとずっと一緒に居たから判るの。和ちゃんは絶対にジーニアスを持つ事になる。多分、かなり強いのを」

 和「うーん。そう言われても、正直に言ってよく判らないわね……」

 和は幾度目か首を傾げる。未だジーニアスが何なのかよく判らない上、自分がそうなのだと言う唯の言葉は、理解も実感もし難いものがあった。自覚症状や身体や精神の変化も今の所、特に変化は感じられないのだから尚更だった。

 唯「はは、そうだよね。いきなりこんな話をしてもよく理解でき(わから)ないよね。だったら和ちゃん。今日、生徒会の仕事が終わったら家に来てよ。私より憂が説明した方がきっと解りやすいだろうから。憂もねジーニアスなんだ」

 唯は苦笑気味な表情を作って和に言う。いきなりこんな話をしても、いかに聡明な和であったとしても早々、理解できる筈が無い。それなら家でゆっくり話を聞いて貰う方が良いのだろうと唯は判断し(おもっ)た。

 

7 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:04:35.39 ID:3F2+R/XM0


 和「憂もそうなの?」

 唯「…うん」

 和「そうなんだ……そうね、学園祭も終わって生徒会もあまりやる事が無い時期だし、あっても役員の引き継ぎ作業位で早めに終わると思うから、終わったら唯の家でゆっくりと説明(はなし)をして頂戴」

 あの唯がこんなに真剣になる話なのだから、余程の事なのだろう。そう判断した和は真面目にこの話に向き合う事にした。

 唯「ありがとう和ちゃん。こんな話をちゃんと聞いてくれるなんて。だから和ちゃん大好き」

 唯が嬉しそうに微笑みを幼馴染の大好きな親友に見せる。和も「おだてても何も出ないわよ」とか言いつつも、満更でもない様子だった。


 

8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/09/11(日) 21:04:39.65 ID:SZ1DjQWAO
ジーニアスって能力なのか

てっきりテイルズ オブ シンフォニアとのクロスかと
9 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:06:31.93 ID:3F2+R/XM0

 唯「あと、これは和ちゃんだから言うけど…」

 唯の声質と声量がこそこそと内緒話をする時のものになる。

 唯「澪ちゃんとムギちゃんもジーニアスを持っていて、恐らくはもう覚醒してる。律っちゃんはまだ覚醒してないけど、覚醒する(その)可能性は十分にあると思う」

 唯は珍しく神妙な面持ちで言う。よく判らないけど、軽音部の仲間が同じジーニアスとやらを持っているのなら、それは彼女にとって喜ばしい事の筈なのに、むしろそれが辛そうに見えるのは何故なのだろう?と、和は疑問に思う。

 だが、よくよく考えると和にも心当たりは有った。ここのところ、唯が一組(こっち)に来て、和と昼食を摂る様になったのと同時に、入れ替わる様に澪は唯達の二組(クラス)に行って律達と昼食を摂る様になっていた。

 

10 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:09:29.22 ID:3F2+R/XM0


 部活に関しても、学園祭が終わって少し経った頃から、特に唯は積極的には(ほとんど)顔を出さない様になっていたし。以前はあんなに楽しそうに彼女等の事や活動を和によく話していたのに、最近は殆んどその事を口にする事は無かった。

 澪達にしても確かにここの所、今までと雰囲気が変わった気がする。澪に関して言えば、以前に比べてあまり物怖じしなくなってきたというか、どこか自信ありげと言うか堂々とした態度を振舞える様になった事、紬からはその態度と言動から妙な威圧感や圧迫感を和自身、ひしひしと感じる様になったのも事実だ。

 それに、律に関しては、明らかに今日の彼女はおかしかった。今までは特に変わった事は無かったのだが、今朝の彼女は目に見える程興奮していたと言うか、何かが暴れ出すのを必死に押さえ付けているかの様に見えた。
 

 和がそんな事を考えている時だった。

 ?「ん?律と私とムギがどうしたって?」

 ぞわ―――!?。

 不意に後ろから声を掛けられた瞬間。和は全身が総毛立ち、背中にかつてない程の強烈な悪寒と、心臓を握り潰されるかの様な感覚に襲われる。


 

  

11 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:12:09.37 ID:3F2+R/XM0

 唯「み、澪ちゃ……な、何でもないよ……」

 唯は辛うじて絞り出すようにそれだけ言葉を発する。

 唯は不意打ちの様に後ろに立つ少女、秋山 澪に声を掛けられた瞬間、彼女の動悸は早くなり、口の中が一瞬で乾いてしまっていた。

 まるで、躾の厳しい親に悪戯を見つかったかの様な表情になる。和は、幼馴染の今まで見た事も無い表情の変化に、改めて事態が自分が思っている以上に穏やかなものではない事を悟る。

 澪「つれないなぁ唯。まぁ人は善くも悪くも変わるものだからな。まぁいいさ。そんな事より、もうすぐ昼休みが終わるから。そろそろ自分の教室に戻った方が良いんじゃないか?」

 澪はどことなく余裕というか超然とした態度と口調で唯に忠告する様に言う。

 唯「……うん、分った。ありがとう澪ちゃん」

 唯<変わってしまったのは私よりも澪ちゃんだよ……>

 唯「和ちゃんまた後でね」

 唯は寂しげに心の中で呟くが、声に出さなかった。それがもう無駄な事だと知っていたから…。唯はそれでも澪と和に微笑むと、足早に自分の教室へと戻って行った。

 

12 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:14:09.48 ID:3F2+R/XM0

 澪「なあ、和」

 和「何?澪」

 澪「和、お前は私達(こっち)側の人間だよな?律ももうすぐだ。あの感じだと律もこちら側だ。和、私はお前もこっち側であって欲しいと本当に思っているんだ。だから……」

 和「澪、悪いけど私はあなたが何を言っているのか、まだよくは判らない状態なの。でもね、これだけは言える。私は唯の幼馴染なの。あなたが律の幼馴染と同じ様にね」

 唯と澪達には既に、ジーニアスとやらの所為(せい)で決定的な溝が出来ているのかも知れない。それならば、せめて自分は自分だけは唯の傍に居たい。と、和は思う。

 澪「そうか……まだお前は何も分っていないんだな。でも、その内分るよ、その内にな……またな和」

 そう言い残すと。澪は和の元を離れ自分の席に着く。この時の澪からは、先程の強烈な黒い感覚は感じられなかった……。

 
 
 

13 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:16:18.80 ID:3F2+R/XM0


 紬「あら唯ちゃんお帰りなさい。また和ちゃんの所に行っていたの?」

 教室に戻り、自分の席に着こうとした唯を待ち構えていたかの様に、琴吹 紬が彼女に声を掛けてきた。

 唯「ムギちゃん……うん。和ちゃんの所に行ってた。戻って来た澪ちゃんにも会ったよ」

 紬「そうなの。そう言えば澪ちゃん言ってたわ。和ちゃんも<こっち側>だったらいいのになって」

 紬は微笑みながら言う。唯にはその微笑みが以前とは違うものに見えた。

 唯「和ちゃんは<こっち側だよ>。和ちゃんは、和ちゃんだけは絶対に<こっち側>だよ……」

 唯は半ば自分に言い聞かせる様に紬に言葉を返す。

 紬「ふふ、そうなると良いわね。澪ちゃんは残念がるだろうけど」

 紬は微笑みを絶やさない。まるでそんな事は、どうなろうと全く意に介さない(どうでもいい)。とでも言う様に。

 

14 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:19:04.06 ID:3F2+R/XM0


 唯「そう言えばムギちゃん。律っちゃんはどうしたの?」

 いつもなら、紬と一緒に居る筈の律がいない。昼休み前までは居たのに、教室を見回してもその存在を確認できなかった。

 紬「律っちゃんなら先に帰したわ。流石に今日は様子がいつもとかなり違っていたから。念の為に早く帰って貰ったの。でも、もうすぐよ。もうすぐ律っちゃんも、覚醒す(めざめ)るわ。私と澪ちゃんの見立てだと、律っちゃんも<こっち側>になると思う。残念ね唯ちゃん。私達みんな<こっち側>で♪」

 紬は相変わらず微笑みを絶やさずに言う。だがその表情はまるで、仲間外れになった唯を蔑み、憐れみ、嘲笑するかの様なものに唯には見えた。

 しかし紬にも全く懸念が無い訳では無かった。


 律の事だ。


 今日の律は、紬(かのじょ)目から見ても明らかにおかしかった。恐らくはジーニアス覚醒前の前兆的なものだとは思うが、彼女自身が覚醒した時にはあそこまでの興奮状態にはならなかった。だからこそ懸念する。もしかして律は……と……。


 

15 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:22:12.67 ID:3F2+R/XM0

 だが、その紬の懸念は、いかに彼女や澪であってもどうしようもない話だった。だから、今はただただ律が無事に覚醒して、自分たちの側に付いてくれる事を信じるのみだ。今の自分の立場で信じると言うのもおかしな話ではあるが……。

 唯「私には憂もあずにゃんも、そして和ちゃんもいる。だから私は全然大丈夫だよムギちゃん。でもホントはムギちゃんも澪ちゃんも、そして律っちゃんとも一緒に居たかったな……」

 唯は寂しげな表情を紬に向ける。これからの事を考えれば、彼女のこの想いはひとしおだった。

 紬「ふふ、私も残念だわ。やっぱり世の中はそんなに思い通りにはならないみたいね。あと、和ちゃんはまだどっちか判らないわ。私も和ちゃんの事はちょっと気になっているし……」

 紬は無意識に唇の端を歪めた笑顔を作る。

 唯「ムギちゃん―――」

 唯は精一杯に紬を睨み付ける。だが紬は余裕でそれを受け流す。まるで、それが小動物が絶対的強者に対しての可愛(あわれ)さすら感じる、せめてもの威嚇(ささやかなていこう)に過ぎないとでも言う様に。


 
 
16 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:25:38.46 ID:3F2+R/XM0


 紬「ところで唯ちゃん。今日は軽音部(ぶかつ)に顔を出してくれるの?」

 唯「ごめんねムギちゃん。今日はとっても大事な用事があるんだ。また今度ね」

 唯は少しだけ済まなそうにそう答えると、「もう授業始まっちゃうから」と、紬に軽く手を振って、自分の席に着く。

 紬「また今度があると良いわね。唯ちゃん。その前にあっさりと消えて無くならないでね。ふふ…」

 にこりと笑いながらそう言い残すと、紬も自分の席に戻って行く。唯は、その彼女の言葉に俯き、唇を強く噛み締めていた……。

 

 

17 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:33:31.28 ID:3F2+R/XM0



 和「つまりこう言う事ね」

 和は落ち着いて話を整理しようとする様に、憂が差し出してくれた紅茶を一口飲んで、一息吐くと、目の前のソファーに座っている二人に確認するかのように言う。



 ◦ジーニアスとは守護者、守護神の意で、その通り神話や宗教に出て来る、柱(そんざい)の事を指す。


 ◦ジーニアス持ちとは、その神や悪魔等の魂、霊、精神体のごく一部をその身に宿す者であり、それを自覚した時が覚醒した時である。
 

 ◦基本的には神と魔の戦いであり、神側のジーニアスと悪魔側のジーニアスとの陣営に分かれ争う事になる。


 ◦神仏側のジーニアス持ちは、覚醒時にそれ程性格的な部分での変化は無いとされるが、悪魔側のジーニアスは、自我は完全に在るが、自身の持つ闘争心や凶暴性、破壊衝動が顕著に現れ、心の奥底にある今まで押さえ付けていた欲望や欲求、願望に忠実になってしまう。
 

 ◦神側は現状維持を望んでいるが、悪魔側はその神々の座を虎視眈々と狙っている為、必然的に悪魔側のジーニアスは、積極的に神仏側のジーニアスに戦いを仕掛けてくる。その為に両者は厭がおうにも戦わなければならなくなる。


 ◦勝敗の趨勢が決した所でこの戦いは終わるので、互いが全滅する様な事は無いと言ってもいいが、悪魔側が大勝した場合、彼らの最終目的である神々の座の奪取の為に黙示録戦争を仕掛けて来る。その戦いの舞台は神界でも魔界でもなく、人の生きる人間界であり、この戦いに巻き込まれれば人類そのものが滅亡しかねないので、神側のジーニアスもそうならない様に戦わなければならない。


 ◦開戦が知らされる時に、必ず何処かで原因不明の大量破壊、殺人が起こる。これは一人のジーニアス持ちが覚醒した時に、意図的に凶暴性や破壊衝動を、自我が無くなる程に暴走させられた者が引き起こすものであり、この者の事を、『始まりを告げるもの(スターター)』或いは、『最初の犠牲者(ヴィクティム)』という。


 ◦だが戦いの舞台(ば)は、現実世界(ここ)ではなく、神々と悪魔側の両陣営が共同で用意した次元(せかい)である。
 

 ◦その世界で受けた傷は、現実世界の戻った時には躯には残らずに、精神的疲労に変換される。


 ◦ジーニアス同士の戦いで命を落とした者は、この世から、そして人々の記憶から、肉体を含むそのものが徐々に消えて逝ってしまう。




 和「だいたいこんな感じかしら……」

 和は思案下に呟くように、二人に確認する。



 



18 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:39:11.98 ID:3F2+R/XM0


 生徒会の活動を終えた和は、その足で足早に平沢家に向かい、その家の姉妹に迎え入れられて、リビングのソファーに案内される。そこで、唯の妹である憂にお茶を差し出されそのまま姉に代わり彼女から、昼間の話しの続き(せつめい)を受けていた。

 そして、彼女から説明を受けた和は、漸(ようや)くある程度の得心がいった様子であった。

 和「つまり、ジーニアス持ちというのは、神と悪魔のシミュレーション的な代理戦争を人間が無理矢理させられると言う訳ね。それも、世界の命運が懸かっているから逃げる訳にもいかないと言う」

 和の口調は何処か尖ったものだった。

 憂「うん、大体そんな感じだよ和ちゃん」

 憂は和の飲み込みの早さを有り難いと思いながらこたえる。

 

19 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:43:43.63 ID:3F2+R/XM0

 和「それで、あなた達姉妹は神側。あと、澪とムギは悪魔側だと言う訳ね。どうりでこの所の唯と澪達の雰囲気がおかしかった訳だわ」

 唯「うん、そうなんだよ和ちゃん。あと、あずにゃんも私達と一緒で神さま側だよ」

 唯は和が自分達の事を理解してくれた事を嬉しく思う反面、澪達の事、そしてこの事を彼女に話さねばならなかった事を思うと、幾分、寂しげな表情になる。

 和「あずにゃん……?ああ、中野さんの事ね。軽音部の一年生の」

 憂「うん、そうだよ。あと、梓ちゃんは私の友達でもあるんだ」

 憂が補足する様に付け加える。

 和「まあ、憂が説明してくれたお陰で、大体の事は把握出来たわ。でも、それだとまだ戦いは始まっていない訳よね」

 ここ最近、特に日本に於いては特に大きな事件は無い筈だと、確認する様に訊く。


 

20 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:47:33.01 ID:3F2+R/XM0

 憂「うん、それはまだだよ」

 憂が頷きながら答える。そして、説明が一通り済んだと判断した憂は、「ちょっと席を外すね」と二人に断って、キッチンの方に消えて行った。

 唯「他に何か聞きたい事は無い?」

 憂がキッチンに行って二人になった所で、唯もそう言いながら妹が淹れてくれた紅茶を一口飲む。

 和「聞きたい事は山ほど有るけど……」

 和は一瞬、再び思案下な表情を浮かべるが、すぐに脳内の情報を整理する。
和「一遍に聞くのもなんだから、取り敢えず、どうしても聞きたい事だけを訊かせて貰うわ」

 唯「私に答えられる事なら何でもいいよ」

 和「まず、戦いの始まりを告げるっていう大事件なのだけど……これってどういう事なの?」

 唯「うん。えーと、一番最近だと、それでも25年も前の事なんだけど渋谷のスクランブル交差点で起こった事件って、和ちゃん知ってる?」

 和「……25年前……渋谷…スクランブル……あっもしかして……」

 和は、いつか見た未解決事件を扱ったテレビ番組があったのを思い出す。確か、交差点の中心部付近で突然、爆発の様な衝撃が起きて、その時に渡っていた通行人の内、1043人が死亡、539人が重軽傷を負うと言う、前代未聞の大事件。


 

21 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:50:55.36 ID:3F2+R/XM0


 今でも犯人も、またその手口すら全く手掛かりが掴めず、政府と警察、防衛庁(現省)はテロ組織の犯行だとしているが、実際は完全に迷宮入りしてしまっていた。

 被害者の中の一人は、交差点を渡る直前、いきなり爆発したかのような衝撃を受けたと証言してはいるが、爆発物の痕跡は見つかっておらず、道路は極めて鋭利且つ、巨大な刃物の様なもので切り裂かれ、信号機はポールを斬り落とされ、周辺のビルも少なからず傷跡を残していた。

 これはとても人の手では成し得ない所業であり、且つ、状況からして爆発物や何かしらの化学兵器が使われたとも考えにくい。そして更に驚くべきは誰も犯人と思(おぼ)しき人物等を見ていないと言う事。防犯カメラもその殆んどが壊されているので、その時の映像は殆んど無いと言う、正に世紀の大惨事としか言い様の無い大事件であったと、ぞっとしながら見ていた事を思い出した。


 
22 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:54:36.07 ID:3F2+R/XM0

 この時の和は、あまりの信じられなさに、母親に確認してそれが真実である事を知り、かなりの衝撃を受けた事も思い出す。

 和「それは、本当なの……?」

 唯「うん、そうだよ。この事件が、開戦の合図だったみたい」

 和「まさか…そんな……」

 和は、再び受ける衝撃に、顔は蒼褪(ざ)め、奥歯の辺りがかたかたと震えて来る。

 和「そ、それなら、あなたも憂もそんな事が出来るの?」

 和は固唾を飲んで、恐る恐る唯に訊く。

 唯「うん、多分出来るよ。憂は勿論。多分、私でもね…」

 唯は事も無げに言い、苦笑気味の笑顔を見せる。その笑顔が和には、少しだけ歪んだものに見えた。

 唯「私達が怖くなった?でも安心して、少なくても私も憂もスターターではないし、スターター(そう)でもない限り、この世界(ここ)では殆んどジーニアスの能力(ちから)は発動出来(だせ)ないから」

 唯が和を心配させまいとして、柔和な表情でわざと明るめの口調で言葉を付け加える。


 

 

23 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 21:57:55.94 ID:3F2+R/XM0

 和「そう。それなら、事前にそれを止める……なんて出来ないわね」

 和は自分で言い掛けて苦笑する。一瞬にして千人以上殺傷できる、圧倒的暴力に対して、覚醒しているとはいえ、その力を殆んど使う事が出来ない者と、まだ覚醒すらしていない者が出て来た所で犠牲者が増えるだけなのに。それに誰がスターターで、いつどこで起こるのかすら判る筈も無いのに……。

 和「……兎に角、私も覚醒するにしても、そのスターターとやらには絶対になりたくは無いわね」

 和は溜息交じりに呟く。

 唯「うん、そうだね」

 和「あと、もう一つだけ聞きたい事があるのだけど…」

 和は、紅茶をもうひと口、口に含み渇き気味の口内を潤して、改めて唯に向き合う。

 和「この戦いで命を失った者は、存在そのものが消えるっていうのはどういう事なの?」

 和の眼鏡のレンズ越しに覘(のぞ)く瞳が訝しげな光を湛える。表情も今まで以上に厳しいものになる。

 

24 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 22:02:46.02 ID:3F2+R/XM0

 唯「そのままの意味だよ。もし死んじゃったら、まずその人本人が、そしてその人と結びつきの強い私物(もの)から、物質的にも記憶からも消えて逝っちゃうみたい。ジーニアスを持つ人以外はその人の事を少しづつ忘れていって終うんだ。それがたとえ家族や親しい人であったとしても……」

 和「そん…な……そんな哀しい事……」

 和の表情が始めは驚愕し、そして徐々に蒼褪(あおざ)めたものになっていく。

 唯「これでもね、和ちゃん。これは神さまのせめてもの慈悲なんじゃないかっていう人もいるんだよ。何も無かった事にすれば、誰も哀しまないって……」

 そう言う唯の表情(かお)は和にはとても哀しいものに見えた。

 和「哀しいわよ。大切な人が突然いなくなって、それを忘れてしまうなんて哀し過ぎる……」

 和は無意識に両掌を鼻から下にあてる。鼻の先がツンとしてくる。気を許したら、今すぐにでも泣いてしまいそうだった。

 唯「うん、私もそう思うよ。私だって和ちゃんに、私が死んじゃっても忘れられたくないからね」

 唯が悲しそうに微笑む。こんな哀しそうな唯は初めて見る。

 和「そんな哀しい事は言わないで、唯。あなたは死なせない。誰であろうと私がそんな事はさせない」

 

25 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 22:10:30.38 ID:3F2+R/XM0

 和は正直に言って、ジーニアス(このけん)に関してはある程度理解したが、それが真実かどうかはまだ、信じ切れていない。この姉妹ここまで真剣なのだから信じたいのだが、荒唐無稽、余りに現実離れし過ぎている。

 でも、これだけは言える。もしこの話が真実であり、自身がジーニアスを覚醒させたのであるなら、今の言葉通り、自分は唯をそして憂を絶対に守り抜くと固く心に誓う。

 唯「ありがと。とっても嬉しいよ和ちゃん。私も和ちゃんと一緒だよ。私も和ちゃんを守る。いつもお世話になりっぱなしだから、こんな時くらいはいいとこ見せたいよ」

 唯は、そう言って、ふんすと胸を張る。

 和「ふふ、その時はお願いするわね」

 和はそう言って最愛の幼馴染に向かって何処か嬉しそうに微笑んだ。



 ……………………。



 憂「あ、お姉ちゃん、ごはん出来たよ。ねぇ和ちゃんも食べていって欲しいな。久しぶりに和ちゃんが家に来てくれたから、張り切っちゃって作り過ぎちゃったんだ」

 唯と和の間に静寂の時が訪れる。そして、それを破ったのは、キッチンから戻って来た憂の声だった。


 和「……そうね…それじゃあお言葉に甘えさせて貰おうかしら」

 和は憂の申し入れを受けると、携帯を取り出して自宅に居る家族に連絡を入れた。


 


26 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/11(日) 22:15:42.44 ID:3F2+R/XM0



 唯・憂・和「…………………」


 食卓を囲んで食事をする三人ではあったが、久しぶりの三人での食事だと言うのに、会話が殆んど弾まなかった。和は何か喋らないといけないと思いつつ、先刻までの話が尾を引き、どうにも話を切り出す事が出来ずにいた。唯と憂も同じ様で、和はやっぱり帰った方が良かったのかな、と、思い始めた時、唯が思い出したかの様にちょっと気分転換にテレビでも視ようよ。と言ってテレビのスイッチを入れる。

 テレビは何て事の無いよく見る様なバラエティ番組が映っていたのだが、数分後、画面上部に緊急速報が流れた瞬間、彼女達の表情(かお)が正に凍りついたものに変わる。



 『今日、午後19:00頃。渋谷スクランブル交差点にて、原因不明の爆発の様なものが起こり、多数の死者が出た模様。警察は……』


 『……死者は判っているだけでも八百二十名。重軽傷者は千名以上……』


 テレビ画面が切り替わり、ニューススタジオを映してアナウンサーが緊急速報(ニュース)を読み上げていく。




 それは、正に先刻、唯が和に語った開戦の合図に他ならなかった……。




 



 



27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/11(日) 22:24:02.10 ID:riIHK7IJo
ういんどみるスレかと思った
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sagesaga]:2011/09/11(日) 22:33:05.10 ID:X/+3t77SO
まったく分からん

テイルズオブシンフォニアじゃなさそうだし
29 :一年中が田上の季節 :2011/09/11(日) 22:44:40.49 ID:3F2+R/XM0
 

 この様な感じで、物語性は殆んど無く、殆んど切った張ったするだけのお話になります。

 お話自体や設定はオリジナルで、登場人物は『けいおん』から勝手に借りさせていただきました。

 けいおんのキャラでやる必要の無いお話であるとは思いますが、自分がキャラクターを

 考える能力が無いのと、けいおんに出て来る方々でお話が書きたかったので、そうさせて

 いただきました。

 正直に言って、色んな意味で需要の無いお話だとは思いますが、ナンとか厨二病全開で

 頑張って書いていきたいと思いますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

 あと、例(?)の如く誠に遺憾ながら演奏はしません。(多分)。

 それでは。


 >>8

テイルズシリーズはやった事がないので良く判りません。あと、クロスとか言うのを書ける程の

 理解力と構成力は残念ながら有りません。済みません。


 



 
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/11(日) 22:50:52.03 ID:gAOg+s3Mo
おつ
続き待ってます
31 :一年中が田上の季節 :2011/09/11(日) 22:58:59.08 ID:3F2+R/XM0

 >>27

『ういんどみる』とは何ぞや状態で済みません。

 >>28

一応は、簡単な説明は書いた心算ですが、説明不足で判り難くて済みません。完全に自分の力量不足です。

 判りやすいお話を心掛けた心算ですが、自分には難しかった様です。

 あと、テイルズではなくて済みません。


 

 ナンか謝ってばっかだな、そんなキャラをどっかで見た様な気がする。


 

 
 
 

 
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sagesaga]:2011/09/11(日) 23:18:58.21 ID:X/+3t77SO
>>31
完全オリジナルなら、ちゃんとした説明が作中に必要になるな
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/11(日) 23:22:26.23 ID:Rm0tYQL1o

HHGのクロスかと思ったけど、ブーン系の「Connect!のようです」を思い出した。
とりあえず期待する
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/09/12(月) 01:03:24.26 ID:yu6BIZ7So
なんだHHGのクロスじゃないのかorz
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/12(月) 01:03:55.46 ID:pph8vazDO
神にしろ悪魔にしろ、迷惑千万だな全く。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/09/12(月) 01:07:22.96 ID:yu6BIZ7So
おっと途中送信した、すまん
HHGまたはういんとみるというのは、美少女ゲームメーカー「ういんとみる」が今年発売した超能力もののゲーム「Hyper→Highspeed→Genius」のこと
それで劇中に出てくる超能力がジーニアスと呼ばれてると。

まあ何はともあれオリジナルは数少ないし期待してる
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/13(火) 13:19:17.69 ID:s+4qGN7IO
>>36
どうでもいいが、ういんどみる、な。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/14(水) 18:33:59.02 ID:x6jWmpnDO
あぁ、なるほど。
天才と天災を掛けてるわけか。
39 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 01:08:05.84 ID:/cIfgQ+m0



 憂「お姉ちゃん……」

 それまで静かで穏やかだった憂の表情が、険しく不穏なものになる。

 唯「うん……」

 唯も普段の彼女からは想像も出来ない様な深刻な表情で頷く。

 和<これが…まさか、本当に……>

 和の表情が更にみるみる蒼褪めていく。心から信用している平沢姉妹の話。それでもなお、100%全てを信じる事の出来ない程に現実離れした話。だが、実際にそんな有り得ない様な大惨事が起きてしまった。血の気が急激に引いていくあの厭な感覚に襲われながら、和は今まで感じた事の無い程の戦慄を覚える。


 
40 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 01:11:35.03 ID:/cIfgQ+m0


 和「ゆ―――」

 そして、彼女がどうにかして何か言おうとした時だった。突然、何かとてつもない存在みたいなものが彼女の中に急激に、そして大量に流れ込んで来る。和はその形容し難い奔流が氾濫するかの様な感覚に翻弄されつつも、どうにか自分を保とうと強く意識を集中させ懸命に耐える。そして、その全てが流れ込んだ時に彼女は悟る。平沢姉妹が言っていた事は全て真実であると、存在と共に流れ込んで来た知識が彼女にそう確信させる。



 和「唯、憂……」

 そして和は二人に真摯な眼差しを向ける。

 唯「和ちゃん……」

 唯も憂も何があったのか悟ったのだろう。固唾を飲んで、不安げに幼馴染を見つめる。

 和「私もやっと目覚めたみたい。今度こそ本当によろしくね。二人とも」

 和は疲労の色が濃く残る顔で、それでもそう言って二人に微笑んだ。

 

41 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 01:14:53.21 ID:/cIfgQ+m0


 唯「和ちゃんっ!!」

 唯は嬉しさの余り、和に抱きつく。

 憂「こっちもだよ和ちゃん。どうか私達と一緒に戦って下さい」

 憂も唯に倣って、和にぎゅっと抱き付く。

 和「もう、姉妹揃って甘えんぼさんね」

 和は苦笑気味に言うが、決して二人を引き剥がそうとはしなかった。


 

42 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 01:18:34.64 ID:/cIfgQ+m0


 和「ところで憂」

 憂「何?和ちゃん。まだ聞きたい事があるの?」

 和「あなた達は、何故、ここまでの事を知っているの?」

 ジーニアスに覚醒してある程度の知識を得る事が出来たのだが、それでも先刻、彼女達に聞いた以下の情報しか得られなかった。それならば何故、憂は、そして唯はそれ程までの情報(こと)を知り得ているのか?和が疑問に思うのも当然の事だった。

 唯「それはね…お母さんもジーニアスだったからだよ。和ちゃん」

 和の問いに妹(うい)に代わって姉(ゆい)が答える。

 和「おばさんも…ジーニアス?」

 唯「うん、そうみたい。25年前にもジーニアス同士の戦いがあって、お母さんはその時の生き残りなんだって。だから私と憂が色々知っているのはお母さんが教えてくれたからなんだ」

 和「そう言う事ね……」

 和は得心がいった様に呟く。それにしてもあのおばさんが…。実際の年齢(とし)よりもずっと若く見え、いつも穏やかな表情を浮かべていたあの人が…。と、彼女は世の中には有り得ない事など無いのだと痛感せざるを得なかった。


 
 
 

43 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 01:22:55.62 ID:/cIfgQ+m0


 和「―――それがあなた達のジーニアスなのね。でもいいの?私に自分のジーニアスを言っちゃって。あまり、他人には自分のジーニアスを明かさない方が良いみたいなのに…」

 唯「和ちゃんになら全然、話したって良いよ。たとえ和ちゃんが悪魔(そっち)側だったとしても、全然構わないよ」

 憂「うん。私もお姉ちゃんと一緒だよ和ちゃん」

 唯の言葉に憂も頷き同調する。和はこの二人が自分の幼馴染で本当に良かったと思う。それと同時にこの二人だけは絶対に失いたくないと心底から思う。

 和「ありがとう。唯、憂。あなた達にそこまで言われたら、私も言わせて貰わないとね」

 唯「和ちゃん。いいの?」

 唯の言葉に和は迷い無く頷く。仮に自分がこの姉妹(ふたり)の敵になったとしても、彼女達になら、たとえ殺されたとしても構わないとさえ思う。そして、その反対は絶対に無い。

 和「勿論よ。でも、私のはちょっと微妙なのよね……」

 憂「微妙?」

 憂がそして唯が不思議そうな顔をする。和自身も内心、少し戸惑っていた。それでも意を決して、二人に告白する。

 和「うん。私のジーニアスはね―――――」


 


 



44 :一年中が田上の季節 :2011/09/18(日) 01:57:40.10 ID:/cIfgQ+m0
 

 少し間を開けますが、本日中にもう少し書き込めると思います。

 

 >>30

ありがとうございます。ご期待に応えられるか判りませんが、取り敢えず最後まで書きたいと思っています。


 >>32


 出来る限り説明っぽい事は作中に書こうとは思いますが、ただ書いている人自体、設定をちゃんと理解しているのか


 怪しい節があるので、ナンとなく「けいおんのキャラがチャンバラやってるな」位な感じで読んで下さると有り難いです。


 >>33


 クロスでは無くて済みません。ですが取り敢えず頑張って書こうと思います。


 >>35


 全くその通りです。


 >>36


 ナンか凄そうな設定ですね。

 自分は柱の総称をナンにしようかと考えていた時に英和辞典のCMを聴いて、響きが良かったのでそれに決めました。

 自分の知っている作品にはジーニアスと言う言葉が『天才』と言う意味以外には使われなかったと思っていたので、

 今思うと最初に登場人物以外はオリジナルであるという旨を書いておけばよかったかなと思います。

 
 >>38

 
 そう言えばそうですね。

 何故かすぐに出て来そうなのに、その発想は出なかったです。

 
 
 また後で書きます。


 それでは。

 


 


 
45 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:10:24.88 ID:/cIfgQ+m0



 翌日。昨日の事件の話題で持ち切りとなっている半ば騒然とした教室に入った唯が、最初に目にしたのは、取り乱した様子で紬と何やらやり取りをしている澪の姿だった。

 唯「どうしたの?澪ちゃん」

 悲壮感すら漂う、まるでこの世の終わりとでも言う様な澪の表情に、さしもの唯も徒(ただ)ならぬものを感じ、流石に声を掛けざるを得なかった。

 澪「ゆ、唯―――」

 澪は憎々しげな表情になって唯を睨み付ける。唯は覚醒前も後ですら、こんな表情(かお)の澪は見た事が無かった。

 澪「お、お前には関係な――」

 紬「どうも律っちゃんがスターターだったみたいなの唯ちゃん」

 唯を排除しようとする澪を制し、紬が事も無げに唯に伝える。




46 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:11:57.99 ID:/cIfgQ+m0

 澪「ム、ムギッ―――」

 紬「いいじゃないかしら澪ちゃん。いずれは唯ちゃんも知る事でしょうし、別に隠す必要も無いと思うの」

 明らかに狼狽している澪に対し超然とも言える様子の紬。この二人の対比が唯にはどこか可笑しく見えた。話の内容からして、全く笑えない物ではあるが……。

 唯「……えっ?り、律っちゃんがスターター…?」

 確かに昨日の律の様子はおかしかった。でも、まさか律がスターターだったなんて、唯は思いも寄らなかった。でも、もしそれが真実だとしたら、律はもう……。

 唯「そ、それは本当なの…?」

 唯は震える声で恐る恐る二人に聞く。

 澪「き、昨日、律の様子が気になって律の携帯に掛けたんだけど律は携帯に出なかった。いや、繋がらなかった……それで律の家に電話したけど律は帰ってなかった……」




47 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:16:35.31 ID:/cIfgQ+m0


 澪「……それであの事件だ。当然私は電話、メール、あらゆる手段で律と連絡を取ろうとしたのだけど無駄だった。今朝、律の家まで行って来たけど、一晩経っても家に戻ってはいなかった・・・」

 澪の整った顔が苦渋に満ち,歪んだものになる。

 澪「律はもう、<この世界>(ここ)にはいないんだ・・・」

 この時の澪の顔は、唯にはまるで死刑宣告を受けた被告の様にすら見えた。

 唯「でも、仮に律っちゃんがスターターだったとしても、まだ生きているんだよね」

 唯は自身も顔から血の気が引いていくのを感じながらも、澪を慰める様に言う。

 澪「唯ッ――――!!」

 紬「唯ちゃん。律っちゃんがスターターだとしたら生きているにしても……唯ちゃんだって判っている筈よ」

 唯の言葉に激高しかけた澪を制して、紬が落ち着いた声で代わりに応える。

 唯「ムギちゃんはいやに落ち着いてるね。律っちゃんの事なんてどうでもいいの?」

 唯は珍しく棘の有る声と視線を紬に向ける。


 


48 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:19:14.93 ID:/cIfgQ+m0

 紬「そんな事ないわよ唯ちゃん。私だって律っちゃんの事は心配しているわ。でも、まだ律ちゃんがそうだと決まった訳ではないし、大事なのはこれからどうするかだと思うの。それに、今の唯ちゃんが律っちゃんの心配をするのはちょっとお門違いじゃないかしら」

 紬(まあ別に律っちゃんが居なくても、私と澪ちゃんだけで充分事足りるし♪)

 内心ではこんな事を思いながら、紬は唯に辛辣な言葉を言い放つ。

 唯「酷いよムギちゃん……私もそれに、あずにゃんだってムギちゃん達と同じ軽音部だよ。律っちゃんの事が気に掛からない訳がないよ。出来るならムギちゃん達と戦いたくなんかないよ、一緒に居たいよ……またみんなで一緒に演奏したいよ……」

 唯は涙目になりながら二人に訴えかける様に言う。

 紬「ふふ、部活に全然来ない唯ちゃんが何を言っているのかしら、という感じだけど。まあ別に私は、何時でも唯ちゃん達と戦(や)っても良いと思っているのよ。澪ちゃんもそうよね?」

 澪「ん?ああ、そうだな。だけど今はそんな事なんかどうでもいいよ。律さえ無事なら何でもいい」

 紬の言葉に澪は取り敢えず同意する。にこにこと微笑みを絶やさないまま、唯を言葉で嬲り続ける紬と、まるで唯の事などどうでもよくて、律の事ばかり気に掛けている澪。もう唯の知っている、望んでいる、二人はそして軽音部は存在しないと言う事を改めて思い知らされ、そして打ちのめされる。

 
 

49 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:21:23.32 ID:/cIfgQ+m0
 

 級友達も当然、この三人の関係が今までと違う事の気付いてはいるのだが、澪から、そして紬から感じるどこか得体の知れない威圧感の様なものに気圧されて、どうしても声を掛けられずに、離れた所から様子を窺う事しか出来なかった。

 ?「澪!」

 だが、その威圧感を物ともしない者の声が、突然、教室の入り口辺りから澪に向って発せられる。



 声の主は和だった。彼女はそのまま臆する事無く、三人の歪な輪の中に入って行く。

 和「何をしているの澪?もうすぐホームルームが始まるわよ」

 少しきつめの口調で和は続ける。そして、唯に様子を見る様に一瞥をくれると、再び澪に、そして紬に向き直る。

 和「澪、ムギ。あまり唯を苛めないで貰えないかしら。でないと私、唯より優しくないから…どうなっても知らないわよ」

 

 


50 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:24:07.31 ID:/cIfgQ+m0

 唯「和ちゃん……」

 和の言葉に唯の表情(かお)が心が、それまでの暗闇に包まれていたものから、まるで朝日が差し込んだかの様にみるみる明るいものに変わっていく。

 澪・紬「………………」

 昨日までとは違う和の様子からして、彼女が覚醒し(めざめ)た事を二人は悟る。そして、目覚めた後も唯の側(そば)に付いているという事の意味も瞬時に理解する。

 和「ほら、澪、行くわよ。それと唯、また後でね」

 そう言うと和は、半ば強引に澪の腕を引っ張る。澪は一瞬、何かを言い掛け抵抗しようとしたが、観念した様に和と共に大人しくそのまま教室を出ていく。

 唯「うん。また後でね和ちゃん」

 澪達に向けた物とは違う優しく穏やかな和の言葉に、唯は嬉しそうに応え、そして紬に一瞥をくれると、ゆっくりと自分の席に着く。紬はその時に一瞬、唯が見せたドヤ顔に苛立ちを覚えた。

 

 

51 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:28:57.27 ID:/cIfgQ+m0

 澪「なあ和…お前は、その、覚醒し(めざめ)たんだよな。やっぱり……」

 和に腕を引かれて教室の前まで来た澪は、不意に和にどこか不安げに話しかける。

 和「ええそうよ。大体の事(じじょう)は判っているつもりよ」

 澪「そうか……その上で唯の側(ほう)に付くんだよな……」

 和「ええ、昨日も言ったけど、私は何があっても唯の味方だから。でも、どうしたの澪?最近のあなたには珍しく弱気な感じね」

 昨日は律の様子がおかしかったが、今朝は澪の様子がおかしいと、和は思いながら訊く。

 澪「律が…律がスターターだったんだ。まだ決まった訳じゃないけど、かなりの確率でそうだと思う……」

 澪は一気に老けこんだかの様にがっくりと肩を落とす。

 和「そう…律が…残念だわ」

 律の屈託の無い笑顔が頭に思い浮かんで、和の表情も少し曇ったものになる。

 澪「…………唯は幸せ者だな。こんなにも、想ってくれる奴が居て……」

 不意に澪が、先程までの会話を思い出したかの様に羨ましそうに和に言う。

 和「……そんないいものじゃないわよ。それに澪だって………いえ、何でもないわ」

 和は律の事を言い掛けてやめた。もし律が本当にスターターだったとしたら。自身の知識が真実であるなら、もう……。だから澪はこんなにも不安げなのか、と、和は納得する。

 それと同時に和は、唯をそして憂を失った時の事を想像して、自身も身につまされ暗い気持ちになってしまっていた。改めて彼女達を失いたくないと心から思った。


 

 

52 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:30:58.53 ID:/cIfgQ+m0



 昼休み。屋上には、唯、和、そして梓が集まっていた。もう間もなく始まる、いや、既にもう始まっているのかもしれない、『戦い』について話し合う為だった。

 唯「あれ、憂は?」

 和と共に屋上に来た唯は、先に来ていた梓に彼女と共に来ている筈の妹が来ていない事に気付くと、怪訝そうな表情を浮かべ梓に訊いた。

 梓「ええ、憂はちょっとあって少し遅れますけど、もうすぐ来ますよ。もうちょっとまっt――あっ、来ましたよ」

 憂「お姉ちゃん、和さん。ごめんなさい少し遅れました」

 梓が言い終わらない内に、屋上の扉が開かれ、憂が姿を現す。和は憂の姿を確認すると、改めてあまり馴染みの無い梓に挨拶をする。

 
 

53 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:33:49.91 ID:/cIfgQ+m0

 和「中野さん。改めて私は和。真鍋 和。よろしくね。」

 梓「な、中野 梓です。よ、よろしくです……」

 和の挨拶に梓はどこかぎこちなく、緊張した面持ちで挨拶を返す

 梓の事は軽音部の部活等で何度か見かけたり、話をしていたりして、見知ってはいたのだが、正直に言って余り面識は無かった。
 


 和「あなたもジーニアスなのよね」

 和の問いに梓は無言で、だが、はっきりと頷く。だが、表情はやはりどこか不安げに見えた。

 和<無理もないわ。私だって、事前に説明を受けていなければ、酷く動揺していただろうし、今だってどうしていいかよく判らないもの>

 和は梓に対して同情にも似た感情を抱きながら、心の中で呟く。

 

 

 
54 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:42:38.01 ID:/cIfgQ+m0

 

 ジーニアスの覚醒には、パターンが三つある。

 まず、唯や憂、梓そして澪と紬の様な開戦前に覚醒するのが先行型。これは勿論、全てではないが親等がその前のジーニアスだった者の場合が多いとされる。

 次が通常型。これは開戦直後に目覚めるもので、和がこれに該当し、またこのパターンが一番多いとされる。

 最後が後発型。これは開戦から暫くしてから〔時期は統一しないが〕、目覚めると言うもので、数はそれほど多くないが、強(ゆう)力な柱(ジーニアス)が多いとされる。




 それから互いの挨拶などを済ませたのだが、それだけで昼休みが終わってしまい、続きは放課後に平沢家で行う事になった。



 



 


55 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:48:36.08 ID:/cIfgQ+m0



 唯は自宅に急ぎ足で向かっていた。

 授業後、担任の教師に呼ばれて少し時間をくってしまった。これから、何時、何が起こるか判らない。だから出来るだけみんなといた方が良いと思っていたからだ。


 唯「もう、和ちゃんもあずにゃんもみんな居るよね……」

 唯が焦りを覚えつつそう呟いた時だった。
 

 唯「―――――!!!?」


 突然、唯の視界が不自然にぐにゃりと揺れる。その瞬間、何かに吸い込まれる様な、そのまま消えて逝ってしまいそうな、どこか不思議で何か嫌なモノに包まれる。そして、そのまま彼女の意識が何処かに連れて行かれてしまう。





 唯「…………ん?…ここは………」

 刹那。彼女の意識が戻り、恐る恐る、目を開ける。そこで彼女が見たものは、灰色がかった薄暗い空の下、その殆んどが崩れ、そして壊れている荒廃したビル群に囲まれた、廃墟と化した都心の様な薄い灰色一色の景色(せかい)だった。


 
 

56 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/18(日) 17:55:25.42 ID:/cIfgQ+m0
 



 唯「ついに来たんだ……」

 唯は緊張した面持ちで溜息交じりに呟く。そして瞬時にここがジーニアスの戦場(ぶたい)である事を理解する。母に聞いて、実際に殆んど母に聞いていた通りの感じだったのだが、やはり初めての事なので戸惑いと不安を覚えずにはいられなかった。

 唯「早くみんなと合流しないと…」

 唯は再度呟くと、慎重に辺りの様子を窺いながら、歩を進めようとする。



 その時―――――。



 ?「やあ唯。久し振りだな。と言っても二日ぶりくらいか?……いひひ」

 その声が背中から聞こえた瞬間。唯はビクッとして歩みが止まり、自然に額から大量の脂汗が滲んで来る。

 そして唯はそれでも覚悟を決めた様にゆっくりと後ろを振り向く。そこには見知った顔。
 



 ?「逢いたかったよ唯。まあ、斬れるんなら誰でも良かったんだけどな。ひひ……」
 




 『始まりを告げる者』。田井中 律の顔があった……。




 




 




57 :一年中が田上の季節 :2011/09/18(日) 18:00:27.26 ID:/cIfgQ+m0

 今回はここまでですが、何分、自分は恐ろしい程の遅筆なので、ペース的には

 牛歩と言うか蝸牛歩レベルになってしまうかと思われますが、ナンとか書いては

 おりますので、ふと思い出した時にでも読んで下さると有り難いです。


 それでは。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/18(日) 18:59:50.85 ID:rbOG0dVDO
唯ちゃんにいきなりの負けイベントが!?

これからの展開が気になるな。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/22(木) 18:49:23.73 ID:dMktKsKDO
王道な展開としては…

・パワーアップで絶好調!・効いてない…?そんな!?
・二人かそれ以上でのジーニアス合体技
・最悪の敵の家族が最高の味方に
・お、お前は死んだ筈!(ただし再生ジーニアスは弱い)

こんな感じのがあるのかもね。
60 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/24(土) 08:30:27.65 ID:fPOHX/Rl0


 唯「律っちゃん……」

 唯は親友であり、自身の所属する軽音部の部長の顔を見つめる。その顔はまぎれも無く彼女がよく見知った顔。だけど、その目は狂気じみた光を湛え、口の端はつり上がり、不気味な笑みを浮かべ、桜高の制服を着てはいるが、その胸元はいつもよりも無造作にはだけ、それを直そうともしない。こんな律を見るのは初めてだった。

 彼女(ゆい)の知らない田井中 律がそこに居た。

 律「はぁーここに来てから、誰とも会わないから、凄く退屈だったんだよ。私だけ皆より先に来たみたいでさ、ここ、壊れたビルとか建物ばっかりでさ、つまんないんだよ。.当ったり前だけどビルとか斬っても斬っても悲鳴も上げないし、血も出ないしさ。ストレスも溜まる一方だし、つまんねーとか思ってら、突然、地面の上辺りが光ってるのが見えてさ、そしたらお前が出て来たんだよ、唯」

 

 

 


61 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/24(土) 08:33:45.60 ID:fPOHX/Rl0

 律はとても嬉しそうにはしゃぐ様に言う。だが、その嬉しさ(かお)は友人に逢えたからというよりも、新たな獲物を見付けたのを悦ぶ、飢えてより狂暴になった凶獣の様に見えた。

 唯「…………ねえ、り、律っちゃんはスターターなの?」

 唯は一瞬、躊躇するが意を決して律に問う。

 律「スターター?何だそりゃ?私そんなの知らないぞ?」

 律は怪訝そうに首を傾げる。この様子だと本当に、少なくとも自覚は無い様だった。

 唯「じゃあ、渋谷のスクランブル交差点の事は?」

 唯は<もしかしたら違うのかも>と一縷の望みをもって再び問う。

 律「ああ、あれか。やっぱあれ、騒ぎになってるよな。うん、あれは私がやったんだ。唯、よく私だって分ったな」

 律は何の臆面も無くあっけらかんと答え、それと同時に唯の僅かな希望は粉々に打ち砕かれる。

 


62 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/24(土) 08:38:02.40 ID:fPOHX/Rl0

 律「あの日はさー、妙にテンションが高くってさー、んで、澪とムギにちょっとおかしいから早く帰れって言われてさ、私も学校(あんなところ)で授業なんて受ける気分じゃ無かったからさ、さっさと帰ったんだよ」

 律は一息入れて更に続ける。

 律「そしたらさー、帰る途中でさ、只でさえ高かったテンションが肉体(からだ)の内側からさ、こうドバーンってテンションがMAXになっちゃってさ、めちゃめちゃ暴れたいなーとか思ってたらさ、いつの間にか、スクランブル交差点(あそこ)に居たんだよ。」

 律「最初、ここはどこだっ、とか思ったけど、何度か来た事があったから、渋谷だってすぐに判ったよ」

 律「それでさーここで暴れた(すっきりした)いなーとか思ってたらさ、出て来たんだよ」

 律が口の端を吊り上げてニヤリと嗤(わら)う。

 律「剣(エモノ)が、さ……」

 

63 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/24(土) 08:48:14.40 ID:fPOHX/Rl0


 律「おおっと思って、試しに剣(それ)を軽く振ってみたらさ、こう、真空刃(しんくうは)っていうの?そんなんが出て近くに居た人がさ、何人もスパーって真っ二つになって血がドパーって出てんの。いやーそれが、爽快で(きもちよくって)さーそれから何回も振り廻してたらさ、人が沢山バラバラになるわ、道路(みち)は地割れみたいに裂けちゃうわ、車もずるってずり落ちちゃったりさ。眼の前が真っ赤っかになって兎に角気持ちよくってさ、自分でオナるより、何倍もよくってさー、何回もイッちゃってさ。もうイキまくりだよ」

 律「パンツもぐしょぐしょだよ」

 ははっ。と流石に少し照れた様に、それでも右手を後頭部に当てて唯に告白する。

 律「でさ、もっとヤりたい、もっとイキたいとか思ってらさ、またイキナリこんな所(とこ)に跳ばされちゃったんだよなー。でも。まあ、あの時、目覚めたんだろーなー」




 律「ジーニアスに」




 律は言い終わってからニヤッと笑う。唯の目にはそれがとてつもない狂気をはらんでいる≪悪魔≫だと思わずにはいられなかった。


 

 
 

64 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/24(土) 08:53:24.59 ID:fPOHX/Rl0


 唯「律っちゃん……」

 唯が呆然と呟く。その顔色はひどく蒼褪めたものになっていた。自分が想像した内の、最悪のシナリオ。その通りの律の言動に、そして普段の彼女なら絶対に使わない様な語彙の羅列。果てはあれだけの事をしておきながら、罪悪感どころか快楽を覚えてしまっている事に、唯は覚悟をしていたとはいえ相当なショックを受ける。


 <殺人狂>―――。


 律に対しそう感じた瞬間、唯の胸がズキリと痛み悲鳴を上げる。

 律「だからさぁ唯……」

 律が再び口を開く・

 律「思いっきり斬らせてくんない?」

 何の躊躇いも無く、律は事も無げに唯に向かって言い放った。

 
 


65 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/24(土) 09:03:33.47 ID:fPOHX/Rl0


 唯「律っちゃん……律っちゃんはもう戻れないの?」

 唯は泪を浮かべ、心の傷みを必死に堪えながら、変わり切ってしまった親友に震える声で縋る様に訊く。

 律「戻る?ああ、現実世界(あっち)にか?そりゃ戻りたいさ。あそこにはこんなナニも無い所よりも人がいっぱい居るから、斬りたいほーだいだしさ。正直パンツも替えたいし早く戻りたいよ」

 唯<律っちゃんはもう、元の律っちゃんには戻れない……もう私の知っている、軽音部部長の『田井中 律』はどこにも居ない……もう居ないんだ……>

 唯は絶望に耐える様に、奥歯を噛み締める。

 唯<それに、現実(もとの)世界に戻してしまったら、また同じ凶行(こと)に奔ってしまう……律っちゃんの快楽(たのしみ)の為に沢山の人を犠牲にする訳にはいかない。それだけは絶対にさせる訳にはいかない。それなら――――>

 律「なぁ唯。灰色の世界(ここ)に居るって事はお前もジーニアスなんだろ?お前だって、ただ斬られるだけってのは厭だろうしさ、そんならさ、殺り合おうぜ。同じジーニアス同士、思う存分、さ……」


 


66 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/24(土) 09:07:15.99 ID:fPOHX/Rl0


 律が言い終わるのとほぼ同時に、右の掌を上に向けると、彼女の掌の上に一振りの長剣が出現し、それを握る。剣先が猛獣の爪の様に鋭く曲がった形状の細身の剣だった。

 律「どうだ唯?これが私の武器(エモノ)だよ。へへ、カッコいいだろ?コレさぁ、すんごく斬れ味が良くってさぁ、ちょっと振っただけで、人でも何でもスパスパ簡単に斬れちゃうんだよな」

 律は自慢げに言うと、うっとりとした目で、細身の剣≪爪剣≫を見つめる。

 律「あっそうだ。この際だから先に言っとくな?私のジーニアスは≪オセ≫。豹総統のオセだ。スゲーだろ。さあ、ここまで聞いたんだからもう逃げられないぞ。ま、最初(ハナ)っから逃がす気なんて無いけどな。まあ、ナンでもいいや。唯、さっさとお前もジーニアスを出して殺り合おうぜ。もう待ち切れないよ」

 律はもう我慢の限界とでも言う様に、唯にせかす様に言う。唯はその狂気に満ちた瞳(め)を逸らす事無く、じっと見据える。

 
 


67 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/24(土) 09:11:12.24 ID:fPOHX/Rl0


 律がスターターである以上、もし自分がこの場面を回避できたとしても。律は新たな獲物(ジーニアス)を探しに奔走するだろう。そしていつかは……。

 スターターが最後まで生き残る事は、これまで、ただの一度も無かった。

 その、限界まで高められた凶暴さ故、戦う事しか考えられず、また神側のジーニアスにも集中的に狙われて、早々(いちばん)に消失(たいじょう)する事が殆んどだという。

 仮に、今日生き残って一旦、現実世界に戻ったとしたら、彼女はまたあの凶行を繰り返すだろう。それだけは絶対に避けねばならないし、現実世界では、律(かのじょ)は正に無敵で誰も太刀打ち出来ない。それこそ核兵器でも使わない限り、彼女を止める事は出来ないであろう。


 


 


68 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/09/24(土) 09:16:39.59 ID:fPOHX/Rl0


 もし、彼女が再び現実世界で再び凶行に奔り、その犠牲者の中に両親が、憂が、梓が、そして和や大切な人達が入っていたとしたら……。そう考えるだけで、唯の視界は真っ暗になり、言い様の無い喪失感と絶望に打ちのめされる。そして実際に既に彼女と同じ、いやそれとは比べモノにならない、苦しみや悲しみを突然に背負わされた、何も知らない、知る事すら叶わない人達が沢山いるのだ。



 唯<それなら、今、ここで………>



 唯の目に、自然(かって)に泪が溢れて来る。だが、彼女はそれを、全ての想いを振り切り、覚悟を決めた瞳で律を再びジッと見つめる。

 唯「いいよ。律っちゃん……」

 唯はそう言うと、瞳を閉じる。その瞬間。唯(かのじょ)の体内(なか)から、エネルギー(ちから)が溢れ出し、彼女の前に一振りの剣が現れる。孔雀の羽根の様な形態。そしてそれは緑色を主にした様々な色合いの光を発し、剣をそして唯を光で彩る。

 唯「私のジーニアスはね……」

 唯は剣を手に取り、そして、構える。
 




 唯「≪孔雀明王≫なんだ………」





 今ここに、ジーニアス同士の戦いの火蓋が斬って墮とされた――――。




 
 
 
69 :一年中が田上の季節 :2011/09/24(土) 09:30:15.27 ID:fPOHX/Rl0


 やっとこさ本筋っぽい所まで書けました。

 少しづつですが、ナンとか書いていきたいと思っておりますのでよろしくお願い申し上げます。


 それでは。




 >>58

 次くらいで、大体どんな感じのお話か判るんじゃないかと思います。


 >>59

誠に遺憾ながら、その様な凝った設定もありませんし、王道的な展開にもならないと思われます。済みません。


 


 




 
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/24(土) 15:57:48.47 ID:/Yw+Cw/DO
初のジーニアスお披露目ですね!
律のワイルドっぽい剣も、唯の持つ可能性を表す様な虹色の剣も、どちらも格好良いですね〜

ところで、ジーニアスって剣だけなんですか?
71 :一年中が田上の季節 :2011/10/03(月) 09:08:24.73 ID:Ay6ywUVh0
 
 >>70
 
 一応補足として。
 
 ジーニアスと言うのは神さまや悪魔の総称であって、平沢(姉)さんと、田井中さんの場合、

 孔雀明王とオセがジーニアスであって、彼女らの持つ武具がジーニアスではなく、あくまでも

 これらの武具はジーニアスに付く付属品の様なものです。

 実を言うと、この武具に関してもその総称を考えていたのですが、結局いいのが浮かばずに

 そのままになってしまいました。済みません。


 本題ですが、これらの武具は剣だけでなく様々な形態のものが存在します。


 基本的にジーニアスの武具はそれぞれのジーニアスの特徴とその持ち主のイメージによって

 構築されています。

 たとえば平沢(姉)さんなら。「孔雀明王か…」→「孔雀と言えば…あのきらきらした羽だよね」→

 「それなら羽みたいな剣がいいな。カッコいいしね」

 と言った感じです。もしこの時。「羽が長いから武器も長い方が良いな」とかイメージしたら、

 彼女の武具は剣ではなく槍になっていると言う事になります。

 イメージの産物ですので、それらの武具はその発現ごとにその形を変える事も可能です。

 ただ、元となるジーニアスのイメージとかけ離れたものには出来ないと言う事になっています。


 長々と申し訳ないのですが、大体こう言う設定になっています。

 

 
 
 
 
72 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 09:15:08.41 ID:Ay6ywUVh0


 オセ……堕天使であり豹の姿をしている豹総統。その性格は大きく優美かつ野性的な豹人間の姿の通り、凶暴で、人を惑わし、発狂させる能力(ちから)を持つとされる。また、人を変身させ、精神までその姿に変えてしまう事も出来ると言われている。


 孔雀明王……真言密教最強の武闘派集団である、明王が一柱(ひとつ)。だが、憤怒の形相が特徴である明王の中にあって、唯一、慈悲を表した菩薩の形相の穏やかな性格の明王。毒を制する能力(ちから)を持ち、巨大な毒蛇や仏敵(あくま)を喰らい、打ち斃し、調伏させる力を持つ明王である。

 
73 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 09:18:25.89 ID:Ay6ywUVh0


 薄い灰色しかない殺風景な舞台に、金属同士がぶつかり合う音が劈(つんざ)き響き渡る。

 明王と堕天使の戦いが始まってから、幾ばくかの時間が過ぎようとしていた。尤も攻撃しているのは堕天使の方で、明王はその剣戟をただひたすら防ぎ続けていると言った状況だった。

 律の爪剣が何度も唯に襲い掛かる。それを唯は孔雀剣で受け流す。そんな単純とも言える攻防がかなりの時間続いていた。

 律の剣戟は、その力強(たくまし)い姿のオセ(ジーニアス)のイメージ通り、迅(はや)く、そして、重いものだった。まともに食らえば、いかにジーニアスの加護を受けているとはいえ、一撃で致命傷を負う事は免れないであろう。

 だが、律の繰り出す剣戟(それ)は、甚(いた)く単調なもので、いくら迅く重くても、その動きを見切り受け流す事は明王のジーニアスである唯にとってはそんなに難しい事ではなかった。

 
74 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 09:21:51.29 ID:Ay6ywUVh0

 律も初めの内は、「やるなっ唯!」とか言って、楽しげに剣を振るっていたのだが、いくら撃っても当たらない事に、その余裕は次第に鳴りを潜めていく。

 そして次第に苛立ちも覚え始め、終いには「なんで当たらねぇんだよっ!!」「唯!避けてばっかでいんじゃねぇよ!!撃ってくるか、さっさと斬られるかどっちかにしろよ!!!」と口調も語気も変わっていく始末であった。

 唯「律っちゃん……」

 唯が何処か憐れむ様に哀しげに友の名をもらす。そんな唯の声が、更に律(かのじょ)を激昂させ、攻撃が更に強く、激しく、そして単調になっていく。


 

 

 

75 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 09:26:23.42 ID:Ay6ywUVh0


 唯は律と戦うにあたって、あえて接近戦を選んだ。恐らく律の攻撃で最も怖いのは、剣戟そのものではなく、その派生である真空の刃であると、律の話からそう判断していた唯は、それを防ぐために彼女の剣を避けるのではなく受け流す戦法を取った。

 律(かのじょ)の攻撃は、確かに凄まじく迅く、重く、そして力強いものだった。だが、ただそれだけだった。

 彼女の剣は、駆け引きもフェイントも、相手の動きを見切る事も何も無い、只の力任せの思いのまま振り廻すだけの剣戟。爪剣の形状や特性を活用するなら剣戟を受け止められても、そのまま相手の武器を支点に(りよう)して刈る攻撃に移行する事も、相手の武器を絡め獲ると言った様々な攻撃のバリエーションも充分考えられるのだが、彼女の剣撃はただ撃つだけの単純な、まるで子どものチャンバラごっこそのもので、およそ剣技、剣術と呼べる様なシロモノでは無かった。

 唯<いける!>

 唯は、律の最初の一撃(けん)を受けた瞬間そう確信した。と、同時にとても哀しくなる。オセという柱(そんざい)は、凶暴な性格のジーニアスである事は確かだが、だが勿論それだけではない。こと戦闘能力に於いては、悪魔(だてんし)の中でも上位に数えられる存在である筈だった。その加護を受けている筈なのに、この様な力任せの攻撃しか出来ない。と、いうことは、



 唯<律っちゃんは、ジーニアスの加護(ちから)を一部しか受けてはいない>

 と、唯は結論付ける。

 


76 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 09:31:55.77 ID:Ay6ywUVh0


 それが唯には僥倖であり、同時に哀しくさせた。スターターという立場上、雑な加護しか受けられず、極限にまで高められた凶暴性は、思考能力を失わせ、そして、律自身がジーニアスを持つ素養が乏しいと言う事を如実に示していた。

 唯<律っちゃんは、一番の被害者なのかもしれない……>

 スターターとはいえ、それでもオセのジーニアスを持つ以上、律にもそれなりの素養があったのだと思う。恐らくは彼女よりも素養に乏しいジーニアス持ちも多く居るだろう。

 でも、律(かのじょ)がスターターに、選ばれ(なっ)てしまった。悪魔の気まぐれでそうなってしまった。

 こんな人間(ひと)にとってはいい迷惑でしかない戦いに、巻き込まれなくても良いのに巻き込まれてしまった犠牲者だ。


 

 


77 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 10:21:47.06 ID:Ay6ywUVh0

 唯<でも――――>

 律は何も悪くない。彼女は完全な被害者だ。それでも、彼女をここで止めねばならない。もう彼女を元に戻せはしない。でも、もしかしたら、元に戻す方法があるのかもしれない。だけど彼女を元の世界に戻す事は絶対に許されない。それまでに、元に戻す術は自分には無い。考えもつかない。どうしても、思いつかない……。

 唯にはそれが耐えきれない程、辛く苦しかった。もう、決して元の軽音部に戻る事が出来ない事も、律のあの屈託の無い笑顔を見られなくなる事も、お調子者だけど、誰よりも部員の事を考えている心根の優しい部長の姿が、その全てが想い出に変わってしまう事が、とても哀しかった。

 

78 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 10:27:05.95 ID:Ay6ywUVh0
 

 律「ちくしょー!!ナンで当たらねぇんだよ!!!」

 律が激情のままに、正に乱撃といった様に剣を振り廻す。そして唯はその全てを受け、そして流してゆく。

 律「死ねよ!死んでくれよっ!!唯!!!」

 更に半狂乱になって律は親友に酷い言葉を吐きながら、剣を振るう。だが、その攻撃は更に雑になってゆき、唯に簡単に一連の動(こうげ)きを見切られていた。

 そして、遂に討ち疲れて、律の動きが鈍った時、その瞬間(とき)を見逃さずに、唯は更に間合いを詰め、律の懐に入る。

 その瞬間。勝利を確信すると共に、唯の目に泪が、そして思い出が溢れて来る。







79 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 10:30:54.67 ID:Ay6ywUVh0



 律がいなければ、今の軽音部は無かった。自分が軽音部に入る事も、澪や紬と親友になる事も出来なかった。ギー太を手にする事も無かった。上達の達成感も、皆で演奏する楽しさも喜びも知る事は出来なかった。学園祭でのライブも、合宿もみんな律がいなければ経験出来なかった沢山のとてもとても大切な事。



 唯「律っちゃん。ごめんね…ごめんね……今までありがとう…………」

 そして唯は、その全てを振り切るかの様に、律の腹部から胸の下辺りまでを、剣を振り払い、斬り裂いた。

 律「ぐはぁーーーーー!!!!」

 律が断末魔とも言うべき叫びを上げた瞬間。その身体から勢いよく鮮血が噴射され、そのまま、かくんと膝からへたり込む様にペタンと灰色の大地に崩れ墜ちる。そして、灰色の地面が、みるみる血の色に染め上がっていく。

 唯「律っちゃん!!!」

 その返り血を全身に浴びた唯も、崩れ墜ちる様に膝をつき、律の顔を見つめる。律に致命傷を与えた事は彼女(ゆい)が一番解っていた。やってしまった後悔と共に、自分にその資格があるのかは判らないが、せめて彼女の最期を看取らせてほしいと思った。

 

 


80 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 10:33:12.51 ID:Ay6ywUVh0


 律「ゆ、ゆい……」

 唯「り、律っちゃん……」

 律「ナ、ナ…ンでお前じゃ…なくて…ワタシが…殺ら…れるん…だよ……」

 唯「ごめんね。本当にごめんね…律っちゃん……」

 律「く…そが……し…死にた…くな…イ…もっ…と…もっと…斬り…たかっ…た……こんなん…じゃぜんぜ…ん…斬り足ら…ない…よ…」

 唯「律っちゃん……」

 唯にはもう、律に掛けるべき言葉が見つからなかった。ただただ、今にも消え入りそうな、自らが手に掛けてしまった親友の名を繰り返し紡ぐ事しか出来なかった。

 律「ゆ…い…お前が死…ねよ…わた…しの…代わりに…死…んで…くれ…よ……」

 律が光を失いつつも憎悪の籠った目で、唯を居竦める。

 唯「ごめんね、律っちゃん。それももう、出来ないんだ」

 律の血が流れる程に、唯の目から泪が流れていく。哀しくて、苦しくて、どうしていいのか判らなくて、頭がぐにゃぐにゃとおかしくなっていく感覚に襲われる。


 


81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/03(月) 10:36:11.50 ID:kHS+n+oDO
>>71 なるほど…そういう仕組みでしたか、頭が悪いなりに理解出来ました。

武具の名前は、>>1 さんの考えていた候補を挙げてもらって安価で決めるという手もあれば、付属品って事で単純にオプションと呼ぶとか…。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/03(月) 10:37:39.35 ID:kHS+n+oDO
>>71 なるほど…そういう仕組みでしたか、頭が悪いなりに理解出来ました。

武具の名前は、>>1 さんの考えていた候補を挙げてもらって安価で決めるという手もあれば、付属品って事で単純にオプションと呼ぶとか…。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/03(月) 10:39:30.48 ID:kHS+n+oDO
連投してしまってすみません。
84 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 10:41:31.20 ID:Ay6ywUVh0

 律「み…お…澪…!おねが…い…た…たすけ…てくれ…よぅ……く…そぉ…唯…。澪…わた…しの…仇を…とって…く…れ…よぅ……唯を…殺…してくれ…よっ…たの…むよ…み―――がはっ!!!」

 律が唯に対する恨みと憎しみの籠った、呪詛の言葉を吐いたのと同時に、最後に大量の吐血を撒き散らし、完全に光を失った目を見開いたまま、彼女は、終(つい)に、事、切れる。

 唯は、律の最期を看取った後、彼女を仰向けに眠かせて、少し震える手で瞼を閉ざし少しでも穏やかな表情にする。

 唯「り、律っちゃ…ぅ…うわぁぁぁ――――――!!!!」

 律の返り血を全身に浴び、そして今またその吐血を顔に浴びる事すら気にならない程に、唯は打ち拉(ひし)がれ、ついに堪え切れなくなって思いのままに泣き叫ぶ。


 
 
85 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 10:53:21.21 ID:Ay6ywUVh0
 

 親友を失った喪失感。親友をこの手に掛けてしまった罪悪感。彼女のその後の人生を奪ってしまった悔恨の念。

 あらゆる負の感情が、唯をこれ以上ない程に苦しめる。この身が引き千切られる様な苦しみに、唯はソレから逃れる様に慟哭する事しか出来なかった。

 こんな事があるかもしれないと、母にこの話を聞いた時に覚悟はしていた。していたつもりだった。でも、まるで覚悟が足らなかったとでも言う様に、親友をこの手で殺めてしまったショックが唯を苦しめ打ちのめした。

 こんな事なら、自分が律に殺された方が良かった。自分が律より弱ければ良かった。こんな苦しみを味わう事は無かった。ただ、自分が死ぬだけで済んだ。と、唯は思う。

 そして唯は、泪で腫れぼったくなり、くしゃくしゃになった律の返り血に塗(まみ)れた顔を上げ、もう何も言わなくなった律の抜け殻の顔を見つめる。

 
 


86 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/03(月) 10:59:16.77 ID:Ay6ywUVh0


 「ねえ、律っちゃん。私、どうすればよかったのかな。解らない、解らないんだよ。でも、ごめんね律っちゃん。私にはどうする事も出来なかった。こんな事しか出来なかった。ほんとにごめんね律っちゃん…………これで良かったの?お母さん。お母さんはこの話を私と憂に聞かせた時に、覚悟しなさいって言った。でも、覚悟してても辛いよ。こんなにも苦しいよ……」

 唯が泣きながら泣き事を言い始めた時、突然に律の亡骸から淡い光を発したかと思うと、そのまま光の粒子となって足元から次第に消失していく。それに気付いた唯は、泪を流しながら、それでも咄嗟に律が付けていたカチューシャを外し、優しく、そして強く握り締めた。
 


 そして、それから幾ばくかの時が過ぎた頃。余りの哀しみと絶望と悔恨の念に囚われ続け、その場から動けないままの唯の視界が再度歪み、彼女は何かに包まれる感覚を薄れゆく意識の中で再び感じていた……。




 



87 :一年中が田上の季節 :2011/10/03(月) 11:19:36.43 ID:Ay6ywUVh0

 大体こんな感じにお話は進んで行く事になります。

 余り需要の有るお話では無いとは思いますが、

 他のSSを読まれるついでに読んで頂きたいと思っておりますので、

 何卒よろしくお願い申し上げます。

 それでは。 


 >>71

 確かに掲示板の書き込み時の調子が悪い気がします。

 一応 >>17で大凡の設定を書いたつもりなのですが、どうも判りづらい様で

 大変申し訳なく思っております。

 武具の総称に関しては、その内に考える心算です。

 書き手の説明力不足で訳のワカラン事も沢山あるとは思いますが、

 懲りずに読んで頂けると有り難いです。

 
 

 


 

88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/03(月) 11:38:35.97 ID:kHS+n+oDO
>>1 さんは丁寧なお方で非常に有難いですね。
書ける時には、是非とも続けて頂きたいです!
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/10/03(月) 18:28:24.72 ID:aPpo9+OWo
話しは面白いし文もうまいけど、()で読み方指定してるのがすごく、よみずらいです……
このスタイルは続けていくんでしょうか
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/04(火) 15:10:08.09 ID:np3uBwyDO
りっちゃん…あっさり光になっちゃったな。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/04(火) 15:52:36.48 ID:hEADsM8Uo
お疲れ部長。なかなかの噛ませでした
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/05(水) 13:21:45.24 ID:poHIt7VDO
武具の形態変化とか複数所持とか出来るのかな?
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/07(金) 00:36:25.72 ID:5Q6VQVRDO
強制的に親和性か凶暴性を増させるって設定に、ブレンパワードを思い出した。
94 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:24:11.87 ID:c+cJj/BG0


 気が付くと唯は跳ばされる前と全く同じ場所に居た。携帯を見ると、時刻もその時から進んでいる様子は無かった。制服を見ても律の返り血で染まった筈なのに、血の一滴も付いていないし、顔も同様だった。

 唯「帰ろう、家に……」

 だが、今の唯にはそんな事は些細な事だった。律の遺品(カチューシャ)をまるで宝物の様に大事に握り締め、救いを求めるかの様な表情を浮かべながらゆっくりと重い足取りで、それでも泣きたくなるのだけは必死に堪(こら)え家路に向かって歩を進める。

 


95 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:27:05.83 ID:c+cJj/BG0


 平沢家の玄関前には、憂、和、梓の三人が、唯の帰りを今か今かと待ち侘びていた。

 憂「お姉ちゃん……大丈夫ですよね、和さん……」

 未だに戻らない姉の安否(こと)が余程、心配なのか、おろおろした様子で、妹はもう一人の姉とも言うべき、和に半ば安心を求める様に話しかける。

 和「そうね。大丈夫よきっと。唯の事だから案外、寄り道してアイスでも買い食いしながら、何気ない顔して帰って来るんじゃないかしら」

 そう言って和は、憂をこれ以上不安にさせない様に努めて微笑みながらこたえる。

 だが和自身、内心は唯の事が心配で居ても立っても居られない状態にあった。初めて入界し(はいっ)たジーニアスの世界。あの灰色の無機質な世界観は和を、そして、彼女と共に居た憂と梓を一様に不安にさせた。

 和達はあの瞬間の時には平沢家に集まっており、一緒に居た所為か皆ほぼ同じ場所に跳ばされ、そのお陰で三人はすぐに合流する事が出来た。

 その後。三人連れだって、一人離れた所に跳ばされたであろう、唯の捜索を開始したのだが、幸か不幸かその行程で他のジーニアスと出くわす事は無く、その代わりなのだろうか唯も見付ける事が出来なかった。

 そして、しばらく時間が経過した後、再び跳ばされ、平沢家のリビング(もとのばしょ)に戻った。そして憂達は外に出て只一人、未だ戻って来ない唯を待ち侘びているのだった。

 梓「でも、本当に大丈夫かな唯先輩…何事も無ければいいけど……」

 梓もその瞳に不安げな光を湛えながら呟く。


 その時だった。


 


96 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:30:59.99 ID:c+cJj/BG0


 梓「……って、あれ?もしかしてあそこに見えるの、もしかして唯先輩っ?」

 前方から近づいて来る人影にいち早く気づいた梓は、その方向を指差しながら皆に伝える。憂と和がこぞって梓の指差す先を見つめる。

 その人影は、ゆっくりとだが確実に憂達に近づいて来て、次第にその姿もはっきりとしてくる。

 その人影は確かに唯だった。良かった、無事だったんだ。と、皆が喜びの声を上げる。だが、その唯の様子がおかしい事に皆が気付き始める。そして、唯の表情がはっきりとわかるまで近づいた時、その彼女の表情(かお)に全員が戸惑いの表情を浮かべた。

 唯は確かに無事だった。傷も無い様に見えたが、それは、灰色(あ)の世界で受けた傷はこの世界では外傷として残らないので、一概に無傷とは言えないのかもしれないが、唯はややおぼつか無い足取りではあったものの、身体そのものは今すぐどうにかなると言った感じは見受けられない。憂達が戸惑いを覚えたのは、その憔悴しきった顔だった。不安げで、弱り切って今すぐ支えないと折れてしまう。そんな表情(かお)だった。


 そして唯はその『顔』を隠せぬまま、皆の前まで到達し、「ただいま」と、蒼白い顔で力無く挨拶をする。


 


97 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:33:41.92 ID:c+cJj/BG0


 和「唯!」

 和がはっと気付いて、唯の両肩を掴む。唯は力無く笑うとそのまま倒れ込む様に、和にその躯を預け、そして、ダムが決壊したかの様に、今まで堰き止めて来た泪を嗚咽と共に溢れさせ流していく。

 憂「お姉ちゃん……」

 憂は思いのままに和の胸で泣きじゃくる姉を見て、この世の終わりかと言うかの様に、顔が蒼白になり、堪らなくなって自身もじわっと泪が溢れて来る。

 姉の見た事も無い姿に、動揺し、気が動転していた。梓も予想だにしなかった唯の様子に、如何したら良いのか判らずに言葉も出ない状態だった。

 和「こんな所に居るのもなんだから、取り敢えず、平沢家(なか)に入りましょう」

 和がそれでもどうにか自身の気を落ち着かせて、未だに放心状態の皆にそう促す。その言葉を受けた梓が、和と共に唯を支え、憂を言葉で宥めながら四人は平沢家の中に入っていった。


 


 

98 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:36:14.38 ID:c+cJj/BG0


 取り敢えず、まずはリビングのソファーに唯を腰掛けさせる。寄り添う様に和が座り、梓は唯の後ろで彼女を支えるかの様に立ち、彼女を心配そうに見つめる。

 憂が「お茶淹れて来るね」とキッチンに向かうが、今の憂は少し心配だからと、梓も唯を和に任せて、彼女に付き添ってキッチンに入る。



 和「どう、少しは落ち着いた?」

 憂から差し出されたお茶を飲みながら、頃合いを見計らって、努めて刺激しないよう穏やかに和が唯に声をかける。

 唯「……うん。ありがとう和ちゃん。それにみんなも……」

 唯はどこかぎこちない笑顔を浮かべて、皆に応える。先程よりは多少ましになった様ではあるが、まだ、とても何時もの彼女に戻ったとは言えなかった。

 和「そう。良かったわ。でも、まだ少し疲れているみたいだし、それじゃあ今日はもうお開きにしましょう。憂、跳ばされたまた次の日に、跳ばされるって事は無いのでしょう?」

 憂「うん。次の日って事は無かったと思う……思います」

 憂が、母親に聞かされた事を思い出しながら答える。母の話だと、たしか早くて数日。大体多いのが十日前後。それ以上、一月以上空く事もあると言う話だった。


 


99 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:40:52.45 ID:c+cJj/BG0

 和「そう。それなら今日はこれ位にしときましょう。唯もそうだけど、私も初めての事で少し疲れたわ」

 憂「そうですね。私もその方が良いと思います」

 梓「うん。それが良いですよ。今日の所は家に帰って、さっさと寝てしまった方がイイデス」

 和の提案に、憂がそして梓が追随する様に同意する。正直に言えば、唯に何があったのかを今すぐにでも聞きたい所ではあるが、今の彼女の姿を見れば、それがいかに酷な事であるか考えるまでも無かった。

 そして、憂を除く二人が帰宅しようと立ち上がり、憂が「みなさん、お気遣いありがとうございます」と、和達を送り出そうとした時、

 唯「ま、待って…みんな、話すよ。灰色の世界(あそこ)で何があったのか話すよ……」

 と、唯がどこか思い詰めた表情(かお)で二人を引き留める。

 


100 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:44:27.38 ID:c+cJj/BG0


 和「唯、無理をしなくてもいいのよ。また、落ち着いてからでもいいから、今日の所はゆっくり休みなさい」

 和が諭すように言う。

 梓「そうですよ。唯先輩。何時でもいいですから」

 梓が和に続き、そう言って頷く。

 憂「お姉ちゃん。みんなもそう言ってくれているんだし、今日の所はもう休んだ方が良いと思うよ?」

 憂も姉の身を案じて三人に同調する。

 唯「ううん。お願い、今話させて……今話さないと、逆におかしくなっちゃいそうなんだ……」

 唯が首を横に振りながら言う。

 和「……そう。いいのね、唯?」

 和が確認を取ると、唯が「うん」と、頷く。

 憂「の、和ちゃ…さん!」

 憂が和に抗議しようとする。しかしそれを唯が手で制止する。そして妹に向かって「憂、おねがい」と、懇願する。大好きな姉にこうまでされたら、妹は流石に引き下がるしかなかった。

 そして、唯はその憔悴しきった顔を上げる。

 唯「あのね…私……」

 一瞬の躊躇の後、唯は意を決して、皆に告白する。
 


 唯「私、あの世界で、律っちゃんを斬っちゃったんだよ……」



 と……。


 そして、唯は律の遺品であるカチューシャを四人に見せる。


 予想だにしなかった唯の告白と律の遺品に、彼女を除く三人にかつて無い程の衝撃が奔った……。




 


101 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:49:20.53 ID:c+cJj/BG0


 和「……つまり、こう言う事ね……」

 憔悴しきった顔で泪を零しながら、それでも懸命に皆に話す唯を、真剣な表情(かお)で一言一句聞き逃すまいと傾聴していた和は、唯の話を頭の中で反芻し、まとめ上げる。

 和「唯が跳ばされた場所に偶然、律がいた。律はやはりスターターで、性格もすっかり変わってしまっていて、極めて好戦的になっていた。渋谷の事件も自分が犯ったのだと、悪びれもせずに、何でもない事の様に認めた。その律をこの世界に戻す事は出来ないし、その彼女を元に戻す術も見つからず、彼女と戦うしか選択肢は無かった」

 和「だから唯は律と戦い、そして唯は勝った……こんな感じでいいかしら?」

 和の確認に唯はこくんと頷く。

 和「唯…辛かったわね……」

 和は友人(りつ)を失ったショックを抑え込んで、唯の肩に手を回して、優しく抱き締める。


 


 


102 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:54:17.03 ID:c+cJj/BG0


 唯のこの様子からして、彼女が嘘を付いているとは思えない。カチューシャと言う物的証拠もある。そもそも嘘を付く理由が全くないし、実際に渋谷での、無差別テロ(じけん)が起こっている。そしてこれまでの状況から律が起こした可能性は非常に高く、彼女がおかしくなったと言う事も納得できる。そして、そうなってしまった以上、彼女を殺めた唯を和はとても責める事は出来ない。むしろ、この唯が親友の命を奪わざるを得なかった。そして実際にこの手に掛けた時の彼女の心情を考えると、とても居た堪れない。と、和は考えただけで心臓が破裂しそうな気持ちになる。

 唯の事を考えれば、むしろその役は自分が受けるべきであったと和は思う。

 唯も辛い告白だったのだろう、再び泪を和の胸の中で流す。憂も唯を抱き締めて、姉の為に泪を流していた。

 梓は唯の告白に頭が混乱し、先輩(りつ)を突然失ったという、余りに現実離れした信じ難い話に実感も湧かず、どうしていいのか判らずに、ただただ呆然とするしかなかった。

 だけど彼女も唯を糾弾する様子は無かった。唯の人となりを知っている彼女にとって、そんな事は出来る筈も無かった。

 だが、即ちその事実は、実質的に彼女達のバンド≪放課後ティータイム≫の完全なる復活の可能性の消滅を意味し、その事実に目の前が絶望で真っ黒に染められていく。


 


103 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:56:30.60 ID:c+cJj/BG0


 和「唯……」

 だが和は思う。この事実は、たとえ私(じぶん)達にも少なくとも今の時点ではこの『事』は言うべきでは無かった。この事実は憂と梓、勿論、自分にとっても重すぎる話だし、黙り続けていられれば何(いず)れ<『何処かの誰か』が、スターター(りつ)を斃してしまった>と、言う事になった筈だ。それが誰にとっても最も都合のいい話の筈だ。

 だけど、そうする事を唯の良心が許さなかった。彼女のジーニアスからも解る通り、唯は戦いの中で立ち振る舞うには、絶望的に優し過ぎる。

 和にはそれが気懸かりでならなかった。


 
 

104 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/12(水) 08:59:00.19 ID:c+cJj/BG0
 

 和「唯……一つ約束して欲しいの」

 唯「……約束…?」

 唯が、ふえっと、赤子の様な表情で、泪と嗚咽で赤くなった顔を上げる。

 和「いい唯?律(こ)の事は決して他の誰か、特に澪には絶対に知られない様にして」

 和「どうしてかは、分るでしょう?」

 和は強く、念を押ながら唯を諭す様に言う。

 唯「う、うん……その位は判るよ、和ちゃん……」

 唯は少し戸惑い気味にこたえる。

 和「みんなも、この事は絶対に他言無用よ」

 厳しい表情で、憂達を見廻しながら警告する。憂と梓もそれに「はい」と頷く。


 ………………。


 そして、流石にもう唯を休ませたいとして、この日は解散する事になった。




 



105 :一年中が田上の季節 :2011/10/12(水) 10:16:19.79 ID:c+cJj/BG0


 ちょっと立て込んでおりまして、それでも少な目ですが書き込ませて頂きました。

 少しでも早く続きを書き込めればと思っております。


 それでは。




 >>88

 有り難う御座います。大変遅筆で申し訳ありませんがこれからも読んで頂けると

 有り難いです。

 あと、武具に関しましては下野さん以上に横文字が苦手ながらも、持ちうる知識を総動員させた結果、

 商標を意味する『ブランド』と称する事にしました。

 これはジーニアスの固有の存在を示す意味で有り、武器だけでなく、もっと広い範囲のものを

 発現できると言う意味合いを込めてそうさせて頂きました。

 尚、『ブランド』を○標と表現する事も有りますが、読み方は自由ですのでどんな読み方をされても

 宜しいかと思います。

 
 >>89

 正直申しまして、自分でも自分はともかく、読まれている方は読みにくいのではないか?

 と思っておりました。ですが、この()は表現の補完をしたと言う自己満足と、書いている人の

 唯一の文の特徴であると思っておりますので、出来れば続けていきたいと思っております。

 ただし、そうであろうと思って()は読まなくても文として成立する様にはしておりますので、

 ()は最初から読みとばされても何も問題が無いと思います。

 それでも読みにくいのであれば、その時にもう一度考えさせて頂きたいと思います。

 
 


  


 
106 :改行限界突破 :2011/10/12(水) 10:19:57.95 ID:c+cJj/BG0


 >>90 >>91

 あっさり味でお願いよ的に、出て来たと思ったら、おかしな人になっていておまけに

 いいとこ無しで即退場と言う大変損な役割にさせてしまいました。

 役割上しょうがないのですが、部長さんにはナンとなく申し訳ないなと思っております。


 >>92

 ジーニアスの『ブランド』は基本的に、意識下と無意識かのイメージとそのジーニアスの特徴

 から発現されるので、形態変化は出来ない事は無いですが、相当な創造(イメージ)力がないと

 難しい事になっております。

 意識下でこうしたいと思っていても、無意識下で自身のジーニアスの標に対するイメージや実際の

 ジーニアスのものと違っていると、思った通りのものは出て来ない事になっています。

 平沢(姉)さんや、田井中さんのブランドが一見単純なものなのもそのせいですし、殆んどのジーニアス

 のブランドも判り易いものになっています。


 あと、ブランドの複数所持は出来ませんが、発現する段階で剣と盾のセットが『一つ』のブランドであると

 イメージし、条件がそろえば発現できます。ですが、一度剣を発現させてから盾や他の武器を発現させる

 事はできません。そうするには一度、最初に発現した剣を引っ込める必要がありますし、別の物を出す場合

 は現在のブランドのイメージよりも強いイメージが無いと発現できません。

 ですので、一度発現したブランドを替える事や、剣と槍等、違う武器でのセットで一つのブランドとする事は

 大変難しいと言う事になります。


 判り難かったら済みません。

 
 >>93
 
 既存の作品を参考にした訳ではないですが、読んでみると設定等がどっかで見た事がある所も多々あって、

 仕方の無い事だとは思いますが 自身の想像力の無さを如実に表している様な気がします。


 あと、ブレンパワードですが、放送当時に視たかったけど視られなかったブルジョワでしか視られない

 テレビ漫画だったと言う印象があります。


 
 と言う訳で、またまた長々となってしまいまして申し訳有りません。


 改めてそれでは。


 


 
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/12(水) 16:27:46.48 ID:UOJRj7PDO
ブランドかぁ、言いやすいし格好良い感じですね!

昨今では、各種メディアで数え切れない程の作品で溢れかえっているので、どんなに独自性を出そうとしても、どこかでネタ被りが出てしまうのは最早必然と言えるので、>>1様には何の落ち度もありません。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/12(水) 18:07:46.92 ID:zhprC1TZo
>>1
()の事は気にしないようにするわ
ストーリーやら面白いので楽しみ
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/16(日) 19:59:18.53 ID:InakWo3DO
他にはどんな神魔が居るのか気になりますね!
110 :こーじろう侍 [sage saga]:2011/10/17(月) 23:31:40.02 ID:DL6ZNZRC0


 翌日。


 桜高二年一組の教室。秋山 澪は足早に教室に入ると、そのまま既に登校している、<級友>真鍋 和の席(もと)へ駆け寄る。

 澪「和、聞きたい事があるんだ」

 切羽詰まった表情と口調で澪は和に話しかける。

 和「どうしたの澪?戦いはもう始まっているのに、敵である私に聞きたい事があるなんてどういう事なのかしら?」

 和は努めてしれっとした態度をとり、澪の様子を窺う。

 澪「り、律…が…殺られた……」

 澪がまるでこの世の終わりとでも言う様な様子で、震えた声で、だが確信した様に和に告げる。

 和「やられたって、どういう事?」

 和はまたしてもしれっと、まるで何も知らない。とでも言う様に訊き返す。

 和はこんな自分を、少し感覚がおかしくなってしまったのではないかと思ってしまう。

 知人が、しかも友人と言っても良い人が、死んだ(きえた)。それも、自身の幼馴染の手に掛かって……。

 それでも自分は幼馴染のした事を否定せず、それを庇い、故人の幼馴染に平然とその死の真相を欺こうとしている……。

 そして、そんな事があったのに、今、こうして普通に登校している……。

 和はそんな自分に少し嫌悪感を覚えるが、今は気を取り直して澪と向き合う。


 


 


111 :こーじろう侍 [sage saga]:2011/10/17(月) 23:34:30.38 ID:DL6ZNZRC0


 澪「昨日。跳ばされた後、私は必死に律を探したけど、途中で邪魔が入ったりして結局見付ける事は出来なかった……」

 和「邪魔というのは何なの?」

 澪「突然、座天使だか主天使だかのジーニアス(やつら)が、湧いて出て来て、私を見るなり眼の色を変えて襲って来たんだ。勿論、すぐに片付けたけど、それでも少し時間を取られてな……ってそんな事はどうでもいいだろ、和?」

 和「………………そう……ね…」

 澪「戻って来た時に、私はすぐに律の家に向かったけど、おばさんも律の弟の聡も、律は入院したと言うんだ。何処かと聞いたら、私が聞いた事も無い様な地名と、病院だって言うんだよ。勿論調べてみたけど、そんな病院どころか地名すら無かった……」

 澪「これが何を示しているのか、和、お前ならすぐに判るだろう?」

 和「……そうね。律の身に何かあったのだと考えるのが妥当ね。でもね、澪。どうしてこの事を私に話すのかしら?いずれ判る事とはいえ、私達に情報を与えるのは得策ではないと思うのだけど……」

 和は努めて冷静に、いや冷徹な態度をとる。内心では澪の事が気の毒に思うのだが、この話題から澪を逸らしたいと言う思いもあった。


 

112 :こーじろう侍 [sage saga]:2011/10/17(月) 23:37:10.06 ID:DL6ZNZRC0

 澪「……そうだな。仮にお前が律を殺ったとして、それをわざわざ私に言う必要は無いからな……くそっ!」

 澪は諦観と悔しさを半々に混ぜ合わせた様な表情を作りながらも、和の言う事を理解し、納得する。

 澪のすぐに自己完結をする癖はこう言う時は扱い易いと、和は表情こそ変えないが内心ほっと胸を撫で下ろす。

 そして、「駄目だ!今日はもう帰るっ!」と、吐き捨てる様に言い、澪が教室を出ようとした瞬間(とき)だった。

 
 


113 :こーじろう侍 [sage saga]:2011/10/17(月) 23:41:11.94 ID:DL6ZNZRC0


 ?「澪ちゃん!」

 教室の入り口から自分を呼ぶ声に澪は、反射的に声のする方を向く。そこには、ミディアムヘアにヘアピンを付けた少女、平沢 唯がいた。

 和「唯!!?」

 和は唯の登場(このこと)が何を意味するのか瞬時に理解し、絶望すら入り混じった声で、悲鳴を上げる様に幼馴染の名を叫ぶ。その顔は真っ蒼になっていた。

 澪「唯……」

 今は袂を分かった友人の名を口にするが、彼女の目が釘付けになったのは、その唯(とも)の姿ではなく、彼女が胸元で大事そうに握っている、今は亡いであろう幼馴染であり、一番の親友が最後に着けていた、見覚えのあるカチューシャだった……。


 


114 :こーじろう侍 [sage saga]:2011/10/17(月) 23:43:49.23 ID:DL6ZNZRC0


 唯「澪ちゃん……」

 親友の名を発しながら、思い詰めた顔で、唯は二人に近づいていき、そして、二人の前まで辿り着く。

 澪「……唯。その手にしているモノは何だ?」

 澪の口調も雰囲気も先程までとはまるで違うものになる。和は彼女の周りの空気が、気のせいか重苦しくなった様に感じた。

 唯「澪ちゃん。ごm――――」

 和「唯!やめなさい!!」

 和が唯を止めようと、必死に叱責する様に声を張り上げる。彼女の珍しく荒げた声に、一瞬、何事かとクラス中が静まり返り、クラスメイト達が彼女らに視線を送る。

 
 


115 :こーじろう侍 [sage saga]:2011/10/17(月) 23:50:28.24 ID:DL6ZNZRC0


 唯「和ちゃんごめんね」

 唯が、和に済まなそうに一瞥をくれてから、今度は再び澪の方に向き直る。

 唯「澪ちゃん……どうしても澪ちゃんに『これ』を渡したくて……」

 そう言うと、唯はおずおずと、手に持っていたカチューシャを澪の前に差しだす。恐らくカチューシャ(これ)も持ち主(りつ)と同様、今日明日の内に消失し(きえ)てしまうだろう。だから『それ』がどの様な『意味』を持つかを知った上で、その前に出来るだけ早く澪に渡したかった。

 最後の『想いで』を澪に返したかった。

 澪「唯。どうして『これ』をお前が持っているんだ?」

 唯からカチューシャを受け取ると、続けざまに有無も言わせぬ表情で詰問する。

 唯「ごめんね……ひっく…澪ちゃんごめんね……ごめんね…ひっく」

 唯は泪を零(こぼ)しながら、ただただ、澪に謝るばかりだった。

 
 


116 :こーじろう侍 [sage saga]:2011/10/17(月) 23:57:07.33 ID:DL6ZNZRC0
 

 和「唯、もういいわ。いいから早く教室に戻りなさい。澪もまた何時でも話を聞くから、唯もこんな感じだし、今日の所は帰りなさい」

 和が必死に唯と澪を引き離そうとする。だが、こうなってしまったら、澪は勿論、唯も和の言う事に聞く耳を持たなかった。

 澪「お前が、律を殺ったのか?」

 澪の核心を突いた問いに唯はまともに答えられない。唯々(ただただ)ごめんねと嗚咽を繰り返すばかりだった。だが、これで澪は確信する。律を、自分の全てを奪った神(あくま)は唯(めのまえのおんな)である事を。
 



 澪【【■■■■ 唯 ■■■■】】
 



 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ――――――――――――――!?!!?!!?!




 その瞬間。教室に居るほぼ全員が、とてつもない黒い重圧(プレッシャー)により、身体が極限の緊張感に震え上がり、そして強烈な嘔吐感に襲われる。そして実際にその場で吐瀉する者。トイレに駆け込む者。保健室や果ては病院に運ばれる者すらいた。とてつもない、あらゆる負の感情を含んだモノの中に、黒い悦びが混在した言霊。その圧倒的な重く強烈な不快感は、とても常人が耐え得るモノでは無かった。


 
 

117 :こーじろう侍 [sage saga]:2011/10/18(火) 00:01:07.90 ID:ZIrBlb1D0
 

 <――――――――っく!!>


 和は戦慄する。ジーニアスの能力(ちから)はこの世界に於いては全くと言っていい程に発動させる事は出来ない。言うなれば出せたとしてもほんの僅かな残滓だけだ。

 だが、澪の『残滓(それ)』は、それだけでここまでの影響を及ぼしたのである。これだけで、彼女のジーニアスがどれだけのモノかという事が判る。

 <唯のバカっ!あなたは、本当に…本当に…優し過ぎる……>

 和は、奥歯を噛み締め心底無念そうに心の中で呟く。これでは憂に顔向けが出来ない。 



 澪「唯。ありがとうな【教えてくれて】。じゃあな」



 澪【また、今度な】



 澪が様々な感情(おもい)の混在した笑みを浮かべると、騒然としパニック状態に陥った教室を悠然と退出する。


 


118 :こーじろう侍 [sage saga]:2011/10/18(火) 00:05:54.69 ID:ZIrBlb1D0


 唯「和ちゃん…ごめんね…ごめんね……」

 唯が、人目も憚(はばか)らず今度は和の胸の中で、泪を浮かべ、ごめんねを繰り返す。

 和「唯…ばかな子…こんな事をしたらどうなるか位、簡単に判るでしょうに……ホントにおばかな子……あなたは今日、ううん、暫くの間休むべきだったのよ」

 和は歯に衣着せず、子どもを窘(たしな)めるかの様に――ばかな子――と唯を叱責する。だが、だからこそ、その後に唯を愛おしげに抱き締め、優しくその頭を何度も撫でる。

 和「憂に休む様にって言われなかったの?」

 唯「……言われた。でも、私は大丈夫だからって、無理言って登校した」

 唯が少し顔を下げ気味にばつが悪そうに答える。流石に泪は既に止まっていた。

 和「……唯。後で憂に謝っておきなさい。でも、どれだけ謝っても足りない……あなたはそれだけの事をしたのよ。私達の意向を無視して。憂に心配かけて。でも、そしたら私が、憂があなたを護る。いいえ、護らせて貰うから。澪にも、誰からも」

 和は、決意の表情を唯に見せる。

 唯「ごめんね…あと、ありがとう和ちゃん……」

 そう言って、唯は幼馴染に精一杯の感謝の気持ちを込めて微笑んだ。


 




119 :こーじろう侍 :2011/10/18(火) 00:21:31.73 ID:ZIrBlb1D0


 取り敢えずこんな感じで書きこませていただきました。

 遅筆且つ、こんなお話でいいのかと思わないでもないですが、

 ナンとか続けたいとは思っております。


 それでは。



 >>107

 故 梨本さんばりに恐縮です。


 >>108

 一番読みやすい形で読んで頂けると有り難いです。


 >>109

このお話自体、悪魔や神の名前を出したいが為に考えた物なので、

 これからどんな柱を出すのか自分でも楽しみにしております。


 

 


 
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/18(火) 17:25:05.04 ID:C4KF3eQDO
是非こんなお話で続けて下さい。
予想はしてたけど、復讐鬼澪が闇覚醒してしまったか…。

あ、このSSと関係も他意もないんですけど、>>1さんって幻想郷はお好きですか?

後、>>1さんの名前変わったんですね。
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/20(木) 19:29:07.04 ID:3M9TsYODO
唯ちゃんの剣から虹色のビームとか出たら格好良いかも。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/21(金) 10:49:24.75 ID:lwML3X2DO
今の澪ちゃんはポエムノートではなくKILLノートとか書いてそうだな…。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/22(土) 15:17:57.44 ID:ZUkyhH9DO
とりあえず、澪の律捜索を邪魔したって人達が危ないかも。
124 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/24(月) 06:29:50.00 ID:SwfAnpwf0


 灰都(はいと)。


 正式な名称が判らないこの世界を、唯達はこの様に呼ぶ事にした。

 そして、最初に跳ばされてから八日後、唯、憂、和、梓の四人は再びこの忌まわしい世界に跳ばされていた。

 そこに居るだけで不安を掻き立てられる白に近い灰色の空、灰色の大地、灰色の半壊した建造物がそびえる、荒廃した世界。

 唯達は、あれから出来る限り一緒に居る様にしていたので、今回は四人ともほぼ同じ場所に跳ばされる事が出来ていた。

 梓「唯先輩、大丈夫ですか?」

 梓が心配そうに唯に声を掛ける。最初に跳ばされて以降、唯は笑っていても何処か影がある様に梓は感じていた。梓自身、あの事には相当なショックと喪失感を感じていて、今なお完全には立ち直れていないのだから、直接の当時者である唯の心境を想像しただけで胸が強く締め付けられる。


 <唯先輩を、ここにいるみんなを護りたい……>


 あの時以降、梓はまるで何かに追い立てられるかの様に、そう思う様になっていた。


 
 

125 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/24(月) 10:42:47.37 ID:SwfAnpwf0
 

 梓達は事前の話し合いで、この世界に跳ばされたら、基本的にその場から動かず身を隠し、事が済むのを待つ様にしようと決めていた。正直、かなり消極的な気もするのだが、四人とも戦いに対して積極的では無かったし、特に唯に関しては澪に狙われているのは確実なので、出来る限り目立つ真似はしないと言う事になった。

 唯「うん、大丈夫だよ。あずにゃん。心配させてごめんね」

 唯は自分に気を掛けてくれる、かわいい後輩に微笑みを返す。それが梓には逆に、自分達に心配をかけまいとして無理をしているのではないか、としか思えずに余計に心配してしまう。


 


126 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/24(月) 10:48:58.86 ID:SwfAnpwf0


 律先輩が、死んだ(きえた)。

 自身の所属する軽音部の部長であり、桜高の先輩である、近しく親しい間柄と言っても良い存在(ひと)が。

 それも、目の前にいる同じ軽音部の大好きな先輩の手によって……。

 それだけでも充分に哀しくて異常な事なのに、その律の死すら数日後には、自分(ジーニアス)達以外の人、彼女のクラスメイトや担任の教師。そして軽音部の顧問である山中先生でさえ、『田井中 律』という存在(にんしき)が消失してしまっていた。

 哀しくて、苦しくて、悔しくて、ムカついて、だけど、どうにも出来なくて……。でも、それでも、唯の事を責めるなんて事はとても出来なくて……。

 梓の小さな胸はこんな事を考える度に張り裂けそうになる。
 

 <それなら――――>
 

 梓は思う。これ以上、自分の好きな人達を失いたくない。唯は勿論の事、憂も和も、出来る事なら敵になってしまった澪も紬も……失いたくない。

 ドラムはいなくなってしまったけど、それでももう一度、みんなで演奏したい。

 そんな思いが日増しに強くなっていた。
 

 
 
127 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/24(月) 10:54:45.97 ID:SwfAnpwf0
 
 
 梓「あの、真鍋先輩。ちょっといいですか?」

 梓は桜が丘高校の新生徒会長であり、自分達のまとめ役でもある和に声をかける。

 和「ん?どうしたの中野さん?」

 梓「今からこの辺りを偵察と言うか、少し様子を見に行っても良いですか?」

 和「どういう事なの?」

 梓の言葉に和が少し怪訝そうな表情(かお)になる。

 梓「はい、このままここで、じっと時が経つのを待つのもいいとは思うんですけど、そうするにしても、やっぱりある程度の状況把握が必要だと思うんです。この辺りに何が有るのか、今現在この周辺に他のジーニアスは居るのか?とかを調べた方が良いと思うんです。でも、みんなで動く必要は無いと思いますし、それなら、どちらかと言えば戦闘向きではないですけど、この中では恐らくは一番素早く動けるジーニアスの私が適任だと思います」

 梓は和達に少し力を入れた声で説明する。


 
 

128 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/24(月) 10:56:25.49 ID:SwfAnpwf0
 

 和「言いたい事は判るし、一理あると思うけど、正直に言ってかなり危険よ」

 憂「そうだよ梓ちゃん。和さんの言う通りだよ」

 和は梓の提案に余り乗り気では無く、憂もそれに同意する。

 梓「それは大丈夫です。いざとなったら逃げればいい訳ですし、それなら私一人で動いた方がむしろイイデス」

 梓は言葉により一層、強く力を込める。何もしないで、ただ時が過ぎるのを待つだけ、と言う選択肢は今の彼女にはとても耐えられそうになかった。少しでもみんなの、唯の為に何かをしたい、しなくてはならないといった、生来の彼女の生真面目な性格から来る使命感の様なものが、彼女を追い立てる様に突き動かしていた。
 

 

129 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/24(月) 10:59:40.70 ID:SwfAnpwf0
 

 和「……確かに現状を知りたいという気持ちは有るし、必要な事とは思うけど、やっぱり一人でって言うのは危ないわ。それでも行くと言うのなら、私も付いていくわ」

 和は少し思案した後、首を横に振り代わりに対案を出す。

 唯「そうだよ、あずにゃん。行くならみんなで行こうよ、その方が良いよ」

 唯も和に同調し、憂も彼女の言葉に頷く。だが、梓は彼女らの意見に首を横に振った。

 梓「さっきも言いましたけど、やっぱり一人の方が良いと思います。私のジーニアスは素早いのが取り柄ですし、何かあった場合はすぐに逃げられますから」

 梓は更に力を込めて説得する。確かに出来れば戦いは避けたい。心に傷を負っているであろう唯もいるから尚更だ。梓もそう思ってこんな事を言い出したのだろう。和はそんな事を思いながら、ちらっとその幼馴染の顔を見る。

 唯はとても心配そうに梓を見ている。その心はとても弱っていて、尚更、不安に感じるのだろう。気丈そうに振る舞ってはいるがそんな唯の顔を見るだけでそれ位は直ぐに判ってしまう。

 和<こんな状態の唯を絶対に戦わせてはいけない>


 ………………………。


 和「分ったわ。中野さん。だけど、絶対に無理はしては駄目よ。特に澪やムギを発見したらすぐに戻って来る事。いい、絶対にこの二人には見付からない様にね」

 和「あと、そんなに遠くにには行かない事。この周辺だけでいいからね。分ったわね」

 和は更に少しの間思案した後、梓の提案を受け入れる事にした。


 



130 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/24(月) 11:02:23.50 ID:SwfAnpwf0


 憂「和さん!?」

 憂が和のまさかの容認に、吃驚して思わず声を張り上げてしまう。

 梓「ありがとうございます、真鍋先輩。憂、私は大丈夫だから。だって只この辺りを調べるだけだもん。勿論、戦ったりはしないし、心配しなくても良いからね」

 梓が憂達に心配かけさせまいと、何でも無い様に微笑む。梓がこうまで言って、こんな微笑み(かお)をされたら、憂はもう何も言う事が出来なかった。そして憂は憂いを帯びた瞳で、それでも静かに頷く。

 梓「唯先輩もいいですよね?」

 念押しをする様な梓の声に、唯も憂に倣ってただ頷くしかなかった。それを見て梓は「決まりですね」と、満足げな表情になる。

 和「くれぐれも無理はしないでね。あと、冷静になって廻りに気を配る事。判ったわね?」

 梓「はい。ヤッテヤルデス」

 和の再三の注意に自信ありげに返事をすると、梓は「それじゃあ行ってきます」と、言い残し、それからジーニアスを発動させると、常人では考えられないスピードで和達の視界から消えて言った。


 
 
 
131 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/24(月) 11:05:49.03 ID:SwfAnpwf0
 
 
 何処までも続く薄い灰色の景色。その閉塞感さえ感じる光景に精神的な息苦しさを覚えながら、梓は慎重に周りを観察する。だが、やはり目に映るのは灰色の景色、聞こえるのは時折吹く、暖かくとも冷たくも無い、どこか無機質に感じる風の音のみだった。

 梓<ここにも何も無い、か……>

 梓が安堵と落胆の入り混じった溜息を吐(つ)く。梓とて自ら進んで戦いたいとは思っていない。だが何も収穫無しで、のこのこ戻ると言うのも癪に障る気がした。


 更に周辺の様子を探ったが何も見つからず、一度戻るか、他の場所に移ろうか思案していた時だった―――。



 ?「あら、梓ちゃんじゃないの。ふふ、奇遇だわ」
 


 梓「にゃっ――――――!!?」



 


132 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/24(月) 11:08:51.47 ID:SwfAnpwf0


 その聞き覚えのある声を聞いた瞬間。梓の心臓が跳ね上がるかと思う程高鳴り、まるで猫が総毛立つ様な感覚に陥り、徐々に震え出して来る。一気に動悸が速くなり、呼吸も小刻みに過呼吸気味になってしまう。

 ?「そんなに吃驚しなくても良いじゃない」

 声の主は梓の反応を可笑しく思いながらも、それでも少し傷ついたのか、僅かに口を尖らせる。

 そんな声や表情を尻目に、どうにか精神(こころ)と肉体(からだ)を落ち着かせると、梓はその声のする方に恐る恐ると言った様子で振り向く。そこには、予想した通りの自分のよく見知った者がいた。




 梓「ほんと、奇遇ですね。ムギ先輩……」



 そこには、軽音部の先輩であり、放課後ティータイムのキーボード担当にして、悪魔(てき)側のジーニアスでもある、



 【琴吹 紬】の姿があった………。



 



133 :一年中が田上の季節 :2011/10/24(月) 11:40:59.72 ID:SwfAnpwf0


 もうそろそろ、深刻なコメ不足に陥るのかと思っておりましたが、

 思いのほか反応があって大変有り難い事だと思っております。

 毎回の様にコメを下さる方もおられる様で、感謝の限りです。

 大変遅筆で申し訳ないとは思っておりますが、これからも

 変わらぬご支援をよろしくお願い申し上げます。


 それでは。 




 >>120

 有り難うございます。お話の大筋は既に決まってしまっておりますので、

 このままの感じで続けさせて頂こうと思います。

 あと、幻想郷とは何ぞや?と思い、調べましたがどうやら『東方』とか言うものらしいですね。

 存在だけは知っておりましたが、自分にとっては音楽なのかゲームなのかそれ以前に概要そのものが

 イマイチ良く判らない、謎のコンテンツだと言う程度の認識です。

 
 >>121

 ソレっぽいのは出す予定です。


 >>122

 ノートを書いているのかは判りませんが、頭の中では穏やかでは無さ過ぎる事を

 考えていそうです。


 >>123

 残念ながらその方達はもう既に、お星様になってしまわれております。

 一応、思い付きで付けた設定では桜高の風紀委員と学級委員であった姉妹と言う事になっています。


 

 

 
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/24(月) 14:46:36.48 ID:hy02Sq2DO
呼び方が違うと違和感あるね
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/24(月) 15:27:56.91 ID:u5K1LtSoo
HHG?
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/24(月) 16:54:29.07 ID:u5K1LtSoo
じゃあないみたいだね
失礼
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/24(月) 17:12:27.95 ID:pTm7MyTDO
紬さん登場か…果たしてどうなるのか?とりあえず現実世界で金に頼った社会的抹殺とかは勘弁して欲しい所ww

投下が来なくなるよりは、遅くても(実際はそんなに遅く無いですが)書いてくれる方が有難いです。それに早くして雑になられたら悲しいですし。

東方に付いては、音楽ありきで作られた個人製作のSTG…って感じが一般的でしょうか?個人的にはゲームをするより世界観の方が好きですが。
わざわざ調べる手間を取らせてしまってすみませんでした!
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/25(火) 17:09:17.16 ID:XF53pLaDO
梓「私が遅い…?私がスロウリィッ!?」
なーんて展開来るー?

>>137
公式資料集とか漫画とかはあるけど、ZUNさんが作品に対する権利を強く主張していないから、どんな人でも色々自由にいじって楽しめる。それが東方。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/27(木) 10:31:08.93 ID:fthbVRRDO
虹剣を背中から五本飛び出させて…ゴーフラッシャー!  なんちて。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/28(金) 15:47:44.52 ID:scSOU58DO
梓の「やってやるです!」って台詞を見聞きするたび…。
アムドライバー主人公・ジェナスの「やっちゃる!」が脳内によぎるんだがww
141 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/31(月) 08:15:07.09 ID:M5quxBE00



 迂闊だった。周りに気を配っていた筈なのに。注意力が足りなかったのか?相手の気配を消し方が上手いのか?何にしても梓は紬に声を掛けられるまで、彼女の存在に全く気が付かなかった。

 余りの失態にショックで愕然とし、全身に厭な汗が大量に流れる。

 梓は唯達の役に立ちたいと躍起になる余り、無意識に冷静さを欠いてしまっていた。だから別段、気配を消してはいなかった紬の存在に気付けなかったし、気配を消し切れずにあっさりと彼女に見付かってしまっていた。


 
 

142 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/31(月) 08:23:21.33 ID:M5quxBE00
 

 紬「どうしたの?そんな顔をして。梓ちゃんが部室に来なくなってから、暫く振りに会えたって言うのに……ちょっと悲しいわ」

 紬は梓に非難めいた事を言い、表情を少し曇らせ再び口を僅かに尖らせる。だが、梓にはそんな紬がただこの状況を面白がっているだけなんじゃないか?としか思えなかった。

 そんな愉しげな気配の様なものが、このお嬢さまから感じる様な気がした。

 梓「ムギ先輩…何時からそこに?」

 梓はそんな紬とは対称的に険しい表情で、辛うじてそれだけ口に出す。

 紬「うーん。ちょっと前からかしら。この辺りをのんびり歩いていたら、梓ちゃんが見えたものだから。それで何時こっちに気付いてくれるかなって、ちょっと待っていたのだけど。梓ちゃん見当違いの所をきょろきょろ見てるだけで、こっちに全然気付いてくれないんだもの……いい加減、待ち切れなくなってこっちから声掛けちゃったの」

 梓「……それは、大変申し訳ないですね」

 梓は紬の顔を睨み付ける様に見詰めながら、悔しさと情けなさで奥歯を強く噛み締め、泣きそうになるのをぐっと堪える。


 


143 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/31(月) 08:25:28.63 ID:M5quxBE00


 自分の至らなさ、不甲斐なさにこの世から消えて終いたくなる。大丈夫と皆に言って、半ば強引に出て来たというのに、よりにもよって最も遭ってはならない者の一人に、それもこっちは気付かずに相手に見付けられてしまうなんて言う醜態を晒してしまった。こんな事では、恥ずかしくてとても唯達に顔向けなんて出来ない。

 紬「まあいいわ、梓ちゃん。ねぇ、折角この世界で逢えたのだもの、折角だから、ちょっと唯ちゃん達の処まで案内してくれないかしら?私もこの世界で唯ちゃん達に逢いたいし、何よりも澪ちゃんが唯ちゃんに逢いたがっていたから……律っちゃんの事できっちりと御返しがしたいって、ふふふ」

 紬が事も無げに、にこやかな表情で梓にお願いをする。その言葉がどういう意味を持つのか、それが判らない紬ではない。彼女は全て解って言っている。彼女は明らかにこの世界を、この状況を、律の事も含めて愉しんでいる。そして、梓達を完全に見下している。


 
 



144 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/31(月) 08:28:12.13 ID:M5quxBE00




 梓<遊んでいるんだ、この人は―――>




 紬の言葉(セリフ)が口調(こえ)が表情(かお)がそう告げている。と、梓は苦々しい思いで痛感する。

 梓「そんな事、出来る訳無いでしょう。仮に唯先輩達と逢って、どうする心算ですか?」

 紬「ふふ、決まっているじゃない――」

 紬は梓に向かって微笑んだ後、

 紬「せめて私達の手で、捻り潰してあげたいと思っているの。ね、他のジーニアス(ひと)に殺られるよりは、その方がずっといいでしょ?」

 と、事も無げに、さも当然の事の様に言い放つ。

 梓<顔は笑っているけど、目が全く笑っていない。本気で言っているんだ、ムギ先輩(このひと)は……>

 梓は戦慄する。これが、あのおっとりほわほわした、いつも穏やかにニコニコして、美味しいお茶やお菓子を出してくれていた、あのムギ先輩なのか?。

 自分の知っているムギ先輩は、こんな禍々しい表情(えがお)はしない。想像すらできない。



 


145 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/31(月) 08:30:40.59 ID:M5quxBE00






 ――――こんなのはムギ先輩じゃない!!――――
 





 梓<今のこの人は余りにも危険過ぎる。絶対に唯先輩達に遭わせたらいけない>
 



 ――――ここで、この、危険物(ひと)を、止めないと、いけない―――




 そんな思いが梓の中でどんどん強くなっていく。




 



146 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/31(月) 08:32:29.31 ID:M5quxBE00



 紬「特に唯ちゃんは、澪ちゃんがどうしても自分の手で始末したいって。律っちゃんの仇をどうしても討ちたいそうよ。この世界で、唯ちゃんの事を言い出した時の澪ちゃん、凄かったわ〜♪この私がちょっと怖いって思った位だもの」

 紬はその時の事を思い出したのか、一瞬、身震いをする。が、すぐに元に戻ると、

 紬「それにしてもあの唯ちゃんが、律っちゃんを殺って終うのだもの、ほんとにこの世界は怖いわね〜♪」

 と、言葉とは裏腹に楽しげに話を続ける。

 紬「まぁ、梓ちゃんが教えてくれないんじゃ、私が自分で探すしかないわね。梓ちゃんが来た方向がそっちだから、そっちを探せば唯ちゃん達がいるのかしら……?」


 


147 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/31(月) 08:36:39.62 ID:M5quxBE00


 そう呟くと、紬はまるで最初から梓の存在など無かったとでも言う様に、唯達を探そうと歩き始める。梓の事など全く眼中に無いと言った感じだった。

 梓<ムギ先輩――――!!!>

 自身の誇り(プライド)がズタズタにされ、そして今、自身の至らなさによって、唯達が危険に晒されようとしている。

 梓「ムギ先輩!!」

 梓が叫ぶように彼女を呼び止める。

 紬「何かしら?梓ちゃん」

 紬はつまらなそうに、それでも鷹揚に振り返る。

 梓「ここは行かせませんよ。たとえ、ムギ先輩を傷付ける事になったとしても……」

 梓は既に発動しているジーニアスから、更に神標(ラグナブランド)を発現させる。それは、彼女の戦う意思表示でもあった。



 


148 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/10/31(月) 08:38:56.20 ID:M5quxBE00


 よくよく考えれば、今までの様子からして、己のジーニアス(ちから)に絶対の自信を持っているであろう紬を上手く誘導すれば、四対一という圧倒的に有利な展開に持ち込めるかもしれない。と言う考えは今の梓には無かった。紬の能力(ちから)が未知数と言う事もあったのかもしれないが、ただただ、頑なに唯を護りたい。その気持ちばかりが先行していた。

 紬「そう……梓ちゃんが私を楽しませてくれるのね。ほんとに退屈していたから、梓ちゃんがお相手してくれるなら嬉しいわ」

 つまらなそうだった紬の表情が、見る見るうちに愉しげなものに変っていく。彼女にとって戦いは、ただの、そして唯一の、暇潰し(たのしみ)なのだろうか。
 


 そして今、ここに、再び桜高軽音部員同士の戦いが始まろうとしていた……。



 



149 :一年中が田上の季節 :2011/10/31(月) 09:38:24.31 ID:M5quxBE00


 今回、書きこませて頂きましたが、吃驚するほど短い事に気付きました。

 一応、毎回キリの良い所で区切っていましたが、流石に短すぎる様な気がします。

 ですので、次回はナンとかして出来るだけ早く、書きこませて頂きたいと

 思っております。


 それでは。



 >>134

 恐らくは、平沢(妹)さんと、中野さんの真鍋さんの呼び方だと思われますが、

 妹さんは平沢(姉)さん以外の第三者がいる場合には、さん付けと敬語だったと

 気がしたのでそうさせて頂きました。

 中野さんは、確か彼女が2年時には「和先輩」だった気がしますが、ここでは1年

 と言う設定で、余り接点は無い様な気がしたので「真鍋先輩」と呼んで貰う事にしました。

 確認はしていないので、もし違っていたら済みません。

 

 >>135>>136


 改めて、『ういんどみる』とは関係ありません。


 
 ソレはそうと、初めの頃に見掛けられた,『ういんどみる』組や『テイルズ』組の方々は、

 もうおられないのでしょうね。


 137>>


 あんまり手を拡げ過ぎると、只でさえ遅筆なので余計に収集が付かなくなりそうなので、

 現実世界でどうのこうのとか言うのは今のところ考えていません。

 物は言いようの良い方に言うと、「全ては灰都(ここ)で決着を付ける」キリッ

 と言った感じです。自分で書いていて良く判りませんが……。

 
 『東方』の事ですが調べるだけなら、別段苦労はしないので気にされる必要は全くないです。

 こう言う事に関しては本当にいい世の中になったと思います。

 

 



 

 





 
 
150 :改行限界突破 :2011/10/31(月) 09:43:02.57 ID:M5quxBE00

 >>137

 ↑のリンクを間違えました。済みません。


 >>138


 次回にどんな展開になるか判ると思います。

 あと、ZUNさんと云う方は、現代のH・Pラヴクラフト氏みたいな感じでしょうか?。


 >>139


 ナンか良く判りませんが、妙に凄い感じですね。

 孔雀剣ですが、考えた当初は孔雀の羽根の形状をした、只の切れ味のよい剣という、

 設定でしかなかったので(今も似た様な物ですが)、自身の想像力の無さを痛感させられます。


 >>140


 アムドライバー……ナンだか恐ろしく懐かしい気がします。もう、どんなお話だったのか全く

 覚えておりませんが、そんな作品があった様な気がします。

 と言うか、ジャクソン5だかフィンガー5っぽい人が歌ってたのはミクロマンでしたっけ?。



 
151 :付け足し :2011/10/31(月) 09:48:09.31 ID:M5quxBE00
 >>140

 あと中野さんの「やってやるです」は語呂がいいので使うのですが、実際に本編で

 使っていたのかはよく判りません。

 全体的に確認不足で済みません。


 

152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/31(月) 18:32:18.37 ID:BLBKK2GDO
続きだっ、続きが来た!しかも“ラグナブランド”って…何か更に格好良い呼び名に変わってる!

投下ペースは…焦らない、焦らない。(修造

確かにラブクラフトさんとZUNさんは近いものを感じますね〜、ただ内容は郷土ファンタジーって感じですけど、何より言葉が通じますし。

アムドライバーは…
何処からともなく世界中に通常兵器の効かないメタリックな化け物が!→全世界の軍が化け物に集中!(人間同士の戦争が終わった)→研究して対抗組織(アムドライバー)作ったよ!→数年後、その1チーム(主人公達)が化け物を作っていたのはアムドライバーだったと言う事実(実は最高評議会とアムドライバー(国連?)のマッチポンプだった)を知ってしまう→全ての罪を被せられる→新組織JA(ジャスティスアーミー)誕生!→それに追われながらも3っつのピースと言う超強力なアムエネルギー源をゲット!→ニルギース(人名)を倒して濡れ衣を晴らした!
って感じでしたかね…。

ミクロマンは見てたけど、歌は覚えてないんですよね〜、済みません。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/02(水) 08:29:40.28 ID:6oBKsXYDO
梓のラグナブランドは一体どんな物なのか!?
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/04(金) 08:43:26.73 ID:tQGTSXTDO
↑ムギのもな。
155 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/11/05(土) 09:45:49.26 ID:0NUq2lV70



 中野 梓は琴吹 紬と対峙する。だが初めてのジーニアス同士の戦いに、梓は流石に緊張を隠せない様子だった。もう既に和達にあれ程言われていた事など、頭のどこかに逝ってしまっていた。



 梓<みんなを、唯センパイを護りたい>



 今の梓の頭の中は、ほぼその事でいっぱいだった。

 この戦いで、放課後ティータイムのキーボードが居なくなって終うかもしれない。練習にならなくて困った事もあったけど、美味しくて、そして楽しかった放課後のティータイムも無くなって終うかもしれない。だけどもう、そんな事はどうでもいい。唯と二人でやれればそれでいい。もう、他は何もいらない。

 梓はそんな事を考えてしまう程に思考回路が単純化してしまい、精神的にも追い詰められていた。

 対して目の前の紬(あいて)は、悠然と立って梓を値踏みするかの様に見ていた。その顔は梓とは対照的に、余裕と自信と言ったものがありありと窺えた。


 
 

156 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/11/05(土) 09:48:42.24 ID:0NUq2lV70
 


 八咫烏(やたからす)。


 太陽に住む鴉とされ、脚が三本あると言われている。その姿は太陽黒点を表し、太陽の活性化に結び付くとされる。この鳥を常人が見てしまった場合、その人間は発狂してしまうと云われている。



 それが、梓のジーニアスだった。



 


 


157 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/11/05(土) 09:50:18.60 ID:0NUq2lV70



 <大丈夫。私は……そんなにヤワじゃないっ!!>

 梓は精神を集中させ、呼吸を整え、相手を見据える。緊張し続けてはいるものの、その分、感覚が研ぎ澄まされていく。そして、集中力が最高に高まった、と感じた瞬間、
 


 梓<ヤッテヤルデス!!!>



 心の中で、叫び声を上げ、梓は紬に向かって、半ば無意識に跳び出していた。


 


158 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/11/05(土) 09:59:43.07 ID:0NUq2lV70


 梓「ムギ先輩!覚悟デス!!」

 紬が何のジーニアスかは判らないが、自身とてあの、≪八咫烏≫のジーニアスである。そう簡単には後れは取らないと確信し、手甲の先に、漆黒の鴉の鋭い嘴の形状をした、厚手の刃が付いた得物を構え、そのツインテイルが平行に浮かび上がる程の、人の限界を遥かに超えた速度で紬に立ち向かい、襲い掛かる。


 ―――それにまだ紬は油断しているのか、未だに『魔標』(デヴィルブランド)を発現(だ)してすらいない。ずるいかも知れないけど、手段なんて選べない。何と言われようと勝ちたい!勝たないといけない!!みんなを、唯センパイを護りたい!!!―――



 ―――今なら!!ムギ先輩を!!!―――





 そんな梓を紬は半ば傍観する様に見遣り、そして―――。




 


159 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/11/05(土) 10:02:55.17 ID:0NUq2lV70





 紬「……梓ちゃんが何のジーニアスかは判らないけど。ふふ…ごめんねぇ、私……





 ≪ベヘモス≫





 なの」





 パァアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ―――――――――――――ッッッッン!!!!!!


 

 そのお嬢さま然とした容貌からは、想像も出来ない程の禍々しい笑みを浮かべると、眼前に迫る梓に、巨大な炸裂音を轟かせた、正に人智を遥かに越えた強力無比の一撃(カウンター)を叩き込んだ。


 ブランドを発現(だ)してすらいない、素手(こぶし)による一撃。


 だがその一撃は梓の攻撃を、防御を、まるで空気すら無かったかの様に易々と突き破り、彼女の胸のすぐ下、鳩尾のすぐ上辺りに、完璧に極まる。



 


160 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/11/05(土) 10:11:09.43 ID:0NUq2lV70



 梓「――――!!――――――――ッッッッ―――!!!!」


 梓は声にならない叫びを上げながら吹っ飛ばされ、廃屋のビル群を次々と突き破った後に、分厚いコンクリートの壁に強かに叩き付けられ、力無くずり落ちる。


 基本的な速度(スピード)は、梓が紬を遥かに上回っていた。だが、一撃の拳速は僅かに上回り。そして純粋な『力(つよさ)』は、紬が、遥かに梓を凌駕していた。


 梓「…あ、が……ぁ…あ……ぁ……が……かはっ!」

 梓は大量の吐血をした後、息も絶え絶えに、それでも自身の状態を冷静に分析する。

 左腕の骨、胸骨、肋骨の殆んどが粉々にされ、内臓もかなりの部位が、破裂、損傷している。これではいくらジーニアスの加護を受けていたとしても、到底助かる見込みが無かった。むしろ、即死で無い事が奇跡ともいえる程だと言えた。これでは、一矢報いる事すら不可能だ。

 それならば、やる事はただ一つ、紬に見つからぬよう逃げ出して、息絶える前に仲間に知り得た情報と、自身の最期を伝えるだけだ。そして彼女は、ほとぼりが冷めたのを見計らい、最後の力を振り絞って、ずりずりと這いずり始める。


 


 


161 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/11/05(土) 10:13:49.03 ID:0NUq2lV70


 だが―――。


 紬「あら、梓ちゃん。まだ生きていたのね。すごいわぁ、ちょっとびっくりしちゃった。ふふ、その生命力、おぞましい這いずる姿、まるでゴキブリみたいだわ」

 梓の姿を発見し、ゆっくりとした動作で近づきながら、紬は最後の力を振り絞って正に必死に這いずる梓に、蔑みの視線を浴びせかけ、穏やかだが、どこまでも残酷な笑みを浮かべながら、さも面白いものを見付けたかの様に言い放つ。

 梓「…………」

 見付かって終(しま)った。そうなるのは判り切った事なのに。やはり紬はそこまで甘くは無かった。これでは唯達にとんでもない≪危険物≫を送り届ける様なものだ。それなら、ここで最期を遂げた方が良い。唯達に自身の最期と、紬の事を伝え、そして彼女達の忠告を無視してこんな事になって終った謝罪がしたかったが、残念だがそれすらもう叶わない。


 梓はそう覚悟を決め、その動きを止める。後は紬に止めを刺されるか、ほっとかれて自然に息絶えるかだけだ。



 梓は紬の言葉を無視しつつ、目を瞑り、その時を待つ。


 


162 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/11/05(土) 10:19:55.78 ID:0NUq2lV70


 紬「……何も言ってくれないのね…寂しいわ……まぁいいでしょう。往きたければ勝手に、唯ちゃん達の所でも、何処へでも逝ってくれていいわ。どうせもう、助からないでしょうし。それに梓ちゃんには、ほんの少しだけど楽しませて貰ったから。ふふ、それに跡をつけるなんて恥ずかしいマネなんてしないから大丈夫よ」

 紬「ふふ、私、瀕死の虫けらに、お情けをかけてあげるのが夢だったの〜♪」

 そう言い放ち紬は再度嘲笑すると、「じゃあ、唯ちゃん達に次こそ、この世界でお逢いしましょうって、よろしく伝えておいてね」と、言い残し、梓とは反対側を向いて、まるで何事も無かったかの様に悠然と歩み出す。

 そして、数歩歩いた後、何かを思い出したのか、立ち止り、顔だけ振り向いて梓に最後の言葉を掛ける。


 紬「あ、そうそう。もしみんなに、私の事を伝えてくれるのなら、ついでにサービスで教えといてあげるわ。澪ちゃんはね、この私よりも更にもう少しだけ強いかもしれないわよ。彼女、何と言っても≪ベルゼブブ≫だから。それじゃあ、残念だけど今度こそサヨナラね。次は【地獄】で逢いましょう、梓ちゃん」


 梓達にとって更に絶望的な事実を伝えると、紬は再び前を向いて、梓とは反対方向に悠然と歩き始める。




 そして、もう決して後ろを、梓を見る事は無かった……。


 

 



163 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2011/11/05(土) 10:24:15.86 ID:0NUq2lV70





 梓「伝え…なきゃ…です……」

 紬に更なる衝撃を与えられるも、それでも梓は正に命を賭して、仲間達の元に向かって這いずっていく。

 そして、暫く這いずった後、彼女は再び大量の吐血をする。全身を襲った正に粉砕されたかの様な強烈な痛みは感覚すら失われたのか、もう殆んど痛みを感じず、大量の出血による失血で意識も更に朦朧としていく。


 梓<もう駄目なのかな……>


 今にも途切れそうな、命(いしき)の中で、彼女は無念そうに呟いた。だが、その瞬間(とき)彼女の耳に、唯達の声が聴こえた様な気がした。最初、<幻聴なのかな>と、思ったが、再度、自身を呼ぶ声が聴こえて、しかもその声は次第に大きなものになっていく。そして彼女の翳(かす)み逝く視界の中で、それでも梓が最期にどうしても逢いたかった、伝えたい事があった人達の姿が、はっきりと映った。




 その瞬間、梓の目から、一筋の泪が流れた……。





 


164 :一年中が田上の季節 :2011/11/05(土) 10:47:53.73 ID:0NUq2lV70


 結局そんなに早くは無かったのですが、それでもナンとか書き込まさせて頂きました。

 やっとこさ琴吹さんと秋山さんのジーニアスを出す事が出来て良かったです。

 (秋山さんのは名前だけですが……)

 兎にも角にも、こんなペースと内容ですがナンとか書いていきたいとは思いますので、

 何卒お願い申し上げます。


 それでは。



 >>152 >>153 >>154

 予想はされていたかもしれませんが、肩透かし過ぎて済みません。

 中野さんのブランドは本当はもう少し設定があったのですが、

 彼女の心理状態と相手との力の差が有り過ぎた為に、結局、出さずじまいになってしまいました。

 ナンか色々申し訳が無い様な気がします。

 琴吹さんに関しましては、出してすら無くて済みません。


 あと、ここまでアムドライバー関してこれ程のご高説にも関わらず殆んど思い出せなくて済みません。

 確か、赤いのと青いのと、後ナンかがいた様な気がする程度しか思い出せませんでした。

 あと、ミクロマンもそんな声の人が歌ってた事位しか思い出せませんでした。

 恐ろしいまでの記憶力の無さに自分の事ながら脱帽です。


 
 
 

 
 
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/05(土) 12:01:06.42 ID:IqTjc9iDO
お疲れ様です〜。
梓ちゃん…見事な自爆だったな。自分のスピードに紬のパンチの速度と威力が重なって…2乗位のダメージいってるんじゃないか?生きてるか?

もしかして高説ってアムドライバーの粗筋の事ですか?もしそうなら、あんな適当なのが高説な訳が無いww
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/06(日) 15:37:01.20 ID:IIMmKcqDO
なんだかムギがフリーザみたいに見えてきたwwww
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/07(月) 08:45:57.21 ID:ZN3vNWsDO
ムギさんや。余裕ぶっこいて情けをかけたりすると、後でしっぺ返しが来るかもな。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/08(火) 23:29:07.20 ID:LiRImEXDO
ヤタガラスか…某カードゲームでは禁止カードにされる程の存在だが、ここではそれ程ではなかったみたいだな。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/09(水) 17:28:40.89 ID:ec17dAyDO
もしかして、ゴキブリネタを使いたかっただけ…?いや、そんな、まさかな。
170 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/20(日) 14:53:55.33 ID:ClHRfGVM0




 視線の先に、微かに『何か』が唯達の視界に入って来た。


 それは人の様ではあったのだが、胸から上しか見えなかった。だが『それ』は恐らくは匍匐(ほふく)している状態なのであろう事はすぐに判った。

 そしてその人影は、まだかなりの距離があったが、ゆっくりとだが、確実に唯達に近づいて来ているのが判る。

 唯「あずにゃんっ!!」

 その姿が、まだはっきりと判らない内にそれでも唯は確信したかの様に、後輩の名を悲痛な声で叫ぶと同時に、それに向かって走り出す。そして、憂もそして和も唯に続いて駆け出していく。

 唯「あずにゃん!!!あずにゃんっ――――!!!!」

 その人影の姿がはっきりとしていくにつれ、その余りの姿に、唯は叫び憂と和は言葉を失う。そして、<その人影=梓>の元に駆けつけると同時に、唯は滑り込む様に、変わり果てた姿になってしまった、梓の身体を優しく抱き締める。

 梓の顔は、血と汗と涙と土と埃でドロドロになっていた。口から下は、幾度もの吐血で血の色に染まっており、彼女の制服(ちゃくい)と、灰色の地面も所々、その血(いろ)に染め上げられていた。
 

171 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/20(日) 14:56:40.28 ID:ClHRfGVM0
 

 憂「梓ちゃん!」

 和「中野さん……」

 憂も和も、梓の余りにも無残な姿に、掛ける言葉が見つからなかった。

 そして、外傷こそ余り見られないものの、その吐血の量と彼女自身のその様子から、唯達は彼女がもう助からない事を理解してしまっていた。

 梓「ゆ…ゆい……せん…ぱい……ご、ごめん……なさい……や…約束…破っちゃい…ました……」

 唯「あずにゃん、喋っちゃ駄目だよ」

 途切れ途切れに、それでも必死に言葉を紡ぎ出す梓を、唯は少しでも助かって欲しいと制止する。だが、梓は首を横に振り、「もう自分が助からないと言う事は自分が一番解っている。だから、最後に話させてほしい」と懇願し、その言葉に唯達は返す言葉が見つからず、梓の好きなようにさせる事しか出来なかった。代わりに唯は、少しでも話し易い様にと、梓の小さいそしてこれ以上ない程に弱々しくなってしまった、身体を慎重に慈しむ様に抱き起こす。

 抱き抱えて、改めて解る。梓の生命(いのち)がもう何をしても消えて逝ってしまうと言う事を……。

 唯は、自分のハンカチを取り出して、梓の顔を優しく拭ってやる。ハンカチはすぐに、血と埃で赤黒く染まっていった。


 


172 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/20(日) 14:59:14.63 ID:ClHRfGVM0


 梓「み、みん…なも、ごめんな…さい……」

 梓は、泪をそして血を流しながら、憂達に済まなそうな顔をする。

 憂「梓ちゃんは、ばかだよ、おばかさんだよ……何があったのかは判らないけど、絶対に戦わないって約束したのに……本当に……おばかさんだよ……」

 憂は梓を責めるような言葉を発する。でもその顔は、他の誰よりも、唯よりも泪でくしゃくしゃになっていた。

 梓は憂の言葉に、悲しそうな表情になってもう一度、「ごめんね」と繰り返す。憂は更に泪を溢れさせながら、「もういい、もういいよ梓ちゃん」と応える。
 

 そして、梓は、今にも途切れそうな意識の中で、消え入りそうな声で皆に伝える。

 自分は紬にやられた事。紬が自身とは比べモノにならない程に強かったと言う事。彼女のジーニアスの正体とその戦い方。彼女に伝えられた澪のジーニアスの事。そして、紬曰く、澪のジーニアスは紬と同等か、それ以上であると言う事を。


 
 

173 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/20(日) 15:02:14.98 ID:ClHRfGVM0
 

 唯「うん…うん。よく解ったよ、あずにゃん」

 唯は泣きながら、それでもこれ以上ない程に真剣に梓の言葉に耳を傾け、うんうんと頷く。それは、憂も同じだった。だが、その中でただ一人、和だけは感情に流されるのをどうにか思い止まらせて、冷静に梓の情報を分析する。梓が命を賭して最期の言葉を自分達に伝えてくれている情報(こと)。それを活用するのが梓に対する和なりの梓に対する礼儀であったし、実際に有益な情報だと思ったからだ。


 ベヘモスの名が示す通り、紬のジーニアスの『力』の凄まじさは、梓の話と彼女の満身創痍の姿だけで容易に想像できる。梓を見逃したのも、彼女がもう永く無いのを見越しての、せめてもの情けという意味合いもあるのだろうが、単純に自身の強さに対する<絶対的>な自信からくる余裕によるものだろう。


 

174 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/20(日) 15:04:33.27 ID:ClHRfGVM0


 実際、和達が梓が力尽きる前に邂逅出来たのは、恐らく梓をここまでしたであろう紬<ベヘモス>の一撃が轟かせた炸裂音が微かにだが≪ここまで≫聞こえた事からだった。

 その≪音≫が聞こえた瞬間に三人、特に唯は強い胸騒ぎを覚えて、その音のする方へ向かおうとした。いや、向かわないといけない気がした。そして心の何処かで確信をしていた、


その≪音≫の聞こえた先に梓がいる事を……。



 和と憂は梓が戻って来る事を前提としていたので、此処を動くのを躊躇ったが唯が強い確信を以ち、そして三人で向かう事を希望したのと、唯ほどではないにしろ憂と和も、彼女と同じ確信めいたものがあったので、唯の言葉を信じてその≪音≫のする方へ向かう事にした。



 そして、その直感は最悪な形で整合した。
 

 更には紬が梓に最後に伝えたと言う、澪のジーニアス……。


 


 



175 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/20(日) 15:06:37.76 ID:ClHRfGVM0




 ≪ベルゼブブ≫




 その名は最上位の大悪魔の名であり、魔王に等しい柱(そんざい)を意味する。そして、澪が本当にベルゼブブである可能性は充分に有る様に思えた。

 そもそも、紬がそんな嘘を付くとも思えないし、最初にこの世界に跳ばされた時に、紬と二手に分れて律を探している間に、座天使と主天使のジーニアスを退けたと澪自身が告白している。座天使は上級第三位、主天使は中級第一位の強力な天使達である。それらを少し手間取ったとはいえ難無く退けたと言うのだから、あの時の彼女が偽っていなければ、紬と同様、それだけで途轍もない能力(ちから)を持っている事が容易に想像できる。


 和<いよいよ以って、まずいわね……>


 和は、泣きながら梓を抱いている、幼馴染(ゆい)を横目にちらりと見ながら、半ば絶望的な気持ちになり掛けていた。


 


176 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/20(日) 15:09:06.30 ID:ClHRfGVM0



 梓「憂も…ごめんね…へへ…私…先輩達が卒業…したら……憂と私と…あと純…で…新し…いバンドを組み…たいって思って…たんだ……」

 憂「梓ちゃん。今からでもいいよ、三人でやろうよ。純ちゃんだってきっと喜んで一緒にやってくれるよ。だから、お願い……」

 憂が、泪でくしゃくしゃになった顔で、必死に梓に呼び掛ける。梓は、そんな憂(しんゆう)にとても嬉しそうに、微かに笑って「ありがと」と、微かに聞こえる声で言葉を返す。

 梓「唯センパイ……先輩達とバンドを…組めた期…間は短かったけど…文化祭のライ…ブ本当に楽し…かったです……かはっ――!」

 梓はもう幾度目かの吐血をする。唯はもう覚悟を決めたのか、動じる事無く、ハンカチはもう使える状態では無いので、「ごめんね」と断って自身のシャツで血を拭ってやる。

 梓「センパイたちには…本当に感…謝していま…す……軽音部に入っ…て本当によかっ…た。今まで…本当に有難…う御座い…ました。また…先輩達の演奏が…聴きたかっ…たです…」

 唯「こっちこそ、ありがとうだよっ、あずにゃん。私にギターの事、いっぱい教えてくれたのはあずにゃんだし、みんなとあずにゃんで演奏した放課後ティータイムは、最高のバンドだよ。だからあずにゃんには本当に感謝しているんだよ」

 唯は再び梓を抱き締める。顔や制服に返り血が付着するが、律の時と同様そんな事は気にも留めなかった。ただ、段々と梓の体温(いのち)が失われていくのを感じるのが、とても悲しかった。


 


177 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/20(日) 15:10:54.43 ID:ClHRfGVM0



 梓は失われていく体温(いのち)が唯から温もりを求める様に、甘える様に力を抜き、そしてその身を預け、沈める。



 最後ぐらいは<めいっぱい>唯に甘えたいと思った。





 梓は愛しい腕に崩れて頬を寄せる。




 瞳(からだ)が、想い(こころ)が




 泪で埋め尽くされていく……。



 
 



178 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/20(日) 15:13:23.07 ID:ClHRfGVM0


 「真鍋…先輩……唯先輩と、憂を宜しく…お願い…します……先輩とはもう…少し早…く、仲良くなりたかっ…たです…」

 唯(いとしいひと)のぬくもりを感じながら梓は今度は和の方を向いて、泪と血にそして誇りに塗(まみ)れた顔で残念そうに言った。唯と憂がこんなにも慕っている女性(ひと)の事をもっと知りたかった、仲良くなりたかったと言う思いがあった。もう、目がかなり霞んで輪郭と眼鏡位しか解らなくなっていたが、和の顔を見て改めて強くそう思った。

 和「そうね。私ももっとあなたと仲良くなりたかったわ。梓ちゃんって名前で呼べるくらい.…」

 和は沈痛な面持ちで、それでも努めて明るい顔を造って梓に応える。

 梓「……あ、ありがとう…御座います。う…嬉しいです……まな…いえ、和センパイ……」

 梓もそう言って嬉しそうに微笑み返す。

 梓「私は…先に逝くけど…みんなは当分の…間…来ちゃダメだから…ね…それ…では…ほんとう…に…さよなら…です………」

 唯達を交互に見遣りながら、最後にそう言い残すと、梓は最後を彼女達に伝えられたのが嬉しかったのか、どこか満足げな表情で、事、切れる……。



 
 

179 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/20(日) 15:16:15.83 ID:ClHRfGVM0
 


 唯「あずにゃんっ!!!」

 憂「梓ちゃんっ!!!」

 和「梓ちゃんっ!!」

 その瞬間、三人はそれぞれ梓の名を叫び、その後に、彼女の死を悼み、黙祷する。

 そして、梓の体温が失われていくにつれ、その存在が律の時と同じ様に、次第に足元から消失していく。唯のハンカチや衣類に付いていた、血と埃も、いつの間にか埃だけになっていた。



 ここに八咫烏のジーニアス、中野 梓は、この時、存在そのものが、消失した……。



 哀しみに暮れる三人の間を、暖かくも冷たくもない風が流れる。まるでどこ吹く風とでも言う様に、素知らぬ顔でいつもと何も違わぬ風が、三人の間を縫う様にして通り過ぎていった……。



 


 




180 :一年中が田上の季節 :2011/11/20(日) 15:21:32.23 ID:ClHRfGVM0


 大体、お話的には半分くらいの所までやっと来れました。


 此処まで書いてみて、やはり面白いものを書くのは難しいと痛感させられております。

 それでも、ナンとか書いていこうとは思っているので、よろしくお願い申し上げます。


 それでは。


 

 
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/20(日) 16:10:31.86 ID:Qpl4vacDO
お疲れ様ですっ!今回はかなりの泣かせ所でしたね。心には、悲しさしか残ってませんよ。

梓ちゃん…消えちゃったか。犠牲になってまで得た情報も、相手側の強さが圧倒的だという事だけ…。でもここで挫けてしまっては、勝てる見込みすら無くなってしまう。なんとか哀しみを力に出来れば良いんだけれど。
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/20(日) 19:12:20.76 ID:usbPS0VDO
妙に鼻につく臭い文章だなぁ
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西地方) [sage]:2011/11/20(日) 19:23:07.44 ID:8iu9q9zdo
自称作家()なんかこんなもんだろ
なまじ文書けちゃうもんだから調子乗ってこういうの書く
文末カタカナとか今日日寒みぃよ
露骨な好キャラ推しとかしちゃう

支援
184 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/27(日) 20:24:29.65 ID:cXRyHnsb0






 唯達の意識は再び平沢家のリビングに戻っていた。だが、和の隣り、憂の正面に存在して(すわって)いた、ツインテイルの小柄な少女の姿はそこには無かった。

 和は、梓が座っていた所にそっと触れてみる。

 温かかった。そこには微かに、でも確かに人から伝わる温もりがあった。

 和<〖中野 梓〗という存在は確かにここに居たんだ―――>

 そう実感すればする程、和は哀しくなった。自然と目から泪が滲んで来る。

 だが、和は泪が零れそうになるのをぐっと堪える。自分よりも彼女と深い関係にあった、唯と憂が少なくても今は泣いていないのに、もしかすれば泣く事すら出来ない程に放心しているだけなのかもしれないだけど、でもそれなら尚更、自分が今泣く訳にはいかない。

 そして、暫くの間、文字通り通夜の様な時間が過ぎた時、

 憂「和ちゃん。今日は御夕飯食べていって……ううん、今日は泊っていって…お願い」

 と、不意に憂が和にお願いをした。

 和「……分ったわ。じゃあ、今日はもう居るけど、お呼ばれされちゃおうかな」

 和は憂のお誘いに乗る事にした。正直に言ってとても食事を摂れる様な気分ではないが、家族が家に居る和でさえ、今は気持ちがかなり不安定なのに、両親が殆んど家を開けているこの姉妹は尚更だろう。



 


185 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/27(日) 20:27:23.65 ID:cXRyHnsb0


 憂「ありがとう和ちゃん。じゃあ、さっそく支度するね」

 和「あっ、ちょっと憂」

 憂「なぁに、和ちゃん?」

 憂がキッチンに向かおうとするのを、和が、はっと思いだした様に呼び止める。

 和「こんな時に料理なんて出来るの?何かとった方がいいんじゃない?」

 憂「大丈夫だよ和ちゃん。ちゃんとしたものはちょっと難しいかもしれないけど、簡単なものだったら、すぐに出来るから。それじゃダメ、かな?」

 憂はそう言うと、何か咎められたかの様に首を竦め、上目遣いに和を見つめる。

 和「そんな事は無いけど……何なら私も手伝うわよ?」

 和は内心、この表情(かお)は反則よ。等と思いながらも、心配そうに憂を見やる。

 憂「心配してくれてありがと和ちゃん。でも、やっぱり大丈夫。すぐに出来るから待っててね」

 憂が和の気遣いに嬉しそうに微笑みながらこたえると、改めてキッチンに向かった。和は今度は流石に止める様な事はしなかった。

 和はそんな憂を見守る様に見送った後、携帯を使って自宅に連絡する。電話には彼女の弟が出て事情を説明すると、「えっ?憂さんの家に泊まるの?俺も行ってもいい?」などと、弟の冗談交じりの言葉をさらりと、回避(かわ)し、「じゃあ平(たいら)。お父さんとお母さんと愛によろしく言っておいてね」と、頼んで電話を切る。



 

186 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/27(日) 20:32:18.50 ID:cXRyHnsb0


 和「さて……」

 和はさっきから、一言も喋らない唯に目を向ける。彼女はここ(リビング)にも戻って来た時からずっと、俯いたままだった。

 和<あの表情の豊かなこの子が、こうまで塞ぎ込んでいるなんて>

 確かにこの短い間に親しかった人を二人も亡くし、しかもその内の一人は他にどうしようもなかったとはいえ、彼女自身が直接その手に掛けている。彼女の苦しみや哀しみがどれ程のものか、当事者の一人である和ですら計り知れないものがあった。

 和「唯……」

 和が、唯に掛けるべき言葉が見つからないでいると、程なくして憂が料理を乗せたトレイをダイニングではなく、直接、リビング(ここ)に運んできた。和は怪訝に思い、憂とトレイを見やると、トレイには揚げ物や、枝豆、ソーセージと言った料理の他に、見慣れてはいるが、今まで自分とは縁の無かった、缶(もの)が数本トレイに乗っている事に気付く。


 
 

187 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/27(日) 20:38:22.73 ID:cXRyHnsb0
 


 和「憂、まさかこれって?」

 憂「うん。これはお酒だよ。ビールとチューハイ、あ、カクテルもあるけど、和ちゃんはどっちが良いかな?」

 憂がテーブルに料理とコップ。そして酒類の缶類を並べながら、何気ない感じで和に聞く。

 和「ビール?チューハイ?あなた達、お酒なんて飲んでいるの?」

 優等生だと思っていた幼馴染の思いもよらぬ行為に、和は驚きを隠せない。

 憂「うん。家はお父さんもお母さんも殆んど家を開けているから、お酒は結構余っているんだ。だから、あんまりと言うか滅多に飲まないけど、何かすごく気分が落ち込んだりした時とかに、お姉ちゃんに付き合って貰って飲んだりするんだよ。へへ…和ちゃん。私、悪いコでゴメンネ」

 憂がばつが悪そうな表情を浮かべると、舌の先をぺろっと出した。

 和「……もう、そんな顔をされたら何も言えないじゃない……」

 和が困った様に肩を竦める。

 憂「へへーやっぱり和ちゃんは真面目だけど優しいね。ねえ、和ちゃんもちょっと飲もうよ。お通夜の時も、夜通し亡くなった人にお酒を飲みながら付き添うみたいだし。もう梓ちゃんや律さんをちゃんとした形で送り出してあげる事は出来ないけど、私達だけでもこんな形だけど送り出してあげようよ…」

 憂の顔が不意に真面目な、そして何処か思い詰めた様なものに変る。彼女は彼女なりにいろいろ考えて、この様な行為を選んだのであろう。

 和「分ったわ。そこまで言われたらもう付き合うしかないじゃないの。でも私、お酒を飲むの初めてだから、多分あんまり飲めないわよ」

 和が溜息交じりに観念した様に言う。未成年である彼女がお酒を飲むなんていう行為は、元来、品行方正である彼女にとって許されるものではないが、こうなったら仕方がない。今日は憂達にとことん付き合おうと思う。梓、そして律への弔いの気持ちも込めて……。

 憂「ありがとう和ちゃん。お姉ちゃんも勿論飲むでしょ。コーラのやつでいいよね?」

 唯「うん。ありがとう憂」

 憂が唯の前にコークハイの缶を置くと、唯が少し元気を取り戻した様に微笑んで妹に応える。




 こうして、平沢家のリビングにて、弔いの意も含んだささやかな酒宴が始まったのだった……。



 


 


188 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 01:57:11.91 ID:LTcGETgD0


 唯「の〜どかちゃ〜ん」

 どこぞの三世の様な口調で、赤ら顔の唯がぴょ〜んとダイブするかの勢いで、和の左胸の辺りに抱きついて来る。

 和「ちょっ、唯っ?どうしちゃったの!?ね、ねぇ憂、ちょっと唯を何とかしてっ」

 和が唯にぎゅ〜っと抱きつかれながら、切羽詰まった声で憂に助けを求める。

 だが、憂は和の救援要請に応ぜず、唯と同じ様に顔を朱に染めながら、どこかきらきらした瞳(め)で二人を上目遣いに何処か羨ましそうに見つめていた。

 そして和の声に何かのスイッチが入ったのか、和を助けるどころか唯と同様、ぴょ〜んと飛び掛かる様に、唯とは反対側に和に抱きつく。

 憂「えへへ…のどかちゃ〜ん」

 憂はそのまま和に抱き付いていると、彼女の右胸辺りを頬ずりさせる。

 和「こ、こらっ。もう憂まで…ちょっ、そ、そこは…らめ…」

 和はぴくんとしながら非難の声を上げるが、姉妹はお構いなしに抱きついたまま離れようとはしなかった。

 和「ふぅ…もうしょうがないわね……」

 和は艶の入り混じった溜息を吐きながら、それでも今日は彼女達の好きにさせてやろうと、何とか手を回して缶ビールに口を付ける。独特の苦みに慣れてきた気がして、ふとテーブルを見てみると、もう既に缶ビールやチューハイ、カクテルの空缶が七缶程転がっていた。




189 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 01:59:32.64 ID:LTcGETgD0


 和<まだ飲み始めてからさほど時間も経っていないのに……>

 そう思いながらも和は再び缶ビールに口を付ける。

 和自身は初めての飲酒で、ちびちびと飲んで(やって)いてまだ二缶目だった。それでもちょっとふわふわして来て、<これが酔うって感じなのかしら>などと思う程度だったのだが、平沢姉妹のペースはそれよりもやや早く、もうかなり出来上っている様であった。

 和<ふう。まるで幼稚園の頃に戻った様な感じね>

 あの頃は、唯も憂も和に抱きついてはそのまま眠って終う事が多かった。身動きが取れずにどけるのも何なので一緒に眠る事にするのだが、殆んどの場合、和が一番早く目覚めてしまうので、結局、姉妹が起きるまで何も出来なくてよく困っていた事を思い出す。

 あの頃はこの姉妹の甘えっ子ぶりにちょっと困っていたものだったが、今ではそれがとても懐かしくいい思い出の様に思えた。三人ともただただ無邪気でいられた時間……。

 和<ちょっとあの頃に戻りたくなっちゃったじゃない……>

 和はまるで母親が愛しい幼子を慈しむ様な目で二人を見つめながら、そんな事を思っていた。



 

190 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:01:49.43 ID:LTcGETgD0
 

 唯「和ちゃん大好き」

 憂「私も和ちゃん大好きー」

 唯「えへへへ和ちゃん分補給だよー」

 憂「私もー」

 和がそんな事を想っていると、平沢姉妹が更に両側から彼女をぎゅーっと抱き締める。

 流石にちょっときつかったのか「こっこらっ、唯、憂、ちょっと苦し――」と、二人を窘(たしな)め様とした時、二人を見た和は、はっとして口と動きが止まる。

 唯と憂は泣いていた。和に甘えながら、梓と律の事を想いだしたのだろうか。抑えきれない想いが、アルコールによって泪と共に流れ出していた。

 唯・憂「「和ちゃん」」

 平沢姉妹は同時に鼻の先が赤くなった顔を上げる。

 唯・憂「「和ちゃんは、和ちゃんだけは」」

 唯・憂「「絶対に消えないで」」

 縋る様なそれでいて真摯な表情と口調で、和に訴える様に言う。






191 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:06:52.21 ID:LTcGETgD0


 和<唯…憂……>

 二人の声に、和も感極まって涙を滲ませながら、愛おしげに二人をぎゅっと抱き締める。今度は姉妹が和の抱擁に少し息苦しさを感じたが、その息苦しさがむしろ、彼女を感じられてとても気持ち良かった。

 和「大丈夫よ…私は消えない。あなた達が、存在す(い)る限り絶対に消えたりなんかしないわ。だから、唯、憂。あなた達も絶対に私の前から消えないでね。お願いだから……私もあなた達の事が本当に大好きよ……」

 唯・憂「「うん」」

 唯・憂「「和ちゃん」」

 唯・憂「「ありがとう」」

 三人はそのまま思うがままに抱き合い続ける。まるでこれまでの苦しみや哀しみを忘れようとするかの様に……。

 和<この姉妹を私の大事な妹たちを害する者は、たとえ誰であっても私が薙ぎ払う。それが、私の知っている者であったとしても……>

 和は、唯をそして憂を抱き締め続けながら、全てを焼き尽くすかの様な燃え滾る想いを込めて、そう改めて心に誓っていた……。






192 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:08:20.66 ID:LTcGETgD0


 和「ん…んぅ……ん……ん」

 カーテンの隙間から陽が差してきたのとほぼ同じ位に、和は目が醒める。起きた瞬間、それ程ではないが特に右側の額からこめかみにかけて、今まで感じた事の無い痛みが奔る。これが二日酔いなのかな…と思いながらテーブルを見ているとビールやチューハイの缶が見た感じ十缶以上が無造作に転がっていた。

 和自身は三缶ほど飲んだ事までは覚えているので、恐らく姉妹はそれ以上飲んでいる様だった。

 和<いつの間にか眠ってしまった様ね……>

 カーペットが敷いてあるとはいえ、床の上に寝てしまった所為か身体の節々が痛い。

 和<あまり良い目覚めじゃないわね>

 和は溜息交じりに呟く。だが、この時和は自身にタオルケットが掛けられているのに気付く。和は恐らく唯か憂が、先に寝ってしまった私に掛けてくれたんだろうと感謝しながらそう思った。





193 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:10:37.56 ID:LTcGETgD0



 そしてもう一つ、彼女の右側に寄り添う様に眠っている憂の存在に気付く。憂は無防備と言っても良い様な安心しきった様子で、すやすやと寝息を立てていた。

 和<憂がこんな所で寝てしまうなんて意外ね……>

 と、珍しい事(?)に驚いていると、彼女にもタオルケットが掛けられている事に気付く。と、言う事は自分たち、少なくとも憂にタオルケットを掛けたのは唯と言う事になる。

 見ると、自身の左側に居た筈の唯の姿が見えない。

 和<唯が私達よりも遅く寝て、速く起きるなんてこれも意外ね。それにタオルまで掛けてくれるなんて…>

 と、唯の姉らしい行為に少し驚いていると、喉の渇きと胃のむかつきを覚えて、水を頂こうと憂を起こさない様に、そおっと起きてキッチンへと向かう。

 そしてキッチンに入ると、そこには湯呑みを手に持った唯が居た。

 唯「おはよう和ちゃん」

 和「おはよう唯」

 唯「昨日はちょっとハメを外しちゃってごめんね」

 和「いいわよそんな事。ふふ、唯(あなた)じゃないけど、久し振りに平沢姉妹分を沢山補給させて貰ったから。お陰でちょっと汗をかいちゃったけどね」

 和はそう言ってシャツの首口辺りをパタパタさせる。シャツは和の汗でべっとりと肌に張り付いていた。





194 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:12:43.82 ID:LTcGETgD0


 和「あっそうだ。唯が私と憂にタオルを掛けてくれたの?」

 唯「うん。そうだよ。私が最後まで起きていたから、あっ和ちゃん暑かったかな?」

 和「いいえ、むしろ掛けてくれた御蔭で風邪を引かずに済んだわ。ありがとうね唯」

 唯「えへへ……たまにはお姉さんらしい事もしなくっちゃね」

 和の感謝の言葉に唯は照れくさそうにでも嬉しそうにこたえる。

 唯「あっそうだ、和ちゃん喉乾いてるんじゃない?あっ言っとくけどダジャレじゃないよ」

 などと言いながら唯は和に、冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターのペットボトルを取り出しコップに注いで、それを和に手渡す。

 和は「ありがとう、頂くわ」と言ってそれを受け取ると、殆んど一気飲みをするようにそれを飲み干す。渇いた喉と、胃のむかつきに冷たい水はとても心地よかった。


 


195 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:14:23.46 ID:LTcGETgD0


 唯は和の飲み終えたコップを受け取ると、代わりに彼女に湯呑を差し出す。

 和「こ、これはお茶?」

 受け取った湯のみが結構熱くて、和は少し吃驚しながら訊いた。

 唯「うん。そうだよ、梅こぶ茶。お酒飲んだ後に飲むと、とってもいいんだよ」

 唯はニコニコと笑いながら和に勧める。別に他意はない様なので和はそれを一口、口に含む。

 和<あっ、やっぱり美味しい。唯の言う通りお酒飲んだ後に丁度いいわね>

 喉が渇いているのと同時に、塩分も欲している体内(からだ)に梅こぶ茶(これ)は確かに良いと和は感心しながら思った。もともとこぶ茶を頻度はそれほどでもないが愛飲している彼女にとっては事の他よかったのだろう。

 和「ありがとう唯。だいぶすっきりしたわ。でも意外ね、唯がこんなの飲んでいるなんて」



 


196 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:17:07.06 ID:LTcGETgD0


 和は唯に飲み終えた湯呑みを手渡しながら、少し意外そうな顔で言う。

 唯「えへへ…和ちゃんがたまに飲んでるって聞いて、試しに前にお酒を飲んだ時に飲んだらとっても美味しかったんだ。だから、特にお酒を飲んだ後とかに飲んでるんだよ」

 唯は更にニコニコしながらこたえる。和に喜んで貰えたのがとても嬉しい様だった。

 唯「ねぇ和ちゃん……」

 和「どうしたの唯?神妙な顔をして」

 唯「もし…もしも私が…私が消えちゃう事になったら…その時は憂を宜しくね。あの子、和ちゃんをもう一人のお姉ちゃんだと思っているから……へへ私もだけどね。和ちゃんは私の双子のお姉ちゃん……なんて思ったりする事もあるんだ」

 唯は努めて明るい表情と口調を造る。だがそれが無理して造っているなんて事は和に判らない筈はなかった。

 和「唯。あなたと憂が私を姉だと思ってくれているのはとても嬉しいけど、憂の本当のお姉さんはあなた一人だし、私も憂もあなたに絶対に消えてなんて欲しくは無いと思っているわ。だから、冗談でもそんな事を言うのはやめなさい」

 唯のある意味、遺言とも言える言葉に和は少し厳しい口調で窘める様に諭す。



 


197 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:20:45.62 ID:LTcGETgD0


 唯「和ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいよ。でもね、和ちゃん……」

 唯の声は次第に震えだし、目からぽろぽろ泪が零れ落ちる。

 唯「私…律っちゃんをこの手で殺しちゃったんだよ……友達を…大好きな友達をこの手に掛けちゃったんだよ……それにあずにゃんだってあの時、無理にでも留めていたら…全部…全部私が悪いんだ……」

 唯の泪がとめどなく流れ落ち、自虐的な言葉を綴る。やはり少量のアルコール程度では、彼女の後悔や、罪悪感、苦しみの念は一時的にしか忘れさせてはくれなかった。

 和「唯……」

 唯「私なんか…澪ちゃんに殺され――――」

 和「唯!!やめなさい!!!!」

 和との幼い頃からの長い付き合いの中ですら聞いた事の無い程の怒声に、自暴自棄に陥っていたにも関わらず唯は、吃驚して堪らず言葉を失い、泪すら止まる。

 和「何度も言わせないで。律の事はしょうがないわ。偶々(たまたま)彼女と最初に邂逅してしまったのがあなたと言うだけ。仮にそれが私だったとしても、私ならあなたより迷わず、躊躇わずに律を手に掛けていたと思う。それだけ彼女は危険だったから。彼女を生かしておいたらもっともっと哀しむ人が増える事になる。彼女自身は決して悪くない。でも、残酷な言い方かもしれないけど、彼女をもう生かして(そのままにして)はいられなかった。あなたは決して間違っていないし、むしろ損な役回りになって気の毒とすら思ってる」


 


198 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:22:50.00 ID:LTcGETgD0


 和「それに梓ちゃんだって、最終的に往かせたのは私の判断。そう考えれば悪いのは私――」

 唯「和ちゃんは悪くないよっ!!和ちゃんは悪い事なんか絶対しないよ……」

 唯は必死にいやいやする様に左右に首を振る。まるで、和は賢人(おとな)であり全ての罪は自分と言う愚者(こども)にあるとでも言う様に。

 和「そう……唯は、弱(やさし)いのね……でもそれだと灰色(あ)の世界では生きていけない」

 和は少しだけ唯を憐れむ様に一瞥して更に続ける。

 和「だから梓ちゃんの事はみんなが悪いの。私も憂もそして唯(あなた)も。梓ちゃんも含めてね。だから、あなたが一人で抱え込む事は無いし、私にしてもそう。これは皆で決めた事。私達は喜びも悲しみも皆で分け合えばいいの」

 和「だから唯」

 和は唯の頭の後ろに手を添えて、そのまま唯を引きこみ彼女の顔を自身の胸の辺りに押し込む。唯は刹那ちょっと驚いて目を白黒させるが、大人しく和にされるがままになって身体を、そして心を預ける。

 和の程良い胸の柔らかさと温かさが今の唯にはとても心地よかった。心が安らぐ感じがした。

 和「悩んでもいい。苦しんでもいい。でも、自分を追い詰めないで。痛め付けないで。私と憂の為にも自分を大切にして……」

 和の何処までも温かく、何処までも慈愛に満ちた言葉が、唯の心に沁み込んでいく。



 



199 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:27:12.16 ID:LTcGETgD0






 ――――私はこんなにも想われてこんなにも愛されている――――




 その思いが唯の凍りついた心の氷を溶かしていく。
 

 唯「うん。解ったよ和ちゃん。ありがとう…和ちゃんはやっぱり、強(やさし)いね…」


 唯の表情(かお)が先刻とは比べモノにならない程、晴れやかなものになっていた。



 リビングには一人、憂が蹲(うずくま)る様に膝を抱え、膝に額を付けて声も立てずに泣いていた。

 和が起きて程無くして目が醒めた彼女は、キッチンから聞こえて来る二人の会話に堪らない気持ちになる。

 憂<お姉ちゃん。和ちゃん。私も二人と何時までも一緒にいたいよ……>

 憂はそんな想いに締め付けられながら、ただただ蹲って泣く事しか出来なかった……。



 



200 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/11/28(月) 02:34:14.54 ID:LTcGETgD0


 200レス悪い人の夢。的な感じで今回は繋ぎみたいな感じで書かせて頂きました。

 ナンとなく繋ぎの方が長い気もしますが、次はどうも短くなりそうなので、

 早めに書き込めたらいいなと思っております。


 それでは。



 


 
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/28(月) 02:50:16.11 ID:La1CUGkDO
続き、ありがとうございます。

そうだよね…こんな状況、お酒でも飲まないとやってられないよね。

それにしても、和さんの諭す力は凄いな…惚れ惚れする程に。しかし、二人を守る為に修羅の道を選ぶ、か。焦り過ぎなければ良いけれど。
202 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 18:20:22.68 ID:1HQcZD8a0




 桜高一年のとある教室。



 ?「憂ーオハヨー」

 既に席に着いて、一時間目の授業の準備をしていた憂に、朝特有の陰鬱さを感じさせない能天気(げんき)な声が掛けられる。

 憂「お、おはよう純ちゃん…」

 梓のそして姉の事もあってか、憂がいつもよりもかなり沈んだ声と表情で中学からの友人、〖鈴木 純】に挨拶を返す。

 純「あれ、どうしたの憂?ナンか元気ないよ?もしかしてあの日だった?」

 純と呼ばれた少女は、浮かない表情を浮かべる憂に怪訝そうに声を掛ける。

 憂「梓ちゃん…梓ちゃん……」

 純「梓?」

 憂「純ちゃん…梓ちゃん…梓ちゃんが……」

 憂の声は震え、その表情は限りなく沈んでいる様に純には見えた。

 純「梓?梓って…もうとっくにk…入院しているのよね。それがどうかしたの?」

 純がそう言いながらもう一度怪訝そうに中学以来の友人の顔を見やる。

 憂<………>

 純「憂?どうしたの?」

 憂「……ううん。何でもない。何でもないよ」

 憂は、はっとした表情になるとゆっくりと顔を左右に振る。



 


203 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 18:24:08.15 ID:1HQcZD8a0



 純「どうしちゃったのさ憂?何だか今日おかしいよ。そりゃ梓が入院して、お見舞いに行こうにも何処に入院してるいのかもよく判らないし、心配なのは分るけどさ」

 純が心配そうに憂の肩に添える様に掌を置く。

 憂「純ちゃん…」

 純「…何?」

 憂「純ちゃんは…純ちゃんは消えないよね…私の前から突然、消えたりなんかしないよね……?」

 憂は不安げな声、微かに震える瞳、そして縋る様な表情(かお)で純の顔を見詰める。

 純「?な、何言ってるのよ憂。私が、この純様が大切な友達の前から突然に消えちゃったりする訳がないじゃない。もう今日の憂はやっぱりおかしいよ」

 純<梓と違ってね…>

 純は「あはは」と笑いながら、憂の肩をぽんぽんと軽く叩く。

 憂「うん。そうだよね…えへへ、ごめんねヘンな事聞いちゃって。純ちゃんこれからもよろしくね」

 憂はそう言って少しばつが悪そうに微笑む。純が、大切な親友が、梓(もうひとりのしんゆう)の様にならない事を心の底から、強く願いながら……。



 



204 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 18:31:07.53 ID:1HQcZD8a0




 唯「はっはっ…い、急がないと…」

 唯は白い息を弾ませながら家路に向かって駆け出していた。クラスの用事で少し時間を喰ってしまったので、早く家に戻らないといけないと焦りを感じていた。

 あれから、梓が消えてしまったあの日から、それ程間を置かず二回程あの灰都(せかい)に跳ばされたが、その時は運が良かったのか何事もなく元(こ)の世界に還る事が出来た。

 そう言う事もあって仮に今度(いま)跳ばされたとしても恐らくは大丈夫だと思うが、何が起こるか判らない。早く家に帰って憂達と合流する事に越した事は無かった。

 それに、灰都(あそこ)で律と遭遇した時と今の状況が似ている事も気懸かりだった。

 そして、桜高の正門を駆け抜けようとした時――――。

 ?「唯センパイっ」

 不意に呼び止められ、唯は反射的に足を止める。



 


205 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 18:39:50.52 ID:1HQcZD8a0



 唯「えっ?えーと?」

 唯は急に呼び止められた事と焦っている事で、自身を呼び止めた少女が誰だったのか覚えがあるものの、名前をど忘れしてしまい、中々思い出せずにいた。

 ?「純ですよ。鈴木 純。憂と同級生の」

 唯「あっそうだった!純ちゃん。でもどうしたの?私に何か用?」

 確か、憂に中学時代からの友人で、春先に軽音部に顔を出しながらも入部しそうでしなかった、特徴的な髪形の少女の事を思い出したが、流石の唯も焦っているせいか、多少つっけんどんな口調になってしまっていた。

 純「あっはい。ちょっと憂の事で……」

 唯「えっ憂の?」

 大抵の事なら、早々に切り上げようとしたのだが、憂の名が出た事でその足が止まってしまう。

 純「はい、そうなんです……あっちょっと済みません。ちょっとだけ電話させて下さい」

 唯に簡単な断りを入れると、純は携帯を取り出して何処かしらに掛ける。

 純『あ、はい。鈴木です…そうです…今、正門の前辺りに居ます。は、はいそうです。はい、それでいいですか?はい、判りましたそうします…それでは……』


 



 
 

206 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 18:45:43.93 ID:1HQcZD8a0
 


 純は電話先の相手と幾つかやり取りをして電話を切ると、唯の方に向き直し、「済みませんお待たせしました」と謝罪する。

 唯「それはいいから、要件を速く言ってくれないかな。ちょっと急いでるんだ」

 唯は彼女には珍しく苛立ちを覚え、それを隠さなかった。

 純「ああ、済みません。じゃあ早速言わせて頂きます。あの、少し前から何ですけど、憂の元気が無くって、時々思い出したかの様に『梓ちゃん梓ちゃん』って無意識だとは思うんですけど、口にするんです。まあ、最近は少なくなってきてはいるんですけど、私は『梓ちゃん』って子の事は知りませんし、何か気になっちゃって……唯センパイなら何か知っているんじゃないかって思ってお聞きしたんです」

 純の相談の内容に唯は身が詰まされそうになる。もう、目の前の女の子は〖中野 梓〗という友人の存在を認識できなくなってしまっている事が哀しかった。



 


 

207 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 18:49:18.70 ID:1HQcZD8a0


 唯「…………うん。梓って言う子はね。私と憂にとって、とっても大切な存在(こ)だったんだ。今はもういない大切だった存在……。純ちゃんも出逢っていたらきっと仲良しになってたと思う。とってもいい子の事だよ……」

 唯はぐっと泪を堪えて笑顔を見せる。純にはその笑顔がどこか哀しそうで、でもとても優しいものに見えた。

 純「とってもいい子だったんですね、梓って言う子は。今の唯センパイや憂の様子を見ていれば判ります。出来る事なら私も逢いたかったです」

 純の言葉に唯は満足そうに頷く。そうだ、付き合いは短かったけど〖中野 梓〗と言う存在は自分と憂にとって忘れてはならない大切だった存在(ひと)。たとえ皆が忘れてしまったとしても、私だけは私達だけは彼女がこの世に生きていた事を、存在していた事を決して忘れないでいよう。



 


208 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 18:51:50.77 ID:1HQcZD8a0



 唯<あずにゃん。そして律っちゃん。私は、私達は絶対に二人の事を忘れないからね……>

 ふんすっ。と唯は心の中で力強く宣言をする。
 




 その時だった――――。





 唯「――――!?そんなっこんな時にっ!!」

 突然、唯に視界がぐにゃりと揺らぐ。この感覚。何度経験してもなれそうにならない感覚。灰色の世界に跳ばされる感覚。

 その世界に吸い込まれていきながら、唯の意識も次第に遠のいでいった……。



 




 
 


209 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 18:56:36.38 ID:1HQcZD8a0
 





 唯「……ん……」

 唯の意識がそして感覚が徐々に戻って来る。そしてその目を開けようとした刹那、何かの気配を感じた様な気がしたのだが、視界が戻って来る頃にはその気配は感じられなくなっていた。

 唯<早く合流しないと>

 気配の事は気の所為と言う事にして、唯は焦った様に心の中で呟きながら、再び目を瞑り精神を集中させる。

 これまで何度かこの世界に跳ばされた時に、自身と憂と和(たがい)のジーニアスを発動させ、その時に発せられる個々のジーニアス特有の気配の様なものを、有る程度離れた場所でも感じ取れる様になっていた。とは言っても、唯が判別できるのは憂と和の二人だけで、他のジーニアスに関しては、気配を感じる事は出来ても、誰の、そして何のジーニアスなのかは全くと言っていい程判らない程度のものなのだが。


 だが、この不充分とはいえ気配を感知する能力を得た事は、この世界に生きる彼女達にとって大きな進歩であると言えた。
 
 



 そして、今まさに何かの気配を感じ取ろうとした時だった――――。






 



210 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 18:58:40.80 ID:1HQcZD8a0






 ?「やっと【見付けたよ】……≪唯≫」
 





 唯の背中に不意に声が掛けられる。その声を聞いた瞬間。唯の表情が、動きがそして精神が凍り付いた様に固まってしまう。




 その黒い悦びに満ち溢れた『声』は当然、和や憂のものでは無かった。





 






 



211 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 19:01:32.91 ID:1HQcZD8a0






 だが、唯にとって、
 
 



 その『声』は、
 




 とても聞き馴染みのある声。





 その『声』は、





 彼女が最も聞いてはならない声。





 その『声』は、










 ≪ベルゼブブ≫のジーニアス、【秋山 澪】の声だった……。







 

 




212 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/01(木) 19:08:41.25 ID:1HQcZD8a0


 何時もにも増して短めだと思われますが、書き込ませて頂きました。


 毎度の事ながら遅筆で申し訳ないとは思っておりますが、


 少しづつでも書いていければ、と思ってはおります。




 それでは。



 



 


 
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/02(金) 05:51:37.85 ID:yOpVKq5DO
乙っ!

梓ちゃんは周囲から完全に認識外の存在に…そして、ついに出会ってしまった二人。仲間の援護は期待出来そうに無い。絶望的状況の中で、唯は…生き残れるのだろうか?
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(長屋) [sage]:2011/12/02(金) 09:49:18.44 ID:GtnUcZa0o
wktk
純ちゃんから悪魔側のジニアス臭がぷんぷんするで!
最初の言い間違いは消えたって言いそうになったんかな
215 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:07:48.95 ID:dCfo8nYS0



 澪「どうした唯?この世界では初めて逢えたんだ。もっと嬉しそうな顔をしてくれよ」

 金縛りに遭ったかの様な状態から、どうにか抜け出した唯は恐る恐る声のした方を向く。澪はこの時の唯の余りに神妙過ぎる表情(かお)に思わ
ず吹き出しそうになりながら声を掛ける。

 唯「澪ちゃんは嬉しそうだね……」

 金縛りが解けた後には今度はその身体中に震えが奔る。澪と対面した瞬間、律の時には殆んど感じなかった恐怖心が、圧倒的な実感を以って唯に襲い掛かって来た。


 兎に角、律とは雰囲気から何まで違っていた。特に澪(かのじょ)から発せられる、どす黒いとしか表現できない様な『何か』は、律のそれとは比べモノにならない程だった。

 澪「ああ、とても嬉しいよ……灰色(こ)の世界で一番逢いたかったのはお前だからな。しかも和も憂ちゃんもいない。こんなシチュエーションは滅多に無いだろうからな。今からの事を考えただけで、興奮でどうにかなってしまいそうだよ」

 澪が両腕を交差させる様にして自らの両肩を抱き締め興奮に打ち震えるのをどうにかして抑えようとする。だが、それでも肩は小刻みに震え、その表情は悦に入りうすら笑いを浮かべるのを隠せないでいた。


 


216 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:12:41.82 ID:dCfo8nYS0


 唯「…澪ちゃん……あのね…律っちゃんの事は本当にゴメンね……謝ってどうにかなr――――」

 澪「お前がその名を口にするな―――――――!!!!!」

 唯の口から律の名が出た途端、澪は激昂して唯の言葉を遮る。唯はその余りの口調と感情の苛烈さの変わり様に、一瞬言葉を失う。

 澪「どの口でお前が律の名を口にするんだ!お前の所為だ!全てお前の所為で私は律を!!私の全てを失ってしまったんだ!!!」

 それまでとは一変し、澪は見るもの全てを焼き尽くしかねない程の視線を唯に浴びせる。

 怒り、悲しみ、憎悪が高濃度で入り混じった、ドロドロのマグマの如き澪の情念と形相。

 澪の様な溜めこむ性格(タイプ)にとってそれは、破局的噴火を起こし、その対象を絶望という圧倒的な溶岩(マグマ)で呑み込む火山であり、しかもそれが悪魔の王(ベルゼブブ)と言う最大級の火山だと言うのだから、どれ程の災厄なのか想像もつかない。

 澪はジーニアスに目覚めてから、律に対して今まで無意識の内に抑えていた情念に気付いてしまい、その箍(たが)が外れ、妄想(のうない)で自身と律との間に黒い聖域を創り上げていた。その不可侵の聖域が唯の白い足跡で踏み躙られた事は、そう思い込んでいる澪にとって、とても耐え難い屈辱であった。


 


217 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:15:36.98 ID:dCfo8nYS0


 唯「……澪ちゃん……そこまで律っちゃんの事……」

 澪「お前が……まあいいや。そうだ、律は私の全てだったんだ。あいつが私の側(そば)にいてくれていたからこそ私は今までどうにかやって来れたんだ。あいつが居なくなる事なんて考えたくもなかった。だから『力』を手に入れた今、私はあいつの為に何かしてやりたかった。私はせめてものお返しとしてあいつをこの世界の王にしてやる心算だったんだ。私のこの『力』でな……」

 澪は少し遠くを見る様に視線を移した後、再び唯に視線を戻す。

 澪「でもお前がそんな私の想いを、私の一番大切な人(すべて)を奪ってしまった……失って改めて思い知らされたよ。律の居ない世界なんて空虚で空っぽだ。そんな世界なんて意味がない。だから私は決めたんだ。私のこの『力』で世界を腐(おわ)らせてやる事にしたんだ。今の私にはその『力』が有るからな」

 澪の言葉に唯は内容にこめかみの辺りから冷たい汗が流れ落ちる。澪が律にここまで依存していた事もそうだが、彼女は世界を終わらせる心算なのだと。悪魔(ジーニアス)の意思では無く恐らくは自らの意志で、律の居ない(いみのない)世界を消し去ろうとしている。

 唯<澪ちゃんは私だけじゃなくて、お父さんもお母さんも憂も和ちゃんも…ううん、この世の全てを消し去ろうとしているんだ。澪ちゃんにとって、律っちゃん一人がその全てより遥かに大切なんだ……>


 


218 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:18:09.20 ID:dCfo8nYS0



 唯の視界が精神(こころ)が澪の余りにも絶望的な言葉に暗く重い闇に閉ざされそうになる。だが唯は首を左右に振りそれを強い意志で振り払う。


 唯<そんな事は許さない!許しちゃいけないんだっ!!>


 律に対する思いや澪の心情を思う事で、光を失い掛けていた唯の瞳が、




 ――――大切なものを護りたい――――
 



 その想いで再び光を取り戻す。


 


219 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:20:26.44 ID:dCfo8nYS0


 唯「もう戻れないんだね澪ちゃんも……私が何を言っても。どんなに償ったとしても……」

 澪「今更何を言っているんだ唯。もうとっくに手遅れに決まってるだろう。お前が、お前自身がそうさせたんだろうが!!」

 澪は問答無用に唯を糾弾する。

 澪「唯。だからって逃げようなんて思うなよ。絶対にここから逃がさないからな!」

 澪のその言葉に唯は覚悟を決める。

 唯<勝ち目は無いのかもしれない……でも生きたい。憂のそして和ちゃん達の為に。私を大切に思ってくれている人達の為に。だけど澪ちゃんを止めないといけない。私達の生きる世界の為に>

 唯の精神(こころ)に、瞳に、強い意志の光が宿る。

 唯<逃げられないと言うのなら。立ち向かうしかない。生きる為に!―――>

 唯「澪ちゃん……」

 唯は静かに澪に語りかける。そしてもう臆する事無く彼女の目をじっと見据える。

 唯「澪ちゃんは私が止めるよ。私のそしてこの世界に生きている沢山の人達の為に。私が澪ちゃんを止めてみせるから……」

 覚悟を決めて、澪に宣言する。



 そして唯は、ジーニアスを発動させる。まるで己を縛るもの全てを振り払うかの様に……。



 


220 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:28:36.17 ID:dCfo8nYS0


 唯がジーニアスを発動させると同時に、その手に孔雀色に煌くひと振りの剣が握られる。

 澪「……ほう。随分変わった剣だな。それは何て名前なんだ?」

 澪は唯のジーニアスではなく、彼女の剣標(ブランド)に興味を覚えたのかその事を彼女に尋ねる。

 唯「名前なんて無いよ。それより澪ちゃんも早く出しなよ」

 唯が真面目な口調で澪に催促する。彼女には武器(ブランド)を持たない澪を攻撃すると言う考えは無かった。いや、それ以前に茶化した様に見える澪の佇まいなのに、隙と言ったものは全く見受けられなかったのだが……。

 そんな澪を見て、とびっきりの笑顔なのに目が笑っていないのに似ている……と唯はゾッと寒気を感じながら思った。

 澪「そうか…てっきり唯(おまえ)の事だから『ケン太』とか名付けているのかと思ったよ。まあいいや。それにしても全く、唯は甘(やさし)いな。その甘(やさし)さを律にも見せてくれれば良かったのに……」

 澪はそう口惜しそうに言うと、一呼吸置く。

 澪「そんなに見たければ見せてやるよ……」

 そして澪は一瞬、精神を集中させる。刹那。彼女の手に一振りの刀が握られる。

 髑髏の鍔が填(は)められ、刀身は黒銀の棟と白銀の刃で構成された日本刀。

 それが、澪(かのじょ)が創造した刀標(ブランド)だった。


 
 
 

221 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:33:42.96 ID:dCfo8nYS0
 

 澪「どうだ?キレイで格好良いだろう。これが私の『カタリナ』だ」

 澪は刀身を天(うえ)に向けると、恍惚の表情を浮かべてうっとりとした目で自身の刀(ブランド)『カタリナ』を見詰める。

 唯「…………………」

 確かに黒銀と白銀に彩られたその刀身は、息を飲む程に流麗で美しいとさえ云えるものだった。だが、唯にはそれが現れた瞬間にどす黒い瘴気を溢れさす、死を宣告する死神(ようとう)そのものにしか見えず、その余りの禍々しさに戦慄を覚え、額に厭な汗が滲み、こめかみの辺りから再び冷たい汗が一筋、流れ落ちる。

 澪「まあ、お前の剣も私の『カタリナ』程じゃないけど中々いいと思うぞ。でもその剣、ナンか孔雀の翅っぽいな……ん?……孔雀……あっそうかっお前もしかして≪孔雀明王≫か?」



 


222 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:38:17.34 ID:dCfo8nYS0


 唯「……うん、そうだよ。私のジーニアスは≪孔雀明王≫だよ。澪ちゃんよく分ったね」

 唯が内心、澪の洞察力と勘の良さに舌を巻き焦りを覚えるが、努めて余り抑揚のない声で答える。

 澪「そうか、明王か…思ったよりはやってくれそうだな。まあ、曲がり形(なり)にも律に勝ったのだからそれ位はないと…な……」

 澪はぼそぼそと独り言のように呟く。

 唯「澪ちゃん。律っちゃんの事は――――」

 澪「まあいい。そろそろ始めるか」

 唯が律の事で何か言い掛けた所を澪は少し強い語気で制し、刀を片手で携え、そして構える。だが、唯はその構えが何処か違和感がある(おかしい)事に気付く。


 

 


223 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:40:45.29 ID:dCfo8nYS0


 唯「澪ちゃんって確か左利きだよね?」

 澪「ん?そうだけど。それが如何(どう)したんだ唯?」

 唯「何でその左利きの澪ちゃんが、右手で刀を構えてるのさ?」

 唯が彼女には珍しいややきつい口調で、澪に詰問する様に訊く。

 澪「お前こそ何を言っているんだ唯?何でお前程度を殺るのにこの私が利き腕を使う必要が有るんだ?左(きき)腕なんて使ったらすぐに終わっちゃうだろ?それじゃあ私が困るんだよ。私はお前を律の分もいたぶりながら殺りたいんだよ。そうじゃないと気が治まらないんだよ。お前、梓から聞いてなかったのか?私はそれ位強いんだよ。ほら私≪ベルゼブブ≫だしさ……」

 澪がさも当然の様な口ぶりでこたえる。今の絶対的な自信を持つ澪にとって、明王のジーニアスを持つとはいえ、唯は律を消した『仇』と言う以外は全く以って取るに足らない存在でしかなかった。


 


224 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:45:11.79 ID:dCfo8nYS0


 唯「―――ッ―澪ちゃん―――ッ」

 澪のこの余りに相手を見下げた態度に、流石の唯も屈辱に顔を歪める。

 梓を失ってから。そして和や憂の為に生きる事を覚悟した時から、唯は精神(こころ)を強くあろうと努めた。その為に彼女は一回休んだだけで再び学校に通い始め、湧き熾(おこ)る溶岩と吹雪が入り混じったかの様な感情を押さえ付けて、血が滲む程に拳を握り歯を食い縛って、澪、そして紬とも顔を合わせた。

 だから唯は澪のこの自分をナメ切った振る舞いにも歯を食い縛って耐え、彼女が油断し切っている今が好機であると、思考を切り替える事が出来た。

 唯<憂、和ちゃん。そしてあずにゃん…私に力を貸してね……>

 唯は少し長めに息を吐くと、目の前の敵(みお)を臆することなくしっかりと見据え、そして剣を構える。

 そして、この彼女の行為は、再び親友同士だった者同士の戦いの始まりを告げる合図で
もあった……。


 

 
 



225 :一年中が田上の季節 [saga]:2011/12/11(日) 18:57:15.82 ID:dCfo8nYS0

 取り敢えず今回はここまでです。

 毎度短め且つ、書き込み間隔も長くて申し訳ないです。

 こんナンでも読んで下さっている最早貴重とすら云っても良い方々(?)におかれましては、

 大変感謝をさせて頂いております。  


 それでは。


 
226 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/11(日) 20:03:12.66 ID:zWBiSUwDO
ウルトラマンジョーニアススレかと思ったらジーニアスだった
227 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 13:17:59.00 ID:wSnVZPlDO
今更ですが乙!
余裕が超たっぷりな澪さんと怒りに震える唯。このままなら勝負は見えたようなもんだが、果たして…。

まぁとにかく、良いお年を!
228 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 13:30:03.72 ID:P/ZZYaaDO
明けましておめでとうございます!
229 :一年中が田上の季節 [sage saga]:2012/01/02(月) 11:34:02.70 ID:xHFifCW30


 明けましておめでとう御座います。


 今作ですが、余りの不人気により打ち切りが決定しました。

 と言うのは流石に嫌なので、続けていきたいと思うのですが、

 現状では小出しにしてもしょうがないと思いますので、

 書き上げてから、一気に書き込んでいこうかと思っております。

 と言う訳で、忘れた頃にやって来ると思いますので、

 その時はまたよろしくお願い申し上げます。


 それでは。


 
 

230 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/02(月) 21:03:01.36 ID:qwXYf7PNo
待ってる
231 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/11(土) 21:25:04.97 ID:laIihRtQ0




 唯は実際に澪と対峙し、そして刃を交える事で、改めて彼女の底知れぬ巨大な黒い『何か』をひしひしと感じずにはいられなかった。

 唯<やっぱりまともにやっても、とても勝てそうにないよ。そうかと言って今の処うまく逃げられそうもないし……>

 唯は油断なく彼女の様子を窺いながら、心の中で呟き思案に暮れる。

 唯はこれまでに一柱のジーニアスを斃している。だがそれは≪スターター≫と言う余りにも不完全な状態のジーニアスに過ぎず、完全体と言えるジーニアスとの戦いは初めてである。しかもその相手が恐らくは、悪魔(てき)側の最強のジーニアスと言うのだから、思案に暮れるのも当然だと言えた。

 その最強のジーニアス持ちたる澪は、余裕綽々といった様子で、薄ら笑いすら浮かべながら相変わらず見下す様な表情で唯を見ていた。

 そんな澪を見て唯は哀しい気持ちになる。あの頃の澪からは想像も出来ない様に変わってしまった彼女が居た。だが彼女をそうさせてしまったのはジーニアスであり、何よりも唯自身である事が辛かった。

 彼女が律を想う気持ちと、自身が憂や和を想う気持ちに何ら変わりは無い。と、少なくとも唯はそう思っている。

 もし、憂や和を誰かに消された時の事を考えると、梓の時と同様、いや、それ以上に胸が張り裂けそうな思いに駆られるに違いない。そしてその仇に対し強い憎しみを抱くだろう。正に今の澪はその状態にあった。そしてその仇は誰でもない唯(じぶん)の他に無く、澪(かのじょ)に消される理由としては充分であるとさえ言えた。


 唯<でも――>


唯は柄をぎゅっと握り締める。

 唯「そう簡単にはやられないよっ!!!」

 唯はそれでも生きる覚悟を決め、再び澪と向かい合い、かつての親友に向かって剣を振るった……。


 


232 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/11(土) 21:27:52.33 ID:laIihRtQ0


 唯の鋭い剣戟を澪は余裕の表情で躱(かわ)し、逆に唯の隙を突いて打ち込んで来る。

 澪の手数そのものは律のそれよりも圧倒的に少なく、剣速も剣圧も律と同等か、もしかしたらそれ以下なのだが、剣筋は遥かに鋭く的確に唯の隙を突いて来るので、律の時よりも遥かに防御に神経を使わねばならなかった。

 唯はそれでも澪の剣を潜り抜け、彼女に精一杯の剣を打ち込む。だが、そんな攻防を繰り返す程に唯の精神は絶望的なものになっていく。

 それもその筈で、唯が両手で剣を持ち全力で打ち込んでいるのに対し、澪は片手、それも左(きき)腕ではない方の手で刀を振るっているのである。

 もし彼女の気が変わって、本気で来られたらと思うと、情けない話ではあるが気が気では無かった。

 唯<澪ちゃんが余裕(あそん)でいる内にどうにかしないと!>

 唯は焦りを覚えつつ、だが、どこか息苦しさを感じて澪と少し距離を取る。


 


233 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/11(土) 21:31:34.59 ID:laIihRtQ0


 唯<空気が重い?息がし辛いよ……>

 唯は何処か異質なものを感じ周囲の様子を探る。澪はそんな唯を相変わらず不敵な笑みを浮かべながら、面白いモノでも視る様な様子で見ていた。

 そんな澪を後(しり)目気味に見つつも、唯はある事を思い出しその原因に気付く。

 唯<そうかっ息苦しさと重苦しさの原因(しょうたい)は……澪ちゃんとあの刀から出てる、散開して薄まった『見えない黒い霧(しょうき)』だったんだ。だから瘴気(それ)を消しちゃう事が出来れば―――>

 唯はまるで重く圧(の)し掛かって来るかの様な暗闇の中で、ついに一筋の光を見付ける。

 ――瘴気は自分にとっては毒だが、澪にとっては酸素の様なものの筈だ。だから、瘴気(それ)によって自分は動きを悪くし、逆に澪は軽快になる。

 唯はそう判断していた。

 澪「どうしたんだ唯?そんなきょろきょろして、怖気づいたか?だけど、今更遅いぞ」

 そんな唯の様子に何を思ったのか、澪はバカにした口調で話を続ける。

 澪「でも唯。今まで私は幾許(なんびき)かのジーニアスを消してきたけど。今のところその中では、<そんなお前>でも一番やると言っていい位だよ。ちょっとは自信を持っていいぞ」


 


234 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/11(土) 21:34:20.28 ID:laIihRtQ0


 澪「まあ…その中でもう一人、中々やりそうな奴もいたけど、まあ神側と言ってもそいつは、どちらかというと悪魔(わたしたち)側寄りみたいだし、顔も見知っていたしな。おまけに私に憧れているなんて言うものだから、特別に見逃してやったんだよ」

 澪はそんな事を独り言のように言いながら、これまでの凶行(こと)を思い出したのか再び刀を掲げてまるで最愛の恋人とでもいう様にうっとりと見詰める。

 唯はそんな澪を見て、一体、今まで何人(どれだけ)の人をその凶器(カタナ)で斬ったのだろうか?と、思えば思う程、鳥肌が立つ様な強い嫌悪感を感じずにはいられなかった。


 唯「うん。それは良かったね澪ちゃん」

 唯は彼女自身何が良いのか判らない、特に意味の無い言葉を半ば無感情気味に掛けながら、注意深く澪の様子を窺い、神経を研ぎ澄ませる。


 
 

235 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/11(土) 21:38:20.44 ID:laIihRtQ0
 

 澪「ふん。いい加減そんな所でただつっ立っていられても面白くないぞ唯」

 澪はそんな唯の態度に詰まらなそうに言うと、刀の棟で肩をぽんぽんと叩き溜息を洩らす。



 その時だった―――。



 唯「今だっ!!」

 唯は叫ぶ様に気合を入れると、ばっと両手を広げる。その瞬間、孔雀剣が眩(まばゆ)いまでの閃光を発し、『それ』が唯の躯に吸収されると、刹那、彼女の肩口の辺りから、緑を主体とした孔雀の色の光彩を放つ羽が現れる。そして、彼女が両手を交差させると羽も彼女の周りの瘴気を、そして澪をも巻き込んで交差する。


 毒を喰らう、孔雀明王の『光彩の孔雀姫(ゆい)』の羽は、瘴気をも喰らい瘴気(それ)に汚染された空間が浄化される。



 


236 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/11(土) 21:45:01.84 ID:laIihRtQ0


 澪「!?」

 澪は突然の事に戸惑いの表情を見せる。唯はこの時を見逃さずに、一瞬で呆気に取られている澪の間合いに入り、孔雀(じょうかの)剣で渾身の一撃を振るう。

 
 唯<斃せなくても良い。せめて一太刀入れて、澪ちゃんの動きを止められれば!!>


 唯の剣が澪の躯に迫る――――。…………だが、その剣戟は金属同士がぶつかる音を響かせて、澪の躯に届く事は無かった。

 唯の渾身の一振りは、澪に届く寸前に左手に持ち替えられた彼女の刀に阻まれる。

 澪「惜しかったなぁ唯。でも、大したものだよ、私に左(きき)手を使わせるなんてさ」

 澪は今までにない真面目な面持ちで唯に賞賛の言葉を掛ける。

 唯「――――っ!……まだだ!!まだっ!!!」

 唯はそんな澪の声に耳を傾ける事無く、必死の形相で彼女の刀を払い除けて再度、澪に剣戟を浴びせ掛ける。


 


 


237 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/11(土) 21:49:03.16 ID:laIihRtQ0




 澪「だけど…終わりだよ。唯」

 澪は唯の剣が自身に届く直前に彼女の剣を払い上げ、正に返す刀で今までの物とは比べモノにならない程の圧倒的な速さの動作と剣閃で、その凶刃は何の躊躇いも無く、唯の脇腹辺りを深く斬り裂いた。



 唯「――――――ッッッッ―――――!!!!!」



 唯が正に声にならない絶叫を上げると、腹部から大量の血を溢れさせながら、まるで糸の切れたあやつり人形の様に、膝からしゃがみ込む様に崩れ落ちる。

 唯「ぁ…が…ああ……」

 唯がこの世のものとは思えない激痛と喪失感の中で、それでも確認をする様に傷の辺りに掌を当てそれを裏返す。

 その掌には彼女自身の血と脂と体液が入り混じったモノがべっとりと張り付いていた。傷の深さから言って腹部の内臓もかなり斬り裂かれているであろう状態。だが、かなりの痛みがあるとはいえ、未だ意識を失わずに生きているのが不思議な位だと、唯はまるで他人事の様に思った。
 


 だけど……。




 致命傷(たすからない)―――。




 唯はある意味、冷静に自身の状態を判断した。




 



 




238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 22:34:20.95 ID:ZX1N/C1DO
もう全く訳がわからん…
239 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/12(日) 09:23:23.22 ID:TJosBorb0




 澪「残念だったなぁ唯。私を殺(け)せなくて」

 澪が歪んだ満面の笑みを浮かべながら、唯に声を掛ける。

 唯はその声に反応して再び剣を握ろうとしたが、やめた。もう既に自身には立ち上がり剣を振るう力など残ってはいないし、何よりも自身がもう助からない事を理解しているからだ。

 唯が親友である澪に刃を向けたのはただただ、大切な人の為に生き残る為であり、彼女を手に掛ける事が目的ではない。だが、その願いが潰えた今、もう親友(みお)に刃を向ける必要が無かったし、寧(むし)ろ傷つけたくは無かった。

 澪「ふふ。その体勢も辛いだろ?楽にしてやるよ」

 そんな唯の想いを知ってか知らぬか、そう言うと澪は、がっと唯の胸の辺りを軽く前蹴りをして彼女を仰向けの体勢にさせる。


 
 

240 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/12(日) 09:25:39.01 ID:TJosBorb0
 

 澪「はは、いいザマだな唯。これで律がお前に味わわされた億分の一位は、御返し出来たかなっ?」

 唯を斬ってからある意味穏やかだった澪の表情が一変し、悪魔(おに)の形相で唯の腹部(きずぐち)辺りを踏み躙(にじ)る。

 唯「あがっ!?」

 その瞬間、唯の口から呻き声が、そして傷口から血が滲み出て、まるで高圧の電気で感電したかの様に上半身が痙攣して天地に揺す振られる。

 そして唯の目が白目になりかけ呼吸音が空気が漏れる様なものに変った所で、澪がはっと我に返ったかのようにその凶足をどける。

 澪「でも、ま、惜しかったよ唯。まさか私の瘴気(オーラ)が掻き消されるなんて、流石の私も少し驚いたよ。でもさ、唯。私、というか蝿の王(ベルゼブブ)の本質は『腐敗』からの『浄化』なんだよ」

 澪「だからいくら私の瘴気(オーラ)を掻き消そうが、それが半永久的でもない限りそれは無駄な事なんだよ。ま、一瞬だけど私も吃驚したから、目の付けどころは良かったと思うし、もう少しお前自身が強かったら危なかったかもな……でも残念だったな唯。お前は私と戦うには絶対的に弱過ぎたんだよ。ふふふ……」

 そう言って澪は苦痛に顔を歪める唯に笑いかける。それはまるで無邪気な子どもの様な笑顔だった。



 


241 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/12(日) 09:28:20.70 ID:TJosBorb0


 唯「み、澪ちゃん……」

 澪「ん?どうした唯?…ん?」

 唯が何かを言い掛けたと同時に、彼女の指先が微かに動いているのに気付いた澪は、ニタリと今度は正に悪魔の様な笑顔を浮かべる。

 澪「なぁ唯。このまま放って置いてもその内、勝手に消えちゃうんだろうけどさ、それじゃあちょっとはこの世に未練が残っちゃうだろ?だからさ……」

 澪は言い終わると同時に、刀を唯の左の掌に向かって付き刺す。

 唯「―――!?痛(つ)っ―――!!?」

 凶刃は唯の中指と薬指を斬り飛ばし、唯は短い叫び声を上げ更に苦痛に顔を歪める。

 澪「はは。どうだ?唯。その手じゃもうギターも弾けないし、思い残す事無く逝けるだろ?私に感謝しろよな唯」

 唯「澪…ちゃ……」

 唯は澪が自身の『厚意』に満足げにうんうん頷くのを見て、苦痛以上にとても悲しい気持ちになる。

 唯<……ごめんねギー太。もうギー太を弾く事も出来なくなっちゃった……>

 そして唯は中指と薬指を切断された左手に視線を移すと、自身の高校生活を充実したものしてくれた大切な相棒(パートナー)に謝罪の言葉をかける。


 


242 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/12(日) 09:30:43.05 ID:TJosBorb0


 唯「澪ちゃん…もう気は済んだ……?」

 唯は既に覚悟を決めていた。いや、澪とこの世界で二人きりで出会ってしまった瞬間に、たとえ自身の身がどのような事になったとしても、それを受け入れようと心に決めたのかもしれない。

 澪「あぁ?何を言っているんだ唯?今更お前一人を斬った所で私の気持ちが治まるワケが無いだろうが?いい加減に学習しろよ?律は私の全てだったんだ。いなくなって改めて思い知らされたよ。心の底から痛過ぎる程にな。その律のいない世界なんていらない。不必要で無意味だよ、そんな残り糟(もの)は」

 澪は唯の言葉を吐き捨てる様に否定して、更に続ける。

 澪「だから私は終わらせてやるんだよ。あの世界を。お前みたいな<ヒトデナシノケダモノ>共がのうのうと生きてる世界をなっ!だから私は灰色(こ)の世界で神側(おまえら)を片っ端から斬ってやるんだよ。そんな事で一つの世界が終るんだ。ふん。ほんとに楽なもんだよ」

 澪が自身の言葉が、さも当然の理であるかの様に再びうんうんと頷く。


 
 

243 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/12(日) 09:33:00.02 ID:TJosBorb0
 

 唯「う…憂や和ちゃんもなの?」

 澪「何度も言わせるなよ唯。憂ちゃんだろうが和だろうが、皆纏めて斬ってやるって言っているだろ?特にお前と近しい者なら尚更だろうが?全く天然なのも大概にしてくれよ?」

 澪の表情が心底うんざりしたものになる。まるで出来の悪い子どもの相手でもしているかの様だった。

 唯「……そうか…なら、澪ちゃんはもうすぐ律っちゃんに再会できるよ」

 澪「あ?何を言っているんだ唯?もう死んじゃ(ねむっちゃ)ったのか?」

 唯の言葉に澪は困惑の表情を浮かべる。

 唯「だって、憂か和ちゃんならきっと澪ちゃんを律っちゃんの『処』に送ってあげられるから……憂も和ちゃんもすっごく強いんだよ。私なんかよりもずぅ〜っとずぅ〜うっとね。澪ちゃんを律っちゃんに逢わせてあげられる位……」

 唯はそう言うとニコッと澪に向けて笑顔を見せる。それはとても弱々しかったが、含みの無いとても素直で優しいものに見えた。


 


244 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/12(日) 09:35:56.01 ID:TJosBorb0


 澪「ふざけた事をぬかすなよ唯。和達が何のジーニアスか知らないけど、私が、『蝿王』ベルゼブブが他の誰かに消され(まけ)る訳がないだろうが」

 澪が唯の言葉にギリッと歯軋りをした後、溜息を吐きながら苛立たしげにこたえる。

 澪「もういい。もういいよ唯。律の仇も取れたし、お前の声もいい加減聞き飽きたよ」

 澪は唯を憎々しげに見詰め、そして吐き捨てる様に言い、再び刀を振りかざすとそのまま唯の胸の中心に突き刺す。そして凶刃(それ)は唯の胸骨と背骨を貫通し、そのまま地面に突き刺さる。

 唯「うっ――」

 唯はもう何度目かの吐血と苦痛に満ちた呻き声を上げる。もう、彼女は叫び声を上げる事すら出来なかった。

 血と体液が彼女の制服の胸部と地面を再度べったりと濡らしていく。


 
 

245 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/12(日) 09:38:50.73 ID:TJosBorb0
 

 既に唯に生きているのが不思議な程の充分過ぎる――致命傷――を与えているにも拘らず、澪は更に唯の指を切断し、胸部に刀を突き刺していた。

 だが、澪にしてみれば、そんな執拗なまでの加虐を以ってしても、その恨辛の念はそれでも全く晴れず、唯(そ)の身を細切れにしても収まらない程だった。


 それ程までに澪は唯を、そして律のいない世界(すべて)に絶望し憎悪していた。


 その世界を終わらせようとする、『秋山 澪』と言う巨大で冷たい火山はどれ程の極冷の憎悪(マグマ)を撒き散らし、どれだけのモノを極寒の溶岩(うみ)に呑み込んでいくのだろうか。

 そして澪は唯の胸から凶刃(かたな)を引き抜くと、「ああ、そうだった」とたった今思い出したかの様に制服のポケットから小型のビデオカメラを取り出すと、それを唯の顔が映る位置に置く。

 澪「はは、この時の為にビデオカメラ(これ)を使いたいって言ったらさ、ムギがくれたんだよ。お前の最期を撮ってやろうと思ってさ。どうせ撮っても暫くしたら消えちゃうだろうし、私もそんなもの視たくも無いけどさ」

 澪「でも、運が良ければお前自身が消えても画像が消える前に、もしかしたら和達に視て貰えるかもしれないと思ってさ。えぇ唯?お前もその方がいいだろ?感謝しろよ唯。私の優しさにさ」

 澪「私は律の最期を看取ってやる事すら出来なかったんだ。それに比べれば遥かに幸せな最期だよ。お前は本当に幸せ者だよ唯」

 澪は『それ』を見るもの全てが悪意に満ちていると思う様な笑みを浮かべ、カメラの録画ボタンを押す。


 
 

246 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/12(日) 09:41:01.11 ID:TJosBorb0



 唯「…あ、ありがとう澪ちゃん…澪ちゃんがやっぱり澪ちゃんで良かった……」

 唯はとても弱々しいものだったが今自身が出来る精一杯の笑顔を澪に捧げる。今までの彼女に対する数多の感謝の意を込めて……。

 澪「ふん。それは良かったよ。じゃあな唯。もう二度と逢う事は無いけどな」

 澪は最後にそう言い残し、踵を返し左(きき)手を挙げて、唯の元からゆっくりと離れて往く。

 唯「律っちゃんとあずにゃんと一緒に待ってるからね……」

 唯の澪に掛けた最期の声が聴こえたのか聴こえなかったのか、その声に澪が答える事は無かった……。

 そんな澪が離れていくのを見届けると、唯は既に録画が始まっているビデオカメラに向かって語り始める。





 自身の最期を、最愛の妹に、そして最高の親友に伝える為に……。



 




247 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/12(日) 09:58:33.77 ID:TJosBorb0


 こんな感じでゆっくりと休み休みですが、書き込んでいきたいと思っております。

 どうなるかは判りませんが、ナンとかして数日の内に終わらせられればと思って

 おりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

 
 それでは。



 >>238

 最初から謎なお話の上に、前回からこんなに掛かってしまい訳が判らなくなるのは当然で、

 大変申し訳ないと思っております。

 あらすじでも書いた方がいいのでしょうか?。


 

 
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/12(日) 10:30:59.56 ID:zXAEKwgS0
俺はいらんよ238じゃないけど
澪が見逃した人物は憧れてるって観点から純か曽我部か聡か…
249 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 10:08:58.43 ID:I4kBIWcz0

 
 



 和と憂がそこに辿り着いた時。そこにはもう唯の姿は無く、あるのは引き裂かれた桜高の制服と黒タイツに見覚えのある二本のヘアピン。そしてそのすぐそばに置いてある一台のビデオカメラだけだった。

 そしてそれが平沢 唯の、彼女達の最愛の人の遺品(もの)である事を直感的に理解していた。

 憂「お…お姉…ちゃ……お姉ちゃん……」

 唯(かのじょ)の妹である憂が、泣く事すら忘れる程の喪失感に、精神と肉体(ぜんしん)を支配されながら、崩れ落ちる様に座り込み唯の遺品である制服を一心不乱に掻き集め、まるで愛する姉そのものかの様に愛おしげに抱き締める。

 唯の幼馴染であった和も憂と同様、この場所に辿り着いた瞬間に状況を理解し、呆然自失になりながらも、それでもしっかりした動きで片膝を付いて憂を包み込む様にその腕を回す。


 
 

250 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 10:16:25.71 ID:I4kBIWcz0
 


 憂と和が再び灰色(この)世界に跳ばされた時、そこには唯の姿は無かった。
 

 二人はすぐさま唯の気配を探したが近くには感じられず、また広範囲には様々な気配が混在していた為、特定するのにかなりの時間を要した。

 それでもどうにか唯の気配を感知し(みつけ)たのだが、和は同時にもう一つの気配がある事に気付く。その瞬間、和の顔が蒼白になりまるでこの世の終わりとでも言う様に表情が凍り付く。

 和はその気配に身に覚えがあった。律が消失し(きえ)た次の日の教室で彼女やクラスメイト達が中(あ)てられたどす黒い『モノ』。そしてその『モノ』を放つ者の正体を彼女は知っていた。

 それが律の親友であり、彼女を手に掛けた唯への復讐に固執する、悪魔の王(ベルゼブブ)のジーニアス、『秋山 澪』であると言う事を……。

 そして憂はこの時の和の表情から、ほぼ正確に状況を理解する。

 二人はそこに向かって全力で駆けた。それこそジーニアスの加護を受け常人よりも遥かに速く駆ける事の出来る二人が、その心臓が張り裂けんばかりに奔った。


 


251 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 10:22:35.22 ID:I4kBIWcz0



 二人のいた場所から唯の気配が感じられた所まではかなりの距離があった。そして、澪らしき気配が遠退き、やがて唯の気配が消えてしまっても二人は一縷の望みを信じて必死に奔った。
 

 そして、二人が『そこ』に辿り着いた時。

 もう、『そこ』には唯の姿は無かった……。
 

 憂「和ちゃん……お姉ちゃんは…お姉ちゃんは………」

 所々鋭利な刃物の様なもので斬り裂かれた制服を搔き集めた憂は、縋る様な瞳で和を見つめる。だが和は憂の想いを受け止めた上で、それでもとても哀しそうに首を左右に振る。

 それを見て憂は、最愛の姉がこの世から消えてしまった事を希望(おもい)で理解する。

 理性(あたま)では理解し(わかっ)ていた。感情(こころ)は唯の消失(げんじつ)を認める事を拒否(はいじょ)していた。だが、希望(おもい)を否定されてしまった瞬間、それまで忘れ去られていたものを急に思い出したかの様に、泪が堰を切ったかの如く溢れ出て来る。

 憂「お姉ちゃん…お姉ぢゃん…おねえ゛ぢゃあぁぁぁあーーーん――――――」

 憂が嗚咽し号泣する。

 彼女が必死に掻き込んだ。今はもういない姉の制服を、まるでそれが姉そのものかの様にその胸にぎゅっと抱き締めながら……。


 


252 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 10:26:11.15 ID:I4kBIWcz0


 だが、その姉がいた証(せいふく)も、憂の泪と哀しみを吸い込みながら無情にも次第に消失していき、やがて完全に消えて無くなる。残ったのは二本のヘアピンと一台のビデオカメラだけだった。

 憂「あぁ…ああ………」

 その瞬間、身体の支えと心の支えの両方を一緒に失ってしまったかの様に、憂はそのまま地面に崩れ墜ちそうになるのを、和が寸での所で抱き止めそのまま抱き締める。

 そして和はそんな憂を優しくそして強く抱き締めながら、傍に置いてあるビデオカメラをポケットにしまう。

 恐らくはカメラ(これ)に映っているであろう、唯の最期を見届ける為に……。


 




253 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 10:31:25.89 ID:I4kBIWcz0




 灰色の世界から、再び平沢家のリビング(もといたばしょ)に戻された和は、早速ビデオカメラをテレビに繋げる。

 テーブルには憂が用意したアルコールの缶が置かれていたが、流石に和は勿論、憂も手を付けられる状態ではなかった。


 和「憂、あなたは視なくてもいいのよ。きっと、視たくないものが映っているでしょうから……」

 和が憂に慮る様に声を掛ける。

 憂「お願い和ちゃん…私にも視させて…私は…大丈夫だから」

 だが、憂は首を横に振り弱々しいが、何処か強い意志を感じさせる声でそう答える。でも、その顔色は蒼白で瞳は不安と哀しみでふるふると潤んでいた。和はそんな彼女に胸が締め付けられ鼻の頭の辺りがツンとなる。

 和「本当にいいの?辛いわよ」

 和は憂を見つめ再度確認する。それに対し憂は無言だがさっきよりもはっきりと頷く。

 和「……判ったわ。じゃあ点けるわね」

 和はあくまでも頑なな憂に溜息を吐くと、諦め顔になりながらも意を決して再生ボタンを押す。

 もしかしたら既に彼女の映像が消えてしまっているのではないかと危惧したのだが、リビングに立て掛けられていた写真には彼女の姿が有るのを確認したので、恐らくは映像も残っていると判断していた。



 そして、その判断は正しかった。



 


254 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 10:40:34.05 ID:I4kBIWcz0



 唯『……ありがとう澪ちゃ――――――』

 デジタルの筈なのに何故か中々鮮明にならないが、和と憂が幼い頃から聴いてきた、今はもう新たに紡がれる事の無い声が聴こえて来る。

 その声が聴こえた瞬間、憂は半ば無意識に和に身を寄せ、彼女の制服をぎゅっと掴む。そしてその手がふるふると震えているのに気付いた和は、彼女の手の甲にそっと包み込む様に手を重ねる。

 ?『ふん。じゃあな唯―――』

 唯の声とは違うもう一つの聞き覚えのある声が聴こえて来る。

 そして、その声が<秋山 澪>の声である事を二人は瞬時に確信する。


 


255 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 10:44:34.38 ID:I4kBIWcz0


 唯『律っちゃんとあずにゃんと一緒に待ってるからね……』

 唯はそう言って、もう一人の少女がその言葉に何も答える事無く立ち去るのを見届けると、それだけでも苦しそうにカメラの方に向き直る。

 そして、次第に画像が鮮明になっていき、その少女の顔がはっきりと映し出されていく。

 和・憂「――――ッッ!!」

 その少女の顔を見た瞬間、二人の表情は固まり絶句する。その少女の口の端からは血が流れ、顔色は蒼白を通り越して石膏の様になっていた。血の気が引いたどころの話ではなく、正に大量の血液そのものが絶対的に失われた。そんな顔だった。そこにはあの健康的な体温の高い(あたたかい)少女の面影は何処にもなかった。

 和「唯……」

 憂「お姉ちゃん……」

 その少女の余りにも痛々しい容貌に、二人はただただその最愛の少女の名を、掠れた声で絞り出す事しか出来なかった。


 


256 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 10:47:54.60 ID:I4kBIWcz0


 唯『んん……えーまずこれを視てくれているのが、私を全く知らない人だったらごめんね……視てくれているのが憂と和ちゃんだと思って言うね……』

 唯はそう言うと軽く頭を下げてから、再びカメラに目を向ける。

 唯『憂、和ちゃん、ごめんね…やっぱりこうなっちゃった……気を付けていた心算だったと思ったけど…えへへ…上手くいかないね……』

 唯は申し訳なさそうに言うと、何処か苦笑気味の表情になる。

 唯『こんな姿を見せちゃってちょっと心配させちゃったかな…ごめんなさい…でも、大丈夫だよ。さっきまではとっても痛かったんだけど、今はもう余り痛みを感じないから……えへへ』

 唯は掠れた声でそう言って力なく笑う。

 その唯の言葉が、表情が、彼女が既に感覚を失いつつある状態にある事を如実に表しており、その事を察した二人の気持ちが更に絶望なものになっていく。
 

 唯『でも最後に二人に映像(これ)を視て貰える事が嬉しいんだ……。二人共とってもアタマがイイからもう判っちゃてると思うけど、カメラ(これ)は澪ちゃんが私の為に用意してくれたんだよ……やっぱりどんな事になっても澪ちゃんは澪ちゃん。とっても優しい娘なんだよ……天使みたいにね…………』

 抑揚と生気が殆んど感じられない掠れた声で、それでも精一杯の声を紡ぎ出すと本当に嬉しそうににっこりと笑う。


 


257 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 10:51:43.74 ID:I4kBIWcz0



 唯『だから……和ちゃん…憂…もし澪ちゃんとこの世界で逢っちゃったとしても、出来れば戦ってほしくは無いんだ……もちろんムギちゃんともね……』


 唯『……だけど、どうしても澪ちゃんと戦わないといけなくなったりしたら、その時は…澪ちゃんを律っちゃんとあずにゃんの処に送ってあげて……それが多分、澪ちゃんの望みでもあるから…澪ちゃんはとっても強くて、でもとっても弱くて…それでも私じゃとてもムリだったけど、二人ならそれが出来るから……』

 『でも、二人がそっちに逝っちゃダメだよ……』と唯は、澪の事(じしんのねがい)を二人に託した後、少しだけ冗談っぽく付け加える。


 


258 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 10:59:26.56 ID:I4kBIWcz0


 憂「お姉ちゃん……」

 憂は既に目にいっぱいの泪を湛えて、それが零れ落ちるのも厭わずに、うんうんと何度も頷く。

 和「唯……貴女は本当にバカよ……」

 和も必死に堪えていたのだろう。表情を強張らせてどうにか持ち堪えていた。だが、唯のこの言葉に堪らず泪が滲む。


 澪にとってこの行為は恐らくは『無慈悲な悪魔の悪戯(イタズラ)』他ならないであろう。だが、唯にとってはそれすら、『慈悲深き天使の施し』と心の底から感謝していた。

 自身を斬り刻んだ張本人(みお)をである。そんな唯の方が正に天使と呼ぶに相応しい。彼女以上に灰色(こ)の世界に天使と呼べる存在などいやしない。と、和も憂も心の底から思い知らされる。

 尤(もっと)もこの世界の天使は決して慈悲深く優しい存在ではなく、悪魔の殲滅を何よりの使命とする無慈悲で冷酷な戦士なのでなろうが……。


 

259 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 11:02:50.61 ID:I4kBIWcz0



 唯『でもね…ホントはもうちょっとみんなと一緒に居たかったなぁ……もっともっと軽音部のみんなと演奏したかったし、もっともっと憂の美味しいごはんとアイスを食べたかったし。もっともっと和ちゃんに色んな事を教えて欲しかったな……』

 唯は恐らくは少し残念そうな表情を作るが、もう殆んど表情の変化すら判別出来ない程、憔悴し切っていた。

 憂「お、お姉ちゃん。いっぱいいっぱいお姉ちゃんの好きなものを作るから、アイスも好きなだけ食べても良いから、だから…お願いだから早く帰って来て……」

 憂が既に泪でくしゃくしゃになった顔で、もうどこにも存在し(い)ない姉に懇願する。

 和「憂の言う通りよ唯。いいから早く帰って来なさい……勉強でも何でも教えてあげるから……」

 和もその目に泪を溜めながら憂に同調する。

 唯『えへへ……二人とも何て言ってくれてるのかな……聞きたいけど…あれ?どうしちゃったのかな…もう自分の声も殆んど聞こえないや……』

 和・憂「――――――――!!!」

 二人は今すぐにでも画面の中に飛び込んで、この唯を抱き締めてあげたかった。声を掛けてあげたかった。でも、仮に彼女の傍にいても抱き締めたとしても、声を掛けたとしても、彼女はその温もりを感じない、彼女にその声はもう届かない。


 
 

260 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 11:04:31.01 ID:I4kBIWcz0
 


 唯『……あれ、カメラが見えないや……まだ撮ってくれてるのかな……それになんだか眠くなってきちゃった……』

 只でさえか細くなった唯の声が更にか細く儚いものになっていく。もう、テレビの音量を最大にしないと聞き取れない程に……。

 憂「お姉ちゃん。私は、憂はここにいるよ。お姉ちゃんの目の前にいるよ」

 和「唯。私もちゃんと見てるから。だから、大丈夫だから」

 泪でくしゃくしゃになった顔で、それでも憂と和が、唯を鼓舞する様にこたえる。

 唯『んん…もう眠くなってきちゃったから今の内に言うね……私、あんまり将来の事は考えた事無いけど、でも、ちっちゃい頃から≪夢≫があったんだ……』

 唯が少し照れた様になって、それでも更に話を続ける。

 唯『へへ…大人になったら、何でもいいから和ちゃんと憂と私で小さなお店を開きたいって思ってたんだよ……大人になっても二人と一緒に居たいって……へへ、すっごく子供っぽいけど…今なら言っても良いよね……でも、やっぱり夢を叶えるってすっごくムズカシイネ……』

 唯は今度は少し寂しそうな感じになる。


 


261 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 11:07:14.52 ID:I4kBIWcz0



 唯『私はもうすぐ律っちゃんと、あずにゃんのところに逝くけど、でも、二人は本当にまだまだ来ちゃダメだからね……』

 唯『二人にはこれからもずっと生きていてほしいし、それに生きて私や律っちゃんやあずにゃんの事を忘れないでいてほしいよ……みんなに忘れられちゃうなんて寂しいよ……』

 唯の表情の変化そのものは殆んど判別が付かないが、恐らくはとても哀しそうな表情(もの)になる。彼女にとって≪死≫そのものよりも、それによってもたらされる自分自身と云う存在の≪忘却≫の方が怖かった。

 唯『憂…今までありがとう。あんまりお姉ちゃんらしい事してあげられなくてゴメンネ。お父さんお母さんにもよろしくね……』

 憂「お姉ちゃん…そんな事無いよ。お姉ちゃんは私にいっぱい大切なものをくれた。最高のお姉ちゃんだよ……」

 唯『和ちゃんも今までありがとう……。憂にもだけど、今まで助けて貰ってばっかだったね。今度こそはって思ってたんだけど、やっぱりダメだったなぁ……ごめんねダメな幼馴染で……あとこれからも憂の事を宜しくおねがいします……はは、最後までお願いになっちゃったね……』

 和「唯…私こそ貴女にたくさん助けられた、大切なものもたくさん貰ったわ。貴女は気付いていないかもしれないけどね……貴女は私にとって最高の幼馴染(シンユウ)よ……」

 和はそう言って、唯に微笑みかける。自身の出来る精一杯の感謝の気持ちを込めて。



 


262 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 11:11:22.97 ID:I4kBIWcz0



 唯<良かった……最後まで言いたかった事が…言えた……>

 唯はそう思い安堵の息を漏らす。普通の人間なら既に、いや澪に最初に受けた脇腹の傷の時点で喋るどころではなかった筈だ。そして伝えられる事を信じるしかないのだが、こうして最愛の二人に最後に言いたかった事、伝えたかった事は全て言う事が出来た。これも孔雀明王というジーニアスの加護の御蔭であると、自身がこんな事になってしまったのはそのジーニアスであると言うのにも関わらず、それでもこの少女は心から感謝する。


 和「唯―――」

 憂「お姉ちゃん―――」

 二人はもう最期の時が来た事を直感する。
 



 唯の、


 血が、


 泪が、


 命が、




 零れ墜ちて逝く………。
 



 唯『……和ちゃん…憂……今まで本当にありがとう……二人とも大好…き………』



 最後にそう言い残し、孔雀明王のジーニアス、平沢 唯はこの灰色の世界で終(つい)に、

 事、切れる……。だが、その表情は何処か満足げで、とても安らかなものに見えた……。






 




263 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/13(月) 11:23:09.01 ID:I4kBIWcz0


 ナンか「くさっ」とか言いたくなるような感じになってしまいました。

 取り敢えず、ここがくささのピークになると思います。

 その代わりにこれからは段々、厨二成分が濃くなっていくと思いますが、

 諦めずに読んで頂けると有り難いです。


 
 >>248

 判りました。取り敢えずこのまま続けて行きたいと思います。

 もし何かありましたら、教えて頂けると有り難いです。


 
264 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:36:19.08 ID:rgrfq0Mm0




 和「…………唯?……唯??……ゆい゛――――――!!!!」

 憂「お姉ちゃん?………あぁ…お姉ぢゃぁあああああああぁぁぁああ―――――――――――ん!!!」

その瞬間、感情(おもい)が抑えきれなくなった二人が、普段の二人からは想像もできない程に、思いのままに泣き叫ぶ。そして、まるでそれそのものが唯自身であるとでもいう様に、テレビに縋(すが)る様に抱き締め、嗚咽する。

 そしてその画面に映る永遠の眠り姫は、二人の想いにそんな二人を後(しり)目に、ゆっくりと足元からその存在を消失していく。

 二人にとってその余りにも残酷な光景を、それでも二人は泪が溢れる目で彼女の、平沢 唯の最期を見届け、その目に焼き付ける。

 そして、彼女の肉体、更に魂までもが完全にこの世から、いや全ての世界から消失する。

 それを見届けると、妹(うい)は、幼馴染(のどか)は強く、これ以上ない程に強く慟哭する。それこそ声が、そして泪が枯れる位に……泣いて泣いて泣き抜いて、そして泣き止んだ時、二人の顔つきはそれ以前とは違うものになっていた。

 無表情…いや、と言うよりも静謐とすら言える様などこか厳かな表情(かお)。だが、それだけでは言い表せない、何かが違う。そんな顔付きだった。





265 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:37:20.67 ID:rgrfq0Mm0


 憂「和ちゃん。ノド乾いたでしょ。ビールとか飲んだらいいよ」

 憂が沢山のモノが泪と共に流れ落ちたかの様な何処かさっぱりとした表情で、本人にそんな意識は無いのだろうが、ナチュラルにダジャレ紛いの事を言いながら、和にテーブルに置かれたままになっているアルコール飲料の缶を勧める。

 和「ありがとう憂。でも、今はいいわ。あなたが飲みなさい」

 憂と同じ様な顔で和が答える。が、そう言われた憂はその言葉に軽く首を振る。

 憂「ううん。飲みたいのは山々なんだけど、残念だけど今は飲めないんだ……ほら……」

 そう言って憂は缶ビールを掴むとそれを自身の顔の高さまで掲げる。その瞬間。缶はこれ以上無いと言う程に拉(ひしゃ)げ、中身は飛び出した瞬間にジュッと音を立てて一瞬で全て蒸発してしまう。

 和「…そう憂もなのね……ふふ、私もよ」


 和は苦笑気味に憂に言いながら、彼女と同じ様に缶を右手で掴む。その瞬間。今度は缶そのものが溶け失せて、当然だがその中身も刹那に消え失せていた。

 巨大な火山は澪だけでは無かった。ここにも二座、『それ』は聳(そび)えていた。
 静謐な佇まいの奥深くで凄まじいまでのエネルギーを溜めに溜め込んで、噴火寸前で辛うじて押し留めている。そんな巨大な活火山が、二座。『そこ』に在った。





266 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:38:32.46 ID:rgrfq0Mm0


 和「憂……」

 憂「何?和ちゃん」

 和「私は間違っていた。必要以上に臆病だった。すべき事を放棄していた」

 憂「うん。私だって同じだよ、和ちゃん。後悔してる。幾らしても、し切れない位に。でももう遅い。これ以上にかけがえの無い大切なものはもう戻っては来ない……」

 和「そうね。私も同じ思いよ。この身が幾ら引き裂かれても全然足りない位、後悔している……」


 和「でも」


 和「私はもう逃げない。迷わない。戸惑わない。今までは直接降り掛かる火の粉さえ降り払えばいいと思っていた。だけど、それでは駄目だった。大切なものを何一つ護れなかった。その事を思い知らされた」

 和「だから私は、私自身が火の粉いえ、『仇』を呑み込む炎の海になる。憂。貴女はどうするの?」

 和の瞳に決意の光が宿る。蟠(わだかま)っていたもの全てを振り払った。そんな表情(かお)だった。

 憂「訊かなくても判るでしょ?私も一緒だよ和ちゃん」

 その表情(それ)は憂も同様だった。

 和「判ったわ、憂。私達で決着を付けましょう―――」



 和ははっきりと明確な意思と決意を以って、憂にそう宣言した。








267 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:39:32.68 ID:rgrfq0Mm0





 桜高二年一組の教室。


 いつもと変わらない朝の授業前の教室の風景。

 このクラスの生徒の一人である秋山 澪は普段よりも、いやこのところの彼女からすればかなり上機嫌な顔をして、まるで誰かを待ち侘びているかの様なそわそわした様子で自身の席に座っていた。

 そして、彼女の待ち人であろう、赤い縁の眼鏡を掛けた短髪の少女は、教室に入ると同時に脇目も振らずに長い黒髪の少女の前に立つ。

 澪「おはよう和。良く休まずに来てくれたよ。気分はd―――」



 和〖〖〖〖    澪    〗〗〗〗



 ブワッ――――!!!



 和が澪の言葉を遮り、彼女の名を発した瞬間。教室全体に強烈な圧迫感が襲い、それと同時に冬場の教室がまるで高温のサウナになったかの様な熱気に包まれる。

 澪の時以来の原因不明の超常現象に、今回は嘔吐する者や保健室に運ばれる者はいなかったとはいえ、前回の事もあって教室は一時騒然(パニック)となる。





268 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:40:58.65 ID:rgrfq0Mm0



 澪「ほう。大したものだな和」

 澪は本心(こころ)から感心した様子で感嘆の声を上げながら、それでも悠然とした態度で和を見やる。

 和「澪……決着を付けましょう」

 抑揚の無い。だが有無を言わさぬ口調で澪に言い放つ。最早、彼女と無駄な話をする事は何もないとでも言う様に……。

 澪「それは私とお前のか?」

 和「ええ。それに憂とムギもよ」

 澪は和の顔をまじまじと見やる。一見、無表情に見えるその表情(かめん)の裏に、一体どれ程のドロドロとした黒く紅い情念が隠されているのか、澪は計り兼ねていた。

 澪「……判ったよ、和。決着を付けよう。お前にとっても私にとっても、そしてムギや憂ちゃんにとっても、もうこのままでは居られないだろうからな……」

 和「ええ。その通りよ。私達はもう、元には戻れない」

 刹那。和の表情に翳りの様なものが差すが、すぐに元の表情に戻る。

 だが、和自身はそんな自分に戸惑いに似た気持ちさえ覚える。目の前の黒髪の麗人は、最愛の幼馴染を惨殺し、その存在を奪った仇(あくま)であると言うのに……。



 


269 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:41:51.12 ID:rgrfq0Mm0



 あの時、画面には唯の胸の上辺りまでしか映っていなかったが、彼女の様子や表情、発声から、彼女が必要以上に傷つけられ、蹂躙され、しかもそんな彼女の無残な姿を和達に見せ付ける為に、そして唯自身を更に苦しめる為に、わざとすぐに死なない様に、そして必ず死に至る様にしたのは明らかだった。

 澪の対する憎しみの念は勿論有るし、湧き上がる復讐心は今も湧き続けている。だが同時に、この世界に於いてはそれらを押さえ付け、留まらせる理性(フィルター)の様なものも存在する様に思えた。

 現実世界に於いては、ジーニアス持ちにはその様な激情を制御する力が作用しているのではないか、と和は思っている。現に自身もそうだが、目の前の仇(みお)もこの世界では決して唯を手に掛ける様な真似をしなかった事からも、それは充分に考えられ事だった。
 


 全ては、<灰色(あ)の世界で決着(ケリ)を付けろ>とでも言う様に……。


 



270 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:42:56.60 ID:rgrfq0Mm0




 澪「いいよ。ムギには私から伝えておいてやるよ。その後でメールもしてやる。ふふん。有り難く思えよ」

 澪はそう言って和に不敵に笑いかける。

 和「そうね。そうしてくれると有り難いわ」

 和は表情を変えず、それでも含みの無い感謝の意を述べる。

 澪「灰色(あ)の世界で逢えるのを愉しみにしているよ。和。まあ、憂ちゃんかもしれないけどな」

 和「ええ。そうかもしれない。でも、その時があれば愉しみにしているわ、澪」

 澪の言葉にそう返すと、和は彼女に背を向け自身の席に戻る。

 その背中を見詰めながら澪はこの時、和は自身とそして紬と決別した事を理解し(かんじ)ていた………。


 



271 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:46:09.99 ID:rgrfq0Mm0




 放課後。桜高生徒会室。


 生徒会長である真鍋 和は他の役員と共に、職務をこなしていた。そして、彼女の傍らにはこの中でただ一人、役員では無い生徒が和の仕事の手伝い(サポート)をしていた。

 その生徒=平沢 憂は、先に述べた通り生徒会の役員では無い。只の一般の生徒である。

 それを会長(のどか)が、事情により出来るだけ早く自宅の戻らなければならなくなった。だが、自身の職務の負担を他の役員に負わせる訳にはいかないので、自身の補助役として憂(かのじょ)を置きたい。と、適当な理由を付けて顧問の教師に要求した。

 顧問は流石に〔生徒会〕と言う機関である事もあって難色を示したが、和がもし受け入れられないと言うのであれば、会長の職を辞すると明言した事と、彼女が他の役員から信任されており、彼女の希望を容認したので、特例として認めざるを得なかった。


 和はもっと前からこの方法で唯を傍に置いていれば良かったのではないかと思う。だが、今まで和が生徒会の活動中に跳ばされた事は無いし、その影響も恐らくは今のところ無い様に思えた。唯の時も、たまたま彼女に学校の用事があったと言う事らしいかったので、余り意味の無い事なのかもしれないが、それでももしかしたら、と言う後悔(おもい)は確かにあった。


  


272 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:47:08.38 ID:rgrfq0Mm0



 和がそんな事を考えている時だった。彼女の携帯に一通のメールが届く。送り主は澪からであった。
 

 メールの内容は、大まかに二つ。


 ◦決着を付ける事に紬も同意した事。そして、その場所はこちらで指定したい事。


 ◦その場所は、澪が唯を消失させた場所で、紬が梓と戦った場所である事。


 である。


 和がそのメールを傍らで緊張した面持ちでいる憂に見せると、憂は何も言わずただ無言で頷く。

 和はそれを確認すると、承諾した旨を打ち込んだメールを澪に送り返す。


 それはもう、『彼女たち』が後戻りが出来ない事を意味していた……。


 


273 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:48:26.40 ID:rgrfq0Mm0



 生徒会の活動を終え、平沢家のリビングで和はティーカップに口を付けながら、紅茶(それ)を淹れてくれた、ソファーの向かいに座り自身の淹れた紅茶を啜っている、今や実質的にこの家の唯一の住人となったポニーテイルの少女を見遣る。

 和<此処まで来たら、もうこの娘(こ)に唯の仇を討たせてあげたい……>

 和は切にそう思う。

 そんな和の視線に気付いた憂が「どうしたの和ちゃん?」と、和にニコッと微笑み掛ける。

 <憂……>

 和はそんな彼女の健気な姿に胸が詰まされる。穏やかそうに振る舞う彼女だが、本当は深海の底の底で沈む貝の様に塞ぎ込むか、轟く火山の様に爆発的に噴火したいかのどちらかであろう。

 だが憂は和を、そして彼女の周りに居る人達に心配を掛けない様に装っている。


  
 

274 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:49:58.61 ID:rgrfq0Mm0
 


 和とて、澪と戦い唯の仇を討ちたいと言う思いは当然、抑え切れない程強いものがある。だが所詮、自身は彼女の幼馴染と言う『他人』の域を出ない。肉親のそして『最愛の姉』を失った妹に比べれば如何なるものだと思う。

 だから、澪にはああ言ったが、二人で戦う事を決意した時に、憂には澪と戦わせてあげたいと思った。


 だが、同時に澪のジーニアスの強さを考えると、憂ですら勝てる保証は無い。勿論、それは紬が相手だとしても同様であるし、和が戦うにしても同じなのだが……。


 そんな事を考え耽っている時だった。


 憂「和ちゃん……」

 和「ど、どうしたの憂?」

 不意に声を掛けられ、和ははっと我に返って憂の顔を見返す。

 憂はそんな和を見て、その時に見せた彼女らしからぬ表情に、思わず噴き出すがすぐに真顔になって和に自身の『思い』(かんがえ)を切り出す。

 憂「和ちゃん。お願いがあるんだ――――」



 



275 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:51:26.52 ID:rgrfq0Mm0




 数日後。


 もう、幾度かの<灰色の都>。


 平沢 憂は、その灰色の大地に立つ。

 その視線の先には。





 琴吹 紬の姿があった―――。






 

 
276 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:52:25.29 ID:rgrfq0Mm0

 

 紬「あら、和ちゃんじゃなくて憂ちゃんなの?」

 紬は目の前で、それだけで自身の躯を貫かれそうな程、鋭い視線を送り続けるポニーテイルの少女を見遣りながら意外そうな声を上げる。

 幼馴染よりも肉親の仇。それも憂は明らかに姉依存(シスコン)の気があったので、憂はきっと澪の方に往く事を望み、和もそこは譲るであろうと紬はそう踏んでいた。

 紬「てっきり、憂ちゃんは唯ちゃんを斬り刻んだ澪ちゃんを殺りに逝くと思っていたのだけど……」

 紬は未だ不思議そうな表情で首を傾(かし)げる。

 憂「澪さんの事は和さんにお願いしました。あの人なら必ず、お姉ちゃんの仇を討ってくれるでしょうから……」

 憂「それに私は、梓ちゃんを手に掛けたあなたも絶対に許しませんから……」

 憂は再び紬に鋭い視線を向ける。

 憂「ですから、私のやるべき事はただ一つ。あなたを打(ぶ)ち殺して、梓ちゃんの、そしてあなたに消されてしまったであろう、他のジーニアスの無念を晴らす事です」

 憂はそう宣言すると、右の拳を顔の辺りで握り締める。その瞬間。彼女の廻りの大気まで握り潰されたかの様に紬は感じた。



 
 

277 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:54:33.12 ID:rgrfq0Mm0
 


 紬「ふふ。結構、物騒な言葉を使うのね。でも私は梓ちゃんを、澪ちゃんは唯ちゃんを消しちゃったけれど、私達だって律っちゃんを唯ちゃんに消されちゃったのだものお互い様よ」

 紬は僅かに憮然とした様子で、だが何処か軽さを感じさせる声で憂に言う。

 憂「……そうですね。そう言われるのなら、そう言う事にしておいてあげます。でも、何にせよ私があなたを打ちのめす事に変わりは有りませんから……」

 憂は絞り出す様な声で答えると、彼女の全身から次第に彼女の廻りその全てを圧(お)し潰すかと思える程の闘氣が溢れ出して来る。

 紬「あらあら、また随分な自信ね。でもそんなにかっかして大丈夫なの?それに梓ちゃんから聞いてないのかしら?私≪べヘモス≫なのよ?」

 憂の強烈な闘氣に中(あ)てられながら、それでも紬は平然と余裕すら感じさせる表情を浮かべ、憂に忠告する。


 


278 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:56:06.46 ID:rgrfq0Mm0



 憂「ええ。梓ちゃんが命を賭してまで私達に伝えてくれた最後の情報(ことば)を忘れたり、聞き逃す事なんて絶対に有りませんよ。それを踏まえて言っているんです」

 憂「それに心配は要りませんよ。私のジーニアスは怒れば怒る程、その真価を発揮する事が出来ますから……」





 憂「私――――。








 ≪不動明王≫








 なんです―――」


 

 紬「……そう…………」


 何気ない様に呟くと、紬は今まで浮かべていた笑みを止めて、今までに無く神妙な面持ちになる。≪フドウミョウオウ≫と言う柱(そんざい)が、その柱(そんざい)から発せられる闘氣が、獣たちの王(かのじょ)に警鐘を鳴らし、そして警告する。

 目の前の少女は、平沢 憂は、今まで彼女が遊び半分で屠ってきた、有象無象のジーニアス共とは比肩し得ない程の神格(つよさ)であると……。

 そして、二柱(ふたつ)の巨大な『力』が対峙し、臨戦状態になる。

 ただそれだけの事で、二人の周りの大気が、まるで二人の柱(そんざい)そのものに逃げ場も無く耐え切れなくなったとでも言う様に、ビリビリと怯える様に震えていた……。




 


 

279 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:57:25.65 ID:rgrfq0Mm0


 


 澪「へぇ。もしかしたら憂ちゃんが来るのかも知れないと思っていたけど。和。お前がこっちに来てくれるなんてな……ふふ、でもまぁ、どっちが来ても私と戦うと言うなら結果は同じなんだけどな」

 尊大な態度と口調で長く美しい黒髪の少女は、自身と対峙する短髪で眼鏡を掛けた少女に声を掛ける。

 和「憂が私に譲ってくれたの。勿論。あの子にとって梓ちゃんはとても大切な友人だった事も有るでしょうけど。それでも、あの子にとって唯は、姉はとても言葉では言い表せない程の大切な、正にかけがえの無い存在だった」

 和「その憂がね、私なら唯(おねえちゃん)の仇を討ってくれるって、私を信じて私に託してくれたの……」

 和「憂(あのこ)にとってそれが、その『覚悟』がどれ程のモノなのか、考えただけでその重さでどうにかなってしまいそうだわ……」

 そう言うと和は頭(こうべ)を垂れて、軽く首を振る。



 


280 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:58:13.31 ID:rgrfq0Mm0



 和「でもね。私はそんな憂にとても感謝しているの。私だって憂に負けない位、唯の事を想っていたから。それこそ双子の妹と言っても良い位にね……それが『どれ程』のものか、澪。貴女はもうすぐその身を以って思い知る事になるわ……」

 和の眼鏡越しから、全てを焼き尽くすかの様な視線が澪に向けられる。

 澪「はは。言ってくれるじゃないか?和。だけど私だって唯に律を殺(け)されて臓(はらわた)が煮えくり返っているんだよ。私の世界(すべて)だった律をな!!もう、唯を斬った位じゃ治まらないよ。まずはお前。憂ちゃんはムギが消すとして、それから神(おまえら)側のジーニアスを片っ端から斬りまくってやるよ」


 


281 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 06:59:07.41 ID:rgrfq0Mm0



 澪は煮え滾る様な憎悪が籠った口調と形相で、吐き捨てる様に宣言する。

 和「そう。なら残念ね。儒子(あなた)の凶行(こどものわがまま)は最初の一人目も叶わずに終わってしまうもの」

 澪の悪魔の宣言を和は鼻で笑って返す。

 澪「ふん。私を蝿の王、地獄の帝王≪ベルゼブブ≫と知ってのその戯言(ことば)。余程のジーニアスなんだろうな?熾天使(セラフ)か?ヴィシュヌか?シヴァか?大日如来か?それともアフラマズダか?それ位じゃないと私の相手は務まらないぞ?」

 澪の尊大な問いに、和はゆっくりと首を横に振る。

 和「いいえ。残念だけどそのどれとも違うわ。私のジーニアスは神でも仏でもないの。貴方達みたいな悪魔でもないしね。でも、そうね、もしかしたら悪魔側(あなたたち)に近いのかも知れないわね……」



 


282 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 07:00:05.68 ID:rgrfq0Mm0



 澪「何を言っているんだ和?」

 澪は怪訝な表情を浮かべ、いらついた声を上げる。和はそんな澪に「じゃあ。見せてあげるわ」と、一瞥をくれると軽く目を瞑り右手を掲げる。

 刹那。そこに細身の長剣が出現し、それが和の手に収まると、彼女は眼を開く。それと同時にその刀身は溢れる程ではないが真紅の光と輝きを放つ。

 澪「……光?……いや、これは炎か。炎の剣か……」

 澪はその剣の『炎』が光輝く姿に一瞬心を奪われそうになるが、自制して冷静に観察、分析をする。

 和「流石ね、澪。もうこの光の本質を見抜くなんて。そう。この光の根源は炎。そしてこの剣は一説には杖とも枝とも云われているわ。ここまで言えば澪。あなたなら解るでしょう?」

 和は何処か挑発的な表情を澪に向ける。


 


283 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 07:01:23.78 ID:rgrfq0Mm0



 澪「……そうか。そう言う事か……それは<破滅の杖>……≪レ―ヴァテイン≫か……成程。『それ』なら確かに神でも悪魔でも無いな」
 この時の澪の表情は今までに無く緊張したものになる。





 和「そう私は、






 『巨人』






 私のジーニアスは炎の巨人族の王









 ≪スルト≫









 よ―――――」





 



284 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 07:02:51.70 ID:rgrfq0Mm0




 澪「スルト……『神々の黄昏(ラグナロク)』を終わらせ、世界を一度終わらせた、北欧神話で最も強大な力を誇った炎の巨人族の王……」

 澪は改めて和の姿を見る。その眼差しは何処か感慨深げだった。

 澪「ふふ。ふはは……ふはははははははは―――――――――――!!面白い!!!面白いよ和!!!!まあスルトならしょうがないな。いいだろう。蝿の王(わたし)の偉大さ(つよさ)を見せてやるよ」

 澪は心底楽しそうに哄笑する(わらう)と、彼女もその漆黒の瞳を閉じ、一振りの日本刀。<刀標>『カタリナ』を発現させる。

 そしてその黒銀に煌く刀身から禍々しいまでの瘴気が溢れ出すのと同時に、彼女の背中の辺りから、左右対称に大中小の透明かつ白銀色に煌く翅が現れる。


 そしてその中の大きな翅の上部には、海賊旗に描かれる様な髑髏とその下に交差する骨が描かれた紋様があった。

 そして『それ』は彼女が≪蝿の王≫である事の証明でもあった。

 そして二人は対峙する。





 ここに悪魔の王と巨人の王との黄昏(たたかい)が始まろうとしていた……。




 

 



285 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/16(木) 07:07:19.53 ID:rgrfq0Mm0

 やっとこさ主要キャラ全員のジーニアスを出す事が出来ました。

 これから、只でさえ厨二的だったお話が更に厨二的になります。

 それでは。
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/16(木) 11:58:15.23 ID:AyJu7PzDO
乙です。
>>1さんの想像力は凄いですね。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/16(木) 12:12:40.39 ID:Yhn3bBzPo
あきらかにペルソナだろ、とか、そういったつっこみはしない
しかし、()が読みにくすぎる
面白いのに……
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/17(金) 01:18:01.61 ID:Wj95Tm3IO
支援
289 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:34:14.25 ID:dmY131UL0

 



 この淑やかで愛らしい二人の少女からとは想像もできない程の、圧倒的かつ濃密な質量すら感じさせる闘氣が辺りを支配する。大気すら圧迫され恐怖で震えるかの様な緊張に満ちた空間。


 その『空間』を創り出している少女の一人≪不動明王≫のジーニアス『平沢 憂』は、同じくこの空間の創り主である≪ベヘモス≫のジーニアスである『琴吹 紬』を厳しい眼差しでじっと見据え、そして構えをとる。


 
 
 


290 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:38:26.08 ID:dmY131UL0
 



 不動明王……真言密教最強の武闘派集団『明王』が一柱。その中の五大明王の中心的存在であり、また全ての明王の中に於いても随一の『力』を誇る存在である。
 また、真言密教の最高神である大日如来の≪武≫の化身とされ『彼』の代わりに仏敵や仏法に従わぬ者を調伏する役目を持つ。



 ベヘモス……神により大海竜レヴィアタンと共に創世五日目に造られたとされる、巨大な体躯の『獣たちの王』。
 その姿は河馬とも水牛とも犀とも象とも言われている。
 骨は青銅の板か鋼鉄の棒の様に剛強で、筋肉は鋼鉄の筋を束ねた様に逞しく、その尾は巨大な杉の木並みの太さと称される、悪魔の中でも絶大な『力』を誇る巨獣である。
 

 
 

291 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:40:01.36 ID:dmY131UL0
 


 紬「ところで憂ちゃん」

 これ以上無い緊張と重圧が支配する普通の人間ならその場に居るだけで、精神(こころ)も肉体(からだ)も押し潰されてしまうであろう空間の中で、紬は気の抜けたと言うか、何時もと変わらぬ穏やかなの口調で憂に声を掛ける。

 憂「何ですか?紬さん」

 紬「幾ら怖い恐いお不動サマでも、このベヘモスである私相手に何も持たないと言うのはどうなのかしら?」

 憂が未だに『標=ブランド』を発現させていない事に、余程プライドが疵付けられたのか、紬の表情が一瞬、鬼の様な形相になるがすぐに元に戻る。

 憂「紬さんって思ったよりもせっかちナンですね。言われなくても今出しますよ」

 そんな紬に対し素知らぬ貌でそっけなく答えると、憂は唯達と同じ様に目を瞑り集中する。

 刹那。彼女の両腕に静かに燃え上がる炎を象(かたど)った様な形状の白磁の様な色合いと質感の手甲が装着される。


 


292 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:41:48.79 ID:dmY131UL0



 紬「へえ〜憂ちゃんのは手甲なの?お不動様だからてっきりクリト…じゃなくて、倶梨伽羅(くりから)剣とか言うのを出すのかと思ったわ」

 紬が少し意外そうに首を傾げる。

 紬「でも偶然ね……」

 紬の瞳が一瞬だが危険な色を湛えると、そのまま瞳を瞑る。その瞬間。彼女の両腕に憂と同じく手甲が装着される。

 紬「私も『同じ』なの〜♪」

 西洋甲冑の籠手であるガンドレッドの形状。だが、一般の『ソレ』と違うのは手の甲と前腕部、そして親指を除く指を保護する部分が五センチはあろうかという<ぶ厚さ>である事。そして彼女の髪の色、ムギ色とでも言うべき色合いのソレは、武骨な形状で有りながら、何処か気品の様なものも感じられた。

 そして分厚く、気品があるのは、憂のブランドも同様だった。

 相当な重量と引き換えに圧倒的な防御力。そして、指の部分を厚くする事で、武器の使用を放棄する代わりに絶大な打撃力を得た。言うなれば【重手甲】と言える代物だった。
 


 

293 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:47:25.65 ID:dmY131UL0
 


 殴り合いで相手を完膚なきまでに殴り斃す―――――。



 これが憂の選んだ戦い方そして【標】の『選択』だった。

 元来。不動明王は倶梨伽羅剣と云う炎を纏った竜が巻き付いた剣を使い、仏敵を調伏する柱(そんざい)である。だが、憂はその他宗教の主神をも調伏させる、圧倒的な『力』を拳に求めた。

 この憂の『願い』は『創造』は、梓が紬の『拳』による一撃によって斃されてしまった事に起因する。

 相手と同じ土俵で完膚なきまでに叩きのめし、梓の仇を、そして彼女自身、紬を直接ぶん殴りたいという強烈な欲望(のぞみ)。

 そして、殴り合い(こっち)の方が自身の性に合っている。と憂は考え、敢えて『剣標』ではなく『甲標』を選んだのだった。


 
 


294 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:50:28.36 ID:dmY131UL0
 


 殴り合いで相手を完膚なきまでに殴り斃す―――――。



 これが憂の選んだ戦い方そして【標】の『選択』だった。

 元来。不動明王は倶梨伽羅剣と云う炎を纏った竜が巻き付いた剣を使い、仏敵を調伏する柱(そんざい)である。だが、憂はその他宗教の主神をも調伏させる、圧倒的な『力』を拳に求めた。

 この憂の『願い』は『創造』は梓が紬の『拳』による一撃によって斃されてしまった事に起因する。

 相手と同じ土俵で完膚なきまでに叩きのめし、梓の仇を、そして彼女自身、紬を直接ぶん殴りたいという強烈な欲望(のぞみ)。

 そして、殴り合い(こっち)の方が自身の性に合っている。と憂は考え、敢えて『剣標』ではなく『甲標』を選んだのだった。



 

295 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:51:44.63 ID:dmY131UL0



 紬は右の拳を自身の顔の前に上げる。

 紬「ふふ。私に『コレ』を出させたのだから誇っていいのよ?梓ちゃん程度だったらナマの『拳骨(コレ)』で充分だっt――――」

 憂「五月蠅いですよ――――」


 ボンッッッッッッッッ―――――――!!!!!!


 紬の言葉を遮るのと同時に、憂が何の合図も臆目も躊躇もなく、最初の一撃を撃ち込む。

 大気が轟き爆ぜる音と巨大な鉄球同士がぶつかり合うかの様な音が轟く。

 だが、そのこの世の全てを<調伏(はかい)>するであろう一撃を、紬は半ば本能で繰り出す瞬間を感じ取り、咄嗟に重手甲で受け止める。

 刹那。その極限にまで大気を圧し潰した一撃は、二人の周りに真空を発生させその余波で周辺の廃ビル群の一部が音も立てずに崩れ落ちる、

 人の世の全てのモノを破壊出来るであろう憂の拳撃。そしてそれを受け止める紬も正に『人智』を越えた存在であると言えた。

 憂「あっ!蝿は澪さんでしたね」

 自身の拳を止められたのが悔しいのか、それとも想定内だったのか憂は真顔で憎まれ口を叩く。

 紬「やるわね憂ちゃん。流石の私でも、重手甲(これ)が無かったら危なかったわ」

 紬は交差させた腕の間から覗き込むように顔を出し、感嘆の声を上げる。


 
 

296 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:53:06.56 ID:dmY131UL0
 


 ジーニアス発動時の特徴として、身体能力の上昇、各々のジーニアスの能力の発動の他に、その身から発せられその身に纏う、『氣』『オーラ』『瘴気』といった類のエネルギーと言ったものがある。

 これらの特徴はジーニアスを発動出来ない現実の世界に於いても、極々微弱ではあるが常に発現させている。この内、和や澪が教室をパニックに陥れた現象は、彼女達の感情の昂りによる、ごく僅かな『氣』の放出によるものである。

 この『氣』等を放出し、その身を包みそして体内に内包する事によって、自身の限界を遥かに超えた動きに因る負担を無くし、その身を内と外から保護する事が出来ると言う仕組みになっている。

 その防御結界とも言える効果はそれぞれのジーニアスにも依るが、比較的その効果が少ない梓であっても、機関銃の銃弾位では全く損傷を負わない程度は有った。

 そして『闘氣』の発生量と密度が全ジーニアスでも随一である紬にして、ブランドを発現しなければならないと言わしめた、憂の『拳』の破壊力も推して知るところであろう。


 


297 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:53:59.72 ID:dmY131UL0



 紬「ふふ。お返しよ♪」



 ボッ――。



 紬は返す刀で拳を繰り出し、憂はそのノーモーションからの不意打ちに近い一撃を、ギリギリのところで察知し、辛うじて紬と同じ様に両腕を交差させて受け止める。

 だが、そのあらゆるモノを吹き飛ばすベヘモスの轟拳は、憂の不動明王の躰を数メートル後退させる。


 紬「……本当に凄いわ、憂ちゃん『コレ』を受け止めちゃうなんて……」

 紬は驚きの表情を浮かべ、更に感嘆の息を漏らした後、何処か嬉しそうな表情になる。



 
 

298 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:55:14.31 ID:dmY131UL0
 


 彼女が初めてこの世界に足を踏み締め、一緒に跳ばされた澪と手分けして律を捜す為に分れた時に、初めて神側のジーニアスと遭遇し開戦した際。ブランドを発現させ、牽制する目的での挨拶代りに打った一発で、文字通り相手の貌を吹き飛ばしてしまった。

 覚醒した時から確かに自身の『ジーニアス(ちから)』に対する絶対的な自信があった。だが、それを上回る自身の強さと相手の弱さに、紬は嬉しさと同時に落胆し、以後、余程の相手ではない限り重手甲を発現させないようにした。

 それでも、八咫烏=梓を含め彼女の『敵(あそびあいて)』に成り得るジーニアスは現れなかった。


 紬<もしかしたら、私とまともに戦って(あそんで)くれるのは、澪ちゃんだけかもしれない……>
 

 『戦い』に対する欲望と欠乏が募り、果てはこんな事まで考えてしまう様になっていた。



 
 

299 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:56:11.89 ID:dmY131UL0
 


 そんな絶対的な『強さ』故の孤独と渇望、飢えに苛(さいな)まされていた彼女の前に、遂に現れた≪ベヘモス≫の力を存分に解放できる、本気で遊べる〖武の神姫(あそびあいて)〗の出現に、彼女は激しい悦びと興奮と破壊衝動を抑える事が出来なかった。

 紬「嬉しいわ、憂ちゃん。やっと私とまともに遊んでくれる人と逢えて。今まで赤ちゃんと遊んでいた様なものだったから……」

 紬はその時の事を思い出し、心底退屈そうな表情になる。

 憂「紬さん……」

 紬「なぁに?憂ちゃん」

 憂の厳しい口調に対して、紬の『ソレ』は、彼女が思っている以上に穏やかでご機嫌なものになっていた。

 憂「貴女はすごいお嬢さまだってお姉ちゃんから聞いています。そんな何一つ不自由無く育ったであろう貴女が、幾ら悪魔側のジーニアスとは言え、何故こんな世界を終わらせる戦(てつだ)いを、こんなにも嬉しそうな貌をしてやっているのですか?」

 憂は彼女の様な現実の世界に於いてある意味、〖特別な存在〗に在る者が、何故、わざわざ世界の破滅を助長させる様な事を嬉々として行うのかを知っておきたかった。



 


300 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:58:11.00 ID:dmY131UL0



 紬「うーん。そうねぇ。こっちの方が楽しいからかしら?お金があればナンでも出来るしナンでも手に入るけど、それでもやっぱりそれにも飽きちゃって、結局退屈になっちゃうの」

 紬「だけど高校に入って軽音部に入って、律っちゃん達と練習したりお茶したりした時は、今までに無い新鮮な感じで楽しかったわ」

 紬「でも」

 紬は右手を貌の下辺りまで上げて拳を握る。

 紬「ジーニアスに目覚めて以来、それまでの『愉しいもの』が、全部吹き飛んでしまったの。それこそ『軽音部』ですら取るに足らなくなる位に……そしてこの世界にきて、実際に『闘って(あそんで)』みて『確信』した」

 紬「やっぱり私は『闘い(しげき)』を求めていた。その為なら、ナンでも有ってナンにも無い『退屈』な世界なんか壊したっていいって……」

 紬は尊大な笑顔を浮かべる。まるで自分さえ楽しければ何をしても構わないとでも言う様な……憂には『それ』が、絶対的な『権力(ちから)』を持つ絶対君主の『傲慢(ソレ)』に思えてならなかった。




 だが――――。




 



301 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 11:59:36.06 ID:dmY131UL0




 憂「ぷっ…ふふ……うふふふ……あははは―――」

 そんな紬に憂はこみ上がってくるモノに耐え切れないとでも言う様に吹き出し、笑い声を上げる。

 紬「そんなに可笑しかったかしら?憂ちゃん?」

 憂のそんな態度に紬は顔を顰(しか)め、訝しげな表情になる。

 憂「だって、本当に世間知らずのお嬢さまっぽい陳腐な理由でしたから。あんまりベタ過ぎてつい可笑しくなっちゃって……紬さん。貴女のその浅ましい強欲さといい。その容貌といい。さっきのがっつき方といい、ベヘモス何て言うジーニアスっていい……本当に貴女は……」





 憂「ムギ豚ですね」





 紬「…ぷぎい………」





 憂の蔑み成分をふんだんに含んだドヤ顔を浮かべての余りの例えに、紬の貌が屈辱に歪み、沢庵眉毛を皺と共に眉間に寄せる。




 


302 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 12:01:46.75 ID:dmY131UL0



 だが目の前の少女の大人しそうで愛らしいその容貌の裏に、これ程までに黒くドロドロしたモノが存在し渦巻いている事に、改めて驚きを覚えると同時に、自身と何処か重なる所がある様な気がして、こんな状況なのに紬は不思議と憂に、どこか親しみに似た感情を覚える。
 

 紬「憂ちゃん……有り難う。貴女とこの世界で<闘(であ)う>事が出来て本当に良かったわ……」

 紬は何処か嬉しそうにそして穏やかにすら見える表情を浮かべると、次の瞬間には恐らくは今までに此処までのものは見た者はいないであろう、真剣な貌になって拳を構える。

 憂「その言葉。後悔する事になりますよ――――」

 憂もそんな紬に茶化す事無く、彼女と同じく真剣な貌になって拳を構える。
 


 この時。彼女達の周辺はまるで大嵐の前とでも言うのか、不気味さと危うささえ感じられる程に、しん…と静まり返っていた…………。





 



303 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/18(土) 12:55:48.13 ID:dmY131UL0

 取り敢えず本日はここまでです。

 これからの厨二展開にご期待下さい。


 それでは。



 >>286


 他のSSは勿論の事、此処にレスを読む度に、俺には想像力の欠片も無いんじゃないか

 コノヤロー(猪木風)などと思ってしまいます。

 オマエラが書いた方が絶対面白いのが書けるんじゃじゃナイのか?コノヤロー(猪木風)

 とも思ってしまいます。

 実際に書かれている方も居られるかもしれませんが……。


 >>287
 
 ペルソナに関しましては実の処、残念ながらゲームをやった事もテレビを見た事もありません。

 どうも、あの見た目オサレっぽい感じが自分には敷居が高い気がします。

 ただ、ペルソナは妙に売れているらしいので、視たら面白いのではないかとは思っております。

 それっぽく感じられるのは、悪魔の設定や神格をそれ関連の書籍に加え、

 女神転生の本を参考にさせて頂いてるからだと思います。

 ただしゲームはやった事が無いというか、むしろゲーム自体殆んどやっていない気がします。


 ()に関しましては、出来る限り減らした心算ですが、まだかなり有る様で申し訳ないです。

 これは如実に書いている人の表現力の欠如を表しており、自身の文章力の無さを痛感しております。

 出来る限り減らしていこうとは思いますが、できれば()をガン無視するか、無理矢理慣れて下さると有り難いです。

 
 >>288

 ありがとうございます。

 ナンとか終わらせられる様に頑張る心算です。



 

 
304 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:41:12.78 ID:vVfaUcFf0




 和<やっぱりキレイね。この娘は……>

 黒銀に煌く刀標『カタリナ』を携え、白銀に煌く六枚の翅に彩られた麗しき黒髪の少女に、和は半ば見惚れ、心奪われながらも何処か郷愁に駆られる様に心の中で呟く。
 

 和<でも――――>

 この級友であり友人でもある目の前の少女は、悪魔の王の化身であり、大切な幼馴染を手に掛けた幾ら憎んでも憎み足りない『仇』である。

 和は揺るぎそうになる心を引き締め、じっと仇=澪を見据える。


 澪「ははっ。どうした和?そんな突っ立ったままで?まさかここにきて怖気d――――」



 ズバァァァァァァァァァ―――――――――――――――――――!!!!!!!


 澪が言い終わらない内に、彼女の左側を、高熱を帯びた風圧が通り過ぎる。彼女が其方(そちら)を窺うと、灰色の大地が鋭利な刃物で、まるで薄紙とでも言う様に斬り裂かれ、それは視界から視えなくなる程続き、底もそれと同様、まるで深淵の様に暗闇で見えなくなるほどの深さまで斬り裂かれていた。

 『ソレ』を見た澪はそのまま視線を前に向ける。そこには光炎の剣を振り上げた≪スルト≫のジーニアス 真鍋 和の姿があった。


 和「これでも私では貴女の相手には役不足かしら?」

 和が澪に不遜な貌を見せる。

 澪「やるじゃないか和。いや、充分だよ。お前はこの私の相手に相応しいよ。今まで消してきたジーニアスの誰よりも、な」

 澪が上から見下げるかの様に斜めに貌を上げ、和以上に不遜な表情で口の端を吊り上げ、にやりと嗤う。
 


 悪魔側と神側。双方のジーニアスの頂上決戦とも言える戦いが、今、この時を以って、その幕を開けた……。



 



305 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:43:01.67 ID:vVfaUcFf0




 スルト……北欧神話に登場する炎の巨人族の国ムスペルヘイムの王にしてその守護神。
 その名は『黒』『黒き者』『黒煙』を意味する。
 神々の黄昏<ラグナロク>では炎の巨人族であるムスペルを率いて参戦し、最後は炎の神剣≪レーヴァテイン≫を振るい、一度世界を焼き尽くし、世界は一度滅び海に沈めたと云われている。
 その後、世界は再び引き上げられ、再生したとされている。





 ベルゼブブ……その名は『蝿の王』を意味する、絶大な権力と魔力を誇る地獄の首相。であり、魔王サタンに次ぐナンバー2の実力者である。
 他に『死霊の王』とも云われ、その姿は翅に交差させた骨と頭蓋骨のマークを刻んだ、巨大な蝿の姿で表される事が多い。
 また、七つの大罪の内の『大食』を司ると云われている。




 


306 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:43:48.14 ID:vVfaUcFf0




 澪「ふふ、和。今から少し面白いものを見せてやるよ」

 澪は尊大な口調で言うと両腕を広げ、掌が腰の辺りに来る位まで下げる。

 そして数瞬後。常人ならば誰もが不快に思える様な空間が生まれたかと思うと、周りの地面がもこもこと盛り上がり、そこから人の姿をした灰色の土塊の人形の様なモノが、わらわらと次々に湧いて出て来る。

 その土塊人形は、人型のモノだけでなく、犬の様な四本足のモノや、果ては巨大な西洋竜(ドラゴン)の様なモノまでいた。

 そんな灰色の今にも崩れ落ちそうな醜悪な土人形の大群を、和は目を背ける事無く、だが汚らわしいモノでも見る様に一瞥をくれてから、創造主である澪に視線を移す。



 


307 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:44:52.75 ID:vVfaUcFf0



 和「何?この出来損ないの粘土工作みたいなモノは?こんなのがあなたの言う<いいもの>なの?」

 和は不快感を隠そうともせずに、澪に非難めいた声で訊いた。

 澪「はは。お前だったら判るかと思っていたんだがな。私が死霊の王『ベルゼブブ』のジーニアスって事を考えたらさ?……まぁアレだこれは所謂<ゾンビ>ってやつだよ。映画やゲームで出て来る…さ……」

 澪はヤレヤレとこんな事まで言わせんな?とでも言いたげに見下げた表情で和を見遣る。

 和「…………」

 和はそんな澪に何も言わず、表情も変えず、彼女を見遣りながら周辺のゾンビ共の大群の様子を窺う。

 勿論、和はコレが何であるのかは大凡の予想が付いていたのだが、ナンでこんなモノが<イイモノ>なのか取り敢えず訊いておきたかった。が澪には少し通じなかった様だ。

 和「でも意外ね。貴女がこんなモノを喚び(つくり)だすなんて。てっきりそう言うものは苦手だと思っていたのに」

 澪の怖がりな所は和の知る限り、特にこう言ったグロテスクな存在(モノ)は特に苦手で、こう言ったモノを見たり聞いたりしただけで耳を塞ぎ、目を瞑り蹲って、震えながら念仏でも唱える様に「怖くない怖くない」とか言う体たらくであった筈だ。



 
 
308 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:45:59.68 ID:vVfaUcFf0
 


 澪「はは。今までの私だったらそうだったかもな。でも『コレ』はただの土塊に、低級霊(たましい)を挿れただけのものだしな。本物の死体を使っている訳じゃないし、言ってみればラジコンみたいなオモチャの様なモノだよ」

 澪はお気に入りの玩具でも観る様に、愛でる様な視線を醜悪な集団に送る。

 和<こんな『モノ(オモチャ)』を気に入る位、貴女はおかしくなったのよ。澪……>

 和は変わってしまった友人を何処か哀しそうな瞳で見詰める。


 澪が造り上げたゾンビという存在は、元来知られる様な死体が動き出すと言った類のものではない。そもそもこの灰色の世界に於いては死体と云う概念すら存在せず、それ以前に、死体と言うモノがゴロゴロ有る場所等はかなり限定されるので、本当の意味での『動く死体(アンデッド)』を造り出し使役するのは、相当の条件をクリアしないと不可能である。

 なので、『死霊の王(みお)』をはじめ他の死霊術師(ネクロマンサー)系統のジーニアスは、この世界に在る材料。この場合は灰色の土や瓦礫から形を造型し、全ての世界に数多に存在する、低レベルの自身の意思すら持てない悪霊や亡霊と言った浮遊霊を、造形したものに憑依させ関節やエンジンと言った動力機関にして、創造主の魔力等をエネルギー源にして、意思の無い土人形に命令して使役すると言う仕組みで使役している。

 他、ドラゴン型の様な巨大なモノには複数の霊を憑依させる事が必要である事。実際の死体の方が造型しなくても良い分、魔力の消費が抑えられる事。また、造り上げたモノに低級霊を憑依させず、完全に魔力や別の動力源を組み入れたモノはゴーレムとなる。



 
 

309 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:47:22.41 ID:vVfaUcFf0
 


 そのゾンビの大群が和の廻りを徐々に取り囲むように陣取っていく。

 その数は大小合わせてゆうに二千体を越えていた。


 和<凄い大群。やっぱり澪は凄いわね>


 大小様々の群体ではあるが、中でも既に和よりも大きい位なので、どれくらいの数なのかは、勿論、正確な数は彼女には判らないが、気配や感覚で相当数である事は容易に想像できた。

 だが、和が唸ったのはゾンビの大群そのものではなく、これ程の数を造り出し、低級とはいえそれ以上の霊を憑依させ、それらを完全に制御出来ている澪の魔力だった。
 

 そして、姿は見えず声も聞こえないが、その澪が命令を下したのだろう。不死の土人形の群体がゾンビ特有のゆったりとした動きだが、確実にそして一斉にわらわらと360度、全方位で和に迫って来る。



 


310 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:48:22.59 ID:vVfaUcFf0



 和<でも――――>

 その異様で常人ならば恐怖でどうにかなって終いそうな絶望的な光景を見遣りながら、和は火神の剣を順手と逆手に交互に持ち替え、それを平行に構えて身体を捻ってタメを作る。

 和「残念だけどそんな気味の悪い玩具は御免よ!」
 

 小さく叫ぶと同時に和は『タメ』を開放する様に『破滅の杖』を腕と全身を同時に振り抜く様に一回転させる。

 そして彼女が振り抜くと同時に彼女の剣から、巨大な光炎の刃が弧を描く様に放たれ、その紅い光刃はその場に居た全てのゾンビ達を両断し、焼き尽くす。

 超高熱の炎刃に斬られ焼かれた土人形達は再び土塊、いや灰燼に帰し、憑依した霊達も、逃げる間も無くその全てが、存在ごと焼き尽くされる。
 そして、その灰燼に帰したモノが積もる焼けた大地の上に、和以外にただ一人、黒髪の少女だけが、何事も無かったかの様にその場に佇んでいた。



 


311 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:49:19.08 ID:vVfaUcFf0



 澪「非道いじゃないか和。私のオモチャを一瞬で壊してくれて……それも全部……」

 澪は唇を少し尖らせながら和を批難する。

 澪「ほんとに、ほっといてくれたら、そのままお前を取り囲んで服を引き千切って、噛み付いて、肉を噛み千切るって言うショーが観られたのにな……」

 澪は残念そうな顔になって話を続ける。

 澪「だけど。まぁ。序の口(こんなの)で終わっちゃうのも面白くないしなっ!」

 だが、次の瞬間には何処か晴れやかで楽しげな表情と口調に変わる。

 和<躁鬱ってこんな感じなのかしら?>

 和はそんな澪の様子に、何となくそんなイメージを思い浮かべていた。




 
 

312 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:50:23.57 ID:vVfaUcFf0
 


 和「本当に変わったわね。澪」

 澪「はは。そうだろう。私は『強く』なった。人は変われるんだよ。和」

 澪が誇らしげにその豊かな胸を張る。

 和「趣味が悪くなったわね」

 澪「和ァ…………」

 和はまるで日常会話を交わすかの様に、澪に辛辣な言葉を返すと、澪は苦虫を噛み潰した様な貌になり、悔しそうに歯軋りをする。

 和<まぁ、それは置いておくとして……今のを簡単に防ぐなんて……やっぱりあの『刀(ブランド)』で防いだのかしら……?」

 和は内心、舌を巻きながら、視線を澪から彼女が携えるブランドに移す。

 彼女の見立て通り澪は刀標『カタリナ』に超高密度の瘴気を纏わせて、間に合わせの盾を創り上げ、和の圧倒的な炎の光刃を防いでいた。

 だが、和の視界を遮った『土人形(ソレ)』は澪にとっても同様で、光刃が届く直後にやっと気付く位だったので、反応が僅かに遅れ、自身を護るので精一杯になってしまい、防ぎ切れなかった光炎の刃がゾンビの大群を全て斬って焼き尽くされてしまっていた。



 


313 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:55:50.29 ID:vVfaUcFf0



 和「もうお遊びは終わりかしら?澪」

 和は遊んでばっかりで宿題を一向にしようとしない、子どもを咎める母親の様な面持ちになる。
 澪「まぁそう急くなよ和。じゃあコレなんかはどうかな?ゾンビ(いまの)よりかは楽しめる筈だよ」

 澪は和にそう言い返すと、刀を握ったまま左手をほぼ垂直に掲げる。すると、徐々に彼女の頭上に、黒く禍々しいモノが渦巻く様に円柱状に形成されていき、ソレが高速回転を始める。

 和「コレは何なのかしら?焼き過ぎて真っ黒になった、出来損ないのバウムクーヘンか何かなの?」

 和は茶化す様に澪に黒い物体の感想を伝える。だが、その目は油断無く『ソレ』を見据え、ソレが何であるのかを必死に分析していた。

 澪「はは。面白い事を言うじゃないか和?まぁ正直に言うと余り面白くは無いけどな。まぁいいや、教えてやるよ。『コレ』は瘴気を高密度で集めて超高速で回転させて雷を発生させる、云わば瘴気の雲――――」


 


314 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:56:44.33 ID:vVfaUcFf0



 澪「いや」

 澪「雷雲かな――――」

 和<!!?>

 澪の口調がそれまでの軽々しいものから、幾分重いものに言い変えた瞬間―――

 『雷雲』から、和に向かって黒い雷の様なものが放たれ、和は寸での所で、黒光(ソレ)を避ける。

 そして、和が寸前までいた場所には、彼女の放った初撃同様、灰色の地面に鋭利且つ巨大な刃物で裂いたかの様な亀裂(クレバス)が奔っていた。


 和<黒い…雷……光?が地面を裂いた?……いえ、寧ろ消滅したと言うべきかしら……そもそもただの黒い雷では無さそうね……>

 和は得体の知れない、だが、危険極まりない事だけはすぐに判る黒い光(モノ)に、こめかみから冷たい汗を垂らしながら、努めて冷静に分析しようと心掛ける。


 
 
 

315 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:57:37.42 ID:vVfaUcFf0
 


 事実。この凶悪な黒い光の正体は雷(いかずち)ではあるが、勿論それだけでは無かった。大容量かつ高密度、高濃度で形成された重々しい瘴気の雷雲が、高速回転をする事によって発電機=ジェネレーターの役目を果たし、精製された雷に瘴気を織り込んだ、化学式で表すことが不可能であり、そして素粒子すら消滅させる凶悪な黒雷を生み出したものであった。

 澪「はは。どうだ和?私の創りだした『瘴気の雷雲』から生み出された『裁きの黒雷』は?『コレ』でお前を裁いてやるよ?これまで私に向かって来たジーニアス(やつら)と同じ様にな!」

 澪はそう言って尊大且つ満面のドヤ顔を和に見せ付ける。



 
 

316 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 12:59:23.62 ID:vVfaUcFf0
 


 和「……………」

 和「ふぅ……自分の標(ブランド)に『カタリナ』と名付け。自分の生み出した雷雲(モノ)に『裁き』なんて文句を付けるなんて……アナタみたいな人の事をね……」

 澪「ほぉ。何て言うんだ?」

 澪が興味深げに和の次の言葉を待つ。
 






 和「『中二』って言うのよ」






 澪「和ァ…………」





 和は溜息を吐きながら、澪に「ふぅヤレヤレだぜ」とでも言いたげな表情できっぱりと言い放つ。

 澪は和の言葉は勿論の事、溜息交じりに見せた何処か憐れみすら滲ませた、瞳(め)と表情(かお)に更なる屈辱と苛立ちを覚え両肩をわなわなと震わせる。

 澪「和ァ……その言葉、後悔させてやるよ!!」

 澪は自身にこの『悪魔の王』に対する暴言に尊厳(プライド)をズタズタにされ、怒りに歪んだ貌になり、叫ぶ。

 その瞬間。瘴気を大量に含んだ黒い滅却の凶雷が、彼女の精神(こころ)と同調(シンクロ)をする様に、暴れる様に乱れ飛び、その不規則に奔る黒く光る暴虐の奔流は、灰色の大地を建造物を触れるもの全てを消し飛ばし、その地形すら変形させて灰都を更に荒涼としたものに変えていく。



 
 


317 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 13:00:36.56 ID:vVfaUcFf0



 その凄まじいまでの密度と質量、そして禍々しさが組み合わされた、大量のエネルギーの奔流の内、その幾つかは和に向かって襲い掛かり、和は神経を研ぎ澄ませて、その規則性を持たない、何時、何処から来るか判らない凶撃に翻弄されながらもどうにか避わし、やり過ごしていた。

 澪「どうだ和?楽しいだろう?まるで踊っている様に見えるぞ!!」

 乱れ放たれる瘴気の轟雷の嵐を前後左右に避けている和に対し、まるで絶対者(じしん)の掌(ぶたい)で踊らせているかのような気分になって、澪はその様子を眺める様に観ながら悦に入っていた。
 



 そして、そんな自分に陶酔して(よって)いた時だった。




 


318 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 13:01:54.17 ID:vVfaUcFf0





 和〖  澪  〗

 



 ふと自分の名前が微かに聞こえたかと思った瞬間。彼女の全身に強烈な熱風が吹き、いや突き抜ける。

 少し前に教室で和が発した『モノ』とは比べモノにならない程の高温の熱風。自前の鎧や結界とも言うべき、高密度の瘴気に身を包んでいる澪は火傷こそ負わなかったが、もし、生身(ふつう)の人間が『コレ』を浴びれば、全身が焼け爛れる大火傷を負うどころか炭となり果てて、苦しむ事無すら無く即死する程のものだった。

 澪が己の『能力(ちから)』陶酔して和から目を離している間に、和の放つ、世界を滅ぼし沈めた<炎の巨人の王>の一振りによる火神の光炎は、全てを滅する黒い雷を焼滅させ、
厨二(みお)曰く『裁きの雷雲』をも消し飛ばす。

 

 和「澪」

 再び、そして今度ははっきりと自分を呼ぶ声が聞こえて、澪はその『声』がした方を苦々しい表情と思いで見遣る。

 そこには、紅い縁の眼鏡を掛け、その手には紅くそして静かに輝く剣を携えた短髪の少女がいた。



 
 
319 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 13:03:08.56 ID:vVfaUcFf0
 


 澪「いい加減、お遊びは終わりにしてくれないかしら。澪」

 和は心底うんざりした表情(かお)で、吐き捨てる様に澪に言った。

 澪「和……」

 澪は悔しさを隠し切れずに奥歯を噛み締めながら歯軋りをする。

 最初に創り(よび)出したオモチャ(ゾンビ)共は、確かにお遊び感覚の工作でしかない。こんなので和を、スルトを、蹂躙でき(たおせ)るとは流石に思っていなかった。

 だが、今破られた『裁きの雷(いかずち)』は違った。止めこそ自身で直接手を下す心算だったが、致命傷レベルの傷(ダメージ)は『コレ』で与える心算だった。

 少なくとも、斃せなかったとしてもかなりの所まで追い込む事は出来ると思っていた。

 だが、実際には、多少は楽しめたが結果的には彼女のたったの一撃で、雷も雷雲も呆気無く消し飛ばされてしまった。

 そして挙句の果てには、和にこのほぼ全てのジーニアスに絶対的な恐怖と絶望を思い知らせる能力(ちから)を、「お遊び」と称されてしまった。

 この能力に絶対的とは言わないまでも、相当な自信とを誇りを持っていた澪は、屈辱に黒髪の佳人の容貌が歪む。
 

  

 
320 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 13:05:24.56 ID:vVfaUcFf0
 


 和「貴女の本質(ちから)はこんなものではないでしょう?その手に持っている刀(モノ)
でしょうに……それとも『ソレ』はカタチだけのおもちゃなの?」

 和は今度は溜息交じりに言う。もう茶番に付き合うのはうんざりとでも言う様に。

 和「唯を傷付けたのもその刀でしょう?だったら『ソレ』で私と戦いなさい。私はその為だけにここに来たの」

 和の瞳が眼鏡(レンズ)の奥で複雑な光を湛える。だが、その光は何物にも覆せない程の強い意志も感じさせた。

 澪「……確かにそうだよ。唯を斬ったのはカタリナ(これ)だよ。今にして思えば、玩具(ゾンビ)達に蹂躙さ(あそば)せてやっても面白いかなって思うけど、流石にそこまで弱くはないか……『裁きの雷』だと直接、手を下せずに終わっちゃうだろうし、結局、『カタリナ(これ)』で良かったんだろうな……」

 澪が再び陶酔した表情でうっとりと『カタリナ(ブランド)』を見つめる。だが、和は今度は手を出さない。その代わりに炎の巨人のジーニアスとは思えない程に冷め切った瞳で、級友であり、友人であった黒髪の少女を見つめていた。


   

321 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 13:07:09.19 ID:vVfaUcFf0



 澪「判ったよ和。刀標(これ)でやってやるよ。だけど、『コレ』を出させた以上、楽には消させ(させてやら)ないぞ?」

 澪は改めて尊大な態度で言い聞かせる様に言ってから、黒銀の日本刀(カタリナ)を<両手で>構える。

 和「……そう。やっとやる気になったのね。有り難う。これで心置きなく貴女を斃し唯の仇が取れるわ」

 和は心の底から感謝の意を述べると、澪と同じ様に『火神の剣(レーヴァテイン)』を構える。






 本当の意味での、『王』同士の黄昏(たたかい)が、今、始まろうとしていた……。





 





322 :一年中が田上の季節 [saga]:2012/02/20(月) 13:10:47.26 ID:vVfaUcFf0

 大体、この辺りから厨二展開に加えて、ゆで理論も入ってきます。


 それでは。


 
323 :一年中が田上の季節 [sage]:2012/02/22(水) 06:17:29.71 ID:muF37iJL0
 
 需要が皆無の為、気力が引退時の千代の富士関並みに減退してしまいました。、

 此処まで読んで下さっている方には申し訳有りませんが、

 一旦、打ち切らさせて頂きます。


 それでは。


 


 

 

 
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岐阜県) [sage]:2012/02/22(水) 18:37:52.51 ID:yxbZ1Xyao
もしかしてレスがなかったから?
一応読んでたんだけどなぁ
いくらなんでも女々しすぎるわ
二度と書かない方がいいよ

成りすましのガキの悪戯だったらごめんね
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/22(水) 20:18:52.61 ID:62WdRECao
>>324
はげどー
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/23(木) 04:31:38.71 ID:HSTZc3+IO
更新を楽しみしてたんだが、レス付かないからって辞めるなよ…

はぁ
327 :一年中が田上の季節 [sage]:2012/02/23(木) 12:35:27.10 ID:pt5ktCpc0

 >>324〜326

 全くその通りなので、返す言葉も御座いません。

 けしからんガキが湧く程のスレでは無いのが残念です。

 ですが、ここから先は一番手間と時間を掛けた所でもありますし、

、自分としても此処まで書いて無かった事にするのもナンですので、恥を忍びつつ、

 何を書かれても、何も書かれなくても大丈夫な位の耐性が付き次第、

 全く以って身勝手ながら、立て直させて頂こうと思っております。

 ただ、流石に吐いた唾を乾かない内に呑み込むのもナンなので、

 どれだけか間を開けようとは思っております。

 
 最後にこの件にレスを下さった方々に、謝辞の意を表させて

 頂きます。


 恥ずかしながら、女々しくもしょっぱい事を書いている事を理解しつつ、


 それでは。


 

 
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/23(木) 12:38:28.68 ID:zFqAM5n4o
>>327
まじで?
()がうざい!とか言ってたの俺だけどさ
()あっても良いから書いてくれよ
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/02/24(金) 00:17:05.67 ID:B1QDYlnRo
とりあえず千代の富士に失礼
330 :一年中が田上の季節 [sage]:2012/02/24(金) 12:14:01.20 ID:HBH5ctXB0

 >>328

 ()に関しましては、何度か無くそうと試みたのですが、

 無くしてしまうと、どうにも物足りない感じがして結局、

 無くせませんでした。

 結局の処、自分で読んでいる分には面白く、分っているからか、

 ()の部分も含めてそんなに読み難くないという、ある意味、

 終わり方も含めて最悪な展開になってしまい申し訳ないです。


 >>329

 他の例えが思いつかなかったのでそのまま使ってしまいました。

 高闘力並みに反省をしております。

 相撲界の為にも九重部屋から千代の富士の四股名を継ぐ事の出来る

 力士が出て来て欲しいですね。

 ただし、北の富士を継いでしまうと、場所中にサーフィンに

 行ってしまいそうなのでダメな気がします。

 今ならネットサーフィンなのかもしれませんが……(?)。



 
 今更ながら、こんな蛇足の極みみたいな事を書いて申し訳ありませんが、

 やっぱりレスを頂くと、どんな内容であろうと、例え『乙』だけだとしても

 嬉しいものだと思います。

 レスを頂ける程のものを書くのって本当に難しいと痛感しております。

 あと、最後に相撲ネタが書けてナンか良かったです。


 それでは。

 




 
 
331 :一年中が田上の季節 :2012/02/24(金) 20:23:46.13 ID:0yeQvwCIo
晒しage
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/25(土) 02:27:20.95 ID:0BRyQk0IO
とりあえず待つわ
なんだかんだ楽しみにしてたからな
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