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【魔法少女風】魔導機人戦姫【バトル物】 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/15(木) 22:07:26.89 ID:uEaz7Yz/0
前に建てたスレで、読んで下さっていた方々の約束……と言うか、
ご要望とエールにお応えして、二次創作SSを書く前に準備運動と練習がてらに書いていた習作を投下させていただきます。


*注意

1.あくまで、どこにも晒す予定のなかった一次創作未満の練習作品なので、
  思いっきり某魔法少女アニメの影響と、それに近似した設定がチラつきます。
  読み始めから気付かれる可能性が高いと思うので、
  そう言うのが許せない、あの作品を汚すな、と言う方は回れ右推奨です。

2.通常の小説形式を地の文+脚本形式に手直ししています。
  前のスレで同じ形式にした所「読みやすい」との言葉を何度か賜りましたので、
  読みやすさを優先し、同様の形式にしております。

3.あくまで練習で書いていた物なので、現時点では未完結ですが、
  プロット自体は完成しているので、1話ずつ投下しながら書き進めて行きます。
  並行して、完成している分を今回の形式に変更して行くので、
  筆のノリと気分次第で投下頻度がガラリと変わると思われます。気長にお付き合い下さい。


一応、前スレ……と言うワケではありませんが、そのスレで誘導する前にHTML化が完了していたので、
ソチラのスレの名前とURLを記載して、最後に出来なかった誘導の代わりとさせていただきます。

キュゥべえ「ボクを信じてくれ、暁美ほむら」(魔法少女まどか☆マギカ二次創作)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1312812084/
【 このスレッドはHTML化(過去ログ化)されています 】

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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713861164/

トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713798788/

【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713788018/

ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713736565/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:09:33.31 ID:uEaz7Yz/0
第1話「結、魔導に触れる」

夕刻―
人気の少ない小さな埠頭に、白いブレザーと紺色のスカートの制服姿の一人の少女が佇んでいる。

まだ幼く、年の頃は10歳に満たないだろうか?
背の中程まで伸びた長い黒髪が強い潮風に揺られ、制服と共に激しくなびいている。

しかし、少女はそんな潮風など気にする様子もなく、埠頭のギリギリ、
波しぶきが足にかかるような場所まで進み出て、海でもなく空でもない場所を、ただまっすぐに凝視している。

――きっと、私は幸せなんだと思う。

  多分、私のお父さんは他の子のお父さんよりずっと優しくて、
  いつも私の事を何よりも大事に考えてくれていて……。

  多分、私の友達は比べようもないくらい優しくて、
  いつも私の事を気遣ってくれているのに、それを感じさせなくて……。

  だから私もみんなに、いつか、みんなが私にくれたモノの何十分の一でも返していければいい。
  そう思えるくらい、私はみんなから愛されていて……。

  寂しくなんて、ないはずなのに……。

  寂しさなんて、感じなくていいはずなのに……。――

少女「お母さん……」

潮風にかき消されそうなか細い声でつぶやいた彼女の手には、薄桃色のリボンが強く握られていた。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:11:07.99 ID:uEaz7Yz/0


その町は、決して都会とは言えないが田舎町と呼ぶには活気に溢れた、
いわゆる一つの地方都市だった。

海に面した平野部は僅かに切り開かれた国道の通る山間の地形に囲まれ、
都心へのアクセスこそ時間はかかるが、交通の便は決して悪くはなく、
公共交通網が整備された地方都市の趣を持っていた。

それでも規模は決して大きなモノではなく、まだ成長途中とも言える都市は一部が高く聳え、
それ以外が平坦な――そう、まるで一瞬の揺れや音を関知した計測器が作る波形のような――光景が広がっていた。

そんな町に幾つかある小学校の一つ。
その三年生の教室で、二人の少女が一人の少女を挟んで話をしていた。

何故、三人ではなく二人なのか?

別に挟まれた少女の頭ごなしに会話をしているとか、
露骨な無視をしているとか、そう言った事ではなく――

少女1「まだ、起きないねぇ」

少女2「起きないわね……」

少女3「…………」

もう一人の少女が机に突っ伏して眠っているためだ。
それはもう、幸せそうな寝息が聞こえてくるほど、グッスリと、だ。

ちなみに、先ほどの状況説明に加えるなら、彼女たちの話題は、
起きようとしない少女に関して、起きるまで待つか待たざるか、と言う点であった。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:11:55.89 ID:uEaz7Yz/0
少女2「お〜い、結、起きろ〜」

少女の右側に控えた快活そうなショートヘアの少女が、眠りこけた友人に呼びかける。

少女1「ねぇねぇ結ちゃん、もう放課後だよぉ」

もう一方、左側に控えたおっとりとした雰囲気のお団子頭の少女が、
眠りこけた友人の肩を優しく揺らす。

少女3(結)「…………」

一方、友人達に結【ゆい】と呼ばれた眠りこけた少女は、友人の呼びかけに答える事なく、
薄桃色のリボンでまとめられた長い髪だけが、ふらりふらりと揺れ続ける。

少女1「結ちゃ〜ん」

お団子頭の少女は、困ったように先ほどよりも強く揺さぶり続けるが――

結「ん……ふぅ〜……」

僅かに寝息が乱れるだけで、起きる反応は全くない。

少女2「あ〜、もうっ! 香澄、代わりなさい!」

しびれを切らしたショートヘア少女はお団子頭少女――香澄【かすみ】の手を振り払い、結の肩を強く握る。

少女1(香澄)「あ、麗ちゃん、乱暴は……」

友人の暴挙に驚いた香澄だが、今から行われるであろう暴挙を止めるべく、
彼女――麗【うらら】を諫めようとする。

だが、当の麗は香澄の制止の声に耳を貸さず、結の上体を無理矢理に起こすと――
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:13:24.07 ID:uEaz7Yz/0
少女2(麗)「くぉら〜〜!! 結ぃ、起っきろぉ〜〜!!」

教室の外まで響きわたるほどの大声で叫びながら、結の肩を大きく揺さぶった。

香澄「ふわっ!?」

耳元近くの大音声に、香澄は素っ頓狂な声をあげて耳を塞いだ。

麗「……っ、はぁぁ〜」

自らも突然の大声に酷使した肺を休めるべく、麗は大きく深呼吸をした。

それから僅かに、と言うか、たっぷり10秒後――

結「………ふへ…?」

安らかな寝顔を浮かべていた結が、ようやく目を覚ました。

寝ぼけ眼のまま、結は辺りを見渡す。
傾いた日差しが差し込む教室は僅かに茜色に染まり、人影は目の前の友人達以外にはない。

結「麗ちゃん、香澄ちゃん……おはよう、今日は二人とも早いね〜」

まだ状況が把握できていないのか、結は小さなアクビを交えてそんな言葉を漏らした。
どう言うワケか、時間感覚が前に8時間か、後に16時間ほどズレているようである。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:14:03.37 ID:uEaz7Yz/0
麗「どうツッコんで欲しいのか分からないけど、
  それが昼休みからずっと眠りこけてたアンタの代わりに掃除当番まで引き受けた上で、
  上級生の下校時間まで待っていてやった幼なじみに言う言葉かぁ〜〜!?」

結「んあ゛〜〜〜〜ん」

肩を捕まれたまま激しく前後に揺さぶられた結は、まだ半分寝ぼけているかのような悲鳴を上げた。

麗が怒るのも尤もである。

彼女の言う通り、麗と香澄は、眠りこけたままの結の代わりに掃除当番をこなし、
それから1時間以上も起きる様子のない友人を宿題をしながら待っていたのである。

麗「たっぷり3時間も眠った感想はどうだってのよ!?」

香澄「あ、結ちゃん、これ五時間目のノートだよ」

さらに詰め寄らんとする麗に対して、香澄はマイペースにノートを差し出してくる。

結「わぁ、ありがと〜、香澄ちゃん」

麗「こっちにも感謝しろ〜!」

まだ三〜五割は寝ぼけたままの結に、麗は再びあらん限りの声を張り上げた。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:14:42.33 ID:uEaz7Yz/0
それから数分後、校庭を横切る三人の少女の姿があった。

結「麗ちゃん、香澄ちゃん、ごめんねぇ……」

水飲み場で顔を洗ってようやく眠気を振り払った結は、
教室から校門までの道すがら、ひたすら麗と香澄に謝り続けていた。

麗「はぁ〜……。いいわよ、もう怒ってないから」

香澄「私は最初から怒ってないよ〜」

呆れ半分と言った様子の麗と、変わらずおっとりとした様子の香澄がそう言うと、
結は半ば申し訳なさそうに顔を上げた。

麗「まったく……、今日はどうしたの?
  たま〜に昼休み中に昼寝してる事はあったけど、今日はいっくら何でもおかしいよ?」

香澄「もしかして疲れてるの?」

まだ気落ちした様子の結を見かねたのか、麗と香澄は心配そうに声をかける。

結「ん〜〜、えっと、別に疲れてるワケじゃないんだけど」

友人達に迷惑の上に心配もかけたのが心苦しいのか、結は困ったように考え込む。

結「昨日は晩ご飯の片づけと朝ご飯の下拵えをして、お洗濯ものを干して9時に寝て、
  今日も、いつも通り6時に起きて朝ご飯の支度とお弁当を作って、
  7時にお父さんを送り出して、お洗濯ものを畳んで、8時に出て……学校について、授業を受けて……」

麗「うわぁ」

結が思い出すように口にしたスケジュールを聞きながら、
麗は思わず感嘆とも驚きともとれる声を上げた。

結が5歳の頃から当たり前のようにこなしている日課である事は重々承知していたが、
改めて聞かされるとあまりにハードスケジュール過ぎて、コメントに窮する。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:16:24.79 ID:uEaz7Yz/0
結「……あっ!?」

麗「どうしたの、結!?」

不意に何か思い当たる事があったのか、突如として大きく目を見開いた結に、
麗は心配そうに詰め寄る。

結「お昼休みからさっきまでの事、ぜんぜん覚えてない!?」

麗「っ、当ったり前だ〜〜〜!!」

麗はつんのめりかけた体を建て直し、
ボケ倒しの友人の後頭部にスパンと一発、小気味良い音を立てる平手を当てた。

結「う、麗ちゃん、痛いよぉ〜」

麗「ちょっとは目を覚ましなさいよ、このネボスケ」

目を潤ませ、後頭部を押さえて痛みを訴える結に、
麗は呆れ半分どころか、呆れ八割と言った風に返した。

香澄「でも〜、結ちゃん、ちょっとは休んだ方がいいよ?
   おじさんだって、お料理できるんでしょ?」

結「うん……土日の休みにはお父さんが代わりに作ってくれてるんだけど、
  でも、お父さんだってお仕事で疲れてるだろうし……」

心配そうな香澄の言葉に、結は困ったような笑みを交えて返す。

結のその言葉を聞くと、二人はどう言葉を続けていいか分からず、ばつが悪そうに顔を見合わせた。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:17:39.12 ID:uEaz7Yz/0
結「あ、でも、お料理ってすっごく楽しいんだよ!
  色々と覚えると新しい事もチャレンジできるし、
  みんなが美味しいって言ってくれると嬉しいんだよ!」

友人達の様子に、結は慌ててそう言い繕う。

半分、いや、三分の一はウソだ。
麗も香澄も、それは気づいていた。

結が、自分の作った料理を他の人に食べてもらいたいと思って頑張っているのは本当だ。
手作りの弁当からおかずを分けてもらった時、あまりの美味しさを絶賛した時、結が心底嬉しそうにしているのも本当だ。

ただ、結が料理と言う行為自体を心中から楽しんではいない事を、二人は知っていた。

その理由も勿論、彼女が抱いている思いの幾ばくかも把握はしている。

だが――

麗「そだね。今日のウィンナー入りの卵焼き、アレはすっごく美味しかったな〜。
  ねぇ、あとでアレの作り方教えてよ」

香澄「あ、私もほうれん草のお浸しの作り方教えて欲しいな」

麗と香澄は内心の哀しみを押し殺し、笑顔で応えた。

本当は別の話題を振ってでも軌道修正した方がいいのだろうが、
そんなあからさまな事をすれば気を遣わせている事に気づき、彼女はもっと思い詰めるだろう。

だから、敢えて無理に話題を変えるような事はしなかった。

結「じゃあ、あとでレシピ持ってくるね」

結が笑顔でそう言うと、話題に区切りを付けやすくなったのか、
三人の会話は次第に別のものへと変わって行った。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:18:32.02 ID:uEaz7Yz/0


夕刻、日本某所――

五人組の集団がある方角に向けて移動を行っていた。

先頭を行くのはセミロングの金髪に灰色の服を身にまとった二十歳前と思われる妙齢の女性。

その後方に三人、似たような年齢とやはり灰色の服を纏った男が二人、彼らより僅かに若い少女が一人。
そして、彼らに囲まれるようにして十歳前後とみられる、黒服に長い銀髪の少女が一人。

少女は、その長く鮮やかな銀髪を除けばその顔つきから日本人、或いはそのハーフと思われ、
あとの四人も背格好や顔つきから欧米系の人間だと分かる。

多少、特異な出で立ちではあるが、端から見れば子供連れの若い観光客か何かに見えない事もない。

もっとも、彼女達がいる場所が、ビルを眼下に置く空でなければ、だが。

そう、彼女達らが今いるのは空。

足下にあらゆる足場の存在しない場所。
本来、人が存在しているハズのない場所。

彼女たちは、飛行や滑空に必要と思われる装備の一切を用いずにその場にいたのだ。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:20:07.29 ID:uEaz7Yz/0
女1『まったく、綺麗に散らばっておくれだねぇ。
   用意周到ってのはこう言う事か?』

先頭を行く女性が、手に持った杖型の機械に据え付けられたディスプレイを見ながら、苛ついたように呟いた。

その言葉は日本語ではなく、英語であった。
よく見れば、五人全員がデザインに違いはあれど同じような杖型の機械を携えていた。

特に銀髪の少女が持つ漆黒のソレは、彼女の背丈よりも大きく、
先端で三つ叉に分かれた十字型の槍のようにも見えた。

男1『すまねぇ……まさかあんなトラップまで仕掛けられるとは思わなかった』

後方にいた男性の一人が、やはり英語で申し訳なさそうに漏らす。

すると――

少女『気にしなくていいよ……、術式が巧妙すぎて、普通は気づかない。
   多分、仕掛けたのはAランク以上の人……』

銀髪の少女が、男性を気遣ってか穏やかな、だがあまり抑揚の感じられない声音で呟いた。

但し、その言葉はロシア語。

女1『お嬢の言う通りだよ。それに、アタシらの任務は三つ以上、試作ギアを回収して持ち帰る事だ。
   研究院のエージェント共に邪魔される前に散らばったギアを見つけるよ』

しかし、先頭の女性はそれを気にした風もなく、英語のまま言葉を紡ぎ、お嬢と称された少女も無言のまま頷く。

女2『はい』

男2『了解です』

そして、後方にいた女性ともう一人の男性が口にしたのはドイツ語とイタリア語であった。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:21:45.81 ID:uEaz7Yz/0
空を飛んでいると言う事実ですら受け入れがたいと言うのに、
彼女達は二つ以上の言語を自然に使いながら、
タイムラグを感じさせる事なく会話を成立させていた。

年長の四人が語学に長けていると仮定するのは容易いが、
それでも銀髪の少女が自分で話す以外の言葉を、
それも3種の外国語を聞き分けているとは思い難い。

それに、五人全員が語学に長けているのなら、
それはそれで一つの言語を使った方が遥かに効率的である。

男2『隊長、反応が一つ弱くなっています』

女1『ああ、コッチでも確認したよ。距離が離れすぎたみたいだねぇ……』

イタリア語の男性に隊長と呼ばれた先頭を行く女性は、ため息まじりに呟き、
ゆっくりと速度を緩めて上空で静止する。

同様に後方の四人も彼女を囲むようにして止まった。

少女『……じゃあ、ボクが行くよ。長距離ならボクの足が一番速い……』

女1『いえ、お嬢を一人にするワケにはいかないんですよ。さて、どうしたものかねぇ』

少女の提案を却下すると、隊長と呼ばれた女性は杖型の機械を持っていない左手を眉間に押し当てて考え込む。

女1『………反応が遠いって事はエージェント共もすぐには対応できないだろう。レギーナ、アンタ一人に任せるよ』

十数秒の沈黙の後、隊長と呼ばれた女性はドイツ語を遣っていた女性――レギーナに指示を出し、レギーナも無言で頷く。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:23:18.83 ID:uEaz7Yz/0
女1『ついでに、ここからは分かれて行動する。

   クライブとジルベルトは北寄りの反応を追いかけな。
   エージェント共が来そうな拡散地点から近い南寄りはアタシとお嬢で追う。

   集合地点はレギーナの向かう反応のある場所だ。
   レギーナ、捜索地点についたら全員に集合地点を伝えな』

女性は先ほど考えついた事を、他の三人にも伝達する。

男1(クライブ)『おうっ、名誉挽回と行くか!』

男2(ジルベルト)『了解です、キャスリン隊長』

英語の男性――クライブと、イタリア語の男性――ジルベルトが応える。

少女『……じゃあ、キャス…よろしくね』

少女はゆっくりとした動きで、隊長――キャスリンの近くまで浮遊する。

女1(キャスリン)『万が一、エージェントと接触したら無茶せずに救援入れるか逃げるんだよ。……行動開始!』

キャスリンが号令を出すと、五人は一斉に三組に分かれてそれぞれの方角へと散った。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:24:16.54 ID:uEaz7Yz/0


再び、某地方都市の小学校――

日付は変わって翌日の放課後。

帰り支度や掃除の準備を始めたクラスメートを後目に、
手早く帰り支度を終えた麗が、結の元に駆け寄る。

麗「お〜い、結。起きてる〜?」

結「今日は寝てないよ〜」

半ばからかい口調の麗に、結は帰り支度をしながら困ったように返した。

そんな二人の元に香澄も歩み寄って来る。

香澄「後ろから見てると、ふらふらしてて、今にも眠りそうだったけど、大丈夫?」

麗「先生も、結が大変なのは知ってるんだから、
  どうしてもって時は保健室で休んで来た方がいいんじゃない?」

二日続けて親友二人に心配され、結は少しだけ困ったような笑みを浮かべた。

結「大丈夫だよ。もう三年も続けてるんだから」

結は笑顔で返すと、立ち上がって鞄を背負う。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:26:46.63 ID:uEaz7Yz/0
結「今日は麗ちゃんも香澄ちゃんも習い事の日でしょ?
  私、図書室で借りた本返して、新しい本を借りてから帰るから、先に帰ってて」

麗「あ、ちょっと結!」

半ば早口で言って駆け出した結の肩に手を伸ばした麗だったが、
その手は空を切って、友人の肩を掴む事はなかった。

結「じゃあ、また明日ね」

結は一瞬だけ振り返ってそう言うと、また駆け出した。

教室を出て、別の棟の三階にある図書室へと向かう渡り廊下の途中、
防火扉の待機場所にあるスペースの前で、結はしゃがみ込む。

結「……ハァ…ハァ」

結はしゃがみ込んだまま、乱れた呼吸を整える。
急に走ったため、ではない事は、額に浮かんだ汗の量が物語っていた。

結は半ば這うようにして、防火扉の影にある一角へと身を滑り込ませる。

一部の特別教室に行く以外の通用の便の悪さから、元から人通りの少なかった渡り廊下だが、
防火シャッターの影は窓からも廊下からも人目につかない場所だった。

結(気持ち……悪い……、からだ……熱い……)

日の当たらない場所で、結は背負った鞄ごと壁に背を預けたまま、苦しそうに喘ぐ。

急激な吐き気にすら似た嫌悪感と、全身が熱くなるような感覚。
ここ半月ほどずっと感じていた体調不良は、昨日から激しさを増していた。

そう、昨日は別に居眠りをしていたワケではない。

今ほどではないにせよ、押し寄せる嫌悪感と熱に、教師に不調を訴える事もなく気を失ったのだ。

気づかれなかったのは、普段からの年齢に似合わないハードワークを労った担任教師と、
目を覚ますまで待ってくれていた――とは言え、結局は叩き起こされたが――友人達の心遣いのお陰だった。

それを反省して、今日は授業終了まで何とか耐えてみたが、やはり、無理はいけなかったようだ。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:29:18.19 ID:uEaz7Yz/0
結(おか、あさんと……同じ、かな……)

結は、不意にそんな事を思い浮かべていた。

もうお気付きかもしれないが、結には母親がいない。

亡くなったのは三年前、結が五歳の頃、まだ幼稚園に通っていた頃だ。

亡くなる数ヶ月前から、今の結と同じような症状を定期的に繰り返し、
入院先の病院で自分に看取られながら、眠るように逝った。

原因は衰弱死。

体を動かすのもままならない程の吐き気と高熱に体力を奪われたから、と医師から説明を受けたが、
肝心な吐き気と高熱の理由は解明されていない。

結自身も、体調不良を起こしても、眠った後などはウソのように体調が回復した事もあり、
母が亡くなってからと言うもの男手一つで育ててくれた父に心配をかけまいと、気丈に振る舞っていた。

だが、それももう限界のようだ。

結(おとうさん……泣いちゃう、かな……? やだ、な……)

母と同じ症状、それを聞いた瞬間の父の事を思い浮かべ、結は苦しさと悲しさで顔をゆがめる。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:30:08.36 ID:uEaz7Yz/0
原因不明と聞かされていたのがよく分かる。

まるで、全身の至る所から得体の知れない“何か”が入り込み、体の隅々で暴れ続けるような感触。

体の内も外もなくなってしまうかのような感触は、
吐き気と形容してもいいものかと思うほどの強烈な嫌悪感を生み、暴れ続ける“何か”は激しい熱を生む。

目眩や熱病なんて生易しいレベルではない。

結(とりあえず、少し、休まないと………)

ほんの短時間でもいい、眠りさえすれば体調は回復するのだ。

結「うらら、ちゃん……かすみ、ちゃん……おとう、さん………おかあ、さん……」

結は大切な人達の名を譫言のように呟きながら、気を失った。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:31:13.29 ID:uEaz7Yz/0
次に結が目を覚ましたのは、それから一時間後だった。
遠くから高学年の授業の声が聞こえて来るのが分かった。

結「ふぅ……はぁぁ……」

ゆっくりと目を覚ました結は、胸をなで下ろすようにして深呼吸する。

やはり、眠りから目覚めると、体調は驚くほど回復していた。

結(何ともない……けど……)

もう、隠し通せる自信がない。

二日連続しての気絶。
一度目は教室、二度目は放課後の人気のない渡り廊下。

次に倒れるのはいつだろう?

仕事から帰って来た父を出迎える玄関?
友人達と待ち合わせる通学路?

前に教室で気付かれなかったのは、ただ運が良かっただけ。
次は、おそらく気付かれる。

結「お父さんに……話さないと、ダメ、だよね……」

結は悲しさと悔しさの入り交じった声で呟きながら、のろのろと立ち上がった。

悔しさでこぼれかけた涙を袖口で拭うと、
結は最初から寄る予定のなかった図書室ではなく、
玄関に向けてトボトボと歩き出した。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:31:51.64 ID:uEaz7Yz/0


結は俯いたまま家路についていた。

父にどう話せばいいかも分からず、無為な回り道をしながらの、帰宅とも言えない放浪に似た歩み。

気付けば日も落ちようという中、自宅のあるマンション近くの公園に結は差し掛かっていた。

公園の向こうに見える少し長い林道を抜ければ、マンションはもう目の前だ。

横目で公園の遊具に目を向ける。

真っ先に目に飛び込んで来たのは、ブランコ。

まだずっと幼かった頃、父と亡き母に引いてもらって揺られたソレだった。

人気の無い公園で、風で微かに揺れるブランコ。

その揺れに引かれるようにして、結は歩み寄って行く。

母の事を思い出すのが苦しくて、もう三年も乗っていなかったソレに、結は何の気なしに腰掛ける。

ショックと悩みで、そんな思いは吹き飛んでいるのだろう。

結は俯いたまま、ブランコを軽く揺さぶった。

無意味に視線を泳がせ、時間が過ぎるのを待つ。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:33:37.65 ID:uEaz7Yz/0
結(お夕飯の支度、しないと……)

あと二、三時間もすれば父が帰って来る時間だ。

悲しいかな、三年続けた炊事と言う生活習慣が、結を現実へと引き戻した。

悩もうが悔やもうが、もう逃げようがないのだ。

僅かだが、また暴れ始めた“何か”を感じながら、
結はブランコから立ち上がろうとした。

その時だった――

結「?」

不意に視線の先に、微かな輝きが見えた。

日は既に落ち、街灯からも遠い場所で、何の光を反射したのかは分からないが、
地面で何かが確かに輝いている。

結「何、かな?」

結は不思議そうに漏らし、その輝きへと歩み寄り、拾い上げる。

そこにあったのは、鈍い銀色をした指輪。

別に綺麗でも何でもない。

鉄か鋼か、まぁ、そんなありふれた質感の、
指輪と言うにはちょっと気の引けそうな金属の輪っかだ。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:34:16.26 ID:uEaz7Yz/0
結「ナット、かな?」

ボルトナットのナット。
杭型のボルトとセットでお馴染みの金属製の輪。

結の形容は言い得て妙であった。

コレがあんな輝きを一瞬でも放ったのかと、結は首を傾げる。

だが――

???<check>

ナットもどきが、そんな"声"を漏らした。

結「ふぇ?」

突然の出来事に、結はそんな声にもならない音を漏らす。

その“声”は、耳ではなく、何故か頭の中に流れ込むように響いて来ていた。

直後、ナットもどきが溶けるようにして形を変え、結の右人差し指にまとわりついた。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:34:55.14 ID:uEaz7Yz/0
結「え? う、ウソ!?」

結は慌てて、そのナットもどきを離そうとしたが――

結「え? な、何? 英語?」

頭の中に流れ込む、聞き覚えの薄い言葉に困惑の声を上げる。

結「日本語に設定?

  マリョクジュンカン?
  マリョクドウキ?
  マリョクトクセイサイテキカ?

  な、何これ!? 何なの!?」

頭の中に流れ込む言葉が、不意に膨大な奔流へと変わる。

日本語なのは分かる。
だが、聞き覚えのない単語は、最初まで聞こえていた異国の言葉よりも理解に遠く、
また、一部を認識するのすら精一杯と言う言葉の激流は。結の混乱を加速する。

ナットもどきは淡い光すら放ち始めていた。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:36:22.52 ID:uEaz7Yz/0
結「ヨジョウマリョク…カイホウ? え、解放って……何するの!?」

結はもう恐ろしさのあまり、ナットもどきがまとわりついた右手を、
少しでも体から離そうと目を背けるようにして視界から遠ざける。

直後、視界を焼き尽くすかのような強烈な光が夜空に向けて放たれた。

結「きゃあぁぁ!?」

その光量に、結は思わず悲鳴を上げていた。

しかし、すぐに光は止む。

その間、僅かに一秒足らず。

???<システムエラー発生、魔力許容量オーバー。登録作業を強制終了します。

    メモリー異常発生、記憶領域にノイズが発生しています。
    模擬人格層はセーフモードで起動されます。

    整備マニュアルに従って再起動、あるいは手動で登録作業を実行して下さい。繰り返します……>

今度はしっかりと聞き取れるスピードの言葉に、結は恐る恐る目を開ける。

すると右手には、あのナットもどきはなかった。

代わりにあったのは、白銀のリングに埋め込まれた愛用のリボンと同じ薄桃色のハート型のクリスタルに、
チェーンで繋がれた銀色の翼と言う、どこか可愛らしいデザインの指輪であった。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:37:03.52 ID:uEaz7Yz/0
結「こ、これ……さっき、の?」

結は、ナットもどきから驚くべき変貌を遂げた指輪を、驚きのあまり目を丸くして見入った。

???<敵性反応が接近しているよ、マスター。迎撃体制へシフトして!>

結「へ?」

先ほどまでの機械的な言葉の羅列とは違う滑らかな声に、結は不意を突かれる。

????『ねぇ、お嬢ちゃん』

そして、驚く間もなく背後から聞こえる、“日本語”で聞こえる耳慣れない言葉。

????『その指輪、お姉さんに渡してくれるかしら?』

結が振り返ると、そこにいたのは見慣れないデザインの灰色の服を身にまとった女性だった。
手には腕ほどの長さもある銀色の杖のような形をした機械。

結(な、何で……日本語じゃないのに……知らない言葉なのに……何で、分かるの?
  そ、それに、このお姉さんの格好……)

連続する意味不明な現象、そして、異様な風体の女性。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:37:42.21 ID:uEaz7Yz/0
????『お姉さん、ソレを探していたの。コッチに渡してくれない?』

???<僕を渡しちゃダメだよ、マスター。
    彼女の持っているギアから敵性反応が出ている。彼女は敵だ>

困惑する結を後目に、女性と頭に響く声が別々の要求と情報を突きつけてくる。

どちらが信用できるか分からない。
或いは、どちらも信用できない。

かと言って、すぐさま逃げ出すのは危険に思えた。

結「あ、あの、お姉さんは……だ、誰ですか?」

????『誰だっていいでしょ。ねぇ、お願い、ソレが必要なのよ』

絞り出すような結の問いかけに、女性は焦ったように返した。

名乗ろうともしない。

だが、どうしてもこの指輪が欲しいと言うのは分かる。

結「ね、ねぇ、君は、この指輪だよね? 名前、教えて」

結は、頭に響く声の主が指輪だと仮定して語りかけた。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:38:37.78 ID:uEaz7Yz/0
突如として形を変えた指輪。
形を変えてから頭に響いた声。

突如として現れた目の前の女性と言う状況。

もはや、自分の中で生まれた”もしも”の可能性すら信じてみなければ、
自分の得て来た一般常識では今の状況から抜け出す事など出来ない。

結は直感的にそう感じた。

???<僕の名前はエール。識別ナンバー、WX82。
    第五世代試作型魔導機人ギア、エールだよ、マスター>

果たして声は、エールと名乗った。

信じられないが、この指輪が声の主である事も間違いないようだ。

????『いいから、渡しなさい!』

しびれを切らしたのか、女性は結へと手を伸ばす。

結「っ!?」

だが、結は反射的に身を引いていた。

それなりに離れた位置だった事が幸いし、
女性の手は結の僅か数センチ横を掠めただけだった。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:39:34.39 ID:uEaz7Yz/0
結は左手で右手を覆うようにして指輪を庇う。

結「え、エールは名前を教えてくれた……。
  知らない人に、エールは渡さない!」

結はそう言って数歩、後ずさる。

????『………ああっ、もう!
     一般人相手に手荒な真似するのは隊長の流儀に反するって言うのに……!
     お嬢ちゃん、悪いけどちょっと実力行使させてもらうわよ!』

女性はそう言うと、手に持った杖をスッと掲げた。

????『起動認証。レギーナ・アルベルト……』

女性ーレギーナの言葉に呼応し、杖に淡い光がともる。

レギーナ『起きなさい、ビーネ!』

レギーナの持った杖が、その声と共に鈍い黄色に変色した。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:40:31.74 ID:uEaz7Yz/0
エール<相手はギアのセーフティを解除したみたいだ。コチラも応戦準備をしないと>

結「お、応戦って? も、もしかして、ケンカをしろって言うの!?」

エールの言葉に結は慌てふためく。

選択肢のどちらか一方が必ずしも正解とは限らない。

名前も名乗ろうとしない怪しい人物の要求を突っぱねたら、まさかケンカになろうとは……。

あの杖で殴られたら、多分、かなり痛い。

レギーナ『軽めの魔力弾よ。当たれば痛いけど、二、三時間くらい麻痺する程度で済むわ』

レギーナはそう言って、杖の先を結に向けた。

瞬間――

結(何か、来る!?)

直感的に、いや、必然的に結はそう感じた。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:41:16.90 ID:uEaz7Yz/0
杖の先に、光が集まって行くのが見える。

アレが何なのか、結には分からない。

だが、それが敵意を持つ事は結にも分かった。

あの光が、自分に襲いかかる。

得体の知れない光に、結は先ほどのような反応はできなかった。

エール<魔導防護服、緊急展開!>

光が放たれると同時に、エールの声が強く響いた。

直後、結の全身を先ほどと同じ光が包んだ。

光は一瞬にして収束し、一枚のマントのようになって結にまとわりつく。

結「きゃっ!?」

自分がマントを纏った事など気付かないまま、結は体を硬直させる。

だが、レギーナの杖から放たれた光は、結に直撃する直前で霧散する。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:42:15.25 ID:uEaz7Yz/0
レギーナ『なっ、この至近距離からの攻撃に、魔導防護服の展開が間に合うなんて!?』

レギーナは驚いたように叫ぶと、後方に大きく跳躍して距離を取る。

結「と、飛んだ!?」

そのあまりの跳躍距離に、結は驚いたように漏らす。

距離にしておよそ15メートル強、助走距離もなくバックステップで出せる記録ではない。

エール<魔力で体を押し上げて、短い距離を飛行しただけだよ>

結「ま、魔力って!? さっきの光……、そ、それに、このマントは何!?」

最早、理解の範疇などと言う生やさしいモノを全て飛び越えてしまった状況に、
結は悲鳴じみた驚きの声を漏らすだけだ。

エール<大丈夫、落ち着いてマスター。
    さっきの魔力弾も短距離飛行も、ただの基礎魔法だよ>

結「ま、ま…ほう…?」

何とか聞き慣れた、だが、まるで実生活に馴染みのない言葉に結は呆然と漏らす。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:43:50.60 ID:uEaz7Yz/0
エール<相手の魔力量はCからBクラス程度。
    まぁ、戦闘要員としては決して弱くはないけどマスターの敵じゃないよ>

この非日常的な状況を、さも当然とでも言わんとエールは淡々と語る。


結「わ、私、魔法使いになっちゃったの?
  へ、変身とかしちゃってるの?」

結は愕然としつつも、変身と言うのもおこがましいマントだけの装備を見渡す。

エール<マスターの魔力なら、あの相手くらいの魔法は全部、緊急用装備で十分防御できるよ。
    だけど、さすがに放っておくワケにもいかないね。
    マスター、僕を起動して>

結「き、起動? スイッチを押せばいいの?」

エールの言葉に、結は慌てて指輪を見るが、それらしきモノは存在しない。

エール<まだキーワード設定が終わっていないから、さっき、相手がやったようにすればいんだ。
    起動認証って言った後、自分の名前を言って、それから僕の名前を呼んで>

結「う、うん。
  え、えっと、き、キドウニンショウ……」

結は恐る恐る、右手を掲げる。

すると、指輪ーエールの本体に薄桃色の光が収束して行く。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:44:40.13 ID:uEaz7Yz/0
レギーナ『くっ、試作型とは言え、第五世代の機人ギアなんて起動されたら、
     第三世代の汎用ギアじゃ歯が立たないじゃない。起動なんてさせるものですか!』

レギーナは慌てたように、先ほどよりも大きな魔力の弾丸を連続で打ち出す。

だが、それらは全て結の目前で霧散して行く。
まるで、見えない壁か何かに守られているようだ。

結「ゆ、譲羽、結! エール!」

そして、その言葉は紡がれた。

先ほどのような爆発的な光があたりを包み込む。

結「キャッ!?」

凄まじい光量に、再び悲鳴を上げ、目を瞑る結。

レギーナ『わぁっ!?』

レギーナも、その圧倒的な光ー魔力の奔流に驚きの声を上げて目を背ける。

そして、二人がゆっくりと目を開けると、
結の右手から指輪は消え、代わりに白銀の杖が握られていた。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:45:58.15 ID:uEaz7Yz/0
どうやら今度は、エールが指輪から杖へと姿を転じたようだ。

もっとも、装飾も何もないそれは、杖と言うよりは棒と言った方が正しいだろう。

レギーナ『防護服どころか、ギアまでエマージェンシーフォーム……ど、どこまでバカにする気!?』

その状況に、ついにレギーナは激昂し、杖を両手で構える。

レギーナ『ビーネ! 魔力最大チャージ! 投射術式展開!』

レギーナの声に反応し、彼女の構えた杖の先端に光の円陣らしいモノが現れる。

そして、その円陣に向けて今までとは比べモノにならない力が集められて行くのが、結にも分かった。

だが、しかし――

結(あれ、あんまり、強くない?)

結は集められてゆく魔力を見ながら、そんな事を思っていた。

今までの魔力弾を、こともなげに防御してしまった事もあってか、
それとも、この状況に危機を感じるべき感情の一部が麻痺してしまったのかは分からない。

だが、結の直感は目の前の大きな魔力を、驚異とは感じていなかった。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:46:44.62 ID:uEaz7Yz/0
レギーナ『マギアランツェ!』

レギーナの言葉と共に、円陣から鋭く尖った魔力が放たれる。

マギアランツェ――ドイツ語で魔力の槍の名に恥じない、鋭く、長い魔力の弾丸だ。

蜂と言う名を付けられた杖から放たれるのに、実に相応しい魔法であろう。

もっとも、放たれた後でも、結は危機感を覚えてはいなかった。

エール<結、前に向けて魔力を解き放つんだ!>

結「う、うん!」

戸惑いこそあったが、エールの言葉に的確に反応する事が出来た。

結(あの人がやったように、杖を前に突き出して……)

結は杖の先端をレギーナに向け、前方に意識を集中する。

エール<意識を集中してくれれば、あとは僕が調整するよ。さぁ、撃って!>

結「……いっけぇ!」

エールの合図で、結は叫ぶ。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:48:10.72 ID:uEaz7Yz/0
直後、杖の先端で爆発が起きた。

いや、爆発のようなモノが起きた。

それは、魔力の奔流。

レギーナ『う、うそ……でしょ?』

レギーナが最後に見たのは、自身の最強魔法であるマギアランツェが、
まるでマグマの中に放り込んだ爪楊枝のように、
あっという間にかき消されて行く瞬間だった。

魔力の奔流は一瞬でレギーナを包み込み、何ものも傷つける事なく通り過ぎて行った。

結「…………す、すご、い」

自らの放った魔力弾の巨大さと、その巨大な魔力弾が何事もなく通り過ぎると言う状況に、
結は二つの意味で驚いていた。

先ほどまでと何も変わらない光景の中、
唯一、先ほどまで立っていた敵が前のめりになって倒れていた。

エール<純粋魔力弾は、魔力相手にしか反応しないからね。
    殺傷力も破壊力もないけど。まぁ、向こうは、全魔力を相殺されてノックアウトって所だね>

エールはどこか満足げにそう言うと、杖から指輪へと姿を転じる。

どうやら敵に戦闘続行できるだけの能力が無いと判断したようだ。

結のマントも、それに合わせて光の粒子となって消える。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:49:31.28 ID:uEaz7Yz/0
結「ね、ねぇ、あの人、大丈夫?
  どこかケガしたりしてないかな?」

エール<多少の痛みは感じたと思うけど、魔力を失って気絶しただけだよ。
    多分、数時間すれば目も覚ますよ>

恐る恐る訪ねる結に、エールは問題ないと言いたげな口調で応えた。

エール<さっきまで襲いかかって来ていた敵を心配するなんて、結は優しいね>

結「う、うん……あ、ありがとう……」

どことなく嬉しそうなエールに、結は戸惑い気味に返す。

確かに、彼女を気遣ってもいたが、
半分は自分の成した事に対する恐ろしさもあっての事だった。

エールの言葉でその事実に気付かされ、結は僅かに自己嫌悪を覚える。

エール<ともかく、相手が目を覚ます前にこの場を去ろう。
    目を覚ましても二、三日は魔法もギアを使えないだろうけど、
    短い距離なら魔力を辿られる危険もあるからね>

結「う、うん……あ、でもその前に」

エールの提案に頷いた結だったが、すぐに頭を振ってレギーナの元に駆け寄る。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:50:52.37 ID:uEaz7Yz/0
結「この人、ずっとここに倒れさせておいちゃいけないから……」

そして、彼女が目を覚ます事がない事を確認すると、
うつ伏せに倒れたままのレギーナの上体を起こす。

結「お、重い……ぃ」

さすがに小学三年生の力では持ち上げられなかったのか、
レギーナを背負おうとした体勢のまま、結は硬直してしまう。

エール<僕の方で補助するよ。魔力を台車変わりにするから>

エールがそう言うと、レギーナの体が僅かに浮き上がり、
結の体にかかる負担も僅かに軽減される。

エール<ゴメン、結の魔力適正だとコレが限界みたいだ>

結「ううん、すごく楽になったよ。ありがとう、エール」

礼を言いながらも結はドーム型の遊具の中へとレギーナを運び込む。

結「風邪ひいちゃったら、ごめんなさい」

結は小声でそう言いながら深々と頭を下げると、
やや警戒気味にゆっくりと後ずさると、踝を返して走り出した。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:52:56.63 ID:uEaz7Yz/0
結(私………これから、どうなっちゃうんだろう……)

エール、謎の女性、そして、魔法。

様々な出来事が、僅か数分の間に自身へと降り懸かった。

ただ、数分前まで確かに感じていた、強烈な不快感と熱は、何故かウソのように消え去っていた。


時に、西暦1996年の冬。
まだ幼い八歳の少女と、その後の彼女の運命を変える魔法との出会いであった。



第1話「結、魔導に触れる」・了
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/15(木) 22:54:24.78 ID:uEaz7Yz/0
今回はここまでとなります。


もしよろしければ、第2話以降もお付き合いいただけると嬉しいです。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/15(木) 23:02:41.96 ID:KPMsQFJ90
乙ですたー!
お待ちしておりました!次回も楽しみにさせていただきます。
それにしても結はエエ子や…この子に円環の女神と白い魔王、黒い雷神のご加護がありますように。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/16(金) 00:06:53.36 ID:yYSjI5lx0
早速の感想レスと……当然の事ながら、早速バレたw

ともあれ、結の事も気に入っていただけたようで、ありがとうございます
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/17(土) 21:04:14.84 ID:WOHuuPEjo
乙です。誘導が間に合わんかったのね…
俺なら泣いてるなぁ……
もったいないオバケだよ
そんじゃ、期待してますね
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) :2011/09/17(土) 21:23:00.20 ID:dMAItn8J0
また読んでくれている人が一人……有り難い事です。

では、第2話、投下開始します。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:24:11.68 ID:dMAItn8J0
第2話「結、運命と出会う」



日本、某県地方都市、その高層マンションの一室――

ごくごく普通の少女、譲羽結が自らをエールと名乗る指輪と出会ったその日の夜の事。

非日常へと足を踏み入れてしまった結だったが、
高鳴る鼓動とある種の恐怖にも似た記憶から逃げるようにして帰宅し、
現実逃避がてらに夕食の準備に没頭していた。

結「ん〜……ちょ、ちょっと、やり過ぎちゃった、かな?」

ふと我に帰った結は、食卓に並べられた料理の数々を見渡しながら、苦笑いを浮かべる。

半ば無意識的に作り始めた好物の麻婆豆腐に始まり、
出汁巻き卵、鳥の唐揚げ、一口餃子、エビフリッター、
アスパラのベーコン巻き、ポテトサラダと微妙に夕食のメインを飾るおかずが多すぎである。

とりあえず、ポテトサラダは明日の朝食に回し、
出汁巻き卵と唐揚げ、アスパラのベーコン巻きは今から冷凍して明日のお弁当に詰めるとしても、
副菜の座をお互いに譲ろうとはしないであろう一口餃子とエビフリッターはどうするべきか?

結「……フリッターは明日、エビマヨにしよう」

今日は中華の気分だ。多分。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:25:42.46 ID:dMAItn8J0
結「あ、そうだ……タコの賞味期限が今日までだったんだ!」

結は慌てて冷蔵庫に駆け寄る。

と、そのドアに手をかけた瞬間、右手人差し指に光る指輪に目が行く。
薄桃色のクリスタルがはめ込まれた、羽のチャームのついた白銀の指輪。

結「…………」

意識が現実に引き戻される。
いや、現実逃避はしていたが、意識そのものはずっと現実の中にいた。

利き手の人差し指についている以上、手元を見る事の多い料理中は常に目に止まっていたのだから、
元より現実逃避など意味がないのだ。

強いて言うなら、つい二時間ほど前の記憶を否応なく思い出させられていた、と言った方がいいだろう。

もちろん、集中など出来ていたかは定かではない。
ただ、味付けは律儀に確認したのでそちらは問題ないが……。

ともあれ、結は指輪を隠すように左手を添えた。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:26:55.39 ID:dMAItn8J0
エール<大丈夫かい、結?>

不意に頭の中に声が響くが、結は別に驚いた様子もなく、小さく息を吐く。

この声の主こそ、この指輪当人――エールだ。

結「私は大丈夫だけど……あのお姉さん、大丈夫かな?」

結は辛そうに瞼をひそめ、
先ほど、自分が気絶させた女性の事を思い出していた。

生まれて初めて出会った、本当の魔法。

興奮と困惑から醒めてみれば、それは決して物語の中のようなファンタジーさのかけらもない、
魔力と言う得体の知れない力のぶつかり合いだった。

幼い頃から見て来た空想の中の魔法は、もっと華やかで憧れの対象のようだったが、
あれではまるで拳を使わないだけの力と力のぶつけ合いだ。

何故か自分が圧勝できてしまったため、実感こそ少ないが、
あれは本来、争いごとに使うような力なのではないだろうか?

結「何だか、魔法って、怖い……」

結はぽつりと、正直な感想を漏らした。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:29:21.32 ID:dMAItn8J0
エール<僕も記憶領域に大部分にエラーが発生しているから詳しく説明するのはできないけど、
    現代の魔法が戦闘向きである事は否定できないかな>

対して、エールは結の言葉に淡々と応えた。

結は自分の想像が当たっていた事に落胆を覚えると同時に、
その力が自分にも宿っている事に恐怖を覚えていた。

エール<でも、君があの時にやったように、
    魔力で物を運ぶような魔法の他にも、
    物を熱したり冷ましたり、光を灯したり、
    空を飛んだりするような魔法がある事も事実だよ>

そんな結の気持ちを察してか、エールはそう言葉を続ける。

エール<魔法は本来、そうあるべき。
    僕の記憶領域にもそう記録されているよ>

結「そっか……、そうなんだ」

エールの言葉に結はホッとしたように表情を和らげる。

エール<それに、結が倒した敵だって、
    魔力が尽きて倒れこそしたものの、命に別状はないよ。

    君が人を傷つけるのが嫌だって言うなら、
    僕はその思いに応えるよう、努力する>

結「エール……、ありがとう」

エールの優しくも頼もしい言葉に、結は目尻にうっすらと涙を浮かべて礼を言う。

出会ったばかりの風変わりな姿の友人は、その見かけとは裏腹に、とても人間的であるようだ。

結はハート型のクリスタルを優しく撫でる。

その時だった――
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:31:55.56 ID:dMAItn8J0
?「ただいまー!」

玄関から男の声がした。

結「あ、お父さんだ。おかえりなさーい!」

父の帰宅に、結は振り返りながら元気な声で返す。

と、先ほどまでの現実逃避の成果が再び目に入った。

明日以降に回す品々を片付けるのを忘れていた。

父「お、今日は御馳走だな!」

スーツのネクタイを緩めながら入って来た結の父・功【いさお】は、驚いたように漏した。

優しさと嬉しさの入り交じった笑顔を浮かべ、料理の数々を見渡す。

本来なら、作りすぎと怒り出しても良さそうなものだが、功にそんな様子はない。

結「ボーっとしてたら、明日のご飯の準備もしちゃって……。今日は麻婆豆腐と一口餃子だよ」

途中で決まった事だったが、結は申し訳なさと恥ずかしさの入り交じった声で呟く。

父(功)「何だ、そうだったのか」

この量を一回で食べきるつもりだったのか、功はどこか残念そうに漏らした。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:33:03.49 ID:dMAItn8J0
結「あとタコと春菊を醤油ドレッシングで和えた中華風サラダも付けるから」

そんな父の様子に困ったような嬉しいような笑みを浮かべながら、結は父から鞄と上着を預かる。

結「今日も疲れたでしょ?
  先にお風呂に入って来ちゃってよ。
  その間に料理の仕上げしておくから」

功「うん。じゃあ、そうさせてもらおうかな」

普段通りのやり取りを交わした父娘は、いつものように一旦別れる。

結は風呂場へと行く父を軽く見送って、上着と鞄を所定の位置に戻すと、
キッチンへと戻って料理を再開する。

予告通り、タコと春菊を使った中華風サラダを作り、
さらにサプライズで、余ったベーコンとネギを使った炒飯を加え、夕飯は完成した。

実に中華で豪華なラインナップであった。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:34:21.14 ID:dMAItn8J0
夕食とその後のテレビを見ながらの歓談を終え、
残った明日の準備と入浴を終えた結が部屋に戻ったのは九時を回ってからだった。

エール<優しそうなお父さんだね>

部屋に戻った結が、脱いだままだった制服の上着をハンガーにかけている最中、
それまで発言を控えていたエールが話しかけて来た。

結「うん、自慢のお父さんだよ」

結は言葉の通り、自慢げに胸を張った。

三年前、母が亡くなってから男手一つで自分を育ててくれたのだ。

無論、寂しくないと言えばウソになるが、
その寂しさを感じさせないよう、いつも気を配ってくれている。

優しく、頼もしい父なのだ。

制服と学校の準備を終えた結は、お気に入りのリボンを枕元に置き、
ベッドに潜り込むと、枕を胸元で抱え込むような体勢でうつ伏せになる。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:35:30.83 ID:dMAItn8J0
結「えっと、エールは魔導……」

エール<魔導機人ギア。
    魔導師が魔法を使う手伝いをする、端的に言えば魔法の杖だよ>

思い出すように言いかけた結に、エールは説明を始め、さらに続ける。

エール<魔導ギアは、登録者の魔力波長や魔力特性、魔力循環を把握して、
    登録者が魔法を使うのに適した状態を作る役目があるんだ>

結「えっと……それってつまり、どう言う事なの?」

結が魔法と出会ってからまだ四時間弱。

予備知識があればおそらくすんなりと理解もできたのだろうが、
波長がどうの特性がどうのと言われてもピンと来ない。

エール<簡単に言えば、手やギアから魔力弾を撃つ時、
    上手く魔力を集中させたり、無駄な魔力を発散させたり、
    使う魔導師一人一人の特徴に合わせて魔力の調整を行うのが僕らなんだ>

エールがそう言うと、結の脳裏にイメージが流れ込む。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:37:22.05 ID:dMAItn8J0
まるで、目の前の光景とは別に、別の光景を実際に目にしているかのような、不思議な感覚。

映し出されたイメージの中には、自分と小さな的のような物が見える。

エール<魔力弾を撃つには、さっきもやってもらったように手やギアに魔力を集中するワケだけど、
    跳んだり走ったりしながら手に意識を集中するのは難しいよね?>

結「うん……。ちょっとこんがらがっちゃうかも」

エールの説明の通り、イメージの中の自分が走りながら魔力弾を撃とうとするが、
意識が足にも行っているせいか、魔力が手に行ったり足に行ったりと落ち着かない。

ようやく放たれた魔力弾も明後日の方向に飛ぶばかりで、一向に的に命中する気配がない。

エール<そこで、僕たち魔導ギアの出番だ>

すると、イメージの中の自分が、その手にエールが転じた杖、と言うか、棒を握る。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:39:12.86 ID:dMAItn8J0
エール<僕たちは、魔導師が他の行動に集中できるよう、
    魔導師の意志を感じ取って魔力が集中し易いように
    体内の魔力の流れをコントロールするんだ>

エールの説明の通り、走り続ける自分の魔力がスムーズに手へと集中し、
放たれた魔力弾も一発で的を射抜いた。

エール<もちろん、魔法に慣れた上級者、高ランクの魔導師なら、
    魔力弾を撃つのにそこまで細かいサポートは必要なくなってしまうから、
    今度は手順が複雑で、様々な術式を必要とする儀式魔法のサポートや、
    戦闘中だったら登録者の代わりに敵の位置を把握したりアドバイスしたり、
    今もしているように、登録者の話し相手になったり……。

    まあ、魔導師のパートナーみたいなものだよ>

結「パートナー……」

エール<機械の塊だけどね>

感慨深くその言葉を反芻した結に、エールは自嘲気味に応えた。

結「機械……」

エール<そう、機械。僕らは魔導師のために魔導師が生み出した機械さ。
    もっとも、結がイメージするような機械とはまるで違うけどね>

結「うん……それは、何となく分かるよ」

エールの説明を受けて、結は小さく頷きながら返した。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:41:36.71 ID:dMAItn8J0
機械製品の発達が著しいのは、子供の自分にだって分かる。

身近な家電製品は次々に新しい物、新機能が付加された物が発売されているし、
ここ数年は家庭用パソコンや携帯通信端末の普及も著しい。

だがエール――つまり、魔導機人ギアはそんな機械製品とは一線を画している。

その何よりの証拠が今も行っている会話だ。

結の知っている機械は、機械音声で喋る事は出来るが、こんな流暢な会話は出来ないし、
その上、指輪から杖になる機械など聞いた試しがない。

多少、言い方はおかしいが未来の道具、とか、宇宙のテクノロジーと言った方がしっくり来る。

言ってしまえば未知の存在だ。

未知の技術の出所、その未来だとか宇宙だとかの部分を魔法と置き換えればいい。

結「つまり、魔法の機械って事だよね」

エール<うん、そうだね>

結の言葉に、エールは満足げに返す。

だが、反対に結の表情は僅かに沈む。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:43:18.85 ID:dMAItn8J0
結「魔法は本当は良いことに使うんだよね?

  じゃあ、魔法の機械のエールの事を狙っているお姉さんは良い人なの?
  ……それとも、悪い魔法使いなの?」

結は、初めて他人に襲われた事を思い浮かべて身を竦ませる。

エール<………その部分に関する情報はエラー領域に入っていて参照できない。

    ただ、襲って来た魔導師の持っていた魔導ギアの識別は敵として登録されていた。
    彼女が敵である事だけは間違いない>

エールは結の様子に、僅かな逡巡の後に答えた。

結「敵……」

結はその言葉に、竦んだ身を震わせる。

幸いにも戦争の無い国に育った自分には、あまりにも現実離れした言葉。

ゲームや漫画の世界、どんなに身近に考えても遊びの中にしかない言葉。

八歳の少女の現実には、その真実の意味はあまりにも縁遠い。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:45:49.94 ID:dMAItn8J0
エール<ごめん……今の僕には、君を安心させてあげられる情報を参照できない……>

そう語るエールは、申し訳なさそうであり、どこか悔しそうでもある。

エール<ただ、彼女は魔力相殺でダウンしている。
    二、三日はまともに行動を起こせる状態じゃないだろうね。
    それまでに味方が到着する事だけを祈ろう>

結「味方……」

続いてエールから語られた言葉に、結は身の震えを止める。

やはり少女には縁遠い意味での言葉だが、それでもその言葉に頼もしさは感じられた。

エール<敵の狙いが僕ならば、味方に僕を預ける事で君への被害を止める事が出来るかもしれない。
    味方の到着がいつになるか分からないけど、それまでは僕を肌身離さず持っていた方が良い>

結「わ、分かったよ」

結は戸惑い気味に頷きながら、
“ああ、自分はつい数時間前の自分とは遠い人間になってしまったんだ”と、
そんな考えを浮かべていた。

枕元に置いたリボンにそっと手を添えた。

結(大丈夫、きっと……何とかなるよ)

結はそんな楽観的な考えのまま目を閉じ、ゆっくりと意識を沈ませていった。


その日の夢は、恐ろしさと奇妙さが入り交じり、あまり思い出したくない内容だった。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:48:13.71 ID:dMAItn8J0


翌日、日本国内某国際空港――

スーツ姿をした黒髪の男と赤髪の女が、
ロビーの片隅にあるベンチに腰掛け数枚の書類に目を通している。

と言っても、実際に書類に目を通しているのは男性の方で、
女性の方は凝り固まった肩を解すような動作を繰り返すばかりで、
手元の書類は眺める程度にしか見ていない。

年の頃は男性が二十歳前後、
女性の方はまだ少女と言った方が良いような年齢――十四、五歳と言った所だ。

南欧系の顔立ちの二人は、海外旅行に来たにしては何処かズレた雰囲気で、
服装などを見ても、どちらかと言えば仕事でやって来たと言った方が正しいようでもあった。

少女『それで、リノさん、状況はどうなんです?』

ようやく肩を解し終えた少女が自分の持っている書類と
隣の男性――リノの持っている書類を見比べながら尋ねる。

ちなみに、使った言葉はイタリア語だ。

内容はどちらも同じようで、少女はリノの返答を待つ。

男(リノ)『うん。かなり面倒な状況だね』

リノはため息混じりにイタリア語で返すと、さらに続ける。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:49:34.67 ID:dMAItn8J0
リノ『確認されたのは研究機関の特務部隊と思われる魔導師が五人、
   その内Aランク相当が二人、B・Cランク相当が三人。

   輸送用の特別機に太平洋上で接触、第五世代ギアの試作品五 器の入ったコンテナを強奪。
   しかし、日本上空で僕の仕掛けたシーリング解除に失敗して各地に飛散。

   現地協力員の調査では現時点で五器の内一器が向こうに回収されているらしい』

少女『もう一器、向こうに盗られてるんですか!?』

リノ『あくまで可能性だよ、エレナ』

驚く少女――エレナに、リノはあくまで落ち着いた様子で返す。

リノ『彼らの狙いが五器全て、或いは複数の回収なら、
   盗まれた可能性のある一器もまだ彼らの手元にあるだろうね。

   現に、彼らが日本国内から逃亡したって報告はない。
   間違いなく彼らの狙いは複数の回収だ』
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:53:21.04 ID:dMAItn8J0
少女(エレナ)『それなら、早く探さないと……!
        現地のフリーランスは動いてくれるんですか?』

エレナはベンチから立ち上がり、リノを急かすように手を差し出す。

リノ『本部が既に何度か元締めの本條家に連絡してくれているけど、
   返答は“知らぬ”、“存ぜぬ”らしいね……。

   多分、研究機関は研究機関でも、
   今回の件には機関の中枢が関わっていると見て間違いないね』

差し出された手に掴まって立ち上がると、リノは目を通し終えた書類を素早く鞄にしまい込む。

淡々とした言葉だったが、エレナはその言葉の真意を悟って戦慄する。

エレナ『グンナー……フォーゲルクロウ……。
    本條の人間は、まだあんなのと付き合いがあるって言うんですか!?』

エレナは自らの中で忌々しさを想起させるその名を呟くと、苛立ったように続けた。

リノ『お陰で些細な交渉事に関してはスムーズに進んでいるよ。
   ………今回のような例外もあるけど、ね。

   黙っているって事は、恐らく今回の件は本條家の当主とグンナーの間で
   事前の取り決めがされていなかったから静観を決め込んでいるのか、
   そうでなければ完全に機関側に回られたか……。

   インドと中国の事件でかなりの数が出払っている時にこんな大事件なんて、頭が痛いよ』

リノはそう言うと、盛大なため息を漏らした。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:55:54.57 ID:dMAItn8J0
エレナ『リノさん……』

エレナは心配と不安の入り交じった表情で、頭一つ背の高いリノの顔を見上げる。

リノはエレナの視線に気付くと、微かに笑みを浮かべて、無言のまま彼女の頭に手を置いた。

エレナは恥ずかしそうに頬に朱を浮かべ、僅かに目を伏せ、その様子にリノも目を細める。

しかし、リノはすぐに前を見据え、エレナの頭上から手を下ろして歩き出す。

リノ『あまり愚痴っている余裕はないかもね。
   さぁ、任務開始だ、エージェント・フェルラーナ』

エレナ『了解です、エージェント・バレンシア』

リノ・バレンシアの呼びかけに答え、エレナ・フェルラーナも歩き出した。


任務――その言葉が意味する所は一体、何なのか?
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:57:12.31 ID:dMAItn8J0


さらに翌日、週末の某地方都市――

日は既に南中を過ぎ、傾き始めようとしていた。

小学校では既に低学年が帰り支度と、日替わりの当番は掃除の準備を始めていた。

麗「お、結、今日も居眠りしてないみたいじゃない。感心々々」

既に鞄を背負って帰り支度万端の麗が、結の席に駆け寄って来た。

結「そんなに毎日居眠りなんてしてないよぉ」

帰り支度を終えた結は、やや困ったような抗議の声を上げながら立ち上がる。

香澄「あぁ〜、結ちゃんも麗ちゃんも、帰りの準備早すぎるよぉ」

結の後方、僅かに離れた席に座っていた香澄が、
帰り支度を続けながら驚きと困惑の入り交じった声を上げる。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:58:17.22 ID:dMAItn8J0
結と麗は、マイペースな友人の席に歩み寄り、支度が整うのを待つ。

手伝いはしない。あくまで待つ。

彼女がこう言った事が遅いのは今に始まったワケではなく、
3年前に幼稚園で知り合った頃からだ。

手を差し伸べては彼女の成長を邪魔するばかりだと、
今の担任に言われてからは、よほど急いでいる時以外は手を差し伸べていない。

気の早いクラスメート達は既に支度を終えて教室を後にしたり、
当番の内、数人は掃除用具の準備を始めている。

そうして、ようやく香澄の帰り支度が終わる。

これでも、一学期に比べれば随分とペースは上がっているのだ。

香澄「お待たせ、二人とも」

香澄はそう言って、鞄を背負って立ち上がる。

??「今日は三人で下校?」

と、そこへ一人の女性が歩み寄ってきた。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 21:59:57.53 ID:dMAItn8J0
麗「あ、由貴先生」

麗が小気味良い声音で返す。

そこにいたのは、結達のクラス担任の藤澤由貴【ふじさわ ゆき】だ。

まだ若いが、その若さから来る熱意と、加えて気さくさから生徒達から人気の教師だ。
苗字ではなく、名前で呼ばれている事からも人気ぶりが分かる。

由貴「結さん、今日は大丈夫?」

由貴は僅かに膝を屈め、結に視線の高さを合わせるようにして顔を覗き込む。

由貴「うん、顔色は悪く無さそうね。良かった」

結「アハハ……ご心配おかけしてます。
  居眠りしちゃってゴメンナサイ、由貴先生」

ニッコリと笑みを浮かべた由貴に、
結は気まずそうな乾いた笑いを交えて頭を垂れる。

由貴「他の子達よりも忙しい生活しているんだから、あんまり気にしないで。
   気分が悪かったり、疲れたりしたら保健室に行ってもいいし、
   少しでも体調を崩したり、辛いなら休んでも大丈夫だからね?」
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:02:14.57 ID:dMAItn8J0
結「でも……病気でもないのに休んだら、お父さんが心配するから」

心配そうな由貴に、結は戸惑い気味に返す。

由貴は一年の時も結のクラスを担任しており、結の家庭事情には詳しい。

教師として踏み込めるギリギリの所まで心配するのは、彼女なりのポリシーだ。

いくら若く、熱意に溢れていると言っても、
あまりにも深く生徒の家庭に踏み込み過ぎれば、
自分どころか踏み込んだ生徒の家庭にまで影響を及ぼしかねないので、
その辺りのさじ加減を心得ての事だろう。

由貴「本当にお父さん思いなんだから……。

   でも、本当に大変な時はちゃんと先生にも相談してね。
   麗さんも香澄さんも、結さんの事、ちゃんと見ていてあげてね」

麗「はーい!」

香澄「はい、由貴先生」

由貴の言葉に、麗も香澄も頷きながら答える。

贔屓とは思わない。

実際、由貴は落ち込んでいる生徒や悩んでいる生徒、
落ちこぼれそうな生徒を決して見捨てない事も信条にしている。

今の結の立場が、明日の自分や誰かになる事も多い。

それに、友人が気に掛けられ、それを頼まれているのだから元より悪い気などしない。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:04:12.47 ID:dMAItn8J0
エール<少し、結に肩入れしすぎかと思ったけど、
    麗や香澄の様子を見ていると、そんな感じでもないみたいだね>

エールもそう感じたらしく、結の脳裏にそんな言葉を響かせて来る。

結<うん、ステキな先生でしょ?>

結も頭の中でエールに応える。

そう、二日前の話し合いの時に決めたように、
結は肌身離さずエールを身につけていた。

身につけている、と言ってもさすがに学校に指輪を持ち込むワケにもいかず、
リボンと髪の隙間に押し込むようにして隠している。

生徒「センセー! 新しい雑巾、出してもいい?」

少し離れた場所から、クラスメイトが由貴に呼びかけてくる。

どうやら掃除当番の生徒のようだ。

由貴「はーい、ちょっと待っててね!
   じゃあ、三人共、気をつけてね」

結「さよなら、由貴先生」

麗「また来週!」

香澄「さようなら」

軽く手を振って掃除当番の元に小走りに駆けて行く由貴の背中に、
三人はそれぞれに声をかけ、少しだけ足早に教室を後にした。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:06:34.57 ID:dMAItn8J0
いつもの帰り道を、いつものように笑いながら歩く三人は、
それぞれがそれぞれ家への岐路で別れる。

もっとも、結だけが二人とは反対方向に家があるので、
一番最初に別れるのもいつも結なのだが。

麗「じゃあ、明日は結ンちに集合ね」

香澄「エプロンと、あと材料も一緒に持って行った方がいいかなぁ?」

交差点の片隅で、三人は明日の休日について話し合う。

どうやら、先日の料理を教えると言う約束に関しての事らしかった。

結「エプロンだけでいいよ。全部、簡単な物だし。
  お父さんがいっぱい食べるから食材はたっぷりストックがあるから」

香澄の提案に、結は苦笑い混じりに答えて改めて笑みを浮かべる。

麗「と、なると味見役はおじさんか……
  結の料理を毎日食べてる人が審査委員長となると点数辛そうだなぁ」

結「もう、料理選手権じゃないんだから」

唸る麗の肩を、結はため息混じりにポンポンと叩く。

そんな二人の様子に、香澄はフフフと小さな笑みを浮かべる。

それから他愛もない話を交わして、結は二人と別れた。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:08:02.07 ID:dMAItn8J0
いつの間にか少しずり落ちた鞄を背負い直し、
リボンの隙間から指輪形態のエールを取り出して指に嵌めると、歩調を早める。

明日の料理講習は既に昨日の時点で決められていたので、必要な食材は既に買い込んである。

早く家に帰って、明日の準備もしなければいけない。

それに何より――

エール<とりあえず、周辺には今の所、敵の反応はないよ>

これである。

あの日の翌朝、登校する際に遊具の中を覗くと、
そこにあの女性――レギーナはいなかった。

夜の内に意識を取り戻したのか、それとも他の誰かが見付けて病院に運ばれたのかは分からないが、
彼女があの場所から移動したのは確かだ。

エールの見立てでは二、三日はまともに魔法を使えないらしいが、
その二、三日が、今、経過しようとしている。

いつ見付かるか、いつ襲われるか分からないのだ。

しかし、危機感はあったが、不思議と恐怖感は薄かった。

魔力弾を撃てばそれだけ勝負が決するのだから、撃退自体は簡単だ。

問題は、家族や友人達を巻き込まないようにするだけである。

結は彼女なりに周囲に気を配りながら、
人通りも車も少ない海岸沿いの道を選んで家路を急いだ。

その時だった――
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:11:05.53 ID:dMAItn8J0
目の前の曲がり角から、不意に一人の少女が飛び出して来た。

その瞬間、結の思考は一瞬だけ停止した。

黒いシンプルなワンピースに、
腰あたりまで伸びた、目も覚めるほどの銀色の髪、
年の頃はおそらく、自分よりも僅かに上。

そして、どこか哀しげな翳りを浮かべた青銀の瞳が、結を見ていた。

日本人離れした色の頭髪と瞳だったが、顔立ちはどこか見慣れた日本的な雰囲気。

突然飛び出して来た少女に、結の思考も思わず停止してしまう。

少女『この周辺の学校の制服を着た、黒髪に淡いピンクのリボンの子……見つけたよ』

だが、その口から、聞き慣れない言葉が澄んだ声音で放たれた瞬間、思考の停止は混乱へと変わる。

結「エール……!?」

聞き取れるハズのない言葉が聞き取れた、その事実が結を緊張させる。

間違いなく、目の前の少女は魔法に関係する人間だ。

敵か、味方か、それはまだ分からない。
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:13:10.15 ID:dMAItn8J0
エール<魔力探知……!
    ゴメン、結。どうやら彼女は魔力を遮断していたようだ>

結<遮断……隠していたって事、だよね……じゃあ、この人は……>

エールからもたらされた解析結果に、
結の中で生まれた緊張がある種の恐怖に置き換わる。

そこで初めて、結は自分があまりにも気楽に考えていた事を思い知った。

そう、敵と出会えば、そこで始まるのは“戦い”なのだ。

少女は結に向き直り、哀しげな翳りのある瞳を結に向けて来る。

少女『キミ……』

少女はそこまで言ってから、不意に頭を振った。

少女「……ギアの翻訳機能があると言っても、
   日本人なら、日本語の方が聞き取りやすいよね……」

そして、再び開かれた口からは、聞き慣れた言葉が漏れる。

彼女の言葉通り、日本語だ。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:14:08.74 ID:dMAItn8J0
少女「キミの持ってるギア、こっちに貰えるかな?」

少女はあまり感情の篭もっていない声で、左手を結に向けて差し出して来る。

少女の動作に、結は思わず一歩、身を引いてしまう。

少女「……すぐに渡してくれたら、レギーナの事は許してあげる……。
   ボク達も、これ以上、キミを巻き込まない」

結「レギーナ……さん?」
 
少女から語られた聞き覚えのある名前に、
結は自らの中にあった予感が正しかった事を知った。

そう、彼女もレギーナと同じく、エールを作った組織とは敵対する者達なのだ。

そして、結は知らぬ事だが、彼女は数日前、
レギーナと上空で別れた者達の一人――キャスリンと行動を共にしていた少女である。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:15:15.68 ID:dMAItn8J0
結「お、お姉さんも……エールを狙っているの?」

少女「そう……そのギア、エールって言うんだね……。うん、そうだよ」

震える声で尋ねる結に、少女は淡々と答える。
やはり、その声に感情は感じられない。

まるで機械か何かと対話しているような、そんな印象を受ける。

エールも似たようなしゃべり方だが、
エールの方がまだ人間味を帯びているような気さえして来る。

結「わ、悪い事に……使うの?」

怯みながらも、結は絞り出すようにその問いを向ける。

その瞬間――

少女「………………違うよ」

少女の目の翳りが一層強くなった気がした。

結「あ……」

結は、その目に既視感を抱き思わず呆然としてしまう。

何処かで、見たことのある目。

恐怖で強張っていた思考が、その瞬間だけ恐怖を忘れた。

代わりに湧き上がって来た感情は――
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:18:34.43 ID:dMAItn8J0
少女「お願い……渡して?」

一瞬にして懐にまで飛び込んで来た少女によって、すぐに恐怖で塗りつぶされた。

結「え、エール!?」

悲鳴じみた声で、結はエールを起動する。

即座にマントが結へと装着され、指輪が棒状の物体へと変化した。

直後、薄桃色の魔力障壁が一瞬にして展開し、懐にまで迫った少女を弾き飛ばす。

少女『ッ!? クレースト、スタートアップ……!』

結の突然の行動に不意を突かれた少女だったが、首から提げていた銀十字架を握る。

大きく弾かれた少女の身体を、その瞳と同じ青銀の光が包み込む。

空中で体勢を立て直し、再びアスファルトの上に降り立った少女の身体には、
黒と銀を基調としたプロテクターと、表裏が黒と暗い青で染め上げられたマントが身につけられていた。

元々着ていた黒いワンピースは無く、正に戦闘服とでも言いたそうな服装だ。

そして、その手には十字槍型の杖――ギアが握られている。

使用者登録時の初期設定中にエラーが発生し、
防護服もギア本体も緊急モードでしか起動できない結とエールと違い、
少女とそのギアの防護服と起動形態は、
完璧に彼女専用に調整がされているようだ。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:23:55.50 ID:dMAItn8J0
少女「……渡して、くれないんだね?」

少女は結を警戒させないように十字槍の穂先を下げ、
感情の篭もらない声で問いかけて来る。

結「え……あ、そ、その……」

その時になって、ようやく結は平静さを取り戻したが、
それもすぐに自らの行いを思い返した後悔と困惑と、
そして、急速に膨れあがる恐怖に押し流された。

エール<結……話し合いが通じる状況じゃなくなった。今は、全力で逃げるんだ!>

反面、エールは冷静であった。

彼の参照可能なデータベースの一部が、
少女の使うギアが自分と同じワンオフタイプ、
つまり、先日戦ったレギーナの持っていた汎用量産タイプとは、
機能も性能も違うと言う事実を突き付けていたからだ。

しかも、いくら結が呆然としていたとは言え、
最初、結と少女の間には五メートル以上の距離があった。

その距離を、瞬きも許さぬほどの速度で結の懐まで詰めたのだ。

いかに結より年上とは言え、見てくれは十歳か十一歳のそれで、
肉体的なポテンシャルだけでそんな芸当が出来るハズがない。

それは彼女が、ギアの起動も無しに肉体を強化活性させる魔法を使用したに他ならない。

ワンオフタイプのギアに加えて、その持ち主は明らかに結よりも格上の魔導師。

初陣と言えるような初陣を経験できなかった主に、
目の前の少女はあまりにも危険過ぎる、そう判断したのだ。

そして、その判断はギアのシステムを通し、結にも伝わっていた。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:25:40.11 ID:dMAItn8J0
エール<結、僕を呼び出して! 僕が飛ぶ!>

結「う、うん!」

結は慌ててエールを握り直す。

そして、思い返す。

エールと出会った翌日、幾つか試した魔法とエールの機能。
その中の一つ、そして、その使い方。

結「起動認証、譲羽結! 召喚、魔導機人……エール!」

結の紡ぐ言葉に応えて、エールの先端に薄桃色の魔法陣――術式が展開する。

術式は結の足下で巨大化し、溢れんばかりの光を放つ。

そして、その光の中から三メートルはあろうかと言う白い巨人が現れる。

初期起動に失敗したエールは、前述の通り、ギアの起動形態、
魔導防護服と呼ばれる戦闘服を緊急形態でしか起動できていない。

正常に稼動している機能は少ないが、その数少ない機能の中で唯一、
戦闘に深く関わる部分で正常に稼動している部分こそが、
エールを魔導機人ギアたらしめている機能。

それがこの、魔導機人召喚システムだ。

白い巨人は、小型のラウンドシールドを左手に備え、
右腕には手っ甲と一体化した魔力の刃を携え、
純白の鎧に金色で縁取られた煌びやかな白騎士の姿をしている。

結のイメージを取り込んで正常起動したその姿こそが、魔導機人・エール。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:29:02.11 ID:dMAItn8J0
結は脚部に魔力を集中して跳び、エールの肩にあるステップに足を乗せると、
肩口の取っ手を掴んで身体を固定する。

結「何とか上手く召喚できた……」

結はその状態で胸をなで下ろす。

機能は事前に聞かされ、召喚直前までのテストは行った事はあったものの、
正式な手順を踏んだ上で、最後までの召喚自体は初めてだったため、
自分のイメージ通りに召喚できた事に安堵したようだった。

少女「そうか……一つだけ魔導機人ギアだったんだよね」

召喚されたエールと結を見上げながら、少女は僅かな驚きを込めて呟いた。

と、同時に下げられていた穂先が掲げられる。

少女「……ごめん……力ずくで奪うね」

少女はそれだけ言うと、ギアの穂先に魔力を集中する。

少女『起動認証、奏・ユーリエフ。魔導機人・クレースト、召喚……!』

結「ま、魔導機人!?」

エール<僕と同じ、ワンオフタイプの魔導機人ギア!?>
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:31:24.52 ID:dMAItn8J0
少女――奏【かなで】の言葉に戦慄する結達の目の前で、
彼女のギア――クレーストの穂先に青銀の術式が展開し、
術式の中から光と共に黒い巨人が現れる。

エールも十分にスラリとした印象を与える外観だったが、
より細身のその魔導機人は、エールとは逆に黒い騎士、
いや、死神を彷彿とさせる威容であった。

少女(奏)『クレースト……最悪、コアストーンだけ採取できればいいから、
      ギア本体にダメージを与えないように戦うよ』

ギア(クレースト)『畏まりました、奏様』

奏の澄んだ声に応える、こちらも高く澄んだ少女の声。
とても綺麗に響き合う声。

だが、それが余計に結を恐怖させた。

エール<結、海岸線伝いに森の方に行くよ!>

結<う、うん! 行って、エール!>

結とエールは思考で言葉を交わし、即座にエールは高く飛び上がる。

奏『逃がさないよ……。クレースト!』

奏は素早く魔導機人・クレーストの右肩に乗り、
主を乗せたクレーストもエールを追って飛ぶ。

その左手には主と同じく巨大な十字槍が現れ、素早く構える。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:32:56.77 ID:dMAItn8J0
クレースト『魔導機人部分は不要と判断。
      一時機能停止のため破壊を進言します』

魔導機人を構成するのは使用者の魔力だ。
魔導機人を破壊すれば、それは使用者に多大な魔力ダメージとなって跳ね返る。

奏『それでいいよ』

淡々としたクレーストの言葉に、奏も淡々と答える。

直後、クレーストの右前腕が炎に包まれた。

結「て、手が燃えてる!? どうなってるの!?」

エール「魔力の属性変換だ。どうやら彼女は熱系変換を使うらしい」

困惑する結に、エールは努めて冷静に説明して身構える。

クレースト『プラーミャリェーズヴィエ!』

腕を包む炎が一瞬にして刃のように細く長く収束する。

プラーミャリェーズヴィエ――ロシア語で炎の刃を意味する言葉の通り、
燃えさかる刃と化した魔力がエールに襲い掛かる。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:34:19.58 ID:dMAItn8J0
エール「結、魔力を僕の盾に集中させて!」

結「え!? た、盾に集中!」

エールの指示に応えて、結はギアを通してエールの左腕の盾に魔力を集中する。
薄桃色の光が盾を包み込み、襲い掛かる炎の刃を受け止める。

エール「ッくぅ……!?」

だが、予想以上の力に押されエールは大きく弾かれた。

結「きゃあっ!?」

結もエールの肩にしがみついて悲鳴を上げる。

レギーナの至近距離からの魔力弾すら易々と相殺した結の魔力障壁、
それをさらに集中させ増幅させた盾を構えたエール弾き飛ばしたのだ。

結「う、受け止め、切れなかった……」

それだけで奏とクレーストの実力は、結にも理解できた。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:35:33.58 ID:dMAItn8J0
しかし、驚いているのは何も結だけではなかった。

奏『プラーミャリェーズヴィエを……防御、した……!?』

奏は愕然としていた。

プラーミャリェーズヴィエは、奏の使う攻撃魔法の中でも別段最強の魔法ではないが、
それでも並の魔導師相手ならば確実に倒せるだけの威力を秘めた魔法だ。

並以下ならば、炎熱変換した魔力の刃で焼き切る事すら可能でもある。

それを弾かれたとは言え、ただの魔力障壁で完璧に防いで見せたのだ。

クレースト『敵性魔導師の魔力量による物と判断します。
      奏様、武器での攻撃許可を』

奏『………分かった、でも最初からレベル2で行くよ。
  障壁を抜いて、一気に勝負を着けよう』

クレースト『畏まりました』

奏はクレーストから離れ、彼女の背面に向けて大きな魔力弾を撃ち込む。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:36:56.35 ID:dMAItn8J0
結「え!?」

突然の奏の奇行に結は思わず愕然とした声を上げるが、
その目の前で青銀の光がクレーストの背中へと消えて行く。

魔力的に物質化しているとは言え、使用者の魔力で構成された魔導機人にとって、
使用者の魔力弾は魔力供給を受けているのと同じだ。

そして、背面から供給された魔力はクレーストの身体を伝って彼女の槍へと集約される。

魔力の光の中で、クレーストの槍が巨大な両刃鎌へと姿を変える。

両刃鎌を構えたクレーストの肩に、再び奏が乗り込む。

鎌を携える黒騎士の姿は、正に死神のソレであった。

エール「結……何処まで逃げられるか分からないけど、とにかく逃げるよ!」

結「う、うん!」

結が頷くと同時に、エールは身を翻して飛ぶ。

即座に結を胸元で庇うような体勢を取ると、さらにスピードを上げる。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:39:22.33 ID:dMAItn8J0
奏『……逃がさない……』

奏が呟くと同時に、クレーストも猛スピードで飛翔する。

その速度は、明らかにエールのそれを上回っている。

魔導機人の能力特性は、使用者の魔力の特性に大きく左右される。

未熟な結でも、その大きな魔力でもって十分な飛行速度は維持できるが、
飛行能力が高い相手の前には無力に等しい。

奏とクレーストは一瞬にして結とエールの前に回り込み、
掲げられた両刃鎌を魔力の炎が包む。

魔力の炎はさらに火力を上げ、プラズマを発生させて電撃へと変化する。

エール「雷電変換!? 術式も無しで!?」

その光景に、さしものエールも愕然とする。

魔力の属性変換である熱系変換は、
炎を作り出す炎熱変換と水を作り出す流水変換に分類される。

さらに属性変換の術式を用いる事で、その上位に位置する強力な属性変換として、
電撃を作り出す雷電変換と、氷を生み出す氷結変換へと昇華される。

だが、目の前の少女は魔力を込めるだけで、完璧な雷電変換を成している。

数少ないデータベースの検索範囲でも、
それがかなり特異な魔力特性――熱系変換特化である事はエールにも分かった。

そして、それは同時に術式を使わずとも、
強力な雷電と氷結の攻撃魔法を連続して使えると言う事に他ならなかった。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:46:08.32 ID:dMAItn8J0
クレースト『グラザーリェーズヴィエ!』

名前通りの電撃の刃が、背後からエールに、そして、結に襲い掛かる。

エール「くっ……うおぉっ!」

エールは咄嗟に結を遠くに放り出すと、
自分に込められていた魔力を左腕の盾に集中する。

先ほどよりも魔力を集中させた障壁は、
僅かに刃の軌道を逸らしたものの、あっさりと貫かれ、
電撃の刃はエールの左腕を肘から斬り飛ばし、
その肩口から腹部までを深く抉り抜く。

結「っぅあぁぁぁ!?」

膨大な魔力が削り落とされる感覚に、結は思わず悲鳴を上げる。

魔力を相殺するだけの純粋魔力の魔力弾と違い、
熱系の属性変換を施されたされた魔力は直接的な攻撃力を持つ。

もっとも、この一撃が属性変換された魔力でなくとも、
魔力で構成された魔導機人の躯体は、純粋魔力弾で破壊する事も可能だ。

だが、直接的な攻撃力を発揮する以上、その破壊力の鋭さには大きな違いが出る。
純粋魔力の破壊ダメージが打撃ならば、雷電属性の破壊ダメージは斬撃などに近い。

無論、実質的なダメージ量は魔力に左右されるが……。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:46:59.67 ID:dMAItn8J0
結「こ、これが……魔法の、戦い……!?」

生まれて初めて大きく魔力を削られる感触に、
結は眩暈を覚えながら恐れおののいていた。

三日前のアレは、魔力量の差で一方的だったための圧勝で、
決して、戦いと呼べた物ではなかったのだ。

そう、今、この身が感じているコレこそが、本当の戦いだったのだ。

極度の緊張と嫌悪感から薄れそうになる意識の中で、
結は自らの認識がどこまでも甘かった事を再認識していた。

結「こ……こわい…よぉ……」

結は海上で静止したまま、ガタガタを身体を震わせていた。

奏「………すぐに、終わるから……」

奏は震える結を一瞥すると、すぐにエールへと目を向けた。

もう、相手には盾もない。

勝負はあと一撃で終わる。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:48:20.53 ID:dMAItn8J0
奏『クレースト……マークシムムグラザーで決めるよ。
  ボクはあっちの子を回収するから』

奏はそう言って、クレーストから離れる。

クレースト『畏まりました、奏様』

構えられた両刃鎌に、先ほどよりも強大な電撃が収束して行く。

マークシムムグラザー――最大の電撃を意味する言葉通り、
先ほどとは比べものにならない程の巨大な電撃の刃が生まれる。

エール「結、海岸まで飛んで! 海面スレスレなら今の君でも飛べる!」

結「で、でも、え、エールぅ……」

自分に逃げるように促すエールに、
結は恐怖に震えながら、すがるような声を上げる。

エール「君の持っている本体さえ無事なら僕は大丈夫だから! 早く!!」

結「っ!?」

エールの怒鳴りつけるような声に、結は一瞬身を竦ませるが、
その必死の声に応え、結は怖ず怖ずと高度を下げた。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:49:54.30 ID:dMAItn8J0
海上で魔導機人を破壊されれば、戦闘に慣れていない結では一気に魔力を失ってしまう。

昏倒してしまえば海に没して、最悪、溺死。

奏の目的はあくまでギア、抵抗した結を救助しない可能性は僅かであっても否定できない。

最悪の結果を回避するためには、せめて波打ち際近くまで行かなければいけない。

そして、エールの思考はシステムを通して主に通じていた。

結(に、逃げなきゃ……逃げなきゃ溺れて死んじゃう……!)

結は恐怖で目に一杯の涙を浮かべ、慣れない飛行魔法でもがくように海岸に向けて飛ぶ。

だが、そんな結を、付かず離れずの位置で奏が追う。

昏倒する前では下手に抵抗される事を考えての彼女なりの判断だったが、
いつ追い付かれるとも知れない恐怖が、相乗効果で結の恐怖を加速させる。

そして――

クレースト『マークシムムグラザー!!』

死刑宣告の声が、辺りに響き渡った。



第2話「結、運命と出会う」・了
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/17(土) 22:54:31.51 ID:dMAItn8J0
今回はここまでとなります。



誘導できなかったのは痛いですが……とりあえず、前スレのタイトルも入れましたし、
前スレで大まかな予定タイトルも宣言したので、検索に引っかかる事を願います。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/19(月) 19:01:41.82 ID:QDTKXYex0
乙ですたー!
おお…実家に帰省していたら更新されていたとは一生の不覚…
いきなりの大ピンチですが、それはさておき結の魔法と戦いへの反応が年齢相応で好感が持てます。
結の安否も気になりますが、空港の2人組みも気になると言う、何と言う気を揉ませる引きw
次回も楽しみにさせていただきます。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) :2011/09/20(火) 21:32:57.25 ID:bkh4nxdv0
>年齢相応な結とか、結の安否とか、空港の二人組とか
料理スキルが家庭事情も相まって年齢相応でないので、
こう言う部分だけでも、と思い、こんな感じになりました。
二人組や結の安否に関しては、これから投下する3話で語ろうと思います。



では、昨晩は投下できなかった第3話、投下開始します。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:33:46.66 ID:bkh4nxdv0
第3話「結、魔導の恐怖と真実」



日本、某県地方都市沿岸の海上――

そこに魔力の電撃で作り上げられた巨大な刃が天に向けて聳えていた。

其れを成すのは漆黒に銀の死神の如き騎士――魔導機人クレースト。

対するは左腕を切り落とされ、
身体に深い傷を刻み込まれた純白に黄金の白騎士――魔導機人エール。

対峙する彼らから逃げるエールの主――結、
そして、それを追うクレーストの主――奏。

戦闘開始から僅かに二分、既に結とエールには一切の勝ち目はなく、
奏とクレーストによって敗れ、あとはエールを持ち去られるだけ、と言う状況だった。

しかし、今はまだ海上、この場で敗北を喫すれば大量の魔力を失って昏倒した場合、
結は即座に海中へと没し、溺死は免れないかもしれないのだ。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:34:37.74 ID:bkh4nxdv0
結(……逃げなきゃ……逃げなきゃ!
  死にたくない……死にたくないよぉ……!)

エールに逃げるように促されていた結は、海面スレスレの位置をもがくように飛んでいた。

数日前、母の死因に似たような体調不良で恐怖していたのは格が違う。

死と言うイメージが背後から、足下から、背中を、足を、髪を、首を掴んで来るような絶大な恐怖。

身体は恐怖と混乱で竦み、それらの感情はもがく手足に絡みつくようにして結の自由を奪ってゆく。

奏「…………」

背後からゆっくりと迫る奏は、その様子を居たたまれなさそうな目で見ていた。

ああ、多分、この子は幸せだったんだろう。

本当なら一生こんな血生臭い経験なんてしなくて良い場所にいて、
きっと家族や友人と何不自由なく過ごして来て、
ただ何の運命の悪戯か、魔導ギアを拾ってしまった。

たったそれだけで、臨死の恐怖に苛まれて。

奏「ゴメンね……」

銀髪の少女は、青銀の瞳に哀れみにも似た感情を浮かべながらも、無感情に近い声音で呟いていた。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:35:27.23 ID:bkh4nxdv0
そして、自分の面倒や魔法戦の基礎訓練を見てくれた
女隊長――キャスリンがいつも口にしている言葉を思い浮かべる。


『お嬢、ジジィに何を言われても、一般人は極力巻き込まないようにしなきゃいけないよ』


何度も聞かされた言葉が脳裏を過ぎる。

リボンで結ばれた髪を振り乱して恐怖する少女の後ろ姿を見ていると、
酷い罪悪感が鎌首をもたげる。

後ろ姿で表情は窺えないが、それで良かった。

多分、見たら何も出来なくなる。

そんな予感がしていた。

奏(……母さん……)

結と一定の距離を保ちながら、奏はスッと目を閉じ、胸に手を当てて心中で呟く。

奏(今は……迷いは捨てよう……)

再び目を開き、結を見据える。

そして――

クレースト『マークシムムグラザー!!』

背後で、頼れる従者がその言葉を唱えた。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:36:01.70 ID:bkh4nxdv0
相手の魔導機人を撃破したら、即座に距離を詰めてギアを奪う。

奏(そしたらすぐに……)

奏がそこまで考えた瞬間だった。

結「麗ちゃん……香澄ちゃん……由貴先生……お父さん………おかあぁさんっ!!」

大切な人達の名前を叫ぶ結の身体が、白い光に包まれた。

いや、光、と言うよりは光で構成された幅広の布と言った所だろう。

それが結の身体を一気に束縛し、ほぼ全身を包み込む。

奏『拘束、魔法…!?』

自身が放った物ではない魔法に、奏は驚きの声を上げる。

拘束魔法は難度が高く、しかも目の前で展開されている
密着系のタイプは動いている物に使うのに適さない。

ただ、ここまで全身を包み込めば相手の動きを完全に制限できるため、
抵抗される危険性を完全に奪う事が出来る。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:36:41.03 ID:bkh4nxdv0
結「え、あ、な、何!? ねぇ、何なの!?」

結は自分の身に何が起きているかも分からず、唯一自由に動く頭を振り乱す。

エールも、今やトドメの一撃を放とうとしていたクレーストすら
動きを止めて状況の確認を急いでいる。

奏『誰が……』

奏が視線を走らせると、布状の魔力は真っ直ぐ海岸線へと伸びていた。

そして、海岸線に立つ灰色と白のジャケットを纏った一人の人物。

奏『……まさか、エージェント!?』

愕然とする奏は結にかけられた拘束魔法を解くため、一気に距離を詰めようとする。

だが――

??『エレナ、今だ!』

海岸線に立つ人物が叫び、拘束された結が一気に、それも奏の追撃速度を超える速度で引き寄せられる。

???『了解、リノさん!』

その声に応えるように、エールとクレーストの頭上に突如として赤褐色の巨人――魔導機人が現れる。

上半身の巨大さに比べて下半身の貧弱な歪な巨人は、自身と同等サイズの巨大なハンマーを構えており、
その肩には真紅と褐色のプロテクターを身につけ、オーバージャケットを纏った少女の姿。

だが、驚くべきはさらにその頭上に据えられた、
紅に輝く一つの巨大術式とその周辺に輝く二十四の術式の、計二十五の術式。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:37:11.50 ID:bkh4nxdv0
奏(回避!? ダメ、防御だ!)

思考は一瞬だった。

奏『クレースト、最大出力でアゴーニヴァダパート!』

咄嗟の判断で、奏は従者に指示を飛ばす。

クレースト『畏まりました』

クレーストも、主の指示で雷の巨大剣――マークシムムグラザーを解除し、
最大限の魔力を左腕に集中し炎を生み出す。

奏もギアを持っている左腕とは逆の右腕に、
可能な限りの魔力を集中して炎を生み出す。

奏&クレースト『アゴーニヴァダパート!!』

両者が同時に炎を纏った腕を振り下ろすと、
大量の魔力炎が真下に向けて流れ、その名の通りの火炎の滝を作り出す。

奏とクレーストが咄嗟に放てる防御魔法の中ではトップクラスの防御魔法だ。

本来は相手の攻撃を絡めて下に叩き落とす魔法でもあるが、
単純な魔力の障壁を張るよりはずっとマシだ。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:38:18.39 ID:bkh4nxdv0
一方、海岸線へと引き寄せられた結は、
自らを拘束した人物の腕に抱かれるような体勢になっていた。

??「ごめんね、ちょっとだけ我慢してくれるかな?」

その人物は男性で、申し訳なさそうな声でそう告げて来た。
言葉は、日本語だった。

直後――

???『ジガンディオマルッテロッ!!!』

エール達の頭上に現れた少女が叫ぶと同時に、
彼女の魔導機人がハンマーを振り下ろす。

そして、それに呼応して二十五の術式が一斉に輝き、
そこから直径で五百メートルはあろうかと言う巨大な魔力の円形壁が現れる。

そう、円形壁。

範囲の真下にいた奏達には、そうとしか捉えられなかった。

だがジガンディオマルッテロ――イタリア語で巨人の鉄槌の言葉の通り、
遠目にはそれは超巨大なハンマーであった。

紅の魔力で作り出された、超巨大な魔力光の鉄槌。

それが辺りを震動させながら落ちる。

創造主達をすり抜けたソレは、防御魔法で身構えた奏とクレースト、
そして、何も出来ずに呆然とする手負いのエールを巻き込み、
海を波立たせる事なく海中へと没した。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:39:05.77 ID:bkh4nxdv0
結「ぅ……あ……」

エールが鉄槌に巻き込まれた直後、
結は凄まじい量の魔力を奪われ、意識が遠のくのを感じた。

だが、すんでの所で意識はつなぎ止められ、霞む視界を海上へと向ける。

そこには、身体の殆どを砕かれて満身創痍となったクレーストと、
何とか身体を浮かせている、と言うような状態の奏がいた。

エールの魔導機人は完全に消滅してしまっているようだった。

???『魔法倫理研究院エージェント隊所属、
    本案件担当捜査エージェント補佐官、エレナ・フェルラーナです!

    本空域は現在、我々の管理下に置かれています。
    即座に武装を解除して投降しなさい!』

紅の魔導師――エレナが凜とした声を響かせる。

そう、先日、何らかの役目を負って降り立った二人組の一人だ。

そして、結を拘束魔法で牽引したのはその相方のリノ・バレンシアである。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:39:57.99 ID:bkh4nxdv0
結「まほう……りんり……けんきゅう、いん?
  エー、ジェン…ト?」

聞き慣れない言葉を、結は絶え絶えに繰り返す。

リノ「ごめんね。大規模儀式魔法の展開と、状況判断に時間がかかってしまってね」

リノは穏やかな声で謝辞を述べると、奏を見据える。

リノ『同本案件担当捜査エージェント、リノ・バレンシアだ!
   これ以上の交戦能力は皆無と判断する、大人しく投降しなさい。
   こちらには若年者保護権利もある。悪いようにはしない!』

リノは今度は別の言語――おそらくは奏が最初に使っていたのと同じ言語で彼女に呼びかける。

奏『隠匿魔法で姿を消して……儀式魔法での不意打ち……卑怯、だね……エージェント……』

魔力的ダメージが大き過ぎるのか、奏はボロボロになったクレーストの魔導機人を消すと、
リノとエレナを交互に見遣る。

息切れを起こして絞り出すような声からは、隠しきれない悔しげな感情が僅かに感じられた。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:40:37.89 ID:bkh4nxdv0
エレナ『早く投降して。本当に悪いようにはしないから』

エレナは自身の魔導機人の肩から離れ、ジワジワと間合いを詰める。

彼女の動きを警戒しての事だろう。

奏『……』

一方、奏は間合いを離す事なく身構える。

逃げられない、と判断したのだろう。

先ほど、エレナの使っていた儀式魔法は、
複雑な術式を幾つも重ねるため準備や発動に時間がかかり、
魔力の消費も半端ではないが、その分、威力は折り紙付きだ。

一対一になれば、余程の熟練者か圧倒的な能力差がなければ発動は難しい。

防御魔法が間に合ったと言っても、ダメージは予想以上に大きい。

奏(……純粋魔力系魔法だったのが幸い、だけど……多分、この二人相手じゃ無理……)

奏は心中で独りごちる。

恐らく、目の前の少女は全快状態でも互角。

海岸で結を保護している男は、魔力こそ小さいようだが、
あれだけの高難度の魔法を困難な状況下で発動させている以上、油断は出来ない。
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:41:35.31 ID:bkh4nxdv0
クレースト<奏様、恐らく両者共にAランク以上のエージェントであると推察されます。
      撤退を推奨いたします>

奏<分かってるよ……でも、この状態じゃ全速力が数秒しか保たない……>

思念通話でのクレーストの提案に、奏は思考を巡らせ続ける。

この距離なら、あの男の拘束魔法の射程範囲だ。

密着系全身拘束魔法などと言う高難度を成し遂げた魔導師ならば、
部分拘束系魔法ならば確実に決めて来るだろう。

それを行って来ないと言う事は、恐らくは自主的な投降を待っての事だろう。

残された道は、投降のみ。

奏(ダメ……それだけは、絶対にダメ!)

そこに思考が至った瞬間、奏は思わず頭を振っていた。

エレナ『さぁ……!』

エレナが促すように手を差し出してくる。

その時だった――
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:42:30.31 ID:bkh4nxdv0
?????『お嬢ぉぉ!』

奏にとって聞き慣れた声が響いた。

直後、まるで風を切るような音と共に奏の姿がかき消えた。

エレナ『え?』

一瞬、何が起こったか分からないと言った様子でエレナが声を漏らした。

そして、視界の端に新たな人影を捉える。

灰地に浅黄色のアクセントの汎用タイプの魔導防護服を纏った金髪の女性が、
奏を抱きかかえるような体勢で静止していた。

?????『お嬢、無事かい!?』

奏『キャス……ありがとう、助かったよ』

慌てた様子の女性――キャスリンに、奏は安堵を交えて感謝した。
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:44:32.75 ID:bkh4nxdv0
エレナ『きゃ、キャスリン・ブルーノ!?』

エレナは見覚えのある人物の登場に驚愕する。

どうやらキャスリンは有名人のようである。

キャスリン『へぇ、エージェント様にまで顔と名前が知れてるとは、
      アタシもちったぁ大物になった、ってトコかねぇ。

      悪いけど、コッチはアンタの事は知らないんで、挨拶はまた後でね!』

対して、キャスリンはそれだけ早口でまくし立てると、奏を抱えたまま姿を消す。

いや、姿を消す、と言うのは些か適切ではない。

姿を消すのに等しい程の超高速で、この場を離れたのだ。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:45:00.35 ID:bkh4nxdv0
エレナ『くっ、逃がさないわよ!』

エレナは自身の魔導機人を消すと、
キャスリンと奏の魔力が遠ざかっていく方角に向き直り、追撃態勢を取る。

だが――

リノ『無駄だよ、エレナ。君の速度じゃ彼女には追い付けない』

リノが冷静にそれを止めた。

エレナ『リノさん!? でも、彼女はあのキャスリン・ブルーノですよ!?』

リノ『だから、だよ』

抗議の声を上げるエレナにリノはため息がちに返すと、
抱きかかえたままの結に向き直る。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:45:43.72 ID:bkh4nxdv0
リノ「大丈夫かい? 怖かったろう」

優しげな声音で語りかけられ、
結はそこでようやく、戦いが終わった事を悟った。

結「…………………あ、ああ……」

リノと視線を合わせる事なく、ただ何もない場所を見て、
結は再びガタガタと震える。

突然の事態による混乱で押し退けられていた恐怖が、再び彼女の意識を覆う。

結「う……うぅ……うわあぁぁぁ……!」

そして、その恐怖がやっと終わったのだと悟った時、
結は思い切り声を上げて泣いていた。

母の死を理解した時以来、久しぶりの慟哭だった。

リノ「うん、うん……怖かったね」

泣きじゃくる結の頭を優しく撫でながら、
リノは奏達の消えて行った方角を見遣っていた。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:46:52.43 ID:bkh4nxdv0
一方、奏を抱えて戦闘空域を脱したキャスリンは、
ブツブツと不平を漏らしていた。

キャスリン『ったく、あのクソジジィ!
      何が、“二つも大規模な陽動をかけたから、ロクなエージェントは来ないだろう”だ。
      英雄バレンシアなんてSランクのバケモノがいたぞ……。
      初陣で孫娘を逮捕させるつもりかっつーの!』

英雄バレンシア――自身の呟いたリノの異名の意味を思い出し、
キャスリンは知らず、身震いしていた。

人並み外れて低い魔力で、世界にたった20人しか存在しない、
最上級のSランク魔導師に名を連ねる、敵対組織でも最強の魔導師。

英雄の二つ名は、若干二十歳にして二度、世界の危機を未然に救った事に起因する。

補佐官のエレナの事は本当に知らなかったが、
あれだけの手練れを相手にするとなると相応の準備が必要だ。

キャスリン『研究ばかりしてないで、ちゃんと状況確認もしとけっての!
      あのインケンネクラジジィめ……!』

奏『キャス………御爺様の事、悪く、言わないで……』

しかし、奏がその不平を遮る。

相変わらず感情は見えないが、
長い付き合いのキャスリンには、それが哀しげに聞こえた。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:47:25.84 ID:bkh4nxdv0
キャスリン『お嬢……………悪かったね』

キャスリンは僅かな逡巡の後、申し訳なさそうに呟いた。

その謝辞は、自身の不平の相手ではなく、純粋に奏だけに向けられたものだった。

キャスリン『それで、お嬢。最後の一つはあの子が?』

奏『うん……、あの子が持ってる。けど……先、越されちゃった……』

キャスリンの問いかけに、奏は今度こそ悔しさを滲ませた。

いや、むしろ悲しみ、だろうか?

奏『母さん………』

消え入りそうな声で呟く奏。

果たして、キャスリンはその声を聞き取っていた。

キャスリンは無言のまま、奏の髪を梳るように頭を撫でる。

まるで、幼い少女を得体の知れぬ何から守るように……。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:48:03.49 ID:bkh4nxdv0


某地方都市、マンション――

リノ達に支えられるようにして自宅へと戻った結は、
リビングのソファの上で、ようやく落ち着きを取り戻していた。

結はエールを待機状態に戻し、リノとエレナも空港で着ていたスーツ姿だ。

結「あ、あの………助けてくれて、ありがとうございます……!」

結は慌ててソファから立ち上がり、深々と頭を下げた。

リノ「お礼はいいよ、僕たちも半分は仕事みたいなものだからね。
   それに、助けに入るのも遅れてしまったし」

エレナ『ごめんなさいね、魔導機人を巻き込んでしまって……。
    立ちくらみとか、大丈夫かしら?』

対面のソファに座ったリノとエレナは、
ソファに腰を下ろした結を心配そうに見遣る。

あの後、しばらく震えたまま泣きじゃくっていた結は、
泣きやんでからは落ち込んだ様子はあれど、
足下がフラつくような素振りは少なかった。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:48:47.07 ID:bkh4nxdv0
結「……ま、まだ、ちょっと怖いですけど……気持ち悪くはないです」

結は戸惑い気味に返す。

言葉通り、まだ恐怖で膝が僅かに震えていたが、
エレナの言うような立ちくらみを感じたのはエールを攻撃された一瞬だけだった。

エレナ『ちょ、ちょっとリノさん、このくらいの歳の子って、
    魔導機人が吹っ飛ぶくらいのダメージ受けたら、
    普通一週間は寝込みますよね?』

リノ「う〜ん……中々凄い魔力の持ち主みたいだね。
   嘉手納のセンサーにまで引っかかるワケだ」

慌てた様子で耳打ちするエレナに、リノはあっけらかんとした様子で呟く。

結は状況が分からずに首を傾げる。

無論、結にはリノの出した嘉手納と言う地名が、
沖縄にある米軍基地の所在地である事も分からない。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:49:44.69 ID:bkh4nxdv0
結「あ、そうだ……! お、お茶とお菓子の準備しますね!」

結は重要な事を思い出し、飛び上がるように立ち上がり、キッチンへと向かう。

リノ「あ、お構いなく」

結「い、いえ! お兄さんとお姉さんは命の恩人なんですから!
  ちょっと待ってて下さいね!」

引き留めるリノを尻目に、結は大急ぎで準備を終えて戻って来る。

父の会社の上司が来た時専用の高級茶葉で煎れた緑茶に、
先日、香澄の家から貰った山路家御用達の和菓子屋の栗羊羹と、
命の恩人に対して、今できうる最高の組み合わせだ。

結「あ、緑茶と羊羹で、大丈夫でしたか?」

心配そうに尋ねる結に、リノは軽く首を振る。

リノ「和菓子は好きだよ。ありがとう」

エレナ『ありがとう。ヨウカンは初めてだけど……』

エレナも笑みを浮かべて返す。
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:50:21.01 ID:bkh4nxdv0
程よい熱さの緑茶を一口飲むと、
リノは息を吐いて落ち着いてから、結に向き直る。

リノ「……っと、もう名乗ったけど改めて自己紹介をさせてもらうよ。
   僕はリノ・バレンシア。こっちの子はエレナ・フェルラーナ。

   魔法倫理研究院と言う組織に所属するエージェント……
   そうだな、分かり易く言うと魔法使いだ」

エレナ『エレナよ、よろしく。
    それと、この子は私の相棒のジガンテ』

リノの言葉に続いて、エレナが右手首を見せる。

そこには、彼女の放つ魔力と同じ紅のクリスタルがはめ込まれた
金色のブレスレットが付けられている。

結「あ、すいません! 譲羽結です、それと、この子は……」

結も慌てて自己紹介しようとするが――

リノ「うん、エールだね」

リノがそれを遮るようにエールの名を口にした。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:51:10.01 ID:bkh4nxdv0
リノ「僕らは、ある組織に盗まれた五つの魔導ギアを探して日本に来たんだ。
   彼……エールも勿論その一つさ」

結「じゃあ、やっぱりエールの味方なんですね」

リノの言葉に、結は胸を撫で下ろした。

敵の敵は味方と聞いた事があったが、
どうやらこの言葉は間違いではないらしい。

リノ「味方か……まぁ、そうなるね。
   それで、早速で悪いんだけど、その子を返して貰えないかな?」

エレナ『ソレを持っていると、またさっきの連中……
    魔導研究機関が奪いに来るかもしれないわ』

結「まどう、けんきゅうきかん……?」

エレナの口から語られた、奏達の組織の名に結は首を傾げる。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:51:40.94 ID:bkh4nxdv0
エレナ『簡単に言うと、魔法の研究に良いも悪いも無い無差別な人達の事よ。

    今回の結ちゃんみたいな一般人を巻き込んだり、
    人を人を思わないような実験も繰り返している酷いヤツもいるの』

エレナはそこまで言って、小さく切り分けた羊羹を口に運ぶ。

エレナ『あ、これ美味しい……っと、そうじゃなくて、ともかく、悪い連中って事。
    それでも好きこのんで目立つような事はしないから、
    エールを返してくれれば狙われないハズよ』

リノ「数ヶ月から一年の間は、研究院のエージェントや日本にいる協力者が、
   結さんや結さんの関係者が狙われていないか調査もしてくれるから安心してくれていいよ」

相方の様子に苦笑しつつも、リノは真摯に結に語りかける。

一方、思わぬ失態にエレナは顔を真っ赤にして俯いている。

何やら“笑わなくてもいいじゃないですか”などと呟いているようだ。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:53:14.80 ID:bkh4nxdv0
エール<………どうやら、お別れみたいだね、結>

結「そうみたいだね、エール……」

状況を察したエールの言葉に、結も感慨深く呟く。

突如として出会った魔法の杖。

魔法と言う名の凄まじい力を目の当たりにし、そして、味わった死の恐怖。

しばらくは忘れられないだろうが、自分の踏み込んだ非日常はようやく終わりを告げるようだった。

エール<短い間だったけど、楽しかったよ、結>

結「私は……ちょっと怖かったかな……」

別れを惜しむようなエールに、結は彼を気遣ってそう言った。

本当はちょっとどころではなく、おそらく一生分の恐怖を味わったに等しかったが、
せっかく出来た新たな友人との別れをそんな言葉で汚す事はできなかった。

だが、それでも嘘はつきたくなかった。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:54:02.48 ID:bkh4nxdv0
結「じゃあね、エール……」

エール<うん、さよなら、結>

短い付き合いだったが、相棒とも呼べる友人の言葉を聞き終えると、
結はゆっくりと指輪状態のエールを外しにかかる。

たった数日だけ肌身離さずにいた指輪は、何の抵抗もなくするりと外れた。

そして、エールをテーブルの上に置いて、リノ達に差し出す。

結「お返ししま……す……?」

そう言ってエールから手を離した直後だった。

目の前の景色が、リノやエレナ、見慣れたハズの我が家のリビングの光景が、
一瞬にして歪んだ。

結(あれ……? これって………)

呆然とする結は、自分の身体に急激な熱が篭もってゆくのを感じた。

押し寄せる激しい嘔吐感にも似た不快感。
全身を這いずり回る嫌悪感と熱。

あの症状だ。

結(何で……今……?)

ソファの上に倒れた結は、遠ざかる意識の向こうで、
慌てた様子のリノとエレナの声を聞いた気がした。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:54:38.09 ID:bkh4nxdv0
一時間が経過し、結はようやく正気を取り戻していた。

リノはソファの傍らに立ってソファに座る結に説明を行い、
エレナは結の横に腰を下ろして彼女を支えていた。

結「魔力循環不良……って、何ですか?」

怪訝そうに尋ねる結の右手人差し指には、再びエールが装着されていた。

リノ「……うん、何というか、強すぎる魔力を持っていて、
   魔力を上手く扱えない人が偶にかかる病気、みたいなものかな?」

リノは出来るだけ、自分の持つ知識を噛み砕いて分かり易く説明する。

リノ「身体の中を駆けめぐる魔力の強さに、身体自体が耐えられなくなったり、
   大量の魔力を出し続けたりする病気でね。

   ………言い難いけど、酷い場合は命にかかわる場合もあるんだ」

結「……それって、死んじゃうって、事、ですか?」

リノの説明に、結は呆然と呟く。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:58:51.35 ID:bkh4nxdv0
エレナ『これだけ強い魔力だと、多分、結ちゃんのお父さんかお母さんのどっちかが、
    強い魔力を持った魔導師か何かなんじゃないかな?

    何か、両親から聞かされていない?』

エレナは結の身体を支えながら尋ねる。

結「…………………分かりません」

結は、少し強く頭を振った。

ウソだ。
知っている。
きっと、お母さんだ。

自分と母親の症状の類似から、結はそう察した。

自分の魔力で自分が死ぬ。

そんな非常識な症状、現代医学で分かるハズがない。

それに、命の恩人とは言え、
会ったばかりの人達に家庭環境を話す気にはなれなかった。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 21:59:20.78 ID:bkh4nxdv0
――お母さんいないんだってね、かわいそうに――


         違う……


――お父さん一人じゃ、大変でしょう――


         違う


――お母さんがいないと、大変でしょう――


         違う!
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:00:02.92 ID:bkh4nxdv0
結は再び、頭を振った。

リノ「………ショックだろうけど、君くらいに強い魔力だと、
   第五世代ギアじゃなければ循環不良は押さえ込めない。

   しばらくはエールを身につけていて貰わないといけないね」

頭を振る結の様子に、リノは居たたまれない気持ちで呟いた。

理由はリノの勘違いではあったが、言葉は真実だった。

リノ「君の着けているエールと、あと一つは元々、
   超人的レベルの魔力循環不良の調整能力に優れているギアでね、肌
   身離さず持っている間は何の問題も無いハズだ」

エレナ『ただ、そうなると機関の連中もあなたを狙って来る……』

気まずそうに呟くエレナの言葉で、結はビクッと身体を震わせた。

また、戦う。
また、死ぬかもしれない。

もう、メチャクチャだ。

エールと離れれば衰弱死、離れなくても死ぬかもしれない。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:00:33.81 ID:bkh4nxdv0
結「……何で……何でぇ……うぅ、あぁぅ……っ」

結は自分の肩を抱くようにして、嗚咽を漏らす。

何で、こんな思いをしなければいけないんだろう?

魔法のせいでお母さんは死んだ。

自分も死にかけた。

エールと出会って命を繋いだ、でも、そのエールといると自分は殺されるかもしれない。

もう、引き返せないほどの非日常の中に自分は放り込まれていたのだ。

エールと出会う前から、母の死から、ずっと。

そう思うと、涙は余計に溢れて来た。

紺色のスカートに落ちた大粒の涙が、じわりじわりと広がって行く。

二人はその様子に押し黙り、エールもかける言葉を失っていた。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:01:10.88 ID:bkh4nxdv0
リノ「………とりあえず、しばらくは我慢してくれないかな?」

だが、その沈黙を破るようにリノが口を開いた。

エレナ『リノさん?』

エレナが驚いたように呟くが、リノはそれを遮って続ける。

リノ「エールと同性能のギアがあと一つ、失敗作で未完成の状態で本部に保管されている。
   連中も失敗作の未完品にまでは手を出さないだろう。

   出力系と循環系のシステムを調整してすぐに持って来るよ。
   だから、一週間だけ僕達に時間をくれないか?」

結「ヒック……えぅ……い、いっしゅう、かん……?」

結はしゃくり上げながら、言葉を反芻する。

リノ「それまでは、自分の力で自分を守らなきゃいけない………。
   勿論、僕たちも君を守る、身を守る術も教える。

   君ぐらいの魔力があれば、戦えなくても身を守る事は出来るハズだ」
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:01:50.01 ID:bkh4nxdv0
結「じぶんを……まも、る?」

リノの声を聞きながら、結は次第に落ち着きを取り戻す。

リノ「我慢、できるかい?」

リノの問いかけは、まるで、決断を促すかのようでもあった。

それは、生死の分かれ目。

座して死を待つか、それとも、戦って生を勝ち取るか。

どちらにしても、それは非日常の扉への鍵。

それなら、選ぶのは結局、決まっている。

そして、結の口を突いて出た言葉は――
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:02:20.35 ID:bkh4nxdv0
結「戦い……ます」

エレナ『結ちゃん……』

その言葉に、エレナは驚きと困惑の入り交じった声を上げた。

リノ『また、怖い目に合うかもしれないよ?』

結「我慢……します」

エレナの問いかけに、結は手の甲で涙を拭った。

結「魔法は、怖いけど……私、死にたくない……死んじゃ、ダメ、だから」

結は頭を振って、涙を振り払う。

そして、リノの顔を見上げる。

結「私、戦います」

その声音には、とても八歳の少女とは思えない、強い意志が込められていた。

戦いの相手は誰でもなく、きっと、理不尽な自分の運命と言うヤツ。

既に一度、自分は叩きのめされて、父も涙を流した。

だから、もう二度と負けちゃいけない。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:02:48.70 ID:bkh4nxdv0
リノ「じゃあ、早速、今日から準備開始だ」

リノは頷いて応え、さらに続ける。

リノ「先ずは結さんの膨大な魔力でエラーを起こしているエールのシステムを再調整。
   本部に帰る便が整うまでの二日間で僕が出来るだけの魔法を教える」

結「はい、お願いします!」

結はソファから立ち上がり、力強く返事をする。

リノは、結の様子に満足そうに頷いた。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:03:25.17 ID:bkh4nxdv0


その夜――

結は普段通りに家事を終え、入浴を済ませて部屋の外のベランダに立っていた。

手すりに手をかけて、暗くなった夜の町を見遣る。

冷たい冬の夜風が身体に吹き付ける。

だが、不思議と寒気はなかった。

右手人差し指――エールを見遣る。

あの話の後、エラーを起こしていたエールのシステムは修正され、彼は完璧な状態へと戻った。

今までは結の絶大な魔力で、無理矢理に魔力を放出している状態だったのだと言う。

つまり、レギーナと相対したあの時の魔力弾は、制御の効いていないただの暴発でしかなかった。

結(明日から、魔法の特訓………怖いけど、頑張らなきゃ)

結は自分の中に眠る恐ろしい力を思いながら、寒さよりも恐怖で身を震わせる。

その時だった――
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:04:07.78 ID:bkh4nxdv0
エレナ『こんな時に、外に出たら風邪引いちゃうよ、結ちゃん』

右隣のベランダから聞こえた声に、結は驚いたように向き直った。

結「え、エレナさん!?」

エレナだった。

エールの調整が終わった後、近くで護衛すると言って家を離れた二人だった。

だが、近くとは言え、隣家とは思わなかった。

エレナ『公共交通関係は無茶がきかないけど、こう言うのには無茶が効いちゃうの。
    丁度、空き部屋だったみたいだから』

エレナは戯けた様子で言って、笑みを浮かべた。

結も、つられて思わず笑みを浮かべてしまう。

リラックスすると、それまで忘れていた疑問が結の中で生まれた。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:05:29.56 ID:bkh4nxdv0
結「そうだ、エレナさんって何処の国の人なんですか?
  喋ってる言葉、あんまり聞いた事がないんですけど。
  それに、リノさんも外国の人みたいだけど、日本語すごく上手」

エレナ『あ、そっか言ってなかったっけ?
    私はイタリア、リノさんはスペイン、どっちもヨーロッパの南にある国よ。

    それに日本語の事だけど、現地の人と話す時は出来るだけ
現地の言葉を使わないといけないんだけど、
    私の日本語、ちょっとおかしいから』

結の質問に、エレナは最後は苦笑い混じりに説明した。

結「イタリアとスペイン……えっと、スプリとパエリアのある国ですよね?」

結は一度挑戦してみた事のある料理の名前を引き合いに出して確認する。

エレナ『ん〜、まぁ、そう、かな?』

対してエレナは苦笑い混じりに応える。

国の確認に料理を引き合いに出す人間は多いが、
この子はなんでマイナーな所を突いてくるんだろうか?

しかも、米料理限定で。

と言うか、普通は母国イタリアならパスタかマカロニ、
ピッツァの方がよっぽど先に名前が来るだろう。

まさかライスコロッケのスプリ、しかももっと分かり易いアランチーニの名を出すだろうに。

何故、ローマ地域限定の呼び方なのか。
と言うか、イタリアの米料理ならリゾットだろう。

もうどこからツッコめばいいのか分からない。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:05:59.49 ID:bkh4nxdv0
エレナ『面白い子ね、結ちゃんは』

結「えへへ……」

別に褒めたワケではないのだが、無邪気に照れた笑みを浮かべる結に、
エレナは小さくため息を漏らした。

エレナ『本当に……今日の事だって』

つい数時間前のやり取りを思い出して、エレナは嘆息する。

エレナ『いくら他に方法がないからって、本当にコレでいいの?』

結「………はい……すっごく怖いけど……でも、もう負けたくないから」

エレナの質問に、結は僅かな戸惑いの後、それを振り払って応える。

エレナ『負けたくない、か………。悔しかったの?』

結「はい………」

エレナの問いかけに頷く結。

言葉はかみ合っているが、意志はすれ違っている。

エレナが言っているのは奏の事だろうが、
結は、格好付けて言えば運命に対して抗おうとしているのだ。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:06:31.59 ID:bkh4nxdv0
結「魔法は怖いけど……負けたくないです」

結はそう言って、エールを撫でる。

エレナ『魔法は怖い、か………』

そんな結の言葉を聞きながら、エレナは少し残念そうに漏らし、
暗くなった町を見下ろす。

エレナ『そうだよね……突然、こんな力を目の当たりにしたら、怖いよね』

エレナはそう言いながら、何もない場所を指差して、スッと魔力光を灯した。

紅の光が、彼女の指で暖かに灯る。

エレナ『あんまり押しつけるワケじゃないけど、魔法は怖いものじゃないよ』

エレナが指先で8の字を描くと、魔力の残光が何もない空間に8を描く。

結「エレナさん?」

エレナ『そりゃ、悪い事に使うような最悪な連中も多いけど、
    それでも正しい事に使おうとしている人はたっくさん、数え切れないほどいる』

怪訝そうな結の呼びかけに、エレナは改めて結に向き直って語り始める。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:07:04.99 ID:bkh4nxdv0
エレナ『魔法はね、人の夢や未来を守るための物なんだよ。
    少なくとも、私はそう思ってる』

結「夢や、未来……」

エレナ『そう……。ここからは御伽噺みたいな物なんだけどね。
    魔法はずっとずっと昔、この空の向こう、宇宙からもたらされたんだって』

エレナは語りながら、今度は星の瞬く夜空を見上げる。

エレナ『星の海を渡る魔法の船でやって来た、王子様とお姫様の話。
    魔法を使う人達の間で語り継がれる御伽噺………。

    研究者の間じゃあ世界の何処かにその船が本当にあって、それを見つけて研究を進めれば、
    スペースシャトルやロケットなんかよりずっと簡単に宇宙に出られるんじゃないかって』

目を輝かせて語るエレナの話は、奇想天外と言うか、ロマンに溢れた話だった。

御伽噺からSFに切り替わる、それはまるで、
この数日で結の中でパラダイムシフトを起こした魔法そのものようだ。

でも、だからこそ、結にはエレナの言葉が信じられた。

そして、それを本気で語るエレナ自身の事も。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:07:42.70 ID:bkh4nxdv0
エレナ『だから、こんな風に人間同士が魔法で戦争するような世界を、
    少しでも早く終わらせなきゃいけない。

    私は……あんまり頭が良い方じゃないから、
    頭の良い人達や悪い魔導師や研究者に虐げられる誰かを助ける人になって、
    その力を色んな人に教える先生になりたいんだ』

結「誰かを守る人……」

エレナの語るその言葉が、結の心の何処かに、
不思議とカチリ、と噛み合った気がした。

それまで無かった、自分の中の物が、戻って来たような感触。

エレナ『魔法は怖いだけの力なんかじゃない。
    本当は誰かを守って、みんなを幸せにできる……そんな力なんだよ』

エレナは優しい声で言って、手すりの上に乗せられた結の手に、
ゆっくりと自分の手を重ねた。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:09:10.64 ID:bkh4nxdv0
とても、温かい手だった。

魔法は怖い。

それは結の中で変わらなかった。

でも、みんなを幸せに出来る。

それだけは、結も信じられた。

そして、それは、結の望みでもあった。

結「みんなを……幸せにする、力」

結はエレナがやったように、左手の指先に魔力の光を灯す。

薄桃色の、柔らかで、強い光。

利き手ではない方の手で、少し歪なハートマークを描く。

ハートマークは少しだけ結の指先から離れて、光の粒子になって散る。

少しだけもの悲しいような、そんな光景を見ながら、結は決意を新たにしていた。

理不尽な運命と、そして、新たに得たこの力と、真っ直ぐに向かい合う決意を。



第3話「結、魔導の恐怖と真実」・了
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:10:44.71 ID:bkh4nxdv0
今回はここまでとなります………が、
昨夜、投稿できなかった事もあって、
第4話の書式変更も終了しておりますので、
小休止の後……2〜30分ほどしたら、続きを投下させていただきます。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) :2011/09/20(火) 22:35:57.17 ID:bkh4nxdv0
そろそろ第4話を投下させていただきます。

連続更新と、今回のageで気付いた人のために、
1〜3話の個別安価でも入れておきますね。

第1話 >>2-38
第2話 >>44-85
第3話 >>89-130
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:36:36.97 ID:bkh4nxdv0
第4話「結、魔法を特訓する」



結がリノとエレナに出会って三日、
即ち、結が魔法と出逢ってから六日が過ぎていた。

本部がある国の便をチャーター出来たリノは、
その間に結に出来る限りの魔法を教え、
今はエレナが専属で結の指導を行っていた。

早朝の五時から六時、放課後の十五時から十七時、
夜の二十一時と二十二時の間、合計四時間で徹底的に魔法の訓練を行う。

基礎魔法として魔力弾の発射訓練、
ギアによる補正を行わずに走りながらの的当ては、
正に戦闘訓練と言うに相応しい実践訓練だった。

そして、防御魔法の訓練、
エレナの放つ近接・遠距離の攻撃魔法を相殺するための強固な魔力障壁を作り出す訓練は、
結の絶大な魔力量により僅かな訓練でマスター出来ていた。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:37:50.31 ID:bkh4nxdv0
今は放課後、結とエレナは人気のない山中の、
少し拓けた場所で訓練を続けていた。

戦闘ではないので防護服は使わず、結は学校の体操着、
エレナは動きやすいように厚手のトレーナーとジーンズと言った出で立ちだ。

今は丁度、結が魔力障壁でエレナの攻撃を受け止めた所だった。

エレナ『本当、結ちゃんは飲み込みも覚えるのも早いわねぇ……。
    料理も上手いハズだわ』

エレナは振り下ろしたギアでの近接攻撃を完全に相殺され、
感嘆の言葉を漏らしていた。

結「ちょっと照れます……」

結は恥ずかしそうに後頭部をかきながら、照れた笑みを浮かべている。

結の特性は、訓練開始初日でリノが見破っていた。

絶大な魔力量を活かした鉄壁の魔力障壁と、
同じくその絶大な魔力から放たれる当たれば必倒の魔力砲撃。

反面、機動性や速度面の移動関連の能力、近接格闘攻撃能力はまるで素養がない。
135 : ◆7oWiJj9WF6 [sage]:2011/09/20(火) 22:38:18.49 ID:sOVpUH6h0
面白いですな。
ラノベ新人賞とかには応募はせんのですか?
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:38:41.37 ID:bkh4nxdv0
魔力を浸透させて物質を操るのも苦手で飛行能力も低く、
他者の魔力を探る魔力探知も並程度。

属性変換に関しても、誰でも使える熱系変換がまるで使えないのに、
特別な素養が必要な、魔力を光に変える閃光変換は簡単に使えてしまえる。

まぁ、鍛えれば飛行能力や格闘能力はそれなりにはなるだろうが、
優秀過ぎる防御力と砲撃力に比べればあまりにも乏しいモノだった。

言ってみれば、結は要塞だ。

しかも、難攻不落の大要塞。

敵に見つかっても、攻撃を耐えて、一気に薙ぎ払ってしまえる。

エレナ『そりゃ、システムの殆どが焼き切れていても戦えるハズだわ……』

小声で呟いたエレナの声は、半ば呆れていたが、それでも良いと思えた。
137 :>>135 そこまでのオリジナルを作れる実力がorz [saga saga]:2011/09/20(火) 22:40:00.08 ID:bkh4nxdv0
エールは使用者登録時に行った初期起動の際に、
結の膨大過ぎる魔力を受けて魔力循環以外の殆どのシステムが吹き飛んでいた。

言ってみれば、喋って、体内循環する魔力を調節して、
魔導機人を呼び出せるだけの状態。

膨大な魔力のせいで機能の八割以上が沈黙・麻痺・破損しており、
たった三日足らずとは言え、まともに機能しているのがおかしい状況だった。

データベースライブラリなんて、殆ど全部を移し替えなければいけない程の大損害であった。

そのため、結は奏と戦うまで、実力の半分どころか、十分の一も発揮できていなかったのだ。

万が一にも完全に実力を発揮していれば、
もしかしたら、一生、魔法戦の怖さを体験できなかったかもしれない。

それは油断にも繋がり、油断は或いは死に繋がるかもしれなかったのだ。

だが、不幸中の幸いか、結は一生味わいたくないほどの恐怖を味わう事が出来た。

これは短い間でも戦わなければいけない結にとって、言ってみれば財産である。

恐怖を知れば慎重になり、死を恐れる気持ちは生への活路を見出す。

あとは、魔法に関する知識と、それを実戦に活かす勇気が備われば良い。

いや、勇気の灯火は、もうその胸に灯っている。

それならば、あとは知識を与えるだけ。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:40:49.40 ID:bkh4nxdv0
エレナ『じゃあ、今日から術式を教えましょうか』

結「術式って、あの魔法陣みたいなのですよね?」

結の言葉に頷いて、エレナはさらに続ける。

エレナ『そう、その魔法陣。

    正しくは術式って言って、効果の決まっている魔法を前もって準備したり、
    決まった効果を幾つか重ねて使う技術よ』

エレナはそう言って進み出ると、手の平を突き出して魔力を集中する。

エレナ『例えば、投射術式に拡散術式を組み合わせて、
    そこに魔力を流し込めば、広範囲に魔力を撃ち出す拡散魔力弾』

エレナの言葉に合わせ二種類の術式が現れ、それらは組み合わさって一つの術式になり、
魔力供給を受けて無数の魔力弾が一斉に放たれた。

結「ふわぁ……凄い……」

一瞬で放たれた拡散魔力弾に、結は思わず目を輝かせて感嘆していた。

まるで連続ロケット花火を見ているような光景だった。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:41:25.89 ID:bkh4nxdv0
エレナ『他にも高速に硬化、それに増幅の術式で魔力打撃すれば、
    結ちゃんでもかなりの威力の打撃が出来るハズよ』

結「術式って便利なんですね」

感心する結の脳裏に、エールの声が届く。

エール<術式は基本的に僕たちの中に記録されているから、
    結は使いたい術式を念じたり、指示してくれれば大丈夫だよ>

結「私でも、色んな術式が使えるんだ……」

結は昂奮した様子で自分の手を覗き込む。

エレナ『ただ、瞬間的に展開できる術式の数は、
    本人の才能や努力で変わって来るから……。

    そうね、今の結ちゃんが同時に使えるのは二種類くらいかな?』

微笑みを浮かべるエレナの説明に、結は残念そうな視線を向けてくる。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:42:09.83 ID:bkh4nxdv0
結「そんなぁ〜」

エレナ『戦闘に使おうと思ったら、一瞬で展開できないとダメでしょ?
    相手は待ってくれないんだから』

少し不満げな結に、エレナはそう言って彼女の頭をワシャワシャと撫でる。

結「あぅ〜」

エレナ『まぁ、世界中探せばリノさんみたいに十個の術式を重ねて出したり、
    一瞬で三十個の術式を展開したり出来る人もいるけど、そう言う人は稀ね。

    私も一度に 、かつ一瞬で展開できるのは集中状態でも五つが限界、重ねるのは四つまでかな?』

乱れた髪型を直す結に、エレナは淡々と説明し、
“ギアの補助と魔力量次第で、どうとでも出来る人もいるけどね”と付け加えた。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:42:52.56 ID:bkh4nxdv0
結「そう言えば、エールやジガンテの魔導機人を呼ぶ時も術式が出るけど、
  アレはどうなってるんですか?」

エレナ『そっちはエールに聞いた方が早いかしら?』

ようやく髪型を直し終えた結の質問に、エレナはそう返す。

別に突き放しているワケではなく、
エールからも説明させる事で二人の信頼関係を養う意味があっての事だ。

エール<僕たちが魔導機人を呼び出すには、六重召喚術式を展開するんだ。
    内訳は操作・増幅・硬化・展開・収束・強化だよ>

結「六重……六つなんて一気に使えないんじゃないの?」

エール<その点は大丈夫。
    召喚術式は予め記憶されて、それ専用にしか使えない特殊術式だからね。
    僕たちの機能の一種だよ。

    ほら、ゲームソフトだって色んなプログラムを一気に実行するでしょ?
    それと一緒だよ>

結「ああ、そっか……」

エールの説明に、結は納得の言葉を漏らす。

確かに、事前に複雑な手順が記録されているなら、
あとはそれを起動すればいいだけなのだ。
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:43:32.35 ID:bkh4nxdv0
エレナ『専門的な言い方をすると呪術とも言うわね。
    予め、術式を記録した使い捨ての呪具を作っておいて、
    魔力を流し込むだけで大量の術式を展開する方法よ。

    魔導機人ギアの召喚システムはこの呪具に近いモノなの』

結の様子から召喚の仕組み説明が終わった事を察してか、
エレナは説明を付け加える。

エレナ『人によってはほんの少しの魔力で大魔法に匹敵する威力を出したりも出来るわ。
    リノさんがその部類ね』

結「リノさんって、本当は魔力が凄く低いんですよね?」

エレナの説明に、結は二日前の事を思い出して尋ねる。

エレナ『大体、私の二千分の一くらいかな?
    もっとも、一番威力の強い魔法同士で真っ向勝負したら、
    リノさんの圧勝だけどね』

言いながら、エレナは苦笑いを漏らす。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:44:15.29 ID:bkh4nxdv0
結「二千分の一……」

結の頭の中で、両皿天秤の上で大きなエレナと釣り合う、
二千人のミニサイズのリノの図が想像される。

一対二千でようやく、力の均衡が取れるほどの魔力量の差だと言うのに、
一対一でリノはそれを上回る。

そのリノが模範指導として見せてくれた魔法の一つを思い出す。

その魔法の名は――

結「ライオテンペスタ………」

スペイン語で光の嵐を意味する言葉を、結は反芻する。

その名に相応しい、光の魔力が作り出す竜巻。

既に、幾つかの魔法をエレナに見せてもらっていたが、
どれもライオテンペスタを上回る破壊力の攻撃魔法はない。

エレナ『リノさんは、最初から結ちゃんの素質を見抜いていたみたいだから、アレを見せたのかもね。
    術式の事も知ったワケだし、練習がてらに一度、使ってみる?』

結「え……」

エレナの提案に、結は一瞬、唖然とする。

そして、一拍おいて押し寄せたのは恐怖だった。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:44:46.83 ID:bkh4nxdv0
光の竜巻。

それは、魔力的なモノを全て吹き飛ばす一撃。

あれを自分が放つ。

エレナ『怖がらない』

思考がマイナスに行きかけた瞬間、エレナの凜とした声が結を引き戻した。

エレナ『結ちゃんは、自分の身を守るために覚えるの。
    誰かを傷つけたりするためじゃない』

続く言葉が、結の心の震えを止める。

自分を守るため。
それは免罪符かもしれないが、真実だ。

エレナ『結ちゃんは接近戦が弱いんだから、
    敵に接近される前に倒せる、強力な砲撃魔法を覚えなきゃダメ。

    それが出来なきゃエールを奪われる事になるわ』

エレナは淡々と真実を語る。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:45:36.70 ID:bkh4nxdv0
エレナ『負けたくないんでしょ?』

そして、その一言が結を奮い立たせた。

結「は、はい!」

一瞬の戸惑いの後、結は力強く頷いた。

エレナ『なら、覚えましょう』

エレナはそう言って、結の背後に回ると、
彼女の肩を軽く叩くようにして押した。

結「うわっ?」

思わずつんのめる結だったが、すぐに体勢を立て直す。

振り返ると、エレナはいつものように笑顔を浮かべていた。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:46:31.87 ID:bkh4nxdv0
エレナ『じゃあ、ここで問題です。
    魔力が低いリノさんは十重の術式の内、
    七つを増幅術式で固めて魔力を大体三千倍にして、
    さらに一つの術式で属性を閃光変換して使っているけど、
    結ちゃんの魔力量ならそのまま撃てます。

    はい、必要な術式は何でしょう?』

結「え、ええ!?」

突然の出題に結は困惑の声を上げる。

結「えっと……閃光変換は属性変換で使えるから……
  えっと、えっと……竜巻を作るんだから」

結は頭を傾げて必死に知恵を絞り出す。

こうなったら、エールにヒントだけでも貰おう。

そんな事を結が考えた瞬間――
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:47:15.14 ID:bkh4nxdv0
エレナ『あ、エール、手伝っちゃダメよ』

エール<だって……頑張って、結>

エレナに釘を刺され、エールが苦笑いを交えて応援の言葉を向けて来た。

結「んあ〜〜!」

ヒント無しの状態に、結はさらに首を傾げる事になった。

これも突き放しているワケではなく、機転を利かせるための特訓の一環である。

エレナ『ライオテンペスタが撃てるようになったら、
    今度は沢山の術式を使う儀式魔法を教えてあげるから、頑張って、結ちゃん』

結「んあ〜〜ん」

にこやかに激励して来るエレナに、結は不満の声を上げる事も出来ず、さらに頭を傾げた。

結局、結が正解に辿り着いたのは夕方の特訓を切り上げる直前だった。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:48:15.49 ID:bkh4nxdv0



日本近海の洋上に一隻の大型船が停泊していた。

漁業海域や一般航路から外れたその船は、
ネイビーブルーに塗装され、遠くから見れば海に融け込んで視認は難しいだろう。

今のような闇夜ともなれば見つけ出す事すら困難なその船は、
ある人物の所有する研究施設であった。

そして、僅かにライトアップされた甲板上に、灰色の服を来た四人組がいた。

?????『結局、五つの内三つも取り替えされちまったね』

そう不平を漏らしたのは金髪の女性――キャスリンだ。
その回りにいるのは彼女の部下であるクライブ、ジルベルト、レギーナの三人だ。

ジルベルト『すいません、隊長……俺達が不甲斐ないばかりに』

申し訳なさそうに頭を垂れているのはジルベルトである。

結局、分散して行動した際にギアを回収できたのは、奏とキャスリンの二人だけで、
レギーナは周知の通り結に敗北、
クライブとジルベルトも、リノとエレナに先を越されてギアを奪還できなかった。
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:49:37.34 ID:bkh4nxdv0
キャスリン『気にすんな、まさか研究院がリノ・バレンシアなんて切り札を、
      こんな島国の事件相手にいきなり切って来るとは思ってなかったんだから……
      バラバラに動かしたアタシのミスさね。

      それに、お嬢やレギーナとも戦った子もイレギュラー過ぎた。
      お前達が無事なだけでも良かったさ』

キャスリンはそう言って、部下達を見渡す。

クライブ『キャスもそう言ってんだから、ジルもレギーナも気にするなよ』

そう言って気さくに笑ったのはクライブだった。

キャスリン『アンタはちったぁ気にしろ、
      つーか、そこで反省しっぱなしのレギーナの罪悪感の半分でも持て、ドアホウ』

軽口を叩く一歳年上の部下に、キャスリンはため息がちに呟いた。

キャスリン『そう言うワケだから、レギーナ、アンタはあんまり気にするんじゃないよ。
      二世代違うギアとあの化け物みたいな魔力量、一対一じゃお嬢かアタシでもなきゃ勝てないよ』

レギーナ『はい……隊長』

姉貴分然として頭をワシャワシャと撫でて来るキャスリンに、
レギーナはまだ申し訳なさそうに応える。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:50:13.17 ID:bkh4nxdv0
彼女たちはこの船の所有者によって世界各地から集められた、
いわゆる問題児達だった。

魔法が使えるのを良い事に、町で悪さをする身よりのない少年少女。

消えても誰が咎めるワケでもない、都合の良い鼻つまみ者集団。

例えば隊長を務めるキャスリンは、
僅か十歳にしてニューヨークのスラム街を一人で生き抜いた札付きの不良娘で、
七年前に船の所有者に拾われ、以来、戦闘部隊の隊長として育てられた。

クライブやジルベルト、レギーナも、程度の差こそあれ同様で、
それぞれにあまり他人には口外したくない人生を歩んで来ていた。

他にも仲間は十人以上いたが、今、この船にいるのはこの四人だけだ。

他はインドと中国で陽動作戦を展開している最中だ。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:51:29.21 ID:bkh4nxdv0
クライブ『しかし、ジーサンも必要なら自分で作りゃいいものを、
     何でこんな島国くんだりまで来てわざわざギア盗みなんてさせんだか』

キャスリン『アンタも島国育ちだろエセ英国紳士』

クライブ『お、やるかい、ヤンキー娘?』

言葉だけを聞けば口喧嘩だが、
作戦・任務外でのキャスリンとクライブのやり取りはいつもの事だ。

レギーナ『ちょっとお二人ともやめて下さいよ』

三ヶ月前に部隊に加わったばかりで、
その辺りの事を分かっていないレギーナは二人の仲裁に入ろうとするが、
ジルベルトが肩に手をかけて、無言でそれを止める。

その時――

?『第五世代のコアに使われているエネルギーシステムは特別製、なんだって……』

甲板に通じる通路から聞こえて来た声に、四人が振り返る。

するとそこには、銀髪に黒服の少女――奏がいた。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:52:03.59 ID:bkh4nxdv0
キャスリン『お嬢、もう大丈夫なのかい?』

奏『うん……ごめんね、もう大丈夫』

心配そうに駆け寄るキャスリンに、奏は目を細める。

その僅かな表情からは、やはり感情は読み取れない。

奏は、先日のエレナから受けた魔力相殺ダメージの後遺症で静養しており、
今朝もまだ体調が戻らずにフラフラだった。

両足でしっかりと立っている所を見る限り、彼女の言葉通りもう大丈夫なのだろう。

レギーナ『ジル先輩……私、まだ奏お嬢さんの表情読み取れないんですけど』

ジルベルト『奏嬢の表情を読めるのは、付き合いの長い隊長かクライブさんくらいだろ』

レギーナの耳打ちに、ジルベルトが小声で応える。

クライブ『コソコソなんの話だ、お前ら? ん?』

クライブは二人の間に割って入り、肩を組むようにして二人の顔を交互に覗き込む。

ジルベルト『何でもないですよ』

ジルベルトがそう言って身を捩って離れると、
クライブは“つれないねぇ”と言いながら自身もレギーナから離れる。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:52:45.53 ID:bkh4nxdv0
キャスリン『しかし、特別製って……第四世代とそんなに違う代物なのかい?』

奏『うん……。魔力増幅・制御がA・Sランク魔導師一人分の能力に匹敵する、って』

キャスリンの質問に、奏は淡々と答え――

奏『クレーストのエネルギーシステムと、大体、同じくらい』

胸元のロザリオに手を当て、そう続ける。

クレーストは奏が五歳の頃から使っている魔導機人ギアだが、
その製造は魔法倫理研究院でも魔導研究機関でもない、
一人の天才魔導師に依るモノだった。

当時でも最新クラスの技術と、
エネルギー系だけならば当時の技術でも到達し得ないレベルまで到達した、
完全ワンオフで奏専用の魔導ギアだ。

たった一人のためだけのたった一つ、
文字通りのオンリーワンを目指したからこそ到達し得た領域と言えるだろう。

クライブ『ヒュ〜……そりゃスゲェや。ジーサンが欲しがるハズだぜ』

感嘆を漏らすクライブ同様、他の面々も顔を見合わせて驚きを露わにする。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:53:40.19 ID:bkh4nxdv0
魔力増幅や制御能力がA・Sランクの魔導師に匹敵すると言う事は、
ギアを持つだけでAランク相当の魔導師と同じだけの戦闘能力を発揮できる事になる。

もっとも、それだけの能力を外部的な要因で発揮しようとするなら、
それに近い実力は必要になるだろうが……。

奏『それに……今回の研究には、お母さんの事も関係しているから……』

奏の言葉に、全員が彼女に向き直る。

奏の表情と声音には、今までにない感情が見て取れた。

期待や喜びに似たソレは、キャスリンを含めて誰も見た事のない表情だった。

奏『御爺様の手に入れた情報だと、あと四日でリノ・バレンシアが戻るらしいの。
  だから、狙うのはそれまでの間。

  一般人に目撃される危険性を低くしたいから襲撃は夜間にするよ』

微かな驚きに口を噤んだ仲間達に、奏は淡々と予定を告げる。
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:54:38.95 ID:bkh4nxdv0
キャスリン『Aランク相当以上のエージェントが一人に、
      素人とは言え第五世代ギアを持った馬鹿みたいに魔力のデカい子供が一人、か……』

気を取り直したキャスリンがぽつりと漏らす。

キャスリン『魔導機人以外が緊急モードだったみたいだけど、
      まぁ、次からはちゃんとした状態で出て来るだろうねぇ……。

      ただ、素人相手なら数で撹乱が効く、か』

奏『多分、ね。

  エージェントの方は私が足止めするから、
  キャスリンとクライブが中心になってあの子からギアを奪って』

キャスリンの推察に、奏は各員の割り当てを提案する。

先日の奏の敗北は、スキを突かれた部分があまりにも大きい。

多量の術式の事前準備が必要な儀式魔法をあのタイミングで撃たれれば、
実力差があっても覆されるのが当然なのである。

相手の詳しい技量は分からないが、魔導機人の形状や儀式魔法の威力から見て、
おそらくは自分と互角程度の近接戦に特化したタイプ。

なら、勝機は十分にある。
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:55:17.28 ID:bkh4nxdv0
キャスリン『よし、じゃあ素人嬢ちゃんの相手は、
      アタシとジルベルトがフォワード、クライブがバックス、レギーナは牽制だ』

レギーナ『牽制って……マギアランツェの効かない相手に、牽制も何も無いですよ、隊長』

キャスリンの指示にレギーナが異議を申し立てる。

確かに、マグマに爪楊枝を放り込むような戦力差では、牽制の意味はない。

だが――

キャスリン『ジジィに無理言って、盗んだギアのフレームとAIを一個回させた。
      アタシのペンデュラムも見てくれと機能だけは第五世代だ。

      前のフレームとAIをお前にやるから、
      それでお前のビーネも見てくれと機能は汎用第四世代だ』

キャスリンはそう言って、浅葱色のクリスタルがはめ込まれたチェーンブレスレットを見せ、
レギーナに向けてクリスタルのはめ込まれていないチェーンブレスレットを放り投げる。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:55:47.63 ID:bkh4nxdv0
クライブ『お、平の分際で俺よりいいギア使ってんじゃんかよ』

呆然とそれを受け取ったレギーナの頭を、
満面の笑顔を浮かべたクライブがワシャワシャと撫でる。

言葉に反して、その態度は如実に“良かったな”と言っているようだった。

準第四世代型汎用魔導ギアなら、確かにそれなりの破壊力は発揮できるだろう。

それでも、爪楊枝が鉄筋に変わった程度だ。

結局、マグマ相手に挑むには無茶なレベルである。

キャスリン『牽制は目眩ましが重要なんだよ。
      最悪、拡散弾でもいいからアタシらに当てないように連射してればいいんだよ』

キャスリンは諭すように言って、レギーナの頭からクライブの手を払いのけ、
メチャクチャにされた髪の毛を梳る。

この中で最も魔法戦闘の経験が少ないのが、部隊に入って三ヶ月足らずのレギーナだ。

訓練や調査任務こそこなしていたが実戦経験はほぼ無く、結と同じくあの日が初陣だ。

それであの魔力量の差を見せつけられて、自信を喪失していると言った所だろう。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:56:55.70 ID:bkh4nxdv0
クライブ『心配しなさんなって、いざとなったら俺の後ろに隠れてりゃいいからよ』

クライブはにこやかに言って、再度、頭を撫でようと手を伸ばすが、
その手の甲をキャスリンが思い切りつねり上げる。

短い悲鳴が上がり、手の甲を押さえてクライブが跳び上がる。

キャスリン『女の髪にそう何度も何度も気安く触ってんじゃないよ、発情紳士』

クライブ『ッテェ……、爪痕つくほどつねりやがって、
     爪痕は背中だけで勘弁しろって……ブハッ!?』

言いかけたクライブの顔面に、キャスリンのハイキックがクリーンヒットする。

キャスリン『そう言う事をお嬢やレギーナの前で口にすんじゃないよ!』

顔を真っ赤にしていきり立つキャスリンの様子で二人の関係を察したのか、
レギーナは頬を染め、話の輪から外れていたジルベルトも気まずそうに目を伏せる。

一人、会話の意味を理解できていない奏だけが首を僅かに傾げている。

奏『…………とりあえず、明日から調査開始だから』

ジルベルト『了解です、奏嬢』

予定を告げる奏に、ジルベルトだけが目を伏せたままため息がちに応えた。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:57:24.16 ID:bkh4nxdv0


三日後の夜、マンション屋上――

冬の寒空の下、二人は厚手のコートを羽織って向かい合っていた。

エレナによる結の特訓は、そろそろ仕上げの段階に入ろうとしていた。

結「えっと、それじゃあ宿題の発表をします」

緊張した面持ちで、羽根飾りのついた長杖――ギア形態のエールを構えた結が軽く頭を垂れた。

昨日の夕方特訓で、ついにライオテンペスタの使用に成功した結は、
エレナから一つの宿題を出されていた。

それは儀式魔法の構築だ。

多量の多重術式を時間をかけて構築し、大魔法を生み出す魔法。

エレナの使うそれは、五日前に結も見たジガンディオマルッテロ。

増幅・硬化・高速・統合の四重術式を多数展開して硬い魔力弾を作り出し、
統合特性で多数の魔力弾を一本にまとめ上げて巨大な魔力のハンマーを作り出す魔法だ。

通常は五つの四重術式で放つが、より巨大なモノを生み出す際にはその個数が十三、二十五と増えて行く。

二十五個の術式を展開する最大威力のバージョンは準備に十分以上の時間をかけるため、
威力を上げるほど実戦に向かなくなる魔法である。

結は重装甲で持久力があるため、
余程、相手が強くない限りは戦闘中のスキを気にすることなく儀式魔法を準備できるため、
リノから“最後に必ず教えるように”と念を押されていたのである。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 22:59:11.05 ID:bkh4nxdv0
エレナ『じゃあ、ちょっと離れて結界張るから』


エレナはそう言って屋上の端まで退き、予め準備してあった呪具で結界を張る。

エレナ『魔力はごく弱い通常魔力弾を撃つ時の十分の一程度。
    結ちゃんの魔力量でフルパワーで使ったら、
    回りにいる魔力持ってる人全員が倒れちゃうだろうから気をつけて』

結「は、はい!」

エレナからの注意事項に、結は不安の緊張の入り交じった声音で返事をする。

そして、構えていたエールを高く掲げる。

結「使う術式は拡散を二つと高速を一つの三重術式で、
  それを三つ、目の前に並べて置きます」

結の言葉に合わせて、拡散と高速の三重術式が彼女の正面に直列に設置される。

エレナ(二重拡散、高速の三重術式を三連か……超高域拡散の魔力砲撃って所かな?
    砲撃一辺倒なのはあとで矯正してあげないとなぁ……。

    ん? 二重拡散が三連?)

その光景を見ながら、エレナは不意にある事実から来る違和感を感じ、首を傾げた。

結「そこに、閃光変換した魔力弾をぶつける……これが私の初めての儀式魔法!」
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:00:10.64 ID:bkh4nxdv0
結はそんなエレナの様子に気付かずに、
自らの作り出した術式に閃光変換した魔力弾をぶつける。

すると魔力弾が術式の中に取り込まれ、
直後、結の魔力が真っ白な光に変わって辺りに拡散した。

結「ブランソワール!!」

フランス語で“白き宵”を意味する儀式魔法は、その名の通りの眩い光を放った。



そして、それだけで終わった。

結「……………………………あ、あれぇ………?」

一瞬で終わった自身初のオリジナル魔法に、
結は数秒遅れて首を傾げた。

使った魔力はごく弱い魔力弾の十分の一程度。

儀式魔法を撃つ際に込めるフルパワーの魔力を考えたら百分の一程度だが、
それにしても威力が弱すぎる。

事前にエレナが張った結界は小揺るぎもせず、
エレナ自身も防御魔法を使うどころか魔導防護服もなくやり過ごしている。
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:01:25.44 ID:bkh4nxdv0
エレナ『う〜ん……結ちゃん、指数関数は分かり難いかもしれないけど、
    そうね……二に十回、二をかけてみようか?』

結「え? じゅ、十回、ですか?
  え、っと……2、4、8…、16…、32……」

エレナの出題に、結は慌てて計算を始める。

エール<結、2048だよ>

結「にせんよんじゅーはち?」

見かねたエールの助け船に、結はオウム返しに呟く。

エレナ『エールに助けてもらったでしょう?
    ……そう、正解。結ちゃんは二重拡散の三連で2048倍拡散の魔法を使ったの』

結「にせんよんじゅーはちばいかくさん?」

エレナの言っている言葉の内容が一瞬理解できず、結は小首を傾げる。

エレナ『つまり、さっきの術式じゃ結ちゃんがフルパワーで使っても、
    ごくごく弱い魔力弾の半分の威力も発揮できないって事』

エレナは言いながら、大きくため息を漏らした。

教え方を完全に間違えた。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:02:23.76 ID:bkh4nxdv0
エレナ『拡散術式は広範囲展開には便利だけど、二重術式にすると拡散能力が一気に跳ね上がるの、
    それを直列で三回も拡散させると、確かに絶対避けられない魔法にはなるけど、
    威力は一気に下がってしまうわ。

    やるなら拡散・増幅・高速が正しかったわね』

エレナは事前に教えるべき鉄則を忘れていた自分を呪いながら淡々と説明を行い、
疲れた足取りで結へと歩み寄った。

結「うぅ〜」

エレナ『まぁ、絶対に避けられないようにするって着眼点は間違ってないわ。
    時間も魔力も消耗する儀式魔法なんだから避けられたくないものね』

あまりの大失敗にうっすらと涙すら浮かびそうな結に、エレナはフォローを入れる。

正直な感想だった。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:02:54.02 ID:bkh4nxdv0
エレナ『それに、目眩まし魔法としてはこの上ない魔法ね。
    あの魔力であれだけの発光量なら、全力なら絶対に相手の視界を奪えるわ』

結「本当……ですか?」

心配そうに尋ねる結に、エレナは“うん”と頷いてから笑顔を浮かべる。

エレナ『攻撃用の儀式魔法は別に考え出す必要があるけど、
    儀式魔法が全部、攻撃用じゃないんだからとりあえず合格点は出しましょう』

結「じゃ、じゃあ……これで全部合格ですか!?」

エレナの批評に、結は顔を綻ばせるが――

エレナ『でも、それとこれとは別。
    さっきも言ったように、今度はちゃんと攻撃ができる儀式魔法を考えましょうね?』

続く言葉にガックリと肩を落とした。

それと同時に、結界用の呪具が弾けて壊れ、結界が消える。

どうやら時間切れのようだ。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:03:57.17 ID:bkh4nxdv0
エレナ『今日も昨日と同じ宿題を出すから、
    明日、今の組み合わせ以外の儀式魔法を組み立ててみようね?』

結「はい……」

苦笑い混じりのエレナの言葉に、結はションボリと俯く。

エレナ『着眼点は……』

悪くないから――

そう続けようとしたエレナは、何かに気付いたように結の背後に回り、
起動したジガンテを空に向けて構え高速旋回させる。

するとギアの先端に込められた魔力の光跡が、まるで分厚い障壁のようになって二人を覆う。

直後、エレナの作り出した紅の魔力障壁に別の黄色い魔力がぶつかって弾かれる。

結「へ?」

一拍遅れて結が振り返るとそこにあったのは紅の魔力が作り出す魔法障壁。
エレナの防御魔法、スピラーレスクードだ。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:04:45.29 ID:bkh4nxdv0
エレナ『誰!?』

魔力弾の飛んで来た方角に向けて、エレナが鋭い視線を投げかけて叫ぶ。

すると、そこにいたのは五人の魔導師。

青いプロテクタータイプの魔導防護服を纏った金髪の女性が率いる、
銀髪にマントの少女と灰色のローブを纏った三人。

そう、奏達だ。

結「敵……!?」

結は驚きと恐れでもって声を漏らす。

六日前の恐怖が思い出され、結は身体が竦むのを感じる。

エレナ『魔導研究機関……キャスリン・ブルーノね!』

キャスリン『英雄バレンシアの金魚の糞に素人嬢ちゃんだけ、か……。
      狙い通りってねぇ』

エレナ『捜査エージェント補佐官、よ!』

侮蔑の言葉を投げかけるキャスリンに、
エレナは怒ったように返し、ジガンテを掲げる。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:05:19.60 ID:bkh4nxdv0
エレナ『起動認証、エレナ・フェルラーナ……立ち上がれ、ジガンテ!!』

エレナの起動要請に応え、緊急起動されていたジガンテの機能の全てが目を覚ます。

エレナの身に纏われる紅のプロテクターと、身体を覆う紅のオーバージャケット、
そして、彼女の横に並び立つ巨腕の巨人――魔導機人・ジガンテ。

魔導防護服と魔導機人を同時に具現化し、エレナは機人の肩に跳び乗る。

エレナ『キャスリン・ブルーノ、並びに魔導研究機関所属魔導師に告ぎます!
    市街地での無認可戦闘、及び、事前警告のない魔力攻撃は犯罪です!
    直ちに武装解除し、投降しなさい!』

キャスリン『ご丁寧にお決まりの警告かい?
      そう言うのは、数を見てからお言いよ!

      全員、打ち合わせ通りにやるよ!』

キャスリンが号令を出すと、三日前に話し合われていた通りに全員が散会する。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:06:03.33 ID:bkh4nxdv0
エレナ『結ちゃん、完全起動と召喚!』

結「あ? は、はい!」

エレナの指示に、竦んでいた結は一気に意識を引き戻した。

落ち着いて緊急モードでギアだけを起動していたエールを構え直す。

結「起動認証、譲羽結……飛んで、エール!」

構えたエールを高々と掲げると、薄桃色の魔力光が結を包み、
身に纏う服を魔導防護服へと変えて行く。

紺色のアンダースーツを覆う純白のローブには金色のラインが走り、
その背には魔力光と同じく薄桃色をした長大な羽衣がリボンのように結ばれる。

ロッド状だったギアには金色の飾りと、翼の装飾が生まれ、
長い杖の先端には透き通ったピンクのクリスタルがはめ込まれる。

そして、純白の魔導師の横に、主と同じく純白の騎士――魔導機人・エールが降り立つ。

結「う、うまく出来た……!」

結は微かな驚きと歓喜を含んだ感嘆を漏らす。

既にここ数日で幾度か試してはいたが、両方を、しかも実戦下で起動するのは初だ。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:07:18.17 ID:bkh4nxdv0
エレナ『市街地の戦闘じゃあ流れ弾で被害を出すかもしれないわ、
    いつもの山まで一気に飛ぶわよ!』

結「はい!」

結がエールの肩に乗ったのを確認してエレナが再度指示を出す。

魔法による戦闘は、物理的被害こそ少ないが魔力を感知できる人間には多大な被害を被る場合が多い。

特に、大容量魔力砲撃のみを得意とする素人の結に市街戦は向かない。

二人が魔導機人と共にマンションの屋上から飛ぶのを見て、奏達もその後を追う。

キャスリン『連中が人気のない所に移動するまで威嚇以外の攻撃は控えな』

キャスリンは小声で全体に指示を飛ばす。

クライブ『分かってます、よっと!』

クライブは杖状のギアをライフルのように構え、
結やエレナのやや頭上を狙うように黄色い魔力弾を放つ。

結「う、撃たれてる!? エレナさん、撃たれてるよ!」

エレナ『落ち着いて、結ちゃん。全部、威嚇射撃よ。
    どうやら、当てるつもりはないみたい……』

慌てふためく結に、エレナは冷静に返す。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:08:13.50 ID:bkh4nxdv0
そして、キャスリン・ブルーノの資料を思い出す。

指名手配魔導テロリストでもある魔導研究機関の首魁と言える人物子飼いの私兵でありながら、
一般人を巻き込むような戦法・作戦を極端に嫌い、部下にまでそれを徹底させる人物。

エレナ(正義感や倫理観を振りかざす気があるなら、
    貴女がいる場所はそんな所じゃないでしょうに……)

エレナは胸中で独りごちる。

一般人に被害を出さないようにする、と言う建前を守る反面、
任務に関しては彼女は確実に遂行しており、
死者こそいないものの今までに三十人以上のA・Bランクエージェントが病院送りにされている。

今、威嚇射撃をしている人物――クライブ・ニューマンに関しても、
魔導研究機関に属する以前の黒い噂を聞いた事があるが、
七年前に魔導研究機関に所属するようになってからはその手の新たな噂は途絶えている。

あとの二人に関しては顔写真を見た覚えがあるようなないような、程度の軽犯罪者としてしか分からない。

六日前に見かけたばかりの少女に至っては、リノが本部で最終確認と資料調査中と言う有様だ。

どうにも、気が咎める――そこまで思考が至った瞬間、エレナは軽く頭を振った。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:08:49.74 ID:bkh4nxdv0
エレナ(……ダメよ、エレナ。
    どんな考えを持っていようとも、相手は魔導テロリスト……犯罪者。
    情報はあくまで情報、私がすべき事は彼らの捕縛)

専任捜査エージェントであるリノが不在なのだから、
今は自分がしっかりしないといけない。

エレナはそう思い直して、傍らの結を見遣る。

結はまだ慌てており、その手は僅かに震えているようだった。

そう、ある程度の訓練を施したとは言え、素人同然の結を守らなければいけないのだ。

エレナ(相手はAランク相当が二人、Bランクが一人、Cランクが二人、か)

結と上手く前衛・後衛のフォーメーションを組み、
自分が結を補助しながら、彼女に各個撃破を狙ってもらうのが一番賢いやり方だろう。

六日前の状態と違い、今の結は100%の力を発揮できる以上、
相手がAランクの魔導師と言っても砲撃力だけなら遅れは取らないハズだ。

戦場となる山岳地帯は近い。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:09:27.16 ID:bkh4nxdv0
エレナ『結ちゃん、出来るだけ私の後ろに回って。
    落ち着いて一人一人を撃って欲しいの……出来る?』

結「は、はい……や、やってみます……!」

エレナの問い掛けに、結は震える声で返す。

今、襲い掛かって来る戦いと言う現実に対して、
自分の決意は薄っぺらなモノだったかもしれない。

それでも、もう決めてしまった以上、
引き返す事もやり直す事も出来ない事だけは、結にも理解できていた。

エレナ『大丈夫……今の結ちゃんなら、
    私のジガンディオマルッテロを受けても素で耐えちゃえるわよ』

エレナは笑顔で言うが、勿論、ウソだ。

いくら結の魔力が途方もないとは言え、
最大威力の儀式魔法の直撃を受ければ防御魔法ごと弾き飛ばされる。

そして、それは結にも分かっている事だ。
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:10:06.72 ID:bkh4nxdv0
結「え……っと、冗談、ですよね?」

エレナ『うん、そう。冗談』

乾いた笑みを浮かべる結の質問に、エレナはあっけらかんと即答する。

結「ひ、ヒドいですよぉ!」

結は瞳の端にうっすらと涙を浮かべて抗議の声を上げた。
見ると、手の震えは止まったようだ。

エレナ『アハハ……ちょっとはリラックスできたみたいね』

その様子にエレナは満足そうな笑みを浮かべた。

驚く結を尻目に、後方の五人に向き直る。

奏が魔導機人を召喚し、その肩に乗った。

一瞬だけ、下を見遣ると既に眼下に民家は見えない。

人工物は視界の端にとらえた高速道路だけ。

相手が戦闘態勢を整えた事から考えても、
どうやら、ここで仕掛けて来るようだ。
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:10:44.68 ID:bkh4nxdv0
エレナ『来るわよ、結ちゃん!』

結「は、はい!」

二人の魔導機人が身を翻し、敵を迎え撃つ体勢に入った。

おそらく前衛組なのだろう、奏を中心としてキャスリンとあと一人、
赤いラインの入ったローブを纏った男――ジルベルトが向かって来る。

エレナ『結ちゃん、威嚇砲撃!』

結「は、はい! 砲撃、行きます!」

エレナとジガンテの後方に回った結とエールが構える。

結がエールの肩口にギアを押し当てると、それに応えるようにしてエールの胸部が展開し、
中から砲身のようなモノが覗く。

エール<胸部魔力砲展開、結、いつでも行けるよ!>

結「うん、エール、撃って!」

結が押し当てたギアに魔力を込めると、その魔力は魔導機人の内部へと流れ込み、
胸部から巨大な光の柱となって放たれる。

威嚇と呼ぶにはやや巨大過ぎる魔力の奔流が、前衛の三人の真横を掠める。
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:11:16.25 ID:bkh4nxdv0
キャスリン『な、何だありゃあっ!?』

ジルベルト『うおっ!?』

奏『………』

素っ頓狂な声を上げるキャスリンと驚きの声を上げるジルベルト、
そして、無言のままやり過ごす奏。

三者三様の反応ではあったが、威嚇の意味は――

奏『ごめんなさい、そのフォーメーションは許さない』

奏には無かった。

奏はクレーストを加速させ、一気にエレナとジガンテの懐に入り込む。

懐に入り込んだ勢いそのままの鋭い回し蹴りが放たれるが、
ジガンテは巨大な両腕でその一撃を受け止める。

金属質な魔力同士がぶつかり合う硬い音が山中に響き渡り、
ジガンテはやや後方に弾かれる。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:11:56.80 ID:bkh4nxdv0
結「エレナさん!?」

狙われたエレナに結は悲鳴じみた声を上げるが――

キャスリン『悪いけど、お嬢ちゃんの相手はアタシらだよ!』

威嚇の衝撃から立ち直ったキャスリンが、一瞬のスキをついて結に肉迫していた。

先端に鎖分銅状になった青いクリスタルの装着されたギア――ペンデュラムを構えたキャスリンが、
その鎖分銅の一撃を結に向けて振り抜く。

だが、結の周辺に満ちた魔力の渦がそれを押し流す。

キャスリン『な、何だい、この子!?
      馬鹿みたいに魔力がデカいのは知ってるけど、いくら何でも非常識が過ぎるだろう!?』

ダメージは与えられないまでも、絡め取る事くらいは出来ると踏んでいたのだろう。

キャスリンは目の前で起こった信じがたい光景に再び素っ頓狂な声を上げる事となった。

ジルベルト『隊長! 俺がやります!』

驚くキャスリンの後方から、ギアを後ろ手に構えたジルベルトが飛んで来る。

跳び蹴りの体勢で、その足には魔力が込められている。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:12:35.94 ID:bkh4nxdv0
結(えっと、魔力格闘!?)

数日前に教わって、自分に素質がないと言われたソレを思い出し、
結は驚きながらも魔力の障壁を分厚く展開し直す。

魔力格闘は魔力攻撃に加えて魔力で高められた筋力が上乗せされる。

その威力を削ぐには魔力障壁で、魔力の込められた相手の身体ごと押しやるしかない。

その効果は抜群で、ジルベルトの蹴りは結に届く事なく完全に押し留められ、
それどころか彼を大きく弾き飛ばした。

キャスリン『ま、魔力打撃を障壁だけで弾くなぁっ!?
      お嬢ちゃん、アンタ、壁かい!?』

吹き飛ばされる衝撃に歯を食いしばって耐える部下を見遣って、
キャスリンは思わず結にツッコミを入れていた。

戦闘中だと言うのに、目の前で展開される非常識過ぎる光景にそうせずにはいられなかったのだ。

クライブ『おいおい、Sクラスの魔導師だってあんな非常識な事やらんぜ。
     あのお嬢ちゃん、何モンだよ……』

レギーナ『だから言ったじゃないですか……バケモノだって』

呆然と漏らすクライブに、レギーナが僅かに震える声で呟いた。

目の前の少女は、ほぼゼロ距離からの魔力弾を障壁化していない純粋な魔力だけで弾いたのだ。

いくら自分の魔力量が先輩達に劣るとは言え、さすがにアレはショック過ぎた。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:13:12.20 ID:bkh4nxdv0
結『まぁ、あの子が実戦慣れしてなくて助かったぜ……あれじゃただの置物だ』

前衛二人が無意味な攻撃を続けているのを見ながら、クライブは冷静に呟いた。

攻撃は一切通っていないが、結は連続攻撃を前にまるで動けないようだ。

本来ならば、エージェント――エレナがその攻撃を全て捌く役だったのだろう。

だが、エレナの相手は奏がしている。

逆に、結の魔力障壁を抜いて攻撃できるのは、このメンバーの中では奏しかない。

クライブ『お嬢の手が空いたら、こっちを手伝って貰うとするか……。
     レギーナ、フォーメーション変更! 少し前進して魔力弾撃ちまくるぞ!』

レギーナ『え!? でも作戦は……』

クライブ『あんだけ慌ててりゃ、前に出で牽制射撃してた方が安全だってモンよ』

困惑する後輩を尻目に、クライブは結との距離を詰め始めた。

結「ど、どうしよう!? どうしよう!?」

エール<結、落ち着いて! 敵の攻撃は結には当たらないよ!>

結「で、でも……きゃっ!?」

慌てふためく結を、エールは必死で宥めようとするが、
既に主は戦場の空気に飲まれてしまっているようだった。

こうなると、結が落ち着きを取り戻すにはまだ時間がかかる。

今はただ、結が敵の攻撃を無意味だと気付くのを待つしかないようだ。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:13:46.91 ID:bkh4nxdv0
やや緊張感に欠けるやり取りが続く結達と違って、地表近くのエレナと奏の対決は緊迫していた。

息を吐かせぬ連続回し蹴りと、奏の放つ牽制の魔力弾で徐々に後方へと押しやられたエレナとジガンテは、
攻撃から逃げるように山肌へと降り立ち、奏と距離を取っていた。

エレナ『起動認証、エレナ・フェルラーナ……打て、マルテロ!』

エレナが懐から取り出したハンマー型の小さなチャームを掲げて放ると、
そのチャームを中心として、ジガンテの目の前にやや小振りなサイズの褐色の魔導機人――マルテロが現れる。

マルテロはその身を転じて巨大なハンマーとなって、ジガンテの手に収まる。

奏『第一世代型の魔導機人……あなた、機人ギアを幾つも持ってるんだね……』

エレナ『仲間には七器使いのエレナって呼ばれてるの。
    見たこともないワンオフタイプのギアを使っていても、負けないわよ!』

淡々とした様子の奏に、エレナは胸を張って応える。

エレナ『ジガンテの外見は第四世代でも、エネルギー系は第五世代……。
    テストベッドに選ばれた高性能ギアの力、見せてあげる!』

奏『第五世代……!』

続くエレナの啖呵に、奏は思わず大きな声を上げていた。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:14:22.64 ID:bkh4nxdv0
奏『足止めだけするつもりだったけど、事情が変わった………』

奏は目を伏せ、クレーストの背面に向けて二発の魔力弾を撃ち込む。

魔力供給を受けたクレーストの武器が、十字槍から両刃鎌へと変わり、
さらに両刃鎌から姿を変える。

エレナ『随分と、大きくて物騒な剣ね……』

その武器の威容を、エレナは思わず口に出していた。

クレーストの身の丈よりもやや大きな刀身を持つその剣は、
その刀身そのものが歪な十字架を思わせる形状をしていた。

ポールウェポンの中にハルバートと呼ばれる斬撃・刺突・打撃に使える万能な武器が存在するが、
クレーストの構える刀身のフォルムはそのハルバートを思わせた。

サイズが小さければ細工刀だが、このサイズで見せられると凶悪さ以外の感想を思いつかない。

主を肩に乗せたまま、クレーストは軽々とその大剣を振り回して構える。

柄の長さは変わっていないので、その構え方は槍そのものだ。
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:14:57.66 ID:bkh4nxdv0
奏『そのギアのコアストーン……渡して……』

エレナの小さな呟きと共に、クレーストが飛びかかって来る。

武器が大振りになった分、動きも単調。

だが、速さは変わらない。

エレナ『ジガンテ!』

エレナの呼びかけに合わせ、ジガンテはハンマーを突き出してその一撃を迎え撃つ。

ハンマーの周囲に魔力が発生し、クレーストの斬撃を受け止める。

奏『……硬いね……硬化特性の魔力の持ち主かな……』

エレナ『あんまり珍しくない魔力特性でごめんなさいね……。
    けど、私の魔力は、ちょっと硬いわよ!』

淡々とした様子を崩さない奏に、エレナは応えながら魔力をさらに込める。

すると、膨れあがる魔力によって斬撃が押し返される。

奏『ッ!? ……クレースト!』

愛器が押し返される感覚にさしもの奏も驚いたのか、クレーストに距離を取らせた。
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:16:11.01 ID:bkh4nxdv0
エレナの持つ魔力の硬化特性は、奏の熱系特化に比べて希少性に欠ける魔力特性である。

自らの意志で魔力を硬質化させ、打撃攻撃や障壁の能力を格段に高める事ができる。

かなり多く、十人に一人の魔導師がこの特性を持つとされるが、
その硬化具合はかなりの個人差がある。

エレナのそれは確実にトップクラスの硬度と言える。

奏『………そっか……痛かったよ、この間のアレ……』

奏は納得したように呟いた。

これほどの硬度を持つ魔力による儀式魔法ならば、
属性変換を用いない純粋魔力系魔法でもかなりの威力を発揮する。

エレナ『褒めても何にも出ないわよ……!』

エレナが言うと同時に、ジガンテがハンマーで足下の地面を叩く。

すると、その一撃で魔力が足下の石へと浸透し、浮き上がる。

エレナ『クリスタッロ・グラヌローザ!』

紅の魔力光が石を包み、エレナの魔力で撃ち出される。

イタリア語で水晶の霰と名付けられたソレは、無数の弾丸となって奏へと襲い掛かる。

エレナの硬化特性魔力でコーティングされた、特製の魔力シェルブリットだ。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:16:45.61 ID:bkh4nxdv0
奏『スナリャートメチェーリ!』

対する奏も、クレーストが突き出した左腕から、氷結した魔力の弾丸が無数に放つ。

弾丸の吹雪の名前通り、エレナの撃ち出した石の礫を氷弾が包み込んで無力化させる。

それどころか、無力化した石の礫の隙間を縫って、数発の氷弾がエレナへと襲い掛かる。

エレナ『フィアンママルッテロ!』

しかし、炎熱変換されたエレナの魔力がジガンテのハンマーを包み込み、
その横凪ぎの一撃で氷弾が撃ち落とされる。

だが――

横凪ぎにした自身の一撃の向こうで、奏が術式を展開するのが見えた。

エレナ(拡散・投射・硬化・増幅……この一瞬で四重術式!?)

垣間見えた術式を読み取り、エレナは即座に二重の魔力障壁を張り巡らせる。

奏『リェーズヴィエヴァルナー!』

その名の通りの刃の波が、魔力の込められた術式から放たれ、押し寄せる。

無数の刃がエレナの作り出した障壁にぶつかり、かき消されて行く。
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:17:21.37 ID:bkh4nxdv0
エレナ『あの一瞬で四重術式を組むとはね……運用能力だけならSランクってトコかしら?』

無数の刃状の魔力を受け止めたエレナは、衝撃で痺れた腕を振りながら呟く。

奏『先生が……良かったから』

そう呟く奏の声は、自慢げな言葉の内容に反して寂しそうだった。

それはエレナにも感じ取れた。

だが、同情はしない。

エレナ『そう……でも、魔力量はコッチの方が、上よ!
    ロッソティラトーレ!』

エレナは言いながら、自らの手で無数の魔力弾を連射する。

矢のような紅の魔力が、エレナとクレーストに襲い掛かる。

しかし、クレーストはその無数の矢を大剣の一振りで叩き落とすようにかき消す。

実に一進一退、見事な魔法と魔法の応酬であった。
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:18:31.59 ID:bkh4nxdv0
ジガンテ『マスター、さすがにこの状況では決め手にかけます。
     フォルマ・カヴァリエーレの使用許可を』

ジガンテが戦術案を述べるが――

エレナ『使おうと思って牽制してるんだけど、ちょっとスキを作って貰えそうにないわね』

エレナは苦笑いを浮かべて返す他なかった。

フォルマ・カヴァリエーレはジガンディオマルッテロと並んで、エレナの最強魔法の一つだ。

しかし、その魔法を使用するには儀式魔法ほどではないが、やや時間がかかる上に隙も大きい。

結との戦闘を見る限り高速近接戦タイプらしい奏とクレースト相手に、そんな余裕はない。

現に、先ほども一瞬で距離を詰められている。

エレナ(かなり危ない賭けになるけど、向こうの近接攻撃に遭わせて、
    最大級のスカルラットマルッテロかフィアンママルッテロをぶつけるしかない……)

エレナは額に僅かに汗を浮かべる。

魔力量だけなら自分の方が上。

それだけは確実であり、また事実であった。

それならば、狙うは自身も得意とする近接でのカウンター攻撃しかない。
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:19:02.67 ID:bkh4nxdv0
上空では結が一対四の戦闘を強いられ、反撃できずにいるのが見える。

いかに結が絶大な魔力を持っていても、それは決して無限ではないハズで、
あの状況ではいつかは魔力が尽きてしまうかもしれない。

そうなる前に決着を着けなけばいけない。

エレナはジガンテにハンマーを構えさせ、自身は分厚い魔力障壁を展開する。

魔力の分配はハンマーに七、障壁に三。

今までのやり取りで、射撃魔法ならばこのレベルの障壁で防ぐ事が出来ると確信を得られた。

それは相手も分かっているだろう。

ならば、向こうが撃つ手はこの障壁を破る可能性があるかもしれない近接攻撃。

奏『………そう、か』

エレナの様子に、奏は僅かに頷いてクレーストにまた距離を取らせた。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:20:00.98 ID:bkh4nxdv0
奏『クレースト………魔力フルチャージ…………!』

そして、その肩の上で奏が呟く。

クレースト『畏まりました、奏様』

クレーストも静かに応え、大剣を高く掲げる。
刀身を青銀の魔力が包み、魔力は炎へと変わり、直ぐさま雷へと転じる。

エレナ(やっぱり、熱系変換特化……しかも、かなり強力!)

エレナは六日前の戦闘からだけでは分かり難かったソレを自らの目で確認する。

術式なしでの氷結と雷電の二種の変換を目の当たりにしたのだ。
これはもう疑いようもない。

そして、刀身に込められた電撃。

間違いない、使うのは結との戦闘で不発だったマークシムムグラザー!

おそらく、あの一撃ならば魔力障壁を易々と突破して来る。

エレナ(全力で振り抜くなら術式は使えない……なら、フィアンママルッテロで迎え撃つ!)

エレナは自らの込める魔力を炎熱変換し、ハンマーの打撃面が大きく燃え上がる。

あとは障壁に込めた魔力を、一瞬でハンマーに流し込み、十の力で迎え撃つだけ。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:20:43.54 ID:bkh4nxdv0
しかし、そのエレナの目の前でさらなる変化が起こる。

刀身に込められた魔力の電撃がさらに膨れあがった。

エレナ『え……う、ウソ……』

呆然と呟くエレナの目の前で、電撃がまるで意志を持つかのようにうねる。

刀身にまとわりつく青銀に輝く電撃が、刃の先でその顎を大きく広げる。

刀身に収まりきらぬ電撃は、歪な十字からバチバチと噴き出して、まるで翼のように広がる。

その様は、電撃の作り出す巨大な竜にも見えた。

御伽噺の中から飛び出して来たかと思う、雷の竜。

それを自らの腕と武器を止まり木にさせたクレーストが、マントをたなびかせて飛んだ。

クレースト『ドラコーングラザー…………!』

クレーストが竜と化した電撃の刃を大きく振りかぶり――

クレースト『リェーズヴィエェェェッ!!』

一気に振り抜いた。
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:21:37.75 ID:bkh4nxdv0
エレナ(迎撃!? 違う、これは………防御!?)

エレナは咄嗟に全魔力を迎撃ではなく防御に回した。

エレナがギアを突き出すのと同様に、ジガンテもハンマーを突き出し、防御態勢を取る。

硬化特性の魔力が作り出す障壁は、Sクラス魔導師の最大威力の砲撃をも受け止める。



ハズだった。

袈裟懸けに振り下ろされた刃は、一瞬でハンマーを飲み込み、砕いた。

エレナ『ま、マルテロォッ!?』

エレナが砕かれた鉄槌の魔導機人の名を叫ぶ。

竜の雷の刃に飲まれ、中心核となっていたギアが粉々に砕け、
その余波はジガンテの機人を砕いて行く。

エレナ『うあぁぁっ!?』

マルテロに続いてジガンテを砕かれる感触に、エレナは悲鳴を上げる。

かなりの量の魔力を注いでいた事もあって、その魔力ダメージは相当のモノであった。

エレナは吹き飛ばされるが、それだけでは終わらない。

雷のさらなる余波が、エレナの持つギア――ジガンテの本体にまで襲い掛かった。

そして、エレナの目の前でジガンテのクリスタル――コアストーンが、真っ二つに砕けた。

エレナ『………じ、ジガンテぇぇぇっ!?』

愛器の名を叫ぶエレナの悲鳴が、山中に響いた。



第4話「結、魔法を特訓する」・了
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga saga]:2011/09/20(火) 23:32:00.85 ID:bkh4nxdv0
今回はここまでとなります。

しかし、キャラが増えたなぁw
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/21(水) 01:33:58.96 ID:+Kvd/iqa0
乙ですたー!
ぅぉおおお…魔法とロボ(違)!燃える!!
しかもまた良いところで引いてくれるし…
結の方も戦う決意をするところまでの流れが、とても自然に感じられました。
怖いからという感情を逆にバネにして、戦う、と言うより負けない決意をするのが良いですね。
次回も楽しみにさせていただきます。
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage sage]:2011/09/21(水) 23:11:50.37 ID:wq1zGO4Jo
乙。おもろいね。
でも、やっぱオリジナルって敬遠されんのかねぇ?
設定も細かくて深いし(褒めてるんだよ)読んだらおもろいのに、読んでもらえないんだろうなぁ…
うむ。世の中間違ってるよ。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/22(木) 20:42:03.64 ID:wkAOPv2T0
>>191
ロボであってますw
カタチが予めセットされていて、魔力で形状固定を行うような感じですね。

結の決意に関しても、彼女らしい理由を考えたら、
やっぱり父親が絡むかなぁ、と考え、そこから導き出した次第です。


>>192
男・女でもない名前有りのキャラだと、取っつきにくさがあるかもしれませんね。
それに設定が細かく深くなると、とかく敬遠されがちですし。
age進行にしたら、少しは読んでくれる人が増えるかなぁ……とは思いますが、
とりあえず、投下直前以外はsage進行で行こうと思います。



とりあえず、区切りの良い所まで書き終わったので、
書式変更終了次第、投下して行こうと思います。

では、第5話を投下します。
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:42:50.98 ID:wkAOPv2T0
第5話「結、 運命と向き合う」



そのギアは、少女にとって姉弟とも言える存在だった。

物心ついた時に、魔法研究者である両親から貰った誕生日プレゼント。

ギアの名はアイアンレッド。

どこにでもある第三世代汎用ギアの一つだったが、
少女にとって生まれて初めて手にするギアは特別で、
彼女は愛器に当時好きだった御伽噺になぞらえて、
巨人を意味する愛称を与えた。

寄宿制の訓練施設で共に魔導を磨き、
後の新世代ギアのために幾多の実験や改良を施されながら育った。

巨人の名に恥じぬ魔導機人ギアとなり、
フレームを当時最新の第四世代へと換装し、
エネルギー系を第五世代のテストタイプに交換し、
数多の任務を少女と共ににしたそのギアの名は――
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:43:23.27 ID:wkAOPv2T0
エレナ『……じ、ジガンテェェェッ!?』

真っ二つに砕けたジガンテのコアストーン。

少女――エレナが必死に手を伸ばすが、
奏の放った巨大な魔力の電撃――ドラコーングラザー・リェーズヴィエの余波が邪魔をする。

このままでは、魔力の奔流の中で粉々に砕かれてしまう。

エレナ(せめて………せめて、AI、だけ、でも……!)

大ダメージで魔力をそぎ取られ、薄れそうな意識の中でエレナはそれだけを考えて手を伸ばす。

握られていた杖部分は、コアの破損で形状を保てずに既に霧散し、
装着していた魔導防護服も元のトレーナーやコートに戻っている。

自らの展開した障壁だけがエレナの身を守っている状態だ。

そして、やっと破片に手が届く。

エレナ(全部……回収……できる……!)

そう思った瞬間だった――
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:43:58.71 ID:wkAOPv2T0
?「Яизвиняюсь……」

ギアが破損している状態では、上手く聞き取れなかった。

だが、それがロシア語である事だけは分かった。

ずっと愛器のコアストーンだけに向けていた目を、エレナは声のした方向に向けた。

そこには、どこか哀しげで申し訳なさそうな色を青銀の瞳に浮かべた銀髪の少女がいた。

自らの魔力の奔流の中、然したる抵抗もなく手を伸ばす少女――奏。

そして、その手が、エレナの手の中に収まろうとしていたコアの欠片の一つをかすめ取った。

直後、魔力の奔流が奏によってかき消され、エレナの身体は山肌へと投げ出される。

エレナ『う、あっ……うぅ、か、返しなさい……!』

投げ出された衝撃で背中を強打したのか、エレナは息も絶え絶えに声を絞り出す。
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:44:28.10 ID:wkAOPv2T0
奏は先ほどと同じような目でエレナを一瞥すると、まだ戦闘を続けている上空に目を向ける。

奏「Каждый……Пятое поколение основных、
  Восстановленные……」

何を言っているのかよく分からないが、どうやら上空に向けて通信を送っているようだ。

そして、再度、エレナに目を向け――

奏「Действительно……Яизвиняюсь……」

消え入りそうな声でそう言い残し、愛器の魔導機人と共に上空へと飛ぶ。

エレナ『な、に、言ってる、のか、分かんない、わよ…!
    返しなさいよ……ジガンテを、返してよ!』

エレナは怒りと気力だけで声を絞り出し、
やはりそれだけで痛みと疲労に悲鳴を上げる身体で立ち上がる。

しかし、奏はその言葉に耳を貸す事なく仲間達の元へと帰って行く。
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:44:59.63 ID:wkAOPv2T0
一方、やや緊張感にかける戦いを繰り広げていた上空でも変化が起こっていた。

クライブ『隊長! お嬢が第五世代コアを一個回収したとさ!』

後方で通信を受け取ったクライブが、前衛で攻撃を続けるキャスリンに声をかける。

キャスリン『本当かい!?』

喜色を浮かべるキャスリンの攻撃が、結の魔力障壁に完璧に無力化される。

日本のことわざでのれんに腕押しと言うヤツがあるらしいが、
それよりももっと不毛なこの作業がようやく終わる。

キャスリン『最大速度で撤収するよ! ジルベルト、レギーナ掴んでやれ!』

最後の攻撃が無力化されたのを確認し、キャスリンは魔力弾を爆ぜさせる。

結「わきゃっ!?」

目の前で起こった魔力の爆発に、結は思わず目を瞑る。

魔力障壁の外での爆発では、さしもの結の大容量魔力でも対応しきれない。
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:46:18.52 ID:wkAOPv2T0
キャスリン『やっぱ素人だね……』

キャスリンは安堵と呆れの入り交じった声を上げ、踵を返すと同時に飛び去った。

部下達も既に撤退を開始しており、僅かに遅れて奏も合流する。

クレーストを待機状態のネックレスに戻し、その手には大事そうに何かを抱えていた。

キャスリン『お嬢、それがコアかい?』

奏『うん……上手く割れたから、エネルギー系部分とフレーム系の一部だけ貰って、
  あとは向こうに残して来た』

キャスリンの質問に奏が頷く。

そこには申し訳なさそうな雰囲気と、
何処か、隠しきれない喜びのようなモノが感じられる。

奏『あのエージェントには、ちょっと……悪い事、したかな……』

だが、奏は去り際のエレナの事を思い出して不意に瞳を曇らせた。

キャスリン『お嬢……あんまり気に病まない方がいいよ。
      連中はお嬢を見捨てたんだから……』

心配そうに寄り添うキャスリンの言葉に、クライブは気まずそうに目を伏せ、
何の事か分からないジルベルトとレギーナは顔を見合わせる。

奏『…………うん……』

頷いた奏の目には、哀しげな色が灯っていた。
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:46:48.81 ID:wkAOPv2T0
一方、戦場に残された結はようやく魔力爆発のショックから立ち直っていた。

爆発の被害と言っても、あくまで爆発時の閃光だけで、
衝撃や爆風の一切は障壁に阻まれていて直接的な被害はない。

結「うぅ……」

結は目元を擦りながら辺りを見渡す。

既に敵は全員、かなり離れた位置にまで撤退しているようだ。

エール<大丈夫かい、結?>

結「う、うん……何とか、平気……」

心配そうに尋ねるエールに、結は目元に浮かんだ僅かな涙を拭う。

かなりの光量だったようだが、幸い、視力には異常がないようだ。

結「そうだ……エレナさん!」

結は慌ててエレナを探す。

すると、山肌の一角に蹲っている私服姿のエレナの姿を認める。

エレナは蹲ったまま動かずにいる。

結「エレナさん!?」

脳裏に最悪の想像が過ぎり、結は悲鳴じみた声を上げ、
エールと共にエレナの元へ飛んだ。
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:47:26.45 ID:wkAOPv2T0
魔導機人を消し、大地に飛び降りた結はもつれそうになる足取りでエレナに駆け寄る。

結「エレナさん、大丈夫!?」

エレナ『結ちゃん……ごめん、ちょっとジガンテが壊れちゃって……。
    今、何とか、魔力で保たせてる所……』

駆け寄る結に、エレナは疲労困憊と言った風に声を絞り出す。

出力制御系を全て失ったジガンテは、
外部から絶えず魔力を供給しなけれえば残った機能を全て停止してしまう。

蹲ったような体勢のエレナは、残されたジガンテのコアストーンの欠片と、
粉々になったマルテロを両手で包み込み、絶えず少量の魔力を注いでいた。

握りしめたような状態の両手からは、淡い紅の光が漏れている。

結「ぎ、ギアが壊れたって……えっと、それじゃ日本語じゃダメなのかな?」

結は慌てたように必死に考える。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:48:23.49 ID:wkAOPv2T0
結「えっと、あいきゃんすぴーくいんぐりっしゅ?」

だが、必死に考えた末に出たのは英語だった。
しかも、発音はメチャクチャである。

そして、説明不要ではあるが、それは“私は英語を喋れます”の意味である。

勿論、まともに喋れていない。

エレナ『に、日本語で大丈夫、だから』

エレナは苦笑いを浮かべる。

本人には多少、聞き取りづらくはあるが日本語で問題ないようである。

結「えっと……えっと、イタリア語ってどう喋れば……」

しかし、先ほどまでの戦闘のショックも手伝って、結は混乱の極みに達しているようで、
エレナの言葉も耳に入っていない。

まあ、会話が成立しているようなやり取りを行っていないのだから、結の心配も尤もだろう。
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:49:22.19 ID:wkAOPv2T0
エレナ(う〜ん……日本語だけは、絶対に使いたくなかったんだけどなぁ……)

エレナは心中で独りごちてから、盛大なため息を吐く。

結を落ち着かせるには、日本語も喋れる所を見せないとダメだろう。

そして――

エレナ「さっきから日本語で大丈夫って言ってんだろう、こんのドアホウ」

エレナの口から発せられた言葉に、結の動きと思考と、一瞬だけ呼吸も止まった。

結「へ……?」

目の前の頼りになる優しいお姉さんの口から発せられた、
少し、と言うにはあんまりにもあんまりな汚い言葉遣いに結は小首を傾げた。

エレナ「だ、だから……何度も言わせんじゃねぇよ。
    ……安心して日本語で喋れって言ってんだよ、このスットコドッコイ」

顔を真っ赤にして呟くエレナ。

やはり、言葉が汚い。

小首を傾げたままだった結も、
ようやく置いてけぼりにしてしまった思考が追い付いて来てくれたのだろう。

あまりのショックに、キョトンとした表情のまま、その目にじんわりと涙が滲み始めた。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:49:57.00 ID:wkAOPv2T0
エレナ『あ〜、もう! これだから日本語使いたくないのよ!』

ショックを受けた様子の結に、エレナは慌ててイタリア語で喋り直す。

その口調は、やはりいつも通りで、先ほど汚い日本語を喋っていたとは思えない。

エレナ『えっとね、一応、“日本語で大丈夫だから慌てないで”とか、
    “何度も言うようでくどいけど、日本語で喋って大丈夫よ、気にしないで”って、
    言ったつもりなんだけど……』

結「え? あ? あれ?」

エレナの突然の変わりように、結は滲んだ涙を拭わずに呆然とする。

エレナ『無理に他の国の言葉を使わなくても、日本語で大丈夫よ。
    ……私が普通に喋れないだけだから』

エレナはギアの残骸を握る手から片手だけを離し、優しくその涙を拭ってやる。

結「えっと……本当に大丈夫なんですか?」

突然のエレナの行動に頬を染めながら、結は慌てて聞き返す。

エレナ『大丈夫よ。結ちゃんのエールが壊れたワケじゃないんだから』

苦しそうだが、出来る限りの笑みを浮かべたエレナに結はようやく安堵した。

と、同時に、エールの翻訳機能が麻痺していたら、
あのしゃべり方のエレナと接していなければいけなかったのかと思い、出会いの奇跡に感謝した。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:50:25.75 ID:wkAOPv2T0
エレナ『ただ、ちょっとだけ魔力貸してくれるかな……もう、ダメ……』

エレナはそこまで告げると、その場に倒れ込んだ。

結「え、エレナさん!? エレナさん!」

結は慌ててエレナを抱き起こす。

エレナは気を失っているようで、ぐったりとしていて返事はない。

エール<魔力を消耗して気絶しただけだよ。
    結、君はエレナの手の中にあるジガンテとマルテロの残骸に少しずつ魔力を注いで。
    彼女は僕が魔導機人で抱えて行くよ>

慌てる結にエールが冷静に言う。

結「え? あ、うん、分かったよ」

さしもの結も、もう慌てふためいている場合でないと理解したのか、
エレナの握りしめている手の中からマルテロの残骸とジガンテの破片を回収し、
そっと手で包み込んで僅かな魔力を手に集中する。

ギアの残骸達が淡い薄桃色の光に包まれ、そこでようやくジガンテの意識が流れ込み始める。

ジガンテ<ゴ、メン、ナサイ……ゆ、いサン>

途切れ途切れでノイズだらけの声が、結の脳裏に届く。

ジガンテのAIは生きているようだ。
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:51:10.86 ID:wkAOPv2T0
結「大丈夫だよ、ジガンテ。
  えっと、こうしていればいいんだよね、エール?」

エール<うん。ジガンテは魔力供給が出来ていないだけだからね。
    ただ、マルテロは殆ど砕けているから、多分、フレームの一部しか……>

エールの説明に、結は哀しそうに目を伏せる。

短い付き合いだったとは言え、魔法の訓練に尽力してくれた友人を失った気分だろう。

結は頭を振って気を取り直し、魔導機人を召喚する。

召喚されたエールはエレナを抱え上げ、結もその肩に跳び乗る。

とにかく、今は早くマンションに戻り、エレナを部屋に運ばなければいけない。

主の意志を察して、エールは素早く、だが揺れないように飛び上がる。

結はエールの背に魔力弾を撃ち込み、魔力を供給する。

すると、背面のパーツが展開して翼のようになった。

魔導機人エールの第二形態。
あくまで速力を高める形態だが、非戦闘時でも役立つ事には変わりない。

結は展開した翼の邪魔にならぬよう、エールの正面に回ってエレナの傍らに潜り込む。

気絶したエレナは、僅かに苦しそうな表情を浮かべているように見えるが、命に別状はないようだった。

すると――
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:51:41.06 ID:wkAOPv2T0
エレナ「ヤ……イズ……ヴィ…ニャ…ユス」

結「え……?」

よく聞き取れない、翻訳の効かない言葉がエレナの口から漏れる。

何処か、魘されているような雰囲気でもある。

結「ねぇ、エール。エレナさん、今、何て……?」

エール<発音が無茶苦茶だけど、多分、ロシア語じゃないかな?
    正しい発音は、“Яизвиняюсь”……、
    日本語で“すいません”とか“ごめんなさい”って意味だけど>

怪訝そうに尋ねる結に、エールが応える。

結「ロシア語………あのお姉さんが……言ったのかな……」

結は、不意にそんな事を考えて独りごちる。

思い出される銀髪の少女との出会い。

戦闘と臨死の恐怖の記憶の向こうにある、彼女のやり取りを必死で思い返す。

既視感すら覚える、哀しそうな目。

幾度か聞かされた、謝罪と懇願の言葉。

結「奏……さん……」

恐怖の向こうに見えた、その記憶の中の少女の名を、結は知らず呟いていた。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:52:13.78 ID:wkAOPv2T0


翌日、深夜になってようやく目を覚ましたエレナと、ジガンテへの魔力供給を交代し、
何とか最低限の睡眠時間を確保した結は早朝訓練以外の日課をこなして登校していた。

結「ふあぁぁぁ………」

結は大きな口を開けてアクビをする。

麗「結、そんな大口開けたら、グーが入るよ?」

傍らの麗が、結の目の前に握り拳を突き出して来る。

驚いて僅かに仰け反った結だったが、すぐに体勢を立て直す。

結「グーは無理だよぉ」

麗「じゃあパー?」

香澄「パーは余計に入らないんじゃないかなぁ?」

親友達が集まって話しているのを見つけ、離れた席の香澄もいつの間にか近くに来ていた。

結「何にしても入らないよぉ」

結は乾いた笑いを浮かべて、また大きくアクビをした。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:53:06.08 ID:wkAOPv2T0
いつもは夜間訓練のあとにすぐに眠りについていたが、昨夜はあの戦闘の後、
エレナが目を覚ますまでずっとジガンテに魔力供給を行っていたのだ。

最低限の睡眠時間も、結局は四時間程度。

まだ幼い結にはキツ過ぎる睡眠時間である。

だが、先日までのような魔力循環不良も起こしていないのに居眠りをするワケにもいかず、
結は何とか眠気を押し殺し続けていた。

エール<結、さすがに眠った方が良かったんじゃないかな?>

エールは結の身体を心配してそんな事を言ってくれていたが、そう言うワケにもいかない。

ただでさえ、この間の料理教室の約束も、一週間前のあの緊急事態で断ったのだ。

下手に居眠りをすれば友人だけでなく、由貴や父にまで心配をかけてしまうかもしれないのだ。

無駄にかけた心配は、いつしか真実に繋がり、大切な人達を巻き込んでしまうかもしれない。

それだけは避けたかった。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:53:33.83 ID:wkAOPv2T0
香澄「結ちゃん、疲れてない?」

結「そ、そんな事ないよ……ちょっと眠いけど」

心配そうに尋ねる香澄に、結はあっけらかんと答える。

麗「じゃあ、明日が何の日だか覚えてる?」

結「え? あ、明日?」

麗の質問に、結は首を傾げる。

何かあっただろうか?

とりあえず、早ければ今日にでもリノが戻って来るのは覚えているが、
明日、何か特別な事があるとは思えない。

そう言えば、ここ数日の忙しさで忘れていたが、今日は何日だったろう?

結「えっと……」

カレンダーを探して目を泳がせる結。

麗「まさか、自分の誕生日、忘れてるんじゃないでしょうね?」

結「た、誕生日!?」
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:54:10.30 ID:wkAOPv2T0
呆れた様子の麗の言葉に、結は大慌てでカレンダーを覗き込んだ。

確かに、明日は自分の九歳の誕生日だ。

すっかり忘れていた。

結「………わ、忘れるワケないよ〜。
  嬉しいな〜、明日から二人と同い年だ〜」

結は誤魔化すように、努めて明るく振る舞う。

さすがに、こればかりは気付かれるワケにはいかない。

香澄「結ちゃん………」

さすがに常時のほほんとしている香澄も、友人の様子には敏感だったらしく、
泣きそうなほど心配した表情を浮かべている。

結は香澄を目を合わせる。

普段から優しそうに目を細めている子だったが、
泣きそうな目をされるとウソをついている自分が卑しく思えてしまう。

だが、彼女たちを巻き込まないためにも、真実は告げられない。

何があろうと、条理の通じない力があるのだ。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:54:44.41 ID:wkAOPv2T0
結「え……っと、香澄、ちゃん?」

結はどうしていいか分からず、困ったような表情を浮かべる。

すると――

麗「あ〜あ、泣いてんじゃないわよ、香澄〜」

泣き出しそうな三年来の親友を、五年来の親友が背中から抱きしめていた。

香澄「ひゃんっ」

麗に背後から突然抱きしめられ、香澄は思わず可愛らしい悲鳴を上げていた。

麗「このオトボケ娘が何か忘れるなんて、今に始まった事じゃないでしょ?
  今年の夏だって、プールの授業の日に水着を着てきて替えの下……」

結「わー、わー! う、麗ちゃん、それは内緒だよ〜!」

エール<替えの下着……忘れたんだね、結>

慌てて親友の口を塞いだ結だったが、その思考を読み取ってしまったエールが、
僅かな呆れを交えて微笑ましそうに呟いた。

結<え、エール!? ひ、ヒドイよぉ〜>

さすがのエールの言葉に、結もうっすらと涙を浮かべる。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:55:33.23 ID:wkAOPv2T0
麗「いや〜、しかし、自分の誕生日を忘れるとは、
  うかつなオトボケ娘もついにオトボケ検定一級合格かなぁ?」

結「そんな検定試験、最初から無いよ〜!」

ニマニマといやらしい笑みを浮かべる麗に、
結は顔を真っ赤にして腕をブンブンと上下させる。

香澄「結ちゃん……麗ちゃん……ぷっ、あははは」

親友二人のやり取りに、香澄は目の端に浮かべた涙を拭いながら噴き出していた。

それでその場は有耶無耶となった。

次の授業開始のチャイムを聞きながら、結はやっと気付いた。

結(麗ちゃん……もしかして、庇ってくれた……?)

そんな憶測に行き当たり、結は思わず、少し前の席に座る麗の背中に目を向けた。

親友はいつも通り、少し面倒くさそうに授業の準備を始めている。

もしかして、麗は自分の事に気付いているのだろうか?

もし、そうなら……。

結(いつか、本当の事……話さなきゃ……)

結はそんな事を考えながら、手早く授業の準備を始めた。

……………この教科の教科書を、忘れていた。

結(おとぼけいっきゅ〜……)

親友の誤魔化し文句を反芻しながら、結はガックリと肩を落とした。
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:55:59.34 ID:wkAOPv2T0


同じ頃、海上に浮かぶ大型船――

夜間でなくてもネイビーブルーの船体は深い青に紛れて、
上空からでは視認し辛い色合いだった。

とある人物の研究施設を兼ねるその船の一室に、奏はいた。

いつもと同じ黒を基調としたワンピースを身に纏い、
目の前にいる年老いた男性を見上げている。

その目は、どこか期待に満ちている。

奏『ねぇ、御爺様……これで、いいんだよね?』

御爺様。
奏は目の前の老人をそう呼んだ。

老人は額から頭頂にかけてが無毛で、残された髪も全てが白く、
あまり手入れらしい手入れはされていない。

老人は手に持った割れた半球――ジガンテのコアストーンと、
目の前の奏を、その群青の瞳で交互に見遣る。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:56:26.62 ID:wkAOPv2T0
老人『奏……』

嗄れた声で、老人は奏の名を呼ぶ。

奏『……はい』

奏は普段よりは期待に満ちたと感じられる声音で応える。

目の前の老人は、どこか微笑んでいるようにも見えた。

だが、次の瞬間にはその目は、人を見る目ではなくなっていた。

直後、乾いた音が響いて、奏は絨毯敷きの床の上に倒れていた。

そう、目の前の老人が頬を張ったのだ。

老人『まったく、喜び勇んで持って来たから、ようやく三つめが揃ったと思えば……。
   こんな半端な試作品とは……いけないなぁ、奏』

老人は嗄れた声で言って、倒れた奏を見下ろす。

奏『お……おじいさま……?』

対して、奏も呆然と老人を見上げる。
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:57:02.84 ID:wkAOPv2T0
老人『いいか、奏……?
   今の研究を完成させるためには、第五世代コアか、
   それに相当する出力を出せるコアが最低でも三つ必要と言ったのぅ……?

   それだと言うのに、お前がそのクレーストを差し出すのを泣いて嫌がるから、
   仕方なく奪って来いと妥協してあげたのは、誰だったかのう?』

張られた頬を抑えて困惑する奏に、老人は嗄れた声で問いかけて来る。

奏『そ……それは……』

奏は哀しそうに目を伏せ、ネックレス状のクレーストを握りしめる。

クレースト<奏様……>

クレーストの思念通話が、奏の脳裏に響く。

その時だった――

キャスリン『グンナー、てめぇ!
      お嬢に手ぇ上げてんじゃねぇよ、このファッキンジジィ!』

船室のドアが蹴り開けられ、室内にキャスリンが飛び込んで来た。

その後ろには、やれやれと言いたげな様子のクライブが続く。

どうやら、部屋の外で様子を窺っていたらしい。
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:57:29.23 ID:wkAOPv2T0
老人(グンナー)『立ち聞きか?
         まったく、いつまで立っても躾けの甲斐が出んのぅ、恩知らずの不良共が』

一方、グンナーと呼ばれた老人は、卑しい物を見るような目でキャスリンを見下す。

そう、者ではなく、物。

昔からそうだ。

コイツは、自分以外の人間を人間として見ちゃいない。

本当に血が繋がっているかどうかも分からないが、
それでも自分から孫と呼ぶ子供にここまで簡単に手を上げる人物を、キャスリンは他に知らなかった。

グンナー・フォーゲルクロウ、かつて存在した魔法研究組織である魔法研究院を、
今の魔法倫理研究院と魔導研究機関に二分する事となった事件の主犯であり、
魔法技術の発展を免罪符に人を人と思わぬ非人道的研究を続けるマッドサイエンティスト。

スラム街から拾い上げて貰った恩すら忘れたくなるような、最悪の人間。

付け加えるなら、この船の所有者でもある。
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:58:12.96 ID:wkAOPv2T0
奏『大丈夫……だよ、キャス……』

助け起こそうとするキャスリンを手で制して、奏は弱々しく立ち上がる。

キャスリン『お嬢……けど……』

何かを言おうとするキャスリンを押し留め、奏はグンナーに向き直る。

奏『申し訳ありませんでした、御爺様……』

奏が深々と頭を下げると、グンナーは満足げに頷く。

グンナー『今度こそ、第五世代のコアを持って来なさい……。
     お前の大切な大切な“母さん”のために……』

グンナーはそう言って、口元を歪めた。

クライブ『じゃあ、博士、俺らはここで失礼しますわ』

クライブは手短にそれだけ言うと、グンナーの方には一切目をくれず、
奏を支えるように手を添え、グンナーを睨め付けるキャスリンの手を引いて部屋を後にする。

グンナー『失敗したら、今度はクレーストでも使おうかのぅ……』

グンナーは思案げにそんな言葉を投げかけて来た。

クライブもさすがに感情を押し殺しきれず、半ば乱暴に船室のドアを閉じた。
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:58:57.27 ID:wkAOPv2T0
キャスリン『クライブ……アンタねぇ』

クライブ『あんまりジジィの悪口言ってやんな……。お嬢が可哀想だろ』

責めるような口調のキャスリンに、クライブはため息を漏らす。

キャスリンはハッとして奏を見遣る、奏は少し腫れた頬をそのままに、
何かに耐えるように俯いている。

キャスリン『お、お嬢、大丈夫だって!

      例の補佐官のギアはぶち壊したんだ。
      いくらバレンシアの野郎が戻って来ても、次も五対二……。
      それに例の嬢ちゃんは素人なんだから負ける要素なんて無いって』

キャスリンは奏の気分を少しでも変えようと、楽観的な観測を述べる。

事実、そうであろうが、愛器を差し出さなければいけないかもしれない恐怖が、
奏の心を蝕んでいるようだ。

奏『母さん……クレースト……』

キャスリンの言葉も耳に入っていないのか、
クレーストを握りしめたまま、その言葉を繰り返している。
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:59:26.18 ID:wkAOPv2T0
その様子から、キャスリンは三年前、奏に出会った日を思い出す。

養護施設の庭の片隅で一人、無表情のまま、ロザリオを握りしめて俯く少女。

その記憶が脳裏を過ぎった瞬間、キャスリンは奏の肩に手を置いていた。

そして、張られたのとは逆側の頬に自分の頬を寄せる。

キャスリン『大丈夫だよ、お嬢……。アタシに良い案がある……。
      万が一、失敗なんかしても、お嬢の大事なクレーストをあんなジジィになんか渡さないさ』

奏『キャス……?』

耳元で囁かれる優しい声に、奏は無表情ながらに少し驚いたようだった。

クライブはその様子を見遣りながら、僅かに肩を竦めていた。

妙な貧乏くじを引かされそうであるが、それも致し方ない、
そんな感情が、そこからは読み取れていた。
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 20:59:59.74 ID:wkAOPv2T0


翌早朝――

まだ魔力供給を続けなければいけないエレナから訓練を受ける事も出来ず、
結は普段通りの朝の日課をこなしていた。

今は朝食の配膳を終えた所だ。

あとは出社準備を終えた父を待つばかりだ。

結は席について、テレビを着けて朝のニュースバラエティで今日の運勢を確認しようとする。

と――

?「おはよう、結! お誕生日おめでとう!」

大きな声が背後から聞こえ、結は振り返る。

そこには満面の笑みを浮かべる功の姿があった。

結「お父さん、おはよう! あと、ありがとうございます」

結は立ち上がって、深々とお辞儀する。
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:00:31.26 ID:wkAOPv2T0
功は娘の様子に満足そうに笑みを浮かべ、お辞儀をしたままの娘の頭を優しく撫でる。

功「悪いけど、今日のお仕事が少し時間がかかりそうだから、
  夕飯が遅くなるけど……いいかな?」

顔を上げた結に、申し訳なさそうに言う功。

大抵の仕事は持ち帰って家で済ませる功だが、そうも行かない仕事らしい。

結「………うん、大丈夫だよ! お仕事、ガンバってね」

一瞬、寂しそうな顔を浮かべた結だったが、すぐに笑みを浮かべる。

功「うん……。じゃあ、ケーキは夕飯だけど、
  プレゼントは今の内に渡しておこうかな?」

健気な娘を忍びなく思ったのか、功は鞄の中から小さな包みを取り出し、結に手渡す。

受け取った結が“開けていい?”と尋ねると、功は笑みを浮かべて頷いた。

結は包装紙を破らないようにゆっくりと包みを開ける、
すると、中には薄桃色のリボンと銀で縁取られた丸くカットされた人工水晶のブローチが入っていた。

リボンは、今も結が髪を結わえている物と一緒だった。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:01:31.41 ID:wkAOPv2T0
結「これ……」

功「本当はゲーム機か何かがいいかと思ったんだが、
  そっちはクリスマスプレゼントにしようと思ってね。

  お母さんのくれた物と同じリボンなんだけど……嫌だったかな?」

驚く娘に、父は戸惑い気味に尋ねる。

結は強く頭を振り――

結「ありがとう……お父さん……!」

優しくリボンを握りしめ、心底嬉しそうに笑顔を浮かべた。

薄桃色のリボンは、母の形見だった。

形見、と言っても生前に最後の誕生日に貰ったプレゼントの一つだ。

母が亡くなって以来、結は毎日、同じリボンを着けている。

母の形見、と言う思いは今も変わらないが、
それと同時にお気に入りのリボンでもあった。

父からのプレゼントは新しい事もあって色はやや鮮やかではあるが、
母の形見と全く同じリボンだ。

決して高い物ではないが、見つけて来るのは大変だっただろう。

事実、友人達と出かけた時に何度か雑貨屋を覗いても、同じリボンを見た事は無かった。

ブローチの方は、リボンだけでは忍びなくて付けてくれた物だったのだろうが、
こちらも綺麗で、結はすぐに気に入った。
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:01:57.16 ID:wkAOPv2T0
結「結んで、お父さん!」

結はそう言って、くるりと反転する。

功は頷き、器用にリボンを解く。

今でこそ自分でリボンを結んでいるが、母が亡くなったばかりの頃は、
こうして父が結んでくれていたのだ。

功「どんなカタチにしようか?」

結「えっとね……こう、両側にまとめて……」

結は親指と人差し指で作った輪で髪を軽く括り、大雑把な髪型を作る。

功は結の括った髪を調えながら、二つのリボンでしっかりと括り直した。

右側を母の形見が、左側を父のプレゼントが括る。

結がリビングの片隅に置かれた姿見に視線を向けると、新しい髪型の自分が映った。

可愛らしく二つ結びにされた髪は、どこか心を躍らせた。

自分が巻き込まれている事件の事さえ、今だけは忘れられた。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:02:31.07 ID:wkAOPv2T0
結「どうかな?」

結はその場でクルッと一回転する。

回転に合わせて、括った髪が柔らかに踊る。

功「うん、可愛いぞ、結」

戯けた様子の娘に、父は満面の笑顔で応えた。

そうやってはしゃいだ後に、
朝食の事を思い出して慌てて食事を始める事になったのは別の話である。

久しぶりに楽しい朝を迎えた結の一日は、瞬く間に過ぎた。

誕生日を祝ってくれる友人達と、
新しい髪型を優しく褒めてくれる先生と、
いつもの相棒。

本当に、まるで非日常が夢に思えるような時間だった。

ただ、それと同時に浮かれていられない、と警鐘を鳴らす自分もいた。

エレナのギアは使用不能となり、リノもまだ戻らない現在、
自分の命綱ともいえるエールはまだ狙われているのだ。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:03:02.62 ID:wkAOPv2T0
そして、放課後――

エレナ『あら? 結ちゃん、髪型変えたの?』

帰宅した結が隣室のリノとエレナの家に上がり込むと、
エレナが僅かな驚きを込めて呟いた。

その右手は握りしめられており、まだジガンテへの魔力供給が続いている事が分かった。

結「はい。今日、誕生日で……お父さんからリボンを貰って……」

はしゃいでいた自分に僅かな罪悪感を覚えつつ、結は気まずそうに応えた。

エレナ『そう……よく似合ってるわよ』

エレナはニッコリと微笑む。

そこに結を咎めるような雰囲気はない。

だが、それが余計に結の胸に刺さる。

結「ごめんなさい……はしゃいじゃって……」

申し訳なさそうに俯く結だったが、エレナはゆっくりと頭を振った。

エレナ『こんな状況だもの、楽しめる時には楽しまないと』

そんな優しい言葉が、結の胸にじんわりと染み渡って行く。

その時だった――
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:03:28.41 ID:wkAOPv2T0
??「やあ、結さん、お帰り」

隣の部屋への出入り口から聞こえて来た久しぶりの声に、結は驚いて向き直る。

そこにいたのは、そうリノだ。

結「リノさん!?」

驚く結に、リノは片手を上げて爽やかな笑みを浮かべる。

リノ「本部がまだゴタゴタしていたから、中々、
   日本行きの便が取れなくてね……お待たせ」

エレナ『メイとリーネには、ちゃんと渡せました?』

リノ『ああ、フェルラーナ技師長がフィッティングまで済ませてくれたよ』

結には日本語で、エレナにはイタリア語で素早く切り替えて対応するリノ。

これで魔導ギアの翻訳機能を使っていないと言うのだから凄い。

と言うよりも、特訓中にエレナから聞かされた話によると、
リノは元々の魔力が小さすぎてギアを起動できるレベルではないのだと言う。

本来はギアが装着してくれる魔導防護服も普通に着替えて使っているほどだ。

だが、ほぼ全ての魔導師がギアに頼る精密・精確な魔力調整を自力で行い、
今だにどんな魔導師も複数のギアの補助無しには為し得ない十重術式を多重に展開したりと、
こと魔力運用にかけてリノが生身で成した偉業は枚挙に暇がないと言う。

その類い希な能力でもって世界規模の魔導テロを未然に防いだ彼を、
讃え、羨み、恐れる人が付けた彼の通り名が“英雄バレンシア”。

リノ自身に言わせれば、若造に付けたやっかみの名だと言うが、謙遜もいい所だろう。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:04:24.57 ID:wkAOPv2T0
リノ「じゃあ、結さんの新しいギアのセッティングを始めようか」

リノはそう言って、部屋の隅に置かれたジュラルミンケースを取り上げ、テーブルの上に置いた。

そして、手元に無数の術式を展開し、ケースのそこかしこに押し当てて行く。

回りくどい順番で触っているようだが、恐らく解除手順の一環なのだろう。

素早い手の動きの先にあるのが展開・解放の二重術式で、
よく見ればケースの下にも別な術式が展開されているようだが、
ケースそのものが邪魔をしてどんな術式までかは結にも分からなかった。

五分ほどしてケースが開けられると、中にはクッションで固定された、
やはり登録前のエールと同じナットもどきの指輪が入っていた。

リノ「あくまで魔力循環を調整するためのエネルギー系だけの、まあ簡易ギアだね。
   対話AIがないから名前はないけど型式番号はWX84」

結「ダブリューエックス……エイト、フォー……」

無機質な記号の羅列を聞いて、結は複雑な心境を顔に浮かべた。

リノ「フレームはあるから、起動してギア形態に出来るけど、
   こっちもあくまで副次的な機能だから」

リノはそう付け加えてWX84を手に持ち、さらに続ける。

リノ「エールの方からデータ移植する事になるから、
   エールを起動形態にしてくれないかな?」
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:04:55.98 ID:wkAOPv2T0
結はリノの元に歩み寄りながら、思案する。

これで今日から、私はいつもの生活に戻る。

しばらくは魔法倫理研究院のエージェントが身辺警護をしてくれる。

それが終われば、覚えた魔法を忘れて、本当のいつもの生活に戻るのだ。

今日一日、久しぶりに過ごした楽しい一日が、また戻って来る。

そう思った瞬間、寂しそうな青銀の瞳が、結の脳裏を過ぎった。

自分は、何を思いだしているのだろう?

私は、あの人に殺されかけたんだ。

脳裏にこびり付くような青銀のイメージを、頭の中から追い払う。

追い払おうとする。

だが、追い払う事は出来なかった。

結は戸惑いながら、WX84を受け取り、右手のエールを覗き込む。

透き通った薄桃色の結晶に、自分の顔が、その瞳が映り込んだ。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:05:30.30 ID:wkAOPv2T0
何で、自分はこんな寂しそうな目をしているんだろう?

今日は楽しい誕生日で、これから、戦いから解放されようとしているのに……。

だがその瞬間、結の中で、また何かの歯車が噛み合ったように回り出した。

結「あ、あの! そ、その……えっと……」

何かを言いかけて、結は言いよどむ。

リノとエレナは怪訝そうな表情を浮かべた。

何を言いかけたのだろう。

回り始めた歯車にブレーキをかける。

だが、そのブレーキを押し切って、歯車は回り続ける。

結は下唇を噛んで俯く。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:06:18.63 ID:wkAOPv2T0
――このまま進むのが正しいハズなのに。



結「やっぱり……まだ続けたいです」



――こんな道は、選んではいけないハズなのに。



結「まだきっと、あの人達は来るから……」



――もう、誰にも心配をかけたくないハズなのに。



結「コレは、お返しします……」



――その道を、選んでしまった。



結「だから、まだ私にエールと一緒にいさせて下さい!」
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:07:00.26 ID:wkAOPv2T0
結は俯いていた顔を上げて、WX84をリノに突き返した。

エレナ『結ちゃん……ちょっと、いいの!?
    そんな事したらまたあなたまで狙われるのよ?』

一瞬、唖然としていたエレナだったが、すぐにまくし立てるように詰め寄る。

愛器を傷つけてまで守った少女が、また戦場に向かおうと言うのだから当然だろう。

だが――

結「ほっとけないんです!
  何か、色々……どうしていいか分からないけど、ほっとけないの!」

結は激しく頭を振って叫ぶ。

もう、自分でも何を言っているのか分からなかった。

リノ「………僕は感心しないな」

そんな熱くなった結の心に、リノの冷静な言葉が冷や水を浴びせた。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:08:08.25 ID:wkAOPv2T0
リノ「一昨日の戦闘で、君は怯んでばかりで一切の反撃が出来なかったそうだね。
   僕らも素人の君にそこまでの戦果を期待するワケじゃないけど、
   そんな調子じゃこれからの戦闘だって足手まといもいい所だ。
   現に、エレナにも君を守って戦う余裕がある連中じゃなかったのは君も知っての通りだ」

エレナ『り、リノさん……もうちょっとオブラートに包んでも……』

淡々と事実と冷静な推察を交えるリノに、
エレナは困惑気味に止めにかかるが、リノの手で制される。

リノ「自衛の手段を教えた身でこう言うのは何だけど、もう一度言おう……。
   結さん、君は足手まといだ」

リノは結の目を見据えて言う。

だが、結は引かない。

ハッキリと言われた事はあまりにもショックで、堪えようとしても、涙が滲む。

出来もしない背伸びをする子供を、大人が切って捨てるような光景。

だが、回り回ってみれば、これは今後の結のためでもある。

突き付けられた事実は、彼女を魔法から引き離すだろう。

一週間前、リノが結を助けようとしたのは今日と言う日までを戦い抜く事であって、
これからも続く可能性がある戦いに対してではない。

ここから先は、言ってみれば自己責任、自業自得の世界だ。

そんな重荷を背負うには、目の前の少女はまだ幼すぎる。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:08:35.72 ID:wkAOPv2T0
結「もう、絶対に足手まといになんてなりません!」

結はそう言って、エールを起動する。

結「リノさんが見せてくれたライオテンペスタ、
  ううん……もっと強い魔法だって、今の私なら撃てます」

結は静かに、だが力強く言ってギア状態のエールを構える。

ともすれば脅し文句にさえ聞こえる言葉に、エレナはギョッとする。

そして、エールの正面に展開される増幅術式。

結の圧倒的な魔力量で、さらに増幅術式までかけて使えば、
最早、それは光の竜巻などと言う生易しいレベルの魔法ではなくなる。

おそらく、リノでも止められるか怪しい。

結にとっては、あくまで自分の実力を認めてもらうためのパフォーマンスのようなものだが、
ここでそんなパフォーマンスをされたら二人仲良く魔力相殺で数日はノックダウンだ。

すると、リノは盛大なため息を漏らした。

諦めか、呆れか、それとも別の何かだったのか。

しかし、先ほどまで睨め付けるようだった視線が和らいだのは事実だった。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:09:06.42 ID:wkAOPv2T0
リノ『エレナ。本部には秘密だから』

エレナ『はい?』

いつもの柔らかな笑みを浮かべたリノの言葉に、
エレナは首を傾げ、たっぷり五秒は思考停止した。

そして、五秒後に一気に思考が巡った。

エレナ『ふ、フリーランス登録もされていない未成年に自衛以外の戦闘までさせる気なんですか!?
    しかも、試作型の第五世代を持たせたまま……リノさんの首が飛んじゃいますよ!?』

リノ『ん〜……英雄の二つ名が消えて、僕としては肩の荷が降りて楽になるんだけどなぁ』

まくし立てるエレナに、リノはあっけらかんと言った。

どこまでも悠然とした、と言うか、つかみ所のない態度である。

二人のやり取りに、結は思わず呆けてしまい、
構えていたエールも待機状態に戻してしまう。

リノ『ついでから、84のフレームでジガンテも直そう。
   あ、コレも僕の独断だからエレナは安心してくれていいよ』

エレナ『それもギアの私物化と無断私用じゃないですか!?
    試作品を申請内容以外の理由で使ったら、それこそ……!』

結「ジガンテ……直せるんですか!?」

言いかけたエレナの言葉を、喜色に満ちた結の言葉が遮った。
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:11:44.46 ID:wkAOPv2T0
リノ「うん、84に不足している部分はジガンテに残っているからね。
   普通の登録と違って、三十分くらいかかるだろうけど……。
   このままずっと魔力供給を続けるよりは建設的だよ」

先ほどまでの冷徹さを感じさせない声音で応えるリノの言葉に、結は胸を撫で下ろした。

自分が足手まといになった責任で壊れたエレナの愛器が、甦るのだ。

自分の犯したミスが消えるワケではないが、それでも、幾分か心は楽になる。

対して、エレナは急転した状況に追い付いていないのか、怪訝そうに首を傾げている。

結「良かった……エレナさんのジガンテ、直るんだ……」

結は心底、安心した声を漏らした。

リノ「さ、じゃあ早速、融合修理作業にかかるかな……時間もないようだし」

エレナ『時間がない?』

リノ「ついさっき、連中が僕の索敵範囲に入った。
   数は五。多分、十分でこの付近に来る」

エレナの質問に、リノは淡々と答える。

突然の心変わりの理由はソレだったのか。

そんな事を考えならがも、エレナは今一つ釈然としない表情を浮かべる。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:12:35.92 ID:wkAOPv2T0
リノ「結さん。僕はジガンテの修理がある。
   その間、君が敵を引きつけるんだけど……出来るかい?」

エレナ『だ、だからリノさん!
    フリーランスでもない結ちゃんにそんな事させたら!? それに修理なんて……』

再度、抗議の声を上げるエレナをリノは再び手で制す。

リノ「出来る、かい?」

リノは確認するかのように結に問いかける。

結は息を飲む。

相手は五人。
昨日はそれよりも少ない四人に翻弄され、加わる一人はエレナを倒した強敵。

だが、立ち向かうと決めた以上、引き下がらない。

結「はい! やります、やってみせます!」

結は一歩進み出て、大きく頷く。

リノは満足そうに頷き、壁にかけた地図を見る。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:14:09.76 ID:wkAOPv2T0
リノ「敵は海側から来ている。
   住宅地を戦場にするワケにはいかないから出来れば海上で迎え撃ちたいけど無茶がある。

   だから、戦場はここから南側にある民家のない山岳地帯。
   そこで魔力を放出すれば敵も気付いて移動する。

   僕らも修理が終わり次第、すぐに出るから」

結「はい……!」

作戦指示を聞いた結は、踵を返して窓に駆け寄る。

その瞬間だった――

リノ『サビオラベリント……』

結の背後で、リノの静かな声が聞こえた。

直後、結の周囲に無数の多重術式が現れ、結の回りをぐるりと取り囲む。

一瞬、拘束と硬化、増幅の術式が組まれているのは見えたが、
あまりに多く重ねられているので、その全てを判別する事は出来なかった。

だが、それが相当に強固な結界系の拘束魔法である事は結にも分かった。

そんな判断も束の間にすらならないスピードで、
結は自分を中心とした直径2メートルほどの球形結界に囚われていた。
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:15:54.30 ID:wkAOPv2T0
リノ「すまないね、結さん……いくら君の決意が固くても、子供は巻き込めないよ」

結が振り返ると、そこには申し訳なさそうに立つリノがいた。

リノ「そのサビオラベリントはテロ拘束用に作った、
   パズルみたいな結界系儀式魔法になっている……。
   本当は君みたいに小さな子には使いたくはなかったんだけど……」

結「そ、そんな……な、何でこんな……」

結は哀しそうな声で外に訴えかける。

リノ「こうでもしないと、君はテコでも外に出たがるだろうから……。
   かと言って、エールを取り上げるワケにもいかないし、ね」

リノは言いながら、エレナにWX84を手渡す。

受け取ったエレナは右手の中の欠片にそれを混ぜて、再度、握る。

一分ほどして紅の光が辺りを包み、数秒で光が止むと、
エレナの右手首には金色のブレスレットが装着されていた。

エレナ『エージェント・バレンシア……融合修繕、完了しました』

エレナは結から目を背けたまま、淡々と呟く。

三十分など、かかっていない。

実際、破損したギアを修理するにはパーツの準備が必要で、
それその物を修理するには専門の技師が長い時間をかけて修理する。

しかし、必要なパーツが全て揃っており、原型となるギアに欠損さえなければ、
あとはAIを移植するだけで全てが終わる。
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:17:13.76 ID:wkAOPv2T0
結「ぜ、全部…………全部、ウソだったんですか!?」

その光景に、結は再びギア化したエールを構える。

こうなれば魔力弾で結界を吹き飛ばすしかない。

いくら術式で強化されていても、自分とリノの魔力量の差を考えれば消し飛ばせるハズだ。

リノ「撃たない方がいい!」

だが、それはリノの鋭い静止の声で止められた。

エレナ『リノさんのサビオラベリントは、蓄積と反射の術式も組み込まれているの……。
    外からも内からも魔力砲撃じゃ崩せないわ』

目を背けたまま、エレナは申し訳なさそうに説明する。

先ほどまでの本気の慌てようから考えて、エレナにも説明されていなかったのだろう。

一週間しか共に過ごしていないが、エレナは素直過ぎる性格だった。

事前に騙す事を教えられて、自然体でいられるような人物でないのは、結にも分かった。

だから、エレナの言葉も本当だろう。
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:18:27.23 ID:wkAOPv2T0
蓄積と反射の術式、と言う事は、
単なる魔力砲撃や閃光変換魔力では魔力の波長を変化させられ、反射されてしまう事になる。

それは、この一週間の特訓と勉強で、結にも分かっていた。

そうなれば、この球形の結界内で乱反射した魔力は結を襲う。

リノ「結界を解除できるのは外からだけ……大丈夫、
   すぐに終わらせて戻るから、しばらくその中にいるといい……。

   もし、僕たちに何かあっても、その中にいれば安全だ」

優しい声で言ったリノの言葉が、
この結界が本当に自分を守るための物である事を、結にも理解させた。

リノは、自分を守ろうとしているのだ。

だが、今の結にはその気遣いよりも大事な物があった。
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:18:59.42 ID:wkAOPv2T0
結「出して下さい! リノさん、エレナさん!」

結は結界を叩いて懇願するが、二人は踵を返す。

リノは呪具の中に収めてあったロングコート状のローブ型魔導防護服を羽織り、
エレナも自身に魔導防護服を装着する。

リノ「ちゃんと迎えに来るよ」

エレナ『ごめんなさいね……結ちゃん』

背中越しの二人の言葉に、結は大きく頭を振る。

結「出して! ここから、出して!」

頭を振りながら、結は何度も結界を叩く。

だが、物理的衝撃に対して結界は何ら反応を見せない。

ただ、ぶつかった部位に循環する魔力で軽く弾かれる感触を覚えるだけだ。

その身の内に魔力がある限り、結はこの結界から出る事は叶わない。
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:19:27.18 ID:wkAOPv2T0
エレナが窓の外に魔導機人を召喚する。

その姿はやや細部が異なるようだが、ジガンテそのままだ。

ただ、マルテロの召喚無しで既にハンマーを装備しており、
それはジガンテの内にマルテロが融合している事を思わせた。

エレナが握るギア状態のジガンテの石突きにも、
ハンマーのような意匠が取り入れられている事からもそれは明らかだった。

WX82−ジガンテ、WX07−マルテロ、そして、WX84。
その三つが組み合わさったそのギアは、傍目にも強力な物に見えた。

もう、エレナが奏に遅れを取る事はないだろうし、
リノが援護すれば勝てる可能性は高い。

だが、結にとってはそんな問題は些細な事だった。

結「待って……二人共……待ってぇ!」

結は手を伸ばすが、二人は魔導機人に乗り、その場から飛び去る。
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:20:07.32 ID:wkAOPv2T0
このままでは、全てが自分のいない場所で終わってしまう。

だが、結には一つだけ、どうしてもしなければいけない事があった。

いや、したい事があると言い換えた方がいいだろう。

これは目的でも、使命でもない、ただの望み、いや欲望。

その欲望を叶え、その後、どうしていいかは分からない。

結「あのお姉さんに……奏さんに、もう一度、会いたい……」

エール<結……>

絞り出すような主の声に、エールは主の名を呼ぶ。

結「どうしていいかなんて分からない……けど、どうしても気になるの……」

エールの呼びかけが呼び水となって、結は言葉を紡ぐ。

単なる好奇心なのかもしれない。

それでも、あの瞬間、思い出して……いや、思い至ってしまったのだ。

恐怖と緊迫の感情の奥で、自分の中にあった本当の感情。

奏の目を見た瞬間に感じたソレは、他の感情にすぐ押し流されてしまうような、本当に小さな既視感。

綺麗な青銀の瞳を見るのは、あれが初めてだったハズだが、あの瞳を結は三年前から知っていた。

色は違えど、全く同じ瞳を、結は見ているのだから。

結「何で……あの人は、私と、同じ目を、してるの……?」

結は虚空に向けて問いかける。

あの瞳は、三年前、母を失った自分と同じ瞳なのだから。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:20:35.47 ID:wkAOPv2T0
結はエールを握りしめる。

エール<結……魔力攻撃は全部弾かれてしまうよ?>

結「それでも……行きたい……」

相棒の冷静な忠告を聞きながら、結は正面に向けてギアの先端を突き出す。

結界が魔力を反射するなら、対処方法は魔力的物理破壊しかない。

それを行うには、熱系変換か物質操作しかない。

勿論、結にはどちらも素養がない上に、結界で他の魔力に阻害されている以上、
物質操作魔法を使うのは難しい。

そして結は、熱系変換術式を使っても、魔力を閃光変換させる事しか出来なかった。

閃光変換は同程度の魔力でも純粋魔力による魔法を大きく上回る破壊力を出すが、
特性がやや変わるだけで本質は純粋魔力と変わらない。

むしろ、遮蔽物に遮られる事がある分、破壊力を引き揚げる変わりに汎用性を欠くのが特徴とも言える。

無論、炎や水を生むワケでもないので物理的破壊力は生めない。
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:21:11.63 ID:wkAOPv2T0
エール<熱系属性変換でなら破壊は可能かもしれないけど、
    結の魔力適性じゃあ、この結界の破壊は不可能だよ>

エールは残酷な事実を、淡々と突き付ける。

そうしなければ、結を危険に晒すだけだ。

だが、結は諦めた様子もなく、魔力をギアに込める。

結「それでも……やるんだ!」

結は力強く言い放つ。

熱系変換のコツは教わっている。

ただ、どう足掻いても自分が属性を変換できなかっただけ。

だったら、今、この場で成功させるしかない。

失敗すれば何もしなかったのと同じだが、本当に何もしないよりはずっと良い。

それに、成功すれば戦場へ行ける。

なら、試さない手はない。

そして、その決意は、エールにも伝わっていた。

エール<君が引かないなら……僕も引かないよ>

主の決意が固いのならば、その決意を、
如何なる手段を以てしても全力でサポートするのがギアの役目なのだ。

そして、決めた以上は、主の決意を曲げさせるワケにはいかない。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:21:38.86 ID:wkAOPv2T0
結は大きく頷いてから、正面を見据える。

結「魔力全開……!」

眩いばかりの薄桃色の光が、ギアの先端に集約される。

これだけの魔力の砲撃は訓練でも撃った事がない。

気を付けるのは、結界の向こうに何もない場所へ撃つ事。

そして、術式は一切使わない。

ただ、属性変換を行うだけの全力の魔力砲撃。

結「属性変換……開始……!」

エール<了解>

結の指示に、エールは彼女の魔力を誘導する。

薄桃色の輝きが朱に染まるが、魔力は炎に変わらない。
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:22:11.77 ID:wkAOPv2T0
エール<炎熱変換失敗……流水変換に切り替えるよ!>

結「お願い……!」

結が頷くと、今度は輝きが藍に染まるが、やはり水は生まれない。

やはり、結には熱系変換は不可能だ。

訓練の際に術式を使っても、結果は今と同じだった。

ため込まれた魔力が、ギアの先端で軋むような音を立てる。

結の内包する圧倒的な魔力に、空間が悲鳴を上げているのだ。

ここまで魔力を込めても、魔力は炎にも水にも変わらない。

生まれるのは朱と藍の光だけ。

エール<結、ごめん………>

手詰まりに、エールが申し訳なさそうに声を上げる。

主にその能力がない以上、ギアには属性を変換させる力はない。
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 21:22:47.75 ID:wkAOPv2T0
結「いいんだよ……エール……変換できないなら、このまま……撃つ!」

結は藍色に輝く魔力を、結界壁面に向ける。

エール<結!? ダメだ、別の方法を……!>

エールは愕然としつつも声を上げる。

だが、主の意志は、決意は、やはり変わらない。

だが、エールは考える。

もし、この魔力砲撃が成功すれば、
今から主が行く事になるだろう道を明るく照らす、最強の魔法となる。

それは、魔力反射する結界すら押し破る、条理を超える閃光魔法。

機械でしかない自分には、否定以外の結果を持たない、それは一つの可能性。

結(魔法が、人を助けるためのものなら………今は、私を助けて……私の、魔法!)

猛る思いと共に、結は願う。

自分自身の力に。

そして――

結「おねがい……届いてぇぇっ!」

結の声と共に、凄まじい閃光が放たれた。



第5話「結、 運命と向き合う」・了
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/22(木) 21:23:59.30 ID:wkAOPv2T0
第5話はここまでとなります。

一応、既に第6話の書式変更も終盤まで差し掛かっておりますので、
変更終了次第、投下を開始させていただきます。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/22(木) 22:13:52.70 ID:wkAOPv2T0
そろそろ第6話を投下します
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:14:35.18 ID:wkAOPv2T0
第6話「結、 魔導の常識を打ち破る」



海岸線南方の山岳地帯――

結が結界に向けての魔力砲撃を試みていた頃、
リノとエレナは奏達と相対していた。

戦闘開始早々にマッチアップは決まり、リノはキャスリン達四人を、
エレナは先日と同じく魔導機人を用いて奏との戦闘状態に突入している。

傍目に見て苦戦しているのは、やはりと言うべきか、魔法倫理研究院の二人だった。

そう見える原因はリノである。

キャスリン『英雄バレンシアって言っても、攻撃力はそれ程じゃないねぇ……』

キャスリンはぽつりと正直な感想を漏らした。

リノは射撃・拘束・防御の魔法を増幅して放つ事は出来たが、
自分自身に作用する術式が存在しないため、近接戦能力には長けていない。

近接戦に関しては、肉体を魔力で強化しなければいけない以上、
矮小な魔力しか保たないリノは地上での援護射撃を余儀なくされるのである。

しかも、移動能力は低いため必然的に足も止めざるを得ない。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:15:20.99 ID:wkAOPv2T0
クライブ『確かに、一対一なら怖い相手かもしれないが……
     しかし、四対一でここまでやるかねぇ、普通』

クライブも納得したように続ける。

リノとキャスリン達の戦闘は、距離を取っての遠距離攻撃主体の戦闘だった。

攻撃の殆どは防御魔法で無効化されてしまっているが、
結の時のように常に展開しているワケではない。

そもそも、結の魔力が規格外過ぎるのだ。

そして、逆の意味で規格外のリノは、
限られた魔力を術式や呪具で増幅して使っている。

ペース配分がある以上、常に大きな魔法を使うワケにもいかない。

術式だって無制限で使える物ではないのだ。

しかし、リノは多少の焦りはあったものの、ペースを崩していない。

そして、その“多少の焦り”の原因とは――
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:16:06.07 ID:wkAOPv2T0
リノ(あの子……奏・ユーリエフはかなりの魔導師だ……。
   Sランクとまではいかないけど、限りなくそれに近い)

奏だった。

善戦しているエレナは、やはり限りなくSランクに近いエージェントだが、
それでも奏の方がやや上と言わざるを得ない。

実戦慣れ、とまではいかないが、魔法戦と言うものをよく理解している。

自分の特性を活かしていると言っていいだろう。

魔力量の差から来る出力差は若干、エレナが上回っていると分かっているのだろう、
長時間の鍔迫り合いは行わない。

ドラコーングラザー・リェーズヴィエと言う最大の手札の一枚を見せてしまっているからでもあったが、
最強の手札を見せたのはエレナも一緒だ。

勝敗はお互いに一勝一敗。

エレナはドラコーングラザー・リェーズヴィエを警戒してチャージタイムを取らせず、
奏はジガンディオマルッテロを警戒して術式を準備するスキを与えない。

奏は四方八方から一撃離脱の高速近接戦を展開している。

そして、それを可能とさせるだけの高性能の魔導機人ギア――クレースト。

おそらく一対一で彼女に勝てる魔導師は、
魔法倫理研究院でもSランクかAランクでも上位の魔導師だけ。

近接戦を得意とする以上、距離を詰められたら恐らく自分も負ける可能性がある。
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:16:42.39 ID:wkAOPv2T0
リノ(こっちも、あまり簡単でもないか……)

自分が相手をしている四人は、
Aランク相当が一人、Bランク相当が一人、Cランク相当が二人。

四人がバラバラのタイミングで攻撃をしかけて来るのでは、さすがに対処が難しい。

数があと一人でも少なければ、Aランク三人でも相手はできるし、
バラバラに攻撃さえされていなければ一斉カウンターを放つ事も出来た。

片手で術式や呪具を幾つも準備し、もう片方で適宜魔力を込めて放つ。

しかも、敵の使う魔法に合わせて、だ。

まるで何回も針に糸を通し続ける作業のようだが、別に困難な事ではなかった。

元々、そう言った能力が格段に秀でているからこそ、
矮小な魔力でSランクにまで上り詰められたのだ。

逆に、相手が攻撃手順をしくじればそこから切り崩す事が出来る。

狙い目は、背後から中距離射撃を繰り返している少女魔導師。

彼女がどこかで手順をミスしてくれさえすれば、切り崩せるのだが、
キャスリンの指示は正確でミスが出るような状況でもない。

となれば、あとは根比べだ。

魔力にはまだまだ余裕がある。
逆に四人をこちらに引きつけ、エレナを勝利を待つだけだ。

しかし、それはキャスリン達にとっても同じ事。
リノをこの場に引きつけ、奏が勝利すれば大威力の近接攻撃魔法でチェックメイトだ。

勝利の鍵は、上空で激戦を繰り広げるエレナと奏に預けられた。

かに見えた――
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:17:26.90 ID:wkAOPv2T0
?「えっと……レギーナお姉さん、ごめんなさい!」

不意に、彼らの上空からそんな声が聞こえて来た。

レギーナ『へ?』

不意に名前を呼ばれたレギーナが思わず振り返る。

すると、そこには――

レギーナ(あ、デジャビュ……)

薄桃色の光の奔流が迫っていた。

直後、レギーナは薄桃色の光の奔流――魔力弾に飲み込まれて気を失う事になった。

ジルベルト『レギーナ!』

レギーナからやや離れた位置でリノへの砲撃を行っていたジルベルトが、
慌てて落下する彼女を救出する。

そして、その場の四人の視線が魔力弾の飛んで来た方角へと向く。

するとそこには――

結「良かった……お兄さんが助けてくれた……」

魔導機人の肩の上で、ホッと胸を撫で下ろす結の姿があった。

やはり敵と言えど傷ついて欲しくはなかったのだろう。

結はエールの指示で、最も救助が楽な配置にいたからこそレギーナを狙ったのだ。
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:17:54.14 ID:wkAOPv2T0
リノ「結さん!?」

一番の驚きの声を上げたのはリノだ。

戦闘開始から僅かに二分。

エールの飛行速度を考えれば、あの直後に結界が破られた事になる。

リノ(結さんの魔力適性じゃあ、あの結界を内側から破れるハズがない……どうやってここに!?)

リノは愕然とする。

あの結界は、結の動きを封じるには最良の一手だったハズだ。

魔力を反射する結界を力任せに破るには、
魔力を熱系変換させ、物理的な攻撃力を生み出す魔法しかない。

だが、熱系変換の資質のない結には、絶対に破る事が出来ない。

だがしかし、結は現にこの場にいるのだ。

となれば、考えられる方法は唯一つ、土壇場で閃光以外の属性変換を成功させたとしか思えない。

リノがそんな考えに至った時だった。

結「えっと……」

エール「結、落ち着いて。教えた通りに言えば大丈夫だから」

やや焦り気味の結に、エールは落ち着いた様子で促す。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage]:2011/09/22(木) 22:18:27.85 ID:OPto8yUCo
追いついた
ほむ虐とほむQを書いてた人か
どっちもリアルタイムで見てたぜ
支援
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:18:56.64 ID:wkAOPv2T0
結「う、うん……えっと………ま、魔法倫理研究院、
  本案件担当捜査エージェント現地協力員、譲羽結です!

  そ、その……ま、魔導研究機関の皆さんはすぐに戦闘行為を停止して下さい!」

事前に打ち合わせていたのか、結は思い出すような仕草ながらも、高々と宣言した。

その瞬間、リノは“やられた”と言いたげに目を伏せた。

先手を打たれたのだ。

結にWX84と同調して貰った後に、エールは回収する予定だったのだから、
エールそのものは完全に魔法倫理研究院の所有物だ。

そして、結の生命の安全を確保するため、
研究院の誰もが結から無断でエールを取り上げる事が出来ぬよう、使用者登録もシステム修復の際に済ませ、
期間限定ではあるが別のギアの譲渡が行われるまで、結は正式なギア所有者として認められている。

つまり、研究院に所属するエールに正式登録された結が現地協力員として名乗り出た以上、
もう彼女は公的に魔法倫理研究院に認められた魔導師である。

書類上では何の問題もない。

そう、リノかエレナが、結を一般人として扱い、
魔法倫理研究院の名で退避勧告を出す直前であったならば。

だからこそ、先手を打たれたのだ。
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:20:23.32 ID:wkAOPv2T0
リノ『エールだな……アイツ、彼女に変な入れ知恵を……』

リノは母国の言葉で文句を独りごちる。

書類処理的な穴を突かれたカタチではある。

だがしかし、それならばそれで、
この場での指揮権はまだ正規のSランクエージェントである自分にある。

ならば――

リノ「譲羽協力員! 現場指揮責任者として退避を通達します!」

あまり使いたくない手だが、権力行使である。

結が正規協力者を装うならば、正規協力者として扱うまでだ。

だが――

結「え、ええっと……いいの?」

エール「しょうがないよ……これしか手を思いつかなかったんだから」

困惑気味の結に、エールが淡々と言った。

結「じゃ、じゃあ……現場協力が認められないならエールを人質にして、離反しまーす!」

戸惑い気味ではあったが、結はとんでもない事を口にした。

このままでは結は魔導犯罪者――テロリストの仲間入りだ。

魔導研究機関に同調するとは思えないが、万が一にも三つどもえになれば、全員共倒れだ。

無論、睨み合いのこの状況では、協力者がなくスキをついて誰でも狙えて攻守最強の結が一番有利だ。

そして、そんな利益問題を抜きに、まだ九歳になったばかりの、
本当の犯罪も犯していない子供をテロリスト扱いするのは、リノの良心が咎めた。
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:21:32.38 ID:wkAOPv2T0
リノ『なんて悪知恵の働くギアだ……』

こんなとんでもない事を、あの純朴で少女然とした結が思いつくとは思えない。

間違いなく、この手を考えたのはエールの戦術支援思考ルーチンだ。

舌戦は理屈の構築スピードの勝負、
となれば既に高度な対話ができる学習型AIに勝てるハズがない。

最早、こうなると結の参戦を認めざるを得ない。

リノ「……分かりました、譲羽協力員の戦闘への参戦を認めます!」

リノは渋々ながら、認めざるを得なかった。

結「やったね、エール! 私のアイデア、大成功!」

エール「細かい所を考えたのは僕だよ」

結「うん、うん! ありがとう、エール!」

結は跳びはねそうな喜びようで、機人のエールの頭とギアのコアストーンを撫でた。

結の言葉を聞いて、リノは全魔力を失っても起こらないであろう程の凄まじい脱力感に襲われた。

リノ(じゅ、純粋すぎる子供の悪知恵は怖いな……)

結を見る目が変わりそうである。

結「リノさーん! これでお相子ですからねー!」

少し嬉しそうな結の声が、リノの良心に突き刺さる。

これなら、いっそ捕縛していた方がマシだったかもしれなかった。
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:22:04.83 ID:wkAOPv2T0


正式な参戦を力業で認めさせた結は、改めて気を引き締めていた。

自分の目的である奏は、エレナと激戦を繰り広げている。

ここへの道すがら、エールが記録していた前回の戦闘記録は見ている。

装甲と火力は自分が一番だが、単体での機動性はどう考えても自分が一番下。

そうなれば、手は一つしかない。

結「エール、最初からレベル3で行くよ!」

結はエールの肩から飛び上がり、その背面に向けて二発の魔力弾を撃ち込む。

一発ごとに魔導機人へと変化が現れる。

背面の翼が展開してレベル2へとシフトチェンジしたエールは、
さらに全身各部のプレートハッチを展開させる。

肘と腿のハッチからは魔力を放出するための放熱フィンのような物が飛び出し、
腹部側面からは排気筒のようなパイプが伸び、
頭頂部に折り畳まれていた金色のブレードアンテナが正面に向けて展開する。

それはさながら、翼を持った一角獣を思わせる。

そして、その肩に再び結が降り立つ。

すると、結からの直接的な魔力供給を受け、展開したフィンとパイプ、
さらに翼から大量の余剰魔力が噴き出す。
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:22:41.58 ID:wkAOPv2T0
エール「結、レベル3……高速機動形態、シフトチェンジ完了だよ」

エールは魔力エネルギーの剣を構えて言う。

結「うん!」

頷きながら、結は以前にエレナから聞かされたエールの開発理由を思い出していた。

エールとあと一器のギア・WX83は元々、結と同じく
魔力循環不良に苦しむ研究院で保護されている幼い少女のために作られた。

大人になった彼女がエージェントの道を志した時、
まだ魔力適性も確認できない彼女のため、あらゆる戦闘特性に合わせて調整されている。

近接戦が得意だった時のための魔力エネルギーソードとシールドを、
射砲撃戦が得意だった時のために大威力の胸部魔力砲を、
スピード自慢ならばその能力を遺憾なく発揮できる高速機動形態を。

ベテランになり自分の適性を見出した魔導師なら誰でも煙たがる、平均的なバランスタイプ。

それが第五世代試作ギアであり、治療用でもあったエールの機能だった。

ベテラン魔導師がこれを渡されたら、器用貧乏な欠陥品と酷評したろう。
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:23:10.30 ID:wkAOPv2T0
だが、だからこそ経験のない結にはこの上なく素晴らしいギアだった。

結の大魔力を以てすれば、全ての機能を使いこなす事も可能だからだ。

結「エール……私を、助けてね」

エール「うん、僕は……君のための翼だ!」

結の呼びかけに、エールは力強く応える。

彼を製作した技師の母国、フランス語で翼を意味するその名を、エールは誇り高く思った。

結とエールは真っ直ぐに、激戦を続けるエレナ達の元へと飛翔する。

結「エレナさん、私と代わって!」

エレナ『ゆ、結ちゃん!?』

突然、自分の目の前に現れた結に、エレナは素っ頓狂な声を上げた。

どうやら、奏との戦闘に専念するあまり結の登場に気付いていなかったようだ。
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:23:37.31 ID:wkAOPv2T0
そして、突然のちん入者に奏の攻撃も止まる。

奏「キミ……」

奏は怪訝そうに結を見遣る。

奏(何だろう……前と雰囲気が違う……)

結の目を見た時、奏は直感的にそう感じた。

最初にあった時は、本当の一般人。

偶然、手にした力をどう扱えばいいか分からないような、そんな雰囲気。
攻撃されたので反撃すれば、死を恐怖して逃げまどう。

遠目に見た二度目は、ただの素人。
基礎だけを教わり、戦えるつもりでいたのか、ただ慌てて何も出来なかった。

戦いに目的もなく存在し、ただ戦場をかき乱すだけの不要な人間。

それが、奏が結に抱いた印象だった。

だが、今、目の前に立つ人物はどこか違う。

戦いへの戸惑いは消えていない。
素人のような足運びと構え。

だと言うのに、その場にあるのは強い存在感。

魔力の大きさがどうこうではない。

ただ、戦場にいるだけだった女の子が、今は、何らかの強い目的を持ってその場にいる。
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:24:17.19 ID:wkAOPv2T0
奏はそこまで思い至ってから、僅かに頭を振った。

相手が何を考えていようが、自分の目的は変わらない。

奏「……何でもいい………キミのギア、今度こそ渡して?
  もう、後がないんだ……」

奏は結に向けて言い放つ。

代わってくれるなら都合が良い、手練れのエージェントを相手にするより、
素人を相手にした方が成功率が高い。

キャスリンが何か手を打ってくれるようではあるが、
出来れば、自分の愛器は自分の手で守りたい。

エレナ『そうは行かないわ……あなたの相手は私がする!
    結ちゃんはリノさんの援護を!』

しかし、エレナは二人の意志を押しやって、結の前に進み出る。

結「エレナさん!」

しかし、結はそのエレナの背に強く呼びかける。

懇願ではなく、その行動を咎めるような声音に、エレナは背後を見返す。

エレナ『結ちゃん……?』
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:24:47.67 ID:wkAOPv2T0
結「お願い……私が負けたら、その時は全部、エレナさんとリノさんに任せるから!
  だから、少しだけ、私に……時間を下さい!」

そして、続く懇願。

ジガンテ『マスター。彼女はエージェント・バレンシアの判断で現地協力員として認められています。
     また、意志が通らない場合は離反する、とも』

その様子に、静観していたジガンテが口を挟む。

それは、確かにマズイ。

三つ巴になれば、エレナが優先しなければならないのは奏だ。

そうなれば、下手をすれば奏と結を同時に相手にしなければならない可能性もある。

結の性格を考えれば、自分を狙う事は先ず無いだろうが……。

エレナ(……知らなかったとは言え、一度騙しちゃったしなぁ……)

エレナの中で、そんな罪悪感が首をもたげる。

魔法は正しい事に使う、なんて大口も以前に叩いている。

そんな手前、これ以上、彼女を裏切るワケにはいかない。

それが子供の駄々であっても。
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:25:32.71 ID:wkAOPv2T0
エレナ(本当は、こんな事しちゃいけないんだけどね……)

エレナは軽くため息を吐く。

一応、正規に認められたプロのエージェントではあるが、
まだ若輩でしかない十四歳の自分は当分、大人になりきれないようだ。

エレナ「結ちゃん……じゃあ、コッチ、お願いね」

エレナはジガンテと共にスッと身を引く。

結「エレナさん、ジガンテ、ありがとう……!」

結は深く頭を垂れる。

“どういたしまして”とは言い難かった。

エレナは無言でジガンテに踵を返させ、地上へと向かう。

それを見送った結が、改めて奏に向き直る。
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:26:17.18 ID:wkAOPv2T0
結「奏さん……だよね?」

奏「うん……そう、奏・ユーリエフ……。
  話し合い、終わりでいいね?」

結の問いかけに、奏は淡々と応え、尋ね返す。

待ったのは、下手に二人に向かって一対二になるより、
確実な一対一の状況で結を倒したかったからだ。

奏「ギア……くれる?」

それに、こうして交渉で終わるなら、それでも良い。

現地協力員だろうが何だろうが、下手に誰かを傷つける趣味はない。

しかし、結は申し訳なさそうに頭を振った。

結「ダメだよ、渡せない……。

  エールがいないと、私、死んじゃうんだって……。
  魔力循環不良って病気」

奏「!?」

結の言葉に、奏は驚いたように息を飲んだ。
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:27:15.17 ID:wkAOPv2T0
奏「本当……なの?」

結「うん……本当みたい……。私のお母さんも、そんな感じだったから。
  ……魔法使ってないのに、魔法で死んじゃうなんて、あるんだね」

問い返す奏に、結は弱々しい笑いを浮かべて答えた。

ウソを言っているようには、見えない。

それに、目の前の年下の少女に母がいない事は、
機関の諜報員が調べてくれた情報とも合致する。

結「……私のお母さん、魔力循環不良で死んじゃったみたいなんだ。
  三年前……私が六歳になるちょっと前」

奏「五歳の時……か……」

結の話を聞き、奏はそう呟いて目を伏せる。

敢えて言い直された、その言葉。

結は小さく息を吐いて、また奏を見据える。

奏も伏せた目を上げて、結を見据える。

お互いの目が合う。
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:27:40.51 ID:wkAOPv2T0
結「ねぇ……何で、奏さんは、そんな目をしているの……?
  何だか、哀しそう……」

結が問いかける。

奏(キミも、人の事は言えないね……。
  キミだって、そんな目をしてるじゃない……)

奏は心中で言ってから、軽く頭を振った。

奏「五歳の時……ボクは、クレーストと二人だけになった……。
  それだけ、だよ」

奏はそう言ってから、クレーストの背中に魔力弾を撃ち込む。

扱いやすさを重視して十字槍のままだったが、
ここは彼女と同じくレベル3で戦わなければならないだろう。

二発目の魔力弾が供給されると、クレーストの十字槍が巨大な威容の剣へと変異する。

奏(何で、あの子はあんなに自分の事を喋ったんだろう……そんな義理は、無いのに)

奏は怪訝な思いを抱えたまま、クレーストに剣を構えさせる。

自分も最低限の事は答えた、あとは、もう何も語る必要はない。
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:28:08.80 ID:wkAOPv2T0
奏「……いくら魔力循環不良でも、すぐには死なないよね……?
  なら、エージェントに助けてもらって」

奏は言いながら、結とエールに向けてクレーストを飛翔させる。

その手に握る大剣には、魔力の雷。

クレースト『マークシムムグラザー!!』

振り下ろされる一撃は、かつで、自分の命を危機に晒したかもしれない一撃。

あの瞬間の恐怖が、結に甦る。

だが、心が感じる恐怖と同時に、スーッと頭が冷えるのを感じた。

結「エール、防御魔法!」

エール「了解! エルアルミュール!」

だから、そんな指示も、即座に出せた。

結が魔力供給を行うと、翼の余剰魔力がさらに強く噴き出し、
より巨大な翼となってうねり、結とエールの全身を包む。

閃光変換された魔力の翼が分厚い障壁となって、結達を守る。

成る程、言葉通りの“翼の鎧”である。

奏(閃光変換系防御魔法……しかも、厚い……)

これでは一撃で削るのは難しい。

それなら――
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:28:35.57 ID:wkAOPv2T0
奏『クレースト、同時攻撃で行くよ』

クレースト『畏まりました、奏様』

奏は愛器の答えを聞くと、十分な魔力を供給してから離れる。

直後、奏の構える十字槍に魔力の雷が、剣を引いたクレーストの腕に魔力の炎が宿る。

奏『グラザーリェーズヴィエ!』

クレースト『プラーミャリェーズヴィエ!』

ややタイミングを変えて、雷の刃と炎の刃が連続して結達に襲い掛かる。

幾度も叩き付けられる刃が、徐々に徐々に光の皮膜を削り取ってゆく。

いくら分厚い防御魔法でも高速連続攻撃には耐えきれない。

奏(魔力は怖いぐらいに大きいけど、この子は素人だ)

そんな計算も奏の中にはあった。

だが――
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:29:05.97 ID:wkAOPv2T0
結「エクレールウラガンッ!」

翼の鎧の向こうから、巨大な光の竜巻が飛び出す。

それは奏とクレーストの間を一気に通り抜ける。

内側からの攻撃で崩れた防御壁の向こうに、
回転・投射の二重術式に向けてギアを構える結の姿。

奏(この子、魔導機人と別々の魔法を同時に使える? 素人なのに……)

奏はその光景に愕然とする。

ギアを手に入れて十日足らず。

十日足らずの幼い子供が、ここまで魔導機人ギアを使いこなしている。

英雄バレンシアの指導か、それとも、あの補佐官の指導か?
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:30:16.08 ID:wkAOPv2T0
結「そっか……魔導機人ってこうやって使えるんだ」

そして、その言葉に愕然とする。

奏「し、知らないで……やったの?」

結の言葉が信じられない、と言った様子で奏は聞き返した。

知らないで、魔導機人と個別の魔法を使う。

それは奏にはあり得ない事だった。

機能としてそれは存在しているし、決して不可能な事ではない。

だが、結は知らずにそれをやってのけたのだ。

奏(この子……ボクとクレーストの戦い方を見て知ったんだ……)

その考えに行き尽きた時、奏は嫌な汗が背筋を伝うのを感じた。

結はたった一度だけ、それも僅かな時間の手本で、
習ってもいない魔導機人の本来の戦術を会得していた。
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:30:58.52 ID:wkAOPv2T0
奏は知らない事だったが、譲羽結と言う少女はもっとずっと幼い頃から、
見よう見まねの行動や、物事を記憶する事が得意な子だった。

生前の母が、洗濯物を畳んでいる所を見た一歳の結は、
見よう見まねで洗濯物を畳んだ事がある。

六歳の頃、何の気なしに見ていた料理番組で見た、
難しい中華料理を一人で作った事もある。

二年生の夏、上級生の水泳の授業を見た結は、
多少のフォームの崩れはあったが、教えられてもいないバタフライで泳いだ事もあった。

一度でも見た事があるもの、特別な知識を必要としないもの、
そして、尚かつ、自分自身にとって不可能でなければ結は確実にそれを真似してしまえる。

才能と呼ぶには烏滸がましい、コピー能力のようなもの。

そこまでは、奏にも一目で看破できるものではなかったが、
ただ一つだけハッキリしている事があった。

奏(この子……素人だけど……素人だから、覚えが早い……。
  時間をかけたら、この子はどんどん強くなる)

奏は恐ろしいものを見るような気分だった。

自分よりも二歳も幼いこの少女は、魔法戦において恐ろしい才能を持っている。

特殊な戦法は滅多に見せられない。

もしも、可能であるならば、この子はそれを完全に物にしてしまうかもしれない。
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:31:33.28 ID:wkAOPv2T0
奏『クレースト、ミラージルィツァーリ!』

クレースト『畏まりました』

奏の指示に応えて、クレーストは流水変換した魔力を放出する。

それは一瞬にして霧状に広がり、青銀の魔力が周辺を濃く包み込む。

そして、さらに魔力が込められ、霧が結晶化して肥大化する。

肥大化した結晶は奏とクレーストの姿となって結達の周囲を取り囲む。

結「え!? 何、コレ!?」

エール「慌てないで、結、ただの目眩まし、魔力の分身だよ」

周囲を見渡して慌てる結に、エールは冷静に言い放つ。

魔力の霧と氷結変換で作ったプロジェクターに、
自分自身の姿を写し込む幻覚魔法である。

視覚だけでなく、魔力を含んだ霧は魔力探査を阻害する。

大まかな位置しか特定できないエールのセンサーと、
結の低い魔力探査能力では本体の特定は難しい。
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:32:02.36 ID:wkAOPv2T0
エール「結、この空間の外に出るよ!」

結「うん、お願い!」

エールはエルアルミュールの防御を解いて、霧の作り出す幻影の外に飛び出す。

それなりに広い空間ではあったが、レベル3の機動性ならば十分に脱出可能な広さだった。

青銀色の空域を脱した結とエールは、奏とクレーストを探して視線を走らせ、動きを止めた。

奏『ザミュルザーチチュリマー!』

その瞬間、結達の周辺を分厚い氷の立方体が包み込む。

クレースト『奏様、捕獲完了です』

奏『ありがとう、クレースト……』

声のする方角に結が目を向ける。

晴れ始めた魔力の霧の上空に浮かぶ黒い影。

間違いない、奏とクレーストだ。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:32:52.44 ID:wkAOPv2T0
エール「結、これは拘束系魔法だ!」

氷の立方体の解析を終えたエールが叫ぶ。

氷で作られた檻、成る程、
ザミュルザーチチュリマー――凍える監獄の名に相応しい拘束魔法だ。

リノのサビオラベリントほどの複雑さはないが、
僅かな時間でこの拘束魔法を破る事は難しいだろう。

奏「硬化と固定、拘束の三重術式で組んだ氷結変換魔力の檻……
  キミの魔力がどんなに凄くても、それは一瞬じゃあ破れない」

ギアを待機モードに戻した奏が、朗々と呟く。

彼女の言う通りであるのは前述の通りだ。

奏は両手の間に魔力を集中し、多重術式を組み上げ始める。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:33:40.97 ID:wkAOPv2T0
結「儀式魔法!? 撃たせない!」

結は驚いた声を上げながら、二重術式を展開する。

回転と投射、それは直進する渦を作り出すための術式だ。

それは、数日前に結が気付いたライオテンペスタの術式と、やや異なる術式。

本来のライオテンペスタは拡散と収束の、
正反対の術式を用いて魔力乱流を起こす事で光の竜巻を発生させる魔法だ。

だが、正反対の術式を組み合わせるのは、
魔力運用能力に劣る結には時間を要する術式だった。

そこで咄嗟に思いついたのが、魔力を回転させる回転術式に、
魔力を直進させる投射術式を組み合わせた物だった。

どちらも魔力の流れに関する術式で、
拡散・収束に比べて差違が少なく、展開速度は格段に上がる。

この術式に魔力を流し込めば、魔力弾を撃つ事なくライオテンペスタを撃つ事が出来、
その発射展開速度はオリジナルであるリノに迫る事になる。

そして、この投射術式で魔力弾を撃つと言うアイデアは、
十日前に実際に目にした魔法である。

そう、レギーナのマギアランツェだ。

ライオテンペスタの発想に、マギアランツェの特性を組み合わせた結のコピー魔法。

その名は――
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:34:27.84 ID:wkAOPv2T0
結「エクレールウラガンッ!」

先ほど、エルアルミュールの奥から放った光の竜巻の名だった。

ライオテンペスタと同じく、フランス語で光の竜巻を意味する魔法は、
内側からザミュルザーチチュリマーを砕く。

砕いた檻の破片から身を守りながら、
結とエールは再び奏達に視線を向ける。

脱出に要した時間は数秒、視線を外したのは一瞬。

だが、それで十分だった。

術式構成時間にして僅か十五秒足らず。

儀式魔法の準備時間としてはあまりにも短い時間で、
奏は術式の全てを組み上げていた。
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:35:23.86 ID:wkAOPv2T0
奏「はぁっ!」

奏は組み上げた一つの巨大多重術式を上空に向けて放り上げる。

青銀の術式に編み込まれたのは、
増殖・強化・拡散・増幅・投射の五重術式。

その巨大多重術式が増殖術式の影響で弾け、
無数の四重術式となって空に広がる。

まるで巨大な泡が弾けて、無数の泡になって散るような光景。

術式の時点から、既にかなりの魔力を注ぎ込んで作られたようなそれは、
本来は時間を犠牲にして魔力を増幅する儀式魔法とは対極の魔法であった。

しかも、増殖はまだ続く。

奏はクレーストと共に術式の上空へと上昇し、魔導機人を消して全魔力の集中にかかる。

そして、集積・追尾・増幅の三重術式を結に向けて放つ。

彼女の飛翔速度を上回る弾速で放たれた術式は、結の目の前で停止する。
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:35:50.61 ID:wkAOPv2T0
結「エール、逃げて!」

エール「くっ!?」

咄嗟に危機を感じ取った結が叫ぶよりも早く、
エールは翼をはためかせ、その術式から逃れるように飛ぶ。

だが、追尾術式を組み込まれた多重術式は、二人を追って来る。

奏「……ハァ……ふぅぅ……。

  その術式は、ボクやクレーストより早い……。
  キミのスピードじゃあ、振り切れない……」

二つの術式既にかなりの魔力を消耗した奏は、
荒くなった息を整えてから淡々と呟く。

彼女の儀式魔法は、言ってみればかなり邪道な魔法だった。

本来は時間をかけて用意する無数の術式を、
Sランクに匹敵する魔力で無理矢理に増殖させる。

超高速・高機動の接近戦に特化した奏は、戦闘中における時間の浪費を嫌い、
儀式魔法すら高速展開する事を好んだ。

しかも、大概の儀式魔法が広範囲に作用すると魔法だと言うのに、
彼女の儀式魔法は、ごく狭い範囲を狙う大魔力一極集中型の超威力砲撃魔法。
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:36:43.78 ID:wkAOPv2T0
クレースト<奏様、術式展開・照準確保、完了しました>

クレーストの声が儀式魔法の展開終了を告げる。

既に山岳地帯の上空を全て覆い尽くす程の数に増殖した術式は、
さながら広がる雷雲のようでもあった。

その数、およそ千超。

青銀に輝く雷雲の上に、奏は降り立つ。

奏「行くよ……」

奏は静かに呟いて、クレーストを中央の術式に突き立てる。

その瞬間、雷電変換された魔力が一気に全術式へと広がる。

結「来るの!?」

バチバチと音を立てる青銀の魔力の奔流を感じて、結も身構える。

追尾して来る術式を振り切る事は不可能と判断したのだろう。

こうなれば、もうこの儀式魔法を耐えきるしかない。
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:37:14.63 ID:wkAOPv2T0
結「エール、全開防御で行くよ!」

エール「了解!」

結も魔導機人を消し、上空で静止してギアを構える。

彼女も全魔力を防御にだけ向けるのだろう。

奏「これを耐えられるハズがない……」

奏は小声で呟く。

奏が知る限り、この一撃は結の魔力砲撃を遥かに上回る。

彼女の魔力の大きさは理解している。

だが、この世界にはそんな魔力を物ともせずに吹き飛ばす魔法が幾つも存在する。

その一つが、自分の放つ儀式魔法――

奏『ヴェーチノスチ………モルニーヤァッ!!』

奏が残された魔力を解放し、全ての術式を起動した。
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:37:53.48 ID:wkAOPv2T0
その瞬間、大音響を伴い、千を超える術式から一斉に落雷が巻き起こる。

雷電変換された強力な魔力砲弾。

一発一発がBランク魔導師の全力魔力砲撃に匹敵する魔力の落雷、それが千超!

そして、その落雷が結の目の前にある術式に向けて一気に収束する。

そう、大魔力一極集中型・超威力砲撃魔法。

その全貌がコレだ。

千を超す魔力砲撃を、集積・増幅の術式で一点に集める。

通常の増幅・収束の術式では得られないレベルの魔力砲撃。

その威力は、Sランク魔導師にして実に十人分の、全力の砲撃魔法に匹敵する。

実際に、Sランクを十人相手にしてこの魔法を放てる状況になどならないが、
結が絶大な魔力を擁してなお経験の浅い素人であった事が奏にとって幸いした。

魔力の雷が織りなす閃光に、結は確かに包まれている。

直撃を耐える事が出来ても、魔力は底を尽き、結は魔力相殺されて倒れる。

あとは彼女を地上に降ろし、その手からエールを奪って全て終わる。

奏『やっと逢えるよ……母さん……』

勝利を確信し、奏は感慨深く呟いた。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:38:32.19 ID:wkAOPv2T0
やがて魔力砲撃は止み、奏は集積術式で拡散した余剰魔力を回収する。

クレーストに魔力を循環させ、魔力を回復させる。

奏(さぁ、回収しよう………)

そう思った彼女の目に、信じられない物が飛び込んで来た。

奏『は……はな……』

それは、空に咲いた、眩く輝く巨大な一輪の花。

クレースト<奏様、魔力を探知しました!>

珍しく驚いたようなクレーストの声が響いたが、
奏は呆然としたまま動けなかった。

花弁が一枚一枚散るようにして、花の中から現れる純白のローブを纏った少女。

結だ。

魔力的に物理破壊力を伴い、魔導防護服を消し去るほどの威力を持ったハズの雷撃を受け、
結は耐えきっていたのだ。

奏『うそ……Sランク魔導師を十人は倒せる威力なのに……』

あくまで、それに相当する破壊力と言う意味だが、それでもそれは事実だ。

だと言うのに、彼女の魔導防護服には傷一つなく、
しかも、相殺しきれなかった防御魔法と思われる花弁が残っていた。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:39:15.40 ID:wkAOPv2T0
デタラメとインチキにも程がある。

Sランク十人分の魔力の防御を行って、彼女はまだ、上空にいるのだ。

結「ふぅ………」

小さく息を吐く結。
呼吸は乱れていない。

バケモノ。

そんな単語が、奏の脳裏を過ぎった。

奏「キミ……一体、何なの……?」

奏は震える声で呟く。

結「譲羽……結、だよ……」

その質問に、結は寂しそうな声で返す。

名前なんて聞いているんじゃない。

奏「キミは……何者なんだっ!?」

Sランク十人分の魔力を一気に使っておきながら、
平然としているキミは、一体、何者なんだ。

それは恐怖に近い疑問。

全力で飛ぶ事は出来るが、もう、あの防御を貫ける魔力は残されていない。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:39:47.99 ID:wkAOPv2T0
結がエールを両手で構える。

コアストーンのはめ込まれた先端が、奏へと向けられる。

結「エール……アレ、行くよ!」

エール<了解、魔力変換補助、開始!>

結が力強く言うと、エールがそれに応えて属性変換を開始する。

ギアの先端に集められた魔力が、紅に輝く。

奏(属性変換……波長は炎熱だけど、あれは閃光変換?)

間違いない、波長こそ別物だが閃光変換に間違いない。

炎熱変換が出来ていない。

これも信じられない事だったが、彼女は熱系変換が出来ていない。

魔法を使える者なら、幼子ですらできる初歩中の初歩とも言える熱系変換を、
目の前の少女は出来ていないのだ。

規格外・常識外の連続だったが、この常識外はさすがに拍子抜けだった。
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:40:14.91 ID:wkAOPv2T0
どんな大威力の魔力砲撃だろうと、閃光変換しかできないなら防ぎようはある。

反射・蓄積の二重術式で作った結界を作る。
その特性上、閃光変換はこの二重術式には勝てない。

魔力はかなり消耗するが、
あの大魔力から放たれるであろう魔力弾や魔力砲撃を防御するよりはずっと消耗が抑えられる。

そして、反射した魔力はそのまま彼女に襲い掛かる。

奏(勝てる……勝ててしまう……)

どんなに恐ろしいほどの魔力を持っていても、やはり素人だ。

戦い方次第で必ず勝てる。

それは、自分自身の戦闘の師から教わった戦いの鉄則だ。

彼我の戦力差が圧倒的でも、それをカバーできる知識と戦術、経験が必ずそれを覆す。

奏は反射・蓄積の二柔術式で魔力障壁を張り巡らせる。

ガラス玉のような質感を持った術式が彼女を覆う。
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:40:49.39 ID:wkAOPv2T0
一方、地上の戦闘も上空で繰り広げられる激戦に、一時、その手を止めていた。

幼い少女達が放っているとは思えない、常軌を逸した魔力の応酬。

奏の儀式魔法が放たれた瞬間、リノもエレナも結の敗北を覚悟した。

だが、結果はその場にいた全員を裏切った。

そして、今、閃光変換された魔力を集中し始めた結と、
閃光属性の魔力を跳ね返す事に特化した結界を張った奏に、再び彼我の戦局予想は一致した。

いくら結の魔力がデタラメでも、
そのデタラメな自分自身の魔力の反射直撃を受ければ無事では済まない。

どんなに強烈な光量を持った光源でも、鏡の反射には勝てない。

それは絶対の法則だ。

エレナ『駄目、結ちゃん!』

戦いの手を止めたエレナが、悲鳴じみた声で叫ぶ。
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:41:26.74 ID:wkAOPv2T0
仲間の、奏の勝利を確信し、
気絶しているレギーナ以外の三人は固唾を呑んで勝利の瞬間を待つ。

エージェント達も自分達も、消耗は激しい。

だが、たとえ条件はイーブンでも、士気を挫いた研究院のエージェントなら、
奏とキャスリンが勝てない道理はない。

この一撃が終われば、自分達の勝ちだ。

クライブ『へへっ、お前の案も使わずに済みそうだな』

キャスリン『だね……これで、あんな作戦使わずに済みそうだよ』

口元に笑みを浮かべたクライブに、キャスリンは安堵したように漏らした。

あの素人の子供は、何を自信満々に閃光属性魔法を使おうと言うのか。

いや、素人だからなのか?

どちらにせよ、魔導研究機関のメンバーには勝利以外の結果はもう見えていなかった。

だが、その場で唯一、リノだけが僅かに身を震わせていた。
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:41:57.88 ID:wkAOPv2T0
リノ『アレが……そう、なのか……』

呆然と呟くリノ。

リノには、この勝負の結果が見えていた。

それは他の四人も同じだったが、リノだけは逆の結果を見ていた。

閃光属性魔法にそれを反射する結界。

その対決の結果で、唯一異なる物を、リノは自らの経験で知っているからだ。

ただ、心の中に唯一疑問があるとすれば、
そんな常識外れが有るハズがないと言う、確信とも思える疑問だけ。

その疑問の答えが、今、目の前で明かされるのだ。

結「アルク…………!」

上空から、微かな声が聞こえる。

結の声。
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:42:55.12 ID:wkAOPv2T0
結は、あの結界を、あれと同質の結界を破った事がある。

たった一度だけだが、それを成したのは、つい数十分前。

結<エール……属性変換をもっと早くして!>

エール<分かったよ、結。波長変換をさらに高速化させるよ>

結とエールが思念通話を交わすと、変換される魔力が激しくその波長を変える。

炎熱、流水、閃光の三種の変換をめまぐるしく繰り返す。

しかし、熱系変換の素養のない結の魔力は、色の違う輝きにしかならない。

だが、結は決してそれを止めようとはしない。

エレナの静止の声は届いているにも拘わらず、だ。

結「……アン……!」
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:43:28.65 ID:wkAOPv2T0
この戦いが終わったら、奏と話す事は出来るだろうか?

それが結の頭にあった、唯一の考えだった。

有耶無耶に終わった答えの意味を、ちゃんと知りたい。

何で、あんなに辛そうで寂しそうな目をしているのか。

どうして、誰かに謝りながらも戦おうとしているのか。

その理由を、どうしても……。

そして、それを聞くためには、勝たないといけないんだ。

奏(聞かせて……奏さんの、話……!)

我が儘だと思った。

それでも、どうしても聞きたいと感じた。

自分と、同じ目をした人の話を。

結「シエェェルッ!!」

最後の言葉が紡がれると共に、圧倒的な光が周囲を包んだ。
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:44:01.46 ID:wkAOPv2T0
リノ(コレは……連続的に波長を変える閃光変換の魔力!?)

腕で目元を覆っても、その隙間から垣間見える様々な色の光に、リノは気がついた。

波長を変える強力な閃光属性の魔力。

リノ『そうか、コレなら……!』

リノは自信の疑問に解答を得て、感嘆を以て呟いた。



奏『何……コレ!?』

一方、奏は驚愕の声を上げていた。

自分の結界は確かに結の魔力を反射している。

反射しているのだ。

だと言うのに、徐々に結界が削がれて行く。

反射した魔力が、また押し返される。

反射した魔力は結のものなのだから、結の魔力と衝突する事はない。

結に衝突するにしても、
使用者自身が魔力同調できない場合に体内の魔力と相殺する可能性があるだけ。

事実、素人の結にそんな高等な回避的防御が出来るハズがないからこそ、
奏は反射戦法を選択したのだ。

だと言うのに、反射した魔力を魔力だけで押し返しているのだ。
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:44:49.87 ID:wkAOPv2T0
奏(魔力波長がもの凄い早さで変わってる……!?

  しかも、威力が高過ぎる……!?

  反射拮抗した魔力が結界の手前で相殺しあって、
  拡散する魔力がボクの結界を壊して行く……!?)

奏に見えた光景は、正にその通りだった。

紅と藍の魔力波長の間を高速で変化する閃光変換された魔力は、
反射されて真っ直ぐ結に返る事なく、魔力同士で相殺しているのだ。

しかも、相殺の際に放たれる魔力は、凄まじい勢いで結界にぶつかり、
その表面をジワジワと削り取って行く。

いかにその特性が光と言えども、基本は魔力。

別種の波長の光が交われば交点の色を変えるように、
それ以上にぶつかり、絡み合って凄まじい光を放つ。

並の、それこそSランク魔導師の魔力では、相殺拡散する魔力量もたかが知れる。

だが、Sランク十人分の魔力を持った結の砲撃から来る相殺拡散は、
強力な砲撃魔法、それこそリノのライオテンペスタに匹敵する破壊力を生み出す。

紅と藍の間で七色に輝く閃光の極大魔力砲撃。

それこそが虹の名を持つ、結の完全オリジナル魔法――アルク・アン・シエル。

波長変換される魔力は反射すら押し退け、いかなる障壁、結界をも突き破る防がれぬ光。

それこそが結の切り札だった。

唯一の難点を上げるとすれば、砲撃と言う性質と、
波長変更の煩雑さで回避行動が取りやすいと言う点だけだろう。

奏ほどのスピードがあれば、十二分に避けられる魔法だった。

それを避けなかったのは、
全力回避よりも僅かな魔力で済む反射結界の構築を選んだ彼女の判断ミスだ。
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:45:24.72 ID:wkAOPv2T0
奏(押し……負ける……)

何に押し負けるのかは分からない。

自分の反射結界は完璧に作用しているのに、
反射した魔力が押し負けるなどと言う非常識が、今、目の前で起きているのだ。

そして、削られ尽くした結界が完全に消え去る。

僅かに残された魔力で新たに障壁を作り出すが、
それも一瞬でかき消され、七色の輝きが奏の全身を包んだ。

奏「うわぁぁぁっ!?」

全身の魔力が押し出されるような感触に、奏は悲鳴を上げる。

輝きは一瞬で通り抜ける。

おそらく、照射されていた時間は結界との衝突も含めて五秒となかっただろう。

正に一瞬の出来事だった。

数千年に及ぶ魔法の常識が、根底から覆された瞬間だった。
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:46:24.06 ID:wkAOPv2T0
結「………っ、ふぅぅぅ………」

砲撃を終えた結が長く息を吐いた。

そして、奏に視線を向ける。

奏は全魔力を相殺された状態で僅かな時間、
その場に止まっていたものの、前のめりに倒れるようにして落下を始める。

ギアは起動状態を保てずにロザリオとなり、
奏自身もプロテクター状の魔導防護服から黒のワンピースに姿が戻る。

結「奏さん!」

結は慌てて奏の落下軌道に向かって飛ぶ。

飛行が苦手な自分でも十二分に間に合う距離だ。

ギアを待機状態に戻し、両手を伸ばす。

だが――
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:46:58.10 ID:wkAOPv2T0
結「ッ!?」

結は動きを止め、息を飲んだ。

目を見開き、自らの両腕を抱き寄せるようにして抱え込み、直後――

結「あ、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」

凄まじい絶叫が、結から放たれた。

痛み。

まるで、両腕に、いや全身、肌の内側から骨の髄に至るまで、
無数の針を押し込まれたような、激しい激痛。

一瞬で走った激痛に、結は気絶すらままならない。

エレナ『結ちゃん!?』

リノ「結さん!?」

突然の事態に、エレナとリノが同時に叫んだ。

結も落下を始めるが、緊急起動したエールが魔導機人を召喚し、
落下する結を受け止める。
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:47:26.59 ID:wkAOPv2T0
エール「結! 結!?」

主を受け止めたエールが必死に呼びかけるが、
結は痛みに震えて返事すらままならない。

生命維持のため、魔力循環の調整が行われる。

すると、急激に痛みが引いて行く。

だが生まれてこの方、経験したこともないような激痛を味わった身体は、
満足に動いてくれない。

結「え…エール……奏、さん、を……」

エール「分かった! 分かったから、今は喋っちゃ駄目だ!」

息も絶え絶えの、絞り出すような主の声に応え、
エールは落下を続ける奏に向かって飛翔する。

だが――

キャスリン『クライブ、プランB!』

キャスリンは手短に叫び、奏へと向けて飛んだ。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:48:03.04 ID:wkAOPv2T0
光弾と見まがうほどの早さで奏の元に辿り着いたキャスリンは、
急制動をかけると同時に、奏を優しく抱き留め、その場から僅かに離れる。

だが、クレーストは受け止めず、
ようやく辿り着いたエールがクレーストを回収する。

キャスリン『悪いけど、クレーストは預けたよ! 無くすんじゃないよ!』

キャスリンはそれだけ言い残し、気絶したままの奏を抱えてその場から飛び去る。

エレナ『逃がさないわよ!』

エレナもその後を追い掛けようとするが、即座にクライブが正面に回り込む。

エレナ『クッ!?』

目の前の敵も捕獲・保護対象ではあるが、
逃げ足の速いキャスリンを逃がしては全員を捕まえる事は出来ない。

エレナ(叩き落とすしかないわね)

エレナは一瞬でそう判断し、スカルラットマルッテロの体勢に入る。

だが――
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:48:50.89 ID:wkAOPv2T0
クライブ『降参だ、投降する』

クライブはギアを待機状態に戻すと、両手を頭の後ろで組んで背を向けた。

地上を見ると、残りの二人――レギーナを支えたジルベルトがリノの元で同様に降参の意を示している。

二人は突然の行動に呆気に取られ、僅かに二秒ほど静止してしまった。

だが、それで十分だった。

その二秒で、瞬発力だけならば奏を上回るキャスリンは、遥か彼方にまで遠ざかっていた。

リノ『………エージェント・フェルラーナ、時刻確認と確保報告』

その光景に悔しそうな表情を浮かべていたリノだったが、
すぐに気を取り直し、エレナに声をかける。

エレナ『あ、は、はい、了解です、エージェント・バレンシア!
    現地時間一五三七、一名確保しました!』

リノの声で正気を取り戻したエレナは、クライブを拘束しながら報告する。

リノ『………同一五三八、二名確保』

リノも淡々と目の前の二人を拘束する。
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:49:24.41 ID:wkAOPv2T0
リノ『君たちは本案件の状況が終了するまで、我々の滞在地で拘束される。
   なお、拘束期間中は本案件捜査エージェントおよび捜査関係者からの尋問が行われる。

   君たちには黙秘権が与えられる。
   また魔法倫理法廷において院選の弁護人がつく事を保証する』

リノはお決まりの文句を言いながらも、
やや不機嫌な表情をキャスリンの消えて行った方角へと向けている。

その場に、クライブを拘束したエレナが、彼を連れて地上へと降りて来る。

クライブ『心配しなくても、洗いざらい話してやる。
     ……ついでに、グンナーのジジィが何処にいるかも座標情報付きで教えてやるよ』

不機嫌そうなリノに、クライブはやや気怠そうな雰囲気で告げた。

さすがに、この提案にはリノもエレナも驚かずにはいられず、顔を見合わせている。

ジルベルトも不満はないのか、
拘束されながらも気絶したままのレギーナを支え、無言を貫き通している。
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/09/22(木) 22:50:03.54 ID:wkAOPv2T0
一方、結は地上がそんな状況になっているとはつゆ知らず、
ただただ奏の連れられて行った方角を見ていた。

結「……かなで……さん………」

ただ、譫言のように、彼女の名を呟きながら。



第6話「結、 魔導の常識を打ち破る」・了
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/22(木) 23:03:40.51 ID:wkAOPv2T0
今回はここまでとなります。

やっと結がまともに戦った………w
えー、さすがに勝敗に納得いかない!
と言う人が多いと思われますので、自分の書き込み不足の補足をしますorz

実は今回の勝負、お互いの魔力量が圧倒的に違います。
第2〜3話における戦闘は、エールのシステムエラーで結の魔法が全く機能していないのと、
結が防御魔法をまともに使えないので、奏ほどの力があれば楽に貫通できたですが、
さすがにここまで圧倒的な魔力量の差があると、まともな防御をされると貫通できなくなってしまいす。
(勿論、現時点での結が防御魔法を多用しているように、防御魔法無しでは奏に敵いません)

同じ魔力量条件でやれば、奏の圧勝です。
さすがに戦闘訓練経験3年と訓練経験一週間では運用能力に圧倒的な差がありますので。




読んでくてている人も増えているようでありがたいです。
では、また次回………早ければ明日?



第1話 >>2-38
第2話 >>44-85
第3話 >>89-130
第4話 >>133-189
第5話 >>194-249
第6話 >>252-305
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/22(木) 23:31:09.59 ID:2xF9TniU0
おつです!


今第三話までしか読めていませんが面白いでっす!

やっぱり書き溜めとかには結構時間かけるんですか?
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/23(金) 22:05:31.05 ID:LRfl3aUS0
>>307
あまり筆が速い方ではないので、それなりに書きために時間はかけてます。
設定は詰める割に、気分優先で書いてしまう悪癖があるので、話に矛盾が出やすいのと、
誤脱があまりにも多いので、それらの修正にも時間をかけています。




それでは、そろそろ投下開始します。
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:06:11.22 ID:LRfl3aUS0
第7話「結、決意を新たにする」



日本近海、グンナー私設研究船――

結との戦いに敗れ、気を失った奏は
キャスリンに助けられてアジトである船へと戻っていた。

道すがら、キャスリンから魔力循環調整による治療を受けて目を覚ました奏は、
愛器を失った事で半狂乱と言った有様だったが、船上にたどり着く頃には落ち着きを取り戻していた。

そして、今はグンナーに接見している最中であった。

戦果の報告を終えた奏は、
申し訳なさと悔しさと、悲しさに苛まれるようにして俯いている。

グンナー『それで………ギアも奪えず、
     あまつさえクレーストまで奪われて、おめおめと逃げ帰った、と』

面倒くさそうに使い慣れないロシア語で喋るグンナーは、
あからさまに不機嫌そうであった。

奏を支えられるような位置に控えているキャスリンも、
そんなグンナーの様子を胸くそ悪いと言いたげに見ている。
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:06:45.53 ID:LRfl3aUS0
キャスリン(ここだけ我慢だ……お嬢がどんな目にあっても、
      あと数時間もすりゃここにあの子とエージェントが来る……。

      ジジィとアタシは捕まって、
      お嬢は体罰の痕が見つかって安全無事に保護されてお終いだ)

キャスリンは堪え忍ぶようにしてその光景を見張る。

万が一、この老人が奏の命に危機が及ぶような体罰を加えようとするなら、
身体を張ってでも止める覚悟でもある。

結に負けた時、その場で奏の身柄を渡しても良かったが、
それでは時間稼ぎにならない。

グンナーの計画の駒として見た時、
奏の重要度は自分達四人のそれを遥かに上回る。

逆を言えば、研究員側が奏の身柄を渡した所で、
その場で自分達が切り捨てられる可能性だってある。

付け加えれば、五人全員が捕まった場合、
グンナーはその場で逃げて終わりだ。

それでは、自分達を囮に研究院にグンナーを逮捕させる計画がオジャンだ。
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:07:31.49 ID:LRfl3aUS0
この老人に拾われて早五年。

人間らしい温もりは仲間達との間にしかなく、
躾けと訓練と称した魔法による体罰しか受けて来なかった自分達に、
この老人に肩入れする理由はない。

強いて言うならば、この老人の今の研究が、
目の前の少女の幸せの一つに繋がっていた事が心残りだろう。

キャスリン(いや……研究資料だって全部回収される……。
      そうすりゃ、お嬢の嘆願で研究は完成するかもしれない)

希望的観測だったが、キャスリンはそう思いたくて仕方なかった。

どうせ逮捕されるなら、今の内に長年の鬱憤を晴らしておこうか。

キャスリンはそんな事も考えていた。
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:08:04.43 ID:LRfl3aUS0
グンナー『まったく、こんな為体ではワシの研究が滞ってしまうのぅ!』

グンナーは心底呆れた、と言った風に怒鳴りつけ、奏の肩がビクッと震える。

グンナーは手近にあった書類を掴み、自棄になったかのような素振りでばらまいた。

数枚の書類が奏の肩や頭にかかり、そのまま重力に従ってずり落ちる。

その光景が、キャスリンの怒りに僅かに火を灯した。

既にグンナーへの義理も愛想も尽きていたキャスリンが
怒りを露わにするには、それで十分だった。

キャスリン『何がワシの研究だっての……。
      研究院の成果を分捕らなきゃ完成しないような半端な研究のクセによ』

キャスリンは奏の前に進み出ると、さらに続ける。

キャスリン『お嬢のお袋さん生き返らせる見返りに、
      孫に犯罪行為させるような無能モンだから、研究が完成しないんだろう!』

奏『きゃ、キャス……やめて』

祖父を怒鳴りつけるキャスリンを、奏はすがるようにして諫める。

だが、キャスリンはそれを聞き入れず、代わりに奏の肩を優しく抱き寄せ、
何から守るようにして、さらにグンナーを睨め付ける。
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:08:53.38 ID:LRfl3aUS0
キャスリン『お嬢……いくらお嬢の家族でも、
      いつまでもこんなヤツの言いなりになっちゃいけないよ……!』

キャスリンは脳裏に掠めた嫌な思い出を振り払いながら言った。

脳裏に浮かんだのは、幼い自分。
何の抵抗も出来ない、弱かった自分。

奏『キャス……』

奏はうっすらと涙を浮かべている。

そんな奏の様子に、グンナーは苛つきと呆れの混じったため息を吐いた。

グンナー『人の温もりが、そんなに恋しいかのぅ……作り物風情が』

グンナーの言葉に、奏もキャスリンも思わず思考を止めてしまう。

キャスリン『作り物……だと?
      て、テメェ……! 言うに事かいて、そりゃどう言う意味だ!』

激昂したキャスリンが奏を抱いたまま、半歩踏み出す。
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:09:32.02 ID:LRfl3aUS0
しかし、グンナーは怯むことなく、奏を指差す。

グンナー『そこの出来損ないに言っとるつもりだが?
     のう、奏? ……いや、祈・ユーリエフのクローン体』

祖父の口から告げられる母の名と、その言葉に、
奏の目が一瞬、焦点を失て見開かれる。

奏『母さんの……く、クローン……?』

祖父の言葉が理解できず、奏は震える声を絞り出す。

グンナー『何じゃ……自分の母だったと思っていたオリジナルが、
     何の研究をしていたかもしらんのか。

     まったく、出来損ないもここまで来ると哀れ哀れ』

呆然とする奏に、グンナーは哄笑混じりに呟いた。

その目にはささやかな、だが確かな狂気が見える。

グンナー『プロジェクト・モリートヴァ、試験遺伝子ナンバー1号体のセルフクローン。
     それがお前だよ……コードネーム・カナデ』

そこまで言い終えて、グンナーはついに、大きな哄笑を上げた。

酷薄な笑い声が、広くない船室に響き渡った。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:10:21.76 ID:LRfl3aUS0
同時刻、某県地方都市、マンションの一室――

リノとエレナが間借りした部屋のリビングでは、
一時間前の戦闘で捉えたクライブ達三人への尋問が始められていた。

リノ『レギーナ・アルベルト……十六歳。

   魔導研究機関グンナー私設部隊には三ヶ月前から所属。
   魔導師としてはCからDランク相当。

   出身国はドイツ……親類から捜索願い有りと。
   犯罪経歴は窃盗容疑2回、置き引き強盗容疑1回』

エレナ『あと、十日前に民間人の女の子に無警告の魔力発砲一回、か……。
    どうやっても軽犯罪者って所ですね。

    間違いないですか、アルベルトさん?』

レギーナ『………合ってます』

リノとエレナの罪状確認に、目を覚ましたばかりのレギーナは静かに頷いて応える。
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:11:05.11 ID:LRfl3aUS0
クライブ『わっほぅ、家出少女だったのかよレギーナ。
     可愛いトコあんじゃんかよ。

     何、リンゴでも盗っちゃった?
     腹空いてんなら、フィッシュ&チップスご馳走するぜ』

レギーナ『う、うるさいですよ、クライブさん!
     あんな山盛りジャンクフード食べませんよ!
     て言うか、隊長に浮気バラしますよ!?』

はやし立てるクライブに、レギーナは顔を真っ赤にして応える。

クライブは“お〜怖い怖い”と言いながら首を竦める。

エレナ『私語は慎んで下さい。
    それとクライブ氏は自身への質問が終わるまで、勝手な発言も控えて下さい』

クライブ『いや〜、全身拘束魔法なんて初めてでよぉ。
     動くの口だけで、退屈しのぎすんのも大変なんだわ。
     すまんすまん』

ため息混じりのエレナの言葉に、クライブは軽口で応える。
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:11:42.04 ID:LRfl3aUS0
確かに、クライブの言う通り、彼の身体はリノの拘束魔法で完全に絡め取られており、
動かせるのは首と口だけと言う状態だった。

さらに、その状態でサビオラベリントによる二重拘束までされている。

対して、ジルベルトは手首と足首の拘束、レギーナはほぼ拘束無しと言う状態だ。

一応、エレナがジガンテを起動した状態で、もしもの事態に備えているが……。

ジルベルト『ギアまで取り上げておいて、そこまで拘束するのかよ……』

クライブの様子に、ジルベルトは怪訝そうに呟く。

本来持っていた汎用ギアは取り上げられ、
今は翻訳機能だけの簡易ギアを襟元に取り付けた状態での聴取であった。

クライブ『ん? 妥当なんじゃねぇの? 俺、隊長補佐だし』

そう言って、クライブは軽く笑った。
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:12:49.56 ID:LRfl3aUS0
リノ『次、ジルベルト・モンテカルロ……十七歳。

   同部隊に半年前から所属。
   魔導師としてはCランク相当、出身国イタリア。

   三年前より養護施設から捜索願い有り。
   犯罪経歴は暴力事件多数、内八件が致傷、
   さらにその内一件で重傷者有り、と』

エレナ『自衛戦闘において、当エージェント隊の戦闘エージェント三名が軽傷、と。
    まぁ、擁護するワケじゃないですけど、こっちも軽度って言えば軽度、かなぁ……』

ファックスで届いたばかりの経歴を確認しながら二人が確認すると、
ジルベルトは無言で頷き、“間違いない”と簡潔に付け加える。

クライブ『ヘイヘイ、熱いねぇ熱血スリートファイター!
     今夜も俺の拳があの子のハートにクリティカルヒットってか?』

ジルベルト『あなたと一緒にしないで下さい』

軽口を叩くクライブに、ジルベルトは淡々とツッコミを入れた。

その様子に、エレナとレギーナは盛大にため息を漏らした。

エレナ『いつもこんな調子なの?』

レギーナ『はい……もう慣れたつもりです』

エレナの質問に、レギーナはため息混じりに応える。

そして、軽口を叩き続けるクライブに、リノが向き直った時、
彼の表情から優しげなそれが消えた。
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:15:01.86 ID:LRfl3aUS0
リノ『クライブ・ニューマン……十九歳。
   同部隊には七年前から所属』

クライブ『イエースっ、一番の古株ちゃんよぉ?
     なんせキャスより、ちったぁ長いからな』

経歴確認が始まると同時に、クライブは得意げに応える。

だが、リノが鋭い視線で一睨みすると、クライブは首を竦めて押し黙る。

リノ『魔導師としてはBランク相当だが、狙撃能力だけはSランク相当。

   出身国イギリス。
   八年前に魔法倫理研究員からの逮捕状請求有り。

   犯罪経歴は確認された殺人事件だけで六十五件、
   傷害事件は百件超、内被害者三十二名は今も意識不明の重体』

エレナ『被害者はいずれもマフィア、暴力団関係者に限られ、
    一般人への被害はゼロってなってますけど、これだけで極刑か終身刑ってトコですね……。

    十歳になる前から腕利きヒットマンなんて、小説か映画の世界よ、本当に』

淡々と罪状を読み上げるリノと、ため息と身震いをするエレナ。

エレナ『私設部隊に入って以後は、エージェント隊との交戦でも負傷程度に収めているみたいだけど……』

とも付け加えたが、そんなエレナの言葉は、部下二人には届いていなかった。

信じられない者を見るような目で、ジルベルトとレギーナはクライブを見ている。

その視線には、一種、恐れにも似た物が混じる。
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:15:54.36 ID:LRfl3aUS0
クライブ『間違ってねぇよ。……言ったろ、これが妥当だって』

クライブは軽く笑みを浮かべると、
まるでロッキングチェアで揺られるかの如く、拘束された身体を揺らした。

リノ『何を喋っても、減刑対象にはならない。
   それは理解しているね?』

クライブ『分かってるって、その代わり、書類上はコイツらが喋った事にしといてくんね?
     一応、ジジィの護衛も経験してるし、そん時に聞いた〜とか、適当にでっち上げてくれよ』

淡々と質問するリノに、クライブは笑み混じりで言う。

しかし、その声音は決しておちゃらけてはおらず、
言葉使いこそくだけていたが、彼自身は真面目に話していた。

だが、すぐに表情を崩し、またおちゃらけた雰囲気で話し始める。

クライブ『一応、これでも二年前まで隊長とかもやってたんで、色々と裏事情詳しいぜ。
     知ってる限り、ジジィの研究施設の場所、研究内容の一部も話しちゃうぜ』

リノ『……分かった、本部に到着次第、
   レギーナ・アルベルトは保護観察施設行き、
   ジルベルト・モンテカルロは簡易収容施設行きの嘆願を出す』

リノは軽くため息を漏らしてから、クライブの横の二人に目をやった。
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:16:40.20 ID:LRfl3aUS0
レギーナ『先輩、先輩……。
     隊長がよく言ってる、一般人に手を出すな、ってアレ、
     前の隊長の遺言だ、って言ってましたよね……?』

ジルベルト『前の隊長……クライブさんの言うことが本当なら、
      クライブさんが前隊長……?』

レギーナとジルベルトは小声で耳打ちする。

クライブ『ほらほら、せっかく罪状軽くなるんだからよ、
     無駄口叩きなさんなって』

ジルベルト&レギーナ『は、はい!』

笑顔で忠告するクライブに、二人は姿勢を正して返事をしていた。
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:17:43.30 ID:LRfl3aUS0
ややあって、場が落ち着いたのを確認してからリノが口を開く。

リノ『プロジェクト・モリートヴァ……聞いた事は?』

クライブ『…………名前と、概要くらいはな。
     ジジィが旧魔法研究院にいた頃にやってた、胸糞の悪くなる研究だろ?』

リノの質問に、クライブは思案げに応えてからため息を漏らした。

クライブ『古代魔導師の細胞だか何だか使って、
     強力な魔法の素質を持ったクローンを作るって研究だろ?
     こんだけ長く魔導師やってりゃ、常識常識』

続くクライブの言葉に、リノは小さく首肯して続きを促す。

クライブ『オリジナルはジジィが離反した時に持ち出したんだろ?
     移動する先々に持って行くんで、俺やキャスリンも何度か運ばされてる』

リノ『……そうか、魔導巨神はグンナーが持ち歩いていたのか……』

クライブ『持ち歩くって、一辺十メートルの合金コンテナだぜ?
     運ばされる方の身になれっての』

納得した様子のリノに、クライブは不平混じりに呟いた。

と、その時だった。
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:18:33.21 ID:LRfl3aUS0
結「あの〜、差し入れ持って来ましたよ〜?」

玄関側から聞こえて来た声に、全員が一斉に振り返る。

そこには、大皿に盛られたパスタがあった。

今日の夕飯用に準備していた物をかさ増したものだったが、
とてもそうは見えない完成度である。

ジルベルト『ペスカトーレ、か……。
      お嬢さんには悪いが、日本人の作るパスタは舌に合わない』

ジルベルトは一瞥してから、人払いの意味もあってそう言った。

クライブの経歴は聞かれていないようだが、
つい十日前まで一般人だった少女に聞かせるべきでない話題が出るかもしれない、との彼の心遣いでもあった。

陽気が取り柄で恋愛沙汰が好きなイタリア人とはよく言われるが、
彼はそのテンプレートが間違っているかと思えるほどの紳士であった。

逆に、本来は紳士の国出身のクライブの方が、
紳士さのかけらも見えないほど上っ面は陽気である。

付け加えるなら、ドイツ人のレギーナから、無口な質実剛健さは見えて来ない。

まぁ、テンプレートなどそんな物である。
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:19:23.25 ID:LRfl3aUS0
だが――

エレナ『モンテカルロさん……結ちゃんのパスタは本物よ』

静かに呟いたのは、そう、彼と母国を同じくするエレナだ。

差し入れと称したお裾分けで、幾度か相伴していたエレナは、
既に二度ほど結手製のパスタを食べているが、
一度目で認識を改め、二度目でファンになる程の勢いだった。

エレナ『九歳の女の子の自家製パスタ……一度食べてみなさいよ』

真に迫るエレナの雰囲気に気圧され、ジルベルトは思わず頷いてしまう。

レギーナの補助でパスタを口にしたジルベルトが、
遠き故郷を思って涙を流したのは、また別の話である。

閑話休題――
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:20:21.44 ID:LRfl3aUS0
クライブ『で、話は続けるかい?
     一応、協力者って言っても、あの年頃のレディにゃエグい話だろ?』

部下達の緊張感のないやり取りを見ながら、クライブは首の筋肉を解しながら呟く。

前言撤回、彼も彼なりに、欧州紳士らしい誠実さを持ち合わせた人物のようだ。

リノ『結さんには悪いが、時間が惜しい……このまま続けよう』

だが、リノは目つきを鋭くして言った。

クライブはやれやれと首を竦めた。

クライブ『嬢ちゃん、俺の分も残してといてくれよ。
     昼飯、まっじぃレーションと水しか食ってねぇんだわ』

結「はーい。たくさんありますから、安心して下さいね」

結はニッコリと笑って返した。

クライブ『あんまり、良い子泣かせると、
     まともな大人になんねぇぜ、英雄さんよ』

リノ『童顔で悪いが、一応、貴方よりは年上だ。
   世の中には、大人の分別よりも優先される事だってある……』

クライブ『そりゃどうも』

淡々と返すリノに、クライブは吐き捨てるように言った。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:21:35.39 ID:LRfl3aUS0
僅かな沈黙の後、リノが質問を再開した。

リノ『グンナー・フォーゲルクロウの現在の研究内容は?』

クライブ『しばらく前までは、魔導巨神の復活がどーたらこーたらだったけど、
     三年前に奏お嬢をロシアの田舎で拾ってからは、
     お嬢のお袋さんを生き返らせるとかってぇ荒唐無稽な研究になったな。

     あのジジィらしくねぇ研究だけどよ』

リノ『奏……奏・ユーリエフの母親……祈・ユーリエフか?』

クライブ『お、何? そこまで調べついてんの?
     だったら、お袋さんが死んだ時に、お嬢のこともちゃんと拾ってやってくれよ。
     ったく、寂れた孤児院で、随分とひもじい思いしてたみたいだぜ。

     マンホール生活じゃないだけマシだけどよ』

言葉こそ軽い物だったが、クライブの声音には言外に批難の色が聞こえた。

結「え……」

その言葉を聞いて、結は呆然と振り返った。
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:22:22.49 ID:LRfl3aUS0
クライブ『……ほれ、嬢ちゃん固まった〜。
     俺、一言二言多いから、あんまり長居させちゃうと、トラウマになっちまうぜ。

     いいの? 魔法“倫理”研究院さん、よっ』

クライブはそう言って、リノ達の所属する組織の名を、
特に行動理念に関わる部分を強調して言った。

だが、続いて結の口からは、クライブにとって信じられない言葉が飛び出した。

結「あ、あの! 聞かせて……くれますか?」

クライブ『おいおい、嬢ちゃん。
     興味半分だか好奇心旺盛なんだが知らんけど、
     他人様の裏話を聞きたがるのは、あんまり感心しないぜ?』

クライブは、こちらにも批難の色を忍ばせて言う。

さっさと席を外せと言う意味だろう。

だが――

結「聞かせて下さい……!」

結は引かず、クライブに結界ごしに詰め寄る。
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:23:17.39 ID:LRfl3aUS0
リノ『……彼女も幼くして母親を亡くしている……。
   それと、どうにもこの所、奏さんに共感めいたものを感じているようなんだ……。

   構わないだろう』

クライブ『………この子が、ねぇ……』

リノの言葉に、クライブはため息混じりに結を見遣る。

日本人は苦労知らずが多い、なんて風説をよく聞くが、
クライブもそんな色眼鏡で結を見ていた。

高級そうなマンションに住んで、何の苦労もなく育ったように見えるこの子が、
片親を亡くしているようには見えなかった。

リノ『それに、彼女は強引な所があるからね……。
   アレでその結界ごと吹き飛びたくなかったら、素直に言う事を聞いた方が良い』

クライブ『アレ……? ああ、アレ、な……』

クライブはつい一時間前に見た、魔導の常識を覆す一撃を思い出して冷や汗を浮かべた。

反射能力のある結界には包まれているが、あんな物の直撃を食らえば、
それこそ一撃で魔力相殺でノックダウンされてしまう。

クライブはやれやれと首を竦め、また語り出す事にした。
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:23:53.28 ID:LRfl3aUS0
クライブ『お嬢を回収しに行ったのはキャスだ。
     そん時の詳しい状況はアイツに聞いた方が早い。

     ただ、ジジィの孫って話だけど、ファミリーネームも違うし、
     南米棲まい、つか隠遁してるジジィと違ってお嬢はロシア育ち、
     その上、ファーストネームは日本人だろ?
     お袋さんも日系ロシア人って話だし、写真で見たお袋さんとは
     目の色も髪の色も違うし、色々とおかしいんだよな。

     どっちかっつーと、そっちの結って子の方がお袋さんに似てるくらいだぜ。

     あと、ジジィともまるで目の色違うしよ』

クライブはそこまで言って、“血ぃ繋がってんのか?”と素直な疑問を口にした。
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:24:37.75 ID:LRfl3aUS0
リノ『………彼女は、デザイナーズチルドレンだ……。
   しかも、セルフクローンの……』

クライブ『デザイナーズ………はあっ!?
     おいおい、ウソ言うんじゃねぇよ。
     それに、お嬢がクローンだってぇのか!?』

リノの言葉の意味を悟ったのか、クライブは素っ頓狂な声を上げた。

結「クローン……」

結も、耳慣れぬ遠い言葉の意味を思い出して、身を固くする。

困惑する結達の目の前に、
リノは書類を纏めた一冊のファイルと日記帳らしき物を取り出す。

リノ「日記はオリジナル、ファイルは研究院にも存在する原本のコピーだ。
   見つかったのは2年前、僕も、昨夜、飛行機の中で目を通したものだ……」

リノは日本語で淡々と語り、結とクライブの間に、ファイルを上にして差し出した。

結は、自分の息を飲む音が、やけに大きく聞こえた気がした。
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:25:22.65 ID:LRfl3aUS0


再び、グンナーの研究施設船――

グンナー『それのオリジナル……、1号はワシがプロジェクトで作り出した実験体の一つでの、
     まぁ、折角完成したんで調べてみれば寿命の短い欠陥品での。

     施設破棄ついでと袂分かつ手打ち金代わりに、研究員の連中にくれてやったのさ』

愕然とする奏とキャスリンの前で、グンナーは得意げに語る。

グンナー『まったく、寿命をクリアすれば魔力覚醒も起こらんとは、とんだ欠陥品共じゃ……。
     森に捨てた無能の2号はどこで野垂れ死んだかのぉ』

キャスリン『無能はテメェだっつったろう!
      つーか、人間を番号で呼んじゃねぇよ、ジジィ!』

懐かしそうに語るグンナーに、キャスリンはギアを向ける。

しかし、直前までの戦闘の疲労や動揺のあまり、上手く魔力が集中できない。

これでは脅しになっているかどうかも怪しい。
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:26:05.59 ID:LRfl3aUS0
グンナー『まぁ、運良く研究院に保護された1号は、
     そこで祈なんてぇ大層な名前を……と言っても、
     プロジェクト名から取られた名前か、適当な記号みたいなモンじゃの。
     ヒョヒョヒョ……。

     ああ、ともあれ、そこで研究エージェントの仕事に就いて、
     研究員から独立し、 魔導ホムンクルス研究なんぞ始めたが、
     自分の死期が来る前に、自分の身体の予備を作ったようでの。

     それが、ほれ、そこの1号セルフクローンじゃよ』

グンナーは嘆息混じりに言って、書架からファイルを取り出す。

グンナー『胎児の段階で魔力調整をして、瞳と頭髪の色が変色……随分と残念がっておるの。
     “髪も目も、黒くならなかった”だと。
     理不尽じゃのお』

キャスリン『お、おい……やめろよ……やめろって言ってんだよ!』

ファイルの中身は奏の母・祈の研究資料なのか、
笑いながらそれを読み上げるグンナーを、キャスリンが怒鳴りつける。

奏はその言葉を聞きながら、ふるふると弱々しく頭を振っている。

奏『うそ……うそ……うそ……』

譫言のように、言葉を繰り返す。
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:28:23.08 ID:LRfl3aUS0
グンナー『予備体観察日記。言語発達を促す調整を開始。
     知能の低い乳幼児に合わせ、適当な物語を読み聞かせる。
     反射・反応を確認、僅かな情緒発達を確信する。

     ……酷じゃのぉ、予備じゃと予備』

奏『予備……ヨビ……よび……』

グンナーの嘲りを聞きながら、奏はその強烈過ぎる単語を繰り返す。

キャスリンもあまりの言葉にショックを受けたのか、ワナワナと震えている。

お嬢の耳を塞ぐんだ。

いつもの自分なら出来た、そんな判断すら今は出来ずにいる。

グンナー『生成完了から半年。
     顔つきが分かり始めたので、残されていた研究資料から、
     生後六ヶ月当時の自分と比較、酷似はしているが、やはり頭髪と瞳の色が異なるのが目につく。
     仕様上の差違と認識し、諦める。

     ……生成完了か、ヒドいもんじゃのお、ワシらのチームですら、
     1号と2号が生まれた時は、喜んでやったモンじゃがのぉ。
     まぁ、ワシは研究優先じゃったがの。

     1号はセルフクローンを自身の備品扱いか、ワシでもそこまで酷くないぞ』

嗄れた声で笑うグンナー。

奏『生成……生まれてない……ボク……作られて……生まれて、ない……』

奏は震えながら、頭を掻きむしる。

僅かな痛みが走り、髪の毛が数本抜けて、指に絡む。

銀色の、キャスリン達も綺麗だと言ってくれた――母に望まれなかった髪の色。

この、青銀の目も――
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:29:00.58 ID:LRfl3aUS0
奏「うあぁぁぁっ!?」

奏は悲鳴を上げて、自らの目に指を突き立てようとする。

キャスリン『お、お嬢、待て!
      落ち着け、お嬢!!』

キャスリンが咄嗟に気付いて、奏の凶行を止めようとその腕を掴む。

奏「いやぁぁぁっ!? いやぁぁぁっ!!」

半狂乱になって暴れ出す奏を、キャスリンはギアを放り捨てまでして必死で押さえつける。

グンナー『予備体として相応しい……』

キャスリン『ヤメロって言ってんだろ!』

グンナー『相応しい脳細胞の発達を促すため、魔力運用学の睡眠学習を開始する。
     五年以内にBランク到達を最低限の目標とする。

     拾ってやった時は一応、Bランク評価じゃったか?
     良かったのぉ、オリジナルの求めた最低条件はクリアじゃ。
     優秀なサンプルになったようじゃ。
     ん? どうだ、備品として完成した気分は?』

キャスリンに言葉を遮られながらも、グンナーは哄笑混じりに平然と続けた
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:29:46.18 ID:LRfl3aUS0
奏『いやぁぁぁっ!?
  かあさん、かあさん……かあさぁぁん!』

髪を振り乱し、母を呼び続ける奏。

グンナー『母さんなど、おらんよ』

グンナーは哄笑を止め、少し大きな声で絶叫を遮った。

その声が半狂乱になった奏の動きを一瞬止め、グンナーはさらに続ける。

グンナー『いるのは、お前の細胞提供者……お前を製造した狂気の科学者だけだ……。
     いや、そやつが野垂れ死んだ今、お前はただの用済み。
     存在する価値もない哀れな人形だ』

奏『………に、ん……ぎょ、う』

絶叫を止めた奏の心に、その言葉が突き刺さる。
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:30:48.40 ID:LRfl3aUS0
――母さん、ボクね、絵を描いたの! ボクと母さん!


あの時、母さんはどんな顔をしていた?


――ねぇ、母さん、今日は何の本を読んでくれるの?


あの時、母さんはどんな本を読んでくれた?


――ねぇ、母さん、だーい好き!


あの時の、母さんの、目は………。


優しい記憶の数々が過ぎり、必死に心をつなぎ止めようとする。
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:31:22.76 ID:LRfl3aUS0
だが――

????『この字、見覚えがあるだろう?』

誰かの手で、呆然とする自分の目の前に、一枚の書類が突き付けられた。

?????『テメェ!』

誰かがそれを奪い取り、クシャクシャに丸める。

コピーでやや掠れていたが、それは、幼い時を過ごした国の自体で書かれた見慣れた字だった。

とても大好きな字だった。

大好きな字が、書類に踊っていた。

予備体観察、生成完了、最低限の目標。

信じがたい言葉の数々。

記憶が褪せる。
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:33:43.22 ID:LRfl3aUS0
死に別れたのは五年前、六歳の誕生日を一ヶ月後に控えた夏の日。


――最低限の目標


母の面影だけを支えに、生きて来た。


――生成完了


母の面影だけが、自分の心を今につなぎ止めていた。


――予備体


母は、いなかった。





奏「ああああああああああっっっ!!??」

口角から泡を飛ばしながら、目を見開いての絶叫。

意識を、つなぎ止める気力さえ、湧かなかった。
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:34:35.86 ID:LRfl3aUS0
キャスリン『お嬢ぉ!』

崩れ落ちそうになって倒れる奏を、キャスリンが慌てて支える。

哀しげでも光を灯していた瞳にもう光はなく、
半開きになった口からは辛うじて生きている証の呼吸だけが漏れ、
必死に立っていた四肢に、力はない。

グンナー『ふむ……十分弱か……、保ったほうかの?』

その様子に、グンナーの酷薄な薄ら笑いが聞こえ、
怒りに震える目でキャスリンが振り返る。

直後、視界を染める暗い紫色の――グンナーの魔力の光。

顔面に直撃した魔力弾が、
戦闘の疲労と奏の治療で減少した魔力を削ぎ落とし、意識を遠のかせる。

キャスリン(……ゆ、油断、した……?)

遠のきかける意識の中で、キャスリンは愕然とした。

奏に気を取られ、愛器・ペンデュラムを放り投げてしまった。

奏に気を取られ、グンナーから意識を外した。

それを間違いだと断じるのは難しかったが、しかし、キャスリンにとって、
奏を守りきる事を大前提とした彼女にとっては、その時ばかりは間違いだったのかもしれない。

直後、物質操作魔力で大きく弾かれ、壁に叩き付けられるキャスリン。

全身を強かに叩き付けられる衝撃で、彼女はついに気を失った。
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:35:31.95 ID:LRfl3aUS0
キャスリンと言う支えを失い、絨毯の上に前のめりに倒れる奏。

グンナー『運び役がおらんか……やれやれ、
     コレの補助デバイスだと言うのに、嵩の大きな事だのぅ』

グンナーは言いながら、懐から半球状の欠片を取り出す。

それは奏が奪ったジガンテのコアの欠片――試作型第五世代エネルギーシステムだ。

グンナー『まぁ、所詮は失敗作の補助装置か……嵩張るのも致し方なし、かの』

グンナーは独りごちて、蹴り転がすようにして奏を仰向けにすると、
物質操作魔法で奏の身体を引きずる。

グンナー『老体には応えるのぅ……まぁ、それもあと一時……。
     ようやく、長年の研究が実を結ぶわ……』

嗄れたいやらしい笑いを上げて、グンナーは船室を後にした。
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:36:05.39 ID:LRfl3aUS0


キャスリンが目を覚ましたのは、それから僅かに二十分後の事だった。

キャスリン『う、あ……』

頭部への魔力弾の直撃がまだ効いているのか、まだ頭がクラクラする。

込み上がる嘔吐感に俯くが、それを押し殺し、
傍らに転がるペンデュラムを手に立ち上がる。

足下はまだフラフラするが、気絶した事が幸いして、
魔力はやや回復しているようだ。

キャスリン『あの……ジジィ……よくも、お嬢を……』

キャスリンは頭を振って遠ざかりかけた意識をつなぎ止める。

すると、足下に転がるグシャグシャの書類が目に止まる。

先ほど、自分が丸めて投げ捨てた書類だ。
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:37:12.35 ID:LRfl3aUS0
奏の母、いや、オリジナルの残した研究ファイルの一部。

奏からは、優しい母親だったと聞かされていた。

少しだけ、羨ましいとも思った。

もし逢えるなら、と淡い期待も抱いた。

だから、自分も力を貸して来た。

キャスリン『クソッ!』

キャスリンは、書類を踏みつける。

期待は裏切られた。

結局、奏の母もグンナーと同じ、人でなしの最悪の人物だったのか?

魔法を使う大人ってヤツは、どいつもこいつも、
出会う連中が全部が全部、何でこうも最悪なのか。

生まれの不幸とまで言わないが、
キャスリンは自分の歩んで来た幼少期を思い出して、反吐が出る思いだった。

だが、今は――
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:38:11.84 ID:LRfl3aUS0
キャスリン『お嬢……どこだ……お嬢!?』

今は果たすべき目的がある。

自分の浅はかな判断で連れ帰ってしまったため、
酷く心を傷つける事になった、あの寂しげな少女の事。

三年前、まだ平の隊員だった頃の任務で連れ帰った幼い少女。

寂れた孤児院の片隅で、膝を抱えた少女。

生きながら、死んだ目をした少女。

少しだけ、心を開いてくれた日を思い出す。

初めてキャスと呼んでくれたのは、母や父ですらつけてくれなかった愛称で呼んでくれたのも、
愛した恋人ではなく、少しだけ笑顔を見せてくれた彼女だった。

キャスリン『お嬢……アタシが……アタシが……助けるから、
      ……待ってて、おくれよ……』

ふらつく足取りで歩き出し、船内の魔力を探る。

いくら多少の大きさはあろうとも、
狭い船の中程度なら、魔力を探るのは容易い。

魔力は、どうやら船底に集中しているようだ。

船底には格納庫に併設された立ち入り禁止の部屋があるハズだ。

キャスリンは船底を目指して歩き出す。
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:38:47.12 ID:LRfl3aUS0
ふらつく足取りは魔力の回復と共に少しずつしっかりとした物となり、
船底につく頃には身体を支える事なく歩けるほどにまで回復していた。

船底に足を踏み入れると、そこには巨大コンテナの前に立つグンナーと、
黒いボディスーツらしき物を着せられた奏の姿があった。

キャスリン『お嬢! アタシだ、キャスだ!』

キャスリンが大声で叫ぶが、奏は返事をしない。

自分の足で立っているが、その目に光はなく、
軽く開かれた口からも呼吸の漏れる音が響くだけ。

グンナー『まったく、準備が終わってから起きたか……助手の代わりにもならん女だの』

不機嫌そうに呟くグンナーも、白衣の下は奏と同じボディスーツ姿だ。

キャスリン『クソジジィ! テメェ……!!』

キャスリンは敵意をむき出してペンデュラムを構える。

魔導防護服が装着され、戦闘準備が終わる。

こうなれば、力ずくで奏を取り戻すしかない。
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:40:20.80 ID:LRfl3aUS0
グンナー『無駄な努力はやめるんじゃな。
     そこから先はワシ手製の特殊結界……。
     ワシの承認のない物は、Sランク魔導師でも通り抜けられんよ』

キャスリン『んだと、こ……うわ!?』

キャスリンは進み出るが、すぐに見えない障壁に身体を押さえ込まれ、
弾かれるように後ずさる。

グンナーの言葉通り、目の前に強力な目に見えない障壁結界が存在しているようだ。

呪具の類だろうか?

これでは注ぎ込まれた魔力が底を尽き、呪具の効力が切れるまで手出しが出来ない。


グンナー『そこでじっくりと見ているがいい……。
     我が生涯の研究成果……魔導巨神復活計画、
     プロジェクト・モリートヴァが成就する瞬間を!』

芝居がかった口調で言い放ち、グンナーは手に取ったリモコンのスイッチを押した。

爆砕ボルトか何かの類で封印されていたのか、コンテナの壁面が吹き飛ぶ。

爆砕ボルトの巻き起こす煙が視界を遮っていたが、
排気循環で一気に煙が吸い出され、その向こうに巨大な影が見える。
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:41:11.61 ID:LRfl3aUS0
そこにいたのは朽ちた人型。

人型と言っても巨大な、ゆうに二十メートルはあろうかと言う大巨人だ。

朽ちた、と言う言葉の通り、身体の一部が腐り落ちており、
さながら巨人のゾンビと言った所か。

グンナー『お前も魔導に携わる家の生まれ……魔導巨神くらいは知っておろう?』

キャスリン『言うんじゃねぇよ……知るか、あんなクソオヤジとクソババァ!』

触れたくない出自を口にされ、キャスリンは忌々しげに叫ぶ。

グンナー『話の腰を折るな、愚か者が。
     ………まぁ、いい、魔導巨神については知っておろう。

     太古の地層より掘り起こされた古代魔導文明の生物兵器と目される遺骸。
     循環する魔力は遺骸だと言うのに大魔導師数人分に匹敵し、
     頑強な肉体は腐敗こそあれどあらゆる魔力を弾く、究極にして神の如き肉体!』

キャスリンに向かって吐き捨てるように言ってから、
グンナーは沸々と湧き上がる感情のままに語り出し、さらに続ける。
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:42:11.10 ID:LRfl3aUS0
グンナー『先人達は魔導巨神を目指し、人造魔導生命体ホムンクルスを作り出し、
     その研究は魔導による人間のクローンさえ作り出した!

     科学でさえまだたどり着けぬ、究極の生命創造技術!』

半ば躁状態で語り出すグンナーは、奏の元を離れ、壁面の小型ボックスを開く。

そこには、特殊な透明ケースに埋め込まれた二つのコアストーン。

奏とキャスリンが以前に持ち帰った第五世代試作型ギア達のなれの果てだ。

グンナー『ワシはその生命創造技術を応用し、魔導巨神復活を計画した!
     魔導巨神の肉体と、その体表の血液から二体のクローンを作り出すテストは失敗したが、
     巨神の細胞を培養する計画自体は成功を収めた!

     そして、それから三十余年の歳月を経て、
     ワシとクローン1号の研究結果を組み合わせる事により、再生技術は完成した!

     あとは、この増幅率の高いコアを3つ用い、大魔力による超速再生で復活は終わる!』

グンナーは口角から泡を飛ばしながら、狂ったように叫ぶ。

その手に握られる一本の注射器を、戸惑うことなく自らの剥き出しの首筋に突き立てる。

内部の薬液がグンナーの体内に一気に流れ込む。
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:43:03.93 ID:LRfl3aUS0
キャスリン『!?』

思わず目を背けたくなる狂気的な光景に、キャスリンは息を飲む。

そして、その困惑の中で気付く。

三つのコア。

やはり、一つ足りない。

だが――

グンナー『本来は純粋なコアを使いたかったが、
     コピーのコピーならば、出来損ないのコアでも上手く本体と繋いでくれるじゃろうて』

グンナーは今までにないほど愛おしそうに、奏の頭を撫でた。

キャスリン『まさか……』

キャスリンが目をこらすと、奏の着るスーツ胸元には、
他の二つと同じような透明なケースが半球状に取り付けられており、
その中には半球状に割れたコアが一つ。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:44:37.77 ID:LRfl3aUS0
グンナー『ヒョヒョヒョッ、魔導巨神の細胞が、魔導巨神に還る……これは自然な事……。
     いや、それ以上にワシの研究を完成させるコアの一つとなるのだ……。
     用済みの人形が魔導の、人類の歴史に大いなる一歩を刻む礎となるのだ!』

血も、何も繋がらない、ただの老人に愛でられる幼い少女は、やはり無反応のままだ。

グンナー『嬉しかろう、1号クローン!』

その無反応の、人形然とした少女の全身をいやらしく撫でる狂気の老人。

目を覚ました瞬間の吐き気が、それ以上の怒りと共にぶり返す。

キャスリン『お嬢から離れろ、ジジィ!!』

グンナー『ギャラリーは黙って見ているがいい!
     このワシが……このワシこそが魔導巨神を甦らせる……、
     いや、このワシが魔導巨神となる瞬間を!』

そう言って白衣を脱ぎ捨てたグンナーのボディスーツには、
小さな透明ケースがそこかしこに配置されていた。

第四世代タイプのコアストーン、それが関節や腹、胸などに十二個。
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:45:53.53 ID:LRfl3aUS0
グンナー『ワシが、偉大な研究を成し遂げたワシこそが、
     究極の肉体を得るに相応しい!』

グンナーは魔導巨神の身体に向けて、二つのケースを放り投げる。

物質操作魔法をかけられたケースは、
狙いすましたかのように下腹部とのど元に吸い込まれる。

そして、奏の手を引き、巨大な遺骸を登る。

滑稽にも見える光景さえ、キャスリンには狂気の沙汰に見えていた。

グンナーは、腐り落ちてぽっかりと空いた胸の空洞の中に、
まるで荷物を投げ込むかのように、奏を放り込んだ。

奥に叩き付けられた奏は、その衝撃で俯せに倒れ、
反動で首だけが外に投げ出された状態となった。

グンナーはさらに上り詰め、割り裂かれたような頭部に身を滑り込ませた。

グンナーが魔力を込めると、全身の十二個のコアが反応し、
彼の魔力を増大させる。

暗い紫色の光が頭部の裂け目から漏れ、
それが喉・胸・腹と三つのコアに伝達されて行く。

数十人分の魔導師に匹敵するレベルに魔力が増幅され、
その魔力を受けて朽ちた巨神の身体が、ビクリと大きく震えた。
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:46:33.75 ID:LRfl3aUS0
腐り落ちた肉が、激しく活性を始める。

腐敗して元の色すら失っていた肉体は、
徐々にグンナーの魔力の色に染まり、以前よりもグロテスクな光沢を放つ。

魔力に満ちた肉体は、欠けた部位を少しずつ再生し、
胸の空洞に放り込まれていた奏を包み込み、頭部の裂け目にいるグンナーを徐々に押し込めて行く。

グンナー『復活の時だぁぁっ!!』

狂気の叫びと共に、凄まじい魔力の奔流が辺りに立ちこめた。

キャスリンは身の危険を感じ、船底から飛び出していた。

キャスリン『な、何て魔力だい!? このっ!』

背後に迫る魔力の奔流に、キャスリンは愕然とする。

あんなおどろおどろしい魔力に触れたら、自分の身も危ない。

魔力相殺だけで済めばいいが、
下手をすれば強力な魔力で汚染されて精神すら侵されかねない恐怖すら感じる。

そんな事はあり得ないが、それほどの恐怖を感じさせる魔力だった。

廊下と階段を一気に駆け抜け、甲板から飛び出したキャスリンは一気に上空へと飛んだ。

直後、船体が真っ二つに割れた。
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:47:30.80 ID:LRfl3aUS0
グンナー『ヒッヒャヒャヒャッ!!』

下卑た哄笑が、辺りに響き渡り、割れて沈んで行く船体から紫色の巨人が飛び出した。

魔導巨神、いや、グンナー・フォーゲルクロウだ。

魔力で海面に浮いた巨体が、ゆっくりと滑るように動き出す。

スピードは遅いが、その光景は巨大な幽鬼の行進にも似て、キャスリンは怖気と催す。

グンナー『さぁ、この巨神の破壊力を以て、世界に我が偉業を知らしめよう!』

高らかに宣言するグンナーの行き先は――

キャスリン『日本、か……』

あの方角、間違いなく例の地方都市だ。

偶然か、それとも何らかの運命の悪戯か、それとも必然か。

もう何でもいい。

一つだけハッキリしているのは、アレを止めなければ、
何千、何万と言う人間の悲劇が待っている。
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:49:14.93 ID:LRfl3aUS0
驚異的な物質操作魔法の作る物理障壁は、
近代兵器さえ受け止めると聞かされた事がある。

あの幽鬼の如き巨躯から感じる魔力は、Sランク魔導師のそれをゆうに超えている。

アレには、近代兵器の類は効かないかもしれない。

日本の自衛隊は展開できるのか?

おそらく、あの幽鬼の如き巨神が海岸に辿り着くまでに、
目測でおよそ二時間ほど。

日本の魔導師との密約で、政治家はこの海域にグンナーの船がある事を知らない。

どんな軍隊でも、何の対策もなく海岸線に防備を張れるのか?

あの都市に住む市民の避難は間に合うのか?

間に合うハズがない。

キャスリンの脳裏を過ぎるのは、最悪の展開。

キャスリン(クソッ、アタシは政府にモノ言える立場じゃねぇ……)

政界に潜む魔法関係者は多いが、魔法後進国の日本にそんな大物政治家がいるとは思えない。

魔導研究機関と密約を結ぶ、日本の魔導研究の大家・本條家に連絡を取る術もない。

かと言って、研究院のエージェントに応援を頼める立場でもない。
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:49:46.10 ID:LRfl3aUS0
だが、その時、キャスリンの脳裏に一人の少女の顔が過ぎった。

数時間前の戦闘で、奏に呼びかけようとしていた少女。

恐ろしい魔力を秘めた、一人の少女が。

出会ったばかりの奏と、そう変わらない年頃の少女だった。

だが、すがる相手は他にいない。

研究院の協力者と名乗っていたが、あの少女なら、
何故か奏を助けてくれるような、そんな漠然とした期待がキャスリンの胸に去来する。

キャスリン『残った全力で飛べば……八十分ってトコ、か……?』

差し引きの残り時間、四十分。

海岸線にたどり着く前に、あのバケモノの迎撃に入れる。

もう、迷っていられる時間はない。

キャスリン『待ってろ、お嬢……! すぐに、助け呼んで来るからさ……!』

キャスリンは僅かな悔しさを込め、絞り出すように叫んでから飛んだ。

まだ僅かにしか回復していない魔力では、最高速の半分がやっとと言う状態だ。

それでも、飛ばなければいけなかった。

まだ、希望がある内に。
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:50:30.33 ID:LRfl3aUS0


再び、リノとエレナの部屋――

結達がファイルと日記に目を通し始めてから一時間が過ぎていた。

ファイルに目を通した時、結の心に沸いたのは不快感と怒りだった。

エールによって翻訳された読めない異国の文字は、
情報となって結の脳裏に直接叩き付けられたせいでもあった。

途中で読むのを放棄し、吐き気を催す不快感を必死に押さえ込んだ結の前に、
日記が突き付けられた。

日記の表紙の隅には、ファイルに署名された人物と同じ名が、
祈・ユーリエフの名が記されていた。

最初、結はその日記を読むのを拒否した。

この人物が、何を思って日記を書いたのかは分からない。

いや、分かりたくないとすら思っていた。

だが、今、最後にその日記を目にした結の胸には、
ある種の後悔のような思いが滲んでいた。
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:51:44.68 ID:LRfl3aUS0
結「……ぅ、う…」

すすり泣きながら、一枚一枚を厳かにめくって行く。

リノの補助で先に日記に目を通し終えていたクライブは、
特に結の様子を茶化す事もなく、無言のままその様子を見守る。

傍らの男性も、自分と同じ気持ちを抱いたのか分からない。

だが、結はそんな疑問以上に、押し寄せて来る感情が抑えられなかった。

日記の記された最後の一ページを読み終えた結は、
残った七割以上の白紙のページを見て、また涙を溢れさせた。

日記が涙で濡れぬよう、慌てて身体から離し、大切そうにテーブルの上に置いた。

クライブ『調子がいいにも、程があるっての……』

クライブはぽつりと呟いた。

自分の態度に対してか、それとも読んだ日記の内容に対してかは分からないが、
結はその言葉に身体を震わせる。

一瞬、クライブを睨みそうになったが、
“人が抱く感情は、その人のものであり、頭から否定されるべきではない”と、
恩師から常々言い聞かされていた事を思い出し、
結は心を穏やかに保つように小さく深呼吸した。
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:52:24.28 ID:LRfl3aUS0
結「これ……奏さんは知ってるのかな……」

結は、そんな疑問を口にした。

リノ「………ロシアのイリンカ南部の森にある研究所を捜査エージェントが発見したのは二年前。
   ファイルは物色されて写し取られた跡があったけど、日記は錠のついた箱の中、
   奏さんの私室だと思われる部屋で発見された。
   その部屋を物色された形跡は無し」

リノから語られた言葉が真実なら、奏はこの日記の存在を知らずにいたと言う事だろう。

そして、彼はさらに続ける。

リノ「追跡調査によると研究所は町外れの森の地下に建てられ、
   二人は周辺住民とあまり接触していなかったそうだ。

   当時のイリンカの記録を辿ると、
   奏さんは森近くの川辺で衰弱していた所を発見されたらしい」

クライブ『で、キャスが迎えに行った施設で保護、と……』

クライブが推測を付け加え、リノが頷く。

沈黙が、辺りに落ちる。

半ば外野と化していたエレナ達三人も、
ファイルと日記に目を通してからは押し黙ったままだ。

結「これ……奏さんに、見せなきゃ……」

結はいてもたってもいられないと言った様子で、日記を持って立ち上がった。
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:53:11.66 ID:LRfl3aUS0
次の瞬間だった。

ガラスの割れる音がリビングに響き渡り、全員の視線がそちらに向けられる。

クライブ『キャスッ!?』

一番に声を上げたのはクライブだった、
続いてジルベルトとレギーナも異口同音に“隊長”と叫び、
自由に動けるレギーナが思わず駆け寄る。

そこにいたのは、確かにキャスリン・ブルーノその人だった。

窓ガラスを割って飛び込んで来たようだが、倒れ伏して動かない。

魔力を殆ど使い果たし、憔悴し切った様子のキャスリンに部下達が顔を青ざめさせ、
動けぬクライブも必死に身を捩る。

一応、抵抗の類にも数えられる行動だったが、
リノはそれを敢えて無視した。

拘束は解けないが、大勢に関わらぬ微々たるものであろうとも罪状を重ねぬための、
せめてもの温情でもあった。
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:53:53.13 ID:LRfl3aUS0
リノは駆け寄り、キャスリンの魔力状態を診察する。

焦点が定まらず、過呼吸のような状態に陥っている。

幸いにも砕けた窓ガラスは刺さっておらず、
外傷は打ち身らしい痕だけだ。

満身創痍の状態で敵の本拠地に乗り込んで来ると言うただならぬ状況に、
リノは咄嗟に判断を終えて頷き、レギーナに向き直る。

リノ『魔力欠乏と併発生の疲労か……アルベルトさん、治療経験は?』

レギーナ『え? はい、えっと……隊の訓練で何度か』

リノの質問に、レギーナは戸惑い気味に応える。

リノ『治療術式はこちらで用意します。貴女は魔力注入に集中して下さい』

リノは冷静に説明してから、見張りを解けないエレナに目を向ける。

リノ『エージェント・フェルラーナ、人命救助の必然性有り、
   リノ・バレンシアの監督責任に基づいて特例を発動します。
   時刻確認と報告』

エレナ『はいっ!』

エレナは待っていたとばかりに、時計に目をやる。

エレナ『現地時刻一八二六。
    人命保護のため、レギーナ・アルベルトの魔力使用を許可します!
    アルベルトさん、治療を!』

エレナが合図を送ると、レギーナはリノの用意した術式に魔力を注ぎ込む。

外部からの魔力的ショックで失われかけた魔力の活性が行われ、
キャスリンの呼吸は徐々に落ち着きを取り戻す。
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:54:24.14 ID:LRfl3aUS0
十分もすると、焦点が定まり、
キャスリンはレギーナの補助で上体を起こせるほどに回復した。

キャスリン『す、すまねぇ……世話になった……』

息も絶え絶えと言った風に呟くキャスリンに、リノはそれを手で制する。

リノ『………規則ですので、拘束させてもらいます。いいですね?』

キャスリン『………覚悟の上、だよ』

リノの言葉に、キャスリンは悔しそうに漏らす。

だが、今はそれどころではない。

キャスリンはレギーナの手を軽く払って、
自らの手で上体を支え、リノに詰め寄る。

キャスリン『魔導巨神だ……グンナーが、アレを復活させやがった……。
      今、この町に、向かってる……』

その瞬間、結を除く全員に戦慄が走る。
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:54:53.95 ID:LRfl3aUS0
結「あの……魔導巨神って……」

一番手近にいたジルベルトに尋ねる結。

ややあって、ジルベルトが口を開く。

ジルベルト『古代の魔導兵器じゃないかって言われてる、全高二十メートルを超えるバケモノだ。
      復活時に推測される性能は最上級魔導機人で百機分に相当するって言われてる』

告げられた言葉に、結も戦慄する。

最上級魔導機人――現時点でなら第五世代の試作型魔導機人の事だろう。

それが百機。

途方もない戦闘力だ。

キャスリン『グンナーが全部を操ってる……。
      お嬢……奏・ユーリエフが取り込まれてる……』

キャスリンは言いながら、結にすり寄る。
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:56:01.97 ID:LRfl3aUS0
キャスリン『お嬢ちゃん、アンタ……お嬢の事、気にしてたよ、な……?』

そして、縋り付くような視線を結に向ける。

結は無言で頷く。

既に、その感情は気にしている、と言うレベルを超えている。

キャスリンは、半ば倒れ込むように結に縋り付く。

キャスリン『頼むよ……お嬢ちゃん……お嬢は……あの子だって被害者なんだ……!
      アタシが、あの子を施設から誘拐なんてしなければ、
      まだ、きっと、もっと……少しはマシな所で生きて行けたハズなんだ……!』

キャスリンは涙を滲ませて、結に訴えかける。

結「分かってます……お姉さん……」

結は頷き、片手で持っていた日記に、優しくもう片手を添える。

その時、キャスリンはテーブルの上に置かれたファイルに気付いたらしい。

開かれたページに書かれた、さきほど聞かされた狂気の文面に、怒りがぶり返す。

そして、結が大切そうに持つ日記に刻まれた、忌々しい名前。
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:56:50.62 ID:LRfl3aUS0
キャスリン『この女が……こんなヤツが、お嬢を……!』

クライブ『キャス……ファイルの方を見たのか?』

クライブの質問に、キャスリンは震えながら頷く。

キャスリン『あのクソジジィに、聞かされた……お嬢は、お嬢は……!』

キャスリンは声を絞り出しながら、あの瞬間を思い出し、
結から日記をひったくっていた。

怒りにまかせ、入りきらぬ力を絞り出し、日記を床に叩き付けようとする。

だが、結が縋り付くようにその腕を止めた。

キャスリン『お嬢ちゃん……離してくれよ……頼む、頼むよぉ!』

こんな子供の腕すら振り払えないのかと、奏の無念を幾ばくかもぶつけられないのかと、
キャスリンは声と身体を震わせる。

結「読んで下さい……日記……。
  少しだけでいいんです……お願いします!」

結は縋りながら、キャスリンに必死で呼びかける。

キャスリン『お嬢ちゃん……けど、ね……』

胸糞の悪いファイルの文面を思い出し、キャスリンは俯く。

造物主の傲慢が書き連ねられた、被造物の観察記録。

同じ人間が書いた日記を読む気にはなれない。
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:57:23.29 ID:LRfl3aUS0
結は、戸惑うキャスリンから日記をひったくると、
最初のページを彼女の目の前に突き付ける。

書き連ねられた文章に、キャスリンの目が見開かれる。

結の手から日記を受け取り、慌てて次のページをめくる。

次のページ、次のページとせわしなく内容を確認する。

キャスリン『こりゃぁ……お嬢は、コレを知らない……のか』

奏の様子を思い出しながら、キャスリンはワナワナと震わせた。

そして、こうも思った。

これを読むべき人間は、今、どんな気持ちを、
いや、どんな虚しさを心に穿っているのだろう、と。

キャスリン『お嬢ちゃん……』

キャスリンは震えながら日記を取り落とし、再び、結に縋る。

キャスリン『お願いだよ……!
      お嬢……あの子を……奏を助けてやってくれ……!
      あの子の、心を、救いたいんだ……』

キャスリンはもう、恥も外聞もなく、涙をボロボロとこぼしていた。

つられて滲みかけた自分の涙を、結は拭う。

そして、リノへと向き直る。
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:58:10.33 ID:LRfl3aUS0
結「リノさん! 私に行かせて下さい!」

エレナ『言うと思った! いくら何でも、こればっかりはいくら何でも許可できないわよ!
    相手は魔導巨神、ウチのAランク戦闘エージェント百人は束にしないと敵わないバケモノ相手に、
    一応は一般人の結ちゃんなんて連れて行けるワケないでしょ!?』

結の決意の声に、エレナはまくし立てるように言った。

結「リノさん! お願いします!」

エレナ『リノさん、駄目ですよ!?
    絶対、絶対、ぜぇったぁいに、駄目ですよ!?』

懇願する結を遮って、エレナはリノにもまくし立てる。

当たり前だ。

これは心配するしない以前の問題だ。

さすがに死亡確率の高い作戦に、あくまで一般人の結を連れ出したら、当然の如くその命が危ない。

仮に結の命が助かって作戦が成功しても、
怪我の一つでもさせればリノの首が飛ぶ。

リノはエージェント隊になくてはならない人材、英雄バレンシアなのだ。

彼の行動と魔導が、これからどれだけの魔法犯罪、魔導テロを食い止めるか分からない。

ありとあらゆる意味からも、この作戦に結を連れて行くのはリスクが高すぎる。

だが――
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:58:59.91 ID:LRfl3aUS0
リノ「結さん、今回は命の保証は出来ないけど、いいね?」

リノは防護服と呪具の準備をしながら淡々と言った。

結&エレナ「『リノさん!』」

結とエレナの口から、別々の声音でもって同じ名が漏れた。

一つは歓喜、一つは呆れと驚愕。

どちらがどちらの口から漏れたのは明白だ。

リノ『それと……僕の責任と権限で、保護した人員四名を戦力に組み込みます』

続くリノの言葉に、エレナの口は今度こそあんぐりと開かれた。

保護した人員四名とは、魔導研究機関の戦闘員であるキャスリン達四人だ。

エレナ『り、り、り、リノしゃん!?
    じゃなくて! リノさん、正気ですか!?』

思わず呂律が回らなくなり、エレナは慌てて言い直す。

リノ『他の二人はともかく、キャスリン・ブルーノとクライブ・ニューマンは特級犯罪者ですよ!?
   いくら捜査エージェント権限でも認められる特例と認められない特例がありますよ!?』

エレナはキャスリンとクライブを指差して叫ぶ。

ジルベルトとレギーナは、その経歴上、戦闘要員として組み込んでも訓告と始末書で済むが、
キャスリンとクライブを戦力に組み込めば、それだけで首が飛びかねない。

下手をすれば、本部に叛意有りとして幽閉なんて事態もあり得る。

指を差されたキャスリンとクライブは不服そうだが、彼女の意見には同意であった。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 22:59:44.47 ID:LRfl3aUS0
リノ『まぁ、そこはほら、グンナー捕獲か何かでチャラって事で』

エレナ『無茶言わないで下さいよ、リノさん!?

    結ちゃんがかすり傷でも負った時点でリノさんクビですよ!?
    その上この二人なんて、本気でリノさんが追放されちゃいますよ!』

あっけらかんと言うリノに、エレナは顔を真っ赤にして叫んだ。

リノ『僕の進退よりも、今はこの町を守って魔導巨神を止めるのが先決だ。
   積層結界は僕一人じゃ辛いからね。

   それにまぁ、いざとなったらフリーランスでもやっていけるから』

リノは言いながら、エレナの頭を優しく撫でた。

エレナ『うあ、ああ、あ……』

別の意味でも顔を朱に染めたエレナは、どうしていいか分からずに声を震わせる。

エレナ『も……もう、知りませんからね!?』

ややあってから、エレナはそっぽを向きながら言った。

リノの言い分も尤もだ。

今から魔導巨神と戦える戦力を集めるのは難しい。

状況からして、使える戦力はそれこそ猫の手でも使わないといけない状況だ。

もうヤケだ、破れかぶれだ。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 23:00:22.04 ID:LRfl3aUS0
エレナ『………結ちゃん、痛みはもう大丈夫? 魔力は回復してる?』

結「は、はい! 魔力はもう完全回復で、痛みも大丈夫です」

諦めて開き直ったエレナの問いかけに、結は慌てて答える。

その答えに、キャスリン達の目は見開かれた。

防御・砲撃共にあれだけの大威力魔法を二発、
しかも、事前に一発、計三発を放っておきながら魔力が全回復。

もっと魔力容量の少ない自分達は、まだ半分も回復していないと言うのに……。

キャスリン『このお嬢ちゃん……ホント、何者だい?』

キャスリンは愕然と漏らした。

結「あ、えっと……紹介が遅れました。
  譲羽結、小学三年生。今日から九歳です!」

そう言う意味じゃない。

感想に多少の差違はあれど、結以外の全員の意見は完璧に一致した。
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 23:01:02.24 ID:LRfl3aUS0
全員が手早く準備を終え、エレナとリノを先頭にジルベルトが続き、
キャスリンはレギーナとクライブに両脇を支えられて続き、最後に結が部屋を出る。

屋上に向けて走りだそうとする一団の背後、エレベーターフロア方面から声が聞こえた。

功「結? どうしたんだ、こんな時間に出かけるのかい?」

結が振り返ると、そこには父・功が立っていた。

手にはお土産らしいケーキ屋の袋が提げられている。

どうやら、思ったよりも早く仕事が終わったらしい。

結「お父さん……」

戸惑い気味に結は立ち止まり、
突然の状況に他の六人も足を止める。

功はその一団に目をやる。

引っ越して来たばかりのお隣さんに、見知らぬ怪しげな風体の四人。
全員が全員、外国の人間であるのは分かった。

しかも、一人は満身創痍と言った状態で両脇を支えられており、
ただならぬ雰囲気を醸し出している。

お隣さん二人は結にも良くしてくれているようで、感じの良い雰囲気で好感も持っていたが、
この一団に加わっている事に一抹の疑問が首をもたげた。
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 23:01:48.35 ID:LRfl3aUS0
功「結……家に入りなさい」

父の本能か、功は珍しく声を強張らせて言った。

結「お父さん……私……行かなきゃいけない場所が……」

戸惑い気味の結の言葉に、功はちらりとリノ達を見遣る。

あまり他人を悪し様に悪く言うのは嫌う性格の功だったが、
大事な一人娘が怪しげな集団について行く事には、首を縦に振れない。

キャスリン達も、自分達が日陰者と言う自覚はあるのか言い返せず、
また、功の態度にも納得はしていた。

これが普通の親の反応だ。

だが、それでも結は父の説得を試みる。

結「でも……!」

功「いいから家に入りなさい!」

しかし、言いかけた結の言葉を、功の怒声にも似た声が遮った。

死地になるかもしれない場所に結を連れて行く罪悪感が、リノ達に過ぎる。

さすがに、この状況では結を連れ出すワケにもいかない。

魔法倫理研究院としても、無関係の一般人に魔法の存在は明かせない。

最大戦力の結を連れて行けないのは惜しいが、結には、ここで帰ってもらう他ない。

グンナーとの密約がある以上、日本の本條家の協力が得られるか分からないが、
あとはそれにかけるしかないだろう。
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 23:02:26.51 ID:LRfl3aUS0
リノ「譲羽さん、ご迷惑をおかけしました。ほら、結さん、家に戻ろう」

リノは深々と頭を垂れ、結に戻るように促した。

だが――

結「嫌だぁっ!」

結は大声で叫ぶ。

その勢いに、思わず首を竦めた功だったが、すぐに気を取り直す。

功「お父さんの言う事を聞きなさい!」

怒鳴り返すように叫ぶ。

妻を、母を失って以来、親子が交わす三年ぶりの怒声。

我が儘を言わない、怒らない、まるで取り繕ったような良好な親子関係を続けていた二人が、
今、初めて、その仮面のような関係を脱ぎ捨てた。

功「結、どこへ行こうとしているかは分からないけど、行っては駄目だ……。
  危ない所なんだろう?」

功は心配そうに言って、リノに視線を向ける。

リノはやや気まずそうな沈黙の後、首肯する。
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 23:03:25.95 ID:LRfl3aUS0
結「……奏さん……お友達がいるの! お友達を助けなきゃいけないの!」

だが、結はそれを押しのけて叫ぶ。

本当はまだ友達でもない。
むしろ、矛を交えた敵同士。
生まれて初めて父に吐く、誤魔化しでも冗談でもない、大きなウソ。

結「お母さんがいなくて! 泣いてて! 寂しそうで!
  私が助けたいの! 私が助けなきゃいけないの!」

結は目一杯に涙を溜めて叫ぶ。

ああ、そうだ………友達じゃない………あの人は、奏は自分なんだ。

父がいなかったら、友人達がいてくれなかったら、
自分もそうなったかもしれない、もう一人の自分。

結はようやくその事に気付いた。

まるで鏡を見るように同じ光を瞳に灯した、もう一人の自分。

多分それは、きっと、友達と同じくらい大切な存在。
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 23:04:04.30 ID:LRfl3aUS0
功「警察に任せなさい! お前が行って、何が出来る!」

父の意見は、常識に乗っ取れば至極当然だ。

だが――

結「警察なんかじゃ駄目なの! 私じゃなきゃ、駄目なの!!」

結の叫ぶ言葉は、真理だった。

そして、真理をもった言葉を叫ぶ瞳は、父に真っ直ぐに向かっている。

功「……結」

父は押し黙り、だが、持っていた荷物を取り落としてしまう。

しかし、それを気に止めず、功は膝立ちになって愛娘を抱きしめる。

功「父さんは……結がいないと、独りぼっちに……なってしまうんだ……」

父の寂しげな声が、結の胸に刺さる。

それは、自分も同じだ。

だからこそ――
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 23:04:43.49 ID:LRfl3aUS0
結「絶対に、帰って来るよ!
  もう、絶対にお父さんを泣かせなんてしない! 絶対!
  だから、お願い!」

結は優しい父に、力強く言う。

その言葉に、功は震えながら身を離す。

結の肩に手を置き、張り裂けそうなほどの不安を抱えながらも、
真っ直ぐにその目を見る。

功「結……約束、できるか?」

結「うん!」

父の問いに、結は父の頭を抱き寄せて頷く。

僅かな間の、父娘の抱擁。

そして、父娘は離れ、娘は仲間達の元に駆け寄る。
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 23:05:17.45 ID:LRfl3aUS0
功「バレンシアさん」

リノ「はい」

震える声で呼びかけられ、リノは力強く前に進み出る。

功「バレンシアさん、皆さん………。
  娘を……娘を……どうか、どうか、守ってやって下さい……」

膝立ちのままだった功は、床に手をつき、深々と頭を垂れる。

先ほどまでの非礼への謝罪も込めて。

しかし、ブルブルと震える身体が、娘が行く事を止められぬ不甲斐なさと、
娘の決意を見守ろすとする父として当然の二つの感情で引き裂かれそうな彼の気持ちを如実に表していた。

リノ「譲羽さん……お嬢さんは、必ず無事に帰します」

だからこそ、リノはそう言うと、深く頭を垂れた。

本当にできる約束ではなかったが、リノはそう言わなけばならなかった。
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/23(金) 23:06:45.14 ID:LRfl3aUS0
土下座の体勢の功を尻目に、七人は駆け出す。

いつの間にか、結はキャスリン達に囲まれていた。

レギーナ『結ちゃん、だったよね? いいお父さんだね』

初めて対峙した相手であるレギーナが、優しげな声で語りかけて来た。

キャスリン『ホントホント、アタシらのオヤジに、
      結ちゃんの親父さんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ』

キャスリンも続き、男性陣二人もしきりに頷いている。

それだけで、結には彼らの境遇が何となく分かった。

でも、これだけは言いいたくて、止められなかった、

結「うん、自慢のお父さんだよ!」

うれし涙で飾られた満面の笑みを浮かべ、結は嬉しそうに言った。

そして、結の中で決意が新たになる。

そう、自分は父の元に戻るんだ。

奏を助けて、彼女に、伝えるべき真実を伝え、
そして、幸せな日常に、今度こそ戻って来るのだ。




今日は九歳の誕生日。

結の中で生涯忘れられない、長い長い誕生日は、まだ終わらない。



第7話「結、決意を新たにする」・了
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/23(金) 23:10:27.10 ID:LRfl3aUS0
今回はここまでとなります。
次回で区切り、と言うか、一応の最終回となります。

最終回自体は既に書き上がっておりますので、
明日の夜には書式変更が終了して公開できると思います。

多少、長めの話になるとは思いますが、
どうぞ、最後までお付き合い下さい。



第1話 >>2-38
第2話 >>44-85
第3話 >>89-130
第4話 >>133-189
第5話 >>194-249
第6話 >>252-305
第7話 >>309-376
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/24(土) 21:13:14.96 ID:qXHV/tPg0
それでは、そろそろ最終回の投下を開始します。
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/24(土) 21:14:08.50 ID:qXHV/tPg0
第8話「結、新たな道へ」



夜、三木谷家、麗の私室――

麗はベッドに寝転がり、コードレスフォンを片手に少女漫画雑誌を眺めていた。

麗「でさ、香澄も見たっしょ?」

香澄『見たって、今月号?』

電話の相手は親友の香澄のようだ。

麗「いや、そっちじゃなくて、ほら噂のUFO」

香澄『ゆ〜ふぉ〜?
   ………あの夕方前に海近くの山で何度も光ったってあれ?』

香澄は一瞬、呆けたような調子で返したが、
すぐに該当する事件を思い出して尋ね返す。
380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/24(土) 21:14:39.34 ID:qXHV/tPg0
麗「そうそう、それそれ。
  いや、アタシも見ちゃった口なんだけどさ。
  青とかピンクとか、もうビキビキ〜、ドカーンって」

香澄『念力集中?』

麗「怪物王子か! 再放送見過ぎでしょ」

まるでお決まりのようなコントじみた軽快な応酬をしつつ、話は続く。

麗「もう、アレ最後にはすっごい、虹みたいな光が見えて……」

香澄『私も、一昨日の夜に見たよ。
   お山の方で真っ赤な光が見えたり、青い雷がピカーッってなったの』

麗「100まんボルトだ?」

香澄『10まんボルトだ、だよ。しかも、あっちのは黄色いよ』

会話の合間に入る、奇妙な応酬。

だが、お互いにそれを気にした風もなく会話は続く。
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/24(土) 21:15:22.28 ID:qXHV/tPg0
麗「何か、同じトコにいても見た人と見てない人がいるみたいだね。

  もしかして、私ってばエスパー?
  指ふったらサイコキネシスとか出るかな?」

香澄『だったら私もエスパーだね〜。
   予知能力〜。明日のお休み、麗ちゃんと結ちゃんは、私と一緒に笑ってるでしょう〜』

麗「何だそりゃ? どっか遊び行く?」

香澄『うん。結ちゃんも誘って、クリスマスの飾りを探しに行こうよ』

麗「そっか……結の誕生日過ぎたから、もうそんな時期か……。
  結の誕生日パーティーと一緒……に……?」

麗はそう言って、コミック誌を畳み、窓の外に目を向けた。

直後、麗は固まる。

香澄『麗ちゃん? どうしたの?』

突然、会話を止めた親友の様子に、香澄が心配そうに聞き返す。
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/24(土) 21:15:51.23 ID:qXHV/tPg0
麗「ねぇ……香澄、望遠鏡ある?」

香澄『え? うん、天体望遠鏡なら上のお兄様が持ってるけど』

麗の質問に、香澄は怪訝そうに返す。

山路家は山近くの高台に居を構えており周りに他の民家も少なく、
香澄の上の兄の趣味は夜の天体観測だ。

麗「双眼鏡で十分よ! 海岸見て!」

麗は言いながら、窓を開けて海岸方面を睨んだ。

そこに見えたのは、暗い紫色の輝き。
日が暮れて闇に包まれた空に融け込みながら、禍々しく輝く光だ。

麗「アレ……何だろう……」

本能的な恐ろしさを感じて、麗は身を震わせた。

香澄『本当だ……なんだか、怖い……』

電話口の香澄の声も、震えているのが分かった。

それは禍々しき魔の光。
才なき者には見えぬ、魔力の輝きだった。
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:16:44.04 ID:qXHV/tPg0


マンションの屋上から出撃し、海岸線近くに布陣した結達七人は、
早速、魔導巨神対策を講じていた。

既に目視できる距離に魔導巨神は見えており、
禍々しい紫の魔力光が、絶望の夜明けを告げるようにその姿を次第に大きくしている。

リノはライトを片手に、砂浜に図面を引き始める。

リノ「戦況上、どうしても此方は町側を背にしないといけない。
   僕とモンテカルロ協力員、アルベルト協力員の三人は海岸線全体に呪具で積層結界を形成、
   魔導巨神の侵入と流れ弾を防ぎます」

ジルベルト『引き受けた』

レギーナ『了解です』

ジルベルトとレギーナは大きく頷きながら、結界用の呪具を幾つも受け取る。

リノ「海岸線は狭いですけど、距離は八キロはゆうにあります。
   呪具は五〇〇メートル等間隔で十個ずつ配置して下さい。
   それ以上だと結界が薄くなって効果が弱まり、それ以下だと隙間が出来てしまいます」

リノは言いながら、積層結界の中核になると思われる大きなロッドのような呪具を突き立て、
同じ物を二人にも手渡す。
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:17:42.64 ID:qXHV/tPg0
リノ「ニューマン協力員は、僕の近くで支援射撃をお願いします」

クライブ『お、って事は俺の狙撃の見せ所か?
     ドタマに一発、綺麗な風穴開けてやるぜ』

キャスリン『アンタの魔力じゃ無茶に決まってんだろ』

軽口を叩くクライブに、キャスリンは嘆息混じりに言った。

キャスリン『で、アタシは?
      自慢じゃないけど、魔力が全然回復してねぇ……。
      あんまり長時間の戦闘は期待できないよ』

リノ「ブルーノ協力員は、撹乱陽動担当です。
   アタッカーになるエレナと結さんがスキの大きな魔法を使う瞬間だけ、
   敵の目を引きつけるように飛んで下さい」

キャスリン『アタシゃ囮かい? 無茶言いなさんなよ……。
      ったく、最後までこなせるか保証しないよ』

キャスリンは苦しそうに漏らす。

確かに、魔力の消耗が一番激しいのはキャスリンだろう。
今も足下がフラついているような状態だ。
385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:18:10.38 ID:qXHV/tPg0
リノ「エレナと結さんはアタッカー。
   魔導巨神を左右前方から挟み込むようにして、
   出来るだけ海岸線に攻撃を向けさせないように注意してくれ」

エレナ『分かりしました』

結「は、はい、頑張ります!」

力強く答えるエレナと、やや緊張気味の結。

どうやら、結は本格的な作戦を初めて経験する事もあって緊張しているらしい。

今までは戦闘に巻き込まれたり、戦場に突っ込んだりと、
まともな戦闘任務や作戦に参加していないのだから当たり前だろう。

リノ「奏さんの命がかかっている。ミスは許されないよ」

そんな結に、リノは敢えて緊張を加速させるような言葉を投げかけた。

思わず全員が顔を見合わせたが、
逆に結は、その言葉で頭がスゥっと澄み渡り、胸が熱くなるのを感じた。

結「……はい!」

小さな深呼吸の後、結は力強く頷いた。

リノはその様子に満足そうに頷いて立ち上がる。
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:18:58.55 ID:qXHV/tPg0
リノ「作戦開始、総員ギア再起動!」

リノの指示で全員が立ち上がり、各々のギアを掲げる。

クライブ『出番だ! ファルコン!』

ジルベルト『仕事だ……ガット!』

レギーナ『起きなさい! ビーネ!』

クライブ達三人の量産ギアが起動し、それぞれに長杖を構える。

キャスリン『揺れろ、ペンデュラム!』

キャスリンのチェーンブレスレットがモーニングスター状の杖へと変わり、
彼女の身体に青いプロテクター状の魔導防護服が装着される。

エレナ『立て、ジガンテ!』

エレナもジガンテを起動し、巨大なハンマーを抱えた紅の機人の肩に跳び乗り、
自らも赤と茶の魔導防護服を装着する。

結『飛んで……エール!』

最後に結が純白の騎士を召喚し、自らも純白のローブを纏って並び立つ。

その背に二発の魔力弾を撃ち込み、純白の騎士は翼をもった光の一角騎士へと姿を変える。
387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:19:46.65 ID:qXHV/tPg0
頼もしき相棒の肩に乗り、結は首から提げたロザリオに触れる。

戦闘後のドタバタで、リノに渡す事が出来ずにずっと持っていた、
キャスリンから託された奏の愛器・クレーストだ。

クレースト<…………>

何度か思念通話を試みたが、クレーストは押し黙ったままだ。

結<すぐに、あなたのご主人様の所に、帰してあげるから……>

結はクレーストを握りしめ、優しく声をかけた。

やはり、クレーストからの返事はない。

奏がこうなった遠因を、結にあると思っているのだろう。

それは、結も思っていた事だった。

あの時、ちゃんと奏の手を掴んでいられたら、
こんな事にはならなかったかもしれない。

だから、もう、何があっても手を伸ばす。

全身に激痛が走っても、何が何でも、だ。
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:20:46.55 ID:qXHV/tPg0
最前衛に重装甲の結を配置し、
左右後方にエレナとキャスリンが付くカタチで三人は魔導巨神へと向かう。

海岸線でも着々と積層結界の準備が始まっているようで、
ジルベルトとレギーナの姿が海岸線を駆けて行くのが見えた。

そして、三人が接敵する直前に十層の積層結界が完成する。

キャスリン『結界が完成したみたいだね……お嬢ちゃん二人、準備はいいかい?』

エレナ『ええ、こっちはセット完了。結ちゃんは?』

結「私も、いつでも行けます」

キャスリンの問いかけに答えながら、結達は隊列を変更する。

キャスリンを中央に、結とエレナが両脇を固める布陣だ。

キャスリン『お嬢は胸のトコにいる。
      胴体への攻撃の時は気を付けておくれよ!』

エレナ『私も結ちゃんも、基本的に純粋魔力魔法と閃光変換が主体よ。
    魔力ダメージはともかく物理ダメージは心配しないで』

キャスリン『お嬢のためにも、出来たら魔力ダメージも勘弁願いたいけどね……。
      とにかく、アタシが鼻先かすめるから、そっから攻撃頼むよ!』

キャスリンはそう言って、速度を上げる。

魔力を消耗しているとは言え、メンバー中最速の少女は、
まだ距離のある魔導巨神に一気に肉迫する。

エレナ『じゃあ結ちゃんは左からお願い! 右は私が!』

結「はい!」

二人は顔を見合わせ、左右に展開して速度を上げる。
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:21:35.64 ID:qXHV/tPg0
同時に、海岸線からクライブの援護射撃が始まったようだ。

黄色く輝く魔力弾が、断続的に魔導巨神に向かって行く。

エレナ『さすが、狙撃Sランク魔導師……あの距離で全弾命中コースなんて』

感嘆とも取れる声がエレナの方から聞こえて来る。

海岸線と魔導巨神の距離は、まだ十キロはあるだろうか?

いくら的が大きいとは言え、
かなりの技術がなければ為し得ない事は結にも分かった。

しかし、魔力弾は魔導巨神の直前で霧散しており、
それが一切の効果を発揮していないのが分かった。

エール「障壁ではなく、単にまとっている魔力で相殺させているみたいだね」

エールが冷静にそんな事を呟く。

十日前に初めてレギーナと相対した事を思い出す。

レギーナの魔力弾を、結は障壁化し切れていない魔力だけで相殺した事があったが、
つまりはそれと同じ事だろう。
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:22:23.43 ID:qXHV/tPg0
エール「机上推測値の魔導機人百機は大げさだったみたいだけど、
    それでも四、五十機分は覚悟した方がいいだろうね……」

結「でも、相手は一人だよ」

エールの解析結果を聞きながら、結は静かに呟いた。

それは戦場に向かう途中、リノから聞かされていた言葉だ。

相手が如何に大きく、強くても、その数は一人だ。
一対一で戦うならば難しくても、前衛は三人。

仮に相手が魔導機人五十機分の能力を発揮し、
戦力比が三対五十でも、数の上では三対一なのだ。

気を引き締め直した結とエールの目の前で、
キャスリンが魔導巨神の鼻先を掠めたのが見えた。

グンナー『羽虫が何をしに来たかと思えば』

初めて聞いた巨神――グンナー・フォーゲルクロウの声は、
嗄れた老人のそれだった。

目の前を掠めたキャスリンを、まるで人と思っていないようなニュアンスは、
言葉だけでなく声音からも伝わって来た。

吐き気にも似た嫌悪感を催すほどの、他者を見下した声。

あの声を、奏は三年も聞いていたんだ。

それを考えた時、結は奇妙な身震いを感じた。
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:22:51.15 ID:qXHV/tPg0
グンナー『我が偉大な魔法研究の礎となって、散りに来たか!』

グンナーの振り上げた拳が、キャスリンへと向かう。

だが――

ジガンテ『スカルラットマルッテロ!』

先行したエレナとジガンテの放つ真紅の鉄槌が、その拳を真横から捉える。

完璧に腕の真芯を捉えた見事な直撃。

しかし、七倍近い体躯を誇る魔導巨神グンナーの肉体はその一撃を受けても揺るがず、
逆にエレナとジガンテは押し戻されてしまう。

エレナ『キャッ!?』

小さな悲鳴を上げつつも、必死に体勢を立て直すエレナとジガンテ。

キャスリン『うおっ!?』

キャスリンもすんでの所でその一撃を回避したが、
腕の周囲にある魔力の煽りを食らって弾かれる。

ダメージは少ないが、あれも魔力ダメージの一種だ。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:23:59.33 ID:qXHV/tPg0
結「エール、二人だけ前に行かせられないよ! 私達も前に出て撃とう!」

エール「言うと思っていたよ。
    ……回避と防御は僕に任せて、結は射撃に専念して!」

戦闘スタイルに合わせて中距離からの射砲撃を念頭にしていた結とエールだったが、
少しでも敵の攻撃を分散させなければ他の二人の命に関わる。

一瞬、恐怖で身が竦んだのを感じた結だが、それを振り払う。

怖がってはいられない。

奏を助け、父との約束も果たすためには、怖がってはいられないのだから。

結「コッチだよ!」

結はわざと大きな声を上げてグンナーの注意を引き、
大仰な動作で二重術式を展開する。

グンナー『報告にあった小娘か!
     ククク、その絶大な魔力、興味をそそるのぉ』

下卑た声と共に、グンナーの巨大な手が結とエールに迫る。

結「エクレールウラガンッ!」

伸ばされた掌に向けて、最大威力のエクレールウラガンを放つ。

並の魔導師ならば一撃でノックアウトする程の光の竜巻が、正面から巨神の手を捉える。

だが、魔導巨神はものともせず、と言った風にその竜巻を押し返して来る。

エクレールウラガンが押し返される直前、エールは翼をはためかせてその手から逃れる。
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:24:49.06 ID:qXHV/tPg0
キャスリン『チッ、お嬢ちゃんの魔力でも押し返せないのかい!?』

その光景に、キャスリンは舌打ちする。

おそらく、結が先ほど放った一撃はSランク魔導師二、三人分の砲撃に匹敵しただろう。

しかし、魔導巨神の肉体の防御力と、十二の第四世代コア、三つの第五世代コア、
二人の魔導師によって増幅された蓄積魔力がそれを上回ったのだ。

エレナ『結ちゃんにばかり、気を取られているんじゃないわよ!』

エレナは叫び、五つの多重術式を同時に起動する。

威力は最少モードだが、エレナの最強魔法が一つ、
ジガンディオマルッテロだ。

エレナとジガンテの動きに呼応するように、
横殴り気味に真紅の魔力壁が巨神の背中を捉える。

果たして、それは直撃するが、巨神の肉体は僅かにつんのめるだけでダメージを受けた様子はない。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:25:28.07 ID:qXHV/tPg0
エレナ『ウソでしょ……?』

ジガンテ『マスター、敵は魔力相殺を行って衝撃を最小限に抑えています』

愕然とするエレナに、ジガンテが解析結果を伝えて来る。

エレナ『って、ちょっと、それじゃ私の近接魔法、殆ど役に立たないじゃない!?』

ジガンテの解析結果を聞きながら、エレナは愕然とする。

エレナの使う純粋魔力魔法は、常人を超える魔力硬化特性に任せて、
硬い魔力の生み出す打撃力に任せて叩くのが基本だ。

しかし、彼我の魔力量の差が圧倒的過ぎて、
その打撃力の殆どが無効化されているのだ。

結でさえ押し返せないのだから、
結よりも魔力量に劣るエレナでは殆どダメージを与えられない計算になる。

エレナ『……ッ、それならパワーは捨てる!
    ジガンテ、合体準備!』

ジガンテ『了解しました、マスター!』

エレナはジガンテの肩から飛ぶと、
腰に据え付けられていたポーチから五つの待機状態ギアを取り出す。

融合する以前のマルテロに似たそれは、
それぞれが斧、盾、剣、弓矢、槍を摸したチャームだ。

エレナがそれらを取り出すと同時に、
ギアのフレームの一部が展開し、五つのリングが飛び出す。

そのリングに、エレナは五つのチャームを取り付ける。
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:26:25.32 ID:qXHV/tPg0
エレナ『フォルマ・カヴァリエーレ!』

装着したチャームに魔力を流し込むと、
五つのチャームから五体の小型魔導機人が出現する。

ジガンテも持っていたハンマーを放り投げると、
それは魔導機人マルテロの姿へと変化する。

直後、魔導機人ジガンテの装甲各部が展開し、変形を始める。

巨腕の異形の戦士は、見る間にカタチを変え、
さらに各部に小型魔導機人が合体し、巨大な人馬の姿へと変わる。

紅に染まった人馬の巨大騎士は、馬上槍と剣を携える。

これぞフォルマ・カヴァリエーレ、騎士形態の名の通りの人馬騎士。

攻撃範囲を重視したジガンディオマルッテロ、
破壊力と扱いやすさのスカルラットマルッテロに並ぶ、
スピードと手数の豊富さを誇るエレナの最強魔法の一つ、
それがこの魔導巨人を変形させる支援魔法――フォルマ・カヴァリエーレである。

奏やキャスリンのようなスピード自慢が相手では出している余裕がなかったが、
これだけ大きくて鈍い魔導巨神が相手ならば、使う余裕は十二分にある。

ジガンテ『変形・合体完了しました』

エレナ『面が駄目なら、スピードを乗せた点の連続攻撃で行くわよ!』

再びその肩に乗ったエレナは、合体を終えたジガンテを発進させる。
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:27:09.84 ID:qXHV/tPg0
キャスリン『随分と面白い魔法使うじゃないかい!』

変形の間もグンナーの注意を引きつけていたキャスリンが感嘆の声を上げた。

エレナ『ジガンテ! 連打、連打、連打ぁ!』

ジガンテ『はあぁぁっ!』

ジガンテはエレナの気合いを受けて、
武器を様々に持ち替えながら連続攻撃をしかける。

槍や剣で接近攻撃をしかけ、離れては弓矢で攻撃、
スキを見ては斧や鉄槌で攻撃、魔力の奔流を盾で受け流すヒットアンドアウェイ戦法だ。

グンナー『羽虫の分際で生意気な!』

さしものグンナーも鬱陶しいのか、
言葉通りに羽虫を振り払うように腕を振り回す。

やはり、巨大な魔導巨神相手では見た目ほどの効果は望めず、
グンナーは文字通り蚊が刺した程度にしか感じていないようだ。

しかし、エレナが攻撃と撹乱を担当できる状況になった事で、
撹乱を担当していたキャスリンにも余裕が出た。
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:28:19.03 ID:qXHV/tPg0
キャスリン『お嬢! 聞こえるか、お嬢!』

攻撃をかいくぐりながら、
キャスリンは魔導巨神の胸に埋もれている奏に呼びかける。

しかし、奏は数時間前と同じく、焦点の定まらない目を開いたまま、
その意識は外界との接触を拒絶していた。

心の支えだった死んだ母が、実は自分の事を、
寿命の短い自分の予備程度にしか考えていなかったと言う事実を知らされた事で、
彼女は心を閉ざしていた。

キャスリン『アタシだ……! キャスだよ、お嬢!』

三年間、ずっと傍にいたキャスリンの声にも、何ら反応を示さない。

それほどのショックだったのだろう。

信じていた世界が、全て覆る。
それがまだ十一歳の少女にとって、どれだけの衝撃を与えたかは定かではない。
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:28:55.54 ID:qXHV/tPg0
結「奏さん! 目を覚まして!」

結も近接砲撃を続けながら、奏に向けて呼びかける。

声は、やはり届かない。

昨日今日会ったばかりの自分の声では、やはり、彼女には届かないのか?

そんな不安が結の胸に過ぎる。

だが――

結「私も……私も、お母さんにウソを言われたよ!
  ずっと、ずっと傍にいてくれるって言ってくれたのに……、
  お母さん、死んじゃったんだよ!」

 結は、三年間、一度も口にして来なかった思いを叫んだ。

結「最初は死んだなんて知らなくて……!
  眠っただけだと思って……。

  でもね、お葬式の時、火葬が終わって骨になったお母さん見て、私、泣いちゃって……」

結は、今も脳裏に焼き付いて離れない光景を思い出しながら、叫ぶ。

幼すぎた自分は母の死を理解できず、棺で物言わずに眠る母が目を覚ますのを信じていた。

何が起きているのかも分からない葬式が過ぎて、火葬場についた。

数時間の後、焼却炉から出て来た骨が母だと聞かされた時、
結は初めて、母が死んだ事を理解して、泣いた。
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:29:38.78 ID:qXHV/tPg0
結「でも……お母さんは、私にコレ……遺してくれたの!
  ピンク色が大好きだって言った私に、綺麗なピンク色のリボン……!」

砲撃を続けながら、結は二つ結びにされた髪の右側を括るリボンに触れる。

母を失った寂しさは今も欠片も消えていなかった。

だが、母の遺したリボンがその寂しさを少しでも和らげていてくれたのは事実だ。

結「奏さんにも、お母さんが残してくれたハズだよ!」

魔導巨神の拳を回避しながら、結は奏への接近を試みるが、
魔力の奔流がそれを邪魔して近付く事が出来ない。

せめてジガンテのように強力な実体接近戦用武装があれば、魔力と拳をいなして近づけるのだが、
エールの魔力エネルギーを集約する剣ではそこまでの効果は望めない。

魔力だけでは、熱した鉄板に氷柱を押しつけるように、見る間に相殺されてしまうからだ。

奏の救出を第一に考えているキャスリンが、その奏に近づけないもの同じ理由だ。

魔導機人もなく、魔力を殆ど消耗しているキャスリンでは、距離を取っての呼びかけが精一杯だ。

結は歯がゆそうに、胸に提げられたクレーストを握りしめる。

結(奏さんだって、分かっているハズなのに……。
  クレーストは……奏さんのお母さんが遺してくれた物なんだから)

クレースト<………奏様……>

終始無言だったがクレーストも、呼びかける事も出来ない歯がゆさに主の名を呟く。

結「奏さん……」

歯痒そうなクレーストの声に、結も悔しそうに漏らす。
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:30:56.80 ID:qXHV/tPg0
母と言う存在を虚像として失い、心を閉ざした奏には、声が届かない。

そんな気さえしてしまう。

奏を助けに来たのに、自分には何も出来ないのか。

自分では、奏の心に声を届けられないのか。

悔しさで、涙が滲み、それを押し留めようときつく目を閉じてしまう。

その時だった――



      「結っ!」 「結ちゃん」



脳裏に焼き付いた哀しみの記憶の向こうから、声が聞こえた気がした。

それは、親友の声。

涙にくれる日々、俯いて蹲る自分の名を呼んでくれた、二人の親友。

時に無遠慮に、時に優しく、
泣いて蹲る自分の手を引いて、背中を押してくれたその声。

父以外で、他の誰よりも、嬉しかった声。
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:31:37.83 ID:qXHV/tPg0
結(ああ……そっか……壁なんて作ってたら、声なんて……届かない……)

本気で届けたい声があるなら、壁なんてあっちゃいけないんだ。

少し、気恥ずかしい気がした。

でも――

結「……ッ!」

結は息を飲んで、目を開く。

瞼の勢いで涙の雫が飛ぶ。

――そんな事は気にしない。

結「奏ちゃぁん!!」

叫ぶ。

親友達が、そう呼んでくれた時のように、そして、自分らしく。

呼びかける気持ちを飾らないなら、呼びかける言葉も飾らない。
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:32:27.31 ID:qXHV/tPg0
結「聞いてよ、奏ちゃん!」

馴れ馴れしく思われてもいい。

そう思われても、声を聞いてくれるなら、声が届くなら、自分らしい言葉で叫ぶんだ。

結「話がしたいよ! 私、奏ちゃんと話がしたいよ!」

共に母を亡くした話。

失ったものが一緒なら、きっと少しでも共感できるから。

同じ目をしていたんだから。

母を失った絶望に覆された世界で、私は笑えるようになった。

友達が、幸せを分かち合ってくれて、一緒に泣いてくれたから。

奏の方が、自分より辛い日々を送って来たと言うなら、
その分、自分の今ある幸せを分けたい。

幸せを分かち合って、哀しみを分かち合って、いつかは笑えるんだ。

結「奏ちゃん! 奏ちゃぁん!」

結は何度も名前を叫びながら、攻撃と回避を繰り返す。
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:33:45.97 ID:qXHV/tPg0
グンナー『鬱陶しいわ、小童ぁ!』

だが、その結に向けて、嗄れた怒声を伴った漫然とした動きでない拳が迫る。

今までの、魔力をまとわりつけた拳でない、魔力を込めた打撃。

魔導巨神の本気の攻撃だ。

結(当たる!?)

結は愕然とする。

砲撃直後の硬直。

素人の結では分からない、射砲撃直後の僅かな、だが決定的な隙。

エルアルミュールでは魔力を相殺されてしまう。

となれば、迫り来る大質量の拳を受け止める事は出来ない。

だが――

????<………譲羽結、奏様を頼みます>

静かな声が、脳裏に響いた。

直後、現れる歪な大剣。
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:34:30.84 ID:qXHV/tPg0
????<掴みなさい>

エール「掴んで、エール!」

声に促され、結は叫んだ。

主の指示を受け、エールは目の前に現れた大剣を構え、魔力を集中する。

結「きゃあっ!?」

エール「うわっ!?」

直撃コースこそ免れず、衝撃で弾き飛ばされたものの、
魔力的実体を持った大剣は確かに結とエールの身体を守った。

一瞬の出来事に、結は気を取り直して剣を見る。

それは、十字架を摸した巨大な刀身を持った剣。

魔導機人クレーストが持つ、レベル3、最強形態の十字剣だ。

そして、脳裏に響いた声が、クレーストのものであった事に気付く。

結「クレースト………」

クレースト<循環していた奏様の余剰魔力を使っているだけです。
      長くは保ちません>

声を震わせる結に、クレーストは淡々と応えた。
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:36:10.40 ID:qXHV/tPg0
結「……エール!」

エール「ああ、これなら僕も接近できる!」

感極まる主の声に、エールも力強く応えた。

待望の、実体をもった接近戦装備だ。

これなら魔導巨神の攻撃をいなしながら、奏に接近できる。

結はエールを魔導巨神の側面に回らせ、高速で切り込ませる。

援護射撃代わりのエクレールウラガンを放ち、
鬱陶しそうに振り払う腕の動きをかいくぐって接近する。

結「奏ちゃん!」

すれ違い様に奏に呼びかける。

心を込めて、飾らない呼びかけを投げかける。

結「クレーストが、いるよ!」

待機状態のままのクレーストを手に、奏に呼びかける。

その名を聞いた時、半開きになった奏の口元がぴくりと動いたように見えた。
反応している。

まだ、奏は全ての世界を拒絶していない。

母を失って五年以上連れ添った愛器の名に、奏の心は反応したのだ。
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:36:50.58 ID:qXHV/tPg0
結「奏ちゃんは、お母さんから大事な物を残してもらっているよ!」

グンナー『鬱陶しいと言ったろう、小童ぁ!』

しかし、呼びかけようとする結の声を遮って、グンナーの苛ついた声が響く。

結「私は奏ちゃんと話がしたいんだ!」

最接近状態から、巨神の顔面を狙ってのエクレールウラガンが放たれる。

グンナー『ぶおっ!?』

口元に直撃し、グンナーは奇妙な悲鳴を上げる。

こんな人に邪魔されて堪るか。

結「奏ちゃん! 思い出して!
  奏ちゃんのお母さんは、奏ちゃんに大切な友達をくれたんだよ!」

さすがに顔面への攻撃には仰け反った魔導巨神の隙をついて、結は奏に向けて呼びかける。

奏「……………か……ん……レ……ス……」

結の放つ言葉に反応して、僅かに口が動く。
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:37:38.08 ID:qXHV/tPg0
グンナー『このクソガキがぁっ!』

しかし、体勢を立て直したグンナーは、激昂の叫びと共に口を開く。

開かれた口に魔力が集中し、そこから巨大な魔力砲撃が放たれる。

やはり、直撃コース。

結「邪魔を、しないでぇぇっ!」

だが、結は叫びながらエールにクレーストの剣を構えさせる。

ギアを構え、剣に向けて魔力を供給する。
虹色に輝く、強烈な魔力。

そう、結界障壁すら消し飛ばす結の最強魔法――アルク・アン・シエルだ。

アルク・アン・シエルの魔力を込められたクレーストの大剣が、魔力砲撃を切り裂く。

アルク・アン・シエルの特性と大剣の性能があって成した神業的偶然だった。
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:38:37.03 ID:qXHV/tPg0
切り裂かれた魔力砲撃は、結達の後方、
海岸線の積層結界にぶつかって層を成す結界を何枚か消し飛ばす。

余波は海岸線全域に魔力の奔流を巻き起こす。

エレナ『リノさん!?』

キャスリン『クライブッ!?』

エレナとキャスリンは、咄嗟にその名を叫ぶ。

だが、直後の支援射撃が彼らの無事を伝える。

かなりの魔力ダメージは受けているハズだが、
それでも結界が消えずに射撃が続くと言う事は、まだ二人は無事だと言う事だ。

無論、海岸線の端にいるジルベルトとレギーナもだ。

安堵の表情を浮かべる二人の少女。

そして、次第にその表情は結への驚愕へと変わる。

キャスリン『それにしてもあの嬢ちゃん、なんて子だい……。
      砲撃専門じゃないのかい?』

エレナ『そのハズなんだけどね』

愕然と呟くキャスリンに、エレナも驚きを隠せずに漏らす。

射砲撃を得意とするハズの結が、最も魔導巨神に接近し、
奏への呼びかけを続けている。

最早、魔導巨神と戦うために接近していると言うよりは、
奏への呼びかけのために致し方なく魔導巨神に接近しているようにすら見える。
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:39:14.98 ID:qXHV/tPg0
グンナー『………ッ、小童がぁっ、ワシを舐めるなぁっ!』

至近距離からの砲撃をいなされ、愕然とするグンナーが怒りの叫びを上げる。

その隙、僅かに二秒。

だが、その時間で結の次弾装填には十分な時間だった。

魔導巨神の懐に潜り込んだ状態で、結は直上ののど元に向けてギアを突き出す。

結「アルク・アン・シエェェルッ!!」

ゼロ距離とは言い難いが、魔導巨神の巨体にとってはほぼゼロ距離の位置で、
極大の魔力砲撃が放たれる。

虹色の光を放つ極大の柱が、魔導巨神の顔面を覆い尽くす勢いで立ち上る。

砲撃と言う観点から見て、硬直時間を含めてもほぼノータイムの二連射。

Sクラス魔導師十人分の砲撃の二連射だ。

グンナー『ぬばあぁっ!?』

視界全てを覆い尽くす魔力の光に、グンナーは悲鳴を上げる。

大きく仰け反り、動きを止める。

チャンスだ。
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:40:28.10 ID:qXHV/tPg0
結「奏ちゃんは、絶対に一人なんかじゃない!

  クレースト、キャスリンさん、クライブさん、
  ジルベルトさん、レギーナさん、みんないるよ!」

結はエールの肩から仰け反った魔導巨神に飛び移る、
魔力の奔流が凄まじい勢いで結の魔力を削いで行く。

だが、それ以上の速度でその奔流を自身の魔力で相殺する結。

エレナ『ちょ、ちょっと結ちゃん!?』

無謀すぎる結の行動に、援護の撹乱攻撃を続けるエレナが素っ頓狂な声を上げた。

キャスリン『あの嬢ちゃん、心臓に毛でも生えてんのか!?』

信じられないと言った風に、キャスリンも思わず動きを止めてしまう。

結は筋肉の作るくぼみに手や足をかけて身体を固定し、奏に縋り寄る。
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:41:26.06 ID:qXHV/tPg0
結「みんなだけで足りないなら、私もいるよ!
  私の全部で、奏ちゃんの哀しみを受け止めるから!

  だから、こっちを見て!」

魔導巨神の胸板から突き出た奏の頭を抱き寄せる。

半ば力任せに、でも、可能な限りの優しさで。

銀色の髪が揺れ、結の手に絡みつく。

奏「………………キミ……は……」

腕の中で、声がした。

結「奏ちゃん!?」

驚いた結が覗き込むと、焦点のあってない瞳が此方に向けられていた。

まだ、世界を拒絶した目。
哀しみすら灯らない、寂しすぎる目。

結「大丈夫だから! みんないるから!」

言葉の意味が通じるかは分からない、でも、安心させたかった。

奏のいる場所が、いてもいい場所が、ここにあると。

だが――
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:42:16.06 ID:qXHV/tPg0
グンナー『人の身体にはりついて、何をしている、ウジ虫がぁっ!』

体勢を立て直したグンナーが、胸に張り付く結を叩き潰そうと、
平手を繰り出して来る。

身の丈よりも大きな平手が、結に向かって来るが。

結「私は……奏ちゃんと話してるんだ!」

結は叫びながら、後ろも見ずに今までで最大級のエクレールウラガンを放つ。

胸から巻き起こる光の魔力竜巻は、迫る平手を押し返す。

結「邪魔を、しないでぇっ!」

押し返された手の付け根、肩口に向けてギアを突き出し、魔力を込める。

これで三発目、本日五発目となる――

結「アルク・アン・シエェェルッ!!」

これまた最大級のアルク・アン・シエルが魔導巨神の肩に直撃する。

グンナー『ぐおあっ!?』

直撃を受けた肩の肉がひしゃげ、グンナーは激痛に悲鳴を上げる。
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:42:44.60 ID:qXHV/tPg0
キャスリン『効いた!? 何で!?』

その光景に、キャスリンは驚きの声を上げた。

これまで魔力を相殺されて、驚きや衝撃で仰け反っても、
僅かなダメージさえ与えられなかった魔導巨神の肉体に、ついに傷がついたのだ。

エレナ『っ、相殺だ……魔力相殺が起きてるのよ!』

その傍らで、エレナがハッとなって漏らした。

信じられないが、結の連続して放ったエクレールウラガンとアルク・アン・シエルの乱射が、
ついに魔導巨神の魔力を相殺し始めたのだ。

キャスリン『いや、どう考えて無理だろ!?
      アイツの、巨神の魔力は、底なしみたいなモンじゃないのかい!?』

キャスリンは愕然としてまくし立てる。

魔導師百人分に匹敵する魔力を持つ魔導巨神を相手に、
いくら援護があるとは言え、九歳の子供が魔力相殺を起こさせるなどあり得ない。

魔力相殺はいわば天秤だ。

魔力を相殺するには、それに釣り合う以上の魔力が必要となる。
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:43:25.18 ID:qXHV/tPg0
キャスリン『あの子の魔力、まだ尽きてないどころか、減ってないぞ!?』

キャスリンはその驚くべき事実に気付き、それも付け加える。

エレナ『結ちゃんの魔力……もしかして、本当に底が無いんじゃ……』

ギアを外した途端に倒れるほどの魔力循環不良を起こしていた少女だ、
不思議でないと言えば不思議でないが。

キャスリン『ありえねぇだろう!?』

エレナ『私に怒鳴らないでよ!
    私だって分からないわよ!』

理解も納得もできないと言った風のキャスリンに、
エレナも思わず怒鳴り返してしまう。

だが、底なしに見えても有限である巨神の魔力を相殺させているなら、
どう考えても結の方が魔力量は上と言う事になる。

呆然とする二人の目の前で、この戦闘に入ってから四発目のアルク・アン・シエルが放たれ、
遂に魔導巨神は両の腕の自由を失っていた。

立場は、急速に逆転しつつあった。

傍目には、駄々っ子がメチャクチャに魔法を使っているようにしか見えない。
だが、確実に流れは結へと向かっていた。
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:44:11.58 ID:qXHV/tPg0
しかし、結の意識は既に、戦闘など二の次と言う状態になっていた。

狂ったお爺さんなんかじゃなくて、目の前の奏ちゃん。

それが結の今の思考を端的に表す言葉だった。

結「………奏ちゃん」

奏「……………」

結の呼びかけに、奏は無言だ。

だが、光を灯さずとも視線は自分に向いている、言葉は届いている。

結はそう確信して続ける。

結「私ね……もっと奏ちゃんと話をしたいよ……」

奏「………はなし……?」

結の言葉で、心を潰しかけている奏の脳裏を過ぎるのは、
数時間前の言葉の応酬。

会話にすらなっていない、気持ちすら伝わらない、それ。

もう語る言葉はない。

だって、母さんは最初からいなかったんだ。

そんな母さんが遺したクレーストが一緒にいたところで、自分はずっと一人だったんだ。

寂しがる理由も、必要もなかった。

自分自身として望まれていない自分は、望まれていたように人形になっていればいいんだ。
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:45:38.41 ID:qXHV/tPg0
奏「……ひつ、よう……ない……」

自分には、何も必要ない。
誰も、自分を必要としていない。

結「私は奏ちゃんが必要だよ!」

だが、結の言葉がその思考に割り込む。

自分が強くなれたのは、何でだろう?

奏と話をしたかったからだ。

だから、恐ろしさ、怖さを押し退けて、あの場所に行けた。
行こうと思えた。

この戦場にいるのだって、お父さんを泣かせてまでやって来たのは、奏のためなのだ。

押しつけがましいかもしれない。

それでも、これが自分の本当の思いなんだ。

そう信じているからこそ、結はまた叫ぶ。

結「奏ちゃんが! ………奏ちゃんに、いて欲しいよ!
  もっと……もっと話をしたいよ!」
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:46:20.85 ID:qXHV/tPg0
家族や親友達と過ごした時間は無駄ではない。

それでも、今の自分があるのは、奏と出逢ったからだ。

今まで築き上げた自分の前に、奏が現れてくれたからなんだ。

奏が現れてくれなかったから、きっと自分は変わらないままだった。

それが悪いとは言えない。

でも、きっと強くはなれなかった。

みんなから受け取る優しさに甘んじて、それを誰にも返していけない自分のままだった。

今は、みんなから受け取った優しさを、分かち合いたいと思える人がいる。

目の前に。
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:47:23.38 ID:qXHV/tPg0
結「奏ちゃんが世界を嫌っても、世界が奏ちゃんを嫌っても、
  私が奏ちゃんを大好きでいるよ!」

結は優しく奏の頭を抱きしめる。

ひどく懐かしい感覚。
大好きだと言われて、誰かの温もりに包まれる。

自分の中で、あの瞬間に覆ってしまったハズの、愛おしい世界。

奏「あ……あ、ああ……」

奏の声が、震える。

奏「……かあ、さん………」

透き通る青銀の瞳に、焦点が結ばれる。

閉じた瞼の裏に、甦るのは、優しい微笑み。

祖父の読み上げた、自分で目にした文面よりも確かな、真実。

目の前の幼い少女が与えてくれた温もりが、それを呼び起こす。

奏「母さん……母さん……!」

何度も、記憶の中の母に呼びかける。

真実は違うかもしれない、それでも、記憶の中の母は………誰よりも優しかった。
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:48:30.09 ID:qXHV/tPg0
奏「うぅ、あぁ……ぁん、母さん……母さん……!」

奏は、結の胸に抱かれて泣きじゃくる。

苦しくて、哀しくて、痛くて、温かくて、優しくて。

メチャクチャになりそうな気持ちの中で……。

結「クレースト、だよ……」

結は泣きじゃくる奏の首に、預かっていたクレーストをかける。

クレースト<………………感謝します……譲羽結……>

手が離れそうになる瞬間、そんな声を聞いた気がした。

奏「く、くれぇすとぉ……」

戻って来た愛器に、奏はまた涙する。

だが――
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:49:08.19 ID:qXHV/tPg0
グンナー『調子に乗るなと言ったじゃろうがぁっ!』

グンナーの怒声が、二人を遮った。

直後、奏は凄まじい脱力感に襲われる。

奏「うぅ、あぁぁ……っ!?」

全身の魔力が、根こそぎ奪われて行くような感触。

途端、相殺していたハズの魔導巨神の魔力が一気に膨れあがる。

奏の魔力を搾取・増幅し、魔導巨神の魔力に変えているのだ。

さらにグンナーは、体内の魔力を体表に押し出す事で強固な障壁にしているのだ。

さしもの結も、この魔力の奔流には打ち勝てない。

結「奏……ちゃ、ん!」

必死に捕まろうとする結だが、
この場で防御魔法を使えばただでさえ魔力を消耗している奏を傷つけてしまう。

奏「うぁああぁ……」

苦しみ悶える奏。

結「奏ちゃん!」

魔力の奔流の中、結は必死に手を伸ばす。
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:50:18.66 ID:qXHV/tPg0
奏「……げて……」

苦悶の中、奏は絞り出すように声を上げる。

奏「……にげて……キミは……逃げて………」

結「……やだ、やだよぉ!」

必死に声を絞り出す奏に、結は頭を振って手を伸ばし続ける。

しかし、その結の横から巨大な拳が迫る。

魔力循環と増幅で無理矢理に治したのだろう、魔導巨神の肩は修復され、
しがみこうとする結とエールへの攻撃を再開したのだ。

エール「結、危ない!」

ずっと、結を庇うような体勢だったエールが、それに気付き、
間一髪で結を抱えて離脱する。

グンナー『ヒィヒョヒョヒョッ、どうやらこの人形が……、
     ワシの魔力電池にしか過ぎぬこの人形がよほど大切なようだな!』

グンナーは体勢を立て直しながら、下卑た声で尋ねる。

結「当たり前だよ! 奏ちゃんは、電池なんかじゃない!
  私の……大事な人だよ!」

結の返答はすぐだった。
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:51:09.71 ID:qXHV/tPg0
しかし、これは心理戦。

子供らしい、純粋で真っ直ぐな反論は、敵に弱点を教えるような物だ。

グンナー『ワシを攻撃すれば、ワシは電池から魔力を供給するぞ?
     いくらワシの魔力量が高かろうと、
     貴様の攻撃を何度も受ければ魔力はすぐに枯渇するのぅ。

     それでもワシは魔力の吸収を止めんぞ。
     生命力に至るまで完璧に吸い尽くしてもまだ止めんぞ』

してやったりと言ったように、グンナーは叫んだ。

奏「うあぁぁぁぁあぁ……っ」

それに呼応するように、奏の苦悶が漏れる。

グンナーにとって、つい先ほどまで魔力供給源であり制御システムの一環でしかなかった奏が、
結に対して、人質と言う絶対的な価値を持った瞬間だった。
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:51:52.90 ID:qXHV/tPg0
エレナ『グンナー・フォーゲルクロウ! あなたと言う人は!』

エレナにとっては見慣れた光景だった。

エージェントとしての仕事をしていれば、
追い詰められたテロリストの選択はいつも誰かを巻き添えにする事。

その度に怒りがこみ上げる。

それは今回も、だ。

キャスリン『クソジジィ! テメェ、どこまで……!』

キャスリンも怒りを隠せない。

幼い頃から不良少女と呼ばれ続け、正義を標榜してきたつもりはない。

だが、目の前の老人ほど、人間を腐らせた生き方もして来たつもりはない。

結「奏ちゃん……!」

エールの腕に抱かれたまま、結は悔しそうに漏らす。

奏は世界との繋がりを取り戻したのだ。

それだと言うのに、こんな所でその繋がりを断たれてしまう。

こんな、狂ったお爺さんに巻き込まれて。

許せなかった、哀しかった。

だが――

??『結さん』

ギアからやや苦しげな声が響いた。

リノの声だった。
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:52:40.69 ID:qXHV/tPg0
海岸線では、魔力の余波でかなりのダメージを受けていたリノが、
通信用簡易ギアを用いて結に語りかけていた。

通信機ごしに状況は把握していたようだ。

リノ「一つだけ、方法がないワケじゃない」

結『本当ですか!?』

リノの声に、結が喜色を示す。

リノ「少し乱暴な方法ではあるけど、
   奏さんの魔力が吸収されるよりも早く、魔導巨神の魔力を完璧に相殺するんだ」

リノは言いながら、自分でも信じられない事を言っていると思った。

今でも魔導巨神の表層魔力量はSランク魔導師二十人分をゆうに超えている。

全体としてみればもっと少ないだろうが、密度では大方はそのレベルだ。

Sランク魔導師二十人分相当の魔力を相殺するには、
やはり此方もSランク魔導師二十人分相当以上の魔力をぶつけなければいけない。

しかも、一瞬で。
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:53:36.35 ID:qXHV/tPg0
結「完璧に相殺……」

結にも理屈は理解できた。

だが、自分の砲撃力は十人分相当。

それでも一人の魔導師としては十分に破格の破壊力だが、圧倒的に魔力量が足りない。

しかし――

リノ『結さん、儀式魔法は分かるね?』

リノの言葉が、結の疑問を打ち破り、同時に不安をこみ上げさせる。

結「やったけど、失敗しちゃって……」

数日前、屋上で失敗したブランソワールを思い出す。

あんなやり方では無駄に巨神の魔力を消費させ、奏を苦しめるだけだ。
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:55:03.74 ID:qXHV/tPg0
リノ『君は今日、全てのキッカケを掴んでいる!』

だが、通信機ごしのリノの言葉が、弱気になっていた結をハッとさせた。

キッカケ。

その言葉が結の脳裏に、僅かな閃きを呼ぶ。

リノ『全方位……敵の四方八方から、大きな魔力を一気にぶつける!
   それも、障壁も防御も出来ない一撃を!』

結「四方八方から……大きな魔力を……一気に……」

結の頭の中で、今日の体験が様々なピースとなって組み合わせって行く。

儀式魔法、全方位、莫大な魔力。

出来るかどうかは分からない。

でも、やるしかない。

結「エール、術式準備だよ!
  内容は、拡散と増殖が一、反射と増幅が二の多重術式!
  それと収束と固定の二重術式!」

結は言いながらエールの肩に乗り、ギアを構えて魔力の集中を始める。
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:55:40.32 ID:qXHV/tPg0
グンナー『何をするかは分からんが、貴様はコレで終わりじゃぁっ!』

しかし、結の集中を遮るように、魔導巨神が巨大な口を開く。

奏「……ぁぁぁぁぁああっ!?」

奏の苦悶と共に、開かれた口に魔力が集積される。

魔力砲撃だ。

二種類の多重術式、今の結では他の魔法と同時にこの術式の準備は不可能だ。

高速回避に回せるだけの集中力も無い以上、自分の魔力を信じて受け切るしかない。

決意の結に向けて、極太の魔力砲撃が放たれる。

だが――

エレナ『ジガンディオマルッテロッ!!』

結の正面に躍り出たエレナとジガンテが、
五つの術式を展開してジガンディオマルッテロを放つ。

暗い紫の魔力の光と、鮮やかな紅の魔力の壁が正面からぶつかり合う。
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:56:46.45 ID:qXHV/tPg0
結「エレナさん!?」

エレナ『結ちゃん、早く避けて! もう、保たない……!』

結「……ごめんなさい!」

エレナに促され、結はエールと共に射線上から退避する。

直後、エレナの放つ魔力の壁が押し負ける。

エレナ『キャアァァッ!?』

直撃ではないが、大威力の魔力砲撃の煽りを間近で受けたエレナは、
魔力の奔流の中を大きく弾き飛ばされる。

彼女の駆る人馬の騎士は七体の機人へと分解して海面に落下し、
彼女もその後に続いて落下する。

キャスリン『エージェントの嬢ちゃん!』

しかし、間一髪、キャスリンがエレナを抱きかかえる。

エレナ『う……つぅ……』

殆どの魔力を失い、エレナは苦しそうにうめく。

魔力の消耗は激しいが、まだ命に別状のあるレベルではない。

キャスリン『お嬢ちゃん!』

キャスリンが結に振り返ると、結はギアを脇に抱えた状態で両手に魔力の塊を握っていた。
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:57:48.83 ID:qXHV/tPg0
術式の準備が完了している。

しかも、あの短時間で。

結「奏ちゃんが………見せてくれたんだ……!
  ……こうやって、準備すればいいって!」

数時間前の奏との決闘で、彼女が見せた手法。

本来、丁寧に組み上げるべき多重術式を、
大量の魔力を消費して力任せに組み上げる。

魔力で圧縮された多重術式を、砲撃後の硬直で動けない魔導巨神めがけて投げつける。

増殖を組み込まれた術式は、魔導巨神に直撃する寸前で弾けて一気に拡散する。

さらに、拡散してゆく術式に向けて、結はもう一つの術式を放り投げる。

収束と固定の術式が、無数に散らばろうとする増殖術式をその場で固定させた。

数百、数千もの術式が、球状の空間になって魔導巨神を覆い尽くし、
その空間の中すら満たして行く。

儀式魔法の準備は完了した。

だが――
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:59:19.82 ID:qXHV/tPg0
結「あ、ぐぅぅ………あぁぁっ!?」

痛みが、うずき出す。

このタイミングで。

堪えようと食いしばった歯から、耐えきれぬほどの悲鳴が漏れる。

今放り投げた術式も、未熟な結が無理矢理組み上げるにはかなりの魔力を消耗する。

夕方からこれまでに、結の消耗した魔力量は凄まじい。

リノの結界を破るためにアルク・アン・シエルを一発。

アルク・アン・シエルと同クラスの破壊力を持つ、
奏のヴェーチノスチモルニーヤも魔力で受け切った。

そして、その直後にアルク・アン・シエルを一発。

この戦闘でもアルク・アン・シエルを四発、
威力は格段に落ちるが十発近い数のエクレールウラガンも放っている。
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 21:59:49.75 ID:qXHV/tPg0
おそらく、並の魔導師が数人がかりでも一生かかっても消費し切れないだけの魔力を、
結はものの四時間で使っている。

魔法を覚えてまだ十日、ギアがなければ自分の魔力さえ抑えられない少女が、
一度に使っていい量ではない。

それは数時間前にも激痛となって現れていたのだ。

だが、結は痛みがすぐに引いた事で、それを無視した。

そのツケが今来ている。

目が霞み、意識が遠のきかける。

もう、これ以上は魔力を使えない。

ここまで来て、痛みと諦めが結の心を侵食して行く。

しかし――
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:00:55.68 ID:qXHV/tPg0
奏「……ゆ……………い……………」

遠のきかける意識に、その二つの音が聞こえた。

それは初めて聞く、彼女が、奏が、自分の名前を呼ぶ声。

結「う……あぁぁぁっ!」

結は叫び、痛みを押し殺し、エールの補助で無理矢理に魔力循環を正常化させる。

それでも全身を駆けめぐる痛みは消えない。
消えるハズがない。

それでも、痛みは忘れた。

結(奏ちゃんが……呼んでくれたんだ……名前を!)

母と愛器の名だけを繰り返していた奏が、
今、自分の名を譫言でも呟いてくれたんだ。

それだけで、痛みは忘れられた。

結「クレースト……奏ちゃんを守って!」

結はそれだけ言って、エールの背後に回り込む。
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:01:31.68 ID:qXHV/tPg0
結「エール、ダイレクトリンク魔導砲スタンバイ!」

エール「了解っ!」

エールは翼を畳み、背面の魔力供給口を展開する。

結はそこにギアを差し込み、
それと同時にエールの胸部から拡散魔導砲が迫り出す。

砲身がさらに伸び、全身の放射版とパイプから余剰魔力が漏れ、左右に大きく広がる。

結の集約した魔力も、リボン状の羽衣から噴き出して翼となる。

それはさながら、巨大な弓を構える天使。

結「アルク・アン・シエル………………!」

虹の輝きを放つ魔力が、エールの魔導砲に集約されて行く。

この虹の輝きを、あの術式の中へ放つ。

結の中にある、一つのイメージ。

反射術式を砕く自分の最強魔法が、本当にこのイメージを成すかは分からない。

だが、成功させてみせる。

そして、そのイメージが現実の物となった時、
それは今から呼ぶ、その名に相応しい物となる。

結「ユニヴェール………リュミエェェルッ!!」
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:02:32.23 ID:qXHV/tPg0
極大の弓となったエールから、虹色の光が矢のように放たれる。

結の放った虹色の光は、自身が作り出した術式の織りなす空間へと叩き込まれた。

その瞬間、間近で接触した術式の一つが乾いた音を立てて砕けて弾けた。

立て続けに割れ続ける術式。

だが、虹色の光は直進する事なく、
術式を砕いてはありとあらゆる方角に散って行く。

散った光は別の術式を砕いて、また多方向へと散って行く。

だが、散った光は小さくなる事はない。

拡散・反射の術式に当たったアルク・アン・シエルは、
術式を砕く瞬間に主の命で拡散したのだ。

しかも、二重の増幅術式がその威力を高め、
多方向に拡散されても光が衰える事はない。

連鎖的に術式が弾ける音が響き続け、
術式の作った空間が虹色の光で満たされる。

その中心にいるグンナーには、まるで世界全てが眩い光を放っているように見えたろう。

まさに、ユニヴェール・リュミエール――万物の光。
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:03:02.67 ID:qXHV/tPg0
Sランク魔導師十人に匹敵する魔力砲撃が、
全身のあらゆる方角から余すことなくその身を覆い尽くす。

グンナー『こ、これは!? これはぁっ!?』

あり得ない量の魔力密度に覆い尽くされ、魔力が一気に消えて行く。

相殺などと言う生易しいレベルではない。

魔力増幅と修復が間に合わない。

修復のために全身の細胞に充満させた魔力が消し飛ばされ、
細胞ごと死滅を始める。

グンナー『く、崩れるぅぅぅ……究極の肉体がぁ!?
     古代文明の生み出した、究極の肉体がぁぁ!?』

十二個のコアと、事前に注射したホムンクルス用細胞中和剤を用い、
自らの細胞すら取り込ませていたグンナーは、その感触に怖気を催す。

痛みもなく消えてゆく自らの、魔導巨神の肉体に、未知の恐怖を感じる。

光の向こう、眩む視界の先に見える少女を見る。

バケモノのような魔法を使う少女の顔。

羽虫と罵り、まともに見もしなかった少女の顔。

グンナー『まさか……まさか、貴様……にご……』

口が消滅し、最後までその言葉を紡ぐ事は出来なかった。
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:04:10.21 ID:qXHV/tPg0
魔導巨神の肉体が消滅し、魔力の奔流の中に投げ出された奏は、
クレーストの作る薄い障壁の中で、自身の魔力が相殺されて行く脱力感の中にいた。

搾り取られるような先ほどまでの感覚と違う、
他の魔力が自身の中を満たして行くような感覚だった。

眩い光は、閉じた瞼の向こうからでも感じられるほどだった。

数時間前、自分を吹き飛ばした魔力と同じだった。

でも、今は何故か心地よささえ感じる。

自分を思って放たれた、そう素直に思えてさえしまえる……。

奏「……あったかい……ひか、り……」

障壁が消し飛ぶ中で、奏はそう呟いていた。

直後、回りの光が消え、夜の闇に奏は投げ出された。

既に魔導巨神の身体は跡形もなく、魔力増幅に使われていたコアが落下して行く。

自分自身も、闇夜よりもなお暗い夜の海へと落ちて行く。

遠のきかける意識で、目を開いた奏は星一つない曇天の夜空に恐怖を感じた。

真っ暗。

魔力を消耗し切って、クレーストの声さえ聞こえない。

怖い静寂。

だが――
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:04:46.29 ID:qXHV/tPg0
結「奏ちゃん!」

その闇と静寂を引き裂いて、何度も聞いた声がした。

霞む視線を、声の方角に向ける。

彼女がいた。

奏「ゆ……い……」

数回しか聞いた事のない、うろ覚えの記憶で彼女の名を呼ぶ。

放り出された自分の手に向けて、手を伸ばしてくれている。


(なんで……キミは、そんなに……)


遠のきかける意識で、それでも奏は自然と手を伸ばしていた。

動かない手を、せめて彼女に向けようと。


(ボクの……ことを……)


涙が滲む。

拒絶して、言葉を断ち切って、戦うしかなかったのに。
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:05:18.43 ID:qXHV/tPg0
結も、必死で手を伸ばす。

全身の痛みは消えず、伸ばす手が軋み、震える。

腕だけではない、全身が痙攣している。

それでも、結は手を伸ばす。

そして――

結「あぐぅぅあああぁぁぁっっ!?」

魔導防護服の右袖の一部が裂け、
さらにその下、自身の右腕、伸ばした手が裂けた。

鮮血が噴き出し、一気に意識が霞む。

幼い身体で魔導巨神に匹敵する魔力を発揮したツケが、
ついにその身を引き裂いたのだ。

腕だけでなく、口からも血が滲み、視界すら真っ赤に染まる。
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:06:35.67 ID:qXHV/tPg0
遠くから、自分の名を叫ぶ悲鳴が聞こえた気がした。

それでも、結は手を伸ばす。

手を伸ばすと、決めていたから。

あんな痛みで、引いてしまった手を、悔やんだから。

何があっても、伸ばすと決めたから。

そして、ついに、結の手が奏の手を掴む。

結「うわぁぁっ!」

まとわりつく血で滑りそうになるが、結は痛みを押して引き寄せる。

そして、奏を抱きしめる。

やっと、届いた。

心を満たす達成感。

そこで、意識が途切れた。

意識が途切れる寸前、エレナとキャスリンの声を聞いた気がした。
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:08:52.94 ID:qXHV/tPg0


目が、覚めた。

目の前には、真っ白な天井。
天井には、見慣れない照明。

結(どこ……ここ……?)

朦朧とする意識で、結は視線だけを動かす。

飛び込んで来る、見慣れた顔。

結(うららちゃん……かすみちゃん……?)

目に一杯の涙を浮かべる、二人の親友。
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:09:50.52 ID:qXHV/tPg0
麗「おじさん、おじさん! 結が……結が目ぇ覚ましたよ!」

涙に震える声で、麗が叫ぶ。

香澄「結ちゃん、結ちゃぁぁ…ん! うわぁぁぁ……」

香澄も、その隣で泣き崩れている。

悲しんでいるのではなく、それが歓喜のものだと、
結には何となく理解できた。

せわしない足音がして、結はそちらに目を向ける。

もの凄い形相で飛び込んで来る、父の姿。

結(おとう……さん……?)

親友達とは反対側に立つ父は、
覆い被さるように抱きつき、声を上げて泣いていた。

父の肩の向こう、担任教師の由貴の姿。

結(ゆき……せんせ……い……)

彼女も感極まって、大粒の涙を浮かべている。

そこで初めて、結は自分がベッドの上に寝かされている事に、
自分が眠っていた事に気付いた。

結「ここ……どこ……?」

結は、呆然と呟いた。
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:10:32.66 ID:qXHV/tPg0
結が目を覚ました三十分後、
結の病室には幾つかの検査機器と共に医師が現れていた。

医師「全身の裂傷と失血によるショックは、もう回復していますね。
   眼球にもレッドアウトの兆候はみられないようです」

傍らの父が、心配そうに医師の診断を聞いている。

どうやら、あの後、全身が裂けて出血し、そのショックで気を失ったらしい。

眼球のレッドアウトと言うのは、あの視界が真っ赤になった事を言っているのだろう。

結は、自然とそんな事を思っていた。

気付けば、全身包帯とギプスだらけで、ミイラになった気分だ。
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:11:07.52 ID:qXHV/tPg0
麗「結、病院に運び込まれてから、もうけっこう時間経ってるんだけど、分かる?
  もう、冬休みなんだよ」

香澄「麗ちゃん、結ちゃんはさっき目を覚ましたんだよ?」

オロオロとした様子の麗と、冷静さを取り戻した香澄。

普段なら逆だが、いざと言う時の落ち着きは香澄の方が上のようだ。

結「冬休み……」

結は呆然としながらカレンダーを見る。

どうやら、半月以上も眠っていたらしい。

それもそうだろう。

あれだけの魔力を使った上に、全身から血を吹き出したのだ。

生きているのが不思議と言うものだ。

手を見ると、そこには待機状態のエールがつけられている。

入院患者が病院でファンシーな指輪など不謹慎かもしれないが、
自分にとってはエールも重要な生命維持のファクターであり、またかけがえのない相棒なのだ。
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:11:40.22 ID:qXHV/tPg0
エール<魔力循環も正常値……怪我の具合はどうだい、結?>

結<うん、ちょっと……じゃなくて、かなり痛いけど、大丈夫だよ。
  心配してくれてありがとう、エール>

エールの問いかけに思念通話で応える結。

意識はややハッキリとして来たが、鈍い痛みが全身から引かない。

麗「海岸の方であんな爆発みたいな光があった日に、
  海岸から救急車で運ばれたって聞いて、心配したんだからね!」

麗は目に一杯の涙を浮かべて言い、香澄もうんうんと何度も頷いている。

どうやら、あの戦闘の光を見られてしまったらしい。

となると、二人には魔力の素養がある、と言う事でもある。

エール<二人の魔力は微々たるものだよ。
    辛うじてDランク程度、かな?>

結の疑問を察してか、エールが応える。

と言う事はリノよりも魔力量は下。

本当に、辛うじてと言う所だろう。

由貴「二人共、何を言ってるの?」

見舞いの付き添いなのだろう、由貴が半ば呆れたように言った。

そう言う由貴は、魔力の素養がないのだろうか、戦闘光は見ていないようだ。

しかし、そこで結は失念していた事実に気付いた。
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:12:12.36 ID:qXHV/tPg0
結「奏ちゃん! それに、エレナさんやリノさん達は!?」

失念していた仲間達の事を思い出し、結は跳ねるように飛び起きた。

直後、麻酔で押さえ込まれていた全身の痛みが、鋭くその存在を主張する。

結「ッ………あぁぁぁ……」

特に右腕に走る激烈な痛みは、
まるで腕の中に杭のような物を付き込まれているような感触さえ感じる。

医師「無理をしちゃいけないよ。
   殆どの傷は塞がったけど、深い傷や、腕の傷はまだまだ治っていないんだ」

医師と看護士が慌てた様子で結を寝かせる。

結「……ねぇ、お父さん、リノさんやエレナさん達は……?」

結が尋ねると、功は気まずそうに顔を俯ける。

そんな功に代わって、由貴が口を開く。

由貴「日本語の上手い、バレンシアさん……だったかしら?
   あの人だったらもうしばらく前に退院したわよ。
   何だか、行かなきゃいけない所がある、とかで」

由貴もやや気まずそうだ。

教え子と一緒に病院に運び込まれた、と言う事もあったろうが、
どうやら、それだけではないようだ。
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:12:52.32 ID:qXHV/tPg0
麗「結のお父さん、あの男の人の事、ぶん殴っちゃったのよ」

麗が小声で耳打ちする。

確かに、無事に帰すと約束してしまった手前なのだろう。

しかし、功は感情的にも手を上げてしまった事を恥じているのだろう。
父はそう言う人間なのだ。

由貴「他の人達も、少し前に目を覚ましたんだけど、まだ他の大部屋で入院中よ」

由貴が付け加えて来る。

つまり、エレナを見張り役にしてキャスリン達を監視中、と言った所だろう。

エール<リノは本部に出頭中、色々と処分や裁定があるみたいだ。
    それと、先生の言った通り、エレナ達は別の大部屋にいるよ。
    リノが帰国する時にはまだ目を覚ます前で、誰も護送できなかったみたいだ>

由貴の説明を、エールが補足する。

結<ねぇ、奏ちゃんは?>

エール<奏なら、隣の部屋だ。
    今は本部から来た保護官が付き添っているよ。
    目は……まだ、覚ましていない>

結<……そっか…>

エールの答に、結は寂しそうに目を細めた。
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:13:28.92 ID:qXHV/tPg0
医師の診断が終わり、結達だけが病室に残される。

他に入院患者もベッドもない所を見ると、どうやら個室のようだ。

少し広めで、入院費用が心配される。

功「……入院費用は、バレンシアさんの会社の方がもってくれるらしいから、
  安心して休みなさい」

功も、娘の心配が分かったのか、落ち着いた様子で言った。

会社――つまりは魔法倫理研究院の事だろう。

成る程、会社、か。
言い得て妙である。

由貴「でも、警察も取り調べに来ないなんて、妙よね。
   集団で病院に運び込まれたって言うのに……、
   マスコミも、初日以来、全然動いていないし」

由貴が怪訝そうに呟く。
448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:14:06.81 ID:qXHV/tPg0
おそらく、研究院本部が日本政府に働きかけたのだろう。

事実、警察では取り調べが出来るような内容ではないし、
マスコミには報道規制もしかれている。

成る程、九年も生きてきて魔法の実在を知らなかったハズだ。

魔法に関わる事件は、こうやって表沙汰になる前に握りつぶされるのだ。

もっとも個人で調べようとする人間はいるだろうが、
結局、真実に辿り着く事は出来ない。

真実を知る人間が、真実を語らないからだ。

仮に真実に辿り着いても、それを公表する事は出来ないのだろう。

寒気にも似た恐怖を感じざるを得ない。

結「アハハ……」

結は恐怖感を誤魔化すように、乾いた笑みを浮かべた。

その直後、コンコンと乾いた音がして、その音がした方向に全員が目を向けると、
そこには赤い髪の女性、エレナが病室の入り口に立っていた。

スーツや普段着ではなく、病院に備え付けの白いパジャマを着ている。
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:14:48.10 ID:qXHV/tPg0
結「エレナさん!」

結は顔を綻ばせる。

エレナは無言で功に深々と頭を垂れる。

ややあって、結は功に由貴達を連れて部屋の外に出ていてもらうように促した。



エレナ『ごめんなさいね、結ちゃん。
    折角、お父さんやお友達が来ていたのに』

結「いいですよ。日本語……喋りにくいですよね?」

申し訳なさそうなエレナに、結は苦笑いを浮かべて言う。

あの言葉遣いでは、悪意がなくても悪印象を植え付けてしまうだろう。

それに、日本語とイタリア語で何の苦もなく会話を続けていれば、
すぐにボロが出てしまう。

エレナ『少し前にリノさんから連絡があってね、
    リノさんの処分が決まったわ』

処分、と言う言葉に、結は身体を強張らせる。
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:16:19.80 ID:qXHV/tPg0
エレナ『試作型ギアの無断私用。
    部下……あ、私の事ね? 部下への私用命令の強要。
    一般協力員を自衛以外の戦闘に巻き込んで、犯罪者を本部承認なく協力員登録。
    世界的な魔法研究史料である魔導巨神の遺失……』

エレナは淡々とリノの罪状を読み上げて行く。

罪状の幾つかは自分にも責任があって、結は良心が咎める。

エレナ『但し、生死問わずの指名手配犯のグンナー・フォーゲルクロウを討伐。
    遺失した第五世代ギアを三つ回収。
    行方不明だった奏・ユーリエフを保護。

    それに、カンナヴァーロさんって言う偉い魔導師の人が庇ってくれてね、
    とりあえずSランクエージェント資格の一時剥奪とAランクへの降格処分で済んだそうよ』

結「え、それって………?」

判決内容を述べるエレナの声音が明るい事に気付いて、
結はキョトンとした表情になる。

エレナ『今回の事件、“魔導巨神事件”って名前になったんだけど、それの解決に頑張ったから、
    私が一番心配していた、リノさんのクビも投獄も取り消しって事』

満面の笑みを浮かべたエレナに、結も安堵の息を漏らした。
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:18:05.43 ID:qXHV/tPg0
第五世代試作型ギアの強奪から始まった本事件――魔導巨神事件は、
主犯であるグンナー・フォーゲルクロウが魔導巨神と共に消滅し、
その部下である私設部隊メンバーが本隊・陽動部隊を含めて全員が捕縛、
グンナーに利用されていた奏が救出された事で、その全てが幕を閉じたのだ。

結「終わったんですね……」

エレナ『まぁ、キャスリンさん達を本部に連行したりしないといけないから、
    私達の仕事はまだまだ続くけどね。

    リノさんが新しいギアを持ってコッチに戻ったら、
    今度は彼女たちを連れて私も帰る事になるわ』

エレナの言葉を聞きながら、結は痛む手でエールを撫でる。

結「じゃあ、エレナさん達や……エールとも……お別れなんですね……」

寂しいが、それは避けようのない未来だった。

自分の魔力循環不良を矯正するために、別の物言わぬギアが与えられるが、
その代わり、今度こそエールは回収される。

リノやエレナと会う事も、もうないだろう。

そして、それは奏とも……。
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:18:36.26 ID:qXHV/tPg0
半月以上の欠落はあるが、約十日間の出会いを引き換えに、自分は日常に戻るのだ。

それは正しい事だった。

あの時のように、意地を通す必要もなくなってしまった。

結「寂しいな……」

結はぽつりと呟いた。

エレナ『結ちゃん……』

そんな結と同じように、エレナも少し寂しそうだった。

初めて出会った魔法はどこか怖くて、初めて経験した戦闘は本当に怖くて、
でも、戦いを通して出逢った人に言葉を伝えたくなって、ガムシャラになって戦った。
453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:19:18.01 ID:qXHV/tPg0
結「私……人、殺しちゃったんだ……」

そして、ようやくその事実を思い出し、呆然と漏らした。

そう、魔導巨神は消滅し、それと完全同化していたグンナーも消え去ったのだ。

奏を助ける事だけに専念していたせいもあって、実感が酷く薄い。

いや、元々、人を殺す殺さないと言う事態そのものが、
結からとても遠い世界の話だったからだろう。

エレナ『気にする必要はないわ……。
    グンナーが死んだのは、たくさんの命を玩んだ天罰よ……。
    結ちゃんは、その天罰にちょっとだけ力を貸しただけ』

エレナは言いながら、結の額を優しく撫でた。

エレナ『忘れる……なんて、難しいかもしれないけど、
    それでも、結ちゃんは世界にとって正しい事をしたの。

    人殺しを誇れなんて絶対に言わないわ……。
    でも、世界中にいる、顔も知らない誰かの無念を晴らした事だけは、胸にとどめておいて』

その声も手も、とても優しくて、結は不思議と安堵した。

殺人の自覚が薄かったせいなのか、それともエレナの言葉のお陰なのかは分からない。

だが、結は自責の念に苛まれるような気分からは遠ざかる事が出来た。
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:20:49.64 ID:qXHV/tPg0
エレナ『事件解決の手柄は、担当捜査エージェントのリノさんと、補佐官の私のものだけど、
    重要な所はぜーんぶ、素人の結ちゃんに持って行かれちゃったかな』

エレナは戯けた調子で言って、ぺちぺちと指の腹で額を軽くノックして来る。

エレナ『世界を救ったのは、英雄バレンシアならぬ英雄ユズリハってね』

結「そ、そんな……英雄なんて……」

エレナの言葉に、結は頬を染めて恥ずかしそうに目を瞑った。

痛くて寝返りもうてないので、顔を背ける事は出来ない。

それに自分は、ただ奏を助けたかっただけだ。

世界を救おうとか、そんな大仰な考えをしたつもりは無かった。

結果論で、大規模魔導テロを鎮圧したのは事実だが。
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:21:32.24 ID:qXHV/tPg0
結「エレナさんは、帰ったらどうするんですか?」

エレナ『私?
    そうね……前からの目標通り、これからも戦闘エージェントとして経験を積んで、
    訓練隊や訓練校の教官補佐の仕事なんかも受けて、正教官を目指すわ』

結の質問に、エレナは少し遠くを見るような目で語る。

その目は、かつて夢を語って聞かせてくれた時と同じで、
どこまでも優しい決意に満ちていた。

真っ直ぐ、夢を見据える瞳は、結には眩しく見えた。

エレナ『結ちゃんは?』

結「私、ですか?」

エレナに聞き返され、結は驚き、思案する。

もっと幼い頃は、女の子らしく花屋や服屋、
ケーキ屋なんてものを夢見たし、アイドルにも憧れた。

しかし、母を喪ってから、そんな夢を考える余裕を無くしていた。

改めて、今、自分がどんな夢を持っているか考える。

幼い頃と同じように、やはり花屋や服屋、ケーキ屋だろうか?
店先で笑顔で接客し、自分の選んだ、或いは自分の作った商品に囲まれて過ごす日々。

いいかもしれない、とは思ったが、まるで現実感がない。

触れたままだったエールに、ふと視線を向ける。
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:22:18.99 ID:qXHV/tPg0
魔法。

その素養を見出した自分には、この道もあるのではないだろうか?

もっと詳しく魔法を勉強して、魔法倫理研究院のエージェントになる道だ。

エレナ『駄目よ』

結の思考を読み取ったのか、エレナが呟く。

エレナ『結ちゃんの道は、結ちゃんが決めるべきものだけど、
    安易にこの道を選ぶのはダメ』

エレナはゆっくりと頭を振る。

魔法は、世界の裏に存在するのだ。

エレナ『あんな優しいお父さんと、いい友達がいるじゃない。
    結ちゃんが進む道は、その人達と違う世界に行くって事なのよ』

エレナは言い聞かせるように言う。

そう、魔法を選ぶと言う事は、日常を切り捨てる事なのだ。

フリーランスの魔導師として、日本での現地協力員をする道もあり得るが、
それはやはり、日常から離れて行く事に変わらない。
457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:22:56.16 ID:qXHV/tPg0
結「……そう、ですよね」

結は、乾いた笑みを浮かべる。

結「じゃあ、花屋さん、かなぁ……。
  綺麗なお花に囲まれて、お祝いの花束を包んだり、誰かにお花を届けたり……」

結は改めて、幼い頃の夢の一つを思い出す。

現実感が酷く薄い。

花屋を馬鹿にするワケでも否定するワケでもない。

だが、結が知ってしまった世界の真実から、それはとても遠い世界だった。

結(あ……ダメだな……私……ちょっと、嫌な子だ……)

笑顔でウソを吐いている事実に、結は胸が痛むのを感じた。
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:24:23.86 ID:qXHV/tPg0


それから二週間が過ぎた――

病室のベッドの上で新年を迎えた結は、
冬休みが開けてからも、まだ病院にいた。

自身の魔力ダメージによって開いた傷は思いのほか治りが遅く、
医師からは可能な限りの安静が言い渡されており、
トイレや入浴以外は自由に病室を出る事も叶わない日々が続いている。

腹や背中の傷は殆ど塞がり、包帯とギプスだらけのミイラ状態からは脱したが、
傷の深い右腕は今も大きなギプスで肩から全体が固定されており、
深い傷の残る左足も 、松葉杖で歩けなくもない程度に固定されている。

リノはまだ本部で書類仕事に忙殺されているようで、
今も訪日の目処がついていないらしいと、何日か前に聞かされていた。

エレナも病院の使われていない会議室をホテル代わりに滞在を続け、
キャスリン達の監視もそこで続いていた。

奏は、まだ目を覚ましていない。

仮に目を覚ましても、研究院の保護下にいる以上、
おいそれと会う事も出来ない状況が続いていた。
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:24:52.07 ID:qXHV/tPg0
夜、面会時間が過ぎた病室で、
結は利き手ではない左手で器用に本を読んでいた。

ベッド横のサイドテーブルには香澄に頼んで図書館で借りて来て貰った本と、
頼んでもいないのに毎日のように麗が置いて行くコミック誌や、
小学生向けファッション誌が山と置かれている。

本来の要求である本を覆い隠すほどの高さのコミック誌は、
既に読み終わっている。

感想を聞かれるからでもあったが、
学校に行けない日々が続いて、共通の話題がないのが寂しいからでもあった。

今、結が目を通しているのは、ロシア語で書かれた民話集だ。

頼んだ時には驚かれたが、ギアの翻訳機能のお陰で苦もなく読めるのだが、
結は慌ててロシア語の和訳辞典も頼んだ。

辞書の難しい文字を調べられるようにと漢字辞典が付属し、
その意味を調べるための国語辞典まである。

本当は今読んでいるこの本一冊だけだったのだが、
大きな辞典が三冊もオマケについてしまっている。

結果敵機に重い荷物を頼んでしまった事は申し訳なかったが、
これはこれで勉強と言うものだろう。

エールに頼んで翻訳機能をカットして、
調べ物をするのはいい時間つぶしにもなった。

閑話休題。
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:25:42.19 ID:qXHV/tPg0
ともあれ、結は民話集に書かれた一つの話を繰り返し読んでいた。

火の鳥を探して旅に出た王子とかえるに変えられた王女の物語。

結も、日本語訳された話は読み聞かせてもらった事もあった、
ロシア民話の中では、比較的ポピュラーな部類の話だ。

そろそろ、冒頭くらいは暗記してしまっただろうか?

結「…………ふぅ……」

話を読み終えた結は、小さく息を吐いて顔を上げる。

夕食の時間も終わり、三日ぶりの入浴も終わって、あとは消灯を待つばかりだ。

時間はあるし、今の内にトイレでも済ませてしまおう。

結はそんな事を考え、ベッドサイドに置かれた松葉杖をたぐり寄せ、
身体の重心位置を滑らせるようにして、器用に立ち上がる。

車椅子でなくなったのは三日前だが、もう慣れたものだ。

結は器用に扉を開け、素早く動きたいのを我慢して、
ゆっくりとした足取りでトイレに向かう。

奏の眠る病室とは逆方向にあるトイレは、少し遠い。

用を済ませた結は、来た時と同じゆっくりとした足取りで部屋に戻って行く。

と、そこである事に気付いた。
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:26:13.47 ID:qXHV/tPg0
結「開いてる……」

自分の部屋の向こう、隣の病室の扉が、僅かに開いていた。

先ほどは開いていなかったような気がしたが、どうしたのだろう?

研究院の保護官が扉を開けたまま帰ってしまったのか?

父よりも少し年上の、落ち着いた様子のしっかりとした印象の女性エージェントだったのだが……。

照明はついていないようだ。

結「閉めておかないと、ダメ、だよね……?」

結は誰に言うとなく、独りごちて奏の部屋の前に行く。

こんな事をしなくても、消灯前の巡回で看護士が閉めて行くのだろうが、
何故か気になってしまったのだ。

ドアの縁に手をかける結。

部屋に入ってはいけないと、保護官のエージェントから釘を刺されていた。

だが――
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:27:17.48 ID:qXHV/tPg0
結「覗くだけ、なら……」

結は不意にもたげたそんな思いを口にしていた。

決まりを守らないのは、悪い事だとは分かっていた。

だが、だがしかし、だ。

奏はちゃんと眠っているのだろうか?

まさか、ベッドから落ちていないだろうか?

そうだ、これは確認だ。

もし何かあったら、ナースコールをするのも自分の仕事だ。

結は一瞬で理論武装を終えると、そっと病室を覗き込んだ。

結「あ……」

綺麗な銀髪が、窓から差し込む月明かりに照らされて、美しい煌めきを放っていた。

振り返る、青銀の瞳が結の目とあった。

奏は、ベッドの上で身体を起こしていた。

結「奏……ちゃん……」

奏「ゆい………」

目を合わせた二人の少女は、思わず互いの名を呼んでいた。

結は無意識の内に、月明かりの差し込む病室に足を踏み入れていた。
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:28:07.80 ID:qXHV/tPg0
奏「ゆずりは……ゆい……、で、いいんだよね?」

結「え?」

奏「キミの、名前……」

結「……あ! うん、そう、譲羽結、結だよ」

結は慌てて、自己紹介する。

フルネームを名乗るのは、初めて対峙した時、
彼女の目の前でエールの魔導機人を召喚して以来だ。

それでも、その一回を覚えていてくれた事が嬉しかった。

結「……起きたんだね」

奏「………うん、つい、さっき……ボクは、どのくらい寝てたのかな?」

結「大体、一ヶ月くらい」

奏「……そっか……」

結の言葉を聞いて、奏は直前までそうしていたように窓の外を見上げる。
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:28:44.45 ID:qXHV/tPg0
奏「……その、ありがとう………名前、何度も呼んでくれて……」

視線を背けたまま、奏は小さく呟く。

照れているのだろうか?

奏「クレーストも、預かってくれてたんだよね……」

言いながら、ベッドサイドに置かれているロザリオに視線を向ける。

犯罪行為に使われていたとは言え、
元々、行方不明者として捜索されていた奏の所有物と言う事もあり、
クレーストはまだ奏の元にあった。

奏「魔力が錬れなくて……クレーストと全然、話せないけど……」

奏は寂しそうに呟く。

そう、彼女の元にクレーストが置かれているのは、
彼女が魔力の殆どを失っている事にあった。

戦闘中、グンナーによって魔力を急激に搾取された奏は、
重度の魔力減衰障害と言う状態にあった。

長く時間をかければ、以前のような大きな魔力にまで回復できるが、
今はDランク程度の魔力すらない状態だ。
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:29:20.09 ID:qXHV/tPg0
結はクレーストに触れる。

結<何か、奏ちゃんに伝えたい事、ある……?>

クレースト<…………………………………。

      かける言葉が見つかりません……。
      ですが、せめて、名前だけでも呼んでさしあげたい>

思念通話で、クレーストの返事を聞いた結は、奏に語りかける。

結「クレーストから伝言……、“奏様”、だって」

奏「そっか………クレーストらしいな……」

結から聞かされたクレーストの呼びかけを受けて、
奏は僅かに寂しさの入り交じった笑みを浮かべた。

直接は聞けないが、それでも彼女が何を思っているのは、
長年の付き合いで何となく分かった。

結が手持ちぶさたに室内を見渡すと、
サイドテーブルに置かれた日記帳が目に入った。

祈・ユーリエフ――奏の母の名の刻まれた日記帳だ。
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:29:49.54 ID:qXHV/tPg0
結「奏ちゃんの、お母さんの日記帳だね……」

結が呟くと、奏はビクッと身体を震わせた。

気付いてはいたようだが、まだ読んではいないようだ。

結は日記帳を手に取る。

奏「怖いん……だ……」

すると、奏は震える声を絞り出す。

ベッドの上で膝を抱え、膝の間に顔をうずめて震える。

奏「大好きな母さんなのに……大好きだったのに……。
  読むのが、怖い……」

一ヶ月前、祖父だと思っていた人物から聞かされた、
母の書き連ねた残酷な言葉。

それはクローン精製の結果、
短い寿命しかもてなかった自分の意識を転写するための、セルフクローンの観察日記。

間違いなく母の字で書かれた、真実の記録だ。

おそらく、この日記にも……。

そう思うと、怖くて、現実逃避に月明かりの優しさに目を向ける事しか出来なかったのだ。

目を背けたくなるような文章があったら、どうしよう。

また、否定されたら、今、胸の中に甦った優しい母の記憶まで消し去られそうで、
怖くて怖くて、仕方ない。

奏はボロボロと大粒の涙をこぼしながら、俯いて震える。
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:30:45.14 ID:qXHV/tPg0
だが――

結「むかしむかし、ある国に一羽の火の鳥がいました……」

結がその言葉を紡ぐ。

結にとっては覚えたての、民話の一節。

結「火の鳥は王様の庭に……」

奏「……王様の庭にやって来ては、
  毎日のようにリンゴの木からリンゴを盗って行ってしまいます……」

続けようとした結の語りを遮り、奏が続ける。

しかし、先へは続かず、奏の語りは止まってしまう。

結「かえるの姫……奏ちゃんの好きな話、だよね?」

奏「なんで、それ……ボク、キャスにも話してないのに……」

問いかける結に、奏は顔を上げて呆然とする。

無口で、必要以上の事を語らないクレーストが教えたとは思えない。

話らしい話もしたことのなかった目の前の子が、何でその事を知っているのか?

結は日記を差し出す。
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:31:18.39 ID:qXHV/tPg0
結「せがまれて何度も聞かせたって、書いてあったから」

結は、出来るだけ優しい笑みを浮かべて、日記を差し出す。

日記の内容を思い出して、涙を浮かべてしまわないように。

結の笑みに促され、奏は日記を受け取る。

長い沈黙。

戸惑い気味に結の方を見ると、彼女はまだ優しい笑みを浮かべていた。

お互いを倒すために戦った相手だった。

だが、今の奏には、結が自分を傷つけるような事をしないと、何故か思えた。

意を決して、日記を開き、目を落とす。

日本語とロシア語、二つの言葉で書かれた日記だった。
内容はどちらも同じ。

幼い頃は日本語だけしか読み書き出来なかったが、今はどちらも読み書きできるし、
むしろ、ロシア語の方が慣れ親しんでいた奏は、ロシア語の文章を読み進めた。

奏「1987年……」
469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:32:08.25 ID:qXHV/tPg0
1987年8月○日。

今日、あの子が私をママと呼んだ。

何の屈託もない表情で呼ばれた時、私は思い知らされた。

私が予備体と割り切って接していたこの子が、一つの命だったと言う事。

そして、私があれほど憎んだ、私達を生み出した研究者達と同じ事を、
私が彼女にしようとしている愚かしさをだ。

この子が生まれて丸二年。

私は、取り返しのつかない二年を、この子に押しつけてしまったのではないだろうか?

もし、償えるなら、その償い方を知りたい。
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:33:02.21 ID:qXHV/tPg0
1987年9月○日。

今日は自分自身への報告だ。

私は、あの子の母である事にした。

魔導ホムンクルス研究を続け、命を玩んだ自分に、
それが許されない事だとは分かっている。

それでも、あの子を、私が十代まで受ける事の出来なかった
人の温もりを与えられる存在になりたいと思った。

私は、あの子をそれまでの記号ではなく、奏と呼ぶ事にする。

私を救ってくれた、あの日本人のエージェントと同じ名前だ。

奏・ユーリエフ……、非合法に取得したロシア戸籍と、後付けの名前。

最初に与えてあげられた物が、褒められた事でない事を、
いつか、この子にも話さなければならない。
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:33:42.25 ID:qXHV/tPg0
1987年9月○日。

奏が、自分の名前を理解してくれるようになった。

まるで自分の事のように嬉しい。

そんな感情を抱く事が、私に許されるハズはない。

それでも、これが世間一般の親が抱く感情だと言うなら、
私はこの母としての一歩を大切にしたい。




1987年10月○日。

今日、奏が外で転んで、とても大泣きした。

怪我はなかったが、転んだ事がショックだったのだろう。

ぶつけた所もアザはなく、傷が残ることもないが、
この子を泣かせてしまった事に心が痛む。

オロオロとする私を見て、涙を一杯に浮かべて見せてくれた強がった笑みを、
私は忘れたくないとも思った。
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:36:01.13 ID:qXHV/tPg0
1988年1月○日。

ママと呼ばれるのが気恥ずかしかった私は、
今日は研究を休み、一日かけて、奏に“お母さん”と呼ばせる特訓を試みた。

最初の“お”が上手く言えず、結局、最後は“母さん”で落ち着いた。

ひどく大人っぽい言い方だったが、娘が成長したようでとても嬉しかった。



1988年2月○日。

失敗した。

奏が自分の事を男の子のように“ボク”と呼ぶようになった。

いつも研究室に篭もりきりで、同じ年頃の友達がいなかったせいもあるだろう、
本を読み聞かせてばかりいたツケだろうか?

何度窘めても、頑として“ボク”と言う言い方を譲らない。

もう今更直せないとは思うが、せめて、女の子らしく育ててあげたい。
473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:36:53.85 ID:qXHV/tPg0
1988年6月○日。

今日は、奏を連れて初めて町へ行った。

あの子の綺麗な銀髪と青銀の瞳を褒めてくれる人が多く、
我が事のように嬉しくなると同時に、この色を嫌った自分を恥じた。

そして、自分の魔力波長に合わせるための無理矢理な調整による弊害である事を思い出し、
申し訳ないとも思った。

私は、まだ、本当の母親には遠いのかもしれない。



1988年8月○日。

研究で忙しく、あまり一緒に外に出てあげられない私の代わりに、
魔導ギアのAIシステムを摸した対話システムを構築する。

奏の話し相手として、良き友、良きパートナーとして支えてあげて欲しいと願い、
祈る気持ちでクレーストの名を与える。

良い、誕生日プレゼントになればいい。
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:37:22.93 ID:qXHV/tPg0
1989年9月○日。

あの子以外の事を書くのは初めてだ。

ついに、延命措置が効果を見せなくなった。

何もしないでいれば、25歳まで生きられたら奇跡と言われた身だ、
奇跡は3年続いた。

だが、まだこの奇跡が保つ事を祈る。

私は、まだ、あの子のために生き続けなければならないのだ。
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:39:23.88 ID:qXHV/tPg0
1989年10月○日。

奏は「かえるの姫」の童話が好きらしい。
もう、何度も読んでいるのに。

今日も読んで欲しいとせがまれ、他のにしようとしたら大泣きされた。

読んであげると、ピタリと泣きやむ。

やはり私に似て、少し我が儘なのかもしれない。

もっと、甘えていいのに、この子には無理をさせているのかもしれない。




1989年12月○日。

奏が私にクリスマスプレゼントをくれた、私とあの子を描いた絵だ。

嬉しかった。

こんな私を、本気で母と慕ってくれるこの子の愛が、本当に嬉しかった。

それと同時に、私は改めて、この子に母にしてもらったのだと思った。

この子に命を繋ぐために、私は生きて来たのだと。
476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:39:55.69 ID:qXHV/tPg0
奏「母さん……」

幸せと葛藤を綴った日記が続く。

日記の九割以上は自分の事で埋め尽くされていた。

何をした、何かを見つけた、何かをしてくれた。

毎日の自分の仕草、言動を追い掛けて、それを優しく書きつづる。

だが、それも長くは続かなかった。
477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:40:40.06 ID:qXHV/tPg0
1991年3月○日。

ついに、延命の限界が訪れた。

もう、私は長くない。

たった三年半だけしか、私はあの子に愛を注いであげられなかった。

研究院との連絡も途絶えて久しく、
私が死ねば、あの子を任せられる人間はいない。

悔しい、悔しい。

まだ、あの子は六歳にもなっていないのだ。

でも、私は歯を食いしばってでも生きてみせる。

あの子に、せめて、あの子の行く道を守るための力を渡してあげられるまでは。
478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:41:07.50 ID:qXHV/tPg0
1991年7月○日。

ようやく、クレーストの躯体が完成した。

あの子の魔力でだけ起動し、
あの子の魔力特性を100%活かす事の出来る最高のギア。

AIコアをセットし、あの子の枕元に置いて来た。

やり残した事がないと言えば嘘になる、
あの子と別れるのが辛くないと言えば嘘になる。

それでも私は研究者である母として、
あの子に最高のギアを遺す事が出来た。

クレースト……祈りの十字架が、
せめてあの子の往く道に、幸多からん道を切り開く事を信じて。
479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:42:34.61 ID:qXHV/tPg0
1991年7月○日。

日記は私が貴重品入れとして使った箱に入れて、あなたの部屋に置く事にします。
いつの日か、あなたの目に触れる事があるだろうと信じて。


奏、あなたは今、元気ですか?

まだ六歳にもなっていないあなたを置いていってしまった母さんを、怒っていませんか?


奏、友達は出来ましたか?

甘えん坊のあなたの事だから、きっと面倒見の良いお友達を見つけているかもしれませんね。


奏、クレーストと仲良くしていますか?

あの子のAIは、あなたとの会話が育んだものです、大事にしてあげて下さい。


奏、好きな人は出来ましたか? 大切な人は出来ましたか?

その人の事を、誰よりも大事にしてあげて下さい。

母さんは、恋愛を知らないまま過ごしました。

だからあなたには、母さんの分まで素敵な恋をして欲しいです。


奏、素敵な想い出をありがとう。

母さんはあなたを、我が娘を、誰よりも愛していました。





強く、優しい言葉で綴られた最後は、字が歪んでいた。
480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:43:34.09 ID:qXHV/tPg0
奏「うぅ……うぅうう………」

日記を読み終えた奏は、最後のページを開けたまま、
抱きかかえるようにしてむせび泣いていた。

結「奏ちゃん……」

結は、ベッドに寄りかかり、自由の利く左腕でそっと奏を抱き寄せた。

奏「ごめんなさい……母さん……。
  ごめんなさい……ごめんなさぁいぃ……」

奏は泣きじゃくりながら、母に謝り続けた。

母の愛を疑ってしまった事、
注いでくれた、たくさんの愛情を否定してしまった事を。

満たされていたんだ、ボクの心も体も、
必死に生きた母さんの愛で、こんなにも満たされていたんだ。

研究者だった母の傲慢は、母自身が打ち消して、誰よりも愛してくれたんだ。

奏「かぁさん……かぁさん……うぅ、あぁぁぁぁっ!」

奏は、ずっと泣いていた。

抱きしめてくれる結の温もりに、在りし日の母の温もりを重ねて。

結も、そんな奏の涙につられて泣き出した。

二人の嗚咽は重なって、ずっと病室に響いていた。
481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:44:24.94 ID:qXHV/tPg0
その頃、外の廊下では――

病室から漏れて来る嗚咽を聞きながら、
一組の男女が物陰の壁に寄りかかっていた。

一人はリノ、もう一人は三十代半ばの女性だ。

女『一般人だけの場所に置き去りにして……。
  一応あの日記、AAクラスの機密資料ですよ、エージェント・バレンシア』

リノ『保護観察任務を投げ出してる不良保護官には言われたくありませんよ、
   エージェント・ハートフィールド』

嘆息混じりに尋ねて来た金髪碧眼の女性――
本部捜査エージェント隊の保護エージェント隊若年者保護観察責任者と言う肩書きを持ったエージェント、
シエラ・ハートフィールドの言葉に、リノは淡々と応えた。

リノはつい数時間前の便で、一部の関係者を除いて内密で訪日していた。

シエラ『エージェント・フェルラーナに、奏さんが心を開くなら、
    キャスリン女史かあの子って聞かされていましたからね。
    まぁ、これも長年の保護官のテクニックですよ』

リノ『自分も捜査エージェントとして、
   関係者同士のコミュニケーションの一助になると思って持って来ていた資料があったんですが、
   ついつい あの病室に置いたまま離れてしまったんですよ』

二人はそこまで言って、どちらからとなく噴き出した。

病室の二人に気付かれないように、必死で笑いが零れるのを抑える。
482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:45:15.16 ID:qXHV/tPg0
そこへ、比較的自由な行動を認められているレギーナが通りかかる。

レギーナ『あれ? バレンシアさんとハートフィールドさん、
     二人揃って何笑ってるんですか?』

レギーナに怪訝そうに尋ねられたのが、またおかしかったのか、
二人は声を抑えて肩を震わせるようにして笑う。

レギーナ『ん〜? ま、いっか、お嬢の寝顔見て行きます……よ?』

病室に近付いた瞬間、中から二人分の嗚咽が聞こえて来た事で、レギーナは立ち止まる。

そして、笑いを堪えながら、リノが口元に人差し指を押し当て、
静かに、二人だけにしてあげようと言う意を示し、レギーナも納得して二人の横についた。


しばらくして、嗚咽が止んだ頃を見計らい、
エレナに連れられたキャスリンの歓喜のむせび泣きが響いたのは、言うまでもない。
483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:46:06.40 ID:qXHV/tPg0


翌朝――

休日を利用して朝から見舞いに来た功は、
結の病室でリノと接見していた。

結はリクライニングベッドに横たわったまま、
二人の様子を困ったように眺めていた。

功「バレンシアさん、先日は大変、失礼な真似を……」

リノ「顔を上げて下さい、譲羽さん。
   お嬢さんを守りきれなかった非は、此方にあるんですから」

手を上げた事を申し訳なさそうに頭を下げる功を、リノは必死に宥める。

しばらくは、双方で罪の被り合いが続いたが、
入り口から聞こえた咳払いにそれも止まる。

入り口に立っていたのは、奏と、奏の担当保護官であるシエラだ。

咳払いをしたのはシエラだろう。

だが、結と奏は大人達の事など関係なく、
目を合わせて、かたや嬉しそうに、かたや恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:47:03.01 ID:qXHV/tPg0
リノ「紹介します。
   こちらは私の同僚のシエラ・ハートフィールドです」

シエラ「初めまして、ミスター譲羽。
    シエラと申します」

リノに紹介され、シエラは進み出る。

功「あ、初めまして。結の父で、譲羽功と申します」

日本語の上手なシエラに一瞬、圧倒されかけた功だったが、
そこはサラリーマンの性か、すぐに立て直して常備している名刺を手渡す。

リノ「そして、この子が、あの日、
   結さんが助けたいと言っていた友達の、奏・ユーリエフ嬢です」

リノに促され、奏が進み出る。

奏「は、はじめ、まして……」

奏は恥ずかしそうに礼をする。

あまり人付き合いが得意ではないのだろう、人見知りするタイプなのだ。

母の蘇生のために気を張り詰めて、
自分を律してきた日々との戦いは、もう終わったのだ。

功「そうか……君が……。結がお世話になっています、奏さん」

功は笑みを浮かべて、奏に会釈程度の礼を返す。
485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:48:00.52 ID:qXHV/tPg0
それぞれに紹介が終わり、リノは全員を見渡す。

リノ「それで、譲羽さん……。
   今日は、ご説明とお願いがあって参りました」

リノは意を決して口を開いた。

昨晩のあの後、事前に今日の説明内容を知らされていた結も、息を飲む。

そして、自分も聞かされていない、お願いの内容に思いを馳せる。

リノ「信じがたいかもしれませんが、
   この世には超常の力、魔法が存在します」

そんな切り口で始まったリノの説明は、
大まかに今回の魔導巨神事件の内容を告げる物だった。

結が魔力循環不良に苛まれている中、エールを拾った事。
その事で、結が悪人に狙われた事、その中で自分達や奏と出逢った事。
結の力が、この町と奏を救った事などだ。

途中、簡単な魔法実演を交えての説明は、やはり結の父だったと言うべきか、
彼にも魔法の素養があった事が幸いし、すんなりと進んだ。
486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:48:33.75 ID:qXHV/tPg0
功「しかし……改めて実在を証明されても、信じがたい物ですね……。
  まさか、魔法なんて」

シエラ「日本は戦後のGHQ統制下で、僅かだった魔法文化が一気に衰退しましたからね。
    生活の裏で深く根付いているのはヨーロッパや東南アジアが主力ですよ」

呆然とする功に、シエラが説明を付け加える。

魔法文化後進国であるアメリカによる戦後統制は、
確かに、日本の魔法文化を世界の裏に完全に押しやってしまっていた。

無論、その存在を知る者もいるが、それは微々たる数だ。

功「それでも、ですよ。
  ウチの娘が、まさかそんな力を持っているなんて……」

功は結を見ながら、驚きを隠せない様子だ。

それもそうだろう。

魔導師が団体で勝てるかどうかと言う生物兵器を、
我が子が倒したなど、魔法を見せられても信じがたい。

しかも、その力のせいで命の危機に瀕していた時期があったなど、
親としては受け入れがたい事実だろう。
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:49:02.59 ID:qXHV/tPg0
リノ「お願い、と言うのはその件です」

リノは会話の流れを引き戻すように言って、数枚の書類を用意した。

それは調査書類のようだ。

リノ「失礼ですが、亡くなられた奥様、
   譲羽幸さんについて、調べさせていただきました。

   奥様は、御養子だったと言う事ですが間違いありませんか?」

功「え……ええ、はい。
  何でも、義父母が欧州旅行をした時に身寄りも記憶もなく放浪していた妻を拾い、
  日本で育てる事にしたと聞いています」

初めて聞かされる母の真実に、結は愕然とする。

母方の祖父母には何度か会っているが、
まさか、あの祖父母と母、引いては自分に血の繋がりがなかったとは信じ難い事実だった。

リノ「これは、当時の捜査資料との検討と、当時の捜査担当者の推測もあっての事なのですが……、
   奥様は、プロジェクト・モリートヴァと言うプロジェクトで生まれた魔導ホムンクルス……、
   つまり、クローンだったのでは、と言うのが我々の見解です」

リノは言いながら、一枚の写真を取り出した。
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:49:42.22 ID:qXHV/tPg0
奏「……母さん!?」

リノの取り出した写真に写っていた人物の顔を見て、奏が声を上げる。

だが、同時に――

結「お母さん!?」

功「幸!?」

結と功も驚きの声を上げていた。

リノ「正解は奏さん。
   これは奏さんの母、祈・ユーリエフ女史が二十代の頃、
   研究院から独立される前に撮影した写真です」

功「いや、しかし……そっくりだ……」

写真を手に取った功は、娘と共にその写真を覗き込む。

リノ「祈さんと幸さんの細胞は、
   魔導巨神に付着していた古代人の細胞組織から培養されています……。
   生物学的には同一人物、或いは双子と言った方が分かり易いでしょうか?」

驚く二人に、リノは冷静に語り、さらに二枚の写真を見せる。

リノ「こちらはCG合成したものですが、
   結さんと奏さんの頭髪と目の色を入れ替えたものです」

確かに、歳の違いのせいか目元など、やや顔つきが異なるが、
どう見てもやや成長した結と、やや幼い奏と言った風にしか見えない。

もっとも、目元の差はセルフクローニングで生まれた奏と、
父からの遺伝もある結の差だろう。
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:50:46.80 ID:qXHV/tPg0
リノ「まぁ、こちらの写真は分かり易くするためのオマケのようなものですけどね」

リノは苦笑い混じりに付け加え、話の軌道修正を始める。

リノ「お嬢さんは、後天的ではありますが莫大な魔力を覚醒させました」

結は息を飲み、功も緊張の面持ちを浮かべている。

リノ「近い将来、お嬢さんは悪意ある研究者に身柄を狙われる可能性と、
   ギアによる補正だけでは魔力循環を抑制できなくなる日がやって来ます。

   こちらの奏さんが、そうであったように……」

リノの言葉に、親子は身を強張らせ、奏も俯く。

奏は、祈の遺した研究史料と共にグンナーによって拉致され、
母の蘇生と言う虚偽の報酬を条件に、その才能と能力を利用された。

グンナーが倒れたからと言って、
魔法を巡る世界の悲劇の輪、その全てが断たれたワケではない。

言ってみれば、第二、第三のグンナー・フォーゲルクロウが現れ、
結を狙う可能性は捨てきれないのだ。

そして、彼らにとって格好の利用の的になるであろう結の魔力は、
彼女自身の身体を深く傷つけている。
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:51:37.85 ID:qXHV/tPg0
リノ「そこで、我々魔法倫理研究院は、結さんの留学を薦めようと思い、
   ここに提案させていただきたいのです」

リノの言葉に、結の目が見開かれる。

留学、おそらくは魔法を教える学校か何かだろうか?

リノ「結さんが自分自身でその魔力を制御できるようになれば、
   一般社会において魔力を暴走させる事なく生活する事も出来ますし、
   結さんほどの才能があれば自分自身の力で身を守る事も出来ます。

   そして、結さんが望むなら研究院にエージェントとして所属する事だって夢ではありません」

リノからされた提案の内容は、結にとっては願ってもない事だった。

世界の真実を知った結は、既に自分の身の置き場が、
かつての日常にないと感じていたからだ。

友人達と離れる事になるが、それでも、得たばかりの力をもっと磨く事が出来る。

リノ「無論、エージェントの業務は命の危険を伴う仕事ではあります……。
   言ってみれば軍や警察のようなものですからね。

   今回のような大事件でエージェント側の死者がゼロと言うのは、
   奇跡としか言いようがありません」

それは結にも分かっていた。

奏との戦いで臨死の恐怖を味わったのは、まだ記憶に新しい。

まぁ、今になって思えば、奏に自分を殺す気がなかったのは明白なのだが。
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:52:12.24 ID:qXHV/tPg0
ともあれ、命の危険があると分かっているからこそ、
結はその助けになれないか、とも感じていた。

自惚れかもしれないが、自分はあの魔導巨神を倒したのだ。

その力を、もっともっと磨けば、エレナから聞かされたように、
いつか世界中の誰かを守る強い力になり得るハズなのだ。

そして何より、リノが言った悪意ある研究者と言う言葉が、
結の中に小さな火を灯していた。

世界中で、今も誰かが、奏のような目にあっているかもしれない。

悪意ある研究の走狗として、もしくはその実験の対象として、
命の危険にさらされているかもしれないと言う事実。

それが、結には許せなかった。

結「お父さん……」

ベッドに横たわった姿勢のまま、結は父に視線を向ける。

そして、父が口を開く前に、意志を伝える。

結「私……エージェントになりたい。
  私にその力があるなら……世界中で悲しんでいる子を助ける力になりたい」

結の中で、ようやく、全ての歯車が回り出した。
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:52:38.68 ID:qXHV/tPg0
与えられるばかりだった誰かの優しさ。

守るために戦うと言う言葉。

誰かを助けたいと願う事。

そして、世界のどこかで、自分の力で助けられる人間がいると言う事実。

奏を助けた時、自分が受け取って来た幸せを、
誰かに分けてあげられたと言う達成感。

その全てが繋がり、譲羽結を突き動かす。

結「私……エージェントになる!」
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:53:27.76 ID:qXHV/tPg0
功「結………」

力強い娘の言葉に、功は一瞬の戸惑いの後、口を開く。

功「………決意は、硬いんだな?」

問いかけるような言葉に、結は父から視線を背けず、無言で頷く。

功はその視線を真っ直ぐに受け止める。

沈黙がその場を支配したが、その沈黙は僅かな間の後、功の言葉によって打ち破られた。

功「話の途中から覚悟はしていたつもりだったが……。
  改めて聞くと、やっぱり寂しいな」

功は寂しげに呟く。

それは、父との別れ。

たった二人だけの家族が、離れて暮らす事になる決断。

永遠の別れでなくても、それはやはり寂しい事だった。
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:53:59.11 ID:qXHV/tPg0
功「バレンシアさん、ハートフィールドさん」

功は二人に向き直り、リノとシエラも姿勢を正し、次の言葉を待つ。

僅かな沈黙。
それは、父が決意を確かめる、僅かな間。

二度の沈黙。

その間に、どれだけの葛藤が功にあったのか分からない。
だが、功の目には寂しさと、それ以上の決意の色が浮かんでいた。

功「結を……強くしてあげて下さい」

功は深々と頭を垂れる。

二度目の懇願。

一度は裏切ってしまった懇願を、リノは感慨深く受け止めていた。

もう、裏切る事はできない。

リノ「今度こそ、任せて下さい。
   結さんを必ず、結さんが望むエージェントにしてみせます」

リノは厳かに応えた。



そして、瞬く間に半年が経過した――
495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:54:49.27 ID:qXHV/tPg0


その日、結は国際空港の出国ロビーに立っていた。

母の形見のリボンと、父のリボンで髪を括り、
先日まで通っていた学校の制服を身に纏い、キリッとした表情で佇む。

手には大きな手荷物と、完治したばかりの右手にエールを携える。

出発を間近に、今は見送りの人々との最後の語らいの時を過ごしていた。
496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:55:18.89 ID:qXHV/tPg0
麗「結、向こうに行っても、ちゃんと手紙書きなさいよ!
  絶対だからね!」

結「分かってるよ、麗ちゃん。
  約束した通り、最低月一通、必ず手紙出すよ」

涙で顔をグシャグシャにしている幼馴染みに、結は笑顔で応える。

香澄「結ちゃん……頑張ってね。
   私もお手紙書くから」

結「うん、香澄ちゃんも、麗ちゃんと仲良くね」

学年があがってから、見違えるようにしっかりとしたもう一人の幼馴染みと、
結は固く握手をかわす。

そこに、涙で濡れたもう一つの手が重なる。

これから、逢えない時間は長くなるだろう。

それでも、結はこの二人に支えられて来た幼い日々を、
新たな友を助ける原動力となった、かけがえのない日々を、生涯忘れないだろう。
497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:55:55.54 ID:qXHV/tPg0
由貴「結さん、向こうでも健康には気を付けるのよ」

学年が上がっても担任だった由貴も、
今日は見送りに駆けつけている。

入院生活が長かったため、四年生として過ごした期間は短かったが、
それでも良き恩師であった。

結「はい! そう言う由貴先生も、お父さんの事、よろしくお願いしますね?」

結は、どこか戯けた様子で言った。

何度となく見舞いに来てくれた恩師、その都度、顔を合わせた父。

二人の距離が縮まるのを、結は見ていた。

父が母以外の女性に心を許すのは少し寂しい気もしたが、
これから離れて暮らす父の事を支えてくれるのがこの恩師ならば、
これ以上、心強い事はない。

今思えば、優しくも気の強い母と、
面倒見のよくて勝ち気な恩師は、どこか似ている気がした。

結「年末年始は帰省できるそうなんで、ちゃんと戻って来ますから、
  少しだけ待っていて下さいね?」

由貴「ゆ、結さん……!」

思いも寄らなかった教え子からの奇襲攻撃に、由貴は顔を赤くしていた。
498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:56:31.12 ID:qXHV/tPg0
功「結……」

押し黙っていた父が、結の前で片膝立ちになる。

結「お父さん……私、強くなるよ……!」

そんな父に、結は決意の篭もった声で応える。

結「お母さんから貰った才能、お父さんに愛して貰った心と、
  みんなから受け取った優しさ……。
  その全部で、世界中で泣いている子に届けて来るよ……。

  魔法は、とっても素晴らしいんだって事。
  みんな、泣かなくてもいいんだって」

功「そうか……そうか!」

結の決意を受けて、父は涙を溜めて、何度も頷いた。


ややあって、搭乗を促すアナウンスが流れる。

結は足下に下ろしてあった荷物を手に取り、ゲートに向かう。

結「じゃあみんな………」

結は振り返って、見送る人達へ振り返る。
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 22:57:20.51 ID:qXHV/tPg0
――きっと私は、幸せなんだと思う。

  多分、私のお父さんは他の子のお父さんよりずっと優しくて、
  いつも私の事を何よりも大事に考えてくれていて……。

  多分、私の友達は比べようもないくらい優しくて、
  いつも私の事を気遣ってくれているのに、それを感じさせなくて……。

  だから私もみんなに、いつか、みんなが私にくれたモノの何十分の一でも返していければいい。
  そう思えるくらい、私はみんなから愛されていて……。

  だから、今、その愛された心で、誰かに優しさを伝えるために、私は旅立つんだ……。

  だから、もう、私は寂しくなんかない……。

  私の心には、みんながいるんだから……――



         「行って来ます!」

少女は大きく手を振って、満面の笑顔で旅立った。



第8話「結、新たな道へ」・了

魔導機人戦姫 第一部・戦姫邂逅編 完
500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 23:01:23.78 ID:qXHV/tPg0
以上で、魔導機人戦姫は一旦、終了となります。

続きは………構想とキャラは作ってありますが、
自分のモチベーションと時間次第と言う事で………。

ともあれ、お付き合い下さった皆さん、
ROM専でも見守ってくださっていた方も、
本当にありがとうございます。


第1話 >>2-38
第2話 >>44-85
第3話 >>89-130
第4話 >>133-189
第5話 >>194-249
第6話 >>252-305
第7話 >>309-376
第8話 >>379-499
501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/24(土) 23:11:04.17 ID:1AywjJqk0
乙ですた!
大 団 円 ! !
やっぱり、すったもんだがあろうとも、主人公が何かを掴み、そこに向かって必死で邁進し、
さらにその先への目標を見出しての終幕と言うのは良いものです。
結は最後までやっぱりエエ子や・・・。
では最後はやっぱりこの言葉で。
この子の未来に、円環の女神と、白い魔王、黒い雷神のご加護のあらん事を!
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/24(土) 23:54:02.12 ID:qXHV/tPg0
>>501
お読みくださり、ありがとうございます。

目標云々の部分に関しては、母親を喪ってから、空っぽの良い子になってしまった子が、
中身と言うか、自分の中心となる物を得る話……ってスタンスで書いて来ました。
結果的に、パロディ元から遠ざけられたかは微妙になってしまいましたが……。

そして、最後までバレなかった元ネタその2w
いや、本当に元ネタになっているか怪しいですが……
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/27(火) 00:39:51.05 ID:gSZmi97a0
>母親を喪ってから、空っぽの良い子になってしまった子が、
>中身と言うか、自分の中心となる物を得る話
この部分は元のお話より結の状況が明確になっていて良かったと思いますよ。
元の方は「一時的に喪失状態を経験して自分の無力さを痛感した」という位置づけで劇中だけだと
イマイチライバル側に主人公が共感を抱く理由を明確に感じるのが難しかった気がするので。
あと、結のお父さんの良い父親っぷりや、リノさんとの大人のやり取りも好印象でした。
少ない出番でもこうした描写はお話に世界観などの設定以上の厚みを感じさせられるので好きなんです。
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/27(火) 01:13:02.58 ID:pMetRFVo0
>>503
1stコミック版だと、共感と喪失がしっかり描かれていて、そんな事ないんですけどねw
尺と話数の決まっているアニメだと、色々演出が難しいんでしょうねぇ……
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:45:34.06 ID:pMetRFVo0
今回から、投下時はsagaのみで行こうかと思います。

では、第2部第1話となる、第9話の投下を開始します。
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:46:45.49 ID:pMetRFVo0
第9話「結、新たな友との出会い」



1997年夏
スイス、首都ベルンにある高級ホテル――

少女「う〜ん……!」

早朝のその一室で、大きく伸びをする少女。
名を譲羽結と言う。

学校に通っていれば小学四年生、
誕生日は12月とまだ来ていないため歳は九つ。

白のブレザーに紺のスカートと言った、
先日まで通っていた小学校の制服に着替え、
肩よりも長い黒髪を、薄桃色のリボンで二つ結びに括る。

姿見の前で一回転し、身だしなみを確認する。

準備万端だ。

少女(結)「よしっ!」

姿見に映る自分の姿に、結は満足げに頷いた。

その時だった――
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:47:17.44 ID:pMetRFVo0
少女「ごめーん、待った、結ちゃん?」

部屋のドアがノックも無しに開けられ、赤髪の少女が飛び込んで来る。

動きやすそうな服の上に白を基調とした薄手のジャケットを羽織り、
小脇には小さな荷物を抱えている。

結「エレナさん!」

結は不躾な来客が見知った顔と知ると、顔を綻ばせた。

彼女の名はエレナ・フェルラーナ。

この世界に存在する超常の力、魔法を人類の進歩と発展のために日夜研究する組織、
魔法倫理研究院に所属する魔導師、通称エージェントの一人だ。

七ヶ月前、とある事件をキッカケに魔法に出逢った結に、
自衛のための魔法を教えてくれた恩師でもある。

ちなみに年齢は十五歳だが、立派なプロのエージェントである。

結「さっき準備が終わった所です」

少女(エレナ)「そう、良かった……」

笑顔の結に、エレナは胸を撫で下ろす。
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:48:22.92 ID:pMetRFVo0
チェックアウトを済ませた結とエレナは、ホテルを出てハイヤーに乗る。

結「何だか、初めての海外で、あんな大きなホテルに泊まって、
  車でお迎えなんて……急にお金持ちになったみたいで緊張しちゃいます」

結はそわそわとした様子で、車窓から見える異国の町の風景を見渡す。

エレナ「まぁ、全部、研究院の息のかかった企業だからね。
    それはそうと、ちゃんと眠れた?」

結「アハハ……実は、ワクワクしてたら目が冴えちゃって……」

エレナの問いかけに、結は苦笑いを混じえて申し訳なさそうに応えた。

故国、日本を出立し、初めての異国の地であるイギリスに降り立ったのが昨日。
そこから飛行機を乗り継いでスイスの首都ベルンへ入ったのが昨夜。

手配済みの高級ホテルで、結は事前に渡されていた分厚いパンフレットを見て過ごし、
今もその手にはややくたびれた様子のソレが握られている。

結「スイスって事は、やっぱりチューリッヒ訓練校ですか?
  パンフレットで見た建物が綺麗で、もう楽しみで楽しみで!」

エレナ「へ? チューリッヒ?」

満面の笑みを浮かべる結に、エレナは怪訝そうな顔で首を傾げた。

チューリッヒとは、北部に存在するスイス最大の都市だ。
国内における金融・経済・商業・文化などの中心都市で、
欧州でも有数の都市に数えられる。

端的に言えば、日本の東京である。

そして、欧州各地に点在する魔法倫理研究院のエージェント養成学校の一つ、
チューリッヒ訓練校がその郊外――厳密にはチューリッヒから外れるが――に存在する。

パンフレットによると、去年、新設されたばかりの最新訓練校だ。

しかし、エレナの反応はどうも芳しくない。

まさか、ここからまた飛行機で移動だろうか?
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:49:02.99 ID:pMetRFVo0
エレナ「結ちゃん、パンフレット貸して」

エレナは言うが早いか、結からパンフレットをひったくる。

表紙を見て、沈黙。

だが、その沈黙はエレナの驚きとも怒りとも取れる声によって、一瞬にして破られた。

エレナ「……誰よぉっ!?
    結ちゃんに一般訓練校のパンフなんて送ったの!?

    ああん、もう!
    運用がDランクとは言え、魔力Sランクオーバーの子なんて、
    一般に入れられるワケないでしょうに……」

エレナは言いながら、持ってきた荷物の中を探り、
結が持っていたのは別の薄っぺらいパンフレットを取り出した。

エレナ「はい、結ちゃん、これが本当の結ちゃん向けのパンフレット。
    念のため持って来ておいて正解だったわ」
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:49:33.45 ID:pMetRFVo0
結「へ?」

今度は結が首を傾げる番だった。

パンフレットの表紙には『Aカテゴリクラス入学のススメ』と日本語で書かれている。

様々な言語地域向けのパンフレットが存在するのだろう。

他国の言語でも困る事はないが、読みやすい母国の言葉である事は素直に嬉しい。

エレナ「まったく、本部に帰ったら事務に文句言ってやる……!
    適当な仕事しちゃって、もう……!」

唖然とする結を尻目に、エレナはジト目で前を向きながら、
誰とは無しにぶつくさと文句を言っている。
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:50:23.00 ID:pMetRFVo0
しばらくしてベルン郊外に出たハイヤーは、
民家の少ない空き地へとたどり着いた。

エレナ「ありがとうございました。
    さ、結ちゃん、ここから自力飛行よ」

結「へ? へ?」

訳も分からず、ハイヤーから降ろされる結。

エレナ「目指すはアルプス山脈、さっ、急ぎましょ!」

結「へ? え?」


「えぇぇぇぇぇ!?」


困惑する結の声が、辺りに響き渡った。
512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:53:18.04 ID:pMetRFVo0


五時間後――

スイス西部の地方小都市・マイエンフェルトの郊外
……と言うか草原地帯に、結は立っていた。

児童文学、アルプスの少女ハイジのモデルとして有名なイェニンス村にも近い、
実に田舎らしい地方都市。

スイス最大の都市、チューリッヒとは真逆である。

昼過ぎにマイエンフェルトに到着した結達は、
簡単な食事を済ませ、この草原へと来ていた。

結「住んでた町より田舎だ……」

やや都会暮らしに憧れる年頃だった結は、ショックを隠せずにため息を漏らした。

かなり離れた位置に町並みが見えるが、やや小規模と言わざるを得ない。

故郷は某県の地方都市、その山側も大体あんな感じだったが、
バスに乗って数分で中心街までは移動できし、都心へのアクセスも難しくはなかった。

が、アルプスの麓に存在するこの町は、首都からも大都市からも遠く、
アクセスもあまり宜しくない。
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:54:24.85 ID:pMetRFVo0
エレナ「ん〜、やっぱこっちは空気が美味しいわ……!
    本部とは大違い!」

深呼吸しながら、エレナは満足そうに言った。

うん、確かに空気は美味しかった。

ため息のための呼吸すら心地よい。

別に田舎町を馬鹿にするワケではないが、
期待との落差が激しく、ショックは否めない。

だが、目の前に広がるどかな光景を見ていると、
そんな思いも徐々に和らぎ始めていた。

結「で、その……Aカテゴリクラスって、結局、何なんですか?」

パンフレットを見る間もなく、こんな場所まで飛行魔法でひとっ飛びさせられた結は、
怪訝そうに尋ねる。

エレナ「パンフレット……見る余裕なかったわよね、そりゃ……。
    まぁ、道すがら説明するわ」

エレナは言いながら、丘向こうから走って来る大型ジープを見て、
“迎えも来たみたいだしね”と付け加えた。
514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:55:10.84 ID:pMetRFVo0
迎えのジープはかなり大きなもので、シートは四列、
迎えの運転手も含めて全員が最前列に乗れるほどだった。

運転手は、肩よりも少し長い金髪を髪留めでまとめた、
しっかりとした印象を受ける大人の女性だった。

見た目の年齢も近いせいか、どこか、
日本の恩師である藤澤由貴を思わせる雰囲気を纏っている。

女「あなたが譲羽結さんね?
  私はレナ・フォスター、よろしくね」

にこやかな自己紹介は英語だった。

この辺りはドイツ語が主流だが、おそらく、出身が英語圏なのだろう。

結「あ、はい、よろしくお願いします!」

結は深々とお辞儀して、ジープの前列座席の中央に乗り込む。

エレナ「お久しぶりです、レナ先生」

女(レナ)「あら、エレナ?
      Aランクの戦闘エージェントが案内役なんて、どうしたの?」

続けて乗り込んだエレナに、レナは驚きの声を上げる。
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:57:56.61 ID:pMetRFVo0
エレナ「魔導巨神事件のお陰で研究機関がバラバラになって、
    戦闘エージェントはみんなヒマ……。

    って言うのは半分冗談ですけど、
    丁度、オフが重なったので、一応、教え子の付き添いって事で」

レナ「あら、生徒に教え子が出来るなんて、私もベテランって事かしら?」

戯けた調子のレナに、エレナは笑みを浮かべた。

結は二人のやり取りに挟まれ、首を傾げている。

エレナ「ああ、そうそう、レナ先生はAカテゴリクラスの寮母さんで先生なの」

レナ「そう言う事、これから……大体、4年間かな?
   改めて、よろしくね、結さん」

ジープを発進させながら、レナは結に視線を送る。

結「よ、よろしくお願いします、先生!」

先生と言う言葉に緊張しつつ、結は再びお辞儀する。

シートベルトに邪魔されて、上手く出来たかは分からなかった。
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 21:58:59.28 ID:pMetRFVo0
レナ「でも、エージェント・バレンシアとエージェント・フェルラーナのお弟子さんに、
   一般座学以外で私で教えられる事なんてあるかしら……?」

エレナ「砲撃戦と魔法基礎くらいですよ、この子は。
    魔力応用や空戦機動、格闘戦から……まだまだ知らない事の方が多いですよ」

レナ「アハハハ、それでも、格闘戦と一般座学くらいしか私の出番は無さそうね。
   教官隊や教育隊の人達に、みっちり鍛えて貰いなさい」

結「は、はぁ……」

どんどんと進む話について行けず、結は呆然と返事を返すだけだ。

エレナ「Aカテゴリクラスって言うのは、
    幼少期から高い素養を持つ子を集めたエリートクラスよ。
    私やリノさんもそこ出身。」

そして、ようやく結への説明が始まる。
517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:00:13.08 ID:pMetRFVo0
エレナ「一般校のカリキュラムは分かるわよね?」

結「はい!

  えっと、6歳で入学して、
  14歳までに出身国の一般教養と魔法知識を学習、ですよね?」

エレナの質問に、結はパンフレットで見た内容を思い出しながら言う。

エレナ「そう、Aカテゴリクラスも基本は変わらないわ。
    ただ、一般校と違って13歳になったら、
    エージェント隊への仮入隊と研修が認められているの。

    要は、未来の先輩や同僚の元で先に仕事の内容を知る事が出来る、
    インターンシップみたいな制度も導入されているの」

結「インターンシップ……」

エレナの説明を聞きながら、結は感慨深く呟く。

要は職業体験と言う事らしい。
なるほど、エリートクラスらしい制度だ。

レナ「捜査エージェント隊、戦闘エージェント隊、
   救急エージェント隊、研究エージェント隊……。
   基礎カリキュラムが修了していれば、どこでも仮入隊できるわ。

   ちなみに、私達みたいな教師の殆どは捜査・戦闘エージェント隊を経由して、
   研究エージェント隊の教官隊や教育隊に所属って流れね」

レナの付け加えた言葉に、結は内心ワクワクしていた。

今年で十歳の自分は、あと三年後には、見習いとは言え、
目指すエージェントとして活動出来るのだ。
518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:01:12.37 ID:pMetRFVo0
エレナ「パンフレットにもあるけど、
    Aカテゴリクラスは校舎と寮が一体型の総合施設。
    色々な年齢、色々な国の子と触れ合えるわ。

    ……人数はちょっと少ないけどね」

レナ「あら? 今年は多いわよ。
   なんと結さんで七人目。

   ……フランとザックが卒業する2年後までだけど」

エレナ「あ、そっか、リーネも春からコッチでしたっけ?」

レナの言葉に、エレナは説明を中断して感慨深く言った。

フランとザックの名は初耳だが、リーネと言う子の名前は、
結にも日本での聞き覚えがあった。

確か、エールの本来の持ち主となるかもしれなかった子だ。

聞いた話では去年五歳の誕生日だったと言うから、今年から入学と言う事だろう。
519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:01:47.47 ID:pMetRFVo0
レナ「一般校も留学生は受け入れているけど、まぁ、殆どはその国の子ね。
   人数も一校で大体五十人とこっちよりは規模も大きいわ。

   但し、学年分けされちゃうけどね」

エレナの説明を引き継いで、レナが続ける。

と言う事は、Aカテゴリクラスは学年分けされずに全員が同じ教室で学ぶと言う事だろう。

田舎にある事と言い、どこか日本の分校を思い起こす。

レナ「開校から三十年と歴史は浅いけど、魔導師界の大家、
   ミケランジェロ・カンナヴァーロ老が提案し、創設された由緒ある学舎よ。

   よく学び、よく笑い、よく交われ……素晴らしい考えだと思うわ」

感慨深かそうな声音のレナに聞かされ、結はパンフレットを開く。

そこには彼女の言ったミケランジェロ・カンナヴァーロの名が書かれている。

七ヶ月前、大事件を解決する代償に多くの禁を犯したリノを庇ってくれた人物の名だ。

それだけ、彼の発言や行動は魔法倫理研究院に多大な影響力を持つと言う事だろう。

現在はフリーランスの魔導師として自身の養成所を開いているが、
魔法倫理研究院が魔導研究機関と袂を分かつ前、
旧魔法研究院時代はSランクの中でもトップクラスの戦闘エージェントだった経歴を持つ大人物である。
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:02:34.55 ID:pMetRFVo0
エレナ「本部の重鎮からは、腫れ物を集めただけ、
    なんて嫌な言い方もされますけどね」

レナ「一部の叩き上げのやっかみよ。
   どんな業界でもある事だし、気にしない方がいいわ」

苦笑いを浮かべるエレナに、レナは笑みを浮かべて言った。

その様子からも、レナ自身も特に気にした風ではない。

叩き上げのやっかみ、と言うのも言葉のあやだろう。

エレナ「ですね………。

    それと、常駐している教師は基本的にレナ先生だけ。
    魔法知識や訓練の時に専門の教師が教育隊から派遣されるわ。
    たまに現役で前線に立っているSランクや、
    Aランクでも上位のエージェントが教えに来るから退屈しないわよ」

頷いてから説明を再開するエレナ。
521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:03:11.11 ID:pMetRFVo0
結「現役の人……って、
  リノさんやエレナさんも教えに来るんですか!?」

レナ「アハハハ………さすがに英雄バレンシアは無理よ。
   今は一時降格処分でAランクだけど、
   あの子は捜査エージェント隊のトップエースよ?」

驚く結に、レナは大きく噴き出した。

エレナも“私はまだまだ新人だしね”と付け加える。

結もさすがに顔を真っ赤にして俯いてしまう。

レナ「まぁ、リノはともかく、
   結さんの在学中ならエレナが来るのはあり得る話かしら?

   どう、前線から退いたらこっちに来る?」

エレナ「教育隊や教官隊を目指してますけど、
    それでも前線引退なんて、まだ五年以上先ですよ……。

    まぁ、考えておきます」

結を挟んで、かつての教師と教え子がにこやかに将来を話し合う。
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:04:29.00 ID:pMetRFVo0
レナ「他に何か知りたい事はあるかしら?」

結「あ、はい、レナ先生は……何で前線から教育隊に入ったんですか?」

レナの問いかけに、結は少し前から気になっていた事を尋ねる。

エレナの将来設計を聞かされる限り、二十歳で前線引退は珍しい事ではないようだが、
年の頃からしてもどう見ても三十歳前のレナが前線を引退しているのは疑問だった。

レナ「あら? 私の事?」

エレナ「結ちゃん、前線志望ですから。
    多分、この子なら保護エージェント目指すんじゃないかな?」

レナ「ああ、そう言う事……」

怪訝そうな表情を浮かべたレナだったが、
エレナの説明を受けて納得したようだった。

そして、少し思案する。
523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:07:37.87 ID:pMetRFVo0
レナ「ん〜……そうねぇ……。

   私、元は一般訓練校に入ったんだけど、そこで魔導師が合わないって思って、
   エージェント隊には入らず、一般社会に出て大学で児童心理学を学んだの。

   でも、そこでちょっとコッチの実情を思い出してしまってね……」

意を決して口を開いたレナは、その頃の事を思い出すように語り出す。

その目には、少し寂しそうな色が浮かぶ。

レナ「一応、児童心理学の単位は二年の頃に全部取ってしまったから、
   二十歳で研究エージェント隊に出戻り。

   そこで拉致被害にあった子供達の心をケアする研究を始めたの。
   でも、年々、被害は増えて……」

そして浮かぶのは、悔しさと怒り。

レナ「本当はこんな研究をしなくても良い世界が正しいのに……。
   だったら“研究は他の人に任せて、今は少しでも、そんな被害を少なくしよう!”
   って思っちゃったのね。

   それで、私が出来る事を考えたら、候補生に勉強を教える事くらいかな、って。
   丁度、前任の定年で空きが出来たAカテゴリクラスの教職についたのよ。
   それが六年前」

そして、目に浮かぶ決意の灯火と、表情には笑顔。
524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:10:05.01 ID:pMetRFVo0
教師が夢や目標だったのではなく、
エレナと同じく、教師と言う職で自分の夢を叶えようとする人だ。

大学まで行ったと言う事は、
ハイスクールレベルの知識は持っていると言う事だろう。

成る程、ジュニアハイスクールレベルの教員としては問題ないワケだ。

レナ「でもね、学校の先生も悪くないわよ。
   みんないい子で、教え甲斐があるわ」

優しい笑顔を浮かべるレナの横顔に、結は見とれていた。

ああ、この先生は良い先生だ。

恩師の藤澤由貴を思い出したのを、結は間違いではないと思った。

由貴も自分の信念を持って、教師と言う職を勤めている。
教師と言う職に誇りを持ち、生徒と真っ向から向き合っている。

そんな由貴と同じ熱意を、結はレナから感じ取っていたのだ。

結は“自分は先生に恵まれているな”と、素直に感じた。
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:10:59.30 ID:pMetRFVo0
そして、同時に感じた、
レナの目指す世界は、自分と同じだと言う事。

世界中で泣いている子供達を一人でも多く助けたくて、
自分の出来る事をしようと考えている。

結「……よろしくお願いします、レナ先生!」

結は今から目指し、進んで行く道の先達への敬意から、
姿勢を正し、改めて、深々と頭を垂れた。

レナ「あらあら? 気合い入ってるわね。
   なら、私も頑張っちゃおうかしら」

結の様子から彼女の意志を察したのか、
レナも満足そうに笑顔を浮かべて言った。

彼女たちの乗るジープは村を抜け、
舗装されていない森の中へと入って行く。

まだ、先は長いようである。
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:11:33.34 ID:pMetRFVo0


数時間して、ジープはなだらかで拓けた山の斜面に面した建物の前に着いた。

ジープから降りた結は、その建物を見上げる。

外見は二階建ての、山小屋にしては巨大な建造物。

広大な一階の上に、やや小振りな二階と言った構成だ。

レナ「校舎と宿舎兼用だから、食堂やお風呂もあるし、
   雨でも屋内で魔法実習が出来るようになっているわ」

レナの説明を聞きながら、結は周辺を見渡す。

広い大草原に数本の立木、離れた位置には森と川。

これで羊がいれば、正に、アルプスの少女ハイジの世界だ。

レナ「見た目と内装は木造だけど、五年前に建て直して、
   中身は耐震性に優れた鉄筋コンクリートよ。

   まぁ、木材は張り子ね。
   この辺も冬は寒くなるから冷暖房完備。

   施設だけなら新設のチューリッヒ校にだって負けないわよ」
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:12:24.65 ID:pMetRFVo0
結「ステキ……」

結は素直にそう呟いていた。

別に施設の充実ぶりを聞かされたからではない。

都会暮らしには確かに憧れたが、
大自然に囲まれて聳える木造の外観を持った校舎にはまた違った趣があり、
児童文学の世界を彷彿とさせた。

やや傾いた夏の日差しで暖かく照らされた校舎はきっと、
朝日や昼の日差しの中でもその暖かさを失う事なく聳えているのだろう。

レナ「飛行魔法に慣れれば、一時間で町と往復できるわよ」

エレナ「メイの片道五分を塗り替える子は、絶対出ないでしょうけどね」

レナとエレナは顔を見合わせて笑う。

何だか信じられない単位を聞かされた気がしたが、
結はそんな事は気にしなかった。

これから約四年間を過ごす学舎。

幼少期、幼稚園と小学生の六年間を過ごした二つの学舎と、
同じだけかけがえのない日々を夢見る。
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:14:25.12 ID:pMetRFVo0
エレナ「それと結ちゃんに極秘情報」

これからを夢見て意識が飛びかけている結の耳元に、
エレナが耳打ちする。

エレナ「町と反対方向、山向こうに若年者保護観察施設があるわよ。
    飛行魔法を極めれば片道二十分」

結「え!? ほ、本当、エレナさん!?」

エレナの言葉に、荷物を落とすほど驚いて喜色を示す結。

若年者保護観察施設。

それは、悪意ある拉致被害を受けて心身に深浅を問わぬ傷を負った、
魔法の才覚を持った十七歳未満の少年少女がケアを受ける施設。

多大な魔力的被害を被った子供達の、リハビリテーションの場でもある。

結には、心から親友と呼べる人間が、今時点でも三人いる。

その内の二人は、日本にいる幼馴染みの三木谷麗と山路香澄。

そして、もう一人、
結が魔法と出逢うキッカケとなった事件で出逢った少女であり、
また、結が進まんとする道に多大な影響を与えた少女。
奏・ユーリエフ。

事件の終結の頃、魔力減衰障害と言う重度の障害を負った彼女が
リハビリを続ける施設こそが、エレナの口にした施設だ。
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:15:32.72 ID:pMetRFVo0
結「奏ちゃんも、近くにいるんだ……」

三ヶ月前、先んじて日本を離れた彼女の居場所が近い事を知り、
結は温かな気持ちで胸に手を当てる。

日本にいる間は、隣り合った病室で過ごし、
衰弱していた彼女が十分な回復を見せた事で離れた。

結は、事件での最終決戦で負った全身裂傷が完治しておらず、それからさらに二ヶ月の入院、
さらに一ヶ月、通学しながらのリハビリが続き、ようやく留学となったのだ。

奏は年齢こそ二歳年上だったが、六歳の誕生日を目前に母を喪ったと言う共通項があり、
また、奏の命と、そして心を結が救い、それを通して結自身が成長した事から深い絆で結ばれていた。

いつ逢えるとも知れなかった別れの日も、
お互いに泣きながら再会を誓ったのを昨日の事のように思い出す。

まさか、こんなにも早く再会の機会が巡って来るとは思わなかった。

結「私、飛行魔法の訓練、頑張ります!」

結は両拳を胸の前で握りしめ、力強く宣言する。

と、その時だった――
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:16:46.28 ID:pMetRFVo0
少女「エレ姉!?」

学舎の方から聞こえた少女の声に、全員がそちらへ振り返る。

正面玄関らしき場所に、
驚いたように目を見開いた赤茶色のおさげ髪の少女がいた。

おそらく制服と思われる、
エレナと似たようなデザインの茶色のジャケットを着ている。

年齢は結よりも上、奏と同い年くらいだろうか?

少女「新しい子の案内って、エレ姉だったの!?」

驚きに入り交じる喜びの色を見せて、少女はエレナに飛びついて来る。

エレナは彼女を抱き留め、衝撃を逃がすようにその場で一回転して止まった。

エレナ「フラン、久しぶりね。また大きくなった?」

少女「うん!
   来るなら来って言ってくれれば、一緒に歓迎する準備もしたのに」

エレナ「アハハハ……急に決めたからね」

髪の色も似ている事から、どこか姉妹のような雰囲気を醸し出す二人。
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:17:24.53 ID:pMetRFVo0
フランと呼ばれた少女もイタリア語で話しているから知り合いだろうか?

結はそんな事を思いながら、エレナがここの卒業生である事を思い出していた。

二年前は、この二人も席を並べて学んでいたのだ、仲が良いのも頷ける。

エレナ「ほら、フラン、自己紹介」

呆気に取られた様子の結に気付いて、
エレナはフランを結の前に立たせた。

フランは一瞬、恥ずかしそうに咳払いをする。

少女「コホンッ……。

   ……フランチェスカ・カンナヴァーロ、11歳よ。
   フランって呼んで」

フランチェスカ――フランはキリッとした態度で名乗り、手を差し出して来る。

結「えっと、譲羽結です。
  よろしくね、フランさん」

結も慌てて自己紹介し、差し出された手を握ろうとする。

だが、その手は寸前で避けられてしまう。
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:18:37.65 ID:pMetRFVo0
結「あ……」

ショックを受ける結に、フランは少し不満そうな顔を浮かべ――

少女(フラン)「フランさん、じゃなくて、フ・ラ・ン。

        これから一緒にここで過ごすんだもの、
        さん、なんて他人行儀は無しだよ、結」

そう、諭すように言った。

そうだった。

フランの言葉で、結も思い出す。

そう、心を飾らないなら、言葉も飾らない。
奏に思いをぶつけた時に、自分もそう思ったのだ。

結「うん……じゃあ、よろしくね、フラン」

結が笑顔で右手を差し出すと、
フランも笑顔で結の手を両手でがっしりと掴んだ。

フラン「さっきはごめん、でも、これからよろしくね、結!」

先ほどの非礼を詫びて来るフランは、
気付いたように自分の左袖に括り付けられた銃弾型のアクセサリを掲げる。

フラン「それと、この子は私の相棒のチェーロ」

紹介されたチェーロは、主の声に応えるように表面を赤く輝かせる。

握手から解放された結も、右手人差し指をフランに向ける。

結「私の相棒、エールだよ」

そして、自らの魔導機人ギア、エールを紹介する。

その直後――
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:19:07.62 ID:pMetRFVo0
ドーンッと言う轟音と共に、結達の背後で盛大な土煙が舞う。

結「ふわぁっ!?」

突然の異常事態に、結は振り返って身構え、
他の三人は呆れたようにため息を漏らしている。

少女「うぇ!? もう来てんの!?」

土煙の中から、黒髪をお団子に纏めた勝ち気そうな少女が現れた。

少女は左手に大きな袋を提げ、身体についた土埃や木葉などを払い落としつつ、
驚いたように目を見開いている。

フラン「アンタはもう……。
    少しは余裕を持って出発しなさいって、いつも言ってるでしょ?」

フランがジト目で少女を見遣ると、少女は苦笑いを浮かべる。

少女「いやぁ、行きがけに見かけた時は、
   目算でもうちょっとかかるかなぁ、って思ったんだけど……」

フラン「アンタはねぇ……もう……」

フランは盛大なため息を漏らした。
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:21:08.64 ID:pMetRFVo0
フラン「結、この子は李明風」

呆気に取られて身構えたままの結に、
フランは呆れ気味に少女――李明風【リ・メイファン】を紹介する。

結「あ、えっと、譲羽結と、相棒のエールだよ」

結は握手ついでに差し出した右手のエールを紹介する。

少女(メイ)「へ〜、日本の子なんだ、珍しいね。
       あ、っと、コイツ、相棒の突風。

       アタシの事はメイファンとか、メイって呼んでよ」

明風あらため、メイは早口で言って、
腰に下げているベルトをぶらつかせた。

その先には緑色のクリスタルがあり、それが彼女のギアの待機状態である事が分かった。

メイは叩き付けるような勢いで差し出された手を握り、ブンブンと大きく握手する。

結「ツェン、フォン? それに、メイって……
  あ、この子、第五世代ギアなんだね」

結は、メイの名を日本で耳にした事を思い出し、
驚いたように突風を覗き込む。

そう、メイの愛器・突風は、七ヶ月前の事件で盗難被害に遭った五器の第五世代試作ギアで、
リノとエレナの手によって取り替えされた内の一器だった。

Aカテゴリクラスは時代のトップクラスエージェントを育成する教育期間であり、
大容量の魔力を扱う子供が多い事から、優先的に試作型の最新ギアが回される事が多い。

メイと突風もその中の一組と言う事らしい。
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:22:54.42 ID:pMetRFVo0
フラン「メイ、足りないお菓子の買い出し、ちゃんとして来た?」

メイ「うん、バッチリだよフラン姉。
   クッキーとチョコがメインでいいんだよね?
   一応、ミルクとジュースも買い足して来たけど」

フランの質問に、メイは提げていた袋を高々と掲げる。

フランは袋を受け取り、中身を確認して何度か頷く。

フラン「よし、上出来」

メイ「やった!」

満足そうに言ったフランに、軽くガッツポーズを取るメイ。

そのやり取りを見て、結は首を傾げる。

結「メイ、町に行ってたの?
  それなら一緒に車で戻って来れば良かったのに」

メイ「え〜、無理だよ。
   私が出かけたの、二十分前だもん」

結「へ?」

あっけらかんとした様子で疑問に答えてくれたメイの言葉に、
結は呆然とする。
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:23:43.70 ID:pMetRFVo0
レナ「メイは走るのが速いのよ。
   多分、現役エージェントと比べても最速なんじゃないかしら?」

メイ「突風を貰ってからの往復自己最高記録は、
   八分二十二秒だよ」

レナの説明を受けて、メイは胸を張ってVサインを向けて来る。

その様子は誇らしげだったが、凄まじい記録を聞かされ、結は唖然とする。

それらしい事は先ほども聞かされた気がしたが、目の前の少女の事だったようだ。

かつて戦ったキャスリン・ブルーノもかなりの速度だったが、
町からのココまでの距離をそれだけのスピードとなれば、
キャスリンの倍以上のスピードなのではないだろうか?

上には上がいると言うが、
あの光弾の如きキャスリンよりも速いらしいメイを、何と言えばいいのだろうか?
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:24:15.88 ID:pMetRFVo0
エレナ「まぁ、まだまだ丁寧さにはかけるけどね」

エレナは言いながら、メイの到着地点に穿たれたやや深めの穴を見遣った。

確かに、凄まじいスピードと引き換えに、かなり乱暴なブレーキをかけているようだ。

メイ「エレナ姉、ヒドいよ〜!
   これでもソフトに止まれるようになったんだよ〜!」

エレナ「じゃあ、今度はクレーターを作らないように止まれるように練習しないとね」

頬を膨らませたメイに、エレナは笑みを浮かべ、
宥めるようにその頭を撫でた。

メイも満更ではないのか、少し恥ずかしそうに目を細める。

レナ「さっ、ここで立ち話も何だから、校舎の中に入りましょう?
   結さんも部屋に案内しないといけないしね」

レナが頃合いを見計らって、全員の背中を軽く押すようにして校舎に入るように促した。
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:24:46.56 ID:pMetRFVo0
校舎に入ってすぐ、フランとメイの二人と別れた結達は、
足早に二階へと昇る。

校舎内は全体が板張りになっており、外観と同じく暖かな雰囲気を醸し出していた。
それでいて、空調も完備されているらしく中は過ごしやすい。

長く入院していた病院がそうであったように、
この感じからして、ほぼ全ての部屋の温度や湿度が一定に保たれているようだ。

外観は木造でも、確かに、中身は最新の設計構造のようだ。

レナ「昼夜の寒暖差が激しくて、冬はかなり厳しい寒さになるから。
   夏場は大丈夫だけど、冬に外に出る時はちゃんと厚着するのよ?」

結「はい、レナ先生」

レナの諸注意に受け答えしつつ、結達はさらに進む。

そして、突き当たりから三番目、右手側のドアの前で立ち止まる。

レナ「ここが結さんの部屋よ」

エレナ「あ、ここ私が使ってた部屋ですね」

レナの説明に、エレナは驚きと懐かしさの入り交じった声を上げる。
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:25:36.42 ID:pMetRFVo0
レナ「ここから向こうの四つは空き部屋よ。

   あ、廊下の突き当たりにある大きな扉は物置ね。
   一応、部屋にタンスや収納はあるけど、
   入りきらない季節物の服はあっちにも片付けられるから」

レナは言いながら、来た方とは逆の突き当たりを指差す。

エレナ「別名、かくれんぼ部屋……」

エレナはぼそっと呟く。

レナ「そうねぇ、いたずらっ子の逃げ込み部屋とも言うわねぇ」

その呟きを耳ざとく聞きつけたレナが、
からかうような目をエレナに向けた。

エレナ「少なくとも、レナ先生が先生になってから隠れた記憶はありませんよ」

結「隠れた事はあるんだ、エレナさん……」

平然を装った風のエレナに、結は苦笑いを浮かべた。
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:26:04.24 ID:pMetRFVo0
結は前開きのドアを開けて、室内に足を踏み入れる。

事前に研究院を経由して送られた荷物が、
部屋の隅に積み上げられている。

部屋の広さは十畳ほどだろうか?
実家にあった部屋の、倍近い広さがある。

結「ここが……今日から私の部屋……」

どことなく欧風の作りを取り入れた部屋を、
結はゆっくりと見渡す。

大きめのベッドは二段ベッドのように高く下にタンスが据えられていた。

ベッドからやや離れた位置にスタンド付きの机が置かれ、
授業で使うと思われる教科書の類が詰まれている。

本棚には部屋に備え付けらしい魔導の基礎知識を記した本や参考書の類が置かれているが、
それでも、まだかなりの余裕がある。

机とは別にテーブルもあり、作業スペースや軽食なども出来るよにされているようだった。

また、窓はかなり大きめで、西向きの部屋ではあったが採光も十二分なようだ。

廊下と同じ板張りの部屋に差し込み始めた夕日が、
暖かな雰囲気の部屋をさらに暖かく染め上げている。
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:26:35.83 ID:pMetRFVo0
レナ「部屋は基本的に個室よ、在籍中は自由に使って。
   ただし、掃除は自己責任。
   トイレは階段脇だからちょっと遠いかしら?
   お風呂やシャワーは男女別で一階にあるわ」

部屋を見渡す結に、レナは説明を続ける。

レナ「お風呂を使える時間は夕食後、夜の7時から9時まで、
   まぁ、みんなけっこう一緒に入っちゃう事が多いわね。
   シャワーはいつでも使えるから、実技の後に使うといいわ。

   洗濯物は私が担当するけど、お手伝い大歓迎よ」

洗濯、と聞いて結がピクリと反応する。

結「洗濯、手伝えるんですか?」

レナ「え、ええ」

どこか嬉しそうな結の反応に、レナは思わずたじろぐ。

入院生活とリハビリ生活が長かった結は、
この半年、まともに家事に手をつけられない日々が続いていた。

母の死から否応なく始まった家事を請け負う日々だったが、
結の身体に染みついた家事全般のルーチンワークは、
依存症とまでは行かずとも、彼女を自然と家事好きへと育て上げていたのだった。

結「洗濯、アイロン、しみ抜き………ウフフフ……」

脱家事フラストレーションとでも言うのだろうか?
結はどことなく楽しそうである。
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:27:18.26 ID:pMetRFVo0
レナ「エレナ……、結さんって、ちょっと面白いタイプの子?」

エレナ「ん〜、と言うより、父子家庭育ちのせいか、
    単に自分で思っている以上に家事大好きってだけですね……。

    料理なんて、プロ顔負けですよ」

これから受け持つ教え子の一面にたじろぐレナの問いかけに、
エレナは短い間だったが結との半ば共同生活だったような訓練の日々を思い出す。

お裾分けと称して相伴に預かった食事や、
結自身が言い出して始めた訓練の授業料代わりの掃除洗濯の手際の数々。

見た事、聞いた事を即座に覚えてしまう結の技能がいかんなく発揮され、
異国での滞在任務だと言うのに何不自由なかった短い日々。

エレナ「うかうかしてると、結ちゃんに仕事全部取られちゃいますよ?」

レナ「それは……願ったり叶ったりと言うか、申し訳ないと言うか……」

レナは苦笑いを浮かべる。

さすがに、年頃の少年少女の生活の面倒を見ながらの教職は、
言葉だけでは言い表せないほど大変なのだろう。

結「私、頑張りますね!」

さきほどまでとは違う種類の目の輝きを見せて、結は胸の前で力強く拳を握った。
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:28:16.77 ID:pMetRFVo0
部屋に荷物を置き、レナから渡されたAカテゴリクラスの制服に着替えた
――と言っても、上着をジャケットに替えただけだが――結は、
二人と共に一階へと下りて来た。

レナ「一階はさっきも説明したお風呂やシャワールームの他に、
   雨や雪の時に使う屋内運動場、私の部屋ね……。
   まあ、私の部屋は職員室と思ってもらっていいわ」

レナは通り過ぎた部屋を順に説明して行く。

レナ「あと、全員で共同利用できる図書室ね。

   本はここの立地の関係でドイツ語の本が多いけど、
   ギアの翻訳機能があるから問題無いわね?
   それと、本部から回してもらっている魔法関連の物は英語が主流ね」

立ち止まって説明し、また歩き出す。

エレナ「教室、懐かしいなぁ……」

差し掛かった部屋を見て、エレナが感慨深く呟く。
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:28:49.24 ID:pMetRFVo0
結も窓から内部を覗き込む。

通っていた小学校と比べると少しだけ狭い気もしたが、
少人数なのだからこれでも十分、やや広すぎと言った所だろうか?

教卓の他に、机は七つ、人数分と言う事だろう。

レナ「窓際の一番後ろが結さんの席よ。
   黒板は見えるかしら……なんて心配はないか」

言いながら、レナは事前の健康診断結果を思い出し、苦笑いを浮かべた。

結は決して目が悪い方ではない、むしろ良い方で、
小学校でも三十六人学級、六列六人で前寄りの席だったのは、
身長がやや低かったと言う理由でしかない。

結「はい、大体、前の学校と同じくらいの位置なんで、大丈夫です」

結の返事を聞いて、レナは安心して案内を再開した。

そして、一向は突き当たりに差し掛かる。

レナ「で、ここが調理場併設の食堂ね。
   前もって言ってくれたら調理場は自由に使ってくれていいわよ」

レナは言いながら、手招きで結を先頭に行くように促す。

結は首を傾げつつも、先頭に立つ。

そして、レナの手で勢いよく、食堂に通じる扉が開かれた。
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:29:26.93 ID:pMetRFVo0
瞬間、連続して鳴り響くクラッカー。

結「ふわっ!?」

盛大なクラッカーの出迎えに、結は驚いて目をしばたかせる。

しばたかせた視界に、六人の少年少女の姿が映る。

食堂は色とりどりに飾られ、中央のテーブルにはお菓子や料理が並べられている。

フラン「結、いらっしゃい!」

メイ「歓迎パーティーにようこそ、結!」

さきほど知り合ったばかりのフランとメイが、
いの一番に声をかけて来る。

二人は驚いている結の手を引き、主賓席らしい中央のテーブルに座らせる。
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:30:13.56 ID:pMetRFVo0
少女「私、ロロット・ファルギエール。
   ロロって呼んで、結。

   それと、この子はプレリー」

エールのお陰で聞き慣れたフランス語で語りかけて来たのは、
プラチナブロンドに碧眼の美少女だった。

同性でも思わず見とれてしまいそうな、
人形のような美しさ――それでいて活気に満ちた笑顔を浮かべた少女。

ロロと名乗った少女は、
四つ葉のクローバーを摸したオレンジ色のペンダントを見せて来る。

結「あ、よ、よろしくね、ロロ」

クラッカーで呆気に取られたままだった結は、
ようやく気を取り直して答える。
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:31:08.07 ID:pMetRFVo0
少年「俺、アイザック。アイザック・バーナードだ。
   よろしくな、結!」

跳ね気味のショートヘアーに、情
熱的な赤い眼をした少年――アイザックが握手を求めて来る。

小学校に入って以来、男の子と遊ぶ機会などめっきり減った事もあって、
結は一瞬戸惑ったが、すぐに思い直して握手で返す。

結「よろしくね、アイザック君」

少年(ザック)「ザックでいいって。

        んで、コイツは相棒のカーネル」

アイザックあらためザックは、
左腕につけたシルバーのブレスレットを見せて来る。
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:32:22.00 ID:pMetRFVo0
少年「アレクセイ・フィッツジェラルド……アレックスです、結君」

そのザックの隣で、メガネをかけ、
小脇に本を抱えた少年――アレックスが進み出る。

彼もロロと同じくプラチナブロンドだが、こちらはやや色が濃いようだ。

ザック「相変わらず堅苦しいヤツだな、もうちょっと陽気に行こうぜ」

少年(アレックス)「僕は十分、フレンドリーなつもりです」

呆れたようなザックに、アレックスはこちらも呆れたようにため息を漏らす。

ロロ「アレックスのギア、ヴェステージは、本型なんだよ」

口喧嘩を始めた二人を尻目に、ロロは気にした風もなく説明して来る。

どうやら、これがこの二人なりの親愛の表し方なのだろう。
どこかキャスリンと、彼女の恋人であり部下でもあったクライブ・ニューマンの、
軽妙なやり取りを思い出す。
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:33:15.07 ID:pMetRFVo0
フラン「ほら、リーネ、あなたもコッチに来て」

懐かしい友人の事を思い浮かべていた結の傍らに、
フランが最年少らしい少女を連れて来る。

少女は黒髪に銀色の目をした少女は、大人しいと言うより、
どこか怯えたような雰囲気すら浮かべている。

人見知りなのだろうか、初めて見る結を警戒しているようだ。

年の頃は、おそらく六歳、今年入学と言ったところだろう。

結「リーネ……?

  ……あ、フィリーネ!?
  フィリーネ・バッハシュタインだよね?」

結は、メイ同様に日本で聞き覚えのあった名前を思い出し、
椅子から腰を上げて、幼い少女――リーネに歩み寄ると膝を曲げ、
彼女と視線の高さを合わせる。

そして、彼女の左手の人差し指にあるギアに、
自身のギア、エールを添わせる。

二人のギアは、コアとなるクリスタルの色こそ
ピンクとインディゴで異なっていたが、その形状は同じだった。

結「リーネが作ってもらったエールのお陰で、私も助かったんだ。
  ……ありがとう、リーネ」

それは、彼女――リーネに出逢ったら一番に言いたかった言葉だった。
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:33:51.74 ID:pMetRFVo0
結は、その身に不釣り合いなほど膨大な魔力を抱えた少女で、
それ故に魔力循環不良を引き起こして死に瀕していた。

しかし、七ヶ月前、結は魔導機人ギア・エールに出会い、その命を取り留めた。

それは、エールが魔力循環不良の治療に関して優れたギアだったからだ。

そして、エールは元々、リーネのために作られた二器のギアの内の一方だった。

結「リーネのフリューゲルと私のエール……。
  兄弟ギアのマスター同士、仲良くしてね、リーネ」

リーネ「う……うん」

優しい笑みを浮かべた結に、リーネは頬を真っ赤にして頷く。

ロロ「もう、リーネは可愛いな〜」

そんな様子に、ロロは心底からほほえましそうに目を細めた。

リーネ「ぅん〜……」

リーネはさらに顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに身をよじる。

結(何だか、ちっちゃい奏ちゃんって感じだ……)

結もその様子に、目を細め、日本での奏を思い出す。

自分を通して麗や香澄とも友人になった彼女は、
話慣れない二人を相手にいつも頬を朱に染めていた。

まぁ、彼方は年下相手、此方は年上相手と差はあったが……。
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/09/27(火) 22:34:21.75 ID:pMetRFVo0
フラン「じゃあ、全員、自己紹介終わったみたいだし、改めて……」

フランが合図を送るように言葉を紡ぐと、全員が結に向き直る。

生徒達「ようこそ、Aカテゴリクラスへ!」

ややタイミングはズレていたようだが、
六人は声を合わせて新たな仲間に歓迎の言葉を投げかけた。

結はまた、その声に圧倒されたが、すぐに体勢を立て直す。

フラン、メイ、ロロ、ザック、アレックス、リーネ、
そして、背後で子供達の様子を見守るレナ、エレナと順に見渡して行く。

エレナを除く七人と、これからここで新しい生活が始まるのだ。

エージェントを目指す、三年と九ヶ月の日々。

大きな期待の中に僅かばかりの不安を織り交ぜながら、結は思いを馳せる。

そして――

結「よろしくね、みんな!」

満面の笑みで、新たな友人達に挨拶を返した。


第9話「結、新たな友との出会い」・了
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/27(火) 22:36:15.09 ID:pMetRFVo0
今回は以上となります。

いきなり国際色豊かな感じになり、キャラも急激に数が増えましたが、
次回以降、順にキャラ紹介話をしながら、結の成長を追って行くカタチになります。
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/27(火) 23:06:48.53 ID:gSZmi97a0
乙ですたー!
おお、児童文学の世界キタ!
お国言葉でコンニチハ、ではないけど結と新しい仲間の出会い編。
物語の始まりが出会いってのはテンプレでありつつ今後を期待させる良いものなのも確かです。
レナ先生の過去語りからすると、この世界では魔導の素質のある子供を扱う人身売買とかもありそうですね…。
次回も楽しみにさせていただきます。
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage sage]:2011/09/28(水) 13:56:56.48 ID:HfeZ8Wpyo
おつ
登場人物が多いなぁ。メモしながら読んでるよ
途中から趣味の詰め合わか? とか思ったけど、オモロイから問題ないね
555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/09/29(木) 21:16:43.38 ID:6eOjkkkv0
只今、ロロのお当番話を執筆中……
まだキャラが掴め切れてないので少々、時間がかかりそうです。


>>553
人身売買はグンナーの私設部隊がそんな感じですね。
金を握らせて、世界中から鼻つまみにされている子供を集めさせて作った感じです。

結の目指す保護エージェントは、
そう言う輩や、要人狙いのテロリストを御用だ御用だする役職です。


>>554
人間だけでも多いですが、ギアもいますからね。
人間だけで現時点で21人、喋ったギアを入れると24人……冷静に数えると多過ぎw

白状しますと、習作なので完全な趣味詰め合わせですねw
魔法少女、ロボ………これで触手エロがあれば趣味の網羅も完pうわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp
556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/30(金) 00:02:38.42 ID:b3KKyjVj0
>結の目指す保護エージェントは、
>そう言う輩や、要人狙いのテロリストを御用だ御用だする役職です。
なるほど
前章のリノさんの活躍や国境を越えて事件を追う辺りからすると、御用だ!と言っても火盗改め的な感じですかね。
あのお役目も藩を越えて盗賊一味を追うための特別な機動性を与えられたものだったそうですし。
557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:04:22.22 ID:XYksOu6z0
>>556
国境問題は基本的に黙認ですね。
研究院加盟国ならば、バンバン国境超えられますけど、
非加盟国の場合は、正規手順で入国する必要があります。



さて、一週間以上、間が開きましたが、そろそろ第10話を投下させていただきます。
558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:05:03.52 ID:XYksOu6z0
第10話「ロロ、憧れと嫉妬と」



Aカテゴリクラス校舎のある山腹から裏手側に回った山麓に、
若年者観察保護施設と呼ばれる療養・保護施設が存在する。

施設の役割は、悪意ある魔法研究者や魔導テロリストに
拉致・偏向教育された十七歳未満の少年少女を保護し、
彼らの心身をケアする事にある。

そこには、七ヶ月前、魔導巨神事件で重度の魔力減衰障害を負った
奏・ユーリエフが入院していた。
559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:06:04.52 ID:XYksOu6z0
早朝、病室――

少女「……なんだか、いつも悪いね、結……。
   ボクの方から会いに行ければいいんだけど」

流れるような美しい銀髪に、透き通った青銀の目をした少女――奏が、
ベッドの傍らの椅子に腰掛ける結に、申し訳なさそうに言う。

奏はベッドの上で上体を起こし、備え付けのポットで紅茶を煎れている。

結「気にしないで、奏ちゃん。
  私が好きで来てるんだもん」

結は奏から紅茶を受け取ると、笑顔で応える。

受け取った紅茶に息を吹きかけて少し冷ましてから、一口だけ口に含む。

結「うん、やっぱり奏ちゃんの紅茶……美味しい」

少女(奏)「シエラさんから、良いジャムを貰ったんだ……合うかな?」

結「うん、とっても」

結が満面の笑みを浮かべると、奏は少し安心したように胸を撫で下ろす。

料理上手の結へのおもてなしだ、親しい友人と言っても気が抜けなかったのだろう。
560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:07:36.49 ID:XYksOu6z0
結「それで……調子はどう?
  まだ、魔力は回復しないの?」

奏「………うん、とりあえずDランク程度には……。
  ただ、少し魔力を使うだけですぐに疲れちゃうんだ……」

心配そうに尋ねる結に、奏は悔しさと情けなさの入り交じった声で呟く。

奏「リハビリで魔力弾を撃つ度に消耗するから、
  撃っては休み、撃っては休みの繰り返しだよ。

  ……結が羨ましい……」

奏は遠くを見るように呟いてから、結に視線を戻す。

事件後、魔力特性を詳しく検査された結に下された判定は“無限の魔力”。

即ち、ほぼ尽きる事のなく魔力を無尽蔵に生み出す事が出来る能力だ。

結「そうかなぁ……?
  私は、みんなみたいに便利な特性があった方が良かったかも……。
  結局、熱系変換は全然できないし、物質操作や肉体強化も伸びが悪いし……」

結は恥ずかしそうな苦笑いを浮かべて言った。
561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:08:23.62 ID:XYksOu6z0
いくら魔力が無限でも、結の特性には汎用性はともかく専門性が著しく低い。

例えば、エレナや他の多くの魔導師が持つ“魔力硬化”の特性なら、
純粋魔力のまま硬度のある魔法として扱える。

奏が本来持っている“熱系変換特化”の特性は、
術式を用いずに雷電・氷結と言う上位属性変換を行える希有な特性だ。

結自身は、熱系の属性変換の才能が一切開花せず、
自身の飛行は出来ても他の物体に魔力を作用させる事が苦手で、
魔力による肉体強化のレベルも低く、非常に器用さに欠けていた。

だからこそ、いくら魔力が高くとも、生まれ持った才能の低さが邪魔をして、
どうしても汎用性を欠いてしまうのだ。

実際、結は物覚えが早く、自分に可能な事ならば素早く修得してしまう特異な才覚を持っていたが、
それでも使えるようにならない、と言う事はほぼ無理に近いと言う事に他ならない。
562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:09:14.36 ID:XYksOu6z0
奏「そこは………結の頑張り次第だよ」

奏は少し思案してから言った。

奏「熱系変換は無理かもしれないけど、他はやり方次第で伸ばせると思う……」

そう続けて、彼女は年下の親友の頭を撫でる。

結「うぅ……すぐにお姉さんぶる〜」

結はカップを持ったまま、少し不満げに頬を膨らませる。

奏「お姉さんだもん……」

奏は少し嬉しそうに言って、僅かに頬を朱で染めた。

自分から口にした割りに恥ずかしそうだ。

結も、軽くため息を漏らすと、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。
563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:09:43.52 ID:XYksOu6z0


結がAカテゴリクラスに入学してから、早くも半月が経とうとしていた。

一般教養の授業速度は少し早かったものの個人指導と言う事もあって、
元々、覚える事が得意な結にはより快適な環境での学習となった。

魔法に関しても、事前にリノやエレナから基礎知識を習っていた事もあって覚えが早く、
目下の問題は前述の通り苦手分野の克服となっていた。
564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:10:36.76 ID:XYksOu6z0
Aカテゴリクラス、校舎前――

半ば日課となっていた奏への見舞いを済ませた結は、
校舎近くの草原にゆっくりと降り立った。

結「エール、帰りのタイムは?」

エール<三十八分十一秒、行きの方が少し早かったね>

結「ん〜、そっか……」

エールから聞かされたタイムを聞きながら、結は少し不満そうに首を傾げた。

ここ数日、飛行魔法の速度と安定性を上げるため、
授業で習ったばかりの方法で飛行中のイメージを変えてみたが、
どうにもタイムは芳しくないようだ。

結「むぅ〜」

結は思案げな表情を浮かべ、首を傾げて正面玄関へと向かう。

すると――

??「そんな難しい顔して、どうしたの、結?」

玄関脇に差し掛かった時、横から声を掛けられた。

結が顔を向けると、そこには花壇の世話をする少女――ロロの姿があった。
565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:11:37.55 ID:XYksOu6z0
結「あ、ロロ、おはよう」

ロロ「おはよう。朝練お疲れさま」

結は玄関脇から、ロロの元へと駆け寄る。

ロロが世話をしている花壇は、花や自給自足の野菜など、
様々な物がブロック毎に植えられている。

元々の世話は教師であり職員でもあるレナが行っていたのだが、
今では専ら生徒達、特にロロの仕事だ。

ちなみに、校舎の裏手にも温室が存在するが、
そちらもロロのテリトリーと言ってもいいだろう。

閑話休題。
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:12:41.70 ID:XYksOu6z0
ロロ「あんまり調子良さそうじゃないね?」

結「うん、授業で習った通りに飛行魔法のイメージを変えてみたんだけど、
  ちょっとスピードが落ちちゃって……」

ロロの質問に、結は苦笑い混じりに応える。

毎朝の日課から戻ると、必ずと言っていいほどロロと遭遇する事と、
部屋が合い向かいと言う事もあって、結は一つ年上の少女と早くもうち解けていた。

ロロ「ん〜、飛行適正が低い私だと、あんまりよく分からないなぁ」

結の悩みの種を聞かされ、ロロは少し申し訳なさそうな顔で応える。

飛行魔法は生まれつきの適性がかなりハッキリと分かれる種類の魔法で、
奏やフランのように飛行魔法が得意なタイプ、
結のように苦手だが鍛えれば伸びるタイプ、
そして、多くの魔導師がこのタイプとなるがまるで適性がないタイプに分類される。

適性のないタイプは魔力を用いての浮遊・移動は可能だが、
戦闘機動や高速・長距離移動となると無理が出るタイプで、
ロロやメイ、ザックやアレックスもこのタイプに分類される。

ちなみに、リーネはまだ幼いため、そう言った適性がまだハッキリと分かっていない。
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:13:31.03 ID:XYksOu6z0
ロロ「地面スレスレだったら私も飛べるんだけど、
   物質操作魔法で地面を力任せに押してる感じだから、
   あんまり参考にならないかも」

結「そっかぁ……。
  やっぱり、今の私じゃあ、早く飛ぼうと思ったらエール頼りなのかなぁ……」

結は残念そうに顔を俯ける。

ロロ「フランは飛ぶのが得意だから、コツを聞いてみるといいかも?
   アレックスも知識は豊富だよ」

残念そうな後輩の様子に、ロロはにこやかに提案する。

フランは女子の年長者――男女での年長者はザックだ――と言う事もあり、
まとめ役のようなポジションにいる事もあってか中々の秀才で、結も既に何度か教えを受けている。

アレックスも自分と同い年とは思えないほど博識で、
やや取っつきにくい印象はあるものの、座学に関しては右に出る者はいない。

結「フランとアレックス君かぁ……うん、そうしてみるよ」
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:14:32.67 ID:XYksOu6z0
結は頷いてから、ロロが世話を続ける花壇を見遣る。

花も野菜も、普段以上に元気なようで、
瑞々しく生き生きとしているように見えた。

結「これも、ロロの魔力特性なのかな?」

ロロ「ん〜、どうだろ? あんまり意識した事はないや」

不思議そうに尋ねる結に、ロロはあっけらかんとした様子で応えた。

ロロの魔力特性は、流水変換と物質操作を組み合わせる事で可能となる
“対物活性”と言われる特異な特性だ。

対象に水分さえあれば、
水や魔力で精製した水を通して様々な活性効果を与える事ができる。

植物なら成長強化、人間なら治癒活性など、用途は様々だ。

ロロ「花が好きだから、もしかしたら無意識で使ちゃってるかも」

ロロはそう言って、楽しそうに笑った。
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:15:39.92 ID:XYksOu6z0
ロロの花好きは、彼女の部屋を見れば一目瞭然だ。

部屋には所狭しと観葉植物や屋内用プランターが置かれており、
むせかえるような植物の匂いに満ちている。

他の仲間達が“ロロの部屋だけは妙に青い”と言うのも頷ける。

既に何度か部屋にお邪魔もしているし、
何より、毎日、部屋の前で顔を合わせる時には
彼女の肩越しに部屋の様子が見えているからでもある。

そして、彼女が使う魔法も、好きな草花や自身の魔力特性を活かした物が多い。

例えば、彼女がもっとも得意とするのは、
足下の草や木の根に魔力を流し込む事で物理的な防壁を張る魔法で、
魔力で強化されたそれらは絶大な防御力を誇る。

反面、草花である宿命から炎熱変換に極端に弱い特性も持ち合わせているが……。

何にしても趣味に実益を伴う魔力特性を持っていると言っても過言ではない。
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:16:42.80 ID:XYksOu6z0
結「ロロはいいなぁ、自分に合った特性で……」

結は、今朝方の奏との話を思い出しながらため息を漏らす。

ロロ「そうかなぁ……?
   私は、結の特性も羨ましいけど」

結「そう?
  何だか、魔力ばっかり大きくて、
  あんまり役に立ってくれそうにないよ」

ロロの言葉に、結はさらにため息を漏らす。

先ほどは結局、割り切れないまま時間切れとなってしまったため、
どうにも納得が出来ない。

結は、自分の魔力特性が役立った事は短い魔導師キャリアの中で、
数える程しか経験がない。

それがどれも戦闘がらみの事だけだ。

もっとも、この特性でなければ生き残って来れなかったのも事実だし、
逆に、それで瀕死の重傷も負っている。

二人の価値観の相違は、所謂、
“持てる者は持たざる者を、持たざる者は持てる者を”の、
隣の芝生は青い理論だ。
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:17:26.32 ID:XYksOu6z0
ロロ「でも、結くらい魔力が大きければ、いくらでも魔法が使えるから」

ロロが少し遠い所を見るような目をすると、
結もそれに気付いてロロの目に見入る。

何かを抱えているような、少し寂しそうな目だった。

結「ロロ……?」

結は、朗らかな友人が滅多に見せない表情に、思わず不安げな声を漏らしていた。

ロロ「へ? あ、ゴメンゴメン……ちょっと昔の失敗を思い出しちゃって」

ロロはそう言って、舌先を出して戯けたように笑った。

結は直感的に、ロロがウソを吐いていると感じた。

昔、母の死の悲しみを押し殺していた自分がそうであったように、
彼女も何かを押し隠している、そんな雰囲気だ。

ロロ「っと、そろそろ朝食の時間だね、急ごう、結」

結が尋ねあぐねていると、ロロはそう言って花壇の世話を切り上げ、
結を促すようにして足早に玄関へと向かった。

まだ、自分はそこまで踏み込んだ話を出来るような友人ではないんだな。

結はそう感じながら、一抹の寂しさのような物を感じていた。
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:18:11.26 ID:XYksOu6z0


ロロことロロット・ファルギエールが魔法と出逢ったのは、
今から約六年前、彼女が四歳の頃だった。

両親は有名とは言えないが、フランスではそれなりに地位のある植物学者で、
研究のためにいつも世界各地を巡っていた。

幼かったロロも、両親が揃って資料集めの研究旅行に出る時には
海外まで着いて行くのが通例となっていた。
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:19:22.07 ID:XYksOu6z0
西暦1991年、大西洋ヨーロッパ沿岸――

一隻の大型貨客船のデッキから見る光景に、幼いロロは見入っていた。

ロロ「わぁ〜!」

目の前に広がる真っ青な空と海のコントラストに、
幼いロロは歓声をあげて、目を輝かせる。

多くの研究機材を運ぶ事と、しばらくぶりの家族の団らんを楽しむため、
ファルギエール夫妻はその旅の移動を、いつもの空路ではなく海路を選んでいた。

大型貨客船での航海は、決して富裕層とは言い切れない一家には、
スポンサーからの出資があるとは言え負担となるものではあったが、
それでも喜ぶ娘の顔は夫妻を和ませた。
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:21:59.42 ID:XYksOu6z0
ロロ「ねぇ、パパ、ママ、今度はどんな国に行くの?」

ロロは振り向き様、後ろで微笑ましそうな視線を向けて来ていた両親に尋ねる。

母「アフリカ南部をしばらく見て回るのよ、色々と珍しい植物を調べて回るの」

ロロ「色んな国に行くの?」

母の答えに、ロロはまた目を輝かせた。

両親の研究旅行は大概、一つの国へ行って終わる事が多く、滞在期間も短く、
幼い頃から海外に行く事の多かったロロは、それに少し物足りなさも感じ始めていた。

だが、今回は様々な国に行けると言うのだから、期待も膨らむと言うものだ。

父「ロロも再来年からは準備科だからね。
  今の内にうんと資料を集めて家にいられる時間も長くしないとな」

父は優しそうな笑みをたたえて、娘の頭を優しく撫でた。

ちなみに準備科とはフランスの教育制度で、日本で言う所の小学校一年生に相当する。

両親の研究旅行に随伴する事が多かったロロは、そのせいで親しい友人も多くなかった。

両親はその事に一抹の罪悪感も感じていたようで、
彼女が小学校入学前に一人でも多くの友人を作れるようにと、今回の長期旅行を計画したのだ。

今の内に、当面の研究資料として必要となる植物を集め、
自宅と大学だけで研究を進められるように準備しようと言うのだ。

夫妻は元々、同じ研究室の出身で、結婚する前から共同研究者として机を並べていた。

当面の資料を集める事が出来れば、必要に応じて一方が短期間の採取に出れば良いようにと言う、
娘への配慮から来るものだった。

そう考えれば急ぐ旅でもあったが、大学の研究室に篭もる事が多くなる以上、
ゆっくりとした団らんを取れる時間は少なくなる。

それ故に、少しでも旅の時間を長く取れるようにと航路を選んだのだ。
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:22:41.64 ID:XYksOu6z0
ロロ「じゃあ、この旅行が終わったら、もう他の国には行けないの?」

両親の説明だけでは分かり難かったのか、ロロは少し寂しげな表情を浮かべる。

すると、両親は顔を見合わせ、途端に大きな声で笑い出した。

父「ハハハッ、大丈夫だよ、ロロ。
  長いお休みの時にはまた旅行に出るからね」

母「そうよ。
  あなただって、色々な花や木を見るのは好きでしょう?」

両親の言葉に、ロロは満面の笑みで頷いた。

ロロ「うん! ロロ、お花だ〜い好き!」

それは少女の正直な言葉だった。

幼い頃から両親の資料集めの旅行に随伴していたロロは、
同年代の子供達が一生掛かっても自身の目で直接見る事が出来ないであろう
珍しい植物や、綺麗な草花を幾つも見ていた。

蛙の子は蛙と言う言葉があるが、
植物好きが高じて研究者の道を選んだ両親の血を引いていたロロは、
自身も植物が好きになっていた。

幼い頃には自覚のなかった事だが、その頃からロロの魔力は微弱な覚醒を見せており、
彼女が植物に近付くとまるで活気づいたかのように植物たちは普段以上の輝きを見せていた。

その活気に満ちた輝きが、またロロを植物へと近づけ、
より植物を好むようになる要因ともなっていたのだ。
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:24:01.15 ID:XYksOu6z0
ロロ「ロロ、いっぱいお勉強して、
   パパやママみたいな学者さんになりたい」

両親の姿を、いつも間近で見ていた彼女の口癖だった。

両親の事が好きで、植物が好きで、
それは彼女にとって自然に芽生えた将来の夢だった。

そして、娘がそう言うと、
両親は決まって彼女の事を優しく抱きしめ、頼もしそうに頭を撫でてくれた。

母「うふふ、ロロは良い子ね」

父「じゃあ、ロロが大きくなったらパパとママと一緒に研究しよう」

両親の事はロロにとって誇りであり、ロロは両親にとって希望だった。

しかし、少し冷めた事を言えば、ロロの将来の願望は幼い子供なら誰でも抱く憧憬であり、
また移ろいやすい様々な夢の一つだったのも事実だ。

四歳の子供なのだから当然だ。

幼い頃の憧れは、そのまま自分を映し込む鏡となり、
自然と夢へと転化する。
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:24:57.11 ID:XYksOu6z0
誰にでも経験がある事だろう。

昨日はデザイナーを夢見て、今日はアイドルで、
明日はもしかしたらスポーツ選手を夢見ているかもしれない。

ただ、ロロには夢へと転化する対象となる憧れの的が、
その成長過程からごくごく限られた物になっていたからに過ぎなかったのだ。

無論、それはロロ以外の誰もが分かっていた事だったが、
両親にはそれが嬉しかったのだ。

生涯を捧げた研究に、我が子が興味を示す。

それは、自分たちの研究が後世に受け継がれて行く事に他ならない。

植物の研究は、即ち、その進化と生態を探る事にある。

その全てを解き明かそうとすれば、
とても、人間の一生を捧げた所で完成できるものではない。

だからこそ、研究が受け継がれる可能性があると言う事、
その可能性を愛娘が持つと言う事は、
研究者としても、親としても嬉しい事に他ならないのだ。
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:25:46.75 ID:XYksOu6z0
深夜――

甲板の上ではしゃぎながら日没までを過ごしたロロは、
その夜は船室でぐっすりと眠っていた。

ベッドに備え付けの薄いカーテンが閉じられ、
両親は今もその傍らで到着後の日程の確認や、
集めるべき資料の選定を行っていた。

深夜の帳の落ちようとする船内に、
機関部の立てる低いエンジン音だけが不気味に響いていた。

変化は突然に訪れた。

ドーンッと言う低い音と共に、船体が大きく揺れた。

父「な、何だ……こんな所で……」

母「爆発音かしら……ロロ、起きなさい、ロロ」

慌てた様子の両親に起こされたロロは、
再びの音と揺れに意識を覚醒させた。
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:26:20.45 ID:XYksOu6z0
ロロ「ねぇ、お父さん、お母さん……どうしたの?」

不安げに尋ねる娘に、両親は答えを持たなかった。

様々な不安が過ぎる。

輸送していた物に引火性、爆発性の物があって貨物室が爆発した可能性。

ガスか何かに引火して、どこかしらの部屋が爆発した可能性。

最悪なのは、機関室で致命的なトラブルがあった可能性。

だが、それならそれを知らせるための船内放送があってもいいハズだ。

最悪の可能性を超える可能性が、両親の頭を過ぎった事だろう。

だが、現実はその斜め上を行った。
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:27:08.95 ID:XYksOu6z0
アナウンス『本船の全ての船員、船客に告ぐ。
      我々は魔導猟団。本船はこれより我々の管理下に置かれる』

突如、室内にアナウンス音声が流れた。

ロロ「まどぉ……りょうだ……ん?」

幾つもの聞き慣れない言葉が繰り返される中、
ようやくロロにも聞き取れる言葉が紡がれた時、
そこにあったのは魔導と言う聞き慣れない言葉。

だが、そんな事よりも乗客達の脳裏を掠めたのは、
テロリストらしき人物達がこの船を乗っ取ったと言う純然たる現実だった。

父「て、テロリストか……!?」

母「あなた……」

震える両親の声に、ロロの中にあった不安は恐怖へと変わり始めた。

幼かったロロには、テロリストと言うものがどう言う存在かは分かりかねたし、
彼らの思想がどうのこうのと言えるような見識や知識もなかった。

ただ分かったのは、お父さんとお母さんが怖がるテロリストと言う人達がいて、
その人達が船に乗ったと言う事だけだった。

よく分からない存在が自分を恐怖に陥れる。

想像力に溢れる幼い子供だからこそ、より恐怖が際だつ。
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:28:30.54 ID:XYksOu6z0
テロリスト『船員と船客は全員、中央の多目的フロアに集まれ。

      こちらは乗員の名前を確認する術がある。
      万が一、この集合命令に逆らった者が出た場合、
      足りない人数分、集合命令に逆らった人間を殺害する。

      また、集合命令に逆らった者も殺害する。
      期限は一時間とする』

狂った要求と、殊更に狂った計算だった。

もしも多目的フロアに行かなければ、その分、
船の中の誰かが殺され、自分も見つけ出されて殺される。

海に飛び込んで逃げても、結局はその分誰かが殺され、いつか自分も溺れ死ぬ。

突き付けられた絶対服従の事実に、廊下からは既に悲鳴じみた声が上がっている。

ロロ「お、お父さん……お母さん……」

ロロは涙を浮かべ、震える声を絞り出して両親に縋り付いた。

必死に抱き留めてくれた両親の温もりは、確かに恐怖を和らげたが、
それがいかほどの効力を伴ったか……。

そうして、結局、船にいた人間は全て多目的フロアへと集められた。

幸いにも、死者は出なかった。
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:30:55.66 ID:XYksOu6z0
名前と人数の確認をされながら、
ロロが生まれて初めて見たテロリスト達は、
とても奇妙な格好をしていた。

裾の長い焦げ茶色のジャケット――今の彼女が見れば、
それはローブタイプの汎用魔導防護服と分かっただろう――を全員が着用し、
右手には杖状の鈍器――無論、これも魔導ギアだ――を持ち、左手には実弾銃。

まるでファンタジー世界から飛び出して来た魔法使いが、
近代的な銃を持ったちぐはぐな光景。

所謂、魔導テロリストの基本的な装備だった。

魔導防護服はそれ自体が物理的衝撃も和らげる効果があり、
一般的な防刃・防弾装備よりも優れていたし、
右腕にメインウェポンである魔法戦を想定したギア、
左腕にはサブウェポンとして質量兵器。

あらゆる状況……と言うには烏滸がましいかもしれないが、
大概の状況には対応できる装備だ。

父「……まさか、魔導テロリストと言うヤツか……」

父が愕然と呟く。

男「……そんな、本当にあんな連中がいるなんて……」

やや離れた位置からも、そんな声が上がる。

欧州は魔法文化が秘密裏に根付いており、魔法の存在を知る者は決して少なくはない。

おそらく、父や声の主もそう言った人間なのだろう。
583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:32:45.24 ID:XYksOu6z0
テロリスト「諸君らにはこれから我々の交渉材料となってもらう」

数人の男が代わる代わる別の言葉で同じ事を言っているようだ。

ロロ「ね、ねぇ………これから、どうなっちゃうの?」

ロロは震えながら声を絞り出す。

それは、“どうなるの?”と言うよりも、
むしろ“助かるの?”と聞いているような声音だった。

父・母「…………」

しかし両親は、愛娘の問いに答える術を持たない。

彼らは自分たちを交渉材料、
つまり、人質か何かに使うつもりなのだろう。

おそらく、集合時に出した指示は極限まで脅し、追い詰める事で、
無駄な死人を出さないための作戦でもあったのだろう。

と、なれば人質として生命の安否は約束される可能性はあるが、
あくまで“人質としては”だ。

交渉が長引いたり、最悪、決裂でもした場合は、
その生命の安否が約束されるかなど、分かりはしない。

状況は最悪だ。

ロロが後から聞いた話によると、魔導猟団と名乗ったテロリストグループは、
魔導研究機関から分裂した過激派グループなのだと言う。

自分たちの主義主張を認めさせるため、時折、こう言った武力による威圧行動を行う。

あまりに行き過ぎた武力行動と、かつ、
魔法を極力秘匿せんとする上層部との軋轢の果てに分裂を余儀なくされた。

まあ、言ってみれば過激派と言うよりは、狂信者集団と言った方が正しい。

興味を持ったロロが後から調べた所、この時のシージャックに関しても、
交渉内容は“囚われの身となった同志”を解放せよ、と言ったもので悪びれた風もないものだった。
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:33:10.30 ID:XYksOu6z0
そうして、数十分が経過する間に映像機器が幾つか並べられる。

モニター前のソファに陣取っているのは、おそらく彼らのリーダーだろうか?

カメラは人質全体を見渡すように並べられており、交渉相手にでも向けられているのだろう。

リーダー「………………我々の要求は以上だ」

幸いにも、と言っていいか分からないが、交渉役らしきリーダーはフランス語を話しており、
ロロにもその内容の一部は理解できた。

前述の通り、仲間を返して欲しい、との事だったが、悪い人の仲間は悪い人。

幼いロロにだってそのくらいの分別はあったし、それが成されてはいけない事だと言う事も理解できる。

だが、この交渉に可否に自分たちの命がかかっている以上、
助かりたい、と言う気持ちが最も大きかったのは、責めようもない。

そして、交渉開始から三十分が経過する。

どうやら平行線のようで、激しい言い争いが聞こえて来る。

交渉役のリーダーはフランス語だったが、
僅かに漏れ聞こえて来る交渉相手の声は別の国の言葉で、ロロには聞き取る事が出来なかった。

そして、最悪の展開が訪れる。
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:33:41.78 ID:XYksOu6z0
リーダー「………なら致し方ない。
     遺憾ながら一人ずつ人質を撃ち抜いて行くとするか」

本当に最悪だった。

リーダー「別に殺しはしない。大事な大事な人質だ。
     だが、悲鳴を聞けば貴様達の頑固すぎる考えも多少は軟化するだろう」

さきほどまでの言い争いで語気を荒げていたリーダーは、
途端に冷静な口調に戻ってそんな事を言い出した。

つまり、殺さない程度に撃つ、と言う事だろう。

軽傷か、重傷か、後者ならば死の可能性が鎌首をもたげる。

交渉相手『〜〜〜〜! 〜〜〜〜!』

交渉相手が必死に止めようとしているようだが、
リーダーは止まらず、懐から拳銃を取り出した。
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:34:32.27 ID:XYksOu6z0
ロロは恐怖で俯き、両親の身体にしがみついて震え続ける。

俯いて通り過ぎるのを待つ。

決して、悪人が野に解き放たれる事を望んだワケでもない。

ただただ、助かりたい。

その一心だった。

今思えば、僅かばかりでも自己嫌悪すら覚える身勝手さだった。

それは決して、彼女ばかりが考えた事ではなかった事だろう。

だが、その身勝手を、不公平さにかけては随一の運命と言う輩は見逃さなかった。

リーダー「子供を撃つのは、少々、気が引けるが……致し方あるまい」

寒気すら催すほど冷淡な声に、
ロロは痙攣を起こしたかのようにビクリと全身を跳ねさせた。
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:35:41.42 ID:XYksOu6z0
父「や、やめてくれ! 娘はまだ五歳なんだ!」

母「お願いします、私が代わりになりますから!」

驚きと恐れで涙すら出ない状況で、
両親の声が遠くから聞こえてくるような感覚に襲われる。

自分を愛してくれているパパとママ。

普段から感じ取っている、愛情と言う名の日常よりも――

リーダー「せいぜい喚いてくれ。
     その方が交渉がスムーズになって、無傷で済む人質が増えるだろうさ」

非日常を告げる犯罪者の声の方が、とても近くに聞こえて来ていたからだ。

日常が夢想となって、非日常が現実となる、とでも言えばいいのだろうか?

最早、自分が何を感じ、何を思っていたのかさえ思い出せなかった。

気がつけば、両親は身動きが取れないよう、魔導猟団の人間達に押さえ込まれていた。

一人きりになったロロの元に、リーダーが歩み寄ってくる。
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:36:20.43 ID:XYksOu6z0
ロロ「や、やだ……」

ロロはガタガタと震えながら後ずさろうとするが、
恐怖で竦む身体は言うことを聞かず、僅かに身じろぎするだけだった。

リーダー「指の一本や二本なら、吹き飛んでも構わんだろう」

ロロ「や、やぁぁっ!?」

ロロはリーダーによって無理矢理に引きずり出され、
肘を掴まれ、その指先に拳銃を突き付けられた。

ゴツリと冷たく固い物が押しつけられる感触に、ロロは息を飲む。

初めて目にする人殺しの道具に、恐怖で目を奪われる。

リーダー「恨むなら、お前らを切り捨てた魔法倫理研究院を恨むんだな」

リーダーはそう言って、引き金に指をかけた。
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:36:57.11 ID:XYksOu6z0
直後、乾いた音は響かなかった。

代わりに響いたのは、得体の知れない力が背後から迫る轟音だった。

リーダー「何ッ!?」

驚いて跳び退いたリーダーのいた場所――ロロの間近をオレンジ色の光が通り過ぎた。

リーダー「魔力弾だと!?」

ロロから離れ、ソファに立てかけてあった杖を手に取るリーダーの顔には、驚愕が見て取れた。

男「……………研究院所属のフリーランスエージェントだ! それ以上の暴挙は止めろ!」

光の飛んで来た方角を見ると、そこには一人の男性が立っていた。

手には彼らと同じく杖が握られている。

ロロ「まほう……つかい、さん……?」

愕然と呟くロロは、生まれて初めて目にした魔法と、それを放った男性に魅入る。

凜とした雰囲気を漂わせ、決然と悪に対峙するその姿は、
物語の中のヒーローを思い起こさせた。
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:38:24.78 ID:XYksOu6z0
リーダー「チッ、最初から人質の中にいたのか……。
     だが、たった一人でこの人数を相手に戦えるか!?」

リーダーはそう言って杖を向ける。

それに合わせて、人質を見張っていた部下達が一斉に杖を構えた。

その数、およそ二十数名。
絶対的な戦力差だ。

だが――

男「シージャックは、船がもっと沖合にある時に行うんだったな……!」

男性が言うや否や、フロア壁面の窓が割れ、
魔導猟団に匹敵する数の人間がなだれ込んで来た。

皆、めいめいに杖や槍のような物を持っている。

リーダー「え、エージェントだと!? まさか、貴様が……!」

さらに愕然とするリーダー。

どうやら、フリーランスエージェントを名乗る男性が、
交渉開始よりも前に応援要請を出していたようだ。

遠いとは言え、陸地が目視できる程度の距離でのシージャックだったのだ。

しかも、欧州は魔法倫理研究院の本部も近い。

闇夜に乗じて船に近付いたつもりが、
その闇夜で敵の接近を許していたとは気付かなかったのだろう。

フリーランスエージェントが偶然乗り合わせていたとは言え、
完全な計画ミスである。
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:39:30.93 ID:XYksOu6z0
男2「さぁ、大人しく投降しろ! 今ならまだ投獄で済むぞ!」

後から駆けつけた男性エージェントが、
リーダーに向けてやや乱暴な投降勧告を行う。

しかし、それが彼らの逆鱗に触れた。

不幸な巡り合わせだったのか、それとも降伏勧告をしたエージェントの傲慢な正義感が招いたのか、
今となっては、それを確認する術はない。

ただ――

リーダー「皆殺しだぁっ!!」

憤ったリーダーの大音声がフロアに響き渡った。

魔導猟団のメンバーは杖ではなく火器を構える。

魔法への防御を捨て、人質を狙っての無差別攻撃。

交渉も出来ない事を悟り、
彼らの行動は短絡的に魔法倫理研究院への嫌がらせへと転化する。

人質を一人でも多く殺す事で、
この事件を世間に大きく公表するキッカケを作る。

人質を守る事も出来なかった無能な魔法倫理研究院、
と言う事実を全世界に突き付ける事。

そして、魔法の恐怖、使える者と使えざる者の差を全世界に知らしめる事。

それが、彼らの最終目的となった。

無数の銃声が響き渡る。
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:40:03.84 ID:XYksOu6z0
男2「総員! 物質操作結界展開!」

直後の指示は、遅すぎた。

フリーランスエージェントの放った魔力弾を目視できたロロには、
既に魔力が覚醒していたからこそ、その光景がハッキリと見えていた。

後から入って来た魔法使い達が光の壁を作り出して、
悪い人達と自分達との間に割って入った。

けど、光の壁を突き抜けた、いや、光の壁で覆いきれなかった、
間に合わなかった箇所から入り込んだ銃弾が一斉に人質達に撃ち込まれた。

悲鳴と怒号が飛び交い、直後のエージェント達の反撃で魔導猟団の面々は一瞬で鎮圧されていた。

男3「重傷者の治療だ! 急げ! それと、救命エージェントの増援を!」

恐らく、エージェント達の指揮官と思しき人物が指示を飛ばす。

突如として急変した事態に、ロロは焦点の定まらない目で呆然とその光景を見ていた。

だが、すぐにその焦点は一点に結ばれた。
593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:41:23.96 ID:XYksOu6z0
ロロ「……パ、パ? マ……マ……?」

倒れ伏した両親と、その周囲に赤い液体。

トマトジュース? ストロベリーシロップ?

初めて見たワケでもないそれの、あまりにも多すぎる量に、
ロロは現実を否定していた。

ヨロヨロと両親の元へと歩み寄る。

ヌルリと足下にまとわりつく、その赤い液体。

硝煙の向こうから漂う錆のような匂い。

倒れたままピクリともしない両親。

ロロ「ねぇ……ねぇ!? パパァ、ママァ!」

ロロは服にべっとりと返り血をつけながらも、
必死に両親の身体を揺り動かす。

男「君、動かしちゃダメだ!」

そんなロロの元に、一人の男性が駆け寄って来る。

それは、先ほど、自分を助けてくれた魔法使い――フリーランスエージェントの男性だ。
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:43:10.85 ID:XYksOu6z0
男「大丈夫、まだ息はある……!」

ロロ「た、助かるの!?
   ねぇ、パパとママは助かるの!?」

男性の言葉に、ロロは男性に詰め寄る。

返り血だらけの手で、その服を握る。

男「ああ……ただ、予断を……気の抜けない状態だ」

男性はそう言って、両手にオレンジ色の光を灯し、ゆっくりと両親に近づける。

女「く、クロデル協力員!? まさか、治療魔法を使うつもりですか!?」

クロデルと呼ばれたフリーランスエージェントが、
別のエージェントによってその行為を咎められた。

男(クロデル)「放っておいたらこの二人は手遅れになる!
        大丈夫だ、私にも再生治療魔法の経験くらいはある。
        幸い、銃弾も貫通している……難しい治療ではないさ」

女「しかし!」

クロデル「目の前で失われるかもしれない命を放り出して、何が倫理だ!」

クロデル氏は彼の静止を振り切って、ロロの両親にゆっくりと魔力を流し込む。
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:44:32.73 ID:XYksOu6z0
ロロ「お願い……パパとママを、助けて!」

涙ながらに叫ぶロロに、クロデル氏は優しく微笑みかけた。

クロデル「魔法のせいで怖い目にあってしまったね……。
     けど、魔法は決して恐ろしいだけのものじゃないんだ。

     今から君のご両親を助けるのも魔法なんだ」

額にじっとりと汗を浮かべるクロデル氏。

その表情は苦しそうだったが、
ロロにとって彼は、両親を助けてくれる慈悲の神に見えていた。

後から聞いた話と、自身で学んだ事だが、
治療魔法はかなり特殊な部類の魔法だった。

肉体強化と物質操作、流水変換、
その三種の魔力を組み合わせて行う難度の高い魔法で、
知識以上に必要とされるのは経験。

要は慣れだ。

特に両親の治療は、自然治癒能力を活性化させる再生治療。

難度の高さで言えば、最低でもAランク以上の治療専門エージェント、
いわゆる救命エージェントの仕事であった。
596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:45:49.95 ID:XYksOu6z0
そして、クロデル氏はフリーランスエージェントとしては、
どちらかと言えば戦闘エージェントや捜査エージェントの部類。

無論、スタンドアローンでの仕事をこなす可能性の高いフリーランスエージェントとして、
様々な魔法に通じた人物ではあったが、いかんせん、
魔導師としてはBランク止まりの秀才でしかない。

天与の才が物を言う高度治療など出来るハズがない。

それでも彼が治療魔法を行ったのは、彼自身の正義感以上に、
ロロット・ファルギエールと言う少女の懇願と、
魔法で助けると言った手前もあったからだ。

クロデル「増援が来るまで、私が必ず保たせてみせる……!
     君たちは他の被害者の安否確認を急いでくれ」

クロデル氏は治療魔法を続けながら、
他のエージェント達に声をかける。

その言葉に、クロデル氏を咎めたエージェントもすぐに他に被害がないかの確認に回った。

ロロ「パパとママ、助かるよね? ねぇ!?」

クロデル「ああ、勿論だ……。助けてみせるよ」

ロロの問いかけに、クロデル氏は笑顔で応えた。
597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:47:02.84 ID:XYksOu6z0


現在――

結「そ、それで……どうなったの?」

食堂の一角で食い入るようにロロに向き合う結が、不安そうに尋ねて来る。

ロロ「私の両親は助かったんだけど、クロデルさんは無茶が祟って倒れちゃった……」

ロロは当時の様子を思い出しながら、
どこか自嘲気味に語り、さらに続ける。

ロロ「元々、慣れない治療魔法だったからだと思うの……。
   けど、私のお願いを無理して聞いてくれたんだ……、
   魔法は素晴らしい物だって事を証明するために」

自嘲気味に語りながらも、ロロは笑顔を見せる。

ロロ「その後の取り調べや検査で、私にも魔法の素質があるって知らされて、
   それから二年して、私の魔力が治療魔法に向いてるって知った時は嬉しかったなぁ……。

   だって、パパとママを助けてくれた魔法に、一番向いてるって分かったんだもん」

結「ロロ……」

嬉しそうに語る友人に、結はようやく不安そうな表情を和らげた。
598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:48:20.00 ID:XYksOu6z0
フラン「へぇ、それがロロが救命エージェントを目指すキッカケか」

横で二人の――と言うよりは、
ロロの思い出話を聞いていたフランが納得したように頷いた。

メイ「あ〜、アタシも初耳。
   ってか、何で今、そんな話してんの?」

傍で聞き耳を立てていたメイも、ここぞとばかりに会話に入り込んで来る。

ロロ「いや、そりゃ、ねぇ?」

結「あ、アハハハ……」

笑み混じりのロロに、結は恥ずかしそうに俯く。

アレックス「朝からずっと結君が泣きそうな顔をしてロロ君を見ていれば、
      彼女だって、話す気にさせられるでしょう」

黙々と昼食を平らげていたアレックスが、そんな言葉を漏らした。

かなり他人事のように言っているが、
彼は彼なりに級友達の事をしっかりと見ているようだ。

ザック「そりゃ違いない。
    尋問されるより自白率高そうだ」

傍らのザックも、楽しそうに笑った。
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:49:01.63 ID:XYksOu6z0
結「だ、だって気になったんだもん!
  ロロに辛そうな顔させちゃったし、
  私、変な事言っちゃったのかな、って!」

ロロ「ゴメンゴメン、ちょっと誤解を招くような言い方だったよね」

ザックのからかい半分の言葉に頬を膨らませた結に、
ロロは笑いながら謝ると、その頬を指でつついた。

結「む〜」

一つ年上とは言え、同年代の少女からの子供扱いに、
結は再度、頬を膨らませた。

ロロ「でもね、結の事を羨ましいって思ったのは本当だよ」

ザック「あ〜、そりゃ、誰でも思うよな」

笑顔を浮かべたロロの言葉に、ザックも頷く。
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:50:32.42 ID:XYksOu6z0
フラン「そうね……。
    結くらいの魔力があれば、色んな事が出来るもの」

メイ「私もペース配分考えずに、もっと早く走れるかなぁ」

感慨深く呟くフランに、メイが続け――

「それ以上早くなってどうする」

――と、全員がやや違いはありながらも、異口同音にツッコミを入れる。

と言うよりも、全速の飛行魔法を往復一時間の距離を五分強でこなしてしまえる走力で、
ペース配分などしていたのかと思うと逆に恐ろしい。

メイ「みんな、ひっどーい!」

手をブンブンと回すメイに、全員が笑い声を上げた。
601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:51:24.10 ID:XYksOu6z0
ロロ「話を戻すけど、結くらい魔力があれば、
   どんな時でもどんな酷い傷を負った人でも助けられるからね」

笑いを押し殺しながら、次第に穏やかになる口調でロロは語った。

そこには、かつて両親を助けてくれたクロデル氏に対する憧憬と、
結の無限の魔力に対するささやかな嫉妬があった。

結「そっか……」

結は頷きながら思案を巡らせる。

全員、多少の違いはあれど様々な憧れ、過去、夢を背負ってこの場にいる。

自分にない才能を羨みながら、自分だけの才能を伸ばして行く。

みんなきっと、そうなんだ。
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/05(水) 20:52:05.52 ID:XYksOu6z0
結「私も、もっと便利な魔力特性が欲しいと思ったけど……、
  私は私で、出来るようにやってみるよ」

そうだ。
今は他の人を羨むよりも、自分で出来る所まで行くしかない。

他人を羨むなんて、限界まで行ってからいくらでも出来るではないか。

ロロ「そうだね……。
   ………さて、と、じゃあ私はまた花壇の世話をしてくるかな」

ロロはそう言って立ち上がると、外に向けて歩き出した。

植物が好きで世話をしているロロだが、
きっと、これも魔法の特訓の一環でもあるのだろう。

結も立ち上がり、フランとアレックスに向き直る。

ロロの事が気になって、今日はまだ、一歩も前進していない。

結「ねえ二人とも、早い飛び方教えて!」

遅れた一歩を、今、踏み出そう。

たとえ僅かでも、明日、今日よりも前に行くために。




第10話「ロロ、憧れと嫉妬と」・了
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/10/05(水) 20:55:39.52 ID:XYksOu6z0
今回はここまでとなります。

そして、誤字脱字、未修正箇所を書き込みボタンを押してから気付く虚しさよorz

ロロ→両親の呼び方
 ×お父さん、お母さん
 ○パパ、ママ

気付いた所からは修正してあります。

あと、女性エージェントに対して彼て………orz
誤脱にしても酷すぎる……orz
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/10/05(水) 21:32:57.67 ID:XYksOu6z0
とりあえず、メモ代わりになるか分かりませんが、
第二部の主要キャラとなる子供達8人のおさらいを軽く………


譲羽 結【ゆずりは ゆい】
愛称・結
年齢・9歳
出身・日本
ギア・WX82−エール

奏・ユーリエフ【かなで・――】
愛称・奏
年齢・11歳
出身・ロシア
ギア・RW01−クレースト

フランチェスカ・カンナヴァーロ
愛称・フラン
年齢・11歳
出身・イタリア
ギア・WX70−チェーロ

ロロット・ファルギエール
愛称・ロロ
年齢・10歳
出身・フランス
ギア・WX77−プレリー

李・明風【リ・メイファン】
愛称・メイ
年齢・9歳
出身・香港(現中国領)
WX79−突風【ツェンフォン】

フィリーネ・バッハシュタイン
愛称・リーネ
年齢・6歳
出身・ドイツ
ギア・WX83−フリューゲル

アイザック・バーナード
愛称・ザック
年齢・11歳
出身・アメリカ(生まれのみ、現在の実家は欧州ハンガリー)
ギア・WX68−カーネル

アレクセイ・フィッツジェラルド
愛称・アレックス
年齢・9歳
出身・イギリス
ギア・WX74−ヴェステージ


結、メイ以外の名前や苗字(奏のみ苗字のみ)は
ttp://www.worldsys.org/europe/
のお世話になりました。

劇中の各国語の魔法、固有名称は
ttp://w3.shinkigensha.co.jp/books/978-4-7753-0743-4.html
のお世話になっております。
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/05(水) 21:42:32.59 ID:BgHfg8zxo
ふむ。今更だけど、あらためて見てみるとロリロリなメンバーですな
なるほど……。趣味の詰め合わせか……



素晴らしい♪
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/05(水) 22:27:13.64 ID:WcIDUkbM0
乙ですたー!
奏が早速(?)お姉ちゃんしていますな♪
2人の仲が良さそうなのが何よりです。
サブタイで嫉妬とあったのでちょっとドロドロ気味な展開を予想してしまいましたが、そんな事も無く綺麗に纏まってホっとしました。
しかし今回のテロリストも、魔法と出会った頃はそれこそロロの様にそこに理想や希望を見ていたでしょうに・・・・・・
先日とある場所で見た、ピーターパンの絵本を読んでいた子供が海賊の絵を指差して
「この人たちも子供の頃は良い子だったんだよね?」
と神妙な声で母親に尋ねていた情景を思い出してしまいました。
次回も楽しみにさせていただきます。
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage saga]:2011/10/05(水) 22:56:30.52 ID:XYksOu6z0
早速、感想レスが!


>>605
まったく、小学生は最高だぜ!!

冗談はともかく、6〜14歳と言う個人的ストライk………
………学習に適した年齢を揃えたらこんな感じになりました。
女の子ばかりになるのもアレなので、男の子も二人混じってますけどねw

ともあれ、楽しんでいただけているようで何よりです。


>>606
一応、奏はコレでも年上キャラですからね、今後の展開に向けて、
二人のポジションを明確にして行こうかと画策しておりますw

このくらいの子供達の嫉妬って、基本的に“羨ましいなぁ”程度ですからね。
もうちょっと上の年齢になるとドロドロしたり、恋愛が絡むと暗い感じになりますけど。

テロリストに関しては、そう言う思想教育が国家的・個人的に施されたり、
様々な情勢・情報からテロ思考になって行く場合が現実にも有りますから、
一概に、全てのテロリストが最初は良い人だった、とは言い切れませんね。
今回の連中は個人的に、殆どが“テロ屋として育てられた”部類だと思っております。

しかし、そのお子さんの発想は目から鱗ですね……、
古典童話はどうも、頭の中で、そう言う自由な発想を放棄してしまう傾向にあるので……。
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/05(水) 23:17:17.10 ID:WcIDUkbM0
>今回の連中は個人的に、殆どが“テロ屋として育てられた”部類だと思っております。
なるほど、中東などの原理主義系組織や独裁国家の兵士のイメージですね。
そう言えば同じテロリストでも某コロニーの英雄の名前を持つ少年と、オレがガンダry)な人の少年時代の違いは
特に思想教育による刷り込みの有無なのかなぁ……と思ったり思わなかったり。
これが個人対個人によるものだと、強力な刷り込みになるか、逆にキャリーや魔法遣いに大切な事でも触れられたような
対象者への虐待になるか……何だかこの話題はとりとめがなくなりそうですね。
全ての子らに円環の女神の祝福のあらんことを。
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:00:49.03 ID:jNSzXIRC0
>>608
テロ関係の話は考え方の相違をぶつけ始めると、人数次第ではスレが埋まるような大激論になりますからねw

倫理研究院も思想教育と言う意味では、“魔法を正しく使う”と言う思想教育を施し、
末端にまで徹底させる、一種の穏健的な偏向思想集団と置き換える事も出来るワケですが……

ヒイロと刹那は、少年時代の思想教育の有無が、青年になってからの信条に大きな違いを生んでますよね。
ヒイロが目指したのは“弱者が虐げられる事のない平和”、刹那が目指したのは“平和(の後に対話)のための戦争根絶”、
どちらも手段と目的の違いを除けばニアイコールなのですが、根本的に違うのが、最終的な根底にいるのがリリーナかガンダムか………と、
こうやって改めて考え直すと、“00のヒロインはエクシア”ってのが、
ヒイロと比較した場合、実はネタでも何でもないと言う恐ろしい結果にw

あと、ガンダムシリーズのテロ屋として忘れてならないのはデラーズ・フリート。
アレは歪んだジオニズムのなれの果てと言うか、ザビ家の思想誘導と思想教育が生み出した怪物ですからね。
ガトーも自分はジオンの軍人だと言っちゃいますが、実は思想教育の犠牲者として見ると、
生き様や散り様の悲哀に、涙を禁じ得ないキャラになります。




そろそろ、第11話を投下させていただきます。
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:04:48.59 ID:jNSzXIRC0
第11話「メイ、夢の岐路」



若年者保護観察施設――

結は今日も、奏の病室に顔を出していた。


奏「進路希望?」

結「うん、そう。
  私とメイとアレックスくん、今年十歳になる三人だけ」

首を傾げた奏に、結は頷いて返す。

奏「それって、将来、どんな職業に就きたいかって事だよね。
  結はもう決まってるの?」

結「うん、とりあえずは捜査エージェント隊の保護エージェント志望なんだけど………」

奏は、自分の質問にやや歯切れの悪い返事を返す結に、首を傾げる。

彼女の夢は、七ヶ月前にリノから留学の誘いを受けた頃から変わらず、
悪意ある魔法研究を続ける者達の拉致被害にあっている子供を助ける事だ。

そのためには、そう言った事件捜査を担当する捜査エージェント隊の中でも、
捜査に加えて、直接的に犯人の制圧と被害者の保護を行える、
準戦闘エージェント職である保護エージェントを目指すのが一番なのだ。
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:05:35.43 ID:jNSzXIRC0
結「それがね……第三希望まで必ず書いて来いって」

結は困ったような表情を浮かべて、ポケットから小さなプリントを取り出した。

丁寧に折り畳まれたそれには、
第一希望の覧に可愛らしい字体で“保護エージェント”と書かれている。

奏「えっと……他に希望している部署ってある?」

結「う〜ん……。

  こっちに来る前に渡された資料読んでたら、もう保護エージェントしかない!
  って思いこんじゃって……あれもいいな、とか、これもいいな、とかはあんまり」

少し困った様子で尋ねる奏に、結は苦笑い混じりで答える。

つい昨日も、レナと同じようなやり取りをしたばかりだったからもあるが、
自分の猪突猛進振りを嘆いてでもあった。

結「それで、先生には明後日の夕食までによく考えておくように、
  って言われたんだけど……どうすればいいか、全然分からなくて」

奏「………ボクに相談したい、と」

結の言葉に、奏は軽くため息をついた。
612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:06:20.10 ID:jNSzXIRC0
付き合いは短いが、奏にもなんとなく結の人となりは理解できていた。

コレと決めるまでの動きが遅く、迷いも戸惑いも多い。

だが、一度でもコレと決めたらそれ以外には一切、脇目も振らない頑固な一面を持つ。

そこに“誰かのため”と言う理由が入ると、それはより顕著になる。

典型的な猪突猛進タイプだ。

ただ――

奏(そこが、結の良い所で……ボクもそのお陰で助かったんだけど、ね)

思い返せば、結のその性格のお陰で、自分は結と会話するキッカケも掴めた。

祖父と思っていたグンナーに利用されて死にかけた時も、彼女の尽力で助かった。

そして何より、世界を拒絶した自分の意志を、
その温もりでつなぎ止めてくれたのも、結のこの性格あったればこそだ。
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:06:56.21 ID:jNSzXIRC0
奏「第一希望は保護エージェントで決まっているワケだし、
  あとは結自身が得意な分野を見付けるのがいいと思う……」

結「私の得意分野………閃光変換、とか?」

奏「それもそうだけど」

怪訝そうに首を傾げた結に、奏は思わず少しだけ噴き出した。

奏「……そうじゃなくて、進路候補の中で、
  自分に向いていそうな仕事を選んでみるといいんじゃないかな?」

奏は軽く深呼吸して呼吸を整えてから言った。

確かに、無難な線だろう。

結「私の得意な仕事、かぁ……」

奏に相談して答えが見付かればと思っていたが、やはりそう甘くはないようだ。

ただ、期日まではまだ二日あるワケだし、
他の友人達やレナとも相談してゆっくり決めよう。

結「………じっくり、考えてみるよ」

奏「頑張れ、結」

小さくため息を漏らした結に、奏は優しい笑顔を浮かべて言った。
614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:08:14.39 ID:jNSzXIRC0


同日、Aカテゴリクラス教室――

朝食を終えて教室への移動を終えた結は、早速、
奏との相談の続きを級友達としていた。

結の席を中心に集まって、授業前の軽いお喋りと言った様相でもある。

ロロ「結の得意な事?」

ザック「料理!」

首を傾げて聞き返すロロの横から、
間髪入れず、と言った風にザックが言った。

フラン「ハァ……そう言う意味じゃないでしょ、バカザック」

話に参加しながらも授業の準備をしていたフランは、
一旦、その手を止めると、大きくため息を吐きながら言った。

アレックス「結君の料理が美味しいのは認めますが、
      今はそう言う話題ではありませんよ」

アレックスも珍しく呆れたような表情を浮かべている。
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:09:48.94 ID:jNSzXIRC0
結「ん〜……みんなはどうしたの?
  第二、第三希望まで書いたの?」

ロロ「私は、一応、一般社会方面も希望はしてるよ。
   お父さんとお母さんの研究も手伝いたいって気持ちも、まだあるし」

ザック「俺は前線系のエージェントには全部、希望出したぜ」

ロロとザックの答えは、実に二人らしい解答だった。

つい半月前、ロロに聞かされた過去を思えば当然の事だろうし、
ザックも彼の性格を考えれば当然だろう。

アレックス「僕は研究職一本ですから。

      場が研究院になるか、フリーになるか、
      それとも他に興味のある分野が見付かればそちらでもいいと思っています」

アレックスの解答も、知識欲と探求心に溢れた彼らしい解答と言えるだろう。

フラン「私も、とりあえずは全部埋めたわね」

フランも指折り数えながら、思案げに答えた。

結「そっか……みんな、希望覧ちゃんと埋めてるんだね」

結は突き付けられた実情に、大きくため息を漏らした。
616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:10:30.91 ID:jNSzXIRC0
結「ん?」

不意にクイクイッ、と制服代わりのジャケットの裾が引っ張られる感触に、
結は怪訝そうな声を上げる。

そちらに目を向けると、いつの間にか傍らにリーネが来ていた。

リーネ「………わたし、まだ……」

リーネは困っているのか、仲間を見付けて喜んでいるのか、
どこか判然としない表情でそんな言葉を告げて来る。

まあ、元より、まだ六歳のリーネには進路希望調査などされていないのだが。

フラン「そうね。リーネは大きくなったら、何になりたい?」

授業の準備を終えたフランが、
ようやくその場に来てリーネの前でかがみ込むようにして視線の高さを合わせる。

リーネ「………まほうつかい……」

リーネは少しだけ恥ずかしそうに俯いて言う。
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:11:13.64 ID:jNSzXIRC0
一瞬、全員が顔を見合わせたが、すぐに全員でリーネに微笑みかける。

ザック「まぁ、そりゃそうだよな。
    何エージェントか、とかよりも先に、
    魔導師としてちゃんとやっていけるようになんねぇとな」

ロロ「うん、単純だけど、すごく重要な事だよ」

ザックとロロは頷き合う。

フラン「じゃあ、リーネも勉強頑張らないとね」

リーネ「うん……がんばる……」

微笑みかけるフランに、リーネは嬉しそうに目を細めて返した。

と、その時だった。

メイ「滑り込みっ、セェェッフ!!」

教室のドアが乱暴に開かれ、今まで教室にいなかったメイが飛び込んで来た。
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:12:38.49 ID:jNSzXIRC0
メイ「いや〜、朝食後の朝稽古に熱入っちゃってさ〜。
   気付いたらこんな時間でシャワー浴びる時間ギリギリだったよ」

メイは悪びれた様子もなく、自分の席に向かうが、
全員の驚きの視線は彼女に注がれたままだ。

ほぼ全員、いつもの事かと気を取り直していたが、
ドアの開かれた音に驚いたリーネだけが、未だに目を見開いている。

結「り、リーネ、大丈夫?」

結が心配そうに尋ねると、リーネもようやく落ち着きを取り戻したようで、
表情こそ驚いたままだったが、コクリと小さく頷く。

フラン「廊下を魔力で加速して走らない!」

メイ「アイタ!?」

呆れた様子のフランが、メイの後頭部をポカリと小突いた。

ムードメイカーの一人らしく、大げさにつんのめるメイ。

メイ「いや、遅刻はマズイっしょ?」

フラン「なら時間見ながら稽古しなさいって、いつも言ってるでしょ?」

最早お決まりとなっている応酬を始めるフランとメイ。

結が留学して来てから早くも二ヶ月、
週に一度か二度はお目にかかれる光景である。
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:13:07.65 ID:jNSzXIRC0
メイ「それはそうと、みんなどうしたの?
   一ヶ所に集まっちゃってさ」

いつものやり取りを早々に切り上げたメイが、
結の席を中心としたお喋りの場に怪訝そうな声を上げる。

アレックス「進路希望の相談ですよ。
      結君がなかなか進路希望が定まらない、との事で」

アレックスは、先ほどの驚きでややずり落ち気味だったメガネの位置を直しつつ答えた。

メイ「あ〜、結も決まってないんだ。アタシもアタシも」

それを聞くや否や、メイは何故か得意げな雰囲気で話の輪に加わる。

結「メイも? うん、第一希望は決まってるんだけどね」

例外のリーネを除き、ようやく仲間を見付けた結は、
やや安堵を込めてため息混じりに言った。
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:13:48.00 ID:jNSzXIRC0
メイ「うんうん、アタシも第三希望は決まってるんだよね」

だが、納得したようなメイの言葉に、結の表情が凍り付く。

聞き間違えだろうか?

結「えっと……第三希望、だけ?
  第一とか第二とかじゃなくて、第三?」

結は念を押すように尋ねる。

メイ「そ、第三希望………。
   第一と第二なんて、迷っちゃって決めらんないよ」

メイはため息混じりに言って、やれやれと肩を竦めた。

ザック「で? 参考までに第三は?」

メイ「戦闘エージェント!
   ……まぁ、アタシってそれくらいしか取り柄ないしね」

ザックの質問に、メイは乾いた笑い混じりに答える。

結「戦闘エージェント、か……」

メイの言葉を聞きながら、結は沈思するようにうぅん、と唸った。
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:15:01.12 ID:jNSzXIRC0


その日の午後の授業は、野外演習場を使った格闘戦技の訓練だった。

Aカテゴリクラスの校舎がある場所から、
やや離れた場所にある岩場がそうだ。

やや谷型になった地形を利用し、
めいめいに魔力格闘戦の手ほどきや受けたり、組み手をしている。

中でも目立っているのは、魔力格闘戦に特化した二人――メイとザックだった。
622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:15:38.47 ID:jNSzXIRC0
メイ「よーしっ! ザック兄、行っくよぉ!」

チャイナ服のような形状をした深緑の魔導防護服を纏ったメイが、
正面で全身アーマー型の魔導防護服を纏ったザックに向けて大きく手を振る。

ザック「おうっ! いつでも来い!」

応えるザックの腕に、硬化特性の魔力による障壁が発生する。

彼の魔導防護服と同じ、魔力波長の黄色の光に包まれた腕には、
ハッキリと円形盾状に固定化された障壁が見える。

ザックが得意とする収束型結界魔法・ハンズフォートレスだ。

掌の城塞と言う名の通り、絶大な防御力を誇りながらも、
取り回し易いサイズである事がこの魔法の特徴だ。

やや誇大広告気味に聞こえる名ではあるが、
実際、射撃訓練の際には結も魔力弾を受け止められている。
623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:16:13.03 ID:jNSzXIRC0
メイ「行くよぉ……っ!」

体勢をやや低くしたメイの足下に、強力な魔力が集中する。

ぼんやりとではあるが緑色の光がメイの全身から足下へと流れて行く。

メイ「疾風、飛しょぉ脚ぅっ!」

それはメイの叫びと共に、彼女の足下で炸裂する。

足下に集中した魔力で足場を作り、その足場に向けて足からの魔力弾を発射、
その勢いと身体強化魔力の合わせ技での超加速、
そして、そこからの魔力を帯びた足での直接打撃。

それがメイの最も得意とする近接格闘魔法・疾風飛翔脚の全貌である。
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:16:53.01 ID:jNSzXIRC0
メイ「先ず、正面っ!」

メイは飛び込んだ勢いのまま、
ザックの展開したハンズフォートレスに向けて蹴りを放つ。

ザック「おらぁっ!」

ザックはメイの合図に合わせて、正面から撃ち込まれた蹴りに向けて自ら腕を突き出す。

直後、硬質な物体同士が激しくぶつかり合う轟音と、
相殺される魔力の生み出す奔流が産まれ、周囲に拡散する。

メイ「右! 上!」

ザック「はっ! でりゃっ!」

その後も、ザックはメイの合図に合わせて、
器用にハンズフォートレスの展開位置を滑らせるように移動させ、
次々と放たれる蹴りを受け止める。

そして、その都度、轟音と奔流が生まれる。
625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:17:48.87 ID:jNSzXIRC0
結「うわ……すごい……」

既に幾度か見た光景ではあったが、結はその光景に感嘆を漏らす。

既にメイとザックの格闘戦能力は、
前線トップクラスのAランクエージェントに匹敵するレベルだ。

基本的に魔力弾の撃ち合いや、
自身のべらぼうな魔力での打撃相殺しか経験していなかった結にとって、
二人の見せる光景は別次元の物だった。

まるで人気のSF格闘アニメのような光景を見せられたら、
結でなくても思わず魅入ってしまうだろう。

だが――

フラン「ほら、結、よそ見しちゃダメだよ!」

結「あ……、ごめんね、フラン」

今日の組み手の相手を買って出てくれたフランに呼ばれ、
結は申し訳なさそうに振り返る。

結も魔導防護服を纏っていたが、相手をしてくれているフランも、
ダークレッドの小型プロテクターに軽装ジャケットと言った風の魔導防護服を装着している。
626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:19:39.21 ID:jNSzXIRC0
フラン「まぁ、アレを横でやられて見るな、ってのは無理か……。
    私もまだ、何度か目を奪われるもの」

構えを解いたフランは、結の傍らに立ち、
やや離れた位置で蹴りと防御の応酬を繰り返すメイとザックを見遣る。

フラン「……本当に凄いよ……才能ってのは怖いわ」

フランは肩を竦める。

才能。

確かに二人の、特にメイの魔力格闘戦に関する才能は、
凄まじいとしか言いようがない。

属性変換に関しては並以下、
物質操作に関しても対物操作能力は人並みでも、
飛行魔法に関しては適性皆無。

但し、身体強化に関しては、
素手で魔導機人を圧倒できる程の格闘能力を発揮できる。
627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:20:10.40 ID:jNSzXIRC0
主に、魔導師の能力・魔力適性はそれぞれがDからSの五段階で評価されるが、
メイの肉体強化のそれはSランクを遥かに凌駕するEXランクだと言われている。

結の閃光変換適性も閃光属性波長変換と言う特異な能力故にEXランクに分類はされているが、
メイの能力は本当に別格を意味するEXランクなのだ。

その打撃はSランク魔導師の砲撃に匹敵する破壊力を生み出す。

Aカテゴリクラスで、真っ向勝負で相手を出来るのはエレナ以上の硬化特性を持ち、
高い魔力量と防御魔法を得意とするザックと、驚異的な魔力量と砲撃力を誇る結の二人だけだ。

真っ向勝負に限らず絡め手も有りと言うのならばフランやアレックスも相手を出来るが、
力技となると前述の二人に限られてしまう。

今日は格闘訓練だからザックが相手をしているだけで、
総合戦闘訓練ならば結が砲撃で相手をする事もある。
628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:20:55.44 ID:jNSzXIRC0
結「変な言い方だけど、本当に漫画かアニメみたいな戦い方だよね」

フラン「あ〜……日本は多いって言うものね、その手の創作。
    昔、見せてもらった事があったけど、確かに、アレもあんな感じだったか……」

結の漏らした言葉に、フランはハハハと乾いた笑いを浮かべて言った。

事実は創作、いや、小説よりも奇なりとはよく言ったものである。

既に魔力が浸透してしまっているのか、
周辺の小石が飛び、岩肌に亀裂が入っている。

実際、魔力の奔流は結達の元にも押し寄せており、
彼女たちはうっすらと魔力障壁を張って凌いでいる状況だ。

そして、しばらくして轟音と魔力の奔流が止む。

どうやらインターバルに入ったらしく、魔導防護服の展開を解除している。
629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:21:30.03 ID:jNSzXIRC0
メイ「う〜〜ん! やっぱ全力で当てるとスッキリする〜!」

ザック「コッチはどっと疲れたぜ……」

気持ちよさそうに伸びをするメイと、
魔力を大幅に消費してその場に尻餅をついたように座り込んで荒くなった息を整えるザック。

魔力量の差もあるだろうが、メイの場合は燃費の良さが、
歴然とした差として出ていると言った所だろう。

ロロ「ザック、大丈夫?」

ザック「すまねぇ、ロロ……ちょっと魔力活性頼むわ」

ロロもインターバルなのだろうか、制服姿でザックの元に歩み寄って来る。

メイ「だらしないなぁ、ザック兄」

ロロ「メイが元気過ぎるんだよ」

ため息がちに呟くメイに、ロロは苦笑い混じりに言って、
展開した活性術式からザックに向けて魔力を流し込む。

ザック「そうそう……。
    まったく、グリズリーやバッファローみたいなスタミナしやがって」

ロロの活性治療を受けながら、ザックもため息混じりに呟く。

メイ「もう何さ、人を野獣みたいに言ちゃってさ」

メイはそう言うと、一足飛びに結達の元に向けて飛んだ。
630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:22:06.59 ID:jNSzXIRC0
メイ「ゆ〜い〜、調子どう?」

結「アハハハ……格闘戦技はやっぱり苦手だよ」

メイの何の気無しの問いかけに、結は苦笑い混じりに呟く。

フラン「結は本当に砲撃専門ね」

実際に手合わせをしてくれていたフランからも、
そんな言葉が漏れる。

確かに、結は魔法と出逢ったばかりの頃、
適性が高いのは射砲撃系と防御系の魔法だと、
師であるリノやエレナから言われている。

最近は飛行魔法の伸びも良いが、
格闘系――つまり身体強化系の魔法はまだまだ苦手と言わざるを得ない。
631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:22:49.93 ID:jNSzXIRC0
メイ「結ってさ、身体強化やる時って、どうやってるの?」

結「へ? えっと、魔力を練って、パンチやキックに合わせて……こう」

メイの質問に、結はもう九ヶ月は前になるだろう格闘魔法の基礎を思い出しながら答える。

アレは適性を見るためのものだったが、魔力弾とイメージが近く、
楽と言う事もあって結はずっとそのやり方だ。

だが、それを聞いたフランとメイは驚いたように目を見開いている。

結「え、えっと……二人とも、どうしたの?」

結は多少、嫌な予感を抱きつつも問いかける。

フラン「…………それで、あの打撃力って………。
    本当にもの凄い魔力ね」

フランは肩を竦めて、深い深いため息を漏らした。

メイ「う〜ん……ここまで来ると、一種の才能だよね」

メイも苦笑いと言うよりは、爆笑を堪えようと頬をヒクヒクと震わせている。

結「え? ええ? へ、変だった!?」

先輩二人の態度に、結は不安げに尋ねる。

フラン「変、と言うか、ねぇ?」

メイ「結、それ、ただの魔力打撃だよ」

フランとメイは顔を見合わせてから、結に向き直った。
632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:23:27.31 ID:jNSzXIRC0
メイ「身体強化は、身体の中に魔力の芯を入れるイメージかな?
   ほら、紙粘土で人形作る時とか、針金で大まかなカタチの芯を入れるでしょ?」

メイは言いながら、結の左腕に沿って自らの指を走らせる。

その指先には僅かな魔力が込められており、
うっすらと結の体表と体内の魔力が削られる。

メイ「試しに今、魔力を削った辺りに、ちょっと強めに魔力を込めてみて」

結「えっと……こう、かな?」

メイに言われた通り、結は魔力を削られた部分に向けて魔力を集中する。

徐々に、左腕の中に太く、硬い芯のような物が出来上がって行くような感触がある。

骨とも違う、かと言って防具のような物とも違う、別種の何か。
633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:24:03.79 ID:jNSzXIRC0
メイ「で、身体の表面も魔力で包んで、ちょっとずつ魔力を強くして行くの」

結「表面を包んで……少しずつ強くする」

メイの言葉を聞きながら、
結は魔力のアームカバーを着けるようにして左腕に魔力を纏う。

左腕全体に魔力が行き渡った事を確認してから、
少しずつ纏う魔力の密度を上げて行く。

するとどうだろうか?

今までに感じた事がないほど、左腕が魔力で満たされて行く。

メイ「はい、そこで左腕に入れた力を全部抜く!」

結「う、うん!」

メイに言われるまま、左腕の力を抜くが、
肩から先は下がったものの、左腕は魔力を込めていた時のまま固まっている。

やや肘を曲げて浮かせているが、肘置きも何もない状態ではあったが、
重さも疲れも感じない。
634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:25:01.96 ID:jNSzXIRC0
結「うわ……すごい」

メイ「これが身体強化。
   あとは魔力で作った芯をイメージで動かせば、その通りに動くよ」

感動する結に、メイはさらに付け加えて来る。

結は言われた通り、左腕の中に作った魔力の芯に、
ゆっくりと曲げ伸ばしするイメージを送ってみる。

すると、その通りに肘の曲げ伸ばしが始まる。

結「おお〜」

自分の腕がまるで自分の腕でないような、
だが、確実に自分の腕と認識できる不思議な感触に結は思わず小さな歓声を上げていた。

どう説明すればいいか分からない感触ではあったが、
今、自分が感動しているのだけは分かった。

今まで、脳からの指令で自分の身体を動かしていた。

それがイメージ通りだったと言うのは事実だが、
今はそれ以上にダイレクトに身体を“動かしている”感覚がある。

メイ「じゃあ、今度はそれを全身にやってみて」

結「全身に……」

メイの言葉を聞きながら、結は思わず息を飲んだ。

この状態を全身に行き渡らせたら、どんな感触になるのか。

想像すると、僅かな恐れと、それを塗りつぶすほどの大きな好奇心に駆られる。
635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:25:38.96 ID:jNSzXIRC0
メイ「目を閉じて……」

結「……うん」

いつになく落ち着いたメイの声に、結は深く頷き、目を閉じる。

メイ「一度、左腕の身体強化も解こう……」

結「分かったよ」

言われた通り、左腕の身体強化を解除する。

途端、いつも通りの感触と重さが左腕に戻って来る。

メイ「じゃあ、しっかりとイメージして………。
   今、自分の目の前にもう一人の自分がいるの」

結「もう一人の、自分……」

メイの言葉に合わせ、結はイメージする。

今、自分の目の前にもう一人の自分。

向き合う自分と、そして、自分。
636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:26:29.07 ID:jNSzXIRC0
メイ「その背中が、見える?」

結「背中……うん、見えるよ……」

向き合っていたイメージを、
一列に並ぶようなイメージに組み替える。

自分の後ろ姿など見たこともないが、
まぁ、多分、こんなものだろうと言うイメージを浮かべる。

背格好は変わらないのだ、姿見で見た自分が、
クルリと反転して背中を向けるような感覚で後ろを向けさせる。

メイ「そのもう一人の自分は、魔力……。
   骨も筋肉も、全部が魔力で出来た自分だよ」

結「魔力で出来た……自分」

背中を見せていた自分が、不意に薄桃色の魔力の塊に変貌する。

しかし、その姿形はしっかりとしている。
637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:27:05.55 ID:jNSzXIRC0
メイ「前に進んで……大丈夫、魔力だからぶつからないよ」

結「うん……」

結は頷いて、ゆっくりと進み出る。

イメージの中で、魔力で組み上げられた自分に重なる。

メイ「はい、全身の力を抜いて、目を開いて」

メイは言いながら、手をパンッと鳴らした。

結は催眠術を解かれたかのように目を開いた。

先ほど左腕に感じていた感触が、そのまま全身に行き渡っている。

エール<魔力循環、正常……問題ないよ、結>

授業中はいつも黙っているエールが、珍しく声をかけて来る。

試しに数歩だけ歩くイメージを送ると、体中の魔力が結を歩かせる。

すると、何の力も入れていない身体が自然と歩き出した。

結「わぁ……力なんて入れてないのに、全身が動いてる!」

結はその状況に、今度こそ歓声を上げた。

あの時の重傷で不自由な思いをした事もあり、
結はこの状況に素直に感動していた。

腕も足も、力を入れていないのに自分の思う通りに動いている。
638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:30:15.43 ID:jNSzXIRC0
メイ「今の結なら、イメージさえ出来ればバック宙だって、
   E難度の新体操だって出来るよ」

結「本当!?」

メイの説明に、結は目を輝かせる。

運動能力は並よりは多少良い部類だったし、
一度見れば大概の事はコピーできてしまう結も、
さすがに筋力が伴わなくては出来ない事だって多い。

バック宙――後方宙返りもその一つだ。

試しに、その場で後方宙返りに挑戦してみる。

後方宙返りをイメージした直後、トンッとその場で着地する。

結「………で、出来ちゃった……」

後方宙返りをすると考えたものの、後方宙返りの感触を味わうヒマもなく、
世界がぐるりと一回転する光景を見た結は、呆然と漏らしていた。

本当に出来てしまった。

感動は後から付いて来た。

結「本当に出来たー!」

結はその場で飛び跳ねる。

どうやら、魔力イメージによる操作だけでなく、
自分の意志や反射で動かす事も出来るようだ。
639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:30:48.24 ID:jNSzXIRC0
フラン「さすが、上手いモノね……」

フランが感嘆を漏らすが、それが自分の身体強化魔法の事ではなく、
メイの教え方の事を言っている、と言うのは結にも分かった。

メイ「いや〜、照れるな〜」

メイもフランからの賞賛に、言葉とは裏腹に満足げだ。

結「ありがとう、メイ! 本当、凄いよ!」

メイ「いや〜、それほどでも〜」

結からの賞賛にも、メイは嬉しそうに胸を張る。

フラン「さすが、代々、忍者の家系ね」

結「忍者? 忍者って、あの忍者?」

フランの漏らした言葉に、結は怪訝そうに尋ねる。
640 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:31:54.55 ID:jNSzXIRC0
だが、その質問に応えたのはフランではなくメイだった。

メイ「あ〜、意訳って言うか、まぁ、イメージ近いからね」

メイは苦笑い気味に言って、さらに付け加える。

メイ「ストレートに言っちゃうと暗殺者とかスパイってヤツだよ。

   派手な魔法を使わずに、身体強化や魔力格闘だけで戦ったり、
   捜査対象の組織に潜入捜査したりするタイプの魔導師の事。

   何百年か前から、日本の忍者のイメージに近いって事で、
   そっちの言い方が主流になっちゃったみたい」

フラン「まぁ、当時いた本部のお偉いさんの誰かが日本被れ、ってだけでしょ」

スラスラと説明するメイに、フランがため息混じりに付け加えた。

メイ「それ言ちゃったら身も蓋もないよ、フラン姉ぇ」

事実なので言い返せないのか、メイは苦笑い混じりに言うと、さらに続ける。
641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:33:15.32 ID:jNSzXIRC0
メイ「ウチは諜報と戦闘の両面で清王朝に仕えて来たんだけど、
   百五十年くらい前に本家のある香港がイギリス領になって、そこから魔導研究院と繋がりが出来て、
   それからは代々、フリーランスエージェントやったりエージェント隊に入ったりって感じ」

メイはそこまで言ってから
“実家はアニキが継ぐから、アタシはコッチに来たんだけどね”と笑って付け加えた。

言葉だけ聞くと、実家を継ぎたかったようにも聞こえるが、
その態度からして特にそんな素振りは見えてこない。

おそらくは望んで訓練校への入学を決めたのだろう。

因みに、香港は西暦1997年夏現在は、イギリス領から中国領へと返還されている。

閑話休題。
642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:34:17.68 ID:jNSzXIRC0
結「じゃあ、メイの進路希望って……」

メイ「ん〜、まぁ、そう言う事。
   結が目指す保護エージェントと一緒、捜査エージェント隊の諜報エージェント」

気付いたような結の問いかけに、メイは先んじて答え――

メイ「それか、格闘戦技の教官」

さらに、そう付け加えた。

確かに、今し方教えてもらった肉体強化魔法の扱いは、
非常に分かり易く、かつシンプルだった。

結「エージェント李……じゃなくて、李教官かぁ」

結は思わず口に出して、級友の将来を夢想してみる。

はて、生徒達が大きく吹っ飛んで行く様が見えるのは気のせいか。

メイ「…………結、アンタ、ちょっと失礼な想像してない?」

結「そ、そんな事ないよ!」

ややジト目ぎみのメイに、
結は誤魔化しているのが分かりそうなほど無理矢理な笑みを浮かべて答えた。
643 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:35:07.14 ID:jNSzXIRC0
フラン「……ふぅ……」

そんな二人のやり取りを見て、ため息を漏らす年長者のフラン。

少し大きめのわざとらしいため息に、
結とメイは顔を見合わせてから、軽く微笑んで視線を戻した。

メイ「教官隊か、諜報エージェントか………、
   どっちがいいか決めろ、なんて今言われてもね」

そして、苦笑いを浮かべるメイは、さらに続ける。

メイ「どっちもやりたい、ってのが無理なのは知ってるけどさ……。
   やっぱ、今、どっちかって言われても困るよ」

結「そっか……」

メイの話を聞きながら、結は僅かに唸るように呟いた。

悩みも人それぞれだ。

自分は、もう保護エージェント一本で決めているので、第二、第三希望を考えられないが、
メイはそれとは逆にやりたい事が多くて決められないと言った状態だ。
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:36:21.09 ID:jNSzXIRC0
実際、結にも心当たりがないわけでもない。

母が亡くなり、魔法に出逢う前の自分も、
悩みとまではいかないかもしれないが、似たような状況を抱えていたのだから。

要は、花屋にもなりたいがケーキ屋にもなりたい、アイドルにだってなってみたい、
と言う、年頃の少女なら誰しも抱えるであろう大きな夢の、謂わば魔導師版と言うヤツだ。

教官隊で格闘戦技教官もいいが、諜報エージェントにもなってみたい、
戦闘エージェントにだってなれるかもしれない。

妙に殺伐としたイメージの字面で伝わりにくいが、要点は似たようなものだ。

そう考えると、自分は他に何かやりたい事があるだろうか?

一番は、旅立ちの際に誓った
“魔法のために世界中で泣いている子供達を助け、魔法の良い部分を伝えたい”と言う事で、
それを実践するために捜査エージェント隊でも、
拉致被害者の救助や要人保護を主任務とする保護エージェントを目指している。

結「う〜ん」

そこまで考えて、結はまた唸るように考え込む。

隣で、メイも第一希望と第二希望の優先度に迷って唸っている。
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:37:19.62 ID:jNSzXIRC0
フラン「まったく、二人そろって何を唸ってるんだか……」

呆れたような物言いながら、フランは微笑ましそうな表情を浮かべている。

純粋に、頑張っている級友達を見守る気分なのだろう。

結「そう言うフランは、二年前は何て書いたの?」

フラン「上から順に戦闘エージェント、捜査エージェント、防衛エージェント」

結の質問に、フランは即答する。
実に前線一辺倒の選択だ。

まあ、前線に赴かないエージェントと言えば研究職や教官職くらいなモノだが、
フランの選択はその中でも群を抜いての前線一辺倒である。

フラン「私は御爺様が御爺様だからね」

と付け加えられて、結も納得する。

近代魔法研究史を勉強したり、Aカテゴリクラスにいれば、
嫌でも耳にする名――ミケランジェロ・カンナヴァーロ。

その孫娘ともなると、やはり祖父を意識するのだろう。

今では前線から退き、フリーランスエージェントとして、
多くの弟子を抱える伝説級のSランク戦闘エージェントだ。
646 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:38:08.87 ID:jNSzXIRC0
フラン「でも、今は戦闘エージェント一筋ね」

フランは言いながら、ライフルを構えるような仕草を見せた。

結「戦闘エージェントかぁ……」

感慨深く呟きながら、結は目の前の二人を見る。

現在、Aカテゴリクラスで戦闘エージェントを希望しているのは結が知る限り、
フラン、メイ、それにザックの三人だ。

フラン「参考になるか分からないけど、
    私はどうしても前線に出たいから、その度合いで決めたかな」

フランは当時の事を振り返りながら言う。

確かに、前線に出る度合いは、彼女の進路希望順に従って下がって行く。
647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:39:07.77 ID:jNSzXIRC0
フラン「……まぁ、まだ提出まで時間はあるし、たっぷり悩みなさいな。
    その方が、後で納得の行く結果になるだろうし」

メイ「そう言うモンかなぁ」

フランの付け加えた言葉に、
メイはやや納得のいかない、と言った感じのため息を交えて呟いた。

結もそうだったが、少しだけ、きっかけは得られたような気はしていた。

奏からも言われた得意な事を活かす道、
そして、フランから教えられた優先度から決めると言う事。

その辺りを参考に、ギリギリまで悩み抜こう。

結の思考がそこに至った時、フランは身体を解すようにして歩き出す。

フラン「さ、休憩お終い!
    結、肉体強化魔法の慣らしを兼ねて、軽く打ち合いやってみましょう」

結「……うん、お願い!」

結はフランの後に付いて歩き出した。
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:39:39.18 ID:jNSzXIRC0


翌日の放課後――

結「先生!」

夕食の準備を始めようと私室から出たレナの元に、結が駆け寄って来る。
その手には進路希望調査用紙らしきものが握られている。

レナ「あら? その様子だと、もう決まったのかしら?」

結「はい。……ちょっと、遅くなっちゃいましたけど」

レナの質問に、結は苦笑い混じりに言って用紙を手渡す。

用紙を受け取ったレナは、一つ一つを確認するように目を通してゆく。

レナ「保護エージェント、捜査エージェント……それに、フリーランス?」

最後の第三希望に書かれた一文に、レナは驚いたように目を見開いた。
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:40:41.86 ID:jNSzXIRC0
結「えっと……今日も日課で施設に行った時、シエラさん……
  いえ、エージェント・ハートフィールドから聞かせてもらった話だと、
  フリーランスでも保護エージェントと同じ仕事があるって聞いて……」

さすがにレナの様子に気まずさを覚えたのか、結は戸惑い気味に呟く。

レナ「確かに、情報収集や現場同行任務なんかもあるけど……」

レナは考え込みながらも結と用紙を交互に見遣る。

自分でも言ったように、フリーランスエージェントの中には
保護エージェントの活動を補佐する立場で動いてくれている者達もいるが、
結の本来の希望からはかなり遠い位置である。

結「……保護エージェント以外は、あんまり何になりたいか、って考えられなかったから、
  出来るだけ保護エージェントに近い仕事が出来る進路を考えてみました」

レナ「そう……」

結の話を聞きながら、レナは小さく頷く。

レナ(だから、この希望順か)

レナは心中で独りごちる。
650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:42:10.65 ID:jNSzXIRC0
確かに、“保護エージェントらしい仕事”と言う考えで行けば、
第二、第三希望もさもありなんと言った所だろう。

捜査エージェントをしていれば、
魔導テロに関わるであろう在野の魔導師の事を調べるのが主任務になる。

取りも直さず、それは保護エージェントへの協力にも繋がる場合がある。

事実、魔導巨神事件は大規模魔導テロ事件であると同時に、
拉致被害者の保護にも関係した事件でもあったのだ。

レナ(けど……こうなって来ると、保護エージェントになれなかったら、
   本当にフリーランスになっちゃいそうね、この子は……)

決意の固そうな結の表情を見ながら、レナは軽く肩を竦めた。

レナ「でも、本当の希望を通すのが一番だからね。
   保護エージェントになれないならフリーランスでもいい、
   なんていい加減な気持ちで勉強しちゃダメよ」

結「はい!」

レナから釘を刺され、結は力強く返事をした。

その様子に、レナは満足げに頷いた。

わざわざ釘を刺すまでもなかったようだ。
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/12(水) 21:42:59.18 ID:jNSzXIRC0
レナ「はい、よろしい。
   ……じゃあ、先生はこれから夕食の準備をするから」

結「あ、手伝います!」

レナ「そう? じゃあお言葉に甘えようかしら?」

そうして師弟は微笑み合う。

レナ「じゃあ、用紙を保管して来るから、先に食堂に行っていて」

結「はい!」

結は頷き、やや小走り気味に食堂へと向かった。

最近の結は、料理自体の魅力に気付いたのか、
日本にいた頃のような義務感だけでなく楽しんで料理をしているようだった。

それが小走りにも良く表れていると言える。

レナ「走っちゃダメよ」

教え子の後ろ姿を見送りながら、レナは私室へと戻る。

そこには既に、もう一枚の用紙が置かれている。

レナ「……夕食が終わったら、授業内容をもうちょっと煮詰めないとね……」

レナはつい一時間ほど前に受け取った用紙に踊る字を見ながら、呟いた。

そこには第一と第二の文字を斜線で消した上で、
“どっちが一番なんて、まだ決められません”と中国語で書かれた一文が踊っていた。

夢の入口に向かう岐路に立ったばかりの教え子達のためにも、
少しでも良い授業計画を立てなくては、と使命感にかられるレナであった。



第11話「メイ、夢の 岐路」・了
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/12(水) 21:44:03.62 ID:Sh4tYiwe0
もむとキャラクターに個性だして書けば、ラノベレベルな気がするくらいに面白い。
一気に投下してくれるから読者思い出ありがたいです。
大変だとは思いますがぜひ頑張ってくださいっ

そしてロロちゃんをください
653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/10/12(水) 21:45:01.32 ID:jNSzXIRC0
今回はここまでとなります。


微妙に筆のノリが悪いので、投下が遅れ気味になっていますが、どうぞ平にorz
654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/10/12(水) 22:13:56.79 ID:jNSzXIRC0
よく確認もせずにあっちに飛んだから、既に感想レスが!?


>>652
濃いキャラが書けないのは自分の仕様ですorz
もうちょっと練習すべきなんですが、どうも話の筋を優先してしまう傾向が強いみたいでして……
一度、濃いキャラだけを書く作品を書いてみたのですが、
結果、主人公とヒロインのキャラが一番薄くなると言う大問題が!w

ロロは……次回をお待ち下さいw
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/12(水) 22:58:27.22 ID:lMb0U/kc0
乙ですたー!
大人になってしまうと、こういう悩み方って出来なくなってしまいますよね……
主に生活を支えると言う一大名目があると言う意味で。
その意味では、こうしてアレが良い、コレも良いと悩めると言うのは幸せな事なのだと今更ながら思ったり思わなかったり。
先日読んだ某アンソロジーの、どんな役に立てる人にでもなれたのに、という意味の某キャラのセリフを思い出して
少々胸が締め付けられたのは、きっと結達がそれだけ幸せに見えたからでしょう。
次回も楽しみにさせていただきます。
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/10/12(水) 23:45:17.36 ID:jNSzXIRC0
>>655
小さい頃は、みんなこんな感じであれこれと夢が変わりますよねw
こればかりは、子供の特権と言う事で。

おそらく、まどマギアンソロジーの事かと思いますが、
自分は買い逃して未だ発見できてませんorz
と言うか、今月は買う物が多いので、比較的少ない来月に持ち越しです……
657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:22:32.92 ID:Ql4MD+290
そろそろ第12話を投下開始します。

今回のお当番はザック………のうような、そうでないような?w
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:23:08.47 ID:Ql4MD+290
第12話「ザック、恋の物語」



若年者保護観察施設――

奏「ふぅ……」

病室のベッドの上で、
厚手の表紙で装丁された日記帳を恭しく閉じる奏。

日記帳は亡き母・祈の遺したもので、
魔導巨神事件から派生する奏・ユーリエフ拉致事件に関する
重要参考書類の一つとして研究院に保管されていた。

だが、当の奏が救出・保護され、主犯であるグンナー・フォーゲルクロウの死亡と、
実行犯であるキャスリン・ブルーノの自白もあって捜査資料としての価値を失い、
現在は奏の手に戻っていた。

奏は殆ど毎日のように、母が自分を愛してくれた証の一つとも言える日記に目を通していた。

最後に記された文章は、特に念入りに。
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:24:38.54 ID:Ql4MD+290
奏「素敵な恋……か……」

綴られていた一文を思い出して、奏はそっと呟いた。

恋と言うのが何なのかは分かるが、
どう言うものかと尋ねられると返答に困る。

クレースト<申し訳ありませんが、私にも返答致しかねます>

首から提げていたクレーストが、申し訳なさそうに呟く。

自分にしか聞こえない愛器の声に、奏は困ったような笑みを浮かべる。

彼女と恋の話などした事もなかったのだから、当然と言えば当然だ。

不要、と言う言い方はかなり語弊があるが、
魔法を使うと言う点に於いて特別に意味を持たない概念は、
クレーストのAIには元より存在していないし、
幼少期の奏がクレーストと話した事と言えば、
その日の出来事や読んだ本、母から教えられた魔法の復習くらいである。

研究院が製造した魔導ギアのように事前教育がされているならまだしも、
クレーストは母謹製の完全ワンオフ仕様で、AIの対話機能教育者は自分だ。

奏(もうちょっと、色々と教えてあげれば良かったかな……)

奏は思念通話は使わずに、心中で独りごちた。

施設内には、自分と似たような待遇で過ごす子も多く、
結のような魔力循環不良を起こしかけてギアを使っている子だっている。

機会があれば、クレーストとその子達のギアに歓談の場を設けてやりたい。
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:25:18.24 ID:Ql4MD+290
奏がそんな事を考えていると、コンコンッと扉がノックされた。

このノックには聞き覚えがある。

奏「どうぞ、結」

結「どうして分かったの?」

微笑みを浮かべる奏に、結は扉を開けつつ不思議そうに小首を傾げる。

いつもならノックしてから“入っていい?”と声をかけるのだが、
今日はその前に奏が自分の来客を察したのだ。

奏「用があってボクの部屋に来る人は決まってるから、
  ノックのクセで何となく……。

  分かるだけで、担当保護官のシエラさん、
  医療エージェントの先生と助手の看護士さん、それに結と……」

結の質問に応えながら、奏は指折り数える。

その時だ。

????「あれ? 結ちゃん、来てたの?」

背後からの声に二人が入口に向き直る。

そこには懐かしい顔があった。
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:26:07.43 ID:Ql4MD+290
結「レギーナさん!」

そう、元グンナー私設部隊の少女魔導師、レギーナ・アルベルトだ。

歳は結や奏よりもやや上だが、それでも年の頃は結達に近い。

グンナー私設部隊の隊員としては経験が浅すぎ、直接的な魔導犯罪行為には手を染めておらず、
日本での戦闘行為に関しても直接的被害を被る者がいなかった事が幸いし、逮捕後の情報提供取引の結果、
然したる罪に問われる事なく施設内での保護監察および更正教育処分とされていた。

とは言え、威嚇無しの魔導弾発砲の罪があったため、
更正教育プログラムが一定段階に進むまでは施設での自由が認められていなかったため、
結も面談する事が出来ず、半年以上前に日本で別れたきり久しぶりの再会だった。

結「えっと……更正教育プログラム、でしたっけ? 終わったんですね」

レギーナ「昨日ね。
     監察処分が終わるのは、あと半年かかるけど……。
     まぁ、隊長や先輩達よりはずっと軽いよ」

結の質問に、レギーナは笑み混じりに応えた。
662 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:27:29.85 ID:Ql4MD+290
実際に犯した罪の度合いで言えば、
レギーナよりも奏の方がずっと上になるのだが、
奏はより若年者――しかも十歳未満時点からの拉致被害者であり、
複雑な理由で従属させられていたと言う事もあってか、
大きな罪の殆どは担当捜査エージェントであったリノや、
担当保護教育官であるシエラの取りなしで免罪されている。

逆に、犯した罪の度合いそのままの決定がなされているのは、
キャスリンやクライブ、それにジルベルトの三人だ。

キャスリンは三年間の投獄と更正教育の後、生涯、エージェントとして勤労奉仕。
ジルベルトは二年の更正教育の後、監視付きの生活かエージェントとしての勤労奉仕。
クライブに至っては終身投獄だ。

クライブの場合、極刑になる可能性もあったのだが、
他に逮捕された多くのグンナー私設部隊の隊員である少年少女達がこぞって彼の減刑を嘆願。
また、彼の私設部隊における不殺の教えの件もあって、かなりの譲歩がなされた。

キャスリンに関しても、同様の理由に加えて、
魔導研究院の知り得なかった魔導研究機関の秘密施設に関する情報提供による取引もあって、
投獄期間が十年ほど軽減されている。

閑話休題。
663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:28:27.32 ID:Ql4MD+290
奏「レギーナのノックは、みんなの中で一番早いんだ」

結「へぇ、そうなんだ」

耳打ちする奏に、結は思わず肩を僅かに震わせるほど笑う。

レギーナ「む、二人して内緒話?」

二人の様子に、レギーナはジト目になって唇と尖らせる。

結「すいません、レギーナさん」

奏「ごめんね、レギーナ」

二人は顔を見合わせてから、笑みを浮かべて謝る。

レギーナも言うほど怒っているワケでもなく、その話はそこで終わる。

結とレギーナは各々、ベッドサイドに椅子を引き寄せて座り、
奏が準備していたロシアンティーに口をつける。
664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:29:01.96 ID:Ql4MD+290
結「日記、読んでたんだね」

奏「うん……」

結の質問とも取れる言葉に、奏は感慨深く頷く。

枕元に置き直した日記帳の表紙を、奏は指先でそっとなぞった。

奏「母さんが遺してくれた言葉……素敵な恋をして欲しい、って」

先ほどまでクレーストとも言葉を交わしていた事を口にする。

奏「今まで、同い年くらいの男の子と話した事なんて……、
  本当に、数えるくらしかなかったから……」

奏は幼少期を思い出しながら呟く。

六歳の直前まで話し相手は母とクレーストだけと言う有様で、
孤児院にいた間も女の子同士で話す事は稀にあったが、
基本的に寡黙に過ごしたので男子と話す機会は少なかった。
665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:29:59.43 ID:Ql4MD+290
レギーナ「あ〜……部隊の男連中は、
     ジルベルト先輩くらいのが多かったしなぁ……」

結「そうなんですか?」

レギーナの漏らした言葉に、結は怪訝そうに尋ねる。

レギーナ「一応、お嬢を抜くと、私が最年少……と言うか、唯一の年下。
     一番の年上はクライブ先輩で、あとは隊長やジルベルト先輩と同い年が殆ど」

となると、奏とは五歳以上年上と言う事だ。

なるほど、“男の子”と言うよりは
“お兄さん”と言った方がしっくり来るだろう。

しかも、部隊内における奏の扱いはキャスリンと同じく隊長格で、
みんな一歩引いた位置にいたのだろうから、会話らしい会話もないワケだ。

結「私も、小さな頃は男の子とも遊んだけど、
  小学校に上がってからは女の子同士で集まる事が多かったから、
  話らしい話はあんまり……」

結は言いながら、弱々しく苦笑いを浮かべた。

そして、奏と目を合わせてから、レギーナに向き直る。
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:30:36.28 ID:Ql4MD+290
レギーナ「……な、何かな、二人とも?」

二人の様子にレギーナは僅かにたじろぐが、
言いたい事は何となく察しがついているようで、
その表情は言外に“話題を振らないで”と言いたげだった。

しかし、本来ならば結も奏も、恋に恋をしてもおかしくない年頃の少女だ。

年長者の恋愛話を聞きたくてしょうがないのだろう。

結「ねぇ、レギーナさんは恋ってした事……」

レギーナ「ないよっ!」

結の質問を遮るようにして、その質問に答えるレギーナ。

少し乱暴な受け答えではあったが、それは言外に
“これ以上は聞かないで”と言う微妙なニュアンスを含んでいた。

それを悟ってか、結は奏と顔を見合わせて肩を竦めた。
667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:31:16.72 ID:Ql4MD+290


同日の午後、Aカテゴリクラス教室――

フラン「それで、結局は何も聞かず終い、って事?」

呆れたような微笑ましいようなフランの言葉に、
結はため息まじりに頷き、口を開く。

結「うん……あんな様子じゃ、さすがに聞けないよ」

フラン「ふ〜ん……、けど、そのレギーナさん? 彼女、黒ね」

結の言葉を聞きながら、フランはニヤリと目を細めた。

どうやら、今朝方の奏達とのやり取りに関する話をしているようだ。

結「分かるの? って、黒ってどう言う事?」

フラン「恋愛経験有りか、そうでなければ恋愛継続中って事……。
    聞くだけで分かり易そうな人だからね、レギーナさん」

驚いた様子の結の質問に、フランは笑みを浮かべて言うと、
その笑みをいたずらっ子のように変えて続ける。
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:32:08.18 ID:Ql4MD+290
フラン「まぁ、反応からして片思いとか……、もしくは……禁断の恋」

結「きんだん?」

指先を“ズビシッ”と言う効果音が聞こえてきそうな勢いで突き出したフランの言に、
結はワケも分からず首を傾げる。

禁断の意味は何となく分かるが、恋に良い悪いでもあるのだろうか?

そんな考えを抱く辺り、結もまだまだ子供と言うべきか、
彼女の見ていた児童向きレベルの少女漫画では、
そこまでのジャンルは網羅していなかったのだろう。

普段は落ち着いて年上然としている年長者も、この時ばかりは、
いや、この時だからこそその仮面を脱ぎ捨てて、
いたずらっ子のような表情をさらに楽しげに歪ませる。

フラン「たとえばね……ゴニョゴニョ……」

結「うえぇ、ええ……!?」

フランの耳打ちに、結は顔を真っ赤にする。
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:33:01.20 ID:Ql4MD+290
結「だ、だって……兄妹は結婚できないよね?」

恋愛の先にあるゴールは分かっているのか、
結は顔を真っ赤にしながらも困惑気味に尋ねる。

フラン「だから禁断の恋なんだって、他にも……ゴニョゴニョ……」

結「お、お、女の子……同士……」

フランは実に楽しそうに耳打ちを続け、
吹き込まれる情報に結はさらに顔を真っ赤にする。

フラン「いや、実際あるらしいわよ?
    ふとしたキッカケから、友情がそのまま愛情に、とか」

結「友情が……愛情……」

思わず故郷の親友達や、それに奏を思い浮かべてしまう結。

何故か、少女漫画の思い出深い恋愛シーンに自分と奏が重なってしまい、
結はその妄想を打ち消すように慌てて頭の上をワサワサとかき乱す。

結「ち、違うよ!? 違うから!」

思わず想像してしまった結だが、実際にその気がないので必死に否定する。
670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:33:30.92 ID:Ql4MD+290
フラン「何が違うの?」

さすがに察してはいたものの、フランは気付かないフリをして言った。

人生には優しいウソも必要である。

フラン「さてと、純情な子をからかうのも大概にして……。
    ここにだって分かり易いのが一人いるでしょ」

フランは言いながら、視線を教室に走らせる。

そこには、レナに頼まれた教材を運んで戻って来たばかりの
ロロとザックの二人がいた。

妄想のショックから立ち直った結も、フランに倣って二人に視線を向ける。



ロロ「ね、ねぇ、大丈夫、ザック?」

ザック「平気だって、こんなの」

あからさまに多量の荷物を全身各所に抱えたザックと、
やや心配そうな様子のロロは数冊の本を持っているだけだ。
671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:34:18.42 ID:Ql4MD+290
結「ザックくんは、いつも優しいよね」

結は素直な感想を述べる。

事実、ザックは最年長者としての思いやりが有り、
自分が用具当番を言いつけられた時もああして手伝ってくれている。

対して、フランの意見は違った。

フラン「下心見え見えと言うか……、
    想いを口にしないのはムッツリと言うか……。

    とにかく、ザックは分かり易いわよね」

その様子を見ながら、フランは小声で呟く。

フラン「まぁ、荷物を受け持つ割合が他のみんなの時に比べて多いのは、
    多分、無意識よね」

結「割合?」

結は再びキョトンとしてザックとロロを見比べる。
672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:35:37.54 ID:Ql4MD+290
ロロが持っているのは、
午後の授業で使う魔法研究史の資料集のようで、同じ物が三冊。

対して、ザックは同様の本を脇に二冊ずつ計四冊を抱えた上で、
右手に黒板用の年表シートの入った大きな筒が二本、
左手に持っているのは別な研究史料だろう。

普段は個別学習をしているAカテゴリクラスだが、
年長組は復習仮題として、年少組と共に同じ授業を受ける事がある。

午後の授業は魔法研究史の合同授業と言った所だろう。

しかし、それにしても持っている荷物の割合が違い過ぎる。

資料集は確かに分厚い本ではあるが、それでも図鑑程度のサイズの本だ。

そろそろ十一歳になろうかと言うロロの腕力ならば、
生徒人数分の七冊は持ってこられない事はないだろうし、
そうすれば年表シートの筒二本に研究史料と持ち物の割合は
重量的にも半々か、ややザックの方が多めと言った所だろう。

フラン「ロロの様子からして、あの子の持って来る分を無理矢理引き受けた感じかしら?」

フランの言う通り、ロロは少し困った様子で大量の荷物を抱えたザックを心配しているようだ。

まあ、魔力で肉体強化を図れば一人で持って来られない量ではないが、それは別の話である。
673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:36:15.93 ID:Ql4MD+290
二人は持って来た教材を教卓の上に置くと、
二、三、言葉を交わして自分の席についた。

フラン「そろそろ授業ね……さ、準備しましょう」

結「うん……」

フランに促されて、結も授業の準備を始める。

だが、視線はロロとザックに交互に向けられる。

近くの席に座ったロロと、離れた位置に座ったザック。

今までは考えた事も無かった、身近な友人達の恋の話。

フランの言葉通りなら、ザックはロロの事を好きなようだ。

だが、ロロはザックの事をどう想っているのだろう?
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:37:04.06 ID:Ql4MD+290
ロロはどちらかと言えば博愛主義者……と言うのは言い過ぎだとしても、
誰もが好きだと言って憚らないタイプの少女だ。

それは誰を好きかと言う気持ちに順番を着けないと言う意味で、だ。

ザックも気さくで、誰とはなく話しかけるタイプだし、
メイなどはムードメイカー同士で気も合っているし、
数少ない男同士でアレックスと話している所もよく見る。

壁を作らないタイプのザックは、可能な限り自分の事をオープンに語ってくれている。

結もそれには共感しているが、事が恋愛沙汰に及ぶとなるとどうなるか……。

結自身、幼いなりに両親の事や、
そして、新しく母になるかつての恩師と父の事も見てきたつもりだ。

結局、恋愛とは自分の中で友人達の中に順位――と言うよりは、
一番、大切な人を決めると言う事だと、結にも何となく理解できていた。

結(ロロとザックくんは、どうなんだろう……)

交友関係に優先度を決めると言う事からほど遠い二人の友人を見ながら、
結は授業の準備を続けた。
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:37:51.45 ID:Ql4MD+290


その日の午後の授業は珍しく一コマだった。

月に二、三度、レナが備品の買い出しに行くためで、
通常は午前四コマ、午後二コマの授業が一コマ潰れるワケである。

買い出しなら休日を使えば良いと言われるかもしれないが、
休日は休日で休んでいる店もあり、結局は平日の午後を利用しなければいけないのである。

そうしてこうして、Aカテゴリクラスでも稀な完全な自習時間が訪れるワケである。

自習と言っても、基本的に個人授業体勢のAカテゴリクラスでプリントが出るとか、
妙な課題が出るとかはなく、本当に自主勉強と言った趣である。

フランは狙撃戦の教本を漁りに図書室へ、
メイは部屋に置いてあるサンドバッグを使って外で自主トレーニング、
ロロは自分の部屋の観葉植物の世話に、
ザックも自室へ機械を弄りに行ってしまっている。

残っているのはいつも通り、上級の魔導書を読んでいるアレックスと、
魔法の教本を読んでいる結とリーネの三人だ。
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:38:35.06 ID:Ql4MD+290
結(いつも通りだなぁ……)

窓の外で、魔力強化を用いずにサンドバッグと格闘を繰り広げるメイを見遣りながら、
結はふとそんな事を思った。

自習の時は大概、この状態だ。

別に、みんなの学習意欲がどうこうと言う事ではない。

射撃魔法に秀でたフランが狙撃技術に興味を示すのは当然だし、
メイは魔力による肉体強化以外にも身体を鍛えているのは捜査エージェントや教官職が体力勝負だからで、
ロロの観葉植物の世話は彼女自身の魔法感応力を上げる事だし、
ザックの機械弄りも同様、研究職を目指すアレックスの行動は当然として、
自分とリーネは初心者に毛が生えたようなものだから教本を読んで復習するのは当然だ。

単に、本当に何の変わりもなく、いつも通り、と言う事だ。
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:39:22.10 ID:Ql4MD+290
リーネ「お姉ちゃん……」

結「ん、どうしたの、リーネ?」

向かい合って座っていたリーネにジャケットの袖を引かれ、
結は笑顔を浮かべて振り返る。

リーネ「ここ……よく分からない……」

リーネは困ったような顔で、教本を指差す。

教本共通の英語で書かれた文面に目を落としてから、
結は自身の教本の同じページをめくる。

結「術式の複合起動……えっと、二つ以上の術式を一緒に使う事だね」

結は読み解きながら、
“儀式魔法みたいなものかな?”と独りごちて、アレックスに視線を送る。

気付いたアレックスは魔導書から顔を上げ、
結の視線を受けて首を横に振る。

術式を重ねて使う方法がある事を知るのは必要だが、
実践の必要はない、或いは実践は危険と言う事だろう。

それに、意味を教えるならともかく、実践を教えるのは教師であるレナの仕事だ。
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:40:05.74 ID:Ql4MD+290
結「まだリーネには使えないけど、
  授業で習った術式を組み合わせて、色んな魔法を使う方法だよ」

アレックスの返事を受けて、結は以前に習った儀式魔法の触りについて講釈する。

術式の複合起動――つまり多重術式は基礎的な物でありながら高難度の魔法技術だ。

基礎技能ではあるが、自分の時のように命の危急がある状況ではないリーネは、
これからゆっくりと覚えるべきだろう。

算数を習いたての頃は、3×3は3に3を二度足せば良いし、
10÷2は10から2を引いた回数を考えれば良い。

同様に、今のリーネは単一術式を使いこなせるようになるまでは、
多重術式を知る必要はない。

だが――

リーネ「……見てみたい……」

普段は無表情に近いリーネが、好奇心で目を輝かせていた。
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:41:18.53 ID:Ql4MD+290
結「え? えっと……」

結は無意識にアレックスに助けを求めて視線を走らせる。

アレックスもこちらには気を遣っていたようで、
会話はひとしきり聞いていたのだろう。

軽くため息をついて、小さく頷いき――

アレックス「自分では絶対に使わないように言った上で、
      後でレナ先生に報告して下さい」

と付け加えて来た。

それを聞いて、結もホッと胸を撫で下ろす。

結「じゃあ、外で簡単なの見せようか?」

リーネ「……!」

そうして出された結の提案に、リーネは幾度となく頷く。

授業で行う魔法戦訓練は、基本的に単一術式を用いた簡易魔法が殆どで、
多重術式を用いた魔法は戦技披露程度にしか見せない。

それもそうだ。

さすがに訓練でアルク・アン・シエルやユニヴェール・リュミエールを撃っていては、
今の結では自他共に被害甚大である。

使ってもエクレールウラガンか、
より威力を加減できるリノ直伝のライオテンペスタが関の山と言う所だ。

まあ、ともあれ同じ閃光変換の特性と大魔力の持ち主同士だ、
手本になる魔法の一つや二つは見せられるだろう。

結はリーネを連れ立って教室を後にする。
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:42:28.38 ID:Ql4MD+290
と、その時だった。

結「あれ?」

リーネ「ロロ姉ちゃんとザック兄ちゃん……」

玄関へと向かう二人の視線の先に
見慣れた二人――ロロとザックの姿があった。

普段なら楽しそうに話している二人だが、
今日はどこか神妙な面持ちだ。

玄関から外へ出て向かうあの方角からして、
裏手にあるザックとレナ謹製でロロお気に入りの温室だろうか?

二人の神妙な面持ちに、
つい声をかけ損ねた結は好奇心二割、困惑八割と言った表情を浮かべる。

???「アレは……何かあるわね」

結「わぁっ!?」

不意に背後から聞こえた声に、結は飛び跳ねるように驚き、
リーネも身を竦ませた。
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:43:17.87 ID:Ql4MD+290
呼吸を整えて二人が振り返ると、
そこには射撃魔法の専門書を数冊抱えたフランが立っていた。

どのタイミングで合流、と言うか尾行状態になったのか分からないが、
どうやら自分達の背後に身を潜めていたようだ。

結「ビックリしたよぉ〜」

フラン「ごめんごめん。
    でも、ロロもザックも外に出たか……ふむふむ」

抗議の声に軽く謝罪し、フランは教室の中に専門書を放り込むと、
迷いのない足取りで玄関へ向かう。

既に興味は外に出た二人と言う所だろう。

酷い話である。

さすがに結も頬を膨らませたが、
彼女の興味も次第に外のロロとザックに向かう。

つい数時間前のやり取りのすぐ後でコレなのだから、
致し方ないと言えば致し方ないだろう。
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:44:23.25 ID:Ql4MD+290
結「どうしたのかな、二人とも……」

付き合いこそまだ短いが、友人達が普段は見せない神妙な面持ちに、
結も微かに緊張感を抱いていた。

ロロの寂しげな表情こそ見た事があったが、
緊張とも取れるあの顔は見た事がない。

ロロット・ファルギエールは他人よりもずっと目が細い、
と思わせるほどいつもニコニコと微笑んでいる印象が強い。

アイザック・バーナードは表情豊かな快活な少年、
と思わせるほどコロコロと表情を変えている。

あんな凝り固まった表情は、本当に見た事がないのだ。

そして、それを面白半分と言うよりは
面白八分と言った具合のフランが追って行く。

となれば首をもたげるのは“心配”なんて高尚な感情ではなく、
少し下世話な“好奇心”と言うヤツだ。
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:45:16.26 ID:Ql4MD+290
結「結姉ちゃん?」

と、そこに唯一心配そうな顔を浮かべているリーネが、
スカートの裾をクイクイと引いてくる。

結「あ゛……」

別に忘れていたワケではないのだ。

が、リーネとの約束と友人達の状況、
どちらを優先すべきかで、結は奇妙な声を上げてしまった。

結「ねぇ、リーネ」

その言葉が飛び出すまでの時間、僅かに二秒、主観にして一分。

実質的短時間内における主観的長考は魔導師の必須分野である。

結「ロロとザックくんの事、気にならない?」

リーネ「……」

年相応ないたずらっ子のような、好奇心に満ちた笑みを微かに浮かべた結に、
リーネはコクリと頷いた。

幼い子供でも、やはりそこは女の子と言う所だろう。
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:46:04.72 ID:Ql4MD+290
アレックス「まったく、悲鳴が聞こえたと思ったら……。
      何をやっているんですか、二人とも」

と、その時、教室の方から呆れとため息混じりの声を上げてアレックスがやって来る。

結「アレックスくん、あ、これはね……」

アレックス「慌てていた様子のフラン君の態度と二人の会話と様子から、
      何となく内容は分かりますよ……」

慌てて説明しようとする結に、アレックスはため息混じりに返す。

アレックス「……それで、確認しに行くんですよね?」

言いながら、アレックスは結とリーネを追い越すように先に向かう。

結「アレックスくんって、こう言う事には興味ないと思ってた」

アレックス「人並みにはあるつもりですよ。
      それに、僕だって友人達の恋路を応援しようと言う気持ちだってあります。
      故に、事の顛末を知る必要があります」

アレックスにしては無理矢理な論理武装だ。

だが――

結「そ、そうだよね〜」

結もアレックスの言に納得、と言うよりは相乗りして玄関から外に出る。

メイ「いや、ただの野次馬根性でいいでしょ」

と、そこでメイに声をかけられた。
傍らにはフラン。

どうやら、外に出たロロとザックに気付いて寄って来た所で、
フランと合流したようだ。

フラン「はいはい、本音はダダ漏らさない」

フランは今更ながらに年長者顔でメイを窘めるが、
一番の野次馬は紛れもなく彼女だ。
685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:47:11.61 ID:Ql4MD+290
フラン「よし!
    総員、装備点検の後、対象者の尾行および調査を開始する。

    エージェント・李!」

メイ「はい、エージェント・カンナヴァーロ!」

フラン「君が先頭だ!」

メイ「了解です!」

妙に芝居がかった、と言うよりは、
彼女達が憧れるエージェント口調でやり取りを始めるフランとメイ。

結も去年の決戦時の緊張感を思い出して思わず姿勢を正し、
アレックスはさすがに呆れてため息を漏らし、
リーネはワケも分からずにキョトンとしている。

――何をやっているのか。

斯くして、フロントに隠密・近接速攻能力に長けるメイ、
サイドに射撃戦主体のフラン、センターに破壊力と砲撃力に優れる結、
バックスにサポート役と初心者のアレックスとリーネと言う、
妙に攻撃特化なクインテットによる距離にして50メートル足らずの進軍が始まった。

作戦目的は野次馬。

――本当に何をやっているのか。
686 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:50:02.08 ID:Ql4MD+290
そうして、五人は校舎裏手にある温室へとやって来た。

校舎正面の花壇や家庭菜園では育て難い、
温暖な気候向けの草花や野菜を育てるため、
一昨年の春先にレナとザックが作製した物らしく、
現在の管理は緑化委員もどきのロロの役目となっていた。

10メートル四方と言うそれなりに広大な温室は、
内側に隠れる場所こそ少ないが、外から隠れて中の様子を窺うには十分な構造だった。

但し、五人が一斉に同じ場所に隠れて、と言うのは――

結「め、メイ、あんまり上にのしかからないでよ〜」

メイ「ご、ゴメンって……ちょ、フラン姉、もうちょっとそっちに行っててば」

フラン「これ以上横に行ったら、リーネが見付かるって」

リーネ「……キツい……」

アレックス「何も、全員で同じ場所に隠れなくても……」

ご覧の通り、些か無理があるようである。

但し、植物の隙間から二人の様子は見て取れたし、
外気を取り込むための窓が一枚だけ開いていたお陰で、
中の声は辛うじて聞き取る事は出来た。
687 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:51:11.93 ID:Ql4MD+290
ザック「やっぱり、パッキンが少し傷んでるな……。
    散水栓の調子が悪かったのはコレのせいだ」

ロロ「直りそう?」

しゃがみ込んで作業を続けるザックの肩越しに、
ロロは彼の手元を覗き込む。

ザック「ああ、作った時の予備が物置に仕舞って……」

振り返りかけたザックは、
ロロとの顔の距離の近さに顔を真っ赤にして前に向き直ってしまう。

ザック「よ、予備が物置に仕舞ってあるハズだから、
    それと交換するだけだから、十分もかからねぇよ」

ややぎこちない口調でぶっきらぼうに返してしまうザック。

ロロはキョトンとした表情で首を傾げている。

しかし、このやり取りを見るに――
688 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:52:14.39 ID:Ql4MD+290
アレックス「……どうやら、ロロ君が温室の散水栓の調子が悪かったのを
      ザック君に相談しに行っただけのようですね。

      ロロ君の性格上、プライベートな時間を潰して申し訳ないのと、
      散水栓の調子の悪さに不安を感じていた。

      ザック君は単に彼女と二人きりになるのが気恥ずかしかっただけのようですね」

アレックスの推測通りだろう。

フラン「みたいね……」

アレックスの見立てに、フランは盛大なため息を漏らした。

メイ「なんだ、つまんなーい」

メイも言葉通り、つまらなそうにため息を漏らす。

結「みんな……」

結はやや呆れたような、それでいて困ったような苦笑いを浮かべて三人を見る。

リーネ「………」

リーネは無言のまま温室の中を覗いている。

五者五様と言うべきか、それでも続きは気になるのか全員の視線が温室内に戻る。
689 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:53:12.03 ID:Ql4MD+290
フラン「こうなったら……」

神妙な面持ちのフランに、全員が小さく息を飲む。

フラン「……ハプニングに期待しましょ」

何のハプニングに期待しているのか、
フランの言葉に頷くのは結とメイの二人だけだ。

だが、無言のままため息を漏らさない所を見るとアレックスも同意見のようだ。

一人、リーネだけがキョトンとしている。

まあ、伸び伸びした環境で気心知れた仲間達と
心ゆくまで魔法の勉強に没頭できるとは言え、
年頃の少年少女が親元を離れて山奥暮らしだ。

娯楽がないワケでもないが、
少ない娯楽をより楽しくするエッセンスは必要と言う所だろう。

メイ「む、ザック兄が動くか?」

メイがふとそんな言葉を漏らした。
690 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:54:14.06 ID:Ql4MD+290
温室内ではメイの言葉通り、ザックが動きを見せていた。

照れ隠しに汚れてもいない膝を軽く叩きながら立ち上がり、
それでやや平静を取り戻してからロロに向き直る。

ザック「念のため、ここ以外のパッキンも総点検だな……。

    まぁ、今日の夕飯前までに直しておくよ。
    これくらいなら俺だけでも直せそうだ」

ロロ「本当!? ありがとう、ザック!」

自分からやや視線を外して見渡しながら言ったザックに、
ロロは嬉しそうに微笑む。

ロロの視線はザックに向いており、
ザックが視線をロロに向けさえすれば見つめ合うような状態だ。
691 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:56:47.19 ID:Ql4MD+290
メイ「ザック兄って、ロロ姉と並ぶと身長高いって分かるよね」

フラン「ああ、向こうは高いからねぇ……」

結「ザックくんって、アメリカ出身だっけ?」

アレックス「ええ、確かお父上はブダペスト駐留のフリーランスで、
      自宅もそちらだそうですが、幼少期はアメリカ暮らしだったそうです。

      無論、ご両親共アメリカ生まれ、アメリカ育ちの生粋のアメリカ人だそうです」

メイ「ブダペストって?」

フラン「確か、ハンガリーの首都」

アレックス「世界遺産のブダ城がありますよ、あとドナウ河も」

結「へぇ〜……。
  あ、でも、アメリカって世界一魔法文化が少ない国って聞いてるけど?」

フラン「国が存在認めてない、って言うか、
    科学文化オンリーで何でもかんでも進めようなんてのは、
    今時、あそことアジアの特定地域くらいのモンでしょ。

    でも、魔法文化自体は存在しているし、
    一応、魔法犯罪発生率第二位よ、イギリスに次いで」

アレックス「……遺憾です」

メイ「そんなに落ち込まなくてもいいじゃん。
   香港なんて、あの狭さで世界第五位だよ?」

フラン「イタリアも三位だから、他の国の事言えないなぁ……」

結「私の国は?」

フラン「確か……十五位、だったかな?」

結「うわぁ……意外と多いんだ……」
692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 21:57:56.79 ID:Ql4MD+290
外野の会話が脱線し続ける中、
温室内の二人の会話は別方面にシフトしていた。

ザック「それにしても、結構、色々な花が育ってるな……。
    よく一年でこんなに……」

ロロ「エヘヘ……頑張ったからね」

感心した様子のザックに、ロロは嬉しそうに応える。

方や自分の作った温室、方や自分の世話した草花だ。
お互いに思うところ、感じる所も違っただろう。

ザック「凄いよな……。
    俺、植物とかはてんでダメだからなぁ」

ザックはそう言ってから
“機械だけなら、アレックスにも負けないけどな”と付け加えた。

ロロ「そうだね……ザックとレナ先生がいなかったら、
   こんな立派な温室できなかったもの」

ザック「まぁ、危ない作業が多かったから、
    骨組みの殆どはレナ先生が作ったんだけどな」

ロロの褒め言葉に、ザックはやや乾いたような笑い声混じりに応えた。
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 22:00:31.34 ID:Ql4MD+290
ロロ「そんな事ないよ。
   仕組みは全部、ザックが作ってくれたモノだし」

謙遜気味のザックに、ロロは食って掛かる。

怒っているのは、前述の通り、謙遜気味な彼の言に対してだろう。

ロロ「私だって植物の事なら誰にも負けない、って言えるけど、
   機械の事は全然分からないもの。
   ザックは凄いよ」

ロロは気持ちを落ち着けるように、感慨深く言う。



フラン「むぅ……何だか、早くものろけムードっぽい?」

メイ「あ〜、“君の方が凄いよ〜、あなたの方が凄いよ〜”
   ……ってアレだね。
   ホームドラマでたまに見るよ」

結「何か違うような……?」
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 22:01:20.80 ID:Ql4MD+290
ザック「……ありがとな」

今までもそうだったが、さらに頬を朱に染めてぶっきらぼうに礼を言うザック。

ロロ「うん……!」

此方も頬を朱に染めて、嬉しそうに頷くロロ。



フラン「……モヤモヤするなぁ、さっさと告白しなさいよ」

結「フラン……なんか、いつもと違うよ」

メイ「昔のフラン姉はこんな感じだよ。
   最近、お姉さんぶり過ぎてるだけで」

結「そうなの?」

アレックス「そうです」

リーネ「……せまい……」
695 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 22:01:53.82 ID:Ql4MD+290
ザック「ハァァ………ふぅぅ……」

突然、深呼吸を始めるザック。

ロロ「ザックどうしたの……?」

ザック「ロロ!」

怪訝そうにするロロの声を遮るように、
ザックは彼女の名を呼ぶ。

ロロはビクッと身体を震わせて姿勢を正す。

それまで視線を合わせずにいたザックが、
ロロに真っ直ぐな視線を向ける。

ロロ「な、何……ザック?」

ロロも絡み合う視線に、先ほどよりも頬を朱に染める。

向かい合いならが、顔を真っ赤にする二人。
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 22:02:37.25 ID:Ql4MD+290
ザック「俺……お前が入学して来た時から、ずっとお前を見てた」

唐突に語り出すザックは、さらに続ける。

ザック「いつも笑ってて、けど、たまに凄く寂しそうな顔して……、
    その理由は、この前の話聞いて分かったんだけど……」

ロロ「う、うん……」

ザック「……どうしても、お前を守りたい。
    だから俺、防衛エージェント目指す事にした」

ザックの言葉に、ロロは息を飲む。

ザック「本当は、もっと近くにいてやりたいけど、
    俺、治癒魔法の素質はからっきしだし、
    メイみたいにスピードも早くねぇから、
    救命エージェントには向いてないからさ。

    だったら、俺の出来る方法でお前を守りたい、って」

ザックは少しどもりながらも言葉を紡ぐ。
697 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 22:03:14.21 ID:Ql4MD+290
防衛エージェントは戦闘エージェント隊の中でも、
防御を専門とした近接戦闘エージェントだ。

その職務には、任務中の他エージェントの護衛なども含まれる。

ロロの目指す救命エージェント隊は、
魔導テロリストが活動中の地域・地点へ派遣される事が多い。

そうなれば救命エージェント達は自身が命の危険に晒されながらも、
現場で被害者・被災者を救助・治療をしなければならない。

そんな救命エージェント達の安全を確保するのも防衛エージェントの任務だ。

ザック「だから……俺、お前をずっと……」

ロロ「ザック……」

顔を真っ赤にしながらも見つめ合う二人。

遠くで聞こえるギシギシと言う音。

ロロ&ザック「ん?」

不可思議な音に二人は振り返る。

ロロ「あ、壁が外れ……る?」

バキッと言う大きな音と共に、温室壁面のアクリル板の一枚が外れ、
聞き耳を立てていた五人が転がり込む。
698 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 22:04:18.00 ID:Ql4MD+290
フラン「誰よ、体重かけたの……ッ、タタタ」

メイ「アタシじゃないよぉ」

結「みんなで寄りかかってるからだよぉ」

リーネ「……せまい……」

アレックス「ハァ……何をやっているんですか……」

五者五様に不平を言いながら立ち上がる。

ザック「…………」

ロロ「………み、みんな!?」

状況の悪さに片手で顔を覆い“ジーザス”と漏らすザックと、
一拍遅れて驚くロロ。

フラン「いや〜、悪い悪い、修理箇所増えちゃったねぇ」

フランはアクリル板の外れた箇所を見ながら言う。

そんな事を言えば、
散水栓のパッキンがどうのこうの辺りから覗いていた事がバレバレである。
699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 22:06:24.20 ID:Ql4MD+290
ザック「大体、どの辺りからいたのは分かった」

フラン「はいはい、じゃあ後は若い二人に任せて退散を……」

ザック「待てよ年下」

立ち去ろうとしたフランの首根っこをザックが掴んだ。

フラン「何よ、三ヶ月だけじゃない。
    ささ、みんなで教室に戻って勉強しようね〜」

年長者コンビは軽妙な掛け合いを続けるが――

アレックス「さてと、積もる話もあるようなので、僕たちは邪魔になりそうですね」

結「そうだね、あ、リーネに多重術式見せる約束だったね」

リーネ「うん……見てみたい……」

メイ「さーて、アタシも自主トレ再開っと」

――年下組は、三々五々に散って行く。

ザック「お、お前らー!」

ひっくり返りそうな声を上げるザックに、
フラン以外の全員が足早に逃げ出す。
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2011/10/20(木) 22:07:10.47 ID:Ql4MD+290
フラン「あ、こら! 置き去りしないでよ!
    結〜! メイ〜! アレックス〜! リ〜ネ〜!」

フランは半ば涙声になって助けを求めるが、
結達は我が身可愛さか、既にその姿は無かった。

ロロ「プッ……アハハハ……」

そんな光景を見ながら、ロロは噴き出していた。

ザック「ったく、アイツらまで巻き込んで覗きなんて、趣味悪いぞ!」

フラン「何よぉ〜、どっかの誰かがいつまでも踏み出さないから、
    心配して見守ってあげてたんじゃない」

ザック「余計なお世話だ!」

既にフランとザックは口論を始めており、
その微かな笑い声は聞き取れていなかった。

恥ずかしそうに怒るザックの横顔を見つめながら、
ロロは幸せそうに微笑んだ。



第12話「ザック、恋の物語」・了
701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/10/20(木) 22:14:10.48 ID:Ql4MD+290
今回はここまでとなります。

話が増えて来たので、久々に各話の安価置いておきます。

第1話 >>2-38
第2話 >>44-85
第3話 >>89-130
第4話 >>133-189
第5話 >>194-249
第6話 >>252-305
第7話 >>309-376
第8話 >>379-499
第9話 >>506-551
第10話 >>558-602
第11話 >>610-651
第12話 >>658-700
設定等 >>604
702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/20(木) 22:44:54.47 ID:apUIygBho
乙乙。可愛い子供達が青春しとるね
つーか、青春にはまだ早い年頃のような……
いや……。全く問題はないよ
仮に幼女が大人の階段をn…コホン…何でもないです
703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/20(木) 22:51:41.14 ID:L8Kyqkda0
乙ですたー!
うん、甘い。そして、青い。
初々しいですなー…今回みたいなお話は、読みながら頬が緩むと言うか、ニヤニヤしてしまうというか。
それにしても今回のフラン。さすが女の子。
隆慶一郎先生が「女は生まれたその時から既に女である」と書かれていたのを、ふと思い出しました。
ザック君には、アメリカはアメリカでも古き良きアメリカ気質が垣間見えますね。
ちょっと「大草原の小さな家」のマイケル・ランドンさんを思い出しました。
次回も楽しみにさせていただきます。
704 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/10/20(木) 22:55:49.64 ID:Ql4MD+290
>>702
子供って意外と早熟なのですよ。
さすがに、ここまで甘酸っぱいのは早々ないでしょうけどw

幼女が大人の階段登るようなジャンルの本なら手持ちにたくs………さぁて、張り切って13話を書きますか(ソソクサ
705 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/10/20(木) 23:15:09.47 ID:Ql4MD+290
>>703
個人的に、主人公以外のキャラの恋バナ書くのは好きだったりしますw

フランに限らず、今回の女の子達は(Aカテゴリクラスに限らず)みんなそう言う方向で動かしてました。
欲を言うなら、奏もこの場に混ぜてあげたかったです。

ザックはこう……純情かつぶっきらぼうだけどやる時はやる、ある意味、一番主人公らしい性格ですね。
気は優しくて力持ち、とも言い換えられるポジションでもありますけどw



しかし、この二人の性格だと、将来的にザックが主導権を握っているような気になりつつ、
ロロにがっちり手綱を握られている姿しか想像できないw
706 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/21(金) 10:18:29.91 ID:fb2+lWfNo
おっつおっつ
707 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2011/10/29(土) 16:09:38.86 ID:qQJJX39O0
只今、絶賛執筆停滞中ですorz
投下が遅れますので、しばらくお待ち下さい
708 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/29(土) 16:26:56.48 ID:+P7+1+BZo
りょーかい。舞ってるよ
709 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/10(木) 21:01:04.30 ID:oUSp3FEco
,,,,,
-_-)
と)
710 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga]:2011/11/30(水) 21:02:37.05 ID:Stva/pBF0
一ヶ月以上、間が空きましたが、第13話を投下させていただきます
711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:03:29.66 ID:Stva/pBF0
第13話「リーネ、目覚める才能と」



若年者保護観察施設、奏の病室――

奏「リーネ……確か、結のクラスにいる一番小さな子……だったかな?」

結「うん……」

怪訝そうに聞き返す奏に、結は少し寂しそうに頷く。

リーネ――フィリーネ・バッハシュタインはAカテゴリクラスの最年少の少女だ。
結のような中途入学ではなく、今年の五月に六歳になった正式入学者である。

結「懐いてくれるのは嬉しいけど……何だか、あんまり笑ってくれなくて……」

結はこの三ヶ月ほどの間、いつもリーネに袖や裾を引かれながら感じていた事を口にした。
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:04:39.67 ID:Stva/pBF0
初めて出逢った時は、単に人見知りする恥ずかしがり屋の少女だと思った。

ただ、しばらく共に過ごす内に気付いた事があった。

彼女は自分やフランから離れたがらない。

席はフランの隣で、他の級友達と比べて席の間隔が非常に狭い。

休憩時間に少し教室を離れたと思うと、気付けば隣に戻って来ている。

夜はギリギリまで自分かフランの部屋にいるし、
朝も、日課の施設通いから帰るなり、大概は一、二分とせずに傍らに来ている。

結がその事も語ると――

奏「あ……うん……何となく、分かる、かな……」

奏は寂しそうに目を伏せながら、詰まり気味に答える。

普段の奏なら“結は優しいからね”と、嬉しそうに答えただろうが、
しかし、今の奏の反応こそが結の予測の範疇であった。

結「うん……やっぱり、そう思うよね……」

結も寂しそうに目を伏せる。
713 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:05:05.10 ID:Stva/pBF0
彼女達が共感する事。
それは幼い日に、最愛の母を失っている事だ。

結は父子家庭に、奏は天涯孤独に、と、
その後の境遇、実際の喪失感に差はあれど味わった哀しみは同じものだ。

心も体も泣きながら、誰かの背を追った記憶が二人の脳裏に甦る。

手を引いてくれた人がいて、背中を押してくれた人がいて、
初めて、自分の足で歩き出せた日々。

結「リーネも同じなのかな……って」

奏「そう……かも、ね」

少女達は寂しそうな顔を浮かべる。

結には父と親友達が、奏にはキャスリン達がいた。

リーネにも、Aカテゴリクラスの仲間達がいる。

だが――
714 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:06:05.68 ID:Stva/pBF0
結「あの子……手を、触らせてくれないの……」

結はこの三ヶ月で思い知った事実を吐露する。

リーネはいつも自分や誰かの服の袖や裾は引くが、直接、手に触れた事はない。
いや、肌に触れた事がない。

入浴時間は男女別で、女子五人が一斉に入浴するが、その時も頑なに触れて来ない。

最初の頃は、自分で洗髪までできる良い子だとも思ったが、
ああ徹底されては不思議と言う言葉すら霞む。

ただ、彼女は頑なに拒むのだ。
肌と肌が、触れあう事を……。

もう肌寒ささえ感じる秋の終わりだが、
彼女は初めて出会った夏から極めて露出の少ない格好をしていた。
理由は、やはり肌と肌が触れあう事を嫌ってだろう。

一応、“触れたくない”からと言う理由は理解している。
だが、そこに至った真相は知らない。
715 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:06:35.30 ID:Stva/pBF0
結「何とかしてあげたい、な……」

結は、奏にリーネの事を話し始めた理由を呟いた。

級友達には申し訳ないが、今は部外者である奏の方が打ち明けやすかったのは、
自分達と同じ何かをリーネに感じているからだった。

そして、共感と共に委ねられた信頼に応えるように、奏は沈思黙考する。

程なくして、解答はあった。

奏「……キッカケが、必要じゃないかな?」

奏の解答は実にシンプルだった。

結「キッカケ?」

奏「うん……結が、ボクにそうしてくれたように……」

怪訝に聞き返す結に、奏は感慨深く返す。

少しだけ目を細めたその表情は、
どこまでも優しく、どこまでも嬉しそうにも見えた。
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:08:04.55 ID:Stva/pBF0
結「奏ちゃんの時は……何だか、もう、
  自分でもワケが分からなくなるくらい全力だっただけで」

買いかぶりだと言いたげに、結は苦笑う。

出逢った時は死にたくなくて必死で、再会した時はワケも分からなくて、
決闘の時はただ話をしたくて、決戦の時は助けたい一心で戦う相手すら二の次三の次で突っ走っただけだ。

リーネとは状況が違う。

奏「それで……いいんじゃないかな?」

奏は、そろそろ一年前になろうとする十日間を思い出しながら呟いた。

奏「結がリーネから目を離さないでいれば、機会はあるよ……きっと」

今の自分があるのは結のお陰、と言いたげに奏は語る。

確かに、結が諦めずに戦場に立ったから、今の奏があるのは事実だ。

しかし、同じ事がリーネにも言えるだろうか?

結は親友に悩みを打ち明けた事の心の軽さと共に、
やや釈然としない気持ちを引きずりながら病室を後にした。
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:09:05.30 ID:Stva/pBF0


その日の実習授業は、森の中で少し拓けた演習場で行われた。

レナ「今日行う訓練は、魔力弾の相殺よ」

演習場の端に置かれた丸太に腰掛けながら、結達はレナの説明を聞いていた。

レナ「皆がどんなエージェントになろうとも、前線に出れば戦闘は避けられないわ。

   特に戦闘エージェント隊や捜査エージェント隊を目指す人は、
   孤立状態で狙撃される可能性もあり得る事を覚えておく事」

レナから語られる言葉は、どこか空恐ろしい物があった。

だが、結にしてみれば経験済みの事柄だ。

もっとも、その攻撃を防いでくれたのは
現役Aランク戦闘エージェントのエレナだったのだが……。
718 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:09:50.98 ID:Stva/pBF0
レナ「今日は教官隊から腕利きの狙撃魔法のエージェントが出向してくれているわ。

   皆は演習場の中央に立ち、ランダムな方角から放たれるごく弱い魔力弾を、
   どんな方法でもいいので相殺、或いは防御する事」

レナの説明は簡潔だった。

要点はまとめるまでもないだろうが、要は
“教官隊のエージェントが放った魔力弾に何らかの方法で対処せよ。方法は問わず”
と言う事らしい。

レナ「ただし、使用するギアは訓練用の汎用ギアだけ。
   いつものギアと同じように考えていると失敗するわよ」

レナは言いながら、傍らに置いてあったトランクを開ける。

そこにはレナの説明通り、杖型の汎用ギアが並べられている。
719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:10:19.20 ID:Stva/pBF0
ロロ「汎用ギアって、色以外はみんな一緒だね」

ザック「まあ、汎用って言うくらいだしな」

メイ「杖型ばっかりか……ん〜、ちょっと工夫しないといつも通りには出来ないかなぁ」

結達は口々に言いながら、それぞれに手に馴染みそうな汎用ギアを選んで行く。

結は最初に目についた白を基調とした汎用ギア――ブライトスワンを手に取る。
愛器・エールと同じ色と言う事もあったが、不思議と手に馴染むようだ。

結「ん〜……この子でも、アルク・アン・シエル撃てるかなぁ?」

エール<そんな事したら、彼が壊れてしまうよ。
    それに、教官隊のエージェントを魔力ノックダウンするつもりかい?>

結「あ、そっか……あ、アハハハ……」

少しだけ呆れたような愛器の声に、結は苦笑いを浮かべて呟いた。
720 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:10:45.29 ID:Stva/pBF0
レナ「準備が出来たら、不正防止のために、自分の順番が終わるまで皆のギアを預からせて……っと、
   結とリーネは着けたままね」

フラン達から専用ギアを預かりながら、レナは思い出したように口にした。

結(そっか……フリューゲルも魔力循環不良の治療もやっているんだっけ)

レナの言葉に、結は感慨深く待機状態のエールを見遣る。

魔力循環不良――母の命を奪い、十ヶ月前には自分も命を落としかけた、
人並み外れた魔力を持つ者だけが陥る難病。

結とリーネがそれぞれ使うWX82−エールとWX83−フリューゲルは、
魔導機人ギア、通常魔導ギアと言う機能差のためフレーム開発者こそ異なるが、
そのコアに与えられた役目は大容量の魔力を運用すると言う一点だけに特化されている。

本来はどちらもリーネのために作られた魔導ギアなのだが、
先だっての魔導巨神事件の際の強奪未遂で日本各地に飛び散り、
偶然から拾った結が使う事になったのである。

その時点で、結は既に末期状態の魔力循環不良を発症しており、
エールの助けがなければ身体を支える事すら出来ない状況にあった。

幸いにも、魔法倫理研究院から派遣されたエージェントのリノとエレナが
取り返せた二器のギアの内の一器がリーネのフリューゲルだったため、
リーネはこうしてAカテゴリクラスへ入学できたのだ。
721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:11:40.04 ID:Stva/pBF0
結がそんな経緯を思い出している内に実習授業は進んで行く。

今はザックの番のようで、彼は魔力で作り出した防壁で次々と魔力弾を防いでゆく。

防衛エージェントを目指していると言うだけあって、かなり的確だ。

ザック「っと、コレでラスト!」

最後の一発ははたき落とすようにして消し去る。

レナ「うん、動きの無駄が少なくなって来たようね。上出来よ、ザック」

ザック「格闘戦技の度にメイの相手ばかりしてれば自然とそうもなるって、先生」

教え子の成長を喜ぶレナに、ザックはため息混じりで返した。

確かに、メイのあの猛攻を毎回のように相手をしていれば、
自然と最小限の動きで防御するようにもなるだろう。

ザックはレナから愛器・カーネルを受け取ると、結達の元に戻って来る。
722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:12:24.18 ID:Stva/pBF0
レナ「じゃあ、次はフランね」

フラン「はい!」

レナに名前を呼ばれ、フランはスッと立ち上がり前に進み出ると、
赤い杖型の汎用ギア――レッドアイを構えた。

その姿はまるで、ライフルを構えるクレー射撃の選手のようだ。

レナ「始め!」

合図と共に、レナが上空に向かって魔力弾を放つ。
おそらくは教官隊のエージェント達への合図だろう。

直後、フランは振り返って杖の先を何もない方角に向けて構えた。

結「ん?」

結は怪訝な表情を浮かべる。
723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:13:12.30 ID:Stva/pBF0
事前の説明では、魔力弾はランダムな位置から放たれると聞かされていた。

来る方角を予測でもしているのだろうか?

しかし、結の怪訝そうな表情とは裏腹に、
フランは自信たっぷりと言った表情を浮かべて弱い魔力弾を放つ。

その後も、フランは何かを感じ取ったかのように身体の向きを変えては魔力弾を放つ、
と言った動作を繰り返した。

それが十回ほど終わって――

レナ「うん、フランも前にやった時よりも反応速度が上がって来たわね」

フラン「はい、ありがとうございます!」

フランはハキハキとした様子で返す。
724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:13:48.35 ID:Stva/pBF0
結<え? あ、あれ? 何が起こったの?>

エール<フランチェスカの魔力探査の精度と距離は、
    現役エージェントと比べてもトップクラスだからね。
    彼女は探査範囲に入った魔力弾を全部狙撃したんだよ>

驚いて尋ねた結に、エールが簡潔に説明する。

結<ほ、本当!? だって、凄く離れた位置から撃ってるんだよね?>

エール<彼女レベルの探査能力なら驚く事じゃないよ。
    どちらかと言うと、それを精確に狙撃した方が驚くよ>

結<ふぇ〜……>

このタイプの実習訓練は初めてだったが、
改めて見せつけられる級友の凄まじい才能に、結は心中で感嘆を漏らしていた。

その後も実習は続き、タイミングを合わせた防御魔法で相殺する者、
魔力強化した打撃で撃ち落とす者、周辺に浮かべた魔力弾で迎撃する者と多様だった。

結は魔力調整に自信がないため、全方位防御魔法で全て相殺すると言う手で凌いだ。

そして、最後、リーネの番となった。
725 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:14:33.95 ID:Stva/pBF0
レナ「みんなのやり方を見て、何となく分かった?」

リーネ「……うん……」

レナの確認に、リーネはコクリと頷く。

レナ「じゃあ、やってみましょう」

レナに促されて、リーネはゆっくりと前に進み出た。

その手には結と同じく汎用ギアのブライトスワンが握られている。

リーネ「じゃあ……始め!」

レナが合図の魔力弾を発射する。

その瞬間だった。
726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:15:32.27 ID:Stva/pBF0
リーネ「……あ……」

リーネは突如として走り出す。

別に動いてはいけない、と言う指示はない。

迎撃に最適な射撃ポジションを取ったり、
打撃や防御魔法で相殺するために絶好のポイントを探る分には、と言う条件付きだ。

だが、それにしてはリーネは動き過ぎである。

フラン「ちょ、ちょっとリーネ!?」

フランが異変に気付き、慌てて呼び止める。

だが、既にリーネは森の中にまで入っており、
ブライトスワンを投げ捨て左手の人差し指に嵌められた指輪に手を翳している。

リーネ「飛ぼう……フリューゲル」

その声に反応し、ギア――フリューゲルが起動する。

起動したフリューゲルはワンドタイプのギアへと姿を変え、リーネも魔導防護服を纏う。
彼女の魔力波長の藍色に白を合わせたローブと、明るい青を基調としたリボンの魔導防護服だ。

フリューゲル<ねぇ、フィリーネ、授業中みたいだけどいいのかい?>

リーネ「……助けなきゃ……」

愛器の問いかけに、リーネは譫言のように応えて飛び立った。
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:16:01.37 ID:Stva/pBF0
それからたっぷり二秒の時間を置いてから、全員が事の重大さに気付いた。

レナ「り、リーネ!?」

あまりに突然すぎる教え子の行動に、レナは数秒遅れで声をかけた。

だが、既にその声は届かず、飛び去ったリーネの姿は既に確認できない。

ロロ「リーネって……あんなに早く飛べたんだ……」

やや場違いながらも、ロロの言葉は全員の感情の一部を代弁していた。

リーネは確かに飛行適性はあったが、その機動はまだまだ不安定で、
結やフランが横についていなければ真っ直ぐ飛ぶのも覚束なかった。

それが、今はどうだろう?

自らの力だけで飛行を行い、あまつさえ凄まじいスピードで飛び去ってしまっている。

エール<スピードは結の倍近いよ>

結「落ち着いてる場合じゃないよ!」

冷静に観測結果を伝えて来るエールに、結はやや怒ったように返す。

メイ「ちょっと、探査範囲外って何よ、突風!?」

ザック「飛べなくてもいいから、追い掛けねぇとマズいだろうが!」

回りの友人達も同じなのか、口々に待機モードのギア達に文句と言うか、
ややツッコミに近いソレを入れている。

しかし、逆にそれが全員を冷静にさせた。
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:16:46.99 ID:Stva/pBF0
レナ「フラン、結、あなた達は空からリーネの後を追って!
   ロロとアレックスは残って中継役を! ザックとメイは私と地上から!」

レナは言いながら、ザックとメイの二人を引き連れて走り出す。

アレックス「もう、ヴェステージの探査範囲から離れた……。

      フラン君、結君、目測時のデータをギアに転送します。
      ギアの回線をオープンにして下さい」

フラン「了解、チェーロ」

結「エール、回線開いて」

アレックスの言葉を受けて、二人はアレックスのギア――ヴェステージと回線をリンクさせる。

リーネが飛び去る瞬間が視覚情報となって、結とフランの脳裏に克明に映し出された。

自分で見ていた時よりも、より精確な情報である。

魔力の流れまで、子細に見て取れる。
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:18:09.62 ID:Stva/pBF0
結(あ……これ……)

その魔力の流れを見ながら、結は気付いていた。

リーネの飛び方は、授業で習ったどの飛び方とも違う。

結(コレなら……もっと早く飛べる……)

結は魔導防護服を展開し、空を見据える。

フラン「早い私が先行して正面方向を検索。
    結は後ろから広域検索をしながら着いて来て」

フランは言いながら、真っ赤な軽装ローブ型の魔導防護服を展開する。

結「……ううん、多分……私の方が早いよ」

しかし、結はそんなフランに首を振って応えながら、
彼女の前にゆっくりと進み出た。
730 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:19:26.77 ID:Stva/pBF0
ここで改めて結の魔法戦の特性について語るべきだろう。

譲羽結の魔法戦に於ける最大の特徴は、
最大でSランク魔導師10人分に匹敵する膨大な魔力を用いた一撃必倒の砲撃力と、
同クラスの魔力なら完全相殺可能な絶大な防御力にある。

如何に強力な魔導師、高ランクのエージェントであっても、
一対一で勝つには方法が限られる。

だがしかし、彼女の真骨頂はそこだけではない。

結は一度目にした行動が自分に可能な物であるなら、
ほぼ完璧と言って良い程コピーできる能力にあった。

料理番組ならば、複雑な物でも、
番組内容さえ見ればレシピすら見ずに作ってしまえるレベルだ。

そのコピー能力は戦闘や訓練において絶大な力を発揮する。

今回はアレックスとヴェステージのお陰で、
リーネの魔力の流れが“見えた”事が幸いだった。
731 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:19:59.99 ID:Stva/pBF0
結(ダーツみたいな羽を付けた細い矢のイメージ……。
  そのイメージを……飛びたい方角に向けて……)

結はリーネの魔力の流れをそう感じ取っていた。

フラン「ちょ、ちょっと、結?」

フランは狼狽えながら、結に声をかけようとする。

だが――

結「行きます!」

結はフランの声を振り切るようにして、リーネの飛んでいった方角に向けて飛び立った。

その速度は、リーネやメイ、それに奏ほどではないにしても、今までの比ではない。

フラン「は、速っ……」

猛スピードで飛び立って行く結の姿を、フランは呆然と見送る。

ロロ「本当……もう見えなくなっちゃった……」

アレックス「以前の結君よりも四、五割はスピードアップしていますね。
      あれなら元々広域探査向きのフラン君が後詰めをやった方がいいでしょう」

ロロとアレックスも、結の消えて行った方角を見ながら呟いた。
732 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:21:26.34 ID:Stva/pBF0


結は飛びながら、前方を見据えていた。

結「エール、リーネの反応は?」

エール<フィリーネの反応は検知できない。
    今は広域探査オプションも外しているからね>

結の質問に、エールは淡々とした調子で答える。

リーネのスピードは奏と同等か、彼女よりもやや遅いと言った所だろう。

今の結よりもまだずっと速い。

何処まで行ったかは分からないが、
リーネがまだ飛び続けているなら確実に差は開いて行く。

出来れば、何処か適当な場所で止まっていて欲しいが、
彼女が飛び去った目的が判然としない以上、希望的観測は止めておくべきだろう。
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:22:04.46 ID:Stva/pBF0
結(せめて……せめて、魔力を探知できたら……)

結は内心の焦りを隠すように、心中で独りごちた。

結(お願い……真っ直ぐ飛んでいて……!)

万が一にでも、リーネが僅かに左右に反れていたら、
その時点で、どう足掻こうとも結には補足不可能となる。

果たしてその希望は――

エール<結、フィリーネの魔力波長を観測したよ!>

エールの声と共に叶えられた。

結「! 距離は?」

逸る心を抑えて、エールに問いかける結。

既に視線は周囲に向けられており、
木の陰、岩の陰を注意深く、だが一気に視線を走らせている。
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:23:16.87 ID:Stva/pBF0
エール<かなり近い……正面やや下方。減速を開始して、結>

エールに言われるまま、結はゆっくりと減速を始める。

結「リーネ! リーネェ!」

減速しながらも周囲に向かって呼びかける。

だが、返事はない。

落ち着いて周囲の状況を見てみれば、
眼下は切り立った崖と、撃流の流れる渓谷。

飛べるのだから、まさか川に落ちたワケではないだろう。

となれば、森の中だろうか?

だが、視線を森に向けようとした瞬間、結の目は大きく見開かれた。

結「り、リーネ……!?」

崖の縁、やや岩と木立に阻まれるような位置に、リーネが佇んでいたのだ。

何をしているの?
何で、そんな所にいるの?
どうして、突然こんな所に来ようとしたの?

様々な疑問が結の脳裏に閃いたが、それらが言葉になる事はなかった。

何故ならば、呆然とする結の目の前で、リーネが崖下に向けて跳んだからだ。
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:23:56.18 ID:Stva/pBF0
結「ッ? り、リィィネェッ!?」

息を飲んだ一拍にも満たない時間差で、
結は悲鳴じみた声を上げてリーネに向かって飛んだ。

エール<結、落ち着いて! リーネは飛べるんだ!>

結「!? そ、そっか……」

あまりの事態に動転していた結だったが、エールの声にふと我に返った。

確かに、落ち着いて様子を見てみれば、
崖下に向けて跳んだリーネはゆっくりとした速度で降下していた。

結「な、何だか……さっきの猛スピードと全然違うね……」

その様子を見ながら、結は拍子抜けと言った感じで呟いた。

先ほどは弾丸もかくやと言う程の速度で飛び出したと言うのに、
今は落下傘のようにゆらゆらと揺れながら降下している。

飛行魔法の軌道が安定しないのは、
魔力を巧く制御できていないか、単に苦手と言う事になる。
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:24:58.06 ID:Stva/pBF0
エール<直進は凄いスピードが出せるけど、降下はあまり得意じゃないみたいだね>

リーネは飛行魔法の応用ではなく、
どうやら浮遊魔法の力を僅かずつ抜いてゆくようなカタチで降りているようだ。

ややこしい話かもしれないが、
浮遊と飛行の魔法は系統こそ同じだが、魔力の運用方法が大きく異なる。

飛行魔法は自身を魔力で包み込んで進行方向に向けて魔力のベクトルを向けるが、
浮遊魔法は自身の下、或いは手近な壁面などを
魔力で押したり掴んだりして身体を支える魔法である。

確実に安全な状況とは言い難いが、すぐにでも落下してしまうと言う事はなさそうだ。

結「そう……みたいだね」

結はそこでようやく、胸を撫で下ろす事が出来た。
737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:25:39.57 ID:Stva/pBF0
結「けど、なんでこんな場所に……」

結は改めて周囲を見渡すが、下に激流の流れる崖と森以外は本当に何もない場所だ。

各演習場からもかなり離れた場所で、
Aカテゴリクラスの校舎からも、麓の街からも離れている。

とてもリーネが何かの用で来るような場所には思えない。

となれば、“何か”ではなく必然的に“誰か”なのだが、
前述のような位置関係ではその“誰か”すらいそうな気配がない。

しかし、その答えもすぐに出た。

リーネの降下が止まったのだ。

そこは崖の途中で突き出した、足場とも言えないほど狭い岩場のようで、
リーネはその手前でフラフラと滞空している。

エール<止まったみたいだね>

結「うん……私達もリーネの近くに行こう」

結は言いながら、リーネの降りて行った崖へと向かう。
738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:26:05.51 ID:Stva/pBF0
近付くにつれて、結にもリーネの眼前にある岩場の状況が見えるようになって来た。

結「あれって……」

岩場に倒れ伏しているかのような陰を見付け、結はぽつりと漏らす。

エール<鳥……フクロウのようだね>

結の視界から得られた情報を元に、エールが解析結果を報告し、さらに続ける。

エール<それにフクロウから微量の魔力を感知……。
    どうやら、あのフクロウは魔力を持っているようだ>

結「人間以外でも、魔力を持つ生き物っているの!?」

エールの解析結果を聞きながら、結は驚きの声を上げた。

エール<発見例が少ないだけで、全くいないと言うワケではないよ>

驚く結に解説しながら、エールはライブラリ内の情報を結の意識に直接送信する。

結「あ……本当だ……」

結は驚きながらも感心したように呟いた。
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:27:11.04 ID:Stva/pBF0
エール<おそらく、崖近くの木から落ちたんだろう。
    魔力がかなり不安定な状態だ>

結「じゃあ、リーネはあのフクロウを助けるために……?」

エールのさらなる解析を聞きながら、結はまた小さな驚きを隠せなかった。

演習場からここまでの所用時間は実に二十分、かなりの距離を飛んで来たつもりだが、
エールの魔力センサー――即ち、結の魔力探査範囲は、
僅か100メートルに接近するまでフクロウの魔力を検知できなかった。

リーネと言う大容量の魔力を持つ少女が近くにいたと言う事もあるが、
それを差し引いても演習場から検知できる距離ではない。

エール<フィリーネの魔力探査範囲と精度は、フランチェスカ以上だね……>

つまりは、エールの言葉通りなのだろう。

現状は直線軌道だけとは言え、あの飛行速度に加えて、
これだけの高精度魔力探査能力。

魔力運用や技術に未だかなりの難がある事を除けば、
正に天賦の才に見込まれた少女と言えるだろう。

結は、我知らずに息を飲んでいた。
740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:27:48.10 ID:Stva/pBF0
一方、当のリーネは――

リーネ「………」

岩場に倒れたフクロウを前に、手を伸ばしたまま立ち尽くしていた。

それはまるで、自分の手がフクロウに触れるのを躊躇っているようだった。

フリューゲル<フィリーネ、早く助けた方がいいんじゃないのかい?>

彼女の愛器であるフリューゲルも、主の行動に合点がいかないのか、
怪訝そうな声で彼女を促している。

リーネ「うん……けど……でも……」

一旦は頷いて手を伸ばしかけたリーネだが、
フクロウに手が触れる寸前になって怯えたように手を引いてしまっていた。

別に、フクロウに恐怖を覚えているとか、
ましてやフクロウが威嚇してきているわけではない。

フクロウはまだ生まれて間もない雛のようで、
グッタリとしていなければ可愛らしささえ覚える姿であった。

そして、前述のようにグッタリとしている状況では、威嚇すら出来ようハズもない。
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:28:20.84 ID:Stva/pBF0
フリューゲル<君の魔力循環は僕が調整しているんだ。万が一にも間違いは起きないよ>

リーネ「う……うん」

やや呆れ気味とも取れるような声音の愛器に、リーネは戸惑い気味に頷く。

リーネ「でも……パパやママみたいになったら……嫌だよ……」

フリューゲル<だから、そうならないようにしているから、安心してよ>

ギアがため息を漏らすかどうかは分からないが、
フリューゲルはため息を漏らさんばかりの声音で返した。

何故、リーネがこれほどまでに他者との接触を拒むのか?

それは、彼女が去年まで置かれていた環境に由来する。
742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:30:00.32 ID:Stva/pBF0
フィリーネ・バッハシュタインと言う少女は、
ドイツの田舎町に暮らす、ごく普通の家庭に生まれた。

後の調査で、両親にごく僅かばかりの魔力があったらしいと言う結果が出たが、
リーネは突然変異と言っても過言ではないほどの大容量の魔力を持って生まれた。

そして、その才が覚醒したのは、リーネが僅か三歳の頃だった。

リーネの魔力循環不良の症状は、自身の内ではなく、外に向けて発せられていた。

覚醒の瞬間、たまたま両手を片方ずつ握ってくれいた両親を、
リーネの魔力は一瞬で爆ぜさせた。

“爆ぜた”とは比喩表現ではなく、文字通り、微塵に散ったのである。

およそ一年前、結の右腕が魔力酷使の末に引き裂かれたのと同じであった。

ただ違ったのは、彼女の両親に娘の大魔力を受け止められる力がなかった事だ。
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:31:17.94 ID:Stva/pBF0
大魔力を持つ人間は概ね、
生まれながらにしてその魔力に見合った魔力耐性を身につけている。

そして、僅かばかりの魔力しか持たず、
魔力耐性を鍛えていない人間の耐性は、元よりたかが知れている。

例えば、コップ一杯の水しか入らない水風船に、
コップ一万杯の水を一気に注ぎ込めばどうなるか、結果は火を見るよりも明らかだった。

尤も、リーネはその時の光景を覚えてはいない。

あまりにも凄惨であった両親の死に様を、幼子の脳は意識をシャットダウンさせて耐えきり、
両親も“爆ぜた”のではなく“倒れた”として記憶を再構成させる事で乗り切ったのである。

その後、彼女を保護した魔法倫理研究院が、
彼女の精神の保護を理由に両親の死に様を今も伏せ続けている事に対して、
その善し悪しを決めるのは難しい所ではある。

ともあれ、研究院の保護施設で目を覚ましたリーネは、
魔力循環不良を矯正可能な第五世代試作型ギアであるWX83−フリューゲルの完成に至るまで、
数百のギアを肌身離さず身につけた状態で、外の世界と隔離された状況で育った。

そんな幼年期を過ごした少女が、素手で他者に触れようとするかと聞かれれば、答えはノーである。

自身と他者が触れあう、イコール、他者の死。

凄惨な記憶を偽りで塗り替えても、その絶対の図式は消えない。
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:31:56.11 ID:Stva/pBF0
リーネ「………!」

だが、リーネは意を決し、ギアを待機状態に戻すと、
自身の魔導防護服のリボンを解き、幅が広く長いソレでフクロウを包み込むようにして抱き上げる。

接触を拒むのと、フクロウを助けたい、その思いの板挟みになった末の苦肉の策だった。

フリューゲル<フィリーネ……>

残念そうに呟くフリューゲルの声音は、
それでも主が初めて誰かに触れようとした事が嬉しかったのか、複雑なものだった。

だが――

フリューゲル<フィリーネ? ……出力が落ちてるよ?>

不意にその声音が怪訝なモノへと変わる。

出力が落ちている――つまり、リーネの放出する魔力の量が少なくなっていると言う事らしい。

ギアが行っているのは使用者の放つ魔力の調整であって、
使用者の魔力そのものを調整しているワケではない。

使用者とギアの関係は言わば、発電機と機械の関係だ。

使用者が魔力と言うエネルギーを発生させなければ、
ギアは何も出来なくなってしまう。
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:32:30.37 ID:Stva/pBF0
リーネ「で、でも……魔力を使ったらフクロウが……」

フリューゲル<大丈夫だって言っているじゃないか!

       これじゃ、浮遊魔法に使う魔力が足りないよ!
       早く魔力を練って!>

困惑するリーネに、フリューゲルは半ば怒鳴るように魔力の供給を促す。

だが、当のリーネは魔力を発生させられずにいた。

繰り言であるが、自身の魔力が触れた他者を傷つけるものと認識しているリーネは、
殆ど無意識に魔力をシャットダウンしていた。

元々、フクロウと接触するためにギリギリまで魔力放出量を絞っていたため、
フリューゲルにプールされている魔力残量もごく僅かである。

破綻はすぐに訪れた。

ガクンと、それまであった足場を突然失ったかのように、
リーネはフクロウを抱えたまま崖下へと落下する。

リーネ「あ……」

浮遊魔法とは完全に別種の浮遊感に、リーネは呆然と声を上げた。
746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:33:18.44 ID:Stva/pBF0
その光景は、リーネへと接近していた結からも見てとれた。

エール<結! フィリーネの魔力放出が止まっている!>

結「じゃあ、アレって本当に落ちてるの!?」

突然の高速降下、いや、落下に虚を突かれた結だったが、
エールの言葉で直ぐさま正気を取り戻す。

故意か、トラブルか、どちらにせよ助けなければいけない状況に変わりない。

結「リーネェッ!?」

結は今度こそ、悲鳴じみた声と共にリーネに向かって飛翔する。

落下高度を考えても、時間のかかる魔導機人の通常召喚は使えない。

偶然ではあったが、結は最速にして最善の手を導き出していた。
747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:33:56.62 ID:Stva/pBF0
エール<結! ギア起動状態の君の魔力量じゃあ、
    フィリーネの保護したフクロウに影響が出かねない!
    距離を取るために抱えず、フィリーネの手を掴んで!>

結「分かったよ!」

エールの指示を受け、結は右腕を伸ばす。

先ほどの声が聞こえたのか、リーネもコチラに気付いているようだった。

結「リーネ! 手を伸ばして!」

リーネ「結……姉ちゃん……」

叫ぶ結に、リーネは呆然と答える。

結「早く! 手を」

崖下の激流に飲まれるまで、もう僅かばかりの高さしか残されていない。

リーネ「で、でも……!」

フクロウを包んだリボンを両腕で抱きかかえたまま、リーネは戸惑いの声をあげる。
748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:35:03.31 ID:Stva/pBF0
結(何で……こんな時まで、手を掴んでくれないの!?)

リーネのトラウマを知らぬ結には、当然の思考だった。

結(どうすればいいの!?
  このままじゃ………リーネが川に落ちちゃう!?)

川や渓流と言えば聞こえがいいが、
流れが早く、水量も半端ではない激流だ。

小さな子供が落ちれば、まず間違いなく死が待っている。

エールを起動した状態では、リーネを抱える事は出来ない。

逆を言えば、起動していなければリーネを抱える事が出来る。

だが、起動しなければ結には飛行魔法が使えない。
となれば、諸共に死ぬだけ。

ならば――
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:35:52.83 ID:Stva/pBF0
結「………エール、お願い!」

結はそれだけ言って、魔導防護服を解除し、エールを待機状態に戻した。

エール<ゆ、結!?>

突然の主の行動に、エールは愕然とする。

ギアの魔力運用補正によって可能となっていた飛行魔法が強制的に解除され、
結も自由落下を始める。

結「リーネッ!」

しかし、結はそんな事にはお構いなしに、
一向に手を伸ばそうとしないリーネを抱えた。

直後、結の危機を察したエールの緊急システムが起動し、
いつかの奏との決闘の時と同じく、魔導機人・エールが緊急モードで召喚される。

あまりの緊急状況かつギア本体の未起動状態が重なったため、
右腕を除いた上半身だけと言う何とも情けない形状ではあったが、
緊急召喚されたエールは二人を抱え上げると、崖の上まで急上昇した。
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:36:24.30 ID:Stva/pBF0
結はリーネを抱えたまま、投げ出されるようにして崖の上に放り出される。

エール「ゆ、結! いくら何でも無茶苦茶だよ!?」

右腕と下半身なしと言う、かなりショッキングな状態のエールが、
珍しく声を荒げて結に向かって抗議する。

結「ご、ごめんねエール……でも、こっちの方が早いかなって……」

結は苦笑いを浮かべて“通常召喚じゃ間に合わなかったし……”と付け加えた。

確かに、状況を鑑みればベストな選択肢だったかもしれないが、
いくら何でも無茶が過ぎると言うものだ。

結「大丈夫、リーネ?」

結は気を取り直して、腕の中で呆然としているリーネに声をかけた。
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:36:56.13 ID:Stva/pBF0
リーネ「………」

だが、リーネは放心状態のまま応えない。

結「リーネ? リーネ?」

結はいつの間にか握っていたリーネの手を離し、
ショック状態で硬直したままのリーネの頬を撫でるように軽く叩いた。

結「リーネ? ……リーネ!」

リーネ「………あ……!?」

結の必死の呼びかけに、リーネはようやく気を取り直す。

結「大丈夫? ケガはない?」

結は、リーネが肌同士の接触を拒絶していたのも忘れて、
彼女の身体に傷がない事を手で触れて確認する。

リーネ「手……」

結「え? 手? 手をケガしたの!?」

呆然と呟いたリーネの言葉を返答と受け取ったのか、
結は慌ててその手を取って確認する。

だが、やはりその手にケガはない。
752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:37:30.89 ID:Stva/pBF0
しかし、続くリーネの言葉が結に正気を取り戻させた。

リーネ「………あったかい……」

結「え………? ああ!?
  ご、ごめんね、リーネ!」

リーネの肌に触れている事に漸く気付き、慌てて手を離そうとした結だったが、
リーネ自身の手に絡め取られるようにして止められてしまう。

リーネ「……あった……かい………ひっく………あったかい、よぉ………」

リーネは胸元でフクロウを抱えながら、両手で結の手を握る。
その目からは、絶えず涙が溢れ出している。

それが痛みによるものでない事は、結にもすぐ理解できた。

それは、かつて自分も奏と共に零した、カタルシスの涙。

結「リーネ……」

結は安堵混じりの声を漏らしながら、リーネの頬に触れる。

リーネ「うぅ……わぁぁぁ……っ!」

直後、声を上げて泣き出したリーネは、
フクロウを胸元に抱え込んだまま、結の胸に飛び込むようにして縋り付く。

結は、そんなリーネを身体で受け止める。
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:38:00.62 ID:Stva/pBF0
結(そうか……これで、良かったんだ……)

結はそんな事を思いながら、リーネの頬を伝う涙を何度も拭った。

ただ一度、手を握ってあげれば良かった。
誰かに触れる喜びを思い出させてあげられたら、それだけで良かったのだ。

フリューゲル<まったく、これまでの僕の苦労は何だったんだよぅ……>

一年近く、リーネのトラウマと向き合って来たフリューゲルからすれば、
不満の声を上げたくなる気持ちも分からなくもない。
 
キッカケは、決して些細とは言えない事だったが、単に偶然が重なっただけに過ぎない。

崖に落ちたフクロウが、たまたま魔力を保持していた事。
リーネの魔力探査能力と飛行魔法の才能が開花した事。
アレックスのヴェステージが、リーネの魔力の流れを計測し、それを自分たちに見せてくれた事。
リーネを助ける方法が、エールの緊急起動を利用せざる得なかった事。
そして、結がリーネのトラウマを詳しく知らなかった事。

ごく僅かな時間の内に積み重なった幾つもの偶然が生んだ、ある種の奇跡。
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:38:41.63 ID:Stva/pBF0
結「さぁ、戻ろう……リーネ。みんな、心配してるよ?」

結はそう言うと、リーネに縋り付かれたまま、改めてエールを召喚し直す。

リーネ「う……ひっく……うん」

リーネもしゃくりあげながら頷く。

二人はエールに抱えられ、演習場に向けて飛び立つ。


ただ、その光景を、離れた位置から見つめる視線が一つ。

???「………リーネ……何で……」

呆然と漏らす声は、少女のソレ。
赤い魔導防護服を纏った少女――フランチェスカ・カンナヴァーロ。

フラン「何で………結なの……?」

フランは驚きと、哀しみと、苛立ちの入り交じった複雑な声で呟いた。


第13話「リーネ、目覚める才能と」・了
755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/11/30(水) 21:43:39.55 ID:Stva/pBF0
今回はここまでとなります。

お待ちいただいていた方々、本当にお待たせしました。
いや、スランプの間、フォークリフトの免許取りに行ったり、
銀翼のファムにハマってラストエグザイルを全話マラソンしたり、
数年ぶりにポポロ(ピノンシリーズ)を二作やったりしていたら、
あれよあれよと一ヶ月以上の日々がw

そして、気分転換した割に執筆速度事態は改善されていないと言う、
はた迷惑なオマケ付きではありますが、今後も気長にお付き合い下さいorz
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/30(水) 22:48:38.22 ID:Epc0Oi7l0
乙ですたー!!
待ってた甲斐がありました♪
フォークリフトの免許・・・・・・懐かしいなぁ・・・・・・今の職場じゃついぞ使う機会が無いけれどww
今回メインになったリーネ、おとなしい子だとは思ってましたが、そういう理由だったとは。
友人のご親戚が託児所をやっているのですが、そこに母親の虐待が原因で預けられている小さな女の子がいて、
園長の奥さんにいつもくっついていると言う話を思い出してしまいました。
リーネは幾つもの奇跡的な偶然と、結の頑張りで心を開く切っ掛けを掴めたようですが、そうも行かない事の方が多いのが現実で。
私の実家の甥っ子のように、両親と祖父母に囲まれて笑顔で暮らせているのは、実は当たり前のようで凄い奇跡なのかもしれない。
そんな事を考えてしまいました。
次回も楽しみにさせていただきます。
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(群馬県) [saga sage]:2011/12/01(木) 21:31:47.66 ID:D3JpDqGB0
お読み下さり、ありがとうございます。

>フォークリフト
フォーク作業は職場に寄りけりですからねぇw
物作り専門の小規模工場だと、部品の搬入・完成品の搬出以外で使う機会なんて早々ありませんし。
免許を取るにあたって、フォーク修了証を持っていれば、どれだけ巨大な車両でも、
公道にさえ出なければ、大型免許無しでフォークリフト動かせる事を知って噴きましたw

>そういう理由
この子に関しては、登場当初から気を使って書いてます。
本当だったら、手を引いて貰うような年頃の子なのですが、トラウマを鑑みて、
直接、肌に触れるような描写を極力、避けて書いております。

>実子虐待問題
子供どころか奥さんもいない身ですが、ああ言う事する人の気持ちは理解不能です……
それだけ、自分が恵まれた環境で育った証拠なのでしょうが……
ともあれ、そのお子さんに、良き友人、良き大人達との出逢いが訪れるよう祈らせて下さい。




次はフランがメイン………なんですが、さて、どうしたものかw
758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/09(月) 22:34:02.99 ID:HbdqynEc0
一ヶ月以上、間が空いてますが、牛歩の歩みながらも着実に書いております。

と言うか、書き上がった内容が中々にアレだったので、最初から書き直し中です……どうぞ、気長にお待ち下さいorz
759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/11(水) 18:53:26.94 ID:C++DwK0Oo
把握
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/01/20(金) 20:05:48.83 ID:rU8DUtpn0
やっと書き終わったので、第14話を投下させていただきます。
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:07:01.40 ID:rU8DUtpn0
第14話「フラン、姉として出来る事」



休日、若年者保護観察施設、奏の病室――

奏「それで、リーネとは上手く行ってる?」

奏はベッドサイドに置かれた机に、二人分の紅茶を準備しながら、
結に向かって上目遣いに尋ねた。

結「うん。……前よりも懐かれて、ちょっと困るくらい」

結は困ったような複雑な物が混じった、だが嬉しそうな笑顔を浮かべて答える。

リーネがフクロウを拾う事となった事件から、既に二日が経過していた。

あれからと言うもの、リーネはアレックスと共にフクロウの看病をしたり、
みんなに甘えるようにじゃれついたりと大忙しだ。

ようやくあの年頃の少女らしさを取り戻しつつあるようだが、
両親の事を思い出してふと寂しそうな笑みを浮かべたりする事もあって、やや気の抜けない時間が続いている。

ともあれ、リーネが素直に甘えてくれるようになったので、
逆に手がかかる事になったのが嬉しいのか、レナもいつも以上に張り切っている様子だ。

今朝も、じゃれついて来るリーネを何とかレナに預け、日課の見舞いに来ている、と言った状況である。
762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:07:50.14 ID:rU8DUtpn0
奏「そっか……前よりも懐いてるんだ……」

結「か、奏ちゃん?」

何故か少し不満そうな、嫉妬混じりの声を上げた親友に、結は躊躇いがちに呼びかける。

僅かばかりの沈黙が、二人の間に訪れる。

奏「………ふふふ」

だが、その沈黙は奏の控えめな笑い声で破られた。

奏「冗談、だよ」

笑みを浮かべた奏がそう付け加えると、
結は胸を撫で下ろし“ひどいよぉ”と唇を尖らせ、
奏も“ごめんね”と軽く謝る。

それから、二人は僅かな間をおいてからどちらからとなく笑い合った。

ひとしきり笑い合ってから、二人は紅茶に口をつけた。
763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:08:41.66 ID:rU8DUtpn0
奏「それで……今日は何の相談かな?」

結「分かるの?」

奏に促され、結は驚いたように顔を上げた。

相談があったのは事実だが、まさか、顔に出ていたのだろうかと、
結は慌てた様子で左手で頬を探るように触れた。

奏「何となく。

  ……結のクセ、みたいなものかな?
  悩みがあると、普段よりちょっと顔が俯くのは」

結「あ……そう、なんだ……」

表情ではなく、首の角度だったようだ。

幼い頃に父子家庭となってからは、出来るだけ父や友人達に余計な心配をかけないようにと、
表情に出さないように気を配っていたつもりだったが、まさか顔の俯き加減でバレバレだったとは。

結(確かに……何かに悩んでる時は大抵、すぐにバレてたけど、まさかそんな簡単な事だったなんて……)

日本での父や友人達の態度を思い出すと、思い当たる節が多すぎて、
結は悩みとは別の恥ずかしさで顔を俯けてしまった。

奏「あ、でも、微妙な角度だから……結の父さんか、麗や香澄じゃないと気付かなかったかも」

奏は慌てた様子でフォローを入れるが――

結「それだからだよぉ」

――結は追い打ちをかけられて、泣きたいやら恥ずかしいやらで声を上げる事になった。
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:09:25.85 ID:rU8DUtpn0
数分して落ち着きを取り戻した結は、改めて、奏に相談を持ちかける。

結「実は……その、フランの事なんだけど……」

奏「フラン?」

切り出された話題に、奏は怪訝そうに首を傾げた。

奏「いつも、勉強の相談に乗ってくれたり、みんなの面倒を見たりしてる、
  お姉さんみたいな子の事だよね?」

結「そう、なんだけど……」

確認するかのような奏の質問に、結は俯くようにして頷いた。
確かに、そうなのだ。

フラン――フランチェスカ・カンナヴァーロは、
Aカテゴリクラスでは女子最年長と言う事もあって女子のまとめ役を務めている。

学級委員と言い換えてもいいだろう。

編入当初からよく世話になり、ほんの少し前までは何かと気にかけてくれていたのだが……。
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:10:16.08 ID:rU8DUtpn0
結「……最近、なんだか怒ってるみたいで……」

結は、昨日の朝あたりから感じていた事を、少し躊躇いがちに呟いた。

奏「怒ってる……?」

結「えっと……怒ってるって言うか、あんまり話をしてくれなかったり……」

怪訝そうに聞き返した奏に、結は寂しそうに答えると――

結「それに、リーネとも……」

――と付け加えた。

すると、奏は何か思い当たるのか僅かに思案した後、納得したように頷いた。

奏「それって、嫉妬……じゃないかな?」

結「嫉妬?」

続く奏の言葉に、今度は結が怪訝そうに返した。
766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:11:05.78 ID:rU8DUtpn0
怪訝、と言うよりは寝耳に水の驚きである。

結から見て、フランは非常に頼りがいのある先輩で、頼もしい友人だ。

同じ射砲撃系魔導師として見習うべき所の多い、
言ってみれば目標のような人物である。

“自分が彼女に嫉妬する事があっても、彼女が自分に嫉妬するなんて考えられない”
と言うのが結の考えだ。

奏「結が来る前までの三ヶ月、リーネの事はフランが中心になって面倒を見ていたって聞いたけど……。
  多分、一昨日の事で結に先を越されたのが、ちょっと悔しいんじゃないかな?」

だが、奏の意見を聞いて思い当たる部分があって、結は思わず息を飲んだ。


――多分……私の方が早いよ――


リーネの事もあるだろうが、今思えば、あの言い方はなかった。

あの時はリーネを追い掛ける事だけを考えていて、
その発言がフランにどんな思いを抱かせるかなど、考えもしなかった。
767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:11:53.48 ID:rU8DUtpn0
加えて、フランは責任感の強い少女だ。

年長者としての見栄も多少はあるだろうが、リーネの面倒を見る事に関しては、
自分から見てもそれなりに強い拘りがあったように思う。

そして、年長者としての見栄は勿論、実力面にもかかって来る。

あの時は、たまたまリーネの飛び方を真似て早く飛べるキッカケを掴んだワケだが、
それまでフランの後ろを飛ぶしかなかった自分が、あっさりとそれを追い越してしまった。

責任感もプライドもズタズタである。

結「私……リーネの事ばかりで……フランに……ひどい事、しちゃった」

後悔の念が涙の堰を切る前に、自責の声が漏れた。

奏「そうじゃないよ、結」

だが、その後悔を押し留めるように奏がいつになく、
いや、かつての彼女のように冷静な声で言い切った。
768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:12:26.32 ID:rU8DUtpn0
結は再び息を飲み、今度は溢れかけた涙も引っ込む。

奏は立ち上がると、合い向かいの席から立ち上がり、
結の右側に寄り添うように立った。

奏「確かに、フランには少し悪い事をしたのかもしれないけど、
  リーネを助けられた、って嬉しそうにしていた昨日の結自身を否定しないで?」

奏は言いながら、結の右腕に自分の手を添える。

かつて、ズタズタに引き裂かれながらも、必死に伸ばしてくれた、その腕。

結「奏……ちゃん……」

奏「ボクもリーネも……結に救われたんだから……。
  一昨日の行動を全部、否定するような言い方をしないで」

呆然とする結に、奏は優しく言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

結「奏、ちゃん……」

結はしゃくり上げるようにしながら、小さく頷く。
769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:12:54.89 ID:rU8DUtpn0
奏「じゃあ、後はどうすればいいか、分かるよね?」

結「うん……」

奏に促され、結はスッと立ち上がる。

結「謝って……仲直り、してくる」

結はそう言って涙を拭うと、踵を返す。

結は決断してから行動までが早い。

奏「がんばれ……結」

歩きだそうとする結の背中に、奏が声をかける。

結は小さく“ありがとう”とだけ応えて、病室を後にした。
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:13:37.53 ID:rU8DUtpn0
急ぎ、Aカテゴリクラスへと戻った結は、
休日とは言え、そろそろ級友達の集まりだした食堂へと駆け込んだ。

結「フラン!」

結はフランの名を呼びながら、食堂内を見渡す。

その場にいたのは、朝の日課を終えたロロとメイ、それにザックの三人だ。

アレックスとリーネは、まだフクロウの看病だろうか?

しかし、肝心のフランがいない。

まだ食堂に降りて来ていないのだろうか?

ロロ「どうしたの、結?」

慌てた様子の結を心配して、ロロが声をかける。

結「ね、ねえ、フランは?」

対して、結は不安げな表情を浮かべて聞き返す。

ザック「フランなら、今朝、イタリアに帰ったぞ?」

結の不安げな表情の意味が分からない、と言いたげな声音でザックが答える。

その瞬間、結は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を覚えた。
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:14:13.71 ID:rU8DUtpn0
結「う……そ……」

結は呆然と呟く。

その瞬間、やり切れない後悔と、困惑とが一気に結の頭の中に溢れかえる。

何で、こんな事に?
何で、フランはイタリアに帰ったの?
私が酷い事をしたから?

そんな様々な想いが、思考が、結の心に重くのし掛かり――

結「うぅ……あぁぁぁぁ……っ!」

ついに、結は顔を覆って、泣き出してしまった。

メイ「え? ちょ、結、どうしたの!?」

メイが慌てた様子で駆け寄って来たが、結は構わずに声を上げて泣いた。

取り返しのつかない事をしてしまった。

そんな後悔の念に囚われながら……。
772 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:14:56.12 ID:rU8DUtpn0


一方、その数時間後、フランはと言うと――

フラン「………はぁぁ……」

――帰郷の道すがら、盛大な溜息を漏らしていた。

道すがらと言っても、歩いているワケではなく、
アルプス山脈越えの飛行中である。

一応、スイス―イタリア間の国境を越えなければいけないのだが、
越境の申請は既に一昨昨日の時点で研究院を通して済ませている。

いつもなら心躍る帰郷の途だが、フランは溜息の通り、
重苦しい気持ちを抱えて飛んでいた。

理由は……無論、結との事だ。

チェーロ<溜息つくくらいなら、喧嘩でも話し合いでもして、
     一度、スッキリさせてから来れば良かったんじゃないですか?>

フラン「うっさい」

愛器・チェーロに思念通話で図星をつかれ、フランは苛立ち混じりに返した。
773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:15:40.75 ID:rU8DUtpn0
そんな事は重々承知だ。

ただ、つい感情的になってしまいそうで、
結を避け続けて来たため、そのまま今日を迎えてしまった。

そこは、まあ、自分の落ち度だろう。

だが、それでも、結に先を越されたのが悔しくて、フランは冷静になれなかった。


――リーネの事、ちゃんと面倒みて……出来たら、力になってあげてね、フラン――


フラン(……リーネの事を、エレ姉に頼まれていたのは、私だったのに………)

そう、フランはエレナからリーネの事を託されていた。

エレナは捜査エージェント隊に出向している戦闘エージェントと言うだけで、
正規の捜査エージェントでも、ましてや保護エージェントでもない。

無論、彼女の直接の上司であるリノがリーネの保護に携わったと言うワケでもない。

故に、エレナから託されたと言っても、
あくまで“お姉ちゃんなんだから、妹の面倒を見なさい”レベルの話で、
エージェント候補生であるフランに対して任務的な強制力があるワケでもない。

フラン(………そのくらい……)

その事は、フラン自身も良く理解していた。
774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:16:23.61 ID:rU8DUtpn0
そう、これは嫉妬だ。

しかも、救いようのないくらい、身勝手な。

しかし、フランチェスカ・カンナヴァーロと言う少女は、
エレナ・フェルラーナと言う先輩エージェントを尊敬し、憧れていた。

その憧れが、結に対する嫉妬を増幅させていた。

勿論、フランが結に抱く嫉妬は、リーネに関しての事だけではない。

それは、結がエレナの――加えて、リノの――生徒だったと言う所から起因する。

二年前までは机を並べ、共に学んだ憧れの先輩。

教職を目指した彼女の、その夢の第一歩とも言える初めての生徒。

それが、結。
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:16:52.98 ID:rU8DUtpn0
話には聞いていた。
魔法と出逢ってたったの十日で、
魔導巨神――グンナー・フォーゲルクロウを打ち倒した英雄的少女。

そんな結がAカテゴリクラスに編入したのが、ほんの四ヶ月前。

その四ヶ月で見せつけられた、彼女のちぐはぐな実力。

絶大な魔力による砲撃戦能力は、遠距離戦に絶対の自信を持っていた自分のプライドを木っ端微塵にし、
かと思えば呆れるほど肉体強化系の知識がない。

エレナの教えを理解していないか、でなければ本当に砲撃以外の才能がないのか……。

どちらにせよ、そんな結に、リーネの事で先を越された。

そう言った積み重ねがあって、フランはついに、結に対して嫉妬を露わにしてしまったのだ。

それは以前、結が仲間達に感じた羨望とは別種の、純粋な嫉妬だ。

フラン(何で……何で、結なの……!)

二日前にも感じた疑問が、不意に頭の中に過ぎる。

そんな悶々とした気持ちを抱えたまま、フランは飛び続けた。

だが――
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:17:30.85 ID:rU8DUtpn0
チェーロ<マスター。……マスター? ………マスターッ!>

フラン「もう、何よ!?」

堂々巡りを続ける思考を幾度もの呼びかけで遮られ、
そのしつこさにフランは思わず声を荒げていた。

チェーロ<ミケロ様の修業場の上空を通り過ぎています>

フラン「!? ………ごめん……」

怒鳴り声に対して冷静に返してくれたチェーロの言葉に、
フランは申し訳なさそうに、だがやや悔しさを滲ませて応えた。

フランは即座に減速し、振り返って眼下を見た。

山の中腹、やや拓けた場所に大きな山小屋のような物が見える。

フラン「はぁ……」

フランは小さな溜息を漏らしながら、山小屋へと向けて降下を始めた。


スイスとの国境線近くのトレンティーノ・アルト・アディジェ州……
Aカテゴリクラスが存在するマイエンフェルトのあるグラウビュンデン州と隣り合わせにある州の山間部に、
その山小屋は存在していた。

山小屋、と言うには少し大き過ぎるソレは、実は魔導師の修業場である。

正式名称、カンナヴァーロ・フリーランス養成塾。
777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:18:59.22 ID:rU8DUtpn0
ここで魔法倫理研究院に関して、少しだけ補足しておくべきだろう。

魔法倫理研究院とは今から三十年前の西暦1967年に、
魔法研究院と呼ばれる十三世紀初頭に作られた魔法研究機関から分かたれた組織の一つである。

組織が分かたれる事件の発端となったのが、四十四年前の西暦1953年、
つまり戦後八年して、魔法研究院内で始まったある実験……、
後に魔導巨神復活計画であると研究主任本人の口から語られた計画――プロジェクト・モリートヴァだ。

発足当初から倫理的に問題視されていたこのプロジェクトは、
プロジェクト発足の十四年後に、関係者が実験体を廃棄した事が引き金となって中止を勧告された。

しかし、プロジェクトのメンバーは計画を続行、
魔法研究院監査部は魔導師部隊によるプロジェクトメンバーの逮捕を指示した。

研究施設に乗り込んだ魔導師部隊はプロジェクトメンバー数名を逮捕するものの、
他のメンバーの多くは彼らのシンパであった別の魔導師によって保護され、激しい戦闘となり、
魔導師部隊、研究者シンパの魔導師側双方に多数の死傷者を出す惨劇となった。

これが後に、魔導研究史の教科書にも載せられる事になった、
施設の別名――クレイドル――から“揺籠の惨劇”と呼ばれる事件である。
778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:20:22.35 ID:rU8DUtpn0
揺籠の惨劇以後、魔法研究院上層部は倫理に反した魔法研究を厳しく取り締まる事となり、
魔法倫理研究院となり、旧魔法研究院を離反したプロジェクト・モリートヴァメンバーらを中心に作られたのが、
現在も世界各地で抵抗を続けている魔導研究機関である。

そして、その揺籠の惨劇事件で現魔法倫理研究院側の魔導師部隊の指揮を執っていたのが、
フランの祖父に当たる伝説のエージェント――ミケランジェロ・カンナヴァーロ老である。

カンナヴァーロ老は1969年にAカテゴリクラスを創設後、自身は魔法倫理研究院を引退し、
故郷からほど近いこの山奥でフリーランス魔導師向けの訓練施設を開設し、現在も自ら後進の育成を続けている。

それが、この、カンナヴァーロ・フリーランス養成塾である。

勿論、フリーランスだけでなく、多くの正エージェントを輩出している。

実の所、リノも八歳まではAカテゴリクラスではなく、
コチラで魔力運用制御の訓練を積んだと言えば、そのレベルの高さも推測できるだろう。
779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:21:03.11 ID:rU8DUtpn0
そして、フランはそんな養成塾の前に降り立つ。

今日は日曜日。
養成塾は休みで、数少ない教え子達も殆どが休暇を楽しむために麓の湖を挟んだクローン・ヴェノスタか、
さらなる強者は州都であるボルツァーノまで足を伸ばしているだろう。

となると、残っているのは責任者であり講師である祖父・ミケランジェロと、
そこまで移動力の高い魔法をまだ扱えない子供達だけだ。

フランがふと辺りを見渡すと、山小屋の近くで遊ぶ三人の子供の姿が見えた。

一人は自分と同じ年頃の少年、あとの二人はそれよりも少し年少の……結やメイ、アレックス達と同い年くらいの少女だった。

見慣れない子達だが、祖父の新しい生徒だろうか?

少女1「さーちゃん、お兄様が困ってるでしょ?」

少女2「やっ、一征兄様は紗百合と遊ぶの!」

どうやら、少女二人が少年を挟んで言い争いをしているようだ。

少年「美百合様も紗百合様も、喧嘩なさらずに……」

一方、間に挟まれた少年――一征は困ったように二人の少女――美百合と紗百合を交互に見遣っている。

少女二人は瓜二つと言う程似ている。
双子だろうか?
780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:21:56.22 ID:rU8DUtpn0
フラン(……日本人?)

名前と使っている言葉の響きから、そう判断したフランは、
果たして間違ってはいなかった。

しかし、少女二人は、歳の頃こそ自分の妹分達に近いようだが、
年頃の少女らしい……と言うよりは、片方――紗百合はやや我が儘な様子だった。

フラン(妹相手に様なんて付けて……バカみたい……)

普段なら気にもしないような事に対して心中で独りごちたフランは、そのまま山小屋の入口に向かう。

そして、普段ならば積極的に話しかけてそのまま知り合い――或いは友達になってしまうほど積極的なフランだったが、
今の彼女は“結と同じ日本人”と言うだけで、無意識に彼らを避けてしまっていた。

その事に気付いて、フランは叫びたいほどの苛立ちと自己嫌悪に駆られたが、
敢えて、それを押し留めて山小屋の中へと入る。

フラン「ふぅ……」

少しでも気持ちを落ち着けようと、目を閉じて深呼吸する。

フラン(よし……少しは落ち着いた……)

そして、目を開くと――
781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:23:06.27 ID:rU8DUtpn0
エレナ「どうしたの、難しそうな顔しちゃって?」

――目の前にエレナがいた。

私服の上に、エージェント隊の白いジャケットを羽織っている。

フラン「え、エレ姉!?」

何故、ここにエレナが?

そんな疑問と共に、結やリーネの事や、先ほどまでの心境が思い起こされて、
フランは思わず顔をしかめた。

エレナ「何をそんなに驚いてるの? おかしな子ね」

一方、突如として目の前に現れたエレナは、
妹分がそんな表情をする理由が分からず、首を傾げて笑っている。

その時だった。

???「おぅおぅ……二人とも、もう来ていたのか」

入口正面方向にある階段――正確には上階から聞こえた逞しい、だが優しげな声にフランとエレナは振り返る。

するとそこには、長く白い髭をたくわえた、がっしりとした体格の白髪の老人が階段を下りて来ていた。

この老人こそが、かつての魔法研究院が誇る伝説の戦闘魔導師、
ミケランジェロ・カンナヴァーロ――通称・カンナヴァーロ老、その人である。
782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:23:54.89 ID:rU8DUtpn0
フラン「お爺さま!」

エレナ「カンナヴァーロ老、勝手ながらお邪魔しています」

嬉しそうなフランと、偉大なる先達に恭しく礼をするエレナ。

ミケロ「むぅ……」

対照的な二人の行動だったが、カンナヴァーロ老――ミケロはやや不満げに顔をしかめた。

ミケロ「フラン……エレナがまた“お爺さま”と呼んでくれん……」

どうやら、そう言う事らしい。

フラン「お爺さま、エレ姉だってもうプロのエージェントなんだから、無理言っちゃダメだよ」

エレナ「そう言う事です……。いくら非番だからって………」

しかし、エレナもフランの援護を受けてそう返すが――

ミケロ「じっちゃん、寂しいのぅ……」

――とても偉大なエージェントとは思えないほど寂しそうな声を出されては、エレナの負けだった。
783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:24:42.03 ID:rU8DUtpn0
エレナ「もぅ……はいはい、分かったわよ、お爺さま。これでいいでしょ?」

エレナは盛大な溜息を漏らすと、苦笑い混じりに言った。

ミケロ「うむ、及第点」

ミケロは言葉とは裏腹に、心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。

その笑顔を見ていると、フランもエレナも二の句を告げず、顔を見合わせて笑った。

もうお気づきだろう。

かつて、フランと出逢ったばかりの結が、
同行してくれていたエレナとフランを姉妹のようだと感じたが、実際、二人は血縁者であった。

ミケロの子供は姉と弟の二人姉弟だが、研究院でギア開発を行っているフェルラーナ技師長と結婚した姉の子がエレナであり、
カンナヴァーロの家督を継いだ弟の子がフラン、つまり簡単に言えば、二人は従姉妹なのである。

イタリア出身の二人が似た色の魔力光と髪の色をしているのも、偶然ではなく血縁者故の必然である。

閑話休題――
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:25:55.73 ID:rU8DUtpn0
三人は山小屋の奥にあるミケロの私室兼リビングに入る。

本来は応接間にも使われる部屋で、大きなソファが円卓を囲むように配置されている。

ミケロ「フランは着いたばかりだったようじゃが、エレナはいつ着いていた?」

エレナ「三十分くらい前かしら?

    外の子達と少しだけ話して……紗百合ちゃんはちょっと元気が良過ぎるけど、
    美百合ちゃんは大人しくて良い子そうね。
    一征君も二人の面倒をしっかり見ていて偉いわ」

ミケロの質問に、エレナは思い出すように応え――

エレナ「最初は本條家の子って聞いて、色眼鏡で見てたけど……みんな良い子そう」

そう付け加えた。

本條家、魔導研究機関……と言うより、グンナー・フォーゲルクロウ個人との深い関わりを持っていた、
日本のフリーランスの元締めもしている由緒ある魔導の家系である。
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:26:59.05 ID:rU8DUtpn0
フラン「本條……それって、グンナー・フォーゲルクロウの関係者って事?」

その事はフランにも分かっていたのだろう、急に顔をしかめた孫娘の様子に、
ミケロは気まずそうな表情を浮かべた。

ミケロ「まあ、そう言う事になるが……魔導研究機関……
    いや、グンナーの事は、もう終わった事じゃ」

そして、そう言って、何か思い出しているのか、遠い目をする。

フラン「で、でも! だって、グンナーは悪い魔法研究者でしょ!?
    他の研究者を煽動して魔法研究院を離反して、魔導研究機関なんて作って!
    本條は……日本のフリーランスエージェントは、機関とのパイプだって持っていたじゃない!」

しかし、フランは祖父の追憶を振り払うように声を荒げる。

確かに、フランの言も尤もである。

グンナー・フォーゲルクロウは、自身の研究目的を成就させるために、多くの人間を巻き添えにして来た。

そして、本條家はそのグンナーと深い関わりを持っていたのだ。

魔法研究史と近代の組織相関を知る者ならば、
おそらく、百人中九十九人は同じ推測をしたであろう。

単に政治取引のためのパイプ役……と言い切るには、
グンナーも本條家も、魔法研究界に於いて小さな名前ではない。
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:27:42.47 ID:rU8DUtpn0
ミケロ「どうした……普段のお前らしくもない?」

いきり立つ孫娘の様子に、ミケロは驚いたように目を丸くする。

フラン(あれ……? 私……何で、こんなに怒ってるんだろ……)

しかし、さすがに情報と感情論だけで喋っている事に気付いたのか、
フランは肩を竦めて俯く。

エレナ「どうしたの、フラン? 普段は、そんな事言う子じゃないのに……」

エレナも心配そうにフランの横顔を覗き込む。

ミケロ「確かに、そう言う“決めつけ”は、
    どちらかと言うとエレナの専売特許じゃな……。

    去年から、随分と丸くなったようじゃが」
787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:28:19.48 ID:rU8DUtpn0
エレナ「ちょっと、お爺さまは茶化さないで!
    それに私だって、研修も含めて二年以上もエージェントをしていれば、
    物の見方だって変わって来るわよ」

ミケロの言葉に、エレナは少しだけ顔を赤らめて返した。

そう、確かに一年前のエレナは、自分の中の常識の物差しで全てを推し量ろうとする少女であった。

だが、初めて経験した大きな事件――魔導巨神事件を境として、彼女には大きな変化があった。

それは、犯罪者やテロリストと言うだけの判断基準で相手を規定せず、
もっと根本的な、人間個人として推し量ろうとするようになった事である。

結が奏を全力で助けようとした事、
ただの犯罪者としてしか見ていなかった人々――特にキャスリン達との出逢いを通じて、
エレナなりに学んだ教訓でもあった。

エレナ「確かに……ちょっと結ちゃんに影響はされてるかもしれないけど……」

フラン「!?」

エレナの口から漏れたその名に、フランは俯いたまま、小さく息を飲んだ。

ミケロ「リノとお前が一緒になって面倒を見た子か……。
    そう言えば、Aカテゴリクラスに入ってからもう四ヶ月になるか?
    フラン、あの子の様子はどうじゃ?」

祖父からの質問にフランは、果たして冷静に応える事は出来なかった。
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:29:08.14 ID:rU8DUtpn0
俯いたままだったフランは、俯いていた顔を上げる反動で跳ね上がるようにして立ち上がる。

フラン「みんなして、結、結、結、って……!
    私、そんなにダメな子なの!?
    そんなに、みんな、結の方がいいの!?」

フランは、今まで限界ギリギリで押さえつけていた激情のタガを外し、
目尻に涙まで浮かべて叫んだ。

面食らったように動きを止めていたエレナとミケロだったが、
二人は納得したように顔を見合わせた。

そして、しばらく間を置いて――

エレナ「結ちゃんと、何かあったの?」

結との面識もあるエレナが、優しい声音で尋ねた。

だが、フランには、従姉のその優しさが、まるで腫れ物に触るかのような余所余所しい物に感じられて、
さらに苛立ちを募らせる結果となった。
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:29:51.31 ID:rU8DUtpn0
フラン「ただ魔力が大きくて、魔力任せの魔法しか使えない子なんかに、私、負けてないもん!
    リーネの事だって、私が一番面倒見て来たのに!

    何で、あの子は……結は私から全部、持ってちゃうの!?」

しかし、苛立ったフランの、最早、喚いていると言っても差し支えない怒声で、
二人にはある程度の事情が察せられた。

そう言う事か、と。

そして、彼女らしからぬ苛立ちと言葉は、問題が相当にこじれて――
と言うよりも、解決の目処も立てぬままコチラに来ていた事が、よく分かった。

ミケロ「本当に……儂に似なくても良い部分ばっかり、ウチの孫達には遺伝しとるのぅ」

ミケロは苦笑いを浮かべて呟いた。

ミケロ「何があったか、詳しく話してみなさい」

ミケロはフランへとしっかりと向き直ると、力強く、だが優しい声音で促した。

フラン「……っく……う、うん……」

フランは小さくしゃくり上げる――気がつくと、それほど涙が溢れ出していた――と、
浅く頷いてから、ぽつりぽつりと語り出した。
790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:30:30.35 ID:rU8DUtpn0
結の最初の魔導の師が、自分の尊敬するエレナであった事に対する羨望。

絶対の自信を持っていた遠距離戦、そのプライドを打ち砕かれた悔しさ。

エレナに頼まれていたリーネの事を、結に先を越されてしまった事に対する嫉妬。

そして、結に取ってしまった、ここ数日の態度に対する自己嫌悪。

全てを聞き終えたミケロと、そしてエレナは、困ったように顔を見合わせる。

エレナ「しっかり者のお姉さん役は……楽じゃないわよね?」

エレナは、まだ少し甘えん坊な部分の残る従妹の頭を抱き寄せ、
自分が重荷を背負わせてしまった事に対して申し訳なさそうに呟く。

フラン「だって……だって、エレ姉がいないんだから……私が、しっかりしないと……」

フランはしゃくり上げながら呟く。

ミケロ「誰も、お前にエレナになれとは言っとらんぞ?」

しかし、ミケロは淡々とその言葉を紡いだ。

その言葉を聞いて、フランはビクッと肩を震わせる。

エレナ「お爺さま、もっと言い方って物があるでしょ?」

エレナは小さく抗議の声を上げたが、ミケロは構わずに続ける。
791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:31:33.45 ID:rU8DUtpn0
ミケロ「フランチェスカ……お前は、回りがどうなろうと、フランチェスカ・カンナヴァーロでしかない。
    エレナ・フェルラーナでなければ、お前が嫉妬している譲羽結でもない。
    それと同じで、他の誰もフランチェスカ・カンナヴァーロにはなれない」

フラン「誰も……私には、なれない……?」

ミケロの言葉を、フランは呆然としながらも反芻する。

その反芻に相槌を打つように頷くと、ミケロはさらに続ける。

ミケロ「お前の目標が何であろうと、
    お前は、お前らしくあればいい……」

フラン「私らしく……」

フランはエレナから離れると、再び、祖父の言葉を反芻する。

そして、ようやく涙を拭う。

ミケロ「まあ、あまり偉そうに長々と話を続けるのは苦手なんじゃが、
    要は肩の力を抜け……と言う事じゃな」
792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:32:28.87 ID:rU8DUtpn0
エレナ「それに関しては、お爺さまの言う通りね……。
    無理に私や誰かの真似をしてお姉さんぶらなくても、
    フランにはフランの良い所があるでしょう?」

続くエレナの言葉に、フランは首を傾げる。

フラン「私の……良い所?」

尋ね返されたエレナは、大きく頷いてから続ける。

エレナ「先ず、すぐに誰とでも仲良くできる積極性。あと明るい所とか。

    魔法の才能にしても、珍しい魔力特性だし、狙撃技術はもう十分プロでも通じるわ。
    確かに、結ちゃんに負けてる部分だってあるかもしれないけど、
    あなたの目指している戦闘エージェントは、仲間を倒すための仕事じゃないでしょう?」

フラン「あ………」

エレナの言葉で、フランは拭ったばかりの涙が、また溢れそうになるのを感じた。
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:33:22.26 ID:rU8DUtpn0
エレナ「それに、リーネが結ちゃんと出逢うまで、
    あの子を守ってあげてくれていたのはフランだって、
    レナ先生からも聞かされてるわ……。

    自信を持ちなさい。
    結ちゃんにバトンを繋ぐまで、あなたは全力を尽くしたの」

フラン「私が……結に、バトンを、繋いだ……?」

エレナに言われて、フランは呆然としながらも、
リーネと出逢ってからの七ヶ月を思い出す。

最初は泣いてばかりで、何も話さない子だった。

一ヶ月して、ようやく笑った顔も見せてくれるようになった。

そして、気付けばいつも側にいた。

それが誇らしくて、少し気恥ずかしくて、
だけどとても嬉しく感じた事を、自分は忘れていた。

二日前のあの時まで、確かに胸にあった自分の気持ち。

それを些細な事で忘れていた事が恥ずかしかった。
794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:34:24.88 ID:rU8DUtpn0
確かに、リーネの事で結に先を越されてしまったのは事実だし、覆る事はない。

だが、自分が本当にやらなければいけなかったのは、身勝手な嫉妬心で結を傷つけるのではなく、
リーネの心の、その最後の扉を開いてくれた彼女を認め、“ありがとう”と言ってあげる事ではなかったのか?

そう思った瞬間、フランの中で様々な気持ちが広がって行く。

本当の“姉貴分”になるなら、自分より優れた部分を持つ“弟分や妹分”を褒めてあげたり、
そして、それに負けないような努力をする事ではなかったのか?

かつてのエレナには、それが出来ていた。

そして、フランは、そんなエレナを目指して背伸びを続けて、
大事な事を見失っていたのではないだろうか?

自分のまま……フランチェスカ・カンナヴァーロのまま出来たであろう事を、
エレナ・フェルラーナを目指した事で、返って自分自身の考えや意志を狭めていたのでないだろうか?

フランは溢れ出した涙を、再び拭う。

フラン「お爺さま、エレ姉……私、今からマイエンフェルトに……Aカテゴリクラスに戻る!」

そして、拭った涙の代わりに力強い意志を湛えた瞳で、力強く宣言した。
795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:35:31.59 ID:rU8DUtpn0
ミケロ「なんじゃ……もう帰ってしまうのか」

残念そうに言うミケロだが、その表情はどこか笑っている。

フラン「ごめんなさい、お爺さま。……また、今度!
    エレ姉も、また!」

フランは踵を返して走り出す。

エレナ「………あ、待って、フラン!」

見送ろうとしていたエレナだったが、
思い出したように慌ててフランを呼び止める。

フラン「どうしたの、エレ姉?」

エレナ「忘れ物!」

入口前で振り返ったフランに向けて、ガラス玉のような物体を放る。

フラン「コレって……?」

エレナ「ウチの両親から可愛い姪っ子宛に、二ヶ月遅れの誕生日プレゼント。
    チェーロ用の第五世代魔導機人ギアフレームよ」

訝しがるフランに、エレナはウインクを交えて応えた。

フラン「…………ありがとう、エレ姉!
    伯父さまと伯母さまにも伝えておいて!

    お爺さま、来月……クリスマスになったらまた来るから!」

驚きから一拍遅れで顔を綻ばせたフランは、嬉しそうに言ってから、リビングを飛び出す。
796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:36:31.47 ID:rU8DUtpn0
チェーロ<吹っ切れました?>

フラン「当然!」

微笑ましそうに尋ねて来る愛器に簡潔に答え、
フランは受け取ったばかりのフレームを待機状態のチェーロに押しつけ、魔力を集中する。

すると、ガラス玉は魔力によって分解され、銃弾型のアクセサリへと吸収されて行く。

これでチェーロのバージョンアップも終了し、準第五世代魔導機人ギアとなった。

フラン「よしっ!」

チェーロのバージョンアップを確認しながら、フランは山小屋の外へ飛び出す。

外では、例の三人が遊んで――
と言うよりは、紗百合が一征にしがみつき、その横で美百合が諭し、一征が困って――いた。

フラン「………! また来るから、その時は色々と話、聞かせてね!」

最初はそのまま通り過ぎようとしたフランだったが、
思い直すと、三人に向き直って手を振りながら声をかけた。

最初は面食らった様子の三人だったが、
笑顔で――特に、我が儘そうな印象を受けた紗百合は満面の笑顔で――手を振り返してくれた。

本條と言う名前を聞いただけで勝手に思い込んでいたが、何の事はない、普通の子供達だ。

フランは自分の思い込みを恥じたが、三人の笑顔を見て、
そんな気持ちも吹き飛んでしまいそうな喜びに包まれた。
797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:37:47.99 ID:rU8DUtpn0
紗百合「またね、知らないお姉さん!」

フラン「あらら……」

だが、直後の紗百合の言葉で、思わずつんのめってしまう。

しかし、すぐに気を取り直し――

フラン「………フランチェスカ・カンナヴァーロ、フランよ!
    またね、知らないお嬢ちゃん!」

――少し悪戯っぽく返した。

紗百合「紗百合だよ! 本條紗百合!
    じゃあね、フランお姉さん!」

美百合「美百合です。
    またお会いしましょう、フランお姉さん」

名前は知っていたが、改めて双子に名乗って貰うと、
どこか嬉しい気分になった。

一征「俺、一征、鷹見一征。……また、今度」

戸惑い気味だった一征も、最後には名乗ってくれた。
798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:38:37.71 ID:rU8DUtpn0
フラン「うん! じゃあね、紗百合、美百合、一征! また今度!」

フランは頷きながら言って、チェーロを起動し、飛行魔法で大空高く飛び上がる。

フラン(………うん?
    鷹見……って、ファミリーネームが違うって事は、
    あの子達のお兄さんじゃなかったんだ……)

飛び上がってから気がついて、フランは再び、勝手な思い込みを恥じた。

だが、今はいいだろう。

彼らとはまた話す約束もした。

詳しい話は、その時に聞こう。

今は、早く仲間と所に戻ろう。

そんな思いと共に、フランは飛行魔法の速度を上げた。
799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:39:36.86 ID:rU8DUtpn0


四時間後、Aカテゴリクラス正面玄関――

何とか夕暮れ前に戻る事の出来たフランは、
チェーロを待機状態に戻して校舎内に駆け込む。

フラン(……勢いで戻って来ちゃったけど、何て切り出そう……?)

先ずは、二日間も口を利かなかった謝るべきか?

フラン(ああ……そうだ、結だけじゃなくて、他のみんなにも謝るべきよね……?
    自業自得だけど、気が重いなぁ……)

フランはそんな事を考えながら、仲間達の魔力を探る。

アレックスとリーネは二階の物置に反応があり、フクロウの世話をしているようだ。

レナは私室……と言う事は、何かの書類仕事か明日の授業の準備だろうか?

結を含む他の四人は全員、食堂にいるらしい。
時間的に午後のティータイムだろうか?

まあ、それはどうでもいい。

フラン(とにかく、開口一番、結に謝らないと……!)

フランは改めて意を決して、食堂へと向かう。

一応、レナの私室の前も通る事だし、規則を守って走らず、早歩きで急ぐ。
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:40:48.83 ID:rU8DUtpn0
フラン「ふぅぅ……」

食堂前に辿り着くと、フランは小さく深呼吸をする。

フラン(よしっ!)

そして、決意が鈍らぬように、戸惑う事なくドアを開く。

だが――

結「あ……」

フラン「っ!?」

――開けた瞬間、正面に座っていた結と思わず目があってしまい、
フランは息を飲んで硬直してしまう。

フラン(し、しまった!? 勢い、失ったぁぁ!?)

硬直してしまったフランは、さぁっと、血の気と決意が失せて行くのを感じた。

陸に揚がった魚のように口をパクパクとさせながらも、用意していた言葉を発しようとするが、
一度失った勢いは、早々元には戻ってくれない。
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:41:32.82 ID:rU8DUtpn0
フラン(言わなきゃ、言わなきゃ……!)

ごめん、その一言でいいんだ。

フラン「ご……」

何とか、最初の一文字を紡ぎ出し――

結「ご、ごめんさぁい!」

――結に先を越された。

結はボロボロと涙を零しながら駆け寄り、何度もフランに頭を下げる。

フラン「え? ……え?」

予想していなかったワケではなかったが、
結の先手に呆気に取られたフランは食堂内を見渡す。

結は自分に縋り付くようにして泣きながら、
何度も“ごめんなさい”と謝罪を繰り返している。

そして、テーブルには三者三様の表情を浮かべたロロ、メイ、ザックの三人。
802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:42:59.25 ID:rU8DUtpn0
メイ「フラン姉……思ったより早かったけど、遅いよ……」

そして、いやにゲッソリとした雰囲気のメイが疲れ切った声で非難の声を上げる。

フラン「え、えっと……どう言う事?」

フランはワケも分からず、苦笑い混じりに呟く。

ザック「お前が休みを利用してイタリアの爺さんに会いに行ったのを、
    何を勘違いしたんだか、家出の類だと思ったらしくてさ……。
    半狂乱になった結を落ち着かせて、さっき、ようやく落ち着いたトコ……だったんだけどな」

こちらもテーブルに突っ伏したままのザックが、憔悴しきった声で答える。

ロロ「レナ先生は“チームワークを磨く良い機会だから、あなた達だけで解決しなさい”
   なんて言って部屋に帰っちゃうし……大変だったんだよ?」

と、何故か一人だけ平気な様子のロロが続け、
“アレックスとリーネは上に閉じこもりっきりだし”と付け加えた。

フラン「あ〜……何か、ごめん……」

どうやら、こちらはこちらで大変だったようで、
フランも場の流れで素直にその言葉を口にする事が出来た。
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:43:55.09 ID:rU8DUtpn0
結「うぁぁ……ひっく……えっぐ……」

一方、結は罪悪感と責任感で泣きじゃくったまま、フランの胸にすがりついている。

そんな結を見下ろしながら、フランはすっ、と目を細める。

こんなんじゃ、姉貴分失格かな?

結の頭をあやすように撫でながら、フランはそんな事を思った。

フラン「結も……もういいんだよ……ごめんね。
    こんな身勝手なお姉ちゃんで、さ……」

結「ひっく……ぅあ……」

自嘲気味に呟くフランに撫でられながら、結はまだしゃくり上げている。

謝っても、遅すぎたのかもしれない。

フラン(けど、それでも……)

フランは再び意を決して、小さく深呼吸する。
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/20(金) 20:44:51.24 ID:rU8DUtpn0
フラン「ねぇ、結……?」

結「ぅん……?」

フランの呼びかけに、結は戸惑い気味に視線を上げる。

涙でぐしゃぐしゃになった顔を見て、フランは服の袖でその涙を拭う。

フラン「魔導機人の使い方、教えてくれる?」

フランはやや困ったような、それでも笑顔を浮かべて言った。

その表情はまるで、優しい姉が弟妹達に向ける慈しみにも似た――
率直に言えば、彼女がかつて目指した、理想に最も近いソレだった。

しかし、理想そのままではなく、彼女が出来る、自分を偽らない精一杯の理想の体現だった。

結「フラン………」

その理想が結に伝わったかは分からない。

それでも、結は泣いていたのも忘れたかのように、呆然とフランを見上げていた。

あれだけこぼれ落ちていた涙は、フランの優しげな表情を見る内に、いつの間にか止まっていた。

フラン「いいかな?」

結「………うんっ」

フランの問いかけに、結は大きく頷いていた。

フラン(……今からでもいい、いつかこの子達が私の事を誇れるような、
    立派なお姉ちゃんになるんだ!)

そんな思いを胸に、フランは心の中で、小さな、だが確かな一歩を踏み出していた。


第14話「フラン、姉として出来る事」・了
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/01/20(金) 20:46:45.27 ID:rU8DUtpn0
今回は以上となります。

次回のアレックスでようやく、Aカテゴリクラスメンバー全員のお当番終了……長かったw
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/21(土) 00:00:38.68 ID:lbA5cMnH0
乙ですたー!
姉がテーマのフランのお話と見せかけて、奏ちゃんのお姉さんっぷりもさり気無くアピールされているという、一粒で二度美味しいエピソードでしたね。
そして、今後の展開にかかわるのか・・・?という双子達の登場と、何気に盛り沢山な印象です。
でもフランの嫉妬、こういうのって必ず一度は経験するんですよね。
自分より下の弟や妹を持つと、より顕著になると思いますが。
フランにとって幸いだったのは、そうした感情を素直にさらけ出せる相手が比較的そばに居てくれた事でしょうね。
これは結も同じですが。
さらけ出した感情を受け止めて、それに言葉を返してくれる人の存在は、大切なものですから。
次回も楽しみにさせていただきます。

そうそう、先にお話した女の子ですが、先日友人に話を聞いてみたところ、現在は縁があって親戚にお家に引き取られているそうです。
懐かれていた園長のの奥さんは寂しがっておられるようですが、何にせよその子の今後が生活的にも、人的環境も、良いものであって欲しいものです。
807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/21(土) 00:07:32.71 ID:HuWs2zBZo
おつおつ
808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/22(日) 19:43:37.44 ID:bM+NUsPD0
お読み下さり、ありがとうございます。


>一粒で二度美味しい
奏の出番は毎回、冒頭にしかありませんからね。
出来るだけ密度の濃い活躍をさせないと、存在感が薄くなって「カッナデーン」してしまいかねないのでw

>何気に盛り沢山
一部から名前……と言うか、家の名前だけはしつこく出していた本條姉妹が漸く登場です。
双子の世話役兼お兄様の一征、ついでにカンナヴァーロの爺様と、
とりあえず、二部までに出せる主要キャラは、これで全員ですね。

>言葉を返してくれる人
こう言う人って、理解者であっても賛同者であってはならないのですよね。
賛同者は間違った考えを正すどころか、そのまま道を踏み外させる事がありますし。

>例の女の子
安心しました。
あとは良い友達がたくさん出来るといいですな。
“家族”は常に側にいてくれますけど、“良き友人”は得難いものですから。
809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/01/27(金) 21:00:18.96 ID:tsTNatoD0
書き上がったので、第15話、投下します。
810 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:00:50.99 ID:tsTNatoD0
第15話「アレックス、フクロウを巡る物語」



若年者保護観察施設、奏の病室――

奏「じゃあ、フランとは仲直りできたんだ」

結「うん!」

安堵の表情を浮かべた奏に、結は嬉しそうに頷いた。

結「えっと……ちょっと二人の間で行き違いはあったんだけど、
  でも、ちゃんと話し合って仲直りしたよ」

結は昨日の事を思い出しながら付け加える。

奏「そう……なら、良かった」

奏は胸を撫で下ろし、優しく微笑んだ。

しかし、対して結は、少し困ったような表情を浮かべている。
811 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:01:53.40 ID:tsTNatoD0
普段と違って隠そうとせず、表情にも出す程度なのだから、
それ程、危急や深刻な内容の悩みではないだろう。 

奏「………また、何かあった?」

奏は苦笑いと笑みの中間と言う、
やや困ったような笑みを浮かべて問いかけた。

結「私とフランの事は解決したんだけれど……、
  リーネのフクロウ……じゃなかった、えっと、ワシ……ミミズク?

  うん、ワシミミズクの事で別の問題が……」

最後は思い出すように呟いた結の言葉に、奏は小首を傾げた。

奏も、リハビリや勉強以外のヒマな時は適当な本を読み漁るようになっていたので、
ある程度、動物の知識も身につけていた。

ワシミミズク……つまりはフクロウの仲間なのだが、リーネの助けたフクロウの雛は、
フクロウの仲間でも最大級の大きさを誇る“夜の猛禽”だったらしい。
812 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:02:30.48 ID:tsTNatoD0
奏「もしかして……餌の問題?」

奏は、数日前に目を通した鳥の図鑑に書かれていたワシミミズクの生態を思い出しながら、
恐る恐ると言った風に呟いた。

一応、雛の間は虫や齧歯類のような小型の動物の肉を食べるのだが、
成長して大人になれば、自分よりも体格の大きな鹿すら仕留めて食べる程の、闇夜のハンターだ。

結「あ……うん、それは、食材の仕入れを少し増やせば何とかなるって、
  レナ先生が言ってくれたんだけど……」

気まずそう、と言うよりは、難しそうな表情を浮かべる結。

もしかして、病気の類だろうか?

崖の岩棚に落ちていたと聞かされていたし、
ケガをして体力も落ちているとなれば、どんな症状を発症してもおかしくない。

言い淀む結の雰囲気に、奏は不安を募らせる。

だが――

結「名前の事で、みんなでちょっとケンカになちゃって……」

奏「え……?」

溜息混じりの結の言葉に、奏は思わず、目を点にしてしまっていた。
813 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:03:07.27 ID:tsTNatoD0
奏「な、名前……?」

結「そう、名前……。みんな意見が割れちゃって」

やや呆れ顔の奏に、結は苦笑い混じりに答える。

奏「何だ……そんな事か……」

奏はほっと胸を撫で下ろした。

心配して損をした、とまでは言わないが、緊急性のある問題でないのは僥倖だ。

結「う〜ん……でも、みんな一歩も譲らないって感じになってるから」

結は困っているのか笑っているのか分からないような、少々、複雑そうな表情で呟く。
まあ、そのレベルの問題、と言う事だ。

酷いケンカになるような事もないだろうし、それこそ“身内で解決するべき問題”だろう。

奏「ボクも……案を出してみようかな?」

結「うぅ〜、嬉しいけど、余計にこんがらがっちゃうよぉ〜」

悪戯っ子のように言った奏に、結は困ったように顔をしかめる。

奏「ふふふ……冗談だよ。
  名前が決まったら、ボクにも教えてね」

結「もぅ……」

少しだけ楽しそうに笑う奏に、結は頬を膨らませる。

奏は“ごめんね”と笑みを浮かべて返し、結も小さく溜息をついてから笑った。
814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:03:42.73 ID:tsTNatoD0
結「あ……っと、そろそろ時間だ」

結はふと視線を向けた時計の針が、
タイムリミットギリギリを指し示しているのに気付いて、慌てて立ち上がる。

早く飛ぶコツを掴んだとは言え、まだスピードが安定しているワケではない。
早く戻らなければ、朝食の支度を手伝えない時間になってしまう。

結「じゃあ、今日はもう帰る……ね」

奏「……うん」

少し、名残惜しそうに頷き合う二人。

結「あ、そうだ……」

だが、不意に結は気付いたように左手を差し出す。

その人差し指に嵌められたエール。

以前は、利き腕であった右手の人差し指に嵌められていたソレが、
今は逆の手に付けられている。

奏も、それを見て何かに気付いたのか、ピクッと肩を震わせた。
815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:04:09.59 ID:tsTNatoD0
結「私は……もういつでも大丈夫だから」

結は言いながら、右拳を胸の前でゆっくりと握る。

その目には、普段のような柔らかさだけでなく、
何処か熱い光が灯っているようにも見える。

奏「そっか……ボクは、退院まで、もうちょっとかかるから……」

奏は僅かに目を伏せるものの、すぐに結の目を見つめ返す。

その目は涼やかながらにも、強い意志が垣間見える。

僅かな沈黙と緊迫が走った、とお互いに感じる。

だが、その沈黙と緊迫はどちらかとない二人の笑顔で破られる。

結「じゃあ、また来るね」

奏「うん……また」

笑顔で立ち去る結を、奏は笑顔で見送る。
816 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:04:46.48 ID:tsTNatoD0
そして、結が去って閉じられたドアを、無言のまま見つめる奏。

クレースト<奏様?>

無言のままの奏に、愛器・クレーストが心配そうに声をかける。

奏「……大丈夫だよ、クレースト……。
  さあ、今日もリハビリ、頑張ろう?」

だが、奏はすぐに笑みを浮かべて応えた。

一ヶ月もの意識不明状態を引き起こす程に重度だった、
魔力減衰障害を患ってから、十一ヶ月以上――そろそろ一年。

専門の医療エージェントに診察された時は、回復まで二年はかかると聞かされていたが、
魔力はほぼ全盛に近い状態まで回復している。

診断よりも倍近いスピードで回復して来たが、それでも長かった。

奏(あと少し……あと少しだよ、結……)

奏は、結が飛び去って行く魔力を感じて、窓に視線を移しながら心中で独りごちた。
817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:05:25.25 ID:tsTNatoD0


結がAカテゴリクラスに戻り、レナの横で朝食の支度を手伝っていると、
日課を終えた仲間達がそろそろ食堂に集まり始めた。

メイ「えぇ〜、絶対にブルースだよ!」

フラン「何でカンフースターの名前なのよ?
    ロムルスかレムス! これは譲れないわ!」

ザック「ロムルス、レムスの親はオオカミだろ?
    フクロウの名前じゃないって。
    ここはロージャで決まりだろう!」

ロロ「えっと……私はボナパルトがいいなぁ」

どうやら、メイ、フラン、ザック、ロロの四人でまだ論争は続いているようだ。

全員、自国の英雄、或いは英雄的人物の名前を口にしている。

結(ロージャって誰だろ? ハンガリーの伝記を見れば分かるかな?)

結は野菜スープの味を確認しながら、心中で独りごちる。
818 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:06:07.51 ID:tsTNatoD0
一応、補足すると、メイの挙げたブルースとは、伝説のカンフー映画スター、ブルース・リー。

フランの推すロムルスとレムスは、オオカミに育てられたとされるローマ帝国建国の双子英雄。

結も気にしている、ザックの推薦するロージャとは、ロージャ・シャンドールと言う英雄的義賊の事だ。

ロロの推すボナパルトとは勿論、フランス、いやヨーロッパ統一の英雄ナポレオン・ボナパルトの事である。

ちなみに、論争に参加していない結を含めた三人は――

結『えっと……みんなの決定に従う、って事で』

アレックス『僕は彼の世話が忙しいので辞退します。
      決まったら教えて下さい』

リーネ『フクロウさん、早く元気にならないかなぁ……』

と、まあ、平和的に辞退する結、多忙を理由に辞退するアレックス、
論争になっている事すら気付いていない不参加のリーネと、三者三様である。

この三人が誰かの案を支持すれば、
民主主義的多数決により議決される問題ではあるのだが……。

レナ「はいはい、ケンカも仲良くしなさいね」

と、まあ、この状況を楽しんでいるような節のあるレナにより、膠着状態に陥っていた。
819 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:06:49.82 ID:tsTNatoD0
結(レナ先生って……案外、退屈してるのかなぁ?)

結はふと、そんな事を考えた。

レナの事を弁護するならば、彼女は決して面白半分で状況を楽しんでいるのではなく、
子供達の衝突を“絆を深め合う良い機会”として扱っていた。

無論、決定的破局を招くような事態になるのならば、調停役として口を出すのだろうが、
この程度の論争にそれは必要無いと感じているのか、或いは別の目論見があるのだろう。

結の恩師であり、来年には彼女の義母となる藤澤由貴に対して親身になる教育方針とは違い、
生徒の自主性を重視する教育方針なのである。

考えてみれば、義務教育の三分の二だけを受け持つ由貴と、
卒業すればエージェントとして外に出なければならない候補生を教育するレナでは、
基本的な教育方針が異なって当たり前だろう。

閑話休題。
820 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:07:25.41 ID:tsTNatoD0
アレックス「すいません、遅れました」

リーネ「おはよー」

と、騒がしい食堂にアレックスとリーネが現れ、全員が揃う。
丁度、配膳も始まり、グッドタイミングと言った所だろうか?

結「アレックス君、リーネ、ワシミミズクの調子はどう?」

アレックス「今朝は肉を飲み込めるほどまで回復していました。
      この調子なら、明日の昼頃には包帯が取れるレベルまで回復するでしょう」

結に取り分けてもらったサラダを受け取りながら、
アレックスは淡々と、だが少しだけ嬉しそうに応えた。

リーネ「フクロウさん、もうすっごく元気になったよ」

リーネも心底、嬉しそうな笑みを浮かべており、
どうやらかなり良い状況にまで回復しているようだ。

結「そっか……良かったね、リーネ」

リーネ「ん〜」

結に撫でられ、リーネは嬉しそうに目を細める。
821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:07:56.86 ID:tsTNatoD0
ロロ「ああ〜、もうっ、リーネは可愛いなぁ」

ロロはリーネの隣に座ると彼女を抱き寄せ、頬ずりを交えて言った。

リーネ「ん〜、ロロ姉ちゃん、あったかい……」

ロロ「リーネもあったかいよ〜。
   ん〜〜、ほっぺた柔らか〜い」

幸せそうに目を細めたリーネを、ロロも目を細めて頬ずりを続ける。

フラン「あ、ロロ! 抜け駆けはズルいわよ!
    私だって、ずっと我慢してたんだから!」

反対隣に座ったフランが、リーネを奪うように抱き寄せる。

が、ロロはリーネを離さず、彼女ごと抱き寄せる結果となる。

リーネ「ん〜……姉ちゃん達、あったかい……」

姉貴分達に取り合いされながらも、末っ子はそれでも幸せそうだった。
822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:08:33.90 ID:tsTNatoD0
メイ「んふふふ……ねぇねぇ、ザック兄、リーネにロロ姉取られちゃうよ?」

メイはその光景を眺めながら、ザックを焚き付けるように、悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った。

ザック「ば、バカ言うな! と、取られるワケねぇだろ!?」

結「ザック君、声、裏返ってるよ?」

声を上擦らせたザックに、結が笑いをかみ殺しながら言う。

さらに“自信満々、だね”と付け加えると、今度はロロも合わせて顔を真っ赤にした。

リーネのトラウマが解消され始め、結とフランの蟠りが解けたAカテゴリクラスは、
まだワシミミズクの名付けと言う問題を残しながらも、久しぶりに楽しい朝食を迎えていた。

アレックス「まったく……みんな気楽ですね」

そんな仲間達を見ながら、アレックスは小さな溜息を漏らした。
823 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:09:12.01 ID:tsTNatoD0


午前の授業・訓練と昼食を終え、レナが月に一度の買い出しに出かけた事で、
Aカテゴリクラスは恒例の自習時間となっていた。

普段ならば教室で上級魔力運用の教本を読んでいるアレックスだったが、
今日は二階の物置部屋に設置された鳥かごの前で読んでいた。

鳥かごには、羽の付け根にガーゼと包帯を巻かれた件のワシミミズクの雛が眠っている。

ヴェステージ<アレクセイ、灯りもない部屋で本を読んでいると、目を悪くするのである>

アレックス<この位置なら、日が暮れるまでは教室と同じ明るさだよ>

傍らに置いた本型の魔導ギア・ヴェステージの思念通話に、アレックスも思念通話で応える。

明かり取りの天窓から差し込む光が、近くの大きな姿見で反射して、程よい光源となっているのは事実だった。

ちなみに、反射光が当たるのはアレックスの隣辺りで、
ワシミミズクのいる鳥かごにはアレックス自身と荷物が遮蔽物となって直接当たるような事はない。

アレックス<お前は心配性だな……>

ヴェステージ<主が自己主張をしない分、ギアである我が輩が気を使うのは、当然の事なのである>

アレックス(自己主張……か)

ギアの言葉を聞きながら、アレックスは小さく溜息をついた。
824 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:10:21.64 ID:tsTNatoD0
確かに、自分はあまり我を張るタイプではない。

強いて我を張ると言えば、仲間を相手に敬語を崩さない事だが、研究エージェントを目指す身として、
研究者仲間や友人達に敬意を持って接するのは当然の事と考えているからでもある。

アレックスは自分は身を引いて他人を立てる傾向が強かった。

強いて言うならば、間違った意味での“和をもって尊しとなす”である。

ヴェステージ<彼の名前も決めていたのではないのか?>

アレックス<それは……。もう、いいだろう?>

少し責めるような声音のヴェステージに、アレックスはそう返してから、
小さな溜息を漏らした。

そう、一応はアレックスもワシミミズクの名前の候補は考えていた。

アレックス「……アーサー」

不意に、アレックスはその名を漏らした。

自分が研究者への道を志して行くキッカケになったであろう、
読書好きへの門を開いたアーサー王物語の中心的登場人物、
アーサー王ことアーサー・ペンドラゴンから取った名だ。

母国イギリス発祥の架空の英雄。

アレックスは彼の活躍を見聞きするのが好きで、
幼い頃にその悲劇的な最期を読み聞かせて貰った時は涙したほどだ。

まあ、それだけ感情移入していたと言う事だ。
825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:11:13.34 ID:tsTNatoD0
と、アレックスがそんな感傷に浸っていた時である。

メイ「アレックス〜、ブルースの調子はどう?」

やや乱暴にドアが開かれ、物置小屋にメイが飛び込んで来た。

アレックス「メイ君、あまり大きな音を立てないで下さい。彼が驚きます」

メイ「あ……アハハハ、ごめんごめん」

咎めるようなアレックスの言葉に、メイはハッとなって苦笑いを浮かべて謝ると、
足音を殺して駆け寄って来る。

アレックス「魔力まで遮断しなくてもいいですよ?」

メイ「ん〜、足音消すと、魔力も遮断しちゃうんだよね。
   まあ、クセって事で」

メイは笑ったまま、鳥かごの中のワシミミズクを眺める。
826 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:12:24.21 ID:tsTNatoD0
メイ「ブル〜ス〜、元気になったら、
   リーネとアタシと一緒に、森の方に遊びに行こうね〜?

   ねぇ、ブル〜ス〜」

メイが楽しそうに声を掛けると、ワシミミズクはまるで怪訝そうに首を傾げた。

アレックス「ん? ブルースで決まったんですか?」

と、不意にアレックスはその事に気付いて訝しげに尋ねた。

メイ「…………」

メイはその場で固まると、笑顔のまま立ち上がり、
そそくさと出入り口まで駆け去り――

メイ「じゃっ、そう言う事で!」

――張り付いたような笑顔のまま、部屋から立ち去った。

何が“そう言う事”なのか分からないが、
アレックスは大方の予想がついて溜息を漏らした。

メイは事実上の命名、つまり名前の刷り込みを狙っていたのだろう。

多数決と話し合いでの勝敗以前に、勝ちを決め手おこうと言う算段だ。

古く中国の兵法に、事前に揺るぎない勝利の準備を終えてから戦に赴くと言う考えがあるらしいが、正にソレである。
827 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:13:03.55 ID:tsTNatoD0
アレックス(嫌な、予感がするな……)

メイが去ってしばらくして、アレックスの脳裏に不安が過ぎったその時である。

ロロ「アレックス、今、大丈夫かな?」

今度はロロが現れた。

アレックス「大丈夫ですよ」

出入り口で待っていたロロを促すように、アレックスは頷く。

やや足早に入って来たロロの掌には、幾つかの木の実が載せられていた。

ロロ「ねぇ、ボナパルトも木の実って食べるかな?」

ブルータス……いや、ロロット・ファルギエール、お前もか。

アレックスは一瞬だけ肩を竦めたが、すぐに気を取り直して答える。

アレックス「多少は食べられるでしょうけど……一番は鶏肉か獣肉でしょうね」

ロロ「そっかぁ……じゃあ、私は、ボナパルトの止まり木でも育てようかな。
   期待していてね、ボナパルト?」

ロロは少し残念そうな顔を見せたものの、
可愛らしく小首を傾げるワシミミズクの姿にほんわりとした笑顔を返すと、決意も新たに部屋を後にした。
828 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:13:51.63 ID:tsTNatoD0
ロロの背中を見送りながら、アレックスはふと、日本の諺を思い出していた。

アレックス(さて……二度ある事は――)

フラン「ロムルス〜?」

アレックス(――三度ある)

続いてやって来たフランに、アレックスは小さく溜息をもらした。

フラン「ん? アレックス、溜息なんてついちゃってどうしたの?」

アレックス「いえ……みんな、仲が良いな、と思いまして」

怪訝そうなフランの問いかけに、アレックスは嘆息混じりに答えた。

アレックス「それはそうと、ロムルスに絞ったんですか?」

フラン「え!? ……あ、ああ、そ、そうそう!」

アレックスの質問に一瞬、自分の企て――事実上の命名――が発覚したのかと肝を冷やしたフランだったが、
すぐに彼の質問の意図を察して、苦笑いを浮かべてフランは答える。

しかし、それで居づらくなったのか、特にワシミミズクの様子を見るでも聞くでもなく、
後ろ歩きで部屋から立ち去る。

フラン「ま、また来るからね〜、じゃあね〜、ロムルス〜。
    元気でね、ロムルス〜」

フランはしつこいくらい名前を呼びながら立ち去った。
829 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:14:29.85 ID:tsTNatoD0
アレックス「はぁ……君も災難だな」

フランが立ち去った後、アレックスは溜息混じりにワシミミズクに声をかけた。

アレックス(さて、次はザック君だろうな……)

ザック「アレックス、今、大丈夫か?」

予想と来客は同時だった。

アレックス「大丈夫ですけど……今日はお客が多いですね」

ザック「ん〜、まあ、昨日が昨日だからな」

やや呆れ気味のアレックスに、ザックは苦笑い混じりに言って――

ザック「って、俺で最後か?」

――と、付け加えた。

アレックス「最後かどうかはともかく……君で四人目ですよ」

ザック「そうか……で、ボナパルトの様子は?」

ザックの台詞に、アレックスは座ったまま前につんのめりそうになった。
830 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:15:26.65 ID:tsTNatoD0
アレックスは呆れたように“ロージャじゃなかったんですか?”と、
言いかけたが、恐らくはロロに籠絡されたのだろう。

惚れた弱み、である。

しかし、曲がりなりにもアメリカ系ハンガリー人なのだから、
そんな意志薄弱でどうするのか、と言うか、情熱的な故国愛はどうしたのかと……。

アレックスは脳裏に過ぎった様々な思考をかき消して、体勢を立て直す。

アレックス「まあ、順調に回復中ですよ。
      この調子なら、今朝も言ったように、明日の昼頃には回復するハズです」

ザック「そうか。……あ、ボナパルトの鶏小屋の設計なんだけど、
    やっぱりデカい方がいいのか?」

ザックは思い出したかのように本題に入った。

どうやら、ワシミミズクの名前をすり込む事に集中して、
本来の用件を忘れていたらしい。

アレックス「羽毛が生え替わってからも、大きくなるまでは物置で飼う事になると思います。
      焦ってサイズの合わない小屋を造るより、ある程度、大きくなってから決めましょう。

      屋上に屋根付きの止まり木だけ作って、放し飼いにすると言う方法もあり得ますし」

ザック「ん〜、そっか……まあ、もっともだな」

思案げに答えたアレックスに、ザックは納得したように頷いた。
831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:16:03.22 ID:tsTNatoD0
そうしてザックが部屋から立ち去り、アレックスはまた物置部屋に一人きりになる。

アレックス「っと……君がいましたね」

読書に集中しかけて、アレックスは傍らのワシミミズクに話しかける。

気がつくと、ワシミミズクは鳥かごの端にすり寄り、アレックスの傍らに近付こうと必死だった。

ピィピィと鳴いて、何かをせがんでいるようだ。

アレックス「うん? 餌ですか?」

アレックスが言いながら、傍らに置いてあったクーラーボックスからタッパーを取り出す。

タッパーの中には細かく刻んだ鶏肉や、釣り餌用のミミズが入れてあった。

タッパーを見たワシミミズクは嬉しそうに鳴き声を大きくする。

アレックス(鶏肉がそろそろ切れるな……。
      後で結君かレナ先生に頼まないと……)

そんな事を考えながら、先を丸めたプラスチック製のピンセットで鶏肉を一かけ摘むと、
雛の嘴に向けて差し出す。

アレックス「ふふ………」

同じ動作を何度も繰り返す内に、知らず笑みが零れる。
832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:16:42.05 ID:tsTNatoD0
ヴェステージ<楽しいであるか?>

アレックス<悪いか?>

唐突に愛器に図星を突かれたような気がして、アレックスは少しぶっきらぼうに返す。

ヴェステージ<悪くないである。楽しいなら、それが一番である>

ヴェステージも主の心境を察してか、少しだけ満足そうに呟いた。

アレックス「まったく………」

何だか、少しだけからかわれているような気がして、
アレックスは照れ隠しの意味もあって呆れたように溜息をついた。

すると、ワシミミズクが不思議そうに首を傾げているように見えた。

アレックス「ああ、君じゃありませんよ……」

アレックスは言いながら、僅かに苦笑いを浮かべる。

これでは、年上にからかわれている子供そのものだ。
833 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:17:09.75 ID:tsTNatoD0
元々、アレックスの両親は目立った魔力の素養がある魔導師ではなく、
代々、研究院に協力してギアフレーム開発の技術工をしていた家系である。

代々……と言っても、魔導ギアが現在のような、いわゆる“魔導ギア”になったのはここ数十年の話で、
それ以前は魔力の触媒となる杖や武具を作っていた、と言うのが正しい。

ヴェステージも元を言えば三器作られた、待機状態を持たぬ第一世代試作型ギアの一器であり、
幾度となくフレーム変更、システムのアップデートを繰り返して来た。

故に、起動時にも常に本型のままなのだ。

Aカテゴリクラスへの入学直前、
第四世代型に最終アップデートを済ませたヴェステージを研究院から譲られたのだ。

第一世代型魔導ギアの完成はもう二十一年以上前の話、
考えてみれば、本当に愛器は自分自身よりも年上なのだ。

餌やりを終えて感傷に浸っていたアレックスは、
小さく息を吐いてから、再び本に目を落とした。
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:17:48.81 ID:tsTNatoD0
それから十数分して――

結「アレックス君、ワシミミズクの調子はどう?」

リーネ「フクロウさん、元気?」

今度の客人は、特に下心……もとい、妙な思惑のない二人――結とリーネだった。

アレックス「結君、リーネ……。
      ええ、先ほど、餌を食べ終えて、今は少し休んでいます」

アレックスはやや分かり難い程度に頬を緩めて応える。

アレックス「今日の特訓は終わりですか?」

結「うん。リーネもけっこう上手に降りられるようになったよ」

結も、アレックスの質問に笑顔で応える。

今日の自習時間を活かして、結はリーネと共に飛行魔法の訓練をしていた。

訓練と言っても、飛行魔法の制御が覚束ないリーネのため、
ゆっくりと降りる方法をレクチャーしていただけなのだが……。
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:18:20.19 ID:tsTNatoD0
リーネ「アレックス兄ちゃん……フクロウさん、さわってもいい?」

アレックス「うん……餌も食べたし、落ち着いているからね。
      ただ、包帯を巻いてある場所に触らないように注意して」

リーネ「はーい」

アレックスからの注意事項にニコニコとしながら応えたリーネは、
彼から手渡しでワシミミズクを受け取る。

ワシミミズクも、救い主が来てくれた事が分かったのか、
それとも魔力を持った生物故に魔力で判断でもしているのか、
リーネに優しく抱きかかえられると、嬉しそうにピィピィと鳴いた。

結「良かったねリーネ。フクロウさんも嬉しそうだよ」

結もその様子を見て、嬉しそうに目を細めた。

リーネ「ん〜」

リーネはフクロウに頬を寄せて、柔らかな体毛の感触を楽しむ。

アレックス「………」

アレックスもその様子を見て、微笑ましそうに目を僅かに細めた。
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:19:02.76 ID:tsTNatoD0
結「アレックス君が笑う所って……初めて見た」

と、その事に気付いた結が、驚き半分興味半分と言った風に呟く。

アレックス「そうですか?
      自分では結構、笑っているつもりなんですが……」

アレックスが首を傾げて思案げに漏らした。

すると――

ヴェステージ『我が主は、意外とシャイなのである』

――不意にエールを通して、別のギア……ヴェステージからの声が結に届いた。

アレックス「こ、こら、ヴェステージ!?
      いきなり共有回線を開くんじゃない」

結「アハハハッ」

照れて顔を赤くしたアレックスに、結は思わず噴き出していた。

結に笑われ、アレックスは顔を真っ赤にして俯く。

二人の様子に、リーネはキョトンとした様子で首を傾げていた。
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:19:39.44 ID:tsTNatoD0
アレックスは数分で冷静さを取り戻すと、
眠たそうにしているワシミミズクを籠の中に戻させた。

そして今は、眠っているワシミミズクを興味深そうに眺めているリーネを、
結とアレックスが見守ると言う不思議な構図に落ち着いていた。

結「そう言えば……アレックス君が自習の時に身体動かしているのって見た事ないけど……」

穏やかな沈黙を破って、結がそれまで気にしていた事を口にする。

考えてみれば、結は一度もアレックスと手合わせをした事がない。

結の魔力を真っ向から受け止められる人材がザックとメイの二人だけ、
射砲撃戦の相手を出来るのがフランだけ、そうでなければ仲の良いロロと手合わせをする、
と言うのが普段の訓練での流れなので、意識して避けてきたワケでもない。

ちなみにリーネの場合は、まだレナが付きっきりで指導をしている状態なので、
基本的に手合わせをする機会がない。

結「アレックス君の魔力特性って、魔力運用特化?」

結はまた、それまで気になっていた事を尋ねる。
838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:20:30.91 ID:tsTNatoD0
確か、アレックスは魔力量Bランク、魔力運用Sランクの、
典型的な魔力運用特化型魔導師の資質の持ち主だった。

より顕在化した魔力運用特化型は、結の知る中ではリノだが、
彼の場合は低レベルDランクの魔力量にSランクオーバーの魔力運用と、非常にアンバランスな物だ。

アレックスもリノも、どちらかと言うと似たタイプなので、
結は半ば無意識に彼の魔力特性が運用特化だと思いこんでいた。

アレックス「いえ……恥ずかしながら、少々……と言うか、かなり実戦向きです」

そんな事を考えていた結の質問に対して、アレックスはやや躊躇いながらも淡々と言った。

結「実戦向き?」

結は自分の勝手な思い込みもあって、やや驚いたように返した。

実戦向きと言うと、魔力硬化や熱系変換特化が挙げられるが、
“かなり”と言うからには、文字通り“かなり”実戦向きなのだろう。

アレックス「特質熱系変換特化型………それが僕の魔力特性です」

結「とくしつねつけいへんかんとっかがた?」

アレックスの解答に、結は首を傾げた。

そんな結の様子に、アレックスは小さく噴き出してから口を開く。

アレックス「危険なので、実際に見せる事は出来ませんけど。
      一つの魔法に完全同時に炎熱変換と流水変換、
      二つの属性変換を加える事が出来る稀少特性です」

アレックスの説明に、結は目を丸くして首を傾げる。

完璧に“何が何やら”と言う顔だ。
839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:21:13.75 ID:tsTNatoD0
アレックス「教本では稀少特性は存在程度しかフォローしませんからね。

      まあ、有り体に言うと“爆発操作が出来る魔力”を発生させられるのが、
      僕の特質熱系変換特化の魔力特性です」

結「爆発操作……魔力で爆発を発生させられるって言う事?」

アレックス「水蒸気爆発の応用に近い……言ってみれば、
      マグマの噴出を伴わない火山噴火の類ですけどね」

ようやく理解して怪訝そうに返した結に、アレックスはやや苦笑いを浮かべて言った。

水蒸気爆発は、水が非常に温度の高い物質に触れた瞬間に起きる気化爆発現象の事だ。

火山噴火の際に目に見える……つまり絶え間ない噴煙を上げるような爆発は、
帯水層と呼ばれる水の溜まった地層にマグマが流入する事で起こるマグマ水蒸気爆発の事を差す。

結「火山噴火……って! もの凄い爆発……だよね?」

驚きのあまり上げそうになった大声を、結は慌てて飲み込み、小声で驚きを示す。

二歳の頃の記憶ではあるが、雲仙普賢岳の噴火で、
一日中同じ画面をテレビが映していた記憶が結の中にはあった。

被害内容までは知らないが、日本中が大騒ぎになるレベルの爆発だと言う自覚はある。
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:22:00.01 ID:tsTNatoD0
アレックス「ええ……まあ、実際に噴火レベルの爆発は起こせませんけど小爆発を組み合わせれば、
      かなり大規模な爆発を起こす事も出来ます」

アレックスはそう言うと――

アレックス「………大人の中にはテロ向き、なんて言う人もいますけど」

――と、自嘲気味に付け加えた。

そして、そんな言葉を漏らすアレックスに、結はどこか憤りにも似た感情を覚えていた。

結「そんな事ないよ!」

憤りは否定の言葉となって現れていた。

リーネ「!?」

しかし、その言葉の大きさに驚いたリーネが、目を丸くして首を竦めている。

結「あ、ご、ごめんねリーネ」

結は慌てて謝る。

幸い、ワシミミズクは目を覚ましていないようだ。
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:22:36.99 ID:tsTNatoD0
アレックス「………結君が代弁して怒ってくれなくても、僕にだって分かってますよ。

      自分を賛美しているようで気が引けますけど、
      言ってみれば僕の力はダイナマイト……もっと言えば原子力発電のような物です。

      正しく使えば便利で安全な文明の利器に、
      間違った使い方をすれば戦争の道具やチェルノブイリの事故のような、
      危険な物になりかねない、と言うだけです」

アレックスは小さな溜息の後、遠くを見るように語った。

ヴェステージ『我が主の言葉を意訳するとであるな、
      “心配してくれてありがとうございます。
       ですが、僕の中で答は出ていますよ”と言う事なのである』

アレックス「ヴェステージ……お前は、また共有回線を勝手に開いて」

やや楽しそうな声音で言ったヴェステージに、
アレックスは頬を紅潮させながらも控え目に非難の声を上げた。

アレックス「と、とにかく……僕の中では、もう答は出ているんです」

結「そっか……」

どこか達観した様子のアレックスに、結はほっとしたような、
だが僅かに釈然としない気持ちのまま呟いた。
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:23:38.86 ID:tsTNatoD0
結とアレックス、それにメイは同い年だ。

三人の中では最も生まれの遅い結もそろそろ十歳となるが、
その十年の間、彼は自らの力とどんな気持ちで向き合って来たのだろう?

そして、今のような結論に達するまでに、どんな悩みを抱えて来たのだろう?

アレックス「まあ、どちらかと言えば……」

結の思考を遮るように、アレックスが口を開く。

アレックス「実家に帰る度に“戦闘エージェントにならないか”って、
      本部の戦闘エージェント隊からの誘いが多い事の方が悩みの種……ですね」

苦笑い混じりのアレックスに、結は思わず噴き出した。

確かに、それだけ破壊力に特化した特性ならば、
戦闘エージェント隊にとっては喉から手が出るほどに欲しい逸材だろう。

結「そうだね……確かに、戦闘エージェント向きかも」

アレックス「僕個人は、出来たら研究職か開発系に就きたいんですけどね」

二人はそう言って、顔を見合わせると控え目に笑った。

リーネ「ん〜?」

突如笑い出した姉貴分と兄貴分の様子に、末っ子はワケも分からずに首を傾げた。

それから、しばらくして結とリーネは物置部屋を去り、アレックスは再びその場に取り残された。
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:24:18.12 ID:tsTNatoD0
気がつけば日は傾き、天窓からの採光もやや暗くなって来ている。

アレックス「ん……そろそろ日も傾いて来たか……」

アレックスはぽつり、と呟いて、電池式のランプ型電灯を取り出す。

鳥かごの上に使い古しのクッションを被せて灯りを遮ってやる。

すると、先ほどまで眠っていたワシミミズクが目を覚まし、ピィピィと鳴き始めた。

アレックス「餌ですか?」

そう言って再びタッパーを取り出すと、やはり鳴き声が大きくなる。

アレックス「慌てなくてもあげますよ」

アレックスは目を細めて言うと、先ほどのピンセットで餌を食べさせる。

少し大きすぎた塊を何度も何度もついばむワシミミズクを見ながら、
アレックスはまた少しだけ目を細めた。
844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:25:48.39 ID:tsTNatoD0
今日はいつもより少しだけ多く、誰かと話したような気がする。

それは、彼と一緒にいたせいだろうか?

と言う事は、彼と一緒でなければ、話をする機会すら自分は作れないのか?

アレックス(違う……な)

と、脳裏に過ぎりかけた思考を、心中で独りごちて振り払う。

よくよく考えれば、結とああやって面と向き合って話をしたのも、今日が初めてだ。

機会は今まであったにも拘わらず……。

アレックス(もう少し……我を張ってみるのもいいのかもしれないな……)

アレックスは天井を仰ぎ見た後、再びワシミミズクに目を落とす。

アレックス「ねぇ、そう思いますよね、君も……」

小さな決意を胸に、アレックスはワシミミズクに向けて、そう呟いた。
845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:26:36.48 ID:tsTNatoD0


翌日の夕方、ようやく全快したワシミミズクの雛が、
数日ぶりに食堂へと連れて来られた。

レナ「さあ、もうそろそろ、この子の名前を決めないといけないわね」

そんな時にレナが、ニッコリと笑いながら言い出した事で、
途端、その場に……と言うよりは、フラン達四人の間に戦慄めいたモノが走った。

メイ「いや〜、ここはブルースでしょ」

フラン「ロムルスよ、譲れないわ」

ロロ「ボナパルトがいいよ」

口々に案を言い出すメイ、フラン、ロロ。

だが――

ザック「お、俺も、ボナパルトで」

ザックがやや戸惑い気味に言った事で、メイとフランの冷たい視線がザックに突き刺さる。

その目は雄弁に“あっさり籠絡されやがって、このチキン野郎”と言っていた。
846 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:27:09.02 ID:tsTNatoD0
結「えっと、じゃあ、多数決でボナパルトで決定って事かな?」

殆ど外野に回っていた結が決を採る。

メイ「横暴だ〜! 数の暴力反た〜い!」

フラン「裏工作は認めないわ!」

だがしかし、メイとフランが抗議に入る。

これでは場が纏まらない。

ロロ「まあ、ここはボナパルトで決定だよね」

ロロはニッコリと笑って、ワシミミズクに視線を戻す。

ロロ「ボナパルト〜」

まるで歌い出しかねない程に軽やかな声と笑顔で呼びかけるロロ。

だが、リーネの腕に抱かれたワシミミズクはピクリとも反応しない。

ロロ「あ、あれ?」

ロロが笑顔のまま怪訝そうに首を傾げた。
847 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:27:47.79 ID:tsTNatoD0
フラン「フフフッ、卑怯な手段で勝ち取った勝利なんて、
    誰も受け入れてくれないのよ……ロロ。
    それを私が教えてあげる!」

と、何故か途端に勝ち誇ったフランが立ち上がる。

卑怯な手段と言ったら、全員、同じ穴の狢なのだが、
アレックスはその言葉を飲み込んで肩を竦めた。

フラン「さぁ、ロムルス〜、こっち向いて〜」

先ほどの勝ち誇ったような力強い声は何だったのか、猫なで声で呼びかけるフラン。

だが、やはりワシミミズクは反応しない。

フラン「あ、あっれぇぇ?」

フランは勝ち誇ったような表情のまま、額に汗を浮かべる。

メイ「んっふっふっふっ、ロロ姉もフラン姉もダメだねぇ〜。
   ここはちゃ〜んと純粋な気持ちで呼びかけないと!
   ねっ、ブルース?」

こちらも勝ち誇ったようなメイだが、やはりワシミミズクは反応しない。

メイ「も、もしも〜し? ブルースや〜い」

やはり反応はない。
848 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:28:16.56 ID:tsTNatoD0
それを見ていたレナが、小さく溜息を漏らす。

レナ「はいはい……。
   それじゃあ、そうね……アレックスかリーネには、何か案がある?」

少し呆れ気味に言ってから、レナは二人を交互に見遣る。

リーネはふるふると首を横に振り、アレックスはやや顔を俯けて考え込む。

アレックス(……我を張るのも、悪くない、かな……)

そして、そんな思いと共に顔を上げ、リーネに抱かれたワシミミズクに目を向ける。

途端、全員が息を飲んでその様子を見守る。

アレックス「……アーサー」

ぽつり、と小さな声で呼ぶ。

すると、その呼びかけに応えて、ワシミミズクがピィと可愛らしい声を上げた。

メイ「う、うそ!? 一発でなんて有り!?」

メイが目を見開き、他の二人の意見を代弁した。
849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:28:53.47 ID:tsTNatoD0
リーネ「アーサー……?」

アレックスを真似てリーネが呼びかけると、
ワシミミズクは嬉しそうにリーネの胸にすり寄った。

リーネ「わぁ……アーサー、アーサー、ア〜サ〜」

リーネが嬉しそうに何度も呼びかけると、
ワシミミズクもその都度、嬉しそうに声を上げた。

その光景に、アレックスは満足げな表情を浮かべ、結達五人は唖然とする。

レナ「どうしてこうなったか、みんな、分かる?」

レナが全員に向けて問いかけるが、
結達五人は俯いたり、やや目を逸らしたりと、やや落ち込んだ様子だった。

その様子に、レナは苦笑いを浮かべて“別に怒ってるワケじゃないのよ”と付け加えた。

レナ「あなた達はこの子にいい名前をつけてあげよう、って頑張ったけど、
   その間、ちゃんとフクロウの世話をしていたのはアレックスだけ。
   そして、このフクロウを助けたのはリーネ……。

   そう考えてみれば、誰に懐くのか、なんてすぐに分かったと思うわ」

レナは言いながら、リーネの頭をそっと撫でる。

リーネ「ん〜……」

リーネは嬉しそうに目を細める。
850 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:29:38.19 ID:tsTNatoD0
レナ「確かに、目の前にある出来る事をするのも重要だけれど、裏方で頑張ってくれている人達も重要よ。
   ……コレって、みんなが目指すエージェントにも言える事じゃないかしら?」

結「エージェント……」

レナの言葉を、結はハッとなって反芻する。

レナ「そう言う意味だと、どっち付かずだった結が一番ダメだったかしら?

   仲間の意見を大事にする事、仲間の意志を尊重するのはとても重要だけど、
   保護エージェントを目指すなら、自分自身の決断力を養わないといけないわね」

結「は、はい……」

レナの言う事に反論の余地はなく、結は哀しそうに肩を竦めた。

レナ「まあ、それを言ったら、まともに話し合いもせずに、
   自分達の意見を言い合うだけだったザック、フラン、ロロ、メイもいけなかったわね。

   みんな前線志望なんだから、仲間達の意見や意志を受け止められるようにしないと」

四人も口々に“はい”と言いながら頷く。

全員、落ち込んだ様子だったが、夢見たエージェントになるため、今の自分達に足りないモノを再発見し、
今後の課題を見付けたのが嬉しく、闘志が湧いたのか、次第に顔を上げて笑顔を見せ始めた。
851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/27(金) 21:30:13.49 ID:tsTNatoD0
レナはそんな生徒達の様子を頼もしげに見渡すと、数回、掌を打ち鳴らす。

レナ「じゃあ、今日の特別ホームルームはこれでお終い。
   夕飯までに、これからこの子のために何が出来るか、みんなでちゃんと話し合って決めましょうね」

一同「はい!」

レナの言葉に全員が頷き、口々に意見を出し合い始めた。

レナはリーネからワシミミズクの雛……いや、アーサーを受け取ると、少し離れた位置に座った。

レナ「ふふふ……教材に使ってごめんなさいね、アーサー」

生徒達の活発なディスカッションをBGMに、レナは首を傾げるアーサーに声をかけた。

その日、Aカテゴリクラスに新たな仲間が誕生した。



種別、ワシミミズク。
命名、アーサー。
本日より、Aカテゴリクラスに加入。

第15話「アレックス、フクロウを巡る物語」・了
852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/01/27(金) 21:31:43.38 ID:tsTNatoD0
今回は以上となります。

次回でいよいよ第二部ラストです。
853 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/27(金) 22:50:36.36 ID:vvT2Llus0
乙ですたー!
おぉ・・・リーネが笑ってて、みんなに可愛がられて喜んでる・・・・・・(感涙)
やっぱり子供は、リアルも物語中も変わりなく、笑ってるのが一番です。
フクロウの名前、決め手は一番に心を砕いていた人は誰か、で決まったのはほのぼのとした決着で良かったです。
なんと言うか、結局はフクロウ自身が何と呼ばれたいか、で決まった感じがして。
しかし子供達の中に、エレナさんがいたら案外「ミネルヴァ」あたりを推して、レナ先生に窘められてたのかもしれませんねw
さて今回の主要人物であるアレックス君、こうした学者肌のキャラは「怪奇大作戦」の牧史郎(タイプは全然違いますがw)以来好きでして。
研究or開発畑を希望しながらも、魔法は実戦型というのも、状況次第で描写に幅が出そうで良いですね。
今まで地味にピンポイントでアピールされて来ましたが、今後の活躍に期待大です。

次回も楽しみにさせていただきます。
854 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/28(土) 20:34:10.55 ID:Z7PVxzyp0
お読み下さり、ありがとうございま〜す。

>リーネが可愛がられて喜んでる
やっとロロによるリーネの頬ずりが書けました………いや、もうずっと書きたくて書きたくてw

>フクロウの名前
この事もあって、前回からアレックスとリーネは物置に篭もりっきりです。
少々私事ではありますが、今、ウサギを飼っておりまして、飼い始めの頃はあまり懐いてくれなかったのですが、
トイレ掃除をたまにやるようになったら、膝に乗ってくれるようになりまして、“名付けの基準はコレだ!”とw

>ミネルヴァ
イタリア・ローマ系は実在・架空・神話を問わずに英雄が多いですからね。
実はフランの候補にも入れていたのですが、敢えてマイナー路線で行きました。
エレナが口挟んだら、他の子に見えない所で格闘系ハイランカーのレナ先生にグリグリ攻撃されていた事でしょう、
“授業の邪魔すんな”とw

>学者肌のアレックス
何処までご期待に添えられるかどうかは分かりませんが、研究方面の道に進むのは彼しかいないので、
第三部以降は、そちら方面で大活躍してもうらう予定ではあります。
855 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/29(日) 12:06:47.85 ID:yn/bN0UDO
これオリジナルだよね?
こんなにおもしろいものがあったとはしらなんだ
856 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/01/29(日) 21:25:34.97 ID:7SZd1oQu0
お読み下さり、ありがとうございます。

>オリジナル
……かと聞かれると、微妙に返答に窮する程度にはオリジナルです。
上でも書きましたが、公開予定のなかった実験作である事をいい事に、某有名魔法少女を盛大にパロっておりますので。
そんな習作ではありますが、学業や仕事の余暇に、楽しみの一助としていただければ幸いです。
857 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/02/09(木) 20:30:05.90 ID:6reBzOOT0
またしばらく間が空きましたが、第2部最終回、第16話を投下させていただきます。
858 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:30:42.70 ID:6reBzOOT0
第16話「奏、仲間と夢を語らう」


――わたしは、お姫様じゃなくて、王子様になりたかった。

  キッカケは、ママに読み聞かせてもらった童話。
  悪い魔法使いにカエルに変えられてしまったお姫様を、知恵と勇気で救った、格好いい王子様。


  わたしは、王子様に憧れるようになった。


  そして、ママを母さんと呼ぶようになった頃、王子様に憧れたわたしは、わたしではなく、ボクになった。
  驚いて慌てる母さんには、ちょっと悪い事をしたけど、
  ボクは何だか、憧れの王子様に近づけて、強くなれたような気がしていた。


  けど、ボクは強くなんてなれなかった。


  母さんが死んで、ボクは友達と二人きりになった。
  いっぱい泣いた。
  泣いて、泣いて、泣き疲れて倒れても泣いて、大人達に助けられるまで、ボクはずっと泣き続けた。
  憧れた王子様の、格好いい知恵と勇気も、その頃のボクにはまるで無かった。


  ボクは、無力だった。――
859 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:31:15.25 ID:6reBzOOT0
――無力なボクに、迎えが訪れた。

  綺麗なお姉さんだった。
  ボクのお祖父さんが待ってる。
  そう聞かされて、ボクは縋るようにしてお姉さんについて行った。
  辿り着いた場所にいたのは、ボクのお祖父さんを名乗る、悪い魔法使い。
  悪い魔法使いはボクに言った、“母さんを、助けたくないか?”って……。


  それは、呪いの言葉だった。


  呪いからお姫様を救う王子様に憧れたボクは、呪われて、悪い魔法使いになった。
  悪い魔法使いになったボクの前に、小さなお姫様が現れた。
  悪い魔法使いになったボクに、何度も手を差し伸べてくれた。
  でも、その手を掴めなかったボクは、かつて悪い魔法使いだった魔王に飲み込まれて、世界を大キライになりかけた。
  けれど、お姫様は、ボクの名前を呼んでくれた。


  小さなお姫様が、ボクの呪いを解いてくれた。


  そしてボクは………王子様じゃなくて、お姫様を守る、ナイトになりたいと思った。――
860 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:32:24.88 ID:6reBzOOT0


話は、今よりしばし、過去に遡る。


1997年、3月――

リノ「僕に、魔力運用の教官をして欲しいって?」

リノは、目の前の少女の申し出を怪訝そうに聞き返した。

奏「はい、お願いします。バレンシアさん」

リノの目の前にあるベッドの上で上体を起こした少女――奏は、神妙な面持ちで頷き返す。

事件の事後報告の事もあって、リノは若年者保護観察施設にある奏の病室を尋ねていた。

服装は、日本で着ていたスーツではなく、
研究院のエージェント隊で支給されている黒のジャケットだ。
861 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:33:04.80 ID:6reBzOOT0
奏「結から、魔法戦を教えてくれたのはフェルラーナさんとバレンシアさんだって聞いてます。
  ………ボクは……もっと、強くなりたいんです」

奏はやや俯きながら、だが顔を上げて、しっかりとリノの目を見ながら言った。

強く、揺るがない意志がその瞳の奥に垣間見える。

リノ「魔力運用の手ほどき……と言ってもね」

その視線を受け止めながらも、リノはどこか飄々とした様子で漏らす。

奏「魔力だって……まだ、Dランクにやっと届いた程度だけれど、回復して来てます!」

そんなリノの態度に、奏は焦ったように言うが、
逆に彼に手で制されてしまう。

リノ「あまり遠回しな言い方をすると時間がかかってしまうね……うん、率直に言おう。

   今の君は十分にトップクラスの戦闘エージェントに匹敵するレベルの魔導師だ。
   事実、ほぼSランクの戦闘エージェントであるエレナに、君は一度勝利している」

確かに、リノの言う通り、奏はエレナに勝利した経験がある。

だが、それとは別に隙を突かれて敗北した経験だってある。
862 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:33:49.63 ID:6reBzOOT0
奏「それなら、コレも率直に言って下さい……。
  今のフェルラーナさんと、全快したボクが戦ったら……ボクは勝てますか?」

リノ「…………十中八九、エレナかな」

奏の質問に、リノは僅かなタイムラグはあったものの即答した。

リノ「確かに、君はトップクラスの戦闘エージェントに匹敵するけど、
   エレナもほぼSランクと言っていいエージェントだ。

   経験はまだ浅いかもしれないが、君のようなタイプと戦って遅れを取る事は、もう無いと思う」

奏「………」

リノの説明を、奏は神妙な面持ちで聞き入れる。

キャスリンに連れられてグンナーの元で、実戦のためだけの訓練を受ける事、実に三年。
その三年の訓練経験を持ってしても、自分の力は“本物のハイランカーエージェント”には遠く及ばない。

リノ「それにね、僕の魔力運用は元々、矮小過ぎる魔力を補うために特化させた物だから、
   普通に高い魔力を持つ君には向かないと思うよ?」

奏「でも……バレンシアさんも、子供の頃は今ほどじゃなかったって聞きました!
  血の滲むような努力をして、それで今の実力を手に入れたって……」

謙遜気味に笑うリノに、奏は僅かに語気を強めて言った。

リノ「………うぅん……まぁ、ね」

対して、リノは苦笑い混じりに返した。
863 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:34:41.16 ID:6reBzOOT0
リノ・バレンシアと言う青年は、優秀な戦闘エージェントの子として生まれた。
高い魔力量と天才的な魔力運用能力を持つ両親の間に生まれた、将来を有望視されたサラブレッド。

だが果たして………彼は欠陥品だった。

Sランクに迫る大魔力の持ち主達の間に生まれた少年は凡人以下の魔力しか持たず、
魔力運用に関しても、天才と謳われた両親の血を受け継いだとは思えないほどの凡庸ぶり。

回りの大人達は、陰で彼を“天才の生んだ失敗作”、“獅子の血を引く蟻”などと蔑んだ。

そして十八年前、ある事件で幼くして両親を喪い、身寄りを失った彼は、
父の師であるミケランジェロ・カンナヴァーロの元へと預けられた。

果たして彼は、最優の師を得て天与の才に目覚めた。

その才とは、努力の才。

矮小過ぎる魔力で、Sランクに匹敵する砲撃力を生み出すために彼が取った方法は、
常人では到達し得ない十重術式の瞬間展開。

どれだけの才覚、経験を積んだ大魔導師ですら到達し得ない領域に、彼は努力だけで上り詰めた。

それが僅かに八歳……そう、結が魔導と出逢ったのと同じ年齢にして、
彼は魔力運用と言うただ一点だけで世界の頂点に立ったのだ。

その時点で師の元からAカテゴリクラスへと移り、仲間達と研鑽しながら、
現在は英雄の二つ名を背負う程のハイランカーエージェントとなった。

そんな彼の根底にあったのは、亡き両親への尊敬と、大人達への反発だった。

両親の才能は自分にも受け継がれている、両親の血を無駄になんかしない、自分はバレンシアの子だ。

そんな幾つもの憤りにも似た思いが、今の彼の実力を作り上げた原動力だった。
864 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:35:35.12 ID:6reBzOOT0
回りくどくなったが、間違いなく、リノには凡人であった頃があったのだ。

つまり、凡人から天才に至る過程を、彼は確かに通ったのだ。

そうでなければ、初心者同然の結をまともに指導する事など出来なかっただろう。

確かに結は魔力こそ膨大で、知識の飲み込みも驚異的に早く、それなりの戦術的発想力もあるが、
それでも天才と言うよりは、能力的にはむしろ非才と言った方が正しい。

聞こえの悪い言い方になるが、非才の結をたった十日で凡才にまで仕立て上げたのは、
やはりリノの初期指導の賜である。

奏「ボクを……ボクを強くして下さい……!」

奏はベッドの縁から滑り落ちそうになるほどリノに詰め寄る。

真剣な様子の奏に、リノは目を瞑って押し黙り、何事かを思案しているようだった。

だが、何かを決意したかのように小さく息を吐くと、瞑っていた目を開き、奏に向き直る。

リノ「……エージェント・ハートフィールドや、君の主治医と相談してから……って事になるけど、いいかな?」

奏「……は、はい!」

リノの提案に、奏は大きく頷いた。


果たして、リノの提案はシエラや主治医に受け入れられ、奏への指導は、
彼女の魔力がCランク程度まで回復し、かつリノが手空きの時のみと言う条件付きで始められる事になった。

その四ヶ月後、結がAカテゴリクラスへと編入し、
想像以上に早かった再会を驚きと共に喜び合った頃に、奏の特訓は始まった。
865 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:36:22.58 ID:6reBzOOT0


エレナ「………はぁ……」

奏「どうしました、エレナさん?」

奏は、少し離れた位置に立って溜息を吐く――
捜査聴取の過程で次第にうち解けた――エレナに怪訝そうに尋ねる。

エレナ「いや……自分のお人好し加減と言うか……
    惚れた弱みは大きいなぁって、ちょっと実感を、ね」

エレナは溜息がちに呟く。

先日、結をAカテゴリクラスに案内して現地で一泊、
早朝、若年者保護観察施設に顔を出していたリノとの合流がてらに結を案内し、
その結を見送ったばかりのエレナは、そこで初めて、リノから奏の特訓の事を聞かされた。

そして――

リノ「悪いけど、奏さんの訓練相手になって欲しいんだ」

――とにこやかに頼まれてしまった。

最初は文句を言って断ったエレナだったが、結局はリノに押し切られて、
今は施設の外にあるリハビリ用屋内訓練場で奏と向き合っていた。

魔導巨神事件の時もそうだが、リノに頼まれるとどうにも断れないエレナなのであった。

閑話休題。
866 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:37:33.54 ID:6reBzOOT0
エレナ「それで、準備はいい、奏さん?」

奏「はい、お願いします」

エレナの質問に、奏は力強く応える。

奏は訓練用の真っ白な簡易魔導防護服を着用し、
ギアもクレーストではなく、訓練用の汎用魔導ギアを使っていた。

黒い杖型――第三世代汎用訓練ギア・ブラックフォックスだ。

対して、エレナは愛用の真紅の軽装ジャケット型魔導防護服に、愛器・ジガンテの全力モード。

リノ「じゃあ、先ず、エレナは魔力防壁を展開してくれ。
   そうだな……大体、Bランクの魔力弾で相殺できるレベルで」

エレナ「分かりました、リノさん」

リノの指示を受け、エレナは一瞬で注文通りの魔力防壁を展開する。

非戦闘時で他に何もやっていない状況だからでもあるが、凄まじい展開速度だ。
867 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:38:49.84 ID:6reBzOOT0
リノ「奏さんにやって貰う事は簡単、
   ギアの魔力制御機能をシャットダウンして、エレナの魔力防壁を抜いてみよう」

リノはにこやかに言った。

奏「え……!?」

対して、奏は愕然とした。

今の自分の魔力は、回復したとは言えようやくCランク程度、
リハビリで全力の魔力弾を撃つだけで疲労してしまうレベルなのだ。

それだと言うのに、Bランクの障壁に打ち勝てと言う。

リノ「ああ、それと……これは意識的に出来ると思うけど、熱系変換は一切、使わずにね」

ただでさえ戸惑っている奏に、リノはさらなる追い打ちを掛けた。

熱系変換……つまり、炎熱、流水、奏の場合はさらに雷電、氷結の属性変換を使わずに、と言う事らしい。

たたでさえ低い魔力だと言うのに、破壊力を高める属性変換が使えなくては、
文字通り話にならないのではないだろうか?
868 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:40:37.83 ID:6reBzOOT0
戸惑う奏に向かって、リノは淡々と口を開く。

リノ「君は実戦向けの基礎訓練はしているんだ。
   魔力攻撃自体はギアの補助がなくても十分に使えるだろう?」

奏「そ、それは、その……は、はい」

リノの質問に、奏は戸惑ったまま頷く。

しかし、リノは満足そうに頷き、さらに続ける。

リノ「今から君がやるのは基礎技能……魔力収束の応用だ。
   本来は長距離射撃系の必須技能だけど近接系に応用される事も多い。

   魔力収束自体は君も出来るね?」

奏「はい……」

奏は頷きながら、自分が魔力を収束して放つ儀式魔法以外の魔法を思い浮かべる。

顕著な物ではドラコーングラザー・リェーズヴィエだろう。

アレは最大限まで高めた雷電属性の魔力を、収束させた刃に変えて叩き込む魔法だ。

他にもマークシムムグラザーやグラザーリェーズヴィエ、
プラーミャリェーズヴィエなどの斬撃系の魔法は全て、魔力収束を応用している。

得意とは言い切れないが、それでも多用している技術に他ならない。
869 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:41:31.74 ID:6reBzOOT0
だが、だがしかしである。

奏「でも……今の私の魔力で、エレナさんの障壁を破るなんて……」

いくら魔力を収束しても、明らかにワンランク上の障壁を貫くなど無茶な話だ。

リノ「うん。
   だから、エレナの障壁を抜けるくらいまで収束した魔力を、
   自分の力だけで使ってみよう。

   勿論、エレナとクレーストはアドバイス禁止で」

クレースト<申し訳ありません、奏様……>

奏<だ、大丈夫だよ、クレースト! うん……大丈夫>

心底、申し訳なさそうな声を漏らすクレーストを、奏は慌ててフォローする。

しかし、クレーストのアドバイス禁止……と言う事は、
コツや方法にさえ気付けば、アドバイス無しでも可能と言う事だろう。

魔力収束の応用と言っても、おそらくはかなり基礎技術に近いレベルの魔力運用だろう。
870 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:42:55.69 ID:6reBzOOT0
困ったように考え出した奏に、エレナが笑顔で声をかける。

エレナ「全力だと疲れるかもしれないから、少しずつ試してみましょう?
    いい感じになって来たら教えてあげるから。

    それならアドバイスに入りませんよね、リノさん?」

リノ「……そうだね。うん、そのくらいなら」

エレナの質問に、リノは僅かに思案した後、頷いて応えた。

奏「じゃ、じゃあ……お願いします」

奏は一礼してから構えた。

ギアを利き手でない右手で後ろ手に回し、利き手の左掌を前に突き出す。
871 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:43:57.60 ID:6reBzOOT0
奏(魔力収束……魔力を束ねて、固める感じで……)

奏は師であるキャスリンや、クライブの教えを思い出しながら左掌に魔力を集めて行く。

本来の魔力弾は、体内の魔力を集めてそのまま撃ち出す物だが、
収束させる場合は体外に放出して集めた方がイメージ上の都合が良い。

ギアの補助が無いのだから尚更だ。

掌の先で、瞳の色と同じ青銀色をした魔力が塊となって現れる。

奏「はぁっ!」

その魔力の塊がエレナに向かって放たれる。

だが、放たれた魔力弾は一瞬にして収束状態から解放され、
通常の魔力弾となって呆気なくエレナの防壁によって打ち消されてしまった。

リノ「魔力弾を撃つ事に気を取られ過ぎて収束が疎かになっているね。
   もっと収束にイメージを集中するんだ」

奏「は、はい!」

淡々としたリノの指導に、奏は失敗の悔しさを押し殺して応える。

そのくらいは言われなくても分かっていたが、正論なので反論できない。
872 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:44:54.76 ID:6reBzOOT0
奏(もっと……もっとイメージに集中しないと……)

奏は、掌の先に小さな小さな球体をイメージする。

そして、その球体に向けて魔力を集めて行く。

意識して魔力を固めるのではなく、集まった魔力が自然と固まって行くイメージだ。

先ほどのような無駄弾を撃てるほど魔力に余裕がないため、実験的にごく僅かな魔力で撃つ。

奏「……はっ!」

気合いと共に、収束した魔力弾を放つ。

今度は収束状態を保ったまま、エレナの障壁へと辿り着く。

だが、魔力が弱すぎて簡単に打ち消されてしまう。

奏「届いた……けど……!」

リノ「いや、いいよ、その調子で収束率を上げてみよう」

小さく歓喜に続けて悔しげな声を上げた奏に、リノは笑顔を浮かべて言う。

奏「はい!」

奏は少しだけ嬉しそうに応える。
873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:45:57.75 ID:6reBzOOT0
奏(収束率を上げる……つまり、もっと小さく……。
  ボールじゃダメ……点……うん、点だ!)

奏は収束イメージを球体から点へと切り替える。

点、と言っても平面ではなく、あくまで三次元的な点だ。

先ほどよりも小さく、かつ密度の上がった収束弾が完成する。

奏「行って!」

奏は押し出すような動作で高密度の収束弾を放つ。

魔力は先ほどと同じ量だが、明らかにエレナの障壁と衝突した際の威力は上がっている。

エレナ「まだ足りないわ。もっともっと、収束率を上げて」

奏「はい!」

エレナの声に、奏は頷きながらも考えていた。

先ほどから魔力量に関しては駄目とも良いとも言われていない。

つまり、一発当たりの魔力量は今のままで十分だと言う事だろう。
874 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:46:54.67 ID:6reBzOOT0
奏(そうか……バレンシアさんは障壁を抜けって……。
  つまり、相殺して消すんじゃない……一点、障壁を貫けばいいんだ!)

奏はその事に気付き、顔を綻ばせた。

だが、それとは逆に困った自体にぶつかる。

これ以上、どうやって収束率を上げれば良いのだろう?

今、撃っている魔力弾は、今の自分が撃っても疲労しないDランク程度の、
本当にごくごく弱い魔力弾でしかない。

疲労を恐れずにもう少し魔力を上げれば、
もうそれ一発で障壁を貫けるだけの収束率は持っているハズだ。

しかし、それでは暗に、魔力収束以外の方法……力業で障壁を破壊しているのと同じである。

そう、二人は“もっと収束率を上げろ”と言っているのだ。

おそらく、自分が最初に感じた通り、
基礎技術にほど近い応用の範疇で出来るレベルの魔力収束なのだ。

となれば、後はイメージを強化する事で、無意識レベルに収束率を上げるしかない。

奏(掌じゃ駄目……もっと狭い範囲……指先!)

奏は手を拳銃に見立てて人差し指を突き出す。

イメージの基礎は、先ほどまでと同じ“点”。

だが、掌から指先にイメージの収束点が変更された事で、面白いほど収束率が上がる。
875 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:47:56.85 ID:6reBzOOT0
奏(これなら行ける!)

奏は確信と共に、収束魔力弾を放つ。

奏「いっけぇっ!」

引き金を引き絞るようなイメージと共に、
ごく小さな球体と化した収束魔力弾がエレナの障壁に激突する。

だが――

エレナ「……惜しかったわね」

エレナの言う通り、奏の収束魔力弾は障壁を貫けずに打ち消されてしまっていた。

奏「そんな……」

渾身の収束魔力弾を打ち消され、奏はがっくりと肩を落とした。

エレナ「収束率も魔力量も十分よ」

リノ「は……はい」

エレナの言葉を受けて、奏は戸惑い気味に頷いた。

収束率も魔力量も十分……なら、何故、障壁を貫けないのだろう?

奏は何が悪いのかも分からず、休憩時間となった。
876 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:49:08.97 ID:6reBzOOT0
練習場の隅に設けられたレストスペースに座り、手配された食事に手を付ける一同。

ジガンテ『どうですか、クレースト?』

クレースト『口惜しい限りです……』

ジガンテから共有回線で語りかけられたクレーストは、言葉通り悔しげに漏らした。

奏「何が悪いんだろう……」

食べかけのサンドイッチを持ったまま、奏は哀しげに俯いてしまう。

こんな状態では、せっかくの昼食も美味しく感じられない。

エレナから言われた通り、収束率と魔力量の条件自体は満たしているハズなのだ。

だと言うのに、自分はエレナの障壁を貫く事が出来ない。

エレナ「ふふふ……コレって、意外と難しいのよね」

そんな奏の様子を、エレナは微笑ましそうに目を細めて言うと、さらに続ける。

エレナ「でもコレをやっておくだけで、収束系魔法の破壊力が段違いになるわよ」

奏「ほ、本当ですか?」

エレナの言葉に、奏は素直に驚いていた。
877 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:50:35.94 ID:6reBzOOT0
驚く奏に向けて抑揚に頷くと、エレナは右手人差し指の先に僅かな魔力の塊を生み出し、
左掌にそれよりも強い魔力で小さな障壁を作り上げる。

エレナ「私のスカルラットマルッテロも、硬化特性の魔力で叩いてるだけじゃなくて、
    ちゃんと魔力をハンマー型に収束させているの」

エレナは言いながら、指先の魔力で魔力障壁を叩き割る。

その様子を、奏は何処かにヒントがないかと目を見開いて観察する。

リノ「エレナに魔力収束の指導をしたのは、
   今のAカテゴリクラスで教鞭を執っているフォスター教官だったね」

エレナ「いやぁ……もう、スパルタでしたよ……。

    いつまで経っても上達しないからって、
    一日中、今やったコレを繰り返しましたから……アハハハ」

にこやかに言うリノに対して、エレナは乾いた笑い混じりで同じ動作を繰り返した。

因みに、エレナがレナから言いつけられた課題は、
“掌に作った魔力障壁をそれよりも弱い魔力で叩き割れ”だった。

エレナの魔力特性は硬化、しかもかなり希有なレベルの硬度を生み出せる魔導師である。

その彼女が作った障壁を、それよりも弱い魔力で破壊しなければならないのだ。

それはもう、並大抵の収束率では無理だったであろう。

しかし、その経験が彼女が最も多用する魔法であるスカルラットマルッテロや、
彼女の最強儀式魔法であるジガンディオマルッテロに繋がっていると考えれば、無駄でなかった事が分かるだろう。
878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:51:52.15 ID:6reBzOOT0
殆ど無意識に繰り返されるエレナの動作を、奏はつぶさに観察し続ける。

奏(そうか……エレナさんはハンマーのイメージで魔力を硬く、重く収束させて、
  障壁にぶつけているんだ……)

そう、エレナの魔力は魔力特性だけでは説明がつかない程、硬く、重い魔法を放っているのだ。

ドラコーングラザー・リェーズヴィエで真っ向からぶつかった時も、
注ぎ込んだ魔力の量に圧倒的違いがあったにも拘わらず、
エレナは被害をジガンテの破壊のみと言う最小限に止めて見せた。

あの時、自分がエレナに勝てたのは、ギアの性能差と、
そして何より、運が良かっただけなのだと改めて思い知る。

エレナが読み違えずに先に打って来ていたか、
或いは万全の魔力量のスカルラットマルッテロやフィアンママルッテロで迎撃されていたら、
結果は違っていたかもしれない。

奏(やっぱり……本物のトップエージェントは凄い……)

奏はその事に気付いて、思わず息を飲んでいた。

リノから“トップクラスに匹敵する”などと言われて、
無意識に天狗になっていたかもしれない自分を、奏は恥じた。

確かに、戦闘力だけに限れば匹敵しているのかもしれないが、
魔力運用の研ぎ澄まされた技術は、今の自分にはないものだ。

逆に、そんなエレナに自分が抗しきれたのは、
母に教えてもらった基礎、キャスリン達に教えてもらった戦略と戦術、
それらが決して無駄ではなかった事への確信でもある。
879 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:53:03.19 ID:6reBzOOT0
リノ「奏さん。君が培って来た魔法戦のセンスはかなりのものだ」

そんな奏の思考を読んだのか、リノは笑顔で呟き、さらに続ける。

リノ「ブルーノさんや他の私設部隊員の指導もあっての事だろうけれど、
   君は自分に合った魔法を上手く作り出すだけの才能がある。

   これからも君が魔導師として魔法戦の訓練を続けて行くとしたら、
   多分、新しい魔法を開発するよりも、
   今ある魔法を自分のスキルアップに合わせて、
   徹底的にレベルアップさせて行く方法が最適じゃないかな?」

奏「ボクに合った魔法を、徹底的に、レベルアップ……」

リノの言葉を聞きながら、奏は感慨深く反芻する。

奏「あ……!」

そして、数年前の特訓の日々を思い出す。
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:54:16.09 ID:6reBzOOT0
キャスリン『どうやらお嬢は、スピードを活かした魔法の方が向いてるみたいだね』

奏『スピードを活かした……魔法?』

思案げなキャスリンの言葉に、奏は僅かに首を傾げる。

キャスリン『そう! まあ、コレはアタシのやり方なんだけど、
      すれ違い様に魔力を棒とかハンマーとか、
      そんな武器みたいな形に固めて相手にぶつけるのさ』

奏『武器にして、ぶつける……』

奏は、まだ幼い自分の手には大きすぎる十字槍を眺めながら反芻する。

キャスリン『まあ、お嬢くらいの魔力量なら、まともな武器じゃなくてもいい。
      剣っぽい感じにした魔力とか、その程度でそれなりの効果があるよ』

奏『うん……分かったよ、キャス……』
881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:55:12.11 ID:6reBzOOT0
脳裏を駆けた懐かしい記憶に、思わず意識を奪われかけた奏だが、
強引にその意識を現実に引き戻す。

奏「……何となく、分かった……かも」

奏は呆然と呟いた。

エレナ「あら、何かいいヒントが見付かった?」

数年前のトラウマにトリップしかけていたエレナも、
奏の様子に気付いて頼もしげな笑みを見せる。

奏「はい……っ」

奏は笑みを浮かべて頷くと、やや乾いて硬くなり始めたサンドイッチを口にする。

ギアの補正がない状態の魔力運用は、著しく集中力が必要になる特訓だ。

今はとにかく、しっかりと食べて、それからしっかりと休んで体力を回復しよう。

奏はこれからの特訓の展開をイメージしながら、
ようやく少しだけ昼食を楽しむ事が出来た。
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:56:24.04 ID:6reBzOOT0
そして、昼食が終わり、特訓が再会される。

奏(そうだ……この訓練は、魔力弾に拘っちゃいけなかったんだ……)

奏は深呼吸しながら、改めて構え直す。

やはりギアを構えた右手を後ろ手に回すが、
しかし、魔力を放つ左手を突き出す事なく、手刀型に構えて胸元に寄せている。

リノ「気付いたみたいだね……」

奏の様子を見ながら、リノは満足げに呟く。

そう、これはあくまで魔力収束の訓練なのだ。

基礎訓練と言う先入観で、基礎魔法である魔力弾に意識を集中させたのが、
そもそもの間違いだったのだ。

そう、リノは“エレナの魔力防壁を抜いてみよう”とは言ったが、
それを“魔力弾で”とは限定していなかった。
883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:57:25.09 ID:6reBzOOT0
奏(キャスが教えてくれた……ボクのスピードを活かす戦法……接近戦……!)

そうなのだ。

これが射砲撃系魔導師ならば、高密度圧縮魔力弾が正解だったであろう。

彼らが一番、破壊力をイメージできる魔力のイメージは弾丸なのだから。

だが、自分の獲物は槍、鎌、剣と言った、対象を突き、切り裂く武器だ。

ならば、イメージが重要視される魔力運用ならば、
必要なのは自分に最適化されたイメージ。

自分が収束すべきは高密度に圧縮された魔力“弾”ではなく、
鋭く圧縮された魔力“刃”だったのだ。

奏(プラーミャリェーズヴィエと同じ……ボクの腕を……刃に変える……!)

奏は構えた手刀に魔力の刃を収束させる。

クセで魔力刃を炎熱変換しないように意識するが、
それでも今まで以上に鋭い魔力刃が完成する。

奏「す、凄い……」

今までに感じた事がない程の鋭い刃の誕生に、奏は息を飲む。

そう、先ほどまでの収束魔力弾精製も決して無駄ではなかった。

高密度収束の訓練を経て、奏の刃はさらに研ぎ澄まされた物となったのだ。
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:58:27.05 ID:6reBzOOT0
エレナ「さあ、来なさい……奏さん!」

奏「はい、エレナさん!」

気を引き締めた様子のエレナに、奏は力強く応える。

奏「はあぁっ!」

手刀を引いたまま床を蹴り、奏は今できる全力でエレナに向かって走る。

十分な魔力強化が出来ない以上、スピードは全盛期と比べるべくもなく遅い。

だが、行ける、行ってみせる。

そんな決意と共に、奏は手刀を振り上げ、すれ違い様に振り下ろした。

すると、エレナの構えた魔力障壁にうっすらとだが、だが確実に溝が生まれた。

奏「まだ浅い……!」

振り返った奏は、悔しそうに漏らして手刀を構え直す。

エレナ「ええ、でもついに答に辿り着いたわね」

同じく魔力障壁を構えたまま振り返ったエレナは、嬉しそうに言った。

そう、この方法は間違いではなかったのだ。
885 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 20:59:13.99 ID:6reBzOOT0
エレナ「続けて来なさい!」

奏「はい!」

エレナの合図に合わせ、奏は今度は横薙ぎに手刀を振るった。

今度は先ほどよりも深い溝を穿つ。

エレナ「収束が乱れているわよ、奏さん!」

奏「は、はい!」

奏は小さく深呼吸して、意識を再び研ぎ澄ます。

研ぎ澄まされた意識に合わせて、刃も研ぎ澄まされて行くような気がする。

奏(もっとだ……もっと薄く、もっと鋭く、折れない刃を……イメージする!)

魔法――魔力運用にとってイメージは重要だ。

運用可能な技術と合わせ、それをより強固にするイメージがあって初めて、魔法は完成する。

そう、かつて結が完成させたアルク・アン・シエルも、
魔力の波長を絶えず続けたと言う偶然による所も大きかったであろうが、
反射結界を破壊しようとする強い意志とイメージがあって、初めて完成した魔法なのだ。
886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:00:26.02 ID:6reBzOOT0
奏(どんなに厚い壁だって、切り裂いてみせる……!)

意識と刃を研ぎ澄ました奏が、三度、床を蹴る。

奏「はあぁぁっ!」

裂帛の気合いと共に、すれ違い様に袈裟懸けに魔力刃の手刀を振り下ろす。

エレナの背後へと突き抜け、付けすぎた勢いを殺し、
ややつんのめるようにして立ち止まる奏。

慌てて振り返ると、そこには笑顔を浮かべるエレナ。

エレナ「………成功よ、奏さん!」

エレナの背後で真っ二つに割れた魔力障壁が霧散して行く。

奏「や、やった……!」

リノ「おめでとう、奏さん」

今度こそ喜ぶ奏に、リノが歩み寄る。

奏「ありがとうございます、バレンシアさん、エレナさん」

奏も、特訓をつけてくれた二人に感謝の意を示し、何度も頭を下げる。
887 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:03:12.04 ID:6reBzOOT0
リノ「おっと、でも喜ぶのは早いよ……。
   今日の特訓の総仕上げ、このまま行ってみようか?」

奏「そ、総仕上げ?」

やや悪戯っ子のような笑みを浮かべるリノに、奏は怪訝そうに聞き返す。

リノは視線をエレナに向け、奏にもそちらに向くように促す。

奏が改めてエレナに向き直ると、彼女はジガンテを構え直していた。

バトンのように杖状のギアを振り回し、円形のシールドを作り出す。

射撃Sランクと謳われたクライブ・ニューマンの魔力弾を相殺して見せた、
エレナの防御魔法――スピラーレスクードだ。

エレナ「どんな手を使ってもいいわ……。
    今度は全力で、私のスピラーレスクードを破ってみなさい!」

奏「っ!?」

エレナの言葉に、奏は身を固くする。
888 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:05:10.10 ID:6reBzOOT0
先ほど覚えたばかりの低魔力高密度収束魔力刃では、
あのスピラーレスクードを突破するのは難しい。

となれば、今使えるだけの全力の魔力でなければ突破は出来ないだろう。

いや、おそらくはエレナは今の自分の全力で、
ギリギリ打ち消せるレベルの障壁を作り出してくれているのだろう。

そんな魔力を使えば、おそらくはまた疲労困憊で、明日までは魔力が回復できない。

つまり、特訓合格をかけた、一発勝負の試験だ。

奏「………はい!」

それを察して、奏は意を決し、今まで後ろ手にしていたブラックフォックスを構えた。

奏(今のボクの魔力じゃ、まだクレーストは起動できない……。
  だったら、この子に頼るしかない!)

今まで遮断していた魔力制御補助システムを起ち上げる。

すると、先ほどよりもすんなりと収束魔力刃が完成した。

奏(やっぱりだ……ボク自身の基礎がしっかりしたから、
  ギアでの魔力運用にも結果が反映されている……!)

奏は心中で感嘆する。

この収束魔力刃は、おそらくプラーミャリェーズヴィエに匹敵するレベルの切れ味を生み出しているだろう。
889 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:06:49.10 ID:6reBzOOT0
奏(どんな手を使ってもいいって言われたけれど、
  属性変換で貫いたら、エレナさんをケガさせてしまう……。

  純粋魔力だけで刃を編み上げるんだ……!)

奏は魔力だけの刃を丁寧に編み上げると、
青銀に輝く魔力の刃が、さらに薄く、鋭くなる。

奏(凄い……ギアが助けてくれているとは言え、
  術式を使わずに、ここまで鋭い刃が作れるなんて……)

奏は自ら為した刃の鋭さに、純粋に驚いていた。

母の教えを活かした術式高速展開が、奏の本領たる高速戦術を支える基幹だ。

多重術式を素早く展開して強力な魔法で牽制し、
一気呵成に踏み込んでの高速インファイト。

以前――魔導巨神事件の最中にリノが見立てたように、
術式運用に限って見れば奏の魔力運用技能は十分にSランクと言って過言ではなかった。

キャスリン達も、奏のその部分を伸ばす方向で訓練を重ねさせたのだから当然だろう。
890 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:07:53.22 ID:6reBzOOT0
そして、驚いた様子の奏に、リノが声をかける。

リノ「単純な基礎技能も、ギアの補助を加えればそれだけで強力な武器になる。
   でも、そのためには魔導師本人の技術応用力の高さと、技術自体への練度が求められる」

リノの言葉を聞きながら、奏は深く頷く。

リノ「もう君も実感しているだろうけど、自分自身の魔力収束技能を上げれば、
   汎用ギアの補助能力でも魔力の収束率は格段に上がるんだ」

確かに、ほんの少しのスキルアップでここまでの差が出ている。

今の状態でクレーストが使えたら、より鋭く強力な刃が作れていただろう。

奏<クレースト………もっと魔力が回復したら、今度は一緒に……>

クレースト<仰せのままに……奏様>

感慨深く漏らす奏に、クレーストは珍しく抑揚に返した。

彼女も、主に頼られるのが嬉しかったのだろう。
891 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:09:20.15 ID:6reBzOOT0
奏「………行きます……エレナさん!」

エレナ「ええ……来なさい!」

呼吸と構えを整えた奏に、エレナも心持ち重心を低く構えて応える。

やや前のめり気味に床を蹴って走る奏。

眼前には、エレナの手によって高速回転するギアが作り出す障壁――スピラーレスクード。

奏「っ……たあぁぁっ!」

その回転面に向けて、振り上げたギアを真っ向から振り下ろす。

直後、ギア同士がぶつかり合う金属質な音が響き渡った。

奏の振り下ろしたブラックフォックスが、ジガンテの回転を遮ったのだ。

そう――

エレナ「お見事……」

エレナは感嘆を以て、簡潔に呟いた。

――成功だった。
892 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:10:59.12 ID:6reBzOOT0
奏の収束魔力刃はエレナのスピラーレスクードを切り裂き、
さらに、魔力で構成されたエレナの魔導防護服の肩を僅かに切り裂いていた。

エレナ「ふぅ……炎熱変換されていたら、肩が持って行かれてたわね。
    いい切れ味だったわ、奏さん」

エレナはそう言って、満面の笑みを浮かべた。

奏「………や、やった……」

課題をクリアした奏は、呆然と呟く。

クレースト<おめでとうございます……奏様!>

愛器が少しだけ声を弾ませる。

だが、その声が少し遠い。

どうやら、早くも限界量の魔力を使った反動が来たらしい。

奏「あ……っと……あ、あれ……?」

クレースト<奏様!?>

フラフラと身体を揺らす奏に、クレーストは慌てたような声を上げる。

しかし、ギア起動もままならぬ魔力量の今の奏では、
緊急召喚でその身を支える事もままならない。
893 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:12:43.14 ID:6reBzOOT0
リノ「おっと……危ない」

そこで、傍らに控えていたリノがすかさず奏を支えた。

奏「す、すいません……バレンシアさん」

奏はフラフラになりながらも、リノに支えられて何とか体勢を整える。

しかし、リノは無理をさせぬようにと奏を抱き上げると、
先ほどまで休んでいたレストスペースへと彼女を運ぶ。

背中に刺さる“誰か”の視線が痛かったが、
リノは飄々とした笑顔を浮かべたまま、敢えてその視線を無視した。

エレナ「……もぅ、誰にだって優しくするんだから……」

その“誰か”――まあ、エレナ以外にいないのだが――は、
ブツクサと文句を言いながらも、最後は小さく溜息を漏らしてその後を追う。
894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:13:37.02 ID:6reBzOOT0
奏「あ、ありがとうございます……」

リノ「どういたしまして」

ベンチに座り、少しだけ照れた様子で礼を言う奏に、
リノは笑みを浮かべたまま返し、さらに続ける。

リノ「それで、どうだったかな、今回の特訓は?」

奏「は、はい。
  何だか……最初に思ったよりもすんなりと成功しちゃって……、
  ちょっとだけ、拍子抜けと言うか……」

リノの質問に、奏は少しだけ戸惑いながら返した。

確かに、昼食以前の苦戦ぶりからは想像も出来ないほどのスピードでの成功だったため、
奏が拍子抜けと感じるのも無理はなかった。
895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:14:41.08 ID:6reBzOOT0
リノ「元々、君は魔力刃との相性が良いから、それさえ思い出せれば後はイメージの問題だよ」

奏「相性と、イメージ……」

リノの言葉を聞きながら、奏は自らの手を見る。

エレナ「誰かに言われてその通りに作るより、
    自分で自分に合ったイメージを見付けた方が、ずっと強い魔法が作れるわ」

エレナはそう言うと“私の時もそうだったし”と、
苦笑い混じりに付け加え、掌を指で叩く動作を繰り返した。

リノ「今日は魔力収束の復習と強化に加えて、
   君のイメージの再強化を図ってみたんだけど………どうだったかな?」

リノの言葉で、奏は顔を上げる。

奏「はい……えっと、その……とても……とても、ためになりました」

奏は今日の特訓の事を思い出しながら感慨深く、そして、最後には笑顔で答えた。
896 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:15:33.96 ID:6reBzOOT0


そうして始まった奏の特訓は、リノやエレナの任務の都合や、
彼女自身のリハビリプランとの兼ね合いの中、六度に渡って繰り返された。

特訓とリハビリの相乗効果も相まって、奏の魔力回復は劇的な治癒促進を見せ、
魔導巨神事件の最終決戦から丸一年後、結の十歳の誕生日である今日、退院の日を迎えようとしていた。


そして、ある場所に向かうヘリの貨物室の中で、奏はリノと向き合って座っていた。

奏は久しぶりに病衣でも訓練用の魔導防護服でもない、
お気に入りの黒のワンピースの上に淡い青のジャケットと言う出で立ちで、
リノは普段通りの研究院のエージェント隊で支給されるジャケットを纏っていた。

奏「今日はエレナさんは一緒じゃないんですね」

出発の前から気になっていた事を、奏は意を決して尋ねた。

リノ「ああ、エレナは別件……戦闘エージェント隊の任務でアメリカに行っていてね。
   今日は僕一人なんだ」

リノはそう言うと“たまに一人なのは堪えるね”と苦笑いで付け加える。

基本的にエレナは戦闘エージェント隊のエージェントであるため、
捜査エージェント隊所属であるリノとは別部署の人間だ。

リノの任務は荒事が多いため、相性の問題でもあるが、
戦闘エージェント隊からの出向人員であるエレナと行動を共にする事が多いだけに他ならない。
897 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:17:06.24 ID:6reBzOOT0
リノ「何でも、向こうで魔導師らしき人間による連続殺人事件が起きているとかでね。
   犯人の居場所は割れているそうだから、基本的には制圧任務って感じかな?」

リノはエレナの出発直前に聞かされた事件のさわりを思い出しながら付け加える。

事件内容だけを聞かされると凶悪そうに聞こえるが、
リノの様子からしても低レベルな魔導師くずれが起こした事件である事は明白である。

事実、Dランク程度の魔導師未満でしかない連続殺人犯の制圧依頼任務と言う事で、
エレナの他に二〜三名の戦闘エージェントがかり出されての簡単な捕り物であった。

いくら凶悪な殺人犯とは言え、低い魔力では真性の魔導師の相手が務まるハズもない。

さわりを聞くだけでも、魔法の連続殺人利用と言う事なのだから、
犯人の末路は、魔力をギアで厳重封印された挙げ句、
動機如何では研究院の監獄施設に終身投獄と言う所だろう。
898 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:18:19.26 ID:6reBzOOT0
リノ「それよりも、付き添いが僕で良かったのかい?
   本当なら、君の担当保護官のエージェント・ハートフィールドが同席するべきだと思うんだけど?」

奏「シエラ先生、今日は手が離せないそうで……」

少し困ったような笑顔で尋ねて来るリノに、奏は寂しそうに返した。

奏「そしたら、リノ先生がお手空きだって聞いて……迷惑でしたか?」

奏は寂しそうな顔のまま聞き返す。

奏は、自分に特訓をつけてくれたリノの事を、
そして、勉強の面倒を見てくれたシエラの事を、
いつしか先生と呼ぶようになっていた。

ともあれ、リノは首を振って柔らかな笑みを浮かべる。

リノ「生徒に選んでもらえるのは光栄だよ。
   ………実は、先月に降格処分が解けてデスクワークも増えてきたから、
   この辺りで少し、息抜きもしたかったしね」

リノはそう言って、少しだけ肩を竦めてから笑った。

そのジャケットの肩には、先日までは無かった、
十の星をあしらったリノのパーソナルマーク――Sランクを示すエンブレムが縫いつけられている。
899 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:19:22.23 ID:6reBzOOT0
奏も釣られて笑いそうになったが、慌てて姿勢を正す。

奏「Sランク再昇格、おめでとうございます」

リノ「ありがとう。

   ………まあ、本部引っ越しのゴタゴタに合わせて、
   面倒だからついでに、って理由らしいけれどね」

素直に礼を述べたリノだが、理由を思い出して苦笑いを浮かべた。

奏「あ、シエラ先生から聞かされてます。
  ロンドンから移すんでしたっけ……海上メガフロート、ですよね?」

奏は耳に挟んでいた情報を思い出しながら呟く。

現在、魔法倫理研究院は戦後に作られたロンドンの地下施設から、
地中海上に浮かべられたメガフロートへの本部機能移転を進めていた。

計画自体は魔導巨神事件よりずっと以前から存在していたのだが、
魔導研究機関との抗争の激化などで候補地選定の先送りや議会承認の遅れなどを繰り返し、
結果的に、魔導巨神事件の終結を以て本格始動となったのだ。

元々、欧州各地に研究院の関連施設が点在しているため
不便だとの声が以前から上がっていたので、機能統合なども兼ねている。

リノ「今はまだ、指揮系統と研究施設の一部だけだけど、
   君達の世代がエージェントになる頃には、本格始動できるんじゃないかな?」

リノは思案げに言ってから、僅かに微笑んだ。

奏「ボク達が……エージェントになる頃……」

奏もその言葉を反芻しながら、感慨深く呟く。

その時――
900 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:21:00.20 ID:6reBzOOT0
パイロット『そろそろ着きますよ』

ヘリパイロットの声がスピーカー越しに聞こえた。

その声に、奏はピクッと肩を震わせ、少しだけソワソワしたように窓の外を見る。

身長の低さもあって、少し高い位置にある窓からは空しか見えない。

奏「あ……」

少し残念そうに漏らし、やや伏せ気味に視線を元に戻すと、
リノが微笑ましいものを見たような顔で“立っても大丈夫だよ”と手でジェスチャーを送っていた。

奏「ぁぅ……し、失礼しますっ」

恥ずかしそうに顔を赤らめた奏は、早口にそう言って立ち上がると、
窓から眼下を見下ろす。

眼下に広がるなだらかな山の斜面、森に囲まれた広い広い草原に建つ木造の校舎。

今の時間帯は昼休みなのか、校庭の代わりの草原には七人の子供達の姿。

普段、上空を通る事もないのか、珍しそうにヘリを見上げる子供達。

その一人と、目が合う。

奏「……結……!」

今朝、いつも通りに別れたばかりの少女を見付け、奏は表情を綻ばせた。

少女――結も、驚いたようにコチラを見上げ、目を丸くし、
どうやら自分の名前を呟いたようだった。
901 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:22:07.28 ID:6reBzOOT0
ヘリはそのまま校舎からやや離れた平坦な場所へと降り立つ。

パイロット「ではエージェント・バレンシア、迎えは明朝でよろしいでしょうか?」

リノ「はい、お願いします」

パイロット「了解しました」

ヘリパイロットとそんなやり取りをするリノを後目に、
奏は校舎に向けてゆっくりと歩み寄る。

結が転校してからのおよそ五ヶ月、毎日のように聞かされていたAカテゴリクラスの校舎。

幾度もその情景に思いを馳せて来たが、やはり、実際に目にするとその感慨も一入だ。

そして、離れて行くヘリに合わせるかのように、結達が駆け寄って来た。

結「奏ちゃぁん!」

先頭を走る結が、足を縺れさせながら呼びかける。

奏「結!」

奏は手を広げて、躓きかけた結を抱くように受け止めた。
902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:23:39.18 ID:6reBzOOT0
結「ど、どうして?」

奏「今日からボクもコッチで勉強する事になったんだ………」

抱き留められた体勢のまま困惑する結の質問の意図を察して、
奏は柔らかな笑みを浮かべて答える。

考えてみれば、奏がAカテゴリクラスに編入するのは必然であった。

重度の魔力減衰障害を患っていたとは言え、
奏は高い魔力量と魔力運用技術を持つ子供だ。

もしも魔力が回復してエージェントを目指すとすれば、
入学先は通常の訓練校ではなく、こちらと言う事になる。

結「だ、だって!」

奏「結を驚かせたかったから……先生達に内緒にしてもらっていたんだ」

奏は今度も、結の短い疑問に悪戯っ子のような笑みを交えて答える。

以心伝心と言うべきか、奏の結への理解度の高さと言うべきか……。
903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:25:01.33 ID:6reBzOOT0
ともあれ、呆気に取られて置き去りになっていた仲間達が声を掛けて来る。

フラン「結、この子って?」

メイ「結の知り合い?」

ロロ「綺麗な髪だね」

フラン、メイ、ロロと次々に質問や感想を口にする。

ザックやアレックスも興味深げに奏と結を交互に見遣り、
リーネに至っては結を取られるとでも思っているのか、
“ん〜!”と唸りながら必死に結と奏の間に入ろうとしている。

結「あ、え、えっと……」

奏ごと仲間達に囲まれた結は、慌てて奏から離れ、リーネは結の腰に手を回して抱きつく。

結が奏の表情を窺うと、奏は“お願い、結”と小声で言って紹介を促す。

結は一瞬だけ驚いたような顔を見せたが、すぐに笑顔を浮かべて仲間達を見渡す。
904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:26:14.25 ID:6reBzOOT0
結「えっと……こちら、奏・ユーリエフさん……奏ちゃん。
  私が魔法に出逢うキッカケになった事件で知り合った、私の友達だよ。
  歳はフランやザック君と同じで十二歳」

フラン「あ、じゃあ、この子が、結が保護エージェントを目指すキッカケになったって言う……」

結の紹介を受けて、フランが納得したように呟いた。

奏「はじめまして、みんな。奏・ユーリエフです……」

奏は恭しくお辞儀すると、フラン達もつられるように頭を下げた。

フラン「っと、私、フランチェスカ。よろしくね、奏」

奏「うん、フランチェスカ……ううん、フラン。
  結からよく話は聞かされているよ」

慌てて自己紹介を始めるフランに、奏は笑顔で返す。

奏「えっと……キミがメイ、ロロ、ザック、アレックスに………」

奏は順番に見渡しながら名前を言い当てて行く。

名前を言い当てられ、驚いたり笑顔を見せたりと銘々に反応する子供達。
905 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:27:41.43 ID:6reBzOOT0
奏「それと………、キミがリーネ、だね」

結に必死にしがみついてるリーネと目線の高さを合わせ、奏は笑顔で語りかける。

リーネ「むぅ……」

対して、リーネは一番のお気に入りである“結姉ちゃん”が取られてしまうと思っているのか、
やや警戒している様子だった。

奏「よろしくね」

だが、奏は笑顔を浮かべたまま、優しくリーネの頭を撫でた。

それは、親を失った境遇の者同士、同情でも慰めでもなく、
共感から来る優しく、穏やかな手付きだった。

リーネ「あ……ぅ」

途端、リーネは頬を朱に染めて、恥ずかしそうに結の背中に回った。

しかし、奏の事が気になるのか、チラチラと上目遣いに彼女の様子を窺う。

フラン「もう、この子は相変わらず人見知りと言うか、恥ずかしがり屋なんだから」

フランは呆れ二割、微笑ましさ八割と言った風に言って、リーネの頭を撫でる。

そして、奏に向き直って“気を悪くしないでね”と苦笑い混じりにフォローを入れた。

奏「大丈夫だよ……昔のボクよりは、よっぽど元気で良い子だ」

だが、奏は嬉しそうに言って、結の背に隠れたリーネを目を細めて見遣る。
906 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:28:53.33 ID:6reBzOOT0
と、その時になってようやく、ヘリの音を聞きつけたレナが校舎の方から歩いて来た。

レナ「あら、予定よりも三時間は早いじゃないの」

その口ぶりからしても、やはり奏の編入については事前に聞かされていたようだ。

リノ「フォスター教官、お久しぶりです。
   エレナの体験研修以来……二年ぶりですね」

奏の手荷物の確認をしていたリノは、やや驚いた様子のレナに頭を垂れる。

レナ「ちょっと、Sランクの子に頭下げられたら恐縮しちゃうわよ」

対してレナは、苦笑い混じりに返してから、生徒達を見渡す。

レナ「えっと、この様子だと、もう自己紹介は終わったみたいね……。
   じゃあ、次は部屋に案内しましょうか?」

奏「はい、お願いします」

レナの提案に、奏はお辞儀しながら応えた。

レナ「じゃあ、今日は午後の授業は中止して、歓迎会の準備でもしましょうか?
   エージェント・バレンシア、子供達の手伝いをお願いしてもいいかしら?」

リノ「ええ……後輩達と触れ合う良い機会ですから、喜んで」

リノはにこやかに応えると、
さすがに研究院を代表する最高のトップエージェントに対してやや緊張気味のフラン達を連れて校舎へと向かった。
907 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:30:21.27 ID:6reBzOOT0
結「あ……えっと……待ってよ、みんな!」

まだ奏と話したい事があるのか、結は先に行く仲間達と奏を交互に見た後、
やや遅れて仲間達の後を追う。

だが――

奏「結!」

奏に呼び止められ、結は振り返る。

すると奏は、振り返った結に向けるように、
首にかけていた銀十字架――愛器・クレーストの鎖を、右手首に巻き付けるように身につけ直す。

結「あ……!」

驚いたように顔を目を開いた結だったが、すぐに笑顔を浮かべる。

奏「……約束」

結「うんっ!」

確認するかのような奏の言葉に抑揚に頷いてから、
結は踵を返して仲間達の元に駆け出した。

奏もうっすらと笑みを浮かべて、駆けて行く結を見送る。

レナ「あら? 何かの秘密の合図かしら?」

奏「……はい」

興味深げに尋ねるレナに、奏は少しだけ神妙な表情で返し、さらに続ける。

奏「九ヶ月前……ボクが日本を発つ時に、あの子と約束したんです……」

奏はその時の事を思い出すように、目を細めて語り出した。
908 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:32:04.21 ID:6reBzOOT0
一方、食堂に辿り着いた結達はと言うと――

メイ「け、決闘の約束〜!?」

結から聞かされた話に、メイが驚きの声を上げていた。

メイがいの一番に驚きの声を上げたためにタイミングを逸したのか、
それでもリノを除く他のメンバーも驚いている様子だった。

結「アハハハ……やっぱり驚くよね」
  対して結は、苦笑い混じりに返す他なかった。

まあ、これが普通の反応だろう。

ロロ「エージェント・バレンシアは聞いてらしたんですか?」

ロロが傍らで食器の準備を手伝っていたリノに、怪訝そうに尋ねる。

リノ「さすがに、保護観察中の子と、エージェント候補生とは言え一般人の子の間の約束だから、
   担当捜査官だった僕が知らないと、色々と問題がね」

アレックス「知ってらしたのに、止めないんですか?」

リノ「親友同士の約束事に口を出すほど、僕も野暮じゃないよ」

唖然とした様子のアレックスの質問に、リノは少しだけ困ったような笑みを浮かべて応えた。

それは言外に、多少の問題はあるが、目を瞑ろうと言う魂胆であった。
909 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:33:51.62 ID:6reBzOOT0
ザック「英雄バレンシアって、思ったより、融通の利く考え方してるんだな」

フラン「ま、まぁ、元はウチのお爺さまのお弟子さんって話だし……。
    改革派って言うのかしら? とにかく、そんな感じかも」

ザックとフランは、小声で耳打ちし合う。

しかし、リノもその内緒話は聞こえているようで、
にこやかに二人を見て“一応、保守的でもあるけどね”と付け加えて来た。

ザック&フラン「は、はい!」

ザックとフランは、思わず姿勢を正してしまう。

リノ「う〜ん……フランチェスカとアイザックに限らず、みんなもだけど、
   一応、先輩後輩ではあるけど、もっとフレンドリーにしてくれていいよ?

   実際の現場だと、ランクの上下関係も確かに重要だけれど、
   それ以上にエージェント同士の横の繋がりも重要なんだから」

畏まった様子の後輩達の様子に、リノは苦笑いを浮かべて言った。

さすがに、二年前に卒業したばかりのエレナと違い、八年以上先輩のリノが相手では、
フランもザックもAカテゴリクラス入学前と言う事もあって、彼の言う通りの接し方は難しいようだった。

一般人の頃からの付き合いのあった結と――

リーネ「ん〜……」

――リノの足下で、じっと彼の顔を見上げるリーネを除いて……。
910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:35:24.47 ID:6reBzOOT0
どうやら、あまり接する事のない大人――と言っても、二十一歳とまだ若いのだが――の登場に、
警戒と興味の入り交じった複雑な心境のようだった。

結「リーネ。
  リノさん……エージェント・バレンシアは、すっごいエージェントさんで、
  私に最初に魔法を教えてくれた先生なんだよ」

そんな妹分の様子に、結は笑みを浮かべて説明する。

リーネ「エージェント………魔法使いさん?」

結「そう、しかも、世界一の魔法使いさん」

リーネ「わぁぁ……!」

結の言葉を聞いて、リーネは目を輝かせる。

まだ漠然とした目標としてしか知らない魔法使い――エージェント、
しかもその最高峰とも言える存在と知って、彼女の中で警戒を興味と尊敬が上回ったようだった。

しかも、お気に入りである結の先生ともなれば、その思いもまた格別だろう。

リノ「ハハハ……世界一はさすがに言い過ぎだよ」

リノは謙遜した様子で言うが、リーネは目を輝かせる事を止めない。

おそらく、最年少ながらに魔力探査能力でAカテゴリクラストップの彼女の才能が、
無意識にリノの潜在能力を感じ取っているのだろう。

そう考えると、最初に抱いていた興味も、大人の男性に対して、と言うよりは、
リノの潜在能力を敏感に感じ取っての事だったのかもしれない。

そして、人伝とは言えリノの英雄譚を知るフラン達も、思わず息を飲んでいた。

ただ、その中で実際に彼の実力を目の当たりにし、
二日間とは言え直接の指導を受けた事のある結だけが、
リーネと共に純粋に今の状況を楽しんでいるようだ。
911 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:36:42.45 ID:6reBzOOT0
レナ「結、ちょっといいかしら?」

と、そこへ、校舎内の案内を終えたレナが、
上着をブラウンのジャケットに着替えた奏を連れ立ってやって来た。

フラン「あ、先生、まだ準備が終わってませんよ?
    奏も、まだ会場を見ちゃダメ」

フランは驚いて駆け寄ると、まだ飾り付けも始まっていない食堂を、
奏の視界から隠すように手を大きく振る。

レナ「ちょっとその事とは別件……でもないか?

   ……みんな、歓迎会と戦技披露会、どっちが先がいいかしら?」

結「せんぎひろうかい?」

ニンマリと悪戯っ子のような笑みを浮かべるレナの言葉に、
結は怪訝そうに首を傾げ、その言葉を反芻した。
912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:37:50.41 ID:6reBzOOT0


三十分後――

結局、奏の歓迎会は後回しとなり、
授業代わりの戦技披露会が岩場の演習場で開かれる事となった。

当事者は無論、結と奏だ。

結「約束はしてたけど、何だかトントン拍子……って言うか、
  出し物みたいになちゃってゴメンね、奏ちゃん」

結は目の前に対峙する奏に向けて、苦笑いを浮かべて申し訳なさそうに言う。

奏「ううん……賑やかでいいと思う。
  ……レナ先生は、面白い先生だね」

対して、奏は微笑みながら応える。

結との決闘をレナに話すと、レナは
“そんな面白い事を約束していたなら、早く言いなさい!”
と足早に施設の案内を済ませ、
奏の歓迎会を後回しにして戦技披露会を提案して来たのだ。

離れた場所にはレナやリノの他、フラン達も勢揃いだ。
913 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:39:05.88 ID:6reBzOOT0
レナ「同年代で実戦経験のある子同士の魔法戦なんて、
   学生時代、早々、見られる物でもないしね……。

   みんな、ちゃんと見ておきなさい!」

レナは声を弾ませて言うが、そんな声音では、授業としての価値を見出しているのか、
単にお祭り騒ぎが好きなのかよく分からない。

成る程、結が“出し物”と言ったのもよく分かる。

メイ「実戦経験かぁ……確かに、それってアタシ達と結達の決定的な差だよね」

メイが思案げに漏らす。

確かに、結は状況に強いられたと言え、
正規のエージェント候補生が研修以前に先ず体験する事のないであろう実戦を、八歳にして体験している。

同様に、奏は前歴の事もあって十一歳にして実戦を経験していた。

コレは言ってみれば、大きなアドバンテージだ。

勝つか負けるか、最悪、生きるか死ぬかの死線をかいくぐって来たのだから当然であろう。
914 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:40:21.29 ID:6reBzOOT0
リノ「結さん、奏さん!
   こちらは僕が多重障壁結界を張るから、遠慮せずに全力でやってくれ!」

リノは離れた位置に立つ二人に言ってから、常備している幾つかの呪具を取り出し、
観覧席代わりのスペースに結界を作り出す。

結「リノさんも、意外と準備がいいね」

奏「本当……」

二人は顔を見合わせて笑うが、すぐに表情を引き締める。

結「これで三度目………ううん、同じ場所で戦った回数も含めたら四度目、だね」

奏「そうだね……。今の所、一勝一敗の引き分けだ」

二人は思い出すように語り合う。

一度目は邂逅の日。
本調子でないエールで全力を出せず、戦いに恐怖して逃げ回る結と、それを追う奏。

二度目は襲撃の日。
素人同然の結を無視して、奏はエレナと戦った。

三度目は一年前。
結が初めて自らの意志で戦い、奏に勝利した日。

そして、今日が四度目。

九ヶ月前、再会の約束と共に交わした約束が、胸に去来する。
915 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:41:30.18 ID:6reBzOOT0
奏『もしも……また逢えたら……』

結『逢えたら……?』

奏『ボクと……もう一度だけ、戦って欲しいんだ……』

結『え!?』

奏『あ、へ、変な意味じゃないよ? ただ……』

結『た、ただ……?』

奏『……ううん、やっぱり、何でもない……忘れて』

結『……忘れないよ』

奏『結……?』

結『約束、しよう?』

奏『………ありがとう、結』

結『じゃあ、約束通り、本当に戦える時が来たら……、
  右手じゃなくて、左手にエールを付けられる時が来たら、いつでも』

奏『……分かった……じゃあボクも、右手にクレーストを巻こうかな?
  それが、お互いの合図……』

結『何だか、カッコイイかも……』

奏『……カッコイイの、かな?』

結『たぶん……?』
916 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:42:54.11 ID:6reBzOOT0
二人は頷き合って踵を返してさらに距離を取り、そして、振り返ってギアを掲げる。

結&奏「「起動認証………」」

結「譲羽結……」

奏「奏・ユーリエフ……」

結「飛んで……エール!」

奏「行こう……クレースト!」

ギアを起動し、それぞれに魔導防護服を纏う。

純白に藍色のアクセントが鮮やかなコントラストを醸し出すローブと、
自身の魔力と同じ薄桃色のリボンを背に結んだ結。

漆黒のプロテクターと、同色のマントの裏地に自身の瞳と魔力と同じ青銀をあしらった奏。

一方は長杖を、一方は十字槍を構え、上空へと上がる。
917 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:43:54.21 ID:6reBzOOT0
エール<距離は一五〇メートル……中距離、注意が必要だよ>

結<奏ちゃんの早さなら、一瞬だね。
  大丈夫……メイとの模擬戦で目は慣れてるから>

エールからの計測を聞きながら、結は冷静に返した。

Aカテゴリクラスに編入して五ヶ月、訓練は積んでいる。

陸戦型とは言え、似たタイプである高速近接戦タイプのメイとの模擬戦は
十分に役に立っているハズだ。

そんな事を考えていると、下にいるレナが合図の魔力弾を放った。

戦闘開始だ。
918 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:45:49.18 ID:6reBzOOT0
その直後、瞬きも許さぬほどの時間だった。

結「っ!?」

文字通り、一瞬で奏は結の目の前に踏み込んでいた。

驚いて反射的に息を飲む事すら遅く感じるほどの、超速攻。

左手に構えられたクレーストには、青銀の電撃の刃。

奏「グラザーリェーズヴィエ……!」

並の魔導師なら、一撃で障壁ごと切り裂く奏の必殺の刃。

一瞬で詰められた間合い、斬撃速度、威力……防御しなければこの一撃で終わる。

広域防御は間に合わない、一瞬で防御するなら、ギア先端に局所防壁を展開するしかない。

だが――

結(囮だ!)

結は防御ではなく、回避を選んだ。

自らを包む魔力を矢のように変えて、自分自身を魔力で引っ張るような、
真後ろへの超高速短距離飛行。

奏の斬撃は空を切る。
919 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:47:08.15 ID:6reBzOOT0
奏「早くなったね、結……それに、いい判断だ……」

そう言う奏の右手には、青銀の電撃と化した魔力の刃。

結「奏ちゃんこそ……。
  日本にいた頃は、手で使えるのはプラーミャリェーズヴィエまでって言ってたよね?」

結は驚き混じりの質問を返す。

奏「特訓の成果、だよ……。
  まだクレーストで使った方が威力は大きいけど、
  結が相手でも、ノーガードならダメージを与える自信があるよ」

奏は静かに応えた。

そう、最初にクレーストを用いたグラザーリェーズヴィエは囮だった。

最初の一撃を局所防壁でガードさせ、がら空きの結自身に向け、
本命の手刀のグラザーリェーズヴィエで切り伏せるのが、奏の最初の戦術だった。

しかし、辛うじて右手に集まる魔力に気付いた結は、防御ではなく回避を選んだのだ。
920 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:50:12.18 ID:6reBzOOT0
奏「けど、ショックだな……折角の特訓成果だったのに、一発で見破られるなんて」

結「偶然だよ……気付くのがあと一瞬でも遅かったら、多分、二回斬られてたかも」

嘆息を漏らす奏に、結は苦笑いを浮かべて応える。

確かに、結が両方を避けられるタイミングで気づけたのは偶然であった。

気がつかなければ、初手を防いで二手目の直撃を食らう。

気づいても、遅ければ回避が間に合わず、初手と二手目の両方の直撃を食らっていただろう。

奏にとっては必倒の戦術であった。

戦闘において恐ろしいのは、目で追い切れない、避けられない、
つまり、来るのが分かっているのに回避不能の攻撃だ。

威力はどんなに小さくても良い、
具体的な数字を上げるなら百を一削るだけでも構わない。

当たれば確実にダメージを与える事が出来る攻撃を続ければ、
百度目で相手を倒せるのだ。

奏の選んだ戦術は、正にソレだった。
921 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:51:21.14 ID:6reBzOOT0
クレースト<初手をしくじりました……申し訳ありません>

奏<クレーストのせいじゃないよ……。
  悔しいけれど、今度も結の運が良かったんだ……>

悔しげな声を漏らす愛器に、奏は努めて冷静に返した。

そう、結は運が良い。

先の一敗は、完全に奏の読み間違いによる物だった。

防御でなく、回避を選んでいれば勝てた可能性のある戦い。

あの時、アルク・アン・シエルの特性を分かっていれば、
回避を選択し、砲撃後の魔力消耗状態の硬直を狙っての一撃でノックアウトできていただろう。

まあ、その敗北のお陰で、今、自分はここにいる事が出来るので、やや複雑な思いもある。
922 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:53:21.12 ID:6reBzOOT0
奏(ボクは……結より強くならなきゃいけない……。
  運や偶然なんかに左右される勝ち負けじゃない、
  本当の実力だけで結よりも強くならなきゃいけない……。

  そうでないと……ボクは、結を……守れない……!)

そう、それこそが、奏が結に勝負を挑んだ本当の理由だった。

自分の弱さに、運命に抗えない弱さに翻弄され続けれる生き方を強いられて来た半生。

助かったのは、本当に奇跡のような偶然の果てだった。

もしも、結がエールを拾っていなかったら。
もしも、自分が最初の戦いで結からエールを奪っていたら。
もしも、二度目の対峙で自分が勝っていたら。

結は死に、自分はきっとグンナーに手駒として使い潰され、
ボロボロになって、真っ暗な世界で生涯を閉じていただろう。

だが、今の自分はこんなに光の溢れる場所で、大切な友人と共にいる事が出来る。

その光の溢れる場所に連れ出してくれたのは、奇跡のような偶然を引き寄せてくれた彼女――結。

最初は結自身の命を守るため、そして、最後は、自分のために全力で走り続けてくれた。

そんな結だからこそ、奇跡をたぐり寄せてくれた。

奇跡の結果に誰のお陰もないだろうが、奏はそう信じていた。

だからこそ奏は、結のために強くなりたいと願った。

万が一、結の身に危険が迫ったなら、誰よりも早く駆け付けて、その危険をはね除けてみせる。

そのためには、自分自身が結を危険に陥れる何かよりも……結よりも強い何かよりも強くなければいけない。
923 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:56:54.45 ID:6reBzOOT0
奏「結……!」

結「うん?」

呼びかける奏に、結は怪訝そうに首を傾げた。

奏「……負けないよ……!」

結「うん……私も、負けない!」

力強く宣言する奏に、結も力強く応える。

思いは、同じだ。

結(奏ちゃんぐらい強くならないと……誰も救えない……!
  魔力だけじゃダメ……戦術も、戦技も、もっともっと、強くならないと……!

  それを、奏ちゃん自身に証明する……。
  それが、私が進みたい道を教えてくれた奏ちゃんに出来る、最高の恩返しだから)

それが、結が奏の挑戦を受けた理由だった。

結局、自分が今まで拾って来た勝ちは全て、魔力と運任せの力業ばかり。

アルク・アン・シエルは確かに強力無比な魔法だ。

だが、それは事、戦闘に限ってのみの話。

しかも、“当たれば無敵”と言う情けないオマケ付き。

奏のように読み違えたり、相手が魔導巨神のような的同然の大きさでなければ、
当てる事すら難しい魔法だ。

防がれぬ魔法だけでなく、将来の結に必要なのは、避けられぬ戦術と戦技。

そうでなければ、誰も救えない。

きっと、今も魔法の闇の中で泣いている子達がいる。

そんな子達を、光の当たる場所に連れ出すため、魔法は怖いだけのものじゃない、
誰かを助けられる素晴らしい物だと伝えるためには、今よりも強くならなければいけない。
924 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:58:02.37 ID:6reBzOOT0
結「行くよ……奏ちゃん!」

結はリボンを触媒に魔力を溜める。

すると、リボンから翼の如き魔力の奔流が生まれる。

閃光変換された薄桃色の魔力の翼、それが結の腕の動きに呼応して舞うように翻る。

奏(エルアルミュール……? いや、違う……)

その姿に、結の広域防御魔法を思い浮かべた奏だったが、すぐに気付いた。

防御は先手を取るのも必要だが、
強力な攻撃魔法を構えたワケでもない自分相手に前もって出すような物でもない。

だとすれば、これは防御ではない……そう、攻撃!

結「エル……アッシュッ!」

結が両腕を較差させるように振り下ろすと、
それに呼応した魔力の翼が刃のように奏に襲い掛かる。

エルアッシュ――翼の戦斧の名前通りの、巨大な魔力の刃だ。

奏の逃げ道を塞ぐように襲い掛かる一撃。
925 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 21:59:07.53 ID:6reBzOOT0
だが――

奏「ボクを相手に魔力刃で勝負なんて……甘いよ、結!」

奏はクレーストと右腕、両方にグラザーリェーズヴィエを発動させ、
結の閃光魔力刃を受け止める。

リノとエレナから施された特訓により、
魔力の収束率を上げた奏の刃は、結の大魔力を確かに受けきった。

だが、結は口元に笑みを浮かべる。

結「うん……分かってる……! だから、私がやるのは……砲撃!
  行くよ、エール!」

エール「了解、結!」

結の言葉に応えるように、ギアから魔導機人・エールが召喚された。

召喚された純白の騎士は胸の魔力砲を展開し、奏を狙う。

エール「エクレールウラガン!」

そして、その砲門から光の竜巻が放たれる。

直撃コース!

両腕を塞がれ、足止めされた奏には、即座に迎撃や回避できる方法がない。

そう、“奏には”。
926 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:00:30.25 ID:6reBzOOT0
奏「クレースト……!」

クレースト「畏まりました、奏様!」

奏の呼びかけに応え、ギアから召喚される魔導機人・クレースト。

漆黒の騎士の手には、主が握る自分自身と同じ十字の槍。

クレースト「プラーミャリェーズヴィエ!」

十字槍に纏った青銀色の炎の刃が、光の竜巻を切り裂いて主を救う。

直後、切り結んだまま硬直状態だった二人の少女魔導師は、
互いの刃を弾き合うようにして距離を取り、互いの相棒の背に回る。

そして、その背に向けて魔力弾を二発ずつ撃ち込む。

純白の騎士は魔力の翼を広げ、その頭部に鋭い角を煌めかせる一角獣の騎士となる。

対する漆黒の騎士も、十字の槍を鎌へ、さらに鎌から身の丈の倍以上のサイズを誇る威容の大剣へと転じる。

もう互いに探り合いは無し、最大出力の魔導機人を召喚し、本気の上に全力の体勢だ。
927 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:02:34.43 ID:6reBzOOT0
結「……奏ちゃん、もう昔の……日本にいた頃の私じゃないよ………。
  魔力切れで倒れるまで何十発だって、何百発だってアルク・アン・シエルを撃ってみせる!」

結はエールに胸部ダイレクトリンク魔導砲を展開させ、背部の魔力供給口にギアを接続する。

奏(ユニヴェール・リュミエール……じゃ、ないね)

その姿を見ながら、奏はかつて自分を救った結の最強の儀式魔法を思い浮かべたが、すぐに頭を振った。

アレは的が大きくなければ必中とは言えない。

それに、高速型の自分を相手にするには、術式準備に時間がかかり過ぎる。

二度の応酬でもう分かった。

今の結は、そんな戦術的ミスを犯すような子ではない。

そして、アルク・アン・シエルの弱点――砲撃後の瞬間的な硬直を知る自分を相手に、
普通のアルク・アン・シエルを撃って来るとは思えない。

ならば――

奏(避けられる可能性はあるけど………避けるのは、無粋だね。
  ……それなら、ボクも……)

奏は意を決して、クレーストの前に進み出る。

奏「クレースト……ダイレクトリンク魔導剣……スタンバイ!」

クレースト「畏まりました……奏様、どうか存分にお使い下さい」

奏の言葉に恭しく応えたクレーストは、自らが握る大剣を奏に向けて放る。

すると魔導機人は消え、残された大剣を奏自身が魔力で保持する。

十二歳の少女には大きすぎる、刀身だけでも身の丈の五倍以上はあろうかと言う超巨大剣。

方や巨大な弓を構える白き少女、方や巨大な大剣を構える黒き少女。
928 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:04:10.37 ID:6reBzOOT0
結「行くよ……! アルク・アン・シエル………!」

結の言葉に呼応するかの如く、エールの魔導砲に虹色の閃光魔力が集約して行く。

そして、砲門前に現れる二重拡散術式。

結「イノンブラーブルッ!!」

強烈な虹色の閃光が、広範囲に渡って撒き散らされる。

イノンブラーブル……無数の言葉に相応しい、
超高域に拡散するアルク・アン・シエルの改良版である。

奏(来た……読み通り、広域拡散!)

しかし、奏はソレを読み切っていた。

結のアルク・アン・シエルの弱点を知る者ならば、
逆に盲点だったと言わざるを得ない。

Sランクの魔導師十人分に匹敵する大魔力の一撃必倒砲撃を、
敢えて超広域に拡散させる、正に回避不可能の殲滅魔法。
929 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:05:44.58 ID:6reBzOOT0
だが――

奏(アルク・アン・シエルに真っ向から勝てなきゃ……結を守るなんて、出来るワケがない!)

奏は極めて冷静に、だが熱い意志で以てソレと向き合っていた。

いかなる障壁すら打ち崩す、“決して防がれ得ぬ光”。

もしも、それを防ぐ相手が、打ち崩す相手が現れたら?

それはきっと、結の命を脅かす最大の仇敵となる。

そして、その者が作り出す障壁に、魔法に、自分の力で立ち向かわなければならない。

奏(母さんがくれた魔法の才能……、キャスが教えてくれた戦闘の基礎……、
  そして、リノ先生とエレナさんが導いてくれた……これが、ボクの答!)

奏は事前に剣へと流し込んでいた魔力を、巨大な電撃魔力刃へと収束させる。

そう、どんな障壁や魔法であろうとも、一撃で切り裂いてみせる。

奏「ドラコーングラザー………!」

龍の雷を込めた、この……――

奏「マークシムムクルィークッ!!」

――最大最強の牙で!
930 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:07:04.33 ID:6reBzOOT0
ドラコーングラザー・リェーズヴィエを上回る巨大で鋭い刃に、結は目を見開く。

視界を埋め尽くす虹の輝き……アルク・アン・シエル−イノンブラーブルと、
鋭き雷龍の牙……ドラコーングラザー・マークシムムクルィーク。

二人が得た、それぞれの答が真っ向からぶつかり合う。

結「っ………ぅわぁぁぁぁぁっ!!」

息を飲み、砲声を上げて力を込める結。

奏「はあぁぁぁぁぁっ!!」

裂帛の気合いと共に刃を振り下ろす奏。

ランダムに高速変換される閃光魔力の奔流と、
その魔力の奔流を真っ向から切り伏せんとする鋭き雷の刃。

少女達の最大魔法がぶつかり合い、そして結果は――

奏「っ……あぁぁぁぁっ!!」

――奏の勝利に終わった。
931 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:09:40.04 ID:6reBzOOT0
アルク・アン・シエルの約五秒の照射時間、
その僅かだが永遠にも感じられるであろう時間を、
奏は一つの刃だけで確かに凌ぎきったのだ。

奏「やった………っ!」

確かな勝利を確信し、奏は歓喜の声を上げた。

だが――

結「やっぱり……ただ広い範囲に撃つだけじゃダメだね……」

最大の魔法を破られた結は、静かにその事実を受け止めていた。

奏「負け惜しみ……じゃない、みたいだね」

結の静かな声を聞きながら、奏は戦慄にも似た感覚に身を震わせていた。

結「うん……」

結は少しだけ残念そうに頷く。

二重拡散術式で超高域に拡散させた魔法は、
だがその威力を十分の一以下に下げてしまっていた。

つまり、Sランク魔導師一人分の砲撃力と、
防御不可能の特性を持った、超高域拡散砲撃。

字面を見るだけでも“そんなバカな”と驚愕されるであろう魔法は、
確かに凡百の魔導師相手ならば、いかなる障壁も魔法も瞬時に打ち砕いて見せただろう。

しかし、相手が手練れの魔導師だったら?

今し方、奏がしたように完璧に相殺、あるいは打ち破って見せるだろう。

それでは、救える命も救えない。
932 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:11:03.10 ID:6reBzOOT0
結「ありがとう、奏ちゃん……。
  やっぱり“こっち”も間違っていなかったみたいだよ」

結はエールとの接続を解除し、今度はエールの正面――魔導砲の前へと回り込んだ。

そう、結の得た答は、一つだけではなかった。

一つが先ほどの超高域拡散魔法のアルク・アン・シエル−イノンブラーブル。

“防がれぬ光”を避ける隙間もなく撒き散らす方法。

前述したように、それは確かに間違いではない。

だが、結の得たもう一つの答は、さらにシンプルだった。

砲撃の遅さで“避け”られてしまうのなら、
それ以上のスピードで“当て”ればいいだけだ。

結「奏ちゃん……もう一度、さっきの魔法で勝負して!」

結は真っ向から奏を見据え、ギアを正面に突き出すように構えた。

奏「結……! うん、分かった………ボクの魔力が続く限り、何度でも……っ!」

奏もそれに応え、再びの激突に備え、大剣に魔力を込める。
933 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:12:16.28 ID:6reBzOOT0
奏にも、結ほどではないにせよ、二度目の大魔法を放つ魔力は十二分に残されていた。

儀式魔法であるヴェーチノスチモルニーヤと違い、
放つ直前に魔力を絞り尽くすような魔法ではないのだから当然だが、
やはり最小限の魔力で鋭い刃を作り出す最初の特訓が活きていた。

ドラコーングラザー・リェーズヴィエと同等の魔力で、それ以上の魔法を繰り出す事が出来る。

ただ、使えるのは後三発……全力ならば後二発が限度だろう。

つまり、あと一撃を凌げば結には手がなくなり、
さらにその次の一撃を凌いで決着の一撃を決めれば、奏の勝利だ。

さしもの結も、ドラコーングラザー・マークシムムクルィークの直撃を受ければ魔力ノックダウン確定だ。

だが――

奏(………違う、次に来るのは、もっと大きい砲撃……いや、もっと強い魔法だ!)

奏はそんな予感に襲われると共に、無意識に限界量の魔力を込め始めていた。
934 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:13:30.57 ID:6reBzOOT0
対して、結は瞑想する。

結(………この五ヶ月、色んな事を勉強して、私は強くなれた……)

たった十日の訓練で、運良く魔導巨神を倒す事が出来て、自分は傲慢になっていた。

自分の力で、誰だって救えると思い込んでいた。

けれど、こうして学んで来た五ヶ月、自分以上の才能を持つ仲間達を目の当たりにして来た。

パワーも、スピードも、テクニックも、まだまだ仲間達に勝てない部分が多い。

しかし、その全てを仲間達以上まで高められると思うほど、結は傲慢ではなかった。

結(リノさんが見付けて、エレナさんが伸ばしてくれた私の得意な所………。
  防御力と砲撃魔法の才能に、それと、みんなのお陰で少しだけ伸ばせた、飛ぶ速さ……。
  その全部で、エールと一緒に作った魔法を、必ず当ててみせる!)

結は両手でギアを前に突き出すと、背中に魔力の翼を広げる。
935 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:14:55.48 ID:6reBzOOT0
リノ「………ああ、成る程……これは、まぁ……結さんにしか出来ないな」

その様子を地上で見ていたリノが、ぽつり、と漏らした。

レナ「あら? まさか、本当にそうなの?」

傍らで、レナが信じられないと言いたげに言った。

リノ「あの子の発想は、魔力の上限に縛られない分、常識が通用しませんから」

リノは常々思っていた事を、苦笑い混じりに口にした。

奏「ドラコーングラザー……!」

結「リュミエールリコルヌ……!」

上空から静かに響く声と共に、青銀色の輝きと虹色の輝きが辺りに満ちる。

子供達が、結と、そして奏の仲間達の固唾を呑んだ視線が、
上空で戦う二人の仲間へと向けられている。

直後、二つの魔力が真っ向からぶつかる爆音が、二人の叫びを掻き消した。
936 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:16:19.71 ID:6reBzOOT0


一時間後――

奏「………まだ目の前がクラクラする………」

結「アハハハ……何だか、凄い転校初日にしてゴメンね……」

結と奏は、Aカテゴリクラスの一階にある医務室で、仲良く隣同士のベッドで寝ていた。

結果を言えば、勝負は引き分けだった。

お互いの魔力がぶつかり合う奔流に飲まれて、双方仲良く魔力ノックダウン。

奏は生涯二度目、結は生涯初の純粋な魔力ノックダウンだった。

奏「こっちこそ、ごめん……折角の誕生日だって言うのに……」

結「あ……覚えててくれたんだ、私の誕生日!」

申し訳なさそうに漏らした奏に、結は喜びで声を弾ませた。

そして、いてもたってもいられない、と言った風に結は身を起こした。

つい一時間前にノックダウンされたばかりで、何処にそれだけの魔力が残っているのか、
さすがは“特性・無限の魔力”は伊達ではないと言う事か。
937 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:17:32.64 ID:6reBzOOT0
フラン「本当に……どんだけ無茶苦茶な魔力なのよ、アンタは」

それは、医務室に入って来た仲間達も同じ気持ちだったようだ。

呆れた声を上げたフランを先頭に、他の仲間達が続く。

結「みんな、どうしたの?」

ザック「主賓がこんな所にいるのに、
    食堂で歓迎会の準備してもしょうがないだろう?

    仕方ねぇから、医務室を会場にして歓迎会強行だ」

首を傾げる結に、ザックがぶっきらぼうに返す。

その手には大量のお菓子の入った袋が提げられている。

ロロ「それとも、ここで歓迎会は、やっぱり嫌?」

奏「とんでもない……嬉しいよ。ありがとう、みんな」

心配そうに尋ねるロロに、奏は笑顔を浮かべて応え、ゆっくりと上体を起こした。
938 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:18:47.84 ID:6reBzOOT0
メイ「大人しいなぁって思ったけど、案外、ノリがいいねぇ、カナ姉」

ザックと共にテーブルの準備を始めたメイが、満面の笑顔で言う。

奏「か、カナ姉…っ?」

しかし、呼ばれ慣れない名で呼ばれ、カナ姉こと奏は思わず赤面して顔を俯けてしまう。

メイ「あ、ありゃ、そんなに照れなくても」

アレックス「メイ君……いきなり姉呼ばわりしたら、普通は驚きますよ」

メイ「え〜、いいじゃん、フラン姉やザック兄と同い年なら、アタシ達のお姉でしょ?」

アレックスに窘められるものの、メイはこれだけは譲れないとばかりに食ってかかる。

リーネ「メイ姉ちゃんもアレックス兄ちゃんも……ケンカ、だめ」

アレックス「ケンカじゃありませんよ、リーネ」

哀しそうに漏らしたリーネに、アレックスは優しい顔で語りかける。

メイ「くぁっ!? リーネを仲間に引き込むのは卑怯だぞー!」

ザック「ほらほら、くだらねぇ事でケンカすんな」

どこか呆気に取られた様子の奏を見かねて、ザックが二人を仲裁する。
939 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:19:54.82 ID:6reBzOOT0
結「賑やかで楽しいでしょ?」

奏「……うん、何だか、日本にいた頃……麗と香澄を思い出した……」

微笑む結に、奏は少し懐かしそうに漏らした。

短い間とは言え、結の友人として対等に話す事のあった年下の友人達の事を思い出す。

結達三人が遊びに来てくれる病室は、いつも賑やかで楽しかった。

目の前で繰り広げられる光景を幸せそうに見ていた奏だったが、
不意に傍らで手を引かれている事に気付いた。

奏「ぅん……?」

怪訝そうに視線を向けると、そこにはいつの間にかリーネがいた。

奏「どうしたのかな、リーネ?」

リーネ「えっと、ね……奏姉ちゃん……かっこよかった」

覗き込むように尋ねる奏に、リーネは照れ臭そうに返す。

どうやら、先ほどの結との戦技披露会の事を言っているようだ。

奏「ありがとう、リーネ。
  ……まあ、最後は相打ちで落ちちゃったけどね」

奏は嬉しそうに応えてから、少しだけ照れ隠しの苦笑いを浮かべた。
940 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:21:14.75 ID:6reBzOOT0
フラン「あ、そうそう、奏!
    あなた、保護施設からコッチに来たって事は、エージェント志望だよね?
    あれだけの戦闘スキルって事は、戦闘エージェント志望?」

ジュースを注いでいたフランが、思い出したかのように奏に詰め寄る。

驚いてやや仰け反った奏だが、すぐに落ち着きを取り戻して、
“違うよ”と言って首を振った。

フラン「ええ〜……せっかく、同じ空戦型で高速近接タイプだし、
    コンビ組めると思ったんだけどなぁ……」

奏「ごめん、フラン」

ガッカリした様子のフランに、奏は少しだけ申し訳なさそうに言い、さらに続ける。

奏「フランは、戦闘エージェント志望なんだね」

フラン「ええ。お爺さまもエレ姉もバリバリの戦闘エージェントだから。
    名門カンナヴァーロ家の人間としては一族の期待に応えねばならないのだよ」

ロロ「フランってば、また変なキャラ作って……」

胸を張るフランに、ロロはクスクスと笑い声を漏らす。

ザック「それに、家柄がどうとか以前に、
    射撃魔法一辺倒なんだから戦闘エージェントくらいにしかなれないだろう?」

続けてザックが肩を竦めて言った。
941 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:22:45.38 ID:6reBzOOT0
フラン「あ、あははは……ま、まぁ、そう言う面も否定できないけどね……。
    で、でも! どうせなるなら指揮官クラスまで行くわよ!

    最前線に来たら、こき使ってあげるから覚悟しときなさいよバカザック」

ザック「誰がバカだ、誰が。

    それに、俺は防衛エージェント目指すから、どっちかってーと本部付きで、
    近場に展開する部隊の護衛・守備任務の方が多くなるだろうから、同じ場所で仕事ってのは少ないだろうな。

    まあ、大元は同じ戦闘エージェント隊だから、お前との腐れ縁も新人研修の間までだな」

フラン「そうね、それはそれで清々するかも」

ザック「言ってろ」

同期の二人は軽口を叩き合いながら、視線を交錯させる。

互いに牽制し合うような口ぶりだが、確かな信頼関係が二人の間にはあった。

ロロ「私は、逆に二人のどっちとも現場が被るかも。
   救命エージェント隊で救急エージェント志望だし」

結「あ、そっか、ロロは医療エージェントじゃなくて、救急エージェント志望だったね」

思案げなロロに、結は思い出したように言った。

ロロ「うん……本当に誰かの命を助けたいと思ったら、後方支援任務の多い医療エージェントよりも、
   現場でレスキューや応急治療をする救急エージェントの方が私向きだもの」

ロロは、目の前で両親の命を救われた幼き日の事を思い出しながら、感慨深く呟いた。

奏「そっか……大切な仕事だ」

奏も、ロロの過去については結からさわりだけ聞かされていた事もあって、納得したように呟く。
942 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:24:40.18 ID:6reBzOOT0
メイ「ンッフッフッフッ……実はアタシ、第一志望を絞ったよ!」

フラン「おっ、ついに決めたの?
    格闘戦技の教官と諜報エージェント、どっちにするの?」

不敵な笑みを浮かべたメイに、フランが興味深げに尋ねる。

メイ「勿論、諜報エージェント! 結と同じく、捜査エージェント隊!
   一緒に黒ジャケ着られるよう、頑張ろうね、結!」

メイは“ずびしっ”と音がしそうな程の勢いのVサインを、結に向ける。

ちなみにメイの言う黒ジャケとは、
捜査エージェント隊に所属するエージェントに支給される黒いジャケットの事だ。

他にも戦闘エージェント隊ならば白、救命エージェント隊にはオレンジ、
研究エージェント隊には緑のジャケットがそれぞれ支給される。

結達のような候補生は、言わずと知れたブラウンのジャケットだ。

結「じゃあ、新人研修も一緒だね。頑張ろうね、メイっ!」

結も嬉しそうに声を弾ませて応える。

目指す夢の道、その険しい道程に友人が傍らにいてくれるのは心強い。
943 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:27:56.89 ID:6reBzOOT0
メイ「で……、薄情にも一般志望でも良いとか言ってるアレックスは、どうするのかなぁ?」

メイは結の傍らに腰掛けると、ニマニマといやらしい笑みを浮かべて尋ねる。

アレックス「ハァ……その言葉に反論するワケではありませんけど、
      ちゃんと研究エージェント隊志望ですよ」

一方、質問されたアレックスは小さな溜息の後、やや呆れたように返した。

ザック「へぇ、やっぱりコッチに絞ったんだな」

アレックス「ええ……。
      まぁ、実家の事もありますし、やはりギアの研究開発の道に進みたいと思いまして」

感心したようなザックに、アレックスは眼鏡の位置を直しながら冷静に返す。

しかし、その声音はどこか自信と希望に満ちているようでもあった。

結「そっか……これで同期は全員、エージェント隊志望で決まりだね」

アレックスの様子に、結は嬉しそうに呟き、そして続ける。

結「私は……絶対に保護エージェントになりたい。
  百人でも千人でも……助けられる限り、一人でも多く、魔法で苦しむ人をこの手で助けたいから」

胸の前で、エールをはめた左手を握り締めながら、力強く夢を反芻する。
944 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:29:26.90 ID:6reBzOOT0
フラン「本当に、一切合切ブレないわね……この子は」

奏「うん……。何かを決めた時の結の真っ直ぐさは、
  日本にいる時からだから……」

微笑ましそうに呟くフランに、奏も頼もしそうに呟く。

そして、小さく息を吸ってから、再び口を開く。

奏「だからボクも………。
  ううん、ボクはその保護エージェントの先……更正教育官を目指すよ」

リーネ「こーせーきょーいくかん?」

奏の言葉を聞き、リーネが小首を傾げる。

ロロ「更正教育官って、確か、保護エージェントがやってる、
   先生……みたいな仕事だよね?」

奏「そうだよ……」

思い出すように言ったロロに、奏はにこやかに応える。
945 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:30:46.87 ID:6reBzOOT0
リーネ「奏姉ちゃん……先生になるの?」

奏「うん……。
  でもね、先生って言っても、ちょっと変わった先生なんだ。

  結が助けて来る人の中には、悪い魔法使いさんに悪い魔法ばかり教わって育って来たり、
  魔法のせいで傷ついたりした、可哀想な子もいっぱいいるんだ……」

リーネの質問に、奏は少しだけ遠く、寂しげな目をしながら答え、さらに続ける。

奏「だから、そんな子達が、悪い魔法を使わなくて済むように、魔法のせいで苦しんだりしないように……、
  “大丈夫だよ”、“安心していいんだよ”、“誰も傷つけなくていいんだよ”って、
  教えてあげるのが、ボクが目指す更正教育官って先生」

リーネ「じゃあ、フラン姉ちゃんや結姉ちゃんが、私にしてくれたのと同じだね」

奏の説明を聞いて、リーネは満面の笑みを浮かべた。

その言葉に、フランと結は息を飲み、顔を見合わせる。

フラン「まったく、この子は……そう言うのは反則でしょ」

フランは、リーネの事を背中から抱きしめる。

リーネ「えへへ……あったかい」

フラン「うん……リーネも、あったかいよ……」

幸せそうに目を細めるリーネに、フランは少しだけ目尻に涙を浮かべて呟いた。
946 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:32:24.82 ID:6reBzOOT0
結も感極まって涙を零しそうになったが、それを堪えて奏に向き直る。

結「奏ちゃん……」

奏「勿論、戦術や戦技の訓練だってするよ……。
  何かの時は、一緒に現場に出る事もあるだろうね……。

  でも、結がいつでも安心して現場に出られるように、
  結が助けた子達は、ボクが二度と泣かせないって……約束するよ」

視線を向けられ、奏は決意に満ちた声音で応えた。

結の夢を支える。

それだけが奏がこの道を志した理由ではない。

九ヶ月とは言え、奏は若年者保護観察施設で過ごして、後方の現状を見て来たつもりだった。

保護観察施設には、確かに笑顔の子供達もいた。

だが、それが全てではなかった。

自分やリーネのように、笑顔で過ごせるようになった子供は稀だ。

多くは、研究の実験台や悪意ある研究者の走狗とされた恐怖や罪悪感、
酷いトラウマに苛まれ、苦しみ、今も涙を流している。

自分と同じ境遇で苦しむ仲間達、
そして、これからも増えるであろう犠牲者を助けたい、と言うのが奏の目標だった。

そのためには、そんな彼ら彼女らの全てを受け止められるだけ、
心も体も強くならなければいけない。
947 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:34:24.75 ID:6reBzOOT0
リーネ「じゃあ、私も先生になる!」

フランに抱きしめられていたリーネが、両腕を振り上げて高らかに宣言した。

メイ「お、教官隊志望か? ちっちゃいのに生意気だぞ〜、リーネ!」

口ではそう言うメイだが、末っ子が夢を決めたのが頼もしく、嬉しかったのか、
笑顔で正面から抱きつく。

リーネ「絶対、先生になるもん!
    それでね、いっぱいいっぱい、良い魔法を教える先生になるの!
    それからそれから、兄ちゃん姉ちゃん達の友達をいっぱいいっぱい増やすの!」

リーネは体全体で“がんばるぞー!”と言いたげに宣言する。

ザック「それなら、レナ先生と同じだな」

ロロ「そうだね。
   うん、リーネの目指す先生は、レナ先生と同じ先生だ」

ザックに続いて、ロロが笑みを浮かべて呟く。

リーネ「レナ先生………うん! 私、レナ先生みたいな先生になる!」

その言葉を聞いて、リーネは満面の笑みを浮かべた。

アレックス「リーネの夢は立派ですけど……レナ先生はどうなんでしょうか?」

メイ「だよねぇ……いい先生だけど、たまにものすっごいスパルタのクセに放任主義?だし」

アレックスとメイは顔を見合わせて言う。

フラン「もう、レナ先生に聞こえるわよ」

フランが呆れたように呟く。

すると、言葉の意味が分からないリーネだけがキョトンとする中、医務室はドッと笑いに包まれた。
948 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:35:39.67 ID:6reBzOOT0
その様子を、医務室外の廊下で窺う人物が二人――リノとレナだ。

リノ「だ、そうですよ、放任主義のレナ先生……?」

レナ「もう……あの子達ったら、先生を何だと思ってるのよ」

感慨深い様子で呟くリノに、レナはそんな言葉を漏らす。

だが、口ぶりとは裏腹に、その表情は感極まったと言わんばかりの喜びで満ちていた。

おそらく、リーネが自分の道を継いでくれるのが嬉しくて仕方ないと言った所だろう。

リノ「いい子達ですね……みんな」

レナ「……勿論よ、何せ、私が手塩にかけて育てた生徒達ですもの」

レナは胸を張って答える。
949 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:37:51.86 ID:6reBzOOT0
リノ「羨ましいな……僕もフォスター教官のような人の元で学んでみたかったですよ」

レナ「あら? 前任のエージェント・マクガーデンも素晴らしい教官だったけど?」

リノ「そうですけど、それとこれとは別、
   って事で……マクガーデン先生には内緒にして下さい」

レナ「あらあら、どうしようかしら?」

苦笑いを浮かべるリノに、レナは戯けたように返した。

すると、どちらからとなく、声を殺して笑い合うリノとレナ。

しかし、不意にレナは扉の向こうに視線を送る。

レナ「……あの子達が、特にリーネが大人になる頃までには、
   少しでも平和な世の中になっているといいわね」

リノ「そう、ですね……」

レナの言葉を聞いて、リノは少し寂しそうな、いや、悔しげな表情を浮かべた。
950 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:39:05.26 ID:6reBzOOT0
世界は、まだ、暗い暗い闇の中だ。

表向きには平和な国も多い。

しかし、発展途上国や内戦、紛争の続く地域では、今も多くの血が流れ、命が消えて行っている。

それは魔法においても言える事だ。

魔法と世界の発展と言う言葉を免罪符に掲げ、
今も他者を踏みにじる研究者、テロリスト達は後を絶たない。

だが――

リノ「あの子達なら、今よりもほんの少しでも、
   世界を明るく照らしてくれるかもしれない……。

   そんな気になっても、いいと思うんです」

リノは希望的観測と分かっていながらも、その言葉を口にした。

レナ「あら、我が愛しい生徒達の将来は、英雄バレンシアのお墨付きって事かしら?」

リノ「そこまでは大きく出ませんよ、さすがに」

僅かに驚いたようなレナに、リノは苦笑いを浮かべる。
951 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:40:23.70 ID:6reBzOOT0
リノ「けれど……」

しかし、すぐに表情を引き締める。

リノ「あの子達の何人かは、きっと……。
   いえ、もしかしたら全員、Sランクにまで上り詰めてくれますよ」

リノも、入口から中を窺いながら呟いた。

レナ「Sランクエージェントの卵が八人か……これは責任重大ね」

リノの言葉を聞いて、レナも表情を引き締めた。

世界にたった二十人、研究院にも十人しかいない、最高峰の称号を持つ魔導師。

その可能性を秘めた、八人の子供。

レナ「…………あの子達を、あの子達の望む、最高のエージェントにして見せる。
   ……あの子達を、あの子達の夢の、本当の入口まで、必ず連れて行って見せるわ」

レナは胸に手を当てて、力強く呟いた。

その時だった、中から慌てたような声が聞こえる。

どうやら、自分達の夢を語り合うのに夢中で、奏の歓迎会が始まってない事を思い出したようだ。
952 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:41:42.69 ID:6reBzOOT0
レナ「………もう、あの子達ったら本当に賑やかなんだから……」

その様子に、レナは思わず噴き出していた。

レナ「さ、良ければあなたも参加して」

リノ「ええ、お言葉に甘えさせていただきます」

レナはリノを連れ立って、医務室に入った。

それと同時に、小気味良い声が響き渡った。

一同「Aカテゴリクラスに、ようこそ!」



新たな仲間を加え、子供達は歩き続ける。

その先にある、自らの目指す夢の入口に向けて……。
953 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:43:40.58 ID:6reBzOOT0


数年後、ある日の夜――

スウェーデン北部、ボスニア湾に面した小さな村に、
一人の少女が幼い少女を抱え、空から降り立つ。

長い黒髪をやはり長いリボンでポニーテールに纏め、
左手にはピンクのクリスタルのはめ込まれた白と金色の杖。

藍色の詰め襟ショートローブに、純白のロングスカート、
そしてその上に白地に紺のコントラストが映えるオーバージャケット、
両肩からは羽衣のような緩やかなラインを描く薄桃色のリボン。

ファンタジーの世界から抜け出した魔法使いのような少女が、
抱きかかえていた幼い少女を、ゆっくりと大地に下ろす。

「ママぁ!」

家の外で待っていた母に、幼い少女は駆け寄る。

「も、もう……もう逢えないと思った……!
 ありがとうございます……、ありがとうございますっ!」

涙ながらに我が子を抱き、感極まって感謝の言葉を繰り返す母親。

「いえ……これが私の仕事ですから」

柔らかな笑みを返す少女。
954 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:45:05.66 ID:6reBzOOT0
そんな少女を、呆然と見上げる幼い少女。

少女は少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、少女に問いかける。

「魔法……怖くなちゃった?」

少女の問いに、幼い少女は僅かに震えながら頷く。

少女は少しだけ、寂しさの色を濃くしたが、
すぐに表情を引き締め、スッと杖を天に掲げる。

「魔法はね……怖いものじゃないよ……」

少女はかつて、自分がかけられた言葉を反芻するかのように呟いた。

そして、杖の先端から柔らかな光が溢れ出す。

夜の闇を裂いて、天高く溢れ出す虹の光。
天に架かる弧――アルク・アン・シエルの七色の輝き。

「わぁ……」

「す、すごい……」

その美しい光景に、幼い少女は目を輝かせ、彼女の母も息を飲む。

「本当の魔法はね、人の夢と未来を守る、大切な力なんだ………」

少女の言葉に、幼い少女は再び、彼女に目を向ける。

「だから、あなたの中の魔法を……怖がらないであげてね」

そう呟く少女は、どこまでも優しい笑みを浮かべていた



第16話「奏、仲間と夢を語らう」・了

魔導機人戦姫 第二部・戦姫友情編 完
955 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/02/09(木) 22:49:35.80 ID:6reBzOOT0
今回は以上となります。

次回以降は次スレになりますので、次回投下の後に誘導させていただきます。


あと、キャラ増加と設定がややこしくなっているので、
これから色々と晒すとします。
956 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:53:00.88 ID:6reBzOOT0
譲羽 結【ゆずりは ゆい】 初登場時8歳(冬・12月生まれ)
 本作主人公。現在はAカテゴリクラス在籍の保護エージェント候補生。
 驚異的な大魔力に反して魔力運用が下手と言う、ある意味、核クラスに危険な爆弾を抱えている。
 性格は真面目で良い子、常にローギアのんびりおっとりだが、一旦こうと決めると常時トップギアの暴走娘な面も……。
 使用ギアはエール。言わずと知れた日本出身。魔力光は薄桃色。
 魔力運用の下手さ加減については、第三部では矯正済み。

奏・ユーリエフ【かなで・――】 初登場時11歳(夏・8月生まれ)
 本作のもう一人の主人公と言える少女で、結の親友。Aカテゴリクラス在籍の保護エージェント候補生(更正教育官志望)。
 幼くして天涯孤独の身になり、魔法世界の闇で生きて来たが、結の呼びかけの末に彼女の親友となる。
 性格は大人しいが、多くの年上に囲まれた経験から面倒見の良い姉的な面も際だつ。
 使用ギアはクレースト。書類上はロシア出身。魔力光は青銀。

ロロット・ファルギエール 初登場時10歳(秋・9月生まれ)
 Aカテゴリクラス在籍の救命エージェント候補生。
 五歳の頃に魔導テロに遭遇、魔法と出逢う事となり、その事件で瀕死の両親を救われた事で救命エージェントを目指す。
 性格はおっとりしているが、妙な計算高さをかいま見せる事も……。
 使用ギアはプレリー。フランス出身。魔力光はオレンジ。

李・明風【リー・メイファン】 初登場時10歳(春・5月生まれ)
 Aカテゴリクラス在籍の諜報エージェント候補生。
 実家は香港のフリーランス諜報エージェントの一系。実家を兄に任せて自身は研究院の正エージェントを目指す。
 性格は明るくややお調子者。ムードメイカー的な存在。
 使用ギアは突風【ツェンフォン】。香港出身(なので、実は得意言語は広東語と英語)。魔力光は緑。

アイザック・バーナード 初登場時11歳(夏・8月生まれ)
 Aカテゴリクラス在籍の防衛エージェント候補生。
 両親アメリカ人のアメリカ生まれの生粋のアメリカ人だが、国籍はハンガリー。
 性格はややぶっきらぼうな所もあるものの、純情で優しい一面も持つ。
 使用ギアはカーネル。上記の通りアメリカ系ハンガリー人。魔力光は黄色。

フィリーネ・バッハシュタイン 初登場時6歳(冬・1月生まれ)
 Aカテゴリクラス在籍の研究エージェント候補生(教官隊希望)。
 自身の魔力循環不良により両親を失ってしまった悲劇の少女。フランや結の尽力で心を開く。
 性格は大人しく人見知りだが、心を開いた相手には目一杯甘える。
 使用ギアはフリューゲル。ドイツ出身。魔力光は藍色。

フランチェスカ・カンナヴァーロ 初登場時11歳(秋・10月生まれ)
 Aカテゴリクラス在籍の戦闘エージェント候補生。
 名家・カンナヴァーロ家に生まれ、偉大な祖父と尊敬すべき従姉の影響からエージェントを目指す。
 姉らしく振る舞うために大人ぶっているが、本当は大らかで明るい甘えん坊な性格。
 使用ギアはチェーロ。イタリア出身。魔力光は赤。

アレクセイ・フィッツジェラルド 初登場時10歳(春・4月生まれ)
 Aカテゴリクラス在籍の研究エージェント候補生。
 常に読書をしている眼鏡少年で、仲間達の知恵袋的存在。
 寡黙で理屈っぽい性格だが、他者に興味が無いワケではなく、案外、色恋沙汰にも興味を示す。
 使用ギアはヴェステージ。イギリス出身。魔力光は青紫。

リノ・バレンシア 初登場時20歳
 研究院でもトップクラスの捜査エージェント。
 世界的な危機を二度、未然に防いだ事から“英雄・バレンシア”の二つ名で呼ばれる。
 ギアは未使用、スペイン出身。魔力光は白。

エレナ・フェルラーナ 初登場時14歳
 リノの補佐を務める戦闘エージェント。
 融通の利かない性格だったが、魔導巨神事件を通して丸くなる。
 Aカテゴリクラス卒業生であり、フランにとっては尊敬する従姉。
 使用ギアはジガンテ他、イタリア出身。魔力光は紅。


小ネタですが、結以外のAカテゴリクラス7名の魔力光は虹の七色を基調(あくまで“基調”ですので、そのままではありません)にしているので、
虹の色順に並べ替えると、全員の“希望する現場のそれぞれの近さ”が分かるのでお試しあれ。
ちなみにリノとエレナは紅白です。
957 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:53:56.29 ID:6reBzOOT0
本條 美百合【ほんじょう みゆり】 初登場時10歳
 カンナヴァーロ養成所で修業する、日本の魔法研究の大家・本條家の次期当主。
 養成所卒業後は日本に戻り、フリーランスの魔導師として日本を中心に活動する。
 おっとりとした性格で、非常にマイペースである。
 使用ギアは鬼百合・夜叉。魔力光は淡い黄色。

本條 紗百合【ほんじょう さゆり】 初登場時10歳
 美百合の双子の妹で、同じくフリーランスとなる。
 やや我が儘な性格だった少女時代から成長するが……?
 使用ギアは鬼百合・般若。魔力光は淡い黄色。
 姉共々、第四部に再登場予定。

鷹見 一征【たかみ いっせい】 初登場時12歳
 本條家に仕える家の子で、修業に出された姉妹の目付役兼世話役として同行する。
 卒業後は捜査エージェントとして、魔導研究機関残党の居場所を専門に調査する事となる。
 使用ギアはデザイア。魔力光は明るい紫。
 本條姉妹同様、第四部に再登場予定。

シエラ・ハートフィールド 初登場時37歳
 若年者保護観察官の主任を務める保護エージェント。
 奏の担当保護官でもある。
 使用ギアは不明、アメリカ出身。

レナ・フォスター 初登場時28歳
 Aカテゴリクラスの教官兼寮母を務める研究エージェント隊所属の教官。
 世界が少しでも良い方向に進めるようにと、後進の教育に努める。
 使用ギアは不明、イギリス出身。

ミケランジェロ・カンナヴァーロ 初登場時69歳
 魔法倫理研究院にその人有りと謳われた伝説のエージェント。
 Aカテゴリクラスを創設後、自身はフリーランスとなって後進の育成に力を入れる。
 フランとエレナの祖父である。魔力光は赤茶。
 使用ギアはアルコバレーノ、イタリア出身。

キャスリン・ブルーノ 初登場時17歳
 グンナー私設部隊の隊長を努めるAランク魔導師。
 奏の世話役兼教官で、彼女にとっては姉のような存在。
 使用ギアはペンデュラム、アメリカ出身。魔力光は浅葱色。

クライブ・ニューマン 初登場時18歳
 キャスリン以前に私設部隊の隊長を務めていた。
 軽い性格に見えるが、実は誰よりも仲間達の事を気に止める人物。
 かつては、生きるために暗殺者を生業としていた。
 総合能力的にはBランクだが、狙撃だけはSランクに匹敵する魔導師。
 使用ギアはファルコン、イギリス出身。魔力光は黄。

ジルベルト・モンテカルロ 初登場時17歳
 私設部隊で奏と行動を共にしていたチームの一員。
 寡黙な性格の格闘型Cランク魔導師。
 使用ギアはガット、イタリア出身。魔力光は青緑。

レギーナ・アルベルト 初登場時16歳
 私設部隊で奏と行動を共にしていたチームの一員。
 部隊で一番の新人だがCランク相当、結が初めて遭遇した魔導師。
 事件当時17歳未満であったため、奏と同じく保護観察施設行きとなった。
 使用ギアはビーネ、ドイツ出身。魔力光は茶色。

グンナー・フォーゲルクロウ 初登場時68歳
 奏の祖父を名乗っていたが、実際には奏の母・祈(加えて、結の母・幸)を精製した魔法研究者。
 過激派魔法研究組織である魔導研究機関の中心人物だったが、魔導巨神事件で死亡。
 使用ギアは不明、出身地はドイツだが、国籍は失っている。魔力光は濃紫色。

三木谷 麗【みきたに うらら】 初登場時9歳
 結とは幼稚園入園前からの友人で、幼馴染みの一般人。
 父の勤め先が、結の父・功と一緒(但し、部署は違う)。

山路 香澄【やまじ かすみ】 初登場時9歳
 幼稚園児時代からの結の友人で、お笹馴染み一般人。
 自宅近くの保育園から転入組だったため、結達とは年長組で知り合う。

譲羽 功【ゆずりは いさお】 初登場時35歳
 結の父親で一般人。地元の大企業で広報課に勤務。
 亡き妻・幸とは東京の大学で知り合い、大恋愛の末に結婚。

藤澤 由貴【ふじさわ ゆき】 初登場時29歳
 結達のクラス担任の私立小学校教師。一般人。
 功の再婚相手で、結の継母となる。
958 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 22:56:56.50 ID:6reBzOOT0
魔導師
 魔力を持ち、魔法を使える者達の総称。
 魔力量や技術に応じてS・A・B・C・Dの五段階にランク付けされる。
 最高峰であるSランクは、第二部終了時現在、生死確認の出来る者では20名のみ。

魔導ギア
 魔導師が効率よく魔法を運用するための道具。
 魔法技術と科学技術を用いて製造されてはいるが、科学的には解明できない機能が多い、超常の道具。
 数十年前までは普通の杖を触媒代わりにしていたが、急速な技術発展により誕生した。
 杖型だけでなく、用途・適正に合わせて武器型、装着型など様々なギアが存在する。

魔導機人
 魔力で固定化された魔力的な人型機動兵器。
 ギアでの召喚技術が成立する以前は、外部から魔力供給を行って動く機械人形だった。
 また、魔導機人を召喚可能なギアを、原則的に魔導機人ギアと呼んでいる。

魔導巨神
 古代の魔法文明が生み出したとされる生物兵器。
 魔導機人100機分(実測値は半分程度の50機分)に相当する戦力と膨大な魔力を持つとされていたが、結の手によって消滅する。

宇宙船?
 この世界の何処かにあるとされている、有史以前に魔法を地球に伝えとされる船。
 伝説や御伽噺程度にしか信じられていないが、強く実存を訴える研究者も多い。
 それがオーパーツであるのか、地球外の未知のテクノロジーであるのか、現時点では不明。
 地下に埋まって遺跡化し、船としての形状は見過ごされている、との説が非常に有力。

プロジェクト・モリートヴァ
 結の母・幸と奏の母・祈を生み出した、魔導ホムンクルス製造計画に偽装された魔導巨神復活計画。
 魔導巨神の細胞を培養、現代の魔導師の卵子を利用して強力な魔導師を誕生させる計画として説明されていた。
 しかし、計画開始以前から倫理的問題が指摘されており、研究者達が失敗した素体を破棄した事で、
 上層部との決定的な亀裂を生み、旧魔法研究院が魔法倫理研究院と魔導研究機関に分裂するキッカケとなった。
 研究院は魔導師部隊による関係者捕縛を計画するも、激しい抵抗に合い、双方に多大な死傷者を出す結果となった。
 この一連の流れを、当時の研究施設名から取って“揺籠の惨劇”と呼ばれている。

Aカテゴリクラス
 揺籠の惨劇を受けて、ミケロが創設したハイランカーエージェント養成機関。
 幼い頃から共に過ごさせる事で、より信頼できる仲間を得ると共に、強い絆を築く意図がある。
 結達八人の他、登場している卒業生にはエレナやリノなどが存在する。

エージェント隊
 魔法倫理研究院に所属する魔導師達のミッションスペシャリストチームの事。
 実戦任務を主体とする戦闘エージェント隊。
 犯罪捜査を主任務とする捜査エージェント隊。
 救命・医療を目的とする救命エージェント隊。
 魔法研究や指導を行う研究エージェント隊からなる。
 また、各エージェント隊はさらに主要任務に合わせて細分化されている。
 14歳になる年(4月から翌年3月末までの誕生日で計算)に入隊(つまり、13歳で入隊)。

エージェント訓練校
 欧州各地に点在するエージェント専門の訓練校
 入校規定は魔力Dランク以上で、かつ6歳以上(入校年度に7歳以上になる事)。
 13歳までの7年間で魔力運用と基礎学習を詰め込む(卒業時点での最低修学状況は日本で言う中卒レベル)。
 在学中に希望すれば、それ以上の学習も可能(研究エージェント隊希望の場合、大卒レベルまで可)。

魔力に関する症状
 結やリーネ、結の母・幸の発症した魔力循環不良が有名。
 高い魔力により、身体の内外を問わずに悪影響を及ぼし、最悪、自分や他人を死に至らしめる。
 奏の患った魔力減衰障害は、魔力を枯渇する寸前まで抜き取られた状態で魔力を発生させる能力に障害を発生した状態を指す。
 一時的に魔力を失う魔力ノックダウンと違い、命に関わりかねない重篤な病気である。
 また、魔力素養が低かったり、魔力を持たない一般人に強烈な魔力を浴びせると、リーネの両親同様、爆ぜて死ぬ危険がある。

魔法の種類
 魔力を放出・意識的に運用調整する事で作用する簡易魔法。
 予め効果の決まっている術式に魔力を作用させる事で発生する術式魔法。
 大量の術式・大量の魔力を使って使う儀式魔法の三種に分類。
 結の使う魔法を分類すると以下の通りになる。
 簡易魔法−エルアルミュール、エルアッシュ、アルク・アン・シエル、????
 術式魔法−エクレールウラガン、ライオテンペスタ、アルク・アン・シエル−イノンブラーブル
 儀式魔法−ブランソワール、アルク・アン・シエル−ユニヴェール・リュミエール

アレに似ている
 なのはだよね、分かってますよ、ロリ疑惑共々、一切、隠しも否定もしませんよw
 あと、結のイメージを固めるに当たって某てぃんくるの十倍魔法の話とかの影響も否めない。
 結の魔力光である薄桃色も、実はなのはではなく、
 某てぃんくるのあかりが使う魔法陣から(防護服のデカいリボンとかもあかりから)。
 術式展開のイメージは、なのはよりも某てぃんくる寄りです、複合多重化とかも含めて。
 Aカテゴリクラスもてぃんくるの魔法学校が元ネタです。国際色豊かで年齢バラバラとかも。
 と言うか、実はあかりをなのは+フェイトっぽくすると結になる……結果論ですけどもうねw
 あかり、あかりと言ってますが、“アッカリーン”ではありません。念のため。
959 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/09(木) 23:00:41.84 ID:6reBzOOT0
以上で簡単な設定の説明は終わりです。
スレは……とりあえず、感想や雑談で埋まらなかった場合、
適当な埋めネタを書こうかと画策しています。

ついでなので、目次代わりの安価置いて、本日の投下を終了させていただきます。

第1話 >>2-38
第2話 >>44-85
第3話 >>89-130
第4話 >>133-189
第5話 >>194-249
第6話 >>252-305
第7話 >>309-376
第8話 >>379-499
第9話 >>506-551
第10話 >>558-602
第11話 >>610-651
第12話 >>658-700
第13話 >>711-754
第14話 >>761-804
第15話 >>810-851
第16話 >>858-954
設定等 >>604 >>956-958
960 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/09(木) 23:16:34.47 ID:4kFJWwA6o
おもしろいっす!今後も期待!!
961 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/09(木) 23:34:56.19 ID:ShUPlSdE0
乙ですたー!
なんと言うか、感・無・量!!とでも言うべきなんでしょうか??
リーネが笑ってる!奏が自分の将来を決めて、それをちゃんと見据えてる!!
結と奏の決闘ももちろん凄かったのですが、それ以上に上の二つがキました。
ああ、みんなちゃんと成長してるなぁ・・・と言う。
あれですかね、甥や姪の成長振りを目にしたオサーンな気分ww

最近、お気に入りの各種BGMを聞きながら>>1から読み返したりしています。
とりあえず、アルク・アン・シエル−ユニヴェール・リュミエールのテーマ(?)は
トップ2のイナズマ・ダブル・キックのテーマが合うな、と思ったりしていますw
その内、結や奏、エールやクレーストを描いてみたいですね・・・

次回も楽しみにさせて頂きます!
962 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/10(金) 20:03:14.31 ID:Q8j6VZYr0
お読み下さり、ありがとうございまーす

>今後に期待
どこまで期待に添えるか分かりませんが、次回以降も頑張りますよ〜。


>結と奏の決闘
魔導機人“戦”姫なのに、最近、まるで戦ってませんでしたからねw
結と奏にベストバウトと言えるような戦闘をさせたい事もあって盛り込んでみました。

>リーネが笑って、奏が将来を決めて
リーネは素が真面目な子なので、屈託無く笑える年齢の内に笑えるだけ笑わせる勢いでしたw
実は奏の将来って、12〜3話書いてる辺りまで決まってなかったんですよね。
なので、自分が奏と同じ境遇で過ごしたら何を思うか、と迷った挙げ句、
一番、彼女らしい答えが導けたかな、と思っております。

>オサーンな気分
いつぞ、親戚の家に数年ぶりに遊びに行ったら、
夏休みの宿題を見てあげた事もある子が社会人になっていました。
………時が経つのは早いッスw

>BGM
確かに、イナズマ・ダブル・キックは熱いですな。
自分は8話書いた時は、もう開き直ってInnocentStarter延々と流してましたw
個人的にはギガンティック・フォーミュラのMAIN THEME辺りがお勧めです……曲の尺が長いのでやや合いませんが。

>結や奏、エールやクレーストを
恐縮です。
自分、絵心皆無なので文字でしか大検を表現できていませんが、
描いていただけるとなれば、嬉しい限りです。
963 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/10(金) 20:24:43.93 ID:Q8j6VZYr0
………あれぇ? 何でこんな誤字をorz

×大検
○外観

書き込み前にチェックしたんだけどなぁ……
964 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/13(月) 01:15:38.92 ID:HLYzy5a10
>ギガンティック・フォーミュラのMAIN THEME
YOUTUBEで検索して聞いてみましたが、第一章のラストシーンにかけたら似合いそうですね。
見送る皆に元気良く手を振り、胸を張ってゲートの向こうへと歩みを進める結。
そして、青空へと飛び立つ飛行機・・・・・・画面はスタッフロールへ、という感じで。
ちなみに私は、>>400の結が奏に必死の呼びかけを始める辺りから、OO映画版のFinal MissionをBGMに読んでました。
そして、ユニヴァールリュミエールでイナズマダブルキックという、川井憲次と田中公平両氏のコンボですw
いや、ダイガードのサントラを聞いて以来、お二人のコンボは激しく燃える!と思っておりまして・・・

>恐縮です。
実は今、某スレの概念にならなかったヒロインの彼氏さんを描くのに挑戦中でして。
そちらに区切りが付き次第、取り掛かかろうと思います。
気長にお待ちいただければ幸いです。
965 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/13(月) 19:49:17.50 ID:TlvifoPl0
>ラストシーン
おおっ、確かに!
個人的には水樹奈々さんの「STORIES」、栗林みな実さんの「immature」もお勧めです。特にSTORIES。
1〜16話の少女編全編のイメージを固めてくれた曲でもありますので。
ちなみに青年編を書いている今は、劇場版Zとディケイドの劇場版主題歌、
あとゲームですがゼノブレイドの「敵との対峙」を延々聴いておりますw

>OO映画版のFinal Mission
つまり、こう言う事ですね。

結「この感情、まさしく愛だ!」
奏(なんだか………いまのあのこには………たすけられたく、ない……)

はい、しょーもないネタの上、TV版で申し訳ありませんw

>ダイ・ガード
アレはシナリオと世界観にマッチした素晴らしい楽曲の数々でしたな。
当時、エロ漫画とTF、戦隊ロボばかり買っててサントラを買わなかった事を今でも悔やんでおりますorz
アマかどこかで中古をポチりますかね……。
966 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/02/16(木) 23:58:05.93 ID:M/2vX40C0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1329393538/

次スレが立って、17&18話を投下しました。
少々……と言うか、かなり趣の変わった内容になっております。

なので、予定している埋めネタはなるべく明るいネタで行きますね〜。

一応、候補と優先順は以下の通り

1.奏の着せ替えファッションショー
2.日本に残った麗と香澄が冬休みに遊びに来る
3.グンナーとミケロ、本條家を巡る第二次世界大戦頃の過去話

この内のどれかをやろうと思います。
まあ、3は本編でも出来るのでアレですけどねw
967 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/17(金) 03:00:29.68 ID:xdvs2eeVo
乙だぜ
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