このスレッドはSS速報VIPの過去ログ倉庫に格納されています。もう書き込みできません。。
もし、このスレッドをネット上以外の媒体で転載や引用をされる場合は管理人までご一報ください。
またネット上での引用掲載、またはまとめサイトなどでの紹介をされる際はこのページへのリンクを必ず掲載してください。

ほむら「あなたは……」 ステイル「イギリス清教の魔術師、ステイル=マグヌスさ」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:23:46.68 ID:Wi8XFkb1o

前スレはこちら
ほむら「あなたは何?」 ステイル「見滝原中学の二年生、ステイル=マグヌスだよ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1311703030/

三行で分かるあらすじ

禁書の世界とまどマギの世界が交差しちゃったら、というスレ
魔術サイド中心のため科学分が欠乏気味。ただし使い捨て多し。あとそろそろおりマギ連中がお話に加わってきます
現在はローラ(魔術)とワル夜さん(まどか)の出番待ち
【 このスレッドはHTML化(過去ログ化)されています 】

ごめんなさい、このSS速報VIP板のスレッドは1000に到達したか、若しくは著しい過疎のため、お役を果たし過去ログ倉庫へご隠居されました。
このスレッドを閲覧することはできますが書き込むことはできませんです。
もし、探しているスレッドがパートスレッドの場合は次スレが建ってるかもしれないですよ。

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713861164/

トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713798788/

【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713788018/

ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713736565/

【安価】少女だらけのゾンビパニック @ 2024/04/20(土) 20:42:14.43 ID:wSnpVNpyo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713613334/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/17(土) 02:24:52.24 ID:Wi8XFkb1o

『ごめんね、ほむらちゃん』

『わたし……』

『私、魔法少女になっちゃった』

『ほんとにごめん』

『私、ほむらちゃんの事情とか、そういうこと知らないけど』

『それでも。あなただけは助けたいって思ったから』

『私の願いは、あなたを助けること』

『もしその願いが叶ったとしたら』

『私はたぶん、あの魔女にも勝てるはずだから』

『あの魔女をやっつけたら、ほむらちゃんのお話が聞きたいな』

『何も知らないままなんて、嫌だから』

『それじゃ、行ってくるね』



――かくて、幕は閉ざされる。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:25:41.67 ID:Wi8XFkb1o

ほむら「……」

 目を覚ましたほむらは、目の前に広がるのが見慣れた天井であることに安堵した。
 それからゆっくりと体を起こし、手元にあるソウルジェムを軽く明滅させる。

ほむら「……」

ほむら「うー……」

 呻き声を上げて布団を抱き寄せると、彼女は目を閉じた。
 頭の中で自分の“目的”を何度も反芻しながらぽてん、と身を横に倒す。

ほむら「黙ったままでいたから、前回はダメになったのよね」

 『魔術』が実在する、イレギュラーだらけの時間軸……この世界に来る前に訪れた世界のことだ。
 どれだけ足掻いても希望を見出すことが出来なかったこれまでと違って、今回は希望に満ち溢れている。
 彼女の“目的”を果たすことが出来るのは、後にも先にもこの世界くらいなのかもしれない。
 再び時間を飛んで、今回のような世界に出会える確率は無いに等しいだろう。
 だからこそ、より一層慎重に行動しなければならない。

ほむら「でも統計からすれば、正体を明かした世界は毎回……」

 言ってから、明かそうと明かさなかろうと結末は同じである事実に思い至り。
 彼女は布団を抱き寄せたままごろごろした。

ほむら「うー」 ゴロゴロ

ほむら「んー」 ゴロゴロ

ほむら「……」 ゴロゴロ

 慎重に行動しなければならない? 違う。そうじゃない。
 そんな合理的な理由で躊躇っているわけじゃない。

ほむら「……意気地なし」

 その言葉は、誰に向けられたものか。
 彼女は布団から抜け出すと、ひとまず身支度をすることにした。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:26:22.80 ID:Wi8XFkb1o

――通学路にて

さやか「まどかはあたしの嫁になるのだー!」

まどか「もう……それ以前にさやかちゃんは上条君のお嫁さんでしょ」

さやか「ふふん! もうあたしにその手の文句は通用しないよ!」

仁美「上条君がいないと効果が無いようですわね」

さやか「さぁまどか、あたしと一緒に薔薇色の登校恋愛劇を繰り広ぐふぅっ!?」

ほむら「その必要は無いわ」 ファサッ

仁美「ああ! ほむらさんががさやかさんの頭の上に!」

まどか「わざわざ魔法使ってやるようなことかなぁ……おはようほむらちゃん」

ほむら「おはよう。今日も元気そうでなによりよ」 スタッ

さやか「あたしを踏み台にs」

ほむら「黒い三連星ネタなんて古いわよ」

さやか「……ほむらなんか大嫌いだ! うわーん!」 ダダダッ

まどか「あ、行っちゃった」

ほむら「バカね」

仁美「まぁ大変、鞄を忘れておいでですわ。私届けてまいりますわね」 タタタッ

まどか「相変わらず仁美ちゃんは優しいね」

ほむら「……今でこそ関係は良好だけど、上条恭介絡みで厄介なことになっていたというのに」

まどか「あはは、大丈夫だよぉ。上条君も仁美ちゃんもさやかちゃんのこと大好きなんだから」

ほむら「……」
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:27:08.16 ID:Wi8XFkb1o

 ステイルが医師を紹介していなかったら。
 ステイルが恭介の相談を受けていなかったら。
 ステイルがこの街に、この時間軸にいなかったら。
 さやかがどうなっていたか。どうなる運命にあったか。

ほむら(言えるわけがない)

 まどかは知らないのだ。歯車が少しでも歪んでいれば、さやかという存在が消えうせていたことなど。
 時間を越えるほむらにのみ分かる事実。彼女のみが知る歴史。
 それを伝えることで、まどかの心がどれだけの悲しみを覚えるか……考えたくもない。

ほむら(……本当に?)

 まどかが悲しませたくないから黙っておくのか。
 まどかが悲しむ姿を見たくないから黙っておくのか。
 ほむらは知らないが、それはかつてさやかが抱いていたジレンマに似たものがある。
 恭介を救いたいのか、救った恩人になりたいのか。
 相手のためか、自分のためか。結果は変わらずともその理由は大きく異なる。

ほむら(私は……)

 一人で思いつめていると、唐突にまどかが笑みを浮かべて右手をぶんぶんと振った。
 その視線の先には、身長2mの神父と見滝原中学の制服を着た杏子の姿がある。

まどか「おはよー!」

杏子「おーっす。さやかと仁美は?」

まどか「先に学校に行っちゃった。仲良しさんだよねぇ」

ステイル「どうせさやかがバカやらかして仁美が尻拭いでもしたのだろう。まったく飽きないね、彼女たちも」

まどか「ふふっ、そこが良いんだよー?」

ほむら「……」
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:27:55.22 ID:Wi8XFkb1o

 もしかすると、この神父も同じようなものを抱えていたのかもしれない。
 例の“白い修道女”のためという名目で彼女の敵に回り、自分が傷付かないようにしていたように。

ステイル「……なんだい、さっきからじろじろと」

まどか「聞こえてないみたいだね」

 それに気付かず――あるいは気付いた上で――ただ流されるがままに戦って敗れた彼は、なるほど。
 あまりにも自分に似すぎていると彼女は再確認し、苦笑を浮かべた。

ステイル「勝手に苦笑いをしないでもらえるかな?」 ヒクヒク

杏子「こいつゼッテー内心でバカにしてんな」 ケラケラ

 失敗例と呼んでしまうのはあんまりだが、近くに打ってつけの見本があるのだ。活用しない手はないだろう。
 隠し通すのはやめよう。伝えよう。まどか達に、自分が抱える全てを。そして謝ろう。
 彼女に何を言われようと、自分はもう決めたのだ。それが原因で嫌われようと、彼女のためならば本望だ。
 迷いを振り切った彼女はゆっくりと表情を和らげ、笑顔を作ってかぶりを振った。

まどか「わっ、すっごい笑顔になったよ!」

杏子「じろじろ見て、苦笑して、笑顔になって……コイツの頭ん中どうなってんだよ?」

 あれほど悩んでいた問題が、この神父の顔を見ただけでこうもあっさりと解決してしまった。
 気に食わないと言えば気に食わないので、鼻を鳴らして肩をすくめる。

ステイル「僕を見て鼻で笑ってやれやれとでも言いたげな素振りをしただと……!?」 ズーン

杏子「お、おいこいつマジでヘコんでるじゃねぇか!」

ほむら「さぁ、教室へ急ぎましょう。このままだと遅刻よ」

杏子「なんのフォローもなしに登校再開!?」

ステイル「どうせ僕なんか……」 ズズーン

まどか「なんだか良く分からないけど、今日も見滝原は幸せです」

杏子「無理やり締めるなよ!?」
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:28:59.60 ID:Wi8XFkb1o


――そんなわけで放課後。
 習い事とリハビリで帰った仁美と恭介を除いた一行は、見滝原市にある大きなデパートにやって来た。
 そこはかつてステイル達が訪れ、初めて魔女とその使い魔と遭遇した場所でもある。
 魔女が退治されたことで人が寄り付きやすくなったのか、以前にもまして人でごったがえしていた。

まどか「なんだかここに来たのがずっと前みたいに思えちゃうね」

さやか「実際は二週間ぶりくらいなんだけどねぇ、色々あったし、まぁ仕方ないよ」

 そう言うさやかの横顔は、どこか寂しげに見えた。
 心当たりがあるとすればマミの存在か。そんなことを考えながら、ステイルはそ知らぬ顔で周囲に目を配らせる。

ステイル(魔力の残滓は無し。魔女の気配が無いならここも安全かな)

さやか「改装工事終わりましたってさ。やっぱ前来たときよりも進んでるねぇ、感心感心」

まどか「ここでマミさんと会ったんだよね、わたしたち」

杏子「どーせアレだろ、パトロールの途中だろ?」

さやか「そうそう……って、なんであんたが知ってんのよ?」

杏子「魔女の探し方と狩り方、戦い方まで教えてもらったからそんくらいは分かるさ。いわば弟子ってやつ」

まどか「そっか、杏子ちゃんマミさんと仲良しだったんだね……」

杏子「つってもやさぐれたアタシが振ったんだけどさ。もうちょっと優しくしてあげときゃ良かったよなー」

 会話を耳に入れながら、ステイルはほむらが俯きがちに歩いていることに気付いた。
 時間を越えてこの世界まで渡り歩いてきた彼女が、元々マミとどのような間柄だったのかは知らない。
 だがマミが魔女になった際の取り乱しようを振り返れば、杏子のように親密な関係だったであろうことは容易に推測できた。

 そしてそんな彼女の最期を、これまで幾度となく目にしてきていることも、だ。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:29:54.20 ID:Wi8XFkb1o

ステイル(……場所を変えるか)

 しかしステイルが提案するより早く、ほむらが早歩きで皆の前に回り込んだ。
 その目に宿るのは確固たる意思の光。挫折と後悔を経験し、それらを乗り越えんとした者のみが持つ覚悟の証。
 ……彼女が決心したきっかけが自分にあるなど露にも思っていない彼は、
 そんなほむらの様子に思わず目をぱちくりさせた。

さやか「ん、どうしたの?」

ほむら「あなたたちに、伝えたいことがあるの」

杏子「……伝えたいこと?」

ほむら「ええ。私の抱える、最後の秘密。私の正体と、目的」

 ステイルは黙って目を細めると、訝しげにしているさやかと杏子を見比べた。
 次に黙ったままでいるまどかを見やり、最後に凛とした表情を崩さないでいるほむらを見る。
 本当に良いのか、と問いかけようとも考えたが、結局彼は口を開かなかった。
 目の前に立つ彼女がちらりとこちらを見て、分かっていると言わんばかりに頷いたのを見たからだ。

まどか「ほむらちゃんの秘密、魔法少女じゃない私が聞いてもいいのかな?」

ほむら「私の秘密はね、魔法少女じゃないあなたにだからこそ聞いて欲しいの」

 まどかとほむら、ただの少女と魔法少女。そんな二人の視線が交差する。
 人祓いのルーンが刻まれたカードをこっそりと配置したステイルが黙って魔力を込めた。
 辺りにいた人々が、不自然なほどに彼らがいる一角を避けるように移動していく。
 それに気付いているのかいないのか、ほむらは人がいなくなったと同時に語り始めた。



ほむら「私はこの命を、巴マミ、そしてまどか。あなたに救われたの」

ほむら「……私が魔法少女になったのは、今から三日後。ワルプルギスの夜がこの街を吹き飛ばした後のことよ」



 その言葉の意味を理解出来ない杏子が首をかしげ、真相に気付いたさやかが驚愕をあらわにする。
 明確にリアクションを取った二人とは対照的に、まどかは黙って彼女の話を脳内で噛み砕き、吟味しているようだ。

ほむら「私は未来から来た。たった一つの願いを叶えるために、全てを振り払って時間を壁を越えたの」
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:30:35.67 ID:Wi8XFkb1o

――かつての暁美ほむらは内気で病弱で、自分に自信が持てないただの少女だった。
 そんな彼女を変えたのは、魔法少女のまどかとの邂逅。
 そんな少女を支えたのは、頼れる先輩であるマミとの会話。
 他にも、優しくしてくれたさやかや仁美のおかげで今の自分は成り立っている。

ほむら「――私は、無力だった」

ほむら「そんな無力の私から、ワルプルギスの夜が何もかも奪い去っていった」

ほむら「巴さんも、美樹さんも、志筑さんも、先生も……まどか、あなたもよ」

 自分の声が微かに震えていることに、ほむらは気付いていた。
 しかし彼女にはどうすることも出来ない。震えを抑制することも、胸に秘めた不安をひた隠しにすることも。

ほむら「だから私は魔法少女になった」

ほむら「あなたとの出会いをやり直すために。あなたに忘れ去られてしまうとしても、気持ちや時間がずれてしまうとしても」

ほむら「それでも、あなたのためなら……」

 これまでに繰り返してきた回数なんて、とうの昔に忘れてしまった。
 回数などにさして意味は無い。回数など気にせずとも、彼女達と過ごしてきた“三週間”を忘れることなんて出来ない。
 目を瞑れば、それぞれの時間軸でたくさんの人々が紡いできた言葉や、その姿を思い浮かべることが出来る。

ほむら「どうすれば助けられるのか、どうすれば運命を変えられるのか。その答えだけを探して何度も始めからやり直して」

 ワルプルギスの夜を倒すために死力を尽くし、そして敗れたまどかも。
 まどかと自分を庇うようにして命を落としたマミの最期も。
 魔女となったさやかのことも。
 魔女に至った彼女と心中した杏子の姿も。
 さやかを助けようとして使い魔に魂を奪われた恭介の末路も。
 魔女に操られて集団自殺をやり遂げてしまった仁美の亡骸も。
 彼女は忘れない。
 忘れないが、それでも彼女にはやり遂げねばならない目的があった。

ほむら「まどか、あなたを救うことが、私の願いよ」

ほむら「そしてそれが不可能になった分だけ、私は時間を越えた。時間を越えた分だけ、私はあなたたちを見捨ててきた」

ほむら「本当に……ごめんなさい」

 そう言って彼女は、言葉を失い、黙ったままでいる三人に頭を下げた。
 慈悲深い彼女らが自分を罵ることはないだろう。深く同情し、慰めの言葉を投げてくれることだろう。
 それでも謝りたかった。心の内側からやって来る衝動を、制御できないのだ。
10 :×心の内側○体の内側 [saga]:2011/09/17(土) 02:31:36.51 ID:Wi8XFkb1o

まどか「……本当のこと、話してくれたんだね」

 ぽつりと、零れるような声が響く。

まどか「謝るのはわたしのほうだよ。そんなほむらちゃんの事情も知らずに、わたし」

さやか「だったらあたしだって……結局契約して、魔女になって、迷惑かけたんだから」

杏子「おいおい、んなこと言ったらアンタらに喧嘩売ってたアタシはどうなるのさ?」

 彼女達の優しさが、ほむらには痛いほどに嬉しい。
 しかしそれらは同時に重たく圧し掛かり、彼女の心をぎりぎりと締め付ける。
 こんなに思ってもらったら、自分は勘違いしてしまいそうになる。

まどか「ねぇ、ほむらちゃん」

ほむら「え?」

まどか「ほむらちゃんが良ければなんだけどね。わたし、ほむらちゃんのお話もっと聞きたいなって」

ほむら「……良いけど、でもどうして?」

まどか「わたしjもいっしょに背負いたいの。ほむらちゃんの抱えてる色んなこと、もっともっと分け合いたいの!」

まどか「……だめ、かな?」

 目頭が熱くなるのを感じて、ほむらは俯いた。
 頬が熱い。もしかしたら顔はぐしゃぐしゃになってるかもしれない。
 右肩に手が置かれた。涙を浮かべながら見ると、さやかが優しい表情のまま支えるようにして傍に立っていた。
 杏子も同じようにほむらの左肩に肘を乗せて、肩をすくめながら笑っている。

ほむら「っ……うぅぅ……ううぅぅ……!」

 とうとう堪えきれずに、彼女は大粒の涙を零した。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:32:39.69 ID:Wi8XFkb1o

――まどかに縋りつくようにして泣いているほむらの姿を見届けると、
 ステイルは誰にも気付かれることなくその場からそっと立ち去った。
 目の前に広がる通路を音も無く通り抜けて、その先でしゃがみこんでいる二人の少年と少女を見つける。
 まどか達と交流のある五和と香焼だ。今回はステイル達の護衛と魔女の探知を任されているはずだった。

五和「どうかしました?」

香焼「魔女の探知なら大丈夫すよー」

ステイル「少ししたらまどか達と合流してくれるかい? 人払いのルーンがあるから探し出して解除しておいてくれ」

五和「どちらへ行かれるんですか?」

ステイル「少しね……」



ステイル「……戦う理由が、増えたみたいだ」



 ふっ、と表情を消し、五和達に手を振ってその場を離れる。

 そしてデパートの屋上に出ると、彼は懐から携帯電話を取り出してとある人物を呼び出した。
 短い呼び出し音の後に、電話が繋がる。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:33:06.09 ID:Wi8XFkb1o

??????『あーもしもし、こちらは影から世界を支配したい魔術結社、明け色の陽射し。でもって私はそのボスの』

ステイル「バードウェイ、だろう」

 電話に出たのは、まどか達よりも幼いレイヴィニア=バードウェイと呼ばれる少女だ。
 可愛らしい外見とは裏腹に精鋭揃いの魔術結社の長であり、必要悪の教会すら捻り潰せる実力の持ち主でもある。
 そんな彼女の口から零れるのは、人を馬鹿にしたようなため息の音。

バードウェイ『つまらない男だな。さすがは私の妹からの求愛を突っぱねる種無しなだけはある』

ステイル「誰が種無しだ! ……コホン。実は折り入って頼みたいことがあってね」

バードウェイ『もったいぶった口振りだが、最近世界を騒がせている≪マギカ≫と関係があるのかな?』

 マギカとは、正確には違うものの簡単に言ってしまえば女性魔術師を指す言葉だ。
 魔術サイドで使われることはあまりないが、最近は魔法少女を指してマギカと呼ぶ者もいる。
 そりゃあ誰だって、シリアスな雰囲気の時に『マジカルガール』だの『まほーしょーじょ』だの言いたくないだろう。

ステイル「そんなところだよ」

バードウェイ『本来ならイギリス清教に貸してやる知恵も言葉も時間もありはしないのだが、今回は特別だ。話すといい』

ステイル「僕が望む物は――――」

 促されたままに要求を話すと、彼女はそのまま黙り込んでしまった。
 十秒が経ち、やがて二十秒が過ぎようとして、さすがに苛立ちを感じたステイルが言葉を発するより先に、

バードウェイ『くくっ』

 くぐもった笑い声が耳に届く。

バードウェイ『十字教に北欧神話、神道の術式や風水にも手を出していたとは聞いたことがあるが』

ステイル「なんだ?」

バードウェイ『貪欲だな。強くなるためならばなんでもやるか。そうまでして舞台装置の魔女を倒したいのかな』
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:33:32.13 ID:Wi8XFkb1o

 こちらの心情を見透かしたような言葉に、ステイルは内心の苛立ちを隠さず盛大に舌打ちした。
 何でもお見通しというわけか。
 性質の悪い最大主教を相手にしているような気分だ。

ステイル「確実に倒す必要がある、それだけだ」

バードウェイ『一つだけ言っておこうか。君ではアレは倒せないよ』

 朝一番のニュースを告げるように、軽い調子で少女は告げた。

バードウェイ『君は所詮ルーンの才能があるだけの魔術師だ。ヒーローじゃない。端役か脇役か、エキストラか』

バードウェイ『それがなんだ、不慣れなマギカと行動を共にして勘違いしてしまったのかな。いやぁ滑稽だ。
        あと君は確か“禁書目録”にゾッコンラブだったはずだが。彼氏持ちに片思いは辛いから乗換えか?』

ステイル「……馬鹿を言うな。僕は今でも“あの子”のために生きている」

バードウェイ『ならなぜここでヒーローごっこをして油を売っているのやら。次期最大主教ともなれば敵は多いよ?』

ステイル「今の彼女の護衛なら“あの男”と学園都市で事足りる。だから僕は、僕にしか出来ないことをやるまでだ」

バードウェイ『ほう、気になるな。単なる矮小な魔術師に過ぎない君がどうするというのだ?』

ステイル「……彼女は誰かの幸せを願い、誰かの不幸を悲しみ、誰かのために祈ることが出来る子だ」

バードウェイ『ふむ』
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:34:13.10 ID:Wi8XFkb1o

ステイル「だがあの子は万能の存在じゃない。神でもなければ、魔神ですらない。
       いますぐに見知らぬ誰かを救うため、地の果てまで向かうことは出来ない」

バードウェイ『……だから?』



ステイル「僕は彼女の代理だ」



 底冷えするような低い声で、炎の魔術師は堂々と言った。

ステイル「彼女に救えない者がいるなら僕が救おう。彼女を阻む障害があるなら焼き払おう」

ステイル「彼女なら魔法少女を救おうとするだろうし、魔法少女を苦しめる要因を取り除こうとするだろう」

ステイル「単なる端役で、矮小な魔術師に過ぎないが……」

ステイル「それでも」

ステイル「彼女の代理として、魔法少女のために戦うくらいは出来るはずだ」

 言い切ってから、ステイルは深いため息をついた。
 今の言葉は、もちろん本心から来る物だ。
 だが果たしてそれだけなのかと問われれば、彼は満足に頷くことが出来ない。
 そもそも、“あの子”を救えなかった自分が彼女の代理人を名乗るということ自体もおかしいのであるが……

 新しく増えた“戦う理由”にはもっと別の、それでいて単純な意味がある。
 ただ、それを言うのが少し気恥ずかしかっただけだ。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:34:39.41 ID:Wi8XFkb1o

バードウェイ『……よし、録音できた』

ステイル「は……え、はあ?」

バードウェイ『《僕は彼女の代理だ 彼女に救えない者がいるなら僕が救おう――》と、こんな具合にね』

バードウェイ『いやぁとても熱の篭った口上だったので記念にと思って』

ステイル「なっ、はあぁぁ!?」

バードウェイ『まぁネタバラシをしてしまうと最初から録音してただけだから安心したまえよ』

ステイル「こんのクソガキッ……!!」

バードウェイ『韻が踏まれていないし、口上にしては自虐過ぎたが。込められた想いはしかと受け取ったよ』

バードウェイ『何分こちらも忙しいが、利害も一致してるし『前報酬』も頂いた。あとで私の部下を寄越してやろう』

ステイル「本当か!?」

バードウェイ『どうせファウストの原典は消し去りたいところだったし、この星を跋扈する白い淫獣も駆除したかったからな』

ステイル「……すまない、助かる」

バードウェイ『おやおや、魔術結社のボス相手に礼を言うとは……ああそうだ待て、まだ伝えることがあった』

 バードウェイの声色に、敵を蹂躙する際のそれとはまた違う微妙な変化が生まれた。
 珍しい現象にステイルは呆気に取られ、ついで彼女の言葉に耳を傾ける。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:35:05.87 ID:Wi8XFkb1o

バードウェイ『忠告で警告で最後通告、あるいは冥土の土産になるかな』

バードウェイ『とにかく、ローラ=スチュアートとインキュベーターには気を付けることだよ』

ステイル「何故だ?」

バードウェイ『勘だよ。アレイスターと違ってあの女はただの人間だ。だからこそ底が知れないし、薄気味が悪い』

バードウェイ『そしてその女と行動を共にするヤツもまた胡散臭い、それだけだよ。なんなら私が出向いてやろうか?』

ステイル「……残念だけど、君は今回限りの友情出演だよ。さようなら」

バードウェイ『なっ嘘だろうまさかこんな思わせぶりな台詞回しをする私がたかが友情出演止まりなどありえ』

 面倒くさくなって、ステイルは携帯電話を畳んだ。さようならバードウェイ、君の出番はもう来ないだろう。
 ため息を吐くと、先ほどの言葉を思い出してもう一度ため息を吐いた。
 気を付けろと言われても、相手はイギリスのトップと得体の知れない種族だ。こればかりはどうにもならないだろう。
 携帯電話を懐に仕舞い込むと、まるでタイミングを見計らったかのように扉の影から神裂が姿を現した。

神裂「五和から様子がおかしいと言われて来てはみましたが。何かあったのですか?」

ステイル「言うなれば、『必殺技』のためのお膳立てをしていたところさ」

神裂「ふむ……それで、彼女達の下へ戻られるのですか?」

ステイル「そんな気分じゃないな。学校は終わったし、人目を憚りながら“作業”の方に精を出すさ」

神裂「そうですか。では私も付き添いましょう」

ステイル「神裂は休んでいろ、ワルプルギスの夜に対する戦力の要は君なんだからね」

神裂「少し程度なら大丈夫ですよ。そうそう異変も起こりえませんしね」

ステイル「だが」

神裂「子供は遠慮しないことです。それに私とあなたの仲ではありませんか」

ステイル「……好きにしろ」
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:35:33.07 ID:Wi8XFkb1o

――だが、目に見えぬ異変はそれから三十分もしない内に訪れる。

さやか「にしてもステイルのやつったら、勝手に用事でどっか行っちゃうなんてさぁ!」

香焼「あの人は多忙なんすよ。許してあげてください」

杏子「子供が大人の尻拭いすんなよ」

香焼「いやだからほとんど年齢変わんないすからね!?」

五和「あはは、まぁいいじゃないですか」

 和気藹々と話す彼らを尻目に、ほむらはそっとまどかを覗き見た。
 ほむらの話を聞いてからの彼女は、ほんのわずかにだがどこか落ち込んで見えた。
 やはり話すべきではなかったのだろうか、そんな後悔の念が頭を過ぎるが。

まどか「あの、五和さん。魔女を探さなくても大丈夫なんですか?」

 その言葉を聞いて、自分の思い過ごしだったことに気付きかぶりを振る。

五和「大丈夫です。張り巡らせた結界のおかげでこの街のことは大体把握できてますから安心してください!」

 結界というのは、日頃からステイルが行っている作業の一つであるルーンが刻まれたカードの散布によるものだろうか?
 どこか直感的なセンスや素質が優先される魔法と違って、魔術は非常に複雑かつ難解だ。
 ステイルから何度か教わってはいるが、正直言ってほむらにはちんぷんかんぷんなのである。

さやか「でもさ、やっぱあたしたちも協力するべきだよ。魔法少女なんだし」

香焼「いやいや、こういうのは自分らの仕事すから」

杏子「アタシらの仕事だろ。グリーフシードが必要なのはアタシらなんだから」

五和「ちゃんと発見したグリーフシードは提供しますから安心してください」

 その言葉を聞いたさやかの顔に影が過ぎった。

さやか「……魔女を助けることって、出来ないんですか? あたしみたいに、運が良ければ……」
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:35:59.73 ID:Wi8XFkb1o

五和「グレゴリオの聖歌隊はそう簡単に扱える術式ではないんです。実質、魔術サイドによる外部への干渉行為ですから」

香焼「穢れをどうこうする手立てもまだ見つかってないんすよ。この前みたいに“あの二人”に力を借りるのも難しいすから」

杏子「あー、なんだっけ。修道女とツンツン男? なんで借りれないの?」

五和「二人とも、こちらの業界では伝説的な英雄扱いされてますけど……」

香焼「立場的にはまだ一般人なんすよ。望めば力を貸してくれるでしょうけど、二人だけで片っ端から救うなんて無理なわけで……」

さやか「それじゃあ復活劇(あれ)は奇跡みたいなものだったのかぁ……」

五和「それは違いますよ! あれは恭介さんの、あなたへの想いが引き起こした必然です!」

 なぜか拳を作って熱弁する五和に引きつった笑みを向けながら、さやかが頬を赤くする。

ほむら「だったら私達は、ワルプルギスの夜に備えれば良いわけね?」

五和「そうしてもらえると助かります。私達天草式が束になってもあなたたちほどの力は得られませんから」

香焼「肝心なとこで他人頼りなんすから情けない話っすよね……」

さやか「やっぱ今のうちに特訓とかしといた方が良いのかな? 必殺技とかさ」

まどか「戦う前からソウルジェム濁らせちたらだめじゃないのかな?」

さやか「あっ、そっか。特訓も無理なんて不便だなぁ……」

杏子「チッチッチッ……分かってねーなーヒヨッコ」

杏子「魔法ってのはさ、いんすぴれーしょんってヤツが大事なんだよ。まずは頭の中でだな?」

 かつてマミに教わったという脳内シミュレーション講義を始めた杏子から離れると、ほむらは五和へ顔を向けた。

ほむら「それで、人が涙流してる時に抜け出した神父は何処に行ったのかしら?」

五和「あー、実は私もよく知らないんです。事情は大体分かりましたけど」

ほむら「事情?」
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:36:32.24 ID:Wi8XFkb1o

五和「はい。隅におけませんよね?」

ほむら「……話が見えないのだけど」

五和「『戦う理由が増えた』って。これって遠回しに色んなフラグ立ててますよねー」 ニヤニヤ

ほむら「……ああなぜか分からないけどなぜかあなたの胸になぜか鉛玉を撃ち込みたくなったわ
...    なぜか手元にあるデザートイーグルかべレッタか好きな方を選ばせてあげるからいますぐに決めなさい」 スッ…

五和「わー!? 冗談ですから銃口で胸をごりごりむにゅむにゅしないでくださいぃーっ!」

香焼「……なんかこういうのってイイっすね!」 ゴクリッ

さやか「はいはいお子ちゃまはこっちねー」 グイッ

香焼「せ、せめてあと五秒!」

さやか「興奮すると男の子はオオカミなっちゃうからだめー」 ケラケラ

杏子「アホらしい……」

 その茶番を見たほむらは、銃を盾の中に仕舞い込みながらも新鮮な感覚を覚えて眉をひそめた。
 ワルプルギスの夜を前にしてこうも余裕を保っていられたことが今までにあっただろうか?

五和「あの人は、あなたに自分を重ねているのかもしれませんね」

ほむら「なぜ?」

五和「知っているとは思いますけど、あの人とあなたの境遇は少しだけ似ているんですよ。だからとは言い切れませんが……」

ほむら「……そうね。似た者同士であるということは否定しないわ」

 そう言って、ほむらは笑みを浮かべた。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:37:00.66 ID:Wi8XFkb1o

――そして。
 皆と別れたまどかは、かつて巴マミが住んでいたマンションを訪れていた。

まどか「……」

 無言のまま表札に書かれた文字を読み。
 それから悲しそうに俯いて、鞄を持つ手に力を込める。

まどか「マミさん……」

 その声に反応するものはいない。
 しばらく立ち尽くしていたまどかは、やがて諦めたようにかぶりを振ると踵を返し、

まどか「……あれ?」

 マミの住んでいた部屋の、玄関の扉がほんのわずかに開いていることに彼女は気付いた。

まどか「ドア、開いてる?」

 ほんの少しの期待と不安を胸に抱いて、彼女は恐る恐る扉を開ける。
 靴は置かれていない。当然だ、ここには誰も住んでいないのだから。
 それでも彼女丁寧に靴を脱いで揃えると、靴下のまま一歩、また一歩と廊下の奥へと足を運んでいく。

まどか「……泥棒さんみたいだね」

 まどかが呟くと同時に、廊下の向こうにある部屋でガサッ、という物音がした。
 緊張と不安とで頭の中がいっぱいになるのを感じながら、まどかは無意識の内に携帯電話を握り締める。
 そして部屋に繋がるドアのノブに手をかけ、ゆっくりと力を込めて部屋へと踏み込み――
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:37:45.16 ID:Wi8XFkb1o

――当然だが、そこに巴マミの姿は無く。
 代わりに彼女は、もふもふとした白い尻尾と耳毛が特徴的な、赤い目をした獣の姿を見つけた。

まどか「キュゥべぇ?」

QB「やあ、久しぶりだね」

まどか「どうしてあなたがここに?」

QB「それを話すと少し長くなるね。その前に一つ、お願いをしてもいいかな?」

まどか「お願いって……もしかして……」

QB「察しが良いね。その通りだよまどか。僕のお願いっていうのはだね……」
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:38:20.23 ID:Wi8XFkb1o



QB「僕と契約して、魔法少女になってよ!」





――――――少女と魔法が交差する時、物語は始まる。


23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/17(土) 02:42:55.47 ID:Wi8XFkb1o
誰かの悲しみを〜は、某青だぬきアニメの結婚前夜の台詞から拝借。あと
「〜〜の代理だ」ってのもなにかの作品の台詞だと思うのですが、記憶が曖昧という。元ネタなんだったかな
次回はまどか中心回の予定。このお話の主人公はまどかです
次回投下の予定は未定。遅くとも今から七日以内までには……
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/17(土) 04:05:08.89 ID:GqMkzDBAO
乙!
ステイルの準備から察するに巨大怪獣バトルが見れるのかな?
でもどんなに頑張ってもステイルは前座くらいにしかならなさそうでアレだな……。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北陸地方) [sage]:2011/09/17(土) 08:06:36.34 ID:SijW4NfAO

ステイルはやっぱりかっこいいな
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/17(土) 16:12:33.39 ID:CjlGzf3yo
禁書の方がアニメ版の知識しか無いんだが
ステイルの虚弱体質フラグがなんかの魔術の仕込みって事でおkk?
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/17(土) 16:55:24.07 ID:DZd1DkqCo
乙!

ステイルかっこいい
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/09/17(土) 19:31:44.29 ID:JFdzYSg90
乙でした!
ステイルさん今まで弱いと思ってて済みませんでした許して下さい


そしてQB[ピーーー]! 氏ねじゃなくて[ピーーー]!
畜生期待させやがって、結局お前かよ滅びろ!
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/09/17(土) 23:01:40.21 ID:ZgbmxMH30


QBは悪の権化ってわけではないぞ
ただエネルギー回収に最適だと考える方法を行っているだけなんだよなあ
どっかにQBと契約することは電気代をただにする代わりに家に原子炉を建てるようなものって書いてあった気がする


3週間と聞いてシュタゲを思い出した人は少なくないはず

なかったことにしてはいけない          
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/18(日) 10:37:47.87 ID:UcYBG2rIO
青狸の話から引っ張ってくるとかこの>>1は良く分かってる。

あと久々QB登場でwktk
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/18(日) 12:40:55.55 ID:RdNET4k10
>>1 乙

何気にステイルさんがフラグたてまくっているなあ…。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/09/21(水) 22:54:26.30 ID:VkeGeylZ0
>>1
おつおつ
遂にステほむフラグか、胸熱だな
>>29
ステイルは高度なルーン魔術を体得するために身体能力を犠牲にしたんだよね
それで、作中ではステさんが超虚弱体質だったんじゃないかな
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/26(月) 02:47:55.44 ID:2kYXaSMso
台風のせいで網戸が物故割れた。恐ろしすぎ笑えない
投下の目処が立ったので今日の夜、10〜11時頃に投下します
ってか前スレ埋めないと……
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/09/26(月) 02:59:04.14 ID:GL92tL+No
梅乙乙
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/26(月) 02:59:52.80 ID:2kYXaSMso
自分で自分の安眠妨害ワロタwwww
埋めご協力感謝します。ではまた夜にでも
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:31:16.58 ID:2kYXaSMso
それではこれから投下します、が返レスを少し

>>24
このスレを作るきっかけの一つがそれだったりします
ちなみに没にした案では主役上条さんで、ステイルはぽっと出の脇役だった。どうしてこうなった

>>26,32
イノケンさんを顕現させるために魔力を作る=体力やら生命力やらを犠牲に、という形ですね
それでも原作の彼は上条さんと併走できるレベルの身体能力がありましたが、はてさて

>>29
バタフライエフェクトといいシュタゲといいあの手の作品はたまらねぇ

>>30
前回の投下の後、久々に銀河エクスプレスでも見ようと思ってVHSをがちゃがちゃさせてみたんですよ
カチッ キュルル……ギュィイイイイイイイキィイイイ――――――!!!
そして俺はコンセントを引き抜いた
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:33:12.54 ID:2kYXaSMso

QB「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 その言葉を聞いて、わたしは言葉に現せない既視感(デジャブ)を覚えました。
 初めて会った際に交わされたやりとりに似ていたからなのか、
 どこか別の時間の私がこの台詞を聞いたことがある影響が出ているのかは分からないけど。

まどか「……キュゥべぇは、そうやって人を魔法少女にして、悲しんだりはしないの?」

QB「悲しむ、という感情が僕には理解出来ない。感情を持たない僕らには悲しむことなんて出来ないのさ」

まどか「嘘よ……!」

 尻尾を可愛らしく揺らしながらキュゥべぇが言ったので、わたしは反射的に口を開いて否定していた。

QB「どうしてそう思うんだい?」

まどか「悲しまないんだったら、どうしてあなたはこの場所に……」

まどか「マミさんの部屋にいたの? どうしてただじっと座って、“誰か”を待っていたの?」

 わたしの言葉を聞いて、キュゥべぇは黙ったまま目を閉じた。
 キュゥべぇの一挙一動から悲しさや寂しさが見て取れたわたしは、心のどこかでほっとした。
 まったく感情が無いわけじゃなくて、ただそれをどう表現すればいいのか分からないだけなんだって。
 そう思えたから。

QB「……」

まどか「あなたも、本当は悲しいんだよね? マミさんが亡くなって、だからあなたは……」

QB「……」

 彼は諦めたように首を振って、四本の足を使って起き上がった。
 埃の積もったテーブルに跳び乗ると、二つの赤い目でわたしの顔を覗き見て、

QB「僕がここにいた理由は君だよ、まどか」

 極々自然な調子で、キュゥべぇが言った。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:35:24.88 ID:2kYXaSMso

まどか「え……?」

QB「僕の目的は宇宙のためにエネルギーを回収すること。その近道が君と契約を取り結ぶことでね」

QB「だけど君の周りには魔術師がいる。彼らの妨害を受けて無意味に個体を減らすわけにもいかないだろう?
   それゆえに近づくことが出来ない。だから僕は君と二人きりになれる場所を捜し求め、“君”を待っていたのさ」

まどか「そん、な」

QB「今の君なら、一人でこの部屋を訪れる確率が高い。契約だって出来るかもしれない」

QB「僕がこの場所にいた理由はそれだけだよ」

 信じたくない。
 キュゥべぇは心のどこかでマミさんがいなくなったことを悲しんでいるんだって、そう思いたかった。

QB「マミの死を悲しみ、彼女の名残を追い求めてただ理由も無く時間を潰していたと思ったのかい?」

QB「そんなこと、あるわけないじゃないか」

 しかしわたしの懐いた甘い希望を打ち砕くように、キュゥべぇはにべもなく否定する。

まどか「……あなたは、マミさんが魔女になって、死んじゃったのに。ちっとも悲しくなんてなかったの?」

 まるで教え子から頓珍漢な質問を受けた先生のように、彼は首を傾げて見せた。

QB「彼女のおかげで膨大なエネルギーが回収出来たんだよ?」

QB「もし僕に感情があったら、喜びの余り涙を流しているところだろうね」

 顔色一つ変えずに言い切る彼を見て、わたしは背筋が凍りついてしまったような錯覚を覚えた。
 未知。不明。異質。そんな漢字二文字の言葉が、語彙の少ないわたしの脳裏を過ぎる。
 これまでに遭遇したことのない、まったく理解出来ない存在。
 あの怖い魔女ですら、彼という存在の前では霞んで見える気がした。

 これがキュゥべぇ。
 これがインキュベーター。
 人の持つ常識や知識、そういったものがまるで通用しない存在。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:36:06.32 ID:2kYXaSMso

QB「……ああでも。彼女の――――――」

 キュゥべぇは何かを言いかけて、首を横に振った。
 それが何を意味しているのか、わたしには分からない。

QB「そんなことより、僕と契約してくれる気にはなったかい?」

まどか「……無理だよ、そんなの」

QB「ふぅん。僕の見立てでは、君は魔法少女になりたいと考えていると。そう思ったんだけどね」

QB「絶望に抗い、迫り来る脅威に立ち向かう魔法少女と魔術師を見て君はこう思ったはずだよ」

QB「『自分も同じ立場に立ちたい』『守られているのはもう嫌だ』ってね」

まどか「それは……」

 否定出来なかった。
 ここ最近、わたしは色んな人たちと会ってきた。
 とても強くて優しかったマミさんに、わたしのことを大事に思ってくれるほむらちゃん。
 素っ気無いけど優しいステイルくん。優しくて気配り上手な五和さんに、ちょっと背伸びしたがってる香焼くん。
 見た目は怖いけど良い人の建宮さん。あと恥ずかしい格好してるけど頼れるお姉さんみたいな神裂さん。
 わたしたちに襲い掛かった幻想(せつぼう)を壊して、さやかちゃんを助け出してくれた“あの二人”。

 そんなたくさんの人たちが戦っている横で、わたしは何も出来ないままだった。

『みんなに守られるわたしじゃなくて、みんなを守るわたしになりたい』

 そんな思いが無いといえば、嘘になる。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:38:35.61 ID:2kYXaSMso

QB「とはいえこれはあくまで動機だ。じゃあ肝心の願いは何かと推測してみたんだけど……こちらはもうほとんど確定だね」

まどか「――!」

 キュゥべぇの言葉に思わずぎょっとして、わたしは彼の目を覗き見た。
 その目はどんな感情も宿してなくて、その赤さに反比例するようにとても冷たくわたしには感じられた。
 私と彼の間に広がる距離を無視して、彼はわたしの心に直接語りかける

QB「この場所に君が訪れたことが何よりの証左さ」


QB「……君は、マミを、生き返らせたかったんだろう?」


まどか「……」

QB「もちろんそれだけで契約するほど君は愚かじゃない。恐らくは打算めいた物もあったんだろうね
   奇跡を見てしまったために、内心で『魔術師ならなんとかしてくれる』なんて希望を抱いていたんじゃないかな
   ノーリスクかつハイリターンの選択肢が目の前に転がっていたら、誰だってそれを選びたくなるのは当然だからね」

 何も言えずに、わたしは俯いた。

QB「僕としても、そんな状態の君なら容易に契約出来るだろうと考えていたんだけど……
   君は時間遡行者である暁美ほむらの正体を知ってしまったみたいだね。
   知ってしまった以上、たとえ奇跡が起こる可能性があろうともう魔法少女になることは出来ない」

QB「彼女を裏切ることになってしまうから――かな」

 キュゥべぇの言うことは正しい。
 実はさやかちゃんが戻ってきてから、わたしは何度かキュゥべぇのことを探したことがある。
 動機は先ほどキュゥべぇが述べたこととほとんど同じ。叶えてもらう願いも。
 ほむらちゃんの話を聞くまで、わたしはマミさんのことを諦めていなかった。
 それがどんなにずるくて、卑怯なことなのかは分かってるつもりだった。
 でも……

QB「さっき、君がここを訪れる確率が高いって言ったよね?
   あれは君がマミへの思いを断ち切るためにここに訪れるだろうと推測してのことなのさ」

QB「君のために、いくつもの屍(せかい)を越えて来た暁美ほむらの願いを、君は叶えてあげたいと思うだろうからね」

 ほむらちゃんが背負い込んできたものを、分かち合った今だから分かる。
 わたしがどんなに愚かで、彼女に重荷を押し付けてきたのかが。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:39:03.51 ID:2kYXaSMso

まどか「わたしは……」

QB「でもねまどか。ステイル=マグヌスから僕達のことは聞いているだろう? これは君達のためでもあるんだよ」

まどか「そんな……」

QB「君達だっていずれは僕らの仲間入りをする。その時に枯れ果てた宇宙を渡されても困るだろう?」

QB「それに君達は願いだって叶えてもらえるんだ。これは僕達と君達、双方が得をする取引なんだよ」

まどか「……だからって、たくさんの魔法少女を犠牲にしていい理由にはならないでしょ!」

QB「しかし彼女達は契約したことによって運命を捻じ曲げ、それだけの幸福を享受してきた」

QB「彼女達の犠牲のおかげで今の地球、今の宇宙があるといっても過言じゃないよ」

まどか「そんなの勝手過ぎるよ!」

QB「……やっぱり“彼女”と違って君達に現実を受け入れてもらうことは難しいみたいだね」

QB「まぁいいさ。遅かれ早かれ結末は同じだ。君は僕と契約せざるを得なくなる」

まどか「……どうしてそんなことが言えるの?」

QB「ワルプルギスの夜が来るからだよ」

 ワルプルギスの夜。
 ほむらちゃんを苦しめる、最大の要因。
 簡単にしか聞いてないけど、顕現するだけでその町にいる人々の命がたくさん失われてしまうらしい。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:39:29.81 ID:2kYXaSMso

まどか「でもそれは、ステイルくんたちがなんとかしてくれるんじゃ……」

QB「無理だろうね。あれはもう、そういう次元じゃない」

まどか「……不思議な力があるの?」

QB「そういう問題じゃないんだ。倒せないというのはね、単純にあれが強すぎるからだよ」

QB「あれを撃退するのにどれだけの魔法少女が必要か知っているかい?」

QB「最低でも一〇人は必要だね。素質に恵まれた子がいるなら話は別だけど」

 さやかちゃんや杏子ちゃんが一〇人……確かにとっても強そうだけど……

まどか「ステイルくんや神裂さんなら、倒せるんじゃないの?」

QB「……そうだね」

QB「そうやって彼らに任せていれば、あるいは君は傷付かずに済むかもしれないね」

 キュゥべぇの言葉に、わたしを責めるような調子は含まれてなかった。
 淡々とありのままの事実を告げているだけに、わたしは言い返すことも出来ずじっと足元を見つめた。

まどか「……」

QB「それでも無理だろう。この世界は歪みすぎてしまっている」

まどか「ゆがみ?」

QB「そうだよまどか。この世界は歪んでしまっているんだ。さながら紅茶とミルクが溶け合うようにね」

QB「この世界をミルクティーとするなら、ワルプルギスの夜は砂糖さ」

QB「ただでさえ紅茶に甘みを与える砂糖は、ミルクという物質を利用してさらにその効能を高めている」
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:42:31.19 ID:2kYXaSMso

                                 テ レ ズ マ
QB「この世界に現れた歪みである『魔導書』と『天使の力』を取り込んだワルプルギスの夜は強大だ
   下手をすれば国一つが滅んでしまうだろう。ここは災禍の中心地点となって新たな絶望を産み、呪いを撒き散らす
   その調子で日本にいる魔法少女が一斉に魔女になってくれれば、それだけエネルギーも回収できるかもしれないね」

QB「彼らのやっていることは無駄なんだ。救いなんて無いし、奇跡もない」


――何を言っているの?


QB「魔法少女も同じさ。条理にそぐわぬ願いを叶えた結果、彼女達は絶望して呪いを産み、魔女になった」

QB「君はこれを裏切りと呼ぶかもしれないが、彼女たちを裏切ったのは僕たちじゃない。自分自身の祈りだよ」

QB「魔力によって強靭かつ便利な肉体を得て、魔法すら行使できるようになり、願いまで叶えたんだ」

QB「それによって生まれる歪みから災厄が生まれるのは当然じゃないか。裏切りだと思うなら、願いなんて持たなければいいのに」


――何でそんなことが、平気で言えるの?


QB「無駄な希望を抱かず、自分達だけの社会に引きこもっていれば絶望することも無かった」

QB「僕らはあくまで、第三の選択肢を与えたに過ぎない」

QB「そしてそこから派生する、いくつもの未来の中から破滅する未来を選んだのは彼女たち自身だよ」


 ずっと魔法少女を見守りながら、あなたは何も感じなかったの……?
 みんながどんなに辛かったか、分かってあげようとしなかったの……?


QB「……事の本質がまったく見えていないんだね」

QB「だからこそ、君達の魂から生まれるエネルギーはあれほどまでに膨大なのかもしれないけど」

QB「僕としては、ローラ。彼女みたいな物分りのいい女性が契約相手だったら良かったんだけどね」
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:44:00.18 ID:2kYXaSMso

 わたしには、キュゥべぇの話してる内容の半分すら理解出来なかった。

 ううん、もしかしたらほんとは、もうちょっとは理解出来てたのかもしれないけど。

 それでも、認めたくないんだと思う。

 みんなが頑張ってきたことが無駄に終わってしまうなんておかしい。

 魔法少女が希望を懐くことが間違っているなんて変だよ。

 魔法少女は絶望して、魔女になる。

 それが、どうにもならない絶対条件。

 揺るがないルールだって言うなら。

 わたしは……

 私は……
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:45:13.58 ID:2kYXaSMso

QB「……残念だ。どうやら時間みたいだね」

まどか「え?」

QB「暁美ほむらが物凄い勢いで近づいてきてる。少し離れた場所にステイル=マグヌスもいるね」

 わたしの事を見ながら、それでもキュゥべぇの目はどこか遠くを見ていた。

QB「別の個体からの情報だよ。といっても人間に理解できる代物じゃないから詳しい説明は省略するけど」

QB「この部屋も見納めだね」

 そう言って、キュゥべぇは耳から出てる毛を器用に操って窓を開けた。
 軽い調子で窓枠に飛び乗ると、まるで名残惜しさでもあるかのような素振りで部屋の中を見渡してる。
 そんな感情なんて持ってないはずなのに。

QB「それじゃあまどか」

QB「この宇宙のために死んでくれる気になったら、いつでも僕の名前を呼んでよ」

QB「そしたら僕は、どんな状況であろうと君の下に駆けつけてあげるからさ」

 愛する恋人にささやくように、しかし感情のこもっていない声でキュゥべぇは言う。
 その直後、たんっと軽い音を立てて、キュゥべぇは窓枠から飛び降りた。
 一方わたしはというと、緊張が解けたせいか足から力が抜けて、床にへたりこんでしまった。

まどか「どうしよう……」

まどか「わたし、どうしたらいいんだろう……」
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:46:25.05 ID:2kYXaSMso

――バンッ! と音を立てて部屋の扉が開かれた。
 床に腰を下ろしたまどかは力なくそちらへ首を向ける。
 そこには汗を滝のように流し、よれよれの制服を乱して荒々しく肩を上下させるほむらがいた。

ほむら「まっ……まど、ま……どかぁっ!」

 酸素を欲しがる体を抑え付けるように襟元を握り締めて、彼女はなんとかまどかの名を口にしようとする。
 その様子を見て、まどかが苦笑を浮かべながらほむらに手を振った。

まどか「落ち着いてほむらちゃん。はい、深呼吸しようね」

ほむら「はぁ、はぁ……し、しんこ……きゅー?」

まどか「うん、ほら。ひっひっふー、ひっひっふー。」

ほむら「……それはラマーズ呼吸よ」

まどか「そうだっけ? てぃひひっ!」

ほむら「はぁ……」

 元気に笑うまどかを見て自身の取り越し苦労だと気付いたのだろう。
 彼女はばつの悪そうな表情を浮かべると、大きくため息を吐いた。

ほむら「なんにしても、あなたが無事でよかったわ」

まどか「えへへ、ほむらちゃんは心配性さんだね」

ほむら「心配して当然よ。もしまたあなたを失ってしまったら……」

 ほむらの表情に陰りが生じる。
 慌てて立ち上がると、まどかはほむらの傍に歩み寄って、彼女の双肩に両の手を置いた。

まどか「ごめん、大丈夫だから安心して。ね?」

ほむら「……ええ」
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:47:15.14 ID:2kYXaSMso

 そして二人は互いの顔を見つめあい、静寂が訪れ――た、と思いきや。
 大きな物音が部屋の外から聞こえてきて、二人はびくっと肩を震わせた。
 同時に開け放たれたままの入り口に目をやる。
 次の瞬間、青い髪をぶわっとなびかせてさやかが飛び込んできた。

さやか「や、やっと追いついたぁ〜! ほむら、あんたねぇ……はえ?」

 さやかはざっと部屋を見渡して、これでもかというほどに固まった。
 彼女の視線の先には二人……間近でほむらの肩に手を乗せたまどかと、自分の襟元を握り締めるほむらの姿がある。
 窓から差す赤い夕日と相まって、非常に複雑な誤解を抱かれかねないようなそんなアレだ。

さやか「……」

まどか「……」

ほむら「取り込み中よ」

まどか「ほむらちゃん!?」

さやか「し、失礼しましたー……ってんなわけあるかい!」

ほむら「ベタなツッコミね」

 ほむらの鋭い指摘を受けてさやかががっくりと肩を落とす。
 だが彼女はめげることなく胸を張ると、ふたたび部屋の隅々に視線を送った。

さやか「急いで駆けつけたはいいけど、あんまし意味なかったみたいだね」

まどか「ごめんね、迷惑掛けちゃって。なんでもないの」

さやか「別に良いって。それに……来た来た。やっほー、杏子にステイルー」

 彼女の声に続くように、赤い髪の男女、もとい杏子とステイルが部屋に入ってきた。
 杏子はそれ見たことかと言わんばかりに誇らしげな顔をして。
 ステイルは息を荒げて肩を20cmほど上下させている。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:48:29.67 ID:2kYXaSMso

杏子「ったく、結局なんもなかっただろー? 中学生なんだし寄り道くらいするってーの」

さやか「文句はほむらに言いなさいよ。それに最近は物騒だから、敏感なくらいがちょうどいいってーの」

ステイル「さすが、元行方不明者は言うことが違うね」

さやか「うぐっ……」

杏子「経験者は語る! ってやつだな」 ゲラゲラ

さやか「つい最近まで戸籍すらなかったあんたに言われたかないってーの!」

杏子「うぐっ……」

 自分の勝手な行動が大きな心配を招いていたことに気付いて、まどかは申し訳なさそうに肩を落とした。
 その様子に気づいたステイルが、指輪の付いた左手を振って気にするなと意思表示。
 それでもまどかの表情は晴れない。
 彼はそんな彼女を見て眉根を寄せると、口を開いた。

ステイル「……君は単に、巴マミのこと面影を求めてここを訪れただけだろう?」

ステイル「なに、僕らのことは気にすることないさ。勝手に勘違いして勝手に慌てただけだからね」

 いわば自爆したわけだ、と彼は続けた。
 彼の気遣いに感謝しつつも、まどかはスカートを翻して扉の脇に立った。

まどか「えへへ、それじゃ帰ろっか」

さやか「ん、なんか用事あったんでしょ? もういいの?」

まどか「うん、今のところは……ね」

 精一杯笑顔を作って、まどかは玄関へと歩き始めた。
 あくまで自然を装って、周囲の目を欺いて。
 悩み事の無い、ただの少女を演じる。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:49:56.74 ID:2kYXaSMso

まどか「ところでみんな、どうしてわたしが帰ってないって分かったの?」

杏子「さやかから電話があったからさぁー」 クイッ

さやか「ステイルから電話があったからだよ」 クイッ

ステイル「ほむらから電話があったからだね」 クイッ

杏子「……なぁ、アンタはどうしてまどかがいないことに気付けたんだ?」

ほむら「どうしてって……」

ほむら「そんなの、偶然まどかの家を通りがかって、さらに偶然まどかの部屋が視界に入ったからに決まってるじゃない」

杏子「一度家に帰ったのにどうしてコイツの家を通りがかれんだよ?」

ほむら「偶然散歩をしたくなったからよ」

さやか「……ていうかさ、まどかの部屋二階だよ?」

ほむら「偶然魔力を使って飛び跳ねたい気分だったのよ。偶然って重なるものね」

まどか「そういえば最近、朝起きたらカーテンがちょっと開いてたり、視線を感じたりするんだけど……」

ほむら「大変ね。気を付けた方が良いわよ」

まどか「というか夜中に窓の外に立ってるほむらちゃんの姿を見かけたりするんだけど……」

ほむら「きっと蜃気楼ね」

さやか「白々しい嘘吐くんじゃないわよ! ぶっちゃけ覗いてたんでしょあんた!」

ほむら「それは違うわ!」

さやか「違わないから」
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:51:52.87 ID:2kYXaSMso

ほむら「断じて違うわ。私はまどかの身の安全を確保するためにまどかの家を警備しているだけよ」

ほむら「決して私欲のためにまどかの寝顔を覗いたり寝言を聞きに行っているわけじゃないわ」

さやか「いやいや変質者じゃん。ほらステイル、あんたも何か言ってやんなよ」

ステイル「君の気持ちは痛いほどに分かるよ、ほむら」 ウンウン

さやか「そうそう……」

さやか「は?」

ステイル「大切な人を守るために向かいのビルから部屋を覗いたり、電信柱の影から見守ったり。
       プライドを捨て、恥を忍んで隣の部屋からガラスコップを使って聞き耳を立てたりするのはね……」

ステイル「人間ならば誰もが通る道だよ。これを邪魔する資格は僕にはないね」 キリッ

ほむら「……」

ステイル「……」

ステほむ「……」 ガシィッ!

杏子「互いの目を見ただけで即座に握手を交わしやがった。これが友情ってヤツなのか?」

まどか「そうなのかも。新しい友情の形なんだね!」

さやか「どう見ても変態ストーカーでしょうが!」

ほむら「変態じゃないわ。仮に変態だとしても変態という名の魔法少女よ」 キリッ

ステイル「誰かを護ろうとする人間をストーカー呼ばわりするのなら、まずはそのふざけた幻想を焼き尽くすまでだ」 ソゲブッ

さやか「あーもー! なんなのよこいつらぁー!」
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:53:34.09 ID:2kYXaSMso

――後からやって来た天草式の面々にほむらとさやか、杏子を預けると。
 ステイルはまどかを家まで送り届けるため、彼女の隣に並んで歩くことに。

まどか「てぃひひっ、最近ステイルくんとほむらちゃん息ぴったしで仲良しさんだね」

ステイル「似た者同士だからそう見えるだけさ」

まどか「そうかなぁ。実は二人とも、その気があったりしちゃって……?」

 そう言って、きゃー! と一人で顔を赤らめるまどか。
 そんな彼女の様子にステイルは苦笑すると、かぶりを振った。

ステイル「残念だが、僕らじゃ君の期待に応えられそうもないね。僕も彼女もすでに想心に決めた相手がいるんだ」

まどか「あ……そっか、そうだね」

 ほむらが何度も世界を渡り歩く理由を思い出したのだろう。彼女は声を潜めて頷いた。
 マミの部屋で彼女を見たときから抱いてきた違和感が強さを増していく。切り出すならばこの辺りか。
 ステイルは立ち止まると、まどかの小さな背中を見た。

ステイル「キュゥべぇと会ったようだね」

 まどかの肩がびくっと震える。
 彼女は躊躇いがちにステイルの方を振り向き、小さく口を開いた。

まどか「どう、して?」

ステイル「鍵が掛かったままの部屋に君が入れた理由と、最近見かけないキュゥべぇの姿。
       そして君の笑顔の不自然さとか……まぁ正直可能性は低かったから引っ掛けてみたんだが、どうやらビンゴのようだね」

ステイル「ほむらが気付かず、僕が気付けたのは……運が良かったからかな」

 やれやれと肩をすくめる。

ステイル「しかし油断も隙も無いやつだね彼は。さすがは地上を跋扈する害獣と称されるだけはある……さて」

 彼女の瞳を真正面から見据えて、ステイルは微笑んだ。

ステイル「君の願いはなんだい?」
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:54:28.69 ID:2kYXaSMso

まどか「わたしは……」

 まどかはステイルに見据えられて萎縮すると、すこしの間押し黙ってから目を伏せた。

まどか「分からないの。どうしたらいいのか」

まどか「叶えたい願いなんていっぱいある。守りたいものだってたくさんある。悲しませたくない人だっている」

まどか「でも、叶えられる願いは一つだけで……ほむらちゃんのことを思ったら契約なんてできなくて……」

 シェリー=クロムウェルと同じか。
 今でこそ『誰かを助ける』という信念に基づいて魔法少女の抱える問題に対して、寝る間も惜しんで対処しているが。
 過去の彼女は無数の信念を持っていたし、何をすべきか分からず、暴走したこともあった。
 だが今回は規模が違う。その信念も、願いもだ。

まどか「みんなと一緒に戦いたい、マミさんとまたお喋りしたい、消えていった魔法少女のみんなを救ってあげたい」

まどか「……でも、ほむらちゃんを悲しませたくない」

ステイル「ふむ」

まどか「ステイルくんたちが頑張っても、キュゥべぇは別の方法でわたしたちに干渉するかもしれない」

まどか「でもわたしにはキュゥべぇのこと、否定なんかできない。
.     たぶん、彼はわたしたち以上にたくさんの命を救ってるだろうから」

 願いを叶える過程でその命を救われた魔法少女の数は、決して少なくないだろう。
 この世界で毎日どれだけの人間が死んでいっているかを考えれば、なんらおかしくはない。
 巴マミのように、願いを叶えた結果生き延びる命だってあるのだ。
 彼らの目的である宇宙の延命とやらもそうだ。その言葉を鵜呑みにすれば、彼らの方が救世主といえるだろう。
 それを考えれば、魔法少女の犠牲は尊い物であり、この世界には必要不可欠なものだったといえるのかもしれない。

ステイル(……だが。何もあんな悲劇的な結末じゃなくてもいいはずだ)
             ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 と、ステイルは考えて首を横に振った。いずれにせよそれを考えるのは今じゃない。
 ……そう、今じゃないのだ。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:55:12.88 ID:2kYXaSMso

まどか「どうしたらいいのかな……わたし、どうしたら……」

ステイル「難しい話だね。助言をするのは簡単だけど、それでどうにかなる問題じゃない」

 そうは言ったものの、正直言って今の彼女にかけられる助言なんて彼は持ち合わせていなかった。
 とはいえまどかはまだ十四歳である。魔術や魔法などに触れてから三週間も経っていないのだ。

ステイル「……そうだね」

まどか「え?」

ステイル「家族、友人、知人……君のこれまでの人生に関わってきた、多くの人間に聞いてみたらどうかな」

まどか「えっと、何を?」

ステイル「たった一つだけ願いを叶えられるとしたら、何を願うのか。聞いた話を参考にして決断するのも悪くないと思うよ」

 彼女が秘める素質が本物で、最大主教の利益にもなりうる物ならば彼女を止めなければならない。
 それはほむらのためにもなるだろう。さやかだって悲しまないし、杏子が気に病むことだってない。
 しかしステイルにまどかの行動を否定することは出来ない。

ステイル(僕自身、魂を差し出すに足る願いがあったんだ。自分はさておき君はダメ、なんて言えるわけが無い)

 あるいは、“あの男”なら止めただろうが。それでも。
 自分を見上げるまどかの顔を見つめて、ステイルはふたたび微笑んだ。

まどか「……良いの?」

ステイル「君の物語(せかい)の舵取りは、君がすべきものだ。君が考え、君が決めるべきだ」

ステイル「なんだったら一日休んでじっくり考えたらどうだい? 君も色々と疲れが溜まっているだろうしね」

 笑みを浮かべたまま、ステイルは歩き始めた。
 彼女もいつかは決断し、契約する時が来るかもしれない。いつかは魔女になってしまうかもしれない。
 だが、いつかは今じゃないのだ。そのいつかが来るまでに自分に出来ることをやってやろうじゃないか――
54 :ステイル「君の物語(せかい)の舵取りは、君がすべきものだ。君が考え、君が決めるべきだと思うよ」 [saga]:2011/09/26(月) 22:55:54.76 ID:2kYXaSMso



 次の日、まどかはステイルの言葉に従って、きっかり丸一日家に引きこもった。


.
55 :ステイル「君の物語(せかい)の舵取りは、君がすべきものだ。君が考え、君が決めるべきだと思うよ」 [sage]:2011/09/26(月) 22:56:45.14 ID:2kYXaSMso

――イギリス ロンドン郊外 ウィンザー城

エリザード「また私の勝ちだな。お前弱すぎ」

 “ジャージ姿”の英国女王は軽くため息を吐くと、見るも奇妙な“歯車”の駒をテーブルに置いた。
 そんな彼女と相対するは、ベージュ色の修道服を着た最大主教である。

ローラ「ぬぐぐ……もう一度、もう一度リベンジしたりけるわよッ!」

エリザード「えー、めんどいんだが。ぶっちゃけお前ハンデ付けすぎだろ、つまらん」

ローラ「むむむ……」

 そんな平均年齢50どころか下手したら七,八〇越すんじゃないかこいつらみたいな二人を見つめる影がある。
 白い尻尾が可愛らしい、イギリス地区担当のキュゥべぇだ。

QB「遊戯をしているところ悪いけど、報告したいことがあるんだ」

ローラ「“赤十字”の駒では力不足に陥りてしまいけるか……さりとて“人形”の駒を無理に使いたるのも……
     なれば“刀”の駒の“配下”の駒を……ああ無理、こいつら弱すぎ。むー、人材不足は悲しきものよねぇ」

 キュゥべぇのことを無視してぶつくさ呟く[ピーーー]歳の最大主教。
 そんな彼女に代わってエリザードが頷き、キュゥべぇに喋るよう促した。

QB「……鹿目まどかと接触したよ。この分ならかなりの確立で“夜”が訪れた時に契約するだろうね」

 バキィッ! と何かが砕ける音が室内に響いて、エリザードがぎょっとした目でローラの手元を見やった。
 彼女の手元にあった“赤十字”の駒が、真っ二つに砕け散っていた。

ローラ「……余計なことを。下手に干渉したりて厄介な願いを叶えられたればどうしたりけるつもりかしら」

QB「その点は考えても見なかったね。だけどそれは僕らが関知するところじゃない」

ローラ「私には私のやり方という物がありけるのよ」

QB「僕にも僕の役割という物があるんだよ」

 ……こいつらおっかねぇなぁ。頬を引きつらせると、エリザードはそんなことを思った。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:57:34.89 ID:2kYXaSMso

 一触即発な雰囲気を醸し出す二人から視線をそらして、エリザードはテーブルに置かれた盤上を見た。
 それは盤と呼ぶにはあまりにも複雑で、立体的で、むしろどこかの街のミニチュアと呼ぶほうが相応しいだろう。
 大きなビルに、湖か川か……それに鉄塔や鉄橋もある。
 ぱっと見ただけでもこれの元になった街が比較的都会だということが窺い知れた。

エリザード(にしても、一体なにがなんだか)

 ローラが考えついたという、摩訶不思議な“戦術シミュレーションボードゲーム”に付き合わされ始めてはや二日。
 エリザードが任された陣営、もとい“歯車”の駒の圧倒的な存在感たるや、いまさら口にするまでもない。
 ローラが駆使する“赤十字”の駒や“人形”の駒、“刀”の駒をいとも簡単に蹴散らしてきた。
 強いて言えば“刀”の駒の戦闘力は脅威だが、いかんせん相手方の駒が少なすぎる。
 戦術もクソもあったものではないのだ。

エリザード(脇に置いてある、土系統の魔術師連中が寝る間を惜しんで作った山ほどの駒はどうするつもりなんだろうな)

 “剣”や“槍”、“爪”に“水晶”などなどの駒で築かれた小さな山を見て、エリザードはため息をついた。
 どうやらいくつか難易度を段階的に設定しているらしく、あちらは今のところ使用するつもりがないようだった。

エリザード(というか今日は平日、バッキンガム宮殿でこなさなきゃいけない公務があるんだがな)

エリザード(ぶっちゃけゲームがしたい。騎士団長にでも持ってこさせ……そういやあいつ最近見ないな
        独自の情報網を使って水面下でごそごそしてるらしいが、そんなことより新ギレンの野望を、ぉぉおっ?)

 首を右に左に傾けていたエリザードは、視界の隅におどおどした様子で柱に隠れる金髪碧眼修道女を見つけた。
 あれは確か清教派の修道女で、えーと……レビルだかレイジングハートといったか。
 暇つぶしになりそうだと考えて、エリザードは軽い調子で手招きした。
 修道女は分かりやすいくらいに緊張した面持ちでそそくさとテーブルに歩み寄る。

エリザード「どうしたね、シスターレイズナー」

レイチェル「私はそんなV-MAXで三倍の機動性で『レディ』とか言いそうなロボットじゃありません! レイチェルです!」

エリザード「ノリ良いなお前。で、何の用だ?」

 大声を上げて域を荒くした彼女は、黙ったまま睨み合っている一人と一匹を横目で見た。
 なんら異常がないことを確認してから彼女は口を開いた。

レイチェル「あの……終わりました」

エリザード「なにが?」

レイチェル「えっと、その」
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:58:45.90 ID:2kYXaSMso

レイチェル「儀式、です」

 そう言って、レイチェルは懐から群青色の宝石を取り出してみせた。
 一見すれば単なる綺麗な宝石だが、エリザードは一目見ただけでそれがなんなのかを理解する。
 これは魔法少女の魂、すなわちソウルジェムだ。そしてそれを彼女が持つということは……

 目の前にいる修道女が、 “魔術サイドのやり方” で、 “魔法少女” になったことを指し示している。

エリザード「……そうかい。下がっていいぞ」

 レイチェルが出て行ったのを見届けると、エリザードは深いため息をついた。
 切っ先のない剣、カーテナ=セカンドを握り締めると、彼女はハエでも払うかのように右手を振った。

ローラ「ひゃうんっ!?」

QB「おっと」

 直後、ローラとキュゥべぇの間にあったグラスが真っ二つに引き裂かれた。

ローラ「なっ、なしていきなりカーテナを振るいたるのよ!? 加減を考えなさいこの大馬鹿者!」

 慌てるローラの眼前にカーテナを突きつけて。
 九〇〇〇万人の国民を背負う英国女王(クイーンレグナント)は目を見開いた。

エリザード「これまで散々お前に好き勝手やらせてきたが、事情が変わった。全て説明しろ
        事と次第によっては貴様の退任式を大幅に早める必要が出てくるだろうが、それは私の関知するところではない」

ローラ「そ、それはいろいろと困りたることも多しというわけで、後日またあのえーと勘弁してくださいませんのことかしら?」

エリザード「よろしい、ならば戦争だ」

 ブンッ! カーテナを一閃。
 値段にしたら数百万いくんじゃないかこれみたいな豪華な修飾が施されたテーブルが真っ二つになる。

ローラ「あわわわわ……!」

エリザード「次は当てるぞ」
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 22:59:15.67 ID:2kYXaSMso

QB「……やれやれ」

QB「無駄に数も減らしたくないし、退散した方が良さそうだね」

 そう言って、目の前で繰り広げられる激闘から目を逸らすと。
 キュゥべぇは慣れた身のこなしでウィンザー城を出て行った。

ローラ「だっ、誰か助けて! へるぷみー!! いやマジでこれはやばい死ぬ死ぬ死にけるわよぉぉぉ!?」

 ローラの悲鳴が、ウィンザー城に鳴り響いた。



 ワルプルギスの夜襲来まで、あと二日。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/09/26(月) 23:04:38.44 ID:2kYXaSMso
まどかとキュゥべぇのやり取りは、劇中で魔女を元に戻しといて何を今更って感じですけどね!!
アプローチを変えるだけでいくらでもやりようがあるんじゃ詰みゲーだろ的な意味で
ぶっちゃけキュゥべぇ節は再現が難しいのでノリと原作再現で押し通してます

次回はまどかのインタビュー、もとい質問編。ようやく詢子さんが出せる……
投下はなるべく四日以内にしたいと思っています
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/09/26(月) 23:14:04.48 ID:0EEjDvxs0
おつおつ
さすが、この一言に尽きる
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/26(月) 23:22:19.11 ID:k+2nse+No
乙です
相変わらず両原作をうまく混ぜた作品だと思います
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/09/27(火) 00:01:14.42 ID:0pY6/bjI0
おつおつ
鬱フラグをそげぶするだけの展開でないのがいい

しかし、ワルプルギス=ほむらだとするとあれだけの兵器使っても無傷なのは納得がいくかも(まどかの攻撃でしか倒せていない)
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/27(火) 00:56:07.62 ID:5VlqlsdRo
キュウべえ節は再現が難しい

わかる。スゲーわかる。
QBのQBらしさを追及すると、作者は一度人間をやめなきゃいけなくなる。

宇宙人的な思考、頭良さげな台詞を再現するだけでもハードル高いのに。
しかも死ななくてぶれなくてほとんど常に最適解を出せるという、
ある意味無敵であること自体がキャラクター性みたいな奴なのに
それでいて最後は主人公側に勝ちを譲らなきゃいけないという。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/09/27(火) 06:40:54.58 ID:ZUalJFtFo
>>63
原作再構成とかだとあんまり考えなくていいんだけどな
ここまでオリ展開多いとなかなかシンドイ
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/27(火) 17:02:39.29 ID:dfJu6UlAO
乙ー
原作でも話題に出なかったのが不思議だったな>マミ復活
しっかしまど神様フラグ立ってんなぁ・・・
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/28(水) 22:17:37.10 ID:Fg/G6yqx0
明確な悪だと再現が楽なんだけどな
中の人とか脚本家はよく人間辞めますしなかったなと言いたくなる
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 02:51:14.61 ID:CwBGnqAWo
ボーグとQを足して2で割って陰湿かつまろやかにした感じがキュゥべぇ、かな
スタートレックは偉大だ

というわけで投下します。今回はやや短め。禁書要素が絶滅的とか……
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 02:51:46.58 ID:CwBGnqAWo

金曜日。

 ステイル=マグヌスの朝はとりわけ早くもなく遅くもない。

神裂「おはようございます」

ステイル「ああ、おはよう」

 我が物顔で居座りほうじ茶をすする神裂の脇を通り抜け、冷蔵庫に向かう。
 そして冷蔵庫からアイスティーを取り出して、彼はコップに注ぐと口をつけた。
 だんだんと頭が覚醒してくる。

ステイル「……今週の土曜は休みだったね」

神裂「学校があろうとなかろうと、ワルプルギスの夜対策でくつろぐ時間はありませんがね」

ステイル「そりゃそうだ……さて、着替えてこようかな」

神裂「身支度を済ませたら佐倉杏子に声を掛けてあげてください。朝食は三人一緒に、ですよ」

ステイル「ああ、任されたよ」

 適当に返事をすると彼は部屋まで戻り、ハンガーに吊るされた法衣に手をかけた。
 この法衣も結構な年季の入った物だ。端やらなにやらは焦げているし、ところどころ擦り切れている。
 生地自体にルーンを刻み込んであるため、代わりを用意するのに一手間かかるので無視してきた。
 しかしこの分だとそう長くは持たないだろう。戦えるのは二度か三度――

 否。新品だろうがなんだろうが、どうせ次の戦いを終えた頃には心身ともにズタボロになっているはずだ。
 今法衣の具合を確かめて、無駄に時間を浪費するのは得策ではないと判断する。

ステイル(いずれにせよ、今抱えている案件が片付いたらイギリス清教に新しい物を発注してもらうとしよう)
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 02:52:47.25 ID:CwBGnqAWo

――トン、トン

 慣れ親しんだ法衣に袖を通すした彼は、すぐ近くの壁を二回ノックした。
 反応はすぐに現れた。壁の向こうで何かがもぞもぞと動く音が聞こえて、

――トン、トン

 と、軽いノックが帰ってくる。
 隣の部屋で食事をまだかまだかと待ち構えている杏子からの返事だ。
 最後に衣服をあちこちの確認すると、彼は一度洗面所まで足を運んで手短にうがいと歯磨きをした。
 食前に歯磨きというのは正直どうかと思うが、時間がないので仕方がない。
 水を含んで口の中をゆすぎ終えると同時に、玄関のドアが音を立てて開け放たれた。

杏子「おっはよー。はらへったよー」

神裂「おはようございます。用意は出来てますから、どうぞお座りになってください」

 赤いポニーテールをなびかせながら、制服姿の杏子が居間に座り込んだ。
 それに倣うように、ステイルも神裂の右手前、杏子の左手前の位置に腰を下ろす。

神裂「さて……どうしました?」

 食前の祈りを唱えようとしていた神裂は、なぜか料理に手をつけようとしない杏子を訝しげに見た。
 対する杏子はニコニコしたまま首をかしげる。

杏子「アタシだけ除け者扱いはひでーだろ? いいよ、一緒に祈ってやるよ」

神裂「おお、なんと清い心を! ステイル、あなたも見習いなさい」

ステイル「面倒くさいな……それに、別に僕は生粋の十字教徒ってワケじゃないんだが」

神裂「ダメです。さぁ祈りましょう!」

 結局仲良く三人でお祈りしましたとさ。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 02:53:13.65 ID:CwBGnqAWo

ステイル「支度は出来たのかい?」

杏子「おー、準備バッチし!」

神裂「忘れ物などはありませんね? では行きましょうか」

 ステイルと神裂の間に立つ杏子は、なぜかはにかみながら二人を見上げた。
 二人に挟まれたまま、彼女は嬉しそうに赤いポニーテールをふりふりさせる。

杏子「へへっ、こーいうのって良いな!」

ステイル「……そうだね」

神裂「そうですね。こういうのも……良いものです」

 まるで家族ごっこだ。
 複雑な心境のまま通学路を歩いていると、一人でとぼとぼ歩くさやかの姿が目に入った。

杏子「さやかじゃん。おーっす」

さやか「あ、杏子。おはよー。神裂さんもおはようございます。あとついでにステイルも」

ステイル「僕はついで扱いか」

さやか「いいでしょ別に」

杏子「あんたのカレシと仁美は? 逢引?」

さやか「かっ、かか彼氏じゃないし! 逢引じゃないし! ちがうから! ちがうよね!?」
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 02:53:39.69 ID:CwBGnqAWo

神裂「どうどう」

ステイル「どうどう」

さやか「ふぅ……恭介は病院寄るから遅刻するって。仁美は日直だから日誌取ったりで先に登校してんの」

杏子「なるほどね。で、アンタはぼっち登校ってか」

さやか「むっ……」

 さやかは不機嫌そうに押し黙ると、唇を尖らせたステイルたちを見上げた。

さやか「お宅の娘さん、ちょっと躾けがなってないんじゃない?」

神裂「ウチの杏子がご迷惑をおかけしてしまってるようで、申し訳ございません……」

杏子「いつからアタシは火織の娘になったんだよ!」

さやか「じゃあ妹で」

ステイル「……やれやれ」

 ため息を吐いていると、ステイルは背中に視線が突き刺さるのを感じた。
 馬鹿騒ぎを続ける三人から目を逸らし、ステイルは背後を振り返る。
 わずかに肩を落としたほむらを視界の内に認めると、彼は軽く右手を上げて見せた。
 すぐにほむらの存在に気付いた皆が、好き勝手に挨拶の言葉を投げかけるも、彼女はただ俯くばかりだ。

杏子「おいおい、元気ねーじゃん」

ほむら「余計なお世話よ……ところで」

ほむら「まどかは?」

 ほむらの短い問いに、答えられる者はいなかった。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 02:54:11.31 ID:CwBGnqAWo

――意識はいまだ覚醒せず。

 水溜りの上。
 淀んだ空。
 傷付いた子猫。
 白い奇妙な生き物。
 幼い少女。

「この子を助けることなんて、本当に出来るの?」

「そうだよ、君にはそのための力が身に備わっているんだ」

「わたし、この子を助けてあげたい!」

「それじゃあ僕と契約して、魔法少女になってよ!」


――暗転。景色は切り替わる。

 荒廃した街。
 恐ろしい存在。
 一人で戦う少女。
 白い奇妙な生き物。
 幼い少女。

「私なんかでも、本当に何かできるの? こんな結末を変えられるの?」

「もちろんさ。だから僕と契約して、魔法少女になってよ!」
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 02:54:48.84 ID:CwBGnqAWo

――暗転。景色は切り替わる。

 崩れ行く街。
 散っていった友達。
 散ろうとする友達。
 無力ななにか。
 白い奇妙な生き物。
 幼い少女。

「神様でも何でもいい」

「今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を……私は泣かせたくない」

「最後まで笑顔でいてほしい」

「それを邪魔するルールなんて、壊してみせる。変えてみせる」

「これが私の祈り、私の願い」

「さあ 、叶えてよ! インキュベーター!」

 少女から溢れる光が世界を覆う。
 そして――



 見慣れた天井を目にして、わたしは両目をぱちくりさせた。

まどか「……夢オチ?」

 さきほどまで見ていた夢と、今の自分を包み込む布団のぬくもりとを頭の中で対比させてから。
 わたしは、はうーっ、とため息を吐いた。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 02:55:49.41 ID:CwBGnqAWo

 目を覚ましたわたしは、布団のなかに潜り込みたい衝動を無理やりに押さえつけて身を起こした。
 時間を確認すると、わたしはおぼつかない足取りでゆっくりと部屋を出て階下へと向かう。
 丸一日布団にこもっていたせいなのか、体の節々がちょっとだけ痛かった。

まどか「ふわぁ〜……ぁあ」

 わたしは大きく欠伸をすると、リビングに通じるドアを開けた。
 そしてびっくりする。
 いつもなら会社に向かっているはずのママが、普段着のまま椅子に座って新聞を広げていたからです。
 ママはわたしの姿を認めると、ちょっとだけ心配そうな顔をして首をかしげた。

詢子「ようまどか。体調は良いのか?」

まどか「うん、もう平気。ごめんなさいママ、昨日はいきなり休んだりしちゃって」

詢子「いやぁ私としちゃあお前が無事ならそれでいいんだよ」

まどか「てへへ……ありがとママ。ところでお仕事は?」

詢子「娘が体調崩してる時に仕事なんか出られるか! って言って休み取った」

まどか「そんな、そこまで気を遣わなくても良かったのに」

詢子「いーんだよ、私がしたかったからしたまでさ……ところで、学校は行くのか?」

まどか「うん、これから。今行けば二時間目の途中には間に合うだろうし」

 わたしがそう言うと、なぜかママは唸って首を右に左に巡らせた。
 それから片目を閉じて両手を胸の前で合わせる。
 懇願するような上目遣いでわたしを見て、

詢子「三時間目からじゃダメかな?」

まどか「えーと……良いけど、どうして?」

詢子「たまにはお前とゆっくり話したいなーって思って、さ」

 ママのお願いを断る理由は、どこにもなかった。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 02:56:23.47 ID:CwBGnqAWo

詢子「ぷっはぁー! 朝から娘に入れてもらうお茶は格別だねぇー!」

まどか「そんなものかなぁ?」

詢子「そんなもんさ、気分なんだよこういうのは」 フフン

まどか「大人になったら分かるのかな、そういうの」

詢子「おう、こっち側に来たらいっきに世界が広がるぞー。子供もいいけどやっぱ大人になんないとなー」

 ママは熱い緑茶で満たされた湯飲みをテーブルに置くと、ふと真顔になってわたしの目を見つめた。

詢子「で? どうよ最近?」

まどか「楽しくやってるよ」

詢子「ふーん……なら良いけど、さ」

 そんな言葉とは裏腹に、ママの表情は私の心を見透かしてるかのような、変な余裕を保ったまま。
 おぼろげにだけど、わたしの抱える事情を察してるのかもしれない。これはある意味チャンスかも。

まどか「ねぇママ。ママは願いが叶うとしたら、どんなお願い事する?」

 その質問は、まだマミさんが生きていたころにママに質問した内容と同じものだけど。
 それでもママは茶化そうともせずに、とっても真面目そうな顔で真剣に考える素振りを見せてくれた。

詢子「えーっとこの前が役員二人飛ばすって奴だったから……んー、そうだなー」

詢子「部下の仕事の効率を上げる……いやいやむしろ私に仕事が来るように……いやこれは夢がないな、うん」

 ブツブツと呟いてるママ。目が本気だよ……ありがたいけど。
 30秒くらいが経過したところで、突然ママが手を叩いてにっこり微笑んだ。

詢子「決まった! 私の願いはな……」

まどか「願いは?」
76 :魔術師=だいたい十字教徒 [saga]:2011/10/01(土) 02:57:27.79 ID:CwBGnqAWo

詢子「まどかとタツヤが幸せになってくれますように、だよ」

まどか「ママ……」

 ちょっと予想してなかった台詞を聞いてしまった。
 自然と目頭が熱くなってくるのを感じて、わたしはほんの少し顔を上に向けた。

詢子「ちょっと臭かったか? でもまぁ私にとっちゃ、それがなによりのご褒美ってわけなのさ」

詢子「欲を言えば、お前達が私の元を離れて、自力で困難に立ち向かえるようになってくれたらもっと良いな」

まどか「あはは、なにそれ」

詢子「親にしか分からない気持ちってのがあるんだよ、うん」

まどか「そっか……でもありがとママ」

詢子「役に立てたなら何よりさ。いやぁしかし良かった、自分から私に相談してくれて」

まどか「へ?」

詢子「最近のお前、なんか一人でいろいろ抱え込んでるみたいだったからさ」

 ママには敵わないなぁ、と改めて思い知らされる。

詢子「そうそう、和子が言ってたけど最近お前妙な奴らとつるんでるんだってな。そいつら大丈夫なのかぁ?」

まどか「妙って……ちょっと変わってるけど、平気だよ。じゃあママはどんな人ならダメなの?」

詢子「どんな人? ううんそうだなぁ……とりあえず」

まどか「とりあえず?」

詢子「 宗 教 関 係 は N G 」

まどか「ぶふっ!?」
77 :ステイル、カンザキ、シェリー、イツワ、タテミヤ、アニェーゼ、アンコ、ホムラ、アウトー [saga]:2011/10/01(土) 02:58:55.63 ID:CwBGnqAWo

詢子「それからオカルト系もダメだな。赤とか青とか、派手な色に髪染める奴や刺青もNG!」

詢子「助平な格好する奴も情操教育的に良くないのでダメ」

詢子「ボロボロの服着てるとか酒飲んで暴れるとか人の恋路を覗き見るドスケベ男とか極度のドSとかもあんまり良くないな」

詢子「万引きするような輩や国家権力に楯突くやつはまったくもって……まどか? どうした?」

まどか「え、あ、な、なんでもない、よ!?」

 どっと噴出してきた汗をハンカチで拭うと、わたしは必死に首を振った。

詢子「ならいいが……まぁとにかく、常識さえ弁えてくれればそれで十分だよ」

まどか「あ、あはは……だ、大丈夫だよ。みんな(常識は弁えてないけど)良い人だから」

詢子「そっか。なら良いんだ、あっはっは!」

 心が痛い。
 しかし嘘は吐いてないので問題はない……と思う。

詢子「まぁああは言ったけどな、まどかが信頼してるんなら良いさ。お前の人生なんだからな」

まどか「……うん」

詢子「お前みたいな年頃の子は悩み事とか交友関係とか色々あるけど、私から言わしてもらえればな」

詢子「十四歳なんてのは、そうだな。人生って言う枠組みから見れば『始まってすらない』と思うぞ」

まどか「そうなの?」

詢子「おー、そうだよまどか。ちょっとばっか長いプロローグってとこだな」

 ママの言葉に、思わずわたしは首を捻った。
 今わたしが悩んでいることは、プロローグの最中に起こる些細な出来事に過ぎないのだろうか?
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 02:59:31.12 ID:CwBGnqAWo

詢子「来年になったらお前は受験して、高校生になって、部活や勉強頑張って、また受験して、あるいは就職して……」

詢子「そんで大人になる。大人になってからもまだまだイベントは盛りだくさんだ!」

詢子「大人は良いぞー、辛いこともあるけどその分だけ楽しいからなー」

詢子「大人になったら若い頃の悩みやなんやらは、大抵笑い飛ばせるようになるからな」

まどか「ほんと?」

詢子「ああ、ホントさ」

 魔法少女になるか、ならないか。どんな願いを叶えて、どんな願いを捨てるのか。
 そういったわたしの抱える葛藤や逡巡が、笑い話に出来る日が来るのだろうか。

詢子「人生ってのは長いんだ。失敗することだってたくさんある。大事なのは、諦めないことだよ」

 ――人生は長い。大事なのは、諦めないこと。たぶん、ごくありふれた、ありきたりな言葉。
 だけどその時のわたしには、不思議とその言葉がとても大きく、そして素晴らしい物のように思えた。
 視野が広まっていく。
 なぜだろう、不安とか、そういうのが一気に解消されたような気がする。

まどか「……ありがと、ママ。わたし行ってくるね!」

詢子「へ? ああ、もうそこんな時間か。昼寝してるタツヤが目を覚ましちゃうな。いやぁ、時が経つのって早いわ」

まどか「その台詞、おばあちゃんみたいだよ」

 頬を引きつらせるママに背を向けると、わたしは走って玄関まで向かった。
 そこでちょうどゴミ出しから戻ってきたパパと、ばったり遭遇する。
79 :ああでも時期的に受験は再来年か……? [saga]:2011/10/01(土) 03:00:21.05 ID:CwBGnqAWo

知久「あれ、学校に行くのかい? 風邪はもう平気?」

まどか「うん。そうだパパ、パパは願いがかなうとしたら、どんなお願い事をする?」

 突拍子のないわたしの質問に、パパがやんわりと困ったような顔をした。
 だけどすぐに表情を改めると、やっぱり真剣な顔で、それでも優しく、わたしの言葉に応えようとしてくれる。

知久「うーん、僕は今のままでも十分幸せだからね。願い事はしません……というのはダメかな?」

 幸せだから、無理にお願い事はしない。
 これも立派な選択肢の一つなのかな?

まどか「ううん、大丈夫だよ。ありがとパパ、それじゃあ行ってくるね!」

知久「ああ、行ってらっしゃい。気をつけるんだよー」

まどか「はーい」

 玄関の扉を開け放つと、わたしはお日様の下に躍り出た。
 一日休んじゃったから、きっとみんな心配してるだろう。
 はやく元気な顔を見せてあげなきゃ。

まどか(それに……みんなにも聞いてみたい。どんなお願い事をするのか)

まどか(……人生は長い)

まどか(大事なのは、諦めないこと――)
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/01(土) 03:02:47.16 ID:CwBGnqAWo
以上、ここまで。
まどママとまどパパはもっと原作で活躍すべきだった。いやここでもあんまり活躍しないけど
次回の投下でまどか絡みも終わって、決戦前夜みたいな雰囲気をやって、ワル夜戦です

ところでe-hon、PNはどうしたんだおい、おい
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/10/01(土) 10:35:22.89 ID:b6FZDaB1o
乙です
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/01(土) 13:02:13.78 ID:jQiQx87Yo

まど家族を上手く描けるSSは良作。

魔法少女達がまどかに動機を与えて、家族が指針を示唆するというか、背中を押すというか、
本来そういう役割だと思うんだが。
原作では何故か竜ちゃん並みの「するなよ!?」って前フリになってしまうだよね
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:18:05.89 ID:i7VUGE2Eo
PNきた!うひょー!ワルプルさん設定画の段階では歯車だけとか神々しすぎるなおい!

というわけで投下します。前回とセットの予定だったので早めに仕上がりました。
作品を寝かせるなんて無粋なことはしてません。嘘です時間が無いんです。

あ、それと言い忘れてましたがふんわりムードの日常編は前回で完全に終わりです。
ここから展開的にはほとんどノンストップで結末まで向かいます。ノンストップってどんな感じだろうな……
目指せ10月以内の完結。しかし10月の前半は予定が立て込んでいて下手したら首が飛ぶかもしれない罠。



あと、俺はさやかちゃんが大好きなんだ
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:19:16.42 ID:i7VUGE2Eo

――日が沈む。
 街が、学校が、屋上が。皆平等に赤く染まってゆく。
 暮れの陽射しを一身に受けながら、ステイルは魔術結社≪明けの陽射し≫に所属する男と相対していた。

         テ レ ズ マ
ステイル「――天使の力の扱い方は良く分かった。助かったよ、礼を言おう」

 ステイルが目の前に立つ男に感謝の旨を告げた。
 男は短く頷くと、次の瞬間には屋上の端まで移動。
 軽やかな身のこなしで飛び降りて、あっという間に見えなくなる。

ステイル「……さて」

 風に揺れる法衣を右手で押さえつけると、ステイルは後ろを振り返った。
 そこには彼と同じように、赤く染まったまどかがいた。

ステイル「待たせたね」

まどか「ううん、平気」

 一昨日に比べるとずいぶん元気があるようだ。憑き物が取れた、とでも言うべきか。
 ……子を育てるのは親の仕事か。内心で彼女の両親に惜しみない声援と拍手を送る。

ステイル「それでどうだった?」

 まどかはほんの少し躊躇った素振りを見せてから、口を開いた。

まどか「うん、聞いたよ。色んな人から、色んな願い事」

まどか「ちょっと長くなっちゃうけど、聞いてもらえるかな?」

ステイル「時間ならたっぷりとある、が……校門で待っているほむらたちが機嫌を損ねない程度でよろしく頼むよ」

まどか「えへへ」
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:19:55.99 ID:i7VUGE2Eo

まどか「さやかちゃんのお願い事はね、もっと自分に正直になれますように、だって」

 さやからしい回答だ。

まどか「かわいいお願いだよね。それで杏子ちゃんなんだけど」

まどか「杏子ちゃんはね、今の自分も悪くないけど、それでもやっぱり昔の自分に魔法少女になるなって伝えたいんだって」

 杏子の経歴を思い出して、ステイルは納得したように頷いた。

まどか「それで仁美ちゃんがね、お友達と本音で話し合うことなんだって」

まどか「さやかちゃんのこともそうだけど、たぶん仁美ちゃんも気付いてるんだよね……わたしたちが何をしてるのか、とか」

 そう思うと、少し彼女には悪いことをしてしまったなと思う。
 だがワルプルギスの夜が終われば、大体の問題は解決する。
 それまで仁美には我慢してもらうほかあるまい。

まどか「上条君はもっと逞しくなることみたい。今のままだとさやかちゃんが王子様だもんね、てぃひひっ」

 確かに彼は若干痩せているが、傷が癒えれば体力も戻って筋肉も付くだろうに。
 それだけ、美樹さやかが魔女になった時に自身の無力さを痛感したのか。

まどか「中沢くんはよくわかんないって。どっちでもいいとは言わなかったよ」

 ……本当にどっちでもいいキャラで通っているのか、彼は。

まどか「他にもお腹いっぱいチーズバーガー食べるって言った子とか、大金持ちになるとか――」

 まどかの言葉を聞きながら、ステイルはクラスメイトの顔を思い浮かべた。
 短い付き合いだし、ろくに話したこともない者も中にはいたが、それでも愛着が沸くのだ。
 ひとしきり願いを述べ終えると、まどかは肩をすくめて俯いた。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:20:36.10 ID:i7VUGE2Eo

まどか「でもわたしは、まだ見つかってない。どうすればいいのか分からない」

ステイル「……ふむ」

まどか「もうちょっとだけ、良いかな? 時間もらえるかな?」

ステイル「誰も急かしたりはしないさ。気の済むまで考えるといい」

まどか「うん……それじゃ戻ろっか」

 まどかの誘いを、しかしステイルは首を横に振ることで拒否した。

ステイル「すまない、少し用事があるんだ。先に帰っていてくれ」

まどか「そっか。じゃあ帰ってるね、また明日」

ステイル「また明日」

 とぼとぼと立ち去るまどかの背を見送ると、ステイルは再び後ろを振り返った。



ステイル「まどかなら帰った……それで、話とはなんだい、さやか」

 まどかと同じように。
 夕暮れの光に照らされて赤く染まったさやかが、柵の影から姿を覗かせた。

さやか「いやー悪いね、ホントごめん」

ステイル「気にする必要はない。せっかく要望通りに誰もいない場所を作り上げたんだ。話を聞かせてもらおうか」

さやか「あー、それなんだけどさ」

 さやかはおもむろに手のひらにソウルジェムを現出させた。
 青い宝石であるはずのソウルジェムは、やはり太陽に照らされて赤く染まっている。

さやか「ここ」

ステイル「ん?」
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:21:44.27 ID:i7VUGE2Eo

 さやかが指差したのはソウルジェムのフレーム、その右端の部分だった。
 注意して目を凝らすが、ステイルには変化を見つけられなかった。

ステイル「そこがどうしというんだ? まさか赤の油性マジックで落書きされたとか言うんじゃないだろうな?」

さやか「触ってみなって」

 ほれ、と突き出されたソウルジェムを慎重に手に取って、指を這わせてみる。
 ちく、と何かが指に引っかかる感覚。ステイルはゆっくりと顔に近づけて、その辺りを凝視した。
 よく見れば、微妙に傷が付いている。いや、むしろ欠けているのだ。

ステイル「これはどうしたんだ? まさか蹴っ飛ばしたとか……」

さやか「……ごめん、ちょっと魔法使うね」

ステイル「ふざけるな、グリーフシードには限りがあることを――!?」

 言葉通り、さやかの体に光が現れる。それに呼応するようにソウルジェムも輝きを放った。
 それだけならまだ良かった。だがそれだけでは終わらない。

 ソウルジェムのフレーム部分が、ミシィッという音を立てて亀裂を生じさせたのだ。
 ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

ステイル「これ、は……!?」

 さやかは苦悶の表情を浮かべたまま、ゆっくりと口を開いた。

さやか「気付いたのは一昨日。ほむらを追いかけるために身体強化の魔法を使ったとき」

さやか「あれから2,3回魔法を使って試したから、これで4,5回魔法を使ったことになるのかな」

 ステイルの手からソウルジェムを取り上げると、さやかはソウルジェムのフレームを指でなぞった。

さやか「あんた達には感謝してる。あんた達がいなかったら、私はほむらの見た世界と同じように死んでただろうし」

さやか「だからお願い。あたしがどうなるのか、調べてくれない?」
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:23:06.26 ID:i7VUGE2Eo
やっべ、一つ投下し忘れてた。
>>84の前にこれをお願いします


――幕間

 バケツに見える大きな帽子を被った少女と、眼帯をかけた奇妙な少女の語り場。

キリカ「ねぇねぇおりこ、あそこに見えるのはおりこが執着していた美樹さやかじゃないかい?」

おりこ「そうね。私たちが“アレ”の抹殺を踏み留まった最大の理由。希望に始まり、希望で終わる稀有な魔法少女よ」

キリカ「結局あの子はどうなってしまうんだい? 私はおりこの次にそれが気になってしょうがないんだ」

おりこ「ハッピーエンドで終わった物語の先を覗くのは無粋というものよ、キリカ」

キリカ「うー、じゃあ鹿目まどかの未来はどうなんだい?」

おりこ「それが見えたら苦労しないわ、もう」

キリカ「それじゃあ美樹さやかの未来を見ようじゃないか! なに、必要経費(けがれ)はGSを魔術師にたかればいいことだよ」

おりこ「仕方のない子ね……」

 そう言うと、おりこは自身の周囲にいくつもの水晶を浮かべて見せた。
 そして目を閉じ、自分の視界を“未来”へと飛ばす。
 彼女が持つ能力は、未来予知。その願いは、自身が生まれた意味を知ること。

キリカ「どうだいおりこ?」

おりこ「これは……」

 “未来”を垣間見たおりこは、悲しげに目を伏せた。

キリカ「どうしたんだい? まさかNTRルートにでも突入するのかい? 魔女になってしまうのかい!?」

おりこ「……その方が、まだ救いがあったでしょうね」

おりこ「彼女は魔女にはならないわ。彼女はね――」

――彼女の言葉と共に、幕が上がる。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:24:22.55 ID:i7VUGE2Eo

ステイル「……少し待ってくれ」

 袖口から携帯電話を取り出すと、対ワルプルギス用の準備をしているシェリーを呼び出す。
 彼女はいつも通りの気だるそうな口調のまま電話に出た。
 だがその声調は長くは続かなかった。
 今起こった現象を事細かに報告すると、彼女は声を荒げた。何かを打ち砕く音が聞こえる。

シェリー『考えられない事態じゃなかったのよ! ただ上手く行ったから、違う、私たちの慢心だよクソッタレ!』

ステイル「落ち着け。何がどうなっているのか説明してくれ」

シェリー『……美樹さやかはそこにいるか?』

ステイル「……ああ」

シェリー『外させろ』

ステイル「……すまない、スピーカー状態にしてしまっていてね。本人は聞く気満々のようだよ」

 意地でも話を聞く、と言わんばかりにステイルの腕にしがみつくさやかを見ながら、ステイルはため息をついた。
 電話の向こうでふたたび何かが砕ける音がする。オイルパステルだろうが、はたしてあんなに砕いて平気なのか?

シェリー『……少なくとも魔女にはならないわ』

ステイル「どういうことだ」

シェリー『これ以上は、今の段階では言えない。魔法を使ったらダメだって伝えとけ』

ステイル「……分かった、じゃあ切っおいなにをしている! 話せばっ……つうぅ!」

 がぶり! という効果音が聞こえてきそうなくらいに、さやかが腕へと噛み付いた。
 たまらず右手を振り回すが、その隙に携帯電話を奪われてしまう。君は獣か。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:26:33.29 ID:i7VUGE2Eo

さやか「そういう隠し事はもうカンベンよ! そっちが素直に話さないんなら魔法ばんばん使いまくるわよ!?」

シェリー『……ステイルに代われ』

さやか「あ、本気って思ってないでしょ! よーしさやかちゃん本気出して魔法を」

シェリー『死ぬぞ』

さやか「使っちゃいますかんねー……」

さやか「え?」

 息が止まり、空気が凍りつく。
 時間すら止まったかのような錯覚すら覚えたそれは、ほんの一瞬のことだった。

シェリー『推測だけど、あなたの魂はもう、長くは持たないわ』

 シェリーが告げた言葉は、ひどく簡単で、単純で、これ以上ないほどに分かりやすい物だった。

シェリー『一〇万三〇〇〇冊の魔導書の知識と、集めた情報を使ってソウルジェムは再構成された。その設計は完璧だ』

シェリー『ただ一つだけ、問題があるとすれば』

シェリー『魔女になった際に流出した、あるいは燃焼した魂の再生が出来ないっつーこった』

シェリー『魔法を使い続ければソウルジェムが壊れる。それはね、あなたの魂が淀み出る穢れに耐え切れないからよ』

シェリー『お前の魂はもう既にすっからかんなんだ。老人のそれと変わらないんだよ、チクショウが……!』

 魔女になる前に、ソウルジェムが砕ける。
 これが魔女の状態から元の姿に戻った、希望に満ち溢れる人類初の魔法少女。
 美樹さやかという14歳の少女に化せられた、残酷な運命。

シェリー『……ごめんなさい』

 電話が切れる。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:32:06.96 ID:i7VUGE2Eo

 固まったままのさやかからソウルジェムを取り上げると、慌ててその様子を観察した。
 わずかだが、穢れが噴き出している。
 懐から天草式が回収したGSを使って穢れを取り除くと、ステイルはさやかの両肩を掴んだ向き直らせた。

ステイル「諦めるな」

さやか「……」

ステイル「要は魔法を使わなければいいんだ。GSを多めにストックして、いつでも使えるようにすればいい」

ステイル「その間にソウルジェムを元の魂に戻して、終わりだ。あとは恭介と幸せな日々を送る。それだけだろう」

さやか「……」

 さやかは応えない。
 当然の反応だろうと、ステイルは思う。魂が持たないと言われたのだ。
 仮にソウルジェムを元の状態に戻しても、彼女はもう……

 見えない力が働いているのではないか。
 ステイル達という異物が、歪みが成すことを、世界が正しい形に捻じ曲げようとしているのではないか。
 そう勘繰りたくなる。

さやか「……ごめん、グリーフシード、借りてくね」

ステイル「……ああ」

 そう言って、グリーフシードとソウルジェムを両手に持ったまま彼女は屋上を立ち去った。
 あのグリーフシードならば小さな穢れに限ればあと十回程度なら吸えるはずだ。少なくとも今は平気だろう。
 今の自分に出来ることは、天草式の誰かをさやかのそばに配置するよう手配することと。
 ワルプルギスの夜の対策をすることくらいしか――
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:33:37.96 ID:i7VUGE2Eo

――ステイルッ!!

 自分を呼ぶ声を聞いてステイルは首を振った。
 屋上の端、柵の向こう側に、珍しく息を荒げた神裂の姿が見える。

ステイル「……なんだい」

神裂「っ……状況は最悪です。どうしてこうなったのか、私には見当も……」

ステイル「ああ、さやかの魂が長く持たないことか。どうして君がそれを?」

 神裂の表情が、驚愕のそれへと変貌した。

神裂「美樹さやかが長くないとはどういうことです? なにがあったのですか?」

ステイル「だから……ちょっと待て、君が僕に伝えようとしていたことはなんだ? まず先にそれを話せ」

神裂「私は……」

 神裂が深呼吸をして息を整える。
 それから軽々と何メートルもある柵を飛び越えて、ステイルの目の前にふわりと着地した。

神裂「まず一つ目ですが」

神裂「イギリス清教所属の浮遊要塞一つ、それと水中要塞四つが日本の近海に接近しています」

神裂「積荷は最低でも魔女が五〇名、魔術師が百二〇名、修道女が二〇〇名」

神裂「彼らの目的は、見滝原市に対する攻撃です」

 ギリッ、と音を立てて歯軋りする。
 これが最大主教の魂胆か。クソ食らえ、女狐めが。

神裂「それから……もう既に、出現しています」

ステイル「何が?」

神裂「ですから――」
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:35:08.55 ID:i7VUGE2Eo

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

ローラ「今なんと言ったのかしら?」

QB「ワルプルギスの夜が現れた。でも安心するといい。あれが猛威を振るうまでには、もう少し時間が掛かるからね」

ローラ「予定と違いたるわよ。ワルプルギスの夜は明後日、早くても明日の夜に現れる予定になりけるはず」

QB「そうだね、予定ではそうなっているよ」

ローラ「……知っていて、騙したりたわね?」

QB「勘違いしないで欲しいけど、僕はあくまで君と同じように利益を最優先に考えて行動しているだけさ」

QB「君にワルプルギスの夜の行動予測を言うべきか否か。言ってどのような利益が生じるかを考えてみたんだけどね」

QB「特に見当たらないから言わなかっただけだよ」

 ギリッ、と歯軋りする音が聖堂内に響いた。
 珍しくローラの顔が怒りに歪んでいる。

ローラ「……取引相手にはサービスしたるものでしょうが」

QB「君から得られる情報にはもう利益がない。だから取引関係はここまでということさ」

 キュゥべぇの言葉に毒は無い。
 その事実は彼女が一番知っている。痛いくらいに知っている。
 だからこそ、より一層ローラを苛立たせるのだろうか。
 彼女は鬼のような形相のままキュゥべぇを睨みつけた。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:35:59.89 ID:i7VUGE2Eo

QB「でも……そうだね、手切れ金代わりに良いことを教えてあげようか」

QB「美樹さやかだけどね、彼女は魔女になる前に死ぬよ」

ローラ「……なに?」

QB「彼女の魂はもう不全の灯火、というわけさ。これが君達人間がでっち上げた奇跡の限界なんだよ」

QB「魔法少女がその魂を捧げて叶える奇跡と。たかだか祈りによって成し遂げられる奇跡の違いだね」

QB「そして……鹿目まどかは因果の量こそ途方も無いけど、その魂の量は凡人のそれと変わらない」

QB「君の狙いである利益とやらは手に入りそうもないし、美樹さやかは魔女になり損だったわけだ」

 キュゥべぇの言葉を受けて、ローラは黙ったまま背を背もたれに預けた。

ローラ「……それは、悪きことを、してしまいたわね」

 キュゥべぇから目を離すと、ローラは椅子から立ち上がった。
 髪飾りを何度かいじってから聖堂の入り口に向かって歩き始める。

QB「どうするつもりだい? ついていってもいいかな?」

ローラ「……いずれにしろ、最悪の場合は私が必要になりけるだけのこと。ついてくるか否かはお前の好きにしなさい」
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:36:50.26 ID:i7VUGE2Eo

 聖堂を出ると、ローラは自分の周囲に濃密な結界を張り巡らせた。
 周囲の空間に音が漏れない、絶対的な結界の中でローラは口を開く。

ローラ「魔女は諦めなさい」

ローラ「最悪の場合はそれだけじゃなし。wi円gejo理rhnの同一たる存在や、それに連なる者も諦めたる必要が出てきたわ」

 ローラの言葉にノイズが混じる。

ローラ「私は私の利益さえ得られれば十分と言えようども、お前は違う。そうでしょう」

ローラ「この歪みの張本人。アレイスター=クロウリー」

 ローラのいる空間がほんの一瞬だけ歪んだ。

ローラ「少女の願いを聞き入れた偽善者。息を吸うようにしてwruh環axopの干渉を遮りたる稀代の魔術師」

ローラ「ハッピーエンドは、安くはなき。ということよ」

 ローラは目を伏せると、最寄の空港に辿り着くために道路に躍り出た。
 目の前にタクシーが見える。



ローラ「……さて。飛行機のチケット代はいくらだったかしらね」
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:38:37.21 ID:i7VUGE2Eo

――神裂と共にまどか達の下へ急ぎながら、ステイルは必死に頭を働かせる。
 戦力の準備は十分ではない。準備が完了するまで最低でも10時間は必要だ。
 しかもこれは準備に専念した場合の時間だ。同時進行でイギリス清教が差し向けた刺客の対策をしなければならない。

ステイル「ふざけている」

 ふざけているのだ。こんな酷いバランスの戦いはなかなかお目にかかれない。

ステイル「さやか抜きでワルプルギスの夜と戦って、勝てると思うかい?」

神裂「無理でしょうね」

 神裂がにべもなく言った。
 大雑把な戦力比はほむら25:神裂25:さやか15:杏子20:ステイル8:シェリー7の100なのである。
 いかに3000℃の炎を生み出せるとはいえ、所詮ステイルはただの魔術師。
 シェリーも、ゴーレムを使うには限度がある。

ステイル「まいったな」

 対してさやかと杏子はグリーフシードさえあれば劣化聖人程度の力を発揮出来るのだ。
 ほむらと神裂がワルプルギスに有効打を与え、さやかと杏子が二人のフォロー、あるいは使い魔の迎撃。
 そして四人が回復している間に天草式とアニェーゼ部隊の支援を受けつつステイルとシェリーが時間稼ぎ。
 そういう流れだったのだが。

神裂「美樹さやかを戦場に出してはなりません。そうなる前に必ず止めます」

ステイル「分かっているさ、だが……」

 足りない。戦力が、圧倒的に足りない。
 今から学園都市に救援を乞う手も無いではなかったが、やはり難しい。
 八方塞がりである。

ステイル「……クソッ」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:40:06.97 ID:i7VUGE2Eo



 重く圧し掛かる絶望。



 どうにもならない現実。



 魔女の宴、その前夜祭が、始まろうとしていた。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/03(月) 02:44:40.13 ID:i7VUGE2Eo
以上、ここまで。
手順はミスるわ通信は途絶えるわドット打ち忘れるわでひでぇ疲れました

次回の投下は未定ですが、出来る限り早めにお届けしたいと思います
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/03(月) 07:01:14.53 ID:+PgZrKfIO
乙です
クライマックスに向かってる感じがなんとも
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/03(月) 08:28:50.82 ID:FF6rcUAAO
またさやかちゃん死亡フラグか
上条が台無しにすんだろうけど
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/03(月) 08:29:33.95 ID:FF6rcUAAO
またさやかちゃん死亡フラグか
上条が台無しにすんだろうけど
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/10/03(月) 14:32:49.00 ID:DsyoDuHAO
さやかちゃんは行ってしまうのかしら……
dmd環gj理pgに導かれて……
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/03(月) 17:44:47.31 ID:GidjsQNDO
そういやさやかが魔法少女になった上でこの先生きのこる運命ってのは存在しないんだっけか…? orz
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/10/03(月) 23:39:06.67 ID:K1HBlHyv0
ふざっ…ふざけ、ふざけんなよ!
なんでここまで来てさやかちゃんが死ななきゃならないんだよ!
誰か、誰かなんとかしてくれよ!そげぶでもマジ天使でも爆発でももうこの際☆でもローラでも良い、
頼むから見滝原の美少女達を助けてやってくれようわあああああああああ!
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/10/04(火) 00:28:16.07 ID:5ZZNAdzK0
ちゃんとしたフラグをぶち壊されることほど不愉快な展開はない

しかし、QBはマジ天才だな。交渉に関しては誰よりも上だ
QBのプログラムすげぇ
やろうと思えば今までの禁書キャラの攻撃翌力以上のものを母星から発射できるような気がするし
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/10/04(火) 22:32:07.20 ID:35XQNnVU0
>>104落ち着け・・・
俺も堪えてるから
言いたいけど・・・
・・・つか、今まで魔まマとクロスしている奴ら全員出してあいつら助けてあげて!!
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/10/04(火) 22:46:48.06 ID:QBdVcVZV0
>>105
その攻撃をするかしないかでまた交渉を始めるQB
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/10/06(木) 20:52:27.81 ID:s7/0C8NH0
>>107
それ失敗フラグ
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/06(木) 21:55:41.48 ID:T7vX11QYo
円kanのktwrを認識してるだと……
概念様が誕生済みの世界なのか?
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/10/07(金) 18:21:13.91 ID:gaDNlzkf0
>>1…信じてるぜ…マミさんの死を見て色々と思うところのあったステイルさん達なら
このお話をハッピーエンドにしてくれるってな…

後、落ち着いてみてみたら神裂さんの戦闘力パないのな
ほむほむと互角とかDIO様ってレベルじゃねーぞ
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/08(土) 09:54:35.50 ID:y0tFdlGAO
文字通り音速で走って鉄筋やら柱やらを引きちぎる人ですから
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:08:14.14 ID:Jz48P6Uzo
投下数が25とかそのくらいで多すぎ笑えない。出来に納得がいってないのも笑えない

>>100-101
俺に上条さんを上手く扱う技量があったらステイルさんじゅうごさいの出番はこれほど多くなかった

>>104
幸せになって欲しいなぁ

>>105
攻撃力はともかくとして、QBの凄いところはどう転ぼうと負けが見えない点
最近の作品で似たようなキャラだとジャンプの安心院さん、ニトロ繋がりならナイアさん

では投下します
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:09:36.82 ID:Jz48P6Uzo

――前夜祭といえば聞こえはいいが、だからといって大騒ぎするわけではない。

 多くの人間が慌しげに視線を配り、あるいは困惑して右往左往する程度のことだ。

 それは思春期まっしぐらの少年少女達も同じことである。

 ある者は自身に突きつけられた運命を呪い、絶望に打ちひしがれ。
 またある者は一物抱えている友の力になろうと決心し。

 別のところでは、切羽詰った事態であるにもかかわらず何も出来ないことに腹を立て。
 さらにもう一方では、そんな輪に加わることが出来ず、居場所を探してあちらこちらを彷徨い歩き。

 とある少女は現状を確認して自身の信念を貫き通す覚悟を決め込み。
 またとある少女は目まぐるしく動く状況に対して、自分に何が出来るのかを考え込んだり。

 とにもかくにも、そんな調子なのだ。

 宴の前だからといって杯を交わすようなことはないのである。
 あるいはこの場に、圧倒的なカリスマを持つ人間がいれば、状況は違ったかもしれないのだが。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:10:54.90 ID:Jz48P6Uzo

 時刻は日本時間で夜の九時。
 ガラス窓に映るもうもうとした雷雲を見つめて、さやかはため息を吐いた。

 さやかがいる場所はとある体育館。その入り口付近にある階段だ。
 ここは特定の避難警報が発令された際に避難場所として使用される決まりになっており、彼女は絶賛避難中であった。
 ワルプルギスの夜がスケジュールを前倒しにして現れたせいだ。

さやか「こりゃ荒れそうだね」

 いやいや、現在進行形で荒れているのか。
 さやかは内心で訂正すると、窓越しに空を見上げた。
 本来ならばその丸々とした姿を覗かせている予定だった月は、
 しかし分厚い雲の層によって遮られ、その蒼白い月光で街を照らすことは無い。

??「こんなところにいたのかい、さやか」

 自分を呼ぶ声。
 時折現れる雷光を見てうつろうつろとしていたさやかは、後ろを振り返った。
 そして明るい笑顔を浮かべる。
 そこにいたのは、左手を包帯で保護した――しかし杖無しで立ち歩く恭介だった。

さやか「恭介じゃん、どうしたの? もう夜遅いよ?」

恭介「さやかと同じで、眠れないんだよ。どうだい?」

 右手にぶらさげた二本の缶コーヒー(微糖)を掲げて、恭介が人懐っこい笑みを浮かべた。
 何気ない配慮が、さやかには暖かい。
 目頭が熱くなるのを感じながらも、さやかは缶コーヒーを受け取った。
 手のひらから缶コーヒーの温もりが伝わってくる。

さやか「えへへ、気が利くねぇー♪」

恭介「僕と君の仲だからね。隣、良いかな?」

さやか「うん、いいよ」

恭介「ありがと、さやか」
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:11:33.91 ID:Jz48P6Uzo

 恭介と肩を並べると、さやかは缶のプルタブを摘み上げた。
 小気味の良い音と共に中の空気が溢れ出し、コーヒーの香りが鼻腔に伝わってくる。

さやか「……あったかい」

恭介「そうだね。あったかい」

 コーヒーを口に含む。
 苦味が口の中に広がり、しかしそれを上回る勢いで甘味が口内を覆い尽くしていく。

さやか「おいしー」

恭介「うん。おいしい」

 そんな彼の返事に、さやかは言葉に出来ない微妙な違和感を覚えた。
 恭介は、何か悩み事を抱えている。
 長年の付き合いゆえにそれを見抜いた彼女は、恭介の横顔を覗き見た。
 彼の顔色は平常時のそれとなんら変わらない様に見える。だが、見えるだけだ。

さやか「どしたの? なんか悩み事でもあるわけ?」

 さやかの言葉を受けた恭介が、はっとした顔で彼女を見た。
 それから恭介は苦笑を浮かべて、観念したかのように口を開く。

恭介「あるといったら、あるかな」

さやか「ふふーん、親友の悩み事と聞いたら黙っちゃいられませんなぁ。さやかちゃんが相談に乗ってあげよう!」

恭介「本当かい? ありがとうさやか!」

さやか「いいっていいって。それで悩み事って何?」

恭介「うん、それなんだけどね……」
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:14:08.64 ID:Jz48P6Uzo

 恭介は真っ直ぐな目でさやかを見た。さやかもそれに答えるように彼を見た。
 互いの瞳に互いの姿が映し出される。

恭介「さやかにとって、僕ってそんなに頼りない存在なのかな?」

さやか「えっ……?」

恭介「僕は君の……親友だろう? それなのにこれは、ちょっとないんじゃないかな」

さやか「あ、あの、何を言ってるのかさっぱり分かんないんだけど」

 彼の言葉が理解できず、さやかは狼狽して彼を上目遣いに見た。

恭介「駅での時は仕方なかったよ。あれは僕にも責任があったからね。だけどさ、今回は違うんじゃないかな」

恭介「そうやってまた厄介ごとを溜め込んで、僕を除け者にして、それで満足かい?」

さやか「除け者になんか……してない」

恭介「じゃあどうして悩みを打ち明けてくれないんだ。どうして僕に相談してくれないんだ」

 こっちの気持ちも知らずに、こいつは。
 今自分が抱えている事情なんて、言えるわけがない。話せるわけがない。
 自分はもう、一度化物になって死んだようなものなのに。この身体だってゾンビと変わらないって知ってるくせに!
 それなのに、恭介は! どうして! どうして……?

 堰を切ったように、感情の波が溢れ出す。

さやか「何で? 何でそんなに優しいかな?」

恭介「え?」

さやか「あたしなんて、もう……」

 さやかの手から、空になった缶が支えを失って地面に落ちた。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:15:23.80 ID:Jz48P6Uzo

――どんと構えて、肝が据わっていようと。さやかはまだ十四歳で、子供なのだ。
 十四歳という年頃の子供は多感で、しかし不器用で、彼らの知る世界はまだまだ狭い。
 自分の命が残り短い物であると饒舌に説明できる子供はそう多くないだろう。
 現実を受け止めきれずに、何かに当たる者だっている。それが当たり前なのだ。

 だからさやかは。
 両目から大粒の涙を零し、恭介の身体にしがみつき、その痩せ衰えた細い身体を力なく叩いた。

さやか「あたしは、あたしはもう!」

恭介「さやか?」

さやか「もう、長くないのに……!」

恭介「長くないって、えっと、それは……」

恭介「えっ? 長くない……?」

 恭介の体が、静かに強張った。
 それはさやかにしがみつかれて緊張しているわけでもなければ、照れているわけでもなく。
 彼女の言葉の意味を、察してしまったからだろう。

恭介「……そんな」

 自然と、彼の両手がさやかの背中に回された。
 そうしなければ、立っていることすらできないから。

さやか「うぅ……うぅぅ……!」

 全身を震わせて、しかし声を押し殺して静かに泣くさやか。
 そしてそんな彼女を、ただ抱き締めることしか出来ない恭介。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:16:28.88 ID:Jz48P6Uzo

 その一部始終を見ていた者がいる。
 ほむらだ。
 彼女はそのやりとりを見終えると、悲しげに目を伏せ、音もなくその場から離れた。

ほむら(さやかと上条恭介のエピソードはこれまでにもいくつか見てきたけど……)

ほむら(この世界が、一番救いようが無いわね)

ほむら(一度希望を持たせられてから、ふたたび絶望のどん底に叩き落される……これもキュゥべぇの狙い通り?)

ほむら(だとしても、いくらなんでも……)

 そこまで考えて、ほむらはふと足を止めた。
 果たして、さやかの境遇を同情出来るほど自分はご立派な環境にいるだろうか?

ほむら「……私も、同じかしら」

 つい昨日までは、この世界がこれまで巡り巡って来た世界の中でも最良の世界のように思えた。
 ステイルたちと共に、この時間の迷路を抜け出せると。本気で信じることが出来た。

 だが実際はどうだ。
 彼らという頼もしい仲間を得たほむらは、しかし同時に厄介な敵を相手にせざるを得なくなってしまった。
 強化された(らしい)ワルプルギスの夜。並々ならぬ魔術師の大群。絶望から抜け出せないさやか。
 そして、魔法少女になるという願望を拭い去れないまどか。

ほむら(この世界も、ダメなのかもしれない)

 ……だからどうした。その時はその時だ。これまでと同じように、時間軸を超えてやり直すだけだ。
 たとえその世界に、自分と苦楽を共にしたまどかがいなかろうと。
 あのお人良しな魔術師達がいなかろうと。



――ほむらは揺るがない。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:17:32.97 ID:Jz48P6Uzo

――体育館のすぐ傍に位置する空き地に、小さなテントが建てられていた。
 軽い鉄パイプと布一枚のその頼りない外見とは裏腹に、
 魔術的工夫と術式によって自動車が突っ込んできても崩れない防護性を秘めている。

建宮「――だから先にイギリス清教の刺客を迎撃する術を構築した方が得策なのよな」

五和「でもワルプルギスの夜がいつ動くか分からない以上はどうにも出来ませんよ」

対馬「出現してからもう三時間。ただでさえ結界を張って影響を最小限に押し留めている以上、戦力は割けないわ」

ルチア「やはりあれが動き出す前に叩いてしまった方がよろしいのでは?」

 古いストーブの前でパイプ椅子に座って暖を取っていた杏子は、三度目のループを迎えた会話を聞いて呆れ顔を作った。
 くだらないと、心の底から思う。
 自分の知る魔術師は、困っている人のためならばあらゆる手順と法則をすっ飛ばして駆けつける、そんな存在だ。
 それがこうして延々と話し続けていれば、失望を覚えてしまうのも致し方ないといえるだろう。

杏子(さやかのことだって気になるのに……)

 イライラして席を立とうとした矢先、コツンと頭に何かが当たる。
 杏子が気だるそうに顔を上げると、ポッキーの箱を手にしたアニェーゼが視界に入った。

アニェーゼ「気持ちは分かりますが、大事なことなんですよ。藪を突いて蛇が出たら元も子もねぇですからね」

杏子「でもさぁ、こういう時に現状維持って間違いなく詰むパターンだよ? 分かってんの?」

アニェーゼ「あたしらは少数精鋭が基本です、それは痛いほど分かってますよ。
          それでも、議論を積み重ねなきゃなんねぇんです。これも民主主義ですよ」

杏子「はっ、くだらないねぇ。民主主義なら多数決とってそれで終わりでいいじゃん」

アニェーゼ「多数決は民主主義と呼べるんですかねぇ。一つの側面を持っていることまでは否定しませんが……」

 ポッキーを口に放り込みながら、アニェーゼがしみじみと呟いた。
 杏子もそれに習ってポッキーをくわえて、しかし苛立ちを隠そうともせずに舌打ちする。


杏子「くっだらねぇ、このままじゃアタシらみんな全滅だぞ」
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:19:25.53 ID:Jz48P6Uzo

??「――いえ、まったくもって同意します。佐倉杏子」

 女性の声と共に、テントの中に突風が吹き荒れる。

アニェーゼ「ひゃっ!?」

 皆が驚いて目を丸くする中、杏子だけが口角を持ち上げてにやりと笑みを浮かべた。
 彼女はポッキーを噛み砕きながら、突風と共にテントの中心に現れた女性――神裂火織を見た。
 神裂は周囲に舞い上がる埃といくつかの書類の一切を無視して、威風堂々たる面構えを保ち続けている。

 神裂が口を開いた。

神裂「まずはイギリス清教の刺客から相手にします」

神裂「このままでは皆あの最大主教とキュゥべぇの餌食です。骨も残らずしゃぶり尽くされておしまいでしょう」

神裂「時は金なりと言いますが……時は一刻を争います。不服な方もいるでしょうが、私の指示に従っていただきます」

建宮「……では、まずは戦力の再配置を行う必要が。それに海に身を潜める要塞に割く戦力も」

神裂「その必要はありません。要塞と対峙するのは私一人です」

 ヒュウ♪
 思わず口笛を吹いてしまった杏子は、アニェーゼのじと目を受けて肩をすぼめた。

五和「そっ、そんな!? 無茶ですよ! いくら女教皇様といえど!」

神裂「話は最後まで聞いてください。私は何も、彼らを倒すために対峙するわけではありません」

 頭が良いやつが現れて、一気に流れが変わるのは面白い。
 にやにやしながら、杏子は内心でそんな気持ちを抱いた。

神裂「私が彼らと対峙するにあたって、まず行うことですが――――」
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:20:08.63 ID:Jz48P6Uzo

杏子「――はぁ?」

 神裂の言葉を受けて、杏子が間抜けな声を出した。
 前言撤回、こいつは頭が悪いやつだ。
 杏子は慌てて立ち上がると、声を大にして彼女に詰め寄った。

杏子「バカかアンタ!? バッかじゃねぇの! またはアホか!?」

神裂「バカでもアホでも、何でも構いません。これはステイルとも相談し合って決めたことです」

杏子「正気かよ……」

神裂「ですから、佐倉杏子」

 そう前置きすると、神裂は杏子に向かって深々と頭を下げた。

神裂「お願いします。ワルプルギスの夜の足止めを、頼んでもよろしいでしょうか?」

杏子「ッ〜〜〜〜!」

 卑怯だと、杏子は思う。
 こんな真剣な顔でお願いされたら、断れるわけない。

杏子「……頭上げな」

杏子「どうせあいつは、アタシとほむらの二人で片を着ける予定だったんだ。いまさらどうってことねーさ」

神裂「……感謝します、佐倉杏子」

杏子「フン!」


杏子「全部終わったら、たんと飯おごってもらうからな!」
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:20:59.95 ID:Jz48P6Uzo

――素直になれない杏子が憎まれ口を叩いている時。
 広い体育館の、その隅に。
 やたらとゴツいゴーグルをかけて寝袋を担いでいる少女が、頭頂部からわずかな紫電を発した。
 彼女は御坂美琴のクローンで、一万人近い妹達の一人である。コンビニバイトを始めてはや三ヶ月。

ミサカ「やはりスーパーセルにしては勢いが……ですがこの前兆はやはり……しかし日本で……」

??「なにをぶつくさ喋っていますの?」

 一万人近い姉妹と目に見えぬネットワークで情報のやり取りをしていた妹達、もといミサカに声を掛ける人物がいた。
 志筑仁美その人である。
 以前ちょっとした事件があった際にミサカと知り合い、それからたまに顔を合わせる仲になったのだ。

ミサカ「見滝原市に現れたスーパーセルについて、姉妹と討論を繰り広げていたところです
      と、ミサカはとろんとした目でこっくりこっくり舟を漕いでいる仁美に説明します」

仁美「もう、まるで人を夜更かしできない子供みたいに……言わないでください」

 不満げに言うが、その目は焦点が定まっていない。

ミサカ「いやいや今にも寝そうだろ、とミサカは仁美の前で手を振って見せます。というかなぜこちらに?」

仁美「うー、しょうがありませんのよ。気晴らしに出歩いてみれば同級生の方々はみなご家族とご一緒してますし……」

仁美「まどかさんやさやかさんに至っては深い事情がお在りのようで、声をかけることもできないんです……」

ミサカ「はぁ、心中お察しします。とミサカはお声をおかけして……あの、仁美?」

 仁美はよろよろとその場に座り込むと、そのまま口をもごもごさせた。

仁美「どうしてみなさんばかり……」

仁美「私だってもっと巻き込んでほしいという…………考え、が………………」


仁美「………………………………すぅ」


ミサカ「ね、寝やがった……! とミサカはこの神経の図太いお嬢様に戦慄します」
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:21:53.96 ID:Jz48P6Uzo

 ひとまず仁美の肩に支給された毛布を掛けてやる。
 それからミサカはその場にあぐらをかいた。
 仁美の身体をほんの少しだけ傾けて、自身に預けさせる。

ミサカ「……しかしあれですね、この少女も報われませんね」

 盛大に失恋して――恋を諦めて――心中穏やかでないにもかかわらず、友人の前では平静を保ち続け。
 親しき者達が隠し事をしているのに気付きながらも知らぬ振りを通し、
 彼女らにいらぬ苦労を掛けさすまいとこれまで同様の関係を維持してきた、志筑仁美。
 複雑な人間関係に悩む彼女に同情を覚えつつ、ミサカは世界中に散らばる姉妹達との交信を再開する

ミサカ「さて、今の内に新しい情報をインストールしておきますか」

ミサカ「……統括理事会が掴んだ新たな情報、ですか?」

ミサカ「魔法少女(笑)? 魔術サイド(爆笑)の行動? インキュベーター(暗黒微笑)の思惑?」

ミサカ「うーむ、難しいですね。これらが本当の場合は原因究明のためにも動かねば……っと」

 ぽてん、と。
 仁美の頭がミサカの肩に乗った。
 彼女の唇がかすかに動く。

仁美「どうして……仲間外れなんか……」

ミサカ「……」

ミサカ「っておい寝言かよ、焦らさないで欲しいものです。やれやれ」

ミサカ「しかしまいりましたね」

ミサカ「動こうにも、動けなくなってしまいました」
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:22:47.40 ID:Jz48P6Uzo

 そして。

まどか「……行かなきゃ」

詢子「ん、どしたーまどか?」

知久「お腹でも空いたのかい?」

まどか「え? ううん、えっと……」 アタフタ

タツヤ「わあったー! おといれー?」

まどか「! そ、そう、トイレ! ちょっとトイレ行ってくるね!」

詢子「おう、絶対外には出るなよー」

知久「いってらっしゃーい」

まどか「あはは……いってきまーす」

 割り当てられたスペースを抜け出ると、まどかは制服姿のままその場を離れた、
 体育館の玄関へと連なる廊下を駆け抜け、先ほどまでさやかと恭介がいた階段の近くまで足を運ぶ。
 鳴り響く雷鳴をBGM代わりにして、上がってしまった息を整える。
 それが終わると、彼女は視界の向こうにいるステイルとほむら(魔法少女姿)に向かって声を掛けた。

ステイル「やぁ、こんな夜更けにどうしたんだい?」

ほむら「子供は寝る時間よ」

まどか「二人だってまだ子供でしょ?」

ステほむ「身体 (精神) 年齢だけなら大人顔負けだね(よ)」

まどか「うっ、否定できない……」
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:23:44.57 ID:Jz48P6Uzo

まどか「ほむらちゃんとステイルくんは、これからどうするの?」

ステイル「僕はこれから長距離通信用の霊装の調整に入る。この嵐じゃ携帯電話が使えないからね」

ほむら「私はワルプルギスの夜の監視と戦術の最終チェックに入るところよ」

 そう言って、二人は笑みを浮かべた。
 まどかに恐怖を抱かせないよう精一杯努力しているのだろう。
 その思いやりを理解しているまどかは、どうにもならない無力感を覚えて静かに歯噛みする。

まどか「わたしね」

まどか「ワルプルギスの夜のことや、さやかちゃんのこととか、いっぱいいっぱい考えたんだけどね」

まどか「どうすればいいのか分からないの」

 ステイルとほむらは、黙って彼女の声に聞き入っている。
 時間などないだろうに、それでも邪険に扱わないでいてくれる。
 そんな二人の優しさに感謝すると同時に、まどかは言い知れない寂しさを感じた。

ほむら「あなたはあなたのままでいれば、それで……」

まどか「良くないよね? 強いんだよね? ワルプルギスの夜って。さやかちゃんも、どうにもならないんだよね?」

ステイル「それは……」

 違う、とは言わない。言えないのかもしれない。
 だからまどかは、今自分の脳裏に浮かんでいる疑問をそのまま言葉にした。

まどか「わたしの命は、どう使えばいいの?」

まどか「二人共頭良いんだよね? 二人ならわたしが考えるよりもずっとずっと上手なお願い事が考えられるよね?」

まどか「その気になれば、全ての魔法少女を救ってあげられたりするんじゃないかな? 絶望だって帳消しに出来るかもしれないよね?」

まどか「お願い、わたしの命をどう使えば――」

――まどかの言葉を遮るように、ステイルの足元から甲高い音が鳴り響いた。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:24:28.06 ID:Jz48P6Uzo

――音の原因は、ステイルが小脇に抱えていた霊装を落としたからだ。
 今ので霊装に不具合が生じて、若干の調整が必要になるかもしれないが……
 それでもステイルは平静を装うと、正面に立つまどかの顔を“睨んだ”。

ステイル「自惚れないで欲しいね」

ステイル「君の命を使わなければならないほど僕らは弱くもないし、意地汚くもなければ哀れでもない」

ステイル「もう一度言おうか? 自惚れるなよ、まどか」

 ほむらが目で抗議してくるが、ステイルはそれを無視した。
 無視した上で、彼はもう一度まどかの顔を見た。
 彼女の様子に変化は見られない。つまり、その程度で揺らぐ意思ではないということか。
 ふっと表情を和らげると、笑みを作ってやる。

ステイル「……安心するといい。僕らには時間を止められるほむらと、化物同然の神裂がついているんだ」

ステイル「このコンビに勝てる存在なんて数えるほどもいないだろうね。ましてやたかが魔女が勝てるはずない」

まどか「でも……」

ほむら「その神父の言うことは本当よ。ワルプルギスの夜は私達で退けられるし、さやかの問題もきっと解決できるわ」

 もちろん嘘である。
 ワルプルギスの夜は足止めするだけで精一杯だし、さやかに至っては救う手立てすら見つけることが出来ない。
 生命力を魔力に練成する技術はあるが、元になる生命力、その源泉である魂をどうこうする技術を彼らは持たないのだ。

ステイル(だからと言って、何もしないわけじゃないが……)

 そんなステイルの心境をよそに、事情を知らないまどかはほむらの言葉を受けて渋々頷いた。
 あくまでそれは形だけで、内心ではきっと納得していないだろう。
 きっかけさえあれば彼女は決意する。その想いを否定することは出来ない。

ステイル「……なんなら、巴マミの言葉を思い出してみるのもいいかもしれないな」

 言ってしまってから、自分の失敗に気付いて口を噤む。
 しかし時既に遅し。まどかは両目をぱちくりさせて、首をかしげた。
 クエスチョンマークが頭に浮かんでいるような錯覚すら覚えそうだ。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:24:54.50 ID:Jz48P6Uzo

まどか「マミさんの言葉? えっと、それって」

ステイル「あー、それよりもはやく戻ったらどうだい? ご家族もさぞかし心配しているだろう」

まどか「あ、え、でも」

ほむら「この状況下で帰りが遅くなれば、こっぴどく叱られるでしょうね」

まどか「う〜……じゃあ戻るけど……」

 踵を返したまどかは、最後にもう一度、名残惜しそうにこちらを振り返った。

まどか「また、会えるよね?」

ステイル「もちろんさ」

ほむら「……ええ」

 二人の言葉を聞いて、まどかは元来た道を引き返し始める。
 まどかの姿が見えなくなると、ほむらは口を尖らせてステイルを睨みつけた。

ほむら「あの言い方は無いでしょう。まどかはただの子供なのよ」

ステイル「ただの子供が気に病みすぎなのが問題なんだ。毎日陰鬱とした考えでいるのは精神衛生上良くないだろう」

ほむら「その治療方法が荒療治だと言っているのよ」

 子供の心配をする子供(精神年齢不詳)と子供(身体年齢不詳)。
 神裂(十九歳)がいたらお前らが言うなと言い出しかねない場面だが、あいにく彼女は外で天候の流れを読んでいる。



ステイル「……さて」
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:26:14.00 ID:Jz48P6Uzo

 その言葉が合図となって。
 次の瞬間、ステイルは懐に。ほむらは左手に提げた盾に自分の右手を滑り込ませる。
 ルーンの刻まれたカードと大口径の拳銃を握り締めると、二人は各々のタイミングでそれを構えた。

ステイル「いるのは分かっているんだ」

ほむら「出てきなさい、インキュベーター」

 ほむらの声が廊下に響く。
 その残響音が聞こえなくなった頃になって、ようやくキュゥべぇが姿を現した。
 闇の中から這い出るように、そろそろと四足を動かして。血のように赤い両の眸を輝かせて。

QB「久しぶりだね、二人とも」

QB「時間遡行者。暁美ほむら」

QB「ルーンの魔術師。ステイル=マグヌス」

 距離を無視して紡がれるテレパシーによる声。
 ステイルは眉をひそめると、苛立たしげにキュゥべぇを見た。

ステイル「探知用の結界が敷かれているのは承知済みだと思ったんだが。どういうつもりでここを訪れたのやら」

QB「なんてことはない、ただ君達にサービスをしようと思ってね」

ほむら「感情を理解出来ないあなたがサービス? つまらない冗談を言う知恵がついたようね」

QB「そこにいる彼の上司のおかげでね。と言っても、直接僕が聞いたわけじゃないんだけど」

 あの女狐め。

ほむら「消えなさい。あなたの姿を見るだけでわたしのソウルジェムが濁るわ」

QB「それはは好都合だね。もっと僕の姿を見てくれないかな?」

ほむら「……本気で撃つわよ」

QB「それは困るなぁ」
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:26:58.66 ID:Jz48P6Uzo

QB「さて……僕が君達にサービスをする理由なんだけどね」

QB「それを語る前に、僕はまず礼を言わなきゃいけないんだ」

ステイル「礼……?」

 疑問がそのまま言葉となってステイルの口から零れた。
 不可解なことを言ってのけたキュゥべぇは、その言葉に頷いてみせるとほむらに向き直り、

QB「この宇宙を生きるありとあらゆる生命を代表して礼を言わせてもらうよ」

QB「ありがとうほむら! 君のおかげでこの宇宙は救われるんだ!」

ほむら「……は?」

 キュゥべぇの態度に戸惑うほむら。
 彼女は困惑したまま、心細そうにステイルを見上げる。
 だがステイルは彼女の視線に応えてやれることが出来ない。彼もまた混乱しているからだ。

QB「ああそうか、君達は知らなかったんだね。それじゃあ一から説明してあげようかな」

QB「魔法少女としての潜在力はね、背負い込んだ因果の量で決まってくる」

QB「一国の女王(エリザード)や救世主(神裂)ならともかく、ごく平凡な人生だけを与えられてきたまどかに
   どうしてあれほどの膨大な因果の糸が集中してしまったのか……君の存在が、その疑問に答えを出してくれた」

QB「ねぇほむら。彼女は君が同じ時間を繰り返すごとに、強力な魔法少女になっていったんじゃないかな?」

 ほむらは答えない。
 答える術を持っていないのかもしれない。

QB「やっぱりね。彼女がああなったのは君のおかげ、あるいは君のせいだったんだ」

QB「正しくは、君の祈りによって成し得た奇跡。君に芽生えた魔法の副作用かな」

QB「条理にそぐわぬ願いは、必ず綻びを見せる。それがこんなところでも実証されてしまったわけだね」
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:28:40.17 ID:Jz48P6Uzo

ほむら「……どういうことよ」

 のどから搾り出すようにして紡がれた彼女の言葉は、静かに震えていた。

QB「君が時間を巻き戻してきた理由はただ一つ。鹿目まどかの安否だ。
   同じ理由と目的で、何度も時間を遡る内に、君はいくつもの平行世界を螺旋状に束ねてしまったんだろう」

 ……なるほど。
 キュゥべぇの言わんとすることを察したステイルが、ため息を吐いた。
 その素振りを見ながら、キュゥべぇは気に留める様子を見せずに説明を再開する。

QB「……数多の平行世界に存在する因果の糸が、鹿目まどかを中心軸として束ねられ、彼女に連結してしまったんだ」

QB「そう考えれば、彼女のあの途方も無い魔力係数にも納得が行く」

QB「君が時間を繰り返せば繰り返すほどに因果の糸は循環する。彼女に連なっていく。
   そうして彼女は、あらゆる出来事の元凶として強くなってきたんだよ。最強の魔法少女に足る素質を身に付けて、ね」

ほむら「っ……」

QB「君が来なければ、彼女はごく平凡な、ほんの少し素質があるだけの少女という枠組みの中で留まったかもしれない」

QB「僕は彼女という存在を見落とし、彼女は平凡な日常生活を謳歌してその一生を平穏無事に過ごせたかもしれない」


             カノウセイ
QB「そういった無限の幻想をぶち壊したのは、他でもない。ほむら、君だよ」


QB「だから僕はお礼を言わなきゃいけないんだ。彼女が魔法少女になり、魔女になることでこの宇宙は救われるんだからね」

QB「本当にありがとうほむら。君が身勝手な願いを叶えたばかりに、まどかの人生を台無しにして――」

 それ以上、キュゥべぇの言葉は続かなかった。
 カードを配置したステイルが、炎の剣を右手に提げたのを見たからだろう。
 ステイルとしてはこんなところで無駄な魔力を消費するつもりは毛頭無かった、のだが。

 キュゥべぇの意図――ほむらに追い討ちをかけることで、彼女を絶望させる行為を止めなければならない。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:30:31.45 ID:Jz48P6Uzo

ステイル「小賢しい真似を……それも最大主教の受け売りか?」

QB「そんなところかな。何分この状況だと他の個体から送られる情報も受信し辛くてね。一苦労なのさ」

ステイル「その苦労は徒労に終わる。分かったらさっさと失せてくれないかな、さもなくば骨一つ残さず灰にするぞ」

QB「それは困るね。分かった、彼女の絶望は諦めて、僕は舞台の端まで退散させてもらうとするよ」

 そう言って、白い獣は尻尾を振りながら歩き始める。
 去り際に、

QB「だけどこれだけは忘れないでくれるかな。」

QB「舞台の端だろうと、客席から見えなかろうと。そこが舞台であるのに変わりはないことをね」

 こんな言葉を残して。

ステイル「チッ、性質の悪い……」

 やたらと遠回しな表現だが、要はこう言いたいのだろう。
 まどかを護衛する戦力を割かなければ、また何度でもたぶらかしに来る。
 ステイル達がワルプルギスの夜に当てる戦力が少なくなるだろうが、そんなことは知ったことではない、と。

ステイル「ほむら」

ほむら「……だいじょ、ぶよ」

 喉を震わせ、歯をガチガチと鳴らしながらほむらが頷いた。
 全然大丈夫じゃないだろうが――そう怒鳴りたくなる衝動を必死で押さえつける。
 ステイルは彼女の左手を掴むと、強引に自分の間近に持ってきた。
 わずかに濁り始めている。すかさずグリーフシードを取り出し押し当てると、瞬く間に穢れが取り除かれた。
 それを見届けると、ステイルは彼女の顔を見下ろしながら口を開いた。

ステイル「一つだけ聞かせてもらえるかな」

ほむら「……なに、よ」
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:31:00.49 ID:Jz48P6Uzo



ステイル「君は、後悔しているのか?」



ほむら「……え?」


.
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:32:05.99 ID:Jz48P6Uzo

ステイル「どうなんだ?」

ほむら「……わからないわよ、そんなの」

ステイル「なら、次に会うときまでに考えておいてくれ」

ほむら「……まるで死地に赴く兵士のような口振りだけど、あなたは単なる“通信士”でしょうが」

ステイル「……面目ないね」

 ソウルジェムは元の輝きを保ち続けている。とりあえず気は安らいだようだ。
 穢れによって真っ黒にくすんだグリーフシードを懐に押し込みながら、ステイルは足元に放置された霊装を抱え上げる。

ステイル「さて、英国民の血税に見合う働きをしないとね。君はもう休んだ方が良い」

ほむら「まだ早いわ。それに疲れもないし」

ステイル「予測が正しければ、の話だけどね。
       ワルプルギスの夜が動き出すのと僕らの作戦が成功するのには最低でも三〇分間のラグがある
       つまり君達には、最低でも三〇分間はワルプルギスの夜を足止めしてもらわなければならないんだ」

ほむら「……」

ステイル「その時になって寝不足で地力を発揮できないなんてつまらない冗談はごめんだ。
       分かったら避難スペースに戻って寝ろ。嫌ならテントでも良いが、あそこは少々騒がしくなるしね」

ほむら「素直に元の居場所に戻るわ……あっ」

ステイル「どうかしたか?」

ほむら「もしも途中でまどかと顔を合わせちゃったらどうしよう。気まずいわ……」

ステイル「……それだけ余裕があれば大丈夫だろう」
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:34:30.51 ID:Jz48P6Uzo

――時刻は既に五時を過ぎ、既に夜は明けてしまっている中。
 それでも街は薄暗い。分厚い雷雲が、日の光を遮ってしまっているからだ。
 そんな薄暗く寂しい街の中で、鉄パイプと布で構成されたテントだけがやたらと人で賑わっていた。
 人で賑わうテントの内部、中央からやや東に逸れた位置に、やたらと大きなテーブルが置かれている。
 その中心には日本地図が広げられており、東西南北に位置する場所にはいくつもの折り紙や人形が飾られていた。

ステイル「受信機(そっち)の状況は?」

アニェーゼ「かなり悪いですね。ワルプルギスの夜が垂れ流している魔力が、一種の結界を生んじまっています
          外界から送られてくる通信とそうでないものを仕分ける作業が上手く行きません。こりゃあ厳しいですね」

ステイル「アンテナ代わりにテントのてっぺんに差した鉄板と鉄槍のアレが駄目なんじゃないのか?」

五和「ちゃんと偶像崇拝の理論に乗っ取って組み上げたんです、あれ以上のものは出来ませんよ!」

シェリー「連中がワルプルギスの夜に合わせて動くとなると、“到着”の時刻を考えたらこれ以上手間は掛けられないわよ」

五和「でも……ぷ、女教皇様もなんと、ぷっ、くくっ……」

 神裂を振り返った五和が、必死に口元を押さえて目尻に涙を浮かべた。

神裂「……五和、後で覚えておくように」

ステイル「彼女の反応も仕方ないと思うけどね……その歳でそれを背負う気分はどうだい?」

神裂「好き好んで背負っているわけではありません!!」

 “ランドセル”を背負った神裂が顔を真っ赤にして叫んだ。
 この期に及んでふざけているわけではない。
 送受信可能かつ持ち運び可能な通信霊装を考案した結果、土台の条件に適合するのがランドセルだっただけだ。

杏子「これで鞄からはみ出てるのが鉄の棒きれじゃなくてリコーダーだったら完璧だったのになぁ」

神裂「ああもう、準備はあらかた出来ているのでしょう!? 行きますよ!?」
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:36:47.48 ID:Jz48P6Uzo

 テントの外に躍り出ると、神裂は鋭い眼差しですぐ近くのビルや茂みを注意深く観察した。

神裂「試運転代わりに一つ。あー、ここからだと魔術師二〇、魔女一〇、修道女四〇が見えます」

シェリー『了解。ついでに感度良好……つーか声デカいから霊装越しじゃなくても届いてるわよ』

神裂「うっ……分かりました。それでは始めます」

 神裂が前屈みになる。
 それを察知したイギリス清教の刺客が身を強張らせるのを、神裂は驚異的な視力をもって確認した。

――何を馬鹿なことを。聖人を警戒するならば、それでは余りに遅すぎる。

 とはいえ、神裂に彼らを攻撃する意思など毛頭無い。
 神裂の狙いはその遥か後方。五〇〇キロ彼方の海に身を潜めるイギリス清教の要塞である。

 予測が正しければ、ワルプルギスの夜が動き出すのは九時前後。
 間に合わせるには、最低でも時速二五〇キロを超える速度で山を超え、海を渡り、要塞を探し出さなければならない。
 騎士ですら時速五〇〇キロを維持して三日間で地球を一周出来るのだ。それを鑑みれば、そう難しい話ではない。

神裂(ですが要塞を探し出すだけで三〇分、下手をすれば一時間は掛かりかねません)

神裂(ステイルとシェリーのサポートを受け、留守を五和たちに任せる以上……その間にかかる杏子たちへの負担は……)

 そこまで考えてから、神裂は考えるのを止めた。時間は掛けられないのだ。彼女達の力を信じるほかあるまい。
 深く息を吐き出すと同時に聖痕を解放。莫大な魔力を爪先へと向けさせる。
 彼女の足元のアスファルトが、ミシミシと悲鳴を上げる。

神裂「――神裂火織、往きます!!」

 世界に二〇人といない聖人が、ランドセルを背負ったまま音を置き去りにして走り出す。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:37:20.17 ID:Jz48P6Uzo

――果たして、そんな彼女の努力は報われなかった。
 時刻は八時五〇分。
 予定よりも早く動き出したワルプルギスの夜と対峙するため、ほむらと杏子の二人は街の中央に陣取っている。
 魔術師連中からの支援は、難しい。あちらはあちらで別件が立て込んでいるためだ。

ほむら「近いわね。ワルプルギスの夜が降りてくるわよ」

杏子「あいよー。ホントに二人だけで挑むなんてなー」

ほむら「過去に三人がかりで撃破したこともあるから安心しなさい……その時は、巴マミとまどかがいたけど」

杏子「ベテラン魔法少女と最強の魔法少女がいりゃあ勝てるでしょフツー。まっ、良いけどさ」

 二人のいる場所を濃霧が包み込む。

ほむら「さやかとは何か話した?」

杏子「魔女対策考えてたんだからんな余裕あるわけないって。帰って来てから話すさ。あんたはまどかとは?」

ほむら「……色々あって顔を合わせ辛くて。帰ってから話すわ」

杏子「んじゃ、是が非にでも勝って帰らなきゃいけないわけだ。コブ付きは辛いねぇ……」

 杏子がしみじみと呟く。その足元を、小さな道化師の使い魔が通り過ぎていった。
 杏子がぎょっとするのをよそに、その道化師は後ろから続いてきた象の使い魔に踏み潰されてしまった。かわいそう。
 そして淡い光となって、空中に霧散した。
 気がつけば、道化師や象、キリンに犬にライオンなど、さながらパレードを開く動物サーカス一座が周囲に散らばっていた。

杏子「なにこれ、倒した方が良いわけ?」

ほむら「ワルプルギスの夜の戯れよ。倒してもあいつに魔力が還元するだけだから無視しなさい」

ほむら「……来る!」

 濃霧が晴れる。
 サーカス一座が淡い光となって霧散する。

 そして、舞台装置の魔女――ワルプルギスの夜が姿を現した。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/09(日) 23:42:01.67 ID:Jz48P6Uzo
vsワル夜なノリだけど次回は魔術師連中がいろいろやってる別件中心なためワル夜さんはお預けです
おりことキリカがちょっぴり活躍予定
まともにバトれるのはいつになるやら
次回の投下は相変わらず未定ですが、分量を圧縮する方針で進めるため時間がかかるようなかからないような……
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/09(日) 23:47:06.17 ID:ZH/Vx+Yho

wwktkしてきた
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/10/10(月) 10:36:32.49 ID:vGDLGuoD0
ランドセル……ゴクリ
神崎さんじゅっさいとか胸熱
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/10/10(月) 10:41:20.77 ID:R6gPdoZU0
おつおつ
映画化できるレベルだな
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/10(月) 16:36:03.03 ID:he3qOFyAO
やだ・・・このキュウベェ積極的・・・つかさりげなく台詞が幻想殺しwwwwwwww
ランドセルしょって走る神裂さんじゅうきゅうさいには笑ったwwww
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/10/11(火) 00:00:51.20 ID:HAjQLYT80
>>139
なん・・・・・・だと?
神裂、30歳とか胸熱?・・・・・・って、ん?
何か今ワイヤーみたいなものが俺の横を通り抜けたような・・・・・・



ワァァァァァァ!?俺の腕が輪切りにィィィィィッ!?
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/10/11(火) 10:49:37.61 ID:AYZN6E2F0
寒い
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/11(火) 11:24:36.13 ID:03PacxKSO
そりゃあ長屋は寒いだろう
何故ageたし
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/10/11(火) 14:11:20.53 ID:pQSZP7HAO
ラwンwドwセwルwww
写メ撮って可能な限り拡散させてかんざきさんじゅうきゅうさいを涙目にしたい。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/11(火) 19:48:50.39 ID:NpVteB16o
ほむほむに一言頼めば、軍の無線機カバーくらい持ってただろうにな……
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:20:44.09 ID:HfgaLUSPo
本文は仕上がってたのに構成で悩んでもう一週間とか……
やむを得ないので投下します

と打ち込んで、はたして反映されるかな。さすがに週末は重たいね
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:22:25.79 ID:HfgaLUSPo

 ワルプルギスの夜とほむら達が対峙する――その五分前。

 体育館から一〇〇メートルほど離れた道路に、だらしなく寝そべったボーイッシュな少女がいた。
 髪は艶のある黒で、その目は陽の遮られた街の中にあってなお爛々と輝く金色を誇っている。
 彼女は衣服が汚れることを躊躇わず、しかし面白くなさそうにゴロゴロしながら蠢く雷雲を見上げていた。
 雲を目で追うことに見切りをつけた少女ががばっと起き上がった。
 そして近くのガードレールに腰掛けるポニーテールの少女をじぃっと見つめて、口を開いた。

「納得行かないなぁ、納得行かない! キミはそう思わないかい? 織莉子っ」

 織莉子と呼ばれた少女は目を閉じたまま微笑を浮かべた。

織莉子「あなたの気持ちも分からないではないわ、キリカ。でもこれが私達の役割なのよ」

 ボーイッシュな少女、キリカはそれでも納得が行かない様子で首をひねった。

キリカ「織莉子はこんな斥候兵の真似事で満足かい? こんな雑務、私達には役不足――そう、役不足だよ!」

織莉子「あら、それならワルプルギスの夜の方に向いたかった?」

キリカ「うっ……アレの相手はちょっと力不足かな」

織莉子「ならいいじゃない。それにここなら“どうとでも”対処できるわ」

キリカ「うーん……ねぇ織莉子、キミの未来を見通せる魔法で今回の顛末は見れないのかい?」

 キリカの言葉に、織莉子は目を開いて困ったような表情を作った。
 ガードレールから腰を上げると、その手のひらに真っ黒なソウルジェムを取り出す。

織莉子「それが見れたら苦労はしないわ。前にも言ったでしょう? この世界は異常だと」
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:23:04.98 ID:HfgaLUSPo

キリカ「ああ、ミルクと紅茶が混ざってる状態だっけ?」

織莉子「そう。コーヒー側の私には、ミルク側である“魔術”がどのような未来を作り出すのか、完璧な物は見れないのよ」

織莉子「見れるのはせいぜい数分先の未来や、ワルプルギスの夜の襲来といった大雑把な未来だけね」

キリカ「へぇ、どうしてそんなことになっちゃったんだろうね」

織莉子「気になる?」

キリカ「全ッ然! 私は織莉子以外のことにはあんまり興味ないのさ。キミがそばにいればそれで十分!」

織莉子「ありがとうキリカ」

 織莉子は礼を言うと、目を閉じ、ソウルジェムを握り締めた。
 ソウルジェムが黒い輝きを放ち、ほんの一瞬だけ空間ごと歪む。
 ほんの少しばかり先の未来を見た織莉子はゆっくりと目を開くと、何もない虚空を睨みつけた。

織莉子「そして朗報よ。出番が訪れたみたいね」

キリカ「お! ということは?」

織莉子「ええ。“敵”がやって来たわ」
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:23:49.69 ID:HfgaLUSPo

キリカ「ああ、ミルクと紅茶が混ざってる状態だっけ?」

織莉子「そう。コーヒー側の私には、ミルク側である“魔術”がどのような未来を作り出すのか、完璧な物は見れないのよ」

織莉子「見れるのはせいぜい数分先の未来や、ワルプルギスの夜の襲来といった大雑把な未来だけね」

キリカ「へぇ、どうしてそんなことになっちゃったんだろうね」

織莉子「気になる?」

キリカ「全ッ然! 私は織莉子以外のことにはあんまり興味ないのさ。キミがそばにいればそれで十分!」

織莉子「ありがとうキリカ」

 織莉子は礼を言うと、目を閉じ、ソウルジェムを握り締めた。
 ソウルジェムが黒い輝きを放ち、ほんの一瞬だけ空間ごと歪む。
 ほんの少しばかり先の未来を見た織莉子はゆっくりと目を開くと、何もない虚空を睨みつけた。

織莉子「そして朗報よ。出番が訪れたみたいね」

キリカ「お! ということは?」

織莉子「ええ。“敵”がやって来たわ」
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:25:15.02 ID:HfgaLUSPo

 一方その頃。

 市の避難所として機能する体育館を最寄のビルから見下ろしていた『人間の魔女』であるスマートヴェリーは、
 気だるそうに双眼鏡を目から遠ざけてそっとため息を吐いた。

SV(聖人がいないとか、こりゃ勝ち戦だね。厄介なのは魔女狩りの『ステイル』と土くれ『シェリー』ぐらいかな)

SV(まさか魔法少女がそこまで出しゃばるわけもないだろうしー……お?)

 耳に当てていた通信用霊装から、攻撃開始の指示が下された。
 あの体育館に隠れている“らしい”鹿目まどかの首を取るためだけに、あの地帯にいる人間を全滅に追い込む。
 これではどこぞの世界の警察――アメリカ――様と変わらないが、命令ならば仕方がない。
 そんな時、スマートヴェリーの同僚から直通の通信が繋げられた。面倒くさそうに霊装を弄って声を拾う。

『――おいスマートヴェリー、本当にやるのか? 私としては一般市民の命を奪うようなことはなんとしてでも避けたいんだが』

SV「それが命令なら仕方ないでしょー。私達は所詮歯車、上の意思に従うしかないんだからさー」

『……いつから私達は組織の歯車にされてしまったんだろうな。本来ならもっとこう、大事なものがあったような……』

SV「そりゃそうだけど、最大主教は強いからねー。以上、交信しゅーりょー」

 などと同僚に告げると、スマートヴェリーは箒を片手にビルから飛び降りた。
 地上との位置関係が一〇メートルを切った時点で箒にまたがり、軌道修正。さらに落下。
 地表スレスレまで来てから、箒の先に方向転換用の火の玉を爆発させて無理やり方向転換。体育館目掛けて『走る』

 『人間の魔女』は空を飛ばない。空を飛ぶものに対する撃墜術式が普及しすぎているためだ。
 百発百中の対空ミサイルが飛び交う中を飛行する戦闘機はない。
 ゆえに地上を真っ直ぐに飛翔することで、魔女は地上を走っている体を装い撃墜術式を掻い潜るのだ。

SV(体育館まで三〇〇メートル。この分なら楽勝かな)

 そう思った矢先、さっそく障害を発見。黒い服装の少女だ。
 一般人かもしれないが、敵かもしれない。かもしれない尽くしだが、念のために減速。
 しかし隣を併走していた仲間は減速することなくさらに加速。少女を無視して――

 またがっていた箒を八つ裂きにされて、そのまま地上に墜落した。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:27:31.23 ID:HfgaLUSPo

???「ああもう、やんなっちゃうよ。いまさらコテコテの魔女とか出されても面白くないよ」

 魔女の一人を軽々と撃墜した黒い少女は、袖口――あるいは手の甲――から生やした鉤爪をつまらなそうに振り回している。
 スマートヴェリーの記憶が正しければ、見滝原に派遣された魔術師や修道女にあんな得物を持つ者はいない。
 とすれば、魔法少女か。
 その事実を確認するために、スマートヴェリーはあえて高度を上げて彼女の手前で浮遊して見せた。

???「またそーやって! コテコテの箒にまたがって!
.       “化物の魔女”を相手にしていた私に“古典的魔女”なんて、そんな皮肉! ところでその格好、恥ずかしくないの?」

SV「……余計なお世話、とだけ言っておこうかなー」

 迎撃術式は発動されない。やはり魔法少女だ。
 同じように浮遊していた二名の同僚が、右手と箒の先端に火の玉を灯しながら少女目掛けて飛翔する。
 他は全員――先遣隊として派遣された一〇名の魔女以外、すなわち三七名の魔女は様子見だ。

???「お? おお!?」

 加速した魔女の速度に反応できないのか、魔法少女の顔に困惑の色が生まれた。
 当然だ。しかるべき手順を踏めば、彼女達は時速五〇〇キロ以上の速度で飛ぶことが出来る。
 今はまだ加速途中なので三〇〇キロ程度だが、それでもまともに戦えるわけがない。

SV(なーんて、あっさり決着がつくとは思ってないけど)

 黒い魔法少女が、ふわっと一回転した。
 次の瞬間、突っ込んだ二人の魔女が、やはり先ほどと同じようにまたがっている箒を八つ裂きにされてしまう。
 それどころか鳩尾と首筋に鋭い打撃を受けて、悪態を吐く間もなくその意識を刈り取られてしまったようだ。
 ……今のは避けられない速度ではなかった。むしろ魔女の方が幾分か遅くなったようにも見えた。

SV「こりゃあ厄介かもねー」

 そんなスマートヴェリーのぼやきに、黒い魔法少女は鼻で笑って鉤爪を振り回した。

???「怖い怖い、何が怖いって殺してしまわないよう加減出来るかどうかが怖い!」

???「さて、次に無様な醜態を晒してしまうのは誰だい? 時間は無限のようで有限だよ! ハリーハリー!」
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:27:59.22 ID:HfgaLUSPo

SV「……速度低下の魔法かなぁ? 範囲も強度も指定出来る感じ? 強いねーお嬢ちゃん」

???「ええー? ちょっと戦っただけで能力ばらしちゃうのって能力漫画じゃご法度じゃない?」

SV「いや、報告書にあったし」

???「報告書? あれー、それはどういうことだろう、うーん……ああ、そういえば君達もイギリス清教の人間か!」

 その時。黒い魔法少女の隙を窺っていたスマートヴェリーは、言葉に出来ない“匂い”を嗅ぎ取った。

SV「ッ!?」

 慌てて高度を落とし、地面を蹴るようにして後退する。
 その直後、近くに浮遊していた四名の魔女目掛けて、上空から無数の“光る球”が降り注いだ。
 騎士と渡り合うことの出来る魔女が、反応すら出来ずになすすべもなく蹴散らされていく。

???「織莉子?」

 黒い少女がいまだ煙の晴れぬ球体の爆心地を見つめてぽつりと呟いた。
 その声に応えるように、立ち込めていた煙がなぎ払われる。
 そうして、爆心地に降り立ったバケツを逆さにしたような帽子を被った白い魔法少女――美国織莉子が、姿を見せた。

織莉子「遅くなってしまったわね、ごめんなさいキリカ。怪我はない?」

 織莉子の口調と、ぶんぶんと首を縦に振る黒い魔法少女の様子から察するに、あの黒い魔法少女がキリカか。
 箒を握る手に力を込めながら、スマートヴェリーは二人を睥睨した。

SV「そっちが予知能力者の、えーと織莉子ちゃんかなー? でないと辻褄が合わないしねん。
   きみがぶっ飛ばした私の仲間はちゃーんと不規則に高度を変えて回避機動とってたのに、軒並みノックアウトだし」

織莉子「……私が見た未来では、あなたもまとめて吹き飛ばされていたのに」

キリカ「気にすることないよ織莉子! 一度で駄目なら二度! 二度で駄目なら三度!」

キリカ「それでも駄目なら私が直接刻もう。うんそれがいい。織莉子の手を煩わせるまでもない!」

 キリカが鉤爪を両手に生やしたのを合図に。
 スマートヴェリーを初めとした三三名の魔女が一斉に箒を走らせ、攻撃を開始した。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:29:42.79 ID:HfgaLUSPo

 風を切り裂くようにして、姿勢を低くしたキリカがアスファルトの上を黒豹のように駆け抜ける。
 その速度は魔女の巡航速度にも劣らない立派な物だ。
 だがそれでは魔女には敵わない。届かない。相手が魔術師でなければ、魔女は自由に空を飛べるのだ。
 それも童話やアニメに出てくるような、猫の使い魔が四足で立てるふわふわとした生易しい飛行ではない。
 体重を移動させて複雑な機動を交え、フェイントを掛け、上昇したと思ったら垂直降下する泥臭い戦闘飛行だ。
 相手もそれを承知の上なのだろう。後ろに控える織莉子が光球を巧みに操ってこちらの飛行を妨害しようとしてくる。
 振り子のように、いくつもの光球が右に、左に不規則に揺れる。
 魔女がそれを回避しようと上下に回避機動を取ろうとした。

キリカ「はい残念、きみの冒険はここまでだ!」

 その結果、僅かに動きが単調になるのをキリカは見逃さなかった。
 すかさず跳躍。目に見えぬ速度低下の魔法が空間を満たしていく。
 彼女の魔法と鉤爪の餌食となり、一人の魔女が成す術もなく墜落した。

SV(いいコンビネーション。阿吽の呼吸ってやつ?
   いかに予知が出来るとはいえ、あのタイミングでの連携は目を見張るものがあるねー)

 キリカを取り囲む魔女が、彼女目掛けて速度低下の魔法の効果範囲外から火や水、風の刃を作り出して放つ。
 そのいずれもが、キリカの魔法によって速度を極端に落とし、容易に見切られ、あるいは切り伏せられていく。
 しかし攻撃は止まない。
 ある魔女は場の空気そのものを制御する術式を用い、キリカのバランスを崩そうと試みた。
 またある魔女はありったけの魔力で箒に防御術式を掛け、速度を高めて地面スレスレを飛翔した。
 アスファルトがひび割れ、あるいは砕け散り、逃げる場所を失ったキリカが厄介そうに眼を細める。
 その様子を観察しながら、スマートヴェリーは加速して光球を突き飛ばして粉々に打ち砕く。大きな振動。

SV(あー、いたたた……単なる攻撃用の魔法を迎撃するのでこれじゃあ、やっぱ本体を倒すのは結構大変そうだねー)

 手元に残る僅かな痺れに顔を顰めつつ、スマートヴェリーは一旦高度を取ると通信霊装に意識を傾けた。

『どうするスマートヴェリー! 正直コイツらの動きは騎士以上だ、とてつもなく厄介だぞ! お前ならどう攻める!?』

SV「んー、確かに厄介だけど気に病む必要もないっしょー。相手が魔法少女である以上、こっちの勝ちは揺るがないって」

『なんだと!? それは一体どういう――わっまてタンマ! 今はまずっ――!?』

 短い悲鳴の後に、交信が途絶えた。キリカの蹴りでも食らったのだろうか。
 スマートヴェリーはため息を吐くと、箒を握る手に力を込めた。
 さぁ、第二ラウンド開始だ。
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:30:11.96 ID:HfgaLUSPo

――人間の魔女と魔法少女が壮絶な争いを繰り広げている頃。
 ほむらと杏子がワルプルギスの夜の下に駆けつけている頃。
 珍しく冷や汗をかいていたステイルは、大型の通信霊装に向かってみっともない悪態を吐いた。

ステイル「カブン=コンパスの対水圧性を考えるなら深度は浅めだと、何度言わせるつもりだ神裂!」

シェリー「怒鳴るな、今は通じてねぇよ……ジャミングがされてる状況下で長距離通信なんてするもんじゃないわね」

 今回の作戦は神裂がカブン=コンパスと接触することが目的であり、全てである。
 それが出来ない場合、彼らの努力と苦労は全て水泡に帰してしまうのだ。

ステイル「オルソラはどう思う?」

オルソラ「そうですね……ランドセルの色は黒よりも赤の方がよろしかったのではございませんか?」

ステイル「ああそうだねそうだよ聞いた僕が馬鹿だったよチクショウ!」

シェリー「通信が再開したわ」

 シェリーが言った直後、通信霊装越しに神裂の声が届いて来た。
 並みに流されているのか、やたらと水が跳ねる音がする。

神裂『――こちら神裂、標的は見つからず! 波が――この時期にしてはひどい荒れようです!』

シェリー「針路を南南東に修正して泳いでくれ。あと魔力の残滓か何かは確認できないの?」

神裂『この波の中で魔力が残っていたら奇跡――近いと言えるでしょうね!』

ステイル「とにかく動け。探し物は僕に任せるんだ。君を媒介に長距離探知術式を使う」

神裂『お願いします、ところで――っぷ。あの、ランドセルが浮き袋のようになって身動きが取り辛いのですが……』

シェリー「あなたが常日頃からぶら下げてる浮き袋と吊り合って、逆にバランスが取りやすいんじゃないかしら?」

神裂『……は?』

ステイル「脂肪は水に浮きやすいと言うしね」

神裂『……二人とも、帰ったら覚悟しておくように』
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:30:52.45 ID:HfgaLUSPo

 神裂との交信を断ち切ると、ステイルは手を止めて苛立たしげに舌打ちした。
 シェリーの目が細まるのに気付かず、彼は黙ってオルソラの方に向き直る。

ステイル「三〇分以内に探知で切れば御の字と言ったところだね。オルソラ、君はどう思う?」

オルソラ「やはり色は赤がよろしかったでございますか?」

ステイル「……なぁ。やはり彼女は思考能力の一部をどこかに置いてきてしまったとしか思えないんだが」

シェリー「いいから手を動かせ……オルソラのことなら、おおかたその馬鹿デカい胸に知恵を送っちまってんじゃない?」

オルソラ「まぁ、そんなことございませんよ。よろしければご覧になりますでしょうか?」

ステイル「ああもう脱ぐな脱ぐな! そんなに脱ぎたければ学園都市まで行ってから脱げ!」

 オルソラが修道服を脱ぎ始めたので、ステイルは顔を真っ赤にして彼女の頭を叩いた。
 その衝撃で艶かしい大きな胸がぷるんと揺れるが無視。

シェリー「おらスケベ神父、よそ見する余裕があったら術式を構築しなさい。探知よ探知」

ステイル「誰がスケベ神父だ、誰が……探知術式の構築くらいすぐに出来るさ。クソッ、イライラする」

シェリー「ここは禁煙だぞ」

ステイル「言われなくたって吸うつもりはないよ……ところで天草式やアニェーゼ達はどうした?」

 それまで黙々とテーブルの上に何かを書き込んでいたシェリーが、ぴたりと手を止めた。
 ため息を吐きながら、わずかに敵意のこもった目でステイルを見る。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:31:48.02 ID:HfgaLUSPo

シェリー「ガキじゃねぇんだからよぉ、ちったぁ落ち着いて行動できないのかしら?」

ステイル「なっ……」

シェリー「暁美ほむら達が気になるんならとっとと追いかけやがれ」

ステイル「ふざけるな! 僕のサポート無しで神裂が標的と接触できるはずがないだろう!」

 神裂とシェリー、ステイルが三位一体とならなければこの作戦の成功率はグンと下がってしまう。
 作戦の失敗は、すなわち敗北を意味する。
 ほむら達に加勢するためにこの場を離れた先に待つのは五〇〇キロ先から放たれる執拗な砲撃だ。
 それでもシェリーは眉を寄せると、うんざりしたように頭を掻いた。

シェリー「だったら作業に集中しなさい。口動かしてる間に手も動かしなさい」

シェリー「それが出来ないなら失せやがれ。はっきり言ってあなた邪魔、気が散るのよ」

 そこまで言われてようやくステイルは自分がいかに集中力を欠いていたのかを悟った。
 肩をすくめると、シェリーに頭を下げてパイプ椅子にどかっと座り込む。
 自分らしくもない、酷い失態だ。

ステイル「……すまない。作業に集中しよう」

シェリー「分かりゃあいいんだ。それと天草式の連中だけど……オルソラ?」

 シェリーの声に、修道服を脱ぎかけた状態で固まっていたオルソラがにっこりと微笑んだ。


オルソラ「天草式十字凄教の方々でしたら、今頃は刺客の方々と壮絶なバトルを繰り広げていると思うのでございますよ」
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:32:37.01 ID:HfgaLUSPo

――おかしい。

 そう思ったのは、背反者である天草式の魔術師に攻撃命令を下した張本人。
 同じくイギリス清教の第零聖堂区、必要悪の教会に所属する魔術師である。
 まず先遣隊として鹿目まどかに追随する魔術師を蹴散らし、その後で要塞からの砲撃支援を受けて目標を殲滅。
 そして街諸共ワルプルギスの夜を消し去る、というのが今回の任務の主な流れであった。
 砲撃が先でも良かったのだが、確実に任務を成し遂げるためにはやむを得ない。
 当初懸念されていた聖人はどこかに逃げ仰せ、厄介者のステイル達が出てこない今ならば制圧するのは時間の問題だった。

 そのはずなのに。

「天草式とローマくずれの修道女にいつまで時間をかけるつもりだ!?」

 声を荒げながら通信霊装に向かって叫ぶも、返事はない。
 恐らくは前方で繰り広げられる激戦に気を取られて、誰もがいっぱいいっぱいなのだろう。
 戦力だけならばこちら側が圧倒的優位に立っているはずなのに、押されているのはこちらだった。
 目の前の戦場から飛んで来た矢をなんとかかわすと、魔術師は冷静になって戦場を観察した。

「……こちらの動きが鈍い?」

 その事実に気付いたと同時に、背後から強烈な威圧感を感じて男が身を捻る。
 直後、数瞬前まで男がいた地点を、研ぎ澄まされた海軍用船上槍(フリウリスピア)の矛先が貫いた。

「っ!?」

 慌てて槍を放った人物を見やり、男は目を細めた。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:34:30.58 ID:HfgaLUSPo

 槍の持ち主である可愛らしい少女――五和はボロボロだった。
 おそらくは雷や矢、石に火に水と様々な物が飛び交う戦場の中を一心不乱に突き抜けて駆けつけたのだろう。
 もはや腹や太ももなどが露出し、布切れ同然となった衣服を必死に左手で押さえつけながら、五和は口を開いた。

五和「年端も行かない女の子を殺せと命じられて、喜んで戦う魔術師なんていませんよ」

五和「みんな疑問を胸に抱きながら戦ってるんです。その状態で元のポテンシャルを発揮できるわけないでしょう

五和「それでもまだ、あなたは攻撃を続けさせますか?」

「……」

 五和の言葉に、男は短剣を構えるという形で答えた。

五和「……残念です」

 左手を衣服から話すと、彼女は両手で槍を構え直した。
 支えを失った衣服が風に揺れるが、彼女は真剣な顔つきを崩すことなく姿勢を低くする。

「単独で勝てると思っているのか? 一人では力の出せない天草式の女子が」

五和「勝ちます。勝って見せます」

五和「もう、佐倉さんにあっけなく倒された頃の私とは違います!」

 それきり、二人は口を噤んだ。
 遠くで大きな爆発音が鳴り響いたのを合図に、二人は互いの得物の切っ先を相手に向けて戦闘を開始した。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:35:34.28 ID:HfgaLUSPo

――五和が一人で刺客の中心に突入している頃。
 箒に跨り空を飛ぶスマートヴェリーは、地面に膝をついている織莉子とキリカを見下ろしていた。
 右手に炎を灯し、休む間を与えぬよう何度目かの攻撃を行う。
 対する二人は速度低下の魔法や予知魔法を行使せず、残された体力だけを用いてなんとかそれを回避した。

SV「お嬢ちゃんたちってさー、実は案外? 弱いよねー?」

キリカ「……くっく、く、く。面白い冗談だ、面白いね!?」

SV「いやーこれは冗談なんかじゃなくて、マジの話なんだけどねん。やっぱ弱いよ、お嬢ちゃんたち」

 箒に腰掛けると、右の手のひらに淡い火の玉を浮かべながらスマートヴェリーは鼻を鳴らした。

SV「予知の魔法は確かに厄介だけど、織莉子ちゃんじゃあその未来を回避するための手段がないし。
   速度低下の魔法も厄介だけど、キリカちゃんじゃあ自分よりも手数と威力が上の相手はどうにもできない」

SV「だから片方が魔法を使えなくなると、ひじょーに脆いわけだねー」

 キリカの表情が怒りに歪む。
 若いねぇ、などとどこか他人事のように感想を抱くスマートヴェリー。というか、実際他人事だ。
 笑みを浮かべながら、彼女は白と黒の魔法少女が身に着けるソウルジェムを見た。
 既に九割近くが黒く淀み、濁ってしまっている。魔法を使用し過ぎたのだ。

SV「長期戦に向いてないってのはかわいそーだねー」

 そう言って、スマートヴェリーは周囲を漂っている魔女達に視線をやった。
 こちらは自分を含めて二六名が健在。対するあちらは二名とも健在だが、既に余力はないに等しい。
 機動力が売りの魔女に掛かれば、たかが二人の魔法少女など取るに足らない存在なのだ。
 ……もっとも、既に半数近い戦力が削られているため大局的に見ればこちらの大敗なのだが。

SV「特にそっちの織莉子ちゃんはもう限界って感じー?」

 スマートヴェリーの言葉に呼応するように、織莉子がその場に倒れ伏した。
 慌ててキリカが彼女の傍に駆け寄り、その手を取ってキッとこちらを睨みつける。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:37:04.62 ID:HfgaLUSPo

SV「いやいや、こっちの戦力を半分も削いでおきながらまだ生きてるのは凄いことだと思うよー」

SV「でもまぁあれだ、相手が悪かったね?」

キリカ「私を馬鹿にするのは構わない、だけど織莉子を馬鹿にするのは許さない。よし刻もう!」

 傷だらけの織莉子を放置して仕掛けてくるつもりのようだ。
 その行動に違和感を覚えつつ、スマートヴェリーは箒を握り締める。
 と、そんな時だ。倒れ込んだ織莉子が、絞り出すようにして小さく声を発しようと口を動かした。

織莉子「……お願いします、私達はただ……真実を……」

 か細い声がスマートヴェリーの耳に届いた。

SV(やり辛いねー。こういうの)

 彼女達には彼女達なりの、命を賭けてまで戦うに足る理由があるのだろう。
 スマートヴェリーは彼女たちのことをよく知らない。実際のところ、協力関係にある神裂達ですらよく把握していない。
 ただ『未来を見ることが出来る』という言葉を頼りに協力しているだけで、織莉子達とはほとんど交流がないのだ。
 彼女達が抱える葛藤を知る者は、彼女達以外にいないのである。
 もちろん、スマートヴェリーはそんなことなど知らない。

SV「上の意思に従うのが下ってもんなのよ。残念だったねー」

 知っていたとしても、スマートヴェリーは引き下がらない。
 自分に出来ることを、自分に出来る限りやるまでだ。
 やがて彼女は、両手から鉤爪をぶら下げるキリカに対して箒の先端を向けて――
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:37:35.37 ID:HfgaLUSPo




織莉子「……本当に残念です。出来ればあなたたちには、深い傷を負わせたくなかったのに」




――そんな織莉子の言葉を聞いた。



.
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:39:15.78 ID:HfgaLUSPo

SV「ッ――!?」

 気がつけば、先ほどまで歳相応の鈍い動きしか見せていなかったキリカがすぐ目の前まで距離を詰めていた。
 辛うじて身を捻り彼女から離れる。反応出来なかった同僚が無残に蹴り飛ばされた。
 キリカが獣のような笑みを浮かべて口を開く。

キリカ「だぁれが弱いって? 人の魔女!」

 異常を察したスマートヴェリーがいち早く高度を上げる。だが他の魔女は間に合わなかった。
 土煙に隠れるようにして配置された光球が一斉に爆発した。
 撒き散らされる大規模な衝撃波。その煽りを受けて、スマートヴェリーはバランスを崩しかけてしまう。
 直撃を免れた彼女ですらそれなのだ。
 回避行動を取れなかった魔女は爆風をもろに浴びると、人形のように吹き飛ばされていった。

キリカ「遅い、鈍い、遅鈍いっ!」

 辛うじて爆風を逃れた魔女も、まるで逃れることが分かっていたかのように振るわれるキリカの攻撃によって沈んでいく。
 恐らくは、先ほど織莉子の手を取った際にこうなることを知らされていたのだろうが……
 それは織莉子が未来を見たということを意味する。だがそれはありえないはずだ。
 それだけの魔法を扱えば魔女になることは避けられない。彼女達のソウルジェムはそれほどまでに濁っていた。
 とすれば。

SV「まさか……」

 視界の隅で、織莉子が立ち上がった。
 ブローチにも似た黒いソウルジェムを輝かせながら、彼女は大胆不敵に笑う。
                          ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:41:51.87 ID:HfgaLUSPo

織莉子「私達がグリーフシードを持っていないと、いつから錯覚していたのですか?」

 そんな織莉子に合わせるように、キリカがニィッと口角を上げた。

キリカ「確かに私は一人じゃ弱いかもしれない。最弱かもしれない。言い過ぎかもしれない。だけどね、だけどっ」

キリカ「織莉子と一緒なら話は別さ! 織莉子と一緒なら、私は最弱のまま無敵になれるっ」

キリカ「無敵で最弱なんだよ、私達は!」

 キリカの言葉に応えるように織莉子が彼女の隣に立った。
 その様子を見るだけで、彼女らが固い絆で結ばれていることが容易に想像出来る。
 嫌いじゃないが、この状況下では鬱陶しい。簡単な魔術を放って牽制しつつ、スマートヴェリーは軽口を叩こうと口を開く。

SV「ずいぶんと信頼してるねー。愛しちゃってるわけだ?」

キリカ「愛してる? そうかも、だけどご用心! 愛は無限に有限なんだ、もっと噛み締めないと! 抱き締めないと!」

織莉子「それもいいけど、まずはこの場を切り抜けましょうね」

キリカ「織莉子が言うならそうしよう。切り抜けよう、否、切り刻もう! だから散ね!」

 鉤爪をぶんぶん振りかざすキリカを見ながら、スマートヴェリーは屈託のない笑みを浮かべた。
 すぐさま風の制御術式を構築して彼女らの足止めを試みる、が。

織莉子「その技は既に見切ったわ」

 光球が魔力を撒き散らした。その煽りを受けて術式が中和されてしまう。
 それだけではない。光球は魔力の流れを操って、逆に風のコントロールを掌握して見せた。
 攻撃、妨害、制御。何でもござれというわけだ。卑怯な。

SV「……いまのってさ、代々魔女に語り継がれて数百年っていう洗練された術式なんだけど」

キリカ「ハッ! 人間の魔女は短気で愚かだね!」

織莉子「数百年の内に何度も淘汰され、時代に合わせるために洗練された魔術と。
.       数千、数万年という時の中で変わらず揺るがずを保ち続けた魔法少女を同一視しないでもらいたいわ」

SV「そりゃ失礼ー」
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:43:26.87 ID:HfgaLUSPo

 気の抜けた返事をすると、スマートヴェリーは誰にも気付かれないように肩の力を抜いた。
 こりゃあ勝てないわ。
 耳に当てた通信霊装の機能を切り替え、念話通信が可能な状態に移行させる。

SV『“倒れたふりしてる”あんたたちの仲間入りした方が、大した怪我もしなくて済みそうかしらねー』

『げっ、バレてたか……しかしダメージを追ったのは本当だ。あの二人は強いぞ。正直もう二度と戦う気にはなれん!』

 同僚が言い放ったと同時に、彼女の目前にキリカが迫った。速過ぎる――
 両腕を目一杯に広げてスマートヴェリーを抱き締めんとするキリカ。捕まれば鉤爪でスプラッターだ。R-18Gだ。
 咄嗟に右方に体を傾けるが、それでもキリカの攻撃から完全に逃れることは出来なかった。
 ローブもろとも左肩が切り裂かれる。浅い裂傷。噴出す血。

SV『っ――! よく言うわね。まぁいいや、私も盛大に返り討ちに遭うべきかなー。聖人もいないしっと!』

 痛みに顔を顰めると、彼女は右手に炎を現出させて間髪入れずに爆発させた。
 その際に生じたエネルギーを利用して戦場から離脱。左肩の出血が激しい。痛みが止まらない。

『大丈夫か? ……それにしても本当に聖人はなにをしているんだ? まさか単身でカブン=コンパスを潰すつもりか!?』

SV『まっさかー。多分聖人が考えてることはもっと大胆で馬鹿げてると思うけどねん。例えば――』

 左肩に回復魔術を施そうと右手を箒から話した瞬間。
 彼女に生まれた死角を掻い潜って飛び込んできた光球が、がら空きの背中に突き刺さった。

SV(ありゃりゃ、ここまでか)

 口からいくらかの血を吐きながら、それでもスマートヴェリーは笑った。
 笑って、箒を抱くように地面に真っ逆さまに墜落した。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:45:16.44 ID:HfgaLUSPo

 人の魔女と魔法少女の決着がついているとき。
 ほむらと杏子がワルプルギスの夜と対峙しているとき。

 日本から見て遥か西に位置するイギリス、その首都であるロンドンで。
 一人の魔法少女が魔女になることなく息を引き取った。

 それを見届けたのは、使い魔に襲われていた彼女を助けるために駆けつけた一人の騎士だ。
 英国が誇る騎士にして、イギリス清教三派閥が一つ。騎士派の頂点に君臨する騎士団長(ナイトリーダー)である。

 騎士団長は、確かにその目で見た。

 どす黒く濁ってしまった少女のソウルジェムの内から魔女が生まれようとしたとき。
 次元の壁を引き裂くようにして、爛々と光り輝く“何か”が現れたのを。
 圧倒的な存在感と魔力を漂わせてその“何か”が変容していき、一人の魔法少女の姿を成したのを。

 騎士団長は、確かにその眼で見た。

 その魔法少女は、絶望にあえぎ苦しむ少女に優しく微笑みかけながらソウルジェムに触れた。
 彼女はソウルジェムの内をたゆたう穢れごとソウルジェムを分解し、その場に漂う呪いの一切を浄化し切った。
 そして少女に希望を与え、現れたときと同じように、まるで幻のように消え去った。
 絶望から解放された少女は、自身が呪いを振りまく存在にならずに済んだことで安堵したのだろうか。
 穏やかな笑みを浮かべてすぐに息を引き取った。

 そして、騎士団長は、確かにその心で聴いた。

 心優しい魔法少女の、声ならざる声を。



『あなた達の祈りを、絶望で終わらせたりしない。あなた達は誰も呪わない、祟らない』


『因果はすべて、私が受け止める。それを遮る障害も、私が取り払う。だからお願い』


『最後まで、自分を信じて!』
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/10/14(金) 22:48:38.52 ID:GDhyLQnLo
まさか…
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/14(金) 22:51:05.82 ID:HfgaLUSPo
以上、ここまで。
今回の話を要約するとおりキリつえーってことです。やっぱり土台となる世界は尊重するべきだと思うんですよ、ええ
しかしおりマギ勢はもっと早く出すべきだったか……キリカかわいいよキリカ!
次回の投下はあいもかわらず未定です。最近面白いSSが増えてきて嬉しいのにリアルが多忙でああ悲しいという矛盾
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/10/14(金) 23:01:59.37 ID:YdmGn/Vz0
何このワクワク感
続きが気になって仕方無い
面白い、面白すぎるぜ

全力で乙!!
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/10/15(土) 00:07:15.98 ID:QwL/8j430
いつから私が>>1乙しないと錯覚していた? そんなわけでおりこさん超かっけー

…………円環の理実装済みだと!?
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/10/15(土) 00:25:23.98 ID:CvBnox1L0
投下乙です
……あれ?さやかは普通に魔女化してたが……
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/15(土) 01:10:47.60 ID:aiKvcX2AO
つーかまど神様が介入したら全部リセットじゃね?
まさかのまど神様ラスボスフラグってか

いやまさかな・・・
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2011/10/15(土) 03:18:11.04 ID:o4VDqyzm0
>>172
展開予想は控えめに
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/15(土) 11:12:59.74 ID:lomwWz/co
さやかも魔女化してたが、普通にまどかが存命だからな
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/10/15(土) 13:59:21.90 ID:WCG+UwuAO
☆が円環を遮断してるとかどっかに書いてなかったっけ?
アルティメットまどか様がそれをブチ破って入って来たのかな?
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/16(日) 13:14:51.77 ID:KCmUqAqKo
アレイ☆が円環カットしててローラはそれを知っていて
QBはたぶん知らなくてほむらは知っている?
まだまだクライマックスは遠いな
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/16(日) 15:51:25.02 ID:kzXF43WAO
ほむほむは失敗したらリセットする気満々だし知らないんじゃね?
☆がまど神をカットする理由も気になるけどvsワル夜さんも気になるのぅ
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/17(月) 20:22:54.55 ID:gRHvjm4g0
やっと追いついたー
すげーおもしれー!
続きが楽しみすぐる!
乙乙!!
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:16:02.53 ID:0+JoybrIo
いやぁ、ギレンVHとレヴィルVHは強敵でしたね……九日も経過している、だと?
洒落にならない

今回はvsワルさんで原作のほむらがやったことのおさらい。では投下します
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:17:23.90 ID:0+JoybrIo

――見滝原市郊外にて。

QB「おや、まただね」

ローラ「なによ藪から棒に呟きたりて……気味が悪きことよ」

QB「いやはや、今日になってから魔法少女システムにいくつかの不具合が生じてしまってるみたいなんだ」

ローラ「ほほーう?」

QB「穢れが溜まり切って魔女が生まれる瞬間に、肝心要のソウルジェムが消滅してしまうようだね」

ローラ「……それはまこと? 全ての魔法少女で起きにけることなの?」

QB「そういった事例が見られるようになってきただけだよ。同じ時間帯に魔女に孵化した魔法少女もいるからね」

ローラ「ふむ……なによ、人の顔をじろじろと見たりて」

QB「君らの仕業なんじゃないかなと勘繰っただけさ。でも君の反応を見るにこれは思い過ごしのようだね」

ローラ「かようなことをしでかして、こちらに利益があるならばいくらでもしたりけるわよ」

QB「そうだね。でも今回は、どう考えても君達に利益がない。つまり君達じゃないってことさ」

ローラ「ふん」

ローラ(……さてさて、これはちょいと不味き状況ね)

ローラ(ステイル達めが……“しくじり”おるとは、案外見る目がなしものね
     アレイスターのやつもアレイスターのやつよ。この展開はあやつとしても想定外なりけるでしょうに)

ローラ(それほどまでにydwf円wogl理kemjの想いは強し、か)

ローラ(……あーいとやばし、いとやばしね。これは本格的にやばしね、マジやばしよ
     最悪の場合は“少年”を呼びたる手段もありけるけれども……根本的な問題の解決にはならねど)

ローラ(展開を有利に運びたるためには……むむー)

ローラ「これはダメかもしれないわね」

QB「?」
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:18:47.90 ID:0+JoybrIo

――時代の節目節目に現れては、人類と人類が築き上げた文明に大きな傷跡を残していく最強の魔女。
 通称、ワルプルギスの夜。
 魔女の宴の名を冠せられた彼女の半身は、巨大な歯車の舞台によって構成されていた。

 歯車の下半身に、女性らしい上半身。汚れのない白で縁取られた、海のように深い濃紺のドレス。
 目はなく、日本の鬼に生えているような二本の角(あるいは帽子)に引っ掛けられた薄いヴェール。
 さながら現代版魔女といったところか――いや、しかしだ。

杏子「い、いくらなんでもデカ過ぎねぇ? アタシ四〇人分くらいありそうなんだけど……」

 現代版魔女ことワルプルギスの夜は、暗雲が漂う空にぽかんと、あるいはどかりと居座っていた。
 その全長は、およそ六〇メートル。
 魔女との距離は目算で三〇〇メートル以上あるにもかかわらず、巨大な魔女の堂々たる佇まいに気圧される二人。
 隣に立つ杏子が肩を震わせた。

ほむら「震えてるの?」

杏子「はんっ、武者震いってやつさ。そんで今回のやり方でどんくらい追い込めるわけ?」

ほむら「初めてなんだから知るわけないでしょう」

 杏子が怪訝そうな表情を浮かべてこちらに顔を向ける。

杏子「初めてって……これ、前回使った戦法流用してんでしょ?」

ほむら「前回は私一人で背負い込んでたから武器なんて殆ど使わなかったわ」

杏子「じゃあいつこのやり方で戦ったんだよ。アンタ、ステイルにこのやり方で戦ったって言ったんだろ」

ほむら「……そういえば、そうね」

 そうだ。自分はステイルに今回の戦術でどうなったかを伝えた覚えがある。
 そしてそこに少し手を加えて、ワルプルギスの夜に深手を負わせる工夫もした。
 では自分は何時、どんな世界でこの戦術を取った? そして何故その世界を諦めた?

ほむら(……記憶にあるのに、記憶にない?)
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:20:01.53 ID:0+JoybrIo

杏子「あーまぁいいや。時間も無いしさっさとやろーよ。手筈どおりに頼んだぜ?」

 考えるのは後にすべきか。
 杏子の言葉にほむらはしぶしぶ頷いた。
 魔女がぐらりと揺れ動いたのを合図に、杏子が地表をダッシュで駆け抜ける。

ほむら(……さて)

 その姿を目で追いながら、ほむらは左手の盾の機能――時間停止の魔法を作動させた。
 ぴたりと、時間が止まる。
 暗雲も、魔女もそのドレスも、杏子も。何もかもが静止した世界の中でほむらは再び盾に魔力を込めた。
 ガシャン! と音を立てて、広大な空間となっている盾の内から膨大な量の火器が一斉にせり出し、地面に並べられる。
 RPG-7とAT-4(M136)。いずれも分厚い装甲に守られた戦車や装甲車をぶち抜くための装備だ。

ほむら「……今度こそ!」

 一人呟きながら、彼女は散らばっている砲身に手を掛け狙いをつけると躊躇うことなく引き金を引いた。
 すぐさま砲身を投げ捨て、次の得物に手を伸ばす。発射。投棄。装備。発射。投棄。装備――
 それを数十回反復して火器を撃ち尽くした頃には、ほむらの目前にロケット弾の剣山が形成されていた。

 盾を操作して時間の流れを正常に戻す。
 同時に戒めを解かれた無数のロケット弾がワルプルギスの体へ真っ直ぐ伸び、突き刺さる――否。
 ロケット弾は魔女の体を覆うように展開された障壁に遮られて、その全てがダメージを通すことなく爆散していった。

ほむら(ここまでは予定通りよ)

 ロケット弾を放ったのはダメージを期待したからではない。
 着弾の際に生まれるエネルギーでその体を強引に押し退けることこそが目的だ。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:20:48.43 ID:0+JoybrIo

『――――――――――――――――――――――!!』

 言葉に出来ない不気味な哄笑を響かせ、魔女が風に乗って流れていく。
 それを見届けると、ほむらはあらかじめ立てかけておいた迫撃砲に触れた。

ほむら(魔術師の戦いのせいかしら、今日はいつにも増して風が強い……だとしたら座標は……)

 事前に計算を済ませてすでに照準が行われているが、不安定要素によって正確ではない。
 勘で調整を加えてから引き金を絞る。

 横一列に並べられた迫撃砲から放たれた砲弾が、山なりに軌道を描いて空を突っ切った。
 赤い光点が雨のようにワルプルギスの夜へと降り注ぐ。着弾。爆発。

『――――――――――――――――――――――!!』

 耳障りな魔女の哄笑が街に響き渡る。やはりダメージはなかったようだ。
 代わりにその巨体がわずかに沈み、傍にある鉄塔よりも低い位置まで高度を下げることに成功した。

ほむら(それでも十分すぎるわ!)

 盾の中から小型の起爆装置を取り出すと、彼女は躊躇うことなく装置を起動させた。
 鉄塔を支える柱が指向性爆薬によって吹き飛び、支えを失った鉄の塊がワルプルギスの夜へと降り注ぐ。
 普通の魔女なら下敷きになった時点でアウト、運よく生き残っても生き埋めの状態だが――

 あろうことか、ワルプルギスの夜は自身になだれかかる鉄塔を簡単に押し返した。
 さらにその口元から禍々しい炎を吐き出していともたやすく焼き尽くしてみせた。

ほむら(ムチャクチャね……)

 内心でぼやくと、ほむらは思考を集中させた。
 何百メートルも離れた場所で指示を待つ杏子の安否を確かめるためにテレパシーを飛ばす。
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:21:24.61 ID:0+JoybrIo

――一方その頃。
 ありったけのロケット弾と、迫撃砲と地雷+建設物崩しのコンボをビルの瓦礫の隙間から見ていた杏子はというと。

杏子「アタシがいうのもおかしな話だけどさぁ……あいつホントに魔法少女?」

杏子「魔法少女っていうのはもっとこう、愛と勇気でどーにかしちゃうもんじゃないの?」

杏子「撃って走って爆破して……ワンマンアーミーかよ?」

 ほむらと自分に広がる実力の壁をまじまじと見せ付けられて、やっかみ混じりの不平をたらたらとこぼしていた。
 自分は決して弱くない、今なら本気の巴マミとだって勝つことが出来るだろう。魔法少女としての腕なら十分あるはずだ。
 そう杏子は思っている。そしてそれは概ね正しいのだが……有体に言ってしまえば、相手が悪すぎた。

ほむら『杏子、聞こえてる? 無事かしら?』

杏子『聞こえてるよ、無傷だよ。トンデモ兵器ショーはおしまいかい? 出番か?』

ほむら『まだよ。大詰めに取り掛かろうにもワルプルギスの夜が位置が想定よりもずれていて……』

杏子『大変だねぇ。どうズレてんのさ?』

ほむら『想定した位置より一〇メートル右に、つまり南にズレているわ。でもこの程度なら気にしなくても』

杏子『はんっ、いいよ、アタシが引き受けてやるよ』

ほむら『……出来るの?』

杏子『おいおい、そこは頼めるか? でしょ?』

 それっきり、ほむらとのテレパシーを断ち切った杏子はひっそりと舌なめずりをした。
 獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべ、狡猾な猛禽類を思わせるまなざしでワルプルギスの夜を見据える。
 ガシャンと槍を地面に打ち付け、杏子は瓦礫の隙間から身を乗り出した。

――相手は六〇メートルのデカブツだ。重量だけなら一〇〇トンは超えるだろう。

 だけど、やるしかない。
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:22:14.55 ID:0+JoybrIo

杏子「さて……」

 ソウルジェムをギラギラと輝かせて、ありったけの魔力をひりだす。
 体から溢れ出す膨大な魔力で足の筋肉と骨をギリギリまで強化。次に腰、背中。両腕。

杏子「そんじゃ行かせてもらうよッ!」

 そして彼女は前屈みになると、あらんかぎりの力を込めて地面を蹴った。
 風を裂き、音の壁を突き破るか否かの速度まで加速した杏子の体がミシミシと悲鳴を上げる。
 見えない壁に押し潰されそうになる感覚を無視してワルプルギスの夜の眼前、崩れた鉄塔の上に着地。
 それに遅れて、爆発にも似た轟音が鳴り響いた。
 着地の際に生じた衝撃と風圧で周囲に散らばる瓦礫のいくつかが粉々に砕け散る。

杏子(デケェ……!)

 体に掛かる負担と戦いながらも、杏子はワルプルギスの夜に焦点を合わせた。
 大きい。大きすぎる。巨人? 否、もはやここまでくると『壁』に等しい。
 平時であれば逆さまの魔女の身なりを隅々まで観察しているところだが、今回は時間がない。
 時間をかければ敵の目に止まる。敵の目に止まればお陀仏だ。杏子はかぶりを振ると槍を構え直した。

杏子(巻きつけるなら胴体? 首? 歯車との境目?槍の長さは何メートル必要になるのさ?)

杏子「……あーもう、わっかんねぇ! 照準は胴体、槍の長さはありったけ! これでどーよッ!?」

 叫ぶと同時に槍を再構成。それだけで三〇メートルかそこらはありそうな長大な槍をその手にしっかりと握り締める。
 タンッ、と軽く跳躍すると、その矛先――ではなく、中間にある柄をワルプルギスの夜の細い胴体へと叩きつけた。
 柄が障壁へとぶつかり、直後に鎖交じりの多節棍に変化。

杏子「おりゃああぁぁぁぁ!!」

 鎖を引き伸ばし、障壁の上からワルプルギスの夜の胴体にぐるぐると絡みつかせる。
 瞬く間にワルプルギスの夜を捕らえた杏子は、そっと足を地面に着けてすぅっと深呼吸した。

杏子「……よし!」
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:23:03.65 ID:0+JoybrIo

杏子「うらああぁぁぁぁぁッ!」

 掛け声と共に槍を引っ張る。
 だが拘束された魔女はびくともしない。

杏子「はああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 両腕の筋力を魔法で強化。槍を引っ張る。
 もちろん魔女はびくともしない。

杏子「ふんぬぅぅぅぅうぅううぅうッ!!!」

 両足と腰を魔法で強化。体重を掛け、綱引きの要領で槍を引っ張る。
 それでも魔女はびくともしない。

 その時。
 不動を保っていたワルプルギスの夜が、目障りなハエでも見るように――と言っても目はないのだが――顔を向けてきた。
 たったそれだけの動作なのに、杏子は呼吸が苦しくなるのを感じて無意識の内に目を閉じてしまう。

杏子(やばっ……これ不味いヤツじゃん……!)

 敵意はない。殺意もない。
 その代わりに、おぞましく、恐ろしく、醜悪でいて邪悪な気配が杏子の体を包み込んだ。
 まるで死者の嘆きや憎しみの声が耳に届き、その爛れた手がまとわりついているようだった。
 杏子が静かに肩を震わせる。

杏子(なにやってんだよアタシ、普通だったら尻尾巻いて逃げるトコだろ!)

杏子(アタシらしくないじゃん。誰かのためとか、そんな甘っちょろいことぬかしてくたばるとか――)

 ギリッ、と歯を食いしばる。

杏子(……でも、さやかだったら戦うんだろうな)

 ブチッ、と右腕の付け根辺りから何かが千切れる嫌な音がした。

杏子(あいつのお人好しっぷりと言ったらもう笑うしかないよね)

 ググッ、と両手に握る槍が、わずかに動いた。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:23:35.18 ID:0+JoybrIo

――いつからだ?

 一体いつから、そんなさやかの姿に憧れを抱いていた?
 彼女のように誰かのために戦いたいと、そう思えるようになっていた?

 きっかけは教会でさやかが告げた言葉だ。
 皆と共に幸せになる。彼女は自分にそう言った。
 杏子には出来なかったことを、彼女は実現してみせると宣言した。
 もっとも彼女はそれから挫折をし、絶望し、魔女へと至ったのだが。

 バカヤロウ(魔術師)と大バカヤロウ(上条恭介)が、条理をねじ伏せて地獄の底から彼女を引きずり上げた。
 そうだ。彼らと共に、さやかは紆余曲折を経て幸せの絶頂まで上り詰めたのだ。
 家族を失い絶望した自分と違い、彼女はたった一度の絶望などでは諦めなかった。
 ふたたび希望を夢見てまだ見ぬ道を行こうと決心したのだ。

 そのさやかが今再び危機に瀕している。誰かのために戦うことすら出来ない状態にある。
 憧れの存在が何も出来ずにただ歯痒そうにしている姿を見た杏子は、心の奥で決意した。

杏子(……なぁ、さやか)

杏子(アンタにゃ良い夢見させてもらったんだからさ)

杏子(そのお礼としてはなんだけど……)

 さやかを縛り付ける、不条理な運命の鎖。
 それが無ければさやかはどうしただろうか。考えるまでも無い。
 彼女なら、必ず誰かのために戦おうとしただろう。

杏子(アンタの代わりに、精一杯頑張ってみるよ)

 全身が強張る。
 それは恐怖から来るものではなく、勇気から来るものだ。
 体の隅々まで魔力を行き渡らせると、その流れを緩やかに、しかし力強く波打たせる。
 これまでだってなんとかやってこれたのだ。今度だって上手くいけるはずだ。

 目を見開くと、杏子は全身を流れる魔力を限界ギリギリまで解放した。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:24:38.26 ID:0+JoybrIo

 ワルプルギスの夜が、その巨体を大きく揺らした。

杏子「はああああぁぁぁああぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 今この瞬間。
 杏子の身体能力は、世界に二〇人といない聖人の領域に片足を突っ込んでいた。

 ワルプルギスの夜の体が大きく傾きかける。
 それと同時に、その胴体に巻きついている槍の柄と鎖に亀裂が生じていった。

杏子「ハンッ! 誰がアタシに拘束魔法を教えたと思ってんのさ!!」

 杏子の声に呼応するかのように、瞬く間に槍が修復されていく。
 それだけではない。亀裂が生じていた部分から新たな鎖が枝分かれし、ワルプルギスの夜の体に絡み付いた。

杏子「アタシの師匠は……あの巴マミなんだぞッ!!」

 杏子の脳裏を、かつてのマミの雄姿が過ぎった。

 ちなみに、かつてほむらが過ごした世界で巴マミはワルプルギスの夜の緊縛を試み、それに失敗している。

 自身の師匠を超えたことに気付かないまま、杏子は槍を勢い良く引き付けた。
 杏子に引っ張られるようにして、ワルプルギスの夜が慣性に従って鉄橋の方へと流される
 そして無邪気な哄笑をあげている魔女の無防備な顔面に――

杏子『へっ、どんなもんよ?』

ほむら『上出来よ、杏子』

――ガソリンで満たされたタンクローリーが突き刺さり、その破壊力を轟かせた。
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:25:35.56 ID:0+JoybrIo

杏子「えげつねぇな」

 槍を手元に引き戻した杏子は、爆炎に包まれたままのワルプルギスの夜を一瞥すると自由落下。
 何気なく鉄橋の方へ目を向けて、

杏子「おーい……あぁ!?」

 杏子が素っ頓狂な声を上げた。
 彼女より少し先に着水したほむらが水面で“立ち上がっている”。

 わけが分からずに目を丸くしていると、一拍置いてほむらが足をつけている水面がガクンッとせり上がった。
 違う、正確には水の中に隠れていた大きな筒――正確には地対艦誘導弾のランチャー――が起動しているのだ。
 器用に手足を振って移動すると、杏子はほむらのすぐ隣に空挺隊員顔負けの仕草で着地。ほむらに声を掛ける。

杏子「こんなんどこで拾ったんだよ!?」

ほむら「話すと長くなるわ。とにかくじっとしてて」

杏子「あのなっ――」

 言い終えるより早く誘導弾が巨大な筒から飛び出した。
 煙から逃れ出たワルプルギスの夜の体に向かって突き進むと、レーザー誘導するまでもなく魔女の胴体に着弾し爆発。
 それが瞬きが出来るか出来ないかというわずかな時間の間に計六回繰り返された。
 爆発のエネルギーを一身に受けたワルプルギスの夜が大きく後退し、さながらリングロープのごとく電線にもたれかかる。

 さらに追い討ちと言わんばかりに増設された両脇のランチャーからトマホークミサイルが射出される。
 あっという間に亜音速へと到達したそれは、あらかじめ信管が抜かれていたのだろうか。
 ワルプルギスの夜の胴体へ到達すると、爆発することなくその体を街の向こうへと“押し込んだ”。
 電線を引きちぎり、巨大な魔女が街の奥、すなわち石油コンビナート郡が存在する工業地区へその身を横たえた。

杏子「お、おい! アンタまさか!」

ほむら「……ちょっとした絶景よ」

 ほむらが笑みを浮かべる。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:26:58.10 ID:0+JoybrIo

 次の瞬間、ワルプルギスの夜が“撃墜”された地点から今日一番の爆発が巻き起こった。
 何百メートルにもおよびそうな炎の搭がその姿を現し、爆発の余波でいくつかのビルがあっさりと倒壊する。
 通常の魔法少女が保有する火力を大幅に超えたそれが破齎す齎す光景を見ながら、杏子はため息をついた。

杏子「なんかもう……魔法少女っていうか破壊少女っていうか……」

ほむら「気を抜くのはまだよ。これでもアイツは倒せないわ」

杏子「復興に何ヶ月かかるんだか。失業者は何人出るんだ……?」

ほむら「命あってのなんとやら、でしょう。それにむしろ復興作業のために雇用が増えるわ」

杏子「納得いかねぇー!」

ほむら「それより私の記憶……が正しいかどうかはともかく、すぐにアイツの使い魔が現れるはずよ」

杏子「例のじゃれついてくる女の子の使い魔ってヤツ?」

ほむら「そう。私はアイツに決定打を与える準備をしなきゃいけないから……」

ほむら「そいつらの迎撃を“頼める”かしら?」

 フフン、分かってるじゃないか。
 笑みを浮かべると、ほむらに背を向けて槍を手に取り構える。

杏子「任せな。何人たりともアンタにゃ触れさせねーさ」

 後ろでほむらがごそごそと動く気配がする。
 そちらに少しだけ意識を向けながら、杏子は爆炎が立ち込める“爆心地”に目を向けた。
 あの嫌な気配は未だ消える気配を見せない。和らいだ様子もない。

杏子(ステイルたちが来るまでに倒してやるってのは……まぁ無理かな)
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:27:31.86 ID:0+JoybrIo

 そんなことを考えていると爆心地から少し毛色の違う魔力が発生した。

杏子(来る!)

 槍の矛先を向けるのと、濃密な力の塊が向こうから放たれたのはほぼ同時だった。
 放たれた魔弾を危ういところで切り伏せる。
 切り伏せられた黒いもやのような魔弾は、うねうねとその身を震わして小さな少女を模った。

杏子「魔法少女の姿の使い魔ねぇ。趣味悪くない?」

 じりじりと間合いを見計らって槍を一閃。
 次いで放たれた使い魔の魔弾を三つに捌いてやる。
 先ほどと同じように少女を模った使い魔は、ふわふわとその場に漂ったまま愉快そうに踊り始めた。

杏子「あー、なんか調子狂うなー」

 ぼやきつつ槍を振りかざす。
 しかし使い魔は空中でステップを踏んでそれを回避。
 さらに巧みに重心を移動して杏子の背後に回りこんで見せた。

杏子「このっ、すばしっこいやつ!」

 慌てて回し蹴りを放つも相手はバックステップで回避。
 その場でくるくると踊って見せた。

杏子「人をおちょくって……!」

 そうこうする内にもう一方の使い魔が背後に回りこんできた。
 流石に焦った杏子が魔力を練ろうと意気込み――

ほむら「――油断はしないほうが身のためよ。でもありがとう」
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:27:58.28 ID:0+JoybrIo

 二発の銃声。
 頭に風穴を空けられた使い魔が大気に霧散する。
 それを行った者、つまりほむらに視線を移した杏子は礼を言ってから訝し気に目を細めた。

杏子「……ねぇ、もしかしてそれが決定打を与える切り札?」

ほむら「もちろんよ。さっさとアイツの近くまで行きましょう」

杏子「いや、つーか効くの? いまさらそんな大げさなデザインの“ライフル”もどきなんかがさ」

 そう。
 ほむらが手にしていたのは、その身の丈ほどありそうな大型のライフルだった。
 それも現実的な黒光りする類の物ではない。
 銀色のメタリックな装甲と妙にSFチックな銃口、それに野太く長い銃身を覆う大仰なカバー。
 現実に存在する兵器というよりは、昨今のロボットアニメや仮面ライダーで出てきそうな『おもちゃの銃』に似ていた。

ほむら「安心しなさい。威力は折り紙つき“らしい”わ」

杏子「らしいってなんだよ、らしいって」

ほむら「私も昨日ステイルたちから渡されたのよ。まだ試射すらしてないわ」

杏子「でもなぁ……あ、なんか銃身に刻んであるな」

杏子「えーとなになに? FIVE_Over.Modelcase“MELT DOWNER”?」

ほむら「こっちには“Rifling Melt Downer”とあるわね」

杏子「『ライフリング・メルトダウナー』……ゴメン、ちょー不安になってきたんだけど」

ほむら「とにかく急ぐわよ」
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:28:27.69 ID:0+JoybrIo

――爆心地に到着した二人が見たものは。
 灼熱の風が荒れ狂い、地獄の業火が大手を振って舞い踊る地獄と。
 その中心にあってなお揺らぐことのない、逆さまの舞台装置。最強の魔女の姿だった。

杏子「バケモンだなおい」

ほむら「……まぁ、そんなことはいいわ。それよりやるわよ」

杏子「あいよ」

 杏子が鎖で形作られた簡易結界を形成した。
 ワルプルギスの夜の前では和紙に等しいが、それでも使い魔程度ならどうにか弾くことが出来るはずだ。
 片膝を着いて両手を胸の前で重ねて祈りのポーズをとる。
 巨大な影から黒い魔弾が放たれた。
 激しい衝撃が襲い掛かる。

杏子「それでいつごろ撃てんのさ!?」

ほむら「充填まであと二〇秒よ」

杏子「にじゅっ……!?」

 思わず絶句する。
 あの魔女を目前にして二〇秒秒耐えることなど出来るはずがない。結果は火を見るより明らかだ。

杏子「アンタばかじゃね――」



―――――――――――――――カチッ―――――――――――――――
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:28:54.74 ID:0+JoybrIo



―――――――――――――――カチッ―――――――――――――――



杏子「――えのか!!」

ほむら「終わったわ」

杏子「は?」

 見ると、既にほむらは『ライフリング・メルトダウナー』を構えていた。
 時間停止の魔法だ。便利だが、事前に一声掛けてくれと思わずにはいられない杏子。

ほむら「撃つから伏せていなさい」

 そう言うと、ほむらは巨大な銃身を丁寧に、まるで想い人に触れるかのように優しく抱いた。
 銃口――否、砲口から光の粒が溢れ出す。

杏子「なにがなんだか分かんねーしああもう!」

 地面に槍を突き立てる杏子の叫びを無視してほむらが引き金を絞った。
 『ライフリング・メルトダウナー』の砲身がガタガタと揺れ始め、砲口からは白い光が迸っている。
 直後、真っ白な閃光が杏子の視界を覆い尽くした。

杏子「まぶっ――――」

 しい、と言い切る前に。
 今日一番の衝撃が杏子の体に襲い掛かった。

杏子「えっ、あっ、わっなぁぁぁぁあぁぁぁぁ!?」

 全身に圧し掛かる理不尽な壁。あるいは不条理な重圧。抗うことの出来ない物理法則。
 かつて味わったことのない、強烈な衝撃が彼女の体に襲い掛かったのだ。
 視界を奪われたままの彼女は槍にしがみつくことでその衝撃波という嵐に耐えようとするが、先に地面が崩壊してしまう。
 何が起きたのかすら分からないまま、杏子の意識は闇へと沈んでいった。



―――――――――――――――カチッ―――――――――――――――
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:30:29.75 ID:0+JoybrIo



―――――――――――――――カチッ―――――――――――――――



ほむら「杏子、起きなさい。杏子!」

杏子「はっ! ……なんだ夢か。そりゃそーだ、引き金引いたら世界の終わりとか笑えないもんね」

ほむら「世界の終わりかどうかはともかく、夢でないことだけは確かよ」

杏子「……だよね」

杏子「で、一体全体何をどうしたらこうなるわけ?」

 ほむらに手を貸してもらって立ち上がった杏子は、目の前に広がる惨状を見てそう呟いた。

 なにもない。
 先ほどまで散らばっていたコンクリートの塊や、どろどろと流れ出し火の手を広げていた石油も。
 あの何百メートルにものぼろうかという炎の搭も。
 身の毛のよだつ舞台装置の魔女も。
 一切合財、全て、なにもかもなくなってしまっていた。

 工業地区改め爆心地は、気を失っている間に『焦土』という名前に改名してしまっていた。

杏子「ばーんって撃って煙が立ち込めて『やったか!?』は死亡フラグって言うらしいけどさ」

杏子「ばーんって撃って何もなくなって呆然としてる場合は何フラグってーの?」

ほむら「とりあえずこの地区の復興速度は思いのほか速くなりそうね。だって片付ける物がないんだもの」

杏子「逃げ遅れたやつとかいねーよな。いたらアタシたちみんな地獄行きだぞ」

ほむら「それにしてもワルプルギスの夜を一撃で倒してしまうなんて……私の苦労って一体なんだったのかしら……」

 ガシャンッ、と何かが滑り落ちる音。
 疲れ果てて目を半開きにした杏子は、音がしたほうに目を向けて今日何度目かのため息をついた。

杏子「一発撃ってぶっ壊れてちゃ意味ねーじゃん、それ」

 それとは、砲身を覆っていたカバーをパージした『ライフリング・メルトダウナー』の成れの果てのことだ。

ほむら「液体で砲身を冷やす冷却カバーだったようね。想定内の出力だったらこれを入れ替えることで何度でも撃てた、と」

ほむら「……欲張って200%の出力で撃ったのが間違いだったようね」

杏子「……なんかもう疲れたし、どーでもいいや」
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:31:00.98 ID:0+JoybrIo

――余談だが、この『ライフリング・メルトダウナー』は、学園都市が有する超能力者、その第四位である『原子崩し』を、
 純粋な工学技術のみで再現した上で『破壊力』のみを追求した兵装である。
 科学サイドと魔術サイドの抗争の際にはこれを装備した『Equ.DarkMatter』がその猛威を振るったのだが。
 あくまで余談でしかない。

杏子「なんかアレだよね、このままスタッフロール流れそうな勢いじゃない?」

ほむら「そうね……疲れたわ」

杏子「どこぞの合唱団の歌声がちゃららーって鳴り響いてそう」

 等と言っていると、冗談抜きでそんな歌声が聞こえてきた。
 ほむらだろうか? なかなか茶目っ気があるのかもしれない。

杏子「アンタ歌上手いじゃん。天使の歌声ってやつ?」

ほむら「そんな気力なんてないわよ……とにかく歌うのは止めてちょうだい」

杏子「は? 歌ってるのはアンタだろうが」

ほむら「……じゃあ誰が歌っているのよ?」

 ぞくり、と。
 背中に冷たい物を感じて杏子は槍を手に取った。
 ほむらも同じように大口径の拳銃を構え、注意深く周囲を観察している。
 そうしている間にも歌声はますます大きくなる。

 その歌声の響きたるや、まさしく天使の歌声と言い表すべきか。
 しかしそれは詩を謳い上げるようにゆるやかで、一定のリズムを刻んでいる。
 ただし杏子にはその歌の、肝心の内容がまったく聞き取れていなかった。

 否、聞き取れていなかったと言うのは正確ではない。
 彼女の聴力は魔力によって研ぎ澄まされていたし、彼女の父からの教えで語学にもある程度精通していた。
 簡単な英語や独語の歌ならばゆっくりめでも聞き取り、理解することが出来る。
 ここで問題なのは、その内容が『人間の語る言語』ではなかったことだ。

杏子「なぁほむら」

ほむら「なに?」

杏子「これってさ」


杏子「ノイズ?」
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:33:40.21 ID:0+JoybrIo

――――cuhg

――――xhuhuvgqyglhmwi

――――ajuhaoughgtutyuyadfsmaorgpqwwfgpogjaqrjhguh

――――paourtgqjfauticmnbmvcuvrueoophynkldhwoipioqaclm

――――qlixzbhekuhfozpwwnsucmghopddolsjahzxrqoerpyppbldkxhssyts



 ノイズ交じり、あるいはノイズそのものに等しい歌声――『天上の序曲』と共に。
 それらはなんの前触れもなく、唐突に二人の目の前に現れた。

                                    ガブリエル     テ レ ズ マ
 女らしいボディラインの青白いマネキン――大天使である『神の力』の≪天使の力≫

                                       ラファエル     テ レ ズ マ
 男らしいボディラインの緑がかったマネキン――大天使である『神の薬』の≪天使の力≫

                                                      ミ カ エ ル    テ レ ズ マ
 その右手に輝きすぎるほどに輝く剣を持った、赤いマネキン――大天使である『神の如し者』の≪天使の力≫

 そして。

 傷一つない逆さまの巨人。
 歯車の下半身をからからと何度も回し続ける舞台装置の化身。
 ほむらの前に立ち塞がり何度も彼女と彼女の世界を滅茶苦茶にした無力の象徴。

 舞台装置の魔女――通称ワルプルギスの夜。

 魔女の宴は、まだ始まったばかりである。
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:34:38.20 ID:0+JoybrIo

舞台装置の魔女。その性質は無力。

回り続ける愚者の象徴。歴史の中で語り継がれる謎の魔女。
通称・ワルプルギスの夜。この世の全てを戯曲へ変えてしまうまで無軌道に世界中を回り続ける。
普段逆さ位置にある人形が上部へ来た時、暴風の如き速度で飛行し瞬く間に地表の文明をひっくり返してしまう。

   テ レ ズ マ
水の天使の力。その性質は後方にして青色。

もっとも地上に召喚されたことのある大天使、その天使の力。顔馴染みの魔術師までいる。
それでも本物の彼女はめげずに奔走する。自身が本来居るべき位置に戻るために。
天使そのものではないので、本性をひた隠しにする緋色の女が協力してくれればあっさりと倒すことが出来るだろう。

   テ レ ズ マ
土の天使の力。その性質は左方にして緑色。

神の火と配置や属性が入れ替わってしまった哀れな神の使いの天使の力。
性質は異なれど、彼もまた本来居るべき位置に戻るために地上を蹂躙する。
好物のパンとワインを用意すれば喜んで話し合いに応じてくれるだろう。ただし通訳が必須である。

   テ レ ズ マ
火の天使の力。その性質は右方にして赤色。

右手に輝き過ぎる剣を持つ最強の象徴。全ての障害を蹴散らす無敵の存在の天使の力。
これが顕現したならば素直に逃げよう。できれば宇宙が良い。地球に安寧を保障できる場所などないのだから。
本物の彼を倒したくば彼より新しい時代に位置する性質の似た右手を持ってくるしかない。
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/23(日) 11:38:50.97 ID:0+JoybrIo
以上、投下終了。
モノホンの天使じゃないよ!次回で説明するけどバードウェイの召喚爆撃のスケールアップ版だよ!
具体的には攻撃しないミーシャのような、なんというか中途半端な存在です。
そろそろステイルくんの出番。

次回の投下はいつもどおり未定です。戦闘描写むつかしい
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/10/23(日) 12:06:50.62 ID:PXNHIuK/o
乙です
天使は一体どういうことなん?
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/10/23(日) 13:06:47.53 ID:sptj+TMi0
どうあがいても絶望ってレベルじゃねーぞ…
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/23(日) 14:38:56.14 ID:y2H8zwZw0
うわぁ
こわぁぁああ
ハッピーエンドがみたいんだけど。。
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/23(日) 17:51:59.97 ID:uY5S5ZblP

ウリエルさんなんでハブられてしまうん
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/23(日) 19:47:25.35 ID:ufhEA1gUo
ウリエルェ……
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/10/25(火) 08:43:40.34 ID:f2hBMg4/o


>>203
教会によっては堕天使に区分されてるからじゃね?
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/26(水) 00:26:48.97 ID:HF17x8kAO
ラストは好きだしハッピーエンドだとは思うけど全世界再編はやりすぎたな
元通りに再編されたにしてもみんな一度死んだに等しいんだぜ
舞台が舞台ならラスボスやれるくらいの所業
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/26(水) 00:27:21.71 ID:HF17x8kAO
ごめんなさい誤爆しました
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/28(金) 23:38:03.55 ID:Kowy4YZIO
ウリエルさん・・・

しかしいよいよ絶望感がでてきたな
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:42:57.61 ID:a/C0+favo
ごめんなさい、そのウリエルさん季節限定なんですよ

冗談はともかく、ファウストにはウリエルさん出て来ないんですよね。森鴎外さん訳のをぱらっと読んでみましたがいませんでしたんで
まぁ名前的にも地味だし……ね?

では投下します
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:43:30.72 ID:a/C0+favo

「ウィリアムの旦那、今日はもう引き上げだー! てっしゅー!」

「む、分かったのである。痕跡を消すのを忘れるな」

「わーってるって! そいじゃあ例の場所で……旦那? どったの怖い顔して?」

「……懐かしいものが降りて来たな。完全ではないにせよ、件の魔女と魔導書。まさかこれほどとは……」

――とある紛争地帯にて、筋肉隆々の男



「おいそこのバカ二人、遊んでないで食事の支度しろ。また三角木馬の上で踊らされたいか」

「遊んでなどいないよ。俺はいつだって真剣に取り組んでる。今回はそれがオセロだったってだけあだだだ嘘です許して!」

「少しは学習したらどうなんだい……フィアンマ、あんたも空ばっか見つめてないで手伝え」

「ん、そうだな。オッレルスのように辱めを受けるのは御免だ。今行く」

「……どうしたんだい? 急に右肩抑えたりして」

「いやなに、どこぞのアホウが俺様の古傷を抉ってな。それを憂いていただけさ」

――とあるオンボロアパートにて、右腕の無い男。



「あぁ、なんてこった。私の術式が上手く行きやがらねぇ」

「ここに来てどうしたんだ一体。まだカブン=コンパスと接触できていないんだぞ」

「……天使だな。まだ不完全なテレズマの塊に等しいけど。それが出てきているのよ。場所は近いぞ」

「まさか、ファウストの魔導書にある『天上の序曲』とかいう術式をワルプルギスの夜が?」

「だとしたらマズイわね……彼女達、死ぬわよ」

――見滝原市にて、土のテレズマを扱う魔術師。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:45:58.31 ID:a/C0+favo

「えー、であるからして、私は本日よりあーくびしょぅ……うー、難しいんだよ!」

「……なぁ、さっきから気になってたんだけどさ。お前なに読んでんの?」

「宣誓の詔、みたいなものかも? たぶん、今日必要になると思うから」

「なんで?」

「……とうまは気付いてないかもしれないけど、今日は特別な日なんだよ?」

「なんかあったっけ?」

「うん」

「今日はね――」



――とある極東の学生寮にて、純白の修道女。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:46:57.90 ID:a/C0+favo

 舞台は見滝原市へと戻る。

杏子「……なぁ、アレなんだよ。使い魔?」

ほむら「私に聞かないでちょうだい」

 投げやりに言い放つと、ほむらは改めて目の前に居座る三体のマネキンを見上げた。
 魔女やその手下とは毛色の違う、遥かに異質な存在。これは魔法(こちら)側の領分ではないように思える。
 とすれば、残る可能性は一つ。

ほむら「……魔術?」

杏子「そーいやけっこー前にステイルたちがさ、魔導書が魔女に奪われたとか言ってたような」

ほむら「魔導書?」

杏子「そそ。なんでも、意思を持った魔法陣だとかで、力を送り込むと魔術が使えて……なんて言ってたっけかな」

 赤いマネキンが、眩しいほどに輝く右手を掲げた。
 言葉に出来ない悪寒が体中を駆け巡り、ほむらは咄嗟に左手の盾に手を掛ける。

杏子「たとえば『ファウスト』に記述のある『天上の序曲』なら、天使の降臨が出来るとか――」

 杏子が言い終えるよりも早く、赤いマネキンが右手を振り下ろして。
 莫大な力の塊が二人をいとも容易く薙ぎ払った。

ほむら「……ッきゃああああぁぁぁぁ!?」

 盾を動かそうとした時には、もう遅かった。
 全身にすさまじい衝撃が襲い掛かる。視界は真っ白な閃光に灼き尽くされ、鼓膜もビリビリと震えて悲鳴を上げている。
 上を向いているのか、下を向いているのか。空を浮いているのか、地面に埋もれているのかすら判断がつかない。

 衝撃の波が通り過ぎる。
 なんとか姿勢を立て直し、五感を回復させることに全力を注ぐ。
 目蓋の裏に残る白がじわじわと霧散していき、視力が回復した。すかさず目を開け、ほむらは目の前に広がる光景を見た。

ほむら「……クレーター?」

 つい先ほどまで自分達が立っていた場所が、半径五〇メートルほどの巨大なクレーターと化していた。
 あの赤いマネキンが、右手を振り下ろしただけでこれだ。

ほむら「バケモノ……!」
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:47:35.02 ID:a/C0+favo

 すぐさま時間を停止。世界が止まる。
 ワルプルギスの夜と同じく、あのマネキンも例外なくピタリと固まった。
 ほむらは全身に残る痺れに顔を歪めながら、地面に埋もれた杏子を確認。
 目が開いていることから意識はあるようだった。薄汚れた彼女の身体に触れて時間を動かすと、勢い良く引っ張り上げる。

杏子「わわっ……ってなんだ、アンタかよ」

ほむら「あのマネキンじゃなかっただけ感謝しなさい。それよりも話の続きを」

杏子「そりゃ後。ひとまず逃げよう」

ほむら「逃げる? 逃げてなんになるというのよ?」

杏子「戦闘始める前に火織に言われてたんだよ。『天使が出たら逃げなさい』ってね。それにアンタも見たでしょ?」

 クレーターに向かって顎を向ける杏子。
 あの聖人である神裂火織が逃げろと言ったのであれば逃げた方が良いのかもしれないが……

ほむら「……何処に逃げるというのよ?」

 ほむらの問いに、杏子は応えなかった。
 痛みを引きずりつつ、手を繋いで二人は瓦礫の中を走り抜ける。
 道中、大きな瓦礫にいくつかの指向性爆薬を仕掛けては見たものの、時間稼ぎになるかどうかは疑問だ。

杏子「ここまで来れりゃ一安心だろ。ちょっとソウルジェム回復しようぜ」

 そう言って杏子はどこからともなくグリーフシードを取り出した。彼女に倣って、ほむらもグリーフシードを取り出す。
 それを左手の、既に六割近くが黒く染まっていたソウルジェムに押し当てる。間もなく穢れが抽出された。

ほむら「どうするつもり?」

杏子「アタシは魔術に疎いけど、あれが魔導書によって出てるんだとしたらだよ
.     完璧じゃねーってことさ。あれは天使っつーより、それの材料で再現しただけっていうか」

ほむら「模造品であれなら本物はどれほどのものなのかしらね」

杏子「ともかく、魔導書を叩き潰そう。話はそれからさ……どこにあるのか知らないけど」
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:49:43.75 ID:a/C0+favo

――見滝原市にある、崩れかかった高層ビルの中腹にて。

ローラ「ひぃ〜、この歳で長歩きは流石に体に堪えたるわねぇ。はぁ〜足がくたくたになりけるわ」

QB「君が隠し持っている能力を最大限に活用すれば、この程度の距離はひとっ飛びだろう? 効率が悪いよ」

ローラ「ふん、効率第一なる思考の持ち主は嫌われたるわよ」

QB「アレイスター=クロウリーのようにかい? ローラ=スチュアート」

QB「いや、三代目“緋色の女”、ローラ=ザザとお呼びすべきかな?」

 ローラの目がすぅっと細まる。

ローラ「あらあらあら、かような情報をどこで聞き及びたるのかしらね?」

QB「世界中で、だよ。それにしても分からないな。たかが一個の生命体でしかない人間が星の命運を握ろうだなんてね」

QB「力量が伴っていない、と言うべきかな。せいぜい大地を削る程度しか出来ない魔術師が――」

 その時。
 なんの予兆もなく、前触れもなく、分厚い雲越しに届いていた陽の光が消えた。
 曇天下とはいえまだ明るかった見滝原の街はどす黒く塗りつぶされ、炎の輝きだけが瓦礫の町を照らし出している。
 昼夜が一瞬にして逆転してしまったのだ。

QB「妙だね。この時間帯なのに太陽光が届いていないなんてことはありえるはずがないんだけど」

ローラ「『天上の序曲』から派生したる『天体制御』が発動したりたようね。太陽とこの星、それにいくつかの星が歪みけるわ」

QB「……まるで星の位置を自由自在に動かす魔術が存在するような口振りだね」

ローラ「実在したるわよ」

QB「……わざわざ星の位置を歪める理由は?」

ローラ「天使だったら自身の属性強化なれど、今回は不出来で不完全な天使なりけるでしょう?
     三体使ってやっとこさ夜を導き出したるのだから……発動せし術式は一つしか思い浮かばざるわ」

QB「その術式とはなんだい?」

                     ヴァルプルギスナハト
ローラ「決まりておろうに……『魔女の宴』でしょうね」
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:50:10.56 ID:a/C0+favo

――突然辺りが暗くなったことに驚きつつ、ほむらは自衛隊で採用されているアサルトライフルを構えた。
 薄暗い視界の中で、杏子の頭上に照準を合わせる。引鉄を問答無用で引いた。
 短い銃声が立て続けに三回鳴り響き、杏子の頭上目掛けて亜音速の銃弾が真っ直ぐに向かっていき――

杏子「うわぁ!?」

 頭に三つ、風穴を穿たれた黒い少女の使い魔が地面に倒れ伏した。
 妙に可愛らしい蝶の羽のような装飾が、はらりと崩れ落ちる。

杏子「う、撃つ前に一声掛けろよバカ!」

ほむら「その前に周囲に気を配りなさい。囲まれてるわ」

杏子「……げっマジじゃん」

 少なく見積もって四体。あの魔法少女型の使い魔がいる。
 いずれも隠れる気は毛頭ないようで、無邪気に笑いながらくるくると踊っていた。
 容赦なく三点射撃を浴びせかける。四体撃破。

杏子「おっかねー」

ほむら「槍を振りかざしてるあなたには言われたくないわね」

杏子「で、何で急に夜になっちゃったワケ? ドラゴンボールでも使われてんの?」

ほむら「ふざけている暇はないわ。移動するわよ」

杏子「あいよー……あー? ほむら、ちょっといいかい?」

ほむら「なにかしら、あまり余裕はないのだけど」

杏子「……ワルプルギスの夜の使い魔って、魔法少女の格好してるヤツだけなんだよな?」

ほむら「ええ、さっきの天使を除けばそうよ。それよりワルプルギスの夜がいる方角に注意しなさい」

杏子「じゃあアタシの見間違えか、それとももうろくしちまったのか」

ほむら「なによ?」

杏子「いやね、アンタの撃ち落とした女の子の使い魔からさ」
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:51:04.56 ID:a/C0+favo



杏子「身の丈一〇メートルはありそうなナメクジのバケモノが出てきてんだけど」
     ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

ほむら「――!?」


.
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:51:31.39 ID:a/C0+favo



――笑う。笑う。笑う。


――だって悲しいお話は嫌だから。


――そうだ、みんなでパーティーをしよう。


――みんなを誘おう。まずはおともだちを誘おう。


――えほんを読もう。物がたりを読もう。


――てんしの歌ごえをBGMに、お祭りをしよう。おまつりだから、夜じゃないと。


――みんな元の姿に戻って。みんな元気いっぱいに笑って。好きなことをしよう。


――そうやって、この世界を包み込もう。


――笑う。笑う。笑う。


――だって私は、舞台装置だから。
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:52:02.42 ID:a/C0+favo

 蝶の羽を身につけていた魔法少女の使い魔から。
 見ただけで嫌悪感を覚えさせる醜悪な形のバケモノ――魔女が、孵化した。
 その事実は、天使の出現によって疲弊していたほむらの心を大きく揺さぶった。

ほむら「そんな、どうして魔女が!?」

杏子「おいおいこっちもだぞ!」

 慌ててアサルトライフルを構え直すと、ほむらは杏子がいる方を振り向いて息を呑んだ。
 そこにはかつて、マミやシェリー、ステイルや天草式に倒されたはずの魔女がいた。

 暗い場所を好む、明かりに弱い魔女が周囲の空間を完全な漆黒に染め上げる。

 箱の内に潜み、他者の心を見透かす魔女が辺り一面にガラスを敷き詰めて引きこもり。

 鳥かごの中に籠もり、苛立たしげに地団駄を踏む魔女が瓦礫の町を穿り返して滅茶苦茶にして。

 どこかで見たことの有るような門の形をした、目立ちたがり屋の魔女が堂々と町の中心に居座った。

 過去に撃ち滅ぼされた魔女が、結界に縛られることなく――それどころか現実世界を犯しながら跋扈している。
 今こうしている間にも魔女は使い魔を産み、生み出された使い魔は好き勝手に世界を蹂躙し、行進していく。

 魔女の宴か、百鬼夜行か。いずれにしろ悪夢であることに変わりはなかった。

ほむら「こんなことはありえない! なぜ魔女が、それもこの時間帯になんで……!?」

杏子「落ち着け、冷静になれよ!」

ほむら「分かってる! 分かってるけど、こんな……こんなのって!」

 そうこうしている内に二人の存在に気がついたのだろうか
 魔女と使い魔の群れは不気味に歩みを変えると、一目散に動き始めた。

 ぐちゃ、ばちゃ、どたばた、どすん――十人十色の足音を響かせながら、怪物の壁が押し迫る。
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:52:30.57 ID:a/C0+favo

 巨人へと姿を変えた漆黒の四足の使い魔が拳を振り下ろした。

杏子「ウゼェ、チョーウゼェッ!」

 槍を巧みに振りかざして杏子が使い魔を撃破。
 その彼女の背後に歪な天使の人形の使い魔が這い寄ったのをほむらは見逃さなかった。
 すかさずアサルトライフルの引き金を引く。放たれた弾丸は寸分違わずに人形の頭部を打ち砕いた。

ほむら「杏子!」

杏子「分かってる!」

 杏子が槍を引き伸ばし、多節棍へと変化。
 でたらめに翼をはためかせて飛翔する鳥人を丁寧に絡めとり、容赦なく締め上げる。
 そのまま地上を這うように歩き続ける木偶人形のような使い魔目掛けてぶつけ、両者を粉砕して見せた。

 それでも使い魔の行進は途切れない。

 さながら、恐れを知らぬ化物で構成された百鬼夜行のように。
 歩みを止めずただひたすらに突き進む。
 既知にして未知なる恐怖を目の当たりにしたほむらは、恐怖と困惑に囚われて立ち尽くした

ほむら「こんな非現実的な……」

杏子「立ち止まるな! 走れ!」

 杏子に手を引かれてほむらの身体が強引に揺れる。
 直後、二人が立っていた地面が、無数の黒い触手――あるいは触首――によって貫かれた。
 宙に舞うアスファルトの欠片。その間から姿を覗かせる、祈りを捧げる修道女のような格好の魔女。

ほむら「どうして……?」

杏子「ほむら!」
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:53:11.96 ID:a/C0+favo

 杏子の声が遠くに聞こえる。いつの間にか離されてしまったのだろうか?
 いや、違う。自分の身体が空を浮いているのだ。
 なぜ?

 答えは考えるまでもなかった。
 飛行機のようなものに跨る子供の姿をした使い魔が、彼女の身体を飛行機の翼で掬い上げたのだ。
 翼が胴体にメキメキとめり込み、骨が軋む音が響いて、それから遅れて痛みがやって来る。

ほむら「つうぅっ――!!」

――あひゃきゃははは、あははひゃきゃきゃ!

 使い魔の笑い声が耳に響く。痛みと騒がしさとで顔を顰めると、ほむらはアサルトライフルを取り落とした。
 盾の中から大口径の拳銃を取り出し、子供の姿をした使い魔の頭に無造作に押し当てた。引鉄を絞る。
 短い悲鳴の後に使い魔とその飛行機が減速。一拍置いて霧散した。

ほむら(姿勢を立て直さないと……でも、なんのために?)

ほむら(こんな悪夢のような状況下で、そんなことをしたって)

ほむら(どうにもならないのに……)

 全身から力が抜けていく。
 そしてほむらの無防備な身体が地面に触れ――

杏子「バカヤロウ! 死ぬつもりか!?」

――る寸前、杏子の操る槍が彼女の身体を受け止めた。

ほむら「……ごめんなさい」

杏子「さっさと立ちな。こんなとこで死ぬわけにはいかねーんだからさ。時間停止で一旦退却しよーぜ」

ほむら「……ええ」

 杏子が差し出した手を握り返すと、ほむらは盾に魔力を送った。



 盾は、反応しなかった。
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:54:50.93 ID:a/C0+favo

ほむら「時間停止の魔法が発動しない?」

杏子「うえぇ!?」

 時間停止の魔法を行使するために必要な条件は二つ。

 魔法を行使するだけの余裕がソウルジェムにあること。
 そして盾の中に組み込まれた砂時計の砂が片面に落ち切らない――つまり巻き戻ってから一ヶ月間が経過しないことだ。

 ソウルジェムはまだ輝いているので、問題があるとすれば盾の砂時計にあるのが道理であるのだが、
 今回の世界はワルプルギスの夜の出現が前倒しにされているため、ほむらの計算ではあと一日分の余裕があるはずなのだ。

ほむら「まだ砂時計の砂は落ちきってないはず……なのにってあれ?」

 ほむらの予想に反して、砂時計の砂は既に落ち切ってしまっていた。

杏子「全部落ちてんじゃねーか! 時間計算ミスったとか笑えねーぞおい!」

ほむら「あと一日分は余裕があるはずなのに……それより杏子!!」

杏子「あぁ? んだよ血相変えて――っあ?」

 瓦礫を引き裂くようにして、真横から現れた巨大な氷の翼が、杏子の体をクズ切れのように吹き飛ばした。

ほむら「いけない、助けに行かないと……!」

 ソウルジェムを輝かせて跳躍。
 その直後、自分の行動が誤りであることにほむらは気がついた。

 跳躍したほむらの身体に、空中で待機していた無数の魑魅魍魎が食らいつく――!
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:56:14.76 ID:a/C0+favo

――見滝原市にある、崩れかかった高層ビルの最上階にて。

ローラ「チェックメイト、と言ったところかしら」

QB「無意味に死なれてもらっては困るんだけどね。エネルギーはいくらあったって足りないことはないんだから」

ローラ「そこまでは私の及びたることじゃなしにつきけるしー」

QB「……一つ、質問してもいいかい?」

ローラ「内容によりけるわね」

QB「君の言う『天使』の魔術。あれは凄いね。ありとあらゆる物理法則を無視した超常現象を起こして見せた」

QB「だからこそ僕には解せない。あれだけの力を振るうことが出来るのなら、どうして僕達からおこぼれを貰おうとしたんだい?」

ローラ「あれはワルプルギスの夜と魔導書の波長が合致したからこそ起き得た偶然よ。
     天上の序曲を天使の召喚で再現し、魔女の宴の魑魅魍魎を魔法少女の魂の残滓で代用したりた。
     天使によって夜は訪れ、術式は完成。ただの使い魔は魔女へと変貌し、舞台装置と共に大いなる宴の準備をしたりけると」

QB「君たちでは無理だと、そう言いたいのかい?」

ローラ「んーそれはそれ、複雑な理由がありけるのよ」

QB「……いずれにしろ、君が先ほどのような魔術を交渉に用いていれば、魔法少女のしがらみも解決出来たかもしれないのにね」

ローラ「心にもないことを言いけるのはやめておきなさい」

QB「それもそうかな」

ローラ「ときに、鹿目まどかの動向は?」

QB「避難所にいるよ。まだ決心はついてないみたいだね」

ローラ「あらあら、それはいけなしことね。ならば煽りたるまでのことよ」
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:57:10.77 ID:a/C0+favo

ローラ「あー、あてんしょんぷりーず?」

 カード状の通信霊装を耳に当てたローラは、陽気な声で霊装に語りかけた。
 ワルプルギスの夜が発動する魔力の波動による妨害を物ともせず、遥か遠くの海で待機している要塞へ声が届いた。

『はい、こちらはカブン=コンパスの通信担当魔術師です。そちらは最大主教でよろしいでしょうか?』

ローラ「よろしかれよ。えーと、これから指示する座標目掛けて砲撃を始めなさい」

『かしこまりました』

 ローラは意味ありげな笑みを浮かべると、行儀よくお座りしているキュゥべぇをちらりと見やった。
 笑みを浮かべたまま、ローラはその座標を口にする。
 霊装越しに、オペレーターの魔術師が戸惑っている様子が聞こえてきた。

『見滝原市中央の体育館を、ですか? その、そこにはまだこちらの魔術師や魔女もいますが』

ローラ「やりなさい」

『いえ、ですが』

ローラ「やりなさい。四度目はなきことと覚えたりてよ」

『……はっ、かしこまりました』

 通信を終えたローラは、霊装を几帳面に折りたたんで袖の内に隠した。
 キュゥべぇに向き直る。

QB「今のやり取りは何を意味しているのかな?」

ローラ「そのままの意味よ。鹿目まどかがその気になるまで、何度でも砲撃を浴びせたるだけの話につき」

ローラ「幸いにも、あそこの守りはこちらが差し向けたる刺客との先頭で疲弊し切りているしー」

ローラ「なんなれば賭け事でもしたりける?」

QB「というと?」

ローラ「何度目の砲撃で鹿目まどかが決心したるか、よ」

ローラ「罪なき一般人の死体がどれだけ積み重なりたら、でも良いわね」

 そう言って、ローラはにこりと微笑んだ。
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 00:58:52.65 ID:a/C0+favo
以上、ここまで……とはいえ少し短かったので、何の面白味のない誰得おまけを少し。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 01:00:07.48 ID:a/C0+favo

一方その頃――ロンドンのとあるアパートにて。

                インキュベーター
バードウェイ「なに? 孵卵器について私の意見を聞きたいだと?」

 まどか達よりほんの少し年下の少女、魔術結社のボスであるバードウェイが面倒くさそうに言った。
 すでに季節は春だか夏だか分からない曖昧な状態に差し掛かっているが、
 彼女はさして気にした様子も無く年中無休で安置(もとい放置)されているコタツに半身を突っ込んでいる。

 そんなだらしのないボスを見ながら、彼女の部下である黒い礼服にスカーフのマークは、
 紅茶が注がれた湯飲みを一口すすって頷いた。

マーク「はい。あの地球外生命体の契約行為を見てボスはどう思われますか?」

バードウェイ「知るか馬鹿。そんなことよりゲームを手伝え」

マーク「ボス! 最後の出番なんですよ! 真面目にシリアスにですね!!」

バードウェイ「チッ、分かった分かった……孵卵器、ああ面倒だしキュゥべぇでいいか。キュゥべぇだがな」

マーク「はい」

バードウェイ「例えるなら悪徳商法、詐欺師だな。事前の説明を怠って契約を迫るその姿勢は国によっては罰せられるだろう」

マーク「やはりそう思いますか?」

バードウェイ「ああ。とはいえこれはあくまで一般論だ。私個人としては……そうだな」

 バードウェイはうっすらとした笑みを浮かべた。非常に愉しそうな表情のまま彼女は話を続ける。

バードウェイ「非常に賢い連中だと思うよ。その考え方も、理解出来ないものではない」

マーク「ええ!? 宇宙の熱的平衡だの寿命を延ばすだのと胡散臭いことを言っている連中ですよ!?」

バードウェイ「そうだな。私達からしてみればそんなことより今日の夕食をどうするかの方が大事だ」

マーク「それは違うような……」

バードウェイ「しかし奴らにとってはそうではない」

マーク「なぜです?」
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 01:01:13.06 ID:a/C0+favo

バードウェイ「簡単だよ。価値観の相違、主観の相違さ。例えばセミと我々ならどちらの方が長寿だ?」

マーク「我々でしょう」

バードウェイ「単純な時間で見ればそうだな。だがセミはそうは思わない。相対性理論とか、浦島太郎とかと同じさ」

マーク「んー、そういうものでしょうか……後半部分、絶対に違うような気がしますが」

バードウェイ「そういうものだ。宇宙の死は我々にとって永遠に来ない明日の話に過ぎない。
         しかし奴らにとって、それは明日の明日のようなものだ。その事実を踏まえれば納得も出来るだろう」

マーク「なおさら出来ません。いかなる理由があろうと、罪無き少女を騙して犠牲にするなど……クソッタレの所業だ」

バードウェイ「明日の明日には生態系が崩壊する。阻止するためにはセミの体液が必要だ。
.         もし仮にそうなったら我々人類は血眼でセミを捕獲するだろう? それをクソッタレの所業と言えるか?」

マーク「それは暴論です! セミには我々のような感情も知恵もありません!」

バードウェイ「同じことだよ。キュゥべぇからすれば我々の築き上げた文明など児戯に等しい」

バードウェイ「感情に至っては進化の過程で切り捨てられた不要な機能、あるいは精神疾患……
.         我々とセミと、キュゥべぇと我々。何が違う? 見返りが最初に与えられるだけ優しい方だろう」

マーク「そんな……」

バードウェイ「無論、気に入らない点がないわけでもない」

バードウェイ「永遠に来ない明日のために、いずれ私達が頂点に立つ世界の住人に手を出すのは認められたものではない」

バードウェイ「『鹿目まどか』のような子供を誑かして、この地球、あるいは“宇宙”を滅茶苦茶にして良い道理もない」

バードウェイ「……だがまぁ、私達には何も出来んよ」

 そう言って、バードウェイは面白くなさそうな表情を浮かべるとコタツの中で足をバタバタさせた。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 01:03:08.79 ID:a/C0+favo

マーク「何故です? ボスが立ち上がれば多少なりとも現状を覆すことが出来るのでは?」

バードウェイ「無理だよ。お前は奴らの規模を甘く見すぎているし、代替案もない。解決策もだ」

マーク「代替案?」

バードウェイ「例え話をしようか。一人の少女がいる。年齢は十二か十一。両親とドライブの途中で事故に遭ったと仮定しよう」

バードウェイ「両親は息絶え、衝突相手も意識不明。少女も出血やら骨折やらでボロボロ。目撃者もいない。
.         ついでに言うと彼女には特別な能力もなければ魔術の知識も持ち合わせていなかった、が……」

バードウェイ「他者より少しだけ、魔法に関する“素質”があった。そしてキュゥべぇは少女に目をつけた」

バードウェイ「ヤツは営業スマイルを浮かべながら近づいてこう言う。『僕と契約して、マギカになってよ!(裏声)』と」

バードウェイ「さて問題だ。少女はどうなる?」

マーク「そりゃあ、助かるんじゃないでしょうか。上手く行けば両親も」

バードウェイ「そう。キュゥべぇと契約すれば、少なくとも助かる可能性が出てくるわけだ。因果を歪めてね。その後は知らんが」

マーク「救急車が来て少女を助ける可能性だってあるはずです」

バードウェイ「確率の問題だよ。奴らがいれば助かる確率は限りなく高い。いなくても助かる“かも”しれない。複雑だな」

マーク「ですが魔女が生まれればより多くの人間が犠牲になります!」

バードウェイ「『まだ見ぬ者のために大人しく死んでくれ』と。まぁ1と99、どちらを救った方が利口かは火を見るより明らかだな」

 ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべるバードウェイ。

マーク(この性悪女……)
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 01:03:56.28 ID:a/C0+favo

バードウェイ「解決策の話に移ろうか。どうやってキュゥべぇとの問題やしがらみを解消する?」

マーク「そりゃあ片っ端から探索して契約の妨害を……」

バードウェイ「我々だけでは無理だな。某妹達よろしくな電脳網と膨大なストックがあるやつらを押さえ込むことは出来んよ」

マーク「では『マギカシステム』をぶち壊します」

バードウェイ「そうだな。それが出来れば全ては解決する……わけないだろう愚か者め」 ベシィッ!

マーク「ぐふぉぅあっ!?」 ドゴーン!

バードウェイ「仮に魔女をマギカに、マギカを少女に戻せたとしよう。それでキュゥべぇはどうする?」

バードウェイ「次の契約候補を見つけ出して契約を取り交わし、魔女になるのを見守るだけだ」

バードウェイ「せっかく掘った油田の権利が奪われました。でも金は腐るほどあるのでまた新しく掘ります。こういうことだ」

マーク「それも暴論のような……」

バードウェイ「99回失敗したって1回成功すれば良い。それが奴らのスタンスさ」

 だが、とバードウェイは言葉を区切った。
 コタツの中から孫の手を取り出して背中を適当に掻く。

バードウェイ「奴らは効率を重んじる。『マギカシステム』よりも効率の良いエネルギー回収方法があれば話は別だ」

バードウェイ「エントロピー、熱力学第二法則だったか? 私は妹ほど科学に詳しくないが、これ自体は簡単に乗り越えられる」

バードウェイ「物理法則を塗り替える『魔術』でね。ただ効率を優先させる奴らはマギカシステムを頼るだろう」

マーク「むう……」

バードウェイ「先ほどの代替案と同じさ。キュゥべぇはてごわい。負けを知らない」

バードウェイ「……逆に言ってしまえば、先に述べた問題点を全て解消できればこの騒動は収束してしまうのだがね」

マーク「はっ! ということはボスは既に何らかの手段を講じておられるのですね!?」

バードウェイ「いんや、なーんもない」

マーク「んだよ思わせぶりな態度取りやがってチクショッ、がぁぁぁああっ!?」

 マークの鳩尾に孫の手が突き刺さった。派手に撃沈。
 それをやってのけたバードウェイは涼しげな表情のまま小さく欠伸をした。
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 01:05:22.59 ID:a/C0+favo

 よろよろと起き上がると、マークは意気消沈した様子でぶつぶつと愚痴を漏らす。

マーク「では、我々人類は奴らに搾取されるだけの存在で終わってしまうのでしょうか……」

バードウェイ「まぁ待て、結論を急ぐな。我々には無理だが、これをやってのけれる人間ならいないこともない」

マーク「と、言うと?」

バードウェイ「アレイスター=クロウリー」

 世界を大いに騒がせた稀代の魔術師にして科学者の名前だ。

マーク「……またそんな、生死すら判別できていない人物の名前など挙げちゃって」

バードウェイ「……だとさ」

 バードウェイは虚空に向かってにぃっと笑いかけた。

バードウェイ「まぁヤツが我々に近く出来ない存在にシフトしたのは事実だが……それに例外はもう一人いる」

バードウェイ「それはさておき」

マーク「そこを教えてくださいよ!」

バードウェイ「やだ。さて、話を私達に戻そうか」

バードウェイ「今回の一件に関して言えば……私達は気付くのが遅すぎた」

バードウェイ「事の真相に触れたときには既にルーンの魔術師が決戦準備の大詰めに入っていた。何故だ?」

バードウェイ「私達のように情報を命とする魔術結社がなぜこうも対応に遅れた?
.         イギリス清教だけが迅速に手がかりを掴み、こうも手際良く対策を練ることが出来た?」

バードウェイ「この世界に存在する、見当もつかない歪みはなんだ? 捻じ曲げられた過去は?」
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 01:07:13.12 ID:a/C0+favo

バードウェイ「……この物語(せかい)が始まったのは今より一ヶ月前。調整者(ゲームマスター)と接触し、
.         重要な情報を知り得た上に、手駒を使い事態を把握して利益を掠め取ろうとした人物がいる」

マーク「……それが、その例外?」

バードウェイ「知らん。それに前途のようなことが実現できたとしても、どうにもならん可能性だってある」

マーク「なぜです?」

バードウェイ「その例外が寿命でくたばるのを待ってから再開すればいいだけだからな」

バードウェイ「キュゥべぇにとって、一〇〇年なんてのは明日みたいなもんなんだろうし」

バードウェイ「それより話を戻すぞ」

マーク「あ、はい」

バードウェイ「……いや、面倒くさくなってきたな。結論を言ってしまおう。人類七〇億が束になってもキュゥべぇを出し抜くことは不可能に近い」

バードウェイ「人類の英知ってのはあんがい薄っぺらいものなのだよ」

マーク「世知辛いですね……」

バードウェイ「……だがまぁ、何もしないよりはマシか。携帯を出せ」

マーク「そう仰られると思ってましたよ、ボス。はいどうぞ」

バードウェイ「フン。……えーっと、あ、いのたの行の……あったあった、いっぽーつーこーだな」
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 01:10:59.19 ID:a/C0+favo

Trrrrr Trrrrr


バードウェイ「やぁ、私だ。……おいおいいきなりその溜め息は無いだろう。まぁいい」


バードウェイ「……どうだ、退屈しのぎにパズルでもやらんか。なに、パズルと言っても特殊でな」


バードウェイ「パズルはイギリス王室が持っている。というかバッキンガム宮殿まで飛んで行け。今すぐにだ」


バードウェイ「ガタガタぬかすな似非ヒーローが、なんなら奥歯を全て抜いてやろうか?」


バードウェイ「……そうやって不平を零しながら、お前は頭の中でバッキンガム宮殿までの最短ルートを計算しているんだろう」


バードウェイ「お前の人の良さは“あの男”以上だな。くっくっ……期待して待っているぞ。じゃあな」 ピッ


バードウェイ「さて、どうなることやら」


 愉悦に頬を歪ませると、バードウェイは虚空を睨みつけた。

バードウェイ「……これもお前の狙い通りか? アレイスター」

 バードウェイの言葉は、当然ながら虚空に呑まれて消える。

 後には、静寂だけが残った。
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/29(土) 01:13:54.31 ID:a/C0+favo
以上、ここまで。
本編は、やってみたいことを盛り込みまくった結果ああなりました。
おまけはキュゥべえ、じゃないキュゥべぇ厄介すぎ笑えないって話です

あーでもこれ、おまけはいらなかったなぁ……

ステイル君の出番は明日に持ち越し。
ということで次回の投下は明日を予定しております。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/29(土) 03:55:04.11 ID:G5Ycx20Uo
乙!
このSSはQBの厄介さというか、
単にぶっとばしても何の解決にもならないって部分が前面にでてて面白いな!
ありがちなキャラ改変もないし

とにかく続きを楽しみにしてるのぜ
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/29(土) 06:30:05.95 ID:X7MVRZLLo
敵勢力
ワルプルさん
不完全な天使3体
ローラ
魔女×∞
\(^o^)/
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/10/29(土) 09:45:47.96 ID:Nt21I7br0
乙でした……

>>234
Oh…これどうすんの希望が見えないよ
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/29(土) 16:59:40.95 ID:0cqL81oIO
>>229
近く→知覚
>>230
前途→前述
なのかな?野暮だと思うけど一応。

このSSはキャラ再現が良いので続き楽しみにしてる。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 01:59:20.03 ID:00Z4yyvLo
>>236
野暮だなんてとんでもない、そういったご指摘をいただけると>>1は尻尾振って大いに喜びます
それにしても前者はともかく後者は笑えないミスだわ……

というわけで投下します。今回は短め。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 02:00:24.72 ID:00Z4yyvLo

――突風によって荒れ狂い、月明かりのみが照らし出す漆黒の海に、小さな亀裂が生まれた。
 亀裂は時間を掛けて大きな溝となり、やがて形を変えて大きな円の形に広がっていく。
 大きな円はゆっくりと時間を掛けて、暗黒の海を退けて浮上し、その全容を明らかにした。

 それは巨大な石の円盤であり――イギリス清教が誇る海上要塞、カブン=コンパスだった。

 カブン=コンパスの上面に莫大な魔力と光が集中し始める。
 それは周囲の大気を震わし、歪め、ときおり爆発させてなおもその規模を高めていく。

 これこそが魔術サイドにおける『戦略兵器』、すなわち大規模閃光術式だった。

 その一撃は空をかち割り、大地を削り、五〇〇キロという長大な距離を無視して行使される。

 いかに結界が施されているとはいえ、単なる体育館程度の建物に使用する術式ではない。

 そんな馬鹿げた力が、太陽にも似た輝きが、最大主教の命に従って放たれようとする最中――

 その光の真っ只中に、小さな人影が飛び込んでいった。

 それはポニーテールを揺らしながら、2メートルもある大太刀を振りかざし己の覚悟を見せ付けるために言うのだ。



             S  a  l  v  e  r  e  0  0  0
         『 救 わ れ ぬ 者 に 救 い の 手 を 』   と。
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 02:01:05.50 ID:00Z4yyvLo

――意識を取り戻したときには、右足の脛から下半分が瓦礫の中に埋没していた。
 口の中に広がる砂利の味に不快感を覚えながらも、ほむらは虚ろな目を瓦礫の向こうへと向ける。

 背筋が凍るようなおぞましい声色でけたたましく笑う巨大な魔女が視界に映り込む。

ほむら「ワルプルギスの、夜……」

 最強にして最悪の魔女、ワルプルギスの夜。
 彼女はいま、おびただしい魔法少女の使い魔と魔女、さらにそれらの使い魔を従えて、見滝原市に君臨している。
 それだけではない。
 そんな彼女を守護するように、青と緑と赤の天使がそれぞれ後ろ、左、右の位置に配置していた。

 天使はノイズ混じりの詩を詠い、魔女は歓喜の嬌声を上げてよがり狂う。

 もはやそこに常識はなく。

 もはやそこに救いはない。

ほむら(どうして?)

ほむら(どうしてなの?)

ほむら(何度やっても、アイツに勝てない……)

ほむら(この世界もだめだった……諦めて時間を……)
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 02:01:34.19 ID:00Z4yyvLo

 繰り返す?

 繰り返せば、それだけまどかの因果が増えてしまうのに?

 ほむらにとってまどかの存在は絶対だ。それは変えられないし、歪められない。
 だがもしも、キュゥべぇが言うように彼女の行動がまどかを不幸に陥れてしまうのだとしたら。

ほむら「私のやってきたことは、結局……」

 だらんと、ほむらの左手が力なく地面に垂れ下がった。
 そのソウルジェムには陰りが差し、穢れが生まれていた。

 しかしどうにもならないのだ。
 誰も彼もが不幸になり、救われなかった。
 この世界ならと考え、希望を持ってみたところで。
 巴マミは魔女になり、さやかは傷付き、杏子は行方不明。

 絶望が、彼女の心を支配する。押し潰そうとする。蹂躙しようとする。

 ソウルジェムが、絶望に染まろうとした。
 その時。


「――君は、後悔しているのか?」


 彼女の耳に、声が届いた。
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 02:02:08.22 ID:00Z4yyvLo

 後悔しているのか?

 愛する人のために契約したことを、

 愛する人のために時間を繰り返したことを。

 愛する人のために全てを投げ出し、傷付き、苦しんできたことを。

 後悔しているのか?

 傷付き、まやかしの熱を出す身体に比例するように、心が熱くなるのを彼女は感じた。
 最愛の人のために自分が行ってきた行動が、果たして無駄だったと言えるのか。
 彼女は自分の心に問いかける。

 やらなければよかったと。
 後悔してしまったと。
 鹿目まどかに向かって言えるのか?

『あなたを助けて後悔しました』

 そんな言葉をぶつけることが出来るのか?

 その問いに、彼女の心は答えない。答える必要などない。
 既に答えは見つかっている。否、答えなんて、最初から分かりきっていたのだ。

――無理に決まっている。

――だって、私は。
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 02:03:24.47 ID:00Z4yyvLo

ほむら「私は……」

ほむら「私は、後悔してないわ」

ほむら「まどかのために這い蹲ったことも、血を流したことも、何度も繰り返したことも、私はなんら後悔してない」

ほむら「私が生きているのは、まどかのおかげ。私の命は、まどかに助けてもらった物だから」

ほむら「まどかのためなら私は何度だって繰り返す。何度だってやり直してみせる」

ほむら「それで彼女を縛る因果が強くなるなら、私はその因果もろとも打ち破ってみせる!」

ほむら「後悔なんて、あるわけない!」

 口の中に溜まる血反吐を吐き捨て、ほむらは身を起こして前を見据えた。
 目の前で、赤い髪の神父が、電子タバコをくわえて佇んでいた。

ステイル「僕は、後悔しかしていない」

ステイル「“彼女”を救えなかったとき、“彼女”の記憶を奪った時、“彼女”を他人に任せっきりにしたとき」

ステイル「いつだって、僕は後悔してきた」

ステイル「……この街を訪れてからも、それは変わらない」

ステイル「君たちを疑ってしまったことを、巴マミを救えなかったことを、美樹さやかをあんな風にさせてしまったことを」

ステイル「いつだって、僕は後悔してきたんだ」

ステイル「後悔なんて、ないわけないんだ」
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 02:04:02.20 ID:00Z4yyvLo

ステイル「……似た者同士だと、いつか言ったが。あれは訂正しておこう」

ステイル「君は僕よりもずっと強く、逞しい」

ほむら「……」

ステイル「さて、せっかく心中を吐露したんだ。絶望するのはやめてもらえると嬉しいんだけどね」

ほむら「え?」

ステイル「せめて最後くらいは、僕に後悔させないでくれるかな」

 電子タバコを手に取ると、ステイルは天を仰いだ。
 電子タバコから水蒸気が漏れる。

ステイル「反撃の狼煙さ」

 直後。
 見滝原市を覆う雲を、爛々と光り輝く閃光が貫き。

 カブン=コンパスから放たれた砲撃が、“ワルプルギスの夜”に突き刺さった。
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 02:04:58.46 ID:00Z4yyvLo

 天から齎された一撃は、正しく魔女の胸元を貫いた。
 魔女の身体が大きく傾き、その巨体を荒野と貸した街中に沈める。
 その光景を見ていたキュゥべぇは、黙ったままのローラを見上げ、やがて声を掛けた。

QB「いやぁ、天晴れだね。君の部下たちは」

ローラ「……」

QB「意外な展開ではないよ。予兆はずいぶん前からあった。
.   魔術師は個を重んじる主義の人間なんだろう? だったら、遅かれ早かれ結末は一緒だよ」

ローラ「……」

QB「君はイギリス清教を自分の手足のように考え、個々の意思を無視した命令を下し過ぎたんだ
.   もちろん後は、内部からの反乱を受けて逆賊として討たれるしかない。ま、あとは君たちの問題だ」

 ローラの袖口にある霊装から、オペレーターの声が途切れ途切れに聞こえてくる。

『……り返しま……分をもって、最大主教はその任を解……新たな最大主教とし……Index L……』

 その時、霊装の向こうで何かがガタッと揺れる音が響き、突然音がクリアになった。
 この距離で通信霊装をこうも調整できる人間はほとんど限られてしまっている。

 神裂火織だろうと、キュゥべぇは別の個体から得た情報を下に推測した。そしてそれは正解だった。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 02:06:19.17 ID:00Z4yyvLo

神裂『……今代わりました、神裂です。聞こえていますか? 最大主教。いえ、ローラ=スチュアート』

神裂『もうお分かりかと思いますが、私達の狙いは日本に送り込まれたイギリス清教の部隊との和解に有りました
.     五〇〇キロを乗り越え、カブン=コンパスに乗り込んでただひたすらに説得するというふざけた内容でしたが……』

神裂『思いのほかあっさりと皆受け入れてくれましたよ』

神裂『私達はあなたの庇護を受けずともやっていけます。よって、貴女には“退任”していただきました』

神裂『必要な手順は全て省略し、正式な手続きも後回しになりますが……新しい最大主教には、“彼女”が選ばれました』

神裂『先ほど英国にも連絡を取りましたが、こちらも快く認めてくださいました。あなたの負けですね』

QB「君の周りは敵だらけだね」

 キュゥべぇの言葉を無視したまま、ローラが口を開く。

ローラ「……神裂。その選択がいかに愚かなりけることか分かりているのかしら」

神裂『あなたの指示に従っているよりかは百倍マシですよ』

ローラ「私がいなければ、イギリス清教は崩壊せしめるわよ?」

神裂『ですが誇りは失われません』

ローラ「論理的ではなきことね」

神裂『そんな論理なんて、クソ食らえ、ですよ』

 そう言って、通信は一方的に断ち切られてしまった。
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 02:09:57.75 ID:00Z4yyvLo

QB「残念だったね、ローラ=スチュアート。さて、これから君はどうするんだい?」

 キュゥべぇの言葉に、ローラは暗い表情のまま。
 口角をニィッと上げて、仄暗い笑みを浮かべた。

ローラ「あらあら、不思議なことを言いたるのね。ここからが本番なりけるわよ?」

 この期に及んでまだなおローラは利益を求めているようだった。
 イギリス清教という組織を失いながら、何故彼女はそうも冷静でいられるのか。キュゥべぇは純粋に不思議に思った。

QB「……どういうことだい?」

ローラ「どうせあの程度の戦力ではワルプルギスの夜は倒せない。倒すには同種の力と奇跡が必要になりけるわ」

QB「……君が目指す物がなんなのか、僕にはさっぱり理解出来ない」

ローラ「あっそ、どうでもよきことね」 クルッ

QB「おや、どこに行こうというんだい?」

ローラ「会いに行きたるのよ。因果の中心、物語の要……」

ローラ「鹿目まどかにね」

QB「わけがわからないよ」
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/30(日) 02:14:37.03 ID:00Z4yyvLo
以上、みっじけ。
結構迷走してます。間延び過ぎた。んー、次回作では直したいものです。

次回は半年前、このスレを構想し始めて一番最初に文章にしたシーンですからまぁアレです
ちょいちょい手直しするだけで済むので明日の夜には投下できるかと。
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/30(日) 03:19:55.23 ID:V9kaHipAO
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/10/30(日) 03:32:35.82 ID:CI/DNS13o
とりあえずさやかちゃんが無事っぽくてよかった
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/10/30(日) 10:16:19.29 ID:zUpnjnD60
さやかちゃんが死なずに済むのかどうか、それが問題だ
マミさんに続いてさやかちゃんまで死ぬとか、もう俺の心が耐えられないよ
誰でもいいから助けてくれよ
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/10/30(日) 21:05:26.31 ID:6RdtEp1r0
>>250
QB「それが君の願いかい?」
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:37:48.08 ID:liDrNwkZo
>>250
君の願いはエントロピーを凌駕した

というわけで投下します。前半は流し読みでも構いません。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:38:41.64 ID:liDrNwkZo

 断続的に行われる砲撃を見ながら、ステイルはほむらの身体に目をやった。

ステイル「しっかし酷いザマだね。完全に瓦礫に挟まれているじゃないか」

ほむら「……そう思うなら助けなさいよ」

ステイル「残念ながら僕は力仕事が苦手でね。そういうのは専門職の人間に任せるとしようかな」

 言うや否や、ピンッと何かが引っかかる音がした。
 見る見るうちに瓦礫が動き始め、あっという間にその場から除去されてしまう。
 ステイルは瓦礫とその周辺に目を凝らし、ワイヤーを見つけると肩をすくめた。

ほむら「いたっ……これは?」

ステイル「天草式の連中だよ」

 光の砲撃に混じって、暗い色の砲撃がワルプルギスに襲い掛かった。
 あれはセルキー=アクアリウムの砲撃だろう。
 そんなことを考えていると、ステイルたちの目の前に奇妙ななりをした集団が音もなく現れた。
 天草式十字凄教の面々だ。ボロきれ同然の衣服を身に着けた五和が一歩前に出る。

五和「よかった、間に合ったんですね?」

ステイル「何とかね。それよりほむらに回復魔術を……なにか羽織ったらどうだい、目のやり場に困るんだが」

ほむら「私は自力で回復できるわ。それより杏子の方を」

香焼「あ、あの人なら自分が面倒見てるっすよ!」

 そこで初めて、ステイルたちは杏子を背負っている香焼に気がついた、。
 その身体は擦り傷こそ多く見られたが、特に目立った怪我は負ってないようだ。淡い黄色の光が彼女を包み込んでいる。

ステイル「風のテレズマを用いた術式だね。水のテレズマと土のテレズマは……」

建宮「不完全とはいえ、力の源である大天使が出てきている以上扱えないのよな」

ステイル「やれやれ、前途多難だな」
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:39:18.67 ID:liDrNwkZo

ほむら「……でも心苦しいわ。あなたたちばかり戦わせてしまうなんて」

ステイル「ん? それはどういう意味だい?」

ほむら「だってそうでしょう? 私たちはここでただ治療されるだけなんだから」

 ばつが悪そうに言うほむら。対してステイルはというと、

ステイル「……勘違いしているようだから言っておくけどね。
       別に彼らは、君達を助けるためとか傷つけないためとかで治療しているわけじゃないんだよ」

 もっとばつが悪そうに言った。

ほむら「は?」

建宮「あー、その、現状の戦力でワルプルギスの夜を倒すのはほとんど不可能に近いわけなのよな」

ステイル「つまり、まともな戦力になりうる君と佐倉杏子を回復させて、再び戦場に送り返そうとしているわけだ」

ほむら「……」

五和「助けた相手に助けを求めるなんて、こんなの絶対おかしいですよタテミヤさん!」

建宮「分かりにくいネタを織り交ぜるなバカ! 女教皇様がいない以上はしょーがないのよな! そう思うだろ香焼!?」

香焼「いやぁ正直これはないすね」

 裏切り者めー! と声高らかに叫ぶ建宮を無視して、ステイルはほむらの様子を窺った。
 呆れているようにも見えるが、どこかほっとしているようにも見える。

ほむら「……そうね、あなたたちってそういう奴らよね」

ステイル「しかしこれが現実だ」

ほむら「……ここまで来たらなんだってやってやるわよ。後悔しないためにも」

ステイル「期待しているよ、魔法少女」
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:39:44.44 ID:liDrNwkZo

 その場に留まる面々に別れを告げると、ステイルは一人歩き始めた。
 電子タバコを噛み締めつつ、懐から杖の絵柄が刻まれたタロットカードを取り出す。

ステイル「魔術師が……」

 彼の隣を一匹の使い魔が通り過ぎた。
 突風が生じて、彼の法衣が風にはためく。
 遅れてやってきた土煙が彼の身体を包み込んだ。

ステイル「殺すしか能のない力が……」

 断続的に放たれていた砲撃がぱったりと途絶える。
 “魔女の誘導”という、最大の役目を終えたからである。ここから先はステイルの仕事だ。

ステイル「穢れの象徴でしかない異能が……」

 間を置いて、傷一つないワルプルギスの夜が空中に浮かび上がった。
 ステイルは魔女から見て右手側に佇む『神の如し者』と対峙する。

ステイル「救いをもたらすことだってあるってことを、教えてやろうじゃないか」

 カードを高々に掲げた。

ステイル「さぁ、始めるぞ」

 ステイルが電子タバコを噛み砕いた。
 それが合図となって、ステイルの身体に仕掛けられた“術式”が解除される。

 ただの人間には分不相応な、膨大な魔力が彼の身体から溢れ出した。
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:40:11.93 ID:liDrNwkZo

――ステイル=マグヌスはルーン魔術専攻の魔術師であり、その道の才を兼ね備えていた。
 しっかりとした鍛錬を積み、知識を学び、何十年と時間を重ねることで歴史に名を残すことすら出来たかもしれない。

 しかし彼には時間がなかった。早急に力を欲した彼が選んだ物は、一種の等価交換であった。
 常日頃から体力を魔力に変えて身体に溜め込むことで、<魔女狩りの王>などの強力な魔術を行使出来るようにしたのだ。
 それでも彼は貪欲に力を欲し、ついにその先まで求めるようになった。

 彼は自身の生命維活動を維持できるギリギリの体力を除き、全てを魔力に練成して溜め込む術式を編みこんだ。
 その代償が、女子中学生にすら劣る体力と身体能力であり。
 その成果が、人間の枠を超えた魔力の保有である。

 とはいえ、それだけの魔力に火を入れれば爆発は必至。
 ではどうするかというと――

ステイル「この日のために何枚コピー用紙を購入したと思う? どれだけ睡眠時間を削ったと思う?」

 そう言いながら、ステイルは砕け散った電子タバコを吐き捨てた。
 電子タバコの残骸が宙を舞い、風に流され、ステイルの首を刈り取らんとしていた『神の如し者』の足元に落ちた。
 途端に、その場から炎が吹き荒れる。
 『神の如し者』が、ぴたりと動きを止めて固まった。

ステイル「……英国市民の血税をこんなことに使ってることがばれたら私刑物だよ」

 口ではそう言いつつも、彼は笑って天使と地面とを見比べた。
 地面に張り巡らされた幻影魔術が引き剥がされ、びっしりと貼り付けられたルーンのカードが露になった。
 炎は勢いを増して枝分かれし、街中へと散らばっていく。

 見滝原市を、巨大な炎の魔法陣が照らし出した。

ステイル「大規模多重構成魔法陣、あるいは簡略式戦術魔方陣と呼ぶべきかな?」
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:40:52.95 ID:liDrNwkZo

 戦術魔法陣と呼べば聞こえはいいが、その実態は単なる力技の魔法陣だった。

 まず、膨大な量のルーンを偶像の理論の元に配置し、点と点を繋ぐことで魔法陣を大量に生成。

 その大量の魔方陣一つ一つを点に見立て、そこからさらにルーンを並べることでそれらを円として繋ぎ。

 さらに火の象徴が意味する南、魔法陣から見て右にステイルが位置することでその効力はさらに磨かれる。

 とはいえ、水が流れねば水路はただの壕。魔力が注がれなくては魔方陣とてただの模様。

ステイル「使用枚数は十万三〇〇〇枚! 注文通りの魔術師泣かせな、馬鹿げた規模の魔法陣さ!」

 自身の限界を無視し、莫大な魔力をただひたすらに魔法陣に流し込む。
 それでもまだ足りない。なぜなら、魔術に必要な要素の一つであるテレズマが欠けているからだ。

ステイル「その障害を取り除いてくれたのは他でもない君だよ、『神の如し者』。不完全な大天使」

 魔法陣が、己に欠けたピースを補うために『神の如し者』を炎で包み込んだ。
 『神の如し者』はそれに抗おうと身を捻り――ステイルが杖が描かれたカードを一振り。
 またも動きを止めた『神の如し者』が、起伏にかけたマネキンのような顔を恨めしげにステイルに向けた。

『sajvhhvnnmgwnejpgjgtikrqhbkbnvbeghoeg』

ステイル「これが完全な大天使だったらこうはいかなかっただろうね」

 赤い大天使が。
 火を司る大天使が。
 桁外れの熱量と魔力によって、崩壊していく。

ステイル「楽勝だ、大天使」

 『神の如し者』が、完全に崩れ去った。
 その場に溢れ出た莫大なテレズマを飲み込んだ魔法陣が、怪しく脈動する。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:41:22.56 ID:liDrNwkZo

 M  T  W  O  T  F  F  T  O  I I G O I I O F
「世界を構築する五大元素の一つ。偉大なる始まりの炎よ
    I    I    B    O    L    A   I   I   A   O   E
  それは生命を育む恵みの光にして。邪悪を罰する裁きの光なり
       I    I    M    H        A   I   I   B   O   D
    それは穏やかな幸福を満たすと同時。冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

 炎が膨れ上がり、熱風が吹き荒れ、波が生まれ、膨張し、弾け、混ざり。
 やがてそれらは巨大な炎の竜巻へと変化し、人の形を成していく。

      .  I I N F   I I M S
      「その名は炎、その役は剣
           I C R    M  M  B  G  P
         顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ」


 その詠唱完了を合図する言葉を持って、空間が爆発した。
 眩いオレンジ色の閃光が見滝原市を覆い尽くす。
 ステイルは一息つくと、カードを乱暴に振りかざした。

 彼の右手側に、全長一〇〇メートルを超える炎の巨人が姿を現した。
 構成は魔法陣、身体はテレズマで、血潮はステイルが心血注いで練り出した魔力で出来ている。
 大気を焼き尽くす熱気に耐えながら、ステイルは声高らかに宣言する。

ステイル「そっちが最強気取った魔女の女王なら、こっちもそれに相応しい布陣で赴くまでだ」

.        イ ノ ケ ン テ ィ ウ ス
ステイル「≪魔女狩りの王≫……その意味は、必ず殺す!」

 声ならぬ声を以て、イノケンティウスが王の名に相応しい威厳のある咆哮を轟かせた。

ステイル「そして!」

                  F   o   r   t   i   s   9   3   1
ステイル「我が魔法名は『我が名が最強である理由をここに証明する』!」
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:42:13.52 ID:liDrNwkZo

 ステイルの魔力と魔法陣の加護を一心に受けた炎の巨人が大地を踏みしめ、舞台装置の魔女とぶつかり合った。

 魔力を練りこんで形成された障壁をも焼き尽くすイノケンティウスと、
 その身体を力ずくで捻り潰そうとするワルプルギスの夜。

 何かを焦がす匂いが漂い、何かがはちきれる音が鳴り響き、力と力の衝突による余波が街を破壊する。
 炎の巨人は、しかし二体の天使を擁する舞台装置の魔女を前にしてしまうと霞んですら見える。
 魔女狩りの王と最強の魔女の間に広がる魔力差など比べるべくもない。
 むしろ比較する方が馬鹿げている。

 ではなぜ、イノケンティウスがワルプルギスの夜に食い下がることが出来るのか。

 その性質が『魔女狩り』であるという点も大きい。
 だが、真の答えは、理由は、至極単純で、簡単なものだった。

 ワルプルギスの夜が、使い魔を圧縮した魔弾を以てイノケンティウスの頭を吹き飛ばした。
 イノケンティウスは炎を震わせながら、それでも倒れない。

ステイル「我が身を――喰らえよ! 魔女狩りの王!」

 瞬く間に足元のルーンから現出した炎が巨人の身体を伝い、頭が再生し、再びワルプルギスに挑みかかる。
 ルーンと魔力がある限り、何度でも蘇る。
 これこそが魔女狩りの王、イノケンティウスの本髄である。

ステイル「たかだか舞台装置の分際で、この僕を舐めるなよ……!」
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:42:52.33 ID:liDrNwkZo

――炎の巨人が舞台装置に挑みかかっている頃。
 その間近で地面に文字を書き殴っていたシェリーは、満足そうに笑みを浮かべた。

シェリー「準備完了ね。オルソラ、アンタは魔法少女のところに引き返しな」

オルソラ「まぁ、よろしいのでございますか?」

シェリー「魔女の大群の動きを見てみなさい。ヤツらは魔法少女の魔力に惹かれて別行動を取り始めてるわ」

シェリー「二手に分かれて行動ってなワケだ。魔法少女中心のグループは魔女の群れを蹴散らせ」

オルソラ「シェリーさんはどうなさるおつもりでございましょうか?」

シェリー「ハン! あの歯車ヤローの口の中に土をたんまりねじ込んで、薄気味悪い哄笑が一生出来なくなるようにしてやるさ」

 シェリーが軽く伸びをしながら立ち上がった。
 その瞳はけたたましく笑う魔女のみを捉えて離さない。

オルソラ「……承知の上かとは思いますが、シェリーさん」

シェリー「死ぬな、でしょう? 分かっているわ」

シェリー「生憎だが成し遂げたいことが腐るほどあるんでな。ここでくたばってやるつもりは微塵もねぇよ」

 オルソラは頷くと、無骨なメイス片手に瓦礫の中に姿を消した。
 それを見届けたシェリーは、小さな石で固められたコイン――土の属性を司る象徴武器を左手に握り締めた。

シェリー「……さーて、デケェ態度かましてる大天使様よぉ」

 そう言って、シェリーは自身を見下ろす緑色の大天使を睨みつけた。
 オイルパステルを掲げて見せる。
 途端に、彼女から見て左手側にある地面がぼこっ、と音を立てて隆起した。
 まずコンクリートによって足が作られ、次にコンクリート混じりの岩石によって胴体が作られていった。
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:43:47.47 ID:liDrNwkZo

シェリー「テメェがどれだけ偉大かは知ってるが、まさかその程度で私を潰せるとか勘違いしてねぇよなぁ!?」

 シェリーが左手を振りかぶってコインを投げつける。
 コインは岩石で構築された身体に触れると、緑色の輝きを発し、無数の粘土で出来た手を作り出した。
 粘土の手はうねうねと蠢き、浮遊している天使の身体にすがり付いて引き摺り下ろそうとする。

『aruoipuqegmncvnabnakeqgqpiueqcsmvfg.nqqeroh』

 『神の薬』の名を冠せられた大天使が、粘土の手によって成す術もなく捻り潰された。

シェリー「独立性を孕んでいない以上、象徴武器と魔術の組み合わせで取り込んじまえばこっちのものよ!」

 大天使の身体から齎されたテレズマが、周囲の大地にその力を分け与えていく。
 大地が波打ち、周囲の鉄や銅が隆起した。
 それらを吸収することで腕が作られ、最後にそれらが全て折り重なり混じり合うことで頭部が作り上げられ。

 エリスと名づけられたゴーレムが、イノケンティウスにも引けを取らない巨体を震わせた。

シェリー「基本はどの魔術も同じってわけさ」

 そう。

 ステイルが技術と理論とルーンとを集めることで巨大なイノケンティウスを顕現させたならば。
 シェリーはただひたすらに呪文を書き連ね、注ぎ込む魔力を度外視することで巨大なエリスを完成させた。

 それは同時に、ステイルと違って魔力の貯蓄がないシェリーの寿命を縮めることを意味している。

シェリー「私達には力技がお似合いってなぁ! 行くわよエリス! あのクソ女をぶっ潰せ!」

 シェリーを肩に乗せたエリスが、イノケンティウスと同じようにワルプルギスに突っ込んだ。
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:44:34.32 ID:liDrNwkZo


――懐かしい声がする。

『幻惑の魔法ね。面白いわ』

『うふっ、お見事! ……改めまして、私は――――――』

 仄暗い記憶の海をたゆたいながら、アタシはこれが夢であることに気がついた。

『ありがとう……弟子というのは、ちょっと違うと思うけれど。私も、魔法少女の友達が欲しいなって思ってたの』

『この調子でもっと人数を増やせば、≪ロッソファンタズマ≫は無敵の魔法技になるわ!』

 やっぱさ、≪ロッソファンタズマ≫はないって。
 当時の衝撃を思い出して、アタシは苦笑を浮かべた。

『私達はいつも命懸けで殺し合いをしてるでしょう?』

『でも、ふと思ったの。子供の頃に夢見た魔法少女って、希望に満ちていて、怖がったりしなかった』

『それに、必殺技の名前もカッコ良く叫んでいたなって!』

 懐かしいなぁ……
 あの頃は希望に満ち溢れてた。アタシも素直だったもんだよ。

『嫌よ、離さない。今のあなたを放っておくことなんて、私には絶対に出来ない……!』

『まったく……どこまでも手のかかる後輩ね』

 この時あの人が本気でかかってきてれば、アタシは今頃……

『どうして……?』

『あなたは一人で平気なの? 孤独に耐えられるの!?』

『敵になんてなるわけない! だって、だってあなたは……私にとって、初めて同じ志を持った魔法少女だったんだから……』

『また、ひとりぼっちになっちゃったな……』

 ……本当に、ごめんなさい。
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:45:00.24 ID:liDrNwkZo

――記憶の海から這い出たアタシは、目蓋を下ろしたまま眉をひそめた。
 脇腹の辺りがひどく痛む。もしかしたら骨にヒビが入ってるかもしれない。
 誰かの叫び声を聴きながら、杏子は混濁した意識の中でふと思った。

杏子(まいったなー、治癒魔法って得意じゃないんだよねぇアタシ)

杏子(昔は大怪我してもさ、ほら……“あの人”が……)

杏子(……アタシの“先輩”が治してくれたからさ)

 その時、脇腹の辺りを断続的に襲っていた痛みがふっと和らいだ。
 冷たい風が傷口を癒し、熱にも似た痛みがだんだんと引いていく。

杏子「んぁ……?」

香焼「あ、起きたっすよ! 五和!」

五和「大丈夫ですか? 私、誰か覚えてます? ここがどこか分かります?」

杏子「あー、五和だろ……ここは見滝原市で、えっと……」

杏子「そうだ! ワルプルギスの夜は!?」 ガバッ

香焼「ちょっ、まだ寝てて! 治りきってないすから!」

五和「ワルプルギスの夜でしたらご安心を、他の方が足止めしてますから」

杏子「そっか……どれくらい寝てた?」

ほむら「一〇分も寝てないわよ」

 崩れたコンクリートの柱に腰掛けたまま、ほむらが言った。
 あちこち怪我をしているようだが、命に別状はないようだ。強いて言えば右足が傷付いているかもしれない。

杏子「んで、アタシたちはどうすりゃいいのさ? まさかこのまま介護されてろってわけじゃねーだろ?」

ほむら「あなたって鋭いわ」
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:45:33.18 ID:liDrNwkZo

オルソラ「皆様方には、もうじきここを訪れる魔女の迎撃をお願いしたいのでございます」

ほむら「規模は? 進行速度も教えて(ずいぶん巨乳ね……)」

杏子「関係ねーよ、全部ブッ潰すんでしょ?(コイツチチでけーな)」

五和「最低でも魔女型が三〇はいます。魔法少女型は三〇、使い魔型に至っては四〇〇以上……
.     進行速度はまちまちですけど、このままでしたらあと二二〇秒で接触します。余裕はありません」

オルソラ「使い魔はワルプルギスの夜の歯車から生まれ出る形ですので、少なくとも今は増えないのでございますよ」

杏子「こっちの戦力は?」

建宮「動ける魔術師が俺たち含めて四〇名、魔女が二二名、魔法少女がお前ら含めて四名だ」

杏子「四名? まさかさやかを使うつもりじゃねーだろうな!?」

ほむら「違うわ。さやかよりはあてになる戦力よ。……もっとも、私としては協力したくないのだけど」

 忌々しげに言うほむら。
 状況を飲み込めない杏子は首を捻り、ひとまずそのことを忘れることにした。

杏子「んにしてもそんだけいりゃあお釣りが来るじゃん。余裕だね」

香焼「魔術師って言ってもすよ。自分みたいに非力なのも含むっすから」

五和「連携しないと戦えない私達のようなのもいるので、正直なところかなりキツいです」

杏子「……はぁ、結局アタシらが頑張る羽目になんのね。はいはい。こっちはアタシらに任せな」

建宮「すまんのよな。俺達は向こう側を担当してくる」

 そう言って、天草式の面々は瓦礫の中を駆け抜けて行った。
 ほむらに向き直り、肩をすくめてみせる。

ほむら「時間が惜しいわ。さっそく作戦を――」

 ほむらの言葉を遮るように、タタタンッ! と何かが空気を切り裂き地面に降り注いだ。

杏子「チッ!」

 舌打ちすると、皆と顔を見合わせ、即座にその場から飛びのく。
 辺り一面に銃弾にも似た魔力の塊が降り注ぎ、地面を削っていく。
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:46:57.20 ID:liDrNwkZo

杏子「予定よりもはえーじゃねーかばか!」

 瓦礫に身を隠し、飛び跳ねるコンクリートの礫を右手で弾きながら杏子が叫んだ。
 銃撃が止む。この好機を逃してなるかとばかりに瓦礫から身を乗り出して、

杏子「――――えっ?」

 信じられないものを見た。

杏子「……嘘、だよね?」

 戦場にいるにもかかわらず、呆然としながら、足を止めてしまう。
 目の前の“敵”が自分を殺そうと動いているにもかかわらず、杏子は動けなかった。
 杏子の頬を銃弾がかすめる。次の瞬間、杏子の体は何者かに引っ張られて、むりやり歩かされていた。

ほむら「あなたはバカなの!?」

 杏子の手を引っ張りながらほむらが叫んだ。
 対する杏子は、無言のまま。ある一点を凝視している。
 虚ろな目で“それ”を見つめながら、杏子が口を開いた。

杏子「だってさ……見てみろよ、あれ……」

ほむら「今度はなに? また天使?」

杏子「いいから見てみろよ」

ほむら「なにが……」

 ほむらが歩くのを止めた。
 そしてやはり、杏子と同じように、呆然とした表情のまま“それ”を見つめた。
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:47:56.37 ID:liDrNwkZo

杏子「……夢なら覚めてほしいね。ちょっと、性質が悪すぎるんじゃない?」

ほむら「……杏子」

杏子「分かってる。でもさ、しょうがねぇって。誰だってテンパるでしょ、いくらなんでも」

杏子「もしかして、“アイツ”に呼びかけて、“アイツ”のことぶった切ったらさ
.     ぱぁーって光って、元の“アイツ”が戻ってきて、アタシらと一緒に戦ってくれるかもしれないって……」

ほむら「……残念だけど、それは」

杏子「分かってる! でもさほら、そういうもんじゃん? 最後に愛と勇気が勝つストーリー、ってのは」

杏子「アタシだって、考えてみたらそういうのに憧れて魔法少女になって、“アイツ”と行動を共にしてたんだよね」

杏子「すっかり忘れてたけど、さやかはそれを思い出させてくれた……だってのに、こんなのってさ……」

ほむら「気持ちは分かる。辛いのも。でも時間がないわ」

杏子「ああ」

 杏子はその手に槍を作り出すと、“それ”に向かって突きつけた。
 ほむらもサブマシンガンを取り出し、姿勢を低くして身構えた。


杏子「……んじゃ、やろうぜ」


杏子「――『巴マミ』!!」
        ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

 杏子の言葉に呼応するように、“それ”……否。

 『巴マミ』の姿をした、黒い魔法少女の使い魔が、マスケット銃を構えた。
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:48:24.13 ID:liDrNwkZo





 それは熾烈な争いの幕開けと――全ての終わりを告げる、カウントダウンが始まったことを意味していた。




.
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:56:07.80 ID:liDrNwkZo
以上、ここまで。
ようやく描きたかった場面、イノケンティウスとエリスvsワルさんの怪獣大決戦が描けそうで満足
してない。でも一番描きたかった場面です。

場外で解説ってのはあれですが、前半の解説をしますとですね。
あらかじめ召喚されたテレズマ(半分天使みたいなもの)を吸収して使おうぜ!リサイクル!ってことです
実際に天使が召喚されたらんなことするまでもなく即死です。申し訳ない

後半は……解説はいらないか。一応説明しておきますと、サニーデイライフの設定を組み込んでます。はい。結構前から。

ひとりぼっちは、寂しいもんな

次回の投下はふたたび未定です。そろそろさやかちゃんパートが来るかな?
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2011/10/31(月) 01:58:27.78 ID:liDrNwkZo
サニーじゃねぇよフェアウェルだよバカ。失礼いたしました
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/10/31(月) 02:07:24.11 ID:6VZZwOUDo
さやかちゃん!!
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/31(月) 10:59:49.38 ID:fC0stsDDO


オルソラはメンチよりチチでけーよ、よ!
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/10/31(月) 22:23:09.32 ID:Uz0KxQCC0
ううううううおおおおおおあああああああああああああ!!!!????

こんなのってないよ、あんまりだよ! マミさんが……マミさんがぁ!
うわああああああなんてこった! ほむ杏が固まるのも無理ないよ!
ステイルさん格好良すぎワロタwwwwって暢気なレスしようと思ってた矢先にこれだよ!
ステイル△ってテンション上げてたらこの有様だよ! つーかステイルとシェリーマジかっけえなおい!
ともあれこれ以上誰も死なないよう祈りつつ>>1乙ゥゥ!
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/01(火) 22:23:56.77 ID:jdm7rkPIO
おつぅううう

ステイル△
大丈夫だよね?
みんな助けてくれるよね?


サーバを移転しました@荒巻 旧サーバ:http://vs302.vip2ch.com/
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/02(水) 20:32:28.29 ID:P5IC1PGno
きっとステイルさん最大の見せ場だと思うんだが
未だまどか様の出番が来ない現状ではヤムチャフラグにしか見えない……
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/11/03(木) 17:47:44.50 ID:kB4i7W5AO
杏子ちゃんに死亡フラグが追加されてるんだが・・・・
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 15:52:44.50 ID:qiKmOo2yo
>>271
まさか会長ネタを拾ってくれるとは思わなかったw

>>272
幻想殺しか道路標識か無能力者がやってきていれば違う未来もあったのかなぁ

>>274
まどかの扱いに悩みに悩んでいます。一応考えてはいるのですが、うーん……


プロット無視してやりたいことを何でもかんでも詰め込む悪い癖を見つけたので途中大幅カット。
それでは投下します。
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 15:53:12.50 ID:qiKmOo2yo

 大地が唸り声を上げているかのような、静かな揺れが体育館を襲った。

さやか「これで何度目?」

恭介「五度目かな……さやか?」

 電灯が点滅し、風が外の壁に叩きつけられる音が響く。
 周囲の様子を窺っていたさやかは、心配そうに自分を見つめる恭介に気付いて困ったような顔を浮かべた。

さやか「あはは、だいじょーぶだって。あたしはどこにも行かないよ」

恭介「……なら良いけど。どっちにしたってステイル君たちがいるんだ、さやかはもっとリラックスすべきだよ」

さやか「おっけー、リラックスするよ」

 そう言われてリラックスすることなど出来るはずもなく。
 避難スペースの端っこに腰を下ろしながら、さやかは己のソウルジェムを見つめた。

恭介「青いね」

さやか「青いね。ちょいちょいヒビ入っちゃってる」

恭介「穢れを吸い取るグリードシーフだっけ? あれはあるのかい?」

さやか「強欲な盗賊(グリードシーフ)じゃなくて魔女の種(グリーフシード)ね。まだ二個も残ってるし余裕あるよ」

恭介「そっか」

さやか「そうなんだよ」

 ……なんだろう、会話が続かない。
 沈黙が場を支配する。妙に気まずくなって、さやかは恭介の横顔を覗き見た。
 恭介も同じことを考えていたらしく、首をこちらに向けていた。なんとなく苦笑い。

恭介「そうそう、さやかに伝えておかなきゃいけないことがあったんだ」

さやか「お、なにかな〜?」
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 15:54:39.84 ID:qiKmOo2yo

恭介「昨日の昼に学園都市の先生から連絡があってね。すぐにでも左手の手術が出来るってさ。100%治るって!」

さやか「ホント!?」

恭介「嘘吐いても意味ないだろう? ホントだよ」 クスクス

さやか「そっかぁ……良かったぁ……うぅ……」

恭介「さやか? 泣いてるの?」

さやか「な、泣いてなんかないよっ!!」 ゴシゴシ

 涙でぼやける目を袖で拭いながら、さやかは微笑んだ。
 ステイルの言葉を信じて、奇跡と魔法を用いず恭介の回復を医学の力に任せたさやかは、
 同時に奇跡と魔法の力がなければ助けることが出来ない少女の命を救ってのけた。

 だからこそ、ここまで来て恭介の左手が治療できないなどという事態になってしまえば、
 それはさやかにとって一番の『後悔』になりうる事かもしれなかったのだが。
 どうやらその懸念は解消されたようだ。自分は、今の自分であることを後悔しないですむらしい。

 ……でも本当に良かった。おめでとう、恭介。

恭介「それでね、実はその先生の知り合いから学園都市にあるコンサートホールで演奏しないかって誘いも受けてるんだ」

さやか「え、それマジ!?」

 学園都市が外部の人間を引き入れることはごく稀だ。
 ただの中学生を治療し、しかも演奏を聴いてくれるなんて。
 もしそこで実績を残せば、恭介の未来は間違いなく栄えあるものになることだろう。
 彼の将来に思いを馳せたさやかは、顔をほころばして口を開いた。

さやか「凄いじゃん! うまくいったらプロまっしぐらだよ!」

恭介「うん、断るけどね」

さやか「えぇ!? どっ、どうして? 学園都市の人に聴いてもらう機会なんて滅多にないでしょ!?」

恭介「それはそうだけど、ほら。早く見滝原に帰りたいし……」
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 15:55:51.37 ID:qiKmOo2yo

 恭介は照れくさそうに自分の鼻を掻き、それから顔を赤くして、

恭介「その……聴いてもらいたい人がいるんだ。一番最初に」

さやか「そっか、恭介のお母さんとお父さんだね」

恭介「うん、それもあるけど、正しくないというかなんというか」

恭介「……君に聴いてほしいなぁ、とか」

さやか「へ?」

 ……どうしよう。いまあたし、すごく顔が赤い気がする。

恭介「茹蛸みたいだよ、さやか」

さやか「そっちこそ、トマトみたいだよ」

恭介「それじゃあおあいこだね」

 互いに真っ赤になった顔を見つめあい、二人は控えめな笑みを浮かべた。
 それから我に返って黙り込み、

恭介「……」

さやか「……」

 見つめあったまま、時間の流れに身を任せていると――

 本日六度目になる、しかしそれまでのものとは比べ物にならない衝撃が体育館に襲い掛かった。
 まるで体育館全体が大海原にでも乗り上げたかのように、激しく右に左に揺れに揺れる。

さやか「わわっ!?」

恭介「大きな揺れだね。あやうく尻餅着くところだったよ」

さやか「これ、洒落にならないんじゃない?」

恭介「……なんだろう、向こうで誰かが騒いでるね」
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 15:56:36.49 ID:qiKmOo2yo

 恭介の呟きを聞いたさやかは、壁に手をつきながら彼の目線を追う。
 避難スペースから別の通路に通じる一角で、大人の男性が大きく手を振って何かを叫んでいた。

――コンクリートの瓦礫が壁をぶち破ったんだ! 女の子が柱に巻き込まれてる! 男手を呼んで来てくれ!

さやか「大変だ……!」

恭介「ダメだよさやか」

さやか「でも、女の子が巻き込まれたって!」

恭介「それでもだよ! 君が頑張る必要なんて何処にもないだろう!?」

さやか「だって……」

恭介「僕にも手伝えることがないか見てくるから、君はここでじっとしてて! 絶対だよ!」

 言うや否や、恭介は先ほどの男性に向かって駆け出していた。
 さやかの制止を振り切って、あっという間に恭介の姿が人ごみの中に消えていく。

さやか「……恭介」

 一人残されたさやかは、悔しそうに眉をひそめて俯いた。

さやか(……良いのかな? 甘えちゃっても)

さやか(……そうやって誰かのおかげで助かって、あたしはそれで満足なのかな?)

さやか(杏子に偉そうなこと言ったくせに、あたし……)


――誰も救えてないのに。


 そんな仄暗い感情が彼女に生まれようとしていた、まさにその時。

「あーっ! 魔法少女のおねえちゃんだー!」

 不安と焦燥とが渦巻く体育館には不釣合いな、ひどく明るい声が響いた。
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 15:57:33.22 ID:qiKmOo2yo

さやか「えっと……誰だっけ?」

「えーっ!? “ゆま”のこと忘れちゃったのー!?」

さやか「あーごめんうそうそ! ちょっと待って今思い出すから……ゆま、ゆま、ゆま……」

ゆま?「……」

さやか「……」

ゆま?「……あっ、そういえば自己紹介まだかも」

さやか「おぉおおい!」

ゆま?「えへへっ、ごめんねおねえちゃん!」

 快活に笑いながらさやかの隣にやってきた少女は、“千歳ゆま”というらしかった。
 念のために記憶を洗い出してみたが、やはり記憶にはない。
 それよりも問題は魔法少女のことを知っているという事実だ。それを踏まえて考えなくてはならない。
 そこでさやかは、彼女の横顔に見覚えがあることに気がついた。

 そういやあたし、こんな感じの子供をどこかで見たことがあるような……?

ゆま「あの時はありがとー! おねえちゃんがいなかったら、ゆま今頃……」

さやか「ああうん、あのことは良いって。うん」

ゆま「……おねえちゃん、ほんとに覚えてないの?」

さやか「いやぁーゴメン! 最近色々あってちょっと記憶がね?」

ゆま「ふーん? えっとね、ゆまはね」

ゆま「見滝原のびょーいんで、おねえちゃんに助けられたんだよ?」
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 15:58:38.94 ID:qiKmOo2yo

――足りないピースが見つかった、とでも表現すればいいのだろうか。
 この少女は、かつて病院で使い魔に襲われ、さやかの願いによって生きながらえた女の子だったのだ。

さやか「あなたは……あの時の」

ゆま「うんっ! きょーこ以外の魔法少女さんと会うの初めてなんだぁ、えへへっ」

さやか「きょーこって、佐倉杏子のきょーこ?」

ゆま「うん! ゆまはねぇ、きょーこにも助けられたんだよー? きょーこは恩人さんなんだぁ」

 初耳だった。まさか杏子がそのように人助けをしているとは。

ゆま「先輩さんがいたところに行くからって、それっきり別れちゃったんだけどね」

さやか「え? それじゃあ親御さんとかは? 家とかほら」

ゆま「ゆまの家族は魔女に襲われちゃったんだ。結局ゆまも倒れちゃって、びょーいんに検査入院してたんだよー」

さやか「あぁそっか、だからあの時……」

 合点が行ったとばかりにうなずくと、さやかは彼女の左手をじっと見つめた。
 その左手は傷一つなく、血色も悪くない。どうやら無事に“願い”で回復できていたらしい。
 ほっとすると、笑みを浮かべてゆまの頭をそっと撫でる。

ゆま「んん……あのときはほんとにありがとね、おねえちゃん」

さやか「ん、良いって良いって。なんたってあたしは魔法少女だからね!」

さやか(正確に言うと、あの時はまだ魔法少女じゃなかったけどね)

ゆま「やっぱり魔法少女ってすごいね!」

さやか「あははーそうだぞーすごいんだぞー?」
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 15:59:05.76 ID:qiKmOo2yo

 そうだ、魔法少女はすごいのだ。
 条理を捻じ曲げ、不可能を可能にするのが魔法少女なんだから。

さやか「……まぁ、あたしはすごくないけどね」

 自嘲気味な笑みを浮かべて、さやかは鼻の頭を掻いた。

ゆま「ふぇ?」

さやか「杏子と違って逞しくないしさ、面倒見も良くないし、誰も救えてないんだよ」

さやか「それなのにあたしときたら調子に乗っちゃってさ……」

ゆま「救われたよ?」

さやか「え?」

ゆま「ゆまは救われたよ? お姉ちゃんが助けてくれたおかげで、救われたよ?」

さやか「……でもそれはほら、違うじゃん?」

ゆま「違わないよ? おねえちゃんがいたからゆまはここにいるんだもん!」

 朗らかに笑うゆまは、その場でくるくる回りながらさやかに向かってウインクした。

ゆま「けんそんしないで、どーんと胸をはってもいいんだよおねえちゃん!」

 幼女に励まされてるあたしって、どうなんだろ。
 頭の中でそんなことを考えながら、それでもさやかは笑顔になった。


さやか(……そうだよ。あたしは、恭介のこともそうだけど、ううん、それ以上に)

さやか(誰かが悲しむお話とか、辛気臭いのが苦手で……ハッピーエンドを掴み取るために魔法少女になったんだ)

さやか(だったら……)
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 15:59:32.11 ID:qiKmOo2yo

――群がる人の海を掻き分け、現場に辿り着いた恭介が見たものは。
 三メートルはあろうかという巨大なビルの瓦礫が、体育館の壁に横穴を作っている惨状だった。
 一体どれほどの速度で打ち出されればこのような非現実的な状況を作ることが出来るのだろうか。

詢子「一体外で何が起こってるってんだ?」

 恭介の気持ちを、先にこの場所に訪れていたまどかの母親が代弁した。

知久「それで巻き込まれた女の子はどこに?」

「こっちだ、来てくれ!」

知久「この子は……」

詢子「おいおいうそだろ!?」

 詢子が戸惑いがちに叫んだ。
 恭介は慌てて二人の傍に駆け寄り、彼らの視線を追って――自分の目を疑った。

恭介「志筑……さん?」

 瓦礫によってねじ切られた柱が、級友である志筑仁美の体を巻き込むようにして倒れ込んでいた。

 仁美の体に深々と突き刺さった後にふたたび抜けたのか、柱の折れ目にある突起した部分は赤く濡れている。
 そして彼女の身体は深い血溜まりに沈み、その衣服は彼女の血によって赤く染まってもはや原色すら分からなかった。

 注意深く観察せずとも分かるほどの重傷だ。
 腰から下を圧迫している柱も瓦礫と絡まり、退かすにしてもかなりの時間が必要になりそうだった。
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 16:00:16.43 ID:qiKmOo2yo

知久「ママ、タオル!」

詢子「あいよ!」

 恭介の視界の隅で、タオルを取りに戻ろうとした詢子が怪訝そうな表情で首をかしげた。

詢子「さやかちゃんか?」

恭介「え?」

 詢子の言葉に反応して恭介が振り返る。
 そして、恭介はその目を限界まで見開いて、肩をわなわなと震わせた

恭介「さやか?」

 確かに詢子の言葉通り、そこにはさやかがいた。
 驚くべきは、その点ではない。

 彼女は――藍色の衣装に白いマントをはためかせた、魔法少女の格好でその場に立っていたのだ。

 その表情には一点の曇りもなく。ほんのわずかな逡巡や迷いの色も見られず。
 その顔にあるのは、自信と勇気とで彩られた、生命力に満ち溢れる笑みだけだった。

詢子「コスプレ……? さやかちゃん、仁美ちゃんが心配なのは分かるけど今は忙しいから下がってな」

さやか「ごめん、まどかママ。あたしやらなきゃいけないんだ」

詢子「やらなきゃって……おい!?」

 詢子の静止を振り切って、さやかは仁美のそばに歩み寄った。
 血のついた彼女の頬をいとおしげに指でなぞり、それから仁美を苦しめる障害に手を触れた。
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 16:01:04.23 ID:qiKmOo2yo

さやか「ふっ……んん……!!」

 腰を深く下ろし、彼女はその障害を抱えるように両手を大きく回す。
 するとさやかは、力任せにそれを抱え上げようとした。

知久「無茶な……!」

 そうしている内にも、瓦礫は僅かずつにだが仁美の身体を離れ、浮かび上がろうとしていた。

さやか「くううぅっ……!」

 自身の何倍もある大きさな瓦礫を退かそうとする、風変わりな格好をした少女。
 現実的に考えればありえない摩訶不思議な少女の行動は、確かに結果を生みつつあった。
 その場にいる誰もが凍りつき、非現実的な光景に目を奪われる。

 さやかの体から青白い光が溢れた。

 さやかの魂が文字通り燃焼されているのだ、と恭介は思った。
 彼女の意思に比例するようにソウルジェムからは魔力が生み出され、
 魔力の生成は穢れを生む。穢れはソウルジェムを傷つける。
 ソウルジェムの崩壊は、さやかの死を意味するらしい。

恭介(だったらどうして……)

 なんで、さやかはあんなにも嬉しそうなんだろう。
 ちっとも悲観している素振りを見せないんだろう。
 どうして僕は、そんな彼女に声一つかけてあげられないんだろう。

 瓦礫が完全に持ち上がり、仁美を助け出すのを邪魔する障害が取り払われた。

さやか「恭介ッ!」

恭介「――!」
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 16:01:56.62 ID:qiKmOo2yo

 恭介の身体が弾かれるように飛び出し、まっすぐ突き進む。
 感覚のない左手で仁美の体を支えると、もう一方の右手で力任せに引き抜いた。
 直後、ズシン、と重みのある地響きを立てて瓦礫がふたたび地面に着いた。

 血だらけの仁美を、青白い肌の彼女を右手で抱きしめながら、恭介は震える瞳でさやかを見上げる。

 さやかは、笑顔のままだった。

さやか「考えてみたらさ、あたしの得意な自己治癒魔法ってね」

さやか「恭介や、あの女の子……ゆまちゃんもそうだけど」

さやか「マミさんみたいに誰かを助けたいっていう祈りから来てるんだよね」

 くすりと笑って、彼女は両手を輝かせた。
 ありがちな表現だが、恭介の目にはその光景がとても神秘的に映った。

さやか「もしもその祈りの通りに願いが叶って、そんな魔法少女になれたんだとしたら……」

 平静そのものを保っている彼女の声が。
 恭介の耳には、いかなる楽曲にも勝りうる妙なる調べのように聴こえた。

さやか「――仁美の怪我だって、治せないわけない!」

 光の粒があふれて血に染まる仁美の胸を包み込んだ。

 それら光の粒子は瞬く間に五線と音譜とが入り混じった魔法陣を形成する。
 傷付いた彼女の体に魔力が注がれていった。
 仁美の身体に穿たれた大穴は見る見るうちに塞がれ、彼女の体にも血色が戻りつつある。

詢子「なんだこりゃあ……」

 間近でその光景を見ていた詢子が、夢うつつといった表情で言葉を漏らした。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 16:02:33.72 ID:qiKmOo2yo

仁美「んっ……」

 仁美の目蓋がピクリと動いた。
 ゆっくりと全身を強張らせて、彼女は目を開く。
 それから小さな声で、さやかに話しかけようとした。

仁美「さや……か……さん?」

さやか「おはよう仁美」

仁美「なに……が、あったの……ですか?」

さやか「色々とね。後で説明するよ」

仁美「……そう」

 ふたたび意識を失った仁美を抱え上げると、さやかは体育館の奥へ戻るため踵を返した。
 そして不思議そうに首をかしげる。
 彼女の歩みを阻むように、ゴーグルを掛けた短髪の少女――ミサカが仁王立ちしていたからだ。

ミサカ「……あなたは魔法少女ですね? とミサカはコスプレ少女に確認を求めます」

さやか「うん、そうだけど。ステイルたちのお知り合いさん?」

ミサカ「間接的にはそうとも言えます。志筑仁美は私が預かりましょう、とミサカは手を差し出します」

さやか「あ、ありがとう」

 ミサカは仁美を両手に抱えると、感情の乏しい表情をかすかに悲しそうに歪めた。肩をすくめる。
 二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた大人達に目をやると、彼女は口を開いた。

ミサカ「申し訳ありませんが、どこが落ち着ける場所まで誘導をお願いしてもよろしいでしょうか! とミサカは問いかけます」

知久「あー……そうだね、とりあえず奥まで戻ろう。その子は僕が運ぶよ」

ミサカ「心配はご無用です。意識のない少女を運ぶのに離れていますから。誘導を頼みます、とミサカは再度促します」

詢子「向こうに救急キットがあったはずだ、急げ!」
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 16:04:10.34 ID:qiKmOo2yo

 不自然なほどにあっさり、大勢の人々はミサカを中心にしてぞろぞろと移動を始めた。
 後に残るのは、眉をひそめる恭介と納得したようにうなずくさやかの二人だけだ。

さやか「そっか、あたしがいる位置って外に近いからあんまり認識されてないんだね」

恭介「……どういうことだい?」

さやか「体育館の外に人払いっていうルーンだか結界だかが張ってるのよ。追求されなくてよかったー」

恭介「わけがわからない……って、それよりソウルジェムは!?」

さやか「あーへーきへーき、グリーフシード使って穢れ取り除いたから」

 さやかの言葉通り、青いソウルジェムには一点の曇りすらなかった。
 先ほどまでとなんら変わらず、青い輝きを放っている。

恭介「良かった……」

さやか「にしてもぶっつけ本番でいけるもんだね、他人に治癒魔法かけるのって。もしかしたら恭介の左手も治せるかも?」

恭介「さやか! 君は自分がどういう状態なのか……」

 分かってる――そう言いたげに、彼女は微笑んで頷いた。
 しかしその動作に反して、さやかは体育館の外へと目を向けた。
 風が荒れ狂い、時折どこからか飛んできた看板や木の枝が衝突する戦場を見ながら、彼女は口を開く。

さやか「でも行かなくちゃ」

恭介「……さやか?」

さやか「今行かなかったら、きっとあたしは後悔するから」

 無茶苦茶だ、ふざけているとしか思えない。
 そう怒鳴り散らしてやりたいのに、恭介は何も言えなかった。
 さやかの横顔が、勇気と自身に満ち溢れていたから。

さやか「そうそう恭介。あたし恭介にずっと言いたかったことがあるんだー」
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 16:05:06.45 ID:qiKmOo2yo

さやか「あたし、恭介のこと好きだよ。恭介も、恭介の奏でるヴァイオリンの音色も」

 突然の告白に、恭介は多少なりとも動揺した。
 彼女が自分に対してそれなりの好意を向けてくれていることは気付いていたし、
 自分も彼女のことを好いていた。それは間違いないだろう。

 しかしそれが、まさかこういった形で告げられるなどとは思いもしていなかったのだ。
 あくまで自分と彼女は仲の良い親友だと、その関係が一番だと。
 今ある心地良い距離感に満足していなかったと言えば、それは嘘になる。

 だからこそ、さやかの告白は、恭介の心を大いに揺さぶった。
 震える瞳で彼女の姿を眺めながら、恭介は必死に言葉を搾り出そうと思考をめぐらせる。

さやか「あ、返事は帰ってきてからにしてくれると嬉しいなー」

 青い瞳を揺らして、彼女は健気に言った。
 彼女の抱える事情と、無事に帰って来るということ。
 この二つを両立させることがいかに難しいか知っているはずなのに。

 それでも彼女は言ったのだ。

――帰ってきてから返事を聞く、と。

恭介「……帰って、くるんだよね?」

さやか「うん、帰ってくるよ」

恭介「じゃあ左手の治療が済んでからでも良いかな? できれば僕の演奏を聞いてもらった後に返事をしたいんだ」

さやか「良いねぇ、そーいうの! 今から楽しみだなー!」

 けらけら笑って白いマントを翻し、さやかは真っ暗闇の外に足を向ける。。
 さやかは何も言おうとはしなかった。
 だから恭介は声を掛けなかった。

 大きく音を立てて、さやかの身体が体育館の外へ飛び出していった。

 あっという間に小さくなる彼女の背を見つめることしか、恭介には出来なかった。
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 16:05:33.80 ID:qiKmOo2yo

――そして。

詢子「……戻ってみりゃコレか」

 大穴が穿たれた体育館の壁面を眺めながら、詢子はぼそりと言った。
 ぼんやりと立ち尽くす恭介を見やり、ため息をつく。
 どうやら自分は疲れているらしい。でなければ、あんなことが起こるはずがないのだから。

 しかし血にまみれたこの場所は、確かについ先ほどまで仁美を巻き込んでいた物で。
 そこから彼女が抜け出せたのだから、少なくとも幻影や幻覚ではなかったことは事実だろう。
 それでも詢子には、にわかに信じることが出来なかった。

 あんな幼い少女が、瓦礫を退かして仁美の体をぱっと治療して見せたなんて。

詢子「なぁ上条くんよ、さやかちゃんがどこに行ったか知らないかい?」

恭介「外に行きましたよ」

詢子「……嘘だろ? こんな真っ暗闇かつ嵐の中を一人で?」

恭介「はい」

 要領は得てるが心ここにあらずといった恭介の言葉に、詢子は眉根を寄せた。

詢子「……さやかちゃんのご両親になんて伝えれば良いんだよ」

詢子「さっきの手品だってそうだ。ありゃ一体なんだ? 上条君は何か知ってるかい?」

恭介「……魔法ですよ」

 ふざけてるのか、と叱咤する気には、とてもじゃないがなれなかった。
 彼の様子とさやかの行い、そして昼なのに夜のように真っ暗な世界。
 なるほど。確かに『魔法』でも持ち出さない限りは説明のしようがなかった。

 だったら。

詢子「……私はどうすりゃいいんだ?」

 詢子の質問に答えるものは、この場にはいなかった。
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/06(日) 16:08:40.85 ID:qiKmOo2yo
以上、ここまで。

地の文をだらだら書く癖がついてるので、もっと台詞で情景描写できる感じにしたいなぁと思いつつ次回は杏ほむパート。
戦闘で始まって戦闘で終わる地の文パートなのでできれば明日には投下したい。

はやければ今日の深夜にでも……無理かな
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/06(日) 19:18:25.64 ID:RkxPmhyIO
乙です
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/06(日) 19:30:59.90 ID:F+x/QqkIO
さやか参戦か、ローラも動いてるし、まどかも残ってる、どうなるのか楽しみだな。

あと前回のイノケンティウス召喚がかっこ良くて素晴らしかった。やっぱりステイルは良いよね。
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/06(日) 22:16:30.09 ID:naF7ln1R0
さやかァァァ!?
今のあんたすんげー輝いてるし格好良かったし勇気振りしぼったのは偉いけど
行っちゃ駄目ェェェ! いやだ、死亡フラグがてんこ盛りじゃないですか!
頼む、生き残ってくれ……頼むから!

これほどまで俺の心を掻き乱す物語を描き上げる>>1に対して最上の乙を
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/07(月) 01:35:38.90 ID:lg9oH3E/o
そうそう、ステイルはカッコいいんだよな
炎使うし赤髪だし喪男だし
噛ませ扱いされなきゃ、絵的には素晴らしくカッコいい
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/07(月) 05:28:37.64 ID:VxiZ7MH1o
あー…やっぱり行ってしまったか
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/07(月) 08:15:37.30 ID:CIUYotmIO
これでさやか死なせたら、魔術側何やってんのって話だよ
魔法少女たちをどうやって救うか楽しみにしてます。



たすけてあげてください
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/07(月) 12:15:11.38 ID:SZ9Pwavno
さやかが希望に満ち溢れて終わるって珍しいな
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:32:32.39 ID:X/EtjjWKo
>>296
十四歳だし、指輪じゃらじゃら付けてるし、バーコードだし、本当カッコ良いよね

>>298
最初はイノケン暴れさせてゴンさん張りに神裂さんの腕切り落として上条さんが上手い具合にそげぶするはずだったのに
どうしてこうなったのか

夜分遅くになんですが、投下します。話が進みません
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:33:25.44 ID:X/EtjjWKo

――認めよう。巴マミは強い。アタシたちは、弱い。

杏子「うぜぇ……んだよぉ!」

 魔力を注いで強化した槍を全力で突き出す。
 巴マミの姿をした使い魔は軽やかなステップを踏んでそれをかわすと、振り返ることなく右手を振った。
 黒いリボンが手のひらに生成されたのを認識したのと同時に、杏子は地面を蹴って跳躍。
 使い魔の影を跳び越えて着地する。

ほむら「食らいなさい……!」

 隙を見せた使い魔めがけてほむらがアサルトライフルの銃弾を浴びせかける。
 しかし使い魔は黒いリボンを振り回して雨のような銃弾を迎撃。
 いつの間にか足元に突き刺してあったマスケット銃を両手に保持して反撃を始めた。

ほむら「くっ!」

 その狙いは正確で、同時に狡猾で、容赦がない。
 初めに放たれた銃弾を回避したと思えば、先読みして放ったのであろう銃弾が目前に迫っている。
 なんとかそれをかわせば、今度は地面を穿った銃弾から黒いリボンが伸びてほむらの身体を捉えようと蠢いた。
 無論、杏子もそれを眺めて棒立ちしているわけではない。

杏子「けっ、やらしー攻撃しやがって!」

 ほむらのサポートに向かおうとするが、使い魔は片手間で杏子に対しての牽制も行っているのだ。
 姿勢を低くして瓦礫を盾にしながら、なんとかほむらの下へ辿り着き、槍を一閃。リボンを切り刻む。
 そこからほむらを抱きとめ、倒れこむようにして前転。瓦礫の陰に身を隠す。
 直後に二人がいた場所を無慈悲の掃射が襲い掛かった。

杏子「っちぃ!」

 飛び跳ねる礫を左手で払いのけながら、杏子は苛立ちを隠そうともせずに舌打ちする。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:34:31.01 ID:X/EtjjWKo

杏子「なんなんだよこれ、ちょっと強すぎない? 前戦った時はこんなんじゃなかったんだけど」

ほむら「同感ね……私も別の世界で戦ったことがあるけど、巴マミはこれほど強くなかったわ」

 二人が隠れる瓦礫が、ぴしりと音を立てて亀裂を生んだ。

杏子「……なぁ、さっきはああ言ったけどさ」

ほむら「そうね。もしかしたら、いいえ。もしかしなくても……」

杏子「ずいぶん手加減されてたのか。分かっちゃいたけど」

ほむら「……やるせないわね」

杏子「やってらんねーよな、まったくもう」

 瓦礫に生まれた亀裂がとうとう全体に及び、音を立てて崩れ始める。
 宙に舞う欠片と土煙に身を潜めながら、杏子は注意深くマミ――否、使い魔の姿を観察した。
 使い魔はマスケット銃を配置したまま、可愛らしく小首を傾いでいる。
 ふざけやがって。

杏子「へんっ、その余裕、いまに切り崩してあげるよ!」

 槍の構造を変化。随所を鎖へと再構成し、そのリーチを格段に上げる。

杏子「食らいな!」

 五メートルという距離を槍の矛先が瞬く間に詰め、使い魔の足元を切り裂こうとうねる。
 突然伸びてきた槍を前に、相手は身じろぎひとつしなかった。
 当たり前のようにマスケット銃を振りかぶり、刃にぶつけて狙いを捻じ曲げる。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:35:07.35 ID:X/EtjjWKo

杏子「ほむら!」

ほむら「言われなくても!」

 土煙の中から飛び出したほむらが、横っ飛びにアサルトライフルを掃射した。
 さすがにこれはひとたまりもないと考えたのだろう、マミの姿をした使い魔はマスケット銃を地面に突き刺して後じさる。
 戦闘において、回避行動は大事だ。しかしそれは同時にとても大きな隙を生む。

 たとえば――こんな風に、二対一の状況などでは特に!

杏子「はああぁぁぁぁぁぁ!」

 先ほど砕け散った瓦礫が完全に地に着く。地響きが空気を震わせた。
 その時にはもう、杏子の体はマミの目の前にある。

杏子「隙あり!」

 前に大きく踏み込み、体重を乗せて槍を突き出す!
 しかし矛先は寸でのところで狙いが逸れ、マミの頬をかすめるにとどまった。

杏子(でも……!)

 ダメージは与えていないに等しいが、流れはこちらにある。いける、勝てる……!
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:35:37.31 ID:X/EtjjWKo

 そう直感した杏子は、同時に背筋を冷たい物が這う感覚を覚えた。
 影のように黒い巴マミの使い魔が、その顔に唯一残されたパーツである口を歪めて笑っていた。

杏子(なんで笑っていやがる? アタシがドジでもしたってのか?)

 そんなことはないはずだ。
 現にマミは銃撃する間もなく後じさったので、銃撃からのリボンによるバインドは出来ない。
 両手も身体を庇うために胸の前で交差しているため、リボンを生成させてもすぐには攻撃に転じれない。
 圧縮された時間の中で、杏子の思考はさらに速度を上げて脳内を巡り――

杏子(まさかッ――!?)

 さきほどマミが地面に突き刺したマスケット銃は、今どこにあるのか。
 気付いた時には遅かった。
 杏子のすぐ脇に放置されたマスケット銃が分解し、リボンへと姿を変える。
 槍を引こうとするが間に合わない。リボンが身体に絡みつき、杏子の顔を顰めさせた。

杏子「ひ、卑怯だぞ! こんな!」

 マミの姿をした使い魔が、邪悪な笑みを浮かべたまま小首を傾げた。
 まるで、

マミ『あらあら、佐倉さんらしくないわよ?』

マミ『それに二人がかりで私をいじめるあなたが言えた義理じゃないでしょう?』

 とでも言っているように見えて、杏子は恐怖で頬を引きつらせた。
 マミがゆっくりと手を伸ばす。手のひらからは黒い輝きが溢れている。
 杏子の体を締め上げるためのリボンが生成された。

 逃れられない、もうだめだ――
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:36:04.93 ID:X/EtjjWKo

 ――ところが、予想に反してマミはリボンを握った手を左側面に向けて薙いだ。
 一秒と経たずに、マミの周囲に銃弾が雨あられのように降り注ぐ。ほむらの援護だ。
 リボンに弾かれた流れ弾が、杏子の体を縛るリボンを掠める。

杏子「はぁっ!」

 ほんの一瞬の間、拘束が和らいだのを杏子は見逃さなかった。
 両手に力を込めて強引にリボンを引き裂き、槍を構えて一突き。マミの肩を掠める。

杏子(いける……!)

 だがマミはふたたび後じさって瓦礫の影に身を潜め、姿を消してしまう。
 今攻め込めば、あるいは。しかし同じ徹は踏めない。
 素直にほむらの下へ駆け寄ると、二人は手ごろな瓦礫に身を寄せ合った。

杏子「ゴメン、やっぱあいつ強すぎない?」

ほむら「そうね……時間さえ止められればこんなに苦戦はしなかったのだけど」

杏子「ないものねだりしたってしょうがないさ。さぁ、第三ラウンドといこーよ!」

ほむら「待って! あれを!」

 瓦礫から身を乗り出したほむらが、中空を指差して叫んだ。
 つられて杏子も身を乗り出し――驚愕に顔を歪める。
 そこには、数十丁のマスケット銃を召喚したまま地上に向けて砲撃を行おうとするマミの姿があった。

杏子「一斉砲撃……つーか爆撃か!?」

 マスケット銃がカチャリと音を鳴らした。砲撃が始まる前兆だ。
 砲撃が始まってから回避していては間に合わない。

杏子(悪いけど……ほむら!)

 避けようとしているのだろうが、ほむらの動きはとても愚鈍で遅々としたものだった。
 心の中でほむらに謝罪すると、彼女の身体を可能な限り傷つけないように、しかし遠くへ蹴り飛ばす。
 そして杏子自身も跳躍。

 次の瞬間、執拗なまでの砲撃が地上を襲った。
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:36:31.03 ID:X/EtjjWKo

杏子「あ痛たたた……ちっ、やってくれんじゃんかよ」

 口の中に溜まった砂利を吐き捨てると、杏子は身を起こして周囲を見渡した。
 闇夜と時折起こる強風に、土煙とがまざりあっていよいよ視界は最悪だ。
 だがそれでも、今地上がどれだけ酷い有様なのかは分かる。
 かろうじて差し込んでいる月や星の光が照らすのは、もはや焦土に近い見滝原だった。

杏子「バケモノかよ……ちくしょう」

 土煙の向こうに、わずかに人影が見えた。
 軽快な動きでこちらを探っているようだ。ほむらではない。じゃあマミの姿をした使い魔だ。
 ならばこれは、絶好の好機と言えるだろう。

杏子「……っ!」

 土煙に紛れて、相手の背後を取った杏子が槍で切りかかる。
 しかし相手は両手に握るマスケット銃で槍の切っ先を受け止めてみせた。

杏子「しゃらくせぇ、銃なんかで受け止められるかぁ!」

 二度、三度と槍を振りかぶる。
 次第に相手は背後へと追い詰められ、とうとう大きな瓦礫を背にする形に追い込んだ。
 今度は外さない。突くのではなく切り裂く! そのマスケット銃ごと!

杏子「っ……な!?」

 杏子の槍がマスケット銃が、マスケット銃を素通りした。
 否、マスケット銃がリボン状に変質して、逆に槍を絡め取って見せたのだ。

杏子「なんでもありかよ、ちくしょう!」

ほむら「跳びなさい!」

杏子「!」
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:37:15.25 ID:X/EtjjWKo

 ほむらの声が聞こえた杏子は槍を捨ててすぐさま後方に跳んだ。
 槍を絡め取ったマミの下へ、どこからか現れたオレンジ色の光点が真っ直ぐに飛翔し――

 爆発。
 成形炸薬弾頭がマミもろとも、その地面を吹き飛ばした。
 あれだけの衝撃波と熱量を食らってしまっては、いくらなんでも……

杏子「げっ」

 マミは無傷だった。
 リボンを十重二十重に束ねた即席の結界で身を守ったのだ。
 攻守共に完璧なマミを前に悪態をつく杏子の下へ、砂だらけのほむらが近づいてきた。

ほむら「危ないところだったわね」

杏子「ああ、あんたのおかげさ。さっきは悪かったね」

ほむら「あなたが蹴り飛ばしていなかったら今頃私は生き埋めよ。感謝しているわ」

杏子「そうかい。にしてもなんていうか、あれだね」

ほむら「そうね……絶望的と言うべきかしら」

 空になったAT-4を投げ捨てながら、ほむらが言った。

杏子「……勝ち目がないわけじゃない、とは思うんだけどな」

ほむら「それで?」

杏子「へ?」

ほむら「作戦の内容よ。勝ち目があるなら早く言ってちょうだい」

杏子「……わーったよ」
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:37:53.85 ID:X/EtjjWKo

 マミの攻撃をさばきつつ、杏子はほむらにテレパシーで簡単に説明をした。
 ほむらは呆れ顔になりながらも、しかし勝算が高いと判断したのだろう。
 最後には頷いてくれた。

杏子『ただし、今のアタシが“アレ”を使えるかどうかは分かんねーまんまだ。だから……』

杏子『三〇秒で良い。時間を稼いでくれると助かるんだけど、“頼める”かい?』

ほむら『時間を稼ぐ、ね……別にあれを片付けてしまっても構わないのでしょう?』

杏子『できんのかよ』

ほむら『無理ね。まぁ、任せなさい』

 アサルトライフルを抱えると、ほむらが一歩大きく前進する。
 同時に杏子は槍を投げつけ、マミと距離を取る。
 マミがひるんだ拍子に大きく後退。

ほむら「ふっ!」

 ほむらが手榴弾を放った。
 爆発。中の榴弾が周囲に撒き散らされて、あたりの瓦礫を傷つける。
 さらに杏子は後退。
 マミの狙いがほむらに変わった。

杏子(いまだ!)

 マミの死角へ潜り込むと、杏子はそのまま瓦礫の中に身を潜めた。
 最後に一瞬、ほむらの方を振り向く。
 彼女は懸命に引鉄を絞りながらも、杏子に向かって手を振っていた。
 彼女の努力を無駄には出来ない。
 杏子は片膝をつくと、すぐさま集中し始めた。
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:38:52.25 ID:X/EtjjWKo

 銃撃が鳴り響く中、杏子は空いた両手を握り締め、胸の前に寄せる。

 そして、ひたすらに祈る。

 相手に幻を見せる魔法を。

 相手を惑わす魔法を。

――かつて自身の父親に、魔女の所業だと酷評された、幻惑の魔法を。

 胸をこみ上げてくる嫌悪感。
 多節足の虫が全身を這いずり回り、蠢くような嫌悪感。
 それだけならばまだ良かったと言えよう。

『人を心を惑わす魔女め――!』

『お前はまた、そうやって誰かを騙すのか――!』

 幻惑の魔法を行使しようとした杏子の目に、耳に、とうとう見えざるものと聞こえざるものとが、見聞きできるようになった。
 父親の姿をした人形が、杏子の眼前で両手を振っている。

杏子「くっ……」

『魔女だ、お前は魔女なんだ――!』

杏子「く……くっ」

『魔女が人を救おうなどと、驕りたかぶるのもいい加減にしろ――!』

杏子「くくっ……」



『人を不幸に陥れる、幻惑の――』
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:39:41.37 ID:X/EtjjWKo

杏子「あはははっ! くくっ、ふふっ、あははは!」

――とうとう堪えきれなくなって、アタシは噴き出し、大きく笑ってしまった。

杏子「やめてくんない? そーいうの……なんてゆーかさぁ、ボロありすぎ」

 目の前で、父親の姿をした人形が大きくよろめいた。

杏子「アタシの中の親父はね……」

 目を閉じる。
 そして、思い出す。
 かつてステイルたちと共に足を運んだ教会で、杏子が聞いた言葉を。
 杏子が目にした、彼女の心の中に住む父親の姿を。

杏子「アタシの信じる道を突き進めって……」

 両目を見開くと、杏子は祈りの姿勢を解いた。
 実在しない人形がわなわなと震えだした。

杏子「背中をどーんと押してくれるんだよ! バーカ!!」

 杏子の言葉と共に――人形が砕け散る。

 それは、杏子がトラウマに打ち勝ったことを。
 そして同時に、本当の意味で自分と向き合えた事を意味していた。



杏子「いくよ……≪ロッソ・ファンタズマ≫!」

 赤い輝きが杏子を包み込む――
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:40:16.93 ID:X/EtjjWKo

――三〇秒がこれほどまでに長く感じたのは、多分今日が初めてだろう。

 マミの姿をした使い魔が繰り出す銃撃を紙一重でかわしながら、ほむらは歯噛みした。
 反撃に転ずることが出来ない。
 正確には、反撃に繋げる糸口がつかめない。

ほむら(一度ペースを掴まれてしまった私のミスね……)

 そんなことを考えていると、突然マミが動きを止めた。
 ほむらが怪訝に思う間もなく彼女は両手を広げてリボンを生成。
 あっという間に巨大な拳銃型の武器を作り出し、自身の背後に出現させた。

ほむら(あれは……?)

 威力こそ高そうだが、距離が遠すぎる。
 拘束無しであんな物を食らってやるほど自分はノロマではない。
 所詮は偽者、紛い物。巴マミほどの戦術眼は秘めていないのかもしれなかった。

ほむら(避ける必要もないわね)

 拳銃が火を吹いた。砲弾は大きく逸れて、ほむらの真横を通り過ぎるコースにある

ほむら(ここから反撃に打って出るべきでしょうか……ん?)

 マミの姿をした使い魔が歪な笑みを浮かべていた。
 まるでイタズラが成功した時の子供のような、無邪気な笑みを。
 なにがおかしい? そんな疑問を抱いた、その時。

 使い魔が放った『炸裂弾』が、文字通り炸裂してほむらの身体を吹き飛ばした。

ほむら「くううっ――!?」

 砲弾が盾のある左方向で炸裂したのは不幸中の幸いだったと言えよう。
 それでも炸裂弾の破片は体中の至る所を掠め、彼女の体力を確実に奪った。

ほむら「聞いてないわよ、こんな技があるなんて……!」
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:40:47.55 ID:X/EtjjWKo

 なんとか身を起こした彼女が見たものは、自分の身に迫る漆黒のリボンだった。
 速い。速すぎる。これでは回避は間に合わない。
 痺れる左手に鞭打つと、彼女はリボンを盾で受け止めた。
 受け止めてから、それが誤りであったことに気がついた。

ほむら「リボンが盾に絡まった!?」

ほむら「まさか、狙いは私じゃなくて……盾の方だったと?」

 盾を縛り付けるリボンを取り払おうとする。
 しかしそれよりも早く、マミの姿をした使い魔が彼女の手前まで迫っていた。

ほむら(武器が取り出せない以上、素手でやるしかないわけね)

 前言撤回。巴マミ顔負けの戦術眼だ。
 盾への魔力供給をカット。ソウルジェムを輝かせる。
 次に右足に魔力を注ぎ込み、巴マミの首筋目掛けて右の足刀を繰り出す――!

ほむら「え……?」

 渾身の力を込めて放った一撃は、しかし使い魔に当たることはなかった。
 鮮やかな身のこなしで蹴りをかわした使い魔が、右足をそっと撫でた。
 たったそれだけの動作で、右足はリボンでギチギチに縛り上げられ、自由を封じられてしまう。
 黒いマミが、不気味な笑みを浮かべて彼女に近寄ってくる。

ほむら「ひっ!?」

マミ『あらあら暁美さん、先輩に向かって「ひっ!?」はないでしょう』

マミ『そんないけない後輩は、こーやっておしおきしちゃうわよ?』

 恐怖からだろうか、そんな幻聴まで聞こえてきた。
 使い魔が両手を振る。右手と左手が縛られる。
 さらに両手を振る。今度は左足と右足が縛られた。
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:41:15.01 ID:X/EtjjWKo

マミ『さて、と……それじゃあ大詰めと行きましょうか?』

 マミの姿をした使い魔が、けらけらと笑いながらほむらの首に手のひらを押し当てた。

ほむら「ぐっ、あぅ、んん……!!」

 ゆっくりと、しかし確実にほむらの首にリボンが巻かれていく。
 巻かれたリボンは次第に強く締まっていき、同時に彼女の首を絞めていく。

ほむら「んんっ、ぐううん――!? ぅうう――!?」

 呼吸が出来ない。血液が脳に届かない。
 本来魔法少女にとって、呼吸など絶対に必要な物ではない。
 脳への血液供給を経たれたって、魔法少女は死にはしない。

 だが、それはあくまで理論上の話である。
 現実問題、肉体が滅びれば魔法少女は滅びるのだ。

ほむら「んんん――――!!」

 呼吸が出来ない。血が足りない。顔が熱い。苦しい。
 どうにもならない現実は恐怖を産み、恐怖は混乱を産み、やがては絶望を孕んでしまう。

ほむら(いやだいやだいやだいやだ! 死にたくない、死にたくない!!)

マミ『ねぇ暁美さん。ひとりぼっちって寂しいのよ』

 幻聴が止まらない。


ほむら「と……もえ……さん……?」


マミ『だから……私といっしょに死んでちょうだい?』
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:41:42.47 ID:X/EtjjWKo



ほむら「……るの……そ……のよ……」



マミ『え?』


.
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:42:09.78 ID:X/EtjjWKo


ほむら「来るのが遅いのよ、佐倉杏子!」

 ほむらの言葉が伝わったのか否か。
 使い魔は一瞬で後じさりして、ほむらから距離を置くと油断なく身構えた。

 そのすぐ直後。

杏子「悪かったね、ほむら」

 リボンによって締め付けられているほむらの前に、杏子が降り立った。

 それも、“一人”ではない。


「「「「「さぁて! おしおきの時間だよ、巴マミ!!」」」」」


 五人の“佐倉杏子”が、槍を構えて宣言した。
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:43:54.24 ID:X/EtjjWKo



没シーン


ほむら「来るのが遅いのよ、バカ神父……!」

 ほむらの言葉が伝わったのか否か。

 使い魔は一瞬で後じさりして、ほむらから距離を置こうとして――

ステイル「すまなかったね、ほむら」

 摂氏三〇〇〇度の炎に包まれて、跡形もなく焼失した。




杏子「アタシは?」

イノケン「俺は?」

シェリー「私は?」

神裂「というか私はどこにいるんですか!?」
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/08(火) 01:52:39.36 ID:X/EtjjWKo
以上、ここまで。
前半のマミさんつえーは描いてて楽しかった。でも強くしすぎた
没シーンは、没というかこのタイミングで現れたらかっけーよなーって妄想からきたものです。
本物はイノケンと仲良くワルプルさんのスカートめくってます

そろそろ魔術分補給しないとクロスの体裁を保てなくなってきたので、次回は予定を変えてステイルパート。
神裂さん再登場。おりマギやスマートヴェリーも触れます。
まどかさんの出番はいつになるんだろうな……

次回の投下は三日以内を目指したいのですが、忙しくなってきたしSS読みたいし俺屍やりたいしでどうなることか。
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) [sage]:2011/11/08(火) 07:06:58.24 ID:G8lfNyclo
乙でした
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/08(火) 10:45:53.83 ID:3rfJE2Qko
面白い
おつ
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/11/08(火) 20:52:04.78 ID:OQh45lmQo
やっぱり面白い乙んこ
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/08(火) 20:52:31.28 ID:rtPAu2F00
乙でした。
マミさん強すぎワロエナイ……でも実際、まどか除いた4人の内ならマミさんが最強なんだっけ?
なんにせよマミさんは使用魔法が多すぎるよなww
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/12(土) 11:08:26.25 ID:7kBvuxXlo
強さ議論スレでは
ほむら>>>杏子≧マミ>>>さやか
という扱いだった。

直接対決や対魔女の戦績から、杏子の評価が僅かに上。
が、マミさんって大抵手加減・慢心してる感じもあるから、マミさん推しもそこそこ説得力ある。

時止め無くなって火器も尽きたほむらはぶっちぎりの最弱だろうね……
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/12(土) 22:29:32.70 ID:WN/UdAIV0
それを考慮すると全体的には

因果まどか=リボほむ>>クールほむ>本気マミさん≧杏子≧通常マミさん>初期まどか>さやか>メガほむ

って感じになるのかな。おりキリはどの程度の位置に食い込めるかな?
でもほむほむはマミさんに縛られてるし実際に戦った場合結果は分からんし、
案外さやかが4話で見せた高速移動であっさりやられるかもしれない。
んでもって魔法少女としての素質に話を絞った場合は確か

マミさん>>>さやか>杏子>>>ほむほむ

なんだよね。
マミさんや杏子みたいに長く生き残って成長すれば、さやかは相当化けてた可能性が高いなww
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関東・甲信越) [sage]:2011/11/13(日) 08:12:07.40 ID:DmgcLnsAO
とりあえず強さ議論スレテンプレの強さ表ね

ランク外 まどか(神)

EX 宇宙を滅ぼす魔女

S クリームヒルト
A まどか(4周目)  ワルプルギスの夜
B ほむら(盾)
C シズル 杏子 マミ キリカ シャルロッテ オクタヴィア
D エルザマリア あいり 織莉子 さやか みらい かずみ ゲルトルート 魔女あいり パトリシア
E プロローグ ギーゼラ バージニア ロベルタ キルスティン イザベル ゆま ステーシー ローザシャーン サキ ニコ
F カオル 海香 里美 すみれ
G 使い魔達

保留 ほむら(弓or翼) 魔獣 ユウリ 双樹ルカ&あやせ


さやかはルーキー扱いだから本編組では格下扱い(というより、かずみ組のつゆ払いに近いけどww)されがちだけど、>>323の言うように成長すれば大化けすると思うなぁ〜(願望ww)
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西地方) [sage]:2011/11/13(日) 11:06:41.29 ID:epS49JxHo
マミは才能があるって言われてたし、さやかは熟練しても、たいして強くはならなかった気がする
マミさんの慢心を系さんに入れるか否かでマミと杏子の上下が決まりそう

てかスレチ
てかスレチ
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:22:40.09 ID:mseecDI+o
お、俺は悪くない!アルファシステムが悪いんだ、こんな時期に屍リメイクを出すから!

投下の前に少しレス返を

>>321
魔弾の舞踏にバインドに銃撃砲撃結界飛び蹴りティロ・フィナーレ……なんて優遇されっぷりだろう

>>322
使い魔ミさんはSGがないので、消費を気にせず動ける補正をかけてますね
本人同士の戦いはこのスレでは描きようがありませんが、本人同士だったらどうなるかな……まぁ杏子が勝つか。

>>324
何度見てもシズルの立ち位置に吹かされる。出番カットしてごめんねシズル
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:24:05.22 ID:mseecDI+o

 それは綱渡りにも似た、まさしく命懸けの戦いだった。

ステイル「吹き飛ばせ、イノケンティウス!」

 いくつもの高層ビルを見下ろしながら、巨大な炎の巨人であるイノケンティウスが大きく右腕を薙いだ。
 炎の塊が歯車仕掛けの魔女、ワルプルギスの夜にぶつかって火花――というよりは爆発――を撒き散らす。
 それでもワルプルギスの夜はなんら堪えた様子を見せない。
 ワルプルギスの夜が、無貌に残された唯一の口から極彩色の炎を吹き出した。

ステイル「ッチ……!」

 イノケンティウスを操るステイルが、誰に向けるでもなく舌打ちする。
 極彩色の炎はイノケンティウスの身体を構成する“炎を焼き尽くし”、右手を奪い取った。
 もちろん、イノケンティウスはこの程度では倒れない。
 彼を顕現させるに値する“燃料”と“術式”と“ルーン”がある限り彼は不滅である。

ステイル(逆に言ってしまえば、それが消えたらパーなんだけどね。さすがに僕一人じゃ荷が重いか)

ステイル(魔術師生命を賭けた秘策でこれとは、いやはやなんとも。格好が悪いったらありゃしないよ)

 ステイルから魔力を受け取ったイノケンティウスが、ちょっとしたビル程もある雄大な足を一歩後ろに退いた。
 歯車の回転音をけたたましく鳴り響かせながらワルプルギスの夜が迫り来る。

ステイル「……はぁ」

 眼前に広がる巨大な逆さまの魔女を前に、ステイルはため息を着いた。

ステイル「良いことを教えてあげようか。君の敵は、僕一人じゃないんだよ」


――横合いから飛び出してきた巨大なゴーレムが、肩をぶつけるようにして魔女を力任せに突き飛ばした

シェリー「エェェリスゥウウッ! 歯車回した油臭い魔女に土くれの味を叩き込んでやれええぇ!!」
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:24:50.60 ID:mseecDI+o

 シェリーの到着によって、綱渡りが鉄骨渡りになった。

ステイル「マシといえばマシかもしれないが、正直大して変わらないと思うのは僕だけかな?」

 あたりの資材を寄せ集めて作られた、武骨な槍のような右腕をゴーレムが勇ましく振り上げる。
 そのゴーレムと肩を並べるように移動したイノケンティウスも、右手に巨大な炎の剣がごとき十字架を構えた。

ステイル「イノケンティウス!」

シェリー「エリス!」

ステイル・シェリー「「ぶちのめせ!!」」

 ワルプルギスの夜の胴体に、岩石の槍と炎の剣が突き刺さる。
 それは互いの術式に干渉し合い、魔術的な矛盾を孕み、魔力とテレズマの爆発を引き起こす。
 発生した衝撃波が、巨大な魔女の身体を倒壊しかけたビルめがけて吹き飛ばし、瓦礫の中に埋没させた。

ステイル「要塞からの援護を除けば、初めて反撃らしい反撃が出来たじゃないか。案外やれる物だね」

シェリー「これだけ血肉を削ってようやく1ダウンよ。KOまでに何度くたばるか分かったもんじゃねぇな」

 いつの間にかゴーレムの身体から離れ、ステイルの隣に並んで立っていたシェリーが言った。
 ステイルは肩をすくめて、それからもがき苦しむ魔女を横目で見る。

ステイル「神裂が来ればこちらの勝ちだ。時間を稼ぎさえすればそれでお役ゴメンさ」

シェリー「ハン、だからと言って手を抜くわけじゃないのでしょう?」

ステイル「へぇ、よく気がついたね。年の功かい?」

シェリー「ぶっ殺すぞ。……なんだかんだ言っても、長い付き合いになるからな」

シェリー「……でも私の場合は事情が違うわね。私は、できればあの魔女のことも救いたかった」
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:26:24.75 ID:mseecDI+o

 シェリーの胸中に渦巻く感情がなんであるのかを、ステイルは知らないままだ。
 だが彼は、幾多の志に振り回されてきた彼女が、
 ここに来てたった一つの願いを叶えるために奮闘してきたことだけは知っていた。

ステイル「呪いを振りまく前に潰す。それが魔女のためになると……君にしてははえらく優しいじゃないか?」

シェリー「あなたはどうなのかしら? 人外のバケモノに哀れみを抱いている私よりかはマシな考えを持ってそうだけど」

ステイル「まさか。僕が抱いている事情なんてものは、ひどく身勝手なものに過ぎないよ」

 ゴーレムとイノケンティウスが大地を走る。
 二体の巨人は、やっとのことで浮上した魔女の身体に飛び掛かって、力任せに攻撃を開始した。

ステイル「……ただ、ほむらが何度も時間を繰り返す羽目になった元凶だと思うとね」

 ステイルの心の中で膨れ上がる、確かな衝動。
 それは八つ当たりに近いものであり、またそれに伴って湧き上がる感情も間違った物であると知っているのに。
 彼はその衝動と感情に身を任せ、身体を流れる魔力を爆発させようとした。

ステイル「苛立ちを覚えずにはいられないのさ」

 彼の目に浮かぶ色は炎の赤である。
 それは彼の心の色を示し、感情を示し、衝動を示していた。
 彼の心を突き動かすのは、確かな怒りの赤だった。

シェリー「……気持ちは分かる」

ステイル「ありがとう。それじゃあそろそろ戦闘に集中しようか」

シェリー「だな。まだ神の力……ガブリエルが残っていやがる。どの道手を抜く余裕なんざねーのさ」

 シェリーの言葉に応えるように、青白い光を纏ったマネキン――水の大天使が、その不恰好な翼をはためかせた。

330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:27:09.57 ID:mseecDI+o

――一方その頃。

織莉子「蘇らされた哀れな魔女……せめて安らかに、そしてもう一度久遠の眠りに就きなさい」

キリカ「次、はい次、また次! どんどん刻んであげる、少しは感謝してほしいかな。うん」 ズバッ

織莉子「感謝しているわキリカ」

キリカ「織莉子じゃなくて雑魚(こいつら)のことだよ。それに織莉子に感謝するのは私の方さ。だから刻む」

 キリカが鉤爪を振るうたびに、魔女と使い魔の死が量産されていく。
 否、正確には死ではない。解放だ。落としてしまった命を再び地界に縛り付ける呪いからの解放だ。
 自身の周囲に水晶を飛ばして簡易的な結界を構築しながら、織莉子は愁いを帯びた瞳をそっと閉じた。
 何かが切り裂かれる音が鳴り響き、そしてまた何かがちに落ちる音が耳に届く。

織莉子「魔女型一〇体、討伐お疲れ様。これだけやれば十分でしょう」

キリカ「そっか、もうそんなに狩っちゃったのか。意外にやれるもんだね、うん」

織莉子「辺りを覆っていた魔力が途絶えて弱っているのね。それだけ舞台装置が押されていると言うことかしら」

キリカ「へぇ、頑張るね、魔術師。それで次はどうする?」

織莉子「そうね……」

 目を伏せると、織莉子は黙って魔力を練った。魔力は彼女の瞳に集中し、やがて一つの魔法を発動させる。
 『未来を見る』。それが彼女がキュゥべぇと契約した際に得た、固有の魔法だった。

――今から六〇秒後。小柄な少年と扇風機を首にぶら下げた大男が、黒い触手に貫かれる様が見えた。

織莉子(これは天草式十字凄教の信者ね。わざわざ助ける義理はないけれど……)

織莉子(……“救世”を成し遂げるつもりならば、犠牲は少ないほうが格好がつくかしら?)

織莉子「キリカ、仕事よ。いけそう?」

キリカ「それが織莉子のためになるならいけるね」

織莉子「ふふっ、ありがとう」
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:27:41.80 ID:mseecDI+o

 瓦礫を踏み越え、使い魔を蹴散らす二人。
 ビルの成れの果てを飛び越えた辺りで、彼女たちは黒い触手に襲われている天草式の面々を見つけた。

キリカ「触手だけじゃないね。むしろ触首が混じってる。あれが使い魔で、触手と魔女は跪いてるヤツかな」

織莉子「あれを乗り切るにはダメージを覚悟するか、心に傷を負い自棄になって特攻でもしない限りは難しそうね」

キリカ「痛みを識(し)れって? ふーん……まぁ」

 言いながら、キリカは魔力を込めて背後に足場を形成、さらに脚力を強化する。
 空中で無理やり身体を捻り、足場に踵を乗せる――というよりは固定する。

キリカ「関係なく刻むけど、ね」

 ちょっとした砲弾のような速度で、キリカが打ち出されるように斜め下の方向に“跳躍”した。
 風を切り裂き、魔力の波を掻き分け、彼女はぐんぐん速度を上げながらソウルジェムを輝かせる。
 身体からこぼれた魔力が周囲の空間に伝播し、『速度低下』の魔法によってあらゆる物体の速度を緩やかになった。

キリカ(遅い、遅いね)

 そして――今まさに哀れな子羊を打ち貫かんとしていた触手と触首を、文字通り八つ裂きにする。

香焼「ひぃ――!?」

 小柄な少年(香焼)の悲鳴が、やけに遅れて聞こえてくる。

キリカ「――遅いね、十字教徒。それに脆い」

 両袖に生やした鉤爪を振って、キリカが舞う。
 文字通り、瞬く間に触首が叩き落され、次いで触手がなぎ払われていく。

キリカ「――でも、もっと遅い、遅いよ影の魔女。面白いくらいに遅いよ。いいや面白くない」

キリカ「そんな速度じゃあ百年遅いって言ってるんだよ……って、あらら?」

332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:28:16.79 ID:mseecDI+o

織莉子「もう手数(たま)切れのようね。お疲れ様、キリカ」

 全身に返り血を浴びたキリカは、黒い触手をわなわなと震わせるだけの魔女を見て不満そうに唇を尖らせた。

キリカ「オチまでつまらない。落第点だね。刻む価値もないけど、刻まないと終わらない。まぁいいけど」

 跳んで、薙いで、振り返ってはもういちど跳んで。
 影の魔女を討伐し終えたキリカはつまらなそうに、しかしどこか嬉しそうに織莉子に寄り添った。
 褒美をねだる子犬のような目をするキリカの頭を撫でながら、織莉子は固まったままの天草式に目を向ける。

織莉子「お怪我はないでしょうか、という質問は無粋かしら。満身創痍のようですね」

 一三名の天草式を代表する扇風機男あらため建宮は、フランブルジェを地面に突き刺して頭を下げた。

建宮「礼を言わせてもらう、ありがとう。いや、正直助かったのよなぁ」

香焼「自転車みたいなロボットみたいな魔女を倒したとたんにこれっすからね……」

キリカ「ふぅん、その口振りだといくつかは倒したみたいだね。成果は? 私たちは一〇体だけど」

五和「じゅっ……!? あああの、それがお恥ずかしいことにまだ三体目なんです……」

 四体。これだけ人数を揃えながら、たった三体。
 当てが外れたかしら、と眉をひそめる織莉子。
 しかしただの人間が魔女を狩れたことを評価するならば、まだマシな方かもしれない。

建宮「安心するのよな。すでに別働隊の魔術師は魔女を六体倒している。」

キリカ「四〇を三で割ったら一三〜四。倍しただけだからそれほど驚くことじゃないね」

建宮「むむっ!? 言われてみればそれもそうなのよな……」

 それまでカード――通信霊装――を耳に当てていた、すらっとした脚を持つ女性がにこっと笑って口を開いた。
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:28:54.30 ID:mseecDI+o

対馬「朗報よ。人間の方の魔女が、すでに一一体の魔女狩りに成功したみたい」

キリカ「へぇ、さっきの魔女が?」

織莉子「魔女が魔女狩りとは皮肉なものね」

建宮「いずれにせよ、残る魔女型は一体なのよな!」

織莉子「魔法少女型を倒したらふたたび魔女型との戦闘になるのですが?」

建宮「し、しまったああぁぁぁ!? 完全に忘れて全力で戦うよう指示しちまってたのよなぁぁぁちくしょー!」

 おいどうしてくれんだバカ代理余力残してねーぞバカ武器ぼろぼろだぞバカ魔力使い果たしちまったぞバカ。
 そんな罵詈雑言を浴びせかけられる建宮を無視して、織莉子はキリカの耳元に唇を寄せた。

織莉子「それで件の魔法少女型の使い魔なのだけど、あなたは見た?」

キリカ「全然。気配は感じるけど姿は見えないね」

織莉子「集団で潜伏しているパターンね……まったく、魔力の無駄遣いはしたくないのだけれど」

 やれやれ、と肩をすくめる織莉子。

織莉子「それにしても……暁美ほむらと佐倉杏子はどこにいるのかしら。そろそろ働いてもらいたいのだけど」

五和「あ、お二人なら西から来る使い魔の迎撃をお願いしてます」

キリカ「西? 妙だね、それは妙だね十字教徒」

五和「妙、ですか?」

織莉子「使い魔の群れは襲撃の直前、ルートを迂回して東側の魔女と合流を果たしているわ。見て分からない?」

建宮「……落ち着いて流れを見る機会がなかったから分からんが、考えてみれば俺達だけで魔女型を倒してるのよな」

五和「それじゃあ魔法少女型の使い魔を倒しているのでは? あ、でも合流しているんでしたっけ……」
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:29:55.94 ID:mseecDI+o

織莉子「……強敵と戦闘中なのかしら? でも暁美ほむらの魔法は時を凍りつかせ、好き勝手に凌辱するものでしよう?」

五和「(凍りつかせる……というか凌辱……?)なんでも、時間停止の魔法は使えないらしいですよ」

織莉子「……へえ?」

――五和の言葉を受けた織莉子は、揺れ動く心を抑え付け、努めて冷静な風を装って返事をした。
 動揺を悟られないように顔を伏せる。

 ……まさか、こんな形で好機が巡ってくるなんて……!!

キリカ「織莉子?」

 いち早く織莉子の異変を察知したキリカが心配して声をかけてくる。
 それに対して織莉子は微笑むことで返事をすると、帽子に手を当て目深に被り直した。
 時間は無駄に出来ない。

織莉子「申し訳ありませんが、後はお任せします」

建宮「ん? どうかしたのよな?」

キリカ「織莉子には考えがあるんだよ、十字教徒」

建宮「……分かった。任されたのよな」

 感謝を、とだけ口にすると織莉子はキリカを連れ立って歩き始めた。

 満身創痍の天草式はとうとう彼女の企みに気づくことが出来なかった。
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:30:35.06 ID:mseecDI+o

――不完全とはいえ、天使は天使だった。

 イノケンティウスと比べれば小さな光点、小さな人のシルエットに過ぎない大天使、『神の力』。
 彼女は背から生やした左右非対称の、いびつな水晶の塊で出来た翼を一度はためかせた。

ステイル「ばかな――!?」

 たったそれだけの動作で、一〇〇メートルの巨躯を持つイノケンティウスの身体が真っ二つに引き裂かれた。
 衝撃波が街中を駆け巡り、無人のビルにいくつもの亀裂を生んでいく。
 遅れて訪れた余波の煽りを受けてイノケンティウスの左半身が“消し飛んだ”。

ステイル「何が天使だ、やってることは悪魔のそれと変わりないじゃないか」

 生命力が消費された影響で口の中の血管がひとりでに破けた。
 口に溜まった血反吐を吐き捨てながら、ステイルは『神の力』を睨みつける。

ステイル「一〇秒、時間を稼いでくれ」

 ステイルの口からぽつりと言葉がこぼれたのと同時に。
 さきほどまでワルプルギスの夜を押さえつけていたゴーレムが『神の力』めがけて無骨な右拳を叩きつけた。

シェリー「はん、一〇秒といわず永遠に寝てなさい」

 シェリーの強気な言葉に反して、『神の力』に叩きつけられた巨大な拳は凍りついたかのように動かなくなる。
 否。文字通り凍り付いていたのだ。

シェリー「ねぇ、腕がなんで二本あるか知ってるかしら?」

 既に右肘まで凍りつかされたゴーレムは、しかしそのままの姿勢で今度は左手を後ろに引いた。

シェリー「お前みたいなクソ天使をなぁ……ぶん殴るためなんだよぉおおおおおおお!!」

 ゴーレムの左拳が『神の力』に突き刺さった。凍った右腕が砕ける。

 それでもなお、『神の力』は無傷のままだった。
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:32:01.99 ID:mseecDI+o

ステイル「ご苦労、ようやく修復が完了したよ」

 燃え盛る巨人を引き連れて、がくがくと震える足に鞭打ちながら、ステイルがシェリーの左隣に立った。
 一瞬でテンションを下げたシェリーが、面倒くさそうに高等部をぼりぼりと掻く。

シェリー「どうしたものかしらね。ワルプルギスの夜は静観したままだけど、『神の力』はやる気満々のようだし」

ステイル「魔女が動き出す前に『神の力』を叩き潰す。それだけさ」

シェリー「はっ、ちがいねぇ」

 『神の力』がいびつな翼、水翼を振るった。
 対するイノケンティウスは熱く燃え滾る炎の十字架を用いてこれをほんの一瞬受け止める。
 その隙に、近くにあったビルを取り込んで身体を修復したゴーレムがラリアットをかました。
 ダメージを与えるどころか、天使とぶつかった拍子に右肘がぽっきりとへし折れてしまった。

シェリー「おい天使、質量差って知ってるか?」

ステイル「しりし……語呂が悪いな。それに既存の物理法則が通用する相手じゃないだろう」

 十字架を身代わりにして水翼の直撃を免れたイノケンティウスが、両腕を広げた。
 轟々と火の粉を撒き散らしながらも、巨人は『神の力』を包み込むようにその小さな身体を両手で握り締める。

ステイル「少しはダメージを負ってくれないかな。そろそろ立っているのも辛いんだけどね」

シェリー「だったら座ってなさいよ。お前自身は戦わねぇんだから変わらないだろ」

 イノケンティウスの両手に、ゴーレムも巨大な手のひらを重ねた。
 一〇〇メートルを超える二体の巨人が両手を重ねる姿は、見ようによっては滑稽に映ったかもしれない。

ステイル「巨大なイノケンティウスにゴーレムエリス、そして極小の『神の力』……巨象の前の蟻とはよく言ったものだね」

シェリー「ただしその蟻は街一つ消し飛ばせる恐ろしい蟻よ」
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:34:15.07 ID:mseecDI+o

 ズンッと鈍い音が響いて、二体の巨人の背にいびつな水翼が生えた。
 それは二人の敗北を意味しているに等しい。

ステイル「ふん……ここまでか。でもよくやった方だね。生きてるのが不思議なくらいだ」

 自嘲気味に呟くステイルの顔には、なぜか笑みが浮かんでいる。

シェリー「確かに、そうかもしれないわね」

 シェリーも同じように笑いながら、余裕をもった動きで伸びをした。

 二〇〇メートルを超える水翼がでたらめにうごめき、二体の巨人を容赦なく切り刻む。

シェリー「そいつらはくれてあげるわ」

 シェリーの左手がさっと動き、地面に複雑な魔法陣を描き上げた。
 それに倣うでもなく、ステイルも右手に持つカードを振りかざした。

 直後。二体の巨人が、己に溜め込まれた力を解放して“自壊”していく。

 火のテレズマと、土のテレズマが『神の力』を押さえ込むように内側へと押し流される。

ステイル「冥土の土産ならぬ、天界の土産にするといい」

 膨大なテレズマが小さな結界を作り出し、かつ内部で恐ろしい規模の爆発を連鎖的に引き起こしていく。

 もとより、イノケンティウスとゴーレムエリスを構成するは火と土のテレズマの塊である。
 自身の持ちうるそれと比べても見劣りしないエネルギーの奔流を受ければ、いかに『神の力』とて対応できない。

 とはいえそれだけでは決定打にはならないのだが――



ステイル「うちのアラトゥエ(アラウンドトゥエンティー)は、君たちの天敵さ」
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:35:13.01 ID:mseecDI+o

 街一つを軽く吹き飛ばせるほどの衝撃波を何度も浴びながら、それでも原形を保ったままの『神の力』は見た。


――ランドセルを背負った妙齢の女性が、大太刀を振り抜くさまを。



『wagiovlpgipejjh んな uaigbpkryg 馬鹿 uhawrf な opqwiouvbtqpajoqohgho』



 それが大天使が見た最後の光景であり、最期に残した言葉だった。


 天使が発動していた魔術が解除されて、いくつもの星が元の軌道へと舞い戻る。


 見滝原市に、分厚い雲越しとはいえ陽の光が差し込んだ。


 見滝原市に昼を取り戻した妙齢の女性――神裂火織は、感慨深げな表情のまま口を開いた。
 ランドセルを背負ったまま。



神裂「思ったよりも脆いですね、大天使」
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:35:56.57 ID:mseecDI+o

――戦場に舞い戻った神裂が『神の力』を撃破し、街が光に照らし出されていた頃。
 天草式と別れた織莉子とキリカは、比較的被害の少ない区画に立ち寄り腰を下ろしていた。

織莉子「聞かないの?」

キリカ「なにを?」

織莉子「私があの場を離れた理由」

キリカ「聞く意味がないね。愛する織莉子がそうしたいなら、それだけで十分だよ」

織莉子「ありがとう、そんなあなたを愛しているわ。……グリーフシードはどれだけあるのかしら?」

キリカ「半分穢れたのが一個。残りは真っ黒だから使えないね」

織莉子「そう……」

キリカ「足りないかい?」

織莉子「いえ、大丈夫よ。暁美ほむらが秘めたる真価を発揮出来ないならば、やりようがあるはずよ」

キリカ「と、いうことは……殺(や)るんだね?」

織莉子「ええ。鹿目まどかの存在は気がかりだけど……戦局が動いたら一気に駆け抜けましょう」



織莉子「狙うは“暁美ほむら”の命。それさえ奪ってしまえば、ひとまずは安心できるはずよ」

キリカ「うん、分かった、それじゃあ奪おう」
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:38:26.66 ID:mseecDI+o

 一方で、最強の魔女と相対する三人の魔術師がいて。
 一方で、師の模造品と相対する二人の魔法少女がいて。
 一方で、使い魔の群れと相対する魔術師と魔女がいて。
 一方で、己の信念に従い策謀をめぐらす二人の魔法少女がいた。

 そんな彼らの心情をよそに、ローラ=スチュアートは鼻歌を鳴らして雲の隙間から差し込む光を浴びていた。

ローラ「ふんふーん、ふんふふーん、ふんふーん、ふーふーん……」

QB「賛美歌だね。こうして見いると、君がまともな十字教徒に見えてくるから不思議でならないよ」

ローラ「失礼なヤツね……ところで、働かざりしは食事をするに値せざるという言葉がありしものだけど?」

QB「その言葉、そっくり君にお返しするよ」

 白い獣の言葉を無視して、ローラは気持ち良さそうに目を細める。日光浴継続である。

QB「まぁでも、そうだね。君が動かないのなら、僕が動くしかなさそうだ」

ローラ「勧誘でもしたるつもりー?」

QB「もちろんさ。まどかが契約してくれないと、僕にとっても君達にとっても厄介な事態になってしまうからね」

ローラ「ふむ。鹿目まどかもそうなれど、暁美ほむらの束ねざりし因果の糸も相応なりけるのかしら?」

QB「不思議なことを言うね。だけど残念ながらそれは違うよ」

ローラ「なして?」

QB「彼女の魂はすでにソウルジェムだからね。純粋な魂の状態でないと、因果の糸が増えても魔力は変わらないのさ」

QB「二度と干渉できない鍛造された刀に、純度の高い鉄を持ってきたところで宝の持ち腐れというわけだ」
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:39:19.91 ID:mseecDI+o

ローラ「複雑なりしものねぇ」

QB「どちらにしたって、再契約は不可能だ。意味ないよ」

ローラ「あっそ。じゃあこれは先の問いに対する礼の代わりよ」

 そう言って、ローラは気だるそうに黒い首輪を放り投げた。
 丁寧に耳毛を操作してそれを受け止めると、獣は不思議そうに首をかしげる。

QB「なんだいこれは?」

ローラ「結界を素通りできたるようになる、それはそれはありがたきおまもりよ。今の体育館ならば進入は容易でしょうね」

QB「それはありがたいね。あの体育館のあちこちにはびこる修道女のせいで別の“僕”が四苦八苦してたんだよ」

ローラ「……ん?」

 気がつけば、白い獣のすぐ隣にもう一体の白い獣が並んで座っていた。
 そのもう一体の獣は黒い首輪を受け取ると、器用に耳毛を動かして首にはめ、足早に立ち去ってしまう。

QB「彼はまどかたちと共に居た僕だよ。正確に言えば、巴マミと長年行動を共にしていた、が正しいのかな」

ローラ「どちらもキュゥべぇであることに変わりはなし、でしょう」

QB「そうだね。どちらも僕だよ」

ローラ「……その口振りだと、やはりお前は“キュゥべぇ”なのね」

QB「難解な問いだね。君はここで認識論について語るつもりかい?」

 そう言ってローラの肩に飛び乗るキュゥべぇ。
 一方ローラはというと、意味ありげに口角を釣り上げて笑みを浮かべていた。

ローラ「……キュゥべ“ぇ”、ね」
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:42:08.48 ID:mseecDI+o

QB「なんだい?」

ローラ「いいえ、なんでもなし。……あとは暁美ほむらが気付きたるか否かね」

QB「そういう意味深な台詞を吐くのはやめてもらえないかな」

ローラ「やだ」

QB「……」

 黙りこむキュゥべぇの頭を撫でながら、ローラは目を閉じた。

343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/16(水) 01:44:05.18 ID:mseecDI+o
以上、ここまで
想像以上に時間が掛かりました。

次回の投下はできれば三日以内に
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/16(水) 02:00:20.77 ID:rs9rhLtS0
乙でした。
神裂さんパなすぎるww
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(北海道) [sage]:2011/11/16(水) 02:26:26.80 ID:kTlzaRas0
おつおつです
しっかし織莉子も危険な賭にでたもんだな
杏子とほむほむを同時に相手取った上で機を見てまどか暗殺を狙うとは……
それにこれらの作戦を残りGS半個でやろうってあたりも凄いってゆうか無謀だ
でもそれ故に応援したくなるな
頑張れ織莉子!!…………でもほむほむが死ぬのも嫌だな
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/16(水) 08:12:05.79 ID:km6Np1HWo
妙齢連呼するなしwww
まぁ、見た目は確かに……おや?誰かきたようだ
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/16(水) 11:09:41.06 ID:/pycQag9o
刀持ったババァがランドセルとかイメクラでもねーよwwwwww
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西・北陸) [sage]:2011/11/16(水) 12:22:07.37 ID:9ZekT/LAO
あれ、>>347の家に……い、いやなんでもない、俺は何も見ていない……!!
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/16(水) 21:10:01.59 ID:rs9rhLtS0
>>347
屋上に来い
いや、殴るとかじゃなくお前の命のためだ、そこにいたら死ぬぞ!
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/17(木) 17:08:28.22 ID:pqbsOn3AO
遅ればせながら乙
おりキリにローラにワルプルに・・・敵が多いな
でもおりこならまどか暗殺優先すんじゃね?と思った
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:37:23.49 ID:2iLlp6O8o
なんとか間に合わせ……た?

さっそく投下します
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:38:31.15 ID:2iLlp6O8o

 漆黒の巴マミが帽子を手に取り、いくつものマスケット銃を足元に召喚する。
 それを見た五人の杏子とほむらは油断なく身構えながら、互いに目配せした。

ほむら「来るわよ」

杏子「分かってるよ。まぁ、あれくらいなら余裕だね」

 マスケット銃を両手に二丁保持した使い魔がトリガーを引いた。
 放たれる魔弾を小刻みにステップすることで回避しながら、五人の杏子が一斉に口を開く。

杏子「「「「「本命のための布石だよ。足元に気をつけな!」」」」」

 五重になって聴こえる声に眉をひそめつつ、ほむらは足場を力強く蹴立てた。
 そのすぐあとに、地面に突き刺さったままの銃弾が光り輝き、リボンへと姿を変えて伸びていく。

ほむら「何度も通用すると思っているのかしら」

杏子「「使い魔のほうにも注意しときな」」

杏子「「「“例”のあれがくるからね!」」」

 あれとはなんだ? と思わず首を傾げそうになったほむらは、しかしすぐに納得したように頷いた。
 先ほどまで執拗な銃撃を繰り返していた使い魔が、いつの間にか頑強な大砲を抱え上げていたのだ。
 確認するまでもなく、あれは“あれ”だろう。

ほむら「“あれ”を食らったらさすがの私たちでも持たないわよ」

杏子「注意しとけって言ったけど、でもまー心配いらないよ。どうせあたらないからね」

ほむら「……?」

杏子「“あれ”はリボンでバインドしてから撃つトドメの必殺技ってわけ。
.     ウルトラマンのスペシウム光線だって、怪獣が弱ってからぴかーってやるじゃん?」

杏子「中には砲弾をリボンにして締め上げるパターンもあるけど、それも事前のバインドあってこそ、さ」
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:39:04.27 ID:2iLlp6O8o

 使い魔が飛び跳ね、首を預けて照準する仕草を見せた。

杏子「かすったらアウトだけど、まぁこの分なら平気かな」

ほむら「なにせこちらは六人だものね……」

 使い魔が抱える大砲から、オレンジ色の光が漏れる。
 次いで爆音が轟き、人一人を容易に飲み込めるほどの魔弾が繰り出された。
 辺りをびりびりと振るわせる衝撃におののきながらも、二人(六人)はこれをあっさりと回避する。

杏子「ティロ・フィナーレ、破れたりってね。それじゃあほむら、手筈どおりに頼むよ」

ほむら「任せなさい」

 言うや否や、ほむらは盾を展開して小さなリモコン式の装置を取り出した。
 装置の中心に設置された赤いスイッチを躊躇うことなく押し込む。
 ぼふっ、と間抜けな音が鳴ったかと思えば、瞬く間にあちこちから白い煙がもうもうと噴出し、戦場を覆い始めた。。

ほむら「手製の発煙装置と発煙弾よ。この暴風の中でも、三〇程度なら持ちこたえることが出来るわ」

杏子「上出来上出来! そんだけありゃあお釣りがくるってもんだよね」

 杏子と分身が、それぞれ手に持った槍を独自の仕草で構えた。
 そのどれもがリラックスした面持ちで、不自然さなどどこかにおいてきたような風だ。
 こうなってしまうと、ほむらにとって不可能に本物を見分けることは等しかった。

杏子「――そんじゃあ始めるよ、巴マミ!!」

 白煙の向こうに消える巴マミを模した使い魔の姿を見つめながら、杏子が言った。
354 :×三〇程度なら持ちこたえることが ○×三〇秒程度なら持ちこたえることが [saga]:2011/11/19(土) 02:40:14.67 ID:2iLlp6O8o

 自分にとってそうであるように、彼女にとっても巴マミは特別な人であるはずなのに。
 あらかじめ心の準備が出来ていた自分でさえ動揺してしまったというのに。

 先ほどまで現実を直視できずに吐き出していた杏子の姿からは想像できないほど、彼女は力強く身構えていた。

ほむら(この短時間で割り切ったのね……あなたが羨ましいわ、杏子)

 口には出さず、しかし白煙の向こうに姿を消した杏子に羨望の眼差しを向ける。
 そうしていたのは一秒か、二秒か。

 かぶりを振ると、彼女は盾の中から“武器”を取り出して、自身の役割を果たすことにした。
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:41:43.77 ID:2iLlp6O8o

――一方その頃。


神裂「私のいない間、同僚がずいぶんとお世話になったようですね」


神裂「……怒ってなどいませんよ。ただ自身の無力さを恥じていただけです」


神裂「ですが覚えていてください。例え何があっても、たとえ何が起ころうとも」


神裂「私は、救われぬものに救いの手を差し伸べるでしょう、と」


 二メートルの大太刀を引っ提げて、神裂は威風堂々たる面持ちのまま高らかに宣言した。

 その様だけを見れば、常識などはさておくにしても非常に格好が良かったのだが――



ステイル「神裂、今伝えるのは心苦しいというか、君が口上を述べる前に言っておかなきゃいけないことがあったんだ」

神裂「なんです? 今は一分一秒も惜しいのです、魔女の撃破を優先せねば」

ステイル「“それ”。降ろしたらどうだい」


 そう言って、ステイルは神裂の背中にある物を指差した。
 それは、つまり、あれだ。
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:42:16.51 ID:2iLlp6O8o





――彼女はランドセルを背負ったままだった。




.
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:42:45.52 ID:2iLlp6O8o

神裂「……」

ステイル「……」

シェリー「……」

神裂「……」 ドサッ

神裂「私のいない間、私の同僚がずいぶんと」

ステイル「なに平然と仕切り直そうとしてるんだ。現実を直視したまえ」

神裂「は、離してください! 今ここで仕切り直さなかったら私は私でなくなってしまうのです!!」

シェリー「……ランドセル恥ずかしがる前に、服装のセンスと年齢に合ってない髪型と得物をなんとかしろよ」

神裂「服装についてあなたにとやかく言われる筋合いはありません――というかこれは魔術的な意味がですね!
.     そもそもポニーテールは別にセーフでしょう!? それに私から刀を除いたら痴女要素しか残りませんよ!?」

ステイル「自覚はあったんだね」

神裂「ああもううっせぇんだよド素人がッ!!」

シェリー「待て」

 そのままステイルの頭を蹴飛ばそうとした神裂は、シェリーの目の色が変わったのを見て眉をひそめた。

シェリー「魔女が来るぞ」

 それまで静観を保ち続けていたワルプルギスの夜が歯車を勢いよく回転させ始めた。
 甲高い金属音を鳴らしながら、ワルプルギスの夜は己の目的に従うかのように突き進む。
 対する神裂はというと――

神裂「……なんだ」

神裂「想像以上に、遅いですね」

――七天七刀と極細のワイヤーを両手に保持して、悠然とつぶやいた。
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:43:23.59 ID:2iLlp6O8o

杏子「ロッソ・ファンタズマには欠点がある」

 同じ頃、白煙に包まれたまま槍を握り締めていた杏子もまた、同じように悠然と呟いた。

 ロッソ・ファンタズマは相手の認識をずらす物や、そこに偽りを与える物ではない。
 その場に実体のない幻、虚像を作り出して相手を惑わす物である。
 それゆえ過度な干渉を行うことは出来ないし、この魔法を知り尽くした相手には通用しない。

杏子「あんたが本能のままに攻撃するやつだったんなら多重攻撃でどうにかなったんだけどね……」

 白煙に遮られた視界の向こうに存在するであろう使い魔は、杏子とほむらを見分け、戦術を切り替えることが出来る。
 それはすなわち、それだけの知識と戦術判断能力を有していると言うことだ。

杏子「まっ、だからこそアタシの≪新・ロッソ・ファンタズマ≫の出番があるんだけどさ」

 槍を持った方の手を下げると、杏子はもう片方の手を握り締めたまま胸の前へ持ってきた。
 何かを願うように、祈るように魔力をひり出し、思いの通りに作用させる。

 これから行う作戦は、杏子だけで行えるものではない。
 協力する人間がいて初めて成り立つものだ。
 だからこそ、杏子はその表情をほんの一瞬だけ暗くして俯き、目を閉じる。

 本当なら。

 本当なら、この戦法は。

杏子「……あんたと一緒に、やりたかったんだけどね」

 目を見開くと、杏子は身体に留めた魔力を解放した。
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:44:14.00 ID:2iLlp6O8o

 白煙の向こうに見えるわずかな黒い影目掛けて一人の杏子が突っ込んだ。
 槍をまっすぐに構え、相手を貫くための姿勢で。

 しかしその攻撃を看過していたのだろう。
 使い魔はあらかじめ用意していたリボンを振り回し、杏子の動きに遅延をかけた。
 そのまま流れるような動作でマスケット銃を拾い上げて引鉄を絞る。

 銃口から打ち出された魔弾は杏子の体を貫き――霧散する杏子の体と共に消滅した。
 使い魔が怪しく口を動かし、けらけらと笑う。

マミ『ロッソ・ファンタズマには欠点があるわ』

 遠目から観察している杏子には、使い魔がそんなことを言っているように見えた。

マミ『あなたが作り出す分身には攻撃能力がない。それがどういうことだか分かるかしら?』

マミ『対多数戦に対応できる相手にはあまり意味がないのよ。分身は攻撃を受けたら簡単に消えちゃうんだもの』

 今度は二人の杏子が飛び出した。
 マスケット銃をくるくると振り回す使い魔の左右から挟みこむような形で槍を向ける二人の杏子。
 しかし使い魔は足元にあるマスケット銃でその攻撃をさばくと、
 舞うような仕草で一人を撃ち抜き、もう一人をマスケット銃で打ち砕く。

 二人の杏子が霧散する。分身だ。

マミ『二人程度じゃもちろんだけど、五人がかりでも私を惑わすことは出来ないわ』

マミ『そして攻撃できない以上、分身の使い惜しみには意味がない』

マミ『煙幕を張っても、私は来る相手を迎撃するだけで良い』

マミ『今回みたいな時間差で相手を消費させ、翻弄する戦法の時なんかは特にね』

マミ『分身と同時に攻撃を仕掛けてこないことが分かっているなら、私は最後の一体に集中すればいいだけってわけね』
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:45:58.89 ID:2iLlp6O8o

 ……まったく、嫌になるよ。その通りさ。
 幻聴だと分かっていながら、杏子はその言葉に頷き、同意して見せた。

 それから白煙に紛れて、一人の杏子が正面から突っ込んでいった。
 槍を手に取り、使い魔の胸元を刺し貫くことだけを考えて――

マミ『はい、残念』

 けらけらと笑いながら、巴マミの姿を模した使い魔はその刺突を回避。
 ゆったりとした動作でマスケット銃を構え、好きだらけの杏子の腹部にフルスイング。
 マスケット銃が杏子の身体に食い込み、それまでと同じように霧散――

杏子「くはっ……!」

 しなかった。
 マスケット銃は杏子の腹部にダメージを与えたが、それで打ち止めだ。
 驚愕を露にする使い魔ににやりと笑いかけながら、杏子はマスケット銃とそれを握る左手をがっちりと掴む。

杏子「へへ……こういう応用も利くってこと、忘れてたのかい?」

 杏子は魔法の弱点をあえて逆手に取ったのだ。そして……

杏子「ほむら!」

ほむら「……!」

 使い魔の背後から、白煙を纏うほむらが姿を現した。
 彼女は大型拳銃をぴたりと使い魔の頭部へポイント、躊躇うことなく引鉄に手をかけ。
 しかしほむらが発砲するよりも早く、使い魔は自由になっていた方の手に保持したマスケット銃の引鉄を絞った。

ほむら「――!?」

 マスケット銃から放たれた魔弾が、寸分違わずほむらの頭部に着弾する。
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:48:23.36 ID:2iLlp6O8o

マミ『どうせならもう一工夫欲しかったわね。あーあ、暁美さんったらかわいそう』

 使い魔がにやにやと笑みを浮かべたまま、新たに拾い上げたマスケット銃を杏子へと向ける。

マミ『はい、それじゃあがんばって追いかけてあげてね? ふふっ』

 美しい微笑を浮かべる使い魔に対して、杏子はただ俯くばかりだ。
 いや、違った。
 煙幕の効果が切れたことで白煙の衣を脱ぎ捨てていく彼女は、勝ち誇った表情をして顔を上げた。
 そしてそのまま使い魔を拘束する手に力を込めた。

マミ『……!?』

 今度こそ、使い魔の身体が驚愕によって固まった。
 それは杏子の動きに驚いたからではない。彼女の身体に異変が生じたからでもない。

杏子「勘違いすんなよな……アタシが作り出した分身は、全部で四体だよ?」

 杏子の後ろ、晴れてゆく白煙の向こう側――つまり、戦場の外側に。

杏子「これが新・ロッソ・ファンタズマ……あらため!」


――無傷のほむらが、対物ライフルを構えていたからだ。


杏子「紫混じりの赤い幽霊……≪ヴィオラミスタ・ロッソファンタズマ≫!」

 使い魔の背後で、くずおれたほむらの姿が霧散した。
 あの白煙は、杏子が作り出した幻影をほむらの姿へ変化させるための物だったのだ。


杏子「やっちまえええぇぇぇえ!!」


 ぎゅん、と対物ライフルから放たれた銃弾が空気を切り裂く。
 その音が耳に届くよりも早く、マミの姿を模した使い魔の頭部が粉々に砕け散った。
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:49:23.54 ID:2iLlp6O8o

杏子「どんなもんよ!」

ほむら「あなたが言うから任せてみたけど……よくやったわね。お手柄よ」

杏子「へへっ、まさか巴マミと組んでる時に考えてたコンビネーション戦法がここで活きるとはね」

ほむら「でも≪ヴィオラミスタ・ロッソファンタズマ≫はないわ。本当に巴マミのセンスは寒いわね」

杏子「え、あ、あはは、だっだよねぇ〜!」

杏子(言えない……アタシが即興で考え付いたなんて言えない……)

ほむら「……紫混じりという時点であなたが考え付いたことくらいは分かってるから楽にしなさい」

杏子「う、うっせぇんだよド素人が!」

 談笑を終えると、二人は崩れゆく使い魔の身体へと目を向けた。

杏子「……お疲れ様でした、で良いのかな。まぁゆっくり休みなよ、巴マミ……」

ほむら「……いくわよ」

杏子「ああ、分かった。他のみんなのフォローもしないとな。ワルプルギスの夜も心配だし」

 そして二人は、使い魔に背を向けた。



 それが誤りであることにほむらが気がついたのは、何もかもが手遅れになった後のことだった。
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:50:24.81 ID:2iLlp6O8o

 二人が巴マミの姿を模した使い魔を撃破していた頃。

 ステイルとシェリーは、目の前で繰り広げられている非現実的な光景を目の当たりにして、
 手持ち無沙汰のままただぽつんと突っ立っていた。

ステイル「前座だっていうのは分かってたんだけどね……それにしたって、これはひどいね。ひどい喜劇だ」

シェリー「……気持ちは分かる。誰だってあんなの見てしまったらねぇ」

 二人の目の前で、ワルプルギスの夜が“叩き落され”た。
 それだけで済むならまだしも、最強の魔女は極細のワイヤーに引っ張られて無理やり起こされると、
 そのまま暴風の如き勢いで“振り回され”た。

 六〇メートルのベーゴマが紐に吊るされた状態のまま、
 辺りのビルを削り取りながら振り回されているのを想像してもらうと分かりやすいかもしれない。

 暴風に等しき災厄の中心にいるのは、年甲斐もなくポニーテールの髪をした神裂だった。

シェリー「ガキのオモチャじゃねぇんだからよ……」

 六〇メートルの巨体が、洒落にならない速度を保ったままふたたび地に落ちる。
 それはちょっとした落ちてきたような衝撃波を発生させて街に広がろうとするが――

神裂「――残念ながら、アンコールです」

 周囲に張り巡らされたワイヤーによって描かれた三次元の魔法陣にぶつかって跳ね返り、
 衝突時のそれよりもさらに増幅されて、ふたたびワルプルギスの夜へと襲い掛かる。
 ただでさえボロボロだったワルプルギスの夜の身体が、さらに砂に汚れて醜くなっていった。

 そんな満身創痍の魔女の身体に、神裂が追い討ちを仕掛けるように飛び蹴りを叩き込む。
 ワルプルギスの夜の身体がくの字に折れ曲がり、声にならない声をあげて魔女は悶え苦しんだ。
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:51:25.31 ID:2iLlp6O8o

神裂「なかなか硬いですね」

 ぱんぱん、と身体に降りかかった砂を手ではたきながら事もなげに言う神裂。

シェリー「そんな煎餅感覚で言うなよ……」

ステイル「なぁ、僕もう帰ってもいいかい?」

シェリー「もう少しだけ様子を見ましょう。何があるかわからないわ」

 二人の目の前で、神裂派大仰な仕草で七天七刀に手を当てた。
 付き合いが長い二人は、すぐにそれが居合いの構えを取る前兆であることに気付く。

ステイル「使うつもりか」

シェリー「みたいだな」

 そんな言葉をよそに、神裂の身体がゆらゆらと揺れた。
 その身体に込めたテレズマと魔力の総量は、先ほどまでいた天使と比べても遜色ないほどのものだ。
 恐らく、次で決まる。

 漠然と意識したステイルはどこか遠い目をして、神裂とワルプルギスの夜とを見比べた。
 五〇〇キロを踏破したせいか、やや疲れをにじませた表情の聖人。
 ぎしぎしと歯車を回転させて、ボロボロの体に鞭打ちなんとか浮上を果たした最強の魔女。
 どちらが戦局を支配しているかなど考えるまでもなかった。

 だからこそステイルは首を捻る。
 物足りない、とは違う。面白くない、でもない。
 あっけなさすぎる、と言うべきか。

神裂「――――唯閃ッ!!」

 神裂が放つことの出来る、最強の術式。
 無敵の居合い斬りが、ワルプルギスの身体を切り裂いた。
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:52:29.84 ID:2iLlp6O8o

 あれほど猛威を振るっていたワルプルギスの夜が、成す術もなく地に沈んでいく。

 最強の魔女の末路は、あまりにもお粗末な最期だった。

神裂「……これで終わりでしょうか?」

シェリー「完全に身体が真っ二つになってるんだもの、これ以上は動きようがないわ」

神裂「ですがワルプルギスの夜はまだ本気を出していないのでは? 位置も逆さのままですし……」

シェリー「情報に誤りがあったんじゃないかしら。もし仮に手の内を隠していても、これではね」

 ワルプルギスの夜の死骸に背を向けると、シェリーは苛立たしげに頭を掻いた。

シェリー「今はそれよりもソウルジェムだ。さっさとイギリスに戻って、王室にある資料を下に打開策を見つけねぇと」

ステイル「仕事熱心だね……僕はそうだな、あの狐狩りにでも行くか」

 ローラ=スチュアートの行方が分からなくなったことは、既にカブン=コンパス経由で掴んでいる。
 イギリス清教を牛耳っていた彼女のことを考えれば、その身柄を確保しておくに越したことはないだろう

神裂「その前に他の方々の救出や被害状況の確認が先でしょう」

ステイル「……そういえばそうだったね。君の部下がヘマをやらかしてる可能性も危惧しないと」

神裂「その点については大丈夫です。彼らは今回の一件を通してより逞しくなりましたよ」

シェリー「へぇ、あなたが自慢するだなんて珍しいわね」

神裂「『後方のアックア』の時もそうでしたが、改めて痛感しました」

 そう言って微笑んだ神裂は、ワルプルギスの夜の死骸に背を向けると、何かを思い出したように口を開いた。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:52:55.37 ID:2iLlp6O8o


神裂「それで視点を変えてみたところ、ある推測が立てられましてね」


ステイル「推測?」


神裂「はい。ローラ=スチュアートはもしかすると――――」

.
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/19(土) 02:56:17.44 ID:2iLlp6O8o
以上、ここまで。
ぶつ切り感が半端なくて申し訳ない。
決着を着けたみたいな雰囲気出していますが、ここからもう二山あります。

次回の投下は近日中に。禁書新刊が出る前に完結させたい
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/19(土) 03:33:44.61 ID:VEwvhZlAO

でも神裂さんワルプルに反撃されるフラグ満々じゃないですかーやだー!
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西・北陸) [sage]:2011/11/19(土) 04:37:24.25 ID:XP9xMPfAO
最後の台詞のダッシュがすごい不安を煽るなww
反撃の狼煙フラグビンビンじゃないですかww
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/19(土) 16:50:11.37 ID:usYcombfo
バードウェイの「いっぽーつーこー」発言が楽しみで仕方ない
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/19(土) 19:42:10.07 ID:B1EYwg3j0
もう不安しかないんだが
魔法少女側も聖人側も死亡フラグ立てて終わるとかどういう了見だwwwwww
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/20(日) 00:34:22.74 ID:2wqwQhvIO
>>371
そりゃ魔法少女も聖人も死亡するって事だよ!
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(北海道) [sage]:2011/11/20(日) 21:41:06.79 ID:qEWUjCZM0
あぁ、ほむほむが刻まれるのか……
っていうか今思ったんだけどさ、キリカって異常に暗殺に向いてるよね
速度低下と爪による刺突で不意討ちしそうな感じ
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/20(日) 23:10:06.13 ID:o94M6vyM0
>>373
暗殺なら全盛期ほむらさんが最強だろ、短く見積もってもあの人分単位で時止めてるぜ
射程外から近づいてぶっ[ピーーー]までノータイム余裕
死体処理も時間停止して行えば証拠を残さないことも可能だしな!
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:01:29.77 ID:T5W1IwwWo
俺は神裂さんも杏子ちゃんもマミさんくらい大好きだから、ほら……

投下します。
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:01:57.20 ID:T5W1IwwWo

 まどか――

 誰かがわたしのことを呼んでいる。俯いていたわたしは、はっと顔を上げた。
 声の主を探そうとして、すぐ目の前にキュゥべぇがいたことに気がついた。

まどか「キュゥべぇ……?」

 戸惑いながら、わたしは首を振って辺りを見回す。
 すぐそばで結界を張っていたシスター――長身でスタイルの良いルチアさんが怪訝そうに首をかしげた。

ルチア「どうかなさいましたか?」

まどか「あ、いえ、なんでもないです」

 慌ててそう答えると、わたしはテレパシーを使ってキュゥべぇに呼びかけることにした。

まどか『キュゥべぇ、どうしてここに? シスターさんの結界で、入って来れないんじゃなかったの?』

QB『とある十字教徒の力添えのおかげでね』

 そう返したキュゥべぇは、首をそらして身体をわたしの方へと向けた。
 そこで初めてわたしは、キュゥべぇの首元に見慣れない首輪が着いていることに気づいた。

QB『どうやらそこのシスターは僕の存在に気付いてないようだね』

まどか『どうして……?』

QB『素質がないのさ。大勢の人の人生を左右するほどの器じゃないから、彼女には僕が見えないんだろうね』

 そういえば、彼は普通の人には見えないんだった。
 そのことをすっかり忘れていたわたしは、ちょっと恥ずかしくなって俯くと、それでも気になって尋ねた。

まどか『それで、どうしてわたしのところに?』

QB『君に伝えたいことがあってね』

まどか『伝えたいこと?』

QB『そう。驚かないで、よく聞いてくれるかな?』
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:02:23.45 ID:T5W1IwwWo



QB『このままだと、君の友人はみんな死ぬことになるよ』



まどか『……え?』


.
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:03:37.74 ID:T5W1IwwWo

神裂「はい。ローラ=スチュアートはもしかすると――――」

 そこまで言いかけて、神裂はぱたりと口を噤んだ。
 不審に思ったステイルたちが振り返り、彼女の様子を窺おうとする。
 それを見ながら、神裂は内心である事実に直面し、諦めにも似た気持ちになって、心の中で呟いた。

――このままでは、死ぬ。

 予感や直感、経験、第六感に超反応……そういったありきたりな表現では表しきれない確かな物。
 そんな不透明な、しかし確実に存在する何かを目の前にした神裂の時間が、極限にまで引き伸ばされていく。
 瞬きすらも許されぬ短時間、コンマ一秒などというレベルを超越したわずかな時間。

 その中にありながら、神裂は自分に何が出来るのかを必死に探ろうとした。

 すぐに訪れるであろう絶望が何者から齎されるものなのか、自分達がどこで誤ったのか。
 あのワルプルギスの夜の真の力がいかほどで、インキュベーターの考えやローラの企みが何なのか、
 今すぐに全力で跳躍すれば、自分は生き残ることが出来るのだろうか、
 目の前にいる二人を死なせることなく共に脱出する術はあるのだろうか、

 そういったあれそれが、神裂の脳内を文字通り刹那にも等しい時間で駆け巡っていく。

 結局、答えは出なかった。

 時間の流れが元へと戻っていく。
 同時に自身の背後から強大なプレッシャーがあふれ出してきたことに彼女は気がついた。

 そして彼女は、ある人物と目が合った。

神裂「――――そうですね。申し訳ありません」

 一言だけ口にする。

 直後。

 彼女達がいた場所が、閃光に包まれた。
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:04:08.48 ID:T5W1IwwWo


――歩き出した杏子は、ほむらが思い詰めた表情でいることに気付いて眉間に皺を寄せた。

杏子「やけにシリアスぶってるけど、まだなんか気がかりなことでもあるわけ?」

ほむら「いえ……ただ、ちょっとね」

 彼女は左手の盾をガシャガシャと弄繰り回しながら、首を捻る。

ほむら「巴マミの姿をした使い魔、結局魔女にならなかったでしょう。それが不思議だったのよ」

杏子「はぁ? だってアイツは死んだんでしょ? 魔女になってないなら魔女が出てくるわけないじゃん」

 ほむらがかぶりを振った。
 その様子に疑問を覚えた杏子は、しかし彼女の肩に付着した糸くずを見つけてじぃっと見つめた。

ほむら「いいえ、彼女は魔女になったわ。あなたは知らないでしょうけど、月の初めに――杏子? 聞いているの?」

 ほむらの言葉に応えずに、杏子はそっと彼女の肩を指差す。

ほむら「なに?」

杏子「いや、なにっていうか……それ、なんだよ」

 言われて初めて気付いたように、ほむらが自分の肩口を見やった。
 糸くずは一定の規則に従ってふよふよと漂い、上下に揺れている。
 糸くず? いや違う、これはもっと別の物だ。おそらく魔力を込めて作られた――

ほむら「ッ――あああああああぁぁっああああ!!」

 ほむらの肩に付着――否、肩から“突き出ていた”糸くずが、瞬時に何倍もの大きさに膨れ上がった。
 彼女の肩にある筋肉や骨がぎちぎちと押しのけられて、血が滝のように零れ落ち始める。

 それは糸くずなどではない。
 極小の繊維状に伸びて、知らず知らずの内にほむらの肩を貫通していた“リボン”だった。
380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:05:30.37 ID:T5W1IwwWo

杏子「バカヤロウ!」

 慌てて彼女の近くに駆け寄り、彼女の後ろ側から伸びる槍の刃先でリボンを刈り取る。
 リボンは激しくのた打ち回り、やがてぱらぱらと分解して魔力の粒へと姿を変えた。

杏子「なんだこりゃあ……魔法? にしちゃあ生物的っていうか……ほむら!」

ほむら「だ、大丈夫よ。へいき、へいきだから……つうっ!」

 嘘つけ、と怒鳴りそうになったのをこらえて、杏子は彼女の肩に目をやった。
 無理やり骨と肉を押しのけられたせいで、傷口は醜くはれ上がり、潰れかけている。

杏子「治癒魔法かけろよ、このままじゃ身体が持たないぞアンタ!」

ほむら「……グリーフシード、もうないのよ……ソウルジェムにも余裕がないの。ごめんなさい」

杏子「あーもう、だったら早く言えよな! ほら!」

 杏子は懐から取り出したグリーフシードを彼女のソウルジェムに押し当てた。穢れが取り除かれていく。

ほむら「これはあなたの分でしょう?」

杏子「ストックにはまだ余裕あるし、アタシは治癒魔法苦手なんだよ。さっさと回復しな」

 投げやりに言うと、杏子は槍を逆手に構えて油断なく目を凝らした。

 先ほど巴マミの使い魔を撃破した辺りから、禍々しい魔力が垂れ流しになっている。

ほむら「……おそらく相手は、リボンの姿をした巴マミの魔女よ!」

 用心深く近づいていく杏子に、方を治療するほむらが声をかけた。
 まったく、第二ラウンドがあるなんて。
 心のうちで愚痴を吐き捨てると、杏子は姿勢を低くした。
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:06:21.12 ID:T5W1IwwWo

 不意に、右隣から温かい風が吹いた。
 それを認識した時、既に杏子の体は宙を浮いていた。

杏子(はや……!?)

 その事実に驚愕し、何が起こったのかを把握しようとする前に杏子の体が地面へと叩きつけられてしまう。
 全身が軋み、骨がミシミシと震えて痛覚神経が彼女の脳に痛みを訴える。
 失いかけた意識を何とか保つと、彼女は混乱する思考を働かせて自分の胴体を見た。
 どこかから伸びるリボンが巻きつき、わなわなと震えていた。

杏子「んのやろっ……!」

 右手に構えた槍を振り回してリボンを切断。
 そのまま身を捻って転がると、杏子は大きなコンクリートの塊に身を預けた。
 リボンが伸びる方角を辿るように視線を走らせる。

杏子「んだよこれ、こんなの……」

 そこで杏子は、にわかに信じがたいものを見た。

 巨大なリボンの姿の魔女が、周囲に散らばる瓦礫や破片を手当たり次第に結びつけ、己の下に引き寄せていた。

 まるでもう二度と離さないとでも言わんばかりに固く結ばれたリボンが何を意味しているのか。

 あの姿に込められた巴マミの感情や思いが何であるのか。

 それを杏子は知らない。

 ただ、杏子の瞳には、その魔女がとてももの悲しそうに映った。
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:07:47.39 ID:T5W1IwwWo

 リボンの魔女が、後ろで待機しているほむらに向けて小さなリボンを伸ばし、束縛しようとする。
 その様子を見た杏子は、言葉に出来ない怒りを覚えて地面を蹴り立ててその間に割り込む。

杏子「巴マミッ!!」

 槍を両手でくるくると回し、いくつものリボンをあざやかな手並みで切り伏せる。

杏子「アンタ……!」

 目の前で、リボンが脈動するかのように蠢いている。
 そんな恐ろしい魔女の姿をキッと睨みつける杏子。

杏子「アンタ、魔法少女は希望に満ち溢れてるもんだって言ってたじゃないか!」

 襲い掛かるリボンの雨をやりで迎撃しながら、杏子は訴えかけるような調子で叫び続ける。

杏子「そいつはただ、まどかを助けるためだけに何もかもを投げ打って頑張ってるんだぞ!」

杏子「そんな希望の塊みたいなやつを、アンタは……!」

 杏子の握る槍に一筋の亀裂が生まれた。これ以上防御は出来ない。
 時を同じくしてリボンの魔女も攻撃を行うのをやめた。
 その場に漂うリボンの魔女の姿を見て、杏子は目を細める。

杏子「……?」

 まるで一人でいることが苦痛で仕方ないようで……
 あるいは、何かを失ったことを悔やんでいるようで……
 リボンの魔女の姿は、どこか寂しそうに杏子には見えた。

 しかしそんな憐れみは、次に魔女が取った行動のせいで吹き飛ばされてしまう。

ほむら「杏子、いったん退きましょう。天草式に協力を仰いで……杏子?」

 ほむらの言葉に応える余裕は、杏子には残されていなかった。
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:08:56.91 ID:T5W1IwwWo

――ボロボロの槍を手にしていた杏子が、やんわりと笑みを浮かべながら振り返った。

杏子「伏せてなほむら。突っ立ってたら、庇いきれないんだよね」

ほむら「……何の話?」

 怪訝そうに眉をひそめ、肩に当てた手に力を込める。
 嫌な予感がした。なにか嫌なことが起こる、そんな予感がほむらの胸中に生まれていた。
 杏子は黙って半身を逸らし、ほむらに魔女の姿を見せた。

ほむら「……っ!?」

 魔女の身体から、五〇を超えるであろう大小様々なリボンが伸びていた。
 ある一定の長さまで伸びたリボンは、複雑に絡まり、裂け、巨大な砲を形作っている。

 そう。

 魔女から分かれたリボンのどれもが、ティロ・フィナーレの大砲とほぼ同じ形をしていたのだ。

 驚きの声を上げるよりも早く、二人と魔女との間に赤い鉄柵のような壁が生まれた。
 その壁には見覚えがあった。杏子が構築する、いわゆる一つの結界だ。

ほむら「結界ね……持つのかしら?」

杏子「持たなかったら、あんただけでも逃げろよな」

ほむら「え?」

 そこで彼女は、なぜか自分を庇うようにして立っている杏子の姿を見た。

 問い詰めようとする間もなく、視界が光で埋め尽くされて――
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:09:25.74 ID:T5W1IwwWo

 正直なところ、ステイルには“それ”が神裂であるという自信が持てなかった。

 女性的な丸みを帯びた輪郭に、見慣れたアンバランスなジーンズ、腹の中ほど辺りで結ばれたTシャツ。
 服装に合ってないウェスタンベルトや、腰にかけた長い太刀、年齢を弁えないポニーテール。

 神裂と呼ぶに足る特徴をいくつも持っていながら、しかし“それ”は、やはり妙だった。
 “それ”は背中から、赤い翼を生やしていたのだ。

 まるで血のように赤く、しっとりとした翼を。

ステイル(天使……いや、しかし)

 聖人とは『神の子』に似た身体的特徴を持って生まれただけの人間だ。ただの人間なのだ。
 ましてや、翼を生やして天使の真似事をすることなど出来ない。
 では、彼女から生える赤い翼は何なのか。

 ステイルは冷静になって、もう一度神裂を注意深く観察した。そして気付く。

ステイル「……翼、じゃ、ない」

 彼女から生えていた物は、空へ羽ばたくための翼などではない。

 それは、血飛沫だった。

ステイル「神裂!?」

 ステイルの声に応じるかのように、神裂の身体が前のめりに倒れこんだ。
 彼女の身体を庇おうとして近づき支えたステイルは、しかしその背に刻まれた傷を見て息を呑む。

 神裂の背に、本来あるべきはずの背はなかった。
 そこにあったのは、骨と血肉が入り混じった惨い傷口だけだった。

 考えるまでもなく。
 ワルプルギスの夜の攻撃から彼を庇うため、神裂が身を投げ打ったことによって生まれたものだった。
385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:10:22.77 ID:T5W1IwwWo

ステイル「なんてことを……君はバカか!?」

 ステイルの声に反応したのか、神裂がみじろぎした。
 まだ意識はある、つまり生きている、こんな怪我を負っても神裂は生きている。

神裂「申し……わけ……可能な、限り……」

ステイル「黙っていろ、クソッ出血が止まらない。魔力を練成しろ、せめて血管だけでも修復させるんだ」

神裂「既に……ってます……」

ステイル「大体だ、君なら避けることだって出来ただろうが。どうして僕なんかを庇ったんだ」

 火傷を治癒する回復術式を扱うが、効果はまるでない。
 急いで天草式の下まで引き返す必要があった。
 そんなステイルの考えをよそに、神裂は震える口を必死に動かして話を続けた。

神裂「シェリー……と……目が合い……あなたを……助け、ろと……」

ステイル「くだらない、その結果がこれだよ。判断ミスにも程がある。チッ……なんてことを」

 神裂を背負うと、ステイルは首を左右に振ってシェリーの姿を探す。
 二度三度それを繰り返して、ようやく彼女の姿を見つけたステイルはふたたび息を呑んだ。

 巨大なコンクリートに背中を預けるようにして、シェリーは倒れていた。
 遠目からでも分かるほどに、彼女の手足はいびつに歪み、折れ曲がっている。
 口と鼻からは多量の血を吐き、時折思い出したかのようにその身がびくんと跳ねて、また沈黙する。

 どこからどう見ても瀕死の状態にある。むしろ息があるのが不思議なほどだ。
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:12:41.29 ID:T5W1IwwWo

 シェリーの身体を抱え上げる。
 神裂とシェリー、二人合わせて一〇〇キロ以上あるというのに、ステイルはめげなかった。
 彼女達の体を身体に乗せながら、ステイルはけたけたと哄笑を響かせる魔女を見上げる。

ステイル「……図に乗るなよ、たかが魔女の分際で」

 ステイルが、残り少ない生命力を魔力へと練成する。
 自分の身体に眠る魔力をひり出し、それを場へと行き渡らせる。
 行き渡った魔力は、ステイルが構築した術式とあたりに散りばめられたルーンのカードやコピー用紙に伝播する。
 やがて、五〇メートル近い巨大な炎の巨人――イノケンティウスが再び顕現した。

ステイル「……テレズマ無しだと、これが限界か……だが」

 イノケンティウスが炎の十字架を両手に持って、ワルプルギスの夜に食い下がる。

ステイル(これで時間稼ぎくらいは出来るはずだ)

 魔女狩りの王と魔女の女王から顔を背けると、ステイルは重い足取りのままその場を離れようとした。

 五歩、六歩と足を前に運んでから、ステイルはため息をつく。
 背中越しに感じていた熱気が消えた。

ステイル「嘘だろう?」

 呟くステイルの背後で、イノケンティウスを葬ったワルプルギスの夜が狂った笑いを響かせた。
387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:13:49.84 ID:T5W1IwwWo

――同じ頃、ほむらもまた、赤い翼の如き血飛沫を背から噴き出す杏子の姿を見ていた。
 ただしこちらは神裂よりもまだ傷は浅く、背中をえぐられた程度で済んでいる。

ほむら「なんて馬鹿げたことを……杏子!?」

杏子「あー、んだよ騒がしいな……」

ほむら「騒がしいって……あなた、痛くないの!?」

杏子「痛覚カットしたし……でもだめだ、あー……いってぇ……」

ほむら「あなたねぇ!」

杏子「怒るより先にお礼言ってほしいんだけど」

 苦笑を浮かべて話す杏子に、ほむらは内心で憤慨した。
 確かにあの砲撃は恐ろしい規模だったかもしれない。
 だからと言って、なにも自分を庇うためにこんなことをしなくてもいいのに。

ほむら「バカ……でもありがとう。あなたのソウルジェム、相当濁っているわ。グリーフシードを出して」

杏子「わりぃ、さっきのが最後だったんだ」

ほむら「――え?」

杏子「わるいね、ホント」

 悪びれもせずに言うと、杏子は背から血を垂れ流しながら魔女を見た。

杏子「……もう、助からないかな」

 杏子の言葉を否定することは、ほむらにはできなかった。
 このまま戦えば杏子は肉体の活動を維持できずに意識を失い、ソウルジェムが濁って魔女へと至るだろう。
 だけど、そんなのはダメだ。

ほむら「……まだよ。私の武器であいつを竦ませて、その隙に後退することだってできるはずよ」

杏子「はは、あのつえー魔女相手に? ずいぶんと分の悪そうな賭けだねぇ」
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:14:52.33 ID:T5W1IwwWo

杏子「でも、さ。悪いんだけど」

杏子「あんなに寂しそうにしてる魔女……つーか、マミの姿見ちゃったらさ」

杏子「なんだかね……」

 彼女はボロボロの槍を投げ捨て、両手を胸の前で合わせて祈る姿勢にとる。
 杏子の体が、炎のようにゆらめく魔力に包まれていった。
 ほむらと杏子との間に赤い鎖状の結界が生まれる。二人の間に? 違う。魔女と杏子を囲うように、だ。

ほむら「杏子……!?」

杏子「アンタには、守りたいものがあるんだろ? だから巻き込めない」

杏子「アンタはただ一つだけ、守りたいものを最後まで守り通せばいい」

 そう告げる彼女の表情は、慈悲に満ちていた。
 そんな表情の杏子を見るのは、これが初めてではなかった。

ほむら「あなた、まさか……!」

 杏子は髪を縛るリボンを解くと、髪を留めていた十字架状の髪飾りを手に取った。

杏子「守りたいものを守り通す……。アタシや巴マミだって、今までずっとそうしてきたはずだったのになぁ……」

 やめて、そこから先の言葉を口にしないで。
 お願いだから、もうやめて。もうこれ以上、繰り返さないで――

杏子「行きな。コイツはアタシが引き受ける」

 杏子の決死の覚悟を受けても、ほむらは首を横に振った。
 ここまで来たのだ、もうこれ以上、誰かを犠牲にしたくなんてない。

杏子「早く行け! アンタには守りたいものが――『まどか』がいるだろうが!」

――それでも、やっぱり、まどかが大事だから。

 ほむらは歯を食いしばりながら立ち上がった。
 その場に留まろうとする身体に鞭打ち、無理やり足を動かす。
 そしてほむらはゆっくりと、その場から離れるために歩き出した。
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:16:04.50 ID:T5W1IwwWo

――ほむらが立ち去ったのを確認すると、杏子は残された力を振り絞って魔力をひり出した。

 鎖状の結界の内側に、数十メートルはあろう巨大な槍が何本も築きあがる。

 その槍は一本一本が守りの魔力を帯びていて、外からはもちろん中からどうこうすることが出来ない代物だ。

 これから発動する、最後の魔法の効果を極限まで高めるため。周囲に被害を出さないための、結界である。

 結界に閉じ込められたリボンの魔女は、それでも身動き一つしなかった。

 自分の足元に同じような巨大な槍を作り出すと、杏子はその槍の切っ先近くに膝を立てたまま言葉を紡ぐ。

「心配すんなよマミさん」

「一人ぼっちは、寂しいもんな」

「いいよ。一緒にいてあげるよ、マミさん」

 髪飾りにソウルジェムを移した杏子は、赤く輝く宝石に口づけした。

 文字通り、自分の魂に、これまで歩んできた道のりに別れを告げるための、深く短い接吻。

 名残惜しそうに唇を離すと、杏子は自身の魂が込められた髪飾りをリボンの魔女へ向けて放った。

 自由になった右手に槍を生成し、両手で構え、体に残る魔力の全てを槍の切っ先へと集中させる。

 そして、その魔力を足元にある巨大な槍の刃へと繋げた。

 巨大な槍から放たれた魔力が、リボンの魔女の目の前を漂っていたソウルジェムを照らし出す。

 照らし出されたソウルジェムは眩い赤の輝きを放って――
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:16:38.01 ID:T5W1IwwWo



 視界が赤い光で覆われる寸前。



 杏子は光の先に、誰かの笑顔を見た。


.
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:18:26.20 ID:T5W1IwwWo

 背後で何かが爆ぜる音を聞いたほむらは、力なく膝を着いた。

ほむら「くっ……う、うぅ……」

 どれだけ噛み締めても、声は口から漏れてしまう。

ほむら「どうし、て……っ」

 何も出来なかった。

ほむら「どうして、こう……」

 嗚咽が漏れる。

 目頭が熱い。

 頬を、涙が流れていくのが良く分かった。

ほむら「わたしは、わたしはっ……!!」

 頭の中がぐちゃぐちゃになり、わけが分からなくなって頭をかきむしる。

 今の彼女に、条理を覆す力は残されてなどいなかった。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:20:46.56 ID:T5W1IwwWo

――しかし、時間はほむらのことなど待ってはくれない。状況はほむらの都合などお構い無しに揺れ動く。

 すぐそばに人の気配を感じたほむらは、ほとんど自動的に顔を上げていた。
 それは繰り返した時間の中で身につけた能力であり、ほとんど反射的なものだった。

 顔を上げたほむらは、涙でかすむ視界の向こうに二人組みの少女を捉えた。

 片方は白い衣装を身に纏い、大きな帽子をかぶった少女。
 もう片方は黒い衣装に黒い眼帯をした、ボーイッシュな少女だった。

 二人の姿を正しく認識したほむらの思考に、疑問と共に恐怖が浮かび上がっていく。

ほむら「どうして、あなたたちが……」

 ほむらの言葉を受けて、白い方の少女――美国織莉子が、満面の笑みを浮かべながら口を開いた。

織莉子「その様子だと、佐倉杏子は救えなかったみたいね。数多の世界を乗り越えし、背徳の時間遡行者……」

織る莉子「暁美ほむら」

 織莉子に続いて、黒い方の少女――呉キリカも口を開く。

キリカ「だいぶ警戒されてるみたいだね。この分だと助ける振りしてザクッ! は無理かな」

織莉子「どちらにしても、やることに変わりはないわ……さっそくで申し訳ないのだけど」



織莉子「この世界のために、死んでもらえるかしら?」
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:24:11.70 ID:T5W1IwwWo
以上、ここまで。

ところどころ巻いてます、巻いてます。
まったくどうでもいい話ですが、最近思いついたネタをメモすることの重要性に気付きました。はい。

次回の投下は三日以内に。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:25:36.18 ID:T5W1IwwWo

――しかし、時間はほむらのことなど待ってはくれない。状況はほむらの都合などお構い無しに揺れ動く。

 すぐそばに人の気配を感じたほむらは、ほとんど自動的に顔を上げていた。
 それは繰り返した時間の中で身につけた能力であり、ほとんど反射的なものだった。

 顔を上げたほむらは、涙でかすむ視界の向こうに二人組みの少女を捉えた。

 片方は白い衣装を身に纏い、大きな帽子をかぶった少女。
 もう片方は黒い衣装に黒い眼帯をした、ボーイッシュな少女だった。

 二人の姿を正しく認識したほむらの思考に、疑問と共に恐怖が浮かび上がっていく。

ほむら「どうして、あなたたちが……」

 ほむらの言葉を受けて、白い方の少女――美国織莉子が、満面の笑みを浮かべながら口を開いた。

織莉子「その様子だと、佐倉杏子は救えなかったみたいね。数多の世界を乗り越えし、背徳の時間遡行者……」

織莉子「暁美ほむらさん」

 織莉子に続いて、黒い方の少女――呉キリカも口を開く。

キリカ「だいぶ警戒されてるみたいだね。この分だと助ける振りしてザクッ! は無理かな」

織莉子「どちらにしても、やることに変わりはないわ……さっそくで申し訳ないのだけど」



織莉子「この世界のために、死んでもらえるかしら? 暁美ほむらさん」
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/21(月) 01:26:11.40 ID:T5W1IwwWo
少し訂正。
織る莉子って誰だよ、織莉子です。いい加減辞書登録しよう

それでは
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/21(月) 01:48:12.91 ID:NkUTaJ8po


絶望的すぎるよ…もう
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西・北陸) [sage]:2011/11/21(月) 13:09:29.33 ID:y9QGJHyAO
クロスオーバーで戦力持って来てもクロス先の影響受けて更に敵がパワーアップするからタチが悪いなww
しかもマミ魔女さん、ただでさえ高火力のティロフィナーレを無数にとかチート過ぎるだろw
マジでどう足掻いても絶望じゃないですかー!

結局まどっちの救済の技法を発動するしかないのか……?
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/21(月) 20:59:09.57 ID:bXoi3sMFo
いや、円環は発動済みのようだから
アレさんの絡みが鍵かなあ

399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/21(月) 23:35:36.53 ID:l8NKWDZ50
乙でした、あ、ああ、ああああああああ……
なんだよこの絶望感……
神裂さんが相手にもならないとかなんだよこのワルプル強すぎワロエナイ
ループゼロまどかとマミさんでも相討ちに持ち込めたこと考えると、
やっぱワルプルもループで強化されてんのかな?
しかも杏子が……でも、杏子とマミさんのかつての関係を考えれば本人的には満足なのかな……?
せめてそうであったことを祈る
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/22(火) 08:07:05.09 ID:TY9vZggAO
自爆はしたけど死んだと決まったわけじゃない、多分、うん・・・ねっ?
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:42:12.29 ID:xFXW5Mu2o
致命的なネタ被りに物凄い動揺してます。これだからSSはやめられない

というわけで投下します
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:43:31.51 ID:xFXW5Mu2o

――不必要な用具が外に持ち出された、体育倉庫にて。

まどか『みんなが死んじゃうって、そんな、こと……』

QB『信じられないかい? だけど事実だ。そしてこれは、僕にとっても予想外なことだよ』

まどか『……どういうこと?』

QB『ワルプルギスの夜は、強くなりすぎた』

 それは言外に、手遅れだと語っているようで……
 まどかは思わずむっとして彼を睨み、責め立てるような目の色をした。

QB『元々ワルプルギスの夜という名前はね、あくまでその“域”に達した魔女に宛がわれる通称でしかないんだ』

QB『今回はたまたま“舞台”の魔女がその“域”に達したから“舞台装置”として機能しているに過ぎないのさ』

まどか『……その“域”って、なんなの?』

QB『特定の魂の残滓や、場に流れる魔力、いわゆる霊脈のような“エネルギー”を受け取ることで至る“形態”だよ』

QB『それだけなら、ワルプルギスの夜はこれまで通り、大災害の一つとして扱われる程度でしかなかっただろうけど』

QB『この世界に生じた歪みが彼女を過度に強化させてしまったんだ』

 そう言うと、キュゥべぇは尻尾をふりふりさせて首を傾げた。

QB『魔術の存在する世界、すなわち魔術世界に存在す“霊脈や“テレズマ”、性質の異なる“魔力”……』

QB『それらがあの場には溜まり過ぎてしまっていたんだ。
   なにせあそこには、天体を自由に動かす“天使”の力が散乱していたんだからね
   エントロピーを凌駕し、拡散することなく溜まり続けるエネルギー。これがいかに凄いかを説明しても――』

まどか『あなたの言ってること、全然分からないよ……』

 わたしがそう言うと、キュゥべぇ可愛らしく首を振って、

QB『結論を述べてしまうと、ワルプルギスの夜はあと一〇日足らずでこの星を滅ぼしてしまうってことさ』

 そう言った。
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:44:09.02 ID:xFXW5Mu2o

まどか『一〇日で……え……?』

 ここに来て、話がとても大きくなったのをまどかは感じた。

 これまでは、一つの街が滅びるとか、みんなが危ないとか、そういうのだった。
 だけど地球が滅びちゃうなんて、いくらなんでも……

QB『僕らとしてもエネルギー回収ノルマを達成できてない以上、地球を滅ぼされてしまうのは非常に困るんだ』

QB『だから契約してほしいんだけど……ああそうそう、まだ伝えることがあったんだったね』

まどか『……なに?』

QB『美樹さやかが戦場に向かったそうだよ』

 思わずはっと息を呑み、まどかは彼の赤い双眸をじっと見つめた。

QB『戦闘の余波で飛んできた瓦礫に挟まれた、クラスメイトの志筑仁美を助けた流れでね』

まどか『う……うそよ、さやかちゃんはもう、魔法は使えないのに。穢れが溜まるとソウルジェムが壊れちゃうのに』

QB『嘘なんか吐かないよ。彼女はグリーフシードを使いながら、魔力を節約して向かっているそうだ』

QB『果たして、あんな状態の彼女に何が出来るというのやら……』

まどか『どうして……さやかちゃん……』

QB『彼女には叶えたい願いがあり、それを叶えるだけの力があったからね』

QB『僕としてはむしろ、理解出来ないのは君のほうさ。まどか』

まどか『……え?』
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:46:38.25 ID:xFXW5Mu2o

QB『誰よりも素晴らしい素質を持っている君は、だけどこれまで何もせずに生きてきた』

QB『遥かに素質の劣る美樹さやかや佐倉杏子のように、誰かを救い、守ることをしてこなかった』

QB『自身の生命活動に支障をきたすほどの魔術を扱うステイル=マグヌスのように戦わなかった』

QB『……だというのに、君の口から漏れる言葉はいつも決まって、不条理を嘆き、不幸を呪うようなものばかりだ』

 感情を持たないキュゥべぇにとって、善意や悪意なんてものはなんら意味を持っていない。
 彼の言葉や考え方には悪意がない。

QB『自分から行動しない限り、何も変わったりはしないよ』

 その指摘は嫌になるほど正鵠を射ていた。
 彼の悪意なき言葉はまどかの心を深く抉っていく。

 でも、そのままじゃだめだから。

 まどかはそんな彼に精一杯の反抗心を見せるために。
 あるいは現状を打破するために、彼に向かって訴えかける。

まどか『……キュゥべぇ、わたしをこの結界から連れ出して!』

QB『……それが出来たら苦労はしないよ。それに、もう時間みたいだ』

まどか『え?』

 そのとき、それまそばで周囲の気配を窺っていたルチアが、ふとまどかの顔を覗きこんできた。

ルチア「どうかなさいましたか?」

まどか「え? あの、べつに、なんでもないです……よ?」

ルチア「……ふむ」
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:47:55.02 ID:xFXW5Mu2o

 ルチアはもう一度、まどかの顔を横目で見やってから。
 ふっとため息を吐くと、マーカーで記された円状のラインの外に出た。

ルチア「どうやらインキュベーターは、素質や才能のある人間にしか見えないようですね」

 キュゥべぇの存在に気付かれてしまった。

まどか「あの、そんなことは、その!」

ルチア「……あなたのお気持ちは理解していますが、お許しください。あなたを契約させるわけにはいかないのです」

 わたしをほとんど軟禁に近い形で閉じ込めていたシスターは、悲しそうに告白しました。
 もちろん、彼女達に悪意がないことはわたしだってよく分かってる。
 多分、ほむらちゃんからお願いされたんだろうってことも。

アンジェレネ「それでどうなさるんですか?」

ルチア「探知術式を使ってインキュベーターの捜索を行った後、排除します。あなたは結界の強化を」

アンジェレネ「へぇ……ああでも大丈夫ですよ、結界は私たち以外出入りできませんし」

 頷くと、ルチアは壁に立てかけてあった大きな車輪を手に取り、それを倉庫の中心に置いた。
 地面でマーカーで何かを書き込み、複雑な模様を書き連ねていく。

QB『いくら素質がなくても、魔術を使って探索されたら隠れようがないね。そろそろ引き上げようかな』

まどか『そんな……!』

 そうこうするうちに、ルチアが描いた魔法陣から淡い光が漏れてきた。
 いくつかの色を宿した光は、四つの方向に向けて放たれて――あっさりと霧散してしまう。.

ルチア「おや?」
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:49:02.92 ID:xFXW5Mu2o

アンジェレネ「テレズマと方角、色の関係性がごっちゃになってますよ?」

ルチア「むっ……もとより私は教えを重視していますから、こういった魔術は門外漢なのです」

 あーだこーだ言い合う二人を見ながら、キュゥべぇが赤い目でまどかを見る。

QB『その結界は修道女のみが立ち入ることの出来る結界のようだけど、中に修道女がいないと機能しないみたいだね』

QB『まどか。君が本当に自由になりたいと思うのなら、まず君が一歩を踏み出さないといけないよ』

 アンジェレネがいるのは、円状のラインのすぐ手前。
 後ろから突き飛ばせば、すぐに身体が出てしまう位置。

――迷った時間は三秒にも満たなかった、と思う。

まどか「ごめんなさい!」 ドンッ!

アンジェレネ「きゃっ――へ?」

 背中から突き飛ばされて呆けているアンジェレネを尻目に、まどかは全力で駆け出した。
 まず倉庫から出て、それから……どうすればいいのか、分からない。
 だがこのままここでこうして待っているよりはよっぽどマシだろう。
 彼女は力の限り足を動かして、身体を前へ運ぼうとする。

QB『まどか、前だよ!』

 そんなわたしの前に、大きな木の車輪を抱えたルチアさんが立ちはだかりました。

ルチア「手荒な真似はしたくありませんが、致し方ありませんね……どうかお許しを!」

 ルチアが車輪を振り上げた。
 あれでぶたれたら痛いだろうなぁなんて暢気なことを考えて、でも身体は止まらない。
 木製の車輪が目の前に広がり――


「そこまでです」
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:51:29.78 ID:xFXW5Mu2o

ルチア「くうぅっ!?」

――ルチアの身体が不自然に痙攣し、彼女の身体の近くで光が瞬いた。

まどか「え? なに? え?」

 驚き困惑しながらも、まどかはルチアの背後に一人の少女を見つけた。
 短い髪に、ゴツいゴーグル。頭から漏れ出す静電気の塊。
 御坂美琴クローン、あるいは妹達の一人のミサカだ。

ミサカ「なにやら怪しい集団がいると聞いて駆けつけてみれば……はてさて、なにがなにやら」

ミサカ「とりあえず無理な勧誘行為はマナー違反かと思われますが、とミサカは胡散臭い修道女を睨みつけます」

まどか「うーん、なにか違う気がするんだけど……」

 なんと説明すべきか戸惑うまどかに対し、彼女は黙ったまま親指で背後の出口を指し示した。
 事情は分からないが、とりあえず行け。彼女の表情がそう語っている。
 まともに会話したことのないミサカに頭を下げながら、まどかは再び駆け出した。

ルチア「っ! お待ちなさい! あなたはご自分の立場を理解なさってください!」

ミサカ「それはあなたの方かと思われますが、とミサカは容赦なく電撃を浴びせかけます」 ビリィッ!!

ルチア「きゃっ!? ああもう、これだから薄汚い異教徒の猿はッ!!」

アンジェレネ「あわわわ!? し、シスタールチア、それは負けフラグです! どうか落ち着いてください!」

ルチア「これが落ち着いていられますか!」

ミサカ「あれ、もしかしてこいつら実はちょろくね、とミサカは心の中で呟きます」

ルチア「心の中で呟いてないでしょうが!!」

 背中越しに聞こえる怒号を聞きながら、まどかは心の中で二人に向かって謝罪すると倉庫を飛び出した。
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:52:43.19 ID:xFXW5Mu2o

 走りながら、まどかは足元を併走するキュゥべぇに尋ねた。

まどか「キュゥべぇ、仁美ちゃんがどこにいるか分かる?」

QB「志筑仁美なら別室で治療を受けているね。意識はまだないと思うけど、様子を見に行くかい?」

まどか「……ううん、やっぱり体育館から出よう」

QB「それなら美樹さやかが出て行った場所からがいいよ。正面玄関は修道女に制圧されてしまっているからね」

 人ごみの中を掻き分けながら走っていると、まどかは視界の隅に自分の父親、知久を捉えた。
 タツヤを抱えたまま、誰かを探しているのだろう。必死に首をめぐらし、目をきょろきょろと忙しなく働かせている。

まどか「パパ!」

知久「あっ、まどかかい? いやぁ良かった、探しても見つからないから慌てちゃったよ」

まどか「ごめんパパ、色々あって……ママは?」

知久「ママはトイレ、ところで……あれ、なんだろう?」

 そう言うと、知久は人ごみの向こうに姿を現した数人の修道女を見つめて首をかしげた。
 これ以上ここにいることは出来ない。

まどか「ごめん、わたし行かなきゃ……」

タツヤ「まどかー?」

知久「……まどか?」

まどか「絶対に帰ってくるから、パパ、それまでママとタツヤをよろしくね!」

 知久がリアクションを示す前に踵を返すと、まどかは再び駆け出した。
 絶対に帰る――それが可能かどうかは、彼女にも分からないことだった。
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:53:44.60 ID:xFXW5Mu2o

 追っ手を振り切り、ひとまず廊下に出る。
 風を叩きつけられた窓ガラスが時折その身を震わせるのを横目で見ながら、まどかは階段を駆け下りた。
 そこでまどかは、力なく腰を下ろして壁に背を預ける恭介と出会った。

まどか「上条くん……?」

 恭介は精気の欠けた顔をまどかに向けると、自嘲気味に笑って手を挙げた。
 その頬には何かが伝い、流れ落ちていった痕が見られる。
 泣いていた、のだろうか。

恭介「さやかなら行ったよ。君も、行くのかい?」

まどか「……うん」

 恭介の表情が曇る。
 その横顔には怒りの色が見えた。
 自分に対して怒り、世界に対して怒っているような、そんな色が。

恭介「魔法少女とか、魔術とか、良いよね……そういう力がある人は」

 恭介の語気に力がこもる。
 それは妬みだった。

恭介「僕には何もない。特別な力も、才能も、死地に赴く友達を止めてあげる言葉だって見つけられない」

 それは呪いで、同時に八つ当たりに近かった。
 俯き、包帯で覆われた左手を見つめる彼の横顔は、悔しそうだった。

恭介「理不尽だ……不条理だ!」

 吐き出すと、彼は右手で自分のあたまをくしゃくしゃにして嗚咽を漏らした。
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:54:20.04 ID:xFXW5Mu2o

――彼は、わたしと同じだ。

恭介「でも……違うんだ」

恭介「違うんだ、分かってるんだ、そうじゃないって……」

 そう続けると、恭介は天井を仰いだ。

恭介「本当は分かってる、そうじゃないんだ」

 たぶん、彼の心の中にある感情は、気持ちは、まどかが心に抱いているものと同じだろう。
 恭介の気持ちが痛いほどに分かるからこそ、まどかは立ち止まったまま彼の言葉を聞き続けた。

恭介「……力がなくても、止めることはできたんだ。駆け出すことも」

恭介「さやかの肩に手を置いて、行かないでくれって叫ぶことも。一緒に、あの暴風雨の中に飛び込むこともできたのに」

 あなたは悪くない。そう言おうとして、まどかは口を噤んだ。
 黙って聞いてあげようと思った。

恭介「あの時は、できたのに……!」

 恭介はさやかが魔女になったとき、恐ろしい呪いを浴びながらも、見事救い出したのだ。

 確かにそれは、突然現れた第三者――ツンツン頭の高校生のおかげかもしれない。
 確かにそれは、あまり格好の良かったとは言えないかもしれない。

 それでも彼は、さやかを救ったのだ。
 一度救えたからこそ、それを再現することが出来なかった悲しみは計り知れない。
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:54:55.51 ID:xFXW5Mu2o

恭介「君は、魔法少女になるのかい?」

まどか「……それは」

 答えられない。

恭介「……わがままかもしれないけど、できれば……いや、なんでも」

恭介「ないよ」

 恭介が続けようとした言葉が、まどかには手に取るように分かった。
 彼の気持ちを考慮すれば分からないことでもない。
 途中でそれを告げるのを止めた理由だって、想像はつく。

まどか「……わたし、もう行くね」

恭介「……」

 黙ったまま俯く恭介の正面を横切る。
 何歩か歩いてからまどかは振り返らずに言った。

まどか「嵐が止んでからでもいいから」

まどか「さやかちゃんのこと、迎えに来てあげてね」

 返事は聞こえなかった。
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:55:27.39 ID:xFXW5Mu2o

QB「複雑だね。どうして人間はああも非効率的な思考しか出来ないのかな」

まどか「もう……それが人間なんだよ、キュゥべぇ」

 苦笑を浮かべながら、まどかは壁に横穴が穿たれた場所まで辿り着いた。
 風と少しばかりの雨粒が混じったものが進入し、床一面が茶色く濁っている。
 その中に赤い鮮血を見つけて、まどかは表情を暗くした。

まどか「……どうして誰も来ないの?」

QB「魔術師が張った結界が強く効いているせいだね。志筑仁美が発見されたのは不幸中の幸いかな」

まどか「そっか……うん、それじゃあ行こう、キュゥべぇ」

 キュゥべぇを肩に乗せると、まどかはため息を吐いた。
 やっていることだけを取り出してみると、魔法少女とその使い魔が人助けに行く――といった具合だ。
 まるで朝方にやっている魔法少女のアニメだ。

 しかし現実は甘くない。
 まどかは世界を滅ぼす可能性を秘めたただの少女で、
 キュゥべぇは宇宙の貯めに人間を食い物にするエイリアンである。

まどか「……理想と現実は違うね、キュゥべぇ」

QB「それが人生というものじゃないのかい?」

まどか「ふふっ、そうかも……?」

 キュゥべぇから目を離すと、まどかは再び外へ目をやる。
 そして驚きの表情を浮かべて、全身を凍りつかせた。

まどか「……ママ!?」
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 02:57:37.05 ID:xFXW5Mu2o

 目の前に、雨に濡れたまどかの母親――詢子が立ち尽くしていた。

詢子「よう、まどか」

まどか「そんな、どうしてママがこんなところに……」

詢子「なんでだろーなー、まぁ親子の縁ってやつさ。大体分かっちまうんだよねぇ」

詢子「娘がどこに行こうとしてるか、とかな」

 けらけら笑うと、詢子は右手を腰に当てた。
 途端に表情が一変する。
 眼差しは鋭く、動作は重たく、唇は固く結ばれて。

 己の母親の心を支配する感情の奔流がなんであるのかを察して、まどかは一歩後じさる。

まどか「あ、あのねママ、話したいこと、いっぱいあって、でも、時間がなくて……」

詢子「聞きたいことはいっぱいあるけど、まぁなんだ。その前に一つ言っておくことがある」

まどか「ママ……?」

 詢子はにかっと笑みを浮かべると、そのままの調子で続けた。


詢子「ここは死んでも通さないから、そのつもりでな」


 武力を伴わない戦いがあるとすれば、まさしくそれは今、この場面だ。

 勝率は無いに等しい。
 強行突破も出来ないだろう。いや、そもそも強行突破なんてダメだ。
 そんな形で母親と別れたくない。理解してもらいたい。その上で送り出してほしい。


 だからわたしは、ママを説得してみせる。
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/25(金) 03:00:14.05 ID:xFXW5Mu2o
以上、ここまで。
まど回でした。

次回の投下は土曜日を予定していますが、仕事の都合で日曜になるかもしれません
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(岡山県) [sage]:2011/11/25(金) 07:19:43.33 ID:PNzdIf2io
乙です。
いいもん見ると朝から元気出るな。
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(大阪府) [saga]:2011/11/25(金) 10:39:07.65 ID:8Uim6STn0
 乙!! 展開が楽しみ
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/25(金) 19:24:44.71 ID:zW6ZGBqw0
乙乙!

まどか……自分の立場理解しろよぉ。
あんたが勝てばオッケーなんじゃなく、あんたが戦うこと自体が人間サイドの敗北なんだよ。
守られるだけのお姫様じゃないといけない存在なんだよ、あんたは…。
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(愛媛県) [sage]:2011/11/25(金) 20:45:44.34 ID:2wJ5fBsm0
「困った時は一度間違えてみるもんだ」と教えた本人が立ちはだかるか・・・

でもね、一度間違えた人間は何が正しかったのかすら解らなくなるのよかぁちゃん。
そしてまどかは間違えたら取り返しがつかなくなる側の人間なの。誰のせいかは
別としても。
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/25(金) 22:07:14.07 ID:5jGi6T/Ro
とりあえずまどかの腕の一本でも折っちゃっていいんじゃないかな詢子さん
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/26(土) 18:26:21.15 ID:K6zbXo6Eo
あくまでまどか世界の構成をなぞるなら
まどか契約したら人類滅亡
まどか自重したら見滝原壊滅&登場人物大半死亡という究極2択になるので
まどかが動く事自体は一概に間違いだとは言えないかもねー
このSSでもパワーバランスは大体一緒みたいだし(ワルプル超強化・魔法少女が聖人並み)

でも一人の母としては絶対に通しちゃダメだよなぁ
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(愛知県) [sage]:2011/11/27(日) 14:39:15.51 ID:WTn91Sx30
素朴な疑問だがこれまどかが魔法少女になっても勝てないんじゃないか?
ワルプルがクリームヒルトクラスの魔女になってるみたいだし…
魔女化すれば潰し合ってくれるかもしれないけどさ……
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/27(日) 22:36:50.14 ID:8oqgH8l40
>>421
いや、勝てるだろ多分。まどかさんマジパないぞ、宇宙どころの話じゃないぞ
時間干渉(過去と未来)と空間干渉(全ての宇宙)を同時に行った上その全ての世界において
真っ黒になって魔女化寸前レベルになってる穢れたソウルジェムを浄化できるんだぞ

単純に戦う能力に特化したら悟空越える気すらするわ
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/27(日) 23:44:02.14 ID:iLy7psnGo
>>422
強さ議論も無粋だが
宇宙レベルになったのは概念体であって
まどか自体の強さは魔法陣を射抜いて空一面からの一斉射出までだぞ
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/27(日) 23:53:39.97 ID:r8jDAhNuo
ほむらでさえ素質的には平凡扱いなんだもんな
魔法少女は全体的にスペック高い

因果ブーストされたまどか様の力は推して知るべし
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/27(日) 23:58:56.27 ID:r8jDAhNuo
とりあえず戦闘能力を棚上げしても
願いの効用がシェンロンが泣いて謝るくらいに万能なので
「悟空より強くして」って願えば本当にその通りになりそう

よって倒せるか倒せないかで言えば、倒せる。鼻くそほじりながらでも
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:31:46.20 ID:4wKwex/4o
日曜に投下と言ったのに……投下します。
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:32:13.11 ID:4wKwex/4o

――幕間

 強者と強者とがぶつかり合う見滝原市には不似合いな、怪しげな影が二つあった。
 片方はいわゆる普通の男子学生で、
 片方は天候に見合わぬアロハシャツと、遮る日光がないサングラスをかける一風変わった男だった。

「やれやれ……久しぶりに学園都市から引っ張り出されてみれば、まさかこんな作業を任されるなんて……」

 男子学生の方が呟いた。

「ぶあつい雲がある中で巧妙に金星の光を抽出して攻撃用に受け流すのがいかに難しいか――」

「いいから次の瓦礫を分解しろ」

「……はぁ」

 男子学生が黒曜石を削り取って出来た黒いナイフを掲げる。
 ナイフがほんの一瞬輝いて、すぐ目の前にあった瓦礫を粉々に打ち砕いた。

「ところで一体何を探してるんです? 今回のお仕事は誰からの依頼ですか?」

「何じゃなくて“誰”だ。それに仕事じゃない。とあるババァに昔の好で頼まれただけだ」

 そう告げるアロハシャツの男は、そこでぱたっと口を噤んで男子学生の肩に手を置いた。
 視線の先には、弱弱しい輝きを放つ光がある。

「どうかなさいましたか?」

「……ビンゴ。話に聞いてはいたが、まさか“二人”揃ってるとはにゃー。いや笑っちまうぜぃ」

 何がおかしいのか、腹に手を当ててくぐもった笑い声をもらすサングラスの男。
 やがてかぶりを振ると、彼はポケットから黒い宝石――グリーフシードを取り出した。

 彼らの行動が、どのような影響を戦局に及ぼすのか。
 それが判明するのはもう少し先の話しになる。
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:33:08.90 ID:4wKwex/4o

まどか「……」

詢子「……」

 気まずい沈黙が、二人っきり――キュゥべぇを除けばの話だが――の空間に降りてゆく。
 何も語らず、何も交わさず。
 互いの目線は違えど、視線は同じものを指し、瞳は瞳を捉えて離さない。

まどか「……わたし、は」

 喉に力を入れて、搾り出すようにして紡いだ言葉はたったの四文字だけれど。
 それでも詢子は頷くと、まどかの目をじっと見つめて先を促した。

まどか「友達を助けたいの。わたしになにができるか、まだ分からないけど……それでも助けに行きたいの」

詢子「消防署に任せとけ。素人が出しゃばる話じゃない」

まどか「そうじゃない、そうじゃないの! そういう話じゃなくて、もっと深い事情があって……」

詢子「その事情ってのを聞かせてみろ。まずはそこからだ」

 それが話せたら苦労はない。
 詢子の言葉に、まどかは弱弱しく首を横に振ることで答えた。
 彼女が腰を据えるのはまがりなりにも世界の裏側、魔術と魔法が交差し奇跡が起こる摩訶不思議な世界だ。 

 しかし。

詢子「話してみろよ」

まどか「……無理だよ。いくらママでも、信じないよ」

 詢子の眉がぴくりと動き、その目に覇気が灯った。

詢子「話す前から信じないって、どうして言い切れる? なんで分かる? なぜ決め付ける?」

詢子「大人を見くびるんじゃねぇ!」

 室内に吹き荒れる風の音をものともせずに、詢子は声を荒げて言い放った。
 思わず萎縮してしまったまどかは、ばつの悪そうな顔をして目をそらす詢子を見た。
 そらした視線はそのままに、彼女は小さな声で囁くように続ける。

詢子「ちったぁアタシを信用しやがれ。人を勝手に値踏みしてんじゃねーよ」
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:34:04.90 ID:4wKwex/4o

――自分には自分の言い分があるように、相手にも同じ言い分があるのだ。
 だったら、話さないまま説得しようだなんて考え方は。
 あまりにもおこがましい物なのかもしれない。

 ごくりと喉を鳴らした音が響く。
 果たしてそれは、まどかのものだったのか。それとも詢子のものだったのか。

まどか「……わたし、ね。わたし、このこの一ヶ月で、色んな人と出会ったんだよ――」

 震える唇を抑え付けるように無理やり動かして、まどかは静かに語り始めた。

 全ての始まりは、ささいな夢だった。
 それからステイルとほむらが転校して来て、使い魔に遭遇し、憧れの人……マミと出会った。
 魔法というものに触れ、次に魔術というものを知り、世界の広さを嫌になるほど思い知らされて。
 さやかが契約し、マミが魔女になり、杏子と出会い、今度はさやかが魔女になって、それから、それから。

 ところどころ伏せたし、省略したけれど。
 それでも決して短くはないまどかの話を、詢子は黙ったまま聞いてくれていた。

まどか「――だから、わたし、みんなと同じ目線に立ちたいの」

まどか「魔法少女になるかどうかは決めてない、決まらないけど……それでもわたしは行きたいの」

まどか「……信じられないよね、こんな話。でもこれは」

詢子「信じるよ」

 ほんの一瞬の間すら許さず、詢子は頷いた。
 その言葉はまどかの胸に深く突き刺さり、同時に思考をかき乱していく。

まどか「――っ! うそだよ! そんな、こんな話、急に聞かされて、それで信じるなんて! できっこないよ!」

詢子「アタシの娘がそうだって言ってんだ。母親のアタシが信じてやらないでどうすんだ」

まどか「そんな……そんなの……!」

 必死に力を込めなければ音を鳴らさなかった喉から、嫌になるほどに音が漏れていく。
 それを聞かれまいと口に手を当て、嗚咽を殺し、溢れ出る涙を空いた手で拭う。
 嬉しかった。
 荒唐無稽な話を前にして、信じると断言してくれた母の言葉が。
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:34:51.45 ID:4wKwex/4o

詢子「つってもあれだ、そんな格好の良い理由だけで信じたわけじゃないんだけどな」

まどか「……え?」

詢子「見ちまったからな。さやかちゃんが、奇跡を成し遂げる瞬間をさ」

 不思議なことに周りにいたやつらはうろ覚えらしいけどな、と続ける母の姿を見ながら。
 まどかは心のどこかで安堵し、同時に友人の行方に思いを馳せて胸を痛めた。

 いずれにせよ、相手は信じてくれた。
 だったらあとはここを通してもらうだけだ、とまどかは意気込み、自分の母に向かって笑いかけた。

まどか「それじゃあそこ、どいてくれるよね?」

詢子「それはできない」

 母の返答は期待したものとは違っていた。
 裏切られた。そんな、暗くて冷たい気持ちが心の中に生まれる。

まどか「どう、して……?」

詢子「……」

まどか「みんなが必死で頑張ってるのに、死んじゃうかもしれないのに、どうして?」

 訴えかけるように尋ねるまどかに、詢子はただ首を横に振るばかりだ。

まどか「わたし、間違ってるの? おかしいの? ねぇ、どうして!?」

 ほとんど叫ぶようなまどかの問いかけを受けても詢子の態度は変わらなかった。
 代わりに笑みを浮かべて、悲しみの色を宿しながら口を開く。

詢子「……正しいよ。アンタは、アタシの娘とは思えないくらい正しい。すごい立派だ」

詢子「自慢の娘だし、応援してやりたいと思う。できることならアタシだってアンタのことを手伝ってやりたい」

まどか「……じゃあ」

 それでも、詢子は首を横に振った。

詢子「アタシはここをどけない」
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:35:47.66 ID:4wKwex/4o

まどか「……理由は?」

まどか「みんなが傷付いてるのに、わたしだけここに閉じ込められて、ただ嵐が過ぎるのだけを待つ理由は?」

まどか「ママは分かってない! ワルプルギスの夜は、すっごく強いの!」

まどか「もしみんながダメで、どうしようもなくなったら……わたしが行かなきゃ、ダメになるの!」

まどか「もしうまくいっても、わたしはここで守られるだけで終わりたくなんてない! みんなのそばにいたい!」

 こんなに声を荒げたのは、もしかすると生まれて初めてかもしれない。

 初めての相手が自分の母親になるなんて思いもしなかったけれど。
 それでも口は動くことをやめない。喉は音を出すことをやめない。
 母の瞳をまっすぐに見据えて、まどかは叫ぶ。

まどか「それでもどいてくれないっていうなら……教えてよ」

まどか「ママがそこをどけない理由。わたしが外に出るのを止めるだけの理由を!」

――そんなことを吐き捨てたのは、頭に血が上っていたからだろうか。

 荒げた声は御しきれず、あふれる感情の奔流は果てなく流れ出ていく。

 そんなまどかの言葉を真正面から受け止めた詢子は、静かに眉をひそめる。
 悲痛な表情の中に怒りの色を窺わせた彼女は――



詢子「テメェが、アタシの娘だからに決まってんだろうが……!!」



――その目に涙を浮かべていた。
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:37:21.26 ID:4wKwex/4o

詢子「分かるんだよ、さやかちゃんが魔法ってのを使ったとき、分かっちまったんだよ!」

詢子「ああいうのを使えるってことは、それ相応の代価が付き物だって! 危ないんだって!」

詢子「娘の気持ちは尊重してやりたい、成長したことを嬉しく思いたい、笑顔で応援してやりたい!」

 ぐっと息を吸い込み、詢子は吐き捨てるように言った。

詢子「だけど、それでも私は、お前に生きて欲しいんだ……危ない橋をわたって欲しくねぇんだ」

 自分の、娘なんだから。

 赤みを帯びた母の顔を見ながら、それでもまどかは首を横に振った。
 彼女には、自らの母の意見がひどく身勝手なものに思えたのだ。

まどか「そんなの絶対おかしいよ! 時には間違えって、大事なのは諦めないことだって、そう言ったのはママでしょ!?」

詢子「ああ、そうだな」

まどか「だったら!」

 ふっと笑みを浮かべる詢子の表情に、まどかは確信めいた物を抱いた。
 ああ、たぶん――

詢子「お前もいつか分かる時が来る。ああそうさ、アタシと同じ母親になったら、いやでも分かるさ」

――母の気持ちは、揺るがない。決心は曲がらない。
 そして自分は、母の考えを改めさせることが出来ない。

 どうにもならない深い溝。何が起きても交わらない平行線。
 自分と母の間には、超えることの出来ない意識の壁がある。

まどか「……う、ううぅ……っくぅ!」

 悔しくて、悔しくて、悔しくて。
 目からぼろぼろと溢れ出していく液体を止めることもできず。
 口から漏れる嗚咽を抑えることもできない。
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:37:52.55 ID:4wKwex/4o

 全身を震わせるまどかのそばに、すっとキュゥべぇが歩み寄ってきた。

QB「泣いたって、状況は何も変わったりはしないよ」

 この場には不釣合いなほどのよく澄んだ、まともな正論だった。

QB「それにね、僕らの基準で考えてみると、確かに君の母親は非常に理不尽な提案を申し出ているように思えるけど」

QB「それが一人の人間として――いや、君の母親としてのものだと考えると納得がいかないわけでもないんだ」

 個の価値観や感情を理解しないはずのキュゥべぇにしては、珍しく人間寄りの意見だった。
 いや、違う。
 彼が言いたいのはそういうことじゃないはずだ。

QB「……説得するのは諦めて、別のルートを模索したほうが良い。その方が効率的だからね」

 結局そんなものだ。
 涙を拭いながら、いつもと変わらぬ彼の様子に半ば呆れる。

まどか「……そうだね」

詢子「まどか?」

 言って分からない、叫んでも分からないなら、別の方法を探すしかない。

 そう思い、身体を後ろに向けようとするまどかの背中に向けて、後ろから声が掛かった。

「やっと見つけましたよ、鹿目まどか……ったく、手間がかかるったらありゃしねーですね」

まどか「っ――アニェーゼさん?」
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:38:51.53 ID:4wKwex/4o

 大きな蓮を模った杖を手にしたイギリス清教の修道女、アニェーゼ=サンクティス。
 彼女はまどかの退路を断つように構え、鋭い眼差しでまどかと詢子とを見比べる。

アニェーゼ「ただでさえ忙しいこの時に……ほれ、大人しくお縄についちまってください」

まどか「っ……嫌!」

 思わぬ伏兵の出現に、まどかは思わずじさった。
 アニェーゼにから離れるように後じされば、当然ながら背後にいる詢子に近づく形になり。
 二人に挟まれたまどかは、とうとう逃げるスペースを失ってうろたえた。

詢子「おい、アンタが誰かは知らないけどな、まどかに手ぇ出してみろ。ただじゃおかねぇぞ」

 アニェーゼは興味深そうに目を細め、ちらちらと二人を見た。

アニェーゼ「頑固なのは母親譲りってとこか……安心してくださいな。私はこの子を連れ戻しに来ただけですよ」

詢子「アタシは昔から宗教やってるやつだけは信用しないクチなんだ」

 そう言いながらも、二人は息の合った動きでまどかを追い詰めようとにじり寄ってくる。

 もとより二人とも、気が強い上に社会の荒波にもまれて今日を生き抜いてきたキャリアウーマンとシスターだ。
 年齢や職業、人種の差異こそあれど、根本的な部分は似通っているのかもしれない。

まどか「……アニェーゼさん、そこ、どいてください」

アニェーゼ「お気持ちは察しますがね、あなたはもう少し周囲の人間や暁美ほむらのことを考えるべきです」

アニェーゼ「……もっとも、どこぞの赤毛神父がこのことを知れば何たる傲慢だ、なんて息を荒げかねませんがね」

 炎の剣を片手に携えてクールに焼き尽くす姿が想像できますよ、というシスターの言葉を耳にしながら。
 前と後ろに迫る二人の障害に頭を悩ませていたまどかは、そこでふと小首をかしげた。

 視界の隅、正確に言えばアニェーゼの背後に、見滝原中学の制服の一端を見たからだ。

 そしてそれは脳裏に疑問が浮かぶよりも早く、次の行動に移った。
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:39:42.42 ID:4wKwex/4o

――わあああぁぁっ!

 この場には不釣合いな、幼い少年のかけ声が響き渡る。
 突然のことにまどか達が呆気に取られている隙に、その声の主はアニェーゼに向かって後ろから抱きついた。
 あの特徴の無さそうで、しかしどことなく男らしい顔つきは――

アニェーゼ「ひゃぁっ!?」

まどか「中沢くん!?」

 そう。制服の主にして声の主は、まどかのクラスメイトである中沢だったのだ。
 だが驚くのはここからだ。
 さらに中沢の背後から衣服を赤く濡らした仁美がぬっと姿を現して、アニェーゼの身体にもたれかかった。

アニェーゼ「なっ、なんなんですかあなたたちは!?」

中沢「事情は分かんないけど、今のうちだぞ鹿目!」

仁美「まどかさん、さやかさんによろしくお願いしますわ!」

 ピリッ、とアニェーゼの身体から気迫があふれたのがまどかにも感じられた。
 思わぬ援軍に感謝しつつも時間を無駄にしないため、まどかは母に振り返る。

詢子「……良い友達を持ったな」

まどか「うん」

――それ以上、言葉を操る時間は無かった。余裕も無かった。必要も、無かった。

 力強く地面を蹴立てて、詢子の脇を通り過ぎるために身体を前へ前へと押し出す。

 足を前へ! 腕を前へ! 大きな障害を乗り越えて、一歩先へ踏み出すために!
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:40:24.36 ID:4wKwex/4o

 しかし。

詢子「大人を舐めるんじゃねぇ!」

 前へ走るまどかと違って、どっしりと構えているだけでいい詢子にはいくらかの余裕があったのだろう。
 毎朝会社へ向かうことで勝手に鍛えられた足腰を活かし、まどかの身体が向かう位置へ身を寄せる。
 そしてぬっと腕を伸ばし、まどかの小さな身体を捕らえようとした。

 ぎゅっ、と肩が、腰が掴まれる。
 前へ進むことを阻まれた結果、殺しきれなかった速度が重たい衝撃となってまどかの身体を揺さぶった。

詢子「……!」

 それでも前へ進もうと身を捩るまどかは、母の表情に喜びの色が宿ったのを確かに見た。

詢子「ったく……知らないうちに重くなったなぁおい、それに足も速くなったんじゃないか?」

 それは、子の成長を喜ぶ母の想いからくるものだった。

詢子「子は親の知らぬ間に育つって言うけどさ……ま、でもここまでだ。がっちり捕まえたからな、もう離さないぞ」

まどか「……ううん」

詢子「あぁ?」

まどか「ここから、だよ!」

 温かい母の抱擁を心地よく感じながらも、まどかは自分の足元へ視線を落とした。
 まるで主に従う忠実な使い魔のように居座り、自分を見上げる二つの赤い瞳と視線が交差する。
 そうしていたのはほんの一秒にも満たないわずかな時間だろうけど。

 まどかの意図を察したキュゥべぇは、珍しく呆れたように首を振って見せた。

QB「やれやれ、いくら君のためとは、いえ少しは僕の身にもなってくれないかな――っと!」

 魔法少女を支える健気な使い魔のようなセリフを吐いて、キュゥべぇが彼女の肩に飛び乗った。
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:40:53.14 ID:4wKwex/4o

 まどかは現在母に抱きしめられている。
 その肩に飛び乗るということは、必然的に詢子の顔に近づく構図になり――

詢子「わっ、なんだ!?」

 キュゥべぇが見えない詢子からしてみれば、ふわふわした見えない何かが現れた、としか認識できない。
 そしてその一瞬の隙を突いて――

 ゆっくりと。緩慢な動作ながらも。
 確かにまどかは、詢子の抱擁から逃れ、一歩前へと踏み出した。

詢子「しまっ……!」

 一歩踏み出してしまえば、二歩目以降はそう難しくない。
 瞬く間に詢子から離れ、まどかは強風が荒れ狂う外へと身を運び終えた。

 二人の間にある距離は、わずか三メートル。
 しかし立っているのがやっとの世界において、この三メートルのアドバンテージはあまりに大きい。

まどか「ごめんね、ママ」

詢子「っざけんな! いいか、もしそのまま走り去ってみろ、アタシはお前を一生許さないぞ!」

まどか「ねぇママ、わたしね」

詢子「黙ってろ! 今から行くから、動くなよ! 頼むから……!」

まどか「わたし、ママの子供に生まれてきて、本当に良かった」

詢子「今生の別れみたいに言うんじゃねぇ!」
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:41:25.92 ID:4wKwex/4o

 風に煽られて何度かよろめきながら。

 キュゥべぇの頭を乱暴に掴む、最愛の母に向かって。

 その後ろでアニェーゼにしがみついている、二人のクラスメイトに向かって。

 まどかは優しく、柔らかく微笑んだ。

まどか「わたし、必ず帰ってくるから」

 それだけ言うと、まどかは後ろを振り返り、再び走り始めた。

 風によろめき、石につまずくその姿は、決して格好の良い姿ではなかったけれど。

 それでもまどかの心は、見滝原市を覆う悪天候など気にも留めないくらい澄んだ青空のように晴れやかだった。
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/11/29(火) 02:48:20.72 ID:4wKwex/4o
以上、ここまで。

大人対子供、みたいな。アニェーゼは子供だけどね!
魔法少女といったら思いがけぬ級友からの援護とか声援が外せないんじゃないかと思いまして、
仁美さんには意識を回復してもらいました。
ほむらの活躍は次回に先延ばし。

次回の投下は四日以内に。ですが最近体調を崩しがちなため、色々と気をつけないと……
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [sage]:2011/11/29(火) 07:06:57.30 ID:qo/YcIU/o
乙でした
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/29(火) 09:22:53.48 ID:Ve0PzahSO
な、中沢がかっこいい…だと…!?
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(福岡県) [sage]:2011/11/29(火) 10:12:01.45 ID:1ZN2L3x30
結局ごり押しかよ!?

まあ、舌戦だと明らかにママんの方が分があるよねー。

乙です。
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/29(火) 12:25:32.00 ID:ae4aX7EAO
説得できたらできたで萎えちゃうけどごり押しも萎えちゃう、うーむ・・・ジレンマだな
べえさんじゃないけどまどママの言い分は母親としての意見なら正しいし

そして原作同様空気の知久ェ・・・・・・
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西・北陸) [sage]:2011/11/29(火) 12:27:39.73 ID:52ricFHAO
結局強行突破じゃんw
詢子さんかっけえなぁ……いい母だ。
見えないQBにアイアンクローしてるのには笑ったがww
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/29(火) 18:32:21.90 ID:YCBkI9pV0
アホー! 見滝原中学生どものアホー!
だから勝てばいいんじゃないんだってあれほど言ったじゃないですかー! やだー!
まどかが契約した瞬間に早い遅いの差こそあれ宇宙滅びるのが確定しちゃうんだってばー!
勝利条件はワルプルギスの夜の撃破じゃなくてまどかの契約阻止なんだってばー!
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(愛媛県) [sage]:2011/11/29(火) 21:46:51.39 ID:yosaWGbZ0
円環の理になりたいと願っても結局「地球をあげます」同然の結末。間違いが間違いを重ねてもう取り返しがつかない。

どうしよう?上やんは今補習中?最悪青ピでもいいから。誰かこじつけでいいから完全正答そげぶして!
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/30(水) 00:16:27.83 ID:3n/Sie/to
実はまどかの契約阻止は、ほむらの個人的な勝利条件であって、その他大勢にとって必ずしも必須じゃない。
契約=人類滅亡爆弾の誕生ではあるけど
爆発前に殺処分したり安全弁つけたり、やりようは色々ある。

このSSでもさやかが体を張ってギミックを例示してるから、きっと何かあるんだろ、何か。
448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/30(水) 00:36:38.80 ID:QasuEwW3P
ところでロリコンの出番はまだか
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/30(水) 03:01:51.66 ID:z79MWoyIO
お母さんならこうなるのは仕方ない。
親子ならこうなっちゃうよね。
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/11/30(水) 17:09:03.67 ID:4rl31lce0
>>447
人類滅亡爆弾の誕生はもう敗北条件満たしてるだろ
今回突然協力してくれた中沢とか仁美とか、当然ほむらとさやかだって
どう考えたっていざまどかのSG割る段になったら妨害するじゃねえか

ローラの狙いすらまだ食い止められてないのに、今まどかが契約すんのは完全に悪手だろ…
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 01:57:03.91 ID:ng8U45Dwo
最初はまどかが説得して、アニェーゼを三人がかりで取り押さえる流れだったとか言えない……
いざ書く段階になってママさんが説得される姿が思い浮かばなかっただけなんて言えない……!
プロットはよく考えて練ろう、投下します
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 01:57:43.25 ID:ng8U45Dwo

――まどかを取り逃がしてしまったアニェーゼは小さくため息を吐いた。
 まとわりつく中沢と仁美を振りほどき、肩を落とした詢子に近寄る。
 抜け殻のようなその背中は、お世辞にも大きいとは呼べなかった。

アニェーゼ「すいませんね、油断したばかりに娘さんを逃がしちまいました」

詢子「……いや、いいって。アタシも悪かったんだ」

 風によって舞い上がる砂埃によって、とうの昔に後姿すら見えなくなってしまったと言うのに。
 詢子は大穴の外、自分の娘が走り去った方角から目を離さずに、肩をすくめた。

詢子「初めてなんだよ、あいつがアタシの言うこと聞かずにどっか行っちまうのなんて」

詢子「それが憎らしくて、でも誇らしくてさ。なんだかね……悲しいけど、同時にそれが嬉しくもあるんだよ」

詢子「……母親失格だな」

 アンビバレンツ――二つの相反する感情を発見して自己嫌悪する詢子から目を逸らし、アニェーゼも外を見た。

アニェーゼ(本当に、どっちの気持ちも分からないわけじゃねぇんですがね)

 鹿目まどか。彼女は悪くない。
 杏子と行動を共にすることが多かったアニェーゼではあるが、空いた時間でまどかと会話をしたことは少なくない。
 美樹さやかが魔女になったときはもちろん、その後に訪れたほんの一時の平穏な日々などでだ。

 彼女はあくまで人並の平和と幸せを願ったに過ぎない。
 二転三転する状況に流され、絶え間なく襲い掛かる現実に押し潰されそうになりながらも。
 彼女は当初、結界に囲われ、守られるだけの存在でいてくれることに同意してくれた。

 しかし人間とは我侭であり、欲深く、情にもろい生き物だ。
 一を得れば二を求め、三を欲し、やがて一〇にまで手を伸ばそうとする存在だ。
 事実、アニェーゼもそうした人間の一人である。

 それゆえに、アニェーゼはどうしてもまどかのことを非難する気になれなかった。
453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 01:59:14.64 ID:ng8U45Dwo

 それよりも気になることがあるのを思い出して、アニェーゼはへたり込んでいる少年少女に目を向けた。

アニェーゼ「子供のおふざけにしちゃあ度が過ぎてますね。お仕置きと調教、どちらがお好みですか?」

中沢「どっちとも同じじゃないかと……う、嘘です! すいませんでした!」

仁美「私はお友達を助けただけですの。シスター様にとやかく言われる筋合いはありませんわ」

 つい先ほどまで生死の境を彷徨っていた少女にしてはだいぶ強気な発言に、アニェーゼは眉を上げた。
 その軽はずみな行いが原因でまどかが死んだら、お前らはあの母親に向かってなんと声をかけるつもりだ。
 そんな言葉を口に出そうとするも、結果的には口をもごもごさせて唸っただけに留まる。

 彼らだって悪気があったわけではない。事情を知らない者なりに友人のためを考えての行動なのだろう。
 その美しい友情を、どうしてつまらない言葉で潰せようか。

 ぶつけようの無い苛立ちを募らせていると、アニェーゼは視界の隅に見知った顔を二つ捉えた。

アニェーゼ「シスタールチアにシスターアンジェレネ……と、そちらの少女は?」

 さすがに背後からメイスはないだろ……ガクッ、などと呟く短髪少女を引きずりながら、
 相当走って来たのであろう。ルチアは肩を上下させながら口を開いた。

ルチア「はぁ、はぁ……能力者です……遅れて申し訳ありません、でした……はぁ、はぁ」

アンジェレネ「なんか元気な中学生のみなさんに足止めを食らっちゃいまして……
           その、私からしたら同い年くらいなんですけど。多分鹿目さんのお友達だと思います」

アニェーゼ「呆れるくらい素晴らしい友情ですね……それで」

アニェーゼ「どうして私たちが彼女の邪魔をしてるってお分かりになったんで? 辻褄が合わねぇんですよね」

中沢「えぇっと……」
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 01:59:55.29 ID:ng8U45Dwo

 後ろめたいものがあるのか、それとも自分自身でもよく理解していないのか。
 漠然としたなにかに囚われたような表情を浮かべた中沢は、自信無さ気に続けた。

中沢「最初はその、鼻歌が聴こえてきたんです。アメージンググレイス? とかいうやつの」

 アメイジング・グレイス、いわゆる賛美歌だ。
 賛美歌と言っても新教寄りかか旧教寄りかで色々とあるのだが、それはまぁいい。
 歌に魔術的要素を交えて術式を構築することも少なくないので、それが何らかの魔術であることは察しがついた。

中沢「で、その後にエセ古文調というか、古典的というか……バカみたいな喋り方?」

仁美「たりとかけるとかなりとか、そんな風な女性の声が聞こえてきましたの。小声でしたけど」

 嫌な予感がする。
 そんなバカみたいな喋り方をする人間に心当たりがあるかないかで言えば、ある。
 それも最悪な人物だ。

中沢「内容は、えーっと……友を救えよ、とか。隣人を愛せよ、とか。あとは確か」

中沢「汝の欲するところを為せ(やりたきことを見つけたれ)。
.     それが汝の法とならん(それに従いて突き進みたれば間違いはなしにつきけるわ)……だったかな?」

仁美「それを聞いた途端、助けなければと思いまして……だって、友達ですから」

 決まりだ。

 純真無垢な少年少女をたぶらかし、意図的に鹿目まどかを誘導せしめた黒幕がいる。
 しかもそれは現在進行形で悪巧みをしている最中なのだ。
 いかなる金の装飾にも勝りうる、滑らかな黄金の髪を思い出しながらアニェーゼは歯噛みする。

 苛立たしげに地面を踏みしめると、アニェーゼはルチアを見上げた。

アニェーゼ「通信霊装を貸してください。あの悪女のことは、古株に聞くのが早いですからね」
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:01:02.06 ID:ng8U45Dwo

 ルチアからカード状の霊装を受け取ったアニェーゼは、ローラと面識があり、因縁深い人間……
 すなわちステイルに向かって呼びかけた。
 しかし応答はない。聞こえてないのか、出る余裕がないのか。

 首を捻ると、今度はその近くにいるであろう天草式を呼び出した。
 今度は成功する。低い男の声――おそらくは建宮――が応答した。

アニェーゼ「アニェーゼです。ステイル=マグヌスはそちらにいますか?」

建宮『……いや、残念ながらいないのよな』

アニェーゼ「ふむ、例の女狐が尻尾を出したんですがね。神裂火織かシェリー=クロムウェルはいますか?」

 霊装の向こうで、建宮が躊躇うようにごくりと喉を鳴らした。

建宮『いるにはいるが、二人とも現在治療中だ。意識は戻られてない。というか戦闘員は全員アウトなのよな』

 彼の声が震えているのに気がついて、アニェーゼは顎に手をやった。
 ステイルはその場にいなくて、戦闘員が全員倒れている、ということは。

アニェーゼ「ワルプルギスの夜はどうなったんです?」

建宮『あー……沈黙しているのよな。力を溜め込んでいるとも取れるし、静観しているとも取れるし……』

アニェーゼ「要領を得ない回答ですね」

建宮『一応要塞に連絡して、断続的に砲撃を加えてはいるが……』

 効き目は薄い、ということか。
 早急に他の勢力に協力を打診するか、最悪の場合は学園都市の協力を仰がねばなるまい。
 学園都市が誇る最強の能力者やあの少年の力があればあるいは、と考え、ふと疑問を覚えた。

アニェーゼ「ん? それじゃあ赤神父はどこにいるってんです?」

 アニェーゼの問いかけに、建宮は呆れているようで、笑っているような、そんな声で答えた――
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:01:37.17 ID:ng8U45Dwo

――時間はほんの少しだけ巻き戻る。
 まどかが母親と戦っていた頃。
 暁美ほむらもまた、同じように強敵と戦っていた。

 ただしまどかと違って物理的に、武力的に、である。

ほむら「くぅ……!」

 絶え間なく繰り出される斬撃の隙間を縫うように身を捩じらせる。
 しかし自身の一手二手先を行くキリカにしてみれば、その程度の抵抗は意味を持たないのであろう。
 わずかな隙を突かれたほむらは、鳩尾に膝蹴りをもらって地面を転げまわった。

キリカ「鈍い、脆い、細い、それに狡い……つまらないね。つまらない」

 ひどく身勝手なキリカの呪詛に舌打ちする。
 砂利に混じって口の中に飛び込んだ髪の切れ端を吐き捨てると、呻き声を上げながら織莉子を睨みつけた。

ほむら「……解せないわ」

織莉子「死者に理解されなくたって、私は構わないわ」

 それだけ言うと、織莉子は帽子を目深に被り直した。
 話し合うつもりはない、ということだろう。
 もとより覚悟していたとはいえ、自分と二人との間に広がる壁を再認識して思わず愕然とする。

 ソウルジェムはすでに三割が濁っていた。
 このまま防戦一方では身体の治癒に魔力を費やし追い込まれるだけだ。
 無駄を承知でほむらは織莉子に話しかける。

ほむら「なぜ私を狙うの? あなたの狙いはまどかの魔女化を防ぐことのはずよ」

 回答の代わりに繰り出されたキリカの鋭い肘鉄が腹部を抉った。

キリカ「織莉子は愚者と喋るつもりはないんだってさ。さぁさ壊れた壊れた!」

 子供のように陽気な声とは裏腹に、彼女の攻撃はあらゆる魔女のそれよりも鋭く執拗だった。
457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:03:02.67 ID:ng8U45Dwo

ほむら「……愚者はどっちかしらね」

キリカ「織莉子を愚弄しないでくれるかな!」

 キリカの鉤爪が左腕を切り裂いた。
 すぐさま痛覚をコントロール、失われた血液を魔力で補う。

ほむら「こんなことをしても何の解決にもならないわ。これでは誰も救えない!」

 ぴくりと、織莉子の肩が揺れ動いたのをほむらは見逃さなかった。
 ほんの一瞬の揺れは時間と共に大きくなり、次第にがくがくと揺する形へ移行していく。
 白い魔法少女はおかしくてたまらないという風に帽子を手に取り、その頬を怪しく吊り上げた。

 笑っているのだ。

織莉子「分かっていないわ、あなた。まるで分かってない」

 くつくつと、喉の奥を鳴らすようないびつな笑い方。
 まるで壊れたブリキ人形がカシャカシャと動いてるようだ、とほむらは思った。

織莉子「これが一番犠牲の少ないやり方で、これが最良かつ最善の、世界救済の方法よ」

織莉子「たとえ私とキリカが死のうとも、これで世界は救われる!」

 どうやって救うというのだ――そう疑問を投げかけようとしてほむらは舌を噛んだ。
 次いで頭の中が揺さぶられて、時間の感覚さえ失ったかのような錯覚を覚える。
 懐にもぐりこんできたキリカの掌底が顎をクリーンヒットしたのだ。
 意識が刈り取られなかったのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。

ほむら「っ……ステイルたちと協力すれば、あなたたちが死ななくても……良い未来が掴めるはずよ」

 頭の中を行き交う膨大な情報は、果たして身体を回復させるための反射的なそれからか。
 それとも織莉子を揺さぶり、キリカを揺さぶることを見つけようとするそれからか。
 そんなほむらのダメージを察しているのかいないのか、織莉子はその表情に悲哀の色を混ぜ込んだ。
 そして告げるのだ。

織莉子「魔術師(かれら)では、世界は救えないわ」
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:04:10.87 ID:ng8U45Dwo

 未来を見通す力を持った彼女の言葉はあらゆる推測よりも現実味を帯びている。
 その未来は不確かで可変なれど、しかし未来であることに変わりはない。
 それゆえに、ほむらは信じたくなかった。

ほむら「救えるわ、彼らと一緒なら、きっと!」

織莉子「神裂火織」

 あまりにも唐突な切り出し方に呆気にとられながらも、
 ほむらは顔面に叩き込まれようとしていた斬撃を寸でのところで回避する。

織莉子「シェリー=クロムウェル、天草式十字凄教、アニェーゼ=サンクティス、スマートヴェリー」

織莉子「そしてステイル=マグヌス」

 織莉子の表情にべったりと張り付いた笑みは、あまりにも痛々しかった。
 現実に対して絶望し、しかし希望を諦めていないようで、自身の無力さを把握しているようなそんな笑みだ。

織莉子「彼らはこの戦いで皆死ぬわ。私もキリカも、美樹さやかも、あなたも、最終的には鹿目まどかも」

 とくん、とくんと規則良く波打っていた心の音が、急速に速まっていく。

織莉子「それでも、世界は救われる――ねぇ?」

織莉子「あなたは天使を見たことがあるかしら? 黄色いわっかに白い翼、白い髪に紅の眸を持つ天使を」

 壊れている、と切り捨てることは容易い。
 しかしほむらは見ている。知っている。確かに地上に君臨した青と緑と赤の天使の存在を。

 だから彼女は否定できない。
 織莉子の、悲しい希望に縋りつくような言葉を否定できない。

織莉子「私は見たわ。地を砕き天を割る天使が、ワルプルギスの夜を切り伏せる姿を!」

織莉子「私は識(し)っている!私たちという犠牲を乗り越えて、世界は救われるということを!」
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:04:47.79 ID:ng8U45Dwo


――でも。

織莉子「そんな天使でも、どうにもできない存在がある。最強の魔法少女が生まれ、最悪の魔女になる」

織莉子「その魔女が猛威を振るうのはまだいいわ。美樹さやかの運命を捻じ曲げた“彼”がなんとかするかもしれない」


――それ、でも。

織莉子「……ダメなのよ。その魔女が、結果的に引鉄を引いてしまう。全てを……世界そのものを無為にしてしまう」


――だから。


織莉子「ここで死んでもらわなきゃいけないのよ、暁美ほむら」

ほむら「なぜそうなりゅっ――!?」

 言葉を投げかけ、右の頬に違和感を抱いたときにはもう遅い。
 意識が遥か彼方へとはばたきかけ、目蓋の向こうにありもしない星空を垣間見る。
 自分の身体がコンクリートの上を転がっていることにほむらが気付いたのは、
 それから十秒余りが経過してからだった。

キリカ「油断大敵って名言を知らないのかな、愚者は」

 それはことわざだ、などと毒を吐く余裕はない。
 頬が焼けるように熱く、あご周りの骨が錐か何かで刺されたように痺れ、ほむらの思考をかき乱していく。
 痛覚をカットして魔力を回復に費やせばその場は凌げるが、ソウルジェムが持たない。

 杏子に救ってもらった命を、無駄にすることは出来ない……!

ほむら「……こうしてわたしをなぶったところで、あなたはなにも成し遂げられないわ」

 精一杯の皮肉を含めたつもりだった。
 それで織莉子の精神を揺さぶり、彼女に動揺をかけることさえ出来ればよかった。

 だから面を上げたとき、織莉子の顔に浮かぶ哀れみの表情を見てほむらは呆気にとられた。
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:05:14.27 ID:ng8U45Dwo

織莉子「それを、あなたが言うの?」

 それは純粋な疑問によって成り立つ、短い問いだった。

織莉子「何も成し遂げていないあなたが、それを言うの?」

――どくん、どくん。

 胸の高鳴りが速まり、音を上げ、全身を震わせる。
 痛い。胸が突き刺されたように痛い。肺が酸素をむさぼり、なお貪欲に空気を欲しているのが分かる。

織莉子「おさらいしましょうか。あなたがこの世界に来てからの行動ぶりを」

 胃がむかむかする。手足の先が思うように動かない。
 黙れと叫びたいのに舌が回らなくて。声は嗚咽となって喉から漏れるのみだ。

織莉子「臆病なあなたは、それまでとは違った歴史を歩む世界を見て恐怖した。違う?」

 違う、と否定することはかなわない。
 それだけ彼女の言葉は正鵠を射ていた。

織莉子「事態の把握に時間をかけ、あなたは鹿目まどかとキュゥべぇの接触を妨害することを怠った
     感謝して欲しいわ。私のフォローがなければ彼女はとっくの昔に魔法少女になっていたのよ?」

ほむら「っ――それ、は!」

織莉子「見知らぬ参入者……ステイル=マグヌスを警戒し、余裕のないあなたは巴マミを救えなかった」

ほむら「救ったわ! 私はちゃんと、ちゃんと!」

織莉子「彼がいなければ救えなかった。つまりそういうことよ
     だから美樹さやかが魔法少女になるのも止められなかった」
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:05:40.23 ID:ng8U45Dwo

 気がつけば、先ほどまで執拗な攻撃を繰り返していたキリカが暇そうに座り込んでいた。
 織莉子の言葉が止むまで戦うつもりはないようだ。
 助かった、そう安堵したくとも今のほむらには心を落ち着かせるだけの余裕がなかった。

織莉子「巴マミが魔女になったとき、あなたは取り乱してなにも出来なかった
     美樹さやかが自棄になったとき、あなたは最低限のフォローしかしなかった」

ほむら「違う!」

織莉子「違わないわ。あなたの魔法を用いれば、いくらでも助ける方法はあったはずよ
     彼女が魔女になり、救い出す算段になったとき。あなたは一体何をしたのかしら?」

 思考を激情が満たし、先ほどまでとは別の意味で顔が熱くなる。
 それは果たして怒りからくるものなのだろうか。それとも恥からくるものなのだろうか。
 ともかく、織莉子からはほむらの頬が引きつり紅潮しているように見えたかもしれない。

織莉子「彼女を救ったのは、ステイル=マグヌスと上条恭介の力。
     そして私の見た未来には存在しなかった彼……話に聞くところの、“幻想殺し”のおかげよ」

 幻想殺し。空間を引き裂き、絶望をぶち壊したヒーローのような存在。
 ステイルの様子を見ただけで分かるとおりの、偉大な存在。しかし普通の少年。
 そんな彼の名前を、ほむらは知らなかった。

ほむら「……」

織莉子「あなたは何も成し遂げられなかった。だから佐倉杏子は死んだのよ」

キリカ「そうそう、愚者。君のせいでね☆」

 改めて事実を突きつけられ、より一層胸が痛む。

織莉子「そしてあなたは繰り返す。昏い道に望む景色がなかったという理由だけで逃げ続ける」

織莉子「私はあなたとは違う。道が昏ければ自ら陽を灯す」

 織莉子の言葉は、ほむらの心に重く圧し掛かった。
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:06:10.73 ID:ng8U45Dwo

――だけどそれだけだ。

 分かっている。分かっているのだ。
 そんなことはとうの昔に分かりきっていたことだ。

ほむら「それでも私は、後悔しない。後悔したくない。だからもう逃げない」

 後ろに広がるは仲間の骸。
 目の前に広がるは仄暗い混沌。
 されど、あのお節介な魔術師と肩を並べることが出来るのであれば、それも甘んじて受け入れよう。

ほむら「私は決めたわ。ステイルたちと一緒にまどかを救うと!」

ほむら「そのためにも……」

 盾の中から大口径の拳銃を取り出したほむらは、織莉子の顔を真正面から見据えた。


ほむら「私はあなたたちを倒して、先へとすす、っうん?」


 口から漏れた言葉は言葉の体裁を成していなかった。
 不審に思い、もう一度言葉を出そうと喉を震わせる。


ほむら「んっ、く……ぁ?」


 やはり言葉は出ない。
 代わりに喉からは液体と空気とが混ざって跳ねる音が漏れた。


ほむら「っ……ぇ?」
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:07:00.29 ID:ng8U45Dwo

 思わず喉に手を当ててようやく事態を把握する。

 喉がぱっくりと、鋭利な刃物かなにかで切り裂かれていた。

キリカ「はい、おしまい」

 ぐらりと揺れる視界の隅に現れた黒い少女の身体が不自然なほどに赤く濡れているのは、気のせいではないはずだ。
 ひゅー、ひゅーと喉に出来た傷口から空気が漏れ、同時にほむらはくずおれた。
 それでも呼吸をしようと口を動かしあえいでいるほむらのそばに、そっと織莉子が歩み寄る。

織莉子「……道が昏ければ自ら陽を灯す。それは良い判断よ」

 傷口に魔力を注いで治癒を試みながら、彼女の顔を睨みあげる。

ほむら「わあ、ひっ、は、あきっ……めな、ひっ……ぜったい、に……」

織莉子「その希望が」

 織莉子の表情に悲しみの色が浮かんでいるのは、何故なのだろう。
 そんなことを考えながら、ほむらは口の中に溜まった血を吐き出した。
 治癒が追いつかない。

 喉から血が溢れ出たことで血圧に異常があったのだろう。
 脳に届けるはずの血液がなくなってしまったのだろう。

ほむら「っ――――――」

 ぐにゃりとゆがみ、崩れる視界にはもう何も映らなくて。

 次第に全身の感覚がなくなっていくのを感じながら、それでもほむらはあがく。
 ソウルジェムを輝かせ、身体が壊れきる前に治そうと必死にあらがう。
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:08:18.17 ID:ng8U45Dwo


織莉子「その希望が、あなたを最強の魔法少女へと変貌させる」
                   ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

――何を言っているの?


織莉子「その結果、あなたは最強の魔女へと至る」
            ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

――何を言っているの?


織莉子「そして世界は無為になる。wvigikcqえんかgmhzpogijqとわりxgohrlenvに導かれて」


――何を



 思考を働かせる前に、血に濡れたほむらは見た。
 回復し、視力を取り戻した目で。
 真っ黒に染まった自分のソウルジェムを。

――身体の回復はぎりぎり間に合っているのに、魂の方が持たないだなんて。

 毒づく間など与えられず。

 限界に達したソウルジェムは、ほむらの心境を無視してひび割れていく。

 やがてその内側から、もう一人のほむらと呼ぶべき魔女が孵る――
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:09:16.69 ID:ng8U45Dwo







『大丈夫だよ、ほむらちゃん』






.
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:09:42.36 ID:ng8U45Dwo

 なんの前触れもなく、その声はほむらの心に直接届いた。

『もういいの』

 その声は慈しみに溢れていた。

『もう苦しむ必要なんてない、もう頑張る必要なんてないんだよ』

 その声は愛しみに溢れていた。

『……やっと会えたね、ほむらちゃん』

 同時にその声は、喜びで彩られていた。

『ずっと会いたかった』

 心を満たす温かい何かに戸惑いながらほむらは顔を上げた。
 果たして、そこには眩いばかりの光があった。
 あらゆる闇を消し去り絶望を打ち砕く、金色の輝きを誇るそれは、優しくほむらを包み込む。

『私の、最高の友達』


 暁美ほむらの救済が、始まる。
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [saga]:2011/12/04(日) 02:16:07.73 ID:ng8U45Dwo
以上、ここまで。
一応解説しておくと、前回逃げおおせたまどか≠ラスト円環の理さまです。
こりゃ禁書新刊が出る前に完結は無理だな……
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage]:2011/12/04(日) 02:24:35.39 ID:jZvj6x52o
織莉子がTV版12話の描写を見てきたかのような話になってきた感じがする
最強の魔女になり無為になるは異形の羽広げて魔獣の群れへの突撃シーンを思い起こさせる
469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/04(日) 02:53:36.77 ID:JDytG95AO

無為になるってのはまどかの願いな気もする。あれで世界中リセットされてるし
でもそしたら今のまど神様は何?って話か。それに魔法少女と魔女がどうだかも気になる
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(三重県) [sage]:2011/12/04(日) 11:12:47.69 ID:UG1/BT/P0
乙でした。
織莉子の語りもほむほむの主張も……なるほど、わからん。
こいつらの精神もう中学生じゃねーよ。
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/04(日) 11:49:08.97 ID:JDytG95AO
実際ほむほむは精神年齢だけならババァの可能性も(ry
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/05(月) 21:28:15.19 ID:QM5Jj8xZo
>>471
子供が大人の階段上らないまま同じところでずっと足踏みし続けていたところで
せいぜいアダルトチルドレンが出来るだけさ。
473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(神奈川県) [sage]:2011/12/07(水) 00:47:39.73 ID:5hT+XyA1o
>>1です、少し地の文を書くのに手間取っています。
時間はそれなりに取れているのでなんとか文字を打ち込みまくってはいますが……気晴らしでも必要か

もしかすると投下が一週間先とかありえますし、妥協して半端な物を投下、ということもありえます。
申し訳ありませんが、どうぞご了承ください。
それでは
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西・北陸) [sage]:2011/12/07(水) 18:56:35.46 ID:vlPvGXwAO
時間かけてもいいから練ったものを読みたいけどな
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/07(水) 19:55:13.66 ID:MPXgsRZEo
先が気になる
476 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 01:16:55.81 ID:lmpn7IkOo
あかん、これ以上間を空けると俺がSSに飽きてしまう
というわけで投下します。
477 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:18:38.38 ID:lmpn7IkOo

 揺れ動く情勢など気にもかけず、何が面白いのか鼻歌を歌うローラ。
 彼女は笑みを浮かべて足元に広がる水溜りに視線を落とし、金の髪を撫でた。
 それから長年連れ添ってきた相棒に向けるように、優しく右手を挙げて振ってみせる。

ローラ「時間通りなりけるわね。わざわざ私のためにご苦労様」

 短くため息をする音が漏れて、彼女のすぐ背後にアロハシャツを着た男――土御門が現れた。
 その隣には柔和な笑みを顔面に張り付かせた魔術師、海原ことエツァリの姿もある。

土御門「勘違いするな、お前のためじゃない。可愛らしいロリっ子のためだ」

海原「やめてくださいよ、自分までロリコンみたいに思われるじゃないですか」

土御門「義妹ほったらかして中学生ストーキングしてたくせに自覚なかったのか? うわぁ……」

 黒曜石のナイフを取り出した海原をなだめつつ、土御門はローラの様子を窺った。
 そしてさも不愉快そうに自身の背後を親指で指し示しながら――ローラからは見えていないが――鼻を鳴らす。

土御門「“二人”は無事だ。様子を見るか?」

ローラ「遠慮したるわ」

土御門「ずいぶんと無責任だな」

ローラ「だってそうでしょう? 私のせいで魂を削りし子と面会なぞした時には、
     いかに複雑なりける事情を説明したりたところで命がいくつあっても足りなきことではなくて?」

土御門「……ふん」

 彼はふたたび鼻を鳴らすと、サングラス越しにローラを睨みつけた。

土御門「先に断っておくが、俺もステイルもねーちんも、お前に利用されるだけじゃ終わらないぞ」

土御門「お前の望む犠牲の少ないベターエンドじゃない。誰も傷つけないハッピーエンドを勝ち取ってやる」

ローラ「そう、期待せずに待ちけるわ」

土御門「……そうやって余裕ぶっていられるのも今だけだからな」

ローラ「おーこわかこわか」
478 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:19:34.61 ID:lmpn7IkOo

 用は済んだといわんばかりに踵を返す土御門。
 海原もどこか名残惜しそうにローラとキュゥべぇへ視線をやりつつ彼の後に続いた。

海原「よろしいのですか? 仮にもイギリス清教の頂点に対してあのような……」

 あくまで穏便に、と言いたげな海原に対して土御門はうんざりした様子で答える。

土御門「元頂点、だ。それにあいつにはもう俺達をどうこうするほどの余力は残されてない」

 土御門の予想が正しければ、ローラはもはや全盛期ほどの力を有していない。
 “彼”に幻想をぶち壊されたのも大きいだろうが、恐らくそれ以上にもっと現実的な問題があるはずだった。
 例えば、彼女の肉体は既に――

 そこで彼は思考を中断すると、目の前でもぞもぞと動く人影――
 もとい、つい先ほどまでほとんど半死状態だった赤い髪の少女に気付き軽く目を見張る。
 海原の拙い回復魔術を重ね掛けしたかいもあってか、体中にすり傷を負ってはいるものの後遺症はないらしい。

 五体満足でいる少女は、這い蹲るような姿勢のまま土御門を見上げた。

「……なにがどーなってやがる?」

土御門「おおっ、おはやいお目覚めですたい。気分はどうかにゃー?」

 顔を歪めて呻き声を上げながらごろりとその場に寝転がる。

「……アタシは、確かあの時に……ってかなんでコイツがここにいやがる……?」

 それから彼女はすぐそばですやすやと寝息を立てているもう一人の少女――青い髪の――を横目で盗み見た。

「……アンタは誰だい?」

土御門「んー、その質問に答える代わりに、こっちの質問にも答えてくれるかにゃー?」

「取引しようってのかい?」

土御門「そっ、なんてこたーない情報交換ぜよ。あ、ちなみに俺は土御門元春、こいつはエツァリだにゃー」

海原「どうも、エツァリです。海原って呼んでくれても構いませんよ」

「あぁ? ……アタシは」
479 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:20:01.24 ID:lmpn7IkOo



杏子「アタシは佐倉杏子、そこでぶっ倒れてるのは美樹さやかだよ」



土御門「ふふん、よろしく頼むぜぃ?」


.
480 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:20:27.89 ID:lmpn7IkOo

――意識を失っていたのは果たして何時間か、何分か。

「んんっ……」

 目蓋越しに届く光に気付いて目を開いた時、彼女の目の前に広がっていたのは。

 眩いばかりの黄金――黄金の宇宙だった。

 金色の宇宙など存在しないため、もはやそれは宇宙じゃないのではとも思うが、
 眼下に広がる無数のきらめきは確かに星が瞬いているように見えて、表現するなら宇宙だろうと再確認。

 いや、正確に表現するならば黄金の宇宙とそれに浮かぶ無数の銀河か。

 ではここは本当の意味で宇宙と呼べる場所なのか?

 それも違う、と彼女は直感で悟った。
 直感で悟ったとは言うが、そもそもなんだ。本当に宇宙にいるのならもっと慌てふためくはずだ。
 というか、宇宙にいるはずがない。

「……結局、ここはどこ?」

 分からない。
 宇宙のようだが宇宙ではなく。
 重力はあるようでなく。
 上下の感覚こそあるがその壁は曖昧で、ゆったりと漂っているが決して加減速したりはしない。

 まるで海のようだ――と、そこまで考えてから彼女はかぶりを振った。

 もっと大事なこと、これまでに思い浮かべた疑問よりも遥かに重要なことを思い出した。

 突き詰めてしまえば、前に挙げた二つの疑問などこの問題と比べてしまえば些細なものに過ぎないかもしれない。
 暗く冷たい世界の只中に取り残された少女から、少女であることすらも取り上げてしまうような事態。
 自分の半身を奪われるに等しい大事。
481 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:21:25.83 ID:lmpn7IkOo

――そもそも自分は誰だ?

 ということである。

 自分がどんな人間であったのか、そんな記憶すら彼女は持っていなかった。

 だからと言うわけではないが少女は新たな事実――自分が一糸纏わぬ姿でいることに気がついた。
 暑くもなく寒くもない現状において衣服の必要性はさほどないが、それでも少女はげんなりしてみせる。

 かろうじて身に着けているものといえば、左の手の甲に埋め込まれた紫色のダイヤくらいなものか。

「……最悪な気分ね」

 目も当てられぬ状況に対し少女はため息を吐くことしか出来なかった。

「どうしたものかしら」

 上を見ても黄金。
 下を見ても黄金。
 身を捻り、首を曲げても黄金。

 目を凝らせば――凝らさずとも――銀河が見えて、目を閉じると淡い光が目蓋の内に忍び込む。

 それ以外には何もない。不可思議な世界。
 時間の必要性すら感じられない、夢の世界。

 心細いかと問われれば、心細い。

 寂しくて死にそうに――はならないが、寂しいと死ぬ(らしい)ウサギの気持ちが分かったような気がした。
482 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:21:52.77 ID:lmpn7IkOo

 しかしあまりにも現実離れした状況に陥ると、かえって余裕を持てるのが人間という生物だ。
 彼女は自身を取り巻く不可思議の中をたゆたいながら、脳髄に残るわずかな記憶を頼りに状況を整理し始めた。

 それは点検にも似た自己診断。
 口から言葉をこぼし、それに思考で答える作業だった。



「私はどこにいたのかしら?」

――地球、というか日本の東京にいた。治療を受けていた、はず。確か心臓の病気だった気がする。


「私ってどんな人?」

――病気のせいもあって、ひどく内向的で人付き合いが苦手だった。得意なこともなく、短所と欠点だらけ。


「私はどんな人生を送っていたの?」

――誰とも馴染めず、友達も作れず、というか分からず、生きる意味すら見出せず。なんというか……惨めだった。



「あまり良いところがないのね……」

 なんというか、我ながらそうとう悲惨な人生を送っているようだ。
 情報としての記憶は蘇りつつあるものの、されどそのエピソードに実感はなく重みもない。

 もしかすると。
 自分の人生の大部分を埋め尽くしているであろうこれまでの体験には、あまり価値はないのかもしれない。
 それでは残りの記憶を取り戻したところで、何も進展は得られないだろう。
 というかそうに決まっている。

 奇跡でも起こらない限り、この人生に意味などない。
 それが記憶を失くした少女の出した結論だった。
483 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:22:18.84 ID:lmpn7IkOo

「骨折り損のくたびれ儲けね」

 診断を打ち切ろうとかぶりを振った彼女は、

「っ……」

 ――その瞬間、脳裏をかすめ、通り過ぎていった何かに眉をひそめた。

 それは誰かの横顔のようだった。

「今の、は?」

 たったそれだけの映像が、彼女の心を大きく揺さぶる。
 真っ白なキャンパスの表面に生まれた、確かな色のついた波紋。
 広がり具合は遅々としたものだが、時間の概念があるかどうかさえ疑わしい世界において速度は意味を持たず。

 瞬く間に彼女はその横顔に心を奪われ、支配されてしまった。


 思い出したい。

 思い出さなくちゃいけない。

 霧散してしまった記憶の手がかりになりうるかもしれないという考えに従って。
 あるいは思い出さなければならないという使命感にも似た焦燥に駆られて。

 彼女は思考をめぐらせると、ふたたび記憶の海へ潜行していった。
484 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:22:53.61 ID:lmpn7IkOo

「それで、私はそれからどうなったの?」

――良い腕のお医者さんがいるという理由で引越した。引越し先の病院で治療を受けたけど、病気は治らなかった。


「……そう。病気は治らなかった。それで、次に私はどうなるの?」

――引越し先の街の名前は見滝原市といって、そこの中学校に転入することになった。正直、不安だった。


「……でも、先に諦めがあったからそれほど絶望はしなかったんだよね」

――うん。


「“わたし”は、そこでなにをしたの?」

――学校で自己紹介。しどろもどろで噛み噛みで、恥ずかしかった。自分が嫌になった。


「……自己紹介に失敗しちゃって、先行きの暗い学校生活に頭を抱えそうになったんだよね」

――まただめだって、そう思ったの。また同じことの繰り返しで、わたしは変われないままなんだって。


「でも、違った」

――そう、違った。


「どうしようもないほど辛くて、寒くて、苦しかったわたしを認めてくれた人がいた」

――あの人がわたしの心に暖かい光を差し込んでくれたから。



 わたしはもう少しだけ、頑張ろうって思えた。
485 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:23:25.62 ID:lmpn7IkOo

 そうして、少女は自己との対話――あるいは同期を済ませた。
 “私”は“わたし”であった頃の自分を取り戻すことができた。
 気がつくと、その肢体は見滝原の制服で包まれていた。

「――ぷはぁっ!」

 まるで海の底から浮かび上がってきたかのように大きく口を開けて呼吸をし、肺を空気で満たし尽くす少女。
 それから彼女は、長年連れ添ってきた愛しき者に接するように、慈しみを込めてその名前を呼んだ。

「鹿目、まどか……」

 なんと暖かい響きだろう。
 なんと眩しい名前だろう。

「鹿目さん、あなたがいたから、わたしはここにいるんだよ?」

 もうそれ以上見えざる自分と言葉を交わす必要はない。すでに鍵(きっかけ)は得られたのだ。

 もうすでに、海の奥深い場所に隠されていた宝箱(きおく)に掛けられた重く固い施錠は解かれている。

 力を込めて開け放てば、すぐにでもその中に眠る財宝(おもいで)と対面することが叶ってしまう。


 問題は、その中身が彼女にとって良い物であるか否か。

 固く閉ざされていたのを鑑みれば分かるように、その中には決して幸福ばかりが詰まっているわけではないはずだ。
 どうしようもない不幸や悲しい現実があるに決まっている。
 少女に必要なのはそれらと向き合う勇気だった。

「だいじょうぶ……」

 それは自分に言い聞かせるための言葉でもあり、
 同時に勇気付けるための言葉でもあり、
 慰めるための言葉でもあった。

 黄金の宇宙をたゆたう少女は意を決して輝かしい銀河の海へと飛び込んでいく。
 果たしてそれは心理的なイメージに過ぎないのか、あるいは実際にそのように行動しているのか。
 それは分からない。

 いずれにしろ、彼女はもう飛び込んでしまっている。今更後悔したところで遅いのだ。
486 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:23:52.91 ID:lmpn7IkOo

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 それは荒廃した街で。

 それは歪な結界で。

 それは救済されゆく世界の果てで。

 幾度となく見届けた光景。

 それは誰かの死であり、誰かの涙であり――

 赤い二つ目を持つ、白い獣の笑みであった。

      
 ――キュゥべえ……!!
       ¨ ¨ ¨

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 少女が過ごしてきた過去が、少女の脳裏を駆け巡る。

 ある時は守られ。
 ある時は庇われ。
 ある時は共に戦い。
 ある時は笑いあい。

 疑われ、苛まれ、翻弄された過去。
 救えなかった命に嘆き、救うことができた命に喜んだ日々。

 彼女が積み重ねたものが崩れ行く場面。
 全てをかき消す絶望。現実。悲劇。

 まったく――救いなどまるでない、陰惨な過去。
487 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:24:45.42 ID:lmpn7IkOo

「っく……うっ……」

 新たに拾い上げた記憶は、彼女の覚悟を遥かに上回るほどに救いようがなかった。

 とてもすぐに噛み砕けるものではなく、受け止めきれるものではなく、認められるものではない。

「“まどか”……」

 その代わりに、少女はどんな財宝にも勝りうる大切な思い出を取り戻した。

 鹿目まどかと過ごした日々の記憶を。

 在りし日の輝きに比べれば、黄金の宇宙やそれに浮かぶ銀河の海すらも霞んで見えて。

 そうして彼女は何時間、何十時間、あるいは何日、何十日と長い時間をかけて過去と向き合い一つになった。
 ……もっとも、時間のない世界からしてみればそれはほんの一瞬の出来事ですらないのかもしれないが。

「これが私の送ってきた人生……」

 かくして、“わたし”はふたたび“私”へと至った。
 その身を包み込むものは魔法少女のそれへと変化している。

「……憑き物が落ちたような気分ね」

 肩の力を抜き、黄金の宇宙をふたたびたゆたいはじめる少女。
 短い記憶喪失だったな、と軽い笑みを浮かべながら少女は身体を強張らせた

「ここまで来たら全部分かるわ。私の名前も、私がどうなったかも」

 左手に持つ盾を変形させて自動拳銃を取り出すと、少女――



 暁美ほむらは目の前の空間目掛け、装填された弾薬の全てをぶつけた。
488 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:25:20.98 ID:lmpn7IkOo

 眩いマズルフラッシュと同時に弾丸が解き放たれ、彼女の目前にある見えざる壁を食い破る。
 ガラスが砕けるような音と共に黄金の世界がひび割れ、銀にも似た白い輝きに覆われていき――

ほむら「で、今度は真っ白な宇宙ね。銀河がないから真っ白な部屋とも呼べるけど」

 彼女が飛ばされたのは、何も無い白い世界だった。

ほむら「それにしても記憶があるっていいわ。今の私なら何も怖くない」

ほむら「冗談抜きで」 ホムッ

ほむら「そう考えたらさっきまでの自分に腹が立ってきたわ……なぜかしら」 イラッ

 白い空間に投げ出されたショックからかいつにも増して独り言を呟きまくるほむら。
 そこで彼女は背中に視線を感じて、新たな自動拳銃を手にしながら後ろを振り向いた。


 その黒い瞳が、限界まで見開かれる。


 この不変の世界に変化をもたらすであろう存在が気になっただけで、別に振り返ったのに深い理由はなかった。
 だからこそ、彼女は予期せぬ事態に直面して硬直してしまう。

ほむら「なっ……」

 驚愕のあまりに喉が震えて声にならない声が口から漏れた。
 黒い瞳は慌しく揺れ動き構えた両手に力は入らず。

 そんな彼女の視界に、世界を覆い尽くす白とはまた少し違うやや桃色がかった白が舞い降りた。

ほむら「あなたは……」
489 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:25:48.14 ID:lmpn7IkOo

 それは白い世界の中心で明らかに違和感を放っていて、あらゆる光を押しのけている。
 目を凝らさなければいまにも消えてしまいそうで、薄く霞がかった靄のように見えるのに、確かに存在している。

「……」

 それは少女にも見えて、大人の女性のようにも見えた。

 見方を変えれば聖人にも囚人にも、果てには女神にすら見えたかもしれない。

 それは背から生やした半透明の翼をふんわりと優しく広げると、胸元にある桃色の雫を光らせた。
 次いでツーサイドアップの桃色がかった髪を揺らしながら、黄金の瞳を優しく細めて。

 笑いながら言うのだ。


――やっと会えたね、と。


 見間違えるはずが無い……

 聴き間違えるはずが無い……!

 あの幼げな顔は!

 あの胸元の雫は!

 あの桃色がかった髪は!

 あの舌っ足らずな幼い声は!



 間違いなく――鹿目まどかのそれと一致している!
490 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:26:19.64 ID:lmpn7IkOo

ほむら「あなたは……まどか?」

 ほむらの問い掛けに対し彼女は応えなかった。
 応える術を持っていないようにも見えるし、応える気がないようにも見える。

まどか「久しぶり、ほむらちゃん。こうして会えたのは、私が契約した時以来だね」

 あなたが、契約した時以来……?

 慣れ親しんだ者の口から出たあまり縁のない言葉にほむらは言い知れぬ不安を抱いた。

 ほむらと彼女が別れたのは体育館で、その時彼女は契約していなかった。
 仮に分かれた際にすぐさま契約したのであるなら何らかの異変が生じているはず。
 それがないということは、彼女は契約していないということだ。

 では、目の前のただならぬ雰囲気を醸し出すまどかは一体?

まどか「覚えてない? 私、ほむらちゃんに助けられたんだよ?」

 具体性に欠ける彼女の言葉を上手く噛み砕けず、ほむらは首を横に振った。

 ――いや。

まどか「ほむらちゃん、私のことを案じてね、魔法少女の現実を教えたり、ワルプルギスの夜に一人で挑んだりしたんだよ?」

まどか「私のために涙を流してくれたのに、こんな形になっちゃって……ほんとにごめんね、ほむらちゃん」

 ――先ほど取り戻したはずの記憶には、ない。
 しかし覚えている。記憶にはない記憶がある。
 ワルプルギスの夜と戦った時、体験したことの無い記憶を持っていた矛盾の答えがここにある。

 それに気付いた時、彼女の脳に膨大な情報が流れ込んできた。
491 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:26:42.65 ID:lmpn7IkOo

 それは今より数えて一つ前の世界での出来事。

 ほむらが過ごした、救いの無い世界での顛末。

 マミは死に、さやかは魔女になって杏子と共に消滅し、ほむらもワルプルギスの夜に敗北し。

 最終的にまどかはキュゥべえと契約したのだ。

ほむら「あなたは……あなたの、願いは……!」

まどか「私の願いは、私の手で、全ての時間、全ての世界に存在する全ての魔女を生まれる前に消し去ること」

 彼女に繋がる膨大な因果は、彼女に時間と世界の垣根を吹き飛ばすだけの力を与えた。

 そして本来であれば叶えることが不可能な願いを叶えさせるに至った。

 ありとあらゆる平行世界に生きる、彼女の存在と引き換えに。
 強すぎる願いを叶えるために、彼女は全ての宇宙に分散し、魔女を消すだけの概念へと昇華したのだ。

ほむら「そう、あなたはそれで、なにもできなくなって、悲しくて、私はそれが嫌で……!」

まどか「ありがとう……優しいんだね、ほむらちゃん」


 優しいのは、あなたの方だ。


 死よりも辛い永遠の鎖に繋がれる業を背負った彼女と比べれば、自分の業など軽すぎる。
 感情が堰を切ったようにあふれ出し、頬を悲哀が流れそうになるのを感じて彼女は歯を食いしばった。
 目の前の少女が味わわされていた孤独を忘れのうのうと生きていた自分に、涙を流す資格など無い。

まどか「ほむらちゃんのせいじゃないよ」

まどか「忘れたのも、その世界にいるのも……あの人のせいだから」

 彼女の寂しい笑顔にほんの少しの怒りが混じった。
 その視線の先にはほむらがいるが、肝心の焦点はほむらに定まっておらず。
 その金の輝きは彼女とほむらの間にある“何か”を捉えていた。
492 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:27:47.59 ID:lmpn7IkOo


――おやおや、これではまるで私が悪役のような構図じゃないか


 突然、何の前触れも無く空間が歪んだ。
 自分の目が涙に濡れているからだとも思ったが、そうではない。
 実際に歪曲しているのだ。

ほむら「なっ……?」

 ほむらと少女のちょうど間、必然的に白い空間の中央とも呼べるべき地点に一人の存在が現れた。
 それは男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える存在だ。

まどか「……やっと、お話しする気になってくれたんですね」

 それはまどかの呼びかけに応えず、黙ってほむらの方を振り向いた。
 その目は生気に欠けていて、しかしどことなく力を宿している。

 エイリアンのように不気味な薄い目が、興味深そうに細められた。

「こうして君と会うのはこれが初めてになるのかな?」

「はじめまして、背徳の魔法少女」

ほむら「え?」

 くつくつと、かえるの鳴き声のような音をどこからか鳴らしたそれは緑色の手術衣をひるがえした。
493 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:28:16.44 ID:lmpn7IkOo





アレイスター「私はアレイスター=クロウリー。かつて最高の魔術師として崇められ、最高の科学者として名を馳せたものだ」




.
494 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/17(土) 01:30:37.23 ID:lmpn7IkOo
以上、ここまで。
次回作はシリアス抜きの日常物を描こう……
しかしなぜかメモ帳にはゴンヒソvsピトーの構図が描かれている不思議!不思議だ

次回の投下は早ければ明日か明後日には。
495 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 01:42:46.51 ID:JXSJ5u83o
乙です
色々と深まってきてるなぁ
496 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 12:53:56.18 ID:/LTnGgMGo

悶々する。続き待ってるよ
497 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 17:21:30.36 ID:an32nu9E0
乙ですた


ゴンヒソvsピトーでほのぼのする日常ものを書けばいいじゃない
498 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 23:49:37.85 ID:X9Dc35NIO
うはっ
そうくるのか
続きが楽しみでならない
乙!
499 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:17:58.11 ID:+QGOG7/do
アレイスターが名前長いせいで台詞が読みづらいので名前カットでお送りいたします
500 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:18:25.70 ID:+QGOG7/do

「アレイスター……ゲームか何かで聞いたことのある名ね」

「ふむ。その実態が、おぞましい詐欺まがいの宗教家であることに気付いている者は何人いるのやら」

 自分のことをおぞましいと呼べる人間にろくなものはいない。
 内心でそれに対する評価を、ろくなやつじゃない、に決め付けるとほむらは続けて問いかけた。

「それで、さっきの言葉の意味は? どうしてここにいるの?」

 何がおかしいのか、にやにやと面白そうに目を細めるそれと、はっきりと怒りを露にするまどかとを見比べる。
 似通った部分などまるでないはずなのに、ほむらの目には目の前の二人が同じもののように映った。
 内心の戸惑いを押し殺しながら、再度ほむらはそれに対して問いかける。

 それは二度三度大きく肩を揺らすと億劫そうに右手を挙げた。

「説明するのは良いが、少々話が長くなる。それでも構わないかな?」

 ここに来て拒む理由は無いので即座に首を縦に振る。
 まどかもどこか不満気ではいたものの、不承不承頷いてくれた。
 それは一度深呼吸をしてから語り始めた。


「私は二つの世界を結びつけ、君をあの世界に招き入れ、そこにいる彼女から遠ざけた存在だよ」

「ここにいる理由は、そもそもこの空間が私の作り上げた箱庭だからとしか言いようがない」


 なるほど……何も分からない。

「説明自体は分かりやすいのだけど、それだけじゃ何も分からないのが難点ね。もう少し詳しくお願いするわ」

「詳しくとなると、一つの魔術体系のあり方から私の生い立ちや家族関係にも言及せねばならない
 原稿用紙で一〇〇枚ほどの文章を読み上げるのも悪くはないがそれではつまらないだろう。さて困ったな」

 回りくどいそれの説明に、ほむらは思わず頭を抱えたくなった。
 その様子を見てふたたび愉快そうに肩を揺らすそれの態度は、客観的に見てもあまり気持ちの良いものではない。
501 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:19:15.55 ID:+QGOG7/do

 そんな折、背に大きな翼を生やしたまどかが鋭い目つきで彼を睨みつけた。

 ただ睨みつけただけなのに、それだけでほむらは心臓が締め付けられるような錯覚を覚え、
 きりきりと痛くなる胸を左の手で押さえつけながら慎重に喉を鳴らす。
 見えない重圧が全身に圧し掛かっているような気さえした。

「ほむらちゃんが聞きたいのは、そういうことじゃないです」

「もちろん分かっているが、私も久方ぶりの人間との会話でね。溜まった鬱憤を晴らしたいのだよ」

「怒りますよ」

「……やれやれ」

 つまらなそうに言うと、それは淡々と語り始めた。

「私はとある事情から人類の枠を大きく逸脱した存在へとシフトしてね
 自由気ままに世界を見ては時間於流れに身を任すだけの日々を過ごしていたのだよ」

「……つまり、まどかのようになったの?」

「私には、そこにいる彼女が鹿目まどかだとは思えないが……そういうことだ」

「もちろん彼女に比べれば格は低いがね」

 呆気からんと言いのけたそれの言葉にほむらは全身が総毛立つのを感じた。
 これまで相対したことのない底知れぬ灰色。一寸先すら見えぬ奥深い闇。
 覗けば戻ることの出来ない深淵を垣間見た気がする。

「あれは私が前人未踏の秘境の辺りに意識を集中させていた時だったかな」

「……素直に群馬県を覗いていたと言いなさい」

「その時私は声を聞いた。友達の助けを乞う純粋な祈りと願いに満ち溢れた声だ」
502 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:20:12.62 ID:+QGOG7/do

 過去に思いを馳せているのか、それは目蓋を閉じると愉快そうに口角を吊り上げた。
 恐ろしくも神々しい所作にほむらの目は奪われかけるも、その言葉に引っかかるものを覚えてかぶりを振る。

 声の主は、誰だ?

「かつてその願いを叫んだ者は、目の前の彼女に既に取り込まれてしまっていてね。残念だったよ」

 目の前の彼女……つまり、願ったのはまどか?

「そう。私はかつて鹿目まどかであった者の、暁美ほむらの救済を願う声を耳にしたというわけだ」

 でたらめだ。ありえない。
 たとえ目の前にいるまどかに近い存在であろうと、そんなことが出来るはずがない。
 しかし彼の二つの翡翠に隠された、奥深い闇を見るとそれも不可能ではないと思えてしまう。

 そんな不思議な存在は、ふと真顔に戻って続けた。

「決して交わらぬはずの平行世界の壁を乗り越えて届いたその言葉に私は少しばかり感動してね」

「彼女の願いを叶えるため、私は奮闘したのだよ」

「奮闘?」

「魔術を使ったんですね、ほむらちゃんを引きずり出すために」

 苛立ちを隠さぬまどかの言葉を肩をすくめて受け取ると、それは皮肉そうに表情を歪めた。

「まず初めに二つの世界を結合させることにしたのだが、これがなかなか難しい
 歪みを最小限に留めるため既存のオシリスの術式をホルスの物に置き換える、つまりahghディーdvwq……」

 冗談みたいなノイズが当たり前のように混じった。

「失礼。……hgeohイfgourhやbgdvqmバロfbvfjwerの他にwlvgbeリオqbhzkjのような意味の力を用いて
 一神教である十字教の時代とは隔たりのある、人のwaah宿vpqjm時代の新たなる魔術を行使したわけだ」
503 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:21:23.90 ID:+QGOG7/do

 ノイズだらけで何を言っているのか皆目見当もつかない。
 いや、仮にノイズが除去されたところでほむらには彼の言葉の意味など理解出来ないだろう。
 そう思わせる何かがそれにはあった。


「ヘッダが足りていないのは幸運だったな。無駄を省けるというものだ」


 至極真面目に言うと、それは深いため息を吐いた。
 こんな状況でなければ宇宙からの電波をキャッチしている奇人で済ませたのに、と思う。

 しかし気になる点がないわけではない。
 問い詰めようとして口を開いたほむらは、それの眉が不機嫌そうに吊りあがったのを見てふたたび唇を結んだ。

「オシリスはいわばステイル=マグヌスが扱う魔術、ホルスはその先を行くものと捉えてくれれば構わんよ」

「蛇足だがホルス、すなわちセレマの概念は君達にも馴染みの深い仏教に通じるところもある」

 これでこの話は終わりだ、とそれは言った。
 しかしながらぴくぴくと小刻みに震えるそれの身体がまだまだ語り足りないでいることを物語っていた。
 多少回りくどいが、もしかすると説明好きなのかもしれない。

「でも、そんなことで世界をくっつけるだなんて……」

「しかるべき位置にしかるべき情報、呪文を記し、魔術的な記号、物品を配置すれば難しくはない
 君とて見たはずだ。ルーンを刻み、魔法陣を敷くことで行使される人祓い魔女狩りの王といった魔術をね」

 だが、規模が違いすぎる。

「世界、いいえ、宇宙規模でそれを行うなんて無理でしょう?」

「もちろんそうだ。しかし地球規模となると話は別だよ。ところで君は学園都市についてどれだけ知っているかな?」

「……十年先の技術を持つ日本の中にある独立国? かしら」

「それも間違いではない。だが、その技術的格差や優位は既に失われつつあることはご存知かな?」


 知るか。
504 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:27:33.54 ID:+QGOG7/do

「近年、学園都市はその技術の提供や製品、部品の輸出に寛容になってね
 技術と能力しか取り得のないあの都市がそれでは先は長くないと思うだろう?
 だが実際そうでもないのだよ。不思議だろう? 何故だと思う? 予想してみたまえ」


「話を続けてちょうだい」


「……答えは、私がこの姿になったからだよ
 私の行っていた非科学分野の科学的研究が行われなくなり、予算の五割近くが浮いたのさ
 そのおかげで科学技術の進歩は目まぐるしく、同時に他国との外交関係を見つめ直す余裕も出来たわけだ」


 眠くなってきた。
 そして今気付いたのだが、よく見るとまどかの首がこっくりこっくり舟を漕いでいるような……


「そうして輸出された技術――すなわち情報と、
 部品――すなわち記号は、世界中に出回っている。それがどのような意味を持つかも知らずに、ね」

 ようやく本題が見えてきた。
 ほむらは思考を切り替え目を細めると、それの言葉を吟味した。
 先ほどの言葉と今の言葉とを照らし合わせる。

「まさか、それが魔術的な意味を持つ魔法陣に……?」

「正解だ、及第点をあげよう」

 そう言って、それは教え子の回答に喜ぶ教師のような表情をした。

「世界中に出回ったそれらの中から最適な式を求め、演算し、魔力を流せば魔術は発動するのだよ」

「学園都市製の人工衛星によって巨大な円も作られていることだしな

「そして地球全体を魔術で覆えば後はどうにでもなる。
 君たちの世界と私たちの世界は、地球を除けばそれほど差異はないからね」

 インキュベーターといった例外もあるが、とそれは付け足した。

「ちなみにこれの基となる魔術は異界反転と呼ばれる戦術――分かった、話を戻すから目を閉じないでくれたまえ」
505 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:29:40.80 ID:+QGOG7/do

「さて、世界結合の準備は出来たが、肝心の君たちの世界が再編されようとしていてね
 分かりやすく言うと、鹿目まどかが別の存在、別の領域へとシフトしてしまっていたんだ
 そこで形振り構っていられなくなった私はそこにいる彼女を押しのけて君を招き入れたわけだ」

「ああも強大な概念の裏をかくのには苦労した。君がこの場にいるのは奇跡と言ってもいいだろう」

 それまで黙り込んでいた(?)まどかが、熱を持った瞳にそれの姿を映し出した。

「そのせいでほむらちゃんがどれだけ苦しんだか、分かっているんですか?」

「文句は彼女を救おうとした鹿目まどかに言いたまえ」

「あなたは……!」


 まどかの表情に苦悶の色が混じるのをほむらは見逃さなかった。
 そして同時に、決定的な矛盾に気がつく。


「それじゃあ……あの世界のまどかは誰なの?」

 全ての世界にいる鹿目まどかは一つになり概念へと昇華したはず。
 それではステイルたちと共に学校へ通っていたまどかは、一体誰だ?
 目の前にいる概念と化したまどかの側面に過ぎないとでも言うのか?

 ほむらが胸に抱いた疑問を、目の前に佇むそれは首を振ってあっさりと否定した。

「正真正銘、鹿目まどかその人だよ。再構築される前の世界を強引に引き寄せて、
 繋ぎ合わせたにすぎない。ベースは私のいた世界なので多少記憶に差異があったとは思うが」

 そう言われてみるとそうだ。
 英国を統治する女王の名前や学園都市に関する知識など、ほむらが持たぬものを彼らは持っていた。



「話をまとめると、紆余曲折を経て一つになった世界を、君は生きていくことになったわけだ」
506 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:31:17.59 ID:+QGOG7/do

「……大体分かったけれど、どうしてその世界はまどかの影響を受けないの?」

 ほむらの問いに、それは玩具を見つけた子供のような無邪気な笑みで応えた。
 おかしくてたまらないといった風にかぶりを振る。
 白い世界にはとても不釣合いな感情――形のない空気のように透き通った悪意を、確かにそれは身に纏っていた。

「失敬。その通りだ。私も手は尽くしたが、彼女の影響を受けて世界は既に綻びを生み始めている」

「……時間を止める魔法を使えなかったのはそれが原因なの。ごめんね、ほむらちゃん」

「だがまぁ、そんなことはどうでもいい。はっきり言って、君や世界がどうなろうと私には関係ないのだからね」

 それは白い空間に身を投げ出すと、ふわりとたゆたい始めた。
 熱的平衡を遂げた宇宙のように安定した世界を漂いながら、それは中空で寝返りを打つ。
 もしかするとほむらのことなど、それにとっては本当にどうでもいいことなのかもしれない。

 だがほむらにしてみれば全ての発端にそのような態度を取られてしまうと色々と困るのだ。


「……どういう意味かしら?」

「そのままの意味さ。君が死のうと消えようとどちらでも構わんのだよ
 私はあくまで鹿目まどかの願いを叶え、君を招いたに過ぎないのだからね」

「あとのことは君達が勝手にやったことだろう。それは興味はあるが、手を貸すほどではない」


 身勝手な意見に頬が熱くなるのを感じた。
 なんという傲慢だろうか。
 自身の欲望のままに弄くり倒した挙句に興味がないから知らないなど、憤りを覚えずにはいられない。

 精一杯の反抗心を見せるべく、ほむらは顔を逸らしてぼそっと呟いた。

「その割に、ステイルたちは私のことを助けてくれたのだけど」


「それは私も想定外のことでね。私としては、mlaklwu条当qpalcbh辺りに動いて欲しかったのだが」


 彼が居なければ救われない世界というのも間違っているか、とそれはノイズを気にせず一人ごちた。
507 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:32:44.34 ID:+QGOG7/do

「さて、情報の整理が済んだのなら話を進めたいのだが構わないかね?」

「……ええ」

 返答しながらほむらはまどかの様子を盗み見た。
 彼女は先ほどまでと変わらず、その雰囲気に怒りの色を混ぜたままでいる。

 少しでも気を抜けば首を刎ねられるような恐ろしい緊張感が空気に溶け込んでゆく。
 その発信源は果たして彼女か、それとも“それ”か。あるいは両方か。
 身じろぎ一つ許されない――わけなどないはずなのに、それでもほむらは身体が強張るのを止められなかった。


「私が君に望むのは、選択と決断だよ」


 空気に新たな不純物が混ざりこんだ。
 それは困惑であり恐怖であり、同時に期待の色をした何かだ。



「君に用意された道は二つ」

「君が恋焦がれた彼女に導かれて楽になるか」

「君を知る者達の住む世界へ引き返し苦しむか、だ」


 ――理解出来ない。
 目の前の存在が告げた言葉を、ほむらは受け止めることが出来ない。

 いや。


「理解出来ないわけではないだろう? そこにいる彼女と君の住んでいた世界は共存出来ないことを君は知っているはずだ」

 魔女を消す概念へシフトしたまどかと、過去、現在、未来に魔女が存在する世界は相容れない。
 目の前をたゆたう存在は、暗に『どちらのまどかを選ぶ?』とほのめかしているのだ。


「前者を選べば、君はそこにいる彼女と悠久の時を共にすることが出来る、とも言及しておこう」
508 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:34:32.25 ID:+QGOG7/do


「ほむらちゃん」

 黄金の瞳を潤ませるまどかの顔を、ほむらは直視することが出来ない。

「わ……私が、ここのまどかを選んだらあの世界はどうなるの?」

「どうもしないさ。君が消えたところで変わらずに動き続けるだろう
 無論、このままではそこの彼女に侵入され、全てがなかったことになるかもしれないがね」

「なかったこと?」

「まず現代の魔女が消える。次に未来の魔女が消え、過去の魔女が消えるだろう。
 そこから先は君も知っての通り、世界が改変されて再構築される。その際に歪みは正され、是正される」

 ミルクティーが元の紅茶とミルクに分離されるのに似ているな、とそれは語った。

「あの世界で起きた魔女がらみの悲劇は消えるので、巴マミは魔女にならない。
 美樹さやかの魂は削られず、佐倉杏子も……少なくとも、魔女を道連れに自爆したりはしない
 ステイル=マグヌスを筆頭とした魔術師や魔術の概念は取り除かれ、本来あるべき姿に戻るわけだ」

「そして魔術師たちもまた、魔法や魔法少女の概念がなくなった世界をありのままに受け止めるだろう」

「二つの世界を生きる者は全てを忘れ、それを当たり前のこととして受け止め、今を生きるだろう」


 それはたっぷり深呼吸してから堂々と言い放った。


「全ては無為になる」
509 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:35:16.04 ID:+QGOG7/do

 これまでほむらを支えてきたものが崩れていく、音ならざる音を彼女は確かに聴いた気がした。
 それは心の中をかき乱す雪崩のように騒がしく、
 巨大な気の柱がへし折れるように小気味が良い。

 胸が、心が締め付けられる。

 悲しいわけではない。
 なかったことになるなど、はっきり言って珍しくもなんともない。
 なにせ彼女はそれこそ数えるのが億劫になるほどに世界を繰り返してきたのだから。

 悲しむ資格など彼女には持たされていない。

 では、この焦燥は一体何なのか。

 逡巡は、動揺は、困惑は――なぜ自分の心を苦しめる。

「……っ」

 無為になる――未来を見通す魔法少女、美国織莉子が避けようとした結末がこれか。
 彼女はこれを避けるために、呉キリカと二人で戦うを覚悟したのか。

「それは違います! 無為になるなんて、そんな……ただ、間違ったものを直すだけです!」

「歪ませている私の苦労は無為になると思うが」

「あなたは!」

「失礼。少し黙っていよう」

 沈黙が場に下りて、静寂が三者を包む。
510 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:35:42.93 ID:+QGOG7/do

 耳が痛いほどに静かな世界の中で、ほむらは二人を視界に収めながら思考を走らせる。

 彼女を今日まで支えてきたものはまどかと交わした約束に他ならない。
 もっとも、元を辿ればそれはまどかと共に過ごした日々があったからこそ成り立つものだ。
 つまり、ここでまどかに導かれて一つになるというのは彼女の本懐の大半を達成することにも繋がる。

 しかし、それではあの世界はどうなる。

 ほむらの帰りを待ち続けているであろうまどかは?
 ほむらと共にワルプルギスの夜を乗り越えようとしてくれたステイルたちは?
 何もかも忘れ、なかったことにされてしまっていいのだろうか?

 無論ここでほむらがあの世界に残ることを選んだところで結果は変わらないかもしれない。
 奮闘むなしく世界に蔓延する歪みとやらが正され、全ては元通りになってしまうかもしれない。

 しかしもし、万が一それを避けうることができれば。
 ふたたびまどかと、彼ら共にあの世界を歩めるのであれば。
 その選択もまた、彼女の本懐の大半を遂げるに等しい結果に繋がる。

 だが、その二つには決定的に食い違う点が存在する。

 あの世界を生きるまどかは、あの世界のまどかでしかないということ。

 そして目の前のまどかと共にいる道を選べば。
 マミや杏子を除いた皆、ステイルやさやか、神裂に仁美に五和、ついでに上条恭介と中沢ナントカ――

 彼らと共には、いられないということ。



 そして、まどかと交わした約束も果たせないということ。
511 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:36:10.19 ID:+QGOG7/do

 ほむらの心は錘を乗せ変えた天秤のようにあわただしく揺れ動く。
 どちらもかけがえのない大切な物だからこそ容易に決断など出来るはずもない。
 ほむらにとって彼らと約束とは、目の前のまどかと共にある道を選択するに等しいのだ。

 胸が痛い。

 妥協案がないわけではない
 あの世界に戻り、まどかを縛るしがらみを全て取り払ったところでこのまどかの下へ導かれれば。
 そうすれば、彼らだって笑って許してくれるはずだ。まどかも受け止めてくれるはずだ。

 しかし――もしかしたら、彼らとあのまどかに深い悲しみを与えることになるかもしれない。

 いいや、それだけじゃない。
 そのような我侭かつ傲慢な選択を、果たして神が――いるかどうかはともかく――許すのだろうか。

 どうにかして、目の前のまどかとあの世界のまどかが共にある選択肢を作り出すことは出来ないのか。
 これまでに培った経験を駆使し、あの世界にいる魔術師に協力してもらって――

「っ……」

 ――無理、だ。

 目の前のまどかは概念であり、同時に全ての――あの世界のまどかを除いた――まどかでもあるのだ。
 仮にその記憶を抽出できたとして、それをただの人間である彼女に注げばパンクが起こるのは必至。

 そもそもそれでは、目の前の少女が救われない。
 永遠に孤独でいる運命を背負った彼女だけが救われない。
 理不尽すぎる現実を前にして、ただ嘆き悲しむだけで済ますことなどあってはならない


 では、どうする?

 目の前が暗くなるのを感じて、ほむらは乱暴にかぶりを振る。
 それでも彼女の心は仄暗い霧に覆われて晴れないままだった。
512 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:37:00.24 ID:+QGOG7/do



 どこぞのSF小説のタイトルにあるような、たった一つの冴えたやり方など存在しない。



 絶対に、どちらかを選択しなければならない。



 決断を下さねばならない。



 過去(これまで)を選ぶか。



 未来(これから)を選ぶか。


.
513 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:37:38.95 ID:+QGOG7/do

――少女の苦悩する姿を見ながら、不敵に笑うものがいる

 アレイスター=クロウリー。
 かつて最高の魔術師として世に知られ、最高の科学者として名を馳せ、とうの昔に人間を辞めた存在だ。
 否、辞めたという表現は正しくない。

 正確には辞めているであり、辞めつつある、または超えた、超えている、超えつつある、
 あるいは変貌した、変貌している、変貌しつつある、もしくは捨てた、捨てている、捨てつつあるでもあり――
 0と1の世界では表しきれない存在、という表現すらも当てはまらぬ、特異かつ奇異な存在になっていた。

「どうして必要以上にほむらちゃんを苦しめるんですか?」

 桃色がかった白い少女は、不敵な笑みを顔面に張り付かせているそれに向かって問いかけた。
 この少女もまた、人の枠を大きく外れた存在である。
 それこそ、彼女の目の前にいるそれなど及びもつかないほどに強大で、異質で純粋な。

「ほむらちゃんをこんな世界に連れ込んで、むりやり記憶を奪った後で、またそれを取り戻させたりなんかして……」

 それは表情を崩さずに、苦悩するほむらにどことなく暖かい視線を投げかけたまま口を開く。

「私はあくまで、彼女に自分でなんであるのかを分からせてあげたに過ぎんよ」

「……あなたの話を聞いているとキュゥべえを思い出します。
 いいえ、彼のように利益や効率優先じゃないだけもっと性質が悪い……!」

 聞くものが聞けば心が凍りつきかねない絶対零度の怒りを帯びた言葉は、
 むしろそれの口元により深い亀裂を生じさせ、その翡翠の瞳にどことなく喜悦の光を灯した。

「そうか、今の私は効率主義とはかけ離れているのか。……アランやエイワスが見たら驚くかもしれんな」

「しかし残念だ、もう少し早く変われていれば、このような姿になることもなかっただろうに」

 そんな言葉とは裏腹に、それは後悔の色を微塵も見せることなくにやりと笑う。
514 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:38:09.26 ID:+QGOG7/do

「……あなたはどうして、何故、私に近い存在になったのですか?」

「それを語ったところで意味はないし、つまらないだろう」

「そうやってキュゥべえのようにはぐらかすんですね」

 ベールのように薄く霧のように希薄なそれの表情に不満の色が浮かび上がる。
 いかに人間離れした存在であるとはいえ、どうやら羞恥の概念や誇りといった物は残っているらしく、
 インキュベーターのような詐欺師紛いの生物と同類扱いされたことに腹を立てたようだった。

「失敬なことを言うな。……あえて言うなれば、そう、私は個人的な復讐に失敗したのだよ」

「個人的な復讐?」

「愚鈍で無慈悲なわれらの父に対してね。もっとも私は主を信じたことなど刹那さえなかったのだし、八つ当たりに近いが」

 意味深な言葉をぼそぼそと呟くと、それは片眉をくいっと吊り上げた。
 つまらないだろう、と言いたげなその表情に少女は自然と唇を尖らせる。

「あなたの話はよく分かりません」

「それが魔術師、オカルト狂いの狂人というものだよ。こと私に至っては重症の部類に含まれるだろうな」

 自嘲とも取れる言葉だが、それは本心で言っているようだ。
 何が面白いのかそれは肩を揺らしてくぐもった笑い声を上げた。
 上げてから、それはどこか遠く――白い空間の向こうに存在する無限の世界を見つめて呟いた。

「……狂人は常人に打ちのめされたが、考え方だけは人間のそれに近づいた。彼には感謝せねばならんな」

 少女はその言葉が持つ意味を知らない。

 それの言う彼が誰で、
 両者の間に何があったのかすら知らない。
515 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:38:40.77 ID:+QGOG7/do

 だから少女は、自分が知っていて、かつ気になることを口にした。

「……それじゃ本当に、深い理由があってほむらちゃんを苦しめたわけじゃないんですね?」

「ふむ……考えてみるとそれも少し違うな」

「あれはあれで、私的な――家庭の事情から来るものでもある」

 黄金の瞳が、翡翠の瞳をまっすぐに見据えた。
 少女は翡翠の向こう側に誰かの横顔を見出し、それのイメージとあまりに不釣合いなため首をかしげる。

「私は彼女に養育費で満足な生活を送らせたが、それだけだった。だからこれは、私からの最後の手向けだな」

「……ほむらちゃんじゃないですよね? 誰なんですか、それ」

「齢百を超えた、バカなしゃべり方をする娘だよ。私を二度も死の淵へと追いやってくれたが、感謝もしている」

 娘は嫌がるかもしれないが、とそれは語った。

 それの言葉は、歪みに歪んだ複雑な陽射しのように。
 曲がりに曲がってずいぶんと遠回りをしてしまった不器用な愛情から来るものなのだろうか。

 だがもう遅い。
 それは彼女と同じ領域に足を踏み込んでしまっている。
 それと、それの娘が再会できる日は永遠に来ないはずだ。
516 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:39:14.61 ID:+QGOG7/do

「……でも」

「だからって、あんな選択を強いるのは間違いです」

 それはばつの悪そうな顔になると、それっきり口を噤んでしまう。
 対する少女の表情には怒りと悲哀が混じったそれへと移り変わり、その目には非難の色を宿していた。

「あなただって分かってるはずです。ほむらちゃんは、もう……」

 その先を告げるよりも早く、それは目を見開いて髪に当たる部位を靡かせ、白い地面に足を付けた。
 その表情は妙に活き活きとしていて、体中から生気が感じられるようにも見える。
 それはふたたび口元に歪な亀裂を生じさせて口を開いた。

「話はそれまでだ」

「え?」

「決断は下された。傾聴したまえ、鹿目まどか……いや」

「waitescnvnlks円acnvlasapois理fwopmgzlrucme」

 その時になって初めて少女――否、魔女を消すだけの概念は、
 それの視線がほむらに対して注がれていることに気付いた。
 翡翠の瞳に映った、黒髪の少女の顔に迷いは見られない。


 ――ただ、それだけで。

 かつて鹿目まどかとして生を受け、魔女を消すだけの概念へと成り果てた存在は、全てを悟った。




 決断は、下されたのだ。
517 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/19(月) 03:45:44.44 ID:+QGOG7/do
以上、ここまで。

異界反転ってなにーセレマってなにーノイズが混じる前の言葉ってなにーとか、そういうのを考えたら負けです
大事なのはクロスしてること、選ぶこと、ノリです。
でも確か異界反転は禁書の四巻辺りで記述があったようななかったような……ああ、うん

次回投下は三日以内を予定としております
518 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 06:57:06.59 ID:4/sTz3Bao
乙です
とんでもない事ぬ…
519 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 11:12:09.52 ID:kjbxTRTIO

何もいうまい
520 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 08:19:52.47 ID:F3YNS4lIO
おつおつ

あと公式のゲームでマミさんの魔女姿が発表されたけど、
まさかここのリボンの要素と使い魔がまどかや杏子をイメージさせてるのが見事に合致してて驚いた
521 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 23:02:07.41 ID:S6vOFVhUo
無かったことにしてはいけない、だな
平然と無為に帰したらそれはそれでほむららしい気もするが
522 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 22:06:05.47 ID:j+wCEElAO
アルティメット乙っちまどまど
523 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 01:57:23.90 ID:q6dDy2A/o
>>520
一部でも設定が合うと嬉しくなりますね。
あれ投下してた時は杏子とマミさんの設定は助けられた/助けた程度だったけど(フェアウェルのおかげで加筆した)
悪い癖です

というわけで投下します。
524 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 01:58:03.63 ID:q6dDy2A/o




「私は」





「あなたと一緒にいられるのなら、あの世界で起きた何もかもが無為になってしまっても構わない」



.
525 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 01:58:34.32 ID:q6dDy2A/o

 暁美ほむらは言った。
 迷いのない晴れ晴れとした表情で、堂々と。

「ほう。あの世界で過ごした者達との思い出や日々はどうでもいいということかな」

 意地悪げに述べるそれを睨みつけると、ほむらは髪を後ろに払った。
 白すぎる空間とは相反する黒髪が後ろ向きに靡き、見えない風に乗って流れる。
 髪が背中にふわりと掛かったのを確認してから彼女はふたたび口を開いた。

「ええ。ステイルたちがどうなろうと、知ったことではないわ
 そもそも私と彼らが過ごした時間はほんの三週間にすぎない
 それと今日までに積み重ねた時間を比較すればどちらが大事かは一目瞭然のはずだけれど」


「でもほむらちゃん、それじゃあ!」

「君は黙っていたまえ。重要なのは彼女の意思だ。……しかしなるほど、そう来るか」


 それは心から楽しそうに口角を吊り上げ、身体全体を揺らしながら笑った。
 教え子が難問に対して出した意外な解答を受けて、新たな考え方を知った教師のような笑い方だ。
 ほむらの言葉はそれにとっては想定外だったのかもしれない。
 そう思うと、どこか嬉しくなる。
 人外のバケモノに対して一矢報いたというか、一泡吹かせたというか……そんな曖昧な理由で。


「彼らでは君の考えを変えるには力不足だったわけだな。しかし良いのかね?」

「何のことかしら?」

「君は彼らを裏切ることになる。その自責の念に、後悔の念に苛まれない覚悟はあるのかな?」

 なんだ、そんなことか。
526 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 01:59:42.61 ID:q6dDy2A/o

「一つだけ言っておくけれど、私は彼らを裏切ったつもりはないわ」

「ほう?」

 そうだ。
 自分は裏切ってなどいない。
 ほむらは目を閉じてわずかに光の残る瞼の裏に彼らの顔を思い浮かべた。

 面倒見が良くて、何度か世話になったことのある神裂火織。
 神裂に付き従ってさやかや杏子と親しくしていた優しい五和。
 あと……なんか大きかった建宮なんとか。
 五和と同じくさやかや杏子と仲の良かった、というかからかわれていた香焼。
 空いた時間で軽く話を交わした程度だけど、それでも親切にしてくれた対馬や牛深達。
 それによく杏子とつるんでいた、一風変わった修道服姿のアニェーゼとルチア、アンジェレネ。

 思いのたけを吐露し、魔法少女のために必死になって尽力してくれたシェリー=クロムウェル。
 そんな彼女と一緒になって自分に想いを訴えかけた、優しくて、胸が……胸が、まぁ、そこそこ大きいオルソラ。

 そしてなにより、自分と同じ転校生としてこの街を訪れ、懸命になって奔走し、共に居てくれたステイル=マグヌス。


 確かに彼らは魅力ある人々だ。
 だが――


「こういう言い方はおこがましいけれど、それでもまどかとの絆と比べれば軽いわね」

「質問の答えになっていないと思うが」

「それもそうね。それじゃあ質問に答えましょうか」

 口から軽く息を吸い、肺を空気で満たす。
 満たされたそれをゆっくりと吐き出すと、ほむらは静かに瞼を開いて目の前をたゆたうそれに焦点を当てた。

「彼らは私の考えを笑って肯定し、見送ってくれるでしょう」

 ほむらは一歩前に出て、見えない地面を足で踏み締めながら続ける。


「彼らならきっとこう言うはずよ。……『自分のやりたいことをやれ。こちらの問題はこちらで片付けてやる』……と」
527 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 02:00:32.86 ID:q6dDy2A/o

 もしかしたら違うかもしれないが――まぁ、その時はその時だ。
 わずかに視線を宙に浮かべて心の中で一人ごちる。
 それから彼女は歯を見せて笑うそれに視線を戻した。

「なるほど、力不足という見識は誤りだったようだな、撤回しよう。……ふむ」

「それが君の下した決断ならば何も言うまい。おめでとう、君は最愛の者と一緒になれる権利を手に入れた」

 そう言ってにやにやと笑うそれから目を離し、おろおろしている少女へ視線を移す。
 彼女は純白のドレスを揺らしながら首を必死に振って何かを否定しようとしていた。
 そんな少女の様子に苦笑しつつ、たゆたつそれを無視して少女に歩み寄る。

「だめだよほむらちゃん、考え直し……ああでも、もう、でも……!」

「落ち着いてまどか」

「違うの、そうじゃないの、私、謝らないといけないの、あなたに!」

「いいえ、違うわまどか」

 あたふたと慌てふためく少女はやっぱりまどかで。
 人の身を捨てようと、概念になろうと、まどかはまどかであることに変わりはなくて。
 つい目頭が熱くなってしまう。そしてその熱は、下げようと思って下げられるものではない。

「まどか。私は、あの世界よりもあなたの方がずっと大事よ。あなた以上のものなんてきっとない、そう思って“た”」

「そんな……そんなの……!」

 両手で口元を覆って声を漏らさないようにする彼女は、やっぱり無邪気で可愛い。
 それでもわずかに潤み、熱を持った黄金の瞳はどこか凛々しく格好良くて勇ましい。

 わたしの好きなまどか。
 私の大好きなまどか
 私のすべて。
528 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 02:01:10.40 ID:q6dDy2A/o

「だから」

 彼女が大事だから。

 彼女が愛おしいから。

 彼女と共にありたいから。

「だから、私ね」

 どうしてもそこから先の言葉を告げる気にはなれず、でも告げなくてはいけなくて。

 私はなけなしの勇気を振り絞って震える唇を操り言葉を紡いだ。



「あなたに謝らなきゃいけないの」



「――え?」



「ごめんなさい」
529 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 02:02:24.45 ID:q6dDy2A/o





「私は、あなたが好き。あなたが大好き。あなたとずっといっしょにいたいと心の底から思っているわ」



「だけどそれ以上に」



「あなたと交わした約束を、私は破りたくない」



「大好きなまどかとの約束を、私は守りたい」



「あなたとの約束と、あそこで私を待ってくれているまとかと、みんなのいるあの世界を守りたい」




.
530 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [!美鳥_res saga]:2011/12/24(土) 02:03:35.91 ID:q6dDy2A/o



***************************************


 彼女は選んだか。



 過去ではなく、未来を。



  . . . .         . . . . .
 円環の理ではなく、鹿目まどかを。


***************************************


.
531 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [!桜_res saga]:2011/12/24(土) 02:05:13.08 ID:q6dDy2A/o



***************************************


 ほむらちゃんは選んだんだね。



 過去じゃなくて、未来を。



 私との約束を。あの世界の私と、そこにいるみんなを。


***************************************


.
532 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 02:05:41.65 ID:q6dDy2A/o



***************************************


 私は選んだ。



 過去ではなく、未来を。



 目の前の彼女ではなく、彼女と交わした約束を。みんなのいる世界を。


***************************************


.
533 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 02:07:32.60 ID:q6dDy2A/o

 例えそれが彼女と永遠に分かたれてしまうことを意味していても。
 彼女と交わした約束を破れ、彼女がまだ戦っている世界を忘れることなんて出来ない。
 熱を持った心に同調するように胸の高鳴りが速まっていく。

 私はもう振り返らない。私はもう繰り返さない。

 ――しかし。

「違うの、違うのほむらちゃん……! 謝るのは、謝るのは!」

「え?」


 ――謝るのは、私の方だ。


 そんな少女の叫び声と共に、白い空間が崩れた。
 引き裂かれるように、凌辱されるように、叩き潰されるように、流されるように。

 白い部屋、刹那の白昼夢の世界が消えてゆく。

 言葉に出来ぬ情報の波に押し流されて抗う間もなくほむらの身体は深く深く沈みこんでゆく。

 ほむらから見て遥か上方から手を伸ばす少女の瞳は涙に濡れていて、
 その意思に応えて同じように手を伸ばすも届かなくて、
 彼女の涙が何を意味しているのかを悟る前に、

 ほむらはそれの声を聞いた。


『思わせぶりな君の言葉には流石の私も動揺させられたよ』

『だからこそ残念だ。彼女と共にあることを望めば、無駄な絶望もしなかったろうに』


 そしてほむらは見た。
 薄く広がる少女の遥か後方をたゆたう、それの顔を。
 悪意に満ちた、それの笑みを。

 夢のような世界が消滅し、意識が元の世界に引き戻される。
534 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 02:08:47.84 ID:q6dDy2A/o





 世界に、白以外の色が着床した――ような。




.
535 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 02:11:15.46 ID:q6dDy2A/o

ほむら「っ――!?」

 気がついたとき、ほむらはコンクリートの上に広がる血の海に沈んでいた。
 左の手の甲からは穢れが抜け出ていて、その先にはやはり――桃色がかった白い輝きがある。
 全ての魔女を、生まれる前に救ってしまう慈しみの光が。

ほむら(謝るのは、私の方……)

ほむら(彼女と共にあることを望めば、絶望しない……)

ほむら(つまり、運命は変えられない……!?)

 果たして、あの白昼夢の世界が現実にあったかどうか確かめる術をほむらは持っていない。

 今の彼女に分かるのは、あの少女の名残がある輝きがありったけの慈悲と共に、
 しかしほむらにとっては無慈悲の救済を行おうとしていることだけだ。

ほむら「だめ、導かないで! 私はまどかとの約束を!」

 精一杯の抵抗を試みようと叫んだところで何も変わらない。
 魔女を消すだけの概念に言葉は通じない。
 本来であれば温かいはずの光が彼女にはとても冷たく感じられた。

 左手のソウルジェムから、穢れが抽出されていく。
 その完成は彼女の救済を――死を意味している。

ほむら「誰か……助けてっ……!」

ほむら「誰か、助けて――!」

 血に濡れた少女の静かな慟哭は。





「助けるに……決まっているだろうがッ!!」

 少年の許に、届いた。
536 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 02:12:28.52 ID:q6dDy2A/o

     AshToASh
「    灰は灰に    」


 詠唱と共に大気がゆらめいて物理法則が捻じ曲げられる。


     DustToDust
「    塵は塵に    」


 二つの炎がその熱量を周囲に伝播させ、あますことなく灼熱の海に染め上げようとする。


    SqueamishBloody Rood
「    吸血殺しの紅十字!    」

 戒めを解き放たれた真っ赤に燃える剣が自由を手に入れる。
 剣は空気を焼き尽くしてまっすぐに突き進み、淡く輝く“彼女”を十の字に引き裂いて――

 光と共に霧散した。

 呼吸を忘れたくなるほどの熱気を纏い、少女を虐げる理不尽を焼き尽くすために。

ほむら「ステイル!?」

 神父は――ステイル=マグヌスは、ふたたびほむらの許に現れた。
537 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 02:14:03.47 ID:q6dDy2A/o

ほむら「すごい――でも……!」

 ステイルの登場を喜ぶと同時にほむらは霧散した輝きに疑問を抱いた。
 何物にも干渉されない概念が何故?
 ……待て、考えてもみろ。魔術とは、異界の物理法則を適用する物だ。
 そんな変わった物理法則であれば、概念体である“彼女の光”にも多少の影響は与えられるのかもしれない。

 しかしそれは救済を一時的に滞らせたにすぎない。
 そして救済の滞りは、魔女の孵化を意味する。
 現にソウルジェムの内側に留まり続ける穢れは荒々しくうねり、今にも飛び出ようとしていた。

 ほんのわずかな時間が生まれただけで、絶望的な運命は変わらないのか――否。
 その刹那に等しい時間の隙間を縫うように、ステイルは素早く行動していた

ステイル「これで三度目、打ち止めだ。もう次は無いと思えよ」

 淡く輝く光を背負ったステイルの右手が、血の海に沈んだままのほむらの左手に触れた。

ほむら「あっ……」

 そして――右手に忍ばせてあったグリーフシードに吸い上げられて、穢れが取り除かれた。
 それに呼応するようにステイルの背後に見える輝きが急激に収束していく。
 魔女を消す概念が、世界から弾き出されてゆく。


 大きなステイルの身体の向こうで、小さな光の粒となった“彼女”の結末を見届けると。


 ほむらはうつぶせの状態からほんの少しだけ身体を起こして、哀しげに目を細めた。



 さようなら、大好きな人。
538 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/24(土) 02:21:41.81 ID:q6dDy2A/o
以上、ここまで。
今気付いたけどさよなら大好きな人ってドラマ主題歌のサビじゃねぇか、もう読み返せないな……

そして空白使いすぎて鳥肌が立ってくる、悪い意味で。
寒いのは室温が8度だからだと思いたい

こっから巻いて巻いて行きますって前も言ったような気がしますが巻きます
年内……は難しいか、出来れば一月五日までの完結を目指します

次回投下は仕事次第ですが、早ければ明日にでも。
539 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 02:22:44.42 ID:E+HQMQgAO
いの一番に乙してやるさ
540 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 07:35:05.47 ID:2pdazpRIO
乙っち乙乙
541 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 08:42:58.18 ID:BONrBX1IO
乙です
542 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 09:16:19.57 ID:LYNCh8Sf0
乙です


ほむらさん、いい意味で歪みない
543 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:11:23.29 ID:B8b5GBRFo
勢いのあるVIPじゃないと、どうも挟みづらいというか……若干後悔していますが
いやでも、改めてスレ=作品なのだなと実感しました。
いつもレスありがとうございます。


というわけで、聖夜ですがいつもどおりに投下します。
544 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:14:08.77 ID:B8b5GBRFo

 重たい身体を引きずって来てみれば、わけの分からないことになっていた。

 それがステイルの印象であり、全てだった。

ステイル(とりあえず攻撃してみたが、はたしてあれでよかったのかな……?)

 それが暁美ほむらを救った彼の本音であり、目の前で輝きが再構築されるのを見て彼は柄にもなく慌てた。
 あの輝きが敵性であるかどうかは疑問だが、ただならぬものであることは容易に察しがつく。
 では、どうすればいいか。

 彼が取った行動は単純明快。
 わけの分からぬ現象と共に戦う仲間を増やすこと。すなわち、

ステイル「これで三度目、打ち止めだ。もう次は無いと思えよ」

ほむら「あっ……」

 袖に隠し持っていたグリーフシードをほむらのソウルジェムに押し当てたのだ。
 口をパクパクと開閉させている彼女を訝しがりつつ、ステイルは背後を振り返って眉をひそめた。
 先ほどまであれほどラスボスのような雰囲気を漂わせていた光が、綺麗さっぱり消えてしまっていた。

ステイル「結局アレはなんだったんだ? 残念だが今駆けつけたばかりの僕にはさっぱりだ」

ほむら「……あなた、自分が何をやったか理解してないの?」

ステイル「理解した人間が吐く台詞に聞こえたのか?
       大体君はいつまで怪我人のフリをしているつもりだ、早く立て」

ほむら「ちょっ……あれ?」

 血溜まりの中で倒れている“傷一つない”ほむらの身体を、彼女の手を強引に掴んで立ち上がらせる。
 それから彼は、うんざりした様子でため息を吐いた。

ステイル「人が文字通り体を張って戦っている時に……まったく、心配して損したよ」

ほむら「え?」

ステイル「なんでもない。それより――」
545 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:14:34.23 ID:B8b5GBRFo

 そこで言葉を切ると、彼は背後に佇む織莉子とキリカを見て目を細めた。

ステイル「……ご機嫌ナナメの彼女達は、どうやら僕らを助けてくれるわけではなさそうだね」

 二人組の内の一人、白い魔法少女の織莉子はその表情に困惑の色を宿している。
 納得できない様子で首を左右に振って、現実を認めようとしないでいる――ように見えた。

織莉子「そんな……こんな、あれを退けるだなんて……」

ステイル「そんなとかこんなとかあれとか、もう少しまともに喋って欲しいものだね
       記憶が正しければ君は予知能力が扱える魔法少女で、僕達とは協力関係にあったはずだが」

 血の海に沈んでいたほむらと、それを傍観していた二人。
 因果関係など確かめるまでもない。

織莉子「……」

ステイル「だんまりか。まあいいさ、こちらも君達と遊んでいるほど暇じゃないんだ」

 その言葉と共に左手を振りかぶり、グリーフシードを投げつける。
 それは織莉子を庇うようにして前に出てきたキリカの手中にぴったりと収まった。

ほむら「……どうして彼女達にグリーフシードを渡したの?」

キリカ「彼女に同じく。妙だ、妙だね神父。神父の態度と行動はまるで一致していない!」

ステイル「一致しているよ。……そろそろか」

キリカ「なにが――ん?」

546 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:15:00.69 ID:B8b5GBRFo

 キリカが喋り終える前に、おびただしい穢れが彼女達の体を包み込むようにして現れた。
 その発信源は、キリカの手のひら。
 つい先ほどほむらの穢れを吸って脈動し始めたグリーフシードだ。

キリカ「穢れを溜め込んだグリーフシード……! 神父のくせにやることはえげつないね!」

ステイル「そいつは特別弱い部類らしい(神裂談)から、ひとまず死にはしないだろうさ」

織莉子「哀れな愚者。あなたがしていることが全てを破滅に導くというのに」

ステイル「何……?」

織莉子「もう遅い。歯車は回り始めてしまったのだから」

 そんな言葉を残して、二人は結界の向こうへ消えてしまった。
 ほの暗いドーム状の結界から遠ざかりつつ、ほむらに疑問の視線を向ける。

ステイル「何か心当たりはあるか?」

ほむら「いいえ、なんのことだかさっぱりだわ」 シレッ

ステイル「だとすると単なる負け惜しみか。あの手の人間は敵にするとしつこそうだな」

ほむら「そうね……ありがとう」

ステイル「礼を言う前に学習しろ。まったく、時間は有限だということを忘れないでもらいたいね」

ほむら「それでもありがとう」

ステイル「……分かったから、さっさと行くぞ」

ほむら「その前に手を離しなさい。手汗がにじんで気持ち悪いわ多汗症。」

ステイル「このクソガキ……!!」
547 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:15:27.67 ID:B8b5GBRFo

 ほむらはもう一度だけ振り返り、重々しく波打つ結界をその眼に映し出した。

ステイル「どうした?」

ほむら「いえ、なぜ魔女が産まれたのか少し疑問に思っただけよ」

ステイル「……大丈夫か? 頭でも打ったんじゃないだろうな」

ほむら「体中泥だらけのあなたに言われたくないわ」

ステイル「体中血だらけの君にだけは言われたくないんだけどね……」

 軽口を叩きあいながら瓦礫の中をおぼつかない足取りで突き進む。
 現状が分からない以上、ひとまずは天草式との合流を目指す他ない。

ほむら「それで、合流したらどうするの?」

ステイル「それが分かったら苦労はしない。戦闘員がまともに戦えないんじゃ、明日は暗いな」

ほむら「どうしようもないわね……」

ステイル「ところで杏子はどうしたんだい?」

ほむら「……彼女は」

 彼女は立ち止まると、その表情を暗くして俯いた。
 その視線は足元の砂利へと落とされていて、二つの黒い水面からはいまにも雫が溢れ出そうになっている。
 そんな彼女の“背後”に目をやりながら、ステイルはとりあえずほむらの言葉を促した。

ステイル「彼女は?」

ほむら「彼女は、自分の命を犠牲にして私を守ってくれたわ……」

ステイル「……なるほど」
548 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:16:07.55 ID:B8b5GBRFo

ステイル「だそうだが、何か言い分はあるのか?」

ほむら「は?」

 黙ってほむらの頭を両手でがっちり掴み、ぐいっと向きを180°捻じ曲げる。
 釣られて彼女の身体が揺れ動き、首から『バキャバキャ!』となにやら響いちゃいけない異音が鳴り響いた。

ほむら「ひぎぃっ!?」

ステイル「あ、すまない」

ほむら「すまないで済んだら警察はいらないのよ……!?」

ステイル「それよりも前を見てみろ」

ほむら「なにが……って」

 ほむらの身体がぴたりと止まり、物言わぬ石像のように固まった。
 硬直した彼女の頭から手を離し、ステイルはかぶりを振って彼女の視線の先を追う。
 その視線の先には――



杏子「……」

さやか「……」



 物凄く気まずそうな表情で視線を逸らしている杏子とさやかの姿があった。

ほむら「……」

ステイル「……やれやれ」
549 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:16:39.38 ID:B8b5GBRFo

ステイル「それで、派手に自爆したらしい君が何故ここにいるんだ?」

ほむら「死人は死人らしく眠ってればいいのに」 チッ

杏子「いくらなんでも酷くない? アタシはさやかのせいで無理やり生かされちまったんだぜ?」

さやか「あたしのせい? あたしのせいなのそれ?」

ほむら「珍しく利口じゃない」

さやか「あーこれあれだわ、濁るわ。あんたたちのせいであたしのソウルジェム濁るわこれ、てか濁った」

ほむら「ちょっ、冗談に決まってるでしょう! どこまであなたは愚かなの!?」

さやか「ごめん今のうそ」

ほむら「……」

杏子「やっぱこいつバカでしょ」

ほむら「頭が痛くなってきたわ……」

さやか「いやーほら、あまりにも酷い言われようだからつい」

ほむら「あなたといると調子が狂うわ……悪い意味で」

さやか「それ褒めてるんだよね?」

杏子「貶してるんだよ」

ほむら「バカは放っておいて、そろそろ話を本題に戻しましょう」

杏子「んあ、それもそーだね……おいステイル、なに肩ひくつかせてんのさ。働きすぎじゃない?」

さやか「あーやっぱりひ弱なあんたを働かせすぎるのはだめだよねぇ、ごめんごめん」



ステイル(べらべらべらべら雑談しやがって……いっぺん燃してしまおうか、わりと真剣に)
550 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:17:06.43 ID:B8b5GBRFo

 結局、場を静めるのには二分ばかりの時間を要してしまった。
 傷だらけの杏子と、ヒビだらけのソウルジェムを持つさやか、血に染まったほむら。
 そんなボロボロの三人を肩越しに見ながらステイルは頭の中で考える。
 彼女達に何があったかは分からない。分からないが――ずいぶん逞しくなったな、と。

 その変わりようは、まるで“あの子”を髣髴とさせていた。
 “首輪”による圧力によって、記憶の抹消を強いられていた“あの子”が。
 誰にでも救いの手を差し伸べ、罪を赦す慈悲と慈愛に満ち溢れた“あの子”が。

 戒めを振り解き、激しい戦いを潜り抜け、より強く、優しく、人並の幸せを手に入れて。
 どこにでもいる少女と同じように誰かに想いを寄せ、頬を桃色に染められたように。

 もっとも、目の前にいる三人は“あの子”ほど優しくもないし美しくもないし強くもないし――
 っといかんいかん、このままじゃ思考の渦に飲み込まれてしまう。
 思考を切り替え、わざとらしく咳払い。

ステイル「ウェッホン! それで、何があったんだ?」

 彼の問いに、杏子はばつが悪そうな表情で頬を右の一指し指でかいた。

杏子「さやかに聞いてくれよ、アタシだってよく分かんないまま流れで来ちゃってるんだからさ」

さやか「うぇぇ!? えーと、それはちょっとー、なんというかー」

ほむら「もじもじしないで、気色悪いわ」

ステイル「さっさと話せ、それから足を止めるな」

さやか「やっぱ扱い悪くない? ……えっとね、あれは確か――」
551 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:17:55.51 ID:B8b5GBRFo

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 体育館を飛び出たあたしは、まずあたしに出来ることをしようとしてた。
 つまり人助けで、やっぱりそれは、ほら。イコール、戦うってことでしょ?
 だからグリーフシードを使いつつ、魔力がある場所を探してたんだけど……

さやか「ううう、ううううっ……マミさぁ〜ん……
.     どこに行ってもソウルジェムが光ってる場合はどーやって探せばいいんですかぁ……」

 言葉の通り、腹に埋め込まれたソウルジェムがひっきりなしに光っているのだ。
 おいおいあたしはどこの地球上では三分間しか活動できない光の国の宇宙人ですかってね。
 それであてもなくさまよってると。

さやか「うぅ〜……お? あんなところに人が!」

 なんか瓦礫に腰掛けてる金髪のおばさんを発見したわけなのよ。
 とりあえず人の温もりに飢えてたあたしは一目散に駆け出して目の前に回りこんだのよ。

さやか「あのぉ、どうかしました?」

???「むむっ、なにや……つ……げぇっ!」

さやか「げぇ?」

???「あ、あははは、今のは言葉の綾になりけるのよ、きっとそうにあらせるわ! わ、わはは!」

 なんかだいぶ言葉がバカっぽかったから、あたしは複雑な事情を抱えてる人なのかなーって思ってさ。
 やたら顔も引きつってるし、まるで後ろめたいことがダース単位であるみたいな?

さやか「大丈夫ですか?」

???「ど、どうもしたらぬわよ?」

さやか「……ホントーですか?」

???「うむ! 私は薄氷のようにぶ厚き誇りとガラス細工のように頑丈な心によって成り立ちているのだから!」

さやか「ああ、それじゃ安心ですね!」

 え? なによステイル、いきなり『揃いも揃ってバカばかり』って。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
552 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:18:33.44 ID:B8b5GBRFo

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 金髪のおばさんは両手を必死に動かして、あれこれ首を捻って悩み始めたの。
 なんか小声でブツブツ呟いてたし。あ、外国語でね。多分英語かな?
 とりあえず体育館まで運ぶべきかなーって考えてたらその人が急に立ち上がって、

???「ときに少女よ! もしかして道に迷いておったりしてなき?」

さやか「あ、そうです迷ってます! どうしてお分かりに?」

???「うふふ、それは乙女のヒ・ミ・ツ、よ♪」

さやか「うわぁ、年齢考えて喋ったらどうですか?(へぇー、凄いですね)」

???「しばき倒すぞ小娘」

 おばさんは軽く咳払いすると右手の人差し指で、ある一点を指し示した。
 それから意味ありげな視線をあたしに送って、二言。

???「後悔したくなければ、進みなさい」

さやか「え?」

 おばさんの言うことがよく分からないあたしはもう一度聞き返そうとしたんだけど。
 なぜだかその言葉に従わなくちゃいけない気がして、気付いたらもう歩き始めてて。
 結局一度も振り返らなかった、と思う。

 今思うと、あの人もそうだけどあたしも……なんか様子がおかしかったと思う。
 ほら、ステイルたちが使った人攫い? とかいう術式……え? 人払い? まぁいいけど。
 あれの影響を受けたような感覚に似てたかも。
 でもあれよりずっと強力だったかな?

 なんかこう……次元が違うというか、時代が違うというか……
 うん、よく分かんないし話先に進めるね。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
553 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:19:27.42 ID:B8b5GBRFo

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 あの人の言葉に従って突き進んだあたしは、でっかい槍で覆われた変な場所を見つけたんだ。
 なんか凄い魔力が飛びまくってるし、危ないし、あんまり近づきたくなかったんだけど……

『いいよ、一緒に――――――』

 なんて声が聞こえちゃってさ。
 どっかで聞いた声だなってちょっと悩んで、それが杏子の声だって分かって。
 あたしはとっさに槍を飛び越えて、結界の中心に躍り出た。
 そして見たんだよ。

さやか「ちょっ……杏子!?」

 杏子が、リボンの――マミさんの魔女と、自分のソウルジェムに向かって槍を向けてる場面を。
 あの場所に満ちてる魔力と、ソウルジェム。魔女。
 あたしは必死に頭を働かせて、あの結界が魔女を倒すために魔力を溜め込んでるんだと理解した。

さやか「あのバカ……!」

 あたしはソウルジェムの負担を無視してジャンプした。
 杏子の赤いソウルジェムが視界を真っ赤な光で焼き尽くそうとするのを無視してぶんだくる。
 そんでもって、光の向こうで眩しそうに目を細めてる杏子を見たらなんか気が抜けちゃってさ。

さやか「――はああっ!」

 あたしは笑いながら、杏子のこめかみに回し蹴りを叩き込んだ。
 なんか笑顔で杏子がでっかい槍の上にぶっ倒れた。それで杏子の意識とソウルジェムが切り離されたのかな。
 ソウルジェムはすんでのところで爆発しなくて、砕けもしなかった。だいぶ濁ってたけどね。

 だけどあたしの蹴りが火種になったみたいで、結界内部に満たされた魔力が沸き立ち始めたのよ。
 あたしは杏子の身体に治癒魔法をかけつつ抱き寄せて、同時に身を守るための障壁を作ろうとしたんだけど……

 ソウルジェムがミシッて音を立てちゃってさ、怖くて。身体丸めるだけで精一杯。
 あの時は死ぬかと思ったよー、いやマジで。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
554 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:20:55.35 ID:B8b5GBRFo

――そうして時は現代に戻る。

杏子「……そっか、そういうわけだったんだな。サンキュ、さやか」

さやか「いいっていいって、駅での借りを返しただけだし。むしろ土御門さんに感謝してるわ」

 さやかの口から見知った人物の名前が出たことに驚き、ステイルは思わずさやかの方を振り向いた。

ステイル「土御門? 土御門元春のことか?」

杏子「ん、そうだよ。瓦礫の中に埋まってたアタシたちを拾って、最低限の治療してくれたんだよ」

ステイル「あの男がなぜここに……いや、あの男は何と言っていた?」

杏子「なんか事情があるんだってよ。アタシの話聞いてから、用事があるとか言ってどっか行っちゃったし」

さやか「もしかしてステイルのお仲間さんなの?」

ステイル「……元仲間、だ。別に敵対してるわけじゃないが、それほど仲良くもない」

 解せない。
 現在では科学サイドに所属している彼がこの場にいるということが何を意味しているのか。
 そして彼の言う用事がなんなのか。
 それに件のバカなおばさん……ローラースチュアートの狙いは何か。
 事と次第によってはさらに厄介な事態になりかねない。

 しかしそんなことよりも、ステイルには気になることがあった。

ステイル「だが腑に落ちないな。瓦礫の中にいたと言うが、一体どうやって生き延びたんだい?」

さやか「あー、それなんだけど……」
555 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:21:24.67 ID:B8b5GBRFo

 さやかは気まずそうに口の中で言葉をもごもごと転がした。
 地面を見下ろし、空を見上げ、それから意を決したように前を歩くステイルを見る。

さやか「あたし、マミさん……に、いや魔女に。助けられたんだ」

杏子「はぁ!? 何言ってんだ!?」

ほむら「頭でも打ったんじゃないの?」

さやか「いやホントに! あの魔女がリボンを伸ばして、あたしと杏子を守るように……包んでくれたんだよ」

 神妙そうなさやかの言葉に押し黙る杏子とほむら。
 ステイルも多少驚いたが、彼女が言うのならば事実なのだろう。理由はどうであれ、だが。
 しかしこのままの雰囲気では戦いに耐えられそうにないので、彼は仕方なくさやかに助け舟を出すことにした。

ステイル「もしもあの魔女、というか使い魔に巴マミとしての感情や記憶が残っていればありえない話じゃないな」

さやか「でしょ!?」

杏子「でもさぁ、アタシらはあいつに半殺しにされたんだよ?」

ステイル「だが君は彼女と共に逝こうとした。君のその行動が彼女の記憶を呼び起こしたとすれば不思議じゃない」

ステイル「……まぁ、奇跡が起こったんじゃないかな」

杏子「奇跡……奇跡が……」

ほむら「……そんなこともあるのかしら」

さやか「そう考えた方がみんな幸せになれると思うけどなー」

杏子「そう、だよな。そっか……奇跡か……」
556 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:21:53.19 ID:B8b5GBRFo

 喜ぼうにも喜べないでいる杏子とほむらを肩越しに見やりつつ、ステイルは己の懐へと視線を落とした。
 彼の懐には穢れを限界まで溜め込んだ巴マミのグリーフシードがある。
 現在は厳重に封印しているが、時間が出来たら処分する予定だ。

 懐を見ながら、ステイルは薄っぺらい同情から言葉を吐いてしまったことに自己嫌悪した。
 魔女、ましてやワルプルギスの夜の使い魔が変貌しただけの存在が、
 いかに親しい者からの呼び声があったところで記憶を取り戻すことなどありえない。

 ステイルの判断が正しければ、あの魔女は己の習性に従ったに過ぎないはずだ。
 かつて巴マミの身体を手繰り寄せていたように、近くにいた二人を自分の下へ引き寄せようとしたのだろう。

 それは見ようによっては、生前何らかの事情で後悔した巴マミが、
 今度こそ後悔しないようにと手を伸ばし、大切なものを抱きしめて守ったように見えなくもないが……
 彼は夢想家である前に現実主義者だった。

ほむら「ステイル?」

 知らず知らずの内に唇を噛み締めていたステイルに気付いたのか、
 声に気づいて面を上げて左隣を見下ろすと、ほむらが彼の横顔を心配そうに見上げていた。
 肩をすくめて彼女の頭に手を置いてそのままくしゃくしゃっと乱暴に撫でる。
 不満そうに睨んでくる彼女を無視してステイルは前を向いた。

 彼の視線の先には、頭に包帯を巻いた建宮と、
 どこから拾ったのか無地のカーテンをマントのように羽織った五和がいた。
 二人はこちらの姿を確認すると微笑を浮かべてから力いっぱい手を振り始める。

建宮「おーい!」

五和「大丈夫ですかー!」

 暢気なその様子に苦笑して右手を振り返しながらステイルは彼らの背後へ視線を向ける。
 ステイルの赤い瞳に、巨大な魔女の姿が映りこんだ。

ステイル「……正真正銘、これが最後の戦いになりそうだね」

 というより、なってもらわないと困る。
 そんなステイルの呟きは、誰に届くこともなく空気の中に溶け込み消えていった――――――



 ――――――否。

 そんな彼の言葉を聞いたものは、いた。
557 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:23:48.85 ID:B8b5GBRFo

「つまらないな」

 ステイルの呟きを拾ったそれは、見滝原市の上空――正確には上空の、位相がずれた空間を漂いながら。
 言葉通り、とてもつまらなそうに呟いた。

「佐倉杏子は生き延び、美樹さやかも無事。暁美ほむらも導かれず……出来すぎているよ。面白みに欠ける」

「そう思うのでしたら、どうして結界を強めたのですか?」

 それの背後から、位相のずれた空に“腰かけた”少女が問い詰めた。
 少女の身体は先程よりも薄くもやがかかっており、時折古びたテレビ画面のようにブレている。

「なんのことかな」

「赤い人が投げたグリーフシード。あれが孵化したのは、私の干渉が弱まったことを意味しています」

「……偶然だよ。私は力を強めてもいないし、弱めてもいない」

「じゃあどうして?」

 それは彼女の問いに答えようとはしなかった。
 答えたくないのか、答えられないのか――少女はほんの若干考えて、すぐに眉根を寄せた。
 それの真意を悟り怒りを覚えたのであった。

 その真意は至ってシンプルなものだ。

 それは少女の問いに答えたくないわけでも、答えられないわけでもなかった。
 それは彼女と交わしていたやり取りに対する興味を示していなかった。
 それは彼女の話を聞いていなかった。

「三流の脚本だな。一方通行ももうじきイギリスに到着するだろうし、さてどうしたものか」

 その姿は新たな玩具を探す子供のように純粋で。
 その翡翠の双眸は汚れのない無垢な宝石のようにきらきらと光り輝いていた。

「あなたは……どこかおかしいです」

「おや、それは意外だな。てっきり君はとうの昔に私の事を狂人扱いしているものかとばかり」

 それは愉快そうに肩を揺らして笑うと、ワルプルギスの夜がいる方角に目を向けた。
 それと魔女との間にはいくつものビルや瓦礫があったが、それらにとっては視覚障害にすらならない。
 それらは目を凝らせば地球の裏側だって見えるし、一歩踏み出せば海の奥底にだって行けるのだ。
558 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:24:38.71 ID:B8b5GBRFo

「ワルプルギスの夜。いくつもの魔女の集合体。魔導書とテレズマと魔力を吸い寄せた魔女……」
 彼女は自分に与えられた力に戸惑い使い道を悩んでいるようだ。思考機能や感情などないはずなのに」

「彼女にも魂があります。キュゥべえみたいなことを言わないでください」

「君はいろいろと面倒臭いな」

 それは眉を吊り上げてから、はぁっと深いため息を吐いた。
 少女はそのため息を無視してそれに向かって尋ねる。

「……ほむらちゃんたちは、勝てるでしょうか?」

「それはワルプルギスの夜にか? それともインキュベーターかな? もしくはそれ以外の存在かね?」

「ワルプルギスの夜に、です。あなたの世界の人なら、彼女を倒すことも……」

「少なくともあの場にいる連中では逆立ちしたところで無理だろう。神裂火織も倒れてしまったことだしな」

 呆気からんに言ってのけると、それはさぞ面白そうに頬を吊り上げる。
 不気味な亀裂はそれの口元に浮かんだ。

「だが魔法少女がいれば話は別だ。一〇回闘りあえば、一回は勝てるかもしれない」

「本当ですか!?」

「不思議そうな表情をしているな。確かにワルプルギスの夜は強大だが、力の使い方がなっていない
 手順さえ踏めば彼らだけでも対処することは十分に可能だよ。その道程は確かに興をそそられる……が」

 それは肺に息を溜めて――呼吸に意味などないのに――深々と吐き出した。
 あまりにも非効率的な行動をしたそれの立ち振る舞いはまるで人間のようだ。
 その本質は人間からはあまりにもかけ離れている存在だというのに。
 少女はそんなあべこべのそれの態度に肩をすくめ、続く言葉に意識を集中させて――



「このまま事が運べば彼らは勝てないだろう。その場合、暁美ほむらが全てを台無しにしてしまう」



 ――己が意識を疑った。
559 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:27:31.37 ID:B8b5GBRFo



「時間を“繰り返し”すぎた。世界を“乗り越え”すぎた。道徳に“背き”すぎた」


「自分を“乗り継ぎ”すぎた。自分を“使い潰し”すぎた。自分を“殺し”すぎた」


「暁美ほむらの魂は淀んでいる。穢れている。濁っている」


「そして“彼女”はその事実に気付かぬまま誤った答えに導こうとしている。まぁ、私もその手助けをしたがね」


「……この事実に気付けた“人間”が、魔法少女である美国織莉子だけというのが悲しいな」


 そう言うと、それは西の方角へ目を向けた。

 距離と水平線を無視するそれの視線の先では、
 白い翼を生やした白髪の少年が、ちょうどイギリスの防空圏内に侵入しようとしていたところだった。



「さて、こちらが盛り上がるまでの間、しばしあちらへ意識を傾けるとするか」

 誰にでもなく告げると、それの意識はイギリスへと飛んで行った――


.
560 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/25(日) 02:30:51.81 ID:B8b5GBRFo
以上、ここまで。
前回までの描写がねちっこすぎたので軽めに行ったら少し密度が薄くなった……かな? 申し訳ありません。
次回は一方さんと英国王室の絡みをぱぱっと軽めに。

次回投下は出来れば明後日にでも。
561 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 05:40:39.93 ID:l109CSRAO
神の子の誕生日に乙
562 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 09:14:10.51 ID:DWMBD3A6o
乙です
神の子の誕生日じゃなく世にでた日らしいですよ
誕生日は4月頃の説とかあるし
563 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 01:36:41.71 ID:AvA1aH40o

俺はこんくらいの密度が好みかも
一方さんwwktk
564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/11(水) 09:02:24.74 ID:YDZ4tuyIO
正月休みも終わったろうし
そろそろか
565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/13(金) 16:44:39.79 ID:3PfKQN0AO
普段投下が早いだけにちょっと心配だな
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:10:36.11 ID:NBEw0/VLo
年明けで仕事が立て込んでリアルが多忙というのもありますが、並行して別作業にうつつをぬかしておりました。
本当に申し訳ございません、時間をかけすぎました。
それでは文章の見直しをしつつ、投下します。
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:12:01.23 ID:NBEw0/VLo

 日本から丸々地球半週分ほど離れたヨーロッパ、正確にはイギリスとフランスを挟むドーバー海峡。
 夜空と海面に浮かぶ月に挟まれるように、海峡の上空を“飛翔”していた少年は、
 気だるそうな顔のまま、手に持った携帯電話を耳に当て直した。

「――要するに、俺はそのフザけた代物を元に戻せば良いンだな?」

 学園都市製の携帯電話が拾うわずかな喧騒に顔をしかめる。

『――省略するとそうなるな。君にとっても利益のある話だろう』

「あァ? 頭ン中にカビでも生えてンですか? 俺に得なンざまるでねェだろォが」

 電話の向こうからかすかに聞こえる嘲笑。
 通話を断ち切って百八十度反転してやろうか、と一瞬悩み、

『君の大事なお姫様が契約させられた時に役立つだろう。それとも絶対に契約しない保証でもあるのかな?』

「ぶっ殺すぞ」

 相手の言葉を一蹴し、吐き捨てる。

 音の壁を遥かに越えた速度で“翼をはためかせ”てから、彼はもう一度携帯電話を握り直した。
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:13:10.90 ID:NBEw0/VLo

「インベーダーだかイノベイターだか知らねェが、あのガキに手ェ出したら殲滅するまでだ」

『ふむ。まあ嫌なら断ってくれても構わないんだが』

「……ちょうど英国王室ご用達の紅茶が欲しかったところだ」

『コーヒー派のくせに』

「間違えた、英国王室ご用達のクッキーだったわ。ゲテモノなジンジャークッキーな」

『あれ思ったよりもジンジャーしてないぞ。ジンジャーエールの方がまだジンジャーだな』

「うっせェ」

『そんなことよりもジンジャーと言えばやはり日本の神社――』

 問答無用で通話を断ち切る。
 外人のギャグは寒い。
 携帯電話を懐にしまい直すと、一方通行は赤い瞳をわずかに細めて正面を見た。

 水平線の向こう側にイギリスの陸地が見えてきている。

 体の表面を覆う“膜”に調整を加えて擬似的なステルス状態を作り出すと、彼は深いため息をついた。



「ったく……俺もヤキが回ったもンだな」
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:14:06.82 ID:NBEw0/VLo

 ――そんな彼の事情や日本での騒ぎなどどこ吹く風と言わんばかりに。

 月明かりに照らされた穏やかなロンドンの夜を、物言わぬ静寂が包み込んでいる。
 先ほどまで、極東に夜が訪れていたなどという馬鹿げたニュースを、ロンドンの民の大半は知りもしない。

 そんなロンドンだが、どういうわけか一箇所だけ人でごった返している場所があった。

 イギリスを本拠に構えるイギリス清教、その本部とも呼べる教会。
 すなわち、聖ジョージ大聖堂。
 変わり者が頻繁に出入りを繰り返すことで有名なその大聖堂は今、ただならぬ喧騒に包まれている。

 そしてなにより異常なのは。
 本来であれば最大主教がいるべき位置に。

 英国三大王女が一人、『軍事』を司るキャーリサが腰掛けていることだった。


「遅い。『資料』の解析にいちいち時間を掛けすぎだし。ソウルジェムの解析もまだ終わらないの?」


 彼女は真っ赤なドレスの裾を苛立たしげに握り締め、右脇で佇んでいるだけの騎士団長を見やった。
 騎士団長は上質なスーツに付着した埃や焼けた後を叩いていた手を止めてキャーリサに振り向く。
 そして恭しく膝を地面に着けて頭を下げた。

「申し訳ございません。『資料』の記述方法が複雑らしく、読み方が無数に存在するようです。
 それこそ『法の書』並に。……あの女がこの『資料』を重要視していたことの裏付けになりますな」

「そんなことは百も承知なの。でなければお前をあの『ランベス宮』に突っ込ませた意味がないだろーが」
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:16:26.76 ID:NBEw0/VLo

 ランベス宮――簡単に説明してしまうと、最大主教の私邸であるのだが。
 その防御機能や対侵入者用の魔術的細工は凄まじく、
 並の騎士では立ち入った瞬間に力負けして昏倒してしまうほどである。

 清教派の頂点が残した仕掛けには騎士派の頂点が、ということで騎士団長は単身ランベスの宮に乗り込み、
 ありとあらゆるセキュリティを力任せに解除して内部に放置されていた『資料』を回収したのだった。
 スーツの汚れや破損はこの際に出来た産物だ。

「あの『資料』がソウルジェムに関するものであることは間違いないとゆーのに、まったく」

「暗号解読の専門家を日本へ送ったのは失敗でしたな
 オルソラ=アクィナスやシェリー=クロムウェルがいれば……」

「清教派の助けを借りるつもりはないし」

 騎士団長の提案、もとい、たらればの希望を一蹴する。
 それに対して不満を露にすることなく彼は口を動かして続けた。

「では魔導図書館の力を。あれは今はまだ自由、学園都市の預かる身でございます」

「ふん。あれは次期最大主教だぞ、馬鹿らしい。それより極東の戦況はどーなったの?」

 強引に話を終わらせて浴びせられた問いかけに対し騎士団長は頷いて見せた。
 目の前をあたふたと動き回る修道女を呼び止め、二言ほど会話を交わす。

「どうやら『天使』は消失した模様です。代わりにあの場に溜まったテレズマが魔女に傾いた、と」

「最悪だな。あれだけの規模が集中するとなるとカーテナ含めても勝てるかどうか怪しーものだし」

 カーテナ。正確にはカーテナ=セカンドと呼ばれる霊装は、
 天使の力の一角である『神の火』の特性を持つ戦略兵器クラスの武装。
 本調子ならば次元すら切断する霊装で勝てない相手がいるとすれば、それはまさしく天使そのものだ。

 ……実際のところ聖人やフランスの軍師、それに一度だけ戦ったことがある超能力者と、結構負け続きなのだが。
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:16:57.59 ID:NBEw0/VLo

「……どれ」

「キャーリサ様?」

 おもむろに椅子から腰を上げて立ち上がるキャーリサ。
 彼女は目を細めると先ほどから聖堂内を駆け回る修道女と魔術師の波を掻き分けてその中心へ突き進んだ。
 そして無数のチューブを繋がれ、さらに大量の霊装に取り囲まれて教壇で横になっている、
 金髪碧眼の修道女を視界に入れた。

「お前が被験者のレイチェルだったか?」

「え? あ、はい、そうです」

「ふーん。そしてこれがソウルジェムか」

 修道女のすぐ隣で、おびただしい量のルーンと結界で築き上げられた小さな神殿の中に置かれた宝石に触れる。
 ソウルジェム――魔法少女の魂を願いと祈りによって作り変えた代物――を、魔術側の技術で再現した物。
 レイチェルの瞳と同じ青色をしたソウルジェムのフレームを指でなぞり、キャーリサはため息を吐いた。

「お前はこれの仕組みをまるで理解してないの?」

「えぇ、まぁ。最大主教からはほとんど説明されてません」

「使えないやつめ。大体この宝石が魂であるということ自体が疑わしーし。一度砕いてみるか」

「じょっ、冗談ですよね……?」

「当たり前だし――――あっやべ」 ガタッ

「落とすなバカ王女おおおおおおおおッ!!」 ギュッ
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:17:21.96 ID:NBEw0/VLo

 寸でのところでレイチェルはソウルジェムを拾い上げた。
 頭に繋がれたチューブの位置を調整しながら、彼女はその碧眼にキャーリサの姿を映し出す。

「あの……」

「どーした、今の罵詈程度は許してやるし」

「許す前に謝ってくださいよ!! もう……なんでもないです!」

「変なやつめ」

 レイチェルから離れると、キャーリサはふたたび元居た位置に腰を下ろした。
 表情が険しくなる。



 ――何もかもが分からない。



 ローラ=スチュアートの企みも、ソウルジェムの秘密も、インキュベーターの対策も。

 魔法少女に関わる一連の騒動で活躍するのはいつも清教派の人間だ。
 ローラはもちろん、特に見滝原市に潜入した神父や天草式、必要悪の協会の面々の働きは大きすぎる。

 それに比べて、王室派と騎士派はなんだ。
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:18:24.34 ID:NBEw0/VLo

 清教派経由の情報を受けて魔法少女の救助と魔女の討伐に乗り出し、
 協力してくれる魔法少女へのグリーフシードの無償提供という形で成果を成してはいる。
 成してはいるが、それ以上のことは何一つ出来ていない。

 清教派一頭体制の果てにあるのはイギリス清教の自滅でありイギリスの崩壊だ。
 魔術サイドの頂点として君臨する組織と国家の消失は、ふたたび魔術と科学の間に混乱を齎す。

 その途中でイギリスの民がどれだけ苦を強いられることか。
 苦い思いで唇を噛み締めると、キャーリサは自身が腰を下ろす椅子に視線を送った。

 起死回生の手札はある。

 ローラ=スチュアートの指揮権を剥奪し、
 最大主教としての座から退けることが出来た今ならば。
 魔法少女をこちらの力だけで救い出し、権威を示すことが出来る
 この機に乗じて三派閥のバランスを元に戻すことも不可能ではない。

 キャーリサが魔法少女に関して必死になっているのはそういった意図も含まれていたからだ。
 綺麗事だけではどうにもならない現実があることを彼女は知っている。

(だけど予想以上に問題がややこしすぎるの。こちらの遥か先をゆく異星人をどーやって出し抜けと?)

(この分だとソウルジェムを元の形に戻すだけで一年、下手したら三年はかかりかねないし)

(どうにかして騎士派と王室派の力でなんとかせねばならんというに……)
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:19:05.52 ID:NBEw0/VLo

「きゃ、キャーリサ……様っ……!」


 顎に手を当てて考え込んでいると、見知った顔の修道女が息を切らしながら彼女の前に跪いた。
 キャーリサは怪訝そうに彼女を見やり、次いで騎士団長に視線を移して顎を突き出す。
 騎士団長はため息混じりに修道女の顔を覗きこんだ。


「何があった。落ち着いて、ゆっくり、明瞭に話せ」

「その、えと……我が国の防空圏内にアンノウンが一つ進入してきたとの報告、が!」

「そういうことは早く言え馬鹿者!」


 みっともなく声を荒げて青筋を立てる騎士団長に呆れながら、キャーリサは鋭い眼差しで修道女を見定めた。

「軍部はなにをやってるの。まさか指をくわえて見守ってたわけじゃないだろーし」

 対する修道女は息を荒げたまま、

「それが空軍が気付けていないみたいなんです! 私たちも今気付いたばかりで……!
 詳細は不明のままですが、速度は最低でも時速七千キロ以上! 現在位置は今算出しています!」

「現在位置出ました! ここ(聖ジョージ大聖堂)ですッ!! 正面玄関、扉の外です!!」

 別の修道女からの報告を受けた一同に緊張が走った。
 ピリピリとした空気の中、キャーリサは黙ってカーテナ=セカンドの欠片を握り締めて腰を上げる。
 そして騎士団長に声を掛けた。


「スピードだけなら天使並だし。さて、お前ならどーする?」

「考えるまでもありませんな。王の国に仕える騎士の運命(さだめ)は一つのみ」


 彼はどこからともなくロングソードを取り出すと、そのまま軽い身のこなしで跳躍する。
 あっというまに人々を跳び越した騎士団長は、そのままロングソードを高く振り上げて走り出した。

 騎士団長の速度が音の壁を軽く突き破ったことで生じる余波から人々と霊装を結界で守りながら、
 キャーリサもカーテナ=セカンドの欠片を構え――
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:19:44.98 ID:NBEw0/VLo







 ――次の瞬間。






 彼女の真上を、泣く寸前の幼児みたいな情けない顔をした騎士団長が通り過ぎていった。






.
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:21:05.56 ID:NBEw0/VLo

 騎士団長の身体が聖ジョージ大聖堂のステンドガラスを突き破る。

 舞い落ちるステンドガラスの雨と月光を一身に浴びながら、
 キャーリサは何が起こったのかを必死に脳内で整理しようとした。
 だが情報の整理が終わる前に、


「大英帝国はいつから客に対して音速超えする熱烈歓迎パーティ開く過激国家になったンだ?」

「ったくよォ……柄にもなくビビっちまったじゃねェか。どォしてくれンだ、おい」


 灰色のラインが刻まれた白い上下の服装に、白い肌。白い髪。そして赤い瞳の少年が、
 騎士団長が放った剣戟によって砕かれた扉の向こうからのっそのっそと姿を現した。
 驚くべきことに、音速を超えた攻撃を受けてなお、彼の体には傷一つなかった。

 ――いや、驚くようなことでもないか。
 内心で思い直して、キャーリサは少年を睨め回す。
 傷一つない? それはそうだろう。当たり前だ。
 何せ彼は、キャーリサですら敵わない正真正銘の“バケモノ”なのだから。


「そもそもお前を客人として招いた覚えはないの。とゆーか、なぜここにいる?」

「答えろ、学園都市第一位。最強の超能力者、一方通行(アクセラレータ)ッ!!」


 精一杯の殺意と敵意を放ったつもりなのだが。
 だがキャーリサの膝はみっともなく揺れていて、今にもくずおれそうだった。
 しかしここでくずおれることは、全ての崩壊を意味する。それだけは出来ない。

 そんな彼女の、全てを賭けた最大の抵抗に対し、一方通行はというと――
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:21:32.90 ID:NBEw0/VLo







一方通行「いや学園都市第一位とかもういいンで……あと最強とか。そォいうのもうほンといいンで……」 ハズイワ





キャーリサ「……はぁ?」






.
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:22:17.19 ID:NBEw0/VLo

――説明中。


一方通行「つーわけで、俺はしぶしぶあの女の言い分に従って足を運ンできてやったわけだ、うン」

キャーリサ「そうとは知らずにうちのバカが失礼したの。私に免じて許してやってくれ」

一方通行「こっちからしたら蚊が高速で突っ込ンできて死ンだようなもんなんで、ぶっちゃけどォでもいいわ」

一同(((鬼だ……悪魔だ……!)))


キャーリサ「さて……せっかくお越し頂いて悪いのだけど。
         生憎とイギリス清教は科学側の施しを受けるつもりはないし。お帰り願おうか」

一方通行「おう、これがソウルジェムってやつか。魂ねェ……?」

キャーリサ「人の話を聞いてるの!?」


 レイチェルのソウルジェムに触れる一方通行を押さえつけようと、キャーリサは一歩踏み出して――失敗した。
 否、正確には足がぴたりと地面にくっつき、それ以上先に進むことが出来なかった。

キャーリサ(空気の壁!? いや、それとも重圧!? 一体何がどーなって……)

 見えない威圧を身体に受けたキャーリサが驚きの声を上げるより早く。
 彼女がカーテナの欠片に魔力を通そうとするより早く。
 一方通行が地面を踏み鳴らした。

 たったそれだけの動作でキャーリサの右手が不自然に跳ね上がり、握っていた欠片が投げ出される。
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:23:07.94 ID:NBEw0/VLo

一方通行「悪ィがこっから先は一方通行だ。進入は禁止ってなァ」

一方通行「つかよォ、真面目に考えても見ろよ。インベーダーだかなんだか知らねェが
       それが『あのガキ』のいる平和な世界を乱すきっかけになるってンなら、取り除くに決まってンだろォが」

キャーリサ「……」

一方通行「オマエの事情なんざ知ったこっちゃねェんだよ」


 その場に崩れ落ちたキャーリサに目を向けることなく、
 一方通行はソウルジェムを右手で握り締めた。

 そしてレイチェルと手の中のそれとを見比べて、彼女とそれの間にある“何か”を感じ取る。


一方通行「これがオマエの魂なンだな?」

レイチェル「え、あ、はっはい!」

一方通行「初夜を前にした乙女みてェに緊張すンな。やり辛ェだろォが」

 軽口を叩きながら、ソウルジェムを手の中で転がす。
 指で肌触りを確認し、似たような質感の物を記憶の中から引っ張り出そうとする。
 その一方で彼は能力をフルに活用し、ソウルジェムの周囲を漂う『力』のベクトルを確かめる。

 ――なるほど、確かに不思議な造りをしている。未知と呼べるだろう。

 単なる未知の物質の解析程度ならば、彼は既に『第二位』の能力で経験したことがある。

 『第二位』の能力の解析自体はそれほど難しくなかったし、今回も同じような結果になるだろうと踏んでいた。
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:23:47.86 ID:NBEw0/VLo



 だから彼は歯噛みする。

 自身の力の無さを憎むように。

 自身の世界の狭さを恥じるように。






 彼には、ソウルジェムの仕組みがまるで理解できなかった。
                     ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨




.
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:25:17.68 ID:NBEw0/VLo

一方通行(何がどうなってやがる……なんでこンな宝石が、これだけのエネルギーを蓄えられンだ?)

 地脈とか霊脈とか竜脈とか、そういったものの力ではない。異なる位相に存在する力でもない。
 純粋な人の魂が持つ力。それを魔力へと変換する機能。魔力の流れる経路。魔法の仕組み。

 数千年、あるいは数万年。風化せず、さりとて改良もされなかった異星の生き物が発案したシステム。

 そのどれもが、これまで遭遇、想像したことの無い本当の意味で『未知の物質』だった。

 辛うじて分かることと言えば、ソウルジェムから溢れ出る力がレイチェルの身体に向かって流れていることか。
 その魔力の道から逆算するか……? いや、それも難しいだろう。

 ソウルジェムに辿り着いた途端、数十万を超える複雑かつ高度な計算式によって演算が滞ってしまう。
 仮に総当りでそれらを演算し尽くしたところで、同じ作業を何十回と繰り返せばいいか分かったものではない。

 いや、もっと大事な情報が手元には欠けている。
 単に演算を繰り返したところで、まるで意味はない。
 しかしやらねばならない。
 エイリアンごときに苦汁を舐めさせられたままでいるのは彼の性に合っていないからだ。

一方通行(まァあれだ、エイワスほどワケ分からねェわけでもねェんだ。地道にいってやるよ、チクショウが)

 そもそも、あれだけの大口を叩いたのだ。
 こので逃げ出すことは彼のプライドが許さない
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:26:01.71 ID:NBEw0/VLo

一方通行(……)


――単純な物質としての側面から試算。エラー。再試行。


一方通行(…………)


――曖昧な魔術としての側面から試算。エラー。再試行。


一方通行(………………)


――現実の科学としての側面から試算。エラー。再試行。


一方通行(……………………)


――全てのデータを洗い直し、再び試算。エラー。再試行。


一方通行(…………………………)
583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:27:16.13 ID:NBEw0/VLo

 時間にして五分も経っていないにもかかわらず、一方通行の口元に亀裂が生じた。

 腹の底から出てくる笑い声を必死に押し殺して、すぐ後ろで地べたに座っているキャーリサを横目で見る。

 そして彼は言った。

一方通行「――ダメだこりゃ、全然分からねェ」

キャーリサ「……はああぁ!?」

一方通行「知識が偏りすぎてンだよ。これは俺一人じゃ無理だ」

 観測した現象から近い推論を弾き出すのが彼の能力の真価だ。
 そのために一万人近い人間の脳による代理演算を用いているのだが――これには一つ、問題がある。
 かつてロシアで魔術を行使したとき、彼には歌という記憶と例があった。
 しかし今回は、それがまるで無い。
 いかに高性能なコンピューターといえど、1と0を飛び越えた空間を再現することが不可能であるように。
 少し魔術をかじった程度の彼の知識では、魂のなんたるかの推論を弾き出す事など出来るわけがないのだ。

キャーリサ「じゃあもうお手上げだし。私たちにできることは何一つないの」

一方通行「邪魔だシスターズ、その紙束見せろ」

キャーリサ「私の話を聞いて――あいたぁっ!!」

 ふたたびベクトル操作で彼女の身体を地面に押し付けると、
 修道女達(シスターズ)からかっぱらった何十枚という膨大な資料に目を通す。

一方通行「おい真っ赤なドレスのおばさン」

キャーリサ「……もうちょっとマシな呼び方は無いの?」

一方通行「これは誰が集めたもンだ? どっから手に入れた?」

キャーリサ「ローラ=スチュアートの私邸から回収した物だし。詳しいことは解析中だから分からないの」

一方通行「あァ、そォかよ」
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:28:55.79 ID:NBEw0/VLo

 一方通行の赤い瞳がかすかに揺れる。

 彼は資料に目を通したまま、レイチェルのソウルジェムを掴み直した。
 首筋に取り付けられたチョーカーがうねりを上げるのと同時に、彼の背から白い翼が“噴出”する。

 同時に彼という存在が、能力開発の果ての、その先にある領域へとシフトしていく。
 ミカエル、あるいはルシファー、あるいはホルスの世界の神性へ限りなく近づいていった。

 周囲にいた修道女やボロ雑巾のような姿の騎士団長、キャーリサが目を丸くする中、
 彼は気にも留めずにソウルジェムに指を這わし、傍から聞けばうわごとにしか聞こえない声で呟く。


「契約により……」

「魂の最適化は……」

「願いは余剰エネルギーを……」

「感情の相転移によるエネルギーの……」

「希望の祈りは単なるプログラムに過ぎず……」

「ソウルジェムは魂というエネルギーの効率化を……」

「穢れを浄化する自浄機能……精神と神経回路の類似点……二重契約が不可能な理由……」
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:30:25.88 ID:NBEw0/VLo

「……ッチ。解読出来ねェ箇所があるが、試してみるか」

 ソウルジェムを握る右手に力が入る。
 だがすぐにそれを和らげると、一方通行はポケットの中から携帯電話を取り出した。

「この期に及んで、何をするつもりなの?」

 地べたに座り込む王女を見下ろす。
 そして心底面倒くさそうに、投げやりにかぶりを振って見せた。

「可能性は見えた。だから助っ人の力を借りるンだよ――っと。もしもォし?」

『……珍しいな、お前からかけてくるなんて。思わずかみじょ――』

「うるせェ、シスターに代われ」

『はぁ? なんでイン……ちょっと待て、お前今どこにいるんだ?』

「俺の言葉が聞こえなかったンですかねェ? さっさとシスターに代われ」

『……ったく、分かったよ。なぁインデッ――――』

 保留中を示すBGMが流れ出し、一方通は苛立たしげに舌打ちした。(BGMの)センスが無い。

「……シスター、まさか魔導図書館のことか?」

「名前で呼んでやれよ、俺も人の事言えた義理じゃねェがな」

「――駄目だ。やつらの力を借りるのは駄目だ。やつらに頼りすぎているの! 何の解決にもならないし!」

「あァ? 何寝惚けた事言ってんだオマエは」
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:31:58.56 ID:NBEw0/VLo

「組織のバランスだの頼り過ぎないだの……くだらねェ」

 そう言うと、彼は首下のチョーカーを軽く撫でた。
 最新型バッテリーの残量はまだ十分ある。

「くだらねェよオマエ、抱きしめたくなるくらいくだらねェ」

「何が!」

「……考えるこった」

 まだ食い下がるキャーリサをおしのけると、一方通行は手近にあったデスクに資料を並べ始める。
 常人には理解出来ない内容の紙束を置きながら一方通行は短くため息を吐いた。

「こンな回りくどい書式にしたのは、悪用を防ぐためだ」

「……」

「科学ってのは誰が扱っても同じ解答を導き出せる物だ。ンで、魔法ってのは科学だ――意味が分かるか?」

 すなわち、やり方さえ知ってしまえば誰にでも同じ事が成し遂げられるということ。
 誰にでも奇跡を起こせるし、魂をソウルジェムへと変換できるし、魔女を生み出せてしまう。
 おそらくこの編者は、それを恐れたのではないだろうか?
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:32:32.65 ID:NBEw0/VLo

「これを理解できる人間がいるとしたら俺かあのシスターかくらいだろォよ」

 この編者は魔術に関する豊富な知識を持ち、その道では右を出る者がいない存在だろう。
 そしてところどころにちりばめられた、魔術とは違う“科学的”なキーワードの数々。
 ところどころの記述が拙いのを見るに、本人はそれほど知識を持ち合わせていないのかもしれない。
 身近な者、あるいは両親のどちらかが科学者か――もっとも、そんなことはどうでもいい。

「どォしてオマエらに渡さなかったのか、そのことをよく考えるこった」

 キャーリサの考えはこの編者に通ずる物がある。利益最優先。それは分かる。
 違いがあるとすれば、最悪の場合は組織としての手柄や利益を捨てる覚悟があったかどうかだ。
 この編者は、一方通行やあのシスターが介入することを読んでいたのかもしれない。

 ……たまたま一方通行が辿り着いただけかもしれないが。

「……フン!」

 キャーリサが鼻を鳴らすのと同時に、携帯電話から流れていた保留音が途切れた。
 代わりにどこか舌足らずな少女の声が聞こえてくる。

『もしもし! えっとね、私はいんでっ――』

「遅ェンだよ!」

『ひゃうっ!? い、いきなり怒鳴るなんて酷いかも!』

「これからオマエの部屋の主の携帯に画像を送る。それを読み解いたら電話寄越せ、以上」

『えぇっ!? なにがなんだか――』 プツッ
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:35:22.31 ID:NBEw0/VLo

 強引に通話を断ち切ると、片っ端から携帯電話に資料を保存していく。
 そして手際よく添付してメールを送り終えると、ふたたび一方通行はため息を吐いた。

「オマエらがやろォとしたのは魔術によるソウルジェムの解放。魂の肉体への帰化
 この資料の編者もそれを試みていたし、ソイツの部下もその方法を模索してたみてェだが見つからなかったンだろ」

「それは……」

「見つからなくて当然だ。さっきも言ったが、魔法は“科学”なンだからな」

 言いながら、一方通行はふたたびソウルジェムを眺める。
 いかに似通った部分があるとはいえ、根本的に相容れない部分があるとするならば。
 それは魔術と科学という分野の間に広がる溝以外の何物でもない。

 しかし科学の頂点とも呼べる一方通行の能力でもそれを成し遂げることは出来ない。
 それは科学の限界であり、純粋な技術力の差であり、能力が魔術に似通っているせいでもある。
 能力の元を辿れば原石にまで遡るが――割愛しておくとして。

 だが、それはなにも一方通行の力が足りていないからではない。
 必要な欠片(ピース)が足りていないだけなのだ。
 魔術の知識が、ソウルジェムを解放するための条理を捻じ曲げる術式が。
 だったら話は早い。
 足りないのなら、持って来ればいい。

「必要なのは科学の知識と計算、魔術の知識と術式だ」

「魔術サイドの知識だけならシスターが最強なンだろ? だったら話は早い」

「俺の能力でソウルジェムの構成を推測し、紐解いて、そこにシスターの知識を活かした術式を編みこんで元に戻す」

 なにせ件のシスターは既に魔女から魔法少女への再生をやり遂げているそうではないか。
 あの時わざわざグンマーからのタクシーをさせられた裏で繰り広げられていたであろう光景を想像し、わずかに苦笑する。

「ムチャクチャだし! 下手をすればソウルジェム自体が崩れかねないの!」

「……そォだな」
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:36:57.98 ID:NBEw0/VLo

 後ろを振り返る。
 体に繋がれていたチューブを取り外し、自由になったレイチェルと視線が交錯する。
 彼女は黙ったまま頷いた。

「なぜ了承できる!?」

「“あの子”のこと、信じてますから」

 レイチェルが記憶を失う以前の“魔導図書館”と交友があったことなど、一方通行はまったく知らない。
 知らないし、興味もなかった。問題なのは覚悟があるかないかだけだ。

「……さて、本人からの許可も下りたわけだが」

「俺は魔術を十分に使いこなせねェ」

 そして困惑の表情のまま立ち尽くしているキャーリサに目を向け、一言。

「力を貸せ」

「……貸すと思うの?」

「嫌なら他を当たるだけだ。清教派と科学の手柄になるってワケだなァ」

「ッ……」

「分かったか?」



 有無を言わせぬ一方通行の言葉に、ついにキャーリサは折れた。
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:37:28.11 ID:NBEw0/VLo

 ――そんな様子を、割れたステンドガラスが嵌めてあった枠にぶらさがって覗くものがいた。

 『明けの陽射し』のボスであるレイヴィニア=バードウェイと、その部下のマーク=スペースである。
 ロープで結ばれたマークの背に抱きつきながら、バードウェイは邪悪な笑みを浮かべる。

バードウェイ「ふん、私が助力しただけあって順調そうだな」

マーク「はぁ……。それで出来ると思いますか? ソウルジェムを魂に戻すなんて」

バードウェイ「私が言うのもなんだがあの男はなかなか高性能だからな。難しくはないはずだが」

マーク「ローラ=スチュアートはボスの行動を知っていますかね?」

バードウェイ「あの女狐の完全勝利条件はイギリス清教の手柄の独占だ。あとは察しろ。ざまぁ見やがれ(笑)」

マーク「……後が怖そうですね」

バードウェイ「後などないよ。問題はインキュベーターがどれだけ把握しているかだな」

マーク「はい?」


バードウェイ「何万年も昔に魂をソウルジェムに変換する技術を具えた連中がなにも出来ないでいると思うか?」

バードウェイ「ソウルジェムが元に戻されてしまうのなら、変換方法を変えてやり直すだけだ」

マーク「でしたら再度科学と魔術が手を合わせれば」

バードウェイ「結局は後手になる。それでは意味が無い。問題は山積している」
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:38:12.66 ID:NBEw0/VLo

バードウェイ「まっ、その時はその時だ。それにしてもあいつら、本当にソウルジェムを元に戻せるのかね」

マーク「……どちらにしても我々に影響は無いのではなかったのですか?」

バードウェイ「いや、最低でも今のソウルジェムくらいは元に戻してもらわんと困る」

マーク「なぜです?」

 深いため息をついてから、バードウェイはマークの頭を叩いた。
 そして右手に嵌められれた“指輪”と爪に描かれた五傍星を彼の眼前に持ってくる。

マーク「これは……ボス!?」

 爪に描かれた特異なマークと指輪。
 それはインキュベーターと契約した人間に刻まれる証であった。

バードウェイ「素質は十分だが希望と絶望の落差、感情の振り幅が小さくてそこまで強くないらしい
        願いは叶ったので良しとするが……一方通行に頑張ってもらわんと私が醜い魔女になってしまう」

マーク「いつの間に……いや、なぜ契約を!?」

バードウェイ「少し前、とある人物に頼みごとをしたら見返りにこちらも頼まれごとをされてな
        一応言うが、取引じゃないぞ。そう、頼み、頼まれただけだ。信頼関係とか色々だ」

マーク「……一体何をするつもりですか?」

バードウェイ「ゴールデンメタルスライムを知ってるか?」

 困惑するマークを無視してふんっと鼻息を立てると、バードウェイは東の方角へ目を向けた。
 極東の地では今頃、今世紀最大の激闘が繰り広げられようとしている頃だろう。
 その結果次第でなにもかもが変わる。

 バードウェイにしては珍しく不安げな表情を浮かべると、目を瞑って天を仰いだ。
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:38:47.91 ID:NBEw0/VLo

 ――舞台は見滝原に戻る。

建宮「ああそうだほむほむ。お前さんに渡すものがあったのよな」

ほむら「率直に言うけどほむほむはないわ……」

建宮「ええっ!? マジ引きは悲しいのよ!?」

ほむら「いいから早くそれ渡しなさい。私は暇じゃないわ」

 俺っていつもこんな扱いなのよな……とぶつくさ続ける建宮から何枚かの文書を貰い受けると、
 ほむらは手ごろな瓦礫を椅子代わりにして腰を下ろし、ざっと目を通した。
 そしてすぐに両目を見開く。

ほむら「これは……どこで手に入れたの?」

建宮「新たなる光――って言っても分からんよな。尻尾生やしたレッサーは覚えてるか?」

建宮「そいつがついさっき現れてな。それをお前さんに渡すよう頼まれたわけなのよ」

ほむら「そのレッサーはどこに?」

建宮「知らん。元々あれとは指揮系統が違うのよな。あれはローラ=スチュアートに雇われてるような物だし」

 ローラ=スチュアート……
 たびたび耳にする人物の名を噛み締めながら、ほむらはふたたび文書に目を落とした。

 そこにはソウルジェムの仕組みと契約行為の仕組みに関する情報が記載されていた。
 どうして願いを叶える事でソウルジェムが生まれるのか、願いは一回しか叶えられないのか、世界の歪み、etcetc……
 レッサー、いやローラという人物はなぜこれを自分に?

 その意味を読み解こうと首を捻るが――残念ながら時間がない。
 視界の端でぞろぞろと人が集まり始めたのに気付き、文書を盾の中に押し詰める。

 考えるのは後にしよう――
593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:39:20.68 ID:NBEw0/VLo

ステイル「準備は良いかい?」

 穴だらけの法衣を着直しながらステイルは一同に振り返って尋ねた。
 誰も彼もが傷だらけで準備万端な風には見えないが、それでも彼らは笑みを浮かべて頷いて応えた。

杏子「いつでも行けるよ」

五和「こちらも大丈夫です」

建宮「与えられた仕事はしっかりこなして見せるのよな。でないと年長者としての示しがつかんのよ」

香焼「元から示しついてないすから気にしなくても――あだだだ嘘っすぐりぐりしないで!!」

さやか「みんな、怪我したらあたしに任せてね! ちちんぷいぷいって治しちゃうから!」

ほむら「あなたは魔法禁止よ。嫌ならソウルジェムをぶん投げるわ」

さやか「……はい、すいません」

 騒がしい面々から目を離し、箒を片手に持つ魔女を視界に収める。

スマートヴェリー「こっちもいけるよー。最低でもカミカゼアタックして特攻してあげるから安心してねん」

ステイル「……期待しているよ」

 次に、ローラの指揮下から離れた魔術師集団を見やる。

ステイル「そっちはどうだ。天草式との連戦でだいぶ疲弊していると思うが」

魔術師「簡単なルーン魔術くらいなら使える。というか、ガキばっか働かせるわけにもいかないからねぇ……」

ステイル「そうか。それじゃあ最低でも僕のに倍以上の働きをしてくれることを期待しているよ」
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:39:49.65 ID:NBEw0/VLo

 そしてすぐ後ろで幾人かの修道女に看護されている神裂とシェリーを見る。
 彼女らという大きな戦力を失った今、これ以上の消耗は敗北を意味している。
 要塞からの支援砲撃と天草式の『切り札』、自分の全生命力を費やしたところで勝てるかどうかは疑わしい。

 だが、ここで挫けては意味がない。

ステイル(巴マミを救えなかった時点で僕は何もかもに負けているんだ)

ステイル(これ以上犠牲を出してしまっては……“あの子”に向ける顔が無い)

 ステイルは一度大きく息を吸い込むと、怪しげに歯車を回して宙に浮かび続けるワルプルギスの夜を見た。

 魔女狩りの王を捻じ伏せ、岩石の巨兵をなぎ倒し、聖人を退けた最強最悪の魔女。
 その姿にわずかな戸惑いの色が見て取れるのは、果たしてステイルの錯覚だろうか。

 あの魔女が何を望み、何を呪っていったのか――ステイルにはそれを知る術が無い。
 知ろうとも、思わない。



 今度こそ、確実に撃破する。
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:40:36.01 ID:NBEw0/VLo

――そして。

ローラ「ようやく参りたわね」

 かすかな足音を聞き取ったローラは、その口元に柔らかい笑みを浮かべて言った。
 すぐ近くで尻尾をふりふりさせている白い獣の頭を一度撫で、立ち上がる。

QB「ようやく動くのかい、ローラ=スチュアート」

ローラ「己が招いた客人の前でみっともなく座り続けてたるは恥でしょう?」

 地面を踏みしめる音が近づいてくる。

QB「招いた、というと?」

ローラ「ステイルが張り巡らしたるルーンは、見方と魔力の質を変えれば案内板にもなりうる、ということよ」

QB「“ホルス”の魔術のようにかな?」

 その言葉を聞いたローラの眉間に深い皺が刻まれた。
 疑惑の色を隠そうともせず、足元でくつろいでいるキュゥべぇに視線を投げる。

ローラ「賢しいわね。しかしどこでそんな単語を知りえたるのかしら? とっても興味がありけるのだけれども」

 ローラの言葉に答えず、キュゥべぇはくるりとその身を後ろに捻った。
 それに見習うようにしてローラも後ろを振り返る。
 視界の中心に、一人の少女が生まれた。

 少女の衣服は泥にまみれ、さらには何度か転んだのであろう。膝や肘にわずかなかすり傷がある。
 それでも彼女は、確かな意思を宿した目をローラに向けてきた。

ローラ「……話に聞くよりも、ずいぶんと芯の強そうな娘になりけるわね。
     ほんの少しだけれど、暁美ほむらがその命を賭けてまで救わんとす理由が分かりける気がするわ」
596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:41:50.22 ID:NBEw0/VLo

――そうして。


 ローラは一歩前に踏み出した。
 それに応えるように、少女も一歩前へと踏み出した。

 鮮やかな、それこそ満開の花のように綺麗な笑みを受かべてローラは口を開いた。


「私は――」


「――わたしは、ローラ=スチュアートという者よ。よろしく頼みけるわね」


 半年振りに一人称の語気を若干和らげてそう言ったローラに対し、


「わたしは――」


「――私は、鹿目まどかっていいます。こちらこそ、よろしくお願いします」


 まどかもまた、一人称の語気を若干改め直して、ローラの言葉に応じた。



 ワルプルギスの夜と、魔術師と魔法少女。
 インキュベーターの技術と、魔術と科学。
 アレイスター=クロウリーと円環の理。
 ローラ=スチュアートとまどか。

 物語の要が、ようやく交差した。
597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/17(火) 01:44:52.63 ID:NBEw0/VLo
以上、ここまで。
投下量が多すぎ笑えない。
そしてくだらない伏線が多すぎて多すぎて回収するのも一苦労……俺得ですけどね!

次回の投下は、今月中……にしたいところですが、現実の事情でどうなることか。
いやほんと、すいません。
598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/17(火) 12:21:49.94 ID:rh/rJglVo
乙!
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/17(火) 12:57:44.31 ID:ytKcmroDo
世界一壮絶な親子喧嘩だと思うとシュールだなwwwwww
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/01/17(火) 17:54:09.72 ID:vQgjhl+e0
ん?カーテナは「神の如き者」じゃなかったっけ?イギリス王室を天使長として騎士団を天使軍とすることでローマ正教の支配から逃れるのが目的だからそのはず…
601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/01/17(火) 22:14:35.77 ID:wGST7cVP0
おいほむほむ変なフラグ建てんな

ともあれ乙。
一方さん丸くなりすぎワロタ
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/01/17(火) 22:14:40.21 ID:dveQ0aF6o
>>600
YES、神の如き者でした。神の火はウリエルでしたね
頭の中でミカエル→赤→火と勝手に変換していたみたいです、なんて初歩ミスを……
ご指摘ありがとうございました
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/01/18(水) 23:14:50.72 ID:9cfzFt4Xo
乙です!
相変わらず量も質もたっぷりな読み応えですね。
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/20(金) 00:16:43.62 ID:0HaAmlw40
いよいよ大詰め!
すばらしい物語ですね!
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/01/20(金) 09:29:55.18 ID:K4oc71zz0
一方さんキターーーーーーーー!!
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/20(金) 16:37:56.14 ID:2ZFeBXl2P
一方さんも戦線には行かないっぽいし群馬組が絶望的すぎて泣ける
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:12:43.71 ID:F5gd/ZYKo
いつもレスありがとうございます。と同時に訂正を。

いまさらだけど
>半年振りに一人称の語気を若干和らげてそう言ったローラに対し、
ここは
>五〇余年振りに一人称の語気を若干和らげてそう言ったローラに対し、

なぜ半年振りにしたんだ俺は……? では投下します。
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:14:20.93 ID:F5gd/ZYKo

 まどかと相対しながら、ローラはわずかに肩をすくめた。
 今頃ステイルたちは魔女に戦いを挑んでいる頃かな、と思いながら口を開く。

ローラ「こちらの詳しい事情とわたしの正体は説明せずとも良きに?」

 ローラの言葉に、まどかは笑みを浮かべて頷いた。

まどか「はい、だいたい分かります。ステイルくんの上司さんですよね?」

 雰囲気が似ています、と付け加える少女に対しローラは軽く目を見張った。
 ステイルとローラの関係は師弟、あるいは教師と生徒のそれに似ている。付き合いだけなら長い方だ。
 彼女はそれを察したのだろう。よく見ている。評判どおり、感受性が豊かなのかもしれない。

ローラ「だったら分かりけるわよね? わたしはステイルほど優しくはなきにつきよ?」

 そう告げながらも、ローラは自身の語調がこれまでにないほど穏やかなことに気付いた。
 ここまで穏やかに言葉を紡いだのは何年振りだろう。紡げなくなったのはいつからだろう。

 イギリスの片田舎で“父”に致命傷の負傷を与えた時。
 そして“取り逃がした”と、本気で後悔した時からだろうか。

 それが今から五〇余年前で……ああ、考えるのも億劫だ。おのれ時間、おのれ老化。

まどか「大丈夫です」

 再びまどかが頷いたのを見て、ローラは満足したように柔和な笑みを浮かべた。
 この状況、このタイミングで優しい声は不安や恐怖を煽り、多少なりとも心を騒がすと考えていたのが。

 まるでぶれない。なるほど、やはり良い子だ。それに強い。

ローラ「ふふん、きっと良い女になりしことね! 今から将来が楽しみたるわ!」

 立派な大人になるだろう。優しい人になれるだろう。それこそ“あの子”のように。


 その姿を自分が見ることは無いだろうけれど。
 せめてあと一〇年、二〇年早く産まれていれば可能だったかもしれないが――見れずに終わる。
 だが、それもまた良し。
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:15:56.13 ID:F5gd/ZYKo

ローラ「それじゃあわたしから一つお願いがありけるわ」

まどか「それじゃあ私からもお願いがあります」


 互いに顔を見合わせ、視線が交差する。


ローラ「わたしがこれからしたる質問に、正直答えて欲しけるのよ」

まどか「私がこれからする質問に、答えて欲しいんです」


 ローラが頷き、まどかが頷く。

 これは取引だ。


ローラ「それじゃあ先に質問したるわね」

 すぅっと肺の中を空気で満たすと、


ローラ「あなたはその魂を代価に、どのような願いを叶えたるの?
     いかような祈りでソウルジェムを輝かしたるつもりになりているの?」


 ローラの正直な質問に対し、まどかもまたローラと同じように肩を上下させて深呼吸し、



まどか「私は――――――」



 彼女の言葉をかき消すように、轟音を引き連れた光条が暗雲垂れ込める空を真っ二つに引き裂いた。
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:16:32.64 ID:F5gd/ZYKo

 ――砲撃がワルプルギスの夜の胸元に突き刺さったのと、杏子が地面を蹴るように飛び出したのは同時だった。

 続く砲撃がワルプルギスの夜の体へ降り注ぐのを見ながら、杏子は熱くなる頭の内で目的を再確認する。

杏子(今回一番重要なのは、『次に繋げること』ってね……!)

 全ては次へと繋げるため。

 その繋ぎのために、杏子はひた走る。

 眼前を舞う砂塵を追い越し、吹き荒れる風を追い抜き、次へと続き、活かす為の繋ぎになる。

 そこで視界に違和感を感じた杏子は、しかしすぐさまその原因に気がつく。

 すぐ目の前で、わずかな塵を含んだ風が、怒り狂うようにうねりを上げていた。
 ワルプルギスの夜が荒れ狂う風と魔力を織り交ぜて、杏子の体に叩きつけようとしているのだ。
 回避しなければきりもみ状態で吹っ飛び、情けなく地面を転がることになるだろう。

 しかし回避行動を取れば速度を殺してしまう。それでは次に活かせない。

杏子(……だったら、速度を殺さずに回避するまでさ!)

 襲い来る強風をかわし、さらに身を捻って跳躍。
 魔女の手前で着地し、だがその場で前転。姿勢を持ち直してさらに跳躍。
 今度は着地と同時に舞うように一回転。

 戦闘というよりは舞踏、否、舞闘だ。ちょっと格好良いな。

 一連の動作を中断しないことで速度を殺さず、舞うように動くことで次へと繋げるための戦い方。

 ソウルジェムの消耗を抑えるために編み出した、新たな戦い方。
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:17:27.79 ID:F5gd/ZYKo

杏子(天草式の身体強化術式がなけりゃこう上手く行かなかっただろうけどさ)

 風をかわし、避け、掻い潜り――

 とうとうワルプルギスの夜まで一〇メートルという距離まで接近する。

杏子(って言っても、どーやってあそこまで辿り着こうかねぇ)

 杏子の狙いは腹、出来れば脇腹にある。
 一〇メートル近づいた上で、さらに六〇……浮上分含めて八〇メートルは跳躍しなければならないのだ。

 それをするだけの余裕が、今の杏子にはない。
 魔力を練って足場を作れば可能だが、それは致命的な隙を生み出し、速度の大幅低下を招く。

 ならば――


杏子(“待つ”っきゃないか)


 待つ。ひたすら待つ。信じて待つ。
 ワルプルギスの夜の目の前で、襲い来るかまいたちをかわして速度を上げながら。
 ただひたすらに、その場で舞うように動き、待ち続ける。

 魔力を帯びた烈風が地面を砕いて足の踏み場を奪うのも気にせず。
 それどころか本来であれば躓いてしまうであろうコンクリートの出っ張りすら繋ぎの為の舞台にして。

杏子(実際、時間稼ぎならロッソ・ファンタズマでも良いんだけどね……)

 だが、と杏子はかぶりを振った。速度を落としちゃ意味が無いし、消耗も激しい。それに――

杏子(ありゃマミへの手向けだ。悪いけど、アンタなんかにゃ勿体なくて使えないね!)

 内心で呟くと、杏子は自分の背にいくつかの気配を感じて口の端を吊り上げ笑みを浮かべた。
612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:18:31.27 ID:F5gd/ZYKo

五和「お待たせしました! 行けます!」

 杏子の背後にいたのは、彼女に遅れて戦場に到着した天草式の面々だった。
 だから杏子は心中で、また次に繋げたと安堵する。安堵しながらも、しかし口を動かす。

杏子「足場!」

 承知、と野太い声が響いた。
 杏子の両脇を建宮と五和が走り抜け、ワルプルギスの夜の注意を惹き付けるために躍り出る。


五和「術者を担ぐ悪魔達よ、速やかにその手を離しなさい!!」


 五和が短く叫び、建宮もそれに続く。
 直後、浮遊していたワルプルギスの夜の体がその高度をがくりと下げた。
 歯車が音を立てて地面に沈み込み、その拍子に砕けたコンクリートの礫を撒き散らす。

 あれが事前に行った打ち合わせに出てきた『撃墜術式』のようだ。

 その様子を見ながら、杏子は足に力を込めた。地面を蹴り飛ばすように、弓なりに跳躍する。

 風を切り裂きながら杏子は思う。
 速度は上々、ノリノリだ。疲労もまだ少ない。が、届かない。
 ソウルジェムの消耗を抑えつつ、彼女はふたたび槍を握りなおす。

 このままでは魔女の下半身、歯車の上部辺りまでしか届かない。
 だから杏子は下を見た。
 彼女のちょうど真下、弓なりの軌道が若干下へと下がる場所に――

牛深「――行けッ!」

 上を向いたハルバードの切っ先があった。
 さきほど承知と叫んだ大男の牛深が、杏子よりも前に出て跳躍していたのだ。

 杏子の足場を作るために。
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:19:51.69 ID:F5gd/ZYKo

杏子「ッ……!」

 牛深が空いた方の手で親指をぐっと突き立てる。

 杏子は八重歯を見せることでそれに答えると、右足を伸ばしてハルバードの刃に“着地”した。

杏子「ふっ……!」

 肺の中に息を溜めつつ、速度を削がないように横幅一センチも無い刃の上で一回転。

 これ曲芸師としてやってけるんじゃないかなと思いつつ、切っ先の最先端に右足を乗せ、

杏子(今だ……!)

 肺に空気を溜めたまま切っ先を蹴落とすように踏んで杏子は跳躍した。
 そこで杏子は、先程抱いた違和感をまったく覚えないことに気付いて笑みを零した。

 あの波のように押し寄せ、うねっていた烈風が無い。
 空を飛んでいる人間の魔女が注意を惹き付けてくれているおかげだろう。
 つまり、風による妨害を受けずにいられる。

杏子(辿り着いた!)

 ワルプルギスの夜、その巨大な脇腹近くに杏子が接近した。
 もう失敗を恐れる必要は無い。風も、魔力も、気にするな。

 ――今はただ、槍を突くことだけを考えるだけさ!

 体を捻り、左腕を後ろに、右腕を前に押し出す。
 その手に握り締められた槍の穂先がワルプルギスの夜の展開する障壁に触れた。
 硬い。だがまだ自分は止まってはいない。ここまで溜めた速度を活かせ。

 それで足りないのなら――肺に溜め込んだ空気を吐き出せ!

杏子「――うおりゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 空気を吐き出したことによる力みと、速度が頂点に達したことによる勢いと共に。
 槍の穂先が、障壁を突き破ってワルプルギスの夜の脇腹に突き立てられた。
614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:21:13.68 ID:F5gd/ZYKo

 それでも。

 ワルプルギスの夜の脇腹には、傷一つ生じなかった。

 それでも。

 杏子は笑って、砕けた障壁の欠片を蹴り飛ばしながら思う。


杏子(通った――!)


 そして口を開いて、


杏子「ざまぁみな! アンタの死期はすぐそこだよ!」


 と、叫んでいる場合ではない。今のはあくまで全体の繋ぎだ。
 ここからさらに離れて、ステイルの準備が終わるまで敵の注意を惹き付けねばならない。

 そう考えて、杏子はふと自分の体が薄い黒に染まるのを見た。
 いや、黒は黒でもただの黒じゃない。これはもっと巨大な何かの影だ。

 杏子はわずかに首を回して、空を見上げた。

 見上げた杏子の視界一杯に、コンクリートの壁が広がっていた。
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:22:05.62 ID:F5gd/ZYKo

 ――時間は前後する。

 カブン=コンパスの閃光術式が魔法の魔女に突き刺さったのを、
 魔術の魔女であるスマート=ヴェリーは、わずかに煤けた箒に跨った状態で見た。

 空を飛んではいるものの、その速度は地を往く杏子と比べれば明らかに遅く、鈍いもので、

スマートヴェリー(やっぱ加速性能落ちてるねー。連戦続きで残存魔力も危ういし、術式も微妙だしねん)

 内心で己の力量不足を再認識する。

 地を蹴立てて加速できる地上に比べ、空を飛ぶ魔女は加速を術式と魔力のみに頼らねばならない。
 そして今回は高所からの降下による位置エネルギーもないので、特に初速が遅い。

 さらに言うと、空を飛ぶ術式は幅が少ない。地面を走る体を装えば術式の幅も増えるのだが、
 地上で行動する天草式や杏子と比べればその行動選択の幅が狭すぎる。柔軟な対応が出来ないのだ。

スマートヴェリー(まぁ私たちのお仕事は露払いだし、どうせダメージは与えられないし。やれやれだねー)

 ようやくスピードが本調子の五割に至ったところで、目の前から突風が来る。
 大気を制御してなんとかそれから逃れ、箒を操作して加速。
 後続の魔女の一人が風に揉まれて失速するのを見ながら箒を握り直していると、

『スマートヴェリーッ! なんというかあれだな、ワクワクするなぁおい!』

 耳に挟んでおいた通信用霊装から同僚の声が漏れ聞こえてきた。

『相手は魔法の魔女! 対するこちらは魔法少女と魔術師と魔術の魔女! 戦力比は絶望的だ! 燃えるな!』

「はっはっは、あんた頭沸いてんの?」

 返答しつつ、箒の先端に赤い輝きを灯す。
 さらに加速。
616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:22:59.64 ID:F5gd/ZYKo

『私たち魔女はあまり良い歴史を持っていない。お前も魔女の扱われ方は知ってるだろう。
 嬰児を食って、煮詰めて、薬作って黒魔術の儀式で暴れたサイコ集団――とまぁ、散々な扱いだからな』

『実際そんなことやらかしたのはほんの一握りの魔女だけどねー』

『魔女狩りに遭って命を落とした無実の人々も多くいる。それがお前、なぁ! 正義の魔女だぞ!』

 なんでこんなにハイテンションなんだこいつは。
 疑問を抱くが、目の前から飛来する高速の石礫を回避するので精一杯なため口には出さない。

『さっきもいたいけな少女達を攻撃していたが、やっぱりそういうのは悪のすることだ!
 こうして肩を並べ――られてはいないが、やはり共に戦った方が胸がすく思いだ! 違うか!?』

 なんとまぁ単純な思考回路だが、気持ちは分からないでもない。
 さきほど別れてから姿を見せない織莉子とキリカの姿を思い出して、スマートヴェリーはわずかに苦笑する。

 それから彼女は視線を下方へと落とし、ワルプルギスの夜の前で舞う杏子を見た。

 同僚ほど馬鹿ではないが、あんな少女が活躍しているのだ。
 なら、自分も少女達の働きに見合うだけの頑張りをしなければならない。

 スマートヴェリーは加速を終えてトップスピードに至った箒から右手を離した。

 わずかにバランスが不安定になって揺れるが気にせず右手を懐に突っ込む。

 そして目当ての物を手探りで探し当てると、勢い良く手を振りぬいて取り出した。

 それは厳重に蓋をされ、対衝撃用のルーンがあちこちに刻まれた小さな壷だった。
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:24:32.87 ID:F5gd/ZYKo

 そんな壷を見ながらスマートヴェリーは体を左へと傾ける。
 後続の魔女集団からわずかに離れ、ワルプルギスの夜の攻撃範囲外に出る。

スマートヴェリー(あんま使いたくなかったんだけどねー、まあ仕方ないかな)

 壷を手の中でくるりと回し、器用に封を破いて蓋を取る。
 そしてスマートヴェリーは、恐る恐ると言った様子で中身を覗き込んだ。

スマートヴェリー「うわぁ……」

 げんなりした声を漏らしてスマートヴェリーは表情を険しくした。
 瓶の中にあるのは、どろどろとした半スライム状の液体。

 洗礼を受けていない、嬰児を煮詰めた魔女の薬だった。

スマートヴェリー(私たちの体や箒に塗りたくってある魔草を用いた代用品とは一味も二味も違うんだよねん)

 普段用いている薬は、あくまで魔草を用いたダウングレード品だ。効果も飛行能力の付与くらいしかない。
 それに対し本物の魔女の薬には長寿や不老不死のエピソードが付きまとう。
 つまりこちらの場合は各種身体機能や魔力が底上げされるのだ。ドーピングである。

 ……とはいえ、やはりこちらも本当に嬰児を煮詰めるわけにもいかず。

スマートヴェリー(魔術の影響で凶暴化した猿の子供を嬰児の代わりに使ってるのがねー……組織的にどうなのかな)

 なにせ彼女が所属する組織は旧教の清教派。人の代わりに猿を置くのは進化論を肯定することになる。

 最近はその辺り、結構寛容になっているのだが。まぁ批判にしても某世界の警察国家ほどではないかな。

 それにしたって猿の子供を煮詰めるのは道徳的にもよろしくないし、出来ることならば使うことは避けたい。
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:25:58.96 ID:F5gd/ZYKo

スマートヴェリー「でもまー、背に腹は変えられないよねんっと……」

 薬の半分ほどを口の中に含み、むりやり胃の中へと流し込む。

 そして残った半分を体にかけ、ぬるぬるした感触に嫌悪感を覚えながら魔力を練った。

スマートヴェリー「くぅっ……!?」

 体に走る電撃にも似たショックで体を捻らせながらスマートヴェリーは加速した。
 途端に体全体を叩きつけるような烈風――正確には風の壁――が襲い掛かる。空気抵抗だ。
 壷を投げ捨て、即座に大気を制御。可能な限り空気抵抗を少なくする。

 砲弾のような速度と共にスマートヴェリーが空を飛び、先行していた魔女集団の中央を突っ切っていく。

スマートヴェリー(こりゃ、また……ゴキゲンだねー)

 枯渇した魔力が熱に打たれた鉄のように漲って、ふたたび体全体に循環し始める。
 それによって生じる熱を身に纏うローブに移し変え、陽炎と共に放出、冷却を開始する。

 高速で飛行しているため冷却自体は楽に済むが、それでも慣れないな、と彼女は思う。

スマートヴェリー(体が軽い……けど!)

 消耗も激しい。時間は無駄には出来ない。

 巡回速度で飛ぶ魔女を置き去りにして、スマートヴェリーは箒の先端に灯した赤い光と右手の光球を飛ばしていく。
 それらは超高速で空を突き抜け、ワルプルギスの夜の周囲を浮かぶ瓦礫を砕いていった。
 光と光球が残した衝撃波の中心を潜り抜けながら、ふたたび視線を下へと向ける。

スマートヴェリー「お、やるねー。さすがは魔法少女ってとこかしらん?」

 スマートヴェリーの前方右斜め下では、杏子が槍をワルプルギスの夜へ突きつけていた。
 ここまで来るとあとはステイルの働きを待つだけだ。

 ……もしかして骨折り損?
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:26:29.13 ID:F5gd/ZYKo

 などと思案していた時、ワルプルギスの夜を追い越して飛翔するスマートヴェリーはそれを見た。

 六〇メートルを誇る巨体の背後、宙を舞う砂塵に隠れて浮かび上がるコンクリートの塊。
 根元からぽっきりとへし折れた、長大なビルの残骸を。


スマートヴェリー(本調子でもないのにあんなのを浮かび上がらすとか、そこんとこどうなのかなー)


 内心で愚痴を零すが、現実は待たない。
 瞬く間にそのビルはワルプルギスの夜の前に飛び出て、杏子の体を押し潰す位置に割り込んだ。

 あれがまともにぶつかったら本調子の聖人でも無い限りズタズタだ。

スマートヴェリー(……仕方ないってことかもねん?)

 覚悟を決め、右手をかざす。

 箒の右先端部から小さな火花が散って、箒がガクッとその行く先を曲げた。
 目指すはビルの先端、杏子と接触する可能性が最も高い部分。

 ローブから放出される陽炎を、体に残留する魔力に切り替える。
 魔力の消費が早まるが、代わりにこれで触れれば爆発する全身火薬の完成だ。

 それから彼女は右手をはらって箒の後部、本来であればちりを掃く藁を叩く。
 箒の後部が爆発した。

 そしてそのまま爆発力を生かして突き抜けるように加速、加速、加速加速加速!

 体を横に倒してライフル弾のように螺旋状の、しかし殴りつけるような軌道を刻み――


 文字通り一つの砲弾と化したスマートヴェリーが、ビルへと体当たりを敢行した。
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:28:06.45 ID:F5gd/ZYKo

 ――コンクリートの壁に何かが突き刺さり、煌びやかな爆砕を発生させたのを杏子は見届けた。

 後続の空を飛ぶ魔女が、突き刺さった何かに続くように火の玉や光の玉を投げつけていく。

 おかげでコンクリートの壁は杏子と接触する前に亀裂を生んで砕け散り、その軌道を大きく変えた。

杏子「なっ……なんて無茶しやがるんだ……!」

五和「止まらないで、佐倉さんっ!」

 五和の声にはっと我に返ると、杏子は手元に障壁を展開。肘で弾くように殴りつける。
 反動で杏子の体が地上へと降下し、そのまま受身を取るように着地。
 すぐさまその場から離れ、

 その数瞬後、杏子がいた場所に瓦礫の雨が降り注いで派手にその猛威を振るった。

杏子「おいおい、さっきのあんたらの魔女でしょ? あんなことやらかして大丈夫なのかい!?」

五和「分かりません、が今は信じるしかありません!」

 視界を覆い尽くす砂煙をの向こうで五和が応えた。

建宮「あれもまた繋ぎなのよな。必要犠牲として考えろ、でなきゃやられるぞ!」

 建宮が叫んだ直後、ふたたび辺り一体に鈍い地響きが響き渡った。
 先ほどと同じような、瓦礫を用いた質量攻撃が行われたのだ。

 砂煙に覆われた状態では視界が悪すぎる。しかし一度離れれば接近するのが難しくなる。
 だが近くにいてはワルプルギスの夜の攻撃に反応するのが一苦労だ。

 だから杏子は口を開き、同時にソウルジェムを輝かせて叫んだ。

杏子「―――ほむらッ!!」
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:29:04.55 ID:F5gd/ZYKo

ほむら「―――言われなくても! ……って、このやりとり交わすの二回目じゃないかしら?」

 呟きながら、ほむらは肩に担いだRPGのトリガーを引き絞った。
 発射口に取り付けられた榴弾が自由を得て、すぐに秒速一〇〇メートル少しまで加速。
 ワルプルギスの夜の上半身周辺を浮遊するコンクリートの塊目掛けて突き進む。

 それを確認したほむらは構わずRPGを投げ捨てた。
 着弾を確認する余裕は無い。

 すぐに地面に立てかけられたRPGを拾い直して構え、射撃。
 これまた着弾を確認せずに放り捨て、新たに装備。射撃。
 それを何度か繰り返してワルプルギスの夜の武器を奪い終わると、後ろから声が掛かった。

ステイル「魔法少女というより軍隊少女だね。それもプロ顔負けの思い切りの良さだ」

 地面に片膝を着いているステイルだ。
 新たな武器を周囲に配置しながら、ほむらは髪を書き上げて軽口を叩こうと口を開いた。

ほむら「褒め言葉として受け取っておくわ」

ステイル「褒めたつもりで言ったんだからそうでないと困るよ」

ほむら「良い性格してるわね」

ステイル「君ほどじゃないさ」

 蹴り飛ばそうかな、と真面目に考え、ここで死なれても困るのでやめておくことにする。
 代わりに彼女はステイルの方を振り返り、首をかしげて尋ねた。

ほむら「……あとどれくらいで済むの?」
622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:29:31.26 ID:F5gd/ZYKo

 ステイルは片膝を着いたまま肩をすくめた。

ステイル「もうしばらく。これでも必死でね、一歩間違えたら魔力が暴発して右手が吹き飛びかねないくらいには」

ほむら「必死を語りたいならまずは右手を吹き飛ばすことから始めなさい」

 言って、AT-4を肩に担いだ。
 残存火器も残り少ないので、外すことがないようしっかり照準してからトリガーを引く。
 解き放たれた砲弾が光の帯を引きながらまた一つ、空に浮かぶ破片を打ち落とした。

ほむら「……要塞からの援護砲撃はないのかしら」

ステイル「砲撃にしても効果が薄いのは分かってるんだ、杏子たちを吹き飛ばすよりは黙ってもらった方が良い」

 ワルプルギスの夜の注意を惹き付け、ある地点で足止めするための繋ぎ。
 それは囮役を買って出てくれた杏子たちにしかできない。
 せめて砲撃のダメージが通れば話は違ったようだが……魔術師ときたら、案外不甲斐ない。

ほむら「まぁ良いわ。私は私にできることをするから」

ステイル「そうしてくれると助かるよ」

 わずかに苦しみが混じったステイルの言葉を聞きながら、ほむらは新しいRPGを担いだ。
 そしてワルプルギスの周囲を漂うビルの残骸に照準を付け、

ほむら「……?」

 違和感に気付く。
 照準機の先、六〇メートルを誇る魔女の巨体が、わずかに前屈みになっていた。

ほむら「……まさか、動き始めたというの?」
623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:30:51.78 ID:F5gd/ZYKo

 ほむらのテレパシーを受け取るまでもなく、間近にいた杏子たちもその異変に気付いていた。

 重ね掛けされた撃墜術式による負荷を押し切って、ワルプルギスの夜がわずかに浮上し、
 その体を前に倒すようにして前進し始めたのだ。

杏子「おいおいどーいうわけだよ、ええ?」

建宮「前進を始めたってことは、ヤツの体に力が馴染んだってことなのよな」

五和「じゃあ撃墜術式が通じないのは力で無理やり弾かれていると……?」

 建宮が苦しい表情のまま頷いたのを杏子は見た。

 作戦前に聞いたステイルの推測が正しければ、ワルプルギスの夜は膨大な力を持て余している。
 ならばそれが馴染むのを遅らせるためにちょっかいを出してこちらの準備を終わらせてしまおう、
 というのが今回の作戦だった。

 その準備を終わらせるために杏子や天草式、魔女魔術師は繋ぎになったのだ。


杏子「どうすんのさ、アイツの周辺、結構ヤバイ魔力が良い感じに流れちまってるよ?」

香焼「今ちょっかい出したらぶっ飛ばされそうっすね……」

 肩をわずかに震わせている香焼の頭に手を乗せて乱暴に撫でながら、ワルプルギスの夜を見上げる。

 すでにこちらは眼中に無いらしい。
 スカートの下に隠された歯車を高速で回転させながら前進する魔女に対し、眉を浅く立てる。

杏子「アタシらは路上の虫ってか、調子に乗りやがって」

五和「巨象の前の蟻、ですね……」

建宮「ただしその蟻は噛み付くことの出来る蟻――ってな」
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:32:05.03 ID:F5gd/ZYKo

 大胆不敵に笑う建宮の指示に従い、杏子たちは戦線を後ろへと引き下げた。
 ついで、この機に乗じて負傷者を背負った何人かが戦線を離脱していく。

杏子「おいおいどこまで下げんのさ?」

建宮「もうちょいだ、もうちょい。……ここだ、よし止まるのよな!」

 一定のラインまで引き下がり終えると、建宮はフランブルジェを地面に突き刺した。
 ここが最終防衛ラインだと言わんばかりの、威風堂々とした佇まいだ。
 だが――


杏子(あんな風に突き刺したら刃こぼれしちまうんじゃない?)

五和(というか荒れたコンクリートの地面によく突き刺せましたよね)

牛深(よく見ろ、瓦礫の隙間に差し込んであるんだ。考えたな教皇代理め)


 建宮が頬を引きつらせているのを無視して杏子は話を進める。

杏子「そんでどうすんだよ? ここで決死の防衛戦でもしようってのかい?」

五和「違いますよ、佐倉さん。私たちにできることはもう高見の見物くらいなもので、ここは見物用の砦です」

 ……あまりに切迫した状況に頭でも狂ったのか、この隠れ巨乳は。

 そんな杏子の心配とは裏腹に、五和は笑みを浮かべて続けた。

五和「ここが正真正銘、最後の砦ですね。……始まりますよ」
625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:34:42.48 ID:F5gd/ZYKo

 と、五和が言った直後だ。

 大通りを真っ直ぐ突き進んでいたワルプルギスの夜の近くで、何かが鈍く光った。
 あれは似たものを自分は見たことがある。しかしそれは空にいきなり現れるような代物ではなかったはずだ。

 杏子は首を右へ左へと向け、それから納得したように縦に振った。

杏子「あそこ、ちょうどビルの間なんだね」

 はい、と五和が頷きながら答えた。

 ワルプルギスの夜は見滝原市の中心部近く、ちょっとした高層ビルが点在する区画にいる。
 そしてワルプルギスの夜を挟み込むように、八〇メートルは越えるであろうビルが存在していた。

 となれば、あの鈍い光にも説明がつく。

杏子「つーことは鋼糸か。縦六〇メートル近く、横も五〇メートル以上、奥行きで二〇メートルくらいかい?」

建宮「イエス。さっきお前さんが働いてた時に指示を出したのよな。対馬中心の一組と野母崎中心の二組が動いてる」

五和「女教皇様だったら、片手間でもすぐに行えちゃうんですけどね……」

 あれは女の皮被った化物だしなぁなどと考える。
 そしてワルプルギスの夜に絡みつく鋼糸を見ながら杏子はため息をついた。

杏子「……あんなんじゃあすぐに破られちまうよ?」

建宮「構わんのよ、むしろそうでなきゃ困るってな」

五和「はい、第二段階ですね」
626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:36:12.63 ID:F5gd/ZYKo

 その時だ。
 鋼糸を強引に引きちぎって前進するワルプルギスの夜が、赤い血のような霧に覆われた。
 それは引きちぎられた鋼糸から溢れ出ていて、さながら血管が破られたようにも見える。

建宮「――鋼糸を生命線に再定義し、殺人に対する罰を与える術式。
    その規模は使用者と鋼糸の総量、注いだ魔力によって変化するのよな」

建宮「使用者は引き下がった天草式と魔術師、魔女の混成部隊! 魔力は全員が膝から崩れるレベル!」

建宮「んでもって使用した特注の鋼糸は天草式十字凄教全員の月収分よ!
    これでダメージ無けりゃ血の涙流すことも辞さないのよな!? ああおい!?」

 建宮の怒号に応えるかのごとく、霧の向こうで一〇メートル規模の爆発が連続して生じ、
 ワルプルギスの夜を包み込んだ赤い霧の大樹にたわわな果実――破壊の爪痕が実ってゆく。

 そしてわずかに遅れて、派手ではないが、どこかくぐもった重たい爆音が耳に届いてくる。

 見たことはないが、魚雷が爆発したらあんな感じなのかもしれない

杏子「……確かに威力は凄そうだけどね」

五和「凄いなんてものじゃありません。単純な力勝負なら大聖堂クラスの防壁にだって押し勝てますよ!」


 ……じゃあなんで、アンタの声はどこか自信無さ気なのさ?

 ……隣に並んでる建宮の顔も、なんでそんなに険しいんだい?
627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:38:06.11 ID:F5gd/ZYKo

 杏子が疑問を口にしようとするよりも早く、変化は訪れた。

 ミシッ、と、何かがひび割れる音がした。

 次いで、バキッ、と、何かが砕ける音がした。

 杏子は半ば悟りきったような表情を浮かべると、仕方なくその音の発信源へと目を向けた。

 罰を下し終え、役割を果たした赤い血の大樹。

 大樹はまるで寿命を全うした古木のように、その身に夥しい亀裂を生んでいた。
 亀裂から見えるは、周囲の赤に交わる気配を見せない深い青。
 ワルプルギスの夜が身に纏う、魔女の衣装。

 やがて随所から吹き出るような鮮血にも似た霧を撒き散らして、大樹が無残に引き裂かれた。

 大樹に纏わりつく、生命として再定義され千切れた鋼糸が耳障りな悲鳴を上げる。
 それはどこかざらついていて、しかし金属と金属とを擦り合わせたように癇に障る悲鳴だ。

 そんな無数の悲鳴が、ワルプルギスの笑い声によってかき消されてゆく。
 その笑い方はどこか無邪気で、子供のはしゃぐ声にも聴こえるが。
 どこか暗く、狂い、冷たい。


 歯車を回転させながら、罰を下されてなお無傷のワルプルギスの夜が前進を再開する。


 その口元には、どこか眩しい光と共に火の粉が漏れ出していて――
628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:39:19.16 ID:F5gd/ZYKo

 ――神裂に致命傷を与えたであろう技をワルプルギスの夜が行使しようとする姿を、ステイルは見た。

ステイル(本気で防御に走った神裂を再起不能に至らしめた、天使の力と魔法の力の融合……)

ステイル「テレズマ砲と呼ぶべきか、マジカル砲と呼ぶべきか……悩むね」

 軽口を叩きながら、ステイルは片膝を上げて立ち上がる。
 準備の方は九割方完了していたし、ここでワルプルギスの夜が撃って来るであろうことも予想していた。

 つまり、これさえ凌げばどうにかなる。
 逆に言えば、ここを繋げられなければ全てが終わる。

ステイル「ここはドイツ語で魔女の殺息(へくせん・あてむ)と呼ぶべきかな?」

ほむら「ずいぶんと余裕そうね。傍から見たら勝てない試合にしか見えないのだけど」

ステイル「だったら覚えておくと良い。生憎だが僕は勝てない試合をするほど間抜けじゃあないんだ」

 そう言って、ステイルは懐からルーンが刻まれたカードを取り出す。

ステイル「魔女狩りの王を顕現するのに用いたルーンは一〇万三〇〇〇枚
       だが、僕は何もそれが全てだと語ったつもりは無いんだよ。例えばほら――」

 カードを真っ直ぐ伸ばして、魔力を込める。
 カードに刻まれたルーンが赤く輝き、酸素を燃焼して火を生み。

 瞬く後、ステイルの足元から魔女の足元までを一直線に架ける、白と赤が混じった一本道が作り上げられた。

 その道はわずかに赤く輝き、どこか大気を揺らがせている。
629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:42:04.28 ID:F5gd/ZYKo

ほむら「これは……!?」

ステイル「準備の片手間で作った、一〇万三〇〇〇枚のルーンの道だよ」

 道を構成する物に気付いたのだろう。
 ほむらが上ずった声を上げて、信じられないというように首を振る音が聞こえる。

ほむら「ルーンが刻まれたカードで構成されている……じゃあ道というよりは壁かしら?」

ステイル「その答えはずばりイエスさ。貼り付けられなかった予備のルーンを用いた、物量頼みの障壁だよ」

 ほむらの言葉にステイルは頷いて、道改め壁を見た。
 カードはだんだんと高度を上げていき、ステイルの胸元辺りまでやってくる。
 向こう側ならちょうどワルプルギスの夜の眼前辺りに位置していることだろう。

ほむら「そんなものをどうやって配置したの? 歩いて貼り付ける暇は無かったと思うけれど」

ステイル「上昇気流って知ってるかい?」

 早い話が、熱を利用してカードを移動させたのだ。
 文書を浮遊させたり出来るので、格好つける時に便利でもある。

ステイル「残念だがイノケンティウスを顕現させて盾にする余裕はないし、
       さすがのイノケンティウスも魔女の殺息を食らったら再生が追いつかずに消え去ってしまうからね」

 だから、と息を吸い。

ステイル「ルーン一枚一枚に魔力を込めて、ルーンそのものを障壁にするんだ。その厚さは先も述べたとおりの――」

 吐き出し、もう一度呼吸して、

ステイル「一〇万三〇〇〇枚。隙間無く置けば三〇メートルを越える」

 もっとも現在はある程度間隔が空けてあるのだが。
 内心でそう続けると、ステイルは真正面に立つワルプルギスの夜を見つめた。
630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:43:42.12 ID:F5gd/ZYKo

 逃げれば街が、凌がねば自分が消えうせる。

 しかし凌ぎきれば。

 繋げることができれば、ダメージを与えられるかもしれない。


「こういう時にあの男がいれば役に立つんだけどね」


 この場にいない、しかしこの場に相応しい、憎たらしい顔を思い浮かべ、


「いやはやまったく、僕はほとほと」


 肺の中にある空気を限界まで吐き出すようにして呟く。


「―――不幸だな」

631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/22(日) 23:49:06.93 ID:F5gd/ZYKo
以上、ここまで。
デザインすら明らかになってないスマートヴェリーを引っ張りすぎたかな……でもほら、魔女なので。
本当は建宮さんの奮闘するシーンや、ほむほむがカブン=コンパスと連携して前線組のの身体強化する件とかあったのですが

次回の投下は26〜28日辺りを予定しておりますが、あくまで予定です。申し訳ございません
632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/01/23(月) 00:45:54.47 ID:Iq/tXN0No
乙!
633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 01:14:52.14 ID:44lO54iNo
乙!
楽しみに正座して待ってます
634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) :2012/01/23(月) 12:50:55.02 ID:eMuZYcBt0
とりあえず乙
635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/01/23(月) 21:34:18.35 ID:1kCxeGyo0
乙。

天草式、お前たちは泣いていいんだよ……
636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:45:00.89 ID:i6zqtpqjo
朝日が昇るまでは28日……!
投下します
637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:48:35.92 ID:i6zqtpqjo


「――――――だから、そういうことです」


 爆音と破砕音とが奏でる戦場音楽をBGMにして、ローラは少女の言葉を聴いた。
 その声は、戦場に鳴り響く金属音や、誰かの叫び声と比べれば小さく静かな物だったかもしれない。
 吹けば飛んでしまいそうな華奢な体から紡ぎだされた言葉は、
 大の大人のそれと比べれば弱弱しかったかもしれない。

 だが、ローラは聴いた。

 中学二年生。
 世界の命運を左右するにはあまりにも幼すぎる少女の、懸命な言葉をローラは聴いた。

「それがあなたの選択ならば、わたしはもう何も声をかけざることは無きよ」

「……それ、は」

 つまり、と不安そうに手を伸ばし、しかし立ち尽くす少女を見ながら思う。
 良かった。

「それじゃあそちらの質問を受けたる前に――ちょっとこちらへ寄りてくれるかしら?」

「あ、はい」

 警戒心の欠片も見せない少女は、どこかほっとしたような面持ちでローラの目の前まで近づいてきた。
 彼女の選択を前に、本当に良かったと心の底から思う。

「ふふふ、それじゃあご褒美よ」

「え? ――っあ」


 約束を反故にし、彼女の意識を刈り取るだけで済んで。
 本当に、良かった。
638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:50:03.62 ID:i6zqtpqjo

 小さな頭を撫でて、コピー用紙の切れ端をぺたり。

 それに連動するように、まどかの瞼が閉じられて。
 まるで力が抜けたように、その華奢な体をローラの体に押し付けるようにもたれかかってくる。
 意識を断たれたことで若干重くなった彼女を横たわらせるローラの背に、あるいは脳に、声が響いた。

「sowuloのルーンだね。その象徴的な意味は太陽だったはずだけど」

「今のはルーンが持つ太陽の意味を拡大解釈したりて、まぁ眩暈とか気絶とか色々叩き込みけるのよ」

 無茶苦茶だね、という声に後ろを振り向けば、白い獣が二匹。尻尾を振っていた。
 ……さっきも見たけど、二匹もいたら気持ち悪いなこいつらなどと考え、すぐにかぶりを振って、

「しっしっ。わたしはペットは一匹で十分になりける主義にて。分かりたらそこ、どきなさい」

「酷い扱いだね……それじゃあ僕は向こうの様子でも見に行くとするかな」

 首輪を着けたキュゥべぇがのしのし歩いていくのを見送りながら、ふと疑問を抱く。

「……そういえばあれ、無事に体育館から逃げ延びれたるのね」

「視覚できる人間が少なかったからね。首の骨がだいぶ軋んだようだけど
 それにしても君がルーン魔術に詳しいとは知らなかったよ。案外多才なんだね」

「あら、ルーン魔術の天才たるステイルにルーンの真髄を叩き込みたのはわたしなりてよ?
 つまりわたしは天才を育てた天才! その上父親が魔術の天才で腰を据えた組織は世界トップとか実に素敵!」

 ああんもう、わたしはどうしてこうも罪作りなカリスマ美女なりけるのかしら。自分が怖きことね。

「今の君は職を失い路頭に迷った挙句、小さな女の子との約束も守れない老婆だけどね」

「そのような小生意気な言葉紡ぎたるのはこの頭なりて? ――潰すぞ異星人が」
639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:51:49.85 ID:i6zqtpqjo

「それで、どうするんだい。まどかとの約束を反故にした君は、もうじき着きそうな決着を機に動き出すのかな?」

「んー」

 ……もうじき着きそうな決着、ねぇ。

 果たしてそれが、どちらの勝利によって齎されるのか。
 決着がついた後に、何が起こるのか。

 大体の見当はついている。その結末も。
 無論、そこに至らずに挫けてしまう可能性とてありえなくはない、が。
 彼らは、自分が予想し、望んだ結末に至るだろう。そのための不断の努力があるのだから。
 まったく大した物だ。ローラとしては惜しみない賞賛と共に拍手を送りたいくらいだ。

 だが、それを送るにはまだ早い。
 全ての収束点、中心軸であり、物語(せかい)の要である存在がどう動くかはまだ誰に分からない。

 時の概念を超えた者にすら分からないはずだ。
 その程度にはこの地球は、この世界は、道に迷っている。

「……」

 偉い身分になったと、そう思いながら首を動かし、まどかの傍らで座り込むキュゥべぇを見やる。

「もうじき着きそうな決着の後に、起こりそうな奇跡の後で行動したりてあげるわよ」

「期待しておくよ」

 キュゥべぇの言葉と共に発生した、ソニックブームにも似た衝撃波がローラの髪を撫で付けた。
 その発信元は大体察しが着いている。

 ローラは胸の前で手を組んだ。

 教えを捨てた父と違って、幼い頃から信じ続けた天上の神に祈るために。
640 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:53:09.65 ID:i6zqtpqjo


―――ワルプルギスの夜が、限界寸前まで溜め込んだ“力”の塊を解き放った。
 それはこれまでに何度か行ったことのある、口から吹き出る炎などとは比べ物にならない破壊の力だ。

 その極彩色の輝きは、魔術・魔法サイドが戦線に投入した戦力の中でもっとも大きな存在、
 極東一の聖人という威光を“神裂キゴミ”から譲り受けた神裂火織を一撃の下に叩き潰し、
 今なおその意識を暗澹に臥せる規模の物だ。

                                   ヘクセン アテム
 光にも、炎にも、氷の結晶を含んだ吐息にも似た≪魔女の殺息≫が暗雲の下、
 ステイルを、その後ろにある見滝原市の中心街を、市民の避難した体育館を捻じ伏せるために奔り抜ける。


 その力の奔流が、炎を吐き出し続けるルーンの壁にぶつかって衝撃波を街中に撒き散らした。


 周囲に展開していた魔術師がその煽りを受けて一人残らず転倒し、吹き飛ばされる。

 空を飛んでいた魔女も荒れ狂う大気を御しきれずに薙ぎ払われる。

 当然ながら、それはワルプルギスの夜の近くにいた天草式とて例外ではない。
 各々の得物を地面に突き立てて“準備”をしていた者たちの内、小柄な香焼が転んだ。
 そのまま風に流されそうになるのを寸でのところで押し留められる。
 槍を分解して各部を鎖状にした杏子が縛り上げ、その身を捕まえていた。
 杏子はその威力に眉をひそめ、肩を震わせながら口を大きく開く。

「――ホントーにこれ、凌ぎきれんのかよ!?」

 片手間で準備を推し進めていた建宮が身を乗り出し、

「凌ぎ切れなくても準備は続行するのよな、仮に街が吹き飛んでもコイツだけは倒す……!」

「だから今は“整形式”の準備に専念しろ――――!」

 吼えるように叫んだ。
641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:53:47.33 ID:i6zqtpqjo

―――最初の接触で、一〇三〇〇〇分の内、五〇〇〇枚が塵になったのをステイルは察した。

 ステイルが居る位置からでは光に包まれて様子が窺えないが、
 傍から見るとワルプルギスの放った魔女の殺息(ヘクセンアテム)を押し留めているような図なのだろうか。

 考えながら、ステイルは膝を着きたくなる衝動を懸命に堪える。
 前面から掛けられる魔女の殺息の重圧は、ルーンと百数十メートルの距離越しからも感じられて、
 齎される魔力は皮膚と骨とをねじ切り、削ぎ落とし、砕いて割り断ち抉るような感覚を腕へ浴びせ掛ける。

 幻覚だ、とステイルは決め付けた。
 なにせ視界の中心に映る両手は無傷そのもので、自分の体には傷一つないはずだからだ。
 ならば両手を襲う感覚は、なんだ。

(負荷を掛けすぎているのか。魔力を練るための生命力すら残されていないと、そう言いたいのか)

 くだらない。

(ルーンに魔力を通して防壁を作るだけなんだ。ルーンの質を考えて陣を築くよりも遥かに簡単だろう)

 ましてや。

(たかが一〇万三〇〇〇枚のルーンごときで膝を着くなど、あっていいはずがないんだ)

 そもそもルーンとは文字であって、それに魔力を込めるだけなら簡単だ。
 問題はカードに刻まれたルーンがそこそこ上質な物で、事前の消耗も――

 いや、とステイルはかぶりを振る。
 面倒臭いのは無しだ。

 震える右手を左手で上から押さえ込むと、手に持つルーンのカードへ魔力をさらに注ぎ込む。

「要は、死ぬ気で挑めば良いだけだろう……!」
642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:54:16.99 ID:i6zqtpqjo

 憤りと共に短く叫ぶ。

「っ――!」

 しかし圧し掛かる重圧と魔力の奔流に抗えるはずも無く。

「ぐううぅぅ――――っ!」

 全身に押し寄せる、波にも似た衝撃にステイルが一歩後ろへ引き下がろうとしたその時、

「……っ?」

 唐突に、ステイルの体が押し留められた。
 そして背中、正確にはやや腰上辺りに温かみのある何かが押し付けられた。
 気が遠くなるような苦痛と熱に苛まれつつ、その正体を探ろうと思案し、目星をつける。。


「これは……」


 背中に触れているのは、人の生命のぬくもりだろう、と。
 温かいし、若干柔らかいような気もする。いや固いか。固いな。薄い。だが人だろう。

 では今、自分の背にしがみつくようにしてステイルを支える者は誰か。
 考えた時間は主観で十秒。実際に流れた時間はおそらく一秒にも満たないはずだ、とステイルは思った。

 そんな時間的矛盾の中で、ステイルは後ろを振り返ることなく言葉を紡ぎだす。
643 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:54:44.85 ID:i6zqtpqjo

「何の真似だ」


 短い、責め立てる口調で彼は言った。


「見て分からないのかしら?」


 これまた短い、人を嘲るような口調で言葉が返ってくる。だから、


「振り向く余裕があると思うのか?」


 短い問いかけで答え、


「余裕が無いなら作りなさい」


 ふたたび短い答えが返って来て、


「死ぬ気か?」


 と、問えば、


「生憎だけど、私は勝てない試合はしない主義なの」


 と、答えが返ってくる。
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:55:11.64 ID:i6zqtpqjo

 ステイルは深々とため息を吐くことで問答を断ち切ると、黙って正面を見据えた。
 そして己の体に意識を差し向ける。

 先ほどまで体に走っていた痛みと熱が完全に消えていた。
 右手の震えは依然として消え去らないが、身体は軽い。
 身体中を駆け巡る血液にも似た温かい力の流れ――生命力が、確かに回復しつつあった。

 その原因は推察するまでも無く明らかで、彼はやはり、振り返ることなく呟く。

「まさかこの期に及んで、バカの施しまで受けるとはね。これは今年一番の屈辱かもしれないよ」

 すると当然のように、

「なっ、人が魂ゴリゴリ削って回復させてあげてのにあんたってやつはぁ!」

 先ほどとは違う声が耳に届いた。

 ステイルは微笑を浮かべる。


 後ろにいるであろう二人の少女――――



 ほむらとさやかの期待に応えるために、魔力を練りだす。
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:56:04.50 ID:i6zqtpqjo

 ラミネート加工されたルーンのカードに刻まれた、二つのルーン。
 Kenazとansuz。松明のルーンと、北欧神話の神を象徴すると同時にその息吹を象徴するルーン。

 それらルーンに対し、先ほど顕現させた魔女狩りの王と同クラスの魔力を注ぎ込むことに専念する。
 魔力を注がれたルーンはふたたび輝き出し、膨大な熱量と炎を顕現させた障壁となる。
 最初の時と違って、今回は溜め込んだ魔力を注ぐのではなく逐次練成、投入する形だ。
 いささか効率は悪いし、既にルーンが刻まれたカードの残量は三〇〇〇〇枚を切っているが、それでも。

 ……ここにきて手応えが軽くなった! ワルプルギスの夜の手札を出し切らせたということか!

 この位置からでは輝く光によって覗き見ることが出来ないが、
 おそらくワルプルギスの夜は魔女の殺息の発動を打ち切ったはずだ
 つまり、確実に勝利へ近づきつつある。
 問題はルーンが持つか否か。
 持たないのなら、最低でも魔女の殺息の射線を捻じ曲げて上空へ逸らさねばならない。

(熱を下方に溜め込んで爆発させ、釣り上げるようにしてカードごと魔女の殺息を逸らす!)

 そのためには右手に持ったルーンのカードを上手く調整しなければならない。
 故に彼は、右手を押さえつける左手により一層力を込めて――

「左手、下ろしなさい」

 信じられないような内容の言葉が聞こえてきた。

「……この状況を見て言っているのだとしたら、僕は相当君に嫌われたようだね。
 それは要するにあれだ、間接的に死ねってことだろう」

「いいから下ろしなさい。それとも本気で死ぬつもり?」

 ……何か考えがあるのは間違いないだろうが、この場で左手を話すのはリスクが大きすぎるね。

 しかし結局左手を下ろしてしまう自分は、なんと言うか紳士だなぁ、と。
646 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:57:42.58 ID:i6zqtpqjo

「さやか、代わりにお願い」

「へ? あーうん、分かった」

 おいちょっと待て、と言葉を発するよりも早く、下ろしたはずの左手が無理やり持ち上げられた。
 そうして出来た隙間に割り込むようにほむらの身体が潜り込んでくる。
 彼女はステイルの左隣に立つと、半目のままステイルを見上げ、

「抱きなさい」

「……すまないが、僕には心に決めた相手がいるんだ。
 無論叶わぬ夢だと言うことは百も承知だ。何せ既にお似合いの男がいるからね。
 それでも僕はこの想いを捨てきれない。だから残念だが、君の想いに応えてあげることは――」

「言い方を変えましょうか、抱き寄せないと蹴飛ばすわよ」

 そりゃ困る、とおどけ、言われるがままに左手をほむらの腰に左手を回そうとするが、
 体格差のせいで上手く行かず、結局背中から脇辺りに手を回して抱き寄せる羽目になった。
 それに応じるようにほむらの右手がステイルの背に回り、しっかりと法衣ごと背に掴まる気配がする。

「それでどうするつもりだい?」

「こうするのよ」

 言って、ほむらが左手を伸ばした。震えるステイルの右手を支えるように、小さな手が優しく添えられる。
 ……右手の震えを抑えるつもりなのか?

「君の意図は察したが、さっきの方がやりやすかったんだけどね」

「ここからが魔法少女の本領よ」

「何が言痛あいいぃぃッ!!!」

 聴覚がほむらの呟きを拾ったのと、痛覚が右手の骨にもたらされた激痛を拾ったのは同時だった。
 見れば、先ほどまで優しく添えられていたほむらの左手がステイルの右手を握り締めていた。
 それこそ、大きな木の枝をへし折るように乱暴に。

 ……激痛はこのせいか! 腐っても魔法少女、時間停止は使えずとも握力はゴリラ並ということだね……!
647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:58:58.31 ID:i6zqtpqjo

 そんな激痛と共に、右手にある変化が訪れた。

 先ほどまで魔力を御する際に生じていた小刻みな揺れが、確かに収まりつつあった。

「これは?」

「身体強化魔法よ。私は……私は、まどかほど器用じゃないから。こうでもしないと他人掛けは出来ないの」

「……」

 無言で頷き、ステイルは右肘をやや折ってほむらの下へ近づける。
 そして手に持つカードに魔力を込め、改めて身体全体に意識を向ける。

 左手と背中越しに伝わるのはほむらの体温だ。温かい。
 それに加えて、腰辺りに若干後ろからの力がかかってくる。
 ほむらと入れ替わるようにしてステイルの身体を支えに入ったさやかだろう。


 ステイルはもう一度ほむらを抱き寄せると、しかし頭の中で現在の構図を思い浮かべてその間抜けっぷりに苦笑した。


 なにせほむらの身体に回した手は重圧とほむらの重みでいささか震えているし、
 ほむらに掴まれている背中は神裂に引っかかれたかのように熱を上げている。
 痛みを堪えようとして頬の筋肉が引くついているし、ほむらも何故か半目のままなのがより一層間抜けだ。

「ねぇ、これひょっとしてあたしかなりお邪魔虫じゃない? ねぇ?」

 そして背中にはバカが一人。

 格好良いとは到底言えない現状に、だがどこか安堵する。

 格好悪い、大変結構だ。そのくらいがちょうどいいというものだ。
 残るルーンは三〇〇〇枚を切っているが、やれる。
 何故か不思議と、心の底からそう思えた。
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 01:59:38.50 ID:i6zqtpqjo










 ――――右手の震えは、完全に止まっていた。









                                                                  .
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 02:01:59.06 ID:i6zqtpqjo

「――ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 ステイルが唸るように叫び、魔女の殺息に触れたルーンのカードが爆発した。

 それらは段々と階段状に少しずつ高度を上げていき、
 光の波にも似た攻撃の行く先を徐々にずらし始める。
 カード一枚一枚が、その攻撃を逸らすためだけに浮上していった。

 ここまで来たら理屈ではない。
 根性だ。気合論。やらねば出来ぬ、ならばやれ、やれば出来る。
 カードが浮上しては爆砕し、出番を待ち望む次のカードへと光の波を押し付けていく。
 そうして光の波はゆっくりと山なりの軌道を描いていき――


「このまま釣り上げるぞ!」

「言われなくてもやるわ!」


 ほむらの左手に支えられたステイルの右手が、天に向かって突き上げられた。


「行けッ――――――!!」

「行って――――――!!」


 最後のカードがほむらとステイルの練りだした魔力を受けて空へと投げ出され――

 同時に光の波がカードに刻まれたルーンを追いかけるように角度を変えて奔った。
 それはステイルたちのすぐ眼前で機動を大きく変えて、真上――天に向かって昇ってゆく。
 そうして矛先を逸らされた光の波が、天を覆っていた暗雲を突き破った。

 否、勢いはそれだけに留まらない。
 光の波は巨大な大樹と化して、
 暗雲を欠片も残さず引き連れて青い空の向こう、燦々と輝く太陽の方角へと伸びていった。
650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 02:03:52.17 ID:i6zqtpqjo

 天へと昇ってゆく光を見ながら。
 太陽へと飲み込まれるように昇華する光の円環を見ながら。
 ステイルは歓喜の感情を抱くよりも先に色々と台無しで、無駄な心配をした。

(もしかしたら運の悪い人工衛星が一機ほど巻き込まれたかもしれないな……)

 まぁ、その時はその時だ。
 それにしても、と一息吐いて思う。
 この疲弊っぷり、竜神の殺息(ドラゴン・ブレス)を受けたときの何十倍だろうか。
 ひょっとして自分はとんでもないことをやらかしたのではないだろうか。

 そこまで考えて、ステイルはかぶりを振る。
 ステイルに抱き寄せられた状態で息を切らしているほむらを見た。

(自分一人で行えなかった時点で、僕の手柄と言うには無理があるか。まぁ――それも仕方ないね)

 さらに呼吸し、顔を上げる。
                                        ピリオド
 二息吐いたことだし、さっさとこのくだらないお祭り騒ぎに終焉を打ち込んでやろうではないか。



     M  T  W  O  T  F  F  T  O  I I G O I I O F

「――世界を構築する五大元素の一つ。偉大なる始まりの炎よ」



 戦場で、あるいはマンションで、あるいは聖堂で。
 幾度と無く紡いできた言葉を、ステイルは口にした。
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 02:04:21.07 ID:i6zqtpqjo

「ステイル……?」

 俯くステイルに抱かれたまま、ほむらは聴いた。
 彼がうなされるように何かを呟くのを聞いた。

「ねぇ、ちょっと、あたしもう動いて良いの? ねーほむらー」

「ちょっと黙ってなさい。ステイル? あなた何をするつもり?」

 答えはない。
 ステイルは先ほど同様、何か呪文のような言葉を吐き出すだけだ。
 そんなステイルに対しうろたえることしか出来ないほむらは、

「あれ? これってあれじゃん、あれ。魔女狩りの……なんだっけ、召喚するやつの呪文じゃない?
 さっき休憩してる時に建宮さんが『一〇〇メートルの炎の巨人がバーン! なのよな!』とか叫んでたよ」

「……私がいないときに使ったのね。でも……」

 さやかの言葉に納得し、しかし眉を浅く立てる。

 いくらさやかの治癒魔法を受けたとはいえ、今のステイルにそれを行うだけの余力があるのだろうか?

 作戦の全容を知らないほむらは不安に駆られてステイルの顔を覗きこむ。
 彼は依然としてうなされるように呪文を詠唱している。
 ……まさかとは思うが、自分の命を犠牲にしてワルプルギスの夜を?

「……あなた、死ぬ気じゃないでしょうね!?」

「え? ちょっ、そうなの!? あんた道連れとかそういうのに美学感じちゃってんの!?」

 ほむらとさやかが問い詰めるが、ステイルの様子に変化は無い。
 不味い、と。そう思った。素直にそう思えた。
 視界の左端でワルプルギスの夜が動き始めるのを気にかけながら、ほむらはもう一度ステイルへと目をやり――
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 02:05:04.17 ID:i6zqtpqjo

 唐突に、彼が面を上げた。

「僕が死ぬ気でワルプルギスの夜を道連れにするとか
 神風精神に美学を抱いているとか、そんな愉快な言葉が聞こえたのは気のせいかな?」

「……違うの?」

 まったく、と一度ため息をつき、ステイルは懐から真新しい電子タバコを取り出した。
 彼は右手だけで器用にカートリッジと本体を接続し、噛む様に咥え込んで口元から蒸気を吐き出す。
 赤い光を灯した先端と彼とを舐めるように見比べ、ほむらは首をかしげた。

「……じゃあ、何を?」

「準備の総仕上げさ」

 そう言って、ステイルは電子タバコを手に取った。
 浅く息を吸う音が聞こえ、次いで口を動かし、詠唱を再開し始め、

  .I I N F   I I M S
「その名は炎、その役は剣――――」


  I C R    M  W  B  G  P
「顕現せよ、魔女の身を喰らいて力と為せ――――ッ!!」


 詠唱が終わると同時に、ほむらの全身が炎に飲まれた――そんな錯覚を抱いた。
 しかし身体に異変は無く、ステイルも無事なままだ。
 彼は一仕事終えたような顔で電子タバコを口につけ、ココア味の蒸気を堪能している。
 つまるところ、何も起こっていない。世界は何も変わらず時を刻み続けて――
653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 02:07:13.14 ID:i6zqtpqjo

 違う。
 ほむらの視界、その左端で決定的な異変が生じていた。

「あれは……!?」

 思わず首を巡らし、その異様な光景を目に焼き付ける。

 雲一つ無い青空の下、前進しようとしていたワルプルギスの夜を抱擁するように。

 全長二〇〇メートルはあろうかという巨大な炎の巨人が、両手を広げて立っていた。
 ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

「他者の術式を妨害しコントロールを奪う行為が強制詠唱(スペルインターセプト)と呼ばれるなら
. 他者の魔力を燃料に術式を構築し放つ行為は迂回詠唱(スペルディートゥアー)と呼ぶべきだよね」

 背後から、そんな暢気な声が聞こえてくる。

「天草式が構築した多重構成魔法陣は完璧だった。
 そこに僕が半年間溜め込んだ魔力を注ぎ、『神の如き者』のテレズマを用いて
 なんとかぎりぎり顕現させることが出来た魔女狩りの王(イノケンティウス)は、確かに強かった
 だがそれだけだ。実を言うと、あれはまだ完璧じゃあなかったんだよ」

 何を言っているのだかさっぱり分からない。

「……設計図(魔法陣)と身体(テレズマ)は十分、じゃあ足りない物と言ったらなんだ?
. ……考えるまでも無く、その血潮、すなわち僕の魔力だよ。
 半年間溜め込んだところで、凡人に出来ることなんてたかが知れていたわけだね」

 だから、と彼は間を置き、

「今度はさらに多くの血潮を注いだのさ。
 魔女狩りの王(イノケンティウス)の獲物である、魔女の女王(ワルプルギスの夜)にね。
 だから天草式に時間を稼いでもらいつつ、動ける魔術師に可能な限りのルーンを刻ませ、
 僕自身もルーンを移動させて迂回詠唱の準備をしていたわけだね。正直こうも上手く行くとは思わなかったが」

 つまり、何が言いたいのだろう。
 ほむらは半目超えてもはやじと目状態でステイルを見上げ、続きを促す。
 彼は肩をすくめると、右の手で電子タバコを摘まんで見せた。
654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 02:09:27.39 ID:i6zqtpqjo

「――つまり、これだけやってもワルプルギスの夜は倒せないということさ」

「あれだけ語っておいてそれ!? 壊滅的にダメじゃんあんた!」

「これだからうんちく好きは……」

「まだ説明は終わってないしうんちくじゃない!」

「いいから説明して。これからどうやってあれを倒すつもりなの?」

 彼はふたたび電子タバコを口につけ、我慢我慢と呟いた。
 そして炎の巨人に包み込まれてなお動き続けるワルプルギスの夜へ視線を向け、

「……今の作業すら、ワルプルギスの夜を倒すため、つまり次に繋げただけに過ぎないと言ったらどうする?」

「いいから続きを話しなさい」

「話し甲斐の無いヤツだな君は……とにかく準備は打ち止めだ。ここから先は、天草式の連中と杏子の仕事だね」

 ステイルに見習ってワルプルギスの夜へ目を向けたほむらは、
 視界の端でなぜか笑みを浮かべて一歩後ろに身を引いているさやかに気付いた。

「そういえばあなた、ソウルジェムは大丈夫なの?」

「あーうん、あたしはぎりぎりグリーフシード残ってるから。それよりあんたたちさー」

「「何よ(だい)?」」

「いつまでそうしてるわけ?」

 ステイルに抱き寄せられたままのほむらがステイルを見上げ、
 ほむらを抱き寄せたままのステイルがほむらを見下ろした。
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 02:11:25.97 ID:i6zqtpqjo

 ほむらが繰り出した回し蹴りを食らってステイルが倒れた。
 そんな緊張感の欠片もない光景を、少し離れた崩れかけのビルの隙間から覗く者がいた。

「……いやあ、いくらなんでもあまりにベタベタ過ぎるぜぃステイル」

 そう呟いたのは、まさしくその覗き者であるサングラスにアロハシャツ姿の土御門だ。
 彼は双眼鏡から目を離すと、背後で黙々と箱型の霊装を弄っている海原に声を掛けた。

「お前も見るか? ぱっと見だと痴漢してた大男がロリっ娘に半殺しにされてるみたいで面白いぞ」

「……暇なんでしたら手伝ってくれませんかね」

「嫌だ」

「即答ですか!? ……まぁ、盗聴対策とかでかなり疲れましたが。ちょうど作業も終わったので良いですけど」

「お、マジかにゃー? これで本物の頼まれ主と連絡が取れるな」

「素直に依頼主って言いませんか?」

「嫌だ」

 即答し、海原の隣へ座り込む土御門。
 彼は何度か咳払いして喉の調子を確かめると、箱型の霊装へと手を掛けた。
 そして中から紙コップに糸が繋げられた糸電話同然の代物を二つ取り出し、それぞれを耳と口に当て、
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 02:13:01.98 ID:i6zqtpqjo

「もっしもーし、ウサギがプリントされたかわいいパンツと辛い物が苦手なロリっ娘ちゃんですかにゃー!?」

 ボンッ、と。
 コンマ一秒と置かずに箱型霊装が爆発した。
 気まずい沈黙が流れる。

「……な、なぁ海原」

「自分で直してください」

 そんなぁ、とうなだれつつも、土御門は真面目に作業に取り掛かる。
 これらは全て、最悪の事態に対する備えだ。
 運が良ければ必要にならないかもしれないものだ。

 だが、

「……そういうときに限って最悪の事態になったりするんだよなぁ……」

 ため息と共に呟き、ワルプルギスの夜がいる方角へ目を向ける。

 視線の先では、魔女狩りの王の支援を受けた天草式と杏子による最後の反撃が行われようとしていた。
657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/01/29(日) 02:22:22.83 ID:i6zqtpqjo
以上、ここまで。

なんか今回の投下は文体もノリも妙だ。書いてて楽しかったは楽しかったのですが。
迂回詠唱とかどうでもいいネタは地の文使わず台詞でぱっぱか解説していきます。それでも読み飛ばし推奨

次回、かその次でワルプル戦はラスト……かな? まどかの出番はいつぞや……
次回投下は二月の初め辺りになるかと思われます
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/29(日) 02:33:00.36 ID:LwJNeug1o
乙!
いよいよ大詰めだね
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/01/29(日) 11:02:23.03 ID:aWa8qb1F0
乙! >>657の投下時間が何気に凄い件

つーか皆かっけえええええええ!
なんだこれ! なんだこれ!
……さやかしなないでおねがい……
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) [sage]:2012/01/29(日) 18:21:44.95 ID:9rKSsCzI0
今一気読みしてきた このスレすげえ
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sag]:2012/01/30(月) 12:27:43.22 ID:iDJCMzUAO
おつ
・・・ワルプル戦「は」?
662 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/01/30(月) 16:50:11.41 ID:hXNGi1oio
> 「時間を“繰り返し”すぎた。世界を“乗り越え”すぎた。道徳に“背き”すぎた」
>
>
> 「自分を“乗り継ぎ”すぎた。自分を“使い潰し”すぎた。自分を“殺し”すぎた」
>
>
> 「暁美ほむらの魂は淀んでいる。穢れている。濁っている」
ほむらの魔女堕ちかそれに準ずる位の事があるんじゃないだろうか
663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/02/03(金) 13:26:23.85 ID:lxe8XzDoo
現在インフルエンザにかかってしまったため自宅療養中です
この機会に書き溜めしようとも思ったのですが、長引かせると洒落にならないので投下は早くても5日以降になるかと
こんな自分が言うのもどうかと思いますが、皆様もお体にお気をつけてください。では
664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/02/03(金) 15:21:11.16 ID:NrGxCnS3o
乙乙お大事にーー
665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/02/04(土) 10:42:25.68 ID:CWVU3Io50
今ほどインフルエンザを憎んだことはない

お大事に
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) [sage]:2012/02/04(土) 14:13:51.25 ID:FQrEOBIn0
インフルよくもおおおおおおおおおおお                                                                                          お大事にー
667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/02/09(木) 00:53:42.81 ID:Xb9wC/Cao
レスがあったけぇ……いえ、ありがとうございます。
ようやく復調したので、明日にでも投下します。では
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/09(木) 03:01:38.45 ID:aMrp/WSy0
インフルのせいでワルさんがインフレしたのか

応援してます
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:17:22.81 ID:ccjk56WPo
応援ありがとうございます、がところがどっこいインフル消えてもインフレします、今回の投下含めてあと二回くらい。
そう、明日って今、つまり今日です。すいません、投下します。
670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:18:36.05 ID:ccjk56WPo

「このまま行くと、君達のお膳立てのおかげで彼女達は辛くも勝利を収めることが出来そうだね」

 キュゥべぇの言葉に、ローラは自然と眉間に皺を寄せた。
 この地球外生命体は、暗に『上から目線の一方的救済』について批判しているのだ。

「ふん。かようなことは言われずとも分かりているわ。ちゃんとトドメはそちらの住人がしたるわよ」

「そうかな。仮に佐倉杏子の手でワルプルギスの夜を倒したとしても、
 そこに至る経緯はやはり君達の世界の住人による功績が大きいと僕は思うよ」

 まぁ、そこを言われたら弱いのだが。
 ローラは苦笑を浮かべると、しかし脳裏では別のことを考えていた。

 ……佐倉杏子の手で、ねぇ。

「結局、お前もそこ止まりになりけるのかしら?」

「……」

 キュゥべぇが黙り込んだのを見て、自分のアテが外れたと、そう思う。
 恐らくこの白い獣はワルプルギスの夜について熟知している。
 なぜこうも都合良くワルプルギスの夜が現れ、猛威を振るい、そして暁美ほむらの前に立ち塞がるのか。
 それを知っているのだ。

「ローラ=スチュアート。君は」

「解りているのならば黙っていても良し。さっ、姿勢を正したりなさいな」

 笑って、ローラは言う。

「――ワルプルギスの夜が打ち砕けたる様を、見届けましょう?」
671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:19:01.75 ID:ccjk56WPo

―――炎の巨人が、その姿を赤い十字へ変えるのを杏子は見た。

「で、どうすんのさ? あれじゃあ焼け石に水じゃない?」

 槍を構えつつ、杏子が呟く。

「ステイルは約束を守ったのよな。場は整ったんだ、後はこっちの出番ってワケなのよ」

 つまり? と肩を上げて建宮に続きを告げるよう促す。

「要するに、整形式を使うってことなのよな」

「まずそれ、整形式ってやつの説明してくんない?
 アタシが聞いたのは、あれを槍で突けるかどうか試した後はひたすら時間稼げって、それだけだよ?」

 疑問の声を上げる杏子の眼前。
 炎の十字を背負うように浮遊していたワルプルギスの夜が唐突に歯車を止めて停止した。
 それだけではない。魔女はまるで見えぬ糸に導かれる操り人形のように、その両手をゆっくりと上げ始めた。
 身に纏う蒼い衣装の裾を下がらせたまま、ゆったりと、上に、上に。

 ワルプルギスの夜の両手が肩の高さを抜き、頭の高さを抜き――
 背に悠然と佇む十字の左右、両端の位置に固定される。

「……ねぇ、あの十字ってもしかして……」

「さすが、実父が神父やってただけはあるのよな。お察しの通り、あれはただの十字じゃあない」

 炎の十字、その左右と下方の極端から四本の魔の手と炎の冠が出現する。
 それらは掌から赤い杭状の物を生み出し、あるいは頭に重なり、

「――磔台だ」

 火炎の冠がワルプルギスの夜の頭に被さり、
 灼熱の杭がワルプルギスの夜の両手、裾の先と下半身の歯車に躊躇うことなく突き立てられた。
672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:19:29.49 ID:ccjk56WPo

「聖痕は刻まれた! 陣を組み立てるぞ!」

 建宮の言葉と共に、五和と香焼が各々の得物を高く掲げた。
 それに倣うように、しかし合流した野母崎と対馬は得物を地面に突き刺す。
 残る者達がワルプルギスの夜に対して陣形を組み立てていく。

 天から見下ろせば、十字架に磔にされたワルプルギスの夜から伸びる、大樹のような陣形を構築した。
 それもただの大樹ではない。

 人で形作られた、生命の樹である。

「陣形は生命の樹で、歪な幹に当たる部分は進化の道筋。
 五和と香焼の武器は不完全な人工の手を示し、力への渇望を意味しているのよな
 これが簡易的な聖人を強化するための整形式の陣なのよ。
 ぶっちゃけ霊装が無いから神裂キゴミの紋章を再現し、その先にある聖痕を持つ者の能力を飛躍的に――」

「だあああ! つまり、なんなんだよ!」

「ワルプルギスの夜は今、すっげえ強化されてるってことなのよな!!」

「バカか!?」

 なぜか親指を立てた建宮に対し、眉を立てて地団駄を踏む。
 だがバカはそんな杏子の態度などお構い無しと言わんばかりにフランベルジェを振り仰ぎ、

「天使の力(テレズマ)が降りるぞ! 全員しゃがめ!」

 何を、と口を開く前に、杏子の体が大きく揺さぶられた。
673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:19:55.75 ID:ccjk56WPo

「なにが――!?」

 くらくらする頭をどうにか上げて、その原因を探ろうと片目を開けて周囲の様子を窺う。
 視界に広がるのは、どいつもこいつもだらしなく寝転んでいる天草式の姿で、
 ……火織に比べたら残念だよなぁ、コイツら。
 などと考えていると、いち早く復帰した五和が杏子の槍に触れて口を開いた。

「今のはワルプルギスの夜に聖痕が刻まれた際に降りてきた天使の力の余波です。
 元々ワルプルギスの夜という名前は欧州で行われる、魔女の宴から来ているのはご存知ですか?」

「まったく」

「その魔女の宴の名前、つまりワルプルギスの夜は、実はさらにもう一つある由来があります
 ……こう言ったら失礼ですが、十字教でも結構マイナーな聖人。聖ワルプルガがそれなんです」

「へー」

「あのワルプルギスの夜がああも天使の力を操り、ファウストの原典を吸収できたのは、
 もしかするとその聖ワルプルガとなんらかの関わりがあったからでは? という疑問を抱きまして」

「ふーん」

「原因は分かりませんでしたが、やはりワルプルギスの夜は天使の力との相性が良いんです。
 だったらいっそのこと聖痕を刻んで本物の聖人に見立て、整形式でその質を高めて強化しました。
 あ、聖痕は刻めば根付く物ではないんですけど、今回は魔力も天使の力も十分ありましたから。
 そして今あの場に降りた天使の力は、魔女狩りの王と残留していた神の如き者(ミカエル)の――」

「だ! か! ら! 話がなげーってんでしょ!」

 五和が槍から手を離し、代わりに杏子の空いている方の手におしぼりを握らせてきた。
 そして顔を上げ、こちらの顔を真正面から見つめてくる。

 五和は、笑みを浮かべていた。
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:20:28.20 ID:ccjk56WPo

「――神の如き者の天使の力は赤を、赤は東を、東は右方、つまり右手を。
 そして右手は神の子の奇跡を象徴とします。
 十字架に磔にされ神の如き者の天使の力をその身に注がれた聖人は、
 もうそんな領域まで辿り着いてしまいましたら、それはもう神の子と呼んでも良いとは思いませんか?」

 言いながら、五和は杏子の顔をまじまじと見つめた。たぶん、彼女には意図が読めないだろう。
 そんな簡単に神の子になれるのか、なれたとしてどうなるのか。
 そこから先、どうやってあの魔女を切り崩すのか。想像できないのだろう。

 かつての自分も、今回ほどではないにせよ“あの術式”の説明を聞いたときはそうだった。


「今のワルプルギスの夜は、神の子に限りなく近い特徴を持っています。
 そして私たち天草式は、そういった特徴を突いて相手を混乱、撃破する術式を持っています」


 黙って言葉を聞き入る杏子を見ながら、五和は思う。
 

(……ああ、女教皇様。あの時あなたは、こんな心境だったのですね)


 そして五和は告げた。


                         ロ ン ギ ヌ ス
「準備は整いました。あなたの出番です、槍を持つ者。今こそ処刑の儀の最後の鍵を」


 かつて強敵として立ちはだかった『後方のアックア』を撃墜するため、神裂が五和へ向けた言葉を。
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:20:49.65 ID:ccjk56WPo

―――炎の十字架に磔にされたワルプルギスの夜が、初めて痛みに喘ぐように笑った。

 炎の十字架に磔にされたワルプルギスの夜には、前代未聞に等しい天使の力と魔力が集中している。
 集中している上で、神の子の処刑の象徴によってその力を乱され、激しく揺るがされている。
 だがもし魔女が力ずくであの戒めを引き裂いて自由を得てしまえば、どうなるか。
 少なくとも――現状の戦力で止めることは、もう叶わなくなってしまう。

 だからこそ、杏子は槍の柄を五和から渡されたおしぼりで包み込み両手で保持した。
 神の子の処刑を再現して相手の力の流れを乱し、行動不能に陥らせる術式。
 『聖人崩し』の発動という大役を任されたのだ。

 建宮曰く、お前さんが一番強いのよな、と。

 五和曰く、建宮さんには任せられませんから、と。

 香焼曰く、教皇代理よかあんたの方が頼れるんすよ、と。

 対馬曰く、教皇代理はバカだし魔女を狩るのは魔法少女の役目でしょ、と。

 他の面々も皆一様に口を揃えて同じような言葉を杏子へ向けた。

(なんか調子狂うよなー)

 そんな大事な役目を任される側にもなってほしいものだが、先ほどの“リハーサル”のこともある。

 杏子はもう一度おしぼりごと槍を握り直しそれからわずかに頬を緩めて苦笑した。
 頼れる仲間――もとい、頼ってくれる仲間が。いるのといないのとでは大違いだ。

 ……さやか、マミ。アンタたちが導いてくれたおかげで、アタシは子供の頃に夢見た正義の魔法少女になれたよ。

『あたし死んでないよ!? ねぇ、ちょっと!?』

 バカの声が聞こえるが、無視で行こう。うん。

「――行くよッ!!」
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:21:16.08 ID:ccjk56WPo

 杏子が吼えるように叫び、走り出すと同時。
 周囲にいた天草式の皆と隠れていた魔術師が一斉に身を乗り出した。

 途端に身体が温かくなる。これは魔力を身体に通している恩恵だけじゃないはずだ、と杏子は思う。
 杏子の走りに合わせて、皆が身体強化術式や回復用の術式を掛けているのだろう。

 ひび割れたコンクリートの地面を蹴り砕きながら、杏子は笑みを浮かべた。

 炎の十字架に悶えるワルプルギスの夜のすぐ眼前に辿り着く。
 頭頂部までは七〇メートル、だが脇腹ならもう少し下。行ける。
 胸に抱いた確信と共に、杏子は臆することなく跳躍した。

 同時におしぼりで包んだ槍が、周囲に散らばる天草式の発動した幾つもの術式に連動して分解される。
 分子単位で分解された槍は元の物質、すなわち杏子の魔力へと変換され、

 聖人崩しとしての術式によってその質を書き換えられてゆく。

 雷光のように光り輝くエネルギーの槍。

 神の子の生死を確かめるためにその脇腹へと突き刺された、ロンギヌスの槍だ。

 ワルプルギスの夜を覆うように張り巡らされた幾重にも束ねられた障壁を、雷光が力任せに食い破っていく。
 それは一枚、二枚、三枚、四枚と続き、最後の障壁を貫き、

「――これで、終わりだよッ!!」

 確かな手応えを感じた直後、視界一杯に眩いまでの白が広がった。
 文字通り、瞬く間に音が消えうせ、次いで身体の感覚が無くなる。
 それ以上のことは、杏子には何も分からなかった。
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:23:41.24 ID:ccjk56WPo

 ――先に結論を述べてしまえば、聖人崩しは発動し、ワルプルギスの夜はそれを食らった。

 皆の加護と術式を受けた杏子の一撃は、炎の十字架に縛られるワルプルギスの夜を貫いたのだ。

 槍が爆ぜ、散り、雷光は閃光となって見滝原市を照らし出す。
 場に留まる空気が炸裂し、裂け、真空にも似た特異な空間が完成された。

 次いで、傷付いた世界が己を癒そうとするかのごとく穴の空いた空間を満たすため、
 空間目掛けて周囲にあふれるありとあらゆる物質が流れ込み、その副作用として莫大な衝撃波が生まれる。

 影響はそれだけに留まらない。

 雷光と化した術式はワルプルギスの夜をぐちゃぐちゃにかき乱し、魔女の秘めた力を“起爆”させた。

 聖人が許容可能な限度を遥かに上回る規模のエネルギーが、コントロールを失って暴れ狂う。
 それはもはや爆発の域を超えていた。目の前で補填された空間ごと吹き飛ばす、破壊だ。

 本来であれば見滝原市を丸ごと飲み込み、日本全土を巻き込んで焦土にしかねないクラスの破壊だ。

 “何者か”が張り巡らした結界によってその大部分は減衰したものの、
 それでも衝撃波は突風となって砂塵を撒き散らし、東日本全体の交通機関や気象に悪影響を及ぼす結果となった。


 そんなことなど露とも知らない五和達は、投げ出された杏子の体を抱きかかえたまま。


 ワルプルギスの夜が、光の十字架と化したエネルギーの渦に包まれるのを見届けた。
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:25:32.85 ID:ccjk56WPo

「――驚いた。さっきはああ言ったけど、まさか本当に一人も欠けることなくワルプルギスの夜を倒してしまうなんて」

「感情を持ち合わしたおらぬ分際で驚いたと? ふん、声色変えずによく言いたるわね」

 突っ込みを入れながら、ローラは自分の脇腹に力が入ったのを自覚した。
 自覚から数秒と間を置かずに激しい嫌悪感が脳裏に浮かび上がり、脇腹に次いで喉元に力が入る。
 やがて何かが食道を駆け上り、鉄の味がする何かと混ざって口の中に半液状の物体として広がっていく。

 飲み込もうか吐き出そうか一瞬悩むが、結局異臭に耐え切れず口の中にあった物を地面にぶちまけた。
 見滝原市に来る途中で食べたホットドッグと胃液、それから赤い血液混じりの吐瀉物が地面に撒き散らされる。

「おや、まだ消化しきれていなかったのかい?」

「……か弱き乙女がイヤーンな物を吐きて弱弱しくうろたえたりけるのに、第一声がそれとか死ぬべきだわ」

「僕の知る限りでは、か弱い乙女は自分が生み出したそれを足で踏みにじらないと思うんだけどどうだろう」

「今は乙女もワイルドなのが流行りているのよ」

 言いながら、修道服の裾で口元を拭う。
 だいぶ弱ったものだ。確かに大それた爆発ではあったが、まさか衝撃を弱めただけでこれとは。

 ワルプルギスの夜から発生した爆発が起こす予定にあった大惨事を未然に防いだ張本人であるローラは、
 しかし防いだだけで自身の力を使い果たした意味――自分の弱さをしっかりと悟って自嘲気味に笑った。
 これでは第三次世界大戦の際に暴れた『右方のフィアンマ』にすら劣るなぁ、などと考える。

「まぁなんにしても、これで準備は整いたるわね」

「……何のことだい?」

「しらを切りたるのは良いけど、時と場合を考えることね」
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:29:22.28 ID:ccjk56WPo

 ローラはもういちど唾を吐き捨てた。血が混じっているので、文字通り血反吐か。
 かぶりを振り、収束し始めた光の十字架を見上げて、思う。

 ――準備は整った、と。

「まさか本当に知らないわけではないでしょう、インキュベーター。
 ワルプルギスの夜が、なぜああまでして暁美ほむらの前に立ちはだかったのかを」

「……」

 彼は答えなかった。
 答える気が無いのか、それとも答えられないのか。

「そして解りているはずよ。気付いているはずよ。物語はまだ、何も終わっていないという事実に」

 沈黙を保ち続ける獣を無視して、ローラは一度目を伏せた。

「……わたしがその事実に気がついたのは、実はワルプルギスの夜が現れてからになりけるのだけどね」

 返答は無い。
 構わずローラは続ける。

「あのタイミングでワルプルギスの夜の襲来が早まったのには、二つの理由がありけるわ。
 一つはこの世界に生じたる、目に見えざりし、或いは存在しえぬ概念による干渉。
 こちらはまぁ、早い段階で気付き足りていたわ」

 そしてもう一つは。

「もう一つは、そうでなければ叶わぬことがあるから。世界がそのように動いているから。
 これから話すのはあくまで仮定、例え話になりけるけれども。恐らくは真実に等しきものよ」

 それは。


「それは――」
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:32:03.55 ID:ccjk56WPo

 亀裂の生じたソウルジェムを握り締めながら、さやかが飛び跳ねたのをほむらは見た。

「やった、やったあれ見た!? なんか光がぱーって、ワルプルギスの夜がどーんって!」

「ああ、まったく大した魔法少女だね、佐倉杏子は。流石の僕も尊敬の念を感じざるを得ないよ」

 などと言って、だらしなく地面に座り込むステイル。
 その隣でなおもはしゃぎ続けるさやかを見ながら、ほむらは言い知れぬ思いにそっと身を震わせた。

 実感が、沸かない。

 本当にあのワルプルギスの夜を倒せたのだろうか。
 今度こそ時間の迷路から抜け出せたのだろうか。
 気が遠のくなるほど時間を繰り返しても無理だったことが、達成されてしまったのだろうか。

 そう考えただけで自然と呼吸が荒くなり、胸が苦しくなってくる。

(……でも、これでまどかが傷付かないのなら)

 ほむらは一度俯くと、怪訝そうな視線を送るステイルに向かって手を振った。
 それからすぐ近くの瓦礫に腰を下ろし、気を落ち着けようと努力する。

 深呼吸し、魔力を全身に行き渡らせて身体のバランスを整える。
 だが意識すれば意識するほど身体のコントロールは出来ず。

「む……って、あっ、きゃっ!」

 挙句、左手の盾を誤作動で開いてその中身――いくつかの弾層や手榴弾、爆薬を取り落としてしまった。
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:33:06.47 ID:ccjk56WPo

「……情けない」

 慌ててそれらを盾の中に戻し直す。
 そしてきちんと中身を整理しながら、ほむらは盾の中からいくつかの資料を取り出した。
 戦闘前に読んでいたものだ。気を紛らわすことくらいは出来るだろう。

 そんな軽い気持ちで、ほむらはそれを読み直し始めた。

≪ソウルジェムとは魂であり、魂とはエネルギーである。

  魂を最適化したものがソウルジェムであり、これに感情の相転移を起こすことで
  熱力学第二法則、すなわちエントロピーを凌駕する大規模なエネルギーが発生される。

  魔法少女システムとは上記の原理を応用したエネルギー回収計画の中枢を担う物と推察される≫

(まぁ、この辺りはね。早い段階で気付いていたもの)

≪魂のソウルジェム化の際に必要なのが、魔法少女の願い。希望と祈りである。
  希望と祈りは魂をソウルジェムへ変換する際に必要なプログラムであり、
  契約の際に叶えられる願いとはその際に生じる莫大な余剰エネルギーの再利用である。≫

(これは初耳ね。でもさやかの願いと得意魔法を考えれば、不思議は無いのかしら)

≪これは因果改変に等しいものである。≫

(別にこれはどうでもいいわ。ちょっと読み飛ばしましょうか)
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:34:24.17 ID:ccjk56WPo

 ぱらぱらと資料を読み漁り終えてから一息吐く。
 それから軽く眉根を指で押して、目の疲れを取り除く。

 因果が上乗せされないとか、感情図が素質に影響するとか、魂が防壁を作り出すとか歪んだ世界とか……

 そんな記述を読んだところで、やはり自分には関係の無い話にしか思えない。
 気は紛れたが、ますます疑問は深まるばかりだ。これをまとめたローラ=スチュアートは、何を伝えたかったのだろう。

「ずいぶんと考え込んでいるようだが、まだ何か気になることでもあるのかな」

「……あなたの元上司の意図が解らないのよ」

 ふむ、と視界の隅で肩をすくめる神父を一瞥してため息を吐く。
 なんにせよ、もう終わったのだ。ワルプルギスの夜は倒されて、時間の迷路から抜け出せた。
 自分の願いは、叶った。

 そこでほむらは表情を険しくした。
 たった今自分が心中で呟いた言葉に、疑問を持つ。

(願いが……叶った?)

(私の願いって……なに?)

 すぐ近くで誰かが転ぶ音が聞こえる。多分さやかだろう。

 ――さやか。彼女の願いは、何であった?
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:35:22.81 ID:ccjk56WPo

 彼女の願いはいつも通りなら上条恭介の左手の完治。
 今回の世界では使い魔に襲われた少女の治癒。
 それはすぐに叶えられた。知っている。そんなことは分かっている。

 巴マミ。彼女の願いは自己の回復。
 助けてと、その言葉を拾ったキュゥべぇにより叶えられた願い。

 佐倉杏子。彼女の願いは父の話を世間の人々に聴いてもらう事。
 結果、願いは叶い、彼女の父は一時的に教えを広めることが出来た。

 では……自分の願いは?
 まどかと交わした約束を守ること、それは違う。
 それは世界をやり直した後で彼女と交わした物だ。そうではない。

 自分の願いは、何だった?

 ……彼女を守る、私になりたい?

 違う。近いが、似ているが、違う。そう、私の願いは……

 ……まどかとの出会いを、やり直したい。

 これだ。
 その結果私は時間遡行能力を得た。願いは、叶っている。

 ……おかしい。何かが引っかかる。一体、何が……?
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:36:16.63 ID:ccjk56WPo

「どんな願いであれ、それが条理にそぐわなければひずみが生じたるのは当然よねぇ?」

 語りながら、ローラは“爆心地”へと目を向けた。

「巴マミは命を得れども、他の一切合財全てを捨て
 平凡な少女としての生活を諦めて戦いへと身を投じたるわ
 果たしてその行動に、家族を救えなかった後悔や願いを叶えたる者としての
 ちっぽけなれど立派な正義感や身に余るほどの義務感が無かったとは言い切れねども――」

 でも、それだけだったのだろうか。

「美樹さやかは見知らぬ少女のために契約したりけるわよね。
 結果として少女は助かったけれど、彼女は後に真実に気付き、契約してしまいたことを後悔した」

 そして魔女となった。

「佐倉杏子もまた、願いを叶えた結果。全てを失いて、絶望の淵に追いやられし者になりけるわよね」

 では、暁美ほむらは?
 投げかけられた疑問の声は、しかし答えるものがいないがために宙へ溶け込んで霧散する。
 ローラはかぶりを振って、沈黙を保ち続ける白い獣を睨みつけた。

「願いは契約時に発生したる余剰エネルギーにて遂げられし、因果律の改変」

 それもただの因果律の改変ではない。
 過去の事象を捻じ曲げず、現在の状態だけを捻じ曲げる因果律の改変だ。

 何もかも矛盾しているが、おそらくそれで間違いない。
 呉キリカの自分を変えたいという願いも、美国織莉子の生まれた意味を知りたいという願いも。
 前者はその人格を捻じ曲げ、後者はその使命感を奮い立たせることで人生を捻じ曲げた。

「……過去が捻じ曲げられないのだから、未来が捻じ曲げられるのは当然よね。
 では、暁美ほむらの場合は? 時間遡行という願いが叶えられた彼女に訪れる、捻じ曲げられた未来は?」


 ――――声が聴こえる。無邪気な少女達の、笑い声が。
685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:36:53.25 ID:ccjk56WPo

(なんかもー疲れたのよな……こりゃあ堕天使エロメイド・真打ver姿の女教皇様を拝まんと……)

 そんな煩悩と共に、同時に今月の小遣いどうしようか、などと考えていた建宮は、

「っ……んだよ……どーいうことだよ、おい!?」

 戦いが終わってわずかに和んでいた場の空気にそぐわぬ調子の声を聴いた。
 フランベルジェを地面に突き刺したまま、首をぐるりと回して後ろに向ける。
 声の主は、五和に手当てをされている杏子だった。

「お、落ち着いてください佐倉さん! もう全部終わりましたから、ね?」

 宥めつかせようとする五和の肩に手を置き、建宮も軽い調子で声を掛ける。

「なになにどうしたのよ? そんな目を見開いちゃって、まさか視力がなくなったとかいうオチじゃないだろうな?」

「っざけんじゃねぇ!!」

 杏子の叫びに、建宮はもちろん五和も、周囲で大の字に寝転がっていた香焼も目の色を変える。
 他の天草式の面々も姿勢を正した。仕事終わりのムードを一変させて首を縦に振る。
 やれやれ、と肩をすくめて建宮は後ろを振り返ってしゃがみこみ、杏子と目線を合わせた。

「一体全体、何がどうしたのよな。5W1Hとまでは言わないから明瞭に説明してくれ」

「どーもこーもあるかッ! アタシは確かに食らわしたんだ、貫いた実感だってあったんだよ!」

「何の話なのよ……?」

「それがッ、それがなんでッ! あそこでああしていられんのさ!?」

 ただならぬ事情を察した建宮は黙って杏子の視線を追うように首を動かした。
 そして凍りついた。


「なんで……」



「なんでワルプルギスの夜が、使い魔従えて浮いてんのさ……!?」
    ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨
686 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:37:40.91 ID:ccjk56WPo

「――白状しましょう。流石のわたしも、こればかりは気付くのが遅れたるわ」

 ほ、と息を吐き出す。
 爆心地から浮かび上がったワルプルギスの夜を見て、ローラは軽く首を鳴らした。

「でも、考えてみればそれは当然のことになりしよね
 数十、数百、あるいは数千。それだけやり直しても暁美ほむらが『願い』を叶えられざりしは何故か」

 それは彼女の『願い』が正しく叶えられた結果だ、とローラは付け加える。
 そしてそっと地面に目を落とし、続ける。

「これは仮定の話になりけるけど、もしも彼女がやり直した世界で不自然な何かが起こっていたとしたら?」

 顔を上げて、ローラは疑問を投げかけた。
 投げかけられた側である白い獣は、依然として沈黙を保ったままだ。

 あくまで無視する気か。
 まぁ良い、とローラは肩を下ろし、

「例えば、不自然な魔女化。
. 例えば、不自然な仲間割れ。
. 例えば、予期せぬイレギュラーの出現」

 それこそ偶然となんら変わらない、極僅かな可能性だ。
 しかしそのように考えれば辻褄が合ってしまう。

「この世界でも、それは起こりている――わたしはそう思いておるわ」
687 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:38:08.35 ID:ccjk56WPo

 なぜ巴マミは魔女化した。

 暁美ほむらがステイルと和解しかけた矢先に、絶望したのだ。
 彼女には彼女なりの事情があったのだろう。そこに彼女の意思があったことは何一つ否定しない。

 だが、彼女は魔女になった。

 同様のことは、美樹さやかにも言える。

 ステイルの報告を受けた限りでは、彼女は駅のホームで彼らの説得を受けて共に歩む道を選択した。
 暁美ほむらが可能性に賭けて行動したことも把握済みだ。

 だが、その矢先に彼女は魔法少女と魔女の関係性に気付いて絶望し魔女になった。

 ワルプルギスの夜もそうだ。

 魔導書の原典が魔女に惹かれた? それはありうるかもしれない。
 それ自体は起きてもおかしくない。性質は似たり寄ったりである以上、魔導書が近づくのはおかしくない。
 だが何故このタイミングで、世界が交わってからわずか一ヶ月の間に結ばれたのか。
 そして何故、この魔女はスケジュールを繰り上げて襲来したのだろうか。

 ……どうして、ワルプルギスの夜はふたたび浮かび上がった?

 可能性の話だ。

 可能性の話だが、馬鹿には出来ない話だ。

 それら一連の出来事が、もしも。もしも――

「……暁美ほむらに時間遡行を行わせるために起きているとしたら?」

「そうなるように、彼女を中心に世界が動いているとしたら……?」

 彼女の願いは、叶い終わることは無い。
 彼女が生き続ける限り、彼女を中心軸にして世界ごと動いていく。
 例え世界を超えようと、彼女が存在するだけでその世界はそんな風になってしまうとしたら――
688 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:38:36.31 ID:ccjk56WPo

「参ったな。流石の僕も、こればかりはどうしようもない」

 そんな諦めにも似たステイルの声をほむらは聴いた。
 ほむらは一度かぶりを振って顔を上げる。
 視線の向こうでは、ワルプルギスの夜が魔法少女の姿をした使い魔の踊りに合わせて光っていた。

「……ねぇ、あれ、倒すのは無理っぽいの?」

「僕が見たところあれは使い魔から魔力を受け取って回復に費やしているらしい。
 先ほどまでの力は失われているみたいだけど、それでも魔導書と共にある以上は……」

 今の戦力で倒すのは不可能に近い、とステイルは締めくくった。
 そして瓦礫にもたれかかり、悪い夢なら冷めてくれと、そう言わんばかりに額に手を当てた。
 そばにいるさやかもまた気落ちした様子でその場にへたり込んでしまう。

 そんな彼らの様子を見ながら、ほむらは再度資料へ目を向けた。

 仮に自分が立てた仮説が正しければ、世界はどうしても私に時間遡行をしてもらいたいらしい。

 ……ここまで来て、全てを諦める?

 自分が時間遡行を行えば、世界は無理にあの魔女を動かすことがなくなるだろう。
 そうなればいつかは倒れるはずだ。

 でも、そしたら私はどうなる。時間遡行をしたところで、行く先は無い。
 この世界を除いた全ての世界からは既に魔女が消えてしまっている。

 ……魔女を導く、あのまどかの下に行くのだろうか。
689 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:39:29.21 ID:ccjk56WPo

 あんな別れ方をしておきながら、こうするしか方法が無かったと諦めて。
 それで情けなく彼女に慰めてもらうしかないのか。

(違う、何かあるはず。これを私に届けたローラ=スチュアートの真意は何? 考えなさい――!)

 鹿目まどか。暁美ほむら。
 時間遡行。世界移動。世界。因果改変。
 願い。契約。因果。キュゥべぇ。魔法。魔術。
 世界の歪み。狂った人間。ステイル=マグヌス。弱い。

 違う、連想ゲームではダメだ。もっと真面目に、真剣に情報を……

「『キュゥべぇ』……?」

 ――頭が痛い。

 何かが引っかかる。
 何が引っかかるのかは解らないが、それでも引っかかる。
 契約。因果。キュゥべぇ。歪み。
 何が引っかかる。何が、何が?

(落ち着きなさい、暁美ほむら……ここまで来て全てを台無しにするつもり!?)

(まどかと一緒に生きるのに、そう、これまでのまどかと約束したのに……!)

 これまでの、まどかと。
 これまでの、世界の、まどかと。
 これまでの、魔術や能力やらで争いの無い、もう少し静かでまともな世界の、まどかと。

 歪んでいない、正しい世界。

 まどかがいて、巴マミがいて、さやかがいて、杏子がいて。
 志筑仁美や上条恭介や中沢や早乙女先生やパパやマ……お父さんやお母さんがいて。
 手術をしてくれた、ちょっとお年寄りの優しい医者の先生がいて、それから、それから、それから――
690 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:40:32.12 ID:ccjk56WPo










「『キュゥべえ』が……いた?」









691 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:41:00.43 ID:ccjk56WPo

「そうだね、ローラ=スチュアート。君の出した答えは、僕らが出したそれとほぼ一致するよ」

 ふたたび訪れた沈黙を破ったのは、白の獣だった。

「今の現状を作り出したのは他でもない暁美ほむらだ。
 彼女が招いた結果が、この惨状さ。そしてそれは、誰にだって捻じ曲げることが出来ない規定路線だよ」

 まるでこちらの出方を伺い、試すような口調だ。
 ローラの目が自然と細まる。

「この流れを変えることは、力ずくでは到底叶わないだろうね。
 魔法少女の願いでも難しい。それこそ膨大な因果の糸をその魂に束ねる存在が必要だ。
 鹿目まどかのような、幾多の平行世界の、数多の人間の因果を一手に引き受ける規格外の存在がね」

 癒しの光と共に、ワルプルギスの哄笑が街中に広がってゆく。

 その哄笑に応える様に、獣がそっとこちらに振り向いた。

 その赤い瞳には感情の温かみはまるで無い。ひどく無機質な、赤いルビーを連想させる瞳だ。

「さて、現在地球上に、そんな人物はいるのかな? 僕らの契約条件と合致して、膨大な因果を背負う少女は」

「いるわ」

 間髪入れずにローラは言った。

「そんな人物はどこにいるんだい? ここじゃない、学園都市や欧州かな?
 それでも僕は、この世界の流れを断ち切るほどの素質を持ち合わせた少女はいないと思うけど」

「いえ、いるわ。この街に、条件に見合う子がね」
692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:42:20.32 ID:ccjk56WPo

 契約を取り結ぶ獣は一度天を仰ぐと、ややあってから残念そうに首を横に振った。

「残念だけど、神裂火織はさすがに年齢がね……」

「そこをなんとかおまけしたりて……」


 って、そうじゃなくて。


「なにも神裂を頼る必要は無しにつきよ。というかそもそもこれ、暁美ほむらの抱えたりし問題よ?」

「それは百も承知だけど、それじゃあどうするんだい?」

「……本当に気付いてないのかしら?」


 彼は答えなかった。
 答える気が無いのか、それとも答えられないのか。


「鹿目まどか同様、幾多の世界の、数多の因果をその魂に刻みたる者がいるでしょう」

「しかもその人物は、暁美ほむらの叶えたりた願いを正しうるその資格を持ちえし者よ」

「その人物の名前はね、インキュベーター。それはもう、燃え上がるように格好が良くてね――?」
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:42:50.51 ID:ccjk56WPo

「出てきなさい、インキュベーター」

 自分に残された僅かな魔力を使ってどのように撤退戦をしようか思案していたステイルは、
 この最悪な状況に反してどこか明るい、ほむらの声を聴いた。

「……どうしたほむら、いきなりなにを」

「出てきなさい、インキュベーター」

 ステイルの声を無視して彼女は同じ言葉を発した。
 途端に、三人しかいなかったその場に新たな気配が生まれる。
 振り向けば、当然のように地面を歩く第四者、もとい白の獣――黒い首輪付き――の姿がそこにはあった。

「やれやれ、“君達”は相変わらず人使いが荒いね。それで何の用だい?」

「私がこれからする三つの質問に答えてちょうだい。それだけでいいわ」

 三つの質問。まったく心当たりが無い。
 それは隣でしゃがんでいるさやかも同じようで、大きく瞬きをして困惑しているように見えた。
 ……この土壇場で彼女は何に気付き、何を確かめようとしているのだ?

「良いよ、暁美ほむら。君の質問に答えてあげるよ」

 ステイルの心中などまったく気に留める様子も見せずに、ほむらは白の獣と向かい合う。

 そして、静かに喋り始めた。
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:43:47.00 ID:ccjk56WPo

「まず一つ目の質問だけど……ワルプルギスの夜がああまでしつこいのは、私の願いのせい?」

「確証は無いけど、僕らはそうだと考えているよ」

「そう。じゃあ、この時間の迷路は抜け出せなくて当然と、そういうことね」

「現状ではね」



「次の質問よ。今私が持っている資料に書かれていることは、本当のこと?」

「……ローラから齎された物なら、そうだね。彼女はこの一ヶ月の間、僕らと取引をして情報交換していたから」

「あなたたちが嘘を吐かない理由にはならないわ」

「僕らは嘘を吐かないよ」

「それが嘘かもしれないわ」

「クルタ人のパラドックスのようだね。だけど僕らは違う。嘘を吐く行為の利点を理解していないんだからね」

「そう。ならいいわ」



「最後の質問はどうしたんだい?」

「そうね……それじゃあ、最後の質問よ」
695 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:44:21.74 ID:ccjk56WPo

「あなたは……『キュゥべぇ』よね?」

「そうだね。僕らインキュベーターのことを、君達人類は『キュゥべぇ』と呼んでいるね」

 もっとも、インキュベーターという呼び名自体、本当の意味では正確ではないのだけれど。

 そう付け足したのを確認してから、ほむらは安堵してため息を吐いた。

 少なくともステイルには、そのように見えた。

 気付けば彼女の姿は、魔法少女のそれではなく見滝原中学の制服へと一変していた。

 ほむらは黙って目蓋を下ろし、胸に手を当て始める。

 まるでこれから起きるであろう、壮大な何かに備えるように。

 高まる緊張を和らげるために、リラックスしようとするように。

 場に静寂が下りる。

 沈黙が全てを支配し、全ての物が動きを止めてしまったかのような錯覚すら覚えかけ。

 だがそれらを吹き飛ばすように、ふたたびワルプルギスの夜の哄笑が響き渡って。

 さやかがびくりと震え上がって、その拍子に地面がじりっと音を立てて。

 ステイルが喉を鳴らして。

 ついに、ほむらが目を見開いた。
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:45:52.93 ID:ccjk56WPo


「キュゥべぇ。私と契約して、私を魔法少女にしなさい」


 ――告げられたほむらの言葉に、ステイルはまず真っ先に自分の耳を疑った。
 次に自分の精神を疑い、それから今目の前で流れている現状が現実の物であるか否かを疑って。
 最後にほむらの頭を疑った。

「何を言っているんだ君は、大丈夫か。というか正気か? 君は既に契約しているだろうが」

「そうね。一度契約してしまうと、魂がキュゥべぇの干渉を受けないように防壁を作り出すのでしょう。
 その結果、魔法少女になってからいくら活躍しても因果の糸は魔法少女に上乗せされないし願いも叶えられない。これは事実よ」

 初耳だった。あの女狐に渡された資料にそう書かれてあったのか。
 ステイルの困惑をよそに、ほむらは得意気な顔をして胸を張り、鼻を鳴らす。
 その動作に連動するように黒く艶のある長髪が風に乗って静かにその場に靡いた。

「こればかりは、どうしようもないわ。私もこの世界に来る前に一度試したことがあるもの」

「だったらなおさらダメじゃん!」

 怒鳴るさやかに頷くステイル。
 だがほむらは笑みを浮かべたまま、なぜかこちらを一瞥して、

「でも、この世界にはステイルがいるわ」

「何……?」

「英国女王はエリザベスじゃなくてエリザードだし、第三次世界大戦は起きた後で学園都市なんて物もある
 なぜか宗教やってる連中が漫画の世界のような力を振りかざして魔術だなんだのとみっともなく叫んでいるわ」

「君は喧嘩を売っているのか、そうなんだな!?」

「黙りなさい。ついでに何故か、見慣れた白い獣は自分たちのことを『キュゥべぇ』なんて言い出す始末」

「はぁ?」

「まだ分からないのかしら?」
697 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:47:42.12 ID:ccjk56WPo

 ほむらは一度肩を上下させた。

 得意気な表情はそのままだ。何一つ変わらない。

 彼女は勝気な笑みを張り付かせたまま、ゆっくりと唇を動かす。


「私が契約をしたのは――『キュゥべえ』よ」

「魔術だの学園都市だのがある、歪んだ世界の、歪んだインキュベーターじゃないわ」


 馬鹿が、とステイルは苛立ちを募らせたまま歯噛みする。

 そんな極僅かなイントネーションの差異で、何が分かる。何が変わる。

 だがほむらは笑みを崩さずに続けた。


「私の魂にある防壁は、この世界の『キュゥべぇ』の干渉を阻めない――だから、私は契約出来る。違うかしら?」


 彼女の問いに、


「そうとも。君にはその資格がある」


 嘘を吐かないインキュベーターは、首を縦に振った。
698 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:49:43.21 ID:ccjk56WPo

 ――キュゥべぇが頷いたのを、ほむらは確かに見た。

「教えてごらん、ほむら。君はどんな祈りで、ソウルジェムを輝かせるのかい?」


 願い。
 そんなこと、考えるまでも無い。


「私は、ワルプルギスの夜をこの手で倒して、この狂った時間の迷路から抜け出したい」


 自分の手で、確実に。
 この醜い争いを、終結させる。
 誰の力を借りるでもなく。
 私が、私の手で。


「まどかを守るためじゃなくて、私の――私のために。私は、まどかと明日を歩める私になりたい……!」


 その願いに、無数の少女の願いを叶えてきた契約を司る獣は。



「契約は成立だ。君の祈りはエントロピーを凌駕した」



 これまでと同じように、応えた。
699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 03:57:38.81 ID:ccjk56WPo

「さーて、これでこちらの手札は仕舞いになりけるわ。この華麗な手さばき、いかようなりて?」

 ローラの問いかけに、キュゥべぇは仕方なさそうに首を横に振った。
 感情など持ち合わせていないはずなのに、どこか疲れの色が見えるのは、果たして気のせいだろうか。

「まさかここまでとはね……僕らは少々、君の事を誤解していたようだ」

「んー、負け犬の遠吠えは何度聴きたれども、なんともまぁ心地の良い響きになりけるわ」

 キュゥべぇは首を横に振った。
 それから尻尾を振って、ローラの真正面へと移動して座り直し、

「だけど、まだ結果は分からないよ」

「いいえ、分かりきっているわ。だけどまぁ――そうね、一応見届けたりましょうか」

 暁美ほむらがワルプルギスの夜を撃破し、ハッピーエンドを掴み取る光景を。

「……彼女が力の加減を誤って、一気にソウルジェムを濁らす可能性だってあるしね」

「そのためのステイルでしょう。確かあれは、いまだに巴マミのグリーフシードを持ちていたはずよ」

 ローラの言葉に、キュゥべぇふたたび首を横に振った。
 その意図は分からないが、もしや参っているのだろうか。ならばざまぁみろとしか言いようがない。
 そんなことを考えながら、ローラは暁美ほむらがいるであろう場所に視線を向けた。
 視界の奥で、紫混じりの輝きが生まれつつあった。
 魔術側の技術で再現した、レイチェルのソウルジェムを生み出した時と同じだ。


「さ、始まるわよ。――このくだらない茶番劇を終わらせたる、最強の魔法少女の誕生が、ね」
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/11(土) 04:08:38.22 ID:ccjk56WPo
以上、ここまで。

以下、長くなったので正直読まなくてもまったく支障が出ない後書きです。

前半、ちょっと無理があったかな。整形式云々は強くし過ぎて倒せなくなったワルプルを倒す理由付けに、
一ヶ月前急遽思い付いた物なので(ワルプルガで聖人崩しじゃー自体はあったんですけどね)

後半の二重契約(再契約?)は投下前の段階からずっと考えてました
今更読み返す気になる方はいないと思いますけど、ローラとQBが行ってた情報交換でちらほら伏線を
さる事情から無しにしようかなぁなんて考えましたが、ネットは広大だわ……ってことで開き直って投下。

それはともかくとして、次回でワルプル戦決着ですが、内容比率はローラとQBの会話(ひたすら会話)が大半になる予定です
そっから魔術側の活躍はぐんと減ります。派手に活躍できるのは一方さんと、それから何人かくらいでしょうか。

次回の投下は……まぁ、早い内に。
701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 04:23:10.73 ID:aK0uPfUro
乙!
まさかまさかのどんでん返しに続くどんでん返し!
わくわくハラハラが止まりませんね
続きを正座して待ってます!
702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 08:23:43.51 ID:e1U8r5MP0
ロンギヌスとかetc構想力が凄い!
703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/02/11(土) 09:08:56.51 ID:PawFjBCQ0

もうね、パないわ。
俺みたいな凡人には決して出てこない発想だわ
この物語の結末、ぜひ見届けたいものだ……楽しみにしてるぜ
704 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) [sage]:2012/02/11(土) 18:23:03.24 ID:WlOXSUAO0

うん、ヤバい。
アンタは天才だ
happy end,期待してる・・・頑張ってくれ
705 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:41:21.15 ID:aqVyypvoo
投下数が洒落にならないので分割します。
今回は前半、ほむギス戦を投下で
706 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:41:52.43 ID:aqVyypvoo

「――とうとう私も頭がイカれちまったのかしら」

 呆れるような声と共に、盛大なため息が吐かれた。
 這いずるようにして修道女達の結界から抜け出したシェリーが出した物だ

 ここまで移動するために使った右手はみっともなく震えて、情けないことに殆ど感覚がなくなっている。
 かと思えば下半身、特に両膝の辺りは錐に刺し貫かれたように熱く、激痛を発していた。
 全身が鉛のように重く、今時分がどんな姿勢でいるのかすら分からなくなりそうなほどだ。

 だからシェリーは、自分の頭がどうかしてしまったのではないかと、そう考えていた。
 もう前線で戦うのは止めよう。有能すぎる後輩達に任せて、大学の仕事に専念しよう。
 なにせもう自分も二〇後半だ。特殊な才能も体質も、戦術だって持ち合わせていない。
 なにが信念だ、そんなものはのしを付けて押し付けてやる。

 そんな情けない逃避に走るシェリーは、そこで自分の頭の中に響く第三者の声に気付いた。

『何が……起きたのですか?』

 神裂の声だ。怪我の具合だけなら自分よりも遥かに酷いくせにもう意識を持ち直しているとは。
 それどころか、恐らくは身体を寝かせて治療されながら通信霊装で話しかけてくるなんて。
 やはり敵わないな、と。
 後輩へ賞賛の念を込めた苦笑を顔面に張り付かせてからシェリーは彼女の声に応えた。

「何が起こったと思う?」

『……それが分かったら、こうして肉体のコントロールを諦めてあなたに話しかけていませんよ』

「まぁ、そうでしょうね。そうね、いいわ、説明してあげる」

 ため息を吐いて、シェリーは力の入らない右手を土台にするようにして背筋に力を入れ、
 這い蹲った姿勢のまま上半身を上に逸らして『それ』を見た。
 さっき見たときとなんら変わらずに『それ』は存在している。
 『それ』が何であるのか、どう説明すべきか悩んだ末にシェリーは、
707 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:42:19.35 ID:aqVyypvoo





「空が光って、天使が現れた」



『……はい?』




708 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:43:09.77 ID:aqVyypvoo

 シェリーに天使と称された『それ』――白い翼を生やした暁美ほむらが。

 紫が混じった眩い輝きの中から姿を現し、静かに舞い降りるのをステイルは見た。

「これは……?」

「すっげ、これじゃまるで天使じゃん……」

 さやかの呟きを聴いてステイルは眉間に皺を刻んだ。
 天使天使と、どいつもこいつも天使をなんだと思っているんだ。
 もしここに魔術側の知識が豊富な人間がいたら、そう易々と天使だなんて比喩表現は使わないだろうに。
 例えばシェリー=クロムウェルが聞いたら鼻で笑っているはずだ。間違いない。

「しかし、まさか本当に願いを叶えてしまうなんてね。ソウルジェムの方は大丈夫なのか」

「あ、まだもうちょいいけると思うよ」

「君じゃなくてほむらの方だ」

 ひどい! と叫ぶさやかを無視してステイルはほむらを見た。
 彼女は白い翼を器用に操作して羽のようにふわりと着地した。
 その身に纏っている衣装は今までのものとなんら変わらないし、あの盾――バックラーも健在だ。
 そうすると、あの翼は彼女が新しく手に入れた能力、あるいは武器なのだろうか……?

「……凝視するのは構わないけど、背中の翼はお遊びで作った単なる飾りよ」

 聞こえてきた声に思わずこめかみに手を当てる。

「ソウルジェムの方も無事よ。ちょっと色が淀んでいるけど、穢れてはいないから……ああでも、少し大きくなってるわね」

「じゃあ……」

 ほむらは笑って首を縦に振り、ステイルに背を向けた。

「ええ、再契約は無事成立したわ」
709 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:43:47.42 ID:aqVyypvoo

「ステイル。グリーフシード、まだ持ってる? 濁ってても良いから」

「とっておきのが一つ、封印された状態でね。なにを――いや、そういうことか」

 彼女の意図を察したステイルは、静かに唸った。
 ワルプルギスの夜を倒してしまった後に自分が魔女にならないようフォローしろ、と言っているのだ。
 ステイルは頷き、懐に忍ばせてあったグリーフシードを手に取る。
 戦闘の衝撃で封印の殆どが解除されてしまったらしく、この分なら全てを取り除くのには三分も掛からないだろう。

 そんなことを考えていると、唐突にほむらがこちらを振り返った。
 背の翼が光の粒子となって分解されていっているため、どことなく後光が差しているようにも見える。
 そんなステイルの気持ちなど知る由も無く、優しい笑みを浮かべたほむらはその視線をキュゥべぇに向けた。

「……ありがとう、キュゥべぇ」

 自分の耳を疑うのは今日で二度目(多分)だが、もううろたえないぞ。
 内心で自分に言い聞かせると、ステイルはうろたえまくっているさやかの頭に手を乗せて静かにさせる。

「何の話だい、暁美ほむら」

「考えてみれば、私って結構あなたには世話になっているのよ
 あなたがのおかげでまどかに会えたし、あなたのおかげでここまで辿り着けたんだもの」

「それは僕じゃなくて『キュゥべえ』のおかげじゃないか」

「でも、同じインキュベーターでしょう?」

 それとは別にあなたにも感謝しているわ、とほむらは言った。

 ……ずいぶんと余裕だな。あれだけ嫌っていたキュゥべぇに対し、ああも和やかに接することが出来るとは。
710 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:44:18.59 ID:aqVyypvoo

 ほむら朗らかに笑ってから、しかしすぐに半目になって、

「――正直、身体が拒否反応示して手足の先が震えるからあなたに礼なんて言いたくなかったのだけど」

「「じゃあ言うなよ!」」

 さやかとステイルの声が重なった。
 だが彼女はそれを無視。キュゥべぇも気にした様子を見せることなく尻尾を振って、

「礼を言うのは、僕の方だよ。ありがとう、ほむら」

「……何の話?」

「君の可能性というものがどれほどのものか良く分かった。君は――凄いね」

 感情を持たないはずのインキュベーターが、感銘を受けている。
 にわかには信じがたいが、そうとしか思えない。まったく、出来すぎている。ご都合過ぎる。
 まさかこの土壇場で彼らと和解する可能性が見えてくるとは。

「それよりも早く解き放ってみたらどうだい。君に与えられた、その新しい力を」

「……そうね。それじゃあ手っ取り早く、あのワルプルギスの夜を倒してくるわ」

 そう言って、ほむらはふたたび背に翼を生やした。
 無駄だらけに思えるが、あれくらいの無駄を行えるだけの素質があるということか。

(しかし――まったく、敵わないね。今の彼女と僕では月とすっぽんか、天使と魔術師ってところか)

 あっという間に広がってしまった力の差を実感し、ステイルは苦笑した。

 それにしてもさっきの彼女らの台詞はまるで魔法少女アニメを連想させるような台詞だったな。
 王道的主人公魔法少女とこれまた王道的マスコットキャラクターの台詞だ。最終回になって覚醒したか。
 いや、別に観てないけど。いや嘘だ、観た。“あの子”に付き添う形で何百時間か。あくまで付き添う形でだが。

 内心で弁解しつつ、静かに翼をはためかせるほむらを見て思う。

(……これで終わる)
711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:45:39.08 ID:aqVyypvoo

「――ええ、これで終わるわ。あなたも疲れたでしょう、ワルプルギスの夜」

 呟きながら、魔法少女姿の使い魔に囲まれたワルプルギスの夜の真正面まで飛翔して近づく。
 向こうとの距離は一〇〇メートルもない。地面との距離はせいぜい五〇メートル程度。
 真下で杏子がなにやら叫んでいるが、事情を説明するのは後にしよう。

 そう決断すると、ほむらは左手を真っ直ぐ前へ突き出した。
 バックラーと自分の背筋が平行になるよう、じゃんけんのぐーを出す形のまま静止させる。

「……私が欲しかったのは、時間停止とか武器を入れておける盾とか、そういう変なのじゃなくて」


 子供の頃に憧れた、可愛くて、格好良くて、勇ましい力だ。


 そう――私は、まどかと同じような、可愛い弓矢が欲しかった。


 念じた直後、左手にあるバックラーの円周部――外郭手前側が分かたれた。

 内部に積み込まれた歯車がぐるぐると音を立てて回転し始める。

 続いて外郭手前側が歯車の動きに合わせて前面へとせり出し、左手を追い越した辺りで弓なりに固定された。

 そしてソウルジェムが輝き、連動して弓型の外郭部とバックラーとを繋ぐ部分が伸びてさらに前面に押し出される。

 最後にバックラー側から二つの歯車が外郭の上下両端に向かって走り出した。

 それを確認したほむらは、握り締めていた左手を迷わずに開いた。

 こうすることが一番正しい選択だと、何故かそう思えた。
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:47:35.93 ID:aqVyypvoo

 いびつな弓へと変化したバックラーの外郭がほむらの動作に応えるように光り輝く。
 歯車がからからと回って外郭が動き出し、ほむらの手のひらの側に潜り込んできた。

 まるで掴めと言わんばかりに手元に差し込まれたその弓を、ほむらは慣れた手つきで握り締める。

 同時に上下両端に位置する歯車から淡い輝きと共に光の弦が真っ直ぐに伸びて繋ぎ合わされる。

 淡い、膜状の光が弓全体を覆い尽くし――表層に装飾が施され、見栄えが整えられた。
 ほむらに与えられた新たな力、新たな武器である『機械弓』の完成だ。
 ちょうどアーチェリーに用いられるコンパウンドボウのように見える。
 そんな物騒な得物を見て、ほむらは静かに笑みを浮かべた。

「まどかのと比べるとちょっとゴテゴテしてるけど……まぁ、悪くはないわね」

 現代版魔法少女、ここに誕生。とかそんな気分である。
 弓の握り手――ハンドルをしっかりと握りなおしながら、ほむらは手の甲を空へ向けて弓を水平に構えた。

 手の甲側には、弓と手とを固定するために形を変えた一回り小さくなったバックラーがあった。
 ほむらはそのバックラーの中心部、薄いガラス状の防壁を右手で触れて解除する。
 そして露になった、砂粒の大半が傾ききっている砂時計に右手をかざした。

「……あなたにも、世話になったわね。お疲れさま」

 まるで長年の相棒を労わるように、優しく撫でて。

「でも、これで最後よ。あなたに力を借りるのも、ワルプルギスの夜と戦うのも――きっと、これで最後」

 右手に力を込める。
 ソウルジェムが輝き、砂時計が輝き、砂粒が輝き、バックラーと弓が輝き――


 気がつくと、ほむらは右の手で『光』を握り締めていた。

 ワルプルギスの夜を撃破するための、狂った時間の迷路から破壊するための力。

 狂った時間の迷路を作り出した、すでに失われた魔法の源である砂時計の力を帯びた『矢』だ。
713 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:48:42.36 ID:aqVyypvoo

 ほむらは再度ハンドルを握り締め、右手の矢を機械弓へとつがえる。
 口から炎の息吹を漏らすワルプルギスの夜を見据えて、一度目を閉じ、

「ふっ……!」

 短く息を吐き出して弓が引き起こされて、一気に矢を引き絞った。

 機械弓がぎりぎりと形を変えてしなり、滑車から弦が引き出され、弦がきりきりとキツく鋭く研ぎ澄まされていく。

 だが、まだ足りない。

 今日まで積み重ねた時間を考えれば、もっと力を込められる。

 八つ当たりになろうと構わない。威力に関係なかろうと知ったことではない。

「腑抜けた一撃で、全てを終わらせたくない……!」

 その言葉に応えるように連結部分が延び、前面へせり出している弓部がさらに前へ前へと前進を始める。
 弦が鳴らし出す不協和音が見滝原市中に響き渡り、崩れたビルに反響して伝播されていく。

 その残響を聴きながら限界まで引き上げられた張力に右手と左手を震わせていると、

「これで……本当に……!」

 ワルプルギスの夜から、炎の息吹が吐き出された。
 即座に狙いを炎に合わせ、

「――――終わりよ!」

 ほむらは矢から右手を離した。
 同時に、戒めを失った光の矢が解き放たれる。

 それはほむらの力と相まって、目の前まで迫っていた炎の壁をいとも容易く貫き、余波を以てかき消した。
 遅れてようやく反動によって鳴らされた弓の音が耳に届いて――

 ワルプルギスの夜の手前まで迫っていた光の矢は、無数の光の雨に分裂した。
714 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:49:29.57 ID:aqVyypvoo

 ――光の雨は、何もかもを飲み込むような輝きと共にワルプルギスの夜へ殺到した。

 小さな雨粒となった光の矢が魔力障壁をすり抜け、いともたやすくワルプルギスの夜を貫く。

 貫いて、それから針路を180度捻じ曲げてはふたたびワルプルギスの夜へ襲い掛かる。

 絶対的な光に射抜かれてはまた射抜かれる、哀れな魔女。無力を象徴するような舞台装置。

 その姿には、魔術サイドと魔法少女を徹底的に追い詰めた最強の魔女の面影などどこにも残ってはいなかった。

 まず右手が光に射抜かれ過ぎて、光と一体化するように消滅した。

 次に左手が。その次は細い胴体と腰。さらに蒼のスカート。

 やがて口しかないその異形の顔が光に融けこみ、消えていった。

 ワルプルギスの夜の周囲を浮いて踊っている使い魔たちも、例外ではない。

 彼女らもまた、光の雨に対して抗う術を持ち合わせていなかった。

 光に飲まれ、熔けてゆく。薄れてゆく。消えてゆく。

 とうとう巨大な歯車一つを残して、ワルプルギスの夜であったものは無くなった。

 その唯一残された歯車もまた――光の雨に飲まれ、この世から姿を消した。


 あれだけの猛威を振るった魔女の最期。


 それは、余りにも呆気ないほどにあっさりとしたものだった。


 ほむらは、ワルプルギスの夜に勝利した。
715 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:50:06.08 ID:aqVyypvoo

「……倒したみたいだけど、結局呆気なかったわね……」

 呟き、流れる光の残滓に乗って宙を漂っていた本――魔導書ファウストの原典を掴むほむら。
 左手のソウルジェムを一度窺い、余裕があることを確認してからため息をつく。

「念には念を入れておきましょうか。……魔力探知、反応無し。ただし拾い物はあり」

 右手に持った魔導書を抱え、軽く首を回す。
 それから何気なく地面に目を向けたほむらは、右の眉をぴくりと立てた。
 視線の先には、いつの間に駆けつけて来たのやら。膝に手を着くステイルやさやかの姿があった。
 それに気付いたほむらはは機械弓を携えたまま黒髪をかき上げて、ゆっくりと高度を落とし始める。

「……やっと終わったわね」

 感慨深げに呟き、自身を照らしている天をわずかに見上げて目を細める。
 ワルプルギスの夜の『魔女の殺息』を逸らしたことと魔女自身が完全に倒されたことで、空には雲ひとつ無い。
 この見滝原市と太陽との間を遮る障害は、全て取り除かれたのだ。
 ほむらを縛っていた歪んだ願いと時間も、因果の鎖も、もう無くなった。

 おーい、と大きな声でこちらを呼びかける声がする。
 アンタってヤツは、と呆れながら感心する声も聞こえる。

 ふたたび視線を下に向ければ、そこには大きく両手を広げているさやかと肩をすくめる杏子がいた。

 そのすぐ近くには仏頂面のまま居心地悪そうにしているステイルの姿もある。
 彼の背後では年齢を考えずに大げさにはしゃぐ建宮や、涙をぼろぼろ流している五和の姿もあった。
 彼女の隣で地べたに寝転がっているのは香焼だろうか。
 影になって見辛いが、それを介抱する対馬と野母崎の姿も見える。他にも色々、まだ名前を覚えてないのもいる。

 それを見ていたら、なぜだろう。
 急に何かが胸にこみ上げてきて、柄にも無く目頭が熱くなった。
 あれだけ疑って掛かり、最初はまともに話すら交わさなかったというのに、まったく彼らは。

 でもそれ以上に、ほむらにはある思いがあった。
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:51:33.77 ID:aqVyypvoo

 ……会いたい。

 ……会いたいよまどか。

 ……今すぐにあなたに会いに行きたいよ。


 そう心の内で呟き、かぶりを振る。

 急ぐ必要は無い。

 もう自由の身なのだから。

 時間ならあといくらでもあるのだから。

 やり直す必要は、無くなったのだから。



 目に浮かんだ涙を右手の甲で拭い去る。

 その背に太陽の光と暖かさを受け止めながら、ほむらは音もなく着地した。

 そして自分を待つ人々の下に向かって、彼女は強く地面を踏みしめるようにして駆け寄っていった。
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 00:53:53.95 ID:aqVyypvoo

「――はい、めでたしめでたし、と」

 ほむらが皆の下へ向かうのを霊装越しに見届けたローラは、そこでキュゥべぇに向かって振り向いた。
 彼も別の“彼”を通して見ているはずだ。人類の可能性に感銘を受けた彼らは、果たして何を思うのだろう。

「でも、これじゃあ物語は終われなきというのだからまったく世知辛い世の中になりけるわよね」

「まだ何かしようというのかい?」

「もちろん。だってこれ、世界的には正直どーでもよきことでしょう?」

 ローラの言葉に、キュゥべぇわずかに首を巡らした。
 こちらの発言の意図を推測しているようだった。

「だって、暁美ほむらを無視したればワルプルギスの夜自体は倒せたりたのだし」

「どういうことかな?」

「この世界には、ありとあらゆる陰謀やら異能やらを打ち砕きたる人間がごろごろいたりけるのよ」

「それが?」

「だから、暁美ほむらという存在を無視すれば世界はいかようにでも転びたるものなのよ。
 だけどいたいけなりし乙女を無視するなんて、それはあんまりでしょう。だからここまで導きたりたわけ」

「……じゃあ、世界的に大事なこととはなんだい、ローラ=スチュアート」

 ローラは密かに喉を鳴らして、しかし動揺を気取られぬように口角を上げて笑みを作った。

「取引よ。人類代表のわたしと、異星人代表のあなたとでね」

「取引ね。ここまで来て一体どんな取引を?」

「こちらの要求に応じてもらえたれば、そちらの利益になるものを差し出しましょうと、ただそれだけになりけるわよ」

「……興味深いね。それじゃあ君の、人類側の要求を述べてみると良い」

 その言葉に、ローラは亀裂のような笑みを持って応えた。
718 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/14(火) 01:01:58.38 ID:aqVyypvoo
以上、ここまで。
結局一撃で終わりですっていう。コンパウンドボウってのは滑車が付いたアーチェリーの弓です。
滑車がとてもイカしてます、付け焼刃の知識しか持ってませんが。

次回はほとんど台詞……でもないですが、ちょっと台詞が多いです。
それが終わったら一方さんとバードウェイとまどっちのターン、二月中に終わるのかこれ

次回の投下は明日の同じ時間帯を予定しています
719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/14(火) 01:10:15.95 ID:38J6S++Wo
720 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/14(火) 01:31:28.04 ID:iV0hUuTMo
乙です!
足を痺れさせながら待った甲斐があった!

因果を束ねに束ねたほむらはやっぱりまどか並に最強だったなあ……
ほむほむまじ天使ってことで、次も正座して待ってます!
721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/02/14(火) 08:07:33.40 ID:/fnfm4IDo
乙です
やっと一段落っすね
722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/14(火) 09:31:35.73 ID:xqsSt1Fi0
乙!
ほむほむマジ天使!
723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/15(水) 18:51:21.07 ID:NFNouLdV0
乙なんだよ
ローラを一瞬でもいい奴だと思った俺って、ホントバカ

次回も全力で待機させてもらいます
724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/15(水) 21:08:50.01 ID:S7jVLiRao
やはりキュウべえ×ローラはいいものだ
725 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/15(水) 23:04:50.20 ID:iSYb0PlAO
「ほむらはどうでもいい」とか口悪すぎるが実は良いやつじゃね?>ローラー
QBを言い負かして問題解決するツンデレババアと予想
726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/02/15(水) 23:37:06.45 ID:1wO9UiQJ0

ほむほむ強すぎワロタwwwwwwwwww
しっかしローラさん……もうええやないですか……
もうハッピーエンドで終わらしときゃええやないですかローラさん……
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:34:10.96 ID:FJ6Ug0Ono
レスありがとうございます。
ちょっと構成ミスったことを若干後悔しつつ投下します
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:35:09.39 ID:FJ6Ug0Ono

 ローラはにやにや笑いながら、胸をそらした。

QB「……まるで悪の大王のような振る舞いだね」

ローラ「ふふん、そう見えたるのも不思議じゃなきにつきけるわね」

QB「イギリス清教の利益のため、と謳いながら、その実体は人類のためなのにかい?」

ローラ「まぁそちらはおまけたるわよ。さてさて、それじゃあこちらの要求を述べさしてもらいたるわね」

 言いつつ、ローラは正面に居座るキュゥべぇ越しにステイルたちがいるであろう方角を見た。
 思いのほかこの場面に至るまでの行程が長くなったが、それでもこの場面に至ることが出来たのは、
 ステイルや暁美ほむら、神裂や佐倉杏子の努力のおかげに他ならない。
 そう考えながら、しかしローラは眉を顰めた。

ローラ(……巴マミには悪きことをしたわね)

 彼女の死は暁美ほむらの時間遡行による副作用の一部によるものだが、
 それに気付くのが遅れたのは自分であり、彼女の存在を重要視しなかった自分のミスだ。
 自分が思い描いていた最善の結果とは異なる物が現実になってしまった。

 もしも自分がアレイスター=クロウリーならば結果は違ったのだろうか。
 いや、それはないはずだ、とローラはかぶりを振る。
 確かにあの男の発動した魔術がきっかけで事の真相には気付けたが、それだけだ。

 陰謀を企てるのは自分の方が優れている。

 そう結論付けると、ローラは視線をキュゥべぇへと向けなおした。

 さてどうするか。
 腹の内は決まっているものの、いざ口に出すと少し腰が引ける。
 ややあってからローラは黙って右手を突き出し、

ローラ「こちらの要求は」

 と言いながら、まず指を一本立てた。
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:35:36.77 ID:FJ6Ug0Ono


ローラ「一つ、そちら側がエネルギー回収に用いたる魔法少女システムの破棄」


 言いながら、さらにもう一本指を立てる。


ローラ「一つ、似たような人類の魂を弄びしシステムを今後一切打ち立てないこと」


 そしてもう一本指を立て、


ローラ「一つ、こちらが出す要請に応えてもらうこと。これは前二つほど大事じゃなきにつきるので安心なさい」


 出来上がったスリーピースをゆらゆらかざして、ローラは笑った。
 キュゥべぇの返答など聞かなくとも分かりきっている。だから彼の言葉を聞く前に指の形を崩し、


ローラ「代わりに、こちら側はそれに見合うだけの見返りを払いたるわ」


 それに対するキュゥべぇの返答は、


QB「正気かい?」


 酷く短いものだった。

730 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:36:42.71 ID:FJ6Ug0Ono

QB「とてもじゃないが、これでは取引と呼べないね。見返りが少なすぎる」

ローラ「これでもこちらは譲歩したりけるわよ?」

QB「どこがだい?」

ローラ「残存魔女を救いたる予定も、元が使い魔か魔法少女か区別するのが難しきことゆえ諦めたるし
     わたしの予定では魔術という未知の技術に触れしそちらが刺激を受けて感情を得たりていたのよ?」

 巴マミの死を受けてわずかに動揺の色を示した首輪付きも、結局のところ平常運行だ。
 その個体も暁美ほむらの見せた可能性に感銘を受けたようだが、今更大勢に影響は出ない。

QB「だからと言って、君らがいくら譲歩したところでこの取引はありえないよ」

ローラ「そうかしら?」

QB「最初の要求である魔法少女システムの破棄。この時点でこの取引は絶対に成立しない。
   僕らは既に現状で満足している。わざわざ破棄して君達の協力を受ける必要なんてないんだ」

 それはそうだろうな、と考える。
 既に甘い蜜を吸っているのに、わざわざ先の見通しが立たない選択肢を選ぶ必要性など無いだろう。
 だが甘い蜜が吸えなくなるとすれば話は別だ。

ローラ「こちらは現在、魔法少女を元の少女へと戻して契約を破棄させたる方法を模索中にありけるわ」

QB「だから無駄なことは止めろ、と。まだ見つかってすらいない方法を盾に要求を押し通すつもりかい?」

ローラ「そう遠くないうちに見つかりけるわよ。半年か、一年か――まぁ、その程度でね」

 言いながら、ローラはそっと肩をすくめた。
 半年掛けて出来なければ、正直ちょっと無理かもしれない。
731 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:37:09.39 ID:FJ6Ug0Ono

QB「……仮にそんな方法があったとしても、僕らの返答は変わらないよ。
   魔法少女システムに手を加えて、君達の干渉を滞らせる。そうすれば君達は後手に回らざるを得なくなる」

ローラ「それはそちらも同じこと。こちらには、そちらの契約行為を妨害したるだけの戦力がありけるわ」

QB「イギリス清教かい? 無駄だよ、あんな極わずかな人員で僕らの契約を阻害出来るはずがない」

ローラ「そもそもそこが違うのよ、インキュベーター」

 そこまで言ってローラは一度深呼吸した。
 全身に酸素をめぐらしてリラックスした後、彼女はふたたび口を開いた。

ローラ「イギリス清教、ローマ正教、ロシア成教。国家で言えばイギリスにフランスにスイスにドイツにロシアに――」

 その他いくつかの国家の名を挙げ、

ローラ「それだけじゃないわ。
     欧州にいくつもある魔術結社や結社予備軍。北欧系の魔術結社もあるわね
     新教の魔術結社に中東のちょーっと危なっかしい魔術勢力、結社、それにアジアにある十字教組織。
     日本に点在する神道系結社や中国にも広がる仏教系の勢力に個人の魔術師、復活途中の中米魔術結社」

 一拍間を置き、

ローラ「魔術には疎いけどアメリカ合衆国とすら連携が取れたるし――
     科学の象徴、というか科学サイドの頂点たる学園都市とだって協力関係にありけるわ」

 組織一つ一つの名前を挙げれば、三〇〇は悠に超えるだろう。
 既に引退した元ローマ法王、マタイ=リースに盛大な貸しを作る羽目になるだろうが、それは仕方がない。

ローラ「分かりているの? こちらには文字通り、人類総出であなた達の邪魔をする用意があるのよ?」

 言い換えれば、人類総出で嫌がらせをしてやる、と公言しているようなものだ。
 我ながら、なんというかいじましい。だがそれも良いだろう。
 だがキュゥべぇは首を右へ左へ振って、次に尻尾を右へ左へ振ってこちらを挑発するような仕草を見せた。

QB「それら組織の内、どれだけの人間が僕らを知覚出来るのかな」
732 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:38:05.17 ID:FJ6Ug0Ono

 ……痛いところを突かれたが、まだ大丈夫だ。
 そんなことは百も承知だ。ある程度の因果を背負った者でなければ、彼らを見ることは出来ない。
 イギリス清教に所属する修道女ですらその姿を見れない者がいる以上、確かに知覚できる存在は少ないだろう。

ローラ「それでもあなた達は確かに存在するわ。なら、見えずとも探したる方法はいくらでもあるでしょう」

QB「僕らはその気になれば、自分の体温をゼロ度に変化させることだって出来るんだけどね」

 まぁ、なんと無駄に高性能。本当に生き物かこいつ。

ローラ「だけど、砂を歩けば足跡がつく」

QB「必要だったら全身を浮かせれば良いだけさ」

ローラ「草を掻き分ければ草が動く」

QB「なおのこと、浮遊していけば良いだけだね」

ローラ「じゃあ、大気の乱れはどうかしら?」

 キュゥべぇの言葉が止まった。

ローラ「あなた達がそこにいることで、大気にはいくらかのゆがみが生じるたわよね。
     あなたたちに当たった風はその軌道をいくらか逸らすでしょう。魔術師は、それで十分」

 ……風が吹けば桶屋が儲かる、ではないが、同じような物だ。。
 さすがにこれは誇張が混じっているが、嘘ではない。

QB「だけど科学側では意味が無いね」

ローラ「この星の衛星軌道上にある人工衛星、いくつありしことか知っておる?」
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:38:44.05 ID:FJ6Ug0Ono

 数えるのが億劫になるほど浮かんでいる。
 その内、果たして監視衛星はいくつあるのだろう。その性能はどれほどの物なのだろう。
 詳しいことは知らないが、最近のアメリカの人工衛星で数十〇センチクラスの解像度を持つらしいから、
 学園都市の物なら新聞紙の文字だって判別できるかもしれない。
 ならば大気の歪みだって見分けられるはずだ。連携すれば、インキュベーターの存在を特定すること自体は難しくない。

QB「だけど、それを永続的に続けられるわけが無い。
   何事にもコストと労力が掛かる以上、君達の根気が尽きるのが先だろうね」

ローラ「そうなるのは当分先でしょうね。少なくとも次代の最大主教がその座から降りるまでは続くわ」

QB「何故そう言い切れるんだい? 君がいないあの組織が、そうまで出来る保障があるのかな?」

 ……何を今更。そんな分かりきったことを。

ローラ「今のイギリス清教は、私の下を離れているわ。分かる? 離れているのよ」

QB「それは君がそうなるように誘導したから――いや、そうか」

 キュゥべぇは合点が行ったように頷いた。

 この一ヶ月の間、ローラがイギリス清教内で行った働きは内部の反発を誘発させる物が殆どだ。
 清教派にばかり役目を押し付け、表向きはソウルジェムの研究を凍結させ、理不尽な見滝原殲滅作戦を立てた。
 結果、ローラは最大主教の立場から引き摺り下ろされた。ステイルや神裂王室派と騎士派の働きによって。

 それが意味するところは大きい。
 ローラの加護下にあれば楽に甘い蜜が吸えたというのに、彼らはそれを是としなかった。
 つまりイギリス清教は一人立ちした子供のように、自分達の道は自分達で決めると、そう宣言したのだ。
 学園都市との間に生じた抗争によって疲弊しきっていた組織を束ねていたローラの庇護を否定したのだ。

QB「君の目的がやっと分かった。君は今回の騒動を利用して、自分のいないイギリス清教を作り上げたかったんだね」

 否定はしない、とローラは肩をすくめた。
 本当は世界を冒す『概念』にへの対策も行っているが、どうせ相手はそこまで知らない。

QB「だけど、それだけで組織がどうにかなるわけがない。有能なトップがいなければ組織は腐敗し瓦解するよ」

ローラ「それが?」

QB「君の代わりはいない。――そう遠くないうちに、寿命を全うするであろう君の代わりはね」
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:40:36.27 ID:FJ6Ug0Ono

 自分が抱える『問題』についてもお見通しか。
 まぁ、無理もないだろう。ローラは卑屈そうに笑った。

ローラ「生憎と、私の代わりは既にいるわ。私よりも人に好かれていて、私よりも有能で、才に溢れた者が」

 白い修道服姿の少女を思い描いて、ローラは苦笑した。
 まったく、あれだけ“酷いこと”をしておきながら、結局自分は彼女に頼ってしまう。
 そんな自分を愚かに思う。

 キュゥべぇは、赤い瞳をこちらに向けたまま微動だにしなかった。

ローラ「納得したのなら、話を元に戻しても良いかしら」

QB「……君の言葉が事実だとすれば、契約を取り結んでエネルギーを回収するのは難しくなるかもしれないね」

 だけどそれだけだ、とキュウべぇは続けた。

QB「その気になれば君達の意思を無視して強制的に魔女へ至らしめる手法だってあるんだよ」

ローラ「それは嘘――というよりもハッタリね。手法はあっても実行はしないでしょう」

QB「なぜそう言い切れるんだい?」

ローラ「……だって、それが出来ないからあなたは今こうして私と話しているのでしょう?」

 簡単な話だ。
 人類は家畜から命を奪う時、家畜に対してあまり気を払ったりはしない。
 せめて楽に逝かせてあげよう、という気持ちはあってもそれだけだ。
 だが彼らインキュベーターは違う。それが出来ないから今こうしてせっせか地べたを歩いているのだ。

 彼らと少女。
 人類と家畜。

 この二つの組み合わせにある、決定的な差――それが知能だ。
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:41:03.03 ID:FJ6Ug0Ono

 彼らは知的生命体に対して、ある一定の譲歩をしている。
 その結果が、人類がまともに交渉を行えている現状だ。
 例えどれだけ技術力や知識に差があろうと――彼らは人類を、自分達と同じ知的生命体として扱ってくれているのだ。
 悔しくはあるが、同時にそこは付けこむ事の出来る大きな隙でもある。

QB「確かに、その通りだ。……じゃあ、次の話をしよう」

 次の話、となると二つ目の要求だが。

QB「これに関しては、正直なんとも言えないね。君達の見返り次第だ」

ローラ「例え見返りが少なくても、これを破りたれば徹底的に邪魔をしたりけるだけよ

QB「だから何とも言えないのさ。次の話に進もう」

 ……三つ目の要求についてね。

QB「正直、僕には君の意図が見えない。僕らを使役して何をしたいんだい?」

ローラ「それは、そうね」

 なんと言えば良いのだろう。
 どちらかと言えば良心から来るものだが、しかしそれだけではない。
 迷った末に、ローラはまずキュゥべぇに対し問いかけた。

ローラ「巴マミと佐倉杏子が契約した理由、覚えている?」

QB「前者と契約したのは首輪付きの僕だし、後者の僕は昔リサイクルされたけど覚えているよ」

 なら話は早い。
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:41:29.67 ID:FJ6Ug0Ono

ローラ「契約がなければ命を散らしかねない、彼女達のような少女を救済したることが目的よ。
     あなた達は絶望の匂いを嗅ぎ付けられるみたいだし、迅速に駆けつけられるくらいには数が多いでしょう?」

 言うなれば、お助け屋だ。願いは叶えられないが、可能な限り助力を尽くす。
 ローラの言葉に、キュゥべぇは尻尾を二度振ってから返事をした。

QB「魔法少女システムを無くした事で生まれる被害者の救済ね。その発言は僕からしても傲慢に聞こえるよ」

ローラ「でしょうね。みっともない感情で他人の運命に介入して、情けをかけるなんて……」

 だが救えるのならば。救える命があるのならば。
 十字教の精神――『汝、隣人を愛せよ』の言葉通りに行動したって罰は当たらないだろう。
 自分だけじゃない。きっと“あの少年”や“あの子”だって同じような選択をするはずだ。

 そんなローラの心中とは裏腹にキュゥべぇは、

QB「絶望と一言で纏めるけどね、それがどのような物か理解しているのかい?」
   小さな物なら友達との喧嘩や、親同士の喧嘩。玩具が壊れたから、叱られたから、とか。
   大きな物だと家族を失ったとか、瀕死の重傷を負ったとか、生まれながらにして疎まれている、とか」

 いくつかの願いを述べた。
 そして呆れた様子で首を左右に振る。

QB「そういった絶望にあえぐ彼女達を、君達は全員救い出すつもりかい?」

ローラ「選定はするわ。他人の運命に関わるほどか否かをね」

QB「やっぱり傲慢だね。お眼鏡に適わない者は見捨てるんだろう?」

ローラ「ええ、そうなりしことね。――ところであなた、もしかしてわたしが純情可憐な乙女か何かだと勘違いしたる?」

 その程度で挫けそうになる精神なんて、父を殺そうと心に誓った時に捨ててしまっている。
 まぁ、結局殺せなかったのだが。
737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:41:56.28 ID:FJ6Ug0Ono

 目を瞑り、ほんのわずか数瞬の間だけ過去へ思いを馳せた。
 そして次に目を開いた時には既に意識は現在に向けられている。
 視界の中で、キュゥべぇは首を傾げて静かにこちらの瞳を覗きこんでいた。

QB「……不思議だね。少しばかり独善的で傲慢気質な君がなぜ十字教に拘る理由が僕には分からない」

 その言葉に、ローラは論点をずらしに来ているのかと疑い、次に頷いた。
 ずらそうとしているわけではない。恐らくこれは純粋な疑問だろう。

ローラ「十字教には恩があるからよ。それじゃ不十分になりて?」

QB「君も分かっているはずだけど、このまま文明が発展すれば宗教は肩身が狭くなっていく。
   十字教を中心とした『神』に対する信仰は薄れていくよ。科学によって十字教は終わりを迎えるんだ」

ローラ「えーそれはおかしくなきー? 過去に有名な科学者は皆一様に神を崇めたりていたわよー?」

 事実である。世に名を轟かせている著名な学者や研究者は誰も彼も信心深い者たちだ。
 もちろん中にはそういった神を信仰しない者もいたが、それは少数派という枠組みに分けられる。
 違うのは科学を突き詰めてなお宗教を否定する学園都市くらいな物である。
 もっともあそこは設立目的からしておかしいので仕方ないといえば仕方ないのだが。

ローラ「まっ、一〇〇年二〇〇年先のことは分かるまじ、そこが楽しいんじゃなくて?」

 キュゥべぇは諦めたように首を振り、

QB「だけど信仰によって全ての人を救うことは無理だ。争いだって起きている」

ローラ「されども信仰によって救われたる者もおるわよ。争いを収めることもね」

 すかさず返されたローラの言葉に、キュゥべぇ尻尾を一度大きく振った。
 もうこの話は終わりだ、と言いたいのかも知れない。

738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:42:24.14 ID:FJ6Ug0Ono

QB「分かったよ、じゃあ話を戻そう。つまり要請は、そういった絶望する少女のために動いてくれということかな」

ローラ「ええ、それで良いわ」

QB「じゃあ……仮に僕らがその三つの要求を呑んだとして、君らはどんな見返りをくれるのかな?」


 ふ、とため息を吐く。
 それからそっと自身の金の髪を右手で撫で上げる。
 見返りなんて、決まっている。


ローラ「こちら側が差し出す見返りは――――可能性よ」


 ローラの言葉を最後に、沈黙が場に流れた。
 ワルプルギスの夜が倒された今、見滝原市を騒がす者は存在しない。
 あちこちに張り巡らされた人払いのルーンを用いた結界があるせいで、外界から立ち入ることも出来ない。
 風は静かで、陽射しは暖かく。だというのに、耳が痛くなるほどに静かだ。

 ――いや、そうでもない。

 意識を集中させれば、そう遠くない場所で誰かが無邪気に騒ぐ声が聞こえてくる。
 ステイル……はないだろう。あれはそろそろニコチンが欲しくなって苛立っている頃だろう。
 とすれば、陽気な天草式十字凄教や魔法少女たちが喜んではしゃいでいるのかもしれない。

 まったく、人の気も知らないで。

 ローラが笑みを浮かべたのを合図にするように、流れていた沈黙がキュゥべぇの声によって打ち破られた。


QB「可能性とは、どういうことかな」
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:42:51.91 ID:FJ6Ug0Ono

ローラ「我々は宇宙延命という大きな目的に向けて、全面的に協力したることを誓うわ」

QB「誓って……それだけかい? 協力したところで、何一つ解決しない可能性の方が大きいじゃないか」

ローラ「何故そう言い切れるの? こちら側の魔術のハチャメチャっぷりはそちらも重々承知の上だと思うけど」

QB「だけどそれだけだ。君達と共に歩んだところでこの解決するとは思えないし、割に合っていないよ」

ローラ「本当にそう? これでは割に合わないと、そう決断してしまうの?」

QB「文明の差を考えて見たらどうだい。君達と歩幅を合わせるくらいなら単独で研究した方が――」

ローラ「マシ、なわけないでしょう。効率第一主義のくせに非効率なシステムに頼り続けていたことが何よりの証左よ」

 キュゥべぇが尻尾をふりふり揺すった。
 その行為に何の意味があるのかは分からない。
 分からないが、相手にとって痛いところを突いたのは確かなはずだ。

ローラ「人類を遥かに上回る文明を持ちながら、それだけの技術を持っていながら。
     あなた達は遥か昔に考案されたであろう魔法少女システムに頼り続けている」

 その意味は考えなくても分かるわよね、と付け加える。
 それを聞いて、地べたに座り込んでいたキュゥべぇが立ち上がって後ろを振り向いた。
 と思ったらこちらに向き直り、ふたたび後ろを振り向き、こちらに向き直る、を繰り返し始めた。
 妙に挙動不審だ。

ローラ「……素直に認めたらどうかしら? あなた達インキュベーターの文明は、既に発展を止めて停滞したりけるのでしょう?」

 揺れていた尻尾が、ぴたりと止まった。
740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:43:31.52 ID:FJ6Ug0Ono

ローラ「取引を断れば、向こう一〇〇年はまともにエネルギーは回収出来ず。
     先の見通しが立たない文明では、魔法少女システム以外の方法を見つけらず」


 もっとも、宇宙の熱的死を避けようとする連中の考えることだ。
 たかが一〇〇年など、彼らにとっては瞬きに等しいほどに短い時間だろう。
 だが彼らは効率を優先する種族だ。知的生命体に対してある程度の理解を示す、知恵ある者だ。


ローラ「一〇〇年間、目を瞑ってはくれないかしら?
     こちらと共に歩んで、わずかな可能性に賭けてみたりては見なきこと?」


 例えわずかであろうと、可能性があるのならば。
 効率を優先する彼らは、その道を選ぶはずだ。


QB「……そうだね」


 果たして、キュゥべぇは冷たい無機質な赤い瞳にローラを映し込む。


QB「そうする道もあるかもしれない」
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:44:08.32 ID:FJ6Ug0Ono





















QB「だけど、この話は無かったことにさせてもらうよ」





 そう言って、首を横に振った。




742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:44:55.36 ID:FJ6Ug0Ono


『―――――――――────────────────―』


ほむら「……っ」

 地面に座り込んでいたほむらは、ふと弾かれるように顔を上げた。

ほむら「……?」

 顔を右に左に向けて、周囲の様子を探る。
 そこに想定していた面々の表情は無く、誰もが気を抜いてリラックスしていた。
 とすると、今のはなんだったのだろう。

ほむら(……声、だと思ったのだけど)

 確かに聞こえたのだ。誰かの声が。
 だがステイルや他魔術師が気付いていないのであれば、幻聴だったのかもしれない。
 それにしてはリアリティがあり過ぎた気もするが……


『――しは―――に―――のに――して――――かり―――』


 まただ。
 また誰かの声がした。

ほむら「……」

 だが皆の様子に変わりはない。
 しかし、それでも聞こえた。
 弱弱しくて、自信が無くて、力の無い声が聞こえた。

ほむら「まどか……?」

 いや、違う。まどかの声ではない。
 今の声は、確か。


『―たしは――なに―幸なのに――して―なた―かり――なの』


 この声は――
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:45:26.49 ID:FJ6Ug0Ono

ローラ「……それは、交渉決裂ということ?」

QB「そうなるね」

ローラ「なにゆえ?」

 それは素朴な疑問だった。確かにこの交渉には多少無理があった。それは認めよう。
 だがその上で彼らはこちら側の意思に答えると彼女は踏んでいたのだ。
 なのに断られた。何故だ?

QB「僕らはあまり人類とこういった交渉をすることに慣れていなくてね。
   いくらか穴があるかもしれないけれど、君の言う見返りは確かに悪くないよ。
   魔導書と天使の力。これらはとても魅力的なものだ。研究する価値のある存在だ」

ローラ「ならば!」

QB「だけど、君たち人類と取引をする必要がなくなったからね」

 取引をする必要が無くなった。
 その言葉が意味する物はなんだ。考えろ。
 目の前の異星人の思考を読め。ヤツの狙いはなんだ。

QB「僕はさっき言ったよね。ここまでとは思わなかった、誤解していたって。その意味が分かるかい?」

ローラ「暁美ほむらの再契約を予想出来なかったのでしょう。
     負け犬の遠吠えと、さっきも言ったはずよ。それが何だと言うの?」

 内心で苛立ちが募っていくのをローラは自覚した。
 相手の意図が見えない事が、こうも腹立たしい物だとは思わなかった。
 そんなこちらの気持ちを見透かしているのか、キュゥべぇは可愛らしく小首を傾げ、

QB「ああ、君はそう解釈したんだね。それじゃあちゃんと説明しておこうかな。あれはね」

 と、一拍置き、



QB「まさか“ここ止まり”だとは思わなかった。
   僕らは少々、君のことを買い被っていたようだ、という意味だよ。」

 冷たい声で、そう告げた。
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:46:34.41 ID:FJ6Ug0Ono

QB「僕らは君を過大評価していた。君はもっと脅威のある人物だと勘違いしていたよ。
   ところが蓋を開けてみれば――君はそこ止まりだった。美国織莉子と比べれば取るに足らない存在だった」

ローラ「何の……何の話をしている!?」

QB「僕が君に抱いていた人物評価の話だよ。
   君が美国織莉子を、いや、暁美ほむら以外の魔法少女を軽視していた時点で、全ては決まっていたんだね
   暁美ほむらにばかり注目し、彼女にとってのステイル=マグヌスのような人間を付けず、信用されなかった時点で」

ローラ「だから何の話をッ……!」

 声を荒げて地面を踏みしめたローラはふと我に返り、苛立たしげに唇を噛んだ。
 自分が相手のペースに嵌っていることに気がついたのだ。
 だが……

QB「全ての魔法少女に対し平等に、優しく接してあげれなかった時点で、君の目論見が破綻するのは確定していたんだ」

ローラ「ッ……」

QB「ひょっとすると巴マミが死んだ時からこうなることは決定していたのかもしれないね」

 カッと頭に血が上るのを自覚し、ローラは深いため息をついた。
 落ち着け、重要なのはそこではないはずだ。
 真に優先すべきは相手の余裕の正体がなんであるのかを突き止めることだ。
 だが分からない、なぜこうも余裕でいられる。そんな優位をどうやって確保した。

ローラ「何をした?」

QB「僕は何もしていないよ」

ローラ「……は?」

QB「だから、僕は何もしていないよ」
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:48:38.07 ID:FJ6Ug0Ono

QB「君が回りくどいことをしなければあのまま上手く行ったかもしれないのにね。
   途中からでもいいから参戦して、手助けしてあげていれば。
   一〇回やれば一回くらいは上手く行ったんだ」

 何の話をしている、とは口に出さなかった。
 おそらくは、ワルプルギスの夜の話だろう。
 だが意味が分からない。キュゥべぇの言葉の意味が理解出来ない。
 回りくどいこととはなんだ。手助けとはなんだ。何を言っている。

QB「もしそうなっていれば、僕は君が持ちかけてくるであろう取引を飲むつもりだった」

ローラ「何……?」

QB「僕にとって、君の取引に乗ることは負けでもない。乗らないことは、勝ちでもない。
   君は大変な誤解をしているようだけど――どう転がっても、僕らにとってはあまり関係が無いんだ。
   所詮はたかが一瞬の出来事に過ぎない。それによって世界が消えるわけでもないだろう。違うかい?」

ローラ「世界が……っ、まさか!?」

QB「魔女を消す概念のことなら既に把握しているよ。『彼ら』の会話も聞かせてもらったからね」

 『彼ら』という言葉が指す意味を即座に理解し、ローラは背筋が凍りつくのを感じた。

 コイツは、『概念』や人の領域を超えたアレイスター=クロウリーと同じなのだ。

 この世界に有ってこの世界に無い世界の出来事を覗き見て、盗み聞き出来るのだ。

 なんて誤算、なんて失態……!
746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:49:04.53 ID:FJ6Ug0Ono

 だが、まだ話は終わっていない。
 荒ぶる心を抑え、努めて冷静に、疑問の声を投げかける。
 そう、まだ終わってはいないのだ。まだ挽回する手立てはあるはずだ、と自分に言い聞かせながら。

 結局、肝心なことを聞き出せていないことを思い出して再度問いかける。

ローラ「……それで結局、何故取引を止めるのよ」

QB「僕らが目的を達成出来たからだよ」

ローラ「だからその意味が分かりかねるわ。というより正気になりて?」

QB「何故そう思うんだい?」

ローラ「鹿目まどかはここで寝ているし、暁美ほむらのソウルジェムも無事よ。
     その上でそちらの目的を達成しうるほどのエネルギーを、一体どうやって回収したりけるの?」

QB「その前提が崩れているのさ。だから美国織莉子の気付いた真実に気付けないんだ」

ローラ「……いいから、わたしの質問に答えなさい」

QB「そうだね。―――ちょうど今、始まるよ」

 そう告げると、キュゥべぇがその尻尾を空に向けて突き上げた。
 まるで空へ向かって伸びるような尻尾を見て、ローラは眉をひそめて訝しがる。
 その動作の意味を探ろうと意識を集中させて、

ローラ「……………………っ?」

 尻尾の先――正確には、その向こうで『黒い光』が天に向かって伸びていくのを見た。
747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:49:51.31 ID:FJ6Ug0Ono

「ほむら……?」

 そんな呟きが、全てが終わったことに安堵し、ココア味の電子タバコを咥えるステイルの口から零れた。
 別段深い意味が込められている訳ではない。
 ただ何故か呟いてしまった、程度の物だ。

(まったく、何をしているんだ僕は)

 彼は慌ててかぶりを振って、魔導書を小脇に挟んで座って休んでいるほむらの方を振り返った。
 これも別に事情があった訳ではなく、なんとなく行っただけだ。
 呟いてしまった以上、なんらかのアクションを示さないと怪しまれるという考えもあったが。
 だから彼は固まってしまった。

「ほむら……!?」

 振り返った彼の目の前で、ほむらが前のめりに倒れようとしていた。
 慌てて駆け寄ろうと試み――躊躇する。

 合理的な理由は何一つ無い。

 無いが、近づけば死ぬと本能が警告を鳴らしていた。

 そして躊躇したことが致命的なミスであったと気付いた頃には、もう何もかも手遅れになっていた。

「ほむらッ!?」

 倒れゆく彼女の左手から、これまで遭遇したことの無いような『黒い光』が溢れ出ている。
 光は瞬く間に彼女の身体のほとんどを飲み込み、目まぐるしい速度でその体積を増やしていく。
 そんな光の間を縫うように駆け寄り、ほむらを救おうとステイルが必死に手を伸ばし――
748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:50:22.93 ID:FJ6Ug0Ono

「バカヤロウ! 死ぬ気かテメェ!?」

 ――だが、届かない。
 直前で背後に回りこんだ杏子によって、羽交い絞めにされてしまったからだ。

「離せ! グリーフシードを使えばまだなんとかなるかもしれないんだぞ!?」

「あんな穢れ吸いきれるかよ! 一体なにがどーなってやがる……!」

「僕が知るわけないだろう! いいから早く――」

「ちょっ、二人とも危ないっ!」

 魔法少女姿に変身して近づいてきたさやかの声に我に返るが、もう遅い。

 津波のように押し寄せる黒い光に、ステイルと杏子、さやかの三人は声を上げる間もなく飲まれた。

 何かを妬む声が、何かを羨む声が響き渡る、果ての無い黒い空間。

 その中でステイルは、



『わたしはこんなに不幸なのに、どうしてあなたばかり幸せなの』



 意識を失う寸前、全てを妬み、恨み、呪うような『暁美ほむら』の声を聞いた。
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:53:07.73 ID:FJ6Ug0Ono

「あれは……!?」

 『黒い光』は瞬く間に空一面に広がり、ふたたび空から太陽と青の色を奪った。
 それは形を変え、性質を変え、さらに上空へと伸びていく。
 あれは恐らく……魔女の結界だ。しかしあそこまで規模が大きい物は見たことがない。
 真っ暗になった世界で、気付けばローラはキュゥべぇの首元を掴み上げていた。

「……何をッ! 何をしたッ!? 答えなさいインキュベーター!」

 息を溜めて叫ぶ。だがキュゥべぇは、

「だから、僕は何もしていないよ」

 そう、極平然と返した。

「何もしていないわけが無いでしょう! あれだけの穢れ、あれだけの呪い!
 数百人分の恨みや妬みが積み重ねなければ形成されないはずよ! お前が何かを仕掛けたとしか――」

「君のおかげだよ」

「なっ……ふざけるのもいい加減に」

「ふざけてなんかいないさ。全部、なにもかも君のおかげだよ」

「君が彼女を……暁美ほむらを『最悪の魔女』へと導いてくれたんだよ」

 そしてキュゥべぇは、広がりゆく黒い結界を背に事の真相を語り始めた。
 淡々と、当たり前のことを語るように。
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:55:14.66 ID:FJ6Ug0Ono

「もう一度言おうか? 君が彼女を導いたんだ。最強の魔法少女に。そして最悪の魔女に」

「君は見抜けなかった。彼女に上乗せされたのは、因果だけじゃないということに
 美国織莉子が見た、最悪の未来を。破滅という名の結末を。君は予想出来なかったんだ」

「暁美ほむらの能力に気付いた時、僕には既にこうなることが予想出来ていた。
 君がいずれ真相に気付き、それまでに集めた情報を駆使して彼女を再契約させることをね」

「だから僕は何もしなかった」

「彼女は時間を“繰り返し”すぎた。世界を“乗り越え”すぎた。道徳に“背き”すぎた」

「彼女は自分を“乗り継ぎ”すぎた。自分を“使い潰し”すぎた。自分を“殺し”すぎた」

「暁美ほむらの魂は淀んでいるし、穢れているし、濁っているんだよ。君は知らなかったろう?」

「彼女の時間遡行、世界移動の仕組みを君は知っているかい?
 あれは彼女が元居た世界と類似する世界との間に道を作り出し、
 その世界に彼女の魂であるソウルジェムを送り出すことで成立するんだ」

「じゃあ……果たしてその世界にいる彼女の魂は、どうなってしまうのかな」

「もちろん答えは考えるまでも無いよね。ソウルジェムを二つ乗せるならまだしも、
 その世界の暁美ほむらの魂はソウルジェムじゃない。脆弱な人間の魂だ。分かるかい?」

「元あった魂は、ソウルジェムとの生存競争に敗れて潰えてしまうのさ。可哀想だよね」


 キュゥべぇの言葉に、ローラはどうすることも出来ない。


「彼女のソウルジェムにはね。彼女がやり直した数だけ、暁美ほむらの魂がこびりついているのさ」

「……いくら記憶が同じとはいえ、違う世界の自分に無理やり人生を奪われた彼女達はどう思うだろうね」

「彼女のソウルジェムにこびりついた、無数の彼女達の憤怒と憎悪、嫉妬に憧憬、悲嘆……絶望と呪いは」

「彼女の再契約によって、彼女のソウルジェムへと流れ込んだんだ」

 適応するのに時間が掛かったけどね、とキュゥべぇは付け加えた。
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:56:41.08 ID:FJ6Ug0Ono

「だから僕は彼女に礼を言ったんだ。彼女はに凄いねと、そう言ったんだよ」


 ローラは、自分の認識が間違っていたことに気付いた。


「あ、あああああッ……!」


 有史以前から人類に干渉し続けるインキュベーターを、
 たかが百余年生きただけの自分がコントロールしようとしたことの愚かしさを認識した。

 異質。
 エイワスと同じ、人知の及ばない存在。


「お前、は……貴様は……ッ!!」


 力任せにキュゥべぇを地面へ叩きつける。


「貴様という存在は……ッ!!!」


 そのまま上から押し潰すように圧力を加え、ぎりぎりと首を捩じ上げ。
 だがキュゥべぇの態度は変わらない。彼は呆れた様子でやれやれと首を振るだけだ。


「……君達はいつもそうだね。事実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする」


「――っ」


「わけがわからないよ」
752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:57:17.68 ID:FJ6Ug0Ono



「あああああッ……!」



「あああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」



 ローラの慟哭と共に、見滝原市の上空に『砂時計』は完成した。

 砂時計はそれだけで数十キロを上回るほどに巨大な『入り口』だ。

 そんな砂時計の上部に連結された、砂時計など比にならない巨大な『それ』もまた、時を同じくして完成した。

 それの大きさは、直径約一二七〇〇キロメートル。

 その正体は、地球一つ飲み込めるほどに巨大な球状の結界だった。

 中枢に『最悪の魔女』を据えたその結界は、魔女の意思に従ってその猛威を静かに振るい始めた。

 砂時計の下部を吸入口にして、結界の下部にある地球に住む生命を吸い上げ始めたのだ。

 その結界はまるで、新しい天国のようで。

 同時に魔女の作り上げた、暗い舞台のようでもある。


753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 01:59:30.89 ID:FJ6Ug0Ono

「さて、いよいよ始まったか。観客はいつもの面子――概念体と覗き見が趣味の下種な異星人だけかな?」

 そう言って、大気圏の中でも外部の層に当たる熱圏を漂っていたそれは微笑を浮かべた。
 それはすぐ隣で涙を浮かべる『円環の理』の少女の様子を窺い、やはり笑う。

「彼女……ローラは気付けなかったか。こうなると、未来がどうなるか私にも想像が付かなくなってくるな」

「目の前であんな光景が繰り広げられているのに、あなたは何も感じないんですか!?」

 甲高く叫ぶ少女に対し眉をひそめると、それは卑屈そうに笑った。

「君がそれを言うとは。本来あれは君がなるべき姿だったのだが」

「黙って……! 今すぐに私を自由にしてください!」

「何故?」

「私が干渉すれば、ああなったほむらちゃんを救い出せます」

「その代わりにこの世界を見捨てるというのは少々気が引けるな」

 くつくつと、カエルの泣き声のような音を喉元から鳴らしだす。
 そんなそれの態度に少女は唇を噛み締めるが――何も出来ない。

「安心したまえ。地球が飲み込まれれば私の結界は消え、君は自由の身となる」

「どうしてほむらちゃんを傷つけたがるんですか!? ほむらちゃんはあんなに苦しんでるのに!」

「自業自得だろう。言ったはずだよ、彼女は繰り返しすぎたと。
 それにまだ、地球の滅亡が決まったわけでもない。見滝原市にはローラの張った結界がある」

 あれならあの魔女の侵食も遅らせることが出来るだろう、とそれは付け加えた。

「いずれにせよ、これで本当に最後だな。
 果たして、暁美ほむらは魔女として死ぬのか。それとも奇跡が起きて救われるのか」

 あるいは世界が滅ぶのか。
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 02:04:24.64 ID:FJ6Ug0Ono



 それは視線を地上へと向けた。



 その先では、一人の少女が走り始めていた。



 物語の要でありながら、物語に干渉出来なかった少女が。
755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/16(木) 02:11:51.90 ID:FJ6Ug0Ono
以上、ここまで。
やっぱ人類<<<QBじゃないと面白くないよね! というかやりたいがためにローラを活躍させました
ちなみにほむ魔女の結界はクリームヒルトが元ネタですが、魔女は彼女と違って大きくないし万歳してません。結界に引きこもってます

そして物語もいよいよ、本当にいよいよ終盤です。インフレもここで終わりです。どんでん返しも伏線張りも。
次回の投下は日曜までにはしたいと思っています。
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/16(木) 02:14:32.51 ID:BWXiiKYto
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/16(木) 02:29:09.22 ID:orJCRN9Mo
乙です!
どんでん返しに継ぐどんでん返しに継ぐどんでん返し!
足も痺れたが目も回ったよ!?
次回も正座して待ってます!
758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/16(木) 02:32:41.89 ID:aohL05WAO

これで最後と思わせてまたどんでん返しがあるんですね分かります
たまにはステイルさんのことも思い出し(ry
759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/02/16(木) 08:50:08.45 ID:OiEi0jd5o
乙です
物語の「要」の少女は間に合うのか
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/02/16(木) 17:52:20.30 ID:n5cvz4zn0
イィィィイイイインキュベェェェエエタァァァァアアアアアアッッ!!
てめえはいつだって憎たらしいなコンチクショー!

ともあれ乙、俺はまだハッピーエンドを諦めたくないです
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) [sage]:2012/02/17(金) 16:25:39.26 ID:rplZF3ll0

762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/17(金) 22:21:10.26 ID:nVA38hiM0
これがエヴァならまた会う日までが流れて来る所やな
763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/17(金) 22:32:02.97 ID:nVA38hiM0
>762 WWWWWWWWWWWWWWWWW

ここで土御門の予防策が出てくる訳か
まったく>1は最高だぜ!
てゆうか映画になるよなこれ
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/17(金) 22:43:14.99 ID:yx9VnaST0
こうなる事がわかってて時間軸からほむら引きずり出したアレイスターもQBに負けず劣らず外道だな
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/17(金) 23:24:19.01 ID:5xSIbfzuo
>>763
臭い
半年ROMれ
766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/18(土) 22:57:15.40 ID:ipcs5fnv0
だが断る☆
767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/02/18(土) 23:39:04.64 ID:4SpVKYYzo
乙です。

ループの仕組みをその設定にしたか…これ、どうやって救えるんだ?
768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/19(日) 00:05:57.00 ID:3Vd3NDDwo
く、足が痺れてきた……まだで御座いますか
769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 07:45:42.44 ID:/nycjdf/o
>>766
せっかくID変わったんだから黙ってろ
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [saga sage]:2012/02/19(日) 14:09:05.32 ID:wUwwmwE/0
乙なんだよ
どういうことだ、おい!ローラ……いい奴じゃねぇか!!

二重契約とかループによる呪いとか>>1の発想力には毎回驚かされる
おかげで先の展開が一切読めない……
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 21:05:38.70 ID:kdO5DGXd0
まだか、とりあえず服脱いだ
772 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 03:52:17.95 ID:gOl/dYXso
レスありがとうございます。
日曜日……そう、今日はまだ日曜日。夜が明けるまでは日曜日……数時間もしない内に仕事……
気を取り直して、投下始めます。
773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 03:53:03.04 ID:gOl/dYXso

「……チッ。面倒臭ェことになってきやがったな」

 青いソウルジェムを弄繰り回していた一方通行は、一人呟くと天井を見上げた。
 続いてすぐそばで携帯電話越しに口論を交わしていたキャーリサを見る。
 キャーリサは携帯電話から耳を離して東の方角に視線を送っていた。
 彼女もまた、一方通行と同じように言い知れない異変を感じ取ったのかもしれない。
 やれやれ、と首を振って声を掛ける。

「状況が変わった。契約破棄……クーリングオフの実験はまた機会っつー事で良いなァ?」

「なっ、これからソウルジェムの構成を紐解くという時に何処に行くつもりなの!?」

「日本に決まってンだろォが」

 返事を待たずに携帯電話を奪い取り、代わりにソウルジェムを放って寄越す。

「一体何をするつもりだし! お前も分かっているはずだ、今から向かってももう――」

「うるせェよババァ」

 有無を言わさずにキャーリサを一蹴。
 そして携帯電話を操作してとある人物に掛けつつ、聖堂の門に向かって外に出る。
 真っ暗闇を見上げると、一方通行は携帯電話を耳に当てた。

「俺だ。オマエも気付いてンだろォが、ちィとばかし片付けなきゃならねェ仕事が増えた。ガラクタの分解は中断すンぞ」

『……それは構わないが、どうするつもりかな? 今から日本に駆けつけても間に合わないと思うが?』

 電話の相手――バードウェイの言葉に、一方通行は歪んだ笑みを浮かべて答えた。
 ばきっ、と何かがひび割れるような音と共に、その背に黒い翼が噴出する。
 黒い翼は間を空けずにさらに亀裂を生じさせ、不要になった殻を脱ぎ捨てて白い翼となって生まれ変わった。

 次いで、頭に光で構成された円形の輪を浮かべた彼は、歪んだ笑みを浮かべたまま、

「地上を走っても間に合わない、空を飛んでも間に合わない――だったらあとは“それより上”しか無ェだろォが」
774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 03:53:24.25 ID:gOl/dYXso

 ――こんなに走ったのは、小学生の時の運動会以来かもしれない。

 息を切らして走りながら、まどかはふとそんなことを思った。
 そんな思考とは裏腹に足は止まらず、肩は上下するのを止めず、あごに力が入るのも止められない。
 脇腹が何かに踏みつけられるようにキツく悲鳴をあげていて、肋骨は震えるように唸っている。

 辛い。痛い。苦しい。
 自分の背負い込んだ物や事情など全て投げ出して、その辺りに寝転んでしまいたい。
 だけど体はまだ動く。まだ走ることが出来る。だから止まらないし、止められない。

 まどかは走るのが得意じゃない。
 というより、体を動かすこと全般が得意ではないし、好きでもなかった。
 どれだけ頑張っても成果は現れないし、努力は報われないからと、そう決め付けていたからだ。

 だけど今は違う。
 得意じゃないし好きでもないことに変わりはないが、
 それでも今は走れることに感謝している。走ることの出来る自分の体に感謝している。

 辛いし、痛いし、苦しいが、走っていれば無駄なことを考える余裕が無くなる。
 朦朧とした意識の中で聞いた、ほむらに降りかかった不幸を気に病むこともなければ、
 今上空で何が起こっているのかを気にする必要もなくなるからだ。

 ただ前へ突き進む。
 泥にまみれ、身体のあちこちを擦り剥いて血を流しながら走る。
 とても苦しいが、きっと彼女は、ほむらは自分以上に苦しい思いをしてきたに違いない。
 そんな彼女に何か出来るとしたら、走ることくらいしかない。

 ――だから私は、走る。

 今の彼女には、それしか出来ない。

 戦いの余波で荒れた街の中を必死に走り、道を塞ぐ瓦礫を乗り越えて――
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 03:54:03.92 ID:gOl/dYXso

「ストーップ! そこの女子、ちょっと止まってくれるかにゃー?」

 地面に着地したまどかは、場の雰囲気にそぐわない明るい声を聞いた。
 声のした方向に目を向ける。
 視線の先には、アロハシャツにサングラス姿の怪しい青年がいた。

「おっと、言っておくが俺は怪しい者じゃない。ステイルの元同僚って言えば分かるか?」

「ステイルくんの……ですか?」

「ああ。……ところでお前さん、いまどこに向かおうとしてた?」

 まどかはわずかに息を呑み、告げるべきか否か躊躇った。
 そのまどかの逡巡を見抜いたのか、まどかと対峙する彼は肩をすくめてため息を吐いた。

「まっ、行き先見りゃ聞かなくたって答えは分かるがな。だがどうするつもりだ?」

「え?」

「暁美ほむらの――魔女の下に駆けつけて、どうするつもりだ。今回は美樹さやかの時とは事情が違うぞ」

 青年の言葉に、まどかは眉間に皺を刻んだ。
 ステイルの元同僚なのだから、さやかの事を知っていてもおかしくはない。
 そして今の状況が、どれほど深刻であるのか知っていてもおかしくはない。

「私は……」

 胸中を渦巻く思いを吐き出せば、目の前の青年は行く手を阻むだろう。
 だけど――

「私は」

 まどかは自分を偽らず、素直に自分の思いのありったけを相手にぶつけようとした。
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 03:54:30.58 ID:gOl/dYXso

「はいまたまたストーップ! 気持ちは分かった、好きにすると良いにゃー」

「ええっ!?」

 こちらの言葉を待たずに両手を挙げた青年に、まどかはあからさまに動揺した。
 だが彼はそんなことなど気にせず後ろを振り向き声を張り上げた。

「――さっさと出てきたらどうだ? どうせ見ているんだろう、インキュベーター!」

 彼の言葉に自然と身体が固まる。
 荒れていた息が元に戻りつつあるのを実感する。
 同時に全身が重たく、筋肉が悲鳴をあげているのが分かった。
 そんなことを考えていると、目の前の男の足元に新たな影が生まれた。キュゥべぇだ。
 首に黒い首輪が着いているので、体育館で見かけた彼かもしれない。

「やれやれ、上手く気配は消していたつもりなんだけどね」

「これでもやり手のスパイなんでな。そんなことよりも……っと!」

 彼はキュゥべぇの首輪を掴むと、そのまままどかの方へ近づいてきた。
 そして汚れ一つ無いキュゥべぇを彼女の肩に乗せ、笑みを浮かべた。

「連れて行け。契約しようとしまいと、なにかと役に立つからな。お前さんの道案内くらいは出来るはずだ」

「え? あの、でも私はっ」

「ストップ、それからお守り代わりの十字架だ。これがあればちょっとした呪い程度は弾ける」

 そう言って十字架をまどかの首に掛けると、彼はわずかに黙り込んだ。
 微かに逡巡の色を含んだ表情のまま、まどかに問いかける。

「最後に二つ、質問がある」

「……なんですか?」
777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 03:55:14.58 ID:gOl/dYXso

「さっきも言ったが、今回は事情が違う」

「それは分かってます」

「じゃあ――助けられなかったら、その時お前はどうする?」

「それ、は……」

 駆けつけても、助けられなければ意味が無い。
 そして助けることは、不可能に近い。いや、むしろ不可能だろう。
 契約すればほむらをより一層苦しめてしまう。そもそも自分が契約して彼女を救えるのかどうかさえ分からない。
 だからまどかは、正直に自分の心を告げた。

「考えていません」

「なっ……!」

「考えたくないんです、ほむらちゃんを助けられなかったことなんて。だから、考えていません」

 サングラスに遮られて、対面に立つ彼の表情は窺えない。
 だがその口は大きく開けられていて、自分の発言に呆れていることだけは分かった。
 ところが青年は、口を大きく開いたまま頷いて、わずかに口角を上げて笑みを作った。

「……カミやんを思い出しちまったにゃー……だがそうか。んじゃあ最後の質問だ」

 青年は右手を差し出した。

「ざっと一五〇メートル、全力で走れるか?」

 その言葉に応える様にまどかは差し出された手を握り締めて頷いた。

「はい、走れます!」

 青年は笑って握り返しながら、口の端をにぃっと吊り上げた。

「んじゃあ行こうぜ。――暁美ほむらを助けるに、な」
778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 03:56:05.67 ID:gOl/dYXso

「――結界、第三層まで崩壊したみたいです! これ以上は無理ですよ建宮さん!」

 五和の悲鳴に、建宮は頷いた。

「結界張り巡らしてる魔術師は第五層まで全員後退。第五層の結界に尽力するのよな。
 ただしルーン魔術師には第八層にありったけのルーンを刻ませろ。使える物は霊装だろうとなんだろうと容赦なく使え」

 下された指示を伝えるために、隣にいた対馬が弾かれるような勢いで走り出す。
 それを見届けると建宮は苛立たしげに唇を噛んだ。
 肩を下ろし、空を――砂時計の底面を見上げる。

 彼らが魔女の出現を察知した時には、既に砂時計は完成してしまっていた。
 最初の数秒で、疲弊していた魔術師が四名が何の前触れも無く意識を失い。
 続く十秒で香焼や野母崎が倒れ、対抗策を取ろうとした時には全体の半数が立つことすら叶わぬ状態にあった。

 結界による生命力の吸い上げだ。
 彼らが命を失わなかったのは、この街全体を覆っている『特殊な結界』と龍脈のおかげに他ならない。

 その状態から陣形を立て直すことが出来たのは、もはや幸運としか言いようがない。

 そして残る魔術師を動員して砂時計の真下を中心に築き上げられた八つの円状の結界の内、
 内から数えて三番目までもが破られてしまった。

「生命力を吸い上げる魔女の結界だなんて、正直対抗策がまったく思い浮かばんのよな……」

 泣き言を言ったところでどうにもならないのは百も承知だ。
 だがこの結界が相手では、分が悪すぎた。

(結界で吸収を押さえ込んでも、魔力を吸われちまえば意味はない。物量で畳み掛けてもじり貧とありゃあ……)
779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 03:56:41.43 ID:gOl/dYXso

 などと考えていると、懐に忍ばせておいた通信用の霊装がわずかに震え出した。
 ワルプルギスの夜が撒き散らした魔力のせいで手持ちの霊装ではほとんど通信できないはずなのに、だ。
 怪訝に思いつつ手に当てると、すぐに聞きなれた声が頭の中に鳴り響いた。
 シェリー=クロムウェルの声だ。

『今そっちに向かってるわ。なんだかヤバそうみたいね』

『そうって言うか実際かなりヤバめなのよな――ってちょっと待て、お前さん今どこで何してる?』

『瓦礫ん中を匍匐前進してる。まぁそんなことはどうだっていいんだ、神裂からの伝言とこっちが持ってる情報を伝えるぞ』

 神裂――女教皇様からの伝言と聞いて、建宮は一瞬息を呑んだ。
 意識が回復したことに喜び、次に彼女に心配を掛けさせてしまったことを悔やむ。
 そして通信がやけにクリアな理由が、彼女のフォローによるものだと気付いた。

『まず先に情報ね。あー……結構前に鹿目まどかが体育館を脱走したそうよ。向こうも手一杯で連絡が遅れたみたいね』

 この緊急時になんてことを。
 だが脱走されても文句は言えないな、と建宮は苦笑を浮かべて頷いた。

『見つけたら保護するのよな。他は?』

『これはイギリス清教からなんだが、そこにローラ=スチュアートはいるか?』

『残念ながらいないのよな。どこで陰謀企ててるのやら』

『陰謀なら良いんだけどね。神裂の話じゃ……いえ、なんでもないわ。あと、王室派が戦力を派遣してくれたそうよ』

 援軍派遣。本来であれば喜ぶべき情報に、しかし建宮は内心で舌打ちした。
 今から戦力を派遣したところで、間に合うわけがない。ここからイギリスまで何千キロあると思っているのか。
 無論、誰もこの状況を予見できなかったのだから仕方がないということは分かっている。
 分かっているが、それでも建宮の苛立ちは消えない。
780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 03:59:50.14 ID:gOl/dYXso

 そんな気持ちを誤魔化す様に建宮は霊装に向かって念じた。

『んで、女教皇様からの伝言は?』

『ああ、それ――――どかのことを止め――――んにんの意思――――』

 ここに来て声が途切れがちになり、ノイズが酷くなってきた。
 霊装に魔力を込めるが、音質は一向に改善されない。

『バード――――らのために――――の祈りが――――』

 結局伝言の大部分が聞き取れないまま、それっきり声は途絶えてしまった。
 思わず霊装を強く握り締める。
 そんな折、隣で地図とにらめっこしていた五和が突然後ろを振り返って明るい声を上げた。

「――美国さん、無事だったんですね!」

 五和が言い終わると同時に建宮はフランブルジェを手に取って後ろを振り向き、
 そのまま空いている手で五和を自分の後ろ背に引き込んだ。
 油断無くフランベルジェ構えて、眼前にいる魔法少女――キリカを抱きかかえた織莉子を睨みつける。

「建宮さん?」

「話はステイルからこそっと聞いてるのよな。暁美ほむらを殺そうとしたことも、良からぬ企み持ってることも!」

 織莉子は表情一つ変えないまま首を振った。

「安心しなさい。私達には貴方達をどうこうする意思はないわ」

「信用すると思うか?」

「別に信用せずとも結構よ。だってもう、何もかも遅いのだから」
781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:00:27.14 ID:gOl/dYXso

「なーんの話をしてんのよな?」

「最悪の魔女に全てを台無しにされた、哀れで美しい、どうしようもない世界のお話よ」

 イライラする話し方だ。
 眉間に皺が寄るのを自覚しながら、もう一度フランベルジェを構え直す。

「あんたの話は興味深いが、こっちも忙しいのよな。もうちょっと分かりやすく話してもらえると助かるんだが」

「……この世界は、もう間もなく滅ぶ」

「そんなこたぁまーだ分からんのよ」

「暁美ほむらは再契約を果たし、魔女になったのでしょう? なら、それが答えですよ」

「……まるで全部知ってましたってぇ口振りよな」

 織莉子は腕の中のキリカに視線を落として、優しく微笑んだ。

「ええ、識っていたわ。私が見た四つの結末(バッド・エンド)の内の一つだもの」

 フランベルジェを振り回している自分が言えた身分ではないが……
 いちいち気障な台詞を吐かないと気が済まないのだろうか。
 横目で結界の状況を窺いつつ、建宮は話の先を促すように頷いた。

「私が見た未来の内、一つは全てが無為になる結末だった。
 二つ目が、鹿目まどかが最悪の魔女となって世界が滅ぶ結末。
 そして三つ目が、ワルプルギスの夜によって大勢の犠牲者を出しながらも世界が存続する最良の結末よ」

「んじゃ、そのどれでもない今の世界の結末はどうなるのよな?」

「……言ったでしょう。もう間もなく滅ぶ、と」
782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:01:26.51 ID:gOl/dYXso

「……知っていたなら、どうして全て話してくれなかった? 共に協力する道を模索しなかったのよな?」

「正直に打ち明けたら、貴方達は鹿目まどかを殺すことを許したの? 暁美ほむらを殺すことを肯定したの?」

「それとこれとは話が――」

「違わないわ。貴方達が美樹さやかを救った時、私は貴方達のことを信じてみようと思った。でも無理だった」

 美樹さやかのことを完全に救い切れなかったことを指しているのだろう。

「結局結末は変わらなかった。だから私達だけで世界を救おうとした。……神父さえ邪魔していなければ、今頃は……」

「だが俺達はあんたに歩み寄ったはずなのよな。ワルプルギスの夜に向けて協力しようと、手を取り合ったはずだ!」

「それは私の魔法に魅力を感じたからでしょう。私を利用しようとしただけ。だから私も利用した、それだけよ」

 否定は出来なかった。
 織莉子と交渉を行っていたのは神裂だ。
 そして彼女が織莉子とコンタクトを取ったのは、杏子やさやかの抱える現実や、
 立ち塞がる障害を跳ね除けるために織莉子の力が役に立つと考えたからだ。

 神裂がそんな打算だけで動く人間でないことを、建宮は知っている。
 だが、短い時間の中でしっかりとした信頼関係を築けたかどうかまでは断言できない。

「もう遅いわ。全て終わる。最悪の魔女に呑まれて、何もかも」

 そう言って黙ると、、彼女は手の中でぴくりとも動かないキリカに笑いかけた。
 ……ぴくりとも動かない?

「呉キリカは……死んでるのか?」

 織莉子は笑みを絶やさずに、穏やかな目のまま口を開いた。

「肉体の損傷が激しいから穢れを増やさないように接続(リンク)を断っているだけ。世界が終わる瞬間に起こす約束よ」

 二人で一緒に世界の終わりを見届けるの、と彼女は嬉しそうに語った。
783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:02:12.49 ID:gOl/dYXso

 二人は確固たる絆で結ばれているのだろう。
 音も無くフランベルジェを下ろすと、建宮は五和に目配せした。
 意図を察した五和が頷き、織莉子の下に駆け寄る。

「……何の用?」

「手当て、させてください」

 織莉子が訝しげな視線を五和と建宮に送った。
 対する建宮は首を振ってフランベルジェを肩に乗せた。
 短くため息を吐き出す。

「今からでも遅くないのよな。信頼関係、築いたって良いだろう?」

「……世界が終わるのに?」

「勝手に決めるな――って、少年漫画の主人公ばりに格好付けても良いところよな? これって」

 織莉子は鼻で笑って、キリカを地面に下ろした。
 淡い輝きと共に、キリカのソウルジェムが肉体と接続される。
 キリカがわずかに息を漏らしたのと合わせる様に、五和も治療を開始する。
 天使の力と霊脈の力、そして五和の魔力を一身に浴びて、キリカの身体が徐々に回復していく。

 その様子を間近で見ながら、しかし建宮はふたたびフランベルジェを振り下ろして構えた。
 何かが潜む気配がする。

「……あんた以外にも、良からぬ企てをしてるヤツがいるみたいなのよな。お仲間か?」

「私がキリカ以外に心を許すと思うの?」

「あんたとの付き合いは短いから分からんのよな――っと」
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:02:39.06 ID:gOl/dYXso

 自立歩行が可能な程度には回復したキリカと織莉子を後ろに下がらせ、五和と共に虚空を睨みつける。

「そこに隠れてるヤツ、悪いことは言わないからさっさと姿を見せたらどうなのよな」

 衣擦れの音がする。
 わずかに左、砕けたコンクリートブロックの山の下だ。

「見ての通り、俺達には時間が無い。ここでつまらんいざこざに時間を取られたくはないのよな!」

 建宮の言葉に同調したのか、気配の主は山のすぐ隣にその姿を現した。
 驚くべきことに、その正体はまだ一六か七の男子高校生だ。
 その男子高校生は、日本人受けの良さそうな柔和な笑みを浮かべて口を開いた。

「いやぁ良かった、僕は海原光貴と言います。実は災害のせいで皆とはぐれてしまいまして。困っていたところなんですよ」

「……困っていた、ねぇ」

 フランベルジェを鋭く構える。

「その割に全身から魔力をぷんぷん放ってるのは何故なのよな? 繰り返すが、俺達には時間が無い」

 だから、とフランベルジェを操り、海原を名乗る相手の両手――
 ポケットに突っ込まれたままの右手と背中に隠された左手を指し示す。

「……悪いことは言わないから、さっさと両手を挙げろ。でないと攻撃するぞ」

 その時、そばに寄り添って背後を見ていた五和が小声で何かを呟いた。
 結界の第四層が破られた、という旨の報告だった。
 これで残すは第五から第八までの結界のみになる。
 第五は力を注いでいるが、このままだと破られるのは時間の問題だ。

「もう一度言う。両手を挙げろ。三度目は無いぞ」
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:03:08.19 ID:gOl/dYXso

 海原はやはり柔和な笑みを浮かべたまま、仕方なさそうに首を振った。

「面白い物など何もありませんよ。本当です。だってほら――」

 彼は喋りながら右手を引き抜き、前へ差し出した。
 余りにも自然な動作だったので、握手を求めているのかと勘違いしてしまったほどだ。
 だがそれはありえない。彼と建宮との間には、一〇メートル以上の距離が広がっているのだから。

「――何の変哲も無い、ただのトラウィスカルパンテクウトリの槍があるだけですから」

 トラウィ……なんだって?
 名前に呆気に取られてる隙に、彼の右手に握られた黒いナイフが輝いた。
 と同時に、彼に向かって突き出していたフランベルジェの刃が付け根から取れて“分解”された。

「なっ……!?」

「ね? ただのトラウィスカルパンテクウトリの槍です。ああでも安心してください。
 トラウィスカルパンテクウトリの槍は金星の光を操って攻撃するものでして、
 刃に上手く金星の光を当てられるポイントはこの場所しかありません。上空のあれのせいです。だから一歩でも動いたら――」

「五和ッ!」

 建宮の怒号と共に、五和が姿勢を低くした。
 巧妙に地面に伏せられていた海軍用船上槍――フリウリスピアを拾い直し、すかさず投げつける。
 槍は地面を滑るように空気を切り裂き、海原が足を着けている地面を粉々に吹き飛ばした。

 衝撃波に当てられてよろめく海原。
 そんな彼目掛けて、建宮は刃の無くなったフランベルジェの柄を投げつけた。
 柄は真っ直ぐに突き進み、海原の頭の位置まで届いて――

「では今度はこちらをどうぞ」

 海原が左手を振りかざした。
 連動するように彼の手から伸びる巻物状の『何か』がフランベルジェの柄を吹き飛ばした。
 あの重々しい魔力、嫌な気配。間違いない。

「魔導書の原典か……ッ!」
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:03:41.86 ID:gOl/dYXso

 警戒を強くする建宮は、だがすぐに異変に気付いた。
 原点を持った敵がいる。それはいい。だがなぜ彼はこのタイミングで現れ、そして笑ったまま立ち止まっている。
 なにかある。何か裏が。例えば――

「例えばそう、伏兵がいるとかなのよなぁ!」

 叫びながら五和を押しのけ、地面に落ちているフランベルジェの刃の欠片を虚空に向かって投げつける。
 欠片は虚空を裂いて一定の距離まで飛んでいくと――カンッ、と音を立てて地面に落ちていった。
 ややあって、虚空が陽炎のように揺らいだ。
 次いで、その揺らぎが人の形を作り始め――露になった姿を目にして、建宮は思わず声を上げた。

「なんで……なんでそこにいるのよなぁ、土御門元春ッ!!」

 元イギリス清教第零聖堂区――必要悪の教会(ネセサリウス)に所属していた男がそこにいた。
 ご丁寧にも、トレードマークのアロハシャツとサングラスはそのままだ。

「バレちまっちゃあ仕方がない。おっと、動くなよお前ら。俺にはお前らをぶちのめす秘策があるんだぜい!」

 土御門の言葉に、自然と身体が固まる。
 この男はローラ=スチュアートと繋がりがあることが危惧されている要注意人物だ。
 迂闊に手は出せない――と歯噛みしていると、

「ふふん、言っておくがこの秘策は――っえほっ、げほっ、っぷあ!!」

 盛大に吐血した。

「あーマズイ、こりゃあ幻影魔術はカットだにゃー」

 その言葉と共に、新たな気配がもう一つ生まれた。
 場所は向かって右手側、結界の方向。
 決して強くない。大きくも無い。どちらかと言えば小柄な、少女のような気配。違う、ような、ではない……!
 咄嗟に振り向き、その気配の正体を確認した建宮が吼えるようにその者の名を叫んだ。

「――――インキュベーターに、鹿目まどかッ!?」
787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:04:12.24 ID:gOl/dYXso

 批判めいた建宮の声を背に受けながら、左肩にキュゥべぇを乗せたまどかは立ち止まらなかった。
 身体を覆う、陽炎のようなヴェールが消えてゆく。
 それは事前に説明されていた、土御門のフォローが途絶えたことを現していた。
 もう自分の姿は皆に見えている。

 結界まで、あと残る距離は一〇〇メートル近く。

 それまで足を止めることは、絶対にあってはならない。

「何としてでも止めろ対馬ぁ!」

 建宮の声がして、まどかは地面に落としていた視線を正面へと向けた。
 手前、数十メートルの位置に、天草式に所属する女性の魔術師、対馬がいる。
 彼女はこちらに向けていた背を逸らし、半身をこちらに向けた。
 その手元にはなにやら難しそうな道具が並んでいて、結界をどうにかする物だとまどかは察した。

 向こうは思うように動けない。
 だったらこちらがずれれば、それでどうにかなる。
 そう考えてわずかに進行方向をずらしてから、まどかは対馬の左手が掲げられていることに気付いた。

「来るよ、まどか!」

 キュゥべぇの言葉で、まどかはようやく相手の意図を察した。
 何かを投げる気だ。誰に向かって?
 考えるまでも無く、自分に向かってだ。

(どうしよう、私……)

 彼女は自分よりもずっと強い人だ。まともに投げられたら避けることは不可能だろう。
 相手が狙う場所はどこだ?
 手前には少し高いコンクリートブロックがあるから足元は狙えない。とすると上半身だ。
 両手、それはないだろう。激しく動かしているからまともには当たらないはずだ
 となると胴体か頭。恐らく胴体――胸か鳩尾狙いだ。
 先ほど建宮が剣の柄を投げた光景を思い出して、まどかはわずかに身体を震わせた。

(あんなの当たったら、絶対倒れちゃうよ……!)
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:05:13.13 ID:gOl/dYXso

 相手は倒す気で止めようとしているのだから、それは当然だ。

 どうする、どうする、どうする――

 答えが出ない内に、対馬が左手を振りかざした。
 それを見たまどかは、気付かぬうちに姿勢を低くして――胸の辺りの位置に、頭を下げていた。

「えっちょ、あぶな――ッ!?」

 対馬の声が耳に届いたのと、額の辺りに激痛が走ったのはほとんど一緒だった。

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い――!

 痛い、熱い、痒い、今すぐに横になりたい、何かに怒りをぶつけたい――!

 頭が激しく揺さぶられて、上半身が激しく仰け反る。
 閉ざされた目蓋の向こうがちかちかと白く光って、全身が重くなって――

「――――――ッ!」

 だが、足は前に出ていた。

 後ろへ仰け反った身体を前に倒すような勢いでもう一歩踏み出し、さらに一歩踏み出し――

「――ぁぁぁぁあああああ!!」

 叫びながら、ふたたび走り出す。
 痛さは消えない。熱さも、頭の中が揺れる感覚も。
 視界は涙でにじんでいて、眉間や鼻筋の辺りには生暖かい液体――額から流れ出る血が伝っている。

 それでもまどかはめげなかった。投げ出さなかった。諦めなかった。
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:05:49.36 ID:gOl/dYXso

「倒れないって、嘘でしょ!?」

 驚く対馬の声がする。
 気付けば彼女は手元にあった道具を放り出して、右手をこちらに向けて伸ばしていた。
 二人の距離は極わずかだ。だがまどかは止まらない。

 あと三歩で対馬のいるラインを追い越せる。あと二歩、一歩――

「捕まえたわ!」

 寸でのところで対馬の右手がまどかの右肩を掴んだ。
 それでもまどかは立ち止まらない。

 一歩を踏み出し、右肩で見えない壁をタックルするように身体を押し出す――!

「きゃあああっ!?」

 衝撃で対馬の手が弾かれる。
 視界の隅で地面に身体を打ちつける対馬に心の中で謝りながらひた走る。
 走って、走って、息が切れた状態でも構わず足を動かし、筋肉に檄を飛ばして必死に走る。
 だが、そんな彼女の決意を揺らがせるようにキュゥべぇがまどかに告げた。

「まだだまどか! 正面に二人いるよ!」

 慌てて目を向ければ――そこには二人の魔法少女が立っていた。
 一人は黒く、一人は白い。
 彼女達はまどかの行く手を阻むように肩を並べていた。

「そこまでよ、鹿目まどか!」

「そこまでだよ、最悪の魔女候補!」

 二人の声が、耳に届く。
790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:06:17.94 ID:gOl/dYXso

「そこまでよ、鹿目まどか」

 必死に走る少女を目の前にして、それでも織莉子は極々冷静であり続けた。
 もう結果は変わらないと、彼女は知っている。
 だから無駄な足掻きをする少女を踏みとどまらせようと思っていた。


「あなたがそこまでする必要は無いわ。分かったら立ち止まりなさい」


 少女は立ち止まらない。


「そもそも、あなたにとって暁美ほむらはそこまで重要な人間じゃないでしょう。残された時間を有意義に使いなさい」


 少女は立ち止まらない。


「……あなたはまだ、暁美ほむらとたった三週間しか過ごしていないのよ?」


 ……少女は立ち止まらない。


「どうして? 何故そこまで出来るの……!?」



 少女は、立ち止まらなかった。
791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:08:10.46 ID:gOl/dYXso

 分からない、と織莉子は思う。

 何故そうまでして、彼女は暁美ほむらを助けようとするのだ。
 幾多の世界で助けられた恩? 彼女と身勝手な約束を結んだ別世界の自分に対する後悔?
 だが彼女とは関係ないはずだ。彼女は彼女であって、別世界の鹿目まどかとはなんら関係が無い。
 彼女が責任を感じる必要は、これっぽっちもありはしない。

 なのに何故、そこまで出来る。
 
 全身から汗を流し、体中を擦り剥いて、泥だらけの状態で、額から血を流して、涙を目に溜めていながら。
 魔法少女ですらないのに、どうして――?
 疑問が心の中に渦を巻いて広がってゆく。
 そんな時、右隣に並んで立っていたキリカがぼそりと呟いた。

「……時間なんて、関係ないんだよ」

「え?」

「理由も、関係ない。私は織莉子と一緒になってまだ日が浅いけど、一緒になった理由だってくだらないけど」

 だけど、とキリカは喉を震わしていた。
 その視線は、すぐ目の前を走る鹿目まどかに釘付けになっている。

「理屈じゃないんだ。私は織莉子が大好きだ。愛している。だからきっと、彼女も――」

 キリカに倣うように、織莉子もまたまどかへ視線を向けた。
 彼女は頭を突き出すように走りながら、声を大にして叫んだ。


「――とにかく私は、ほむらちゃんを助けたいんですっ!!」


 こちらが出した質問にまるで答えていない。
 だが織莉子は、憑き物が落ちたような表情でキリカを見た。
 今日まで自分についてきてくれた……“美国織莉子”ではなく、“織莉子”についてきてくれた少女の瞳をじっと覗き込んだ。
792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:10:59.42 ID:gOl/dYXso

 気付けば二人は、揃って右に、左に、半身をずらしていた。

 道が出来る。

 魔女の結界へ繋がる、魔術の結界の向こう側へと通じる一本道が。

 礼を述べる代わりに頷くと、まどかは躊躇うことなく二人の間に割って入り、突き進んだ。

 結界を構築するのに忙しそうな魔術師の横を通り過ぎ、淡い光の膜を突き破り――

「魔女の結界の影響下に入った! 気をつけて、まどか!」

 キュゥべぇの声と共に、まどかの身体を包み込むよう薄い水の膜が形成された。

 それはシャボン玉のようにまどかを包み込んだままふわりと浮かび上がる。

「これって……土御門さんが言ってた魔術?」

 水の膜に触れようとしたまどかは、しかし激しく意識を揺さぶられた。

 気付けば彼女の身体は、遥か上空にあった。

 一つの生命力と誤認されたシャボン玉ごと、魔女の結界に吸い寄せられているのだ。

 気圧の変化による影響は無いが、それでも衝撃は来る。

 まどかは、その視界が真っ黒い闇に覆い尽くされる瞬間。

 背中に翼を生やして頭にわっかを浮かべた、人相の悪い天使を見たような気がした。
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:11:39.20 ID:gOl/dYXso

「――何考えてんだ、おいッ!!」

 怒鳴りながら、建宮は口元から血を流す土御門の襟元を掴み上げた。

「なんでインキュベーターと彼女を行かせた!? ふざけるのも大概にしろ!!」

「そう怒鳴るなよ、教皇代理。俺は問題解決のために尽力しただけだぜぃ?」

 頭に血が上るのが実感できる。
 二、三発殴ろうかと考えて、しかしそんなことをしている場合じゃないことに気付いて地面を蹴った。

「一から説明しろ、言っとくが鹿目まどかを契約させて問題解決だなんてほざいたら叩き潰すのよな」

「安心しろ、もっとクールでキレイな解決方法だ」

 建宮の腕から逃れた土御門は、そう言って笑った。
 そして口元を手の甲で拭い、サングラスを掛け直す。

「実はさっき、鹿目まどかにある物を渡してな。歩く教会の成分を抽出したケルト十字だ」

 歩く教会、無敵の防御霊装の成分を抽出したケルト十字。
 さすがに抽出元と同じように本格的な魔術に対しては対抗出来ないが、
 それでも小さな呪いや異能の力を払ったり抑えたりすることは出来る代物だ。

「それにある細工を仕掛けていてな。これによって、十字架は別の物品に様変わりっとぁけだ」

「……その物品ってのは、何なのよ」



「んー、何てことはない。口で説明すると……そうだな、単なる≪爆弾≫だ」



 気付けば建宮は、土御門の頬を殴り飛ばしていた。
794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:12:11.50 ID:gOl/dYXso

「――今なんて言ったのよな、あぁ!?」

「うおっ、口の中が血だらけだぜぃ」

「土御門元春ッ!」

 まぁまぁ、と魔導書の原典を片手に海原が二人の間に割って入った。
 これ以上無駄に暴れれば実力で捻じ伏せると、そう言いたいのだろう。
 だが建宮はその制止を無視して土御門を睨みつけた。彼は肩をすくめておどけてみせる。それから口を開いた。

「鹿目まどかが結界の中枢に辿り着いた時点で仕掛けが起動し、魔女と接触した時点で起爆する仕掛けの爆弾だ」

「ひどい……ッ!」

 対馬と五和の、悲鳴にも似た声が響き渡る。
 土御門はうんざりしたような調子でかぶりを振り、上空に広がる砂時計の底を右の親指で指し示した。

「お前らまさか、犠牲無しでアレをどうにかできるとか本気で思ってたのか?」

「――ッ」

「トーシロのガキじゃあるまいし、プロの魔術師だったらもっと現実を見ることだな。
 アレはこの星全体をどうにかしちまうようなイカれた物だぞ。第三次世界大戦なんかとは比べ物にならないんだ」

 土御門の言葉は正論だ。
 正論だからこそ――建宮の怒りは収まらない。

「詳しい起爆方法や仕掛けはアレが消えた時にでもゆっくり話すとして……ひとまず俺達に出来ることをやろうじゃないか」

「……ステイル=マグヌスだっているんだぞ、結界の中に」

「それがどうした?」
795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:13:07.54 ID:gOl/dYXso

 何が言いたい、と土御門は首を捻った。
 その態度に、建宮の怒りはますます大きくなる。

「結界が消えればステイルも死ぬ。佐倉杏子も美樹さやかもだ。
 仮に生き残ったとしても、あいつらはお前のことを一生許さないだろう」

「……本気でそう思ってるのか?」

「当たり前だ、そうに決まってるのよな!」

 建宮の言葉に、土御門は呆れ顔を作って肩をすくめた。

「だとしたらお前は、ステイルを何にも理解してないってことだな」

「何だと……?」

 土御門は視線を空へと向けながら、感慨深げに言葉を紡いだ。

「俺とあいつは付き合いが長い。だから分かる、あいつは馬鹿じゃない。
 きっと今頃あいつは、自分に課せられた役割を思い出して、静かに刃を研ぎ澄ませているだろうさ」

 全てを終わらせるためにな、と土御門は言った。
 その場に重たい空気が流れ、沈黙が生じる。
 こうしている今も、魔術側の結界は破られつつあると言うのに、身体は動かなかった。

 しかしそんな沈黙は、


「――おいおい何だこの通夜みてェな雰囲気は。俺みたいな常識人はお邪魔でしたってかァ?」


 空から降り注いだ声によって、打ち破られた。
796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:14:02.01 ID:gOl/dYXso

「よう、早かったにゃー一方通行」

「なンでオマエがここにいるんだよ、シスコン変態野郎が」

「お久しぶりです、一方通行」

「誰だオマエ」

「えぇ!? う、海原ですよ!? あなたと一緒に働いていたあの海原光貴です!」

 うろたえる海原を無視して、空から舞い降りた天使のような姿の一方通行が着地した。
 そしてそのまま周囲を睨みつけて、小さくため息を吐く。

「どいつもこいつも辛気臭い顔しやがって。不幸が移るだろォが」

「お前さんが……王室派が派遣した援軍なのか!?」

 建宮の言葉に、一方通行は忌々しそうに頷いた。

「……ところで一方通行、マジでお前どうやってここまで来たんだ」

「自転と地球に流れる力を操って弾道飛行して、大気の外側ギリギリを飛ンで来たに決まってンだろォが」

 彼はそう言うと、大きく目を見開いて上空の砂時計を見上げた。
 その視線は相手を射抜くように鋭い。

「――で、具体的には何をどォすりゃ良いンだ? 流石にコイツをぶっ飛ばすのは俺でも難しいぞ」

「んー、そうだな、ひとまずは……」

 悩む仕草をした後、土御門はにやりと笑ってこう言った。


「鹿目まどかが全部終わらせるまで押さえ込んでくれれば、それで十分だぜい」
797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/02/20(月) 04:17:51.65 ID:gOl/dYXso
以上、ここまで。

織莉子とキリカの絡みはおりマギを未読だと分かりづらいかもしれません、申し訳ないです
しかし弾道飛行って宇宙だったかな……ギリギリ大気の中だったはずだと思うのですが

次回の投下は金曜までには必ず。
798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/02/20(月) 09:56:25.32 ID:QUITlqq6o
乙です
799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) :2012/02/20(月) 13:56:40.47 ID:kjbT8YIn0
乙っす
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/20(月) 18:25:02.21 ID:T13lY6peo
乙!
まどか爆弾って……
次回も正座して待ってます
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/02/20(月) 22:56:00.63 ID:2epjN1OX0


えちょ待ここに来てただの爆弾とかwwww
土御門さん無粋ってレベルじゃねーぞwwwwwwww
802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/02/21(火) 01:41:26.85 ID:zGobZQFP0
乙なんだよ
相変わらず>>1は投下が早い
次回も全力で待機させていただきます
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/22(水) 11:56:28.03 ID:Zm8DenPK0
乙っす!
>>777で土御門がまどかの手を握ったのって
ただ女子中学生の手を握りたかっただけだろと思ったけどそうじゃなかったんだねwwww
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/27(月) 02:05:41.60 ID:RCAJx9hAO
まだか・・・!
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/27(月) 02:25:12.90 ID:9IegC/nSO
お前毎回毎回いい加減にしろよ
一週間で痺れを切らすな早漏
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/27(月) 02:29:11.85 ID:hR8sgJeUo
>>805
OK そうだなお前は正しい間違ってない
だからまとめサイトにお帰り下さい
807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/27(月) 02:34:42.44 ID:m/+3tW2Yo
まどか・・・!
808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/27(月) 03:15:59.64 ID:qcyCJh+ro
マギカ・・・!
809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/27(月) 08:41:08.87 ID:oliWwyMKo
マジか・・・!
810 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/27(月) 09:08:02.77 ID:wzxjvp1co
>>805
うっせぇ!こちとら一週間正座してるんだ!
811 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [saga sage]:2012/02/27(月) 13:03:27.04 ID:Q9Osfbz00
>>810
まぁお前の気持ちもわからんこともない
だがこれだけは言わせてくれ




メ欄sageろよ
>>1が来たと勘違いしちまったじゃねぇか
812 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) [sage]:2012/02/27(月) 20:29:14.47 ID:nuo/2Ser0
俺は待つ
813 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/27(月) 21:02:16.14 ID:JFCnG/Sz0
>>810の正座くん、今までのレス見る限り何回も似たようなことしてるな
そりゃ>>805もキレるわ
814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) :2012/02/27(月) 22:01:27.54 ID:dGNt1PbT0
皆落ち着けよ。
確かに『金曜までには』とは書いてあるが、いつの金曜とまでは指定してないじゃないか。
815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/27(月) 22:11:42.61 ID:wzxjvp1co
>>813
すみませんでした
深く反省します
816 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/02/27(月) 22:23:55.45 ID:Nqde99Sv0
例え神が許そうが、俺は>>810を許さない
期待させやがってこん畜生が
817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/02/28(火) 08:04:42.56 ID:t9Zhdgmbo
このSSは地の文多いし書くのに時間かかりそうだからなぁ。
期待しつつじっくり待とうぜ。
818 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/02/29(水) 01:36:44.07 ID:junrO0lZo
ぎりぎりセーフ、たった100と数時間の遅刻ですね!

冗談抜きで、本当に遅れてすいませんでした
ちょっと悩んだ末に三回くらい書いては消すを繰り返してました
仕事の切り上げ具合にもよりますが、明日(今日)の23時前後に投下するつもりですので、よろしくお願いします
819 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [sage]:2012/02/29(水) 05:16:30.33 ID:+sUVSqCK0
つっちーも冗談きついな〜w
爆弾ってどうせあれだろ?w
愛の爆弾とか微笑みの爆弾とか
もっと沢山落っことしてくれ♪的なやつだろ?ww









そうでせうね?
820 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:04:31.71 ID:nPimD933o
前後は前後……セーフ、まだセーフ、いやアウトですね
では投下します
821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:05:16.97 ID:nPimD933o

「ここって結界の中なのかな?」

「だろうね。そしておそらくだけど、僕らはその中心部へと近づきつつあると思うよ」

 二人は土御門の構築した水玉状の結界に守られながらその外に広がる別の結界を眺めていた。

 まどかの目の前に広がるのは、いくつもの色を持った光だ。
 乱雑に入り混じる滝のような光が二人を追い越すような勢いで上へ上へと昇ってゆく。
 滝はぐちゃぐちゃに捩れているが、同時にまどかはその輝きにある種の既視感を覚えた。

「……映像?」

 捩れ、うねり、昇りゆく光は確かに映像のように見えた。
 それもただの映像ではない。誰かの一生を記録した“人生”の映像だ。
 だがそれは人の一生にしてはあまりにもまばらで、一人分の人生にしては膨大過ぎた。

 その時、流れる奔流の中にまどかはある物を見つけた。
 光の粒子が形作る、二人の人間の姿だ。

 その事実に眉をひそめ、肩に乗るキュゥべぇにそっと左手を伸ばす。
 彼もまた尻尾をまどかの左手へと伸ばしてきた。

「今のは人間だね。この忙しなく動き続ける光は誰かの記憶のようだけど、それにしたって今のは鮮明だった」

「大人の……男の人と女の人だったね」

「この結界の家主である魔女の性質を考えれば分かるかもしれないよ、まどか」

 結界の家主。
 暁美ほむら。もしくは暁美ほむら“達”。

 その中で揺るがない像をを持ち得る人物がいるとすれば――
822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:05:42.88 ID:nPimD933o

「キュゥべぇ、この結界――土御門さんが作ってくれたシャボン玉の中から出ても平気かな?」

「あまりお勧めはしないね。この結界の広さは僕でも把握しきれないほどだ。
 光と共にまっすぐ上へ押し上げられているのは確かだけど、なにかの拍子で外に外れてしまう可能性だってある」

 キュゥべぇはぐんと首を伸ばしてまどかの視界の中に割り込んできた。

「君が契約してくれるなら、安全性はグッと高まるんだけどね」

「それは……」

 そっとため息をつき、無言で顔を逸らす。
 胸に秘めた想いが、ぐるぐる、ぐるぐると渦巻いては散ってを繰り返す。
 それから静かに彼に向き直って、まどかはまず先に自分の疑問を口にした。

「あなたはどうして協力してくれるの? ほむらちゃんが魔女になっただけじゃ、まだダメなの?」

「ノルマは概ね達成出来たけど、エネルギーを回収できるのならしておいて損はない、ということさ。
 僕たちの行いはあくまで延命、寿命の先延ばしだ。この宇宙が抱える問題が解決されたことにはならないのさ」

「それじゃあどうしてあの人……ローラさんのお話を断ったの?」

「彼らだけではどうにも出来ない問題が起こってしまったからね。
 滅び行く種族と交渉したって無駄なだけさ。だけど君が契約してくれるのなら話は別だよ」

 彼の言うことは分かる。
 だけど契約すればいつかは魔女になる可能性が高い。それでは意味が無い。
 じゃあどうすれば? 契約の穴を探して、みんながハッピーエンドになる方法を模索する?

 ――違う、とまどかは思った。

 だが解決策は見つからない。
 ローラに告げた言葉――自分の想いを完遂するだけの方法が分からない。
823 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:06:09.39 ID:nPimD933o

 まどかの沈黙を見守っていたキュゥべぇが、わずかな声を漏らした。

「……厄介だね。そうやって考えれば考えるほど、君はあの理(ことわり)に近づいていく」

「え? ことわり?」

「なんでもないよ。それよりもまどか、契約するなら早いほうが良いよ。この世界のためにもね」
                                             ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨
「私は……」

 考えはまとまらない。
 だけどじっとしているのはもう嫌だ。

 まどかはキュゥべぇを抱き寄せると、球状の結界の中で静かに一歩、前へ踏み出した。

「とにかく、あの光に近づいてみたい」

「……そうかい。僕は止めないよ。君のしたいようにすると良い」

「うん。ありがとうキュゥべぇ」

 腕の中でわずかに身を縮こまらせるキュゥべぇに礼を言いながら、まどかはもう一歩前に踏み出した。
 そしておそるおそる右手を伸ばし、結界の外壁に触れる。
 結界と言いつつもその感触は見た目どおりの柔らかい物だった。

 息を吸い込み、目を見開く。
 次の瞬間、まどかは結界を打ち破るように体を前のめりに倒した。
 薄い膜が体を飲み込み、こそばゆい感覚が全身を駆け巡る。

 そして気付いた時には、二人の体は水玉状の結界の外にあった。

 そのまま体を前へ前へと傾け――

 二人の体と意識は、結界の中枢へと昇り行く光の滝の中に溶け込んでいった。
824 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:06:36.09 ID:nPimD933o

 ――春の陽射しのような温もりを持った風が少女、美樹さやかを包み込んでいる。

 だが目を開いてもそこに彼女を照らし出す光は無い。
 深い暗闇だけがただただ広がるばかりだ。

 ゆっくりと時間を掛けて目を闇に慣らしていき、全身に力を込めて起き上がろうとした。
 しかし全身は重く、神経の流れは遅く、反応は鈍い。
 遅々とした動きで、ゆっくりと時間を掛けてなんとか上体を起こす。

 同時に黒く霞がかっていた視界が、まるで布か何かで埃を拭われたかのようにクリアになった。
 わずかな光が差し込んで、さやかは眩しそうに目を細めた。正面の光を食い入るように見つめる。
 それは赤い光だった。正確に言えばゆらゆらと揺れ動く炎の巨人だった。

 さやかはそれに手を伸ばそうとし、次いで、それがなんであるのかを理解して叫んだ。

「魔女狩りの王(イノケンティウス)!?」

 その叫びに応える様に魔女狩りの王が雄叫びを上げ、熱気と衝撃波を撒き散らしながらその全身を震わせた。
 吹き荒れる熱が、灰色がかった世界の地と天に赤い痕跡を残して行く。
 炎の巨人は両手を地面に着き、野獣のように灰色の地面を駆け走る。

 さやかは事態を把握出来ぬまま、首を振って魔女狩りの王の進行方向にある物を見た。
 その先には――


「……ほむら!?」


 かけがえの無い仲間の姿によく似た、黒い少女の姿があった。
825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:07:03.71 ID:nPimD933o

 魔女狩りの王が、灰色の地面に炎の尾にも似た痕跡を刻みながら少女に飛び掛る。
 両脚部を爆発させたスピードのあるものだ。並の魔法少女ならば衝撃だけで吹き飛ばされてしまうだろう。
 ましてやあの炎の巨人は何千℃という熱量を誇っているのに。

 状況を飲み込めないさやかは立ち上がりながら、とっさに手を伸ばした。
 だが間に合わない。巨人が少女に接触する。あと二秒。一秒、今――――

「……な、いや……え?」

 次の瞬間。
 少女が多大なダメージを被ることを覚悟していたさやかは言葉を失った。
 その凄惨な光景に、では無い。

 魔女狩りの王などいなかったかのように平然と立ち尽くす少女の姿に、だ。

「何が……?」

「これで十四回目だよ。ステイルもよく飽きないもんだね」

 かけられた言葉にはっと後ろを振り返る。
 そこには全身に擦り傷や切り傷を負った赤い魔法少女――杏子がいた。

「起きるのがおせぇぞ……つっても、さやかがいたって何かが変わるわけじゃないんだけどさ」

「なによ? それってかいったいなにがどうなってんの?」

 彼女は黙って右手を伸ばし、先ほどの少女を指差した。
 そしてゆっくりとその先を右へとずらし――息を荒げ、肩を上下させるステイルへと向ける。
 それで理解しろと言いたげな表情を浮かべて気まずそうに顔をそむけた。

「……わけわかんないよ」

「ほむらが魔女になって、その魔女とステイルが戦ってんだよ。……聞こえないかい?」
826 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:07:34.56 ID:nPimD933o

 何が、と疑問を口に出そうとして。
 さやかはすぐに口を噤んだ。
 噤まざるを得なかった。

 聞こえる。

 聞こえている。

 この灰色の世界を包み込むように荒れ狂う音が。
 ただ苦しみを吐き出す音が。
 悲嘆を振り絞る音が。
 恐怖に染まる音が。


「炎よ――巨人に苦痛の贈り物をッ!!」


 世界を取り巻く怨嗟の嵐を切り捨てるように、ステイルの声が響き渡る。
 同時に彼の右掌から炎の塊が溢れ、少女に向かってぐんぐんと突き進み――

 気がつけば、彼女に迫る炎は消えていた。
 そしてステイルは地面に膝を屈していた。
 彼の背から翼のような血飛沫が舞った。

「ぐうううぅぅぅぅッ――!!」

 膝を地面に着けたステイルがその体を襲ったであろう苦痛に呻き声を上げる。
 その呻き声はすぐに世界を囲い込む憎悪の暴風に吸い込まれていった。
 同時に先ほどから耳が拾っている音がだんだんとはっきりしてくる。
 ノイズのようだった音がクリアになり、形を持ち――気付く。



「こっ……こ、え……声、なの……?」



 視界の隅で、杏子が静かに頷いた。
 それが意味するところは肯定のそれであり――つまり世界を覆う音が、何者かの声であることを示していた。
827 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:08:17.62 ID:nPimD933o

「アタシが目を覚ました時には、もうステイルはああして戦ってたんだ。いや、戦うってのはおかしいね」

 杏子は眉間に皺を刻んだまま耳の上辺りを激しく掻いた。

「そもそもこれは戦いにすらなっちゃいない。アイツ……魔女にしてみりゃ、近寄るハエを手で払ってるのと同じなんだ」

「なによそれ?」

「アンタも見たろ。魔女狩りの王と炎剣が消えて、ステイルが全身から血を流したのをさ」

「だからそれがなんなのか分かんないのよ!」

 声を荒げたさやかは、すぐにある事実に気がついた。
 自分の声が世界を抱擁する憤怒の波に吸い込まれていったのを、確かに彼女は感じた。
 先ほどから流れっぱなしになっている騒音にも似たこの声はなんなんだ。
 なぜ杏子は、何もかも諦めたような目をしているんだ。

 憤りを隠せないさやかに対し、杏子はただ諦観した視線をさやかに送って唇を動かした。


「あの魔女に攻撃は通じない。どんな衝撃も、幻惑の魔法も、熱も槍も――あの魔女には届かない」


 それどころか、と続けて、首を振った杏子は不愉快そうに口の端を上げた。
 彼女の視線の先には、ふたたび立ち上がって炎の剣を携えるステイルの姿がある。
 その表情はここからでは窺い知ることができない。

 もっとも近づけば話は変わる。ほんの一〇歩も歩けば彼の顔も見えてくるだろう。
 しかしさやかはそれを実行する気になれなかった。
 彼の全身から湧き上がる陽炎に混じって宙を漂う気配が、彼女を踏みとどまらせた。

 あの研ぎ澄まされた針のような気配。
 聴覚を苛む恨みと憎しみの声にも劣らない力。
 今、ステイルが抱いているであろう感情は間違いなく――怒りだった。

「あのバカ、そろそろ死んじまうぞ」

「は?」
828 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:08:51.19 ID:nPimD933o

 さやかが言葉を漏らすのと、ステイルが駆け出したのはほとんど同時だった。
 普段のステイルからは思いも寄らない早さだ。
 少女と――魔女とステイルの距離が見る見るうちに詰められていき、限りなくゼロに近づく。
 ステイルが炎の剣を魔女目掛けて叩き込んだ。

「え、あっ、ええ!?」

 今度こそ、さやかは自分の目を疑った。
 ステイルが消えた。彼が叩きつけようとしていた炎の剣も、その残滓たる陽炎も撒き散らされた火の粉も無い。
 戸惑いを露にするさやかに、嫌になるくらい落ち着いた声がかかる。

「右を見な」

 弾かれるように首を右へと向けて、目を見開く。
 そこには灰の地面に背中を着けて倒れたまま微動だにしないステイルの姿があった。

「なにが……なにがどうなってんの!?」

「分かんないのも無理ないね。アタシも三回食らってようやく理解したんだしさ」

 そう言って、杏子は灰の地面に腰を下ろした。
 その赤い瞳がどことなく灰がかって見えるのは、はたして世界が灰色だからだろうか。
 それとも……

「あの魔女に攻撃すると、まず最初に巻き戻されるんだ。その攻撃動作の始点にね」

「……は?」

「次に見えない力が全身に叩きつけられる。誰もその瞬間を見ることは出来ない。当人はもちろん、第三者もだよ」

 杏子の顔をまじまじと見つめる。
 嘘を言っている顔には、見えなかった。
829 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:09:25.09 ID:nPimD933o

「槍を投げれば投げてないことになるし、幻惑魔法には引っかからない。
 炎剣をぶつければ炎剣を生成してないことになって、殴りかかれば殴りかかってないことになる」

 どんな威力の高い攻撃も、時間を巻き戻らせてしまえば攻撃足りえない。
 攻撃が生まれる瞬間――その意志が芽生えた瞬間まで巻き戻り、その意思を叩き潰す反撃が行使される。
 その反撃を受けた対象はそれに対して防御を取ることすらできずにただただ蹂躙される。

 杏子の言葉どおりだ。戦いにすら、なりえない。

「疲弊してたステイルがさっきから魔術を連発できるのは、魔力自体は減ってないからだよ。
 でも反撃を受ければ傷は増えるし疲労も重なる。血も減って、体力もどんどん削られていくってのに……」

「ちょっと待って」

「なんだい?」

 訝しげな杏子の視線を無視してさやかは魔女を見た。
 どことなくほむらの面影を残す、少女のような魔女を。

 目を凝らしてその姿を注視し、さやかは新たな事実に気付いた。
 魔女の姿は、確かに遠目から見ればほむらに似ているように見えた。


 だが実のところは、まったく違う。

 ほむらに似ているというには、その魔女の姿はあまりにもいびつだった。


「なにあれ……」



 その魔女の姿は――つぎはぎだらけだった。
830 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:10:53.29 ID:nPimD933o

 細い指も、手の甲も、手のひらも、手首も腕も肘も。
 つま先も膝も足首もすねもふくらはぎも膝も太腿も股も。
 腰も腹も背も胴も脇も胸も肩も首も顎も頬も耳も鼻も額も髪も。

 全て。
 全てがつぎはぎによって成り立っている。
 醜い黒の肉と肉とを縫い合わせて、なんとかほむらの形を取り繕ったような姿だ。
 何故あのような姿になったのだろう――?

「ステイルは、あれをほむらたちって呼んだんだ」

「え?」

「ほむらがやり直した数だけ、未来が断たれたほむらたちの怨念……嫉妬なんだと」

 だとすれば、あの姿は。
 あの、使える部位を集めて無理やり一つに固めたようなあの姿の意味は。

「……あれは、ほむらたちの魂の集まりなんだ。あのつぎはぎの数だけ……」

 杏子はかぶりを振って口を閉ざした。
 そこから先は聞かずともさやかには分かる。

 あのつぎはぎの数だけ、ほむらが時間を繰り返したということ。
 あの縫い目の数は、暁美ほむらという人物の未来が失われた証なのだ。

「ってことは――!?」

 その事実に思い至ったほむらは、ようやく自分の耳を苛む声がなんであるのかを理解した。

 この声は、恨みや妬みや憎しみの詰まった悲嘆の叫びは。

 ……死んでいった彼女たちの、声なんだ。
831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:11:30.18 ID:nPimD933o

 ――希望と絶望のバランスは、差し引きゼロだ。

 ほむらはまどかを救うために世界をやり直して希望に満ち溢れた未来を手に入れたが、
 同時にそれ以上の絶望で埋め尽くされた最悪の未来を招き寄せてしまった。

 自分の願いを叶えるために自分の可能性を殺すという形で。

 まだ出会ってもいない少女のために未来を奪われた無数のほむらが望む物が何であるのか。
 それは肩を震わすことしか出来ないさやかには想像すらつかなかった。

 その心にあるのは、何もかもを諦めた末に訪れる虚無と失望だけだった。

 半ば呆然とした状態のまま、さやかは首をぐるりと回して灰色の世界を見渡した。

 その目に映るのは灰色の巨大な枝の数々だ。隙間の奥には灰色の崩壊した市街が窺える。
 ただただその光景を眺め、今自分が立っている場所が結界の中心であり一つの大樹の天辺であることを悟った。

「この結界って……」

「見滝原市に似てるけど、それだけじゃないよねぇ。山みたいにデカい樹なんてなかったしさ」

 杏子の呟きを耳に入れながら、さやかは体を逸らして視界を右へ突き動かす。
 その視界に、あるものが入り込んでくる。
 プレハブ小屋のように突き出た小さな建築物だ。ドアもある。

「それなら弄ったって無駄だよ。アタシの全力の蹴りでもビクともしなかった。……洒落になんないよね」

 現状を打破できる可能性を得たかもしれない、と希望を抱いたさやかは真相を知って眉間に皺を寄せた。

 ……希望の後には絶望が訪れる仕組みになっている。つまり、

「……っ!?」

 ……絶望によって齎される呪いは穢れを産む。

 急速に、彼女の指に嵌められた指輪の宝石、ソウルジェムに穢れが芽生えていく。
832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:11:59.83 ID:nPimD933o

「ちょっ、待ってよ、こんな、ここまで来たのに……!」

 あわてて手のひらにソウルジェムを取り出して思考を持ち直そうと努めるが、穢れは止まらない。
 真っ青の宝石は見る見る内に染み出てきた穢れに埋め尽くされていく。
 魂がごっそり削られているさやかのソウルジェムは、その穢れに耐えられない。


 パキン、パキンと音を立てて亀裂が生じる。


「さやか!?」


 自分を心配する杏子の声が聞こえる。
 だが穢れは留まることを知らない。
 心を繋ぎとめ絶望を食い止める堤防が決壊したのだ。どうにかなるはずもない。

「やだやだ、嫌だよ! こんなのって……!!」

 亀裂が一つ、さらに増える。

「止まれ、止まって、止まってよ! お願いだから、早くっ……!!」

 亀裂が一つ、さらに増える。

「やだ……いやだよぉぉ……!!」

 亀裂が一つ、さらに――――――――
833 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:12:51.40 ID:nPimD933o

 増える直前、すぐそばで爆発が巻き起こった。

 それは彼女の周囲を炎で取り囲み、瞬く間に酸素を燃焼させてさやかを酸欠状態に追い込む。

 意識を失ったさやかの手元からボロボロのソウルジェムが離れ、宙を舞う。

 それは一定の高さまで浮かび上がるとゆっくりと放物線を描いて落下していき、

「まったく……手を焼かせてくれるね」

 赤に染まった法衣を身に纏うステイルの手中にすとん、と収まった。
 彼は躊躇うことなく空いた方の手をソウルジェムへと押し付け――即座に離し、さらにルーンのカードを貼り付ける。

 そしてわずかに穢れが除かれたソウルジェムを、戸惑ったままでいる杏子に投げて寄越す。

「ステイル、アンタ何を……」

「いつぞやの時と同じだよ、意識を奪ってソウルジェムとの接続を断ち切っただけさ」

 そう告げると、手の中に握り締めたグリーフシードを懐の中に押し戻す。
 これ以上は穢れを吸う事が出来ない。ほんの僅かでも吸わせてしまえば魔女が、巴マミの魔女が生まれてしまう。

 そこまで考えてから、ステイルは大きく姿勢を崩して地面に膝を着けた。

「ステイル!?」

 朦朧とする意識の中で自分の体を少しずつ点検していく。
 この状態は単なる疲労によるものではない。体力不足のせいでもない。
 血が足りていない。体中の骨がボロボロで、いくつかの筋肉がズタズタにされている。
 長くは持たない。
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:13:17.22 ID:nPimD933o

「……やっぱ限界だよアンタ、大人しく結界から脱出する方法を考えよーぜ」

 魂を貪るような怨嗟の声の中に、自分を心配してなお叱責する声が聞こえる。
 その事実に心のどこかで安堵しながら、ステイルは膝に力を込めた。
 歯を食いしばり、背筋を活かし、神経を研ぎ澄ませ、血潮を滾らせて立ち上がる。

「なんで立つのさ? もう十分繰り返して、それでもダメだったじゃないか」

 その通りだ。ぐうの音も出ない。
 ステイルは幽鬼のような自分の影を見つめながら、それでも一歩前に踏み出した。

「アンタが言ったんじゃないか!
 あれはほむらだって、絶望しちまったたくさんのほむらだって!
 なのになんで立つのさ、おかしい、アンタは頭がいかれちまってる! どうして攻撃できるのさ……!?」

 それは自分に言い聞かせてるいような声色だった。
 未来を奪われた少女達に同情し、どうにもならない状況を前に諦めた自分を慰めるような口調だった。
 そして同時に、心の奥底からステイルの行動を不思議に思っていることの表れでもあった。

 何故立つのか。

 くだらない疑問だ。

 杏子の視線を背に受けながら、ステイルは静かに歩み始めた。

 そして彼女に背を向けながら、その疑問に答えるために口を開いた。
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:13:54.66 ID:nPimD933o

「……僕が殺めた人間の数は、両手の指じゃ足らないほどでね」

「その中には、何の罪も無い少女たちだって含まれている」

「彼女を殺した時から、僕の進むべき道とやるべき使命は決まっていたんだ。……よく聞いておけ」


 その脳裏に二人の少女を思い浮かべると、ステイルは肩をすくめて小さく笑った。
 肋骨の痛みを無視して肺に息を溜め込む。


「……怨嗟だ憎悪だ嫉妬だ何だと女々しく叫んだところで僕の意思は揺るがない。僕の怒りは消せやしない」

「たとえほむらのせいで何百という暁美ほむらの人生が捻じ曲げられたとしても、知ったことか」

「僕にとって彼女達は死者の亡霊でしかない」

 それはひどく傲慢な言葉だった。
 立場が違えばステイルはその亡霊を支持する立場にいたかもしれない。
 亡霊が亡霊になってしまった原因であるほむらを恨んでいたかもしれない。

 だが現実は違う。彼にとって亡霊は亡霊でしかなく、ほむらはほむらでしかない。

 ステイルは正義の味方ではない。
 誰も彼も救えるヒーロー足りえる器を持てるような存在ではない。
 時には彼が想いを寄せる“少女”の代理人を名乗ることもあるが、しかし彼の本質は至極単純な物に過ぎない。

 いつしかステイルは、つぎはぎだらけの魔女に向かって言葉を発していた。

「君達が不幸を嘆く気持ちは分かる。分かるが……」

「それがどうした」

 灰色の世界に、ふたたび赤が生まれる。
 それは全てを燃し尽くすような、怒りの炎だった。
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:14:53.40 ID:nPimD933o

 つぎはぎの魔女のすぐ背後に、炎の巨人が生まれた。

 それは雄叫びを上げながら燃える十字架を高々と振り上げる。

 そして、魔女のすぐ手前の“地面”目掛けて叩きつけた。

 灼熱のガスと炎と衝撃が地面を打ち砕き、アスファルト状の巨大な瓦礫を宙に浮かび上がらせる。

 その瓦礫に向かって、ステイルは駆け出した。

 右手に炎の剣を携え、体に残された魔力を振り絞り――

「炎よ、巨人に苦痛の贈り物をッ!!」

 宙に浮かんだ瓦礫に、全力で叩きつける。

 叩きつけられた瓦礫は、その表面で大規模な爆発を生み出しながら礫へと変化し、まっすぐに加速した。

 その行く先は、無防備なつぎはぎの魔女の体。
 何度も何度も攻撃を繰り返した結果辿り着いた魔女に唯一通る攻撃方法、すなわち破片を利用した間接攻撃。

 それが齎す結果を想像しながら、ステイルは朗々と『殺し文句』を詠いあげる。
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:15:55.01 ID:nPimD933o



「君達が、己の不幸を嘆いて全てを呪うと言うのなら」



 礫が魔女の体に近づいていき、



「まずはその」



 ついに、礫が魔女の体に重なった。



「ふざけた幻想を――――――」


838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:16:51.72 ID:nPimD933o

 ――意識の覚醒を確認。個体の状態の点検を開始。チェック。全て正常。

 ――結界の外にいる個体とのネットワークの繋がり具合を調整。完了。異常無し。

 閉じていた瞳をゆっくりと開くと、インキュベーターは辺りに目を凝らした。
 視界に広がる情報を集積し、一つ一つを分析しながら結界の構造を把握しようとする。
 そこは白と黒が入り乱れる、長大な廊下だった。

 その廊下の中で、インキュベーターは先ほど自分が見た『光景』の真偽を推測する。

 考察はすぐに終わった。光景の内容が自分の推測するそれと一致している可能性は90%を超えている。

(間違いない、僕達が……僕が見たものは、『あれ』はやはり――)

 そこまで考えて、インキュベーター――キュゥべぇは、すぐ隣にしゃがみ込むまどかを見上げた。

「まどか?」

 返事は無い。
 しかし脈拍に異常は見られない。瞳孔も開いていないし体温も正常。
 ならば黙り込む理由は何か。

 その理由を考えて、キュゥべぇは首を傾げながら再度声をかけた。

「君も『あれ』を、見たのかい?」

 硬直していたまどかがぴくりと身じろぎした。
 ややって、静かに首を盾に振る。
 だが――見た?
839 :× ややって、静かに首を盾に振る。 ○ ややって、静かに首を縦に振る。 [saga]:2012/03/01(木) 02:18:05.13 ID:nPimD933o

「本当に見たのかい? あれは君達人間の時間換算で言えば、それこそ三〇〇〇年は――」

「見たよ。私、確かにこの目で見た。この肌で感じたよ」

 ありえない。
 人間の脳が保つことの出来る記憶の量には限りがある。
 それでもなお、キュゥべぇと同じ物を見たというならば。
 彼女の脳は、既に人智の及ばぬ物に変化しているとしか考えられない。

(……違う、そうじゃない。)

 きわめて合理的な判断に抗うように、キュゥべぇは別の思考を走らせる。
 もしもあれを、その魂に刻んだとするならば。
 脳という肉体的な記憶の貯蔵庫ではなく魂そのものを通して見ることが出来たとすれば。
 ありえる。

「……それで、君はあれだけの物を見た後で、どうするつもりなんだい?」

 まどかは躊躇わなかった。
 少なくともキュゥべぇの目にはそう映った。
 彼女は立ち上がり、天を仰いだ。どこまでも透明なその瞳に、天まで続く白と黒の道を映し出しているのだろうか。

 キュゥべぇはやれやれと首を振ると、起用に手足を操作してまどかの肩によじ登った。
 そして耳元に顔を寄せ、囁くようなポーズを取る。

「どうやら彼女は上にいるようだね」

「キュゥべぇ……」

「善は急げ、だよ。さぁ、早く行こうまどか!」
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:18:44.23 ID:nPimD933o

 どこまで行っても白と黒で染まった世界。
 白い柱に黒い柱。白いオブジェに黒いオブジェ。

 白と黒で構成された花のような花びら。
 あるいは螺子。
 あるいは歯車。

 そんな世界に用意された、長い長い通路をまどかはひた走る。

 息を切らして、肩を上下させて、脇の痛みに耐えて。
 額から流れ落ちる汗を無視して、舌に纏わりつく粘っこい唾液の嫌悪感を無視して。

 そうして走り続けた末に、彼女は広大な空間に躍り出た。

 目の前に広がる道は三つ。しかし内二つはたった今自分が通ってきた物と変わり映えのない通路に過ぎない。

 自分が進むべき道は向かって左手。

 緑色の光を放つ、非常口を現すピクトグラム。

 その手前にある階段を一歩、一歩、確実に上がっていく。

 やがて彼女は、ピクトグラムの真下にある扉の前までやってきた。

 この向こうに、自分の望む物がある。望む者がいる。

「――――――っ」

 まどかは躊躇わなかった。
 逡巡すらしなかった。
 息が整うことすら待たなかった。

 まどかは扉に手を掛け、その厳重なロックを外して外の世界へ飛び出した。

 同時に、首に掛けられた十字架が怪しく輝いたのだが……まどかもキュゥべぇも、それに気付くことはなかった。
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:20:14.58 ID:nPimD933o

 ――外に広がる世界は、煙に覆われたかのような灰色の世界だった。

 そんな世界の中心に、まどかは四つの影を見つけた。

「ステイルくん?」

 まどかの視線の先にいた、影の中でもひときわ大きく赤い存在。
 ステイル=マグヌスは、地面にうつぶせになって倒れていた。
 その指がピクリと動き――しかし、それだけだった。

 まどかはステイルに近づこうとして、そのすぐ近くに横たわるさやかの存在に気がついた。

「さやかちゃん?」

 さやかは、ピクリとも動こうとはしなかった。
 その体に歩み寄り、手を差し伸べようとすると――

「なんでアンタがここにいやがる……?」

「杏子ちゃん!?」

 掛けられた声に後ろを振り返ると、そこには涙を流した杏子の姿があった。
 彼女は青いボロボロのソウルジェムを手にしたまま、わなわなと体を震わしている。

「来ちゃダメなのに、アンタは、バカヤロウ。もう、どうにもならねぇってのに!」

 そう言って、杏子は地面にくずおれた。

「くぅっ……ステイルも……格好良……ったクセに……ダメだっ……よぉ……く、ふ……ぅぅ、ぅぅうう!」

 全身を震わせ嗚咽のような声を漏らしながら。
 それでもまどかには、杏子が必死に言葉を紡いでいるのがよく分かった。
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:20:47.84 ID:nPimD933o

 そして最後の影。
 つぎはぎだらけの、ほむらの姿をした何か――いや、魔女を見る。

「どうやら絶体絶命のようだね」

 そう言って、キュゥべぇはまどかの体から飛び降りた。
 彼はまどかの正面に立ち尽くすつぎはぎの魔女とまどかを見比べて、可愛らしく尻尾を振った。

「さぁ、時間だよまどか。君だってもう理解しているはずだよね」

「暁美ほむらを救い出し、この状況を切り抜けるためには僕との契約が必要だってことがね」

 まどかはほむらの姿をした魔女に向き合いながら、静かに頷いた。
 言われなくても、分かっている。

 自分がやるべきことが、何なのかを。

 ここまで辿り着けたのが、誰のおかげであるのかを。

 そして――自分を導いてくれた人が、自分に何を求めていたのかを。

 だからまどかは、手を胸に当てて姿勢を正した。

 目を閉じる。
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:22:36.68 ID:nPimD933o



「数多の世界の運命を束ね、魔術と科学が交差する世界の因果すら背負った君なら」



「どんな途方もない望みだろうと、叶えられるだろう」



「さあ、鹿目まどか――その魂を代価にして、君は何を願う?」



844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:25:19.20 ID:nPimD933o



 キュゥべぇの問いに、



「私は――――――」














「私は、あなたとは契約しない。あなたの用意する奇跡なんて、私はいらない」



 果たして、まどかは答えた。


845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/01(木) 02:28:34.22 ID:nPimD933o
以上、ここまで。
描写はありませんが、ステイルさんは結局攻撃と判断されてオールフィクションカウンターくらいました。

次回の投下は近日中に……では
846 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/01(木) 02:48:06.72 ID:fGHfuAyJo
乙!
ステイルェ……
847 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/01(木) 03:11:34.61 ID:XmrugppAO
ステイルがそげぶしようとしたらキンクリされてそげぶされていた
何を言っているのか(ry
848 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/01(木) 08:48:01.51 ID:Vj7dm6Uco
乙です
まどかさんかっけぇ…
849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/01(木) 10:39:11.63 ID:aBvKA+ZZo
乙!もう本当にどうなるんだよこれ……
850 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/01(木) 13:58:27.02 ID:JfgajZ6lP

ゴールドエクスペリエンスレクイエムですねわかります
851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/03/01(木) 14:57:17.39 ID:VVnuPfwwo
ステイルェ…
852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/01(木) 16:12:30.37 ID:b948oLXQ0
契約しない

それは暁美ほむらの願いであり暁美ほむらの軌跡でもある
まどかはほむらの今までを無駄にしたくなかったのか
たとえバッドエンドを迎えても
853 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/01(木) 19:43:57.96 ID:D2NG3hHho
専ブラがバグって>>837の次に>>825に飛ぶようになってたから
ほむ魔女の能力GERだと思ったわwwwwwwwwww
854 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/03/01(木) 23:19:44.72 ID:G6APp49R0

むしろGERでそんなに間違ってない件について

……駄目なんですか?
やっぱり、抱いた希望は絶望に裏切られる運命にあるんですか?
855 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 00:51:22.20 ID:KQURwkTIO
まどか☆マダカ
856 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 00:53:42.30 ID:KQURwkTIO
まどか☆マダカ
857 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 01:18:58.03 ID:MrIytsSJo
まだだ☆マテヤ
858 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) :2012/03/13(火) 21:02:39.68 ID:1QRuByej0
まだか☆マテヌ
859 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/03/13(火) 21:23:05.07 ID:pt1gHiY90
上げんじゃねーよ畜生……
860 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/13(火) 23:30:18.27 ID:ki20V4os0
期待しちまったじゃねーか
だからsageろとあれほど言われてんのに・・・
861 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/03/13(火) 23:38:43.22 ID:uLfnpu6bo
かまうな☆アホカ
862 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/14(水) 01:08:28.67 ID:/8FE0qGo0
やめろみっともない
マナーを守って楽しく読みましょう
863 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/03/16(金) 12:36:21.90 ID:pCVYRVLe0
まだかな
864 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/17(土) 23:48:39.79 ID:+5l5BgaE0
>>1遅いな・・・もしかして新約4巻やまどポの要素も絡める気なのか?
865 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:51:50.95 ID:HhynQx1uo
新訳は2巻以降から作品には絡ませてませんとか、
謎の魔女結界でさやかちゃんにお世話になってるとか、
ほむら魔女かぁへぇふぅんほぉべつにぃどどど動揺なんかしてませんしぃと思いながらマミさんルート五週目に入ってるとか!


そんなことは断じてありません。

そして量が多くなったので分割して、ひとまず前半を投下します
866 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:52:45.87 ID:HhynQx1uo

「……ねぇとうま、今のって」


「……みたいだな」


「そっか。それじゃあとうま、ちょっとと離れててくれると嬉しいかも」


「あいよー……ってその前に、あのさ」


「なに?」


「多分これ、あの時みたいにステイルが絡んでると思うんだよな。だからさ」


「もう、とうまは心配性なんだから!」


「……祈りは届く。それで人は救われる。だからきっと――大丈夫なんだよ!」


「……おう、ありがとな」


――とある極東の学生寮にて交わされた、短いやり取り。
867 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:53:07.25 ID:HhynQx1uo

「今の、建宮さん今のって!」

「教皇代理、今のってあれよね!?」

「あーあー分かった分かった、ちょっと待ってろってか今は作業に専念しとけっつーのよ」

 騒ぎ立てる面々を抑え付けながら、建宮は静かに首を振ってため息を吐いた。
 どことなく安堵した表情を浮かべて後ろに振り向き、地べたに座り込む土御門を見やる。

「……俺の空耳かと思ったが、どうやら違うみたいなのよな。お前さんは理解してるんだろ?」

「ご明察。さっきのは仕掛けが発動した合図ってところだぜぃ」

「仕掛けって……例の爆弾か?」

 建宮の言葉に不敵に笑ってみせる土御門。
 彼は口の端から血を垂らしたまま携帯電話を耳に当て始めた。


「もしもし、俺だ一方通行。今どの辺りに――まだそこか。なるべく早く移動してくれ。
 お前も聞こえたんだろう? 音じゃなくて魂に直接響くタイプだからな。バードウェイの――」


 ……他人が電話している時って、どうしてこう手持ち無沙汰になるんだろうな。

 内心で愚痴りながら、空に浮かぶ巨大な砂時計を見上げる。
 二重三重に張り巡らした結界ももうほとんど余裕が無い。
 今の自分達にできることは、もはや無いに等しい。

 無力さを噛み締めながら――ふたたび訪れた“それ”に建宮は耳を傾けた。
868 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:55:25.23 ID:HhynQx1uo

 灰色の世界の中心で、まどかは胸を張って告げた。

「私は、あなたとは契約しない。あなたたちから与えられた奇跡なんて、私はいらない」

 肩を下ろして表情を和らげ、ほっと一息つく。
 そしてキュゥべぇに笑いかける。
 手を伸ばして、どこか呆然としている彼の頭を優しく撫でた

「だから……ごめんね」

 キュゥべぇがびくっと体を震わした。
 言葉の意味をようやく理解したと言わんばかりに首を振り、静かに語りかけてくる

「君は自分が何を言っているのか分かっているのかい?」

「うん」

「言い方を変えようか。……君は暁美ほむらを助けたいんだろう?」

「そうだよ」

「なら願えば良いじゃないか。僕と契約すれば一瞬だよ」

 彼の言いたい事はよく分かる。
 彼の言うことは正しい。そうする事で確実に彼女を救えるということも。

 だがそれでは駄目なのだ。
 ここまで来た努力が。ほむらの決意が。大勢の人々の想いが。
 全て無駄になり、意味を失ってしまう。風に舞う砂粒のように吹き飛んでしまう。

 だから、駄目だ。
869 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:55:59.22 ID:HhynQx1uo

「ほむらちゃんは、私が契約したらきっと悲しむと思うの」

「だから諦めるのかい? 君には諦めきれるのかい?」

 なぜ契約しない事が諦める事に直結するのだろう、とまどかは不思議に思う。
 もっと視野を広げれば世界は見違えてくるはずなのに。
 どうして今のままで満足してしまうのだろう。

「諦めないよ」

 キュゥべぇの赤い瞳がわずかに揺れた。

「私はほむらちゃんを助けたい。でもほむらちゃんは私に契約してほしくない」

 キュゥべぇの白い体がわずかに傾いた

「だから私は、契約しないでほむらちゃんを助ける」

 まどかの言葉にキュゥべぇは静かに首を振って応えた。
 その動作は子供の駄々に呆れる親のそれに似ていて、まどかは知らず内に口元に微笑を浮かべた。
 親――子供を見守る存在と、インキュベーターとして魔法少女を見守る彼。

 ……私の抱いた感想は間違いじゃないかも、と心の中で呟く。

「君の言葉は論理的じゃない。いったいどうやって彼女を救うつもりだい?」

「私がほむらちゃんを説得する」

 赤い瞳に憐憫の色が差して見えたのは、はたしてまどかの気のせいだろうか。
 感情を持たぬはずの彼が無知な彼女を哀れんでいるように見えるのは――
870 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:56:25.90 ID:HhynQx1uo

「もう忘れたのかい。美樹さやかが魔女になったとき、君は何も出来なかったじゃないか」

 あの時のことは片時たりとも忘れた事などない。
 あの時、あの場所で、無力な自分は何も出来ずにただただ見ているだけだった。
 親友が苦しみ、また必死にさやかを救おうと努力する光景をその目に焼き付ける事しか出来なかった。

 まどかにとって、その光景は無力の象徴として心に深く深く刻み込まれている。
 何も出来ない愚かでちっぽけな自分への戒めとして忘れる事のないようにしっかりと。

 ゆえに、普通に考えればありえないのかもしれない。
 親友を救うために必死に声をかけて説得しようなどという試みは、するだけ無駄なのかもしれない。

 胸の中にじわじわと広がる痛みと、口の中にもたらされるわずかな苦味に眉をひそめる。

「あの時は駄目でも、今度は違うかもしれない」

「何も違わないし、何も変わらないよ」

 ――何も違わない。

 果たしてそれは事実だろうか。
 あの時から自分は、何一つ変わっていないのだろうか。

 ――違う、とまどかは首を横に振った。

 確かにこの体はあの時と同じまま、ちっぽけな人間のそれでしかない。
 魔女や魔術師がちょっと力を振るえばぽきりと折れてしまうような脆弱な物かもしれない。
 だが、それだけだ。

「……ステイルくんたちはさやかちゃんのことを助けてくれた」

 だから今度は、自分が彼らと同じ舞台に立つ。
 そして自分の手で親友を助ける。
871 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:56:52.91 ID:HhynQx1uo

「皆みたいに諦めずに頑張ればきっと奇跡なんて必要ないって、私はそう思うの」

 言葉を紡ぎながらこれまでに出会ってきたたくさんの人の顔を思い浮かべる。
 赤い髪のステイル、破廉恥な格好の神裂、眠そうなシェリーや建宮、五和、香焼……
 それにさやかを救ってくれたツンツン髪の高校生。白い修道服を着たあの少女。
 彼らは皆、奇跡などに頼ることなく道を切り開いてきた。
 だとすれば――

 そんな彼女の決意を嘲笑うように、キュゥべぇ目を閉じて尻尾を振った。

「君は大きな勘違いをしているみたいだね」

 静かに響き渡るその言葉は、灰色の世界を包むように吐き出され続ける嘆きの声に混じって、
 確かにまどかの心に深々と突き刺さった。

「君は彼らとは違う。彼らはそれが可能な世界の人間で、同時にそれだけの素質や努力を重ねてきた人間だ」

 そう言って、キュゥべぇは地面に倒れたままのステイルに尻尾の先を向けた。

「そこで無様に倒れている彼だって、血反吐を吐くような思いで戦い続けてきたんだ。
 君や過去の魔法少女たちは違う。奇跡に頼らなければ道を切り開くことの出来ない存在なんだ」

 キュゥべぇの言うことはもっともだ。
 だからと言って、その言葉を肯定し首を縦に振ることはまどかには出来ない。

「私はそうは思わない。あなたに頼らなくてもどうにかなるって信じてる」

 言い放った直後、背筋がぞくりとしたまどかは身震いし、驚愕を覚えた。
 冷たい何かが首筋に突き立てられているような気分だ。
 もしかするとこういった『目に見えない刃』のような物を殺気と呼ぶのかもしれない。

 だが彼女が驚いたのはその殺気に対してではない。
 その殺気が、キュゥべぇから放たれていることに対して驚いていた。
872 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:57:24.42 ID:HhynQx1uo

「君は……」

 一瞬、気のせいかとも思ったが、やはり違う。

 なぜなら今この場にいるのは呆然と座り込んでいる杏子と倒れたままのさやか、もぞもぞしているステイル。
 沈黙を保ち続けるつぎはぎ姿の魔女と――まどか、そして目の前にいるキュゥべぇしかいない。
 そして殺気が向けられている方角にいるのはキュゥべぇだけだった。
 間違いない。この殺気は、キュゥべぇから放たれた物だ。

「キュゥべぇ?」

「……そうは思わない、ね。軽々しく言うけど、君は本当になにも理解していないんだね」

 キュゥべぇは目を開いて、その小さな赤い瞳にまどかを映し込んだ。

「つまり君はこう言いたいんだろう。過去に契約した魔法少女たちは間違っている、と」

「違うの、そうじゃないの、私が言いたいのはそうじゃなくて……」

「違わないよ。君は今日まで契約してきた数多の魔法少女を冒涜し、侮辱したんだ」

「それは――」

 彼の言葉を否定しようとして、しかしまどかはそれ以上何も言えなかった。
 喉が見えない何かに締め付けられるように圧迫されて苦しみを訴えている。
 言葉を紡ごうとしても喉が詰まって音を発することが出来ない。
 空気を震わし、相手に思いを伝えることが出来ない。

 喉の奥がわずかに痙攣し始める。
 言葉は紡げないままなのに、それでも熱い何かが口の中をぐるぐるとかき乱してゆく。

 でも――――
873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:57:48.68 ID:HhynQx1uo

「……あはっ」

 ようやく口に出せた言葉は、もはや言葉の体を成していなかった。
 ただ自分の気持ちを素直に表すことの出来る物。
 すなわち笑い声だけが、静かに灰色の世界に響いた。

 そんなまどかの様子に違和感を覚えたのだろう。キュゥべぇは怪訝そうに首を傾げた。

「何がおかしいんだい?」

 違うよ、と呟いて首を横に振って見せる。
 振ってから、また『違う』と否定した事に笑みを浮かべる。
 いったいあとどれだけ彼の言葉を『違う』と否定すればいいのだろう。
 そんな小さな疑問を胸にしまい込みつつ、まどかはキュゥべぇに向かって頷いた。

「優しいなって、そう思っただけだから」

 不思議そうに尻尾を振るキュゥべぇから目を背け、そって胸に手を当てる。

 先ほど喉が詰まって何も言えなかったのは、彼の言葉が辛辣な物だったからではない。
 言い返すだけの理由を持っていなかったわけでも、彼の剣幕に呑まれたからでもなく。

 彼の言葉に、胸が温かくなったからだ。

「あなたが怒ってるのは、これまでの魔法少女……マミさんたちが貶されたと思ったからなんだよね」

 不規則に揺れていた尻尾がピタリと止まったのを、まどかの瞳は捉えた。
 それが指し示すものがなんであるのかをまどかは知っている。

「だから、それは違うの」

 相手の言葉を待たずに告げた。

「私が契約しない、一番の理由は……私をここまで導いてくれたマミさんの想いを無駄にしたくないからなの」

 告げてから目蓋を閉じる。
 意識を二週間近く前――主観時間で言えばそれよりもはるかに昔へ飛ばす。
 あの時、見滝原の病院で交わした会話を、告げられた言葉を一字一句間違いなく思い出すために。
874 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:58:15.12 ID:HhynQx1uo



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「あなたの良いところは、誰かのためを思ってあげることの出来る、そういう優しさよ」



「多分それは戦うことよりも遥かに難しいことだと思うわ」



「私は、魔法少女にならなくてもあなたは十分立派だと思うわ。

 出来れば魔法少女になることなく、あなたの力だけでその生き方を貫き通して欲しいの」



「魔法少女になったら、そのせいであなたはずっと『魔法少女だから優しい』って形になっちゃうのよ?

 なんだかそういうの、悔しいじゃない。そんなことであなたの良いところ、台無しにしちゃ駄目よ」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


875 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:58:42.13 ID:HhynQx1uo

 ――覚えている。

 彼女の言葉は、今でも翳ることなくしっかりと心に刻まれている。

 あの時病室に漂っていた、美味しい紅茶の香りも。

 ステイルと三人で食べたスコーンの味も。

 全て覚えている。

「マミさんがどんな思いで私にそう言ったのか、それはもう分からない。知ることもできない」

 彼女は魔女になり、死んでしまった。
 もうまどかにはどうにもならない。

 死んだ者の意思など、誰にも理解できるはずが無い。
 少なくともまどかの知る常識の中ではそうだった。
 だが。

「……でも、私は思うの」

 両親を失くし、魔女と戦う日々を送り続けた彼女の考えは。

 友達が少なくて、ちょっぴり寂しがり屋さんだったあの人の想いは。

 泣いている人を抱きしめ、慰めてあげることの出来る優しい魔法少女の願いは。


 それはきっと――――
876 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 01:59:08.61 ID:HhynQx1uo

「マミさんの気持ちを無駄にしないためにも、私は私のままほむらちゃんを助けたい」

「……魔女の攻撃はとても重い。あの魔女がどのような性質を持っているかは分からないけど――」

 彼はその瞳に諦めの色を宿したまま静かに言った。

「君のような普通の子供なら、まず一撃でまともに立ち上がれなくなるだろうね」

 まどかはこくりと頷いた。
 以前病院で使い魔の体当たりを受けたさやかの感想からある程度のことは把握している。
 頭の中がぐちゃぐちゃになるような痛みが走って、無性に悲しくなって、無力であることを痛感する、と。

 まどかは痛みに強い方ではない。

 転んで膝を擦り剥いたら涙目になってしまうような、打たれ弱い普通の子供だ。
 本来なら血を見ただけで震えてしまうほど気弱で臆病な性格の持ち主だ。

 そんなまどかだが、ここまで来れた。
 何度も転んで体を打ち、石をぶつけられたり掴まれかけて何度も涙を浮かべ、
 堪えきれず涙を零し嗚咽を上げてしまったこともあるが――それでもなんとかここまでやって来れた。

 ……やれるかもしれない。違う、やるんだ。

 走って駆け寄りたい衝動を抑えてまどかはつぎはぎの魔女に歩み寄ろうと足を動かした。

「よせ、危ねーぞまどか!」

 自分を呼び止める杏子の声が聞こえるが、まどかはそれを無視した。

 そして静かに胸を張り、魔女に触れられる距離まで近づく。

 どす黒い何かで塗りつぶされ、随所を縫い合わせたような跡のある魔女に向かって手を伸ばし――
877 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:00:06.19 ID:HhynQx1uo



「お待たせ、ほむらちゃん」



 微笑と共に、まどかの指が魔女に触れる。



 そして気付く。いつの間にか、魔女の姿が遠ざかっている。



 次の瞬間、彼女の体は見えない衝撃波によって吹き飛ばされていた。



 上下が逆さまになり、重力から解き放たれ、ぐるんぐるんと頭の中を何かが激しくうねり――



 灰色の地面が視界一杯に広がった。それ以上のことは、まどかには何も分からなかった。


878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:00:31.73 ID:HhynQx1uo

 ――訪れていた『それ』に耳を傾けていた土御門は険しい表情を作った。

「チッ、ノイズが酷い。まさかとは思うが死んじゃいないだろうな」

 内心で嘆息しながら土御門は後ろを振り返った。
 サングラス越しの視界に映り込むのは、力無く地に這い蹲る人、人、人――人の山。死屍累々だ。
 辛うじて息があるのかわずかに上体が揺れているが、いずれにせよ屍に見えることに違いはない。

 予想よりも早く彼らが倒れてしまったことに冷や汗を流しつつ天を仰ぐ、が。
 もちろんそこに空は無く、ただ静かに地球の生命を吸い込もうとする砂時計の底が視界一杯に広がるだけだ。
 残された結界が壊れれば、自分を含めた見滝原市の住人は三〇秒と掛からずあれに吸い込まれることだろう。

 結界が壊れるまでの時間に三〇秒をプラスし、自分の余命を指折りで数えながら呟く。

「バードウェイの秘策も間に合わない、か。やっぱカミやん呼んどくべきだったかにゃー」

 彼の言葉に応える者はいない――――否、いた。


「諦める前に出来る事をなさったらどうです。それでも元必要悪の教会のメンバーですか?」

「死にたかったらやることやってから死ね、でないと殺しちゃうわよ」


 ――イギリス清教時代に何度も耳にした、懐かしい響きだ。
 声のする方へ首を巡らし、にぃっ、と口角を吊り上げる。

「頼もしい援軍が来たと思って見てみれば……死に損ないが二人増えただけじゃあ何にも変わらんぜぃ?」
879 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:01:17.35 ID:HhynQx1uo

 そんな皮肉に対し、声の持ち主――全身包帯だらけの神裂とそんな彼女に肩を貸す血と泥にまみれたシェリー。
 彼女ら二人は体に掛かる負担と苦痛を押し殺したような苦しい表情のまま、無理やりに笑みを浮かべた。

「死に損ないですが、片方は聖人。片方は凄腕の魔術師です」

「分かったら結界を張り直すわよ。――『あれ』、あなたも聞いていたのでしょう?」

 その通り、と肩をすくめる。
 彼女らの様子を見る限りだと、まどかに取り付けた霊装は無事に機能しているようだ。
 どっと肩の荷が下りたような気分になってため息を吐くと土御門はどっと肩を下ろした。
 そしてもう一度天を仰ぎ――ふと真面目な表情を作る。

 あの結界のそのまた遥か上空に存在しているらしい球状の結界の、そのまた奥深く。
 魔女がいるであろう場所と、その場にいる面々の顔を脳裏に浮かべる。

 その中は彼――かつての同僚で赤毛で神父な十五歳の少年、ステイルもいることだろう。
 ステイルの姿を思い浮かべた辺りで土御門は横目で付近の様子を窺った。
 視線の先には土御門と同じように天を仰ぐ神裂とシェリーがいる。

 胸中に抱くものが同じであることを悟り、その事実に苦笑を浮かべてサングラスを掛け直す。


「……ステイル。お前ならなんとかやってくれるって、俺は信じてるぞ……」


 らしくないなと思いながらも、土御門は祈るような口調で小さく呟いた。
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:02:14.58 ID:HhynQx1uo

 ――そんな風に信じられていたステイルは、地面に這い蹲ったまま腕を動かそうと試みた。
 そして痛みが走ったので、とりあえず諦めて悪態をつくことにした。

「はぁ……床冷てぇ……」

 泣き言を言っても現実は変わらない。
 顔を顰めていると、きゅっきゅっと灰色の床を踏みしめる音が近づいてきた。
 あごの先を突き出すように首をぐるりと回して、なんとか背後へ目を向ける。
 目を向けた先では、白い手足を器用に動かす赤い瞳の獣がこちらを見下すような目で覗き見ていた。

「やぁ、僕が心配で様子を見に来てくれたのかい?」

「……君は……」

 なにやらもごもごと口ごもる(口から音は出していないのだが)キュゥべぇから顔を背け体を休ませる。
 ひんやりとした床と熱い自分の体との温度差を実感しながらステイルは責め立てるように呟いた。

「……言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなんだ」

 背後でもそもそと何かが身じろぎする音が聞こえる。
 この土壇場で彼に訪れた変化に思考をやりながら、ステイルは彼の言葉を辛抱強く待った。
 やがて諦めるように首を振る音が空気を震わし、やる気の無い声が耳に届いた。

「君はずいぶんと冷静そうだね。彼女たちの状態を見てもなんとも思わないのかい?」

「見たくても首を動かせられなくてね。分かったら現状を説明するくらいしたらどうだ詐欺師」

「……それじゃあ君のご期待に応えて説明してあげようか」

 一拍間を置き、

「まどかは魔女の反撃を受けて地面に倒れたよ。致命傷だ。あの魔女の特性……カウンター攻撃にやられたみたいだね」

 軽々しく言ってのけた。そして一度、地面を踏みつける音が響く。
 その音が持つ意味を探りながら、ステイルは静かに問いかける。

「……それで?」

「え?」

「それが、どうしたというんだ?」
881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:03:15.65 ID:HhynQx1uo

「なんとも思わないのかい?」

「なんとも思わないのか、ねぇ。君のその腐ったイチゴのような目玉には僕がそんな冷血漢に見えるのか?」

「だから彼女の無謀を無視した。違うのかな?」

「なるほど、なるほど……」

 笑みを浮かべるステイルの頬に、赤の色が灯される。
 同時に地べたから伝わる冷たさを凌駕するような熱が頬に宿るのをステイルは感じた。
 全身が赤く燃えているような錯覚と、今すぐにでも飛び掛りたくなるような衝動が体を蝕んでいく。
 それは間違いなく、怒りから来るものだった。

 もっとも今のステイルには怒りを行動に移すだけの体力が無い。
 ゆえにむなしく地面を睨みつけて、眉間に深い皺を刻むだけに留まった。

「君は運が良い。僕に余力があったら君の体は灰も残さず塵になっていただろうからね」

「別に僕が……この身体が失われたって、僕達には何の支障もないけどね」

「ふん、どうだか」

 果たして今の『彼』が『彼ら』と同じ存在足りえるのか。
 その事実を問おうとして、やめた。
 代わりに気になることをいくつか質問することにした。

「佐倉杏子はどうしている?」

「美樹さやかの体のそばでうずくまっているよ。彼女のソウルジェムももう限界に近いからね。
 最初はまどかを回復してあげようと必死に治癒魔法を掛けていたけど、治る見込みが無くて絶望したのかな」

 ……魔女にならないだけマシなのかもしれない。
 佐倉杏子のタフさを見直しながら、ステイルは自嘲気味な笑みを浮かべる。
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:05:35.97 ID:HhynQx1uo

「魔女と結界の様子は?」

「何も変わりないよ。魔女はあのままだし、結界も地球上の生命を吸い込もうとして猛威を振るい続けている」

「外じゃそんな大事になっていたのか」

「まぁね。もうすぐ君の仲間がここにやってくるんじゃないかな。もちろん生命――つまり魂としてだけどね」

 魔女の張る結界はその魔女の性質や特徴を色濃く反映させている。
 お菓子で溢れかえっていたり、仄暗かったり、明るかったり、酒の臭いがしたりetcetc...

 この魔女はなぜ他者を結界の内に招き寄せようとするのだろう。
 自分の糧にする。確かにそれが最も魔女らしいと言えば魔女らしい。
 だがもっとなにか別の、それこそ重要な意味があるのではないだろうか。

 灰色の世界に響き渡る怨嗟の嘆きを煩わしく思いながら、ステイルは深い思考の海に浸かり込もうとする。
 そんな彼の耳に、キュゥべぇの声が届いた。

「君はずいぶんと余裕そうだけど、これからどうするつもりなんだい?」

「どうもしないさ」

「……じゃあもうこの星の命運もここまでのようだね」

 この星の命運もここまでと、そう来たか。
 くつくつと喉を鳴らし、わずかに肩を揺する。

 ――ああ、こんな気持ちは久しぶりだ。

 半年振りに彼の心に訪れた感覚を堪能しながらキュゥべぇのいる方へ首を回して口角を吊り上げた。

「君はまるで分かっちゃいない。いいか、その長い毛が詰まった耳でよく聞け」

 深く息を溜め込み、吐き出す。



「――――――ここまでじゃない。ここからだ、インキュベーター」
883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:07:27.21 ID:HhynQx1uo

 そんな言葉に応えるように、灰色の世界で何かが身じろぎする気配をステイルは肌で捉えた。
 同時に何かが振り向く音を、ステイルの耳は拾った。

 身じろぎによって生まれる衣擦れの音が耳に届き、ステイルは静かに頷く。
 そして彼に背を向けたままぴくりとも動かないキュゥべぇを見て鼻を鳴らす

「感情が無いくせにやけに驚くじゃないか。そんなに不思議か?」

「そんな――ありえない!」

 キュゥべぇの驚愕の声を聞きながら、彼の視線の先で広がる光景を想像する。

 恐らく彼は、目の当たりにしているはずだ。

 立ち上がることすら出来ないと、彼が判断を下した少女が。

 血にまみれた姿のまま、地に体を預けたまま、それでも立ち上がろうとする姿を。

「ありえない、あの魔女の攻撃を受けて立ち上がるなんて――魔法少女ですらないのに!」

 異星生命体であり感情を持たないとされるキュゥべぇがうろたえている。
 全ての人間を駒のように操るローラ=スチュアートの行動すら把握していたであろう彼が、うろたえているのだ。

 たった一四歳の少女が。魔術や超能力、奇跡や魔法に頼らなかったただの人間が。
 あの異星生命体の理解が及ばないような行動を取っているのだ。

「……どうして?」

 それは静かな疑問だった。
 少なくともステイルにはそのように聞こえた。

「……分からないのか」

 彼は、わずかな侮蔑と憐れみが入り混じった言葉を口にした。
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:09:49.78 ID:HhynQx1uo

 ステイルには分かる。

 まどかが何故立ち上がることが出来たのか。

 それは彼が何度か体験したことのある現象だった。
 それは彼が何度も目にしたことのある現象だった。

 それは言葉には出来ない、衝動や本能にも似た何かだ。
 身体のどこにでも有ってどこにも無い何かが脈動し、燃えることで起こりうる現象だ。

 その何かは、魂や心と表現することが出来るのかもしれない。
 その現象は、燃焼と表現することが出来るのかもしれない。

 ならばまさしく、それは燃えるのだ。
 身体中を巡る魂が、胸の奥に秘めた心が、激しく燃え上がるのだ。

 例えばそれは、外道の魔術師に対して怒った時。

 例えばそれは、自分の手で一度『殺めた』少女と対峙した時。

 例えばそれは、生命力を削りきってなお誰かのために魔術を行使しようとした時。

 確かに燃えるのだ。

 ……ステイルは見たことがある。

 生まれながらにして不幸であることを運命付けられた、ただのちっぽけな高校生が。
 常人であれば確実に再起不能に陥っているであろう攻撃を受けながら。
 何度も、何度も。
 何度でも立ち上がる姿を。

 確かに彼はその身にただならぬ物を宿していた。普通の人間の想像を遥かに凌駕した獣を飼っていた。
 だが――彼はそんなこととは関係無しに立ち上がった。
 それは、どこにでもいるただの人間が持ち合わせる不可視の力によって成り立つのだ。

 だからステイルは、もう一度繰り返した。
885 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:10:25.06 ID:HhynQx1uo



「……分からないのか」



 先程よりも声色に憐れみを乗せて、しっかりと言葉を紡ぐ。



       き み た ち   ぼくら
「だったらインキュベーターは、人類の敵じゃない」


 一度紡げば、あとは不思議なくらい自然と唇が動き、次の言葉を作ってゆく。



「……ただの『的』さ」



 そんな、詠うように告げられた言葉と共に。

 ステイルの背後で、誰かが立ち上がる音が、憎悪の渦巻く灰色の世界に生まれた。


886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:10:52.84 ID:HhynQx1uo

 ――事前に覚悟していたような、分かりやすい苦痛は訪れなかった。

「……っ」

 ただ身体中が焼けるように熱く、砂袋を何重にも背負ったような重圧が身体に圧し掛かっていた。
 それ以上のことは、まどかには何も分からなかった。
 痛覚が麻痺しているのか、それとも夢の中なのか、それすら分からない。

 ただ彼女は立ち上がれと自分の身体に命令を下して、身体がその命令に応えた。それだけでも十分だった。
 ぐっしょりと赤い血で湿った靴ごと、右足を一歩前に運び出す。次は左足。右足。

「どうして?」

 耳に届く疑問の言葉。
 声のする方に体を、目を向ける。
 その先には小さく白い、キュゥべぇの姿があった。

「どうして君はそこまで出来るんだい?」

 どうして。
 考えるまでも無い疑問に対し、それでもまどかは優しい笑みを浮かべて返答した。

「私が、そうし、たいから……ほむらちゃんのこと、助けたい、から」

 体が熱い。

「わた、し。見たから……あなたと一緒に、あの光、の……向こ、で」

 でも歩みは止めない。

「ほむら、ちゃ……これまでの、ぜんぶ、見たから」

「それじゃあ君は、本当にあれを見たのかい?」

 こくりと頷いて、肯定する。
 この場所を訪れる前。光の流れに身を任せた時。まどかは『彼女』の全てを見た。

「ぜんぶ……見たよ」
887 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:11:42.92 ID:HhynQx1uo

 始まりはどこかの病院だった。
 その時彼女はまだ赤子だった。

 成長していくにつれてその赤子は心臓の血管が生まれつき細い障害を持っていることが分かった。
 それによって長時間の運動が出来ず、入院続きで勉強も苦手になる一方。
 すぐに緊張してしまう性格のせいで人付き合いも良くない。

 そのせいで友達と呼べるような人は、一人も出来なかった。

 ある日、少女と呼べる年齢になった彼女は何度目か分からない転院を行い、手術を受けた。

 もちろん結果はそれまでとなんら変わらない。
 申し訳なさそうな顔をする医者と、次があるよと励ましてくれる両親の顔。
 もはや見慣れるを通り越して見飽きてしまうほどに繰り返された、お決まりの光景だった。

 両親は入院費用や手術費用を稼ぐために東京で共働きのため、
 彼女はその病院の近くのアパートに一人暮らしをすることになった。
 近くの中学に編入することも決まった。

 恐らくは、これまでとなんら変わらない学校生活が待っているのだろう。
 少女は半ば諦めながら、学校に通い。

 一人の少女と出会った。

 ピンクのリボンに、向日葵のように明るい笑顔。
 春を連想させる、暖かい雰囲気を持った少女。

 その少女の姿は彼女からすれば新鮮な物で。
 まどかからすれば、毎朝一回は嫌でも目にする見慣れた物だった。

 その少女は、鹿目まどかだった。

 そして考えるまでも無く、まどかが見守ってきたその彼女は暁美ほむらだった。――髪は三つ編みだし、眼鏡を掛けていたけれど。
888 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:12:36.49 ID:HhynQx1uo

 ほむらにとって、まどかの存在や行動はさぞかし新鮮で珍しいものだったのだろう。

 ほむら越しに自分の姿を見ながら、まどかは妙な照れくささを感じた。

 そのまま日が沈み、空が朱に染まった時、それは現れた。

 門の姿をした異形の存在。魔女だ。ほむらは成すすべなくそのばにくずおれていた。

 そんな時だ。
 二人――まだ生きて笑みを浮かべている巴マミと魔法少女姿の自分が現れたのは。

 優しいまどか――と言うと自惚れのように聞こえてしまうが。
 それはともかく、ほむらにとってまどかの存在は瞬く間に大きくなっていった。

 やがてワルプルギスの夜と戦い、力を使い果たした自分が息絶え。
 そんなまどかとの出会いをやり直すためにほむらは『キュゥべえ』と契約し。

 時間と世界の壁を乗り越えて、孤独な戦いを開始した。
 それは何年にも、何十年にも渡る辛く厳しい戦いだった。

 頼れる者など存在せず、元より誰かを頼る気などとうに失ったほむらは、何度も何度も繰り返した。

 その末に、まどかはほむら越しに見た。
 自分が、一つの概念に至る光景を。
 魔女を消す存在へ成り果てる瞬間を。

 そして気がつけば――ほむらはこの世界に訪れていた。

 ねじれ、歪んだいびつな世界に。

 魔術が存在する世界に。
889 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:13:36.00 ID:HhynQx1uo

 ……そして、ほむらは魔女になった。視界は暗転し、音が消えた。


 記憶の流れから抜け出して、元の世界に戻るのだと。まどかはそう思った。


 だが違った。
 気が付いた時、まどかは病室にいた。

 そこでは小さな赤子が産声を上げていて、若い男女が喜びの涙を流していた。

 やがて赤子は成長し、心臓に障害を持っていることが判明し……後はおおむね、同じだ。
 赤子は少女となり、転院し、手術を受けた。

 明確に違うと断言できたのは、少女の記憶がそこで途絶えてしまい、世界が暗転してしまったことだ。
 少女の人生はそこで終わってしまい、その未来は永遠に断たれてしまった。
 まどかには最初、それが何を意味しているのか分からなかった。


 暗闇の中に僅かに光る点を見つけた。
 まどかは無意識の内にそれに向かって手を伸ばした。


 気が付いた時、まどかは病室にいた。

 そこでは小さな赤子が産声を上げていて、若い男女が喜びの涙を流していた。

 その光景を目に焼きつけながら、まどかはようやく理解した。

 ……これは、自分の知るほむらが奪ってしまった物だと。

 未来を奪われた暁美ほむら“達”の記憶なのだ、と。

 そうしてまどかは、その暁美ほむら達の人生を追い始めた。

 数百にも上る、たくさんの少女の人生を。
890 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:14:14.02 ID:HhynQx1uo

「ぜんぶ……見たよ。ほむらちゃんが、ほむらちゃんたちが、どう生きてきたのか」

 だから止まらない。
 見てしまったのだから止まれない。
 いや、もしも彼女らの記憶を見ていなくたって止まらないだろう。

 そう心の内で思ってから、まどかはふと体が軽くなるのを感じた。
 体を襲う焼けるような熱さとは相反するひんやりとした何かが体を覆っている。
 これは一体なんだろう、と首を傾げ、すぐにその正体に気付く。

 視界の隅で、槍を支えにしながら必死に祈りの姿勢を保つ杏子を見たからだ。

 ……杏子ちゃんは、優しいなぁ。

「私は……ほむらちゃんを助けたい」

「無理だよ。そんなこと出来るはず無いじゃないか」

 彼の言葉はどこまでも静かで、冷たい。
 深く心に捻じ込まされて、それでも否定する気にはなれなくて。
 だからまどかは、悲しげに微笑んだ。

「そうかもしれない。でも、私は……」

「でもじゃないよ。無理なものは、無理なのさ」

 地面に目を落とし、わずかに肩を下ろす。
 助けられないかもしれない。そんな現実が、胸を締め付ける。
 頭の中から離れていた絶望が、ふたたび脈動し始め、だんだんと蘇り――



「……やれるよ、まどかなら」



 立ち止まりかけたまどかの耳に、親友の声が届いた。
891 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:18:04.47 ID:HhynQx1uo

「キュゥべぇ、あんた全然分かってない。まどかのこと、これっぽっちも分かってない」

 聞こえるのは、先ほどまでピクリとも動かなかったさやかの言葉だ。

「まどかなんだよ、その子は。ドジでノロマで、あんまし得意なこととか無いけど……」

 静かに顔を向ければ、そこには杏子に肩を預けた状態で立ち上がるさやかの姿があった。
 さやかは憔悴しきった顔のまま、それでもどこか誇らしげに胸を張っている。

「そういうトコがやっばい可愛くて! その子はあたしの嫁で!
 こんなどうしようもないあたしを心配してくれる優しい子なんだよ!! だからっ」

 すぅっと息を吸う動作と共にさやかが胸をそらした。

「だから大丈夫! まどかならきっと、うまくやれる! 魔法なんか使わなくたってほむらを救える!!」

 さやかを支えながら、杏子も照れくさそうに頷いた。

「アタシのソウルジェム、限界ギリギリまで治癒魔法かけてやったんだからさ。
 最低でもアイツのこと抱きしめてやれるくらいはやってもらわないと元が取れないっつーわけ?」

 そしてにこっと笑って、八重歯を見せながら左手を握り締めて高く振り上げた。

「行きな! 保証は無いしけど、今のアンタならきっとやれる気がするんだ!!」

 視界の隅で、倒れたままのステイルがわずかに右手を上げてみせた。本当にわずかに。多分10cmくらい。


 ……みんな。

 胸が熱くなって、頬が熱くなって、目頭が熱くなって、息が苦しくなって。

 でもそれが、心地良い。
892 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:18:39.51 ID:HhynQx1uo



「無理だよ。奇跡なんて起こらない」


 野暮な声に構わず、まどかは足を動かす。


「止めるんだ。君は命が惜しくないのかい?」


 制止する声を振り切って、まどかは前に進んでいく。


「君が抱いている希望は条理にそぐわない。このままだと君は、確実に絶望することになる」


 悲しげに立ち尽くしている魔女に向かって手を伸ばす。


「身にあまる希望を抱けばそれだけ絶望が撒き散らされる。そもそも君らが希望を抱くこと自体が間違いなんだ」


 その言葉に、まどかは伸ばした手をピタリと止めた。

 そして後ろを振り返り、縋るようにこちらを見上げるキュゥべぇに優しく微笑みかける。



「……私は、そうは思わない」


893 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:19:09.71 ID:HhynQx1uo



 首を左右に振って、ふたたび魔女に向き直る。



「あなたが、私達が希望を抱くのが間違いだって、私達には何も出来ないって」



 後ろでじっとこちらを見守るキュゥべぇに語りかけながら、



「そんな悲しいことを言うのなら―――」



 全てを受け入れるように、総てを受け止めるように両手を差し出して、


894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:19:51.92 ID:HhynQx1uo















「―――――そんな幻想は、私が打ち砕いてみせる」














895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:20:42.39 ID:HhynQx1uo


 言葉と共に、まどかの両手が魔女の背に回された。

 そしてこれまでと同じように見えざる時計の針がぐるりと回転し、全てが巻き戻――らない。

 時間は、元には戻らなかった。

 魔女の背に回された両手は静かに重なって、まどかは笑みを浮かべたまま魔女の体を抱き締める。

 つぎはぎだらけの顔の、つぎはぎだらけの頬に己の頬を寄せる。

 そして、先ほど彼女に向かってささやいた言葉をもう一度繰り返す。



「……お待たせ、ほむらちゃん」



 その言葉に、魔女は静かに涙を流した。

 その涙はやけに黒く、この世の物とは思えなかったが――

 それでもまどかには、そんな涙すら愛おしい物に思えてならなかった。

 沈黙する周囲を無視したまま、まどかはぎゅっと己の腕の中にいる者を抱き締め続けた。


 灰色の世界を覆っていた怨嗟の声は、既に鳴り止んでいた。

896 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:21:11.27 ID:HhynQx1uo


 そして同時に。


 固く結ばれたまどかの両腕に隠れた箇所。


 誰にも見えない魔女の背中が。


 形容しがたき色を宿して変化し始めていたことに気付いた者は、誰一人としていなかった。


 まどかの首に提げられた十字架が怪しく輝いたことに気付いた者も、誰一人としていなかった。

897 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/03/18(日) 02:29:20.95 ID:HhynQx1uo
以上、ここまで。

今回のステイル君の活躍:首を動かし、右手をわずかに上げる。

ちょっとまどかさんに誰かさんが憑依してるみたいな感じになってますが、ご了承ください。
魔女に触れられた理由とかそういうのは全て次回の投下で分かる予定です。
マミさんの台詞が鍵だったんでログを探してたら、投下日が去年の7月とかもう……本当は8月中に完結予定だったのですが

次回の投下は22日までには必ず、必ず……次回の投下で本編、もとい今やってる問題は完結する予定です
898 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/03/18(日) 02:31:05.40 ID:as4OMVvH0
乙乙
うわあああああああああああああああああ
嫌だあああああ嫌な予感しかしねええええ
ステイルさんなんとかしてくれー!
せっかく上やんから奪ったそげぶをまどかに奪われてる場合じゃないですのことよー!
899 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/18(日) 02:34:43.77 ID:SHxKs4HSo
乙です
900 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 02:59:47.97 ID:TGK8NujeP

あれ?一方通行と土御門たちいらなくね?
901 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 03:11:02.43 ID:ymwd/KcAO

むしろステイルさんいらなくね?
っつかこれじゃ犠牲になったほむほむズがかわいそかわいそなのですが・・・
902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/03/18(日) 03:12:47.34 ID:/v7zepnp0
乙 つっちーのことだからそのまんまの意味の爆弾じゃないだろうな。
903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/20(火) 03:36:55.79 ID:XCZFBub+0
これでほむらは…

救われたのだな
904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/20(火) 03:53:32.46 ID:lTrDpo2J0
全てに希望があるというのが戯言なら
全てが絶望だというのもまた戯言

全てが同じ道筋、終着点を目指しているなんてありえない……か
905 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/25(日) 01:46:06.72 ID:GnatqbUlo
ちょいちょい流れを修正しているため、投下はもうしばらくお待ちください――
という連絡だけです。すいません。
906 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/03/25(日) 02:33:17.67 ID:InQytdQto
時間かかってもいいから今までみたいに質の良いの頼む
907 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/03/31(土) 17:21:10.40 ID:INqbsYR40
まだかな?
908 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/05(木) 00:18:23.36 ID:6Mwu7boa0
マダー?
909 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/07(土) 23:07:47.92 ID:DjDhkA2h0
>>1遅いな・・・
910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/04/08(日) 11:36:03.23 ID:z08JezGIO
こないな…
911 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/09(月) 02:24:24.89 ID:xu91vUrv0
>>910
頼むからsage付けてくれ
そして俺の期待を返してくれ
912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/14(土) 23:45:26.05 ID:lnx6bGvo0
もうすぐ1か月か••••
913 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [age]:2012/04/16(月) 21:54:37.51 ID:AJJE/4aT0
>>1だと思った?残念!さやかちゃんでした!
914 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/04/16(月) 22:32:34.27 ID:iQ7sFmh4o
愉快なオブジェになりてェようだなァ
915 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 22:35:31.39 ID:wnHtsDWY0
>>913
絶対許早苗
916 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/20(金) 01:52:03.18 ID:/dlkLKJG0
これだけ時間がかかってるということは、新約やまどポの要素も
ぶち込んでると考えるべきか・・・
917 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/04/23(月) 01:04:45.87 ID:hKb8itdq0
まだか
918 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/26(木) 21:15:26.61 ID:TWxvvWoe0
>>1よ・・せめて生存報告だけでも
919 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/01(火) 18:03:18.34 ID:V7TBwiSV0
もう来ないのか?
920 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/05(土) 17:23:32.19 ID:B3HQPNMp0
まってる
921 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/05/05(土) 21:01:42.67 ID:ssU/Rcvxo
もう残り少ないし、ここは落ちてもパート2で完結させてくれればいいけどね。
残りのスレ数で完結できるボリュームか分からないし、現状で900オーバーだから
パート化して不自然て程でもない。

面白かったし、ここまで来たんだから完結して欲しいものだね。
922 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/11(金) 18:19:55.65 ID:opbGVmX70
最後に>>1が投下してからあと1週間で2ヶ月か・・・・
923 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/05/12(土) 21:56:13.33 ID:jAZ4KpEP0
なんだそんなもんか
あと8ヶ月は待てるな
924 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/12(土) 22:06:39.58 ID:PrfVHJg0o
二ヶ月>>1が来なかったら落ちるんじゃなかったっけ?
925 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/05/12(土) 23:24:29.41 ID:USYqKoYao
確かそう。
残り少ないんで続けるならその2とか立てればいいんだろうけど、間が空きすぎてるのが気になるな。
>>1は無事なんだろうか?
926 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/13(日) 00:15:31.70 ID:YjI2PPR2o
3ヶ月じゃなかったっけ?
927 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/13(日) 01:35:03.75 ID:H02bITuz0
最近二ヶ月に変更されたんだよ
928 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/13(日) 02:21:16.33 ID:6IQwhs0Yo
二ヶ月ルールになる前に立てられたスレは三ヶ月
929 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 02:10:39.04 ID:M+Hiue1O0
>>928
ありがとう

まさか>>1がヤヴァイ病気で倒れてる、なんてことは無いよな?
930 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/17(木) 10:21:01.77 ID:HL/8xxQIO
入院しながら書いてたスレ主が帰ってこなくなったスレ思い出した・・・
931 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/05/18(金) 23:13:27.49 ID:oJzVZAC+o
>>1
せめて生存報告してくれ……
932 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/05/19(土) 01:11:55.10 ID:oS0r+V2ro
ヤバい、今日だぞ

>>1、気づいてくれ
933 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/19(土) 01:43:56.88 ID:bW5wywqXo
このスレは3ヶ月へいきじゃなかったっけ?
それに書き込み自体は25日にしてるし
934 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/19(土) 09:40:50.79 ID:FEhKuRUQo
__
    ̄ ̄ ̄二二ニ=-
'''''""" ̄ ̄
           -=ニニニニ=-


                          /⌒ヽ   _,,-''"
                       _  ,(^ω^ ) ,-''";  ;,
                         / ,_O_,,-''"'; ', :' ;; ;,'
                     (.゙ー'''", ;,; ' ; ;;  ':  ,'
                   _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'  ┼ヽ  -|r‐、. レ |
                _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'     d⌒) ./| _ノ  __ノ

935 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/05/25(金) 00:13:26.75 ID:D85sE0ceo
__
    ̄ ̄ ̄二二ニ=-
'''''""" ̄ ̄
           -=ニニニニ=-


                          /⌒ヽ   _,,-''"
                       _  ,(^ω^ ) ,-''";  ;,
                         / ,_O_,,-''"'; ', :' ;; ;,'
                     (.゙ー'''", ;,; ' ; ;;  ':  ,'
                   _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'  ┼ヽ  -|r‐、. ,ゝ 十 、 l  ヽ
                _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'     d⌒) ./| _ノ つ  α  し ノ
936 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/05/25(金) 00:22:45.85 ID:D85sE0ceo
おお良かった書き込めた!内心落ちてたらどうしようかと焦ったわい

というわけで終わりません。
ちょっとリアルが予想外に忙しいわ唐突にHDDが死ぬわで20日までスレの存在を忘れてました、ごめんなさい
ただいま全力で設定と流れを思い出して書き直しています、もうしばらくお待ちください
あと確実にこのスレ内では完結できないのでスレを跨ぎます

土日のどちらかには投下できれば良いかなぁなどと……
937 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage ]:2012/05/25(金) 00:26:36.57 ID:op1h69vio
生きていたか!!

楽しみにしているぞ!!
938 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/05/25(金) 00:38:56.19 ID:/lc6+SXa0
生きてたか!良かった
939 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage saga]:2012/05/25(金) 19:46:51.46 ID:5mspMvK/0
戻ったか、>>1!!
940 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/26(土) 00:17:09.42 ID:zV1ic7NIO
よかった!
まってる
941 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/05/27(日) 00:10:37.42 ID:h/lUrX02o
>>936
無事でなによりです。(HDD飛んだのはご愁傷様ですが)
投下をお待ちしてます。
942 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/05/28(月) 02:53:47.04 ID:9M6RkmvRo
陽が昇るまでは土日……です!はい!
突貫執筆ですのであちゃちゃーなところがあるとは思いますが、ご了承ください
943 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:54:14.36 ID:9M6RkmvRo

「――ったく、一体全体なんだってんですか、ええ!?」

 そう叫んだのは、修道服姿のアニェーゼだった。
 まったく連絡の取れない天草式に業を煮やし、そして頭の中に突如に訪れた『内容』に腹を立てているのだ。

「こんな状況下で、わけのわかんない流れに置いてきぼりくらうっつーのは納得行かねーってんですよ!」

「まあ落ち着きなよ、シスターお嬢ちゃん」

 そんな彼女に声を掛けるのは、鹿目詢子――まどかの母親だ。
 彼女は水の入ったペットボトルを口にして、軽く息を吐いた。

「確かに……『これ』はわけが分からないけどさ、子供達を見てみな」

 それは……とアニェーゼは口ごもり、背後を振り向く。
 アニェーゼに保護された志筑仁美と中沢は、まるで天に祈るかのように空を仰いでいた。
 空――あまりにも大きすぎて全容が掴めない、巨大な建造物の底面を見て、アニェーゼはため息を吐く。

「……妙に落ち着いてますけど。『これ』は娘さんが絡んじまってるんですよ?」

「みたいだねぇ……いや、立派に育ってくれたもんだよ。
 事情は分からないけど、こうなったら後はもう祈るくらいしか出来ないね」

 などと言って乾いた笑いを零す詢子から目を背けると、アニェーゼはもう一人――
 遅れて保護されたどこかで見たことがあるようなないようなわからない短髪少女の顔を覗きこむ。

「あんたは何か知らねーんですか? 能力使えるみたいですし、学園都市の関係者なんでしょう?」

 すると少女はばつの悪そうな顔で、頬を引きつらせながら頷いた。

「はぁ、まぁ、知っていると言いますか関係していると言いますか。
 むしろ電波を伝播するアンテナに利用されていると言いますか……
 と、とりあえず天使様と白髪頭の超能力者が何か企んでいるみたいですよ、とミサカは曖昧な説明で誤魔化します」

「……はいぃ?」
944 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:54:42.41 ID:9M6RkmvRo

 ――奇跡などでは、断じてない。


 灰色に淀んだ世界の中心で、インキュベーターはそう判断した。


 つぎはぎの魔女を抱き締めるまどかの後姿を見ながら、
 その決意と勇気に動揺する素振りを見せることなく。
 当たり前の事実であるかのように、ごく自然に頷いて。
 
――先ほどまで見せていたまどかを咎めるような態度は、既にその面影すら無い。


 赤い瞳を忙しなく動かして、インキュベーターは再度目の前で起きた現象を分析する。
 分析して、やはり同じ判断を下した。おかしなことは何も起こっていない、と。

 インキュベーターの介入無しに、個人の意思が宇宙の真理を覆すようなことはありえない。
 どれだけハッピーエンドを望んでも、宇宙を構成する絶対法則を破壊することは出来ない。
 鹿目まどかは奇跡など起こしていない。
 条理を覆してもいない。

 これは起こるべくして起きた必然だ。
 あの魔女の性質――嘆くことすら奪われた暁美ほむら達の欲する物を考えれば、合点が行く。

 生前に全てを奪われたからこそ、魔女は欲した。
 何も無い自分に対して向けられる、偽り無き好意を。
 ほむら達の遺志とも呼べる感情、プログラムがそのように駆り立てたのだろう。
 ゆえに、魔女に対して殺意と敵意のみを抱いていたステイルが弾かれるのは当然の結果だ。

 だからこそ、魔女のことを想う者、すなわち条件に見合うまどかならば触れることが許される。
 時間を捻じ曲げる魔法の壁を乗り越えて、彼女は魔女のお気に入りに選ばれた。

(だけど、それで全てが解決するわけじゃない)

 その事実に思い至ったインキュベーターは、思考を一旦中断しようとした。
 得られた事実をまとめ直し、そこから先、これから何が起こるのかを予測するためだ。

 だからこそ、インキュベーターは困惑した。

 思考の中断を行う際、わずかなノイズが生まれたからだ。
 それは湖面に生まれた波紋のようなわずかなノイズだ。
 発生する原因が存在しない不可思議な雑音だ。
945 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:55:10.10 ID:9M6RkmvRo

 ……熱い。

 ノイズだけではない。
 エラーも混じっている。
 今結界の中にあるこの個体のどこか、何かが異様に熱を帯びている。
 だがその何かが分からない。原因を探るために意識を深く沈ませていく。

 身体に異常は見受けられない。負傷もしていなければ魔術や魔法を浴びせられたわけでもない。
 他の個体とデータを比べても差異はなく、ステータスに異変を見つけることが出来ない。
 とすれば、これはなんだ。
 一つの個体が情報を得すぎたことで生まれた情報の齟齬だろうか。
 あるいは時空を歪ませる魔女の結界内だからこそ生じたバグだろうか。
 ここは最悪の魔女結界。いかなる魔術師でも外部との通信を行うことが出来ない牢獄だ。
 いかにインキュベーターと言えど、外部との情報のやり取りに異常があっても不思議ではない。

 今はそれよりも、この先に何が起こるのかを推測した方が良い。
 インキュベーターは自身の不具合について、そのような結論を下した。

 だが、熱い。燃えるように熱い。

 一個体の異常がインキュベーター全体の思考をかき乱す。何かが訴えているのだ。

 熱い、熱い、と。

 情報の齟齬から生まれる、単なる異常では説明が着かない現象だ。
 ノイズから始まったエラーは、いまやインキュベーター全体に影響を及ぼし始めていた。
 身体以外のどこか。インキュベーターとしての意識以外の何かが打ち震えている。
 どうしていいのか分からずに、ただ衝動に任せて燃え滾らせている。

 知っている。

 インキュベーターは知識として知っている。

 インキュベーターとは縁の無い“何か”が燃え上がる現象を。

 しかし――何故?
946 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:55:52.01 ID:9M6RkmvRo

「……考える必要なんて、無いんじゃないのか。違うか、インキュベーター」

 人間の思考を遥かに凌ぐ速度で行われる演算に、男の声が割り込んだ。
 その声は、虫の息状態のままがくりと上体を起こしたステイルからもたらされたものだった。
 その姿は今にも崩れそうにふらふらと揺れていて、現実から剥離した幻か、現実から離脱した幽鬼にすら見える。


「君は僕の思考を読み取ったのかい?」

 ステイルの問いかけに、インキュベーター――キュゥべぇは疑問で返した。

「あいにくその手の術式は得意じゃないんだ……が、僕だってどこぞの男子高校生よりかは空気が読めるのさ」

 ふん、と鼻で笑う音。
 突拍子もない例えに非難めいた物言い。
 彼の意図が分からない。

「誰だって、あの光景を見れば胸が熱くなるだろうさ。あれは誰もが憧れる、漫画か何かに出てくるようなヒーローだ」

 脈絡の無い言葉に、キュゥべぇはぐるりと首をめぐらしてステイルの顔を覗き見た。
 ステイルが正気でいるかどうかを確認するためだ。
 血を失いすぎて自分を保てられないのかもしれないと判断したからだ。
 そして、その判断はおおむね間違ってはいなかった。ステイルの瞳は焦点が合わず、虚空を見定めている。

 半死半生の世迷い言を聞くことになんら意味はない。
 無視して構わない。


 しかし、


「君はそのヒーローの活躍に感動して、心を震わしているのさ」

 続く言葉を、キュゥべぇは――インキュベーターは無視できなかった。
947 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:56:18.76 ID:9M6RkmvRo

 感動して心を震わせることなど、感情を持たず理解出来ないインキュベーターには不可能だ。
 関心は持っても感心はしない、驚愕はしても驚嘆はしない。
 不合理な判断や非効率な手段を選ぶ人間の美学は知っていても、真似しようとは考えない。

 それがインキュベーターだ。
 有史以前より人類に干渉し続けてきた宇宙を生きる種族の考え方だ。

 だというのに、

「なるほど。これが感動するということなんだね」

 インキュベーターの思考を遮って、言葉が漏れ出た。
 インキュベーターではない、キュゥべぇが身体の中に持つ、意思を伝える機関から。
 まるで溢れ出る感情を制御し切れないとでも言いたげに、ほとんど無意識の内に――

「だけど不思議だ。どうして僕が感動できるんだい?」

 先ほどとは違う、制御された言葉を発する。
 ようやく状況が掴めて来た。今、この『個体』に起きている異常が。
 だからこそ分からないのだ。なぜそうなってしまったのか、その理由が。

 対するステイルは、ゆっくりと足を構え直して片膝立ちの姿勢に移った、
 出血は既に止まっている。焦げた肉の臭いがするのは――嗅覚器官の不具合ではないだろう。
 寝転がりながら、出血を止めるために傷口を焼いていたのかもしれない。
 火傷治癒に慣れている彼ならばそう難しい芸当ではないはずだった。

「まどかの言葉と、君の不自然な行動を照らし合わせて思考すれば嫌でも分かるさ。これでも思考は得意でね」

 ステイルの言葉には、どこか自嘲的なユーモアがあった。
 それを無視して、インキュベーターはその言葉の真意を測ろうとする。
 鹿目まどかの言葉……その意味は分かる。だが不自然な行動とは何を指しているのだろうか?
948 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:56:54.31 ID:9M6RkmvRo

 インキュベーターは純粋な疑問を抱いて沈黙を保った。
 その態度を見たステイルは満足そうに鼻から息を吐き、口角を吊り上げる。

「君とまどかは、恐らくほむらの――いや、暁美ほむらの記憶を追憶したんだろう。
 僕の知るほむらと、僕の知らない暁美ほむら。つまり別の世界の、食い潰されたほむらの記憶を」

 もたらされた言葉は、しかしインキュベーターの求める答えとは微妙に逸れた物だ。
 ほむらの記憶の追憶と今回の事と一体何の関係があるというのか。
 その先を求めるために、キュゥべぇは頷いて話を進めるように促した。
 ステイルの表情に哀れむ色が芽生える。

「あれだけの殺気を出していながら君はまだ気付いていないのか。相当鈍感だね」

「殺気……? それはともかくとして、君たちは僕らのことを鈍感だと言うけどね。
 そもそも僕らには感情が無いんだ。本来なら、先ほどのような感動を覚えることだって出来ない」

「本当か? ただの一度も、感情が芽生えたことは無いのか?」

「そういった個体もいるにはいるけど、それは長い間活動しすぎた個体に生じるきわめて稀な精神疾患だよ」

「じゃあそういうことだろう。君も、その精神疾患にかかっているのさ」

 キュゥべぇの身体が、インキュベーターの思考が、ピタリと固まった。

「ほむらが繰り返した回数を、僕は知らない。
 しかし普通の人間なら諦めて当然なほどに過酷で長いものだったであろうことは分かる」

 そこで一旦言葉を切り、ステイルの身体ががくりと前に傾く。
 しかし次の瞬間には姿勢を水平に戻し――気付けば彼は両の足で地面に立っていた。
 既に体力を幾分か取り戻しているのだ。

「もしも繰り返した回数が一〇〇回以上なら、一〇〇人以上の暁美ほむらが潰えたことになる
 ならばそれをまどかと共に見た君の活動期間もそれに比例して長くなるのが道理という物だろう」

 否定は出来ない。
 主観時間での出来事に過ぎないとはいえ少なくともこの個体はまどかと共にそれだけの時間を生きた。
 差異は少ないが、それでも懸命に生きようとする何百人もの少女の記憶を覗いた。


 ある時点で必ず未来が途絶えてしまう、何の罪も無い哀れな少女達の心をその魂で目撃したのだ。
949 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:57:46.72 ID:9M6RkmvRo

「十四年が一〇〇回。つまり一四〇〇年。それだけの時を生きた君が精神疾患に罹るのは当然なんじゃないのか」

 解けてみれば、なんと単純な事実なのだろうか。
 最初から答えは得ていたのだ。
 既に似たような事例はあったのに、それに気付けなかったとは。

「ここから先は完全な妄想になるが――
 その暁美ほむらを除いた中で君がもっとも接したことのある人間が魔法少女で、それがもしも巴マミであるとするならば」

 巴マミ。
 紅茶が好きで、孤独を嫌う、心の弱い魔法少女。
 魔女になるその最後の瞬間、自分の名を呼んでくれたというか弱い女の子。

「――そんな彼女を否定するようなまどかの言葉に、殺意を覚えても仕方が無いんじゃないか」

 身に覚えは無いが、もしも本当に殺気を放っていたとするならば確かに理解出来なくはない。
 この個体が感情を手に入れていたとするならばありえない話ではなくなる。

 冷静に思考するインキュベーターだが、今この場にいる個体は違う反応を取っていた。
 彼は感慨深げに目を細め、灰色の天を見上げていた。

「君はもう、地球外生命体(いんきゅべーたー)じゃない」

 赤い瞳にくすんだ灰色が混じる。
 そして彼は、そっと首を回して自分の背を見た。
 グリーフシードを取り込む吸入口の中、物質を保存するためのスペースに眠る『巴マミ』の遺灰を想う。


「君はただの、精神疾患者(キュゥべぇ)だ」


 キュゥべぇはステイルの顔を見た。



「ようこそ、感情の世界(こちらがわ)へ。魔法少女の使い魔。巴マミの一番の親友(キュゥべぇ)」
950 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:58:12.95 ID:9M6RkmvRo

 ――まったく、せっかくの戦勝気分が台無しだ。

 内心で呟き、肩をすくめて失敗する。肩が震えているからだ。
 嬉しさとおかしさとが綯い交ぜになってステイルの心中をぐるぐると巡りゆく。
 冷静ぶってはいるものの、やはりキュゥべぇに一泡吹かせる事が出来るのは気分が良かった。
 まどかとほむら――そして今はもういない巴マミのおかげだと、心の底から思う。

 結末なんてこんな物だ。

 一介の男子高校生に過ぎない少年が少女を救い、その延長で世界まで救ってしまったように。

 世界を我が物顔で動かしてきた老婆やルーン魔術を磨き続けた魔術師である自分を差し置いて、
 因果をその身に束ねられただけのまどかと魔法に振り回されたほむらが全てを叶えた。

 そして巴マミは、キュゥべぇという地球外生命体にしてまったく異質な存在にきっかけを与えた。
 彼女のようにキュゥべぇに対して優しく接しながら、かつ代を変えて数百年以上交流を持てば、
 感情を持たぬ彼らに感情をもたらし、複雑な問題が解決されるかもしれないという可能性を導き出した。

 それはあまりにも気の遠くなるような話だったが――それでも、希望はある。

 外道の知識や魔術の歴史を知る者からすれば泡を噴きそうな結果だ。

 しかしステイルは、不思議と悔しさを抱かなかった。

 むしろ、この世界はそうでなくてはならない。
 願いが必ず叶うとまでは行かずとも、その努力は必ず報われる。そうでなくてはならないのだ。
 妙に晴れ晴れとした気持ちになったステイルは、立ち尽くしたままの二人を睨みつけた。

「だが、まだ終わりじゃない」

 呟くステイルの、負傷の影響で熱くなった頬を生ぬるい風が通り過ぎていく。

 それが合図かのように、饐えた臭いが結界内の空気に混じり始める。
 先ほどまでと同じかそれ以上の悪意と憎悪が結界内に満ちていくのをステイルは感じ取った。

「魔女の性質の裏を突いた所で、魔女がひっくり返ればそれは表。……ここからが正念場か」

 どくん、どくんと、静かに大気が脈動し始める。
 それは結界の主が本当の意味で目覚めたことの証だ。
 生まれたての魔女が自分に与えられたプログラムに従って動き始めることの表れだ。
951 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:58:48.50 ID:9M6RkmvRo

 ――つぎはぎの魔女がその唇を異様な角度に歪ませるのを、ステイルははっきりと見た。

 ――魔女に抱き着いたまま、まどかが不安そうな顔でこちらを振り向くのを見た。


 直後、そんな対称的な二人を包み隠すように、それは現れた。


 つぎはぎの魔女の背中から堰を切ったかのように、怒涛の『流れ』が噴出した。
 濁ったどぶ川が可愛く見えるほどに汚らしい、腐った食物が液状化したような醜悪で混沌とした粘液の奔流だ。
 15年間必死に生きてきたが、あれに類似する混沌とした汚物の塊を自分は見たことが無い。
 吐き気を催す臭気とその色合いにステイルは自身の世界の狭さを呪った。

 塊はうねり、回転し、ただ本能――と呼べるのかどうかさえ疑わしい――のままに蠢き、ある形を作り出す。
 それは爛れに爛れた憎悪を宿す巨人の手にも見えるし、呪われた我が身に憤怒する魔鳥の翼にも見えた。
 それは一言で表すなら、世界を侵食する黒き翼だ。
 憎悪と憤怒で彩られた、悪意の塊。
 粘液の蝕翼だった。

 翼はまどかを飲み込むように周囲にその身を撒き散らし、自分の領土を築き上げていく。
 あれに触れればどうなるのか、想像する気も失せてステイルは舌打ちをした。
 いわば結界の中に結界を作り上げたような物だ。触れられるはずも無い。

「――なんなのよ、これ!」

 小さく短い、現実を認められない少女の言葉が結界に木霊する。
 ステイルは反射的にその身を翻そうとして――しかし諦めた。身体が思い通りに動かなかったのだ。

「まどか……なによそれ、なんなのよそれ!?」

 現実を受け止めきれないさやかの声が空気を震わせる。
 無理もないと、半ば思考が停止した脳の片隅でステイルは考えた。
 この急転直下の展開を許容できる者などいるわけがない。いたら顔が見てみたい。
 それほどまでに、混沌と化した灰色の世界で繰り広げられている光景は度し難いものだった。

「愛情を知らない獣に生半可な愛情を与えてしまったら、始まるのは依存だ」

 感情が芽生えて三〇分も経っていないであろう使い魔の声が静かに伝わってくる。
 依存。その光景を一言で表すなら、確かにそれは依存だった。

 いや……もしかすると、寄生かもしれない。
952 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:59:20.41 ID:9M6RkmvRo

「……まどかを取り込むつもりか、あの魔女は」

 目の前の悪夢に対し冷静に言葉を紡ぐ。

 つぎはぎの魔女は、己の領土を増やすだけでは飽き足らないようだった。
 魔女は咄嗟に自分から離れようとしたまどかの左手を自身の左手で掴む。
 そして熟し切った果実か、高熱を浴びて歪み爛れたかのような左手に、まどかの左手を沈めていく。
 おぞましい音を立てながら。
 魔女は荒々しく取り込んでいく。

 もはや彼女達は、二人ではなく。
 一人と一体ですらない。

「っ、ほむらちゃん、ステイルくん――!」

 悲鳴が途絶える。
 まどかの表情は見るからに強張り、明らかに異常な反応を示している。

「これじゃあもう契約は無理じゃないかな」

 感情を宿したくせに、いつもと変わらない調子でキュゥべぇが状況を補足した。
 呆然と立ち尽くすステイルの目の前で、彼女達は一つになりかけているのだ。

「……参ったな、本当にこれは、どうしようもないじゃないか」

 そんな非情な光景を目の当たりにすると、ステイルは疲れ切った声でそう言った。

 手の打ちようが、無い。状況を打開するための秘策が、完全に無くなってしまった。

 敵に痛手を加えること、それだけならあるいは可能かもしれない。

 それでも、それだけだ。
 あの魔女――着々と魔力を慣らし、もはや聖人すらも凌駕した領域にいる魔女を倒すことは出来ない。
 恐らくこのまま傍観していれば、ワルプルギスの夜など相手にもならないほどに強大な魔女になることだろう。

 これまでの戦いで得られた勝利は、幾人の努力という必然の上に成り立っている。
 美樹さやかの時はローラ・スチュアートによる強大なバックアップがあった。
 ワルプルギスの夜の際は『人間の魔女』や天草式、杏子たちの働きがあった。
 魔女自体は復活を果たしてしまったが――今度はほむらが、ルールの穴を突いて完全に撃破してくれた。
953 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 02:59:47.49 ID:9M6RkmvRo

 だが、今度は違う。
 ほむらは魔女になり、杏子とさやかは戦えず、まどかは契約出来ない。
 自分に出来るのはせいぜいちょっかいを出す程度。ほむらを救うことはおろか撃破なんて夢のまた夢なのだ。
 完全に、手詰まりに陥ってしまった――

 心を絶望の色に染めかけたステイルは、ただただ無気力に眼球を動かし、まどかの首下に視線を注いだ。
 そして目を凝らし、限界まで見開く。

 その視線の先には、もがき苦しむまどかの首に提げられた十字架がある。
 それは本来この場面、この状況には有りえない物だった。
 それは本来この場面、この状況では使われない物だった。

 だからこそ、ステイルは歯噛みする。

 ……どうして気付けなかった?

 ……彼女が首から提げている代物に、何故もっと早くに気付けなかった!?

 やりようのない自責の念に駆られるが、それとは別にステイルの思考は真相の究明に奔走する。
 まどかがここにいること。キュゥべぇがいること。あの十字架。
 誰かがまどかにあれを渡した者がいる。ここまで導いた第三者が確実に存在している。
 点と点とを結んでほころびを見つけ出すと、ステイルはキュゥべぇに尋ねた。

「……キュゥべぇ。君たちをここまで連れてきたのはどこの誰だ?」

 候補はいくらでもある。イギリス清教の人間や、独立して動く連中。
 それにローラ・スチュアート。それ以外の勢力。その目的。
 ステイルは苦々しい表情を浮かべるも、

「それは違うね。僕らは土御門元春に協力して貰ってここまで辿り着いたんだよ」

 キュゥべぇの言葉に、その表情を消した。
954 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:00:15.87 ID:9M6RkmvRo

「土御門、あいつか」

 ほんの少し前に聞いた人物の名前を耳にして、ステイルはため息をついた。

 杏子たちを助けたかと思えば今度はまどかとキュゥべぇをこの結界内に誘い込んだ、
 豪胆な元同僚のニヤケ面を思い出し、ステイルは内心で激昂しかける。
 だがそれとは裏腹にその思考はより冷たく、鋭く研ぎ澄まされていく。

 あのニヤケ面が、この土壇場で無意味な干渉をするはずが無い。
 確かに彼はふざけた性格をしている。お世辞にも真面目とは言えない人格の持ち主だ。
 しかし、それだけで終わるような人物ではなかった。
 でなければステイルも、彼の顔を記憶に留めておくような事はしなかっただろう。

 土御門元春は己とその周りの世界を守るためなら最大主教すらも敵に回す男だ。
 いかなる難敵も彼にとって障害足りえず、あらゆる万難も彼の前では難事成りえない。
 彼は彼の目的のためならば笑って仲間を裏切るし、血反吐を吐きながら自分を偽るだろう。

 だからステイルは、ここぞという時に頼りになる元同僚のことを想った。

 闇からその足を洗った彼が今回の騒動に首を突っ込んだ理由を考え、
 彼が動かねばならない事情を察し、彼にそうまでさせた本当の黒幕を推測する。
 理由。これは単純に、彼の世界に危害が及ぶ可能性があったからだと見て間違いはない。
 黒幕。最低でもローラ・スチュアートと同等かそれ以上の陰謀屋が関与していることは疑うべくもない。

 とすれば――と、そこまで考えてステイルは周囲を振り返った。

 何かが揺れている。

 不気味に脈動する大気とは違う、確かな形のない何か。
 まるで強大な何かが足元から迫り来るような、重たい揺れだ。

 それだけではない。五感以外の何かが『危険だ』と執拗に訴えるのだ。
 嗅覚では嗅ぎ取れない匂いが。
 聴覚では聴き取れない震えが。
 視覚では捉えられない物質の裏側にある何かが。

 ステイルは知っている。
 それが何であるのかを。それが何を齎す者かを。

 ステイルの脳裏で、思考と事象とが交差する。
 それらがもたらした『完璧な解』を、ステイルは見つけ出した。

「……いよいよ、面倒な事になってきたね」
955 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:01:25.42 ID:9M6RkmvRo

 呟きながら、右足を一歩前に踏み出す。
 その足取りは重たい。
 腰も、肩も、体中の筋肉や骨が鉛に差し替えられたのかと思うほどに重たい。

 当然だろう。常人ならとっくのとうに救急車で運ばれてもおかしくない状態なのだ。
 あの男ならどうしただろうか、と考えて、ステイルは意味のない予想をしたことに気付いて眉をひそめた。
 考えるまでもない。あの男なら、きっと自分と同じ事をしたはずだ。

「……ッ!」

 左足を前に出す。重さは変わらないが、それでも気分はいくらか軽くなっていた。
 靴が地面を踏みしめるのと同時に、さらに右足を前に出す。
 重さを気にする心を切り捨てて、ステイルは緩慢な動きで、だが確かに前進する。
 そして黙ったまま正面を見据えて目を細める。

(まるで道化か何かじゃないか)

 口に出すのに疲れて、ステイルは内心で呟いた。

(いや、正真正銘の道化だ。笑えない冗談だ、これはあまりにも――)

 懐から一枚のカードを取り出して目を瞑る。そして腹の底から込み上げてくる衝動に正直に従い、

「これはあまりにも、僕におあつらえ向きの配役だ……!!」

 疲れを無理やり捻じ伏せて、ステイルは不敵に笑いながら言った。
 心の底から嬉しそうに目を見開き、右手の中のカードを空へ向けて放り投げる。
 初歩的な術式による加護を受けてカードは灰色の空を飛び、南の位置で停止。
 やがてカードはゆっくりと下降し、ステイルの目から見て地平線上の位置で静止する。

 それを確認すると、ステイルはもう一度魔女を見た。
 正確には、混沌の領土を着々と広めてその力に磨きをかける魔女のすぐ隣にいるまどかを見た。

 彼女の瞳は、誰かを信じ、疑わない者のみが持てる輝きを宿していた。
956 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:01:51.96 ID:9M6RkmvRo

「僕は血を吐き道化になろう。
 子供が陽気に笑って終わる、歓喜と拍手が織り成す大団円の、
 陳腐で愉快で希望に満ちた、終幕(ハッピーエンド)のためだけに」


 気を紛らすための即興の向上を詠うと、目を伏せ、記憶を遡る。
 ずっと昔、まだステイルが人を殺める術を覚える前。
 まだ世界が希望に満ち溢れていると信じていた、最大の罪を犯す前。
 理不尽な現実を知らぬ哀れで純粋なただの子供だった頃の記憶を掘り返す。

 白い修道服姿の彼女が吹聴していた言葉――魔術の神秘、魔導の深遠、魔法の智恵を借りるために。

「……Ph’ng……ahf……」

 集中する。
 呪詛のような言葉を吐きながら――というよりも本当に呪文なのだが――眉をピクリとも動かさずに。
 意識を一本の刃に見立て、舌と顎と歯に全ての神経を注ぎ、心をただひたすらに研ぎ澄ませて。

「……Cthug……lhaut……」

 集中する。
 ステイルは喉を震わして、人間離れした、異常な何かの呟きにも取れる呪文を吐く。
 元より『人間には発音できない』と“設定”されている呪文だ。人間離れしているように見せなければならない。

「……n’gha……lthagn!」

 呪文も終盤というところで、ステイルは魔女の気配に乱れが合ったのを感じ取った。
 ここであのおぞましい翼に貫かれて死んだら、さぞかし笑い話になることだろう。
 生きているものがいれば、の話だが。

「……Ia――」

 残すは名詞である一単語のみ。
 ステイルはそこでもう一度、目を開く。
 魔女の翼は先ほどまでと変わらずに蠢いているだけで、ステイルに牙を剥こうとする気配はなかった。
 バカめ、と内心で吐き捨てる。

「Cthugha――!!」

 呪文を完成させる。

 直後、地平線上の位置に座していた『水』と『松明』のルーンが刻まれたカードから膨大な灼熱の炎が吐き出された。

 異界から齎された炎はステイルやさやかたちの体を“すり抜けて”突き進む。

 突き進んだ先、つまり混沌の翼を蠢かせる魔女とその混沌の領土にぶつかる。
 途端に、炎は唐突に猛威を振るい、混沌全てを燃やし尽くそうと行動し始めた。
 結界を灼熱の炎が飲み込み、魔女へ襲い掛かる。
957 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:02:22.55 ID:9M6RkmvRo

「なんだよこれ……?」

 杏子の言葉にステイルは後ろを振り返った。

 疲れているのか彼女の表情は苦しげに見える。
 だがそれだけだ。混沌を焼き尽くす炎に飲まれながら、彼女は火傷一つ負っていない。

「別にそう驚くことじゃないだろう。確かにこれは少々不思議で多々胡散臭い術式だけどね」

 言いながら、その場にしゃがみ込んで地面に手を当てる。
 そして懐に残る一〇三枚――最後のルーンのカードを貼り付けながら話を続けた。

「術式は基本的にある一定の法則によって発動する仕掛けになっている。
 これにはよく神話や聖書の伝承が用いられてね。理由は単純に法則を見つけ出すのが面倒だからだが」

 そこで口を噤み、炎の向こうで悶える魔女を見た。
 まどかに異変は見受けられない。彼女はあくまで苦しい表情のまま、耐え凌いでいる。

「……もちろん、その法則を無視して発動できれば良いのだけどね。
 そんな化物じみた行いはどれだけ魔術の知識を集めたところで不可能だ。
 魔神でも、せいぜい即座に法則を見つけ出してその場で伝承と照らし合わせた術式を構築するのがやっとだろう」

 もっとも、扱う魔術の“時代”が異なれば話は別なのだが。

 この世に居るのか居ないのか分からない存在の顔を思い出して、ステイルはほんの僅かに手を止める。
 だが次の瞬間にはかぶりを振って考え直し、ふたたび手を動かし始めた。

「僕が今回引っ張り出したのは、十字教でもなければ北欧神話の伝承でもない。
 それどころかまともな“伝承”でも、まともな“神話”でもない。まともな“教え”ですらない――単なる物語の、一事件さ」


 他の神話や伝承とは何もかもが違う、まったく出自の異なる新しい伝承。
 二十世紀初頭に生まれ、今なお成長する完全に架空の幼き神話体系。
 幾人もの綴り手が生み出す、未知への恐怖を題材にした物語。

 物語はあまりにも隙だらけで無駄だらけだったが――十字教や多神教の伝承と渡り合えるほどに、洗練されていた。
958 :回線が重いので若干投下遅れます [saga]:2012/05/28(月) 03:04:15.45 ID:9M6RkmvRo

「事件って……なによそれ? じゃあこの魔術はなんなのよ?」

 さやかの声が聞こえて、ステイルはほっと一息ついた。
 あの光景を目の当たりにして絶望していたら、今度こそ本当にアウトだったかもしれない。

「これは南の魚座の恒星に幽閉された、火の首領が関わるエピソードを用いた術式だ」

 その創作神話において、火の首領は恒星から地上に呼び出された。
 そして火の首領は敵対する“地”の神が棲まう宿たる森を配下に命令して焼き尽くした、そういう事件だ。
 それがステイルたちを傷つけず、かつあの魔女を苦しめる炎を生み出す要因だった。

「本来は恒星が地平線上に位置するのを待って、火の首領が暴れた森で使わなければならないのだが……」

 森にこちらへ来い、と言うのはあまりにも無理がある。その逆もまた然りだ。
 だから代用する。

「南の魚座は位置と『水』で、恒星の熱量は……かなり見劣りするが、『太陽』の意味を持つルーンで」

 意味を持つと言っても、実際に太陽を発現できる訳ではない。
 この距離、体力では小さな炎を生み出すのが精一杯だ。

「暴れた森は、この見ようによっては巨大な大樹にも見えない場所を森に見立ててね」

 せめてその土地の木々や木の葉、土があれば話は別だが、あいにくステイルはその森の名前を知らなかった。
 そもそもこんな術式を使うことになるとは思っても見なかったのだから仕方ないのだが。

「……だけど属性は、最高の物を用意出来た――いや、用意してくれたと思っているよ」

 属性。
 それが無ければ今回の術式はただの火事か火の粉で終わる可能性が大いにあった。
 だからステイルは感謝したのだ。
 あのつぎはぎだらけの魔女とめぐり合えた、その幸運に。
959 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:05:22.77 ID:9M6RkmvRo

 ――火の首領が焼き尽くした森の主は、ある属性を秘めていた。
 “地”もそうだが、もっと別の、主の代名詞とも呼べる属性を。

 この世の条理から外れた、理不尽なまでに異常な“混沌”を。

 邪悪な色の混ざった、恐ろしいまでにおぞましい“翼”を。

 千にして無貌と呼ばれる神の、その“顔”を。

 あのつぎはぎの魔女も、持っている。
 混沌と、翼と、そして千には及ばないまでも――百以上の貌(じんせい)を。

(……劣化レーヴァテインだと思っていたが、今回は相性に助けられたな)

 かつて、相手にルーンを刻み込んで焼き尽くす霊装があった。
 科学側の技術を取り入れて伝承を無理やり再現した風を装う、見かけと小細工だけの霊装だ。

 ステイルの扱う術式は、本来であればそのつまらない作品よりも遥かに劣る失敗作だった。
 なにせ属性を用意するだけで気が遠くなるような時間が掛かるのだ。
 そして仮に再現出来たしても、中途半端であれば威力は雀の涙。

 だが、もしも属性を限りなく再現した場合の威力は計り知れない。
 例え恒星の炎でなくとも、相手が混沌ならば恒星に見立てた炎は恒星と同じように働くのだ。
 人には無害な明るいだけの炎は、しかしあの魔女にとっては数千度の炎にも匹敵する灼熱の地獄同然。


 ――にもかかわらず、その地獄はステイルの視線の先であっという間に掻き消された。


(出来るのは時間稼ぎが精一杯だと、分かってはいたが)

 自身を焼き尽くす設定の炎を、魔女の背から溢れる粘液の翼が塗り潰したのだ。

 時間遡行を繰り返す内にその身に束ねられた異常な因果の総量を考えればなんら不思議ではない。
 火種は一つのルーンに過ぎない。ステイルがあらかじめ注いでおいた少量の魔力が途切れれば消えるのは当然だ。
 しかし、それにしたって早すぎる。せめてあと十秒持ちこたえてくれれば――

「君が選ばれた天才だったら話は変わっていたかもしれないね」

 薄まる炎の波から姿を現したキュゥべぇがいけしゃあしゃあと言った言葉に、ステイルはしかめっ面を浮かべた。
 何をいまさら言っているんだ、この生意気な使い魔は。

「……僕は昔から、選ばれない事に縁があってね」
960 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:06:18.71 ID:9M6RkmvRo

 才能に選ばれず。
 幸運にも選ばれず。
 彼女にも――ああいや、これは未練がましいので無しだ。

 いずれにしたって、自分は他人よりも少しだけルーン魔術に精通しているだけの凡人だ。
 他人よりも諦めが悪い、選ばれない事に慣れてしまっただけの凡人だ。


「自分が最強でありたいと、叶わぬ証明を夢見るだけの魔術師だ」


 言い捨て、立ち上がる。どうせこうなることは分かっていたのだ。
 選ばれない者には選ばれない者なりの悪足掻きの方法があることを見せ付けてやろう――

     M  T  W  O  T  F  F  T  O  I I G O I I O F
「――世界を構築する五大元素の一つ。偉大なる始まりの炎よ」

 記憶が正しければ、それは今日で三度目の詠唱だった。
 自嘲気味な笑みを浮かべがら、残ったなけなしの体力を全て魔力に練成し直す。
 創作神話の術式で稼いだ時間を使って構築した、一〇三枚のルーンで構成される魔法陣を起動させるため。

 ステイルの体から滲み出る魔力の香りに誘われて、魔女の翼が怪しく蠢いた。
 依存し、寄生し、取り込む対象を得たことで魔女は急速に学習している。
 自分には力があり、同時に自分が空腹であることを自覚したのだろう。

 とすると続く行動は――間違いない、すなわち食事だ。

  .I I N F   I I M S
「その名は炎、その役は剣――――」

 ステイルの体に蓄積された魔力が堰きを切ったように零れ始める。
 その魔力が放つ芳醇な香りに耐え切れなくなった魔女が、ステイルの体に食おうと刃と化した翼を伸ばした。
961 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:06:45.23 ID:9M6RkmvRo

「――――顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ――ッ!!」


 しかし、翼が届くよりも先に詠唱が完成する。
 ステイルの纏う“法衣”から、炎の衣が生み出された。
 彼の魔力と酸素を貪欲に喰らって生成された、異界の炎が目前に迫る翼を焼き切った。

 魔女狩りの王を作り上げる魔力を持たず、
 またそれを行うだけのルーンのカードを持たない彼に出来る最後の秘策。
 予め目立たぬよう特殊インクで生地に薄く刻まれた、二〇〇〇を超えるルーン。
 それを利用した魔女狩りの王の術式。
 つまり彼は、魔女狩りの王を鎧のようにその身に纏ったのだ。

(一〇秒、やれるか?)

 身体に施した耐熱術式が焼き切れるまでの時間と、魔力が底を尽きるまでの時間。
 それが一〇秒。
 ゆえに彼は、巨大な杭打ち機に打ち出されたかのような勢いで飛び出した。
 地上を這うように飛ぶ猛禽類の如き速度で駆けるステイル。

 飢えた魔女もそれを放置するほど愚かではない。
 ニメートルと半分はありそうな炎の巨人を仕留める為に分裂させた翼で襲い掛かる。
 ぐちゃり、と生理的嫌悪感を覚えさせる異音を発する、巨大な樹の幹のような粘液の翼。
 ステイルは魔力を集中させてそれらをなぎ払い、なぎ払えない物は切り離した炎を囮にしてやり過ごそうとする。

 それでもかわせなかった翼が肩を掠め、身に纏った炎のいくらかがかき消された。

「ぐうううッ――――!!」

 その余波で炎の鎧が剥げ落ち、法衣ごと肩の筋肉が引き裂かれる。
 引き裂かれた箇所に炎が流れ込み、骨ごと持っていくような勢いで燃焼を始めた。
 すぐさま右肩に当てる魔力をカットしようとして、既に感覚が無いことに気が付く。

 神経が焼け落ちていたのだ。
 ステイルは笑ってその事実を受け入れた。
 道理で痛みが無いわけだ。痛みを堪える手間が省けただけありがたい、ステイルはそう考える。
962 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:07:12.12 ID:9M6RkmvRo

「ふうぅぅっ――!!」

 残り七秒。
 息を吐き出しながら一歩前に踏み込む。ほんの少し前まで彼が居た場所に粘液の雨のような翼が突き刺さった。
 激しい振動が結界内を揺るがし、体勢を崩す。確認はしていないが、背後には大穴が穿たれていることだろう。
 一発でも貰えば今度こそあの世逝きかも知れない。
 だからどうした。既にあの世には片足以上突っ込んでいる。気に留めるまでも無いことだ。

 それに――もう終わる。

 執拗に繰り出される翼をかわし続け、地面を大きく蹴りたててステイルは魔女の真上を通過。
 手を出しかねていたもう一方の魔女の翼が、翼の形を脱ぎ捨て、津波のような勢いと共にステイルの身体に迫る。
 わずかに迷った末、ステイルは右半身を出来うる限り逸らした。

 数瞬の後、どす黒い粘液が右大腿部を炎ごと切り裂き、溢れ出る血潮と炎とを吸収していく。
 こつっ、と、辛うじて繋がっている大腿部の骨と骨とが互いにぶつかって間抜けな音を立てた。
 右足が千切れ落ちていないのは幸運としか言いようがなかった。

 残り五秒。

 右足を庇うように、左足で着地。
 位置は魔女から見て右後方。まどかとは正反対の方向だ。一息吐く間もなく背後を振り返る。
 まどかの姿は見えない。魔女の姿が陰になっているのだ。ある程度狙ったとはいえ、これも僥倖と言える。

「――――ッ!!」

 格好の良い台詞を吐く余裕すらない。
 間髪入れずに右手を突き出して、身体を覆う魔力の何割かを手のひらに練り集める。
 幾度と無く放った事のある魔術――もっとも慣れ親しんだ『炎剣』を発動させるための準備だ。

 残り四秒。

 高速で駆け巡る思考の片隅で、ステイルは時間的余裕の無さに舌打ちしかけた。
 だが舌の動きはそんな苛立ちを無視して別の形を取る。つまりは、

「炎よ、巨人に苦痛の――――ッ!!」

 炎剣を炎剣足らしめるための詠唱だ。
 もはや口を開く時間さえもどかしく、後半は口ごもるような調子で詠唱を完成させた。
 魔女狩りの王を纏った状態のためか、その剣のシルエットはどこか十字架を髣髴とさせる物だ。
963 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:07:39.63 ID:9M6RkmvRo

 残り二秒。

 口から血を吐きながら、眼球を忙しなく動かして攻撃目標を探す。

 対象は魔女の背中。正確には背中からとめどなく溢れ出る粘液状の翼の根元だ。

 その手に宿した十字の炎剣を、粘液の塊に突き立てる。

『―――――――――――――――――!!?!?』

 熱に当てられて、魔女が声にならない声を発して空間を震わせた。
 聴く者が聴けば正気を失いかねないような代物だったが――生憎、ステイルはそれよりも前から正気を失っていた。
 大口を開けて、肺の中の空気を一気に吐き出す。


「……吹、きっ飛べぇえぇぇぇぇぇぁぁああああああああああッ!!!」


 翼と魔女の身体の間に刺し込まれた十字が、その魔力を暴発させた。

 見ようによっては小型の太陽にも見える輝きが、魔女とステイルの身体を照らし出して――

 残り一秒。

 違う、たった今ゼロ秒になった。

 残る衝撃波で炎の鎧を吹き飛ばされ、ボロ雑巾のような身体がぐらりと傾く。


 つぎはぎの魔女の粘液状の翼。その根元に傷は――――

964 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:08:08.22 ID:9M6RkmvRo

「――ステイルッ!?」

 視界を覆っていた砂埃が晴れたのを確認すると、さやかは反射的に叫んだ。
 そして目の前の光景に目を凝らし、息を詰まらせる。

「あれだけやって、そんな……」

 さやかの位置から、ステイルと魔女の状況、その全てを把握することは出来ない。
 だが全てを把握出来ずとも分かることが一つだけある。

 それは至極単純で、絶対に認めたくない結末。
 つぎはぎの魔女の粘液状の翼。そこに傷らしい傷は何一つ無い。
 ステイルの死力を尽くした決死の行動は――無駄足に終わってしまった。

「っ――ステイル!?」

 爆風のせいで気を失ったのか、ステイルが魔女の“翼の根元”にもたれかかった。
 そんな彼の背中を、極限にまで研ぎ澄まされて刃と化した翼が容赦なく刺し貫いた。
 腰よりもやや上、胸よりも下、幸運に幸運が重なれば即死は免れているかもしれない。まだ間に合うかも――

「待てさやか! なんか様子がおかしい!」

 思わず駆け出そうとしたさやかは、杏子の声に我に返って足を止める。
 そして杏子に促されて、もう一度目を凝らした。

 背後を刃で貫かれたステイル。
 辛うじて見えるその横顔。その唇が、かすかに動いている。
 ほとんど虫の息の状態で、彼は何かを呟いている。誰かに。おそらくはあの魔女のすぐそばにいるまどかに。

 血飛沫が宙を舞う。
 赤い、人間の鮮血ではない。
 つぎはぎだらけの魔女が流した涙と同じ、黒いオイルのような鮮血だ。
 その発生源はステイルの身体がある位置。しかしステイルの攻撃が成功したような形跡は無かったはずだ。

 ……じゃあ、残る原因は一つしかない!
965 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:08:34.50 ID:9M6RkmvRo

 恐らく、終ぞ減速できなかった刃が、自分自身、すなわち魔女の翼の、その生え際を切り裂いたのだ……!

「まさかステイル、あんた最初からこれを狙って……」

 魔女の翼の生え際から、どす黒い血飛沫が吹き出る。
 己の攻撃によって半ば千切れかけた翼が、一個の生物のように痙攣を起こして踊り狂う。
 同じように、まどかの手を引いたまま魔女も不気味に身体をくねらせて悶え苦しんでいる。
 だけど倒れない。
 翼は未だに健在で、こうしている今だってその見えない力を振るおうと暴れ狂っている。

「ごめん杏子、やっぱあたし行く! こんなとこで見てるだけなんて無理!」

「いや――ダメだ、今回ばっかはやばい! 絶対にアタシから離れるな!」

 そう言ってさやかの前に出る杏子。
 彼女の後姿は、これまで見たことが無いほどに勇ましく、同時に大きく見えた。
 だがこの状況で動くなと言われて、素直に引き下がるほどさやかは大人しくない。
 杏子の制止を振り切ってステイルの下に駆け寄ろうと、既に原形を保っているのが不思議なソウルジェムに力を――

「なんなのさこれ、こんなの有りかよ……なにが来んのさ……!?」

「はぁ!? ちょっと杏子、あんた何言って――」

 キッ、と杏子に睨まれた。
 その眼力に自然と足を竦ませてしまう。

 怯えるさやかを前にした杏子は、歯軋りを鳴らして力強く下を指差した。



「アタシがやばいって言ってるのは魔女じゃない! 下から来るやつだよ!」
                                ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨
966 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:09:01.03 ID:9M6RkmvRo

 その言葉が合図となった。

 揉めるさやかと杏子、そしてそのすぐそばで座り込むキュゥべぇの前方。

 暴れる魔女とその翼に身を委ねるステイルと、目を閉じて必死に耐えるまどかのすぐそば。

 大樹にも見える結界の中心からやや逸れた場所。

 それが、嘘のように軽々と吹き飛んだ。
 過言でも虚言でもなく、文字通り、それは吹き飛んだのだ。
 巨大な竜巻が下から突き上げたかのように、あるいは土石混じりの津波がぶち当たったかのように。
 全てを飲み込む雪崩のように、何もかもを打ち砕く地割れのように。

 音の速さを超える、エネルギーの爆発にすら近い超音速。
 それすらも突破した神速とすら呼べる速さで結界を“突き破られた”結果だ。
 当然、それによってもたらされる衝撃波は生半可な物ではない。
 魔女もまどかもステイルも、杏子たちも全員まとめて薙ぎ倒すほどのエネルギーが撒き散らされるはずだった。

 だが、現実はそうならない。
 天地が逆さまになるような衝撃波の全てが、無理やり“流れを変えられて”上空に逃がされる。
 圧倒的な破壊のエネルギーが灰色と混沌の空へ流れ、その空模様に巨大な――とても巨大な大穴を穿った。
 普通に考えればありえない現象だ。これほどの現象を起こせる存在など、この世界には数えるほどしか居ない。

 にもかかわらず、全てを見通していたかのように大胆不敵に笑う者がいた。
 強引に刃を引き抜かれ、魔女の翼に寄りかかって血を流すステイルだ。
 彼はその唇を弱弱しく動かして、言葉を紡ぐ。

「待たせてくれたね……『他称最強』」

 あまりにも小さな声だ。虫の鳴き声かと思ってしまうような、そんなかすかな声だった。
 すぐそばで彼の身体を支えてやっと聞き取れるかどうか――それほどまでに静かな音だ。
 だが、その声に応える者がいる。

「待たせちまったみたいだなァ……『自称最強』」
967 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:09:42.64 ID:9M6RkmvRo

 それは上空へ流れるエネルギーの滝の中で静かに身構えながら口角を吊り上げた。
 捩れた物理法則に従う滝の中で、静かに光が爆ぜる。白く、あるいは黒い、透明色をした薄い輝きが広がる。

「まずは舐めた真似しやがる気色悪ィ翼を切り離す。オマエの力でなンとかしろ」

「――人使い、荒いですね」

「そォいう台詞は人間になってから吐け。……行くぞ」

 ほんの僅かな時間、瞳を瞬くその刹那。
 上昇する滝の中から飛び出た“力”の塊――光弾が躊躇い無く撃ち出された。
 それは“力”であり、光の塊であり、翼を生やした天使にすら見えるエネルギーの塊だ。
 大気、重力、結界内の魔力。ありとあらゆるエネルギーの方向を捻じ曲げて、それはなお加速する。

 そして僅かな時間、瞳を瞬き終わるその瞬間。
 翼を生やした輝く光弾が、半ば千切れかかっていた魔女の翼の先端に突き刺さった。
 否、正確には魔女の翼に絡みついた。

「そいつはくれてやる。どォせ殺したって死なないような存在だからな」

 上昇を終えて薄らいでゆく滝の中で、言葉が紡がれる。
 同時に光弾がその翼を大きく広げ――最終加速。
 正真正銘光り輝く科学の天使と化したエネルギーに引っ張られて、魔女の翼が大きく脈打った。

 ずるり、と魔女の身体から翼が引き抜かれ、結界の上空へ放り出される。
 吐き気を催す臭気を放ちながら、目が腐るような醜い漆黒の血飛沫を上げながら。
 魔女の身体――本体であり母体である“暁美ほむら”から切り離された“暁美ほむら達”が、おぞましい悲鳴を上げる。

 翼だけとなった状態でなお、それははためく。
 例え母体である魔女本体から切り離されても、実質的な能力を保有するのは翼の方なのだ。
 それは複数の魂がこびり付いた状態でいびつな孵化を遂げたせいかもしれない。

 翼がはためき、粘液状の刃をきらめかせて科学の天使を粉微塵にする勢いで切り裂いた。

「ごめんなさい、ここまでです――!」

 科学の天使はその姿を粒子レベルにまで切り裂かれながら、それでも最後に言葉を残していった。
968 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:10:38.80 ID:9M6RkmvRo

「いや、十分だ」

 完全に上空へ霧散したエネルギーの中から姿を現したのは、真っ白な姿に黒い翼を生やした少年だった。
 その瞳はルビーと同じ、鮮血を注がれたかのような真っ赤な色をしている。
 少年は数百メートルという高さから何事も無かったかのように、ふわりと地面に着地する。
 そして地面に投げ出されたままのステイルと、抜け殻同然の魔女と共に倒れこむまどかのそばに歩み寄る。

「なンつーザマだよおい、瀕死の神父様なンて流行らねェぞ」

「……せめて、手当てを……」

「チッ、面倒臭ェ。死人は黙って死ンどけ」

 そう言いながら、少年は屈みこむと倒れたままのステイルの背中に手をかざした。
 ただそれだけで、ステイルの体内を流れる血液や内臓の欠損した箇所が慌しく動き始める。
 血液の流れが無理やり捻じ曲がり、可能な限りその血液を無駄にしないように流動していった。

「あの世逝きを遅らせるので限界だ。出血が多過ぎる。傷口焼いて、じっとしてろ」

「……助……かった、よ」

「オマエは“どこまで把握”してる? そばで倒れてるガキは何も知らない状態か?」

「……大体は……説明も、済んで……」

 そうかよ、とため息を吐いて少年は立ち上がった。
 ちらりと少年が視線をそらす。その先では、まどかが魔女の身体をなんとか支えようと試みていた。
 少年はわずかに悩む素振りを見せてから、後頭部をガシガシと掻いて舌打ちする。

「あのクソ生意気なガキと土御門に頼まれたのは時間稼ぎだけどよォ」

 少年――人類最強の存在、『一方通行』の赤い双眸が爛々と光り輝く。
 そんな彼に対峙するように、『魔女の翼』が黒い身体を悠々と広げ煽る。

「――倒しちゃいけないなンてお達しは受けてねェンだ、クソッタレが」
969 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:11:06.27 ID:9M6RkmvRo

 ――いまだ夜の明けぬ、星空の下のイギリスにて。

 小さな宝石を右手の中で持て余してい、クソ生意気なガキこと、レイヴィニア=バードウェイは目を開いた。
 その様子に気付いて、すぐそばで控えていたマークがそそくさとその隣に歩み寄る。

「ボス……」

 うむ、と頷いてバードウェイは左手の指を動かした。
 にちゃり、にちゃりと何かどろどろの液体状の物を揉む音が鳴る。
 その手の先には、白い獣の死骸があった。何かで叩き潰されたのか、見るも無残な姿に成り果てている。
 成り果てているのだが――赤い血が、一滴も流れていない。
 それどころか目に当たるであろう赤い宝玉は、生命機能を停止した状態でなお元の輝きを保っていた。

「頃合だ。始めるぞ」

「……本当にやるんですか、≪明け色の陽射し≫が、こんな正義の味方の介添え人みたいなことを?」

「もう前振りは全世界にしてしまったんだ、今更後悔したところで遅すぎる。それからだな」

「はい?」

「そこを退け」

 軽く右手を一薙ぎ。それだけでマークの身体が面白いようにあっさりと吹っ飛んでいく。
 そして新たな人影がバードウェイの前に現れた。
 バードウェイはその人影に向かって笑みを向けると、口を開いた。

「何の用だ、RPGにでも出てきそうな王冠ババア」
970 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:11:32.32 ID:9M6RkmvRo

「少年漫画か漫画小説に出てきそうなガキに言われたくはない」

 その人影は鼻を鳴らして一歩前に出る。その正体は、
 わずかながらに皺の刻まれた顔と少し枯れた髪色の女性――英国女王、エリザードだ。
 彼女は切っ先の無い剣ことカーテナ=セカンドをぷらぷらと揺らしながらバードウェイに視線を送っていた。

「その様子だと、“垂れ流していた”のはあんただね」

 お見通しか、とため息を吐くバードウェイ。
 そんな態度を気にする素振りも見せずにエリザードは続けた。

「あいつは……ローラ=スチュアートは失敗したのか?」

「さぁな。だが少なくとも成功はしていないだろう」

 エリザードはその瞳にわずかな憐憫の情を抱き、がっくりとうなだれる。
 そしてなぜかバードウェイに同情の視線を向けて微笑を浮かべた。

「あの陰謀屋、試合に負けたが勝負には勝つみたいだね」

「なんだと?」

「こっちの話だよ。それであんたはどうする気だい」

 右手の中のソウルジェムを転がして、少し考える仕草をするバードウェイ。
 そして彼女はソウルジェムを己の胸に引き寄せて、尊大な口調で告げる。

「身に覚えは無いが、どうやら勝手に恩を着せられてしまったようだからな。ちゃんと返さねばいけないだろ?」

「……あんたも素直じゃないね」

「ババアに言われる筋合いは無い」

 右手で、ソウルジェムをぎゅっと握り締める。
 左手で、白い獣の死骸を無造作に掻き回す。


「――それじゃまぁ、始めるか」

 その可愛らしい外見からは想像も出来ないような底冷えのする声で、バードウェイは言った。
971 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:22:13.36 ID:9M6RkmvRo
以上、ここまで。

長らくお待たせいたしました、というか待っててくれてありがとうございました。
そして設定や展開自体は頭の中に残ってましたが、伏線回収とかその他は完全に忘却の彼方で死ぬかと思いました。

作中で出てくる『創作神話』はTRPG等で有名な某宇宙恐怖小説のあれです。
あとは……おそらく以前も出たような言い回しや表現のぶれが多々あると思われます、これもちょっと覚えてなくて。ごめんなさい
次回で騒動はひとまず完全に終了……エピローグはありますけどね

次回投下は来週までには必ず!

……これ、本当は去年の七月ないし八月にVIPで300レス以下一日で投下完了の予定だったんだけど……あれ?
972 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/05/28(月) 03:23:12.41 ID:9M6RkmvRo
あと次スレは次回投下時に立てます。
そうでなくても、万が一995超えたら立てるかもしれません。では
973 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 03:48:01.25 ID:I2ROMB5Fo
おつ
974 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 04:36:51.64 ID:2o1rPunIO
乙!
975 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 06:32:09.62 ID:0vHpFYzIO
おつ
976 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/05/28(月) 10:50:50.13 ID:I6QBSc0lo

生ける炎の招来とか成功したらしたで自爆テロじゃね?ww
しかしマジ発動するレベルの創作神話大系を生み出すとはこの世界の御大(とゆかいな仲間たち)すげぇな
977 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 13:13:36.80 ID:nZMZU5WIO
しかしまど神もマジ災難だな
せっかく救おうとした世界と友達をかっさらわれた上に、自身が概念化しても根本的にはどうすることも出来なかった問題の解決法があっさり用意されたんだから。
978 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/28(月) 20:23:14.45 ID:w1lsSq6n0
またさやかちゃんだと思ってたら>>1だった
もう何も怖くない
乙でした

>>977
解決出来なかったんじゃなくてあえて解決しなかったんじゃなかったっけ?
魔法少女になった子達の想いを無駄にしたくないとかで
979 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 20:49:33.39 ID:mpgUTWb70
>>978
言い方が悪かったな
ここでの問題は1度魔法少女or魔女になった者が人間に戻れるようになるってことを言いたかったんだ
980 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 20:52:28.36 ID:mpgUTWb70
あ、>>977は俺な
981 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/28(月) 21:15:17.84 ID:b93TtgGso
QBのことじゃない?まぁそれも感情得るのに1000年掛かるんじゃあっさりでもなくね

と思ったけどソウルジェムかww
まだほむほむ復活してないし、それもさやかあちゃんみたいな代償あるんじゃないかなー
982 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/28(月) 21:55:28.04 ID:R/pr9DSV0
一方通行参上オオオオオオオオオオオ!!!!!!
983 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/05/29(火) 00:41:11.07 ID:ao9J5x4H0
>>981
これで魔法少女から人間に戻すのに何の代償もなく、さらに失った寿命まで戻せたりしたらまじでまど神の立場がなくなるな。
984 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/30(水) 02:18:32.83 ID:RhuIoRDT0
>>983
「魔法少女になる」って、そういうことよ
985 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/30(水) 07:38:45.37 ID:yrH5WAFt0
まあ>>1のことだから何らかの救済措置は与えられるだろう
救う側が救われるってのも皮肉な話だが
986 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/06/04(月) 02:43:09.40 ID:6Fxv62fMo
投下は明日=今日の22時頃に延期します
すいません
987 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/04(月) 07:11:45.42 ID:ug7DA/hu0
きたか…!!

  ( ゚д゚) ガタッ
  /   ヾ
__L| / ̄ ̄ ̄/_
  \/   /
988 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/04(月) 11:48:38.29 ID:YfvigBJx0
一方△。ステイル△。ついでに風斬△。
989 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/06/04(月) 12:29:02.73 ID:YlkxkS6IO
>>985
ただ皆がみんな救われるっていうのはなんだかなぁ…
990 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/04(月) 12:33:19.16 ID:9/v9CsBR0
>>989
まどマギの救済系のssって大体みんなそんな感じだろ
991 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/06/04(月) 12:44:58.51 ID:YlkxkS6IO
そんなもんかね?俺も虚淵的思考にはまりすぎたかな
992 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/06/04(月) 14:03:27.29 ID:SMgAPvgao
本編が悲惨なほど、二次創作では反動で大団円にする人が多いの&目立つのはまあ当たり前だと思う
逆に平和でゆるい日常系ほど陰惨で酷く夢も希望も無いようなのが増えるし目立つんだよな
993 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/04(月) 14:44:19.45 ID:CUEfzdF00
蛸壷屋のけいおん同人が注目されたのはそれが理由だろうな
同じような蛸壷のまどかの同人はあまり受けなかったし
994 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/06/04(月) 15:05:57.16 ID:ztSL/6Ty0
乙!
ただ一方さん登場の辺りは描写がちょっとわかりづらいかも。

物語は王道でいいんだよ王道で。
みんなが笑顔で終わるハッピーエンドでさ
995 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/04(月) 18:49:18.16 ID:vL+UvTvY0
いま追いついた!最近のまどかクロスSSの中じゃ凄まじく完成度が高いな。
魔法少女を人間に戻すめども立ってるし、この調子だと概念になったまどかもあっさり救出されそうだwwww
996 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/06/05(火) 00:58:53.72 ID:Awj1Gu8/o
指が痛くなるほど打ってるのに終わらない……!?
さすがに投下詐欺で終わらせるわけにはいかないので、推敲しつつの分割、前半投下します
あとスレ立てます
997 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [saga]:2012/06/05(火) 01:03:23.33 ID:Awj1Gu8/o
ほむら「あなたは……」 ステイル「イギリス清教の魔術師、ステイル=マグヌスさ」2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338825761/

ここはちょっとしたレス返で埋める予定です、おそらく
998 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/06/05(火) 01:47:06.81 ID:Awj1Gu8/o
投下終了……
そして一部のみレス返。お見苦しいので見ない方がいいかもしれません

一応言い訳すると、基本的に自分はどのレスも喜んで読んでます。十二、三回ほど読み直してます。



>>977
かっさらわれたのは膨大な世界の内の一つですので、やはりまど神様の存在は偉大です
アレイスターがやっとこさ二つの世界を結合して、高みの見物している隣でも休まず活動していますから
まど神様あっての世界観ですね、このスレ内では。他は後々、エピローグで色々と。

>>981
べぇさんもソウルジェムのこともまぁ、エピローグで色々と。
インキュベーターという全にして一の種族なら、感情を宿した精神疾患体は……?

>>983
そのあたりもエピローグで色々と。

>>989,991
そうですね、まどか☆マギカ的にどうなのか、という思いはあります。
そのあたりも納得いただけるような展開になっている……かな?

>>994
ぶ、文体がぶれてるから(震え声)
嘘です、>>1に迫力あるバトルや描写する力量が無いのが原因です。精進します。
999 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/06/05(火) 01:48:06.96 ID:Awj1Gu8/o
埋め
1000 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/06/05(火) 01:48:51.18 ID:Awj1Gu8/o
1000なら夢の中で風斬とイチャイチャできる
1001 :1001 :Over 1000 Thread
   /.   ノ、i.|i     、、         ヽ
  i    | ミ.\ヾヽ、___ヾヽヾ        |
  |   i 、ヽ_ヽ、_i  , / `__,;―'彡-i     |
  i  ,'i/ `,ニ=ミ`-、ヾ三''―-―' /    .|
   iイ | |' ;'((   ,;/ '~ ゛   ̄`;)" c ミ     i.
   .i i.| ' ,||  i| ._ _-i    ||:i   | r-、  ヽ、   /    /   /  | _|_ ― // ̄7l l _|_
   丿 `| ((  _゛_i__`'    (( ;   ノ// i |ヽi. _/|  _/|    /   |  |  ― / \/    |  ―――
  /    i ||  i` - -、` i    ノノ  'i /ヽ | ヽ     |    |  /    |   丿 _/  /     丿
  'ノ  .. i ))  '--、_`7   ((   , 'i ノノ  ヽ
 ノ     Y  `--  "    ))  ノ ""i    ヽ                             
      ノヽ、       ノノ  _/   i     \
                                                       SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)
                                                         http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/

1002 :最近建ったスレッドのご案内★ :Powered By VIP Service
【Fate】慎二「何やってるんだ、ライダー!!」 40ワカ目【聖杯クンポケット】 @ 2012/06/05(火) 01:45:51.70 ID:lEXtYrEVo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338828351/

気づいて @ 2012/06/05(火) 01:07:41.97 ID:UxQml6Gio
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1338826061/

ほむら「あなたは……」 ステイル「イギリス清教の魔術師、ステイル=マグヌスさ」2 @ 2012/06/05(火) 01:02:41.48 ID:Awj1Gu8/o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338825761/

ガングレイヴ雑 @ 2012/06/05(火) 00:46:02.74 ID:Z8Qbokvao
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1338824762/

低身長の女の子ちょっと来い Part.3 @ 2012/06/05(火) 00:34:32.85 ID:qEDkQSSbo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1338824072/

轢いた子に惹かれた @ 2012/06/05(火) 00:30:25.95 ID:A1g1VBgAO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1338823825/

KOK @ 2012/06/05(火) 00:04:12.88 ID:nJ+bJ5p4o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1338822252/

禁書SSで実害なものを語るスレ @ 2012/06/04(月) 23:14:46.48 ID:nXHu/DODO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338819286/



VIPサービスの新スレ報告ボットはじめました http://twitter.com/ex14bot/
管理人もやってます http://twitter.com/aramaki_vip2ch/
Powered By VIPService http://vip2ch.com/

928.67 KB   
VIP Service SS速報VIP 専用ブラウザ 検索 Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)