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駿河「これも、また、戯言なのだろう」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:46:23.49 ID:6uaDhiJBo
このssは世界を面白くする組織、一群《クラスタ》の提供でお送りいたします。
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■ 萌竜会 ■ @ 2025/04/02(水) 21:48:47.60 ID:N/ZU8bZIo
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旅にでんちう @ 2025/04/02(水) 06:55:19.04 ID:YEmuqsNkO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1743544519/

■ 萌竜会 ■ @ 2025/04/01(火) 21:19:02.52 ID:eHLSpy5Lo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1743509941/

(・ω・) @ 2025/04/01(火) 06:02:48.47 ID:9EGjLzPQO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1743454968/

【遊戯王SS】デスガイド「A.うれしいから(使われるとうれしくないあたりまえだろ)」 @ 2025/04/01(火) 02:15:03.50 ID:ao/gLU/u0
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【俺レベ】水篠「S級とS級の子供は最強のハンターになると思うんですよ」 @ 2025/04/01(火) 00:45:51.96 ID:aUIP6KnqO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1743435951/

〜魔王城〜 男「死にたくない……。せや、命乞いしたろ」 @ 2025/03/31(月) 03:45:31.74 ID:MXp56eHz0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1743360331/

HTML化依頼スレッド Part56 @ 2025/03/29(土) 04:59:47.67 ID:oC8IgT4HO
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/01(土) 23:49:34.73 ID:6uaDhiJBo
戯言シリーズと物語シリーズをクロスさせるssです。
よかったら見ていってください。

この作品を石凪萌太、匂宮出夢に捧げます。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/10/01(土) 23:49:36.43 ID:yY8+z4XAO
八九寺のやつの続きか?
そうなら誘導しといたら?
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:50:00.94 ID:6uaDhiJBo
戯言×化物語 アダシノプロフェッショナル


        スター プレイヤー
するがモンキー 怒 力 化の戯言
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:51:21.96 ID:6uaDhiJBo
  登場人物紹介


戦場ヶ原ひたぎ (せんじょうがはら・ひたぎ)――――――――――蟹。
八九寺真宵 (はちくじ・まよい)―――――――――――――――蝸牛。
神原駿河 (かんばる・するが)―――――――――――――――――猿。
千石撫子 (せんごく・なでこ)――――――――――――――????
羽川翼 (はねかわ・つばさ)―――――――――――――――????
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード ????
(きすしょっと・あせろらおりおん・はーとあんだーぶれーど)
阿良々木火憐 (あららぎ・かれん)――――――――――――????
阿良々木月火 (あららぎ・つきひ)――――――――――――????


ドラマツルギー (どらまつるぎー)――――――――――――????
エピソード (えぴそーど)――――――――――――――――????
ギロチンカッター (ぎろちんかったー)――――――――――????

忍野メメ (おしの・めめ)――――――――――――――――――平等。
忍野忍 (おしの・しのぶ)―――――――――――――――なれの果て。
忍野扇 (おしの・おうぎ)――――――――――――――――????
貝木泥舟 (かいき・でいしゅう)―――――――――――――????
影縫余弦 (かげぬい・よづる)――――――――――――――????
斧乃木余接 (おののき・よつぎ)―――――――――――――????
臥煙伊豆湖 (がえん・いずこ)――――――――――――――????

               ―――――――――――――????
沼地蝋花 (ぬまち・ろうか)―――――――――――――――????


              ―――――――――――――????
6 :そうだ、ずれるんだった忘れてた [sage]:2011/10/01(土) 23:52:16.75 ID:6uaDhiJBo
井伊遥菜 (いい・はるかな)――――――――――――――????
玖渚友 (くなぎさ・とも)――――――――――――――――????
想影真心 (おもかげ・まごころ)――――――――――――????
西東天 (さいとう・たかし)―――――――――――――――????
哀川潤 (あいかわ・じゅん)――――――――――――――????


零崎人識 (ぜろざき・ひとしき)―――――――――――――????

阿良々木伊荷親 (あららぎ・いにちか)――――――――――戯言遣い。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/01(土) 23:53:09.17 ID:6uaDhiJBo
切なる恋の心は尊きこと神のごとし。――樋口一葉
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:54:25.05 ID:6uaDhiJBo
 今回の事件は、僕には全く関係のないことだった。

 確かに今回の事件で怨みを買ったのはこの僕で、殺されかけたのはこの僕だったのだけ

れど、事件は僕の預かり知らぬところで発生し、そして同様に終わっていったのだ。

 そう思っているのは僕だけで、全てを話し終えた後、どう見てもおまえの所為じゃない

かなどと各方面からパッシングを受ける可能性はあるのだけれど、(というか、確実に受け

る。僕の主張はなかなか理解されない。)でも、どうしてもこれは僕の所為だとは思いがた

いし、また、これに僕が関わったとも思いがたい。

 いや、実際はこの事件唯一の被害者であるのだから、全く関わっていないとは言えない

のかもしれないのだけれど、けれども、やっぱり僕には関係のないことだった。

 そう、それはどこか他人事で、何か夢を見ているようで、自分とは関係のない世界の話。

まるで、テレビドラマのように話が始まり、小説のように話が進んでいき、現実のように

全てが終わっていく。

 僕はそこにいながらも、そこにいないようなもので。与えられた役どころは特になかっ

た。ただの殺せない被害者。それはつまり、事件に何の意味ももたせないということであ

る。そう考えると、彼女の覚悟を何から何まで台無しにしてしまった僕の役どころは、た
  クラッカー
だの破壊屋だったのかもしれない。劇の途中で、いきなり奇声を上げてしまった背景の木
                     クラック
のような、特に意味もなく全てを壊してしまう破壊。今までの前置き全てを台無しにして

しまうような気もするけど、なるほど、確かに全てを壊してしまった僕にはいい配役なの

かもしれない。まあ、それでもやはり、今回の事件は僕には全く関係がない。そもそも僕

が入り込む余地などもともとなかった。内輪で済ませられる話。常に誰にとっても外側に

位置しつづける僕には関係のない話。

 だから、今から話すこの話が事実とは多少異なっていたとしても、それは仕方のないこ

とだと思って聞いていただきたい。これが外側から観測していた者の限界なのだと、諦め

ていただきたい。

 こうなるしかなかったのだと、こうするしかなかったのだと、認めてもらいたい。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:55:48.01 ID:6uaDhiJBo
000

 美しき薔薇にも刺がある。醜い人にも刺がある。どちらを選んだ方が得かは明白だ。


10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:56:28.19 ID:6uaDhiJBo
001

 神原駿河といえば学校内で知らない生徒はほとんといないほどの抜きん出た有名人であ

るそうなのだが、勿論僕は知らなかった。僕は有名人とか、天才とかそういうのには全く

興味がなく、名前を聞いたところで、実際に会ってみないと、(人によっては会ってみて

も。)すぐさま忘れ去ってしまうのだ。

 また、彼女の場合、興味どころか、僕には関係のないだろう位置にいた。神原駿河は僕

や翼ちゃんやひたぎちゃんよりも一つ下、二年生であり、翼ちゃんやひたぎちゃんのよう

に、勉学を極めているわけでもなかった。彼女が極めている道は、スポーツの道なのだ。

神原駿河はバスケットボール部のエースなのである。先ほど彼女を有名人と表したのだが、

ニュアンス的にはスターと表現した方が、伝わりやすいかもしれない。彼女は一年生、入

学したての頃から、あっという間にレギュラー入りし、それはそれだけなら入部した先が

名も知れぬ、弱小というのも恥ずかしい万年一回戦負け女子バスケットボール部だったか

らと理由付けが可能かもしれないが、その後の最初の公式戦から、その名も知れぬ、弱小

というのも恥ずかしい万年一回戦負け女子バスケットボール部を、いきなり全国大会にま

で導いた、怪物的な伝説を築き上げてしまったとなれば、これはスター扱いされない方が

おかしいというものだ。一体なんて事をしてくれるんだと逆に責めたくなってしまうくら

い、まさに『築き上げてしまった』というほどの、それは、唐突な伝説だった。近隣の高

校の男子バスケットボール部から練習試合の申し込みが、冗談でなくあるくらいの強豪チ

ームに、我が校の女子バスケットボール部は、勃発的に成り上がってしまったらしい――

たった一人の女生徒の力によって。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:56:55.45 ID:6uaDhiJBo
 取り立てて背が高いというわけではない。

 体格も普通の女子高生クラスだ。

 むしろ、ちょっと小柄、痩せ型なくらい。

 たおやかという表現がぴったりくる。

 まあ、噂というものは、言葉というものはなかなか信用ができないものなので、本当に

そこまでの実力の持ち主なのかは僕は知らない。全てが全て、後から聞いた話だ。もしか

したら、僕らの通う高校が勉学メインの進学校だから、ただ勉強ができる優等生めいた生

徒よりも、見た目に派手なスポーツの英雄の方が注目を浴びやすいというだけなのかもし

れない。こんな漫画や小説の主人公みたいな人物がこの世にいるかどうかは知らないが、

あの青色や、橙色のような天才が、こんな高校にいるわけもないことは確かだ。

 話を戻そう。神原駿河の物語に。そう、この時点で僕は、神原駿河について語るように

なるとは、全く思っていなかった。僕のような落ちこぼれの三年生と、縁のできようはず

もないからだ。

 縁もゆかりもありはしない。

 彼女を僕が知らなかったように、彼女が僕を知っている可能性などありはしないのだか

ら。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:57:33.37 ID:6uaDhiJBo
 と、そう思っていた。

 僕はそう思い込んでいた。

 可能性?まったく、とんだ戯言だ。十万回に一度しか起きないことは一回目に起き、一

番最初に会った相手は百万人に一人の逸材で、確率は低いほどに起きやすい。奇跡なんて

一山いくらの二級品だと言い放った請負人の前にいる今の状況からじゃ考えられないこと

だ。

 そんな思い違いが解消されたのは、神原駿河に出会ったのは、五月も末に差し掛かり、

衣替えの六月を目の前にした頃のことである――僕の首元に刻まれた二つの小さな穴が、

伸ばした襟足で、ぎりぎり隠れるか隠れないかくらいになり、この分なら、半月ほど絆創

膏でも貼っておけばよさそうだと、胸を撫で下ろしていた頃のことだった。

 足音を高らかに響かせながら近付いてきて、僕に話しかけてきた神原駿河は、そのとき

から既に、左手を真っ白い包帯でぐるぐるに巻いていて――
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:58:22.64 ID:6uaDhiJBo
002

 金曜日の学校帰り、坂道で自転車を漕いでいて、前方にリュックサックを背負ったツイ

ンテイルの小さな女の子、すなわち八九寺真宵ちゃんの姿を見かけたところで僕はその横

を素通りし「ちょっちょっと待ってくださいっ!阿良々木さんっ!」

 待てといわれて待つ奴は普通いないが、僕は普通でもないので待ってあげることにした。

後ろからとてとてと、大きなリュックサックを揺らしながら、真宵ちゃんが走ってくる。

「なっ、何で、無視するんですかっ、阿良々木さんっ!」

 と、真宵ちゃんは息を切らしながら、僕に問うた。ちょっと涙目になっている。……ま

あ、あんな大きなリュックサックを背負いながら全力疾走すれば、大の大人でも辛いだろ

う。こんな大荷物で走れそうな者など、僕は一人しか知らない。

「何でって言われても……特に話すこともないし……」

「この前、見かけたら話し掛けてくださいねって、言ったじゃないですかっ!阿良々木さ

んは今回のお話を進める気はないのですかっ!」

「真宵ちゃんが何に対して怒っているのか、僕には全くわからないよ……」

 それに、君がいてもいなくとも、僕の周りは特別変わったりしないような気もする。僕

自身、周りに何の影響も、何の変化も与えられない人間だから、真宵ちゃんが他の人に影

響しないということが、なんとなくわかる。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:58:59.64 ID:6uaDhiJBo
「何変なこと考えてるんですか阿良々木さんは。あなたの周りに与える影響は計り知れな

いし、あなたと私はまるでタイプの違う人間ですよ。他人に自分を求めないでください」

 ……なかなかに酷いことを言われてしまった。

 というか流してしまいそうになったけれど、真宵ちゃん本当に読心術でも使えるのか?

そういえば、忍野に会ってから使っているような気がする。僕の真宵ちゃんに何をしてく

れるんだ、あのアロハ野郎。

「わたしはあなたのものじゃありませんし、大事に思っているのだったら無視しないでく

ださいよ……もう見えなくなってしまったのかと、不安に思ってしまったじゃないですか」

 ああ、なるほど。だから涙目だったのか――それは悪いことをしてしまった。

 およそ二週間前――五月十四日、母の日。

 とある公園で、僕は真宵ちゃんに出会い、そして、ちょっとした事件を引き起こしてし
                          ・ ・
まった。真宵ちゃんは僕に会う前からある蝸牛に遭っていて、人によっては、真宵ちゃん

を視認できなくなっている。蝸牛はその道の専門家忍野の手によって一応の解決は試みた

のだが、真宵ちゃんはまだ思うところがあるらしい。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/01(土) 23:59:51.22 ID:6uaDhiJBo
 「まあ、阿良々木さんですからね……今日のところは許してあげましょう」と、真宵ち

ゃんはそれほど僕を問い詰めることもなく、許してくれた。

 こんな、許されざる僕の存在を許してくれた。

 そんな戯言みたいな感傷を抱きつつ、僕は真宵ちゃんと話しながら帰ることにした。自

転車は押して歩く。一人から二人、並んで歩く。どうやらあれは撒いたようだし、彼女な

ら多少の遅刻くらい許してくれるはずだ。

「阿良々木さんは元気そうですね……特に何もなさそうな感じです」

「うん、まあ、そうだね。平和っちゃ平和だよ」

 不思議めいたことは特に何もない。あるのは現実的な悩みだけだ。

「現実的な悩み……ですか、阿良々木さんにもあったんですね」

「君にはなさそうだね」

 酷いことを言われたので酷いことを言い返した。

 おあいこ、相打ち。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:00:29.71 ID:5OuzHKOCo
 その後、他愛もないような話をした。

 青少年育成条例法案は必要かどうかとか、日本人の何割がロリコンなのかとか、双子萌

えとメイド萌え、どちらが人間的に危ないのかとか、自分が生きている意味があるのかな

どなど。

 明日になればお互い忘れてしまいそうな、必要のない会話。

 その場だけかもしれないけれど、お互い楽しい会話。

 そんなふうに話しながら歩いていると、僕の自転車の左側を、二人組みの高校生が通り

過ぎていった。二人とも女子。僕の通う高校とは、別の制服だった。その二人は、あから

さまに僕と真宵ちゃんのほうを、訝しげに見てるようにして、ひそひそと露骨に声を潜め

ながら通り過ぎていった。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:00:57.65 ID:5OuzHKOCo
 ……年下の女の子と楽しくおしゃべりしながら帰って、何がいけないと言うのだろうか。

「いやいや、わたしが見えていなかったのかもしれませんよ。そうでなくとも、見るから

に怪しい阿良々木さん、独り言をぶつぶつ言う変質者に見られたのかもしれません」

「見るからに怪しいとは心外だな。僕の地元では独り言を言うのが当たり前だったんだ。

それは僕の愛すべき故郷を侮辱したに等しいぞ真宵ちゃん」

 勿論戯言だけれど。

 独り言を言って怪しまれない地域なんてないだろう。あったら僕はそこに永住したい。

「じゃあ、そうですね……こういうのはどうでしょう。阿良々木さんのあまりの美貌に、

彼女らが一目惚れをしてしまったというのは」

「ない。それはありえないよ」

 そう、僕が好かれることなど、あってはならない。あっても僕はそれを拒否する。

「そうですかね〜、わたしにはよくわかりませんが、阿良々木さんには何か魅力があるん

じゃないですか?人を惹き付ける何かが。この前だって告白されていましたし」

 からかうように(実際からかっているのだろう)きゃんきゃん笑いながら、真宵ちゃんは

言ってきた。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:01:39.57 ID:5OuzHKOCo
「人の感情なんて当てにならないものだよ。ちょっと死にかけたくらいで好きになること

だってあるんだから」

「それは阿良々木さんに絶対的に感情が不足しているからですよ」

「……君には絶対的に僕への遠慮が不足している気がする」

 酷いことを言われたけど、言い返せなかった。

 一方的、いじめ。

「ところで、今の流れで思い出したのですか、阿良々木さん、あの方とはどうなりました?

もう、キスぐらい済ませちゃいましたか?」

「…………あの方とは?」

 と、とぼけて見せたのだが、「ほら、わたしの家に道案内をしてくれたあの方ですよ。

あの時阿良々木さんに告白された……ええと……ひたぎさんでしたっけ。なかなかに美し

い方でしたね」と、なにやら言い逃れができなさそうな状況を作り上げられてしまった。

 読心術で何とかすればいいのに。

 ううむ。なんと言えばいいのだろう。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:02:19.72 ID:5OuzHKOCo
「じつはその……ね……」

 と、そんな風に。

 本当のことを言おうか、いつものように嘘を吐こうか迷いながら言いさしたところで、

背後から、音が聞こえた。

 音。

 足音、である。

 細かく刻まれたリズムが小気味いい、『たっ、たっ、たっ』と、走っているというより

は、一歩ずつ跳ねているような、一歩ずつ跳んでいるような――そんな足音。

 もう、後ろを振り向いて確認するまでもなかった。

 僕の今抱えている二つの現実的な悩みの、より困難な方。

 撒いたと思っていたのに。

 たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ。

 どんどん近付いてくる足音。

 確認するまでもないとはいえ――

 しかし、振り向かないわけにはいかない。

 たんっ!

 そして、僕が仕方なく、嫌々、うんざりしながら、心底鬱陶しく、どうしようもなく――

しかし、迷いなく振り向いたとき――彼女は跳んでいた。

 彼女は。

 神原駿河は、跳んでいた。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:03:05.78 ID:5OuzHKOCo
 走り幅跳びよろしく、一メートルや二メートルではきかない距離を、まるで万有引力の

法則を無視しているかのごとく、理想的なフォームと軌道で空中に――空中のままに、僕

の右側を、ほとんど顔のすぐ横辺りを、通過して――

 そして着地する。

 その瞬間、乱れた髪が、すぐに落ち着く。

 制服姿。

 今度は、言うまでもなく、僕の学校の制服。

 スカーフの色が、二年生の黄色。

 ちなみに、制服姿での跳躍だったために、今風に短く改造されたスカートが思い切りめ

くれかえっていたが、彼女は膝の辺りまで届くスパッツを着用していたため、今回僕が下

着を描写することはなさそうだ。この高校に来たときから何かとそういう、物事にも巻き

込まれてきたのだが、今回こそ、誰に恥じることなく話を語れると僕は、またもや思い込

み、思い違いをしてしまった。

 そのスカートも、少し遅れ、ぱさりと元に戻る。

 不意に、ゴムの焼けるような臭い。

 彼女の履いている、いかにも高級そうなスニーカーの裏面が、道路のアスファルトと激

しい摩擦を起こした結果らしい……僕が言うのも何なんだが、彼女は本当に人間なのだろ

うか?
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:03:51.80 ID:5OuzHKOCo
 そして、バスケットボール部エース、神原駿河は……振り向いた。

 やや幼さが残るが、しかし、三年生でも滅多にいないような、凛々しい雰囲気を漂わす

表情、そしてきりっとした眼で――まっすぐに、僕を見る。

 宣誓でもするように、胸に手を置いて。

 そして、にこりと、軽く微笑む。

「やあ、阿良々木先輩。奇遇だな」

「……これを奇遇というのなら、人生に面白みというものはないな」

 明らかに狙いすまして駆けてきていたというのに、白々しい神原駿河だった。

 辺りを見れば、真宵ちゃんは、見事に姿を消していた。神原駿河の姿を見て逃げやがっ

たらしい。何て恐るべき危機意識の高さだ……意外と人見知りな真宵ちゃん。僕に対して

はあんなずばずば、ずけずけと物を言う癖に、こういうところは如才ない。そっか……真

宵ちゃんの位置からは、自分めがけて突貫してきたように見えるのかもしれないもんな。

 視線を戻すと、神原駿河は、何故かうっとりとした風に、深々と感じ入っているように、

何度も何度も繰り返し、頷いていた。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:04:57.34 ID:5OuzHKOCo
「…………どうしたの?」

「いや、阿良々木先輩の言葉を思い出していたのだ。心に深く銘記するためにな。『これ

を奇遇というのなら、人生に面白みというものはないな』、か……思いつきそうでなかな

か思いつかなそうにない、見事に状況に即した一言だったなあ、と。当意即妙とはこのこ

とだ」

「………………………………………………………」

 というか、それよくよく整理してみると思いつきやすいって言われてるような気がする

んだが。

「うん、そうなのだ。実は私は阿良々木先輩を追いかけてきたのだ」

「…………うん、まあ、わかっていたよ」

「そうか、わかっていたのか。さすがは阿良々木先輩だ、私のような若輩がやるようなこ
                          オモハユ
とは、全てお見通しなのだな。決まりが悪くて面映い限りではあるが、しかし素直に、感

服するばかりだぞ」

「………………………………………………………」

 …………やりづらい。

 僕の顔に、今どんな表情が張り付いているのかは果たして定かではなかったが、しかし、

そんな僕には全く構うことなく、神原駿河は、溌剌とした笑顔を、僕に向けている。

23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:05:36.98 ID:5OuzHKOCo
 三日前。

 廊下を歩いていたら、よく響く足音と共に近付いてきたこの女、神原駿河から、当たり

前のように声を掛けられた。あまりに当たり前のようだったから、今までに会ったことの

ある子だと思ってしまい、たいへん恥ずかしい対応をしてしまった。なので、僕はこの子

のことを少し苦手に思っていたのだが、しかし、その記録は少し苦手から苦手へと、瞬く

間に塗り替えられたしまった。僕がこの子のことを苦手に思っているのは名前を呼びづら

いというのもあるにはあるのだが、やはり、一番の理由は何かと問われると、それは彼女

の有する性格に起因する。いや、なんと言えばいいのかわからないけれど、とにかく、不

可思議な……これまでの僕の人生で、一度も遭遇したことのないパーソナリティ、キャラ

クターを、神原駿河は有していた。僕の周りには変な人しか集まらないのじゃないかと思

うほど、僕の知り合いには、奇人変人が多いのだけれど、(むしろ普通の人などいないのか

もしれない。)神原駿河は、今までとはベクトルが、世界が違うのだ。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:06:15.70 ID:5OuzHKOCo
 そして。

 それ以来、つまり三日前から今日この日この瞬間に至るまで、こんな風に――僕は神原

駿河に、付きまとわれているというわけだ。いついつでも、どんな場所でも、『たっ、

たっ、たっ、たっ』と、人の目も気にせずに、僕を目掛けて駆け足で向かってくるのだっ

た。

「休み時間やらはともかくとしてさ、放課後は部活なんじゃないの。こんなところにいる

べきではないと思うけど?」

「ほほう。さすがに鋭いな、阿良々木先輩は。些細な疑問を絶対に見逃さない、まるで探

偵小説の主人公だ。フィリップ・マーロウだって、阿良々木先輩の前では裸足で逃げ出す

だろう」

「全国区のバスケットボール選手がこんな時間にこんなところにいる不自然さを指摘した

くらいのことでそこまで誉めそやさないでくれ。過大評価だ」

 この程度のことで裸足で逃げ出す探偵が主人公の探偵小説なんて、読みたくねえよ。

 また戯言遣いが探偵で主人公の探偵小説なんてのも、全く持って読む気になれない。

「命から二番目の武器として謙虚な姿勢を決して見失わない、その慎み深い自戒に満ちた

言葉……ともすればすぐに自分自身を勘違いしてしまう私としては、積極的に見習わせて

いただきたいものだ。ふふ、古くから朱に交われば赤くなるというが、阿良々木先輩とこ

うしているだけで、自分が人間的に成長していくのを感じるな。あやからせてもらうとは

このことだ」
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:07:19.51 ID:5OuzHKOCo
 にこにこしてそんなことを言う。

 笑顔に悪意が全くないが。

 ……僕は今まで善人というのは、翼ちゃんのような人のことを言うのだと思っていたの
                    ハイエンド
だけれど、その究極の形、その最上級は、案外、この子のような人間なのかもしれない。

「でも、ほら、今、私はこんな手だからな」

 神原駿河は、そう言って、自分の左腕を僕に示した。

 真っ白い包帯がぐるぐるに巻かれた、左腕。五指の爪先から手首の部分まで、隙間なく

ぐるぐるだ。制服の長袖に隠れてよく見えないけれど、実際、肘の辺りまで、包帯が巻か

れているようだ。大方、練習中に誤って、変な風に捻挫してしまったとか、そんな感じだ

ろう。まあ、これだけの運動能力を持つ神原駿河が、練習中に捻挫というのは信じがたい

話なのだが、しかし、信じるしかあるまい。

 今、目の前で起きていることなのだから。

 それくらいは――信用しないと。


「ああ、うん、そうだね」

 ……いい子なんだよな……善良というか、善人というか。

 なんというか。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:07:56.18 ID:5OuzHKOCo
「プレイができない癖に体育館にいても、邪魔になるだけだから、私は現在、部活への参

加は遠慮させてもらっているのだ」

「そう言ってもさ。キャプテンなんでしょ?君がいないとチームの士気が下がっちゃうん

じゃない?」

「私のチームを、そんなワンマンチームみたいに言われるのは心外だぞ、阿良々木先輩。

私のチームは、私がいない程度のことで士気が下がるような、軟弱なチームではない。バ

スケットボールは過酷なスポーツなのだ。一人の力でどうにかなるものではない。ポジショ

ン的に、つまり役割として私が目立っているのは認めるのにやぶさかではないが、それもみ

んなの力があってこそなのだ。だから、私が浴びている賞賛は、チームのみんなで分け合う

べきものだ」

 ふふ、と、そこで神原駿河は笑みを漏らす。

「わかっているぞ、阿良々木先輩。今のは私としてのキャプテンとしての資質を試したの

だろう」

「………………………………………………………………………………………………………」

 得意満面な手柄顔で言うこの子に、「うん、まあ、大体そんな感じかな」と、僕は戯言

を持って返す。

 本当に苦手だ。誰か替わってくれ。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:08:30.10 ID:5OuzHKOCo
 これ以上誉め殺されても敵わないので、そしてなによりこの子との会話は辛いので、早

めに切り上げさせてもらうことにしよう。

 三日前から数えると、一体何度目の質問になるのかももうわからなかったが、僕は質問

した。

「で、今日は何の用なの?何かあったのかな?」

「ああ、そうだな……」

 ここまで常にはきはきと、淀みなく応答してきたのに、ここで初めて、言葉に迷ったよ

うだ――明らかに狙いがあるはずなのに――なにも目的がないなんて――あるはずがない。

「今朝の新聞の国際面、読んだろう?ロシアのこれからの政治情勢について、阿良々木先

輩の意見を聞きたいんだ」

「………………………………………………………………」

 ……迷った挙句に時事ネタかよ。

 日本の政治についてだって、帰ってきて一ヶ月の僕には全くわからない。

 …………まあ、アメリカの政治も良くわからないのだけれど……それは僕の勉強不足と

いうよりは、国など関係なく、研究以外に全てが関係なかった、あの忌まわしいプログラ

ムの所為だと言い訳をさせてほしい。

 知らないというのも、なんとなく恥ずかしいので、(何せ探偵小説の主人公にもなれる

阿良々木先輩なのだ。)適当に誤魔化すことにした。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:09:16.69 ID:5OuzHKOCo
「数年前、世紀末に大統領が変わってからだいぶ安定してきて、影響力も備わってきたよ

ね。これからどんどん需要が高まっていくであろう原油や天然ガスなどのエネルギー資源

を保有しているのは大きな強みになるだろう。彼の行った事業は、どれも強圧的で批判が

多いのだけれど、結果的には国際的地位を上げているのだから、彼の働きは素晴らしいも

のがあると思うね。今、エネルギー価格も急騰してきたし、対外債務に悩まされているロ

シアも巨額の外貨準備国となるんじゃないかな。さすがにありえないと思うけれど、ガソ

リンの値段が百円以上になったりなんかすると、アメリカを蹴散らして、世界の覇権を手

にするかも知れないね」

「…………」

 ……誤魔化しきれなかったみたいだ。適当な戯言ではやはり効果はなかったか。

「……いや、これはこれは……こんなにも阿良々木先輩から素晴らしい回答を聞けるとは

思えなかった。さすがは聡明な阿良々木先輩だ。私には及びもつかないようなことをさら

りと言えてしまう、その器の大きさにはただただ感服するばかりだぞ」

「やめてくれ。だんだん悲しくなってきた」

 善人だからこその扱いづらさ。

 本人からしてみればフォローしきった気持ちなのだろうが、嫌味にしか聞こえない。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:10:02.54 ID:5OuzHKOCo
「何故阿良々木先輩を悲しませてしまったのかは、この浅薄な私にはわからないが、しか

し、他ならぬ阿良々木先輩が、周囲への気配りを怠らず、慈愛の心に満ち溢れた阿良々木

先輩がやめてほしいと申されているのだから、この話題はここまでにしておこう」

「…………ありがとう」

 いや、勿論。

 僕だってまさか、彼女が本当に、僕と、ロシアの政治情勢について議論を戦わせたいの

だとは思っていない――明らかに方便だ。

 一体何の用なのかと、僕が何回訊いても、あくまでもそんな調子で、まともに答えよう

としない。

 他に何か目的があるのだとは思う。

 しかし、それが見当もつかない。

 一体この子は何で、それもいきなり、こんな風に僕に付きまとうようになったのだろう。

学校のスターと落ちこぼれ三年生の接点なんて、一つもないはずなのに。

 縁もゆかりもありはしないはずなのに。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:10:40.33 ID:5OuzHKOCo
「ところで阿良々木先輩、今日は何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと……?いや、特にはないな」

 君のこと以外は。

 いや、もうそれにもそろそろ慣れてきたか。

「実力テストが近いから、それがちょっとした頭痛の種って感じかな……」

「実力テストか。ふむ、それには私も頭を痛めている。テストは、部活をやっているもの

にはとても迷惑なのだ。一週間前から練習が、学校側から強制的に禁止されてしまうから、

自主トレに励むしかなくなるのだ」

「へえ」

 禁止されたときくらい休めばいいのに自主トレに励むしかなくなるということになる理

屈は理解しがたいが、まあ、違う世界の話。

「でも、君個人に限れば、それもまた都合がいいだろう?左手の怪我、その間に治るだろ

う」

「ん?ああ……ああ、そうだな」

 ん?若干歯切れが悪いような……気のせいか?

 気のせい――なのか?

 気のせいで――すましていいのか?
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:11:08.03 ID:5OuzHKOCo
「さすが阿良々木先輩、見るところが違う。全てという全てを支配して、誰もの心を掌握

し、この世界のみんなを、一人残らず幸せにできる方法を考えているという感じだな」

「それ、大魔王じゃねえか」

 何かがずれている感じだ。

 やはり、世界が違うのか。

「まあ、ありふれた言い方になってしまうが、やはり学生の本分は勉強だからな。迷惑と

はいえ、実力テストは実力テストで、頑張らせてもらおうと思っているぞ」

「怪我が右手じゃなくよかったね」

「いや、私はサウスポーなんだ。左利きというのは日常生活においては大概の場合とても

不便なものなのだが、勝敗を競うスポーツの世界に限れば、優位にたてる場合が多いから、

重宝している」

「へえ、そうなの?」

 左利きにそんな利点があったとは。

「うむ、対人競技をやっているものならば常識だぞ。生まれは左利きであっても、今の日

本では大抵の場合、矯正されてしまうからな、サウスポーのアスリートは十人に一人、い

るかいないかという割合なのだ。阿良々木先輩、この割合をバスケットボールというスポ

ーツに当てはめればどうなると思う?バスケットボールは五人対五人の競技だ、つまりコ

ートの中にいるサウスポーはただ一人。そしてその一人とはすなわちこの私だ。私がエー

スになれた理由の一つが、そこにある」

「ふうん……」

 まあ、なんとなくわかったようなわからないような。そんな感じに僕は頷く。

 なんとなく頷くことにかけては僕の右に出るものはいない。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:11:52.65 ID:5OuzHKOCo
「しかし、それだけに、自身の不注意が原因とはいえ、いざこうなってしまうと、単純な

不便さだけが募ってしまうのだがな」

「左利きね……」

 ま、僕はスポーツとかやらないからそういうのはよくわからないけれど

「阿良々木先輩も左利きなのだろう?ふふ、時計を右手首に巻いているからな、すぐに気

付いたぞ。左利きの人間は左利きの人間には敏感なのだ」

 僕はもう人間じゃないんだけどね。

「実はさ、僕、両利きなんだ。まあ、元は左利きだったんだけどね」

「なんと!さすがは阿良々木先輩だ。まさに全能にして万能。阿良々木先輩のような人に

お会いできるなんて、私はなんと言う幸せ者なのだろう!」

 ……悪いがここはスルーさせてもらうとしよう。

「それじゃあ、試験、大変でしょう。利き腕がその有様じゃ、国語の試験なんて、やって

られないでしょ」

 まあ、僕にはなんでもなくとも、やってられないものなのだけれど。

「まあ、そうはいっても実力テストだ、どの教科にしたって論文を書くわけではないから

な、多少字が歪む程度で、うん、平気だ。先生方もその辺りの事情はきちんと考慮してく

ださるだろうしな。阿良々木先輩に不要な心配を掛けるような言い方になってしまった、

申しわけない。それにしても、全く阿良々木先輩は本当に後輩思いなのだなあ。テストを

前に私なんかの心配をする余裕があるなんてさすがだとしか言いようがない。なかなかで

きることではないぞ」

「……いや、別に余裕があるわけじゃないんだけどね」

 というかない。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:12:28.29 ID:5OuzHKOCo
「今日もこれから、勉強会にお出かけだよ」

「勉強会?つまり……阿良々木先輩はこれから友達の家に行くのだな、じゃあ。しかし……」

 と、若干、口ごもり言う。

「スポーツと違って、勉強なんて、みんなで力を合わせたらどうこうという種類のものだ

とは思えないのだが……」

「大丈夫。勉強会とはいっても、僕が一対一で、一方的に教えてもらうだけだから、家庭

教師みたいなものだよ。クラスに滅茶苦茶成績がいい人がいてね、その人の世話になろう

ってこと」

「ふうん……ああ」

 そこで神原駿河は思いついたように、

「戦場ヶ原先輩か」

 と言った。

「……ん?知っているの?」

「阿良々木先輩のクラスで成績がいいといえば、戦場ヶ原先輩をおいて他にいないだろう

かねてより、噂には聞いている」
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:13:22.51 ID:5OuzHKOCo
「ふうん」

 どうもおかしい。成績がいいってことで有名なら、学年トップを誰にも譲ったことのな

い、より有名な翼ちゃんのほうを、先に連想しそうなものなのだけれど……少なくともひ

たぎちゃんをおいて他にいないってことはないはずだ。それに、普通、勉強会というニュ

アンスからだったら、順当には同姓同士、この場合は女子ではなく男子の名をあげるのが

普通じゃないのか?

 なんでいきなりひたぎちゃんなのだろう。

「……まあ、そうなんだけど」

「では、邪魔をしてはいけないな。今日は、ここで失礼させてもらおうと思う」

「そっか」

 引き際を心得ているみたいなことを言いながら、しっかり『今日は』と言ってのける辺

りが、神原駿河だ。

 ぐっと腰を落として、脚を伸ばす。

 ウォーミングアップ。

 アキレス腱をじっくりと伸ばして――

「阿良々木先輩。ご武運を」

 と。言うが早いか、『たっ、たっ、たっ、たっ』と足音を響かせながら、来た道を逆に、

駆け足で、戻っていった。かなりの健脚――ただ単に足が速いというんじゃなくて、異様

なほど、トップスピードに乗るのが早い。多分、百メートル、二百メートルでタイムを取

れば、そんなにずば抜けた記録が出るわけではないのだろうが――しかし、十メートル、

二十メートルという超超短距離走なら、陸上部のレギュラーを相手にしたって、そうそう

引けをとらないだろう。この辺り、バスケットボールのように限られたフィールド内で縦

横無尽に動き回る競技に対して特化されたアスリートである、神原駿河の面目躍如か……

あっという間に、その背中が見えなくなってしまった。激しい動きに、短めのスカートは

めくれ放題だったが、そのスカートからはみ出すほどの長さのスパッツをはいているので、

そんなことは気にしていない。

 ……でも、走るときはジャージにしたほうがいいとは思う……見てる側としてもよこし

まな期待を抱かずに済むし。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 00:14:16.19 ID:5OuzHKOCo
 そして、やれやれ。

 どうやら、また、僕は厄介ごとに巻き込まれてしまったらしい。

 どうしてこんなにも僕をつきまわしているのかもわかったことだし、早めに対処してお

かなければならないな。さすがに毎日この調子だと疲れてしまう。いや、人と話すことは、

結構疲れることなのだけれど、話していて疲れない人間なんて……一人もいないだろう。

いや、でも、そうだな。彼との会話は――疲れることもあったけど――わりと、楽しかっ

たかな。

36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:15:44.71 ID:5OuzHKOCo
「わたしとの会話も疲れるんですか?阿良々木さん」

「…………」

 ……真宵ちゃんが、もう帰ってきた。

 恐るべきフットワークだった。

 ていうか、その辺にいたらしい。

「いや、そこの電信柱に隠れていたんですけどね」

「すばしっこいんだね」

「いろいろ話してたみたいですね」

「ああ。疲れちゃったよ」

「気にしなければいいんですよ。これからの人生に関わってこない他人でしょう」

「そう開き直れたら楽なんだけどね――これから先関わることになるんじゃないか思うと、

どうも先行きが不安なんだよ」

「何一人で悩んでんですか。あなたにはわたしがいるじゃないですか。遠慮せずに頼って

いいんですよ」

「ありがとう。見知らぬ人が近付いてきただけで一瞬で逃げ出した真宵ちゃん」

「いえいえ礼には及びません。いくらわたしに対して初対面から暴力をふるい、わたしに

新たなトラウマを植え付けたあなただとは言っても」

 真宵ちゃんは笑い、

 僕は、笑わなかった。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:16:29.65 ID:5OuzHKOCo
 「ところで」と、真宵ちゃんは疲れず楽しい言葉のキャッチボールを終わらせた。

「何ですか?あの方は」

「……見ててわからなかったのかよ」

 こっちこそなんだったんだ、さっきのお互いの全てを知り尽くした上での掛け合いのよ

うなものは。

「いや、あの『なかよし』な掛け合いをパロって見たくって」

「君が何を言いたいのか、君が何を言わされているのか、僕にはわからないよ」

「メタの申し子八九寺真宵!それは作者の意向を推理してしまうメタ探偵なのです!」

「やめろ、それ以上のクロスオーバーは危険だ」

「わたしの不眠閃考によりますと、阿良々木さんも多少メタが入っているようにも見えま

すが」

 「いいんだよ語り部なんだから」と、自分でもよくわからない理由で真宵ちゃんを否定

する。本当、この子といると変なテンションになるんだよな。

 そこで僕は思い至る。

 ああ、だからあのタイミングで入り込んできたのか。

 確かに、この子とあいつなら、仲良くなれそうだ。

38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:17:28.62 ID:5OuzHKOCo
「ふうむ。阿良々木さんのことを先輩と呼んでいた辺りから推理させていただくと、そう

ですね、阿良々木さんの後輩ですか?」

「……名推理だね……さすが不眠閃考だ」

 明らかに無駄遣いだと思うけれど。

「しかし、阿良々木さん。陰でこっそり聞かせていただきましたが、あの方とはどうにも

要領を得ない会話をされていましたね。会話のテーマが最後までよくわかりませんでした。

あの方、雑談をするために、阿良々木さんを走って追いかけてきたのでしょうか?」

「ああ……いや、そういうわけじゃないと思うんだけど」

 ……そう、今の様子から見るにそうではない。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:18:16.52 ID:5OuzHKOCo
「よくわかんないんだけど、三日前くらいから、やけに露骨に僕につきまとって、とにか

く気がついたらそこにいて、僕に話しかけてくるんだよ。一方的にね。それも、真宵ちゃ

んの言う通り、要領を得ない会話ばっかりで……雑談っつーのか何っつーのか、正直何が

したいんだかさっぱりなんだ」

「ほほう、いわゆるストーキングですね」

「ストーキングと言うと、女性が下半身に履く」

「それはストッキングですよ。何でそっちの方に話が行ってしまったんですか?わかりや

すく言うとテレビとかでよく言う、ストーカーってやつですよ」

「ストーカーと言うと、女性が下半身に履く」

「……それはスカートですか?何で阿良々木さんはそこまで女性の下半身の着衣に対して

興味津々なんですかっ!これくらいの言葉も知らないだなんて、あなた本当に戯言遣いな

んですか?」

 酷い言われようだった。

 別に戯言遣いが言葉を知らなくてもいいような気がする。

 大馬鹿野郎で大嘘吐きにしかできないような気もするし。

 というか、ストーカーくらい知っている。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:18:59.96 ID:5OuzHKOCo
「じゃあ、そこは百歩譲って許してあげてもいいでしょう。なぜならここで真に議論すべ

きところは、阿良々木さんが女性の下半身の着衣にどれだけ興味をお持ちなのか、と言う

ところですからね」

「おいおい、何を勝手に僕の趣味嗜好に対して偏見を持っているんだい?僕は下半身とも、

着衣とも限定していないというのにっ!」

「そして女性とも限定していない」

「それは限定させて欲しい」

 世の中にはいろんな人がいるが、しかし、認識はできるが許容はできない。

 直×ぼくとか、崖×弔とか、鍵×創貴とか、鳳凰×人鳥とか、忍野×僕とか、ぶっちゃ

けありえない。僕はぼく×友とか、弔×ろりとか、鍵×りすかとか、U×柿とか、僕×炎

姉妹とか、そういう王道が好きなのだ。

「それ、自分が攻める側になりたいだけなんじゃないですか?よくみると、女性と男性は

男性の方が思い通りにできるってだけのカップリングなんじゃないですか?王道=男尊女

卑なのならば、王道などいりません。同性同士という困難な壁を打ち破って見せますっ!」

 ……小学生にまでBLが及んでいるとは……おそるべし日本。近年の情報化社会がもたら

した結果なのだろうか。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:19:45.75 ID:5OuzHKOCo
「そういえば、この時代、インターネットってどこまで普及しているんでしょうね。そし

て、BL文化はそこまで進んでいたのでしょうか」

「その点は問題ない。ちゃんと逃げ道は用意してある」

「うっかり見過ごしそうになってしまったのですが……一つだけ否定していないものがあ

りますよね――もしや、阿良々木さんもその点は認めているのでは?」

 …………。

 いや、そうは言っても……あの二人はさすがにそういう関係にしか見えない。

「まあ、それでも、どうしても肯定できないものがあるんだけれどね」

 認識の問題。

「ちょっと方向性を変えてみましょう。阿良々木さんは肯定できない、ただ目の前のもの

を否定することしかできない、心の卑しい人間だ、と言う可能性はどうでしょう?」

「否定王子ってか」

「否定姫だし、無容赦姫です。阿良々木さんはあれですよ、女装とか似合いそうですよ」

「たとえ似合ってても、そんなもの一生着ることなんてあるものかっ!」

 いろいろ限界な会話だった。どの会話も楽しい真宵ちゃんではあるが、こういう会話は

誰でも疲れる。あいつとはこんな会話しなかったし。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:20:22.12 ID:5OuzHKOCo
 「まあ、そんな本筋とは関係のない雑談はここらで終わりにして」と、真宵ちゃんは会

話を無理矢理切った。真宵ちゃんも疲れたのかもしれない。

「お話しを進めましょう。疲れたときにはお話しです。昔はお父さんもお母さんもよくお

話しをしてくれました」

「あまりふざけすぎるな。感動話をパロるんじゃない」

「ならば……そうですね……他作品のネタバレ話はどうでしょう」

「却下だ。戯言と化以外は読んでないって人もいるはずだ」

「犯人はメイドのゲートベルだった」

「やめろって」

「わたしはあなたのお姉ちゃん」

「やめろって言ってんだろっ!」

 物語の核心を突くようなネタバレをするんじゃない。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:21:01.08 ID:5OuzHKOCo
「では、自己バレはどうでしょう。このお話しのネタを全てばらしてしまうんです」

「ほう、一応聞いてみよう」

 僕のキャラも真宵ちゃんのキャラもだんだん壊れてきた。

 僕が壊れているのは元々なのだけれど、真宵ちゃんはこれ以上壊すわけにはいかない。

 そろそろやめどきかもしれない。

「阿良々木さんの勉「やっぱり駄目だ」

「何故ですかっ?!こんな偽者だらけの世界は、滅んじゃってもいいじゃないですか」

「やっぱりメタは危険だ。これ以上やらない方がいい」

「わたしに出るなと言ってるんですか?阿良々木さんはわたしなしでお話しを回せるんで

すか?」

「ああ。この話の――狂言回しになってやるよ」

「『――』で引っ張ったところで全然かっこよくなってませんよ。むしろ馬鹿っぽいです」

「……話を進めるんじゃなかったのかよ。どこまで遡ってんだ」

 書く前にまで戻っている気がする……。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:21:43.29 ID:5OuzHKOCo
「すねるような言い方しないでくださいよ……進めてあげますから……ふうむ。でも、阿

良々木さん。そんな難しく考えなくっても、あれじゃないですか。あの方、普通に阿良々

木さんのことが好きなんじゃないんですか?」

「?!」

 ?は真宵ちゃんの疑問に対して、!は真宵ちゃんが本当に話しを進めてくれたことに対

してだ。まさか本当に話を戻してくれるとは。

「バックノズルですよ。この話をしないといけないって決められてるんです。阿良々木さ

んには今はわからないことですが……」

 ……いや、たぶん、何百年かかってもわからない気がする。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:22:10.39 ID:5OuzHKOCo
「いずれ、わかりますよ……まあ、今はそんなことはどっちでもいいことです。まずは、

あの方をどうにかしないと……阿良々木さん、最近何かしたんじゃないですか?……捨て

猫を拾ったところを見られたのでは?」

「なんとなくかなり無理矢理に戻したと思うのだけれど……まあ、いいか……うん、捨て

猫ねえ……拾ってないよ」

 弔いはしたけれど……まあ、それも僕がやりたくてやったわけじゃない。

「では、ごみを拾ったところを見られたのでは?」

「それで、恋に落ちるような女子高校生がいたらお目にかかりたいよ」

 猫とごみを同列に語ってはいけない。猫はとっても可愛くて、セクシーで、怖いのだ。

「しかしですね、阿良々木さん、一目惚れというものは、実際に存在するのですよ。それ

に、こう理解すれば、あの方が阿良々木さんに付きまとっているという現象にも、説明が

つきます。間違いありません。わたしの中の阿良々木さんが間違いないと告げております」

 どういう状況だ。

「ああ、今のは本当に作者がタイプミスしてしまったのですよ」

「メタネタはダメだってば……」

 あと作者とか名乗んな、気持ち悪い。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 00:22:41.53 ID:5OuzHKOCo
「どうします?阿良々木さん。今はまだ探りを入れられている段階のようですが、もしそ

うならば近いうちにあの方、阿良々木さんに告白してくるかもしれませんよ?乗り換える

チャンスかもしれません」

「そんな、人の恋愛を電車みたいに簡単に言うな」

 意外と腹黒真宵ちゃん。

 そもそも僕はあの誘いに乗っていない。

「あのさあ、僕はそういうなんでもかんでも恋愛感情に結びつけちまうような、そんな考

え方は大嫌いなんだ。そして、友情とやらも信じていない。単純に、二次的で実際的な目

的があるはずと探る方が、よっぽど納得がいくよ」

「そうですか。まあ、阿良々木さんがそう考えるのなら、それでいいんでしょう」
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:23:44.75 ID:5OuzHKOCo
 それから、真宵ちゃんとは結局、僕の自宅の前まで一緒に歩き、そして、別れた。いつ

もそこらへんを歩いているようなので、またいつか、すぐに、どこかで会えるだろう。

 部屋に戻り、リュックサックを置いて、着替えて、それから、電話をかける。

 数コールしないうちに出てくれた。

「はい、もしもし」

「僕だよ。ごめん、急で悪いんだけど、ちょっと今日、君の家で勉強を教えてくれないか

な?」

「えっ」

「本当にいきなりでごめんね。で、いいかな?」

「しっ……仕方ないわね。阿良々木くんがそこまで言うなら」

「そう、ありがとう。じゃっ、今すぐ向かうね」

「えっ、ちょっと、いますg」

 何か言いかけてたような気がするが、また電話しなければいけないので気にしない。

48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 00:24:20.74 ID:5OuzHKOCo
 電話をかける。

 一コールもしないうちに出てくれた。

「はい、お待たせしました」

「僕だよ。ごめん、急で悪いんだけど、ちょっと今日、行けなくなっちゃったんだ。」

「えっ」

「本当にいきなりでごめんね」

「……阿良々木くん。ここ最近神原さんに付きまとわれているって言ってたよね……それ

と関係あるの?」

「…………」

「神原さん、怪我したよね。左腕」

「…………」

「はあ……わかったわ。阿良々木くん、頑張ってね」

「本当に、ごめんね」

「いいよ、なんとなく戯言じゃない気がするし、傑作でもなさそうだから。じゃあね」

 「ありがとう」そう言って、電話を切る。

「本当に、あの子は何でも知ってるよな……」

 僕は呟いた。

 勿論独り言だった。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:24:54.30 ID:5OuzHKOCo
003

 僕はママチャリで、ひたぎちゃんの家である民倉荘へと赴いた。マウンテンバイクは壊

すとあいつに怒られそうな気もするので、乗ってみたいが乗らない。僕は交通事故に遭う

確率が高いあげく、常に悪い方に話が傾く傾向にあるので、乗ったが最後、確実に壊れて

しまうだろう。

 民倉荘――木造アパート二階建て。

 その二〇一号室。

 六畳一間、小さなシンク。

 卓袱台を挟んで二人の標準的体格の高校生が向かい合って、勉強用具を左右に広げれば、

それでもう部屋がいっぱいになってしまうような環境である。ひたぎちゃんはいわゆる父

子家庭で、ひたぎちゃんはいわゆる一人っ子で、そしてひたぎちゃんの父親はいわゆる夜

遅くまで働き詰めなので、僕らは二人きりだった。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 00:25:50.15 ID:5OuzHKOCo
「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 うん、まあ、予想はできていたけれど、想像以上に気まずい……。

 今のところひたぎちゃんからは、「じゃあ、この数学の問題を」「次はこの問題を」

「…………正解だわ」「こんな別解があっただなんて……」の四つしか聞いてない。

 なににしろ沈黙はまずい。

 来て一時間――そろそろ頃合いか?

「……ああ、そうだ。ひたぎちゃんに訊きたいことがあったのだけれど」

 僕はいま、突然思いついた風を装って――ひたぎちゃんに訊いた。

「何かしら」

「神原駿河って、知ってる?」

「…………………………」

 沈黙が返ってきた。

 いや、何も返ってきていないのだけれど……。

 生じた静寂に長い間耐えていると、

「そうね」

 と、ひたぎちゃんは言った。

「神原駿河……懐かしい名前だわ……」

「……そっか」

 やっぱり――旧知か。

 そうだと思ったんだ。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:26:18.99 ID:5OuzHKOCo
 最初から彼女は、僕ではなく、僕以外の何かを目的としているように見えたのだ。

「それで?それで何か問題でもあるの?……まさか……阿良々木くん……あの子のことを

好きにでもなったのかしら」

 なんでもないように、ひたぎちゃんは言った。

 しかし、眼には多少水が溜まっているような気もする。

「もしかして……阿良々木くんは、私にそのことを聞くためにここに来たのかしら?」

 平静を装って、ひたぎちゃんは訊いてきた。

 いや、もう、装いきれていないのだけれど……。

 うーん……ここは本当のことを言うべきではないだろう。ひたぎちゃんを傷つけてはい

けない。戯言遣いは、誰に対しても紳士であるべきなのだ。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:26:51.56 ID:5OuzHKOCo
「ああ、そうだよ」

 詐欺師は嘘を吐かなかった。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 さすがというか見事というか、ひたぎちゃんは何も言わなかった。

 何も言わずに――泣いていた。

「嘘だよっ!戯言だっ!ただの戯言っ!うんっ、ちょっとびっくりさせたかっただけなん

だっ!」

 すぐさま折れた。そりゃあ、もうぼっきりと折れた。

「本当に?」

「ああ、そうさ。僕はもはや、嘘しか言えない病気なんじゃないかってくらい、自分で思っ

ていることの反対しかいえない人間なんだよ。悲しいひねくれものなんだ。本当はひたぎ

ちゃんの顔が見たかったんだっ!」

「そう、くすん……それならいいわ」

 ひたぎちゃんはようやく泣き止んだ。

 いやはや――まさかこんなおおごとになるとは……(狙ったけど)

「びっくりさせちゃったかしら、阿良々木くん」

「いや、僕が悪かったんだし……」

 本当に申し訳ないことをした。戯言でなく。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage]:2011/10/02(日) 00:27:03.45 ID:8ZeoibkA0
>>1
戯言とか物語とかなんて俺得
熱烈に支援
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 00:27:17.88 ID:5OuzHKOCo
「ともあれ、神原の話だったわね」

 ひたぎちゃんは話を戻した。

「あの子は中学時代の、私の後輩よ」

「今も後輩でしょ。同じ学校なんだから。ああ、それとも、中学時代は陸上部だったの?」

「いえ、あの子は中学生の頃からバスケットボール部だったわ。まあ、部活は違ったのだ

けれど、私は陸上部のエースで、あの子はバスケ部のエースだったから、学年は違えど、

それなりに付き合いがあって――それに」

「それに?」

「……まあ、今となっては取り立てて言うほどのことでもないんだけれど、部活を離れた

プライベートにおいても、あの子にはいろいろと面倒をかけたというか、面倒を見させら

れたというか……いえ、阿良々木くん」

 と、僕に水を向けるひたぎちゃん。

「その前に、どうして阿良々木くんがここで、あの子の名前を出したのか、教えてくれる

かしら。好きでもなんでもないのだとしたら、ちゃんと説明してくれるわよね」

「なんでもないのだとしたら、話題に上がりすらしないと思うけど……」

 下手に隠し立てしてまた泣かせてしまうのも忍びないので、正直に話した。

 僕は三日前から、その、神原駿河からストーキングを受けているということを。後ろか

ら『たっ、たっ、たっ、たっ』と小気味よいリズムで駆けてきて、僕を相手に取り留めの

ない話をして、全く何の目的も匂わせないままに帰っていく、と。

55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:27:57.05 ID:5OuzHKOCo
 説明しながら、僕は思っていた。

 あの子はきっと、ひたぎちゃんのいないところを狙って、僕を訪ねてきたのだろう。今

日、真宵ちゃんと一緒にいるところを目掛けて来たのは例外として、基本的には僕が一人

でいるところを、狙い澄ましてきていたはずだ。つまり、ひたぎちゃんが彼女のストーキ

ングを今まで知らなかったことは、たまたまではない。

「そう」

 おおよその説明を聞いたところで、ひたぎちゃんは、やがて、そう頷いた。やはり、表

情一つ変わらない。平坦な口調だ。

「ねえ、阿良々木くん」

「なんだよ」

「神原はね、阿良々木くんより一年前に、私の秘密に気付いたの」

 特にどうということもなさそうに――普通の調子を装っているが、装いきれずに、若干

の鬱陶しさを滲ませながら、ひたぎちゃんは言った。

「私が二年生になったばかりの頃、つまり神原が直江津高校に入学してきてすぐのこと。

学校の位置的に、私を知っている後輩が新しく入学してくるだろうと予想できていたから、

一応、私なりに対策は練っていたのだけれど――神原に関しては、少しばかり油断してし

まったの」

「ふうん……」
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:28:33.21 ID:5OuzHKOCo
 戦場ヶ原ひたぎ。

 彼女の抱えていた秘密――

 僕は階段で足を滑らせた彼女を受け止めたことで、その秘密に気付いた――それはただ

の偶然だ。しかし、それは逆に、その程度の偶然で露見してしまうような、危うい秘密だっ

たのだ。秘密に気付いたのは僕が最初ではないと、ひたぎちゃん自身も言っていたし――

とすると、あの子なら……。

「あの性格なら、神原駿河ならきっと、君のことを助けようとしたんじゃないかな?」

「ええ、その通りよ。拒絶したけれど」

 ひたぎちゃんは平然と言う。

「阿良々木くんのときと、似たような対処を取らせてもらったわ。阿良々木くんは、それ

でも私に関わろうとした。神原は、それきり、戻ってこなかったわ。まあ、その程度の関

係よ」

「戻ってこなかった……ね」
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:29:50.16 ID:5OuzHKOCo
 それが、一年前のことか。

 多分、徹底的に、絶対的に、壊滅的に――拒絶したのだろう。昔の自分を、中学時代、

陸上部のエースだった時代の自分をよく知っているがゆえに、恐らくは僕のときとは似て

も似つかないほどの、強烈な拒絶をしたのに、違いない。そうでなければ――あの神原駿

河がそうそう簡単に引くとは思えない。確か、僕がひたぎちゃんの抱える秘密を知った五
                         ・ ・  ・ ・
月八日の段階で――今現在、学校内でそれをそれと知っているのは、僕の他には保険の春

上先生だけだとひたぎちゃんは言っていた。

 つまり、神原駿河は、無理矢理忘れるように言われた。もしくは、無理矢理忘れさせら

れた哀れな被害者……いや、犠牲者の一人ということか――しかし、それでも果たして、

彼女が、神原駿河が本当に、戦場ヶ原ひたぎのことを忘れられただろうか。

 無理だろうと思う。

 忘れろと言われれば、言われるほど。

「……友達だったんだろ?」

「中学生の頃はね。今は違うわ。赤の他人よ。」

「でも、もう君は一年前とは、秘密を抱えていた頃とは状況が変わっているだろ?」

「言ったでしょう?阿良々木くん」

 ひたぎちゃんは堂々と断言する。

「私、戻るつもりはないのよ」

「…………」

「そういう生き方を選んだのだから」

「そっか……」
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:31:58.84 ID:5OuzHKOCo
 それがひたぎちゃんの選んだひたぎちゃんの生き方なのだとしたら、僕が横から口を挟

むような問題ではないのだろうと思う。自分の方から拒絶した相手と、災禍が解決したか

らといって元の鞘に収まろうなどと、そんな虫のいいことを言えるような性格でもないの

だし。 
          ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 しかし、それがひたぎちゃんの選んだ生き方なのだとしたら、だ。

「迷惑かけるわね。阿良々木くん、ごめんなさい。神原については、私が処理しておくか

ら」

「待て。なんとなく物騒な響きの言葉が入った気がするが」

「間違えちゃったん。処分だったわね」

「より物騒になったような気もする……」

 間違えちゃったん、なんて可愛く言っても全く誤魔化しきれない。

 ひたぎちゃんは、この問答はこれでおしまいだとばかりに、そしてたった今思いついた

かのように、話題を変えた。その手際は、いつもながらの見事なものだった。

「では、阿良々木くん。勉強を続けましょうか」

 こうして、情報を得ることには成功したが、その後とてつもなく辛い思いをすることと

なった。

 何かを得ることは何かを失うことである、とは、誰の言葉だったろう。

 まあ、こんなもの、おまけ程度の戯言なのだけれど。


59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:33:32.48 ID:5OuzHKOCo
004

 ひたぎちゃんは二年間――そして僕は二週間、翼ちゃんはゴールデンウィークの間中。

真宵ちゃんは正確には不明。
                                   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 これは何かといえば、それは、怪異に触れていた期間、普通ではない体験をした時間だ。

普通ではとてもじゃないがありえない、恐るべき体験をした、期間と時間。

 例えば僕の場合。

 僕はこの現代、文明社会の世の中で、穴があったら入りたいほど恥ずべきことに、古式

ゆかしき吸血鬼になった――血も凍るような恐怖と恐慌の、そして伝統と伝説の吸血鬼に、

身体中の血液という血液を、絞り尽くされることによって。
                     きひ     
 太陽に怯え十字架を嫌い大蒜を忌避して聖水を煙たがる、その代償として人間の数倍数

十倍数百倍数千倍の肉体能力を得るが、人間の血に対して絶対的な飢えを感じる、漫画や

アニメや映画の中で大活躍のナイトウォーカーとなった。いやはや、そんなリアル吸血鬼、

反則だと思ったものだ。今時の吸血鬼は、日中でも平気で歩いて、十字架のアクセサリー

を着け、餃子でも食べて聖水でも飲み干して、それでも肉体能力だけはずば抜けて――と

いうのが主流だろうに。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:33:58.36 ID:5OuzHKOCo
 それでも。

 やっぱり、吸血鬼という以上は、人の血を吸わなければならないところだけは、今も変

わらないのだろうけれど。

 血を吸う鬼――吸血鬼。

 結局僕は、通りすがりのおっさん、別にヴァンパイアハンターでもなければキリスト教

の特務部隊でもなく、同族殺しの吸血鬼でもない、普通の通りすがりのおっさん、軽薄な

アロハ野郎、忍野メメによって、そんな地獄から救い上げてもらったわけなのだけれど――

しかしそれで、そんな二週間を送ったという事実自体が、消えてなくなったわけではない。

 鬼。

 猫。

 蟹。

 蝸牛。

 ただ、それでも僕と、他の三人との間には、決定的な差異があるということを、忘れて

はならない。特に、ひたぎちゃんのケースとは、かなりの違いがある。

 それは期間の長さではない。

 失ったものの、多さだ。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:34:29.51 ID:5OuzHKOCo
 僕は全てを失った後だったので、吸血鬼になったことで失ったものといったら、身体的

な人間らしさくらいのものだが、ひたぎちゃんは違う。

 戻るつもりはない――と言った。

 しかしそれは、戻りたくとも、もう戻れないと言う意味なんじゃないか?

 二年間、他人付き合いと言うものを一切合財拒否してきた、拒否せざるをえなかったひ

たぎちゃん――その二年間が終わった今でも、その振る舞いは何も変わらない。

 僕以外のことについて、何も変わっていない。何かに替わっていることもない。

 保健室に行かなくなっただけ。

 体育の授業に参加するようになっただけ。

 教室の隅の方で――静かに本を読んでいる。教室の中において、本を読むという行為に
よって、クラスメイトとの間に、強固な壁を築いているかのように――

 本当に、僕と話すようになっただけだ。

 未だ彼女のクラスの中における位置付けは、物静かで病弱な優等生――である。

 委員長の翼ちゃんは、大した変化だと、無邪気に喜んでいたけれど――僕はそれを、そ

ういう風景をそんな感じに、単純に楽観的にとらえることはできない。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:35:06.28 ID:5OuzHKOCo
 失ったのではなく、

 捨てたのかもしれない。

 けれどそれは、結果からすれば同じこと。

 でも、全てを失いっぱなしの僕と、失ったものを少し取り返せたひたぎちゃんでは、ま

るで違う。

 ひたぎちゃんはまだ――踏み外してはいないのだ。

 だから、僕のことについてだけでなく。

 他のことについても。

 そんな風に思いながら、僕は民倉荘、ひたぎちゃんの家からの帰り道、僕はサドルには

跨らずに自転車を押して、アスファルトの道路を歩いていた。なぜペダルを漕がずに自転

車を押しているかというと、考え事をしたかったからというのと、僕自身徒歩が好きだと

いうのもあった。

 現在時刻、夜八時半。

 あれからずっと、八時までひたぎちゃんの家で勉強詰めと相成った。(沈黙が)とても辛

かったが、得るものはあった。僕は電話をかける。さすがに一回謝っただけでは彼女も許

してはくれまい。それに――なんでも知っている彼女なら――これ以上の情報もあるいは――。

63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:35:38.99 ID:5OuzHKOCo
 僕は携帯でその番号に電話をかける。

 電話帳を使うまでもない。
 
こっちに来て、初めてもらった、クラスメイトの電話番号。

「もしもし?」

「はい、お待たせしました、羽川です。」

 羽川翼。
                  ハイエンド
 クラス委員長――優等生の最上級。

 委員長になるために生まれてきたような女の子。

 神様に選ばれた委員長の中の委員長だ。

「もしもし、僕だけれど」

「…………」

「もしもし?僕だよ?阿良々木だよ?」

「…………」

「あのー、もしかして、怒っていらっしゃいます?」

「…………」

「あの、翼ちゃん?羽川さん?羽川様っ!」

「ああん、もう、仕方ないわね……私の負け、何、何の用?阿良々木くん」

 勝ち負けがあったのかとか、何が利いたのかとか、まだ若干怒っているような気がする

とか、つっこみどころはいろいろあったけど、これ以上機嫌を損ねても悪いので、僕はと

りあえず本題から切り出すことにした。

 戯言遣い、焦り気味。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:36:17.14 ID:5OuzHKOCo
「あのさ……その、神原駿河とひたぎちゃんの関係について訊きたいんだけど――知ってる?」

「勿論知ってるよ。神原さんを知らない人なんて、うちの高校にいるわけないし、戦場ヶ

原さんは同じ中学だって、前に言ったことあるじゃない」

「あれ……そうだっけ?」

「はあ、まあ、いいか。なににしろ傑作な話だしさ」

「ごめんごめん……ってことは、神原駿河の方の中学時代も知っているはずだよね?それ

について、詳しく教えてくれないかな?」

「うーん……。中学時代も、今とそんなに変わらないよ。バスケ部のエースで、大活躍。

二年生の後半からは、今と同じようにキャプテンを務めていたみたいだし。それがどうか

したの?」

「二人の仲はどうだった?仲がよかったんじゃない?」

「阿良々木くん、私に聞かなくても大体知っているんじゃない?まあ、いいや、阿良々木

くんだもの」

 そう言って、翼ちゃんは、「ヴァルハラコンビ」と、短く言った。

 ……………………え?

 なんだそれは……コンビはいいとして、ヴァルハラなどという単語は聞いたこともない。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:36:44.34 ID:5OuzHKOCo
「神原の『ばる』と、戦場ヶ原の『はら』で『ヴァルハラ』なのよ。で、ヴァルハラって

いうのは、北欧神話で、最高神オーディンの住む天上の宮殿のことで、戦死した英雄の霊

が迎えられる、戦いの神様の聖地っていう意味があるから――」

「……ああ、神原の『神』と戦場ヶ原の『戦場』から取っているんだ……へえ」

 嵌りすぎだ……なんか気持ち悪い……。

「まあ、コンビなんて言われてるくらいなんだから、少なくとも仲が悪かったとか険悪だっ

たとか、そういうことはないんじゃないの?戦場ヶ原さんは卒業ぎりぎりまで部活に参加

してたから、運動部同士の付き合いっていうのは、最低限、あっただろうしね」

「君は何でも知ってるね」

「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」

 いつも通りのやり取りだった。

 そう、まだ、今はまだ、いつも通り――普通の側だ。

「うん、だいたいわかった。ありがとう」

「えっ……もういいの?」

「うん、それだけわかれば、もう、十分」

「そう、それじゃあばいばい」

「ああ。また明日、学校で」

 もしも行けたらね。と、僕は心の中で呟いて、通話終了のボタンを押した。そして携帯

電話を閉じて、尻のポケットに仕舞う。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:40:10.81 ID:5OuzHKOCo
 さて、どうしたものか。

 ひたぎちゃんの言うことや、その態度に対し、当然、かつて同じ立場に立った者として、

似たような経験をした者として、一定の理解を示さないわけじゃないのだけれど――僕と

してはどうしても、神原駿河の方に、同情的になってしまうな。

 できれば――とも、もしも――とも、思う。

 大きなお世話だろうし、余計なお節介だろうし、ありがた迷惑もいいところだろう――

 でも、僕は思わざるを得ないのだ。

 ひたぎちゃんに、失ったものを取り戻して欲しいと。

 ひたぎちゃんに、捨てたものを拾って欲しいと。
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 同様に、神原駿河にも
 ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 それは僕には、そして彼にも、絶対にできないことだから――

「やっぱり、忍野に相談するしかないのかなあ……いろいろ言われた後だから、なんとな

く頼りづらいんだけれど……」
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:43:44.46 ID:5OuzHKOCo
 まあ、でも、それは後回し。

 今は、目の前の問題を解決しなくては。

 まあ、正確には、後ろの問題なのだが……。

 ひたぎちゃんの家を出てから五分で感じ取れてしまった物。

 殺気。

 そう、殺気。

 この前、ひたぎちゃんから貰い受けたのとは、全く違う種類の殺気が、二百メートル後

方から僕に注ぎ込まれている――そう――ひたぎちゃんとは違う――人でないものの――

春休みや、ゴールデンウィークで――嫌というほど送られてきた――怪異的な殺気――
                                ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・     ・ ・ ・
 そして、今回の登場人物でこの殺気が出せる者は一人しかいない。そう、あいつしかい

ない。

「さて、本当にどうしたものかなあ」

 隣に小学生がいるわけでもないのに、つい独り言を言ってしまった。
     ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・                 ・
 まあ、周りに誰もいない、助けも呼べないようなこの状況では、僕を変質者と評する人

間はいないだろう。
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:44:16.25 ID:5OuzHKOCo
 相手の速さにもよるが……おそらく自転車に乗っても逃げられる相手ではないだろう。

最悪の場合、サドルに跨る間もなく、足を上げた次の瞬間には殺されてしまいかねない。

突っ込んでみてはどうだろうか?……いや無理だ。ああ、忍ちゃんに血をあげておくべき

だったなあ。本来なら、ストーカーが始まった段階で、この可能性を視野に入れておいて

もよかった。全く何をしているんだ僕は。これも、甘えなのだろうか?とりあえず、この

間合いを保ってみるか――と、そこまで思考した段階で、状況は変化してしまった。

 そいつは、僕のすぐ後ろにまで、近寄ってきていた。どうやら、電話もかけ終わり、こ

れ以上の行動はないと見做されたのだろうか?

 後ろを取られ、もはや完全に生殺与奪の権を握られてしまったことにも驚いたのだが、

しかし、僕がより驚いたのは、そのものの格好である。上下の雨合羽に、フードをすっぽ

り、深く被っている。黒い長靴に……左右のゴム手袋。雨が降っているのならば、それは、

その天候に対する完全装備足るのだが、しかし、空は星空、見事なまでの快晴である。ま

あ、怪異にはキャラ付けが大事なのであって、その場の状況とかはあまり関係ないという

ことなのだろう。

 雨合羽は次の一瞬で左の拳を振りかぶり、そして、次の一瞬で、あわせて二瞬で、(少

し弱体化しているが)この吸血鬼の目でも、見えるか見えないかぐらいの速さで、振り抜く。

 目は閉じなかった。だから、この後の状況をはっきりと、詳細に解説することができる。
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:47:19.76 ID:5OuzHKOCo
 視界が一瞬で回転し、二回転三回転四回転、思考回路が揺さぶられるように、激しい重
                              ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
力加速度が前後左右にかかりまくり、世界全体が歪んで見えただろう。雨合羽の彼女には。

 そう、僕ではなく、絶対的な状況下にあるはずの雨合羽の方が吹き飛ばされたのだ。

 無論、僕じゃあ、ない。

 いくらなんでも、この非力と言う存在そのものを具現化したような存在である一戯言遣

いが、ほんの少し吸血鬼化したくらいで、この恐ろしくおぞましい怪異に立ち向かえるは

ずがない。

 僕を攻撃した、二瞬のパンチの間に、僕も、そして、恐らく雨合羽の奴も、今まで一切

気付かなかった、第三者からの介入により、雨合羽と僕の駆け引きは、丸ごとなかったこ

とにされてしまったのだ。

 雨合羽が拳を振り抜くその瞬間に、僕と雨合羽のうちに刹那のうちに入り込んだ第三者

に。

70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 00:48:58.38 ID:5OuzHKOCo
 その第三者は――僕の知らない人だった。

 本当に――あかの他人、人間だ。

 人間なのに――それは、いきなり現れた。

 元々そこにいたかのように、平然と、超然としている。

 僕がそいつを認識した直後、そいつは雨合羽の腹の辺りを殴りつけた。さっきの雨合羽
                                  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
の拳を、見えるか見えないかぐらいだと僕は評したが、そいつの拳は見えなかった。

 いくら吸血鬼性が今日、たまたま下がっているからといって、この暗闇の中、すなわち、

吸血鬼には、むしろ好都合な状況下で、僕はその拳を捉えることができなかった。

 怪異よりも怪奇。

 数週間前に出会った、理解不能な有象無象の類だろうか。

71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:49:28.73 ID:5OuzHKOCo
 吹っ飛んでいった雨合羽の方を見ると、どうやら気を失っているらしい。

 先ほどの拳はただ力任せだったというわけではないようだ。腹の、内臓を的確に狙った

ような跡が雨合羽に刻まれている。

 いや――内臓というよりも――中心より少し左――心臓の位置だろうか。

 おそらく、吸血鬼でなくともとてつもなく苦しいし、下手をすれば死んでしまうだろう。
        ハートブレイクショット
一撃必殺の心臓破りの突き。

 僕はそれを見て、一瞬唖然としてしまったが、すぐさまそいつに視線を戻す。

 そうだ、まさか彼女だけが狙われて、僕が狙われないなんて、そんなことあるはずがな

い。「自分だけは助かる、自分だけは例外だ」そんな楽天的な思考を僕は持ち合わせてい

ない。しかし、今回はその楽天的な思考でもよかったようだ。そいつは、僕の方になど目

もくれず、雨合羽の方に近付き、ひょいっ、と持ち上げたかとおもうと、そのまま立ち去

ろうとした。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:50:00.73 ID:5OuzHKOCo
 あまりに鮮やかな立ち去りっぷりに、一瞬反応が遅れる。

「ちょっ、ちょっと待ってください!その子をどうするつもりなんですか?っていうか、

あなた、一体なんなんですか?」

 と、僕は尋ねた。

 僕のことなど無視してしまうのではないかとも思われたのだが、そいつは首だけで振り

向いた。振り向いて――何も言わない。

 どうやら、僕に答えるべきか迷っているようだった。いや、違うな。迷っているんじゃ

ない。困っている。そう、命令なしで名乗ってもよいのかどうか、判断がつかない、といっ

た風だ。相手が答えられないのなら仕方ない。こちらから最低限のことは言っておく。

「あの……先ほどはどうもありがとうございました。でも、その子、悪気はなかったと思

うんです。……その……ですから、警察にはなるべく届けないであげてください」

 そう言うと、そいつは、また何かを言いたげにしたのだが、結局は黙って彼女を抱えた

ままどこかへと行ってしまった。

 僕はそのまま帰路につく。……しかし……どうだろう……あの人は僕の言うことをちゃ

んと聞いてくれたのだろうか。何しろ一切知らない、心当たりなど全くない人物だった。

そこらへんは彼女の運にもよるだろう。

 そう、彼女。

 あの人物もそれはそれで考えるべきなのかもしれないが、彼女が無事だった場合、優先

すべきは彼女の方だ。何せ、怪異が憑いているのだから、憑けてしまったのだから。

 あいつだったら……もっと手際よくやってしまうんだろうな……。

 まあ、僕は僕なりにやるだけだ。とりあえず明日になってから、状況が変わってから、

考えることにしよう。

 今回も、僕はただ流されるだけなんだ。と、自虐的に、自覚的に思うことにした。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:50:39.60 ID:5OuzHKOCo
005

 神原駿河の家は――学校の校門から数えて自転車で三十分ほどの距離にあった。そして

それは、彼女の場合は駆け足でも、三十分ほどの距離だった。

 いかにも歴史がありそうな感じの、立派な日本家屋だ。なんだか、中に入ることを躊躇

してしまう、重厚な空気のある屋敷。

 とはいえ、入らないわけにはいけないのだけれど……。

 ししおどしの見える庭に面した廊下を歩いた先の、彼女の部屋へと、障子を引いて、通

された。

 布団は敷きっぱなし、服は脱ぎ散らかしっぱなし(下着含む)、本は教科書も小説も漫画

も含めて裏向きに開かれてあったりなかったり、倉庫でもあるまいしダンボール箱が部屋

の端に山積みで、ごみがごみ箱にも入れられず、その辺の畳の上に無造作に、あるいは精々、

近所のスーパーのビニール袋に詰め込まれ、放置されている。そもそもごみ箱という概念

がこの部屋にはないのか、それらしきものは一切見当たらない。十二畳ほどの部屋と言わ

れたのだが、足の踏み場は一歩もなかった。

「散らかっていて申し訳ないな」

 振り向いて、胸の前に右手を置き、邪気なくにっこりとした笑顔で、神原駿河は、はき

はきとそう言った。

「遠慮しなくていいんだぞ?よく知らない女の子の部屋に入るのに躊躇する阿良々木先輩

の繊細さには素直に感じ入るが、今はそんな場合でもないだろう」

 まあ、そう言われればそうだ。別に潔癖症のつもりもないのでそのまま入る。物で埋まっ

ているなら、物を踏めばいいだけだ。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:51:14.48 ID:5OuzHKOCo
「さて――と」

 明日のこと。

 つまりは金曜日から翌日。土曜日のこと。

 世間では週休二日制が当たり前の習慣になって久しいらしいが、僕らの通う私立直江津

高校は名の知れた進学校、土曜日にも普通に授業がある。まあ、向こうでは、休むという

概念自体そもそもなかったような気がするので、そのことに対して不満はない。明日が今

日になり、とりあえず僕は神原駿河をあたることにした。一時間目と二時間目の間の休み

時間を使って、僕は二年生の校舎に向かった。何分あいては有名なスターのこと、どのク

ラスかなんて、そこらの生徒に訊けば簡単にわかる。二年二組。三年生が教室を訪ねてき

たということで、にわかにクラスは騒然となったが、さすがに神原駿河は、堂々とした風

格で、廊下で待つ僕のところに、大股で歩いてきた。

「やあ、阿良々木先輩」

「やあ、君に少し用事があるんだけれどさ」

「そうか。ならば」

 彼女は何も質問を返さず、ただ答えた。

 まるで予定調和。どのような会話をなすかが決められているかのように。

「放課後、私の家まで、付き合って欲しい」

 話をするだけならば、別に家にまで行かずとも、学校の空き教室や、屋上やグラウンド、

あるいは学校から外に出ても、その辺りのファーストフード店ででもすればいいと思った

し、実際提案したのだけれども、どうしても家で話したい理由があるようだった。

 理由があるのなら、従うまでだ。

 聞くまでもなく。

75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:51:58.07 ID:5OuzHKOCo
 僕は自転車で登校しているので、またぞろ二人乗りとでも洒落込もうかとも思っていた

のだけれども、彼女はそれを丁重に断り、走りで僕を家へと導いたのだった。

 厳しい貞操観念でもあるのだろうか?それこそ、ひたぎちゃんみたいな。

 そしてことは現在に至る。

「何から話したものかな、阿良々木先輩――何分私はこの通り口不調法なもので、こうい

う場合の手順というのはよくわからないのだが、まあ、とりあえずは」

 神原駿河はさっと足を組み直して、ぺこりと、僕に向かって頭を下げた。

「昨夜のことを、謝らせてもらおうと思う」

「……別にそんな風にしなくてもいいよ」

 確かに僕は襲われそうにはなったのだが、しかし実際被害を受けたのは彼女だ。僕は一

切何もしていないし、されてもいない。

「そんな、僕を襲おうとしたことについては、どうだっていい。僕は、いつでもどこでも、

日本でもアメリカでも嫌われ者だったからね。知らないうちに怨みを買って、殺されかけ

ることには慣れている。だから、そんなことはどうでもいい。そんなことより、昨日、あ

れからどうしたの?」

「あれから、と言われてもな……実は、その……あまり覚えていないのだ。夢うつつとい

うか――全く覚えていないわけではないのだが、まるでテレビの映像でも見ているようと

いうか、関与できないというか――」

「トランス」

 その説明に、僕は割り込む

「トランス状態――って奴だよ、それ。知ってる……人間に憑依するタイプの怪異は、肉

体と精神を、ざくざく陵辱するんだ」

 翼ちゃんの猫はそうだった。だから翼ちゃんは、自身が怪異に接していたゴールデンウィ

ークの出来事を、ほとんどといっていいほど、憶えていない。ケースとしては、今回はそ

れに近いのだろう。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:52:35.45 ID:5OuzHKOCo
「物知りだな、阿良々木先輩は。そうか、怪異というのか、こういうのは――」

「まあ、僕も、とりたてて詳しいというわけじゃないんだけれどね――知り合いに詳しい

奴がいてさ」

 忍野。

 完全にこれは――忍野の領域、忍野の領分と、今回もなってしまったな。

 今回は、僕の方が被害者だったのだから、頼ったところでそんなに責められるようなこ

とはないだろう。

「ところで、僕が今この瞬間最も聞きたいことがあるんだけれどさ。



その左腕――それが今回の現象を引き起こしたんだよね。



どういうことか、説明してくれないかな?」
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:53:40.07 ID:5OuzHKOCo
「ううむ。何から話したものかというなら、やはりその辺りからか。しかし……阿良々木

先輩は、突拍子もないことを、信じることができるタイプの人間かどうか、最初に質問し

ておきたいのだが」

「……?」

「わからないだろうか?つまり、阿良々木先輩は、自分の目で見たものを、信じられるか

どうかという意味の質問なんだが」

「ああ、その点は気にしなくていい。僕はたとえ、明らかに胡散臭い、初対面のアロハシャ

ツの男でも、その言うことを信じてしまうような奴なんだ。ひたぎちゃんのことだって、

君のことだって、なんだって信じてしまうのさ」

 「それはすごい、すでに阿良々木先輩は『聖人君子』では表しきれない、キリストも裸

で逃げ出すような、清く正しいお人だ!」などと、褒めちぎっていたが、同時に僕の心も、

ちぎれそうだった。

 いや、嘘じゃないけれど……しかし、本当のことでもない。

「そんなことよりも、今は君のことのほうが大事だろ?」

「ああ、そうだったな……正直に言って、あまり人に見られたいものではないのだ。私は

これでも一応、女の子なのでな」
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:55:04.97 ID:5OuzHKOCo
 言って――神原駿河は、その左手の真っ白い包帯を、解きにかかった。ぐるぐるに巻か

れたその包帯を、留め金を外し、指に近い方から、順番に、

「まあ、こういうことなのだが」

包帯が完全に解け――神原駿河は制服の袖を、捲り上げる。そしてそこに僕が見たのは、
                                           ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
女の子らしい、細くて柔らかそうな二の腕から連なる、肘から先が――野生のけだものの

それのような、真っ黒い毛むくじゃらの、骨ばった左手だった。

「…………」
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 00:56:22.33 ID:5OuzHKOCo
 感じる。
                    ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ゴールデンウィークに、これと似たようなものを、似て非なるものを、目撃している僕

にはこれがわかる――これが、怪異そのものであることが。

 野生のけだもの――といっても、しかし、それが何かと問われれば、全くぴんと来ない。

向こうで見た気がするのだが、どうにも思い出せない。(こんなことだから心視先生に目を

つけられてしまうのかもしれない。記憶力って本当に大切だ。)どんな動物のようでもあり、

またどんな動物のものでもないような気がした。全てに似ている代わりに、何にも属して

いないようにも見える――そういえば、真心にも、あいつにも言われたな。「おまえを見

ていると――自分を見ているようにもなってくるよ」っだったっけか――それでも、五指、

それぞれにある程度の長さがある指の先の爪の形から、あえて言うなら――

「猿の手――みたいだ」

 猿。

 哺乳綱猿目類から、人類を除いた動物の総称。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:56:48.73 ID:5OuzHKOCo
「ほう」

 神原駿河は、何故か――感嘆したような表情をした。

 そして、ぱしんと、組んだ膝を、自分で打つ。

「阿良々木先輩はやはり計り知れないほどの慧眼だったな。恐れ入った、持っている目が

まるで違う。一見してこれの正体を見抜いてしまうとは、驚きの一言に尽きる。私のよう

な凡俗とは、積み重ねている知識は全く違うようだな――となると、これ以上の余計な説

明は不要と言うわけか」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ」

 ここで説明をやめられたら困る。

「僕はただ、見たままの感想を述べただけだ。何も見抜いてなんかいないんだよ」

「そうなのか?ウイリアム・ウイマーク・ジェイコブズの短編小説のタイトルなのだが、

原題は、『The Monkey's Paw』だから、まあ直訳と言ってもいいはずだ、『猿の手』とい

うテーマ自体はいろんなメディアでいいように使われているから、派生して派生して、い

ろんなパターンがあるけれど――」

「いや、全然知らない」

 正直に言った。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:57:56.88 ID:5OuzHKOCo

「そうなのか、何も知らないままに真実を言い当ててしまうなんて阿良々木先輩は天にお

わす何者かに選ばれているとしか思えないな」

「……そんな奴がいるとしたら、とんでもない人選ミスをそいつはやらかしたことになる

な」

 えっと、と、僕は改めて、その左手を見る。

 けだものの手――猿の手。

「さ……触ってもいいかな?」
     ・ ・ ・ ・
「うん。今は別に、大丈夫だ」

「そうか……じゃあ、お言葉に甘えて」
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:58:52.94 ID:5OuzHKOCo
 許可を受けて、僕はその手の手首の部分辺りに――そっと触れてみる。

 質感、肉感……体温、脈拍。

 やはり……こいつは――
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「生きているタイプの怪異だね」

 思わず。

 ぎゅっと――その手首を、僕は握ってしまう。

「ん、あ、やんっ」

「変な声をあげるなよ。ご両親にでも見つかったらどうするんだ」

「そっ、そんな、ことを、いっ、たって、んあっ、あ……あららぎっ、せんぱいっがっ、

そんな、ふうに、へん……な、さわりかた……するから、ううんっ」

「そんな変な触り方してるかな」

 どうすればいいのだろう。とりあえずこの辺りならどうだろうか。

「ああっ、そんなとこっ、やめっ、やめ……て、くぅうっ」

 だんだん涙目になってきた。……さすがにかわいそうかな。

 僕は手を離すことにした。

「そっ、そんな、はっ、ひっ、ひどいぞ阿良々木先輩……もう、やめ、やめてって、言っ

たのに……」

「ごめんごめん」

 なんだか面白くなってきちゃって。

「わ、私はくすぐったがりなのだ」

 「まあまあ」と、僕はさっさと仕切りなおす。こんなところでもめている場合でも、も

んでいる場合でもない。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 00:59:52.11 ID:5OuzHKOCo
「とりあえず、さ、左手についての話を聞かせてよ。感度がいいことはわかったし……」

「ああ、そうだな。……ええと、どこまで話したのだか……この左手、今は思い通りに動

くのだが――しかし、思い通りに動かなくなるときがあるのだ」

「ふうん……それが昨日の状態ってこと?」

 僕は思い出す。あからさまな殺気を、話し合いの余地もない行動を。

「なるほどね……わかってきたよ、うん、読めてきた読めてきた。だいたい理解したよ」

「そうか、わかってくれたのか。阿良々木先輩が大きな人でよかった。この腕を見せた段

階で逃げ出されてもしていたら、話はできなかったからな。それに、少なからず、傷つい

ていたと思う」

「突拍子もないことにはいろいろと慣れているんだ。安心していいよ。突拍子もないこと

……ひたぎちゃんのことも、勿論――ね」

 この分なら、僕自身が一時期吸血鬼と化していたことについても、あとで説明しておい

た方が、よさそうだな……

84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:00:38.77 ID:5OuzHKOCo
「ところで、阿良々木先輩。先ほどから随分と戦場ヶ原先輩の名が挙がるような気がする

のだが……おそらく、阿良々木先輩はらしくもなく誤解をされているのではないか?

「ん?誤解?」

「もし外れていたら恥ずかしいので、あまり言いたくはないのだが……私は、戦場ヶ原先

輩とのことを知りたくて、ここ最近、阿良々木先輩について回っていると思われているの

ではないか?だとしたら、それはそういうわけではないんだ」

「え……?違うの?」

 てっきりひたぎちゃんと付き合っているという噂の真偽を確かめていたんじゃないのか?

 まあ、その噂はデマもいいところの戯言だったんだけれど。

「バスケットボール部の君と陸上部のひたぎちゃんとで、あわせてヴァルハラコンビって、

呼ばれるほどの仲だったんだろ?」

85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:01:13.37 ID:5OuzHKOCo
「ああ、その通りだ。そんなことまでよく知っているな、阿良々木先輩、おみそれしたぞ。

これまでだってできる限り高く評価していたつもりだったが、私はそれでも阿良々木先輩

のことを侮っていたようだ。とてもじゃないが、阿良々木先輩は私の価値観で測れるよう

な大きさではないな」

「……人づてなんだけれどね……由来も聞いたよ。よく考えられた通り名だ」

「そうだろう。私が考えたのだ」

 誇らしそうに胸を張る神原駿河だった。

 ……自分で考えていた。

 自分で考えていた!

「一生懸命考えたものだぞ。ちなみに私個人のニックネームとしては、『ガンバルするが

ちゃん』というのを考えたのだが、残念ながらそちらは定着しなかった」

「……それは残念だったね」

 うん、なんて残念なセンスだ。

「呼びかけるには少し長いニックネームだったからな、仕方ないとは思っている」

「反省点はそこじゃない」

 ……ここらへんの微妙なセンスはひたぎちゃん譲りだよな。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:01:57.13 ID:5OuzHKOCo
「そう、僕を襲おうとした理由の話だ。ひたぎちゃんとは関係がないところだとして、じゃ

あ、どうして僕を襲おうとしたんだ?」

「ああ、いや、まあ、戦場ヶ原先輩は関係が全くないわけではないのだが……まあ、そこ

らへんも説明させてもらおう」

 神原駿河は笑顔で続ける。

「私はレズなのだ」

「…………」

「ん、ああ。阿良々木先輩は男だから、今のでは少し言葉が露骨過ぎたかな。えっーと」

 と、首を傾げながら、神原駿河は訂正した。

「言い直そう。私は百合なのだ」

「そんなもの一緒だ!」

 何一つ変わっていない。

 まあ、でも、変に納得した。

「ヴァルハラコンビか……そういう関係もあるよなあ」

「ああ。それは違う。戦場ヶ原先輩に対しては、私の一方的な片思いだったんだ」

 片思い……ねえ。

 やはり、真宵ちゃんの中の僕は信用ならなかったか、的外れもいいところだ。現実の僕

も信用ならないし、どこか的外れなのだけれど……。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:02:25.99 ID:5OuzHKOCo
「そうか、百合か」

「うん、百合なんだ」

 神原駿河は何故か嬉しそうだった。

 しかし、それにしてもなあ……。

 吸血鬼だったり猫だったり蟹だったり蝸牛だったり、委員長だったり病弱だったり小学

生だったり、猫耳だったりツンデレだったりメタメタだったり、挙句の果てには百合かよ。

まったく、せっかくアメリカから逃げてきたというのに、僕には「平穏」と「日常」は訪

れないというのか?この変人密度じゃあ、向こうとまるで変わらない。

 陸上部のスターと、バスケットボール部のスター。

 ヴァルハラコンビ。

「戦場ヶ原先輩はみんなの人気者だったけれど、私の戦場ヶ原先輩に対する思いは、その

中でも一線を隠していたように思う。その自負はある。戦場ヶ原先輩のためなら、死んで

もいいとさえ思っているのだ。そう、言うならば、デッド・オア・アイラブといった感じ

だ」

「いや、デッド・オア・ダイだろ」

 あまりに面白くないのでちょっと危険な会話となってしまった。

 どうやら二人とも、少なからずひたぎちゃんの影響を受けているらしい。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:02:53.71 ID:5OuzHKOCo
 ともかく、僕は、話の続きを促した。

「続きといっても……なんだろう、別に昔のことを話しているわけでもないからな。続き

というなら、今と地続きの話なのだ。そもそも、私が直江津高校を選んだのも、戦場ヶ原

先輩を追ってのことだったのだから」

「だろうね……その話を聞くと、そうなんだろうと思う。その辺は驚くというよりは、納

得する感じだ」

 そんなことを言ったら、とりようによってはまたぞろ彼女のチームメイトを侮辱してい

るかのように取られてしまうかもしれないから、言わずに心中にとどめるけれど、でも、

中学時代からバスケットボール部のエースだったというのなら、スポーツ推薦なり何なり

で、もっと充実した環境でバスケットボールができたはずだ。それなのに、どうして部活

動にまったくといっていいほど力を入れていない、進学校の直江津高校に入ったのか――

その動機はなんだったのかということ。

 一途な思い。

 というにも、真っ直ぐ過ぎる。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:04:01.09 ID:5OuzHKOCo
「戦場ヶ原先輩のなめた飴ならなめられるくらい、惹かれていた」

「…………」

 別にそれは普通のことじゃないか?

 男なら女子のなめた飴なら二秒で溶かせると思うが。

 まあ、この子もやっぱり女の子ということなのかもしれない。

「でも、阿良々木先輩。戦場ヶ原先輩が中学を卒業してしまってからの、私の中学三年生

の一年間というのは、全く、灰色でな」

「灰色か」

「ああ。灰色の百合生活だった」

「…………」

 気に入ったんだろうか。百合って表現。

 もう好きにしていいよ。所詮この世はごゆるりワールドだ。

「灰色の脳細胞ならぬ灰色の百合生活だった」

「言わなくてもわかっていたし、言ったところで全くうまく言えていないから、ここらへ

んでやめておいたほうが身のためだよ」

 またひたぎちゃん譲りというやつか。

 まあ、あの耐えがたい沈黙よりはいいが。

90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:04:29.54 ID:5OuzHKOCo
「で……それから、その灰色の百合生活で、どうなったの?」

「うん、その一年間で、私は今更のように、私にとって、戦場ヶ原先輩がどれほどに大き

な存在だったのかを、知った。案外、一緒にいた二年間よりも、離れていた一年間の方が、

私にはよっぽど重かったのかもしれない。だから、もしも直江津高校に受かって、戦場ヶ

原先輩と再会できたら、告白するつもりだったのだ。それを目標に、私は受験勉強に明け

暮れた」

 神原駿河は言った。

 自身たっぷりの態度はいつものままに、しかし心なし、頬が上気している。どうやら、

これは単純に照れているらしい――ここらへんの可愛さはひたぎちゃん以上かもしれない。

後輩、恐るべし。今、僕の中に、百合という、新たな萌え領域が花開いた瞬間だった。

 なんだか、もう、左腕のけだものの手がどうでもよく思えてきたな……このままずっと、

>>1000までこの子と楽しくおしゃべりというのもいいかもしれない……違う、ストーリー

の本筋は、あくまでその腕のはずなんだ……。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:04:56.99 ID:5OuzHKOCo
「飴どころじゃない。ガムだ。戦場ヶ原先輩のかんだガムならかめるぐらい、私は戦場ヶ

原先輩に惹かれていたのだ」

「どうにも基準がわからない」

 それも当然、みなできることだし。

「けれど」

 と――そこで露骨の声のトーンが落ちてしまった。

「戦場ヶ原先輩は、変わってしまっていた」

「ああ……」

「変わり果てて、いた」

 蟹。

 蟹と出遭った――ひたぎちゃん、多くのものを失い、多くのものを捨て、多くのものを

無くし――全てを拒絶した、ひたぎちゃん。翼ちゃんのように、中学時代の彼女を知って

いる者からすれば、それは別人と見まごうばかりの、変貌だったに違いない。まして、ひ

たぎちゃんを信奉していたた立場の者からすれば――信じたくないほどの変貌だっただろ

う。

 突拍子もなさ過ぎて、信じられないほどに。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:05:23.91 ID:5OuzHKOCo
「高校生になってから、重い病気を患ったということは、聞いていた――陸上をやめてし

まったことも、聞いていた。そこまでは、事前に、知っていたのだ。でも、あそこまで変

わってしまっているとは――思いもしなかった。悪い噂だと思っていた」

 噂は――噂。

 都市伝説。

 街談巷説。

 道聴塗説。

「しかし――違った。噂自体は確かに真相を外してはいたが、そんな噂どころじゃなかっ

た。戦場ヶ原先輩の身体には、もっと大変なことが、起きていた。私は、それに気が付い

て――何とかしなければ、と思った。戦場ヶ原先輩を助けなければと思った。だってそう

だろう?私は中学生の頃、戦場ヶ原先輩にすごくお世話になったのだ。受けた恩を忘れた

ことはない。学年も部活も違ったけれど、戦場ヶ原先輩は、私に、とても優しくしてくれ

たんだ。だから私は、戦場ヶ原先輩を助けようとしたんだ――助けたかったんだ。だけど、

それは、取り付く島もなく、拒絶された」

「そっか……」
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 01:06:01.31 ID:5OuzHKOCo
 拒絶。

 おそらく、そんな言葉では済まされないものだっただろう。僕と同じような、いや、親

しかったからやや過剰に、僕以上にひどい目に合わされたに違いない。

「なんとかできると、思った」
 ザンキ
 慙愧の念に堪えないというように――心の底から悔いているような雰囲気を漂わせつつ

も、それでも気丈に、無理にさばさばとした風を装って、神原駿河は言う。

「戦場ヶ原先輩の抱えているものを、私がなんとかできると思った。原因を取り除くこと

はできなくとも、そばにいるだけで――戦場ヶ原先輩の心を、癒すことができると思って

いた」

「…………」

 自分だけは助けられる――自分だけは例外。
     グサ
「お笑い種だったな。おめでたい女だった。今から考えれば、滑稽千万だ」

 だって戦場ヶ原先輩は、そんなこと、ちっとも求めてなかったんだから――

 と、神原駿河は下を向く。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:07:32.13 ID:5OuzHKOCo
「あなたのことなんて友達とも思っていなければ後輩とも思っていない――今も昔も。そ

んなことを、はっきり言われた」

「まあ……」

 言うだろうな、初めて会ったときのひたぎちゃんは、文房具以上の凶器として、あの辛

辣な暴言毒舌を、持ち合わせていた。人を巻き込みたくないから、というのもあっただろ

う。

 話しかけないでください。あなたのことが嫌いです。

 これは、別の子の言葉だけれど。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 01:08:11.13 ID:5OuzHKOCo
「最初は、じゃあ戦場ヶ原先輩は私のことを恋人と思っていてくれたのかと思ったが、し

かし、そうではなかった」

「……ポジティブだね」

「うん。続けて、よりはっきり言われた。あなたのような優秀な下級生と仲良くしておけ

ば自分の評判が上がるから、そのために仲良くしてあげていただけだ、面倒見のいい先輩

を演じてあげていただけだ――と」

「……酷いことを言うなあ」

 傷つけるのが目的で――

 傷つくのが目的だから――

 でも、ひたぎちゃんは昨日、彼女のことをあの子と呼んで、中学時代の後輩だと言い、

今は違うと言いつつも、中学時代の友達だったことは認めていた。それは、僕にとって都

合のいい解釈なのかもしれないが、でも、それでも――
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:08:52.54 ID:5OuzHKOCo
「優秀な下級生と言われたのは嬉しかった」

「……ポジティブなんだね」

「でも――私は自分の無力さを思い知った。そばにいるだけで癒せるなんて、思い上がり
 ハナハ
も甚だしかった。戦場ヶ原先輩はむしろ――そばに、誰もいて欲しくなかったのだ。だか

ら私は、それ以来、戦場ヶ原先輩には、近付かなかった。それが、戦場ヶ原先輩が私に望

んだ、唯一のことだったからな。勿論、戦場ヶ原先輩のことを忘れることなんてできるわ

けはなかったけれど――でも、私が身を引いて、何もしないことで、少しでも戦場ヶ原先

輩が救われるというのなら――それを私はよしとできる」

「…………」

 何と声をかけていいのか、わからない。よしとできる――か。

 それは僕には――絶対にできないこと。

「戦場ヶ原先輩と顔を合わせないように気をつけた。廊下でばったり会ってしまったり、

朝礼で姿を見かけたり、学食ですれ違ったりしないよう、行動範囲は全てずらした。私が

戦場ヶ原先輩をというだけでなく、戦場ヶ原先輩も私を意識せずに済むよう、取り計らっ

た。勿論、部活の試合で活躍したら、どうしたって私のことは噂にはなってしまうのだけ

れど、だから、私の噂には虚実、織り交ぜるよう、私自身が、コントロールした」

 そんなことまでしていたのか。しかし、そこまで徹底して……ストーキングならぬ、逆

ストーキング……とでも言ったらいいのか。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:10:06.14 ID:5OuzHKOCo
「一年はそれでやり過ごせたのだ。灰色どころか黒色の百合生活だったな。それでバスケッ

トボールに熱中できたのは、果たして、よかったのか悪かったのか……でも――そんな一

年が経って、私は、阿良々木先輩のことを知ってしまった」

「…………」

「いてもたってもいられず―― 一年ぶりに、私は、自発的に、戦場ヶ原先輩を訪れた。

訪れようとした。勿論、一年の間に、ケアレスミスは何度かあったけれど、しっかり、意

志を持って戦場ヶ原先輩の姿を見たのは、それが初めてだ。戦場ヶ原先輩は――阿良々木
          チョウチョウナンナン
先輩と、朝の教室で、 蝶々喃々 と、話していた。中学時代でも私に見せてくれたことが

ないような、幸せそうな、笑顔で、恋する乙女の顔でな」

「…………」

「阿良々木先輩は、私がしたくてしたくてしょうがなかった、したくてしたくてできなく

て諦めたことを……まるで当然のように、やっていたのだ」

「いや、それは」

「最初は、嫉妬した」

 一言一言、区切るように神原駿河は話す。ぶつ切りの――独白。

「途中で、思い返した」

 え?
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:10:48.37 ID:5OuzHKOCo
「私に、できなかったことは、阿良々木先輩には、できたのだと、これは、阿良々木先輩

にしかできなかったのだと、そう無理矢理、自分を納得させた。阿良々木先輩は、どうし

ても、私が適うような相手じゃない、と、そう思わせてしまう雰囲気があったからな。け

れど――」

 神原駿河が僕を睨むようにした。

 初めて、僕にそんな批難がましい目を向けた。

「私は、更に知ってしまった。こんな噂を、ひどい噂を、『戦場ヶ原先輩を、阿良々木先

輩が、振った』という噂を」

 後輩で、年下で、女の子なのだけれど、性格的に逆上して僕につかみかかってくるよう

なことはないのだけれど――それでも怯んでしまうような剣幕で神原駿河は言う。

「阿良々木先輩に激怒した。いくらなんでも、それはないだろう。他人にできないことを

平然とやってのけるのに、それをまた、平然と捨ててしまう。そんな、そんなことが許さ

れるか?許されるだろう。所詮高校生の恋愛だ。けれど、私には、私にはそれでも許せな

かった。どうしても、許せなかった。阿良々木先輩を殺してしまいたいほど憎み、阿良々

木先輩を殺そうと思った――だから」

 と。

 神原駿河は、自分の右手で――自分の左手に触れた。

 その、けだものの左手に。

「だから私は、この手に、そう願ったんだ」

「八つ当たりじゃねえか」
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:11:16.03 ID:5OuzHKOCo
006

 ウイリアム・ウイマーク・ジェイコブズの『猿の手』の粗筋を、ここで紐解き、詳しく

説明する必要はないのだけれど――その話を知らなかった僕にしたところで、聞いてみれ

ば、なるほどそれは、怪談として、ホラーとして、よくできたストーリーだ。教科書に載っ

ているような、ある種教訓めいた物語。いわくつきのアイテム。

 いわく、猿の手は持ち主の願いを叶えてくれる。

 いわく、ただし、持ち主の意に添わぬ形で――

 いわくつきの、いわく憑きのアイテムだそうだ。

 何でも、猿の手はインドにおいて、霊験あらたかな老行者によって製作されたアイテム

で、人間は運命に従って生きるべきであって、それに逆らおうとするとひどい災難に見舞

われると教えるための代物であるらしい。三人の人間が三人ずつ願いを叶えることができ

る、というような触れ込みで、物語に登場する。

 三つの願いを叶えてくれるなんていえば、僕辺りが最初に連想するのは、アラビアンナ

イトの魔法のランプなのだけれど、さて、あれはどんな話で、どんなオチだっただろうか、

僕は覚えていない。他にも、世界中に、この手の話は、分布している。なんでも願いを叶

えてくれる存在が人間の前に現れるという物語形式は、決して叶えきれない膨大な欲望に

支配された人間にとっては、根源的な物語形式なのかもしれない。怪談形式でもっとも名

高いのは、やはり、『猿の手』らしいのだけれど――

 でも、本当にこれは猿の手なのだろうか、現に願いはそのまま伝達されている。

 そのまま叶えられようとしている。

 もしかしたら、そこには、致命的な勘違いが――
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:12:13.12 ID:5OuzHKOCo
「で――その人は、忍野メメという名前なのか?メメは、片仮名でいいのか?」

「ああ。とはいえ、名前ほど可愛らしいやつじゃないよ。というか、アロハ趣味のおっさ
                       ・ ・ ・ ・ ・
んだ。変な期待はしないほうがいい。少なくともそれらしくは見えないからさ」

「いや……そういうことではなく、な。字面が象徴的というか……、まあ、別にいいのだ

が。しかし、メメとは、なんだかニックネームのつけにくそうな名前だな」

 「君も呼びづらいけれど」と、心の中で僕は呟いた。

 忍野の住処は、住宅街から少し離れた位置の、四階建ての学習塾跡――平たく言えば廃

墟である。肝試しでだって近付きたくないところか、普通に生活していれば恐らく建物と

いう認識で目に入ることさえないだろう、まあ、目に入ることはないのは、忍野が狙って

やっているのだけれど。

 神原駿河の日本家屋から、自転車で一時間少し。

 僕達は、その学習塾跡を、見上げていた。

「ところで、阿良々木先輩。阿良々木先輩は、吸血鬼に襲われたとのことだったが――そ

れが阿良々木先輩にとって、初めての怪異……というものだったのか?」

「まあ、多分」
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:12:49.70 ID:5OuzHKOCo
 気付いていなかっただけで、実はとても身近にいたりするのかもしれないけれど。

 少なくとも意識したのはそれが最初だ。

「それが春休みで、続いて、戦場ヶ原先輩……それで私か。それまで何もなかったのに、

ここに来て三連続とは、何か暗示的だな」

「……そうだね」

 実際は翼ちゃんの分と真宵ちゃんの分を合わせて、五連続なのだけれど、あえて伏せて

おくことにした。

 個人情報保護。

 プライバシー。

 それにしても……ここに来てから、か……確かに何か暗示的なものを感じる。

「一度体験したら、後も体験しやすくなるもの――らしいよ。だから僕は、この先、ずっ

とそうなのかもしれないな」

「それは辛いな」

「別に……辛いことばかりでもないよ。怪異を体験したからこそ、普通でない体験をした

からこそ、気付いたことや、得たものだって、あるからさ」

 そう、全てを失った僕の、空っぽになってしまった僕を、今支えているのは、怪異だ。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:13:20.04 ID:5OuzHKOCo
「しかし、戦場ヶ原先輩の抱えていた問題が、既に解決していたというのは、素直によかっ

たと思う。私が礼を言うのもおかしな話なのかもしれないが、阿良々木先輩には、心から

感謝させていただきたい」

「だから僕じゃなくて、それは忍野の奴の功績なんだけれど――いや、違うな、それも違

う。ひたぎちゃんが助かったのは、ひたぎちゃんのお陰。一人で勝手に助かったんだ」

 そういうことだ。

 僕や忍野のしたことなど、たかが知れている。僕らがやったことはただの戯言みたいな

ものだ。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:13:49.45 ID:5OuzHKOCo
「そうか……そうなのかもしれないな。でも、一つ聞かせてくれ、阿良々木先輩」

「なに?」

「戦場ヶ原先輩を何故振ってしまったのだ?あんなに美しい人と一緒にいられるだなんて、

阿良々木先輩にはメリットしかないように思えるのだが……」

「自分の感情を損得で考えられるほど、僕は計算高い人間じゃあないんだよ。……あんな

のはただの恩義であって、ひたぎちゃんは僕を本当に好きじゃないはずだ」

 それに、僕には好きな奴がもういるのだ。

「ところで、どうしてそんなことを訊くのかな?」

「ああ、いや、ええと……阿良々木先輩は私のことをどう思っているのかな……と」

「?」

「ほら、今の戦場ヶ原先輩と私はまるで正反対の性格だからな。病弱で物静かな戦場ヶ原

先輩じゃなくて、体育会系の明るい私のほうがタイプだとしたら、戦場ヶ原先輩に悪いな

あ、と思って」

「確かに君は可愛いけれどさ……」

 その自信はどこからくるんだろう、僕にも分けてもらいたい。とんでもないポジティブ

シンキング。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:14:26.65 ID:5OuzHKOCo
「そういう雑談は後にしようよ。早くしないと、そろそろ日が暮れてしまいそうだしね――

夜になったら危ないんでしょ?その左手」

「うん。逆に言えば、日のある内は問題がないということだ。少なくとも、あと数時間く

らいは確実に大丈夫だな」

「そっか……活動時間が夜だけだっていうのは、なんとなく、僕としては吸血鬼を思い出

さざるをえないな」

 ビルディングを囲み金網に沿うように一緒に歩いて、そこに大きく開いた穴を見つける。

三週間前、ひたぎちゃんと共に、この穴をくぐったのだ――今回は、その後輩と一緒に。

 縁もゆかりもありやしないと思っていたけれど。

 こうなるともう、合縁奇縁だ。

 袖すり合うも、何とやら。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:14:53.71 ID:5OuzHKOCo
「足元、気をつけてね」

「うん。ご親切にどうも、だ」

 ぼうぼうに生え放題の草をかきわけるようにして、後ろを来る神原駿河が歩きやすいよ

うに道を整えながら先へ進み、しかし、今からこの有様だと、夏場には一体どうなってし

まうのだろうかと考えながら、崩壊寸前の、ともすれば崩壊後とすら見えてしまいそうな、

学習塾に、入る。

 散らかりっぱなし。

 コンクリートの欠片だったり空き缶だったり看板だったり硝子だったり、なんだかわか

らないものだったりが、散らかりっぱなし、散らばりっぱなし。電気が通っていないから、

夕方の段階で既にほの暗い建物内は、普通に見るよりもずっと、朽ち果てているように見

える。忍野も、暇なのだったら、せめて建物の中だけでも綺麗にしておけばいいのに、と

思う。こんなところで暮らしていてブルーにならないのだろうか。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:15:44.24 ID:5OuzHKOCo
 まあ、それでもこの子の部屋よりは幾分マシだけれど……。
                                ヒソ
 ひたぎちゃんはこの建物の散々な有様具合、忍野の自堕落ぶりに眉を顰めていたけれど、

神原駿河なら、その心配はなさそうだ。

「汚い。酷いな、これは感心しないぞ。ここで暮らしているというのなら、忍野という人

は、どうして掃除をしないのだろう」

「…………」

 変なところで他人に厳しい女だった。

 ひょっとしたら自意識ってものが、あんまりないのかもしれない……。自分に自信があ

るからこその態度だと思っていたけれど、案外、そういった側面もあるのかもしれない。

 それは、ひたぎちゃんとは違うところ。

 あの子の自意識は以上に過剰だ。

 忍野がねぐらにしているのは、主に四階。

 薄暗い中――僕は歩く。

 入り口から離れるに連れて、不快なほどにどんどん闇は深くなる――不覚だった、もう

僕は何度も来ているのだから、懐中電灯くらい、持ってくればよかった。それくらい気を

回してもよさそうなものだったのに。

 でもなあ。

 時と場合によるけれど、僕、今はもう、あんまり、暗いのとか平気だからな……ついつ

い、そういう、当たり前のことを、失念してしまう。

 吸血鬼時代の名残。

 あるいは――未だに鬼だということか。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:16:19.42 ID:5OuzHKOCo
「…………」

 階段に辿り着いたところで振り向くと、神原の足取りは、非情に、おっかなびっくりの、

ふらつき調子だった。かなり危うい、暗いのは苦手らしい。普段、気丈なスポーツ少女で

あるだけに、尚更その歩調が危うく、心細く頼りなく、見えてしまう。そのまま階段を昇

れというのは、こうなると酷かな……左手はともかくとして、こんなことで、大事な足で

も怪我をしたら、ことだしな……。

「ちょっと右手を前に伸ばしてみようか」

「いきなり何だ?阿良々木先輩、こうか?」

「よし。合体だ」

「え?」

 僕はその右手を握った。ちっちゃくて、温かくて、可愛い、人間の手。

「こっから階段だからさ。つますかないように、ね。ゆっくり昇るから、気をつけてね」

「そ……それはありがたいが、合体だなんて、そんな、え、エロいな阿良々木先輩」

「…………」

 男子中学生みたいなことを言い出した。ああもう、可愛いな……。

「優しいんだな、阿良々木先輩は」

 まるで、そこにいるかを確認するかのように、神原駿河は手をぎゅっと握ってくる。

 僕も握り返す。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:16:55.11 ID:5OuzHKOCo
「よく言われないか?優しくていい人だと」

「そんな無個性を取り繕うみたいな言葉、よく言われたくないな」

 よく言われるけれど。でも、あいつほどではない。

「阿良々木先輩。一つ、訊きたいのだが」

「何?合体以上にエロい話?」

「まあ、そういう話をしてもよいのだが……いろいろと道から外れそうな気がするから置

いといて。……今までの話の感触からすると……どうも阿良々木先輩は、戦場ヶ原先輩に、

私のことを全く話していないみたいなのだが」

「いや、話してるよ。それで、君とひたぎちゃんが、ヴァルハラコンビだったことを知っ

たのだから」

 まあ、その呼称は、翼ちゃんから聞いたのだけれど、ひたぎちゃん本人に確認を取らな

ければ、戦場ヶ原ひたぎと神原駿河の関係性というものは、僕にはわからなかった。

「そうではなく――私の左手のことだ。私の左手が、阿良々木先輩を襲ったということを……」

「ああ、そっちのことか。うん、それは話す余裕が、まだなくてね。君の左手がそんなこ

とになってるってことの確証もなかったからさ。勿論、君のこと、ひたぎちゃんに、いつ

までも秘密にしておく気もないけれど……でも、それは、僕が言うよりも、君が言うべき

ことだろうと思ったから」

「私が」

「そう、君が」

 優しいわけでも、いい人なわけでもない。そこには姑息な計算が。腹黒い、未練がある。

109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:17:33.33 ID:5OuzHKOCo
「……ん。おっと」

 三階と四階との間の踊り場に、忍ちゃんがいた。

 忍野忍。

 外見年齢は八歳ぐらい。透き通るような白い肌。ヘルメットにゴーグルの、金髪の少女

――踊り場に、直接腰をつけて、足を折りたたむように、体育座りをしている。金髪だか

らそうは見えないけれど、佇まいとしては、さながら座敷童子のようだ。

 思わず、声を出して驚いてしまった。

 忍は、じぃっと、階段を昇ってきた僕と神原駿河を、きつく睨むようにしている。恨め
      イカ
しそうな、厳めしそうな、物言いたげな、物足りげな、そんな複雑な色の眼で。

「やあ、忍ちゃん、時間帯的におはよう、かな。後で血をあげるから、少し待っててね」

 軽く挨拶をして、そのまま、逃げるように、四階に、向かう。それ以外の対応を思いつ

かなかった。……しかし、どうしてこんな、中途半端な踊り場なんかにいるんだろう?忍

野と喧嘩でもしたのだろうか……いちいち癇に障るようなこと言うからな……あいつ。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:18:17.79 ID:5OuzHKOCo
「な、なあ、阿良々木先輩。なんだ?あの子」

 四階に辿り着いたところで、やや冷静さを欠いた、上っ調子な声で訊いてきた。身体の

一部が怪異と化しているから、忍ちゃんから何か感じ取るものでもあったのかもしれない。

「めちゃくちゃ可愛かったな!」

「今日一番の笑顔で何を言ってんだよ!」

「抱きしめたい……いや、抱かれたい!」

 結構気の多い子のようだった。

 一途設定はどこに行った。

「そういうことは思っても黙っておいてくれ……」

「しかし私は阿良々木先輩に隠し事をしたくない」

「……だからって赤裸々過ぎるよ」

「赤裸々?」

「確かに合体よりエロい単語のような気もするけれど、いちいち反応しないでくれ……」

 この子には絶対に真宵ちゃんを紹介できないな……。

 紹介できないような気もするけれど……どうだろう、今のこの子なら真宵ちゃんを視認

できるのだろうか?
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:18:53.26 ID:5OuzHKOCo
 そんな戯言みたいな疑問は置いといて、僕は暗澹たる気持ちをそのままに、神原駿河に

言った。

「……まあ、あれには――関わらない方がいいよ」

 吸血鬼の成れの果て。

 吸血鬼の搾りかす。

 それが、あの金髪の少女、忍野忍なのだから。

「ふうむ。そうか……口惜しいな」

「今日一番の残念顔も見せてもらったところで、もう着いたよ。さて、忍野はいるんだか

いないんだか、どうなんだか……いなかったら明日にしようなんてわけにもいかないな。

僕の命が大ピンチだ」

「……すまない」

「別に嫌味で言ったつもりはないよ。おまえが気に病むことなんて何もないいや、それで

は私の気が済まない。お詫びはさせてもらわねばならないだろう。そうだ、阿良々木先輩、

阿良々木先輩の好きな色は何色だ?」

「色?何かくれるの?そうだな……べつのこれってものはないけれど、しいていうなら白

かな」

「そうか、わかった」

 と、頷く神原駿河。

「では、これから阿良々木先輩と会うときはできる限り白色の下着を着用することを約束

しよう」

「いや、ちょっと待て。最近僕は下着の色は黒こそ至高だと思っているんだ!」

 訂正すべきところを間違えた。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:19:24.58 ID:5OuzHKOCo
 まあ、そんなことはさておいて、四階にある、三つの教室。どれも扉が壊れている。い

るのなら、この三つの教室のどこかに、忍野はいるはずなのだけれど――

 一番目の教室は外れ。

 二番目の教室に――忍野はいた。

「遅いよ、阿良々木くん。待ちくたびれて、もう少しで寝ちまうところだった」

 忍野メメは――罅が入って割れまくった、つまずくどころか、裸足で歩いたら深い切り

傷を負いそうなリノリウムの床に、それはもう腐っているんじゃないかというような変色

したダンボールを敷いて、その上に寝転がったままの姿勢で、開口一番、そんなことを言っ

た。相も変わらず仔細構わず、まずは見透かしたようなことを言った。

 皺だらけの、サイケデリックなアロハ服、ボサボサの髪、総じて、汚らしい風体。清潔

感や清涼感などという単語は、この男とは全く無縁の世界の単語である。この廃墟に相応

しい格好であるといえばその通りなのだが、ではこの廃墟で暮らすようになる前は、果た

して、忍野がどんな見た目だったのかといえば、いまやもう想像すらもできない。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:20:08.63 ID:5OuzHKOCo
 忍野は面倒そうに、頭をかいた。

 そして、それから――もう辿り着いたというのに、不安からか、それともいかにも胡散

臭い忍野に対する警戒からか、神原駿河の右手は僕の手を握ったまま離そうとしない。半

身を僕で隠すようにしているこの子に、忍野は気付いた。

「なんだい。阿良々木くん、今日はまた違う女の子を連れているんだね。君は会うたんび

に違う女の子を連れているなあ――全く、ご同慶の至りだよ」

「もう、何度も聞きましたよ、それ。そろそろ登場時の台詞のバリエーションを増やして

みてもいいんじゃないですか?」

「そんなことを言われても、同じシチュエーションなんだからしょうがないじゃないか。

ん?しかも、また前髪直線の女の子だね。制服からすると同級生かい?阿良々木くんの高

校は、校則で髪型が規制されているのか?そりゃ随分と古めかしい制度が残っているんだ

ね、興味深い」

「そんな校則はありませんよ。また、と言いましたが、前回の真宵ちゃんは前髪直線じゃ

なかったでしょ?」
              ・ ・
「ああ、そうだったね。あれを含めるならば、まあ、そうなるけれどね」

 何か裏があるかのように言う忍野。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:20:34.63 ID:5OuzHKOCo
「じゃあ、やっぱり阿良々木くんの好みなのか。ふーん。ならば阿良々木くん、今度、忍

ちゃんの髪も切っておいてあげるよ。あ、でもそれくらいだったら自分で制御できるのか

な?阿良々木くん一度頼んでみたらどうだい?」

「……その忍ちゃんですけど、さっき階段で見かけましたよ。まさか、いじめたんじゃな

いでしょうね?」

「いやいや、そんなことはないよ。ないったら、そんな恐い眼で睨むなよ。随分と元気が

いいなあ。もう、何かいいことでもあったのかい?ただちょっと喧嘩しただけなんだ。お

やつのミスタードーナツを、僕が一個多く食べたら、忍ちゃん、拗ねちゃってさ。昨日か

らずっと、あんな調子なんだよ」

「…………」

 どんな吸血鬼だよ。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:23:01.97 ID:5OuzHKOCo
「涙を呑んでポン・デ・リングは譲ってあげたというのに、いやはや、心の狭い忍ちゃん

だよ、本当に。量より質って日本語を教えてあげた方がよさそうだな」

「フレンチクルーラーは?」

「は?」

「フレンチクルーラーはどうしたんです?忍ちゃんにあげたんですか?」

「いや、僕が食べたけど?……でも、でもポン・デ・リングもフレンチクルーラーもあげ

ちゃったら、僕に何が残るって言うのさ」

「全部あげればいいんですよ」

「本当に君は忍ちゃんのことといったら見境ないねえ。わかったよ。次からはポン・デ・

リングもフレンチクルーラーも譲るからさ。今日のところは許してくれよ」

「僕に言ったってしょうがないでしょう。忍ちゃんに言ってください」

「わかったわかった。だから、いい加減、怒らないでくれよ。ったく、阿良々木くんが女

の子連れてくるってことは血をあげる以外になんか用があるんだろう?先にそっちの方を

進めようよ」

116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:23:28.01 ID:5OuzHKOCo
「……それもそうですね。えっと、まず訂正しておくと、この子は後輩です。同級生じゃ

ありません。名前は神原駿河。『かんばる』は神様の『神』に原っぱの『原』、『原』っ

て書いて『ばる』って読むんだ。駿河は……えっと」

 あれ。

 漢字はわかるけれど、その説明は難しいな。

「駿河問いの駿河だ」

 頼れる後輩が助け舟を出してくれた。

 しかし……駿河問いってなんだ?

「ああ、駿河問いね。わかったわかった」

 合点とばかりに、頷く忍野。

 ……忍野が知らなかったら、黙っているだけで説明を受けられたんだけどな……まあ、

いいさ。直接聞いてやる。僕は神原駿河に「駿河問いって何だ?」と質問した。

「有名な江戸時代の拷問法だ。人間の手足を後ろで一まとめにして天井から吊るし、背中

に重い石を載せた上で、ぐるぐると回すのだ」

 へえ……知らなかったな。意外と博識神原駿河。

 向こうでは腹切りマゾと呼ばれ、先生にいじめられる日々を送ってきた僕なのだけれど、

別に拷問とかに興味はない。

 というか、そもそもマゾではない。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:24:00.63 ID:5OuzHKOCo
「ともかく、神原駿河だ」

 そんな会話で緊張が解けたのか、ようやく隠していた半身を忍野の前に晒し、そして、

例の堂々とした態度で、左手を胸の前に、神原は名乗った。

「阿良々木先輩の後輩だ。初めまして」

「初めまして。忍野メメです、お嬢さん」

 神原がにこにこしているのに対して――

 忍野はにやにやしている。

 にこつくのとにやつくの、字面上は一字違いの似た印象だが、しかし、そばで見ている

この身としては受ける印象は対極といってもいい。笑顔って、ただ笑顔であればいいだけ

じゃないんだなあ。

「……ふうん。阿良々木くんの後輩ってことは、ツンデレちゃんの後輩でもあるんだね」

 まるで神原駿河の背中を見るような焦点をずらした遠い目線で忍野は言った。

 まったく、本当になんでもかんでもお見通しと言うわけか。

「お嬢ちゃんは一体何なのかな?まさか僕に可愛らしい後輩を紹介してくれるためだけに、

連れてきたってわけでもないだろうし――ん?ああ、その包帯かな?へえ……」

「忍野さん。私は――」

 神原駿河は何かを言いかけたが、それを、忍野は、制するように、ゆっくりと手を振っ

た。

「順番に聞こうか。あんまり楽しい話じゃなさそうだ。腕に絡む腕話は、いつもそうなん

だよ、この僕の場合はね。ましてや、それが左手ともなると、もう尚更さ」
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:24:31.71 ID:5OuzHKOCo
007

 時間は少々遡って、神原駿河の部屋。

 僕は神原駿河に、あるものを見せられた。
        コシラ  
 それは、長細い拵えの桐箱だった。時代を感じさせる色がついていて、それは扱いが荒

かったからだろうか、傷だらけである。分厚い、丈夫そうな箱だ。多分それは、何らかの

骨董品でも――多分花瓶でも――入れられているのだろうと、僕は思った。

 しかし、箱の中身は空っぽだった。

 「僕は何が入っていたんだ?」と訊いた。
       ・・・・・・
          ミイラ
 神原駿河は「左手の木乃伊が入っていた」と答えた。

 そう、これが全ての元凶。『猿の手』が入っていた桐箱だった。

 八年前、まだ小学三年生だったときに、母親から、この箱を、託されたらしい。

 それが母親と会った最後だそうだ。
119 :やっちまったよ…… :2011/10/02(日) 01:25:47.07 ID:5OuzHKOCo
007

 時間は少々遡って、神原駿河の部屋。

 僕は神原駿河に、あるものを見せられた。
          コシラ  
 それは、長細い拵えの桐箱だった。時代を感じさせる色がついていて、それは扱いが荒

かったからだろうか、傷だらけである。分厚い、丈夫そうな箱だ。多分それは、何らかの

骨董品でも――多分花瓶でも――入れられているのだろうと、僕は思った。

 しかし、箱の中身は空っぽだった。

 「僕は何が入っていたんだ?」と訊いた。
         ・ ・ ・ ・ ・ ・
              ミイラ
 神原駿河は「左手の木乃伊が入っていた」と答えた。

 そう、これが全ての元凶。『猿の手』が入っていた桐箱だった。

 八年前、まだ小学三年生だったときに、母親から、この箱を、託されたらしい。

 それが母親と会った最後だそうだ。
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:26:13.39 ID:5OuzHKOCo
 箱を渡されてから数日後――まるでそれをあらかじめ予見していたかのごとき計ったよ

うなタイミングで、両親が交通事故でなくなり、父方の祖父祖母に引き取られたそうだ。

 引き取られて――今の、日本家屋に。

 それまでは、両親と三人でのアパート暮らしだったそうだ――両親は駆け落ちの結婚だっ

たらしく、だれかれも祝福されない結婚だったそうだ。伝統と歴史ある家系の父親と、そ

ういったものとは一切縁のない母親……だったとか。

「母はそれで、随分と辛い思いをしたようなのだ。父は――その風潮に逆らおうとしたみ

たいだが無駄だった。ほとんど縁を切られていたようなものだ。実際、両親の葬式のとき

まで、私は祖父祖母に、あったこともなかったよ。名前も知らなかった――祖父祖母も、

私の名前を知らなかった。最初に訊かれたのは、私の名前だったよ」
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 01:28:01.87 ID:5OuzHKOCo
「ふうん……」
                                                 ・ ・ ・ ・
 その後、小学四年生のころ、厳重に封をされたその箱を開けてみると、手紙と手首まで
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
しかない木乃伊が入っていたそうだ。手紙は、単なる取扱説明書だったらしい。

 願いを叶えてくれる道具だと。

 どんな願いでも叶えてくれる。

 三つだけ願いを叶えてくれる。

 そういう、アイテムなのだと。

 小学四年生――それは、サンタクロースを信じている子供の割合が、半々くらいになる

年齢だ。つまり、半信半疑でそれを使ってみたらしい。

 軽い気持ちで。

 おまじないでも試す程度に。

 何に使ったのかは訊かなかった。おそらく、それは、なるべく話したくもないような話

だろう。話したくもない話だなんて、僕は聞きたくもない。

 ただ、想像はできる。

 子供ゆえの残虐性。子供ゆえの残酷性。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:30:39.29 ID:5OuzHKOCo
「それからは、もう二度と使うまいと、押入れの奥に仕舞いこんだ。たとえ、何があって

も、私がそれを使ってしまわないように」

 人間は弱い生き物だ。とても、とても。

 僕だって、そんな魔法のアイテム、そうでもしないと、使いたくなってしまうだろう。

「でも、その一年後……阿良々木先輩のことを、私は、知ってしまった。阿良々木先輩と

のことを、私は、知ってしまった。戦場ヶ原先輩のそばにいる、阿良々木先輩を、見てし

まった」

 我慢できなかった。

 なんともできなかった。

 諦められなかった。

「いつ押入れを開けたのかも、いつこの桐箱を取り出してしまったのかも、いつその封を
                                                  ・ ・
解いたのかも、いつこの木乃伊に願ってしまったのかも、私には、もうわからない。左手
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
首までしかなかったはずの木乃伊がどうして肘の部分まで伸びてしまっているのかという
・ ・
ことにも、そのときの私には、考えが及ばなかった。気が、付かなかった。気が付かなかっ

たことに気付いたときには、私の左腕は――もう私のものではなくなっていた」

 願ったことに後悔した神原駿河は、僕をストーキングすることに決めたそうだ。

「そういえば、僕に会うたびに、今日はなにか変わったことはなかったかとかどうとか、

僕に訊いてたよね」
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 01:31:17.34 ID:5OuzHKOCo
 それは――そういう意味だったのか。

 雑談などではなく、

 ひたぎちゃんとの事を探ろうとしていたのではなく、

 僕の身の安全を気にかけてくれたのか。

 二次的で実際的な目的。

 しかし、ストーキングを始めて四日目。

 四日目の夜。

 ことは――起こった。

 神原は夢を見たそうだ――

 雨合羽を着た化物が僕を襲う夢を。

 拳を振りかぶったその瞬間に目が覚めたそうだ。

 だから、今日、僕が二年二組の教室を訪れた段階で、神原駿河は全てを悟ったそうだ。

 何が起こったのかを。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:31:56.91 ID:5OuzHKOCo
 その後、僕らは着替えもせず昼御飯も食べずに、僕は自転車で、彼女は駆け足で、忍野

メメと忍野忍の暮らす住宅街から外れた学習塾跡へと、向かったのだった。

 で――そして、ようやく現在。

 現在。

 その四階で、僕と神原駿河は、忍野メメと向かい合っている。ことのあらましを聞き終

えても、忍野は反応らしい反応を見せず、ただそんな高くもない天井に吊るされた電気の

通ってないただの蛍光灯を見上げるようにし、話の途中で口にくわえた、火のついていな

い煙草を、左右に揺らしながら――何も言わない。話せることはひたぎちゃんの話も含め

て全部話したので、もうこちらとしては何も手札はないんだが……。

「いや、何全て話しきったような態度を取っちゃってんの?阿良々木くん。全然僕は詳し

い情報を聞いてないよ?たとえば、何故お嬢ちゃんがこれを猿の手だと思ったのかとか、

一つ目の願いに何を願ったのかとか、そういうとこ、ちゃんとしないとダメなんだって、

いつも言ってるでしょうが。本当に学習能力がないね……記憶力がないんだったかな?本

当に、もう、こんなんじゃ、解決できるもんも解決できないよ?」

 ……いや、そう言われても、僕もこれ以上聞いてないし、訊いてない。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:32:29.82 ID:5OuzHKOCo
「阿良々木くん、それは逃げなんだよ。君は個人情報保護とかプライバシーとか、そんな

風に言い訳をするんだろうけれどさ、訊くべきことを訊かず、話すべきことを話さないっ

てのは逃げているのとおんなじことなんだ。自分が傷つきたくないから、他人の傷に深く

踏み込まない。自分の傷に深く踏み込まれたくないから、傷を見せない。本当に卑怯者だ

よね。見てていらいらするよ」

「阿良々木先輩の事を侮辱するな!阿良々木先輩は、私を気遣ってあえて訊こうとしなかっ

たのだ!何故阿良々木先輩の繊細な心遣いをあなたは知ろうともしないのだ!」

 忍野の言葉に突如逆上して、神原駿河は声を張り上げて忍野を怒鳴りつけた。

 僕のために怒ってくれる気持ちは嬉しいけれど……。

 でも、実際、忍野の言う通りなんだよな……この子には悪いが、今回悪いのはこの僕だ。

「ん……まあ、さすがにちょっと言いすぎたかな……。ごめんよ、阿良々木くん」

 忍野は謝ってきた。

 忍野が謝った!
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:33:04.50 ID:5OuzHKOCo
 あの忍野に謝らせるとは、神原駿河、おそるべし。

「いやいや、何謝ってるんですか。今回悪いのは僕でしょう」

 本当に、場違いもいいところの逆上だ。返って、僕の方が恥ずかしい……。

「じゃあ、その辺りのところを聞きたいんだけど。阿良々木くん、いいかな?」

「この子に同意を求めてくださいよ」

「いや、なんか恐いし」

「…………」

 忍野のキャラも崩れかけてきた。ある意味この廃墟には相応しいのかもしれないが……。

「私は構わないのだが……どうする阿良々木先輩」

「僕に同意を求めないでくれって、言いたいところだけれど、うん、僕はちょっと聞きた

くないから二人で話してくれ」

 僕は神原の右手から手を離し、教室から出ようとした。

「阿良々木くん」

 と、忍野が呼びかける。

「逃げるのは別にいいけど、帰るのはよしてくれよ。場合によっちゃ、阿良々木くんが必

要になるかもしれないし」

「わかりました。じゃあ、僕は、ちょっと忍ちゃんと、遊んでおきますよ」

 僕は扉を閉め、階段を降りていった。


127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:33:34.10 ID:5OuzHKOCo
008

「レイニー・デヴィル」

 僕が踊り場で特に何をするでもなく、忍ちゃんと一緒に体育座りをしていると、神原駿

河が僕を呼びに来た。時計を見ると、教室を出てから十分。意外と早く終わったものだと

思いながら、忍野のいる教室に入ると、忍野は開口一番こう言ったのだった。

 レイニー・デヴィル?

「そう、まず間違いを正させてもらうと、そもそもお嬢ちゃんの手は猿の手じゃない。悪

魔の手だ」

 やはり――そうか。

 猿の手ではなかったか。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:34:51.22 ID:5OuzHKOCo
「ん?それほど以外ってわけでもなさそうだね。阿良々木くんもやっぱり違和感を覚えて

いたってことかな?うん、そう考えるとわかりやすいよね。どうして去るが人間の願いを

代償もなく叶えてくれるものかって話だろう?悪魔なら、願いを叶えてくれることも、そ

の代償に何を払うのかを想像することもできる」

「魂――ですか?『魂と引き換えに、三つの願いを叶えてやろう』っていう、例のあれで

すか?」

「そう、正解。お見事」

「…………」

 なんだろう、急に優しくなった気がする……また中で揉めたんだろうか……。

「手首までしかなかったものが何故左腕にまでなったのかというのにも、説明はつく。そ
   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
う、願いを叶えたその魂の分だけ――成長したんだ」

 人の魂を糧に――成長か。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:35:29.10 ID:5OuzHKOCo
「まあ、その手の願いを叶える系の妖怪は、確かに日本でもこと欠かないんだけどさ。な

んだかなあ、君のことといい、委員長ちゃんのことといい、ツンデレちゃんのことといい、

迷子ちゃんのことといい、こうしてみると同列なんだけど……ここはおかしな町だよ、本

当に、挙句の果てには閻魔大王でも召喚されるんじゃないかな」

「…………」

「それよりもレイニー・デヴィルについて説明しよう。レイニー・デヴィルは、低級な割

にとても暴力的な悪魔でね――何より人の悪意や敵意、怨恨や悔恨、嫉心や妬心、総じて、
                                      ジャッキ
マイナス方面、ネガティヴな感情を好む。人の暗黒面を見抜き、惹起し、引き出し、結実

させる。嫌がらせのように叶える。契約自体は、契約として――人の魂と引き換えに、三

つの願いを叶える。三つの願いを叶え終わると――その人間の生命と肉体を奪ってしまう、

そう、最終的には、その人間が悪魔になってしまうんだよ」

「ふうん……」
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 01:37:41.69 ID:5OuzHKOCo
「まあ、いいや。さてと、ここらへんで、そろそろお終いにしよう」

「えっ?」

「ギャグパートもやって、シリアスパートもやったことだし、ここは王道の少年漫画よろ

しく、バトルパートと行こうじゃないか」

「そ、それってどういうことですか?」

「悪魔祓いは本来、とても時間と手間のかかる大仕事だ。いくらレイニー・デヴィルが低

級悪魔だとはいえ、今日中にってのは無理な話だ。だから、今回の場合、契約を破綻させ

るしかない」

「契約の破綻……ですか?」
     ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「そう、契約を果たすことができなければ――契約は無効になる。クーリングオフじゃな

いけれど、ちゃんとお嬢ちゃんの願いも無効になるのさ。哀れ仕事を果たせなかった無能

な悪魔は、何も言わずに去るだけさ」
        ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「つまり――僕が悪魔に殺されなければ」

「そう、第二の願いは叶えられないことになり、契約は無効となる。阿良々木くんが悪魔

にとって絶対に殺せそうもない存在になればいいんだ。つまり底の抜けた柄杓だよ。そう

することで、怪異を退けることができる。怪異を見越すことができる」
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:38:20.40 ID:5OuzHKOCo
「でも、僕はあの状態のこの子に勝てなかったんですよ」

「それは、忍ちゃんにあまり血をあげていなかったからだろう?限界ぎりぎりまで、伝説

の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードに戻らないまでに

血を与えれば、君にだって十分十二分十四分に勝算はあるさ」

 あの頃の春休みの一歩手前まで……か。

「いや、そこまで行く必要はない。春休みの頃の十分の一もあれば、何とかなるだろう。

レイニー・デヴィルは左腕だけなんだ。人間一人分の『おもり』ぶら提げているような状

態になると思う」

 十分の一、それで、あのすばやい動きに対応できるのだろうか。

 忍野は説明はこれで全て終わりといった風に言った。

「さて、と……準備をしようか、まずは雰囲気作りから、だ」
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:39:15.59 ID:5OuzHKOCo
 そして、それから、数時間。

 神原と一緒に買い物をした後、神原には、二回の教室に入ってもらい、僕は、僕の準備

をすることにする。

 忍ちゃんに、僕の血液を、たっぷり、リミット寸前まで吸い取ってもらうのだ。忍ちゃ

んはやはり、元吸血鬼。僕が嫌いでも、血は大好きなので、嫌がらずに協力してくれた。

やっぱり終始無言だけれど……。

 まあ、それは、いつかまた、なんとかするとして。

 しゃがみこんで血を与える、といっても、忍ちゃんが首に刃をコンセントのように刺し

て吸うので、(昔懐かし『じゅーでんちゅー』というやつだ)僕がすることといったら、こ

うやって、小さくて可愛い忍ちゃんを抱きしめることくらいなんだけれど。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:39:42.88 ID:5OuzHKOCo
「ん、そろそろじゃない?」

 彼女の小さな背中を軽く、ぽんぽんと叩き、ここまでにしよう、と合図。忍ちゃんは、

僕の首筋に開いた二つの穴からそっと牙を外して――その際少しだけ零れた血液を、ぺろ

りと綺麗に、舌で舐めとった。

「……と、と」

 しゃがみこんだ姿勢から立ち上がって――少しふらつく。やっぱり、当たり前なのだけ

れど、吸われた直後は、貧血にも似た症状が現れるな――特に今回は、与えた量が多かっ

た。

 デフォルトの十倍近い。

 ぴょんぴょんと、軽く跳ねた。

 まあ、そうは言っても僕自身の感覚・体感は、実のところ普段とはあまり変わらない。

全てのパラメーターが全体に底上げされてしまうのだ。ノーマルと違って、暗闇の中でも

よく見えるのと、やや犬歯が伸びているくらいか。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:40:20.35 ID:5OuzHKOCo
 忍ちゃんは、もう、体育座りの体制に戻っていた。

 ん?ちょっと待てよ?

「忍ちゃん、なんだか顔が赤くない」

 忍ちゃんが一瞬、しまった、といった顔をする。

 どうしたんだろう、まさか吸血鬼でも風邪を引くのだろうか。全く忍野の奴め。六月だ

からってこんな薄着をさせるからだ。後で文句を言ってやる。

 僕はなんとなしにゴーグルのついたヘルメットを上から鷲づかみにして、ぐりぐりと、

左右に揺すってみた。忍ちゃんはそれでもしばらくは、無視するように反応しなかったが、

そのうち本気でうるさくなったのか、乱暴に、僕の手を振り払った。

 ……なんとなくこれ以上のリアクションを見てみたい。

 僕は不意打ちで、忍ちゃんの胸に触ってみた。

「!!!」

 忍ちゃんは先ほどよりも顔を真っ赤にし、僕をふっとばす。……痛い……そうだった、

僕の吸血鬼性が上がっているのだから比例して、忍ちゃんの吸血鬼性も上昇しているのだ。

 忍ちゃんは口を開いて――また閉じてしまった。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:40:50.76 ID:5OuzHKOCo
 まあ、今日のところはこれくらいでいいだろう。また、いつか、饒舌な彼女に会えるこ

とに期待して、僕は階段を降りることにした。

 今度忍ちゃんに会うときは、D-ポップやらゴールデンチョコレートやら、まあ、いろい

ろお土産に持っていくとしよう。パイ系は食べたこと、あるのかな。そんなことを考えな

がら、参会を経由して、そのまま二階へ。

 向かって廊下の奥の教室の扉の前で――忍野メメは腕組みをして、壁にもたれ、気楽そ

うに片足をぶらぶらさせながら、待っていた。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:42:04.97 ID:5OuzHKOCo
「お。待ちかねたよ、阿良々木くん。ま、でも、案外早かったかな」

「そうですか?」

 吸血にも量の所為で少し時間がかかったし、いろいろ余計なこともしたのだが……。

「ああ、鞄とか貴重品とかは預かっといてあげるよ、阿良々木くん。そんなもの持ったま

まじゃ、動きにくいだろう」

「ああ……そうですね」

 そういえば、彼女の家から着替えもせず、昼食も摂らずに来てしまったのだ。僕は体質

的にも、また、向こうでの訓練の甲斐もあって、数週間くらいなら絶食できるから問題は

ないのだけれど。どうだろう、あの子はお腹が空いてるんじゃないだろうか。まあ、もう、

こんな時間になってしまえば、あの子の意識はないのだろうけれど。全てが終わったら、

食事にでも誘ってみようかな。お互い、わかりあうために。

 尻のポケットから携帯電話を、学ランのポケットから家の鍵を取り出して、それをリュッ

クサックの中に放り込んでから、忍野に手渡した。「うん」と忍野は言って、スリングを

肩に引っ掛ける。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:42:57.56 ID:5OuzHKOCo
「一つだけいいかい?阿良々木くん」

「なんですか?」

「どうして、自分を殺そうとした相手まで、阿良々木くんは助けようとするんだい?あの

お嬢ちゃんは、はっきりと阿良々木くんを殺そうとしたし、今また、殺そうと待ち構えて

いるんだぜ」

 意地の悪い、いつもの軽口――

 というわけでも、ないようだ。

「そもそも雨合羽の正体がお嬢ちゃんだとわかった段階で、阿良々木くんはどうして、お

嬢ちゃんの話を聞こうなんて思ったんだい?普通はその段階で、問答無用だろうに――そ

の時点で、お嬢ちゃんをすっ飛ばして、僕のところに来るのが本当だっただろうに」

「……確かに春休み前に吸血鬼になる前の僕だったら、そんなの許さないでしょう。たか

が恋愛で、人の命を奪おうとするだなんて、そんな感情的な理由の殺人、僕は、きっと、

断罪するでしょう」
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 01:43:33.69 ID:5OuzHKOCo
 そう、春休み前の僕だったら、

 ぼくだったら、

「でも、人は変わります。あんな狂った戯言遣いでも、たとえ、人をやめてしまっても、

それでも、変われます。それならば、今ここで、こんなにも可愛い後輩を傷つけてしまう

のは、壊してしまうのは――あまりにも勿体無い」

 忍野の言う通り、僕の最初の考えで正しかったとするのなら、その状況から、何も変わっ

ていない。最初に戻っただけだ。猿の手だろうがレイニー・デヴィルだろうがそんなものは

関係ない。

 姑息な計算。

 腹黒い未練。

 僕には、絶対にできないこと――
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 01:44:14.51 ID:5OuzHKOCo
「あっそ。まあ、それが阿良々木くんの決めたことなら、それでいいんだけどね。全然構

わないさ、僕の知ったことじゃない。じゃあ、まあ、とりあえず阿良々木くん、お嬢ちゃ
                           はい
んに力を貸してあげなよ。言っとくけど、中に這入ったら、ことが終わるまで、もう出ら

れないからね。内側からは、絶対に、扉、開かなくなっちゃうから。逃げの選択肢は最初

からないものと構えておくこと。後には引けないって状況がどれほどのものか、春休みの

ことをよーく思い出して、覚悟決めとかなくちゃ駄目だよ?……勿論、何があっても、僕

や忍ちゃんが助けに現れるなんてことはないから。忘れないでね、この僕が常軌を逸した

平和主義者にして機会を逸した人道主義者だってことを。阿良々木くんがこの教室に入っ

たのを見届けたら、僕は四階へ寝に行くから、後のことは知らないよ。阿良々木くんもお

嬢ちゃんも、帰るときは、別に挨拶しなくていいからね。その頃には忍ちゃんも眠っちゃっ

てると思うし、勝手に帰って頂戴」

「……世話かけますね」

「いいよ……それじゃあ、死ぬなよ」

「言われなくても」

 忍野が壁から背を離し、扉を開けた。

 躊躇せず、中に這入る

 すぐに忍野は扉を閉めた。

 これでもう、出られない。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:44:42.22 ID:5OuzHKOCo
 二階の一番奥の教室――造りは先ほどの四階の教室と一緒だけれど、ここはこの学習塾

跡の中で、唯一、窓の部分が抜けていない教室だ。とは言え、それは、他の教室のように、

窓がガラスの破片と化していないという意味ではない。そんな有様になってしまった窓の

枠に、まるで昔の台風対策のごとく、分厚い木の板が何枚も、釘で打ち付けられるという

意味だ。これは忍野の準備。だから、扉を閉じてしまえば、光は一条も差し込んでこない

――既に時間は真夜中だが、星の光さえ、差し込んでこない。

 真っ暗だ。

 けれど――見える。

 忍ちゃんにたっぷりと血を与えたばかりの今の僕には、この暗闇の中が、暗いままに見

通せる。むしろ、暗い方がよく見える――僕はゆっくりと視線を動かした。

 すぐに見つける。

 そう広くもない教室の中に一人佇んでいた――

 雨合羽の姿を。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:46:41.09 ID:5OuzHKOCo
「……やあ」

 声を掛けてみるが、反応はない。

 既にもう――トランス常態か。

 身体は神原駿河だが――左腕と、今の魂は、レイニー・デヴィルというわけだ……雨合

羽はこの廃墟の一番近くの雑貨屋まで、僕と彼女で買いに行った物だ。別に雨合羽自体は、

必要ないといえば必要ないのだけれど……まあ、雰囲気作りという奴だ。

 教室の中にあった机や椅子は、邪魔だし危ないので、最初に撤去してある――だから今、

この教室の中にいるのは、僕と彼女だけ。
              ・ ・             ・ ・ ・ ・
 レイニー・デヴィルの左腕と、吸血鬼もどきの人間以外だけということ。

 中途半端同士、いい勝負だろう。

 いや――違った、いい勝負じゃ、駄目なんだ。
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 僕は悪魔を圧倒しなくてはならない。

 昨夜と同じだ、雨合羽のフードの内側は、深い洞のようで、その表情も、どころか中身

そのものが、全く窺えない――
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:48:44.52 ID:5OuzHKOCo
 雨合羽は僕に向かって、突如、跳んできた。神原駿河の跳躍力――怨みのパワーで、強

化され二百メートルほどを一瞬で詰められる――通常の僕なら、昨夜のように詰め寄られ

てしまう速さだろうけれど――今は違う。

 見えるし。

 何より反応できる。

 僕は軽くいなすように、その左拳を上体を逸らすことでかわす。

 ふむ。昨夜よりも彼女のスピードが上がっているような気もする。ああ、そうか。長靴

じゃなくて、スニーカーなのか。

 雨合羽の左拳が、強く振りかぶられる。むき出しの、黒い毛むくじゃらの腕が――僕の

頬をかすめ、空振りする。その風圧に体が切り裂かれるようだったけれど――別に切り裂

かれたところで、そんなものはすぐに回復する。

 当たっても構わない。

 あの春休みのお陰で、多少の痛みくらい、気にもならなくなった。その冷静さが、今回

はうまく作用したようだ。何度かわしても、何度いなしても、追撃してくる。しかし、熱

中していないので、集中しやすい今の僕には、その隙を突くのなんて簡単なことだ。

 晒されている、胸を蹴る。首を突く。肩を殴る。足を払う。本当にたやすい。一歳用の

玩具で遊んでいるかのようだ。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:49:38.65 ID:5OuzHKOCo
 足払いで倒れた彼女の左腕を、僕は抱え込むように押さえ込む。

 後は、適当に脅して、決着か。そんな風に思っていた。そんな風に油断していた。まっ

たく、僕は詰めが甘い。
                   ・ ・
 レイニー・デヴィルは、いや、彼女は――左腕を固定されたやいなや、他の稼動するは

ずのない部位を使い、僕を引き離した。つまり、胸筋を使い、右腕を使い、両足を使い、

頭を使って、僕を引き離し――跳ね飛ばした。

「!!」

 一瞬――僕は冷静さを失う、熱中する、

 しかし、一瞬は、二百メートルにかける時間。二百メートルを駆ける時間。

 何故これまで気付かなかったのだろう。二百メートルなんて、どんなに速い人間でも、

一瞬で詰められる距離じゃない。人を恨んだくらいで、そんなに速くなるはずがない。そ

う、昨夜の時点で、もう、レイニー・デヴィルの意思ではない――彼女の意思だ。彼女の

意思なら、左腕以外を、自分の身体を悪魔に売ることだって可能で、悪魔に強化してもら

うことも可能なのだ。
デヴィル・メイド・デヴィル・アンド・デヴィル
 悪 魔 と 遊 べ ば 悪 魔 と な る
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 01:50:06.18 ID:5OuzHKOCo
 今までのお返しとばかりに、僕に駆けより、頭部、右腕、左腕、胸部、右脚、左脚を――

殴る、蹴る、突く――破壊。ただただ破壊。僕という存在を、破壊しようとする。

 頭部の攻撃により、意識がふらつく、最初は春休みの地獄を髣髴とさせるような痛みが

あったのだが、もはや、それも麻痺してきた。熱い、ただただ熱い。破壊されては、回復。

ただただ繰り返す。本当、嫌な感覚だ。自分がアメーバにでもなったような気分だ。

 どうする、

 どうすれば、

 何か策が――

 いつの間にか、僕は教室の角の部分に、追い詰められてしまっていた。後ろにも、右に

も左にも動くことのできない、見えない糸で束縛でもされたかのような位置。雨合羽も、

ここまで来れば、フットワークなど使わない。いくら上等のスニーカーとはいえ、あんな

動きでは裏のゴムが摩擦で焼けて、擦り切れるのではないかという、希望的観測に基づく

淡い期待を抱いていたのだが、やはりご破算。ポジティブシンキングはこの子か真宵ちゃ

んに任せるしかないらしい。拳が、肘が、膝が、脛が、爪先が、踵が、順列組み合わせ様

々に、矢継ぎ早に僕の身体のあちこちを苛烈にさいなむ。悲鳴を上げる暇すら与えてもら

えない、究極の連撃。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:52:21.44 ID:5OuzHKOCo
 純粋な圧力。

 骨が折れるだけでは済まない、打撃された箇所が切れる、皮膚と筋肉が、破裂し、爆裂

する。

「せいっ……ふく」

 身体は不死身でも、着衣はそうではない。

 あまり、あまり胴を攻撃されては困る。

 そこで、彼女は一旦退いた。急激に僕から距離をおいた。

 そりゃ、そうだ。いくらなんでも気付かなければおかしい。
 ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 自分の身体が、攻撃に使った部位が、切れているのだから。

 べつにこれは、僕が常にナイフを体中に仕込んでいるとか、そういう、僕が危ない奴で

助かったとか、そういう話ではない。彼女の身体を傷つけているものは――僕がつい数週

間前ひたぎちゃんから預かった物。彼女の最も尊敬する、最も恋する女性の文房具達だ。

 そういえば、預かりっぱなしだったなあ。

 まったく、ラッキーだ。人生というものはやはり捨てたものではない。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:53:37.34 ID:5OuzHKOCo
「さて――反撃開始といきますか」

 戦争をしましょう。

 もう、僕の身体は全身隈なく回復しきっている。

 まずは、カッターナイフ。左腕に向かって投げつける。次にシャーペン、彫刻刀、また、

カッターナイフ、ロケット鉛筆、よく尖った鉛筆、コンパス、三角定規、とにかく左腕を

重点的に、しかし、全体的に満遍なく投げつける。さすがに後輩の肌を傷つけるのは、ま

ずい気がするので、服を重点的に狙う。僕の吸血鬼性も強化しているので、たった一個で

も、ちょっと、服に引っかかっただけでも、ダーツの間に刺さったトランプのように、神

原駿河は、文房具とともに、壁に張り付けられるだろう。

 神原駿河はかわしつづけたが、二十七個目のコンパスがヒット。そのまま服ごと神原駿

河を引っ張る。勿論ここで逃がしはしない。僕は、この子が壁につくよりも早く、アロン

アルファを壁にぶちまける。これで、もう、彼女は動くことができない。念には念を入れ、

僕は、ありったけの文房具で彼女の服を、後ろの壁に縫い付ける。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:54:23.25 ID:5OuzHKOCo
 しかし、それでも、彼女は、レイニー・デヴィルは止まらなかった。張り付いた雨合羽

を、制服を破り捨て、下着だけで僕の方向に突っ込んでくる。……まったく、怪異として

のキャラ付けはどうなったんだよ。

「もう、諦めろよ」

 僕は呟いた。

 勿論独り言ではない。

「もう、ここまで来たら、無理なんだってわかってくれよ。レイニー・デヴィル、そして、

神原駿河。今君は、僕を仕留める最大のチャンスを見逃したんだよ」

 君だって、君たちだって、本当はわかっているはずだろう?

「お前なんか嫌いだ」

 深い洞の中から、声が聞こえてくる。

 直接精神に響くように、訴えるように。

「お前なんか嫌いだお前なんか嫌いだお前なんか嫌いだお前なんか嫌いだお前なんか嫌い

だお前なんか――」

「ごめん、ごめんよ」

 あまりの剣幕につい、僕は謝ってしまう。

「僕はお前なんか、嫌いじゃないんだ」

「…………」
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 01:54:53.81 ID:5OuzHKOCo
「わかってくれよ」

 どうして、僕の主張は理解されないんだ?

「わかってくれよ……レイニー・デヴィル、どんなに憎まれても、どんなに嫌われても、



 大好きな……可愛い後輩なんだよ」



 からん――と。

 リノリウムの床に、肩まで伸びた左手の木乃伊が落ちた。そして、がくっ、と、神原駿

河が崩れ落ちるように倒れる。

「うおっと――」

 僕は身体を滑り込ませるようにして、神原駿河の床との接触を避ける。

「ふう、まったく、さんざ、人に迷惑かけておいて、面倒見させておいて」

 神原駿河は、眠ってしまったようだ。疲れたのだろう。その寝顔は

「全く可愛い後輩だよな……ひたぎちゃん」

 僕は一人呟いた。

 独り言だった。

 けれど、僕を怪しい人物を見るような人間など―― 一人も――

 ガラッ、と、扉が開いた。

 ちなみに、神原駿河は先の戦いで、弱ってしまい、下着姿で眠っており、

 僕は、神原駿河が床との接触を避けるため、自然彼女を抱きかかえるような体勢になっ

ている。

 扉の光の先には――ひたぎちゃんがいた。

 そこで、僕は思い出す。そうだ、忍野に、携帯を渡していたのだった。まったく、無駄

な真似を……。

 ひたぎちゃんは怪しい人物を見るような目で僕を見ている。

 僕は呟く。

「……よお、ご無沙汰」

149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 01:59:12.52 ID:5OuzHKOCo
009

 後日談と言うか、今回のオチ。

 翌日、いつものように二人の妹、火憐ちゃんと月火ちゃんに優雅に起こされたかったの

だが、この日はそんな夢のような状況を味わうことができなかった。

「…………」
          ・ ・ ・ ・
 くそ……昨日あんな事があったから癒されたかったのに……。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 痛んだ全身を無理やりに起こす。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 やたら右腕が痛いので、引き抜いてみると、カッターの刃が骨にまで到達していた。
              ・ ・ ・ ・ ・
 怒ったからと言ってこんなことをするひたぎちゃんもひたぎちゃんだが気付かなかった

僕も僕である。

 さすがにこれでひたぎちゃんの家に行くのはちょっとあれなので一応全身を検査してみ

たところ、シャー芯が百七十九本、鉛筆の芯が五十七本、ロケット鉛筆の弾が八十九本、

ホッチキスの針が二百六十六本、カッターの刃、三十二個が、全身から見つかった。

 ……明らかに前回よりも増えている。

 まあ、可愛い後輩においたをした相手に対してはこれぐらいが妥当なのかもしれないが、

しかし、ひたぎちゃんも怒ったときのリアクションが毎回同じというのはなあ……ひたぎ

ちゃんにもバリエーションを増やすように言っておいた方がいいのかもしれない。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 02:00:36.61 ID:5OuzHKOCo
 あれから、ひたぎちゃんにこんな約束をさせられた。

 「私抜きで神原と遊んでいたなんて阿良々木くんの癖に生意気ね。明日は二人とも私と

遊びなさい」

 ……どこの世界に寂しがり家のガキ大将がいるのだろうか。

 まあ、この世界にいるのだから仕方がない。

 遊ぶとは言っても――テストが近いし、実質はひたぎちゃん主催の勉強会みたいなもの

だ。まったく、先が思いやられるな……。

 門扉を開けて家から出たところで、手持ち無沙汰っぽく電柱の前で、何故か柔軟体操を

している少女に出会うことになった。私服だったが、短めのプリーツ・スカートと、そこ

からはみ出したスパッツという組み合わせは、制服姿のときに受ける印象とそんなに変わ

らない感じ――直江津高校のスター、後輩の神原駿河だった。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 02:01:03.73 ID:5OuzHKOCo
「おはよう、阿良々木先輩」

「……おはようございます」

「ん。ご丁寧な挨拶、恐縮だ。阿良々木先輩はそういう礼儀礼節から、もう私などとは人

間の質が違うみたいだな。怪我はもう大丈夫なのか?」

「うん、今はむしろ日光の方がきついくらいだよ。それより、どうして君は、僕の家を知っ

てるわけ?」

「嫌だなあ、阿良々木先輩、わかっている癖に。私に見せ場を作ってくれようというのか

な?だって私は阿良々木先輩をストーキングしていたのだぞ。自宅の住所くらいは調査済

みだ」

「…………で、何か用なの?」

「おいおい、阿良々木先輩、戦場ヶ原先輩が昨日言ってたではないか。『二人とも』って」

「…………」

 まあ、いいか。

 可愛い後輩と行くというのも、それはそれで、悪くない。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 02:02:36.92 ID:5OuzHKOCo
 そこで、僕は疑問を口にする。

「あの木乃伊、結局どうしたの?」

「ああ、なんだかんだで、あれは母の遺してくれた、大切な形見だからな。家に大事に保

管しておくことにした」

「ふうん……。ところでさあ、木乃伊は何故か外れちゃったし、しかも成長しちゃったの

だけれど、どうしてなんだろうね?」

 いくらなんでも、悪魔が情に流されて、出て行ってしまったなんて考えにくい。

「願いが叶ったからではないか。結局、戦場ヶ原先輩とは仲良くなれたのだし」

「それは外れた後のことなんだよ。君は眠っていたから知らないのだけれど……」

「そうか……それなら……やっぱり、願いが叶ったからだろうな」

「ん?でも、僕は死んでないぞ?どういうことだ、他にも何か願っていたのか?」

「んーまあ、そんなところだな」

 なんだか歯切れが悪かった。

 この後も、ことあるごとに、露骨に、あるいは、それとなく、願いについて聞いてみた

のだが、この後輩は、僕に教える気は、全くないようで、一切引っかかってくれなかった。

 可愛いのに隙はまるでない。

 まったく、子悪魔な後輩だ。


《Rainey Devil》is HAPPY END.
《Suruga Monkey》is HAPPY END.
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 02:04:58.70 ID:5OuzHKOCo
最後の最後にスペルミスとかかなり死にたくなりますな

《Rainy Devil》is HAPPY END.
《Suruga Monkey》is HAPPY END.
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/02(日) 02:07:04.18 ID:5OuzHKOCo
はい、そんなわけでまたもや原作とほぼ変わらないするがモンキーでした。
十月一日の朝起きた段階で005冒頭だったのだから、仕方のないと言うことで見逃して下さい。
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage]:2011/10/02(日) 02:24:05.58 ID:8ZeoibkA0
>>1
最高に面白かったし、更新スピードがぱなかった
前作とかあるんだったらURL貼ってくれると嬉しい
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/02(日) 02:24:42.90 ID:uyPZ+Jcw0
乙です
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/02(日) 02:38:53.88 ID:5OuzHKOCo
>>155
ひたぎクラブ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1311985423/
まよいマイマイ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1313459195/

新しい人って来てくれるんですね。嬉しいです。
僕だったら前作がある段階で読むの諦めちゃうんですけれど。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/02(日) 05:26:44.48 ID:WuO3ZcMIO
更新乙です
真宵ちゃん安心のメタ発言
いーちゃんが言っていた「彼」はもしかして本来の彼なのかなあ
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage]:2011/10/02(日) 08:47:37.79 ID:8ZeoibkA0
>>157 ありがとう。少しずつ読んでみる
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/10/02(日) 10:37:07.74 ID:GMNeUOCW0
さあ、次は撫子だ
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/02(日) 16:03:03.64 ID:fzCVtPTDO

>>ぼく×友、僕×炎姉妹
ってのが僕×友でもぼく×炎姉妹でもないあたりが伏線なのかと思ったり思わなかったり

しかしまぁ、戯言側が少なくてクロスっぽくない感じ
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) :2011/10/02(日) 20:15:30.96 ID:ebCe2TDc0

なんか違和感あると思ってたら「ぼく」と「僕」を使い分けてたのね
次が気になって仕方ねえ
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/02(日) 22:46:49.41 ID:2MTwhRISO

携帯で見てるからか知らんけど改行のタイミングが変じゃね?
、。ごとに改行してくれたほうが読みやすい。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大分県) [sage]:2011/10/03(月) 13:17:21.59 ID:lqm+N5hH0
これはどういう世界観なのだろうか
いーちゃんはとりあえずアメリカ行ってて
真心も哀川さんも玖渚も知ってるのに何故か阿良々木なんて名前で高校生をやってる
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2011/10/07(金) 16:11:11.52 ID:HfobRKf4o
>>164
デュララ木は苗字だろ
そういう意図じゃないなら別にどっちの表記でもいいけど
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/09(日) 01:45:54.47 ID:GcJRTDASO
次回作はまだかねえ
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/10(月) 18:20:07.25 ID:UCrbC1vQ0
そう急かすな
ここの>>1は全部書き貯めてから投下するタイプだから遅くなる
気長に待とうぜ
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/10/16(日) 23:51:48.83 ID:mPaCYJJro
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1318776671/
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