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まどか「無限の中のひとつの奇跡」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:37:37.92 ID:mLlw9Zym0





――きっとほんの少しなら、本当の奇跡があるかもしれない。そうでしょう?――




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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
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二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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2 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:39:22.84 ID:mLlw9Zym0
――私は何故、こんな所に居るんだろう――

稲妻、少し間を置いて雷鳴。背にした鉄柵が闇に浮かび上がる。

――あれは一体、なんなんだろう――

また、空が光る。
目の前の闇に浮かび上がるのは、ゆっくりとこちらに歩を進める、白い巨人達の群れ。
この世界から拒絶された存在であることを示すかのように、全身が曖昧にぼやけたそれらは
聖職者を模したが如き姿形の、そして心無き、無垢にして無情な存在。
『聖者の行進』、そんなフレーズが頭に浮かぶ。



背後に聳える建物は、見滝原中学校。私の退路を断っているのは、その校門。
私は明日、半年間の入院生活を終え、10日後には、ここに転校してくる。

――筈だった。



――私はこれから、どうなるのだろう――

纏まらない思考。断片的な知識が、頭の中で渦を巻く。
混乱の中しかし、何故か恐怖だけは感じることがなく
代わりに激しい哀切の情念が、私の心を侵食し始めた。
3 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:40:01.61 ID:mLlw9Zym0





――それまでは、ほんのちょっとだけ、お別れだね――




4 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:40:45.16 ID:mLlw9Zym0
「状況は極めて思わしくないようだね。だが、君には資質があるようだ。
 それもとても強い素質がね」

不意に門柱の上から聞こえてきた言葉。
仰ぎ見た丁度その時、雷光が声の主を闇に浮かび上がらせる。
ネコのようなウサギのような、しかし見たこともない不思議な生物。
その耳から生えている、金色の輪を嵌めた房の様な器官は
『それ』が私達の世界にとっては、『異質な存在』であることを告げていた。

「手短に済まそう。僕の名前はキュゥべえ。君の名前は?」

ヒト以外の存在と会話をしている不思議。いえ、不思議を感じない不思議。

「――私の名前は、暁美ほむら」


――私は、こいつが何者なのか、知っている――


「暁美ほむら。見てのとおり、今は時間がまるで無い。
 だから言葉で説明する替わりに、直接情報を君の脳に送り込むよ」

腕時計を見る。日付が変わるまで、あと30秒を切っている。
ぽつり、ぽつりと、大粒の雨が落ち始めた。

稲妻、そして雷鳴、かなり近い。
閃光と轟音の中、知識のパズルが完成していく。

「いえ、それは無用よ、インキュベーター」

空が光る。数十体の白い巨人――魔獣の群れが、私達を取り囲んでいる。

「暁美ほむら、君は――」

春雷の驟雨の中、眼鏡を外して顔を拭い、目の前の『孵卵器』に、私は宣言する。



「――私は、貴方と契約する為に、今ここに居る」
5 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:41:25.73 ID:mLlw9Zym0





――いつかまた、もう一度逢えるから――




6 :視点:巴マミ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:42:43.84 ID:mLlw9Zym0
「手助けが必要かい?巴マミ」

季節外れの雷の夜。不夜城たるこの街とは思えない程の深い闇に沈んだ、水と緑の通学路。
私の背後で、良く知った声がする。

「――意地を張れる状況ではないわね。お願いするわ、佐倉さん」

久し振りに聞く、良き好敵手の声。

「オッケー。グリーフシードは山分けでいいな?」

私の言葉が終わらぬうちに飛び出した彼女は、もう白い巨人――魔獣を1体、仕留めている。

「良いわよ。貴方の腕が落ちていなければ、ね」

こちらもまた、2体の魔獣に止めを差す。かつての弟子に後れをとるつもりは無い。



稲妻、少し間を置いて雷鳴。
目の前の闇に浮かび上がるのは、有り得ない数の魔獣の群れ。
ざっと見た範囲でも、50体は下らない。
しかもその数は、未だ増えている。新たな魔獣が続々と湧きつつある。

閃光。佐倉さんの槍が、数体の魔獣を祓う。
轟音。私の銃弾が、幾体かの魔獣を屠る。
あの日以来、一年ぶりの共闘。



そして一時、二人の背が重なる。

「にしても尋常じゃねーな、この瘴気、この数は」

「『All Hallows' Eve』よ」

「命名:巴マミ、か」

「失礼ね。正式な名称よ」

「知ってるよ。アタシも聞いたことあるしな」

「……さて、無駄口はお仕舞い。
 それとも昔みたいに、細かい戦術指導が必要かしら?」

「へっ、そっちこそ、アタシの足を引っ張るんじゃねーぞ?」



雷光と共に逢瀬は終わりを告げ、それぞれはまた、自らの獲物に向かって駆け出した。
7 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:43:56.72 ID:mLlw9Zym0
「出来れば」

ぽつり、ぽつりと、大粒の雨が落ち始めた。

「ここは私の学校の近くだし、夜明けまでには掃討しておきたいのだけど」

少し遠めに湧いた魔獣は、全て中学校の方に向かっている様に見える。
それが、とても気になる。最前から私を苛立たせている。
何か不吉な理由があるのか、それとも単に瘴気の流れに沿っているだけなのか。

稲妻、そして雷鳴、かなり近い。

「――まだ、殲滅速度より、湧きが上回ってるな」

こちらに向かってくる魔獣の数は、新たに湧くうちの半数程度だろうか。
それで辛うじて殲滅速度と拮抗を保つ程度。状況は、極めて思わしくない。

あまり間を置かず、また空が光る。
照らされた道端の時計の針は、日付変更まであと20数秒。



囲まれた。再び、二人の背が重なる。

「ソウルジェムの消耗具合はどうだ?」

「万全で始めたし、まだ余裕よ」

「そっか。頃合いを見て、交替でソウルジェム回復、でいいな」

「そうね。退路は絶たれないようにしておかないとね」



雨は既に、土砂降りと化していた。
8 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:44:48.47 ID:mLlw9Zym0
――バリバリドグオオオオオン――

耳を裂くような轟雷が至近で炸裂する。校舎屋上の避雷針を無視して、おおよそ校門の当たりで。
白く輝いた時計の文字盤は、0時丁度。

「今のがもう2、30発、この辺に落ちてくれねーかな」

「少しでも楽はしたいけど、期待は出来ないわね」

そういえば小さい頃見た絵本の中で、白くてニョロニョロしたお化けは、雷を食べていたけど――

「そもそも自然の雷で、魔獣って倒せるのかしら。
 まさか、電気エネルギーを吸収したりは――」

先の見えない状況の中、つまらないお喋りで不安を紛らわせつつ
私達はもう一度ちらりと、中学校の方角に目を遣り

「え?」

「何だ……?あれ――」


そして二人は、その場に異変を見た。



落雷のあった辺りから生じていたのは、1対の、真っ白な光の翼。
一瞬真面目に、魔獣が進化したのかと思った。

けれどそれは、たおやかに羽ばたいて上昇し、やがて本体が姿を現す。
舞い散る光の羽毛を纏った、白と、黒の、弓矢を携えた魔法少女。


――神々しきその姿は正に、希望と共に降臨した、遥かなる天上よりの御使い――

――そして、白く光り輝いていた翼は、しかして、見る間に漆黒の闇に染まり――

――羽から放たれた無数の魔弾が、一瞬にして彼女の周囲の魔獣共を殲滅する――
9 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:45:34.13 ID:mLlw9Zym0
「素敵――」

「マミ?」

「光と闇のconcerto――正に最強だわ」

彼女に任せておけば、もう学校も心配ない筈だ。
不安で一杯だった心が、とても軽くなる。

「おい、巴マミ!?」

「大丈夫よ。敵に対する集中は、切らしていないから」

魔獣共の放つレーザーを華麗に回避しつつ、笑顔で佐倉さんにお願いしてみる。

「ねえ、佐倉さん。少しの間、護って貰ってもいいかしら」

頼みながらも、大技の為に魔力を練成していく。

「今の状況、魔力効率や確実性より、殲滅速度を重視してみようと思うの」

「――分かったよ、やってみな」



「充填120%。それじゃあ、派手にいくわよ?」

一時的に脚力を大幅強化して跳躍。周囲にマスケット銃を大量召喚。
もう、作り出せるだけ。ありったけ。
稲光は、私専用のフラッシュライト。
世界が煌めくと同時に、魔獣共の群れの一番濃い辺りに、一斉射撃。

「――tiri☆volley −cento−!!」

雷鳴は、私専用のファンファーレ。
魔獣共の群れに、ぽっかりと大きな穴が開く。とても爽快。
心にロマンが溢れてくる。ああ、やはりこれが魔法少女の戦い方よね。
10 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:46:24.25 ID:mLlw9Zym0
「それじゃ、次は貴方の番ね」

佐倉さんの方を向いて、にっこり笑ってみせる。

「マジかよ」

呆れ顔で言いながらも、どこか楽しそうだ。
ふとその彼女の姿が、記憶の中、まだ幸せだった頃の彼女の像と重なった。

「しょーがねーなー、援護はしっかり頼むぜ」


しばし集中、後に跳躍までは、私と同じ。
滞空の頂点で障壁を作り出し、蹴る。
紅き迅雷となって、魔獣共の群れの中心に飛び込み、大地に槍を突き立てる。

稲光が牙に反射する。ニヤリと意地の悪い笑み。

槍を中心に、深紅の魔方陣が展開する。
刹那、周囲の地面から無数の槍が生じて、魔獣共を突き上げた。
その光景はさながら、地獄の針の山。雷鳴は、亡者のうめき声。


「……残念そうな目で見ても、変な名前は付いてねーからな」



翼の魔法少女の方に目をやると、周囲に無数の弓矢を召喚していた。
オリジナル技?それともさっきの私の技のアレンジ?
もしそうなら、改とか弐式とか、名付けて貰えると嬉しいなって。


「さあ、ガンガンいくわよ☆佐倉さん」



ふと気付くと、もう新たな魔獣は湧かなくなっていた。
夜会の終わりが、見えてきた。
11 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:46:59.98 ID:mLlw9Zym0
***** Caution Caution Caution Caution Caution Caution Caution *****

※魔獣世界SS

※タイトル詐欺

※オリキャラ多数

※独自設定山盛り

※チート能力全壊

※誰得展開

※ダウナー系

※更新なんて、あるわけない

***** Caution Caution Caution Caution Caution Caution Caution *****
12 :視点:佐倉杏子 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:48:23.21 ID:mLlw9Zym0
「――これで掃討完了、か?」

槍を杖替わりに突き、呼吸を整える。
雨はいつの間にか上がり、雷鳴もずっと向こうに遠ざかっている。

世界が一瞬歪み、また戻る。夜がこの街での本来の明るさを取り戻した。

「魔獣の領域が消えたわ――終わった、みたいね」

アドレナリンが切れ、どっと二人、へたり込む。
変身を解くと全身を疲労が襲う。もう、立つのも億劫だ。
回復の為にグリーフシードと、糖分の塊を取り出す。

「金米糖、食うかい?」

「糖分は必要ね。頂くわ」

一握り掴んでマミに手渡し、自分も5つばかり、口に放り込む。
それから黒色の四角い粒を20個ばかり掌に乗せ、紅い宝石の穢れを吸わせる。
悲鳴を上げる寸前だった魂の疲労が抜け、全身に活力の源が行き渡っていく。
ただ雨水でずぶ濡れの尻は不快なままだ。迂闊な格好で変身を解くんじゃなかった。

「紅茶、どうかしら?」

「あー水分も必要だな。貰っとく」

少しだけ昔を思い出す。マミの紅茶も随分と久し振りだ。
ティーカップを受け取り、角砂糖代わりに金米糖を3つ、放り込む。
それから、暗がりに立つそいつにも声を掛けてみる。



「そこのアンタ、アンタも一緒にどうだい?」
13 :視点:佐倉杏子 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:48:59.96 ID:mLlw9Zym0
「……」

無言で街灯の下に歩み出て来たのは、三つ編みお下げの黒髪に赤いリボン、赤縁眼鏡の少女。
しかし冴えない外見とは裏腹に、その無表情な瞳には、ベテランの風格を宿している。
力量はアタシやマミと同格、若しくはそれ以上だろう。
何れにしても、今は疲れてることも有るし、出来れば無駄な争いは避けたいとこ――なんだが

「返事くらいしたらどうだよ、おい」

友好的に声を掛けてみたのに、返事も何も無いというのが、どうも気に入らねぇ。
こちらが変身を解いているのに、未だに魔法少女の姿のままってとこもだ。
ここがマミのでなくアタシの縄張りだったら、とっくに喧嘩を買っている。

「そんなに警戒しなくても、私達に敵意は無いわよ?」

そんなアタシの苛立ちを知ってか知らずか、純粋な好意のみの笑顔でマミが語り掛ける。
――向こうにはあるとか考えねぇのかよ。縄張り乗っ取り狙いの狂犬かも知れねぇじゃねぇか。

しかしそれが呼び水となったか、そいつがやっと重い口を開く。

「――これは、夢ね」

「夢?」

「幸せで、残酷な夢」

何かを捜し求めるかの様に、星の戻ってきた夜空の彼方を見上げるそいつ。
そのずぶ濡れの髪から顔を伝い地面に落ちる雫は、まるで涙の様に見える。

「カップを受け取った瞬間、全ては泡のように消え去って
 私はまた何時ものように、病院のベッドで目覚めるの」


んー、心の矛を納めるか。どうやらこいつはただの、電波な魔法少女だ。
――ちょいとばかし、トラウマ持ちの。



「夢かどうか、確かめてみる?」

マミの魔力が虚空に形を無し、紅茶の満ちたティーカップを作り出す。

「さ、どうぞ」

押し売られる厚意によって差し出されたそれを、そいつは素直に受け取り
湯気と芳香の立ち昇る水面を暫らく眺めていたが

「……消えないのね、やっぱり」

軽く一口飲み下し

「――どうしたの?貴方……」

しかし氷のような仮面は、外すことなく

「……どうもしないわ。ただ……久し振りの紅茶……だったから……」


雨に濡れた石畳に、また幾滴かの雫を落とした。
14 :視点:佐倉杏子 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:49:47.73 ID:mLlw9Zym0
「もう、大丈夫そうね。
 じゃ、自己紹介、いいかしら」

紅茶を飲み終え、幾分平静を取り戻したらしいそいつを
無垢な優しさで篭絡しようとするマミ。

「まずはこちらから。私の名前は巴マミ。
 そしてこっちの捻くれた子が佐倉杏子さん」

「――なんか余計な修飾語が聞こえたぞ」

「ふふ、宜しくね」

巴マミが和やかにその右手を伸ばし

「暁美ほむら、よ。……宜しく」

少し戸惑いながらも、暁美ほむらがその手を握り返す。

「暁美ほむらさん、か――格好良くて、素敵な名前ね」

天然の誉め殺しに合い、その頬が僅かに赤みを帯びる。

「――名前なんて、ただの記号よ……」


「『素直で可愛い』佐倉杏子だ。ま、宜しく頼む」

ただ右手を差し出す替わりに、一握りの金米糖を乗せてみる。

「……宜しくお願いするわ」

ほむらはそれを受け取ると、ピンクの粒を1個だけ手にとって見つめ
それから紫の粒と交換して、口に放り込んだ。
15 :視点:佐倉杏子 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:50:27.32 ID:mLlw9Zym0
「――私はもうすぐ、そこの学校に転校してくることになっているの」

ふーん、マミの縄張りにもう一人増えるか。ま、アタシには関係無い。

「あら――ねえ、だったら試しに、私と組んでみる気はないかしら。
 私も見滝原中学の三年生なの」

「――そう。私は二年だけれど――やはり敬語を使うべきなのかしら」

「うーんまあ、そこは暁美さんの普通でいいと思うわ。
 そういうのとは一生無縁そうな人も、そこに居るし」

「少なくとも誉め言葉じゃねーよな、ソレ」

「寧ろ心配してるわよ。『可愛くて素直な』佐倉さんの将来、大丈夫かって」

「――余計なお世話だ」

アタシは独り自由に、自業自得で生きていくと決めたんだ。
アンタに心配して貰う道理なんて、もう、これっぽっちも無いんだよ。



「魔獣って、必ずグリーフシードを落とすのよね」

ほむらが突然に妙なことを言い出す。

「そうだけど、それがどうかしたのか?」

「――別に。ただ貴方達は仲良しだって、思っただけ」


まるで意味が分からねぇ。その二つに何の関連性があるんだ?
――そもそもアタシとマミは、全然仲良しなんかじゃねぇぞ。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/10/03(月) 23:50:34.56 ID:23jmJ7pJ0
期待
17 :視点:佐倉杏子 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:51:16.08 ID:mLlw9Zym0
「そうね。暫らく貴方達と組んでみてもいいけど、条件があるわ」

「貴方達って、アタシとマミは別に組んでる訳じゃねーぞ。今日はたまたまだ」

「そうなの?」

「残念ながら、ね」

「まあいいわ。二人とも約束して貰えるかしら」

約束ねぇ。今さっき始めて会ったばかりの相手と?

「――貴方達二人とも、私より長生きすること」

あーやっぱりな。
仲間に死なれて、もう同じ思いは嫌だけど、でもやっぱり人は恋しい、そんな口か。

「アタシは断るぜ。生き死になんざ、何処までも自分だけの問題だ。
 誰かが縛るようなことじゃねーよ」

それにその『約束』、遺された奴が今のアンタと同じ目に遭う、そういう『呪い』じゃねぇか。

「……約束はしたいけど、うーん、善処します、じゃ駄目?」

流石のマミでも無理か、この『呪い』は。

「――そうよね。私達は初対面同士だし
 いきなりそんなことを言われても、訳が分からないわよね」

また夜空の彼方に目を遣りつつ、少し寂しそうにほむらが呟く。
いや初対面とか関係なく、誰もが返答に困ると思うぜ、その我儘は。



――確かに、独り遺された者の気持ちは、凄く良く分かっちまうんだけどな。
マミも、アタシも。
18 :視点:佐倉杏子 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:51:55.54 ID:mLlw9Zym0
「なら、『命を粗末にしないこと、死に急がないこと』――
 約束ではなく、ただ心の片隅にでも、留めておいて貰えないかしら」

「ええ、いいわよ。その内容だったら、約束でも」

「ふん、今更だな、アタシにとっちゃ。
 もしアンタが頼むから死んでくれと泣き叫ぼうが、何処までもしぶとく生きてやるさ」

「……その言葉が、嘘でなければ良かったのだけれど」

何だ?肯定されるのはともかく、何故に過去形なんだ?

「じゃ、佐倉さんは保留で許してあげるとして
 今から私達はパートナー同士ということでいいのかしら?」

許すってなんだよ。保留?アタシは絶対つるまねーぞ。

「自分から言い出したことを、撤回はしないわ」


暁美ほむらが右手を差し出し、巴マミが握り返す。文字通り、さっきとは逆の手順。
能面の様だった彼女の顔に、今やっと浮かんでいるのは
明らかにぎこちなさが見てとれる、けれど柔らかで優しい微笑み。



「――二人とも、改めて宜しく――」
19 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/03(月) 23:55:06.49 ID:mLlw9Zym0
取り敢えずここまで。

なんか今日はまどかの誕生日っぽいので、思い切って投下してみることにした。
無論書き溜めなんて殆ど無い。

視点変更入れたあと、名前欄戻すの忘れてた。
シニタイ。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage saga]:2011/10/04(火) 01:31:05.87 ID:y+L6PeSH0
支援するぜ
21 :視点:美樹さやか ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:41:52.53 ID:oDJk8X6O0
「――絶対に餡入り焼き饅頭が邪道だなどという大人にはならないこと!」

朝のHR、のっけから全壊――全開な早乙女先生。はいはい、またダメだったんですね。
ちなみにさやかちゃんは餡入り派だと言ったら、仁美にゲジゲジを見るような目付きをされました。

「はい、あとそれから、今日は皆さんに転校生を紹介しまーす」

そっちを後回し――って
それだと転校早々いきなり、焼き饅頭の餡の有無について聞かれたりしかねない訳か。
正しい順番ですね、早乙女先生。

「じゃ、暁美さん、いらっしゃーい」

入ってきたのは、長く綺麗な黒髪を二股の三つ編みにして、赤く細いリボンを結んだ、赤縁眼鏡の子。
顔立ちは、結構可愛いかな。外見だけで判断するなら、大人しいタイプの印象。

「暁美ほむらです。宜しくお願い致します」

凛とした声で名乗り、深々と頭を下げる転校生。大人しいというか、物静かなタイプ?
……いや違う、何だろう。単純に暗いとか、そういうんでもない雰囲気。

――憂いの陰を帯びた少女、こんな感じの表現が、一番ぴったりくる気がする。

……え?

気のせいかな。今、じっと見つめられたような……

「暁美さんは、心臓の病気で――」

……えぇっ?

クラスの空気が、静かにざわつきだす。

「……あの……暁美さん……?」

「――お気になさらず。ただの生理現象ですから」



転校生の頬を、涙が伝い落ちている。
その源の瞳は、ただ静かに無表情で
他には一切の疎漏なく、自己紹介を終え、席に着いていたけれど
その間ずっと、彼女の涙腺の箍は、外れていた。
22 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:43:59.95 ID:oDJk8X6O0
休み時間。

普通なら転校生というものは質問攻めにあったりするものなんだろうけど
今、彼女の周りには誰も居ない。
皆、接し方が良く分からない、といった空気。
……ぶっちゃけ、近寄り難い。そんなオーラがある。

「あ、あの、暁美さん、休み時間は保健室でお薬を――」

「有難う御座います。しかし、一人で大丈夫です。
 保健室の場所は承知しておりますから」

特攻した保健委員が玉砕した。
席を立って、一人教室の外に出て行く転校生。

なんかつい、後をつけてしまうあたし。一体何をやっているんだろう。
理由は分からないけど、ただ無性に彼女が気になる。前世の因果とか?
――まさかね。何考えてるんだろう、仁美じゃあるまいし。



転校生の向かった先は屋上。
なんで屋上なんだ。不吉な気分になる。
到底乗り越えるのは無理なフェンスで、周りを囲まれてはいるけど。
彼女が日差しの中へ出て行った後、一陣の強い春風が、大きな音を立てて扉を閉めた。

扉の前に立ち、耳を澄ませる。
幽かに聞こえる転校生の声。他に誰か居るのかな?
少し開け、隙間から様子を覗う。


……傍から見たら危ないストーカーなんじゃないだろうか、今のあたし。
23 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:45:08.65 ID:oDJk8X6O0
「――貴方がもう居ないことは、分かっていた筈なのにね」

風が運ぶ、転校生の独り言。
フェンスを背に、どこまでも綺麗に透き通った今日の青空を見つめている。

「でも、今日までは、もしかしたら、って。
 だから、涙が止まらなくなってしまったの」

顔の辺りは影になっていて、表情はよく見えない。
けれど、見るまでもない。声が凄く、哀愁を帯びている。

「憶えているわよね。この姿。
 ずっと昔の今日、貴方と初めて出会ったときの、何も知らなかった私の格好。
 貴方と最後に約束を交わし、その魂を手に掛けたあの日に、捨てた格好」

風が、少し優しくなる。
どこから飛んできたのか、幾つもの白い羽毛が、転校生の周りを舞っている。

「――リボンだけは、貴方のものだけれど」



「貴方が大切にしていたものは全て、私が守るわ」

転校生が眼鏡を外し、ほぼ真上に空を見上げる。

「それが済んで、もう一度貴方に逢える日まで、この格好は封印」

リボンを外し、三つ編みを解く 。
長く綺麗な黒髪が、ふわりと風に舞う。

(脱皮、した……!?)

そんな印象を抱いた、目の前の転校生の変貌。
蛹から現れたのは、神秘的に大人びた、超とか凄いとかのつく美人。

「ふふ――周りの目が違うというのも、在るというか、本音だったりするんだけれどね」



「何を、してるんですか」

いきなり後ろから声を掛けられ、あたしの心臓は機能停止寸前になった。
その声の主が誰か、確かめる間もなく

「――?」

ヤバい。転校生がこちらを振り向いた。
慌てて扉を閉め、声の主を押し退け、脱兎の如く階段を駆け降りる。
わざわざ遠回りをして教室に戻ると、既に授業は始まっていた。



そして転校生は、何時の間にか黒タイツを履いていた。
24 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:46:33.77 ID:oDJk8X6O0
いつものファストフード店、他愛ない雑談は続く。
あたしはバリューセット。……お金持ちな仁美はアップルジュースのみ。
欲望を抑えられるあんたはまったく勝ち組みだっ。

「なるほど、おおよそ理解致しました」

「うむ。どう理解したか言ってみたまえ、志筑仁美くん」

「蛹からでしたら、脱皮ではなく羽化ですわ」

「……あ、あは、嫌だなあ、ちょっとした言い間違えだよ」

「――無知にして無垢な少女を捕えた、麗しくも哀しい運命の台本。
 彼女は恋を知って女になり、約束を交わして大人になった。
 ――そして残酷な脚本家の手により、未亡人に変えられた」

「……表現はともかく、大体合ってる――と、思う。けど、未亡人って……」

いや、未亡人なのかな?死別……なんだろうな、やっぱり。
しかし、『魂を手に掛けた』とかいうのは――比喩的な表現だと思うけど
そんな言葉を使う程に、何か責めを背負い込んでいるんだろうか。

「――前に通っていたミッション系の学校で、その才能を見出され
 一年生にして生徒会の役員に抜擢された暁美ほむらさん」

うん。いつも通りに志筑仁美だ。妄想の暴走が始まった。

「そんな彼女が生徒会長のお姉様と禁断の恋に落ちるまで
 左程時間は掛からなかったのですわ――!」

「いや、わざわざ禁断の関係にしなくてもいーから。生徒会長、男でも構わないから」

両手を胸の前で交差させて身をよじる仁美、見ている分には面白い。
周囲から連れとして認識されてると思うと、逃げ出したくなるけど。

「けれども、お姉様は重大な秘密を暁美さんに隠していた。
 そう、彼女は不治の病で、余命あと半年を宣告されていたのですわ――!!」

「いや、病気だったのは未亡人の方だから。不治じゃないけど。
 半年は余命じゃなくて入院期間だから」

「あ、そういえばそんな設定でしたわね。では次は入院患者同士と言うシチュ――」
25 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:47:23.52 ID:oDJk8X6O0
不意に、言葉が止まった。仁美が目を閉じて大きく息を吐き出す。

「――止めておきますわ。やはり他人の悲恋ではしゃぐなどは、不謹慎ですし」

「うん、そうだよね。未ぼ――転校生も、凄く寂しそうだったし」

仁美の顔に、お優しいですわね、とでも言いたげな微笑みが浮かぶ。
そして腕時計に目をやり、席を立つ。

「それでは私は、お茶のお稽古があるのでこれで失礼致しますけど」

そっか、今日もお嬢様修業か、大変だなー。

「明日、暁美さんとお友達になれないか、声を掛けてみようと思います」

ああそうか。気丈そうだけど、あの状態で友達誰も居ないとか
きっと結構キツいよなー、未亡人。

「あたしも明日、声掛けてみようかな。
 仁美の方が共通点多そうだし、上手くいきそうだけどね」

容姿端麗学力優秀。あたしが神様から貰い損ねたもの二つを、二人は共通で持っている。

「うふふ、お互い上手くいくといいですわね」

「あ、あたしが未亡――転校生の秘密見てて、しかもバラしたとかは、内緒でお願い」

「心配なさらなくても、承知しておりますわ。それでは、ご機嫌よう」



ポテトの残りを片付けている間に、仁美の姿は見えなくなった。
さて、それじゃあたしも、いつものCDショップに寄って帰りますか。
26 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:48:28.34 ID:oDJk8X6O0
「いっや〜、さやかちゃんってば天才ですねー。レアなCD探す、て・ん・さ・い!」

……言ってみただけだし。
ネットで探したならともかく、お店で買ったんだから、凄いのはお店って気もするし。

ま、これでまた恭介が喜んでくれると思うと
舞い上がっちゃうのもしょーがないのですよ。
舞い上がり過ぎて、今どこ歩いてるのかも、よく分かんないし。



……分かんないし?



おかしい。あたし今どこを歩いているんだろう?

よく見知ったケヤキ並木の道。普段なら結構人通りがあるし、車の往来も絶えることはない。
なのに今は、有り得ない静寂に包まれた、無人の空間が広がっている。
歩道にも店内にもまるで人影が無く、車道にも車一台走っていない。
動かない無人の車なら、普段通り駐車場に溢れ返っているのに。

――街の中から、あたし以外の『人』と『人が動かしているもの』が消えている……?

そして気付いた。雲ひとつ無い空なのに、世界が異様に暗いことに。



「何よこれ!一体何が起こってるってゆーの!?」

叫ばずには、居られなかった。
無論何処からも、返答など有る筈が無く
ただあたしの声だけが、仄暗い非日常の街に反響していた。
27 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:49:16.95 ID:oDJk8X6O0
不意に、背後で気配がした。
振り向きたくない、でも振り向かないといけない。相反する本能の啓示。
目を閉じて振り返り、恐怖を振り払って瞼を開けると

「――へぁ?」

そこに居たのは、今にもあたしに掴み掛かろうとしている、モザイクだらけの白い巨人。
認識が麻痺し、鼓動が跳ね回る。巨大な両手が、私の頭を捉えようとして


――バァン――


巨人の頭が、破裂した。



「出来れば、何も知らずに居て欲しかったけれど」

――え?この声って――

振り向こうとしたあたしを取り囲むように、幾つもの白い羽毛が舞い上がり
時計回りに渦を描いて、ドーム状の力場のようなものを構成する。
そしてそれは倒れゆく巨人の背後から放たれた、白い紐のような光線を、完全に防いでくれていた。

「好ましくない運命程、同じ道をなぞるものね。
 でもあいつがここに居ないから、まだ挽回は可能かしら」

頽れ伏した巨人の死体は、蜃気楼の様に溶けて消え
入れ替わるようにその場に一人の少女が降ってきて
左手で髪をふわりと払い、地に7本の矢を突き立て
迫り来る7体の巨人と対峙する。

漆黒の髪と、弓と、矢と、翼。
制服のようだけど、何の制服かと聞かれても困る、白と黒の服装。
外見だけなら、巨人達が聖者で、少女が悪魔に見えなくも無い。
けれど実際には、少なくとも今のあたしにとってはその逆で――

現実離れした展開に思考がついていけない中
あたしはただ反射的に彼女に声を掛けていた。


「未亡人――何その格好?」
28 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:50:16.28 ID:oDJk8X6O0
「……集中が切れるから、静かにして貰える?」

……あたしってば、やらかした。
あからさまに冷たく突き放した口調の返答。

「あ、ごめ――」

言いかけたあたしの袖が、囁き声と共に引っ張られる。

「静かに、です」

何時の間にか羽毛のドームの中には、今日屋上の階段で押し退けた少女が居た。



あたしと同じ見滝原中学の制服――は、学校で会ってるし、当たり前だけど
栗毛の長い髪を大きな赤いリボンでツインテールに結わえた、小柄な女の子。
その左の襟には、ドームを形作っているものと似た、淡く煌めく白い羽飾り。
そして瞳に浮かぶのは、強い憧憬の念。瞬き一つせず転校生を見つめている。

その転校生は、ただ淡々と巨人共を倒していた。
外連味の無い、静かで落ち着いた動き。
展開した翼で巨人共の攻撃を正確に防ぎ、弾き、回避する。
流れるような動作で突き立てた矢を抜き、番え、弓を引く。
放たれた矢は紫の軌跡を描いて吸い込まれるように標的に当たり
1射につき1体、確実に屠っていく。

「凄……」

一緒に見とれていると、隣の少女が口を開いた。

「先輩は、魔法少女なんです」

え……


――魔法少女?
悪と戦う正義の味方とか、そんな感じのあれのこと?
29 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:51:27.02 ID:oDJk8X6O0
「それ以上教えては駄目よ、エリ」

転校生が強い口調で、エリと呼ばれた少女に釘を差す。

「あ、はい……」

「不用意に知識を与えて、巻き込みたくないから」

その言葉を終えると同時に、転校生は7本目の矢を抜き射ち放つ。
眼前にまで迫っていた最後の白い巨人
その胸の中心が正確に射抜かれ、鈍い破裂音と共に大きな風穴が開く。
全てが片付いたときの転校生は、最初に舞い降りた位置を一歩も動いていなかった。



転校生の白と黒の衣装が見滝原中学の制服へと戻り、あたし達を守っていた羽毛の渦が消える。
と同時に黒ずんでいた景色が一旦ぼうっと霞んで、日の光溢れる日常の世界に戻った。
街の雑踏。車の騒音。いつも通りの光景が、何事も無かったかのように展開している。
まるでさっきの出来事が、ただの白昼夢であったかのように。

「転校生――さっきの一体何?魔法少女って?」

「――教えたくないと、伝わらなかったかしら?」

予想通りの、いや予想以上に怒気を孕んだ答えと共に転校生が振り向き
気圧されたあたしは思わず一歩後ずさる。
けれどその眼はあたしを睨む前に何かを視界に捕え
彼女は諦めの溜息と共に右手で額を抑えた。


「私は教えておいた方がいいと思うわ。自衛にも繋がるし。
 ――キュゥべえを連れて来てしまった以上、それしかないのだけど」

声の主は、やはり見滝原中学の制服の、金髪の左右にロールを下げた少女。
そしてそのなんだかとても立派な胸には、白いネコみたいな動物のぬいぐるみが抱かれていた。


「まったく、同じ道をなぞるものね――」
30 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:52:07.51 ID:oDJk8X6O0
「インキュベーター、折角来たのなら、グリーフシードを回収してくれないかしら?」

転校生が投げ遣りな口調で金髪の少女に呼び掛けると

「君は僕の使い方が荒いね。これも役割だから引き受けるけど」

さっきとは全然別の声で返事が返ってくる。口も全然動いてないし、腹話術?
と思った次の瞬間、抱かれていたへんてこりんな動物のぬいぐるみが動き出し
車の往来の激しい道路のど真ん中へと飛び出していった。
何あれ?生きてるの?てか……すっごく危なくない?

「キュゥべえが見えている――やはり資質を持った子なのね」

え?あの生き物――キュゥべえ?が見えると特別なの?
確かに驚いてブレーキを掛ける車は一台も無いけど。
そのキュゥべえは反応良く車の下を潜り抜けながら、口で何かを拾い集めている。

「資質って?」

「魔法少女になって、報われない戦いの定めに身を投じ
 誰にも気付かれずに死んでいく権利があるってことよ」

あたしが魔法少女に?やったー!ラッキー!!とかいう思考を許さないくらいに
物凄く毒の有る答えが転校生から返ってくる。

「きつい言い方だけど、確かに間違いではないというか、その通りなのよね」

それに金髪の少女が同意する展開。
……えーと、戦いの定めは正義の味方の義務だとしても、愛とか夢とか希望は?日曜朝のお約束は?
報われずに人知れず死んでいくとか、魔法少女って隠密か何かの別名ですか?

そんなことを考えていると、仕事を終えたのかキュゥべえが戻ってきて
屈み込んだ転校生の手の上のハンカチに、黒色の四角い粒を幾つか吐き出す。
あれがグリなんとかか。さっきの巨人が落としたんだろうな、多分。
それからあたしの方を向いて、口を開――かずに喋りだす。


「規則だし、君には魔法少女について全て教えてあげるよ。
 この街には既に優秀な魔法少女が二人居るし
 これ以上増やしても効率は余り上がらないんだけどね」
31 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:53:22.76 ID:oDJk8X6O0
「キュゥべえ、長くなるし、話の続きは私の家でしましょう」

「そうね。さっきから人目も気になっていたし」

確かにこのままここで話してると、三人揃って電波さんだ。

「じゃ、自己紹介だけはしておくわね。
 私の名前は巴マミ。見てのとおり、貴方と同じ見滝原中学の三年生」

あたしを挟んで対角線に居た転校生が
キュゥべえを肩に乗せ、マミさんの隣へと場所を移し、また髪をふわりと払う。

「そして、この暁美さんと同じ、魔法少女よ」

とても優しい微笑で自己紹介を締めくくるマミさん。
転校生とはまた別の方向で、あたしよりもずっと大人といった雰囲気。

「あたしの名前は、美樹さやか。見滝原中学ニ年生です。
 宜しくお願いします、巴マミさん」

「宜しくね、美樹さやかさん」

また浮かぶ素敵な笑顔が、あたしを魅了する。
笑うどころか表情すら全然変えない転校生とは、やっぱり対照的だ。
その転校生は――

「私ももう一度、自己紹介した方が良いのかしら?
 変な認識のされ方をしているようだし」

やはり、容赦が無かった。

「う……ちゃんと憶えてるから大丈夫。暁美ほむらだよね。
 ……さっきはごめん」

まあ、あたしも悪いんだし。

「……あ、いえ、あまり気にしないで。
 少し疲れている所為で、どうしても口調がきつくなってしまうの」

本当はどういう奴なのか、屋上で見ちゃったし。
――それに、命を助けてくれたし。


だから多少棘があろうと、そんなのはもう、気にはしない。
32 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:54:27.50 ID:oDJk8X6O0
「次は貴方の番よ、エリ」

あ、そういえばこの子も居たんだっけ。すっかり忘れてた。

「あ、はい、えと、見滝原中学一年、真矢エリ、です」

「宜しく、エリ」

「あ、はいぃ、宜しくお願い、します」

……明らかに対人恐怖症だ。目もまともに合わせてくれない。
うーん、なんか凄く心配になる子だ……

「真矢さんはまだ魔法少女の契約前の子よ。暁美さん付きの見習いってとこね」

?そういえばこの子と最初に会ったのは屋上の階段で……

「見習いというのは語弊があるわね。私は契約させるつもりは無いから」

………………

「げぇ!」

「どうしたの美樹さん?突然に」

「いえ、何でもないです、何でも、あはははは」

うろたえるな落ち着けあたし。まだほむらに覗きがバレたと決まった訳じゃない。
隙を見てエリに確かめて口止めをすればいい完璧な作戦だ流石はさやかちゃん――

「ふふ、変な美樹さん。じゃ、行きましょうか」

(――心得ていると思うけれど、屋上でのことは他言無用よ)

「うげぇ!!!」

テレパシー!?

「大丈夫?美樹さん」

「いえいえ、本当に何でもなくて大丈夫です、あは、あはははははは」



街の雑踏。車の騒音。よく見知ったケヤキ並木の道。
目の前に広がる、いつも通りの光景。
しかしあたしの運命は、この僅か十数分の間の出来事で、大きく変わろうとしていた。
33 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/04(火) 02:56:52.92 ID:oDJk8X6O0
今回はここまで。次回は未定。

書くの遅いし、2期の噂もあるのに今更だし
誰得展開だし、オリキャラに名前付けてるし
BTOパソコンのDVDドライヴが届いた日に動かなくなるし
もうとっとと死んじゃえばいいって凱旋門が言ってた。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/04(火) 05:07:10.27 ID:QGddvu+Go
まだ先の展開がどうなるかわからなすぎてドキドキするけど
ここまではなかなか良い雰囲気だったな

もし二期がきたらどうやっても話が整合しないだろうけどどうせまだまだ先だろうから
そのいつかの放映開始日までにすっきり完結するところまで期待
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/10/04(火) 15:31:00.09 ID:M0x2YXUJo
うまく表現できないけど結構好きだな

逆に考えるんだ
「俺が二期だ」って考えればいいんだよ
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/05(水) 08:45:59.45 ID:vg1/Nj6IO
エリーちゃんが引きこもりじゃない…
37 :視点:美樹さやか ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:12:37.86 ID:t06ma3WT0
「着いたわ。ここが私の家よ」

夕暮れの赤い日差しの中、マンションの一室の前でマミさんが足を止める。
ドアの脇の表札には『巴マミ』の文字、ただその名前だけ。

「マミさんって、一人暮らしなんですか?」

扉を開けるマミさんの手が一瞬止まる。

「ええ、ちょっとした事情でね」

――あああ、またあたし地雷踏んじゃったろうか。

「だから、気兼ねせず上がって」

変わらない慈愛の微笑みに、口から先に生まれた自分を猛省するあたし。

「お邪魔するわ」

そのあたしを尻目に、ほむらはごく自然にずかずかと上がっていった。


通されたのは落ち着いた暖色系の色合いで統一された、綺麗に片付けられた素敵な部屋。
あたしがキョロキョロと色々見回している間に
ほむらとエリは部屋中央の三角形のテーブル、その一辺に並んで座っていた。

「おもてなしは――ラスクと紅茶でいいかしら?」

「あ、はい。あんま気を使わないで下さい」

あたし達の前に、ラスクを盛った籠が置かれる。
この辺では有名なお店の、しかも季節限定のプレミアムなやつのセット。

「種を明かすと、昨日真矢さんのお母さんから貰ったものなんだけどね」

「お世話に、なりますから」

「気にしなくていいのに――
 それじゃ、紅茶はもう少し待ってね。蒸らし具合が重要だから」


あたしが一種類ずつラスクを確保し、封を開けている間に
部屋は、淹れたての紅茶の心地よい香りに満たされていた。
38 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:15:54.04 ID:t06ma3WT0
「おかわりも一杯あるから、遠慮しないでね」

湯気の立つ紅茶を湛えた白磁のティーカップが5つ、テーブルの上に置かれる。

「はい、いただきまーす」

「――いきなり飲むと、舌を火傷するわよ」

「ふふ、暁美さんは猫舌ですものね」

「本来野生の動物は熱した食物を摂取することはないから
 適応していなくて当たり前なのよ」

その隣ではキュゥべえが、まだ熱い紅茶をピチャピチャと舐めていた。
まあこいつは野生じゃないし、動物かどうかも怪しいけど。



「ええと、それじゃ魔法少女について、説明するわね。
 真矢さんは2回目だし、退屈かもしれないけど」

「……いえ」

エリは転校生の左側に張り付くように座っている。
ずっとうつむき加減で、やっぱり全然目を合せようとはしてくれないけど
癖なのか、ラスクを両手で持ってちまちまカリカリ齧る様子は、小動物みたいでなんか可愛い。

「おさらいということで――美樹さん、まずはこれを見てくれる?」

そういってマミさんは台座の付いた、卵形の宝石のようなものを取り出す。
それは彼女の髪や瞳と同じ、柔らかな金色に輝いていた。

「綺麗ですねー。何ですか、これは?」

「これはソウルジェム。魔法少女の魔力の源よ。
 資質を見出された女の子が、キュゥべえとの契約によって生み出す宝石」

そこでマミさんの表情が、急に真顔になる。


「そして、魔法少女の本体――魂そのものなの」
39 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:17:03.18 ID:t06ma3WT0
「魂そのもの?」

「言葉通りの意味。ソウルジェムを砕かれれば死ぬし
 大体100m以上離れれば、肉体を動かすことは出来なくなるわ」

マミさんの代わりに、ほむらが答える。
想像だにしていなかったドギツい内容を。

「その代わり、頭を撃ち抜かれようと、心臓を貫かれようと
 魂が耐えられる限りは、身体を動かし、戦い続けることが出来る。
 行動に支障が出るようなら、痛覚を遮断してでもね」

「え……何それ――
 そんなの、まるでゾンビじゃない……」

「君達は本当に、その表現が好きだね。
 だけど何故、本体がソウルジェムであると知りながら
 最早外付けのハードウェアでしかない肉体に主眼を置いた表現を使うんだい?」

キュゥべえも会話に割り込んでくる。
その可愛らしい外見とは真逆の、ドス黒い思考を曝して。

「それに魔法少女となったものは、むしろ普通の人間よりも遥かに効率的に
 肉体の生命活動を維持し、その機能を運用することが出来るんだ。
 それなのに、魂が身体の中に無いと死体扱いだなんて、君達は実に不可解だよ」

……え?何気分悪くなることをペラペラ語ってんの?こいつ?
ゾンビがどうこうなんてどうでもいい。あたし達が問題にしてるのはそんなことじゃない。
そもそも身体から魂を抜くとか、悪魔そのものじゃないか。


「――でも、認めるのは辛いけど、確かにそう呼ばれてもしょうがないのよね。
 痛覚を遮断して、取れた脚を自分で繋ぎ合わせる
 そんな行為に慣れてしまうのが、『魔法少女』だから」

「ゾンビとは呼ばれたくないし、死体であるとも思わないけれど
 もう人間と呼べる存在で無くなっていることは、否定しようのない事実よ」

もう人間じゃない、そんな重い事実を、ただ静かに肯定するマミさんとほむら。
けど、私には、とてもそんな風には見えない。
だって二人とも、外見も心も、全く普通の人間に見えるし。

「それでも、私は私。人間で在った頃と、その魂は同じ。
 この世界から消え去る最後の瞬間まで、『暁美ほむら』で在り続けられるのなら
 私は、それだけで充分」

「私もね、魂だけかもしれないけど、私はちゃんと生きているって、思っているの。
 だって、そういう契約を結んだんだから」

というか、誰よりも人間らしいじゃないか。
悪魔と契約して、人間で在ることを止めてまで
あの白い巨人――魔獣から街を守ってくれているなんて――


あたしの中で、二人への尊敬と感謝の念が大きく膨れ上がっていき
そしてそれに反比例して、白いけだものの地位は、奈落の底まで転落した。
40 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:18:23.03 ID:t06ma3WT0
「キュゥべえはね、本質において人間とは考え方の異なる存在なの」

あたしの心を察したのか、マミさんが弁護する。

「一応、キュゥべえにも大義名分はあるし
 契約の可否を決める前にちゃんとデメリットを教えるだけ
 良心的だと思ってくれないかしら」

うーん、確かに正義の味方が必要なら、誰かが引き受けなきゃならない……んだろうし
何も教えられずにゾンビにされて、騙されたまま戦わされるよりは、まだマシ……なのかな。

「その『良心的』な振る舞いも、結局のところ契約相手の為ではなく
 優秀な魔法少女を選別する為の、こいつの戦略に過ぎないのだけれど」

しかしそんなマミさんの弁護を身も蓋も無く粉砕するほむら。

「より強い願いは、より強い魔法少女を生むからね。
 契約のもたらす過酷な運命を知った上で、敢えてなお為されるのであれば
 それはより強い祈りになるだろう?」

「無闇に魔法少女を量産しないだけでも、良しとすべきなのかしらね」

「魔法少女一人造るにも、それなりにコストが掛かるんだ。
 簡単に命を落とすような弱い魔法少女を量産したって
 宇宙のエネルギーの無駄使いにしかならないじゃないか」

マミさん、やっぱり被告には、『良心』の欠片も無いです。



「ええと、もう少し順を追って説明したいのだけど。次は、『願い』についてで良いかしら」

さやかちゃんも二人の話には、少し置いてけぼりくらってる気がします。
所々よく理解出来ないのは、バカだからじゃない筈です。
どうか仕切り直してください、マミさん。

「ようやく僕の契約における最大のセールスポイントに、話が及んだね」

「あるいは最悪の甘い罠、にね」

「容赦ないなあ、君は。
 マミの言う通り、僕は君達人間の基準でも、充分良心的な筈だよ?」

「報酬は先払いの1回きり、引き換えに生涯を傭兵契約。実に『良心的』だわ」

「それほど間違った表現では無いね、確かに」

「それでも缶詰工場に送られるよりは、かなりマシになったのだけれど」

「君は時々訳の分からないことを言うね」

「――二人とも、いい加減話を進めたいのだけど?」
41 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:19:32.33 ID:t06ma3WT0
「では、『願い』について説明するわね」

キュゥべえを押さえつけ――抱きながら、改めて説明を始めるマミさん。

「キュゥべえと契約した者は、魔法少女となって、魔獣と戦い続ける使命を課されるの。
 ――でもその代わりに、どんな願いでも1つだけ、叶えて貰うことが出来るのよ」

「え……!?」


――どんな願いでも、1つだけ叶う?――

凄く魅惑的な言葉……の筈なのに、ほむらの言った通り、悪魔の罠としか思えない。
それも、判っていながら掛かってしまうような、最悪の罠。

「――どんな、は不正確ね。素質と祈る心の強さに見合った願いなら、よ」

まだほむらは何か言いたそうだったが、エリに袖を引っ張られて止めた。
替わりにマミさんが言葉を続ける。

「まあ、世界征服とか、叶える願いの数を増やしてとか、そんな無茶なお願いは駄目だけど
 普通に叶えたいと思う願いなら、大抵叶うわ」


――普通に叶えたいと思う願いなら、大抵叶う――

「……ねえ、不治の病とか、怪我とかでも、直せるの?」

「可能よ。但しその1回だけ」

少し沈んだ顔でマミさんが答える。

「治った後で病気が再発しても、もう自分の不運を呪うことしか出来ないし
 一緒に事故に遭った人を救いたいと思っても、もう二つ目の願いは有り得ない」

寂しそうな顔のまま、こっちを向いて微笑する。

「奇跡は一度きり。そして叶えてしまったら、もう今までの自分には戻れない。
 だからもし貴方が奇跡を望むことになったら、それで尚後悔しないかどうか
 よく考えた上で決断して欲しいの」



今までの自分を捨て、魂を懸けて尚後悔しない、たった一つの願い、か――
二人はそこまで覚悟して、一体何を願ったんだろうか。
そしてあたしにそこまで覚悟して、奇跡を望む想いが、あるだろうか――
42 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:20:34.85 ID:t06ma3WT0
「私からもひとつだけ、付け加えておくわ」

袖を引っ張られた腕でエリの頭を撫でながら、話し始めるほむら。

「もし誰かの為に祈るのだとしたら、決して見返りを求めては駄目。
 裏切られても、忘れ去られても、全てを受け入れて、後悔しないこと」

無表情だけど真摯な目が、真っ直ぐあたしを見据える。

「それが出来ないなら――元々誰かの為に祈る資格なんて、無いということよ」



「僕からもひとついいかい」

軽い沈黙の空気を破ったのはキュゥべえ。

「魔法少女候補である君の権利として
 1回だけ、好きなときに僕を呼び出せるようにしておくよ」

無表情で機械的な目が、視野の中心にあたしを捉える。

「奇跡が必要になって、すぐに叶えたいときの為にね」
43 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:21:34.65 ID:t06ma3WT0
「『願い』についてはこんなところかしら。ええと、あと説明しておくべきことは――」

何かを思いつき、少し意地悪そうな笑みを浮かべて、マミさんが振る。

「何かしら?真矢さん」

「――え、えと……魔獣と、グリーフシードについて、ですか?」

うつむき加減に小さい声で答えるエリ。うーん、なんか加虐心をそそる子だ……

「そんなところね。後は『円環の理』かしら。
 そうね、折角だから、魔獣については真矢さんが説明してみる?」

ああ、マミさんが可愛い後輩を苛めるお姉様モードに……

「え、いえ、私は……」

「この前教えたことをそのまま伝えればいいわ。足りないところは私が補足するから」

ああ、ほむらも愛の鞭を振るう先輩モードに……
いかんいかん、最近のあたし、仁美の毒が脳に回り始めてる。

「は、はい……」

覚悟を決めたのか、やたら気合を込めた目で私を見つめ、エリが語り出す。

「えと、世界に、歪みとか呪いとか、負のエネルギーが、瘴気として溜まって
 それが濃くなると、魔獣が発生します」

会話に慣れていない所為だろうか、やたらと細かく区切る口調。

「違う世界の存在なので、普通こちらの世界に、物理的な被害を、与えることはしませんが
 人間の感情を吸い上げて、不安定にします。酷い場合は、廃人になります」

だんだんと早口になっていく。きっと鼓動もどんどん早くなってるんだろうな。

「それで魔法少女だけが、魔獣の領域に乗り込んで、対等に戦うことが、出来ます。
 なので魔法少女の、資質があると、領域に引きずり込まれて、襲われたりします」

すでに耳まで真っ赤。この子、こんなんで日常生活、大丈夫なの?

「えと、他には……」

「大体合っているし、普通に理解する分には、そんなところで良いと思うわ。
 存在理由とか目的とかになると、仮説の域を出なくなるし」

「上出来よ、真矢さん」

「……はい」


苦行から解放され、全エネルギーを使い果たしたかのように、テーブルに突っ伏せるエリ。
――あたしはこの子を全面的に応援する。頑張って、強くなれ。
44 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:22:50.93 ID:t06ma3WT0
「で、その魔獣を倒すと落とすのが、グリーフシード。
 私達魔法少女にとって、命綱と言っても過言ではないものよ」

マミさんがもう一度、さっきのソウルジェムを取り出す。

「うーん、私のだとほぼ万全だから、ちょっと分かり辛いわね。
 暁美さん、悪いけど貴方のを見せて貰える?」

「――ええ、別に構わないわ」

ほむらが左手の平を右手で撫でると、そこにマミさんのと同じ、ソウルジェムが現れる。
その色は彼女の瞳を映したような、綺麗な紫。

「暁美さんのソウルジェム、私のに比べて、ちょっと濁っているように見えるでしょう?」

色が違うから単純比較は出来ないけど
言われてみれば、中でうっすらと黒い靄のようなものが、渦を巻いている。

「魔法というのは条理を外れた力だから、使えば使った分だけ魂に穢れが溜まるの」

それからマミさんは、黒色の角砂糖みたいな小さな粒を幾つか取り出す。
キュゥべえが道路で拾い集めていたアレだ。

「これがグリーフシード。魔獣の核みたいなものね。これを、こうすると――」

マミさんがそれのうち5つ程を、ほむらのソウルジェムに近づける。
と、黒い靄のようなものがその中から抜け出して、グリーフシードに吸い取られていく。

「穢れが吸い取られて、その分だけ魂の力が回復するって訳」

――あの、魂の力が回復した割には、なんかほむら、凄い脂汗かいてるんですけど。

「あ、ごめんなさい――やっぱり自分の魂を、他人に弄られるのは嫌よね……」

「いえ、大丈夫。今は貴方を信頼しているから」

ほむらがソウルジェムを乗せた左手をもう一度右手で撫でると、それはまた何処かへ消えた。



「――ただちょっと、昔の酷い出来事を、思い出してしまっただけ」
45 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:24:19.29 ID:t06ma3WT0
「で、穢れを吸ったグリーフシードだけど、これを集めるのがキュゥべえの目的なの」

マミさんに抱かれているキュゥべえの、背中の赤い輪のある部分がぱっくりと開く。
その中に黒くなったグリーフシードを放り込むマミさん。

「え?食べた……の?」

「うん。こうやって、僕が回収して、利用させて貰っているんだ。
 エントロピーの増大を伴わないエネルギー源としてね」

「キュゥべえはね、そうして得たエネルギーを、宇宙を若返らせる為に使っているの」


「えんとろぴぃ?宇宙を若返らせるって……」

なんかいきなり話の規模がビッグバンしたんですけど。

「もう少し説明してもいいけど、今はマミに怒られそうだからね。
 君が望むなら、そのうち詳しく教えてあげるよ」

「実際、私達が気にするようなことではないわ。
 利用可能なエネルギー=恒星の光熱として
 問題になってくるのは、百兆年も先の話」

えー……
本っ当にあたし達にとっては、どーでもいことじゃん。

「それに宇宙の定常化なんて、不可能に決まっているわ。
 存在するもの全て、何時か滅びの時を迎えること
 それは覆しようのない、この宇宙に於ける条理なのよ」

「理論上は可能だよ。僕達の科学力ならね」

「無駄な努力ね。
 永遠の静穏か、無と無限への収束か、際限無き加速による断裂か
 この世界は何れかへ行き着くに決まっているのだから」

「僕達はただのシステムだからね。是非も可否も無いんだ。
 定められた目的を達成する為に、規範に沿って行動するだけさ」

「――貴方達の場合、それが答えになるのね。
 感情も個体の死も存在しない、貴方達らしい回答だわ」

「君達ならこう答えるのかな。
 『やって見なければ、分からない』って」

「……お互い、その程度までは理解出来るのよね」

「君くらい話の通じる個体は、珍しいけどね。
 それでもまだ僕達から見れば、非合理の塊だけど」

「――私達は、そういう存在なのよ」


んー、正直二人の会話の内容は、ちょっとあたしには――その、高度過ぎる気はする。
ただキュゥべえも単に悪魔じゃなくて、奴等なりに大義名分はある――
そのことは、ちょっと解った――かもしれない。

だからって、仲良くしたいとは、全然思わないけど。
46 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:25:23.90 ID:t06ma3WT0
「もう説明する内容も残り僅かだし、敢えて止めなかったけど
 そろそろ最後の項目――『円環の理』について、話してもよいかしら?」

『円環の理』……?何だろう、どこかで聞いたことがあるような気がする。
んー、なんかよく分からない、懐かしさだか寂しさだかを感じるし
昔好きだったアニメかゲームの中のフレーズだったのかな。

「あ、ごめんなさい――また脱線してしまったわね、私」

「いえ、いつもであればもう少し聞いていたいんだけどね。
 貴方達の会話って、かなり興味深いし」

うーん、あの電――高度な内容についていけるなんて、流石はマミさんだ。

「じゃ、締めくくりの説明を始めるわね。
 『円環の理』――魔法少女の辿る運命の最期について」

う……運命の最期とか、また聞きたくもない言葉が……

「魔法を使えば、ソウルジェムに穢れが溜まっていく。
 穢れを祓うには、魔獣を倒し、グリーフシードを集め続けるしかない。
 では、それが出来ずに、穢れが溜まりきるとどうなると思う?」

魔法が使えなくなる……とか?
いや、今までの流れからして、そんな生易しいことである気は全然しない。
魂だし……やっぱり死ぬとか……って、いや、まさか?

「まさか……自分が魔獣になっちゃうとか!?」

「キュゥべえによるとね、実装前の理論予想ではそれも有り得たらしいのだけど」

マミさんが左手にソウルジェムを乗せ、右手で撫でる。
ほむらの時と同様に、それは何処かへと消えてしまった。
――あ、そうか。消えたんじゃなくて、中指の指輪になったのか。

「正解はね、ただ消えてしまうのよ。肉体も一緒に、跡形もなく」

「ええと……それってやっぱり、死ぬってこと――ですよね?」

「――そうよ」

力を使い果たしたら死んじゃうのか……
しかも体まで消えちゃうって、下手すると死んだことにすら気付いて貰えないのか。
ああ、ほむらの言っていた『誰にも気付かれずに死んでいく』って、そういうことなんだ……

「何でも望みが叶う、その代償は安くはないのよ。
 希望は等価の絶望と、常に隣り合わせなのだから」

ほむらが語り始める。物凄く重く、真摯な眼であたしを見据えて。

「だから、希望で始まった祈りが、絶望による呪いへと相転移する前に、私達は消え去る。
 それが『円環の理』に導かれるということ」

希望と絶望、祈りと呪い――
よく分かんないけど、願いを叶えたことの真の代償が、『円環の理』による消滅ってことだろうか。

「あまり優しくはない魔法少女システムの、最後の救いよ」



誰にも知られず、この世界から消え去るのが、どうして救いなんだろうか。
まるで理解は出来なかったけれど、そう言って目を閉じたほむらは
今日屋上での彼女を思い起こさせる、とても寂しく物悲しい表情をしていて
あたしはもう何も、聞くことが出来なかった。
47 :視点:佐倉杏子 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:26:35.71 ID:t06ma3WT0
「だから、世話になる理由がねーっつってんだろ」

マミ差し入れのラスクを齧りながら、キュゥべえに怒鳴る。

「人間の感情というのは、難しいものだね。
 純粋な好意によって、安定した生活環境を確保できる。
 願ってもない申し出だと思うけど?」

申し出。マミがアタシに宿を提供するとかいう話。
――今更、あの頃の関係に戻れるかよ。
二人の道はもう、一年前のあの日に、別れちまってるんだ。

「日本語としては正しいけど、願ってもないとかテメェが言うな」

「でも差し入れは食べるんだね」

「無駄に出来るかよ」

仲間が出来て満足して、二人だけで幸せにやっていくかと思えば
ずっと御無沙汰だったこっちにまで触手を伸ばしてくるとか、どういうことだよ。
一人より二人がいい。なら二人より三人がいいってか?

「――まったく、下らねぇ」

そう吐いた言葉程に、本当は二人の性質を否定している訳でもない。
ただ、知り合いだからって、アタシをその中に巻き込まないでくれ。
西にだって北にだって南にだって、誰かしら魔法少女は居るだろう?

「ま、僕は使いの役目は果たした。後は君達の問題だ」

アタシは独り、誰の為でもなく、自分の為だけに生きる。
あの日、そう決めたんだ。

「――ふん。まずはそれより今夜のお仕事さ」



瘴気が大分濃くなってきた。今夜の狩場はもうすぐそこだ。
48 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:28:31.75 ID:t06ma3WT0
(ちっ、先客が居やがる)

先客。変身もせずただ魔獣から逃げているところをみると、領域に迷い込んだ資質持ちか。
面倒だが、無駄に好戦的な頭の悪い同業者よりはマシだろうか。

(見殺しにも、出来ねーしな)

槍での高飛びで魔獣の頭を越え、街路樹を蹴って勢いを殺し、そいつの前に着地する。
即座に背後に障壁を展開。

「何も聞かねーで、今すぐ逃げな。
 どーせ後で白い畜生が、ペラペラと聞きもしないことまで喋りに行くからよ」

アタシより2つ3つ、年上だろうか。
銀の短髪、白のジャケットに黒のスラックスといった出で立ち。
長身で細身のボーイッシュ系だ。その胸元には――アンクのペンダントか。
そいつはこちらを一度ジロリと睨んでから、ただ無言で逃げていく。

「――さて、面倒が無くなったところで、サックリといきますかね」

目の前の魔獣は7体。アタシにとっては、準備運動にすらならない。



「こんなもんか、鎧袖一触ってね」

躱して突くだけの簡単な作業。1分は余裕で切った。
変身を解くと同時に、魔獣の領域が消え失せる。
振り返ると7〜80m程向こうで、さっきの少女とキュゥべえが話をしていた。
何だかんだで、遠巻きに様子を見ていたんだろう。
ま、高校生の歳ともなれば、契約は自己責任だ。それはもうアタシが構うことではない――が

「しゃーねーな、自分で回収すっか」

小さくて黒いグリーフシードを、夜道で回収するのは結構骨だ。
しかしあん畜生が契約に関する話を始めたら、すぐには終わらない。
幸い人通りの無い裏道だし、根気でもって探しますかね。



どうにか2個目ばかり拾ったところで、頭上から誰かがアタシに声をかけた。

「お姉ちゃん、なにしてるの?」
49 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:29:27.96 ID:t06ma3WT0
声の主は、薄緑の髪に深緑のワンピースの、小学校低学年くらいの女の子。
また面倒な状況が湧いてきたが、まだ誤魔化しやすい年頃の相手だ、何とでもなるだろう。

「このちっこい四角のやつを探してるんだよ」

特に隠す必要も無い。グリーフシードが何か、教えなきゃいいだけだ。

「じゃあ、ゆまもいっしょにさがすー」

ゆまっていうのか。ま、別に拒む理由も無い。お礼にラスクの一袋もやりゃあいいだろう。

「あ、見つけたよー。あ、あっちにも」

……結構やるじゃねぇか。



「んーと、これで三つ目ー」

「ならアタシの勝ちだな。アタシは4個だし、個数はこれで全部だ」

「えー?お姉ちゃんはゆまがくる前に二つひろってたから――
 えーと、ゆまの勝ちだよ」

「む、バレたか。賢いな、ゆまは」

「えへへ。でもふつうは分かるよー」

――何だ?何でアタシともあろうモンが、こんな柄でも無い会話をしてるんだ?
……凄く久し振りに、『お姉ちゃん』とか呼ばれちまった所為か?

「はい、じゃあこれ、お姉ちゃん」

ゆまがその小さな手の平に、グリーフシードを三つ乗せてアタシに差し出し


「ねえ、お姉ちゃん、これってさっきの白いやつが落としたの?」

……そして、聞きたくもなかった言葉を続けた。
50 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:31:20.07 ID:t06ma3WT0
……なんだって?

「――お前、さっきアタシが魔獣――白い変態共と戦ってたのを見てたのか?」

「うん、ずっと見てたよ。お姉ちゃん、強くてカッコよかったねー」

……この年で、資質持ちだと――?

「じゃあ、ゆまは、今向こうで白黒のお姉ちゃんと話をしている、変な動物も見えるのか?」

――まずい。
相手がまだ幼い子だろうと、思考や判断力が未熟だろうと、アイツはそんなこと考慮はしない。
資質を見い出せば型通りに説明し、契約の意思があれば受理する。ただ、それだけだ。

「うん、見えるよ。あれなんていう動物?ネコじゃなかったし」

そして、その結果何が起ころうとも、責任なんて一切取りゃしない。
命を落としたとしても、宇宙のエネルギーが無駄になったとか何だとか、嘯くだけだし

「――アレはロリコン妖怪だ。魂を喰う悪魔だから、絶対近付くんじゃねーぞ」

迂闊な祈りがどんな災厄を呼び込もうとも、『摂理』の一言で片付ける。
――それが、アイツだ。


「それじゃ、四角いのも全部集め終わったし、家はどこだい?送ってやるよ」

とにかくキュゥべえが向こうに集中している間に、この場を離れねーとな。
後はゆまが資質持ちだと、気付かれてないことを祈るだけだ。

「おうち……?」

「ああ、おうちだ。近いのか?」

「……ゆま、おうちには、帰りたくない――」

「おい、ゆま?」

ゆまがぽろぽろと泣き出す。あぁもう、今日は厄日に違いない。
グズグズしてる余裕は、無いってのに。

「分かったから、じゃ、そこの公園でも行こう。
 お菓子やるから、な、ほら、泣き止んでくれよ」

軽くゆまの頭を撫で――ん!?

「……いたい」

前髪を持ち上げて、額の生え際を見る。

「……」

袖を少し、捲ってみる。やはりここにも、在った。

――家族から愛されていないことを、示す刻印が――


ああそうか、そうだよな。
こんな時間に、こんな小さな子が一人で出歩いている。
そのこと自体がまず、おかしかったんだ。


今日は本当に厄日だ。
わざわざこんな風見野の外れ、縄張りの端っこまで出向いて
出会わなければそれで済んだ相手と出会い、知らなければそれで済んだことを知ってしまった。
しかも、アタシは、何もしてやることが出来ない。
――側に居るだけで、もっと酷い運命に巻き込みかねないから。
51 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:32:38.14 ID:t06ma3WT0
人気の無い、夜の公園。街灯の下のベンチにゆまを座らせ
残りのラスク全部と、ペットボトルに入った紅茶をくれてやる。

「さっき一緒に探してくれたお礼だ。遠慮しなくていーぞ」

丁度三種類が一袋ずつ。3個拾って貰ったお礼としては、妥当な感じだ。
その中からゆまが最初に選んだのは、いかにも高級そうな、チョココーティングのやつ。

「うわー、金がついてる。こんな高そうなの、ほんとにいいの?」

「遠慮すんなって言ったろ?どーせ貰い物だしな」

「んー、おいしい。中身少しかたいけど」

「なら、紅茶と一緒に口の中で柔らかくしてみな」

マミには怒られる食べ方だけどな。

「うん」

「どうだ、美味いか?」

「うん、とってもおいしいよ、お姉ちゃん!」

幸せそうに、にっこり笑うゆま。

「そーかそーか、紅茶はアタシの――知り合いが淹れたやつだし
 お菓子も結構有名なお店のだからな」

アタシも笑い返す。心の中で詫びながら。


悪いなゆま。アタシがしてやれることは、この程度が精々なんだよ。
52 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:33:34.87 ID:t06ma3WT0
「それじゃ、アタシは行くけど、ゴミはそこらに捨てるんじゃねーぞ」

「お姉ちゃん、行っちゃうの?」

「ロリコン妖怪がアタシを追って来るからな。一緒に居たら、ゆままで喰われちまうぞ?」

「えー、わるい生きものには見えなかったよ?かわいかったし」

「そーゆーのが一番危ねーんだよ。油断してると、頭からバックンだ。
 見かけたら、すぐに逃げるんだぞ」

「う、うん」

――そう、世の中は偽りだらけだ。
一見親切そうな相手も、本当に優しいとは限らねぇんだよ、ゆま。



「――あの……お姉ちゃん、また会って、くれる?」

去り際のゆまの言葉。正直、もう会いたくない。
――だって、アタシはもうアンタを見捨ててるんだよ。

「ああ、ゆまがいい子に――」

いい子にしていれば?こんな境遇の子にそれを言えるか?
ナンセンスだ、全く。

「神様が優しければ、また会えるさ」

しれっと嘘をつく。神様の優しさなんて、もうあの時から欠片も信じていないのに。


「お姉ちゃんの名前は、佐倉杏子だ。次に会えたら、名前で呼んでくれよ」
53 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/07(金) 02:39:53.71 ID:t06ma3WT0
今回はここまで。

醒めた状態で読み返すと
厨二っぽさとメンヘラ具合で魔女化しそう。
取り敢えず、後2回分くらいは書けてるので、そこまでは頑張る。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/07(金) 03:34:30.98 ID:bqPQ7fnUo
それぞれの考え方というか心の動き(の差)が
それぞれ無理なくそれらしくてとてもいい感じだわ
淡々とした展開と説明の流れの中でも伝わってきて退屈しなかった

魔女化しないようにまど神様に「がんばって」って励まされてきてくれ
55 :視点:真矢エリ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:20:44.30 ID:oIK4Qu7A0
――ピンポーン――

「はーい、どなたー?」

「暁美ほむらですけど」

「あ、はーい、ちょっと待ってね。エリー、暁美先輩が来たわよー!」

大きな声で呼ばれるまでもなく、全部聞こえている。
もう20分前には仕度を終えて、ずっと待っていたのだから。

昨日は暁美先輩も転校初日で色々あったので、代わりに巴先輩が来てくれた。
今日からは家がすぐ近くの、暁美先輩が来てくれることになっている。

「あら?暁美さん、三つ編み解いたのね。眼鏡もコンタクトに変えたの?」

急いで階段を降りていく。玄関先で母と会話する先輩の姿が、目に入って来る。

「ええ、新しい学校ですから、イメージも少し変えてみようかと思いまして」

「うーん、可愛いとは思ってたけど、こんな美人だったのね。
 うちの子には勿体無いくらいだわ、本当」

「いえいえ、エリちゃんも充分可愛いですよ?」

「ふふ、有難う――本当に、色々とね」

そう言って母は一度私の方を振り向き、それから暁美先輩に向かって深々とお辞儀をした。


「それじゃ暁美さん、エリを宜しくお願いね」
56 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:22:43.23 ID:oIK4Qu7A0
(……)

先程から、全然会話が無い。
巴先輩は、向こうから色々話し掛けてくれたのだけど。


(私から、話し掛けてみろってことかな……)


「あ、あの……今日は、いい天気、ですね」

振り絞った、勇気。
……それで、この程度の切り出しが限界な私。

「そうね。空の青さがとても綺麗だわ。
 その分、気温は低めだけれど」


また、しばしの沈黙。
……ああ、駄目だ、こんなんじゃ駄目だ。
私、頑張れ。


「え、えと――先輩は、もう三つ編みには、戻さないんですか?」

「三つ編みの私の方が、好きだった?」

「いえ、今の方が素敵だと、思います。似合ってるし、格好いいし――」

「格好いい、か――」

一時先輩の足が止まり、晴れ渡った朝の空を見上げる。

「私は、ただの張りぼてよ」

髪をふわりとかき上げ、また先輩は歩き始める。

「だから、私なんかに憧れるよりも、貴方自身が格好良くなることを考えなさい」

――え?

――私が、格好良くなる?――



「……私には、無理です」

格好良い自分なんて、全然想像もつかない。だって、私は

「人付き合いは、苦手だし、運動も全然、駄目だし……」

自分に自信を持ったことも、自分の能力を信じたことも

「ただの、引きこもり、だし……」

ただの、一度だって、無いのだから。
57 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:23:51.12 ID:oIK4Qu7A0
「――そういう子をもう一人、知っていたわ」

目の前を黒猫が横切る。エイミーだ。

「でも、一人の友達が、その子を変えてくれた」

先輩に気付いて、一声ニャーと鳴き、とことこと寄ってくる。

「残酷な運命の輪廻は、全てを歪めてしまったけれど」

しゃがみ込んで頭を撫でる先輩に、ゴロゴロと何度も頬を擦り付ける。

「あの時のあの子の笑顔が、今でも私の原点」



「だから、今度は私の番」

エイミーを抱いて、先輩が振り返る。

「誰もが、自分を変えられる。誰もが、格好良くなれる。
 ただ一つのきっかけさえあれば、誰もが自信を持つことが出来る」

とても柔らかく優しい微笑みが、私に向けられる。
――いつもの様に、拭えない寂しさの影は、付き纏っているけれども。


「――貴方にとっての、そのきっかけになれたら、私は嬉しい」
58 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:24:56.95 ID:oIK4Qu7A0
休み時間。最低な時間。

誰も私には近付かない。
別にそれは構わない。上辺だけの好奇や同情で話し掛けられても、面倒なだけだ。
どうせ巻き添えを食いそうになれば、手の平を返すに決まっているのだし。

ただ、聞こえよがしにひそひそと語られる会話には、やはり心を乱される。
それでも折角戻ってきた玩具だ。すぐには壊してしまわないよう、抑えているのだろうけど。

(早く授業、始まらないかな――)

月初めからずっと休んでいたので不安だったけど、思ったよりは授業についていけた。
元々成績は悪くなかったし、何より優秀な先輩方二人に、勉強を見て貰えているから。


(どうかしらエリ。何か問題は無い?)

あ、暁美先輩からのテレパシー。

左襟に付けた白い羽飾りは、先輩から貰ったお守り。
魔法少女でない私でも、テレパシー程度のささやかな力なら、使えるようにしてくれている。

(はい、大丈夫です。何も問題は、ありません)

顔も見ることが出来たらなあと思ってしまう。会話が出来るだけで、充分贅沢なのに。

(そう――ちょっと過保護だったかしら?)

(いえ、その――とても、嬉しいです)

(――有難う。それじゃまた、お昼休みにね)



最低な時間はほんの一時だけ、最高の時間に替わった。
59 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:26:12.04 ID:oIK4Qu7A0
(お昼休みかぁ――)

また誰かと一緒にお弁当を食べられる日が来るなんて、考えたことも無かった。
また誰かと一緒に登下校出来る日も、ずっと夢見たことすら無かった。
この幸福な時間を、毎日望めるというのなら
他の下らない事は全て、相殺してしまえるだろう。

(巴先輩と、美樹先輩も、来るのかな)

来るとは思う。放課後の打ち合わせとかもありそうだし。



美樹先輩が強引に頼み込んでくれたおかげで、私達二人は今日
魔獣討伐の見学をさせて貰えることになった。

巴先輩は最初だけ少し反対したが、一度折れた後は結構乗り気だった。
暁美先輩は終始反対はしていたが、説得は最初から諦めていたようだ。


左襟の羽飾りを、手に取り見つめる。
初めて出合ったあの夜に貰った、何よりも大切な宝物。
『いざという時は、自分の身は自分で守りなさい』とくれた、先輩の魔力の一欠片。
少しの間なら、これを使って障壁を張ることも出来るらしい。


(魔獣討伐かぁ。あの時の先輩達、格好良かったなぁ――)


目を閉じて、記憶を数日、遡らせる。
運命の廻合の夜にまで。
60 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:27:20.70 ID:oIK4Qu7A0
****************************************

――カタカタカタ カタカタカタカタ――

『皆さんお疲れ様でした〜。それじゃ、これで解散ですね〜』

『おつー』

『おつかれさまw』

『お疲れ様でした』

二時間連戦を繰り返して、打ち込んだ言葉は、10に満たない。
そんな、空虚な、一時的同盟。

「もう、落ちよう、かな」

これで落ちますね、の連絡も必要ない。ずっと前からフレンドリストは真っ黒。

「この世界も、もう、おしまい、かな」

課金は明日切れる。でも今のところ、他に興味を持てるものもない。

「もう1回だけ、課金かな」

惰性だけの、空虚な継続。
このゲームだけではない。私の生自体、そうでしかない。
目を覚まし、掲示板をうろつき、動画を梯子し、仮想空間を彷徨い、そして眠る。
死なない為だけに息をし、物を食べる、魂の抜けた人形。それが私。
この現実世界にとっては、まるで無価値な存在。



久し振りに家を出る。
私を隠してくれる夜の闇の中、青に白文字の看板の、近所のコンビニまで歩いて3分。

(――今日も、学校休んじゃったなー)

先々週も、先週も、ずっと休んでしまった。
昨日こそは、行こうと思った。でも、朝、とうとうベッドから出ることが出来なかった。
そして今日は、最初から諦めた。
61 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:28:24.93 ID:oIK4Qu7A0
――何もかも、つまらない――

――現実も、学校も、電脳世界も、仮想空間も――

存在する全てが色褪せて見える。くすんだ灰色の世界。そう、目の前の光景のように。



――目の前の光景のように?



夜だから暗い、それだけでは片付かない不自然な闇に覆われた光景。
淀んだ色合いだけでなく、異様な静けさの中に、世界が沈んでいる。
完全に寝静まることは無いこの街で、完全に途絶えている人の気配。
コンビニを覗いてみても、客はおろか、店員の姿でさえ影形も無い。

(何が……起こってるの!?)

明かりは全て点いている。なのにとても薄暗い店内。
こっそり事務室も確認してみたけど、やはり誰一人居ない。
店頭端末も、電源が入っているにも関わらず、一切反応しなかった。

(そうか、これはきっと夢なんだ)

コンビニを出ながら考える。夢にしては現実感が有るけど、現実にしては現実感が無い。
だから、どちらであるかと問われれば夢だ。
だって現実には、目の前に居るような巨人達など、存在していないし。


全身にノイズの掛かったようなブレのある、聖職者のような外観の、10体程の白い巨人達の群れ。
その中の1体が、ゆっくりと前に進み出て、右手をこちらに突き出し


――その指の先が、チカチカと光った。
62 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:29:16.92 ID:oIK4Qu7A0
白く細いビームのようなものが、頬を掠める。

微かに残っていた生存本能が、一度だけ身体を動かし、この身を守った。
しかし、二度目は無い。もう腰が立たない。


――ああ、もういいや、何もかも――


別にもう、生きていたとしても、面白いことも楽しいことも有る筈が無い。
世界は私を必要としていないし、私ももう、世界に希望なんて持ってはいない。



全てを諦め、巨人が放つ次の一撃を受け入れようとしたその時
私の周囲に白い羽毛が舞い昇り

「間一髪、だったわね」

張られた障壁が、巨人の光線を跳ね返し
巨大な銃弾が、巨人の頭を吹き飛ばした。



「大丈夫?あら……女の子の顔に、傷を付けるなんて」

声のする方向を見る。そこに居たのは、二人の女の子。私よりは少し年上だろうか。
まるでファンタジーRPGのキャラクターのような、格好いい服装の美少女達。
金髪の子は銃、黒髪の子は弓矢を手にしている。

その二人のうち金髪に巻き毛の子の方が、私に向かって和やかに微笑みかけていた。


「これはしっかり、お仕置きをしないとね」
63 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:30:33.25 ID:oIK4Qu7A0
「じゃ、まずはまとめて逮捕しちゃいましょう☆」

金髪の子が十数丁の銃を召喚して地面に突き立て
巨人の光線を踊るように回避しつつ、1発撃っては、銃を使い捨てていく。
その動作はとても華麗で、しかもかなりの速射ではあるけれど
撃っているのが散弾だけに、当たってもダメージは大して無さそうに見える。

(さっきの強力な一撃、なんで使わないんだろう)

見る間に全弾撃ち尽くした金髪の子が、にっこり笑って銃座で地面を叩く。
と、地面の弾痕、巨人の銃創、その全てから黄色い糸の様なものが生えてきて
瞬く間に、全ての巨人を包み込んだ、黄色い繭のようなものが出来上がった。

「止めは任せたわよ、暁美さん」

「――了解」

暁美さんと呼ばれた三つ編みの黒髪に眼鏡の子は、既に先程から力を溜めていた。
エネルギーの光なのか、全身が紫色に淡く輝いている。とても、綺麗。

「あ――天使……?」

その背中から片翼ずつ、白と黒の翼が生じて
それぞれの翼の羽1枚が、矢に変じて弓に番えられる。

「――Спираль Света и Тьмы」

白と黒、2本の矢が螺旋状に回転しながら、黄色い繭へと突き刺さる。
そして、大爆発。

「うわぁ……」



それはまるで、特撮映画のCGで作られた1シーンを、生で見ているような、そんな光景だった。
64 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:31:24.34 ID:oIK4Qu7A0
「ちょっと、顔を見せて貰えるかしら」

気付くと、何時の間にか金髪の子が、私のすぐ傍に立っていた。

「うん、このくらいの傷なら大丈夫――ほら、もう痕は残ってないわ」

手で触れてみる。血は付いているけど、確かに傷は跡形も無い。

「間に合って、良かったわ」

三つ編みに眼鏡の子も、私に優しく微笑みかけてくれる。

「――でも、出来たら、さっき私が叫んだ言葉は忘れて……」


「えっと……その……貴方達は?」

「彼女達は、魔法少女。魔獣を狩る者達さ」

足元で声がする。見ると声の主は、見たこともない奇妙な白い生物だった。
金色の輪を嵌めた、耳から生えた房。そして人の言葉を話す知能――
単体なら充分驚愕に値する。けれど今までの展開が展開だ。
もう今更、何を見ても、何を聞いても、私は驚かない。

「――そして、魔法少女になれる資格は、君にもあるんだよ」



「――え?」



世界が一瞬揺らめき、そして、くすんだ色合いが取り払われていった。

****************************************
65 :視点:志筑仁美 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:34:05.28 ID:oIK4Qu7A0
「読書ですか」

屋上で彼女を捕捉する。今日始めて巡ってきた、二人だけで話せる機会。

「あら、志筑さん」

暁美さんが本を繰る手を止め、こちらに軽く会釈する。

「ええ、人待ちついでに。
 お昼の時に志筑さんも会ったあの子、エリのクラスのHRが長引いているの」

そう、今日私達は昼食を共にしている。
正確にはいつの間にかさやかさんが暁美さん達と仲良くなっていて
そこに私が割り込ませて貰った、という顛末。
他に同席していたのが三年生の巴マミさん、そして一年生の真矢エリさん。
二人とも、暁美さんの知り合いらしい。

「お昼は申し訳有りませんでした。なんだかお邪魔だったみたいで……」

「いえ、そんなことは全然無かったけれど――普通に楽しかったわよ?」

確かに表立って拒否はされていなかった。けれど、そこはかとない疎外感は感じた。
まるで談笑の裏で、私を省いた秘密の会話が交わされているような。

「失礼だったのではと、心配しておりましたけど。でしたら何れ、またご一緒させて頂きますわ」

「何時でもどうぞ。歓迎するわ」

社交辞令による、深みの無い笑顔の応酬。これが今の私と彼女の距離。
どうやってか、たった一日でさやかさんが縮めた距離とは、まるで比べ物にならない。



自分の気持ちと向き合う為に、誰か心の支えになってくれる人が欲しかったけど――
もうそれは、難しいみたいですわね。
66 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:35:23.53 ID:oIK4Qu7A0
「ところで、何の本をお読みになっていらっしゃったのですか?」

暁美さんの待ち人はまだ来ない。もう少しだけ会話を続けていこう。
空気が沈黙に支配される前に、新しい話題を作り出す。

「ダンテの『神曲』」

「イタリアの古典ですわね。
 まだ読んだことはないのですけど、地獄巡りのお話でしたっけ?」

「――そうね、それも正しいけれど、より適切な一句で表すなら」

暁美さんの視線が真上を向く。青く澄んだ天球の頂点へと。

「――恋人の霊に導かれて、天上へと到る物語――」



空の果てへとその意識を向けながら、暁美さんが呟く。

「空が良く見えるから、私はこの場所が好き」

確かにここは、高いだけあって眺めが良い。
急速に発展した、ビルの林立する街並みも
発展の対価として狭められてしまった空も
そして高くなった地平に隠されてしまった

「山も、綺麗に見えますしね」

「大百足の主が居るのよね、あの山」

「ええ、昔日光の大蛇と争った伝説がありますわ」

「戦場ヶ原で合戦をして、負けたのよね」

「最初は優勢だったのに、弓の名手が向こうに付きましたから。
 それにしても良くご存知ですわね、地元の方ではないのに」

「――以前、色々調べたことがあるの。この地方の霊脈とかね」

「霊脈――ですか。
 『神曲』といい、暁美さんってオカルト方面にも興味がお有りだったのですね」

「意外?」

「ええ、少し」


ふと一陣の柔らかな風が、二人を包み込む。
静かに眼を閉じ、左手で髪を風に乗せ、暁美さんが静かに口を開く。

「――オカルトでも科学でも、何でもいいのよ。
 諦めの悪い私に、僅かでも希望を与えてくれるのならね」
67 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:36:45.44 ID:oIK4Qu7A0
「諦めていないのは、想い人、ですか」

この会話の流れなら、左程不自然なことはない。
さやかさんからの伝聞による後ろめたい秘密の知識を
私自身の推論で上書きして、その言葉を発する。

「ええ、そうよ」

躊躇の無い肯定。
触れられたくない領域では無かったことに安堵し、もう少し質問を続けてみる。

「どんな方でしたか」

こちらを向き、暁美さんが微笑む。
私に向けられた始めての、彼女の本当の笑顔。

「――ここに居れば、きっと貴方とも良い友達になっていたと思うわ」


――冗談ではなく、想い人は同性の方なのでしょうか。
もっとも、此岸と彼岸の境界を超えようとまでする想望の元では
友情も恋慕も、区別など無くなってしまうのでしょう。



「貴方には、想い人は居るの?」

「!」

自分に返ってくる話題。間抜けな話だけど、それは予想だにしていなかった。

「え……それは……」

口篭もる。裏を返せば、完全な肯定。

「誰とは聞かないし、他人の恋路に口を挿めるほど、私は図々しくも経験豊かでもない」

再度暁美さんがこちらを向く。だけど今度は笑顔ではない。
未来に落ちる不安の影を見つめているような、そんな暗い表情。

「――けれどその結末が悲劇になりそうなら、話は別」


屋上入り口の扉が開く音がする。

「未だこの世界は、呪いに満ちているけれど」

待ち人来たる。もう一度髪を風に乗せ、暁美さんはそちらを振り向き

「せめて、私の周りの人達くらいは、笑顔でいて欲しいから」


そして、愛しみに満ちた笑みを投げ掛けた。
68 :視点:美樹さやか ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:38:30.34 ID:oIK4Qu7A0
「さて、それじゃ魔獣討伐見学コース第一弾、張り切っていってみましょうか」

空になった紙コップをトレイに置き、号令を掛けるマミさん。

「皆、準備はいいかしら?」

「準備になってるかどうか分からないけど、持って来ました!」

ジャジャーン!あたしが取り出したのは金属バット。ちょいとばかし体育館から借りてきた。

「うん、まあ……そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ」

なんか苦笑しているマミさん。いやあたしだって気休めだって分かってますよ?
でも手ぶらよりはマシじゃないですか。

「楽しそうで良いわね、貴方」

ほむらの口の端も、僅かに緩む。
バカにされてるのかとも思ったけど、そういう雰囲気でもない。
もっとこう、バカな子は可愛い的な――
……あたしの立ち位置、どっちでも同じじゃない。

「エリは?何か持ってきた?」

失地回復はこの子に賭ける。願わくばあたしより変なものを持ってきてくれていたまえ。
それはもう、黒歴史として未来永劫刻まれるような。

「え、えっと……」

エリはポテトを1本ずつ、ちまちまと齧っている。やはりこの子は小動物っぽい。
ちなみにあたしが半分あげたものだ。
あたし以外の皆は、ドリンク類しか頼まなかったからなっ!

「バンドエイドと、マキロン、持って来ました……」

えーなにそれー?だってマミさんの治癒魔法があれば、傷薬なんて不要でしょー?
――なんて考えはきっとNGだ。あたしだってそのくらいは空気読める。
……多分、さやかちゃんの完全敗北だっ!

「うふふ、とても女の子らしい準備ね」

……やっぱり。マミさんの笑顔の質、明らかにあたしの時と違います。


「でも、折角貴方達が準備してくれたものだけど、無駄にさせて貰うわね」

笑顔のまま、しかし断固たる決意で持って、マミさんが宣言する。


「貴方達には、指一本触れさせない
 掠り傷一つ、負わせないつもりだから」
69 :視点:美樹さやか ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:39:29.99 ID:oIK4Qu7A0
「やあマミ、今日の魔獣発生予想が立ったよ。地図を広げて貰えるかな」

キュゥべえが隣のテーブルの下からひょっこり顔を出し、マミさんの膝に飛び乗る。

「まずはここの廃ビル群の近辺。先程から瘴気の澱みが集中しつつある。
 魔獣が発生するとしたら、徒歩で向かって丁度、くらいのタイミングかな。
 規模としては小さいから、無駄足になるかもしれないけどね」

広げられた地図の上、ここから2q程離れた場所を、キュゥべえが耳の触手?で示し
そこにマミさんがカラーペンで×印と日付、時間を書き込んでいく。
見滝原の中心部を網羅する、直径10q程の大きな円、これがマミさんの縄張りだろうか。
もう既に30個以上のカラフルな×印が書き込まれている。
ここの一際大きな×印は……15日深夜の見滝原中学校!?
――人知れず活躍してきたマミさんに、さやかちゃんマジ感謝です。

「そして本命はこっち。この公園の辺りだよ。
 僕の予測では4、5時間後に瘴気がピークに達する筈だ。かなりの数の魔獣が湧くと思うよ」

「それは流石に時間が遅すぎるわね。
 危険も大きそうだし、ツアーは最初の場所だけかしら」

マミさんがさっきと同じ色で、さっきより大きめの×印を地図に書き込む。

「魔獣発生予想って、なんだか天気予報みたいですね」

「的中率もそこそこ高いし、やっぱり楽が出来るのは大きいわね。
 キュゥべえが居ないときは、基本的に足頼みになっちゃうから」

「足頼み……ですか?」

「ええ。あちこち歩き回って、ソウルジェムで瘴気の濃度や流れを検知して
 魔獣の発生しそうな場所を割り出していくわけ」

「うわー、大変そう」

「その代わり瘴気の流れの急な変化にも柔軟に対応できるし、感覚を研ぎ澄ます訓練にもなるわ」

「効率は悪いから、僕としても可能な限りサポートはするけどね」

「当然よ。私達に寄生するのが目的でも、磨り減らすのが目的では無いのだから」

軽く毒を吐いたほむらの隣では、エリがポテトの最後の1本を齧り始めた。
あたしも残りの5本ばかり、纏めて口に放り込む。


「さて、二人とも食べ終わった様だし、そろそろ行きましょうか」

地図を畳みマミさんが、次いで皆が席を立つ。


「それじゃ、記念すべき魔獣討伐見学コース第一弾――
 出☆発☆進☆行☆!」
70 :また戻し忘れた ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:41:45.23 ID:oIK4Qu7A0
そろそろ目的地。急激な発展の裏で打ち捨てられ、廃墟となってしまった地区。
幸いなことに、今はあたし達以外、人気は無いけど
普段なら絶対近寄りたくない場所だ。

「大分瘴気が濃くなってきたわ――近いわね」

いよいよか。あたしのドキドキに比例して、心倣しか風も強くなってきた。
マミさんが暫しソウルジェムに意識を集中させ、そして右の道を指し示す。

「こっちよ。もうすぐそこ――と、その前に」

マミさんがあたしのバットに触れると、それはなんかやたらファンシーなデザインに変化した。

「さっきの宣言とは矛盾しちゃうけど、いざという時はこれで身を守ってね。
 思いっきり叩けば、1体くらいはなんとかなるわ」

は、はい。ところでこれ、元に戻りますよね?後で返さなきゃいけないんですけど。

「それじゃ二人はここに残って。出来るだけ互いに離れないでね」


道の両側を建物が挟む、守り易い場所にあたしとエリを留め
少し先の左右が開けた辺りで、マミさんとほむらが立ち止まる。、
二人の変身と同時に景色にノイズが走り、あたし達を取り囲む世界の色調が変質する。
元より人気の無い場所なので、変化はそれだけ

――じゃなかった。

「マミさん、人が!」

あたし達とマミさん達の間に、一人の少女が倒れていた。
緑色の長い髪に幾つもの薔薇のバレッタを留めた、セーラー服の高校生。
その制服は確か、見滝原女子高のもの。


そして、その左手首からは血が溢れ、地面に大きな血溜まりを作っていた。
71 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:43:05.08 ID:oIK4Qu7A0
「マミさん!血が、血が止まらない!!」

胸は微かに上下に揺れている。まだ息はあるみたいだけど――

「少しだけ待って!何とか止血だけして!!」

既に二人は魔獣共と交戦を始め、あたし達との間には障壁が貼られている。

「下手に障壁を解くと、貴方達も危険。
 速攻で殲滅するから、何とか持たせて」

「何とかって――」

「――これ」

エリが差し出したのは折れて短くなったビルの鉄筋。

「うん――やってみる」

落ちていた園芸バサミで肩口から制服の袖を切り裂き
前腕に巻きつけて、力一杯鉄筋で締め上げる。


「――あ、あは……」

止まった。何とか血は止まった。荒いけど、ちゃんと呼吸もしている。
へたり込んで安堵の溜息。これでマミさんが来れば、もう大丈夫。

程無く、再度景色にノイズが走り、世界の色合いが元通りになった。



「もう大丈夫よ。少しだけど、血も造っておいたわ」

まだ少女の意識は戻らないけど、呼吸は大分落ち着いてきたみたいだ。
顔色は白いままだけど、本来なら輸血が必要なくらい失血してるし、それはしょうがない。

「魔力で造る間に合わせの血だから、私達の身体ならともかく
 普通の人間の身体に造り過ぎるのは、ね。
 でも一応、命には別状の無いレベルの筈よ」

向こうではほむらの付き添いでエリが吐いている。多量の血の匂いにむせてしまったらしい。
あたしも最前から気分はあまり良くない。手も服も血まみれだし、胃はむかむかする。
でもマミさんもほむらも、この惨状に動じている様子は無い。

(魔法少女って、こういうのに慣れないといけないのかな……)

今更ながら認識の甘さを自問するあたしの傍らで、
血溜まりの中から園芸バサミを拾い上げ、マミさんが呟く。


「――きっと何かの理由で心が沈んでいたから
 魔獣の影響で感情が大きく不安定になってしまったのね……」
72 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:44:08.01 ID:oIK4Qu7A0
「どうやら彼女にも、魔法少女の資質がありそうだね。
 はっきり言って足手纏いレベルの素質でしかないけど」

気使いなどとは無縁のキュゥべえの、余りにも酷い台詞。
こいつはさっきまで、マイペースで黙々とグリーフシードを回収していた。そういう奴だ。

「でも――それでも魔法少女なら、魔獣の影響は受けないんじゃ?」

「候補というだけでは普通の人間よ。特別な耐性がある訳じゃない。
 心に隙があれば、そこからどんどん引きずり込まれていくわ」

「エリも、そうだったわね」

「――はい」

エリも少しは落ち着いたらしいけど、まだ顔色は悪い。
――この子は絶対魔法少女にはならない方がいいと思う。神経が過敏すぎる。

「それでは――私の家の方が少し近い。まずはそこに彼女を運びましょう」

少女を抱きかかえたほむらの背中から、純白の翼が展開する。
それは大きく広がってあたし達全員を包み込み、血の染みを吸い取って赤く染まっていった。

「これで通報される心配も無くなったわ。行きましょう」


血に穢れた翼を消し、来た道を戻ろうとするほむらの足は、しかし何かに気付いて止まる。
マミさんがその視線の先を追い、そしてその――誰かの名前を口にした。


「――佐倉さん――!?」



風が、荒れてきた。
蝙蝠の飛び交う中、沈みかけた陽を背に、50m程先の街灯の上に座っていたのは
何かを食べている、赤く長い髪を風に棚引かせる少女だった。
73 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:45:06.95 ID:oIK4Qu7A0
立ち上がったそいつは、点り始めた街灯を飛び石のように跳び渡ってこちらに迫り
あたし達の目の前5mくらいのところに着地して、ランチパックか何かの欠片を口に放り込んだ。
変身はしていないけど、どう見ても人間業じゃない。
マミさんが名前を知っている辺りからしても、やはり魔法少女なんだろう。

――そしてそいつは明らかに、尋常でなく不機嫌だった。



「あの……佐倉さん?」

「ずっと見てたぜ、マミ。
 ――何時から魔獣討伐は、お子様の遠足になったんだ?」

「え……それは……」

何……こいつ?何でいきなりマミさんにいちゃもん付けてるの?

「シロウトに持ち上げられていい気になって
 ヒーロー気取りで、『私のカッコいいとこ見せてあげましょう』ってか?」

何……?その言い掛かり。
マミさんがカッコいいのが、何か気に入らない訳!?

「それともまさか、石ころでゾンビの仲間を、増やしたい訳じゃねーよなー?」

「!」

――何だよこいつ。何気分悪い表現で暴言吐いてるんだよ。
大体あたしだってちゃんと説明受けてるし、もし契約したとしても、自己責任だ。
マミさんは一切関係ないよ。

「――どうなんだ、マミ!?」

「……それは……それだけは、違う……」

そうだよ。ただマミさんは、私の我儘を聞いてくれただけなんだよ――

「なら、どういうつもりだったか、言ってみな」

「それは……」


何で?どうしてマミさん、座り込んじゃうの!?
こんな奴に、言い負かされないでよ――
74 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:46:06.72 ID:oIK4Qu7A0
「テメェもだよ。気に入らねぇ。マジ気に入らねぇ。
 死んだヤツの穴埋めに、何人使う気だよ!?」

気に入らないのはこっちだ。マミさんは凹ましたから、今度はほむらが標的?
――死んだヤツとか、穴埋めとかって、何だよその無神経な言葉。
あんた、ほむらが未だに、どれだけその人のことを想ってるか、知らないの?

「テメェの呪いに、何人巻き込めば気が済むんだよ!!」

「!」

その言葉に一瞬、ほむらの眼が大きく見開かれ――
けれど次の瞬間には、いつものクールで、落ち着いた彼女に戻っていた。
ふん、ほむらがあんたなんかの安っぽい挑発に乗るもんか。


「――ええ、貴方の言う通りよ、佐倉杏子。
 私はかつて犯した罪の償いの為に、皆を利用している。
 ただ私の心を呪いから救いたいが為に、皆の笑顔を求めている」

抱きかかえていた少女を、蹲るマミさんの側に横たえ、ほむらは佐倉杏子に向き直る。
――贖罪の為に笑顔を求めるって、充分立派な行為じゃない。
こんな奴相手に、『そっちが正しい』みたいなこと言わないでよ……


「過ちを、認めるわ。
 今日、彼女達に見せてあげたかった夢は――
 どれ程、幸せな笑顔に満ちた記憶ではあっても
 所詮、私が無知で愚かだった頃の、幻想でしか無かったのだから」
75 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:47:16.36 ID:oIK4Qu7A0
虚空から、槍が抜かれ、走った。
石突がほむらの胸元を衝き、その身体をビリヤードの玉の様に、遥か向こうまで跳ね飛ばす。

「明美さん!」

「……ウゼぇ。どいつもこいつも――超ウゼぇ!」

叫んだマミさんを、そいつの目が見下して


「やめろおおおおお!!!」

あたしの身体は、勝手に動いていた。



しかし掴み掛かった筈のあたしの身体は、気が付くとそいつの左腕一本で吊り上げられ

「――シロウトが、しゃしゃり出るんじゃねーよ」

とても軽い扱いでもって、そのまま真下に投げ捨てられる。
立ち上がれないあたしに、そいつは一瞥もくれず

「美樹さん……」

また、マミさんの方に向き直る。
槍の刃が、マミさんの首に――

「佐倉さん……」

「立てよ、マミ」

――やめろよ。やめてくれよ。何だよ、何なんだよ、お前は――



「良いわ、分かった」

――畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生――

「もう、一暴れしないと、収まらないというのなら」

――何であたしは、こんなに無力なんだよ――

「佐倉杏子、殺し合いをしましょう」

――畜生……力が、欲しい――
76 :視点:真矢エリ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:48:52.39 ID:oIK4Qu7A0
肌を冷やす風の吹き荒ぶ中、今日最後の陽の光を浴びる、長い黒髪が撥ね上げられて

「殺し合いを、しましょう」

その言葉を合図に、二人の身体が光に包まれ、戦いの装束が纏われる。
明美先輩の両手には、それに加えて幾本もの黒い矢の束。

「――行くぜ」

佐倉杏子も、大きな赤い矢になる。
彼女が先輩に向けて放たれると同時に、赤い鎖の格子と、白い羽毛の壁が現れ
日常と、戦場が、隔てられた。

迎え撃つ黒い矢の雨は、しかし槍の一薙ぎに全て打ち落とされ
繰り出された槍の柄は、しかし器械体操の感覚で軽くあしらわれる。

赤と黒、二人の長髪が、陣風の中でそれぞれの我を主張し
紫と紅、互いの魂が、夕闇の中で宿す炎をぶつけ合う。

弓を介さず投げナイフの様に放たれる矢が
幾多の節で蛇のように曲がりくねる槍が
髪を、腕を、肩を、頬を、掠め合う。


「今日の貴方は、何をそんなに荒れているの?」

「――ふん、もうテメェらには、縁の無ぇことさ!」


目まぐるしい、攻防。

矢の弾幕を掻い潜り、足元から槍が撥ね上げる。
宙に逃げた身体の真芯を、穂先が狙い突く。
白刃取りでの倒立を、多節棍の渦の中に落とし込む。
刃元を蹴り、海老のように跳び退って罠を抜けつつ
また、矢の弾幕を張る。



夜が、迫ってきた。
戦場に舞う、二つの影を
日常に取り残された、三つの影が
哀しみと、怒りと、畏れと
三者三様の想いで、見つめていた。
77 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:49:56.06 ID:oIK4Qu7A0
「何故、弓も翼も出さねぇ」

「貴方相手に、弓を引いている暇なんて無いわ」

「飛べば、済むだろう」

「それでは、殺し合いにならない」

「――こっちに合わせるつもりかよ、舐めやがって!」

「貴方が本来の力を使ってくるというなら、考えるわ」

「!!――絶対、ぶっ潰す!!!」

「その前に、楽にしてあげるわ!」


一時の静けさ。そして二人の纏う魔力の色が、今までに無い濃さを持つ。
次の一撃が、この殺し合いを終わらせると、誰もが確信する。


そして、私達の目の前で


今度は、明美先輩が、紫の矢になった。





瞬きの間が過ぎて、二人の姿が静止画になる。

先輩の矢が跳んだ軌跡には、乱立する槍の林。
しなやかに駆け抜けた脚の黒タイツには、幾つもの裂け目と血の滲み。
小さな血溜まりの出来つつあるその足元には、散らばった棍の節。
そして組み合うような形に固まった、白黒と、紅の、魔法少女。


更に、一瞬だけ、私には視えた。

佐倉杏子の胸元には、赤い宝石に押し当てられた黒い鏃。

――そして先輩の右手首と、左手の甲は、佐倉杏子に握り潰されていた。
78 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:50:50.97 ID:oIK4Qu7A0
止まった世界の中、風の大きな吐息が、赤と黒の髪を宙へと巻き上げる。
明美先輩の口が、静かに開く。


「――私の、負けね」


「……ウゼぇよ、嘘吐きが」


「――お互い様よ」


「……ふん、引き分けにしといてやるよ」


また一呼吸の沈黙の後、佐倉杏子の身体が大きく後ろへと跳躍する。
緋色の煌きが、何度か薄暮の中に弧を描いて、闇の帳の中に消えていった。



「……ごめんなさい、明美さん。
 私、何も出来なかった――」

「――自分を責めないで、巴さん。
 今回は、私に役割が回って来ただけのこと。
 貴方は次の機会に、求められた役割を果たせば良いわ」

「……なら今、貴方の怪我を、治させて貰えないかしら――」

「――そうね。お願いするわ」


しかし巴先輩と会話を交わしながらも、明美先輩はずっと、別の方に顔を向けていた。
悪しき予兆に心乱されているような、その瞳に映っていたのは



「……畜生――何なんだよ、あいつは!!
 あたしは……何なんだよ!!!」

何度も拳で地面を叩いている、美樹先輩の姿だった。
79 :視点:真矢エリ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:55:25.86 ID:oIK4Qu7A0
漏斗のような器具――ドリッパーだっけ?に、濾紙をセットする。
コーヒーなんて、インスタントのやつしか淹れたこと無いけど
ただお湯を注ぐだけだし、難しくは無い……よね?

「んー、どれが、いいのかな」

冷凍庫の中には小さな缶が幾つか。それぞれラベルに手書きで銘柄が書いてある。
『コナ』、『マンデリン』、『モカ・マタリ』、etc.……
うーん、迷うなら幾つか混ぜて……いやいや、それはきっと料理で失敗する人の発想。
んむー……えい、この一番量が多いやつで。

「分量は、どれくらいなのかな」

3人分だし計量スプーン3杯にしてみる。無難な判断の筈。
ま、初めてだし、何か間違えててもしょうがない。
飲めないようなものは出来上がらない……と思う。
自分の家でなら、色々と調べてから取り掛かるのだけど。

――携帯も、また買って貰おう――


もう一度、冷凍庫を開ける。
今度の目的は、ダッツのグリーンティのパイント。
小皿に等分に盛り分け、小さなスプーンを添える。


――ピィーーーッ――

お湯が沸いた。ええと、これをただ注げばいいんだろうか。
確か紅茶だと3〜4分は蒸らすんだって、巴先輩が言っていたような。
同じかどうかは知らないけど、一応やってみる。間違ってても、毒にはならないだろうし。
お湯で適当に湿らせて、蓋をすればいいのかな。

蓋の隙間から立ち昇ってくるコーヒーの香りが、鼻に心地よい。
4分……結構長いな。
アイスの盛り分けは、後回しにすれば良かったかな。



暁美先輩と巴先輩は、軽く腹ごしらえをした後、また魔獣討伐に出かけた。
隣の部屋ではさっきまで美樹先輩が、夕方助けた高校生

――敷島あげはさんの話を聞いていた。
80 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:56:48.13 ID:oIK4Qu7A0
時計の針を見ながら、色々と思う。


私は、無力で、冷淡だ。
常に自分のことで手一杯で、誰かのことを構う余裕が持てない。

巴先輩のように、優しさで
暁美先輩のように、強さで
或いは美樹先輩のように、純粋さで
誰かの為に、何かを出来る
その力も、心も――私には無い。

夕方、佐倉杏子とトラブルがあったときも、私はただの傍観者でいることしか出来なかった。
さっきまでの会話も、敷島さんの話を聞き、心を支える役は、美樹先輩に丸投げだ。
私では、時々無機質な相槌を打つくらいしか出来なかった。



その敷島さんの話を、反芻してみる。

かつては誰の眼にも親友同士だった、美術部の部長と副部長は
美術展での予想外の低評価と、元はごく些細な意見の対立から
ついには部を二分して、互いに酷評し、泥仕合を繰り返す間柄になってしまった。

その煽りをもっとも食ったのが敷島さんらしい。
双方から裏切り者扱いされ、叩かれた挙句、部を追放された。

――感情的にはまだ不安定な敷島さんの言い分を纏めると、大体こうなる。


当事者でない者が、片方の言い分だけを聞いて、判断をすべきではないという正論。
私はそれに、縛られたふりをして、逃げる。
本当は、関わり合いになるのも、思い出すのも、嫌なだけなのに。

しかし美樹先輩は違う。相争う二人を断罪し、全面的に敷島さんの味方をする。
それは正しい判断ではないと、批判されても当然の行為だけど
その――若い子らしい純粋さは、確かに敷島さんの心を癒し、救っていた。


敷島さんをベッドに寝せ、髪や服を整えたときに、滑り落ちた生徒手帳。
拾い上げた私は、その中の写真をちらりと見てしまった。
凱旋門を背景画に、とても楽しそうに笑い合っていた、敷島さんと二人の友人。
何の確証も無いけれど、あの二人が話の中の二人なんだろうか。


崩壊は突然やってくる。昨日までの友人が、虐げる者へと変貌する。
それがいつでも起こり得ることを、私はよく知っている。
ああ、だけどせめて

――願わくば、私達の間には、不和の林檎が放り込まれませんように――
81 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:57:42.59 ID:oIK4Qu7A0
4分経過。
お湯の分量は目盛りがあるから大丈夫。えと、カップは温めておくんだっけ?
一気に注ぐよりはゆっくり注いだ方がいいんだろうか、やっぱり。


うん、コーヒーと呼べる程度のものは出来上がったみたいだし――まあ良しとしよう。



「それで、こんなふうに身体をクネクネさせて
 『生徒会長のお姉様と禁断の恋に落ちたのですわー!』って」

「うふふ、面白いお友達ねー」

二人の会話が、日常的な他愛の無いものになっている。
敷島さん、大分心が安定したみたいだ。

「時間掛かったけど、コーヒー、入りました」

「有難う、真矢ちゃん。
 いつまでも暁美さんのベッドだと悪いし、そこに座るから置いておいて」

「大丈夫ですか?ほむらも構わないっていってたし、無理しなくても――」

「うふふ、少しくらくらはするけど大丈夫。増血剤も貰ったし。
 どのみちそろそろ帰らないと、門限を過ぎてしまうから」

入院生活が長かった所為もあってか、先輩の家には色々な薬がある。
……医療用とは明らかに別物の、危険な匂いのするものも含めて。

「じゃ、コーヒー飲んだらあたしが送って行きますよ」

「でも、美樹ちゃん達も大丈夫なの?中学生なのに、こんな時間まで帰らなくて」

時刻は既に8時半を回っている。

「ま、あたしのうちは、色々誤魔化し易いってゆーか、あはは」

「暁美先輩の家に、居るって言えば、うちは心配しませんから」

「うふふ、自由が利くのねー。羨ましいわ」

「いえいえ、もう諦められちゃったというか、あはははは」


ついさっきまで、二人の顔は涙でぐしゃぐしゃだったのに
そんなことを微塵も思い起こさせない、笑い声に満ちた会話。
安堵して、私も少しだけ――不慣れだけれど、笑顔を作った。
82 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 02:58:33.68 ID:oIK4Qu7A0
「ふっふー。通はやっぱりブラックなのだよ」

……うん、美樹先輩だからしょうがない。
私は素直に角砂糖を2個。敷島さんも1個。

「コーヒーは全然詳しくないのだけど、ブランドは何かしら?」

「えと、色々ありましたけど、適当に、『コロンビア』とかいうのを」

「うふふ、聞いてもさっぱり。でもいい香りねー」

「だあぁ!」

……美樹先輩……泣く程苦かったですか?
バンザイして踊り出す程に。

「……やっぱり砂糖入れる!!」

……あの、5個は多過ぎると思います。

「エリ、コーヒーミルクはなかった?」

「見つかりませんでした。クリープも。牛乳なら、ありましたけど」

「それでいいや。ちょっと取ってくる」

「うふふ。程よく溶けかけの抹茶アイス、美味しー」

ああ、なんかいいなあ、こういうの。
駄目だ……眼がちょっとだけ――



――え?



カップが転がり、黒い液体を畳に撒き散らす。
また、一瞬だけ、視えた。

「――どうしたの?真矢ちゃん?」

――視たくもない光景が、視えた。



「その羽飾り――どうして、枯れていくの?」
83 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/10/13(木) 03:02:50.20 ID:oIK4Qu7A0
今回はここまで。

明らかに需要無い。なんでだ。

おれさまだって地の文ばかりだと最初からスルーするし
無駄に重いシリアスよりはほのぼのギャグの方が気楽に読めていいし
オリキャラとかオリ設定とか前面に出してるとなにそれ痛ーいだし

駄目じゃん。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/13(木) 04:34:04.58 ID:K1vmpmuxo
ギャグテイストはレスが気楽にできるから読者(需要)が見えやすいのが強みだな
こっちは超展開や突飛なネタで引っ張るというわけじゃないからその点つらいかもね

新キャラの美術部の人はまだよく分からんけど、オリキャラもあんこ周りもちゃんと続きを読みたい話になってるよ
読むのが辛いえげつないネタで攻める系でもないし、あとは継続こそがパワーだな
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/13(木) 06:58:31.77 ID:jIAnei2Yo


読んでるよ
最初のうちはどう転ぶかよく分からない部分もあるし、
ROMで様子見な人も多いんじゃない?
キャラの堀り下げがすごいうまいと感じるし、
オリキャラもうまい具合に間に入ってくれてるし、
一言で言えば「まどマギとしてすごくありそうな話」になってると思う
是非続いて欲しい
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/10/13(木) 07:59:38.01 ID:FzzSeUHZo
真面目な話にはレスを付けづらく結局黙って見てることになるのはまれによくある
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/10/13(木) 09:50:29.40 ID:uSBgeOwAO
名作だと思って最初から見とるよ
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/10/13(木) 16:24:29.09 ID:2eEB7DgYo
ミテルヨー
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/14(金) 02:47:55.10 ID:FWkEemWSO
今追いついた
続き待ってるよ〜
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/14(金) 22:19:54.65 ID:XHHsOeqIO
追いついた
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/10/15(土) 00:12:19.10 ID:XG9NGfUVo
追いついた
面白いよ
ただシリアスシーン続きでレスが付けにくいだけだと思われる
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(東京都) [sage]:2011/11/03(木) 08:42:56.74 ID:GFb4b1s6o
>>1は元気か?
続きが見たいけど、生存報告だけでもあればそれはとっても嬉しいなって
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/07(月) 17:00:38.01 ID:ZN3vNWsDO
とりあえず、さやかちゃんは通とやらではなかった、という事だね。
94 :視点:巴マミ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:13:56.52 ID:JShIHI1F0
風が、冷たく、荒い。
……体が、重い。

気持ちが切り替えられていない。雑念も払い切れない。
積み重ねた経験は反射でもって、それなりに身体を動かしてはくれるけど
調子は、はっきり言って最悪の状態。

(!)

大きく仰け反って、ぎりぎりで魔獣のレーザーを躱す。
カウンターに銃弾を2発、mano-destra,sinistra,粉砕。
反動を付けて上半身を起こし様に更に3発、testa,seno,pancia,撃破。


心の奥底から、まるで禁断の箱が開けられたかのように噴き出して来る、幾つもの迷い。
それは浮かれていた心が反動でもたらした、一時的なものかも知れないけど
今は確実に、私の体を縛り上げている。


「――新手が湧いたわね」

「……ええ。20体弱ってとこかしら」

「残り6体。挟み撃ちになる前に、こちらを片付けましょう」

事務的な戦況についての会話の中、ちらりとこちらを見た暁美さんの視線が、私の胸元に走る。
けれど何も言わずに、彼女はまた眼前の敵に意識を戻し、身を僅かに傾け、番えた矢を放った。
躱されたレーザーを横に薙いで彼女を焼く前に、その魔獣は首筋を破壊され、動きを止める。
私とは対照的な飾り気の無い戦い方は、しかし合理的に洗練されているが故に、真に美しい。

幾つかの黒い感情、屈辱感や敗北感、嫉妬心といったものが、暁美さんに向けて噴き出ようとする。
胸元に手を当て、それらの悪意を飲み込む。
――その胸元は、さっきの魔獣の攻撃を完全には躱し切れずに、大きくはだけてしまっていた。


uno,due,負の念は闘争心で燃やして、魔獣にぶつける。
一回転して追撃、quattro,止め、cinque。
石段の上の噴水の周り、今対峙する魔獣はこれで、残り4体。

非効率とは思わないけど、私の戦い方は、派手だ。
アニメの中の正義の魔法少女を模した、魅せることを前提にした戦い方。

――それは、独りで人知れず戦っていた頃から、ずっとそうだった。


今度は羞恥心や自己嫌悪といった類の輩が、心の蓋を持ち上げ始めた。
95 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:15:17.21 ID:JShIHI1F0
この迷いを生み出した佐倉さんの言葉が、頭の中で反復する。

『ヒーロー気取りで、私のカッコいいとこ見せてあげましょうってか?』

――そう、それは図星だった。
幾重もの欺瞞のヴェールを剥いで、その言葉は私の本性の、核心を衝いた。

(私、『正義の魔法少女』を気取ってるだけの、ただカッコつけたいだけの子供だったのね――
 虚栄心を満足させる為だけに、平気で後輩達を危険な目に――あ!)

すんでの所で後ろに跳び退り、魔獣のレーザーを回避する。
跳躍の頂点で反り返りつつ大型のマスケット銃を両手に召喚、後転しながら報復のニ撃。

(――結局、カッコつけちゃうのよね、私って……)

余計なことを、考えた。
ただでさえ真冬に戻ったかのような激しい北風に煽られる中、乱した集中は
身体のバランスを微妙に、しかし致命的に、損なわせた。

「あつうっ!」

石段を踏み外し、そのまま無様に転倒して、後頭部を思い切り石畳に打ち付ける。
目の前に星が飛び、それから真っ暗になる。


「巴さん!」

逝きかけた意識は、しかし辛うじて暁美さんに呼び戻される。
――が、取り戻した視界に、逆様に映っていたのは
無防備な獲物に照準を合わせる、新手の魔獣共の群れ。

(あ――やっちゃった――)

今度は頭の中が、真っ白になる。
ただ、後悔だけを残して。


けれど次の瞬間、私の目の前もまた、真っ白になり
優しく舞う羽が、幾筋ものレーザーを全て防いでくれていて

(ああ、足手纏いしちゃってるなあ、私――)

護られながら何とか身を起こした私を待っていたのは、更なる後悔。


「暁美さん!!」

殲滅し切れず残った、最初のグループ最後の魔獣。通常の倍以上ある、巨躯の中の巨躯の個体。
その右手が一瞬の隙をついて、暁美さんの身体を捉え、握り潰していた。
96 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:16:26.93 ID:JShIHI1F0
目の前で、とても嫌な音がした。
魔獣の指の間から、暁美さんの左腕が、不自然な形で垂れ下がる。
猶予は無い。指の震えを必死に抑え、視野の滲んでいく中、彼女を害する敵に照準を合わせる。
けれど――

「障壁を解いて、暁美さん! そいつ、倒せない!!」

「……駄目」

「なんで!?」

この事態を招いた責任をとって、貴方を救けないといけないのに!
手遅れになってから障壁が解けても、もう遅いのに!!

「今の巴さん……とても酷い顔を……しているから」

酷い顔――私が?
必死で苦痛に耐えている、貴方の方がずっと――


……いえ、分かっている。
今の私は酷い。顔だけじゃなく。

「大丈夫……貴方は……何時までもそんな顔を……してる人じゃない。
 だって貴方は……私達の……」



背後で、槍を振るう音がした。
そして、良く知った頼もしい魔力の波動が、私の背中を護る気配。

心が、温かくなる。
指の震えが、止んでいく。

「憧れの人……なのだから……」


――そっか。


私ってば精神が弱くて、気分の浮き沈みが激しくて
簡単に自分の道を見失ってしまう、駄目な子だけど

「ずっと……救けられるならと……望んでいたの……」

そんな私でも、助けてくれる仲間達が居る。
面映いけど、『憧れ』などという言葉まで、使ってくれる仲間が。
なら私も、少しでもそれに相応しく在りたい。在らねばならない。

魂が、据わる。
集中。この相手を一撃で倒すのに、必要な魔力はこれくらい。

舞い散る白い羽が、淡雪の様に消えていく。
撃ち抜くべき箇所が、脳裏にくっきりと浮かび上がる。



「――Tiro Finale!」
97 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:17:26.62 ID:JShIHI1F0
魔獣の巨体が虚無へと還り、落ちてくる暁美さんの身体を、リボンのクッションで受け止める。
彼女の顔に一瞬――気の所為かもしれないけど、幽かに幸せそうな微笑みが浮かんだように見えて
そして彼女の意識は、宿り家の変身を解いて私に委ね、暫しの間、眠りについた。

「ごめんなさい、佐倉さん。
 そっちは全部、貴方が引き受けて貰えないかしら」

返事は無い。ただ、干戈の音が一瞬だけ止まる。
……もし今の言葉がまた彼女を怒らせてしまったのだとしても
それでも、今私が為すべきことは、もう他には無い。


まずは、骨折とその周りから。
私の魔法の本質は、『繋ぎ止める力』。
それ故に相性が良く、迅速に行える治療から優先。
骨と、組織を、丁寧に繋ぎ合わせていく。



……ふぅ。
千切れかけるくらいに不自然に伸びていた左腕も
押し潰され砕けていた右腕も、何とか元通りの綺麗な形に復元できた。

次は、鎖骨や肋骨の状態を調べないと。
淡紫色のワンピースの、胸元のボタンを一つ外して手を差し入れ

――あ、着けてない――

薄く白い肌を直に触診し、ひび割れた骨を接いでいく。


――それにしても細い。華奢だ。
氷の仮面の下に名前通りの『焔』を秘めた、その魂が眠りの内にある今
私の腕の中に居る少女は、とても脆く儚い存在に見えてしまう。


それでも、密着させた手の平から、癒しの魔力を送り込むにつれて
荒かった呼吸が、次第に落ち着いてきて
蒼かった皮膚も、少しずつ紅を取り戻してきて
――それと共に私の心もまた、安らいでいく。



やがて、世界に掛かっていた、薄暗いトーンが消え去って

「こっちは、終わったぜ」

そして、私の目の前に、どら焼きが2つ置かれた。
98 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:18:39.27 ID:JShIHI1F0
「――有難う、佐倉さん」

「礼ならソイツに言いな。
 ソイツがキュゥべえを使いに寄越さなけりゃ、アタシはここに居なかった」

そんなことも意識出来てなかったけど、そういえばここに来るとき、キュゥべえは居なかった。
今は向こうの方で、グリーフシード回収にちょこちょこ走り回っている姿が見える。

「そう、暁美さんが――
 でも、来てくれたのは、貴方だわ」

視界がまた少し、滲んでくる。
ばれないようにそっと、少し顔を伏せる。

「――ふん、文句が言い足りなかったからな」

「暁美さんの様子が落ち着いたらで良ければ、いくらでも聞かせて貰うわ」

「……戦ってる内に忘れちまったよ。
 魔獣共、しつこく第三陣まで湧きやがって」

「――大変だったわね。本当、有難う」

「はん、他のヤツならともかく
 アタシにとっちゃこの程度、大変でもなんでもねーよ」

どら焼きを頬張りながら、そういって強がる彼女の肌には、しかし幾つもの傷が出来ている。
もっともその殆どは、魔獣によるものではなく、夕方の決闘の際のものだけど。

「暁美さんは大体終わったから、次は貴方の傷ね」

「……要らねーよ。この程度の傷、唾でも付けときゃ勝手に直るさ」

「それは不衛生よ。傷の手当くらいはちゃんとしなさい、女の子なんだから」


一際強く冷たい風が、背を叩く。
佐倉さんが踵を返し、公園の繁みの闇の向こう、光溢れるネオン街の灯りを見つめる。

「……女の子、か。
 そんな意識、とうに捨てちまったよ」

「そうかしら?
 捨てるとか、そういった類のことじゃないと思うわ。
 『女の子』、ってのは」

「――アタシは、アンタみたいには成れねーよ」

「まあいいわ。女の子らしくしなさいとか、おばちゃん臭いことを言うつもりもないし。
 でも傷の手当だけは、譲れないわね」


そう、譲れない。
彼女との距離を、少しだけ取り戻す為にも。
99 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:19:28.81 ID:JShIHI1F0
「――本当、アンタは変わんないな」

「貴方も、変わったように見えて、やっぱり変わってないわよ」

「……」

「さ、手当てさせて」



暫しの沈黙の後、しぶしぶといった感じで、佐倉さんがこちらを振り向く。
我儘なおねだりを、仕方なく聞いてやるんだといった――
はにかみを、懸命に隠した顔で。

「はあ、分かったよ、譲れないとか言い出すとやたら頑固だしな、アンタは。
 いいぜ、さっさと済ませちゃって――」

「二人から離れろ! このアバズレ!!」

突然怒鳴り声のした場所、そこには何時の間にか
敵愾心を露にした美樹さんと、困惑したような表情の真矢さんの姿があった。


「……」

「美樹さん……?」

「邪魔なほむらが怪我するのを待って、優しいマミさんを脅しに来たのかよ!
 魔法少女ってのは、正義の味方じゃないのかよ!
 なんでおまえみたいな奴が、魔法少女やってるんだよ!!」

「美樹さん、それは違――」

「ウゼぇ! あーもーどーしようもなくウゼぇ!!」

けれど私の言葉は、騒ぎ立てる風の音と、佐倉さんの怒声に掻き消される。
さっきまで和らぎつつあった空気は、今や跡形も無く、消し飛んだ。

「こんなウゼぇ連中が居る街なんざ、アタシの方か願い下げだ。もう二度と来ねぇよ!
 ウゼぇ奴らはウゼぇ奴ら同士、仲良くおままごとでもしてな!!」

「佐倉さん――」


そして引き止める間も無く、彼女は疾風に乗って跳び去り
灯火の狭間の闇の中へと、その姿は消えていった。
100 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:20:08.10 ID:JShIHI1F0
「マミさん、ほむら――大丈夫ですか?」

「ええ、私が足を引っ張って、酷い怪我を負わせてしまったけど
 ――佐倉さんが、救けてくれたから」

「え――?
 だって、あいつは――」

「私達の仲間よ。暁美さんもそう思っている。
 あんな子だし、誤解され易いけど――私達の、大切な仲間」

一応、敵では無いとは、伝えておいたつもりだったけど
もっとはっきり、今の様に言っておくべきだった。
――そんなことに気の回る精神状態では、無かったのだけど。

「そう……ですか……」

納得はしていないけど、私と喧嘩はしたくないから、同意だけしておく、といった顔。
――出会い方は最悪と言えるものだったし、今はまだ、仕方ない。

「そのうち貴方にも、解って貰えるわ」

それでも、この二人の仲は、必ず好転する。
そんな確信が、今は有る。
だって二人は、いえ、二人だけでなく――


「だって美樹さんも、そして真矢さんも――
 魔法少女かどうかなんて関係無く、皆私の大切な仲間なんだから」

皆、優しくて、勇気があって、友達思いで――
私には勿体無いくらい、素敵な仲間達なのだから。
101 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:20:56.45 ID:JShIHI1F0
「そういえば二人とも、どうしてここに?」

「エリが、魔獣にほむらがやられる光景を見たんです」

「真矢さんが?」

「はい、一瞬だけ、頭の中に、映像が」

「ほむらの羽の能力だと思いますけど、その羽もまるで枯れたみたいになって――
 ただ、ここへ来る途中で元に戻ったんで、少し安心してたんですけど
 そしたら、あいつが――」

なるほど。しかし羽が枯れたというのは、普通に本体との連動現象として
守護すべき対象に自分の危機の映像を見せる仕組みなんて、暁美さんが作るかしら。
――もしかするとそれは、暁美さんの魔力を媒体に発現した、真矢さん自身の能力かもしれない。
願いの内容による影響を受ける前の、彼女の純粋な本質。

「聞いてます? マミさん?」

「あ、いえ、うん、そうだったの。ところで、敷島さんは?」

「あ……えーとその、こっちの方が心配だったし
 大丈夫、独りで帰れるって言うから……」

とてもばつが悪そうな顔で、歯切れ悪く答える美樹さん。
出掛けに『分かりました。あたしに任せて下さい!』と
真剣な顔ではっきり答えた彼女とは――無理も無いけど、対照的。

「そう。出来れば私達より、一般人の彼女の方を優先して欲しかったわね」

しっかりと、釘は挿しておく。
私も自分の本分を忘れ、迷走していたことは、ちょこっとだけ棚に載せて。

「はい……済みません」

「でも、有難う、二人とも」

今度は飴。お礼と、そして微笑み。
少し沈んでいた美樹さんの表情が明るくなり、そして真矢さんと共に照れを浮かべる。
――演技では無い心算だけど、うーん私やっぱり、結構腹黒いかも。
では、最後のダメ押し。私の、とびっきりの笑顔で。

「それじゃ、もう大分遅いから
 暁美さんを家で休ませたら、二人とも送って行くわね」

「あ、はい、有難う御座います!」

うん。効果は覿面だ。

「あ、それとその――」

「なあに?」

「あの……マミさんの胸……その、はだけて――」


え? あ――

きゃああああああああああああ!!!
102 :視点:巴マミ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:22:16.30 ID:JShIHI1F0
「暁美さん? 暁美さん!?」

「あ……巴さん?」

「大丈夫? かなりうなされていたけど。
 寝汗も酷いし――まだ何処か、具合の悪いところがあるの?」

――いえ、私も同じうなされ方をすることがあるから、判る。
目元から頬へと伝う、滴の跡も物語る通り
苛まれていたのは彼女の身体ではなく、精神。

「平気よ。貴方の治療は完璧。
 痛むところも、おかしいところも無いわ。
 ただ少し――夢見が悪かっただけ」

腕を折り曲げたり伸ばしたり、手を開いたり閉じたりして感覚を確かめつつ
そう答えた彼女の口調は、何時もの様に平坦で、心を見せなかったけれど

「そう、なら良いけど……」

先程まで夢魘の中に居たのは、私が見たことも無い暁美さん
――慟哭する、無力な一人の女の子だった。


「ここは――私の部屋ね。
 巴さん、ずっと今まで?」

「いえ、美樹さんと真矢さんを送っていって、今戻ってきたところ。
 そうしたら貴方が、酷くうなされていて――」

「……杏子は?」

無作法に、私の言葉を遮っての質問。
やはりそのことにはもう、触れられたくないのだろう。

「――帰ったわ。多分、風見野に」

「そう。私はもう大丈夫だから、巴さん、貴方も――」

今度は私が暁美さんの言葉を遮り、さっき思いついたばかりの我儘を口にする。


「まだ貴方のことが心配だから、今夜は泊まらせて貰うわね」
103 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:23:37.47 ID:JShIHI1F0
一瞬浮かんだ微かな驚きの表情はすぐに消え
是とも非とも答えず、ただ真意を探るかのように、彼女は暫し私を見つめる。

「駄目?」

「いえ――構わないわ。
 汗で湿っていなければ、ベッドを譲るのだけれど」

「そうね、酷い寝汗だし、パジャマも着替えた方がいいわね。
 布団は、二人分あるの?」

「ええ。両親が帰ってきたとき、使えるように」

両親――?
そうか。独り暮らしと聞いて、私と同じ境遇かと勝手に思い込んで居たけど
ちゃんとご両親、居らっしゃったのね。

「なら、二人とも布団で寝ましょうか。
 場所さえ教えて貰えば、貴方が着替えている間に敷いておくわね」

「――そこの押入れの左下。
 シャワーも浴びてきていいかしら」

「ええ、その方がいいわね」

「じゃ、寝巻きの着替え、貴方の分も出しておくわ。
 ……ボタンは留められないかもしれないけど」

「ごめんなさいね、無計画で。
 本当は一度家に寄って、色々準備してくれば良いのでしょうけど」

「――気にしないで。
 使っていない布団と、お気に入りでない寝巻きを貸すだけのことだから」

そう素っ気無く言い放ちつつも、檸檬色のパジャマを私に渡す暁美さんの顔は
手前勝手な錯覚だったかもしれないけど――少しだけ、嬉しそうだった。



「巴さん、貴方、治療のとき眠りの魔法を使ったでしょう」

脱衣場の戸の向こうから、私に問いかける声。

「あ、やっぱり勘付かれた?」

「私があんなに前後不覚で眠り続けるなんて、有り得ないもの」

「少しでもゆっくり、身体を休められる様にと使ったのだけど――
 気に障ったなら、ごめんなさい」

「いえ、別にそのことをどうこう言うつもりは無いの。
 ――ただこの魔法には、ちょっとした思い出があったから」

眠りの魔法の思い出――それはどんな出来事だったのかしら。
今のように、時折断片的に彼女の口から零れることはあるけれど
実際のところ、私は暁美さんの過去については、まるで何も知らないと言っていい。

「それと、この言葉がまだだったわね」

浴室の扉が開く音、次いで私に送られる言葉。

「有難う、巴さん――」


そして、少し遅れた私の返答を掻き消すかの様に
彼女の周りには降り注ぐ湯の音が充満した。
104 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:24:31.91 ID:JShIHI1F0
とても久し振りに、誰かと枕を並べる夜。
静穏な暗闇の中、意を決して隣の少女に声をかける。

「少し、色々聞いても良いかしら?」

「……答えるとは限らないけど、それでも良ければ」

貼られる予防線。
私に対してのそれは、どの程度の範囲なのかしら。
当たり障りの無い質問に逃げようと、臆する心もあったけど
覚悟を決めて、少し深く斬り込んでみる。


「貴方のご両親は、今何処に居るの?
 さっき、『帰ってきたとき』って言ってたけど」

「――海外よ。私の病気の為に、お金が必要だったから」

そうか、それだと、我儘は言い辛いわね。
でも、本当は――?

「寂しくは、無いの?」

一時の沈黙、そして返答。

「……貴方が私に、それを聞くの?」

………………

馬鹿な質問だった。確かにそうよね。
他意があって出た言葉では無いのだけど。

――独りは寂しいに決まっている。けれど暁美さんが、それを私の前で言う筈も無かった。


「それに魔法少女としては、別居の方が気は楽」

……確かに、それはあるかもしれない。

「病気が完治した今、両親は同居を望んでいるけれど」

例えその祈りが致命的な呪いを生まなくとも
私達の背負った宿命はそれだけで、身近な人達を悲しみの底に突き落とす。
魔法少女とは、そんな爆弾の様な秘密を抱えた存在。

そして、そうした重荷を背負っていない分――


「治った本当の理由は、絶対に知られる訳にはいかないもの」

私は、暁美さんより恵まれていると言えるのかもしれない。
105 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:25:35.34 ID:JShIHI1F0
「まだ、聞きたいことはあるのでしょう?」

再び静寂に包まれた暗闇の中、隣の少女が逡巡する私に声をかける。

「――いいの?」

「疑念は溜めておけば毒になるし
 私の胡散臭さは、私自身良く知っているから」

「さっきよりずっと、聞くのに勇気が要ることなのだけど、それでも?」

「――私は、自分からそういったことを語るのは苦手だから
 聞いて貰えれば、話す決心がつくかもしれないわ」

――暁美さんもまた、覚悟を決めているのかもしれない。
なら、私ももう一度――

「なら、聞いてみるわね」

そう、彼女の言う通り。
確かに今抱いている疑念は、放置したら毒に成りかねない性質のもの。
とても恐ろしい答えが返って来るかもしれないけど
それでも、心の中で腐らせるよりはましな筈。


「最近まで、半年間ずっと入院していた。
 これは貴方自身が話してくれたこと」

「ええ、私は生まれつき心臓が弱かったから」

「入院生活って、全然自由は利かないわよね。
 こっそり抜け出して魔獣退治なんかしてたら、普通は大騒ぎ」

「そうね。16日の朝は、凄く怒られたわ」

「他にも幾つか有るけど、そういった事実から推測すると」

実のところ、今夜見た彼女の身体の貧弱さが、そう確信した一番の理由。
自然と鍛え上げられる魔法少女の肉体どころか、普通の子の水準にすら、遠く及んでいなかった。

「貴方が魔法少女になったのは、ごく最近。
 ――多分『All Hallows' Eve』の、あの夜」

「……」

肯定とも否定ともつかない、唯々の沈黙。
しかし、もう引き返せない。
この先どれだけ、空気が重さを増していくことになろうとも。

「けれど一方で貴方の言動は、どう見てもベテランのそれ。
 明らかに魔法少女として、年単位のキャリアを持っている」


天井を見上げていた視線を、闇の中白くぼんやりと浮かぶ暁美さんの横顔に移す。
その彼女は目を閉じて、ただ静かに私の次の言葉を待っていた。

「暁美さん――
 いえ、『貴方』は何者なの?」
106 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:26:20.03 ID:JShIHI1F0
秒を刻む時計の音が、一回りはしたかと思う頃
重い空気を払って、やっと暁美さんの眼と口が開く。

「この身体を使う私が、『暁美ほむら』でない誰か――その可能性も考えたのね。
 実際、当たらずとも遠からず、なのかしら」

「それは、どういうこと?」

「乗っ取りとも言えるし、同化とも――
 互いに上書きしたとも言えるわ」

私自身でさえ、馬鹿馬鹿しい妄想じゃないかと思えた推測。
それを、彼女の言葉が肯定していく。

「魂を上書きしたのは、この世界の『暁美ほむら』。
 あの夜に祈りを捧げ、弓と翼を得た私」

全ての始まりは、初対面の時から感じていた違和感。
つい最近までの彼女の、いかにも気弱そうな外見と――

「そして人格を上書きしたのは、別の世界の『暁美ほむら』。
 色々あって、まるで別人になってしまった、ね」

凍れる焔の如き内面が、どうしても結び付けられなかったこと。



「別の世界――」

パラレルワールド、だろうか。
それもまた、推測の範疇ではあったけど――

「そこは、どんな世界だったの?」

「『絶望』しか無かった世界」

「『絶望』しか――?」

私の隣で、また瞼の内に思い巡らす少女――
今や、三つ編みお下げも赤縁眼鏡もまるで似合わない
戦いの定めに染まりきってしまった、『まるで別人』の暁美さんは


「何度も挑んで、同じだけ敗けて、同じだけ全てを失った。
 ――風車に挑んだ、あの滑稽な騎士も
 私程無力で、愚かでは無かったでしょうね」

そこで一体、どれ程の悪夢を見てきたというのだろう。
107 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:26:58.32 ID:JShIHI1F0
「貴方は、こんな与太話を信じるの?」

不意に暁美さんの顔がこちらを向く。
私の眼をじっと覗き込んで、問う。

「ええ。そうだとしたら、色々辻褄が合うし」

そもそも魔法少女なんてもの自体、普通の人からすれば与太話だし。
なのに荒唐無稽というだけで、信じない理由にはならない。
それに――

「それに、貴方の言うことだもの」

大事なのは、それがもっともらしいかじゃなく
それを誰が言ったかだと、思うから。


「皮肉なものね。今更――」

一瞬浮かべた驚きと戸惑いの表情を、鉄の自制心によって瞬時に掻き消し
顔の向きを真上に戻して、暁美さんがぽつりと呟く。

「今更?」

「――いえ」

隠しようも無く潤んだその瞳が、ゆっくりと閉じられていく。

「今はもうこの世界が、私にとって全て。
 今、隣に居てくれる貴方が、私にとってもただ一人の巴さん」

そして気恥ずかしさ故か、消え入りそうに細い言葉と共に


「だから、受け入れて貰えたことは、素直に嬉しい――」

その横顔を一滴、光る粒が流れて
その口の端に少しの間、幽かな笑みが浮かんだ。
108 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:27:49.95 ID:JShIHI1F0
「向こうの世界にも、私は居たのね」

「――皆、居たわ。
 そして、皆居なくなってしまった。
 『絶望』に呑まれて」

「……」

そっか。初対面で『先に死なない』と、約束させようとしたのって
――向こうの世界で先に私が、死んじゃってたからなんだ。

「結局、私はね
 誰一人、救けられなかったの。
 なのに、何度も救けられて、一人だけ生き延びて――」

暁美さんの声が、変わっていく。
――泣こうと、している。



そして何度目かの、言葉の途絶の後に

「ごめんなさいね、今夜はここまでにしておくわ。
 もう眠いし、この続きはまたいずれ」

いつもの素っ気無い調子で、彼女は今宵の寝物語の終りを宣言する。
――少し濡れてしまった、枕の上で。

「そうね、またいずれ――貴方の望むときに」

どうやって貴方がこの世界に来たのかとか、まだ聞きたいことはあるけど
――この世界にはきっと、『いずれ』がちゃんと在るから。

「それじゃ、おやすみなさい――」

「待って、暁美さん、最後に一つだけ」

私の方にはまだ、いずれでなく今、伝えておくべき言葉が残っている。

「この世界では――真矢さんも、美樹さんも、そして私も
 貴方に救けられたのよ」

「……それは、運命律が変わったからよ。
 私の力なんかじゃない」

「なら、貴方の運命率も変わっているのよ。
 救けたい人を、ちゃんと救けられるように」



「――罪は、消えない」

魂の奥から、絞り出される一言。
――この子は一体、どれ程の業に縛られているというのだろう。

「向こうのことは知らない。
 私達にはこの世界だけが全て。
 だから、この世界での貴方だけが、私達にとっての暁美さん」

きっと、真に救いが必要なのは彼女の方。
私もささやかだけど、その一助になろう。
手始めに、ようやく、彼女に伝える。
これだけは伝えておかなければならかった言葉を。


「今夜は有難う、救けてくれて。
 それじゃ、おやすみなさい――」

最後にもう一度、こちらを向いてくれた暁美さんに
ありったけの感謝を込めた、笑顔と共に。
109 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/11/15(火) 03:31:46.84 ID:JShIHI1F0
何とか更新。

一月以上も放置してごめんなさい。





実はWizardry Onlineにちょこっとハマってたのは内緒。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都) [sage]:2011/11/15(火) 05:38:52.18 ID:LB8kVgIjo
おお>>1よ、よくぞもどった!

心配かけさせやがって
このまま続きが見られなかったらSGが真っ黒になるところだったわ

そして大量更新乙
マミさんのスタイリッシュバトルに、杏子ちゃんのツンデレ爆発に、
改変後マミほむまであるだと……
なんだこのご褒美満載な展開
待ってた甲斐があった
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/11/15(火) 06:27:16.11 ID:r3H7cGXHo
真矢さんのおかげで何の話か思い出せたわ

しかし各々の距離がなかなかもどかしいな
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/15(火) 11:56:13.12 ID:f+WbatZDO

まってたぜ
改編後SSじゃ一二を争うほど続きが楽しみなスレだぜ
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/26(土) 13:56:54.55 ID:btqYoPr8o
ささやき
いのり
えいしょう
ねんじろ!

114 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:28:50.64 ID:j/PTD7Ss0
>>1は まいそうされました
115 :視点:敷島あげは ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:30:11.64 ID:j/PTD7Ss0
「あ、敷島さーん」

エレベーターの方から駆けてくる、浅葱色の髪。
元気一杯な声の主は、私の新しいお友達。

「あら、美樹ちゃん。うふふ、奇遇ねー」

「通院ですか?」

「ええ。診察は終わったから、後はお薬とお会計。
 といっても、かなり待たされそうだけど」

「本当、待たされますよねー、ここ」

「うふふ、大きな総合病院だし、仕方ないけどねー。
 ところで美樹ちゃんは、誰かのお見舞い?」

何処から見ても健康優良児のこの子自身が、病院に用があるとはとても思えないし。

「はい、友達の子が事故で入院してまして」

友達の、事故?

「それは災難ねー」

そう普通に返事をしてから、周りに聞こえないようにそっと、小声で聞いてみる。

「本当はやっぱり、魔獣絡みだったりするの?」

「いえ、そういうのとは全然関係無い、ただの交通事故です。
 第一、男の子ですし」

普通の調子で返ってくる答え。なんだ、別に隠すようなことは無かったのね。
――ん?

「男の子?」

「あ……
 いえ、そんなんじゃないですよ、ただの幼馴染み、腐れ縁ですってば、あはははは」


紅潮した顔で必死に誤魔化そうとして、墓穴を掘っていく美樹ちゃん。
うふふ、分かりやすい。
なんかこの子って、とても分かりやすい。
116 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:31:27.13 ID:j/PTD7Ss0
「じゃ、これ、美樹ちゃんにあげる」

出掛けに一輪摘んで胸元に挿してきた、往年の名女優の名を冠する花を
恋する姫君の前に恭しく差し出す。

「薔薇の花……?」

「ええ、私が育てたの」

真紅の薔薇。花言葉は愛情・情熱・熱烈な恋。

「ちょっとここに座って、動かないでね……うん……こう。
 はい、凄く似合ってて、可愛いわよ」

鬱金の髪留めに萌葱の茎を絡め、蒼浪の髪に辰砂の華を浮かべてみる。
うん、想像以上に女の子っぽくて、本当に可愛い。

「いやー、可愛いなんて――それ程ですけど、ふっふっふー」

「うふふ。もう一度お友達の所に戻って、見せてくる?」

「……」

あ、本気で考え込んでる。

「いえ、いくらさやかちゃんでも、それは流石に止めときます、あはは」

少女の満面に浮かぶ、快活な笑顔。
それは見ているこちらにも、元気を分け与えてくれる。
――この子にはいつまでも、こんな風に笑っていて欲しい。



「敷島さんって、本当に薔薇が好きなんですね」

「ええ、大好きよ」

自分でもちょっと、度が過ぎているかなと思うくらいに。
薔薇を庇って死ぬ――まではいかないと思うけど。

「やっぱり、子供の頃に感動して、大好きになったものって
 きっと何時までも大好きなんじゃないかしら」

「あ、それ――何となく解ります」

真顔になった美樹ちゃんの瞳が何処か遠く、或いは思い出の中を見つめ
そしてその顔は軽く微笑み、またうっすらと紅く染まる。

「美樹ちゃんも、小さい頃から大好きなものがあるの?」

「あ、いえ、あたしは、その――
 あ、そうだ、もうちょっと薔薇の話、聞かせてください!」

「うふふ、いいわよ」


うん、本当にこの子って、凄く分かりやすい。
117 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:32:13.13 ID:j/PTD7Ss0
「昨日私が倒れていた場所はね、今はただの廃墟だけど
 もう10年くらい前になるかしら――昔は小さな薔薇園があってね
 その頃は家も近所だったから、毎日の様に遊びに行ってたの」

「へー。薔薇園なんて、県立公園のしか知りませんでしたけど」

「なんでも、あの美国議員の関係だったみたいね」

「美国議員って、この前汚職がバレて自殺した?
 政権交代前は県5人目の総理候補とか言われちゃってた、あの人ですよね?」

「ええ、あの人も薔薇がとても好きだったの」

「うーむ、あのオッサンがねー」

「――でも、あそこに開発計画持ってきたのも、その美国議員なんだけどね」

「むー……やっぱり議員なんて、そんなもんなんすね」

「で、開発はしてみたものの
 結局、立地条件やら不況やら経営破綻やらで放棄。
 かつての薔薇園跡も、今は不良の溜まり場」

「……まったく大人って、何やってんでしょーね」

「そうね、まったくね――
 でももう、誰が悪いとか悪くないとか、言うつもりも無いけどね」


そう、これはただの思い出話。
昔、薔薇の大好きなおじさんが居て、薔薇の大好きな女の子が二人居た。
それだけの、何でもない話。


「――けれど薔薇の思い出は 心に消えなかった――」

「何の歌でしたっけ? それ」

「『百万本のバラ』。
 薔薇繋がりで、やっぱり好きな歌なの」

自分でもちょっとおばさんぽい好みかなとは思うけど、それでも好きな歌。
とても情熱的で、とても切ない、一朝限りの恋の歌。



――百万本の薔薇の花を 貴方に貴方に貴方にあげる――

――窓から窓から見える広場を 真っ赤な薔薇で埋め尽くして――
118 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:33:02.19 ID:j/PTD7Ss0
薬局は、未だに私の名前を呼ばない。
美樹ちゃんが腕時計に目をやり、そしてすっと立ち上がる。

「と、マミさん達と約束があるので、今日はこれで。
 それじゃ敷島さん、お大事に」

「じゃ、またね。皆にも宜しくねー」

「あ、それと薔薇の花、有難う御座いました」

「うふふ、どういたしまして。
 次は両手一杯の花束を用意しとくわねー」

「あはは、楽しみにしてます。じゃ、また」

こちらを振り返ったままで、駆け出し始める彼女の身体。
けれど、その後ろには丁度――

「あ、美樹ちゃ――」


車椅子を押していた、私と同じくらいの歳の、長身の女性。
胸元にアンクを抱いた、短く刈り揃えられた白銀の髪の少女。
美樹ちゃんはその人の左肩に、大きな音を立ててぶつかった 。


「あつつ……あ――すいません」

「いえ、こちらこそ不注意でした。どうかお気になさらず」

よろめきつつも幸いに、どちらも転倒することは無く
一時集まった周囲の視線も、すぐに散っていく。

「いえ、不注意だったのはあたしです。本当ごめんなさい」

「大丈夫でした?」

「ええ、何も心配は要りません。この子も大丈夫でしたし」


車椅子を押す少女とどこと無く似た顔立ちで、一つ二つ年下かと思われる
その、この子がゆっくりとこちらを向いた。
私達に興味を持った訳ではない。
もしかすると声に反応した訳ですらなく
ただ寝返りのような、機械的な動作だったのかもしれない。


何を認識することも無く、物理的に視線が私達と合っているだけの、車椅子の少女。
その彼女の射干玉の眼球に心は無く、ただ何処までも深い闇のみを湛えていた。
119 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:34:21.64 ID:j/PTD7Ss0
「この子のことが、気になりますか?」

「あ、いえ、そんなつもりじゃ……」

じっと見返していた視線を外し、取り繕おうとする美樹ちゃん。
でもそれはどうしたって、気になるのが当たり前。ならない方がおかしい。
けれど――

「けれど世界には、知らない方が良いことも有ります。
 貴方の様な子供であれば尚更に」

「……」

はっきりと言葉にされた子供扱いに、美樹ちゃんの表情が少し硬くなる。
腹蔵などとは一切無縁、本当にどこまでも分かりやすい子だ。
――少し、危なっかしい程に。

「気を悪くしたのなら、謝ります。
 ですが本当に、知ったところで益の無い話ですから」

そう、知ったところで、出来るのは何の役にも立たない同情だけ。
私達が憐れんで、泣いて、それでこの子が回復する訳じゃない。
なら、知らない方がいい。知らなければ、心が痛むこともない。

「――そうですね。何も知らない方が、良いのでしょう」

美樹ちゃんの方をちらりと見ながら、そう答える。
魔獣によるものなのか、それとも人の悪意によるものなのか
いずれにしても、ここまで人が壊れてしまった現実
それは、普通の多感な中学生が向き合うには、重すぎる。



乳白色のリノリウムの床の上で、からんという音が響く。
車椅子の少女の手首から滑り落ちたのは、黒檀のロザリオ。
私達の誰よりも早く美樹ちゃんが反応し、そっと拾い上げる。

「はい――」

「どうも、有難う御座います」

手渡されたロザリオをもう一度、力の篭らない手首に掛け
跪いた銀糸の髪の少女は、優しく声をかける。

「……はい。もう、落とさないでね」


けれどもその声は、伝わるべき心に届くことはなく
墨絵の様な髪の少女は、ただ虚空へとその顔を向けていた。
120 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:35:21.45 ID:j/PTD7Ss0
「これでも日に何時間かは、自我を取り戻すんですよ」

車椅子の少女の頭をそっと撫でて、長身の少女はゆっくりと立ち上がり

「その時間も少しずつ、増えてきています」

そして胸元の信仰の証を、軽く握り締める。

「だからいつかはきっと、元の彼女に戻ってくれると信じています。
 ――あんなものの力を、借りなくとも」

「あんなもの?」

「――いえ、こっちの話です。お気になさらず。
 それではこれで――」

「あ、少し待って貰えますか」

今度は髪から、三輪の花をつけた小枝を抜く。
あの童話の主人公の名に相応しい、小振りな純白の薔薇。
心を無くした乙女の前に、静かにそれを差し出す。

「少し我慢してね……はい」

我慢も何も、まるで何の反応もしないのだけれど。
シャギーに刈られた濡れ羽の長髪に、可憐な白雪のアクセントを付け加えてみる。

「どうでしょうか?」

「――本当に、有難う御座います。
 それでは、縁が有りましたら、また何処かで」

深々と頭を下げ、そして名も知らぬ少女は立ち去っていく。

「よかったわね、ひづき」

ひづきと呼ばれた少女の、車椅子の背を押しながら。


「――それじゃ、あたしもこれで」

「ええ、またね、美樹ちゃん」


独りになると、貧血の身体を気怠さが襲う。
薬局が、ようやく私の名を呼んだ。


もう一度、彼女達と遇うことがあるか、それは運命のみぞ知ることだけど
願わくば、あの童話の主人公の様に
残酷な呪いの内に在る少女に、再び目覚めの時が訪れますように。
121 :視点:美樹さやか ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:37:02.42 ID:j/PTD7Ss0
「う〜ん……
 えーと、じゃあ、2個取ります」

「…………じゃ、3個取るわね。
 残り1個で、美樹さんの負け」

「だあぁぁ! また負けたあぁぁぁ!!」

これで0勝12敗、何故だあぁぁぁぁ!?

「どうして? どうしてなんだっ!?
 何度やっても、マミさんに勝てないっ!!!」

はっ! イカサマかっ? イカサマなのかぁっ!?

「……簡単な数学のゲームだから、そろそろ気付いてくれると思ったのだけど」

「今のパターンで負けられるなんて、まったく君は訳が分からないよ」

「……美樹先輩、後で、『石取りゲーム』で、検索してみて下さい」

穢れなき苦笑と、やたらムカつく無表情と、引っ込み思案な憐れみとが、私を取り囲む。
うー、これが四面楚歌ってやつですか?


あれ……? 一人足りない。


「……あんた、何一人でマイペースに電子書籍なんて見てんのよ」

むう? しかも洋書ですと?
当て付けか? 英語は赤点しか取ったことのないさやかちゃんに対する、当て付けですかっ!?

「『The Gospel of the Witches――魔女の福音』。
人間の魔女達の間に伝わる神話伝承を纏めたものよ」

いや、そういうことを聞いたつもりじゃなかったんだけど。

「ふーん。やっぱり魔法を使うのに、そういうのって役に立つの?」

「立たないことも無いけれど、これは単なる私の個人的興味」

「どっちにしてもさ、皆と居るときくらい、そういうのから離れたら?」


――あれ? 何も言わずに素直に閲覧を止めて、脇に置く……?
偽者か! さては偽者なのかっ!?

「そうね、ごめんなさい。
 でも今のゲームは、余りにも結果が見えていたし
 それに、もう私には無駄に使える時間が無いと思うと、ついね」

「無駄な時間無いとか……なんかババ臭いぞー、ほむら」

む、敵は目を瞑って、軽く息を吸い込んだぞ。
総さやかちゃん反撃に備えよ! 迎撃準備!


「……ババ臭い、か」

へ、それで終わり? シニカルな怒涛の反撃は?
やはりこのほむらは、偽者なのかーっ!?

「そ、若いあたし達には、まだまだ時間は一杯あるんだから」
122 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:38:20.64 ID:j/PTD7Ss0
「暁美さんの言うことも分かるわね。
 光陰は矢の如し、そして少年老い易く学為り難し、だから」

むー、あたしの主張は軽く論破されてしまった。流石はマミさん、侮り難し。

「でもやっぱり皆と居るときくらい、一緒に楽しみましょう。
 美樹さんをからかって、ね」

「Time flies like an arrow――」

「そうそう、あたしをからかって――て
 全然聞いてなーい!」

あたしのノリツッコミを空振りさせて
まるっきり上の空で、何やら英文を呟くほむら。
ふん、さやかちゃんだってそのくらいなら分かるもんね。有名な文だし。
『時の蝿は矢を好む』、だ。


「あ、ごめんなさい――ちょっとその……変な発想が浮かんでしまったから」

「変な発想?」

「……内緒にしたいわね、ここでは」

「……ケチ」

「新しい必殺技とか?」

……いや、マミさん、ほむらに限ってそんなことは無いんじゃ――

「……やっぱり無駄に鋭いのね、巴さんは」

肯定したっ!?
このほむらは、完全に偽者っ!!

「ふふ、『arrow』がキーワードよ。
 ――ねえ、もし完成したら、私がpadrinoになってもいい?」



軽いノリでそのまま行くかと思った空気が、俄かに静けさを帯びる。
少し間を置いて、ほむらが目を閉じ、口を開く。

「期待して貰って悪いけど、きっとただの妄想で終わるわ。
 あんな力が、今の私に使えるとは思えないし」

そして髪を払う例の仕種の後に
ゆっくりと開かれた眼は、ただ何処までも真っ直ぐ向こうを見つめていた。


「それに、この世界の私の祈りは、何処までも前を向いたものだから」
123 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:39:38.12 ID:j/PTD7Ss0
「そろそろ、時間かしらね」

時計に目をやったマミさんが、その肩にキュゥべえを乗せて立ち上がる。

「そうだね。犠牲を出さずに片付けたいなら、もう出かけた方がいいと思うよ」

放って置けば魔獣は犠牲者を出した上で、感情エネルギーを『持ち帰って』消えてしまう。
退治が遅れていいことは何も無い。

「じゃ、一時間はしない内に戻るとは思うけど、二人はどうする?」

どうする? でマミさんが意図しているのは二つの選択肢。
今帰るか、マミさんとほむらが戻ってくるのを待って、軽くお茶にして帰るか。
だけど、あたしは――

「あたしも、連いていきたい」

あたしも立ち上がり、マミさんに意思を伝える。
――もう一度、今度はちゃんと、二人の戦いを見てみたい。

「――駄目よ美樹さん。言った通り、もう見学ツアーはお仕舞い。
 やっぱり魔獣退治は命懸けのことなの――遊びじゃ、ないのよ」

「それは理解している――つもりです。
 一歩間違えば、死ぬかもしれないってことも」

正面から向き合おうとするあたしの視線を受け止め
マミさんは目を瞑り、一度大きく息を吐く。

「いえ、理解していないわ。
 貴方は多分、死を理解していない」

再び開かれたその目に宿っていたのは、何時もの慈愛に溢れた優しさではなく
私を射竦め、退かせようとする、強い光。

「貴方に経験はあるの?
 昨日まで元気だった、ごく親しい人が
 今日はもう、何の返事もしてくれない。
 そんな経験があるの?」

その眼光を、意地で受け止める。
あたしは、退かない。

「犬なら、あります」

それはマミさんに比べたら――マミさんがどう思おうとも仕方無いけど
人では無くても、ロッキーは確かに、あたしのかけがえの無い家族だった。

「――理解はしているのね。
 ならどうして、そこまで我儘を言うの?」

あたしを認めてくれつつも、譲ることなく問い詰めてくるマミさん。
それに対するあたしの返答は、今までの主張とは逆転したもの。
そう、結局の所、あたしはマミさん程には何も理解していない。

「あたしが、何も知らないからです。
 マミさんのことも、ほむらのことも、魔法少女のことも
 ――この世界の裏側が、一体どうなっているのかも」

数日前まで、あたしは何も知らなかった。
あたしの目に映る、身近で平和な日常の範囲だけが、あたしの世界の全てだった。


「いつまでも子供でいる訳にはいかない。
 だからあたしは、もっと良く知りたいんです。
 あたしよりずっと大人な、二人のことを」

その外側にも世界が有ると知った今、もう井戸の中だけには居られない。
あたしは、より広い世界を知りたい。
124 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:40:45.18 ID:j/PTD7Ss0
「これも私の軽率さが招いた罪なのかしらね……」

マミさんがもう一度、目を閉じる。だが、退いた訳ではない。
一呼吸の後に開かれた瞳は、変わらずに鋭い光を放っている。

「貴方はただ、格好良さに憧れているだけ。
 そして、暁美さんはともかく、私は大人ではないわ」

「私も同じよ。いくら心に分厚い鎧を纏おうとも――
 その中に隠れているのは、泣くしか能の無い子供」

おそらくは謙遜などではなく本心から、二人は自分達が大人であることを否定する。
けれどそこには、あたしとの相対的評価は入っていない。

「確かに憧れかも知れません。
 でもあたしは、二人に近付きたいんです」

あたしからすれば、今の二人はずっと上の存在。
だから――これからもずっと傍に居たいから
少しでも、近い存在に成りたい。


マミさんの眼力が、更に強さを増す。

「近付いて、どうするの?
 貴方は魔法少女に成りたいの?」

「え……それは――」

それは――違う、違うと思うけど……

「私達の力に憧れ、格好良さに目が眩んで
 それで貴方が救いの無い戦いの世界に身を投じてしまったとしたら――
 私達は貴方の家族や友人に、何といって謝ればいいの?」

「……」

心の奥底に、その思いが有ることを否定出来ず
そして何処までも正論なマミさんの言葉に
あたしはただ、沈黙するしかなくなる。


「……きついことを言って、ごめんなさい。
 でも、私は、貴方のことがとても大切なの。
 だから、こちらの世界には来て欲しくないの」

マミさんに、優しさが戻る。
けれどやはり退いた訳では無い。
北風から太陽へと、方針が変わっただけ。

「どうしても……駄目ですか……」

けれどその暖かい光は、必死で飛ばされまいとしていたあたしの心を、溶かす。

「ええ、どうしても――」

――やっぱり、駄目なのか……

「貴方、本当に覚悟はあるの?
 一度足を踏み入れたら、もう二度と後戻りは出来ない
 そんな世界への扉を開ける覚悟が」


マミさんが渡そうとした引導を遮り、唐突にほむらがあたしに覚悟を問うてきた。
125 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:41:42.28 ID:j/PTD7Ss0
ここが正念場だと、悟る。
微かに生じた迷いを、振り払う。
はっきりと、意思を表す。

「うん」

けれど気負いこんだあたしの返事に、ほむらが返したのは
期待していた肯定の言葉では無く、完全な否定の言葉。

「そう、でもね、貴方の覚悟なんて
 ちょっと浪に揉まれれば、すぐ泡となって消える程度のものよ」

「そんなこと――」

「いいえ、その程度よ。
 ――だって皆、そこから始まったのだから」

あたしをじっと見つめる、紫色の眼。
そこにはマミさん程の、鋭い光は無い。

「或いはただ、他に選択肢も無く
 或いはただ、純心に家族の為に
 ――そして或いはただ、一時の衝動に身を任せて」

代わりに、ただ、何処までも深い。
あたしの知らないものを、幾つも見てきた、そんな瞳。

「皆、覚悟はその後」



ほむらの髪が、大きく払われた。
その動作で外れた視線をあたしに据え直し
彼女は、同行の許可を口にした。

「連いて来ると良いわ、美樹さやか。
 生き残ってきた魔法少女がどういうものか、知りたいのなら」
126 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:42:29.72 ID:j/PTD7Ss0
「暁美さん――どういうつもり?」

抗議というよりも困惑でもって、マミさんがほむらを問い詰める。
あたしから目を外し、二人の魔法少女が向き合う。

「今日の戦闘は、貴方一人に任せるわ。
 私はさやかの護衛に専念する。
 これならまず、彼女に危険は及ばないでしょう」

「――本気なのね」



「――本気、か」

少し間をおいてぽつりと呟き、ほむらはあたし達に背を向ける。

「いえ……もう、諦めているのかもね。
 少なくとも、あんなことには為らないからって」

まるで表情を、見られたくないかのように。

「私ね、一度も説得に成功したことが無いの。
 ――性格が、こんなだから」

けれどその声に、いつもの気丈さは無く

「嫌われて、拒まれて、憎まれて、
 もう言葉なんて、何処にも届かない。
 そんな愚かな真似の、繰り返し」

そこに居たのは少しババ臭いだけの、あたしと同じ中学生の女の子。

「けれどそれでも、聞いておいて欲しいことがある。
 そしてそれは、ただ言葉にするだけでは伝わらないと思うの」


そしてあたしはその少女に、また少し、親しさを覚えた。
127 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:43:11.07 ID:j/PTD7Ss0
「――分かったわ。
 でも私は結局、私の戦い方しか出来ないわよ?」

マミさんの、承諾の言葉。
ほむらが振り向き、もう一度二人が向かい合う。

「貴方は、巴さんのままで戦ってくれれば、それでいい。
 それでただ憧れだけを持つようなら、所詮さやかはそこまで」

そしてその表情が、真顔から笑顔へと変わる。

「それに私も久し振りに、一人の貴方の観客になりたいの」

ずっと楽しみにしていた映画が始まる前のような、期待に満ちた笑顔に。


「じゃ美樹さんは連いてくるとして、真矢さんはどうする?」

「え、わ、私は……」

「貴方にも聞いておいて欲しい話だけれど――でも決めるのは、貴方。
 日常のここで待つか、戦場に連いて来るか」

少しの間、考え込むエリ。
それから、自分の意思を口にする。

「連いて、いきます。
 覚悟とかは、解らないけど――
 一人だけ、待つのは嫌だから」


エリの返事に静かに頷き、そして一度あたし達全員を見回してから
マミさんは皆揃っての出立を宣言する。

「じゃ、今回も四人で――
 四人と一匹で、出発ね」

「僕を忘れないでくれるあたり、やっぱりマミは気遣いが違うね」

「肩に乗せていたし――それに何だかんだで、付き合い長いしね。
 それじゃ軽く終わらせて、帰ったら皆で――」


言いかけた言葉を呑んで、マミさんは微笑んだまま、軽く首を横に振る。

「いえ、まだ止めときましょう。
 その話は、また帰り道でね」
128 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:44:02.25 ID:j/PTD7Ss0
ジャングルジムの天辺は特等の観覧席。
空気は肌寒いけど、昨日と違って風は強くない。

「――来るわね」

少し先の広場で、靄のような気配が幾つも渦を巻き
その中心からキノコの様に、輪郭のぼやけた白い塊が生えてくる。
同時に、世界の色相がずれていく。

「じゃ、行って来るわね」

「ええ、頑張ってらっしゃい」

気負いの無い、落ち着いた笑顔で挨拶を交わし
銃を担いだ少女は戦いの場へと赴く。
そしてあたし達三人と一匹の観客は、白い羽毛の帳に包まれる。



30体程の巨人共と対峙するは、ただ一人の小さな女の子。
けれど知恵の巡りかねる巨体の攻撃を、銃士は巧みに翻弄し
僅かな隙を付いて、確実に反撃を撃ち込んでいく。

「凄い――」

そういえばマミさんの戦い方をちゃんと見るのは、これが初めてだっけ。
なのに何でだろう、以前から知っていたような、どことない懐かしさを憶える。
デジャ・ヴュっていうやつなんだろうか。



「素敵でしょう?」

ほむらが声を掛けてくる。

「誰よりも優雅で、華麗で
 誰もが魅かれ、憧れる――
 あれが、巴さんの戦い方」

意識は不測の事態に備え、常に戦場へと向けたままで。


「そして、あの人の呪い」
129 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:44:40.54 ID:j/PTD7Ss0
「呪い?」

それは正に、舞闘。

「そう、呪縛。
 死の運命を上書きした、茨の中での百年の眠りのように
 自らの祈りによって歪んでしまった私達が、それでも行き続けていく為のね」

連続しての後転による回避は、花壇の柵の手前で終点を向かえ

「――つまり、さっき言っていた、『覚悟』ですか?」

最後の着地でマミさんは魔獣の群れへと向き直り、その両手がハート型の軌跡を描く。
その形をなぞって20程の銃口が並び、数体の標的を斉射、粉砕する。

「そう。少し優しい表現をすればね」

が、足を止めての攻撃は敵の反撃を誘い

「あの人は、その活躍を誰にも知られることなく、ずっと独りで戦ってきた。
 いえ、時には出会いを経験しながらも、その度にまた、孤独へと戻ってしまった」

幾条もの光撃が、戦場の舞姫へと集中する。

「だから、押し潰されてしまわないように
 巴さんは自分に呪いをかけたの」

けれど次の瞬間そこに有ったのは、黄色いリボンの大きな鞠。

「希望をもたらす『正義の魔法少女』で在り続けることが、その呪い。
 とても気高く、美しくて――」

全ての攻撃を撥ね返したその鞠が、大きくやや左へと跳び跳ね

「そしてそれ故に――繊細で、壊れ易い誓い」

空宙で端から解けて、何丁もの銃へと変わっていく。
連撃が魔獣共に降り注ぎ、削る。

「生物学的な正しさはともかく、良く知られた言葉を使えば
 ――白鳥も、水面下では必死にもがいているもの」

そして魔を狩る天使は後方に一回転すると、軽やかに街灯の上に降り立ち

「だからあの人を――大切にしてあげて。
 私に言える義理は、無いのだけれど」

両手の銃で、2体の魔獣に止めを刺した。
130 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:45:20.53 ID:j/PTD7Ss0
「ほむらも、自分に呪いをかけているの?」

「――そうよ」

街灯と街灯の間に、一本の太いリボンが渡され

「どんな?」

その上をマミさんが駆け抜けると同時に、何丁もの銃がセットされていく、

「――ずっと、走り続けること。
 かつてはその為に、他の全てを切り捨て、見捨てた――」

そして終点で、破軍の女神の右腕が高々と上げられ

「とても盲目的で、とても罪深い、背徳の業」

魔獣共に向かって振り下ろされると同時に
数十丁の銃が、一斉に火を噴いた。



「あの、佐倉さんも、やっぱり呪いを?」

マミさんの姿が、重なり合う魔獣共の向こう側へと回り込んでいった。
無粋な端役の巨体は、主役の演舞を完全に覆い隠し

「ええ、とても頑なで、とても寂しい呪いをね――」

ただ閃光と銃声だけが、彼女の健在を報せている。

「けれどそれは、私がここで語るべきことではないわ。
 いずれ時が来たら、彼女自らが語ってくれるでしょう」


やがて犇めき合う魔獣共の右端から、雲を抜ける太陽の様に
金色の戦乙女が、再びその姿を現した。
131 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:46:18.44 ID:j/PTD7Ss0
「そろそろ、終わりね」

語りをいったん打ち切り、ほむらがぽつりと呟く。

「え――? まだ半分以上残って……」

「あ――もしかして――?」

一人だけ理解の遅れるあたし。けれどもすぐに、二人の言葉の意味を理解する。

「Legare! −Angusta-area−」

よく響く声と共に幾多のリボンが、魔獣共を一纏めに拘束する。
今までの円を描くような立ち回りも、ただ敵を少しずつ削り、倒す為だけのものではなかった。
全ては今、この為の布石。相手を横に広げず、狭い範囲に集める為の。

そして超巨大な銃、いや砲が、魔弾の射手の前に形作られていく。


「今や貴方達は全てを知った上で、自分の意思で運命を選択出来る。
 そして私はもう、必要以上に干渉するつもりは無い」


「Tiri☆Finale −Mitragliatrice−!」


「けれど、これだけは憶えておいて。
 自分に呪いをかけられなければ、魔法少女は長生き出来ないのよ。
 ――かけられたからといって、長生き出来る保証も無いのだけれど」


決め台詞と共に撃ち出されたのは、1発でなく数十発の光弾。
身動きの取れない魔獣共は、全て瞬時に蜂の巣になり
グリーフシードを遺して、また虚無の向こう側へと還っていった。



世界の移ろいが回復していく中、マミさんは変身を解き、こちらへと足を戻す。
あたし達以外には誰も知ることの無い、街の英雄の小さな凱旋。
それを迎えるほむらの両手が、ゆっくりと鳴り始める。
それはあたしとエリにも伝染し、静かな夜に響き渡る拍手が、一人の少女の帰還を祝福する。

帰って来たマミさんにどんな言葉をかけようか、あたしなりにあれこれと考えてはみたけれど
結局あたしの、そして皆の口から出たのは、ほむらに引きずられての、とてもシンプルな単語。

「おかえりなさい、巴さん」

「おかえりなさい、マミさん」

「おかえりなさい、先輩」

「おかえり、マミ」


「え、な、何!? どうしちゃったの、皆?
 …………ただいま」

三人と一匹の、予想もしていなかった暖かい出迎えに
マミさんは戸惑い、はにかみながらも嬉しそうな笑みを浮かべる。
その瞳から何かが、星の光を映しながら零れ落ちていった。


「それじゃ戻ったら、皆でお茶とケーキにしましょう」
132 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:47:08.94 ID:j/PTD7Ss0
「何で、魔獣って、言うんでしょう」

四人と一匹揃っての帰り道、エリが何やら質問をする。

「何でって――そう誰かが名付けたからじゃない?」

だがすでにあたしの頭の中は、戦勝祝賀会のケーキのことで一杯だ。

「……だから、どう見ても人型なのに、何故、『獣』なのかです」

「あー、そうだよね、そういえば何でだろ。
 『魔人』とかの方がぴったりくるよね」

攻撃方法もメインは光線で、かみつきとかひっかきとか獣っぽいことはまずしないし。

「うーん、英語で言う『Wild Hunt』の意訳らしいんだけど
 確かに、据わりは悪いわよね」

流石にマミさんは博学だ。
英語には自信無いけど、『Wild Hunt』――『野生の狩り』?
狩り=獣の連想? いやしかし苦しいような……

「うーん、なんで『獣』なんて字を使ったんでしょうね」

「さあ? 日本古来の呼び方だと、『夜行』とか言うらしいけど」



「――多分ね、『同属殺し』ではないという意味」

一歩前を進んでいたほむらが静かに口を開き
そして『獣』の文字について独自の見解を述べ始める。

「『同属殺し』?」

「倒しても、『人殺し』には、ならないっていう、意味ですか?」

「――そう、そんなところ」


返答と共に髪を払う左手が、姿も獣の白い生き物を、肩から叩き落としそうになる。
頭の真上に飛び乗ったそいつに、何時ものような文句をつけることも無く
ほむらはただ、歩き続けていた。
133 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:47:52.69 ID:j/PTD7Ss0
キュゥべえを右肩に乗せ、道すがらほむらが語り始める。
坦々と、あたし達三人にただ背だけを見せながら。

「魔獣は、外見は人に似ていても、その由来も本質もまるで別のもの。
 だから私達が背負う業も、遥かに軽くて済むの」

「使う力には、返す力が在り
 それは善悪に寄らず三倍返しだと、人の魔女達は教える」

「けれどそこまでの暴利で無くとも
 元より人の死は、どんな奇跡をもってすら、贖うことは出来ない程のものなのよ」

「故にどんな理由があれ、どんな形であれ
 人を殺した者には、相応の報いがある」

「祈りは自らを裏切り、望むものは手をすり抜け
 ――そして決して、幸せは得られないの」


くるりと、ほむらが振り返る。
あたしと、そしてエリをじっと見つめ、言葉を続ける。

「けれどもうこの世界の魔法少女は、凍てついた嘆きの河に落ちることもない。
 世界は少しだけ、優しくなったから」

今度はマミさんに目を合わせ、そして話を締め括る。

「――正義も、愛と勇気も、儚い幻想では無くなったのよ」



「……暁美さん――貴方は?」

マミさんが、ほむらに問う。
あたしには分からない、二人だけに通じる何かを。

「私は――」


また私達に背中を見せ、ほむらは歩き始める。
半ば自分に言い聞かせるように、呟きながら。

「私はただ、走り続けるだけ。
 何処にもゴールが、存在しないとしてもね」
134 :視点:佐倉杏子 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:49:13.84 ID:j/PTD7Ss0
四角い焼きそば、超大盛りサイズの作成も最難関。
面白みの無い琺瑯の洗面台の上で、湯をゆっくりと、慎重に慎重に切る。
――いつも思うけど、これって絶対、『焼き』そばじゃねーよなー。
んよっしゃ。後は液体ソースとふりかけ・スパイスをかけて、何回か掻き回せば出来上がり。


(――いただきます――)

薄汚れた壁に寄り掛かって、少年漫画雑誌を開きながらの夜食。
どの漫画も相も変わらず、文字通り絵空事な『努力・友情・勝利』がテーマ。
――ま、嫌いじゃあ、無いけどな。


ん――?

こんこん、と窓を叩く音。
ホラーで無いとしたら、多分アイツだ。
人の食事中に何の用だよ、まったく。

洗面所の窓の小汚いカーテンを勢い良く開ける。
普段なら隣のビルのひび割れた壁しか見えない、くすんだガラスの向こうに居たのは
確かに、アイツだった。

――そして、アイツを肩に乗せ、翼を広げた魔法少女だった。



「――誰かに見つかったらどうすんだよ」

「この時間の裏通りだし、まず大丈夫でしょう」

「いいから、早く入れよ」

地上遥か上の小窓からぬっと入ってくる一人と一匹。不審者なんてレベルじゃねぇぞ。
確かにこの時間のこの辺は、酔っ払いしか居ないけどよ。

「で、わざわざ何の用だ?」

「貴方の取り分のグリーフシードを持って来たのよ。
 只働きはしない主義なんでしょう?」

「そんなの、キュゥべえに任せればいいじゃねーか」

「巴さんも、気にかけていたわよ」

「……」

「ところで、使用済みのグリーフシードもそこそこ溜まっているんじゃないのかい?
 昨日は結構な数の魔獣を、一人で相手にした訳だし」

「……」

もう一度、窓を開ける。
ポケットから取り出した、濁り切った四角い粒を
節分の豆撒きの要領で勢い良く撒き散らす。
畜生は外、だ。

「あああっ、何てことをするんだい、君はっ」


白い獣は大きく跳ねて窓から飛び出すと、向かいの建物の壁を駆け下り
異臭の漂う暗い路地へと、宇宙の為のエネルギーを追いかけていった。
135 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:50:01.72 ID:j/PTD7Ss0
「酷いことをするのね。キュゥべえに恨みでもあるの」

そう言いつつも酷いとは欠片も思ってねぇな、こいつ。
いつも以上に台詞が棒調子だし。

「メシの邪魔をされた」

「なら私も同罪になるのかしら」

「前科は無いから、執行猶予だな――
 て、何してんだよ」

「ブラインドを下ろして、鍵を掛けて、カーテンを閉めているの。
 どうせその気になれば、転移で入ってくるでしょうけど」

「……どっちが酷いんだよ」


夜食再開。
放置の客が部屋をぐるりと見回し、髪を軽くかき上げてから、難癖をつけてくる。

「随分散らかっているのね。不法侵入がバレたら問題ではないの?」

どうも用は済んだ、はいさようならの気は無いらしい。
ま、別に構わねーけどな。マミと違って、そんなに小煩いヤツでもねーし。
……ただ、手に持った大き目のバッグが気にはなる。

「この部屋はここ暫らく、『正式』にアタシが借りてるからな。
 ここはそういうとこなんだよ」

「……具体的にどういう処かは聞かないわ」

「その方がいいな」

「ここのRocky、一箱貰っても良いかしら」

「ああ……って、もう開けて咥えてるじゃねーか!」


焼きそば完食。デザートのティラミスチョコレートに移行。
口一杯に頬張り、ペットボトルの緑茶で流し込む。

「確かにどれ程心配していようと、こんな所に巴さんが来るのは無理ね。
 瓜田に靴を入れず、盗泉の水は飲まず、の人だから」

小難しいことを言いやがる。大体意味は判るけどよ。

「アンタは平気なんだな」

「十億百億単位の窃盗に比べれば、どうということはないもの」

「……何だよそれ。一体何と比較してんだよ」

「――どこぞの世界の、凶悪テロリストとよ」
136 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:51:00.13 ID:j/PTD7Ss0
「ティラミス作りの腕前も、かなり上がったそうよ」

勝手にソファーに陣取って、勝手に菓子を喰いながら
招いた覚えの無い客は、その友人の近況を告げる。
懐かしいな――マミのティラミス。
Tirami su――イタリア語で、どんな意味だったっけか。

「久し振りに、食べに来て欲しいって、巴さんからの伝言」

「……行かねーよ、面倒だ」

「それでも結局、面倒な奴が差し入れを持って、飛んでくることになるわよ」

「それも、ウゼぇな」

「仕方無いわ。ウザい奴にはウザい仲間が居る、これは天の法則。
 故に巴さんはウザい、私もウザい、貴方もウザい」

「何気に勝手に仲間扱いしてるんじゃねーよ」

「でも一番ウザいのは、やっぱりさやかね」

「さやか?」

「青い子よ」

「あーアイツは確かにウゼぇな」

「出来れば貴方に引き取って貰えると助かるのだけれど」

「何でそうなるんだよ。丁重にお断りだね」

「残念ね――あと、少しだけ訂正」

そう言ってウザい客はまた髪をかき上げ、咥えたスティック菓子で部屋の隅を指し示す。
何時の間にかそこに居たのは、椅子の上で丸くなる、他の星から来た獣。


「一番ウザいのは、やっぱりアレよね」
137 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:51:52.74 ID:j/PTD7Ss0
「酷い言われようだね。
 会話の邪魔をしないよう、大人しくしていたつもりだけど?」

ウザい獣が起き上がり、尊大な客に無駄な抗議を申し立てる。

「消えろと言われないだけ、感謝なさい」

「やれやれ、取り付く島も無いね。
 それじゃまた、目立たないように大人しくしてるとするよ」

「そこに、まるで機能していない、横倒しに転がったゴミ箱があるでしょう」

「あるね」

「その中に入って居て貰える? 無論逆さに伏せた上で」

「……」

女王然とした不遜な客の不当な要求に無言で従う、高度な知性を持った感情の無い獣。
アタシも大概だが、コイツのコレに対する扱いは更に輪を掛けて酷いな。

――て?

「何、着替え始めてんだよ!?」

「見ての通り、寝巻きに。
 薄汚い獣の眼も封じたことだし」

バッグの中身はそれかよ。枕にブランケットまで入ってるじゃねーか。

「……まさか、泊まってくつもりかよ」

「ええ。昨夜、巴さんが私の処に泊まっていったから」

「それが、何の関係があるんだよ」

「そして明夜、貴方が巴さんのところに泊まる。
 ――それが『円環のお泊り』」

「……」


「……忘れて」


「……嫌だね」


「……Rosso Fantasma」


「……やめろ馬鹿」
138 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:52:49.60 ID:j/PTD7Ss0
「やはり貴方が相手だと、色々と話しやすいわね」

黄色い電球だけになった部屋の中、既にソファーは客の植民地と化した。
一枚の薄いブランケットが、高らかに領土の所有権を宣言している。

「アタシはアンタと話すのが、こんなに疲れることだとは思わなかったよ」

「打たれ強くて、タフだからかしら」

「……アタシはサンドバッグか何かか」

「でも一番便利なのはインキュベーターね。
 蜂の巣に撃ち抜いても、すぐに替わりが現れるから」

「冗談だとは思うけど、やめてくれないかな。
 君のストレス管理も重要だけど、その為に体を潰すのは釣り合わない」

部屋の隅で引っくり返ったゴミ箱が軽く左右に揺れ、忘れられかけたその存在を主張する。

「ええ、冗談よ。
 苦労して手に入れた鉛弾、貴方如きに使うのは勿体無いもの」

「……今、凄く気になる台詞があったんだが」

「……色々気にしないのは、お互い様にしない?」

「……その方が、良さそうだな」

コイツはそんな必要性も無いし、まずただの冗談だろうが
アタシはATMとか、かなり色々やってるからな――



「にしても本当に、アンタがこんなヤツだとは、思わなかったよ」

「一体、どんな奴だと思われていたのかしら」

――あれ?どんな奴だと思っていたんだっけ?
不思議と馴染んでいたからつい忘れていたけど
こいつと会って話をしたのは、あの夜以来ほんの数回でしかない。
――殺し合いまで、した仲ではあるが。

「そうだな――あの夜、最初遇ったときのアンタは、まるで幽鬼みたいだったよ」

「……そうだったかしら」

「今は何というか――生きていて楽しい、って雰囲気があるかな。
 その分ウザくなっちまってるけど」



「生きていて楽しい――か。
 確かに、そうね」

幾許かの間を置いて、再開される会話。
声の調子が、一転して重くなる。

「今は楽しいわ――分不相応に」

冷徹な調子の、簡潔な語句の――
何処までも自分を押し殺そうとして、しかし完全には押し殺しきれていない
そんな、語り口になる。


そうか。
何でだかアタシはコイツを、こんなヤツだと思っていたんだっけ。
いつもこんな感じで、何かを語るヤツだと。
139 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:53:32.41 ID:j/PTD7Ss0
「今、私の周りには、かつて望んだもの全てがある。
 一番望んだもの、ひとつだけを除いて」

一番望んだものを除いて、か。
魔法少女ってのは、結局そういうもんなんだろうさ。
だから――

「だから、怖いの」

そう、怖いからな。

「過去を忘れてしまうのが、怖い。
 未来を求めなくなってしまうのが、怖い」

だからアタシは、そういったもの全部、捨てちまったよ。
元から何も無ければ、失うことは無いからな。

「――そして、今を失ってしまうのが、怖いの」

本当に怖いよな、それ。
昨日まで有ったものが、何も無くなっちまうんだから――



「もし、あの夜」

あの夜、か。あの夜は――

「貴方の声に、あの一歩を踏み出さなかったら――
 ただ心の命じるままに、あの場所から逃げ出していたら――」

多分アタシも、見滝原に出向かない率の方が高かったよ。
もしあの夜、マミのことを見捨てていたら――

「今、私は、どうしていたんだろう――」

もしあの日、マミの所を――
いや、止めとこう。

「アンタは踏み止まって、一歩前に出た。
 それが、全てさ」

考えて良いのは、今有る世界のことだけだ。


「『もし』なんて考えたって、今更何の役にも立たねーよ」

いくらあれこれ考えようと、過去を変えることなんて、誰にも出来ないんだから。
140 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:54:05.37 ID:j/PTD7Ss0
「本当はね、貴方と少し話したくて、ここに来たのよ」

声の昂りを矯正し、普段どおりの口調で今更な発言をする客。

「少しというか、かなり喋ったな」

「――そういう意味では無いのだけれど」

「言いたいことがあるなら、言ってみな。
 ちゃんと受け答えする保障は出来ねーけど」

予防線を張ったアタシの返答に、何故かほむらはくすりと笑ったように見えた。
それから薄暗い部屋の中で、アタシに尋問を始める。

「貴方が大した理由も無しに、見滝原まで来ることは無い」

「まあな」

「昨日は巴さんの申し出について、私達ときちんと話し合うつもりで来たのでしょう?
 受ける心算は無かったと思うけれど」

「違うよ」

そんなのはもう、とっくに答えの出ていることだ。今更相談も何も無い。
そんなことで、ふらふらと見滝原まで彷徨い出たりはしない。

「え……?」

見開かれた眼がアタシを向く。何だ? その驚き様は?
アタシからすればまるで見当外れの予想に、そこまでの自信が――
あ、ああ、いやそういうことか。

「あ、いや、受ける心算はねぇよ。それで、理由が全然違う」

ほむらの瞳孔が元に戻り、納得のいったような、そして少し残念そうな顔で、質問を続ける。

「そう――良かったら話して貰えないかしら。その、理由」


少しだけ、迷う。
昨日も別に相談しようとか明確に決めて、二人を探していた訳じゃない。
そもそも相談したところで、何か新しい解決策が見つかるとも思えないし。


「……例えば、児童虐待の証拠を見つけたとして、アタシ達には何が出来るんだろうな」

簡単なことだった。
救いを求めているのはアタシじゃない。あの子だ。
なら、少しでも可能性を探してやるべきだ。
141 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:54:43.79 ID:j/PTD7Ss0
「そう、それであんなに苛ついていたのね」

……何だ? その、全て合点がいったとでも言いたげな顔は。
しかしその識者ぶった態度とは裏腹に、ほむらが発したのは
ごく短い、在り来たりな回答。

「警察に通報」

「――わざわざ聞いたのが馬鹿らしくなるくらい、月並みな答えだな」

「魔獣相手以外では、普通の中学生なのよ。
 ――私と、巴さんは」

普通、か。
確かに普通の中学生ならそれが出来るし
そして、それしか出来ないだろうな。

「――ならアタシには、他にどんな選択がある?」

「誘拐」

即座に返ってきたのは、ある程度予想していた内容から
一切のオブラートを剥ぎ取った答え。

「――ぶっちゃけたな」

「両親が健在なら、どう取り繕おうともそういうこと。
 その資格の無い相手から救い、同じ場所に置いて何処までも護り通す
 そんな表現を使ったところでね」

「アタシと、同じ場所か――」

まず幸せには、為れないな。
施設送りでも幸せを見つけるのは難しいだろうが
世の中から消えちまうよりは、ずっとマシだ。

「貴方では色々と問題があるでしょうし、私達が替わりに通報しましょうか」

腹は決まった。そのくらいは、こいつらにも頼ろう。

「――そうだな。
 ただ、何処の誰なのか、そいつが分からねぇ」

今ほむらが言ったことは、アタシも一通り考えた。
その上で全てが行き詰る問題点、それがここだ。
子供の下の名前だけじゃ、簡単に調べはつかない。


「――名字もちゃんと、聞いておくんだったな」

まあ、全く方法が無い訳じゃない。
同じくらいの歳の小学生に聞き込みとか
ちょいとばかし目立っちまう方法だけどな。
142 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:55:19.98 ID:j/PTD7Ss0
「――千歳」

「あ?」

「千歳、ゆま。緑の髪の女の子」


何……だと――!?


何故知っている――コイツは……一体――?


「その反応だと、やはりそうなのね。
 これもまた、運命律の定めるところなのかしら」

「……アンタ――何者だ?」

少しだけ、目の前の少女に恐怖を覚える。
――そういえばコイツは、アタシのこともやたら良く知っていた。
マミから聞いたんだとばかり、思っていたが。

「ただの事情通よ。でも残念ながら、その子の住所までは知らないわ」

「――答えになってねぇ」

「そうね――でも、同じことを何度も語るのは嫌いなの。
 無駄で、面倒だから」

素気無く回答を拒否した上で、それ以上の質問を避けるかのように
ソファーの上の少女は鼻の上までブランケットを引き上げる。

「だからそれは、巴さんから聞いて貰えるかしら」

「マミからって――」

何でそこでその名前が出てくるんだよ。

「明日の晩で無くてもいいわ。
 またいずれ、で。
 それじゃ、おやすみなさい――」


……おい。
『円環のお泊り』って、冗談じゃ無かったのかよ。
……ウゼぇ。全く、ウゼぇ。
143 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:56:12.42 ID:j/PTD7Ss0
ふと、目が覚めた。
用を足し、洗面所の窓から外を見ようとするが、ブラインドが下りていた。
草木も眠る時刻、まだ朝には程遠い。

少しばかり、冷える。
空調は効いている筈だが、所詮はオンボロホテル。
空っ風の中での野宿を思えば、それでも天国ではあるし
ソファーの上で図々しく寝こけている客に、布団を押し付けてやる。

寝直そうとしても、目が冴えてしまった。
瞼を閉じたまま、色々と思索を廻らす。
やっと手に入れた手掛かりと、これからのことについて。
そして、その手掛かりをもたらした、得体の知れない少女について。

「『千歳ゆま』か――」

「その名前が、昨夜の彼女の話を裏付けてくれるのかどうか
 それは実に興味深いね」

声の方に目をやる。
こちらを見返しているのは、闇の中に二つ浮かぶ、赤いガラス玉の様な眼。

「テメェも知ってるのか、ほむらについて」

「二人の会話を聞いていたからね。
 マミの知っていることなら、僕も知っているさ」

眼に、力を込める。
涼やかにただ、無感情で受け流されるだけだが。
――コイツはアタシ達のことを色々知っている。知り過ぎている。
時にそれが恐ろしくなり、憎悪を抱く程に。

「マミの替わりに、僕から聞くかい?」

「……やめとくよ」

ま、マミに話したというなら、秘密でも何でも無いんだろうし
その内ちゃんと本人から聞く機会も有るだろうさ。
それより問題は、夜が明けてからのこと。
果たして『千歳ゆま』は見付けられるのか。
そして見付けられたとして――


「あ」

「どうしたんだい?」

「Tirami suの意味、思い出した」

「『私を引っ張り上げて』、つまり『私を元気付けて』だね」

「――テメェが言うなよ、バカ」
144 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/03(土) 03:59:01.97 ID:j/PTD7Ss0
今回はここまで。また月が変わってしまっただよー。

筆の遅さと内容のグデグデさに胃がキュリキュリする。
やっぱりオラにはSS書く能力なんて無かっただよー。

この先はどうなるのかしら。面白く出来るのかしら。
教えてエロい人。あと替わりに続き書いて。
若Qほむとゴジほむはどっちがエロいのかしら。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都) [sage]:2011/12/03(土) 04:11:43.07 ID:rW+nDdQ5o
投下来てたぁぁぁしかもほぼリアルタイム遭遇ぅぅぅ
大量投下乙、今回も読み応えあった
ほむらの複雑な心境とか描写うまいな
というかこれ面白いだろ、どれだけ>>1は理想高いんだよ


>>1が頑張ってるとこ見たから
俺も放置状態になってる自分のスレ頑張ることにするわ
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/03(土) 11:34:46.97 ID:U2SpT6xKo

円環のお泊りwwwwww

議員の薔薇園とか車椅子の少女とかいろんな伏線にわくわくするわ
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/12/03(土) 15:47:33.54 ID:5R/XdIaEo
グデグデというか後日談っぽい落ち着いた雰囲気だな
キャラのやりとりもいい感じだった

こういう雰囲気の話でストーリーのあるまどマギ長編ってなかなかないから
これだけまとまった量でキリのいい終わり方なら投下速度的には大丈夫じゃね
148 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 01:58:00.97 ID:xbZZJh/To
円環のお泊りワロタ

似たようなネタ温めてたから思うが、>>1の上手さは異常
ほむらの事情通っぷりとか、小難しいこと言いたがる感じがスゲー上手い
149 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 13:21:40.86 ID:wSnVZPlDO
良いお年を〜。
150 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:03:07.48 ID:5Xvw88KS0

筆が進まないのです。
予定の分量には達していないのを内緒にして投下し
月内年内に更新出来たと主張します。
おれさまわわるくない
わるいのはもんはんとらいじーだ



……とも限らないのです。
書こうとして、テキスト開いて
ふと気付くとスパイダーソリティア二時間ぐらいやってたりする
立ち上がりの悪さが主な原因ですし。

駄目過ぎじゃん。
151 :視点:真矢エリ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:04:59.47 ID:5Xvw88KS0

「確かに手軽だよねー。
 あたしでもそこそこのもの、簡単に作れそうだし」

ごく普通の、何処にでもある下校風景。

「時間を掛けずに済むのが、一番の利点かしらね。
 ――それにSand-Witchなんて、いかにも私らしいし」

他愛の無い会話を交わす先輩二人の後を、少し距離をとって付いていく。

「Sand-Witchってゆーと――砂の魔女……だよね?」

砂の魔女――
なんか砂漠の廃墟に、独り佇んでいるイメージ。

「そうね、そんな感じ――
 砂とか魔女とかって、煮ても焼いても、パンに挟んでも食えないでしょう?
 一説にはそれがサンドイッチの語源」

「サンドイッチさんが発明したからじゃないんだ?」

「定説はそっちだから、その認識で構わないわ」

――でもせめて、伯爵って呼んであげましょう。

「確かにほむらって、煮ても焼いても食えない――ってのは置いといて
 で、つまり、手の掛かるものとかはあまりやらないんだ?」

「ええ、料理の経験自体殆ど無いし
 まともに作れるのは――精々がクリームシチューくらい。
 お弁当に向く様なものではないわね」

一品でも作れるだけ大したものだと思います。
私は即席麺とカップ麺くらいしか作ったことがありません。

「ふーん。まあ独り暮らしって、そんなもんだって言うよね」

コーヒーの正しい淹れ方も知りませんでしたし。
コーヒーの場合、蒸らし時間は30〜40秒程で良いのでした。

「独りだと自炊よりも買って食べる方が安くつくもの。
 巴さんみたいに料理自体が好きでないと、なかなかね」

そもそも紅茶とコーヒーでは、『蒸らす』の形態がまるで違うことも、全然知りませんでした。

「うん、それもあるけどさー。
 やっぱ食べてくれる人が居ないと、料理する気って起きないじゃない?」

うーん、食べてくれる人かぁ。

「――そうね。それは真理だわ」

私も今度、何か料理に挑戦してみようかな――

「ま、さやかちゃんは常に食べる役専門なんですけどねー、あはははは」
152 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:06:36.23 ID:5Xvw88KS0

「じゃ、あたしはここで。また後でマミさんとこでね」

「はい、また後で」

どこからか来たメールへの返信を終え、美樹先輩が信号待ちの私達と道を別つ。
確か入院しているクラスメイトの人の、お見舞いに寄っていくんだっけ。


――暁美先輩が、挨拶を交わさない。
目を信号の方にやったまま、何かを考え込んでいるようなその様子に、怪訝そうな目を向け

「じゃね、ほむら」

もう一度声をかけてから行きかけた美樹先輩を


「――さやか」

暁美先輩が、呼び止めた。


「何?」

振り向いた美樹先輩に、しかし顔を向けることなく
髪を一度軽くかき上げてから、暁美先輩が言葉を紡ぐ。

「不運な事故で、手も足も動かすことが出来なくなっても――
 口で花の絵を描き続け、皆に希望を振りまいている
 この郷土には、そういう詩人の人も居るのよね」



「それってさ――」

暫しの後に、美樹先輩が口を開く。
拳を、握り締めて。

「それって……もう、恭介は駄目だっていう意味?
 ヴァイオリンは諦めろって、そういうこと?」

堪えきれなくなったものを、懸命に抑えているような声。
その声へと暁美先輩が向き直り

「――可能性に対する心構えは必要よ。
 目を逸らしたところで、ツケが大きくなるだけ」

紫の眼と蒼の眼とが、正面から向き合う。

「それに、何もかも失ったと思っても――」

「あんたに……何が分かるの?」


堰が、切れ

「恭介のことだって――クラスでちょっと聞いたってだけでしょ?
 演奏を聴いたことも、会ったことすら、一度も無い癖に!!」

美樹先輩から、激情が、溢れ出した。
153 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:07:40.38 ID:5Xvw88KS0

その一語のみで、しかし嵐は過ぎ去り
替わりに雑踏から切り取られた静けさが、私達を包み込む。
やがて信号が青になり、停められていた人の群れが、こちらへの関心を捨てて動き出しても
三人の時間だけは、止まったまま。





そして信号が、再び赤になった頃

「……あたしもね、そこまで馬鹿じゃないんだよ」

美樹先輩が、静かに口を開く。
沈黙の刻が、ようやく終わる。

「恭介の腕について、大人達がどんな話をしてるか、知ってるし……
 脊髄損傷ってどんなものか……自分でだって……調べてみたし……」

微笑みでない、微笑み。
その頬を伝い、雫が一滴、歩道の煉瓦に落ちた。

「……あたしはね、恭介の運命を握ってるんだ。
 こんな――何の取り柄も無いあたしが、恭介の未来を左右しちゃえるんだよ?」


ふらふらとした足取りで、しかし視線は暁美先輩にしっかりと据え付けて
美樹先輩がこちらに歩み寄る。
その両手が縋りつく様に伸び、黒髪の少女の肩を掴んで、揺さぶった。

「ねえ、どうしたらいいと思う?
 教えてよ! あんた何でも知ってるんでしょ!!
 どうしたらいいか……あたしに教えてよ!!!」



「――私の識っていることなんて、碌でも無いことばかりよ」

訴えかける眼差しを湛然とした瞳で受け止めて
暁美先輩は、ただ冷徹に言葉を返す。

「貴女を打ちのめす現実なら、幾らでも示せる。
 けれどただ希望のみを示すことは、私には出来ない」

答えを、救いを求める蒼い瞳を、突き放すように

「だからもう私に、これ以上重ねる言葉は無い。
 希望を探し出すのは、貴女自身の戦い」

或いは、自らで立ち向かう覚悟を、促すように。
154 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:08:45.26 ID:5Xvw88KS0

また、暫しの見つめ合いの後

「……っ」

一声の微かな嗚咽と共に目を瞑り、肩を捉まえていた両手を離して、美樹先輩が踵を返す。


「さやか」

そして数歩走りかけたその背に、暁美先輩が呼び掛けた。

「愚痴りたくなったら――
 それくらいなら、私でも役に立てると思うわ」

一瞬だけ、その足が止まる。
けれど振り向くことも、返事を返すことも無く
ただ一度背を震わせてから、蒼い髪の少女は走り去っていった。



再度鳴り響く、カッコーの鳴き声。
人の群れと共に、今度は私達も動き出す。
横断歩道を渡りながら携帯を取り出し、『脊髄損傷』について調べてみる。


――――――――――


……これは、無理だ。
奇跡か、魔法でも、無い限り――



「切れたものを、もう一度繋いだとしても――
 全て元通りとは、いかないのよね」

立ち止まり、ぽつりと暁美先輩が呟く。
開いた左手を、じっと見つめながら。


「またそこに、意義も有るのだけれど」

そして数回手を閉じたり開いたりしてから、軽く髪をかき上げ
また先輩は、歩き出した。
155 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:09:59.94 ID:5Xvw88KS0

「……あの、今日は、体育があったので
 一度家に帰ったら、シャワー浴びて、着替えても、いいですか?」

家まで後数分というところで、ようやく切り出せた。
とにかく今日は、着替えだけでもしておきたい。

「いいわよ。なら――
 家に着いてから、20分後くらいにね」

……ふぅ。
拒まれることは無いと、解ってはいたけれど。
ともあれこれで、気懸かりは一つ無くなった。


「どう? クラスでは上手くやっていけてる?」

「はい」

何時も通りの問い掛けに、何時も通りの答えを返す。
さっきの出来事が嘘の様な、何時も通りの下校風景。

「特に何も問題は無いのね?」

何時も通りでも無かった。
少し念入りに、重ねて問われる。

「はい」

微かに不安を抱きながらも、再び言い淀むことなく、はっきりと返事をする。
――そう、大した、問題は無い。


「じゃ、その羽ももう不要かしら」

「え――?」

不意に暁美先輩が振り返り、こちらに歩み寄ってくる。
思わず数歩、後ずさる。
――が、どれ程近寄られたく無くとも、私に逃げる権利は無い。
この羽が、所詮先輩からの借り物に過ぎない以上。
156 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:10:58.41 ID:5Xvw88KS0

身を竦める私の目の前で、先輩の白く肌理細かな右手が
左襟の白く淡く輝く羽に伸び、奪い去る。
そして立ち尽くす私を尻目に
先輩は先程までと同じ距離に戻り、私に背を向けたまま、呟く。

「嘘よ」

羽を持つ先輩の手が、おそらくは眉間の辺りに持っていかれる。

「でも折角だから、魔力を補充しておくわね」

そして先輩の頭の輪郭に沿って、淡い紫色の光が差し込む。
その魂と同じ、魔力の色。


「はい」

再び先輩が私に近付き、その右手が私の襟元に伸びる。
先程までと同じ場所に、貼りつくように白い羽が留まる。

「大切にしてね――貴女自身を。
 辛いことがあったら、ちゃんと頼って」


「……はい」

少し力なく返事をした私に、何時もの優しい微笑を向けると
暁美先輩は再び距離を戻し、髪をかき上げてから歩き始めた。



母は、パートで不在。
脱いだ制服を適当に畳み、クリーニングを頼むメモを残してから、シャワーを浴びる。


降り注ぐ水流は、全てを洗い流してくれる。
……なら、いいのだけど。
それでも、頬を伝う何かは、誤魔化してくれる。
自分自身に対して、さえも。


……どうということは無い。まだ、相談する程に大した問題じゃ無い。
以前にも何度か、経験済みのことだし。



体育の授業から戻ってみたら、制服が少し汚されていた。
ただ、それだけのことだ。
157 :視点:敷島あげは ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:12:32.94 ID:5Xvw88KS0

「うふふ、どうだった?」

園芸雑誌を繰る手を止め、藍玉の姫君に声をかける。
予想よりもずっと早いご帰還。

「それが丁度、リハビリ中かなんかだったみたいで……」

……ふむぅ。
今日の姫君には、何時もの明るさが無かったけれど
王子様に逢ってくれば、元気を取り戻すかと思ったのに。

「薔薇は全部活けてきましたけど……
 あたしだって気付いて貰えそうにはないなぁ」

王子様のお見舞い用に姫君に渡したのは、今私の傍に置いてあるのと同じくらいの
両手で抱える程の薔薇の花束。
『病気の回復』を花言葉に持つ、桃色の薔薇をメインに
愛と純潔を表す紅と白の薔薇を数本、あしらったもの。

……それにしてもそう思うなら、メモくらい置いてくればいいのに。

「うーん、なんかごんぎつねみたい……」

特にどうという意図も無く口を衝いて出た言葉。
しかし今の美樹ちゃんはそれに過敏に反応する。

「……あたし、その話、嫌いです」

普通の精神状態だったら、他愛の無い冗談じみた例えとして
さらりと聞き流す程度なんだろうに。

「いかにも受け狙って悲劇書いてみました、って感じで。
 ――贖罪と献身の代償が、その相手に撃ち殺されることとか、有り得ないじゃないですか!」

それは、正しい感性。理不尽な運命に対する、怒り。
しかし、誰もがその結末に不満を感じ、嫌う程

「――そうね。私もあんまり好きじゃない、かな?」

同じだけ皆を惹きつけ、取り込んでしまう。
それが、良く出来た悲劇というもの。

「自己満足して死んでいったごんぎつねはともかく――
 あの猟師さんは最後に、全ての真相を知っちゃうでしょ?
 とても重い業を、背負い込まされる訳よね」

「……」

「もっとも何も知ることが出来なかった場合
 それはそれで、愚かな道化になっちゃうんだけどね……」


それでも私はやっぱり、ハッピーエンドの方が好き。
例え牽強付会でもって、機械仕掛けだか魔法仕掛けだかの神様の世話になるとしても。
158 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:13:47.35 ID:5Xvw88KS0

「じゃ、こっちは皆にね」

湿っぽい話題は早々に切り上げましょう。
ネガティヴの渦に飲み込まれてしまう前に。

もう一つの薔薇の花束を手に取り、隣に座った美樹ちゃんに渡す。
こちらは黄と青の花を追加して、五色を均等に束ねたもの。

「赤、白、桃の花言葉は、さっき説明した通りね」

復唱は、不要でしょう。
この辺は大体色のイメージ通りだと憶えておけば、それで問題無いレベルだし。

「黄色い薔薇の花言葉は――良くないのも含めて色々あるけど
 『友情』辺りだと覚えておけばいいかしら」

「『友情』、ですか――」

友情、という言葉に何か思う所以があったのだろうか。
瑠璃の瞳がじっと、金糸雀色の花弁を見つめる。

「そ。だからお友達――特に色の合う、巴さん向けにね。
 それで青い――というよりは青紫の薔薇だけど
 これの花言葉は『不可能』」

この色は美樹ちゃんだけでなく、暁美さんにも合うかな。

「『不可能』ですか――
 あまり良い意味じゃ無いですね」

「うふふ、でもそれは創り出される前の話。
 今の花言葉は『奇跡・神の祝福』」

「へー、なんか壮大」

「ま、奇跡といってもヒトの手によるもの――
 要するに、遺伝子組み換えの産物なんだけどね」

「遺伝子……」

軽い拒否反応の気配が、手にした少女の顔に浮かぶ。
法的に言うなら、安全は『保証』されているのだけど。
――少なくとも、毒が有る訳でも、夜な夜な血を吸う訳でもない。


「摂理を捻じ曲げた傲慢な行為の産物と、捉える人も居るでしょうし
 長年人が追い求めてきた夢の結晶と、捉える人も居るでしょうけど」

宗教的倫理、技術的挑戦、商業的価値、etc.
この花が創り出される過程で皆が抱いた思いは、人それぞれでしょうけど

「私は面倒臭いから、あんまり深く考えないことにしてるの。
 好きなものは、結局好きなんだし」

それは所詮『ヒト』の、勝手な思惑。
そしてこの花は『バラ』として――
一つの命として今ここに、既に存在する。


「一つの命がそこにあって、それが綺麗な花を咲かせる――
 ただそれで、いいんじゃないかしら」

そう、だから私も『バラ』として――
一つの命として、それに対するに相応しい扱いをするだけ。
159 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:14:37.12 ID:5Xvw88KS0

「――やっぱり今日、すぐ持っていった方がいいんでしょうか……」

花束に目を落とし、逡巡する青藍の髪の少女。

「生花だしその方がいいけど――どうして?」

聞いてはみる。
何となく予想はついたけど。
おそらくそれが、今日沈み込んでいる理由なのだろう。

「んー……今は少し、顔を合わせづらくて……」

「喧嘩?」

「いえ……違うと思います……」

「そう……」

どちらにしても、そこには互いに、悪意など存在しなかったのだろう。
そういう子達で無いことは、あの晩に感じ取った。
きっと、ささやかな行き違い。
――だからといって、簡単に解決するとは限らないのだけれど。


「尚更、早い方が良いわね。
 時間が経つ程に、修復は難しくなるから」

「……」

返事は返って来ない。
きっと頭では私に聞くまでも無く、そうした方が良いことは理解している筈。
が、思い描く理想通りに行動出来るなら、世にこれ程の嘆きは満ちていない。

――少なくとも私は、あんな所で手首を切って、倒れていなかった。
160 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:15:26.14 ID:5Xvw88KS0

「ヤマアザラシのジレンマってやつねー」

だからこそ、今彼女は心の奥底で、誰かの後押しを求めているのだろう。
――それが、こんな私程度によるものであっても。

「あ、聞いたことはあります……? それ」

「近付き過ぎて、互いに傷付け合ったとしても――
 それもまた最適な距離を構築していく為の、大切な経験なのよ」

痛みに耐え切れず、逃げ出してしまっては、そこで終わってしまうけど。
――今の、私みたいに。

「最適な、距離ですか……」

「うふふ、針を畳むことを覚えれば、いずれ寄り添うことも出来る様になるわよ。
 本物のヤマアザラシが、普通にそうしているみたいにね」

でも、大丈夫。
この子達は、私達とは違う。そう感じるから。



「この薔薇の花束が今ここにあるのは、きっとその為、仲直りの為ね。
 運命が、この花達に課した役割」

最後の一押し。
ちょっと電波さんめいた台詞を使ってみる。

「……そうですね。
 花も、無駄にしたら、可哀想ですしね」

群青の眼が、ようやく前を向く。
決心した口元には、微かな笑み。

「うふふ、頑張って」

きっと、大丈夫。
この子達なら。



「――あの、それとヤマアザラシですけど……」

「ヤマアザラシが、なぁに?」

「……いえ、あたしも何か自信無くなったので
 ちゃんと確かめてからにします」


……うーん?
確かにヤマアザラシのジレンマについて語ったことは、一般的に認識されてるものとは少し違うけど
私オリジナルの解釈という訳でも、ないんだけどなぁ。
161 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:16:22.11 ID:5Xvw88KS0

目の前を、高齢の女性を乗せた車椅子が通り過ぎていく。
押しているのは介護士と思しき、若い男性。
先日の、対になる様な少女達のことが、ふと想起される。

「――介護のボランティアとかも、悪くは無いかもね」

また何気なく思ったことが、口を衝いて出る。

「そうですね――誰かの役に立てるって、素敵なことですしね」

「うふふ、情けは人の為ならず――
 自分の心を支える為にもね」

誰かに必要とされる時、人は生を実感出来るものだから――
今の、私みたいに。



「あたしは……どうしようかな――」

また美樹ちゃんの顔に迷いの色が浮かぶ。
それが、迷いに満ちているのが、彼女くらいの年頃なのだろう。
――この少女には一つ、軽くない選択肢が突きつけられているし。

「貴女には確かに、特別な選択肢が有る」

しかも才能は、かなり高い方らしい。
年齢の所為もあって、役立たずに等しい宣告を受けた私とは、比べ物にならないくらいに。

「でもそれはね、無限の選択肢に、更に幾つか追加されてるってだけのこと。
 それに囚われなきゃいけない理由なんて、無いのよ」

けれどどれ程の才能が有っても、最後は本人次第。
当人が望まないなら、周囲がレールを押し付けるべきではないし――

「――敷島さんも、やっぱり反対ですか?」

「反対とか賛成とか、煩いことは言わないわ。
 ただ――」

それが心の底からの強い想いで為された選択なら
例え周囲の誰もが――未来の自分自身ですらが、否定したとしても
――確かに煌く価値が、そこに存在する筈だから。


「折角お友達になれたんだし
 年上の私よりは長生きして欲しい、かな?」

その上で貴女に望みがあるとすれば、そのくらい。
――ちゃんと普通に、幸せな人生でね――
162 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:17:15.61 ID:5Xvw88KS0

――ガラガラガラ ドォン――


不意に階段の方から、大きな物音がした。
――何かが転げ落ちて、勢い良くぶつかったような
あまり好ましくはない出来事を推察させる音。

「何かしら?」

「何でしょう?」

言いながらも私達二人は立ち上がり、野次馬に向かう。
階段の辺りには、既に人だかりが出来始めていた。



近付くにつれ、疎らな人垣の向こうに、惨状が見えてくる。
階段下、一階ホールの床に、横倒しに転がっていたのは
縁の少し欠けてしまった大きな鉢に植えられた、椰子の様な観葉植物と
上になった車輪がまだカラカラと回っている、鈍色の車椅子。

そして先日の、心失った少女だった。


一筋の鮮血が、幾分艶を失った漆黒の髪と、やや萎れかけた純白の薔薇を染めていく。
見開かれたその瞳は最早何も映さず、ただ常闇を宿すのみ。


吹き抜けの上から、壮年の男女の言い争う声が聞こえてくる。
いや、女性が一方的に男性を詰る怒声と言うべきか。
耳には心地良くない――主に、内容の面において。

――教義が許さないなら、こうするしかなかったとか――

――貴方があの子に何をしていたか、知っているとか――



背後で、ストレッチャーの運ばれてくる慌しい物音がする。
そして目の前では、白銀の短髪の少女の手から、紙コップが二つ滑り落ち
真珠色の床に琥珀色の液体を撒けると、ころころ転がって私達の靴に当たった。


辺りに、まるで場違いな、林檎の果汁の甘ったるい香りが立ち込めていった。
163 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2011/12/31(土) 18:18:39.26 ID:5Xvw88KS0

今回はこれだけで終わりなのです。

これだけ間隔空けて、オリキャラ視点の誰得半日常展開のみです。
しかもメインキャラの視点は、もうしばらく無い予定なのです。
ぶっちぎり不人気になりはしないか、とても不安です。



その後はようやく本来の、血と硝煙と焦げた肉の臭いのSSになりそうです。
打ち切られさえしなければ、ですが。
……とにかくペース遅すぎorz
164 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 00:25:16.81 ID:gS4kZQhOo
新年おめでとう
そして投下乙
ヤマアザラシに突っ込めないさやかちゃんに吹いたww
一人称はこういう遊びができるのが面白いな

今年も期待してます
165 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 14:10:41.46 ID:P/ZZYaaDO
明けましておめでとうございます!

世界は、少し残酷にゆっくりと流れる。それが、普通ってやつなのかな。
166 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/02(月) 18:57:01.92 ID:5R/mcMloo
あけおめ

魔法少女候補がぞろぞろ居るな
QBさんの営業が待ち遠しい
167 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/02(月) 19:06:22.37 ID:FqHdFB7G0

一日遅れで明けましておめでとう御座います。
今年中に、ちゃんと完結したい所存なれどどうなるかしら。



これだけでもあれなので、どうでもいい話。


元々このSSは、改変後の世界なら宇宙の燃料枠での契約が無いから
魔女の子達が普通の人間のまま存在してるんじゃね?とか
そんな発想から始まったよーな記憶があります。
公式ガイドブックのイヌカレー設定との矛盾に、絶望しかけたこともあります。
とゆーか今でも完全に開き直れてはいないのよねー。
所詮オリキャラSSだし、人を選ぶだろうなーという意識は常に有ります。
あとダウナー系の展開は、やはりおれさま自身精神的に病んでる気がしなくもありません。
でもまどマギSSだしぃ。
そんな作品でシリアス書くなら、みんな病んでるにきまってるじゃない!
貴方も、私も!!


最後の落とし所とそこまでの大まかな流れは、一応決まっていますが
細かい部分はまだはっきり固めていません。
全ては行き当たりばったりです。書き始めてから考えます。
なので筆が遅い分、思いついた小ネタを適当にどんどん放り込んだりもしています。例えば

繋ぎ留める力のマミさんなら上条恭介の神経も繋げることが出来るんじゃね?

          ↓

話の都合があるし、切嗣起源の論理で出来ないことにしよう。

……なんか治療が完璧とか強調してたのも、護衛に専念するとかいって戦わなかったのも
マミさんの治療を受けた左手の感覚がおかしかったかららしいよ(現在は自力で大分回復済み)。
凄いよほむほむ! 書いてるおれさまも今回まで全然気付かなかったよ!
そして読み手の人は今回読んでもまず気付かないよ!



……こんな感じなので、何時設定が破綻するかともうドキドキです。もうしてるかも。
公式設定の追加も恐いです。少なくとも映画第三部の概要が明らかになれば、このSSは死にます。
胃をキュリキュリさせつつ次のシーンに取り掛かろうと思います。次回は……今月中には、何とか。

それでは、モガ村に行って参ります。
168 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/02(月) 19:11:08.61 ID:Dc169EElo
焦らず急いで書いてね!
設定なんてあってないようなものじゃない!!!!!!!!
169 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 06:39:46.71 ID:eIpR+gd9o
オリキャラは嫌う人も多いけど、とりあえず俺は楽しめてるよ
1ヶ月の縛りが無くなった分、世間の広がりを出そうと思ったら新キャラはむしろ必要
既存キャラだけで回すには人数が少なすぎるんだよね
魔女→魔法少女化も自然な発想だと思う

二次創作は既存キャラ・既存の設定でやりくりしたくなるのが心情だけど
案外、公式の新作のほうがずっと無造作に新設定追加しまくってるし
かずみしかりフェアウェルしかり

イヌカレー設定は公式ですら矛盾してるしなww

入り込みやすい世界を用意できれば、オリだろうと気に病むことはないと思われ
正直今一番楽しみにしてるんで自信持ってくれ
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/01/27(金) 02:18:39.51 ID:dwZTxaHs0
マミ「今日も紅茶が美味しいわ」668からの分岐改変が起きない平行世界
もし改変が起きない平行世界のマミがシャルロッテに死ななかったら OR マミ死亡後にまどかがマミ、QBの蘇生願いを願ったら
魔法少女全員生存ワルプルギス撃破
誰か書いてくれたらそれはとってもうれしいなって
171 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:36:52.49 ID:Do4iULAe0

またも忘れ去られた頃に投下、と思ったら、無差別爆撃で上がってる。
上がろーと誰も注目してないのは同じですががががが。



それにしても何故、このスレはこんなタイトルなのかしら。
もうタイトル詐欺とかそういう次元じゃ無いよーな気がします。
皆は思い付きで未来に生きてるよーなスレタイを付けちゃ駄目だよ。
後悔するよ。
172 :視点:真矢エリ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:38:09.28 ID:Do4iULAe0

コンドミニアムの一室の前、『巴マミ』とだけ書かれた表札の下。
そこに、その少女は蹲っていた。
明らかに、普通ではない様子で。


光沢のまるで無い、パサついた桃色の髪。
髪よりやや赤みの強いピンクの、ぶかぶかなパジャマのままの格好。
生気を失った肌は、氷の様に蒼白く
黒い襟巻きに隠された口元、その吐く息はとても荒い。
歳の頃は多分、私より1つ2つ下。

こちらの気配に気付いて、その彼女の瞼が、ゆっくりと開いた。
濃い青緑色の瞳が、緩慢な動作で私達を見上げる。


(マミお姉ちゃんの……お友達……?)

首筋の白い羽を通して、頭の中に声が響く。
テレパシー――魔法少女の、能力。

「ええ」

「はい」

私達の返事にその子は弱々しく微笑みを返すと、また力無く頭を垂れる。
暁美先輩が歩み寄り、その左手を優しく取って、尋ねた。

「――どうする?」

目を閉じたまま、顔が一回、左右に振られる。

「……そう」

二つだけの音に静かな悲しみを込めて、暁美先輩が呟く。


差し伸べられた両手に抱かれた、小さな左手。
その中指に嵌められた、銀の指輪の宝石も
その先の爪に浮かんだ、楕円形の果実の様な形の印も

――致命的に、黒く染まっていた。
173 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:39:22.90 ID:Do4iULAe0

玄関の扉が、内側から開いた。
覗いた巴先輩の顔が、すぐに全てを悟った表情になり
彼女は女の子の傍らに屈み込んで、そっとその名を呼んだ。

「まりんちゃん――」


半分だけ目が開いて、声の方を向く。
何とか嬉しさを表そうとするその子の蒼褪めた頬に、優しく手を当てて頷くと
巴先輩は、そのとても細く軽い身体を抱き上げ、部屋の中へと連れていった。



「グリーフシード――
 もう一週間と、持たなかったのね……」

部屋の一番奥、薄黄色のベッドの上に
まりんちゃんと呼ばれたその子は横たえられた。
巴先輩の膝を、枕にして。

「病気の再発は不運だったとは思うけどね。
 でも、僕にはどうしようもないことだよ」

部屋の隅でキュゥべえが、言わずもがなな言葉を吐く。
その声に、まりんちゃんが震える手をポケットに差し入れ――
そしてその手は、抜かれるとすぐに力無く開き
中のものをぽろぽろと辺りに散らばした。


――いそいそと寄って来て、真っ黒に染まった四角い粒を拾い、食べていくキュゥべえ。
それがどういう存在か心得ているつもりの私にさえ、心を持たぬ生き物のその様は
酷く、忌まわしいものに見えた。



「私ね、あの頃よりももっとずっと、ケーキ作り上手になったのよ。
 フロマージュも、ケーゼクーヘンも、ティラミスもね……」

ボサボサな桃色の髪を、愛おしそうに指で梳りながら、巴先輩が語りかける。

「これからだって、もっと上手になってみせる。
 世界一のチーズケーキ――
 貴女の願いが叶うのは、まだずっと先なのよ……」


けれど俯く巴先輩に、まりんちゃんはただ微笑みを返すと、静かに首を横に振る。
やはり目は閉じたままに、寂しさと、諦めと
――そして全てを受け入れる覚悟を、浮かべた顔で。
174 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:40:13.88 ID:Do4iULAe0

「どうしてなのかしらね……同じ様な願いなのに……
 ――それとも私も……遠くない内に、かしら」

その独白に、私はおおよそのことを理解する。
巴先輩と同じなら――それは命に執着する、願い。
簡単に手に入ることのないものを望めば、祈りは猶予の生を与えてくれる。
――その、筈だった――


「ひとつ、答えを導くことは出来るわ。
 ――とても残酷な言葉で、なら」

暁美先輩が、口を開く。
冷たい、感情を沈めた声でもって。

「……続けて」

巴先輩が、続きを促す。
短い言葉に、覚悟を表して。

「この子の祈りには、生贄が居なかったから」


ぴくり、とこめかみが動き
金色の眼が紫色の眼を睨みつける。
心の内に噛み砕ききれなかった、怒りと抗議を表して。

「……本当に、残酷な言葉ね――
 聞いた自分を、本気で後悔するくらい」

けれど剥きかけたその牙を、巴先輩は制し、仕舞い込む。
悲しみと解悟へと、転化して。

「――けれど、そういうことなのかもね。
 誰かの命の火を、継ぐっていうのは……」


項垂れて膝の上の少女を見つめる目から、粒が一つ、蒼白い頬に落ち

「でも……だとしたら……この子の願いは……
 奇跡を望む意味って……一体……」

爪に菱形の紋章を宿す指が、その滴をそっと拭う。

「この子が、自分の願いは叶ったと思ったのなら――
 その祈りには、意味があったのよ」


暁美先輩の言葉を肯定するかのように、まりんちゃんの顔に微笑みが浮かび
そして頭が一回、今までより少しだけ力強く、縦に振られる。
その閉じた瞳には、けれど泪が滲み、そして一筋、色の無い肌を伝って落ちていった。
175 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:41:08.19 ID:Do4iULAe0

「私は――どう……したら――」

溢れる、迷い。
それが私の口から洩れ出す。

「貴女の命の炎は、貴女だけのもの。
 それを咎めることが出来る者なんて、何処にも居ないわ」

――その言葉は、免罪符にはならない。
見ず知らずの誰かを救う為に命を懸ける人だって、世の中には普通に居る。
私は、ただ、その勇気が無いだけ……

私は――
臆病で、冷酷だ。


――それで、良いの? 私――



「真矢さん――貴女が迷ったら
 まりんちゃんも、また迷ってしまうわ」

――違う、私は待っているだけ――
皆が逃げ道を用意してくれるのを。
『仕方ない、貴女は悪くない』って、言ってくれるのを。

「この子は荒れて、苦しんで――そして、乗り越えた。
 貴女はその覚悟を、侮辱してしまうの?」

――そうです。
きっと私がここに居る、そのこと自体
皆に対する、侮辱なんです。


――私は、自分勝手で、卑怯で、弱虫だ――



頭の中に、声が響いた。

(私も、自分の為にだけ、祈ったん、だよ――)

――それは、残りの無い魂の火を削って、紡がれた言葉。



こんなに顔の筋肉を使うのは、初めてのこと。
きっとこれからも、当分無いだろう。

これから先、自分の為に流す涙など
今ここで、全て使い果たしてしまおう。
そう、思った。
176 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:42:14.04 ID:Do4iULAe0

――ピンポーン ピンポーン ピンポーン――

来客を報せるチャイムが、三度鳴り響いた。
巴先輩が玄関の方へと頭を向け、そして念話で入室を促す。


程無く扉が開き、美樹先輩が部屋へと入って来る。
神妙な面持ちで、腕にはとても大きな、五色の薔薇の花束を抱えて。
その間にも、事のあらましは彼女の脳裏へと流れ込んでいき

一歩毎、蒼い瞳は蒼に染まり
綺麗な顔は綺麗に歪んでいく。


花束から数本、桃色の薔薇が抜かれ
まりんちゃんの胸の上に置かれる。
その香りにか、閉じていた瞼が幽かに開き
小さな手が伸びて、花束の一輪に触れようとする。

「――はい」

美樹先輩がその手を抱きしめ、求められた花をそっと握らせる。
その薔薇は震えながらゆっくりと、少女の口元へ持っていかれ
そして黄色い花弁が一枚、小さく薄い唇に咥えられた。



慈愛に満ちた地母神の膝に抱かれ横たわる、小さな少女を
五色の薔薇と、七色のリボンが飾っていく。

ベッドの上の皆を覆い包むように、漆黒のドレスの背から純白の翼が生えた。
柔らかな光に抱かれた空間に、雪の様に羽毛が降り頻る。


私だけは何も、出来ていない。


(天使……様……)

もう口も瞼も開くこと無く、ただ魂だけでまりんちゃんは呟き――
けれど暁美先輩は、その賛美を斥ける。

「いえ、そんな大層なものではないわ。
 貴女と同じ――ごく普通の、女の子よ」

それでも今の彼女の姿は、やはり御使いとしか表現のしようは無い。
中性的な肢体も、黒髪黒衣の出で立ちも、そして光り輝く翼も。

その端正な貌が、何かを招き入れるかの様に天上へと向けられた。


「――貴女をこれから、迎えに来る子もね――」
177 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:43:12.39 ID:Do4iULAe0

「魔法少女を看取れるのは、同じ仲間だけだ」

――煩い――

「彼女の最期は、恵まれた部類に入るんじゃないかな」

――黙れ。まだあの子は――

「インキュベーター! 私は――」

「もう、遅いよ」


白い獣が、にべも無く言い放つ。

「『円環の理』は、『救済』を始めた」

数千年分のデータの上に、もう一つ積み重ねる為
全感覚器を『事象』へと向けながら。


碧色の瞳が、開いた。
その眼の見据える先へと、小さな手が伸びる。
大気と、舞い落ちる幻想の羽の他には
何も存在していない、ただの空間へと。

――そう、『そこ』に『存在』していた訳ではない。
まりんちゃんが、『そこ』に『認識』した――
いえ、そんな概念論は、どうでもいい。
ただ、それを


私も、一瞬だけ、識った。


観えた訳ではなく、感じたと呼んで良いのかも怪しい。
『識った』、その表現が全て。
何故かなんて、理由なんて解る筈もない。羽の力――だとは思う。



――『理』――



敢えて形有るものとして顕すならば――
それは白い衣装に桃色の髪、金の瞳の『女神』。
けれどまた、それは――



――『――ごく普通の、女の子』――



そう、識った。
178 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:44:10.69 ID:Do4iULAe0

微笑みが、浮かんだ。

濃い霧が晴れ渡る様に、立ち込めていた穢れが消えていき
魂の碧玉が、その輝きを取り戻す。
その淡い光は、少女の全身へと広がって――

まりんちゃんは、可愛らしい魔法少女の衣装を身に纏った。


そして、ピンクとビリジアンの光の粒となって――



『理』に、導かれて




還って、逝った。





暫くの間、刻は止まったままだった。


巴先輩が、小さな看護士さんの人形を拾い上げるまで。



暁美先輩が、静寂を破る。

「私は、あの子が誰だったか、知っているわ」

謎めいた、言い回し。
けれど茫然としたままの意識は、ただの音としてのみ、その声を聞いていた。


「――エリ、貴女が誰だったかも、ね」

私の名前が、呼ばれてさえも。
179 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:44:59.64 ID:Do4iULAe0

本当は前回分でここまで進めるつもりだったのは内緒。

湿っぽい展開は苦手。
180 :視点:志筑仁美 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:46:57.47 ID:Do4iULAe0

「それでは、失礼致しました」

昼休み。職員室の戸口にて振り返り、軽く一礼。手には分厚い配布物の束。
よく未来を先取りしていると言われる我が校でも、こういった紙媒体は無くならない。
SFの描く未来と違って、電子データと住み分けつつ、いつまでも無くなることは無いのでしょうね。

などとつらつら考えつつ、再度振り返ったところで

「あ、ごめんなさい」

入れ違いになった女子と、軽く肩が触れ合う。


「――気をつけて下さい」

ジロリと私を睨んで一言を残すと、スタスタ配布物を受け取りに行ったその子には、見覚えがある。
一年の――いや全学年の学級委員の中でも
――抑えた言い方をするなら、一番物怖じをしない子。
けれどクラスと名前まではちょっと思い出せない。
私にとっては、その程度の相手。



(あら、暁美さん――?)

色々と話題沸騰中の新しいクラスメイトが向こうから歩いてくる。
普通の生徒は、まずこの辺りには用は無いと思いますけど――
彼女は転校してきたばかりですし、何か有るのでしょう。

目が合った。互いににっこりと会釈を交わす。
彼女は既に、さやかさんとかなり仲良くなっている。
そして私は、さやかさんの友人、の筈。

(なら――もう少し、親しくなってみたいですわね)

だって、親しくなっておいて損は無い方ですもの――
そんな打算的な考え方をする自分にも、もうこれといった思いは無い。
最も、損が無いかどうかは実際には――

そんな思惑を心の内で巡らせながら、髪をかき上げる美人の優等生とすれ違う。
そして、数歩。


(――――――――――!?)


背に、戦慄が走る。足が竦み、止まる。
――それは異様な、振り向いたら石と化してしまいそうな威圧――いえ恫喝の、オーラ。
私に向けられたものではない、それは感じ取りつつも
額には冷や汗がぽつぽつと浮いてくる。



数分にも感じた――恐らくは数秒の後に、その威圧感は消え
――意を決し振り向いたときには、既にそこに暁美さんの姿は無く

ただ先程の一年生の子が、床に散らばった配布物の中
跪いて瘧の様に震えているだけだった。
181 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:48:10.47 ID:Do4iULAe0

学級委員の雑務を済ませている内に、下校時間は30分以上過ぎている。
だから特に何かを求めて、という訳でもない。ただ自然に足が向いただけ。
教室はもう、どこもガラガラだし。


(あら――?)

しかし、その教室は違った。
今やっとHRが終わった所らしく、一クラスだけがやがやと騒がしい。
廊下の向こうには、担任らしき教諭の後姿が、やたらと小さく見えている。
そういえば以前にも、このクラスのHRが長引いているという話、聞いたことがありましたわね。

(ふむ、そういうことでしたら)

奇貨居くべし、行動を起こしましょうか。
慎重に、そして大胆に。


教室の戸口に立ち、中を一瞥する。
対角、左後ろの端に、その子は居た。
彼女もまた私を記憶しているらしく、こちらに訝しげな目を向けている。
何にせよ、憶えて貰っているなら、話は早い。


「こんにちは、真矢エリさん。
 宜しければ少々、お時間を頂けないでしょうか」

にっこりと微笑んで、大き目の声で呼び掛ける。
そんな私に戸惑いの表情を浮かべつつも、栗毛の小柄な一年生は小走りにこちらへと寄り
小さな声で、返事を返した。

「志筑、仁美、先輩、でしたよね?」

「憶えていて貰えて嬉しいですわ。
 それで、ご返事は?」

「あ、はい、構いません」

身長差ゆえ見上げ気味になっているその目には、やはり対人への苦手意識が表れてはいる。
けれどこの前の昼食時の様な、おどおどした雰囲気は感じられない。

――ふむ、与し易い子だという認識は、少し改めないといけませんわね。

「ふふ、良かったですわ。
 それでは――ここでは何ですし、もう少しゆっくり話を出来る場所に参りましょうか」

笑顔でそう言いつつ、正面でこちらを見つつヒソヒソ話をしている少女達に、軽く目をくれる。
そのグループの中心に居るのは、昼休みのあの子。
少なくとも上辺においては、傲岸不遜な態度を取り戻している。
名前はまだ、思い出せない。
――思い出す必要性も、まるで感じない相手ですけど。
182 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:49:03.37 ID:Do4iULAe0

「さやかさんと暁美さんは、先に帰られました」

「知っています。
 私がそう、頼みましたから」

ふむ?
校内での携帯使用は、禁止されている筈ですけど。

「HRが長引いていたということは、何かあったのですか?」

昼休みのあの出来事と、何か関連性は――まあ、無いでしょうね。

「――古書店に、新品の漫画、大量に持ち込んだ子達が、居たらしいです」

「それは……」

「証拠は、有りません。
 親達も、庇っていますし」

……あまり、気分の良くない話ではありますね。
さりとてこの程度のことで憂悶としていても、この世の中、生き辛いだけですが――


「貴女は、どう思われますか?」

「どう――って?」

「その件について、簡単で宜しいですから」


「誰かのものを、正当な理由無しに、盗ったなら――
 相応の償いは、求められるべきです」

真面目な顔から、適当に放り出した言葉では無いことが解る。
それは嘘偽りの無い、彼女の倫理観なのでしょう。
にしても――

「正当な理由、ですか――」

――それが免罪符に出来る範囲って、どれくらいまでなのでしょうね――



校門を、一歩出た。
真矢さんが携帯を取り出し、メールを打ちながら、私に尋ねる。

「お話は、終わりですか?」

「いえ。貴女が宜しければ、ですが」

今日は習い事が何も無い。
門限さえ守れば、久し振りに自由の利く日。

「構いません、先程の通り」

或いは、彼を見舞うという選択も有ったけど
それももう、今更。
叶いも、敵いもしないのに
想い募らせても、詮無きこと。


「それでは、もう少しお付き合い下さい。
 そうですわね――丁度良いお店を知っておりますの。
 私が奢りますから、如何でしょうか?」

――ならば、友人関係の方を択りましょうか。
183 :視点:美樹さやか ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:50:30.72 ID:Do4iULAe0

(あれ、あの人って――)

病院の駐輪場の端の人影は、例のあの女性。車椅子を――昨日までは押していた少女。
今日の服装は、革のジャケットに革のパンツ。素直にカッコいいと見とれてしまうような格好。
ナナハンとかいうやつだろうか、デカいバイクの傍らで、手に乗せた何かをじっと見つめている。
何だろう、一体。


「あ――!?」

見間違いようも無い、手の平の上のそれ――
陽の光を受けて輝く、金色の台座に乗った、銀色の卵形の宝石は
唯一つの祈りと引き替えに魔道具へと変えられた、魔法少女の魂。
――その中央には、黒い星が一つ浮かんでいる。


「貴女は――このところ、よくお会いしますね」

思わず立ててしまった声に、彼女がこちらを振り向く。

「あ、こ、こんにちは」

返した挨拶は、大分しどろもどろ。
不審に思われてしまってないだろうか、あたし。
魔法少女について知っているってこと、素直に打ち明けるべきなんだろうか。

「その――友達が、入院してまして」

――いや、マミさんとほむらにも関わる事だし、まずは二人に相談しよう。
佐倉杏子とかいう奴との時みたいに、変な騒動が起きないとも限らないし。


「友達、ですか」

彼女の視線がもう一度、魂の宝石へと落とされる。
……あたしは、また地雷を踏んだのかもしれない。

「あ、そ、その――綺麗な、宝石ですね」


「綺麗、ですか」

取り繕おうとしたあたしに、とても寂しげな言の音が返される。


「こんな石ころ――何の価値も、有りません」

……それは、更に地雷を踏み抜いてしまったことを、あたしに確信させた。
184 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:51:54.35 ID:Do4iULAe0

冷たくも暖かくも、荒くも優しくもない風が、素っ気無くあたし達の頬を叩く。
銀色の瞳が、群雲の流れていく空を見上げる。

「迷い、機を逃した祈りは、最早望みに届くことも無く――
 願われたのは、ただ世界への恨み言」

陽の光が、雲に遮られた。
短く刈り揃えられた髪と、手の平の上の彼女の本体とが、きらきらとした輝きを失う。
そのとき宝石の中で、もぞりと黒い星が蠢いた――気がした。


「ふふ、何を言っているか、まるで理解出来ないでしょうね。
 でも、それは幸せなことです」

理解出来ないのは幸せなこと、か――
残念ながら、その言葉に一理ある、そうあたしが思えてしまうのは
貴女が何を言っているのか、理解出来てしまうからなんです。

「前にも言った通り、世界には知らない方が良いことも有るのです。
 知れば、不幸になってしまう事柄が」

そう、知らなければ、ほむらの言った通り
一度は絶望へと沈んだ彼を支え、共に這い上がる。
そんな未来だけが、唯一の希望だったんだろう。


「そうですね――でも
 それでも、あたしは――」

道を一つしか知らなければ、迷うことも無い。
けれど――

「何も知らずに、ただ流されて行くよりは
 知って、自分の意思で前に進める方が、素敵なんじゃないかなぁ、って――」

自分で選んで進むことも、出来ない。


「……若いのですね」

少女の、あたしとの年の差以上に大人びた言い回しと、寂しげな笑み――
その様が頭の中で、最近出来た友人達と重ね合わされる。

「嫌いではありません。
 ――ですからもう二度と、遇わないことを願います」

そう言ってあたしに背を向けると、彼女はヘルメットと手袋を身に着け
颯爽と、銀の車輌に跨った。


「それでは、これで――
 貴女に、幸あれ」

そして一礼と共に訣別の言葉を残し、重低音を響かせて走り出した一人と一台は
見る間に道路の果ての点となり、都市の風景の中に融けていった。
185 :視点:巴マミ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:53:08.75 ID:Do4iULAe0

二枚の小皿に、ティラミスを一切れずつ。
追悼の意を込めて、昨晩作ったもの。
味見してみた限りでは、今までで最高の出来栄え。
――この前は美樹さんに、二人分食べられてしまったから
今回は佐倉さんの分も残るように、予め六等分しておいた。


「珈琲、淹ったわ」

鼻腔を擽る香気に乗って、家主の声が届く。

「こっちも準備、出来たわよ」

今日は、畳にちゃぶ台の部屋で、二人だけのお茶会。
少し寂しい――と考えてしまって、苦笑する。
半月前までは、独りと一匹だけのお茶会が普通だったというのに。



「……どうかしら? 今までで一番上手に作れたと思うのだけど」

暁美さんが一口手をつけたところで、早速感想を聞いてみる。

「――これ程とは、思わなかったわ」

なら、もう少し表情や表現に出してくれてもいいんだけど。
まあ、本気でそう思っていることは伝わってくるし
――彼女らしくは、ある。

「ふふ、有難う。
 でも今回は、本格的なエスプレッソを用意して貰えたのも、大きいと思うわ」

「……器具が有れば誰でも淹れられるわ、あれくらい」

こういった、褒められても素直に喜ばないところも。

「そう? この珈琲もとても上手に淹ってると思うけど?」

「所詮誰かさんに張り合って、背伸びで始めたこと。
 泥水よりは若干まし、程度よ」

……誰かさん、か。
その誰かさんも同じ。きっと背伸びはしているわよ――


小さなカップの白い液体が、黒い液面に注がれる。

「――もう、肩の力を抜いてもいいのかな、なんても思うんだけれどね」

暁美さんにしては珍しい、幾分と柔らかい言葉使い。

「いいんじゃない?」

もう少し気楽に生きても――って、お前が言うなとか言われそうだけど。
私も正方形の甘い塊を1個、湯気の立つ苦い液体に投げ入れる。


「でも、どう抜けば良いのか――
 素の自分がどんななのかさえ、分からないのよね……」

うーん……
素の、自分かぁ――
186 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:54:03.51 ID:Do4iULAe0

――ズン ズンズン ズンドコ――

軽く物思いに耽る二人を、怪しげな呪文が現実に引き戻す。
――何故目の前のクールっぽい女子中学生は、こんな着メロの選曲をしているのだろう。


「エリからね。
 志筑仁美さんに誘われたので、大分遅くなりますって」

「志筑さん――
 この前一度、一緒にお昼を食べた子ね」

「ええ」

「どんな子?」

以前からの美樹さんの友人であることは、聞いた。

「美人で、優等生で、お嬢様で――
 そんな、ごく普通の子」

私が受けた第一印象、そっくりそのままの評。
――締めの、矛盾して聞こえる総括以外は。


「……普通の子、ね」

「そう、私達と同じ普通の子。
 七割の善と三割の悪――
 気まぐれな運命の台本次第で、どちらでも演じる子」


気まぐれな運命の台本、か。
善悪ってものもまた、糾える縄の如し、なのかしらね――
187 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:55:02.61 ID:Do4iULAe0

早々にティラミスを食べ終えた暁美さんが、客人も放置気味に本を広げる。
『神との対話』だかそんな感じの、胡散臭いタイトルのハードカバー。
速読か斜め読みか、その頁を繰るペースはやたらと早い。
まるで、時間と戦ってでもいるかのように。


「……にしても、気懸かりね――」

部屋の隅に無造作に積まれた、カオスな取り合わせの書物の山に目を遣る。
鈍器にもなりそうな現代宇宙論の解説書、集合無意識に関するメルヒェンな表紙の思想書
螺湮城云々と書かれた怪しげな装丁の冊子、etc.

「真矢さんのこと? それとも――」

目の前の少女は、一体何の知識を求めているのか……
私としては、それもまた気になることの一つ。

「やっぱり、新しい魔法少女のこと?」


「そうね、それもあるけれど――」

本から一旦目を離し、暁美さんが一つ、溜息をつく。

「――いえ、そちらにはもう、私の為せることは無い。
 気に懸けるなら、新しい魔法少女のことなのでしょうね」


「新しい魔法少女、か――」

『少女』と呼ぶには、ぎりぎりの年齢らしい。
一応、飲酒の可能な年齢を過ぎても、資質さえ残っていれば契約は出来るそうだけど。

「私より三つ年上、長身で細身、銀の短髪。
 炎を扱うことが出来る――」

あと分かっていることは、名前と、そして――


――それにしても、果たして何を願って、魔法少女になったのだろうか。
キュゥべえからそれを聞き出すのは、私のルールに抵触するけど。
魂を懸けた願いについて語って良いのは、懸けた本人だけ。

「――名前と外見だけでは、誰とも判らないわね。
 魔力の波長を識ることが出来れば、判るかもしれないけれど」

暁美さんが、何やら不思議なことを言う。
名でも姿でもなく、魔力で相手を特定って、どういうことなのかしら。


「何にしても、まだ材料が足りないわね。
 キュゥべえが戻って来れば、もう少し情報が入るかしら」

ま、憶測ばかり巡らすのも、止めておきましょう。
変な思い込みに縛られることにも為りかねないし。
188 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:56:17.77 ID:Do4iULAe0

「止めなかったわね、貴女」

目は文字を追いながら、暁美さんが私に問い掛ける。

「止めるって?」

「危険かも知れないのに、キュゥべえを」

「反対する理由も無いもの。
 彼等が『危険』かどうかなんて、私達の感性では測れないし」

個々の境界が無く、それ故に感情も持たない生命体。
それの生死観は、私達の理解を超えた、異質なもの。

「『殺された』と聞いたときも、怒らなかったわね」

契約した直後に、キュゥべえを跡形も無く焼き尽くす――
それは確かに、尋常では無い行為だけど

「――あんな状況でというなら、責められはしないわ」

全てを失う血塗れの惨劇を前に、祈ったのであれば

「私も、病院で、独りで目覚めて――
 しばらくは、荒れたもの」

何を――世界の全てを呪ったとしても、おかしくは無い。


気付くと、暁美さんは本を閉じていた。
感情は表さないまま、紫の瞳が私をじっと見つめている。

「どうしたの?」

「……別に」

素っ気無く言い放ち、彼女は再び本を広げる。
けれど目はもう、なかなか文字を追わない。


「――ただ、色々違うなぁ、って思って」
189 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:57:17.30 ID:Do4iULAe0

「やれやれ、今回は大損だよ」

部屋の隅から不意に――声質だけで言えば、可愛らしい声がした。

「あ、お帰りキュゥべえ」

暗がりからとことこ這い出してきた白い獣が、ちょこんとちゃぶ台の上に飛び乗る。
その前に家主が、一切れのティラミスと、一杯の珈琲を置いた。

「温め直さないけれど、別に良いわよね? エントロピーの無駄遣いだし」

「その用法は、やや正確さに欠けるね」

「解って使ってるのよ。意味は通じるでしょう」

「……温度に文句は言わないけど
 珈琲にグリーフシードを入れるのは止めてくれないかな」

妙な感じに仲がいい、一人と一匹。
……暁美さんの方が、長年付き合ってきた私よりも
キュゥべえとの相性は良いのかもしれない。


「それで、結局駄目だったのね?」

ティラミスの感想は聞かない。基本的に残念な答えしか返って来ないから。

「一方的に非論理的なことを言われた挙句、また一つ身体を潰されたよ。
 悪魔だとか、魔女を生む輩だとかね」

――?
何だろう? 一瞬暁美さんの周りの空気が、冷たくざわついたような……


「なら、次は同じ種族同士、私達が接触しましょう。
 ――といっても、私は説得が大の苦手だけれど」

気の所為かしら。全然平常みたいだし。

「私が、会ってみるわ。
 でも――何日か、置きましょうか」

絶望を、目の当たりにしたとき。
心が落ち着いて、誰かの話が聞けるようになるまでには、少し時間がかかる。
私はそれを何度も――自分も含めて、経験している。

「気をつけてくれよ。
 素質的にまず、君達が不覚を取ることは無いと思うけど」

――そんな計算は、全然意味を成さないわね。
私と佐倉さんを合わせた様な惨劇の中で契約した、魔法少女。
どれだけの力を振るったとしても、驚くには値しない。


「大丈夫よ。戦いに行くんじゃないから」

並榎カリンさん、か。
そのつもりでは臨む。けど実際、どうなることかしらね――
190 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:58:04.36 ID:Do4iULAe0

「新しい魔法少女のことはそれでいいと――
 巴さんにお願いするとして」

空になった皿とカップを片付けながら、暁美さんが聞く。

「魔獣発生の予測には、まだ誤差が生じたままなの?」

「不本意ながらね。二度とも跡形無く焼き尽くされたから
 前の身体からのデータ回収が出来なかったし。
 普段の精度を取り戻すまでには、まだ一、二時間かかるよ」

「一応大雑把には分かるのよね?」

ちゃぶ台の上に新しい街の地図を広げ
キュゥべえの耳から生える器官に、カラーペンを手渡す。

「今のところ出現確率が高いのは、この範囲と――この範囲かな」

直径1q程の、それぞれ5qくらい離れた二つの円が、地図の上に描かれる。

「出現時刻もはっきりとは言えない。
 何時ものように逢魔が刻から丑三つ時にかけて、だろうとしか」

……要するに、時刻はまるで分からない、ってことね。

「なら、もう出かけましょうか」

予測精度が戻るまでに出現する可能性があるのなら
ぐずぐずせず現場に赴いて、ソウルジェムで実測を始めた方がいい。

「二手に分かれた方が、効率的かしらね」

「そうね……
 でも私は、瘴気の測定にはまだ慣れていないの」

ベテランなのに? とは思わない。
彼女が身に付けていないのであれば、それが不要な世界ではあったのだろう。
――どんな世界かは、ともかく。

「なら、一緒に行きましょうか。
 教えられることも有ると思うし」


「――誰かにものを教えて貰うのも、随分と久し振り」

少しはにかんだ様な口調で、暁美さんが言う。
久し振り、か。
教授、ということならそうかもね。

「ふふ、貴女は飲み込みが早いし、すぐ追い抜かれちゃいそうだけど」

でも、私達は常に、お互い教え合っていると思うわよ。
少なくとも私は、色々と教えられて貰っているつもり。


暁美さんが、大きく髪をかき上げた。
無表情だったその顔に、柔らかい笑みが浮かぶ。

「そうね、それじゃ――
 互いに抜きつ抜かれつ、一緒に行きましょうか」
191 :視点:志筑仁美 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:59:00.56 ID:Do4iULAe0

程好く閑散とした、薄暗い店内。
お客は私達の他に、中の良さそうなカップルと、新聞を広げ鼻歌を吟う中年の男性だけ。

「――それで優華さん、結局最後まで気付きませんでしたの」

落ち着いた、古風な内装。センス良く店内を飾る、年代物のアンティーク。
ここは私の、密かなお気に入りのお店。
……彼女が西洋甲冑の左腕をもいで以来、さやかさんとも来ていない。

「……不思議な、方ですね、優華さんって」

珈琲を一口啜り、気の入らない口調でそう応える、目の前の少女。
何も入れずに飲もうとするあたり、この子も背伸びしたい年頃なのでしょうか。
会話は、弾んでいない。
私が一方的に、喋っているだけ。

「ふふふ、そうですわね。でも不思議な方といえば――」


目から笑みを消し、ミントティーを一口含んで、言葉を繋ぐ。

「やはり、暁美ほむらさんでしょうか」

『不思議な方』程度の言葉で片付けて良いものか、疑問ですけど。
――あの、歴戦の闘士の如き、尋常ではないオーラを。


「暁美先輩――ですか――?」

微かに、手応えが返って来る。
何かを軽く衝いた、そんな感触が。
フレンチトーストを一口齧り、口元をナプキンで拭って、更に言葉を続ける。

「ええ。それと噂だけなら、巴マミさん、あの方も」


「巴先輩――?」

「ええ――意味は、貴女の方が良くご存知でしょう?」

鎌を、投げ掛けてみる。
そう簡単に、掛かってくれるとは思いませんけど。


巴マミさん。
ざっと聞き及んだ噂では、ほぼ非の打ち所の無い優等生。
唯一欠点らしい欠点といえば、その人当たりの良さにも関わらず、人付き合いは悪いことくらい。

――けれど、それは表向きの話。
彼女には、深夜徘徊の噂がある。
人気の無い公園を彷徨いていたとか、如何わしいホテル街で見かけたとか――
出所のはっきりしない、ただの中傷とも思える噂。

――それだけなら。


最近彼女には、夜遊びの連れが出来たらしい。
黒髪ロングヘアの子と、栗毛ツインテールの子と
――蒼い髪の、ショートヘアの子が。
192 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 01:59:57.98 ID:Do4iULAe0

「――貴女も、アレに、遇ったのですか?」

目の前の栗毛ツインテールの少女から、慎重に選んだと思われる言葉が返って来る。
その眼は油断無くこちらを探り、適当な返事を許してくれそうには無い。

――アレ――

収穫は、何を指すのか――個人か、組織かも判らない言葉。
それでも上出来の部類とは、言えるでしょう。

「いいえ」

きっぱりと、否定する。
何も分からず嘘を吐いても、簡単にばれてしまうでしょうし。
そして、逆に問い詰める。

「その『アレ』が、巴さんや――貴女達を巻き込んでいるのですね」

「……」

返事は無い。
この子は器用に誤魔化すことは出来ない子。
即ち沈黙は、ほぼ肯定に等しい。


「それは、危険なことなのでしょうか」

暁美さんが、あんな気魄を身に付ける程に。

「……」

さっきまでは気負う程に、私から視線を外すまいとしていた
その彼女が、目を逸らそうとした。
踏み止まり、まだ上目遣いでこちらを見てはいるものの――


――やはり危険なことを、なさっておいでなのですね――

――なら私は、巻き込まれない内に――


いや、何でこんな短絡的な発想なぞを心に浮かべているのだろう、私。
首を一度横に振り、更に詰問を続ける。

「犯罪行為ですか?」

「いいえ、違います」

即答。
そして彼女の目に、力強さが戻る。
ふむ――

「心に疚しいことは、していないのですね?」

「はい」

善悪に関して恥じるところは無い、その点については
この子は、確かな自信を持っている。


――なら、大丈夫でしょうか――

――でも、この子の倫理観が間違っていないとは限りませんわ――

――正しいとしても、反社会的な行動を取っていないとは限りませんわ――
193 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 02:00:51.75 ID:Do4iULAe0

落ち着く為に、ミントティーを一口。
何だろう。今日は心の雑音が酷い。
頭も少し、重い感じがする。


「――ここまでに、しておきましょうか」

この子が真っ直ぐであるなら、さやかさんも真っ直ぐのままと見ていい。
それで、今日のところは充分。


――などと適当に自分を納得させて、それでお仕舞いですの?――

――まだ聞きたいこと、言いたいことはあるのでしょう?――

また頭の内で、不協和音が響く。

――もうこれで、いいというのに。だって――

「さやかさんや貴女方が騙されて、踊らされているのだとしても――
 ハブかれた私には、無縁のことですし」

――え?――


「いえ、ハブいたとか、そういうことでは――」

「いいんですの。敢えて火中の栗を拾おうとは思いませんし。
 貴女達は貴女達で、宜しくやって下さい」

――私は……一体何を――

「それにしても皆、あんな馬鹿でがさつな子の、何処が良いのでしょうね」

――違う……嫌――


「暁美さんにしても、優等生同士、私の方がお似合いだと思いませんか?
 さやかさんや――いじめられっ子の貴女なんかよりも」

――心……晒さないで――
194 :視点:真矢エリ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 02:02:02.78 ID:Do4iULAe0

胸の内を駆け巡る不快感を、憤りを静める。
――この人は、おかしくなっている。

「それにしても、さっきから騒がしいですわね。
 このお店の雰囲気がぶち壊しですわ」

いえ――
右側の席には、今にも互いに手を出しそうな、罵り合う男女。
後ろの席には、俺は駄目だと呟き続ける壮年の男性。

「で、何の話でしたっけ――
 そうそう、ヴァイオリンを弾けなくなったキリギリスの話でしたわね」

厨房の方からは、瀬戸物を床に叩きつける様な、大きな音。
――この店にいる私以外の全ての人が、おかしくなっている。

「生憎と志筑の家は、そんな片端者を養う奇特さなど、持ち合わせておりませんの」

これは――


志筑先輩が、椅子から立ち上がる。
両手を広げて、まるでオペラ歌手の様に歌い出す。

「招き入れる勇気も無く、抜け出す気概も無く
 私はただ塔の高みより、遥かな世界を望むだけ」

実際に習っているだけあって、歌も踊りも妙に様になっていて――
正気を失った彼女は、それ故に尚滑稽に見えてしまう。

「されば静心無きこの身は、緑の瞳持つ海蛇へと変え
 虚ろな淵の玄きより、清廉なる姫を憾みましょう――」



世界が歪み、非日常へと切り替わった。
志筑先輩を、日常へと取り残して。

小窓に、巨大な白い影が映る。
眼が在るのかさえ判然としない、ノイズに覆われた顔が、私を覗き込んでいた。
195 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 02:03:26.74 ID:Do4iULAe0

(先輩、魔獣の領域に、取り込まれました)

襟元の羽に手を当て、テレパシーを送る。
この羽はお互いが地球の反対側に居ても、通信機兼発信機として機能出来るらしい。

(!――裏目ったわね、ごめんなさい)

(どれくらい、掛かります?)

(三分、凌いで)

(はい)


三分、か――


進入してきた巨大な手が、身を躱した私の代わりに、西洋甲冑を粉々に握りつぶした。
このままここに居たら、ジリ貧に追い詰められて、持たないかも知れない。
魔獣共の存在が、為す破壊が、現世に落とす因果の影響も心配だし。

けれど正面玄関は、死地。

――なら、裏口は――


割れた皿の散らばる厨房を抜けて、裏口から狭い路地へと出る。
魔獣共は、まだこちらには居ない。

一度、深呼吸。
羽に込められた魔力は、背中に障壁を張りつつ、三分間逃げ延びるに充分な筈。

路地の端から、魔獣の姿が覗いた。鬼ごっこの始まりだ。
巨体には手狭なこの通路で、上手く詰まってくれれば楽になるけれど――
そこまでは、期待出来ない。
挟み撃ちに合う前に反対の通りへ。
そして店から遠ざかる方向に、全力で駆ける。


何本かの白いレーザーが、大通りを走る私の脇を抜けていく。
ひやりとは、しない。背の守りは、万全。
足を止めて撃ってくれるなら、その分距離を取れるし。

それに目の前のT字路を曲がれば、そんな攻撃も少しの間、止む。


ここを、曲がれば



――え?――
196 : ◆oQV5.lSW.w [!red_res saga]:2012/01/29(日) 02:04:41.70 ID:Do4iULAe0

考える間も無く、腹に一撃を受けて
     新手の、魔獣?

                身体が、宙を舞う。




                            軽やかに、高く。





                               町並みが、屋根が、眼下に







                        血の塊が、口の中で破裂して




 目の前に、地面が迫り
首が、嫌な音を立てて
――――痛い
痛い痛い痛い痛い
痛い耐え難い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い
吐き気がする痛い
痛い痛い痛い
痛い怖い痛い
痛い痛い
痛い痛い
痛い
痛い



痛い





みが





























………………
197 : ◆oQV5.lSW.w [!蒼_res saga]:2012/01/29(日) 02:06:00.20 ID:Do4iULAe0






――大丈夫?――




198 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 02:07:08.95 ID:Do4iULAe0






「遅くなって、ごめん」




199 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/01/29(日) 02:09:05.88 ID:Do4iULAe0

今回はここまで。

起承転結とかおれさまには良く分かりませんが
そろそろ承の部分くらいには入ってるんじゃないかなあ、多分。どーなんだろ。
……何時終わるんでしょう、実際。
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/29(日) 06:41:27.31 ID:nPRqc2lDO

気長に待っとるよ〜
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/29(日) 10:17:46.92 ID:2lyFoEu60
承…だと…
とはいえレス数的にはその進行速度で1スレにほどよく納まる感じか

ここは二次創作世界だけど魔獣世界入りまではぶっちーの仕業だから
ぶっちーは恨まれても仕方ないよね うん
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/01/29(日) 10:43:37.26 ID:fgcxMQXN0
乙乙ー!!
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/02/01(水) 00:28:10.68 ID:IoWi3gkFo
ルータの機嫌が悪くて数日繋げなかったら投下が来てるだと?

乙です
まど神様の救済があってもやっぱり絶望渦巻く世界には違いないんだよな
みんながどうなるのか楽しみに待ってる
204 : ◆oQV5.lSW.w [saga]:2012/02/14(火) 00:43:12.08 ID:JM+ZnRtU0

今回も上げてみる無謀な勇気。



♂なんて描写したくありません。
♂なんて描写するくらいなら、腐海のヘドロを10スレに渡って描写する方がマシです。


誰か全ての男を生まれる前にふたなりにする概念になって下さい。
205 :視点:美樹さやか ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:44:27.75 ID:JM+ZnRtU0

****************************************

病室に流れる、柔らかく優しい調べは、『亜麻色の髪の乙女』。
亜麻色――差し込む陽の輝きと混ざり合った、今の恭介の髪の色。

「これ、持って来たの、さやかだよね」

彼の視線の先、爽やかな風の吹き込む窓辺には、花瓶に活けられた一抱えの薔薇。
昨日、リハビリで留守の間に、あたしが活けておいたもの。

「う、うん。分かった?」

嬉しい。とても。
CD買うだけでも、中学生のお小遣いではカツカツだし
だから花なんて、一度も持って来たことは無かったのに。

――それなのに、あたしだと分かってくれたなんて。

「そりゃ分かるさ。看護師さんがそう言ってたからね」

…………………………

……そりゃ分かるでしょうよ、バカ……

「でもこんなに沢山の薔薇、かなり高かった筈だよ。
 んー、このくらいの花だと、1本500円――いや、もっとかな。
 おじさんおばさんにも、ちゃんとお礼言っておいてね。
 こんな高いもの、有難うございますって」

え……?
ってことは、この薔薇の花束って、お店で買ったら1、2、……万は軽く超えてる?
うわぁ、後でもう一度ちゃんと、敷島さんにお礼言わないと。

「うん、でもそれね、買ったんじゃないんだ。
 最近知り合った人から貰ったの。
 自分で薔薇、造ってるんだって」

「へえ――
 個人でこれだけの花を咲かせてるなんて、その人って凄いんだね」

恭介はリサイタルなんかで貰う機会も多かったし、あたしなんかよりずっと花に詳しい。
その恭介が言うのなら、やっぱり敷島さんは凄いんだろう。

「うん――本当に、薔薇が大好きな人なんだよ」

そして凄いのは――本当に、大好きだから。
――それはこの、天才と呼ばれた少年も。


「花言葉もね、色々教えて貰ったんだ」

そして、色々と、知識を得ようとするのは――
こんなあたしが、柄にも無くクラシックに詳しいのは――

「赤い薔薇はあ――『情熱』、白い薔薇は純――『清純』とかそんな感じ。
 それでピンクの薔薇は、『上品』とか――『病気の回復』とかなんだって」

本当に、大好きだから。
206 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:45:28.53 ID:JM+ZnRtU0

「……持って帰ってくれないか」

「え?」

何で……?

「……持って帰れって言ったんだよ!
 こんな花、見たくないから!!」

「な、なんで? 急にどうしちゃったの!?」

さっきまで、あんなに機嫌良さそう――

「『病気の回復』だって――!?
 僕の手はね、もう二度と動かないんだよ!!」

違う。
微笑んではいたけど、それは上辺だけ。
とても寂しそうだった。哀しそうだった。
あたしが……気付いてあげられなかっただけ。


恭介は……知ってしまったんだ――


「こんな曲だって、もう二度と弾けやしない!!!」

かつては、身体のどの部分よりも手を大事にしていた、その恭介が。
入院してからずっと、肌身離さず聴いていたCDプレイヤーに。
左腕を、振り下ろす。
何度も、何度も――


「ふふ……こんなになってるのに、全然痛くないんだよ……この左手!!」

砕き、砕かれて、飛び散る血飛沫――
それを茫然と見つめるあたしの中では
昨日の、この病院の階段での出来事がフラッシュバックしていた。
207 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:46:44.24 ID:JM+ZnRtU0

「こんな――花っ!!!」

花瓶が、叩き落とされて、粉々に割れた。
桃色の花びらが、荒れた風に乗ってベッドに舞い散り――
あたしはやっと我に返って、血を滴らせる左手に縋りつき
暴れる腕を何とか抱きしめて、傷口をハンカチで押さえる。

「止めてよ……恭介……
 お願いだから――諦めないで……」

諦めないで、か――

「……もう、無理なんだよ!
 先生から直々に言われたんだ――
 諦めろって! 今の医学じゃ無理だって!!」

気休めにもならない、虚しい言葉だよね。

「もう僕は……惨めったらしく、在りもしない奇跡や魔法に縋るか……
 何もかも諦めるかしか、ないんだよ――」

でもね――あたしが口にすると、また別の意味が有るんだよ。


「――恭介」

それを、口にしちゃったらね

「奇跡もね、魔法もね、ちゃんと在るんだよ」

あたしはもう、心を決めるしか無いんだ。
208 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:47:41.69 ID:JM+ZnRtU0

「そんな気休め――!」

「気休めじゃないよ。
 でもね、奇跡にも、魔法にも、代償は必要なんだ」

それはね、あたしの魂だけじゃ、済まないんだよ――

「恭介は今まで、誰の為にヴァイオリンを弾いていたの?」



「それは――」

ゆっくりと、恭介が言葉を紡いでいく。
考え込み、自分の心と向き合いながら、答えを出していく。

「ずっと、自分の為――だったのかな……」


「昔は、ただ上達していく自分が楽しかった。
 それから、皆に喜んで貰えるのが、褒めて貰えるのが嬉しくなって――」


「でも、そのうち、天才のレッテルがついてまわるようになって――
 それからは、どうだったんだろう……」


「周囲の期待を裏切りたくない、見離されたくない
 最近はずっと、そんな感じだった気がする」


「――正直言うとね、事故に遇ったとき、ちょっとホッとしたんだ。
 『ああ、これでしばらく休める。天才と呼ばれる自分に、悩まされずに済むんだ』って」


「けど、もう二度とヴァイオリンを弾けないんだって言われると――
 そうすると今度は、弾きたくてたまらない僕がいるんだ」


「そうだよね……ずるくて、勝手だよね……
 バチが当たるのも、当然だよ――」



「自分の為ってのは、別に悪いことじゃ無いと思うよ」

結局、誰かの為に祈るのも――
自分が、そうしたいから。
だから、自分の為。

「でもね、恭介のヴァイオリンには――
 聴いた人を幸せに出来る力が、在ると思うんだ」

そう、情けは人の為ならず、っていうけど――
逆に自分の為を極めて、それがみんなの為になることだって、ある。

「だから、それが奇跡の代償」


――あたしは昨日、二人の少女を救わなかった。
彼女達の為には、奇跡を祈らなかった。

「これから先、恭介が振り撒く幸せ
 それが、奇跡の価値と釣り合うなら――」

ごめんね。その分まで、業として恭介に背負わせちゃうけど――

「どんな魔法だって、起こるんだよ」

でも恭介ならきっと、背負いきれると思うから。
そして世界中のみんなを、幸せに出来ると思うから――
209 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:48:28.42 ID:JM+ZnRtU0

「――そうだね」

恭介の顔に、微笑みが戻った。
別に、奇跡の存在を信じてくれたから、じゃなくて――

「ありがとう、さやか。
 ――もう少し、よく考えてみるよ」

面映いけど、あたしの気持ちを、大事にしてくれて――だと思う。
うん、それで、あたしには充分。

「大丈夫、恭介のへなちょこな祈りじゃ、天まで届かないかもしんないけど
 そしたらあたしが奇跡の神様とっ捉まえて、直談判してあげるから」

もう、あたしの分の対価は貰った、かな。
このちっぽけな魂分の、対価。

「はは、へなちょこは酷いなぁ」

「だってへなちょこじゃん、昔っから、ヴァイオリン以外は」

バカ、と言い換えてもいいよ。ニブチン、でも。
本当に、全く……

「ははは、その分さやかがおと――凛々しいからね」

今、言いかけた言葉……
大人しい、とかじゃないよね、絶対。
……ふふ、そんな風に見られてるんだってことは、分かってる。
だから、あたしは――


「それじゃ、ナースコール押すね。
 手、ちゃんと治療して貰わないと」
210 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:49:14.91 ID:JM+ZnRtU0

「本当に、いいんだね?」

病院の屋上、鮮やかな花々の咲き零れる花壇の中央、小さなテーブルの上。
そこにその白い獣は、陽炎の様に現れ、形を取った。
つい先程、あたしの呼び掛けに応えて。

「うん――でも、その前に」

もう、心は決めている。
今更、後戻りするつもりなんて無い。
けれど、失敗はしたくないから。

「どんな願いを叶えるかで、得意な魔法が変わるんだよね?」

「そうだよ。その子の本来の性質も係わってくるから、正確なところは僕にも予想出来ないけどね」

「『恭介の腕を治して欲しい』だったら、治癒魔法とか?」

「一般的な例からすれば、そうだね」

「じゃあ――『恭介のヴァイオリンを、大勢の人に聴いて欲しい』と願ったら、どうなるの?」

「前提として少年の腕がある程度回復する可能性は高いね。
 そして似た様な例で言うと、君は幻影や洗脳の力を身に付けるだろう」

へ?

「なんで幻影や洗脳?」

「クラシックにはまるで興味の無い人間も居る。
 インテリぶった輩の趣味だと、反感を持つ者さえ居る。
 そういった相手にまでヴァイオリンを聴かせるってのは、そういうことだからさ」

――そっか、確かにそういうことだよね。
もしその言葉で祈れるのなら、その想いをより、本当の気持ちとして抱きしめることが出来るかも
そう、思ったけど――

「その願いにするかい?
 僕としては、そういった協力者は有り難い存在なんだけどね」

「する訳無いでしょう?
 ――っても、あんたには理解出来ないのよね……」



大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
暮れ始めた陽を背負う赤い眼の獣に、あたしは自分の覚悟を、想いを告げる。

「インキュベーター、あたしの願いはね――」
211 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:49:54.43 ID:JM+ZnRtU0

たおやかな風に乗るように、あたしの身体がふわりと浮き上がる。
色とりどりの花びらが舞い上がる中、茜色の日差しに照らされて。


身体から、魂が乖離していく。
蒼い光の珠を、形作っていく。


「条理の殻は破られた――新しい魔法少女の誕生だ」


宙を漂う意識に、『孵卵器』の声が届く。
すぐ目の前から――けれど、何処か途方も無い遠くから発せられているかの様に。


「さあ、触れてごらん。
 君の、想いに」


その声に応えて、手を伸ばす。
目の前の、蒼く澄んだ宝石に。
――あたしの、魂。想いの結晶。


心に知識が流れ込み、あたしは新しい力の使い方を理解していく。
得たのは、あたしが選び、求めた通りの、癒しの力。

目の前で誰かが傷付き、苦しんでいるのに、何も出来ない
そんな思いは、もう嫌だから。

だからあたしは、この力を望んだ。
皆を、救けられる力を。





余韻に浸り佇むあたしの前で、キュゥべえが大きく飛び跳ねた。
転落防止の柵の隙間から、暮れ滞む街の一点を見つめ
そして、告げた。

「――さて、早速だが、初陣だよ」

****************************************
212 :視点:真矢エリ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:51:10.78 ID:JM+ZnRtU0

何か、暖かくて心地好いものが、私に染み込んでくる。
寒さが、恐さが、融けていく。
――もう、痛みも吐き気も、感じない。


誰かに抱きかかえられている。
女の人の柔らかさと、温もりと匂い。
でも、母にしては小柄で――

その誰かの手がそっと、私の胸に当てられた。

「動いてるし……大丈夫、だよね?」


良く知った、凛と通る声。
応えて、目を開く。

「あ……良かったぁ。
 初めてだし、ちゃんと能力使えてるかどうか、凄く心配だったんだ」

……蒼と白の衣装を纏った少女の姿が眼に映る。
露出は少し多いけれど、全然下品ではなくて
寧ろ騎士を想わせる様な、清廉で高潔な雰囲気。
その装束は、正に彼女に相応しいと感じた。

「――ありがとう、ございます、先輩」

――魔法少女になってしまった、美樹先輩に。

「いやお礼なんていいって。
 それよりどう? まだ痛いとことかあったりする?」

「……もう平気、です。
 普段より、調子いいくらい」

さっきまで死の淵に居たのが、まるで嘘みたいに。
……ただ、心には、靄が残る。

「なら、もう安心だね。
 キュゥべえが呼びに行ったから、もうすぐ二人も来るし
 それまでならあたしだって、護り通せると思う」

私達の周囲には、円柱状の五線譜の障壁。
それは魔獣共のどんな攻撃にも、揺るぐこと無く聳え立っている。
幾条の光線にも、私を一撃で潰した拳にも、びくともしていない。

「はい――羽で呼びましたから、もう来ると思います」

私達は――私は、護られている。完璧に。
そして、自分では……
やはり何も、出来ていない。


「うん、そうみたいだね」

美樹先輩の瞳が、暮れかけた空の一点を見つめる。
その視線の先に――私も、気配を感じた。

「それじゃ、ここいらで――
 ちょっくら戦ってみても、構わないかな?」
213 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:52:04.01 ID:JM+ZnRtU0

白いマントが、ふわりと風に棚引く。

「――prendere la mia rivoluzione――」

美樹先輩が、胸元から一輪の蒼い薔薇を引き出す。
それは口付けを受けて、白銀の剣へと変わり――

武器を携えし乙女は、天空へと跳んだ。
自らを囲み護る壁、その唯一の出口へと。

宙に、巨大な五線譜の魔方陣が出現する。
その中央を少女が蹴り、それを合図に散りばめられた音符、その全てが白刃へと変じ――
一筋の蒼き流星と、無数の銀の光が、白い巨人共に襲い掛かった。

「♪Appassionato e Feroce♪――†Spade di Damocle −Cento−†!!」

後半は、あのノートに記されていた言葉。
前半は、分からない。

私を殴り飛ばした一際大きな魔獣が、脳天から美樹先輩の剣に貫かれる。
周囲の魔獣共も、逃げ場無く降り注ぐ刃の洗礼を受け――
が、全ては倒れなかった。
深手を負いつつも2体の魔獣が、ゆらりと魔法少女に向き直り、反撃を加えようとする。


「誰にでも開かれた、希望無き地獄の門ではなく
 何れは天上へと到る、煉獄の狭き門、か――」

銃弾と、光の矢が、その頭を貫いた。


「さやか――
 今はありがとうとだけ、言っておくわ。
 心の、底から」

何時もの様に心の読めない表情で、暁美先輩が言い放つ。
その眼は私の――吐血に染まった胸元を、じっと見つめていた。

「どうする? 美樹さん。もう少しやってみる?」

巴先輩の視線の先には、別の魔獣の一団。
喫茶店で私を襲った、最初のグループ。

「――うん」

軽く肯き、美樹先輩は魔獣の群れへと突撃する。
迎え撃つレーザーの束を全て、華麗に躱し――きれてはいない。
けれども傷は蒼い五線譜の魔方陣によって、瞬く間に塞がれていく。


「♪Calmo e Grazioso♪――†Squartatore −Danza Macabra−†!!」
214 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:52:59.13 ID:JM+ZnRtU0

流れる様な剣の舞が、魔獣共を切り刻んでいく。
優雅に、そして冷酷に。
巨体の反撃を、紙一重で回避しつ――

あ!

「――っくぅっ!」

「美樹さん!」

巨大な拳が正面から美樹先輩を捉え、私は思わず目を瞑る。
けれど普通の女の子の身体は虫けらの様に潰した一撃も、魔法少女の身体を砕くことは無く
叩きつけられた塀に大きなひび割れを残しながらも
美樹先輩は自らを癒し、また立ち上がろうとする。

「まだまだぁっ!!」

が、その彼女の前に

「――貴女ならいけるとは思うわ。でも」

「私達にも出番は欲しいし
 後は、任せてくれる?」

もう二人の魔法少女が、立ち塞がった。


「大体、45点といったとこかしらね」

銃が、吼え

「随分と辛いのね。初陣は使い魔すら満足に倒せなかった私からすると――
 ぎりぎりで赤点回避、ってところかしら」

弓が、唸る。

使い魔……?
始めて聞く、魔獣の別名。

「……下がってるじゃない」

掛け合いをしながらも、顔はあくまで真面目、集中は切らさない。
反撃は全て巧みに避け、そして一射毎に、確実に魔獣の数を減らしていく。


「――私情と、それに将来性も込みよ。
 この子は世界の理に、妬けるくらいに愛されている、原石なんだから」

この二人は、本当に――
もう、凄いなんて言葉すら、生温い。
215 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:53:59.69 ID:JM+ZnRtU0

世界の歪みが矯正され、光景が日常へと回帰した。
夕焼けに染まる石畳の路で、変身を解いた三人の魔法少女が向き合っている。

「やっぱり、こうなったわね――」

「私、散々、巻き込んじゃったしね……」

空気は、軽くない。
美樹先輩が、ばつの悪そうな顔で頬を掻く。

「んー、なんか二人とも、ごめんね……」


「謝るとしたら、私の方だと思うけど」

重苦しい雰囲気を振り払おうとするかの様に、巴先輩が紅い空へと顔を向ける。

「もう過ぎてしまったことを、とやかく言っても始まらないわね。
 魂を懸けてでも、叶えたかった望み――
 それは、本物なのでしょう?」


「――うん」

それに応えて、美樹先輩は頷く。
小さく、しかしはっきりと。

「なら、その気持ちは、きっと何かを残す筈」

新たな魔法少女の想いを肯定し、巴先輩はくるりと振り向く。

「だから――後悔はまだしも、絶望はしないようにね」

優しげな笑みを、作りながら。
216 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:54:55.45 ID:JM+ZnRtU0

「正直、私は清々しているわ。
 もう誰かのお守りで悩むのは沢山」

暁美先輩が、皆に背を向けた。
そのまま数歩、ゆっくりと歩む。

「だから後は、自分の面倒は自分で見て頂戴。
 特訓くらいは、付き合ってあげても良いけれど」

二又の綺麗な黒髪に、鮮やかな夕陽を浴びながら。


「そうね――でも私に謝りたいというなら
 罰として、一つだけ約束して貰うわ」

その顔だけが、振り向いた。
射抜く様な眼が、美樹先輩を捉える。

「私を超え、膝を折らせるまでは
 何があろうとも、逝くことは許さない」

言葉を終え、暁美先輩はまた後ろを向く。
そしてその髪が、大きくかき上げられた。

「貴女の祈りの結末が、どんな結果を招こうともね」

丁度息を強くした、風に乗せるように。


その後姿を、美樹先輩が真っ直ぐ見つめる。
その眼の力で、暁美先輩を振り向かせようとする様に。

「――うん」

そして、決意は短い返答となって
その口から、力強く発せられた。


「美樹さんの祈り、か――
 その上条君のヴァイオリン、私も一度聴いてみたいわね」

私も。どれ程のものなのか、一度聴いてみたい。

「――そういえば私も、まともに聴く機会は一度も無かったわね」

美樹先輩が、魂を懸ける程の――
美樹先輩だけでなく、惹きつけている、その人のヴァイオリンを。


美樹先輩の口元が、大きく綻んだ。

「そっか、そうだね、それじゃ近い内に頼んでみるよ。
 あたしも、みんなに聴いて欲しいし」

知り合って、そんなに間がある訳では無いけれど――
それは、今まで見た中では、一番幸せそうな笑顔だった。
217 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:56:14.16 ID:JM+ZnRtU0

「――あの
 そういえば、志筑先輩が、喫茶店で――」

言いかけて、心の靄が、何となく語尾を濁らせる。

正気では無かったからだと、そう納得しようとしても
『いじめられっ子』と呼ばれたことは、小さな不信の棘として、私に刺さっている。
けれど、そんなことよりも――

「仁美が!?」

私の心により大きな影を落としているのは、幾つかの符丁。

――ヴァイオリンを弾けなくなったキリギリス――

――そして、緑の瞳を持つ怪物は、嫉妬――

「そうだったわね、急がないと。
 喫茶店って、何処かしら」

「喫茶店――多分、あそこです。
 忘れたくても、覚えてる」

駆け出した美樹先輩の後を、巴先輩が追いかける。
更に後を追おうとした私を、暁美先輩が呼び止めた。

「エリ、貴女は残って。
 そんな有様で、人前に出るつもり?」

「あ、はい――」

確かに、このままでは拙い。
私の学生服は、吐いた血で真っ赤だ。


暁美先輩がその翼を広げ、私を包み込んだ。
純白の羽毛が、沈みゆく陽の光と、私の血とで朱に染まる中
羽毛にも負けず白い手が、ゆっくりと私の首筋へと伸びる。

「使った分、魔力も、補充しておくわね」


気の所為だろうか、その指先は――微かに震えている様に見えた。
218 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:56:49.57 ID:JM+ZnRtU0

血に塗れた翼を消して、暁美先輩が額に羽飾りを押し当てる。
そして端正な顔の輪郭が、紫色の光に包まれたとき。


(え――!?)


その頬を、涙が伝い落ちた。
溢れるように、止め処無く。


口元が、誰かの名を呼ぶ様に、動いた。
音は、発せずに。


――開き、少し窄まり、そしてまた少し開いた――



もう、先程の表情は、残っていない。
けれど涙の跡はそのままに、再び私の首筋へと手を伸ばしながら
暁美先輩が、静かに語りかけてきた。

「エリ、私は、貴女の敵になるかも知れない。
 ――いえ、もう敵かも知れない」


まるで、意味は分からなかった。
ただ、そうなったら、戦うことも無く負けるだろうなとか思いながら
グリーフシードを拾い集める暁美先輩の、後姿を見ていた。

「好意に付け込み、利用しようとする輩の、言いなりになっては駄目。
 ――毅然と、撥ね付けなさい」

やはり、思い至ることは、何も無かったけれど。
ただ、その科白は、私に向けられた言葉というよりも
――彼女が、自分を戒め、縛っている言葉の様に、聞こえた。
219 :視点:佐倉杏子 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:58:25.91 ID:JM+ZnRtU0

****************************************

冷たく、雨が降っていた。

もう別に、義務を果たそうとかいう気持ちは無かった。
自分にケリをつける、その為だけに足を向けた。


(ギリギリ、かな――)

程好く穢れに染まった、銀の指輪の宝石に目をくれる。
キュゥべえの見立てでは10体から15体。
ハデにカマして、最後のヤツと相打ちになり、ソウルジェムが濁り切る。
それが、理想。


(『円環の理』、か――)

女神様だか天使様だかが迎えに来る――
そんな話もあると、マミさんは言っていた。
が、そんな資格は、アタシには無い。
アタシは、魔女だ。
今までアタシが信じていた通りの神様なら、迷わず地獄に墜としてくれるだろう
そんな、背信の魔女だ。


――親父は、お袋は、どうなったのかな――


モモだけは、大丈夫だと思う。お袋も、多分。
親父は――分からない。


もし、本当に円環の女神様だか天使様だかが、アタシを迎えに来るというなら
一つだけ、我儘を聞いて貰う。
全ては、アタシの罪だから。


――だから、家族の魂は、天の国に召して下さい。
220 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 00:59:11.72 ID:JM+ZnRtU0

祈る声が、聞こえた。
魔獣の領域の中で。
少し前までの、アタシと同じ様に。


一人の少女が、跪き、手を組んでいた。
目の前の巨人共を、諸聖人と思い込んでのことなのか
それとも自らの危難を悟り、天の主に縋ったのか。


グリーフシードを、胸元の宝石に当てた。
倒し切れるまでは、倒れる訳にいかなくなったから。


魔獣の手が、少女に伸びて。
その少女の身体が、ぐらりと横に倒れて。

――そしてアタシの槍が、その魔獣を仕留めた。



殲滅。そしてアタシは生き延びた。
動くのも億劫なくらいには魂が濁り
けれどお迎えが来るまでには、もう少し余裕が有る。
全くもって、中途半端な結末。


気絶した少女を、せめてビルの下の駐車場まで運ぶ。
ハンカチで、雨に塗れた顔と黒髪を拭う。
服は、どうすることも出来ないが。


ふと、思い至る。
今日はキュゥべえを追い払い、アタシ独りで死地に臨んだ。
もしアイツが居たら、この人は魔法少女の勧誘を受けることになっただろう。

なら――この街からアタシが居なくなったら?



今倒した魔獣共のグリーフシードを拾い集めることにした。
アタシが居なくなれば、キュゥべえは後釜を探すだろう。
そしていずれ誰かが、願いを叶えてしまうことになる。
それがこの人になるのか、知らない誰かになるのか、それは分からないが。


振り返り、もう一度だけ、柱にもたれ掛かる少女の顔を見る。
マミさんの一つ年上、だったと思う。
この人の一家は、とても敬虔だった。
そして、とても幸せそうだった。

――つい、この間までは。

****************************************
221 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:00:05.87 ID:JM+ZnRtU0

「そろそろ時間だよ」

聞き慣れたお目付け役の声が、アタシを『今』に引き戻す。

「ああ、分かってるよ」

夕食か夜食か判然としない、少しばかり纏まった量の食事と
仮眠ともいえない程度にうつらうつらした、30分ばかりの食休みを経て
そして、また、行動の時間。


「どうしたんだい? 僕の顔をじっと見て」

――オマエの持ってきた知らせの所為で、昔のことを思い出しちまったからさ――

アタシが頑張って来たことで、契約する子を一人二人減らせたのか、それは分からない。
ただ、今は、自分から死んじまおうなんて考えはまるで無くなっている。
人ってのは存外、しぶとくて図太いもんだ。

「……二人、契約しちまったんだよな」

今日一日で、二人。
どちらもアタシとは無縁ではない。
一度二度顔を合わせた、程度の縁ではあるが。

「君が契約について、かなり否定的な考え方を持っていることは知っている。
 でもこれは僕の役割だし、それに当人が望んだことだからね」

「……別に、つべこべ言う気はねーよ」

こいつはこいつで、何やらご大層な目的の為に働いている。
善意は無いが、悪意も無い。
嘘は吐かないし、騙そうとすることも無い。

だから契約して、後になってこんな筈じゃなかったとか言っても
それは、ただ覚悟が足りなかっただけ。自業自得ってやつだ。


――と、そう簡単に割り切れるもんじゃねぇとこが、コイツと人間の違いなんだろうな――


Joppoを一箱明け、三本ばかり一遍に咥える。
それから地図を広げ、今日の目的地をもう一度確認。
さっき付けた×印のすぐ近くにある小さな○は、まだ未調査の『千歳』の家の印。

「オマエも魔獣退治、付いてくるんだよな」

「そのつもりだけどね。でも、君が望まないというならそうするよ。
 長く付き合っていく上では、君達の気まぐれな要望に従うのも大事だからね」

後半部分は、あの日同行を拒否したアタシに言ったのと、そっくり同じ台詞。
あの時は『長く付き合っていく上で』のとこで、バカなヤツだと思ったもんだ。
――結局はこれからも、長く付き合っていこうとしている訳だが。

「別に構わねーよ。自分でグリーフシード拾うのも、面倒いしな」


用事が済んでから、現地で理由をつけて別れればいいだけの話。
場合によったら、陽が昇ってから改めて出直すことになるかもしれないが
どっちにしても、明日中には風見野市内の『千歳』は調べ終えられるだろう。
それで見つからなかったら――
そうしたら、隣の市まで範囲を広げるまでだ。
222 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:00:53.57 ID:JM+ZnRtU0

心臓――人で言うなら――の辺りを貫かれた最後の魔獣が
グリーフシードを残し、融ける様に消えた。
世界のずれが、回復していく。


変身を解き、いかパンを取り出して齧り付く。
すっかり夜の帳に覆われた、郊外のショッピングモールの駐車場。
少し向こうの本屋だけが、まだ営みを続けている。
それじゃキュゥべえに、戦利品の回収を担当して貰うとしよう。
そして、アタシが担当するのは――

「出てきなよ。ずっと、見てたんだろ?」



街灯の下に人影が歩み出る。
無言で、無表情で――
こんな風にほむらと出会った、あの晩との違いは、アタシが独りだけなこと。
少しばかり、緊張が高まる。

そいつは――すっかり頭から消えていたが、あの晩、ゆまより前に出会った女性。
今日契約してしまった、新しい魔法少女の内の一人。
そのコスチュームは、炎の模様が浮かび上がった、メタリックカラーのライダースーツ。
全然魔法少女っぽくは無い格好だが、服の上で図柄の焔が本物の如く揺らめく様は、確かにマジカルだ。


「――僕は退散するよ。
 不覚を取るとは思わないが、君も自愛してくれ」

足元の獣がそう言葉を残し、正に脱兎の如く夜の闇へと消えていく。
が、アタシと銀の魔法少女の目は、それを追うことも無く、お見合いを続けていた。



――何時までもこのままでは埒が明かない。アタシから最初に口を開く。

「契約、しちまったんだな、アンタ」

キュゥべえはこいつのことを、『危険かもしれない』とだけ言った。
それ以上は――誰かに口止めでもされているのか
聞いても答えてはくれなかった。

「が、見ての通りここはアタシの縄張りだ。
 魔獣を狩りたいなら、風見野の外で狩ってくれ」

危険、か。確かにそんな雰囲気だ。
全神経を相手の気配に集中させる。
殺気が増したら、即座に対応出来るように。

「それとも新人だし、戦い方を教えて欲しいってんなら――
 残念ながらアタシは、誰ともつるまねぇ主義でね」

……それでも、空気は張り詰めているが、一触即発とまではいかない。
まだ対話で凌げるだろうか。

――アタシも、丸くなったもんだ。


「で、どうする?
 大人しく立ち去ってくれるんなら――」

「お前は、何を祈っている?
 何の為に、戦っている?」

様子次第で、多少は相手の為になる提案も考えていた、そんなアタシの言葉を遮り
そいつが初めて、重い口を開いた。
223 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:01:34.90 ID:JM+ZnRtU0

――何を祈り、何の為に戦う、か――

マミの奴なら、臆面も無く素でもって、綺麗な言葉を吐けるんだろうな。


「はぁ? そんなの、自分の為に決まってんじゃん」

けどアタシは、嘘吐きにならない限り、そんなご立派な答えは出来ない。

「グリーフシードが手に入んなきゃ、何れアタシ達は導かれて消えちまう。
 嫌でも戦い続けるっきゃねーんだよ、魔法少女は」

正義の味方だったアタシは、あの日――

「ま、その分、余分なグリーフシードさえあれば
 色々と好き放題、普通のヤツじゃ出来ねーことが出来るけどな」

家族と一緒に、死んじまったから。

「命懸けてるんだし、当然の役得ってやつさ」


案の定、殺気が増している。
けれどコイツが気に入ろうが気に入るまいが、アタシの答えは他には無い。

「アンタも、何を祈ったかは知んねーけどさ
 あまり堅っ苦しく――」

「土は土に、塵は塵に
 ――そして灰は灰に」


足元から、巨大な火柱が昇った。
落とした食いかけのいかパンが、瞬時に灰になる。

「――ヤる気かよ」

問うまでもない。膨れ上がった殺気は、続けざまに火柱を立ち上げてくる。
爆音と閃光。路面から、焼け焦げたアスファルトの臭いが辺りに立ち込めていく。

(こんな目立つことをして、平気なのかよ!?)

変身。そして人目を避ける為、唯一負担無しに使える幻術を発動させる。
気配を消し、自らを認識させなくする――
あの日、無意識が生んだ、自己否定の幻術。
不便なことに、同類にはまるで効かない。


二人だけのかくれんぼ、いつもなかなか見つからないアタシを、モモはこう呼んだ。

「――ステルス・キョーコ」
224 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:02:18.17 ID:JM+ZnRtU0

出力は、大したもんだ。
狙いは、それ程でもない。

総合的に見れば、マミやほむらには及ばないだろう。
そしてアタシは、その二人と殺り合った経験がある。
が――

それは真剣での御前試合の様な殺し合い。
死の可能性は少なくないにしても、決着さえつけば、止めを刺す必要は無かった。
これは、どうだろう。

(うだうだ考えたって、もうしょうがねぇけどな)

とにかくこの場は、戦闘不能にする、もうそのつもりでいくしかない。
つまり、動けなくなるまで切り刻むか、弱点狙いで一気に潰すか、だ。

(……にしても、ハデにヤってくれるぜ)

既に本屋の方角は騒がしい。
野次馬は勿論、警察や消防が来るのも時間の問題だろう。
長引かせる訳には、いかない。
となれば――


この前のアンクに替わって下げられている、金で縁取られた、銀の宝石のペンダント。
魚の形の、ご丁寧に目を模した黒い点まで有るアレが――
今狙うべき、箇所だ。

(跳ね飛ばして奪えれば、ベストなんだがな)

砕くつもりは無い。が、どうなるかは分からない。
寸止めとか器用な真似をしたところで、今度はアタシが消し炭にされるだけだろうし。


――初めて、手を汚すことになるか――

――いや、もう充分、アタシは汚れちまってるけどな――


反撃開始。
不意打ち気味に、一気に間合いを詰める。
目の前に炎の壁。
このくらいは予想済み。心頭滅却。アタシは赤い、火は効かない、よし。突っ切る。熱い。
穂先が、ペンダントに届――


――そう簡単に終わるもんでもねぇよなぁ、やっぱ。

相手魔法少女の魂を、捉えたと思った瞬間。
炎を纏う黒と銀の円盤――というかぶっちゃけバイクのタイヤが、そいつのソウルジェムの正面に現れ
盾となってアタシの槍を食い止めていた。
225 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:03:01.46 ID:JM+ZnRtU0

早期決着は失敗。
だが中途半端に攻め手を終わらせる訳にはいかない。
そのまま強引に、盾ごと力押す。

「うぉりゃあああぁぁぁぁぁ!!」


全力全開、20mオーバー吹っ飛ばす。
無論これくらいで戦闘不能になる魔法少女は居ない。
起き上がる前に――

「じゃーな、アッディーオ」

とにかく、だ。ここをこれ以上戦場には出来ない。
踵を返し、脱兎の如く走り出す。
さっきの手応えからして、ヤツの身体強化のレベルは、アタシに比べてかなり低い。
なら、撒けるだろう。
本気のアタシの足には、マミだって追い付けないんだから。



――ドドドドドドドド――

……背後から、アタシを追いかける様にエンジン音が迫ってくる。
嫌な予感を抱きつつ、ちらりと振り返る。


――おいおい、冗談だろう――

――何だよその、未来から来たマジカルバイクは――


卑怯だ。逃げ切れる訳ねぇじゃねぇか。
――道路で競ってちゃ、な。

槍で高飛び、傍らの家の屋根に飛び乗る。
ここいらは住宅街特有の、妙に入り組んだ道並み。
塀をぶち破り、庭を突っ切って進むんでもない限り
屋根を伝い跳ぶアタシをバイクで追い掛けるのは無理だ。


案の定、バイクの音は止む。
これで、撒けるか?
最悪でも河川敷とか、人目を惹かないとこに誘導したい。


そういえば、この辺って――


――居た。
念願の、再会。
すぐ目の前の住宅の二階のベランダに、ゆまが居た。


ドロワーズ一枚のみを、身に着けて。
痣だらけの身体を、冷たい夜風に晒して。

――ぐったりと、横たわっていた。
226 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:03:47.87 ID:JM+ZnRtU0

背後で、殺気が弾けた。
――早い。こんなにすぐ、追い付ける筈は無い。身体能力を見誤ったのか?
身構え、振り返る。

既に10mも離れていない場所に、ヤツは来ていた。
タイヤの円盤を浮かせ、その上に立っていた。
そしてその憎悪に満ちた目は、アタシを通り越してその後ろを見つめ
その銀のツナギを彩る炎の模様は、さっきまでよりずっと激しく
――まるで地獄の業火の様に、燃え盛っていた。


ヤツが、動いた。
一瞬気圧されたアタシの脇を擦り抜け、ゆまの倒れているベランダへと降りていく。

――止めろ、止めろよ、そっちへ行くなよ――

「うぁおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

槍を振るい、飛びかかる。
もう一つ現れた車輪がその攻撃を防ぎ、防がれたまま、またさっきのように突き飛ばす。
吹き飛んだそいつの身体はベランダの窓を突き破り、カーテンごと部屋の奥へと転がり込んだ。
ベッドの上には、仰天する肌色の男女の姿。
――が、もうそんなことは、どうだっていい。
ゆまを抱きかかえ、道路へと飛び降り、脇目も振らず駆け出す。


鼓動は、まだ、辛うじて。

――けど、何でこんなに冷たいんだよ、何でだよ――


轟音と共に、後ろが光った。
――が、どうでもいい、そんなこと、もう。
医者だ、いや、マミのところか、どっちがいいんだ、どうしたらいい。
昨日の内に、せめて今日の昼間の内に、ここを調べておくべきだった。


――何でだよ、魔獣も魔法も関係無いのに――

――何で、この子はこんなに呪われてるんだよ――


この子だけじゃない。同じ呪いを受けてる子は、通報されてるだけでも年に5万5千件。
クソッタレだ――本当に、この世界は。



背に、熱くて硬いものが、ぶち当たった。
炎の車輪に跳ね飛ばされ、アタシはゆまを庇いつつ、転倒する。


その両脚を、立ち昇った火柱が、消し炭に変えた。
227 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:04:28.96 ID:JM+ZnRtU0

――ああ、ここまで、かよ――

アタシは、しょうがない。
好き放題やってきたし、ここらが潮時なんだろう。
けれど――


「ゆまは――この子は助けてやってくんねぇかな。
 アタシと違って、何の罪もねぇんだからさ……」

「……分かった」

嘘は、言ってないだろう。目を見る限り。
――けれど、もうそれを確かめることも出来なくなる身だ。
もう少し、確証が欲しい。

「主に、誓ってくれ」

魚は、御子のシンボル。
魂がその形を取るというなら、まだコイツの心には、信仰が在るんだろう。


「……誓おう」

充分、だ。
もうこれで、世を憾む程の心残りは無い。
ゆまを路面にそっと寝せ、這って離れる。数m。


「土は土に、塵は塵に
 ――そして灰は灰に」

魔法少女は円環に――逝くのかな、こういう場合。
まあ、どっちでもいいや。


――モモ、ごめんな。どっちにしてもお姉ちゃんは、そっちには行けない――



それは足元から立ち昇り、渦を巻いて、魔法少女を包んだ。


「『死に急がない』――
 誓いは守って貰うわよ、杏子」

魔力を完全に遮断する、白い羽毛の障壁。
そして横たわるゆまの傍らに、翼を広げた少女が降り立った。
228 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:05:07.47 ID:JM+ZnRtU0

ほむらがゆまの蒼褪めた身体を、そっと抱き上げ、かかえる。
その翼が六枚に分かれ、下の二対が、凍える痣だらけの裸身を優しく覆っていく。


「Lucifer――」

羽毛と炎が鬩ぎ合う光の渦の中で、魔法少女が呟いた。
Luciferか――
そういえばコイツの名字は、『暁の美』だったっけ。


「杏子には悪いけれど、私は貴女の神様には、何の興味も無いの」

そう言い放ちつつほむらは、アタシを足元に見下ろす位置まで歩を進める。

「自分で捉まって。背負うのは無理だから」

「あ……ああ」

脚の痛みを消して半身を起こし、黒タイツにしがみつく。
思ったより更に華奢だ。肉が薄く、骨が細い。

――ちゃんとメシ食ってんのかよ、こいつは――

などとどうでもいいことを考えている内に

「――行くわよ」

縋りついているその身体がふわりと浮き

「う――うがあああぁぁぁぁぁ!?」

――思いっきり一気に、加速しやがった。



(上空から見えた火柱、あれはあの魔法少女の仕業ね)

風を切る音が轟々と響く中、頭の中に声が届く。

(ああ……ゆまの家だ)

アタシがちらりと抱いて、即座に消した考えを、アイツは事も無く実行に移しやがった。

(……そう)

箍が外れている――危険だ、とてつもなく。
229 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:05:59.76 ID:JM+ZnRtU0

(――面倒ね、追って来てるわ)

(ああ――気配が有るな)

強化した聴覚が、背後にも風を切る音を捉える。

(振り切れるか?)

(この子の負担を考えなければね)

確かに、そうだな。
これ以上の加速は、アタシにすらキツ――

(!?)

数mの自由落下、その上空を太い光の束が通り過ぎていく。
いかにも熱線といった感じの、オレンジ色のビーム。
明らかに、Tiro-Finale級だ。
この速度で、一体どんな体勢から――
振り向き、確かめてみる。


精々、タイヤを飛ばして、それにしがみついているくらいだと思っていた。

…………………………

――何だよその、マミの奴が泣いて喜びそうな――

――タイヤ二つと主砲一門背負った、パワードスーツはよ――


「そんな魔法少女が居るかあぁぁぁぁぁ!!」


(結構、居るわよ)

煌びやかな夜景を背景にした逃走劇。
ジグザグ気味に軌道を変えるアタシ達の左手を、熱線が過ぎていく。
それがこちらを追尾するように、幾分角度を変える。上へ回避。

いや、深夜のアニメとかには、居るかもしんないけどさ……


今度は右から左に、大きく薙ぎ払われる。右下に回避。

(当たったら、熱いとか感じる間も無さそうね。
 当たらなければ、どうということはないけれど)

確かに立体的に回避出来る以上、そうそう当たるもんでも無い。
が、当たらないという確証は無い。
それに追われている限り、着地は難しい。
アタシ達だけならともかく、今は――

もう見滝原の上空だ。ぐずぐずしたくは無い。


(――アイツに寄せられるか? ほむら)
230 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:07:02.50 ID:JM+ZnRtU0

(却下。それより、片手を自由に出来るかしら)

即座の拒否――だが何か策が有るのか?
左腕でしっかりとほむらの両脚を抱え込み、右手を空ける。

(で、どうするんだ?)

(今、翼から出すものを受け止めて)

その念話が終わると同時に、翼の根元から暗緑色の、拳大の球体が現れる。収納魔法か。
手を伸ばし、しっかりとキャッチする。

…………………………

色で、予感はしたけどよ。

(ピンを抜いたら、5数える直前で捨てて。
 早過ぎると無駄になるわ)


……もう何も言わねぇ、突っ込まねぇ。
口でピンを抜き、1、2……4
振り返り、ヤツの鼻っ面に放り投げる。5。

あがぁ……!!??


(目が……目がぁー!!)

耳もだ、くそぅ、じんじんしやがる、何も聴こえねぇ。

(まともに見たの? バカね)

バカはどっちだよ! 最初に教え――

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

喉の奥から絶叫が迸り出る。
臍の辺りから嫌な感覚が、むずむずと全身に這い登ってくる。
加速さえつけた、突然の落下。

崖から紐一本で飛び降りたり、飛行機からパラシュート一枚で飛び降りたりするヤツは
バカだと、ずっと思っていた。
訂正し、格上げする。
キの付く放送禁止用語に。



「撒けた、みたいね」

アタシ達が着地したのは、公園の木陰の暗がり。上空からはまず見つからないだろう。
流石にあの珍妙な格好で、街中を低空飛行して探してはいない様だし――
諦めて、くれたか。

「……テメェとは次から、金輪際一緒に行動しねぇ」

本当に、酷い目にあった。
アタシとゆまの恩人じゃなきゃ、殴り倒してるとこだ。
……気取った風で、髪なんかかき上げてんじゃねぇ!

「じゃ、へたってないで、負ぶさって。
 あと少し、物陰伝いに行くわよ」


あと少し――?
ここからマミの家までは、結構あるんじゃなかったっけか?
231 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/02/14(火) 01:08:12.61 ID:JM+ZnRtU0

今回はここまで。

表現や内容はともかく、久し振りの戦闘回でした。好き勝手やりました。
杏子ちゃんがぽっと出のルーキーに負けました。はいはいメアリー・スー。


次回はまた非戦闘回です。
行き当たりばったりなので、実際に書いてみないと判りませんが
ハートフルに〆るシーンまでは行って、次々回また戦闘回かなあ。
その先はまだ展開ちゃんと固まってないけど、どーしやう。
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/02/14(火) 01:14:35.15 ID:9vcFTbwho

魔法少女の戦いは相性だってうろたんや監督も言ってた
おまけに特大の重荷背負ってるんじゃ無理もない
そしてさやかちゃんはやっぱり傷だらけで頑張るのが似合う子

ハートフルがheartfulなのかhurtfulなのかwktkが止まらないので
次回投下楽しみに待ってる
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/02/14(火) 06:02:48.87 ID:C+62iKeJ0
ニトロプラスに出てきそうな魔法少女だ。
ほむらちゃんとは別の意味で好みです。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/15(水) 17:40:50.70 ID:9L6BWLPDO
女の子+パワードスーツ…武装○姫? タイヤ型だか、居るには居るけど。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/02/15(水) 20:39:10.35 ID:I6com+7eo
こんな良作があったんだ、乙乙

餡入り焼き饅頭って、ググってみたら、グンマー地方では目玉焼き論議に匹敵する重大事っぽくみえた。へぇ〜


ロシア語部分を読むのは、辞書を引くのが面倒だったのでグーグル翻訳で読んでみました。
格変化がややこしいので、辞書を引くだけで大変ですよね。

>>232
なんとなく、hurtful じゃないと まどマギらしくない気がしてしまう。
236 : ◆oQV5.lSW.w [saga]:2012/03/12(月) 01:34:53.65 ID:ixnkK6TA0

また、月一ペースです。
誰もがその存在を忘れている、というよりそもそも関心を持っていない何かを更新。



何か、それは多分、シリアスSSでは有りません。
小ネタとか、厨二要素とか、適当に詰め込みまくった『何か』です。
内容なんて、無いよう。





………………忘れて下さい。
237 :視点:美樹さやか ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:36:55.05 ID:ixnkK6TA0

――――――さやかちゃん――――――


……んー、くたびれてるから、もうちょっとだけ眠らせて……




――――――さやか――――――


……誰だっけ? 五月蝿いなぁ、もう……




――――――美樹さん――――――


……今日はもう、特訓は勘弁して下さい……




――――――美樹さやか――――――


……あーもう、転校生まで……

……いや転校生じゃなくって……まだ未亡人でもなくって……



(さやか、さやか!)


……しつこいなあ、ほむらは……


(至急起きて貰えないかしら、さやか)


…………………………

! ほむらのテレパシー!?


(てすてすてす、聞こえる? ほむら)

テレパシーを送信しながら、部屋の明かりを点け、道路に面した窓を開ける。


(聞こえているわ)

その返事と共に、暗がりになっている植え込みの辺りで何かが膨れ上がり
それがあたしの目の前まで、びっくり箱から飛び出した人形の様に勢い良く迫ってきたかと思うと
闇夜の鴉の如きクラスメイトが、窓からぬっと乗り込んできた。

「済まないけれど、至急治療して貰いたい子が、二人居るの」

「……悪いな、邪魔するぜ」

腕に、緑髪の半裸の幼女を抱いて。
背に、赤毛の不良少女を背負って。
238 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:38:07.61 ID:ixnkK6TA0

「この子からお願い。もうあまり猶予は無いの」

その身体を包んでいた漆黒の羽毛が仕舞われ
ほむらに抱かれている緑髪の女の子の裸身が、部屋の明かりに晒される。

――! 酷い――


蒼褪めた肌には、幾つもの青痣と蚯蚓腫れ、そして『根性焼き』の跡。
左手と腹には、お湯でも被ったのか、大きな水膨れ。

……問題は無い。あたしの能力なら、瞬く間に跡形も無く治せる。
けれど――


「……誰が、こんな――」

変身し、ほむらからその子を受け取りながら、背負われた佐倉杏子の顔にちらりと目を向ける。
相変わらずの、いけ好かない仏頂面。
しかしその目は、偽り無く緑髪の女の子のことを気遣っていた。


「この子の――千歳ゆまの、両親」


「……」


治療は、もう終わる。
ゆまの全身に散りばめた五線譜の魔法陣が、役目を終えてひとつ、またひとつと消えていき
冷たく白けていた皮膚が、瑞々しい生命力を取り戻していく。
けれど――


「う……うぁ……」

くぐもった声を発し、ゆまの顔が歪む。
もう、痛むところなんて有る訳ないのに。意識だって、すぐに戻る筈だ。

――そう、意識が戻りつつあるからなんだ。
この子が、苦しんでいるのは。

新聞やテレビのニュースでは、珍しくない。
けれど児童虐待なんて、何処か別の世界の話だと思っていた。
今、こうして犠牲になっている子を目の当たりにするまでは。


頬に落ちた、一粒の滴。
それが、あたしの腕の中の少女の目を開かせ
そして年端も行かないその女の子は、口を開き、うわ言を繰り返した。
まだ朦朧とした意識の中、恐怖にその小さな身体を引きつらせて

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

何度も、何度も。



どんな怪我だろうと、それが肉体的なものなら、あたしは完璧に治すことが出来る。
けれど、心の傷を癒す魔法は、使えない。
それは――

あたしが拒んだ、幻影や洗脳の力でしかないから。
239 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:39:04.13 ID:ixnkK6TA0

「いいんだよ……もう大丈夫なんだ、ゆま」

佐倉杏子が、ゆまに呼び掛ける。
あたしの知らなかった顔、知らなかった声で。

「お姉ちゃん……キョーコ、お姉ちゃん……?」

その言葉が、心に届いたのか。
ゆまは落ち着きを取り戻し、幾分怪訝そうな表情で
ほむらの肩越しに覗く、その優しげな面差しを見上げる。

「……お姉ちゃんは要らない、杏子だけでいいよ」

少し、理解出来た。

「うん、キョーコ……
 ここは……どこ?」

マミさんやほむらが、彼女を仲間と呼んでいる訳が。


「ここはあたしの――」

「美樹さやか――貴女を治療した魔法少女の家」

あたしの返答を遮り、ほむらが答える。
――魔法少女のことまで教えちゃっていいんだろうか。

「魔法……少女?」

「そう、私達は魔法少女。
 私――暁美ほむらも、杏子も、さやかも」

ゆまに対しても普段と変わらない無愛想のままのほむら。
その威圧的でさえある眼が、更にきつさを増す。

「杏子の脚を焼き焦がし――
 そして貴女の家と、貴女の両親を焼き尽くした少女も」


「!」

「おいっ!」

あたしの顔も当惑と――そして抗議の色は浮かべていたと思う。
けれど佐倉杏子の顔は、よりはっきりと憤りに歪み
その腕に篭った力が、強くほむらを締め上げる。

が、しかしほむらはまるで動じることなく
あたし達の向けた感情をいなし、受け流す。
人形の様に秀麗な、冷ややかな貌で。

「隠しておいて、それでどうなるの?
 この子がもう孤児であることは、変えようの無い事実」

そしてそんな彼女を見つめるゆまの顔もまた――
凍りついたように、無表情だった。
240 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:39:53.29 ID:ixnkK6TA0

「私を責めるのは構わないわ。
 でもその前に、その子に何か着せてあげて」

「あ――うん」

うん――責めたり考えたりする前に、あたしがやるべきことは有った。
ゆまをそっと床に座らせ、タンスから少し色褪せた空色のパジャマを取り出して、着せていく。

「もうこれ――胸とかきつくなってて、着ないから。
 必要ならこのままあげてもいいんだけど……やっぱ、だぶだぶ過ぎるね」


「……そう、それは良かったわね。
 それと、杏子の治療もお願い」

心なしかぶっきらぼうさの増した口調で、ほむらは次の指示を出すと

「いいよ、アタシは。
 このくらい自力で治せる」

「そこまで見事に炭になった脚を? 歩くどころか満足に立てもしない癖に?」

少しばかり荒っぽく、佐倉杏子を床に降ろす。

「キョーコ? キョーコ、足が!」

「まって、今ゆまちゃんに着せ終わったら治すから!」

さっきからほむらの黒タイツの向こうにちらちらと見えていたし、心構えは出来ていたものの


「――この程度でガタガタ騒ぐんじゃねーよ。
 アタシは魔法少女だし、必要なら痛みなんて……完全に、消しちまえるんだからさ」

投げ出された彼女の両脚は、生々しくも痛々しく、膝の上までが真っ黒焦げだった。
241 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:40:56.28 ID:ixnkK6TA0

「それじゃ、杏子は貴女に任せたわ。
 私はゆまを巴さんの所に連れて行く」

「マミのとこか――」

着替えの終わったゆまにほむらが手を伸ばし、ひょいと抱き上げる。
薄い胸にしがみ付いたゆまの顔は、緊張で幾分硬直気味。

「両親と同居のさやかは論外。住所不定の貴女も不適。
 そして私が預かるのでは、誰も安心出来ないでしょう?」

「い、いや、そんなこと無いけど――」

「確かに、マミが一番適任かもな」

……うん、正直に言えば、あたしもそう思う。
けどそれは単に比較の問題で、別にほむらだから不安ってことは……あんまり無い。


「適材適所。
 北風には北風の、太陽には太陽の役割が有るもの」

前にちょっと、聞いたことがある。
普段よく広げる白い翼は、ただの借り物で
真っ黒な翼が、本来のほむらの翼だと。
今、彼女の背から広がったのは、ここに来たときのと同じ、その『本来』の翼。

「――ホムラは……アクマ?」

今は、『借り物』の翼の方がいいと思うんだけど。
不安感や恐怖心を煽る様な闇の翼に、ゆまの表情が更に強張る。

「悪魔でも魔王でも魔女でも、貴女の心に映るように呼べばいいわ」

が、そんなゆまの反応も一切意に介する様子は見せず
くるりとあたし達に背を向けて、ほむらは窓辺へと歩を進める。


「でも安心なさい、これから貴女を預ける人は、とても優しくて――
 そうね、そういった例えなら、地母神みたいな人だから」

「じぼしん……?」

地母神……って、えーと確か、あれだっけ?
あのなんか、土偶みたいなやつ。


「――ボインボインのキュッキュッ、のことよ」

最後におよそ彼女らしくない、俗っぽい言葉を吐くと
ほむらはとん、と軽く窓枠を蹴って跳び
そしてすぐに翼ごと、深い夜へと紛れていった。
242 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:41:49.21 ID:ixnkK6TA0

「それじゃ、脚見せて」

見せても何も、まず立つことさえ無理な状態だし
我儘を言ったら押さえ込んででも治すつもりだったけど。
既に観念していたのか、身動きせずに脚を投げ出したまま
佐倉杏子はただじっとあたしを見つめていた。

「これやったのって……やっぱり短い銀髪の人?」

「ああ、今日契約したとかいうな」

……別の誰かならと、少しは期待したんだけど。
許せないことをしていたとはいえ、あの人は、ゆまの両親を……
優しそうな人だったのに、どうしてそんなことになってしまったんだろう。

「んー、大分炭だけど形はちゃんと残ってるから、まだマシかな」

顔を寄せると、焦げた肉の臭いが鼻腔に広がる。
……不謹慎だけど、こんな状況でなかったら、香ばしいと形容する類の匂い。

「残ってなかったら?」

「ゼロから魔力で作ることになるから――
 時間が経ち過ぎたり、もしあたしに万一のことがあったりすると、どうなるか分からない」

崩壊して、無くなっちゃうかも知れない。
残ってるものを治すだけなら、その心配は無いんだけど。

「……それは、ちょっと不便だな」

「何日くらいまでなら大丈夫とか、あたし自信にも判んないしね。
 魔法少女なら、自分の魔力で維持出来るかもだけど――
 はい、終わったよ」

腿から治癒しつつ伝っていった魔法陣が、指先まで到達し、消える。
復元された脚は、筋肉の良く引き締まった、少し羨ましくなる程の美脚。

「――大したもんだな」

「そういう能力だからね。
 水虫とかも、綺麗に治ってるよ」

「な、何言うんだテメェ、そ、そんなモン持ってる訳ねーだろ!?」

「……冗談だよ」

「……」


少しの間、あたしをキッと睨みつけていた佐倉杏子が
もぞもぞと服の隙間に手を差し入れて何かを取り出し
そしてややはにかみを浮かべた顔であたしに差し出した。

「……まあなんだ、有難うな。
 礼だ、受け取ってくれ」

10個ばかりの、未使用のグリーフシードを。
243 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:42:40.30 ID:ixnkK6TA0

「別にお礼なんていいよ、この為に望んだ力なんだし」

そう、それはあたしが力を使う為の――
そしてこの力を望んだときの、大前提。

「いいから取っとけよ。アタシは只働きはしないし、だからさせる気も無い」

「要らないってば。大体そこまで魔力使ってないし」

「ゆまの分もだ」

「にしたって多過ぎるよ。
 それにあたしはね、見返りなんて一切求めないことに決めてるんだ」

『決して、見返りは求めない』――
それは、曲げることの出来ない、あたしの覚悟。

「……バカかオマエ? 何するんでも相応の見返りは必要だろうが。
 でなきゃ――」
 
「あんたはそうかも知れない。けど、あたしは違うの!」

「あーウルセぇ!
 そっちが求めてるんでなく、こっちがくれてやるってんだから、それでいいだろうが!!」

「こっちが要らないって言ってるんだから、得したと思いなさいよ!!」

「損得の問題じゃねぇ! 強情だな!!」

「強情なのはどっち――」

「さやか、どうしたの? 誰か居るの?」


……やばい、両親のことを忘れて大声を上げてしまった。
沸騰しかけていた頭が、冷水を浴びせられて急激に冷める。
取り敢えず、母を誤魔化しておかないと――

「あ、ごめんー、間違って動画の音大きくしちゃって――
 あ、待て、置いてくな!」

と、そちらにあたしが意識を向けた隙に、杏子は窓へと跳び退り、闇の中へと身を躍らせた。

「……まったく、早く寝なさいよ。いつも朝、起きられないんだから」

床に、ばら撒かれたグリーフシードを残して。



窓の外には、もう何の気配も無い。鍵を掛け、カーテンを閉める。
それから散らばったグリーフシードを拾い集め、ポプリ用の空の小瓶に収める。

「もう……絶対使わないからね、これ」


呟きつつそれを机の引き出しに収め、電灯を消すと
あたしはまたベッドに横たわり、静かに目を閉じた。
244 :視点:巴マミ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:44:15.81 ID:ixnkK6TA0

……3−H−コ、全部正解。8−F−ウ、うーんやっぱりCだったかぁ。6−B−オ、全部正解。
うーん、相変わらず一つ二つ取り零しがあるなぁ。


「はぁー、今日はここまでかしら」

もうとっくに日付も変わった。今夜は少し頑張り過ぎたかしら。
常人より無理が利く身体とはいえ、それは魂の消耗との引き替え。
規則正しい就寝・起床、そして充分な睡眠時間はとても大事だ。

それじゃ最後に、明日の授業の準備だけ済ませてから――

――ピンポーン ピンポーン ピンポーン――


誰だろう? こんな時間に。
……良い知らせ、って期待はあまり持てないわね。

「ちょっと待ってね、今チェーン開けるから」

鎖を外しつつ、スコープから外を確認する。
ドアの前に居たのは、予想の本命通りに暁美さん……と
その腕に抱かれた、緑色の髪の小さな女の子。
まるっきりサイズの合わない、だぶだぶの水色のパジャマを纏っている。


「どうぞ、入って」

「夜分遅く、お邪魔するわね」

「……おじゃまします」

事情は分からない。
けれど、暁美さんが私に求めて来たこと――それはおおよそ見当が付いた。



「お姉ちゃんの名前は、巴マミ。
 お嬢ちゃん、貴女のお名前は?」

暁美さんは、全く普段通りにテーブルに着席。
緑髪の女の子はその隣に、落ち着かない様子でキョロキョロしながら座った。

「……ゆま、千歳ゆま」

返答をし私を見上げるゆまちゃんの瞳には、まだまだ不安の色が浮かんでいる。
それを幾らかでも取り払ってあげる為に、最高の笑顔でもって好意を示す。

「ふふ、ゆまちゃん、か――
 とっても可愛らしい名前ね」


――うん、表情は少し和らいだ。
笑い返してくれはしなかったけど。

「じゃ、もう真夜中だし、ゆまちゃん――」

――ぐー、きゅるるるー――

……ふむ。寝かしつける前に、何か食べさせた方が良いみたいね。


「じゃ、ちょっと待ってね。
 今、とっても美味しいもの持ってきてあげるから」
245 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:45:08.92 ID:ixnkK6TA0

「――大体のことは分かったわ」

明日一日分の献立に予定していた、作り置きのファルファッレのチーズグラタン。
今やそれは、片端からゆまちゃんの胃の中に消えていっている。
自信作とはいえ、あまりにも見事な食べっぷり。余程お腹が空いていたのだろう。

――既に一度聞いているのだとはいえ
虐待や魔法少女の暴走、家の焼失といった、私がはらはらする様な話題にも
一切手を止めることなく、一心不乱に頬張り続けていた。


「じゃ、色々と落ち着くまでの間、ゆまちゃんにはここに居て貰いましょうか」

「悪いけれど、お願いするわね。
 私は――誰かの世話とか、そういったことには向いていないから」

「そうかしら?」

「……異論を挟む者は居ない筈よ」

要るわよ、多分。少なくともここには一人。
向いている、の定義や、比較の対象にも寄るんでしょうけど。

「まあいいわ。だけど――」

損な役回りね、と言いかけた言葉を飲み込む。
不用意な発言でもって、ゆまちゃんの誤解を招きたくはない。
私が慎重に言葉を選んでいる間に、しかし暁美さんが先んじて、会話の続きを引き取った。

「情は移るでしょうね。ごめんなさい、押し付けてしまって」

ゆまちゃんの、手が止まる。
不安の色の戻った瞳が、交互に私達を見つめる。

「いえ、それは構わないのだけど……」

「――半月くらいがリミットかしらね。
 それ以上はこの子にとっても、私達にもとっても益にはならないでしょう」

「……分かってるわ」


あと三口分程を残した深皿に、からんとスプーンが置かれる。
小さな少女が訴えかける様な眼を私達に向けて、喉の奥から声を絞り出した。

「ゆまは……邪魔なの?
 やっぱり……いらない子なの……?」
246 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:46:03.71 ID:ixnkK6TA0

「そんな訳、無いでしょう?」

その思いが、彼女の心に刺さった杭なのだろう。
私達が笑いかけて貰うには、まずそれを抜かないといけない。

「要らない子なんて、誰一人として居ないのよ。
 どんな命にもね、全て――存在する、意味が有るの」

綺麗な言葉を紡ぐ。今、この子の傷を繕う為に。
それは、現実と相対しては、虚ろな響きしか持たない言葉かも知れない。
けれども――そうで在って欲しいと願う私の気持ちは、嘘ではないつもり。


「要るとか要らないとかそういうことでは無いの。
 権限が、無いのよ」

暁美さんは、あくまで冷徹に理詰め。
懐かれようとかいうつもりは、まるで無いらしい。

「貴女の気持ちも、私達の望みも関係無い。
 表の世界では、中学生が里子を引き取ることなんて出来ないの」

ゆまちゃんの目には、冷たくて怖い人とだけ映っているのだろうか。
その氷の仮面の内には、誰よりも深い情感を秘めているのだけれど。

「貴女の親類か、あるいは施設か――
 問題が起こる前に、貴女のことは大人達に委ねないといけない。
 それは、承知しておいて貰えるかしら」


「――はい」

やや怯えた気色で持って、ゆまちゃんが返事をする。

「聞き分けの良い子ね。それが分かったのなら――」

そんな彼女を見下ろす暁美さんの、目元だけが少し、柔らかくなる。

「今の内に、思いっきり甘えておきなさい」

ただそれだけで、能面を被ったような雰囲気は変わらなかったけれど

「好きなだけ我儘を言いなさい。貪欲に愛情を求めなさい。
 ――思い出だけでも、生きていける様に」

その微かな変化の内に垣間見えた優しさは、ちゃんとゆまちゃんにも伝わっていた様だった。


不意打ちで、ゆまちゃんを抱きしめ、頭を撫でてみる。
戸惑いつつも、彼女は力を抜き、素直に身を委ねてきた。

「どう、暖かい?」

「……うん」

「暁美さんも、暖かかった?」

「……うん、サヤカも」



暫くそうしている内に、ゆまちゃんは安らかな寝息を立て始めた。
私の胸に埋めた顔に、やっと可愛らしい微笑みを浮かべて。
247 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:46:55.66 ID:ixnkK6TA0

「ね、この寝顔、可愛いと思わない?
 まるで、天使みたい」

寝付いたゆまちゃんをベッドに横たえ、ブランケットを掛けながら暁美さんに振る。

「釣られないわよ、私はそういうキャラじゃ無いもの」

つれない返事。全くもって素直じゃない。そして実に彼女らしい。

「そんなことよりも、これからのことを少し話しましょう」

「……この子の今後のことなら、明日以降でもいいんじゃない?」

「そっちはそれでいいけれど」

そう言って、暁美さんは部屋の隅を指し示す。

「――ゆまには、アレが見えてしまうのよ」

そこには何時の間にか、キュゥべえがちょこんと座っていた。


「確かにその子からは、魅力的な素質を感じる」

ぴょこん、とテーブルの上に飛び乗ったキュゥべえが、ゆまちゃんの食べ残したグラタンに口をつける。

「けど僕は、ただいつもと同じに、決まり通りに説明をするだけさ。
 千歳ゆまが契約を結ぶかどうかは、あくまで彼女次第――
 そして君達の説得次第だ」

元よりその口は、会話の為には使っていない。
食べながら、皿を舐めながらでも、キュゥべえは話を続ける。

「ここは人手も足りているし、僕自身が契約に積極的になる理由も無いしね。
 佐倉杏子が斃れていたら、また話は違ったかも知れないけど――キュップぃ」

佐倉さん、か――

その児童養護施設の方針にも寄るのだろうけど
少なくとも小さな女の子に対する看視が、そんなに緩いとは思えない。
ゆまちゃんが、このまま身寄りも無い状態で、もし魔法少女としてやっていくなら
毎晩脱走騒動を引き起こす超問題児になるか――
より現実的には、佐倉さんの様な生き方をするしかなくなる。


「何とか、契約は思い留まる様に持っていかないとね」

せめて、この子が自分でちゃんと考えて、未来を選べるようになるまではね。

「そうね。さやかは結局駄目だったけど――
 エリや、この子は」

そうなって――その上で、魔法少女にならない道を選んでくれるなら
それに、越したことは無いけど。
248 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:47:38.27 ID:ixnkK6TA0

「真矢さんといえば、例の魔法少女について調べたメールが来ていたわ。
 貴女の処にも来ていると思うけど、見た?」

「いえ、まだよ」

「そう、じゃ一応掻い摘んで説明しておくわね」


「昨日正午頃、彼女の家は突然に出火、炎上。
 不可解なことに僅か10分程で全焼し、しかも隣家への被害は一切無し」


「焼け跡からは二体の遺体が発見される。
 身元はまだ照合中だけど、キュゥべえの情報からして彼女の両親。
 彼女――並榎カリンが火災の後に目撃されていることから、警察も多分その線で動いている」

「そのままにしておけば、誰の目にも心中だと判ったろうにね。
 彼女は行方不明者としてだけではなく、事件の参考人としても追われかねない。
 まったく、厄介だよ」

相変わらず空気を読まないキュゥべえの割り込み。
けれど、確かにそうだ。魔法少女が警察の取調べを受けるなんて事態はぞっとしない。
私達の存在は、一般に知られる訳にはいかないのだから。

「かといって、今夜の出来事を見る限りでは、私達が接触するのも危険が付き纏うわね」

「僕としては、佐倉杏子が不覚を取った以上、君達にも不用意に動いて欲しくはないね。
 伝手は他にもあるから、そちらを使うつもりだよ」

他の伝手、か。
私の知らない、特殊な技能を持った魔法少女だろうか。
気には、なる。

「私達を心配して――では無いわよね。駒として失うのは勿体無いから、でしょう?」

「君達には隠す必要も無いしね。その通りだよ、暁美ほむら」

……まあ、そういう奴よね、キュゥべえって。


「それで、もう少しだけ続きが有るわ。
 美樹さんの言っていた、意識不明の彼女の妹――義理の妹が、四時頃に集中治療室から行方不明。
 前後にやはり彼女が目撃されているわね、美樹さんにも」

「義理の?」

「養子らしいわ。身寄りの無い親戚の子を引き取ったみたい」

「……そう」


私に対する気遣いもあってだろうか
それ以上は言葉を続けずに、暁美さんが話題を変える。

「……それにしても、問題は山積みね。
 さやかのことも、安心出来ないし――」
249 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:48:27.21 ID:ixnkK6TA0

美樹さん、か。
そうよね。自分ではまだ気付いてないみたいだけど――

「奇跡の大安売りが出来てしまうのよね、美樹さんは……
 どこかで折り合いをつけて、自分を納得させられればいいんだけど」

暁美さんが天を仰ぎ、小さくため息を吐く。

「――誰も彼も救おうなんて考えてしまったら、破滅一直線ね」

そう、私達の役割は、あくまで魔獣退治のみ。
人としてならともかく、魔法少女としてそれ以上のことを望んだら――
例えば事故で障害を負った人を、全て治癒しようなどと考えてしまったら――
その結末は、決して明るいものにはならない。


「でもきっと、何とかなるわよ。
 乗り越えられるわ、私達なら」

滅入ってばかりいても、何事も好転はしない。
前向きに、生きましょう。

「……一応聞くけど、根拠は?」

「失礼ね、ちゃんと有るわよ」

自信に満ちた笑顔を浮かべ、自分自身でも少しむず痒くなる様な台詞を吐いてやる。
……嘘の気持ちじゃ無いんだし、別にいいじゃない。

「『私達』、だから。
 私一人なら、多分簡単に潰れちゃうわ」

案の定、暁美さんの顔に浮かんだのは、呆れの表情と
――そして、仕方の無い人といった感じの、微笑み。

「……貴女って、やっぱり愛と正義の魔法少女よね」

「ふふ、素直に褒め言葉として受け取っておきます」

その微笑みを浮かべたまま、彼女は軽く髪をかき上げ
そしてもう一度、天を仰ぎ見た。

「でも、実際、今は比べ物にならないくらい楽。
 ――あの、どうしようもなかった世界に比べたら」


あの世界、か。
『またいずれ』の日は、未だ来ない。
私は、それでいいかなとも思い始めている。
彼女が前向きに生きていけているのなら、それで。


「それじゃ、これで失礼するわね。
 遅くまでお邪魔してしまって、ごめんなさい」

「あら、泊まっていってもいいのよ?」

「仕度も無いし、今宵は遠慮しておくわ。
 またいずれ、ね」


そういって玄関のドアを開けようとした暁美さんの手が止まる。
その背から翼が開き、そして彼女はそこから何かを取り出して、振り向いた。

「預かったティラミス、結局渡し損ねてしまったけれど――
 ま、ゆまちゃんが食べるのなら、杏子も文句は言わないでしょう」
250 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/12(月) 01:51:44.74 ID:ixnkK6TA0

今回はここまで。

ハートフルに〆ると言ったな、ありゃ嘘だ。
>>1は嘘吐きなのです。信じてはいけません。


……本当のところ、長くなったので分割しました。
ちなみに後半部分は、まだ仕上がっておりません。
一月経過によるHTML化を恐れ延命措置とも言える目的の為に間に合わせの様な感じで少量投下したという認識でもあながち間違いではないと申しても宜しいと一応伝えておきます。


後半部分もそれなりには仕上がっておりますので、次回の更新は週末までには何とか。
まどか☆マギカポータブルの発売前にはどうにかしたいところですが、難しいかな。
ちなみに>>1は購入予定は有りません。皆の魔女化に心が耐えられないと思うので。
情報なんてきっとネットで、タダで幾らでも拾えるしぃ、キュップぃ。



では、最後にもう一度。
>>1は嘘吐きなんじゃよー。信じると見るブタのケツじゃよー。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/12(月) 08:31:03.07 ID:JZNJ++uDO
乙〜
次の更新も楽しみにしてる
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/12(月) 09:20:57.49 ID:qyzsX2P/0
今回は中継ぎというか後始末回というかそんな感じか
保護者にはなれないけど今のうちにいっぱい甘えとけっていうのは
(この状態のゆま当人からすれば甘えるのも必死なことだろうけど)なんかいい感じだな
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/15(木) 21:30:26.74 ID:wVxaVeKxo
マミとほむら会話はなんか安心感があるな
まるで長年連れ添った夫婦や
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/23(金) 04:23:28.47 ID:F+BAmVzRo
>>1は嘘つきだから明日にでも投稿してくれるんですね
255 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 22:55:34.08 ID:ElQHvhwj0

全くもって、「週末とは言ったが〜」状態ですね。
テンション下がって一週間程手をつけなかったりもしてましたし。
何時ものことですが。



それにしても、まどポの緑の人の扱いェ……
うーむ、こう書いておけば良いのかしら。

※キャラ崩壊注意

最初から、他キャラもそうだった気がしなくもありませんが。
256 :視点:真矢エリ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 22:57:38.30 ID:ElQHvhwj0

席に、何か張り紙がしてある。


下らない。


無視や陰口だけでも充分な痛手を与えられるというのに
狩り立てる者達にとっては、その程度の刺激では不満足なのだろうか。

それならそれで、もう少し思い切ったことをすれば良いのに。
現に、以前はやっていたんだし。
椅子に画鋲を撒いておくとか、筆箱にナメクジを入れておくとか
後ろから白い液体の入ったゴム製品を投げつけてくるとか。

張り紙とは、いかにも生温い。
備品損壊で問題になることなんて恐れず、直に机に落書きしてくるくらいなら
まだ、多少は気概を認めてやるのだけど。


その、ルーズリーフの一枚を手に取る。
折角の贈り物だし、綴られた低俗な文字列に、一応は目を走らせてやる。


……本当に、下らない。
頭が、くらくらしてくる。


『キモレズ』とか『キモオタ』とか――
並の中学一年生の語彙では、この程度が限界か。
字も――それはまあ、人のことは言えないけど――どうしようもなく下手糞だし
もう、そこから先は、目を通す気がしない。


こちらの反応を窺い、これ見よがしにひそひそ話をしている、いつもの三人組にちらりと目をくれる。
私の視線に気付き――今日は何故か、委員長がふい、とあからさまに目を逸らした。

それにしても、だ。
同水準の同級生同士でつるむのは『友情』で、美人の上級生達に仲良くして貰うのは『同性愛』なのか。
まるで訳が、解らない。


紙を、二つに折り、折り目に沿って、二つに破る。
二枚は四枚に、四枚は八枚に、八枚は十六枚に――

今の私に、どうしても音を上げさせたいのなら――
実力行使でもって、血の塊を吐かせるくらいのことをやってみればいい。
それでももう、私が泣くことは無いだろうけど。
自分の、為には。

百二十八枚の紙吹雪が、私の席の周りを舞う。
卑俗な言葉に汚されてしまった紙も、こうすれば綺麗だ。


――暁美先輩の羽毛の舞には、遥かに及ばないけれど。
257 :視点:志筑仁美 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 22:59:20.95 ID:ElQHvhwj0

「それで、どんなご用件でしょうか?」

風光る屋上。目の前にはフェンスにもたれ掛かり、本を繰る黒髪の少女。
私もその隣に並び、ちらりとそれのタイトルに目を遣る。
『生物=生存機械論』。
本日の彼女の一冊は、科学寄りのチョイスらしい。


「――さやかの、あの話だけれど」

本を閉じ、暁美さんが話を切り出す。さやかさんの為に。
……そう、彼女はさやかさんの友達。
私の、ではない。

「あの、と申しますと?」

つい、恍けてしまう。
恍けたって、どうしようも無いのに。

「顔を出すつもりはあるの? 志筑さん」

案の定、さらりと流される。
元より、のらりくらりの通じる相手では無い。

「残念ながら、検査の時間と被りそうですので」

それは、事実だ。
少なくとも、嘘ではない。

「その気さえあれば、幾らでも都合はつけられると思うけれど?」

そう、そういうこと。
逆に言えば、私がその気にならない限り、どうあっても都合のつくことは無い。

「――私は、何もかもそんなに自由にはなりませんの。
 貴方達とは違って」


「そうね。縛られているのは、私も貴女も同じ」

――それはそうなのでしょうね。私だけが特別では無い。
程度の差こそあれ、人は皆縛られているのでしょう。
そして――先程の発言を取り下げるつもりはありませんが
その度合いは暁美さん達の方が、私などよりもずっと、上なのかも。

「障害の有無に関わらず、自由な男子との交際なんて、志筑の家が認める筈も無い」

……ふふ。

「けれど、相手が天才ヴァイオリニストの少年であれば――
 またその称号に戻れる見込みが出来たのならば、話は別」

そこまでご存知で、どうして貴女は――


「……やはり、知られていましたわね。
 あんな告白、夢や幻覚であればと、期待していたのですけど」

私を動かそうとするのでしょうか。
さやかさんの、為に。
258 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:00:44.82 ID:ElQHvhwj0

「ああいったことを防ぐのが、貴女達なのですか?」

集団ヒステリーとでも、呼ぶしかない現象。
発症者はあの店内だけでは無かったので、少なくとも食中毒等、マスターの責任では無い。
……お店は突っ込んで来た車の所為で、どちらにしても当分休業だけど。
その事故でさやかさん思い出の西洋甲冑も、再起不能になってしまった。


「……」

沈黙は、肯定。
無言の返答だけではなく、紺碧の空を見上げる瞳もまた、是認の意を示している。


「きっと、私の居る世界と――
 さやかさんや貴女方の居る世界とは、違うのでしょうね」

夢現を彷徨う意識の中で、私は真矢さんの姿がすうっと薄れ、消えていくのを見た。
無論、朦朧とした精神が創り出した幻覚だったと、そう片付けてしまえばそれで終わる。
けれどあの時私は、ぼんやりとした思考でもって、理屈では無く、そう理解した。

「そして私は、そちら側へは行くことは出来ない人間なのでしょう――」

私には、彼女達の持つ、その『資格』が無いのだと。


「それは、幸運なことよ」

簡潔な言葉で、暁美さんは認める。
自分達は、特別な存在なのだと

「いえ、大部分の子はそうなのだから――
 私達が呪われているのだと言うべきかしらね」

――良くも、悪くも。

「『呪われている』のですか――」

「ええ。
 負けて呑み込まれたら、この世界から消え去ってしまう程度に」

消え去る、それはつまり――
そしてその宿命故に彼女は、昨日見せたあの気魄も身に付けた、と。
そんな世界に、さやかさんも、また――

「――だから、それに見合う『祝い』が、さやかさんには必要だと?」

ふふ、ずるくは、無いですか。
貴女が、さやかさんの味方について
そして私が、そちらに行けない以上
もう、敗北は確定ではないですか。

――女として、さもなくば、人として――


「見合うかどうかなんて、誰にも量れるものでは無いわ」

ふわりと髪を風に乗せ、暁美さんは蒼穹を衝く摩天楼、その向こうの地平へと目を向ける。

「でも、それで良かったんだと、後悔は無いんだと、あの子が納得出来たのなら――
 それは間違いでは、無駄では無かったと、言えるのかもしれないわね」

裾長き躯を横たえる、木々萌ゆる赤き山へと。
259 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:01:52.87 ID:ElQHvhwj0

「さやかは今、望月と共に有る」

季節外れの暖かい空気が、私達を包み込んでいる。
いつもより強めの午後の日差しが、軽く汗ばんだ肌を刺す。
明日にはもう、平年並みへと戻ってしまう
今日一日だけの、一ヶ月未来の陽気。

「だからせめて、今日この日くらいは――
 雲一つ無き空に浮かべ、満開の花で祝福したいの」

満つれば月は、その後は……
なら、それはとても正しく、美しい望み。
しかし――

「……だとしたら尚更、私なんかお邪魔では?」

祝いの宴席に、呪いを秘め抱く者を招いたりしたら――
そんな客人は、何をやらかすか分かったものではありませんわよ。

「貴女は、さやかの友達なのよ」

「――貴女とさやかさんは、そうですわね」

友達――
私はもう、拗れた気持ちが、そう呼ばれることを拒んでしまう。
さやかさんは――
私を志筑では無く、仁美として見てくれた、数少ない方々の一人だったのですけど。


「友達、か――」

暁美さんが、静かに瞼を閉じる。
自らの心の内へと、目を向ける為か。

「あの子は馬鹿で、お人好しだから――
 私のことも、そう思っているのでしょうね」

それともその仮面を、より厚いものに被り直す為か。

そして彼女は、意外な――けれどもしかすると私は、既にそれを予期していた――
その言葉を、吐き出した。


「私は、さやかのことが、大嫌いなのに」
260 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:02:58.03 ID:ElQHvhwj0

「大嫌い、ですか」

無論、ただ科白通りに受け取ることは出来ない。

「ええ、大嫌いよ。
 厚かましくて、ウザったくて――
 本当に、心の底から嫌い」

けれども、平易な言葉では表せない気持ちを抱いているのは、何とは無しに理解出来る。
彼女が好きと嫌い、二元論で全てを片付けてしまう、単純な人間では無いことも分かる。
その点で、暁美さんと私とは、似ているのかもしれない。


「とてもね、心地が良くて
 そして、居心地が悪いの」

暁美さんが再びその瞳を開き、また遥か彼方へと目を向ける。
幾つもの真っ白な千切れ雲が漂う、澄み切った青空へと。

「皆を憎み、見捨てた私なんかに、好意を向けてくるから。
 ――何もかも壊して、逃げ出したくなるくらいに」

……そうか、そういうことでしたか。
かつて――おそらくは彼女の前の学校でも、同じ様な苦い物語が紡がれた。
その物語では――暁美さんが主演の片割れを勤めたのだろう。

「私がずっと望んでいた結末にはね、私なんて居なくても良かったの。
 寧ろ居ないのが当たり前だった。理想だった」

そしてその物語は、決して晴れやかな結末を迎えなかったこと――
それは悔恨、自責、そういったものからの苛みに沈んでいく、目の前の暁美さんを見れば分かる。


「なのに何故今の私は、のうのうと幸せに浸っているんだろう――」

そしてその彼女の姿は――
私にとっても、対岸の炎ではない。


「のうのうで、宜しいのでは?」

今の彼女を、肯定する。

「さやかさんも、他の方々も――
 私でさえ、貴女の不幸を望んではいません」

その裏にはきっと、私にも何れ、手を差し伸べて欲しい
そんな想いも、隠れていたのだろうけど


「貴女に昔、何が有ったかは知りません。
 けれど今貴女の周りに居る人達は、貴女の幸せを喜んでくれる人達です。
 なら――それでいいではありませんか」

それよりも、ただ嬉しかったから
だから応えて、手を差し伸ばした。
――暁美さんが、私との距離を縮め、『彼女』を見せてくれたことが。
261 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:03:45.08 ID:ElQHvhwj0

「――私に、そんな資格は無いのよ」

細く、とても弱々しい声。
今ここに居る彼女には、何時もの不敵さは微塵も無い。

「有ると思いますよ。だって――」

それは、私を認めてくれたから――
だからそんな姿を見せてくれたのだと
そう思っても、宜しいのですよね?

「結局、暁美さんは、皆のことが大好きなのでしょう?」

こんな私に好意を向けてくれているのだと、頼ってくれているのだと
そう――思い込んでも。



優しく心地好い風が、私達の背に息を吹き付けた。
二人の髪がふわりと舞い、そよぐ。

「そう、なのかもね――」

分厚い仮面の後ろで、少しだけ彼女の表情が落ち着いた様に思えた。
そして暁美さんは私に対し、報復のカウンターを仕掛けてくる。

「それは、貴女も同じ」


「……」

まるで、否定の仕様も無い。
結局、さやかさんのことを、嫌いではないことも

「姑息で、ずうずうしくて、狡猾で、腹黒いけど――
 そういったもの全てひっくるめた上で、やはり貴女は、善い人。
 あの子が選んだ友達、よ」

だからこそ、本性のままに振舞って、楽になろうかと
全てを壊し、嫌われてしまおうかと、考えていたことも――

「ふふふ、散々ですわね。
 『善い人』というより、『良いところの無い人』じゃありませんか」

全く、同じだから。
262 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:04:28.57 ID:ElQHvhwj0

「それでも、私に比べたら遥かにマシよ。
 私なんて……暗くて、鈍臭くて、周りに迷惑をかけてばかりで
 ――その上地球を滅ぼしてしまうくらいに、業が深いんだから」

……フォローのつもり、なんでしょうかね、一応。
暗い――というか、クールで寡黙な点はともかく
その他の部分はまるで冗談にしか聞こえないんですけど
どう返したら、宜しいのでしょうか。

「大丈夫、地球は滅びませんよ。
 愛と夢と希望が、宇宙を救ってくれますわ、きっと」

いきなり人類滅亡っぽいところまで話を広げられても、こんな返答しか出来ません、私。
そんなに想像力の逞しい人間ではありませんし。


首が痛くなるのではと思うくらいに、暁美さんの顔が真上を向いた。
いと遥けき天上の世界へと、想いを馳せるかの様に。

「ふふ、そんな訳は無いのに
 貴女まるで、全部知っているみたいなことを言うのね――」

電波染みた台詞、けれど暁美さんの雰囲気は、それを神秘的な言の葉へと昇華させる。
――そして彼女の口元にはやっと、この会合で初めての、柔らかく優しい笑みが浮かんだ。



麗らかな風が、幾片かの桃色の花びらを運んで来た。
それは私達の前でひとしきりくるくると踊ると、また風に乗って何処かへと旅立っていった。

「今日は、まるで予定外だったわ」

暁美さんがフェンスから背を起こし、また例の癖でもって黒髪を払い上げる。

「カウンセリング役を務めるとすれば、私の方だと思っていたんだけれどね」

ふふ、そんな大層なものを務めた覚えはありませんが。
それに本当の気持ちを見つめるに当たって、貴女という鏡は
とても良い助け、他山の石になりましたし。

「では私の番は、また今度の機会にでもお願いしますね」

まだ、何かが一つでも解決した訳ではありませんけど――
それでも心は大分、楽になりました。
そして、願わくば――
今日作り上げることの出来た貴女との関係を、少しでも長くの間、保っていけますように。


「ごめんなさいね、余裕の無かった頃はずっと――
 貴女のことなんて、ラーメンの背油くらいにしか思っていなかったわ」

「ふふふ、意味は良く分かりませんけど、酷い言われ様だというのは判りますわ」

背油って……冗談で無く、どういう意味だと解釈すれば良いのか解りませんわね。
それにしても、ずっと――?
私の方は、知り合って間も無いという認識ですけど、その通りですわよね……?

「今日からは、叉焼に格上げかしらね」

「うふふふふ、光栄ですわ」

やはり意味不明の評を私に下すと、暁美さんは屋上の階段へと足を向ける。
が、数歩先で一度立ち止まり、そして私に、最後の言葉を残していった。


「貴女もやっぱり、あの子達の友達――
 だから待っているわ、仁美さん」
263 :視点:佐倉杏子 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:06:24.22 ID:ElQHvhwj0

この季節とは思えない程に、ギラギラと照りつけてくる陽光の中

「キョーコーーーっ!」

アタシを見つけ、一目散に飛んで来る緑の砲弾。
白い獣を両手で抱えて、なのが危なっかしく――そして、少しばかり気に障る。
指輪は嵌めていないので、まだ安心だが。

「あ、待って、ゆまちゃん、あんまり走ると危ないわよー」

その背後からは、大きな荷物をたゆんたゆんと揺らしつつ、保護者が必死で追いかけて来る。
待ち合わせの時間までは後15分程。お互い、律儀なことだ。


「キョーコ、キョーコ、なに食べてるの?」

「きっといちごシロップもんじゃよ。風見野人の主食らしいから」

他所のヤツらはいつもこうだ。いちごシロップもんじゃの何が悪いってんだよ。
それと、ゆまも風見野人だぞ。

「……普通のタコスだよ」

「タコ?」

「ええ、タコよ。Tacosは複数形だから」

「ふーん、タコなんだ。
 ねえ、キョーコ、それっておいしいの?」

欲しいとは、言ってこない。
……けれど主人の食事を見つめる子犬の様な目が、アタシをじっと注視する。
ああ、もう。

「食いかけで良ければ、やるよ」

残りの三分の一程を、その目を塞ぐ様に差し出してやる。
新しく買ってやることも考えたが、それだと食わせ過ぎに違いない。
ただでさえマミの処に居たら、お菓子の家に迷い込んだ子供みたいに
コロコロに太らされかねないんだから。

「……ありがとう、キョーコ」

ゆまはそれを、済まなさそうな顔で受け取って齧り付いた。
……出来たら、嬉しそうな顔をして欲しかったんだけどな。

「まあ、しょうがないけど……
 食べ過ぎはデブになるわよ? ゆまちゃん」

「――ボインボインのキュッキュッ?」

「……佐倉さん、あまり変なこと教えては駄目よ?」

「……それ教えたの、ほむらだぜ」

「……嘘は良くないわよ。ね、ゆまちゃん」

「……うん、ホムラは、そんなこと言わない」

そう答えつつゆまはマミの後ろから、『ごめんなさい』といった雰囲気の視線を
その肩の感情を持たない獣は、嘲笑う様な冷たい眼差しを向けて来た。


……なんでだ。何で最近のアタシは、こんな役回りばかりなんだ。
264 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:07:37.09 ID:ElQHvhwj0

「やあ、昨夜は随分と危なかったらしいね。
 でも無事で何よりだよ、佐倉杏子」

ゆまにとっては喋るぬいぐるみ程度の扱いらしい獣が話しかけてくるが、軽く無視だ。
アタシはゆまに近寄ったんであって、颯爽と逃げ出してくれた、薄情な獣に近付いたんじゃない。

「やっぱ、馬子にも衣装だなー。
 可愛いじゃねーか、ゆま」

嘘を咎められるかと竦む頭にぽんと手を置いて、笑う様な顔でおべっかを使ってやる。
青緑色の、ボンネット帽とセットになった、お上品な感じのワンピース。
ひらひらだらけのスカートには、いかにもガキっぽい、猫の顔のアップリケ。

「えへへ、ゆま、かわいい?」

馬子という言葉の意味は理解出来なかった様だ。
素直に喜び、スカートの裾を摘まんで、ゆまがくるりと一回りする。
――ようやく、笑ってくれた。

「ふふ、とっても可愛いわよ。だからそのドレスも似合うのよ」

そう言うマミの服装は、黒い柄物のワンピースに、赤紫色のカーディガン。
上品で落ち着いていて、いかにも頼りになるお姉さん、といった雰囲気だ。
童顔でさえなければ、ゆまの母親だといっても通用するかもしれない。


「一番のお気に入りだったから、それ一着だけ残ってたの。
 他はもうみんな、バザーとかに出しちゃったけど」

ふと、マミの目が細くなる。
遠い昔の懐かしき日々を、思い出してか。

「あの頃の写真だとね
 大抵、それを着て写ってるのよね――」
265 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:08:37.31 ID:ElQHvhwj0

「それにしても、やっぱりゆまちゃんのおかげかしら」

遠心力でスカートの裾がふわりと広がる様子を、ゆまは大層気に入ったらしい。

「何が?」

哀れなインキュベーターを抱きかかえたまま、右回転、左回転。
さっきからずっとくるくる回り続けている。
……目を回さなきゃ、いいけどな。

「貴女がこんなに素直に呼び出しに応じるなんて、思っても見なかったから」

素直、か。
本当のところ、まだ結構抵抗は残ってるんだよ。

「……色々と厄介事が持ち上がってるから、一度顔を会わせておいた方がいいと思った。
 ただ、それだけさ」

こうして会ってさえ、しまえばな。
こんな風に、ごく普通に話せるんだけどな、アンタとも。


「――マミ、キョーコ……」

……案の定だ。
三半規管をやられたゆまが、ふらふらとおぼつかない足取りで、アタシに縋りつこうとしてくる。
まったく、しょーが――

「あ、おいっ!?」

「あ、ゆまちゃん!? ちょっと――」

「きゃあああぁぁぁっ!?」


目を回す、という状態異常は存在しないのか、キュゥべえが普通にぴょんと跳び、巻き添えを回避する。
倒れそうになったゆまが、不運にも通りがかった女学生のスカートに掴まり
思いっきりずり下げた挙句、そのまま路上に押し倒した。
266 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:09:38.77 ID:ElQHvhwj0

「――本当にどうも、済みません」

「ごめんなさいお姉ちゃん、ごめんなさい……」

「アタシらの監督不行き届きだった、悪かったな、アンタ」

「いえ……悪気があってのことでは無いのでしょう?
 ですから、大丈夫です――もう、この程度のことなどは」

あれだけの不幸な事故に遭ったにも関わらず、既に動揺の色は微塵も見せていない。
制服の乱れを整えつつ、被害者の少女は気丈に振舞う。

左側でサイドテールに束ねた白い髪、そして物憂げなエメラルド色の瞳。
背は結構高く、部分的な発育もマミに引けを取らない。
そんな体付きからして多分、高校生だろう。

「どうか、お気になさらないで下さい。
 では、これで――」

最後に軽く埃を払い、少女は立ち去りかけ――
が、もう一度振り返り、何事かこちらに訊ねてきた。

「あの、さっきのは……」

「? さっきのって、何ですか?」

「……いえ、このところ寝不足で、少しぼーっとしていましたし
 多分、その所為でしょう」

確かに目は充血して腫れ気味だし、周りには薄っすらと隈も浮かんでいる。
ぶっちゃけ、精神状態はとても良好そうには見えない。

「寝不足ですか――何か悩み事でも?」

「……いえ、大したことでは無いんです。大した――ことでは。
 では、これで失礼します」


一礼し、今度こそ少女は人混みへと消えて行く。
その背を見送っていたマミが、呟いた。

「あの制服、確か白女だったかしら」

「白女?」

「名門校よ、五郷の。
 かなり大人びた子だったし、中三でしょうね、きっと」

中三……あれでマミと同い年かよ……
いや、どっちもどっちだけどさ。


「ボインボインのキュッキュッ、だったねー」

「……それはもう止めてくれ、ゆま」
267 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:10:28.83 ID:ElQHvhwj0

「さて、ゆまちゃん」

マミがその目元から、いつもの柔和さを消した。
怒っている、という程ではない、けれど迫力の有る眼がゆまを射竦める。

「キョーコと一緒に居られて嬉しかったのは分かるけど、限度は考えなきゃ駄目よ?
 今みたいに誰かの迷惑になっちゃうからね?」


「……ごめんなさい、マミ、キョーコ……」

普段が優しい分、こういう時のマミは怖い。
アタシも昔は、随分と経験したもんだ。

「――ま、子供にはしゃぐなってのも酷な話だし
 同じことを繰り返さなきゃ、それでいいさ。
 今度からは、気をつけな」

柄では無いが、悪ガキの先輩としては執り成し役を勤めねばなるまい。
そう弁護して、ゆまの頭にぽん、と手を置いてやると――
強張った身体がびくん、と大きく跳ねた。

まだいろいろと、時間はかかりそうだ。
その様を見たマミの眼から険しさが消える。

「佐倉さんの言う通りね。間違えるのは悪いことじゃない。悪いのは同じ間違いを繰り返すこと。
 分かった? ゆまちゃん」

「――うん」

精一杯はっきりと答えたその返事に、マミは再び穏やかな笑顔を作り上げる。

「宜しい。良い返事です。
 さて、じゃあそろそろ――」

話を〆ようとしたマミが、何かを思い出してこちらを向き

「と、その前に」

何やらカラフルな紙切れを取り出して、アタシに差し出した。
268 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:11:12.48 ID:ElQHvhwj0

「何だよこれ」

『Ristorante di Mamiのお食事券』?

「今日一日付き合って貰うお礼の前渡し。
 それと引き替えで、何でも好きなものを作ってあげるわよ?」

「……人を食いモンで簡単に釣れるとか思ってんじゃねぇぞ」

そもそも、要はご招待券だろうが、これ。
報酬といいつつ、その実はアンタが一番得をする罠システムじゃねぇか。

「え、違ったの?」

(出来れば今日にでも、使って貰いたいんだけど。
 色々話し合いたいことが有るし――ゆまちゃんの、今後のこととか)

テレパシーでもって、アタシが断り辛い案件でもって、裏手からも攻められる。
不覚だった。これがマミ――とほむらの計略か。

「キョーコー、マミのグラタンも、ティラミスも、とてもおいしいよー?」

「……知ってるよ」

(――考えとくよ)

精一杯の、返事を返す。
何もかも水に流して、昔みたいに甘える――
そんなことは、もう出来ない。
それは、出来ないけれど――


「まあいい、夕方までは付き合ってやるよ。
 紙切れ一枚じゃ、そこまでが限度だ」

……言ってしまって、迂闊な発言だったと気付く。
まるで枚数を追加すれば、幾らでも延長が可能みたいじゃねぇか。


畜生、アタシとしたことが――
どんどん二人の思惑に、網に絡め取られていっている。
269 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:12:01.76 ID:ElQHvhwj0

「今日は、それでいいわ。
 その代わり、途中で逃げたりはしないでね」

この、押し一辺倒では無い老獪さ。
そしてごく自然に誘惑を仕掛けてくる、この笑顔。

「――善処はする」

やはり、この女は苦手だ。
こういったことでは、勝てる気がしない。

「うふふ、約束よ?
 それじゃ、ゆまちゃんのお洋服、買いに行きましょうか」

「おようふくー」

「時間が有れば、佐倉さんの服も選びたかったんだけどね」

「……なんでそこでアタシが出てくるんだよ」

「うーん、やっぱり買っちゃおうかしら、折角のイベントなんだし。
 佐倉さんにも、おめかしは必要だと思うの」

「……逃げるぞ」

大体、イベントって何だよ。
アタシとゆまを連れて買い物をする、そんだけの――
ただそんだけの、ごく普通のことだろうがよ…………



「あれ? そーいえば、キュゥべえはどこ?」

そういえば何時の間にか、ヤッコさんが姿を消している。
アイツも空気なときはとことん空気になるもんだから、全然気付かなかった。
ここぞというときには強いアクでもって、これでもかというくらいに自己主張をしてくれるんだが。

「本当。何時の間にか居ないわね」

「またゆまに振り回されるのが嫌で、ほむらのとこにでも行ったんじゃねーの」


そう軽口を叩きつつも、アタシは何か、脳裏に微かに引っかかるものを感じていた。
それが何かは、判らなかったが。
270 :視点:美樹さやか ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:14:11.77 ID:ElQHvhwj0

「退院は、いつくらいになりそう?」

とても優しい、橙色の陽の光に満たされた病室。
吹き込んで来る風も、とても優しく、暖かい。
部屋に音が無いことだけは、少し寂しいけど――
CDプレイヤーが壊れて昨日の今日だし、それはしょうがない。

「んー、足のリハビリ次第かな。
 松葉杖を使えば大分歩けるようになって来てるから、そんな遠くないと思うけど」

恭介も、とても優しい笑顔で返事を返してくれる。
久し振りに見る、一切の曇りも淀みも無い、笑顔。
その笑顔が少しだけ真顔になり、じっとその左手を見つめる。

「――不思議だよね。
 全然動かなかった左手の方が、一気に治っちゃうんだから」

「……」

つい、視線を逸らしてしまう。
知られる訳にはいかない秘密が、どうしてもあたしの振る舞いをおかしなものにしてしまう。
んー、ほむらの鉄面皮が欲しい。

「もしかすると、精神的なものだったのかも知れない、って。
 さもなければ、正に奇跡としか言い様が無いって」

奇跡、か――

「――恭介は、どう思う?」

勇気を出して、聞いてみる。
恭介が、降って湧いたその『奇跡』に対して、どんな風に考えているのかを。

「んー」

見返りは、決して求めない。その覚悟は、ちゃんと出来ているつもりだけど。
けれど、それでも、心臓の方は言うことを聞いてくれない。暴れまくっている。
――もし、あたしの想いを無にする様な、酷薄な答えが返って来たらどうしよう。
抱いてはいけないその思いが、握り締めたあたしの拳の内側を、じっとりとした汗で濡らしていく。


引き伸ばされた体感時間の中、散々あたしを煩悶させて
そして恭介はやっと、口を開いた。


「さやかのおかげ、かな」
271 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:15:25.07 ID:ElQHvhwj0

「え、ええ!? どうして?」

駄目、もう平静さなんて、保てない。
心臓は、ドキドキから、バクバクへ。
顔はきっと、茹でたエビやタコ。
誰がどう見たって、挙動不審者。

「さやかのおかげで、思い出すことが出来たからさ。
 僕にとってのヴァイオリンって、どういうものだったかをね」

……なのにこの馬鹿は、気付いているのかいないのか、まるで接し方を変えて来ない。
きっとヴァイオリン以外のとこでは、ネジがぼろぼろ抜けてるに違いない。

……だからあたしなんかに惚れられてしまうんだ。この、間抜け……

「本当に精神的なものだったのか、それは判らないけど
 それと手が治ったことは、何か関係が有る――
 どうしてだか、そんな気がするんだ」

――でも、ヴァイオリンに対する気持ちだけは、やはり本物。
誰にも、負けていない。

「うん、きっとそうだよ。
 恭介が、覚悟を持ったから」

だから、恭介は本物。

「ちゃんと頑張ろうとする誰かにはね、この世界――」

そして、このあたしの想いも、その応えで、もう――

「夢も、希望も、有るんだよ」



「あ、そろそろかな」

ちらりと時計に目を走らせ、時刻を確かめる。
普段なら恭介と居るだけで、時間のことなんか忘れてしまうけど
本日はこれが一番のメインイベント、うっかりのしようも無い。

「ん? 何が?」

「ふふふ、恭介――
 ちょっと屋上まで顔貸して貰える? なんてね」
272 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:16:17.39 ID:ElQHvhwj0

傾きかけた日差しが、紅に染め上げた屋上。
錦成す花壇の周りで、みんなは私達を待っていた。
恭介の、ご両親。
主治医の先生方と、手の空いている看護師さん達。
そして――


「――こっちの、少し杏色がかった薄桃色の薔薇はOphelia。
 それでこの、赤と白のマーブルの薔薇がCandeloro」

「私、それにしようかな。
 薔薇で二色の品種って、普段あまり見かけませんしね」

「Opheliaって、ハムレットのヒロイン、でしたよね」



「――恭介さんの評判は、日頃色々と聞き及んでおります。
 クラスメイトとしては、今日が初対面ということになりますけれど」

「わざわざご丁寧にどうも、えーと、暁美さん。
 もう退院の目処も立ったから、そうしたら学校でも宜しくね、あの子を」

「はい、私でも何か恭介さんの助けになれることがあれば、謹んで――」



「キョーコー、かたぐるまー」

「……騙された。帰りてぇ」



「うわ……みんな……
 何か凄く賑やかだね――」

「みんな、恭介のヴァイオリンを聴いてみたいって言ってたからね。
 退院祝いの前倒しついでに、集まって貰ったんだ」

二人……? ん、いや、一人足りない。やっぱり仁美は都合つかなかったのかぁ。
……なんかその代わりに、招いた覚えの無いあいつが居るけど。

「あ、皆さん、主賓が着きましたよー」

上品で大人っぽいおめかしをしたマミさんが、こちらに気付いてみんなに声を掛ける。
にしても皆、私服。そして皆、可愛かったり美人だったり。
中でも当店のイチオシはコレ! 水玉ブラウスにショートパンツ生脚のほむら! 激レアですぜ、旦那。
……あたしも、制服を着替えてから来れば良かった。


「ん……恭介は初対面の子ばっかりかな。
 紹介するね、みんなあたしの友達で――」
273 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:17:22.33 ID:ElQHvhwj0

「さぁ、試してごらん。怖がらなくていい」

恭介のお父さんが、黒い革張りのケースを恭介に差し出す。

「怖くは無いよ、父さん。
 今、僕は、とても弾きたい」

もう何年も恭介と共に在り、その汗を吸ってきたヴァイオリン。
もしかしたら、処分される運命を辿っていたかもしれないそれは
けれど今、再び彼の腕の中に還った。
慈しむ様にその相棒の弦を確かめ、弓の毛を張り
そして恭介は、あたしの方を向いて、和やかに訊ねた。

「何が聴きたい? さやか」

「え、あ、あたしが決めるの?」

「そりゃそうさ。だって、企画部長なんだろ?」

それはまあ、そんな感じだけど……
ちらりと、ご両親の顔を見てみる。
二人とも、『異論は無いよ』といった顔で、にこにこと微笑んでくれていた。

「うーん、なら」

なら、あたしの選ぶ曲は、決まっている。
あの日、あのコンサートで
あたしが初めて聴いた、恭介の曲。

「――Ave Maria」

そのリクエストに、恭介はとても優しい笑みで頷いてくれた。


恭介がヴァイオリンを首に挟み、構えた。
左手で何度かポジショニングの感触を確かめてから、その弦にそっと弓を宛がう。
けれどもなかなか、右手は動き出さない。
そんな主演者の逡巡を、皆が固唾を飲んで見守る中――

屋上への入り口の鉄の扉が、バタンと大きな音を立てた。


「あ、仁美ー! 早く早くー! 今丁度始まるとこだよー」

うん、これで制服組は、あたし一人では無くなったぞ。


「……遅くなって申し訳ありません。
 検査が少し、長引いてしまって――」

余程急いで来たのか、まだはあはあと息を切らしながら、仁美があたしの隣に立つ。
それを見届けて、恭介は再度弦に弓を当てた。


そして、少年は幾拍かを置いて、呼吸を整え


演奏が、始まった。
274 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:18:15.89 ID:ElQHvhwj0




――――清らかで、美しく――――



――――淑やかで、優しく――――



夕暮れの空に響き渡るその調べは、聖母へと捧げる祈りの楽曲。



ブランクの前と比べると、技術的なものは少し、衰えているかもしれない。



けれど籠められている想いは、今の方が、ずっと上。



その心揺さぶる音色は、この場に居る皆全ての魂を虜らえ――



幾人かは、涙すらも滲ませていて――



……一人、意外な奴が、泣いていた。


「キョーコ、どうしたの?」


「……静かに、してな……」


クラシックなんかとはまるで縁が無く思える、がさつな赤毛の不良少女が
大粒の泪を、ぼろぼろと零していた。
275 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:18:58.00 ID:ElQHvhwj0

長く尾を曳いていた旋律が静かに途切れ、花畑の中のささやかな演奏会は終わる。
けれどその余情は、まだ暫しの間、静穏をもたらし


やがて一つ二つ響いた音を皮切りに、皆が手を打ち鳴らし始め
そして風そよぐ屋上に、拍手の渦が沸き起こった。

――ひとりを、除いて。


「もういいだろ、帰る」

「……キョーコ、行っちゃうの?」

裾を引き、杏子を止めようとするゆま。
しかしマミさんがその肩に手を置いて、それを制する。

「今は、仕方無いわ。
 また、来てくれるわよ」

「……」


一度も振り返ることなく去っていく佐倉杏子。
その背を目で追っていたあたしに、敷島さんが声をかけ
そして金色のリボンと、小さな鈴で飾られた
少し青みがかったピンク色の、一本の薔薇を差し出した。

「Le Petit Prince――
 この世界で一輪だけの花、美樹さんから上条君にね」

「――うん」

額に軽く汗を浮かべながらも、ことをやり遂げた安堵の表情でご両親と談笑している恭介。
その彼の元へ寄り、ご父母に軽く挨拶をしてから、王子様へと薔薇を献上する。

「はい、それじゃ恭介の、一刻も早い退院を願って」

「――うん、有難う、さやか」

「いやお礼なんていいって、本当に。
 でもそうだね――正式な快気祝いのときには、もっとへなちょこじゃない演奏でお願いね」

「ははは、厳しいなあ、さやかは。
 ――うん、でも約束するよ。
 君の持って来たCDに負けないくらいの、演奏をしてみせるって」

そういってあたしを見つめた恭介の目は、今までには無かった自信に満ち溢れていて
そして、あたしは実感した。


「うん、楽しみにしてるよ」

――あたしの願いは、本当に叶ったんだと。
276 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:20:01.03 ID:ElQHvhwj0

「私からも有難うと言わせて頂戴、さやかちゃん。
 本当に――有難う。
 こんなに祝福を受けて……恭介は……幸せ者よ」

恭介のお母さんが、わざわざあたしの手を取って喜んでくれた。
幾分、涙ぐみながら。

「いえ――あたしはみんなが聴きたいって言ってたから、声を掛けただけですし。
 みんながあんなに感動してたのは、それは全部
 恭介――君の実力ですよ」

その少し後ろではお父さんが、夕陽を背に浴びながら後ろを向いている。
やはり、その目を潤ませているのかもしれない。

「いえ、それも――この子が自信を取り戻せたのも、貴女のおかげよ。
 退院してからも――これからもずっと、恭介を宜しくね、さやかちゃん」

「――はい」


少し火照った頬を押さえていると、また別の視線に気付いた。
その元へと目を遣ると、仁美とほむらがじっとこちらを見つめている。
落陽の輝きを受けて立ち並ぶあたしの嫁、もとい美人のクラスメイト二人――
うん、良い絵柄だ。惚れ直す。

あたしの返した視線に、その二人は揃った微笑みを送って寄越し
あたしも心からの笑みでもって、それに応えた。



やがて陽も隠れゆく中、皆は三々五々と屋上を去り

「それじゃまたね、さやか」

「うん、またね、恭介」

恭介もご両親と一緒に病室へと戻っていく。



とっぷりと暮れた空を見つめ、ただ独り屋上に残ったあたしは
未だ覚め遣らぬ余韻の中、ついさっきまでの、最高の幸せを噛み締めていた。

――あたしが魂と引き替えに望んだ、その祈りの、結末を。
277 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/03/31(土) 23:22:15.77 ID:ElQHvhwj0

今回は、ここまでです。

実際、SSがハートフルであるかとか、面白いかとかは、書き手が判断することでは無いですね。
それは読み手の役割であって、書き手の役割は作品をきちんと投下し続けることのみ。
……それを満足に出来ているとは、これっぽっちも言えない現状ですが。


さて次回は――打ち切り目前の漫画の如く、急展開にでもしてみましょうか。
見滝原壊滅とか、魔法少女全滅とか。
……普通にそれをやったら、きっとレス0とか余裕でしょうね。
打ち切り前提ならもう何も恐くはありませんが。


本当のところは一応、マミさん主体の回を予定しております。
それでは、またいずれ。
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/01(日) 00:30:41.23 ID:KcrM55AIO
乙ー。
そんな怖いこと言わないでくれーwwwwww
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/02(月) 00:34:17.78 ID:8ZSbcAclo
乙!
マミさんが出るということはほむほむもでるのかしら
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/04/06(金) 08:03:58.64 ID:BDmVEIRMo
ここが打ち切りになったらソウルジェムがどす黒くなる自信がある
いくらでも待てるから>>1さんが納得いくように書いてくれると嬉しいなって
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/04/09(月) 04:05:15.16 ID:3LqaQtLYo
乙乙!
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/04/10(火) 19:13:49.86 ID:fdcr0glGo

マミさんの誕生日を祝ってるところに円盤生物襲来ですねわかります
283 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:24:13.16 ID:NKv2x6r50

残念ながら宇宙ステーションが飲み込まれるといった衝撃的展開は御座いません。
一応今回冒頭シーンの舞台は、原作のあの場面のステーションですが。


にしても、スレ立てから半年以上経過して、やっと300超えとかどういうペースでしょう。
そろそろ路線変更というか、当初の予定っぽいものでもって
ほのぼの魔法少女コメディから、壮快バトルファンタジーへとシフトして行きたいのですが……
今回も、戦闘シーンまで辿り着けませんでした。何故だ。


……それでは魔法少女達の、進展しそうでなかなか進展しない
もどかしくもじれったい、グデグデな関係の物語に
宜しければ暫しの間、お付き合い下さい。
284 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:25:16.66 ID:NKv2x6r50

*** NO FUTURE NO FUTURE NO FUTURE NO FUTURE NO FUTURE NO FUTURE NO FUTURE ***





――――街が、死の眠りに覆われていく――――




285 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:26:02.00 ID:NKv2x6r50






――――景色は、蒼褪め――――



――――引き裂かれ、喰い千切られた、残骸――――




286 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:26:41.34 ID:NKv2x6r50






――――世界は、黄昏れ――――



――――穿たれ、孔だらけになった、亡骸――――




287 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:27:20.39 ID:NKv2x6r50






――――そして場面は、朱く染まり――――



――――突かれ、撃たれ、斬られ、射られた屍骸――――




288 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:28:02.95 ID:NKv2x6r50






――――――――暗転――――――――



――――全てが黒に、塗り潰された――――




289 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:28:40.31 ID:NKv2x6r50






――――どうすればいい?――――



――――私には、何が出来る?――――





*** NO FUTURE NO FUTURE NO FUTURE NO FUTURE NO FUTURE NO FUTURE NO FUTURE ***
290 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:29:41.18 ID:NKv2x6r50

「願いは、叶ったかい?」


何処か、遥か彼方から、虚ろな声が響いてくる。
私をこの地へと導いた、『孵卵器』と呼ばれる存在の声。

――叶ったかどうか、ということであれば、もう叶ってしまったのだろう。
だが、こんな中途半端な結果では終われない。
終わらせる訳には、いかない。


『知った』――ただそれだけでは、私の祈りは完結しないのだから。


幸いなことに――いや、それも虚空の記録に拠って定められていた事象なのだろうか。
ともあれ、私は彼女達の内二人と面識を持てている。
言葉通り路で偶然ぶつかった、程度の面識ではあるものの
ならばそれを寄る辺として、昏き道に火を灯せるかもしれない。


ここから先は、もう奇跡の続きではない。
私を導くのは、私の想いによる、私自信の力。

深く、果ての無い暗闇。その中で求めるものを形にしていく。
程無く、遥か遠くに三つの淡い光が灯った。
青、黄、赤、まるで信号機みたいだなどというつまらない感想が、泡沫の如くに湧いて浮かぶ。
その雑念を振り払い、研ぎ澄ました意識で粘つく闇を切り裂いて、光の方向へと己を進めていく。


やがて夜空の星程度だったその光が次第に大きくなり、それぞれが少女の輪郭を取り始め――


差し伸ばした手が、弾かれた。
とても激しい、拒絶によって。
いつしか私の前には、紫色に鈍く輝く壁が立ち塞がっていた。


しかしながら、ここで退く訳にはいかない。
ここは単なる心象世界では無く
虚空の記録――Akashic Recordsの一端を基にした、現実の運命のシミュレートなのだから。
障害を突き抜けるべく、意思を極限まで尖らせる。



また、弾かれた。
のみならず、押し流された。
私の力に数倍する、鮮烈な感情の奔流によって。

悪意などという、生易しいものではない。そんなものであれば、もう慣れている。
それは敵意――それも不倶戴天の仇敵に向けられたものの如き、凄絶な憎悪。
まるで身に覚えは無い――が、もう何故? などと考える余裕さえ無い。
気を抜いたらすぐにでも呑み込まれ、自我を侵蝕されかねないから。


けれど、このままでは、いずれ――――
291 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:30:53.36 ID:NKv2x6r50


――何故、あの子が死ななければいけなかったの?――


何……? 何のこと……?


――何故、無辜な教師や一般生徒が、巻き添えにならなければいけなかったの?――


知らない。分からない。何を言っているの……?


――貴女は社会への、学校というものへの報復を望んだの?――


違う……私は報復など考えたことは……無い……筈…………


――それとも他人の死で、自分の生を実感したかったの?――


…………………………違う…………………………


――貴女が昏い道に灯す火は、皆から奪った命の炎なのね――





知らない知らない知らない知らない知らない





分からない分からない分からない分からない分からない





違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う――――





私は、この世界を――――救う為に――――――


292 : ◆oQV5.lSW.w [!nasu_res sage saga]:2012/04/28(土) 01:31:53.25 ID:NKv2x6r50



                          Spree Killer

  人殺し


                               虐殺者

                                                  自己陶酔
           Psychopath

Machiavellist
                                       人でなし

                                  気狂い
                    全体主義者


                                          Genocide Heart
      大量殺人鬼


                             テロリスト
                             
               Carnage

    欺瞞                                      ひとごろし

                      Serial Killer


        ヒトゴロシ


                                     咎人







     偽     り     の     救     世     者     め     !







     私     達     に     接     触     る     な     !




293 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:32:49.20 ID:NKv2x6r50

「どうしたんだい? 大分顔色が悪いみたいだけど」

まだ、現実感が薄い。意識が周囲と馴染んでいない。
還って来られたこと、それは確かな事実ではあるのだけれど。
慣れ親しんだ部屋の様相も、今日初めて存在を知った『孵卵器』の声も
半分ずれた世界の出来事ででも有るかの様に、何処と無く浮いたものとして知覚されている。

「――大丈夫よ。大したことではないわ」

心地は悪いが、それでも少し経てば、この乖離感は治まるだろう。
それよりも、これから私が選択るべき行動を決めないといけない。
予兆の警告を無視して、彼女達と接触を試みるべきだろうか。
未来を変える、それは多分、生易しいことではない。
ならば敢えて障害へとぶつかり、乗り越えたその先にこそ、救世への道が開けるのかもしれない。

しかし――


(肝心なところが、何も見えていないのでは――)

何かも判別らないものの為に、貴女達が死ぬかもしれなくて、この街が滅ぶかもしれない。
どうすれば良いかなんて答えようも無いけれど、だからとにかく私を信じて、協力して――
そんな支離滅裂な与太話を持ち込んで、信用してくれる者がどれだけ居るだろうか。
私なら――少なくともお父様が亡くなる前の私であれば、可哀想な人ねと一笑に付す。
だが、そんなあやふやな言でも信じてくれる者が居るとしたら、それは――


「キュゥべえ、貴方さっきちらっと言っていたわね。
 『可能なら魔法少女には、ペアを組んで貰うのが理想的だ』って」

「うん。基本的にはその方がより安定してくれるからね。その分長持ちしてくれるのさ。
 一人の魔法少女に三年ずつ頑張って貰うより、二人の魔法少女に十年頑張って貰った方が
 ずっと効率はいいだろう?」

「――実に見事な考え方だわ」

心底から、そう思う。
何事かを為そうとするなら、こういう感覚で進めなければいけないのだろう。
事実、目の前で忙しなく尻尾を振る、無害無益にしか見えないこの小動物はしかし
今までに人類が抱いた、最も大それた野望でさえ、塵芥にしか見えない程のことを為そうとしているのだ。


「それに君達人間も、良く言うじゃないか。
 『人という字は、人と人が支えあっている』って」

私の打ったその相槌を、反感による皮肉とでも捉えたのだろうか、キュゥべえは言葉を付け足す。
確かに在り来たりの少女であれば、こちらの返答の方を好むのだろう。
が、生憎と私はもう、そんな純真な乙女では無い。

「本来、あの文字は――
 小さい人が大きい人を、一方的に支えているだけの文字よ」

そして大きい人は、更に大きい人を一方的に支える。更に大きい人は、更に更に大きい人を。
そうした繰り返しの積み重ね――それが、『人』の社会。
昔から、変わらずずっと。
294 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:33:55.77 ID:NKv2x6r50

「ま、所詮それは理想さ。
 君達の間には相性というものも存在するし、なかなかそう上手くいくものでも無い」

相性――か。
それなら心配は無い。寧ろ最高といっていい。
私には、そう理解る。

「魔獣から救って命の恩人になるとか、時々ある、そういった巡り合わせでなら
 献身的に支えて貰える関係も期待出来るかもしれないけどね」

恩人――か。
面映いが、あの程度のことで、そうも思われているらしい。

「望むなら君の友人について一人一人、素質が有るかどうかを確認してみてもいいよ。
 でも悪いけど、ゼロから五郷中を探し回る、そこまでの労力を割く気は無いね」

友人――か。
そんなものは、もう一人も居ない。
いえ、そんなものは、元から一人も居なかった。
今までは――そして、今は。


「それは結構よ、キュゥべえ。
 ――私を支えてくれる人は、もう判明っているから」

怨恨の激流に翻弄され、侵蝕されかけていた私。
その私を包み、救い上げてくれたのは
玄く、しかし何処までも澄んだ、黒曜の光。

そして、私は悟った。
語弊を恐れずに表現するなら、その光は――
彼女こそは私の、運命の相手なのだと。
私と共に笑い、共に泣き、共に業を背負ってくれる――
何も見返りを求めず、ただ私だけを支えてくれる、世界で唯一無二の存在なのだと。

「明日にでも貴方に紹介出来ると思うわ。
 私なんかよりずっと優秀な、狩人の卵をね」

何処で、遇ったのかを。
何処で、逢えるのかを。
そして、彼女もまた、私を探していることを。


あざとく小首を傾げたキュゥべえが、変わらずゆらゆらと尻尾を揺らしながら
二つの赤いトンボ玉で、じっと私を凝視する。
そして、なるほど納得した――といった感じで、口を開くこと無く、言った。

「ふむ、そうか――
 それが君の得た能力なんだね、美国織莉子」
295 :視点:巴マミ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:36:35.57 ID:NKv2x6r50

「これで、終わりだぁーーっ!
 ♪Allegro con Brio♪――†Taglio di Scintilla†!!」

雲に覆われた、星の疎らな夜空。光の散りばめられた、眠らない地平。
ここは見滝原の郊外、市街地と田園地域の狭間に位置する、伝統ある進学校の校庭。

「うおぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁっ!!」

そこに美樹さんの咆哮が轟き渡り、そして最後の標的が斃れた。
程無く世界の位相は魔獣の領域から人の現世へと回帰し
誰かに見咎められ、厄介事が持ち上がる前に
変身を解いた私達は隣接するショッピングモールの駐車場へと場所を移す。


「どうでした? マミさん」

自信と期待、そして幾許かの不安を浮かべた笑顔で、美樹さんが訊ねてくる。
今日の狩場は、男子校などという、いかにも何やかやが渦巻いていそうな――
暁美さんに言わせれば、『蕁麻疹の出そうな』場所にも拘らず、9体程度の魔獣しか湧かなかった。
だから丁度良い実戦訓練兼テストになると思い、全て美樹さんに任せてみたのだけど――

「うーん、そうね、細かい指導はこの後のミーティングに回すとして――
 大雑把に60点、といったところかしら」

ルーキーとして見れば、美樹さんの動きは悪くは無い。
今回は初陣のときみたいに、ソウルジェムの直近に被撃して私達を焦らせる様な場面も無かったし
もう少し高い点数でも良いかな、とは思う。
けれど伸び代も考えると、これ以上の得点は付け辛いし――
んー、この評価で納得して貰えないだろうか。

「うんうん、一日当たり5ポイントのペースとは、さすがはさやかちゃん、末恐ろしい!
 このまま行くと一月後には――
 おお、満点のダブルスコア達成じゃないですか!」

どうやら満足してくれた様だ。前向きな美樹さんの発言に、私の口元も自然と綻ぶ。

「ふふ、そうは甘くないわよ? 80点から上は、もっと厳しく評点していくつもりだし。
 ――ところで暁美さん、貴女の評価は?」

戦闘の引き出しの多さで言えば、暁美さんの方が私よりずっと上だ。
例えば私には、近接戦闘の経験は皆無だといっていい。
幾度かの対人戦闘での立ち回りにおいて、銃を盾や鈍器代わりに使用したケースがあるくらいだ。
一方で暁美さんは、近接戦闘においても――
攻撃の軽さはともかく、立ち回りだけならあの佐倉さんにも引けは取っていなかった。
なんでも、『魔力節約の為に、一撃で倒せる程度の相手ならば、普通に殴って仕留めることも考えろ』――
そう指導され、実践して来たかららしい。
『一撃で倒せる程度の相手』――
この前ぽろっと口にしていた、『使い魔』という存在のことだろうか。

そんな彼女が美樹さんにどんな評価を下すのか。私も非常に興味があったのだけど


「――掛け声はともかく、技名を叫びまくるのって、どうなのかしらね」


「え……」

彼女の口から出てきたのは、予期していたのとはまるで方向性の違う――
少し、ショッキングな批評だった。
296 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:37:33.49 ID:NKv2x6r50

「えーだってほら、何しようとしてるか、意思の疎通は大事だし――」

そうよ、そうなのよ。
別にカッコつけたいとか、そういう子供じみた理由だけじゃ……

「まあその、なんだ……カッコいいじゃん」

ないのよ、ないんだってばー。

「多少の戦術的利点も有ることは、認めない訳でも無いわ。
 けれど、その――」

あ――駄目、それは――

「恥ずかしく、ない?」

言わ……ないで…………


「えーそりゃまあ、知らない人の前じゃちょっとムリだけどさー
 どーせ聞いてるのなんて、友達と魔獣だけなんだし。
 やっぱ気の置けない仲間内だけでの盛り上がりってゆーの?
 ほら、そういうのって、他の事にだってあるじゃん」

半ば正鵠を得た美樹さんの回答。
そう、盛り上がり――
実際、技名を叫ぶ意義は、それに尽きるのだろう。

「そうよ。カッコつけるとか、そういうことだけじゃなくって――
 暗くてどんよりしたメンタルで戦うよりは、明るく前向きなテンションで戦う方が
 より実力も出せるし、ね」

軍楽や鬨の声と、基本的には同じ。
場合によってはそういったものが、勝敗の境を決めることだってある。
無論、気分の高め方、気合の入れ方は人それぞれだし
誰彼にでも押し付けるべきやり方では無いけれど――


「それに暁美さんだって、この前は叫んでくれたじゃない。しかも自分で考えた技名を。
 あの、真矢さんを救けたとき」

少なくともあの時は私、そんなに無理強いをした覚えは、無いわよ――?
297 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:38:30.75 ID:NKv2x6r50

「あれはね――
 廻り逢ったばかりだったし、一度くらいは貴女の望みを叶えるのも、悪くは無いと思ったから……」

流石にこれくらいではまだ、彼女の纏うクールの仮面は外れない。
けれどその声からは、羞恥による動揺が微かに感じ取れる。
よし、追い詰めない程度に、もう少し責めてあげましょう。

「うふふ、その割にはロシア語辞書とか、なんかノリノリで調べてなかった?」

その私の暴露を聞き、美樹さんは笑顔で片目を瞑ると、暁美さんに親指を立てて見せた。
流石に仮面を維持出来なくなったのか、暁美さんの目と口元が凄く嫌そうに歪む。


「……たまには私だって、14の子供みたいなことをしたくなるときも有るのよ」

子供みたいなこと、か。
――それは、『たまに』で無くても良いと思うけど、ね。
お互いに。

「それに、貴女の知らないところにすら根を下ろしている、イタリア語の呪縛に抗ってもみたかったし」

え……えーっと、それって…………
『前の世界』でのことよね?
今の私には、心当たりは無いし…………多分。


例の如く髪をふわりとかき上げ、暁美さんが夜空を見上げる。
嵩を増してきた雲に覆い隠され、星の光は既に一つも無い。
金の針を思わせた月も、もう結構前に地平へと沈んでしまった。


「何よりFinitore Frecciaは、私の技では無いもの――」
298 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:39:19.47 ID:NKv2x6r50

「ところでそこの貴女も、傍観者に留まっていないで、そろそろ参加して貰えないかしら。
 いくら私でも、2対1は分が悪いもの」

暁美さんの視線がくるりと左に回り、スーパーマーケットの屋上に座っていた少女を捉える。
大きな紙袋を持った赤毛の女の子の出で立ちは、見飽きたいつものパーカーにショートパンツ。
ちゃんと洗濯はしているのかしら。やっぱり先日、強引にでも服を買ってあげれば良かった。

おそらくは聴覚も強化して、今までの会話もずっと聞いていたのだろう。
その、取り立てて大声ではない呼び掛けに、佐倉さんは億劫そうに立ち上がって、尻の埃を払うと
いかにも軽々と、といった感じで10数mの距離を跳び、私達の目の前に降り立った。


「ふん、アタシんとこはヤツらがお休みだから冷やかしに来てみれば――
 何とも能天気だな、アンタらは」

佐倉さんらしい、ツンデレ風味な第一声。
そしてどうやらキュゥべえは、私が頼み、指図した通りに彼女を誘導してくれた様だ。
これで今夜の計画、まず第一手は予定通りに運んだ。

「ずっと観ていたんでしょう?
 近接の立場から、美樹さんの評点をお願い出来る?」

頼みつつ、美樹さんの方をちらりと見る。
やはりその面には、佐倉さんへの対抗心が、判り易くありありと浮かんでいる。
――が、初めて出会った頃のギスギスした敵意では、もう無い。
このまま少しずつでも、二人の仲が進展を続けていってくれれば――


「マミ――
 アタシと居た頃に比べると、アンタ、随分と甘くなったな」

佐倉さんの言葉が、そんな未来への期待に軽く浸っていた私を、現実へと引き戻した。
『甘い』――
自分では自覚は無い。けれど佐倉さんと一緒だったあの頃に比べて、私は何か変わったのだろうか?
その言葉の示すところを勘考する私の目の前で、佐倉さんはじろりと評価対象を睨め付け

「な、何よ。
 別にあたしはあんたなんかに評価して貰う必要は無いわよ!」

気圧されてなるまいとの意地からだろうか、美樹さんは強気に反発する。
が、そんな彼女の態度も、佐倉さんはまるで意に介する様子は見せず
そしてその口からは、極めて厳しい採点結果が告げられた。


「――20点。
 アタシがこのルーキーにくれてやれる評価なんて、その程度が精々だ」
299 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:40:01.63 ID:NKv2x6r50

「な、何よそれ――」

まるで承服出来ない、といった面持ちで、美樹さんが抗議の声を上げる。
が、その表情はすぐに、敵対心剥き出しの暗い笑顔へと変わった。

「あ、ふーん、やっぱりね。
 ただあたしが気に入らないからってんで、適当に低い点数付けたんでしょう?
 まったく根性悪いわねぇ、あんた」

――いや、佐倉さんはこう見えて、そんないい加減なことはしない。
そしてその、付けた点数の差――美樹さんの戦い方に対する、捉え方の差

「……そう思うんなら、それでいいさ。
 アタシは点を付けろってーから付けただけで、指導する謂れなんか無いんだしな」

「そこまで頼むつもりは無いわ。だけど点数の理由くらいは教えて貰えないかしら。
 ちゃんと有るんでしょう、佐倉さん」

それこそが、彼女に私を『甘くなった』と言わしめた、何かなのだろう。


仏頂面の佐倉さんの眼が右に走り、一時、私を捉える。
それから彼女は、もう一度美樹さんの目を見据え
高飛車だった雰囲気を幾分か和らげて、答えた。

「8回。それが今回のアンタの、『怪我』と呼べる被撃数だ。
 1回当たり10点のマイナスにさせて貰った」


――あ、そういうこと――
それには暁美さんも、ちょっと渋い顔をしていた。

「――その減点の仕方、ちょっと酷いんじゃない?。
 それにあたしには、少しくらいの怪我なんてハンデにはなんないのよ?」

少しずつ踏み込みを覚えるやり方で無く、少しずつ見切りを覚えるやり方――
固有魔法が治癒であればそれも可能だし、美樹さんの性格にも合っている、そう考えたのだけど。

「まだ甘いくらいさ。0点でも良かったんだぜ、たかだか一桁の相手だったし」

『甘い』――確かにそうだったかもしれない。

「ま、一応忠告しておくと――
 すぐ治せるから怪我してもいい、そういった考え方は油断や無鉄砲に繋がる。
 長生きしたいなら、真っ先に捨てるこったな」

「――っ、だからって――」

そう言われても、反論は出来ない。
固有魔法を活かしている、そんな言い訳も。

「それに、魔力の無駄なんだよ、無駄な被撃は。
 今のままなら――収支だけで行きゃ、アンタは後ろで見物してた方が、遥かにプラスなんだぜ?」

特に――
本来の力を失ったまま、ずっと戦ってきた佐倉さんには。

そして、彼女のときには、口を酸っぱくしてそう指導してきた、私は。
300 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:40:55.13 ID:NKv2x6r50

「ま、アタシなんかに文句付けられて悔しけりゃ、次からは精々頑張るこったな。
 ――マミ期待のルーキーさんよ」

「――っ!」

佐倉さんの態度が、挑発的な雰囲気を増してきた。
美樹さんに背を向け――そしてその顔だけが、傾き気味に振り向く。
その意地悪く歪んだ口元で、鋭い牙が獰猛に光った。

「それとも――何ならアタシ相手に、再試験受けてみるかい?」

売り言葉に買い言葉。美樹さんの気も完全に臨戦態勢のそれに変わる。

「そっちがその気なら――後で吠え面かくんじゃないわよ!」


ここは――どうするべきなんだろう、私はどうすればいいんだろう?
暁美さんの反応は? 彼女は今の二人をどう見ているのかしら? 何かヒントは?
だが、窺い見たそのポーカーフェイスからは、何の思惑も読み取れなかった。
やはりここは誰にも依らない、私の判断で決めるしかない。
では止める? それが――私に出来る?
それよりも、二人が分かり合う為にはいっそ、体で語り合って貰った方が――



「止めなさい、二人とも!
 私を怒らせたい!?」

結局私は、叫んだ。
闘って分かり合う――それは物語では良く有る、とても美しくて理想的な展開だけど
それだけに――そんなご都合主義はと、期待することが出来なかった。
無意味に二人が傷付き、そして尚更関係は拗れていく――そんな結末を迎えることが、恐かった。
けれど――

「素直に改善点を指摘し、素直にそれを受け入れる
 それだけのことが、どうして出来ないの?」


この私の声は、果たしてちゃんと、二人の心に届くものであるのだろうか?
私は、二人に――顧みて貰えるだけの、存在だろうか――?
301 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:41:55.59 ID:NKv2x6r50




「……杏子、その紙袋は、巴さんへの届け物?」

戒告は辛うじて功を奏し、二人はいがみ合いを止め、互いに目を逸らした。
けれど場は替わりに、重苦しい沈黙に包まれ――
それを今、暁美さんが破った。


「ワッフルだよ。ちょっとしたもののついでさ。
 ――ゆまも世話になってるし、な」

そう言いつつ、やっと存在の思い出されたそれを
佐倉さんはぐい、と私に押し付けた。
手にずっしりとした重さを伝える、その袋の口を開けて、ちょっとだけ中を覗いてみる。
チョコ、アップル、バナナ――
何種類もの香りが混ざり合った、とても甘い匂いが鼻に届いた。

「あ、やっぱりいちごシロップ味のもあるのね」

「……いいだろ別に、ワッフルなんだから」

それにしても、この量は……
三人共が抱いたであろうその思いを、美樹さんが代表して問い質す。

「その量――あんた幾つ買ってきたのよ」

「30個だ、悪いかよ。
 5個以上で1個140円が100円に値引きなら、普通そう買うだろ?」

あ、そうか、ここに居ない二人も含めて、一人当たり5個。
そう考えるとこの量でも、別に多くは無いのかもしれない。
ただ、いまの佐倉さんの台詞からすると、もしかして――

「……5個以上で値引きなら、6個でも12個でも18個でも値引きじゃない」

「あ……」


やっぱり――でもそんな簡単なことを勘違いするなんて、何だか彼女らしくない。
そんならしくない佐倉さんに対し、らしくない冴えを披露した美樹さんが
ここぞとばかりに反撃を開始した。

「ふん、まったく、お金に有り難味を感じて無いから、そんな簡単なことも解らなくなるのよ。
 大体疚しいお金で買ったものなんて、あたし達が喜ぶと思うの?」

先程の私の叱責を、もうすっかり忘れ去って。
302 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:42:49.75 ID:NKv2x6r50

「――アタシだって、少しくらいは真っ当な金を持ってる。
 マミんとこへ何か持って来るなら、そっちを使うくらいの分別は、あるさ」

「ってことはつまり、普段使ってるお金が疚しいものだって、そのくらいの自覚は有るんだ。
 それに、その理屈って詭弁だよね」

先程とは攻守反転、今度は美樹さんが正当性をかざして、佐倉さんを問い詰める。
……もう、この二人は、徹底的にやり合わせてしまった方がいいのだろうか。

「よく政治家が言うよね、『この税金はこの目的の為だけに使います』って。
 でもその分他所から回す税金が浮くんだから、結局は全体で使ってるのと同じことじゃん。
 あんたの言ってることは、それと同じ」

それにしても、今日の美樹さんの、頭の巡り具合――
さっき出したケーキの中に、何か悪いものでも入れてしまったかしら。
そういえば、夜更け過ぎからは雨が降るんだっけ。


「あーウゼぇ!
 大体アタシはね、アンタが言う程疚しい生き方をしてるつもりはねーよ!」

佐倉さんが、反駁を始めた。
彼女が拠り所とする、彼女なりの『正しさ』でもって。

「警察官は月どれだけ貰っている? 自衛官の給料は幾らだ?
 そういった仕事と比べても、アタシはより命を張ってるんだ。
 結果としてだろうと何だろうと、街の皆を守ってな」


「ならその分の報酬を、誰か一人からじゃなく――
 公共のとこから頂いたって、それのどこに問題が有る?」


「アンタ達は見返りを求めない、それがやり方かも知れないし、それをどうこう言うつもりも無い。
 けどアタシはね、貸し借り無し、差し引きゼロ、それがモットーなんだ」


「――それが呪いを生まない、アタシのやり方ってヤツさ」


披瀝された、その持論は――少なくとも私にとっては、やはり筋の通ったものとは言えない。
どう取り繕っても、それが犯罪であることに違いは無いし――
それに、魔獣退治の見返りを、精神的なものだけに求めなくても
余程雑な戦い方をしない限り、グリーフシードの収支はプラスになる。
望むならだが、自分の為にも、誰も使えない力を使うことが出来るのだ。
それだけで、報酬としては充分ではないだろうか。

けれどまた――
今の彼女が、自棄に囚われず、矜持を持って生きていく為には
そうした考え方を抱くしか無かったことも解る。
そして、佐倉さんをそんな境遇に追い込んでしまった――


そのことの責任は、私にも、有る。
303 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:43:30.52 ID:NKv2x6r50

「……随分と身勝手なこじ付けね。盗人猛々しい、ってやつ?」

美樹さんはおそらくまだ、その辺りの深い事情は知らない。
暁美さんも、そんなことをぺらぺらと喋る人では無いし。

彼女の過去を伝えれば、美樹さんの佐倉さんに対する見方も変わるだろうか。
けれど他人の苦い過去を勝手に暴露する様な真似を、佐倉さんが許してくれるだろうか。


――最善の答えは、何処に有るんだろう――


「ふん、そう思うんならそれでいいさ。それがアンタの中の『正義』ならな」

「『正義』以前の問題でしょうが、泥棒なんて――」

「二人とも、その辺までにして貰える? 」


音としての激しさは無い、しかし良く通る凛とした声が、夜の駐車場に響く。
暁美さんの一声――
それは私の一喝よりも遥かに、有無を言わせないだけの力に満ちていた。

「喧嘩なら、何処か他所でやって。
 巴さんの神経に、あまり負担を掛けて欲しくないから」

言い放ち、彼女は二人に背を向ける。
そして髪を小さく払い、言葉を付け足した。

「――私にも、言えた義理は無いけれどね」



「ふん――」

場を侵していた刺々しい雰囲気が、月の沈みゆく浜辺の潮の様に引いていく。
消え失せは、しない。


「――まあいいわ。今日のところはマミさんとほむらに免じて、あたしが退いてあげる」

こちらが譲歩してやるんだ、といった態度を過度に示しつつ、美樹さんは踵を返し、皆を後にする。
何歩か先でその顔が済まなさそうな表情を浮かべて振り向き、私へと別れの挨拶を残した。

「じゃマミさん、もう今日は遅いし、あたしはこれで直帰します。
 エリとゆまちゃんにも宜しく言っといて下さい」

「美樹さん――」

「さやか、ワッフルはどうするの」

暁美さんが呼び掛け、問う。
しかし彼女はそちらに顔を向けることはせず


「皆で分けて。
 どうしても駄目なんだ、あたし――そういうの、気にしちゃって」

ただそう言葉を返すと、路の彼方に見える市街地の灯りへと、足早に去っていった。
304 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:44:06.42 ID:NKv2x6r50

「アタシも行くぜ、邪魔したな」

その後姿を細い目で見つめていた佐倉さんも、その一言と共に、私達に背を向ける。
そして数歩――が、立ち止まり、振り返ることなく私に聞いた。


「――ゆまは、どうしてる?」

「真矢さんに見て貰っているわ。
 もう二人とも、魔獣退治に付き合わせるつもりは無いし」

「――頼んだぜ」

言い残し、佐倉さんは再び歩を進めようとする。

「杏子」

その彼女にも、暁美さんは呼び掛けた。


「巴さんが、貴女と居た頃より甘く――臆病になっているとしたら
 それは貴女にも、責の有ることよ」



「…………」

幾許かの間足を止めていた佐倉さんが、無言のまままた歩き出す。
田畑の広がる暗い道、美樹さんが向かったのとは真逆の方向へと。
湿った風が、その後ろ髪をそっと持ち上げ、曳いた。



そうか。
私は、佐倉さんと喧嘩別れした、あの日からずっと――――


臆病者、だったんだ。


――――今もまだ、ずっと――――
305 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:44:45.16 ID:NKv2x6r50

「――あの二人が衝突するのは、きっとお互いに引き合っているから」


一人、残ってくれた彼女が、こんな私にも声を掛けてくれる。
あの時も、今日も――
いつも、ただ立ち尽くしていただけの、意気地無しの私に。

「だから、あまり気に病まないで、巴さん。
 貴女が磨耗していると、不安になるから。
 ――とても、恐いから」

……そうね。
私まで空気を悪くしてちゃ、いけないわよね。
今夜はまだこれから、気合を入れて挑まないといけないことが、もう一つ控えているんだし。
――この程度で挫けていたら到底、どうにもならない難事が。


「暁美さんは……これからどうするの?」

でも――彼女が支えてくれるなら――

「どうするって――
 最初の予定通り、もう一度貴女の家に寄っていくつもりだけれど」

きっと、何とかなる。
佐倉さんと美樹さんの仲のことも。
そして――

「有難う……
 少し、話し合っておきたいことも有るし……お願いね、暁美さん」


照れるかの様に、暁美さんは向こうを向く。
そしてまた、その綺麗な黒髪をかき上げた。

「お願いね、はともかく――
 有難う、なんて言われる覚えは無いわ」


もうすっかり曇ってしまった、暗い夜空を仰ぎ見る。
南の空高くの、僅かな雲の隙間――
その向こうに一つだけ、星が瞬いていた。

「いいのよ――
 私がそう、言いたかったんだから」

猛きものの心たる、青白く光る一等星――
その星は、見上げる私の心にも力を与えてくれるかの様に、力強く輝いていた。
306 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:47:07.45 ID:NKv2x6r50

「ただいま」

三度鳴らしたチャイムに、内から静かにドアが開く。
顔を覗かせた真矢さんがチェーンを外し、そして抑えた声で出迎えた。

「おかえりなさい、巴先輩、暁美先輩。
 ゆまちゃんは、先程寝付きました」

「そう、有難う、真矢さん。
 ――それじゃもう遅いから、貴女もこの辺で、ね」

「はい、では――」

「あ、でも、ちょっと待って――」

ポシェットを取りにリビングへ戻った真矢さんに一声掛けて
ワッフルを5つ、一種類ずつ選び、パックに詰めて小さな紙袋に入れる。

「はい、貴女の分のワッフル」

「あ、有難うございます」

「いえいえ、お礼なら後で佐倉さんに、ね。
 それと、本当なら暁美さんに送っていって貰うところなんだけど――
 彼女とはまだ少し話があるから――ごめんなさいね」

「いえ、一人で大丈夫です。
 それに、いざとなったら、この羽も有りますから」

「ふふ、そういえばそうだったわね。
 貴女には何時でも暁美さんがついているようなものだし――とても、心強いわよね。
 じゃ、またね、真矢さん」

「はい、それでは、また明日」

そう言ってお辞儀をし、行きかけた真矢さんに


「エリ――」

考え事でもしていたのか、今まで寡言だった暁美さんが、声を掛けた。
307 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:47:43.63 ID:NKv2x6r50

「はい」

呼び止められた真矢さんが、不安を湛えた瞳で、上目遣いに暁美さんを見上げる。
――まるで叱られることを、或いは捨てられることを恐れる、子犬の様な目で。
そんな少女に、ただ涼やかな貌のまま、暁美さんは言葉を送った。


「皆が皆、勇敢な戦士になる必要は無いのよ。
 寧ろそれでは、世界は壊れてしまう」

「……」

「そして現世で誰かが祈って居てくれれば、それだけで煉獄での業は、大いに軽くなるもの。
 だから、気に病まないで」

「――はい」

「それでは、また明日ね」

「はい、また明日、お願いします」

再び頭を下げ、そして今度こそ真矢さんは玄関を出て行く。
扉が閉まるのを見届け、暁美さんはいつもの様に、三角テーブルの指定席に着いた。


美樹さんの卓越した治癒能力は、死の淵にあった彼女を完璧に回復させ、そして次の日
真矢さんは普段より明るく、テンションが高いくらいだった。
――日没後、いつもの様に連いてきた魔獣退治で、自分を瀕死に追いやった存在を再度目にするまでは。

PTSD――いえ、彼女の場合、経過日数的にはまだASDと呼ぶのだろうか。
ともあれ顔面を蒼白にし、嘔吐き始めた彼女を介抱する為、暁美さんは戦線を離脱。
戦闘自体は、寧ろ美樹さんが良い経験を積めた、程度のことで終わったものの
もう彼女が私達と共に戦いの場へ赴くことは、当分の間――
もしかすると、これから先ずっと無いだろう。
――その方が、望ましいことなのだし。


恥じ入る様なことでは無いと、私も言ったのだけど。
口から胃を吐く程の体験をして、それでもまだその原因に対し平然と振舞えるなら
逆にその方がおかしいとも、言えるのだろうし。
そう、この私だって――未だに、出来ることなら車には乗りたくないのだから。

でも――


――もしかするとまた一人、私から離れていってしまうのだろうか――
308 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:48:27.76 ID:NKv2x6r50

「それで、話って?
 ――おおよその察しはついているけれど」

テーブルの上には、湯気と芳香の立ち昇るダージリンのカップが3つ
それと5種のワッフルを2個ずつ、10個。
――佐倉さんはキュゥべえまでは勘定に入れていなかったので、私の分から2個、選ばせる。


「射太興業から始まって、仁登呂組、芳文会――
 ここ数日で十を超える事務所が、彼女の標的になっているわ」

新聞記事の切り抜き、プリントアウトしたネット記事、それらの資料をテーブルの上に広げる。
暴力団事務所を狙った、容疑者不明、手段不明の連続爆破事件。
それは隣々県、今日午後2時の最新の事件まで、一つのルートを為す様に発生している。
一瞬で一定の範囲だけを焼き尽くし、周囲にはまるで影響を与えない、不可思議な炎――
並榎カリン、彼女の仕業で間違いは無いだろう。


「――加えて、少なくとも三つの不良グループ
 そして、公判の為護送中だった、婦女暴行事件の被告もね」

紙の束にざっと目を通しながら、暁美さんが付け足す。
やはり彼女も一連の事件には気付き、調べ上げていたらしい。
最後の――彼女が起こしたのだとしたら、知る限り最新のものであるそれは
毛色が少し違うこともあって、目の前の資料には含めなかったのだから。

「もう、猶予は無いわ。
 彼女を放置しておけば、日一日と犠牲者が増えていく」

何か、理由は有るのだろう。
が、それがどんなものであろうとも――どんな怨讐が彼女をこの凶行に走らせたのだとしても
彼女のやっていることは、『人殺し』だ。
見過ごすことは、出来ない。

が――気負いを隠せない私に、暁美さんから返って来たのは


「……そうよね。
 やっぱり貴女は、彼女を止めたいわよね」

冷淡な、まるで他人事であるかの様な科白だった。
309 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:49:05.35 ID:NKv2x6r50

「当然でしょう?
 彼女にこれ以上、罪を重ねさせる訳にはいかない――
 そして暴走した魔法少女を止めることが出来るのは、同じ魔法少女だけなのよ?」

他の何者にも、何処にも、任せることは出来ない。
私達のことを無関係な者達に報せる訳には、知られる訳にはいかないのだから。

「そうね。
 ――で?」

「――で、って――!?」

何故――?
暁美さん、何故貴女は、そんな冷たい返答が出来るの――?

「具体的に、どうするつもり?
 いきなり物陰から、ソウルジェムを撃ちぬくの?」

「! そんなこと――!」

思わず無配慮に声を荒げてしまった自分に気付き、眠っているゆまちゃんの方を見る。
――寝返りは打ったが、目覚めてしまった様子は無い。
それには安堵しつつも、私の心は今、安穏とは程遠い。
暁美さん――貴女は――


「そう、そんなことは貴女には出来ない、出来て欲しくない。
 ――だけど貴女に、彼女が説得出来る?」

「出来るかじゃない――説得するのよ」

何もしない――その選択だけは無い。
それは――それが私だって、貴女も分かっている筈よ、暁美さん――

「失敗したら?
 貴女は素直に、その場から退けるの?」

「……それは――」

分からない、どうなるかは。
戦いが始まって――しまうのかも、しれない。


――いえ、実際私は、その心構えでいる――


「私怨を義憤に摩り替えただけの、狂った正義かもしれない。
 けれど彼女もまた、自分の思う『正義』に従って行動している、私にはそう見える」

真摯で鋭い、紫色の双眸。
それが窘めるかの様な光を湛え、じっと私を見据えた。

「『正義』と『正義』――
 これ程に相性の悪いものも、無いのよ」
310 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:49:53.21 ID:NKv2x6r50

「だからって――
 放っておく訳には、いかないじゃない……?」

そう。
『正義』か、『命』か、若しくは両方を失うことになるのだとしても――
ここで放っておいたら、『私』は『私』で無くなってしまう。


「――放っておけば?
 私なら、そうするわ」

「!! 罪が――重ねられてしまうのよ?
 人が――殺されていくのよ!?」

「ええ――
 薬を流し、女を犯し、倉庫に何十本もRPGを隠し持っている、そんな連中がね」

暴力団がRPG――海賊版?
いや、そんなことはどうでもいい。

暁美さん――貴女なら――

「無辜な人々が傷付けられているというなら、私も考える。
 身内に火の粉がかかるというのであれば、手段は選ばない。
 けれど――罰を与えられて当然の連中が、過ぎるものとはいえ、報いを受けた
 それだけのことでは、私の心は動かない」

もう少し、私のことを、理解してくれていると思ったのに――

「私はもう、面倒事は沢山なの。
 魔獣から、この世界を守る――
 その、魔法少女本来の役目、ただそれだけに専念していたいのよ」

私の味方で、居てくれると――――



「……佐倉さんも、狙われたのよ。
 ゆまちゃんも、巻き添えになるところだった」

暁美さん――
少なくともこの二人は、貴女の言う『身内』に含まれる筈よ――

「それに、もし彼女の行動から、魔法少女の存在が明るみに出れば――
 世界を守るとか、言ってられなくなるかもしれないのよ!?」

魔法少女達が、もしかすると不当な圧力に晒されたり、不善な目的に利用されたりする
そんな可能性を防ぐことも、貴女の言う、『世界を守る』ことの筈よ――


私と意を違えるというなら、もうそれでもいい。
でも、せめて、貴女が持っている筈の
温かい、優しい心だけは、もう一度見せて――
311 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:50:35.00 ID:NKv2x6r50

「ゆまに関して言えば――
 あのビームは、狙いは甘かったわね、本気では無いみたいに」

考えを纏めていたのだろうか、数拍の間押し黙っていた暁美さんだったが
その口が返してきたのは、やはり淡々とした、熱の無い言葉。

「結果として、戦闘にはなったけれど
 杏子も、いきなり襲われた訳では無かった。
 私は、そこに望みを繋ぎたい」


「そんな楽天的な――
 じゃ、貴女は、何もするつもりが無いってこと!?」

「そうは言ってないわ。けれど、私は――」

ずっと冷たかった暁美さんの言葉が、初めて、僅かに心を帯びる。
しかし垣間見えた彼女の情は、またすぐに――
無機質な仮面の内に、仕舞い込まれてしまった。


「――とにかく、彼女の件については、私も考えてはおくわ。
 だから貴女も、勝手には動かないで」

釘を刺した上で、『考えておく』か……
でもね、さっきも言った通り、もう猶予なんて無いのよ。
一日延ばせばそれだけで、十人、二十人と犠牲者が増えるのだから。


「どうして私、貴女に相談なんか、しちゃったのかしらね――」

愚痴が、本音が、零れる。
彼女を責めたくは――
いえ、嫌われたくは無いのに。


「ごめんなさい、巴さん。
 でも私はもう、貴女には、誰も――」

しかしそれ以上続けて、彼女の口が開くことは無く
飲み込まれた言葉の替わりに暁美さんの口から出てきたのは
ごく普通の、いつも通りの、ただの別れの挨拶。


「私ももう、帰るわね。
 それじゃ――また、明日」



手付かずのまま冷たくなってしまったティーカップを、ただぼーっと見つめる。
いつもみたいに見送ることは、出来なかった。
立ち上がることも、さよならの挨拶を返すことも
ワッフルの残りを、持たせてあげることも。
312 :コピペミス;追加 ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:52:39.29 ID:NKv2x6r50

佐倉さんの、ワッフルの残り――あと22個と、3分の2。
313 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:54:13.87 ID:NKv2x6r50

「……さて、と」

沈んでいても、仕方無い。移動と下準備の時間を考えたら、もうギリギリなのだから。

「残念だったね。暁美ほむらの協力が得られなくて」

私が魔法少女になってからは、一番付き合いの長い相手――
テーブルの上にちょこんと座ったその『相棒』が
ゆっくりと尻尾を左右に振りながら、感情の存在しない声を掛けてくる。


「……残念じゃないわ。
 最初から、独りだけでやるつもりだったんだし」

そう、最初からその心算で、事を組み上げていた筈なのだ。
なのに、何故私は――

「そうなのかい? それにしても――
 君達はコンビとして理想的な関係を築いている、そう思っていたんだけどなぁ。
 やっぱり人間というのは、良く分からないや」

理想的な関係――か。


「私の求める『理想』って、何なんだろう……」

私は……

それが許されるなら、私は、ただ――
皆で和気藹々と、楽しい毎日を、日常を過ごしたい。
一緒にお茶会をしたり、お買い物をしたり、お勉強会をしたり、遊んだり――
たまにはなら、喧嘩も悪くは無いかもしれない。
それから、ちゃんと仲直りして、皆で笑い合うの。


「誰一人魔獣の犠牲者を出さない様に、この街を裏から守り抜くこと、じゃなかったかな」

「そうね――そうだったわね」

皆、普通の女の子で、戦いの定めなんかに縛られてはいなくて――
皆、優しい家族、暖かな家庭に包まれていて――
そんな、陽の光に満ちた、日々の生活。


でも、それは


――――叶わぬ望み、有り得ない夢――――
314 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 01:55:08.54 ID:NKv2x6r50

「キュゥべえ、一つ、頼んでおきたいことが有るの」

醒めて来た頭で、思い至ったことが有る。
これから難事へと挑む前に、その可能性だけは摘んでおきたい。

「何だい? 僕に可能なことなら、出来る限り引き受けるけど」

「私がここに戻ってくるか、夜が明けるまでは
 私と並榎カリンさんの所在、消息を、他の誰にも伝えないで」


諾とは答えず、キュゥべえは話を別の方向に振る。
嘘は吐くことのない彼が、不利益な質問・要求に対して使う例の話術。

「僕の見る限り、君の優位は動かないけど――
 本当に、一人だけで並榎カリンに挑むつもりなんだね」

そう、最初からそのつもりだった。
誰にも頼るつもりでは、縋るつもりでは無かった。
――それなのに、私の弱さは、迷いを生んでしまったけれど。


「ちゃんと、約束して。
 ――それと、争いは前提ではないわ」

「――分かった、約束しよう。
 全ての僕について、君がここに戻ってくるか、夜が明けるか
 どちらかの条件を満たすまでは、君と並榎カリンの所在・消息を、他の誰にも伝えることは無い。
 これで、いいかい?」

「E' buono.
 では、行きましょうか」

殺し合いに、行くのでは無い。
彼女の道を正す、その為に赴く。
けれど、どうなるかは、分からない。

なら――
傷付くのも、業を負うのも、私だけでいい。
誰も巻き込むこと無く、私独りでけりを付ける。
この、夜の内に。



「……マ…………どこ…………」

不意に上がったゆまちゃんの声が、思惟の内に篭っていた私を脅かした。
――が、顧みたその寝顔は、特に魘された様も無く、すやすやと健やかな寝息を立てていた。
マ……
ママ、だろうか、それとも――

緑色のさらさらしたミディアムボブが、寝返りで幾分か乱れている。
その髪を、手櫛でそっと整え
そして起こさない様、抑えた静かな声でもって、私はゆまちゃんに言葉を残した。


「大丈夫よ、ゆまちゃん。
 次に貴女が目を覚ましたときには、ちゃんと貴女の隣に居てあげるから」
315 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/04/28(土) 02:00:21.16 ID:NKv2x6r50

今回は、ここまでです。

織莉子さんを出してしまいました。もう結末を変えることは出来ません。
頑張ってそこに繋げていくしかありません。もう駄目です。ぎゃあ。

「こんなのってないよ、あんまりだよ!」ということになっても
「いやその理屈はおかしい、君は本当に馬鹿だな」と言われようとも
「――やり直しを要求するーっ!!」と叫びたい気持ちになっても
もうこっそりストーリー変更は出来ないんだぜーフハハハー。


広げた風呂敷 畳めないよ


メモ閉じ エターナる



次回はやっと戦闘回だよっ。引き続きマミさん主役だよっ。
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/29(日) 11:59:58.73 ID:/B8EgZqIO
乙〜
今回も楽しませてもらいました
急がないでいいので、エターナるのは勘弁して下さい
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/04/29(日) 12:15:34.29 ID:saAVxo+so
乙乙!
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/04/30(月) 06:14:14.81 ID:Y89Fsx/lo


マミさん主役回だと思っていたらどかどかとフラグを立てていった
3話Aパートとかじゃない
もっと恐ろしいものの片鱗を感じたぜ

次も待ってる
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage saga]:2012/05/01(火) 05:24:40.74 ID:ebORsSoc0

ヤバイね、マミさんのフラグっぷり

エターナるなんて、そんなのあたしが許さない。
ゆっくり待つから、焦らずにどうぞ。
では。
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/15(火) 15:25:16.63 ID:VtwxqFlEo
並榎カリンの装備はきっとインテリジェントデバイス(カートリッジシステム実装済み)
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/26(土) 23:02:25.24 ID:p4t8I9PIO
今日の昼頃に見つけて、読み始めた。300程度だ、読み終えるだろうと思っていたのに・・・なんだこのボリュームはwwwwwいいぞもっとやれwwwww


>>1乙キリッ
322 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:19:10.79 ID:Or8Ms8YG0

フラグ、ですか?
癒し系作者の>>1には何のことかさっぱりー。
それにしてもFate/Zeroには、毎週心が潤います。愉悦です。
あー何とかあのくらいに衝撃的なものが書けないかしら。そんなの不可能に決まってるじゃないか。


銀の人は、まあ、その、チート設定です。ごめんなさい。
あまりにアレなので、今年一月の時点まではオリキャラにしようかとも思ってました。
いえ、今でもオリキャラ以外の何者でも無いんですが。
なんかバイクの人ということに決めたら、更におかしくなりました。どうしてこうなった。


それでは本っ当に久しぶりの戦闘回、宜しければ暫しの間、お付き合い下さい。


と、その前に


***** Caution Caution Caution Caution Caution Caution Caution *****

※このSSはフィクションです。
 実在の施設、>>1の地元等とは、関係無いことにしておいて下さい。

***** Caution Caution Caution Caution Caution Caution Caution *****
323 :視点:巴マミ ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:21:03.29 ID:Or8Ms8YG0

春霖に煙る、夜更け過ぎの風見野の公園。
内に小さな遊園地も備えたここは、花祭り期間の今、幾つもの紅白の提灯に彩られている。
とはいえ、満開の花を容赦なく叩いている今宵のこの雨では、他に人気など有ろう筈も無い。


陽炎と蒸気に包まれて、彼女は立っている。
銀のツナギの表面でちろちろと燃え、絶え間無く姿を変える炎の模様
それは現実に、大気を揺らし、雨粒を煙に変える程度の熱を帯びているらしい。
取り囲むは、12体の白い巨人。


「灰は、灰に――」

微かに彼女の唇が動き、辺りに火の粉が舞い散った。
それは、降り頻る水の滴と一緒に魔獣の群れを包み込み――
そして、爆発。

凄まじい。正に一方的な破壊。
後に残るは魔獣の核であった、真っ黒な六面体だけ。
もっともこの距離、この視界では、落としたところなど見えもしないが――


「穢れた霊よ、我が内にて還れ――」

(!?)

妖が消え、復元された世界で、銀の魔法少女が呪言を呟き、魚の形の白銀のペンダントを握り締める。
と、魔獣達が消えた辺りの地面から、幾つもの黒い靄のようなものが湧き上がり――
それは渦を巻いて、彼女の魂へと吸われていった。


――!? 何が起こったの、一体? 起こるべきことが逆ではないの?――


目の前で起きたことの意味が理解出来ず、茫然と彼女、並榎カリンの姿を見つめている私。
その私が身を隠している繁みの陰へと、刃物の鋭さを持った眼が、いきなり振り向いた。



「やはり、気付かれていましたか」

一瞬ぎくりとはしたが、元より話し合いに来たのだ。不意を打っての暗殺に来たのでは無い。
堂々とこの身を晒し、彼女へと歩み寄る。

「――――」

険のある目元も、結ばれた口元も、まるで動かない。
私を見据える彼女の顔は、あたかも氷の仮面を貼り付けたかの如く。
ぱっと見に受ける印象はその能力に反して、ひたすらに冷たく、凍てついている。

似た空気を持つ、私の――――仲間の一人、以上に。

が、どれ程に手強かろうと、どうにかして取り付き、スタートライン――
『話し合い』に持ち込まねば、ここへ来た意味は無い。


「大したものですね。並大抵の魔法少女に出来ることではありません。
 12体のド……魔獣を、瞬殺とは」

会話の糸口を作るために持ち上げてみた、というよりは、私の心底からの感想。
まあ、もっと素直に語った場合、『化け物』という表現が付け足されるのだけど――
ともあれその私の台詞に、彼女はやっと重い口を開き
――本気であるとはとても信じ難い、大仰な言を返してきた。


「……何も、大したことではない。
 次からは――生まれる前に、全て消し去る」
324 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:22:10.45 ID:Or8Ms8YG0

「生まれる――前に?」

不可解な言葉、その意味を聞き返す私を見つめる銀の瞳が
ふと遠くへと――物理的にでは無く――向かう。
視線はこちらに合わせたまま、されど何処か別の世界を彷徨う。

「私は――
 何を正し、何を清めるべきか
 自分の祈りをやっと、理解したのかもしれない」


一見、私の問いに対しては、微妙に噛み合っていない様に思える返答、しかし――
『祈り』、そして『正し、清める』
そういった言葉からは、一つの推論が浮かび上がる。

「……もしかして、貴女の本当の能力は、浄化?
 瘴気の時点で消し去ってしまえば、魔獣は生まれない――つまり、そういうこと?」


私の導き出したその解答に、銀の魔法少女の目が肯くかの様に一度、閉じられた。
そうか、浄化――そして浄火。
天国と煉獄を分け隔てる眩き火焔か、或いは罪人を地獄へと運ぶ獄卒の車の炎か――
彼女の名の響きも象徴しているそういったものが、祈りで得た彼女の力の本質だと、そうことなのか。
確かにそういった固有魔法ならば、生まれる前に魔獣を消し去る――そんなことも、可能かもしれない。
しれない、けれど――

「けれど、生まれる前に浄化したのでは――
 それでは、グリーフシードは得られない。
 そんな大規模な力を使い続ければ、貴女はすぐに――」

言いかけて、一つの馬鹿げた可能性に思い至る。

「いえ、それとも、まさか――」

――いや、本当に馬鹿げている、在り得ない可能性だ。
もしそんなことが罷り通るとしたら、それは魔法少女システムそのものの否定。


が、その馬鹿げた事柄を――
目の前の彼女は、ごく当たり前に肯定した。

「祈りの性質故、だろうか――
 私のソウルジェムは、濁らない」

能力による、自浄。
理から外れた、在り得べからざる永久機関の存在を。
325 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:22:59.87 ID:Or8Ms8YG0

「――信じ難いですね、在って良い話ではない」

力というものは、何らかの代償無しには手に入らない。入るべきではない。
命を懸け、魔を祓った対価としてのみ、私達は誰にも使えない力、魔法を使うことが出来る――
そう、在るべきだ。それが自然なのだ。
それを――その気になれば、戦いの宿命も何も負うことなく、魔法が使い放題などとは
そんなのは受け入れ難い。認めたくは無い。


「いえ、でも――
 貴女の振る舞いと照らし合わせると、認めるより無いのでしょう」

が、しかしながらこれまでの経緯は、彼女の言が嘘では――
少なくとも、事実から遠くは無いことを示している。
インキュベーターは他の魔法少女同様、並榎カリンの今までの動向もほぼ把握しており
確かに彼女は行き先で遭遇した魔獣達を何度も――縄張りなどまるで意に介さずに――倒してはいるが
最大の戦利品である筈のグリーフシードは、今日まで全く放置してきた。
初回の討伐で、おそらく数個を拾ってみた以外には。

そう、本来なら、まず在り得ないのだ。
あれだけ力を振るい暴れまくった彼女が、導かれずにこうしてここに、立っているなんてことは。


「けれど――もし本当に貴女が、生まれる前に魔獣を消し去れるとしたら
 そうしたら、私達は?」

『正義』の観点からすれば、未然に被害の発生を防げるそれは、一番理想的なやり方なのかもしれない。
――それなら、あの男の子みたいな犠牲者も、もう出ることは無くなるのだろうから――

けれど、それは同時に――

「少しずつ朽ちていく魂を嘆きながら、いずれ導かれる日を待つか――
 それとも、生き延びる為に貴女の哀れみを乞い、魂の浄化を願うか、選べと?」

私達の命運が、彼女に握られてしまうことを意味する。
そして、そのことに対する反発心と
ソウルジェムが濁らないという彼女の『特別な』性質に対する、もやもやした抵抗感は――

「いえ、選ぶ権利を持つのはそちらでしたね。
 では、貴女は――
 慈悲深き暴君と、冷酷な処刑者と、どちらであることを欲するの?」

私の言葉を、刺に満ちたものへと変えていく。
顔も険しく、敵対的になっているのが、自分で分かる。
――話し合いに来た、その筈なのに。


そんな私と比して、対峙する彼女は、憎らしい程に顔色を変えない。
敵意も憐れみも、如何なる感情の片鱗も覗かせることなく、機械の様に冷ややかな声で
銀の魔法少女は、言い切った。

「欲望と引き替えに魂を売った我等は、既に屍人。
 役割を失った魔女は――ただ、朽ちて逝けば良い」
326 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:23:46.85 ID:Or8Ms8YG0

「――貴女以外の魔法少女は、死ね、と!?」

あまりにも冷たく、突き放した――しかも私達の祈りを馬鹿にした、言い種。
胸の下で組んだ腕に、爪が食い込んでいく。
その人形の如き無表情さも、尊大さと蔑視の塊に見えてしまい、不快感を抑えきれない。
吹き飛びそうになる冷静さを――しかし何とか繋ぎ留める。

「貴女はそうやって、誰かの想いを、命を、蔑ろにすることに何の躊躇いも無いのですか?
 私の仲間――他の魔法少女達を苦しめることにも
 咎持つ者達とはいえ、一般人を殺め続けることにも」


「無い、と言ったら?」

眉一つ動かさず、ただただ冷然とした貌で、銀の魔法少女は私に問い返す。
少なくとも、素振りには――私の言葉に心動かされた様子は、何一つ表れていない。

「ここから帰れるのは、一人だけになります。
 誰かの命を奪おうとする者を、見逃す訳にはいきませんから」

「――それが望みなら、思う通りにすればいい」

……この膠も無い態度、それがまた、私を苛立たせる。
彼女はここまで、自分の主義主張を語ることに、まるで関心を見せていない。
その考えは、心は、未だ殆どの部分が奥底に仕舞いこまれたままだ。
他人の理解など、一切求めていないのだろうか。
これでは――

「――私はここに、話し合いに来ました」

そんな口上も虚しい。ただの私の独り相撲だ。
それも、暖簾相手の。


並榎カリンが、その表情を初めて少しだけ変える。
元より鋭いその目が、研ぎ澄まされた錐の様に、更に細くなる。

「誰も殺すな、仲間を苦しめるな――
 ただお前の望みを、押し付ける為に?」
327 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:24:41.40 ID:Or8Ms8YG0

――押し付け、か――
確かに、それもまた真理。
例えば私達のソウルジェムの浄化をお願いする代わりに、暴力団員の殺害は見て見ぬ振りをする
私の正義は、そんな妥協を許す筈も無いのだから。
『話し合い』と謳いつつも、その実は折り合いのつけようの無い、100か0かの交渉。

「そう言われれば、そうかもしれませんね。
 でも、私は、自分の正義を曲げることは出来ませんし
 ――間違ったことを望んでいるとも、決して、思いません」

けれど独り善がりの押し付けと、彼女がそう取ろうが。
誰も殺さない、苦しめない――それを求めることが恥ずべきことだとは、誤りだなどとは
私は思わない。絶対に。


「正邪は、お前の好きに断ずればよい。
 ――だが、私が従うのは、私の望みだけだ」

口元を伝う雨水を噛みながら、並榎カリンは吐き棄てる様に言う。
頭はずぶ濡れでも、熱を持ったその身体は、ずっと乾き切ったまま。
――私の方はもうとっくに、肌が透けて見えるくらいに水浸しだ。


「では、貴女の言う、その『望み』――
 どんなものか、教えて貰えませんか」

負の感情を出来るだけ静め、心持ちだけ顔の険を和らげて、尖った眼差しを向ける少女に問い質す。
私の心は既に、戦いの覚悟を固めてはいるが――
それでもせめてその前に、彼女がどんなことを望み、どんなものを求めているのか
その想いの幾許かだけでも聞いておきたい。その心根の欠片にだけでも触れてみたい。

――彼女がこんな風に歪んでしまった、その理由を知りたい――


ライダースーツの表面で燃え盛る炎が、その煌きを倍程に増す。
これまでよりも強い語気で、銀の魔法少女は言い放った。

「聞いて、どうする?
 『話し合いで解決しようとした。でも相手が対話に応じなかったから、戦いになったのは仕方無い』
 お前の『正義』に喰わせる餌としては、それで充分だろう?」



夜の底を打つ雨が、また少し、激しさを増していく。
冷たく濡れた一陣の風が、二人の間を吹き荒び
そして園内を照らしていた提灯が、一斉に掻き消えた。
それは旧い日の終わり、新しい日の訪れを告げる時の報せ。
濃さを増した闇の中で銀の手が横に大きく振られ、雨音に負けず通る声で、眼前の魔法少女は宣した。

「もうこの場に、言葉は要らない。
 帰ることの出来た者、その一人だけが、『正義』を騙れば良い」
328 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:25:36.41 ID:Or8Ms8YG0

銀の眼が輝り、相棒を呼ぶ。
美しいメタリックなカラーリングと、スマートな未来的フォルムを持ったバイク。
そのマシンは私にとってのリボンか、それともマスケット銃か。
便宜上、勝手に頭の中で『Merkabah』と名付けておく。

実体化と同時に、それは変形を始めた。

ええとまず、前部と後部のそれぞれで、左右の付属パーツが分離して、手足の装甲として装着されて
本体部分はヘッドが前に折れ曲がる感じで胸部に座席部分が迫り上がって背部にそれからえーと…………

……後学の為にも、ビデオカメラとか持って来なかったことが悔やまれる。失敗だったー。
変形の解析は諦めて、装備・戦力としてのMerkabahの分析に移る。

装甲としては、二の腕、腿の部分を覆っていない。弱点候補に為り得るか。
前回は無かったらしい、即死回避の最重要アイテムことヘルメットも、今回は追加で召喚されている。
フルフェイス且つゴーグルも真っ黒なそれはまた、彼女の表情を完全に覆い隠す役割も果たしており
――その一方で意外なことに、胸部には剥き出しのまま、黒い星を持つ白銀の宝石が填め込まれている。

背負ったタイヤの下、左右の肩甲骨の当たりからは、長く伸びたスラスター。飛行の為のパーツだろう。
実在兵器ならばあの程度の装置で空を飛べる筈も無いが、私達はマジカルな存在、深く考えたら負けだ。

そして、最も気を払うべき武装は――
滑空時で無いと使い辛そうな背中の主砲、腰に下げられた大型の散弾銃の様な物、この辺は分かり易い。
背負ったタイヤ2つも、攻撃に使われることは判明している。他には、何か発射しそうな両肩のパーツ――
重点的に警戒すべきは、そんなところだろうか。


「――Tocce Spirali −Trappola−!」

ともあれ、礼は守り、儀は尽くした。
彼女の身支度が整い、古法に則った攻撃猶予の時間が終わると同時に仕掛ける。
リボンで作られた三本の牙、地から生えた巴の爪が、不意を打って三方から喰らいつく。

「――――」

が、並榎カリンは防御どころか、身じろぎ一つの素振りさえ見せず
そして、満を持して繰り出した私の攻撃は――
彼女の白銀の装甲に、傷一つさえも付けることが出来なかった。


――ふふ、格闘攻撃としては、私の本気だったんだけどなぁ。
329 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:26:26.30 ID:Or8Ms8YG0

「Legare!」

けれども、それはこの技の全力ではあっても、真価ではない。

「――っ」

銀と黒の兜の内で、彼女の貌は幾らかでも動揺の色を見せたろうか。
螺旋状の結合を解いたリボンの束が、銀の魔法少女を雁字搦めに縛り上げる。
『結ぶ』、『縛る』、それは私の力の本質、起源。
もし、純粋な力技でこの束縛を引き千切り、打ち破れる者が居たなら――
戦いの勝敗とは別に、私は負けを認める。


――この場合は、どうだろう。負けとは思いたくないけど――


胸部装甲に取り付けられている、十字の形の白銀の宝石
それを引き剥がそうとリボンの先端を当てた瞬間、魔法少女の全身が青白く燃え上がり――

「――そう。私の武器が、一瞬で」

私のリボンは銃の構成材料でもあるし、耐熱性は決して低くない。
鉄が溶ける温度でも大丈夫なくらいには、持たせてある。
それが、一瞬にして、全て燃え尽きた。


「生温いやり方じゃ、やっぱり駄目みたいね――」

髪を額に貼り付けている雨水が、頬を伝い、顎から次々と落ちていく。
ふと気付くと、私の顔には――
知らず知らずの内に、不敵な笑みが浮かんでいた。


足元から、火柱が吹き上がる。
予兆は彼女の視線と、足の裏に伝わるチリチリした魔力の迸り。
バク転、蜻蛉返り、体が動くに任せていれば、回避に難くは無い。
狙いも、速さも、その程度だ。
――掴まったら、骨も残りそうに無いけど。


「口下手な癖に、随分と派手好みなのね、貴女。
 出来たら、もう少し慎ましやかに振舞ってくれると嬉しいのだけど」

闘志が口を動かすに任せた挑発。若しくは、強がり。
こういった意地の悪い台詞なら、すらすらと淀み無く出てくる。
話し合いの為の言葉は、ついぞ見付けられなかったというのに。
――私の本性って、こんな、なのよね――

相手は、乗って来ない。


「――――」

眼はゴーグルの内に秘められ、放つその光を窺うことは出来ない。
しかし戦いの中、放つその気配から察せられる彼女は――
何処かしら虚ろで、何処までも冷たく、そして――さりながら、熱い。
まるで先程その身を包んだ、青白い炎の様に。

――或いは、出会ったばかりの頃の、暁美さんの様に。
330 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:27:21.43 ID:Or8Ms8YG0

(それにしても――本当に魔力、無尽蔵みたいね)

反則だとは思うが、事実であることはもう認めざるを得ない。
魔法少女なら誰もが、その魂が本能的に掛けようとする、魔力消費のリミッター――
それが、目の前の魔法少女からは毛程も感じ取れない。
それに加えて、秘匿の意識を一切見せない暴れっぷり――

彼女は、手強い。そしてそれ以上に


――『厄介』だ――


そう、だからこその『下準備』。
長引く前に、焦りが生まれる前に、終わらせる為の。
位置取りは予定通り、心は――
大丈夫、落ち着いている、問題は無い。


「Legare! −Illuminazioni−」

「――!」

17本目の火柱が上がると同時に仕掛ける。
彼女の周囲を、焼滅までに充分なラグを生むだけの間隙を取って、真っ黒なリボンで包み込む。
隙間無く、一切の光を通さぬ様に。

その繭は、予想通りに数秒で燃え尽き
そして彼女、並榎カリンが戻ったのは
自らの炎以外に一切の灯りの無い、暗闇が覇権を盛り返した世界。

無論、この国で完全な暗闇を求めるなら、人家の無い孤島にでも行くしかない。
仕込んだ種を孵し、近隣の街灯全てを不透光性のリボンで覆ったところで
分厚い空の雲は地上の光を映して、鈍く白く輝いている。
が、それでも――
繁みには事欠かない園内、その何処かにこの身を隠していると思わせるには、充分な暗さだ。


私を見失った銀の魔法少女が、周囲を探りつつ数歩を移動し
それに反応した種、罠の一つが、数本のリボンの刃を伸ばす。
それらは彼女に届くことすらなく、全て燃え尽きてしまったが――


今のところは、順調。
全て、プランの通り。
――彼女は、私の武器が、リボンだけだと思っている――
331 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:28:48.84 ID:Or8Ms8YG0

風見野のシンボルの一つ、大観覧車。
見滝原の県庁ビル、五郷の巨大観音と並ぶ、地域防衛の要の秘密兵器にして
有事には他の二つと合体して巨大ロボットになり、外敵に立ち向かうのだということは
機関に選ばれた一部の者だけが知る秘密である――などという事実は、残念ながら、無い。


……それはどっかその辺に置き忘れるとして
今、私はその天辺から、百数十m先の標的に狙いを定めている。
梢を抜けた高さに滞空し、幾つもの火の玉で周囲を照らして
散発的に近〜中距離から彼女を狙うリボンを焼き払いながら
近くの物陰に潜んでいる筈の私を探し出そうとしている、並榎カリンに。

こちらを見上げさえすれば、魔法少女の視力であれば簡単に、自分を狙う敵の姿に気付けるだろう。
何せ今の私は、馬鹿みたいにでかい銃を抱えているのだから。
口径30mm、かの対化物殲滅砲を基に、当ミッションの為特別に造り出した、超威力の狙撃砲。
こいつであれば、Merkabahの装甲がどんなに分厚かろうとも、障子紙の如くに貫ける筈だ。


陽炎によるブレを調整し、照準の中心に、パワードスーツの胸部、十字の形をした穢れの無い銀の宝石
その中央で光を吸い込む黒い星を捉える。
アキレウスの踵、ジークフリートの肩甲骨、当然頑丈な鎧の内に仕舞い込まれるものと思っていたそれは
予想に反して、まるで狙って下さいとでも言わんばかりに、矢面に晒されていたが――
だからといってこの砲が、役不足だったとは思わない。
半端な矢弾であれば、彼女の魂に届くこと無く燃え尽きてしまうことは、火を見るよりも明らかだし
相応の得物を用いること、それは強者に対する礼儀でもある。



――さあ、後は右手の人差し指を動かすだけ、それで全ては終わる――


――――それはそれは、とても簡単な、お仕事――――





全身に滲みた雨が、心の芯までもを冷たく凍えさせている。
まだ引き金は、引けない。


――これは本当に、私の『正義』なの……? 人を、殺すことが……?――


――何を今更……彼女をここで止めなければ、明日もまた、死人が増える――


――彼女の命一つを奪えば、殺される筈だった幾つもの命が助かるのよ――


――薬を流し、女を犯し、人を人とも思わない、そんな連中の命が――





――――――――――私の『正義』って、何?――――――――――
332 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:29:56.11 ID:Or8Ms8YG0

落ちていく雨。その一粒一粒が、スロー再生でもかかっているかの様にはっきりと見える。
今の私は、それくらいに冴えている。
冴えたまま、惑っている。

命の天秤、そこでは罪も共に量られるべきなのか。量るとして、罪の軽重はどうやって決める?
今までの罪だけを量るのか? それともこれから犯すかもしれない、犯されないかもしれない罪も量るのか?
量らないとして――ひとつの命は、100の命より、軽いものであるだろうか?


――ひとつの命。100の命。100の命が撒き散らすかもしれない、1000の不幸――


分からない。そもそも私は、量り手として適切であるのだろうか……?


この、固まった指先……
相手が生粋の悪党で、他人の死など娯楽の対象としか見ない輩であったのなら――
迷いなど持たず、とっくに弾を撃ち出していたのだろう。
大義を語りつつも、無辜な命を躊躇無く手に掛け、顧みもしない者であったなら――
迷いつつもやはり、仕事は為していたかも知れない。

彼女は――悪と呼べるだろうか?
仮に悪だとして、彼女と同じく――私的な制裁で、不善と見た者に死を与えようとしている、私は?


――罪人は、罪人を石もて打つべきでは無い――



それに、もし彼女が本当に、私に告げた通りのことを為せるのだとしたら
今ばら撒いている、それ以上に呪いを消し去れるのだとしたら
新たな魔獣の生まれることが、無くなるのだとしたら――


まだ本当に契約し立てだったあの日、私の弱さは、臆病さは、そして自分の祈りに対する憾みは……
一人の男の子を、目覚めることの無い眠りへと追い遣ってしまった。
あの子の母親は、今でも――子供の傍らで、奇跡を求め、祈り続けているのだろう……


並榎カリン、彼女の力及ぶ範囲だけでも、もう二度とそんな悲劇が繰り返されずに済むのだとしたら――
それはまた、私の『理想』。
それが叶うならば、この身、この命なぞ、いくら捧げても構わない――
ずっとそう想い続けてきた、私の原点たる『理想』。


けれどまた、それは――
私の仲間達が皆、飢え死にしかねない事態を招く。
折り合いをつけ、仲良く共存していく、そんな未来を描くには――
彼女と私達は、あまりに離れ過ぎてしまっているから。



『正義』と『理想』、それぞれが迫る二者択一。
私はどちらを選び取り、どちらを切り捨てるべきなのだろうか?



――――――教えて、暁美さん、私はどうしたら――――――
333 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:30:54.53 ID:Or8Ms8YG0

いえ、ここまで来て何を弱気になっているの? 私。
この件は、全て独りで片付けると決めた筈。
誰にも頼らない。皆を巻き込んだりは、しないと。

あれこれ考える時間は、もう終わり。
既に賽は、投げられた後なのだから。
このまま、川を渡りきるしか無いのよ。
それから――地獄にでも何でも、落ちればいい。


――ここで、私独りで、全てを終わらせる為には――


遠くの方で、消防車のサイレンの音が聞こえた。
それは、雨音に紛れながらも、少しずつ音量を増してくる。
もう、猶予は無い。
最後に一度、大きく肺の底まで、冷えた空気を吸い込む。


彼女の言葉を借りるなら、もう彼女は魔女だ。人の命を手に掛けた業で、魂の変質してしまった魔女だ。

――この指を動かすしか、無いのよ――

魔女は、狩られなければならない。魔女になった魔法少女は、もう死ぬしか――それしか、無い。



引き金が、引かれた。


その指は、無意識に動いた。


そして放たれた弾丸は、金色の軌跡を描いて、標的の方向へと真っ直ぐに飛んでいき


粉々に、粉砕した。
334 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:32:21.95 ID:Or8Ms8YG0

並榎カリンの被るヘルメット、30mm弾の掠めたその右頬が砕かれて
剥き出しになった生身の皮膚、その面に一筋の血が滲む。
肉を削ぎ抉る様な大事に至らなかったとはいえ、女性の顔に傷を負わせてしまった――
そのことに私は、奇妙にも罪悪感を覚えていた。
相手は殺るか殺られるかの、今正に仕留めようとしていた敵であるというのに。

左手の中指。私の意識しないところでそれは動き、ごく僅かに銃身を叩いていた。
毛一筋にも満たないそのずれは、狙いを大きく外すに充分な誤差を生み――
ここまで積み上げてきた諸々の全てを、呆気無く水泡へと帰した。


――なのに。何もかも無駄にした筈なのに。この安堵感は、何だろう――


銀の魔法少女が、私を認識し、視野の中心に捉えた。
この距離でも、真っ黒なゴーグル越しでも、尋常で無い殺気を含んだ視線が感じ取れる。

その両肩のパーツが、大きく口を開けた。
撃ち出されたのは、合わせて2ダースの、缶コーヒー大のミサイル。
あるものは一直線に、あるものは大きく弧を描き、またあるものはふらふらと不規則に揺れながら――
それぞれ軌道は異にしつつも、皆、目指す相手はただ一人。
即ち、私。

――問題は、無い。


念を入れて、三倍の数のマスケット銃を召喚する。間合いも迎撃には充分、お釣りだってたっぷりだ。
寧ろ警戒しないといけないのは本体。重ねて何を仕掛けてくるか――その動向をじっと注視する。
が、それ以上の手を続けて打ってくる気配は無い。やはりまだ、戦い慣れはしていないのだろうか。
――Sparare!



――――――え?――――――



白が、網膜を焼き尽くした。

何も、見えない。

詰ん、だ――?

いえ、落ち着け私、とにかく視覚を補わないと、周囲にリボンを展開して――

あ……

一瞬で、全部焼かれた……


首に、灼熱の金属の軛が架けられた。足が宙に浮き、頭が空間に固定される。
耳には炙られた雨粒の蒸発する音、鼻には髪と肉の焦げる臭い
そして――

魂には、硬い輪が押し当てられる感触。銃口――だ。


「土は土に、塵は塵に
 ――そして灰は灰に」



あ……終わっちゃった……私…………





引き金の引かれる音。カチッという音。

――――――ごめんね、みんな――――――
335 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:33:12.39 ID:Or8Ms8YG0






――――――ダアァァ…ン――――――




336 : ◆oQV5.lSW.w [sage saga]:2012/05/31(木) 02:35:55.27 ID:Or8Ms8YG0

ごめんなさい、今回はここまでです。実はまた本来の予定の分量まで仕上がりませんでした。
取り敢えず、毎月最低一回の投下という原則だけは守っておきたかったので
仕上がっている分のキリの良いところまでを投下した次第だったりします。

続きは……近日中に、必ず。





ポチったSkyrim、今日当たり届くかなー。
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/05/31(木) 19:43:30.28 ID:jcbI1hgAO
乙ん カリンの正体はギーゼラなのかエルザマリアなのか……
あるいは両方か
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/01(金) 00:21:31.36 ID:TZrcCg7To
乙です
正義と正義とか最悪の食い合せ
マミさんフラグ回収してもうたん……?
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/01(日) 13:51:10.08 ID:+t9sh+txo
まだかのん
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/07/13(金) 19:47:00.85 ID:PUMsSbbAO
私待ーつーわー
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 07:37:30.66 ID:9Z1+gTRzo
いつーまでーも待ーつーわ
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/08/02(木) 07:52:38.31 ID:Zk/vCMx7o
希望を抱くのが間違いだって言われたら、そんなの間違いだって言い返します
いつまでも言い張れます


もしこのスレがダメでも復活待ってる
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/08/02(木) 08:00:02.93 ID:cpCSdq0bo
生存報告くらいは欲しいなって
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/20(月) 23:54:18.23 ID:5uNdAby/o
そろそろ来てくれてもいいのよ
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/08/28(火) 14:31:13.49 ID:jP8AJxSbo
もうすぐ三ヶ月だな…
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/08/30(木) 19:09:39.59 ID:lQVI9YMAO
生存報告だけでいいんだ
続きを待っているのですけど
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/31(金) 11:17:43.78 ID:NAhMBnFIO
今日でこのスレも終わりか…
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/09/10(月) 04:51:27.52 ID:EjWJZ92Yo
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/09/13(木) 02:04:21.28 ID:yA37a10so
スカイリムが効果てきめん過ぎたか…
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/30(日) 16:51:46.04 ID:lLEHzyPUo
わたしまーつーわー
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