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唯「あさうたい」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 19:52:50.02 ID:3fL2CQjqo

こうえん!

唯「・・・・こほん。よしっ」


〜♪

唯「あーのこー とおるーたびー しゅくーふくーしよう」

唯「うたえばー こえが ひーかりに なるようにー♪」

じゃーん♪



梓「・・・・すぅ・・・むにゃ・・・」
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旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
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木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
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いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
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【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
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こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
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【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
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アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
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エルヴィン「ボーナスを支給する!」 @ 2024/04/14(日) 11:41:07.59 ID:o/ZidldvO
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 19:59:28.28 ID:3fL2CQjqo

  ◆  ◆  ◆

 恋をして、外に出た。
 町に光が射す頃、外で歌うようになった。

 長い長い夜の向こうに見つけた光を追いかけて、転げ落ちて、
 まともなルートを踏み外した果てに、本当のあたたかい光を見つけた。

 だから、歌う。 でもなにを?

 それはまだ、見つからないけれど。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 20:00:11.89 ID:3fL2CQjqo

 りっちゃんからの着信に気づいたのは夜中の十二時ごろで、
 シフトが二時間ずれこんでくたくただった私は着信ランプをベッドにぶん投げて、
 そのまんま床に広がる機材のそばで服も着替えず寝入って、見たら明け方三時過ぎ。
 メール来てた。開く。真っ暗な部屋に慣れた目では画面の文字がまぶしい。

 りっちゃんたち、そろそろN女で文化祭らしい。
 唯も来ないか? って無邪気に誘う文面と、添付ファイルに映り込む三人の笑顔。
 ドラマーはきらきらと、ベースはくすくすと、キーボードはぽかぽかした微笑みを浮かべて。

 私も大学進学を選んだら、この写真の中で笑っていたのかも。
 画面の向こうの三人につられて思わずこっちまで口元がゆるみそうで、でも急な光はまぶしすぎて、
 携帯を閉じたらまた広がる暗闇が、やっぱりうんざりするほど居心地よかった。

「曲、作んなきゃなあ……」

 音にした自分の声が、「部屋片づけなきゃなあ」とか「仕事探さなきゃなあ」みたいに聞こえて、
 たまらなくなってぷふーって吹き出してしまう。
 ミュージシャンってもっとこう、崇高なもんなんじゃないの? ま、私には無理かな。あはは。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 20:07:44.95 ID:3fL2CQjqo

 今年の四月、私はミュージシャンを目指して東京に越してきた。
 そう聞けばなんかかっこいいけど、まともな人生をなげうっただけかもしれない。
 私を音楽に誘ったりっちゃんたち軽音部員はみな同じ大学に進学を決めたのに、
 一人だけちゃんとした人生設計からこぼれ落ちてきてしまった。

 十一月、ちょうど今ぐらいの季節。
 教科書なんて終わって、受験対策の授業ばかりになった辺り。
 教室のみんながアリみたいにせっせと問題集に向き合う中で、
 一人だけぼんやり窓ばかり見てた気がする。

 うすら曇りの真っ白な空から乾燥した光が射してて、
 ささくれをちょっと噛んだりしながらまぶしさに目を細めて、
 頭の中でいろんなことを回しながらいつの間にか眠ってしまって、授業が終わっていたりとかするような。
 移動教室に気づかなくていつの間にか教室に人がいなくなってたりして、怖くなった。

 私だって、私の勉強をしてるんだ。
 そう、自分自身に見せつけるために軽音部のみんなの方へのめり込んでいった。
 受験勉強のじゃまにならないように、って避けようともしちゃったけど、
 澪ちゃんが「唯には唯の勉強があるんだから、協力させてよ」って言ってくれて。
 あれは、ほんとにうれしかった。あの話すると澪ちゃんいやがるけど。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 20:11:00.66 ID:3fL2CQjqo

 それで澪ちゃんから借りた文庫本のページをたぐって(宮沢賢治と萩原朔太郎がよかった)、
 ムギちゃんに教えてもらったコードや理論を頭の中でぐるぐる回して(最近はEかBmばかり頭に響く)、
 自習の時間にもりっちゃんに教えてもらった洋楽の曲をこっそり聴いて(あ、今度ルーリード返さなきゃ)、
 部室で後輩の純ちゃんや憂には曲の感想を聞いたりして(純ちゃんあれで結構毒舌だったなあ)、
 そうやって、休み時間ごとに離れてくクラスのみんなとの距離をどうにか耐えてた。

 十二月頃になると教室は模試や過去問の話ばかりで、逃げるように部室に入り浸っていた。
 たとえば和ちゃんに話しかけたくても、机の上の赤本が壁のように見えた途端に言葉がはじけてしまう。
 コードや歌詞のかけらをメモる五メートル先で、りっちゃんが英単語を書き付けるのが見える。
 acomplish, acomplish, acomplish, acomplish, acomplish, ....。
 話せる言葉が限られてきて、息ができなくなりそうで、息継ぎするように部室でギターを鳴らしたっけ。

 誰も拒絶してないのになぜかいつも間違ったことしてる気がしていて、認めたくなくて、怖くて、
 学校どころか町中で閉塞感に襲われっぱなしで、
 早く私を包んで窒息させる見えない膜を破らなきゃって、気が急いてたんだと思う。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 20:21:51.04 ID:3fL2CQjqo

 年明け、作り上げたデモテープをインディーズレーベルの山田さんに聴いてもらった。

 山田さんはさわちゃん先生の友達で、放課後ティータイムで作った曲に興味を持ってくれた人だ。
 それから今でも一ヶ月に一度か二度ぐらい顔を会わせたり音源を聴いてもらったりしている。
 でも、初めて会った時は立っていられないほど怖かったっけ。
 やさしくてパワフルな人だけど、今までの人生から心の裏側まで評価される気がして、震えてた。

 でも、チャンスはつかめた。
 私の曲を、歌詞を、演奏を、声を、一緒に形にしていこうって約束された。
 そしたらすぐにさわちゃん先生が「そんな簡単に人生を!」って山田さんとケンカみたくなって、
 なぜか私と付き添いできた憂が止めに入って、ほんとあの時はどうしようかってなったけど。

 さわちゃん先生は卒業間近まで「決心は揺るがないか」ってたずねてくれた。
 「本当にいいの?」って訊かれると、思わずむきになって「うん! 決めたもん!」って返してしまう。
 心配げな顔に言い返すため、安心させるためにやっきになってたら、私の中の決心まで一緒に固まってきてくれた。

 山田さんと見たことないようなきつい目で言い争ってたのは、やっぱり忘れられなかったけど、
 そもそもこの話はさわちゃん先生がきっかけだから、真っ向から止めるつもりはなかったはず。
 そのあとすぐに仲直りしてたし、私の将来を心配してくれてたんだって、そういうことにした。

 次に進まなくっちゃ。手伝ってくれたみんなのためにも。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 20:30:12.66 ID:3fL2CQjqo

 それから……半年近く経った。
 でも、思ってた通りにはうまくいってない。

 私は相変わらず仕送り+アルバイト暮らしで、休みの日も部屋にこもってデモ音源を作る日々で、
 曲はできても自分で「これでいいの?」って思っちゃうような出来で、
 ときどき山田さんの紹介でライブを見に行ったりギターで参加させてもらったりするけど、
 そのたびに「すごいなあ、ああならなきゃ」って理想の自分が余計に遠ざかってばかり。

 いや、ある意味で思ってた通りかもしれない。
 そんな簡単にデビューしてスターになれる時代じゃないってわかってるし、
 バイト先でできた友達だってCDすらまともに買わない人ばっかなんだから。
 子どもだった頃とはなにもかもが違うって、うすうすなんとなく気づいてた。

 でも、そういうことでもないんだ。
 ダメなのは、ちゃんとした曲を作れないから。
 そういう曲を作れないのは、赤の他人と向き合う勇気がないから。


「唯ちゃんは、地の頭がいいからねー」

 一ヶ月ぐらい前、表参道の居酒屋で生中を二杯あおった山田さんは言った。
 ほめられてるとは思えなかった。昔、りっちゃんにも似たようなことを言われたっけ。
 このごろの私のデモは、お勉強がよくできる人がうまく作った曲になってしまっているらしい。
「努力しすぎて、努力が目的になってるんだよあんた」
 言い返せなかった。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 20:50:22.95 ID:3fL2CQjqo

 山田さんは私にかまわず、軟骨揚げをぱくぱくと口に運んでいく。
 私も箸を伸ばそうとして、……でも、なんだか食欲がわかなかった。

「あはは……なんか、こっち来てみてもあんまり変わんないですね」
「そうだよ、プールに入っただけで泳げるんなら、カナヅチなんかいないっての」
「なんだろ、ずっと夜みたいな、……ずっと部屋の中みたいな感じなんです」
「一回それで曲つくってみれば? 平沢唯で、タイトルは『ずっと夜』」
 ちょうど口に含んだウーロン茶を吹き出しそうになる。
「そんで“引きこもり世代のプロテストソング”とか適当にキャッチつけてさ・・・・あ、レモンいい?」
「え、はい。ていうか私、そんなキャラじゃないですよ!」
「だよねー、中二病で売り出すには天然すぎるわ、あんた」
「天然って……キャラって大事なんですか?」
「大事大事、でもあんたなら十分キャラ立ってるからいいんじゃない?」
 え、それは微妙にへこむよ……。
「あーもういっそ今度どっかのサポートするとき羽根でも生やしてみる? んー?」
「あはははっ、わけわかんないですよ! ていうかまじめに考えてくれないでしょうか・・・・」

 ハイペースでアルコールを喉に流し込みながら軽口をたたく山田さんは、それからふと言葉を止めた。

「ねえ、『U&I』ってあるじゃん。あの歌詞書いたとき、どうだったの?」

 U&I。作曲はムギちゃんだけど、歌詞は私。
 だから、私がはじめて自分で作ったものだった。

「あれは、妹のために、なにか伝えなきゃって」

 ――じゃあ、もう一度誰かのために曲を作ってみればいいんじゃない?
 
 その人は赤くなった頬ごと目をこちらに向けて、そんな提案をした。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/21(月) 21:01:23.55 ID:TNhCvbdDO
良いなあ
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage]:2011/11/21(月) 21:26:15.86 ID:3fL2CQjqo
(ちょっといろいろ立て込んでしまったので2時間以内に再開します、短編です)
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西地方) [saga]:2011/11/21(月) 21:27:32.22 ID:suktknMH0
楽しみに待ってます
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/21(月) 21:27:57.47 ID:kVu5dFRro
また別の始めたのかよ
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 22:37:08.44 ID:3fL2CQjqo

「唯ちゃんさー、彼氏とかいないの?」
「付き合ったりする人はいないです……いた方がいいんですか?」
「そりゃあ無理して作るものじゃないけど、気になる人とかは?」

 気になる人……なら、いる。の、かも。

「……あの、最近かわいい女の子みかけたんですよ。家の近くで」

 山田さん、ちょっと目を見開いた。言ってしまって失敗だったかなって言葉を抑えようとする。
 だけどその瞬間、あの子の姿が頭の奥に瞬いてしまう。
「へぇ、どんな子?」
 その問いがあんまりにも自然で、つい口から滑り出てしまった。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 22:40:41.37 ID:3fL2CQjqo

 山田さんと会う一週間ぐらい前、パソコンでLogicを開いて徹夜で作業をした日の朝。
 ついばむ程度のお菓子をコンビニに買いに行こうと外行きの格好に着替えてさあ出ようかって時、

「……わ…」

 通りの向こう、ちゃんと見たら女の子だった。
 腰の方まで伸びた黒髪は二つに結わってあって、小さな身体が最初は猫みたいに見えた。
 後姿が街灯に照らされて、キューティクルが天使の輪っかみたいにぼうっと輝いてみえる。
 その人が振りかえった。白い横顔と、まっすぐな瞳。携帯をいじる細い指先と華奢な肩に、どきっとする。
 十五歳ぐらい?いや、私と同じぐらい? 年上? 肩甲骨の辺りに降る光。羽根みたいな色した光。
 今なら笑い飛ばせるかもしれない、徹夜明けのぼんやりした頭が見せた錯覚だったって。


 だけどその瞬間、あの子、天使だった。


 触れたい。
 抱きしめたい。
 声を、聴いてみたい。

「…………そうだ、コンビニ行くんだってば!」

 あわてて外に出ようとする。短い廊下、玄関先。ちらばった靴、どれにしよう。一瞬の思考が私をつんのめらせる。
 っわわわ……転びそうになって壁に手をつく。電気を消した薄暗い玄関。まぶたを閉じても開いても変わらない闇。
 だけど、頭の奥に焼きついてしまった。あの子の肩、どんな感触するんだろう?
 コンビニなんて言い訳だ。あの子、なんだろ。はじめてみた。どうしよう、どきどきする・・・・!


 飛び出した通りの先に、さっき見た少女はいなかった。
 薄汚れた電柱の先っぽについた白熱灯は、ただの灯りでしかなくなっていた。

「なにやってるんだろう、私」……錯覚を自分ごと笑い飛ばしてしまおうとした。


 それが、一週間前。
 でも、今もほら、こんなにはっきりと焼きついてしまってる。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 22:53:58.87 ID:3fL2CQjqo

 そんな話をしたら、山田さんは目を輝かせて言った。「ひとめぼれじゃん! その子のこと、歌にしなよ!!」
 でも、……私はうまく言葉を返せない。言葉になる前の何かが私の声を止めてしまう。
 とりあえずうなづく。やってみようと自分でも思ってみる。
 だけど本当は、私が、届く気がしなかった。



 そんな山田さんとの約束から、もう一ヶ月近く経っている。
 りっちゃんからのメールを閉じた携帯ごとぶん投げて、部屋の隅のアンプシミュレーターに背中を預ける。

「ていうか私、ただの通りすがりのストーカーじゃん」

 五十回近くつぶやいたはずの自虐的なつぶやきを、またひとつもらしてみる。
 なんとなく窓の方を向いて、ああいるわけないかって思って、ため息をもうひとつ重ねた。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 23:08:17.23 ID:3fL2CQjqo

「曲、作んなきゃなあ……」

 もう何度目になるかわからない言葉が聞こえた。自分の声だった。沈みすぎて、一瞬わからないぐらい。

 私は、あの子のことをほとんど知らない。
 天使で猫みたいな女の子。大きなヘッドフォンで何かを聞いている。
 毎朝六時ぐらいに疲れきった顔で家の近くの公園を通り抜けて、私の家の前を過ぎていく。
 それほど冷えない日の朝でもマフラーにコート。たぶん寒がりだ。あっためてあげたい。
 ときどき歌を歌いながら帰る。よく聞き取れないけど洋楽。っていうか、あんまりうまくない。ごめん。

 部屋の中でぼんやりしている今も、あの子はどこかで働きに出ているらしい。
 夜勤かな。変な仕事じゃなければいいけど。キャバクラだと送り迎えの車が出るんだっけ。よく知らないけど。

 一ヶ月間、話しかけられないまま天使の子を見つめていた。
 あの子は気づかない。私も、話しかける勇気がなかった。
 高校の体育館やライブハウスでたくさんの人と向き合うときの自信が、まるで役に立たなかった。
 まして、この手を伸ばしてじかに触れる勇気なんて、そんな。


「りっちゃん、どうしよう。恋しちゃったよ……」

 自分でベッドに投げつけた携帯を取りに行って、脱ぎ捨てた服をどかしながら開いた。
 画面の中で三人の笑顔がまた強い光を発した。
 それだけでなんだか疲れてしまって、相談のメールなんて一行も書けなかった。

 あの子には、何を歌えば響くんだろう。
 指先ひとつ向こう側に伸ばせないまま、もうしばらく悩むことにする。

17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 23:08:55.86 ID:3fL2CQjqo

  ◆  ◆  ◆

『――もしもし? 純、ちゃんと聞いてるー?

 あー、そっか……センターまで二ヶ月切ってんだよね。
 てか、がんばんなよー? 純、中学の時もそんな勉強してなかったじゃん。
 どうすんの、卒業できなかったら。あははっ、そしたら私と一緒じゃん!

 てかまじめな話。中卒ほどじゃなくたって、高卒でも結構きびしいよ? 今の時代。
 純は私と違って、夢も希望もあるんだから、がんばってよ。
 うん、……だめだね、こんな年から社会出てちゃおばさん臭くなってさ。同い年なのにさ。あははっ。

 え、ゆいせんぱい?……ああー、純が前に言ってた、アーティスト目指してる人、だっけ。
 そうだね、うん。確かにさ、甘えんなって思っちゃったよ。最初は。
 離婚したお父さんがギターやってたから、
 音楽業界なんて夢や理想で食ってける職業じゃないってわかってたし。

 でも、やっぱさ、夢を見る資格っていうのはあるのかもね。うん。
 その人には、夢を見る資格があったんだよ。私には、なかった』
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 23:10:09.81 ID:3fL2CQjqo

『ごめん。なんか話してると暗くなっちゃうね。中島みゆきみたい、ふふっ。

 じゃあ……えーっと、関係ないんだけどさ。
 わたし、恋をしたみたい。

 えっなにその食いつき。引くわー。くふふっ、ワイドショーの芸能記者みたいだよ、純。

 えとね、うん。まあ、女の人なんだけどさ。私だし。それは知ってるか。
 顔? うーん、わかんない。ちゃんと会ったことはないから。
 姿は見えないけれど、いつも歌が聞こえるの。

 夜勤終わって始発で帰るから朝の六時ぐらいかな、いつも通り近所の公園突っ切って帰ってたの。
 そしたらギターの弾き語りで……本当に、演奏も声も涙が出るほどよくって。こんな人いるんだ、って。
 あったかいの。すべてが。胸の奥に音が、朝の陽射しみたいに染み込んでいくの。
 初めて聴いたとき、涙が出てきちゃった。ほんと、すごいんだよ。

 でも変に話しかけて邪魔するのもよくないし、なんか私なんかが絡んじゃいけない気がして、
 今もずっと歌、聴いてるだけなんだけどさ。
 私、働き始めた頃にあのムスタング売っちゃったしさ。

 ……んんん、いいんだ。
 それでもなんだか、そばで見守ってくれているみたいに感じるから。
 一度だけ、朝焼けに映った後ろ姿を見たのが忘れられなくって。
 光、みたいな人だった。私なんかが触れちゃいけないのかもって思うぐらいに』
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 23:13:12.48 ID:3fL2CQjqo

『……でも、さ。
 だめだよね私。やっぱ、夢みちゃうんだ。あの人のせいで。好きになっちゃったから。
 いや、寝てるときの方じゃなくて。まあ寝てるときも見ちゃうし、どっちもかな。

 あのね、私が純と同じ高校に入学するの。桜ヶ丘。
 そしたら新歓ライブかなんかで軽音楽で、ぱったりあの人に出会っちゃうの。
 たぶんあの人だったらステージの上からでも私のつまんない心の壁とかつき抜けてくれるはず。
 それで入部して、あの人からいろいろ教わって、一緒にギター練習して、
 あの陽射しのようにまるっこくて飴みたいに暖かい歌に、
 私のギターをそっと重ねて、一緒に音楽を作っていくんだ。

 ……てへへ。なんかさ、笑っちゃうよね。私、ギターだって持ってないのに。
 でも、あの人と音楽を作れたらって、それは本当に思い描いちゃうんだ。ばかみたいだけど。

 え? 照れてなんかないってば!
 ったく、ほんっとにそういうとこ変わんないよね――』
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 23:22:36.72 ID:3fL2CQjqo

  ◆  ◆  ◆

唯「……それじゃあ、あわせよっか!」

梓「はい!」

じゃーん♪


唯「……いいねえー!」

梓「そうですね!」

唯「なんかね、演奏してるのに抱き合ってるみたいにあったかいんだ」

梓「はい・・・・・目を閉じてギターをひいてると、光がみえてくるみたいです」


唯「ここ、こういう風にしたらどうかな?」ギュイーン!

梓「あ、それすてきです! それだったら私も……」ミューン

唯「いいねいいね! それだったらこうして――」
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/21(月) 23:38:39.86 ID:3fL2CQjqo

梓「あ、それから   をこうして……

     だね! それじゃあ歌詞もかえてみ  かな?」

梓「うーん、     はどういう世界  考えてるんですか?」

唯「あのね、二人の女の   、同じ色の    出会って、それで……

   ったら、それで……

 うん! そしたら甘い  ェクトかけ     メロディをもっ

   でね、    恋し      ……みたいな!
   
 そうですね……      光    !

 うん、うんっ!    聴こえる     光




「……あれ、もうこんな時間?」

 もやがかかったような夢から転げ落ちるように目覚めてしまう。
 携帯を見る。十二月三日、明け方の四時過ぎだった。

 着替えなくちゃ。もう少しであの子が通りかかる時間だ。
 無理やり立ち上がるとはずみでギー太の弦がぴーんと音を立てる。
 彼女の姿は崩れた私の夢の世界から取り残されて、ぼんやりした頭の隅でまだ消えないまま。
 そんなイメージを心の中で抱きしめるようにリピートしながら、汗に染みた服をはずしていった。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/22(火) 00:35:29.45 ID:7lsedLWlo

 数十分後、私はギー助と一緒に外へ出た。
 ギー助は卒業前に新しく手に入れたガットギターで、最近はギー太よりもよく弾いてるかもしれない。
 なんだかんだで付き合いが長いギー太と違ってまだ分からないところもあって、
 ギー太が小学校で友達つくって連れてきたらこんな感じなのかなって、お母さんみたいなことも考えたりする。
 ……ううん、大丈夫だよ。浮気じゃないってば、もう。

 目指す先は、夜明け前の小さな公園。
 高い木々に囲まれて、真ん中には広い野球場。
 水の止まった噴水はステージのよう。囲むように観客席みたいなベンチがちらほら。

 砂場の向こう側、木々に少し隠れたところに私は立った。
 防火倉庫の近く、自販機に続く小道。
 ここからだとあの広い野球場も見えない。ベンチもちょうど木に隠れて見えない。
 公園を通り道にする人には、ぱっと見たら気づかない。実際、今もあの子に気づかれてない。

 ここで私はあの子が通りかかるまで、弾き語りを始めた。
 聴こえそうで聴こえない位置で、彼女に触れられない私はギターを鳴らす。
 爪の先から冷気がしみこむ気がするけど、すぐ私の熱に溶けてしまう。
 目をつぶって野球場のネットやスタンド、高い時計や木々なんかを視界から消して、頭の中の天使を見る。

 そうやって誰にも聴こえないような時間、聴こえてもいいけれど、歌声をこっそり響かせた。
 私の姿なんて見えなくてもいい。あの子の足音が、私にとっての歓声なんだ。
 あの子が今日も生きてて、未来があって、光を発していてくれたら、それでいい。

 “あの子の命を、存在を祝福するような、見守るような歌を作って歌おう”

 神様ごっこをしよう。
 一晩中働いて帰ってこれたあの子を、毎日そばで祝福しよう。
 そう決めたら、するっと曲ができて、このステージにも立ててしまった。

 ちいさな光を、やっと見つけた。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/22(火) 01:10:39.13 ID:7lsedLWlo

 自分の声も溶けるぐらい夢中になっていくつかの曲を歌って、
 曲の合間にふと目を開けてみたら、野球場の向こうから朝焼けが射すのが見えた。
 きらきらと、冷たい酸素のかけらを一つ一つやさしく焼いていくような灯り。

 ……あれ?

 そういえば、まだあの子は来ていない。
 足音、聞こえてたかな。もうじき通りかかってもいいころなのに。

 気づくと急に不安が震えだす。足元が揺れるような感じ。大丈夫かな、何かあったのかな。
 足を進めようとして、でもやっぱりすくんでしまう。見られてしまう。
 この期に及んでも私を歌より前に出す勇気が出なかった。
 あの子に歌は響いたのかな。歌を避けようとしてルート変えたのかな。どうしよう。
 私は自分のレールだけじゃなくって彼女のそれまで狂わせようとしているのかもしれない。怖い。
 足がすくむ。指の関節ににじむ汗のぶんだけ冷気が熱を奪っていく。やっぱり怖い。

 ……なんで不安なんだろう、私こんなに。

 あの子の姿を思い浮かべた。安定剤みたいにして。
 そんな風に受け手に救いを求めたりすがりついたりする私なんて、歌を歌っていいのかな。
 そういえばあの子、最近ヘッドフォンしてない。首にかけっぱなし。壊れてるのかな。
 ていうか私なんか変にマイナス思考だよ、こんなんじゃなかったのに、そう、壁を破らなきゃいけないのに!



「…………わ……」

 逃げようとしたのか向き合おうとしたのかよくわからないまま進めた一歩先、ベンチ。

 あの子は、すやすやと眠っていた。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/22(火) 01:16:41.93 ID:lCqFneJ10
なんか好きだなぁこの雰囲気。けいおんらしくはないけどさ。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/22(火) 01:25:26.70 ID:7lsedLWlo

「……なあんだ、あはは…」

 気の抜けるような感じでさっきとは別の意味で倒れそうになるのをどうにかこらえる。
 代わりに誰かがずっこけた。びくっとして振り向く。倒れたのは、立てかけられたガットギター。
 ギー助ごめん! 走って取りに戻ろうとしたら、向こうのあの子が、 ぴくっ って動いた。
 
 そういえば、寝顔なんて初めて見た。
 息が止まりそう。唇の端っこがゆるんできちゃう。
 私の後ろから朝焼けが白いほほを照らす。
 今日なんてこんなところでうっかり寝てしまうぐらい疲れてるはずなのに、どうみても幸せそうな寝顔。


 数分にも数十分にも思えるほど、私は彼女を見つめてた。
 たぶん、時が止まってたんだと思う。ネットのそばの時計は逆光で見えなかったから、たぶんそうなんだ。
 数時間の映画を、数十分のアルバムを、数百ページの小説を、止まった一秒に詰め込んだような完璧な時間。
 向こう側、触れられない向こう側。まるで天使みたいに、ぐっすりと。


『でも、いつかは終わってしまうんだ。』

 一滴ぽつんとそんな言葉が心の影から響いたとき、頭の上のほうでカラスがぎゃらぎゃらと鳴きだした。
 そしたら一瞬でほこりっぽい公園に戻ってきてしまったような気がした。
 まだ眠ってる、でももうじきあの子は目を覚ましてしまう。だって太陽がもう昇りきってしまいそうだから。


 でも、本当のあたたかい光を見つけた。

 だから、歌うんだ。 でもなにを?


 そう――祝福しよう。
 私の声が、あなたの光になりますようにって。

26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage saga]:2011/11/22(火) 01:47:28.38 ID:7lsedLWlo

 ギー助をつれてきて、できるだけ小さな声で歌ってみる。
 目を閉じて、わざと暗いところに自分を連れて行って、そこから秘密の言葉で歌を歌う。
 音楽でどうにかなるなんて思ってないし、きみがどうしてあんな顔で夜から帰ってくるのかもわからない。
 でも、それでも……まぶたの裏側に残った夜といくつもの“でも、”の暗がりの向こうに、光を見る。

 かりそめのファンタジー、目を開けたら昼の光に焼かれて消えてしまうような錯覚の物語でいい。
 だけど、目を閉じるたびになんどもなんども浮かびあがるような、完璧な一瞬の像をむすびたい。

 私の歌で、きみの光を、笑顔を、発明してみせるんだ。



「……ふぅ」

 最後のフレーズが鳴り止んだ。

 そしたら、暗がりの向こう側から手をたたく音が聞こえた。  えっ?



 開いたまぶた。闇になれて、朝の光がまぶしくてちょっと見えなかった。

 あの子が、いつのまにか立ち上がって、拍手をしていた。

「……その歌、すごく好きです。見守られてるような感じがしました」


 夜から転がり落ちた果ての、同じ光につつまれた向こう側で、きみが目を覚ました。


おわり。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) :2011/11/22(火) 01:48:21.61 ID:7lsedLWlo
読んでくれた人ありがとう
ぜんぜん別の話になっちゃったけどきっかけの歌はこれです→ http://youtu.be/j0BDmSNb7Gg
この曲が入ったアルバムは無料公開中なのでよかったらあわせて聞いてみてください
次は律澪作ってくる
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/22(火) 05:54:15.44 ID:2gaHBexno
乙です
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/22(火) 08:20:19.40 ID:vqXSLMkUo

この先の二人については語るのは野暮って感じか
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/22(火) 14:07:13.48 ID:Z7Oc68Hgo
乙。綺麗だった。

ただ…

「えとね、うん。まあ、女の人なんだけどさ。私だし。それは知ってるか。」

この一文って、ガチにゃんってことだよねww
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/23(水) 02:42:49.27 ID:zIk7dD1U0
乙。短いけどいい感じの話だったなぁ。
これで綺麗に完結してると分かるんだけど、どうにもこの後の話とかも見てみたくなる。
しかし、あずにゃん中卒で働きに出たのか。
中野家に一体何があったんだ。
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