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霖之助と魔理沙のパーフェクトなんたら教室デスマッチ with 慧音 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:04:42.63 ID:BP+lHK1ao
はじめに

・8000字弱の東方二次創作SSです。
・初めてここに書き込みますので慣例とか分かっていません、
 おかしいことをしてたら指摘してくれるとありがたいです。
・●とか持ってないので投稿するのに時間間隔が空くと思います。ご了承下さい。
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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2 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:06:09.49 ID:BP+lHK1ao


『霖之助と魔翌理沙のパーフェクトなんたら教室デスマッチ with 慧音』


3 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:07:29.49 ID:BP+lHK1ao

   1

 蝉が歯軋りのような声を朝から鳴らす残暑の折、
煮えたぎる油のような日差しがどろどろ降り注ぐ殺人的な快晴の空であった。
里の長屋の群青の屋根瓦は陽に晒されて、染みていた夜雨を煙に立ち上らせ、
地面に程近い猫は土間で泥のように寝そべり、
里から一番近い川原では子供も大人も火照った体を清流に晒して炎天に対抗していた。
里の商店街は悉く暖簾を畳み、店の主は川や山や湖へ避難し、
どこの民家の住人もやはり水辺へ行き、中には杜に囲まれた神社へ行く者もあった。

 その日は近年稀に見る酷暑であり、里のおよそ中心にある寺子屋も、
さすがにこれでは子供の勉学の捗らないことが明らかだったので珍しく暇となった。
しかしよほど熱心な数名の子供は、相変わらず慧音の講義を楽しみにして、筆を用意して教室の机に座っていた。
その日、さしたる理由もなく様子を見に来た慧音は、大粒の汗を顔中に流しながら子供達に平常通りの講義をしていた。
4 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:08:21.69 ID:BP+lHK1ao
「……とまあ、こういうわけだ。さて、少し早いが今日はこれくらいにしようか。
私はともかく、君達は体が小さいから熱にやられやすい。外の井戸で水を飲んで来るといい」
 実の所、彼女自身がかなり疲れていた。
「講義は午前でおしまいですか」
 子供の一人が物足りなそうに言う。
「正直な所、私も暑さに参っているんだ」
「でも、ここに居ていいですか」
「構わないが、なぜだ」
「家族のいる狭い長屋よりも、閑散とした広い教室の方が涼しいのです。ここは風も通ります」
 それを聞いて、彼女も今日はここで過ごすことに決めた。
5 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:09:25.13 ID:BP+lHK1ao
 熱心な子供達は各々で教科書を読んだり、本を写したりしていて、
時々慧音に言われた通りに外の井戸へ水を飲みに行った。
子供達の様子をそれとなく見ながら彼女は戸板を仕舞い、風がよく通るようにした。
あまり戸板を開けると外からの熱気が入って来るようだったので、慧音は試行錯誤して適度な按配を探った。
また、気休めだが日陰に打ち水をして少しでも子供達が涼しくなるよう計らった。
あとは、湿らせた布を持ってきて子供達の顔を拭いてやったりした。

 外の様子は相変わらずのようだったが、彼女の熱意が天に届いたのか、
寺子屋の中は午前中より幾分涼しくなり、快適な風がよく通るようになっていた。
遠くから聞こえる蝉の声も居心地良く感じられ、教室の中は気だるい眠気に包まれていた。
汗だくの五人の子供達はみなうつらうつらと頭を揺らしていて、
中には既に眠りに落ちて机に突っ伏している者もいる。
彼女は眠った子供の手から墨の付いた筆を持ち上げ、脇の硯と共に水で流して洗った。
いつしかその場に起きているのは彼女だけになり、子供達の寝顔を見ていると慧音自身も睡魔に当てられた。
人目が無いので安心して大きな欠伸をして、彼女は教壇の机に頭をもたれさせた。
6 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:10:02.06 ID:BP+lHK1ao

   2

「ちょっと慧音。起きて。始めるわよ」
 落ち着いた若々しい声が聴こえた。
「霊夢か。どうしたんだ、こんな所に」
 顔を上げると赤い装束を着た博麗の巫女が机の前に立っていた。
「どうしたって、寝ぼけてるの? 今日はあれの日でしょう」
「あれの日?」
 何も思い当たらなかった。
「ほら、霖之助さんも魔翌理沙も来てるわよ。慧音も早く実況席に着いて」
「実況席?」
 霊夢の指差す教室の脇には、『実況』と書かれたプレートのある机があった。その隣には、『解説』というプレートもあった。
「いつの間に」
「慧音が寝てたから全部私が準備したのよ」
「それは悪かった」
 それ以前に、これから何が始まるのかも分からなかったが、何か悪いことをした気分だった。
「いいえ、代わりに慧音の可愛い寝顔を見せてもらったから」
 唇の端を持ち上げて顔を近づけて来る霊夢に、私の背筋が自然にピンと伸びた。
「そういえば、子供達は?」
 私といっしょに眠っていたはずの子供達がいた机は、初めから誰も居なかったように綺麗なままだった。
「まだ寝ぼけてるわね。今日は寺子屋はお休みでしょう。だからあれができるんじゃない」
「うむ、そうだった……かな」
 私は自分の記憶に自信が無くなってきた。
7 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:11:23.13 ID:BP+lHK1ao

   3

 教壇に霖之助が立っていて、机の最後列に魔翌理沙が座っている。
教室の後ろにはいつの間にか観客らしき見知らぬ人達が立っていた。

「以前話したことがあるが、九は永久の久から来ているとか八はたくさんを表すとかいう風に、
数字というのは単なる数量を表すのではなく、その数ごとに固有の意味がある。今日はその続きをやろう」

「なんだそれ? そんな話したか?」

 と、魔翌理沙。言葉を続けようとして開いた霖之助の口が固まり、彼の眉がピクリと動いた。
 私は霖之助の前置きを全く寄せ付けない魔翌理沙の言葉に驚いた。

「魔翌理沙の基本的な戦法ね。去年はこれがうまく決まって魔翌理沙の快勝だった」

 霊夢がなにやら解説し始めた。

「彼女はなんでも自分で調べてこそ身になると考えてるから、人の話は聞いてるようで聞いてないのよ。
さすがの彼女も真面目に聞けば分かっちゃうからね。これは彼女の鉄壁の防御なのよ」

 真面目な顔で語る霊夢に、私はなんと言えばいいのか分からなかった。

「でも、霖之助さんはきっと対抗策を用意している筈よ」

 彼女は一言付け加えた。
 魔翌理沙と一間ほど離れて対峙している霖之助は顎に手を当ててまた話し出した。

「去年、僕は普通に話して魔翌理沙に知識を増やしてもらおうとしたが、悉くそれにやられた。
つまり、記憶力を要求するような話をするのは駄目だ。
一から十までまとまった情報を短時間で網羅するようなことが出来なければならない」

「そんな都合のいい話があるわけ無いぜ。知識は時間をかけて自分で勉強してじっくり増やすものだからな。今この場で私を賢くしようなんてのがそもそも無理があるんだ」

「果たしてそうかな? 僕はこういうものを用意してきたよ」

 彼は花色の着物の懐から何やら取り出した。

「あ」

 魔翌理沙はそれを見て間の抜けた声を出した。
8 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:12:13.50 ID:BP+lHK1ao
「そう、君も大好きな『本』さ」

 魔翌理沙の顔がみるみるうちに青ざめていく。

「それじゃあ行くぞ。くらえ!  『神道の本』(学研)!」

 彼が投げつけた分厚い本を魔翌理沙は避けようとするかのように身をよじった、
が、彼女の腕はしっかりと本を受け取り、そして無感情な様子でパラパラとページをめくる。

「これは! 神道のキーワードを立てて大筋の説明から入っていて初心者にも取っ付きやすい構成になっていて、
たくさんの挿絵や写真の資料も掲載していて見た目にも楽しめる上に、
神話のあらすじや日本の神の系譜やその性格なども分かりやすく解説していて、神道の理解の大きな助けになりそうだ!」

「どうだ魔翌理沙、知識が増えていくだろう」

「く、だがまだまだ! こんなもんじゃ私は賢くならないぜ!」

「なるほど考えたわね霖之助さん」

 霊夢がまた解説を始める。

「魔翌理沙は人の話は聞かないけど、本はついつい読んじゃうのよ。
さすが霖之助さんね。魔翌理沙の弱点を知り尽くしている」

 私は、そもそもこの戦いが何なのか、という疑問を尋ねるのは野暮なんだろうかと考えていた。
9 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:13:17.57 ID:BP+lHK1ao
「続いてはこれだ! 『これがニーチェだ』永井均(講談社現代新書)!」

 彼は縦長の小さな本を投げつけ、魔翌理沙は為す術もないようにそれを受け取り、さっきと同じようにパラパラとめくった。

「く! これはニーチェの思想を大まかに三つに区分してまとめることによってニーチェ視点の複雑な関係をかなり分かりやすく解説していると同時に、
筆者のニーチェに対する想いをところどころに散りばめることによって読み物としてもそれなりに面白くなっていて哲学をあまりやったことのない人でも気楽に読めてニーチェ思想の理解の一助になるであろうこと請け合い!」

「まだまだ!『知の教科書 フロイト=ラカン (講談社選書メチエ)』」

 彼から放たれた大きめの白い本はクルクルと回転しながら魔翌理沙に向かい、
魔翌理沙はそれを大事なものを抱えるように体で包み込んで受け止めた。

「これは体系立てられていなかったフロイトの部分的主張を構造主義的な枠に当てはめることによってフロイト視点のそれぞれの関連性や時系列的前後を明確に捉えられるようにしていると同時に、
フロイトの主張のおさらいもそれとなくできるように書かれているので精神分析の歴史を知らない人でもそれなりにフロイトについて知ることができ、また合わせてフロイトに立ち返ることによってその理解が容易になると思われる!」

 「まあ内容は結構眉唾もあるんだけどね。こういう捉え方もあるよってことで、構造主義的なものの捉え方の参考にはなるよ。
フロイトはそもそも哲学者じゃないから、哲学的な枠に当てはめるのに無理があるんだ」

 と、彼は付け加えた。

「べ、勉強になるぜ」

 魔翌理沙は涙目だった。
10 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:14:17.08 ID:BP+lHK1ao
「気を取り直して、さらにこれだ!『新訂 福翁自伝』福沢諭吉(岩波文庫)!」

 投げつけられた小さな象牙色の本を魔翌理沙は素早く両手で受け取り、
魅入られたように激しく目を動かしながらその本に目を通した。

「こ、これは福沢諭吉本人の生涯にあった印象的な出来事を散文的に、
今ならエッセイと呼ぶ形式で連々連綿と惚れ惚れするような流麗な文章で描かれていて大変楽しく読ませながらもその諭吉の積極的で先進的な考えや行動は現代においても人々が学ぶべき点は多いだろう!」

「なあ霊夢。これは、霖之助が勝っている、ということでいいんだな?」

 幾度も本を投げつけられてはその本を一瞬で読んで、一息に感想を述べ連ねる魔翌理沙の様子に非現実的な違和感を覚えながら、私は霊夢に尋ねた。

「ええ、これはもう大差ね」

 私はそれ以上言葉を続けられなかった。

 霖之助と魔翌理沙のそういったやり取りをかれこれ十数回繰り返しただろうか、魔翌理沙は唐突に膝から崩れ落ちた。

「もう。勘弁してくれ。私の負けだ、私は、賢くなっちまった」

 その細い腕から、大量の本が雪崩のように滑り落ちた。顔を伏せて語られるその声は鼻声だった。
しばらく教室に沈黙が訪れたが、霖之助が魔翌理沙に歩み寄り、手を差し伸べた。

「ほら、立つんだ」

「香林、完敗だぜ」

 彼と、彼の手に掴んで立ち上がる魔翌理沙に、後ろの観客から惜しみない拍手が与えられた。

「よく頑張ったわ魔翌理沙」

 隣の霊夢も涙していた。
11 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:14:54.29 ID:BP+lHK1ao

   4

 後ろの観客がいなくなって四人だけが残った。魔翌理沙は泣き止んでいた。

「でも霖之助さん。ちょっと乱暴だったわよ、魔翌理沙のこんな小さな体にあんなにいっぱい一気に入れようとするなんて」

 霊夢が妙な事を言う。

「勝負には負けたくないからね。万全を期した結果があれなんだけど、やりすぎたのは確かにそうかもしれない。オーバーキルと言うか」

 霖之助に変わったところは見受けられない。

「じゃあ帰りましょうか魔翌理沙。ウチでカステイラでも食べましょうよ」

「ああ」

 魔翌理沙は言葉少なに霊夢に肩を支えられた。

「ねえ霖之助さん」

 と、出入り口の去り際に霊夢。

「私にだったら、少しくらい乱暴にしてもいいわよ」

「は?」

 と、声を出したのは私だけだった。

 隣の霖之助は眉をしかめただけで何も言わなかった。あるいは言葉を出す前に霊夢がそのまま去ってしまったのかも知れない。

 静かな教室に残されて二人。また霖之助の顔を伺うと、目が合った。

「慧音」

 と呼ばれる。

「霖之助も疲れたろう。休むといい」

 私は気恥ずかしくなって何か口を開かなければと思った。

「慧音」

 もう一度呼ばれて違和感に気づく、霖之助は今まで私を呼び捨てていただろうか、いやそれ以前に彼に名を呼ばれたことがあっただろうか。

「霖之助」

 気づいて、終わってしまう前に彼の名前を呼んだ。
12 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:16:18.70 ID:BP+lHK1ao

   5

 蝉の声が聴こえるぬるま湯のような教室の熱気の中で目を覚ました。
枕にしていた腕によだれが着いている。
子供達は既にいなくなっていて、一見私一人しかいないようだったが、
腫れぼったい目を擦りながら教室を見回すと、一番端の席に子供にしてはやけに大きい人影が一人座って何かを書いていた。

「霖之助か」

 夢の中で見るより鮮やかで細かい意匠の着物を着ていた。

「今日は休みなのでは?」

 夢の中で聞くより低くよく通る声だった。

「長屋よりここの方が涼しかったんだ。井戸も近いし。霖之助は……ああ、そういや新しい本が入ったとこの前話したな」

「今日は人がいないと目論んでやってきたんだが、まあ、いたね」

「持ってこようか」

「もう勝手に写させてもらってるよ」

 彼は太い万年筆の先でちょんちょんと、横においた本を指し示した。
その本に興味の沸かなかった私は、彼に聞きたいことを思い付いた。

「霖之助は、私をなんと呼んでいたっけか」

「いきなりなんだい。先生」

 私はようやく、はっきりとこちらが現実であることを理解した。
13 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:17:11.70 ID:BP+lHK1ao
「ちゃんと食べてるか? 男の一人暮らしは食事がぞんざいになると聞く」

「食べてるよ。僕は料理が好きだからね」

 彼はなんでもなさそうに答えた。

「ところで、ここにいつからいた」

 淡い期待の残滓を取り払うつもりで話を変えた。考えてみれば寝顔を見られているはずだった。

「一刻ほど前だ。誰かがいるなら、一応空き巣でないことを言っといた方がいいと思ったんだけど、
寝てるものを起こすのも悪いと思って結局ここで気長に待ちながら写してたんだ」

 私の寝顔に興味があったわけではないらしい。

「それにしても先生。今日は何かいいことでもあったのかい。やけににこにこしているけど」

 そう言われるとたしかに自分の顔がそんなふうになっているような気がした。
と、同時にえも言われぬ恥ずかしさがこみ上げて、自分の顔が赤くなっていくのが分かった。

 霖之助は上気していく私の顔を見て、また顔を伏せて本を写し始めた。

「気にしないでくれ。暑気でのぼせたんだ」

「井戸から汲んでこようか」

 私の嘘に付き合ってくれたのか、本当に気づかなかったのか、その見えない表情からは読み取れなかった。

「遠慮する。直に収まるから」

 なんとも情けない気分だった。
14 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:17:45.50 ID:BP+lHK1ao

   6

 少し涼しくなった。開け放した縁側からはぼんやりした夕陽が寺子屋に差し込み、霖之助の右肩から長い影法師が伸びている。
彼は隣の冊子をちらちら見やりながら、琥珀の装飾のついた万年筆を淀みなく滑らせていて、
時々疲れた深呼吸のような鼻息と共に肩をすくめる仕草をしたが、それ以外には足も崩さず黙々とその繊細な作業をしている。

「粗茶だが」

 ずっとその作業を眺めていた私は一旦奥に引っ込み、たらいに茶を持ってきて邪魔にならなそうな所に置いた。

「どうぞお構いなく。でも、出されたものは頂きます」

 彼は筆を置き、両手でいかにも丁寧に湯のみに口付けた。
きつく締められた分厚い着物の襟から生える細い首の喉仏が、ゆっくりと、別の生き物のように上下した。

「先生の淹れたお茶はおいしいね。葉の風味がよく出てる」

「ありがとう。霖之助」

 私はたらいを戻しにすぐに引っ込んだ。
15 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:18:39.67 ID:BP+lHK1ao

   7

 縁側の向こうの漆喰や藁葺きが紺色がかって見えるようになっている。
霖之助は時折今まですらすら動いていた筆を止めて、冊子に顔を近づけて目を細めた。
私が行灯に火を点けようと火打金を持ち出してくると、ずっと黙っていた霖之助が口を開いた。

「僕はもう失礼しよう。続きはまた今度にするよ」

「今、明かりを入れるぞ。ゆっくりしていくといい」

「寺子屋の油は子供たちのために使うべきであって、僕の趣味に使うことはない」

 彼を言い負かす言葉を探している内に、彼はカチリと乾いた気持ちのいい音を立てて万年筆に蓋をし、
それを懐に入れると冊子とわら半紙を持ち上げておもむろに立ち上がり、
それから冊子を律儀に本棚の元あった場所に戻し、すたすた土間の方へ歩き出す。
私はなんとなく彼の後ろに付いて歩き、あたかも見送りをしているようだったが、
彼が行う帰り支度の一挙手一投足を前に、
胸騒ぎのごとく徐々に迫り来る喪失感と、焦燥と混乱の混じった感情を味わっていた。

「霖之助」

 そしてまとまらぬ頭のまま、彼が土間で足を止めた所で呼び止めた。

「どうかしたかい」

 すぐ目の前で振り向いた彼は、私を見下ろす格好になった。

「実は、夢を見てたんだ」

 困り果てた私の口から出たのは、突拍子も無い言葉だった。
けれど口にしてみると、なにか自分の想いの形を言葉に直せそうだった。
16 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:19:30.89 ID:BP+lHK1ao
「夢に霖之助が出てきたんだ。霊夢も出てきた。霊夢は君に愛の告白をしていた」


「僕と霊夢にずいぶん勝手な夢だな」

 彼は軽い調子で小さく笑った。

「そうだな。本当に勝手だよ。それで、もっと勝手なことに、その霊夢はきっと私なんだ」

 私が見上げる彼は眉を上げ、私の顔を一瞥して、自分の花色の髪をポリポリかいた。
賢い彼のことだから、きっとこれだけでも十分伝わるのだろうけれど、
このまま黙ってしまうと、小鳥か何かのように彼はそのまま私の手をすり抜けてどこかへ行ってしまうような感覚がした。

 彼は一度唾を飲んでから口を開けた。見上げていると、喉仏の動きがよく分かった。

「それで?」

 妙に淡白な返事で、それで、私はどうしたいのだろう、と気付かされた。
私は先のことを考えていなかった。
が、その時、幾度も空想していた願望が鮮やかに私の頭に浮かび上がった。

「私が霖之助の食事を作ってやろう。着物の修繕もしてやろう。
散らかりっぱなしのあの本棚の整頓も、あの店の掃除も全部してやろう。そして……」

 そして子供を作って育てて慎ましやかな家庭を作りたい、とまで言いたいのを私は自重した。
きっと、彼は私がそこまで思いつめているとは考えていないだろうから。

「そして、代わりに私のことを、名前で呼んで欲しい」

 私はできるだけ上品に、遠まわしに言った。
17 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:20:14.16 ID:BP+lHK1ao

   8

 雪が積もった夜、二人でだるまストーブを背に、漆黒の快晴の夜空を、窓の格子越しに眺めていた。

「慧音、どうして?」

「理由なんて無いよ」

 彼は二の句を告げないようだった。彼を言い負かすには理屈に頼っては分が悪いことを、私はこの数ヶ月で学んでいた。

「そんなことより私は今、この瞬間の熱を味わいたいよ。理由なんか、どうでもいい」

 肩を抱かれた彼の手の平から伝わる熱が、体表を熱するストーブとは別種の温もりを孕み、きっと私の腹にまで染み入っていた。

「満月の夜は落ち着かない。やもすると、君を八つ裂きにしてしまいそうになる」

「それは勘弁して欲しいな」

 満月を眺めながら耳元で囁く彼の穏やかな声がひどく私を落ち着かせ、同時にむらむらと沸き立つ強烈な欲情の前兆を感じた。

「本当に見事な月だ」

 彼はなんてことなさそうに平坦な声で言う。私の心臓は今も尚激しく鼓動していて、耳を澄ませばその音が聴こえそうだった。

「同じ半妖だからかもな。先に死なれるのも死ぬのも嫌だから。私の友人はもうずっと昔に、一人を残して全て死んだ」

 遅れて質問に答えたのは、理性的な話をしていないとどうにかなってしまいそうだからだった。

「でも、それだけじゃないよ。絶対に」

 私は目を閉じて暗闇の世界に身を寄せ、後ろでコークスが蒸気を吹き出す音を聞きながら、彼に寄りかかった。

 そしてなにも言わず、優しく頭をなでられると、涙が一粒出た。


おしまい
18 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:28:21.91 ID:BP+lHK1ao
あとがき

ここまで読んでくれた方ありがとうございます。
もっと良い文章をかけるようになりたいです。
あと、スレの使い方などよく分かっていないのでおかしいことをやっていたら教えてやって下さい。

それではバイチャ
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(新潟・東北) [sage saga]:2011/12/01(木) 02:35:04.16 ID:/VMbqwbAO
>>18
定型文だが
・sageだけじゃなくsagaも使うと「死ね」「粉雪」などがキチンと表示される
・自動落ちがないから、終わったら依頼スレに

あと短いレス数なら立てずに他の投下スレにやった方が良いかも、そういうスレもあるからさ
あと総合とかルールとかも今一度じっくり読んでみてはどうだろう

最後になったが乙
20 :やくたみ [sage]:2011/12/01(木) 02:39:08.56 ID:BP+lHK1ao
>>19
色々教えてくれてありがとうございます
とりあえず他に自分にあったスレを探します
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