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土御門「忘れたかにゃー、インデックス。オレって実は天邪鬼なんだぜい」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆sk/InHcLP. :2011/12/08(木) 00:05:19.39 ID:LKoMR9wE0


「……食い逃げだぁ―――っ!!」


七月十九日。
夏休み前日ということもあり、ここ学園都市では多くの学生たちが羽を伸ばしているようで、相当数の飲食店も繁盛していた。
ありがたいことにこの店もそんな恩恵を受けた第七学区のファミレスの一つになっている。
…のだが、早速問題が発生した。


「一気に十人が食い逃げって……ありえねぇー!」


史上まれにみる食い逃げ犯だと思う。
団体客だったどう見ても不良な男たちが名門の常盤台お嬢様に絡んでいる途中に、ツンツン頭の男子高校生が割って入った。
店長としては店内で揉め事は避けたい訳で、迂闊に手が出せず黙って見てるしかなかったから、この少年の行動には結構感動していた。
だが、威勢良く割って入ったところまでは良かったものの、その後トイレから現れた大量の不良たちに圧倒され、少年は逃げ出してしまった。

そこからはもう芋蔓式というか、まるで鬼ごっこのように不良たちが少年を追いかけて店から出て行ってしまった。
あのツンツン頭の少年については多少不憫に思わないでもないが、この状況は店側としては堪ったものではない。
とにかく、逃げてしまったものは仕方がないので、この街の治安維持機関である『警備員』に連絡を入れようとするが、


「あー、電話するのはちっとばかし待ってくれないかにゃー?」


…にゃー?
声はどう考えても男なので、何て気持ち悪い野郎だと思いながらとりあえず顔を上げて向き合ってみる。
そこには、何というか非常にチャラい高校生くらいの少年が立っていた。
髪は金髪に染めてるしサングラスもしてるしアロハシャツだしネックレスもジャラジャラだし、もうチャラ男のあらゆる要素を詰め込んだような男だ。
もしかしてさっきの…おそらく『武装無能力集団』の仲間か、と疑ったが、


「うーんとにゃー、今しがたツンツン頭の馬鹿そうな高校生が食い逃げ…っつか、食わずに注文だけして逃げてっただろ?」

「あ、ああ。君は彼の知り合いか何かかい? まったく困るんだよ。とにかくこっちは被害を被ったんだから、警備員に連絡させてもらうよ」

「あーだから待ってくれってば。今から金払うから」

「………は?」


どうやら不良たちではなく、勇敢なツンツン頭のお馬鹿さんの知り合いらしいが、知り合いだからって普通食い逃げ…いや食わず逃げの代金を払うものなのか?
もしかして目の前の金髪グラサン少年は見た目によらず近年まれにみる超絶いい人なのだろうか? というか、この感じだとやっぱり不良たちはただの食い逃げになってしまうのか?
そのようなことをずっと考えているうちに段々頭が混乱してくる。
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
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二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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2 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/08(木) 00:06:27.56 ID:LKoMR9wE0
と、そうしているうちに少年は財布から適当に札を何枚か引っ張り出し、カウンターに置いていた。


「…ほい。確か『苦瓜と蝸牛の地獄ラザニア』だったから、このくらいの値段だろ?」

「ん…。ああピッタリだ。いやー、君は良い子だねぇ」

「他人にそんな評価受けたのは生まれてこの方初めてかもしれないぜい」

「そうなのかい? 少なくとも、他人の注文した料理の代金を払うって段階で凄いと思うけどな」

「いやいや、無償でそんなことするほどオレは甘くは無いぜよ。ちゃんと条件付きさ」

「条件?」

「んー、まぁそんなに難しいことじゃないんだけどにゃー。…今回の件、内密に頼むぜい」

「は? ああ、まぁお金は受け取ったし、彼も悪気があった訳じゃないだろうから彼の件に関しては構わないが…」

「あっ、不良連中のことは別に摘発してくれても構わないぞ。オレの知ったことではないし」

「ならよし!」


交渉成立だ。
あのツンツン頭の少年も一応は容疑者といえばその通りだが、彼には悪気はないようだし、正直店としても面倒事は御免だ。
後はあの『武装無能力集団』の連中を警備員にとっ捕まえてもらえば万事解決といったところか。
さて、他にすることがあるとすれば……


「…君、一体何者なんだい?」

「ん? オレか。そうだなぁ…」


「…オレは土御門元春。さっき食わず逃げした上条当麻の『友達』だにゃー」


そう言って金髪の少年は不敵な笑みを浮かべ、そのまま踵を返して店から立ち去った。
彼とすれ違ったウエイトレスはその容姿に視線を奪われたようで胸にトレイを抱えたまま固まっている。
…実はあの男、サングラスを取れば物凄いイケメンなのかもしれない。
こうして第七学区での小さな事件は、親切な金髪クンによって丸く収まったのだった。
3 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/08(木) 00:07:42.52 ID:LKoMR9wE0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そして七月二〇日。
空は青く澄み渡り、夏の長期休暇の始まりを祝福しているかのようだった。
今日から夏休みだ、と羽目を外そうとしている学生も多くいるが、そうでない人間だっている。
例えば、


「うだー。今日からまたしんどくなるぜい…」


とある何の変哲もない学生寮に住んでいる土御門元春もその一人だ。
生粋の日本人のくせに髪は金色、服装はアロハシャツに短パン。見た目は不良そのものだ。
部屋にはジム用のトレーニング機器があり、棚には外出時に身に着けるサングラスやネックレスがある。
チャラチャラしてはいるがそこらの不良よりは体を鍛えている印象を受ける。

ところでなぜ彼が七月二〇日を嫌っているかというと、こちらもあまりに単純な理由によるものだ。
高校生にもなると、成績が振るわない者は夏休みと同時に補習という余計なモノまでセットで始まってしまう。
土御門もまたその余計なイベントへの参加が決定してしまっていたのだった。
そんな不名誉な長期休暇のスタートでは、彼の気分が優れないのも当然と言えよう。


「まったく…。オレだって好きで補習受けてるんじゃないんだぜい。頼むぜカミやん」

「あーあ。せっかくの夏休みだってのに、これじゃ舞夏と一緒にいる時間が減っちまうな」

「…しかも、もうそれどころじゃない事態になりつつあるみたいだし」

「はぁ。こりゃアレだな。完全に…」

<不幸だ―――っ!!?

「…お互いにな、カミやん」


隣人のいつも通りすぎる嘆きに、土御門は思わず頬を緩めだ。
おそらく昨日の落雷による停電で、電化製品がほとんどやられてしまったのだろう。
…それは土御門宅でも同じことが言えそうなものだが、おそらくあちらは相当不幸なはずだ。
何せ、生まれつき神の加護やら運命の赤い糸やらから見放されているのだから。
4 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/08(木) 00:08:57.83 ID:LKoMR9wE0
そんな風に色々と考えていると、不意に簡易ベッドに置きっぱなしの携帯電話が鳴りだした。
朝っぱらから電話……もしかすると担任の小萌先生からのラヴコールかもしれない。
というか、有り体に言ってしまえば補習の催促かもしれない。
そんなことを心で呟きながら電話に出てみると、


『もしもし土御門。今よろしいですか?』

「絶賛忙しいですたい。補習終わってからにして」

『いえ、こちらの方が貴方の補習よりも大事な件ですので、そのまま聞いてください』

「にゃー。他人の話くらいちゃんと聞いた方がいいぜい、神裂ねーちん」

『ねーちん言うな』


電話の向こうの人物は担任ではなく土御門の同僚の後輩(ただし人生経験はあちらが先輩)だった。
名を神裂火織というその女性はこの街の住人ではないものの、とある事情で一応合法的に入国してきた。


「とりあえず潜入は成功したみたいだにゃー。どうぜよ『科学』の街は?」

『…こんなことを言うのは少々抵抗があるのですが、やはり「我々」にとってはあまり心地の良いものではありませんね』

「だろうにゃー。ま、でも住めば都だぜい?」

『貴方と違って私は長期任務ではありませんから、そこまでは考える必要はないでしょう』

「確かにな。ところで、そろそろ本題に入ってもらっても構わないかにゃー? 土御門さんは忙しいのですたい」

『そうでしたね。では現在のこちらの状況を貴方に伝えます』

「定期報告ってヤツか」

『ええ。昨日の段階でこの街に潜入した「彼女」は、今現在第七学区の学生寮にいるようです』

「第七学区ってここのことかよ。…まさか『禁書目録』はこの街の住人に匿われているとでも?」

『いえ、そうではなくその…ベランダに』

「は?」

『…学生寮のベランダに、ちょうど引っ掛かっているんですよ』

「いやあの、ちょっと意味分かんない。それどういう状況?」
5 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/08(木) 00:10:31.41 ID:LKoMR9wE0
いくら何でもありえないだろう、と思わずにはいられなかった。
空から降ってきたヒロインが実在するというのもそうだが、その少女が布団のように干されているというのは流石に信じられない。
そんな出会いが許されるなら今ごろ日本の幸福度ランキングは現在の順位から一気にトップテンまで上昇しているはずだ。
電話先の少女もこの事態にまだ理解が追いついていないらしく、声が少しだけ上ずっていた。


『えっとですね…。彼女は例の「歩く教会」を着ているのは知っていますよね?』

「ああ。法王級の防御霊装だな」

『それを着ている彼女は……言わば神のご加護を受けているようなものです。そんな彼女に普通の対処法は通用しません』

「うんうん」

『しかし、我々は彼女を足止めして「保護」しなければなりません。これもお分かりですね?』

「保護……ねぇ」

『…ええ。ですから、どうしても彼女を一ヶ所に留めておきたいのです』

「それで?」

『彼女がビルからビルへ飛び移っているところを』

「ところを?」

『後ろから力一杯ですね』

「力一杯に?」

『こう……背中にズバーンと』

「斬りつけちゃった訳ですたい」

『…理解が速くて助かります。とりあえずあの霊装さえあれば彼女の安全は確保されますし、怪我は皆無かと思われますが』

「で、その禁書目録さんはどっかの学生寮のベランダに干されているのか」

『はい。今はステイルが監視していますし、私もすぐに合流します』

「ふーん、頑張ってねー。そんじゃ」

『えっ、ちょっとあ』<プツッ


とりあえず要件は済んだので、適当な調子で相槌を打って話を強引に終了させることにした。
あとは彼女たちの仕事なのだし、今の自分が行ったところで邪魔になるだけだ。そもそも協力する気も無い。
これから補習だということもあるが、土御門はもっと根本的な理由で彼女たち『魔術師』に助力する気はなかった。
例え今日の補習が中止になったとしても、例え今の『仕事』のしがらみが無くなったとしても。
6 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/08(木) 00:11:32.28 ID:LKoMR9wE0


「さて。問題は山積みだけど、とにかく一個ずつ片づけていくしかないか」


夏休みの初日とは思えないほど重いため息をつい吐いてしまう土御門。
とにかく、『侵入者』の保護・送還は同じく外から来た『ゲスト』に任せておけばいい。
そのためにわざわざ科学の街にオカルトを招いたのだし、彼女たちには仕事をさせておこう。
それに、彼は『侵入者』の行く先に心当たりがある。


「おそらく、例によって『不幸』はカミやんのトコだろうな…。いや、落下系ヒロインが来訪したのなら幸運か?」


不幸、と表現するしかないと言ってしまうのは、科学に囲まれた街に住む者として少なからず抵抗があるものだ。
しかし、そう表す以外に方法が無いと断言できるほど、隣人・上条当麻は不幸な人間だった。
スーパーの特売に間に合うことはまず無いし、買った卵は大抵割れるし、名門常盤台中学の女子中学生にはよく絡まれる。
…一部不幸には見えない内容もあったが、どうやら本人は幸運とは解釈していないらしいので、彼にとっては不幸なのだろう。

そんな上条当麻なので、至極当然のように今日は土御門と一緒で補習がある。
だが、その前にまた一つ『不幸』が彼の元に到着した、という気がしてならなかった。
何せ『こういう厄介な事情に巻き込まれる』のが上条当麻であるし、しかも故意にそうなることを望んでいる者もいるのだから。


だとしても、土御門元春のやることは変わらない。彼は、彼自身の仕事をこなすだけだ。


「さて、兎にも角にも、天気も良いし布団でも干すか」


現在の時刻は8時15分。今日の学校集合時間は確か……9時だったか。となると、そろそろ朝食をとるなり身支度を整えるなりした方が賢明だろう。
だが、家でご飯を食べようにも、土御門という男は基本的に家事が全くできない子なので、今日もまた買い食いで済ませることにする。
なぜ一人暮らしにも拘らず家事が駄目なのかというと、それは彼の愛する義妹・土御門舞夏の影響が大きい。
彼女は兄とは違い、メイドのスペシャリストを育成する繚乱家政女学校に通い、なおかつ『実地研修』に出ることを許されているエリートだ。
つまり、土御門舞夏は家事のエキスパートでもあり、よく研修に託けて兄の家事の手伝いに来るため、実質ダメ兄貴は家事をほとんど行わないのだ。

とはいえ、そんなスーパーメイド見習いの義妹は兄の寮に住み込みで働いている訳ではないので、さすがに朝の仕事くらいは自分でしなければならない。
幸い、布団を干すくらいなら土御門でも簡単に出来る。というか、五体満足の高校生男子が布団も干せないというのは本当にまずい。
彼は簡易ベッドから雑にシーツを剥がすと、少々年寄り臭い掛け声とともに布団を持ち上げた。声と一緒にため息まで漏れてしまう。
そして、その足でベランダに向かい、布団を掛けてやろうかと思ったのだが……


「…………あれれ?」


素っ頓狂な声が、思いがけず口をついて出ていた。抱えていた布団は、いつの間にか床の上にあった。
それが本来掛けられるべき場所、つまりベランダの手すりには、なぜかもう白いモノが干してあった。
いや、正確にはモノではない。それは、誰がどう見ても女の子だった。
全身を包む白い修道服は袖や襟、額などには金糸の刺繍が施さている代物で、髪の色は銀という英国風の少女だ。
年齢はおそらく自分より二つか三つ下の、どちらかといえば可愛い系の女の子である。
7 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/08(木) 00:12:42.92 ID:LKoMR9wE0

「なんだ………こりゃあっ?」


またもや間の抜けた声を発してしまった。しかし、本当にそれ以外の言葉が浮かばなかった。
何せ、目の前に少年が夢にまで見た落下系ヒロインが現れたからだ……という理由もあることにはある。
そもそも、可愛い女の子が部屋に転がり込んで……もとい落ちてきたということも衝撃的だ。
だが、土御門を驚かせたのはそれらの事柄ではない。


確か。

さっきの電話で話されていた人物は、学生寮のベランダに引っ掛かっていたのではなかったか?


「ォ、――――――」


確か。

その人物は、土御門の同僚たちに保護されるはずの女の子ではなかったか?


「………お?」


そして、確か。


この女の子は、土御門元春がよく知っている人物ではなかったか?





「おなかへった」



「………………」




こうして。
追われていた少女は見事に追っている人間たちの仲間の家へとたどり着き、図らずも追っている勢力は綺麗なままで追っていた少女を保護することに成功した。
また、1年間にも及ぶ少女の逃走は、特に衝撃的なクライマックスを迎える訳でもなく、平凡な男子寮のワンルームで終了となった。

そして。


少年と少女は、実に4年ぶりの再会を果たすことになる。
8 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/08(木) 00:14:10.15 ID:LKoMR9wE0

「おなかへった」

「う、うにゃー……」

「おなかへった」

「………………」

「おなかがへった、って言ってるんだよ?」

「ああもう、己はそれしか言えんのか! もっと他に言い方は考えられないのか!?」

「ほえ?」


可愛く小首を傾げる純白シスターさん。どうやらなぜ土御門が怒っているのかよく分かっていない様子だった。
まあ、それも仕方のないことではある。何せ、再会とは言っても彼女は自分のことを覚えているはずがないのだから。
そう頭で理解してはいても、感情を処理するのは難しいものだ。ていうかなぜコッチに落ちてきやがった。
てっきり悪巧みが大好きなこの街のトップ様が、上手いこと隣りの部屋に着くように仕向けたかと思っていたのに。

……とはいえ、いくら何でもこのままにしておくのは不味い。さて、どうしたものか?


「あー…。も、もしかして最近話題の空から降ってくる系のヒロインかにゃー!?」

「おなかへった」

「ひょおっ! これは朝から補習で憂鬱だった土御門さんへのご褒美ですたい?」

「おなかへった」

「さすがは学園都市。長年の夢が叶ったぜよーっ!」

「おなかへった」


会話が成立しない。
というか、これだけボケてやってるのに一切ツッコミが無いとちょっと泣けてくる。スラングに疎いのは相変わらずのようだ。
…いや、これはただ単に空腹のあまり会話すらままならない状態なのかもしれない。おなかへったしか言ってないし。
そう思った土御門は、部屋の真ん中にあるテーブルにたまたまあった焼きそばパンを掴み、少女に見せつけることにする。


「…ほーれー。お主が欲しいのはこの焼きそばパンかぁ〜?」

「ありがとう、」

「とはいえ、ただでやる訳には…」

「そしていただきます!」


がおーっ!、と女の子とは思えないほどに大きく口を開いた銀髪少女は、そのまま食欲というベクトルをもってしてパンに向かって跳んだ。
もう少し具体的に言うと、土御門元春の腕目掛けて思い切り跳ね、そのまま腕を引き千切らんばかりの勢いで噛みついた。
普通の人間、特に隣人の上条当麻ならば抵抗すら出来ずに噛みつかれそうなものだが、


「そう来ると思ってました。ぽいっ」

「がおおおおおーっ! ってあれ、うわぁ!?」


びだーん。
としか表現しようのないコミカルな音をたてて、床に猛スピードで落下してしまった空腹シスター。
動きを先読みしていた土御門が部屋の奥へパンを投げたので、それを少女が追っていったのだ。
当然、空中でパンを追いかけた少女は部屋に向かって真っすぐジャンプし、綺麗な弧を描いて床に追突した。
修道服の加護が無い、顔面から思い切って。
9 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/08(木) 00:15:32.42 ID:LKoMR9wE0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……ん? あの金髪は確か…?」


一度双眼鏡から目を離し、今度は直視で例のベランダを眺めてみる。
少年、と言ってしまうのに抵抗がある風貌をした少年は、土御門がいる所とは違うマンションの屋上にいた。
まず、その少年は身長が2mある。次に、髪の毛を赤く染めている。そして、明らかに未成年なのに煙草を吸っている。
しかも格好は漆黒の修道服で指の全てに銀色の指輪を装着しているので、学生の街たる学園都市では目立つことこの上ない。
そんな不良にしか見えない少年がこの街にいる理由は、やはり『とある少女』の存在にある。

件の神裂火織と同じく、この少年もまた『禁書目録』を追って学園都市に入ってきた魔術師の一人なのだ。
正確には『神裂火織と同じ任務にあたる同僚』であるので、彼女と共にこの街に侵入してきた。
その際、魔術師なんて怪しい素性の者が科学の街に迎えられるはずもなく、『中』にいる協力者に頼んで街に入れてもらったのだが、


「間違いないね。アイツは土御門だ」


ついさっき、その協力者と見られる少年の部屋にターゲットの少女が引き入れられたのをこの目で見た。
……ということは、追っていた少女は見事なファインプレーで、奇跡的にも自分たちの協力者の元に捕らえられたことになる。
つまり、その事実が意味しているのは、


「……もう仕事は終わったんじゃないのか、これ」


日本には『骨折り損のくたびれ儲け』という言葉があるらしい。
日本人ではない彼にはその意味が正しく理解できているとは思えなかったが、今のこの状況を表現するのにピッタリな気がしてならない。
この場にいないパートナーにそう伝えたい気分だ。すると、彼の気持ちを悟ったのか、携帯電話の着信音が少年の耳に届いた。


「もしもし?」

『ステイルですか? こちら神裂です』


やはり電話先の人物は神裂火織だった。心なしか声が暗いが、それよりも早く先程のことを伝えなければ。


「ああ神裂か。そうだ聞いてくれ。実は今『彼女』が――――」

『………ステイル。科学の街をいうのは恐ろしいものですね』

「うん?」


何だそりゃ、と思わず声を上げてしまうところだった。言われなくたって自分もこの街は怖い。
世界中の科学の総本山であるこの街にいるというのは、魔術師にとっては敵の本拠地の真っ只中にいることに等しい。
当然、ステイルと呼ばれた少年も神裂もそれを承知の上で侵入したのだから、何を今さらと思うのがステイルにとっては普通だった。
10 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/08(木) 00:16:20.80 ID:LKoMR9wE0
しかし、電話先の少女が言いたいのはそういうことではないらしい。


『同じようなマンション、同じような住宅地、同じようなプロペラ……。これは私を陥れる罠なのですねそうに違いありません』

「…おいまさか。君はまい」

『それ以上は言わないでくださいっ!!!』

「まったく、敵地で行方不明なんて勘弁してくれ。僕は回収しないぞ」

『そんなぁ!!?』


電話先の声が結構本気で嘆いているが、そんなことは割とどうでもいいステイルは携帯電話から響く音を聞き流していた。
どうもあのパートナーの少女は、仕事は出来るのだがこういった文明の利器には弱い傾向があるように思われる。
昔、自分でカメラを持ってきたクセにその使い方がまるで分からず、結局ステイルがカメラを操作したという話もあるくらいだ。
……その時には二人の他にももう一人、女の子がいたのだが、それもまた昔の思い出だ。
ともかく、今は仕事中なので感傷に浸っている暇も、ましてや迷子になる時間も無いのだから、彼女には自分で何とかしてもらわねばなるまい。


「…とりあえず君が向かったコンビニに戻るんだ。そこからは来た道を辿っていけば良いだけなんだから」

『な、なるほど』

「だから探すのなら僕ではなくコンビニにしろ。真っ直ぐこちらへ来ようとするから余計に道に迷うんだよ」

『分かりました。ありがとうございます』

「礼を言われるほどじゃない」

『あっ、ステイル。あともう一ついいですか?』

「うん。遠慮せずにどうぞ」

『…彼女の様子はどうですか?』

「ああ、そのことなら心配ないさ」

『心配ない、ですか…?』

「そう。彼女は既に『保護』したからね」
11 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/08(木) 00:22:45.72 ID:LKoMR9wE0
とりあえず今日は以上です。大方の予想通り、『とある魔術の禁書目録』の本編再構成となります。
誤字脱字、文法ミス等はどんどん指摘してください。見てのとおり地の文は不得手ですので。
週1・2を目標に更新していきたいと思います。

ではこれからしばらくの間、宜しくお願いします。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/08(木) 00:23:22.96 ID:WNV6Wh9uo
>>1
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西・北陸) [sage]:2011/12/08(木) 00:25:06.02 ID:NXbIdKbAO
>>1
つっちー主人公とかマジ俺特
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/08(木) 00:35:23.77 ID:k5Zpe5ZDO
>>1
これはwktk


>>7
〜平凡なワンルームで〜
の文は時系列は現在じゃなくて後(未来)から見た文章ってことでおk?
四年ぶりの〜
はそして前文の時系列とは違って、現在から見た文章?

スマソ俺の読解力の問題だと思うけど教えてくれると助かる
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/08(木) 01:47:40.22 ID:DHepc5cl0

久々の良作の予感!
支援
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/08(木) 03:42:38.35 ID:nQz8qAUIO
おいおい主役にするのはある意味一番厳しいだろつっちーは
これは期待しざるを得ないぜい

>>17
よくわからんが、そこは少し言い回しがくどかっただけで普通に現在起きたことを書いただけだと思うよ
ねーちんやステイルからすれば、土御門がインデックスを保護=回収完了ってことなんだろうし
17 :16 [sage]:2011/12/08(木) 03:44:07.40 ID:nQz8qAUIO
ごめん>>14
18 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/08(木) 06:23:23.87 ID:w681ShtsP
やだ///超期待
19 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/08(木) 09:17:22.90 ID:PVi7TMJ70
最初の展開だけ見て、上条をフォローする土御門の苦労物語かと思った。
しかし、これは期待だ
20 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/08(木) 09:58:18.18 ID:PADmVMWk0
なんという主人公つっちーこれは期待せざるを得ない
つっちーが一番漢を魅せるエンジェルフォール編まではどうか続いてくださいマジお願いします
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/08(木) 13:00:23.27 ID:rsJupTlS0
むしろ本来土御門家のベランダに引っかかるところをその不幸体質故に上条さんが肩代わりしてしまった物語だと思ってたんで…… >>1には激しく期待! 
22 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/08(木) 21:30:57.28 ID:orMvtOxno
つっちーはイケメンだにゃー
23 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/08(木) 22:17:43.32 ID:3VObGfKPo
前総合で書いてたヤツ?
24 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/09(金) 15:24:51.21 ID:HstdAf600
多重スパイ設定とか実家との関係とか舞夏との過去とか
いろいろ気になりますです。乙。
25 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/10(土) 02:44:59.02 ID:K44FnsAuo
期待
26 : ◆sk/InHcLP. :2011/12/11(日) 23:20:37.76 ID:wIRRSrYy0
こんばんは。たくさんのレスありがとうございます。
実を言うとこの>>1は、もう土御門が主人公もしくはサブのSSだけでこれ以外にも3,4個原案を考えてはいるのです。
それには>>19>>24も含まれてくる訳ですが、いかんせん長編しか書けない(しかも遅筆)でして…。
という訳で、今回は土御門シリーズの第一弾なのです。いずれ増える予定ですが、まずはこちらから頑張っていきたいと思います。
期待に応えられるよう、全力を尽くしますので。


>>16 一応>>14のニュアンスも含むことになってます。つっちーの部屋に着くことはあくまで終わりのきっかけですので。

>>23 残念ながら違います。というか、そのSSって総合のどこにあるのか誰か教えてください。スレチではありますが。


では、今回分を投下します。
27 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:22:06.61 ID:wIRRSrYy0

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ところで、女の子に頭を噛みつかれるというのは貴重な経験だと思う。痛いとか嬉しいとかでなく、経験としてレアなものだと土御門は考えている。
けれども、そんな痛みのことは完全にスルーされつつ話は進んでいく。


「まずは自己紹介をしなくちゃいけないね」

「…いや、まずは噛みついたことを謝ってもらいたいのだが」

「私の名前はね、インデックスって言うんだよ?」

(知ってます)

「見ての通り教会の者です、ここ重要」

(そうですね)

「あ、バチカンの方じゃなくてイギリス清教の方だね」

(オレもそこの教会の者です)


互いに共通認識を持てるということはとても素晴らしいことだ。それは相手の理解にも繋がるし、話のタネにも、絆の切っ掛けにもなる。
だが、残念ながら今回のケースはそれに当て嵌まらない。あくまで土御門元春という少年の立場では、だが。
なぜなら。


(そもそもオレ、イギリス清教のスパイだからなぁ。だからこそ困ってるんだけど)


そう、詰まるところただそれだけのお話なのだ。彼は、目の前の少女・インデックスとは今なお同僚と言う関係にあり、かつては友達でもあった。
現在は見ての通り、かつての同僚を『敵』と見なして逃亡したり、『敵』の本拠地への潜入任務に当たっていたりと、複雑な環境下にある二人なのだが。
それでも二人は出会ってしまった。これまで築いてきた思い出をすべて白紙にしたうえで。


「うーん、禁書目録の事なんだけど。あ、魔法名ならDedicatus545だね」

(ホイホイと他人に魔法名を明かすなお馬鹿)

「それでね、このインデックスに……ちょっと、私の話を聞いてるの? ここまでノーリアクションだとさすがに傷つくかも」

「……あー」
28 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:23:21.22 ID:wIRRSrYy0
さて、どう答えたら良いものか。
ハハハッ、残念だったなインデックス。オレも連中の仲間だにゃー!、……というのは少々彼女には刺激が強すぎるし、それではわざわざ部屋に引き入れた意味が無い。
へーそうなんだふーん、じゃあ元気でねー、……というリアクションが今の土御門の通常スタイルに近いが、それだと結局インデックスを逃がしてしまう。
そうか!…実はな、オレは昔からお前のことが―――っ、……ではいくら何でも脚色しすぎだし、ぶっちゃけその嘘を突き通す自信が土御門には無い。
という訳で、第四の選択肢。『あくまで学園都市にいる一般の学生を装う』。これが無難だろう。


「にゃー! さっきから黙って聞いていれば訳の分からんことをベラベラと!」

「おっ、やっと会話が成立したんだよ! 私の献身的な行いがようやくジャパンの金髪グラサン不良にも伝わったんだねっ!」

「ふ、不良って…。これでも実は出来る男というのがオレの売りだと言うのに!」

「見たところまだ高校生くらいなのにその格好というのは……君はよっぽど異性にモテたいんだねっ!」

「うるせえ! 金髪日本人を舐めるでない!!」

「き、君は食べても美味しくないかも…」

「そういうことじゃねえよっ! つーかお前は食べることしか考えてないのですたい!?」


…何だか一般の学生がする会話ではない気もするが、とりあえず会話は成立しているので良しとしよう。
というか、インデックスをよく観察してみると、緑色の瞳はどうも物欲しそうにキョロキョロしていてるし、いつの間にやら自身の親指の指を噛み始めていた。
間違いない。これはクセでも何でもなく、ただ単に腹が減っているから身近なモノを咥えています、という合図だ。彼女は昔からそうだった。
昔はこうなると過保護な彼女のお友達たちが、よし少し早いがご飯にしようだのさぁお菓子をあげましょうだのと、口やかましく世話をしていたものだった。


「うん。何でもいいからおなかいっぱいご飯を食べさせてくれると私は嬉しいな」

「いやいや。なぜ見知らぬ怪しいシスターさんに飯を分けなきゃならんかを説明してくれ」

「けど、このまま外に出たらドアから三歩で行き倒れるよ?」

「それは困るなぁ。通報されたらこの年で現行犯逮捕されちまうぜよ」

「だから、ご飯をおなかいっぱい食べたいな♪」

「本当にそれしか考えてないのなお前! もっと言い方ってモンがあるんじゃないのかにゃー!?」

「えっと、敬虔たるシスターである私に今ここでご飯を奉仕すれば、もれなく良いことがあるかも!………来世あたりで」

「それって仏教的な概念だぞ! お前本当にシスターかよ!?」


ぎくっ、と分かりやすく肩を震わせるシスターインデックス(仮)。空腹のあまり思考もままならないのだろうか。
心配しなくともインデックスは正真正銘のイギリス清教所属のシスターなのだから、もっと自信を持ってもいいのに。
少なくとも、学園都市で暮らしている高校生・土御門元春が保証できるくらいなのだから。
29 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:24:42.37 ID:wIRRSrYy0
さて。
あくまで学園都市製の一般学生を名乗るのであれば、それに準じるような行動・発言をしなければならないだろう。
例えば、一般人はビルの七階に干されている人間をすんなりと受け入れはしない。当たり前のように異能が受け入れられている環境にあったとしても、だ。
すなわち、そんな一般人・土御門は自然な流れで事情聴取をしなければならない。というか、それが得策だ。


「それで? どうしてシスターさんはベランダに干してあったのかにゃー?」

「干してあった訳じゃないんだよ?」

「じゃあ、やっぱり空から降ってきたのですたい? ひゅー、時代は確実に良い方向に進んでいるぜい!」

「何だか拡大解釈も良いトコなんだけど、大体正解かも」

「おっ?」

「落ちたんだよ。ホントは屋上から屋上へ飛び移ろうつもりだったんだけど」

「へぇー。幼いのに危ないことするもんだにゃー。アレって結構スリルあるんだぜい?」

「まさか先輩に会うとは思わなかったんだよ」


いやいやー、ジョークぜよジョーク!、と一般人らしくフォローを入れてはいるが、これは土御門の体験談である。
もっとも、彼の場合は落下対策はまったく施していなかったので、リアルに命を懸けた綱渡りだった訳なのだが。


「とすると、ジャンプするときに足でも滑らせたのか?」

「ううん。ホントはちゃんと飛び移れるはずだったんだけど、飛んでる最中に背中を撃たれてね」

「撃たれた? ってことはつまり…」

「うん。追われていたからね」

「いやそっちじゃないぜよ。撃たれたってことはその、血とかは…?」

「血? ああ、傷なら心配ないよ。この服、一応『防御結界』の役割もあるからね」

「へぇー」

「…何だか物凄く信用されてない気がするんだよ」


そう少女が発言してはいるが、実際は真逆だった。というより、土御門にとって今の質問は『念のための確認作業』だったのだ。
神裂は大丈夫だろうと言っていたし自分でもそう信じてはいたが、やはり本人の言葉には敵わない。こうして本人の言質が取れて土御門は一安心したのだった。
30 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:26:07.50 ID:wIRRSrYy0
とはいえ、その心情をインデックスに悟られる訳にはいかない。むしろ、ここで追及の手を緩めてしまっては駄目だ。
ここでの自分はあくまで『科学の住人』なのである。学生はちゃんと学生らしくその役に徹しなければ。


「っつってもにゃー。お前って『外』の人間なんだろ?」

「そと? ああ、確かに私は日本人から見れば外国人かな」

「そういうことじゃなくて。…もしかしてお宅、ここがどこか分かっていないのかにゃー?」

「どこって、だから日本なんだよ」

「ここは日本だけど、日本ではないのだぜい」

「意味が分からないかも。君ってもしかして意地悪なのかな?」

「んー、言い方が悪かったにゃー。ここは学園都市っていう、日本とはまた違う場所なのですたい」

「むぅ…?」


首を地面に着かんばかりに傾けているインデックスは、土御門が言いたいことを上手く理解できないようだ。
それも当然だろう。そもそも彼女は『外』の住人なのだから、基本的に学園都市の事情など知ったことではないはずなのだから。
土御門は一旦顎に右手を添えて思案し、彼女にでもよく分かるように掻い摘んで説明をしていく。


「要するにだな、ここは学生の街なんだよ。で、そこにもう一つオマケが付いてくる」

「おまけ?」

「そう。『超能力開発』っていう、人類にとって夢のような特典ぜよ」

「ちょう、のうりょく?」

「簡単に言っちまうと、その開発ってヤツを受けるだけで、手から炎が出せたり頭から電気を発生させたり出来るってことだにゃー」

「ふーん。新種の魔術……かな? でも伝承やモチーフを用いない方法は非効率だし、そんなこと宗教観の薄い日本人が出来るとも思えないかも」

「お前が何を言っているかは分かりかねるが、そういう訳で、別にこの街だと『傷を負っても回復する』とか『攻撃を弾く』とか言われても不思議じゃないんだぜい」


分かりかねるが、なんていうのはもちろん嘘だが、インデックスにそんなことが分かるはずも無い。彼女にとっては今日が彼との初対面なのだから。
でも、土御門としてはそれでいいし、全然構わない。多分、これから先もずっと。
31 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:27:20.91 ID:wIRRSrYy0

ところで、これは先程のとは違い自覚があるケースなのだが、彼女にはもう一つ分からないことがあった。


「えっと、それじゃあ問題無いんじゃないかな?」

「ところが、これがコッチにとっちゃ大問題なのですたい」

「はえ?」

「言ったろ。『超能力』という異能は学園都市の中で開発されてるんだぜい。つまり、『外』の人間には異能は扱えない。これがこの街での常識なんだにゃー」

「一言で言えば?」

「お前の『防御結界』とかいう言い分は全く信用出来ないってこと」

「むー」


インデックスは頬を膨らまして怒りを顔全体で表現する。やはり常識だと思っていたことが相手に通じないというのはストレスになるのだろう。
しかし、ここでは善良な一般市民たる土御門元春には彼女の言い分は伝わらないことになっている。そのため、彼ははっきりと学園都市流をシスターに押し付けているのだ。
…そもそも彼女が真顔でポンポン言っていることは、本来なら表世界には明かしてはならない情報だ。だが、その点インデックスは堂々しているの逆に見ていて清々しい。
だからこそ、彼女は自分の認識に絶対の自信があるようだ。


「…どうしても信じないんだね」

「にゃー。この街じゃあ信じる方がどうかしているぜい」

「そこまで言うのなら、こっちにも考えがあるんだよ」


そう言い残すと少女は台所へ駆け足で向かっていった。どうやら彼女は自らの、正確には彼女が着ている修道服の防御性を証明したいらしい。
この場合、これから起こすアクションとして正しいのは……
32 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:28:43.28 ID:wIRRSrYy0
「って、包丁持ってきたぜよ!?」

「こ、これで私の言い分は分かってもらえるもん!」

「どういうことぜよ!? と、とにかく危ないからそんなモノは元の場所に戻しなさいっ!」

「刺してみて」

「は?」

「この修道服は『教会』としての必要最低限の要素だけを詰め込んだ『服のカタチをした教会』なんだから! 布地の織り方、糸の縫い方、刺繍の飾り方まで……すべてが計算されてるの!」

「なんですと?」

「布地はトリノ聖骸布を正確にコピーしたものだし……強度は絶対なんだよ? 銃で撃たれたって包丁で刺されたってへーきだもん!!」


決めゼリフをしっかりと言い切ったインデックスは、腰に両手をあてて無い胸を思いっきり張る。どうだ参ったかー、とでも言いたいのかもしれない。
とにかくそうやって決めポーズまで決めている少女の顔には、勝利の笑みさえ浮かんでいた。別に土御門に勝った訳でもないのに。
しかしまぁ、この状況下で彼女を包丁で刺すなんてする人間はおそらく人でなしだろう。そんな奴は世間から後ろ指を指されて外道呼ばわりされるのがお似合いだ。
そう、


「あっ、そういうことなら。えいっ」

「はーい、グサッ! って、えええええええええええええええええええええええええーっ!!?」


そんな野郎は外道呼ばわりされちまえば良いのである。
33 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:30:34.20 ID:wIRRSrYy0

「……超ビックリしたんだよ」

「だって刺せって言うんだもん。それにしても見事なまでに無傷だにゃー」


未だに鳴り止まない心臓の位置を押さえてビビっている無傷のインデックスの様子を見て、素直に驚いているのは土御門だ。
彼女が纏っている『歩く教会』というモノの効力は、正直彼女に説明されるまでもなく知ってはいたが、こうやって改めて見てみても感心してしまう。
実際、その効力を信じていた土御門は、せっかくなので巷を騒がす連続通り魔くらいの勢いで包丁を刺したのだが、それでも服の下まで刃が届く気配すらなかった。
そんな、本当に、すごく珍しく素直に感心していた彼の耳に、何やら感心できない音が入ってきた。というか、インデックスの腹が悲鳴を上げていた。


「………」

「………」

「おなかへった」

「…いや、さっき食べさせたじゃんか。オレの貴重な朝の食糧を」

「あんなのじゃ全然足りないんだよ。おなかへった」

「いやだから、おなかへったじゃなくて…」

「おなかへった!」

「………」

「おなかへった、って言ってるんだよ?」

「…はぁー」


前言撤回。感心した自分が馬鹿でした。やっぱりこの少女はただの腹ペコシスターです、本当にありがとうございました。
そう再認識させられた土御門は、本日何度目か分からないため息を、ついつい吐き出してしまうのだった。
34 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:32:10.49 ID:wIRRSrYy0

とはいえ、このままこの少女のことを放っておく訳にもいかない。降りかかってきた現実を恨みつつも、土御門は目の前の少女に一つの提案する。


「…はぁ。仕方ない。とりあえず朝食だけは恵んであげようではないか」

「やったんだよ!」

「さて、どうしようか?」

「えっ、君が作ってくれるんじゃないの?」

「えっ、このオレが料理出来るとでも思ってんですたい?」

「確かにそうは見えないけど……じゃあどうするのかな?」

「それを今考えている訳だぜい」


そう、目先の問題は食糧の確保だ。そもそも空腹少女が転がり込んでくる前はコンビニで買い食いして済まそうと考えていたのだが、そういう訳にもいかない。
なぜなら、彼女は魔術師に追われているのだから。土御門がインデックスの説明無しに事情を把握しているということは今さら言及するまでも無いだろう。
現在の状況で彼女を外に出すというのは非常に不味いし、かといってこのままだと少女の方が空腹のあまり餓死してしまうに違いない。
さて、本当にどうしたものか。


(…つーか、捕まえる側のオレがこんなことを考えているってのも滑稽な話だよな)


思いがけず苦笑が漏れてしまう。一体自分は何を考えてしまっているのだろう、と。
その土御門の表情を見つけたインデックスは、頬を一杯に膨らませて怒りを露わにしていた。笑ってないでさっさと飯を出せ、とでも言いたいのだろう。
だが、そんな感情表現豊かな彼女の心は、残酷にも少女にとっての最高の親友たちによって消されていった。このまま行けば今回もいずれそうなる。


それでも、土御門元春のやることは変わらない。


「うにゃー。それじゃあカミやんに集るとするか」

「かみやん?」

「ああ。オレの友達で、隣りの部屋に住んでいて、何より料理が出来る」

「ほ、本当なのかな!? だったら初めからそっちに落ちていれば良かったんだよ!」

「テメェ、それが焼きそばパンを恵んでくれた恩人の前で言うセリフか…?」

「さぁ、善は急げかも!」

「あっ、待てコラっ!!」


しかし、空腹も限界まで達したインデックスが土御門の制止を聞くはずもない。彼女は怒涛の勢いで玄関へと駆け出していく。
このようにして堂々と無視された土御門ではあったが、彼の表情に現れたのは怒りではなくて微笑みだった。
あの少女は、残酷すぎる運命にありながらも人を喜ばせることが出来る。抗おうとせずに宿命を受け入れつつも、それでも人に笑顔を与えてくれる。
そんな事実が、また不思議と土御門をも笑顔にしてしまう。一時的にでも、幸せな気分にしてしまう。

……自分は、どうだろうか。自分は愛する人に少しでも笑顔を分けてあげられたのだろうか。オレは――――
35 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:34:25.73 ID:wIRRSrYy0

そうやって自虐的に自己を振り返りながら、ふと自分の発言も振り返ってみる。確か隣りの部屋の……上条当麻に頼ってみる?
あかん。改めて考えてみると、それは非常にあかん。具体的には、普段使わない『あかん』が出てきてしまうくらいアカン。
何が不味いって、もちろん件の上条当麻が不味い。彼の不幸体質もそうだが、それ以上に彼の特殊能力が不味い。

上条当麻は、この科学の街にあって非常に異質な存在だ。彼の異常なまでの不幸体質も、その異質さへと集約していると言える。
その異能は『幻想殺し』。性能としては、『それが異能の力ならば触れただけで消すことが出来る』という非常に優秀なものだ。
ただし、その能力は彼の右手首から上にしか備わっていないので、そこまで便利な代物だとは本人が一番思ってはいないだろう。
だが、その右手が一番不味い。だって、インデックスの修道服は『歩く教会』だもの。まさに異能の塊だもの。
しかも、そこに上条当麻の不幸体質まで加わってしまえば、これらの事柄から導ける答えは………アカン。彼女を止めねば。


「ま、待ってーっ! このままだとお前、大変不味いことに―――!」

「ごっはん、ごっはん♪」

「待てやボケシスター! ガチャ、じゃねえんだよテメェはよぉ!」

『ヤベェ! 補習補習ー! すっかり忘れるトコだったー』

「この声は…カミやんぜよ。ま、不味い!」

「ごはん、ごは……キャッ!?」

『ほしゅ……ぬわぁっ!?』

「だ、大丈夫かインデックス!!?」


ドゴォ、という音が聞こえてきた辺りで、ようやく土御門は玄関まで辿り着いた。彼は、もう靴を履くことすら忘れて外に飛び出す。
そこで、彼の目に飛び込んできたのは―――
36 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:36:54.01 ID:wIRRSrYy0

「あっ、スイマセンぶつかっちゃって! お怪我は無いでせうか!?」

「だ、大丈夫なんだよ。こちらこそゴメンナサイ」

「そ、そうですか。それはよかっ……ってあれ? 土御門の部屋から舞夏じゃない女の子が??」

「まいかって誰のことかな?」

「ゼハーゼハー。な、何か無事か?」


そこには、少し乱れた学生服姿で学校へ向かおうとしていた友人・上条当麻と彼の腹の辺りに勢いよく突っ込んだであろうインデックスがいた。
状況から察するに、ツンツンした黒髪が特徴的な少年は補習に急ぐあまり前をよく見ていなかったらしく、土御門の部屋から急に出てきた少女に気付けなかったらしい。
その証拠に、突進してきたインデックスを支えるように彼の右手が少女の肩に置かれて………右手?


「あ、あかーんっ!!」

「はぁ? 一体どうしたんだよ土御門。そもそもこの子はどこの誰―――」

「あれ、もしかして君がかみやんなのかな? はじめまして! 私の名前はね―――」


―――次の瞬間、上条当麻は言葉を失うことになる。なぜなら、その瞬間には……


「―――インデックスっていうんだよ?」

「あーあ…」


ストン、と。
その音だけを残してインデックスと名乗る少女の修道服が、まるで羽が舞うように綺麗に落ちたからだ。
この異常事態に対し、上条当麻は先程の体勢のまま硬直して、土御門元春は片手で頭を抱えて大きなため息をつく。

そして。
そんな二人の様子を見て疑問が募るばかりのインデックスは、彼らの視線の先を目で追ってみることにした。
すなわち、衣服が消失して生まれたままの姿になった自分自身の方へと。そこで、少女は目線を下に向けたまま凍りつくことになる。


詰まる所、彼女は完全無欠に素っ裸だったのだ。屋外で。
37 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:38:47.38 ID:wIRRSrYy0

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神裂火織は、ようやく迷子という状態から解放された。同僚の主張通りに来た道を辿り、コンビニに戻ったところで再び来た道を冷静に辿ってみると驚くほど簡単に着いたのだ。
これも彼のおかげだ。この借りはいずれしっかりと返そうと心に誓った彼女は、双眼鏡を覗いて硬直しているステイル=マグヌスのところへ急ぐことにする。
と言っても、彼女がいるのはまだ地上であり、同僚がいるビルの屋上まではまだまだ遠い。急いだところもそう早くは着かないものだ。そう、普通であれば。


「さて、周りに人の気配は……ありませんね。夏休みの朝なので、まだ家の中にいるのでしょうか」


ならば、彼女のような人間にとってはどうなのだろう。特に、身体能力が普通でない者の場合は。
彼女は、自分でも自覚しての通り、いわゆる超人である。そもそも『簡単に着いた』とは言うものの、彼女から同僚との距離は直線でもざっと一キロメートルはあるのだ。
それでも彼女が目視でちゃんと同僚がいるという見分けがつくのは、ひとえに神裂の視力が異常なまでに高いからだ。また、彼女の身体能力の凄さはそれだけではない。


「この辺りのビルはそれぞれの距離も近いですし……ふっ!」


という軽い掛け声だけで神裂は何メートルもの大ジャンプを軽々と行う。高度が最高点にまで達したところで彼女は近くのビルの壁を足場に再び跳躍し、それを何回か繰り返す。
こうしてものの五秒ほどで、神裂火織はビルの一つの屋上へと到着してしまった。恐ろしいまでに人間離れした能力だが、これが彼女にとってのスタンダードである。


「さて、では向かいますか」


そして、念のため周りを確認した神裂は、これまた念を押して人目がつかないように少し遠回りして同僚の元へ向かうことにする。
ビルとビルの間を、まるでマンガに登場するジャパニーズニンジャのように飛ばし飛ばしで。


(…ステイルに任せていれば大丈夫でしょうが、やはり彼女のことは心配です。少し急いで向かいますか)


心の中でそう呟いた彼女は、今度はまるでミサイルのようなスピードで、ビルを三つずつ飛ばしながら進んでいく。
さながら、階段を上るときに三段飛ばしをするくらいのノリで。
38 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:42:13.59 ID:wIRRSrYy0

そんな人類史上類を見ないであろう三段飛ばしを繰り広げていれば、あっという間に同僚のところに着いてしまうというのは明らかだろう。
神裂は(主にステイル=マグヌスの)安全のために徐々に速度を緩めていき、飛ばすビルの数を一つ、二つと減らしていき、最後にはただのビル飛びに戻った。
こうして、おそらくしっかりと仕事をしているであろうステイルのところへ到着したのだが……


「…あのステイル、どうかしましたか?」


ステイルが息をしていない、と始めは思ってしまった。それほどまでに今の彼からは生気が感じられなかった。
双眼鏡から離した目は虚ろだし、口元は変に緩んでいるし、頬は痙攣しているようでピクピクと動いている。おかげで彼が愛用している煙草が下の貯水タンクに落ちているほどだ。
…そういえば先ほど目視したときから何故か彼は硬直していたし、そもそもベランダを監視しているはずの彼が反対側であるこの屋上の貯水タンクにいるのも不思議な話だ。
疑問が絶えない神裂は、落ちていた煙草の火を足を擦り付けて消すと、頭に浮かんだ質問をステイルにぶつけることにする。


「えっとステイル。『彼女』はどうしました?」

「………」

「いえあの、口を開いてくれないと何も分からないのですが」

「……ふっ」

「ふ?」

「ふふふふ、うひゃはははははははーっ!! はっはっはぁー!!!」

「す、ステイル!?」


ステイルが狂ってしまった。そうとしか思えなかった。だって、笑い方が明らかに変だもの。
しばらく狂人めいた笑いを披露したステイル=マグヌス魔術師は、虚ろな表情のままふと呟いた。


「……ぐふふ。殺す」

「は?」

「あんのツンツン頭の変態野郎、絶対に殺してやる。死んでも殺してやる。もしも奴が地獄に堕ちたとしても、何遍でもぶっ殺してやる!! うふふっ♪」

「何を言ってるんですかステイル!? ちょ、ちょっと一旦冷静になってください! っていうか笑い方気持ち悪っ!?」

「HAHAHA何を言ってるんだい神裂。僕は至って冷静さ。冷静にあのクソ野郎を殺す算段を考えているんだよ!」

「絶対口調がおかしいですし目が完全にイッちゃってますけど!? つーか何で鼻血なんか流してやがるんですか!」

「天使だ……。本物の天使が、この世に降臨したのさ。…グハッ」

「ちょ、ちょっとステイル? ステイル=マグヌスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーっ!!」


監視任務に就いているはずの神裂火織は、思わず自分の仕事を忘れて魂の雄叫びを朝の学園都市に配信してしまうことになる。
そんな叫び声にも拘らず彼女の腕の中で意識を失っている魔術師は、なぜだか知らないがとても穏やかな表情をしているのだった。
39 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/11(日) 23:48:04.43 ID:wIRRSrYy0
上条派に、ごめんなさい。インデックス好きにも、すみません。ただしステイル、テメェは駄目だ。
という訳で今回分は以上です。原作と比べると、上条さんが大変なことになっております。まぁ、上条さんならありそうな話だけど。
もうこのネタは考案当初からのモノでして、つまり上条さんはエロテロリスト確定だったのです。本当にすいません。
ちなみに言っておきますが、>>1は上条さんのことは土御門と同レベルで好きです。恨みとかは特にありません。

では、また一週間以内に。
40 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/11(日) 23:49:16.17 ID:wTH8pZh8o
>>1
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/12(月) 00:23:31.87 ID:zs8FBFewo
乙!
42 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 02:39:58.41 ID:B7Kddc4DO
おい上条テメェ
>>1
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/12(月) 13:12:14.18 ID:k38p5Y8No


亀だが総合の土イン再構成は28スレ目の「背中刺す刃と献身的な子羊」
44 : ◆sk/InHcLP. :2011/12/18(日) 21:05:52.30 ID:7vqbsX8B0
こんばんは。>>43さん、ありがとうございます。おかげでようやく読むことが出来ました。
この場を借りて申し上げますが、土御門に対する疑問は、この>>1と背中刺す刃と献身的な子羊の作者様とでほぼ一致しました。
真相は原作者のみが知る、といったところですが、このスレでそのうちの何個かは自分なりの答えを出しておこうと思います。

では、今回分を投下します。
45 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:08:04.50 ID:7vqbsX8B0

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まるで夏の暑さにやられて現れた露出狂のようになってしまったインデックスは、とりあえず3人の中で唯一正気だった土御門の手により、上条当麻の部屋に運ばれた。
修道服が綺麗に脱げてしまったシスターさんを宥めて歩かせるのも、必死に自分の失態をカバーしようと空回りする上条を落ち着かせるのも、いちいち大変だった。
特に、上条当麻が下に落ちている布地に足を引っ掛けて再びインデックスに向かって突進しそうになったときは、もう焦ったなんてものではなかった。
彼にしては珍しく激しく動揺しながらも、土御門はその布地を拾って『遠くで様子を見ているであろう』人物に配慮して、少女に白いローブを掛けるような感覚で彼女を保護した。
その際、その同僚がいるであろう場所で赤いモノが迸っていたように見えたのだが、その色の正体は彼の髪の毛であることを信じたい。
                            
そういう訳で、何とか上条の部屋に集合した3人。
シスターは何とか布を安全ピンで留めてギリギリ着れるレベルまで衣服を修復し、金髪アロハは勝手に部屋のベッドに腰掛けていた。ちなみにこの部屋の主は床に正座している。

        メンドクセエシタゴシラエカラ
さて、まずは状況説明をせねば。


「ど、どうしてこうなった…」

「それはこっちのセリフなんだよっ!」

「あー、とりあえず落ち着けって。なっ?」

「この状況で冷静になんてなれないかも! そもそも何で私の『歩く教会』が壊れちゃったのかな!?」

「そ、そんなこと土御門さんが知ってる訳ないにゃー…」

「むー!」

「不幸だ……」


そう呟く上条に対し、インデックスはそれまで以上に冷たい視線を浴びせる。確かにこの状況、土御門から見れば完全に不幸であった。
だが、だからと言って女の子を裸にした罪が許される訳もなく、上条当麻はため息さえつけずに只々俯くのだった。

46 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:09:27.97 ID:7vqbsX8B0

とにかく、ここはそれぞれが持ち得る情報を公開して状況を打破するのが一番だろう。たった一人、自分の目的のために沈黙を守る者を除いては。


「まずは状況を整理するぜい。インデックスがオレの部屋から出てきて、そこにカミやんがぶつかってきたんだろ?」

「そう、それが悲劇の始まりだったんだよ」

「つーか、ぶつかったくらいで何故に服が破けるんだよ…」

「だからそれはこっちのセリフかも! あの霊装は人に当たったぐらいじゃ絶対にビクともしないもん! 銃で撃たれたって包丁で刺されたってへーきだったのに…」

「あのー、もしもし? おい土御門、この子は一体ナニ星人と通話中なんですか?」


状況を整理しようとしているのに、混乱が深まるばかりなのはやはり上条当麻だ。まぁ、目の前の少女が霊装がどうとか包丁も平気とか、突然訳の分からないことを言っているのだ。
いくら異能の力に慣れていようと、そんなことを真顔で言う人間を信用するほど上条当麻は甘くは無い。とはいえ、上条の心情など当然インデックスには分かるはずもない。


「何を訳の分からないことを言ってるの! 私が言ってることがそんなに変なのかな!?」

「ああおかしいね! 大体何だよ銃でも包丁でも平気って。そんな便利な代物なんざこの学園都市にもあるか分からねえぞ!」

「あるったらあるもん!」

「ぜっっったいにありえない!」

「あるもん!」

「無い!!」

「私にしたことについてのコメントは?」

「本当にすみませんでした!」
47 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:10:28.57 ID:7vqbsX8B0

ああ、なんて見事な土下座なのだろう、と土御門は内心で感心していた。タイミング、フォーム、発声すべてにおいて効率的かつ立派なものだった。
おそらく借金取りに追われている人たちのそれと同等、いやそれ以上の出来栄えだったと言える。それほど無駄のない完璧な土下座であった。
……いや、そんなことを考えている場合ではない。今はとにかく2人に状況を理解してもらわねば。
そう考え直した土御門元春は、脱線した話の流れを元に戻すことにする。


「…あー、カミやん。その子が言ってることだけど、一応本当のことらしいぜい」

「はぁ? それってつまり、学園都市以外にも異能のチカラがあるってことか!?」

「ほら、だから言ってるでしょ!」

「お前は黙ってろ電波少女! 一体どういうことだ土御門?」

「うーんとにゃー。さっきもこの子と同じ流れで口論になってにゃー。それでカッとなってつい…」

「包丁で刺してきたんだよ」

「包丁で!? それって何の殺人事件だよ!」

「でも、この通り彼女はまったくの無傷。オレはせっかくの機会なんで思いっきりやったんだけどにゃー…」

「ふふん。これで私の『歩く教会』の凄さを理解してもらえたかな?」

「っつっても、もう実物が無いんだけどなー」

「誰のせいだと思っているだよ!!」


そう叫んで跳び上がったインデックスは、勢いそのままに上条のツンツンした頭にガブリと齧り付いた。
当然、いくら不幸に慣れているとはいえ噛みつかれた方はたまったものではない。


「うぎゃァァあああああああああああああああああああああああああーっ!! い、痛ぇぇぇええええええええええええええええええええええーっ!!?」

「あらら。カミやんも噛まれてしまったぜよ」

「見てないで助けろこの野郎!!」
48 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:12:17.67 ID:7vqbsX8B0

いや、お前はそのくらいのペナルティを受けるべきだろう。何せいたいけな女の子を真っ裸にしてしまったのだ。しかも屋外で。
もしかすると噛みつくという行為はまだ可愛げのある方なのかもしれない。一歩間違えばそれこそ包丁で刺されかねないし。
それからしばらく上条当麻が頭を噛み砕かれている図を楽しんでいると、ふと彼のツンツン頭から口を離したインデックスが首を傾げた。


「それにしても、どうして『歩く教会』が粉々になっちゃったのかな? こんな芸当、伝説にある聖ジョージのドラゴンでもないと不可能なんだよ」

「…聖ジョージだのドラゴンだの、訳の分からん単語がよくもまぁ出てくるもんだな。でも、インデックス……さん?」

「何?」

「その『歩く教会』ってのもいわゆる異能の力なんだろ?」

「うん。魔術だからね」

「マジュツ? 本当に意味が分かんねえな。…でも、だったら説明がつくぜ」

「えっ、どういうことなのかな?」

「ふむ。オレも気になるぜい」


2人の好奇の目に晒された上条当麻は、多少たじろぎながらも自分の右手を前に突き出した。


「この右手なんだけどさ。これは『幻想殺し』って言ってな。異能の力なら触れただけで神様の奇跡だろうと打ち消せるってシロモノなんだ」

「……」

「……」

「…何だその目は」

「ぷぷっ! 異能の力なら何でも打ち消せる『幻想殺し』? 法螺もそこまで吹ければ大したものなんだよ!!」

「大体カミやんはオレと一緒で、落ちこぼれのレベル0ぜよ? そんな馬鹿げた話、無い無いありえなーいっ!」

「だーっ! 絶対そう言われると思ってた! だから言いたくなかったのに…」


金髪の隣人だけでなく知らない(しかし服を剥いでしまった)女の子にさえ大声で笑われてしまう上条当麻。
しかも、自分でも前から気にしてはいたらしく、その落ち込みぶりは相当なものだった。何と言うか、世界に絶望したような顔をしている。
49 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:13:53.44 ID:7vqbsX8B0

しかし、そう馬鹿に出来る話でもない。何せ、その異能を打ち消す異能というモノを2人はまざまざと見せつけられてしまったのだから。
もっとも、少女の方は身体で覚えさせられた、とでも言うべきなのだろうか。現に衣服は布地にまで還元してしまったのだし。
……そうやって何も知らないと装いながら、土御門元春は今まで出てきた情報から結論を導き出すことにする。


「でも、それだとさっきの現象も説明がつくにゃー」

「そうかも。…それにしても、実に恐ろしいチカラなんだよ」

「どうやらようやく信用してもらえたらしいな…」

「うん。だったら、私の話も信用してくれるよね?」

「それは分からないにゃー」

「ど、どうしてかな!?」


白い修道服、改め針のムシロを身に纏う少女が驚愕しながら叫ぶ。この女の子、どうやら自分の言い分は既に通用したものだと思っているらしい。
先ほど土御門から『学園都市』についての軽いレクチャーは受けているのだから、もう少しくらい上条たちの考えを理解してほしいものだ。
そうしてあくまで一学生の立場に立ちながら、土御門は次に上条のフォローに入る。


「だってにゃー。魔術だの追われてるだのってさー。ぶっちゃけお前、怪しすぎるぜよ?」

「うっ」

「そうだそうだ! 何なんだよマジュツって!? そんなもんでHP回復したら誰も学園都市になんて来ねえよ!」

「で、でも魔術はあるもん!」

「っつってもにゃー。…とはいえ、さっきの現象といい包丁の件といい、もしかすると魔法ってカンジの名前が付いた『異能』もあるのかもしれないぜよ」

「そ、そうなのかぁ? どうも俺はこの女の子の言ってることが信じられないんだけどなー」

「でも、実際カミやんの幻想殺し(笑)でインデックスの修道服が破けたじゃん」

「笑うなよホント、頼むから」

「むー! 勝手に話を進めないんでほしいんだよっ!」


こうなってしまうと、インデックスが怒るのも無理はない。一対一ならともかく、複数で相手されたのでは流石の彼女も対抗できないのだ。
いつもなら勢いで何とかしてしまうし、かつては強いバックが控えていたからなー、と土御門はまるで他人事のように振り返っていた。

実際、今は他人なのだが。
50 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:15:14.99 ID:7vqbsX8B0

「……それで? 土御門、追われてるってのはどういうことだ?」

「うん? 何だカミやん。気になるのかにゃー?」

「そりゃあな。そんな物騒なことを聞いたら放ってはおけないだろ」

「…くくっ」

「な、何故笑うのでせうか…?」

「いやな、その……はははっ!」


やっぱりだ。これが、上条当麻という人間なのだ。困っている人がいれば必ず手を差し伸べ、曲がったことには堂々と間違っていると叫び、決して折れない信念を内に秘めている。
彼は、そういう種類の人間なのだ。つまりはヒーロー。しかも土御門などとは真逆の、真に人を救うことの出来る、本物の、だ。
正直に言うと、土御門は上条のそんなところが羨ましかった。正しくあるのではなく、自分の信念に従って物事を行えるという、その姿勢が。

だが、彼には無理だった。かつて、裏切りの名を自らに刻み、全てを捨てる覚悟と決意をした男には、そんな生き方など。


「おい、笑いすぎだぞ土御門! 確かに自分でも恥ずかしいことを言ったとは思うけどさ…」

「ぷぷっ、悪かったぜよ。それじゃ説明するか。うーんとにゃー。……何か追われてるらしいぜい」

「説明になってねえぞ!?」

「あー、そういえばまだ詳しい話は聞いてなかったにゃー」

「…えっと、じゃあそろそろ私の話を聞いてくれるかな?」


もはやちょっと涙目になっているインデックスが2人に尋ねてくる。おそらく、自分の話を信じてもらえなくて泣けてきてしまったのだろう。
ここまでくると流石に科学の常識で否定してしまうのも可哀想になってくるので、そろそろ少女に発言の機会を与えるとしよう。


「にゃー。とりあえず話だけでも聞こうぜい、カミやん」

「そうだな。とりあえず聞こうか」

「とりあえずが邪魔なんだけど、とにかく話を聞いてもらえるようで何よりなんだよ」


こうして、高校生2人を対象にした少女のレクチャータイムが始まったのであった。
51 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:18:00.90 ID:7vqbsX8B0

「さて、じゃあまずお前は何に追われてる訳?」

「よくわかんない。でも追われてるのは確か」

「お前もよく知らないのでせう!?」


早速インデックス先生が当てにできなくなり、この中で一番事情に詳しくない、というより全くの素人である上条が思わず大声を上げる。
まぁ、先生がいきなり説明を放棄したのだから、それも当然だろう。それにしてもこの少女、よくこの調子で一年も逃げおおせたものだ。
しかし、そんなことは全く気しない様子で彼女は話を続ける。


「うーん。何なんだろうね?」

「そんなこと上条さんが知るか!」

「薔薇十字か黄金夜明か。その手の集団だとは思うんだけど、名前までは分からないかも」

「つまり、名前もよく分からない組織にずっと狙われている訳なのかにゃー?」

「そういうことになるね」

「えっ、じゃあその連中は一体何者なんだよ?」

「うん。それはね……」


上条に本題について問われたインデックスは、彼よりもさらに冷静な口調でこう告げた。


「魔術結社だよ」


………ぐうの音も出ない、とはこのことだろうか。上条も土御門も、理由は違えど同じように声が出せずにいた。
上条としては何を訳の分からないことをと、土御門としてはもう少し上手に説明しやがれという思いで、当の追われている少女を見つめた。


「……まーたマジュツか。何度言えば気が済むんだこの少女」

「仕方ないぜよ。『歩く教会』ってヤツの性能は本物だったし、そう言ってきてもおかしくはないにゃー」

「ちょっと! もう少し真剣に聞いてほしいんだよ!」


だったらもう少し上手に説明しやがれ主に理論とか特徴とかを、と上条たちは真剣にツッコミを入れたかったが、そういうことはしなかった。
上条的にはこの少女にそこまでは求めていないし、土御門はそもそも『魔術』を知っている人間なのでその必要性が無いのだ。
52 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:19:35.70 ID:7vqbsX8B0

「うぅぅ…。どうしてこの人たちは私のことを信じてくれないのかな…?」

「今の説明で信用する方がどうかしてるぜい」

「そうだそうだ。だったらその魔術ってのを今ここで見せてみやがれ! 手から炎とか出してみやがれってんだ!」

「わ、私には魔力が無いから、魔術は使えないの」

「使えねえなオイ!?」


先ほどまで土下座していたとは思えないほどの勢いで、上条当麻がインデックスに対して強気な姿勢を見せる。
この勢いのまま霊装破壊事件をうやむやにしてしまうとでも思っているのだろうか。そうなったら絶対に自分が少女に指摘してやろうと土御門は密かに決意する。
とはいえ、インデックスもこのまま負けている訳にもいかないので、反論に移り始める。


「だ、だったらそっちの『ちょーのーりょく』っていうのも信用できないかも!」

「はぁ? いきなり何を…」

「かいはつっていうのを受けるだけで誰でもチカラが使えるというのはおかしいんだよ! そもそも、魔術という技術は生まれつき才能が無い人が…」

「だーっ! 今は魔術のお勉強の時間だろうが!」

「そんなの関係ないもん! 論より証拠! さっさと『ちょーのーりょく』を見せやがれなんだよ!!」

「論より証拠って…。それ、完全にブーメランぜよ」

「大体、超能力ならさっき見せてやったろ! ほら、外でお前とぶつかったとき服がさ………って、あ」

「ガルルルル……」

「歯ぎしりをたてないでくださいね!?」

「とにかく! 何でもいいからチカラを見せてくれれば私も信用するんだよ!」

「っつってもにゃー…」

「何を勘違いしているか知らないけど、俺らってそもそもレベル0だぞ?」

「…レベル0?」

「要するに無能力者、無能ってことですたい」

「そういう意味じゃお前と一緒かもな。俺の場合は天然素材だからまた別だけど」
53 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:20:57.97 ID:7vqbsX8B0

あっさりと。あまりにあっさりと自分たちの不優秀さを認めてしまった土御門たち対し、インデックスは激しく動揺してしまう。
それは、驚きや怒りの感情も原因としてあるが、一番の理由は、


「だ、騙されたんだよ!!」

「「は?」」

「だって、かいはつを受ければ誰でもチカラを使うことが出来るって、さっき言ってたのに!」

「そうなのか、土御門?」

「そういう触れ込みだからにゃー。一応そう言っといた。だがなインデックス、能力開発ってのは結局本人の才能次第だったりするんだぜい?」

「えっと、つまり…?」


やはり上手く事情が呑み込めないインデックス。どうやら、彼女の魔術講座を受ける前に、こちらで科学講座を開かなければならないようだ。
とはいえ、上条はもう覚えていないだろうが、この後一応補習も控えている2人である。なるべく端的に回答するとしよう。


「この街だと、才能がある順にレベルで振り分けられるんだにゃー」

「ああ。俺らみたいなレベル0から6段階評価でな。つまり、一番雑魚なのがレベル0で最強なのがレベル5。こんな感じにランク付けされてるんだよ」

「な、何だかそっちも色々と大変なんだね…」

「そうそう。レベルが高いだけでそのことを鼻にかけたり、レベルが低いヤツを虐めたりにゃー」

「それが全てって訳じゃないのになー。全員がそういう訳でもないけど、そういう考え方が日常化している世界なんだよ、ここは」

「へぇー。何となく学園都市って場所のことも分かってきたんだよ。逃げる場所を間違えたかも…」

(…いや、むしろ好都合なんだぜ。お前にとっても、オレにとっても、そして――――)


そう、これは好機なのだ。おそらく、インデックスという少女にこれまで関わった人物のほとんどに当て嵌まるチャンスだと土御門は思う。
例外として、あの憎たらしい女狐がいるが、そのことは今は考えないようにしよう。とにかく、この少女のことをどうにかせねば。
54 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:23:57.89 ID:7vqbsX8B0

「うしっ。科学の勉強はここまでだにゃー。そろそろ魔術結社とやらのお話を聞かせてもらおうぜい」

「だな。とにかく話だけでも聞かせてもらうとするか!」

「むぅ。何だか納得いかないけど、仕方ないのかも」


上条や土御門による一通りの科学講座に、インデックスはある程度は理解を示したようなので、ようやく本題に移れそうだ。
これから上条当麻は、魔術というもう一つの世界への一歩を踏み出すことになる。土御門元春、あるいは彼以外の人物の思惑通りに。


「じゃあ、仮に魔術結社というモノがあるとして……」

「仮に?」

「そう、あるとしてだな。どうしてお前が狙われているんだよ? その服装と関係あるの?」


要するに、宗教がらみの話なのかと上条は暗に告げた。彼は、さっき自分が粉砕してしまった衣服、つまりは修道服のことを考えに入れてそう発言したのだろう。
科学信仰は別としても、基本的に科学技術を用いている日本人というのは宗教については詳しくない。そのため、危ない宗教が関わっていると予想したのだ。
だが、もちろん真相はそうではない。彼女が追われている理由は、


「……私は、禁書目録だから」

「は?」

「私が持ってる、一〇万三〇〇〇冊の魔道書。きっと、それが連中の狙いだと思う」


………場を沈黙が支配した。と思いきや、上条がすぐさま反論に出る。


「いやいや。それはねーよ」

「やっぱり信用してないんだよ」

「いやだって、魔道書? まぁ、これが本当に存在しているとして」

「だからあるんだってば」

「何処にあるの? Where!?」

「ふふんっ。カミやん甘いぜよ。これは一〇万三〇〇〇冊の本が集められてる図書館のカギを持ってるって意味に決まってるにゃー!」

「ううん。ちゃんときっかり一〇万三〇〇〇冊、一冊残らず持ってきてるよ?」

「「……」」


彼女の念押しへの返事は、静寂になってしまった。無理もない。彼らは、科学の街で過ごす一般の学生にすぎないはずなのだから。
さすがにこれは無理すぎる。まず、ソースも信頼できない。改めて考えれば、得体の知れないシスターさんが言っていることだし。
その意思を互いに目配せで確認すると、今度は一刻も早くこの状況を覆せるセリフを模索し始める。その答えは、


「…や、やっべー。補習が始まっちまうぞー」

「ほ、本当だにゃー。いっそげー」

「棒読み過ぎるんだよ! そんなに私と関わりたくないのかな!?」


当然、シスターさんは再び涙目状態だ。
55 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:26:57.86 ID:7vqbsX8B0

とはいえ、さすがにこのまま放っておいて少女がこの世からおさらばしてしまうのを後でニュースで知るというのは後味が悪い。
別に殺しが目的だと確定した訳でもないが、上条としては最悪のケースまで考えてしまうので、そうなると殺人幇助したような気分になってしまう。
いや、それ以前に、根本的に目の前に追われている少女がいるというのに、それを無視するなんて上条当麻には出来ない。でも、補習はもうすぐ始まる。
さて、どうしたものかとお人好しは深く考えて考えて、考えた結果、


「俺はこれから補習行くけど、お前はどうする? ここに残るならカギ渡すけど」

「いらない。というか、どうして私を外で辱めた男の部屋にいなきゃいけないのかな?」

「うっ…」

「どうして私が君のような危ない人の部屋にいなきゃいけないの?」

「うっ、ううううううううううううううううううううううううううううううううーっ!」


残念ながらというか、当然ながらインデックスに提案を拒絶される上条当麻。まぁ、彼の所業から考えれば当たり前のことだった。
というか、これだと親切な少年ではなく都合良く事実を揉み消している変態に見えかねない。実際、上条は良い人なのに。
しかし、少女もそこに関しては一定の理解があるらしく、


「ふふっ。大丈夫、出ていくのは君のせいじゃないし」

「んー? それってどういうことぜよ?」

「だって、いつまでもここにいると、連中ここまで来そうだし。そうなると、この部屋ごと爆破されちゃうよ?」

「爆破!? ふ、不幸だ…」

「図々しくもまだ私をここに留める気かな? いい加減にしないともう思い切って叫んじゃうよ? ここに変態さんがいますーって」

「なんですと!?」

「じゃあ、さっさとそのほしゅーに行った方がいいかも」

「わ、分かったよ。行こうぜ、土御門」

「了解だぜい。だけどカミやん、オレはまだ準備が整ってないんでにゃー。先に行っててくれ」

「おう。……あと、インデックスさん。なんか困ったことがあったら、また来て良いからな」


上条当麻は少女に向かって真っ直ぐにそう告げて、自分の部屋のカギを土御門へ投げ渡した。補習のときに返してもらうぞ、ということなのだろう。
そのメッセージに対して土御門が親指を立ててオッケーサインを出すと、上条は走って玄関から外へ飛び出した。……と思いきやガムを踏んだ。
何とまあ、格好がつかない少年である。しかし、少年にとってはこれも日常茶飯事なので、そこで拘泥することなく補習へ向かっていった。

こうして、主を失った部屋には金と銀の髪の色をした少年少女が残されたのだった。
56 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:28:31.73 ID:7vqbsX8B0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……あれで良かったんだよ。あの人は、私みたいな人間に関わるべきじゃないもん」

「それには同意ぜよ。アイツはお人好しだからにゃー」


そう、インデックスはわざと上条を自分から遠ざけたのだ。長らく暗い世界を見てきた彼女には分かるのだろう。彼が、真に光の世界の住人であることが。
確かにその通りだ。上条当麻は、どこまで真っ直ぐで、どこまでもお人好しな普通の学生なのだ。ならば、わざわざ世界の暗部に巻き込む必要はない。
…その理屈だと、目の前にいる少年も当て嵌まるはずなんだが、なぜかインデックスにはそんな気がしなかった。今日初めて会った一般人のはずなのに。


(どうしてなのかな? 何故か、この人と会うのは初めてじゃない気がする…)


その感情を、彼女は知らない。名前として、知識として知っていても、経験としては知らない…はずなのだ。そう、彼に会うまでは。
―――こんな、『懐かしい』なんて感情は。


(一体この人は、何者なのかな?)


彼女の疑問に、しかし土御門と呼ばれていた少年は答えない。いや、答えるはずがない、と言うのが正解なのだろう。
……しかし、何故そんなことまで分かってしまうのだろう?


その答えは、神のみが知っているのかもしれない。
57 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/18(日) 21:34:41.34 ID:7vqbsX8B0
今回分は以上です。なかなか説明パートが大変であります。物語の進行上必要なのでそんなこと言ってられませんが。
あと、前回分の誤字訂正です↓

>>36 ×「ゼハーゼハー。な、何か無事か?」 → ○「ゼハーゼハー。な、何とか無事か?」 (土御門)

さて、まだまだ序盤ですので面白みが上手く出てきませんが、次回以降はその辺りも出せるようにしていきたいと思います。
では、また一週間以内に。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/18(日) 21:41:20.80 ID:LaM8xSPzo
乙!
59 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 22:16:11.84 ID:GcvU8zCKo
60 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 00:09:38.14 ID:tHMx3MTg0
乙です
61 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 00:10:08.40 ID:tHMx3MTg0
乙です
62 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 04:53:28.69 ID:tqUXN+7qo
乙かも
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/12/23(金) 11:52:36.83 ID:VTEntYMyo

つっちーがかっこいい
64 : ◆sk/InHcLP. :2011/12/27(火) 20:01:31.43 ID:EIsrHllW0
すみません。遅れましたが、ちょっと時間が無いので早速投下。
65 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/27(火) 20:02:22.86 ID:EIsrHllW0

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ところで、彼らが上条の部屋に向かった当初の目的といえば、


「ああーっ!! ごはんを食べさせてもらうのを忘れてたんだよっ!」

「うにゃー!! そういえばそうだったにゃー!」


……あまりに衝撃的な展開になったため、2人ともすっかり飯のことなど忘れてしまっていた。思い出してしまったらもう止まらない。主に腹の音が。
いくらショッキングな出来事に出会ったところで空腹の胃が満たされるはずもなく、話は結局のところ土御門の部屋での流れに戻った。


「ど、どうしよう…。もうおなかがへって動けなくなっちゃうんだよ?」ギュルルルー

「つーかそんなにお腹を鳴らさないでくれ…。こっちまで腹が減ってきたぜよ」

「おなかへったね」

「にゃー」

「おなかへったおなかへったおなかへった!!」

「にゃー!?」


禁欲を教訓とするはずのシスターの咆哮が、マンション中に響き渡る。
66 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/27(火) 20:03:01.00 ID:EIsrHllW0

こうなってしまうと彼女は止まらない。おそらくこの先食料を与えない限り、餓死するまでこの言葉を紡ぎ続けるだろう。
多分、土御門元春への恨み言をダイイングメッセージに残して。勝手に落ちて来ておいて理不尽極まりない話だが、空腹でそこまで頭が回らないはずだ。
仕方がない。とりあえず補習は後回しにして、今はこの少女の保護を最優先にしよう。いやはや、本当に仕方がない。


「それじゃ、ファミレスにでも行こうぜい!」

「ふぁみれす?」

「ファミリーレストラン。そこそこ値は張るが、量が欲しいときにはもってこいの店だな」

「! ご、ごはんが食べられるのかな!!?」

「ああ。流石にこのまま見過ごす訳にもいかないからな」


そう言って土御門は、偽りの笑みで自らの顔を覆う。こうしてまた、彼は少女を騙し続ける。
4年前から、ずっと変わらぬ表情で。そしてそれよりもさらに昔から、ずっと変わらない誓いを守りながら。
そんな少年の心のうちなど知ったこっちゃないインデックスは、心からの笑顔で少年に語りかけてくる。


「じゃあ、おなかいっぱいごはんが食べたいな♪」


出会ったときから、全く変わることのない表情で。
67 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/27(火) 20:03:29.75 ID:EIsrHllW0

「了解したぜい。んじゃ、オレは色々と準備してから来るから、お前はここで大人しく待ってろよ」

「早くしてほしいかも!」

「はいはい…」


今度は心からの苦笑を顔に出した金髪の少年は、足早に上条の部屋から立ち去ることにする。ダラダラしていると間違いなくまた怒られるだろうし。
玄関に辿り着くと、そこに自分の靴が無いことに気がつく土御門。そういえば慌てて自分に部屋を飛び出したので靴を履いてくる暇がなかったのだ。
しかし、土御門は躊躇うことなく上条家の靴を一足借りることで問題を解決した。というか、戻ったときに返せば良いだけの話なのだし。


「すぐに戻ってくるからにゃー!」

「ごろごろーごろごろー」

「…聞いちゃいないぜよ」


苦笑いが呆れに変わる頃、少年はドアノブを回して一度帰宅しようと進む。さて、彼女にはなるべく早く温かいご飯を与えなければならないだろう。
そう思うと、世界の裏で暗躍し続けてきた少年の顔にも自然と笑みが湧いてくる。彼の中ではいつからか失われていた感情だと思っていたのに。
皮肉気味にそう考えた土御門は、彼にしては素直な表情を浮かべながら、天を、正確には天井を仰いだ。
すると、サングラスの奥に隠された彼の瞳が、また今まで通りの翳りを取り戻し始めた。


「……気を抜いている場合じゃ、ないよな」


陰は、青いフィルターによって封じられ続ける。
68 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/27(火) 20:03:52.86 ID:EIsrHllW0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ごっはん♪ ごっはん♪」

「…もう少しで来るから我慢してくれ。客があまりいないから、悪い意味で目立ってるにゃー」

「ふえ?」


可愛らしく小首を傾げる純白シスターに、頭を抱える金髪グラサンの学生。現在、この世にも奇妙なコンビは第7学区にあるファミレスにいた。
なぜ朝っぱらから若い男女がここにいるかというと、その理由は白い修道服を着ている銀髪碧眼の女の子にある。
この少女、複雑な事情(少なくとも学園都市の一般人には分からないレベル)を抱えているために謎の集団に追われ、食い倒れていたのだ。
倒れる、というよりマンションの七階にあるベランダに落下してきた訳なのだが、そんなことはさておき、少女はとても腹が減っていた。
そこで、料理が出来ないその一室の住民、土御門の意向により、2人はこのレストランで少々遅めの朝食を摂ることにしたのであった。


「だから、まだ何も料理が来てないのにフォークとナイフを持つな! 店員さんがこっち見てるだろ」

「ん? あっ、ホントだ! 見てる暇があるならさっさと料理を運んでくるんだよこのおバカぁ!」

「おバカはお前だこの野郎! 店員さんを指……じゃなくてナイフで差すな!」

「君だってさっき私のことを包丁で刺したよ? 私は直接刺してないだけマシかも」

「ちょっ、ナニ言っちゃってるのこの子!? あのスイマセン店員さん誤解なんです! だからそのガタガタ震えた手で警備員に連絡しないで!?」

「だってホントのことだもん」

「余計なコトを言うでないインデックス君! いやあの、マジで待って店員さん。今事情を説明しに行きますからーっ!!」


ピューっと風のように店内を駆けた土御門元春は、お得意の嘘八百で店員さんをどうにか説得する。なまじ本当のことなので、本当に困ったものである。
内心ヒヤヒヤしながらも、何とか店員さんを納得させた土御門は、当然お怒りモード全開でインデックスが座っている席へ戻っていく。


「うにゃー! さっきみたいな軽はずみな発言は控えなさい! さもないと飯奢ってやらないぜよ!!」

「そ、それは困るんだよっ! ゴメンナサイ、神に誓ってもうしません」

「うむ、よろしい。では良い子にして食事を待ってなさい」

「わかったんだよ」

「よし。………あっ、ヤベ」

「どうかしたのかな?」

「…いや、こっちの事情ぜよ」
69 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/27(火) 20:04:27.02 ID:EIsrHllW0

言葉を濁した土御門は、相手が頭にクエスチョンマークを浮かべているのを無視して、ポケットから携帯電話を取り出した。
実は、上条の部屋に入ってからゴタゴタしていたために、目の前の少女を追っている同僚に知らせずに勝手に少女を連れ出してしまったのだ。
一応籍は『イギリス清教』に置いている彼である。今の状況で自己判断のみで動くというのは流石に避けた方が賢明だろう。
何せインデックスを追っている同僚たちは、いずれも『天才』と呼ばれるほどに優れた魔術師として名が通っているのだから。


「えーっと、文面は…」


勝手に動いてインデックスの逃亡を手伝ったと向こうに思われてしまうのは非常に不味い。だからこそ、今は彼らに連絡をする必要があるのだ。
おそらく彼らも『腹を空かせたこの子をファミレスまで連れていってるぞザマーミロ』とでも言えば納得してくれるだろう。
そして、いちいち電話するのも面倒だし目の前に『目標』がいるのに会話を聞かれる訳にもいかないので、メールで内容を伝えることにした。
ここまで一通り考えた土御門は、メール画面を表示して手早く文を打っていくのだが、その様子を見たシスターさんが一言、


「……それって何なのかな?」

「は?」


こう言うものだから驚きだった。まさか、この現代社会でケータイなるモノを知らずに生きているとは……あの機械オンチでさえ使えるのに。
だが、それも仕方のないことだと土御門も分かってはいた。何せ機械の知識では、神裂火織が前世紀レベルとするとインデックスは原始人レベルだ。
それほどまでに彼女は機械に弱い。テレビの中には人間が入ってると思っているし、カメラのことを呪いのアイテムだと信じているくらいだ。
昔からそうだったなーっ、と少し過ぎ去った時の流れに思いを馳せつつも、少年はついでに携帯電話の説明もすることにする。


「これはな、携帯電話っていうのですたい」

「ケータイデンワ―?」

「そう。お前、さすがに電話くらいは知ってるよな?」

「うん。たしか場所から場所へ音声を繋ぐ科学アイテムのことだよね?」

「…まぁ、その通りだ。で、このアイテムはな、場所を固定する必要が無いのだぜい。文字通り『携帯する』電話だからにゃー」

「す、素晴らしきかなジャパニーズデンワーかも!!」

「いや、今や世界中に普及してるからなコレ」


……これはメール機能まで説明するのが面倒だ、と適切な判断を下した土御門は、メールを同僚に送る。と同時に説明を打ち切ることにする。
まぁ、目の前の少女が物凄くキラキラした目をしているのだから、それで良しとしよう。いいじゃないか、メールが出来ない女子がいたって。


「わ、私も欲しいんだよ!」

「物欲しそうな顔しても、オレのケータイはあげないぞ!?」


というより、この少女には一生かかっても使いこなせない気がする。そう口にすると十中八九噛みつかれるので言わないが。
70 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/27(火) 20:05:09.04 ID:EIsrHllW0

「ぶー。君ってケチかも」

「携帯電話には個人情報が大量に入ってるからな。他人には持たせないものなんだぜい?」

「ぶーぶー」

「そもそもお前、他人がせっかく飯を奢ってやってるのに、その態度はどうかと思うぜよ?」

「は、早くごはんが食べたいなー!」

「よしよし。良い子だ」


思わず頭を撫でてしまいそうになる土御門。だが、何とか彼女の銀色の髪に手を伸ばすことなくやり過ごした。
どうも、この少女の前で気を抜くと素の自分が出てきそうになる。義妹にさえ、ほとんど見せないほどの土御門元春自身が。
色恋というよりも保護欲を駆り立てるのだ、彼女は。おそらく、この子と出会った人物のほとんどがそう思ってきたはずだ。
目の前で無邪気に振る舞う彼女を見れば、誰でもそうなるだろう。隠秘記録官だろうと、異端審問官だろうと、スパイだろうと。

だが、土御門元春だけはそうあってはならない。彼には、守るモノがあるのだから。


「お待たせしましたー。ハンバーグセットにグラタン、オムライス、サラダ二人前、納豆セットになりまーす」

「おっ、ようやく来たんだよ!」

「そんなこと言うもんじゃありません! あっ、ありがとうございます店員さん」


とまぁ、彼女のことを色々と考えるのは食事の後でも良いだろう。腹が減っては戦はできぬ、とも言うのだし。
……いや、別に戦をするつもりはないのです。ただの言葉のあやなのだから、本気にしないでもらいたい。
とりあえず失礼極まりない態度の女の子が目の前にいるので、店員さんに感謝の言葉をかけてその場を収めよう。


「い、いいえ……。どうぞごゆっくり…」


すると、何故だか分からないが店員さんが自分から目を背けてそそくさと厨房の方に隠れてしまった。
隣人の上条当麻と学校で三バカ、通称デルタフォースを組んでいるため比較的打たれ強い土御門だが、これは流石に傷つく。
ただ何となしにサングラスを外して店員さんに向かって微笑んだだけだというのに、この態度はあんまりである。
と、今度はインデックスの方が、


「……何だか腹がたつんだよ」

「は?」


とか、訳の分からない言葉を発したため、少年はさらに混乱した。自分が一体何をしたのだろうか?
何となく、本当に何となくなのだが、この疑問はそのまま永遠に解けない気がする土御門少年であった。


ちなみに土御門の取り分は納豆セットだけである。どう考えても彼の方がたくさん食べられそうなのに。
71 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/27(火) 20:06:01.53 ID:EIsrHllW0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


さて、外は蒸し暑いのに財布の中身は寒さが増すこの頃。若干涙目の金髪長身少年と満足げに笑う背の低い少女のコンビはファミレスを後にした。
カウンターでもう泣き崩れそうだった少年の姿を見てもただただ首を傾げるばかりだった少女は、食後の感想をさらっと呟く。


「……腹八分目ってところかも!」

「うがーっ!! お主はまだ食い足らぬのですたい!!?」

「んー?」


街に歩く人々のことなど気にせず思い切って叫んでみる。こればかりは自分の素直な感情であると認めよう。こいつの胃の中はブラックホールだ。
昔からよく食う子だとは思っていたが、実際に奢る立場になると実感が増すものだ。ライスも大盛だったしおかわりもしたのに。
いや、今はそんなことを振り返っている場合ではない。この少女をどうするかを決めなければ。


「……んで、結局お前はどうするにゃー? カミやんの部屋が嫌ならオレの部屋に匿ってやってもいいのだぜい?」

「ううん。あの人もそうだけど、君のことも巻き込みたくないもん。だからいらない」

「ふぅん。それってこれからも逃げ続けるってことだろ? 勝算はあるのですたい?」

「うん、一応ね。とりあえずイギリス清教の教会に逃げ込んで匿ってもらうつもり。連中、さすがにそこまで追ってはこないはずだから」

「あのな。さっきまでのオレらの話聞いてた? ここは学園都市なんだっつーの」

「よくわかんなかったけど、日本にも英国式の教会はあると思うんだよ」

「前途多難だな。だったら、少しの間だけでもオレの家に居ればいいにゃー。舞夏も……多分許してくれるし」


そう彼女に問いかける土御門。これは、彼自身の本音だったかもしれないし、建前だけの薄っぺらなセリフだったかもしれない。
だが、それでも彼にしては真っすぐな言葉遣いで少女に伝えたのだ。少なくとも、任務ではなく気持ちとして。
それに対し、インデックスは薄く、触れただけで壊れてしまいそうな微笑みを浮かべながら、


「…じゃあ。私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」


おそらく、これは願いなのだろう。祈りなのだろう。そして、諦めの気持ちなのだろう。自分にこれ以上関わるなと、暗に土御門を戒めているのだろう。
はっきり言ってしまえば、その判断はもっともだと土御門も思う。今の彼女が歩む道には、闇と絶望しか存在しないのだから。


だからこそ、土御門元春ははっきりと白い女の子に告げる。


「嫌だね」
72 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/27(火) 20:08:14.31 ID:EIsrHllW0

そう、彼は本心から告げた。誰も地獄など行きたくは無い。自ら戦場に飛び込むような馬鹿な真似を彼は行わない。
そんな自己犠牲の塊のような人間は、絶対に自分ではない。そうあってはならないのだ。自分のような卑怯者は、間違ってもヒーローなどではない。
土御門は、そのことを誰よりも知っている。知っているからこそ、彼はNOにははっきりとNOと言えるし、言わなければならないと思っている。

心を深く抉るような彼の言葉に、しかし少女は何も言わなかった。これが、少女の日常なのだ。
知る者はいない、知る場所はない、知る時もほとんどない彼女にとって、土御門が浴びせた言葉は日頃彼女が周りから感じていることなのかもしれない。
未知への否定。異端への拒絶。おそらく彼女は、言葉が無くともわかるのだろう。人々が常に感じている感情の色が、観察のみで。
だから、彼女は悲しみを表に出さない。今まで、ずっと肌で感じ続けてきた人間の負の感情を、たまたま露呈させた人がいるだけなのだから。


「……そうだよね。君だって私みたいな人間に関わるべきじゃないもんね」


それでも、少女の声からは哀愁が漂っていた。無理も無い話だ。どんなに過酷な運命を背負っていても、彼女はまだ子どもなのだから。
しかし、だからこそ彼女には一縷の希望さえ与えてはならない。そもそも逃れられない使命であれば、一時の感情のみで安易に望みを見せてはいけない。

そう、逃れられないのであれば。


「うーん。でも腹が減ったらまた来てもいいぜい? 今度はカミやんに奢らせるけどな」

「…うん、それがいいかも! 賠償請求しに来るんだよっ!」

「オレらが警備員に連絡したら、今ごろ監獄入りだったからにゃー。それくらいしてやろうぜい!」

「『あんちすきる』っていうのが何かはわからないけど、それが一番だね。次はあのツンツン頭に集るんだよ!!」

「だにゃー! あっはっはっは!!」
73 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/27(火) 20:10:31.49 ID:EIsrHllW0
中途半端だけど今回分は以上です。実家だとPCが自由に使えないのです。話が進まなくて申し訳ない。
今年中にまた来ます。では、また一週間以内に。
74 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 20:17:39.33 ID:VrTfMAYxo
乙!!
このインデックスはちょっとうざいな
75 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 21:43:00.40 ID:GCMlt24O0
乙です
76 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 21:48:25.95 ID:hwm7nUeJ0
乙ですの
77 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 22:41:43.87 ID:HyHRy0Gl0
それぞれ単品でも好物だけど、いいよいいよー陰陽目録!
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/12/27(火) 23:20:41.38 ID:rbgwrEdwo

このイケメンめ!
79 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 18:01:17.17 ID:7bigDXx6o
陰陽目録とは……期待!
80 : ◆sk/InHcLP. :2011/12/31(土) 23:36:58.57 ID:jr7xRC6w0
こんばんは。今年最後の更新です。
短いですが、早速投下します。
81 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/31(土) 23:37:56.58 ID:jr7xRC6w0

少年が笑えば、少女も釣られて笑う。今はこれでいい。自分の言動で、沈みきった彼女の心に少しでも安らぎを与えられるのであれば。
それが、今の土御門元春に出来る精一杯のアクション。彼が表に出すことの出来る限界ぎりぎりの善意。
だからこそ、土御門はこの場で少女を見捨てる。今ここでインデックスを救うことなど世界中の誰にも不可能なのだから。

ところで、何度も言っているように土御門元春には義理の妹がいる。メイド見習いの土御門舞夏のことだ。
『土曜も日曜も無く夏休みも存在せず真のメイドさんには休息はいらない』。
…を校是とするエリート学校に通うスーパーメイド(見習い)とは彼女のことである。
目の前にいる食いしん坊万歳とは比較にもならないほど出来たマイスウィートシスター、舞夏なのだが、


「ひゃい!? な、なんか変なのが来た…!」

「ん? 変なのって?」


突然素っ頓狂な声を挙げたインデックスが悪い訳ではない。声に釣られて背の低い彼女が伸ばした指の先だけに注目した自分が悪い。
だから、気がつかなかったのだろう。もしくは目の前の問題にばかり思考を割いてしまった自分が悪い、とでも言うべきか。
とにかく、その時は視線が下に行き過ぎて分からなかった。ただの掃除ロボに気をとられてしまい、大事なことを見逃していた。

掃除ロボの上で、家政婦姿の少女が正座していることを。その女の子が自分の義妹であることを。そして、もう一つの声。


「あーーーーにーーーーきーーーーー!」

「お、女の子の声が聞こえるんだよ」

「うおっ、ヤベぇ。このタイミングで舞夏だにゃー!?」

「まいか? さっきから話に出てきてた人のことかな?」


ハイその通りよくできましたー!、とインデックスを褒めてあげたいところだが、今はそんな場合ではない。
何故そうなのかという理由は、次のインデックスの言葉によく表れていた。


「なんだか知らないけど、鬼の形相をしてるね。あの子」
82 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/31(土) 23:38:43.63 ID:jr7xRC6w0

「状況説明ありがとう、そこのシスターさん。ではオレはこれにてさらばだぜい!」

「逃がさないぞー」


慌てて退却しようと振り向こうとした土御門兄に対して、土御門妹は右の拳を強く握りそのまま腕を水平に伸ばした。
そして気迫に押されて少し反り返った兄貴に向かって、猛スピードで右腕を叩きつけた。いわゆるラリアットだ。
掃除ロボと愛しの妹の本気をモロに首に食らった少年は、ドミノが倒れるかのようなスピードで地面に寝転がった。
一応後ろ受け身はしたのだが、マットが無い街の路面に勢いよく倒れるというのは非常にマズイ。痛い。


「ぐばはっ!!?」

「ひゃ!? だ、大丈夫なのかな!?」


急に隣りの人物が姿を消したように見えたのだろう。インデックスは土御門の肉体を一瞬見失っていた。
キョロキョロ辺りを見渡してから下を見てみると、何とも可愛らしい悲鳴を上げて彼にすり寄って来た。
痛みに顔を歪ませながらどうにか彼女の思いに応えようと口を開こうとしたが、答えは義妹の方が出してきた。


「大丈夫だろー。これくらいで入院するようなヤワな鍛え方はしてないのだぞー」

「アナタには聞いてないんだよ! 君、平気なの?」


安心しているのは義妹。心配してくれるのはシスターさん。すぐにUターンしてきた辺り、義妹も心配したのかもしれないが。
それにしても、ちょっと涙目になって駆け寄ってくるインデックスの健気さには割と心打たれるものがある。
だが、当然ここは他人の善意で癒されている場合ではない。


「…い、一応平気ぜよ。にしても、中学生が放つ攻撃じゃなかったにゃー」

「メイドさんだからなー。日々鍛錬は怠らないのだぞー」

「…あのー。こちらはどちら様かな?」

「それはこっちの台詞なのだがー」


それもそうだ。だって、そもそも兄貴が知らない女と一緒に居たから彼女は突っ込んできたはずなのだから。
83 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/31(土) 23:39:51.18 ID:jr7xRC6w0

「にゃー。じゃあこのオレから紹介するとしようか」

「なぜ君から紹介なのかがわからないかも」

「というか、文句があるので後で時間をとって欲しいぞー」


上手く間を受け持つつもりだったのだが、そう簡単にはいかない。何故か2人からは怪しげな視線が向けられた。
とはいえ、愛しの義妹がどうも穏やかな雰囲気ではないので、話を停滞させないでさっさと進めることにする。


「それじゃ、この謎のシスターさんから。名前はインデックス。一言で言うと激しく迷子ですたい」

「そ、その言い方は酷すぎるかも!」

「ほー。面白い迷子さんだなー」

「で、こっちはオレの妹。正確には義理の、が付くけどにゃー」

「おー。この土御門元春の妹、舞夏だぞ。よろしくなー」


そう言って舞夏が(掃除ロボの上で)お辞儀すると、インデックスも釣られるように慌てて頭を下げた。
そして握手を交わす2人。どうも女の子とは不思議なもので、出会ってまだ一分も経過してないのに仲良くなってしまった。
しかも2人ともニコニコである。いやはや、仲が宜しいようで良かった……のだろうか? 土御門兄にはよく理解できない。
…とはいえ、そんな土御門少年にも理解できることはある。例えば、自分の妹の怒りの感情とか。


「……。あのぉ、どうかしたのか舞夏? 何やら凄まじい怒りようなのだが」

「いやいや。私もちょっと驚いたのだぞー、兄貴。夏休み初日から変な女の子と一緒にいたのだからなー」

「って、変な女の子って私のことかな!?」

「それはそうだろー。この街にはシスターなんて普通いないぞー?」

「つーか、日本にはフツーいないぜよ。……それで、何で怒ってるんだにゃー?」

「まだ気がつかないのかー、兄貴」

「ん?」


ここで少々の間を取った土御門舞夏は、今度は打って変わってニッコリとした表情でこう告げた。


「補習はどうしたー?」

84 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/31(土) 23:40:34.91 ID:jr7xRC6w0

「………」

「………」


沈黙。兄妹揃って何も言葉を発しない状態。妹は兄の回答を待っているし、兄は答えを出さずに口を噤む。
こういう静けさにあると、人は様々な言い訳を思いつくものだ。病気で寝込んだとか車に轢かれたとか、突拍子のないものばかり。
だが、そんな緊張感ある空間を、一人のシスターがぶち壊す。


「あっ、そういえば言ってたね。ほしゅーがあるから急げー、とか」

「な、何故そのようなことをおっしゃるのだぜい!? 今から何とか『知りませんでした』で通すつもりだったのに!」

「む。でもなー兄貴、家で『補習だるいにゃー』とか言ってたぞー。誤魔化すなんて始めから無理があるなー」

「そ、そうだったかにゃー?」

「そうだぞー」

「………」

「………」


再び口を閉ざした兄妹。その両方をキョロキョロと見比べながら若干の疎外感に襲われるのはインデックスだ。
ただでさえ慣れない街、しかも他とは一線を画した異色の地。彼女の中に妙にあった自信が崩れ去っていく。
このような形で不安で押しつぶされそうになった少女の意識を揺さぶったのは、


「よーし。掴まれ兄貴ー。今から補習行くか心配だから私が連れてってやろー」

「いやあの舞夏サン? 掴まれじゃなくて捕まえただよね? 女子中学生とは思えない握力で腕が握られている訳なのですがー!」

「さぁ、学校へれっつごー」

「うぎゃああああああああああああああああああああああああーっ!! 掃除ロボの全速力は人間には毒だぜい!!?」


情けなくも妹に引き摺られて(しかもバイクくらいの勢いで)補習へ連行されていく土御門元春の悲鳴であった。
85 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/31(土) 23:41:25.47 ID:jr7xRC6w0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……行っちゃった」


一人呟くのはインデックスと名乗る銀髪碧眼の少女だ。先ほどこの街で世話になった少年とその妹と別れたばかりだった。
別れと言えるほど形式めいたものではなく、相手側が嵐のように去ってしまったのだが。突然すぎてびっくりしてしまった。
とにかくそういう訳で、今はまた独りぼっちになってしまった。ここ一年、記憶がある限りの時間ではずっと一人だった。
しかし、こうして人と触れ合った後に別れるとなかなか寂しいものだ。触れ合った分余計に、かもしれないが。


「私も……行かなきゃ。逃げなきゃね」


でも、自分は一人でいなければ。この呪われた運命に他の誰も巻き込まないようにしないと。それが責任であり、誓いだ。
例え自分が死ぬより辛い目に遭おうとも、この知識だけは守ってみせる。この情報だけは、誰にも見せずに生き抜いてみせる。
決して、この汚染を広めてはならないのだ。だから、少女は逃げ続ける。おそらく、これから一生をかけて。


「さよなら、もとはる。もう会わない方がいいんだけどね…」


思わず口から漏れる弱気な言葉。それは、口をついて出てきた本音という弱さ。
駄目だ。この感情だけは押し殺さなければ。この甘えだけは拭い去らなければ。
崩れ落ちそうな心を忘れようと、少女は銀色の髪を左右に揺らしながら駆け出す。
自らの頭の上に一年間乗っていた、白い布地の存在のことも忘れて。
86 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2011/12/31(土) 23:45:20.66 ID:jr7xRC6w0
以上です。舞夏とインデックス。この2人の存在がここの土御門元春に大きく影響していくのでしょうが…。
続きはまた来年です。おそらく、彼の持ち味が発揮されるのはこの先の戦闘シーンからでしょう。
そこまで何とか頑張っていきます。では、よいお年を。また来年会いましょう!
87 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 00:48:54.10 ID:QTZ29sMD0
乙です
88 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 01:27:53.49 ID:SM5KxyaAO
乙です
今年もよろしく頼みます
89 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/02(月) 08:21:43.19 ID:uBfrHPsAO
土禁
期待
90 : ◆sk/InHcLP. :2012/01/14(土) 21:51:53.23 ID:IwzLwZi40
こんばんは。遅すぎるあけましておめでとうになってしまいました。
では早速。
91 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 21:53:13.18 ID:IwzLwZi40

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ちゃんと勉強するんだぞー、と義妹に念を押されるといつもより数段やる気が出るものだ。
たったそれだけでモチベーションが変わってしまうのは問題かもしれないが、それもまた人間というものなのだろう。
だから、いいじゃないか。例え遅刻しても、トラブルにかまけて補習をサボろうとしてもいいじゃないか。


「こらーーーっ! 先生の話を聞いているのですかーっ!?」

「……マジすいませんでした!」


とはいえ、そんな言い訳が目の前にいる名物教師に通用するはずもない。予想通り、授業を中断しての説教タイムだ。
ただしその様子は、傍から見ると生徒である土御門の方が担任教師を見下ろしている絵図にしか見えないだろう。
何せ、彼の前で熱心に教育的指導をしている女教師・月詠小萌は、身長が135センチ。見た目は小学生そのものだ。
だが、これでも立派な高校の化学教師。学園都市とは真に不思議な場所である。


「まったく土御門ちゃんったら…。妹さんの方がよっぽど優秀ですねー。駄目兄貴をここまで連れてきてくれるとはー」

「いやぁ、そんなに褒められると照れるぜよ☆」

「先生を馬鹿にしてるのですかーーーっ!!」


ドッと教室中に笑い声が広がる。黒板の前で繰り広げられるコントに、周囲の補習組の生徒が反応したのだった。
いいのか、わざわざ補習しに学校まで来てるのにその態度で……と土御門元春が考えても説得力がない。
特に大きな声で盛り上がっているのは窓際の席の2人。黒いツンツン頭の少年と青い髪にピアスをした少年だ。
片方は隣人にして今朝変態行為を働いた上条当麻。もう片方はそんな上条でも足元にも及ばないほどの変態。
名前は確か……ふむ、便宜上『青髪ピアス』にしておこう。そっちの方が分かりやすいし。


「いやー。あれやね。土御門クンが羨ましいねカミやん」

「はぁ? アレのどこが羨ましいんだよ。見た目不良に絡まれてる小学生だぞありゃ」

「ええやん。ほらほら、小萌先生に説教くらうとハァハァせーへん?」

「テメェだけだ馬鹿! あの土御門でさえ若干顔が引きつってんだぞ」

「あんなお子様に言葉で責められるなんて、つっちー経験値高いでー」

「…ロリコンに加えてMかよ。まったく救いようがねーな」

「あっはーッ! ロリ『が』好きとちゃうでーっ! ロリ『も』好きなんやでーっ!!」


うるさい黙れ青髪ピアス。
92 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 21:55:05.29 ID:IwzLwZi40

そう目の前の(ルックス的には)小学生教師も思ったのか、サッと素早く首を右に振ると、


「はーいそこっ! それ以上一言でもしゃべりやがったらコロンブスの卵ですよー?」


この言葉で窓際のバカ2人(いつもは土御門も入れて3人)の動きを静止させた。お見事です小萌先生。
ちなみに、コロンブスの卵ってのは生卵を逆さにしてチカラ使って支えてみろーって試練のことである。
ぶっちゃけ念動力専攻の人間でも難しい技をまったくの無能力者である上条が出来るはずもない。
当然土御門も無理だ。何せ彼もまた無能の烙印を押された人間のうちの一人なのだから。
そんな事情はさておき、小萌先生の話は続いていく。


「おっけーですかー? 先生は気合を入れて小テストも作ってきたのですからねー」

「げっ。まだテストやってなかったのかにゃー…」

「土御門ちゃんが来るまで待ってたのです!」

「うげぇ…。変な気を回さなくてもいいのに」

「もちろん、点数が悪かったら罰ゲームですけすけ見る見るですー。ちなみに遅刻してきた土御門ちゃんは居残り決定ですからねー!」

「あの目隠しポーカーを!? クソ、あの小娘め…!」

「それって先生のことじゃありませんよね…?」

「いや、先生はもう立派な大人の女性だぜい!」


それはそれで失礼な気もするが、先生的には嬉しかったようで凄くニコニコして『えへへ…』とか呟いている。
しかし、いくらその笑顔が可愛らしいものでも、土御門元春の居残りが無くなる訳ではない。
まったく、落下してきた空腹シスターを保護して飯まで奢ったというのにこの処遇はあんまりだ。
これではため息が勝手に漏れてくるのも仕方のないことだろうよ。


「おっ。土御門クンがため息ついとる。よっぽど小萌先生に構ってもらえて嬉しいんやろなぁ」

「さすがにそれは無いだろ。アレ大変なんだぜ。俺なら朝までナマ居残りさせられるレベル」

「カミやんの感想だと当てにならへんでぇ…」

「どういう意味でせう!?」

「あっ。心配しなくても上条ちゃんは記録術の単位足りないのでどの道すけすけ見る見るですよ?」

「ふ、不幸だ…」


ピンクの髪に同じ色の服を着たリーマン教師の当たり前のような口調に、上条は口癖で応戦した。
93 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 21:56:22.27 ID:IwzLwZi40

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


さて、相も変わらず不幸な上条さんは放課後の時間帯まで補習が続く訳でして。
このまま行けば帰りのバスが無くなって、わざわざ家まで歩かなくてはならなくなる。
そう考えると、せっかくの昼飯もあまり喉を通らなくなってきた。


「はぁ〜。不幸だ…」

「なーに黄昏とるんカミやん。せっかく小萌先生の個人レッスンが受けられるっちゅうのに」

「うるせえ。誰が補習なんぞで喜ぶか。つか、喜んで補習に出てるヤツなんてお前くらいなモンだよ」

「ボクぁ小萌先生の授業が受けられるっちゅうんで、呼ばれてへんのに勝手に出てるんやでぇー!」

「そうかい。そりゃ先生も喜ぶだろうよ」


まったく、コイツはとんだ変態野郎だ。わざわざ受ける必要のない補習に、先生目当てで参加するのだから。
こんな野郎がもし今朝のアレを目の当たりにしたらどうなってたことやら。考えるだけで恐ろしくなる。
恐ろしいついでにあの光景までフラッシュバックし、少しずつ胸の鼓動が速くなっていく。
落ち着け上条当麻。つーか反省しろよ俺。あの女の子をあんなにも辱めたのは自分ではないか。


「ん? 何やカミやん。鼻なんか押さえて」

「い、いやぁ。何でもない。何でもありませんぞ!」

「……。あー、アレやね。小萌先生でやらしい妄想したんやろ。いくらカミやんでもそれは許さへんで!」

「んなわけあるか! 大体なぜ小萌先生? それってただのお前の好みだろうが!」

「違うぜい青ピ。カミやんは今朝のラッキーイベントのことを思い出しているんだにゃー」


上手く青髪ピアスの追及をかわしたかと思ったのだが、そこに現れたのが土御門元春だったのが運の尽き。
いや、幸運なんてものには縁遠い上条当麻のことだ。これもまた定められた運命なのかもしれない。
だって、土御門クンったらニヤニヤしてるし。そりゃあ傍観者としちゃ面白いシチュエーションだったろうし。
やばい。フォローしなければ。自分で自分を庇わなければ。


「なななな、何を言ってるんだ土御門? この不幸な上条さんにららららラッキーイベントなんて…」

「カミやん…。誤魔化し方が下手すぎるぜよ」

「えっ、え? ほんなら朝起きたイベントっちゅうのは…」

「あああああああああああああああーっ! おい土御門、ちょっとこっち来やがれ!」

「んー。おや、カミやんったら強引だにゃー! しかし、まさかカミやんそっちの趣」

「いいから来い!」


あんなことが世間に知れたら大変なことになる。というか、この手の噂はどんどん形を変えてしまうから恐ろしい。
とにかくこの金髪隣人の口を封じなければ。さらに言えば、あの青髪ピアスの耳にだけは入らないようにしないと。
94 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 21:57:56.24 ID:IwzLwZi40

「どうしたぜよカミやん? そんなに慌てて人気のない場所に連れ込んで。……ってまさかカミやん。本当に」

「そんな訳ねえだろ! お前は面白半分かもしれないけど、俺にとっては一大事なんだぞ!?」

「ハハハ。こりゃ失敬」


誠意がまったく感じられない土御門の態度ではあるが、今はこの男を信用するしかない。何というか、激しく不安だ。
それに、あの女の子のことは、おいそれと他人に話して良いことではない気がする。実際、彼女は追われていたのだ。
……そういえば、件の彼女はあれからどうしたのだろうか?


「で、土御門。あの女の子はあれからどうなったんだ?」

「ん? ああ、インデックスのことか。とりあえず飯を奢ってやったぜよ」

「飯? 何だそりゃ」

「ああ、言ってなかったっけ。実はあの時、オレらはカミやんの家に飯を集りに行くところだったのですたい」

「お前、上条さんのお財布事情を考えて『それは不味い』とか思わなかったのか?」

「全然」

「……」


特に詫びる様子もなく淡々と事情を説明していく土御門。というか、目の前の金髪グラサン男が全ての元凶にも思えてくる。
しかし、反省の態度など露ほども見せない少年は、躊躇うことなく次の言葉を紡いでいく。


「んで、飯食った後に舞夏に見つかってにゃー。その後のことはオレもよく分からん」

「大丈夫なのか、アイツ…?」

「なんかイギリス式の教会に行くって言ってたぜい」

「ここ学園都市だぞ…?」

「だよなー。でもアイツ、オレの話とか全然聞いてくれなかったぜよ」


ここで互いに目を伏せ、同時にため息をつく2人。何せここは科学の街学園都市。はっきり言って宗教とは無縁の世界なのだ。
先ほどきちんとその事情を少女に説明したはずだ。しかし、どうやらあのシスターさんには上手く伝わらなかったようである。
一体あの自信はどこから湧いてくるのだろうか。何だかあの子は例え世界が滅んでも平気な顔でで飯を食ってそうな気がしてくる。
95 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 21:59:14.48 ID:IwzLwZi40

とはいえ、このままインデックスさんを見て見ぬふりをするというのはちょっと無理な相談だ。


「……おい土御門。あの子ホントに大丈夫なのか? 一応アレでも追われてるんだろ?」

「らしいけどにゃー。でももうどこ行ったかも分かんねえし、そもそも他人っちゃ他人だろ。あのインデックスとやらも」

「そりゃそうだけどさ。何つーか、危ない目に遭うのが分かってて放っておくのは気が引けるんだよな」

「オレだってそうぜよ。しかしまぁ、気にしても仕方ないぜ。少なくとも今のカミやんじゃどうしようもないし」

「まぁな…」


だが、結局のところ土御門の言う通りだった。今の上条当麻には、少女を助ける手立てどころか少女の現在地すら分からない。
おまけに、追っている連中の正体は不明ときた。いくら何でも、一般人である上条が割って入る隙など存在していなかった。
所詮は偽善。絶対にあの少女を助けるという意志が無い自分が、軽々しく手を出してはいけない問題だったのかもしれない。


「それよりオレらは今日の居残りのことについて考えた方が賢明だぜい。具体的にはすけすけ見る見る攻略法」

「だよなー。そもそもアレって透視能力専攻の時間割りだしさ。俺らが出来る訳ないっつーの」

「だから、攻略法を考えるんだよ。具体的にはどう凌ぐかを。…というかカミやん。そろそろ教室戻ろうぜ」

「おう。つか、そんなのを楽々出来るんなら今ごろ俺たち立派な能力者だっての」

「違いないぜよ」


2人でケラケラ笑いながら再び補習が待ち受ける教室を目指す。一般人たる自分たちが、一般人らしい生活を送る日常へ。
そう、あくまで上条たちは一般人。悲劇のヒロインのピンチに颯爽と現れる、マンガの世界のヒーローではないのだ。
大丈夫。彼女を信じよう。あの少女であれば、おそらくこれからも上手いこと生きていけるはずだ。自分が助けるまでもない。
多分今も、あのシスターは銀色の髪をなびかせながら学園都市のどこかを走り回っている。そんな気がする上条当麻だった。


「手鏡とかあればいけるかにゃー?」

「いやいや。それはいくら何でも無理だろ」

「じゃあ完全記憶とか」

「もっと無理だろうが…」


それとも、例えばヒーローが颯爽と彼女を救ってしまうのだろうか。真に彼女を思う、本物のヒーローが。
96 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 22:00:40.18 ID:IwzLwZi40

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結局あのまま補習は夕方まで続いた。日の長い夏とはいえ、夏至を過ぎたため少しずつオレンジの時間帯が早くなっていく。
その自然が生み出す明るい色の背景とは裏腹に、男2人は非常にやつれた様子で帰路に着いていた。


「あー、やっぱり終バスおわってんじゃん」

「うーん。カミやんがもう少ししっかりしてればにゃー」

「うるせえ。俺じゃなくて小萌先生を恨め。連帯責任ですーって言ってたあの笑顔を」

「連帯責任だからカミやんを恨んでいるのだぜい?」

「……。ごめんなさい」


隣りで歩いている上条当麻は、もう反論する元気もないくらいお疲れの様子だ。それに比べ、土御門の方は割とケロッとしている。
これは、小萌先生がすけすけ見る見るでかけた時間の割合が、上条と土御門で9:1くらいだったことに起因している。
要するに、ほぼ上条当麻の独壇場だったのだ。おかげで、土御門少年は随分と楽が出来たため、疲労はそこまででもない。
なので、上条としてはさっさと家に帰ってのんびりしたいところなのだろうが、


「あっ、いたいた。この野郎! ちょっと待ちなさいっ!」

「ん? カミやん、アレってもしかして…」

「……あー」


人生、そう簡単にはいかないものらしい。特にあの上条当麻の人生である。補習や居残りが終わったからといってハッピーとは限らない。
そう、今ちょうど道端で女子中学生に大声で止められているのだ。活発だがどこか気品もある、茶髪に制服姿の美少女の登場である。
ちなみに普通の男子高校生ならば、中学生とはいえこれくらい可愛げのある少女に声を掛けれれば幸運と思うのだが、上条はどうも例外らしい。
その証拠に、ツンツン頭の高校生は聞こえなかったふりをしてそのままこの場を立ち去ろうとしていた。


「ちょっとっ! アンタよアンタ! 止まりなさいってば!!」

「…あー、またかビリビリ中学生」

「ビリビリ言うな! 私には御坂美琴っていうちゃんとした名前があんのよ!」


出会った相手に自分のフルネームを教えてくれる律儀な中学生だ。そして、ベージュ色のサマーセーターの胸の位置に手を当てて自己アピール。
その自己主張の少ない控えめな胸に手を当ててもなー、と言おうものなら間違いなく件のビリビリとやらが飛んでくるのだろう。
それもそのはず。彼女は学園都市では有名な発電能力者。最強の電撃娘、名門常盤台中学にも2人しか在籍していないレベル5。
少女の通称は、学園都市第三位の『超電磁砲』の能力者、御坂美琴。人は彼女のことを常盤台の超電磁砲と呼ぶ。
97 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 22:02:22.63 ID:IwzLwZi40

……のだが、その高名な御坂美琴嬢に対して、無能力者たる上条当麻はまったく動じていない。というより、彼女を第三位だと認識してない様子だ。

これは、別に上条が強がっている訳ではなく、単純に彼がその御坂美琴と真正面から勝負して負けたことがないという実績の現れであった。
最強の超能力者が最弱の無能力者に勝てない。この事実が、学園都市の学生の中でも三番目の強さを誇る御坂美琴のプライドを傷つける結果となった。
その理由を少女は知る由もないが、当然理由は本人も語るところによる。右手で触れた異能の力を全て消し去ってしまう能力、『幻想殺し』。
上条当麻の右手は、学園都市最強の発電能力者の電撃さえも打ち消してしまうほどのモノなのだ。当人はあまり便利には思っていないようだが。

さて、そんな事情を抱える上条当麻と御坂美琴である。下手すれば人が行き交うこの場所でもドンパチを始めかねない。主に電撃娘の方が。
そうなれば、『幻想殺し』を持つ上条はともかく、そんなトンデモナイ代物など持ち合わせてない自分が大変なことになってしまう。
よし、ここは土御門さんらしく能力でなく言葉での戦いだ。


「ん…。御坂美琴って言ったかにゃー?」

「はい? ええ、そうだけど……アンタ誰?」

「いやぁ、妹がいつもお世話になっておりますー」

「へ? アンタの妹さんってウチの生徒なの? つーか私の質問に答えなさいよ」

「質問? あぁ、妹なら常盤台の生徒じゃないぜよ」

「そっちの質問じゃなくて! アンタが誰かって聞いてるのよ!」

「だから妹がいつもお世話になってる者ですたい」

「人の話聞いてるの!? はぁ。アンタもそこの馬鹿みたいな感じなのね。妙に納得がいったわ」

「そこの馬鹿って誰のことでせう!?」

「「アンタ(カミやん)しかいないでしょ(ぜよ)」」

「……不幸だ」


いつの間にか矛先が上条へと向かっていたが、まぁ良しとしよう。とりあえず目の前の少女の熱は払えたようだ。結局上条当麻がとばっちりを受けたが。
地面に両手をついて落ち込みのポーズをとっている哀れな少年のことはひとまず置いておいて、美琴が土御門に向かって声をかけてくる。


「アンタも面白いわね。私は御坂美琴。アンタは?」

「シスコン軍曹」

「だにゃーよろしく……ってカミやん!? オレはそんな名前じゃないぞ!」

「へぇー、シスコン軍曹かぁーよろしくー………あの、あんまり近づかないでもらえます?」

「いやあの、ススーっと離れて行かないで! 初対面でその対応はさすがに泣きたくなるぜよ!?」


お返しと言わんばかりの上条当麻の反撃に、土御門は動揺して上手く反論が出来ない。すると、その言質を真に受けたお嬢様中学生は戦略的撤退を開始。
なぜだ。舞夏の友達であろう人物に挨拶をしただけなのに、どうしてこうなった。とりあえずいつかカミやんぶん殴ってやる。
98 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 22:03:14.76 ID:IwzLwZi40

優秀なお嬢様学校の生徒は、立ち直るのも速いらしい。自身の攻撃を右腕一本で防ぎ切る謎の男とリアルに妹を愛している可能性がある危険人物。
これらの衝撃事実をもろともせず、彼女は話をそもそもの流れに戻すことにした。常盤台中学はなかなか良い教育をしているらしい。


「それでよ。私はここにいる馬鹿に用がある訳なの」

「だから馬鹿って…」

「諦めろカミやん。真理だ」

「真理なの!?」


土御門の発言に対し、上条は激しい反応を見せる。女子中学生に加え、自らと同じく補習を受けた金髪少年にまで馬鹿にされるのは我慢ならなかったようだ。
その様子を見ていた常盤台中学の少女は顔をしかめていた。このままでは何やかんやで話がもつれて自分の主張がうやむやにされてしまうかもしれない。
彼女としてはそんな予感がしていたのだろう。事実この流れは、間違いなく高校生2人が教室で馬鹿騒ぎしているときと同じようなものになっていた。


「だ・か・ら! コイツに話があるんだけどさ。いいかしら?」

「話があるってなぁお前。どうせいつもの…」

「いいぜよ。さぁカミやん、存分に女子中学生と話せ。そしてその魅力を思う存分楽しんで来い」

「はぁ!?」

「アンタが言ってることは上手く理解できないけど……まぁいいわ。よし、私と勝負しなさい!」

「やだ」

「何でよ!?」

「しんどい」


しかし、御坂美琴嬢の要求はツンツン頭の一般人・上条当麻によって間髪入れずに却下される。その理由もかなりいい加減なものであった。
こうなると、少女の思考は一気に放棄される。つまり、いわゆるキレる若者になってしまったのだ。彼女は一度怒り出すとすぐには収まらないタイプらしい。
その証拠に、超能力者は怒りで顔を真っ赤に染め、身体中から紫電が放出され、爆発寸前まで感情が高ぶっているのが土御門からも見て取れた。
ただし、不幸かつ鈍感な上条クンにはそんな機微を把握できていない。ただただ面倒そうに目の前で赤くなっている中学生を見下ろしていた。
99 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 22:03:56.98 ID:IwzLwZi40

そう、これまで美琴はこの調子で何度も上条に挑んできた訳で。彼女は上条に電撃を打ち消された後から、ずっとこの調子で少年を追い回していた訳で。
だから、間違いなく次のアクションは能力的というか、攻撃的なものになるというのはもはや分かりきっていることだったりするのだ。
となると、この中で一番命が危ういのはどう考えても凡庸な無能力者の土御門さんなのだが、御坂嬢はキレていてそこまで考えてくださらない。
さて、どうしようか……………じゃあこうしよう。


「この――――。っざけんじゃ」

「行けカミやん! 御坂美琴嬢に特攻だ!」

「は? ……っておい土御門、押すな!」

「ねーぞアンタぁ!! ………って、へっ?」

「あ」


ガシッ!、と少年は情熱的に少女を抱き締めた。すると、何ということでしょう。あの殺人的な電流が、消えてなくなったではありませんか。
まぁ実際は愛の奇跡とやらが起こった訳ではなく、上条の右手が美琴の身体のどこかに触れたことで異能のチカラである電気が掻き消されたのだ。
何処、と言っても別に上条当麻は御坂美琴の変なところを触っている訳ではなく、少女の首の後ろあたりを偶然触ってしまっただけであった。
なので、上条は痴漢扱いはされないが、美琴としては異性に無遠慮に抱き締められたのが事実。顔はさらに真っ赤したのは気のせいではあるまい。
だが、それは『幻想殺し』の少年とて同じである……と言いたいのは山々なのだが、現実にはそんなことは一切ない。


「あっ、わわわわわわわわわわわわわわ……!」

「くっ。おい土御門! テメェ、あのビリビリで俺が感電したらどうするつもりだったんだ!?」

「ううっ……」


偶然(というか土御門による故意)とはいえ、アイドルレベルの見た目の女の子に抱き着いているのだ。男ならば泣いて喜ぶ状況だろう。
少なくとも、家族でない人間を抱いている時点で性別関係なく照れてもいいはずなのだが、上条当麻はそんなリアクションを全然しない。
彼も彼なりに驚いてはいるようだが、喜んでいたり照れていたりはしていない。ただ自分を後ろから押した土御門に怒っているだけだ。
ちょっとは女の子の気持ちも汲んで欲しいものである。実際、可愛い第三位ちゃんは少なからず照れて赤面しているのだから。


「聞いてんのか土御門!」

「あー悪かったぜよ。身の危険を感じたもんでつい」

「つい、じゃねえよ! 俺の身がヤバかったぞ今!」

「んー。でも良かったじゃん。こんな可愛い子に抱き着けたんだし」

「そんな訳あるか! 下手すりゃ死ぬぞ!?」


だが、やっぱり上条当麻は気付かない。自分の腕の中にいる女の子の顔がもう爆発寸前なほど真っ赤に染め上がっていることに。
100 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 22:04:46.90 ID:IwzLwZi40

「……ははは、離れなさいよぉ! 何をいつまでも抱き着いているのよ!!?」

「ん? ああ、ビリビリか。何怒ってるんだお前? やっぱり勝負云々かぁ?」

「アンタが抱き着いてるからでしょ! いいからさっさと放せぇ!!」


美琴はそう叫ぶと、自身を掴んでいる腕を割と丁寧に外し、少年の胸を両手でぐいっと押した。追い打ちでポカポカ殴ったりもした。
間違いなく、御坂美琴は照れていた。上条から離れてなお、頬は少し紅潮しているし、挙動が先ほどのそれよりも女の子っぽい。
おそらくこれまでそんな経験に乏しかったのかもしれないし、上条当麻という男が彼女にとって少し特別なのかもしれない。

で、その彼女はというと、何度か灰色のプリーツスカートを軽く叩き、自らを落ち着かせている。
よほど上条当麻に抱かれて動揺したのだろう。しかし、何とか落ち着きを取り戻して本題へと話を進めようとする。


「あぁもう。アンタって本当にムカつくわねっ!」

「意味の分かんねえキレ方すんな! あの金髪が押したからぶつかっちまっただけじゃねえかよ」

「ぶつかっただけじゃないでしょ! もう、とにかく勝負よ勝負!」

「だからどうしてそうなるんだよ。いいじゃねえか、無能力者の俺と違って十分強いだろお前」

「その無能力者に負けっぱなしってのが気に食わないのよ!」

「…はぁ。全然俺の話聞いてくれないし。おい土御門。さっきのことはひとまず置いとくとして、コイツを何とか説得してくれ」

「説得って何よ? アンタが勝負しさえすればそれでいいじゃない!」

「やだって言ってんだろ。もう今日は疲れたんだよ、補習とか居残りとかで!」


もう勘弁してくれ、という様子の上条に対して既に戦闘態勢ばっちりの御坂美琴。このままだと話が平行線でまとまらない雰囲気だった。
そこでツンツンヘアーの高校生と茶髪のお嬢様中学生は、同時に横で見物している土御門の方に顔を向ける。お前、何とかしろってことらしい。
上条当麻は何とかして目の前の中学生を説得して穏便に済ませてくれ、と。御坂美琴は何とかしてこの馬鹿を説得して戦う方向にしてくれ、と。
いや、何で俺が…と言ってやりたかったのだが、対峙する2人のうち、男の方は右手の拳を強く握りしめ、女の方はバチバチと電気を発している。
本当に2人とも何とかしたいらしい。しかし、こうなると今度は土御門元春の安全保障上の問題になってくる。というか、下手すりゃ死ぬ。


それに、土御門としては迷う必要も無かった。今のところ、彼は一人で動く方が好都合だ。
101 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 22:05:41.57 ID:IwzLwZi40

一応少年と少女を交互に見比べる土御門。もっとも、答えなど初めから決まっていたのだが。


「んー。うし、それじゃカミやん」

「おおっ。流石、持つべきものは友達だよな!」

「頑張って来い♪」

「…裏切り者ォォォォぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!」

「うんうん。良い判断よね。さて、これでアンタのお友達も邪魔しないようだし、思いっきり戦いましょう!!」


もう掴みかかってくるような勢いで絶叫している上条を尻目に、美琴は目をキラキラさせて勝負の申し出をしてきた。いや、宣戦布告とでも言うべきか。
さて、そろそろ本当に上条当麻が襲いかかってきそうなので、さっさとトンズラしてしまおう。ここに居ては危険だ。さぁ逃げよう。
コソコソと2人の視線を掻い潜った土御門は、そのまま街の喧騒の中に消えていった。一人の無能力者をその場に置いてきぼりにして。


「大体、アイツが何と言おうと関係ねえ。俺はもう帰る! 行くぞ土御門……ってあれ、土御門クン?」

「ああ、あの金髪の人ならもうどっか行っちゃったみたいよ。いつの間にか消えてたし」

「あんの野郎ぉ…! 厄介事を他人に押し付けて帰りやがったな…」

「厄介事、ねぇ? まぁいいわ。さっ、今日こそ決着をつけましょう!」

「いやだって…………言ってんだろうがァァァァァぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああーっ!!」

「あっ、待てコラ! ちゃんと勝負しなさいよぉ!!」


残された2人の騒ぎは、完全下校時刻で帰宅中の学生たちの中にあっても、より目立つものだった。何より、彼らのアクションはいちいち大きい。
しかも見た目も結構分かりやすいために、すぐに他と区別がつく。そして、その目立つ少年少女は追いかっけこを始め、どこかへ消えていった。
また、帰宅中の学生に紛れて帰宅……というか2人から上手く逃げてきた土御門は、視線だけで目印のツンツンヘアーを追っていた。
その少年が常盤台の制服を着た少女に追いかけられて見えなくなると、土御門元春も目で追うのをやめ、正面を見てそのまま歩き続ける。


「……念のために準備しとくか」


地を眺めながらそう呟いた彼は、何気ない様子で制服のズボンのポケットを漁りはじめた。
102 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/14(土) 22:07:47.08 ID:IwzLwZi40
今日はここまで。ようやく次でステイル戦です。
では、今度こそ一週間以内に。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/14(土) 23:19:32.72 ID:ZDHyxQxDO
あけおめ、乙!
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/15(日) 11:23:46.43 ID:SMGdNI5D0
あいかわらず初期美琴はうざい!俺が嫌いなキャラでビアージオ、テクパトル、初期美琴、レッサー(声優が加藤英美里
になったらはずす予定)になるだけはある。

土御門は禁書目録の完全記憶能力の嘘を知ってて知らないフリをしてそう。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/01/15(日) 11:28:20.81 ID:99lwZG3/0
乙乙
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/15(日) 11:28:20.95 ID:UzyKKiw7o


つーかステイルと戦うのか、展開が楽しみだ
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/01/15(日) 18:45:36.20 ID:/5It4Kbfo

ステイルとどうやって戦うか楽しみ
期待してる

>>104
お前の嫌いなキャラなんか聴いてない
せっかく投下終了後の余韻を汚すな不快なんだよ
禁書関連のスレではROMってろ
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/18(水) 16:55:51.55 ID:VSw+kVm1o
まだかにゃー
109 : ◆sk/InHcLP. :2012/01/21(土) 20:03:39.37 ID:yEPWimwz0
こんばんは。更新遅くて申し訳ありません。まずできた分だけ置いてきます。
110 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/21(土) 20:05:03.86 ID:yEPWimwz0

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人の気配がないマンションというのは不気味なものだ。建物を構成している塊から温かみを感じられない、とでもいうべきか。
おそらく皆、夏休みにかまけて遊びに行ったまま帰ってこないのだろう。どいつもこいつも平和ボケしていて結構なことだ。
平和・平穏は、近くにあるようで案外遠い存在と、土御門元春は常々思っている。これは逆説的に考えると分かりやすい。
人が平和を実感するには、平和でない状態を認識する必要がある。当たり前のようで、よく考えてみるとゾッとする実態だ。
そして、土御門元春はその実態を人より良く知っている。彼は、平和でない状態の恐ろしさを身を持って体験したのだから。


(……。だからこそ、オレは舞夏だけは守ってみせる。世界を良い方向に変えることで、舞夏を守ってみせる)


誓いを新たにした少年は、拳を握りしめたまま鉄の箱に乗り込み、上へ上へと昇って行く。
目的を見失うことなく、自己の仕事をこなすために。意に反して現れた障害を、この手で完全に除く覚悟を持って。
そう、まず帰ってきてから彼がすべきことは、


「夕飯、どうしようかにゃー…」


『腹が減ったらまた来てもいい』、と彼はあの少女に言った。彼女がその言葉をどこまで本気だと受け止めたのかは分からない。
だが、もしも彼女が…いや間違いなくではあるが、行く当てがなくここに舞い戻ってきたとなれば。飯くらいは食わせてやろう。
彼にもそれくらいの良心はあるし、元々知り合いだったよしみもある。だから、土御門は家でインデックスを待つのだ。

とはいえ、彼女が戻ってくる保証など無い……訳でもない。実は、このマンションに彼女が戻ってくる保険もあるのだ。
インデックスが残して行った修道服のフードの存在。それが、彼女がここに一度帰ってくるもう一つの理由となっている。
流石に彼女も、そろそろ自分の頭の上に乗っていたモノが消えたことに気がついているだろう。そして、彼女は必ず取りに来る。
あの布きれ一枚は、少女以外の人間にとっては毒でしかないから。あんな白い布が、少女以外の人間に絶対的な危険を及ぼすから。



だから、土御門元春はフードをわざとあの場所に放置してきた。彼女が絶対に取りに戻ることが分かっていたから。

111 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/21(土) 20:06:32.85 ID:yEPWimwz0

あのフードは、今上条の部屋のベッドの上にある。朝のシスター屋外露出事件を受け、被害者が動揺して置いて行ってしまったのだ。
だとすると、上条当麻を引き連れてきた方が良かったのではないのか……という意見は、この場合には適応されない。
なぜなら、シスターは追われているから。また、その追手のうちの一人が上条に危害を加える可能性が非常に高いから。
そうなると、いくら丈夫な上条でさえ、正直どうなるか分からない。それに、まだあの男を危険に巻き込みたくはない。
どうせ、いずれ自分から巻き込んでしまうのだ。土御門としては、彼に最大限のサポートをするのが最小限の責任なのだ。


(…っつっても、あのお人好しが目の前で困っている人間を放っておける訳がないんだけど)


だが、インデックスに関しては土御門元春の責任だ。当初は上条当麻に任せて自分は遠くでサポートしようと思っていた。
しかし実際、少女は上条でなく土御門の部屋に落ちてきた。不幸体質で危険を呼び寄せるあの男を差し置いて、だ。
だから、この件だけは自分が責任を取る。イギリス清教の人間としても、学園都市の人間としても、一人の人間としても。
そして、守るべきモノは絶対に守ってみせる。他でもない、彼自身のやり方で。


「おっ、着いたか」


チープな到着音が、エレベーターが七階に止まったことを告げてくる。土御門はその音に従い、箱の中から降りる。
さて、上条当麻の部屋の前では……ドラム缶ロボが三台ほど集まって、何やらガタゴトやっているようだ。
もしかすると、床にくっついているガムを剥がそうと躍起になっているのかもしれない。しかし、三台は多すぎる。
だとすると、もっと大きなゴミが落ちているのか……いや待てよ。まさかこれは、


「…おいおい。随分と大きなゴミだな」


女の子が、床に落ちていた。実際は倒れたのだろうが、その様子は落ちていると形容した方が分かりやすいかと思われる。
まるで、路地の隅っこに落ちているハンカチのような感じだ。彼女は目を固く閉じ、倒れたままほとんど動かなかった。
とりあえず、修道服が一定のリズムで少しばかり膨らんだり萎んだりしているので、呼吸はある。死んではいない。
多分腹が減って倒れているのだろうが、どうも様子が変な気がする。兎にも角にも、まずは声をかけてみることにしよう。


「おい。早速飯でも食いに来た――――っ!?」


声が上げられなかった。何故気がつかなかったのだろう。彼女は目を閉じていたのではなく、痛みに顔を歪めていたことに。
掃除ロボが人間などを掃除しないということにもだ。というより、まず通路の真ん中に倒れている時点で気付くべきだった。
そう。インデックスは、背中から血を流して倒れていたのだ。苦痛に耐えながら、それでもフードを回収しようとして。

112 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/21(土) 20:07:42.58 ID:yEPWimwz0

「……………チッ」


上手く口から言葉が出てこない。この気持ちを、上手く表すことが出来ない。ただ、苛立ちのみが零れる。
この結果に関して、自分に全く非が無いとは思わない。自分がもっと連絡を密にしておけば、こんな事態にはならなかったはずだ。
なのに、土御門は自身の嫌悪感だけで対応を怠ってしまった。いや、実際のところ他人からすれば十分すぎる対応なのだろう。
だが、目の前の事実は変わらない。結局、自分たちの対応が至らなかったにすぎない。今なお最悪な対応を続ける同僚はなおさらだ。


「いい加減出てこい魔術師。いるのは分かってるんだぜ」


少女の傍にしゃがみこんで傷口を確かめながら、自分の後ろにいるであろう人物に声をかける。エレベーターから降りた瞬間に気がついた。
科学の世界・学園都市に紛れ込んだ違和感。一般の世界からも離れすぎた異端。そして、かつての自分がいた領域と同じくするモノの正体。
魔術師ステイル=マグヌスが、黒い修道服に纏わる闇を煙草の火で振り払うように、ゆっくりと確実に歩み寄ってくる。


「どうも。こうして話すのはいつぶりだったかな? まぁそんなことはどうでもいいか」

「そうだなこの役立たず。神裂火織に『歩く教会』が消失したことを説明していなかったな」

「心外だな。現に、僕らはこうしてソレの足を止めただろう?」


全く反省してない振る舞いを見せる魔術師。自分は仕事をきっちりこなしたのだ、ケチをつけるな……と言ってると思って欲しいらしい。
実際、土御門からすればこの男はまだまだ甘すぎる。他の仕事ならば、殺人でさえ冷徹に行える人物なのだが、今回ばかりは特例だ。
しかし男としては、彼ともう一人の神裂以外には担当されたくない。なぜならば、インデックスは元々彼らの親友だったのだから。
だから、他の人間には任せない。インデックスを何とも思わない連中に任せるくらいなら、いっそ自分たちで彼女を…とのこと。
何ともまぁ、殊勝な心掛けである。そんな事情があるので、彼から発せられる言葉は、土御門へでなく自分への戒めのように聞こえる。


「……。ふん。馬鹿が」

「確かにそうだね。わざわざ危険を冒してまで戻ってくるとはね。血の跡が無いから安心安心とは思ったんだけどね」


一度煙草を右手で口から取り出すと、紫煙を吐き出す。その赤色の髪をした少年は、昇っていく煙を眺めながら少しだけ切ない顔を覗かせた。
イライラする。改めて、こいつらを見ていると感情が高ぶっていくのが分かった。言葉ではない、その態度が土御門としては頭にくるのだ。
こいつらは、精一杯努力したつもりでいやがる。こいつらは、自分たちのエゴを少女に押し付けることでしか自己を保てないのである。
所詮、そんなものは自慰行為。奴らは勝手に絶望して勝手に諦めているだけなのだ。一番苦しいのはインデックスであるはずなのに。
一年おきの『禁書目録』の定期点検のために、教会に騙されて記憶を全て消されてしまう彼女は、後にはその屈辱さえ忘れてしまうのだ。
だから、土御門元春という人間は、本当はこう言ってやりたかった。



(本当に苦しいヤツを差し置いて、テメェだけ被害者面すんじゃねえ)


113 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/21(土) 20:08:26.72 ID:yEPWimwz0

だが、そんなことを言う資格が無いのは土御門元春も同じだ。いや、実際は彼ら以上にインデックスについて語る資格などないのが彼だ。
魔道書を一〇万三〇〇〇冊記憶しているインデックスは、既に脳の記憶領域の85%を使用している。要するに、残りは15%しかない。
しかも、彼女はなまじ完全記憶能力を持っているため、一度覚えたことを忘れることが出来ない。人間は忘れることで脳内を整理する。
それが出来ない彼女はどんなゴミ記憶でも忘れて脳を整理できないので、残りの15%も一年で全て使い切り、彼女の脳を圧迫する。
だから、彼女が脳の容量を使い切りショートする前に、その一年間の記憶である15%を消去しなければならない……という嘘。


土御門元春は、インデックスが禁書目録になった時点でこの嘘を見抜いていた。それを、彼は四年も黙認しながら生きてきた。


(始めは、証拠はあっても解決法が無かった。ルーンの専門家ですら何一つ分からなかったんだ。オレに解決できるはずもない)


土御門は、元々陰陽博士だった。だが、少女に刻まれた烙印はルーン系、もしかするとまた別系統の文字。彼の専門外だった。
なので、始めはステイルたちと同じくインデックスのことを諦めていた。真実を知ったからこそ、彼にはより手が出しずらかった。
禁書目録の重要性を考えれば、彼女の『定期健診』と『防衛体制』は必要だ。上もそう判断しているし、土御門だってそう思っている。
だからこそ、諦めるしかなかった。工作員・諜報員として長らく世界のバランスを陰で支えてきた身として、リスクは冒せなかった。
しかし、この街に来てから事情が一気に変化した。あの人間に縛りを強要されながらも、与えられた一筋の光明。それが上条当麻だった。


「……さて。ではそろそろいいかな? もうあの日までそう時間が無いものでね。さっさと本国へ連れて帰りたいんだけど?」

「つーか、オレのところに来た時点で任務終了だろうが」

「そうでもないさ。確かに君は僕達と同じ組織の魔術師ではあるけど、任務が違う。僕は回収、君はサポート。それだけさ」


長身で赤髪の魔術師は淡々と、しかし少し急かすように土御門に予定と事実を告げてくる。同じ仲間ならばそう焦る必要もないはずなのに。
発言の真意としてはインデックスの傷の状態が芳しくないこともあるだろうが、根底にあるのは土御門を信用していないことなのだろう。
土御門はスパイだ。しかしその職業柄、彼らはあまり信用がない。直属の上司も常に裏切りの可能性を考えながら指示しているほどだ。
ましてや、ステイルのような末端要員が敵地で情報戦をしている者を完全に信用するはずがない。ある程度信用し、自分で確認を取る。
それが、現場で仕事をこなす人間が五体満足で生き残るために行う常識だ。だから、上司や仲間に疑われるのも彼としてはもう慣れっこだ。
だが、


「――――同じ、組織の魔術師?」


何もかもを忘れてしまった人間に、疑惑と失望の視線を向けられたのは初めての経験だった。
114 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/21(土) 20:09:54.25 ID:yEPWimwz0

(……。自動書記か)


振り返ると、後ろで血まみれになって倒れていたはずの女の子が起き上がろうとしていた。というより、立ち上がろうとした状態で止まっていた。
その目には、光が宿っていない。彼女の天真爛漫な性質を全て打ち消しているような瞳だ。一切の感情が排除された冷血な目…の方がまだ良かった。
彼女の冷たすぎる瞳に現れたモノは、疑いであり戸惑いであり、そしてほんの少しの悲しみだった。視線が土御門の心に突き刺さってくる。


「先ほどの発言の分析を開始……完了。現状、一〇万三〇〇〇冊の『書庫』を狙う魔術師は二名いることを確認」


だが、それがどうした。土御門はあの魔術師の仲間である。これは厳然たる事実だ。この子にバレたところで気にする必要もない。
何せ、今の彼女の記憶はいつもの彼女は覚えることが出来ないのだから。それに、そのような些事など気にしている場合でもない。


「チッ。厄介なことになってきた。だが、その血ではどうもできまい。さて、ソレをこちらに渡してもらおうか」

「随分偉そうな物言いだな。『回収』に来たのだろう? だったらここまで回収しに来い」

「…偉そうな物言いはそちらだろう。もう満足に魔術も使えない身なのに」


ため息をつきながらもしっかりと回収に向かうのは優秀な魔術師である証か。魔術師は一歩ずつ確実に、まだ座っている状態の少女に近づいて来る。
これで、チェックメイト。もうインデックスは傷で動けないし、『歩く教会』も既に無い。イギリス清教のスパイとしての任務もここまでだ。
このままいけば、魔術師ステイル=マグヌスの任務は無事完遂される。彼女をどんな形であれ回収して、再びあの儀式を行うのが彼の仕事なのだ。
だから、ここからは。


「よし。これで――――っ!?」


ステイル=マグヌスが体を大きく前に曲げ、そのまま先ほどまで立っていた位置まで後退する。あと少しで少女を回収できたというのに、だ。
無理もない。彼はつい先ほど、仲間であるはずの土御門元春から攻撃されたのだから。金髪グラサン男が放った右の上段回し蹴りが空を切った。
少しよろけた魔術師は憤怒の形相で、まだ立ち上がれない禁書目録は混乱した表情で、土御門元春の不敵な笑みを見つめてきた。


(ここからは、イギリス清教のスパイとしてでなく、土御門元春として動かさせてもらうぞ)


少年は、決意を新たに動き出す。ギリギリの綱渡りの途中で、あえて自分から綱を飛び降りて。

115 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/21(土) 20:11:20.63 ID:yEPWimwz0
一旦ここまで。なるべく今日明日中にまた来ます。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/21(土) 22:12:54.73 ID:aHr/DjtGo
乙!
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/01/21(土) 23:53:50.00 ID:PY40DDh0o
いい展開になってきた
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/22(日) 01:04:27.05 ID:CMFlK1FIO
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/01/22(日) 07:22:41.62 ID:x8oXszlAO
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/01/22(日) 10:31:01.91 ID:TeXRAQIi0
乙です
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/22(日) 15:49:21.24 ID:Lm2vxJHVo

総合で見た時からずっと待ってた
122 : ◆sk/InHcLP. :2012/01/26(木) 23:22:37.76 ID:xQwpJrUv0
こんばんは。いつもいつも遅くて申し訳ありません。とりあえず出来た分を投下します。
123 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:23:42.15 ID:xQwpJrUv0


「……ふぅ。一体どういうつもりだい?」


魔術師の声は、落ち着きを払っているようで、その内側に怒りを内包していた。流石の彼も、土御門の行動の真意が掴めなかったのだろう。
当然だ。彼が自分で言った通り、そもそも土御門元春はステイル=マグヌスと同じイギリス清教の仲間であるはずなのだから。
だがどう考えてみても、先ほどの行動は土御門の意思をそのままに表現しているようにしか思えなかった。そう、つまりは、


「裏切り、かい?」

「どう取ってもらっても構わないぜい」


一層激しく睨み付けてくる赤髪の魔術師に対して、しかし金髪の無能力者は全く怖気づかない。彼もまた、幾度となく視線を潜り抜けてきた猛者だ。
だから、土御門元春としては問題は皆無である。戦えるだけの力がほとんど無いとしても、その意志と覚悟ならばステイル以上である自負がある。
しかし、そんなことなど知るはずもないインデックスは、出血で思考力が段々と鈍くなりながらも目の前の現実について熟考し始める。


「思考を再構築……失敗。少年の言動を理解できず。敵は依然として二人であることに変化なし。さらなる分析が必要と判断します」

「ハハッ。理解できないだろうにゃー。オレが魔術サイドからのスパイだってのは紛れもない事実なんだし」

「今の発言を分析……失敗。現状、この少年を『UNKNOWN』と定めます」

「よく分からないときたか。…まっ、それが土御門さんの正体かもにゃー」


振り返りながらケラケラと笑う土御門を見て、インデックスはさらに混乱した。既に覚醒を果たし、感情の無いただの機械と化しているはずなのに。
先ほどから自身の思考を超越した行動をとる少年に、禁書目録は戸惑いを感じる。まるで、彼が見えない何かに突き動かされているような印象を受ける。
任務、同じ組織、魔術師、回収、そして裏切り……。2人の魔術師と思しき人物から出てきたキーワードを、この金髪の男に合致させて考えてみる。
すると、結論はあまりに単純で、理由はあまりに難解な答えにたどり着く。つまり、


「……私の、ため?」


そうとしか考えられなかった。現時点で、この土御門と名乗る少年があの長身の魔術師を攻撃するメリット。彼女にはそれしか心当たりが無かった。
だが、実際はデメリットの方が大きい。仮にインデックスを守るというのであれば、まずはあの黒ずくめの魔術師を撃退しなければならないのだ。
何故?、という疑問が湧いてくる。この少年とは、今朝ベランダで出会い、朝食を食べさせてもらい、その後すぐに別れた。ただ、そういう関係。
言ってしまえば、ただそれだけの仲だった。感謝するのはあくまでインデックスの方であって、別に少年の方はここまでする義理は無いはずなのだ。
分からない。どうして目の前の少年がここまでしてくれるのかが。どうして味方を裏切ってまであの魔術師の前に立ち塞がるのかが。
124 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:25:19.00 ID:xQwpJrUv0

土御門が起こしたアクションに対し、考えられ得る可能性の一つを口から零したインデックス。しかし、答えは少年から示されなかった。


「別にオレは聖人君子って訳じゃないぜよ。だから、わざわざ他人様のためにテメェの命を懸けてはいない」

「――――理解、できません。私の知識の中に貴方の行動に該当する項目は…」

「無い、だろうな。そりゃそうだ」


機械のように一定の音程で声を紡ぎながらも、どこか心理的な動揺も読み取れるのはインデックス。彼女の言葉に対して土御門は冷静に答えを出す。
少年は、やはり落ち着きを払っている。あの魔術師がまるで地獄の業火を思わせるような怒りを露わにしているのに、少年はどこ吹く風と言った感じだ。
なぜ、この少年はここまで冷静なのだろう。なぜ、この少年は今日会ったばかりの少女にここまでしてくれるのだろう。そして、


「これはオレのエゴだからな。お前が気にする必要は無いのだぜい」



なぜ、この少年はこんなにも笑いながら少女に語りかけてくるのだろうか?


125 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:26:01.72 ID:xQwpJrUv0

ところで、空気を読んだのか今までずっと黙っていた長身の魔術師はもう我慢の限界だったらしい。煙草の残りが少なくなるにつれてイライラが募るようだ。
また煙草を右手で口から外し、額に青筋を浮かべながら魔術師ステイル=マグヌスは土御門元春に語りかけてくる。


「フゥー。そろそろいいかな? 僕としてもいちいち君の戯言に付き合っている暇は無いんだ」

「貴様の頭を蹴り飛ばすのも冗談か?」

「…ハァ。君、本当に分かっているのかい? この行動が一体どういう意味を表すのか」

「さっきも言ったろう? どう取ってもらっても構わないと」

「そうかい。ではこの件に関してはこちらで自由に判断させてもらうとして……もう一言いいかい?」

「どうぞどうぞ。好きなだけ言え」


手のひらをヒラヒラさせながら魔術師を煽る土御門。どうやらよっぽど目の前の魔術師のことをコケにしたいらしく、完全に舐めきった態度を取っていた。
いくら(自称)思慮深く慈悲深い十字教徒であるステイル=マグヌスでも、これでは流石に頭に来るものがあるらしい。なぜなら、


「……いつまでクチャクチャとガムを噛んでるつもりなんだ、君は!」

「んにゃ?」


…そりゃまぁ、せっかくシリアスな雰囲気を醸し出しているというのに、目の前で口をムグムグされればもう誰だろうとイライラしてしまうこと間違いなしだ。
しかも大事な仕事の最中でこれだ。社運を決定づける重要な取引をするのに、肝心の取引相手がアロハシャツにガムクチャクチャだったらもう発狂モノだろう。
今のステイル少年の気分がまさにそれだ。何だかここまで来ると、勝手にシリアスぶっているような気がしてもう馬鹿らしくなってくる。超シリアスなのに。


「ったく、いちいち癇に障るね君は。とりあえずそれを吐き出せ。話はそれからだ」

「ペッ」

「汚っ!? ちゃんと紙包みとかを使え! ここは君のマンションだろう!?」

「いーんだよ別に。おーら働け掃除ロボども。床にへばり付いた新鮮なガムぜよー」


そう土御門少年が言うや否や、インデックスの前に陣取っていたドラム缶ロボが3台とも床のシミに向かって突進してきた。
こうなってくると、魔術師としてはもはや視界内で蠢く円筒状の物体もうっとうしくなる。敵らしき人物の足元で見慣れないモノがうろうろしているのだし。
126 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:27:53.93 ID:xQwpJrUv0

「…とりあえず、コイツらは焼いても良いか?」

「まぁ待て待て。オレだって家の前にゴミが転がってるのは良い気分じゃないぞ」

「ガムは大丈夫なのか…。で、僕はとにかくそのポンコツどもを駆除したいのだが?」

「だったら新しくゴミを捨てればいい。貴様の視界に入らないような場所にな」


そうかい、と軽い口調で言った魔術師は、咥えていた煙草を口から外してひょいと後ろに投げた。この男、火事でも起こす気なのだろうか。
だが、そんな心配をするまでも無く掃除ロボが我先にと通路を疾走し、魔術師の横を通り抜けて火元を回収した。連中はそのまま次の獲物を探しにどこかに消えていった。
新しい煙草に火をつけながら横目で様子をうかがっていた背の高い魔術師は、一息つくかのように一度口から煙を吐き出すと、


「さて、邪魔者も去ったことだし……そろそろ良いか?」

「どうするつもりですたい?」

「おそらく、君の想像通りさ。―――Fortis931」


魔術師は冷たい声でそう告げると、続けて何やら小さく呟いてから先ほど火をつけたばかりの煙草をマンションの外へと軽く放り投げた。
オレンジ色の線描を空に描いたほんの少しの輝きは、金属の手すりを越えて隣りのビルの壁に当たって、それで光は終わるはずだった。
だが、続けてその魔術師が、


 Kenaz
「炎よ――――」

そう呟いた瞬間に、点と点になったはずのラインに爆発と共に炎の剣が出現した。赤とオレンジの奔流が眩いばかりに日没後の敷地内を照らす。
ステイル=マグヌスは左手にその炎の柱を携え、未だに不敵な表情を崩さない同僚土御門元春と対峙する。バチバチという音だけが空間に染み渡る。
炎によって作られた沈黙を破ったのは制服姿の魔術師の方だった。


「威嚇、か?」

「合図、とも言うね」


次の瞬間、黒ずくめの魔術師は再び呪を紡ぎながら土御門に突進し、手に宿した炎でインデックスを除く全てを焼き尽くす……予定だった。
少なくとも、現時点で能力者となってしまった天才陰陽博士では、何の手の打ちようもないとステイルは踏んでいた。
127 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:29:29.66 ID:xQwpJrUv0

しかし、予定はあくまで予定であり、現実にはそう簡単にはいかないものなのだ。例え状況が圧倒的に有利でも、不意を突かれることぐらいある。
例えば、完璧に使いこなしている魔術の詠唱すらも途中までしか唱えられずに終わってしまう場合だってある。


 PurisazNaupiz
「巨人に苦痛の――――っ!?」


目の前に存在する全てモノを焼き尽くすはずだった炎の剣は、魔術師ステイルが詠唱を途中で止めたために跡形も無く消失していた。
いや、正確にはその炎をステイル=マグヌスという男を自分から消さざるを得ない状況に追い込まれていた。なぜなら、



傷だらけのインデックスが、まるでラグビーボールをパスしているかのように綺麗な弧を描いて宙を舞っていたからだった。


128 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:30:39.91 ID:xQwpJrUv0

当然ながら、背中から血を流した女の子が自らステイルの背丈よりも高い大ジャンプをした訳ではない。というか、2m越えの跳躍をする女子は異常だ。
つまり、インデックスは誰かに放り投げられた可能性が高い。そして、この場に居る3人のうち、そんな大それたことが出来る奴はただ一人。


「土御門…!」


その投げた当人はというと、突進してきた魔術師の視界から外れた位置、つまりは彼の足元に向かってスライディングしてきた。器用に足を躱しながら。
なおかつぶん投げた女の子を滑り込みながらも見事キャッチしていた。どこかの地方の曲芸大会であれば入賞間違いなしの出来栄えではある。
しかし、これはあくまで実戦。魔術師同士がそれぞれの覚悟の元に戦う血生臭い戦場なのだ。こんな小細工は二度と通用しないだろう。
その戦場たるこの通路では、今まさに殺気を惜しげも無く放っている魔術師が、擦りあわせた歯が欠けそうなまでの力で歯軋りを立てていた。


「貴様、そんな状態の彼女に向かって何て馬鹿な真似を…!」

「ん? 敵さんは随分とお優しいのだな」

「ぐっ…」


しかし、白い少女の敵たる男の心情が見て取れる土御門からすれば、口論の上ではステイル=マグヌスなど怖くも何ともなかった。
そもそも土御門やステイル、そしてインデックスが所属している『必要悪の教会』は、魔女狩りや異端審問などの汚れ仕事を源流とする部署である。
つまり、インデックスのような例外を除けば、メンバーはもれなく尋問を得意とする審問官なのである。当然、ステイルや土御門も異端審問官だ。
だが、異端たる魔術師を物理的に排除する術ならばともかく、言葉を使っての尋問であれば土御門元春の方が一枚も二枚も上手と言える。
それは、スパイがスパイである所以みたいなものだ。現場でゴミを処理する人間より、現場に何年も潜りこむ工作員の方がそういう面では優れている。
しかも、なまじ同じ組織というだけあって、内情を知り尽くしている土御門である。魔術での戦闘ではなく言葉のぶつけ合いならば負けることは無い。


「舐めた真似を…! …やはり、味方だとはいえ念のために下準備をしたのは間違いではなかったようだね。敵地では油断ならない」

「なるほど。ここは貴様にとっては敵地だからな」

「君にとってはもうホームかな?」

「さて、どちらだろうな」


ここに来て、土御門元春がずっと浮かべていた表情が消える。薄っぺらな笑みが変化し、喜怒哀楽がまったく読めない顔、つまり無表情になっていた。
だが、その表情は完全な無ではない。どこか真剣さを帯びつつも、サングラスの奥の瞳からはフィルター越しに強い意志を感じる。そんな表情だった。
対峙するステイルもその変化に気がついたのか、今まで全面に出していた怒りを鎮める。そして、ただ冷酷さしか感じられない殺人者の表情をする。
音源だった炎が虚空に消え、静まったマンションの通路で、それぞれの術を極めた2人の天才が戦場を相手の血で染めるべく算段を整える。

129 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:32:26.38 ID:xQwpJrUv0


「……。そろそろ、覚悟は良いな?」

「ふん。ようやく良い眼になってきたな」

「死んでも僕を恨むなよ、裏切り者」

「先に言うなよ、強者」


臨戦態勢、とでも表現すべきか。ステイルは今度こそ目の前の邪魔者を狩るために小言で呪を紡ぎ、土御門は腰を少し低くして格闘家のような構えを取る。
今度は右の掌から小さな火を生み出し、ステイル=マグヌスは正面を睨み付ける。今度こそ、確実に土御門元春という人間を殺すために。


 PurisazNaupizGebo
「巨人に苦痛の贈り物を」


再び、彼の手の内に炎の剣が現出する。ジリジリと建物の塗装を炙りながら、ステイル=マグヌスは灼熱の炎を右手で掴み、いつでも相手を焦がす体勢を整える。
これが、本物の魔術師。本物は、初撃から一切の躊躇いを見せない。本物は、倒すべき敵に人間的な感情を持ち得ない。今のステイル=マグヌスがまさにそうだ。
摂氏3000度の業火を自在に振るえる彼の姿を見れば、いくら超能力開発の街である学園都市の学生たちでさえも恐れをなして逃げ出してしまうだろう。

一方の土御門元春といえば、目の前に広がる直線状の火の塊に対して、特に何もしない。呪を唱えるでも術の準備をするでもなく、彼はまったく動かない。
ただ相手に自分が戦闘態勢であることを見せつけるように、腰を少し落としながら左足を前に、重心を若干後ろに寄せて右の拳を軽く握りしめている。
彼ら2人の行動を見れば、少なくとも異能の分野に関してはプロ対素人の構図に見えるだろう。土御門の5mほど後ろで横になっている少女もそう思っていた。
だが、覚醒したインデックスの耳に飛び込んできたのは、本物の魔術師しか持っていない名前だった。


「オレはFallere825。―――地獄に行っても忘れるなよ。土御門元春の『敵』、ステイル=マグヌス」

「ほざけっ!」


人肉が溶けるほどの炎の刀剣を携えた魔術師は、炎剣を振りかぶって一気に間合いを詰めてくる。横薙ぎに炎を振るって土御門元春の命を絶つために。
しかし、魔術を知り尽くしていると言っても不足の無いインデックスという人間から見ても、土御門は一切の魔力を使っていないことは確定的だった。
あの異能の剣に対抗するのであれば、異能を使うしかないというのに。これではあの土御門元春と名乗る男はただ死を待つだけの愚か者としか思えない。
そういえば、彼は言っていた。自分は無能力者であると。つまり、学園都市からすれば自分は無能でしかないのだと。しかし、超能力の才能と魔術は―――


(――――能力者…!?)


そうだ。あの少年は能力者なのだ。だとすれば、彼が一切の魔力を封じて戦うのも伺える。能力開発とやらを受けてから魔術を使うなんてこと、しなくて当然だ。
元々、魔術という技術は『才能の無い』一般人が、『才能のある』能力者にそれでも同じことがしたくて生み出された代物なのだという事情と歴史がある。
要するに、生まれ持った才能、ここでは『超能力』を持った者(例えば上条当麻)や才能を少しでも植え付けられた者(例えば土御門元春)は魔術を使えないのだ。
なぜなら、回路が違うから。その違った回路で能力者が無理矢理に魔術を使えば、全身の血管が破裂し、神経にも多大な負担がかかり、死に至る…と言われている。
だから、彼は魔術を使わない。使えばその先には死しか待っていないから。土御門もステイルという男も、そのことを理解しながら戦闘をしているのだろう。

130 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:34:00.56 ID:xQwpJrUv0

では、なぜ彼は自分のために戦うのか―――という問いの解はもう見つかりそうもないので、思考を放棄する。何にせよ、出血で身体がほとんど動かないのだ。
今は、身を任せるしかない。あの黒ずくめの魔術師に攫われようが、あの不思議な金髪サングラスの少年に助けられようが、少女にはもうどうすることも出来ない。
となれば、私は祈ろう。願わくば、あの少年が傷つかすにこの街でこれからも生きていけるような未来を。

で、その土御門少年といえば、真剣な表情から一転、再び口元を緩めると、マンションの壁に向かって軽くスナップを効かせるようにして右手を叩き付けた。
次の瞬間、けたたましいベルの音が、人の気配をあまり感じないマンションの全室に鳴り響いた。不意の外部からの邪魔立てに、ステイルは思わず足を止める。
すると、今度は通路に向かって上から放水が始まった。どうやら天井に設置してあるスプリンクラーを作動させたらしい。どう見ても土御門の仕業だろう。
目的はおそらく単純明快。火に対する水という、あまりに原始的な方法だろう。しかし、


「…ふは、ハハハハッ! 何を考えてるんだい君は!? この程度の水じゃ、僕の炎は消えないよ!」


ステイル=マグヌスという名の魔術師は、勝ち誇ったように高笑いする。確かに、実際にその魔術師が持っている炎剣には何の変化もない。水をかぶりながらも、だ。
そう、水は関係ないのだ。この炎は、異能で作られたモノなのだから。場に刻んだルーンを元に形成された炎は、ただの水では消火することなど不可能なのだ。
だから、ステイルは笑う。あの有能な魔術師も、能力者になってはこの程度かと。それに能力者としても優秀でないらしい彼は、本当に弱い存在になったのだと。
しかし、何も笑っているのはステイル=マグヌスだけではない。


「フッ。貴様こそ、この程度の炎でこのオレをどうこう出来ると思うなよ」

「…聞き捨てならないね」

「そうか。ならもうひとつ聞き捨てならないことでも言ってやろうか」

「ん?」

「貴様に会ってすぐ、オレは『馬鹿が』って言っただろう? ……あれは貴様に向けて言ったんだよ、ステイル=マグヌス」

131 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:38:10.30 ID:xQwpJrUv0

散開する水を頭にかぶる格好となり、髪の毛が大人しくなった土御門元春だったが、言葉にはやはりトゲがあった。
こうなるとステイル=マグヌスとしても黙ってはいられない。だから、その魔術師は確実な死を保証するために、また新たな詠唱を始める。


 AshToAsh
「灰は灰に――――」


まるでピザの生地を伸ばすように、ステイルは右手で握っている炎の一部を左手で掴んで引っ張る。オレンジの炎剣から別れた火の玉が左の掌の上に現れる。
ただし、その色は青。全てを燃やし尽くすようなオレンジ色の業火ではなく、純粋に目の前の敵を殺すために存在しているような青色の烈火であった。
そして、炎の魔術師は再びを地を蹴る。左腕を振るうために大きく後ろに伸ばしながら、攻撃するための準備として一旦右腕を胸の前に持ってきながら。
一方の少年は一歩大きくバックステップを踏むと、どこからともなく何か正方形の平面上のモノを取り出し、それを手裏剣のように天井に向かって斜めに投げた。


       DustToDust
「――――塵は塵に――――」


それでも、呪を紡ぐことを忘れるステイル=マグヌスではない。左手に音も無く青白い炎剣を作りながら走り続け、いつでも攻撃できるような体勢を作る。
しかし当然、土御門が何らかのアクションを起こしたと考えた魔術師は、動きは止めなくとも目線でその物体を追ってしまう。つまり、天井を見上げる形になった。
彼の視線の先にあったのは、ただの黒い折り紙。あっという間に散布されている水によって濡れてしまったので、もう原形も分からないくらいにクシャクシャだった。
その折り紙だったモノが、次の瞬間には粉々になって本当に原形が無くなってしまうことなど、この時点ではステイルは予測がつかなかった。


             Squeamish
「――――――――吸血殺しの――――っ!?」


これ以上、ステイルは詠唱を続けることが出来なかった。正確には、詠唱を続けるために必要な口が塞がれていた。さらに具体的に言えば、彼は水責めされていた。
要するに、今までスプリンクラーから散布されていた水が、何らかの力によってヘッドから放出するともに収束し、直線的な水の流れとなってステイルの口を襲ったのだ。
その様子は、ホースの口を手でつまみながら放水している状況を想像すれば分かりやすい。水量は変わらなくとも水の勢いが変化し、強烈な水流となるあのイメージだ。
しかもこの場合、水量はスプリンクラーヘッドから放出される量である。それが口にというか、喉の中に直接襲って来るとなっては、パニックを起こすのが正常な反応だ。


「むぐっ! むーむぐごぐぎごぐげげぐうぎ!!?」


魔術は、使用者の生命力を『魔力』に精製することから始まる。魔術師は使用する魔術に合った適切な質と量の魔力を、具体的には呼吸法などを使って精製するのだ。
そこから魔術師たちは一定のコマンド、要するに伝説や神話をモチーフにした呪文や詠唱を用いることで、ようやく彼らは魔術と呼べるモノを使えるようになる。
では、こうして発動した魔術を、異能などの力で敵と真正面から戦う以外の方法で止めるにはどうすれば良いのか。答えは単純かつ明快だ。



その魔術師が、魔術を使うために行わなければならないプロセスを分断してしまえば良いだけの話だ。

132 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:39:52.71 ID:xQwpJrUv0

つまり、魔術師がコマンドとして用いている呪文など、始めから言わせなければ良いだけ。つまり、魔術師が生命力から精製する魔力など、始めから作らせなければ良いだけ。
魔術師同士の対戦は、相手の術式や仕掛けられた結界を分析・推量しながら自身もそれを攻略できるだけの攻撃を仕掛けるといった、先の読み合いを交互に行う高度な頭脳戦だ。
しかし、そんな100手も200手も先を読み合う頭脳戦だろうが何だろうが、まず魔術を使えなければ意味が無い。魔術を失った魔術師は基本的に脆いものなのだし。
だから、土御門元春は始めから張っていたワナを用いて敵を排除しているまでのことだった。リスクを冒して、使用できないはずの魔術の力に頼ることになっていても。


「だから言っただろう、ステイル。貴様は馬鹿だとな」


少しだけ顔から苦しい表情を零しながらも、土御門はもっと苦しんでいる魔術師に声をかける。まぁ、多分口から水龍を吐き出しているようにも見える彼は聞いてないだろう。
そうだと分かっていても、土御門は気にしないように淡々と話を続けていく。


「おそらく貴様はこう思っていたのだろうな。『ルーンを刻んだこのマンションは、既に自分の領域だ』と」


土御門は水責めで苦しんでいるステイルの傍まで寄り、水の衝撃で修道服から零れ落ちた何枚かのコピー用紙を拾う。水浸しになった床に落ちていたコピー用紙である。
当然、ずぶ濡れになった紙に書いてある字など読める訳もなかった。先ほどまでの業火は、通路を支配する水に消火されたかのように既に跡形も無く消失していた。


「しかし、実際はどうだ? 領域はオレの一手だけで簡単に変わった。結果、貴様は炎を失い、オレは地の利を得たことになった」


ペラペラと自分が張ったコピー用紙の残骸を見せつけられたステイル=マグヌスは、また一つ自身の失策に気がつく。既に大きく開かれていた目が、さらに開かれた。


「十分警戒していたようで、その実、貴様は安心していたのさ。この土御門さんが魔術を使えないただの木偶の坊だと高をくくってな」


しかし、ステイルは動けない。彼には物事を考える余裕も、ましてや魔力を精製する余力などなかった。ただ襲い掛かってくる水の勢いに身体も心も折られそうになる。
こうなってくると、流石の土御門も何か思うところがあったのか、軽く呪を唱えて放水の一点集中を解き、ステイル=マグヌスを解放する……はずも無かった。
133 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/01/26(木) 23:48:17.32 ID:xQwpJrUv0
さて、今回はここまでです。ようやく土御門の醍醐味が出てきました。まぁ、反則技のことですけどね…
いつもレスをくださる方、本当にありがとうございます。読むだけで元気になれます。

>>121 申し訳ありません。総合の方≠>>1 です。

次回投下予定は、来週中…でも厳しいかも。何やら半端なく忙しくなってしまいました。でも、頑張って早めに来ます。
それではまた会いましょう。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/01/26(木) 23:53:26.58 ID:u4lUoorN0
乙です
弱えー、ステイル弱えー。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/01/27(金) 00:19:26.23 ID:8X9umA0Q0
安心と信頼のかませ犬ステイルくんだなぁ
乙!
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/27(金) 10:57:56.46 ID:CGuO7DOxo
ステイヌよええなぁ
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/01(水) 11:48:22.77 ID:zNA7L5C90
いつかステイルが報われる日が来ることを祈って
おつ
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 14:02:16.53 ID:lJ+z+A5Wo
ステイルは報われちゃならないさ
139 : ◆sk/InHcLP. :2012/02/14(火) 04:05:09.49 ID:bswlQR1P0
こんばんは。相も変わらず遅筆です、ハイ。
今回は表現がやや過激ですので、その辺りは注意して読んでください。ゴメンねステイル。
140 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:06:39.34 ID:bswlQR1P0

「がはっ…! クソ、こんな手で…」

「休んでる余裕があるのか?」

「なっ!?」


スプリンクラーからの放水が集約から拡散へとその姿を戻しても、ステイル=マグヌスが息をつく間は無かった。そんな暇を与えはしなかった。
トラップの魔術を解いた土御門元春は、今度は攻撃を異能から白兵戦に変え、目の前の巨人を襲い始めた。まずは鼻っ柱を拳一閃。
グギャ、という変な音と魔術師の口から漏れた呻き声がマンションの壁や天井、湿った床などに反射し、放水の音に紛れて聞こえてくる。


「がっ!? ……くぅっ!」

「ほらほら。ボーっとしてていいのかぁ?」


相手の体勢が整わないうちに、次の攻撃に移る土御門。今度はよろけた少年の赤い髪を左手を伸ばして乱暴に掴み、その身体を引き寄せる。
そのまま床へ引っ張られる顔に対し、下から土御門の右膝が迎えにくる。一度手首を捻って引っ張られ上向きになったステイルの顔だ。
土御門が放った膝蹴りは自然と彼のアゴにヒットすることになった。脳みそがシェイクするような気持ち悪さと激痛がステイルを襲う。


「ぐっ、ああああ!!!」


もう土御門は彼に声をかけることもしなかった。髪を掴みながらも一旦間合いを取り直す彼の表情には、一切の喜怒哀楽が削除されていた。
ステイルは先ほどの水流攻撃で吐き気や不快感を覚えているのに加え、人体の急所ばかりを執拗に狙う攻撃に対して、反撃の糸口が掴めない。
というより、反撃するための手立てを考えることが出来ないのだ。土御門元春による数々の攻撃は、確実に彼の思考能力を奪っていた。
これではもう、魔力を練ることなど出来ない。これではもう、魔術を組み立てることなど出来ない。もはやそんなことも考えられなかった。
しかし、それが分かっていても土御門は攻撃の手を緩めたりしない。












『ぐちゃり』





強烈な激突音に紛れて、ステイル=マグヌスの耳に入ってくる聴覚情報。次の瞬間、彼の後頭部をこれまで体験したことも無い激痛が襲ってきた。



「があああっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!!!!」



今度の叫び声は、スプリンクラーの音などいとも簡単に掻き消してしまった。
141 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:08:41.52 ID:bswlQR1P0

土御門が次に取った行動は実にシンプルだった。相手の髪を掴んだまま、その頭を壁方向へ叩き付ける。ただ左腕を右の壁の方に叩き付ける。
たったそれだけの行動だった。幾度もの猛攻でステイル自身抵抗もしなかったので、土御門も簡単に彼の頭を、存分にその物体に叩き付けた。
ただし。



ステイル=マグヌスの赤い頭は、ドアに備え付けられている金属の突起物に激突してはいたが。


「あ、ああああ……っ」


痛み。苦しみ。その手のプロによる犯行に対し、同じくプロのステイルも動揺してしまう。頭の中が真っ白になり、思考がゼロになる。
代わりに彼の頭の中を支配するのは、感覚。視覚は、恐怖を煽る敵の姿を。聴覚は、生々しい音の響きを。触覚は、内から湧き出る痛みを。
それぞれの感覚器官から脳に伝達される情報が、思考を掻き消していく。そして、恐怖という感情が脳から全身へ駆け巡っていく。


「…………ふん」


情けない呻き声を上げる同僚に、しかし土御門は何の感情も表さない。既に戦意があるかどうかも分からない敵に対し、彼は再び牙をむく。
続いては、頭への衝撃で足元もおぼつかない少年の胸倉を右手で掴み、髪を引っ張っていた左手を放して修道服の裾へと掴み直す。
どうにか向き合おうとして顔を上げたステイル=マグヌスだが、土御門の表情を窺う前に足をかけられ、そのまま変則の大外刈りを決められた。
変則、というより分かり易い反則行為だろう。何せ土御門元春は足を刈って相手を倒す際に、同時に相手に頭突きもしたのだから。
当然ながら、元々意識も不安定だったステイルがこんな技を受けて受け身が取れるはずもなく、床に思い切って頭を叩き付けることになった。


「っ――――――っっ!!」


パシャ、と跳ねたのは水だけだっただろうか。倒れた魔術師の周囲には、彼の特徴的な赤い髪以外にも、同じ色が顕在していたようだった。
もはや声も上げることも満足にできないステイル=マグヌスは、倒れ込んだ身体をプルプルと震わせている。おそらく恐怖の現れではない。


「意志の現れ、か」


フィルター越しに魔術師を見下ろす元天才魔術師が、少しだけ感心したように呟く。これはこれで、大したものだとは思う。
ただ一人の少女を守りたくて、こんな馬鹿なことをしているのだから。たった一人のために、ここまで痛めつけてもまだ動こうとするのだから。
だが彼の行動は、あの女の子を守るという一点に限って言えば、無意味とか無駄とか、そんな言葉しか出てこないほど愚かなものだった。
142 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:10:05.18 ID:bswlQR1P0
勿論、彼自身そんなことをしたい訳ではない。おそらく世界広しとはいえ、ステイル=マグヌスほどあの少女のことを思っている人間はいないだろう。
しかし、彼は知らない。自身の行動は、インデックスを一時的に救済する処置ではなく、彼女を教会に閉じ込めておくための儀式でしかないことを。
確かに、ステイルが例の術式を使えば、少女は一年ほど安全に生きていける。教会から施された秘密の術式の圧迫から、一時的に解放されるのだから。
それはあくまで教会にとって、あの女狐にとってのメリットだ。別にインデックスという少女自身の生命の心配をしているのではないのだ。
だから、ステイル=マグヌスは利用される。彼の良心に付け込んで、あの女はインデックス、いや禁書目録を管理・調整するために、彼を利用する。
すべてはイギリス清教のため。だから、強力かつ危険な女の子に『首輪』を括りつけた。裏事情に詳しい土御門はそこまでちゃんと理解していた。


しかし、それでいいのか? イギリスのためだと、世界のためだと言ってあの女の子を見捨ててもいいのか?



(違う)



目の前の『敵』を見下ろしながら、土御門は拳を強く握りしめる。確かに土御門元春は、イギリス清教『必要悪の教会』所属の魔術師ではある。
しかも彼は、倒れている少年たちとは違い、なまじ事情を把握しているため、インデックスが禁書目録としてどうあるべきかもよく理解している。
本来ならば、彼はステイルたちの行動を手伝うべき立場だ。禁書目録のためならば、土御門は下手に動かず自分の任を全うすべき立場にあった。
だが、そんなくだらない理由で、あのシスターを見捨てることは――――この機会を逃すことは、出来なかった。

実際、彼はこの件に手を出すべきではなかった。彼の仕事はあくまでスパイであるし、味方であるはずの人間の邪魔をするなどあってはならない。
またもしかすると、彼の願う、彼が望む『世界のバランス』にとって、今回の行動は悪影響しかないのかもしれない。それでも、


(目の前の女の子ひとり救えないような人間が、世界をどうこうなんて出来る訳が無い、よな)


裏切ることならもう慣れている。土御門元春という刃は、元々背中を刺すための凶器なのだから。
143 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:11:28.58 ID:bswlQR1P0

床に転がっているステイル=マグヌスは、不規則気味に荒い息を何度も繰り返していた。動かない身体を無理にでも動かそうともがいている。
目は既に焦点があやふやではあったが、その赤みがかった瞳には未だ消えぬ強い意志が見て取れた。顔を歪めて歯を食いしばっているようだ。


「ぐっ、うううう……っ!」


身体が床にへばり付いているかのように、ステイルは四肢を動かせずにいた。立ち上がろうにも腕に力が入らず、脚は微かに震えるばかりだ。
それでも何とか対抗しようと、首を必死に動かして顔を自身の前に立ち尽くす敵を睨み付ける。先ほどから変わっていない、良い目だ。
そして、反撃の糸口を何としても掴もうと、だらんと開き切った右手の五本指に力を加える。震える指を起こし、握りしめようとしたその時、






ステイル=マグヌスの指は、土御門元春の足に勢いよく踏み付けられた。




144 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:12:46.56 ID:bswlQR1P0

バキボキガキッ!!、と、今まで聞いたこともないような音を立てて、少年の指は5本ともグチャグチャに折れた。
悲鳴はもう言葉にならないほど悲痛で、この世のものとは思えないほど痛烈な叫びだった。もうステイルの右手は使い物にならなくなっていた。
赤が、ステイルの脳内を支配する。Blood、Scream、Pain。すべて同じ色を連想させる物質・現象・感覚が、彼のすべてを支配していた。


「がっ、ぎぎぎぎ……ああぁぁぁぁ………っっ!!」


発せられる音は言語としての役割を果たさない。しかしその響きは、どんな人種・民族・信条の人間でも彼の『苦痛』を理解できるようなものだった。
念のために、土御門は丁寧に踏み付けた右足をグリグリと踏めしめる。その様子は、まるで吸い終わった煙草を床に捨てて火を消しているようだった。
足を浮かせてみると、ステイルの指は5本ともバラバラの方向を指差していた。右に左に、上に下にと、様々な向きに折れ曲がっているのが分かる。
どうやらもう右手は使い物にならないらしい。それに、頭には髪の色以外の赤も含まれているし、鼻も普段のように真っ直ぐなままではなかった。
この時点で、どう考えても土御門元春の勝利は確定していた。ステイルほどではないが苦悶の表情を浮かべる土御門も、そのことをよく理解していた。
しかし、


「ん? まだおねんねする時間でもないだろう?」

「……………………………………っっっ!!!」


相手が戦えない状態になってもなお、土御門元春は止まらなかった。修道服の襟を掴むと、金髪の高校生は右手一本で2mの巨体を持ち上げる。
床に流れる水を吸った修道服もセットであるにもかかわらず、軽々と巨体は持ち上がっていた。そのまま襟を左手で持ち直し、右手を後頭部に添える。
そして、顔面からしっかりと壁にぶつかるように右腕を突き出す。ここまでくれば、今度こそステイルの鼻は潰れてしまったに違いない。
突き飛ばしたときに離した左手はステイルの左手首を捕まえ、肩が軋むくらいの勢いで上に引っ張る。その状態で膝を軽く曲げつつ右足を背中に置く。


「っっ!!? ゃ、やm」

「何か言ったか?」


土御門元春は、躊躇わない。









『グキィッッ!!!』







145 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:13:34.04 ID:bswlQR1P0


土御門元春は、万能ではない。そのことは誰よりも本人が一番理解している。
彼には、すべての異能を打ち消すことの出来る右手などない。
彼には、すべての現象を弾き飛ばす超能力など備わっていない。
そして彼はもう、かつて自在に操っていた異能のチカラも、満足に扱うことも出来ない。


だから、彼は躊躇わない。
だから、彼はどんな手を使っても勝利を望む。
そして…だから彼は、平気で反則を犯すことが出来る。


彼の迷いは、死しか生まないから。
彼の甘さは、大切な人に牙をむくから。
彼の油断は、身を滅ぼすことしか知らないから。
彼の望みは、あの笑顔を絶対に守り抜くことだから。

146 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:14:47.87 ID:bswlQR1P0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


目が覚めると、まず全身を覆う不快感に気がついた。その正体を分析しようと目を開くと、水が床を流れているのがすぐに分かった。
どうやら、倒れている自分の身体、というより修道服が水を含んだしまったようだ。この不快感は水が染み込んだ布地のものだった。
次に襲ってきたのは、痛み。それも足を挫いたときのようなズキズキした痛みではなく、身体の内部から全身に広がるような痛みだ。
これは、背中の傷の痛み。しかもただ傷として痛いのではなく、何かが傷口に染み込んだために、内側にまで痛みが響いてくる。


(……そういえば、『彼』はどうなったのでしょうか?)


あの金髪の高校生は。自分に朝食を奢ってくれた少年は。そして…理由も分からないのに、自分を庇って魔術師に立ち向かった男は。
彼が魔法名を名乗った後、傷の影響で少しの間気絶してしまっていたインデックスである。魔術師同士の決着など知る由も無かった。
しかし、比較的難易度の高い魔術をあれほど自在に操る魔術師に対し、彼の方は実力はともかく、もう魔術なんて使えない身なのだ。
どう考えても彼があの魔術師に勝てるはずがない。彼には悪いが、死ぬ気で一発魔術を使ったとしても、勝てる見込みなどないのだ。


(しかし、それでも私は――――)


感謝。言葉は知っていても、このインデックスは実際に感じたことの無い感情だ。今の少女は、あの感受性豊かな彼女ではない。
おそらくあちらは人間に対して感じたことのある感情なのだろうが、このインデックス……『禁書目録』には関係のないモノだった。
でも、それでも今のこの気持ちは、多分そういうことなのだろうと、自己分析する。いや、これが『感謝』というモノに違いない。
胸に秘めたこの気持ちを大事にしようとは思うが、しかし彼女は彼が望むであろう通りに、連中から逃げることは結局出来なかった。
ほら、ちょうど今、インデックスは床から持ち上げられた。絶対にあの魔術師だ。これから私は、どこかの結社に……


「にゃー。血だらけのまま放置してて悪かったぜよ。大丈夫か?」


…にゃー?


「……あ、貴方は…!」

「よう。正義の味方の土御門さんが、悪党を退治して来たぜい」


彼は、息を吐くように嘘をついていた。
147 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:15:33.10 ID:bswlQR1P0

「ど、どうして……?」

「どうって…。とりあえず再起不能になるまでボッコボコにしてきた訳だが」


彼がアゴで指し示した方向に振り向いてみると、そこには先ほど自分を追ってきていた大柄の魔術師が、見るも無残な姿で倒れていた。
チラッと見ただけでも人体の構造が普通ではなかったし、髪が赤いからか、妙に血だらけの印象を受けた。人のことは言えないが。
とにかく、あの魔術師は彼の言う通り、確かにボコボコにされていた。あの状態では死んでいると言われても何ら不思議はない。


「生きて……いるのですか?」

「一応はな。生かしておかなきゃコッチが危ないのでな」


まぁ殺されることは無いがな、と彼は笑った。発言の意図はまるで分からなかったが、彼の顔が苦痛で少し歪んでいるのは分析できた。
おそらく、先ほどまでの死闘で彼も手傷や疲労などがあるのだろう。寧ろ、いくらプロとはいえそのプロに素手で勝つこと自体すごい。
どうやってあの魔術師に勝利したのかを分析すべきだったのかもしれないが、それよりも今は『感謝』の気持ちが膨れ上がってくる。
この少年はこうまでして自分を守ってくれたのだ。どちらのインデックスだろうが関係なく、しっかりと彼に礼を尽くすべきだろう。


「……。よし。じゃあ行くか」

「えっ? 何処へ?」

「このままだと警備員が来て厄介だからにゃー。まずは身を隠さなきゃな」


呼んだのオレだけどな、と彼が呟いた気がしたが、あんちすきるとは何のことだろう? この街では不思議なことばかりが起こる。
おそらくあんちすきるもその内のひとつなのだろうと、勝手に分析することにする。そして、ここは彼の言う通りにしようと思う。
彼は信頼できる、と断言しよう。これまでの行動で、彼はとりあえず自分の味方だと分かった。だから、まずは彼の言う通りに。
ともかく、インデックスの身体はほとんど自由がきかないのだから、彼に身を委ねるしかないことも確かだ。


「じゃあ行くぞ」

「……はい」

「…あー。ねーちんに連絡しとかないと」

「?」


インデックスを小脇に抱えながら携帯電話なるモノを取り出す彼の行動は、相も変わらずよく分からないものだった。
148 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:16:55.58 ID:bswlQR1P0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


とにかく、このままでは死んでしまう。警備員の目を避け、建物と建物の隙間に隠れた土御門が改めて傷口を見た感想がこれだった。
背中を刀でざっくりと斬られたような、というか実際に日本刀を使って斬られたであろう傷はやはり深く、出血は増える一方だ。
少女の身体から出たばかりの新鮮な血が、否応なく土御門元春の両手を真っ赤に染める。


「チッ。大丈夫……じゃないよな」

「だい、じょうぶ……だよ? とにかく、血を……止めることができれば……」


大丈夫ではないと誰が見ても分かる状態だった。土御門は怪我に対する知識もあるので分かるが、もう応急処置の段階を過ぎている。
自身も切り傷などを応急処置で包帯を巻くが、彼女の出血量ではもうそれでは駄目だった。失血で意識も不安定になっているのだ。
ちなみにこのインデックスはどうやら『いつもの』というか、先ほどまでの意識とは違う、元の状態のインデックスに戻っていた。


「クソ。この状態じゃ救急車を呼んでも間に合わないか…」

「うん……。ふふっ……せっかく助けてもらったのに…ね……」


消え入るような声で、それでも少女は笑っていた。少しでも土御門を不安にさせまいと、安心させようとして、彼女は無理をしていた。
もう失血で意識も飛びそうだろうに、この少女は無茶ばかりする。自分がとんでもない目に遭っているのに、人に笑顔を振りまき続ける。
これが、インデックスという少女だった。イギリスで一緒にいた頃から、まだ『禁書目録』になる前からも、そこだけは変わっていない。
そうだ。これでは助けた意味がない。土御門元春が命を懸けてこの子を助けたのは、何もこんな苦しげな笑顔を見るためではないのだ。





もう一度、覚悟を決めなければならない、、、か。


149 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:18:21.80 ID:bswlQR1P0

土御門は、いそいそと準備を始める。どこからともなく折り紙を数枚取り出した後、インデックスをうつぶせになるように促す。
失血でボーっとしていたインデックスは、土御門の行動を少し疑問に思いながらも、深く考えずに彼の指示に従うことにした。
次に土御門はインデックスの修道服の傷口の部分の穴を少し広げ、傷口が見えるようにする。出血がひどく、血が溢れてくる。
一般人が見れば動揺するか気絶してしまいそうな光景だったが、土御門は一切動じない。淡々と次の作業へ移っていく。


「………? 一体…何を……?」

「黙っていろ。血を出しすぎるな」


彼の行動に何か不審なものを感じ取ったのか、インデックスが質問してくるが、土御門はそれを制して準備を続ける。
白い折り紙を一枚、傷の真ん中辺りに置く。これでは紙が血で濡れて赤くなってしまうはずなのだが、そうはならず白いままだった。
気にせず土御門は黒い折り紙を取り出し、少女の背中に乗せた白の折り紙の四隅にそれぞれ一枚ずつ、方角に注意して置いていく。
不思議なことに、この4枚の折り紙は下の折り紙と垂直な関係に、つまり少女の背中の上でしっかりと立ち上がっていた。
ここで首だけ少年の方に向けたインデックスが、ハッとしたような顔で声を紡ぐ。


「金生水……? まさか、君…!」

「五行相生までカバーしているのか。流石は『禁書目録』だ」

「何を悠長なことを…! やめて! そんなことをしたら君が!!」


感心したように呟いた土御門に対して、インデックスは必死に叫ぶ。超能力者は魔術を使えない。使った先に待っている結末は……死のみ。
それを知っている少女としては、何としても彼の愚かな行いを止めなければならないと思っているようだ。まぁ、それも当然だろう。


「もう遅いぜよ。さっき一回使っちまったからな」

「さっき…? じゃああの魔術師は!?」

「ご想像の通り、ですたい。冷静に考えてみろよ。無能力者であるオレが、何の異能も使わずに魔術師に勝てる訳ないだろう?」


再び顔が驚愕に染まるインデックス。いや、本当は分かっていた事実を突き付けられて、彼女は動揺しているのかもしれない。
それでも、彼はニヤリと口元を緩める。偽りだろうが何だろうが、彼女のような笑顔を浮かべることで、少女を落ち着かせるために。
しかし、土御門元春の肉体は、そろそろ限界を迎えつつあった。
150 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:19:31.02 ID:bswlQR1P0

彼の額に一筋、まるで日本刀で斬られたかのようにスッパリと傷が付き、血が流れ始めた。それこそ、少女の背中の傷のような赤いラインが。


「あー。もう来やがったか」


慣れた口調で呟く土御門は、参ったとでも言いたいような感じで自身の頭をガシガシと掻く。触れた部分から髪の色が金から赤に変わっていく。
その様子を横目で見ていたインデックスは、もう背中の傷口が開くことも気にせずに少年に向かって叫び続ける。


「何てことを! 君、もう動いちゃダメなんだよ! どうしてそんなことを!? 君だって知っていたはずなんだよ!!」

「ああ…。そりゃ知ってるぜよ。何せ、身をもって体験しているからにゃー……」

「だったら何で…!?」

「へっ……。言わせんな恥ずかしい…」

「冗談言ってる場合じゃ……っ!? ゲホッゲホッ!!」


どうやら興奮しすぎてインデックスは咳き込んでしまったらしい。しかも、咳の中には空気だけでなく血まで混じっていた。
もう一刻の猶予も無い。一つの命を救うために、一つの命を賭ける。土御門元春は決意の元、式神に自分の魔力を込めた。


(ないてよろこべ。テメエのなみだはかいふくようのアイテムだ)
「水ゾ泉ヨリ湧キ出デテ流ルル。其ノ象徴ノ色タル黒ハ生命ノ形ヲ正シク示ス」


少女の瞳に、泉のような涙が浮かんでいるように見えた。

151 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/14(火) 04:25:29.56 ID:bswlQR1P0
今回分は以上です。一応陰陽系の魔術です…ね。詳細は次回。
ステイル=マグヌスははっきり言って強いです。強いからこそ、土御門は徹底的に潰しました。
あの『魔力・魔術を封じる』という反則は、逆に強いステイルへの敬意…とでも言いましょうか。
そんな感じです。別にステイルさんをdisってる訳じゃないです。ステイルカッコいいよステイル。

では、今度は一週間以内に。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/02/14(火) 05:31:42.16 ID:hocsOh8ko
乙乙
まさにオーバーキルだったな
殺してないけど
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/14(火) 07:55:48.36 ID:fXlx8VLRo
おっつー
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/14(火) 08:26:43.68 ID:8UTCPa9IO
おつっちー
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/02/15(水) 17:35:52.73 ID:sulD0K/AO
でもねーちんがどうなることやら
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/19(日) 22:04:12.77 ID:35/7CfzQo
おつっちー
157 : ◆sk/InHcLP. :2012/02/22(水) 00:37:47.18 ID:FR3rivc20
こんばんは。中途半端ですが、出来た分だけどうぞ
158 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/22(水) 00:40:00.88 ID:FR3rivc20

彼女の叫びもむなしく、能力者は魔術を使ってしまった。いや、正確には既に使った後だったので、気づいた時にはもう遅かった。
禁書目録たる彼女は、基本的な魔術ならば世界中すべての術式が見ただけで分かる。これは古代中国を起源とする陰陽系の魔術だ。
色は黒。属性は水。その効果は回復。もしかすると、自分の身体が水浸しになっていたのは、彼が水系の魔術を使ったからなのか。


「そ、そんな…」


しかし、そんな分析など今はどうでもいい。この状況で最も重要なのは、あの能力者が魔術を使ってしまったこと。その一点だった。
インデックスの身体から、あの少年が魔術で作り上げたものではない水が、とめどなく溢れてきた。一度出てきたらもう止まらない。
そうこうしているうちに、少年の口から赤い液体が一筋、ツーっと流れていた。誰がどう見ても、もう彼の身体は限界だった。
出来れば彼の愚行を止めたかった。一度魔術を使ってなお生きていること自体不思議なくらいだからだ。でも身体は動かない。

彼女の懸念をまるで無視して、術は発動する。白い折り紙の四隅に立てられた黒い折り紙4枚が、親指一本分ほど宙に浮く。
しゃがんでその様子を見ていた少年は両手を組んで自身の胸の前に持っていき、主に祈りを捧げる信徒のような格好をとった。
すると、浮かんでいた4枚の黒紙が反時計回りに回り始めた。少女の傷の上に置いてある白紙を中心にして、4枚の紙は回る。
等距離を保ちながらどんどん円周を縮めていった黒い紙の軌跡は、下の紙のちょうど中心で交わり、黒は4つ同時に白に着地した。
ふわりと触れた黒は、接触部から徐々に白い折り紙に溶けていく。白に溶け込んだ黒は紙の中心から四隅へと段々と侵攻していく。
しかしその工程の最中に、十分予想でき得る邪魔が入ってきた。


「……グハッ! ゴホガハッ!!」


モノクロで支配されつつあった領域に、危うく五月蠅い色が加わるところだった。金髪の少年の口から、赤が溢れ出てきたのだ。
彼は、自分の術の邪魔にならないよう……彼の領域を壊さないように、白い少女から顔を背けて路地裏に血をぶち撒ける。
サングラスをかけているため表情が窺えないが、少年はおそらく苦悶の表情を浮かべているのだろう。赤い水が路面に染み込んでいく。


「もう止めて! 私は助からなくても良いから……せめて君は…!」

「ハッ。聞き入れられないにゃー…」

「でも、このままじゃ……!」

「フッ…。誰がが犠牲になって誰かが助かる……良い話ぜ…ガハッ!」


それでも少年は止まらない。白い折り紙は完全に黒に支配されたかと思うと、今度は四隅から中央に向かって白が広がっていった。
色が消えた場所から現れてきたのは、透明な水滴。まるで凝結によって金属の表面に水が生まれたかのように、四隅から液体が生まれた。
新鮮な水は紙から傷口へと流れ込み、赤に触れると水は蒸気へと姿を変えた。その部位から、傷がどんどん治っていくのが分かる。
紙が元の白を取り戻していくほどに、傷口も徐々に塞がっていく。もう一度白い折り紙が登場した頃には、傷は完全に治っていた。


「……治った…?」

「完了……ぜよ。もう…出血で……死ぬこと…は……っ」


どさっ。この音が裏路地の建物に反射してインデックスの耳に入ったときには、少年は血の海にうつ伏せになって倒れていた。
159 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/22(水) 00:40:38.36 ID:FR3rivc20

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「君っっ!!」


インデックスは完治した身体を引き摺って少年の元へ向かう。声をかけても微動だにしない少年を見ると、もう手遅れかとも思った。
躊躇うことなく血の海へとしゃがみこんだ少女は、視診と触診で彼の生命活動の有無を確認する。まだどうにか生き長らえているらしい。
それでも息は浅く回数もまばらだったし、傷は額と脇腹からドクドクと流れていて危険な状態だ。呼吸器も無事とは思えない。
ともかく、このままでは少年は絶命するのは確かだ。何とかして、彼の傷口を塞がなければ。それこそ、さっきの自分のように。


「…でもこの街のことは分からないし、連絡手段だって無いんだよ」


そう、そこが一番のネックだった。病院に連れて行くにも場所が分からないし、まず身元不明の自分がどう扱われるか分からない。
連絡するにしても、手段が無くては意味が無いし、どこにどう連絡すれば彼が助かるのかも分からない。まさに八方塞がりだった。
インデックスは無力な自分を恨みながら、只々血を流して震える少年の前で嘆くしかなかった。


「………。方法が、無い訳じゃないのに」


少女の口から悔しさが零れる。実際、彼女の言う通り、方法が無い訳ではないのだ。しかし、だからこそ自分の無力さが嘆かれる。
その方法とは、やはり魔術のことだ。回復魔術。先ほど少年が自分に施したモノも含め、彼女はあらゆる回復魔術を知っている。
ならそれ使えよ、と言われそうなものだが、今朝少年に向かって言った通り、彼女は魔力を練れないので魔術を使うことが出来ない。
それに、今朝聞いたことが本当だとすれば、例えばこの街の住人に頼んで回復魔術を使ってもらうという選択肢も無いと言える。
なぜなら、超能力者に魔術は使えないから。そのことは、皮肉にも目の前で倒れている少年がその身を犠牲にして証明していた。

自分のために。自分のせいで。本来自分に関わることも無いはずの人間が、自分に関わったことで血まみれになり、死にかけている。
その現実が、インデックスの心に突き刺さる。同時に、彼女は己の無力さを呪った。何が禁書目録だ。回復魔術の一つも扱えない無能が。
世界の全てを例外なくなくねじ曲げることができる力を持っているくせに。
160 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/22(水) 00:41:36.68 ID:FR3rivc20

「……方法なら………ある…ぜ……」

「えっ?」


もうどうすることも出来ないと思い、それでもこの場を離れられずにうずくまっていた少女の耳に、土御門と呼ばれていた少年の声が届く。
血の海から目を離して倒れている身体を見てみると、金色の髪を真っ赤に染めた少年が、死にかけながらも左腕を路面に突き立てていた。
続いて右手にも力を入れ、首も持ち上げ、震える両脚を無理矢理に動かして、土御門は何とか建物を背もたれにして座ることに成功した。
うつぶせになっていたため、顔やサングラスも赤く染まり、Yシャツはもうその役割を果たしていなかった。もはや赤い襟付きシャツだ。
だがそんなことよりも心配されるのは彼の肉体だ。額からまだ新しい血が溢れ出し、赤い海から脱出してなおシャツは湿り気を保っている。
そして、時折咳と混じって現れる吐血。彼の意識が安定したとはいえ、問題は何一つ解決していなかった。本当に方法などあるのか?


「ど、どういうことかな?」

「簡単な……こと…。この街………学生の…だから、、、生は……能力…済み……ゲハッ」

「ゆっくりで大丈夫。あまり興奮しないで」

「だが……開発される…学生……れば………。…発する側の……人間も……この街には……る」

「つまり、その『ちょーのーりょく』を学生たちに教えている人もいるって話だね。…まさか!」

「…そう………学生……駄目でも……、教師なら……。…師は……能力者では……いからな」


少年の言葉は、まるで習って間もない言語を話しているかのように途切れ途切れではあったが、その真意はちゃんとインデックスに伝わった。
要するに、この学園都市にも能力者ではない人間は存在しているということだ。つまり、才能が無い人間もこの街にはいるということだ。
ここで言う才能とはいわゆる『超能力』の才能のことである。先天的・後天的の差はあれど、この才能があるというのは少々厄介なものだ。
なぜなら、彼らは魔術を使えないから。魔術は、才能の無い人がそれでも才能のある人に追いつきたくて開発された技術なのだから。

だから、今必要なのは学生以外の人間。教師以外でもいい。会社員、大工、研究員……。この際ニートでもいいし、医者ならなお良しだ。
とにかく、誰でもいいから学生以外の人間が必要だった。それで、何とかこの少年の命を繋ぐことは出来る。本当に藁にもすがる思いだ。
しかし、この状況をどう説明する? 普通の人間は、血まみれの高校生と白装束のシスターのセットを見て何を思い、どんな反応をするのか。
今度はそちらの方が心配だ。もうあれこれ言っている状況ではない、というのに。だが、そんな危惧はまたしてもこの男が取り除いた。
161 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/22(水) 00:42:12.16 ID:FR3rivc20

「…一応……アテならある…」

「! 本当っ!?」

「ああ…。魔術の知識は……無いが…おそらくは……丈夫だ。困った人間を……て置けない…、お人好し、、だから…」


荒く身体を上下させながらも、土御門は笑う。その笑顔は明らかに作り物だったが、表情を作れるだけの心の余裕はあるということだろう。
もしかすると、自分を励まそうと懸命に笑っているのかもしれない。またひょっとすると、意識を保ち続けるために必要な行動なのかもしれない。
それでも、そんな苦痛に満ちた笑顔に、インデックスは励まされていた。本当は、自分の傷を癒したために傷つき倒れた彼を、励ますべきなのに。
意識が途絶えないように声をかけ続け、ちゃんとした治療が出来る場所に運べるように連絡を取り、手術室の前で主に祈りを捧げるべきなのに。
なのに、死にかけた男の精一杯の強がりに、少女は励まされていた。本当、この街に来てからというもの、彼には世話になりっぱなしだ。


「…分かった。あとはその人との連絡だけお願いね。喋れないようなら、私から事情を話すから」

「事…情? ハッ……。魔術師が……そって来て…、、、、傷を治し……死にか…、…したってか…?」

「ふふっ。もう無理して受け答えしなくていいかも。大丈夫、私はシスターなんだから。誰かに語りかけるのは得意なんだよ」

「…ハハッ。それは……心強い」


作り物の表情が、少しだけ崩れた気がした。相変わらず血は滴り続けていて呼吸も変だったが、この調子であればもうしばらくは大丈夫そうだ。
希望はまだある。禁書目録の知識を使えば、どんな素人でも正確に魔術を使用することが出来る。彼女にはその自信があった。
あと、目下の問題といえば……


「ここからどう移動すれば……?」

「……フッ。それこそ…大丈夫……だにゃー…」

「えっ? どういうことかな?」

「簡単な…話………ぜよ」


赤く染まった少年はそう言うと、首をぎこちなく横に動かして表の路地の方へ向ける。釣られて白い少女も通りの方を見る。
先ほどまで彼らがいたマンションの周りは大騒ぎになっていた。消防車が出動し、盾を構えた武装警官が何人も並び、多くの野次馬が集まっている。
おそらくさっきの魔術戦の後遺症というか、その影響なのだろう。魔術など知らない学生が戦闘を火事と勘違いして連絡していても不思議ではない。
これではここから移動することさえ満足に出来そうも無い。しかし、少し辺りを見渡してみると彼の発言の意味が何となく分かってきた。


「あっ。あの人は確か…」

「……ほら、お人好しが来たぜい」


どうやらこの街にはお人好しが沢山いるらしい。
162 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/22(水) 00:42:45.24 ID:FR3rivc20

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隣人は血だらけ、シスターに脅され、俺はYシャツを脱いだ。な…何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった…。
というか、いくら不幸だとはいえ、こんな状況に巡り合ったのは初めてだった。とにかく急いで病院に連れて行こうと思ったが、何故か止められた。
どう見ても致死量の血を流しているのに、土御門は『小萌先生の家に連れてってくれ…』と掠れた声で言ってきた。そんなに小さい子が好きか。
それに加え、朝に会った女の子は『早くそのシャツを脱ぐんだよ!』と急かしてきた。上条さんにそんな趣味はありません、と言ったら蹴られた。

で、血で濡れたYシャツを捨てて脇腹の出血を上条当麻のYシャツで縛って何とか抑えて、ケータイで青髪ピアスを呼び出し先生の住所を聞き出し…。
ボロボロで動けない長身の土御門を背負って夜の学園都市を歩き、現在に至る。傍らには当然のようにインデックスと言う名の少女もいる。


「…つーか、何でこんなにボロボロなんだよお前。しかもマンション前は警備員と野次馬だらけ。何があったんだ?」

「んー……。魔術師を…ボコボコにして……、オレが…傷をちょちょいと……治したら…、、このザマぜよ」

「意味分かんねえよ。嘘つくにしてももうちょいマシな嘘つきやがれ。大体傷を治した側がボロボロってどういうことだよ!」

「ハハッ…。嘘は……言ってないぜい」


嘘をつくな、嘘を。いくら何でも魔術師なんざ空想の産物だし、そもそも傷を治したらの件が意味分からん。メスで患者傷つけたら医者に切れ目つくのかよ。
それにしても、この傷の具合は尋常ではない。額、脇腹の出血に加え、土御門やインデックスの話によれば、どうやら呼吸器系もやられているらしい。
一体誰にこんなに深い傷跡をつけられたのだろう。通り魔に襲われてメッタ刺しにされたか、風力使いと戦って真空刃でも喰らってしまったのか…。
何にせよ、このままでは不味いことは上条にでも分かる。だから、話を聞いてすぐ救急車と呼ぼうとケータイを取り出したのだが、土御門に止められた。

どうして止めるんだよ、このままじゃお前は死んじまうぞ!、と上条は叫んだが、土御門は返事の代わりに傍らにしゃがみこんでいる少女を一瞥した。
少女の正体は、上条もよく知らないし、おそらく土御門もそのはずだ。そして、どんな状況だったかは定かではないが、少女は土御門の近くにいた。
おそらく、何らかの形で土御門の怪我に関わったのだろう。不安かつ心配そうな顔で土御門の傍に寄り添っていた彼女は、梃子でも動きそうになかった。
そうなると、少々厄介だ。学園都市の人間でもなければ、正式なIDも持っていないであろう彼女は、言ってみれば不法入国者ということになる。
外壁で外との交流を極端に制限・管理している学園都市では、不法入国への警戒レベルが異常なまでに高い。公的な機関に見つかれば彼女はおそらく…。


(だからって、死にそうなくせに病院に行かないってのは…)


確かに上条としてもこの女の子をみすみす警備員に引き渡して牢に閉じ込めたくはない。しかし上条は、致命傷を抱えてまで彼女を庇う気にはなれない。
なぜなら、まだそこまでの付き合いではないから。こう言ってしまうとすごく冷淡に聞こえてしまうが、正直、これが人間としては正常な反応だと思う。
普通に考えれば、会って数時間の少女の事情よりも自分の命の方が大事だ。上条も、多少の紆余曲折はあっても、最後は自分が助かる道を選ぶだろう。
しかし、土御門元春はそうしない。電話一本で、救急車は呼べるのに。自分の命を救うためなら、他人の事情など無視すればいいだけなのに。


(……。一体この子のどこに、コイツをそこまでさせる『何か』があるんだ?)


上条当麻には、そんな人間の機微など分かるはずもない。
163 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/22(水) 00:43:20.02 ID:FR3rivc20

「…何をジロジロとこっちを見ているの?」

「へっ? ああ悪い。嫌な気持ちにさせちまったか?」


土御門やこの少女のことを考えているうちに、自然と視線も少女の方に向いてしまったらしい。少女に声をかけられて、上条はようやくそのことに気がついた。
悪いことをしちゃったかなぁ、と思った上条当麻はすぐにインデックスに対して謝意を示すが、


「うん。だって、変態さんだもんね君」

「……。もしかして、朝のことまだ根に持ってます?」

「当然かも」

「本当にゴメンナサイ」


…まぁ、そりゃそうだ。不運が重なったにせよ、自分を屋外で素っ裸にした人間のことなど、普通その日だけで許すはずもない。
そう考えると急に悪いことをしたように思えてきた。いや、悪かったとはずっと思っていたが、こうしてまた彼女から毒舌を頂くと、嫌でも思い知るものだ。
しかし、今はそんな些事に構っている余裕はない。土御門元春の命がかかっているのだ。早く小萌先生の家……先生の家へ………先生の…


「なぁ、インデックスさん」

「何かな?」

「何で怪我人連れてく先が教師の家なわけ?」

「黙って歩くといいかも」

「いや、でもさ。こんな大怪我は家庭の救急箱じゃ…」

「いいから」

「……ハイ」


何でだろう。この子には逆らえる気がしない。何となく、本当に何となくだが、なぜかこんな生活がしばらく続くような気がした。
164 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/02/22(水) 00:45:42.05 ID:FR3rivc20
一旦ここまで。なるべく急いで続きを投下しようと思います。
では。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/02/22(水) 13:32:40.90 ID:3vm05CeAO
うん
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/02/23(木) 00:15:03.72 ID:1i6zxqNa0
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/23(木) 01:22:52.65 ID:NVObvVYIO

インさんの上条さんに対する好感度がストップ安
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/23(木) 14:45:38.64 ID:KYT/caAbo


土御門とインデックスって顔見知りの可能性あるのかね
ツッチー一巻の時なにをしてたのやら
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/05(月) 12:57:01.19 ID:b7+/7ew0o
うん
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/03/11(日) 16:22:40.78 ID:39Gx5VSXo
こねえな
171 : ◆sk/InHcLP. :2012/03/12(月) 21:11:15.66 ID:wyrSFD9O0
遅れて申し訳ありません。どんだけ駄目なんでしょうこの>>1
言い訳よりも、投下
172 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:14:59.22 ID:wyrSFD9O0

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「ここか……、」

「うん……」


大怪我を負った彼を背負った少年の呟きに、インデックスは気の無い返事を返した。彼女たちの視線の先にあるのは、オンボロの木造二階建てのアパート。
ここが教師の家だ、と言われても説得力は微塵も無い。普通、その辺の高校生よりも社会人である教員の方が良い暮らしをしているものではないのか?
隣りに立っているツンツン頭の高校生もおそらくそう感じているだろう。彼を背中におぶっていなければ今ごろ頭を抱えていたかもしれない。
しかし、事は一刻を争う。こうして立ち尽くしている時間も惜しいので、とにかく2人はそのボロボロのアパートへと足を踏み入れることにした。

今朝、彼に『かみやん』と呼ばれていた少年は、一軒一軒表札を確かめて目的の人物の部屋を探した。インデックスも彼の後に続いて廊下を歩く。
一階を一通り回り、錆びついた鉄の階段を上がって二階もチャックしながら進んでいくと、少年は一番奥の部屋の前でふと足を止めた。
表札の位置らしき場所にはひらがなで『つくよみこもえ』と書いてある。中にいるのが教員だという事実がどうも嘘くさくなってきた。
ぴんぽんぴんぽーん……。返事が無いので、少年は思い切りドアを蹴ることにした。ドゴン!!、……何だか、少年は物凄く痛そうだ。


「〜〜〜ッ!!」

「はいはいはーい、対新聞屋さん用にドアだけ頑丈なんですー。今開けますよー?」


少年の努力むなしく、ドアはがちゃりと平和に開いた。すると、中から全身ピンクのパジャマを着た小さくて可愛らしい女の子が登場してきた。
……ん? ちょっと待って落ち着こうインデックス。彼、出血で死にそう。時間、あんまり残ってない。ここ、教師の家。あら、疑問しかない。


「うわ、上条ちゃん。今日は新聞屋さんのアルバイトです?」

「金髪グラサン長身をわざわざ背負いながら勧誘する新聞屋さんがいてたまるか。ちょっと色々困ってるんで入りますね先生」

「ちょ、ちょちょちょちょっとーっ!」

「はいごめんよー」


何が何だか分からない。とにかく現状を分析しなければ。でなければ彼は、彼が…。
173 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:16:58.05 ID:wyrSFD9O0

「せ、先生困ります、いきなり部屋に上がられるというのは。いやそのっ、部屋がすごい事になってるとか、ビールの空き缶が床に―――っ!」

「先生…」


始めのうちは顔を赤くして慌てふためいていた女の子も、少年の背中の方に目を向けると一気に青ざめた。



「ぎゃああああ!?」

「見ての通り緊急事態なんです」


少年はほんの応急手当を施しただけの土御門を抱えたまま家主の女の子をぐいぐい押して、ずかずかと部屋に上がりこむ。インデックスもその後に続く。
そこは女の子の部屋、というよりオッサンの部屋だった。畳の上にはビールの空き缶が散らばり、灰皿には煙草の吸殻がもうてんこ盛り。
そして極め付けは部屋の真ん中を陣取るちゃぶ台。なんかもうどこかで噂に聞いたことのある『日本の頑固オヤジ』のイメージでしかない。


「…………」


いや、問題はそこじゃない。現状の最優先事項は『彼』の命を救うこと。ちょうど今上条によって畳の上に寝かせられた、禁忌を犯した金髪の少年を。
ただの一般人かと思われたその高校生は、事情は分からないが本物の魔術師だった。その力をもって、彼はインデックスを追手の手から守ってくれた。
しかし、彼は魔術師であると同時に能力者でもある。その彼は、超能力者は魔術を使えないと知りつつも、少女を救うために魔術を二度以上行使した。
だから今度は、インデックスが助ける番だ。頭の中にある魔術の知識を使い、自身に使えない回復魔術を他の人に助言して発動させる。
…それには、超能力開発とやらを施されていない者、この街では教員などに該当する人物の協力が必要なのだが、


「ねぇ」

「ん? どうかしたかインデックスさん」

「…教師?」

「…ああ。アレでも一応な。俺も未だに信じられないけどさ」

「先生を馬鹿にしているのですかーーっ!!」


人差し指を指してその全身ピンクの小学生の素性を確かめたのだが、何故か自称先生の彼女に怒られてしまった。
174 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:18:48.08 ID:wyrSFD9O0

「そ、それよりもっ! 救急車は? で、電話ならそこに―――っ!?」


その教師らしき女の子の言葉は途中で妨げられた。彼の仕業だ。畳の上に仰向けに寝かせられ、不規則に胸板を上下させていた彼自身が、女の子を制止した。
ボロボロの右腕をピンク色の足に向かって伸ばし、力を上手く込められずに震えながら、それでも彼は彼女の足を掴んで救急車とやらを呼ぶのを頑なに拒んだ。


「つ、土御門ちゃん……?」

「呼ばない……くれ。頼みま……先生…」

「でもっ! そんな傷じゃ呼ばない訳には!」

「頼み…ます………せい」


途切れ途切れの言語をなんとか口から吐き出した彼は、天井に向けてた顔をゆっくりと傾け、インデックスの方を見る。
その視線に、説明がなくとも女の子は何かを感じ取ってくれたのだろう。そこから追撃をかけることはなかった。
金髪を一部赤に染めた魔術師は、微かに口元を緩めると、次はインデックスから上条へと視線を移す。


「……カミやん」

「ここだ。どうした?」

「ここまで……でもらったところ悪い……どにゃー…」

「おう」

「早く出て行ってくれないかにゃー?」

「おう。……って、えっ?」


上条は何のことかさっぱり見当もつかない、といった顔だ。何かのジョークか、とも考えついたかもしれない。
しかし、彼の真剣な目を見た上条は、どうも冗談ではないとも思ったようだ。何のことかはさっぱりだろうが。
そんな上条当麻の心情を無視して、インデックスは土御門の真意を正確に読み取り、アクションを起こす。


「さぁ、邪魔だから出ていくんだよ!」

「は? いやいや、意味分からねえぞ!」

「これから回復魔術を使うんだから、君はお家に帰って!」

「俺のマンション、火事があったみたいなのですが!? つーか、魔術なんか使えないんじゃ――」

「いいから早くっ!!」


開きっぱなしのドアまで上条を強引に押し、部屋の外へはさらに強引に、というか蹴りを入れるインデックス。
その行動には躊躇や迷いはない。なぜなら、インデックスはこの男を蹴るのに何ら抵抗が無いから。
一方の上条当麻は、蹴られた反動で後ろ回りに数回床を転がり、錆びた手すりにぶつかって止まった。
さて、急がなければ。追い出した少年のことは後回しにしたインデックスは、即座に彼の元へ向かう。
扉の向こうから『不幸だーっ!』と聞こえたが、この際どうでも良いので無視を決め込む。
175 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:20:20.40 ID:wyrSFD9O0

「えっとぉ……?」

「…さて、ではお願いしますぜ。『禁書目録』さん」


和室に残されたのは、すべての状況が理解できずに呆然としているピンク色の女の子と、瀕死寸前の彼だけ。
そう、これで十分だ。あの不確定要素をこの空間から追い出し、自分と患者、そして補助者の3人がいる。
さらに、部屋の中を見回してみると、魔術を使うのに必要そうなモノや条件が揃っているのも分かった。
これだけあれば大丈夫。私の頭の中にある一〇万三〇〇〇冊で彼の命を救うことが出来る。絶対に。


「わかってるよ。まずは傷の状態の確認だけど…」

「頼むぜい…」


顔を真っ青にして不安がっている女の子の隣り、土御門の脇腹の傍に腰を下ろすインデックス。
一時的な血止めとして利用していたYシャツは既に赤で濡れ、もうその役目を果たしてはいなかった。
その湿った布に、インデックスは手をかける。そして、心の中で彼に謝罪しながらも結び目を解く。


「ひぃっ!?」


隣りの小さな先生が悲鳴を上げるのも無理はない。インデックス自身、声を上げないので精一杯だった。
醜いその脇腹の傷口は、ひどい有り様だった。人肉がここまで綺麗に切れているのもあまり見ない。
赤黒い血液の中に、ピンク色や黄色いモノが見えた。おそらく筋肉や脂肪だ。骨が見当たらないだけマシか。

インデックスは赤い布を捨て、傷口を彼自身が着ている緑色のアロハシャツを使って隠すことにした。
そのシャツも、赤い体液で所々染色された結果、緑と黒が入れ混じったデザインになってしまっている。
この衣服一つ見ても、彼が命を落とすか落とさないかのギリギリのラインにいることが簡単に分かる。
だから、少女は急ぐ。一般人らしく、ずっと顔面蒼白で彼の様子を見ているこの女の子の手を借りて。


(必ず、助ける)


そう自らに誓いを立てるように、インデックスは土御門という魔術師の身体に手を置く。
世界の法則を破ってまで自分を守ってくれたこの肉体を、精神を、その魂を絶対に救い出すために。
彼女は目を固く瞑り、意識を脳へ集中させる。そして、その知識をフルに活用しようとしたところで、



変化が、訪れた。



「――――出血に伴い、彼の血液中にある生命力が流出しつつあります」



彼女が意識を手放すと同時に、もう一人の彼女が目覚める。
本来なら、インデックスという少女の命のみを救うはずの彼女が。何より自己の生命維持を優先するはずの彼女が。
覚醒、した。
176 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:21:02.72 ID:wyrSFD9O0

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その変化を、月詠小萌は感じ取っていた。口調もそうだが、まず何より身に纏っている雰囲気自体が違っていた。
彼女は化学の教師であると同時に心理学の専門家でもあったが、この症状はその専門分野の畑とも何か色が違う。
何というか、ただ二重人格という訳ではなさそうで。まるで、少女に幽霊でもとりついたかのような感じだ。


「……って、そんなこと考えてる場合じゃないですー!」


目の前に自分の生徒が傷つき倒れているのだ。当然、彼女としては黙って見過ごす訳にはいかない。
あの土御門元春という名前の生徒がどこでここまで酷い傷を負ったのかとか、具体的なことは何も分からない。
しかし、現実に彼は命の危機に直面しているのことは確かで、そんな些事を気にする余裕は小萌には無かった。
こうして小萌先生は慌てて部屋の奥から救急箱を取り出そうとしたが、シスターはそんなことを気にも留めない。


「…現状を維持すれば、彼の身体はおよそ15分後に必要最低限の生命力を失い、絶命します」


絶命。この最悪のキーワードが耳の奥底まで響き渡る。言葉の意味を脳で理解した頃には、恐怖が頭を支配していた。
月詠小萌という人間は、生徒との別れというものに極端に弱い。彼らと接しているうちにどうしても入れ込んでしまうのだ。
だが、それはあくまでも卒業という形でのお話。入れ込んだ生徒との死別など、彼女にとっては耐えられるはずもない。
思わずパニックに陥ってしまうところだったが、そうやって貴重な時間を潰す訳にはいかない。


「これから私の行う指示に従って、適切な処置を施していただければ幸い……お願いします」


氷のように冷静な瞳へと目の色を変えたシスターが、言葉を詰まらせて小萌に懇願してきた。正直意外だった。
年頃の女の子らしい振る舞いが鳴りを潜め、別の人格が顔を出したので、そのまま機械的に話してくるものと思っていた。
だが、彼女は途中で使う言葉を変えた。同時にほんの少しだけ揺らいだ瞳は、コップの氷が少しだけ溶ける絵を連想させた。
つまり、こんなに冷静に話してはいるが、その中に少量の人間的な感情も含まれているという訳だ。


「……わかりました」

「…では、今からいくつか質問と指示をします。それにより、彼に処置を施します」

「でも、一体何をするのです?」

「今からそれも説明しますが……。とりあえず、その質問には先に答えておきます」

「えっと、じゃあこれからするのは…?」

「魔術です」


その言葉には、妙に説得力があるように、月詠小萌には思えた。
177 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:21:45.35 ID:wyrSFD9O0

「ま、マジュツ???」

「はい」

「えっ。それってあれですか? 呪文を唱えればHP全回復ー!、…という」

「言っている意味は理解しかねますが、ほぼその理解で構いません」

「は、はぁ〜」


とか適当に相槌を打ってはいるが、実際のところ『魔術』と言われても小萌はその存在をすぐに肯定することは出来なかった。
彼女自身、この学園都市という科学都市で、人間の科学技術の賜物である超能力というモノをを開発している張本人でもある。
その彼女が、突然家に上がりこんできた怪しいシスターのオカルト発言など、信用に値すると思うはずが無かった。
しかし月詠小萌には、その魔術を即座に否定するようなことが出来ない。それこそ、『外』のオカルトを否定することが。


(何というか……さっきと別人だからこそ説得力があるですよねー。冷静さの中に揺らぎがあるから、逆に分かり易いというか)


小萌は(これも信用できるか不明だが)自分の生徒があと15分で絶命すると告げられた割には、案外落ち着きを払っていた。
土御門を挟んで目の前にいるシスターさんがそれこそ機械のように冷静なら逆効果だろうが、そうではないから落ち着ける。
それは銀髪の少女の言動に恐怖を覚えることが無くなり、むしろ土御門元春を助けようとする意志を強く感じるからだ。
だから、何故か納得できる。魔術を理解できなくても、彼を治せるということだけは分かる。頭ではないどこかで。

それから、小萌先生は先ほど言われた通りに二三質問を受けた。現時刻とか日付とか、その情報は本当に正しいのかとか。
彼女はその質問にはっきりと答えた。何の意図があるのかは未だに不明だが、やはりある種の説得力のある言葉だった。
その後彼女は、土御門の血を使ってちゃぶ台に円と五芒星とよく分からない記号群を書いたり、変な言葉を呟いたりした。
聞き取れる範囲では、確か蟹座とか西方とかウンディーネとか天使の役はヘルワイムとか言っていた気がする。


「ここから先は、あなたの手を借りて、あなたの体を借ります。指示の通りにしてくだされば……彼の命は、助かります」

「えと、そのぉ……はい」

「ありがとうございます」


クスリともせずにそう告げられるのは何だか変な気分だが、ここまでくればそんなこと気にする必要もないと分かる。
後は、この自分の中に湧き上がってきた感情に従い、彼女の言葉や指示を聞いて動けば大丈夫……な気がする。
シスターは、次に部屋の中にある様々なモノをちゃぶ台の上、しかも彼女が言う正しい位置に置くように言ってきた。
小萌先生はそれに従い、メモリーカードやシャーペンの芯ケース、チョコの空き箱、それに文庫本を二冊用意した。
ガラスのビーズをパラパラとばら撒き、最後にカエルのフィギュアを三つ、一つを横に寝かせた状態にすれば完成。

ちゃぶ台の上に出来上がったのは、まるで今自分たちがいるこの部屋をミニチュアにしたようなフィールドだった。
178 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:22:23.59 ID:wyrSFD9O0

「これで儀式は可能です。後はこちらの指示に正確に従ってください」

「ここまでくればもうやるしかありません! ねっ、土御門ちゃん!」


そう自分の生徒の声をかけたつもりだったが、それがちゃんと伝わったかは疑問だった。彼の意識は既に混濁状態にある。
一刻も早く治療を始めないといけない。そのことは小萌以上に、銀髪碧眼のシスターの方が分かっているようだった。


「失敗すればあなたの脳神経は破壊され死に至ります。お気をつけください」

「ぶっ!?」

「天使を降臨ろして神殿を作ります。私の後に続き、唱えてください」


そう言って何かを唱えだしたが、小萌にはそれが言葉ではなく音であるとしか思えなかった。というより、もはや音色だ。
唱えなさいと言われた手前、何も発声しない訳にもいかないので、小萌先生も少女に続けて音色を真似して鼻歌を奏でた。
その直後だった。


「きゃあ!?」


流石の小萌先生も、悲鳴を上げずにはいられなかった。突然、ちゃぶ台の上にいる二匹のカエルが歌い始めたのだ。
それも、音質はまた違ったものではあったが、自分や少女と同じ音程で、同じような音色を奏でていた。
まるで、この部屋の自分たちとちゃぶ台上のカエルたちが見えない『何か』で繋がっているかのようだった。


「リンクしました」

「は、はぁ」


シスターとフィギュアの声が重なって聞こえたかと思えば、自分の声もフィギュアのそれと重なっている。
これまで学園都市で見てきた超能力ともまた違う、理解できない『異能』を、小萌は体験しているのだと実感した。
理屈はまるで分からないが、これなら確かに土御門の傷を、それこそRPGの回復魔法みたく治すこともできそうだ。
179 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:25:03.26 ID:wyrSFD9O0

リンクした、との言葉通り、月詠小萌の部屋と月詠小萌のちゃぶ台は、それぞれのモノとモノとが連動しているらしい。
その証拠を見せつけるように、シスターはちゃぶ台をわずかに押すと、今度は部屋ごとグラグラと揺れた。
なるほど。台上で起こったことはこの部屋でも起こり、逆にこの部屋で起こったことは台上でも起こる仕組みか。
具体的な理論は分からなくても超能力という異能に日頃触れ合っている小萌は、そこまでは独力で推論することが出来た。

さて、続いては、


「思い浮かべなさい!」

「はい?」

「金色の天使、体格は子供、二枚の羽を持つ美しい天使の姿!」

(て、天使ぃ!?)


今度は天使のご登場らしい。というか、こうオカルトチックだと確かに『魔術』の名を冠しているのも頷ける。
が、それよりも小萌先生は『天使』になど会ったことが無いことが問題だった。いや、会った人間がいるかは置いといて。
いきなり天使をイメージしろと言われても、小萌としては困惑するほかない。妙な嫌悪感が彼女を包み始める。


「とにかく思い浮かべなさい! 本当に天使を呼んでいる訳ではありません。術者のあなたの意志に従ってカタチを作るのです!」


と言われても、結局自分の中でしっかりとした天使像が無ければイメージなんか出来っこない。
でも、ふと下を見てみると、そこには生死の境を彷徨っている、自分のクラスの愛すべき生徒の姿があった。
とにかく、イメージしなければ。本物が分からなければ、物語の挿絵や漫画などに登場する天使でもいいはず。


(………かわいい天使かわいい天使かわいい天使)


そのまま小萌先生は、自分の記憶の中に眠る様々な天使の姿を探して、意識の奥底まで潜り込んだ。
180 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:28:24.96 ID:wyrSFD9O0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その日は、確か良い天気だった思う。仕事は無いがすることも無かったオレは、とりあえず教会に向かった。
とはいえ、オフの日に聖ジョージ大聖堂に来たって何も楽しいことはない。結局オレはヒマなままだった。
でも、本当に何もない訳じゃない。その日、唯一楽しみにしていたイベントは……


「もとはるーっ!」

「インデックス! そんなに慌てて走ったら危ないよ!」


イベントが、向こうからやってきた。石畳の地面をトテトテと走ってきたそれは、来るなりオレに抱き着いてきた。
全身真っ白の修道服を纏った、銀髪碧眼の女の子。自分より年が2,3個下の、可愛らしい女の子。
名前はインデックス。あるチカラとその役割以外は、ロンドンの街にいる女の子たちと何ら変わらない子だ。


「おー、帰ってきたみたいだにゃー。おっかえりー!」

「たっだいまー! えへへへ…」

「今回も無事頑張ってきたようで何よりだぜい。ほら、頭ナデナデー」

「わわっ! くすぐったいんだよ!」


何らか変わらないっつーか、もう無茶苦茶可愛い。発言や行動のひとつひとつが、天真爛漫でつい可愛がってしまう。
こうやって抱き着いてくるのも、頭を撫でると頬を思いっきり緩めて喜ぶのも、全部が全部可愛らしくてヤバい。
と、言っても別にオレはロリコンじゃない。幼女とはあくまでも愛でる対象であって、恋する対象ではないのだ。
だから、例えが変かもしれないが、オレはまるで飼い犬を褒める飼い主のように、インデックスを見ていた。


「…おい土御門。いい加減離れないかこの野郎。インデックスが嫌がってるじゃないか」


そうイライラしながらオレに言ってくるのは、ステイル=マグヌス魔術師。今まさに歯軋りを立てて苛立っている。
彼はインデックスとは対照的に、全身黒い修道服に身を包んでいる。金髪を赤く染めた、まさに不良だ。
せっかくの輝く金髪を赤く塗り直すなど、東洋人としては許すまじき行為だ。そう今度説教してやろう。
とか思ってるオレ自身、せっかくの黒髪を金に染めているから、西洋人からすれば意味不明なのかもしれないが。

とにかく、ステイルは怒っていた。インデックスがオレに抱き着いてくる度に毎回こうなのだから困ったものだ。
女の子は少年がそうなる度に小首を傾げて不思議がるのだが、オレにはその理由がよーく分かっている。
というか、その原因をオレはこの腕の中に抱いている。まあ、要するにステイルはインデックスに恋してる訳。
181 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:31:29.81 ID:wyrSFD9O0

それが分かっているなら早くインデックスを離してやれ、とか普通は思うだろう。
でも、それじゃ面白くない。こうしてこれ見よがしに彼女を可愛がっている方が、いちいちステイルの反応が面白い。
つまり、またしても変な例えだが、オレが飼い主ならインデックスは可愛いペット、ステイルは可哀想な一人息子だ。
だから、オレはわざわざステイルが怒るように仕向ける。そう、まずはニヤニヤしてみる。


「んー。嫌がってるかにゃー、インデックス?」

「全然なんだよ! むしろ楽しいかも」

「だってさステイル。ぷぷーっ」

「ホ・ン・ト、君はムカつくな」


こうやってわざとインデックスに質問してみたりもする。もちろん、ステイルの反応を楽しむためだ。
案の定、少年は怒り出す。インデックスが本当に楽しんでいるのが分かっているから、もっとイラつき始める。
このまま無限ループを楽しみたいオレなんだが、そいつを日本刀で一刀両断する少女だってここにはいる。


「コラ、土御門。いい加減にしなさい」ポコッ

「い、痛ぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええーっ!!」

「もとはる!? ……あっ、かおり!」ダキッ

「お帰りなさい、インデックス」


これがまた強敵だ。まず、インデックスの好感度がオレと同レベルくらい高い(別にステイルのが低い訳じゃない)。
次に、彼女はオレの2個上とは思えないほど、何というか、超絶強い。だって聖人だもの。勝てっこない。
そして、彼女はこの面子の中では一番の常識人だ。そう、こうやってオレのツッコミを入れているのがその証拠。
彼女の名前は神裂火織。オレと同じ日本人だ。黒い長髪をポニーテールにまとめ、やたら長い日本刀も所持してる。
服装は……非常に個性的というか、肌の露出が多いというか、欧米と日本が悪い意味でまとまっているというか…


「土御門? 大丈夫ですか? そこまでオーバーに痛がらなくても、力なんてほとんど入れてませんよ」

「そうなの? でももとはる、すごく痛そうかも」

「おかしいですね…。鞘で軽く小突いただけなのですが」

「ねーちん…。ねーちんの手加減は、ちょっと洒落になってないぜよ」

「そうでしょうか?」

「試しにさっきのをステイルにも」

「えっ、ちょっと待ておい。やめろ神裂。絶対に―――」

「えい」ポコッ

「んぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!!」


でも、しっかりしている割には案外天然さんなのだ。
182 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:32:17.59 ID:wyrSFD9O0

「お、おかしいですね。さっきよりも力を込めなかったのですが」

「ステイル、動かなくなっちゃったんだよ」

「鍛え方がヤワだぜい、まったく」


石畳の上で何度かゴロゴロと左右交互に転がっていたステイルは、しばらくすると硬直したように動かなくなった。
いくら何でも絶命してはいないだろうが、それでも土御門同様、頭に相当のダメージを受けてしまったはずだ。
しかし、インデックスはちょうど今倒れているステイルを無視して、何故かこっちに来た。トテトテと。


「もとはる、だいじょうぶ? あたまがおバカさんになっていないかな?」

「いやまぁ、馬鹿にはなってないけど…。すっげぇ痛いです、ハイ」

「何というか、申し訳ありません土御門。確かに加減はしたのですが」

「このくらいなら気にしなくて良いですたい。ねーちんのチカラが暴走した訳じゃないし」

「は、はぁ」


とはいえ、(神裂火織が女の子である手前、口にはしないが)毎回こんな馬鹿力で叩かれては確かに危なそうだ。
別にオレは回復魔術も使える……というか、この面子だとオレだけが使えるから、ある程度までは問題ない。
でも、このノリで毎度毎度せっかくの魔術をお披露目してしまうというのも結構抵抗があるものだった。
ふむ。どうにかチカラを使わずに痛みを和らげることの出来る、それこそ魔法のようなモノはないものか。


「もとはる」

「んー?」

「はいっ」ポンッ

「は?」


何だか知らんが、突然インデックスがオレの頭の上に手を乗っけてきた。彼女はちょっと爪先立ちしている。
ああ、オレの方が背が高いからか、と当たり前のことに気がつくと、その手がちゃんと届くように少し屈む。
すると、彼女は爪先立ちをやめるや否や、


「痛いの痛いの、とんでけーっ」

「……うん?」


何というか、随分と懐かしい言葉を聞いた気がする。
183 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:33:10.73 ID:wyrSFD9O0

「ああ、インデックス。覚えていたのですか」

「うんっ! こうすればもとはるもだいじょうぶだよね!」

「ええ。もう土御門の苦痛は空へと消えてしまいました!」

「あの、ねーちん? オレ、まだ結構痛みが…」

「は?」ニコォ

「…あれぇ、もう全然痛くないやー。本当に痛みが飛んで行ったみたいぜよー」


いやまぁ、実際まだ痛みはあったけど。でも、ねーちんの目がマジだったので、抵抗しない方がいいよ絶対。
オレが飼い主でインデックスが可愛いペット、ステイルが息子だとすれば、神裂火織は恐妻といったところか。
その設定だとオレとねーちんが夫婦だから変な誤解されそうだが、別にオレは神裂に恋している訳でもない。
確かに魅力的っちゃあ魅力的だけど、あんなに沈着冷静なあの少女は、ここ数年は陥落しないと思う。


「……うん? 僕は、どうして石畳の上で寝ているんだい?」

「ああ、やっと起きたのかステイル」

「まあね。ところで、僕はどうして…」

「さあステイル! 報告がまだでしょう? 私も付き添いますから、さっさと済ませてしまいましょう」

「ん? ああ、そうだが。でも今回も結構な仕事だったんだ。ここでゆっくりして行ったって大丈夫さ」

「いいから! 早く行きましょう!」

「う、うん。じゃあインデックスは…」


色々と戸惑いながらも、とりあえず上へ報告に行くことにしたステイルは、インデックスの方に視線を向ける。
今回の任務も、禁書目録作成のための『記憶』とその護衛。ステイルは護衛しその様子を観察するのが務めだ。
だから、護衛中に自身で見聞きしたりインデックスに色々聞いたりしているので、報告は彼だけで十分なのだ。
いつもそうしている。だが、そうなると報告の間、彼女は一人ぼっちに……


「もとはると一緒にいる!」

「オレも大丈夫だぜいステイル。今日はオフだからにゃー」

「本当!?」

「ああ。だからステイル、ゆーっくりと報告して来るがいいぜい?」


…なることなんて無かった。そもそもここの土御門元春様がいるのだから。
184 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:35:31.48 ID:wyrSFD9O0

「くっ。ご丁寧にどうも。報告は迅速かつ正確に行ってくるさ」

「では土御門。インデックスを頼みましたよ」

「変なコトをしたら承知しないからなっ!!」


語気を荒げたステイルは、踵を返してそのまま神裂と共に大聖堂の中へ消えていった。
残ったのはインデックスとオレの二人。まあ、年が近いということで付き合いも長いオレたちである。
二人っきりになっても特に思春期の男女特有の変な感じになるでもなく、あくまでも自然体だった。


「もとはる。変なコトって何かな?」

「インデックスも大人になったら分かるって」

「む。じゃあもとはるはもう大人なの? 私とほとんど年も変わらないのに」

「ガキにとっては、二個や三個の年齢差は大きいものなのだぜい」

「そういうものかな」

「そうぜよ」

「ふーん」


他愛の無い会話が続く。こうして二人っきりで面と向かって会話する機会も、最近ではめっきり減っている。
その理由は、インデックスが忙しくなってしまったからだ。禁書目録の作成。それが、彼女の仕事だ。
彼女の場合、そのためにこの教会、ひいてはイギリス清教に在籍していると言っても過言ではない。
しかし、その禁書目録が完成してしまえば、彼女はどうなる?


(あの教会が何もしない訳はない。必ず、イギリス清教に彼女を縛り付けておく鎖や、管理できる機能を作るはずだ)


言ってしまえば、それさえも彼女の役目のうちの一つに過ぎないのかもしれない。実際、禁書目録はそうあるべきだ。
だが、彼女は? 禁書目録ではなく、インデックスという一人の少女は、一体どうなってしまうのだ?
そこまでは、分からない。だが、土御門は知っている。この教会のトップは、慈悲を見せるような優しい奴ではないことを。
あの女、ローラ=スチュアート。彼女の手により、インデックスは今の彼女とはまったく別の状況に置かれることになる。
それだけは間違いない。土御門は、この教会でずっとそんな策略めいた仕事をしてきたので、その考え方が分かる。

しかし、こればかりは一個人の意志どうこうでどうにか出来る問題ではない。事はイギリス、ひいては世界をも巻き込む。
情や勢いでどうにかしていいものではないことも、土御門はよく知っている。では、一体何をすればいいのか、オレは。
この少女のことを、ただ黙って見て見ぬふりをして非道な行いを見逃すしかないのか。でもそれは……
185 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:35:59.25 ID:wyrSFD9O0

「もとはる」

「んー?」

「本当にだいじょうぶ?」

「うん? 何で?」

「だって、何だかつらそうな顔してるもん」

「そうか?」

「そうだよ」


と、色々と深く考えているうちにゴチャゴチャしたのが顔に出てしまったようだ。慌てて表情を元に戻すが、もう遅い。
インデックスはオレのことを、物凄く心配そうな顔で見ていた。もう交通事故にあった恋人を見舞いに来ているみたいだ。


「心配するな。大したことじゃないよ」

「そう?」

「ああ、そうさ」

「…でもね、私知ってるんだよ」

「知ってるって、何をだ?」


今度は俯き始めてしまったので、逆に土御門の方が心配になってきた。オレは身を乗り出して彼女に真意を尋ねてみる。


「…本当はね。こんなことしたって痛みは消えないんだよね。撫でれば苦痛が無くなるなんて、変だもん」

「……」

「私ね、もとはる。世界中いろんなところに行ってるんだ。そこで、いろんな本読んで、いろんな魔術を知って…」

「…ああ」

「そこにはね、回復の魔術もたくさんあるんだ」

「そうだな。回復の魔術なんてのは結構メジャーだ」

「うん…。だから、私にはわかっちゃうんだよ。人を癒すのって、とっても大変だってことが。それこそ、魔術を使わなきゃいけないくらい」

「…確かにな」


魔道書を万単位で読んでいる彼女らしい言い方だった。そう考えると、人を癒すのは本当に大変なことだとよく分かる。
魔術とは、才能の無い人間が開発した技術。凡才が、それでも天才に追いつきたいと願い、作り上げた奇跡。
それ故に、魔術によって為される事柄には、常に苦難と無理がセットで付いてくる。それを、可能にするのが魔術なのだから。
186 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:40:37.52 ID:wyrSFD9O0

「だからね…」ポンッ

「……」

「こんなことしたってね、何にもならないことくらい、私にも分かってるんだよ」ナデナデ

「……」

「ううん。もしかしたら私だからこそ、よく分かっちゃうのかも」


そう言うインデックスの顔は、悲しみばかりが広がっていた。別に、今の土御門の状態どうこうの問題ではない。
おそらく彼女は、自分には知識があるのに自分だけでは活用が出来ないという現状が、どうしよもなく悲しいのだ。
やり方は知っているのに、それを大事の人のために使うことが出来ないという現実が、苛立たしくてならないのだ。
それでも、


「…ありがとな、インデックス」

「えっ? 何が??」

「何って、オレに魔法をかけてくれただろ、お前は」

「違うよ。私はもとはると違って魔力は練れないもん。だから…」

「そういう問題じゃねえの」

「ふぇ? よくわかんないんだよ」

「分からなくてもいいんだよ、お前は」


土御門は、ありがたかった。この彼女に気持ちが、自分たちを思ってくれているという、インデックスの優しさが。
だから、それだけでいい。オレにとってはそれで十分だから、その知識は、然るべきときに正しく使ってくれ。
それに、


「…もうオレの頭の痛みは、どっかに吹っ飛んじゃったんだからにゃー」

「またまたぁ…。もとはるってば、いっつも調子のいいこと言うんだから…」

「ハッ。そりゃそうだぜ。何たってオレは――――」
187 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:41:45.70 ID:wyrSFD9O0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「――――生命力の補充に伴い、彼の生命の危機の回避を確認。『自動書記』を休眠します」


気がつくと、女の子の声でそう言っているのが耳に入ってきた。どうやら自分は、まだ生き残ってはいるらしい。
まだ身体は動かなかったが、額や脇腹、さらには胸の奥…つまり呼吸器などは、既に完治しているようだった。
流石は禁書目録だ、と思うが、同時に素人に魔術を使わせてこうも上手くいったことに安心感を覚える。
本当、今回ばかりは綱渡りだった。下手をすれば、この年であの世行きになってしまうところだった。


「ひはっ!? し、しっかりするですよー!?」

「大丈夫。もう、これで大丈夫」

「そ、そうですか。確かにあれだけ凄いことをすれば……って、本当に治ってます! 土御門ちゃん治ってますよー!!」

「へ…へへ。よかった……」

「本当に心配したんですよ!? もう、先生にこんなに心配をかけて! 土御門ちゃんったらぁー!!」


こうして自分が生きていられるのも、この二人のおかげだ。指示するインデックスに、実行する小萌先生。
この二人がしっかりと段階を踏んで術式を実行したおかげで、土御門元春は何とか生き長らえることが出来た。
もう感謝しても感謝しきれない…とでも言うべきなのかもしれない。土御門は、嘘はついても恩義は忘れない。
そういう風に出来ている人間なのだ。だから、何とか声を出してこの気持ちを伝えたいのだが…


「………と…」


全然出ない。疲れか、体調の悪さか、それとも術後だからか……とにかく、全然発声が出来ない状態だった。
それでも、治ったばかりだというのにもう無理矢理にでも声を出そうと、喉に力を込めたその時、


「……あっ…」

「シスターちゃん!?」


バタリ、と。そんな効果音を立てて、インデックスは土御門に覆いかぶさるように倒れ込んできた。
多分、集中力の使い過ぎで疲れてしまったのだろう。息はあるのでまず命に別状はないだろう。
とりあえず頑張ってくれた彼女を、思わず昔のように撫でようとしたが、腕もまだ動かない。
インデックスも動けないのだろう。何せ、こうして自分の上に倒れてきたくらいなのだから。
でも土御門と違い、インデックスは言葉を発することは出来るようだった。


「……ありが、とうね」

「……ああ」
188 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/03/12(月) 21:48:50.04 ID:wyrSFD9O0
ここまでです。何というか……遅筆ここに極めりというか…

>>168 ステイル戦のとき、『夏休み初日だから誰もいない』ってのは出来過ぎじゃね?、と思ってる。
     そこにヒントがある気がする


ではまたノシ
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/12(月) 22:27:14.22 ID:gfS1NyuFo
にゃー
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/03/12(月) 22:29:38.68 ID:utupj/uC0
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/03/13(火) 08:05:36.49 ID:zZuVEyvAO
乙なんだにゃー
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 00:56:47.53 ID:0T3aZ2joo
まだかなー
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/08(日) 21:57:31.93 ID:4WceoaRw0
来ないかにゃー…
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 22:05:04.52 ID:j9yIk0Oso
土御門は難しいよな

がんばれ
195 : ◆sk/InHcLP. :2012/04/17(火) 00:11:36.53 ID:e+RZEc+B0
がんばりますよ、絶対に。でもまぁ、遅いってレベルじゃねーなこりゃ。
構想はあるけど、文章が出てこない的な? 状態ではあります。
しかし、置いていかないよりは置いていきましょう。すこーしだけ。
196 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/04/17(火) 00:12:32.97 ID:e+RZEc+B0

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「で?」


翌日、目が覚めたかと思えば、土御門元春はボロッちいアパートの一室で横になっていた。
どうやら自分とインデックスは、あのまま小萌先生の部屋に泊めてもらっていたらしい。
事情を問われるのが面倒なため、一応病院には連れて行かないように言ったのが幸いした。
やはり昨日起こったことを考慮すれば、自分やインデックスが検診を受けるのは不味い。
少なくとも今のように土御門元春が身動きが取れない状態では、彼女の扱いは難しい。


「で?」


それでまぁ、何故だか知らないが目が覚めたと思えば目の前にお隣のお人好しがいて。
その上条当麻は珍しく不機嫌そうな顔をして自分のことをじーっと見ている様子で。
ああそういえば昨日のあんなことやこんなことにこの少年を巻き込んだのだと思い出して。
まぁ普通の高校生ならあんな状況に巻き込まれれば当然パニックに陥るよなーっと。


「なぁ土御門」

「なに?」

「…なんで俺が舞夏に怒られなきゃいけないんだよ!!」


上条当麻が爆発した。いや、物理的に身体が弾けた訳じゃなくて、すごく怒ったってこと。
彼はあぐらをかきながらボロい畳をてこの原理を使って剥がさんとばかりに拳を叩き付けた。
横になっている土御門は、ほんの一瞬だけ身体が宙に浮いた気がして、冷や汗をかく。
しかし、背筋に冷たいモノを感じたのは何も土御門だけではない。


「うるさいんだよこのツンツン頭! もとはるの身体に響いたらどう責任を取るつもりなのかな!」

「ご、ゴメンなさいインデックスさん」

「いや、カミやんもそんなにかしこまらなくてもいいぜい…」


このボロいアパートの一室にはあと二人の人間がいる。一人は当然、家主の月詠小萌先生。
そしてもう一人が銀髪シスターのインデックス。先ほど上条を叱りつけたのも彼女だ。
上条当麻は、昨日偶然この少女を屋外で裸にしてしまったことに負い目を感じているらしい。
何だか彼は必要以上にインデックスを警戒し、粗相のないように丁寧な口調になっている。
まぁどう見てもやり過ぎではあるが、面白いのでそんなに強くは止めないことにした。
197 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/04/17(火) 00:13:26.13 ID:e+RZEc+B0

ちなみにインデックスもまた土御門同様に寝込んでいる。小萌先生のパジャマを借りて。
昨日は様々な出来事があって忘れられそうだが、インデックスもまた死にかけだったのだ。
魔術で傷口を塞ぎはしたが、完全に治すには術者でなく対象者の体力を必要とする。
つまり、風邪を治すには薬を飲むだけではなくしっかりと睡眠をとることも必要…みたいなものだ。
そしてそれは土御門も一緒だ。だから、土御門とインデックスは仲良く雑魚寝しているのである。


「まったく。でりかしーの無い男だね!」

「まあまあそう暴れるなよインデックス。まだちゃんと横になってないと治らないぜい?」

「むう。もとはるがそう言うなら、大人しくしているんだよ…」

「よろしい。さあ仲良くおねんねしよう。もう寝よう。おやすみカミやん」

「お休みなんだよ」

「おう、お大事にな。……いやそうじゃねえよ! もう帰らなきゃいけないみたいな雰囲気にするな!」

「だからうるさいんだよ馬鹿。本当に騒がしい男かも」

「まあまあ落ち着けインデックス。確かに上条当麻は騒がしくて若干空気が読めないけど、まあ良い人だからにゃー」

「俺が悪いの!? つーかそれが命の恩人に対する態度かよ!」


上条当麻は今日も元気だなぁ、と土御門は思わず感心してしまうが、彼が言っていることも尤もだ。
これまた忘れられそうな事実だが、土御門元春は上条当麻が小萌宅まで運んでいなければ死んでいたのだ。
ただインデックスの場合はそのことに対する感謝よりも現状の上条に対する不満の方が大きいようだが。


「…それで? 土御門、お前いつの間に舞夏と連絡取ってたんだよ」

「カミやんが出てってから10分後くらいじゃないかにゃー」

「道理で怒ってきた訳だよ…。どうせ『今日も全然元気だぜマイスウィートシスター!』とか電話で言ったんだろ」

「馬鹿のくせによくわかったね」

「インデックスさんの言葉が辛辣すぎるのですが」

「自業自得ぜよ」
198 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/04/17(火) 00:14:22.71 ID:e+RZEc+B0

そう。昨日あんなことになってはいたが、それでも土御門元春はやることはきっちりとやっていた。
彼としては『義妹を自分の事情に巻き込まない』というのは、当たり前すぎる事実でもある。
当然、今の彼にとって肉親同然である舞夏に対するフォローは、昨日の段階で既に完了している。
この辺りに抜け目が無いところが彼がスパイたり得る所以のようなものでもある。


「そういうカミやんはどうせオレん家の前で会った舞夏に昨日の顛末をドバーっと話したんだろ?」

「そりゃそうだろ! 家にいる訳ないんだし、兄貴が死にそうになってることは普通伝えるだろ」

「しかし既に昨日オレから連絡を受けている舞夏は、そんなカミやんの言い分なんて寸分も信じないぜよ」

「ああ…。なんかもう、いつもの舞夏らしからぬ勢いで怒ってきた…。メイドさん超怖ぇ」

「何されたか知らんが、とりあえずオレの義妹を馬鹿にしてるようならぶっ飛ばすぜい?」


こうして上条も冗談で返してきているということは、とりあえずこの件に関しては大丈夫とのことだろう。
それもそうだ。オレの義妹が超怖いなんてことはない。たまにそう思うことが無いこともないが。
ともかく、これでまず諸問題のうちのひとつは片が付いた。さて、次は……


「…さてさて。とりあえず土御門ちゃんもお話ができる状態になったようですねー」

「にゃー。お世話になりましたー」

「いえいえ。困ったときはお互い様なのですよー」

「じゃあカミやん。オレ帰るからあとヨロシク」

「逃がさねえよ」


ガシッと肩を掴まれては、今の土御門では抵抗のしようも無い。というか布団から起き上がれない。
さすがに昨夜のあの異常現象を、何の説明も無いままスルーするということはないか。
ただ、いくら何でもアレについて小萌先生に説明するのは避けたい。まぁ、面倒でもあるし。
それに、学園都市在住のこの土御門元春の立場としては、魔術の知識を知っている訳にもいかない。
ならばいっそのこと、


「…まぁ、とりあえずこのシスターさんのことだろうにゃー」


あえて一番危険なモノへと、二人の視線を誘導しようか。
199 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/04/17(火) 00:15:10.57 ID:e+RZEc+B0

そして土御門は、あくまでも学園都市の学生としての視点から昨日の出来事を整理するように語り始めた。

朝起きたらベランダにこのシスターが引っ掛かっていたこと。
そのシスターが何かよく分からないことを言っていたこと。
とりあえずこの少女は何者かに追われてこの街に来たこと。
一応飯だけは食べさせ、その後は離れ離れになってしまったこと。
再会したときには、少女は追手に見つけられてしまっていたこと。
そして、何とかソイツは撃退したが自分はボロボロになったこと。

要約すると、大体こういうことだろう。自分が魔術を二度使ってその状況を乗り切ったこと以外については。
まぁその辺りまで小萌先生に説明する必要は無いし、絶対に知られたくはないし、彼女を巻き込みたくもない。
インデックスもその辺は同じ考えなようで、土御門が真実を言わなくても何も言わずに黙っていてくれた。
上条当麻は、昨日シスターからの話を聞いていることもあり納得はしていない。こちらは今は後回しだ。


「…なるほどー。そうでしたか。シスターちゃんも土御門ちゃんも災難でしたねー」

「私はもう慣れているから大丈夫なんだけど…」

「んー? ああ、乗りかかった船だしにゃー。あの状況で放っておく訳にもいかないし」

「でもでも、警備員には通報しなかったのですー?」

「あんちすきる? え、えーっとぉ…」

「最初は通報する暇も無かったし、後から連絡して来た頃には一通り終わっていたんで」

「そうでしたかー…。とにかく、二人とも無事で良かったのですよー」


とまぁ、一応は小萌先生に納得してもらえたか。もしくは科学の知識で何とかあの現象をカバーしたのか。
この際どちらでもいい。この場合、小萌先生に納得してもらうよりも彼女を圧倒してしまった方がいい。
ある程度以上に分からない知識を一気にぶつけることで、彼女の思考を一時的に止めてしまうのだ。
対応としては雑ではあるが、今はとりあえずこれが妥当だろう。彼女をこれ以上巻き込まないためにも。


「で、結局シスターさんはどうして追われていたのですかー?」

「へっ? えと、そのぉ…」

「ありゃりゃ?」


とか何とか考えてはいても、現実ではそう上手くはいかないものだ。
200 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/04/17(火) 00:16:05.71 ID:e+RZEc+B0

いやはや、不味い。このまま小萌先生のペースで話が進んでしまうと、ボロが出てきてしまいそうだ。
そのボロを出すというのは当然スパイである自分ではなく、目の前でアタフタしている少女のことである。
この銀髪碧眼の少女はその性質上、魔術が関わるものにはめっぽう強いが、その逆には相当に弱い。
要するに、魔術が関わらないことに関しては、基本的に彼女は上手いこと対応できないのである。
そういえば先の魔術師も戦闘が魔術以外のフィールドに持ち込まれるととことん駄目だった。
魔術師というのは、そういう意味では何とも弱っちい生き物なのだ。さて、困った。

まぁ、とにかくだ。こちらとしては助け舟を出さねばなるまいて。


「ストーカーじゃないかにゃー?」

「そんなストーカーさんじゃ学園都市にまで侵入できないと思いますがねー」

「う、うにゃー…」


しまった。なんかいつもの学校のノリで変な舟を出してしまった。人間、とっさの状況ではこんなものか。
仕方ない。ここはややこしい話の原因たるインデックスにアイコンタクトを…他人任せだが、やってはおこう。
さあインデックスよ、この状況を何とかしたまえ!


「……ほえ?」

「そこで可愛く小首を傾げんなっ!!」

「???」

「はぁ??」


…お、落ち着けオレ。あの天然シスターのペースにも飲まれるな。つーか何いきなり叫んじゃってんのオレ。
いやしかし、何やかんやでこの問題は解決した…ような気もする。小萌先生どころか上条もポカーンとしてるし。
よし、ものすごく力技ではあるけれど、もうこうなったらこの勢いのまま乗り切ってしまおう。


「と、とにかく一応は解決したんだし、いいんじゃないかにゃー?」

「土御門ちゃん、いくら何でもそれは無理がありますよー」

「や、やっぱり…」


何というか、多分オレは疲れているんだろう。良い対策を練るための頭が働いてくれない。
201 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/04/17(火) 00:17:19.69 ID:e+RZEc+B0

「とにかくです!」


急に語気を荒げた(けどそんなに迫力は無い)ピンク色の先生は、部屋で寝ているシスターよりも無い胸を張ると、


「土御門ちゃんがどんな問題に巻き込まれているかは、先生も未だによく分かりませんが」


今度はにっこりとした笑みを浮かべて、


「それが学園都市の中で起きた以上、解決するのは教師の役目です。子供の責任を取るのが大人の義務です、」


見ていて清々しいほどに、彼女は彼女の中にある真実を言葉に代えて、


「土御門ちゃんが危ない橋を渡っていると知って、黙っているほど先生は子供ではないのです」


自らの教え子に向かって、『正しさ』を全力でぶつけてきた。そう、土御門元春には眩しすぎるくらいに、真っ直ぐに。
彼女が言っていることは、正しくもあり事実でもある。ただ、実際にはそうではないケースも存在していること。
それを土御門はよく理解しているからこそ、表の世界で燦然と輝くこの小さな教師の姿は、あまりに眩しかった。
でも、いやだからこそ、月詠小萌という人物は巻き込まない。もちろん最優先に、ではないが。


「…まったく」


敵わないな、と土御門元春でさえ思ってしまう。何のチカラの無い彼女が、何の躊躇いもなくこんな台詞を言うのだ。
ただの教師では、そんなことは言えない。これは小萌先生が小萌先生であるからこそ、言葉にできるモノなのだ。
だからこそ、


「無理ですよ」

「はい?」

「先生では無理なんですよ、どうしても。それこそ逆立ちしたって無理です。だから…」

「…何です?」








「―――邪魔、しないでください」


彼には、こんな言い方しかできなかった。
202 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/04/17(火) 00:18:49.63 ID:e+RZEc+B0

「っ! …そうですか。では、もう余計な口出しはしませんねー…」

「…助かります」

「ここはしばらく使ってもらっても構わないので、ゆっくり身体を休めてください。先生は、ちょっと席を外すのです」

「…はい。あと、助けてもらったことには本当に感謝しています」

「…それは分かっているのですよ。土御門ちゃんは本当に良い子ですね」

「あっ、小萌先生!」

「…すぐに帰ってきますっ!」


目元に少量の液体をため込んだ見た目小学生教師は、踵を返すとあっという間にアパートの外に出て行ってしまった。
残されたのは、床に敷いた布団に座る二人の男女とボロい畳に胡坐をかく一人の少年。雰囲気は、悪くて当然か。
とりわけ上条当麻の機嫌は最悪だ。


「…おい土御門! 今のはどういうことだよ!!」

「見たまんまだぜい。もっと説明が必要か?」

「何言ってやがんだ! 小萌先生は、お前を助けてくれたんだろ? 俺にはよく分かんねえけど、そうなんだろ!?」

「ああ。だからさっきちゃんと感謝してますって言っただろ。それに、昨日何度もお礼を言った」

「そういう問題じゃねえだろうが!!」


目の前にいるのが怪我人であるのもすっかり忘れてしまうほど怒り心頭の上条は、土御門の襟首を掴んで無理やり立たせた。
引っ張る右手に込められる力によって、土御門のアロハシャツの繊維が悲鳴を上げている。


「それが命の恩人に対する態度かよ! 小萌先生はなぁ、きっとあの人はお前を助けたい一心で…!」

「二人とも、いい加減にするんだよ!!!」


フィルター越しに睨み合っていた二人は、そこでようやくもう一人の少女の方に目を遣った。
その小さな身体から発せられたとは思えないほど大きな声を放った彼女は、双方の男を交互に睨み付けている。
203 : ◆sk/InHcLP. [saga sage]:2012/04/17(火) 00:25:26.67 ID:e+RZEc+B0
ここまで…なんですよ、ハイ。なんで命助かったのにケンカしてんだろね。
ただひとつ確かなのは『土御門元春は上条当麻ではない』ってことね。

さて、この際言っておくが、この物語は原作からそこまで逸脱しません。
同じ学生ポジションということもあり、変えすぎるとリアリティが無くなるからでもあります。
なので、『ストーリー』でなく『心理描写』強めにしているつもりであります……今のところ。
まずは、時間を空けずに次も頑張る予定です。待っててくれてた人、本当にごめんなさい。
そして、ありがとうございました。ではまた会いましょう。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/17(火) 00:30:22.53 ID:8wXFqSj0o
インデックスなんかムカつくな
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/04/17(火) 00:33:48.16 ID:uvoKE15Xo
待ってた

確かにインデックスがむかつくなww
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/04/17(火) 06:48:04.38 ID:fuprO2lu0

インちゃんそんなだから人気出ないんだよ
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/17(火) 09:50:04.16 ID:dAg3aWWDO


インデックスは初めて出会った人が全てになっちゃうから仕方ないんだよ。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/20(金) 12:55:55.00 ID:ugvDBPLao
陰惨!
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/21(土) 20:20:24.32 ID:da3CqtvFo
なんてひどいおんなだ!
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/01(火) 20:49:01.61 ID:a6jG5YJPo
>>207
インプリンティングさん!
罪なおんなだ!
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/11(金) 18:19:30.91 ID:2Lrx8hymo
おんなだ!
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/27(日) 12:22:08.35 ID:q86qJ9/Qo
なだ!
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/27(日) 12:37:16.07 ID:whL0hMLzo
だ!
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/07(木) 17:20:04.24 ID:96S7YBwNo
これからインターネットさんが上条家に住むのかと思うとさすがに気の毒だな
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/09(土) 20:56:27.98 ID:BM+9mF04o
わかんねえぞ、土御門宅かも

どうなるのかな、実際
216 : ◆sk/InHcLP. :2012/06/16(土) 09:59:15.14 ID:UDhC2N3v0
生存報告です。すみません、まだ投下できるほど溜まっていません…。
来月まで忙しくて投下可能か微妙な状態ですが、何とか時間を見つけて書いています。
あと少しだけお待ちください。絶対に来ます。
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/16(土) 10:05:19.68 ID:O6BZpSxao
がんばれ
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/17(日) 08:41:24.59 ID:b1SDkjRKo
がんがれ
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/24(日) 15:40:27.87 ID:7rvm/XjXo
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