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結衣「遺書」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆n/6H/EmH/Y :2011/12/21(水) 13:55:09.05 ID:Sq0PJd+E0
私は東京の大学に入学した後、半年ほどで退学し、漫画家を志した。
別にそんなに急がなくても良かったかも知れないけど、長年の夢っていうのもあったし、
その時の私には描きたいものがたくさんあったから。

あらゆる漫画の賞に送り続けて一年ほど経った頃、私はある少女漫画誌の銀賞を受賞した。

その時の私が感じたのは、喜びじゃなくて、「あぁやっとか」という乾いた気持ちだった。
やっとだ。やっと、私はスタートラインに立ったのだ、と。

私は漫画を描くのにアシスタントを使わない。
私は、私の物語の全てを、私一人で描きたかった。そこに他人の介在は許されない。
自分はここにいるという観念を、自分の漫画の上に、自分だけの力で打ちたてたかったのだ。

けれども、漫画を描くというのは本当に大変な作業だ。
私は来る日も来る日も睡眠時間を削りながら、
自分の精神までもがじりじりと削りとられていくのを感じていた。

そんなことを、もう2年も続けている。

そして、そんな忙しい日々の隙間に、そういえば、と想いを馳せる。

あの人はいま何をやっているのだろうか、と。
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
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【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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【安価】少女だらけのゾンビパニック @ 2024/04/20(土) 20:42:14.43 ID:wSnpVNpyo
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ぶらじる @ 2024/04/19(金) 19:24:04.53 ID:SNmmhSOho
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2 : ◆n/6H/EmH/Y :2011/12/21(水) 13:56:17.69 ID:Sq0PJd+E0

  * * *

「あー疲れた。ラムレ買いに行こ」と私はひとりごちて、席を立った。

最後に家から出たのは、確か一週間も前のことだった。
買い置きのラムレーズンはもうなくなってしまったし、
非常食とは名ばかりのカップラーメンも、底をつきはじめている。

コートを着て、マフラーを乱暴に巻いた。靴を引っ掛けるように履いて、ドアを開ける。

――すると「ごつん」という鈍い音がして、何者かが尻餅をついた。

「いったぁ……」

あかりだった。昔、仲が良かった友達の中で、今でも唯一関係を保てているのがあかりだ。
もう大学の3年生で、見た目は随分と大人っぽくなったけれど、内面はあまり変わっていない。
3 : ◆n/6H/EmH/Y :2011/12/21(水) 13:58:06.26 ID:Sq0PJd+E0
「まったく、なにやってんだよ……」

私はそう呆れ気味に言って、手を貸してあげた。

「えへへ、ちょっと京子ちゃんとお話をしたくなっちゃって。はい、これ」

そう言って、コンビニのビニールを私に突き出す。
中身はもちろんラムレーズンだった。さすがあかり、わかっている。

「もう。私は忙しいんだって言ってるだろ?」

「たまには息抜きも必要だよ」とあかりは言いながら、お尻についた汚れを払った。

「まぁ、それはそうなんだけどさ」

でも、私はできるだけ早く、有名にならないといけない。誰もが知っているくらいに。
4 : ◆n/6H/EmH/Y :2011/12/21(水) 13:59:14.74 ID:Sq0PJd+E0
「それに、どうせまたカップ麺ばかり食べてるんでしょ? オムライス作ってあげるよ」

なるほど、左手に持ちたるはスーパーの袋。
私はさっきの衝撃で卵が割れていないか心配になった。

「……うん、いつもありがとう」

「ううん、私が好きでやってるんだから、京子ちゃんは気にしなくていいの」

「いや、本当にありがとね。さぁ、入って」

そう言ってあかりを部屋に招き入れようとした時、私はそれを見つけた。

「なんだこれ、手紙?」

ドアポストに、白い封筒のようなものが挟まっていた。
前回、家から出た時は、こんなものはなかった……ような気がする。
紙が数枚入っているのか、けっこう分厚い。新手の広告宣伝かもしれない。
5 : ◆n/6H/EmH/Y :2011/12/21(水) 14:00:06.13 ID:Sq0PJd+E0
切手は貼られていない。
表には墨痕鮮やかな文字で「京子へ」とだけ書かれている。
見覚えのあるような、ないような字だった。裏返してみる。

「なっ……」

そこには私の待ち焦がれた名前があった。
時間が文字通り止まる。周りにあった一切の音が消え去り、
私の意識はその一点にだけ収斂されていく。


  船見結衣


私は部屋にとって返し、はやる気持ちを抑え、震える手で開封した。
その手紙は10枚にも及び、ところどころに涙のようなものが落ちて、文字が滲んでいた。

あかりが何かを喋っている。しかし、耳に全く入ってこない。

私は、着替えもしないで、その手紙を読みだした。
6 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 14:18:15.69 ID:JmJNEyhS0
読む
7 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/21(水) 14:58:32.35 ID:Sq0PJd+Eo
ごめん、言い忘れてたけど、少しエロ表現があるかもしれない。

あと、若干のネタバレになりそうなんで言いたくなかったんだけど、
知らせとかないと顰蹙を買いそうなんで、今のうちに言っておきます。

処女厨のみなさん、ごめんなさい。

でも、ちゃんと百合っぽい感じに仕上げるつもりなので、許してください。

以上のことが理解できたらどうぞ。
8 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/21(水) 14:59:42.72 ID:Sq0PJd+Eo
酉つけ忘れ
9 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 15:59:09.93 ID:JFExs6nNo
今日はもう終わりかな
期待してるよ
10 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 16:52:16.32 ID:hTMLNbWbo
期待
楽しみだ
11 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 20:58:55.66 ID:nKBIxP2DO
男とセックスさせるってこと?
12 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 05:58:12.26 ID:A7W8lr9Bo
死んでないよな
13 : ◆n/6H/EmH/Y [sage]:2011/12/22(木) 14:36:35.60 ID:scriN83qo
>>11
そういう描写があるわけじゃないけど、
現実としてそういうことがあったと仄めかす部分がある。
14 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/22(木) 14:39:10.07 ID:scriN83qo

  * * *

 前略

お久しぶりです。
出し抜けにこんなお手紙を出してごめんなさい。
でも、どうしても京子に言わなければいけないことがあって、
聞いてほしいことがあって、今、この手紙をしたためています。

まず、この場で謝らせていただきたいと思います。
黙って京子の前から消えてしまったこと。今まで、連絡する手段を持ちながらも、
京子に対して一通の手紙さえ送らなかったこと。本当に申し訳なく思います。

もしかしたら、本来ならこんな手紙は書くべきではないのかも知れません。
また京子を深く傷付けてしまうだけなのかもしれません。

でも、どうしても知っておいて欲しかったのです。
私がどれほどあなたという人を愛していたのかということを。
なぜ私が、あえて死を選んだのかということを。
15 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/22(木) 14:40:17.01 ID:scriN83qo
中学の卒業式、私はあなたから告白を受けました。
その時、私は素っ気ない態度で「いいよ」なんて言いましたが、
本当は踊り出したいほど嬉しかったです。その場で抱きしめて、口づけをしてもいいくらい、
嬉しかったのです。でも、その場では、私はクールな自分をなんとか演じ続けました。
当時の私は、素直になれず、自分が思ってもないことを言ってしまう嫌いがありました。

そういうふうに凝り固まった私の心をほぐしてくれたのが、あなたでした。
京子と、幼馴染としてではなく、親友としてでもなく、恋人として深く付き合っていくうちに、
そういったつまらないプライドも消え去っていくのを感じました。

私には京子がいる。どんなことがあっても、京子が隣にいて、笑っていてくれる。
それが私にはものすごく嬉しくて、ずっとこんな日々が続けばいいのになと思っていました。
そして、実際に、続いていくのだろうと思っていました。

そうです、私と京子はどんなことがあっても、離れ離れになることはないのです。
なぜなら、私たちは深く愛し合っているし、愛に勝るものなどこの世に存在しないからです。
それは絶対で、この世の真理のようなものです。そこに誤謬は一切存在しません。

そういう幻想を、私は抱いていました。
16 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/22(木) 14:41:27.85 ID:scriN83qo
高校生活も終盤になった頃、私たちは身体を重ね合わせることを覚えました。

私は京子の身体を通じて、京子の愛を感じました。
私と同じように、京子も私の愛を感じ取ってくれているようでした。

そこには真実の愛があったと思います。それほど確かなことはありません。
それは、春には桜が咲き、やがて散っていくことくらい確かなことです。

そうやって、私たちは、週に一度ほどは必ず身体を重ね合いました。
当時の私たちは受験生ですから、そう何度も愛しあう時間もなかったのですが、
時折、私がどうしようもなく京子の身体に触れたくなると、京子はにわかにそれを感じ取って、
短くキスをしてくれました。それから長く深いキスをして、
光と闇がどろどろに溶け合った底のほうへ、静かに沈んでいきました。

それは私たち二人だけの愛であり、秘密であり、他人の介在を許さないもののはずでした。
17 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/22(木) 14:42:31.07 ID:scriN83qo
ある日、私たちは喧嘩をしました。
理由も思い出せないので、どうせまた他愛もないことだったのだろうと思います。
親友だった頃はそんなに頻繁に喧嘩なんてしなかったのに、恋人とは不思議なものですね。
京子は怒って帰ってしまいました。私はしばらく逡巡しましたが、京子を追うことにしました。

その時、電話がかかって来ました。

私は父に呼び出されました。
父は激しく怒り狂っていて、私が実家に戻ると、すぐに頬を殴られました。
どうしてかはわかりませんが、父は、私と京子の関係について確かな情報を掴んでいるようでした。
大方、私が「一人暮らし」をしていた部屋の大家あたりが、垣間見でもしたのだと思います。
18 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/22(木) 14:44:23.96 ID:scriN83qo
私の家はいわゆる「旧家」と呼ばれるもので、それ故に、
唯一の子であり女性である私は、正統な跡取りを産むという使命を帯びていました。
男がいないと、女は子を産むこともままなりません。

先祖から代々受け継いだ血脈が、自分の子で途絶えさせることになる。
それは父にとって許しがたいことでした。しかし、私にとっては、些事に過ぎません。
私にとって大事なのは、私が京子を愛しているということと、
京子が私を愛してくれているということだけでした。

それから、私は江戸時代の踏み絵のようなことを強要されました。

あいつとのことはなんでもないと言え。
今から電話をかけてもう会うことはできないと言え。
あれは気の迷いでした。私は同性愛者じゃない。男性が好きですと言え。

父はそう私にがなりたてました。

しかし、私にはどうしてもそれができませんでした。
私が信じるのは、旧態依然とした考え方や慣習ではなく、京子との愛だけだったからです。

あるいは、ここで父の言うことを聞いていれば、こうなることはなかったのかもしれません。
私たちが離れ離れになることも、それが恋人という形でないにせよ、なかったのかもしれません。

でも、たとえそうだとしても、私は自分に嘘を吐きたくありませんでした。。
たとえ、京子が聞いていなかったとしても、京子が気にしなかったとしても、
私の大好きな京子にだけは、嘘を吐きたくなかったのです。
19 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/22(木) 14:46:09.24 ID:scriN83qo
そして、その日のうちに、私は東京の一画にある新築マンションに飛ばされました。
そこに私の意志はありませんでした。そこにあるのは、父の世間体に対する不安と、
何があっても家を守らなければいけないという古い考え方だけでした。

東京で私は新しい生活を得ました。

半分監禁されているような生活です。
私は新しい制服を着て学校に行き、用意された料理を食べました。
私が余計なことをしないように、学校にも送り迎えがつきました。
家には電話もなく、携帯電話さえ持つことを許されませんでした。
テレビゲームは悪影響になるからと、一切を取り上げられてしまいました。
また、教育係という時代錯誤も甚だしい肩書きの人が、毎日私の元を訪れて来るようになりました。

おかげで、私は「女性らしく振る舞う技術」を得ました。
書道を習い、お琴を学びました。華道を習い、社交の技術を学びました。
手紙の書き方も学びました。普通の女性が男性に恋をする本を、大量に読まされました。
髪は腰まで伸びて、女らしい言葉遣いもできるようになりました。

でも、そうやって直接外に出てくるものを変えてみたところで、
もうほとんど大人になっている私の、その根本までもを変えるのは、土台無理な話なのです。
20 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/22(木) 14:47:41.37 ID:scriN83qo
私の自由は激しく制限されましたが、物品的に貧しくなることはありませんでした。
東京には本当にたくさんのものがあります。しかし、東京には何もかもがあるかわりに、
本当に大事なものだけがすっぽりと抜け落ちたようにないのです。

私は勉強に打ち込みました。
勉強だけをして、私の頭の中が数式や英単語だらけになれば、
京子のことも忘れられるかもしれないと思いました。

しかし、それこそ土台無理な話でした。
何をしていても、私の頭の中は京子でいっぱいになりました。
京子に会いたい。京子の声が聞きたい。京子に触れたい。頭の中はそればかりでした。
21 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/22(木) 14:49:48.07 ID:scriN83qo
ある日、思い立って、私は学校の電話から京子のケータイに電話をかけました。
しかし、返ってくるのは「もうこの電話番号は使われていない」という言葉だけでした。
京子の家にもかけてみました。しかし、出たのはまったく別の人間でした。
あかりにも、ちなつちゃんにも電話をかけてみましたが、それも同じ結果に終わりました。

実際にこの足で会いに行こうとも考えました。
しかし、それもやはり無駄足に終わるだろうという気がしてなりませんでした。
たかが数百キロの距離しか離れていないというのに、
まだ高校生だった私にとって、それは思ったよりも有効な断絶でした。

父はあらゆる手段を講じて、私と京子の関係を潰しにかかっていました。
そして、父の目論見通り、私たちの関係は絶望的なまでに絶たれていました。

そして、私は共学の私立大学に合格しました。
22 : ◆n/6H/EmH/Y :2011/12/22(木) 14:50:22.86 ID:scriN83qo
今日はここまで。
23 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 14:52:09.55 ID:aadfxWv/o
うわ…
続き気になる
乙です!
24 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 15:03:24.48 ID:A7W8lr9Bo
>>22
これってスレタイ通り結衣死んでるの?
死んでるんだったらもうこのスレこないから教えてくれ
25 : ◆n/6H/EmH/Y [sage]:2011/12/22(木) 15:21:20.98 ID:scriN83qo
>>24
それ言うのはちょっと……。

自分は救いのある話が好きだとだけ言っておく。
26 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/22(木) 18:12:14.58 ID:wTE5+H0xo
スレタイに突っ込んだら駄目だろ
27 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 19:05:16.75 ID:A7W8lr9Bo
安心した
支援
28 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 22:34:23.41 ID:EhO2BVTOo
面白い期待
29 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 12:36:51.29 ID:az1aHKX4o
外野うざいのはここの宿命
30 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/23(金) 17:11:11.31 ID:NlieaomDo
都会とは本当に恐ろしいところです。

東京ではみんなが一列に横並びに立っています。
おおよそこぶし3つ分くらいの隙間を開けて、みんな同じ方向を見ています。
ある人が間違いを犯すと、その隣にいる人はそれを見て笑います。声を出して笑います。
そして、その笑った人のことを見て、また隣の人が笑います。声を出して笑います。
私はそれを見て悲しみました。声を出して悲しみました。
失敗した人を笑うなんておかしい、と悲しんでいるつもりでした。

ある日、私の隣にいる人が笑いました。
私はいつも通り悲しみました。私は、悲しんでいる時、隣の人の顔なんか見ません。
悲しむには、笑っている人がいるという事実、それだけで充分だからです。
しかし、その時の隣の人の笑い方はあまりにも下品で、長く、私の心を逆なでするものでした。
私はそこで、初めて隣の人の顔を見ました。

その時、私が見たのは「私」でした。
長年連れ添ってきた、紛うこと無き、正真正銘、本物の私の顔でした。
私は列から飛び出して、初めて列全体を見渡しました。
そこには無数の私がいました。あるいは、私ではないものがいました。
幾億の私の笑い声がが虚しく響き渡っていました。

そこには混濁がありました。あるいは絶望、あるいは闇です。

それから、私はすべてに無関心を貫き通すことにしました。
心の扉を閉ざし、なるべく他人と関わらないように生きようとつとめました。
ただ単に拒絶するわけではなく、くるものは受け入れたふりをしました。
そうすることで、少なくとも、無駄な争いを避けることはできたからです。
31 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/23(金) 17:15:00.51 ID:NlieaomDo
すっかり大学生という身分にも馴染んだ頃には、父の監視の目もだいぶ弱まっていました。
成績はよく、友人にも恵まれました。他人の目からは順風満帆に見えたことでしょう。

そんなある日、私は偶然にもあかりに出くわしました。
彼女は私が最後に会った時からずいぶんと垢抜けて、
髪も伸ばし、笑い方も大人っぽくなっていました。

あかりを見つけた途端、なぜか目を逸らし、身を隠そうとしている私がいました。
その心理は、今となっては推し量ることしかできないのですが、
おそらく、こんな姿になった私を見られたくなかったのだと思います。
私は、外見的にも内面的にも、ほとんど違う一己の女性になっていましたから。
32 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/23(金) 17:16:41.52 ID:NlieaomDo
それでもあかりには看破されてしまいました。
あかりは目敏く私を見つけ、話をしたいと言って喫茶店に誘いました。

私があなたのいる場所を知ったのはその時です。
大学をやめて、今は漫画家として活動しているというのも聞きました。

私はすぐに本屋に行って、京子が描いた漫画を買い、その場で読みました。
そこには京子がいました。私の知っている京子が、京子の残り香が、京子の足跡が、
京子の面影のようなものが、そこにはありました。

私はそれを読んで、どうしようもなく京子に会いたくなりました。
しかし、それと同時に会いたくないと思っている自分がいたことも、否定はできません。
33 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/23(金) 17:17:54.10 ID:NlieaomDo
ある日、一人の男が私に近づいて来ました。
彼は、自分を日本有数の企業の社長の息子だと言い、私に関係を迫りました。
当然、私は彼を冷たく突き放しました。そんなことに一体何の意味があるというのだ、
と私は言いました。それを聞いた男は逆上して、私を殴り飛ばしました。

それから、その男は私に向かって、あろうことかこう言いました。

「お前の親から、お前をどうしてもいいと、許可は出ている」

私は呆然としました。
現代の日本において、本当にこんなことがまかり通っていいのか、と憤りました。
そして、私はいつも通り心を閉ざして、深い闇の底へと沈み込んで行きました。
34 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/23(金) 17:18:33.72 ID:NlieaomDo
私の話はこれで終わりです。
勢いだけで書きなぐったので、何を言いたいのか、いまいちつかめないかもしれません。

それでも、これだけは覚えておいて下さい。

私は、京子のことを今でも、誰よりも深く愛しているということ。
だから私は死ぬのだということ。決してこの世界に絶望したとか、そういう訳ではありません。

私は、私と京子で育んだ、ただひとつ確からしいことを、守るために死ぬのです。

でも、どうか京子だけは生きてください。生きて、漫画を描き続けてください。
京子という存在は誰かの希望になってるはずです。京子の描いたものを読んで、
今日もまたがんばろうと思っている人がいるかも知れません。
35 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/23(金) 17:19:09.65 ID:NlieaomDo
本当のことを言うと、私は、京子が今でも私のことを愛してくれているのか、不安でした。
いつだってここから逃げ出して会いに行くこともできたはずなのに、
万が一にでも拒絶されたらと思うと怖くて、そうすることができませんでした。

死に際してしか、こういうことを言えない弱い私を、どうか許してください。

 草々

  船見 結衣

 追伸

私のことについて隠していたあかりを、どうか責めないであげてください。
私が京子には言わないでほしいと頼んだのです。
36 : ◆n/6H/EmH/Y [sage saga]:2011/12/23(金) 17:21:16.41 ID:NlieaomDo
今日はここまで。

最近忙しくて、明日と明後日も同様なので、ちょっと更新が遅れるかもしれない。
あと、今読み返したら誤字脱字と読みづらい表現多いから、もうちょっと推敲するようにします。

では。
37 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 19:55:33.93 ID:+F/Awcpro
なるほどスレタイはそういうことか
38 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 20:17:48.89 ID:E9cJljW1o
バカテスのOP聞いてないと鬱になりそう...
39 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 13:03:07.08 ID:G2WJEW9Oo
先が気になりますね
40 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/25(日) 14:39:30.49 ID:V2RfRtqyo

  * * *

私はその手紙を何回も繰り返し読んだ。
そこには結衣の物語が綴られている。絶望の物語だ。

私は一字一句、漏らすことなく読んだ。
まるでそのひとつひとつを自分のものにするかのように。

不思議と悲しくはならなかった。
ただ、深い怒りと純粋な殺意が、私の中に大きな渦を形作っていった。

「……あかりがこれをポストに?」、私は言った。

あかりは無言で首を横に振った。
41 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/25(日) 14:40:01.41 ID:V2RfRtqyo
私は薄暗い玄関を見た。
この部屋の玄関は、じめじめしていてカビがよく発生する。
スニーカーやヒールやブーツが並べられ、傘立てには骨の折れた傘が何本も刺さっている。
扉には「水道修理はお任せ下さい」と書かれた薄っぺらい磁石が貼ってある。

私はその扉の、更に奥のほうを見た。

――いたのだ。

私が部屋に閉じこもっていた7日間。
日時は分からないけれど、私の家の玄関の、そのすぐ目の前に、確かに結衣がいたのだ。

それはほんの数秒だったかもしれない。あるいは数分か、数十分かもしれない。
けれども、結衣は確かにそこにいたのだ。たったドア一枚の壁を隔てて、そこに立っていたのだ。

しかし、もうそこにはいない。

それどころか、この世界のどこからも姿を消してしまった。
42 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/25(日) 14:42:38.31 ID:V2RfRtqyo
私は上着のポケットにその手紙を丁寧にしまって、ゆっくりと立ち上がった。
そのじめじめとした玄関に向かって歩いていく。

「京子ちゃん、どこに行くの?」

振り返ると、あかりはびくりと身体を震わせた。
私はよっぽど怖い目をしていたのだろう。

「決まってる。あいつらを殺しにいくんだ」

寒々とした谷底の方から聞こえてくるような遠く冷え切った声。
しばらくしてそれが自分の声であることに気付き、自分で動揺してしまった。
こんなに恐ろしいことを、こんなに現実的な響きを持って言ってしまえる自分に対して、恐怖を覚えた。
43 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/25(日) 14:44:07.91 ID:V2RfRtqyo
「待って!」とあかりは叫び、私の前に立ちはだかった。その眼にはある種の決意が滲んでいる。

「どいて」

遠くの方で車が短くクラクションを鳴らした。
薄いアパートの壁越しにテレビの音が微かに聞こえる。

「あのね、ずっと京子ちゃんに言わなきゃいけないと思ってたことがあるの」

「あとにしてくれ」

私はあかりをはねのけるようにして、玄関まで辿り着き、靴を履いた。ドアノブに手をかける。

「――生きてるから!」

ドアノブを回しかけていた手が止まる。
私はそのままの状態であかりの方に顔を向けた。

「結衣ちゃん、まだ生きてるから。大丈夫だから。だから、落ち着いて私の話を聞いて」

改造バイクが轟音をたてて去っていく。誰かが通りを談笑しながら歩いている。
締まりきっていない蛇口から「ぴちょん」と水滴の落ちる音がした。
44 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/25(日) 14:45:50.75 ID:V2RfRtqyo
「私、ちょっと前に結衣ちゃんと会ったんだ」

何か言いたいのに、どうしても声が出なかった。

「それは京子ちゃんへの手紙だから、私はそれに書いてあることを知る権利はないけど、
  会った時に少し事情を教えてもらったんだ。だから、京子ちゃんの顔を見れば、
  だいたいなんて書いてあるかわかるよ」

あかりは間をつくった。何かしら意味のある間だ。
私はそこに含まれている意味をなんとか汲み取ろうとして――失敗した。

あかりは言う。

「昨日ね、私のお母さんから、連絡があったの。結衣ちゃんが、自殺未遂をしたって。
  今まで、いくら結衣ちゃんのことを聞いても『知らない』って言ってたくせに、
  本当は知ってたんだ。それが分かった時、私はお母さんのことを汚い大人だって思った」

訥々と語るあかりは、私が見たこともないくらい悲壮な顔をしていた。

「でも、私にそんなこと思う権利なんてないんだ。だって私も京子ちゃんに隠してたんだから。
  ああ、私もこう見えて、ちゃんと大人になっていってるんだなって思うと、
  悲しくて涙が出たの。結衣ちゃんのことを悲しむ前に、自分に対して涙が出た」

散歩中の犬が通行人に吠えて、飼い主に怒られている。
ここではないどこかの部屋のインターホンが、何者かによって鳴らされた。
45 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/25(日) 14:48:34.78 ID:V2RfRtqyo
「これは言うべきことだってわかってたのに。京子ちゃんに言わなきゃって思ってたのに。
  ごめんね、私のせいだ。私がもっと早く京子ちゃんに話をしていればこんなことにはならなかったのに……」

私は靴を脱いで、あかりの近くまで行った。

あかりは悲しげにうつむいている。

こういう時になんて言葉をかければいいんだろう。
自分でお金を稼いで、自分で生活して、それで大人を気取っているだけで、
私はまだまだ子供なんだっていうのが分かって、それが悔しかった。

私は言う。

「結衣が言うなって言ったんだから、結衣が悪いんだ」

あかりの手を握ると、うっすらと汗でしめっていた。

「京子ちゃん、違うの……」

「違くないって。だから、今からあいつを叱りに行こう。『私に隠し事するなんて何事だ!』ってさ」

「でも、昨日行ったら、面会謝絶だって言われて……」

「構うもんか。邪魔する奴は結衣直伝の蹴りで薙ぎ倒す」、私は笑った。「ばったばったと薙ぎ倒す」

私はまだ何か言おうとしているあかりを制し、その手を握ったまま、一週間ぶりの外の世界へと駆け出した。
46 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 23:34:56.76 ID:SJyH42I5o
ふむ
47 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 20:54:16.98 ID:Uqp4I6Lwo
続きまだかな
48 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:32:58.91 ID:zlgSP8cVo
ごめん読書に忙しかった。

続けます。
49 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:33:45.40 ID:zlgSP8cVo

  * * *

私はもちろん蹴らなかったし、ましてや殴りもしなかった。
あらゆる暴力的な手段には一切頼らなかった。

ただ、普通に成人した大人らしく頭を下げた。

そんなことしても無意味だし、むしろ状況を悪化させるだけだってわかっていたから。
もしかしたら、こうやって頭をさげるのもまた無意味なのかもしれない。
でも、たとえそうだったとしても、私はどうすればよかったっていうんだろうか。

「おねがいします!」

あかりも一緒になって頭を下げてくれた。
ロビーにいる人達の視線を一身に感じる。でも、そんなこと構いやしなかった。
50 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:34:39.94 ID:zlgSP8cVo

「そう言われましても、家族以外は……」

「私は――私は結衣の恋人なんです!」

そう言ってから少し後悔した。
せめて友達とでも言っておけばよかったのに。
周りの私を見る眼がいくぶんか蔑んだものに変わっていくのを感じる。
ああこれだ、と私は懐かしさを感じた。ああこれだこの眼なのだ。
結衣がいなくなってからずっと私を見ていたのは、この眼なのだ。

「京子ちゃん、あかりちゃん、頭を上げて」

後ろから声がする。懐かしい声だった。
私がまだ小さかった頃からずっと聞いていた、結衣の近くにあった声。

「結衣ちゃんのお母さん……」とあかりは言った。

少し老けてシワの数も増えているけれど、紛れもなく結衣の片親だった。
寝不足なのだろう、目の下に隈ができている。

「ちょっと暇になったから、結衣の様子を見に来たの。
  年末で忙しいから、もうそろそろ家に帰らなきゃいけないんだけど……」
51 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:36:52.73 ID:zlgSP8cVo
「あの、私たち……」とあかりは言った。

「ええ」と結衣のお母さんは言った。「この子たちを、結衣の病室まで案内してあげてください」

「そういうことでしたら……」

そう言って、受付の女性は内線でどこかに連絡を取った。
ほどなくして、一人の看護婦がやってきた。

「あの、ありがとうございます」とあかりは言った。

「……ありがとうございます」

私はぶっきらぼうに言って、面会者用バッヂを受け取り、案内役の看護婦の後に続いた。
52 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:38:31.71 ID:zlgSP8cVo

  * * *

結衣は深く眠っていた。

髪はすっかり伸びて、純白のシーツの上に黒い渦を形作っている。
もともと痩せ型だったけれど、更にほっそりして、少し病的な雰囲気を出していた。
長いまつげ。白い肌。細い腕には点滴のチューブが刺されている。
結衣の手は、まるで誰かを待ち受けるように、ゆるく開かれている。

私はその手を握った。

「結衣……」

確かに見た目は昔と比べてすこしばかり変わっている。

けれど、こうやって触ってみればわかる。
これは結衣だ。昔のままの結衣だ。何も変わってなんかいない。
53 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:39:35.37 ID:zlgSP8cVo
結衣の手はいつも温かい。
それに比べて私の手は冷たいから、寒い日なんかに手を握ると、
結衣はいつも不平を言った。それでも結衣はその手を放そうとはしなかった。
私がぎゅっと強く握ると、結衣はしっかりと握り返してくれた。

でも、今の結衣の手には力がなく、指もあの時より細い。

私は昔みたいに、結衣の手を握る力を少しだけ強めた。

そうやって、しばらく結衣の体温を感じていた。
54 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:40:58.81 ID:zlgSP8cVo

  * * *

突然、白衣をまとった医者風の女性が、そこにあった情緒や哀愁とかいった繊細なものを、
一切合切ふっ飛ばすようにして、病室のドアを勢いよくぶち開けた。

病院に医者風の人物がいるからには、それはやはり実際に医者なのだろう。
しかし、その女性は医者というよりは、むしろ科学者といった方が近いような気がした。

「お前が歳納京子か?」と女医は言った。

「はい」、初対面の人に対してその言い方はないと私は思う。

「そしてお前が赤座あかり」

「は、はい」

「船見結衣について、説明しよう」

かつかつとヒールが床を叩く音が、病室に響いた。
女医は右手にカルテを持っていたが、それを見ようとはしなかった。
まるでちょっとした芝居に使う小道具であるかのように。
55 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:41:49.46 ID:zlgSP8cVo
「船見結衣は自殺を試みた」

女医は、結衣に近づき、病人服を少しはだけさせて、
腹部にあるいくつかのポイントを指し示した。

「ここと、ここ。あと、ここだ」

そこには切り傷の跡があった。薄くピンク色になっている。
抜糸は既に済んでおり、傷口と垂直になるようにテープで固定されている。

「船見結衣は自らの腹部に三箇所の傷を負わせた。
  こことここの二つは子宮に、もう一つは卵管に、正確に深い傷を負わせた。
  まるで子どもを産むという行為に何かしらの恨みでもあるみたいに」

女医は結衣のお腹をぷにぷにとつつきながら言った

「かわいそうなことに、彼女はもう、こどもを産むことはできないかもしれない。
  しかし、彼女は生きている。奇跡的に一命を取り留めた。まさに奇跡という他にない」

女医は「この部屋、暑くないか?」と言って白衣を脱いでしまった。
彼女は、もう女医でも医者風の女性でもなんでもなくなってしまった。
56 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:42:41.67 ID:zlgSP8cVo
「そろそろ覚醒してもいいはずだが、なかなか起きようとしない。
  その兆候もない。理由はわからない。単にまだその時ではないのかもしれない。
  ただ、眠っていたいだけなのかも知れない。体力的な理由か、あるいは――」

女医は、何かしらの意味を持った、含みのある間を開けた。

「――それは精神的な問題によるものではないだろうか、と私は睨んでいる」

「精神的な問題」と私は反芻した。

女医が精神的な問題を睨んでいる様を想像する。
精神的な問題は丸く、ところどころに長さと太さの違うトゲが生えている。
いくら女医が凄んでも、精神的な問題は身じろぎ一つしなかった。

「船見結衣はいま混濁の中にいる」

「あるいは絶望、あるいは闇……」と私は言った。

「そうだ。人間は誰しもそういったものを持っている。
  しかし、普通の人間の中にあるものは、真の意味での混濁、あるいは闇ではない。
  見せかけの混濁の中には秩序が、絶望の中には希望が、闇の中には光が混じっている」
57 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:44:06.51 ID:zlgSP8cVo
女医は白衣を慣れた動作で羽織り直した。

「――ところで君たち、焼き芋に興味はないか?」

「焼き芋、ですか?」と私は言った。何かの隠語だろうか。

「いやね、実家の方からさつまいもが何十キロも送られてきてね、処理に困っているのだよ。
  そこでだね、この病院の裏で焼き芋大会でも開こうと思っていたのだが、
  なぜか病院から許可が下りなかったので、秘密裏に開催しようと思っている」

「焼き芋いいなあ」とあかりがのんきに言った。

「火事になりますよ? 河原とかでやったほうが……」

「心配はいらない。燃えるものは燃えるべくして燃える。
  燃えるべきでないものは元から燃えない。そういうふうにできている。
  もしそれが燃えたとしたら、それは燃えるべくして燃えたということだ」

「悪いですけど、そういう気分じゃないんですよ」

「毎週日曜日、午後三時から開催予定だ」

女医は、言うべきことは言ったというような顔をすると、
ヒールの乾いた音を立てながら、病室を出ていった。

私はあかりを見て、肩をすくめた。
あかりは「おもしろい人だね」と言って、乾いた笑い声を出した。

私は病室の白い扉を見た。

そこにはもう誰もいない。
今となっては、さっきまでそこに女医が立っていたということさえ怪しくなってきた。

私は結衣の手を握ったまま、あかりはりんごを剥きながら、
それぞれ女医の言ったことについて考えを巡らした。
58 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:45:43.15 ID:zlgSP8cVo

  * * *

あかりは果物ナイフを皿の上に置き、立ち上がった。

「そろそろ帰らなきゃ」

時計の針は午後六時四十分を示している。もうちょっとで面会終了時刻だった。

結局、結衣は起きなかった。
まるで永遠の眠りの中にとらわれてしまったかのように。
固くまぶたを閉ざし、その深い傷を癒すために、硬い繭の中に閉じこもってしまった。

「また明日来るね、結衣」

私はそう言ってから、ほっぺにキスをしようとして――やめた。あかりがいたからだ。

「じゃあね、結衣ちゃん。また明日」

私たちは病室を後にした。
59 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:46:38.99 ID:zlgSP8cVo
エレベーターで一階まで降り、受付に面会者用バッヂを渡して、外に出る。
世界はすっかり暗く、少しだけ欠けた月が静かに町を照らしていた。

私たちは二人並んで歩いた。

「京子ちゃん、私、どうすればいいのかな……どうしたらよかったのかな……」

あかりは泣いていた。月と街の光を受けて、涙がきらきらと輝きながら落ちていく。

私はまたしてもすぐには答えられなかった。
私自身も、この広い東京の街で、どうすればいいのかわからなかった。

「ほら、泣くなって」と私はあかりに言って、ハンカチを渡した。

「ありがとう」、あかりは涙を拭った。
60 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:47:55.95 ID:zlgSP8cVo
「私は最初、泣くべきなんじゃないかなって思ったんだ。
  結衣に再び会えた喜びに対して、結衣の悲しみに対して、泣くべきだと思った。
  でも涙は出なかった。出そうと思っても出なかった。私、冷たいのかな」

「ううん、そんなことない」

私は自嘲的な笑みを浮かべた。

「私もどうすればいいのかわからないんだ。別にあかりだけじゃないよ。
  あかりが悪いわけでもない。私が悪いわけでもない。結衣が悪いわけでもない。誰が悪いわけでもない」

それから、私たちは無言で歩いた。
病院から私のアパートまではそう遠くない。考え事をしているとすぐに着いた。
61 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/27(火) 23:49:47.46 ID:zlgSP8cVo
「じゃあね」と私は言った。

「うん。明日はちなつちゃんも連れてくるから」

「――え? ちなつちゃん、いま東京に来てるの?」

「うん。つい三日くらい前にいきなりうちに来て、一緒に住ませてって言うから、
  びっくりしちゃった。美容の専門学校出て、今は美容院で働いてるんだって」

「住ませてって……それにちなつちゃんが美容師って大丈夫なのか?」

あかりは苦笑した。

「大丈夫なんじゃないかな。ちなつちゃんも、けっこう変わったから」

人間はそう簡単には変わらない。私も変わってしまったのだろうか。
本当は結衣も変わってしまっているのだろうか。

「……じゃあさ、今度、遊びに行くよ。結衣と一緒に」

「うん、待ってる」

そうして、この息苦しくてじめじめした部屋に、私は戻ってきた。
62 : ◆n/6H/EmH/Y [sage]:2011/12/27(火) 23:50:54.44 ID:zlgSP8cVo
今日はここまで。
63 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 23:57:33.18 ID:gIOv+aQoo
乙〜
64 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/28(水) 08:07:37.41 ID:kVF8/PWNo
65 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/28(水) 23:11:52.37 ID:S8WeNvxqo
おつ
66 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/30(金) 06:48:30.70 ID:Z7HP6ySDO
期待
67 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2011/12/30(金) 10:48:15.23 ID:8IRn/Pfxo
私は机に向かって、漫画の最終仕上げに入った。そうはいっても下描きは終わっていたし、
トーン貼りもベタ塗りもほとんど終わっていたから、もうほとんどやることはない。

実は、私の連載している魔法少女漫画は、今描いている分で打ち切られることが決定されていた。

理由は簡単だ。

少女漫画なのに、恋愛要素が薄いから。

絵はうまくストーリーもよくできていると褒められるのだけれど、
少女漫画にとってなによりも大切なものが決定的に欠けていた。

少年漫画誌に移籍することも考えられていたのだけれど、私の方から断った。
なんとなく、そろそろ立ち止まって考えてみるべきなのかな、と考えていたところだったのだ。
68 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/30(金) 10:49:46.69 ID:8IRn/Pfxo
もちろん、恋愛要素の薄い少女漫画だって、あるにはある。

だけど、そういったものはよっぽど面白くなければ長続きしない。主人公が女の子だったら尚更だ。
女の子にとって大事なのは、巨悪が倒されるかどうかよりも、自分の恋が実るかどうかなのだ。

それでも、私だって必死にやったんだ。

しかし、どうしてもリアリティのあるものを描けなかった。
ちょっとした差異こそあれ、世界には普遍的な恋愛の価値観があるということを、真の意味で理解できなかった。
自分が積み上げてきたものに対して、私は自信が持てなかった。

なぜなら、私は「普通」ではなかったから。
私が幼い頃から抱いてきたこの気持ちは、真の意味で「普通」ではなかったから。
そんなの私にだってわかっている。
69 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/30(金) 10:50:30.45 ID:8IRn/Pfxo
――じゃあ、どうすればよかったっていうんだろうか。

塗り残しのないよう慎重に作業しつつも、頭の片隅で結衣のことを考えた。

あの時、結衣に告白すべきではなかったっていうの?

だったら、私のこの気持ちはどうすればよかったっていうんだろう。

あのまま友達として付き合っていけばよかったの?

私のこの気持ち抑えこんでさえいれば、
私も結衣も、あかりもちなつちゃんも、家族も、みんなみんな、
こんなひどいことにはならずに何事も無く生きていたのかな。

どうすればよかったんだろう。
70 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/30(金) 10:51:01.81 ID:8IRn/Pfxo
私、何かいけないことでもしたのかな。

ただ好きな人と好きな事をして、一緒に歳をとっていきたかっただけなのに。

ねえ、私どうすればいいのかな、結衣。

私、結衣がいないと何もわかんないんだよ。

こんなことになるなら、好きだなんて言わなきゃよかったのかな。

結衣、目が覚めたら、また私の知らないところに行っちゃうの?

だったら起きないで、私とずっと一緒にいてよ。
71 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/30(金) 10:51:28.24 ID:8IRn/Pfxo
いったい誰が悪いんだろう。

そんなの決まってる。

私がいけないんだ。

この気持ちを抑えられなかった私が悪いんだ。

結衣に頼りっきりで、結衣がいなきゃ何も出来ない甘ったれた私がいけないんだ。

こんなことになる前に結衣を見つけられなかった私がいけないんだ。
72 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/30(金) 10:51:54.24 ID:8IRn/Pfxo
ねぇ結衣――、

またあの暗がりの中に戻って行かなきゃいけないのなら、一緒に――、

何もかも燃やしてさ、本当に何もかもだよ。私たちが積み上げてきたもの全て。

それで二人あたたかい炎に包まれて、何がなんだかわからないくらいぐちゃぐちゃになってさ。

そうして世界の一部になったら――、

この悲しみも、この胸の痛さも、こんなに結衣が好きだっていうことも、

なにもかも消えてなくなってくれるのかな。
73 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/30(金) 10:54:12.75 ID:8IRn/Pfxo

  * * *

電話の鳴る音で目が覚めた。
時計は午前十時を示している。私は身体をゆっくりと起こした。

姿見鏡にひどい顔をした私がうつっている。
閉まりきっていないカーテンからピンポイントに光を受け、その眼は半分も開かれていない。
金髪のロングヘアーはあっちこっちに跳ねまわっている。

私は布団を首まで被ったままもそもそとにじり寄り、電話のディスプレイ部分を見た。
佐藤さんの番号だった。佐藤さんというのは私を担当している女性編集者の名前だ。

口の中が乾燥してねばねばする。うがいして顔も洗いたい。

私は少し迷ってから電話を取った。

『あ、あの、佐藤ですー』

ほんわか明るく、それでいて常にどこか焦っているような声。
74 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/30(金) 10:55:27.77 ID:8IRn/Pfxo
『あ、あの、佐藤ですー』

ほんわか明るく、それでいて常にどこか焦っているような声。

「はいはい、歳納です。なんかありましたか?」

『えーと、あの、突然で申し訳ないのですが、今からお話できないでしょうか?』

「あーはい、別に構わないですよ」

佐藤さんはいつも通りしばらく沈黙した。
私は辛抱強く待った。彼女にはよくあることなのだ。
75 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/30(金) 10:56:28.16 ID:8IRn/Pfxo
『あの……とっても大事なお話なんです』

「大事なお話」と私はつぶやいた。

『はい……いつものところに、十一時でいいですか?』

「あ――いや、私のアパートの近くに大学病院があるの、わかるかな?」

『あ、はい、わかります』

「その病院の入口近くにカフェがあるから。そこでいい?」

『わかりました。では、十一時に大学病院入口のカフェで』

「はいはーい」

電話は切れた。

飛行機が遠くの方で低い唸り声を立てている。
外で犬が吠えている。隙間風がガタリと建付けの悪い戸を揺らした。

私はくすんだアパートの天井をしばらく見つめたあと、出かける準備を始めた。
76 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/30(金) 14:39:59.20 ID:NlbfaA1zo
きてた!
77 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:44:29.55 ID:n/2901HPo

  * * *

十分遅れでカフェに到着すると、佐藤さんは奥まった席でそわそわしながら待っていた。
彼女はいつもそわそわしているのだけれど、今日はそれに輪をかけてそわそわしている。

レジでホットコーヒーを注文して、カウンターで受け取った。ミルクと砂糖は使わない。

私が近くまで行くと、佐藤さんはすぐに気付き、席を立った。

「おはようございます、こんな朝早くからすみません」

白のタートルネックにベージュのニットワンピース、その下にジーンズを履いている。
黒ぶちメガネをかけている。切ってから二ヶ月は経っているように見える長すぎるボブカットは、
静電気で少しばかり跳ねている。よく見ると、髪の後ろのほうが寝ぐせでぴょこんとなっていた。
78 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:45:14.96 ID:n/2901HPo
「おはよ、佐藤さん。後ろんとこ寝ぐせってるよ」

「え、あ、ど、どこですか?」

佐藤さんは慌ててカバンの中を探って鏡を取り出した。
「どこ、どこ」と言いながら、鏡をいろいろな角度に変えてみるが、見つからないようだ。

「私がやってあげるから、くし貸してください」

「すみません……」

佐藤さんは顔を真っ赤にして、うつむき気味で、椅子にちょこんと座っている。

「ほらできた」

私は、佐藤さんが見やすいような角度で、鏡を使って後ろ髪のあたりをうつしてあげた。

「ね?」と言って私は笑った。

「あ、ありがとうございます」

佐藤さんは更に顔を赤らめた。

彼女は極度の恥ずかしがりやなのだ。初めて会った時の緊張しようといったらなかった。
とりあえず話ができるくらいに仲が良くなるまで、かなりの努力と苦労を要したものだ。
79 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:45:57.01 ID:n/2901HPo
「うう、またやってしまった……」

そうぶつぶつ呟きながらうつむく彼女を横目に見ながら、コーヒーを一口飲む。
私はカバンから原稿の入った封筒を取り出し、佐藤さんに差し出した。

「とりあえず、まずこれ渡しとくね。最終話」

「――あ、もうできたんですか? 最終話、そういえばもう最終話なんですね……」

佐藤さんはしずしずと原稿を受け取って、感慨深げにそれを見つめた。

「歳納さんは入稿が早くて、本当に助かります。できればもうちょっとだけでも、
  私に頼ってくれると嬉しいんですけどね……では、拝見させて頂きます」

佐藤さんは微苦笑を浮かべながら丁寧に原稿を取り出して、いつになく真剣な表情で読み始めた。
彼女はいつも真剣なのだけれど、今日はそれに輪をかけて真剣だった。
80 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:46:32.31 ID:n/2901HPo
一度ネームという形で見せてはいるものの、完成した作品を他人に見てもらうというのは、
いつまで経っても緊張するものだ。つまらないと言われないだろうか。
ちゃんと私の声は届いているだろうか。急に不安になる。

佐藤さんは「ふう」とため息をつくと、ほとんど冷めてしまったコーヒーをぐいと飲んだ。

「やっぱり私、歳納さんの漫画大好きです!」と佐藤さんは顔をほころばせた。

「ありがと」、私は笑った。

佐藤さんみたいなファンっぽい態度が編集として正しいのか私にはわからないけれど、
自分の作品を褒められて嬉しくない創作家はいない。彼女はきっと褒めて伸ばすタイプなのだ。
81 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:46:59.31 ID:n/2901HPo
「歳納さんって、火に対して何か思い入れがあるんですか?」

「火?」と私は言った。

「はい、火です。えーと、炎とか、燃えるやつです」

「どうしてそう思ったの?」

「あの、だって、ブリキちゃんは火属性の魔法少女だし、
  火をモチーフにした魔法具とか多いし、アマザラシ星人とかこんなかわいいのに火を吹くし、
  アマザラシ王のキビャックさんはお腹に溜まったガスに自分の吐いた火が引火して、
  爆発して死んでしまいました。キビャックさんは悪いやつだったからいいんですけど」

「いや、特にないかも……しいて言うなら、強そうだからとか?」

「そ、そうですか」

佐藤さんは視線を下にずらし、コーヒーの泡を見つめた。
うつむいているせいかはわからないけど、少し悲しげに見える。
ちょっと投げやりに答えすぎたかなと思って反省し、少しだけ真剣に考えてみる。
82 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:47:37.77 ID:n/2901HPo
「うん、火か。火、炎。そうだな……」

「いや、もういいんです。変なこと言ってすみません」

「あ――でも、火っていうのはやっぱり強いっていうか、何に対しても平等だから。
  楽しいことも悲しいこともみんな一緒に火にくべれば、垣根は消えて、そこに区別はなくなる。
  そこに残るのは燃えかすだけ。私は炎のそういうところに強さを感じる、かな」

もう自分でも何言ってるのかわからないし、なんだか恥ずかしくなってきた。
佐藤さんは小動物のような動作で顔を上げ、私の顔を見た後、再びコーヒーに視線を戻した。

「そ、そうですか」、さっきと同じセリフなのにどこか嬉々としている。

「なんでそんなに嬉しそう?」と私は訊ねた。

「いや、私、歳納さんのこともっと知りたいなって思ってて、
  その……いままで私は、編集として歳納さんときちんと向き合っていたのかなって。
  こういう風に、漫画に対する歳納さんの考えを直接聞いたのってはじめてだから……」

私は天井にぶら下がっている電灯を見た。淡い光を放っている。

「そうだったっけ?」と私は言った。

思い返せば、取り留めのない話をすることはあっても、
漫画の話はといえば、自分の作品に限らずあまりしていなかったような気がする。
漫画家と編集という間柄なのに、不思議なことだ。
83 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:48:39.65 ID:n/2901HPo
「そうですよ……そのかわり、歳納さんの漫画を何回も何回も読んで勉強しました」

「いや、佐藤さんはよくやってくれていると思うよ。私の漫画のことよくわかってくれてるし。
  あまりにもわかってくれてるから、もっといろいろと話してるかと思ってたよ」

「何度も読みましたから……何度も何度も」

佐藤さんはコップを両手で持ち、ゆらゆらと傾けた。
コーヒーの波が立ち、照明の光を受けてきらきらと輝いた。

「私、歳納さんのことは見守っているだけでいいって思ってたんです。
  歳納さんの漫画ってすごい歳納さんらしいというか、歳納さんそのものを濃縮したというか。
  読んでいるだけでこれを描いているのはどういう人なのかわかるし、
  歳納さんがその存在を主張してくるから、私がそれに少しでも干渉して、
  そのいいところを潰したらいけないって思って。
  原稿を受け取って会社に渡すだけでいいんだって思ってました」

「なるほど」と私は間の抜けた相槌をうった。

「でもだめなんです……やっぱりそれは違うんです……」

佐藤さんは急に顔を上げて私を見た。その目はいつになくぎらぎらしている。
彼女は椅子を後ろに引きずって立ち上がると、前のめりになって、私の手を覆うように握った。

「私がもっと歳納さんの持ち味を活かせるように、真剣に向き合うべきだったんです。
  私は――私は歳納さんと一緒に二人で漫画を作りたいんです!」
84 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:49:22.03 ID:n/2901HPo
私と佐藤さんは、至近距離でしばらく見つめ合った。
佐藤さんの目にはある種の火が灯っていた。微かな香水のかおり。鼻息が荒い。
くるんとカールしたまつ毛。整えられた眉。眼鏡が少しずれている。赤みがかった頬。

私があっけにとられて目をぱちくりしていると、佐藤さんの顔はみるみるうちに赤くなっていった。

「あ、す、す、すみません」

佐藤さんは慌てて椅子に座り直すと、眼鏡のずれを直し、再びうつむいてしまった。

「あの、私なんかが生意気言っちゃって……」

「ぷっ、あはははは」

私は大声を出して笑った。こんなに笑ったのはどれくらいぶりだろうか。
佐藤さんは訝しげな表情で私を見ている。

「あの……歳納さん……?」

「佐藤さんって意外と熱い人なんだね。もう2年も一緒にいるのにぜんぜん気付かなかった」
85 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:50:03.86 ID:n/2901HPo
「笑うなんてひどいです」と佐藤さんは頬を膨らました。

「ごめんごめん」

それから私たちは、取り留めのない話をした。本当に何でもない話だ。
ほとんど私が一方的にしゃべくるだけのいつも通りの会話だったけれど、
そのいつもよりは佐藤さんの口数が多かったような気がする。
私たちを隔てていた薄い膜が、ぴりと一枚取り去られたように私は感じた。

「天気悪いね」

「そうですね。それに寒いです」

「もう今年は仕事ないの?」

「明日は日曜出勤で、そこから休みなしで、水曜には仕事納めです」

「もしかして今日休みだった?」

「はい、そうです」

「やっぱり。今日の佐藤さんの服、雰囲気が違うから。
  いつもはもっとこう、真面目な感じで、仕事向きの服装だよね」

「そ、そうですかね」
86 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:50:36.49 ID:n/2901HPo
それから、私は自分の漫画の話をした。

私はできるだけ、漫画の内容ではなく、私自身について話した。
このシーンはどういうことを考えながら描いていたかとか。
ここにはこういう意味を持たせたかったとか。そういうことだ。

私は自分の漫画の最初のシーンから、少しづつ順を追って話をした。
まるで、私が今まで歩んできた2年間を、一つ一つ丁寧に振り返るかのように。

「私の中で、魔法少女っていうのは希望の象徴なんだ」

「希望の象徴、ですか?」

「うん。みんな何かしらどうしようもないことを抱えててさ、困ってるんだよ。
  そういう巨大でどうしようもないものをどうにかしてくれるのが、魔法少女なんだと思う」

そうやって話をするうちに、今まで悩んでいたことがどうでもいいことのように思えてきた。
いや、実際にはどうでもよくはないのだけれど、どうとでもなるような気がしてきたのだ。
87 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:51:00.08 ID:n/2901HPo
大丈夫。私の歩んできた2年間は間違っていなかったはずだ。
私の描いた希望は、誰かの絶望を照らしていたはずだ。

過ぎたことでくよくよしていても仕方がないのだ。

どうすれば、結衣を深い闇の中から救い出せるのか。
どうすれば、昔みたいに二人で一緒にいられるのか。

今、一番大切なのは、これから何をすべきかなのだ。

本当は魔法少女なんていない。私がどうにかするしかないんだ。
88 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:51:55.02 ID:n/2901HPo

――かわいそうなことに、彼女はもう、こどもを産むことはできないかもしれない。

女医はそう言った。

もし結衣が本当に子供を産むことができないのなら、もはや結衣を縛っているものはなくなる?

いや、これはそう単純な問題ではないのだ。
結衣はまだ出産能力を完全に失ったわけではないのかもしれない。
それに、卵子さえあれば代理出産という手もある。卵巣はまだ生きているはずだ。

確か代理出産は今のところ法律では規制されていないものの、認められているわけではない。
そもそも代理出産だと、生まれてきたこどもは、法律上、結衣のものではなく代理母のものになる……はずだ。
そこから、養子縁組をして、こどもとして迎える。確かそういうふうになっていたと思う。
89 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:52:27.77 ID:n/2901HPo

――唯一の子であり女性である私は、正統な跡取りを産むという使命を帯びていました。

結衣の手紙にはそうあった。

どこからが正統な跡取りなのだろう。
先祖から代々受け継いできた血脈とか言ってた気もする。
血が繋がってさえいればいいのだろうか。養子ではだめなのだろうか。
庶民の私にはそこのところがよくわからない。
90 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:52:54.65 ID:n/2901HPo
「あの、歳納さん、大丈夫ですか。急に黙りこんで……」

佐藤さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

「――あ、ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してた」

取り繕うようにして時計を見た。もうそろそろ13時だった。
こんなに長い時間、おしゃべりしていたのか。全然、気付かなかった。
私は残っていたコーヒーを一気に飲み干した。

「ごめん、ちょっとこれから用事があるからさ、そろそろお開きということで」

「――あ、あの!」

佐藤さんは私の目を見たまま静止した。なにか言いたげな顔をしている。
私は辛抱強く待った。彼女にはよくあることなのだ。
91 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:53:25.27 ID:n/2901HPo
「あの、私、歳納さんに……」

沈黙。わずかに漂うコーヒーの香り。
下の方で静かに燻っているような、心地よい話し声。

「なに? 佐藤さん」

「いや、やっぱりなんでもないです」

「すっごい気になるんだけど……」

「いや、いいんです。行ってください。今日はたくさんお話ができて楽しかったです。
  あと、原稿は確かにお預かりしましたので、確実に会社の方に届けておきます」

「そう、ならいいんだけどさ。私も今日は楽しかったです。
  次の話のアイデアがまとまったら連絡しますんで。じゃ、よいお年を。またお話しましょう」

「はい、よいお年を」、佐藤さんは小さく手を振った。
92 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2011/12/31(土) 19:54:15.21 ID:n/2901HPo
マフラーも巻かずに外に出た。冷たい風が吹いている。空には厚い雲が垂れこめている。
スーツケースを引きずっている人がちらほらいる。赤信号で止められた車が列を作っている。

そういえば佐藤さんの大事な話ってなんだったんだろうと、私は今になって思った。
いつも通り、ネームを渡しておしゃべりをしただけで終わってしまったような気がする。

――私は歳納さんと一緒に二人で漫画を作りたいんです!

たぶん、佐藤さんは連載が終わった私を励まそうとしてくれたのだろう。
これからも一緒に頑張りましょう。一人で考えこまないで、編集の私にも頼ってください。
私がそうして欲しいんですと。そう言いたかったのだ。たぶんそうだと思う。

「ありがとう」

私は寒さに肩をすぼめ、なんとなく街の様子を眺めて、そこではじめて気付いた。
今の今まで忘れていた。どうしてこんな重要なことに気付かなかったのだろう。

今日はクリスマスイヴだった。
93 : ◆n/6H/EmH/Y [sage]:2011/12/31(土) 19:55:52.92 ID:n/2901HPo
今日はここまで。
本当はクリスマスイブにはここまで来てるはずのスケジュールだったんだ……。

では、よいお年を。
94 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 20:15:38.67 ID:+skV00uHo
おつかれ(`・ω・´)
来年も楽しみにしてる
95 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 20:22:35.54 ID:r3//0Ggxo
乙です!
2012もがんばってねー
96 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 00:21:16.14 ID:Tn6aGOuBo

そして期待してます
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/07(土) 00:33:09.70 ID:pTqJueKYo
ワクワク
98 : ◆n/6H/EmH/Y [sage]:2012/01/09(月) 15:39:23.23 ID:zBo+LYfzo
ほんとすみませんでした。ちょっと詰まってた。

続けます。
99 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:40:19.36 ID:zBo+LYfzo

  * * *

私は結衣の病室には行かずに、病院の敷地内にあるベンチに座っていた。
空にはどこまでも厚い雲が垂れこめていて、今にも雨が降り出しそうだった。
いや、これだけ寒いと、もしかしたら雪になるかもしれない。

ちょっと前まで私の中にあった意気込みは、冬の空気に溶けて消えてしまった。
あの時はどうとでもなるような気がしていたのに、一人になった途端、すぐにこうだ。

もう魔法少女でも何でもいいから助けてほしかった。
今なら脛に毛を生やしたおっさんが、魔法のステッキを持って魔法少女服を着て、

「私は魔法少女。あなたを助けてあげる」

とか言いいながらタバコくさい息をまき散らしていても、簡単に信じてしまえるような気がした。
100 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:41:22.81 ID:zBo+LYfzo
自動販売機で買った缶コーヒーであたたまりながら、私は四年前のことを思い出していた。
今頃になってこんなことを思い出しているのも、きっと佐藤さんとあんな話をしてしまったせいだ。

私は別のことを考えようと、周りにあるものを眺めた。

鳩の大群が、餌もないのにひとところに集まっている。
うすい青色の服を着た掃除のおばちゃんが、落ち葉をかき集めている。
向かいのベンチで頭の禿げかけたおじさんが座りながら新聞を読んでいる。
そのおじさんは新聞を雑にたたむと、胸ポケットからタバコの箱を取り出した。
慣れた動作で一本だけ抜き取り、それをくわえて、ジッポのライターで火をつけた。

――火。

私は火を見るといつもあの日のことを思い出してしまう。
どれだけ抵抗しようとも、無理やりあの日へと引きずり込まれてしまう。

それは私が結衣と喧嘩をして、部屋を飛び出した日のこと。

私の目の前から結衣が消えてしまった日の記憶。
101 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:42:27.16 ID:zBo+LYfzo
あの日、結衣の部屋を飛び出してから、私は自宅に向かってしばらく走った。
途中にあった自販機でホットの缶おしるこを買い、公園に入ってベンチに座った。
ちょうど今こうしているように、一人でぽつんと座っていた。

そこは子供の頃よく遊んだ公園だった。
顔を上げると、数人の男の子が元気そうに走りまわっていた。
それを見て、私はかくれんぼをしたりおままごとをしたことを思い出した。

その日はとても寒かった。冷たい風が葉の少ない木を揺らしていた。
それでも私は、きっと結衣が追いかけてきてくれると思って、辛抱強く待っていた。

もうすっかり日が沈み、私の手は限界までかじかんでいた。
身体は芯から冷え切っていた。あれだけあたたかかったおしるこもすっかり冷えてしまっていた。

今からでもおしるこを飲んでしまおうとプルタブに指を引っ掛けた時、電話が鳴った。

結衣からの電話かと期待したが、違った。親からだった。
大事な話があるからすぐに帰って来なさいとのことだった。
私は未開封のおしるこをベンチに置いて、立ち上がった。
102 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:43:01.61 ID:zBo+LYfzo
私が暗い気持ちで家に帰ると、親が怖い顔をして待っていた。

「どうしてよりによって船見さんのところと」、父はそう言った。

船見さんのところなんて関係ない、私は結衣だから好きなんだ。
だったら他の人とならよかったんだろうか、と私は思った。
それが、その例の「船見さんのところ」の結衣じゃなかったら、許されたとでもいうんだろうか。

私たちは何時間にもわたって口論をした。泣き叫んで、汚い言葉をあびせた。
いくら時間をかけても決着はつかなかった。どこまで言い合っても話は平行線だった。

それから、私はその日の夜を自分の部屋に閉じこもって過ごした。
お母さんとお父さんがこんなに物分りの悪い人たちだったなんて、と私は思った。
私はその時はじめて自分の生みの親のことを心の底から憎んだ。
103 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:43:54.52 ID:zBo+LYfzo
もはや涙は乾いていた。

私には結衣がいる。結衣だけは私のことを受け入れてくれる。そう考えると心強かった。
その時はまだ結衣がいなくなったということを、私は知らなかったのだ。

私は思った。他人に理解してもらえないのなら別にそれでいい。
私と結衣の二人だけでやっていけばいい。そうだ、駆け落ちでもなんでもすれば――、

駆け落ち。その単語を思い浮かべた途端、急に私の上に現実が重くのしかかってきた。

私は部屋の隅の方で膝を抱えながら、部屋の中を見渡した。
そこにはベッドがあった。机があった。本棚があって、テレビがあった。洋服もたくさんあった。
それらはすべて私のものだった。しかし、それと同時に私のものではなかった。
それらはすべて私が親から買い与えられたものだった。

私はそういった自分のものではないものを見ているうちに、だんだんと深い虚無感に支配されていった。
私の目の前には、どうしようもないものが、どうしようもなく立ちはだかっていた。
104 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:44:28.76 ID:zBo+LYfzo
その巨大なものを目の前にして、私は再び涙を流した。
胸がいっぱいになって、苦しくなって、どうしようもなくなってしまった。
涙がフローリングの上にぽたぽたと落ちて、小さな水たまりをつくった。

私は結衣に電話をしようと思った。とにかく結衣と話をしたかった。
喧嘩したことについて、ひどいことを言ったことについて謝ろうと思った。
それで一晩中語り明かすのだ。そうでもしないとこの巨大な無力感に押しつぶされてしまいそうだった。

しかし、結衣は電話に出なかった。

もう何も見たくなかった。私は布団をかぶってむりやり視界を塞いだ。
しかし、こうやって身につけている衣服もこうやってかぶっている布団も、私のものではなかった。
それでもその時の私はそうするしかなかったのだ。
105 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:45:27.44 ID:zBo+LYfzo
夜が明けて、朝がやってきた。

私は学校に行く準備をした。制服に着替えて、カバンの中身を入れ替えた。
下に降りて、顔を洗い、歯を磨いた。テーブルの上に朝ごはんが用意されていたけれど無視した。
結衣にメールを送って、昨日と同じように、あの公園のあのベンチに座って待った。
いつもは私の家の前で待ち合わせるのだけど、その時の私はなるべく自宅から離れた場所にいたかったのだ。

昨日置いていったおしるこの缶は、まだそこにあった。
私はそのおしるこの缶と一緒に、結衣とどういう話をしようかとか、
どういう風に謝ろうかということを考えながら、遅刻しないギリギリまで待った。

しかし、結衣はいつまでたっても来なかった。

仕方なしに、一人で学校に行った。チャイムが鳴るのと同時に教室に滑りこんだ。
結衣の席にはだれも座っていなかった。担任の先生が私に何か言っている。
私は先生に生返事をして、自分の席に座った。

そして、私は現実をつきつけられた。

結衣が転校したという動かしようのない現実だ。
106 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:46:13.30 ID:zBo+LYfzo
それを聞いて、私は目の前が真っ暗になってしまった。
その日をどういうふうに過ごしたのか、私は完全には覚えていない。
断片的な記憶だけが私の中に残っている。

私は結衣の実家の前にいる。
チャイムを鳴らすと結衣のお母さんが出た。私はとにかく話がしたいと言った。
しかし「それはできない」と言われ、そこで会話は断ち切られてしまった。

私は歩きながら結衣に電話をしている。しかし、電話には誰も出ない。

そして、気が付くと私は自分の部屋にいて、ライターを握りしめている。
コンビニで買った一〇〇円ライターだ。夏に花火をする時に使った。それをぎゅっと握り締めている。

ベッドからシーツを引っ張り出して、ライターで火をつけた。
最初は小さかったそれも徐々に大きくなり、電気もついていない私の部屋を明るく照らした。

私は火のついたシーツをベッドに放り投げた。
107 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:47:33.61 ID:zBo+LYfzo
火はどんどんと大きくなり、カーテンに燃え移り、しまいにはあらゆるものを飲み込んでいった。
ベッドと机、本棚とテレビ、たくさんの洋服。カバンや筆記用具。描きかけの漫画も画材も、なにもかも燃えていった。

――燃えるものは燃えるべくして燃える。

写真がいくつか落ちている。

そのうちの一枚には私と結衣が写っている。
確か、高校生になってから娯楽部メンバーで旅行に行った時のもので、
私がふざけて結衣に抱きついているだけの何でもない写真だ。

もう一枚は結衣が料理をしている写真だ。
高校の制服の上にエプロンをして、汁物の味見をしている。

娯楽部全員で写っているものもあった。
私と結衣が中央に並んで立っていて、結衣にはちなつちゃんが、私にはあかりが抱きついている。
確か中学の卒業式に撮ったものだった。その証拠に私と結衣の制服には胸花がついている。

そういった写真たちも、平等に、溶けるように燃えていった。そこに垣根はなかった。

私は扉の前に立ちながら、そういった細々としたものが燃えていく様子を見つめている。
108 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:49:46.49 ID:zBo+LYfzo
これが私が持っているあの日の記憶の全てだ。

その後、気付いたら私は病院のベッドの上にいた。
お母さんは泣いていた。お父さんはもはや怒っておらず、涙ぐんでさえいた。お父さんの涙なんて初めて見た。
しかし、私は泣かなかった。いくら頑張っても涙なんて出なかった。

きっと、あの炎は私の涙までもを燃やし尽くして、最後の一滴まで蒸発させてしまったのだと思う。

私はただ一言「ごめん」とだけ言った。

もう私たち家族はその土地では生きていけなかった。そして――、

――急に強い風が吹いた。すべてを剥き出しにするような、とても冷たい風だった。

私はすっかり冷めてしまった缶コーヒーを手に立ち上がった。

さっきまで向かいのベンチに座っていた禿げかけのおじさんはもういなくなっていた。
そこには新聞紙だけが残されていて、風にバサバサとはためいている。
清掃係のおばさんがそれに気付いてゴミ袋の中に放り入れた。

私はそれを見て急に缶のおしるこのことを強く思い出した。
あの日あの公園のあのベンチに置き去りになっている、冷え切った缶のおしるこのことだ。
きっと、あのおしるこはまだあの場所にぽつんと置いてあって、今でも何かを待ち続けているのだろう。
私は根拠もなくそう思った。
109 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/09(月) 15:51:04.22 ID:zBo+LYfzo
今日はここまで。

遅筆でごめんね。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/09(月) 17:50:16.63 ID:SbD1AEYUo
乙!
>>1の文は素敵だ…
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/09(月) 22:47:58.33 ID:Qj1KljRDo
おーつ
楽しみにしてる
112 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:23:35.89 ID:cNisig69o

  * * *

もう結衣の病室に行きたい気分ではなかったけれど、そういう訳にもいかなかった。
あかりと約束をしてしまったし、今日はちなつちゃんも来ると言っていたから。

それに何よりも結衣が私のことを待っているはずだった。
結衣はきっと待ってる。たとえそうじゃないとしても、私はそう思い込むことにした。

面会謝絶は解除されていなかったけれど、受付で名前を言うとすぐに面会者用バッヂを渡された。
昨日案内された通り、エレベーターで八階までのぼる。その階の一番奥の部屋、そこに結衣はいる。

ドアノブに手を掛け扉を開けようとしたところで、指先が細かく震えていることに気がついた。
私は手を離して、胸に手を当てた。大きく深呼吸をする。一回、二回、三回。
充分に落ち着いたところでゆっくりと扉を開けた。

りんごの甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった。
ちなつちゃんが私に背を向けるようにして椅子に座っているのが見える。

私は静かにドアを閉めた。
113 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:24:17.04 ID:cNisig69o
よほど真剣に何かをしているのか、ちなつちゃんはまだ私に気がついていない。

「久しぶり、ちなつちゃん」

私が声をかけると、ちなつちゃんは髪を揺らしながらこっちを向いた。
その頭はもはや、かつて彼女のトレードマークだったツインテールではなくなっていた。
肩までのセミロングヘア―。軽くパーマがかけられている。

それもそうだろう。この歳にもなってあの髪型は心情的に少々きついものがある。
それでもまだミラクるん・ツインが似合いそうではあった。
実際、私と結衣がいなくなるあの日までは、あの髪型を頑として守り続けていたのだ。

ちなつちゃんは立ち上がった。

「お久しぶりです、京子先輩。昨日はすいません。ちょっと仕事があって……」

「いや、仕事なら仕方ないって。別に結衣は逃げないんだからね。
  それにしても、すごい。本当に美容師みたいだ。オーラが出てる」

「ひどいです! 私、本当の美容師なんですから!」

ちなつちゃんはカバンから財布を取り出し、その中からカード状のものを一枚抜き取った。

「これ、私が働いてるお店です。よかったらどうぞ」

私はその薄いペラペラしたカードを受け取った。赤を基調としたシンプルなデザインだ。
裏っ返すと、営業時間と電話番号と住所、それと地図が書かれている。そんなに遠くない。
私のアパートからあかりの家を素通りして、行きつけの服屋の角を曲がればすぐだ。

「ありがとう、今度行くよ」

私はそれを丁寧に財布にしまってから、コートを脱いだ。
マフラーと一緒にハンガーにかけて壁に吊るし、椅子を結衣の近くに引き寄せて座った。
114 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:25:20.52 ID:cNisig69o
「京子ちゃん、おはよ」

「おう、おはよう――ってもう、二時近いけどな」

あかりは昨日と同じように、果物ナイフを使ってりんごの皮を剥いていた。
りんご丸々一個を、皮が途切れないよう慎重に、それでいてなめらかに剥いていく。

それを見て脳が刺激されたのか、私のお腹が「ぐぅ」と大きな音をたてて鳴った。
病室に似つかわしくない音だった。まったくこのお腹ときたら、肝心な時に空気が読めなくて役立たずなんだ。

「京子ちゃん、ごはん食べてないの?」

「うん。そういえば、まだ朝も昼も食べてないや」

本当は昨日の夜から何も食べていないのだけど、それは言わないでおいた。

「もう、ちゃんと食べなきゃだめって言ってるでしょ?」とあかりは呆れ気味に言った。

「今日はいろいろと忙しかったんだよ」

「それいつも言ってる。そんなことばかりしてるといつか身体壊しちょうよ?」

「今日は特別に忙しかったんだって」

あかりは「もう」と言って、まだ剥き切れていないりんごを八等分にした。
余った皮を全て剥いてから、種の部分をくり抜く。ハンカチで手を拭いて、カバンの中から爪楊枝の箱を取り出した。

「ちなつちゃんも食べるよね?」

ちなつちゃんはどこかもの悲しげな表情で私たちのことを見つめていた。
私たちが不思議そうな表情で見返すと、ちなつちゃんははっと元の顔に戻って、

「うん、食べる食べる」と取り繕うように言った。

「ちなつちゃん、大丈夫?」とあかりは言った。

「――うん、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」

あかりは心配そうな表情を浮かべながらも「そっか」と言った。
爪楊枝を三本だけ抜き取り、りんごにぷすりぷすりと刺して、私とちなつちゃんに一つずつ手渡した。
115 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:26:21.83 ID:cNisig69o
私はさっそくりんごを一口かじった。小気味いい音とともに甘い香りが口いっぱいに広がる。

無理もないよな、と私は思った。
だって、結衣がこんなことになってるんだ。私だっていろいろと不安定になってる自覚はある。
でも、私はみんなより年上で先輩なんだから、こういうところでしっかりしてなきゃいけない。

昔の私ならこういう時に適切な言葉がぱっと浮かんだのだろう。
でも、そうするには今の私はいささか一人で過ごしすぎていた。
その場面にぴったりな言葉を、適切な声色で適切なタイミングで発言するっていうのは、なかなかに難しいことなのだ。
そういう能力は日々会話をする中で自然と身につけていくしかないし、使わなければどんどん衰えていく。
脳内でイメージトレーニングをしてるだけじゃ、そううまくはいってくれない。

「結衣のことはさ、あんまり気にしなくていいよ」と私は口をもごもごさせながら言った。

「でも、結衣先輩は――」

「たぶん今の結衣には休息が必要なんだよ。こうやってりんごでも食べながら、
  私たちが楽しそうにおしゃべりでもしてればそのうち目を覚ますって」

「本当にそうなんですかね……」

「うん、大丈夫だよ。結衣はすぐこっちに戻ってくる。ああ見えて、結衣はけっこう寂しがりやなんだ。
  一人でも大丈夫とか強がってるくせに、すぐに一人っきりに耐えられなくなるんだよ」

「そういうことじゃないですよ」

そうちなつちゃんは言って、俯いてしまった。

「――じゃあ、どういうこと?」と私は訊ねた。

しかし、返事は返ってこなかった。ちなつちゃんは俯いて爪楊枝に刺さったりんごを見つめている。
しばらくそのままの状態が続いた。病室内にはエアコンの低い唸り声とりんごを咀嚼する音だけが響いた。
116 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:28:12.54 ID:cNisig69o
こういう時、腫れ物を触らないようにすればいいのか、
もしくはその腫れ物がどういった原因で発生したのかを教えた方がいいのか、どっちなのだろう。
でも、もう話はレールに乗ってしまっていた。腫れ物へと手を伸ばしてしまった。

「ちなつちゃんは、結衣のことあかりから聞いた?」

「はい、一応、昨日あった出来事はだいたい教えてもらいました。
  あかりちゃんが京子先輩の部屋にいったら、結衣先輩からの手紙が郵便受けにささってて、
  それで結衣先輩のお見舞いに来て、精神的な問題とかそういういろいろがあって目を覚まさない」

「いや、それもなんだけどさ、もうちょっと具体的にというか。
  つまり、もっと込み入ったこと。どうしてこうなったのかっていうのは聞いた?」

「聞いてないですけど、そんなの大体わかりますって。
  結衣先輩は京子先輩のことが好きで、京子先輩は結衣先輩のことが好きだってことですよね?
  隠したがっていたようなので言わなかったんですけど、あんなんで隠し通せているとでも思っていたんですか?」

「え、じゃあ、あかりも?」

「私も――うん、知ってたよ」とあかりは首を縦に振った。
117 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:29:02.69 ID:cNisig69o
「だから、京子先輩はわかりやすすぎなんですよ。
  しかも、よく気付くようでいてそういうのにだけは鈍感だから、
  周りの人にバレてないと本気で思い込んでる。いや、気付かない振りなんですかね。
  無意識でやってるのかわかりませんけどね、これってかなり罪なことなんですよ。
  結衣先輩もそういうところありますけど、これ、わかってます?」

「ちなつちゃんは相変わらず手厳しいなあ」

「そうです、私は手厳しいんです」

ちなつちゃんはやけくそっぽくりんごを頬張った。
大きな動きで咀嚼して、ごくりと一回で飲み込んだ。

「大体何なんですか、あの漫画は」

「あ、読んでくれたんだ。どうだった?」

「あれ丸っ切りミラクるんのパクリじゃないですか」

「そうかなぁ」と私は言った。「あかりもそう思う?」

「え、どうかな。わかんないなぁ。あ、でも面白いよね、続きが気になるよ」

「あれさ、言い忘れてたけど、実は打ち切りになったんだよ」

「うそぉ!?」

「だからもう続きはないんだ」

「残念……」とあかりは本当に残念そうに言った。
118 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:29:56.81 ID:cNisig69o
「私に言わせてみればですね、あんなの打ち切りになって当然ですよ。
  だめだめです。第一、少女漫画なのに、全然ロマンチックじゃないんですもん」

「ちなつちゃんはよく分かってる。その通り。あんなのだめだめなんだよ」

「そうかなぁ。おもしろいと思うけど。夢があって、私は好きだな」とあかりは言った。

「そう言ってもらえるなら、少しは描いた甲斐があったよ」

「――白雪姫ってあるじゃないですか」

ちなつちゃんは急に話題をかえた。あまりも突然だったから、あやうく爪楊枝を落っことすところだった。
きわどい変化球をやっとの思いで受け続けていたら、急にバックスクリーンに向かって全力投球されたみたいな、それくらい唐突だった。

ちなつちゃんは爪楊枝を持った手で、机の上を指差した。そこには暗赤色のりんごが三つばかり置いてある。
私はその隣に小さな花瓶が置かれていることに今更気がついた。二、三本束になった白いユーフォルビア。
誰だか知らないけれど、お見舞いにこの花を持ってくるなんてめずらしいな、と私は思った。
119 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:31:35.06 ID:cNisig69o
「うん、毒りんごのやつ」と私はだいぶ遅れて言った。

「そうです。私、アニメの白雪姫が好きで、童話の方も読んでみたんですよ。
  どんな素敵な話なんだろうと思って。でも、全然ロマンティックじゃなかったんです」

「それは、グリム童話だからね」

「私、そっちの方は読んだことないなぁ」とあかりが言った。

「大筋は大体一緒だよ。ただ、白雪姫が生き返るところとオチだけが違うんだ」

私はうろ覚えだったのでそれ以上説明する気はなかった。
しかし、あかりが果物ナイフを置いて完全に聞く態勢に入ってしまった上に、
ちなつちゃんも何も言う気がなさそうだったので、仕方なしに話を続けた。

「――ええっと、王子様は白雪姫の入ったお棺を小人たちから譲ってもらって城まで運ぼうとするんだけど、
  その途中で家来が、木の根っこだっけな、とりあえず何かにつまずいてお棺を落としちゃうんだ。
  白雪姫はその衝撃で喉につっかえた毒りんごが取れて見事に息を吹き返す。キスじゃなくてね」

「そうなんだ」

「うん。それでそのあと、悪い女王様は殺されてしまう。燃やされるんだっけな?
  いや、違う。鉄の靴だった。火で焼いて熱々にした鉄製の靴をむりやり履かせるんだ。真っ赤になるまで熱されたやつをだよ。
  そうして、悪い女王様は倒れて死ぬまで踊り続けましたとさ、めでたしめでたしって感じ」
120 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:33:25.64 ID:cNisig69o
「それは確かにロマンチックじゃないね」とあかりは少し顔をしかめて言った。

「そうなんだよあかりちゃん! お姫様はキスで目覚めるべきなんだって思うよね!?」

「う、うん。そうかも」

「つまり、私が京子先輩の漫画に対して抱く感情は、そういうことです。
  確かに夢はあるんです。なんといっても、主人公が魔法少女ですから。
  だけど、それにしては寓話的でどこか説教臭くて、読んでて辟易するんです。
  明るいようでいてどこか暗い。子供のようでいて大人っぽいんです。
  そういうところにあざとさを感じて、読んでて疲れるんですよ」

「ちなつちゃんは物を見る目があるよ。確かにその通りだと思う」

「ちなつちゃん、ちょっと言い過ぎじゃ……」

「いや、いいんだよ、全然。こういう風に熱烈に批判されるのも、
  褒められるのと同じくらい作者にとっては嬉しいことなんだ。本当の話」

「――京子先輩は、本当にこのままでいいんですか?」

さっきから話題が目まぐるしく変わって、まるで流れが掴めない。
私はちなつちゃんの目を真っ直ぐに見た。その眼にはある種の決意が滲んでいる。
それに似た眼を最近どこかで見たような気がするのだけど、なかなか思い出せなかった。
121 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:34:17.89 ID:cNisig69o
「このままって?」

「このまま――このまま結衣先輩をほったらかしておいていいんですか?
  確かに、いつかは目を覚ますんだと思います。今の結衣先輩には休息が必要なんだと思います。
  でも、家来がつまづいて目を覚ますのと、王子様のキスで目を覚ますのとでは、
  どちらを取っても結末が同じになるとでも、本気で思っているんですか?」

「ちなつちゃんは話が上手くなったね。弁護士になれるんじゃないかな」

「話を逸らさないでください!」とちなつちゃんは叫んだ。

あかりは突然のことにおろおろしながら言った。

「あ、あのね、ちなつちゃん。京子ちゃんは――」

「――あかりちゃんは黙ってて!」

しばらく沈黙が流れた。息が詰まりそうになるような、気まずい種類の沈黙だ。
この狭っ苦しい病室の中では、りんごの甘い香りだけが唯一の救いだった。
122 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:35:02.21 ID:cNisig69o
「それはさ、今この場で、私が結衣にキスをしろということ?」

声が詰まって、なかなかうまく発声が出来なかった。

「そういうことじゃないです。でも、物語は正しく終わらせなくちゃいけないんです」

「正しくってどうやって? 何が正しいのかもわからないのに?
  ロマンチックでさえあればいいの? 愛さえあればなんでも解決できると思ってるの?」

「どっちが正しいとは言いません。愛さえあればいいなんてことも、もしかしたらないのかもしれません。
  王子様のキスも、正しい選択じゃなかったのかもしれません。でも――」

「でも?」

「でも、私は想いの強さを信じます。想うということの強さです。
  きっと、どんな想いも伝わるんですよ。それが正しいかどうか決めるのは、受け取った側なんです。
  だから、ちゃんと受け止めてあげなきゃいけないんです。受け止めて、返してあげなきゃいけないんです。
  それから逃げちゃいけないんですよ」

「じゃあ、もしそれが絶対に間違っていると最初からわかっていたら、どうすればいいのさ。
  そこに伝える意味があると思う? あえて受け止める必要が本当にあるのかな?」

「それは――」

ちなつちゃんは言い淀んだ。

結局、どうしようもないんだよ。どうしようもないことは、
どうあがいてもどうしようもないからこそ、どうしようもないんだ。
123 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:37:40.73 ID:cNisig69o
「それは――たとえその想いが間違っていたとしても、伝えなきゃいけないんです。
  それは伝えるべきことなんです。そうです、伝えるべきだったんですよ」

「絶対に間違ってるのに? 自分のものにならないってわかってるのに?
  どうせまたどっか行っちゃうかもしれないんだよ。あまりにもちっぽけなんだよ。
  だったら――お互い傷付くくらいだったら、最初から、言わない方がいいんだって」

「そんなの違います!」

ちなつちゃんは再び声を荒らげた。

「他人なんて関係ないです! 関係ない外野なんて気にしなくていいんです!
  正しいかどうかを伝える側が決めるなんて、そんなの自分を騙してるだけです! 単なる甘えです!」

ちなつちゃんの眼には涙が滲んでいた。
肩を怒らせて、限界まで握りしめた拳は小さく震えている。

「だって、そうじゃなきゃこんなのやってられないですよ……。
  こんなの、そうとでも思わないとやっていけるわけないじゃないですか!」

「ちょっと、ちなつちゃん、落ち着いて。ここ病院だから、静かにしないと。
  結衣ちゃんが起き――いや、結衣ちゃんは起きた方がいいんだけど。ええっと……」

「――あかりちゃんは本当にそれでいいの!?」

「えっ、わ、わたし?」

「そうだよ……」

ちなつちゃんは消え入りそうな声でそう言った。

あかりは突然話の矛先を向けられて、困惑した表情で視線を右往左往させている。
124 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:42:09.11 ID:cNisig69o
「わ、わたしは……」

あっちこっちに動き回っていたあかりの視線が、ほんのちょっとの間、私の視線と交錯した。
いや、もしかしたら、私のすぐ近くには結衣がいたから本当はそっちの方を見たのかもしれない。
私はそれがどちらなのかを見極めようとしたのだけれど、そうしようと思ったときには、
既にわからなくなくなってしまっていた。その前にあかりが目を逸らしてしまっていたから。

あかりはちなつちゃんに視線を戻して何かを言おうとした。

そして、私はあかりにつられて、ちなつちゃんに視線を移して――気が付いた。

ちなつちゃんは泣いていた。
堪え切れなくなった涙が、ほろりほろりと流れ落ちていく。
下唇を噛みしめてこれ以上涙を流すまいとしている姿が痛々しかった。

「私、もう帰りますね」

その微かに震えるか細い声は、無性格だった病室の静寂に悲愴な響きを与えた。
125 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:44:06.93 ID:cNisig69o
私は何も言えなかった。
いや、その時は何も言うべきではなかったんだ。私は奇しくも正解を選ぶことができた。
私は情けないことに、この状況をもたらした自分の不甲斐なさによって助けられたのだ。

ちなつちゃんは服の袖で涙をごしごしと拭った。
カバンとコートを抱えて私の脇を早足で通りすぎ、ドアノブに手を掛けた。

「待ってちなつちゃん!」

あかりはそう叫んで立ち上がった。膝の上に乗っかっていたケータイが落ちて、
くるくる回りながら床を滑り、私の足に当たって止まった。

ちなつちゃんはドアノブに手を置いたまま、立ち止まった。
そして、心の底からやっとの思いで搾り出したかのような声で言った。

「京子先輩、私、あなたのことが嫌いだったんです。
  そうやって大事なことに向き合わないでいつも逃げまわってるだけのくせに、
  いつもいつもいいとこだけ持って行って……そんなあなたがだいっきらいだったんですよ」

そうして勢い良くドアを開けると、そのまま走って行ってしまった。

あかりはゆっくりと閉まりつつあった扉に駆け寄って、外を覗き見た。
もう一度声を張ってちなつちゃんの名前を呼んだが、二度は立ち止まってくれなかった。
リノリウムの廊下を駆けていく音がだんだんと遠ざかっていく。
126 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:54:52.36 ID:cNisig69o
私は足元に落ちているあかりのケータイを拾った。

「ちなつちゃんに嫌われちゃったな……」と私は言った。

「ちなつちゃんは本当はあんなこと思ってないよ」

「いやさ、本当に、嫌われて当然なんだよ、私は」

これほど泣きたいと思ったことは後にも先にもないと思う。
でも、泣きたいと思ったからって、おいそれと涙が出てきてくれるほど簡単な問題でもない。
まったく、私は眼球をほじくり出して自分の眼がどうなってるのか調べたくなった。

あかりはかぶりを振った。

「ううん、本当はちなつちゃんは京子ちゃんのことが大好きなんだよ」

「――うん、そうだといいな」

「だから、嫌いにならないであげてね?」

「嫌いになんてならないよ。今も昔も、どんなことがあっても、私はちなつちゃんのことが大好きなんだから」

私は引きつった笑いを浮かべながらそう言った。相当無理のある笑い方だったと思う。

「そうだね」と言ってあかりは微笑んだ。

こういう時にあかりが笑ってくれるとすごく安心する。私は持っていたケータイをあかりに返した。
127 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:56:20.88 ID:cNisig69o
あかりはケータイを握りしめたまま、暫くの間、真剣な顔でそれを見つめていた。
エアコンが吐き出す温風に運ばれて、りんごの香りが微かに漂ってくる。

「じゃあ私行くね。ちなつちゃん、心配だから」

「うん」

あかりはカバンとコートを引っ掴むと、駆け足で行ってしまった。

私はその小さな後姿に「ちなつちゃんを頼んだよ」とささやくように声をかけた。
そして、病室の白い天井を見上げて、その言葉が病室の静寂の中に溶けこんでいくまで待った。

「想い、か……」

私は一人つぶやいた。

――きっと、どんな想いも伝わるんですよ。

羨ましいなあと私は思った。
ちなつちゃんはいつだって純粋で、ひたむきで、他人思いでさ。
私なんてこんなに淀んでて、自分のことだけで精一杯なのに。

なんにせよ、かわいい後輩にあそこまで言わせてしまったからには、覚悟を決めなきゃいけない。
たとえ、私がこうすることをちなつちゃんが意図していなかったとしても。

いつまでも逃げ回っているわけにはいかないんだ。
128 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:56:54.68 ID:cNisig69o
私は結衣が寝ているベッドに腰掛けた。必然的に結衣に背を向ける形になる。
窓からは空が見える。さっきまであんなに曇っていたのに、わずかに晴れ間が覗いていた。

私は結衣の筋張った手に、自分の手をそっと重ねた。

ねえ、既に間違った道を歩んでしまっていたら、どうすればいいんだろう。
この想いを受け取ってくれる人が目の前から消えてしまったらどうすればいいのかな。

そうやって行き場の失った「想い」が一体どこに行くのかわかる?

「想い」っていうのはさ、月日とともに簡単に磨り減っていくものなんだ。
愛に勝るものなんかこの世に存在しないなんて、そんなのまやかしなんだよ。

でもね、せめて今くらいは、それを信じたいと思うんだ。

今はなんだかそういう気分なんだ。何かを話したい、そんな気分。
だって、みんな言いたいことだけ言って、私には何にも言わせてくれないんだもの。
まあ、私が言おうとしなかっていうのもあるんだけどさ、それにしてもみんな身勝手すぎるよ。

だから、たとえ結衣が聞いていなかったとしても、私は伝えるよ。
今まで黙ってきたんだから、それくらい許してくれたっていいじゃないか。

これが本当に結衣の「想い」に対する返事になるのかはわからない。
私の口から出てくるものが本当に「想い」になってくれるのかもわからないけど、
でもさ、やるだけやってみるから、ちなつちゃんが今どこにいるのかわからないけど、
だからどうか、せめてそろそろ泣きやんでいてくれればいいな。
だって、ちなつちゃんは元気に笑ってる方が断然かわいいんだからさ。
129 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/18(水) 15:59:04.39 ID:cNisig69o
ちょっと詰まってて時間がかかってしまった。

ここまでだとあれなんで、できたらあとでもう一回あげますね。

では。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/18(水) 16:40:45.59 ID:h8YjhwHjo
待ってるからな!
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/18(水) 16:41:18.75 ID:h8YjhwHjo
前から思ってたけど名前欄の不明なソフトバンクってなんだよ?(;´・ω・)
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/18(水) 19:06:41.83 ID:Od6gxSYQo
待ってます!
133 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/01/19(木) 07:24:48.17 ID:o7DYNRDco
ごめん、百合姫読んでたら寝落ちしてた……。

今から投下します。
134 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/19(木) 07:26:02.32 ID:o7DYNRDco

  * * *

ねえ結衣、私の声、聞こえる?

まあ、聞こえてなくても話すんだけどさ。これを言わなきゃいけない気がしたんだよ。
いわゆる気分の問題ってやつ。セオリーだよ。とにかくさ、聞こえてるってことにして話すね。

まあ、話すって言っても本当にただの話だよ。想いとかそんな大それたものじゃないからさ、
そうやって、ベッドに寝っ転がって眼をつむって聞いてればいいんだよ。本当にその程度の話なんだから。

――ねえ結衣、私、ちなつちゃんを泣かしちゃったよ。

ちなつちゃんを見てると昔の自分を思い出すようで、だんだんとイライラしてきてさ、
どうしても最後までは大人になりきれなかったんだ。先輩なのに不甲斐ないなよな、私って。

今もちなつちゃんと同じように思ってるかっていうと、うーん、それはどうかな、わかんないや。
私はあまりにも磨り減ってしまったから。それに辺りが薄暗くってさ、なかなか読み取れないんだよ。
135 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/19(木) 07:26:39.30 ID:o7DYNRDco
でもね、ちなつちゃんが言ってたことはある意味では正しいんだと思うよ。
それは確かだよ。たとえ間違ってても、自分が想ってることは言った方がいいんだ、絶対。
自分の気持ちを抑えこんで、それで偽りの安寧を得たところで、そんなの自分を騙してるだけでいつかは綻びが出てくる。
そんなのみんなわかってるんだ。わかってるんだよ。心の奥底ではね。

でもね、そんなこと簡単に出来るわけないんだって。

それができて、否定されて、簡単に立ち直れるんなら誰も苦労はしないんだよ。

ねえ結衣、私が告白した時のこと、覚えてるよね?

勇気があると思う? 否定される覚悟が本当にあったと思う?

それがさ、全然違うんだよ。完膚なきまでに間違ってるんだ。
どれくらい違うかっていうと、真冬に桜が咲いてしまうくらい間違ってるんだな、これが。

私はね、結衣は私のことが好きだっていうことを知ってたから、告白できたんだよ。
結衣は絶対に拒否しないってわかってたから、好きだなんて言えたんだよ。

そうじゃなかったら、そんなこと言えるわけないよ。
だって、それで嫌いだなんて言われたら、どうすればいいのかわからないじゃんか。

私は極めつけの臆病者なんだ。ずるいんだよ。
136 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/19(木) 07:27:39.24 ID:o7DYNRDco
今回のこともそうだよ。

私はきっとあの手紙がなかったら、結衣に会おうなんて思わなかったかもしれない。

あの手紙読んだけどさ、あそこに書いてあったことといえば「愛してる」って言葉ぐらいだったよ。
まったく、そういうのって結衣っぽくないよ。結衣は遺書のつもりで書いたんだろうけど、
あんなの「遺書」じゃなくて「ラブレター」だって。愛してるなら口で直接言ってよね。
告白した時なんて、結衣がなかなか言ってくれないから、私からしたっていうのにさ。

私もね、本当は結衣はもう私のことなんか好きじゃないんじゃないかって不安だったんだ。

結衣ったらなかなか私を見つけてくれないしさ、私がいくら探しても見つからないんだ。

つまり、愛があればどうとでもなると思ってたんだよ。
私と結衣はどんなことがあっても離れ離れになることなんてなくってさ、
愛に勝るものなんかこの世にはなくて、それがこの世の真理のように思っていたんだよ。

赤い糸を手繰っていきさえすれば、すぐに見つかると思ってたんだ。

でも、そうしてるうちになんだか怖くなってきちゃってさ。
この糸の先に結衣がいなかったらどうしようと思って、探すのをやめちゃったんだ。

それがあまりにも長く遠くの方まで伸びてるもんだから、
もしどこかで断ち切られてしまっていたらどうしようと思うと、怖くて。
137 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/19(木) 07:28:23.76 ID:o7DYNRDco
それでね、私は待つことにしたんだ。できるだけ結衣が見つけやすいような形でさ。
だから大学をやめて、多少の無茶をしてでも、すぐに漫画家になろうなんて思ったんだよ。
情けないことに、私ができることと言ったら漫画を描くことくらいだからね。

私はさ、読者を差し置いて、ほとんど結衣のためだけに描いてたんだ。
こうやって、私が経験したり考えたことを漫画っていう一つの形にすれば、
きっとどこかで私のことを考えてくれている結衣にね、届いてくれると思ってたんだ。

そして、結衣がいつか私を見つけてくれて、それでまた二人で一緒に同じ道を歩んでいくなんていうさ、
そんなロマンチックで幻想的で、どこまでも他人任せで、非現実的な夢を見ていたんだ。

まったく、いつの時代の人間なんだよって話だよ。
自分で言うのもなんだけど、奥ゆかしすぎるんだって。私も結衣も。
これはね、漫画を描いたり手紙を書いたりすれば伝わるような、単純な問題じゃないんだよ。

私たちって幼馴染だから、なんとなく、お互いのこと何でもわかっていなきゃいけない
っていう強迫観念があってさ、もしかしたらそういうのもいけなかったのかもしれないね。
まあ、結衣がそう思っていたかどうかはわからないけど、私はそう感じてたんだ。
たぶん、結衣のことを世界で一番わかっていたかったんだよ。直接聞かなくてもわかるくらいにさ。
そんなこと無理だってわかってるのにね。
138 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/19(木) 07:29:05.20 ID:o7DYNRDco
きっと、きっとだよ。あの時、私が告白した時、私たちは裏道に入り込んじゃったんだ。

初めて来る場所なのに、入り組んだ迷路のようなところに迷い込んだんだ。
そこには標識も何もない。どっちが北なのかもわからない。道を聞こうにも誰もいない。
運よく誰かを見かけたとしても、霞むくらい遠くの方にいるから声なんて届かないんだ。
そんなところをたったの二人で歩くわけだよ。

でもさ、今更その道を戻って、別の道を選ぶわけにもいかないんだよ。

しかも、隣に結衣がいるもんだから、それが正しい道だと思い込んじゃったんだ。
いや、もしかしたら正しいのかもしれないけど、間違ってる可能性だってある。
でもね、好きな人が隣にいてくれさえすれば、それが正しいものだと思い込めちゃうもんなんだよ。
それは仕方のないことなんだ。本当にどうしようもなく仕方のないことなんだって。私はそう思う。

それでね、ある日、決心するんだ。
行き着くところまで行ってやろうじゃないかって。このまま二人で、手でも繋いでさ。
たとえ終着点が断崖絶壁で、それ以上道が続いていなかったとしても、それはそれでいいんだって。
そう決心するわけだよ。そういう眼をするわけだ。

でもね、それは二人だからできることなんだよ。
そんなどこだかもわからないような場所に一人で取り残されたら、
そんな決心は毛ほどの役にも立たないんだ。
139 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/19(木) 07:30:20.03 ID:o7DYNRDco
あのあとさ、結衣がいなくなってからだよ、私が何をしたか知ってる?

自分の部屋に火をつけたんだ。まったく、笑っちゃうよね。
そんなことしても何の解決にもならないのに。何もかも燃やしてしまえば、まっさらになるとでも思ってたんだ。
あとには燃えかすだけが残って、結衣との思い出も、私の心も、何もかも消えてなくなってくれると思ってたんだよ。

でも、その時に燃えたものなんてたかが知れてる。
あの場所にはまだ、私が住んでいたのと同じ家が建ってるんだ。笑えるだろ?
結衣の実家みたいに古めかしい木造建築じゃないから、そこまで激しく燃えてくれないんだ。

なんというか、つまり、本当に大事なものは燃えてくれないんだよ。
あの時、燃えて欲しいと本気にしろ冗談にしろ思っていたものは、何一つ燃えてくれなかった。
結衣と撮った写真も、あかりとちなつちゃんの写真も、結衣からもらったプレゼントとかも、
全部燃えちゃったけどさ、だからなんだって言うんだ。

結局ね、簡単には燃えてくれないものこそが、本当に大事なものなんじゃないかな。
だからってもう火はつけないけどさ。まったくどうかしてたんだ、あの時の私は。
140 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/19(木) 07:31:36.78 ID:o7DYNRDco
ねえ結衣、本当のことを言うとね、今でもまだ不安なんだよ。

わかってくれるかな?

つまりね、何が不安かというと、結衣がまだ本当に私のことが好きなのかってこと。

だから、つい昨日までは、もう起きなくていいとさえ思ってたんだよ。
結衣の目が覚めて、またどこかに行ってしまうくらいなら、ずっとこのままでいいと思ってたんだ。

でもね、やっぱりそんなのは嫌なんだと、今ではそう思えるよ。

私としては、その口で好きだって言って欲しいんだ。
愛してるって言ってほしいんだ。ぎゅってしてほしいし、キスもしてほしいんだ。

思えばさ、私、あの日からオナニーもしてないんだよ。そうだよ、今思い出した。
だから欲求不満でさ、こうやって話をしている今も結衣にキスをしたくてしたくてたまらないんだ。
身体が結衣を求めてるんだ。結衣に触って欲しいし、触りたいんだよ。

でもね、こんな状態の結衣にキスをしてもきっと虚しくなるだけだから、我慢してるんだよ。
本当に、本当にしたくてたまらないんだけど、すんでのところでこらえてるんだよ。
141 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/19(木) 07:32:17.27 ID:o7DYNRDco
確かにさ、あの日、私の放った炎は、いろいろなものを燃やしちゃったよ。

けどね、結衣の唇の柔らかさとか、結衣のぬくもりとか、結衣の笑った顔とか、
怒った顔とか、悲しんでる顔とか、そういったものたちはまだ私の中に確かに残っていて、
知らないうちに私を勇気づけていてくれたんだ。それにいま気付いたよ。かなり遅いけどね。

実のところ、私はそういったものを大事にする性質なんだよ。
まあ、つまり、そういうものと違って手紙なんて簡単に燃えちゃうだろ?
確かに手紙なんかもいいかもしれないよ。それもそれで結衣の言葉なんだからさ。形見なんかにもなるかもしれない。
しかしだよ、私は結衣のその口から直接聞きたいんだ。それになによりもさ、手紙なんかじゃキスもできないだろ?

――ああ、なんかすごいすっきりした。

思ったよ。やっぱり「想い」っていうのは伝えるべきなんだって。
心の奥底に溜め込んでいても自分も相手も傷つけちゃうだけなんだから、
そんなことになるくらいなら、こうやってぐっちゃぐちゃに丸めてさ、
思いっきり顔面めがけて投げつけてやればいいんだよ。それだけは人任せでいいんだと思うよ。
だって、人任せって言っても、それは逃げるっていう意味じゃないんだからね。
142 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/19(木) 07:33:55.89 ID:o7DYNRDco
とにかく、私が言いたいことは、今はそう思ってるんだってこと。
起きてほしいって思ってるんだ。心からそう思ってる。強くだよ。本当に強くそう思ってるんだ。
たぶんもうこの気持ちはずっとかわらない。たぶんじゃなくて、きっとさ。絶対だよ。

ああ、目を覚ましてほしいだなんて言ったけど、別に結衣の起きたい時でいいよ。

私がトイレに行ってる間とか、そういう不意打ちだけはやめてほしいと思うけどね。
まあ、結衣がその時に起きてもいいって思えたんなら、それはそれで仕方がないんだけどさ。
とりあえず、私の心の準備は万端だから、無理しないで起きたい時に起きなよ。

――ああ、あのさ。

――さっき我慢するなんて言ったけど、ほっぺにくらいはいいよね。

少しだけ虚しくなっちゃうかもしれないけど、まあ、いいよ。

こうやって結衣と二人でおしゃべりしてるうちに、それもすぐに忘れてしまうだろうからさ。
143 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/19(木) 07:35:29.46 ID:o7DYNRDco
今日はここまでです。

次もまた遅くなると思います、ごめん。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/19(木) 08:17:16.93 ID:eR5pXng9o
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/19(木) 21:59:21.35 ID:N2eKEvmOo
おつ
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 10:41:27.71 ID:lmuLcMjIO
続ききてた!
147 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:07:02.94 ID:1vJRzRSno

  * * *

私はどうしてか寝付けなくて、ようやく浅い眠りに落ちたのが朝の六時頃だった。
それから寝ては起きてを繰り返し、十時頃には外からの騒音に耐えかねて布団から這い出た。
シャワーを浴びて外着に着替え、櫛で髪を整える。申し訳程度に化粧をする。

この狭っ苦しいアパートに似合わないIHクッキングヒーターでお湯を沸かした。
ここに引っ越してきて一番最初に買ったものがこれだった。
火を見たくないからといって、テレビや洗濯機を差し置いて近所の電気量販店で買ってきたのだ。

火を見るとあの日のことを思いだしてしまうから。
手が震えて、この東京の上にぽっかりと浮かんでいる空っぽの空に、押し潰されてしまいそうになる。
どうしようもない虚しさが募って、この世から消えてしまいたくなる。

別にテレビとか絵で火を見るのは平気なのだけど、
現実に触ることのできる実体としての火を見ると、そうなってしまう。

でも、今の私には確かな予感があった。

今日はそれを確かめに行くのだ。
148 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:08:39.68 ID:1vJRzRSno
醤油味のカップ麺にお湯を注いで、感覚で三分間待った。
蓋を取り去って、使い込まれて塗装の剥げた箸で麺をすする。
麺はまだずいぶん固い。おそらく二分も経っていなかったのだろう。

私だって、結衣が作ってくれる時なんかは、ちゃんと三分間待ってから食べていた。
結衣は私の分のカップ麺にお湯を注ぐと、キッチンタイマーを持ち出してきて、それを机の真ん中に置くのだ。
そして私は、あのやかましい音が鳴るまでは、どれだけお腹が空いていても待っていた。

でも、結衣は自分だけで食べるときはそんなことはしない。
さっき私がしたのと同じように、感覚で三分経ったと思ったら食べ始めてしまうのだ。

言うならば、結衣はそういう人間だった。

そんなことを考えていると、突然、私は逃れようのない空虚さに捕らえられ、食欲がなくなってしまった。

それは火を見た時に感じるものによく似た種類の虚しさだった。

早く結衣に会いたい。でも、面会は十三時からだ。まだ二時間近くも残っている。

私は食べ残した麺と一緒に余ったスープをシンクに流した。
排水口に溜まった食べ残しが、もうもうと湯気を上げている。
その湯気を見てようやく私は暖房をつけていないということに思い至った。
どうりで寒いと思ったんだ。
149 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:09:34.36 ID:1vJRzRSno
私は暖房のリモコンを探し求めて部屋を見回した。
確か机の上に置いておいた気がしたのだけど、見当たらない。

「うわ、っていうか、こうやって見ると汚いな……」

暇な時を見つけてちょくちょく片付けてはいたし、
あかりが私の部屋に来た時なんかは掃除もしてくれてりしていたのだけれど、
こうやって改めて眺めてみると、なかなかにひどい有様だった。

仕事机の上にはラムレーズンのカップがうず高く積まれ、今にも倒れそうだ。
部屋には衣服が脱ぎ散らかされ、斜めに敷かれた万年床はぐちゃぐちゃになっている。
チョコの包み紙が散らばっている。インクが垂れて染みになっている。
部屋の隅に追いやられた雑誌たちが窓から差し込む暗い光に照らされている。
この部屋でかろうじて綺麗と言える場所といったら、人目に触れることが多い玄関くらいのものだった。

言うなればね、いつの間にか私はそういう人間になってしまっていたんだよ。

まず部屋を片付けようと思った。
うちのエアコンはリモコンがないと電源を付けられないから、それを見つけないと話にならない。
結衣が目を覚まさないで直接話もしないうちに自宅で凍死する漫画家なんて、冗談でも笑えない。
150 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:10:23.63 ID:1vJRzRSno
床に散らばったゴミを拾い集めて袋にぶち込む。
数日かけて構築したラムレタワーを慎重に崩さないように運び、袋に捨てた。
雑誌類を紐でまとめてベランダに出した。部屋が埃っぽくなってきたので、換気のために窓を開ける。
万年床をひっペ返すと、暖房のリモコンが敷き布団の下敷きになっていた。それを拾い上げて机の上に置く。

「いい子だから、もうそこから動かないでおくれよ」

私は寒さに震えながら、そうきつく言いつけた。まだ暖房はつけない。まだまだ埃との闘いは続く。
布団を畳んで一時的に押し入れにしまう。散らばった衣服を洗面所に置いてある洗濯機に放り込み、
洗剤を適量入れて、スタートボタンを押す。モーターの回る音を確認してから、リビングに戻ってマスクを装着した。
棚の上に溜まった埃をはたきで叩き、舞い上がった埃が落ち着くのを待った。
151 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:11:08.57 ID:1vJRzRSno
丁寧に部屋の隅々まで掃除機をかけてから、濡れた雑巾で床を拭く。姿見鏡や棚やテレビの上も同様に拭いた。
そこまで終わらせたところで、洗濯機が作業終了を知らせる音を鳴らした。
片っ端からハンガーに吊るして、外の物干し竿に引っ掛けた。

「まあ、こんなもんでしょ」

努力の甲斐あって、部屋は見違えるほど綺麗になった。

さあ、心機一転だ。

部屋の中はすっかり冷え切っている。
私は窓を閉め、エアコンをつけてから掃除道具を所定の位置にしまった。
キッチンに行って、さっき淹れそびれたコーヒーを飲むためにやかんに水を入れて火にかける。

暖房をつけたっていうのに一向に暖かくならなかった。
設定温度を三度ほど上げ、部屋に戻ってコートを着た。
押し入れから毛布を引っ張り出してそれにくるまる。

やかんがけたたましい音を立てる頃にはすっかり部屋は暖かくなっていた。
私はコーヒーを淹れてテーブルの上に置くと、あらかじめ本棚から引っ張り出してきておいた自分の漫画を読んだ。
既刊のものは単行本を、まだ本になっていないものについては仕上げ時に電子化したデータを印刷してある。

それを読みながら、自分はこれからどうすべきなのかを考えた。
152 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:22:30.40 ID:1vJRzRSno

  * * *

私が一番最初に結衣の病室に着いて、少し遅れてあかりが来た。
ちなつちゃんは来なかった。それを知った私が悲しい顔をすると、

「今日も仕事があるんだって」

とあかりは慌てた様子で言った。

それ以降、会話らしい会話はなかった。
あかりは何もせずにぼうっと考え事にふけっているし、
私は私で、結衣の手を握っているだけで、何かしらの会話をしようという気がなかった。

もう伝えるべきことは伝えた。

たぶん、伝え切ったのだと思う。

結衣の想いを受け止めた結果として、それについて私の思ったことは、ちゃんと伝えた。
153 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:23:14.26 ID:1vJRzRSno
問題は、結衣にちゃんと届いたのかどうかだった。

根拠はないけど、たぶん届いたのだと思う。
今は私の話を整理している段階なんだ。きっとそうだ。そうに違いない。

届いていなかったとしても、まあ、問題はない。
そうだったら、もう一度私の口から伝えるだけだ。
でも、とりあえずは伝わったということにしておこう。

そして問題は、結衣がどのようにそれを受け取ったのかだった。

でも、そんなこと、結衣が起きるまでわかるわけがない。
そんなことわかろうとしたって、結衣の重荷になるだけだ。

だから、今の私にできることといえば、結衣のことを信じること、
そして、こうやってそばにいて手を握ってあげることだけだった。

手を握ってさえいれば、私の中の力とも呼ぶべきものが結衣に伝わると思っていた。

いや、もしかしたら力を欲しかったのは私だったのかも知れない。
こうやってぎゅっと握ったら、それと同じ力で握り返してくれるような、そんな力が。
154 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:23:56.78 ID:1vJRzRSno
十三時半頃、つまり病室に来てから三十分後、あの女医がやってきた。
折り畳まれた車椅子を左手に抱え、トレイを右手に持ち、膝掛けと厚手のコートを腕に掛けている。

「こんにちは」と、私とあかりは言った。

「ああ、今日も来ていると思っていたよ」

女医は車椅子を座れるように広げて、その上に膝掛けとコートを置いた。トレイは持ったままだ。

「定期回診ですか?」

「いや、違うよ」

女医はそう言って結衣の腕に刺さっていた点滴の針を引きぬいて、ガーゼで覆い、テープで固定した。
掛け布団をひっペ返して、ゆっくりと――ズボンを脱がした。その下にはオムツを履いている。

「な、何をするんですか?」
155 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:24:39.01 ID:1vJRzRSno
「カテーテルを抜くのさ。本来は私がやるようなことじゃないんだが、極秘裏に行う必要があるのでな。
  ああ、君たちは外に出ていてくれ。本当に寝ているだけなら別に後ろを向いてさえいればいいと私は思うんだが――」

女医はちらと結衣の方を見て――、

「おそらく、恥ずかしがると思うんでな」

そんな、もうとっくにはずかしめを受けているじゃないか、というのはとりあえずは置いておくとしても、

「本当に寝ているだけなら?」

「ああ、念のため脳波を見てみたのだが、一応、覚醒しているのとほぼ同じような特徴を示すんだ。
  それでもどうしてか目を覚まさないんだな。体は起きたがっていても、心が起きたがらない。
  寝てるようで起きている。起きてるようで寝ている。まったく、脳とは不思議なものだ。
  それか、意外と寝た振りだったりしてな。児の空寝みたくタイミングを逸したとか」

目を覚ますんだったら昨日に最高のタイミングがあったじゃないかと私は一人思う。
156 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:25:31.40 ID:1vJRzRSno
「そういうのって、よくあることなんですか?」とあかりは言った。

「まれによくあることだよ」

「まれによくあること」と私は繰り返した。

「そう、まれにね。――さあ、もう時間がない。早く出て行ってくれ」

私たちは背中を押されるようにして病室を出た。

いったいなんなんだろう。やっぱり医者だから、時間に追われているのだろうか。
脳波。児の空寝。極秘裏に行う必要がある。コートと膝掛け、それにあの車椅子――、

「――結衣ちゃんは、意識としては起きてるってことなのかな?」とあかりは言った。

「たぶん」、そうだと思う。

「じゃあ、もうすぐ起きるかもしれないね。私、結衣ちゃんが退院したら、
  お祝いに、いっぱいお料理がんばるよ。とびきり豪華なやつ」

「それは楽しみだ」と私は言った。

――おーい、開けてくれ。

ドア越しに声が聞こえた。
157 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:26:25.06 ID:1vJRzRSno
扉を開けると、結衣が車椅子に座らされている。
さっきの厚手のコートを着させられて、膝掛けもかけられて。

「ほら、そんな顔してないで、行くぞ」

私たちはお互い顔を見合わせて「どこに?」という表情をつくった。

「行くって、どこに?」

「なんだ、今日が何の日かも知らないのか?」

女医は、まさかこいつら自分より年下なのに今最もホットなこの流行りを知らないなんて
こいつら本当に若者か驚愕だ驚天動地だ、といったような面持ちで言った。

考えるまでもない。今日は十二月の二十五日だ。一年に一回の聖なる日。
なぜか日本で恋人たちにとって大事な日になりつつある日。つまりは、

「クリスマスですよね?」とあかりは言った。
158 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:26:53.27 ID:1vJRzRSno
「ぶっぶー」

まさか間違いだと思わなかったのだろう。あかりはわたわたしながら、

「え、嘘、違うの、じゃあ、えーと、今日は、日曜日? 日曜日といえば――」

日曜日といえば、レジャー、ショッピング、朝のテレビアニメ、休日。他には、他には。
私たちはお互い顔を見合わせて「何かあったっけ?」という表情をつくった。

そして、女医は小さくため息をつき、若者の不確かな未来を憂うような目を私たちに向けて、言った。

「毎週日曜日は、楽しい楽しい『焼き芋の日』だろうが」

――ああ、そうだった。

今の私には確かな予感があった。

今日はそれを確かめに来たのだ。
159 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:27:45.15 ID:1vJRzRSno

  * * *

焼き芋とは予想以上に大変な作業なのだと知った。

まず、めらめらと立ち上る炎で焼きあげるものかと思っていたのだけれど、それが間違いだった。

「焼き芋は、焚き火をした後に残った高温の灰で、蒸し焼きにする」

そうしないと、芯まで火が通らないらしい。強火で焼くだけでは丸焦げになってしまう。

「それに遠赤外線で焼いたほうが、うまさがだんちだ」

つまりそれ相応の下準備が必要であり、そのために私たちは集められたというわけだ。
この病院の裏に、予定時刻である十三時の一時間半も前から、無関係であるはずの私たちが。
160 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:28:27.31 ID:1vJRzRSno
「別に石焼きにしてもよかったのだが、運ぶのがめんどくさかったのでな」

病院裏はちょっとした広場のようになっており、舗装されていない剥き出しの地面にベンチが三つ置かれている。
桜の木が申し訳程度に植えられていて、フェンス越しには河原の遊歩道が高い位置にあるのを見ることができる。

女医は木の影に隠すように置かれていた赤いドラム缶を引っ張り出してきて、広場の中央に据えた。
倒れないように大きめの石を周りに置いて支えとする。私たちは軍手をはめて、それを手伝った。

「よく乾燥した枝を使う。そうしないと煙が出まくって、下手したら即バレだからな」

「時間の問題だと思いますけど……」

「なぁに、人が集まってきて、実際に焼き芋が始まってしまえば、誰も止められんさ」

女医はそう不敵な笑みを浮かべて、そして――、

私に点火棒を手渡した。柄の長いライターだ。
161 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:29:37.03 ID:1vJRzRSno
「火をつけといてくれ。ちょっと水を汲んでくる」

――火。

「やり方はわかるか?」

女医は新聞紙の束から数枚を剥ぎとって、私に手渡した。

無言で頷く。

私はその内の何枚かを、空気が残るように柔らかく丸め、ドラム缶の中に配置した。
枝木の山の中から、なるべく乾燥していて細いものを探し出し、新聞紙の上に三角錐の形を作るように乗っける。
その更に上に、さっきよりも太めの枝を重ねて置いた。

「よろしい」と女医は言って、バケツを片手に建物の影に消えた。

「ねえ、京子ちゃん、私がやろうか?」

あかりは心配そうな顔でそう言った。

ちょっとした事故で火事に遭遇してしまったかわいそうな友人、家族以外にはそういうことになっている、
本当はちっともかわいそうじゃない私のことを心配するようなあかりの目。
162 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:30:43.76 ID:1vJRzRSno
「――いや、大丈夫だよ」

私は結衣を見た。

結衣は俯き気味に手を膝の上に置いて、静かに寝息を立てている。

それは再び嵐に向かって漕ぎ出すためのつかの間の休息か、
はたまた、悪夢と対峙して勝利をおさめたあとの深い安息の眠りか――、

どちらにせよ、

「見ててよ、結衣」

私はドラム缶の中に点火棒を持った手を突っ込んで、トリガーを引いた。

火の付いた感触。

一度、空を見上げて大きく息を吸った。
厚く垂れこめた灰色の雲。私はその奥に、確かに晴れ渡る青空を見て取った。
私たちの故郷を越えてどこまでも続く青い空。

私は吸い込んだ息を吐き出してからドラム缶の中を覗き見た。

安堵の息が漏れる。

――ほらね、もう大丈夫でしょ。

振り返ればすぐそこに結衣がいる。こんなに心強いことはなかった。
163 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:31:23.89 ID:1vJRzRSno

  * * *

運よくお偉い方にどやされることもなく、
大量にあった落ち葉をすべて灰に帰した頃には開始予定時刻を少し過ぎていた。
肝心のさつまいもは濡れた新聞紙とアルミホイルで包まれ、高温の灰の上でじっくりと焼かれている。

「さて、焼きあがるまで一時間はかかる。それまではお喋りタイムだ」

広場はそれなりに盛況だった。ぱっと見で、私達を含めて十人ちょっとはいる。

まあ、十人ちょっとで盛況というのはあれかもしれないけど、
なんにせよこの場所がそこまで広い所ではないので、混み合っているように見える。
164 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:31:55.95 ID:1vJRzRSno
予想通りと言っては何だけれど、お年寄りが多かった。
囲碁の話をするおじいちゃん二人組、片方だけ病人服を着た老夫婦、単身難しそうな顔をしているおじいちゃん。
若者もいることにはいる。中には明らかに病院関係者だろうといった人たちもいた。

意外だったのは、女医がそういった病院関係者とはあまり話そうとせず、
主に患者、特におじいちゃんおばあちゃんと何やら楽しそうに会話していることだった。

「いい人だね」とあかりは言った。

「うん」

おそらく、実家から送られてきたさつまいもを処分したいというのはただの方便で、
こうやって集まりを企画することによって、程度の差はあれナーバスになってるであろう患者の息抜きに、
あわよくば癒しになってくれればいいと思ってやっているのだろう。

なるほど焼き芋は話をするにはうってつけだ。
寒いから、みんな自然とひとところに集まってくる。
165 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:32:22.92 ID:1vJRzRSno
「ねえ、京子ちゃん。次はどんな漫画を描くの?」

「ああ。私ね、ちょっと漫画家やめようかなって思ってるんだ」

「え、ど、どうして?」

「――小説は誰も救わない」

「え?」

「私の好きな小説家がそう言ってたんだ。たぶんね、それは物語全般に言えることなんだよ。
  漫画もそう。物語は誰も救わない。物語が救うのは作中の登場人物だけだって、そういう言葉」

「物語は誰も救わない、かぁ」

「――結局ね、私の漫画は誰も救わなかったんだよ」

あかりは私の言わんとしていることを理解したのだろう、それ以上は何も言わなかった。
166 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:32:59.24 ID:1vJRzRSno
そのうち、あかりは女医に呼ばれて、参加者に焼き芋を配る係に任命された。
参加者からも、病院関係者と思しき女性が一人選ばれ、軍手を手渡されている。

女医がアルミホイルに包まれた芋をトングで取り出し、
病院関係者の女性が軍手をつけた手で余分なものを剥ぎ取って、皿の上に乗っける。
その皿をあかりが「熱いから気をつけてください」と言いながら配って回る。
みんながうれしそうな顔で「ありがとう」とお礼を言って受け取る。

私たちは一歩引いた所でその様子を眺めていた。

「まだかなー。お腹すいちゃったよ」

当然、返事はない。

「ねぇ、結衣は私の漫画読んでくれたんだよね。だったら、私はもうそれで充分だよ」

結衣は長い髪を垂らして、その瞳を内に向けている。
いったい、その目は今どこを見ているのだろうと私は思う。

「結衣に読んでもらえたんなら、充分なんだ」

だけど、なんなんだろう、このもやもやした気持ちは。
167 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:34:34.10 ID:1vJRzRSno
顔を上げると、さっきの難しそうな顔をした老人が、頬を少し赤らめながらさつまいもを受け取っていた。
二言三言会話を交わしたあと、焼き芋をかじる。老人の顔に自然と笑みがこぼれる。それを見てあかりも笑う。

きっと焼き芋の役目は、人々を笑顔にすることだ。
焼き芋は誰も救わない。救うとしたら飢餓に苦しむ人くらいだ。

漫画の役目は、何かを救うことではなく、何かを伝えることだ。
手紙の役目は、書き手の伝えたいことを書として遺すことだ。

青臭い考えかもしれないけど、私は漫画の力とも呼ぶべきものを信じていた。

でも、結局、私の漫画は結衣を救わなかった。

それでもきっと。きっと、何かしらは伝わったはずなんだ。
現に、あの手紙を読んで、私にもその何かしらは伝わった。

「昨日も言ったけど、苦しい時に私を救ってくれたのは、いつでも結衣のぬくもりだったんだよ」

だから、結衣を救ってくれるのもこの私のぬくもりなんだ。

結衣をこの世にすんでのところでつなぎ止めてくれたのは私のぬくもりなんだって、
そう信じたとしてもばちは当たらないはずだ。
168 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:35:30.47 ID:1vJRzRSno
結衣は静かに眠っている。

私はその手をそっと握った。

それは再び嵐に向かって漕ぎ出すためのつかの間の休息か、
はたまた、悪夢と対峙して勝利をおさめたあとの深い安息の眠りか――、

どちらにせよ。

こうやって生きてさえいればと私は結衣の手のあたたかさを感じながら思う。

生きてさえいれば、私たちならまた一緒に――、

「まったく、救えない馬鹿だよね、お互いに」

私はこのぬくもりが結衣の救いになってくれますようにと願いを込めて、手を握る。

ただひとつ確からしいもの。

この力のことを、結衣はそう表現した。
169 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:35:56.77 ID:1vJRzRSno
あかりが皿の上に焼き芋を二つ乗っけてこっちに歩いてくるのが見える。
ぐらぐらしてあまりにも危なかっかしいので手伝いに行こうと思い、手を離そうとして――、

「結衣?」

今、握る手にほんの少しだけ力がこもったような気がする。
あまりにも弱々しかったので気のせいだったのかもしれないとも思う。

でも、確かに。

私はその場に留まり、結衣がしたのと同じくらいの力で握り返して、言った。

「残念ながら、結衣の分の焼き芋は残ってないんだよなー」

心の底からの、あの頃と同じ笑い方ができたように思う。
170 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/01/28(土) 22:38:40.29 ID:1vJRzRSno
今日はここまでです。
ちょうど忙しい期間が過ぎたので、次はもうちょっと早く上げれると思います。

地の文多すぎるし「これ本当にゆるゆりなんか!?」と思うこともありますが、
もうしばらくの間お付き合いいただけたらなと思います。

ではでは。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/29(日) 11:02:47.92 ID:G0hMOlFMo
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/02/01(水) 10:40:54.37 ID:6WvpUgEQo
読みやすいし好きだぜ
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/01(水) 14:27:52.48 ID:W4b133yvo

楽しみにしてる
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) :2012/02/04(土) 06:26:56.77 ID:Ru15nnvAO
続きはまだかジョジョ
175 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:34:37.11 ID:mtA7c66eo

  * * *

焚き火は心をあたためてくれる。

私たちはその余韻を残したまま病室へと戻った。
女医が結衣の体に冷たい管を通している間に、私たちはさっきと同じように外で待った。

「あとでまた来る」

そう女医は言い残して病室から引き払った。

ベッドの上の結衣は、今日の昼に見た時とほとんど同じ格好で眠っていた。
違うところといえば、シーツの皺の数と形、それと黒い長髪が形作る渦巻きの複雑さくらいだった。
暗黒の渦巻きは病室の照明を反射して、何かしらの不吉な啓示を伝えようとしているように見えた。

「焼き芋おいしかったなー」

結衣のその姿を見ていると、私の中に残っていた火が急に萎んでいくように感じられた。

「うん、またやりたいね」

つまり、私は一度は確かに灯ったかのように見えたその火を消すまいと、必死だったんだ。
ジャック・ロンドンの小説に出てくる男みたいに華氏マイナス五十度以下の地で凍えていた。
私にとって病室は寒々とした氷雪が吹き荒れるアラスカの表象だった。
176 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:36:11.48 ID:mtA7c66eo
「毎週日曜日にやるって言ってたから、次は――」

私はそこまで言って、次に続く言葉を呑み込んだ。
一週間後、そのまた一週間後、はたまた一ヶ月後、もしくは一年後、結衣はどうなっているんだろう。
目を覚ましている? 私の隣にいる? まだ眠っている? 私はまだ結衣のことを信じていられる?
結衣が私を置いていくわけなんかないと思いつつも、わずかに残る不安を拭い切れない。

いや、だめだ。決めたんだろ。

結衣のことを信じる。私はそう決めた。
そうと決めたからには、とりあえずは突っ走る。
難しいことを考えるのは再び岐路に立たされた時だ。
その時が来ればどうとでもなるさ。

そうだよ、それが一番私らしい。

「次は、結衣の分の焼き芋も用意して、ね」と私は言った。

「うん、そうだね」とあかりは笑った。

あかりの春の陽のようにあったかい笑顔。
私は幾度となくこの笑顔に助けられてきた気がする。

大丈夫、一度消えてしまったとしても、きっとまた火は熾る。
177 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:37:08.12 ID:mtA7c66eo
それから私たちは思い出話をした。
私はなるべく結衣が一緒にいた時の話を選び、あかりもそれに合わせてくれた。

あかりはりんごの皮剥きをしながら、私は特に何もせずに、
ああこんなこともあったなあなんて、まだ無垢だった頃の自分たちに思いを馳せた。

「京子ちゃんも昔は泣き虫だったのにね」

「だったなー。逆に結衣が泣いたことって――あったっけな?」

あの手紙に落ちた涙の粒、インクの滲みを思い出す。

「うーん、見たことないかも」

そうやって懐かしい話をしているうちに、昔の勘が徐々に戻ってきたような気がした。
それでもなんとなく物足りない感じがするのは、優秀なツッコミ役不在のせいかもしれない。
178 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:38:28.62 ID:mtA7c66eo
「泣くって言えばさ、私たちって今じゃほとんどインドア派になってるけど、
  私がまだちっちゃくて泣き虫だった頃は、よく外で遊んでたよね」

「おままごととか、探検ごっことか、かくれんぼとか」

「結衣ってかくれんぼうまかったよな。私なんかすぐ見つかっちゃってたのに」

それで今回も手こずったわけだ。

「ああ、そうだったねぇ、なつかしい。私と京子ちゃんで二人がかりで探しても見つからないんだよね」

「うん、そうそう」

その時、一瞬、あかりの笑顔に雲が陰ったように見えた。
でも、気のせいだったのかもしれない。光の加減でそう見えただけなのかもしれない。
179 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:39:56.92 ID:mtA7c66eo
あかりは剥きかけのりんごを皿の上に置いた。

「それで京子ちゃんったらさ、そこでまた泣き出しちゃうんだよ」

「え、そうだっけ? 私そんなんで泣いてた?」

「うん、そうだよ。結衣ちゃんがもうどこにもいなくなっちゃったんじゃないかって思って、
  『結衣ぃ、いなくなっちゃやだよぉ』って泣き叫んで、私も宥めようとするんだけど、なかなか泣きやんでくれないんだ」

私は苦笑した。

「ああ、そうだったかも」

「それでどこからともなく結衣ちゃんが出てきてね、京子ちゃんの頭を撫でてこう言うんだ。
  『大丈夫、私はここにいるから』って。そうすると京子ちゃんは泣き止む。逆に言うと、そうしないと京子ちゃんは泣き止まない」

思い出す。結衣のぬくもり、優しい声、それを聞いて安心する私。
180 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:41:05.14 ID:mtA7c66eo
「なかなか泣き止んでくれないとね、私も泣きそうになっちゃうんだけど、
  でもせめて私くらいは笑顔でいなきゃって思って頑張って我慢してたんだ」

思えば、あかりはいつでも笑っていた気がする。
そして私はいつもその笑顔に救われてきた。

「私が京子ちゃんを笑顔にできたとしても、そのすぐ近くには必ず結衣ちゃんがいた。
  それはね、きっと、私が京子ちゃんを笑顔にしたってことじゃないんだよ」

「――そんなことないよ」

私は全身をもって否定した。

「いつでもあかりがそばにいて、笑ってくれるから、私も笑うことができたんだ」

試しに笑ってみた。なかなかにいい笑顔ができたと自分でも思う。
それなのに、あかりはどこか悲しげな笑みを私に向けた。
181 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:42:21.26 ID:mtA7c66eo
「私はね、いつも京子ちゃんの笑顔をその少し後ろで眺めてるの」

あかりは膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。

「京子ちゃんはね、今もまだ泣いてるんだよ」

「え、嘘」と私は言って、手で目の下あたりを触った。濡れてるような感触はない。

「違うよ。心がだよ。京子ちゃんの心はずっと泣き叫んでる」

言葉尻が震えていた。

「あかり――、」

「ごめん、ごめんね。なるべく泣かないようにって頑張ってるつもりなんだけど、やっぱ無理だよ。
  やっぱり私じゃ駄目なんだって、私じゃ京子ちゃんは泣き止んでくれないんだって。
  わかってた。最初からわかってたはずなのに。あの頃からずっとわかってたのに。
  ごめんね、私のせいだ。これは全部私のせいなんだ。私が全部悪いんだ」
182 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:43:25.15 ID:mtA7c66eo
「いや、あかり、違うよ。これは、もし誰かが悪いんだとしたら、」

誰が悪いんだっけ、と私は思い悩む。

普通に考えるなら、この状況をつくりだした人物だろう。
けど、多数こそが正義なのだとしたら、常道に従っていない私たちこそが悪に違いなかった。
そもそも、この状況は私たちが普通でなかったから呼び起こされたものなのだ。

でも、だったら、どうすればよかったって言うんだろう。
どうやったら私の心に巣食う矛盾を解決することができたんだろう。

「ううん、違うよ。私は最低なんだ。ずっと言わなきゃいけないって思ってたの。
  結衣ちゃんに会ったあの日、私は京子ちゃんの部屋に行って話をしようと思った」

「いや、だって、」

それは結衣が言うなって言ったからであって――、

「ううん、聞いて。私はね、たとえ結衣ちゃんに怒られたとしても、
  これは絶対に言っとかなきゃいけないことだって、それが二人のためになることなんだって、
  わかってた。わかってたはずなのに言えなかったの。どうしてだかわかる?」
183 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:44:46.69 ID:mtA7c66eo
「それは、」

ずっと目を背けてきた事実。違う、最低なのは私だ。

「私は、京子ちゃんにとっての結衣ちゃんの代わりになりたかった。
  結衣ちゃんに京子ちゃんを取られたくなかったんだ。私は京子ちゃんが好きだった。
  せっかく手の届きそうなところに京子ちゃんがいるのにって思うと、なかなか切り出せなかった。
  本当はもう声も届かないくらい遠くにいるんだってわかってたのに。
  だめだよね。こんなんじゃ友達としてすら失格だ。人として最低なんだ」

「待って、そんなことないよ、あかりはね、私の大切な、」

今も昔も、そしてこれからも、私の大切な、大切な――、

あかりは私の言葉を聞き、顔を見て、何かを悟ったような顔をした。

「うん、そうだよね。わかってた。結衣ちゃんにとって京子ちゃんじゃなきゃだめなのと同じように、
  京子ちゃんにとっても、結衣ちゃんじゃなきゃだめなんだって。その隣にいるべきなのは私じゃないんだって。
  ずっとわかってたよ。私はそのまま何も考えずに後ろで見守ってるべきだったんだ。
  もうずっと昔に諦めもついていたはずなのに、それなのに、私はどうしても京子ちゃんの隣にいたかったんだ」
184 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:47:09.83 ID:mtA7c66eo
私は何も言えなかった。何を言ってもあかりを傷付けてしまう気がした。
いや、でもきっとこれも逃げなんだ。私はちゃんと受け止めてあげなければいけない。

あかりは言う。

「でもね、私はもうだめなの。こんな私が友達でいられる資格なんてない。
  みんなでずっと一緒にいられれば、それでよかったはずのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。
  私ね、ちなつちゃんには悪いけど、部屋を引き払って大学やめて実家に帰ろうかなって思う。
  もうみんなと同じ場所にいる資格なんて、私にはないと思うから」

あかりはカバンとコートを引っ掴んで、

「さよなら」

ああ、まただ。また一つ、私の掌からこぼれ落ちていく――。
185 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:48:49.73 ID:mtA7c66eo
「待ってあかり!」

私は音を立てて椅子から立ち上がり、後ろからあかりに抱きついた。
あかりの身体は思ったよりも小さくて、それでも春の日向みたいにぽかぽかとあたたかかい。

私にはもう何が正しいのかなんてわからなかった。
ただ、もうこれ以上大切な物を手放したくないという想いだけが、確固たるものとしてそこにあった。

「離して、京子ちゃん」

「嫌だよ」

「やめてよぉ……」

あかりの肩の震えを感じる。

「私は――やっぱり結衣のことが好きで、あかりの気持ちには応えられないけど、
  でもね、結衣と同じくらいあかりのことも大切に思ってるんだ。これは資格とかの話じゃないんだよ」

「うん……」

「だから、最低だなんて言わないでよ」

あかりはしゃくりあげながら頷いた。
カバンとコートがあかりの手から逃れて、床に落ちた。
りんごの甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐった。
186 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:49:43.32 ID:mtA7c66eo
「ちゃんとあかりの声は届いてたよ。だって、あかりがいなきゃ私はここまでやってこれなかったよ。
  あかりが私の隣にいて、私の代わりに笑ってくれて、私の代わりに泣いてくれなきゃ」

「違うよ、これは、私があまりにも馬鹿で情けないから……」

「あのさ、泣くほどつらくてね、涙が止まらなかったら、
  それは何か別のことへの涙なんだって思い込めばいいんだよ」

「別のことへの涙?」

「うん、きっとね、あかりは私のために泣いてくれてるんだよ。
  簡単には泣けなくなっちゃった私のために。いま私がそう決めたんだ」

「なにそれ、絶対おかしいよ」とあかりは泣きながら笑った。

私もなんだかおかしくなって笑ってしまった。
187 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:50:24.22 ID:mtA7c66eo
しばらく二人して笑っていると、突然、重苦しい沈黙が病室の床に降りた。
病室の静寂はどっしりと腰を据えて、来るべき言葉を待っている。

「あのさ、だからこれからも私たち、ずっと――」

これを――これを口に出してしまったら、もう本格的に逃げられないと思った。

唐突に、私の頭の中にある一つのイメージが浮かんだ。
私と結衣は鬱蒼と繁った森の中の小屋に二人っきりで住んでいて、そこで漫画を描いている。
結衣は私の優秀なアシスタントで、トーンを貼ったりベタを塗ったりしている。
私たちが描いているのは、誰にも読まれることのない漫画だった。
その小屋はあまりにも森の奥まったところにあるので、人っ子一人訪ねて来ないのだ。
そして私たちは、誰にも知られずに老いていき、ひっそりと死んでいく。

そうやって寂しく死んでいく私たちを想像すると、悲しくて涙が出てきそうだった。

「――うん、そうだね」とあかりは言った。
188 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:51:03.46 ID:mtA7c66eo
誰も、はなっからそんなことは望んでいなかったんだ。

私は結衣のことが好きで、あかりは私のことが好きだった。
でも、こう言っちゃなんだけど、そんなのはあまり関係ないことだったんだと思う。

なぜなら、私たちはいつも一緒だったからだ。
そして、これからもずっと一緒にいるのだろうと思っていたからだ。

いつもそうだった。

いつも結衣が先頭を歩いていた。

私はそれについていっただけだ。私は能動的であるように見えて、いつも受動的だった。
結衣から与えられてばかりだと思った。私も結衣に何かを与えたいと思い、変わろうとした。

その結果、私は変わることができたんだろうか?
189 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:53:08.74 ID:mtA7c66eo
私は満たされているようでいて、その実、満たされてなんかいなかったんだ。
私の心は常にからっぽのように思えた。私はあらゆる手段を使ってその虚しさを埋めようとした。
それでも、今、私が灼熱の炎に身を焼かれて死ぬとして、きっとその跡には何も残らないのだと思う。
みんなそうなのだと思う。からっぽを埋めようとして、でもなかなか埋められないから、人を好きになる。

みんな、どこかで気持ちに折り合いをつけながら生きていく。

私はみんなとずっと一緒にいられればそれでいいのだと思っていた。
そして、あかりも実際にそうだったのだと思う。それは好きという感情を超越したものだった。

でも、ずっと友達でいたいっていうのと好きっていう気持ちは、似ているようでいてまったく違うものだ。
それなのに、その二つは壮麗な飴細工みたいに複雑に絡み合っていて、指先が触れただけでも壊れてしまう。

あかりはそれに触れたくて、でも触れられなくて、苦しみ、もがいた。
私にはきっとそれが見えていたはずだ。それは過去の自分の姿に違いなかった。
190 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:54:33.36 ID:mtA7c66eo
「あかりは悪くないよ」

私は言った。

「人を本気で好きになるっていうのは、そういうことなんじゃないかな、と私は思う。
  どんなものを差し置いてでも好きな人に近付きたいって思うのは、別におかしいことじゃない。
  たぶんそこには、正しいとか正しくないとか、そういうくだらないことは関係ないんだ」

あかりは返事の代わりに嗚咽を漏らした。
それでいいんだ。私も、泣きたいときには、思う存分泣くべきだったんだ。

「――あ、あのね、ひとつだけ、お願いしてもいい?」とあかりは涙声で言った。

「なに?」

「一回だけでいいから、前からぎゅっとして、ほしいなって。そうすれば、ちゃんと、諦めもつくと思うから」

私は頭の隅で一瞬結衣のことを考えてから頷いた。

「ごめんね、結衣ちゃん」、あかりは小さく言った。
191 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:55:46.65 ID:mtA7c66eo
私はあかりの頭をそっと撫でた。

胸の辺りが涙で濡れていくのを感じる。
それはあかりの涙だった。そしてきっと、私の涙でもあった。

どんなときでも結衣が先頭を歩き、私はそれについていった。

一時はバラバラになったかとも思ったけど、それも本当に一時的なことだった。
あかりは私に追いつこうとして、ちなつちゃんもきっと何かを追いかけて東京まできたんだ。

これは私だけの問題じゃなかった。
そして、私と結衣だけの問題でもなかった。
192 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:56:53.66 ID:mtA7c66eo
あの日あの時、布団で視界を塞ぎながら考えた、駆け落ちという選択肢。

それこそ、深い森の奥まったところにある小屋のような場所で、二人で暮らすのだ。
あかりやちなつちゃんにはその場所を教えて、年に一回くらいはその小屋に招いて、
それで食事をしながらお喋りでもするのだ。あの頃みたいに。四人で仲良く。

それも悪いことじゃないのかもしれない。一つの形としてあり得ることなのかもしれない。

そして、その更に先の段階として、自ら命を絶つことさえも考えた。
考えることはいつも同じだった。何か一つ違うところがあったとするなら、
私のすぐそばには私のことを考えてくれる人がいたけれど、結衣にはいなかったということだ。

心中も、別に両人が幸せならそれでいいんじゃないかと思う。

でも、それじゃ駄目なんだとも私は思う。

というか、そんなの私は嫌なんだ。

それは物語の正しい終わらせ方じゃない。
そんなことを望んでいるのは、たぶん一人もいない。
193 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 18:59:16.38 ID:mtA7c66eo
「――これからも友達でいてくれる?」

あかりは私の胸に顔を埋めたままそう言った。
その言葉は、私の心に、文字通りまっすぐ届いた。

「うん、当然だろ。ずっと友達だよ」

そうやってあえて言葉にしたことによって、それまでふわふわとしていた私の気持ちが、
ある一つの着地点に落ち着いたような感じがした。それはとても奇妙な感覚だった。

「ありがとね、もういいよ。ありがとう」

私はあかりを抱いていた手を離した。
まるで、つかまえた蝶々を手放した時のような、ふわりとした儚さが私の心によぎった。

あかりはしゃがみ込んで、さっき落としたカバンとコートを拾った。

「でも、今日はもう帰るね」

「うん」

最後にあかりはこっちを向いて、笑った。
夏の通り雨に濡れたひまわりが雲間から差し込む光に照らされている、そんな大輪の笑顔だった。
それにつられて私も笑う。今この笑顔に嘘が混じってるように見えるなら、きっとその目が濁っているに違いなかった。
194 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 19:00:38.63 ID:mtA7c66eo
「京子ちゃん、ちょっとこれ持っててもらっていいかな」

そう言って、あかりは私にカバンを渡した。
コートを羽織ってから結衣に近付き、覆い被さるように抱きついた。

「ごめんね、結衣ちゃん」

あかりはしばらくの間そうして、やがて自分の体を起こした。
まだその視線は結衣に向けられている。

「京子ちゃんを幸せにしてあげてね」

「うあ」と私は素っ頓狂な声を上げた。

――なんか急に気恥ずかしくなってきた。

だんだんと顔が赤くなっていくのを感じる。私は隠すように両手で顔を覆った。
195 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 19:01:24.01 ID:mtA7c66eo
「ふふ、今更恥ずかしがることでもないでしょ?」

「そ、そうだけどさ、私たちって、こうやって面と向かって祝福されたことってなかったから……」

「そっか、そうだよね。あのね、京子ちゃんも結衣ちゃんを幸せにしてあげてね。
  私、応援してるし、それにきっとちなつちゃんも――うん、応援してくれてるんだと思う」

覆った手を少しずらすと、あかりは寂しげな視線をこちらに向けていた。
私はあかりの頭をぽんと叩いて、さらさらの髪を崩さないように優しく撫でた。

「大丈夫、私たちはどこにもいなくなったりしないよ」

そう、難しく考える必要なんてなかったんだ。

「だって、そもそもとして私たち友達だろ。あかりがいて、ちなつちゃんがいて、
  結衣がいて、私がいる。それが一番なんだよ。あと綾乃と千歳と向日葵ちゃんと櫻子ちゃんもさ。
  私もね、まだまだみんなと一生会えなくなってもいいんだと思えるほど大人じゃないんだ」

そういえばみんなどうしてるんだろう。
全てが済んだら会いに行くのもいいかもしれない。
196 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 19:02:26.29 ID:mtA7c66eo
「でも、私たちのことなんか考えてたら――」

「任しといてって。まだやれることは残ってるからさ。
  難しいことはね、本当にどうしようもなくなったときに考えればいいんだ」

あかりは私の顔をしばらく見つめてから、しっかりと頷いた。

「うん、わかった。じゃあもう帰るね。カバンありがとう」

そう言って私が持っていたものを受け取ると、駆け足で去っていった。

あかりのいなくなった病室には、甘酸っぱい余韻のようなものが、りんごの香りと一緒にいつまでも残った。
197 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 19:02:52.40 ID:mtA7c66eo
私はベッドの横に椅子をつけて、さっきのあかりみたいに結衣に覆い被さった。
重くないかちょっと心配になったけれど、あまり気にしないことにした。

結衣の心音が微かに聞こえる。

「なんか、どっと疲れたよ」

私はため息と一緒に曖昧な笑いを吐き出した。

「正しく、か……」

物語は正しく終わらせなくちゃいけないんです、とちなつちゃんは言った。

悪い女王様は白雪姫によって真っ赤に熱された鉄の靴を履かされた。
キビャックさんはブリキちゃんによって予定調和的に倒された。

「私にしては無駄にレベルを上げすぎたような気がするくらいだよ」

だからきっと、巨悪は倒されなければならない。

「――でもその前に、ちょっとここで寝させてもらうね」

圧倒的な睡魔だった。寝不足だ。
昨夜は合計で二時間か三時間しか寝れなかったように思う。

結衣の胸が規則正しく膨れたり縮んだりしている。
結衣のにおい。薬で希釈されてはいるけど昔と同じ懐かしいにおいだった。

あかりのあたたかさが陽だまりのそれだとしたら、
結衣のは心の芯からじっくりと温めてくれる焚き火のそれだと思う。

私はゆりかごのような心地よさに包まれて、ゆっくりとそのぬくもりの底の方へ身を沈めていった。
198 : ◆n/6H/EmH/Y [saga sage]:2012/02/07(火) 19:06:44.51 ID:mtA7c66eo
今日はここまでです。

早めにあげるって言った約束守れなくてすいませんでした……。

ちょっとバレンタイン妄想を形にするのに忙しいので、
次もだいたいこんなもんになると思います。

だから、どうか期待せずに待っててください。

では。
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 19:11:26.97 ID:KPRmAY5Vo
乙です
アッカリーン…
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/07(火) 23:47:12.62 ID:TdO0a49uo
おつ
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/07(火) 23:47:39.44 ID:TdO0a49uo
だから名前欄はなんなんです?
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/08(水) 17:36:37.02 ID:P3eC39ZOo
うわぁ
これは切ない
203 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:39:25.76 ID:XXRiUQrro

  * * *

風の冷たさに目を覚ました。
肩には毛布が掛けられている。いったい誰がかけてくれたんだろう。
ずっと変な体勢で寝ていたからか腰が痛い。

ベッドには誰もいない。
そこにはさっきまで誰かが横たわっていたという事実として、わずかな窪みと微かなぬくもりが残されている。
点滴とカテーテルが無理やり引き抜かれ、シーツの上に取り返しようのない染みをつくっていた。

窓が開いていた。
辺りはすっかり暗く、病室には電気もついていない。
開け放たれた窓からは月明かりが差し込み、風に揺れるカーテンが光の形を無限に変えていた。

その脇に誰かが立っている。
腰まで伸びた黒い髪が、カーテンと一緒に揺れている。
病人服から伸びる腕は月明かりに白く強調されており、その手は朧気な力で窓の桟を掴んでいた。
204 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:40:18.43 ID:XXRiUQrro
声は出さなかった。

音を立てたら、ここにある繊細な何かが壊れてしまうような気がした。

ゆっくりと、なるべく音を立てないように近付いていく。

冷たい風が、ひゅう、と冬の渇いた大気を切った。

隣に立って、その視線の先を確かめる。

――月を見ていた。

星のほとんどない空疎な夜空に、満月がぽっかりと浮かんでいる。

月を見つめるその眼は、暗く沈んでいる。そこには正真正銘の真の闇があった。
闇の表面はぴんと張りつめていて、波一つ見られない。しんと静まり返り、ただその上に満月を浮かべている。

それを見て、私は、その傷の本当の深さを知った。
205 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:40:44.28 ID:XXRiUQrro
結衣の細い体をそっと抱き寄せる。
力がなく骨ばった身体は、外気に晒されて冷たくなっていた。
こうしていると、結衣の体に渦巻く深い悲しみが、私の中にも流れこんでくるように感じた。

その時、何かが流れて、病室の床を叩いた。

最初、雨が降り始めたのかと思った。

次に、結衣が泣いているのだろうと思った。

そして、ようやく、私の頬を伝っていくあたたかいものの存在に気付いた。

今まで溜め込んできたものがせきを切ったように溢れ出ていく。
206 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:41:32.93 ID:XXRiUQrro
私は嗚咽も漏らさず、静かに泣いた。
涙で濡れた部分が外からの風に吹かれて冷たかった。

ここにいてはいけないと思った。

私たちはここを出なければいけないと思った。

私は涙を拭って、開け放たれた窓とカーテンを静かに閉めた。
結衣に私のコートを着せてマフラーを巻き、手をつないで歩き出そうとしたところで気付いた。
足元を見ると、結衣は靴どころか靴下も履いていなかった。
少し考えて、私は靴を脱いだ。それを結衣に履かせる。
207 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:43:01.47 ID:XXRiUQrro
再び手をつなぎ、扉を開けた。廊下の電気は点々とつけられ、
暗いところと明るいところと、その中間の部分を作り出している。

ナースステーションの前に備え付けられた椅子に女医が座っていた。
私たちに気付くとゆっくりと立ち上がり、白衣のポケットに手を突っ込んでこっちに歩いてきた。

「やあ、ようやく起きたか」

女医は私の方を見て言った。その視線を結衣に移し、

「そして君も――いや、」

結衣の目を見て、その奥に隠された何かを感じ取ったようだった。

「まったく、世の中わからない事だらけだ。私はね、わからないということが大嫌いなんだ。
  だから、腹を空かせた青虫のようにむしゃむしゃと知識を貪ってきたのだが、
  どうもこのままじゃ、蝶どころか蛹にすらなれないんじゃないかと思うことがある」

女医は大げさに手を広げた後、顔に手を当てて溜息をついた。
かと思えば、結衣の胸あたりをとんとんと指で叩いて、

「特に、ここの事とかだよ」
208 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:44:35.53 ID:XXRiUQrro
女医は、結衣のまぶたを人差し指と親指で押し広げ、ペンライトで照らした。
ふむ、とつぶやいた後、コートのボタンを無造作に外し、服の上から直接聴診器を当てた。

「ところで君たちはどこに行くつもりだったんだ?」

「ここではないどこかです」

「ここではないどこかに、この子を連れて行ってどうする?」

「わかりません。でも、巨悪は倒されなければいけないんです」

女医は結衣のコートのボタンを掛け直した。

「よくわからないが、そのためには必要なことなんだね?」

「はい」

「根拠はあるのかね?」

「いや、ないです」

女医は笑った。
209 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:45:51.63 ID:XXRiUQrro
「君の言いたいことはようくわかった。しかし、君ね、そんなことを私が許すと思うか?」

「あなたならわかってくれると思います」

女医はヒールの音を響かせながら後ろに下がって、廊下の壁に寄りかかった。ふう、と長い溜息をつく。

「退院するためには、いろいろと手続きが必要だ。
  主治医である私の許可もいるし、入院費用を払う必要もある」

靴を履いていないので、足の裏から直に寒さが伝わってくる。
私は足の裏をズボンにこすり合わせて少しでも暖を取ろうとした。

「君は――その子のことが好きなのか?」

あまりにも以外なその言葉に、バランスを崩して転びそうになってしまった。
210 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:46:43.60 ID:XXRiUQrro
「どうして?」

「やはりそうか。いや、見ていればわかる」

そう言って、どこか遠くを見つめるような目をした。

「私も昔はね――」

私は続く言葉を待ったが、とうとうその先が紡がれることはなかった。
女医は俯き気味になって、首を左右に大きく振った。

「私に言わしてもらえば、その子を外に連れだした所で、君の立場を危うくするだけのように思えるがね。
  そして、そんなことを許したということが明るみに出たら、この病院の誰かが責任を取らなきゃいけない。
  それは私になるかもしれない。それでも君は、私に君たちのことを見逃せと言うのか?」

女医は返事をしない私を見て、再び深い溜息をついた。
気のせいか、ひどく疲れているように見える。おそらく身体の疲れではない。精神の疲労だ。
211 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:47:18.39 ID:XXRiUQrro
「同性を好きになるっていうのは別に珍しくないんだよ。
  人は、誰かを異性だからという理由で好きになるのではない。その人だからこそ愛することができるのだ。
  しかし、みんなその感情を何かの勘違いだと思ってしまう。これはきっと友情が拡大されたものなんだろう、と。
  大方の人にとっては、普通では無いということは限りなく悪に近いのさ。
  悪にならないためには自分をも騙せてしまえる、無意識下でね」

女医は胸ポケットからボールペンを取り出して、弄び始めた。

「社会は膿を出そうとする。生物の身体や、人間の心と同じだ。
  通常でない要素は正常な機能をストップしてしまいかねん。だからこう、うにゅっと――」

女医はペンをノックして、ペン先から芯のさきっぽをうにゅっと出した。

「――悪を取り除こうとする。限りなく無意識に。
  そして、それができないということがわかると、もっと強行な手段に出る」

ペンを左手でつまむように固定してくるくる回すと、二つの大きな部品に分かれた。
掌にめがけて軽く振ると、もうほとんどインクの切れかけた芯と一緒にバネが出てきた。

「この場合はバネくんまでもが犠牲になってしまった。ああかわいそうなバネくん」

女医は中身は元に戻さずに、二つにわかれたガワの部分だけをくっつけて回し、元の状態にした。
私はそれを見ながら、頭の中で女医の言ったことを繰り返した。ああかわいそうなバネくん。
212 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:48:07.92 ID:XXRiUQrro
「しかしだね、この仕組み自体は決して悪ではないのだよ」

「仕組み自体は悪ではない」と私は言った。

「そう、悪ではない」

そう言って、バラバラになったボールペンをそのまま白衣のポケットに突っ込んだ。

「では、問おうか。君が闘おうとしている『巨悪』とは何だ?」

私は結衣の手を握る力を強めた。

「それは――よくはわからないです。でも、たぶん、恐れのようなものです」

「恐怖」

女医は言った。

「なるほど、恐怖か。ニーチェは『最高の善なる悟性とは恐怖を持たぬことだ』と言った」

私はとりあえず頷いたけれど、『悟性』の意味がいまいちわからなかった。あとで辞書で調べよう。
213 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:48:45.32 ID:XXRiUQrro
「しかし、どうやってそれに勝とうと言うのかね?」

「それはわかりません」

「でも、ここにいては勝てないと君は思った」

「はい」

「言っておくがね、一筋縄ではいかないよ。一度でも人の心に巣食った恐怖は簡単には消えてくれない。
  からっぽの宇宙空間で死にかけた飛行士が、恐怖心から宇宙服を着られなくなると同じで、
  恐怖はその身を縛り続ける。もしかすると、一生かけても拭い切れないかもしれない」

そのように語る女医の声には、ある種の怒りが込められているように聞こえた。
女医は自嘲気味の笑みを浮かべた後、その怒りを吐き出すように、三回目の溜息をついた。
214 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:49:25.54 ID:XXRiUQrro
「人の腹にナイフを突き立てれば、当然、血が出てくる。
  でもそれも針で縫ってさえしまえば、血は流れるのをやめる。
  跡が残ってもいずれは傷も癒える。痛みも消える」

女医は細いものを握るように拳を作り、
その豊満な胸の膨らみに何か鋭利なものを突き刺すような動作をした。

「では、人の心にナイフを突き立てたら、そこからは何が出てくるんだろう。
  どんな糸で縫えば、その何かは止まってくれるんだろう。私にはね、未だにそれがわからないんだ。
  ――否、もしかしたら、もうそんなことはとっくにわかっているのかもしれないな」
215 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:50:01.59 ID:XXRiUQrro
女医は握った手を胸から離し、開いたり閉じたりした。
丁寧に磨かれた爪が光を反射している。どこか遠くの方で話し声が聞こえた。

「明日の朝までだ。明日の朝6時までなら私の力で隠蔽することはできる。
  後悔して戻ってくるも良し、そのまま帰って来ないで通報されて捕まるも良し、だ」

女医は白衣のポケットから名刺入れを取り出し、私に手渡した。
病院名、氏名と電話番号、メールアドレス等が書かれている。

あのポケットには本当に何でも入っている。私は中身が少しだけ気になった。
216 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:50:50.08 ID:XXRiUQrro
「ありがとうございます。でも、そこまでしていただかなくても結構です。
  ただ、見逃してもらえればいいんです。これ以上迷惑はかけられません」

「何を言っている。ここから出るには私の助けがいるだろうが。まったく。
  もともと、君が起きたら私が連れ添って外に出すつもりだったから、鍵は持っているんだが――」

女医は私の足元を見た。

「靴が必要だな。ちょっと待ってろ。今持ってくるから」

「あ、あの、どうして」

どうしてこの人は時折こんなに寂しそうな顔を見せるのだろうと思った。
自信たっぷりに聞こえるしゃべり方の節々に見え隠れする、どこか寂しげな響き。
その響きは私をどうしてか不安定にする。

「ん、なんだね。早くしないと目敏い看護師共に見つかってしまうぞ」

でもそんなこと訊いてはいけないのだと思う。
217 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:51:25.36 ID:XXRiUQrro
「どうして――あなたはそんなに私たちに良くしてくれるんですか?
  もしかしたら職を失うかもしれないし、下手したら前科もつくかもしれません。
  なのに、赤の他人にすぎない私たちに、どうして」

女医はほとんど後ろに向きかけていた体を元に戻した。

「――君は、星新一の『殉教』という話を読んだことはあるか?」

「いえ、読んだことないです」

「機会があれば読んでみるといい。彼はその作品で信心と疑心についての本質を描こうとした。
  曰く、自殺とは必ずしも悪ではない。また、人が生きるのは死という恐怖から逃れるためである、と」

寿命の切れかけた蛍光灯が、ちかり、と瞬いた。

「小説にこんなことを言うのも何だが、そんなの絶対に間違ってるんだよ。
  自殺が必ずしも悪ではないというのは、とりあえずは置いておこう。
  しかしだね、人が生きるのはそんなことのためじゃない。それとは別のもっと大事な何かのためだ。
  そして、人が自ら死を選ぶとしたら、それはその大事な何かがふとした拍子に失われてしまったか、
  もしくは、そもそも存在しなかったか以外の理由はありえない」

「――もしくはそれに気付かなかったか、
  あるいは絶望に覆い隠されたり、距離的に遠すぎたりして、見えなくなってしまったか」

「そういうことも当然あり得る」

女医は言った。
218 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/02/12(日) 00:52:01.23 ID:XXRiUQrro
ここまで。
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2012/02/12(日) 00:53:11.76 ID:bgK3oisUo
乙乙
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/12(日) 00:56:11.26 ID:hSUA2US3o
乙 …名前欄いい加減治らないかな
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/12(日) 01:33:43.95 ID:uya5A3nDO

既に全くゆるくないが、面白いので完走まで追い続けます
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/12(日) 01:51:25.30 ID:VPP7OwzGo
名前欄に直接入れたらいいのか!
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/20(月) 15:19:55.56 ID:C+p6zNit0
授業中にこの話思い出して泣いちまったんだけど
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/23(木) 12:28:18.62 ID:11+J3c8Oo
まだかな
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/25(土) 00:58:20.78 ID:+63kHDERo
気になる
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/29(水) 18:51:37.18 ID:EGxjV7tCo
まだー
227 : ◆n/6H/EmH/Y [sage]:2012/03/07(水) 14:44:58.03 ID:A5//2cNIO
連絡遅れてごめん。
諸事情あって更新を一時休ませていただきます。
4月頃には再開する予定です。
では。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/07(水) 21:21:54.01 ID:2SrVtgd1o
待ってるよ
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/03/11(日) 20:18:26.34 ID:/QOl0WDjo
ふむ
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2012/03/16(金) 08:21:02.85 ID:W1jdUzE+0
追いついた〜  楽しみに待ってます
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/25(日) 04:50:20.81 ID:DW5A3ZUro
4月か
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/04/07(土) 23:31:03.54 ID:nU7mjxi+o
四月です
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/04/08(日) 03:37:51.56 ID:wGS7EJmWo
ふぅ、追いついたぜ
次の投下はいつ頃かな〜?
楽しみにしてるぞ
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/04/18(水) 22:21:27.63 ID:zYchDiZ10
まだかなぁ〜
235 : ◆n/6H/EmH/Y [sage]:2012/04/20(金) 13:33:39.84 ID:H3iFvp1IO
ちょくちょくとですが書いておりますのでもうしばらくお待ちを……。
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/20(金) 15:16:46.72 ID:YxwVK1P8o
待ってますよー
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/04/21(土) 18:58:02.24 ID:I5ytZIBXo
ふむ
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/05/05(土) 06:28:40.61 ID:xiekhC/fo
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239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/05/09(水) 22:11:55.61 ID:BNVZSGvY0
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240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/05/09(水) 22:40:14.85 ID:te0yBXuGo
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241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岐阜県) [sage]:2012/05/10(木) 01:06:52.38 ID:V69TJoswo
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242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/05/10(木) 01:10:45.28 ID:rMJmHYYUo
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243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/05/12(土) 05:52:24.30 ID:xzzJg6hJo
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244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/05/12(土) 17:03:48.21 ID:4LaPIhZgo
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245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/05/17(木) 19:20:29.25 ID:J9om8Gsvo
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246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/05/19(土) 16:02:44.69 ID:PUM2RhiQ0
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247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/05/24(木) 06:02:40.13 ID:em3I4kKbo
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248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/05/24(木) 20:00:32.27 ID:v6xMOwkjo
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249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/05/27(日) 07:28:25.90 ID:V3NsDT1Oo
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250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/05/27(日) 10:31:36.81 ID:USFCOpcto
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251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/27(日) 12:48:15.04 ID:/he9Im1SO
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252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/06/03(日) 00:44:12.35 ID:u5cmBrlTo
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253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/06/03(日) 00:44:15.27 ID:u5cmBrlTo
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254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/06/06(水) 07:32:34.28 ID:kxevVIjF0
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255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) :2012/06/09(土) 23:11:16.61 ID:H+ZfAwp40
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256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/13(水) 22:28:31.48 ID:zpgy4yTIO
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257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/06/22(金) 05:20:41.52 ID:VUe3Eu/Go
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258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) :2012/06/22(金) 07:42:00.42 ID:hDqOAllQ0
待ってるよ
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2012/06/29(金) 11:38:55.60 ID:I//A2Xuq0
必ず来るって信じてますから!!笑
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/01(日) 15:15:09.08 ID:Uijelx7M0
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261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/07/04(水) 06:24:53.22 ID:UC5y3MICo
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262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/09(月) 04:11:10.78 ID:EoV3Ffjjo
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263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/07/10(火) 12:05:55.06 ID:G4zOgneho
待ってます!
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/10(火) 12:23:01.63 ID:XETlmgUAO
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265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/11(水) 17:32:42.57 ID:dVJxxyYAO
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266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/13(金) 05:54:37.23 ID:ocfB2MSAO
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267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/13(金) 06:44:53.45 ID:U5uKR70To
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268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/14(土) 19:04:49.98 ID:jRLtvSwAO
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269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/15(日) 15:33:08.73 ID:pEGT0urAO
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270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2012/07/15(日) 21:44:48.73 ID:k8dOuddH0
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271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/17(火) 05:40:14.83 ID:aYHUk61AO
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272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/18(水) 14:55:34.16 ID:/5GbligAO
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273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2012/07/18(水) 23:25:23.86 ID:eZ7HRYIa0
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274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/20(金) 04:25:52.89 ID:H9/HmvkAO
ふむ
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/20(金) 11:26:58.56 ID:pEFRcsh7o
ついに3ヶ月か……
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/07/20(金) 23:19:21.50 ID:ng1WDOQJo
まずいな……
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2012/07/21(土) 00:31:15.66 ID:CY3wskb90
う〜ん……
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/21(土) 23:36:54.83 ID:4KxtAhoAO
希望はあるのか
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/30(月) 02:18:17.63 ID:Zpzm2qq7o
作者死亡説
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/07/30(月) 03:08:59.86 ID:tTUJBjsQo
落ちちゃう
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/08/02(木) 12:12:30.26 ID:tP67lWj/o
あれ、まだきてなかったのかよ
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/08/03(金) 01:25:48.19 ID:JpZv9Uxdo
ぬお、終わってなかったのか。これはラスト気になる
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/08/03(金) 19:37:40.82 ID:63aj5ZEj0
はやくきてほしいですね
284 : ◆n/6H/EmH/Y [saga]:2012/08/09(木) 09:57:21.18 ID:Xi5K+2A/o
今までお待たせしてすみませんでした。
突然で申し訳ないのですが、この話はここで打ち切らせていただきます。

これだけでは納得もいかないだろうと思いますので、すこし私について簡単にお話します。

実は私自身も同性愛者で、ずっと付き合っている人がいました。
しかし、何ヶ月前だったでしょうか、もうほとんど思い出せないのですが、
その人に考えうるかぎり最悪の形で裏切られてしまって、
こういうのに希望が見いだせなくなってしまいました。

いや、希望を捨てたわけではないのですが、
頭の中がぐちゃぐちゃになってこれ以上なにも書けないのです。

待ってくれている人もいるのだからと、だから書かなきゃいけないんだと、
そう自分を叱咤するのですが、そうしようとするたびに胸の底から暗いものが込み上げてきます。
何とか復帰しようとがんばりました。ですが、もう限界のようです。
本当に申し訳ございません。いくら謝っても謝りきれません。

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
そしてごめんなさい。当然納得もいかないと思います。ごめんなさい。

一週間後くらいにHTML化依頼しようと思います。
最後にもう一度。本当に申し訳ございませんでした。
すみませんでした。ありがとうございました。さようなら。
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/08/09(木) 10:44:33.95 ID:HuQCjTE5o
             〃¨ヽ
.        ,. ィ‐ 、i:i , -- .、
      / ィニヘ イニヘ.ヽ
      イ,. ィ´'''     、   `'ヽヽ
.    /.'´         ヽ    .ヘ
   /       ./  !  .ト      ',
   ,'    .ィ ,ィ .λ  .i   ! ヘ    .',
.  ‖ -ミ/,,レ .', ./ ',  .!,i /リ ,斗‐l  .i.i',
  !l.i  ‖ ,..二''''ヽ.ヘ .l' リ'''彡-、,Vl  .l.l i
. ! ヘ .i〃ィ'てヾ、|||||ゞ||| 'ィ'ひヽヾ.! /l.! .i
 i i lゝ、!l. !:::( ):i lllll|||||lll ';:( .):::)ソ.レ" リ i i
 i i i、. ゝィ`‐‐'"   ,   `''''"、.ィ  !./リ
. ゙|ヘ !ゝ二ン           ゞミニソ/
   ゞ::ヘ       , 、      /:: ト
    i::: :ヽ、     ̄    /: i !:',
     i  :',ヘゝ.、    _. ィヘ::ヘ! ! .! ',
.     i   i ヘ,l  `    !,,_ヘ i ,l .i、 .',
    _,,!iキ !"ニ!     .l三ニ!./ l.リ_ヘ .ヘ
  マ三ニ|ニゞ',三i    _,,.i三ニ"ニソ三ニァ ヘ
ィ '==マ三三ニヾニ ̄ ___ .,'三三三ニニソ .ヘ .ヽ
    ヘ三三三ニ彡三ミ三三三三ニア  .i ヽヽ
     ',三三三ムニニア三三三三シ , i  .i 、.ヘ ヽ
  :   .!マニニニムニア三三ニア  i    ', ヽ ヾ ヽ
  :   .i  `マニニムア三三シ"    .i,.xェ彡  ヽ ヾ、ヽ
  :   .!.ィ   `''tミiムシ"      .!三三',   ヽ ヾ、ヽ
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/10(金) 06:29:34.59 ID:w19OE6ZLo
乙です
残念だけど書けないものは仕方ない・・・

打ち切りならこの後の構想、どうやって結衣が救われるのか聞きたい
もちろん無理でなければで良いです
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/08/12(日) 09:30:59.57 ID:52Z0lB3h0
そうでしたか…

乙です
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/08/19(日) 22:01:32.66 ID:zEL6Ubxko
泣いた
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2012/08/24(金) 04:45:29.97 ID:pL2poQ1W0
おつおつ
楽しみだっただけに残念だがこればっかりはしょうがないね
俺も出来ればでいいから終わりまで構想がききたいな
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/08/31(金) 12:48:01.63 ID:9GbM9h09o
乙です
160.91 KB   
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