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女騎士「海だ!」 見習い「海であります!」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 14:23:29.90 ID:17fp5Y6DO
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旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
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木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
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いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
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【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
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こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713183168/

【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
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アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
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2 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 15:03:37.73 ID:17fp5Y6DO
〜 海上、船首艦板 〜

少女「お父さーんっ!、はやくはやくー!」

父「そんなに急がなくても海は逃げないよ」

少女が元気よく船の縁へと走り、遅れて父が到着する。

少女「うっわー! すっごーいっ!」

少女が手すりから身を乗り出して下方を覗き込む。
遥かに離れた海面。
光る波間を切り分け、白波の尾を引く船体。
重厚で力強いその姿に少女の心が自然と弾む。

少女「お父さん! はやくはやく! 手紙手紙!」

父「はいはい」

父は少女に軽く頷くと、肩に掛けたバスケットから2つのビンを取り出した。

事の発端は、手紙をビンに入れて流すという話を父が娘にしたこと。
すると当然のように、娘が「自分もやりたい!」と言い出した。
2つ返事で了承した父としては少しでも少女の気分が晴れればよかったのだが、少女は思いのほか元気になった。
満面の笑みを見せる少女、嬉しい誤算に父も自然と頬が緩む。

父「でも、何でビンは2つなんだい?」

少女「1つは病気のお母さんに、もう1つは遠い国の見知らぬ人。わたし、その人とお友だちになるの」

父「なるほど、素敵な事だね」

少女「うん!」

父が2つのビンを少女に渡すと、少女は待ちきれないとばかりにすぐさま下の海面へとビンを放り投げた。

少女「行ってらっしゃーい!」

ビンはどんどん小さくなっていき、海面に落ちると一瞬で2人の視界から消えた。
だが、2人はその場から動かずに、しばしの間立ち続けていた。

?「面白い事をしているんですね」

不意に聞こえた背後からの声に少女が振り返ると、そこには落ち着いた黒いドレスを着た貴婦人の姿があった。
3 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 15:43:41.77 ID:17fp5Y6DO
少女「ビンに手紙を入れて流したんです」

貴婦人「ビンに手紙?」

父「はは、娘がどうしてもと言いましてね」

貴婦人「ふふ、そうですか……、ところで、あまり外にいたら風邪を引きますよ? 船内のパーティーを楽しんだらいかが?」

最初は父へ、次に少女へと貴婦人が顔を向ける。

少女「そうでした! 船内ではパーティーがあってたんです! ご親切にありがとうございます」

少女は思い出したように手を叩き、貴婦人に一礼すると船内への扉に向かって駆け出した。

父「こらこら、走ったら危ないぞ」

貴婦人「元気ですね」

父「もう少し、おしとやかになって欲しいんですけどね」

父が貴婦人に苦笑いを返し、少女を追って船内へと歩き出す。

父「ところで、貴女は?」

貴婦人「少し風に当たってから戻りますわ」

父「そうですか、それでは」

少女「お父さーん! はやくはやくー!」

父「わかったわかった」

そして少女と父、2人の姿は揃って船内へと消えて行った。
船の航海は順調。
港まではあと1週間。

だが、1週間後。
いや、数ヶ月、数年の時を経ても。
この船が港に現れる事は、もうなかった。
4 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 15:53:37.86 ID:17fp5Y6DO
〜 数日前 〜

女騎士「最重要任務を与えられた、行くぞ」

見習い「え? ど、どこへでありますか?」

女騎士「行けばわかる、それに最重要任務だからお前に拒否権は無い」

見習い「り、了解であります!」

女騎士「あー、でも……」

見習い「?」

女騎士「水着は持っていこうな」

見習い「……????」
5 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 16:09:27.63 ID:17fp5Y6DO
〜 そして現在 〜

女騎士「海だ!」

見習い「海であります!」

女2人が海を前に仁王立ち。
王都から西へ数百キロ。
馬車に揺られて丸2日の距離にある寂れた漁村へと2人は来ていた。

女騎士「荷物はっ!?」

見習い「宿に置いてきたであります!」

女騎士「水着はっ!?」

見習い「着ているであります!」

答えた見習いはセパレートタイプの白い水着を、そして女騎士はサラシ布を胸と腰に巻いたアネゴ水着。

女騎士「よし、泳ぐぞ!」

見習い「真冬であります!」

季節は冬。
砂浜には泳ぐ旅行客はおろか出歩く人の姿もない。

女騎士「元気があれば?」

見習い「何でも出来る!」

だが、2人は揃って元気よく海に飛び込んでいった。
6 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 17:09:29.43 ID:17fp5Y6DO
〜 宿 〜

女騎士「ガクガク」

見習い「ブルブル」

宿のおばさん「こんなクソ寒いのに泳ぐなんて、あんたらバカじゃないのかい!? 風呂を沸かしておいたから、風邪引く前にさっさと入りな」

女騎士「お、おう」

見習い「す、すみませんであります」

おばさんに頭を下げ、2人はいそいそと風呂場に移動する。
その間、見習いは震えながら、自分の中に生まれた疑問を女騎士にぶつけた。

見習い「じ、上官どの、何で海で泳いだんでありますか?」

女騎士「いや、東国では『カンチュースイエー』なるものが流行っていると聞いたんだが……コツがいるのかな」

見習い「コツもクソも無いであります……」

見習いはため息をつく。
上官である女騎士は新しい物好きで、ついでに思慮が少し足りない。
しかも不幸な事に行動力だけは人一倍ある。
つまり、見習いにとって色々と厄介事を呼び寄せるトラブルメイカーだった。

見習い「ふふっ」

だが、見習いは顔を上げると小さく口元を上げて苦笑する。
女騎士に振り回されてばかりだが、見習いにはその人となりが何故か憎めなかった。
豪快でありながら繊細。
デタラメかと思いきや、的を射る思考。
とにかく、さわやかな気分にしてくれる。

『前の事件』では、それでいがみ合った事もあった。
しかし、お互いの反発するような取り柄、足りない部分を合わせたおかげで勝利を呼び寄せる事が出来た。
それから女騎士と気軽に話せるようになり、見習いは素直にその魅力を日々感じている。

だが、欲を言うならば――

見習い(やっぱり、もう少し考えて行動して欲しいであります)

見習いは苦笑しながら女騎士の背中を追って風呂場へと向かった。
7 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 17:31:57.36 ID:17fp5Y6DO
〜 風呂 〜

女騎士「つまりだ、我々は手柄を立てた」

浴槽の中で向かい合わせに座り、女騎士が見習いに説明する。

女騎士「しかし、前線へ赴いている主力軍を差し置いて褒美を与えるわけにはいかない」

見習い「自分たちは留守番。留守番の方が評価されたら、前線の部隊が不満を持つ」

見習いが追従して答える。
女騎士は満足気にうなずいた。

女騎士「だから、この『最重要』任務が私たちに来たんだよ」

風呂に入る前に女騎士から聞かされた最重要任務。
それは……

見習い「幽霊船探索任務、でありますか」

女騎士「正確には消息不明の豪華客船探索、だな」

見習いは、分からないモノを考えるように首をひねった。

見習い「もう、何十年も前の話であります。いまさら探しても手掛かりなんて……」

女騎士「だからだよ、ていのいい休暇を与えてくれたんだ」

女騎士は肩まで湯に浸かり、首だけを出して続ける。

女騎士「探索場所はこの寂れた漁村から半径数十キロ、賑わう港町、観光名所、何でもある」

見習い「なるほど」

女騎士「ま、のんびりしようじゃないか」
8 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 17:52:35.16 ID:17fp5Y6DO
女騎士「ところで……」

突然、女騎士が両腕を伸ばす。
その先には見習いのふくよかな膨らみが2つ。
女騎士の両手はそれら2つの膨らみを見事にわしづかみした。

女騎士「え? 上官を差し置いて無駄に成育しやがって」

見習い「い、いやあぁーっ! でありますーっ!」

女騎士「あー、憎たらしい憎たらしい」

言葉とは裏腹に、女騎士は笑顔でむにゅむにゅと指をうごめかす。
見習いの膨らみを握り締めたまま。

見習い「ちょっ! やめるであります!」

女騎士「いやー、ぷにぷにしていて良い気持ちだなー」

見習い「じ、自分のではなく、上官は上官の胸を……はっ!?」

言って気が付いたが、もう遅い。
女騎士の胸は小さい、を通り越して絶無。
絶壁だった。

女騎士「……」

見習い「……」

いったん時が止まり、そして、再び動き出す。

むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ

見習い「あひゃひゃひゃひゃひゃーっ!?」

女騎士は無言で見習いの胸を揉み続ける。
その顔は満面の笑みをたたえ、瞳から流れ落ちるものが涙か、それとも見習いが暴れて飛び散らせた湯かも判別出来なかった。
9 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 18:11:18.88 ID:17fp5Y6DO
〜 翌日 〜

女騎士「さて、風邪は引いていないな?」

見習い「はい! であります」

女騎士「よし、行こう」

2人は背中にカバンを、腰には両刃の騎士剣を収めた鞘を身につけて宿を出た。

見習い「で、何をするんでありますか?」

女騎士「そうだな、報告書は『何も見付からなかった』で問題ないとして」

女騎士は口を閉じ、少し考えると笑顔を返した。

女騎士「物見遊山ついでに警羅でもしよう」

見習い「了解であります!」

見習いも笑顔を作り、女騎士にそう答えた時だった。

?「おい! 舐めた事言ってんじゃねえぞ!」

離れた場所。
岩の物陰から、罵声と荒々しい物音が響いてきた。

見習い「上官どの!」

女騎士「ケンカか! ついてこい!」

見習い「はい! であります!」

2人は勢いよく走りだした。
10 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 18:42:19.27 ID:17fp5Y6DO
〜 岩陰 〜

老人「くうぅ……」

殴り飛ばされた老人が地面に腰を打ち付け、うめき声を漏らす。

漁師「こっちは生活がかかってるんだよ! よそ者が偉そうに振る舞うんじゃねえ!」

対峙する漁師は精悍な体つき。
潮風で鍛えられたような浅黒い肌と筋肉を、腕まくりして隠そうともしていない。
そして怒りに顔を歪めているとなれば、普通は物怖じするだろう。
だが、老人は口を閉じなかった。

老人「アンタが知っとる事を聞かせて欲しいだけじゃよ、どうか頼む!」

漁師「てめえは他の奴らにも同じ事を聞いているらしいじゃねえか! また殴られないとわからないのか!」

漁師が再び拳を振り上げた。

女騎士「待て! この場は私が預かる!」

そこへ勢いよく割り込んできたのは女騎士と見習い。
2人は老人と漁師の間へ入り込むと、拳を振り上げたまま動きを止める漁師を睨み付けた。

女騎士「今ならば目を閉じる! だがこれ以上、我々の前で事に及ぶのならば、黙って見過ごす事は出来ない! 即刻立ち去れ!!」

女騎士はあらんかぎりの大声で恫喝した。
精悍な漁師も、戦場に轟かせる騎士の雄叫びに気圧され、思わず一歩後ろに下がる。
そして漁師は女騎士の顔から逃げるように目を逸らすと、背中を向けて走り去っていった。
11 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 18:56:57.12 ID:17fp5Y6DO
見習い「大丈夫でありますか?」

老人「あたた……すまんの、アンタらはいったい?」

女騎士「王都から来た騎士×2だ。ココへは……捜し物をさがしに来た」

老人「捜し物? ワシもココに捜し物をさがしに来たんじゃよ。漁師に話を聞いて回っておったらこのザマじゃ」

老人は立ち上がり、服の砂を叩きながら答える。
見習いは眉をひそめ、老人に聞き返した。

見習い「捜し物を聞いていて殴られた? それはどういうことでありますか?」

老人「うむ、聞いて驚かんでくれよ」

老人は少しタメをつくって答えた。

老人「ワシはな……ココへ幽霊船を探しに来たんじゃよ」

女騎士「ゆっ!?」

見習い「幽霊船!?」

老人の予期しなかった言葉に、2人は思わず目を丸くした。
12 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 19:20:58.54 ID:17fp5Y6DO
〜 女騎士たちの宿 〜

老人「なるほど、奇しくもあんたらと一緒の目的だったわけか」

女騎士「いや、こっちは最初から幽霊船とやらがあるとは思ってもいないが」

見習い「しかし、凄い偶然であります」

女騎士たち2人はウンウンと頷き合う。
そんな2人の様子に、老人は1人で肩をすくめた。

老人「なんじゃ、この時期を狙って来たんじゃ無いのか」

やれやれ、と老人が頭を軽く振った。

見習い「この時期? 狙う?」

老人「うむ、左様」

1つ息をつき、老人は続ける。

老人「幽霊船が近くにいる時はな、魚や貝、海草までいなくなるんじゃ。
時には人さえもいなくなるという。
ワシは最近、この漁村で同様の現象が起きている事を知ってな、出向いて来たというわけじゃ」

見習い「つまり、この漁村では魚や貝や海草が採れなくなっているのでありますか?」

老人「うむ」

女騎士「そんなところで幽霊船はあるか? なんて聞いていたら殴られて当然だわな」

老人「むう……」
13 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 20:26:12.03 ID:17fp5Y6DO
〜 夜、宿にて 〜

その後、老人を見送った2人は宿でのんびりとくつろいでいた。

女騎士「幽霊船……幽霊船ねえ……」

ベッドの上で腹を下にして、女騎士が足をブラブラと上に振る。
見習いはイスに座り、騎士剣を手入れしながら会話に参加する。

見習い「あの老人の言葉を信じているのでありますか?」

女騎士「うんにゃ全然。でも魚介類がいなくなるのは不自然だと思うんだよ」

見習い「それは……確かにそうでありますね」

女騎士「だろ? 見習いはどう思うよ?
ちなみにオッズは、
『魚介類の話もウソ』×2倍
『潮の影響』×3倍
『幽霊船は他国の密漁船』×5倍
『本当に幽霊船の仕業』×100倍」

見習い「『潮の影響』よりも『魚介類の話もウソ』が本命な所に上官どのの気概を感じるであります」

見習いは、ふうっとため息をついた。

女騎士「ま、冗談はさておき、明日になったら少し調べてみよう。休暇は長いから少しくらいは働いてみるか」

見習い「了解であります」

やがて夜もふけていくが、急ぐ事は無い。
最重要任務こと休暇は1ヶ月もあったのだった。
14 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 02:26:06.95 ID:thtwLHWDO
〜 翌日 〜

見習い「……という事であります」

女騎士「ふむふむ」

6人目になる漁師との会話を終えて戻ってきた見習いから話を聞き、女騎士は頭をひねった。

女騎士「本当に海産物が採れてないんだな」

老人の話は本当だった。

見習い「こんなの初めてだって、みんな首をかしげているであります」

女騎士「じゃあ、潮の影響でも無いわけか」

オッズ的に本命と準本命が消えてしまった。
だが幽霊船の話はともかく、海産物がまったく採れないのは事実で無視出来ない。

見習い「どうするでありますか?」

女騎士「うーん、私には海洋学の心得も無いしなあ……」

女騎士は両手を上げて降参のポーズをとった。

女騎士「お手上げー、なんつって……ん?」

女騎士は不意に自分の背中に視線を感じ、両手を上げたまま身をひねる。

男「っ!?」

すると後方、遠くの物陰に隠れていた1人の男と目が合う。
その瞬間、男は背中を見せて弾かれたように逃げ出した。

女騎士「……よし、追うぞ」

見習い「え?」

女騎士「あれは『追ってください』って言ってるようなもんだろ」

言いながら、女騎士はすでに走りだしている。
見習いは呆気にとられながらも女騎士に遅れて走りだした。
15 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 06:19:19.96 ID:thtwLHWDO
〜 海岸、岩場にて 〜

女騎士「ふう、やっと追い詰めたぞ」

見習い「何で私たちの姿を見て逃げたのでありますか?」

男「う、うぅ……」

女騎士「正直に白状した方が気が楽になるぞー? それとも宿に連れ帰って縛り上げて欲しいかー?」

優しげな口調で、しかし女騎士の表情は凄みの利いた、肉食獣の如き笑み。

男「ひぃっ!? ま、待ってくれ!」

女騎士「おう、なら話せや」

見習い「相変わらずのやり口であります」

見習いが横目を向けると、女騎士は「ふんふ〜ん」と鼻歌を歌いながらそっぽを向いた。

女騎士「ま、結果オーライだ。あとお前は早く白状しな」

女騎士が牙を剥いて見せると、男はビクつきながら言葉を紡ぎ始めた。

男「あ、あれは今から3日前のことだ……」
16 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 06:33:08.83 ID:thtwLHWDO
男「1ヶ月前から続く不漁は、俺たちを干からびさせちまった」

男「だが、俺は千載一遇のチャンスだと思っちまったんだ」

見習い「チャンス?」

男「魚が一度にいなくなるなんてあり得ない。どっかに固まっているんじゃねえかなって思ってよ」

女騎士「1番乗りしたヤツが1人勝ち、みたいな発想か」

男「あ、ああ……でも、それがいけなかった」

男「俺は深夜にこっそりと船を出してしまったんだ」

見習い「何で夜でありますか?」

男「イカは光に集まるし、何より誰かに見つかりたくなかった……ひとり占めしたかったんだ」

男「でも、俺は沖で……遭遇しちまったんだ! あの『幽霊船』と!」

女騎士・見習い「っ!?」
17 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 07:10:22.90 ID:thtwLHWDO
〜 回想、男 〜

沖合いに出てから一時間は経つ。
だが、魚が網にかかる事は一度も無かった。

男「ちっ」

何度目かの引き揚げ、何十度目かの舌打ち。
性来、働き者ではない男はすぐに根を上げた。

男「仕方ねえな、もう帰るか」

だが沖合いまで来たからには成果も欲しい。
男は最後の一回と決めると、網を海へと放った。

男「はあ……、ん? 霧か?」

気が付けば、かがり火が照らす闇夜の黒にモヤが掛かり始める。
男が露骨に顔をしかめた。

「こりゃ、帰った方がいいか?」

しかし、周囲に表れた異変はそれだけでなかった。

バシャバシャバシャバシャ

けたたましい水しぶきの音。
男が驚いて顔を向けると、海面が黒一色に染まっていた。
しかも、それはただの黒ではない。
かがり火の赤を反射するウロコ、躍動する尾ヒレ。
海面を覆い尽くさんばかりの魚群だった。

男「へ、へへ……冗談だろ?」

信じられないが、まごうことなき現実である。
男は試しに網を揚げてみようとするが、あまりの重さに一息では上がらなかった。

男「ふ、ふはっ! ふははははっ!!」

込み上げてくる歓喜に笑いを堪え切れず、狂ったように笑いながら網を引く手に力を込める。

……そんな状態だったので、男は『それ』に気が付くのが遅れてしまった。
18 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 07:41:47.40 ID:thtwLHWDO
突然、男の目の前に壁が現れた。

男「え?」

壁はよく見たら木目調で、さらに海の上を走っている。

男「ふ、船?」

それは巨大な、田舎に住む男が見たこともない、本当に巨大な船だった。

男「…………」

男は網を揚げる事も忘れて、呆然と目の前に現れた船を眺める。
目が離せなかった。
たとえ離したくても、離す事が出来なかった。

男「う、うぅ……」

巨大な船は灯りが無く、まるで無人。
これだけでも異常だが、その上、妙に油っこい、粘つくような視線を男は船から感じていた。
人影はまったく無いのに、肌に突き刺さってくる視線は確かな実感がある。
それも1つ2つではなく大量に。
まるで衆人監視の中で今まさに処刑を行われるような居心地の悪さが、冬だというのに男の額に汗をにじませる。

そして時間が止まる。
わずかな動きが場の均衡を破壊しそうで、男は網を持ったまま身動き1つ取れない。
そんな中で、男の乗った小舟が不意に動き始めた。

向かう先は、目の前の巨大な船。
19 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 08:03:43.44 ID:thtwLHWDO
男「な、なに!?」

事態を把握し、金縛りの解けた男が急いで櫂を握り締める。

男「くうっ!」

だが、いくら力を入れて漕ぎ続けても船は進路を変えない。
男は完全に恐慌状態に落ちた。

バシャバシャ……

魚の出す音だけが辺りに響く。

バシャバシャ……

霧の中で、近づきあう船と小舟。
男は必死の形相で櫂を動かすが、まったく成果は上がらない。

バシャバシャ……バシャ

今にもぶつかりそうな程に小舟が近づき切った所で、ふと男は顔を上げた。

「……っ!!」

たくさんの人影が、甲板から男を見下ろしていた。

霧の中、紅く染まった月を背景に浮かび上がった人影たち。
生気など微塵も感じさせないそれらを見た男は、声にならない声をはち切れんばかりに上げ、がむしゃらに海へと飛び込んだ。

……………………

………………
20 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 08:26:15.26 ID:thtwLHWDO
………………

…………

男「後は無我夢中で泳いだ、気が付けばどっかの陸へ上がってて……、クソ寒い中を走って村まで戻って来たんだ」

女騎士「…………」

見習い「…………」

男「ウソくさいが、ウソじゃねえ。アレは間違いない、本物の『幽霊船』だ」

見習い「話はわかったであります……ところで、何で自分たちから逃げたのでありますか?」

幽霊船の話で、男が逃げる意味がわからない。
見習いが眉間にシワをつくって尋ねると、男は泣きそうな声で答えた。

男「漁業組合はな、船が無い漁師に船を貸すんだ。そして、漁師は漁で得た売上金のいくらかを組合に渡す」

見習い「……組合の船を無くしたのがバレたら、でありますか?」

男「そうなんだよ! おれが船を無くしたのがばれたら借金地獄だ! それだけじゃねえ、勝手に船を借りたのがバレたら村からつま弾きにされちまう!」

女騎士「自業自得だな、行くぞ見習い」

見習い「は、はいであります!」

男「お、おい!」

男は何かを言いかけ口をつぐみ、だが再び口を開くと2人の背中に向けて叫んだ。

男「オレが船を盗んだ犯人だって誰にも言わないでくれよーッ!」
21 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 09:13:44.55 ID:thtwLHWDO
〜 漁村、隣接する崖上 〜

女騎士「うーん、ここからならよく見えるが、見えるのは水平線ばかりだな」

2人は口数も少なく、漁村の入り江を歩き続け、やがて入り江の先っぽにある崖へと辿り着いていた。

見習い「幽霊船探しでありますか?」

女騎士「なんたって最重要任務だかんな」

女騎士は不敵な笑みを浮かべる。

女騎士「それに、何だか楽しそうだしな」

見習い「そっちが本音でありますね」

女騎士「なんだ、乗り気じゃないなー」

見習い「いや、乗るというか、何というか」

見習いは少し前の男の話を思い出す。

見習い「どう言ったらいいのか」

女騎士「話はウソくさい。でも、男がウソを言っているとは思えない、て感じか」

女騎士の言葉に、見習いは目を丸くした。

見習い「そ、その通りであります!」

女騎士「だよな、お前もそこに引っ掛かるよな」

しかし、見習いの心を透かしたように的確な読みを見せた女騎士は、特に気にもせず続ける。

女騎士「何かがいるのか、いないのか……はてさて」

見習い「でも、海上に何かがいるのならば、漁師たちが真っ先に気付いていてもおかしくないでありますよ?」

女騎士「そうだよなー、仮に幽霊船がいるとするなら、誰かが先に……」

と、そこで女騎士は言葉を止めた。
22 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 09:32:00.30 ID:thtwLHWDO
見習い「どうしたのでありますか?」

女騎士「アレ見てみ、アレ」

女騎士の指差す先。
崖の裏側、岩に囲まれた地帯に、一隻の小舟が乗り上げていた。

見習い「小舟? 漁師さんたちの物でありますか?」

女騎士「漁師たちが縄で縛らずに舟を放置するか? 流れ着いて来たんだろ」

女騎士の言うとおりに舟を繋ぎ留める物は何一つ無い。
確かに不自然だった。

見習い「でも、いったいどこから流れて」

言いながら、見習いは思い出していた。
つい数十分前、舟を無くした話を聞いたばかりなのだ。
見習いが顔を女騎士に向けると、女騎士も同様の事に思い至ったらしく、二人で顔を見合わせた。

女騎士「……行くか?」

見習いが頷く。
そして二人は崖の上から降り始め、岩場に乗り上げた小舟へと近づいていった。
23 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 12:37:41.21 ID:thtwLHWDO
〜 崖下、小舟 〜

女騎士「投網に櫂、ビツに船下倉」

見習い「見事に漁師の舟であります、しかもすべて新しい」

女騎士「あの男の舟で間違いなさそうだなー」

見習い「教えてあげるでありますか?」

女騎士「うーん、あの男はあんまり好きじゃないしなー」

見習い「またそんなことを……」

女騎士「いやいや、ちゃんと返してやるつもりだよ? ……でもな、少しくらいはお礼を貰ってもいいだろ?」

見習い「お礼?」

女騎士「ククク、最重要任務はな、何を押し退けても優先されるのだよ」

ニヤリ、と女騎士が口元を吊り上げた。

見習い「わ、悪い笑顔であります!」

女騎士「なーに、少しくらい無断で借りても問題ない。この舟の持ち主がそれを実践してたんだしな」

見習い「所有権は漁業組合にある気がするでありますが」

女騎士「言ったろ? コレは最重要任務」

見習い「……了解であります」

少し腑に落ちない顔の見習い。
だが、すぐに諦めて苦笑いを顔に浮かべると、女騎士に質問した。

見習い「ところで、やっぱりこの舟に乗るんでありますか? それで幽霊船を」

女騎士「もち! だけど今すぐじゃないな」

見習い「?」

女騎士「鈍いなー、空を見てみろ、お天道様がぴっかぴかだろ?」

見習い「時刻は昼過ぎくらいだから当り前でありま……ってまさか!?」

嫌な予感に思わず見習いが声を上げる。
女騎士はイタズラを思い付いたような憎らしい笑顔を満面に湛えていた。

女騎士「そう――幽霊ってのは『夜』が相場に決まっているだろ?」
24 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 12:58:53.70 ID:thtwLHWDO
〜 夜、崖下の岩場 〜

女騎士「準備はいいか?」

見習い「はいであります!」

皮の袋を背負い、厚手の上着を着込んだ2人が小舟に乗り込む。
腰には騎士剣も忘れていない。

女騎士「それでは、出発進行ー」

女騎士が櫂を持ち、その先で岩を押した反動で海へと移動する。
前もって中程までプカプカと水に浮かべていた舟は一瞬の重い手応えの後に、海面を滑って動き始めた。

女騎士「おー! なんか『旅立ちの刻』みたいでワクワクするなー」

見習い「向かう先は幽霊船でありますが」

手持ちぶさたな見習いが空を見上げると、天上には丸い月が浮かんでいた。

見習い「星の位置に季節は冬、王都から西へ移動したぶんの距離が……」

女騎士「何やってんだ?」

舟の櫂をワキに挟み、体全体を使って動かしながら女騎士が聞く。
見習いは得意気に鼻を高くした。

見習い「星の位置から方角と、漁村の位置方向を覚えておくのであります! 舟の安全は任せて欲しいであります!」

女騎士「そうか、漁村の明かりが見えなくなるほど離れるつもりは無いけどな」

見習い「……そうでありますか」
25 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 13:43:51.55 ID:thtwLHWDO
〜 海上 〜

沖に出てから十数分。
真新しい発見もなく、二人の口数も次第に少なくなってくる。
女騎士は何となく漁村に顔を向け、揺れる明かりを見ていた。

女騎士「遠くまで来たな」

見習い「はいであります」

漁村の明かりは遠いが、見失う距離ではない。
しかし、陸と海は確かな距離を隔てている。

女騎士「ものかなしいな」

見習い「……はいであります」

時刻は太陽が完全に沈んで一、二時間。
漁村に揺れる明かりの一つ一つに家庭の団らんがあるのだろう。

他人の家を覗き込むような、ささやかな温かさ。
そして、自分の家族の記憶を揺り動かされて起きる軽い望郷の思い。
そして女騎士は、つい口を滑らせてしまった。

女騎士「見習いの家族は」

女騎士は言ってすぐに、後悔した。

女騎士「ご、ごめん」

女騎士の言葉に、見習いが目を丸くして首を傾げる。
その悪意なき姿に女騎士は居たたまれなくなり、思わず目を逸らした。

――知っていたはずなのに!

女騎士は見習いに背中を向け、自分への怒りで歯を噛み締める。
見習いの父は、山の教会の前で力尽きていた。
その胸に抱き締められ、傷一つ無く守られていたのが見習い。
すべて、本人の口から聞いた事実だった。

――私は何時だってこうだ、口や手が、考えるよりも先に動いてしまう。

そして大切ものを自分で傷付けていれば世話も無い。
自分が情けなく、みっともなく思えて嫌になり、女騎士は恥じるように顔を伏せた。
26 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 14:23:00.72 ID:thtwLHWDO
女騎士が見習いに背中を向けたまま顔を伏せる。
見習いはその背中に向けて小さく微笑んだ。

――上官どのは本当に、いらない所で真面目であります。

騎士にとっては見習いなど、蹴飛ばして扱うものである。
だが女騎士は同じ目線で見習いに対峙し、時には自分の非を認めて頭まで下げる。
とても、とても、まっすぐで、それ故に不器用で繊細な優しい人。

立ち尽くす事しか出来ず、すべてを諦めて沈みかけていた見習いに、自分から行動することを教えてくれた大切な人だった。

見習い「家族はたくさんいるでありますよ」

だから、気落ちした女騎士の背中なんて、見習いは見たくなかった。

女騎士「……っ?」

女騎士が思わず見習いに振り返る。

見習い「村長のおじいさん、羊飼いの少年、それに風車小屋のおばあさん。村のみんなが家族で、毎日がにぎやか。寂しいなんて思えた暇は一度も無いであります」

女騎士「……」

今度は女騎士が目を丸くする番だった。
その姿が妙に面白く、見習いは茶化すような口調で、女騎士を話へと引き入れた。

見習い「それで、上官どのの家族はどんな感じでありますか?」

女騎士は一瞬固まり、そしてすぐに口を開いた。

女騎士「あ、ああ! オヤジは本当にバカでな! おふくろは……」

女騎士に笑顔が戻る。
それが嬉しくて、見習いも頬をゆるめて笑みを深めた。
二人の会話は弾む。


……だから、周囲に霧が立ち込め始めた事に二人が気付くのは、もう少し後になってからだった。
27 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/02(月) 00:22:55.06 ID:A7zpqT2DO
〜 霧の中 〜

いつから霧が表れたのかは定かではない。
霧が気にかかり始めた時、すでにそれは二人の周囲を覆っており、漁村の明かりも黒く塗り潰していた。

女騎士「ずいぶんと深い霧だな」

見習い「村の明かりも見えないでありますが、満月はかろうじて見えるであります」

見習いの言葉に女騎士が視線を上に向けると、黒い霧の向こうから月の明かりが透過し、満月の形を浮かび上がらせていた。

女騎士「……随分と赤いな、月」

見習い「珍しいでありますね、でも、コレで漁村の位置がわかるであります」

女騎士「無駄スキルにならずにすんで、本当に何よりだ」

見習い「えへへ」

見習いがはにかみ、漁村のあるべき場所を指差す。
少し前の会話の余韻か、女騎士は自然と緩む顔で頷きながら小舟の舳先を見習いが指し示す漁村の方へと向けた。

女騎士「こんな空模様で長居は無用だ、すぐに帰」

言葉の途中で女騎士が止まる。
その顔は瞬く間に険しいものへと変わっていった。
異常な雰囲気に気付いた見習いが女騎士の視線の先、自分の後方へと振り返る。

見習い「……っ!?」

そこには、いつの間に現れたのか。
巨大な船がそびえていた。
28 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/02(月) 00:54:59.70 ID:A7zpqT2DO
互いの距離は二十メートルほど、だが見上げなければ全容を見渡せない事がその船体の巨大さを物語っている。
船はマストが無く、至るところに刻まれた破壊と修復の跡が、ただ事ではない『何か嫌な事』が起きた事を想起させた。

見習い「上官どの」

女騎士「ああ、……『いる』な」

女騎士が答えると、見習いは小さく頷いた。
二人が感じているもの、それは無数の視線だった。
人の意思を掻き集め、煮詰めて、凝縮し、ぶちまけたような息の詰まる粘っこい視線たち。
それが船のあらゆる場所から放たれており、それは船体の巨大さもあって、二人にのしかかられるような圧迫感を与えていた。

女騎士「男の言った事は本当だったわけだ。見てみろ、舟が勝手に吸い寄せられていく」

見習い「どうするでありますか?」

しかし、二人は取り乱す事もなく、会話を続ける。

見習い「……舟はなぜか引き寄せられる、逃げるには海に飛び込むしかない」

女騎士「どうせ飛び込むなら、手土産が欲しいな」

結論は出た。
お互いの顔を見合い、どちらからともなく二人は頷き合った。

やがて二人が乗る舟は、巨大な船へと接舷する。
真紅に染まった満月が、二人の行く道を照らしていた。
29 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/02(月) 15:42:26.12 ID:A7zpqT2DO
女騎士「よっ、と」

浅く身をかがめ、ジャンプ。
そのまま女騎士が手を精一杯上に伸ばす。
すると船の腹にある破損箇所、乱雑な応急処置の施された部位に指がかかった。

女騎士「ふっ、くうぅ!」

指に力を入れ、腕をかける。
そのまま女騎士が上半身を上げると、目の前に木の板で作られた×の文字が現れた。

女騎士「せいッ!」

女騎士が正拳突きを放ち、板を破壊する。
そして、道を確保した女騎士は一息に船へと這い上がった。

女騎士「よし、手を伸ばせ」

見習い「ありがたいであります」

振り返り、見習いの手を掴んで引き上げる。
乗ってきた小舟をロープで係留するのも忘れない。
女騎士がロープを近くの柱に巻き付けている間に、見習いの方は背負っている皮袋からランタンとマッチを取り出して火を灯した。

女騎士「お、すまない」

見習い「いえいえ」

言いながら、見習いはランタンを左右に動かして辺りを探った。

見習い「この船の作りは客船のようでありますね……」

ロープを結び終えた女騎士も、遅れて辺りを見回し始める。
女騎士たちの這い上がって来た場所は廊下の一部となっており、船の内側へ向けて一列に等間隔でドアが並んでいた。

女騎士「船員の部屋とかじゃないか? こんな巨大な船だと貨物船が妥当だろ」

女騎士が手近にある部屋のドアノブを回して開ける。そこにはベッドとクローゼットなど、申し訳程度の調度品だけが備え付けてあった。

見習い「いや、貨物の運搬よりも客に重点を置いているであります」

だが、女騎士の隣で見習いはそう断言した。

女騎士「……どうしてそう思う?」

見習い「貨物の運搬を主軸に置くならば……そして船の巨大さと合わせて考えてみても、安定を保つために下層域はすべて船倉になるはずであります」

見習いはハキハキと迷い無く続けた。

見習い「もし、この船が貨物船だとするならば、海面近くのここに部屋を置く有益性がほとんど考えられないであります」

女騎士「……なるほど、だから客船か」

見習い「はいであります」

女騎士は「むう」と小さくうなった。

――相変わらず、良い「眼」をしているな。

女騎士がそう思うと、力を認め合う友人として無性に心地よく、こっぱずかしくなってくる。
女騎士は恥ずかしさを隠すように、見習いの肩を軽く叩いて感謝した。

女騎士「グッジョブ!」

見習い「はい! 上官どのに足りないものは自分が補うであります!」

女騎士「……ほう、私に足りないもの?」

見習い「……あ」

見習いが口を押さえるが、もう遅い。
女騎士はニコニコしながら見習いの頭をつかまえた。
30 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 01:56:18.23 ID:U5hrRa3DO
〜 船、内部 〜

女騎士「まったく、思慮と気品が足りないとは言ってくれるな」

見習い「気品は十分に足りていると思うであります!」

女騎士「つまり、思慮は十分に至らぬと?」

見習い「はうっ!?」

女騎士が握り拳を見せると、見習いはヒリヒリと痛むこめかみを押さえて後ずさりした。

乗船後、こめかみグリグリの刑を執行、または執行された二人は船内の探索を始めていた。
二人とも軽口こそ叩いているが、右手には両刃の騎士剣を抜き身でたずさえている。
鞘を押さえる左手がランタンでふさがっているため、敵から襲われた際の抜刀がどうしても遅れてしまうから仕方がない。

女騎士「ま、冗談はさておき……どう思う?」

じゃれ合うような雰囲気から一転、真剣な声で女騎士が見習いに聞き尋ねた。

女騎士「人気は無く、船内には争った痕跡、人骨はまだ見つかって無いが……」

女騎士がランタンを持つ手を上げると、周囲の景色が克明に浮かび上がる。
壁には刃物で切り裂かれたような跡、そして叩き破られたドア。
床には血がこびりついたような黒ずんだ跡もある。
女騎士たちが乗船した場所はまだ大丈夫だったが、船の内側に行くに連れて辺りはひどい有様になって行った。

見習い「海賊、もしくは乗客の暴徒化でありますか?」

女騎士「うーん」

二人は首をひねって考えるが答えは出なかった。

女騎士「まあ、それは置いといてだ。気をつけておけ、船から感じた視線は本物じみていたからな」

見習い「そう、でありますね」

見習いは少し前の事を顔をうつむけて思い出す。
二人が小舟にいた時に船から投げ掛けられていた視線の圧力は『本物』だった。
31 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 07:28:55.78 ID:U5hrRa3DO
女騎士「それと……いや、しかし」

見習い「どうかしたでありますか? 珍しく歯切れが悪いであります」

女騎士「いや、なんつーか、違和感があってな……少し話を整理しないか?」

見習い「違和感? はい、わかったであります」

特に反対する意味も無いので見習いが賛成する。
女騎士は頷くと、廊下の壁に背中を預けて話し始めた。

女騎士「まず、私たちは最重要任務という名の休暇中に『幽霊船』と村で起きてる『不漁』を知った」

女騎士「そして、抜け駆けしようとした男が『幽霊船』らしきモノの存在を証言した」

女騎士「男の証言がウソだと我々は思えず、崖下に流れ着いていた小舟で確認のために出発。今に至る……だな?」

揺れ動くランタンの明かりで顔に陰影を作りながら、女騎士が見習いへと目を向けた。

見習い「はいであります」

女騎士「よし、それで整理の本題なんだが……この船って『何なんだ』?」

見習い「……?」

女騎士「私は物質主義者だ。口では何とでも言ったが、心の中では幽霊船なんてちっとも信じていない」

女騎士が前置きして続けた。

女騎士「そうなると、この『客船』に関わる疑問『いつ』『どこから』『誰が』の情報が私の頭の中で繋がらないんだ」
32 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 08:41:32.72 ID:U5hrRa3DO
見習い「『いつ』『どこから』『誰が』?」

女騎士「最初は密漁者か不法居住者が漂流している船に乗り込んでいると思ったが、そうなるとこの船の破損状況がおかしい」

女騎士は廊下の壁から背を話し、違う壁へと歩いていく。
そこは船の内外を隔てる外壁だった。

女騎士「見てみろ。私たちが乗り込んだ場所だけでなく、ココにも穴が開いている」

見習いが女騎士を追って歩いていくと、女騎士が示す壁には男の大人が余裕で立って通れそうな穴が豪快に開いていた。
木の板で補修された跡があるが、無駄な行為の感は否めない。
一度は陸揚げして内外からじっくりと時間をかけなければ、根本的な修復は無理だろうと見習いは判断する。

女騎士「おそらく、他も同様だ」

見習い「こんな状態での航海は長くは持たないであります。雨が降るなり、波が高くなるだけで即浸水」

女騎士「そう、この船はいつ沈没してもおかしくない。誰かが発見しても『利用できる時間的な猶予』がまるでないんだ」

見習い「それが『いつ』という疑問でありますね」

女騎士「ああ、それにこんな巨大な客船が最近、難破したなんて記事は見た事が無い。自慢じゃないが、雑誌と新聞で常に新しい情報を仕入れている私が見逃すとは思えないんだ」

見習い「上官どのは新しい物が好きでありますからね?」

女騎士「あ、ああ、……面と向かって言われると少し恥ずかしいな」

女騎士は鼻の頭をかきながら見習いに答えると、コホンと咳をついて話を戻した。
33 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 09:12:24.89 ID:U5hrRa3DO
女騎士「次に、この船は『どこから』来ているのか?」

見習い「そう言えば、昼頃に崖上から見た時は海上に何も無かったでありますね」

女騎士「そう、しかも外から見た時、この船にはマストが無かったはずだ。海流に乗るしか移動方法が無い」

見習い「……では流されるままに移動しているでありますか?」

女騎士「漁村にいた抜け駆けしようとした男が、三日前にこの船と遭遇していたな」

見習い「……同じ場所をグルグル回っている?」

女騎士「思い出してくれ見習い。漁村の連中は、抜け駆けしようとした男以外に『この船を見ていない』んだ」

見習い「……っ!?」

ハッ、と気付いたように見習いの表情が驚きで固まる。
海に出るのが生業の漁師たちが、こんな巨大な船を見逃すはずが無い。
海流に乗るしか移動手段の無い船が、漁師に見つからないのはあまりに異常だった。

女騎士「海流に任せて動くしかない、いつ沈んでもおかしくない船」

そして、女騎士が最後の疑問を見習いに投げ掛ける。

女騎士「まったく利用価値の無い船――そんな船から『誰が』私たちを見ていたんだ?」
34 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 11:20:56.57 ID:U5hrRa3DO
二人の間に沈黙が降りる。
しばらくして、女騎士が口を開いた。

女騎士「利益など関係なく、この船に偶然辿り着いた漂流者か? ……いや、ならば進んで我々と接触するはず」

女騎士が口に出して自問自答した瞬間、いきなり見習いの顔色が変わった。

見習い「いや、待つであります! 我々と接触したくない漂流者だった場合は!?」

女騎士「接触したくない漂流者? 賞金首とかか?」

見習い「はいであります! 帰りたいが顔を出すわけにはいかない漂流者。もし、この船にいるのがそんな相手だったら!」

女騎士「……しまった!」
女騎士が目を見開く。
そして、女騎士はすぐさま身を翻すと元来た道を駆け戻り始め、見習いもその後に続いて駆けていった。
35 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 12:34:29.05 ID:U5hrRa3DO
女騎士「やられたッ!」

女騎士が近くの壁に握り拳を叩きつける。
二人が船に乗り込んだ地点、ロープで繋ぎ留めていたはずの小舟は姿形も無くなっていた。

見習い「小舟はこの船に引き寄せられていた気がするでありますが」

女騎士「たぶん潮の流れとかの影響だろう、それとも何だ? 幽霊の仕業とでも言いたいのか?」

女騎士は口に出してすぐに頭を振り、見習いに謝った。

女騎士「……すまない、気が立っているみたいだ」

見習い「いえ、こちらこそ申し訳なかったであります」

謝り合った二人は、やがてどちらからともなくその場にへたり込んだ。

女騎士「……はぁ、泳いで帰らにゃならんのか」

見習い「これだけ巨大な船なら、木材を引き剥がして即席のイカダが作れそうでありますが」

女騎士「ていうか、それしかなさそうだな」

女騎士が両手を上げて『お手上げ』のポーズを取り、そのまま背後に倒れ――

女騎士「……え?」

廊下の向こう側に立つ少女と目が合った。
36 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 13:01:13.27 ID:U5hrRa3DO
女騎士「うおぉッ!?」

見習い「うわっ!? いきなり飛び起きたらビックリするであります!」

女騎士「い、いや! 人! 少女がいる! こっちを見てる!」

見習い「え?」

見習いは廊下の向こうを差す女騎士の指を見る。
次に、廊下の向こうへ顔を向ける。
そして硬直。

見習い「……少女!? 何でこんなところに」

女騎士「幽霊じゃないよな! 幽霊じゃないよな!! 幽霊じゃないよなッッ!!!」

見習い「……怖いんでありますか?」

女騎士「そんな事はないッ!!」

見習い「……」

見習いは肩を落とすと女騎士から顔を逸らし、ランタンを掲げ、廊下の向こうからこちらを見つめる少女の観察を始める。

少女の背は低く、まだ十代前半。
長い黒髪に白のワンピース姿がよく映える。

だが、そこまで見たところで少女が不意に、二人へと背中を向けて歩きだした。

見習い「あっ! 待つであります! 上官どの!」

女騎士「ま、待て見習い! ワナかもしれない、ゆっくり行こう! な? ゆっくりと!」

見習い「……」
37 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 14:06:01.37 ID:U5hrRa3DO
〜 船内、少女の後を追って 〜

女騎士「小さい頃な、よくお祖父様が武勇伝を話してくれたんだ」

早歩きで少女を追いながら、女騎士がつぶやくような小さな声で見習いに話し続ける。

女騎士「ドラゴンや魔王を退治した話、伝説の勇者の武器を見つけた話、今なら全部作り話だってわかるけどな」

曲がり角、剣を構えて警戒しながら女騎士が一気に飛び出る。

女騎士「でもな、幽霊やアンデッドとか、あれはダメだ」

見習い「どうしてでありますか?」

周囲に視線を走らせながら見習いが声だけで尋ねると、女騎士も正面を見たまま答えた。

女騎士「剣が効かないらしいんだよ、そんな奴とどうやって戦えばいいんだ?」

見習い「そ、それだけでありますか?」

女騎士「それ以上の理由は無い!
決して、私が怖がるからお祖父様も調子に乗って話を強化し続けて、気が付けば大人も青ざめるようなトラウマ恐怖話を、母上が気付くまで毎日聞かされ続けたなんて事が真の理由ではない! あのクソジジイッ!!」

見習い「……そう、でありますか」

そうこうしているうちに、二人は上階への階段を見つけた。
38 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 14:28:13.51 ID:U5hrRa3DO
〜 船内、階段前 〜

女騎士「行くか?」

見習い「……大丈夫でありますか?」

見習いは不安そうに女騎士へ聞いた

女騎士「足もあった、お前の目にも映っている。相手は人間だ!」

すると、女騎士は自信満々の笑みを見習いに返した。

見習い「わかったであります。それでは自分が先に階段を昇るであります」

女騎士「え? いや、私の方が適任じゃないか?」

女騎士は視線で言外に「大丈夫だぞ、いや、本当に」と伝えると、見習いは優しげな笑顔で説明した。

見習い「いえ、上官どのの能力を疑っているわけではないであります。ただ上階で待ち伏せされた場合、自分が後方では役に立たないであります」

女騎士「?」

見習い「つまり、危ないと感じたら後ろに飛び退くので、受け止めて欲しいであります」

女騎士「お、おう! 任せておけ!」

女騎士が元気に頷くのを見届け、見習いは階段に向き直る。
上階までは二十段前後。
見習いは緩んだ表情を引き締め、最初の一歩を踏み出した。
39 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 17:08:32.80 ID:U5hrRa3DO
一歩を踏み出すごとに、木板の軋む音が響く。

見習い「……」

右手に剣を、左手にランタンを構えて、見習いが上方を確認しながら階段をゆっくりと進んでいく。
それは緩慢な動きだが、確かに進んでいる以上、やがて終着点へと至る。

見習い「……何もない、でありますね?」

見習いがランタンを持ち上げる。
最後の一歩を踏み出した見習いを待っていたのは、客室が並ぶ、下の階と変わらぬ廊下。
破壊の跡に、シミの跡。
そして、積もったホコリに、色褪せてくすんだ風景――

見習い「……あれ?」

そこで違和感。
見習いは眉をひそめ、ジッと目を凝らす。
しかし、違和感の正体には気が付かない。

見習い「うー?」

女騎士「おーい、大丈夫かー?」

見習い「あ、大丈夫であります!」

見習いは集中を解き、階下の女騎士に顔を向けて答えた。
40 :以下、あけまして [sage]:2012/01/04(水) 03:52:22.26 ID:Fu+gUzSDO
だが突然、見習いの背中に声がかけられた。

?「どうかしましたか?」

見習い「ひっ!? ひゃわッ!!」

誰もいない事を確認済みの場所、しかも背後からの不意討ちである。
見習いは弾かれたように距離を置こうとして、また身をひねって振り返ろうとして、そして剣を盾のように構えようとして。

結果、階段の方へと身を崩した。

見習い「あわわわわッ!?」

女騎士「見習い!」

下の階で様子を見ていた女騎士が慌てて階段を駈け昇り、見習いの体を下から抱き止めた。
鍛えられた女騎士の体は見習いの体を支え、階段を転がり落ちる事態を未然に防いだ。

女騎士「ふう……」

見習い「も、申し訳ないであります」

女騎士「いや、いいさ。それよりも……」

女騎士が見習いの背中から顔を出す。
磨きぬかれた床、廊下を等間隔に灯った明かりの火、質の良さげな厚木のドア。
階下の荒らされた景色とは比べ物にならない景色がそこにあり、そして、階段の前には一人の老紳士が立っていて、女騎士たちを不思議そうに見つめていた。

老紳士「大丈夫ですか?」

女騎士「……貴方こそ、なぜここに?」

老紳士は危害を加えるような様子ではないが、油断はならない。
女騎士は見習いを階段に降ろすと、見習いの前に一歩出る。
すると、老紳士は苦笑いを浮かべた。

老紳士「いや、ね。どうにも体の調子がよろしくない。集会から抜け出して一人で自室に戻らせてもらったんだ」

女騎士「集会?」

老紳士「ええ、上の階でもう始まっていますよ、貴女たちも急いだ方がいい……それでは」

女騎士「お、おい!?」

女騎士が呼び止めようとするが、老紳士は廊下の先へと歩いて行った。
41 :以下、あけまして [sage]:2012/01/04(水) 07:58:11.13 ID:Fu+gUzSDO
女騎士「な、何なんだいったい? あまりに平然としていたから色々と聞きそびれたぞ」

見習い「……」

女騎士「どうした見習い?」

見習い「け、景色が……え? あれっ?」

女騎士「おい、少し落ち着け。ほら深呼吸」

見習い「はいであります! すう……はあ……」

女騎士「しかし、どういう事だ? 人がいる上に、この階は綺麗に掃除されてる」

見習い「そ、その事でありますが……」

女騎士「あ、ちょっと待ってろ。下の階にランタンを忘れてきた」

女騎士は下の階から見習いを受け止めに駈けてきた。
剣は鞘に納められているが、ランタンはさすがにどうにもならなかったようだった。

見習い「あ、はいであります」

見習いが頷くと、女騎士は階下に降り始める。
その背中を横目で見た後に、見習いは周囲の景色に目を戻した。

見習い「確かに、さっきまでは荒れ果てていたはずでありますが……夢?」

いや、そんなことはないと見習いが首を振った時だった。

女騎士「うおぉぉッ!!」

女騎士が大声を上げながら階段を駈け上がってきた。

見習い「じ、上官どの?」

女騎士「ゆ、夢じゃないよな!? 私たちは起きているよな!?」

見習い「ち、ちょっと落ち着くであります。はい、深呼吸」

女騎士「すう……はあ……すう……はあ……」

見習い「で、どうしたでありますか?」

女騎士「そ、それがだな……」
42 :以下、あけまして [sage]:2012/01/04(水) 12:30:08.24 ID:Fu+gUzSDO
〜 階下、二人 〜

見習い「これは……」

女騎士「気が付いたらこうなってた、床のシミも壁の傷跡もきれいさっぱり無くなってる! 夢じゃないよな、これ!?」

二人が少し前までいた下のフロアは上の階と同様、綺麗に片付けられていた。

見習い「じ、実は自分もその事で話があったんであります!」

女騎士「なにっ!? 言ってみろ!」

見習い「実は上の階に着いた時、辺りはこのフロア同様に荒れ果てて何も無かったであります! しかし、上官どのの方を振り向いた瞬間、あの老紳士が急に現れ、気が付けば辺りも綺麗に片付けられていたであります!」

女騎士「う、ウソだろ?」

見習いの話を聞かされた女騎士の顔から血の気が引いていく。
その顔は愛想笑いを無理に貼りつけているが、悲しいくらいに頬が引きつっていた。

見習い「だ、大丈夫でありますか上官どの?」

女騎士「う、ウソだ……夢なんだ多分……」

女騎士は頭を抱えてブツブツと何事かをつぶやくと、いきなりバッと背中を伸ばして胸を張った。

女騎士「見習い! 私をつねろ!!」

見習い「はい?」

女騎士「夢かどうか確認する! 私をつねろ! お前も私がつねってやる!」

見習い「……」

いつもならばスルーする所だが、今回は勝手が違う。
見習いも今置かれている状況が夢か現か幻かさえ分からない。
見習いは少し考えると、小さく頷いて女騎士に同意した。
43 :以下、あけまして [sage]:2012/01/05(木) 03:49:16.98 ID:Ked3ePsDO
女騎士・見習い「「せーのっ!」」

ぎゅ〜ッ……

女騎士・見習い「「いひゃい! いひゃい! いひゃいッ!?」」

そして、お互いに相手の頬から指を離した。

見習い「ゆ、夢じゃないであります……」

女騎士「現実かよ、くそぅ」

女騎士は苦虫を噛み潰したような顔で力なくうなだれた。

見習い「……」

そんな女騎士の姿に見習いは小さく手を伸ばしかけ、だが見習いは途中で手を止めると、思い直したように表情を険しくして胸を張ると、女騎士の顔を鋭く睨みつけた。

見習い「気を付けーいッ!!」

女騎士「!?」

突然の大声に女騎士の体がビクッと跳ねた。

見習い「まったく、上官どのは本当に栄えある王国騎士でありますか? 腰に提げている騎士剣はお飾りでありますか?」

女騎士「なんだとッ! 見習い! 言っていい事と悪い事が」

見習い「反論するつもりなら! しっかりと背中を伸ばし、胸を張ってするであります!」

見習いは続ける。

見習い「だというのに、上官どのは幽霊や不可思議な現象ごときにガクガクブルブル、情けないにも程があるであります!」

女騎士「……う」

見習い「例え相手が何であろうと、誇りを胸に毅然と立ち向かうのが自分たち騎士では無かったのでありますか!?」

見習いの大声が辺り一帯に、女騎士の胸に響く。
そして残響収まり切る前に見習いは険しい顔を解くと、女騎士へと小さく微笑んだ。

見習い「上官どのが弱っていたら、自分もつらいでありますよ」

女騎士「……」

見習いの言葉に、表情に、女騎士の顔色が目まぐるしく変わり始める。
驚き、目を逸らし、悲しげにうつむき、最期に顔を上げた時には、意志の力がしみ出て来るような力強い瞳。
わずかな葛藤の後、女騎士は完全に復活していた。

女騎士「せいっ!」

見習いの頭に女騎士のゲンコツが落ちた。

見習い「あうっ!?」

女騎士「上官に生意気な口を聞いた罰だ」

見習い「うぅ……申し訳ないであります……」

女騎士「だがまあ、助かった。それに、こんな事はもう無いから安心しろ」

見習い「え?」

女騎士「じゃあ行くぞ!」

女騎士は早口に言うと、見習いに背を向けて階段を昇り出した。
恥ずかしさから逃げるような子供っぽい女騎士の仕草に、見習いの顔も自然とゆるくなる。

見習い「ま、待って欲しいでありますー!」

だから見習いは、女騎士の背中をいつも通りに追い掛けて行った。
44 :以下、あけまして [sage]:2012/01/05(木) 04:02:40.37 ID:mTJReQYOP
前作を教えてプリーズ
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 06:27:28.49 ID:R3O7zY9DO
〜 所々が破れた日記、??? 〜

12月1日 晴れ

今日、お父さんと一緒にビンを海に投げた!
ビンの行き先をわたしが言うと、お父さんはとてもステキな事だって笑顔で褒めてくれた!
お父さん、ずっと暗い顔だったから少し安心。

こうやって、わたしの元気をお父さんに分けてあげなくちゃ。

12月2日 嵐

朝からすごい揺れ。
わたしもお父さんも船酔い、気分が悪い。

でも、陸ではお母さんが病気で待ってる。
お母さんの所につくまでわたしもしっかりしないと

12月5日 曇り

嵐がやっと通り過ぎた。
今日は朝から騒がしい。
マストとか、舵とか、船の人が叫んでる。
まだ気分が悪いから、わたしはお父さんと一緒に一日中寝ていた。

12月6日 曇り

みんなが大広間に集まる。
みんなが怒って何かを叫んでる、こわい。
震えていたらお父さんが抱き締めてくれた。
よく分からないけど、港への到着が遅れるらしい。
お母さんに会うのが遅れるのは悲しいけど、お父さんが悲しむのも悲しい。
笑顔で、大丈夫と言っておいた。

12月8日 曇り

本当なら、今日は港に着いている日。
でも、港も陸もずっと見えない。
集会で、毎日のご飯が減る事が決まった。
こんなことを書いているうちに、少しお腹が空いてきちゃった。

12月10日 曇り

今日も霧が晴れない。
船に乗ってるみんながピリピリしてる。
わたしも頭が痛い、船酔いかな?
みんなの間にもケンカが増えてきた。
早くお母さんにあいたい。
――それ以降、ページは黒一色。
それはどうやら何か同じ言葉が延々と書きなぐられているようだった。
黒一色に塗り潰されたページは力任せにペンを突き動かしたように破れ、解読は難しい。
だが、最後のページだけは白く残っていた。
日記の文から分かる持ち主の優しさが表面化したような純白のページ。
しかしよく見たらページの右下にも小さく一文だけ殴り書きがある。



――「みんな殺してやる」と
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 08:08:28.48 ID:R3O7zY9DO
〜 船、上層。女騎士と見習い 〜

階段を駈け昇って数フロア。
真新しい船内を素通りしていくうちに、二人の耳が誰かの声を捉えた。

女騎士「声? この上からか?」

見習い「何かを叫んでいるようでもありますが」

女騎士「行ってみたら分かる、行くぞ!」

二人は階段を踏みしめ、さらに加速。
やがて見えてくる次のフロアへ、二人はその勢いを[ピーーー]事無く躍り出た。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 08:53:54.74 ID:R3O7zY9DO

「○す」が禁止ワードらしい。
以下、最後の一文を書き直し。

その勢いのままに、二人は次のフロアへと躍り出た。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 12:22:55.55 ID:R3O7zY9DO
〜 最上階、大広間前 〜

女騎士「……」

女騎士が辺りを見回す。
階段を上がった先の廊下には老若男女、二十人弱あまりの人々が散り散りに立っていた。

?「だから! ……だと……てる!」

そして、どこからか聞こえてくるのは男の声。
どうやら、声は向かって左手側にある開け放たれたドアの先から聞こえてくるようで、廊下に立つ人々の視線もそのドアの向こうへと注がれている。
女騎士は廊下を数歩前に歩き、無言のままドアの前に立った。

青年「いつになったら助けは来るんだよッ!?」

瞬間、若い男の怒声が女騎士に浴びせかけられた。
だが、その声は女騎士だけに向けられたものではない。
どうやらドアの向こうは大広間になっているようで、女騎士が視線を動かして見れば、そこには廊下同様に大勢の人々が集まっていた。

見習い「これが、さっきの老紳士が言っていた集会でありますか?」

見習いが女騎士の背後から声をかけてくる。

女騎士「らしいな、しかしこれは」

大広間は船体の巨大さに見合った規模で、王城のメインホール並みの広さ……とまでは言わないまでも、平均的な貴族の館が備えるそれと遜色ない。
金箔走る天井の紋様、床は木板ではなく磨きぬかれた大理石。
部屋の左右には窓が並び、その窓枠にも光を浅く反射するような細工が施されている。
その他、部屋を彩る装飾も最低限の意匠を凝らした、舞踏会や夜会に使われるような上等な物である。
それらは銀紙で光の向きを調整された多数のランプで昼間のように照らされていたが、しかしそれらに今、視線を向ける者はいない。
白いクロスを掛けられたテーブルやイスは部屋の隅に寄せられ、深紅のツヤを放つベルベットのカーテンは窓の横で締め上げられている。
天を仰ぐ者も無く、まして自分の足下に視線を落とす者も無い。
そこに集まった者たちの視線は皆一様に大広間の奥、一段高くなったステージの上へと向けられていた。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 14:38:14.72 ID:R3O7zY9DO
〜 大広間 〜

小太り「心配なさらないでください! すぐに救助は来ます!」

ステージの上、小太りの中年男性が額の汗を拭きながら声を上げる。
すると同じく、ステージ上にいた青年が負けじと声を張り上げた。

青年「毎回毎回、アンタはそれしか言わないじゃないか! なんでアンタは救助が来るなんて胸を張って言えるんだ!?」

小太り「で、ですから……この船が港に着く予定の期日はとうに過ぎています。この航海で3日の遅延はさすがに遅すぎると港の方も気付くでしょうし、『あの嵐』を港が見逃すはずがありません」

青年「『でしょう』に『はずが』か!? 確証も無いのに推測を垂れているんじゃねえよッ!!」

小太り「う、うぅ……」

青年の剣幕に、小太りの中年男性が及び腰になる。
だが、そこに救いの手が入った。

貴婦人「ちょっと待ってくださらない? 推測を垂れているのは貴男も同じではなくて?」

割って入ったのは同じくステージ上にいた、黒いドレスを着込んだ貴婦人。
するとその声に続けて、他の人々もワラワラと声を上げ始めた。

黒ヒゲ「そうですな、確かに悲観的になりすぎです」

白衣「なぜ救助が来ないと思うのか、それをぜひとも聞きたいですな?」

黒ヒゲの紳士、白衣を着た老人が、貴婦人の言葉に賛同する。
ステージの上では、それら五人のイスが五角形を作るように並べられ、お互いに向かい合わせになっていた。

青年「だから、……ええいッ! クソッ!」

青年は正面から三つの視線を受けて何かを言おうとするが形にならず、苛立たし気に悪態をついて目を逸らす。
青年は諫められたように口を閉じ、しばしの沈黙がステージの上に訪れた。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 15:08:55.18 ID:R3O7zY9DO
女騎士「あいつら、ステージの上で声を張り上げて何をやってるんだ?」

一方、女騎士と見習いの二人は大広間に入り、部屋の隅に移動してステージ上を眺めていた。

見習い「言葉尻をとらえれば、救助が来るとか来ないとかの答弁をしているようでありますが」

女騎士「なーるほど、廊下に溢れるくらい人を集めた『集会』なわけだ」

女騎士が首を動かして大広間の様子を見る。
大広間には百人近く人が集まっていたが、テーブルやらイスを端に寄せているので、まだまだ人の入る余裕がありそうである。
しかし、ピリピリと緊張を帯びた熱気に気分を害されたのか、廊下へと移動する者も後を絶たない。

女騎士「しかし、何がどうなっているのか」

女騎士は、ため息まじりにつぶやく。

女騎士「破損していた船が直るわ、人は大勢いるわ、これじゃまるで……」

見習い「幽霊船、みたいでありますね?」

女騎士「そうだな、どうしたもんか」

見習い「……落ち着いているでありますね?」

女騎士「おまえもなー」
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 15:44:44.64 ID:R3O7zY9DO
女騎士「まあ、騒いだ所で事態が良い方に転がるわけじゃない」

女騎士は部屋の隅の壁に背中を預け、顔に満面の笑みを浮かべながら、やたらと偉そうな口調で続けた。

見習い「幽霊退治の方法は分からないが、戦力分析、気配察知、それに剣技には特に自信がある、任せておけ」

見習い「おお? さすが上官どのであります、頼りがいがあるであります」

女騎士のノリに感化されたように見習いがやたらと卑屈に答える。
両手でゴマを擦る仕草つきで。

女騎士「……」
見習い「……」

視線が合う。
そして、お互いに耐えきれなくなったのか、やがてどちらからともなく声を抑えて笑い始めた。

女騎士「く、くくっ」

見習い「ぷっ……うくくっ」

しかし、この状況で笑い続けているわけにもいかない。
見習いは目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭いながら、女騎士へと質問した。

見習い「そ、それで、自分たちはどう動くでありますか?」

女騎士「このまま静観、様子見だな」

女騎士も笑いを収め、大広間に視線を戻しながら見習いに答えた。

見習い「……? 動かずに様子見でありますか?」

兵は神速を尊ぶ、口より拳。
とにかく行動的な女騎士の控えめな態度に見習いが首をひねると、女騎士は静かに頷いた。

女騎士「ああ」

鋭い眼光を大広間に向けながら、

女騎士「今動くのは、ヤバイ」
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 17:58:34.68 ID:R3O7zY9DO
青年「クソッ! お前ら、いい加減にしろッ!!」

女騎士たちが眺める中、ステージ上で青年が声を張り上げた。

黒ヒゲ「どうしたのかね?」

青年「どうしたもこうしたもない! そもそも、この『集会』から不公平なんだよ!!」

黒ヒゲ「不公平?」

青年「ああ! この船にはお前達みたいな貴族で上流階級の連中と、俺たちみたいな中流や下流の一般市民が乗り合わせている!」

貴婦人「今さらですわね」

青年「くっ!」

貴婦人がバカらしそうに肩をすくめる。
青年は眉間にシワを寄せ、怒りに顔を歪めるが話を続けた。

青年「だが見てみろ! この席の数を! 俺たちは一つ、貴族たちが三つ、船長が一つ、船員たちは貴族の言いなりだから実質は四対一だ!」

白衣「まてまて、我々が席を力ずくで奪ったような言い草じゃないか?」

黒ヒゲ「この集会は船にいる皆がバラバラにならないように、また議論が破綻しないように我々代表者たちが責任を持って進行しているが、その代表者を決めたのは一人一人の票だったはずだが?」

小太り「そ、そうですな。私は船長としてここにいますが、他の皆様は票の多い順に……」

青年「ふざけるなっ! 最初はオレ以外にも一般市民を代表して三人いた! だが、お前たちがネチネチと追い詰めて行ったから今はオレしか残っていないんじゃないか!」

黒ヒゲ「個人を攻撃したような事は無い。普通に議論を展開していくなかで、会話の矛盾や偽りを追及していっただけだ」

白衣「そうじゃな。それに、集会での決定事項は食料の制限、水の使用制限、外の見張りの交代勤務。その他、いずれも貴族や一般市民に差が出来るような決定はなされていない」

青年「オレたちは、お前たちみたいに口だけで生きていないんだよ! それに、裏ではお前たちだけで食料を独り占めしようとしているんじゃないのか!」

貴婦人「あらやだ、ひがみ? それに話も繋がって無いですわね、なんという低能な……こほん、失礼」

青年「なんだと!?」

貴婦人の言葉に、青年が顔を怒りで赤くしてイスから立ち上がった。

白衣「二人とも落ち着きなさい、我々は運命共同体だ、仲違いをしている場合ではない」

貴婦人「ワタクシはこんな輩と運命を共にするつもりは無いのですけど」

青年「それはこっちのセリフだ!」

青年は怒りを堪えるようにこめかみを押さえ、しかし再び、乱暴ながらもイスに腰を下ろした。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 06:44:11.72 ID:4OaI0zPDO
そのまましばらく代表者たちはステージの上で問答を交えるが、結局、何も決まらないうちに集会はお開きとなり、大広間にいた大勢の人々も集会の終わりに伴って廊下へと流れ始めた。

女騎士「もうそろそろ、いいかな」

部屋の隅、人もまばらになってから女騎士が口を開く。
見習いもその隣で小さな声を上げた。

見習い「動くんでありますね?」

女騎士「そうだな……というか、何で息をひそめてるんだ?」

見習い「上官どのが『動いたらヤバイ』何て言うからつい、であります」

女騎士「ああ、それならもう大丈夫だ。敵意、というか殺意らしきものはもう感じない」

見習い「さ、殺意!? 確かに集会中はピリピリしてたでありますが」

女騎士の不穏な言葉に見習いが目を丸くすると、女騎士は困ったように頬をかく。

女騎士「うーん、集会のピリピリ感とは違うんだよ。上手く説明出来ないが、明確にこっちを狙っているのが分かったというか……まあ、私の勘だけどな」

見習い「上官どのの勘なら信じるであります」

見習いが即答する。
今度は女騎士が目を丸くする番だった。

女騎士「……まったく、おまえは」

女騎士は気を取り直すと、呆れたような、恥ずかしそうな笑みを顔に浮かべる。
そしておもむろに見習いの顔の前へと右手を上げると、その額にデコピンをかました。

見習い「あいたっ!?」

女騎士「よし、行くか」

見習い「え? あ、はいであります!」

見習いが額をさすりながら答える。
二人は大広間の外へとゆっくり歩き始めた。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 09:33:11.24 ID:4OaI0zPDO
見習い「ちなみに、殺意とやらは誰から?」

船内にはランプの火が灯っている。
二人は廊下の角で、火の消えたランタンを背中の皮袋へと戻しながら言葉を交わす。

女騎士「わからん。だが、かなりヤバイ感じだった。気を付けて、かつ離れずに行動しよう」

見習い「了解であります」

女騎士は見習いに軽く頷き、ランタンを入れた皮袋を背負いなおした。

女騎士「さて、それじゃ誰かに話でも」

聞こうか、と続く女騎士の言葉は、不意に廊下の角から現れた人影に途切れさせられた。

少女「きゃっ!?」

女騎士「おっと!」

少女が女騎士にぶつかり、後ろにひっくり返りそうになる。
女騎士は素早く右手を伸ばして、少女の腕をつかんだ。

女騎士「大丈夫か?」

少女「え? は、はい! ありがとうございます!」

女騎士と少女の目が合う。
少女は目をぱちくりさせ、次の瞬間、あわてて体勢を整え始める。

女騎士「ちゃんと気を付けて歩けよ?」

少女「は、はい、ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした!」

少女が頭を下げ、女騎士も別れ際に軽く手を振ろうかとした時だった。

見習い「……あっ!?」

女騎士の後ろで、見習いがいきなり声を上げた。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 18:31:49.49 ID:4OaI0zPDO
女騎士「な、何をいきなり、すっとんきょうな声を上げているんだ!」

見習い「じ、上官どの! 耳を! 耳を貸して欲しいであります!」

女騎士「な、なんだ?」

見習い「いいから早くであります!」

女騎士「わかったわかった……で、何だよ?」

女騎士が耳を見習いに寄せると、見習いが声を抑えて話し始めた。

見習い「目の前の少女でありますが……自分たちが船に上がった時、初めて会った相手ではありませんか?」

女騎士「……えーと、そ、そうだったかなー?」

見習い「わ、忘れたんでありますか!?」

女騎士「い、いや、そうじゃなくて」

女騎士は見習いから顔を離して、少女の方へと振り返りながら続けた。

女騎士「……雰囲気がかなり違うだろ」

少女「?」

少女は茶色で厚手のコートを身に纏い、背中に流れる長髪は艶やかな黒。
背は女騎士の胸元ほどで、まだあどけなさが残る顔がどうにも可愛らしい。
くりくりと丸い瞳を瞬きしながら不思議そうに小首を傾げている、そんな穏やかな少女の姿は、女騎士の知る『最初に遭遇した少女』の面影とまったく重ならない。

女騎士「最初に遭遇した奴はさ、もっとこう……幽鬼というか、冷たい感じというか」

見習い「しかし、気のせいとは」
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 19:18:46.22 ID:4OaI0zPDO
少女「ばあ!」

いきなり、少女が見習いの前に飛び出した。

見習い「あわわっ!?」

女騎士との会話に集中していた見習いは、少女の突然の奇行に慌てふためき、思わず背後に飛び退いた。

女騎士「あっ」

だが、見習いの背後は壁。

見習い「あぷぅッ!?」

ごいん、と見習いが壁に後頭部を激突させる鈍い音が廊下に響き渡った。

見習い「……きゅう」

ズルズルと、壁に背中を付けたまま崩れ落ちていく見習い。

少女「え? あ、あれっ!? ごめんなさい! ごめんなさいッ!!」

少女が見習いの肩をつかみ、見習いの体をガクガクと前後させる。

見習い「だ、大丈夫で……ありますからっ、揺さぶるっ、のはっ」

少女「あっ! も、申し訳ありません! その……本当にごめんなさい!」

少女は見習いを揺さぶる手を離し、泣きそうな瞳で、というよりも既に涙ぐみながら、どうしていいのか分からないように忙しなく視線を周囲に動かし続ける。

女騎士「まったく、なにやってんだか」

女騎士は肩をすくめると、見習いの手をつかんで力任せに引き起こした。

女騎士「おまえが変な目でジロジロ見るから、こんな事になるんだよ」

見習い「も、申し訳ないであります」

少女「あ、あの! ……お怪我はないですか?」

おずおずと少女が心配そうに口を開く。

見習い「はい、大丈夫であります!」

目尻に浮かんでくる涙を払いながら、見習いが笑顔で答える。

少女「……本当に大丈夫ですか?」

見習い「は、はいであります」

少女「……本当に?」

少女が涙ぐんだ瞳を上目遣いにして、見習いを追い詰める。
正直者で押しの弱い見習いはすぐに陥落した。

見習い「……えっと、少し痛いでありますかなー?」

女騎士「そこはウソでも痛くないと言っておけッ!!」

ごぱーんッ、と女騎士のゲンコツが見習いの後頭部に落ちた。

見習い「痛いでありますーッ!?」
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 20:40:25.45 ID:4OaI0zPDO
〜 船、艦首甲板 〜

少女「えー!? 王都から来たんですか?」

女騎士「まあな」

女騎士は少女に素っ気なく答えながら空を仰ぐ。
黒い霧の向こうには赤い月が揺らいでいた。

──さて、どうしたものか。

あの後、少女がどうしてもと言うので、女騎士と見習いの二人は少女と行動を共にしていた。

──情報を集めるチャンスっちゃあ、チャンスなんだが。

女騎士が空を向く顔を戻し、見習いに目を向けると、見習いは少女から健気に情報を集めていた。

見習い「それで、この船の状況でありますが」

少女「……うん、遭難しちゃって大変だよね。ご飯も減らされちゃったし」

見習い「そうでありますね」

女騎士「……」

女騎士は無言で見習いと少女から目を逸らす。
聞きたい事があるのだが、聞けないもどかしさ。
女騎士の脳裏には一つの単語が浮かび上がっていた。

──踊る死神、か。

戯曲だったか小説だったか、それは覚えていないが内容は確かに忘れようも無い。

ある夜、王の城で開かれた舞踏会に不思議な紳士が訪れる。
紳士は華麗な舞踏を披露し、また誰も聞いたことのない曲を演奏しては出席者を楽しませた。
そして舞踏会も盛況のままに終わり、王も満足気な笑顔で紳士に尋ねた。

「おぬしは誰だ?」
「いえ、名乗るほどの者ではありません」

紳士はそう言って名前を言わない。
最初はにこやかな笑顔の王だったが、名前を言わない紳士にみるみるうちに不機嫌になっていく。

「名前を言わねば首をはねるぞ!」

王がしびれを切らして叫んだ瞬間、一陣の風が城内を駆け抜ける。
風は冥界を吹き荒れる滅びの風だった。
風は城を風化させ、人々を腐り落とす。
そして、王はその命が腐り落ちる最後の瞬間に、おぞましい骨の姿となった紳士を見て気付くのだ。

……自分たちが死の舞踏を踊らされていた事に。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 21:18:23.24 ID:4OaI0zPDO
触れたらすべて壊れるかもしれない。
そんな危うい均衡が目の前にあるように思えてしまい、それが女騎士の動きを鈍らせてしまう。

女騎士「……私らしくない、か」

だが、女騎士は見習いから聞かされた言葉を思い出しながら誰にも聞こえない程度に小さくつぶやくと、瞳を閉じて静かに頭をふった。

──まったく、私が弱気になってどうする。

女騎士が見習いと少女の方へと振り返る。
再び開かれた瞳に決意を秘めて、しかし努めて何気ない様子で、女騎士は少女へと声をかけた。

女騎士「ところで、今は聖王暦の何年だったかな?」

見習いと少女、二人の会話の間隙を突いて滑り込んでいく女騎士の言葉。
すると少女は一瞬だけ首を傾げ、そしてすぐに元気良く答えた。

少女「えっと、確か二百十年だけど?」

正体を明らかにする死神も現れず、あっけなく答えは返された。
だが、その答えを聞いて、見習いと女騎士の表情は電撃が走ったように一瞬のうちに硬化する。

聖王暦二百十年。
それは今から四十年ほど前の時代。

そしてそれは女騎士に渡された指令書に記載されていた、船が消息不明になった年とぴったり一致していた。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 23:16:30.77 ID:4OaI0zPDO
女騎士「……」

見習い「……」

船内から届く灯りに照らされる中で、二人が視線を交差させるのは一瞬。
少女に不審がられないよう、見習いはすぐさま言葉を継いで会話を途切れさせないようにする。

見習い「上官どの、忘れていたでありますか?」

女騎士「ああ、そうだった。すっかり忘れていた、すまん」

見習い「ふう、ボケるには早すぎる年でありますよ」

女騎士「ははは、お前の頭を先にボケさせてやろうか?」

そう言って女騎士は拳を組むと、これみがよしに指を大きく鳴らした。

見習い「ぼ、暴力反対であります!」

見習いが頭を抱えて後ずさりを始める。
するとその様子がおかしかったのか、少女が小さな笑い声を漏らした。

少女「くすっ、仲が良いのですね? まるで姉妹みたいです」

女騎士「なっ!?」

姉妹みたいという言葉に知らず知らず女騎士の顔が赤くなっていく。
女騎士は何かを言おうと口を開きかけるが、続く少女の声がそれを遮った。

少女「姉妹……家族……。わたしも、早くお母さんに会いたいです」

船内から伸びて来るほのかな光が、悲しげに微笑む少女の笑顔に陰影を作っていた。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/08(日) 12:49:46.72 ID:1bQQCH4DO
話し掛ける事がはばかられるような、憂いを帯びた少女の表情。
女騎士と見習いが何も言い出せずにいると、遅れてそれに気付いた少女が慌てて口を開いた。

少女「ご、ごめんなさい。話が暗くなってしまって……わたし、この船でお母さんに会いに行く予定だったんです」

女騎士「母親に?」

少女「はい、お母さんは体が弱くて病気がちで、わたしに病気をうつさないようにって、山のふもとの病院で離れて暮らしていたんです」

少女はそこまで言うと自分の置かれた状況を思い出したのか、力なくうなだれた。

少女「でも、こんなことになるなんて……って、また暗くなっちゃう」

少女は小さくはにかみ、傍から見ても分かる空元気の笑顔を顔に張りつける。
それを見た女騎士の胸に、小さく痺れたような痛みが走った。

『船の外』では四十年ほど経過している。
そうなると、病気がちの母親とやらは……

女騎士「大丈夫さ、必ず会える」

しかし、女騎士はそんな考えを吹き飛ばし、一片の曇りも無い笑顔を少女に返した。
希望がわずかでも残っているのなら最後まで諦めずに信じ続ける。
そんな女騎士の信念から出た言葉は、その場しのぎの慰めでも無く、確かに女騎士の本心そのものだった。

少女「……騎士さま」

きょとんと、少女が目を丸くし、眉を下げて小さくつぶやいた時だった。
グウゥ〜という、間の抜けた音が周囲に響き渡った。

女騎士「ん?」

少女「まあ?」

見習い「……てへっ、であります」

女騎士「……おまえ」

見習い「ふ、不可抗力であります! その蔑んだような憐れむような視線はやめて欲しいであります!」
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/08(日) 22:41:21.37 ID:1bQQCH4DO
少女「あっ、そうだ」

少女は何かを思い付いたように手を叩くと、その手を自分の着ているコートの内側にもぐらせた。
そのまましばし、手をコートの内側でモコモコと動かす。
そして、少女が手をコートの外へと出したとき、その手の上には小さな白い包み布があった。

少女「これ、食べてください」

見習い「これは?」

少女「夕食の残りです。一度に食べるんじゃなくて、複数回に分けた方がいいとお父さんが言ったんです」

少女が手の上の包み布をめくっていくと、中から黒パンが二切れほど現れた。

見習い「い、いや、そんな大事な物……こんな状況でありますし」

少女「いえ、貴女たちにぜひもらって欲しいんです。二つあるので、もう片方はそちらの騎士さまにも」

女騎士「ふむ。じゃあ、お言葉に甘えようか」

見習い「……って、えぇッ!?」

驚き、唖然とする見習いを置いて、女騎士は少女の包み布から黒パンを一切れつまみ取った。
そしてそれを二つにちぎると、唖然としたままの見習いに半分手渡す。

女騎士「それと、もらってばかりじゃ悪いから」

続けて女騎士は自分の背負っている皮袋を下ろすと、中から布の小袋を取り出して少女の手の上に置いた。

少女「えっと、これは?」

女騎士「干し肉だ、やるよ」

少女「え? ま、待ってください! こんなにたくさんはもらえません!」

少女が焦る。
女騎士の渡した袋はこんもりと膨れており、少女の両拳を合わせてもまだ袋の方が大きかった。

女騎士「そうか、なら半分だな」

女騎士は小袋の口を開くと、中に入った干し肉を大きくワシづかみして少女の手の上にある黒パンの上に積み、半分ほどの大きさに縮んだ小袋を自分の皮袋へと戻した。

少女「あ、あの、そうじゃなくて!」

女騎士「言っただろ? もらってばかりじゃ悪いからって、これでお互いに半分こずつ。それとも、私の感謝の気持ちはいらないのか?」

にやり、と意地の悪い笑みを女騎士が浮かべる。
少女は手の上に一切れの黒パンと大量の干し肉を重ねて、そんな女騎士を見ていたが、

少女「……もう、そんなこと言われたら断れないじゃないですか」

やがて少女は不貞腐れたように、それでいてどこか嬉しげに、女騎士から目を逸らした。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/08(日) 23:50:19.40 ID:1bQQCH4DO
女騎士「じゃあ、甲板の端で一緒に食べるか?」

少女「はい」

見習い「わかったであります」

女騎士が先頭に立ち、三人が移動を始めた。その瞬間。

青年「おい」

突然、三人の前に一人の青年が立ちふさがった。

女騎士「……何か?」

青年「その手に持ってる物は何だよ?」

女騎士「黒パンだ、見て分からないのか?」

少女からもらった黒パンを片手につまみ、女騎士が面倒くさそうに肩をすくめる。
すると、男の表情が見る見るうちに険しくなっていった。

青年「そんなことは分かってる! それにそっちのガキ!」

少女「ひっ?」

青年の迫力に少女が一歩さがる。

青年「手に持っているのは肉か!? 貴族様ってのは良い物を配給されてんだな!」

少女が下がるにつれて、男が前に出る。
三人の先頭に立つ女騎士は迷う間もなく横に移動し、男と少女の間に割って入った。

女騎士「その干し肉は私が持ち込んだ物だ。船の配給物ではない」

青年「その証拠はどこにある?」

女騎士「証拠だと?」

青年「ああ、お前たち貴族が食糧を独り占めしていない証拠だよ!」

まるで挑発するような口調で言い寄って来る青年に、女騎士は顔をしかめると小声でつぶやいた。

女騎士「何だコイツ、難癖をつけて来やがって、一発ぶん殴ってやろうか」

見習い「殴るのは待って欲しいであります上官どの、この人はさっきステージ上にいた『代表者』の一人でありますよ」

見習いが小声で女騎士に告げる。

女騎士「コイツがか? ちっ、面倒くさい」

青年「おい、聞いてんのかよ!!」

見習いと話す女騎士に、青年が苛立いた声を浴びせてくる。
少しカチンと来た女騎士はぞんざいに答えた。

女騎士「あーあー、聞いてますよーだ」

青年「なんだテメエ、舐めてんのか?」

青年の低い声に、周囲の空気が変わる。
女騎士はつまらなそうに目を細めると、他人が見ても分からない程度に腰を落として身構えた。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/09(月) 00:24:35.20 ID:otkWXTvDO
「何をしているんだね?」

不意に、そこにいる誰でも無い声が響く。

少女「この声……お父さん!」

いち早く、少女が顔を甲板と室内を繋ぐ扉へ向ける。
そこには室内の灯りを背にし、黒ヒゲを生やした紳士が立っていた。

黒ヒゲ「暴力はいけない、こんな状況では特に、ね」

紳士は少女に軽く手を動かして答えると、甲板へと踏み出し、青年の前へと歩いて近付いていく。

見習い「あの人も確かステージ上で」

女騎士「『代表者』だな、この子の父親だったのか」

少女「はい! お父さんはすごいんですよ!」

少女が興奮気味に女騎士へ言うと、黒ヒゲの紳士は顔に苦笑いを浮かべた。

黒ヒゲ「ははは、……ところで、何を言い争ってたんだい? 船の中まで声が届いていたが」

青年「くっ」

女騎士と紳士、二人に挟まれる形になった青年が歯噛みする。
だが、一度突き出した矛先を納めるわけにはいかず、青年は怒りを無理やりに再燃させて声を上げた。

青年「このガキはお前の娘か!? どうしてこんなに食糧を持ってやがるんだよ!」

黒ヒゲ「食糧?」

少女「はい、こちらの騎士さまから頂いたんです」

少女が両手を上げて干し肉の小山を紳士に見せる。

黒ヒゲ「そうか、ありがとうございました、騎士さま」

女騎士「いえいえ、こちらこそ黒パンを頂きましたからお互い様です」

少女「お互い様なんです!」

黒ヒゲ「そうか、それはよかった」

青年「おい! 無視してんじゃねーぞ、コラ!!」

一同に一件落着の雰囲気が流れかけるが、置いていかれた青年が大声を張り上げて空気をぶち壊した。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/09(月) 00:56:38.26 ID:otkWXTvDO
青年の出した大声に、女騎士たちが口を閉じる。

黒ヒゲ「まったく、君はつまらん人間だな」

その中で、最初に口を開いたのは黒ヒゲの紳士だった。

青年「……なんだと?」

青年が震える声で聞き返す一方、紳士は甲板の上を悠然と歩き、落ち着きと余裕を見せる絶妙な会話の間を取る。
そして適度な頃合いを見て振り返ると、海を背にして青年に追撃を仕掛けた。

黒ヒゲ「君は今、自分の苛立ちをぶつけるためのはけ口を探しているだけだ」

黒ヒゲは青年にぴしゃりと言い放った。

青年「……!」

黒ヒゲ「集会の時も疑問に悪意を乗せてぶつけるだけ、その疑問に根拠も無ければ、解決策を提示する事もない」

黒ヒゲの紳士は続ける。

黒ヒゲ「やれる事と言ったら、他人に難癖をつけて、船内の市民を無駄に不安で扇動する事だけだ!」

青年「き、きさまッ! それ以上言ったら……!」

青年が声を荒げるが、黒ヒゲの紳士は会話を止めず、最後の言葉を青年に向けて突き立てた。

黒ヒゲ「誰も言わないようだから私が要約して言ってあげよう……君は無能だ! 最低の人間だ! 役目を果たさず、吠えたてるしか出来ない犬畜生、駄犬となんら変わらない!」

青年の表情が固まった。

黒ヒゲ「だが、もし君が人の上に立つ気概を持っていると言うならば、よく状況を心得て最善の……」

紳士の言葉は続く。
しかし、紳士の言葉は最後まで発っせられる事も、青年に届く事もなかった。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/09(月) 07:23:20.50 ID:otkWXTvDO
青年「この野郎ォッ!!」

話の途中、激昂した青年が雄叫びを上げながら紳士の元へと突進。
そのまま右手を大きく振りかぶり、最後の一歩を深く踏み込むと同時に紳士の顔面へ向けて拳を突き出した。

黒ヒゲ「うぐっ!」

青年の握り拳は紳士のアゴに突き立ち、そのまま紳士を後方へと殴り飛ばす。

少女「お父さん!」

紳士の後ろはすぐ海。
だが間一髪、紳士は手摺りに助けられて落下へは至らなかった。

黒ヒゲ「う、がぁっ!」

しかしその代わり、したたかに背中を打って、紳士が呻き声を漏らす。

青年「はあ、はあ」

一方、殴り飛ばした青年は息を荒げ、肩をいからせながら、手摺りに倒れかかった紳士を睨み付ける。
今にも再度飛び掛からんばかりに眼光を揺らめかす青年だったが、横合いから素早く滑り込んできた人影がその視線を遮った。

女騎士「……」

割り入って来た人影は女騎士。
無言で、表情を消し、腰の鞘を軽く左手で押さえている。
いつでも抜剣できる必殺の構えで、女騎士は紳士をかばうように立ちふさがっていた。

そして、女騎士と青年が対峙してから数瞬後。

女騎士「失せろ」

ぞくり、と底冷えした声が女騎士の口から放たれた。

青年「……う」

青年がたじろぎ、声を詰まらせる。
錬磨された剣技と、何よりそれを自ら成し得た者だけが到達できる絶対の自信。
それを胸に秘める女騎士の前では、虚勢から生まれた矮小な青年の怒りなぞ形を成さなかった。

青年「う、く……」

先程までの威勢はすっかり萎え、しかし青年は逃げない。
周囲には騒ぎを聞き付けた人々が集まり始めている。
臨時ながらも人の上に立っているという責任感からか、はたまた虚勢を張り続けているのか。
その判別は女騎士に出来なかったが、青年が無力化したことに変わり無かった。

女騎士「いいぞ」

女騎士は自分の隣、涙を溜めた目で震える少女に頷く。
すると少女は、父である紳士の元へとすぐさま駆け寄った。

少女「お父さーんっ!」
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/09(月) 17:21:31.53 ID:otkWXTvDO
黒ヒゲ「いたた……大丈夫だよ」

手摺りの前に腰を落としたままの紳士が殴られた顔を軽く触りながら少女に答える。

少女「本当に? お父さん本当に大丈夫?」

しかし、少女は泣き濡れた顔で紳士に問い続ける。
紳士はそんな少女の姿に苦笑いを浮かべた。

黒ヒゲ「ああ、本当だとも」

右手を手摺りにかけ、力を込める。
そして紳士は一気に立ち上がった。

黒ヒゲ「ほら、なんとも……おっとっと」

アゴへの打撃は脳を揺さぶる。
無理やり立ち上がった紳士は足下もおぼつかずに体勢を崩し、立ったまま再び背中から手摺りにもたれた。

少女「お父さん!?」

黒ヒゲ「いや、参ったな、ははは」

ことさら明るく、紳士が笑う。
少女を安心させるために。

少女「……お父さんったら、もう」

大事に思っている人からそんな顔をされたら、自分の意を通す事なんて出来ない。
少なくとも、少女にはそうだった。

少女と紳士。
親子は、相手を心の底から思いやれる二人は、お互いに苦笑いを浮かべ、

ミシッ──

紳士の後ろから、不吉な音が響いた。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/09(月) 17:40:10.26 ID:otkWXTvDO
黒ヒゲ「あっ」

一瞬の出来事だった。
紳士の背中を支えていた手摺りが、留め具ごと無慈悲に外れた。
がくり、と腰を落とした紳士はそのまま背後に向けて倒れ──

黒ヒゲ「くっ!」

紳士は思わず手を甲板に向けて伸ばしかけ、少女と目が合う。
判断は瞬時。
伸ばしかけた手を紳士は引き戻し、まだ壊れていない隣の手摺りに向けて伸ばす。
だが、右手はむなしく空を切った。

黒ヒゲ「う、ああぁ──」

そして紳士の姿が船外へと消えると、わずかに遅れて、何かを叩きつけたような水音が海面から響いてきた。
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/09(月) 20:59:32.72 ID:otkWXTvDO
女騎士「浮き具はどこだ!」

見習い「はい!」

女騎士が大声を張り上げると、それよりも先に動いていた見習いが、どこから持って来たのか両手に木でできた浮き輪を持って現れる。
見習いはそのまま、甲板とロープで結ばれた浮き輪を次々と海面に向かって投げ始めた。

女騎士「人が落ちたッ!! みんな! 手を貸してくれ!!」

女騎士は大声で助けを求めながら甲板を走り、船間連絡用の投光器の前へと辿り着く。
そして背中の皮袋からマッチを取り出して投光器へ火を灯すと、鞘から剣を一閃、投光器を厳重に固定しているロープを断ち切った。
投光器は金属製、銀板によって前方に光を集中させる形式の半球体で、錆びた台車の上に乗っている。

女騎士「くぬうっ!」

剣を鞘に戻した女騎士は両手で投光器を押すが、台車が錆付いてビクともしない。

女騎士「うごけぇーッ!」

歯を食い縛り、体ごと投光器に押し付けて踏ん張る女騎士の隣から、不意に誰かが手を伸ばしてきた。

乗客「手伝います!」

その数は五。
全員、船員でもないただの乗客である。
女騎士が見てみると、甲板では同様に他の乗客たちも動き始めてくれていた。

女騎士「ありがたい!」

女騎士は投光器を体全体の力を使って押しながら、感謝の言葉を返す。

女騎士・乗客「せーのっ!」

そして乗客の力を借りて投光器を押すと、投光器は台車から軋んだ音を上げて動き始めた。
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/11(水) 01:56:02.18 ID:NLjod+/DO
少女「お父さん! お父さーんっ!!」

女騎士たちが甲板を動き回っている間中、少女は父親の名前を叫び続けていた。

「人が落ちたらしい! 船員に知らせて……」

「備え付けの小舟は……前の嵐で……全部……」

喧騒に包まれていく甲板を背にしているはずなのに、その声は遠い。
ただ、静寂がたゆたう海の波間の音だけが、しかと少女の耳に届いていた。

少女「お父さーんっ!」

涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながらも必死に集中し、父の声を聞き漏らさないように耳を澄ます。
やがて、危ないからと乗客に連れられ、手摺りの傍から離されても、少女は海に向かって叫び続けた。

少女「お父さーんっ!!」

それから一時間強が過ぎる。
海に落ちた紳士の消息は、ようとして分からなかった。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/11(水) 02:17:48.23 ID:NLjod+/DO
sagaテスト

殺す
死ね
粉雪
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/11(水) 02:40:10.24 ID:NLjod+/DO
〜 大広間、深夜 〜

本日、二度目の集会。
船を襲った喧騒の波が収まるのも待たずに、その集会は開かれた。

白衣「それでは始めようか、と言っても今回決める事は船の規則ではない。それに、私が言うまでもなく皆知っているだろう」

貴婦人「そこにいる『殺人鬼』の処遇、ですわね」

青年「……っ!」

ことさら声を大きく『殺人鬼』と言う貴婦人に青年が何かを言い返そうと顔を上げるが、すぐに苦虫を噛み潰したような顔になって目を逸らす。
今回『代表者』たちはステージの上ではなく、大広間の真ん中、乗客に囲まれるようにして、イスも用意せずに立ったまま話を始めていた。

貴婦人「やはり、彼も海に叩き落とすのが礼儀でしょうね」

貴婦人の言葉に、青年の顔色が変わった。

青年「ま、待ってくれ! [ピーーー]気なんて無かった! わざとじゃないんだッ!!」

血の気の引いた青ざめた顔で、青年が必死に大声を張り上げる。

貴婦人「わざとじゃない、が正当な理由になるならば、牢屋や処刑台はいらないでしょうね」

小太り「そう、ですね」

しかし、貴婦人を始めとした『代表者』たち。
そして、それを眺める乗客たちの視線は冷ややかな物だった。
青年は泣き出しそうな、叫び出しそうな、そんな追い詰められた顔で周囲を見回し、自分の味方がいない事を悟った。

青年「う……あぁ……」

白衣「しかし、情状酌量の余地はある。海に流すのは止めて船倉に閉じ込めるのはどうだろう?」

小太り「そうですね、救助が来た際に引き渡すという方向が……」

短い集会に終わりが見え始める。
しかし、話し合いを続ける『代表者』たちへ、大広間にいた乗客の一人が小さく声をかけた。

乗客「あ、あの……彼を閉じ込めるのは、少し待ってもらえませんか?」
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/11(水) 03:22:43.43 ID:NLjod+/DO
白衣「なに?」

白衣の老人が眉をひそめる。
すると、声をかけてきた乗客はおずおずと続けた。

乗客「か、彼がいなくなったら、私たち庶民の意見を言える人がいなくなってしまうんです」

貴婦人「違う人を用意すればよろしいのではなくて?」

乗客「そ、それは……」

乗客は貴婦人の言葉に何も言い返せずに、顔をうつむけた。
当初は四人いた庶民派の『代表者』も今では青年一人になっている。
貴族派から口舌の刄にさらされ、庶民派の『代表者』たちが失意の中で席を降りていく過程を見ておいて、新しく立候補する気概を持つ者は庶民派にはいなかった。

青年「……! そうだっ! 俺を閉じ込めると庶民派の『代表者』がいなくなるぞ!」

活路を見つけた青年が大広間にいる皆へと顔を向ける。

青年「庶民派は貴族派からいいように扱われる! それでいいのか!?」

大広間にいる貴族たちは呆れたものを見るような蔑視の目を青年に向ける。
だが、それ以上の数。
うろたえ、よどみ声を漏らす者たちの方が圧倒的に多かった。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/11(水) 12:17:19.59 ID:NLjod+/DO
少女「どうして……」

集会が終わり、皆が大広間から帰り始める。
その中にある一人の姿、自分の父親が海に消える原因をつくった青年を見て、少女は震える声を漏らした。

「陸に上がるまでの間、青年の犯した罪の責任追及は無しとする」

集会で決まった青年への対処はそれだった。
この処置に至った要因は二つ。
まず、貴族派と庶民派の間に横たわる溝が思いのほか深かったこと。
船の行く末を決める集会を貴族派が掌握する事への不信感と猜疑心に、庶民派は唯一の『代表者』を手放す事が出来なかった。

それが例え殺人を犯した人間だとしても。

少なくとも、庶民の中にある貴族への不信は、それほどまでに深く、心奥まで根付いていた。

そして、もう一つの理由は単純明解な数の差。
庶民派:貴族派:船員の数は大体で、
 4 : 2 : 1
となっており、貴族派と船員たちが手を結んでも庶民派の数に届かない。
結果、数で勝る庶民派に押し切られる形で議論は決着した。

それが、青年がまだ少女の前にいる理由。

自由に大手を振っていられる理由。

周りにいる庶民たちと、笑いながら言葉を交わせる理由。

自分の父親を海に叩き落としても無罪放免、その理由。

納得出来るはずが無い。

少女「う、ああぁッ!!」

憎悪に怒り。
そして、粘つくような感情の中でも一際大きい殺意。少女は体の中で暴れる負の感情に突き動かされるまま大広間を駆け抜け、庶民に囲まれながら帰ろうとしている青年の背中めがけて飛び掛かった。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/11(水) 17:53:51.30 ID:NLjod+/DO
青年「うおっ!?」

背後からの奇襲。
少女の突進によって、青年が前屈みに体勢を崩す。
そのまま少女は右の拳を振りかぶり、青年の顔面を殴ろうとするが、頭二つ分ほど離れた身長差の前に、わずかな体勢の崩れなど有って無いようなもの。
少女の手は青年の顔に届かず、肩をかすめるだけ。
手が届かない事を悟った少女は、すぐさま青年の右手にぶら下がり、体重をかけてその体を引き倒そうとするが、それをみすみす許すほど青年は愚鈍ではなかった。

青年「この……クソガキッ!!」

青年が横薙に右手を振るう。
ただそれだけの動きで、年相応の少女の華奢な体は青年から引き剥がされた。

少女「あぐっ!」

受け身も取れずに背中から大理石の床に叩きつけられ、少女が息を切らして喘ぐ。

少女「が、ぐうぅ……!」

青年「くそっ、いきなり何をしやがる!」

乱れた服を直しながら、青年が少女を睨みつける。
すると、少女も負けじと、青年に向ける眼光を鋭くした。

少女「な……で」

青年「あん?」

少女「な、んで! ……なんで、あなたがっ!!」

軋む体に無理矢理に力を入れて、少女が緩慢な動きで立ち上がりながら牙を剥いた。

青年「……っ!」

確かな殺意が成せる業なのか、頭二つ離れた、十代前半の少女だというのに、その異様な迫力を前にして青年の動きが止まる。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/11(水) 18:40:40.81 ID:NLjod+/DO
だが、青年の周囲には庶民派の取り巻きがいた。
一歩離れた場所から不安に顔を歪めてくる彼らの前では、代表者として情けない姿を見せられない。

青年「どうして、だって?」

青年は虚勢を張り、緊張で硬くなった顔をほぐして笑みを浮かべた。

青年「俺が残ったのは運が良かったから、お前の親父は運が無かったから、だな」

言っているうちに、虚勢は本物になっていく。

青年「ああ……そうだ、運以外にも理由があったな」

そして、青年は顔を心持ち高くして、弱々しく立ちながらも確かな殺意を放つ少女を見下ろした。

青年「俺は『必要な人間』だ! この船の半分以上の人間が俺の存在を望んでいる! だが、お前の親父は違う!」

虚勢は増長し、自己陶酔へと腐敗した。

青年「お前の親父には代わりがいる! 使い捨て、替えの利く存在だ!」

その言葉が青年から発せられた途端、少女の顔から表情が無くなった。

少女「お父さんが……使い捨て……」

表情が無くなったように見えるのは、感情が停止しているためではない。
その逆、心奥で渦巻く感情の容量がオーバーしているため、顔がそれを映し出す事が出来ないから。
だが、青年はそれに気付かずに続けた。

青年「ああ、お前の親父の死は無駄死にだってこと……ん?」

視界を何かが掠め、青年が目を細めた。
その刹那、青年は何者かに殴り飛ばされていた。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/12(木) 08:28:59.22 ID:QfyZ2umDO
女騎士「……おまえは」

青年を殴り飛ばしたのは女騎士だった。
柳眉を逆立て、瞳には溢れて来る憤怒をありありと浮かべながら、女騎士は殴り飛ばされて床に倒れている青年の上にのしかかった。

女騎士「おまえはッ!」

馬乗りになった女騎士の両拳が振り上げられ、青年の顔面に次々と打ち込まれていく。

青年「う、げふっ!」

青年が、大口を開けてツバを吐き散らした。

女騎士「なぜ!? どうして!? 笑っていられるんだッ!!」

しかし、女騎士は手を休めず、右から左からと青年を交互に殴り続ける。

青年「が、ぐべらっ……!」

やがて、撒き散らす鼻血が入ったのか、口の中を切ったのか、青年が口角から血泡を噴き始めた。

女騎士「なんで、おまえは!」

しかし、女騎士は叫びと共に、何十度となく振り下ろした右の拳を振り上げ──

見習い「上官どの……もう、やめましょう」

──いつの間にか背後に立つ見習いに、右腕をつかまれた。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/12(木) 20:21:03.64 ID:QfyZ2umDO
女騎士「……」

女騎士が見習いへと振り返る。
その瞳に怒りと悲哀、そのほか言葉に言い表わせない感情を織り交ぜた、いまにも泣き出しそうな顔で。

見習い「……もう、充分です」

女騎士は青年に殴りかかった。
青年は少女に起きた不幸を笑い、あまつさえ少女の親愛して止まない父親を貶し、なじった。
そんな青年に、女騎士が義憤を覚えるのは仕方がない。

だがそれだけでは、この女騎士の、今にも崩れ落ちて消えてしまいそうな、儚く、弱々しい背中は説明がつかない。

しかし、見習いにはわかっていた。

『過去』にも、女騎士は同様の顔を見せた事がある。
その時、女騎士は苦悩し、深く傷ついていた。
自身の無力。
他者をかえりみない権力者。
そして、もう一つの要因に。
おそらくは、今も同様。
現場に居合わせながら少女の父親を助けられなかった自分と、心無い罵詈雑言を平気で撒き散らす青年、そして──

見習いは女騎士の腕から手を離し、穏やかな顔で女騎士に頷き、優しく肩を叩いてあげる。
そして、きりと目を細めて視線を鋭く尖らせ、青年の周囲にいる庶民たちに突き付けた。

見習い「なんとも情けない」

怒りを押し殺した、低い声。
しかし、大した声量でもないその声は、大広間に波紋を打ち、厳然たる存在感を放ち始める。
その雰囲気にあてられた庶民たちが息を飲み、視線を見習いへと集中させる中で、見習いは言葉を紡いでいった。

見習い「自分から立候補はせず、やる事は不満を漏らすだけ。しかも、目の前で自分たちの代表者が殴られているというのに、誰も助けに入らないとは、いったいどういう事か!」

見習いが終わりぎわに声を大きくして叫ぶと、庶民たちは苦い顔で、一斉に見習いから目を逸らした。

自分の弱さを盾に、我が身かわいさの本心を隠し、仲間すら平気で見捨てる庶民。
不満はあるというのに、何一つ自分から行動を起こそうとしない。
そんな庶民たちを、見習いも女騎士も、一人の人間として情けなく感じ、恥じていた。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/12(木) 20:32:54.88 ID:QfyZ2umDO
見習い「大丈夫ですか?」

庶民たちに一喝した見習いは振り返り、少女に手を差し出す。

少女「……はい」

だが、少女は見習いの手を取らずに、小さく頷くだけだった。

見習い「もう行きましょう、上官どのも」

女騎士「……ああ」

見習いの声に女騎士もフラフラと立ち上がる。
そして見習いは、肩を落とした二人を連れて大広間を出ていった。

青年「く、くそがっ!」

大広間に残された青年は、鼻血と涙で濡れた顔を悔しさに歪め、三人の背中を睨んでいた。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/12(木) 21:06:14.51 ID:QfyZ2umDO
〜 上階客室、見習いと女騎士 〜

見習い「軽く消毒するであります」

女騎士「……ん」

見習いが海水の入った桶を差し出し、女騎士に手を洗わせる。
青年をタコ殴りにした女騎士の両拳は赤く腫れ、青年の歯で切ったのか、所々に血がうっすらと滲んでいた。
軽く女騎士の手の状態を見た見習いは一人頷き、下ろした皮袋から傷薬を取り出して、女騎士の両手に塗り始める。

見習い「で、話くらいは聞いてあげるでありますが?」

女騎士「あたしゃ子供か?」

見習い「我を忘れて殴りかかる大人、でありますか?」

女騎士「……お前も、いつもの『〜であります』口調が無くなるくらいに怒ってたくせに」

見習い「……」

女騎士「……」

沈黙、そして同時にため息。

見習い・女騎士「はぁ〜っ」

二人は一度肩を落とし、そして顔を上げる。

女騎士「やめだやめだ、落ち込むよりも行動あるのみ」

見習い「その意気であります。よっと、手当て終了であります」

女騎士「ああ、わりぃ」

指を開け閉めして具合を確かめると、女騎士はそこで久しぶりに笑みを浮かべた。

女騎士「で、この部屋はどうしたんだ?」

見習い「部屋が欲しいと船員に頼んだだけであります。チェックする余裕が無いだろう、と鍵をパクったなんて事は無いであります」

女騎士「グッジョブ、二ヶ月減給な」

見習い「はうっ!?」
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/12(木) 21:38:29.18 ID:QfyZ2umDO
女騎士「で、これからどうするか、だが……」

むしゃむしゃと、大口で豪快に干し肉を噛みながら女騎士が話を進める。

見習い「とうとう行動、でありますか」

女騎士「おう、もう少し経ってから、みんなが寝静まったのを見計らって船内探索だ」

見習い「わかったであります。……ところで」

女騎士「……あの子か」

女騎士の言葉に見習いが小さく頷く。
あの後、少女は一人になりたいと言い、二人は少女の部屋の前で別れた。

女騎士「一人になりたいと言ったんだ、心の整理がつく時間はやらないとな」

見習い「でも、上官どのも気になっているでありますよね?」

女騎士「……」

干し肉を噛む咀嚼音が止まる。
しばしの空白の後。

女騎士「……ん、後で顔を見に行こう」

見習い「了解であります」

心無い言葉を浴びせられるかもしれない。
親切心が裏目に出て、かえって傷付けてしまうかもしれない。

しかし、このまま少女を放置する事は出来なかった。
孤独は、心の傷の痛みを忘れさせてくれるが、傷を治してくれる事は滅多に無いのだから。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sagesaga]:2012/01/12(木) 22:23:47.50 ID:QfyZ2umDO
〜 上階客室、少女 〜

少女「……」

いつも書いている日記帳を開く。
だけど、そこまで。
指が動かなければ、頭も働かず、何を書けばいいのかわからない。
気がつけば、視界が揺らぎ、滲み始めていた。

少女「……あっ」

涙が出ている、と気付いた時には、もう手遅れ。
込み上げてくる嗚咽を隠す余裕も無く、体の奥底から広がって来る衝動に任せて、赤ん坊みたいに情けなく泣き始めた。

少女「う……えぐっ……」

机の前でイスに座ったまま、一人でむせび泣く。

少女「お父……さん……お父さん……」

父のいなくなった部屋は広く、恐ろしかった。
ランプの明かりでつくられた部屋の明暗が、空想上の生き物の姿となって牙を剥いて襲い掛かって来そう。

心が弱っていた。

わたしは逃げるように走って部屋を横断し、リネンのシーツが広がるベッドの上に飛び込んだ。

少女「……お父さんは生きてる、……お父さんは生きてる」

頭から毛織の掛け布団を被り、おまじないのように父の名前をつぶやき続ける。
恐怖は薄らぐが、どうにもならない悲しさが、再び押し寄せてきた。

少女「う、ぐぅ……」

涙が堰を切ったように溢れてくる。
頭に像を結び、浮かび上がってくる父の姿は、海に落ちるその瞬間。
わたしに手を伸ばしかけ、わたしを巻き込まないように手を戻してしまった父。

少女「ごめんなさい……お父さん……」
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga saga]:2012/01/13(金) 00:04:03.25 ID:2n3gf0MDO
毛織の掛け布団に頭をうずめ、瞳を閉じる。

少女「……」

だが、まぶたの裏に現れた光景に父はいない。
あるのはただ、大理石の冷たい床と、下卑た笑みでわたしを見下す、あの男の姿。

少女「……うぅ」

今度は悲しさではなく、悔しさで涙が込み上げてくる。
父を海に突き落とし、貶した、憎らしい男。
殺してやりたいほどに憎かった。
しかし、わたしはロクに手も出せず、あいつの不意をついても一矢報いる事さえ出来なかった。
年齢、腕力、身長、わたしにはその何もかもが足りないのだ。

少女「……騎士さま」

あの女騎士さまは強かった。
一方的にあいつを殴り倒す強さ、そして、真摯にわたしの事を思ってくれる優しさを持っていた。
──もし、わたしにも

少女「あの人と同じ、いえ、一片の力でもあったら……」

あの男を殺せるのに。
そう考える事に、抵抗は無かった。
なぜなら、あいつが生きている事の方が、よっぽどおかしいのだから。

少女「……」

そう、あいつがのうのうと生きている事がおかしい。
その事に思い至ったわたしは掛け布団から顔を出した。
そしてベッドから降りると、部屋の中を再度横断。
目指すは机の一番下の段。
父が絶対に開けてはダメだと言った場所。
そこには鍵が掛かっているが、それは泥棒に取られないために。
信頼してくれていたのだろう、お父さんはわたしに鍵の隠し場所を教えてくれていた。

少女「ん……」

床にしゃがみ、這いつくばる。
そして、机と床板の小さな隙間に指を伸ばす。
すると、指先に硬い物が当たった。
わたしはその硬い物を指先で押さえ、隙間から引きずり出した。

頭の前に持ち上げ、部屋を照らすランプに向けて掲げてみる。
所々が黒ずんだ、見覚えのある鍵が浮かび上がった。

少女「やった」

つい嬉しくなり、声を弾ませる。
わたしは嬉々とした、涙まみれの笑顔のまま、鍵を机の一番下の段に差し込み。

『絶対に開けてはダメだよ?』

父の言葉を思い出して指が止まったが、それも一瞬。
わたしが鍵を軽く回すと小さな手応えと共に、カチリという硬質な音が響いた。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/13(金) 03:05:58.89 ID:2n3gf0MDO
その後、少しだけ手間取ったけど大丈夫。
鍵の掛かっていた机の中に隠されていた物を『いつでも使える状態』にして、肩掛けのカバンの中に詰め込んだ。

あとは、あいつを見つけるだけだ。

少女「……」

だけど、いざ準備が終わると、途端に「本当にいいのか?」と思ってしまった。

少女「…………」

頭をひねる。
何かがおかしい気がする。
大切な何かが噛み合わなくなっているような、踏み込んではいけない場所に進もうとしているような……

でも、わたしのしようとしている行為は至って普通のはず。
然るべき制裁を、然るべき相手に加える。
それは人間社会において、至極当然な事なのだ。

……しかし、だけど、でも……

わたしのやろうとしている行為は、本当に『普通』で『当然』なのだろうか?

それに、何だか、上手くは言えないけど、前にも同じような事があったような……

少女「……くっ!」

頭蓋を走り抜けた痛みに、思わずよろめいて壁に手をつく。
……船酔いだろうか?

少女「?」

しかし不思議なもので、頭痛が暴れたのはそれだけだった。
そういえば、頭痛に深く苛まされ始めたのは嵐の日の『次の日から』だったっけ?

少女「……そんなの、どうでもいいよね」

際限無く走り続ける思考を止める。
そして、わたしはカバンを肩に掛けると、廊下へと繋がるドアのノブに手を伸ばした。

迷いは、いつの間にか無くなっていた。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/13(金) 17:38:24.13 ID:2n3gf0MDO
〜 廊下 〜

女騎士「ん?」

見習い「あの子であります」

廊下に出て、少女の様子を見ようと、少女の部屋へと向かっていた二人が足を止めた。
廊下の突き当たりにある階段を、見覚えのある影、少女が降りていくのが見えたからだった。

見習い「カバンを肩に掛けていたようでありますが」

女騎士「ああ、いったいどこに行く気だ?」

言いながら女騎士は首をかしげる。
そのまま少し考えて見るが、答えは出なかった。

女騎士「追うか」

見習い「はいであります」
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/13(金) 18:48:39.13 ID:2n3gf0MDO
〜 少女 〜

少女は階段を降りていく。
ギシリギシリと、階段の木板が妙に耳障りな音を響かせる。
階段に明かりは無く、視界は暗い。
廊下に並ぶランプの炎が遠方から申し訳程度に、ほのかな光を投げ掛けてくるだけで、薄暗い階段はよく見ていないと足を踏み外しそうであった。

ギシリ……ギシリ……

しかし、階段の耳障りな音も薄暗い視界も、今の少女には心地よかった。

──心が、落ち着く。

胸の中は熱く、少女にも分かるほどに大きな鼓動を刻んでいる。
だが、反比例するように頭の中は冷たく、そして冴え渡っていく。

それは、狩りに出る肉食獣が持つ野性の本能のようなものだった。

少女「ふふ……」

少女は階段を降り、目指す下階に到達する。
少女の顔に、自然と笑みが浮かんでくる。
廊下に並んだランプの炎、小さく揺れる船体、所々が色褪せてくたびれた壁に天井、そして床。
今の少女には、何もかもが美しく、いとおしい。
まるで、周囲のすべてが舞台装置となって、少女の晴舞台を祝福してくれるようだった。

──ふふ、ステップでも踏もうかしら?

今にも踊り出しそうな衝動をこらえ、少女はカバンを開く。
『中身』をいつでも取り出せるようになっているのを確認し、少女は再び前へと進む。
世界がとても、とても美しく、ランプに照らされた物はすべて極彩色となり、かすんですら見えた。

青年「……あ?」

だから、少女が目的の相手を見つけた時、ためらいはしなかった。

青年「何をしに来た? 下の階に貴族が……」

問答無用。
なぜなら、青年には話をするだけの価値が無い。
少女は脳裏にこびりついた青年の言葉を、最期の送り言葉として返すだけだった。

少女「みすぼらしく、醜悪な子豚さん」

ぞっとする寒気が、少女から漂い始める。
必殺の実力と、その意思がある者が放つ、危険で、禍々しい、死の芳香。

だが、青年がそれに気付いたのは、少女が『それ』を、開いたカバンから取り出してからだった。

少女「この美しい世界、いらないのは、お前の方だ」

少女は口元を吊り上げ、青年に牙を見せた。
憎悪揺らめく瞳が、青年を嘲笑していた。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/14(土) 07:05:10.29 ID:h9h9uQnDO
〜 女騎士と見習い 〜

雷が落ちたような、鼓膜を打ち震わす凄まじい轟音が二人を襲った。

女騎士「くっ? な、なんだ!?」

女騎士は、キンと耳奥にこだまする残響を振り払うように、頭を左右に振り乱す。
階段で見つけた少女の後を追って下階に到達した二人だったが、数歩と歩かないうちに、どこからともなく轟音が響き渡って来たのだった。

見習い「いったい、何が?」

女騎士と同様に頭を振る見習いと、女騎士の視線が交差する。
他人の事にまで気が向くだけの余裕。
それが女騎士に戻ってきた瞬間、女騎士の中に言い様もない不安が首をもたげてきた。
──私たちは少女を追ってここまで来た、ならば少女もこの階にいるはず。
そう思い至る前に、女騎士は走り出していた。
ランプの暖色が彩る、くすんだ廊下を駆け、いくつもの角を曲がる。
声でも上げようか、と女騎士が思案し始めた頃、女騎士の目がとうとう少女の背中を捉えた。

女騎士「おい、大丈夫──」

急に、女騎士の足と、出かかっていた声が止まった。
探していたのは少女だったはず、これは間違いない。
女騎士の認識に間違いがあるとすれば、それは少女のおかれているであろう状況だった。
わからない『何か』が起き、少女が巻き込まれ、下手をすると危うい状況になっているかもしれない、そんな風に女騎士は考えていた。
だが目の前の現状は、まったく違ったものだった。

少女「ふ、うふふ」

少女は何者にも脅かされる事無く、両腕を広げ、草原で犬とでも戯れているような、あどけない笑顔を浮かべていた。
──右手に、ランプの赤黄色をぬらりと不気味に反射する、黒い鉄の塊を握り締めながら。

それを見た女騎士の背中を、悪寒が走り抜けた。
日常を切り取った一枚の絵画に、何かが混ざり込んで破綻してしまったような、元の情景を知っているからこそ覚える齟齬。
その不気味な違和感に、女騎士は息を飲み、そこで初めて気付いた。
少女の前。
両腕をだらりと広げ、大の字に仰向けで床の上に倒れている、左目から血と白濁した何かを溢れさせた青年の姿に。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/01/14(土) 19:43:50.97 ID:h9h9uQnDO
その刹那、女騎士の記憶の断片が結合していく。
思い出されるのは、幼い頃に祖父から聞かされた、東の果てで生まれた兵器の話。
今から数十年も前に生まれ、この国にも伝わり、そして射撃型騎獣との競合の前に廃れていった兵器。
それを思い出した女騎士は、自分でも気が付かぬうちにその兵器の名前をつぶやいていた。

女騎士「銃……」

女騎士の茫然とした声が、鼻歌のような少女の笑い声に混じる。

少女「あら?」

女騎士の声に気が付いた少女が、そこで初めて女騎士の方へと振り向いた。

少女「騎士さまではありませんか、こんばんは」

少女は笑顔のまま、女騎士へと一礼する。
普段ならば、笑みの一つくらいは返す女騎士だが、今はそれどころではない。

女騎士「そこに、倒れているのは?」

女騎士は、床の上に倒れている青年へと視線を向ける。
少女は女騎士の視線を追うように首を動かし、そして、床の上に倒れた青年へと行き着いた。
左目から血と白濁した何か──おそらく眼窩に収まっていた瞳──を垂れ流す、完全に弛緩してだらりと両腕を投げ出している青年へと。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/01/15(日) 02:32:00.01 ID:9j/y711DO
少女「『コレ』ですか? わたしがやったんです、すごいでしょう?」

少女は友人と話すように、笑顔で女騎士へと口を開く。
そして、少女は右手に持つ銃を頭の上に自慢気に掲げた。
その言葉と動作は、ハンマーで殴りつけられたような衝撃をもって女騎士を襲った。
女騎士にとって、それは事実であって欲しくなかった。
場の状況、凶器である銃を握り締める少女の姿から鑑みるに、少女が青年に手を下したかもしれないという予想は、確かに女騎士の頭にもあった。
だが、それは女騎士にとって冒涜的な答えだった。
父親を慕う、まだあどけなさを残した少女が、仲良く言葉を交わした少女が、このような凶行に及んだ事は、女騎士にとって決して認められる事ではなかった。

女騎士「何を、馬鹿な事を言っているんだ」

女騎士は少女の言葉を否定する。
すると、その女騎士の言葉に遅れて、女騎士の背後から駈ける足音が近付き、見習いが姿を現した。

見習い「こ、これは!?」

刮目する見習い。

少女「わたしがやったんです。こいつが生きている事は『間違い』だから」

少女が微笑みながら見習いに答えた。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga saga]:2012/01/15(日) 02:58:22.44 ID:9j/y711DO
女騎士「間違い?」

女騎士が少女に聞き返す。
少女は笑みを深めた。

少女「ええ、間違い」

少女は黒光りする銃を下ろしながら、二人に続ける。

少女「わたしのお父さんは海に落とされた。今は寒い時期だから、お父さん、凍えているわ」

そこで少女は、今まで作っていた笑みを消し、頭を下ろした。

少女「お父さんがそういう目にあっているのに、こいつが裁かれずにいるのはおかしいでしょう?」

だから、自分が手を下した。
少女は銃を青年に向け、言外に告げた。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/01/16(月) 01:38:34.73 ID:66jkYfcDO
その時だった。

青年「う、ぐ……」

床に倒れていた青年が、苦しそうなうめき声を上げた。
青年は生きていた。
左目に銃弾を食らい、血と、眼球だった物を床に撒き散らしながらも。
青年がすっかり死んでしまっているものだと思っていた女騎士と見習いが、驚愕に目を見開く。
しかし、その中で少女は一人、腹立たしそうに舌打ちした。

少女「ちっ!」

そして、少女は持っていた銃を小脇に挟むと、自分の肩に掛けたカバンの中から皮の袋を二つ取り出し、袋の口を素早く開いた。
中にあるのは丸い金属球と、黒い粉薬。
少女の視線がそれを認めると、不意に少女の腕に衝撃が走った。

女騎士「まて! 何をする気だ!」 

少女が顔を向けると、女騎士が一息で距離を詰め、少女の腕を掴んでいた。
それは少女にとって思いもよらない事だったようで、少女の顔が驚きの表情に変った。

少女「何って、トドメを差そうとしているんです! 手を離して!」

女騎士「ダメだ! そんな事はさせない!」

少女「何で!? 騎士さまはわたしのお父さんが死んで……貶されて良かったと言うのですかっ!!」

女騎士「それとコレとは話が別だろうが! 見習い!」

見習い「はい! 医者を呼んできます!」

女騎士の言葉に見習いが頷き、廊下を駆けていく。
その間、少女は女騎士に掴まれた腕を振り解こうと試みるが、いかんせん膂力がまるで違う。
少女は徒労に終わった抵抗に息を荒げつつ、その顔を悲しみに歪めた。

少女「騎士さま、なんで……」

少女が女騎士を見つめる。
女騎士はたまらず、顔を逸らした。
少女の顔は、親しい友人に裏切られたような失望と憎悪をありありと浮かべていた。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sagd]:2012/01/18(水) 21:53:33.32 ID:ikdU4U/DO
少女から目を逸らした女騎士だが、その瞳が静かに細められる。

青年「こ、ここは? ……血?」

廊下に倒れた青年が身じろぎしたと思ったら、ゆっくりと上体を起こし始めた。
そこで青年は自分の左目を押さえ、垂れ流される赤い鮮血に初めて気付く。
袖口を赤く染め、青年は呆然と座り込むが、不意に襲ってきた痛みに顔を歪めた。

青年「う、ぐ……」

その瞬間、青年の頭の中でバラバラの断片が繋がり、青年は自分に起こった事をおぼろげに霞む頭で理解した。
そして、絶叫。

青年「う、ああ、ああァァァッッ!!」

青年の絶叫が船内に響き渡った。
時刻はすでに深夜、しかし少女の銃撃がすでに皆を叩き起こしている。
銃声を夢か現か区別出来ずにベッドの上でまどろんでいた乗客たちは尋常でない青年の叫びに跳ね起き、寝間着のまま、部屋からあわてて飛び出してきた。
廊下はあっという間に乗客で埋め尽くされた。

乗客「な、なんだっ!?」

乗客「血ッ!? お、おい! 俺たちの代表者が血まみれだ!!」

青年「た、助けてくれッ!!」

遠巻きに様子を見ながら口々に叫ぶ乗客たちに、青年が廊下を這いずって助けを求める。

乗客「いったい、何があったんだ!?」

乗客が尋ねた。
すると青年は少女を指差し、叫んだ。

青年「アイツだ! あのガキが……!!」

だが、青年は言い淀み、二の句が継げない。
なぜなら、一般市民が銃なんぞ見知っているはずがない。
武器を扱う職業に就いている女騎士でさえ、話で聞いただけで実物は初めてなのだから。
青年は少女を指差しながら数秒ほど言葉を探すが、経過を的確に説明出来る言葉は見つからない。
経過の説明を諦めた青年は結果だけを大声で叫んで、周囲の乗客に聞かせた。

青年「あのガキが! あの貴族のガキが、俺にこんなことをしやがったんだ!!」

声はフロア全体に響きわたり、青年が重傷を負っているとは思えないほどだった。
案外、命に別状は無いのかもしれない。
女騎士は少女を拘束したまま、瞳を細めてそんな事を思案する。
しかし、この状況で冷静に青年の様子を見ているのは女騎士だけだった。

乗客「な、なんだって!」

乗客「あんな子供が……」

乗客たちは寝起きの頭で、事の流れも見ていない。
ただ、青年の言葉に驚き、混乱する。
乗客が後退し、乗客のつくる輪が、少女と女騎士を中心に円を大きくしていく。
少女と女騎士の浴びる視線は居心地の悪いものになっていった。

女騎士「……」

女騎士は意志のこもった目を大きく開くと、毅然と視線を跳ね除ける。

少女「……」

かたや少女は目を細め、侮蔑と憎悪の入り混じった冷たい視線で立ち向かった。
全方位から乗客の視線を浴びる中で、女騎士の頭に一つの単語がふと、よぎった。

──魔女狩り。

なぜそんな言葉が頭に浮かんだのかは当の女騎士でさえ定かではないが、その言葉は妥当な物だと女騎士は感じた。
数百年も前に流行った魔女狩りの状況は、おそらくこんな物だろうと女騎士は納得した。
そんな女騎士の思考どおり、乗客たちから向けられる視線は奇しくも、異端の存在を狩る者たちの物と変わりが無かった。
もちろん、少女と女騎士には知りようもないが。

この陰湿な審問の如き包囲は、見習いが医者を連れて来るまで続いた。
その後、乗客たちはひとまずその場で解散した。
何が起きたのかを青年に聞こうにも、青年は手当てが忙しく、夜も遅い事から集会が開けないという事が理由で為す術が無かったからだった。
乗客の大多数は部屋に戻り、明日の集会に備えて醒めた頭を無理矢理に眠らせた。
もちろん、部屋の鍵を厳重に掛けるのを忘れずに。

そして、次の日。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/01/19(木) 02:14:18.75 ID:a2Q6ujjDO
〜 次の日、朝 〜

?「キヤアアァァーッ!!」

絹を裂くような悲鳴が、朝霧に煙る船を襲った。

そして女騎士と見習いの部屋。
船で泊まる事になったが、何が起きるか分からない以上、いつでも起き上がれるようにと浅い眠りについていた二人は、その悲鳴にすぐに反応した。

女騎士「なんだっ! さっきの悲鳴は!?」

見習い「船の下階からであります!」

女騎士と見習いは顔を見合わせると、部屋から飛び出した。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/01/19(木) 02:40:27.07 ID:a2Q6ujjDO
〜 船、下階、廊下 〜

女騎士たちが部屋を飛び出し、階段を降りて、下階の廊下へとたどり着く。
そこは女騎士と同様に悲鳴を聞いた乗客たちであふれかえっていた。

女騎士「これは一体どんな騒ぎだ?」

女騎士が手近な乗客を捕まえる。
乗客は不安げに答えた。

乗客「どうやら、人が死んでいるらしいんだが……」

女騎士「……!」

女騎士は驚きに目を見開くと急ぎ、乗客の話を最後まで聞かずに人の壁を掻き分けて進み始める。
やがて、人の壁の先に、一つの客室が見え始める。
開け放たれた客室のドア。
その前だけ、人があふれかえっているこの廊下で皆が一歩離れており、半円を描くような空白地帯が出来上がっていた。
その上、乗客の視線が客室の中に注がれているとなれば、行く場所を見誤る事など無い。
女騎士は人を弾き飛ばさんばかりの勢いで廊下を進み、人の壁から、客室のドアの前に広がる空白地帯へと躍り出た。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/01/19(木) 03:23:18.14 ID:a2Q6ujjDO
その瞬間、赤い光景が女騎士の目の前に広がった。
白い壁紙をキャンパスに見立て、赤い絵の具を殴り書きしたような乱雑な光景。

女騎士「……」

同時に、むせ返る程に濃い、糞尿と錆びた鉄のような臭いが部屋の中から外へと流れ、女騎士は眉根を寄せて表情を硬くした。

見習い「……!」

背後で、遅れてやって来た見習いが息を飲む気配を感じながら、女騎士は室内へと一歩踏み込んだ。

そして、部屋の細部が見え始める。
客室は床こそ板目だが、白い壁紙が四方の壁を飾っているはずだった。
しかし、床はまだ乾いていない赤い液体が水溜まりを作り、壁には肉片混じりの赤文字が流れ、文字の端をかすれさせている。
壁の下に放り出された、絵筆代わりの長い臓物に女騎士の視線が行き着くと、女騎士は嫌悪を隠せずに表情を苦々しく歪めた。
その時、部屋の中から女騎士に声が投げ掛けられた。

白衣「こら! 入って来てはダメだ!」

女騎士が顔を向けると、白衣を着た老人がいた。
彼は医者であり、代表者でもある、女騎士の見知った人間だった。

白衣「ん? あんたは……」

すると、白衣の老人も女騎士を知っていたようで、女騎士が部屋に入って来た事に対して特に言及しなかった。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/01/20(金) 00:01:55.66 ID:/PGa/FpDO
女騎士「被害者は?」

女騎士が白衣の老人に問う。
白衣の老人は部屋の隅にあるベッドを、正確にはベッドの向こう側、壁とベッドの間にある空間を指差した。
女騎士は何も言わずに、見習いと共にベッド脇の空間へと歩を進める。
そこには、床に横たわった老紳士の死体があった。
それを女騎士、続けて見習いが発見し、厳しい眼差しを死体に送る。
すると、白衣の老人が口を開いた。

白衣「ひどいもんさ、中身は引き出されて、部屋中に飛び散ってる」

白衣の老人は言いながら肩を落とした。
人の命と向き合い続ける医者として、この惨状に心を痛めているかもしれない。
女騎士はそんな事を思いながら、死体に目を戻した。
死体は腹を切り開かれ、白衣の老人が言った通りに中身を引きずり出されており、臓物や骨はほとんど見当たらない。
血肉の赤を大多数に、白み掛かった黄色い油が適度に混じった死体の傷痕と腹の中をざっと見て、次に女騎士は死体の顔へと目を向けた。

女騎士「……こいつは」

そこで女騎士は気付いた。
背後を振り返ると、見習いも厳しく顔を歪め、女騎士の方を見ている。
二人は静かにうなずいた。

女騎士「確か、この船に乗り込んだ最初の頃に」

見習い「はい、この船で集会がある事を教えてくれた人であります」

変わり果てた姿になっているのは、見習いと女騎士に集会の存在を教えて部屋に消えた老紳士だった。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/02/01(水) 08:17:35.92 ID:Wc/xOSaDO
?「どきなさい!」

いきなり、声が廊下から響いてきた。
見習いと女騎士が部屋の入口へと顔を向けると、ちょうど少女が人波を掻き分けながら部屋の中へと踏み入って来るところだった。
少女は銃を女騎士に取り上げられ、自室で待機を命じられていた。
殺人未遂の相手に対しての処置としては少しばかり甘い判断だと言う者もいたが、脅威である銃を奪った事に加え、少女が父親を海に落とされた事を乗客たちも知っていた。
そのため、少女が殺人未遂を犯したのは一時の気の迷いという事で昨日の場は決着。
次の集会まで、青年のいる下階に立ち入らないという制約付きで少女は処分保留にされていた。

女騎士「入って来てはダメだ! それに、なんで部屋を出て下階に降りてきているんだ!」

女騎士が怒鳴る。

少女「あら? 騎士さま、ごきげんよう」

しかし、少女は白々しく女騎士に答えると、赤く染まった凄惨な室内に図々しく視線を巡らし始めた。

少女「ひどい臭いですね、……あら?」

鼻をつまみ、まったく物怖じせずに血まみれの部屋を眺めていた少女は、やがて老紳士の死体を見つけて眉をひそめた。

少女「あの人は? 服は貴族みたいですけど……それに犯人は?」

女騎士「……」

少女「騎士さまは教えてくれませんか……では、そちらのお医者さま?」

口を閉じ、「早く自室に帰れ」と視線の圧力をかけてくる女騎士に、少女は微塵も動じる事なく、白衣の老人へと話を向けた。

白衣「……」

相手は少女である。
殺人の事に首を突っ込ませる相手ではないと、白衣の老人は口を引き結ぶ。
しかし、少女も口を閉じた白衣の老人を真似するように口を閉じ、代わりにじっとりとねまつく視線を白衣の老人へと浴びせ始めた。

白衣「……う」

白衣の老人が身を固くする。
少女が持つのは澄んだ蒼を湛える、くりくりと丸い瞳。
だが白衣の老人は、そこに狂気を孕んだ暗い意志を感じたのだった。

少女「お医者さま、教えてもらえないでしょうか?」

固まる白衣の老人に、少女が口を開いて再度問いかける。
そして少女は薄く目を閉じて、笑いかけるような表情を作った。

血まみれの部屋の中で。

老人「……うむ」

白衣の老人は気圧されるように、ためらいながら口を開いた。
それは染み出る狂気が、少女を一回り大きく見せているようだった。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sagd]:2012/02/02(木) 02:46:07.47 ID:deJerKGDO
白衣「確かに、被害者は貴族じゃな」

少女「やっぱり」

白衣の老人の言葉に少女がうれしそうに手を叩く。
しかし、少女はすぐに小首をかしげて、不思議そうに白衣の老人へとたずねた。

少女「でも、何で貴族の人がこんな階層に?」

女騎士たちが今いるこの階層は、貴族たちの泊まる上層とは違う、民衆の泊まっている下層である。
民衆の泊まる階層を『こんな』呼ばわりする少女に、女騎士は眉間にシワを寄せて視線を鋭くするが、それは女騎士にとっても疑問だった。
ゆえに、白衣の老人が少女に口を開くのを、女騎士は腕を組んで黙って聞いていた。

白衣「どうやら、気さくな人だったようじゃな。『乗船中、身分の上下にこだわらずに人との付き合いをしたい』という理由から、みずから進んで下層階の客室を選んだらしい」

少女「……ふーん」

少女は自分の上唇に人差し指を当て、丸い瞳をナイフのように鋭く細めた。
そして、少女は指を口元から離すと、やんわりと微笑んだ。

少女「なるほど、それがあだになって、寝首を掻かれたのですね」

女騎士「……っ! なんだその言い方は!」

見習い「じ、上官どの!」

少女の言葉に女騎士が肩をいからせながら怒声を飛ばす。
それを見た見習いが、とっさに少女と女騎士の間に割って入る。
だが少女は悪びれもせずに軽く鼻をならし、女騎士を無視して白衣の老人へと言葉を続けた。

少女「それで、犯人は?」

白衣「……わからん」

老人は苦い顔になって答えた。

白衣「ドアを叩いても応答が無く、老紳士が部屋の中で倒れているかもしれないと、ワシが呼ばれたのが三十分と少し前。
それから貴婦人が船長から予備の鍵を借りて来て、死体を見つけたのがわずかばかり前。
そのまま貴婦人は気を悪くして倒れて医務室、居合わせたワシが現場に残って見ていた……というわけじゃよ」

少女「なるほど、つまり現状を理解出来ているのは犯人くらいしかいないというわけですね?」

白衣「……そう、なるのう」
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/16(木) 11:31:51.54 ID:xmgslpCIO
ω・`)っ乙
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