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綾乃「好き。」 -
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1 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:04:20.11 ID:bIt6DJVy0
ゆるゆりSSです。
※ご注意点とか
・一応完結まで書き下ろしてますが、大変長いので何日かに分けて書き込みます。
・登場人物…綾乃、千歳、京子、結衣、ほか1年生組ちょこっと。
・一部、生徒会の設定で他者様のSSを参考にさせて頂きました。
(作品はこちら→
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1319965239/
)
それでは↓から本文をどうぞ
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1326625459
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(安価&コンマ)コードギアス・・・ @ 2025/07/13(日) 22:27:49.60 ID:9f2ER2kw0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752413269/
2 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:06:54.55 ID:bIt6DJVy0
ゆるゆりSS
タイトル:綾乃「好き。」
------------------------------------------------------------------------
4月、春。
先週まで満開だった桜は、すでに散らした分身たちで通学路を埋め始めている。
新入生を迎える大役を果たしたせいだろうか、力なく風に揺られる枝が、何となく物悲しい。
新しい季節に特有の、期待と不安が入り交じったような気分のまま、3年生に進級した私たちの最後の一年間が始まった。
といってもそれは大げさな話で、私たち当事者にとっては特に新しいことのない、いつもの日常が始まるに過ぎない。
日曜日には翌日からの早起きを憂う気持ちでいっぱいになり、月曜日は午後の体育を面倒臭がり、火曜日は宿題を出す先生に文句を言いたくなる。
用事のない土曜日は会いたいクラスメイトの事を考えてちょっぴり寂しい気持ちになったりもする。
ただ、そんな日常もあと一年かぁ、と大げさな感傷に浸るのも悪くない気分だ。
3 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:09:08.12 ID:bIt6DJVy0
それに、今日はいつもの月曜日に比べて緊張している。
もうすぐ一緒に登校する友達がやってくる。
私を見た彼女は、どんな感想を持つだろう。
いつものように、にこやかな笑顔で「似合っとーよ」って言ってくれるかな。
結果が分かっていても気恥ずかしい、そんな面持ちで私はその友達が歩いてくる様子を眺めていた。
「おはよう、綾乃ちゃ・・・ん?」
「お、おはよう・・・千歳」
「綾乃ちゃん、どうしたん? それ」
「ええ・・・髪、切ってみたの」
4 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:10:15.44 ID:bIt6DJVy0
*
5 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:11:18.66 ID:bIt6DJVy0
それは、始業式が終わって通常の授業が始まった先週の事がきっかけだった。
その日の放課後、私が茶道室へ向かったのはいつものようにプリント提出を忘れた歳納京子を注意するためだった。
「一緒に行くでー」と頬を上気させて立ち上がる千歳を止めたのは、いつもの私の強がりではあったが、多くの書類を机に積んでいる彼女の作業の邪魔をしたくない、と思ったせいもある。
だから今回は一人だ。千歳の支援はない。
出来るだけ、自然に。そう思いながら勢いをつけて襖を開ける。
「としのーきょーこー!・・・って、あれ?」
茶道室には誰の姿もなかった。
鍵は開いているのに、彼女らの荷物はない。
たぶん、鍵を掛け忘れて帰ったのだろう。不用心なことだ。
一気にやる気が削がれてその場を後にしかけたが、とあるモノが目に入り私は足を止める。
6 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:12:48.81 ID:bIt6DJVy0
それは畳の上に無造作に放り出されている雑誌だった。
普段なら自ずから開いて読むものではない、ファッション系の雑誌だった。
それでも手に取ってしまったのは、もしかしたら歳納京子が読んでるものかも…という不純な動機が少なからずあったせいだと思う。
それに、誰もいないという妙な安心感が、私の探求心をくすぐったのかもしれない。
「ええと・・・何かしら。この春おすすめのヘアスタイル特集・・・?」
『恋するティーンズにぴったり!イメチェンで気になるあのヒトを驚かしちゃえ!』
『今月の占い特集〜おひつじ座のアナタはずばり、風邪がキーワード!看病されてコロっと恋に落ちちゃうかも?〜』
「ほ、ほう・・・」
7 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:13:39.28 ID:bIt6DJVy0
おしゃれとか、色恋ごととか、私はどちらかというと疎いほうだった。
とはいえ興味が無いのではなくて、たぶん引っ込み思案なだけである。
私が着ても似合わない、他人を好きになるって良くわからない。
歳納京子のことは・・・確かに、気になる存在だけど、それが「恋」ということなのかは、まだピンとこない。
そんな風に色々考えあぐねて、結局尻込みしてしまう。
その記事を読むのは、何だか妙に新鮮な気分で楽しかった。
とはいえ、長居するともしかしたらごらく部の面々が帰ってくるかもしれない。
盗み見たような感じで、何となく後ろめたかった私は、ぱらぱらとページをめくった後、その雑誌をもとの位置に戻して茶道室を後にしたのだった。
・
・
・
・
・
8 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:15:11.77 ID:bIt6DJVy0
(歳納京子は、ファッションとか・・・こ、恋とか、興味あるのかしら?)
否が応にもそのような疑問で頭がぐるぐるしてしまう。
(別に、歳納京子のために、イメチェンしたいとか思ってるわけじゃないんだから!)
(自分だって多少はそういうのに、興味持ってるんだからね!)
などと言い訳をしても結局、私は欲望に負けてしまった。
“新しいことをしたい”、その気持ちに。
その週末には同じ雑誌を片手に、初めて自分から美容室の扉を開いたのだった。
『こ、これと同じ髪型にしてください!』
9 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:16:15.00 ID:bIt6DJVy0
うわずった声で、雑誌のとあるページを指差す私。
美容師さんは、微笑ましいといった表情で私の注文を聞いていたように思う。
いまでもそれは顔が赤くなるほど恥ずかしくなる思い出だ。
とにかく、私は1年生の頃から伸ばしに伸ばした長髪を切った。
中学生になりたての頃の髪型を思い出す。
ちょうど雑誌のモデルに近いような髪型だったあの頃。
これで何かが変わるかな。
素直な自分で居られるようになれるかな。
そんな願いを、少なからず込めて。
10 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:17:42.18 ID:bIt6DJVy0
*
11 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:18:43.52 ID:bIt6DJVy0
「ええ感じやないの、綾乃ちゃん」
「そ、そうかしら?」
「かわええよ〜」
「もう、 恥ずかしいからあまり言わないでよぉ」
「いやいやホンマやで。きっと歳納さんもかわええ言うてくれはるで」
「べっ別に! 歳納京子のために切ったわけじゃないわよ! 少しは振り向いてくれるかな、なんてこれっぽっちも思ってないんだからぁ!」
「綾乃ちゃんはいつも本音がダダ漏れやねんなぁ・・・」
12 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:19:46.54 ID:bIt6DJVy0
ああ・・・。またやってしまった。
私は顔を赤くして、下を向く。
しかし千歳は事もあろうか、私の腕を取って「綾乃ちゃん、善は急げや!」などと言いながら走り出す始末だ。
「ちょ、ま、待って千歳! まだ心の準備が・・・!」
千歳に手を引かれて半ば強制的に両脚を往復させられる私。
4月とはいえまだ肌寒い通学路を、私たちは熱を帯びて駆け抜ける。
まったく、3年生になったというのに落ち着かないものだ。
他人の事言えないわ・・・などと、とある人物の事を思い出して赤面していたのは、ここだけの秘密だ。
13 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:20:28.43 ID:bIt6DJVy0
*
14 :
◆eZUHOxTppE
:2012/01/15(日) 20:21:44.22 ID:bIt6DJVy0
「えっ、お休み・・・?」
「うん。風邪引いたんだって」
息を切らせて教室へ辿り着いた私たちに、船見さんはそう教えてくれた。
「そうだったの・・・はぁ」
私はそれまでの緊張が一気に冷めてゆくのを感じた。
取り越し苦労で良かった、と思う反面、少し残念な気分にもなった。
もしかして、千歳の言うような展開を期待していたのかしら、と我ながら甘い思考にため息が出る。
「それより、綾乃・・・だよね? その髪は・・・」
「えっ? あ・・・あ、あう・・・」
15 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:23:22.52 ID:bIt6DJVy0
「(ニコニコ)」
千歳は笑みを浮かべるだけで、まだ助け舟は出ない。
「びっくりした。でも・・・うん、似合ってるよ」
船見さんがしれっとつぶやく。
・・・そんな一言だけで私の顔は一気に熱が上がってしまう。
もし歳納京子に言われてしまったら、いったいどうなることやら。
私は精一杯、声を絞り出して返事をする。
「・・・あ、ありがとう、船見さん」
「なー、綾乃ちゃんはホンマ美人さんやもんなぁ」
「もう・・・千歳、からかわないでよぉ」
「からかってなんかないで? ウチ、ウソつくのは年に一回だけやねん」
「あぁ・・・去年のエイプリルフールね。あの時は本当に度肝を抜かれたわね」
「はは、良くわからないけど二人とも、もうすぐ先生来るよ」
16 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:24:41.20 ID:bIt6DJVy0
自分の席についても、何となく上の空でホームルームを聞いている自分がいた。
誰も気にしていないと頭で分かっていながら、周囲の目が気になるのは悪い癖だ。
授業中、先生に茶化されたりしないかしら。
クラスのみんなに笑われたら、どうしよう。
無駄な思考ばかりがぐるぐると駆け巡る。
気付けばあっという間にお昼休みの時間になっていた。
「綾乃ちゃん、お昼にせえへん?」
「ええ。いいわよ」
決まって声を掛けてくれるのは千歳だ。
思えば、千歳とは1年生からずっと同じクラスでいることができた。
そこに、2年生からはごらく部の歳納京子と船見さんが加わってなんだか一気ににぎやかになったような気がする。
生徒会で私が会長に就任した後も相変わらず、千歳は側に居てくれている。
いくら感謝してもし足りないくらい、私にとって彼女の存在は大きい。
17 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:26:07.53 ID:bIt6DJVy0
「それでな、綾乃ちゃん・・・て、話聞いとるん?」
「あ・・・ごめんなさい。それで、なに?」
「うーんとな。綾乃ちゃん、去年風邪引いてお休みしたことあったやろ? だから、な?」
「だから?」
「せやから、お見舞い。これや。これしかないで!」
「だ、だれに?」
「歳納さんに決まっとるやん!」
「えぇ〜!? 私が、歳納京子の、お見舞いに!?」
「せや。去年、お見舞い来てもらったやろ。その恩返しやで」
18 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:27:27.98 ID:bIt6DJVy0
そうだった。
確かに、私は風邪を引いて寝込んでしまった事があった。
その時は、歳納京子が提案してくれたという話を聞いて、思わず舞い上がってしまったものだった。
恩返し、か。
千歳の言う事も一理あるわね・・・と思いながら、
「そっそうねっ! 生徒会長として、ここは私が動くべきよね! 決して、その、個人的にじゃなくて・・・
そう、私は生徒を代表してお見舞いに行ってあげるんだからねっ!!」
(あぁ・・・またやってしまったわ)
「はぁ・・・素直じゃない綾乃ちゃんもかわええなあ・・・」
19 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:28:28.67 ID:bIt6DJVy0
*
20 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:30:07.99 ID:bIt6DJVy0
そうと決まれば話は早かった。
その日の放課後、歳納京子と家の近い船見さんに案内してもらえるように相談したところ快く引き受けてくれた。
待ち合わせは校門の前だった。
私と千歳が到着すると、そこには船見さん、後輩の赤座さん、吉川さんが待機していた。
いずれもいつものごらく部の面々だ。
「船見さん、遅くなってごめんなさい」
「あぁいいよ、生徒会の仕事サボらせちゃったし」
「それはええねんで。きちんと副会長に託してきたさかい」
「副会長・・・? ああ、大室さんのことか」
21 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:31:14.28 ID:bIt6DJVy0
「それにしても、未だにビックリですよね結衣センパイ。あの櫻子ちゃんが副会長に当選するなんて」
「そうだね、古谷さんのサポートがあってこそなのかも」
「二人ともあかりと同じクラスだけど、ホントはすごく仲良しなんだよぉ」
「まーそんなわけだから、ウチらは大丈夫やで〜」
「それは良かったよ」
何となく、歳納京子のいない場では会話に入り辛く、私は黙りこくってしまう。
生徒会の話題なので、私が話に加わらないほうが奇妙なのだろうけど、元々私は人見知りなのだ。
入り辛いというより、私がもとから無口なだけなのかもしれない。
1年生の頃、千歳から話しかけてもらっていなかったらと思うと、今でも恐ろしい。
22 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:32:09.50 ID:bIt6DJVy0
「ねえ綾乃ちゃん?」
そんな折、突然千歳が口を挟む。
「え、なに?」
「なぁ歳納さんち、どんな感じやろな〜」
「そうねえ・・・案外豪邸だったりして。一人っ子ってことみたいだし。たくさん、甘やかされて育って来たのよ、きっと。それであんなダラダラした性格になったのね!」
「あはは、綾乃ちゃんこそ妄想たくましいで〜。うち、負けるわぁ」
そう、こんな感じでいつも千歳は私に話しかけてくれる。
私の心を読んでいるのかしら・・・そのような疑念すら生まれてしまうくらい、彼女はタイミングが良い。
そのおかげか、歳納家につくまでの時間はあっという間に感じた。
23 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:33:50.71 ID:bIt6DJVy0
私の予想は外れて、歳納家はいわゆる普通の一軒家という風体だった。
屋根のついた駐車場に主はおらず、おそらく両親のどちらかが使っているのだろう。
面積は少ないながらも、しっかり整地された庭園は芝で覆われて、いくつかの花が彩りを添えていた。
小さい三輪車が片隅に見えたが、歳納京子がずっと小さい頃に使っていたものだろうか。
「綾乃ちゃん、行くで〜。」
ひとりで小さな頃の歳納京子を想像してにやけていた所、千歳の声で我に帰る。
「あ、うん。待ってぇ」
「(何を想像しはったんやろなぁ・・・うふふ)」
いつの間にか皆が玄関に入るところだった。
(今の表情・・・見られちゃった? あぁ、恥ずかしい・・・)
24 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:36:03.44 ID:bIt6DJVy0
遅れて歳納宅の玄関に入ると、皆は歳納京子の部屋へ向かっているところだった。
千歳の話ではインターフォンには歳納京子自身が出たらしかった。
ご両親は不在なのだろうか?
靴を脱いで上がった玄関の先には、おそらくリビングと思われる大きな部屋と、左手には四畳半くらいの畳部屋が見えた。
電気の消えた畳部屋からは微かなお線香の匂いがして、おそらく仏壇のある部屋なのだろうと予想した。
観察はほどほどに、私は緊張しつつ千歳たちの後ろをついて階段を上がって行く。
初めて入る、歳納京子の部屋だ。
「・・・はぁ?」
どきどきして階段を上った先の扉で、船見さんの声が聞こえてくる。
どこかしら、落胆したような声だった。
25 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:37:34.26 ID:bIt6DJVy0
「だからぁ、原稿が終わんなくってさ〜」
「お前ってやつは、まったく・・・」
どうしたのかしら、と思い千歳の後ろに隠れて会話を盗み聞く。
「京子先輩、仮病だなんて最低です!」
「でも風邪じゃなくて良かったよぉ。あかりはちょっと安心しちゃった」
「おお、あかりは良い子だなぁ。この飴ちゃんをくれてやろう!」
「わぁありがとう京子ちゃん!」
「ほんとにもう・・・。せっかく来てくれた千歳や綾乃に何と言っていいやら」
「・・・お。お?」
26 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:38:36.99 ID:bIt6DJVy0
突如、視線がこちらに降りかかって焦る私。
「おー千歳〜悪いな〜。・・・と、あれ?」
そしてつい、私は千歳の背中に回り込んで顔を隠してしまう。
今まで忘れていた、自分の髪型の事を思い出し、瞬間的に顔が熱くなる。
「えっと・・・・・・・・・誰?」
「・・・!?」
「あらあらうふふ。歳納さん、誰やと思う? ほらほら綾乃ちゃん、隠れてないでこっちきいや〜」
「え?え? マジ綾乃なの?」
27 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:40:04.10 ID:bIt6DJVy0
我ながら情けない。
恥ずかしくて正面が向けず、背を向けたまま立ち尽くしてしまう。
そうこうしているうちに、誰かがこちらに向かってくる足音がした。
「あーやのっ!」
突然歳納京子の顔が私の正面に躍り出る。
「ひゃっ・・!?」
「あっ、ホントだ。やっぱり綾乃だ!」
「うぅ・・・。な、なによ? 笑いたければ笑いなさいよ!」
「えー笑わないよ〜。似合ってるじゃん」
「んなっ・・・!」
28 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:41:19.84 ID:bIt6DJVy0
歳納京子は、私に向かって親指を突き立てて「やるね〜」などと笑顔を振りまいている。
そうやって彼女はまた、私の心をかき乱す。
みるみるうちに体温が上がるのを感じる。
たぶん今の私の顔からは湯気が出ているに違いない。
「良かったな〜綾乃ちゃん〜。歳納さんに気に入ってもらえてホンマ良かったなぁ」
「ちょ、千歳、鼻血出てるって!」
「池田先輩、ティッシュどうぞー」
「あかりちゃん、いつもすまんなぁ」
私以上に分かりやすい反応をする人物がいたおかげで、自然と皆の視線は私から千歳に移る。
千歳には悪いけど、興味の対象が移った事に、とりあえずほっと一息を付いたのだった。
・
・
・
・
・
29 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/01/15(日) 20:47:18.78 ID:UOwJolMz0
結構面白いのになぜsageるんですかッ
30 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)
[sage]:2012/01/15(日) 20:50:05.85 ID:+yNa4CCdo
sagaでいいのよ
31 :
◆eZUHOxTppE
[sage]:2012/01/15(日) 20:51:58.56 ID:bIt6DJVy0
千歳の鼻血が落ち着いたところで、歳納京子の部屋に私を含めた6人が集まった。
船見さんは呆れた様子だったけど、歳納京子が「まあまあ、茶でも飲んでいきなよ」と皆を部屋に呼んだのだ。
そして仮病を使った当の本人は、まるで悪気もなく自分のデスクで原稿用紙と向き合っている。
その表情は真剣だけど、仮病だなんて七森中の生徒として放置するわけにはいかない。
ここは生徒会長の私自らが歳納京子に注意しておかなければならない。
しかしここは、歳納京子の部屋。彼女が普段過ごしている場所。
そこに私がいる。
それは、幾度も夢に見た光景だ。
もちろん今はクラスメイトや千歳たちがいるけれど、いつか二人きりで・・・なんて妄想が始まってしまって、なかなか注意する言葉を口に出来ないでいる。
それにしても、あまり女の子の部屋っぽくない印象だ。
本棚には漫画がびっしり詰め込まれてる、というより突っ込んであるだけに近い。
デスクの上にも本は色々載っているが、たぶん教科書ではない気がする。
本だけでなく、様々な長さ、色の筆記具が散乱している。
あれらは、漫画を描くための道具だろうか?
また、本棚とは別にある小さめのスチールラックには、何か連続物の背表紙がずらっと並んでいる。
漫画だけじゃなくて、DVDの大きさのものも一式あるようだ。
(あれがもしかして『ミラクるん』とかいうシリーズなのかしら?)
32 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 20:54:49.08 ID:bIt6DJVy0
「綾乃、もしかして『ミラクるん』に興味あるの?」
「えっ!?」
いつの間にか、歳納京子がこちらを向いて目を輝かせていた。
部屋を観察していた事を知られて恥ずかしくなり、私は慌てて別の話題にすり替える。
「ちっ、違うわよっ。それより、歳納京子!仮病を使って休むなんて、3年生にもなって許さないわよ!今度やったら罰金バッキンガムなんだからっ!」
「ブッ!」
「あらあら綾乃ちゃんたら」
「いやぁ、締め切りに間に合わなくってさ〜」
「まったく・・・あなたって人は・・・!」
でも・・・元気で良かった。
本当はそう言いたかったのに、必要な言葉はどこかに吸い込まれて、ついそっぽを向いてしまう。
素直になれないもどかしさが、まだまだ私を支配しているようだった。
・
・
・
・
・
33 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 20:56:50.67 ID:bIt6DJVy0
>>29-30
すみません、了解しました
34 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 20:57:58.67 ID:bIt6DJVy0
「あ〜〜〜〜〜〜〜!」
しばらく続いていた歓談は、歳納京子の奇声で一時中断された。
現在部屋にいる人間が、一斉に机のほうに視線を向ける。
「な、なに?」
「どうした京子」
「歳納さん、どうしたん?」
ちなみに、赤座さんと吉川さんは先に帰宅している。
今ここに居るのは、私と千歳、あと船見さんだ。
時刻は夕方に差し掛かっている。
名残惜しい・・・いや、全然そんな事はないけれど。
もうちょっと居たいなんて思う事は全くないこともないけれど。
(長居しすぎて正直話題が無くなってきたかな)
そう思った矢先の出来事だ。
35 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 20:59:14.95 ID:bIt6DJVy0
「・・・飽きた。疲れた。休みたい。ラムレーズン食べたい!」
「我慢しろ、今の時期は売ってないから。締め切り間に合わないんだろ?」
「やだぁ・・・もう手が動かない〜」
「もう・・・しっかりしろって」
「うーうー」
「結衣〜手伝って〜!」
「えぇ・・・私これから買い物して帰るところなんだけど」
「えー!やだやだ手伝ってよ〜!」
「でも今日は特売がある日だしなあ」
36 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:00:52.82 ID:bIt6DJVy0
そんなやり取りをぼんやり眺めていた私の脇を千歳がつつく。
「(ねえねえ綾乃ちゃん)」
「(え、な、なに・・・?)」
「(お手伝いしたりや〜?)」
「(えっ・・・えぇ〜!?私が?)」
「(ええやないの。うまくいけば、歳納さんと二人きりやで?)」
「(そっ・・・!そんなこと・・・!!)」
す、少しも期待なんて、してないわよ!
・・・と、危うくまた大声を出すところだった。
37 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:01:35.40 ID:bIt6DJVy0
「(ね? 言えなければ私から言うたるで?)」
あぁ・・・千歳にはいろいろお見通しのようだ。
「(わ、わかったから・・・!もう・・・)」
意を決して、おずおずと手を挙げる。
「あ、あの・・・」
「わ、私なら、手伝ってあげても・・・いいわよ。」
・
・
・
・
・
38 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:02:29.27 ID:bIt6DJVy0
「電話、大丈夫だった?」
「え、ええ。お母さんに了解を取ってきたわ」
「いや〜悪いね。でもほんと助かったよ〜」
「べっ、別に・・・歳納京子が・・・じゃなくって、生徒が困ってるのを見過ごせないだけなんだからね。生徒会長として!」
「あはは、なんだよそれ〜。綾乃、初めてペン持ったわりには上手いよ。才能あるんじゃない?」
ただでさえ緊張しているのに、突然褒められてドキッとしてしまう。
そう・・・まさか、先の「手伝う」発言がきっかけで歳納京子の部屋に泊まる事になろうとは思いもしなかった。
というのも、原稿の作業量が想像以上に多かったためだ。
もちろん、素人の私に分かるよう、歳納京子が説明の時間を裂いた事も理由の一つではあった。
39 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:03:04.49 ID:bIt6DJVy0
「そ、そう? 本当にこれでいいのか不安だわ・・・」
「大丈夫だよ! このまま私の手伝いしてたら結衣より上手くなっちゃうかもね!」
「船見さんも、よくお手伝いをしているの? その、同人誌とかいうの」
「そうだよー。今回はそんなに大きなイベントじゃないんだけどさ、原稿描く時間が短くって」
「そ、そう・・・」
良くわからないけれど、まぁ役に立ってるなら私も嬉しい。
「船見さんと仲が良いのね」という言葉は飲み込んでおく。
同人誌というものに触れたのは去年の夏以来だろうか。
あの時は何がなんだか分からないまま終わってしまった。
実際に手伝ってみて、何となく漫画の世界を知ったような気がする。
それに上手いと言われてしまえば、何となく興味が出てしまうものだ。
40 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:07:04.78 ID:bIt6DJVy0
「じゃあ、そのページのトーンとベタ終わったら休憩しよっか」
「ええ」
時刻は夕方をとうに越えて夜になっていた。
歳納京子の話では、どうやら今晩はご両親は不在らしい。
それはつまり、明日の朝まで歳納京子と二人きり、ということだ。
・・・いやいや。私は頭を振る。
今は余計な事を考えず、目の前の作業に集中しなきゃ。
歳納京子と密室に二人きりで居る事への妙な期待は、原稿作業の緊張感で上書きしなきゃ。
手元を良く見て、ベタがはみ出さないように気をつける。
指が震えて来たら少し休む。
しかしスピードを落とさないように、てきぱきと。
トーンというのは、例えば物の陰だとか黒で塗りつぶさないような髪の塗りだとか、
そういう箇所に使うものらしかった。
指定された場所にスクリーントーンと呼ばれるものを貼付け、カッターナイフで余分なところを切り取って行く。これも根気がいる作業だ。
最初に歳納京子に受けた説明を思い出して、見よう見まねで進めていく。
歳納京子は、いつから漫画を描き始めたのだろう。
自分で漫画を描こうと思った時、どうやって学んだのか。
そんな事をふと考えながら、無言のまま原稿と見つめ合っていた。
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・
・
41 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:08:08.63 ID:bIt6DJVy0
私たちは途中で何度か休憩を挟みつつ、黙々と作業を進めた。
何だか去年を思い出してしまう。
千歳と二人、生徒会室でひたすら書類整理をしていたあの頃を。
突然扉を開けて歳納京子が入ってきたり、遠くで爆発音が聞こえてきたり。
私は事あるごとに歳納京子に勝負を仕掛けていたっけ。
テストの点数を競うつもりが、同人誌のせいで肩透かしを食らった事もあった。
そんな私が今では同人誌を手伝っているなんて、何とも矛盾した話だ。
髪を切った事で、ちょっとは私自身の心も変われたのだろうか?
「歳納京子、これ終わったわよ」
「お〜。その辺に置いといて〜」
歳納京子が必死に何かに夢中になっている姿なんて、初めて見たかもしれない。
彼女の背中を見つめて、私は悟られないように微笑む。
42 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:09:55.05 ID:bIt6DJVy0
「おっ、喜べ綾乃。もう少しで終わるぞ〜」
「それは良かったわ。まだ手伝う事はあるかしら?」
「じゃあ、終わった原稿揃えて封筒に入れといて〜」
「わかったわ」
部屋の掛け時計に目をやると、既に深夜というより早朝に近い時間帯だった。
あまり眠く感じないのは、緊張のせいか、あるいは作業に夢中になっていたせいか。
少ししてから、歳納京子の「終わったー!」という声が室内に響く。
「お疲れ様」
「じゃあ、私、ダッシュでこれポストに出してくる!」
どうやら無事に入稿という作業が終了するらしかった。
早朝とはいえまだ外は暗い。
少し眠れそうかしら、などと思っているとすぐに歳納京子が戻ってきて、缶ジュースを差し出してきた。
43 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:11:00.58 ID:bIt6DJVy0
「綾乃、ありがとな〜」
「い、いいのよ、別に。たまたま暇だっただけなんだからねっ」
「またまたぁ。そういえば、綾乃と二人きりって初めてだね」
「な、何よいまさら」
「ねぇ、綾乃」
「な、なに?」
「私、綾乃のこともっと・・・知りたいな・・・」
「なっ! ななななな、なに、なんなの!?」
「あやのぉ・・・」
「ちょ・・・近・・・・・・っ!!」
「う、うー・・・ケホッ」
「・・・へっ?」
44 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:11:41.94 ID:bIt6DJVy0
歳納京子が急に寄り掛かってきたかと思うと、今度は私の肩に首を預けてぐったりしている。
身体が熱いのは、私の体温だけではない気がする。たぶん。
「ちょっと、歳納京子? まさかあなた」
私は、恐る恐る彼女の額に手を伸ばして確かめる。
熱い。
それに、近付いて見て初めて分かったけれど耳や頬も赤く染まっている。
私のいつものそれとは違う何か・・・そう、たぶんこれは、風邪だ。
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45 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:12:51.44 ID:bIt6DJVy0
歳納京子をベッドに移動させている間、ずっと私は彼女と密着していたわけで、言うまでもないが死ぬほど緊張した。
私が風邪を引いているわけではないのに、余計な汗もかいてしまった。
勝手とは思ったけどタオルや洗面器を静かに拝借して、彼女の部屋まで持ち込ませてもらった。
額に氷と水で濡らしたタオルを当てても、歳納京子は苦しそうだ。
「綾乃・・・ごめんね」
「私の事はいいから休んでいなさいよ」
「うん、ありが、と・・・ケホッケホッ」
つい一時間ほど前までの元気がウソのようにしおらしい。
力なく笑みを作るも、すぐさま咳に邪魔をされてしまう。
46 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:13:34.92 ID:bIt6DJVy0
既に外は明るみ始めている。
歳納京子を一人でここに置いて行くのは心配だけど、私は学校へ行く準備をしなくちゃ。
出来れば一度自宅に戻って制服も替えたい。
「ねえ、歳納京子。悪いのだけど、私一度帰って学校に行かなくちゃ」
「・・・」
「だから、ね。あなたはゆっくり寝ていて。先生には私から・・・」
「・・・やだ」
「えっ・・・」
歳納京子の手が布団の中から伸びて、私の腕をつかむ。
「やだ・・・一人にしないでよ」
「え、えっ・・・」
47 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:14:54.84 ID:bIt6DJVy0
彼女はもう片方の手も伸ばして、私を引き留めようとしている。
この状況で、この仕草。私はみるみるうちに力が抜けて行くのを感じた。
「え、や、ちょっ・・・歳納、京子ぉ・・・」
「綾乃、ここにいてよ・・・わたしが寝るまででいいからぁ」
「もう・・・仕方ないわね。寝るまでの間だけなんだからねっ」
私には思っている事と反対の言葉を口にしてしまう呪いが掛かっているようだ。
本当は、このままずっと手を握っていたいのに。
勇気を出して、私の両手を彼女の弱々しい指に重ねる。
ベッドに寄りかかり、さながら祈りのような姿勢のまま私も少し目を閉じた。
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48 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:16:20.14 ID:bIt6DJVy0
「・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・ん」
どのくらいそうしていただろう。
私もいつの間にか、眠りこけていたようだった。
学校の事を思い出して、部屋の時計に目をやると短針は既に8の数字を指していた。
いつもなら、家を出て千歳と待ち合わせをする場所に向かっている時間だ。
(サボっちゃえ。)
(いいえ、ダメよ。学校には行かなきゃ。)
私の中で二つの声がせめぎあう。
「ん・・・」
そこにもう一つ、声が重なる。
「・・・。」
「と、歳納ーー」
「ゆ、ゆい・・・・・・」
「・・・っ!」
49 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:17:30.70 ID:bIt6DJVy0
「ゆいぃ・・・行かないで・・・」
「・・・・・・・・・・。」
歳納京子の寝言とも呻きとも聞こえる声で、私の葛藤が一瞬で上書きされるような感覚。
「・・・。行かないわよ。どこにも、行かない」
だからせめて、今日だけは一緒に居させて。
これは、単なる寝言。
そう分かっているのに動悸が激しくなって、息苦しい。
この気分はいったい何?
どうして船見さんの名前を呼ぶの?
どうして私じゃないの?
どうして、ねえ、どうして。
50 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:18:39.34 ID:bIt6DJVy0
思考が止まらない。
私には今、この手を握る事しかできない。
今、一番側にいるのは私なのに・・・
私は歳納京子にとって、どういう存在なんだろう。
歳納京子は、私をどう思っているのだろう。
不意に顔が熱くなる。
私、悲しいのかしら・・・?
どうして?
その気持ちの正体も分からぬまま、私はひたすら彼女の手を握り続けていた。
・
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・
51 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:21:05.72 ID:bIt6DJVy0
結局私は、夕方近くまでベッドの側で、寝ている歳納京子のタオルを替えたりおかゆを食べさせたりと、フルタイムで働いてしまった。
千歳にはメールを入れて、こういう事情で学校は休むという事を伝えた。
[件名:なし]
[本文:綾乃ちゃん、グッジョブや…!(^p^)b グッジョb…ブハァッ!(鼻血 ]
すぐに返ってきたメールに若干の不安を思いつつ、私は歳納京子の側に居続けた。
昨日今日とタイミングが悪く、彼女の両親は旅行に出掛けているらしかった。
さながら私はお母さん役を引き受けてしまったような感覚だ。
風邪を引いて弱っている歳納京子はなんだか新鮮で、不謹慎な話だけど私は楽しかった。
これだけ長く彼女の側に居た事も、今までになかった事だ。
ほとんどの時間、彼女は眠りの中だったけれど、それでも私は嬉しかった。
52 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:22:39.68 ID:bIt6DJVy0
それに、いつもは私が照れてばかりで歳納京子と実のある会話をした事がなかったような気がした。
例えば、食べ物は何が好きか、とか、彼女の趣味(同人誌も含めて)とか、そういった“普通の”会話をしたのも、ほとんど初めてだったような気がした。
その点については1年以上同じクラスにいるのに、と自分のふがいなさを呪うばかりだ。
我ながら甲斐甲斐しいと思えるほど、つきっきりで世話をしていた効果があったのか、歳納京子は、夕方には自ら立てるくらいには回復したようだった。
「もう大丈夫だよ。ほんとにありがとね綾乃」
「でも・・・まだ熱があるわよ」
「あんまり長居すると、綾乃にもうつっちゃうよ?」
「それは、そうだけど・・・」
53 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:23:44.57 ID:bIt6DJVy0
「それともぉ、綾乃ちゃんはわたちと離れたくないんでちゅか〜?」
「バッ、バカッ! 何言ってんのよ!」
「あはは〜。とりあえず、帰ったらちゃんと手うがしてね!」
という具合に、いつもの軽口が聞けるようになったので私も安心せざるをえなくなった。
もちろん、本音を言えば歳納京子の言う通りなのだけど。
いやいや。さすがにそろそろ帰らないとお母さんが心配するかな。
そんな訳で、私は歳納宅を後にし自宅への道を歩いていた。
思い返すと、昨日の夕方から全く外に出ていなかったように思う。
たぶん今日は快晴だったのだろう。
住宅地の隙間に差し込む夕陽は、電信柱や信号機などあらゆるものに陰を作っている。
時折吹く風を受けながら、非日常から日常に戻った、そんな気分に浸り昨日から今日の出来事を反芻していた。
私は、うまく受け答えできたかしら。
歳納京子は私に好感を持ってくれたかな。
考える事は彼女の事ばかりだ。
54 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:24:24.82 ID:bIt6DJVy0
辿り着いた自宅の玄関を開けると、そこには仁王立ちのお母さんが待っていた。
「お・か・え・り。今日、学校から電話があってね・・・」
「え、あ・・・」
「お母さん、あなたがそのまま学校へ行っているものだと思ったから、
先生に何て言ったらいいか、たじたじタージマハルだったわ!」
「あの・・・ごめんなさい」
「でも珍しい事もあるものね。まじめな綾乃がズル休みだなんて」
「えっとぉ、それは、その・・・」
「とりあえず、おウチ入んなさい。ご飯のときに聞かせてね」
「う、うん・・・」
自室に着いて、ため息をひとつ。
55 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:25:26.42 ID:bIt6DJVy0
昨日から今に至るまで、なんだかあっという間だった。
朝、千歳と登校してから、歳納京子のお見舞いに行こうという話になって、いつの間にか同人誌の手伝いをしていた私。
それが終わったと思ったら、今度は本当に歳納京子が熱を出してしまって私が看病して。
歳納京子が私の手を握って。
嬉しかった。
歳納京子には悪いけれど、風邪を引いたおかげで私は彼女と長い時間一緒に居る事ができた。
お見舞いを提案してくれた千歳にも感謝しなきゃ。
それに明日学校に行ったら、生徒会をサボってしまったお詫びをしなくちゃ。
仕事を任せっきりにしてしまった大室さんや古谷さんにも謝ろう。
耳に入れてしまった、歳納京子の寝言の事は忘れよう。
手を握ったり世間話をしたり、それだけで十分、以前の私に比べて進歩したのだから。
(とりあえず、お母さんにはどう説明をしようかしら・・・)
部屋着に着替えた私は、眠い頭でぼんやりとそんな事を考えながらリビングに向かった。
56 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:26:02.84 ID:bIt6DJVy0
*
57 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:27:44.90 ID:bIt6DJVy0
翌日の朝、空模様は昨日までと打って変わっての曇天だ。
今日は週の真ん中で、私は何となく重たい気分で空を見上げていた。
歳納京子は無事に学校に出てこられるのかしら。
昨日の今日で顔を合わせるのは正直、気恥ずかしい。
たぶん、当の本人はそんな事全く意識せずに、今まで通りなのだろうけど。
「綾乃ちゃん、おはようさん」
いつも通り、千歳が待ち合わせ場所に現れて私たちは歩き始める。
たった一日ぶりだけど、これはこれで休日明けとは違う新鮮さがあった。
「おはよう、千歳」
「・・・。」
「(あ、あれ?)」
58 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:28:22.58 ID:bIt6DJVy0
千歳の事だから、どうせ昨日の事を根掘り葉掘り聞いてくるのだろうと身構えていた。
それなのに歩き出して数分経っても特に喋りだす様子がなかった。
「ん〜? 綾乃ちゃん、どうかしたん?」
「い、いえ、別に・・・」
千歳本人は特に気にする様子はなく、いつものニコニコ顔で私の隣を歩いている。
単純に、忘れてるだけなのかしら・・・? それとも私が意識しすぎ?
いいえ、別に話したいわけじゃないのよ!
そんな風に自分で自分に突っ込みを入れる。
結局、昨日の事には一切触れないまま教室に来てしまった。
「あ、おはよう綾乃」
「おっす、綾乃〜」
船見さんと歳納京子の元気な声で迎え入れられる私たち。
良かった、もう風邪は平気みたいだ。
59 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:29:45.61 ID:bIt6DJVy0
「おはよう、船見さんに歳納京子」
「おはよ〜」
「と、歳納京子・・・もう、その、風邪は大丈夫なの?」
「ふふん。あれしきの事で倒れる京子ちゃんではないよ。なぜなら、私が一番!最強だから!」
「こら。なに訳の分からない事言ってるんだ京子。綾乃に迷惑かけたんだからちゃんと謝っとけよ」
「へいへい・・・綾乃〜、昨日はありがとなー」
「いいのよ。それより、今度から仮病なんかしないで、そ、その、手伝ってほしい時には、ちゃんと言いなさいよね」
「おおぉ・・・綾乃〜!綾乃様!」
「ちょっ・・・! や、やめなさいよぉ!」
おおげさに喜んで抱きついてくる歳納京子。
会話はともかく、まだこういうスキンシップには慣れない私は強引に突き放す。
60 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:30:15.73 ID:bIt6DJVy0
「あれ・・・千歳が、鼻血を出してない?」
「あはは、ウチにも不調な時があるもんなんやなぁ」
「いやいや、普通は鼻血出ないから」
私が胸の鼓動を加速させている側では、そんなのんきな会話が繰り広げられていた。
ホームルーム直前になって、千歳が私の袖をひっぱり小声で囁く。
「(綾乃ちゃん・・・昨日の事は放課後に く わ し く 聞かせてなぁ)」
「(わ、わかったわよ・・・。別に、何も特別な事なんてないんだからね!)」
「(うふふ・・・)」
なんだ・・・やっぱり聞きたいんじゃない。
何となく千歳らしくない、なんて思って損した気分だった。
61 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:30:55.17 ID:bIt6DJVy0
*
62 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:34:26.61 ID:bIt6DJVy0
「さて。昨日は突然休んだりして、ごめんなさいね、みんな」
放課後の生徒会室で、開口一番に私は謝罪をした。
たかが一日とはいえ私は生徒会長の身である。
特に後輩には、きっちりとけじめをつけている所を見せないといけない。
ここ七森中は、生徒会活動が特別に活発というわけではない。
しかし活発でなくても、規律というものは集団生活には欠かせないものだ。
私は一年生の頃に、部活動をどうするか迷っていた頃に、出会って間もない千歳に誘われてこの生徒会活動を選んだ。
だから、私にとっては生徒会活動は特別なもので、いわば中学生活の集大成でもあるのだ。
そういう意味では、だらだら茶室を占有しているごらく部の存在は、あまり放置すべき問題ではない。
(でもまあ・・・歳納京子の元気な姿が見られるのなら・・・)
「杉浦先輩、どうしたんですか?」
いけない。つい余計な事を考えてしまっていた。
不思議そうな顔をする古谷さんに会釈してごまかす。
「い、いえ。何でも無いわ。それじゃあ、古いファイルの整理からやりましょうか」
「はーい」
63 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:35:20.07 ID:bIt6DJVy0
私も部屋の奥の席につく。
この席は去年まで、松本りせ先輩が座っていた場所だ。
彼女の引退後、生徒会長に就任した私が座る事になったのだけど未だに慣れない、落ち着かない。
さて、まずは今日期限のものが無いか確認する。
つぎに私宛に付箋紙などのついたものの処理。
その次は、部活動の申請書の判子押し。
(ええと、その次は、と・・・)
・
・
・
・
・
64 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:36:22.01 ID:bIt6DJVy0
「それじゃあ、わたくしはこの書類を先生に提出してきますわ」
「あっ向日葵、私も行くー!」
「えぇ? なんであなたまでついてきますの」
「えーちょっとジュース買いに行くだけだよぅ」
「全く・・・仕方ありませんわね」
「よーしいこうぜー!」
「あなた一応、副会長なのですから、もっとしっかりして下さらないと」
「まあまあいいじゃん」
ケラケラと笑いながら、大室さんが古谷さんの後をついて扉の外へ出て行く。
古谷さんは大室さんに小言を言いながらも、まんざらではない様子で連れ立つ。
思わず私も表情が緩んでしまう。
65 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:37:16.20 ID:bIt6DJVy0
「あらあら・・・相変わらず二人とも仲が良いんやなぁ」
私と同じくその様子を眺めていた千歳が話しかけてきた。
書類をデスクに置いて、背伸びをしながら私は答える。
「そうね、でも大室さんは仕事サボるって言わなくなったわよね。成長してるのねぇ」
「それは古谷さんがおるからなぁ。良いパートナーを持つのは大事なんやね」
「なるほどねぇ」
「それで、綾乃ちゃんはいつ歳納さんに告白するん?」
「・・・ブッ!」
話題のあまりの切り替わり方に思わず吹き出してしまった。
当の千歳は、変わらずニコニコとした表情でこちらを見つめている。
「ど、どどどうしてそうなるの?!」
66 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:38:22.72 ID:bIt6DJVy0
私が急に出した大声で1年生たちが驚いた表情でこちらに視線を向ける。
いけない、私としたことが動揺してしまった。
「・・・コホン。ち・と・せ?」
「あはは、ごめんごめん。それにしても、綾乃ちゃん。昨日歳納さんちで良い事でもあったん?」
「えっ? いえ、別にそんな・・・
長い間一つの部屋で二人きりになった事とか、
看病してたらいきなり手を握られたりして嬉しかったとか、
そう、そんなにたいした事は、なかったわね・・・!」
「ほほう・・・うちがその場におったら命がいくつあっても足らんかったやろなぁ・・・」
「いや、何かシャレに聞こえないわよ、それ・・・」
67 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:39:35.41 ID:bIt6DJVy0
「でも、良かったなぁ。歳納さんと仲良ぅなれて嬉しい、って顔しとるで?」
「え、そ、そう・・・かな?」
「それはもう、朝から喋りたくて仕方ないって感じやってん」
「うぅ・・・」
やはり、千歳は鋭いな。
知らぬ間に表情を読まれてると思うと、ちょっと恥ずかしくなる。
「まったく、千歳には敵わないわ」
「綾乃ちゃんこそ、中々抜け目ないわぁ」
「もう、そんなんじゃないないナイジェリアなんだからねっ!」
「駄洒落のキレも良い案配やわぁ、うふふ・・・」
68 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:41:48.70 ID:bIt6DJVy0
ニコニコしている千歳を見ると、私も何となく安心する。
彼女が応援してくれていたら、そのうちホントに、歳納京子に告白できそうな気がしてくるから不思議なものだ。
でも、そもそも何を告白したら良いのかな、と感じる事がある。
「私はあなたが好きです」?
それとも「付き合ってください」とか?
だいたい、私たちはどちらも女子なのに、恋人になれるのだろうか?
恋愛沙汰にあまり首を突っ込まない私でも、それが“ふつうと違う”って事くらいは分かる。
私は歳納京子と友達になりたいのかな。
それとも、恋人っていう関係になりたいのかしら。
今の私たちの関係は友達と呼べるのかな。
・・・なんだか良くわからない。
もう少し一緒に居たら分かるようになるのかな。
歳納京子の事となると、冷静さを失ってしまう。
思考より先に言葉が、私の意志とは関係なく先走っている。
2年生の頃からずっと、素直な態度を取れたためしがない。
千歳に心配されないよう、私はこっそりため息をついて再び書類の山に向き直った。
69 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:42:31.96 ID:bIt6DJVy0
*
70 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:43:56.52 ID:bIt6DJVy0
「それでね、歳納京子ったら授業中に寝てるのがバレて宿題増やされちゃってね」
「ふんふん」
「あとね、この前一緒に駅前のケーキバイキングに行ったのよ。
歳納京子が欲張ったせいで食べきれなくて罰金払わされて、これがホントの罰金バッキンガム・・・」
「ふんふん」
「突っ込みがないとちょっと辛いわね・・・」
「うんうん」
「千歳?」
「うん・・・え、あ、うん。どしたん綾乃ちゃん?」
「もう・・・ぼーっとしてたわよ?」
「うふふ、ごめんな〜」
「どうしたの? 風邪でも引いた?」
「あぁ・・・千鶴がちょっと引いてもうてなぁ」
71 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:45:31.74 ID:bIt6DJVy0
「あら、それじゃ看病とか」
「うん。でも大丈夫やで〜。おばあちゃんもおるしな〜」
「そう・・・千歳も感染らないように手うがしなさいよね」
「ふふ、綾乃ちゃん、歳納さんの口ぐせが感染っとるで〜」
「はっ・・・! ち、違うのよこれは!」
「いやはや、すっかり仲良うなってもうたなぁ」
「そうかしら? まだまだ・・・もうちょっと・・・。千歳には感謝しなきゃね。いつも私の気持ちの後押しをしてくれるんだもの」
「ええねん。綾乃ちゃんが幸せになるのがウチの幸せやねんで」
「うん・・・ありがとね、千歳」
時折風が強くなって、電柱などにくくりつけられた笹の葉が心地よい音を鳴らす。
先週までの雨続きの日々は何だったのかと感じるほど、今日は日差しが強い。
梅雨明けはもう少し先になるだろう、と今朝のニュースで見たなあ・・・そんな事を考えながら私は千歳と帰路を歩いていた。
72 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:48:13.51 ID:bIt6DJVy0
そのうち、見覚えのある一角が見えてくる。
そういえばあの場所で去年、短冊に願い事を書いて括り付けた記憶があった。
「もう、そんな季節なのねぇ」
「ねえねえ、綾乃ちゃん。あれ書かへん?」
「う、うん・・・」
案の定千歳は、誘いをかけてきた。
そういえば去年の私は何を書いたっけ。
『もう少し、仲良くなれますように』?
確か、そんなような事だったと思う。
もしそうなら、短冊はそれなりに効果があったのだろうか。
では今年は何を書いたらいいのかしら。
「千歳は何を書くの?」
「ん〜。“豊作祈願”は去年やったから〜、今年は“念願成就”とか」
「念願?」
「決まっとるやないの〜、綾乃ちゃんと歳納さんの事やで」
「ちょ・・・! ひ、人の事はいいから自分の願いを書きなさいよ!」
73 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:49:29.34 ID:bIt6DJVy0
「綾乃ちゃんは何書くん〜?」
「へっ? あぁ・・・どうしようかしら」
「“告白がうまくいきますように”とか?」
「んなっ・・・べ、別に! 告白だなんてまだ、そんな・・・!」
「あらあら、言わなきゃ伝わらんで〜?」
「それは、そうだけど・・・」
「綾乃ちゃん。自分の気持ちに素直になるんよ。きっと良い事あるで」
「・・・うん」
千歳、ありがとうね。
そうつぶやきながら、また励まされちゃったな、なんて思っていた。
自分の気持ちに素直になれますように、か。
せめて、千歳に心配されないように頑張ろう。
そんな事を考えながら短冊を括り付け、私は手を合わせた。
74 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 21:50:08.72 ID:bIt6DJVy0
*
75 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:30:04.52 ID:bIt6DJVy0
[件名:夏祭り]
[本文:いこうぜー!]
歳納京子から、その短いメールが来たのは夏休みが終わりに近くなった頃だった。
私はすぐに、こう切り返す。
[件名:Re:夏祭り]
[本文:いいけれど、宿題はちゃんと終わったの?]
ほどなくして、またメールの着信音。
[件名:Re:Re:夏祭り]
[本文:終わんねー!]
[件名:まったく]
[本文:遊ぶならちゃんと終わらせなさいよね]
[件名:Re:まったく]
[本文:へいへーい。また決まったら連絡するー。]
76 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:30:51.13 ID:bIt6DJVy0
千歳に連絡を取ってもらっていた一年前とは比べ物にならないくらい、
私は歳納京子との電話やメールのやり取りを当たり前に行うようになっていた。
もちろん遊びに出掛けるときは、ごらく部と生徒会のメンバーとが一緒になって行く事がほとんどだ。
歳納京子と二人きりで行動する事はまだ少なく、私から誘った事はもちろん無い。
二人でお買い物くらいなら、きっと“友達”として付き合ってくれるかもしれない。
でもその現実を思い知るたび、私はきっと辛い気持ちになる。
それが怖かった。
・
・
・
・
・
77 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:31:49.13 ID:bIt6DJVy0
学校からも近い七森神社に皆が集まったのは、陽が落ちて間もない時刻だった。
ちなみに、事前にドレスコードまできっちり指定されていたのでここに集まった全員が浴衣姿である。
「うふふ、綾乃ちゃん似合っとるで」
「ありがと、千歳も素敵よ」
「おっ、綾乃たちも来たな」
「あら、歳納京子」
「誘ってくれてありがとな〜歳納さん船見さん」
「いいってことよ!」
「威張るな。ていうか、浴衣なんて動き辛いし・・・何か恥ずかしいし」
「そんな、結衣センパイすっごい似合ってます〜可愛いですぅ〜」
「ちなつちゃんも結衣ちゃんもみんな可愛いよぉ」
「ちょっともう櫻子、 帯がズレてますわよ?」
「じゃあ向日葵直して!」
「まったくもう・・・仕方ないですわね。貸しですわよ」
「貸されておいてやろう!」
「どうしてあなたが自信満々ですの・・・」
78 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:33:44.70 ID:bIt6DJVy0
「よーし、みんなーちゅうもく〜!」
集まったところで騒ぎ始める面々を抑えるかのように歳納京子が声を張り上げる。
振り向くと、何やら手元に四角い箱を持ち出していた。
いつの間にそんな物を、と突っ込みを入れる間もなく歳納京子は箱を頭上に掲げて叫んでいる。
「それじゃあ、カップルごっこその弐〜!」
「京子、またそれやるのか?」
「だって適当にまわっても面白くないじゃん?」
「(今度こそ結衣センパイとペアになれますように今度こそ結衣センパイとペアになれますように今度こそ結衣センパイとペアになれますように今度こそ結衣センパイとペアになれますように今度こそ結衣センパイとペアになれますように)ブツブツ…」
「うわっ、ちなつちゃんからすごいオーラが出てるよぉ・・・」
(今度こそ、歳納京子と一緒になれますように・・・)
「・・・とか、考えてるんとちゃうん?」
「な・・・なななな!? なにいってるのよー!」
79 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:35:37.51 ID:bIt6DJVy0
「(やっぱり、今回も櫻子と・・・)」
「私たまにはあかりちゃんとかと組みたいなぁ」
「えっ・・・」
「えっ?」
「よし、じゃあ行くぞ〜。みんな引いて引いて!」
どうやら抽選会が始まってしまったようだ。
悔しいけど、千歳の言う通り、歳納京子と一緒に歩きたいと思うのは事実だ。
去年のクリスマスの頃に比べて、その思いはますます強くなっている。
握る手がじんわりと汗をかき始めている。
ああ、私の引く番がまわってくる・・・。
「さて、全員引いたかな。じゃあ一斉にお手元の紙切れを開いて・・・っと」
恐る恐る、手元の紙を開いてみると、「4」という数字が書かれてあった。
「あ、言い忘れたけど、同じ数字同士がペアな!」
80 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:36:55.64 ID:bIt6DJVy0
あかり「1」
ちなつ「1」
結衣「2」
千歳「2」
向日葵「3」
櫻子「3」
京子「4」
綾乃「4」
「(またペアになれなかった…またペアになれなかった…またペアになれなかった…またペアになれなかった…またペアになれなかった…またペアになれなかった…またペアになれなかった…またペアになれなかった…………)ブツブツ・・・」
「ち、ちなつちゃん・・・。あ、あかり、ちなつちゃんと一緒で嬉しいよぉ〜・・・」
「船見さん、よろしくな〜」
「な、なんか、千歳と一緒になるのは新鮮だね」
81 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:40:14.12 ID:bIt6DJVy0
「(よ、良かったですわ・・・本当に良かった)」
「ど、どうしたの向日葵? 嫌がらないの?」
「・・・! そ、そうですわ! また櫻子なんかと一緒でいやになりますわねホント!」
「ぜんっぜん顔がイヤそうに見えないんだけどぉ・・・えへへ」
「おー、私は綾乃とか〜。ちゃんとエスコートしてね☆」
「なっ・・・!! ふ、ふざけてないでさっさと行くわよ歳納京子・・・!」
「綾乃ちゃ〜ん、いってらっしゃ〜い。うふふふふふふ・・・」
千歳の応援を背中に受けつつ、私は振り返らずに人ごみの中に紛れて行く。
まさか、本当にペアになるとは思わなかった。
何度も何度も、手元の紙切れを見てもそれは「4」にしか見えない。
(私は、夢でも見ているのかしら・・・?)
しかし膨れ上がる気持ちとは裏腹に、赤面した顔を見られるのが恥ずかしくて私は逃げるように人ごみに紛れてしまった。
82 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:41:27.71 ID:bIt6DJVy0
やがて追いついて来た歳納京子が私の隣に並ぶ。
黒地に大小の紅い花が描かれている着物に赤い帯。
良く見ると、頭に乗せたカチューシャもいつものものよりもう少し赤寄りで若干模様が入っている。
その日、初めて間近で見る、歳納京子の浴衣姿。
おしとやかにしていれば、とても可愛いのに・・・もちろん、そんな事は口に出しては言えないのが、私の私である所以なのだけど。
「待ってよ〜綾乃〜・・・どうしたの? お腹でも痛いの?」
「ちっ、違うわよっ!」
「そう? まぁいいや、もうちょっとゆっくり歩こうよ」
「ご、ごめんなさい」
指摘されて、深呼吸をしながら歩くスピードを合わせる。
ちらっと歳納京子の横顔を伺うと、早速、方々の屋台に目を輝かせているようだった。
83 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:44:23.91 ID:bIt6DJVy0
「うお〜、いろいろあるぞ〜! 迷うな〜何からいこうかな〜」
「ちょっと歳納京子、落ち着きなさいよ」
「これが落ち着いていられるか! 屋台だぞ! 焼そばにじゃがバターにリンゴ飴に綿菓子なんだぞ!」
なんだかいつも以上に興奮してるみたい。
そんな風に落ち着きのない歳納京子も可愛いな・・・などと思っていると、つい対面から来る人とぶつかってしまいそうになる。
「人が多くなってきたわね」
「あ・・・! 綾乃! あれやろうあれ! 射的!」
彼女はそう言うと私の手を引っ張って、屋台に向かって走り出す。
「ちょ、ちょっと歳納京子! 手、手が・・・! じゃなくて、走ると危ないわよ!」
「おっちゃん! 射的! 二人分!」
どうやらはしゃいで私の声が聞こえていないようだ。
まったく、子供か! と思わず突っ込みたくなる。
(あれ・・・今の私、なんか船見さんっぽい?)
船見さんはいつもこんな感じの歳納京子を相手にしているのだろうか?
ここで「疲れるだろうな」ではなく「羨ましいな」と思ってしまう辺り、私もなかなか周りが見えてない。
84 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:46:53.11 ID:bIt6DJVy0
「ほい、綾乃の番!」
「え、あっ、うん」
いつもの妄想から我に返った私に、一丁のおもちゃの銃が手渡された。
歳納京子は小さなぬいぐるみを手にしながら、「ちぇー、ミラクるんフィギュア狙ってたのになー」と膨れている。
「はいお嬢ちゃん、300円ね」
小銭を手渡して、弾を受け取り、歳納京子が狙っていたフィギュアを探してみる。
景品の並ぶ棚の、一番奥にそれはあった。
確かにとても狙いにくい位置だ。
「ねえ、歳納京子。あれが欲しいの?」
「えっ!! 綾乃、取ってくれるの?」
「べ、べつに・・・特に狙うものもないし、当たったらラッキー程度なんだからね」
「綾乃〜お前だけが頼りだぞ〜!」
「わ、わかったから手を離しなさい!」
85 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:48:42.98 ID:bIt6DJVy0
などというやり取りをするだけで体温が上がってしまう私。
気を取り直して、おもちゃの銃を構える。
確かに狙いにくい位置だけど、歳納京子が落としたぬいぐるみの分の隙間から何とかいけそうだ。
パンッ
軽快な音を立てて、両手で構えた長銃からゴム弾が飛んで行く。
1発目は残念ながら、はずれ。
立つ位置を少しずらして、2発目を放つ。
これもはずれ。惜しい。ちょっと逆にずれ過ぎたかもしれない。
「惜しいな〜。もうちょっと右だよ、右!」
「いいえ、今よりもう少し上ね。見てなさい!」
はやる彼女を抑えて、再度腰を落として構える。
なんだか、お遊びのつもりがいつの間にか私も真剣になっている。
残りの弾はあと2発。
慎重に、慎重に・・・そう考えれば考えるほど銃を持つ手が震えてくる。
試しに片目をつぶってみると、昔に見た戦争映画に出てくる人物になったような錯覚を感じる。
「よーし、綾乃いっけ〜!」
「・・・!」
86 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:51:05.78 ID:bIt6DJVy0
軽い銃声のあと、むなしく揺れる景品の箱。
「あぁ〜・・・」
二人して溜め息がシンクロしてしまう。
残りは1発だ。
「これで最後ね・・・」
「綾乃〜・・・」
もう一度位置を調整して、今度こそ、と願いを込めて銃のトリガーを持つ。
(綾乃ちゃん、心の目をとぎすまし精神を集中させるのだ〜・・・)
なぜか千歳の声が聞こえたような気がして、はっとする。
もちろん周囲を見渡しても千歳の姿はない。完全な空耳である。
だけど彼女の声で私は何となく落ち着いた気分になるのだから不思議なものだ。
改めて、狙いを定めて私は最後の一発を放った。
87 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:52:22.19 ID:bIt6DJVy0
カタン…
一瞬の間を置いて、箱が倒れる音。
私の放った弾丸は、見事狙いの品物を射止めたのだった。
「や、やった・・・!」
「おおぉ〜! すごいよ綾乃! うお〜!」
「ちょ、ちょっ! 歳納京子! こんなところで・・・!」
よほど嬉しかったのか、歳納京子が私に抱きついてくる。
口では文句を言いつつも突き放せない私。
まさか本当に当ててしまうとは・・・私って集中力あるのかしらなどと自画自賛してしまう。
「ほい、お嬢ちゃん。おめでとうな」
「あ、ありがとうございます。じゃ、歳納京子・・・」
「おぉぉ・・・『ミラクるん』フィギュア! 綾乃〜!ありがとう!そしてありがとう!」
「い、いいのよっ。私もまさか、本当に当たるとは思っていなかったし」
「このサイズのは持ってなかったから、本当に嬉しいよ〜」
「そう? それは良かったわね!」
88 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:53:30.61 ID:bIt6DJVy0
歳納京子は普段以上に上機嫌だ。
そんな彼女を隣に置いて、私もなんだか嬉しくなってくる。
そこで、私は少し勇気を出してみようと思って、声を掛ける。
「ね、ねえ・・・歳納京子」
「んー?」
「あ、あの・・・その、手、手を、繋いでもいい・・・?」
「ん、いいよ〜」
「う、うんっ」
「・・・えへ。なんか照れるね」
「ばっ・・・! ち、違うのよ! 人が多いから!
迷子になられたら困るってだけなんだからねっ!」
「へいへいー。わかってますよーだ」
「もうっ・・・」
89 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:57:22.69 ID:bIt6DJVy0
全然分かってないわよ、と口に出して言うほどの度胸は無かった。
せっかく勇気を出したのに、最後まで素直になりきれない辺りが私らしい。
でも去年に比べて確実に進歩はしているのだ。そう思いたい。
その後は、二人で屋台の食べ歩きを敢行した。
というより主に歳納京子が先行して、私がそれに引っ張られるような事が多かったけれど。
人ごみをかきわけて走り出そうとする歳納京子を牽制しながら、何だかペットの散歩みたいね、などと一人ほくそ笑んでしまう。
そんな感じで、終始ハイペースで動いていた私たちはすぐに歩き疲れてしまい、今は境内のベンチで休憩中だった。
社務所のほうも今夜はまだ人がいるようで、窓が明るい。
そういえばこの神社は“学問の神様”が祀られている事で有名で、受験祈願で賑わうのだとお母さんから聞いたっけ。
受験と言われても、まだあまり実感は沸かないのだけど。
90 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 22:59:40.36 ID:bIt6DJVy0
「それにしても、歳納京子は良く食べるわね」
「いやあ、お祭りに来たらまず綿菓子だよね〜。あ、あと林檎飴もとりあえず定番だし。焼そばもホットドッグもチョコバナナも全部好き!」
「でも、林檎飴っていつも食べきれないのよねえ」
「あ〜、わかるわかる。飽きるよね〜」
「あなたがその手に持ってるものは、もう飽きたのかしら」
「んー、そうだなあ。じゃあ、あげる!」
「えっ・・・だって、それ・・・」
「はい!」
「う、う・・・!」
「いらないの?」
「い、今はお腹が、減って、ないから!」
「そっか〜。じゃああとで結衣にでもあげよう」
「え・・・あ、ま、待って! やっぱり、その、急にお腹が空いてきたわね!」
「ふーん? 変な綾乃〜。じゃあ、はい!」
「あ、ありがとう・・・」
91 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:01:34.34 ID:bIt6DJVy0
あぁ・・・。
これこそが、魔が差したというやつなのだ。
(と、歳納京子と・・・間接、キス・・・!!)
瞬間的にそんな妄想が頭をよぎった挙げ句、「船見」さんの名前が出て勢いがついてしまった。
あの春の出来事以降、私は歳納京子と船見さんの関係が気になって仕方ない。
つまらない対抗心というやつだ。
歳納京子と船見さんはいわゆる幼馴染だったと思う。
小学生の頃からずっと同じだと、千歳から聞いたような気がする。
彼女たちのような遠慮の要らない関係に憧れているのだろうか?
それとも私は、船見さんに嫉妬しているのだろうか?
嫉妬しているなら、私は何がしたいのか。
歳納京子も船見さんも、どちらも大事な友達なんだから。
今の関係を、そう簡単に壊せるはずがないのだ。
92 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:02:54.52 ID:bIt6DJVy0
「綾乃、何ぼーっとしてんの? そろそろ行こうよ〜」
「え、あ、ごめんなさい。いま行くわ」
いつの間にか歳納京子は先に立ち上がって、腰に手を当てながら私を呼んでいる。
携帯電話の時計をちらっと見ると、もうすぐみんなとの合流時間に差し掛かっていた。
ああ、もうすぐ終わりがきてしまう。
もっとこんな楽しい時間が続けばいいのに。
もっと彼女と一緒に居たいのに。
歳納京子を前にすると、私が私じゃ居られなくなる。
彼女の存在を、不必要なほど強く意識している自分が居る。
彼女の事を知れば知るほど、惹かれてしまう。
それが分かっていながら何も伝えられない私は臆病だ。
髪を切っても根本的な所は何も変わっていないじゃないか。
先ほどまでの彼女の温もりを忘れないように手のひらをぎゅっと握り、私は隣を歩く。
彼女と同じ歩幅でもう少しだけ、横顔を見つめていたかった。
93 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:03:36.70 ID:bIt6DJVy0
*
94 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:11:57.50 ID:bIt6DJVy0
長いと思った夏休みは、生徒会の用事や学校の補習授業、千歳や歳納京子たちと遊んだり勉強会をしたり、と目一杯の毎日であっという間に過ぎてしまった。
ちなみに勉強会というのは名目だけで、実際は宿題の終わらない“一部の面子”をどうにかする事が主な目的になっていた。
というより、その本人直々の呼び出しとあっては断るわけにはいかないのだ。
もちろん面と向かって、正直な言葉は出てこない。
(まあ、勉強会自体は大して進展も無かったわけだけど・・・)
今日は、9月に入って三週目の連休だった。
まだ半袖の服が活躍する、いわゆる残暑という気候のせいで私たちは電車の中に逃げるように滑り込んだ。
95 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:12:39.02 ID:bIt6DJVy0
「ふー。まだ暑いね」
「うお〜涼しい! ここは天国か〜」
「ちょっと歳納京子! 3年生にもなってはしゃいでみっともないわよ!」
「綾乃ちゃん綾乃ちゃん。靴のヒモ、ほどけとるで?」
「はっ・・・!?」
「綾乃ちゃんもなかなかのあわてんぼさんやなぁ」
「うぅ・・・!」
「あー、とりあえずあそこ空いてるから座ろうか」
休日の午後の電車内は4人が並んで座れるほど空いていて快適だった。
ここからだいたい30分くらいで、繁華街のある駅に到着する見込みだ。
発案はたぶん、歳納京子だったと思う。
何か行動を起こすのはたいがい彼女であって、私たちはそれに引き摺られるようにひた走るのがだいたいのパターンだ。
96 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:13:13.22 ID:bIt6DJVy0
ともかく、今日はショッピングだった。
特別に何かが欲しいという意見は聞いていなかったので、たぶんウィンドウショッピングがメインになるのだろう。
お喋りをしながら、歩くだけ。
ただそれだけの事なのに、どうしてか私の心は弾むばかりで、実は昨晩はあまり眠れてなかったりする。
いつか歳納京子と二人きりでそんな事が出来たら、その時私はどんな気持ちでいることだろう。
最近はそんな事ばかりを考えている私だった。
そういえばこの4人で行動することが、3年生になって増えたような気がする。
学校内では同じクラスのよしみで、例えば去年は修学旅行で一緒に何日か過ごす事はあったけれど、一緒に遊ぶ事は去年まではあまり無かったと思う。
(少しは歳納京子と距離が近くなったのかしら・・・)
97 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:14:13.64 ID:bIt6DJVy0
電車に揺られる間、何となく手持ち無沙汰な私はファッション雑誌を広げてみる。
今年の春の出来事以来、ひとつ髪型以外に変わった事といえば、この手の雑誌をたまに買うようになった事だろうか。
書店で女性誌のコーナーを覗くようになって分かったのだけど、ひとくちに女性誌と言ってもその数は膨大だ。
私のような中学生向けの雑誌だけでも、ざっと片手で数えきれないほどはあったと思う。
茶道室で手にした雑誌は、結局誰のものだったのか分からない。
ただ、私は今もあの雑誌を読むし、気になる記事がある場合は購入もする。
ようするに、ご贔屓というやつだった。
「あれ? 綾乃もその雑誌みてるんだ?」
「え、ええ。綾乃“も”…って?」
「面白いよね〜。私も良く買ってるんだぁ」
「そう、なの? じゃあ、もしかして、学校に持って来てたり・・・」
「あれ、何で知ってるの?」
「えっ・・・あ、いえ」
私は、しまった、と思い口を噤ませる。
98 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:15:12.53 ID:bIt6DJVy0
「ていうか、お前よく茶道室に置きっぱにしてるだろう。ちゃんと片付けなよ?」
「へへー。気をつけマッスル刑事!」
「面白くないよ、それ」
「あれぇ?」
歳納京子と船見さんのやり取りもまともに聞けないくらい私は動揺した。
緊張で手のひらに汗が滲んでいる。
「綾乃ちゃん? どしたん?」
「・・・何でもない、何でもないのよ!」
口が滑った、というのはこういう事なのだろう。
私が髪を切ったきっかけは、千歳にも詳しく喋った事はない。
もちろん、別に秘密にしておく事ではないけれど、雑誌を盗み見た事を言うのは何となく恥ずかしかった。
「んん〜。ああ。なるほど・・・」
「ち、千歳〜・・・」
99 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:15:59.35 ID:bIt6DJVy0
だが、勘の良い千歳はたぶん気付いただろう。
いつものニコニコ顔に、
『綾乃ちゃん。“そういうこと”なんやね〜?』
そう書いてある気がしてならなかった。
隣に座る千歳に向かって、私は小さく首を振って、
『恥ずかしいから、黙っててよね!』
というサインを送る。
(そう、千歳なら分かってくれるはず・・・)
「なぁなぁ、歳納さん。綾乃ちゃんの私服、可愛いと思わへん?」
「ん? なになに急に?」
「去年に比べて、随分おしゃれさんになったんやで?」
「ん〜。言われてみれば、ふむ。ふむ・・・」
(分かって、くれる・・・はず・・・)
100 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:16:56.99 ID:bIt6DJVy0
歳納京子は、船見さんを挟んだ先で私をじろりと見回している。
当然の事ながら、とても恥ずかしい状況である。
「京子、じろじろ見るなって。綾乃が困ってるだろ」
私の左隣に座った船見さんが助け船を出すも、歳納京子はまだ私に視線を向けている。
右隣の千歳はというと、相変わらずニコニコしている。
(何でそんな“良い仕事をした”みたいな顔をしているのよ!?)
「あっ、なるほど! これ。この雑誌で何か見た事あるかもな洋服だね!」
「い、いえ・・・そんな。別に、参考にしたりとか、全然、そんな事してないんだから・・・!」
「綾乃ちゃん・・・さすがやで」
101 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:17:41.11 ID:bIt6DJVy0
「いーじゃん。綾乃ならそういうオトナっぽいの似合うよね」
「んなっ・・・!」
「うん、綾乃はスタイル良いし、見栄えがするよね」
「なななななっ!?」
「良かったな〜綾乃ちゃん。褒められとるで〜」
「んもう! 恥ずかしいから、あまり見ないでよぉ!」
褒められるのは、正直嬉しくないと言えばウソになるけれど、やっぱり恥ずかしい気持ちのほうが勝ってしまう。
とりあえず、話の焦点が髪型に移る前に目的の駅に到着したようなので、私としては傷が浅かったと思いたかった。
・
・
・
・
・
102 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:18:54.81 ID:bIt6DJVy0
「で、京子。今日は何を見るつもりなんだ?」
「んー。特に考えてなーい」
「いや、呼んだのお前だろ」
「まあまあ。んー、よし。今日は綾乃に決めてもらおう」
「へっ!? わ、私?」
「ほうほう、これはこれは・・・」
「そ、何から見に行く? ゲーム? 漫画? アニメ?」
「え、え?(どうしよう・・・そういうの全然分からないわ)」
「いや、綾乃、マジメに受けなくていいから・・・。こら、京子。綾乃が困ってるだろーが」
「え〜私は至極マジメなんですがー」
「そういうのは、一人の時にやれ」
「ケチケチ〜」
103 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:19:49.49 ID:bIt6DJVy0
歳納京子の思考が読めないのはいつもの事だ。
こうして突然話題を振ってくる事もそれなりに経験しているとはいえ、やはりうろたえてしまう。
「あー、じゃあ、綾乃は何処か行きたいお店とかある?」
船見さんのフォローも、もはやおなじみのものだ。
私は少し考えてから、
「ざ、雑貨屋とか。どうかしら・・・?」
最近気になっていたお店の名前を告げてみる。
「おー。綾乃は洒落てるなぁ」
「べっ、べつにっ! 褒めたって何も出ないんだからね!」
「じゃあそこ行こうか。場所は大丈夫・・・だね」
私は、つい先ほど電車内で広げていた雑誌をカバンから取り出すと、しっかりマーキングしたページを船見さんに向けて開いた。
「綾乃ちゃん・・・やはり私が見込んだ子やわぁ」
良くわからない事を呟く千歳に「行くわよ!」と、照れ隠しの言葉を投げつつ今日は私が主導権を握るのよ!などと、一人息巻いたのだった。
・
・
・
・
・
104 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:21:40.34 ID:bIt6DJVy0
「ふー。結構歩いたな」
「休憩入れようぜ〜」
「あら、歳納京子はもう音を上げてるのかしら?」
「まぁまぁ、綾乃だってもう両手ふさがってるよ?」
「はっ・・・?!」
「綾乃ちゃん、激しいわぁ・・・」
うっとりした表情の千歳はともかく、船見さんに指摘されては仕方がない。
結局私は、雑貨屋の後も数件の服のお店を回り、ついでに靴のお店もチェックして、気付けばこの状態というわけだ。
確かに、お小遣いがもう虫の息かもしれないと思い直す。
時計は夕刻の一歩手前を差していたので、皆で喫茶店に入る事になった。
わりと同じ事を考える人が多いのか、帰宅前の客で店内は混み合っていたが運良く4人座れるスペースが空いていた事が決定打となった。
105 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:24:05.29 ID:bIt6DJVy0
「あーん、私ダブチが食べたかったな〜」
「な、何よそれは」
「えー、ダブチはダブチだよ」
「だからその略し方するのお前だけだって」
「ダブルチーズバーガー?」
「おっ、千歳はツウだねえ」
「うふふ、適当に言ってみただけやでぇ」
「仕方ないじゃないの、マクド混んでたんだから」
他愛の無い話が進む中、私は最初に訪れた雑貨屋で見かけたカチューシャの事を思い出していた。
今までの私にとっては興味の対象に無かったものだけど、改めて品物を眺めてみれば「可愛い」と思えるものが多数あるものだ。
でも私にはきっと似合わないから。
歳納京子ならどうかしら。
そういえば出会った頃から、ほとんどの場合あのえんじ色のリボンカチューシャを身に付けているようだった。
もしかしたら・・・プレゼントしたら喜んでくれるだろうか?
例えば、ドット柄とか模様入りのものも可愛いんじゃないかしら。
あるいは、真っ黒なリボンもちょっと大人っぽく見えて茶色の髪に似合うかもしれない。
水色のフリル付きリボンなどは『不思議の国のアリス』みたいで案外おしとやかに見えそう。
106 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:26:54.74 ID:bIt6DJVy0
あぁ・・・もう。
せっかく買い物に来ているのに、私といえば考えるのは歳納京子の事ばかりだ。
「で、綾乃はどうするの?」
「・・・へっ?え、あ、何の話だったかしら」
いけない、また妄想モードに入って聞き逃してしまったらしい。
「だからぁ、高校だよー」
「綾乃ちゃん綾乃ちゃん、ウチら高校の話しとってん」
「あぁ・・・ごめんなさい。うーん、高校かぁ」
「思えば遠くまで来たもんだ〜」
「三年って、遠いか?」
「あっという間だったよ〜」
「そうねぇ。私たち、来年には高校生なのね」
「そうだよ! 華の女子高生! JKなんだぞ!」
「お前は高校生になってもやかましいだろうな」
「でも歳納さんたちと同じ学校になれたら楽しそうやなぁ」
「あ・・・」
107 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:28:22.87 ID:bIt6DJVy0
千歳の発言で、私は息を呑んだ。
そうか。
高校生になる、という事は七森中を卒業するという事だ。
当然、今は仲の良い友達とも離ればなれになる可能性だってある。
つまり、歳納京子と別の高校に行く事もあり得るのだ。
でもそれはたぶん、私にとって辛い選択肢になるだろう。
もし、別の高校に通う事になったら?
別々の学校生活を送っても、友達で居られるのか。
そもそも、私はこの霞の掛かった気持ちを抱えながら、何も伝えられずに進学するつもりなのか。
そんな焦りとも寂しさとも言える気持ちが沸き上がる。
108 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:29:45.15 ID:bIt6DJVy0
「わ、私はまだ何も決めてないわ。えっと・・・と、歳納京子はどうなの? もう行きたい学校とか、決めているのかしら?」
「いやぁ、まだ全然だよー」
「そ、そう・・・じゃあ、千歳は?」
「ん〜。うちもまだはっきりとは決めとらんで。あんまりおばあちゃんに負担かけとうないから、推薦受けるかもなぁ」
「なるほど、おばあちゃん思いなのねぇ千歳は」
「いやはや、照れますなぁ」
「えっと、船見さんは?」
「私も全然。でも、私は公立かなあ・・・今のアパートから通える所になるだろうし」
「なるほど、みんなまだ色々考えてる最中なのね」
109 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:30:40.90 ID:bIt6DJVy0
「いや、やりたい事はたくさんあるぞ〜」
「な、なによ?」
「漫研!私漫研やりたい! あ、でもごらく部もやりたいな」
「おい部活の話か」
「結衣は、そうだなあ、陸上部っぽいイメージ?」
「なんだよそれ」
「だって脚早いしさ。ちなっちゃんみたいな後輩にキャーキャー言われるんだろうな〜」
「あぁ、確かにね。船見さんって、クールなイメージだものね」
「綾乃は、やっぱり生徒会?」
「そうね・・・たぶん、そうなるかも」
「それじゃ千歳も一緒の高校行かないとな〜」
「ええ、そうね・・・って何でそうなるのよ」
110 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:31:52.80 ID:bIt6DJVy0
「だって綾乃と千歳でセットじゃん?」
「こら、失礼だろ京子」
「うふふ、セットやて、綾乃ちゃん。嬉しいなぁ。
でも、それを言うなら歳納さんと船見さんも良いコンビやで?」
「そうよ、歳納京子は船見さんみたいな監視役がいないとダメよ!」
軽く言い合いをしていたつもりだった。
でも、私は何かが引っ掛かったような気がして、思考が止まってしまう。
そっか。私は二人の事をそう見ていたのね。
船見さんは、歳納京子にとって居なくてはならない存在。
それは1年以上一緒に過ごしていればイヤというほど分かる。分からされてきた。
じゃあ、私は。
私の存在は、どうなのだろう。
歳納京子の友達?
どの程度の友達?
普通の友達? 仲の良い友達? 親密な友達?
何が違うのだろう。
私はどう思われているのだろう。
111 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:32:59.13 ID:bIt6DJVy0
・・・いけない。
まただ。
歳納京子や船見さんを前にすると、思考がぐるぐるとしてしまう。
その頻度は、あの春の出来事から時間が経つほどに多くなっている気がする。
とにかく考えてはいけない。
二人の関係について、必要以上に詮索してはいけない。
「綾乃ちゃん? 何か顔色悪いで?」
「・・・いえ、大丈夫よ。それよりもうこんな時間ね?」
「ホントだ。そろそろ帰ろうか?」
「へーい」
「綾乃ちゃん。少し荷物持つで?」
「大丈夫よ。千歳、ありがとね」
「ん。ならいいんやけど・・・」
大丈夫、今日は楽しかった。
たくさん買い物をして、会話も随分と弾んだ。
だから大丈夫、心配そうな顔をしないで。
そんな事を考えながら千歳に微笑む。
「私は大丈夫。さあ、行きましょ」
112 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:33:43.24 ID:bIt6DJVy0
*
113 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:36:49.52 ID:bIt6DJVy0
(うわ、寒いわね・・・)
(手袋を持ってくれば良かったかしら・・・)
(でも・・・もしかしたら、一緒に手を繋いで、暖めてくれるかも・・・なんて。なんて!)
(はぁ・・・)
(私ってば早とちりし過ぎだわ・・・)
(でも、わざわざクリスマスに呼ぶなんて・・・)
(期待するな、と言われるほうが酷だわ)
(私、緊張してる・・・)
(初めて美容室に入ったときよりも、ずっとずっと緊張してる)
(昨日だって、目が冴えて眠れなかったもの)
(だって、仕方ないじゃない・・・)
(まさか、本当に・・・)
(ホントに、歳納京子に、クリスマスデートに誘われちゃったんだから!)
114 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:37:28.25 ID:bIt6DJVy0
▼
115 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:38:02.26 ID:bIt6DJVy0
『綾乃ー、クリスマス空いてる?』
そんな電話が掛かって来たのは、12月に入ってしばらく経った週末の事だった。
あまりにもストレートな質問に私は電話口でうろたえてしまった。
『なっ! なな、なによいきなり!?』
『いやぁ、もし暇だったら一緒に映画でも見に行こうと思ってさ〜』
『え、映画?』
『そっ。ミラクるんの新作劇場版なんだぁ』
『そ、そうなんだ』
『うん! あぁ楽しみだな〜!』
『でも私、みらく、るん?ってアニメ、観た事ないし・・・』
『大丈夫だよ〜。ミラクるんは観た事なくても誰にでも楽しめるからさ〜』
『そう・・・。まっ、まあ! どうしてもって言うなら、予定を空けてあげても良いわよ!』
『ほんと? じゃあ、10時に七森駅に集合な〜!』
『わ、わかったわ。それじゃあ』
116 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:38:57.08 ID:bIt6DJVy0
(・・・これは夢かしら?)
電話を切った直後は、わりと本気でそんな事を考えていた。
しかし頬をつねると痛いし、携帯電話の履歴にはたった今切ったばかりの歳納京子の名前が残っている。
手元には“七森駅、10時”と、無意識にペンを走らせたメモ用紙もある。
(やっぱり、現実よね・・・)
歳納京子としては、単なる思い付きかもしれない。
それでも彼女自身が好きな物に誘ってくれた事が嬉しかった。
(もしかして、これは共通の話題を作るチャンスなのかしら?)
『ミラクるん』というのは、レンタルショップで借りられるのかしら。
既にそんな事を考え始めている私がいる。
もちろん歳納京子に言えば喜んで貸してくれるのだろうけど、彼女には何となく知られたくない気がした。
当日までにきっちり“勉強”して、驚かせてやるのだ。
いつも突飛な行動で心をかき乱されているのだから、一度くらい仕返ししても良いじゃないか。
問題は、気持ちが顔に出やすい私が当日まで黙っていられるかどうか、という事だけど。
善は急げ、ということで私はその電話のあった日の夕方にはレンタルショップへ赴いていた。
117 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:39:49.19 ID:bIt6DJVy0
『アニメ/特撮』のコーナーに、それはすぐ見つかった。
とりあえず1巻を手に取ってパッケージを眺めてみると、小さな女の子がステッキを持った、デフォルメ調の絵柄が可愛く微笑んでいる。
確か、歳納京子は深夜に放送していたアニメだと言っていた。
女子中学生が深夜に夢中になって見るようなものなのか、パッケージからはどうもイメージが出来ない。
絵柄から伺い知れるのはほのぼのした雰囲気のストーリーだけど、人気が出るほど面白いものには思えなかった。
もちろん、先入観は良くない。
そう思った私は1巻をレジに差し出して、期待と不安を入り交じらせながら自宅への道を急ぐ。
『好きな人の事なら何でも知りたいんやな〜』
ずっと以前に千歳が私に向けた台詞が思い返される。
歳納京子の趣味、性格、何でも無い仕草まで、確かに私は好奇心の虜になっている。
(いいえ、これはクリスマスの時の話題作りってだけなんだからね!)
そう否定してみるものの、我ながら胡散臭い理由ね、などと一人思い出し笑いをした。
・
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・
118 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:41:14.85 ID:bIt6DJVy0
『魔女っ娘ミラクるん、はっじまっるよ〜!』
『私、胡桃! どこにでもいる平凡な女の子!』
『でも実は私、変身して悪のギガギガ団と戦う魔法少女なの』
『あっ、あんな所で困っている人が! またギガギガ団の仕業ね、許さないんだから!』
『〜〜変身っ!!愛と正義の魔女っ娘ミラクるん、華麗に登場!』
『うわぁ〜急に腹痛が…トイレが空いてないよ〜』
『ボボボ、トイレに行きたくても行けない苦しみをお前たちも味わうがいいボ!』
『ガンボー!またアナタたちの仕業ね! えい!ミラクるんステッキ!』
『ガボー!! 物理攻撃!?』
『えいっ!えいっ!(えげつない効果音)』
『や、やめるボ・・・くそー!覚えてろボー!』
『やったぁ勝ったぁ〜! 』
『〜こうしてまた街の平和を守ったミラクるん。来週はギガギガ団の汚い手にどう対抗していくのか? 頑張れミラクるん、負けるなミラクるん!〜(ナレーション)』
『〜次回第2話! “ライバるん登場!?” お楽しみに!〜』
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119 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:42:05.71 ID:bIt6DJVy0
(これは・・・面白いわね・・・!)
1話はどうやら30分で完結するようだ。
この手のアニメーションを自発的に見るのはほとんど初めてだったが、30分があっという間だった。
1巻のDVDには2話まで収録されているようなので、つい続けて再生する。
(お、面白いじゃない・・・。)
2話に登場した、“ライバるん”というキャラクターの衣装には見覚えがあった。
確か、私が去年の夏に、歳納京子に着せられてしまったものだった。
大胆な上半身の衣装に、大きなトンガリ帽子、主人公の子に比べて大人っぽい印象のある子だな、と思う。
とにかく、悔しいけれどこれは認めざるを得ないようね、ひとり心の中でそう宣言する私。
120 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:42:37.10 ID:bIt6DJVy0
「綾乃〜、ご飯よ。降りてきなさい〜」
「あ、は〜い」
お母さんの声でハッと我に返ると、時計はちょうど良いタイミングで夕飯の時間帯になっていた。
面白い本や漫画を読んだときのように、無性に誰かと話をしたくてたまらなくなってしまった。
むしろご飯を済ませたら歳納京子に電話してみようかしらと考えるも、「秘密にする」という自戒を早速破ろうとしていることに気付いて思い直す。
(こうなったら絶対、驚かせてやるんだから!)
無意味に胸の前でグーの形を作る。
DVDの続きは、明日また借りに行こう。
アニメを見る事がこんなに面白いなんて。
(歳納京子に感謝しなきゃね。ホントは、直接伝えたいけれど・・・)
・
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121 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:43:40.27 ID:bIt6DJVy0
「あ、綾乃ちゃん・・・大丈夫なん?」
「ん? なにが?」
「いや、その、目の下のクマが尋常やないで」
「あぁ・・・大丈夫。ちょっとだけ夜更かししちゃっただけだから」
「(その色で、ちょっとだけ・・・?)」
「それより、千歳はもう進路希望出したの?」
「うん、ウチは推薦もろてなぁ」
「あ、そっかぁ。千歳も成績はだいたい10位以内だものね」
「いやはや、綾乃ちゃんには敵わんで? 綾乃ちゃんだって推薦の話きてるんとちゃうん?」
「そ、そうね。そうなんだけどね」
「んん、あぁ・・・なるほど」
「な、なによ?」
「歳納さんは、もう進路希望出したんかいな〜?」
「しっ、知らないわよ・・・」
「そうなん? はよ聞いといた方がええでー」
「うぅ・・・」
122 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:44:23.93 ID:bIt6DJVy0
冬休みまで後何日か、そんな朝の事だった。
千歳には、私が推薦の話を保留している事をやすやすと見抜かれてしまった。
やっぱりこの子は私の事を良く見ているな、と感じてしまう。
歳納京子へのライバル心から成績は常にトップ付近を狙っていたわけで、そこに生徒会活動も加われば、推薦の話がやってくるのはむしろ当然の事のように思えた。
特に芸術や理工系を望むような事はなかったので、ある意味推薦の道に乗っかるのは楽でありがたい。
でも、私が気になるのはそのような利便性や受験の苦しみではなかった。
贅沢な悩みだ、と言われてしまえば私は反論できない。
でも歳納京子と高校生活を過ごせるかどうかは、受験勉強や内申点なんかよりずっとずっと、
私にとっては大切な要素だった。
123 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:45:09.70 ID:bIt6DJVy0
それなのに、まだ歳納京子の進学先について、私は何も知らなかった。
たった一言「もう決まった?」と聞けば良いだけなのに、言い出せない。
意識しすぎているのは分かっている。
でも、もし、船見さんの名前が出て来たら。
そう思うと私はまだ恐かった。
幼馴染なのだから、その選択肢は私が意識するまでもなく当然のものなのかもしれない。
それでも私は想像したくない。
仮に私が歳納京子と同じ学校に通っていても、船見さんが彼女の隣に居たら。
そんな想像ばかりが膨らんで、いつの間にか本題がすり替えられてしまう。
だから私は、クリスマスまでその答えを保留する事にした。
うまく想いを伝えられなくても良い。
ただ彼女と一緒に居る事で、私の気持ちが確認できたのなら、その時にちゃんと決めよう。
それが、私に出来る最大限の努力だった。
124 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:45:40.75 ID:bIt6DJVy0
▼
125 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:46:48.24 ID:bIt6DJVy0
(緊張して、つい早く来すぎちゃったな)
(まだ約束の時間まで、1時間近くあるわ・・・。)
(・・・。)
(寒いわね・・・。)
(それにしても楽しみだわ)
(私が、『ミラクるん』のDVD全巻見たって言ったら、どんな顔するかしら?)
(今日の劇場版が、どんなストーリーになるのかも、本当に楽しみだわ)
(歳納京子は・・・まだ来ていないわよね)
(ちょっとお手洗いに行っておこうかな・・・)
・
・
・
(生まれて初めて、お化粧してみたけど・・・)
(お母さんには散々からかわれたけど)
(やっぱり、浮いてるかしら?)
(気付かれない程度には、薄くしたつもりだけど)
(歳納京子に笑われたらどうしよう・・・)
・
・
・
(うぅ・・・ドキドキしてきたわ)
(これは、そう。デート、なのよね・・・たぶん)
(あぁ・・・千歳、私頑張るわ)
(今日が私にとって、最高の一日になるように、頑張るわ)
(それにしても私は、こんなプレゼントまで用意して、ホント自意識過剰というか)
(でもきっと似合うと思うな。気に入ってくれたら良いのだけど・・・)
(あぁ・・・もうすぐかしら・・・)
126 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:47:47.71 ID:bIt6DJVy0
・
・
・
・
・
127 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:48:50.92 ID:bIt6DJVy0
「ごめん綾乃〜、待った?」
「ごめんね、こいつがトイレで遅くなっちゃってさ」
「え、あ、うぅん・・・」
「それじゃ行こっか〜。映画は11時の回だよ」
「・・・綾乃、行くよ? 大丈夫? 具合悪い?」
「い、いえ、大丈夫よ」
最初は、目の前で起きている事がどういう事か、良くわからなかった。
二人を見た瞬間、私の心臓が大きく飛び跳ねた、ような気がした。
次第に目の前の二人が私を迎えに来たという事が理解できて、何となく状況が掴めて来た。
128 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:49:23.68 ID:bIt6DJVy0
そうだ。
私はこれから二人と一緒に映画館へ向かうのだ。
とりあえず、遅れないように二人の後ろをついて歩かなきゃいけない。
時折、二人がこちらを振り向いて何か声を掛けてくる。
でも良く聞こえなくて、私はただ相槌を打つ事しか出来ない。
つい先ほどまでの緊張は既に吹き飛んでいて、今はもぬけの殻のように気力が沸かなかった。
自分が、ただ勘違いしてただけ、そう理解させる事で必死だった。
歳納京子と船見さんが待ち合わせ場所に現れたときは、
『どうして?』
よりも、
『あぁ、やっぱりね』
そんな気分のほうが強かった。
私が勝手に舞い上がって、歳納京子と二人きりだと勘違いしてしまっただけなのだ。
129 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:50:15.52 ID:bIt6DJVy0
こういうシーンは容易に想像できたはずなのにしなかったのは、私が都合の良いように解釈していただけ。
去年と比べて、歳納京子とはより親しくなれた気がしてたから。
歳納京子は、二人で来るとは言わなかったから。
ズキン。
きっと二人が気を利かせて誘ってくれたのだから。
せっかく楽しい時間にしよう、と決めて来たのだから。
ズキン。
脚を一歩進めるたびに感じる胸の痛みは、きっと想像上のものに違いない。
本当に痛いわけじゃないのに、何かが突き刺さる錯覚をしているだけ。
目の前の現実が、二人の笑い声が、周囲の雑踏が、何もかもが私にとって辛かった。
130 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:50:54.44 ID:bIt6DJVy0
「・・・っ!」
辛い、と意識した途端に、私の頬を伝って一粒の雫が落ちた。
急に立ち止まった私を不審がって、二人が問い掛ける。
「あれ、綾乃?」
「どしたの・・・って、あれ、泣いてるの?」
「・・・ごめんなさい。急に用事を思い出したの」
「え?」
「あやーー」
「ごめん、また今度・・・!」
131 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:51:51.65 ID:bIt6DJVy0
顔を見せないように下を向いて喋っていたせいで、最後まで台詞を言い切ったかすら怪しかった。
それでもこれ以上この場に居たくなかった。
その一心で踵を返して私は走った。
何か落としたような気がしたけど、そんな事はもうどうでも良かった。
後ろから私を呼ぶ声も聞こえないフリをした。
零れ落ちる涙で、たぶん顔はぐしゃぐしゃだろう。
でも周りの人の目なんか気にしなかった。
早く一人きりになりたかった。
帰りたかった。
私は溢れる涙を拭いながら、ただただ走った。
*
132 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/15(日) 23:54:03.55 ID:bIt6DJVy0
今日はここまでです
ご覧いただきありがとうございました
133 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/16(月) 02:18:40.28 ID:DPNRN95DO
いいところで…
おつです
134 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)
[sage]:2012/01/16(月) 06:05:47.35 ID:HwqXUI9qo
いい展開だ……
さあ次の投下はいつだ!(バンバン
135 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2012/01/16(月) 23:01:52.60 ID:m10wG6rt0
てst
136 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:36:41.94 ID:3Ackjly40
遅くなりました。もう少ししたら再開します。
137 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:45:31.21 ID:3Ackjly40
吐く息は白く、足下からは霜を踏むかすかな音が響く。
葉を亡くして尖った枝を伸ばす樹々を見るだけで寒々しい気分になる。
「今冬一番に冷え込みです」と、分厚いダウンジャケットを着込んだナレーターが喋っていたっけ。
今朝は、冬休みのだらけた生活を引き摺って寝坊をしてしまった。
朝食を食べる時間もなく飛び出して来たのだけど、なぜかその1シーンだけが頭に残って再生されていた。
「綾乃ちゃん、おはよう」
「おはよう、千歳」
「綾乃ちゃん、結構ギリギリやで」
「うん、ごめん」
「ええよ〜。でも綾乃ちゃんが朝遅うなるんは珍しいなぁ」
「休み明けでちょっとね・・・」
はぁ、と思わずため息が出てしまう。
3年生といえども年明けの始業式は平等にやってくるのだ。
138 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:47:35.38 ID:3Ackjly40
「あ、綾乃ちゃん。明けましておめでとう、やね」
「うん。明けましておめでとう、千歳」
「今年もよろしくな〜」
「ええ、今年も、ね」
隣で笑う千歳に合わせて私も微笑んでみる。
とはいえ、内心は今日の天気のように重たい雲で覆われていた。
結局、クリスマスから私は一度も歳納京子と連絡を取っていなかった。
映画を見ずに帰ってしまったあのすぐ後で、二人からメールが着ていたけれど私は返信することが出来なかった。
冷静に考えてみれば、私はとても失礼な事をしてしまったのだろう。
理由も話さずに予定をドタキャンした挙げ句、謝罪もしていない。
それでも「これで嫌われたかな?」と思い切れないのは、私の甘えだ。
139 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:49:13.66 ID:3Ackjly40
“友達だから許してくれる”
“今日会ってみれば今まで通りに接してくれる”
“だから大丈夫、心配は要らない”
都合の良い考えばかりが浮かんで、自己嫌悪してしまう。
そんな気分が顔に出ていたのか、千歳は「大丈夫?気分悪いん?」と、すかさず声を掛けてくれる。
「ううん、平気よ」と強がってみるものの、『後で、千歳に相談してみようかな?』と早くも甘える気持ちが芽生え始めている。
生徒会長というポストのせいで、周囲の私に対するイメージはきっと私の本質と食い違っているに違いない。
本当の私はいい加減でだらしなくて、卑怯で打算的だ。
生徒会や勉強を真面目に頑張っている、というのは別に強い信念や目標があるわけじゃない。
むしろ目標が無かったから、生徒会に入ってみたり成績を上げようとやっきになっていたのだと思う。
140 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:49:55.55 ID:3Ackjly40
教室に向かう足取りは重く、時間が止まればいいのにとすら感じた。
二人の前で、私はどんな顔をすれば良いのだろう?
クリスマスの話題に触れるのが、怖い。
またあの時の気持ちを思い出してしまうのも怖かった。
感情の暴走は今に始まった事じゃないけれど、こんなに暗い気持ちになるのはたぶん初めてだった。
船見さんに一方的に嫉妬している私が悪いはずなのに、心のどこかで「それは当然だ」と肯定してしまう。
いま自分が何をすれば正しいのか、全然分からない。
押し黙ってごちゃごちゃと考えているうちに、もう教室は目前だ。
私は少しでもそれを先延ばししたくて、ついこんな事を言ってしまった。
「ごめん、千歳。私トイレに寄っていくから先に行っててくれるかしら」
「うん、ほな後でな〜」
141 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:50:29.23 ID:3Ackjly40
別に用を足したいわけではなかった。
ただ歳納京子や船見さんと顔を合わせるのが怖い、それだけの理由でとっさに口をついて出た嘘だった。
(私って、ほんと臆病で卑怯者よね・・・)
朝の空気をそのまま残したように個室の中は寒く、コートを着たままでも震えるくらいだ。
何だか本当にお腹が痛くなりそうな気がして、観念して扉を開いたその先に、私の良く知った瞳がこちらを見つめている事に気付く。
青く澄んだ、大きく開かれた瞳に薄茶色の長髪と、特徴的な大きな頭のリボン。
「お。おはよー、綾乃」
そこには、歳納京子がいた。
・
・
・
・
・
142 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:51:57.93 ID:3Ackjly40
教室に戻るまでの数分間、冬休みの間に何をしたとか、寒くて嫌だなあとか、そんな他愛のない話をしたけれど、肝心な事は何も言えなかった。
どちらかが意図したのかは分からない。
ただ、私は何となく“話し辛い”と感じてしまってうまく会話が出来なかった。
単純に二人きりで話す事が少ないだけではない、沈黙の重さみたいなものが気になってまともに相手の顔も見られない、以前と違った意味での居づらさがあった。
幸いな事に、今日は授業がなく始業式のみで下校となった。
歳納京子と船見さんへの挨拶もそこそこに、これ幸いと私は千歳を連れて教室を抜け出した。
向かう先はもちろん、生徒会室である。
(あぁ・・・歳納京子と顔を合わせるのが辛いなんて、私らしくないわ)
143 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:53:05.29 ID:3Ackjly40
「綾乃ちゃん? どしたん、そんなに急いで」
「べっ、別に、急いでなんか、ないわよ」
「うそやん、今日は生徒会の用事ないねんで?」
「わ、分かってるわよ。ちょっと忘れ物取りに行くだけなんだからっ」
我ながら苦しい言い訳だったが、そうするより他は無かった。
間もなくして生徒会室に着くと、私は自分のデスクに向かう。
千歳に言った手前、とりあえず探し物をするフリをしなければならない。
室内には、当然の事ながら私たち二人以外に誰の姿もなかった。
「この部屋に居られるのも後少しやね」などとパイプ椅子に腰掛けた千歳が呟いている。
確かにもう数ヶ月もすれば私たち3年生は卒業だ。
いつしか歳納京子が言っていたように、この3年間は遠い道のりのように見えて実にあっという間だった気がした。
144 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:53:43.59 ID:3Ackjly40
高校、か。
推薦の話を未だ保留にしている私にとって、頭の痛くなる話題だ。
別に決めかねているわけではなかった。
あのクリスマスの出来事によって、ある意味私の気持ちは固まったのだと言える。
たとえそれが自分にとって辛い選択肢であっても、最も辛いものからは逃げられる。
そんな気がしたから。
「ねえ、綾乃ちゃん」
下を向いてデスクの引き出しを適当に漁っているうちに、いつの間にか千歳が私の側に来ていた。
彼女はいつになく真剣な表情をしていて、私は少し緊張を覚えた。
「な、なに?」
「あんな。歳納さん、八森高校受けるらしいで」
145 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:55:00.55 ID:3Ackjly40
ちょうど高校の話題になって、まるで心を読まれているようで私はドキっとしてしまう。
以前、千歳が『綾乃ちゃんの言いたい事が顔に書いてあるで』などと言っていたのを思い出して、
それがあながち嘘ではないような気がしてくる。
八森高校は、何度か聞いた事のある公立高校だった。
偏差値がそこそこ高くて、七森中からもさほど遠くない場所にある女子高だ。
「そう・・・私は、推薦を受けるわ」
「なして?」
「それは・・・」
それは、歳納京子の側にいることが辛いから。
「こ、今後の事を考えて、よ」
「今後のこと?」
「ほ、ほら。大学受験とかね」
「ほー。綾乃ちゃんはしっかり者なんやなぁ」
千歳は、表情こそはニコニコといつものように振る舞っているが、どことなくぎこちない感じだ。
146 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:55:54.17 ID:3Ackjly40
「推薦先のほうは進学校みたいだし」
「せやなぁ」
「制服も可愛いし・・・私、ずっと前からセーラー服着てみたいなぁって思ってたし」
「うんうん」
「・・・」
「ねえ、綾乃ちゃん」
「な、なに・・・?」
「冬休みの間、何かあったん?」
「・・・っ!」
「思い過ごしならええねん。けど、歳納さんたちと何かあったんかなって思うて」
「え・・・と」
「今日だって、休み明けなのに全然歳納さんと喋ろうとせえへんし」
「う・・・それは」
147 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:56:41.74 ID:3Ackjly40
やっぱり、千歳の前ではお見通しか。
私は観念して、クリスマスの日の事をゆっくりと話し始めた。
突然、電話で映画に誘われたこと。
こっそりDVDを借りて、『ミラクるん』を視聴していたこと。
また、そのせいで寝不足だったこと。
当日の待ち合わせ場所に現れたのは、歳納京子と船見さんの二人だったこと。
私がそこから逃げるように帰ってしまったこと。
本当は、歳納京子にとあるプレゼントを渡す予定だったこと、それを走る途中で無くしてしまったことも、自分で驚くほど冷静に、千歳の前では話す事が出来た。
進学先についても、推薦を受けるつもりではいるものの、まだ迷いがある。
正直に千歳には告白した。
148 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:57:54.36 ID:3Ackjly40
私は、未練がましくも歳納京子に何かを期待しているんだ。
船見さんとの関係だって、ただの幼馴染。
そう言ってもらえる事を期待してる、バカな私。
それならいっそ、離れたほうがマシなんじゃないか。
何も言えずに去るのは少し心苦しいけれど、本当の事を聞かされたらきっと立ち直れない。
だから聞きたくない、何も知りたくない。
私の独り言とも取れるような呟きを、千歳は静かに聞いてくれていた。
「ねえ、千歳。好きってどういう事なのかな・・・」
だからつい、そんな台詞がぽつりと出てしまう。
しかし千歳は聞きこぼさず、それを掬ってくれる。
149 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 01:58:44.47 ID:3Ackjly40
「せやなぁ・・・綾乃ちゃん。ちょっとこっち、おいでや」
呼ばれて、微笑んだ千歳の正面に立つ私。
千歳は一歩近付くと、ゆっくり両手を背中に回して私に身体を預けてきた。
「ち、千歳・・・?」
いわゆる、抱き着かれている状態。
制服ごしに千歳の体温を感じながら、私は動揺する。
「え、えと・・・千歳? ど、どど、どうしたのよ急に・・・」
「こういう事なんやで」
「えっ?」
150 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:00:41.30 ID:3Ackjly40
「だから、綾乃ちゃんの質問」
吐息のかかるような距離で、彼女の優しい、囁くような声が響く。
「質問って・・・」
「好きって、こういう事やねんで」
「え・・・」
「好きな人と、こうやって抱き合ったりしたいと思わへん?」
「それは・・・そうだけど」
「せやろ? 好きな人とおしゃべりしたり、一緒に帰ったり、遊びに出掛けたりしたいし」
「う、うん」
「手を繋いだり、抱き着いたり、一緒のお布団で寝たり、キスしたりな」
「き、キス・・・」
具体的な話が出て、少し戸惑ってしまった。
(私が・・・歳納京子と、キスを・・・)
151 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:02:14.88 ID:3Ackjly40
「ねえ、千歳は、どうして、こんな・・・」
「うち、綾乃ちゃんの事、好きやで」
「・・・へっ?」
「だから、好きや。って言うたんよ」
「・・・それは友達として?」
「ちゃうちゃう」
「こ、恋人的な意味で・・・?」
「正解や」
「・・・・・・・って、えぇ〜〜〜〜!?」
「アハハ、驚いたん?」
「そりゃあ驚くわよ!」
「ふふ、やっぱりうちは、元気ある綾乃ちゃんが好きやわぁ」
「ちょっと、いや、だって・・・急に言われても、その・・・驚くわよ、やっぱり」
152 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:03:13.30 ID:3Ackjly40
「うちかて、分かりやすい態度しとったんやけどなぁ」
「ど、どういう事よ・・・?」
「ねぇ、いつの事か"千鶴が風邪引いとる”言うたやん。あれは、ウソやねん」
「えぇ・・・?」
「綾乃ちゃんの口から、歳納さんの話を聞くのは嬉しかった。でも、嬉しいはずなのに、何となく胸が苦しいんや」
「千歳・・・」
「あれから鼻血も出えへんようなったんや。おかしいやろ?」
「で、でもっ。私たち、女の子同士よ?」
「それ言うなら、歳納さんも女の子や」
「そ、それはそうだけど・・・」
153 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:05:49.99 ID:3Ackjly40
「ねえ、綾乃ちゃん。歳納さんの事は、好き?」
「正直・・・分からないわ」
「綾乃ちゃんほど、分かりやすい態度の子はおらへんのやと思うけど・・・」
「でもね、私が、例えば男の子を好きになるみたいに、歳納京子を好きなのかなって考えると、
ホントに良く分からないの。恋人同士みたいな関係になりたいのかな、
友達として手を繋いだり抱きついたりするのと、何が違うのかな・・・ってね」
「じゃあ、船見さんの事はどうなん? 綾乃ちゃんは、船見さんと歳納さんが一緒に居るのを見るのが苦しいって言うたんよ。
嫉妬するのは、立派な恋心やで。相手の事を独り占めしたいっていう感情の表れみたいなもんや」
「そうなのかしら・・・確かに苦しいけれどね」
「せや。うちかて、綾乃ちゃんが好きな身やから、痛いほど分かるんよ」
「あ・・・千歳、ごめーー」
「ストップ綾乃ちゃん、そこまでや。綾乃ちゃんの幸せが、うちの幸せ。そう言うたやろ?」
「でも、それじゃ千歳が・・・」
「ええねん」
154 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/17(火) 02:09:01.33 ID:kemk18QDO
千歳はいいこ
155 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:09:03.72 ID:3Ackjly40
背中に回った千歳の腕に、力が入るのを感じる。
あぁ・・・私は、なんて鈍いのだろう。
こんなに近くに居るのにずっと気付けなかったなんて。
千歳の事は、私も好きだと思う。
でも、私の歳納京子に対するそれとは、やっぱり違う。そう感じる。
(そうか・・・)
うまく言葉にできないけれど、確かに感じるこの違いが、胸の高まりが、
たぶん誰かを好きって感情なのかもしれない。
千歳は、それに気付かせてくれた?
自らの想いが、叶わないと知っていながら?
まさか。それは私の勝手な想像。
156 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:09:54.98 ID:3Ackjly40
「ね。綾乃ちゃん。せやから・・・もう少しだけ、このままで居させてや」
私にしがみついた千歳の声は、震えていた。
私も、千歳と同じように彼女を両手で抱擁する。
二人とも、黙っていた。
もうこれ以上、説明は要らない。
そんな気がして何も言わなかった。
何も言えなかった。
しん、とした生徒会室の中で、二人だけの世界が今ここにあった。
誰かに見られたら、などという心配はどうでも良かった。
千歳が明かしてくれた本気の想いは、叶わない。
だからせめて今だけは、彼女の言う通りにしてあげたい。
それが私の勝手なエゴだったとしてもだ。
もしかしたら、千歳はいま涙を流しているのかもしれない。
でも、それに気付かない振りをした。
やっぱり、私は卑怯だ。
157 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:11:20.93 ID:3Ackjly40
*
*
*
158 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:15:13.90 ID:3Ackjly40
「おーい、京子。そろそろ帰るぞ」
「うーい。あ、じゃあ綾乃と千歳呼んでくるー」
「はいよ」
教室に結衣を残して、わたしは生徒会室へ向かう。
ホームルーム後、二人が一緒に教室を出て行ったので、おそらく向かう先はそこで合っているはずだ。
159 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:16:15.50 ID:3Ackjly40
『ごらく部はしばらく活動を休む』と宣言したのはいつだっただろうか。
理由はもちろん、わたしたち3年生が受験期に入ったためだ。
活動というよりただ集まってだらだら好きに過ごすだけの部活だったけれど、わたしはその時間が好きだった。
結衣やあかり、ちなつちゃん、それに生徒会のメンバーもちょくちょく訪れるようになって、色々と楽しい思い出が出来た。
それが今は自粛中というわけだ。
放課後の楽しみが無いのは、やっぱり物足りない。
160 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:17:27.87 ID:3Ackjly40
それにしても、あの二人がわたしたちに声を掛けずに教室を出て行くのは珍しい気がした。
よっぽど急いでいたのか、あるいは別の理由があったのか、それは分からないけれど。
そういえば、冬休み中から綾乃から電話はおろかメールすら届かなくなっていた。
思い当たるフシといえば、クリスマスでの事くらいしかない。
ただ、なぜ綾乃があのとき帰ってしまったのかは分からないままだ。
去年に比べて、綾乃とは随分距離が近くなったんじゃないかな。
実は内心そんな事を思っていたりするわたしだけど、やっぱり勘違いだったのかなと思う事もある。
まあ深く考えても仕方ない。
うだうだ考えてるうちに目的地はもうすぐそこだ。
161 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:18:49.70 ID:3Ackjly40
ここはわたしが元気よく声を掛けなきゃ。
暗くなりかけた気持ちを奮い立たせなきゃ。
そんな気持ちで扉の陰から覗き見たわたしの眼前に飛び込んで来たのは、なかなか衝撃的なものだった。
いつものように、「あーやのー!」の「あ」まで声が出掛けた所に、急停止ボタンが押されたような感じで、ピタッと身体が固まってしまう。
『好きって、こういう事やねんで』
たぶん、千歳はそんな風につぶやいて。
それで、綾乃に抱きついてた。
えっと、えっと。
どういうこと?
何か見てはいけないものを見てしまった気がして、つい扉の陰に隠れてしまう。
あれは邪魔しちゃいけない、声が掛けられない。そんな気がした。
だから、わたしは廊下を走って逃げた。
162 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:19:48.06 ID:3Ackjly40
別に、走らなくても良かったのに、というか廊下を走ると怒られるのに。
しかし今、その怒る人は生徒会室に居る。よってわたしは怒られない。
いや、違う。
そこまで考えていたわけじゃなくて、なぜか無性に走りたくなったのだと思う。
沸き上がる何かを発散させたかった。
たぶんそういう気分だったんだ。
気付いたら自宅付近まで走っていた。
あっ、と気付いた時にはもう遅くて、結衣はたぶんまだ教室でわたしを待っているはずだ。
[件名:ごめん!]
[本文:用事思い出しちゃって、先に帰って来ちゃった。ほんとごめん!]
そんなメールを打った後、家の玄関に手を掛けようとしたら、着信。
[件名:Re:ごめん!]
[本文:遅いからどうせそんな事だろうと思った。]
163 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:21:12.39 ID:3Ackjly40
短い一文だった。
いつもの結衣だ。
とりあえず、怪しまれていない事に安堵する。
別に、隠す事ではなかったのに、わたしはなぜ誤魔化してしまったのだろう。
きっと、衝撃的なシーンを見てしまった後の混乱というやつだ。
走って帰って来たのも、たぶんそう。
(わたしは、何も見なかった・・・何も)
そう呪文のように頭の中で唱えて忘れ去ろうとしたけど、結局寝て起きてもそのシーンは頭から離れなかった。
・
・
・
・
・
164 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:22:21.82 ID:3Ackjly40
「おーっす」
「おはよう」
「さっみぃ・・・」
「そんなに寒いなら、手袋すればいいのに」
「えー、なんかあれ苦手なんだよなー」
「ふぅん」
「ケータイ触りにくいしー」
「ふぅん」
「・・・。」
次の日の朝、いつものように結衣と並んで冷たい空気の中を歩く。
昨日の件は特に聞いてこない。
まぁいちいち覚えちゃいないか、と気分は少し軽くなる。
165 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:25:51.63 ID:3Ackjly40
それにしても、今日、千歳と綾乃の二人に会った時、わたしは静かにしていられるだろうか。
うっかり口が滑って、気まずい空気になったりしないかな。
そんな要らぬ心配すらしてしまう。
「おっはよー」
教室に入ると、千歳と綾乃は既に席についていて、わたしは出来るだけ平静に声をかけた。
「歳納さんおはよう〜」
「お、おはよう」
いつものように、二人から返事がくる。
もしかしたら昨日覗き見た件を、二人に気付かれてしまったのかもという不安もあった。
とりあえず今の所、不審な点はないように見えてほっと一息をつく。
166 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:27:40.60 ID:3Ackjly40
今日からは、中学最後の学期の授業が始まる。
何度も言うように、わたしたちは受験生だ。
今から2ヶ月後くらいには試験本番が迫っている。
秋の頃、冗談混じりに話していた事が今はもう目の前だ。
(あ〜あ、勉強なんかしないで受かったら楽なのになぁ・・・)
残念ながら、わたしの所には楽を出来る話が来なかったわけで、受験勉強などという面倒なものを押し付けられているのだけど。
進学先は、考えるのが面倒で結衣と同じ学校にしておいた。
何かそのほうが楽そうだし、いつも通りの適当な理由だ。
ただ、気になる事がないわけでもなかった。
(綾乃と千歳は、どこの学校を選んだのかな?)
二人とも成績は優秀、生徒会活動で内申点も抜群だ。
推薦入学の話が寄せられていても不思議じゃない。
しかし、それを受けているなら、わたしたち公立高校とは別になってしまうかもしれない。
167 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:28:25.27 ID:3Ackjly40
(綾乃たちと、離ればなれになっちゃうのか・・・)
それは何となく、切ない、と思った。
推薦を受けるかどうか選ぶのは綾乃たち自身だから、わたしが二人の進学先を知ってどうするものではない。
でも一度くらいは「一緒の学校に行こうよ」と提案しても良いじゃないか。
だから、知りたかった。
(ねぇ、結衣、結衣)
(なんだよ? 授業中だぞ)
(あのさあ、綾乃と千歳って、どこの学校行くのかな?)
(えー? 知らないよ、本人に聞けば?)
(え〜! 聞けないから聞いてんじゃん!)
(ちょ、大声出すなって。何で? あとで聞けばいいじゃん)
(う・・・)
(・・・?)
168 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:30:19.07 ID:3Ackjly40
たぶん結衣の言う通りに、二人に聞いて回るのが一番手っ取り早い。
だけどわたしは“できない”、いま確かにそう言ってしまった。
とっさに口をついて出た言葉に、わたし自身も驚いていた。
(どうして? いつも通りに聞けばいいじゃん。「もう進学先決めた?」ってさ)
昨日、生徒会室で見てしまったあのシーンのせい?
それで二人に話し掛けづらくなっている?
たぶん、そういう事だ。
それでちょっとだけ驚いてしまっただけだ。
きっと時間が経てばそんな事も忘れてしまうに違いない。
(そう、いつも通りいつも通り・・・・・・・・・・むにゃ・・・)
そしてわたしは、“いつも通り”夢の世界へ旅立った。
・
・
・
・
・
169 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:32:17.81 ID:3Ackjly40
「むう・・・」
「どうしたの?」
「いや・・・何か」
「何か?」
「最近、綾乃冷たくない?」
「最近って、まだ学校始まって二日しか経ってないだろう」
「違うよう、何か・・・クリスマスの後からおかしくない?」
「うーん。お前、何か悪い事したんじゃない?」
「そんな事してないもん!」
「んー。あー、何となく予想は、できなくもない、か」
170 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:33:00.93 ID:3Ackjly40
「えっ!なに?なになに?教えてよ!」
「んー。いや・・・少し考えてみなよ、たまにはね」
「え〜!!教えろよ〜!」
「やーだよ」
「えぇ〜・・・結衣ぃ・・・」
「(あ・・・これはマジ泣き入りそうだな)」
「うっうっ・・・」
「あー・・・別に綾乃はお前の事嫌ってないと思うよ、うん」
「でも、避けられてるぅ」
「う〜ん・・・そのうち元に戻るんじゃない?」
「そうかなぁ〜・・・?」
「(あー・・・どうしたものかね、まったく)」
*
171 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:35:30.98 ID:3Ackjly40
(ふぁ・・・)
(さみぃ・・・ってもうお昼じゃん)
枕元の置き時計を見て、さすがにだらしない気がして布団から這い出した。
そしてまだ目を開けるのも億劫な状態で、ストーブの電源スイッチに触れる。
(あれ・・・付かない?)
と思ったら、灯油切れの赤いランプが付いている。
(あー・・・めんどくさい。もう、寒いから居間でこたつに入ろ・・・)
腕組みをして身震いをさせながら階段を降りると、お母さんがキッチンから顔を出していた。
172 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:36:27.26 ID:3Ackjly40
「京子ー、お昼うどんとお蕎麦どっちがいいー?」
「うどんー」
「それと、後でおつかい頼むわねー」
「えぇ〜・・・」
「コンビニでいいからー」
「・・・肉まん買っていい?」
「しょうがないわね」
「わーい」
「だから早く着替えちゃいなさい」
「はぁい」
173 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:37:24.94 ID:3Ackjly40
眠い目を擦りながら、何となく腑に落ちない気持ちで居間に入る。
物に釣られた気がするけど、まあいっか。
こたつでぬくぬくしているうちに忘れてしまう程度の些細な問題だ。
さらに、だらしない姿勢でこたつの上のみかんに手を出してしまえば、おつかいの事すら忘れて眠ってしまいそう。
(・・・今日は何をして過ごそうかなぁ)
結衣は暇かな、と考えてケータイに手を伸ばすものの、そういえば今日は実家に帰ってるんだっけと思い直す。
えーと、ちなつちゃんは何してるかな。
そういえばちなつちゃんの休日の過ごし方ってあまり聞いた事ないかも。
今度聞いてみようかな。
あかりは・・・まあいいか。適当にその辺り散歩とかしてるんじゃないかな。
174 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:38:50.89 ID:3Ackjly40
綾乃は、何してるんだろう。
休日も、千歳と一緒に遊びに行ったり買い物したりしているのだろうか。
実はもう、二人は付き合っていて当たり前のようにデートとかしているのかな?
デート、という言葉には何やら憧れのようなものを感じる。
たぶんオトナ的な何かに対する憧れ。
わたしがまだ経験したことのないものや、年上の人に感じるような何か。
(ああ・・・何か、羨ましいなそういうの)
そもそもわたしの今の立場は受験生である。
遊ぼうなどと声をかけたらやっぱり怒られるかもしれない。
それにあまり人と会いたくないような、会っても楽しくないような、そんな気分でもある。
(日曜日なのになぁ・・・)
とにかく、お昼を食べておつかいの用事だけ済ませておこうと、悩み事は後回しにした。
わたしがぐだぐだと悩むのは性に合わない。
何となくそんな気がした。
・
・
・
・
・
175 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:43:15.05 ID:3Ackjly40
『ありがとうございました〜』
予定通り、肉まんとおつかいの品の入った袋を片手にコンビニを出ると、わたしは近くの公園へ向かった。
本当はラムレーズンが食べたかったけれど、買えるほどのおつりが残っていなかったからだ。
それで、別にやる事があるわけではないけれど、せっかく着替えて準備したのだから散歩でもして行こうと思ったわけだ。
(やっぱ、せっかくの日曜日だしね〜)
公園に着く頃には、手元の肉まんは既に胃の中に収まっていた。
お腹が膨れたので休憩したいな、そう思ってベンチのほうを振り返ると、どうやら先客がいるらしかった。
「あれ? えっと・・・千歳?」
「おや。これはこれは歳納どの、こんな所でお会いするとは奇遇ですの〜」
「あ、はは・・・こんちわ」
176 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:45:54.24 ID:3Ackjly40
思わず声を掛けてしまったものの、何を話そうかと考えあぐねるわたし。
始業式の日の、あのシーンを見てしまってから、どうにも綾乃や千歳に話し掛けづらくて微妙な距離が出来てしまっている。
「あ。ここ、座ってもいい?」
「ええよ〜」
とりあえず、座らせてもらう事にする。
もともと、休憩するつもりでここに来たのだし。
(あー。何か飲み物でも買って来ようかな)
「あ、せや。歳納さん、喉乾いてへん? 何がいい?」
「ん、あー。じゃあ、ペプシとかコーラがいいなぁ」
自分が思いついたところで、先手を取られてしまった。
千歳はなかなか気の利く人物なのかもしれない。
177 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:46:52.77 ID:3Ackjly40
それにしても、本当、何を話そうかな。
いや、聞きたい事はいっぱいあるのだ。
クリスマスの後の綾乃の事、綾乃の進学先とか、あと、この前の生徒会室での事。
でも、表立って聞くのは何だか綾乃を意識しているみたいで恥ずかしかった。
(綾乃ってわたしの事どう思ってるのかな・・・)
去年の春に風邪を引いた頃から、何となく気になっている事だ。
なんだか時々挙動不審になるけど、原稿手伝ってくれて優しいし。
いきなり怒り出したかと思いきや、そっぽ向いて話し掛けても黙ってばかり。
服装とか髪型褒めるとやっぱり怒られる。
春、というと綾乃がばっさりと髪を切った事も覚えている。
その髪型に、何か引っ掛かる事があったのだけどすぐ忘れてしまった。
あの既視感はなんだったのだろう。
178 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:48:57.12 ID:3Ackjly40
「ほな、歳納さん。これでええ?」
「あ、あーうん、ありがと千歳」
アルミ缶を二つ手にした千歳が戻って来た。
受け取ってから、やっぱり暖かい飲み物のほうが良かったかなぁなんてちょっぴり後悔した。
今日は快晴で、ベンチには陽が当たっている。
それでも素手をさらしていればポケットに突っ込みたくなるほど風は冷たくて、
いつもなら美味しいコーラも何となく味が薄く感じてしまう。
忘れないうちに千歳に小銭を渡しておこうと、私はポシェットに手を回した。
リップクリームやレシートの束やらを雑に突っ込んだ中をまさぐって、小銭入れを取り出した拍子に、何かの紙切れが落ちる。
: 201X 12/25(水)
: 11:15開映
: 劇場版ミラクるん2nd Story
: 座席G-0X
179 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:50:17.70 ID:3Ackjly40
これは・・・そうだ。
綾乃と結衣とわたし、3人で映画に行こうとした時の、チケットの半券だった。
結局、綾乃はあのまま帰ってしまったらしくて、仕方なく結衣と観たっけ。
結衣は「私ら、これ2回目じゃん。別に観なくてもいいのに」などと文句を言っていた。
良いものは何度観ても良いものだよ、と言いくるめてなだめた記憶はまだ新しい。
「歳納さん、どしたん?」
不思議そうにこちらを伺う千歳。
彼女の今日の格好は、暖かそうなニットのワンピの上に紺色のピーコートを重ねたものだった。
さらに長めの柄入りストールを肩から巻いていたので、とても暖かそうだ。
千歳も、なかなか侮れないおしゃれさんだな、とつい凝視してしまう。
「そないにじろじろ見つめられると、照れるなぁ」
冗談混じりにニコニコしている千歳は、同性のわたしから見ても、可愛いなぁ、魅力的だなぁ、なんて思う。
(なんだろう、おばあちゃんみたいな感じ・・・?)
180 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:51:24.27 ID:3Ackjly40
「あ、ごめんごめん、これコーラ代。えっと・・・今日は綾乃はいないの?」
「うん、今日は勉強に集中する言うとったわぁ」
「そっかぁ。じゃあ、千歳は何をしてたの?」
「ん〜、ただの散歩や。うち、家はあそこのマンションやねん」
そう言って右方向に見える白い建物を指差す千歳。
「おぉ・・・近いね」
「そうやろ〜。あ、たまぁに赤座さんにも会うでー」
「へ〜。あかりのやつ、暇そうだしなぁ」
「よく嬉しそうな顔でハトに餌あげとるんよ〜」
「へ、へぇ・・・やる事が中学生らしくないなぁ」
あぁ・・・違う違う。
今話したいのはそういう事じゃなくって、と心の中で一人突っ込みを入れる。
そういえば、2年生の時のクリスマスデートで、あかりと千歳が一緒だったような記憶がある。
どっちも雰囲気がのんびりほんわかしてて、案外相性が良いのかもしれない。
(いやいや、今はあかりの事はいいから・・・あかりには悪いけれど)
181 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 02:52:17.05 ID:3Ackjly40
そして、沈黙が流れた。
そもそもわたしたちに共通の話題といえば、綾乃の事くらいしか無いのかもしれなかった。
何から聞こうか、そもそもどうやって切り出そうか。
(えーと、『綾乃はどこの学校受けるのか知ってる?』って、これはド真ん中すぎるじゃん)
(じゃあ、『千歳はクリスマス何してた?』いや、何で急にクリスマスの話が出てくるの? ってか千歳の事を聞き出してどうするわたし)
あの日みた生徒会室の光景。
あれは本当にあった出来事だったのか。
わたしが見た幻か何かじゃないのか。
でも確かに、“好き”って聞こえた。
綾乃も千歳も、女の子同士なのに。
「なぁ、歳納さん」
わたしがよほど難しい顔をしていたのだろうか、沈黙を破ったのは千歳のほうだった。
182 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:04:06.41 ID:3Ackjly40
「うち、フられてしもてん」
「へっ!?」
「だからな、うちが好きな相手に好き言うたら、既にその子には好きな相手がおってな」
「えっえっ・・・ちょ、いきなりどうしたんだよ」
「“でもその子の事を本当に好きか分からない”、“そもそも好きだとしても片思いだしね”、そうつぶやいて、複雑な表情するんよ」
「むう・・・」
「それでも、やっぱりうちとは付き合うたり恋人関係にはなれないんだ、って」
「・・・」
再び沈黙が流れる。
急に千歳は、何を言い出すのだろう?
フられた・・・? 誰に?
疑問は尽きない。
183 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:04:59.78 ID:3Ackjly40
「え、え〜と・・・相手は、どんな子なの? かっこいい? 歳はいくつ? どんな関係?」
動揺して、しどろもどろになりながら、ありきたりな質問ばかりしてしまう。
それより、今、なぜそんな話をわたしにするのか。
本当に聞きたい事というのは、いつもうまく口に出来ないものだ。
「うふふ・・・それは、ナイショやで」
「えぇぇ・・・なんだよそれ?」
「じゃあ、大ヒントや。うちが好きなんは女の子やで」
「えっ・・・マジで?」
「ええやん。それだって立派な恋愛や」
「い、いや・・・悪いとは、言ってない。でも・・・うーむ・・・」
(確かに、うち女子校だけどさ・・・そういう事ホントにあるんだな)
千歳は、あまり悲しいふうでもなく、いたずらっ子のように微笑んでいる。
この際だ、相手が男か女かは置いておこう。
184 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:05:38.13 ID:3Ackjly40
(それより・・・どうして千歳は平気でいられるの?)
私の頭に浮かぶ疑問をぶつけてみる。
「ち、千歳はさ、それでいいの?」
「ん〜?」
「だからその、ふられちゃったんでしょ・・・?」
「そうやで」
「なのに、そんな風に平気な顔して喋っちゃっていいの?」
「あぁ。それはもちろん辛いで?」
「辛そうに見えないんですけど・・・」
「うふふ。うち、こう見えて“ぽーかーふぇいす”やねん」
「そうなの?」
「まぁ、辛くないわけやないんよ。でもなぁ、好きとおんなじくらい、その子と綾乃ちゃんを応援してあげたい気持ちがあるんよ」
「ふむ・・・」
185 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:07:16.41 ID:3Ackjly40
千歳のいう、応援してあげたいという気持ちが、わたしにはいまいち納得できなかった。
相手の事が好きだからこそ、そういう気分になるのだろうか?
いけない、千歳に今日はペースを握られっぱなしだ。
何とか話題を切り替えなければ。
「えぇっとぉ、そ、そういえばさ」
「ん〜?」
「生徒会室で綾乃と・・・って、いやいやいやいや何でもないっ!」
「んん? 何の話?」
(あ、危なかった・・・!)
話題を変えようと、つい余計な事を言いそうになってしまった。
ペースを握られてるんじゃなくて、狂わせられてるんだ、きっと。
(いつもはわたしがみんなを引っ張っていく役目なのに・・・!)
186 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:08:48.29 ID:3Ackjly40
「あ、せや。綾乃ちゃんなー、公立高校受けるらしいで」
「えっ!?」
「歳納さんも、八森高校やろ〜? これからも一緒になれるなぁ」
「へっ・・・あぁ、そのつもりだけど・・・何でまたそんな話を」
「綾乃ちゃん、ホントは推薦の話があったんやけどなぁ」
「あ〜、そうだよね。綾乃は生徒会長だからそういう話も当然あるよね」
「うん。せやから、結構悩んだと思うわぁ」
「そっかぁ。そうだったのかぁ・・・」
「うふふ・・・歳納さん、顔ニヤけとるで」
「はっ・・・!?」
187 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:11:30.30 ID:3Ackjly40
千歳に指摘されて初めて、わたしは、それを嬉しく感じている事に気付いた。
(わたしは、結衣が行くって言ってたから、何となくそこにしようかなぁと思ってただけだし・・・)
「それじゃあ、千歳は?」
「うちは推薦を受けさせてもらうんよ」
「へぇ〜さすがだなぁ。それじゃ、綾乃とは一緒じゃないんだ?」
「そうなぁ。離れてまうなぁ」
と、珍しく寂しそうな表情を見せたものの、次には「妄想でけへんようなって寂しいわぁ」と、いつもの調子で笑う千歳。
「あ、あのさ。綾乃、元気にしてるかな?」
ようやく、今日のわたしが聞きたかった事を口に出せた。
何となく会話が弾んできた、そのような安心感が生まれたせいかもしれない。
188 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:13:09.50 ID:3Ackjly40
「急にどしたん?」
「あ〜、いや。クリスマスの時さ・・・」
あの時の綾乃の様子を、わたしが覚えている範囲で説明してみる。
もしかしたら、綾乃のことだから千歳には何かしら相談しているのかもしれないけど。
振り返ったとき、泣いてたんだ。
“どうしたの?”も、“どうして?”も言えずに別れてしまったあの日の、綾乃の苦しそうな表情が、未だに忘れられないでいる。
「ふぅむ・・・。それは辛い事があったんやろなぁ」
「それが分かんないんだよ〜」
「せやなぁ・・・。綾乃ちゃんに聞いてみたらええんちゃうん?」
「えぇぇ・・・それは出来ないよ・・・」
「なして?」
「何か聞き辛いし・・・」
「直接聞いたほうが、はよう片付く思うんやけどなぁ」
「う〜ん・・・なんでか話しかけにくいっつーか」
「歳納さんは、綾乃ちゃんのこときらいなん?」
「いや、そうじゃないんだけどさ・・・」
189 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:14:12.26 ID:3Ackjly40
「ほな、聞いてみよか」
「え?」
「あ、もしもし綾乃ちゃん? 今だいじょうぶ? うん、そか。歳納さんがちょっと聞きたい事あるらしいで? ほな、代わるでー」
「え? ・・・え?」
「あと、よろしくな〜」
差し出された千歳の携帯電話の先で、たぶん綾乃のものであろう声が聞こえてくる。
『ちょっと千歳! どういう事なの!? 説明しなさいよ〜!』
千歳って、可愛い顔して実はかなり大胆なのかも。
急に差し出されたケータイを前に、うろたえるわたし。
「ほらほら、歳納さん〜、綾乃ちゃんが待っとるでぇ」
「う〜・・・仕方ないなぁ」
わたしは観念してケータイを受け取り、開口一番に謝る事にする。
190 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:16:14.66 ID:3Ackjly40
『あ、あー、綾乃・・・? ごめんね、千歳が急に電話掛けちゃってさ』
『・・・と、歳納京子、なのね?』
『うん、そーだよ。京子ちゃんだよ』
『う、うん。ひさしぶり、ね』
『え〜、学校で毎日会ってるじゃん』
『そ、それもそうよね。それより、何なのよ急に』
『いやだから、千歳が勝手に掛けちゃって』
『それはさっき聞いたわよ。それより、何か聞きたいことがあるんでしょう?』
『あ〜、うん。それは、そうなんだけど』
『何よ、早く言いなさいよ。い、いまは受験勉強で余裕が有馬温泉なのよっ』
『あはは。何だ、ダジャレ言う余裕はあるんじゃん』
『ちっ、違うわよっ!べつに!歳納京子と久々に話せて嬉しいなんてこれっぽっちも思ってないんだからねっ!!』
『あぁ・・・何かこういうやり取り久々で安心するよ〜』
『あ〜ん、もうっ。分かったから、何でもいいから早く聞きなさいよぉ!』
『あー、うん。えっとね』
『うん』
191 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:17:57.58 ID:3Ackjly40
『クリスマスの日さ。綾乃が帰っちゃった後で、わたしずっと考えてたんだ。何か悪い事しちゃったかなって』
『・・・』
『でもね、全然分からなくってさ。だから』
『だから、聞いてみる事にしたの?』
『うん。その方が早いって千歳に言われちゃった』
『あぁ・・・何となく、いきさつが分かった気がするわ。千歳め・・・。うん、えっと。それはもう、いいのよ』
『え?』
『だからいいの。気にしないで、ほんとに』
『えぇ?何でよ、気になるよ〜』
『いいったらいいの! それに・・・大事な事にも気付けたしね』
『大事な事ってなに?』
『ふふ、まだ、ナイショよ』
『え〜? 何だよ千歳も綾乃もナイショナイショってさぁ』
192 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:20:07.06 ID:3Ackjly40
『千歳が?』
『そうだよ! 千歳がいきなり“フられた”なんて言い出すから”相手は?”って聞いたらナイショとか言って教えてくれないしさぁ』
『そ、そう。それは、確かに言えないわよね・・・』
『なんだよそれ〜』
『千歳には私から注意しておくから忘れなさい』
『ふぅん・・・まぁいっか。あ、それより、綾乃も八森高校受けるの?』
『え? えぇ、そうよ。何でそれを・・・って千歳か。千歳しかいないわね』
『そうそう、千歳から聞いたんだよ』
『まったくあの子は・・・それよりいま『綾乃“も”』って言ったわね? もしかしてあなたも、受けるの?』
『うん、そだよ〜』
『へ、へえ・・・どうして公立高校に? あぁ、船見さんがいるから、かしら?』
『へっ? あ、いや、別に結衣だけじゃなくて、その・・・』
『え・・・?』
193 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:22:20.06 ID:3Ackjly40
『あ、いや! なんでもない! そうそう、結衣がそうするからって、考えるの面倒だしさ!』
『なんだ・・・・・・・・やっぱりそういう事なのね。あなたらしいわ・・・』
『いーじゃんべっつにぃ』
『はぁ・・・。ちょっとだけ期待して損しちゃったわ』
『え? な、何を?』
『はっ・・・!? ちっ、違うのよ! 別に、と、歳納京子が私のために・・・・・・・う〜〜!やっぱり、何でも無いの!』
『ん〜? 変な綾乃』
『・・・で! もう聞きたい事は終わりかしら?』
『あー、うん。たぶん。お互い、受験頑張ろうな〜』
『言われるまでもなく分かってるわよ! どっちが先に合格するか、勝負なんだからねっ!』
『え、いや、受験に先も後もないじゃんか』
『う・・・そ、そういえばそうね。あぁ・・・』
『ん。それじゃ、そろそろ電話切るよ?』
『え、ええ。それじゃあ、またね』
『うん、またな〜』
194 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:23:44.08 ID:3Ackjly40
ふぅ、と綾乃みたいにため息を着いて電話を切るボタンを押す。
何だか、とても久しぶりに綾乃と喋った感じがする。
あぁ・・・これだ。
この漫才みたいな、掛け合いが良いんだよなぁ、などとしみじみ思ってしまう。
いや漫才かどうかは別にどうでもいい。
うまく言葉にできない感覚だ。
(あぁ、そうか・・・わたし、綾乃と話してると楽しいんだ)
「ごめんごめん、長話しちゃった」
「ええよ〜。何やら楽しそうでしたなぁ」
「ちょ、千歳、鼻血鼻血!」
195 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:24:25.57 ID:3Ackjly40
「あらあら、うふふ・・・やっと、本調子が出て来たみたいやなぁ」
「いやそこ感動する所じゃないって!ティッシュティッシュ・・・うわぁ入ってねぇ」
「歳納さん・・・綾乃ちゃんを、頼んだでぇ・・・ガクッ」
「ち、千歳ぇ・・・!」
「死んでへんよ〜」
「こんな時に冗談とか罰金バッキンガムだぞ!」
「あはは、綾乃ちゃんのがうつっとるで」
「あっ・・・・・」
*
196 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:32:05.76 ID:3Ackjly40
2月の終わりのその日、冷たい雪の降る朝だった。
コートにマフラー、手袋、さらには耳当てまでを総動員しても、外気の冷たさは容赦なくわたしの身体に染み込んでくる。
緊張して眠りの浅かったわたしは、雪の中を小走りに結衣たちとの待ち合わせ場所に向かった。
走った事で身体が暖まるかなと思ったけれど、立ち止まって数分も経てば、たちまち体温は奪われてポケットに手を突っ込むはめになるのだから侮れない。
待ち合わせ場所に着くと、既に結衣が寒そうに待機していた。
もう一人はまだ来ていないようだ。
197 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:32:49.44 ID:3Ackjly40
「おっはよー結衣」
「遅いぞ、京子」
「ごめんごめん、ちょっと緊張しちゃってさぁ」
「まったく・・・受験票とか忘れ物してない?」
「そのくらい大丈夫だよ〜、って・・・・・・あ、あれぇ・・・?」
「お、おい、まさか」
「・・・・・・・・なんちゃって〜! ちゃんとここにありました!」
「ふ・ざ・け・る・な!」
「いてっ・・・えへへごめんごめん」
「それより、綾乃遅いね。あんた何か聞いてないの?」
「んー? ケータイには特に連絡はないなぁ」
「そっか。もう少し待とうか」
「うん」
「でも珍しいね、綾乃はこういう時はしっかりしてそうだけど」
198 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:33:41.60 ID:3Ackjly40
綾乃とは、ここで待ち合わせて一緒に受験会場に向かう事になっていた。
確かに結衣の言う通りかもしれない。
綾乃が大事な入試の日に遅刻するのは、あまり想像できない姿だ。
とりあえずケータイに電話をかけてみるものの、繋がらない。
コール音は鳴るので、気付いていないだけかもしれない。
メールも打ってみるが、やはり反応はなかった。
そうこうしているうちに、もう歩き出さないとまずい時間帯が差し迫っていた。
「仕方ないね。先に行こうか、京子」
「う、うん。大丈夫かなぁ、綾乃」
「綾乃に限って、寝坊とかは考えにくいしなぁ」
「う〜ん・・・」
199 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:34:44.83 ID:3Ackjly40
「綾乃の心配も良いけど、あんたは試験の心配をしときなよ?」
「うん・・・でもぉ」
「大丈夫だよ、綾乃は京子と違ってしっかりしてるから」
「むぅ。ちゃんと間に合うかなぁ」
「私たちが間に合わなくなっても困るからな。ほら、行くぞ」
「わ、わかったよ」
結衣に催促されて、わたしはしぶしぶ歩き出す。
後ろ髪を引かれるように何度か振り返ってみたけれど、やっぱり綾乃の姿は無かった。
仕方ない。心配だけど、これから受けるテストのほうもだいぶ心配だ。
定期テストと違って、さすがのわたしも一夜漬けではない。
綾乃と仲直り(?)の電話をした日からは、それまでの気怠さがウソのように、気分は晴れやかだった。
それに、一緒の高校に行くんだって思えば、勉強にもちゃんと集中できた。
200 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:35:46.47 ID:3Ackjly40
同人活動は、少しばかりお休み中だ。
書きたいネタは溜まっているから、受験が終わったら頑張ろうと思っている。
また綾乃にも手伝ってもらおっかなぁなんて、去年の春先の事を思い出したりもした。
(はぁ・・・こんな時なのに、綾乃の顔が浮かんでばかりだよ)
ふと、何かがわたしの記憶をよぎった。
綾乃の髪型についてだ。
去年の春に、急に髪を短くした時の綾乃について、何かが引っ掛かってる。
何か見覚えがあるような、ないような、おぼろげな記憶。
去年なのか一昨年なのか定かではない、だいぶ古い記憶のような気がする。
「・・・子、京子。何ぼーっとしてんの? 会場、着いたよ」
「え? ああ、ごめん。ちょっと考え事を・・・」
「もう、しっかりしなよ。じゃあ、私はあっちの教室だから。また後でね」
「うん。お互い頑張ろうぜ!」
「あぁ。教室間違えんなよ」
(そうそう。今は目の前の試験をパスしなきゃ・・・綾乃、無事に着いてるよね?)
着信のないケータイに不安を覚えつつ、気持ちを切り替える。
これに受からなきゃ、いろいろ台無しだもんね。
わたしは肩に残った雪を払いながら、受験票を片手に教室へと向かった。
・
・
・
・
・
201 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:37:20.87 ID:3Ackjly40
「あ〜終わったぁ〜・・・」
「お疲れさま」
「燃え尽きた・・・全力を出し切ったぜぃ」
「ほう、それは良かったな。受かるといいな」
「結衣は?どうだった?」
「あーうん、まぁ、そこそこ、かな?」
「結衣の“そこそこ”は自信たっぷり、って感じだよね〜」
「そんなことないってば。結構、凡ミスしちゃったかもなぁ」
「あ、そういえば、綾乃から連絡あった?」
「ん〜、いや、ないよ。そっちは?」
「ないなぁ。どうしちゃったんだろ、綾乃のやつ」
「急いでてケータイ家に忘れちゃった、とか?」
「う〜ん、そういうことはあんまり」
202 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:39:59.53 ID:3Ackjly40
無さそう、と言うより早くケータイの着信音が鳴る。
この音はメールのほうだ。
「あれ、こっちもだ」
そう言ってケータイを眺める結衣。
「千歳からだ」
[件名:綾乃ちゃんが]
[本文:事故に遭ってしもて、いま病院にいます。うちも今病院に着いたばかりや。場所は、七森市民病院で、病室は●●●で…]
203 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:40:37.55 ID:3Ackjly40
「えっ?」
「これは・・・」
「ゆ、結衣ぃ・・・!」
「うん。分かってる!行こう!」
未だ雪が降り積もるなか、わたしたちは走った。
試験が終わったという解放感は、そのメールで全部吹き飛んでしまった。
(事故・・・!事故って!)
204 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:41:08.22 ID:3Ackjly40
どうしてこんな大事な日にそんな事が起きてしまったのか。
いや、それより綾乃の容態や怪我の程度はどうなのだろうか。
話は出来る状態なのか、そもそも事故と聞かされただけでそれ以上は分からない。
早く病院へ着きたかった。
空模様は相変わらず回復の気配を見せず、白い結晶が地面に積もり続けている。
雪に足を取られ、電車も遅延気味となってわたしの逸る気持ちにブレーキをかける。
わたしが焦っても意味が無いのに、と分かっていても落ち着かなかった。
とにかく、忘れないうちに一つだけメールを打ちこんでわたし達は電車に乗り込んだ。
[件名:Re:綾乃ちゃんが]
[本文:すぐ行く!!]
*
205 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/17(火) 03:43:27.29 ID:3Ackjly40
今日はこの辺で、また明日
206 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2012/01/17(火) 03:45:14.64 ID:5O6c6cFUo
乙
207 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 01:53:00.16 ID:vwUxP9/A0
ひっそり再開
208 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 01:54:25.79 ID:vwUxP9/A0
『廊下は走らず、お静かに』
貼り紙の注意書きは目に留まることなく、わたしは結衣を引き連れて勢いよく病室の扉を開く。
「綾乃〜!」
「と、歳納京子・・・?」
「あらあら歳納さんたち、早かったなぁ」
「綾乃、大丈夫!?」
「ええ、足を、ちょっとね。それ以外は健康よ」
ほら、と言って綾乃がベッドから足を出してみせている。
既に手術は終わっていたらしく、白いギプス姿が痛々しかった。
209 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 01:56:01.79 ID:vwUxP9/A0
「綾乃・・・」
「な、なによ。そんな暗い顔されちゃ調子狂うじゃない」
「だって、綾乃の受験が・・・」
「ええ・・・テスト、終わっちゃったわね」
「そんなぁ・・・」
「だからなんで、歳納京子が落ち込んでるのよ。・・・自業自得だから仕方ないのよ」
“自業自得って?”と声を出しかけたところで、誰かのケータイが鳴る音が病室内に響いた。
いまわたしたちの居る部屋は個室だったが、雑音が少ない分、着信音は普段より大きく鳴っているような感じがした。
「あ、ごめんな。ちょっと席外すわぁ」
「えぇ、分かったわ」
「ん、じゃあ私はちょっとトイレに」
「おー」
210 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 01:56:52.68 ID:vwUxP9/A0
二人が去って、何となく流れる沈黙。
千歳は電話、結衣はトイレに外出して、意図せず綾乃と二人きりになってしまった。
まず何から話そうか、と考えて声を掛けてみる事にした。
「あのさぁ」
「あ、あのね」
今度はタイミングが悪く、発言が被ってしまったようだ。
なぜか分からないけれど、わたしは緊張しているんだろうか。
何に対して?
「あ、綾乃からどうぞどうぞ」
「え、あ、うん・・・」
綾乃は、ベッド脇のスチール台に置かれていた自分の鞄の中をごそごそと漁って、わたしの前に何かを差し出した。
それは、手のひらに収るほど小さい、紐のついた袋だった。
赤い布地に神社の名前、裏側には“合格祈願”の文字。
「それをね、今朝渡すつもりだったの」
211 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 01:59:12.40 ID:vwUxP9/A0
「これは、お守り?」
「うん。今朝、七森神社に寄って、お参りしてから行こうと思ってね」
「そうだったんだ」
「せっかくだからお守りも、と思ってね。でも社務所の開く時間が、かなりぎりぎりだった。
お守り受け取ってすぐ神社を出て走ったわ。それで、左右を見ずに交差点を渡っちゃって・・・
バカよね、私」
「そ、そんな事ない! 嬉しいよ、綾乃!」
「べっ、べつにっ! たまたま思い付いただけなんだから・・・!」
「それでも嬉しいよ、ありがとね、綾乃。嬉しいけど、悔しいよ」
「どうして?」
「だって、そのせいで綾乃と同じ高校に行けなくなっちゃうもん」
「自業自得よ・・・だから、いいの」
212 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 01:59:52.56 ID:vwUxP9/A0
「綾乃・・・泣いてるの?」
「な、泣いてなんか・・・っ!」
そう言ってまた、布団を被ってしまった。
(ウソだよ・・・だって、震えてるもん)
「ねえ、綾乃」
綾乃を慰めなきゃ、そんな気持ちでベッドに近付き、綾乃の手を取って両手を被せてみる。
「ん・・・」
ほら、やっぱり。
隠せてないよ、涙。
「綾乃、泣かないでよ」
「泣いてない、わよ」
「そこで強がる意味ないじゃんか」
「強がってなんか、ないわよ」
「もう、素直じゃないなぁ」
「む・・・」
213 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:01:14.46 ID:vwUxP9/A0
間近で見る綾乃の顔。
目の周りに滲む水滴と、それを拭ったような跡が残る頬。
他人の泣き顔をこんなに近くで見るなんて初めてだから、たぶん心拍数が上がってるんだ。
「泣き顔も、可愛いよね」
何か喋らなきゃと焦った挙げ句に飛び出す言葉は、ついからかい口調になる。
また怒られてしまうかもと思いつつも、一度飛び出した言葉は取り消す事も出来ない。
「っ!? バ、バカッ! 何言いだすのよ急に、もう!ばか!」
「えへへ・・・ごめんなさい」
ほら・・・やっぱり怒られた。
もしかしたらわたしは、とても恥ずかしい事を言ってしまったのではないか。
どうも調子が狂うな、と自分のカチューシャを弄りながら別の話題を探す。
「あ・・・ねぇ」
「・・・」
「ねえってば〜、機嫌直せよ〜」
「・・・なによ」
214 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:04:39.34 ID:vwUxP9/A0
「あのね、こうしてるとわたしが風邪引いちゃったときを思い出すよ」
「・・・うん」
「熱出しててあんま覚えてないんだけどさ。“どこにも行かない”って言って、手を握っててくれたよね」
「・・・ええ、そんな事もあった、かしら」
「嬉しかったんだぁ。一人きりで寝てるのって、寂しいじゃん。綾乃って優しいよな〜」
「そんなこと・・・ないわよ」
「またまたぁ。千歳が惚れちゃうのも、何か分かる気がするよ」
「え・・・」
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
綾乃は、今まで見た事のないような困惑した表情でわたしを見つめている。
215 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:05:29.03 ID:vwUxP9/A0
千歳が、綾乃と抱き合っていたあの日の事が脳裏によぎる。
点と点がつながったんだ、いま。
そして、千歳の告白。
『うち、フられてしもてん』
千歳の台詞が、わたしの頭の中にありありと蘇る。
そうか・・・そういう事だったんだ。
どうして、公園で話した時に気付かなかったのか、と今更わたしの間の悪さに辟易した。
千歳は、本当に綾乃の事が好きだったんだ。
たぶん、恋愛的な意味で。
女の子同士ってことも、理解した上で。
そして、公園で千歳と話した事が正しければ、“綾乃には片思いの相手がいる”という事になる。
216 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:06:18.77 ID:vwUxP9/A0
「と、歳納京子・・・」
「は、はいぃ!?」
「ち、千歳は、どこまであなたに話してるのかしら?」
「えっ、えっとぉ・・・“ふられちゃった”って話だったかなぁ」
「そ、そう」
「あと・・・」
「あと?」
「えっと、見ちゃった」
「何を・・・?」
「生徒会室で、綾乃と千歳が、抱き合ってるとこ・・・」
「ちょ・・・! それ、千歳には?」
「い、言ってないよ! 言えるわけないじゃん!」
217 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:07:10.75 ID:vwUxP9/A0
「そう・・・見られちゃったのね」
「偶然だよ!」
「あぁ・・・不覚ね、杉浦綾乃。一生の不覚・・・」
「いや、まぁ、はは・・・ごめん」
「もう、いいわ・・・」
つい、口が滑った、というのを最近も経験したような気がする。
わたしは、口の軽い女・・・。
それよりも、綾乃が好きな相手というのが気になる。
いつも一緒にいた千歳が敵わない相手。
千歳の、おそらく三年分はあるだろう想いですら崩せない、綾乃の強い想い。
その想いを受ける相手は幸せなんだろうなぁ、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「あ、綾乃は、好きな人がいるの?」
218 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:07:54.01 ID:vwUxP9/A0
だから、ついそんな疑問が口からこぼれてしまった。
綾乃は、心なしか顔を赤くして、大きく目を見開いて驚いている。
「えっ!?」
「え、いや、えっとぉ・・・千歳が言ってたからちょっと気になるっつうか」
「うー・・・」
「あ、ああー、ごめんっ。ムリに答えなくていいから!」
「・・・・・・・・わよ」
「え? 何か言った?」
「・・・いる、わよ」
「ほ、ほう・・・」
「・・・」
「わ、わたしは、そういうの全然分かんないし、力になれないかもしれないけどさ、頑張れば良い事あるよ!」
「はぁ。頑張れば、ね・・・」
219 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:09:23.24 ID:vwUxP9/A0
「きっと、うまくいくって!」
「・・・そうね。どうして、こんなに鈍い子を好きになっちゃったのかしらね。私って、ほんとバカ」
妙に、綾乃の視線が痛いような。気のせいかな?
この際だからもう一つ、気になった事を聞いてみることにした。
「その、綾乃の好きな子って、女の子なの?」
「え、えっと、ど、どど、どうしてそうなるのかしら!?」
「あぁいや・・・千歳は綾乃の事が好きだって言ってたし、綾乃も、もしかしたらって、そう思っただけだよ」
「・・・」
「べっ、別に、女の子同士が悪いとかおかしいとかじゃなくってさ!」
「分かってるわよ」
「へっ?」
「そんな事くらい、分かってるわ。同性を好きになるのが変わってるって事くらいね」
「あ、綾乃?」
220 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:11:12.72 ID:vwUxP9/A0
「でもね・・・気付いたらあいつの事ばっかり考えてて、もうごまかし切れないのよ、今更ね」
「そっか・・・」
「・・・」
「綾乃はその人に、告白とか、しないの?」
「・・・そりゃあ、したいわよ。出来るものならね」
「そっかぁ・・・」
「変な事聞かないでよね、もうっ。この話題はこれでおしまい! いい?」
「分かった分かった。ごめん」
どうしてだろう、綾乃が想いを寄せる相手が気になる。
綾乃が、いままさに恋をしているという事実に対する好奇心。
でもそれだけじゃない。
わたしは、綾乃の好きな相手を知りたいと思った。
わたしの中に生まれ始めている、この焦りは何なのだろう。
なぜか首筋や額に汗をかいている。
病室の中、こんなに暑かったっけ?
221 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:11:53.61 ID:vwUxP9/A0
「あ、お守り、ホントにありがとね。合格発表の時持ってくよ」
「ええ。受かるといいわね。それより、いつまで手を握ってるのかしら・・・?」
「え、あっ、ご、ごめ・・・」
「ただいまやで〜綾乃ちゃーん」
手を離したその瞬間、病室のドアが開いて席を外していた二人が入ってくる。
「わっ・・・と、っと」
焦って手を離して何事も無かったかのようにふるまうわたし。
ついでに、もらったお守りも後ろ手に隠してしまう。
(あっぶね・・・って、わたしは何を照れてるんだ・・・)
「お、遅かったな千歳と結衣」
「あぁ、ちょっとな。それより千歳から、重大発表があるみたいだぞ」
222 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:13:23.90 ID:vwUxP9/A0
「重大、発表?」
「何よそれ?」
「せや。綾乃ちゃんにビッグニュースやで」
「私に?」
「さっきな、先生から電話があってな、伝言を頼まれたんよ」
「な、何をかしら・・・」
「あんなぁ、もっかい今日の学校の試験受けられるらしいで〜」
「えっ!?」
「先生が、受験先の学校にな、事情を説明してくれたらしいわぁ。良かったなぁ綾乃ちゃん」
「うそ・・・ほんとに?」
「うおお〜やったな、綾乃!!」
わたしは、本心から嬉しいと思った。
つい、綾乃の手を握って力んでしまうくらい嬉しかった。
223 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:14:08.70 ID:vwUxP9/A0
「ちょ、ちょっと歳納京子、手が痛いわよ・・・」
「おっと、ごめんごめん」
「試験は歩けるようになってからでええみたいや。ほんまラッキーやわぁ」
「不幸中の幸いってやつだね」
「・・・別の意味でもラッキーやわぁ」
「ちょ、千歳、鼻血鼻血!」
わたしたちはここが病院だという事を忘れるくらい、はしゃいでいた。
良かった、本当に良かった。
一緒の高校に行けるかもしれない。
その希望が生まれたおかげで、先ほどの正体不明の焦りも吹っ飛んでしまう勢いだ。
「でも私、不安だわ。ここじゃ勉強もし辛いし・・・」
「大丈夫だよ。綾乃なら絶対、受かるよ!」
「歳納京子・・・」
「一緒の高校へ行こうな!」
「それ以前にお前が受かるか分からないだろ?」
「うっ・・・だ、大丈夫だってば」
224 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:14:52.52 ID:vwUxP9/A0
綾乃がくれたお守りがあれば、きっと大丈夫。
そうだ。帰りに七森神社で、お参りでもしようかな。
わたしの試験ももちろんだけど、綾乃と一緒の学校に行けますように、とか。
「ふふっ」
「綾乃ちゃん、どしたん?」
「いえ、何でもないわ。ただ、ちょっとね」
「うん?」
「歳納京子と船見さんの関係が、ちょっと羨ましいかなって思って」
「結衣との関係?」
「えっとね、思った事を素直に言える関係って、いいわよね」
「まぁ幼馴染で付き合い長いしなぁ」
「そうそう。ただの腐れ外道だよ!」
「おい、人聞きが悪い事を言うな」
225 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:15:24.34 ID:vwUxP9/A0
「あはは、歳納さん、それを言うなら“腐れ縁”とちゃうの〜?」
「そうそう、それが言いたかったの!」
「ふふ・・・歳納京子が居るとにぎやかね、ホント・・・はぁ」
「なんでため息?」
「ほんと、羨ましいわ・・・」
「え? 羨ましい? なにが?」
「あぁ、うん・・・鈍いやつ」
最後の結衣の台詞が気にかかるけど、まぁいっか。
綾乃が無事で良かったし、試験も受けられる事になった。
お互い合格すれば、春からも一緒の学校になれるんだ。
そう思うと、なんだか上機嫌だった。
226 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:16:43.56 ID:vwUxP9/A0
このごろのわたしは、綾乃をどうも特別視している。
例えば綾乃からメールを貰うと他の子よりちょっとだけ気持ちが良い、とかそんな些細なレベルではあるけれど。
(気になる・・・のかな)
明日もお見舞いに来ようかな。
綾乃さえ邪魔でなければ、と考える一方どうにもわたしらしくない、むず痒さみたいなものも感じた。
(うーん・・・深く考え過ぎかな?)
試験が終わった解放感も手伝って、上機嫌どころか浮かれ気分だ。
毎日楽しくしていればきっと良い事がある、そんな楽観さがたぶん、わたしらしさってやつなんだと思う。
とりあえずは、綾乃の好きなお菓子を聞き出す事が先決かな、と千歳たちの会話に飛び込んで行くわたしであった。
227 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:17:14.27 ID:vwUxP9/A0
*
228 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:24:00.25 ID:vwUxP9/A0
その日の夜、わたしは夢を見た。
まだ小学生にあがるかあがらないかの幼少時代の思い出。
小さい頃のわたしは、とっても泣き虫だった。
だから、神社で結衣やあかりとはぐれてしまったときも盛大に泣き出してしまった。
探し疲れて泣いてた時に、親切なお姉さんが声かけてくれたっけ。
わたしの涙とか鼻水を拭いてくれて、手を繋いでくれて。
あのお姉さんは今、どこで何をしているのかな。
そういえば、長い髪の感じが何となく綾乃に似てるかも。
あはは、なっつかしいなぁ〜。
・・・。
んー。
綾乃とおしゃべりしたいなぁ。
さすがに病院じゃ、ダメだよね。
あー・・・。
まだ結衣、起きてるかな・・・?
とりあえず、ケータイを鳴らしてみようか。
プルルルル。無音の部屋に、コール音は思った以上に耳に響く。
229 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:34:07.65 ID:vwUxP9/A0
「・・・はい」
「あー結衣、起きてたー?」
「寝てましたが、何か」
「へへ、ごめんごめん」
「で、なんだ?」
「あー。ん〜。えーっと・・・何だっけ?」
「・・・切るぞ」
「ああん待って待って」
「早く思い出さないとほんとに寝るから」
「ん〜、あー。そう、あれだよあれ、夢見たんだよ」
「はぁ?」
「いやぁ、懐かしい夢見ちゃってさぁ」
「懐かしい夢?」
230 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:35:18.62 ID:vwUxP9/A0
「小さい頃にわたしが神社で迷子になった事あるじゃんか」
「んん・・・いつだっけ、あんまり覚えてないけど、お正月だっけ?」
「うん、たぶんそんな時期だったかな。あの時の親切なおねーさん、今どうしてるかなぁ」
「そういえば、おまえを案内してくれてたっけ」
「そうそう。結衣なんかいきなり“ひっさつゆいキック!”とか言ってケリ食らわせるし」
「そ、そんなこと・・・っ! した、ような・・・いやどうだったかな」
「してたよ!」
「じゃあ忘れてくれ・・・」
「あはは。昔の結衣はオテンバだったもんね〜」
「おまえだって泣き虫だったじゃないか」
「うふ。まあまあ、昔の話は良いではありませんかー」
「おまえが最初に言い出したんだろうが」
「それでさー、その時のおねーさんって、何となく綾乃に似てない?」
「えぇ? さすがに、顔までは覚えてないよ」
「え〜。わたしの夢では確かに綾乃っぽかったんだよ〜」
「そりゃあ、夢だからなぁ・・・」
231 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:36:23.57 ID:vwUxP9/A0
「・・・てへ」
「あー。おまえさ、綾乃のことどう思ってるの?」
「へ? どうって?」
「だからさ、その、友達としてとか恋愛対象として、とか・・・」
「れ、恋愛!?」
「おまえ最近、意識してるだろ」
「・・・何を?」
「綾乃のこと」
「えっ?」
「ちゃんと考えといたほうがいいよ。もうすぐ卒業だろ?」
「ちゃんと、って・・・なんだよ」
「だから、もし別の高校になったら中々会えなくなるだろ。綾乃はいいとしてお前が受かるか分からないし」
「ちゃんとお参りしたもん!」
「神様だって、万能じゃないし?」
「わたしには綾乃から貰ったお守りがついてるから、大丈夫なの! 」
「ほう。いつのまにそんなものを」
「あっ・・・いや、ちょっと、まぁ」
232 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:38:42.40 ID:vwUxP9/A0
「はぁ。おまえがそのままでいいなら、もう言わないけどさ」
「結衣が何を言いたいのか全然分かんないんだけど」
「鈍いにもほどがあるってこと」
「わたしの何が鈍いんだよぉ」
「幼馴染としてずっと側で見てれば分かるよ。綾乃の態度見てて気付かないって相当だと思うな」
「え・・・」
「そういえばクリスマスの事は、ちゃんと謝った?」
「え、あ、うん。謝ったけど、もういいって」
「そう・・・。やっぱり私が付いていくべきじゃなかったかな」
「なんで?」
「おまえは気軽な気持ちで私を誘ったのかもしれないけど。綾乃にとっては一大事だったんじゃないかな」
233 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:39:32.66 ID:vwUxP9/A0
「良く、わかんないよ・・・」
「とにかく、答えは自分で探さなきゃダメだからね」
「・・・」
「じゃあ、もういい? 私、寝るよ」
「・・・うん。おやすみ」
「おやすみ」
わたしは電源ボタンを押して通話が終了した事を確認すると、ケータイをぽいっと放り投げた。
ベッドの上であぐらをかいた姿勢のまま、数十センチ先に転がったケータイを見つめてため息をついてみる。
電話を掛けたときの浮かれた気分はとうに散ってしまった。
234 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:41:39.55 ID:vwUxP9/A0
「・・・綾乃は、友達だもん」
もちろんわたしの独り言に答える相手はいない。
目が覚めて、部屋の電気を点けないまま電話を掛けていたので部屋は真っ暗なままだ。
寝る前に設定したエアコンのタイマーは既に切れていて、部屋は寒かった。
わたしは、ケータイを拾っていそいそと布団に潜り込む。
(結衣のやつ、何言い出すんだよ・・・)
『綾乃のこと、どう思ってるの?』
(どうって、綾乃は友達だよ)
『友達としてとか恋愛対象として、とか・・・』
(恋愛対象・・・?)
『最近、意識してるだろ?』
(それは、綾乃といると楽しいから)
235 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:42:42.75 ID:vwUxP9/A0
『もし別の高校になったら中々会えなくなるだろ』
(それは、ヤダなぁ)
『鈍いにもほどがあるってこと』
(何に対して?)
『綾乃の態度見てて気付かないって相当だと思う』
(態度っても・・・たいてい怒られるし。スキンシップも避けられてるような?)
『綾乃にとっては一大事だったんじゃないかな』
(一大事つっても良くわかんないし・・・)
『答えは自分で探さなきゃ』
(何に対する答えだよ。綾乃は友達なんだから、それでいいじゃん)
「友達・・・だよね? 綾乃・・・」
236 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:49:58.16 ID:vwUxP9/A0
綾乃にメールを打ちたくなる衝動を抑えながら、わたしはベッドの中でケータイを握りしめた。
友達だから、同じ高校に行きたい。
友達だから、一緒に遊びや買い物に行ったりしたい。
(それって、当然の事じゃない)
スキンシップだって、女の子同士では普通の事のはず。
たぶん、綾乃はそういうのが苦手なだけなのだろう、避けられてるわけじゃない。
ただ、女の子同士で付き合うってどういう感じなのだろう。
男の子とだってそういう関係になった事はないし、どちらにしてもそれは未知の領域だ。
友達以上の関係を持つ事に、どんな変化が生まれるのだろう?
何か別の事を考えようと、わたしは寝返りをうって布団の中で丸くなる。
握ったままだったケータイは、枕元に置いておく。
237 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:51:02.85 ID:vwUxP9/A0
(卒業、か)
わたしはごらく部だ何だと、中学生活では好き勝手やってきた。
それが容認されていたのは、まぎれも無く生徒会、いや綾乃のおかげだった。
綾乃は、実体のない部活動に対して、“茶道室の維持・管理”というような名目を作ってくれていたのだ。
それは、わたしと綾乃がクラスメイトというだけでなく、部活の枠を超えて「友達」だったから。
2年生の頃は、一緒にコムケに行って、海水浴に行って花火をして、合宿もした。
3年生になって、原稿を手伝ってもらって、風邪の面倒を見てもらい、夏には神社のお祭りで射的を当ててもらった。
秋に、結衣と千歳と綾乃と4人で買い物に行ったことも覚えている。
両手が紙袋でふさがっていた綾乃の姿を、今もきちんと思い出せる。
それから、クリスマスに映画に誘ってみたらちょっとぎこちなくなって、始業式の日、千歳の告白を見てしまった。
でも千歳の告白はうまくいかなかった。
238 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:54:55.82 ID:vwUxP9/A0
(なんだ・・・わたし、また綾乃の事考えてるじゃん)
(急に、恋愛って言われても、分かんないよ・・・結衣)
(綾乃の、本当の気持ちが知りたいよ)
今日は、長い一日だった。
試験と綾乃の事故、そしてさっきの夢、結衣との電話。
もう一度寝返りをうって、考え事をシャットダウンする。
明日行くつもりのお見舞いに想いを馳せてみる。
好きなもの聞いたし、差し入れに持って行ってあげれば喜ぶかな。
綾乃の側にいれば、この不思議な気分の正体が分かるのかな。
ぼんやりとそんな事を考えながら、わたしは静かに目を閉じた。
239 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 02:56:10.68 ID:vwUxP9/A0
*
*
*
240 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:03:53.50 ID:vwUxP9/A0
[差出人:池田千歳]
[件名:いよいよ]
[本文:試験やね。綾乃ちゃんなら大丈夫やさかい、気ぃつけて行っといでや。あ、何なら付き添うたるで〜?]
[件名:Re:いよいよ]
[本文:ありがと。私は大丈夫、一人で歩けるわよ。心配かけてゴメンね]
[差出人:池田千歳]
[件名:Re:Re:いよいよ]
[本文:それならええねんけど…せや、じゃあ帰りに歳納さんに迎えに来てもろたらええよ!]
[件名:なし]
[本文:そ、そんなこと! 歳納京子に悪いわ…]
241 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:04:28.93 ID:vwUxP9/A0
[差出人:池田千歳]
[件名:Re:]
[本文:今が攻め時やで! 綾乃ちゃんが言えなかったらうちから言うたるさかい、任しといてや〜]
[件名:いいってば!]
[本文:もう! そんな心配はノンノンノートルダムなんだから〜!]
[差出人:池田千歳]
[件名:Re:いいってば!]
[本文:うふふ・・・いつもの綾乃ちゃんで安心やさかい、応援しとるで。]
[件名:うん]
[本文:千歳…ありがとね。私、頑張るから、全部。]
242 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:04:58.46 ID:vwUxP9/A0
◆
243 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:06:11.78 ID:vwUxP9/A0
[差出人:歳納京子]
[件名:なし]
[本文:試験ガンバレ!]
[件名:Re:]
[本文:ええ、入試だってあなたに負けないんだからね]
[件名:Re:Re:]
[本文:よしその調子で、ファイトファイトファイファイビーチだ!]
[件名:それは]
[本文:私の台詞よ!]
[差出人:歳納京子]
[件名:Re:それは]
[本文:えへ☆ それより、試験終わったらまた原稿手伝ってよ〜]
[件名:Re:Re:それは]
[本文:また同人誌描いてるのね。別にいいけれど…あなただって合格発表はまだなんだから、浮かれてる場合じゃないわよ]
244 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:07:32.29 ID:vwUxP9/A0
[差出人:歳納京子]
[件名:なし]
[本文:控えの学校受けてるし大丈夫さ〜]
[件名:Re:]
[本文:そ、それはそうだけど…]
[差出人:歳納京子]
[件名:心肺ゴム用]
[本文:だーいじょーぶ。きっと行けるって!]
[件名:あら]
[本文:随分自信があるのね。私は、正直不安で仕方が無いわ…]
[差出人:歳納京子]
[件名:Re:あら]
[本文:大丈夫だよ。綾乃はいつも何でも一生懸命だったもん。ごらく部の事だって、続けられるようにしてくれたの感謝してる。もし、神様がいたら、きっと綾乃のこと見捨てたりなんかしないもん]
245 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:08:19.34 ID:vwUxP9/A0
[件名:べつに]
[本文:……あなたの為だけじゃないんだからねっ。でも、ありがとう。私はあなたの結果のほうも心配だわ]
[差出人:歳納京子]
[件名:Re:べつに]
[本文:あはは〜さすがに一夜漬けじゃないから大丈夫だよ〜]
[件名:そうね]
[本文:あなたは何だかんだでやる時はやるものね。さて…そろそろ、会場に着くから。いってきます]
[差出人:歳納京子]
[件名:Re:それじゃ]
[本文:おー。つらくなったらあたちの顔を思い出してね☆]
[件名:なし]
[本文:………うん。そうさせてもらうわ。]
246 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:09:29.79 ID:vwUxP9/A0
ーーピッ
『メールフォルダを保護しました』
・
・
・
247 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:09:56.19 ID:vwUxP9/A0
*
248 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:13:31.94 ID:vwUxP9/A0
「おはようさん、綾乃ちゃん」
「おはよう、千歳」
私たちは、中学の3年間で数え切れないほどこのやり取りを繰り返してきた。
単純だけど欠かせない、毎日の儀式のようなものだ。
知り合ってからはたぶん毎日、風邪で休んだ日以外は一緒にこの道を歩いてきたはずだ。
たいていの場合、千歳の双子の妹である千鶴さんも一緒に登校しているけど、何かの理由で居ない事もあった。
そういえば、初めて短い髪を見せた日は、千歳と二人だったかしら。
そんな事を思い出して、今は元のように長くなった髪もいくぶんか軽くなったような錯覚に陥る。
249 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:15:26.30 ID:vwUxP9/A0
「ねえ、綾乃ちゃん」
「何かしら?」
「足、治るんはまだ掛かるんやねぇ」
「ええ、まだまだ不便ねぇ」
残念ながら事故の怪我はまだ完治していないので、松葉杖が片足の代わりになっている。
外科医師が言うには、おそらくもう数週間はかかる見込みであるらしかった。
「あと綾乃ちゃん、若干言いづらいんやけど」
「何よ、言いなさいよ」
250 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:16:32.68 ID:vwUxP9/A0
「あんなあ、今日は髪、結わないん?」
「え? ちゃんと結んできたはず・・・ってあれっ、ない?」
「あらあら、今日はいつもと違う綾乃ちゃんで歳納さんもビックリやなぁ」
「うぅ・・・いやよそんなの。絶対、バカにされるわ」
「杉浦、さん」
「えっ?」
不意に背後から私の肩が叩かれて、その女の子の存在を思い出す。
千歳の双子の妹である、千鶴さんだった。
251 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:17:20.18 ID:vwUxP9/A0
「あの、これを」
私の前に差し出された手のひらには、見覚えのある髪留めが乗っていた。
そう、たぶん今朝の私が靴を履きながら片手で身に付けたものに違いなかった。
「ええと、歩いてる時に、拾った、ので」
「あぁ・・・留め方が緩くて落としちゃってたのね。ありがとう、千鶴さん」
「千鶴、えらいえらい〜」
「ね、姉さん、恥ずかしい・・・」
姉が妹の頭を撫でて、妹が照れている。微笑ましい光景だ。
千歳とは正反対に無愛想だけど、根は優しい子なのだ。
そういえば以前千歳が「甘えん坊で優しい子なんやで〜」などと喋っていた事が頭に浮かぶ。
252 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:18:28.25 ID:vwUxP9/A0
「綾乃ちゃん、それ付けたげるで〜」
「ん。じゃあ、お願いするわ」
「・・・だばー」
「ちょっ、よだれよだれ!」
「出てません」
「いいや出てるって!そこ否定してどうすんのよ!」
「大丈夫です問題ありません」
「問題無いわけないでしょ! ああもう、ティッシュティッシュ・・・」
「あぁん綾乃ちゃん、動くとやりづらいんよ〜」
「・・・だばー」
253 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:19:18.05 ID:vwUxP9/A0
「あぁもう〜!朝からほんっっと、ぐだぐだじゃないの・・・今日は卒業式なのに!」
「うん、卒業式。なんやなぁ・・・」
しみじみといった感じで千歳が見上げた先を追うと、雲一つない青空が広がっていた。
立ち止まると、次々と同じ制服の生徒が私たちを追い越して歩いてゆく。
在学生も、卒業生も、皆一様に笑顔だった。
桜の開花には少し早い3月中旬の今日、私たちは七森中を卒業する。
片足が不自由である事が悔やまれるけれど、今日、この日この道を揃って歩く事ができて嬉しいと思った。
そう、今日は特別な日。
私の想いに決着を付ける日だと、決めたのだから。
254 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:21:33.48 ID:vwUxP9/A0
*
255 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:23:40.59 ID:vwUxP9/A0
『在校生、送辞。2年4組、古谷向日葵』
『はいっ』
厳かな雰囲気のなか、在校生・卒業生たちの中心の通路を歩む古谷さんの姿があった。
在校生の中から、その古谷さんに向けて親指を立てている大室さんの姿も見える。
あの二人、なんだかんだで仲が良いわよね。
生徒会の今後については二人に一任してあるし、良い後輩を持ったなあとしみじみ感じる。
それより、次は私の番。
そう意識した途端、一気に身体が固くなる感覚におそわれてしまう。
大丈夫、カンペはちゃんと持って来ているから・・・。
(あ、あれ・・・?うそ・・・?)
256 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:24:49.05 ID:vwUxP9/A0
上着のポケットに入れたはずの紙切れを探るも、有るべき場所にそれが無かった。
念のため、別のポケットを調べてみても、やはり無い。
まさか、教室に置いて来てしまったのだろうか?
それとも廊下に落としたとか?
(どうしよう・・・)
冷や汗が私の首筋を伝う。
と同時に、隣に座った生徒が小声で私に向かって何かを囁いている事に気付く。
(杉浦さん、これ。池田さんから)
(えっ?)
257 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:25:30.22 ID:vwUxP9/A0
クラスメイトから手渡されたのは、四つ折にされた白い紙。
それは、今まさに私が必要としていた、答辞のカンペだった。
驚いて千歳にアイコンタクトを送ると、彼女はウインクをして見せた。
(千歳・・・また、助けられちゃったわね)
『続きまして、卒業生答辞。3年1組、杉浦綾乃』
どうやら間一髪、間に合ったようだ。
これで今日は、池田姉妹双方から助けられてしまった。
まったく、最後まで世話になりっぱなしね、私。
『はいっ!』
258 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:26:11.22 ID:vwUxP9/A0
緊張の糸は既にほどけた。
立ち上がり、一拍置いて周囲を見渡してみる。
私に向けられた瞳のなかには、船見さんや千歳、そして歳納京子の姿もあった。
私は軽く微笑む表情を作り背筋を伸ばす。
さあ、生徒会長として最後の大仕事だ。
私は万感の思いを馳せて、壇上への歩みを進めて行った。
・
・
・
・
・
259 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:26:56.20 ID:vwUxP9/A0
最後のホームルームが終わり人のまばらな教室内を、私はぼーっと眺めていた。
なんだか、現実味がなかった。
少なくとも、今日でこの教室にいるのは最後という気分にはほど遠い。
今度ここへ来たら、三月のカレンダーをはがして四月が始まるんじゃないか。
なぜか、そんな終わりの無い世界をイメージしてしまう。
でも手元に転がっている卒業証書の筒は本物だと思うし、胸に付けられたコサージュの手触りで現実に引き戻される。
[差出人:船見結衣]
[件名:綾乃へ]
[本文:ホームルーム終わったら、ちょっと話があるんだ。いいかな?]
260 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:27:38.28 ID:vwUxP9/A0
暇を持て余してそのメールを見直すも、承諾の返信をした後はまだ連絡がない。
ようするにこのまま少し待て、という事なのだろう。
当の本人は、終了後すぐに教室を出てどこかへ行ってしまった。
千歳には先に生徒会室に行ってもらうように言付けた。
今日が実質最後ということで後輩達に挨拶をしよう、と千歳から聞かされていたからだ。
もちろん、仕事の引き継ぎは後任が決まって以後に済んでいるため、おそらく今日は単純に慰安会のようなものになるのだろう。
船見結衣さん。
歳納京子の幼馴染で、実家が近く親同士の仲が良いため幼少時から同じ時間を過ごして来た、と聞いている。
船見さん自身について私が知っている事はそれほど多くはない。
261 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:28:05.47 ID:vwUxP9/A0
ただ歳納京子への反応を見る限り、その性格は幼馴染同士で正反対のようだった。
常に落ち着きがなくマイペースに動く歳納京子に対して、いつも真面目で周りに気を配る、後輩思いな船見さん。
船見さんが隣に居てブレーキを掛けて初めて、歳納京子の天真爛漫な魅力が引き出されるのかもしれない。
だからこそ、私は船見さんの立場を羨ましく感じて、嫉妬した。
あんな風に、歳納京子の隣に居られたら、と幾度となく考えた。
(私の立場ではきっと、友達以上にはなれない)
もはや数え切れないくらい繰り返されて来た、私の葛藤だ。
262 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:28:53.72 ID:vwUxP9/A0
だけど、泣いても笑ってもたぶん今日が最後のチャンスやで、とは千歳の弁だ。
彼女の告白に対する私の答えは、千歳をひどく傷付けて悲しませるものだったに違いない。
それでも千歳は、私を応援する、と言ってくれた。
例えそれが彼女の強がりだったとしても。
例えそうすることが、私の無意識的な、千歳に対する罪滅ぼしから来ているものだったとしても。
この3年間は、今日という日のためにあったんだ。
そう思える結果にしたかった。
263 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:29:22.18 ID:vwUxP9/A0
「あー。綾乃?」
「・・・っ!?」
「ごめんごめん、何か考え事してそうだったから、つい黙ってた」
「ふ、船見さんっ! いつからそこに?」
「あぁ少し前だよ。待たせちゃってごめん、渡したいものがあってさ」
いつの間にか、目の前には船見さんの遠慮がちな笑顔があった。
本当にびっくりした。まだ心臓がどきどきと高鳴っている。
「これを、渡したくてね」
264 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:29:55.68 ID:vwUxP9/A0
船見さんが両手で差し出した紙包みには、何となく見覚えがあった。
赤と緑で装飾されたリボンと、モミの木やステッキなどのイラストを交えた少々子供っぽくも感じる包装紙。
「これって・・・もしかして」
「落としたのが、見えたんだ。それでずっと預かってた」
忘れもしない、去年の12月25日。
それはまさに、私があの時に無くしてしまったクリスマスプレゼントの包みだった。
そのまま歳納京子たちとぎこちない感じで年が明けてしまい、すっかり忘却の彼方に置き去りにしてしまったものだ。
265 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:30:27.76 ID:vwUxP9/A0
「ごめんね、ずっと言い出せなくて」
「いえ、私こそ・・・あの時は帰ってしまってごめんなさい、ありがとう」
プレゼントの紙包みは、少々ほこりっぽい以外はほぼあの時のままだ。
落として無くしたとばかり思っていたものが、今目の前にあるのは何だか不思議な気分だった。
それもまるで予想の出来なかった所から飛び出して来るものだから、私は少し混乱気味だ。
(ああぁ・・・戻って来たのは嬉しいけれど、私、歳納京子に渡せるのかしら?)
プレゼントを手にして何か言葉を探っているうちに、船見さんはすでに次の話題を繋ぎ始めていた。
266 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:31:39.15 ID:vwUxP9/A0
「あの・・・クリスマスの事なんだけどさ」
「クリスマス?」
「そう。クリスマス。あの時の事、ちょっとだけ言い訳させてもらいたくて」
船見さんは、“申し訳ない”という表情で何かの弁解を始めようとしている。
あの日は、私が勝手に辛くなって逃げただけ。
歳納京子や船見さんに負い目など、どこにもないはずだった。
「ホントは、京子が一人で行くはずだったんだ」
「えっ?」
267 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:32:13.70 ID:vwUxP9/A0
「少なくとも、京子が綾乃に電話した時点ではあいつ、そのつもりだったと思う」
「そう・・・なの?」
「うん、たぶんね」
「じゃあ、なんで・・・」
「京子から“結衣もきて!”って頼まれてたんだ。あいつ、肝心なところで臆病なんだよね」
「私と二人きりになるのが、嫌なのかしら?」
「そうじゃないよ。あいつを近くで見てればそれぐらいは分かる。それに、嫌ならまず誘わないと思うな」
「それを聞いて安心したわ・・・そう、だったのね」
268 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:32:43.90 ID:vwUxP9/A0
「あいつね。ちっちゃい頃はすごく泣き虫で」
「ええ。そんな話を聞いた事があるわね」
「いつも私の後ろにくっついておどおどしてた。でもね、ある事があって京子はだんだん今みたいな感じになっていったんだ」
「ある事?」
「昔・・・小学生くらいの頃かな。あいつ、大好きだったおじいちゃんが亡くなったんだ」
「おじいちゃん子だったのね」
「うん、それでね、京子がいつも頭にのせてるカチューシャは、おじいちゃんが最後にくれたプレゼントだったの」
「それは初耳ね」
269 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:33:16.64 ID:vwUxP9/A0
「あんまり言いたがらないから・・・それからだね、京子があまり泣かなくなったのって。もっと明るい子になって、あの世のおじいちゃんを笑わせてあげるんだって、良く言ってた」
「歳納京子・・・」
「ああみえて、あいつ結構いい奴なんだ、京子って。だから、綾乃。京子のこと、よろしくね」
「よ、よろしくって・・・?」
「えっ?だって、今日・・・する、んでしょう?」
「ええっ!?な、ななななっ、なにを!?」
「あれ、違ったのか? まったく、話が違うじゃないか・・・」
「え、え? 話?」
「あぁいや、こっちの話」
「訳が分からないわ・・・」
270 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:33:47.40 ID:vwUxP9/A0
「あはは・・・。えっと、でも、よろしくっていうのは本音だよ」
「ん・・・」
「あいつには、直接言ってあげないと絶対に気付かないんだから。ね?」
「えぇと・・・な、何の話かしら」
「綾乃も素直じゃないよね」
「そっ、そんなことないっ!今日こそは!って、あ・・・」
「応援してるよ。ふふっ」
271 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:34:31.20 ID:vwUxP9/A0
船見さんは意味ありげに微笑むと、「ちょっとごめんね」と一言断ってからケータイを取り出した。
誰かにメールでも打っているのだろうか?
船見さんから聞いた歳納京子の身の上話は、さすがに幼なじみだけあって、真に迫るものがあった。
あの天衣無縫な性格の持ち主の過去には、きっと今の話以外にも色々あったことだろう。
彼女について、もっと沢山知りたい、と思った。
ただ、今この場でそれを聞き出す事もできるけれど、出来れば彼女の隣で直接聞いてみたい、とも感じた。
”応援してる”、か・・・。
船見さん自身が歳納京子に対して、恋愛感情は抱いていないという意思表明だったのだろうか?
私はその事に安堵しながらも、いつからか船見さんに持っていた猜疑心に自己嫌悪した。
決意した、とは考えつつもやはり想いを受け入れてもらえるかどうか、不安は消えない。
272 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:36:02.78 ID:vwUxP9/A0
「綾乃。」
いつの間にか用事を済ませた船見さんが、こちらに向き直していた。
「そのプレゼント、もし良かったら京子に渡してあげて。きっと喜ぶと思うんだ」
「あ、ええ・・・それは、そのつもりよ。ありがとう、船見さん」
そういえば、歳納京子はいま何をしているのだろう。
たいがい船見さんと一緒にいるけれど、今日は別行動なのだろうか。
もしかしたら、ごらく部の後輩たちと一緒にいるのかもしれない。
そこまで考えて、私も生徒会室に用事がある事を思い出す。
この際だ。船見さんに歳納京子の居場所を聞いてしまおうか。
(生徒会の用事を済ませる前に、とりあえずメールだけでも・・・)
そう決心して「船見さん」と言いかけたところで、私のケータイから着信音が鳴り響く。
273 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:36:36.41 ID:vwUxP9/A0
[差出人:池田千歳]
[件名:綾乃ちゃんへ]
[本文:もうみんな集まっとるで〜。早く来ないと、罰金バッキンガムやで!]
メールを確認して、私は船見さんに「そろそろ行くわ」と断りを入れる。
結局、歳納京子の事は聞きそびれちゃったな。
用事が済んだら、探しに行こうかな。
すでにケータイのデジタル時計は、午前の終わりに近い時間を示していた。
そういえば今朝は朝食を取っていなかったはずなのに、一向にお腹が鳴る気配はない。
・・・ひょっとしたら、受験の時より緊張してるかも。
そんな事を考えながら教室を出た私は、生徒会室へと急いだ。
*
274 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/18(水) 03:38:29.35 ID:vwUxP9/A0
今日はこの辺で
明日には終わると思います、たぶん…
275 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/18(水) 03:40:29.33 ID:jSdPkQ4DO
おつです
いい感じにまとまりそうだな
276 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:42:52.68 ID:0pJSZQGw0
今回で最後になればいいなと思いつつ再開
277 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:45:11.55 ID:0pJSZQGw0
「あれ、綾乃?」
しかし扉を開けた私の耳に入ってきたのは、後輩たちの賛辞ではなかった。
どれだけ見渡しても、生徒会室内にはその人物ひとりしか見当たらない。
(ど、どうして?)
「え、えっとぉ・・・」
うろたえつつ手に持っていたものを何となく後ろ手にして隠してしまう。
(まさか、千歳が・・・?)
「綾乃が何か用事あるって、結衣から聞いたんだけど」
「えっ? 船見さんが?」
「うん。ほらこれ」
278 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:46:02.09 ID:0pJSZQGw0
私の目の前に現れたケータイの画面には、確かに、
[本文:綾乃が生徒会室に来て、って言ってたよ]
そう書かれていた。
(どういう、事なの・・・?)
私は混乱した。
画面を覗いたときにちらりと見えた着信時刻は、少なくとも数分前というものではなかったように思う。
じゃあ、船見さんはいつそんなメールを送ったのか、それにさっき話していた時に送ったらしいメールは誰宛だったのか。
「あの・・・歳納京子。ここに、千歳は来なかった?あと、大室さんとか古谷さんとかも」
「んー? ここ入った時は誰もいなかったよ?」
「そう・・・」
279 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:47:26.38 ID:0pJSZQGw0
私が遅くなったせいで、すでに解散した後なのだろうか。
いや、千歳から催促のメールが届いてから数分も経ってはいないはずで、それは考えにくかった。
それなら、なぜ・・・
「あーやのっ!」
「ひゃっ!」
「なーに考え込んでるの?」
「なっ、なんでもないっ、わよ!」
「ふぅん?」
280 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:50:37.16 ID:0pJSZQGw0
ますます混乱していた所に、急に歳納京子の顔が現れて変な声が漏れてしまった。
どうしよう、変な子だと思われてないだろうか・・・。
「それで、綾乃の用事ってなに〜?」
「あ・・・えっと」
本題に切り込まれて、私は仕方なく歳納京子の正面に立った。
今この部屋には、私と歳納京子と二人きり。
そう意識すると、途端に心臓の動きが激しくなってくる。
(あっ・・・)
この状況には既視感があった。
こんな時なのに、私はある出来事を思い出さざるを得なかった。
今に至るまで、ずっと記憶の奥底にしまわれていた、歳納京子との出会いの思い出を。
281 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:51:53.61 ID:0pJSZQGw0
▼
『ご、ごめんくださー・・・い?』
恐る恐る、といった感じで扉の奥を覗いた私は拍子抜けしてしまった。
部屋の中は藻抜けの空といった様子で、ただ雑然と何かのファイルや段ボール箱が置かれていて足の踏み場も少ない。
『ここ、ホントに生徒会室・・・よね』
思わず独り言を口にしてしまうほど私のイメージとは掛け離れていて、扉の上部に“生徒会室”という標札が無ければおそらく倉庫か何かとしか思えなかった。
282 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:52:50.71 ID:0pJSZQGw0
さて、この春から晴れて中学生となった私は、未だに部活動を決めかねていた。
生来の引っ込み思案ぶりを発揮してクラスメイトともあまり親しくなれていない。
そのため、部活動を決めるということは、友達選びとしても重要な事だった。
そうは言っても、特に趣味のない私は、いまひとつ決め手にかけているとも感じていた矢先だった。
このまま何も無ければ、適当に文芸部とかに入っちゃおうかしら。
そんな事を考えていた。
生徒会室にやってきたのは、たまたま下校途中にこの標札を見て、一目だけ覗いてみようと思ったからだ。
生徒会活動も、他の部活動と同じく放課後の活動だ。
具体的に何をやる活動なのか、一応知っておくのも悪くない。
283 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:54:43.42 ID:0pJSZQGw0
『誰もいないならまぁ、いいか。また今度・・・』
入り口に立ち尽くしていても仕方ない、そう思って踵を返そうとした瞬間だった。
『あの〜』
『は、はいっ!?』
虚をつかれて変な声で応答をしてしまう。
いつの間にか、私の側に他の生徒が立っていたようだった。
『ねえ、君。生徒会の人だよね! じゃあ、これ!』
『え、えっ?』
『よろしくね! おーし茶道室に急ぐぞ〜!」
『ちょ、ちょっと〜!?』
284 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:56:11.25 ID:0pJSZQGw0
半ば強制的に、その生徒は何かのプリントを私に託すと、どこかへ駆けて行ってしまった。
茶色の長い髪をなびかせて走るその生徒の事は、もちろん知らなかった。
おそらく他のクラス、あるいは上級生かもしれない。
それにしても強引な子だ。
ここに居ただけで生徒会だと勘違いされるとは、思い込みが強いのだろうか。
『困ったわね・・・このプリント』
預かってしまった以上は、誰かに渡すか、待って誰も来なければ最悪ここに置いて行くしかな
い。
まったく・・・廊下は走らない事って、小学校で教わらなかったのかしら。
『あら・・・もしかして、杉浦さんとちゃうん?』
『え?』
285 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:57:14.57 ID:0pJSZQGw0
再び声を掛けられて、振り返ると、何となく見覚えのあるクラスメイトがそこに居た。
『うち、池田千歳いいますぅ。杉浦さんと同じ組やねんで』
やはり思った通り、クラスメイトの子だったようだ。
人見知りな私が覚えていたのは、彼女の関西弁がよく記憶に残っていたせいかもしれない。
よく見ると、腕に「生徒会」の腕章をしている。
そうか、この子にプリントを渡しておけば万事解決ね。
『はっ・・・! もしかして、杉浦さんも生徒会に入りに来たんね!?』
『えっ、いや、私は・・・』
『副会長〜、入会希望者がおったで〜!』
『・・・・・・』
『えっ? 人がいたの!? ・・・っていうか、違うんだってばぁ!』
286 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:58:11.10 ID:0pJSZQGw0
▼
(結局、なし崩し的に生徒会に入ったんだっけ・・・懐かしいなぁ)
“その生徒”の事は、2年生に同じクラスになって気付いた。
おそらく当人は覚えてすらいないであろう、懐かしい記憶だ。
あの事が無ければ、もしかしたら私は生徒会に入っていなかったかもしれないわね、
と本人を目の前にして、思い出し笑いをする。
「んん? 綾乃、何笑ってんの?」
「え? あぁいえ、ちょっとね。昔の事を思い出してて」
「それより、用事って何? ・・・こんな所に呼び出して、わたしに何をするつもりなの!?」
「んなっ! な、何もしないわよ!!」
「いやですわ奥さん、冗談ですってばぁ」
「もう、何言ってるのよ・・・」
287 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 01:59:19.18 ID:0pJSZQGw0
(船見さんに、ここまで仕組まれちゃったら、仕方ないわよね・・・)
ただ、少しおかしな点もないわけではない。
あの、千歳のメールは何だったのか。
(そもそも、千歳のメールが無ければ、私はここに来なかったわけだし・・・)
しかしいま悩むべきは、プレゼントの処遇についてだ。
私はいい加減、覚悟を決めるべきなのだ。
今日だけは素直になる、そう決意したのだから。
プレゼントの紙包みを隠したまま、歳納京子に近付いていく。
その距離、たぶん30cmくらい。
かつてないほど鼓動は早まり、頭に血が昇ってきている。
もしかしたら、耳まで赤くなってるかもしれない。
恥ずかしさで頭がぐるぐるとして、歳納京子を直視できなかった。
それでも、前に進まなきゃ。
288 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:01:09.23 ID:0pJSZQGw0
「歳納京子。これを、受け取って」
「おお。何なに?」
「ほ、本当は、クリスマスに渡すつもりだったの。でもね」
言葉が詰まってしまう。
まさか『船見さんに嫉妬して、逃げ帰ったので渡せませんでした』と言うわけにはいかない。
「でも?」
「え、えっと。無くしたと思ってたのがたまたま出て来たの」
「へぇ〜、そんな事があるんだねぇ」
「そ、そうよ。置いとくのがもったいなかっただけなんだから!勘違いしないでよね・・・!」
289 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:02:11.99 ID:0pJSZQGw0
あぁ・・・これではいつも通りだ。
ここからもう一歩、先に踏み出すにはどうすれば・・・
(そもそもどうやって、私の想いを伝えれば・・・)
・・・告白。
そんな言葉が頭に浮かんで、ドキッとする。
その言葉を口にすることは、簡単な事だ。
ただ一言、つぶやくだけでいい。
いつかの夏に、千歳が花火で作った文字を思い出す。
『告白、せぇへんの?』
(そ、そんな事・・・出来る訳ないじゃない!)
290 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:03:09.06 ID:0pJSZQGw0
でも、言わなきゃ伝わらない。
『あいつには、直接言ってあげないと絶対に気付かないんだから』
さっきの船見さんの台詞が再生される。
(直接・・・)
「ねえ、綾乃」
「は、はい!」
「これ、開けていい?」
「ど、どうぞ・・・」
「なんだろな〜わくわく」
「た、大したものじゃないから、その・・・」
「あっ・・・こ、これは!」
291 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:04:12.41 ID:0pJSZQGw0
「そ、その・・・たまたま、雑貨のお店で見かけて、可愛いなって思ったから。そう。それだけなんだから!」
「わぁ・・・リボンだぁ!」
「え、ええ。たまには、別の色も良いんじゃないかしら?」
「えへへ。ねえねえ、これ付けてみていい?」
「も、もちろんよ」
「ありがと綾乃っ!」
鼻歌まじりに包みをあける歳納京子を眺めながら、無事渡せて良かったと私はほっと一息ついた。
しかしまだ、肝心の言葉は出てこない。
292 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:06:32.48 ID:0pJSZQGw0
今更だけれど、怖い、と思った。
想いを受け入れてもらえない怖さはもちろんのこと、真剣な言葉がいつもの調子で“友達として”伝わってしまうのではないかという雰囲気すら感じてしまう。
言葉を口にしても、真意が伝わるとは限らないから。
告白が中途半端に終わってしまうのではないか?
いつもの、暖簾に腕押しするような感覚を思い出して急に気分が沈み始める。
「綾乃、ど、どうかなっ」
「あ、う・・・」
私のすぐ目の前で、私の選んだリボンカチューシャを身に付けた歳納京子がいる。
ちょっぴり恥ずかしそうに身体をひねって、上目遣いの歳納京子。
私と目が合うと、ほんの少し首を傾けて微笑む歳納京子。
普段の落ち着きの無さからは想像できないような、しおらしい歳納京子。
あぁ・・・私は、やっぱり。
293 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:07:19.59 ID:0pJSZQGw0
「綾乃? どうしたの? 何か言ってよ〜」
「か・・・」
「か?」
「可愛い・・・って言ったの。あぁもう!可愛いわよ!良く似合ってるわ!嘘じゃないんだからねっ!!」
「あ、ありがと・・・綾乃? 怒ってる、の?」
「怒ってなんかない!わよ!!」
(あぁ、もう!私のバカ・・・!)
「そ、それだけ!だからね!それじゃっ!!」
「えっ、ちょ、綾乃! あぶな・・・っ!」
「えっ?」
294 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:09:13.95 ID:0pJSZQGw0
ーーーガタンッ!
「う・・・」
「いてて・・・」
(え?)
「あ、綾乃。大丈夫?」
「と、歳納・・・京子!?」
状況を理解した瞬間、私の頭から爆発音が聞こえそうなくらい、一瞬で思考が吹き飛んだ。
私はいま・・・歳納京子に抱きとめられたかたちで、横たわっている。
「綾乃・・・急に駆け出そうとするんだもん。ほら、そこの」
歳納京子は、混乱する私にある一点を指し示した。
今の体勢からその指の先は見えなくて、私にはただ頷く事しかできない。
「そこの、ホワイトボードの足に引っ掛かっちゃったんじゃないかな」
「うん・・・あっ、と、歳納京子こそ怪我はない? ごめんなさい!すぐ離れるわ・・・」
「ま、待って・・・!」
「え?」
295 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:10:24.36 ID:0pJSZQGw0
「わたしは大丈夫だよ、それより・・・もうちょっと、このままでいい?」
「え、え?」
「あのね。わたし、綾乃に伝えたかった言葉があるんだ」
「な、何を?」
「え、えっと・・・」
「何よ、言いなさいよ」
「・・・おかしいって言わない?」
「だから、何が?」
「わたしのこと嫌いにならない?」
「なっ、ならないわよ・・・」
「そっか。えっとね」
「・・・?」
296 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:14:43.68 ID:0pJSZQGw0
「わたし、綾乃のことね、好きかも」
「へ、へぇ・・・って、えっ? ええええ?」
「ほらぁ、やっぱりおかしいって・・・!」
「ちょ、えっ、いやおかしくなんか・・・」
「うぇえ・・・ぐすっ」
「ちょっと、何で泣いてるのよ・・・」
「だってぇ・・・うぅ、わたし、綾乃に嫌われちゃう・・・」
「そんな事ないわよ・・・とりあえず、その涙と鼻水拭きなさいよ」
297 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:15:37.55 ID:0pJSZQGw0
あまりにも、唐突すぎる展開だった。
相手が先に告白をしかけてくるとはまるで予想が出来なかった。
しかも、こんな形で、抱き合った状態で。
(これは・・・何? 何かの冗談? 夢の世界なの?)
歳納京子はいまだ肩を震わせて私にしがみついている。
私は足に負担を掛けないように、歳納京子ごと身体を起こして、ポケットをまさぐってハンカチを取り出す。
「ほら歳納京子、これ」
こんな状況なのに、私は不思議と落ち着いている、と思った。
さっきまでは、恥ずかしすぎて逃げ出そうとしていたのに。
もしかしたら、私はいざという時には強いのかもしれない、などと自画自賛しそうになる。
(信じられない・・・まさか、歳納京子が・・・私を・・・)
298 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:16:41.50 ID:0pJSZQGw0
「ふぇぇ・・・」
「落ち着いたかしら?」
「綾乃ぉ・・・」
顔を拭くために一旦離した身体を、歳納京子は再び重ねてくる。
それを自然と受け止められた自分自身に驚くと同時に、奇妙な居心地の良さを感じていた。
『好きって、こういう事やねんで』
あの時の千歳の台詞が蘇る。
あぁ・・・この感覚。
好きな人が、すぐ近くに居て、密着して、その息づかいを感じているこの瞬間。
(私、幸せ・・・なのかも)
こうして抱き合っている事で、私は落ち着いていられるのだろうか。
目の前に立つだけで、あんなに顔を赤くしていたのにね、と逆転した状況に苦笑する。
299 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:17:46.82 ID:0pJSZQGw0
「分からないよ・・・綾乃の事、ずっと気になっちゃて、色々考えたけど・・・良くわかんない」
「ええ・・・」
「結衣にも言われたんだ・・・“良く考えなよ”って。それでもうまく言えなくて、そうこうしてるうちに、今日になっちゃったし・・・」
「・・・歳納京子、ありがとう」
「ふぇ? ちがうよ、わたしこそ、綾乃に色々貰ってばっかりで・・・うっうっ・・・」
「ち、違うの! えっと・・・とりあえず泣き止んで?お願いだから」
「う、うん・・・」
「あのね、歳納京子。私、あなたにそんな風に思ってもらえてたなんて知らなかった」
「ん・・・」
「だから・・・嬉しいわ。ありがとう」
「うぅ」
「で、ね。私も、あなたに伝えたい事があったの」
300 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:18:40.23 ID:0pJSZQGw0
そこで一旦言葉を切り。
すぅ・・・っと深呼吸して。
ずっと言えなかったその一言を、何度も何度も確かめた想いを、私は素直に告白した。
「私、歳納京子が、好きーー」
301 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:26:16.47 ID:0pJSZQGw0
「えっ・・・」
「好き。誰よりも、何よりも、一番好きなの。ずっとずっと、あなたの事しか見えなくて、考えられなくて、本当にたくさん、悩んだんだから・・・!」
「じゃあ・・・千歳が言ってた”片思いの相手”って・・・」
「もう、何度も言わせないでよ。歳納京子、あなたに決まってるじゃない!!」
「えっ・・・えええええええええ!!?」
「ちょっと、声が大きいわよ・・・!」
「ええぇ・・・そうだったのかぁ・・・なんだぁ・・・えへ、へへ」
「はぁ・・・。あなたって、ホントに鈍いのね。船見さんの言った通りだわ」
「へっ? 結衣が?」
「え、あ・・・」
302 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:27:56.10 ID:0pJSZQGw0
(やっと・・・言えた)
この一言を伝えるために、どのくらいの時間が必要だったのかと思うと気が遠くなる。
思わぬアクシデントのおかげで順番は逆になってしまったけれど、結果的にはこれで良かったのだろう。
「あのさ・・・綾乃?」
歳納京子は、今までの体勢から一旦身体を離して、私の首の後ろに両手を回している。
お互いの顔の鼻先まで、だいたい10センチメートル。
つまりとても、近い。
「これって、わたしたち“付き合う”ってことで、いいんだよね?」
「あぅ・・・う、うん・・・。もちろん、私の"好き”は、そういう“好き”よ」
「えへへ。わたしも・・・別に女の子同士とか関係ないよね。好きなんだもん」
「ううぅ・・・改めて言われると、恥ずかしいじゃない・・・もう」
「えへへ・・・あのね、えっとね」
303 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:29:17.17 ID:0pJSZQGw0
歳納京子は、照れくさそうに何かを言いあぐねている。
彼女のそんな仕草一つ一つが可愛くて、でも見栄を張ってそれは言えなくて、つい先の言葉を催促してしまう私。
「な、何よ。早く言いなさいよ」
(そ、それって、まさか・・・)
「あ、あのね・・・そろそろわたしの事、名前で呼んで欲しいなぁって・・・えへへへ」
「な、なんだ・・・そんな事・・・」
(私ってば、何を期待していたのかしら・・・)
「そんな事って、大事な事だよぅ!」
304 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:30:15.60 ID:0pJSZQGw0
「じゃ、じゃあ・・・歳、じゃなくて、き・・・京子?」
「うおおお綾乃〜!」
「きゃっ・・・あ、足が・・・いたっ!」
「あっ、ごめん! 大丈夫?」
「大丈夫よ・・・もう、急に動かないでよ」
「えへへ、嬉しくって、つい」
「はぁ・・・」
「綾乃? どうしたの?」
「いえ・・・何でもないわ」
305 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:30:55.28 ID:0pJSZQGw0
「あ・・・そか。付き合ってるなら、その、するんだもんね・・・」
「え・・・?」
「じゃあ、はい」
「な、なに?」
「は、恥ずかしいから、早くぅ・・・」
「!!」
歳納京子・・・いや、京子は、私の目の前で、両目を閉じている。
微かに肩を震わせている姿が、とてもいじらしく、愛おしく思えた。
306 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:32:11.87 ID:0pJSZQGw0
いつの日か、千歳を止めるために決行したあの時とは違う、本気のキスを、待っている。
もう、私にも、京子にも、周りなど見えていなくて。
誰かに見られたら困るとか、女の子同士だから変だとか、そんな些細な事はどうでも良くて。
ただ目の前にいる、大切な人を抱きしめて、口づけをして、気持ちを確かめたかった。
決意して、私は目を瞑る。
あと何秒。
あと何センチ。
その瞬間、暖かい雫が私の頬を伝って落ちた。
307 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:33:10.11 ID:0pJSZQGw0
*
*
*
308 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:37:50.27 ID:0pJSZQGw0
生き生きとした樹々を眺めるのは、何度でも良い気分になる。
幸い今日の天候も、その気分を後押ししてくれている。
ふと立ち止まって青い空を見上げてみると、風に乗って流れる桜の花びらが私の肩に落ちた。
淡い朱色の花弁に手を伸ばすと、再び風が吹いて肩の上から逃げてゆく。
散った桜の花びらを目で追った先には、良く見知った人物の姿が見えた。
私に向かって走る彼女は、相変わらず元気そうだ。
せっかく待ち合わせていたのに遅れるなんて、と軽く怒ってみようかしら。
そんな想像をして、少し昔の事を思い出して懐かしくなる。
私は振り返ったまま、一旦足を止めて待つ事にした。
309 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:38:55.79 ID:0pJSZQGw0
「おーい、綾乃〜!」
「おはよう、京子」
「あー、やっぱり何か新鮮だよね、その呼び方」
「な、何よ・・・あなたが言い出した事じゃないの」
「えへへ・・・」
私の後ろから追い掛けて来た京子が、隣に並ぶ。
ついこの間までの制服姿があまりにも目に焼き付いていて、今の格好がどうにも奇妙に見えてしまう。
まあそれは私も同じ事か、と考えて微笑む。
310 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:39:46.52 ID:0pJSZQGw0
「綾乃? なんか嬉しい事でもあったの?」
「ふふ、いえ。京子のブレザー姿、似合ってるわよ」
「あ、やっぱりそう? いやぁ、まいったなー京子ちゃんモテモテになっちゃうなー」
「な、なによっ。そんなの私が許さないんだから!」
「冗談だってば、綾乃ぉ」
どちらからというわけでなく、自然とお互いの指が触れる。
端から見れば、単に仲の良い者同士に見えるであろう私たち。
しかし、指先からは相手の確かな想いを感じ取る事ができる。
「あ、あの・・・京子。それ、ちゃんと使ってくれているのね」
「ん、あぁ、これ? 何言ってんだよ、卒業式の日からずっと身に付けてるもん」
「ええ・・・ありがとうね」
「ありがとうはこっちの台詞だって。それに・・・」
「・・・?」
311 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:40:51.50 ID:0pJSZQGw0
「す、好きな人から貰ったものだし・・・」
「う・・・は、恥ずかしい事言うわね・・・」
「何だよぅ、そっちが言い出したくせにぃ」
「それもそうね・・・ふふ」
「えへへ・・・あ、そういえばさ」
京子が照れ隠しに話題を変えようとしているように見えて、あぁ、やっぱり新鮮だ、などと含み笑いをする。
もちろん、私自身も恥ずかしいのでそれに乗ってみることにした。
「何かしら?」
「昔さ、綾乃って髪短かったよね」
「ええ、確か、3年生の春に・・・」
「じゃなくって、もっと前だよ前」
「え?」
312 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:41:50.84 ID:0pJSZQGw0
「いやあ。同じクラスになった時は気付かなかったんだけど、髪切ったのがきっかけで思い出したんだ。わたしたち、ずっと前にも会った事あるよって」
「えっと・・・もしかして、それは生徒会室で?」
「そうそう。やっぱ綾乃も覚えててくれた?嬉しいなぁ」
「忘れられる訳ないじゃない・・・あの日の事がきっかけで、私は生徒会に入ったようなものなんだから」
「えぇ? 何それ、初耳!」
「だって聞かれなかったもの」
「何だよ〜教えてくれてもいいじゃんか〜」
「ふふっ。何だか、遠い昔の話みたいね」
313 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:42:51.84 ID:0pJSZQGw0
雑談をしながら歩く間に、前方に目立つ白い看板が見えてきていた。
そこで待つ二人が手を振る姿を見て、京子は走り出す。
京子につられて、私も追い掛ける。
繋いだ手のひらから相手の体温を感じる幸せを噛み締めながら、私たちは今日、高校生になった。
ーー『八森高校 入學式』ーー
・
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・
・
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314 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:44:30.01 ID:0pJSZQGw0
「まさか、またこの四人が揃うとはね」
新しい机と椅子の手触りを確かめていると、船見さんがぽつりとそんな言葉をこぼした。
「ええ・・・ほんとにね。四人とも同じクラスっていうのも驚きだけど、やっぱり・・・」
「あら、綾乃ちゃん。うち、嘘ついたのが一つだけとは言うてなかったやろ?」
「まったくもう。まさか千歳が推薦蹴るなんて思いもしなかったわよ」
「千歳! あの時わたしに話した事は嘘だったの!?」
「いやいや、あの時はまだ推薦受けるつもりやった。でもやっぱり、今までどおり二人の側で妄想させてもろたらええなって。うち、フラレても綾乃ちゃんの事好きやねんで♪」
「なにぃ、綾乃は渡さないぞ!」
「ちょ、ちょっと二人とも何言ってるのよぉ!」
「あ、あかん・・・初日なのに妄想が止まらへん・・・」
「高校に上がって早々に流血沙汰になる女のひとって・・・」
315 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:45:43.38 ID:0pJSZQGw0
なんだか中学生活そのまんまだね、と船見さんが呟いて、確かにそうねと私は微笑みを返す。
一つ変わった事といえば、京子との関係ぐらいだ。
船見さんは今まで通り京子のだらしない所に突っ込みを入れたり、過剰なスキンシップに注意したりしている。
千歳が同じ学校に来る事になったのは、本当に驚いた。
『フラレても好きやねん』という台詞が冗談なのか、友達としてなのか、真意は分からない。
千歳の好意に乗っかるかたちで、友人関係を続けるのは正直罪悪感が無いとは言えない。
それでも私は、“そういうものも含めて”友達なんだ、と思っている。
もちろん、この先はどうなるか予測は出来ないけれど。
(友達関係も、恋人関係も出来ればこのままずっと、続けられたら良いのにな)
私は最近、そんな風に贅沢な事を考えてしまう。
316 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:46:21.80 ID:0pJSZQGw0
「いやあ、みんな合格でホント良かったよ〜」
「綾乃と千歳はともかく、京子が合格出来たのは奇跡じゃない?」
「なんだとぉ、わたしだってちゃんと勉強してたもん!」
「京子は、なんだかんだでやれば出来る子よね・・・まったく人の気も知らないで」
「あらあらうふふ、早速お惚気やなぁ」
「ちょっ、そんなんじゃ・・・!」
「えへへ、照れるなぁ」
・・・惚気かどうかはさておき。
317 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:47:06.04 ID:0pJSZQGw0
結果的に四人全員が無事、八森高校に合格したことになる。
試験の点数は公表されていないけど、私自身はかなりギリギリだったと思う。
試験日に事故で受けられず期間が空いた分、おそらく問題が難しくなっていたのだろう。
公平を期すためだと分かっていたとはいえ、問題用紙を見た時は愕然としたものだった。
京子が合格するかどうかは、正直不安でなかったといえば嘘になる。
中学生活における彼女の行動を見ていれば、まともに授業を受けていた記憶はないと言っても過言ではなかった。
(あの神社、“学業の神様”っていうのはホントだったのね・・・)
318 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:47:53.15 ID:0pJSZQGw0
あの時、お守りを渡しておいて正解だったのかな。
そう前向きに考えれば足を骨折した事も少し報われる、そんな気がした。
「な、なんだよ綾乃。わたしの顔に何かついてる?」
「いーえ。何でも無いわ。それより」
再び千歳に向き直り、私はあの時の事を思い出す。
一部始終を見られていた恥ずかしさだけは、絶対に忘れられない。
あの、卒業式の日。
その真実はだいたいこのような事だった。
319 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:49:30.44 ID:0pJSZQGw0
▼
お互いの口唇を重ねた、次の瞬間。
生徒会室のすぐ外で、誰かの悲鳴が上がり何事かと顔を見合わせる私たち。
京子に助けられながら入り口へと向かった私が見たものは、大量の血を流して倒れている千歳の姿だった。
「ち、千歳・・・!!」
「あれ? なんで、結衣がここに!?」
私たちは、知り合いの姿をみては口々に驚嘆の声を上げた。
というより、千歳と船見さん以外にも、知った顔はほとんどそこに揃っていたようだった。
320 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:50:42.95 ID:0pJSZQGw0
「キャ〜〜! 京子先輩、すごいですぅ! 私もいつか、結衣先輩と・・・うふふ、うふふふふふ・・・」
「わぁぁ・・・すごいよぉ。杉浦先輩と京子ちゃんってやっぱり仲が良いお友達同士だったんだねぇ」
「あ、赤座さん、あれはお友達だからとか、そういうレベルではありませんわ・・・」
「ふぉぉ・・・」
「櫻子? 何を固まっていますの?」
「ばっ・・・! あんなの別に大した事ねーし!」
「はぁ?」
「向日葵とならキスどころか一緒の布団で寝てるし!」
「・・・!?この、おバカ!!」
「あいたぁ!!?」
「恥ずかしい事をしれっとバラすのはお止めなさい!!」
321 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:51:49.20 ID:0pJSZQGw0
「あ、綾乃ちゃん・・・歳納さん・・・。極楽浄土が見えて来たで・・・。うち、もう何も、思い残す事は・・・ガクッ」
「千歳ぇーーーーッ!!」
「あ、ばっちり撮らせてもろたで。後でメールしとくな〜・・・ガクッ」
「おいこらぁ!!」
千歳の台詞が冗談にしろ本気にしろ、このままでは本当に千歳の命が危ない気がしたので、保健室へ連れて行く事になった。
大量の血痕は、申し訳ないと思いつつ後輩たちに掃除を任せて来た。
「あー。ごめんね、つい、どうなってるか見に来ちゃってさ。あかりたちと生徒会の子たちもいつの間にか合流しちゃってね」
「船見さん・・・これは、一体どういう事なの・・・?」
322 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:52:53.00 ID:0pJSZQGw0
千歳をベッドに寝かせて一息付いたところで、私は本題へと入る。
直前に会話していた船見さんならともかく、なぜ千歳があの場にいたのだろう。
「言い出しっぺは、千歳なんだ」
「へ?」
「実はね。今日、綾乃と京子を二人きりにするために、千歳が協力して欲しいって言ってきたんだ」
「ほう・・・」
「“こうでもしないと、二人ともうやむやになってまうで”って。確かに、私も思い当たるフシはあるからね」
そう言って船見さんは、京子のほうに視線を投げる。
京子は「余計なお節介だ!」などと喚いていたものの、最終的には船見さんの言い分に負けたようだった。
323 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:54:01.00 ID:0pJSZQGw0
「千歳には、綾乃を生徒会室に呼ぶようにメールしてもらったり。私の役目はプレゼントの件と京子の誘導かな。まあプレゼントを拾ったのは偶然だったけどね」
「千歳・・・別に嘘なんか付かなくても良かったのに」
「うふふ・・・綾乃ちゃんかて、おんなじやで」
「ちょっと、もう起きて大丈夫なの?」
「こんなもんただの貧血や。この程度で倒れとったらいくつ命があっても足りへん」
「いや倒れてるし・・・」
「綾乃ちゃん。ホンマに良かったなぁ。想いが通じ合うって、ええ気持ちやろ?」
「ええ・・・ありがとう、千歳。私、あなたが居なかったら・・・それなのに、私、私は・・・」
324 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:55:09.82 ID:0pJSZQGw0
「・・・もうええんよ。綾乃ちゃんのシアワセはうちのシアワセでもあるんや」
「千歳・・・」
「千歳、任せて。綾乃の事は、わたしが幸せにするよ!」
「ちょ、ちょっと京子・・・そんな事言ったらまた・・・!」
「・・・ブフッ」
「うわっ千歳!!」
「シーツが汚れちゃう!」
「いや今はそんな事より、早くティッシュ持ってこいって!」
「あぁ・・・千鶴、後は任せ、たでぇ・・・がくり」
「千歳〜〜〜〜!!って何回言わせんだ!!」
325 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:55:52.09 ID:0pJSZQGw0
▼
「うふふ、懐かしいなぁ」
「いや、あれは本気で焦ったってば」
「もう・・・本当に恥ずかしかったんだからね」
会話にひと呼吸置いて周囲に目をやると、ガヤガヤとしていた教室内はいつの間にか静かになっていた。
おそらく、もうすぐ高校生活最初のホームルームが始まるのだろう。
326 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:56:26.09 ID:0pJSZQGw0
新しい舞台に、見慣れた仲間がいるというのはとても心強いものだ。
この先の3年間に想いを馳せつつ、私の隣で笑顔を見せる京子に「よろしくね」と応える。
彼女が隣に居てくれれば、きっと私の生活は驚きの連続で楽しいものになるだろう。
それでもいつかケンカをしたり、意見が別れてしまう時が来るかもしれない。
ずっと今のような気持ちが続くかどうか、そればかりは後になってみないと分からない。
だけど、その度に私は「好き」って伝えてあげる。
言葉でも行動でも手段は何でもいい、伝えたい気持ちがある。
それだけ分かっていれば、たぶん、大丈夫。
327 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 02:57:47.77 ID:0pJSZQGw0
未来への不安は、たった一言で書き換えてしまえる。
きっと、そんな力がある。
だから。
私は京子が、好き。
328 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 03:00:02.35 ID:0pJSZQGw0
*
おしまい。
329 :
◆eZUHOxTppE
[saga]:2012/01/19(木) 03:02:26.15 ID:0pJSZQGw0
以上、長々とお目汚ししましたがここで終わりです。
ここまでご覧頂きありがとうございました。
330 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/19(木) 03:07:15.22 ID:Vq2lsocIO
すっごく良かった乙
331 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)
[sage]:2012/01/19(木) 03:09:33.58 ID:Rv+XRy4ko
乙です!
332 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/19(木) 03:10:13.19 ID:I7q0/q1DO
おつでした
333 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(岐阜県)
[sage]:2012/01/19(木) 16:21:02.59 ID:T86RJHozo
乙
334 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/20(金) 04:15:50.28 ID:vhwhVguUo
乙でしたー
やはり京綾はいいものだ
335 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東)
[sage]:2012/01/20(金) 13:07:37.50 ID:KgNElkGAO
今日は綾乃の誕生日
>>1
にはなもり作のロリ綾乃を愛でる権利をやろう
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