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岡部「ふ、フゥーハハハ!」 鈴羽「ちょっと違うかな」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:09:25.41 ID:tV3SGbYDO
薄暗い階段を昇りきった先、重たいドアを開くと、真夏の夕日が屋上全体を橙色に染めていた。

岡部「うぃーす」

俺は、そのオレンジ色の中にいた先客に声をかけた。

視界の端、手すりにもたれて遠くを見つめているのは、おさげの女。

鈴羽「あ、ジュニア。今日は遅かったじゃん」

岡部「開口一番にジュニアって呼ぶな」

鈴羽「あっはは」

朗らかに笑いながら、こちらに向き直ってくる。

鈴羽「無理無理、あたしの中では、キミはジュニアでインプットされてるから」

鈴羽「今更変えようがないよ」

橋田はにっこりと微笑み、首を傾げた。

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うんち @ 2025/07/25(金) 23:18:36.55 ID:tsEvWZe2o
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天龍「イキスギィ!イクイク!ンアーッ!枕がデカすぎる!」加賀「やめなさい」 @ 2025/07/25(金) 19:40:58.85 ID:LGalAgLLo
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(安価&コンマ)コードギアス 薄明の者 @ 2025/07/23(水) 22:31:03.79 ID:7O97aVFy0
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ご褒美にはチョコレート @ 2025/07/23(水) 21:57:52.36 ID:DdkKPHpQ0
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ビーノどっさりパック @ 2025/07/23(水) 20:04:42.82 ID:dVhNYsSZ0
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コナン「博士からメールが来たぞ」 @ 2025/07/23(水) 00:53:42.50 ID:QmEFnDwEO
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4日も埋まらないということは @ 2025/07/22(火) 00:48:35.91 ID:b9MtQNrio
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:10:48.95 ID:tV3SGbYDO
俺には歴とした名前があるというのに、橋田は事ある毎にジュニアと呼んでくる。

その理由なんて、有って無いようなもので。

以前聞いてみたところによると、“それは、キミがオカリンおじさんの息子だから”と。

“ジュニアは、ジュニアだからジュニアなんだよ”と。

なんとも力の抜けるような答えが返ってきただけだった。

そもそもは、古い冒険もののアクション映画に影響されたんだとか。

肩で息を吐きつつ、屋上に出てみると。

燦々と暴力的なまでに照らしつけてくる夕日があまりに眩しくて、俺は太陽に向けて手を翳した。

その指の隙間を縫うように、赤い光線がキラキラとすり抜けてきて、俺は我慢出来ずに目を細める。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:13:12.68 ID:tV3SGbYDO
岡部「……今日はまだ、漆原は来てないのか?」

鈴羽「まだ来てないよ。 いつもは一番に来てるんだけどね」

岡部「そうか」

そういえば漆原は、最近バイトを始めたとか言ってたものな。

きっとそれで忙しいんだろう。

鈴羽「でさ、早速なんだけど」

岡部「……?」

鈴羽「うるしぃをただ待ってるってのも暇だし、あたし達だけで実験しちゃおうよ」

目を輝かせて、軽快に駆け寄ってくる。

しかし、実験を俺たちだけで先にやったと知れたら、漆原のやつは泣くかもしれない。

でも、橋田に逆らうと色々とやかましいので、俺は大人しく従うべく頷いた。

岡部「了解。 昨日、少し調整を加えてみたから、前よりは綺麗に見えると思うぜ」

鈴羽「そうなの? それは楽しみだよ」
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:14:47.10 ID:tV3SGbYDO
俺としても、開発の成果を披露したくて気持ちが逸っていたというのが正直なところだ。

俺は、持ってきていたカバンから、物々しい物体をいくつか取り出して、その一つを橋田に差し出した。

鈴羽「見た目は変わってないね」

岡部「ああ? 昨日今日で変わるものかよ」

鈴羽「デザインは大事だって言ったじゃん」

岡部「いや、知らん」

橋田は、ゴーグル型の試作ガジェットを受け取って、それを矯めつ眇めつ眺め始めた。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:16:16.40 ID:tV3SGbYDO
鈴羽「それよりさ」

突然、ムッとした表情。

岡部「なんだよ」

鈴羽「キミさ、またラボメンジャージ着てこなかったでしょ」

鈴羽「あれはユニフォームなんだよ? そろそろジュニアにも、ラボメンとしての自覚を持ってほしいなぁ」

鈴羽「次から着てこないと、罰金取るからね」

さり気なく恐ろしい事を言う。

岡部「いや、着ねえよ! 金も払わないぞ!」

鈴羽「まーた、わがままぁ〜!」

岡部「こっちの台詞だっつうの!」

橋田が、これでもかと頬を膨らませている。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:18:27.19 ID:tV3SGbYDO
ラボメンジャージ。

ビンテージっぽいデザインの、ブルーのジャージだ。

“ラボメンにもユニフォームが必要だから”と、この間、橋田が突然持ってきたのだった。

が、俺は着るつもりなど毛頭無かった。

未来ガジェット研究所の、ラボラトリー・メンバー。

すなわち、“研究員”のユニフォームがジャージって……明らかにトンチンカンだし。

最初、橋田のボケかと思ったくらいだ。

しかし本人曰わく、大真面目に悩んだ結果、あのジャージに行き着いたらしい。

思考パターンがフリーダムすぎて、俺にはいまいちよくわからない。

大体だ。 俺としては、ただでさえ訳の分からない発明ばかりをしている妙な集まりの中で――

更に、お揃いの服を着てはしゃぐなんていうのは、間抜けの極みというか。

とにかく恥ずかしすぎて、俺にはどうしても受け付けなかったのだ。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:20:29.74 ID:tV3SGbYDO
岡部「とにかく、なんと言われようと俺は着るつもりはないぞ。 あんなもの」

鈴羽「えいっ!」

俺が言い終わるかどうかのところで、急に橋田の人差し指が飛んできたかと思いきや。

額をズンと突かれてしまった。

岡部「いたっ!何するんだよ!」

鈴羽「へっへへ」

何故か誇らしげである。

岡部「……今のは結構、脳に響いたぞ……力加減しやがれ」

額がジンジンとして、指先でさする。

鈴羽「自業自得、だよ」

なに?
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:22:07.39 ID:tV3SGbYDO
岡部「……自業、自得だぁ?」

鈴羽「そ。ジュニアってば、生意気すぎんだもん。もう少し、年上の言う事を尊重すべきだよ」

岡部「いや、一個しか違わないだろうが……!」

鈴羽「それでも、あたしの方がキミより長く生きてんだしさぁ」

“そうは見えないぞ”と言おうと思ったが、さすがに二発目が怖かったので、俺はグッとこらえた。

鈴羽「そうやって人生の先輩をナメてると、ロクな大人にならないぞ〜」

何を言い出すのかと思えば。

岡部「……橋田に言われても、全然説得力がねえ」

鈴羽「……ちょっと、それってどういう意味ぃ?」

しまった。

俺としては、聞こえないように呟いたつもりだったが、しっかり聞こえてしまっていたようだ。

……ええい、この際だ。

岡部「人の頭をブチ抜こうとしたくせによく言う。 そっちこそ、ロクな大人になんねぇ」

せっかくだから言わせてもらおう。

鈴羽「なにをぅ! っていうか、人を怪力女みたいに言うなぁ!ジュニアのくせに」

岡部「そっちこそジュニアっていうな!」

鈴羽「それは無理だね!」

やれやれ……。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:27:25.44 ID:tV3SGbYDO
なおも絡んで来ようとする橋田を受け流し、俺は屋上の真ん中、存在感たっぷりに鎮座していたベンチに腰を預けた。

ノートPCを立ち上げ、膝の上で操作する。

しばらくして、ようやく落ち着いた橋田も、俺の隣に腰掛けた。

鈴羽「早く早くぅー」

既にその顔には、ゴーグルを装着してはしゃいでいる。

実に、切り替えの早いやつだ。

岡部「待ってくれ、今出来るから……っと、よっしゃ、準備完了」

膝上の画面に『ready?』というカラフルな文字が浮かぶ。

PCへの入力を終えた俺は、橋田に倣い、ゴーグルを装着して空を見上げた。

岡部「それじゃあ、行くぜ」

鈴羽「おーぅ!」

俺は、ノリノリな橋田を横目に。

PCのエンターキーを勢いよく押し込んだ。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:29:36.67 ID:tV3SGbYDO
途端に、夕暮れのアキバの空には、一筋の光が打ち上げられ。

それは、ずっと高くまで飛翔して。

俺たちの遥か頭上に弾けて、キラキラと燐光を漂わせた。

空を舞った光が、ゆっくりと俺たちに降り注ぐ。

隣の橋田から、息を呑む音が聞こえた。

岡部「どうだ?」

鈴羽「……うん、確かに綺麗になってるね」

空に視線を釘付けにしたまま言う。

続いて、二発目、三発目と、光が空へと打ち上げられては、弾けて消えていく。

その度に、橋田は“おー”だとか、“すごいすごい”と感嘆している。

その様子を見て、俺はなんだか誇らしくなり、思わずニヤけてしまった。

そして、今にもフンと鼻を鳴らしそうになった時――
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:31:39.80 ID:tV3SGbYDO
鈴羽「でもさ、何かこれって、花火の打ち上げ回数、減ってない?」

横から、あからさまにトーンの落ちた声。

岡部「え……?」

鈴羽「こないだ見たやつより、減ってるよね」

岡部「す、鋭いな。 確かに、花火の数は減った」

鈴羽「はあ、やっぱりね」

今度はため息が聞こえて、俺はギクリとした。

岡部「し、しかし……リアルさを追求すると、どうしても数を減らすしかなかったんだ」

鈴羽「でもこれじゃ、リアルはリアルでも、肝心の迫力がないじゃん」

特に、“肝心の”の部分を強調して言われてしまった。

岡部「……」

俺は歯噛みした。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:34:26.57 ID:tV3SGbYDO
まあ、それは指摘されるまでもなく、俺自信も気にしていたところではある。

でも、どれだけ試行錯誤したところで、俺にはこれが限界だった。

もう、こんなもんでいいだろ。

それが、俺が悩み抜いた末に出した答えである。

一つため息をついて、ゴーグルを外す。

岡部「これでも頑張った方なんだぜ? 昨日なんか徹夜でだな――」

鈴羽「ダメだね。やり直し」

岡部「…………へぇっ?」

言い訳を続けようとした俺を、橋田が信じられないような言葉で遮ってきて。

思わず、間抜けな声をあげながら、その顔を二度見してしまった。

鈴羽「こんなんじゃ、完成には程遠いよ」

岡部「あ、あう……」

鈴羽「ちゃんと迫力満点の花火大会になるように、調整やりなおしー!」

岡部「あうあう……」

よくもそんな残酷な事を、徹夜で戦い抜いた人間に対して、にこやかに言えるものだ。

思わず、ちょっと泣きそうになってしまった。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/21(土) 23:37:41.84 ID:tV3SGbYDO
岡部「いっ、言わせておけば……随分と言ってくれるじゃねえか……!」

こっちは、お前の“昼間でも花火が見たい”という、訳の分からん着想に付き合ってやっているというのに。

さすがに少しばかりカチンときたので、言葉に皮肉の音を込める。

岡部「……というか、俺なんかがやるより、橋田自身がやった方が遥かに効率的なんじゃないか?」

悔しいが、橋田は優秀だ。

なにかを発明する事においては、さすが、ダルさんの娘というもので。

まさに天才的と言っても過言ではないほどの能力を持っている。

と、言うわけで、ここは俺なんかに任せるよりも、是非とも橋田の力で―――

鈴羽「はぁ? ダメダメ。 そんなのダメに決まってんじゃん」

岡部「そうか……」

鈴羽「うん」

岡部「そうだよな」

鈴羽「うんうん」

いや―――

岡部「ま……待て!」

危うく橋田節に乗せられるところだった。

今何気に、違和感なくサラッと納得しようとしていた自分が怖い!

岡部「ダ、ダメに決まってるって、なんでなんだ?」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2012/01/22(日) 01:03:58.19 ID:OUqvYjDAO
うむ
実にいい…
15 :名無しNIPPER [sage]:2012/01/22(日) 01:14:04.49 ID:CubjYbiAO
この岡部はオカリンと紅莉栖の息子で、漆原はルカ子とまゆりの子供なわけか
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [saga]:2012/01/22(日) 01:27:54.79 ID:Hn9KWR6Mo
何歳なのかが気になるな
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/22(日) 01:42:54.33 ID:SvPmyExCo
これは素晴らしい
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:07:13.07 ID:QkCNuLADO
鈴羽「だって、それじゃあ意味が無いんだよ。 とにかく、これはキミが作らなきゃダメなの」

岡部「いや、そもそもそれが―――」

鈴羽「ああもう、うるさいなぁー。 あたしが作れって言ったら、キミが作るの!」

さっぱり意味がわからない。

わからない……のだが。

橋田が、“やらなきゃいけないからやれ”と、そんな風に無理を言い出す。

それは今に限った事ではなかった。

こうなってしまった橋田には、およそ理屈というものが通用しない。

今回は何故、この俺限定で幻想花火(仮)を完成させなければならないのか?

それも多分、橋田本人としては、なにかの理由があった上で言っているのだろう。

だが、その真意を教えてくれる事は決してないと思う。

それが、毎度の事だからだ。

つまり、俺が頑張って理由を問い詰めた所で、こちらの一人相撲になるのが関の山である。

ちなみに、俺には訳あって、拒否権が無い事を明記しておく。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:21:34.16 ID:QkCNuLADO
思わず力が抜けて、肩を落とす。

岡部「……へいへい。 わかった、やるよ。 やればいいんだろう」

こんなの、もう半ば脅しであるが……仕方あるまい。

鈴羽「そうそう。やっと解ってきたね」

橋田にこき使われるようになってから、もう4ヶ月も経つのだ。

岡部「まあな」

そうは自嘲気味に答えてみるものの、なんだか、疲れがドッと押し寄せてきたような気がして。

寝不足の両目を、指で押してみる。

このまま、ふて寝でもしてやろうかと思った。

座ったまま、うんと背伸びをする。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:29:25.35 ID:QkCNuLADO
漆原「あーっ!」

岡部「……うん?」

聞き慣れた声に振り返ると、漆原が屋上ドアを開けて出てきたところだった。

手にはコンビニ袋を提げて、険しい表情をしていた。

……かと思いきや。

鈴羽「あ、うるしぃ。 おつかれー」

漆原「あ、はい、どうも」

鈴羽が手を振ると、漆原は健気にもペコリと会釈した。

健気ついでに、ラボメンジャージまで着ている。

漆原「……って、それより二人とも、ボクの居ない間に、実験しちゃったんですか?」

そう言って上げた顔は、やはり俺の予想した通り、涙目の漆原だった。

まさか登場から3秒もかからずに目に涙を浮かべるとは、なんとも器用なやつだ。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:34:44.42 ID:QkCNuLADO
岡部「……聞け、漆原。 それはだな、橋田のやつが――」

鈴羽「ジュニアが先にやってようぜ、って言ったんだよねぇ」

岡部「なに!?」

漆原「そ、そうなんですか? 岡部くん、ひどいよぉ……」

鈴羽「あはは。そうなんだよ」

岡部「お前なぁ!」

鈴羽「ってなわけでジュニア、もう一回うるしぃにも見せてあげなよ」

鈴羽「まさかダメなの?」

岡部「そ、それは……」

漆原「岡部くん……ぐすっ」

岡部「こ、こんなの、横暴だ」

ガクリと膝をつくと、視界の端には橋田が意地悪そうにニヤけているのが見えた。

俺は、完全に橋田のオモチャにされている気がしてならない。

先ほどのように、未来ガジェット開発においては、やたらと無茶な注文ばかりを飛ばしてくるし。

時には、単なる意地悪で言っているんじゃないだろうか、と思うような内容の事だってある。

それに加えて、今みたいな、俺に対するガキ大将的な悪ふざけの数々。

文句を挙げ出したらキリがない。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:36:44.13 ID:QkCNuLADO
……しかし、このまま放っておくと、漆原もいい加減に泣いてしまいそうだし。

岡部「すまん漆原。 もう一回やるから、許してくれ」


 * * *


三人が揃ってベンチに座る。

時刻は19時前。

さっきよりも日は傾いたとはいえ、うんざりするような暑さが残る。

むしろ、夕凪のおかげで、ひどく蒸し暑い。

三人揃って漆原の買ってきたガルガリ君を頬張る。

頭上には、バーチャルの花火。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:39:00.05 ID:QkCNuLADO
夕日に負けじと輝く、間抜けな花火。

一つ、また一つと、アキバの狭い空に、パッと弾けては消えていく。

花を咲かせて消えていく。

そんな景色に、ため息が漏れた。

橋田の言うとおり、かなりしょぼい花火大会だが、漆原だけは喜んでくれていたようだった。

彼女は、終始、感嘆の声を上げていた。

少しだけ、徹夜の俺が救われたような気がする。

ビルの隙間に太陽が沈んでいく。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:39:56.19 ID:QkCNuLADO
誰もが、言葉を発する事もなく。

漆原はニコニコしながら足をぶらつかせ、アイスと花火を交互に見やり。

橋田は遠くを見つめて、何を考えてるのか解らない時の顔をしていて。

俺は、ボーッとして。

静かな時間が。

穏やかな時間が。

ゆっくりと過ぎていった。

そして、誰からともなく立ち上がり。

鈴羽「帰ろっか」

岡部「帰ろうぜ」

漆原「帰りましょう」

なんて。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:41:37.09 ID:QkCNuLADO
屋上ドアの前には、橋田と漆原がこちらを振り返っている。

岡部「すまん、待たせた」

そそくさと荷物をしまい込んだ俺は、立ち上がって二人に手を挙げた。

狭い階段を降りて外に出ると、さっきまで止んでいた風が戻ってきていて。

誰もが、すぐには歩き出そうとはせず。

俺たちはしばらくの間、言葉もなく風と戯れた。

あたかも、それが運命であったかのように。

 * * *

鈴羽「えーっと、イチゴスペシャル2つと、ドリンクバー2つで」

店員「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

鈴羽から注文を受けたウェイトレスが、厨房へと戻っていく。

俺は、目の前の席に座った二人の笑顔にうんざりしつつ、コップの水をあおった。

漆原「あの……岡部くん?」

岡部「なんだよ……」

漆原「本当にいいの? 岡部くんの奢り、だなんて」

岡部「……」

いいわけがない。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:42:59.26 ID:QkCNuLADO
鈴羽「しょうがないよ。だって、あたしがいくら言っても、ユニフォーム着てこなかったんだしぃ」

岡部「いや、ユニフォームの罰金は次からのはずだろう!」

鈴羽「うるさいなぁ。 細かい事はいいんだって」

岡部「いいわけあるか!」

俺の大声に、他の客たちが何事かと頭を上げている。

やばい、恥ずかしい。

俺はテーブルにうずくまるようにして、口をつぐんだ。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:45:51.90 ID:QkCNuLADO
鈴羽「うーん、明日は何しようかなぁ」

頬杖をついた橋田が、ケーキを切り崩しながら難しい顔をしている。

岡部「なんだ、もう明日の心配かよ?」

鈴羽「だってさ、明日は明日しか無いんだよ? 無駄に過ごしちゃもったいないじゃん」

岡部「それは、そうだけども……」

鈴羽「うーん……」

また、一層難しい顔をしている。

余計な口出しはしない方が身のためだろう。

しばらくして、橋田がフォークを転がした。

鈴羽「あ、そうだ」

漆原「な、なんですか?」

岡部「……」
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:46:56.06 ID:QkCNuLADO
鈴羽「映画!」

そう言って、屈託のない笑みを浮かべる。

岡部「映画ぁ?」

鈴羽「そう、映画。観に行こうよ!」

鈴羽「しばらく行ってないし、今ちょうど見たいヤツがあるんだよねぇ」

岡部「……行けばいい」

鈴羽「え?」

岡部「行ってくればいいだろ、映画」

鈴羽「なに言ってんの? ジュニアもうるしぃも行くんだよ?」

岡部「なに!?」

漆原「え、映画、ですか」

漆原も、いつの間にか巻き込まれていた事にキョトンとしている。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:53:59.07 ID:QkCNuLADO
明日は1日寝て過ごしてやろうと思っていたのに……。

鈴羽「当たり前じゃん。ラボメンとしての研究活動の一環だよ」

岡部「……なんだそりゃ、映画がか?」

鈴羽「そうだよ」

逆に、“なんで?”と表情で聞き返されてしまった。

岡部「………」

鈴羽「ちなみにジュニアさ。 ちゃんとユニフォーム着てこなかったら映画代、もってもらうからね」

鈴羽「あと、もちろんだけど、来なくても罰金だから」

岡部「え!? ま、マジかよ……」

なんて非道な……!
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/22(日) 07:56:28.49 ID:QkCNuLADO
鈴羽「マジだよ」

あっけらかんと言う。

岡部「………」

俺は眉間をつまんだ。

俺には、拒否権というものがない。

……まあ、おかげで明日も、悪い意味で退屈せずに済みそうだ。

そんな事を考えている内に、いつの間にかお冷やの氷は解けかけていて。

それは俺を嘲笑うかのように。

独りでにカラン、と鳴った。

岡部「ジャージ……どこにしまったっけなぁ」

鈴羽「はぁ!?」

http://www.youtube.com/watch?v=NBhpR7HUsXk&sns=em

つづく。
31 :名無しNIPPER [sage]:2012/01/22(日) 07:59:34.77 ID:CubjYbiAO
オモロイタイSS
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/01/22(日) 08:39:12.08 ID:F+ASIbs0o

33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/22(日) 09:14:38.11 ID:qRyV4gLIO
┌─────┐
│い ち お つ.│
└∩───∩┘
  ヽ(`・ω・´)ノ
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/01/22(日) 09:58:20.66 ID:x8oXszlAO
乙なるかな
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage saga]:2012/01/22(日) 11:11:13.10 ID:p3orFkjto
おつ
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2012/01/22(日) 11:37:47.09 ID:E2WxS2MX0



37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/22(日) 17:20:01.64 ID:XXc9Bbtfo
うるしぃの性別はやはり男なのか?
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/01/22(日) 17:28:15.18 ID:3mr7fPHeo
>>37
だが女だ。
こんな世界線があるっ・・・!かもっ・・・!

あっこれからも楽しみに待ってますおつ
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 00:13:24.58 ID:kfMRQNrDO
気だるい昼下がり、ようやく目を覚ました俺が

ぼんやりとした頭でインスタントラーメンを啜っている時だった。

家のインターホンが、来客を知らせてくる。

岡部「はーい!」

大きめに返事をして、玄関にむかうべく立ち上がったところで。

またインターホンが鳴る。

岡部「今行きま―――」

……また鳴った。

返事が、ことごとく遮られてしまう。

岡部「ぐぬぬ……」

この頻度……間違いない。

岡部「橋田のや―――」

ピンポーン。

こんなの、音による暴力だ。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 00:14:26.55 ID:kfMRQNrDO
鈴羽「ちぃーっす……」

玄関ドアを開けると、鈴羽がフラフラと立っていた。

岡部「インターホンが壊れる」

鈴羽「そ、そんな強く押してないってば……」

岡部「回数の事だ」

鈴羽「あ……そっか」

なんだろう。

今日の橋田からは、いつもの覇気が感じられない。

なんか、弱っているみたいな。

岡部「……それで、どうしたんだ?」

聞くと、橋田は苦笑いをして、頭を掻いた。

鈴羽「ごめん……風邪ひいた」
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 00:15:15.48 ID:kfMRQNrDO
岡部「かぜ? 誰が?」

鈴羽「あたしが。 熱があってさ、頭痛がヒドいんだよ……」

岡部「病院へ行け」

言い放ち、ドアを閉めようと引っ張る。

岡部「!?」

……しかし、それはまるで空間に固定されてしまったかのように、ビクともしなかった。

鈴羽「今、なんて?」

見ると、向こうのドアノブを、橋田がすごい力で引っ張っていた。

もう一度こちらから、引っ張ってみる。

が、やはりビクともしない。

今度はおそるおそる目をやると、橋田はニコリと、ちょっとキレ気味の顔をしている。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 00:16:10.01 ID:kfMRQNrDO
岡部「い、医者に見てもらった方がいいんじゃないでしょうか」

鈴羽「ダメ。 保険証が見つかんない……どこにしまってあるかも、わかんない」

岡部「なに? 親はどうした?」

鈴羽「家には居ないよ……昨日言ったばっかじゃん」

岡部「ああ」

そういえば、橋田の両親は旅行中で居ないとか言っていたっけ。

岡部「じゃあ、電話で聞けばいいじゃねえか。 そんなもん」

鈴羽「だって、ケータイが繋がんないんだよぅ……」

岡部「それなら旅先の方に―――」

言いかけたところで、急に、橋田がその場にへたり込んだ。

鈴羽「……っ」

岡部「おお……?」
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 00:19:10.81 ID:kfMRQNrDO
あ、いや……少し驚いたが、橋田の事だ。

なんて事はない。

きっと演技に違いない。

岡部「……」

鈴羽「うぅ……」

なかなか真に迫っているな。

そう思って冷静に見下ろしてみる。

鈴羽「……うう、頭イタイ……」

なんだか、本当に具合が悪そうだ。

橋田は、立ち上がる気配もなくうなだれている。

岡部「……た、立てるか?」

鈴羽「……サンキュ」

俺が手を差し出すと、それを橋田がおぼつかない手付きで握ってきた。

なるほど、確かにその手からは、熱があるように感じられた。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 00:21:30.73 ID:kfMRQNrDO
しかし、成り行きとは言え、橋田を家に上げる事になって、俺は内心ゾッとしている。

鈴羽「お邪魔しまーす」

だって、家に入った途端に俺の手を振り払う有り様である。

岡部「お、おい待て、いきなりどこへ行く」

早速、フラフラと階段を昇ろうとする橋田を、咄嗟に呼び止めた。

鈴羽「え……? ジュニアの部屋だけど」

岡部「そいつはゾッとしねえな」

予感的中だ。

鈴羽「なんで……?」

なんでって……。

岡部「まさかとは思うが、最初から俺の部屋で寝込む腹積もりだったんじゃないだろうな?」

部屋の主であるところの俺を差し置いて。

鈴羽「そうだけど……?」

岡部「……」

既にこの時点で、“帰ればいいのに”と思った。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 00:30:38.69 ID:kfMRQNrDO
岡部「今布団を敷くから、待ってろよ」

鈴羽「待てない。 ホントに死にそうなんだって」

岡部「いやいや、一人で階段を上がっている時点で全然大丈夫だろ」

岡部「少なくとも俺は、そんなに元気な瀕死の人間を見たことがないぞ」

鈴羽「うるさいなぁ……」

岡部「あ、おい、待て!」

とうとう俺の制止を無視して、橋田は二階へと上がり始めてしまった。

残念ながら、こうなれば俺の手には負えないと理解し。

聞いているのかいないのかはわからないが、一応、何も触るなと念を押したうえで、仕方なくも橋田を見送った。

キッチンに戻ると、ラーメンはすっかり延びきっていた。

まだ半分も食っていないのに。

悔しくて、この場で地団駄を踏んでやりたいところだが……。

……とりあえず橋田に、薬と水くらい与えてやらないと、後が怖いからな。

確か、戸棚に総合感冒薬があったはずだ。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 00:32:36.03 ID:kfMRQNrDO
岡部「おい、カゼ薬は飲んだのか?」

部屋のドアを開けると、橋田は本当に俺のベッドを占領していた。

鈴羽「……うん、飲んできた。当たり前じゃん」 

俺の問いかけに、布団の中から返事が返ってくる。

鈴羽「……ていうか、部屋に入る時はノックくらいしてよ」

思わず、コップとカゼ薬の乗った盆を、その場に落としそうになった。

岡部「………」

鈴羽「大体さ、何かあったら、あたしから呼ぶって……床を叩いたらいいのかな?」

“出ていけ”

そんな言葉が喉まで出掛かった。

岡部「ゆ、床を叩くのは勘弁願いたい……」

しかし、俺もそこまで意地悪ではない。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 00:34:41.14 ID:kfMRQNrDO
岡部「そ、そうだ。 な、何か食べるか……?」

鈴羽「えぇ?」

幼馴染みの看病が出来るなんて、結構なものじゃないか。

こんなの、世の幼馴染み萌えの人たちから見れば、垂涎もののシチュエーションだ。

俺はラッキーなんだよ。

自分にそう言い聞かせて、暴れ出したくなる衝動を抑え込む。

それに今、恩を売っておけば、橋田も今までの暴君的な振る舞いを改めてくれるかもしれない。

そう思うと、このくらいなんて事はなかった。

鈴羽「なにそれ、ジュニアが作ってくれんの……?」

岡部「そ、そうだとも」

そんな俺の好意に対して。

鈴羽「……いらなーい。ジュニアの作る料理、美味しくないんだもん」

岡部「あがっ………!」

信じられないような、この暴言。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 00:37:27.20 ID:kfMRQNrDO
 * * *

うとうとしていた。

窓からは、既に夕日が差している。

あの後、とうとう暴れ出した俺は。

橋田にひっぱたかれてしまい―――病人らしからぬすごい力だった―――やむなくリビングへと退避していたのだった。

そこで夏休みの課題をやってみたものの、死ぬほどつまらなくて。

テレビでやっていた高校野球の対決も、いつまで経っても平行線のまま。

そんなわけで、ついつい居眠りを。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:12:12.53 ID:kfMRQNrDO
岡部「そういえば橋田、大丈夫かな」

ふと、そんな事が気になって、止せばいいのに階段をしずしずと上がってみる。

部屋の前まで来ると、中からうんうんと唸る声が聞こえた。

岡部「……?」

ノックをしてみるが、返事はない。

岡部「おい、橋田?」

声をかけても返事はない。

まさか本当に死にかけてでもいるのだろうか。

俺の部屋で死なれては大変だ。

心配になって、そっとドアを開けてみる。

橋田は眠っているものの、熱にうなされているようだった。

岡部「なんだよ、ただ寝に来ただけじゃねえか……」

もっと、アレを持って来い、コレを持って来いと呼ばれまくるのだろうと予想していただけに、拍子抜けだ。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:17:23.36 ID:kfMRQNrDO
鈴羽「ううん……」

よく見ると、橋田は顔が青白くて、汗すらかいていない。

ひょっとして、たちの悪い風邪だったのだろうか。

……ちょっと、かわいそうになってきた。

岡部「……」

そっと近づき、前髪をすいて額に手を置いてみると、かなり熱っぽい。

それに気づいたのか、橋田はうっすらと目を開く。

ハッとして手を離すと。

その目から、涙が一筋だけ横に流れて。

それを見てしまった俺は、一拍飛びで心臓が鳴った。

岡部「は、橋田……?」

鈴羽「……岡部、倫太郎」

え。

岡部倫太郎?

親父?

なんだよ。

膝がガクッとなる。

……橋田は、どうやら寝ぼけてるようだ。

っていうか、いきなり泣き出すからビックリしたなんてもんじゃない。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:21:20.72 ID:kfMRQNrDO
岡部「……残念だが、親父じゃないよ」

それに俺は母親似だし。

鈴羽「……あ」

徐々に、橋田の目の焦点が合ってくる。

俺を見つめて、大きく息をついた。

鈴羽「……なーんだ、ジュニアかぁ……ノックしろって言ったじゃん。 いい加減に通報するぞ〜」

岡部「……ノックはした。悪かったな」

鈴羽「むぅ……」

一つ唸って、布団で顔を隠す。

岡部「それより橋田、何かあったら呼ぶって言ってたじゃねえか」

鈴羽「そりゃ言ったけど、別に何にも無かったし……」

岡部「熱にうなされてたくせによく言う」
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:26:14.92 ID:kfMRQNrDO
岡部「ちょっと待ってろ」

俺は踵を返すと、洗面所で水を汲んで、冷たく濡らしたタオルを橋田の額に乗せてやった。

鈴羽「……随分アナクロシズムな看病だね」

よくもまあ、ここまできて文句を言うものだ。

岡部「うるさいぞ。 これが我が家の流儀なんだよ」

岡部「……大体、保険証が無くても、無理やり病院に行く手もあっただろうに」

鈴羽「……そりゃそうだけど、そうすると、すごくお金がかかるじゃん」

岡部「ああ? 人に散々払わせといて、よくそんな事が言えるな」

鈴羽「あ、あっはは……確かに」

橋田は少しだけ、笑顔を覗かせた。

しかしそれは、すぐさま引き締められ、真剣な表情になる。

俺は思わず身をすくめた。

橋田は、そんな様子を気にも留めず、こっちをジッと見つめてきている。

鈴羽「……今日ここに来たのはさ、他でもない。 頼みたい事があったからなんだよね」
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:31:58.47 ID:kfMRQNrDO
岡部「……?」

何だと言うのだろう。

そういえば、そうだ。

風邪をひいたと押し掛けてきたにも関わらず、橋田本人からは、看病らしい看病を要求される事が無かった。

そもそもこんなシチュエーションなどあり得ないが。

もし、あったとして考えてみれば、もっと何かしらのアクションがあってもいいはず。

しかし、そんな事は無かった。

ここ数時間で起きたイベントと言えば、いつものバカみたいなやり取りのみだ。

こんなものに、熱を出しながらも、わざわざ来る必要なんて無いはずだ……。

だとしたら、こいつは何故ここに……?

鈴羽「実はね……」

俺はゴクリと息を飲み込んだ。

岡部「実は……?」
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:37:44.34 ID:kfMRQNrDO
鈴羽「……かめに餌やって欲しくて」

岡部「なに!?」

思わず耳を疑った。

鈴羽「だからね、ラボに行って、かめに餌をやって欲しいんだって」

よかった。

耳がおかしくなったわけではないようだ。

って、待て!

岡部「なんだと!?」

俺が若干飛び上がりながら大声を出すと、橋田が顔を歪めた。

ちょっとキレ気味のアレだ。

条件反射で、情けなくも姿勢を正す。

鈴羽「うるさぁ……っ。 病人の横でキャンキャン騒がないでよ」

いや……なんなんだよ、それは。

岡部「つまり……お前の代わりにかめに餌をやってきて欲しくて、そのために来たってのか?」

鈴羽「そうだよ、他に何があんのさ……」

岡部「……」

そんなもん、メールで済む要件だろうに……。

しかしまあ、ここでそんな事を咎めてみても、何ら意味がないのはわかりきっている。

岡部「わかった、仕方ねえ……。 行くよ」

鈴羽「おぉ、さすがジュニア。 ……サンキュ」

橋田が、力なく微笑む。

……かめを飢え死にさせる訳にもいかないからな。

俺はそれからしばらく待機し、橋田の熱を吸ったタオルを、冷やし直してやってから家を出た。

ちなみに出掛ける寸前、“部屋のものに触るな”と改めて釘を刺しておいた。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:42:11.72 ID:kfMRQNrDO
アキバの駅から歩いて約10分。

そこに未来ガジェット研究所の入っている、大檜山という、オンボロな雑居ビルがあった。

本来であれば橋田は、毎日ここで暮らしている。

しかし、今回に限っては、親が旅行で居ない間だけ、という事で――

昼はラボ、そして夜は実家で過ごしていたらしい。

宿泊先で体調を崩すというのはよく聞くが、実家で体調を崩すなんて、おかしなやつだ。

そんな事を思い返して、“間抜けなやつめ”とニヤけながら、毎度おなじみの狭い階段を昇る。

鍵の隠し場所は知っていた――以前から変わっていない――ので、俺はそれを難なく入手し、ラボに入った。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:43:56.64 ID:kfMRQNrDO
随分久しぶりだ。

ここの屋上にはよく訪れるものの、ラボの中にお邪魔した事は数える程度しかない。

室内を見回してみる。

談話室の壁には、旧ラボメンたちの写真が何枚も飾られていた。

ここが、親父たちの出会いの場所かと思うと、なんだか感慨深いものがある。

今では、すっかり橋田の城であるが。

しかし、なんだろう。

違和感がある。

……そうだ。以前来たときは、こんなにガランとしていたっけ。

えらく殺風景な気がする。

と、油を売っている場合ではなかったな。

かめに餌をやらなくては。

それが本来の目的だし。

開発室―――今では橋田の宿泊スペースが半分を占めているが―――に足を踏み入れる。

その奥に、かめの水槽があった。

岡部「かめ、生きてるか?」

ガラス越しに覗いてみると、“かめ”と名付けられた、哀れな金魚が、水中をゆらゆらと漂っていた。

かめは橋田とは二年来の付き合いであるらしい。

金魚とはいえ、二年も生きていれば相当でかくなるもので、既にその出で立ちからは貫禄のようなものを感じる。

夏祭りの出店で、俺の親父がヒイヒイ言いながらとってやったのだとか。

そんなものが、よくもここまで長生きするものだと、橋田の面倒見のよさに感心する。

岡部「待たせて悪かったな。今、餌をやるぞ」

側に置かれていた金魚の餌袋から、中身を適当につまんで水槽へと落としてやった。

それに気付いたのか、かめが水面まで浮上して、必死に口をパクパクとした。

結構可愛い。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:44:54.37 ID:kfMRQNrDO
それから俺は、かめがやたらと時間をかけて餌を食うので、それを待って開発室を出た。

時計を見ると、時刻は19時を回っている。

そういえば、橋田のやつ、今頃腹を空かせているかもしれない。

帰りに何か買っていってやろう。

俺が作ると文句を言うのだから、しょうがない。

しかし、あんなにハッキリと言わなくてもいい気がするものだが。

そういえば、熱は下がっているだろうか。

一人で置いてきたが、本当にそれで大丈夫だったのか?

場合によっては多少無理をしてでも医者に連れて行くべきかもしれない。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:51:03.01 ID:kfMRQNrDO
そんな事を考えながら、帰ろうとして玄関へ向かった時だった。

入って来た時はわからなかったが、談話室のテーブルの上に、バックパックが置かれている事に気が付いた。

多分、橋田のものだ。

―――心臓が、ドクン、と鳴る。

それは、旅行用にしては大げさすぎるくらいに大きい。

―――心音が、どんどん大きくなっていく。

バックパックには、荷物が詰め込まれているのか、パンパンに膨れている。

そして。

“この、以前とは違うように見える部屋”

“ここ最近の、橋田の言葉”

“橋田の顔”

それらが、頭の中の真っ白なスクリーンに、勝手に投影され始めた。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 01:53:57.32 ID:kfMRQNrDO
岡部「あ……」

ふと、その意味が理解できた時。

急に、胸が締め付けられたようで。

鼻の奥がツンとして。

俺は、眉間をグッと寄せて。

涙が出そうになるのをこらえた。

―――ふざけるなよ。

気がつくと俺は、背後の水槽に向けて、馬鹿らしくも金魚相手に話しかけていた。

http://www.youtube.com/watch?v=FKf3raEy_bo&sns=em

つづく。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 02:23:30.48 ID:hqFynOcDO
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/01/23(月) 02:39:05.53 ID:xNbqbI/So

続きが気になるわ
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 22:38:00.93 ID:kfMRQNrDO
岡部「ううむ……」

目の前に広げられた、縦8マス、横8マスの正方形の描かれた対戦マットに目を落とす。

今まさに、この俺の陣地――サーバーエリア――に侵入しようとしているこのカード。

それがリンクカードなのか、それともウィルスカードなのか。

それが問題だ。

思い切って、取ってみるか……?

いや、待てよ。

……ここは、見送るべきだろうか。

見送った結果、漆原が別の手を使ってくれば、こいつはウィルスカードだと確定する。

そうなれば、俺の勝ちだ。

しかし、もしも漆原が突入させてきたこれがリンクカードだったならば、そこで勝負は終了。

俺の負けとなる。

すなわち、俺にはカードを取るか取らないか。

そのニ択しか残されていない。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 22:40:13.92 ID:kfMRQNrDO
これがウィルスカードなら俺の負け。

しかし、リンクカードなら勝てる。

お互い、首の皮一枚でつながっているようなものだ。

『ファイアウォール』『ウィルスチェッカー』『チェンジディレクトリ』は

両者とも、既に使用してあったため、下手な小細工は出来ないし。

それらを使用すると、1ターン無駄に消費してしまう事になる。

……となれば、だ。 ここからは、単なる心理戦である。

俺は、漆原の目をジッと見つめた。

漆原は、それにたじろぐ。

岡部「なあ、漆原?」

漆原「な、なに……?」

岡部「これ、ウィルスカードだろ?」

漆原「ど、どうかな……?」

目を中空に泳がせた漆原は、苦笑いをして肩をすくめている。

……実に簡単なやつだ。

俺はそれを見て、ニヤリとした。

カッコつけて、前髪をかきあげる。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 22:43:48.12 ID:kfMRQNrDO
間違いない。

この、手元まで攻めてきたものは、きっとウィルスカードなのだ。

と、なれば。

岡部「ふ、ククク……俺はこのカードを一つ進めるぜ」

俺は、自身の駒を、漆原に向けて一つ突き出した。

漆原「……っ」

漆原が、身をよじらせて。

見ると、唇を噛んでいる。

決まった。

その表情がすべてを物語っている。

俺の勝ち、だ。

やはり漆原が特攻させてきたこれは、ウィルスカードだったのか。

この終盤において、ラインブーストを装備させて単騎駆けさせてきた時点で怪しいと思っていた。

俺の突き出したリンクカードは、幸いにも敵に囲まれてはいない。

あと1ターンで漆原のサーバーへと侵入出来る。

ここからは、何をしようと無駄な事。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 22:45:32.56 ID:kfMRQNrDO
いわゆる、漆原にとっての“詰み”状態なのだ。

早く“参りました”と言え!

フハハハ!

俺は、今にも小躍りしてしまいそうになるのをこらえた。

漆原「ぼ、ボクの……」

岡部「んん?」

しかし、漆原は、しなを作ったように両の手のひらを組み―――

漆原「勝ち、ですね……」

小さく微笑んだ。

岡部「な、なに!?」

漆原「えっへへ……」

脳天気に笑いながら、漆原がカードをめくって、俺のサーバーエリアへと置いてくる。

……うそだろう? およそ有り得ないであろう状況に、全俺が震撼。

俺はおそるおそる、そのカードを覗き込んだ。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 22:47:15.20 ID:kfMRQNrDO
すると、カードは光の反射によって、その正体を明らかにして―――

岡部「り、リンクカード……だって……!?」

まさか。 こんなの、嘘だ!

よりによって、こいつにだまされるなんて事は……!

漆原「ごめんね、岡部くん」

岡部「……」

漆原が、苦笑いを続けていた。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 22:49:57.01 ID:kfMRQNrDO
談話室のソファに腰掛けて、自分の膝ばかりを見つめる。

漆原「お、岡部くん?」

漆原が心配そうに、俺の顔を覗き込んできた。

岡部「なんだよ……」

漆原「さっきは、ごめんね」

岡部「……いや、謝る事はねぇだろ」

漆原「で、でも、騙しちゃったみたいで、ボク……」

申しわけなさそうに、漆原がうなだれた。

俺は、そんな漆原の肩に、ポンと手を置いた。

岡部「俺が選択を謝ったんだ。 それに……お前を騙そうとしていたのは俺も同じだしな」

そして、勝負に負けたのだ。

悔いはない。

例えそれが、橋田が珍しく買ってきたケーキを巡ったものだとしても、今更文句を言うのは筋違いである。
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 23:29:44.68 ID:kfMRQNrDO
謝った→誤った
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/23(月) 23:42:19.14 ID:kfMRQNrDO
何故、俺たちが、こんな一昔前の遊戯に興じていたのか。

それは、先ほどから漆原が美味そうに食っている、そのケーキが発端だ。

俺は、そいつに釣られた。

釣られて、満面の笑みで未来ガジェット研究所のラボを訪れた。

しかし、結果として俺は、“騙されてケーキを食えなかった間抜け”という役を与えられる羽目に。

橋田のメールに騙されて、ホイホイとやってきたのが悪いと言われれば、俺には黙る他ないが。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/24(火) 00:17:39.24 ID:K4EZ46DDO
鈴羽「はぁ……なにこれ」

岡部「あん?」

鈴羽「いや、二人とも、弱いなあ、と思って」

開発室にてPCでネットサーフィンをしていた橋田が出てきて、対戦マットを見て鼻で笑っている。

俺は、そんな言葉を予想できていて、予めイラッとしていた。

岡部「……うるせぇな。橋田は出来んのかよ。 雷ネットABを」

鈴羽「そりゃあ、出来るよ。 昔は、よくやったからねぇ」

岡部「ああ? 昔、だぁ?」

おかしな話だ。

雷ネットABが流行ったのは、少なくとも25年は前の事だ。

25年も前ともなると、今ではこのゲーム自体が過去の遺物のようなもの。

そんなものを、よくやったものだ、と懐かしむ。

おかしな話、だ。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2012/01/24(火) 03:49:15.52 ID:Jej2R+uZo
寝ちまったのか

おつ
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/24(火) 16:47:13.31 ID:Gbd8NN+ho
おもしろい
しかし橋田が横暴すぎて岡部が可哀想になってくるwwwwww
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/01/24(火) 21:52:30.03 ID:gy4ZgLYZo

こういう話はワクワクが止まらない
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/24(火) 22:28:40.56 ID:K4EZ46DDO
岡部「雷ネットなんて、やる相手がいたのか?」

雷ネットABバトルは、今では完全にブームが過ぎ去っている。

俺なんか、こんなゲームがあったなんて、昨日家の倉庫で発見するまでは、存在すら知らなかったくらいなのに。

少なくとも、俺たちの世代で雷ネットを知っていて、さらにそれを続けている物好きはいないだろう。

鈴羽「姐さんだよ」

岡部「え? 秋葉さん?」

鈴羽「そう。 姐さんは雷ネット全盛期にも負けなしだったらしくてさ」

岡部「へぇ。って事は、大会とかにも出てたのか?」

鈴羽「大会には出てなかったみたい。 色々と苦労した人だから、忙殺されて暇が無かったって」

鈴羽「でもさ」

橋田が、懐かしいものを語るような顔になり、話を続けた。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/24(火) 22:30:14.68 ID:K4EZ46DDO
鈴羽「父さんが言うには、“もしもあの時、大会に出てたら、きっとチャンピオンになってただろう”って」

無冠でそんな風に言われても、いまいちパッとしないのだが……。

鈴羽「実際、噂を聞きつけたグランドチャンピオンが店に来てさ」

鈴羽「非公式の対戦だったとはいえ、余裕で倒しちゃったらしいからね」

そ、そんなにすごいのか?

まるで、マンガみたいな話だな。

確かに色んな意味で頭のキレる人だとは思っていたが、ちょっと意外だ。

鈴羽「雷ネットABは、そんな姐さんから叩き込まれたんだ。 つまり、あたしも結構強いわけで」

橋田は、えへん、と自信ありげに胸を張って。

鈴羽「どう? 勝負してみる?」

ニヤリと唇を歪めた。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/24(火) 22:32:42.45 ID:K4EZ46DDO
岡部「の、望むところだ。 受けて立とうじゃねえか」

正直、あんな話を聞かされた後で、少し気が引けるが……。

しかし、弱いと言われてしまった以上、黙って引き下がっては男が廃る。

岡部「橋田のその自信、ズタズタに引き裂いてやるよ」

橋田に、人差し指を突き付けてやった。

鈴羽「おー、言うねぇ」

パチパチと拍手が返ってくる。

岡部「うむ、サンクス。 ただし」

鈴羽「??」

岡部「……もちろんの事、ノーレート試合だ」

鈴羽「あ……はは、だっさぁ。 なんだ、ビビってんじゃん」

岡部「ぐ、ぐっ。 うるせぇよ!」

ひどい言いぐさである。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/24(火) 22:36:08.78 ID:K4EZ46DDO
だって、予めこう言っておかないと、後でどんな事になるか。

想像するだけで恐ろしいのだから、しょうがないだろう。

鈴羽「わかった、いいよ」

橋田は、ひとしきり笑ってから、うなづいた。

そして、漆原に視線をやり。

鈴羽「それから、ジュニアとうるしぃはペアでもいいよ」

岡部「なに?」

凄まじい自信だ。

それとも、単にナメられているだけか?

漆原「つまり、2対1、という事ですか?」

鈴羽「そうだよ」

岡部「……随分な余裕だな」

このゲームにおいて、ペアを組んだ相手と戦うなんて、かなり不利なはず。

なぜなら、相手の思考を読む事が、勝利の鍵だからだ。

そして、二人分の思考を読むのは、至難の業である。

これなら、勝てるかもしれない。

ノーレートだなんて、言わなければよかったな……。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/24(火) 22:38:48.91 ID:zGn5KujLo
鈴羽はリーディングシュタイナー発動してるのか…??

気になるな


C
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/24(火) 22:49:22.96 ID:bDeER/P9o
鈴鹿が本懐を達したなら、若き日のオカリンと会った記憶はないはずだもんなー
そこがどうなるか楽しみだ
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/24(火) 23:19:25.49 ID:K4EZ46DDO
鈴羽「デュエルアクセス!」

岡部「な、なに?」

見ると、隣の漆原も俺と同じく、キョトンとしていた。

鈴羽「あ、あはは、対戦開始の合図だよ」

岡部「そ、そう……なのか?」

聞き返すと、橋田は頬を染めて、照れくさそうに頭を掻いている。

わかりやすっ。

強いなんて、嘘だ。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/24(火) 23:20:48.72 ID:K4EZ46DDO
コイントスの結果、先行は橋田となった。

さて、お手並み拝見と行こうか。

鈴羽「んー、じゃあ、これっ」

まず、真ん中のカードを一つ進めてくる。

鈴羽「ささ、そっちもどうぞ」

岡部「ああ」

俺たちの布陣は『VRVRVVRR』

漆原「どうしようか?」

漆原が隣で首を傾げた。

岡部「最初はお前が動かしてみろよ」

漆原「え? い、いいの?」

岡部「ああ、最初だから気軽にやればいい」

漆原「わ、わかった」

おずおずと、リンクカードを前に出す。

すると、橋田は意地悪そうに笑った。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/24(火) 23:24:58.32 ID:K4EZ46DDO
鈴羽「それはウィルスカードだね、絶対」

漆原「え、えっ?」

漆原!

恐ろしい子っ!

図星だったようなウソのリアクションが完璧だ。

岡部「お、おい漆原」

俺もさらにウソの反応をして、サポートする。

漆原「ご、ごめん」

フハハ、こいつ、出来る。

鈴羽「わかりやすっ」

……愚か者め。

心の中でほくそ笑んでやる。

鈴羽「あれはウィルスカード、と」

橋田が手のひらにメモをとるような仕草をして見せた。

残念、それはリンクカードだよ。

どうやら“揺さぶり”までも苦手らしい。

好都合だ。

橋田は、このカードをウィルスカードだと認識した。

思わせておいて、さり気なく攻め込む手に使ってやろう。

ウィルスカードが攻めてきても、橋田は油断するはず。

ターミナルカードのチェンジディレクトリを残しておけば、そういう手だと思い込ませる事も可能だ。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/24(火) 23:26:04.70 ID:K4EZ46DDO
鈴羽「それよりさー」

橋田が端のカードを動かしながら、話しかけてくる。

次の揺さぶりか……。

だが、あまり怖くないな。

岡部「なんだよ」

さて、何を言い出すのやら―――

鈴羽「ジュニアって、あたしの事、スキでしょ?」

岡部「え!?」

漆原「えっ?」

漆原と二人して、飛び上がらんばかりに驚いた。

鈴羽「どうなのさ?」

岡部「な、何を言いやがる! そんなわけねえだろ!」

鈴羽「えー? 本当にぃ?」

岡部「あた、あた、当たり前だ!」
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/24(火) 23:29:08.89 ID:K4EZ46DDO
藪から棒に、バカなのか!?

しかも、ゲームと全然関係のない話題かよ!

なおも訝しげに、橋田が見てくる。

なんなのだ、この自意識過剰なスイーツ(笑)っぷりは!

岡部「大体だ!俺は、漆原萌えなんだ―――」

言いかけて、自分の膝を力いっぱいに叩いた。

岡部「――よ、あうっ!」

ラボに、パチンと軽快な音が鳴り響いた後で。

一瞬のうちにシンとなり、場の空気が凍りついた。

俺が、おそるおそる、隣に視線を持って行くと。

漆原「あ、あわ……あわ……」

漆原は、まるで酸欠寸前の金魚のように口をパクパクとさせている。

向こうの水槽では、かめが“やっちまったな”と言わんかのようにこっちを見ていた。

やっちまった。

橋田もポカンとしている。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/25(水) 03:26:36.94 ID:nrRe27NDO
俺は何も言えなくなってしまった。

膝の上で握る手には、汗が滲んで止まらない。

耳が熱い。

多分、今頃真っ赤になっているだろう。

その証拠に、見ると、橋田がくっくっと笑っている。

くそう……。

これは、母さん譲りのクセだ。直そうと思って、直せるものではない。

かなり恥ずかしい。

鈴羽「ねぇ、うるしぃさ」

漆原「……え? あ、は、はい?」

鈴羽「それ、リンクカードだよね?」

橋田が、こちらのリンクカードを指差して聞いてくる。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/25(水) 03:29:04.72 ID:nrRe27NDO
漆原「……ち、ち、違い、ます」

ゴニョゴニョと言って、うなだれた。

さっきからこの様子だ。

鈴羽「ふむふむ……」

コクコクと頷きながら、ニヤリと笑う。

岡部「くっ……」

汚いぞ、橋田め。

いや、悪いのは俺だが……そうは思いたくない。

まさかこんなにも早くに、いわゆる、ペア側の優位を瓦解させてくれるとは。

あのバカな質問も、それが狙いだったのかよ……。

俺は心の中で、小さく舌打ちした。

手のひらにかいた汗を拭う。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/25(水) 03:31:49.63 ID:nrRe27NDO
鈴羽「もっと、お互い相談した方がいいんじゃない?」

どこまで意地悪なんだ! それはおよそ、青天井と呼ばれるものなのか!?

岡部「……」

チラリと横を見やると、漆原はサッと目をそらした。

漆原「うう……」

ほら見ろ! こんな感じで、相談なんて出来るかよ!

ただでさえ、この空間にいる時点で、死ぬほど気まずいのに!

歯噛みする俺を横目に、橋田は漆原に、これでもかと揺さぶりをかけ。

あれよあれよとリンクカードを特定してしまった。

それによって、取られたリンクカードは3枚。

ウィルスカードは1枚。

俺は、一枚のカードを守る陣形をとり、ファイアウォールを設置した。

これはフェイクである。

橋田に、守った方を残りのリンクカードだと思わせるためのものだ。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/25(水) 03:34:04.01 ID:nrRe27NDO
鈴羽「あはは、こりゃあ、勝ったも同然だね」

岡部「ま、まだだ……」

鈴羽「そうなの?」

岡部「……」

さっきのどさくさに紛れて、最初にウィルスと偽ったリンクカードは、橋田の陣地近くまで進めてあった。

チラリと、わざとらしくチェンジディレクトリに目をやる。

それにつられて、橋田も俺の視線を追った。

……よし。

これで橋田は、このカードを取るときに一旦待つはずだ。

橋田はこのカードをウィルスだと認識している。

つまり、橋田のサーバーマスに、いきなり入って来るなど、想像もしていないはず。

俺が1ターンを消費して、チェンジディレクトリを使用し―――

こいつと、守りを固めたフェイクとを交換するのを待った上で取ろうと考えるだろう。

そうすれば、次のターンでチェックメイトだ。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/25(水) 03:35:02.82 ID:nrRe27NDO
岡部「ここで、こいつを進めるぜ……」

表情が緩まないように、注意を払う。

指先で軽く押すと、マットの上を、カードが滑った。

俺が偽ウィルスカードを、サーバーマスに一つ近づける。

すると、橋田は―――

鈴羽「あ、それ取るよ」

ためらいもなく、それを捲った。

岡部「え?」

そのあまりの早業に、思わず我が目を疑う。

何度もまばたかせて見てみると、橋田はニッコリと笑った。

鈴羽「おお、ラッキー♪ やっぱり、リンクカードだったなぁ」

岡部「な、なん……だと?」

読まれていた……のか?

漆原「……っ」

鈴羽「最初に、わかりやすっ、って言ったじゃん」

岡部「……」

あれは、本当にわかっていたのか……。

鈴羽「わかってたよ、だって、ジュニアだからね」

岡部「ぐぬぬ……」
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/25(水) 03:37:41.07 ID:nrRe27NDO
鈴羽「正直、うるしぃ“だけ”が相手だったら難しかったかもねぇ」

ひ、ひどい……!

そんな言い方をする事ないのに!

鈴羽「うるしぃは、リアクションを“作る”のが上手いからね」

岡部「つ、つまり、俺が漆原の足を引っ張った……と?」

漆原「そ、そんな事ない、ですよぅ……岡部くんも、頑張ってたし」

珍しく漆原が、橋田に反論した。

しかし、そんな水をかけるようなフォローは逆に傷つく。

鈴羽「ジュニアがうるしぃにサポートを入れてくる場面が、いちいち芝居じみてたからねぇ」

そ、そうだったのか!

鈴羽「あんなの、邪魔でしかないよね、あはは」

岡部「あがっ……」

鈴羽「まあ、あたしからすれば、かなり役に立ってくれたけどね」

そこで、橋田はにひっと笑う。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/25(水) 03:39:07.42 ID:nrRe27NDO
鈴羽「うるしぃの守りを崩すのに、大いに貢献したんだ、勲章ものだよね。 鈴羽章、作ろっか?」

いらねぇ。

しかし、あれか……。

鈴羽「まさに、狙い通り、ってとこかな?」

思い返して、過去の俺の頭に膝蹴りを食らわしてやりたくなる。

今ならタイムマシンも作れそうな勢いだ。

………うん?

だが、待てよ。

そもそも、俺が漆原萌えなんていう情報は、橋田が知る由もない。

岡部「……狙い通りって、なんの確証もなかっただろ……?」

俺はそんな素振りを見せた事は無かったし、漆原をお姫様扱いなどしていない。

普通にハタから見れば、“ただの幼なじみ”にしか見えなかったはずだ。

まさか、橋田には何らかの能力が使えるのだろうか。

例えば、相手の目を見るだけでその心理がわかる、みたいな。

……そんなわけないか。

ばかばかしい。

そんな事を考えて自嘲していると。

橋田が、爆撃機の爆弾投下ハッチような口を開いて。

鈴羽「だって、ジュニアが貧乳好きな事は知ってたからさー、そうだろうと思ってたんだよねぇー」

などと。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/25(水) 03:40:45.31 ID:nrRe27NDO
ええ?

今の橋田の言葉が、頭の中でリフレインした。

なんだって? 今、なんて?

岡部「が………っ!!!」

漆原「……っ!」

漆原が、自身の身体に目を落とす。

そうして上げた顔は、例によって、涙目の漆原。

なぜそれを。

岡部「なぜ……それを」

なおも墓穴を掘っていると気付いたのは、思わずそう口にした後だった。

サイズハング……!

これもまさか、鎌かけ、だったと言うのだろうか?

俺の蒼白な表情から、そんな事を読み取ったのか、橋田がかぶりを振る。

鈴羽「鎌かけじゃないよ。それは本当に知ってた」

岡部「はぁ!?」

やっぱり、こいつには何かしらの能力が!?
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/25(水) 03:44:02.27 ID:nrRe27NDO
鈴羽「だってあたし、こないだジュニアの部屋に1日いたわけだしさ」

岡部「あ……あわ、あわ……」

なんにも触るなって、言ってあったのに……?

聞かずとも、橋田が頷く。

何故か誇らしげである。

そうして、漆原は完全にうなだれたまま、顔を上げなくなってしまい。

俺は何も言えなくて、ただただ、冷や汗だけが頬を伝っていて。

鈴羽「さーて。 “デュエル・オーバーだね”」

橋田はおもむろに立ち上がって。

鈴羽「ご飯食べに行こっか。 もちろん、ジュニアのおごりでね。にひひ」

ひとつ、小悪魔的な笑みを浮かべた。

……ノーレートって、言ったじゃねえか。

http://www.youtube.com/watch?v=dtwNkFUwZZM&sns=em

つづく。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/25(水) 03:48:59.58 ID:/mXldaMxo
おつ
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/25(水) 04:18:21.74 ID:nrRe27NDO
余計なお世話かもしれないですが、岡部のイメージを貼っておきます。

http://mup.2ch-library.com/d/1327432584-20120125040504.jpg

失礼しました。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/01/25(水) 05:36:48.70 ID:Sh3tlM4Co
オカリンが髪型変えたらこんな感じだな
あ、母親似か
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/25(水) 16:31:02.36 ID:E8JgfzfBo
白陵の制服に見えた
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/26(木) 00:36:08.79 ID:5HtrcW6Mo
いいね
こういう話わくわくする
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(茨城県) [sage]:2012/01/26(木) 03:18:28.36 ID:43EGo7wc0
>>95

阿良々木さん、こんなとこで何してるんですか?
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/01/30(月) 03:53:04.90 ID:0GOkW+jWo
画像が消えてる…
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/31(火) 00:53:49.87 ID:nJRkhI5DO
岡部「よお、漆原。今日は早いな」

漆原「あ、岡部くん。今日は、バイトが休み、だったから」

いつもの屋上に来てみると、この真夏の陽光が激しくて逃げ場のない中、漆原が健気にも先に待っていた。
昨日、俺が呼び出したのだが、先に来ているとは。
ちょっと悪いことをしたな……。というかこいつは、せっかく白い肌をしているのに、日焼けが怖くないのだろうか。

岡部「済まん。待ったか?」

漆原「ううん、大丈夫だよ。さっき来たところ。それより、はい、これ」

俺が、ベンチの漆原の隣に腰掛けると、
彼女はコンビニ袋からゴソゴソとアイスキャンディを取り出してきた。

岡部「おお、今日はソーダ味か。サンクス」

漆原「えっへへ……」

アイスを口にくわえながら、俺は早速例の新作ガジェットを取り出した。
幻想花火。
しかも今回はバージョンアップしている。
夏休みの時間をフル活用し、連日徹夜で試行錯誤をした結果、ついに完成に至ったのだ。
かなりキツかった。
漆原に劣らぬ、自分の健気さに勲章を贈りたい。
隣から漆原が、目を輝かせながら幻想花火2nd Edition Ver 2.02とPCをのぞき込んでくる。

漆原「うわぁ、すごい、見た目が全然変わってるねー」

岡部「ああ、1から作り直したからな」

うむ、いい反応だ。
……お陰でお財布は寒くなってしまったが。
経費が下りるわけでもないから、しょうがないか。

岡部「それに、デザインも重要だしな」

漆原「へぇ、そうなんだ」

頷きながら、ゴーグルを一つ、漆原に手渡してやった。
俺と漆原は、揃ってゴーグルを装着。
幻想花火プログラムを、ノートPCから起動した。
次々と花火が上がる中、隣からはアイスをかじる涼しげな音。
漆原は、楽しんでくれているのだろうか。
もしそうなら、嬉しい。
純粋に、作って良かったと思える。
そして。
―――橋田は。
橋田は、どう思うだろうか。
また、ダメ出しされるんだろうか。
あいつは、妥協という言葉を知らないからな。
でもまあ、そうだったとしても―――
そう思った時、胸が細い針で刺されたようにチクリと痛んだ。
俺は、彼女がこれから何をするかを、なんとなく知っている。
あの遠い目が何を指しているのか、なんとなく知っている。
知ってしまった。
以来、俺の見る世界は、どこか色あせてしまったようで。
どうすればいいのか、わからなくなって。
だから、

岡部「なあ、漆原」

思い切って、漆原には打ち明けてみる事にした。
ここに来る前に、既に決めていた事だ。

漆原「うん?」

岡部「橋田なんだけどさー?」

出来るだけ、軽い口調を心掛けた。

岡部「もうすぐ――」

けれど、言っている途中で花火がぼやけて見えている事に気がついて。
こんな事なら、いっそ言葉にしなけりゃよかったと、軽く後悔しながらも、

岡部「どっか……行っちゃう、かもしれない」

湿った声で、つまり詰まり、かなり情けなく言い切った。
隣に悟られないように、軽く鼻をすする。
漆原からは、息を呑む気配がした。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/31(火) 00:55:58.66 ID:nJRkhI5DO
漆原「………」

岡部「………」

漆原「………」

返事はない。
場が一瞬にして、沈黙に包まれた。
まさか、泣いているのだろうか。
いきなり言ったのはまずかったか……。
……そりゃ、そうだよな。
だって、漆原は泣き虫だし。

岡部「あ、でも、もしかしたら俺の勘違い――」

漆原「あ、うん。知ってたよ」

岡部「え?」

笑い話に持っていこうとしたところで、漆原に遮られてしまった。

漆原「その事は、知ってた」

………。
……ええ?
なんだよそれ。
知ってたって、漆原が?
なんで?
思わずその顔を見ると、漆原はまだゴーグルを着けたまま空を見上げていた。

漆原「最初は、なんとなくそうかも、って気がしてただけだったけどね」

漆原「最近の、橋田先輩の様子を見てたら、わかっちゃった」

岡部「お、おい、まてまて。それだったら、お前のも勘違いかもしれないじゃねえか」

結局、それも予想でしかないわけだろ?
だったら―――

漆原「聞いたから……。直接」

岡部「………」

こいつ、思ったより鋭いというか、結構図太いところがあるんだな……。
かなり驚いた……。
でも、やっぱり本当にそうだったのか……。
勘違いで済めば良かったのに。
さっきから、暑さからくるものとは別の息苦しさを、俺は感じていた。

岡部「それで……橋田は、なんて?」

漆原「ううん。それは自分で聞いた方が、いいと思うんだ」

漆原「……きっと、ボクの口から言っても……岡部くん、納得しないよ」

岡部「……そう……なのか?」

漆原「………」

漆原はひとつ頷いて、黙り込んでしまった。
自分で聞けって……。
まあ、当たり前の事かもしれないが、面と向かってそう言われると結構キツいな。

岡部「……わかった。よくわかった。この話はもうやめにしよう」

岡部「野暮なこと聞いて、悪かったな……」

漆原「うん……」

キツいな……。
心の中で、小さく舌打ちをする。
というか、聞けるはずねえよ。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/31(火) 00:56:44.44 ID:nJRkhI5DO
頭の中で、シュミレーションしてみる。
………。
……。
うむ。全然ダメ。
多分、聞いてる途中でどうにかなると思う。俺が。
以前の俺なら、そのまま引きこもり生活――たった3日間だけだったが――に一瞬で逆戻りもあり得る。
あ……でも、どっか行くって言っても、やっぱりアレだろ?
どうせ1週間とか、長くて1ヶ月とか、そんなもんだろう。
いや、そうに違いない。
きっとそうだ。
自分に、そう言い聞かす。
言い聞かせないと、保たない。
でも、漆原は深刻そうな顔だった……。
軽い話をする顔じゃなかった。

岡部「………」

ブンブンと頭を振って、モヤモヤを振り払う。
……とりあえず、ここは話題を切り替えよう。

岡部「そういや、今日、旧ラボメンたちの同窓会があるらしいぜ?」

岡部「知ってたか?」

漆原「うん。橋田先輩も出るんだよね」

岡部「え………」

岡部「それって、ダルさんの事だよな?」

漆原「違うよ。鈴羽先輩がだよ」

岡部「………」

なんなんだよ、もう。
色々とわかんねえよ……。
完全に、打ちのめされた気分だ。
漆原が事実を話す度、頭がこんがらがってきて。
どこにもぶつけようのない悔しさが、胸を締め付けてくる。
……なんであいつは、俺たちから離れて行ってしまうんだ。
……なんで、離れて行こうとするんだ。
今のままの俺たちで、なにがいけないんだ。
十分……楽しいじゃないか。
それなのに……。

岡部「……なあ、漆原」

漆原「なに?」

岡部「花火が完成した事、黙っといてくれよ」

漆原「……いじわる」

漆原が呟くのと同時に、フィナーレの大玉が遥か上空で弾けた。
花火が完成しなければ、橋田はどこへも行かないような気がする。
だって、あれで結構楽しみにしていたようだし。
稚拙な考えだったが、俺はそう思った。
ああ、いじわるって、そういう意味か。

……やっぱり鋭いな。
見ると、漆原は珍しく唇を尖らせていた―――

http://www.youtube.com/watch?v=kAEsXB8fAR8&sns=em

つづく。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2012/01/31(火) 03:30:03.51 ID:wHTkSl6Eo
くっ……

続きが気になる
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/31(火) 07:30:45.79 ID:oRQAnToIO

毎回楽しみにしてる
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/31(火) 08:12:09.30 ID:/kfRurFdo

先が気になりすぎる・・・
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/31(火) 14:29:35.42 ID:sXXL7TIDO
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/02(木) 11:53:59.99 ID:Ed245NBDO
今回は外伝というか、まゆりの誕生日だったのでVIPに投下したやつです。
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/02(木) 11:55:10.07 ID:Ed245NBDO
倫太郎「お、おい!お前たち!」

ラボで暇を持て余していた紅莉栖とダルに声をかけると、ハタ迷惑そうな顔を向けてくる。
“今度は何事か”
表情がそう語っていた。

倫太郎「お前たち、ポカーーンとしている場合じゃないぞ!」

至  「オカリン、今度は何なんだよぅ」

紅莉栖「またどうせ、くだらない事でも思いついたんでしょ」

倫太郎「……ダルよ、今日は一体何日だ?」

至  「はあ?」

至  「今日は2月1日だろ?」

倫太郎「そう、2月1日だ。すなわち今日この日は、まゆりの誕生日だったんだよ!!」

紅莉栖「なっ!?」

至  「なんだってー!?」

二人から、間抜けな声が上がった。
俺とした事が、うっかりしていたな……。
まさか、まゆりの誕生日を忘れているなんて……!

至  「つーか、よく知ってるな、オカリン」

倫太郎「え?」

ようやくエロゲのセーブが終わったのか、ダルが開発室から出てきた。

至  「いや、まゆ氏の誕生日とか。僕は知らなかったわけだが」

倫太郎「ああ。 あいつは俺の幼なじみだからな……」

まゆりとは、長年の付き合いだ。
知っていて当然である。
ダルは知らなかったと言ったが、まゆりは元々、自分の誕生日を自分から言い出すような子ではない。
だから、ラボメンの誰もが知らなくても、それはしょうがないといえばしょうがないのかもしれない。
だが、それで祝ってやれなかったとなったら、俺としては気の毒な事この上なかった。

紅莉栖「へえ、じゃあ私の誕生日は?」

倫太郎「え?」

突然、紅莉栖が妙な事を問いかけてきた。
何でそんな事を今聞く?
まさか、ラボの創設者である俺の器を試しているのか?
そういうのはやめてほしい。
しかし、紅莉栖は依然として期待のこもった目で見つめてきている。

倫太郎「………」

紅莉栖「………」
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/02(木) 11:57:30.08 ID:Ed245NBDO
眉間をつまみ、回らない頭で必死に記憶を探る。
えーと、確か……あ、そうだそうだ。思い出したぞ。

倫太郎「あの、アレだろ? 7月だろ?」

紅莉栖「おお」

一瞬、紅莉栖の目が輝いた。
よし。正解のようだな。
さて、早速まゆりの誕生会の―――

紅莉栖「それで?」

倫太郎「へ?」

紅莉栖「何日?」

倫太郎「………」

紅莉栖「ねえ、何日?」

倫太郎「………」

目をサッと逸らすと、紅莉栖の視線が追いかけてくる。
なんだこれは、尋問か?
今はそれどころでは無いというのに!

至  「……まさかとは思うけど、答えられないん?」

ダルが、わざとらしく意地悪な言い方をしてくる。
こいつはまた、余計な事を。
……そのまさかだよ。
俺はダルに、潔く頷いてやった。

紅莉栖「そ、そんな……」

途端に紅莉栖は悲しそうな顔になり、がっくりと肩を落とした。
今そんな事を聞いてくる方が悪いんだろうが!
俺は思わず、心の中で舌打ちをしていた。
紅莉栖は、完全にうなだれてしまったままで。
ダルはそれを慰めようと、バカな事を言い出して、空回りし。
俺はそんな空気に耐えきれず、各自まゆりの誕生会準備の指示を飛ばし、解散を告げた。

倫太郎「ルカ子!」

俺は柳林神社入り口の階段を駆け下りると、
社務所のすぐ側で今日も今日とて、健気に掃き掃除をしていたルカ子に声をかけた。

るか 「あ、凶真さん。こんにちは」

ルカ子はこちらに気付き、ペコリと会釈してくる。
ここまで走って来たので、肺が過度に酸素を要求してくるが、俺は息が整うのを待たずに続けた。

倫太郎「ルカ子、はあっ、メール、見たか?」

るか 「メ、メール、ですか? すみません、ケータイは部屋に置いてきちゃって……」

俺はラボを出る前に、ルカ子と萌郁にメールを出していた。
もちろん、まゆりの誕生会のためだ。

倫太郎「ならいい。はあ、お前、今日が、まゆりの誕生日だと、知っていたか?」

るか 「え?ええっ!? そうだったんですか? そ、それは知りませんでした……」

倫太郎「……っ」

まさか、ルカ子も知らないなんて。
胸が、針で刺されたように痛む。
まゆりのやつ、他人を祝う時は本人以上に喜んでやってるくせに、自分の事となると控えめすぎるだろ。
それに誕生日くらい、せめてルカ子には言えばいいのに……。
ルカ子も、知らなかった事にショックだったようだ。

倫太郎「……それで、ルカ子よ。お前に頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」

るか 「あ、はい、なんでしょうか。 ボクに出来る事なら何でもします」

倫太郎「よし、それじゃあ―――」

俺はルカ子に要件を簡潔に伝えると、すぐに踵を返した。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/02(木) 12:00:21.40 ID:Ed245NBDO
次は、メイクイーンだ。

フェイリス「ハニャ! 凶真ったら、そんな大事なこと忘れてたのかニャ!」

倫太郎「ちょっ、声がデカい……! まゆりに気付かれるだろ……」

フェイリス「あぅ……ごめんニャ」

何とか店の外からフェイリスを呼び出した俺は、少し階段を降りたところで彼女に相談を持ち掛けていた。

倫太郎「それで……頼めるか?」

フェイリス「朝飯前だニャ。それに、他ならぬ凶真の頼みだからニャン」

倫太郎「助かる。急に済まないな」

フェイリス「マユシィはフェイリスの大切な友達でもあるニャン。だから、むしろ嬉しいニャ」

フェイリスは、チラリと店内のまゆりを見やり、ニッと小悪魔的な笑みを浮かべて、

フェイリス「マユシィがバイトを終えた時に引き止めて、連絡があるまで相手してればいいんだニャン?」

倫太郎「そういう事だ。その後は、お前も一緒に来てくれ。ラボで待ってる」

フェイリス「がってんしょうちニャン♪」

ガッツポーズを作ってみせると、フェイリスは店の中に戻って行った。
さて、俺の方はこんなところか。
一旦、ラボに戻ろう。

倫太郎「おお、やっているな」

至  「ま、やる事って言っても、大した事なかったけどな」

ラボに入ると、ダルが汗を拭いながら脚立から降りているところだった。

倫太郎「いや、ここまでするのは大変だっただろう。ご苦労だった」

ラボはすっかり様変わりして、黒幕で全ての壁が覆われている。
昼間だというのに、ここだけかなり薄暗い。
電気を消せば、真っ暗闇だろう。
短時間のうちに、俺の注文通りにここまで用意するとは、さすがだ。
差し入れのコーラをダルに手渡すと、カロリー0のやつでないと文句を言ってくるが、俺は華麗にスルーしてやった。
そして―――
紅莉栖はというと、先ほどの事を引きずっているのか沈んだ顔で。
黙々と、プラスチックのボウルに穴を空けていた。
端から見れば、病的にいじけているようにしか見えない。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/02(木) 12:03:28.24 ID:Ed245NBDO
倫太郎「紅莉栖」

その背中に声をかけると、紅莉栖はビクリと反応した。

倫太郎「さっきはすまなかったな」

紅莉栖「………」

紅莉栖「べ、別に? 気にしてないけど」

と、しばらく間を置いて返事がかえってきた。
声色は明らかに不機嫌だ。顔は見えなくても想像出来る。
……そこまでへそを曲げなくてもいいというのに。

紅莉栖「……大体、あんたなんかに誕生日を覚えててもらわなくても、ちっとも―――」

倫太郎「25日だ」

言いながら、肩越しにドクペを差し出す。

紅莉栖「えっ?」

倫太郎「7月25日」

紅莉栖「な、なによ急に……っ」

倫太郎「済まなかった。さっきは気が動転していたのだ」

倫太郎「……忘れるわけが無かったんだよ。本来ならな。 許してくれ」

紅莉栖「……っ」

ドクペを受け取ると、紅莉栖は耳を赤くして、俯いて。
俺はその隣に、そっと腰を下ろした。
そうだ、忘れるはずがない。
紅莉栖の誕生日を。
ラボメンの、誕生日を。

倫太郎「さて、ここからはひたすら根気の作業だ。もうひと頑張り行こう」

紅莉栖「う、うん……」

紅莉栖に代わって、俺がボウルに穴を空け。
彼女は本を片手に、正確に穴を空けるべき位置をマークする。
そうして、ラボには静かな時間が過ぎていった。
途中からダルのエロゲの音が聞こえてきた時には、さすがにキレたが。

 * * *

時刻は18時を回っていた。
あれから、萌郁がジューシーからあげ他、各種パーティー料理の調達から戻り、
ルカ子も俺が注文した以上のケーキを仕上げて持ってきた。
会場の設営も、ダルが頑張ってくれたおかげで完璧に近い。
ラボはすっかり、まゆりの誕生日を祝う宴会、及び開発評議会の様相を呈している。
まさか、1日の内にここまで出来るとは思っていなかったので、俺は正直驚いた。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/02(木) 12:13:36.44 ID:Ed245NBDO
倫太郎「……俺だ。ああ、いつでもいける」

俺はケータイを耳に添えながら、ラボメンたちに位置に着くよう指示を飛ばした。

倫太郎「……わかった。後は頼んだぞ。エル・プサイ―――」

…………。

………。

倫太郎「……切られた」

皆に苦笑いを見せて、ケータイをしまう。

紅莉栖「バカやってないで、早く明かり消しなさいよ」

倫太郎「う、うむ……」

こいつは相変わらず手厳しいな。
ただの茶目っ気だったのに。
ブツブツと文句を垂れながら照明のスイッチを切ると、ラボは真っ暗闇に包まれた。
まさに漆黒の空間。
冬の寒さも相まって、雰囲気もなかなかに出ている。
闇の中から、ラボメンたちの息をのむ気配がした。
緊張感だけが漂う。
俺も、サプライズパーティーなんかやった事ないから、かなり緊張していた。
この静寂のなか、心音が耳に響く。
ややあって、ビルの階段を上ってくる二人分の足音が聞こえてきた。
フェイリスがまゆりを連れてやってきたのだ。
ドアが開かれ、外の光が少しだけ差し込んでくる。

まゆり「わっ、なにこれ!真っ暗だよぉ」

まゆりのびっくりした声。

フェイリス「マユシィ、ちょっとごめんニャ」

続いて、フェイリスの声。

まゆり「えっ? わわっ!」

フェイリスがまゆりの背中を軽く押して、そのままラボ内に押し込めると後ろ手にドアを閉めた。
再び、空間を漆黒が支配する。
視界が、黒によって完全に塗りつぶされる。
まゆりから伝わってくるのは、わたわたと動揺する気配。

まゆり「ど、どこ? フェリスちゃん? 真っ暗でなんにも見えないよー?」

よし、今だ―――

倫太郎「紅莉栖!」

紅莉栖「おk」

紅莉栖が、手作りプラネタリウムのスイッチを入れる音が聞こえると。
俺たちが空けた、穴だらけのボウルからは微かな光が漏れて、

まゆり「………ぁ」

途端に、まゆりの影が、大パノラマの宇宙に浮かんだ。
黒幕に映し出された星たちが、キラキラと輝いて。
まゆりの気配は小さく息をついて、キョロキョロと満点の星空を見渡している。
……実験は、成功だ。
俺たちから、まゆりへ贈る誕生日プレゼントはこの星空だった。
未来ガジェットと呼ぶには、あまりに捻りのない、ありきたりなプレゼントではあるが。
さっきから、彼女の感嘆の声を聞いている限りでは、間違いではなかったようだ。
そして、まゆりはゆっくりと。
星空へと向けて、手を伸ばす。
まるで、今にも空へと飛び立って行って。
その先にある、星々に握手を求めるかのように。

倫太郎「………」

宇宙空間にぽっかりと空いた、空に手を伸ばすまゆりのシルエットは。
とても、凜としていて。
それでいて、儚げで。
あまりに美しく思えて。
俺は。
しばらくの間、そんな景色に見とれていた。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/02(木) 12:16:02.06 ID:Ed245NBDO
紅莉栖「お誕生日おめでとう、まゆり」

至  「まゆ氏、おめでとう、うへへ」

るか 「おめでとう、まゆりちゃん」

フェイリス「マユシィ、驚かせてゴメンニャ! おめでとう」

萌郁 「椎名さん、おめでとう」

まゆり「うん……」

まゆり「みんな、ありがとう」

暗闇でよく見えないが。
そう言ったまゆりの顔は、きっといつものように、微笑んでいるはずだ。

倫太郎「まゆり」

まゆり「あ、オカリン……」

どうやら、俺が最後になってしまったようだった。
なんだか照れくさくなってしまい、俺は頭を掻きながら。

倫太郎「おめでとう」

まゆりに向けて、シンプルではあるが、祝福の言葉を贈ると、
星空の影は、ふんわりと、脳天気な笑みを浮かべた―――

http://www.youtube.com/watch?v=RwCl11tyWP0&sns=em

おわり。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/02(木) 12:40:27.46 ID:kzc9Y1IIO

風の冷たさを忘れるくらい ほっこりした
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/02/02(木) 19:11:23.48 ID:CmQecLljo
いいね
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/02/02(木) 22:07:24.40 ID:YSrZnDNZo

数少ないシュタゲスレ、応援してますー
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:15:59.88 ID:T1yYlbdDO
岡部「おい、鈴羽。俺をいったいどこへ連れて行くつもりだ?」

鈴羽「いいからいいからっ」

岡部「………」

鈴羽「――♪」

鈴羽が軽快にMTBのペダルを漕いでいる。鼻歌混じりで、実にご機嫌である。
俺はというと、その後ろに乗せられたまま、どこかへ連行される途中だった。
ぽかぽかと暖かい陽気に包まれ、心地よい風を頬に受ける。
俺たちを乗せた自転車は、滑るように街を進んで行った。
蔵前橋通りを抜ける時、桜が咲いているのが見えた。
季節はまさに、春真っ盛りといったところだった。

岡部「なぁ、どこまで行くんだよ……?」

鈴羽「うん? そんなに怖がらなくてもいいじゃん」

岡部「いや、怖がってなんかねえよ」

鈴羽「そうなの? ま、いいモノ見せてあげるからさ、期待していいよ」

岡部「はあ?」

鈴羽「だから、いいモノだって」

人をいきなり部屋から連れ出して、いいモノを見せてやる、だと?予想していた事とは真逆の事を言われて、俺は少しとまどった。

岡部「………」

岡部「まさか……エッチなもんじゃねえだろうな?」

鈴羽「えー? なんか言った?」

鈴羽が自転車を運転しながら、振り返ろうとしてくる。
半ばしがみつくようにして掴まっていた俺は、振り返ったその顔が近すぎる事に気がついてかなり焦った。

岡部「な、なんでもない!つーか、前見て走れよ!あぶねえ!」

鈴羽「な、なにさー」

ぶつぶつ言いながら、前に向き直ると、鈴羽はしばらくして再び鼻歌をうたい始めた。

岡部「………」

この状況はよろしくないかもしれない。
鈴羽は気にしていないようだが、鈴羽といわば密着状態にあった俺は、
気づくと服越しに彼女の温もりを感じて、内心どぎまぎとした。

 * * *

着いてみれば、なんて事はない。
そこはアキバの、未来ガジェット研究所であった。
かなり年季の入った、オンボロなビルである。
鈴羽はそこの一階の店に顔を出し、中にいた店長らしき人物と二三、言葉を交わしてから出てきた。
入り口に備え付けられた、来客を知らせるベルがカランと鳴る。

鈴羽「お待たせ。んじゃ、上いこっか」

岡部「あ、おお……」

鈴羽に促されるまま階段を上り、俺はラボに足を踏み入れた。
ここに来るのは、小さい頃に親父に連れてこられて以来だ。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:17:38.12 ID:T1yYlbdDO
鈴羽「えーっと、まあ、とりあえず適当に腰掛けてていいよ」

岡部「……うむ」

言われた通り、俺は室内を見渡して目に入ったソファに腰を落ち着けると、
鈴羽は、さっさと開発室へと消えていった。

岡部「なあ、まさか俺に説教くれるために、こんな所まで連れてきたのか?」

鈴羽「え、なんで?」

開発室から返事が返ってくる。

岡部「……。だって、俺が引きこもってるから怒りに来たんだろ?」

おおかた、親父にでも頼まれたのだろう。
このタイミングで鈴羽が訪ねてくるなんて、明らかにおかしいと思っていた。
しかし、開発室でなにやらゴソゴソとしていた鈴羽からは、意外な言葉が返ってきた。

鈴羽「うそ、引きこもってたの?」

談話室と開発室を仕切るカーテンから、ぴょこんと顔を覗かせる。

岡部「う……。まだ三日目だ……って、なんだ、違ったのか?」

鈴羽「違うってば。っていうか、今のが初耳だったよ」

岡部「………」

鈴羽「……そっかぁ。うんうん」

鈴羽は勝手に納得して、頭を引っ込めていった。
俺は今日で、部屋に閉じこもって延べ三日になる。
それは先週末から始まったもので、実質、学校をサボったのは今日1日だけだったが。
それでも、俺には何もかもが億劫に感じられて、もう二度と外には出ない意気込みだったんだ。
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:19:36.96 ID:T1yYlbdDO
俺は、去年の夏まで高校の野球部で頼れるエースを務めていた。
地元ではそれなりに名の知れたピッチャーだった。
だが、今はエースでもピッチャーでも、何でもない。
肩の怪我が原因で、俺は未来永劫に球を投げられなくなってしまっていた。
今思い出しても、実にあっけない野球人生の幕引きだったと思う。
あれは、練習試合だった。
9回の表、3−1で俺たちのチームが押されていた。
そして、チームには諦めムードが漂っていて。
“練習試合だしな”と言い出すヤツまで出てきていた。
でも、俺はそんな所で負けるのが嫌でたまらなくて。
仲間が止めてくるのにも耳を貸さず、乱暴に追い返したりして。
一つアウトを取って、2人目のバッターを相手にした時だったと思う。
俺は自分の身体にガタが来ているのにも気付かず。
暢気にも、そいつを無様に三振させる事だけを考えて、人生最後となる球を知らない内に全力で放っていた。
その瞬間に俺は、エースでも、ピッチャーでもなくなったんだ。
俺には、この先どんな打者がかかって来ても相手にすらならないと思っていた。
俺が頑張れば、どんな試合にも勝てると思っていた。
だが、それは単に自分の才能に溺れていただけで。
そして、驕っていただけで。
今思えば、完全に自業自得だったと思う。
驕り高い俺に、神様が罰を与えたんだろう。
でも、いくら反省しても、後悔しても、なにもかもが遅くて。
俺の見る景色は、それ以来、全てが灰色になった。
そして今年の春。
俺はこれまで、割と平然を装って、野球など忘れたかのように生活してきたつもりだった。
それは、両親を悲しませたくなかったからだ。
親父なんか俺が怪我をした時には一人隠れてピイピイ泣いていたし。
母さんもかなり気を遣ってくれていたみたいで、当時はかなりやつれたようだった。
俺はそんな2人の姿を見たくなくて、なんとか忘れたようなフリをしていた。
そして俺も、“これでいいんだよ”と、ようやく思い始めてきていた頃。
―――つい最近の事だ。
野球部の連中は、俺が抜けた次の大会で、春の選抜まで勝ち上がった。
その知らせを聞いた俺は、完全に打ちのめされて。
さすがに、見てみぬフリなど出来なかった。
まるで、“お前は要らない人間だったのだ”と暗に告げられてしまったようで。
外の世界の全てが嫌になって。
俺は、自分だけの世界に閉じこもる事を決めた―――
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:20:44.47 ID:T1yYlbdDO
ふと、そんな俺だけの世界に、三日目にしてずけずけと乗り込んできた女を見やる。

鈴羽「いやー、お待たせ」

岡部「………」

見ると、ニコニコ顔の鈴羽は太いケーブルの何本も繋げられた、ヘッドギアらしきものを手にしている。
これが面白いモノ、か。

岡部「……ゲームで遊ぼうなんて言うつもりなら、俺は帰るぞ」

鈴羽「え? なに? これのこと?」

鈴羽が、ヘッドギアを挙げて見せてくる。
俺は呆れ気味に頷いた。

鈴羽「失礼な。これはゲームじゃないよ」

岡部「じゃあ何だよ」

鈴羽「フフン。これはね―――」

鈴羽は鼻を鳴らすと、

鈴羽「未来ガジェット215号、『CS・ダイバー』2nd Edition Ver1.20だよ!」

胸を張って、高らかにそう宣言した。
CS・ダイバー……だと?

岡部「……そう言われても、さっぱりわからん」

俺がそういってかぶりを振ると、鈴羽はニヤリと笑みを浮かべた。

鈴羽「そういう時は、とにかく着けてみるっ」

岡部「なに!?」

鈴羽は、こちらに一瞬で詰め寄ってくると、構える暇も無かった俺にヘッドギアを被せた。

岡部「お、お、おい!何すんだよ!」

ヘッドギアと言っても、視界を覆うように取り付けられた真っ黒なモニタのおかげで前が見えない。
それに加えて、鈴羽が強引にも羽交い締めにしてくるので、俺にはこの妙な機械を取り外す事も出来ない。
背中にはなんか柔らかいモノまで当たっているし。
これはかなり焦る。心臓がバクバクと鳴った。

岡部「一体、俺をどうするつもりだ!」

鈴羽「もうっ……!暴れないでよ……!」

岡部「いや、暴れるだろ!まずはちゃんと説明をだな――」

鈴羽「うるさーい! とにかく、スイッチオーン!」

岡部「なに――」

鈴羽の間抜けっぽいスイッチオンのかけ声と共に。
俺の意識は。
混沌へと――――
沈んでいった―――
…………。
………。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:22:31.04 ID:T1yYlbdDO
岡部「ここは……?」

ひどい耳鳴りと吐き気を催すような頭痛が引いていく。
目を開けて、辺りを見回すと。
そこは。
どこまでも真っ白な空間だった。
だだっ広くて、果てがどこなのか、境界線すら認識できない。
自分が立っている地面までが白一色で、それが地面なのか空なのか、わからなくなるような錯覚を覚えた。
三半規管がおかしくなりそうで、俺はたまらず、その場に手を付いて身を低くした。
この景色は、およそ現実世界と呼べるものではない。
まるで、ゲームやSFの世界だ。

岡部「鈴羽のやつ、俺に一体なにをしたんだ……?」

こめかみを押さえながら呟くと、それが自分の頭の中に流れ込んできて、リフレインされる。

岡部「ぐっ……! なんだこれは……」

―――気持ち悪い!
頭がクラクラとする。

鈴羽「あー、ダメダメ、落ち着いて」

不意に、鈴羽の声が響く。
振り返ると、鈴羽は前かがみに俺の顔を覗き込んでいた。

鈴羽「あんまり混乱すると、接続、切れちゃうよ」

そう言って、鈴羽は俺の背中をさすってくる。

鈴羽「ここは、夢みたいなもんなんだから」

岡部「……」

ようやく、俺は呼吸を落ち着けると立ち上がった。
改めて、辺りを見回してみる。

岡部「……何なんだ? この場所は」

鈴羽「サイバースペース。なんて言ったらいいかな。とにかくバーチャル空間の中だよ」

岡部「バーチャル空間……だと? つまり、どういう事だ?」

鈴羽「うーん。あたしたちは、コンピュータのサーバー内にいるって事かな?」

鈴羽「あたしたちって言っても、意識だけがここにあって、この身体は電子データで形作られている」

鈴羽「大昔の映画であったじゃん。機械が支配する仮想現実の中にダイヴして、人々を解放する救世主の映画」

岡部「し、知らんな……。一体いつの映画だ?」

鈴羽「あー、そっか。知らないか」

そういって、頭をポリポリと掻いた。

鈴羽「まあ、要するにそんなカンジって説明したかったんだけど……」

岡部「……」

手をにぎにぎしてみる。

鈴羽「その身体もそうだよ」

鈴羽が俺の心を見透かすようにそう言った。
電子情報で形作られているとは言え、まるで、本物の自分の身体のようだが……。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:24:17.18 ID:T1yYlbdDO
岡部「それで……これを見せるために?」

鈴羽「そう言うこと。すごいでしょ?」

岡部「ああ、確かにすごい」

――確かにすごいが、それで?
そんな風に、覚めた考えが頭を巡った時。

鈴羽「腕、振ってみなよ」

岡部「……あん?」

また、鈴羽が俺の心を見透かしたかのように言う。

鈴羽「もちろん、利き腕の方でね」

岡部「……」

俺は戸惑った。
だって、利き腕は、とてもじゃないが振れるようなものではない。
致命的な怪我をして、球を放る事すら出来ないんだ。

鈴羽「大丈夫。痛まないから」

岡部「……なに?」

鈴羽「君の肩は、去年の夏のままだよ」

鈴羽「ここでなら、思いっきり振れる。球だって、投げられる」

岡部「……」

改めて、手のひらを凝視してみる。
グッと握り拳をつくると、確かに今までとは違った力が入る。

鈴羽「さ、振ってみなよ」

岡部「……あ、ああ」

俺は意を決して、おそるおそる振りかぶった。
あの日のままの、投球フォームを作る。
―――よかった。身体は覚えていた。
俺は、何もない、真っ白な空間の一点を睨みつけた。

岡部「―――っ!」

思い切って、腕を振りきると、俺の身体はしなやかにフォームをなぞり、空を鋭く切った。

鈴羽「おー、かっこいいー!」

鈴羽が屈託のない笑顔を浮かべて、パチパチと拍手する。

岡部「……ふっ、ククク……こいつは……すごいな」

思わず、身体が震えた。
全然痛くない。
心が、たまらなくウズウズする。
俺はこんな感覚、久しく味わってなどいなかった。
この腕は、去年のままだ。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:26:48.96 ID:T1yYlbdDO
鈴羽「次は、球。投げてみる?」

岡部「でっ、出来るのか!?」

俺が驚いて聞き返すと、

鈴羽「もちろん」

鈴羽は自慢げに鼻を鳴らした。
腕を構えると、そこに浮かんだPDAのようなものを操作している。
途端に、俺の足許にはコツンと何かが当たる感触。
見下ろしてみると、それは野球のボールであった。
……夢みたいだ。
また、前みたいに投げられるのか!
くそぅ。さっきからワクワクが止まらない。
俺はボールをひっつかむと、先ほどのフォームを繰り返す。

岡部「―――らァッ!」

ボールは、俺の狙った位置に向けて、縫い目が風を切る音を発しながら飛んでいき、遠くに落ちた。
遠くで、パァンと音が響く。
その音に、俺は唇を、表情を歪めた。

岡部「すげえ! すげえよ、鈴羽!夢みたいだ!ハハハ! また、投げれるんだよ、俺!」

自然と、笑いまでこぼれる。
それは腹筋と顔の筋肉が痙攣でも起こしたかのように、止まらない。

鈴羽「だから言ったじゃん。夢みたいなもんだって」

岡部「ああ……信じられねえけど、マジでありがとな、鈴羽!」

岡部「これは……すごいぞ! これで、俺も前みたいに野球を続けられるんだ!」

このシステムが世界に広まれば、俺みたいに怪我に夢を邪魔された者達でも、また、返り咲けるんだ!
これは、本当にありがたい。
俺の驕りに対して神が与えた罰など、ここでは“無かったこと”になっているんだ。
よかった。俺はまた―――投げられるんだ。
エースになれるんだ!
思わず、涙が溢れそうになる。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:29:00.02 ID:T1yYlbdDO
しかし、俺の胸に湧いた、そんな確かな希望の光とは裏腹に―――

鈴羽「え? なに言ってんの?」

返ってきた鈴羽の声は冷たかった。

岡部「……え?」

急に冷たくなった声に、びっくりして目をやると。
鈴羽は本当に冷たい目をしていた。

鈴羽「それはムリだよ」

岡部「な……っ!」

岡部「なんでなんだよ!?こんなにすごいのに……」

なんで?なんで!なんで!?
頭の中に、そんな言葉が繰り返された。

岡部「もしかして、まだシステム面に問題があるのか? ならば―――」

鈴羽「あたしは、これを世間に公表するつもりはない」

岡部「な……っ」

鈴羽は、相変わらず落ち着いた顔をしている。

鈴羽「あたしが、今日ここに君を連れてきたのは、何でだと思う?」

岡部「そ、それは……俺に再び球を投げさせてくれるためだろう?」

俺に再び、夢を見させてくれるためじゃないのか?
俺がすがるように見つめると。
鈴羽は、ただジッとこちらを見てきているだけだった。
その目は、相変わらずにキリリと冷たい。

鈴羽「それが君の夢、だよね」

岡部「あ、ああ、そうさ……!」

俺にはこれがあれば、他に何もいらなかった。
これは何よりのプレゼントだ。

岡部「俺は、こういうのを待ってたんだよ!これこそが、俺の望んだ世界だ!」

岡部「だって、考えても見ろよ!俺みたいな苦しみを抱えてるヤツが、あのクソみたいな世界に――」

岡部「一体何人いると思ってるんだ!? これは、そういう奴らに、また夢を見させてやれる――」

岡部「本当に、夢のような発明じゃないか!!」

なのに、なぜ鈴羽は、俺を白けさせるような事を言うんだ?
―――わけがわからないぞ。
すると、鈴羽はまた、信じられないような事を口にした。

鈴羽「あたしはね、そんな“夢”をブチ壊すために、君をここに連れてきたんだ」

岡部「……え?」

今耳に入った言葉が信じられずに、俺はポカンとしてしまった。
鈴羽は、構わずに続ける。

鈴羽「もはや、君の“夢”は、君を縛り付ける楔でしかないんだよ」

一瞬目を伏せて、再び俺を見据えてくる。

鈴羽「そのせいで、君は“未来の可能性”を捨ててる」

岡部「ちょ、ちょっと待て!意味がわからない!」

俺の夢と、可能性がどうだって?
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:30:20.35 ID:T1yYlbdDO
鈴羽「わからなくてもいい。でも、あたしは君を解放するために、悪役にでも、何にでもなるよ」

岡部「……っ!」

こいつ、聞く耳ってものが無いのか!
どういう事か、説明すら無しかよ!
鈴羽は、どんどんと勝手に話を進め、今度はPDAを操作してバットを取り出した。
それを拾い上げると、俺を睨んでくる。

鈴羽「あたしにキミの本気、ぶつけてみなよ」

岡部「な、なにをいきなり……!」

鈴羽「三球勝負でいこう。キミが三振を取れば、このマシンはキミのもの。好きに使っていいよ」

言いながら鈴羽は、生意気にも木製と思しきバットを構える。
そのフォームは素人同然で、メチャクチャだ。
大体、持ち手が反対である。
こいつ、何を考えているんだ?

鈴羽「ただし、あたしがホームランを打ったら、キミの夢はそこで終わり」

鈴羽「ちなみに、キミにはラボメンになってもらうから、そのつもりで」

余裕たっぷりと言った様子で、一度ウィンクされてしまった。

岡部「お前……それは本気で言ってんのかよ? 不等な取り引きだと思うが……」

そう言うと、鈴羽は呆れたように肩をすくめてみせた。

鈴羽「ピッチャーの、しかもエースのくせによく喋る……」

岡部「……っ!」

このアマァ……!
俺は完全に頭に来た。
さっきから、この俺の夢を馬鹿にするような言動。
俺をなめきったような条件の、賭け。
鈴羽は、相変わらずムチャクチャなフォームのまま、俺をにらみつけている。

岡部「上等だ……!」

この馬鹿げた勝負に勝つだけで、俺の夢が叶うというのなら。

岡部「あんたを打ち取って、俺は……こいつで……!」

鈴羽「……っ」

一瞬だけ、痛切な表情を覗かせるが、それは本当に一瞬だけで。
鈴羽は再び口をキツく結んだ。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:31:26.45 ID:T1yYlbdDO
岡部「一瞬で終わらせてやるよ……」

そして、俺は勝ち取るんだ。
この世界を。夢を。
俺は足許に転がるボールから、一つを掴み取ると。
容赦ないほどに、大きくワインドアップした。
鈴羽の前に、ストライクゾーンを思い浮かべる。
こんなもの、変化球など使わなくても十分だ。
だって、女一人を打ち取れば済む話なんだ。
―――それで、俺はこいつを持って帰れるんだから。
直球ド真ん中。フルパワーで投げきってやる。
それで終わりだ。
胸の奥から、憎悪にも似た感情に満たされた唸りが漏れる。
これで―――
これで、俺は―――
また―――

岡部「うおおおおおっ――――!!」

俺の指先から、ボールが離れていく。
俺の指は確かに、その縫い目をしっかりと噛んでいた。
打てるはずがない。
俺は―――
エースなんだから―――

鈴羽「――――っ!」
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 00:35:30.13 ID:T1yYlbdDO
パカン、という音と共に。
俺の全身全霊の籠もった球は、どこかへ消えていってしまった。
鈴羽は、握っていた木製バットをその場に落としていて。
“いてててて……”と、手を振りながら、かっこ悪く悶えている。
俺は、全ての力を出し切ってしまったかのように、身体には力が入らず。
腕をブランとぶら下げて。
目の前の光景を、ただポカンと眺めている事しか出来なかった。

鈴羽「所詮……夢なんて、こんなもんだよ。 目が覚めちゃえば、結局は夢なんだし」

ふと、悶えていた鈴羽が呟いた。

鈴羽「“夢”を“夢”と想っている内は、それは“夢”でしかないんだ」

鈴羽「ねえ、岡部―――」

俺の名を、フルネームで呼んでくる。

鈴羽「“未来の可能性”から目を背けないで。 見えないフリをしないで」

鈴羽「“夢”に逃げたら……ダメだよ」

岡部「………」

 * * *
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/04(土) 00:37:29.15 ID:T1yYlbdDO
目を覚ますと、ラボにはビルの隙間から切れ切れの斜陽が射していて、室内の所々を鈍いオレンジ色に染めていた。
一足先に目を覚ましていた鈴羽は、冷凍庫からアイスを二本取り出しているところだった。

鈴羽「さて、屋上いこっか。ここってさ、なかなか景色がいいんだよね」

ヘッドギアを外したところに、鈴羽がのぞき込むように顔を窺ってくる。

岡部「………」

鈴羽「ありゃ。なに? 落ち込んでんの?」

岡部「あ……いや」

俺は軽くかぶりを振った。
むしろ、なんだか清々しかった。
なんだか、重荷が降りたというか、肩の上でぶち壊されて粉々になった気分だった。
身体がウソみたいに軽い。

岡部「大丈夫、だと思う。多分……」

そう答えると、鈴羽はホッと柔らかな笑みを浮かべた。

鈴羽「そっか。それじゃあ、行こうよ」

岡部「……うむ」

俺は膝を支えにして、立ち上がった。

岡部「…でも、そう急かすなよ。ある意味ケガ人だぞ、俺は」

右肩には、やはり痛みが戻ってきていた。

鈴羽「あ、ちょっと待った」

ラボを出ようとしたところで、鈴羽が振り返ってくる。

岡部「な、なんだよ」

鈴羽「キミもこれからラボメンの一人なんだからさ、その生意気な口のきき方、なんとかなんないの?」

岡部「……え?」

鈴羽「いや、だってさ、あたしの方が年上なんだよ?」

岡部「……い、一個しか違わないだろ」

鈴羽「むうぅ……。せめて、“師匠”か、“鈴羽先輩”もしくは―――」

岡部「橋田。今度からそう呼ぶ」

橋田が言いかけたところで、俺は遮った。
さすがに、師匠と鈴羽先輩だけはゴメンだ。

鈴羽「なっ、なにそれ! 前よりひどくなってんじゃない?」

岡部「年下に名前で呼ばれるより、苗字の方がまだマシだろ」

鈴羽「……なにその理屈。 キミって、なんか穿ってるよね。所々が」
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/04(土) 00:38:33.49 ID:T1yYlbdDO
岡部「ああ?どこが穿ってんだよ」

問い返すと、橋田は、ムッと唇を尖らせた。

鈴羽「……じゃあいいよ。あたしもキミの事、ジュニアって呼ぶ事にするから」

岡部「な、なんだそりゃ!小学生かよ! いいか?俺には歴とした名前がだな――」

鈴羽「だってキミは、オカリンおじさんの息子でしょ? じゃあジュニアでいいじゃん」

岡部「ま、待てよ! そんなの、俺は認めないぞ!」

鈴羽「認めようが認めまいが、それで決定ー! ラボメンは、あたしの言うことには絶対服従ぅー!」

そんな悪意に満ち溢れた事を、満面の笑みで言う。
どこかのマッドサイエンティストかよ!

岡部「お、お、お、お、横暴だっ!!」

鈴羽「あっはは」

鈴羽はにひっと笑うと、ラボのドアを開いた。

鈴羽「さ、行こう」

言いながら、橋田は屈託のない笑顔で、手を差し伸べてきて、

岡部「………」

俺は、その手をそっと握った―――

http://www.youtube.com/watch?v=TEU8uV-85Xc&sns=em

つづく。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 01:26:00.16 ID:SQ2c7eIDO
>>1乙です。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/02/04(土) 03:58:13.69 ID:OcSJFA/Ho
乙!
次も待ってる
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/02/04(土) 14:22:44.82 ID:hnRDxSPAO
追い付いたぜ。乙!
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/05(日) 12:49:35.72 ID:nFAIoHCDO
屋上に出てみると、なるほど、そこは橋田の言うとおりに夕日の綺麗な場所だった。
橋田は、屋上の真ん中に置かれていたベンチに腰を下ろすと、“はやくはやく”とこちらに手招きしてくる。
実際に身体を動かした訳でもないのに、俺の足取りはフラフラとしていた。

岡部「………」

鈴羽「――♪」

また、鼻歌だ。
歌いながらアイスをかじっている。

岡部「なあ、橋田」

鈴羽「うん? なに?」

岡部「今日は負けたよ。俺の完敗だった」

鈴羽「おお、なんか謙虚だね。熱でもあんの?」

岡部「茶化すなよ」

鈴羽「あー、はは。ゴメン」

岡部「……」

橋田はばつの悪そうな顔をして、頭を掻いた。

岡部「……俺の入ってた野球部さ、今年、春の選抜まで勝ち抜いたのは知ってるか?」

鈴羽「あー。あれはすごかったよねぇ。あたしも見てて興奮したよ」

岡部「あれ見た時に、普通なら俺は、元部員として喜んでやるべきだったんだろうけどさ」

岡部「俺はなぜか、自分が“いらない人間”だったように思えたんだよな」

鈴羽「思い上がりも甚だしいね」

岡部「よ、容赦ないな……」

鈴羽「うん。……ゴメンね」

岡部「……」

サラッとひどい事を言った後にいちいち謝ってくるので、なんだか不思議な気持ちになる。
こいつ、なんかえらくサバサバしてんだな。
俺はだんだん、橋田に想いを聞いてほしいと思うようになっていた。

岡部「……本当はわかってたんだ。あいつらが勝ち進んだのは、あいつらが今まで頑張ってたからだって」

鈴羽「……そうだね」

岡部「それなのに、俺は過去の自分を引き合いに出して、勝手に全てを否定されたような気持ちになってて」

岡部「でも、今日橋田に打たれて気付いたんだ」

鈴羽「うん」

岡部「俺はあの日から時間が止まったように、全く進歩してなかった」

鈴羽「……」

岡部「“以前の自分”を振り返ってばかりで、今の自分から目を背けていた」

岡部「結果、大切なものを見失って―――むぐ!?」

突然、橋田に口を押さえつけられてしまった。
アイスのソーダみたいな甘ったるい香りがする。

鈴羽「あー、はいはい。もう、その話はやめやめ」

岡部「んん?」

鈴羽「もう反省はおしまい、だよ」

鈴羽「ね?」

岡部「……」

一回頷くと、橋田はニッコリと笑って手を離した。
急な事に、なんだか頭がポーッとする。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/05(日) 12:50:13.81 ID:nFAIoHCDO
鈴羽「キミは、もう自由だよ。これからは、何だってやれる」

岡部「……」

鈴羽「なんたって、“すごかった頃のキミ”はあたしにブチ壊されたんだからね。あっはは」

岡部「……ああ」

鈴羽「イチから全部、やりなおしーっ!て事で」

岡部「……」

言葉だけで見れば、血も涙もないセリフに聞こえるけれど。
でも俺は、橋田のそんな言葉に。
なんとなく未来を感じて。
世界に、少しずつ色彩が戻ってきているような気がした。

岡部「……最後に教えてくれ、橋田」

鈴羽「なに?」

岡部「何でお前は、俺があんな状態にあった事を識ってたんだ?」

そして、わざわざあんなマシンまで作って、俺をコテンパンに打ちのめすなんて。
本当に、俺にとっては予想外の展開続きだった。

岡部「あれでも結構、周りに悟られないよう頑張って取り繕ってたんだぜ?」

鈴羽「あー、それは……キミが死んだような目をしてたからね」

ええ?
死んだような目って……そんな目をしてたのか?俺は。
全然自覚はなかったが……。

鈴羽「あたし、割とそういうのに敏感なんだよね」

岡部「ああ……?」

鈴羽「ていうか、あれで取り繕ってたつもりだったんだ」

鈴羽「へったくそー」

言って、橋田はケタケタと笑った。

岡部「ひ、ひでっ。笑うなよ」

岡部「って、うっ!?」

急に両頬をガシッと掴まれ、アイスをくわえた橋田が俺の目をのぞき込んでくる。
な、なんだこの状況は。
ま、まさか――
と、あらぬ事を想像しかけた時、橋田はやわらかい笑みを浮かべて。俺の顔は解放された。

岡部「な、なんだよ」

鈴羽「いやぁ。なんていうか、いい目になったと思ってさ」

岡部「……そ、そうなのか?」

鈴羽「うん、そう」

岡部「……」

……変な女だ。
俺は、赤面した顔を隠すように、首をめぐらせて遠くを眺めた。
すっかり陽もビルの隙間に消えかかってしまっていて、俺たちの頭上には、漆黒のとばりが下ろされようとしている。
頬に当たる風が、少し肌寒さを帯びてきた。
ふと、視界の外からまた、鼻歌がきこえてきて。
それが終わるまで、俺は、静かに耳を傾けていた――

過去編おわり。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/06(月) 00:24:08.96 ID:98ExXG6IO
sageてるから気づかなかったぜ
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/02/06(月) 01:19:12.93 ID:g0EuyaCAO
乙。これが冒頭で言ってた弱味のことなのかな?
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/07(火) 00:32:54.25 ID:5p07fLzDO
鈴羽「ちょっとぉ、勝手に何を読んでるわけ? 今、円卓会議の最中なんですけど」

岡部「ん? ああ、チラシだ」

鈴羽「ほっほおぉ……ジュニアのくせに、いい度胸してんじゃん?」

岡部「いやいや、円卓会議ってコレ、ただの映画の感想をざっくばらんに話そうの会じゃねえか」

鈴羽「なにおぅ! これも立派な会議だよ!」

橋田が腕を振り上げるのが見えて、俺はとっさに飛びすさった。
俺と漆原は、橋田のラボを訪れていた。
うだるような暑さの中、扇風機の風だけを頼りにして、昼間っから映画の観賞会である。
それにしても古い映画だった。
俺が生まれる、かなり前に作られたものだろう。
今では大物となった俳優の若い頃の姿や、今では居なくなってしまった過去の俳優たちが、
CRTの中で所狭しとその活躍を見せていたので、俺も全く興味が無かったわけではなかったが。
それでも―――
俺の意識は、漆原の持ってきた、柳林神社で行われる夏祭りのチラシに八割方持って行かれていた。

岡部「大体、俺が映画について真面目に評論すると、漆原がついてこられねぇだろうが」

俺と趣味が合わないのか、橋田は毎回ものすごい勢いで反論してくるし。
その度に漆原がアワアワするので、俺は正直、映画について語る気はなかった。

鈴羽「むぅ、つまんなーい」

橋田は、口を尖らせてブスッとする。
と、漆原がワタワタとし出した。

漆原「す、すみません」

岡部「いや、お前は謝らなくていいって」

鈴羽「……。ジュニアはうるしぃには甘すぎぃ〜。ねたましぃー」

橋田は床をバンバンと叩くと、言うだけ言ってそっぽを向いてしまった。
いや、ねたましいってなんだよ……。

岡部「……。そんな事よりだな」

岡部「橋田、お前も来るんだろ?夏祭り」

俺は、チラシをテーブルの上に広げて見せた。
夏祭りは、明日と明後日にかけて行われる。
柳林神社と近所の商店街が合同で執り行う、毎年恒例となった行事だ。
神社自体は小さいが、それなりに賑やかな祭なので、集まる人も少なくはない。

鈴羽「あ……それなんだけどさ」

岡部「おお?」

橋田がポリポリと、意味ありげに頬を掻きながら言う。

鈴羽「あたし、ちょっと用事があってさ、一緒には行けない、かも」

そう言うと、照れくさそうな笑みを浮かべた。

漆原「そうなんですか?」

茶を運んできた漆原が、寂しそうに訊くと、橋田はなんとも申し訳なさそうな顔をしている。

鈴羽「ゴメンね。行くには行くんだけど、ちょっとさ……」
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 00:34:17.39 ID:5p07fLzDO
おお? ちょっとさ?
ちょっとなんだ?
行くには行くが、一緒に行けない、だって?
そして、さっきの照れくさそうな、あの表情の真意とは……?
―――ハッ。
俺は思わず口元を押さえていた。
まさか―――男、だろうか。
フ……ククク。
自然と、俺の口はニヤリと笑んでいた。

岡部「そうかそうか。橋田ぁ」

鈴羽「な、なにさぁ。ニヘラァ〜って笑っちゃって」

そりゃ笑っちゃうだろう。
いや、まさか橋田がなぁ。へぇ。ほほぉ。
俺は感嘆の息を何度もついた。
これはなんだか、感慨深いものがあるな!

岡部「……ついにお前にも春が来たって事か。ええ?」

鈴羽「え?なにそれ?どういう意味? 今は夏だよね?」

漆原「え、あ、いえ、あの……その、よく……わかりません」

橋田が訊くと、漆原は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
それを見て、橋田はさらに不思議そうな顔をする。
まったく、そこまでトボけなくてもいいというのに。
俺は、いかにも爽やかといった風に言ってやった。

岡部「まあ、そういう事なら、無理に誘うわけにもいかないな」

岡部「お前“たち”の邪魔をするのも野暮ってもんだ。存分に楽しんでこいよ」

……ちょっと寂しい気もするが、そういう事なら仕方あるまい。

鈴羽「え? あ、うん。よくわかんないけど、サンキュ」

またトボけてるな。苦笑のマネがうまい。
大体、彼氏が出来たなら、こんな薄暗〜いラボで映画観賞会なんかやってる場合ではないと思うが……。
まあ、それに突っ込むのは止しておこう。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 00:35:28.30 ID:5p07fLzDO
それにしても、夏祭りか。
楽しみだ。実に楽しみ。
だって、夏祭りと言えば浴衣だ。
普段、ジャージを着ているかボーイッシュな格好のどちらかである漆原も、明日くらいは浴衣を着てくるに違いない。
その姿を拝めるのかと思うと、それだけで俺は舞い上がっていた。
おかげで橋田から、“さっきからニヤニヤしててなんか変だよ”と怪しまれてしまったのだが。

 * * *

円卓会議もそろそろ終わりかといった雰囲気になってきた頃、漆原がおもむろに立ち上がった。
トートに裁縫セットをしまい、俺たちに微笑みを向けてくる。

漆原「さて、それじゃあボクはそろそろ」

岡部「え? なんだよ、もう帰るのか?」

漆原「うん。ボク、このあと明日のお祭りの準備があるんだ」

岡部「ああ、なるほどな」

祭りの前日だもんな。きっと、帰ったらその準備で大わらわなんだろう。
それなのに、わざわざ映画を見にくるとか健気だよな。

岡部「大変だな。頑張れよ」

漆原「うん、ありがと」

首を傾げながら、ニコリと微笑んでくる。
う……。
凄い破壊力である。
この仕草、漆原は計算してやってるワケじゃないってのが恐ろしいよな……。

漆原「それでは」

漆原は、ペコリと会釈するとラボを出て行き、俺たちも手を挙げて漆原を見送った。
続いて、俺も立ち上がろうとする。

岡部「それじゃ、俺もそろそろ帰って寝るかな」
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 00:36:58.78 ID:5p07fLzDO
鈴羽「ええ?ジュニアも帰っちゃうの?」

岡部「ああ、うん。 かなり眠いからな……」

言いながら、カバンからDVDのパッケージをいくつか取り出す。
俺は先日、橋田から様々なジャンルの古い映画のDVDを何本も借りていたので、それを返そうと思ったのだ。

岡部「昨日、徹夜で全部見たから、ほとんど寝てないんだよ」

鈴羽「マジで?全部見たの?」

岡部「マジだ。どれも面白かった」

強引に押しつけられたと言えばそうなのだが、それらは見てみるとなかなかに面白いものばかりで。
昨日の夜から見始めて、全てを見終わった頃には部屋に朝日が射していたのだ。
そして寝ようとしたところに橋田からの電話が来て、今に至るわけである。

岡部「でも俺も、もう限界だ」

言いながら、俺が帰ろうと荷物をまとめていると、

鈴羽「へぇ。なら、それについて熱く語り合うべきでしょ。今から」

橋田の口から、信じられない言葉が聞こえた気がした。
思わず俺は聞き返していた。

岡部「へ? 今なんて?」

鈴羽「だから、今から語り合うべきだ、って。 これは大変だ。寝てる場合じゃないよ」

岡部「な、なんだと?」

俺を[ピーーー]気か?
必死になって頭を振る。

岡部「無理だって。もう、目なんかショボショボするし、身体もバキバキなんだ」

岡部「気を失わないようにするのがやっとっつうか、とにかく寝ないとヤバいわけで」

しかし、そんな儚い命乞いも虚しく、

鈴羽「それなら、顔洗ってくればいいじゃん」

岡部「……」

橋田の素晴らしい提案に、俺は絶句する他なかった。
……この目はマジだ。
本気で語り合うつもりなのか……。
一体、映画何本分を語るつもりなんだろう。
こんな事なら、今日の内にDVDなんぞ返すんじゃなかった。
俺ががっくりと肩を落とすと、橋田はコーヒーを入れに立ち上がった。
橋田から“砂糖はいくつ?”と聞かれたので、俺は“いらん”とだけ答えた。
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 00:38:06.20 ID:5p07fLzDO
その日は結局、終電間近になるまで解放されなかった。
途中で仮眠を許されたが、起きたらまた語り合いが始まり、
橋田が新しくDVDを持ち出してきて、それを見ては色々と言い合う事の繰り返しで。
――夕食は俺と橋田の割り勘で、ピザを注文して済ませたのだが。
――その間にも、激しい討論は治まる事はなかった。
そして――
俺がラボを出た頃には、すっかり憔悴しきっていた事は言うまでもない。
最後の方の俺は、あくびをかみ[ピーーー]気力すら失っていたのだ。
ていうか、当の橋田から、“眠くなったから帰っていいよ”と言われた時は、さすがに失神するかと思った。

 * * *

翌日、目を覚ますと時刻はすっかり昼を回っていた。
親父は既に出かけたようで、聞いたところによると、先に柳林神社へ祭りの準備に行ったらしい。
今年は祖父さんから仕入れたあんずとバナナで、
ダルさんと一緒にあんずアメ&チョコバナナの屋台をやるんだとか。
あんずアメに関しては、毎年恒例となっているらしい。
なにかしらの思い入れがあっての事だ、と母さんから聞いた。
子供のようにはしゃぐ親父の姿が目に浮かぶ。
かく言う俺も、すっかりお祭り気分で、飯を食う気にも、夏休みの課題を片付ける気にもなれなかった。
家でジッとしているのも落ち着かないので、俺は早速アキバに向かう事に決めた。
漆原とは祭りの直前に待ち合わせという事になっていたので、
それまでUPXやゲーセンで時間を潰そうと思う。
母さんから“無駄遣いはするな”とクギを刺されつつ、俺は財布とケータイだけを持って家を出た。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 00:39:24.24 ID:5p07fLzDO
俺は、アキバのゲーセンからそそくさと退散していた。
なぜなら、そこに鈴木の野郎がいやがったからだ。
ヤツは何かにつけて俺に絡んでくる。
“自分は黒の朱雀だか青龍の化身だ”とかなんとかいちいち訳の分からん事を言い出すので、俺は奴が苦手だった。
……ここで絡まれたらかなわん。
心の中で文句を言いつつ、俺は外に出てきた。
――そして、UPXと大ビルを繋ぐ陸橋に差し掛かった時だ。
橋の真ん中に、見覚えのある姿を見つけた。
彼女は橋の欄干に肘をかけ、ぼんやりと遠くを見つめている。

岡部「おい、橋田」

俺が声をかけると、橋田ははたと気付いてキョロキョロと辺りを窺う。
俺はその隣に歩み寄った。

岡部「よう」

鈴羽「あ、なんだ。 ジュニアか」

そばで声を掛けると、最初はびっくりしていたようだったが、俺の顔を確認すると橋田は微笑んだ。

岡部「なんだとは失礼だな。 それより、待ち合わせか?」

そうだとしたら、俺はさっさと撤収するつもりだった。

鈴羽「ううん、そうじゃないよ」

岡部「そうか……」

なら、もうしばらくここで時間を潰そう。
どうせ行く宛などないのだし。
それにしても、何の意味もなくこんな所でぽつねんと佇むなんて、橋田にしては珍しい。
橋田はひとところに留まらず、いつも跳ね回っているようなイメージがあるから余計にそう思った。

岡部「……変な奴だな。 もしかして暇なのか?」

鈴羽「うるさい」

岡部「あぅ……」

欄干に背中を預け、俺はその場にしゃがみこんだ。
陸橋を行き交う人々を、ボーッと眺めてみる。
どいつもこいつも忙しそうで、ほとんどの連中が生き生きとした顔で自分の目的地を目指しているようだった。
ふと、橋田がうらめしそうに、聞こえるか聞こえないか、微かな声で呟いた。

鈴羽「……あーあ。今日のお祭り、あたしも普通に参加したかったなぁ……」

岡部「……」

首を巡らせ、橋田の顔を見上げてみる。
橋田は、相変わらず遠くを眺めているようだった。
が、ひとつ、これ見よがしにため息をついた。

岡部「なんだよ。お前も参加すんだろ?」

鈴羽「そりゃそうだけど……」

岡部「楽しみじゃないのか?」

鈴羽「……」

俺の問いかけに、橋田は黙ってしまう。
向こうを向いてしまい、その表情を窺い知ることは出来ない。
なんだよ、彼氏と一緒に祭りに行くんじゃないのか?
それだったら、もっとウキウキとしていてもいいはずなのに。
……こいつの考えている事はさっぱりわからんな。
それからしばらく、特にこれといった会話もなく。
30分ほどして橋田は“用事がある”と言い残して去っていってしまった。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 00:40:39.39 ID:5p07fLzDO
岡部「……」

時刻は夕暮れ。
陽は傾いているものの、辺りにはジトジトとした蒸し暑さが残っている。
周囲を囲んだ木々からは、蝉たちの鳴き声が途切れ途切れに聞こえていた。
俺は、柳林神社の社務所から出てきた漆原を見たとき、言葉を失った。
無意識に、口がパクパクとしてしまう。

漆原「待たせてゴメンね。えっへへ」

岡部「……あ」

漆原「?」

岡部「あ、あわわ……な、なんで……?」

漆原「??」

なんで、浴衣じゃないんだよ……。
俺は今にも地面に崩れ伏しそうな勢いだった。
なぜなら漆原は、いつもと何ら変わりのない、いわゆる普段着を纏って現れたからだ。

岡部「漆原……。お前、浴衣は着ないのか?」

漆原「え?」

岡部「着るべきだろう。いや、今から着てこないとな。だって祭りだぞ?」

岡部「着てくるべきだよ。浴衣を」

漆原「お、岡部くん、いきなりどうしたの?」

岡部「……」

漆原「……はっ」

急に、漆原が茹で蛸のように真っ赤になった。
胸の前で手をもじもじとさせ、こっちをチラチラと見てくる。

漆原「あの……ゴメン……。浴衣とか、ボク、その、恥ずかしくって……」

岡部「……」

……なにを思ってのゴメンなのだろうか。
ていうか、恥ずかしいってどういう事だよ。
浴衣を着ればいいじゃないか。
きっと浴衣の方こそ喜ぶはずだ。
そうに違いない。
そんな事を言っていると、いまに浴衣を司る神あたりから罰を当てられかねんぞ。
そんなおめでたい神がいるかどうかは知らないけれども。
くそぅ……。
……まあ、いい。
俺はひとつため息をついた。
いや、全然よくないけど。
だが、せっかくの祭りなのに、ここで漆原を責めてはいけない。
夏祭りに幼なじみと同伴というシチュエーションだけでも、普通はありえない事なのだ。
ありがたく思え、俺。
自分にそう言い聞かせた。

岡部「大丈夫だ……。 とりあえず、出店を回ろうぜ」

漆原「う、うん……」

漆原は申し訳なさそうに頷いて、フラフラと覚束ない踵を返した俺に従った。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 00:41:47.99 ID:5p07fLzDO
二人で、綿菓子を食いながら歩いている時だった。
ふと、漆原がポツリ呟いた。

漆原「橋田先輩も、一緒に来れたら良かったのにね」

岡部「……」

岡部「そうだな」

答えつつ、俺は昼間の陸橋で会った橋田の言葉を思い出していた。

鈴羽「……あーあ。今日のお祭り、あたしも普通に参加したかったなぁ……」

……。
やけに引っかかる言い方だった。
最初は、まさか彼氏とうまくいっていないのだろうか、とも思ったが、それなら祭り自体に参加はしないだろうと思うし。
だとすれば、だ。
橋田は何を思ってあんな風に言ったのだろうか。
……やつは、今このお祭り会場にいるのだろうか。
俺のそんな疑問は、数分もせずに解消された。

鈴羽「ちょっとぉ!そこのアツアツなお二人さん!どうだい?寄ってかないかぁーい!?」

鈴羽「うちの射的で、彼女のハートも射止めちゃえ!ってかぁ!?」

鈴羽「いやぁ参ったね、こりゃ。あっはは」

岡部「……お前はいったいなにをやっとるんだ」

鈴羽「あ、ジュニアにうるしぃじゃん」

漆原「ど、どうも……」

屋台の中で、丸めた新聞紙をバンバンとカウンターに打ち付けていた橋田に声をかけると。
橋田は俺たちに気付いて目を丸くした。

鈴羽「なにしてる、って。バイトだよ、バイト」

岡部「ほぉ」

鈴羽「いやぁ、店長にどうしても、って頼まれちゃってさぁ。断るに断れなかったんだよねぇ」

岡部「……」

なんだよ。
色々と心配してやって、損した気分だ。
バイトがあるから普通に俺たちと一緒に参加出来ないって事だったのか。
……そもそも、店長って誰だろうな。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 00:42:49.06 ID:5p07fLzDO
岡部「随分楽しそうじゃねえか」

鈴羽「え? あ……うん。まあまあ、だね」

岡部「そうか」

鈴羽「うん、そう」

そこで橋田は、ちょっと寂しそうな顔をして頷いた。

岡部「……」

……しまったな。俺はなんて事を聞いてるんだ。
こいつはどっちかと言うと、祭りを全力で楽しむ側の人間だ。
その祭りで、店番を喜んでやるようなタイプじゃないのに。
また、あの橋田の残念そうな呟きが頭の中にリフレインされる。

岡部「……すまん」

鈴羽「えぇ? なにが?」

俺が謝ると、橋田は苦笑した。
気まずくなって答えられないでいると、漆原が割って入ってくる。

漆原「橋田先輩、大変ですね」

鈴羽「……あ、ううん。これは自分のタメでもあるわけだし。 あたしは平気だよ?サンキュ」

漆原「そう、ですか……すみません、変な事を言って」

鈴羽「いいっていいって」

女子二人で勝手に話が進んでいくが、それらの意味は俺にはさっぱりだった。

鈴羽「それより、どう?ジュニアも射的やってく? まけとくよ」

岡部「あ、いや、今はいいわ」

俺は橋田の申し出を断ると、踵を返した。

漆原「あ、岡部くん?どこ行くの?」

岡部「すまん、ちょっと便所行ってくる。漆原はここで待っててくれ」

漆原「あ……うん」

“ジュニアはデリカシーがないね”という橋田の声を背後に聞きながら、俺は便所のある柳林神社とは逆方向に足を進めた。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 00:45:42.68 ID:5p07fLzDO
倫太郎「おぉ、なんだ。お前も来てたのか。来るなら来るって言えよな」

至「随分久しぶりに見たな。それしにても、すっかりデカくなって」

出店の屋台の中から、おめでたい中年の二人組が声をかけてくる。
酒が入っているのか、二人とも頬がほんのりと上気していた。

岡部「あ、どうも」

俺はダルさんに軽く会釈したあと、親父に向き直った。

岡部「……あんずアメ2つとチョコバナナ1つだ」

倫太郎「おぉ? なんだよ、3つも食うのか?食いしん坊だな」

岡部「……」

倫太郎「よし、ちょっと待ってろ」

親父が注文の品を準備している間、ダルさんから“いつも娘が世話になってるね”と言われた。
俺はなんだか照れくさくって、“いえ”とだけ返した。
本当は、こっちが世話になっているのだけれど。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/07(火) 00:57:32.37 ID:5p07fLzDO
遠くに祭り囃子を聞きながら、今来た道を引き返す。
思っていたより来客数は多く、人の間を縫って歩くのが苦手な俺は、
橋田のいる出店に戻った頃にはヘトヘトになっていた。

漆原「あ、岡部くん。おかえり」

人混みのなか、俺に気付いてくれた漆原が手を挙げてくる。

岡部「いやぁ、すまんすまん。便所がえらい混んでてさ」

岡部「それより、コレ」

俺は、さっき買ったあんずアメを橋田に。チョコバナナを漆原に差し出した。

漆原「わあ、美味しそう。ありがとう!」

岡部「いや、帰りに親父たちの店を見つけて、ついでに買ってきたんだ」

鈴羽「ええ?なにそれ? ……ちゃんと手、洗ってきた?」

言いながら、手に持ったアメをしけしげと眺める。

岡部「え?」

漆原「……っ」

橋田の妙な勘ぐりに、漆原はビクリとした。
え?
なんだ? どういう意味――
……あ!?
……これはひどい!

岡部「あ、あた、当たり前だ! ていうか、そんな事言うなら返せよ!」

鈴羽「……ふーん?」

俺が手をついて必死に抗議すると、ようやく橋田はあんずアメを口にした。
……ひどい思われようだ。
こんな事なら、わざわざ買ってきてやるんじゃなかった。
さっきからやる事なすこと全てが裏目に出ている俺を、まるでだめ押しするかのように。
途切れる事のない、人々のワイワイはしゃぐ声だとか、めでたい祭り囃子や太鼓の音だとかが俺の耳朶に届けられた。
夜のしじまとは全く関係のないような、賑やかなるこの場所で、俺ほど凹んでいる人間は、他にはいまい。
俺は、黙って眉間をつまんだ―――

つづく。
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/02/07(火) 00:59:39.15 ID:IgjWw+tPo
追いついた
シュタゲ関係のSSをしっかり見たの久しぶりな気がする
ワクワクが止まらないです
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 01:10:57.27 ID:5p07fLzDO
ジュニア
http://mup.2ch-library.com/d/1328544454-20120206025135.jpg

漆原
http://mup.2ch-library.com/d/1328544549-20120206051755.jpg
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/02/07(火) 01:19:22.56 ID:Yc38Hq9AO
乙。青春だなぁ
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/07(火) 01:22:00.81 ID:r6vjrkH7o
学ランっぽいって事は、うるしぃは男だったのかな
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/02/07(火) 01:23:17.18 ID:IgjWw+tPo
>>152
ラボメンジャージってやつじゃないの?
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/07(火) 09:57:21.17 ID:5p07fLzDO
銃を肩に構えて狙いを定める。

岡部「……」

賞品の陳列された棚。
上の段、右から二番目。
パンダだか、タヌキだかよくわからないような、まん丸なマスコットキャラクター。

岡部「……」

そいつが俺のターゲットだ。
橋田から借りた古い映画の主人公は、確か1キロ近く離れた場所から標的をしとめていた。
俺はその主人公になったつもりで、ゆっくりとトリガーを絞り――

岡部「ファイヤー!」

漆原「ひゃっ!」

俺の張り上げた声に、隣で固唾をのんでいた漆原が跳ね上がった。
――パァン!
空気が破裂するような音と共に、コルクの弾丸はマスコットのすぐ横をかすめる。
と、そいつは揺れただけで、棚から落ちる事はなかった。

岡部「が……っ!」

鈴羽「あー、残念。ハズレだねぇ」

まだだ……! まだ、諦めん。
俺は視線をターゲットに固定したまま、次の弾を装填すべく、手元のトレーを探った。

岡部「……って、あれ?」

しかし、俺の手はツルツルとしたトレーの表面を滑るばかり。
……ない。
――弾切れだ。 クソッ!

鈴羽「あっはは、何その顔。おっかしいー」

岡部「……」

橋田に笑われてしまい、どんな顔をしていたかは知らないが、俺は表情を引き締めた。
気付くと、周囲を歩いていた客たちからもクスクスと笑い声が聞こえる。
首をめぐらすと、隣の漆原も赤くなっているし。
――そういえば俺は、テンションが上がりすぎて“ファイヤー”とか声を張り上げていたんだった。
俺はゆっくりと銃を置くと、今にもファイヤーしそうな顔を両手で覆い隠した。
それを見て、橋田は面白いものでも見るようにケタケタと笑う。

鈴羽「――いやぁ、ジュニア。これが戦場だったらきっと死んでるねぇ」

鈴羽「あんなに騒ぐスナイパーは初めて見たよ。ぷっ、あはは」

言って再び笑いながら、だらしのない敬礼を向けられてしまった。

岡部「ぐぬぬ……」

鈴羽「さて、これでジュニアは一階級昇任で二等陸士だね」

そんなわけのわからない事を言いながら、橋田は丸めた新聞紙で自身の肩をポンポンと叩いている。
……ていうか、なんだそれ。
ああ、なんだ。兵隊の階級のことかよ。
ていうか、俺は元・三等兵か?

漆原「はぅ、それは……色々と、残念です……」

しゅんとした漆原から、合掌されてしまった。

岡部「い、いや、生きとるわ! おい橋田、人を勝手に[ピーーー]なよ!」

鈴羽「あはは、ゴメンゴメン」

岡部「……くっ」
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/07(火) 09:58:56.87 ID:5p07fLzDO
漆原「ボクもごめんね。悪ノリしちゃった……」

岡部「……いや、もういい。 だが漆原、すまないがアレは諦めてくれ」

漆原「えっ? あ、うん。取ってくれようとしてたんだ……。なんだかごめんね」

岡部「あ、おお……」

俺がなぜ、あんなファンシーなマスコット人形などを狙っていたのか。
それは無論、漆原が指差して“かわいい”と言ったからである。
こんな結果になってしまい、残念極まりないが……。
えらい恥をかいてしまったので、俺は今すぐにこの場から離れたかった。

岡部「じゃあ、次行こうぜ、漆原」

振り返りながら漆原の手をとる。

漆原「え、あ、ちょっ……」

岡部「そんじゃな、橋田――」

そして、俺が漆原の手を引いて立ち去ろうとした時だった。

鈴羽「はぁ、もうおしまいかぁ。ジュニアは相変わらず根性なしだね」

背後から聞こえてきた愚かなセリフに、俺はピタリと立ち止まった。

岡部「……なんだって?」

振り返らないまま、橋田に訊く。

鈴羽「え?なにが?」

岡部「お前は今、何といった?」

鈴羽「さぁ……。なんの事だろ」

……フン、とぼける気か?
だが、しっかりと聞こえていたぞ。
どうやら、お前は今、とんでもない事を口にしてしまったようだな。

岡部「……俺が根性なし、だと?」

鈴羽「あー、はは、それかぁ。ゴメンね。聞こえるとは思わなかったよ。まさか」

漆原「あわ、あわ……」

なんてわざとらしい。
聞こえよがしに言ったくせに、よく言う。
漆原があわあわし出したのでその手を離すと。
俺は財布を取り出して、店へと向き直った。

岡部「もう一回だ」

鈴羽「へへへ、まいどあり」

俺が代金を支払うと、橋田はコルクの弾をよこしてきた。
空気のライフルに弾を詰めながら、俺は橋田を睨みつけてやった。
当の橋田はニコニコしている。

岡部「そうやって笑っていられるのも、今のうちだ」

岡部「この天才スナイパーを敵に回すとはな?橋田。 お前も愚かな事をしたもんだよ」

鈴羽「そうなんだ」

そうなんです。
……くそぅ。見ていろ橋田。
俺に根性なしと言った事、必ず後悔させてやるよ。
俺は、黙って銃を構えた。
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/07(火) 10:00:22.94 ID:5p07fLzDO
…………。
………。
……。
その後、俺は意固地になってしまい、気が付くと一等陸曹という聞いたこともない階級まで特進していた。

 * * *

最後の方になると、橋田もさすがに気の毒になってきたのか、俺を煽る事をしなくなっていて。
がっくりと肩を落として店を去ろうとしていた俺たちに、あのマスコットを“サービスだ”と手渡してくれた。
まさか、祭りでこんなに惨めな思いをするなんて夢にも見なかったな……。
とほほ……。

漆原「岡部くん、ありがとね」

ふと、後ろに付いてきていた漆原が、トントンと肩を叩いてきて言う。

岡部「え? あ、いや……俺はなにもしてないよ」

漆原「ううん。そんな事ない。ありがと」

岡部「お、おお……」

漆原「……これ、私の宝物にするね」

漆原は、よく聞かないと聞こえないようなか細い声で、そう呟いた。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/07(火) 10:01:29.38 ID:5p07fLzDO
それから俺たちは、各出店を一通り回った。
フライドポテト、風船すくい、焼きそば、輪投げ、たこ焼き、スーパーボール、からあげ。
ほとんど食ってばかりだったが、漆原はかなり喜んでいたようだった。
歩き疲れると道端に座って、漆原が買ってきたジュースを飲んで、また歩いて。
そんなこんなで、俺たちの穏やかな時間は過ぎていった。

 * * *

時刻は20時を回っていた。
すっかりと夜のとばりが降りていて、空は漆黒を湛えている。
それでも、立ち並ぶ出店の照明は、この周辺を眩く照らしていた。
祭りは熱気を帯びたように盛り上がっていて、まだまだ終わる気配を見せない。
俺はふと、道行く人々が揃って一方向に進んでいるのに気がついた。

岡部「なんだ? なにかあるのか?」

漆原「え?」

俺が人々の列を示すと、漆原は“あぁ”と何かを思い出したように頷いた。

漆原「そういえば、ちょっとした花火もあるらしいから、みんな、それを見に行くのかも」

岡部「なに?花火が?」

漆原「うん」

なるほど、それでみんな、見晴らしのいい場所を目指しているのか。
ここでは出店の照明が邪魔になって、花火が見えにくいからな。

岡部「俺たちも見に行かないか?花火」

漆原「あ、うん。そうだね」

岡部「よし、決まりだ」

早速漆原を従えて、俺たちは人々の列に沿った。
それにしても、よくこんなに人が集まったな。
最初は本当に小さな祭りだったらしいが、長年やるとここまで盛り上がるものなのか。
ちょっと感動してしまう。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/07(火) 10:02:28.60 ID:5p07fLzDO
漆原「あ、岡部くん。待って」

人を縫って歩いている最中、漆原から呼び止められた。
どうやらはぐれそうになったらしい。
俺は振り返って漆原の姿を確認する。
と、その時。
漆原が大事そうに握りしめている、例のマスコット人形が目に入ってきた。
急に、橋田の顔が俺の頭をよぎる。

岡部「……」

漆原「いやぁ、ゴメンね。ボク、昔から迷子になるのが得意で……えっへへ」

岡部「……」

漆原「あれ?どうしたの?」

漆原が首を傾げて俺の顔を窺ってくる。

岡部「あ、いや……迷子になる事が得意って、変だなって思って」

漆原「むぅ。なにそのツッコミ。真面目かっ!あはは」

岡部「お、おお。すまん」

それにしてもこの漆原、やけにハイテンションである。
俺もそれに合わせて笑ってみるが、なんだか、胸には一抹の寂しさを感じていた。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/07(火) 10:03:54.83 ID:5p07fLzDO
岡部「おい、橋田」

人波に流されながら射的の出店まで戻ってきた時、俺はカウンターの向こうにいる橋田に声をかけた。

鈴羽「おっ。お帰り〜。どう?楽しんでる?」

岡部「ああ、結構楽しんだ。腹もいっぱいだしな」

そう言って、鳩尾の辺りを叩いて見せた。

鈴羽「そっかそっか、それは良かった」

そこで、漆原が申しわけなさそうな顔で橋田に頭を下げる。

漆原「すみません、橋田先輩。……ボクたちだけで楽しんでて」

鈴羽「ああ、気にする事ないって。あたしは全然平気だって言ったじゃん」

そう言って橋田は、漆原の肩をポンポンたたくと屈託なく笑って見せた。
……無理しやがって。
最初はあんなに寂しそうにしてたくせによく言う。
俺は店の脇から、カウンターの中に押し入ってやった。

漆原「ちょ、岡部くん?」

鈴羽「急にどうしたのさ、ジュニア」

岡部「……」

岡部「この後、花火をやるらしい」

鈴羽「へっ?」

俺が告げると、橋田は間抜けな声を出してポカンとした。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/07(火) 10:08:59.83 ID:5p07fLzDO
岡部「店番、しばらく代わってやるから漆原と一緒に見てこいよ」

鈴羽「……え?」

岡部「聞こえなかったのか?花火を見てくればいい、つったんだ」

鈴羽「な、何いってんの? もしかしてジュニアまであたしに気ぃ遣ってる? それなら全然――」

岡部「さっきの礼だって。ありがとな」

鈴羽「……」

そこまで言っても橋田はポカンとしたままなので、俺は仕方なく漆原の持つ人形に顎をしゃくった。

鈴羽「あ……」

その先を視線で追った橋田は、ようやく理解したようだ。
目をしばたたかせながら、俺に向き直ってくる。

鈴羽「いいの……? マジで?」

俺は頷いて返した。

岡部「ていうか、言わせんな恥ずかしい」

照れ隠しに頭を掻きながら、店の中の椅子に腰かける。

岡部「それに、どうせ花火の間は客も減るだろうし、多分俺でも問題ねえよ」

岡部「わかったら行けって。花火、始まっちまうぞ」

鈴羽「わ、わかった。サンキュ、ジュニア」

橋田はカウンターを出て、今にも駆け出しそうな勢いだ。

漆原「岡部くん、いいの?」

岡部「ああ。今の俺は細かいことは気にしないんだよ。 なにせ、一等陸曹だからな」

鈴羽「あはは。それじゃあ行ってくるよ。行こう、うるしぃ」

漆原「あ、はい!」

鈴羽「ジュニア、本当にありがと。 感謝するよ」

橋田は一度だけ振り返ってそう言うと、今度は漆原の手を取って、すいすいと嬉しそうに人波の中へと消えていった。
まるで、川へ逃がしてやった魚みたいである。

岡部「はぁ……」

今回はついつい、ガラにもねえ事しちまったな。
ていうか、かなり恥ずかしかった。
俺は一人、赤面した顔を手で扇いだ。
ややあって、花火の弾ける豪快な音が聞こえてくる。
俺は道行く人々を眺めながら、その音に耳を傾けていた。
今頃、あの花火の下で。
2人は、喜んでいるだろうか。
そうであれば良いなと、俺はなんとなく思った―――

http://www.youtube.com/watch?v=cRmtPYjSv60&sns=em

【夏祭りの話】おわり。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 11:41:29.61 ID:pfy6u+890


鈴木は4℃の息子かな?
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 11:46:19.69 ID:lwWChff/P
乙!

嬉しくなって一人称が私になるうるしぃマジきゃわわ
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 12:06:05.09 ID:oSiiid7IO

164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/09(木) 00:48:43.99 ID:Bg0JXbtDO
ラボで橋田と二人して新作ガジェットの発案をしていた時だった。

鈴羽「あ、そういえばさ」

急に何かを思い出したように、橋田が手のひらをポンと打ち合わせた。

岡部「なんだよ」

鈴羽「いやぁ。実はあたし、さっき面白いモノを見つけたんだよねぇ」

岡部「はぁ、面白いモノ?」

鈴羽「うん、そうなんだよ。かなり面白いモノ。 ちょっと見に行こっか」

橋田はテーブルの上にシャーペンを転がすと、ぴょこんと立ち上がった。
俺はそれを仰ぎ見る。

岡部「行くってどこにだ?」

鈴羽「えっと……それはね――」

橋田が何かを言いかけて逡巡する。

鈴羽「着いてからのお楽しみって事で」

俺が訝しげに見つめると、橋田はニマッと笑ってそう答えた。

随分いきなりな上に、行き先が秘密だなんてかなり怪しい。正直、嫌な予感しかしなかった。

今日くらいは平穏に過ごしたかったので、俺は言った。

岡部「大事な円卓会議とやらの途中だろ?せっかくいい案が挙がったのに、ここで中断していいのかよ」

まあ、いい案と言ってもマッサージ機のヘッドにモップの先を取り付けるという、自動窓磨き機くらいである。

マッサージ機のスイッチを入れるとモップ部分が激しく振動し、持っているだけで窓がピカピカになるという寸法だ。

ただし、活動範囲がコンセントの届く場所だけに限定されるため、多分作ったところで使い道はないだろうと思うのだが。

とりあえず何かしら考えないと解放される事はないので、俺はその方向で案をまとめかけていた。

橋田はしばらく思慮を巡らせていたようだが、にかっと笑ってうなづいた。

鈴羽「それじゃ、円卓会議は帰ってきてからやればいいよ。どうせ近いところなんだし」

岡部「……」

鈴羽「さ、そうと決まればはやくはやく」

岡部「……仕方ねえな」

この様子だと恐らくなにを言っても平行線にしかならないと思った俺は、しぶしぶと立ち上がった。

岡部「橋田の言う“面白いモノ”――そいつがどんなもんなのか、この目で確かめてやるわ」

雰囲気たっぷりに言い放つとドアがバターンと音を立てて、既に橋田は出て行った後であった。

岡部「……いいさ。今のはどうせ、独白のつもりだったんだからな」

岡部「……」

俺は慌ててラボを飛び出すと、仕方なく橋田に付き従った。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/09(木) 00:51:20.64 ID:Bg0JXbtDO
漆原「お帰りニャさいませ、ごしゅ――」

店に入ってきた俺と橋田を出迎えたのは、なんと漆原だった。

俺たちの姿を確認した途端に継ぐべき言葉を失った漆原は、その場で固まってしまった。

口をあわあわとさせ、それは気の毒なほどに、みるみる顔が朱に染まっていく。

というか、俺もいったい何が起こったのかを一瞬理解出来ずに固まった。

背後から、“くっくっ”と橋田の笑う声が聞こえる。

漆原「――ひゃわわあっ!」

突然悲痛な叫びを上げた漆原は、カウンター脇に置かれていた観葉植物の裏にサッと隠れてしまった。

むこうを向いたまま小さくうずくまってしまい、葉の隙間から見えるその肩はフルフルと揺れている。

じっくり見ることは叶わなかったが、今の漆原はメイド服を着ていたような気がする。

しかも、俺の見間違いでなければ――猫耳を装備していたような。

ええ?猫耳だと……?

とっさに店内へと視線を走らせる。

そこでは、店の女の子と思しきメイドたちがトレーを抱えて、テーブルの間をせわしなく行き交っていた。

揃って、頭の上に猫耳を乗せている。

そう――橋田が俺を案内した先は、メイド喫茶であった。しかも猫耳の、である。

橋田は、さっき偶然にも店の開店準備をしている漆原を見つけたんだとか。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/09(木) 00:53:17.19 ID:Bg0JXbtDO
鈴羽「ここは、姐さんが働いてた店だよ。っていうか、姐さんの店なんだけど」

岡部「マジかよ……」

テーブルに案内された俺は、対面の席に腰を落とした橋田の話に耳を傾けていた。

はて……秋葉さんって、いったい何者なんだ?

“雷ネットAB・影のチャンピオン”

“猫耳メイド喫茶のオーナー”

果たして、その実体とは――ダメ、さっぱりわからん。

俺は、コップの水を一気にあおった。

もうすぐ夏も終わろうとしているというのに、今日も太陽は絶賛活躍中だ。

照らしつけられたアスファルトがその熱を溜め込み、歩く俺たちを足許から炙って。

おかげで、ここに来るまで2分とかからなかったが、それでも身体から水分を奪うには十分な環境が整えられていた。

岡部「それにしたって、今時珍しいな。猫耳メイドだなんて」

おかわりのお冷やを注ぎながら、橋田の顔を窺う。

色んな意味で汗がにじんだ俺に反して、橋田は至って涼しげであった。

鈴羽「うーん。多分、今の秋葉原だと、ここでしか見られないだろうね」

鈴羽「なんたってここは、猫耳メイド喫茶の老舗中の老舗って感じらしいから」

岡部「ほほぉ……」

橋田のやつ、そんな事をよく知っているな。

俺なんか、実際にこの目で見るまではその存在すら忘れかけていたんだが……。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/09(木) 00:54:28.80 ID:Bg0JXbtDO
しかし――これは、なかなかいいかもしれない。

ただでさえかわいいメイドさんに、猫耳まで乗っているのだ。

寿司に、ネタがうっかりと二枚も乗っているようなもの。

なぜ、そんな素晴らしいものが今では減ってしまっているのか――俺には残念でならなかった。

“ジュニアの趣味はどうでもいい”という橋田に、俺はテーブルを叩いて抗議する。

が、すぐに引いたような顔の橋田にすがめ見られてしまったので、俺は大人しく引き下がった。

――しばらくそんな事をしていると、漆原が伝票を持ってテーブルのそばまでやってきていた。

漆原「あ、あのう……」

岡部「おお……!」

橋田が手をたたいて“かわいい”だとかなんとかはやし立てると、漆原は必死になって首を振った。

“やめてください”と涙を浮かべる様が、なんだか眩しい。

漆原「そ、それより、ご注文をおうかがいします……に、ニャ?」

岡部「……」

俺は、再び息を呑んだまま固まってしまった。

そんな俺をよそに、メニューに目を落としていた橋田は、スラスラと注文を告げた。

鈴羽「えーと、あたしはオムライスとアイスコーヒー。ジュニアは?」

岡部「……」

鈴羽「おいこら!」

岡部「……っ」

漆原に見とれていると、急に橋田から激しく額を突っつかれてしまった。

が、不思議と痛みは感じない。

岡部「お、俺も同じやつで」

頭が回らないので、橋田と同じ注文にさせてもらう。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/09(木) 00:57:59.53 ID:Bg0JXbtDO
漆原は一旦注文を繰り返すと、テーブルに記入した伝票を置いてモジモジとしだした。

チラチラと、俺と橋田とを見比べてくる。

岡部「な、なんだ……漆原?」

鈴羽「今はシイニャンだよ」

岡部「はっ、マジでか」

源氏名というやつだろうか……?

俺は、思わず漆原の方へと身を乗り出していた。

漆原「う、うぅ……やめてくださいよぅ」

漆原はなんとも恥ずかしそうに両手で顔を隠していた。

その状態のまま、微かな声でポツリと言う。

漆原「ごめんね、岡部くん……。も、もしかして、引いた……?」

言った後でくねくねとたじろぐいじらしい姿に、俺は胸の奥がキュンとなってしまった。

心臓の音が、まるで早鐘を鳴らすかのように鼓膜を打ちつけてくる。

岡部「ひ、引くもんか」

岡部「むしろアリ……いや、かなりイイと思うわけだが!」

気がつくと俺は声がでかくなっていて、いつの間にか周囲の客の視線を集めていた。

なんだかこっちまで恥ずかしくなってしまい、テーブルに顔を伏せる。

鈴羽「おお、ジュニア。なんだか今の、父さんみたいだったよ」

岡部「そうかよ!」

鈴羽「そうだよ」

そうなのかよ。

漆原「うぅ……」

そんなやり取りを見ていた漆原は、依然として手で顔を隠しながら、

フラフラとかなり危なっかしい様子で店の奥へと消えていった。

知り合いにバレたのが、よほどショックだったのだろうか。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/09(木) 00:59:00.96 ID:Bg0JXbtDO
岡部「それにしても橋田ぁ……お前って、いいヤツだったんだな」

鈴羽「へっ?」

岡部「いや、いいモノを見せてくれたよ。マジでサンクスっつーか」

鈴羽「……」

鈴羽「そんな、ニヤニヤするほどとは思ってなかったよ。もう、こんな顔。にいっ」

橋田が、俺の顔マネと思しき表情を作って見せてくる。

……そんなにもニヤニヤしていたのか、俺は。

岡部「わ、悪かったな」

鈴羽「……そんなに嬉しいならさ、ジュニアもここで一緒に働かせてもらえばいいじゃん?」

岡部「はあ!?なんだと?」

鈴羽「ニイニャンとして働かせてもらいなよ。案外ウケるかも」

岡部「……」

――一瞬、猫耳メイド姿の俺が、ニャンニャン言いながらドリンクを運ぶ様を想像してしまった。

岡部「いや、寒気しかせんわ」

鈴羽「あっはは。確かに」

つづく。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大分県) [sage]:2012/02/09(木) 16:37:15.25 ID:C3103Koe0
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/09(木) 17:10:04.89 ID:JE5enfHDO
乙です
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/09(木) 20:08:15.23 ID:pkUj2Lm8o
乙だよ
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 12:38:25.29 ID:+r1JizIDO
岡部「はわー」

俺が、店内を甲斐甲斐しく働いて回っている漆原の姿を目で追っていると。

鈴羽「……」

岡部「……?」

ふと気付けば、対面に座った橋田はさっきまで笑っていたかと思ったのに、
今ではなんとも面白くないといったような顔でオムライスを切り崩していた。

岡部「どうした橋田。 えらく難しい顔して――ひょっとして腹でも痛いのか?」

鈴羽「え……? あ、うーん、えーっと……」

鈴羽「……あ、そうだ。よく考えたら、うるしぃがコスプレのお店で働いているのがちょっと不思議だなぁ、なんて」

ばつの悪そうな顔で、そう答えてくる。
なんか取って付けたみたいな言い方だったが――言われてみれば、確かにそうだ。
俺がそんな事を考えていると、橋田はこれまた取って付けたみたいにムスッとした。

鈴羽「ていうかさ」

岡部「おお?」

鈴羽「女性にそんな聞き方する?普通」

岡部「な、なにがだよ」

まさか橋田の口から、女性がどうとかいう言葉が出てくるとは思わなかったので、俺は少しびっくりした。

鈴羽「“腹でも痛いのか”なんて。言わないよね、ふつう」

岡部「ああ、あれか。でも普通って――」

鈴羽「前々から思ってたんだけどさ」

何かを言おうとした俺を遮るように、橋田は続けた。

鈴羽「ジュニアにはデリカシーってもんが無いんじゃないの?」

岡部「なに? デリカシーだぁ?」

……また訳の分からない事を。
俺が半笑いで問い返すと、橋田は冷たい目で見てきた。
そんな刺さるような視線に、俺は思わずたじろぐ。

岡部「ち、ちょっと待て……ってまさか橋田……お前、女の子扱いしてほしいのか?」

岡部「この俺に」

鈴羽「えっ?」

鈴羽「あ……! いや、そうじゃないんだけどさ」

言って、目の前で小さくブンブンと手を振る。
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 12:40:22.96 ID:+r1JizIDO
鈴羽「なんていうか、一般常識としてちょっと注意してやっただけ……みたいな」

岡部「ハッ」

一般常識(笑)とか。
また、いきなりおかしな事を言う。
まさか雷にでも打たれたというのだろうか。

鈴羽「なっ、何がおかしいの?」

俺が鼻で笑うと、橋田の顔には再び不機嫌の色が再燃し始める。
……いかんいかん。ここは冷静に指摘してやるべきだろう。
そう思って、俺は仕方なく表情を引き締めた。

岡部「あ、いや、すまん」

岡部「……でもさぁ、よく考えてみろよ橋田」

鈴羽「なにが?」

岡部「俺がいきなりお前の事を気遣いなんてしだしたら、逆に気持ちワリーじゃねえか」

鈴羽「……そ、それは」

岡部「絶対気持ち悪い。そうに違いない。それに幼なじみって、普通はこんなもんだろ?」

鈴羽「……」

そこまで言ってやると、橋田は無念そうに黙り込んだ。
黙って、スプーンでオムライスをひたすらに突きまくっている。
――俺としては、“確かに気持ち悪い”という辛辣な言葉が返ってくるものだとばかり予想していただけに、ちょっと意外だったのだが……。
それにしてもまあ、俺の事は好き勝手ひどい事を言うくせに、自分がなにか言われたときだけ過剰に反応するとか。
スイーツ(笑)及び、ドSっぷりもいいところである。

岡部「ところでなんだけどよ」

鈴羽「え?」

岡部「俺も、橋田がさっき言った事は確かに気になるぜ」

鈴羽「……なにが?」

岡部「いや、やっぱり漆原がコスプレだなんて、なんか不自然だろう」

鈴羽「……」

人前で浴衣を着ることさえ恥ずかしがっていた漆原が、あろうことか猫耳メイドだなんて――
――素晴らしいのは素晴らしいんだが――なんだか、俺の胸にひっかかるものがあった。
もしかしたら、のっぴきならない事情があるのかも。
――となれば、だ。

岡部「後で詳しく聞いてみるべきかもしれんな」

鈴羽「……」

鈴羽「そーだね」

岡部「なんだ?その空返事は」

鈴羽「べっつにぃ?」

……。
俺に言いくるめられたのが、よほど悔しいと見える。
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 12:41:41.19 ID:+r1JizIDO
メイド喫茶にて二人分の会計を済ませた俺は、早速ラボに戻って漆原がバイトを終えるのを待った。
再開された円卓会議の内容は、ほとんど右から左へである。
そして漆原がラボに現れたのと同時に、俺は彼女をとっつかまえて、外のベンチへと連行した。二人並んで腰を下ろす。

漆原「あ、あのぅ、岡部くん?」

気まずい雰囲気で居ると、意外にも先に口を開いたのは漆原だった。

岡部「なんだ?」

俺がちょっとびっくりして聞き返すと、その声は見事に裏返っていた。
この狭い路地に反射して恥ずかしい。

漆原「ボク、さっき、あんな姿を見られたばっかりで、すごく、恥ずかしいんだけど……」

岡部「あ、あ、あ、なんだ、その事か。そんなに気にするなよ」

漆原「でも……」

漆原は気まずそうに、自分の手ばかりを見つめていた。
まあ、無理もないといえばそうなのかもしれない。
俺も漆原の立場だったら、きっと今頃いたたまれない気持ちのはずだ。

岡部「……」

漆原「……」

漆原が黙り込んでしまったので、今度は俺から切り出す。

岡部「あー。それよりだな、漆原?」

漆原「……な、なにかな?」

岡部「ううん、お前、なんか……困ってる事とかアルのか?」

『できるだけ自然に』を心がけたが、カタコトみたいな喋り方になってしまった。
たまらず、自分の腿をつねる。

岡部「……」

そこで漆原は、ようやく顔を上げて問い返してきた。

漆原「こ、困ってること? それってどういう……?」

岡部「……いや、ほら。まさか漆原が、メイド喫茶で働いてるなんて思ってもみなかったからさ」

最初は眼福だとしか思ってなかった俺ではあるが、考えれば考えるほどにこの胸には疑念が募っていた。
“まさか、それほどまでにお金に困っているのか”
“まさか、嫌がるのを無理やり誰かにやらされているんじゃないのか”
しかし、そんな俺の心配とは間逆の事実を漆原は口にした。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 12:44:09.28 ID:+r1JizIDO
漆原「ああ、それは――橋田先輩の……誕生日プレゼントを、買おうと思って」

岡部「なに……?誕生日プレゼント?」

漆原「そう。それでボク、バイトを始めたんだ。もう、お給料をいただいたから十分に買えるんだけどね」

漆原「お店のみんながとっても優しいから、なんだか、だんだん楽しくなってきて……」

岡部「はあ」

なるほど、そういうワケだったのか。
それにしても、誕生日プレゼントのためにバイトとは律儀なやつだな。
俺なんか、人の誕生日を聞いても数分で忘れるぞ。
しかしここは、とりあえず聞いておこう。

岡部「橋田の誕生日って、いつなんだ?」

漆原「ええっと」

一応、橋田は俺の親分……いや、友達であるわけだし。
俺としても、何かしら考えてやらない事もない。

漆原「来月の、27日だよ」

岡部「なんだ来月か……。まだ丸々1ヶ月近くあるじゃねえか」

随分と気が早いんじゃないのか。
俺がそう言うと、漆原は少し寂しそうな顔になって言う。

漆原「うん……それでも、今しか渡すタイミング、ないから」

岡部「ああ? 渡すタイミングって……」

岡部「――そういう事か」

訊いた後ですぐに気付いて、思わずため息が漏れた。

岡部「しまったな……」

漆原「どうしたの?」

岡部「ああ……俺は最近、ちょっと現実逃避してたかもしれない」

漆原「??」

岡部「橋田がどっか行っちまうっつう話。なんだか実感が薄れてきててさ……」

漆原「……」

橋田も漆原も、そんな事はあえて口にしないし、そういったそぶりも見せない。
だから俺は、その事から目を背けていた。
そうすることで、どこか安心した気になっていた。
けれどそれは、いくら目を背けたところで歴然とした事実であって。
自分を騙していた事にほかならない。
だから――

岡部「参ったな……そんな事、何も考えてなかったよ」

漆原「そう、なんだ……」

岡部「……。今から何か準備するにしても、時間なんてないよな?」

漆原が小さくうなづく。
そうなのか……。時間、ないんだ。
途端に背筋が寒くなったような気がした。

岡部「……」

ややあって、漆原がおずおずと言う。

漆原「……ねえ、岡部くん。花火、ちゃんと見てもらおうよ」
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/10(金) 12:44:42.63 ID:+r1JizIDO
岡部「……幻想花火を?」

漆原「そうだよ。今、こうして隠してる事も、岡部くんの、現実逃避……だと思う」

岡部「……参ったな」

俺が、だだを言う子供みたいな真似をしているのは、この間漆原から咎められた時に気付いていた。
それでも、俺は幻想花火の完成を隠し続けている。
最初は何かにすがる思いでそうしていた。
そうすれば、橋田はどこにも行かないと、勝手に信じていたから。
だけど――本当にそれでいいのだろうか。

岡部「なあ、漆原」

漆原「……?」

岡部「猫耳、似合ってたぞ。すごく」

漆原「……」

漆原が、暮れなずむ秋葉原の空を見上げた。
その横顔は、落陽間際の儚い光に照らされていて、とても切なげだった。

漆原「ねえ、岡部くん」

漆原「もうすぐ――夏も終わっちゃうんだよ」

俺にはそれが、漆原から“馬鹿な事やってないで、しっかりしろ”と言われたように感じられて。

岡部「そーだな」

なんとか空返事をしてみたものの――胸の中では、様々な想いが渦巻いていた。

http://www.youtube.com/watch?v=-2zv8eRwXwo&sns=em
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 13:25:04.42 ID:lJ+z+A5Wo
曲貼るのってどうなん?
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/02/10(金) 16:54:20.83 ID:GMeGGN2AO
稀に良くある手法
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 18:04:29.31 ID:Siyc+cyBP
まぁいいんじゃないかな
俺は見てないけど
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/02/10(金) 21:05:51.40 ID:s5UFXGbyo

鈴羽たんペロペロ
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 23:36:37.44 ID:+r1JizIDO
【倫太郎】
「……」

【至】
「……」

【紅莉栖】
「……」

【まゆり】
「……?」

俺たちは揃って病室にいた。だが、今回は俺が刺されただとか、そ
んな物騒な話ではない。

【紅莉栖】
「まったく、全部岡部のせいだからな……」

紅莉栖が、恨めしそうな目で俺を睨みつけてきた。

【倫太郎】
「俺のせい……だと?」

【紅莉栖】
「そうよ」

そう、キッパリと言い切りやがった。

【紅莉栖】
「そもそもあんたがあんな所でコケなきゃ、こうはならなかった」

紅莉栖はコルセットに首を固定されたまま、目だけで自身の足許に
視線を落とす。
その足もギプスによってガッチリ固定されてしまっていた。
……それにしてもこの助手、無茶苦茶な事を言う。
コケてしまったんだからしょうがないだろ。
大体、地面がカッチカチに凍っていたのだ。滑らない方がどうかし
ている。
八つ当たりもいいところだ。
俺がそう答えると、紅莉栖は冷たい視線でこっちを一瞥し、プイッ
とそっぽを向いてしまった。

【至】
「まあまあ、牧瀬氏。それを助け起こそうとした僕たちも悪かった
んだって」

割って入ってきたダルも、首をコルセット、足首をギプスで固定されていた。

【倫太郎】
「うむ。そうとも言え――」

【倫太郎】
「っていうか、その言い方はひどいなダル!なんかひどい!」

ダルを振り返ると、例によってコルセットで固定された俺の首が
ズキリと痛む。

【至】
「でもオカリンを助けようとして二次、三次災害が起こったのは
事実なんだし」

【倫太郎】
「うく……っ」

やっぱり助けようとしなけりゃよかったってか? この薄情者め!

【まゆり】
「まあまあ、みんな」

窓から射す陽光の下、まゆりが困ったように微笑んだ。

【まゆり】
「あんまり怒ってばっかりだとね、怪我は治りにくいんだよ?」

まゆりは怪我などしていない。つまり、俺たちの見舞いに来たのだ。
病室のイスに腰掛けて、あぶなっかしい手つきでリンゴを剥いている。
だが、よく見るとそれは、“かつてリンゴと呼ばれたモノ”とでも
言うように、今ではなんとも無残な姿に変貌していた。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/10(金) 23:38:45.41 ID:+r1JizIDO
【倫太郎】
「おい、まゆり。それ、食うところがほとんど残ってないではない
か」

【まゆり】
「あー、うん。これなら、ピーラーを持ってくれば良かったねぇ、えっへへ」

【倫太郎】
「うむ。次からは頼んだぞ」

【紅莉栖】
「えらそうに」

【倫太郎】
「なに?」

【紅莉栖】
「自分で剥けないくせに、まゆりに文句を言うなんてひどいんじゃない?」

【倫太郎】
「……。じゃあ、お前は出来るのか?クリスティーナよ」

俺は問い返しながら、カゴからもう一つのリンゴを掴んだ。

【紅莉栖】
「ふえっ?」

【倫太郎】
「さあ、やってみるがいい、クリスティーナよ」

途端にまんまるな目になった紅莉栖に、それを差し出してやる。
ダルが横から、表情で“よせ”と訴えてきた。

【倫太郎】
「止めるなダル。貴様も、クリスティーナの剥いたリンゴを食って
みたいと思うだろう?」

【至】
「そりゃそうだけど……ほら、まゆ氏も一生懸命やってくれてる
ワケだし」

【紅莉栖】
「そ、そうよ」

【倫太郎】
「……。誰もまゆりのリンゴを食わんとは言っとらん。もちろん
ありがたくいただくさ」

【倫太郎】
「でも……一個のリンゴを三人で食うには――」

【まゆり】
「はいはーい!」

まゆりはそこで発言をするべく、真上にピンと腕を伸ばした。

【倫太郎】
「なんだ、まゆり?」

【まゆり】
「まゆしぃもリンゴは食べるのです」

【倫太郎】
「……」
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/10(金) 23:39:34.04 ID:+r1JizIDO
【倫太郎】
「一個のリンゴを四人で食うには、もの足りないではないか」

俺がそう言うと、ダルはチラリと紅莉栖に目配せしたあとで、

【至】
「……。そうだね」

案外あっけなく折れた。こいつ、足が折れてからというもの、少し
折れやすい性格になっているのかもしれんな。フハハ。

【至】
「誰がうまいこといえと」

【倫太郎】
「言っとらん。というよりヒトの考えを勝手に読むな」

【倫太郎】
「――とにかく、そういう事だ。クリスティーナよ」

【紅莉栖】
「……っ」

目の前にリンゴを突きつけられ、紅莉栖がたじろいだのを俺は見逃さなかった。
俺はニヤリと笑って、さらにリンゴを受け取るよう促す。

【倫太郎】
「ほら、頼んだぞ。クリスティーナ。さあ、さあさあ」

【紅莉栖】
「くうっ……岡部ぇ……っ!」
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/10(金) 23:43:56.01 ID:+r1JizIDO
【倫太郎】
「な、なんだコレは」

皿の上には、なんだか揚げてないフライドポテトみたいなモノが並んでいた。

【至】
「いや、リンゴっしょ」

【倫太郎】
「そ、そんな事はわかっている」

わかっているのだが……。

【倫太郎】
「まさかこれほどとは……」

まゆりもなかなかだったが……すごいな、クリスティーナは。
これならむしろ、実の残った皮でもしゃぶっていた方が、いくらか
リンゴを食った気になれるのではないだろうか……。
いやいや、そんな事を思っていては罰があたるよな――。

【倫太郎】
「――いや、やっぱりこれはひどい!」

【紅莉栖】
「点滴に筋弛緩剤まるまるひと瓶ぶち込むぞコルァ!あんたがやれ
って言ったんだろーが!」

ひええ。

【まゆり】
「まあまあ、クリスちゃん。クリスちゃんのも、上手に剥けてるよ?」

【紅莉栖】
「……。やめてまゆり。気持ちは嬉しいけど、なんか悲しくなるから」

【至】
「どうでもいいけどさ、会話だけ聞いてると妙にエロく聞こえるよ
な」

【至】
「実は、さっきからこれ言いたくてウズウズしてたんだよね」

【まゆり】
「?」

【紅莉栖】
「HENTAIは黙ってろ」

【至】
「うはー。もうこうして罵られ続けてるだけで、怪我なんか明日に
は治っちゃいそうだお」

【倫太郎】
「……まったく、どうしようもないやつだな、ダルは」
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/10(金) 23:46:00.78 ID:+r1JizIDO
それから数分としないうちに――。

【フェイリス】
「凶真〜!ダルニャン、クーニャン!」

【るか】
「みなさん、こんにちは」

病室のドアを開けて、美少女の二人――いや、片方は男であるが――が入ってきた。

【まゆり】
「あ、フェリスちゃん、るかくん。トゥットゥルー♪」

【フェイリス】
「あ、マユシィ!トゥットゥルー!」

【至】
「うは、フェイリスたんktkr!」

【紅莉栖】
「ハロー。漆原さん、フェイリスさん」

それぞれが、思い思いに挨拶を交わした。
そして、ようやく落ち着いたところで、最初にルカ子が口を開いた。

【るか】
「あの……そういえばみなさん、お怪我の方はどうですか?」

【倫太郎】
「ああ、痛みのほうはだいぶんマシになった」

【フェイリス】
「それはきっと、フェイリスのおかげだニャ」

【倫太郎】
「なに?」

【フェイリス】
「フェイリス、凶真たちの怪我の原因は、最初から辺獄《リンボ》
に棲む無明のけものたちの仕業だと睨んでたのニャ」

【倫太郎】
「ほほう……?」

【フェイリス】
「そこでフェイリスは考えたのニャ。もう凶真にはわかっていると
思うけど、前世でラマダン――」

【倫太郎】
「ああそうかそれは助かった、ありがとうフェイリス」

【フェイリス】
「ニャウぅ〜」

フェイリスはしゅんとした後、“ニャハっ”といたずらっぽく笑ってみせる。
隣から、ダルのフンフンという鼻息が聞こえた。

【至】
「それにしてもさ、オカリン」

【倫太郎】
「なんだダルよ」

【至】
「フェイリスたんやるか氏みたいな美少女がこうして、毎日お見舞
いに来てくれるなんて、僕たち日本一幸せな大学生なんじゃね?」

【倫太郎】
「さっきは散々文句を言っていたではないか。大体、怪我をしてい
るんだ。幸せとは程遠いと思うがな?」

それに美少女といっても、片方は男である。

【至】
「もーぅ。オカリンはわかってねぇなぁ」

面白くない顔をしたダルが、腕を組んで唸りだした。
だが、それもすぐさまニヤニヤ顔に変わり、ラボメンガールズたち
をなんとも幸せそうに見回している。
さっきとは打って変わって、“僕、怪我をして良かったお”と言い
出す始末であった。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/10(金) 23:49:46.67 ID:+r1JizIDO
それから俺たちは、今流行りの狩りゲーなどをやって時間を潰した。
窓からは、すでに斜陽が射してきている。
今まで全員、ほぼ無言で狩りを続けていた。
聞こえてくるのは時計の音と、紅莉栖の文句やら呻き声くらいで
ある。
さて、そろそろ目が疲れてきたなと俺は両目を押さえた。
フェイリスが静寂を切ったのはその時だった。

【フェイリス】
「それにしても凶真、入院して三日目になるけど、なにもおかしな
事は起きてないかニャ?」

【倫太郎】
「ああ?おかしな事?」

【フェイリス】
「この病院、オバケが出る事で有名だ、ってメイクイーンのお客さ
んに聞いたニャ」

【ラボメンたち】
「オバケ?」

ラボメンたちが、揃って顔を見合わせた。

【紅莉栖】
「ちょ、ちょっと待って。オバケって、幽霊のこと?」

【るか】
「ひいぃ……幽霊、だなんて……」

それまで黙っていた聞いていたルカ子が、両の腕《かいな》を掻き抱いた。
その目には涙をためている。

【フェイリス】
「そうニャ……この病院、どうやら“出る”らしいニャン」

全員がポカンとしたのを見て、フェイリスは小さく舌なめずりをし
た。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/10(金) 23:50:13.19 ID:+r1JizIDO
いかにもありがちといったようなオバケの構えをして、恨めしそ
うな目で皆を見回すと話の続きを紡ぎ出す。

【フェイリス】
「夜な夜な手術室の前で、無念にも亡くなってしまった者たち
の霊魂が――」

【倫太郎】
「そうかそうか。よくわかった」

【フェイリス】
「ハニャッ?」

【倫太郎】
「とにかく、オバケが出るという事だな。よくわかった」

【まゆり】
「オカリン、急にどうしたの?」

【倫太郎】
「いや……オバケなど、居たところでどうだというのだ」

【倫太郎】
「そんな話、聞いたところで何のためにもならんわ」

【まゆり】
「ええー?まゆしぃは聞きだいよう」

【倫太郎】
「まゆりっ!?」

【まゆり】
「だってね、もしもオバケさんがいたら、まゆしぃ、とっても素敵だと思うのです」

【倫太郎】
「そんなわけあるかっ!」

【紅莉栖】
「ほほぅ……」

【倫太郎】
「な、なんだ……?」

【紅莉栖】
「その話、詳しく聞かせてもらったほうがいいかもしれないわね」

【倫太郎】
「なんだと!」

【紅莉栖】
「だって、私たち何にも知らずに、うっかり取り憑かれでもしたら
大変じゃない? ね、鳳凰院凶真さん?」

【倫太郎】
「……」

ダルは携帯ゲームをやめようとしないし、ルカ子は震えたままだし。
まゆりや紅莉栖に至っては、フェイリスの言葉に目を輝かせている
わけで。
……これはなんだか、えらい事になってきたぞ。
そう思って、俺は携帯ゲームをたたんだ。

つづく。
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/11(土) 01:04:26.75 ID:VnK0QvFdo
乙!
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 01:20:45.10 ID:9t7JjunIO
なんだなんだ
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/11(土) 22:37:05.71 ID:d6axlJAA0
今追いついたがこれってどういうシナリオなんだ?
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/02/11(土) 22:43:32.73 ID:6eOUr8G6o
普通に未来のif話だろ
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2012/02/12(日) 00:38:10.95 ID:xuwTs00Ko
よし追いついた
とりあえず>>1乙!!
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/02/13(月) 03:24:29.38 ID:lvPbkQXso
色々と突拍子なくて混乱するお……
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/18(土) 20:32:18.20 ID:GahvzJrqo
続きはまだかお?
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/02/24(金) 00:55:33.63 ID:GSACNSvKo
まだですか?
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) :2012/02/29(水) 21:35:57.34 ID:rCDQy7zXo
遅いぞ!
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/02(金) 01:01:10.96 ID:LLUpVKIIO
鈴羽のジャージができるそうだな。

おめおめ
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/03/09(金) 09:42:56.34 ID:SO+N38kAO
まだかな…数少ない鈴羽関係のSSだから楽しみにしてるのに
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 02:32:03.33 ID:fyYc8baDO
岡部「うぃーす」

漆原「お邪魔しまーす」

鈴羽「あ、いらっしゃい。もう出来てるよ」

漆原「うわあ、いい匂いです」

ラボのドアを開けると、室内には確かにいい匂いが漂っていた。

俺は漆原と秋葉原の駅前で待ち合わせし、橋田に呼び出された通りラボを訪れたのだった。

岡部「うむ。しかし、珍しいな」

鈴羽「え?なにが?」

岡部「お前が夕飯をご馳走してくれるなんて、思ってもみなかったぞ」

ついさっきの事だ。電話が鳴ったと思ったら、やはり橋田からであった。

何事かと思ったが、なんの事はない。夕飯を食いに来ないかという。

いや、本当は食いに来いという言い回しだった気がする。

俺の方は偶然にも、両親とも急な仕事で家には居らず、店屋物でも取るべきかと思ってたのだが――

財布の中身を見て途方に暮れていたところだったため、その誘いは正直ありがたかった。

俺は二つ返事で家を出ると、夕飯をご相伴させてもらうべく電車に飛び乗ったのだ。

鈴羽「う〜ん。まあ、たまにはね。この間、店番を代わってもらった事もあるし」

岡部「あれか。俺としては、バイト代を少し分けてもらおうと思っただけなんだが」

鈴羽「分けるわけないじゃん。自分でバイトしなよ」

岡部「そう言うと思ったよ。だから今日は、その分のメシを食わせてもらおうって寸法だ」

鈴羽「うわ、かわいくないなぁ〜。っていうか、少しはありがたく思ってよね」

鈴羽「あたしがご飯をご馳走する事自体、稀覯な事なんだしさぁ」

岡部「まあ、確かになぁ」

最初は俺も耳を疑ったわけだし。

と、正直に答えたところ、橋田がムスッとしたのが見えた。

漆原「あ、あ、でも……!」

横にいた漆原が、気まずい雰囲気を打ち払おうとしたのだろうか。

その場を取り繕うように、笑顔で口を開いた。

漆原「でも、橋田先輩もお料理されてたんですね。ボク、ちょっと意外です」

鈴羽「うぐ……!」

漆原の急な言葉に、橋田は一歩退いた。顔がひきつっている。

岡部「………」

俺もびっくりして、漆原を二度見してしまった。

これは嫌味なのだろうか――と一瞬思ってしまった。

漆原「???」

だが、そんなはずもなく、漆原は俺たちの反応に首を捻った。

なんとも仕方のない連中だ。

最初の頃と比べると、だんだんグダグダになっている気がしないでもない。
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 02:33:23.56 ID:fyYc8baDO
岡部「ま、まあ、なんだ。楽しみなのは楽しみなんだぜ」

鈴羽「えっ?そう?」

いや、楽しみとしか言いようがない。もちろん悪い意味で、だ。

もし俺が楽しみにした通り、橋田の料理がアレならば、俺はその事を散々ネタにしてやる用意があった。

岡部「今日は橋田の言ったとおり、ありがたくいただくよ」

漆原「橋田先輩、今日は呼んでいただいて、ありがとうございます」

鈴羽「いやぁ、そうかぁ。あっはは、そんなに喜んで貰えると、召集した甲斐もあったかな〜」

馬鹿め。そう言って笑っていられるのも今の内かもしれんというのに。

俺は表情を引き締めつつ、談話室の丸テーブル前に陣取った。

鈴羽「ささっ、召し上がれ♪」

だが、

岡部「これ……は……」

笑っていられなかったのは俺の方であった。

目の前のテーブルに、黒い山が盛られた皿が置かれたとき、俺はたまらずひっくり返りそうになってしまった。

鈴羽「ひじきだよ」

照れたようにそう言う。

岡部「見ればわかる」

というか、今日呼ばれたのって、まさか……。

鈴羽「いやぁ、ひじきって思ってたより“もどる”んだね。びっくりしちゃったよ」

岡部「やっぱりそうか!」

おのれ。色々と期待して損した!

岡部「つまりこういう事か!ひじきを水に浸けたら、予想以上に戻ってびっくりしたために俺たちを呼んだと」

鈴羽「そうなんだよね。今日、食糧を調達しにUPX内のスーパーに行ったんだけどさ」

鈴羽「業務用のひじきがすっごく安くてさぁ。これは当分食糧に困らないぞ〜、と思って買ったはいいんだけど……」

こうなったわけか。

岡部「おっちょこちょいにも程があるだろう!」

鈴羽「なにさぁ。嫌なら食べなくてもいいよ」

チラリとこちらを一瞥してから、橋田はひじきをもそもそと頬張った。

岡部「い、嫌とは言っとらん……」

漆原「あ、ぼ、ボク……。い、いただきます」

漆原もおそるおそる箸を伸ばして食べ始めた。

女子二人が白飯片手に、黒い山を崩していく。いくらなんでもシュール過ぎる光景だ。

岡部「……むぅ。いただくとしよう」

すこし狼狽えてしまったが、俺も手を合わせた。

残念な事に、橋田の手料理はちょっと美味かった。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 02:35:52.45 ID:fyYc8baDO
夕飯を終え、俺はソファでくつろいでいた。

漆原は甲斐甲斐しくも後片付けや洗い物をしていて、

橋田はというと、漆原の言葉に甘えてPCを立ち上げると、早くも明日に何をすべきか画策中である。

なんとも穏やかなものだ。慌ただしい毎日の中にも、こういう時間があるから困る。

今では俺は、この時間をすっかり気に入っていた。

いつもいいように振り回されるのも、実はこれが目当てだったりする。

と、洗い物を終えた漆原が、おもむろにバッグを拾い上げた。

漆原「それじゃ、ボクはそろそろ」

鈴羽「あれ。もう帰っちゃうの?」

漆原「あ、はい。すみません」

時計を見ると、時刻は20時を回っている。漆原家に設定された門限が近いのだろう。

鈴羽「でも、なんか悪いなぁ。洗い物までしてもらったのに、大したもてなしも出来なくてさ」

漆原「いえ、十分にご馳走になりましたし」

岡部「漆原、帰るなら送ってこうか?」

漆原「ううん。っていうか、さすがにボクも子供じゃないんだし大丈夫だよ」

そういう事を心配して言ったわけじゃないんだが……。

鈴羽「そんじゃ、気をつけて帰ってね」

橋田は、漆原を送り出すべく立ち上がって後を追う。

漆原「ありがとうございました。おやすみなさい」

鈴羽「おやすみ〜」

ドアの向こうに消えた漆原に、橋田は顔を出して手を振っているようだった。
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 02:38:21.19 ID:fyYc8baDO
鈴羽「さて」

玄関から戻った橋田が、コーヒーを二人分用意しながら言う。

鈴羽「訊きたい事、あるんだよね?」

岡部「ああ?」

鈴羽「夕方の事だよ。ジュニアが、電話を切る前に言ってたじゃん」

岡部「あ〜、そういえばそうだったなぁ。なんだったっけ」

鈴羽「なんだったっけって……ははあ、あたしの料理が美味しすぎて失念したわけ?」

岡部「そうかもしれんな」

鈴羽「ふ〜ん。はい、コーヒー」

岡部「うむ。サンクス」

目の前に運ばれてきたコーヒーを一口含む。よく煮詰まっていて苦かった。

たまらず顔をしかめると、橋田は“まずいでしょ”と微笑みながらテーブル向こうに腰を下ろして、

鈴羽「気まずいこと?」

いきなりそんな風に切り出した。

これはずるい。俺は、思わずギクリとして、忘れたフリすら忘れてしまっていた。

岡部「あ、いや、なんだ……」

俺が良い淀んでいると、橋田は予め質問の内容が解っていたかのように訊いてくる。

鈴羽「……今後、このラボをどうするのかって事?」

また、ギクリとする。いつもそうだ。橋田に先手を取られて、俺はいつの間にか負けている。

鈴羽「だったら、大丈夫。ラボの事はジュニアに一任しようと思ってる」

岡部「ま、待てよ。なんだそれは。大丈夫って、何が大丈夫なんだよ」

鈴羽「ラボはどうしようと勝手だけど、今の君なら、きっと任せても大丈夫だと思った」

鈴羽「ってとこかな」

全然大丈夫じゃない。内心、さっきからかなり焦っていた。

岡部「っていうか……そんな風に言うって事は、やっぱり居なくなっちまうのか?橋田は」

鈴羽「うん。そうだね」

あっけらかんとして言われてしまった。俺にはそれがたまらなく悲しかった。

胸がズキリとする。しばらく口を開く事もままならなかった。

時計の針の音が、やけにデカく聞こえてくる。

カッチ、カッチと。その間隔が、ひどく長いように感じられた。

ずいぶん時間が経ったように思える。実際は数秒の事だったかもしれない。

岡部「……どこにだ?」

ようやく言えてこれだけだった。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 02:38:57.48 ID:fyYc8baDO
鈴羽「過去」

また、あっけらかんと言う。

岡部「……本気かよ」

鈴羽「うん」

普通の人間が聞いたら、ただ笑って終わるような冗談話。

だが……いつだったか、親父からタイムマシンの話を聞いていた俺にとって――

それが冗談でなく本当の事なのだろうと、すぐに理解出来てしまった。

ふざけた事を言うな。

行けるわけがないだろ。

行くな。

普通なら言えたはずのそんな文句も封殺されてしまう。

橋田の、嘘みたいな本当の答えに。

そして俺は今度こそ、紡ぐべき言葉を失った。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 03:05:56.08 ID:rQazMUpIO
更新来てた
乙っす
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 04:39:14.15 ID:fyYc8baDO
先に沈黙を破ったのは橋田の方だった。また先手を取るつもりなのだろうか。

鈴羽「何でか訊かないんだね」

岡部「訊いたって、教えてくれないんだろ?」

鈴羽「何でそう思うのさ」

岡部「俺の経験による」

鈴羽「あー、それもそうか」

ばつの悪そうな笑みを浮かべて、橋田は頭をポリポリと掻いた。

鈴羽「今まで、ゴメンね。色々とさ」

岡部「………」

鈴羽「今回は言うよ。多分、あたしが過去に跳んだ瞬間、ビックリさせちゃうかもしんないしね」

岡部「ビックリするって?」

鈴羽「それはまあ、色々と」

さっぱりわからん。

鈴羽「かいつまんで話すよ」

橋田は話し出した。

2010年の夏。

世界は、アトラクタフィールドαとβの隙間、世界線・シュタインズ・ゲートへと移動した。

シュタインズ・ゲート。

それは、アトラクタフィールドが持つ、決定論的な力に縛られぬ世界線。

神の作り出した支配構造を塗り替えた、未来の見えない混沌の地。

そこにたどり着いたのが他でもない、親父だという。

そしてこの橋田もその時、タイムトラベラーとして親父たちと共に戦った仲間の一人。

にわかには信じられないような話である。

鈴羽「あたしは、その時の記憶を思い出した、っていうのかな。不思議な感じ」

鈴羽「それも、なんだかこの辺にあるような曖昧なものなんだけどね」

言って、橋田は自身の頭の左上の空間をにぎにぎして見せた。

鈴羽「でも、未だに夢に見るよ。二つの世界を、二つの人生を、かなり鮮明に」

鈴羽「どっちもひどい未来だった。今がこうで良かったと心から思う」

岡部「それは主観的なものだろうと思うが……」

鈴羽「まあ、そうだね。未来を変えるってのは、本来大変な事なんだ」

鈴羽「でも……」

岡部「??」

鈴羽「あたしは、やっぱりジュニアやうるしぃ――ラボメンのみんなを見てると」

鈴羽「やって良かったんだと思う。あたしたちやおじさんの選択は間違ってなかったんだと思う」

岡部「まあ……そうだな」

核戦争やディストピア構築なんてごめんだ。

岡部「でも、それなのにわざわざ過去に戻る必要があるのか?」

岡部「まさか、親父たちと一緒に過ごしたいって言うんじゃないだろうな?」

鈴羽「それは違うよ」

だったら、どこへ行くつもりだと言うのだろうか。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 05:00:40.99 ID:fyYc8baDO
鈴羽「あたしが行くのは、1975年。そこには、色んなものを残してきちゃったからね」

岡部「………」

鈴羽「今のままじゃ、いられないんだ。あたしは。だから行きたい」

そこまで言って、橋田はポンと膝を打った。

鈴羽「で、ビックリさせちゃうかもってのは、そういう事」

鈴羽「もしかしたら、あたしはおばあちゃんになってるかもしれないし」

鈴羽「死んじゃって、居ないかもしれないからさ」

なんでそんな事を、ヘラヘラと笑いながら言えるんだ。

岡部「そ、そんなのって……」

悲しすぎるぞ。

橋田から借りた古い映画でも、同じようなシチュエーションがあったが、それとこれとは話は別だ。

岡部「それに、ちょっと待てよ。だ、大体ダルさんが、そんなの許すわけないじゃないか」

岡部「それに、親父だってきっと――」

鈴羽「……」

橋田は、黙って首を振った。

鈴羽「あたしの名前、橋田鈴に、どこへでも飛んで行けるようにと“羽”を付けてくれたのは」

鈴羽「――父さんと、おじさんだ」

岡部「……っ」

くそっ。どいつもこいつも……。

岡部「どうして、そんな覚悟を決められるんだ……」

鈴羽「どうして、って。そんなの、自分の人生だからに決まってるじゃん」

鈴羽「何をして生きるかは、自分次第だよ」

岡部「……で、でも……俺は、俺にはまだ、やっぱり、橋田がいないと……」

また、ダメになってしまう。そんな気がする……。

俺にはやっぱり、橋田や漆原が与えてくれる、その時間が、出来事が必要だ。

二人が揃ってないなんて、そんな未来は――無意味だ。

俺は、一人じゃどうしていいかわからない。

たった4ヶ月であったけど、ここのラボメンとしての日々は。

俺の中では、それくらいに大きなものとなっていた。

もう、言い出すと弱音なんかいくらでも出てくるんだ……。

突きつけられた事実に、俺はだんだんと、目の前が真っ暗になってきた。

つづく。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/10(土) 08:04:02.74 ID:uQ++BSzpo
乙んっす
まっててよかった
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 11:36:22.89 ID:fyYc8baDO
熱血スポコン系の“バッキャロー”的なノリでも狙ったのだろうか。

あの後、俺は橋田から“甘えるな”とぶん殴られて軽く気を失った。

殴った本人が慌てて叩き起こしてきた有り様だ。およそ力加減というものが出来ないらしい。

あの細身のどこにそんな力があるものかと不思議に思うが、おかげでかなり効いた。

そして、橋田は――鈴羽は、別れ際、目の焦点が定まらずにうなだれる俺に向かって言った。

鈴羽「君が見る世界、その世界の観測者は君以外にない」

鈴羽「そして、このシュタインズ・ゲートに於いて、自分の世界を創るのはいつだって自分自身なんだ」

鈴羽「いつまでも、誰かの世界にしがみついていてはいけない。自分の世界を、“無いもの”としてはいけない」

鈴羽「君はもう、子供のままのジュニアじゃない。だから――」

一つため息をつくと、頬が腫れているのかヒリヒリとした。

岡部「……」

ラボの階段を降りたところに、漆原が立っているのが見えた。

岡部「……帰ったんじゃなかったのか?」

漆原「あ、うん。それより、すごい顔になってるね」

やはり腫れているらしい。

岡部「……まあな。っていうか、待ってたのかよ?」

漆原「そう。やっぱり、家まで送ってもらおうと思って」

岡部「……うそつけ」

そう言うと、漆原は“ばれちゃったか”とはにかむ。

漆原「ごめんね。岡部くんが、大丈夫かなって思って」

岡部「なにがだよ」

漆原「だってこの間から、橋田先輩の事となると、ずっと思い詰めたような顔してたし」

岡部「………」

おかしい。出来るだけ何も考えないようにしていたのに。

漆原「前に話した時も泣きそうになってたからね。今回もそうじゃないかと思って」

それで、帰ったフリをして待ってたってわけか。

岡部「フン、こんな事で漆原に泣きつくほど、俺はヤワじゃないっての」

いちいち人の心の機微に敏感な奴である。

こいつの両親が二人ともそうであるように、それを見事に受け継いだのだろう。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 11:36:59.77 ID:fyYc8baDO
中央通りに向けて歩きながら、漆原が訊いてくる。

漆原「それで、話は聞けた?」

岡部「ああ……。っていうかお前、あんな話聞いて信じたのかよ」

漆原は即頷き返してきた。すげえ奴だ。

岡部「……恐れ入ったよ、まったく」

漆原「えっへへ……。それで、大丈夫そう?岡部くんは」

岡部「……」

岡部「……少なくとも殴られたとこは大丈夫じゃないな」

漆原「あ、そうだね」

漆原「でもね、それも岡部くんに対する、橋田先輩なりの優しさだと思うな」

岡部「ああ?」

岡部「たたいて直せってのがか?だとしたらかなわん」

漆原「またそんな風に言う。もう、これ、本人に言っちゃダメだからね?」

漆原が仕方ないといった顔で、そっと顔を寄せてくる。そして耳打ちするように言った。

岡部「な、なんだよ」

漆原「“あの子は放っておくと、すぐにいじけて殻に閉じこもっちゃうんだ”」

漆原「“だから、あたしが居なくなった後が心配でたまらないよ。大丈夫かなぁ”って」

鈴羽の声まねをして、そう告げてきた。

漆原「前に橋田先輩が言ってたんだ。まるで岡部くんのお姉ちゃんみたいだよね」

岡部「……っ」

鼻の奥がツンとする。俺はこらえるように眉間にしわを寄せた。

岡部「う、裏では“あの子”呼ばわりかよ……ちょっとショックだな」

漆原「それくらい、親身に思ってくれてるって事だよ」

漆原「だから、岡部くんに対する接し方は、弟にするみたいに不器用かもしれないけど」

漆原「甘えるな、って突き放しながらも、内心ではすごく心配してると思うんだ」


岡部「……わ、わかったから。っていうか、顔が近い」

漆原「あ、ご、ごめんね」

岡部「………」

ラボを出るとき―――。

鈴羽『君はもう、子供のままのジュニアじゃない。だから――』

岡部『だから……?』

鈴羽『あ、あたしがいないとだめとか、言うの禁止!今後一切!』

岡部『……い、言ってないぞ、そんな事』

まあ、言いそうになったが。

鈴羽『えっ!?そ、そうだっけ。あ、あはは。とにかく、やめてよね』

バタンと閉められるドア。

閉まる寸前、鈴羽の“揺らぐから”という震えた声が聞こえたような気がした。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/03/10(土) 12:06:38.62 ID:50WvjNfAO
何この胸がギリギリする感覚。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/03/11(日) 12:03:23.61 ID:2UBKQ10AO
乙!
鈴羽かわいい
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/03/13(火) 05:49:25.92 ID:1keZSiLAO
切なさが上手く描かれてるな…
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage]:2012/03/14(水) 09:51:30.06 ID:nsSmq/vbo
乙です
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東日本) [sage]:2012/03/24(土) 01:15:14.29 ID:DNvzQBWP0
追いついた〜
こういう第二世代ものもありだね
鈴羽が年より遙かに大人だわ
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/04/10(火) 22:40:32.33 ID:Ihir3sZPo
はよよ
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/21(土) 06:04:24.71 ID:iq3Yi9FAo
まだかい?
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東日本) [sage]:2012/05/01(火) 10:43:05.46 ID:kNz1mnb/0
おいおい、2ヶ月ルール適用まで10日切ったぞ?
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/05/02(水) 19:26:23.35 ID:DnkJssUpo
まじか
良シュタゲSSなだけに帰ってきて欲しい
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:07:53.19 ID:1xuBl34DO
From:love-sb.cxxx.0927@egweb.ne.jp
Sub:お腹すいたー
『秋葉原に来たんだけど、どこか美味しいお店教えてー』


To:love-sb.cxxx.0927@egweb.ne.jp
Sub:RE:お腹すいたー
『誰だ?まずは名を名乗ってもらおうか』
『ちなみにアキバの美味い店ならば@ちゃんで聞いた方が早いだろう』
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:08:34.61 ID:1xuBl34DO
倫太郎「おいダル、大変だ!ちょっと手を貸してくれ!」

至  「だが断る」

倫太郎「貴様、ふざけている場合か!」

至  「そりゃオカリンの方だろ、常考。いきなりなんだっつーんだよ」

倫太郎「いいから早く来い!間に合わなくなっても知らんぞーっ!」

至  「いや、知らんがな。そんなに慌ててどうしたん? まずは説明plz」

倫太郎「クッ……いいか、聞いて腰を抜かすなよ」

倫太郎「なんと、そこの芳林公園前のゴミ捨て場に、“アシモ”が捨ててあったのだ!」

至  「な、なんだってー!?」

至  「って、そんなバカな。いくらここがアキバとはいえ、それだけはねーよ」

倫太郎「いや、本当に捨ててあるんだよ!“P2”だぞ!」

そう言うと、ダルが椅子から転げ落ちた。
見るからに腰を強打し、上半身だけ起こして振り返ってくる。

至  「こ、これは釣られてもいいクマ?」

倫太郎「いや、だからマジだ!」

至  「なんと」

倫太郎「先に誰かに拾われたらかなわん!さっさとしろ!」

至  「うは! こうしちゃおれん罠!」

ふう、ようやく事の重大さに気付いてくれたらしい。
ダルは転がるようにして玄関に這い出てきた。
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:10:00.12 ID:1xuBl34DO
至  「よもや本当に捨ててあるとは。これ夢じゃないよな?」

倫太郎「だから言ったではないか」

俺も最初は夢かと思った。
ゴミ袋に向かって前のめりに倒れ込んでいるこのシンプルなボディー↑↑
間違いない。泣く子も黙るアシモである。
最初に見つけたのは俺だったが、自分の運の強さにちょっと怖くなってきた。

倫太郎「とにかく時間が惜しい。さっさとこいつを運ぶぞ」

至  「おうよ!」

言うが早いか、白い筐体の両脇から生える腕にダルと二人して取り付く。

倫太郎「いいか、慎重に持ち上げろよ。いくぞっ」

至  「オーキードーキー!」

至  「あらよっと……! って、おもっ!」

倫太郎「ぐぬっ……!死ぬ……ッ!」

本当に重い!
……というかビクともしなかった。
こんなものを無理して運んだ日には、頭も身体もどうにかなりそうだ。

倫太郎「や、やはり二人でもキツいか。これはIBN5100の比じゃないな」

至  「うーん、そうだね。そういや、これって確か200kgくらいあったような」

倫太郎「そんなばかな」

至  「いや、確かそうだよ。どっかで見たことあるし」

倫太郎「クッ、これも機関の罠か……! ちくしょうめー!」

アシモの頭をひっぱたいてやった。

至  「ちょ、総統閣下やめれ!もちつけよ!」

倫太郎「あ、ああ、すまない」

ダルからいさめられてしまうとは。ちょっと熱くなりすぎた。
それにしても200kgだと?
ふむ……とすれば、俺とダルで100kgずつだな。
いや待て、ふざけるな。
そんなもん、誰が運べるというのだ!

倫太郎「しかし、それが本当だとすれば、ラボに運び込むのは到底無理だな」

至  「だな……どうするよ、これ」
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:11:10.53 ID:1xuBl34DO
倫太郎「ふむ……こうなれば仕方あるまい。極秘作戦コード:004を発動するか」

至  「はあ?」

ダルに待つようにジェスチャーを飛ばし、ケータイを取り出す。
この時間ならば、ヤツもアキバのどこかに居るに違いない。

紅莉栖『ハロー』

倫太郎「今どこにいる?」

紅莉栖『……。ソフマップの前』

倫太郎「そうか、こっちは芳林公園前だ。すぐに来てくれ。重要な話がある」

紅莉栖『はあ?いきなり――』

通話終了。
俺がケータイをしまうと、ダルが眉をひそめて渋い顔でこちらを見ていた。

倫太郎「テリーマンを呼んだ」

至  「……。 なあ、今の相手、牧瀬氏だろ」

至  「また最後まで言わさずに切ったん? そんな騙すような言い方しといて」

倫太郎「む……」

また、って。
こいつ、意外とよく見ていやがる。
ていうかなんだよ、人聞きの悪い。

倫太郎「……いつもの事だ。 今更、ヤツもそれくらいでは怒らん」

口をきいてくれなくなる場合もあるが、あれは照れているのであって、別に怒っているわけではない。
ジョニーさんで飯でも奢ってやればすぐに大人しくなる。
実に卸しやすいと言ってもいい助手なのだ。

至  「そんなんでよく続くよなぁ。ひょっとしたら牧瀬氏って、ドMだったりして」

倫太郎「フン、知らんな」

俺は植え込みの縁に腰掛けているダルにそっと近付くと、その肩を絞り上げてやった。

至  「いてててて!なんでだよ!」

なんでだろうな。
ただ、ダルに紅莉栖の事を言われたのにはちょっとイラッとした。
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:12:16.30 ID:1xuBl34DO
さすが助手。電話から5分と経たずにノコノコとやってきた。

紅莉栖「ひゃっ!」

俺の時とまったく同じリアクションだ。
ゴミの中に倒れ伏すアシモを見た紅莉栖の第一声がそれであった。

紅莉栖「な、なんだこれ!」

倫太郎「見ての通りだ。こいつをラボまで運ぶ」

言われて、アシモと俺たちとを見比べる紅莉栖。

紅莉栖「見ての通りとか言われても、さっぱり状況がわからないわけだが」

至  「いや〜、何でかここにアシモが捨ててあってさ」

至  「僕たち二人だけじゃ持ち上げるのもきつくて。こいつ、重すぎるんだよな」

紅莉栖「……そういう事か。人に手伝えってんなら、もっと頼み方というものが――」

倫太郎「これを運ぶのを手伝って下さいお願いします。 これでいいか?」

紅莉栖「……釈然としねー」

倫太郎「そんなに怖い顔をするな。クリスティーナだって、アシモは好きだろ?」

紅莉栖「全然好きじゃない。大体、女に向かってそれは愚問よ」

倫太郎「ロマンがない」

紅莉栖「……っていうか、こんなものラボに持ち込んでどうするつもり?」

倫太郎「フッ、それこそ最も愚かな問いだな。あまり俺を失望させるな」

ニヤリと口角をつり上げて見せる。

倫太郎「こいつには、未来ガジェット10号にクラスチェンジしてもらうまでだ!」

紅莉栖「訊いた私がバカでした……」

倫太郎「具体的案を挙げるとすれば……そうだな、まずは頭にバルカン砲を埋め込むとして」

至  「はぁ!?マジかよふざけんな」

ダルが目をむいてなにか言ってくるが無視。

倫太郎「さあお前たち、つべこべ言ってないで、とにかく運ぶぞ」

倫太郎「こんな事をしていては陽が沈む」

今度は、紅莉栖と俺がアシモの両脇、そしてダルが脚を抱えた。
紅莉栖はそうでもなかったが、ダルは最後までブツブツと文句を言うのをやめなかった。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:13:38.16 ID:1xuBl34DO
結局、俺たち三人だけではこの白い悪魔は持ち上がらず――、
(暇そうな)ルカ子と萌郁も呼んでの大捕物となった。
しかし、二人を加えて五人になったとはいえ、こんなに重いものを運ぶのだ。
ラボの階段を上がるときが、一番苦労したのは言うまでもない。
ルカ子など最後の方は半泣きになっていた。

ラボメンたち「…………」

アシモをフローリングの床にそっと下ろし、誰もが息をつく。
全員もれなく、グロッキー状態であるかのようにフラフラだった。

倫太郎「ご、ご苦労だった」

倫太郎「ルカ子と指圧師には、報酬としてこのバナナをくれてやろう」

俺はバナナを房から二本ちぎり取り、二人に渡してやった。
これはもちろん、まゆりのバナナである。

萌郁 「……ん」

るか 「はあ、はあ……ありがとう、ございます」

紅莉栖「二人ともよく怒らないわね」

倫太郎「フハハ、助手よ。この俺の持つ、人望の力をあまりナメない方がいい」

紅莉栖「……人望の意味わかって言ってんのか?」

紅莉栖が呆れ顔のまま、肩で溜め息をついた。

至  「僕もバナナもらっていいかな」

倫太郎「あとで買って返せよ」

至  「ちょ、それオカリンの言うことか?」

るか 「あ、あはは、皆さん相変わらず仲がいいんですね」

萌郁 「……楽しそう」

紅莉栖「楽しいのは岡部だけよ」

倫太郎「なにを言う!」

それではまるで、俺がラボの連中をいたずらに振り回しているだけのようなもの言いじゃないか。
紅莉栖をキッと睨みつけてやる。が、華麗にスルーされた。

るか 「それじゃあ、ボクは境内のお掃除がありますので、これで」

萌郁 「……ん。 私も、店に戻らないと」

萌郁 「店長……怒ると、こわいし」

ルカ子も萌郁もふらつきながら、バナナを手にラボを出て行った。
暇であろうと思ったが、二人とも苦労しているようだ。
今度きちんと礼をした方がいいかもしれん。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:14:53.46 ID:1xuBl34DO
紅莉栖とダルはラボに残っていた。
紅莉栖は帰ってもいいと言われても、帰る気は無いらしい。
ソファを占領し、分厚い専門書を読み出してしまった。
占領、というのも。
俺が休憩しようと紅莉栖の隣に腰掛けると、こいつめ、
急に赤くなったかと思いきや、いきなり怒鳴り散らす仕舞であったからで。
この助手、こうなると終電間際になるまで帰ろうとはしないのは、いつもの事だった。
ダルは予想通り、運び込んだアシモを矯めつ眇めつ見て、最後には恍惚たる表情でボケーッとしている。
俺はダルに目配せし、運び込んだばかりのアシモを眺めた。

倫太郎「おいダル、賢者タイムのところ悪いが……」

至  「いや、まだイッてねーよ」

まだ、って。
ダルェ……。正真正銘のHENTAIマイスターだったんだな。

倫太郎「……こいつはちゃんと動くのか?」

至  「わかんね」

倫太郎「わからない……って、壊れてるのか?」

至  「電源スイッチ押しても動かなかったからな。電池切れかもしらん」

倫太郎「電池切れだと? 任○堂製品じゃあるまいし」

至  「ばか言えー。アシモといえばホンダだろ常考」

いや、ジョークに決まっているだろうjk。
それくらい知っていて当然だ。

至  「こいつはニッケル亜鉛電池で動くんだお」

倫太郎「ふむ」

至  「あとで買ってこなきゃなー、電池」

倫太郎「そうか……ならば電池代は俺が持つ」

倫太郎「それでとりあえず修理が必要となれば、ダルに任せよう。それでいいか?」

至  「おkだお。修理つっても、僕にかかれば余裕っしょ」

倫太郎「おお!ダル!」

至  「ま、僕としては、更なる機能向上に努めたいっつーか」

こういう時は本当に頼りになる男だ。
スーパーハカーとしてだけではなく、メカニックとしても相当腕が立つ。
だが、本気で無機物に萌えているあたり、人間としては終わっている。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:19:40.27 ID:1xuBl34DO
その場はダルに任せ、談話室に戻る。
俺が近づくと、まだ先ほどの警戒が解かれていないのか、紅莉栖はパタンと本を閉じた。
そのまま睨みつけてくる。

倫太郎「なんで怒ってるんだよ」

紅莉栖「べ、べつに怒ってないわよ」

倫太郎「……」

仕方ないので、ソファは諦めた。冷蔵庫からドクペを一本取り出し、喉を潤す。
やはり仕事のあとのドクペはうまい。おかげで、身体の疲れも忘れそうだった。
それから間もなくして、

まゆり「トゥットゥルー♪ たっだいまぁー」

まゆりが帰ってきた。

至  「おつかれ、まゆ氏」

紅莉栖「おかえり」

倫太郎「バイトは終わったのか?」

まゆり「うん♪」

まゆり「……って、ああーっ!」

室内を見渡したまゆりがなにかに気づいて、突然驚きの声を上げた。
いくら天然のアレとはいえ、ようやくこのラボの違和感に気付いたか。

まゆり「まゆしぃのバナナが減ってるよー!?」

倫太郎「そっちかよ!!」

アシモじゃなくて最初にバナナに目がいくとは、とことん食いしん坊な奴だ。

まゆり「オカリ〜ン……まゆしぃのバナナ〜」

恨めしそうに見つめてくる。

倫太郎「待て。まだ俺が取ったとは言ってないぞ」

まゆり「そうなの?」

紅莉栖「岡部が漆原さんと桐生さんにあげたのよ」

まゆり「オカリン……」

倫太郎「……」

まゆり「まあ、それならいいんだけどねー」

紅莉栖「いや、全然よくないと思う。岡部の事とか」

倫太郎「こら助手。余計な事を言うな」
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:21:42.19 ID:1xuBl34DO
まゆりは残ったバナナをちぎると、ソファでくつろぐ紅莉栖の隣に腰を下ろした。
早速、モソモソとバナナを頬ばっている。
もうニコニコと笑顔に切り替わっていた。
実に切り替えの早いヤツだ。
以前から食べ物の恨みとなるとしつこかったが、今回は例外らしい。
一度、ゴクリと喉を動かすと、まゆりは口を開いた。

まゆり「ねぇねぇ、このあとね、みんなでご飯食べにジョニーさんへ行かない?」

倫太郎「って、なにーっ!?」

まゆり「???」

ならば、なぜ今のタイミングでバナナを食ったし!

まゆり「フェリスちゃんと行く約束したんだけどねぇ、みんなで行くと、とっても楽しいよ」

紅莉栖「私はいいわよ」

至  「僕も行くお」

倫太郎「むぅ……ここへ来てジョニーさんか」

紅莉栖「え、なに? どうしたの」

まずいな。非常にマズい。
このラボメンたちとの外食となれば、かなりの出費が予想される。
……仕方ない。アレをやるか。

倫太郎「なあ、紅莉栖」

紅莉栖「な、なによ」

倫太郎「お金、貸してくれないか?」

倫太郎「いや、貸して下さいお願いします。紅莉栖」

紅莉栖「んなっ!?」

紅莉栖「くっ……いきなり名前で呼ぶのは卑怯だろ」

紅莉栖から、ギリリと歯噛みする音が聞こえてきそうだった。
だが、いま金を使ってアシモの電池が買えなくなったらそれこそ困る。

倫太郎「頼む……紅莉栖」

紅莉栖「し、仕方ないな……二倍にして返してよね」

それも困る。

至  「ていのいいカツアゲじゃねーか」

まゆり「オカリ〜ン……」

倫太郎「おい!やかましいぞ、そこのダル! ちゃんと返すに決まっているだろう」

二倍にはならんがな。

紅莉栖「それ聞いて安心した。ちゃんと証人も出来たし」

倫太郎「俺をなんだと思ってる!?」

紅莉栖「さあね」

倫太郎「ぐぬぬ……」

これはひどい。後で仕返ししてやらねば。
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:25:22.05 ID:1xuBl34DO
ジョニーさん――通称ジョニさん――の場所はラボのすぐ近く。
蔵前橋通りから出て、中央通りの交差点の一角にある、
イタリアンから和食までを幅広く扱った、いわゆるファミレスだ。
料理のデリバリーサービスも行っており、ダルがたまに利用している。
以前そのダルに、“歩いてすぐなのだから、直接行けばいいのに”と言った事もあるが。
“店で食いながらエロゲは出来ないだろう”というトンデモ返答をもらって終わった。
そういえば、まゆりやルカ子も最近では、試験勉強をする時はここだと言っていたな。

フェイリス「あっ、凶真〜!みんなー!」

ジョニさんの店先で待っていたフェイリスが、俺たちに気づき手を振ってきた。
今は猫耳メイド装備ではなく、可愛らしいワンピースを着ている。

至  「うは、私服姿のフェイリスたんキタコレ!ちょっと戻ってカメラ持ってくる」

紅莉栖「やめろこのHENTAIっ!」

まゆり「お待たせ、フェリスちゃん。今日はオカリンたちも誘ったんだぁー」

フェイリス「グッジョブ、マユシィ♪」

ビシッとサムアップしたフェイリスに駆け寄ったまゆりは、そのままじゃれついている。
それを見たダルがハァハァ言い出したので、軽く小突いてやった。

至  「ちょ、さっきから僕の扱いひどくね?」

ラボメンたち「…………」

至  「さいですか……」

ダルが勝手に納得したのか、シュンとしてしまった。
気を取り直して、俺はフェイリスに向き直った。

倫太郎「……キャストオフしてるって事は、今は留未穂なのか?」

フェイリス「あはは、フェイリスでいいよ」

倫太郎「そうか」

……ん?なんだろう。
今、そう言ったフェイリスが、一瞬だけなぜか少し寂しそうな笑みを浮かべたような気がした。
なんとなく気になってしまう。

倫太郎「なあ、フェイリス。大丈夫か?」

フェイリス「えっ?なにが?」

倫太郎「なにが、って……猫耳は着けてないし――」

それに、いつもは笑顔を絶やさないフェイリスである。
人前で寂しそうな顔をする時は、大体において“架空のお兄ちゃん”について語るときくらいなのに。
そんな事を思いながら、次ぐべき言葉を探していると、

フェイリス「あ!ひょっとすると〜」

倫太郎「え」

俺の言葉を打ち切り、パッとしていたずらっぽく笑みを浮かべるフェイリス。
あ……まずい。 これはまさか、孔明の罠か?

フェイリス「凶真ってば、私のこと気遣ってくれてるの?やっさしい〜♪」

ぐっ……おのれ、この猫娘がっ!

倫太郎「ち、違うぞ!俺は別に……」

フェイリス「えぇ〜? なにそれ、照れちゃって〜、あははっ」

至  「くっそぅ!オカリンめ、こんなとこでも固有結界を張るな!僕たちのフェイリスたんを返せー!」

倫太郎「貴様ら、俺をからかうのはよせ!」

ケータイを取り出し、耳に添える。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:28:11.04 ID:1xuBl34DO
倫太郎「もしもし、俺だ!ああ、まんまとハメられたよ。なにっ!?貴様ァ!俺を試――」

紅莉栖「ねえ、立ち話もなんだし、とりあえず入りましょうよ」

倫太郎「し……」

まゆり「えっへへー」

フェイリス「えっへへー」

まゆりとフェイリスはなおもじゃれ合いながら、まるで姉妹のように笑った。
ぐぬぬ、調子に乗りおって。

まゆり「さーて、なに食べようかなぁ」

至  「ピザ食べようよピザ」

フェイリス「今日は凶真の奢りだから、パフェでも何でも頼むといいニャ」

倫太郎「ちょっと待て!いまサラッとすごい事言ったな!」

フェイリスめ、どこから取り出したのか、今の一瞬で猫耳を装備していたらしい。
語尾に“ニャ”というニャンニャン語が付いていた。
そしてワイワイと入店していく食いしん坊たち。
ふと振り返ると、なぜか紅莉栖はブスッとしたふくれっ面を浮かべていた。

倫太郎「な、どうした」

紅莉栖「別に、何でもない」

いや、どう見てもなにか言いたそうな顔だ。
……だが、言及するのはよそう。
こんなところで言い争いになると、それはそれで他の連中にからかわれるだけなのだ。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:29:02.59 ID:1xuBl34DO
From:ルカ子
Sub:今日は
『ありがとうございました、楽しかったです!』
『ボクは全然力になれませんでしたが、、、』
『これからも、五月雨の素振りをやって鍛えたいと思います。』
『PS.今日の素振りは、時間がなくて10回しか出来ませんでした。』

To:ルカ子
Sub:RE:今日は
『うむ。今日の様子を見た限りでは精進する余地はまだまだ残っているようだな』
『とはいえ、今日はお前が来てくれて助かった』
『礼といってはなんだが、今度鳳凰院流の奥義を伝授してやろう』

From:ルカ子
Sub:鳳凰院流とは何ですか?
『清心斬魔翌流とは違うのでしょうか?』

To:ルカ子
Sub:RE:鳳凰院流とは何ですか?
『清心斬魔翌流とは、鳳凰院流から派生した流派。いわば亜流と言えよう』
『つまり、清心斬魔翌流のルーツということだ』
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:29:44.86 ID:1xuBl34DO
From:閃光の指圧師
Sub:もうー><
『あのあと、店長が先に戻ってて大変だったよー(^-^;) もうカンカン><』
『ちなみに“今度からうちのバイトを私用で使うときは、仕事代をよこせ”って。 萌郁』

To:閃光の指圧師
Sub:もうー><
『それは災難だったな』
『……ちなみにあの不良店長は、お前にきちんと給料を払っているのか?』
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:34:16.20 ID:1xuBl34DO
ドリンクバーのコーナーでメロンソーダを入手し、嬉々として席に戻ると、

紅莉栖「プッ、まるでお子様みたいだな」

紅莉栖に笑われた。

倫太郎「黙れっ。そして、全国のメロンソーダ好きの皆さんに謝れっ」

紅莉栖「どっちだ」

倫太郎「メロンソーダはいいぞ。なにせ、たまにしか飲めないからな」

紅莉栖「なんだそれ」

メロンソーダは、“たまに口にすると異様にうまいモノ”たちの代表格といってもいいだろう。
それに、この“身体になんとも悪そうな色”がたまらん。

倫太郎「貴様も飲んでみるがいい」

紅莉栖「……」

紅莉栖「わかった、貰うわ」

紅莉栖が、ススス……と俺のコップを盗んでいく。

倫太郎「え、ちょっと待て。自分で取ってこいよ。それにそれ、飲みかけだし」

紅莉栖「私はもうウーロン茶汲んで来ちゃったから。あんたがコレ飲みなさい」

代わりに紅莉栖の飲みかけのウーロン茶を差し出される。

倫太郎「ぐぬぬ……」

なんたる横暴だ。
そして、俺が断固抗議するべく構えを取っていると、

フェイリス「ただいまだニャン」

フェイリスもドリンクバーとサラダバーを巡って戻ってきたようだ。
そして、

倫太郎「フェイリス、お前もか」

戻ってきたフェイリスの手にあったメロンソーダを指差す。

フェイリス「ニャニャ?」

フェイリス「ああ、これかニャ。これはね、たまに飲むからこそすごく美味しいのニャ」

フェイリス「メロンソーダは、そういうものの代表格と言っても過言ではないのニャン!」

そう説明し、メロンソーダを高々と掲げてみせる。
俺は拍手した。

紅莉栖「あんたたち、打ち合わせでもしてたわけ?」

倫太郎「バカを言うな。フェイリスも“わかっているヤツ”だった、というだけの事」

紅莉栖「ふーん」

紅莉栖は俺の答えに相槌を打ちつつも、その顔は面白くなさそうだった。

フェイリス「どうしたのかニャ?」

紅莉栖「なんでもないわ」

フェイリス「???」

それからラボメン全員が席に揃うと、注文した品が次々と運ばれてきて。
ただ、団欒とした時間が過ぎて行く。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:37:27.01 ID:1xuBl34DO
フェイリス「凶真〜、そのドリア、ちょっと分けてほしいニャ」

倫太郎「ダメだ。絶対にやらん」

至  「なんだよオカリン、すっげーケチだな〜」

まゆり「ケチだねぇ」

フェイリス「けちんぼニャン」

なんという非難囂々っぷり。ちょっと泣きそうになってしまったではないか。

倫太郎「お前たち、うるさいぞ」

紅莉栖「何で分けてあげないのよ」

倫太郎「む……それは」

倫太郎「一応、これは助手からご馳走になっているものだからな」

倫太郎「それをおいそれと、他のヤツにくれてやるわけにはいかんだろう?」

紅莉栖「おいこら。何で私がご馳走してる事になってんだ!?まさか踏み倒す気?」

いかにも。さっきからの横暴に対する、せめてもの仕返しだ。

紅莉栖「ふざけんじゃないわよ。その分の代金は絶対に返してよね」

まあ、こうなるのは分かりきっていた事だが。
それにしても、そんな怖い顔をして言わなくてもいいのに。

倫太郎「さあフェイリス、たんと食え」

紅莉栖「くっ……岡部ぇ」

フェイリス「やっぱりいらないニャ」

倫太郎「なにっ!?」

フェイリス「それより、凶真とクーニャンって、相変わらず微笑ましいカップルだニャ〜」

倫太郎「フェイリス……死にたくなければ、あまり俺を怒らせない方がいい」

フェイリス「あニャッ!」

倫太郎「世界に混沌を齎す狂気のマッドサイエンティストと――」

倫太郎「その助手に向かって“バカップル”とは、なんたる言い草だ!」

紅莉栖「いや、言ってない。全然言ってないから」

至  「オカリン……どうかしてるぜ。耳とか、他にも色んな意味で」

倫太郎「まずはそのふざけた幻想をぶち[ピーーー]」

フェイリス「ニャフン。凶真はすぐムキになるから可愛いニャ」

倫太郎「くっ、おのれ……だが、余裕でいられるのも今のうち」

倫太郎「まずはその生意気な猫耳を引きちぎって――」

倫太郎「って、ニャニーッ!?」

至  「うは、フェイリスたんいつの間に」

まゆり「全然気付かなかったよー」

またやられた!
“猫耳をはぎ取ろうとしたら、いつの間にか自分が(ry”
超スピードだとか催眠だとか、そんなチャチなもんじゃ(ry

まゆり「今のオカリンは、やっぱりオカニャンって呼べばいいのかなぁー、えっへへ」

手品のようなこのフェイリスの隠し芸に、まゆりやダルは惜しみない拍手を贈った。

フェイリス「ニャハハ。“ニャニーッ”だって〜。凶真もだんだん“わかって”きたニャ」

倫太郎「こらフェイリス!マネするなよ!しかもそんなんじゃないし」

と、おふざけが過ぎたようだ。
紅莉栖から、呆れ顔を向けられてしまった。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:39:36.69 ID:1xuBl34DO
まゆり「はぁー、おいしかったねぇー」

フェイリス「お腹いっぱいニャン」

倫太郎「そうだな。それに、ドリンクバーの元を取るくらい飲んだまゆりには賛辞の言葉をやろう」

すっかり日も暮れて人通りも少なくなった中央通りを歩く。
ジョニさんでの食事を済まし、俺はまゆりとフェイリスを駅の方まで送っていく事にした。
紅莉栖はラボに忘れ物をしたから取りに行くと言い、今の時期はほぼラボで生活しているダルもそれに続いた。

まゆり「おかげでちょっと苦しいのです」

そう言いいながらも、先を歩きながらこちらをくるりと振り返ったまゆりの顔には満面の笑みがあった。
“えへへ”と笑いながら、胃のあたりをさすっている。
実に幸せなやつだ。

倫太郎「まったく、のんきなものだな。腹が出ても知らんぞ」

フェイリス「凶真〜、さすがにその発言は凶真の良識を疑うニャ」

良識だと?フハハ、なにを今更。

まゆり「それにね、まゆしぃは太りません」

フェイリス「ハニャッ……それはうらやましいニャ」

倫太郎「そういえばまゆりは、毎日のジョギングを欠かさないからな」

まゆり「うん♪楽しいよー。 フェリスちゃんも、今度一緒に走るー?」

フェイリス「フニュウ。うーん、考えておくニャ〜」

路地に入り、大ビルの前。

フェイリス「それじゃ、フェイリスはここで」

UPX方面に向けて曲がったフェイリスが俺とまゆりとを振り返る。

倫太郎「そうか。じゃあ、また」

まゆり「またねー、フェリスちゃん」
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:40:24.67 ID:1xuBl34DO
フェイリス「二人とも、まったニャ〜!」

フェイリス「……」

……ん?
まただ。また、フェイリスのあの顔。
今度は先ほどよりもあからさまだった気がする。
フェイリスは手を振ると、そのままパタパタとUPXのオープンカフェ方面に消えた。

まゆり「……はぁ」

倫太郎「……?」

ふと、隣から控えめなため息が聞こえた。
秋葉原クローズフィールドの陸橋下をくぐりながら、ちらりとまゆりを見やる。
すると、今度はまゆりまでもがなんだか複雑そうな顔をしていた。
さっきのフェイリスの事と、なにか関係があるのだろうか。

倫太郎「なあ、まゆり」

まゆり「うん?」

倫太郎「さっきのフェイリス、なにか変じゃなかったか?」

まゆり「あ、オカリンもそう思う?」

倫太郎「……というと、お前もか」

まゆり「うん……実はフェリスちゃん、最近落ち込んでるんじゃないかって気がして……」

そう打ち明けたまゆりも沈んだ顔だった。
落ち込んでる?フェイリスが?

倫太郎「どういう事だ?」

まゆり「それがね、フェリスちゃん、最近寝不足みたいで」

まゆり「それにね、お仕事中も心がここに無い、みたいな」

まゆり「今までは、お仕事でミスした事なんて見たことなかったのに……」

まゆり「今日も派手に転んじゃったんだ」

倫太郎「なっ、それは本当か?」

まゆり「うん……みんなの前では聞けなかったけど、フェリスちゃん、大丈夫かなぁ」

なんと……あの器用な猫娘がそこまで?
いったい、何があったのだろうか。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 02:42:35.93 ID:1xuBl34DO
倫太郎「ひょっとして、フェイリスを食事に誘ったのもお前が?」

まゆり「うん、そうだよ……」

頷いて、寂しそうにうなだれてしまう。
そうだったのか。
まゆりのやつ、フェイリスを気遣って――。

まゆり「まゆしぃたちで力になれる事なら、なってあげたいなぁ、って」

まゆり「フェリスちゃん、ちょっと事情があって」

まゆり「なにかあっても、なかなかお店の人には相談出来ないみたいなんだよ」

…………。
フェイリスはメイクイーンの経営者という立場があるからな。
その気持ちはわからんでもない。

まゆり「ラボのみんなになら、気軽に話せるんじゃないかと思ってたんだけどね、うーん」

まゆり「でも、やっぱりフェリスちゃん、なにがあったか話してくれなかったね……」

まゆり「まゆしぃ、心配だよ」

倫太郎「……そうだな。だがその事で、お前まで落ち込むべきではないぞ」

まゆり「ええ?」

俺が言うと、びっくりしたような顔でまゆりが見つめてくる。

まゆり「でもでも、フェリスちゃんは、まゆしぃにとって大事なお友達だから――」

倫太郎「いや、そういう意味ではなくて」

まゆり「えっ?」

倫太郎「フェイリスにとってもまゆりは大切な友達だ」

以前、フェイリスがそう言っていた。

倫太郎「そんなお前まで悲しそうな顔をしていたら、フェイリスは誰にも相談出来ないではないか」

まゆり「そう、かな……?」

倫太郎「うむ。そうだ。だからお前はヤツの傍で笑っていてやれ」

そう言って、まゆりの頭にポンと手を置くと、彼女はしばし逡巡したあと大きく頷いた。

倫太郎「フェイリスの事は、俺からも気にかけておこう」

まゆり「えっへへ……」

倫太郎「なんだ?」

まゆり「ううん、なんでもないよ。 それよりね、ありがとう、オカリン」

倫太郎「……礼などいらん。なにせ、フェイリスもラボメンなのだからな」

秋葉原の駅の中へ、ニコニコとした顔のまゆりが何度も振り返りながら消えていった。
まゆりが帰ったのを確認し、俺はUPXの向こうを振り仰ぐ。
そこに見える高級マンションの最上階。
フェイリスの部屋には、まだ明かりは付いていなかった。

つづく。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/08(火) 03:01:07.68 ID:1xuBl34DO
ケータイの文字制限のおかげで、キャラの動きが突飛なものばかりになってしまう……。
ここって、PCに切り替えて投稿しても大丈夫なんでしょうか?
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2012/05/08(火) 16:58:09.58 ID:g5p4nFhbo
酉つけちゃえばいいんじゃね
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/09(水) 09:07:35.67 ID:oxRhoQLQo
乙っす
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 12:19:39.52 ID:tjVbJeIDO
翌日――。
よく晴れた日だった。
ここ数日間にわたって続いた雨天と曇天がウソのようだ。
今日のアキバの街は、行き交う人々であふれている。
だがそれも、中央通りくらいだ。
俺はコンビニでドクペを買い、さっさと裏通りへ入った。
途端に人影が少なくなる。
裏通りには、やはりというか、チラホラと人の姿がある程度だった。
たまに自動車が通るが、ここではどちらかというと車の方が部外者といった感じで、
遠慮がちに裏路地をすり抜けていく車を見ては、この辺りの異界っぽさを実感する。
いかにもなアングラな店が立ち並ぶ通りを素通りし、俺はラボに向けて歩みを進めた。

From.店長代理
Sub.久しぶり
『青春してるか、若人よ』
『してるなら僕にもちょっと分けてくれないか』

To.店長代理
Sub.RE:久しぶり
『一体何の用です?』

From.店長代理
Sub.RE:RE2:久しぶり
『君は相変わらずツレないな』
『まあいい、そんな岡部君に朗報だ』
『暇な時でいいから店に来てくれ』

ケータイをしまう。
ビルの狭い階段を昇って玄関ドアを開けると、ダルがPCとにらめっこしていた。
ダルは何度もメガネを持ち上げてPCに熱中しているようだった。
俺は構わず声をかけた。

倫太郎「おいダル、アシモの方はどうなったのだ」

至  「…………」

ダルからは無反応。カチカチと、マウスをクリックする音が聞こえてくるのみだった。
どうやらエロゲではないようだ。
時おり、“マジか”だとか“キタコレ”などと独語を呟いている。
おのれ、俺をガン無視とは。PCのコンセントをひっこ抜いてやろうか。
そう思ったが、以前それをやってダルがマジギレした事を思い出してやめた。

倫太郎「ダル!」

至  「うわっ!」

耳元で名を叫んでやると、ダルは座った格好のまま器用にビョンと飛び上がった。

至  「な、なんだよオカリンか!」
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 12:21:09.68 ID:tjVbJeIDO
ダルは振り返って俺を確認すると、ハァ、と胸をなで下ろした。

至  「ビックリさせんな!氏ね!」

倫太郎「いや、お前が無視をするからだっ」

至  「へ? ああ、サーセン。無視したわけじゃないって。ちょっと夢中になりすぎただけで」

…………。
一体なにをそんなに夢中になっていたのだろうか。
ダルの見ていたPCへと目を向ける。
するとそれに気づいたのか、ダルは勝手に喋り出した。

至  「いま未来人(笑)が@ちゃんに降臨してる」

倫太郎「なに?」

未来人だと……!?

倫太郎「まさか――ジョン・タイターか!?」

至  「? ジョン……なんぞそれ?」

ダルは首を捻った。どうやら違うらしい。
というか、当たり前か。
タイターが来ていたら大事だ。
今度は俺が胸をなで下ろした。

至  「“未来人だけどアキバの美味しい店教えて”」

倫太郎「なんだそれは」

至  「僕が見てたスレだお」

至  「いやー、昨日からちょっと気になってたんだよね」

倫太郎「……」

至  「いま未来人がこのアキバに来てるらしいんだよ」

………。
なにを馬鹿な。

倫太郎「ダル、言っておくが……それ釣りだぞ」

至  「なんでだよ。ひょっとしてこれ、オカリンが立てたんか?」

倫太郎「そうではないが……とにかく、未来人などいない」

このシュタインズ・ゲートにおいては。

至  「ま、僕も最初は半信半疑で煽ってたんだけどな」

至  「うまい店を知りたかったらタイムマシンを晒せってさ」

至  「そしたらこの未来人、煽れば煽るほどタイムマシンの事を漏らすんだよ」

倫太郎「なんだそれは。けったいな未来人だな」

倫太郎「まず間違いなく釣りで確定だろう」

至  「まあな。もう板の住人達もタイムマシンの事は気にしてないみたいだし」

倫太郎「なに?ならばなぜ、貴様はまだ張り付いてるのだ」

至  「そんなの――この未来人に萌えるからに決まってんだろ」

倫太郎「萌え……なんだって?」

至  「いや、煽り耐性ゼロの未来人とか萌えるじゃん、普通」

倫太郎「……」

このダル、相変わらず画面の向こうの存在にご執心らしい。
嘆かわしい事だ。
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 12:22:54.86 ID:tjVbJeIDO
こんな事で、本当に鈴羽は生まれてくるのだろうか。
ちょっと心配になってきた。
俺は“未来人萌えー”とのたまうダルを押しのけて、PCのモニタの電源を落とした。

至  「ちょ、なにすんだよ。今、未来人がデレはじめていいとこなのに」

倫太郎「そんな事はどうでもいい」

倫太郎「今はアシモの事だ」

昨日、確かにダルにはアシモの事を任せてあった。
アシモ――いや、未来ガジェット10号機。
我がラボにおける、目下の最重要事項だ。
それをなんだ。偽未来人などにうつつをぬかしやがって。
と、説教してやりたかったが、ダルの事だからそれも無駄になりそうなのでやめておいた。

倫太郎「それで、どうなのだ?」

至  「なにが」

倫太郎「ちゃんと動いたのか、と訊いている」

開発室で布を被って佇むアシモに、顎でしゃくる。
ダルはそれを目で追った。

至  「ああ、そういやそうだったな」

至  「とりあえず起動はした」

倫太郎「なに!?それは本当か!」

思わずダルの肩をバンと叩く。
文句を言われた。
そして――。
今度はダルは、ばつの悪そうな顔をして、信じられない言葉を続けた。

至  「で、壊れた」

倫太郎「な……に……?」

至  「いや、僕とした事がうっかりしてたお」

ポリポリとこめかみをかく。

倫太郎「おま、お前が壊したのか!!」

至  「ちがっ……う、とも言い切れないか」

言って、シュンとしてしまう。

至  「雨水が入ってる事に気付かなかったんよな。んで、ショートした」

…………。
なんてこった。
俺は頭を抱えた。

倫太郎「な、直せそうなのか?」

至  「うーん、結構重要な基盤がイッちゃったっぽいし、直すのも時間がかかりそうだ罠」

倫太郎「そうか……」
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 12:23:32.17 ID:tjVbJeIDO
まあ、無理だと言われたわけではないし。
直せそうなアテがあるのならよしとしよう。

倫太郎「仕方あるまい、修理は頼んだぞ」

至  「わかってる。一応優先事項にしとくお」

倫太郎「当たり前だ。罪は功をもって償ってもらわねば」

至  「なんだよ偉そうに。もしもオカリンが僕だったら同じ過ちを犯してただろ」

倫太郎「ククク、なにを馬鹿な。この俺をなめないでもらおうか」

…………。
とは言いつつ、確かにそうだ。
間違いなく俺も“アシモを拾った”という事に浮かれすぎて、ダルと同じ轍を踏んでいた事だろう。
なので、ダルを責めるべきではない。

倫太郎「まあ、過ぎた事ばかり言っいてもしょうがない」

倫太郎「なんにしても俺に修理は無理なのだから、頼りにしているぞ、我が右腕よ」

至  「ちぇっ、調子いいよなぁ」

倫太郎「そう言うな。……と」

チラリと時計を見やる。
話を切るついでにダルも誘ってみるか。

倫太郎「そういえばダル、その様子だと朝飯も食っていないのだろう」

至  「ん?まあな」

倫太郎「ならば、それも兼ねてメイクイーンニャンニャンに行かないか」

至  「メイクイーン?行く行く」

即答だった。
同じ店ばかりで食事を取って、よく飽きないものだ。
ここまで来ると、さすがに偏執的だと思う。
…………。
俺がメイクイーンに行くと言ったのは、まゆりの話を聞いたからだった。
フェイリスの様子がおかしい。
それがどんなものか、少し気になる。
俺はダルを従えて、メイクイーンへと向かった。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 19:56:45.75 ID:62Lr3b+50
>>1

復活してホッとしたよ。
楽しみにしてます。
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/05/09(水) 20:08:03.69 ID:B0ApKeELo
>>1
復活オメ、ギリギリだったからヒヤヒヤしたよ
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/10(木) 22:04:28.36 ID:6hkiuOVDO
メイクイーンでは、バイト中のまゆりと出くわした。
まゆりのやつ、今日は休みだと言っていた気がするが……。

倫太郎「なに?フェイリスは休みだと」

まゆり「うん……今朝まゆしぃのとこに電話があって、代わりにシフト、入って欲しいって」

なるほど、それでまゆりが働いていたのか。

至  「そんなぁ……フェイリスたんが居ないとか、残念すぐる」

まゆりからフェイリスの不在を聞いたダルは、今にもくずおれそうな勢いだった。
さすがにコイツに店の入り口でへたり込まれると、営業妨害としてつまみ出されかねん。
俺は気落ちしたダルを支えた。
…………。
重い。

倫太郎「いくらなんでも落ち込みすぎだろう、ダル」

至  「いや、だってさぁ……。僕って、フェイリスたんのシフトは完全に把握してるんだけども」

至  「こんな風に急に休んだ事とか、きっと初めてなんじゃね?」

ダルのHENTAI的発言にまゆりは驚きもせず、記憶を探るように自分のおとがいに指を当てた。

まゆり「うーん、そうかも」

至  「だろ? それなのに、フェイリスたん、どうしたんだろうな。……心配すぐる」

ダルのフェイリスストーカー発言は置いておくとして、
今回の事はさすがに異常事態だと言うことは理解出来た。
やはりまゆりが見て感じた通り、フェイリスの様子がおかしいのは本当の事なのかもしれない。
…………。
一体、どんな事情があったのか……。
そんな事を考えていたところで、ふとして、腕にかかっていたダルの重みが消えた。

至  「まあ、とりあえずなんか食ってこうよ」

……なに?
…………。
び、ビックリした。

倫太郎「貴様、フェイリスの事を心配しておきながら、えらく変わり身が早いのではないか?」

至  「はあ? そりゃ心配だよ!フェイリスたんのストーカーとして当たり前だろ」

肩をいからせながら言う。
……あ、いまストーカーって言った。

至  「でもやっぱ、腹が減ってたら、助けられるもんも助けらんねーだろ」

至  「人を救う前に、まずは自分を救わなきゃな」

キリッ、という音が聞こえた気がした。
…………。
全然かっこよくない。
ただ、“食いしん坊Bがあらわれた!”というだけである。

倫太郎「わかった。ならば、お前は飯を食ってからどうとでもするがいい」

まゆり「ええ? オカリンは食べて行かないのぉー?」

倫太郎「ああ」

至  「無茶しやがって」

…………。
別に朝昼抜いたからといって、死ぬわけではないのだ。
そんなダルたちを放置し、俺は店を後にした。
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/10(木) 22:40:27.92 ID:6hkiuOVDO
* * *

To.岡部
Sub.ちょっと
『買い物に付き合って欲しいんだけど』

そのメールに、返事は無かった。
ラボに行ってみても、誰もいない。
…………。
買い物に付き合って欲しい――。
それは、口実でしかない。
けれど、返事すらも無いことに、私は焦慮した。
最近、彼と過ごした時の事を思い返してみる。
…………。
彼とは、毎日のように顔を合わせてはいた。
けど――。
二人きりで過ごした時間なんて、片手で数えられるくらいしかなかった。
彼の周りには、いつもラボメンたちがいる。
…………。
私だって、ラボの仲間たちと過ごす時間は、確かに楽しい。
それに岡部が仲間を大切に思っていて、彼らと楽しい時間を共有すべく走り回っている姿は、
私にとって、まるで漫画のヒーローのように見えて、嬉しい気持ちもある。
だけど――。
私は……。
……私は。
…………。

紅莉栖「バカだな、私」

つづく。
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/11(金) 12:48:54.09 ID:+JnsTXxDO
女  「1分だけでいいんです」

倫太郎「いや、だから俺は時間が無いと」

女  「なら30秒!」

しつこい……。
今日に限って、なんでこんなのに捕まってしまうのか。
街で声をかけられ、思わず応えてしまった俺は、謎のアンケートを迫られていた。
いつもなら華麗にスルー出来たのだが……。

女  「お願いします〜」

倫太郎「……」

女  「お願いしま〜す」

倫太郎「ぐっ……」

アンケート女は俺の行く手を阻むように立ちはだかっている。
いくらなんでも、これはマナー違反だ。強引すぎる。
普通じゃない。
もしかすると俺はどこかに連れ込まれたあと、体格のいい男たちに囲まれて、
不思議なパワーかなにかが封印された壺やらを買わされるのかも。
そう思うと、急に寒くなった。
ク、ククク……この、狂気のマッドサイエンティスト相手にいい度胸だ。
いざとなれば、我が右腕の封印にものを言わせて……。
いや、体格のいい男にはかなわないかも……。
………。
どうしよう。
どう切り抜けようか。
と、考えていると――、

???「凶真〜!」

倫太郎「ん?」

交差点の向こうから、少女が手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。
フェイリスだった。
フェイリスが俺の傍まで来ると、なにを思ったか、いきなり腕を絡めてくる。

フェイリス「もう、いつまで待たせる気?」

倫太郎「え……?待たせ――」

フェイリス「あ! き、凶真……?この人、だれ?」

倫太郎「え?」

女  「え?」

俺の返事を待たずして、ハッとした顔のフェイリスがアンケート女と俺とを交互に見比べる。

フェイリス「凶真、私との約束をすっぽかしてまで、別の女と立ち話を……?」

倫太郎「いや、この人は――」

また、答えようとしたところで、

倫太郎「いてっ」

アンケート女からは見えない俺の腰あたりを軽くつねられた。
フェイリスの目は据わったまま、アンケート女を睨んでいる。
…………。
なるほど、そういうことか。
俺は、フェイリスの小芝居に乗っかる事にした。

倫太郎「し、仕方ないだろう!この人がなかなか解放してくれなかったんだ」

フェイリス「そんな事言って、あなたはいつもそう!他の女にフラフラしてばかり」

なんという設定。
俺は勝手に浮気者にされてしまったようだ。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/11(金) 12:50:00.56 ID:+JnsTXxDO
フェイリス「前から訊こうと思ってたけど、私のこと、いったい何だと思っているの!?」

倫太郎「そ、それは……」

俺は出来るだけ深刻そうな顔を浮かべながら、女に視線を向ける。
“助けてくれ”
目でそう語る。それが上手くできているかはわからないが……。

女  「あの、ちょっと……」

フェイリス「なによ!」

アキバのど真ん中で、突如として始まった痴話喧嘩。
さすがにやり過ぎな気がする。
足を止めるギャラリーまで集まりだしたぞ……。
しかし、目の前にある修羅場に、さすがのアンケート女も鼻白んでいるようだった。
その様子を見抜いたのか、フェイリスが畳み掛ける。

フェイリス「あなた、凶真の何なの……?」

どう見ても、アンケートの調査員です。

女  「っ!」

フェイリスの気迫に、女は固まった。
しかし、なんだか気の毒な気がしてきたな。
壺売りじゃないのかもしれない。
ていうか、多分そうだ。
そんなの、俺の想像でしかないし。
今にも飛びかかりそうなフェイリスを宥めながら、俺はちらりと女に目配せする。

女  「し、失礼しましたー!」

今が好機、とばかりに女は黒山の中へ去っていった。
それを見送る。

倫太郎「……行ったか。フェイリス、助かったが、ちょっとやりすぎだ」

フェイリス「あれは壺売りだニャ」

あ、いつのまに猫耳を……。

倫太郎「って、本当かよ!」

フェイリス「うん。チラホラと被害が出てるみたいで、フェイリスも困ってるニャ」

倫太郎「なんという事だ……世も末だな。本当に助かった、すまない」

フェイリス「気にする事ないニャン。これもフェイリスの役目だしニャ」

倫太郎「お前、もしかしていつもこんな事を?」

俺が訊くと、フェイリスはテヘッと笑った。

フェイリス「アキバの守護天使という使命は、なかなかに忙しいものだニャン」

やれやれと肩をすくめて見せてくる。
…………。
もしかして、フェイリスの落ち込む原因とは、この事だったのだろうか。
仕事まで休んで街を歩いていたのは、このために……?

フェイリス「それじゃ、予定ギッシリのフェイリスはこれで失礼するニャ」

考え込んでいると、フェイリスは俺からさっさと離れていた。

倫太郎「あ、おい!待て!」

フェイリス「用事があるなら、また今度にして欲しいニャ〜!」

待つように呼びかける。
が、フェイリスの声はどんどん遠ざかっていき、やがて彼女の姿を見失ってしまった。

倫太郎「なんなんだ? いったい……」
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/11(金) 21:17:34.46 ID:xwbo2zIR0
壺売り〜ww

そういえば、まだエウリアンはいるんだろうか?
あいつらのアジトはラジ館にあったと記憶するが……
252 :急展開すぎてすみません [sage]:2012/05/12(土) 00:07:58.40 ID:VpLivyyDO
至  「そうか、そんな事が……」

倫太郎「ああ」

一旦ラボに戻った俺は、そこに居たダルにさっきあったフェイリスとの事をかいつまんで説明した。
話を黙って聞き終えたダルが唸る。

至  「うーん……」

倫太郎「どうした?」

至  「いや、今のオカリンの話だと、フェイリスたんは“アキバのパトロールで疲れてるんじゃね?”」

至  「――って事だったよな。それって本当に、それだけなのかなぁって思ってさ」

倫太郎「他に理由があると?」

至  「うん。フェイリスたんをずっと見てきた僕だからな。なんとなくそう思った」

ダルは“それが何なのかはわからないけど”と付け加える。
…………。
……他の理由か。

倫太郎「しかし、当のフェイリスが話してくれないのではどうしようもない」

俺はフェイリスをラボメンとして気にかけてはいるものの、その悩み事の当事者ではない。
となれば、それは無理に聞き出すような事ではないと思うし、
フェイリス自らが相談を持ちかけてくれる以外に、俺が出来る事は少ないのかもしれない。

至  「メールも返って来ないしなぁ」

ケータイのディスプレイを見ながら、ダルが言った。
さっきからPCとケータイを交互に見てはため息ばかりついている。
コイツはコイツなりに、本気でフェイリスを心配しているのだな。
さっきは少し、キツく言い過ぎたかもしれん。

倫太郎「ダル、お前の気持ちはわかる」

至  「おお?」

倫太郎「それを、さっきはすまなかったな」

至  「はあ? いきなりなんぞ」

俺が謝ると、よほど珍しかったのだろう。
ダルは目を丸くして俺を見た。

倫太郎「ま、まあ、フェイリスの件については、ほどほどに」

至  「お、おう」

クッ、ダルめ。こんな時くらい空気を読んでくれてもいいのに。
その後、いくら待ってもダルのケータイにはメールの返事は届かなかった。

至  「返事が無いのって、結構こたえるな……」

なんというメールを送ったのか知らないが、ダルは肩を落として、ただ、椅子をギイギイと鳴かせていた。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/12(土) 00:09:21.96 ID:VpLivyyDO
* * *

???「キャッ!」

迂闊だった……!
秋葉原の街は、20時を過ぎるとどこも店仕舞いを始めていて、極端に人通りが少なくなる。
ここは、そのアキバの裏通り。

男A 「オイ、嬢ちゃん。昼間、俺たちの“お仕事”の邪魔してくれたんだって?」

よく言う。あんなもの、恐喝に他ならない。

男A 「どうしてくれんだよぉ!なあ?ははは」

私を取り囲んだ男たちの一人が、私の背後の壁に手をつき、下品に笑う。
さっきも言ったように、私たちの他には人影はない。
助けは期待出来ない。
……それに、逃げられそうもないみたいだ。

男B 「おい、この女で間違いないのか?」

遠くでこの状況を眺めていた男が、傍の人物に問う。

女  「うん、間違いないよ」

そう答えた女には、見覚えがあった。昼間、凶真に絡んでいた壺売りだ。

男A 「ほ〜う?じゃ、決まりだなぁ」

フェイリス「何をするつもり?」

男B 「決まってんだろ?今日売れなかった“モノ”の分、お前に働いて返してもらうんだよ」

男A 「へへへ、今日逃した分だけでも、かなりの金額だし」

男A 「嬢ちゃんにはそれなりの覚悟をしてもらわねーとなぁ」

ふざけた事を……!この人たちは、本物の悪党だ。
人を騙して、脅して……。
こんな奴らがアキバの街にいると思うと嘆かわしい。
これでは、パパの夢見た街には程遠い。
ただ悔しくて、身悶えそうになる。

フェイリス「私は、あなた達に屈するつもりはない」

男A 「あ?」

取り囲む男たちの目に、敵意を意味する、赤みを帯びた光が強くなる。
悔しくて強気に出てみたものの、私の手は震えていた。
本当は逃げ出したい。でも、逃げられない……。

男B 「屈しようがなかろうが、関係ねーよ」

男A 「嬢ちゃんはもう俺たちの“金ヅル”で決定!なわけ」

女  「キャハハ」

壺売りの女が他人事だと思って高笑いをしている。
自分がどういう立場なのか、判りもしないで。

男B 「さーて、こんな所で立ち話もなんだな」

男A 「ああ」

男は頷くと、私の腕をガッシリと掴む。
途端に、ゾワリと全身が総毛立つ。
怖い……こいつら、本気だ……!

フェイリス「は、離してっ!誰か――むぐっ!」

大声を上げようとしたところで、手で口を塞がれてしまった。
そのまま襟首を掴まれて、私のつま先は宙に浮く。
私を掴んだ男とは身長差があって、いくらじたばたもがこうと、足が地に着く感覚はない。

男A 「おい、暴れんなよっ!」

男B 「あっちに俺たちの車があるんだ。ちょっとドライブでもしよーぜ」

路地の先には黒塗りのライトバン。
このまま、連れ去られるわけにはいかない!
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/12(土) 00:09:58.70 ID:VpLivyyDO
もがく。
私はもがいた。
でも、ダメだった。
効果なし。
もがく。
必死にもがく。
…………。

フェイリス「んーっ、んーっ!」

ダメ……どうしよう。
まさか、こんな事になるなんて。

男A 「しかし……ただ売り払うのも、もったいねーな」

男B 「だなぁ。こんだけ上玉だ。ちょっと俺たちが楽しんだくらいじゃ、値が落ちる心配はないんじゃね?」

男A 「ははは、そうかも」

男たちの、そんな言葉に意識が遠のいていく。
迂闊だった……。
誰か……。

フェイリス「……っ」

…………。
…………。
――ふと、脳裏に。
優しくて、強かった、パパの姿が浮かんだ。
パパ……。
大変な事になっちゃったよ……。
また、馬鹿なことをしちゃった……。
でも、どうかお願い……。
私を、留未穂を――。
助けて……守って、欲しい。
そう、強く願った時だった――。

???「お巡りさーーん!こっちです!早く来てくれッ!」

男たち「っ!?」

突然の声に、男たちが怯む気配を感じた。

???「何をしている!早く、こっちです!」

???「お巡りさん!」

誰かが警官を呼んでくれている。男たちから、どよめきが起こる。
私を掴んでいる男と、もう一人の男が目配せをした。

男A 「クッソ!マジかよ!誰だ通報しやがったのは!」

男B 「そんな事より、早く逃げねーとヤバいって!」

男A 「チイッ!」

私の首根っこを掴んでいた男が、悔しそうにギロリと睨んでくる。

男B 「は、早くしろって!」

もう一人の男は、仲間を置いてでも逃げ出しそうな勢いで急かした。

男A 「わかってる!」

フェイリス「うっ……!」

私は路地の反対側へと突き飛ばされていた。
背中が、道路標識のポールに叩きつけられる。
それから男たちは、他には目もくれずに道の先に停められていたライトバンに乗り込むと、
さっさと走り去って行ってしまった。

フェイリス「ケホッ、ケホッ」

背中を強打したせいで、息が苦しい。その場にうずくまる。
そんな私に肩を貸すようにして、助け起こしてくれたのは――。

* * *
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/12(土) 00:12:05.81 ID:VpLivyyDO
俺は道端でうずくまるフェイリスに駆け寄ると、肩を貸した。

倫太郎「フェイリス!大丈夫か!?」

フェイリス「きょう……ま……?」

…………。
……驚いた。
フェイリスのやつ、見たところ、かなり危ない目に遭っていたようだったが……。

まゆり「フェリスちゃんっ!だ、大丈夫!? なんて事……」

フェイリス「マユシィ……」

陰で隠れているように言ってあったまゆりが飛び出してきた。
フェイリスの手を取り、今にも泣き出しそうな表情をして、彼女の顔を覗き込んでいる。

倫太郎「話は後だ。とりあえず、行き先はお前のマンションでいいか?」

そう訊くと、
腕の中では、いつもより身体が小さくなってしまったと錯覚してしまうほどに弱々しく、フェイリスが頷く。
まだ、少しぼんやりしているようだ。
その視線は、虚ろに泳いでいた。

* * *
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage ]:2012/05/12(土) 06:15:56.42 ID:rv12JmZlo
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/12(土) 11:33:49.02 ID:VpLivyyDO
部屋に入ると、まゆりがフェイリスの背中をさすってやっていた。

倫太郎「飲むか。落ち着くぞ」

フェイリスの目の前に、キッチンで温めてきたミルクを置いてやる。

倫太郎「勝手に冷蔵庫を漁って悪かった。誰も居なかったものでな」

フェイリス「ううん、平気……。それより、ごめんなさい」

ソファに腰掛けたまま、ペコリと頭を下げてくる。

倫太郎「いや……たまたま居合わせただけだ。俺はなにもしてないよ」

フェイリス「そんな事ないよ。ベタな助け方だったけどね」

倫太郎「それはお前に言われたくないな」

昼間、俺をあんなベタな助け方をしておいてよく言う。

フェイリス「あはは」

ようやく落ち着きを取り戻してきたらしい。フェイリスは笑うと、ミルクを一口含んだ。

まゆり「それよりフェリスちゃん、大丈夫?」

フェイリス「あ、うん。ごめんね、マユシィ」

フェイリス「背中の痛みは、大分よくなったよ。心配かけて、ごめん……」

まゆり「……」

まゆり「……うん。でも、なんであんな事に……?」

倫太郎「そうだ。あいつら、やはり昼間の?」

フェイリス「そうだったみたい」

倫太郎「……」

倫太郎「そうか、俺のせいだな。済まなかった」

フェイリス「ううん、凶真のせいじゃないよ。元々、あいつらの事は何とかしなきゃって思ってたし」

まゆり「???」

さっぱり話が見えないといった顔で、白衣の袖をくいくい引っ張って助けを求めてくるまゆりに、
俺は昼間からの事を簡単に説明してやった。

倫太郎「……しかしまた、何であんな時間にまで?」

夜の裏通りなど、俺でもかなり……いや、少し怖い。

まゆり「そうだよ。フェリスちゃん一人で、危ないよぅ」

フェイリス「…………」

まゆりの言うとおり、フェイリスの行動は、さすがにTPOをわきまえなさすぎに思える。
パトロールするにしても、時間を選ぶべきだ。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/12(土) 11:34:26.87 ID:VpLivyyDO
まゆり「もしかして……」

まゆりがフェイリスの手を取る。

まゆり「このところ、フェリスちゃんが元気が無いことと、関係あるのかなぁ?」

フェイリス「え? あっ」

まゆりの問いかけに、フェイリスはぎこちなく居住まいを正した。

フェイリス「げ、元気がない?そんな事ないって。あれはただの寝不足で――」

まゆり「ううん、わかるの!まゆしぃにだって、それくらい、わかるもん」

まゆり「フェリスちゃんの寂しそうな顔見たら……わかるんだよ」

まゆり「フェリスちゃん、とってもつらそうだって……」

まゆり「それが、おばあちゃんを亡くした時のまゆしぃに似てる気がして……」

倫太郎「まゆり……」

フェイリス「…………」

言いながら、まゆりは目に涙を一杯に溜めていた。
その頭に、ポンと手を置いてやる。

フェイリス「マユシィ……」

倫太郎「なあ、フェイリス」

フェイリス「??」

倫太郎「全て説明しろとは言わん。だが、何でもかんでも一人で抱え込もうとするな」

倫太郎「なにかあるのなら、俺やまゆり、ダル……ラボの仲間に頼ってくれればいいんだぞ?」

倫太郎「今後もあんな危険な事を続けるつもりなら、なおさらだ」

倫太郎「こうなれば、心配するなと言う方が無茶な話なのだし」

フェイリス「……私、人に頼る事に慣れてなくって」

倫太郎「………」

倫太郎「だったら、今から慣れろ。大丈夫だ。俺たちは何があっても裏切ったりしない」

フェイリス「!!」

俺が言うと、フェイリスは目を見開いた。ジッと俺の目を見つめてくる。
まゆりも俺の言葉に大きく頷いた。

フェイリス「ごめんなさい……」

まゆり「フェリスちゃん、そういうときはね、“ごめんなさい”じゃなくって」

まゆり「ありがとう、って言うと気持ちいいよ」

フェイリス「……ありがとう、マユシィ、凶真」

倫太郎「ああ」

フェイリス「……えへへ。改めて言ってみると、なんだかくすぐったいね」

フェイリスが、泣きそうな顔のまま笑って見せる。

倫太郎「……ああ」

フェイリス「……」

フェイリス「凶真って……たまにカッコいいから困る、ニャン」

倫太郎「なんだいきなり」

その頭に猫耳は着いていなかったけれど、彼女は最後に可愛らしくニャンと付け加えた。
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/05/14(月) 22:54:38.60 ID:/KxDbPkAO
乙。今までとは違う人かな?
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/24(木) 18:52:40.63 ID:HOQnRgAIO
亀だけど乙
待ってる
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2012/06/04(月) 20:44:40.07 ID:oklgSbaho
続きまだ?
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/16(土) 07:44:25.25 ID:pJ7NrNPKo
おいまだか
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/06/18(月) 23:54:05.55 ID:XG762fbIo
いま追いついた、続きは無いのか?
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) :2012/07/09(月) 03:13:03.42 ID:eh0CQKgKo
マダー?
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/16(月) 14:33:35.07 ID:IDbD4dzHo
面白い
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/24(火) 10:31:20.83 ID:WQzeCQ4IO
早くしろーっ!HTML化くらってもしらんぞーっ!(AA略
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