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とある白虹の空間座標(モノクローム) - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/21(土) 23:50:56.75 ID:HOXaWyDAO
※とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド)http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1294/12949/1294929937.htmlの続編になります。

※白井黒子→←結標淡希×姫神秋沙です。鬱、百合要素が苦手な方はご遠慮下さい。

※御坂美琴・麦野沈利・食蜂操祈らの視点となります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1327157456(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713861164/

トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713798788/

【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713788018/

ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713736565/

【安価】少女だらけのゾンビパニック @ 2024/04/20(土) 20:42:14.43 ID:wSnpVNpyo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713613334/

ぶらじる @ 2024/04/19(金) 19:24:04.53 ID:SNmmhSOho
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713522243/

旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713353246/

2 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/21(土) 23:52:45.66 ID:HOXaWyDAO
〜簡単な時系列〜

10月3日(深夜)……結標、グループと別れた後、雨宿りに立ち寄った姫神と出会う。

翌年6月6日……科学サイドと魔術サイドの最終戦争が勃発。第七学区が壊滅し、統括理事長が行方不明に。

7月1日……結標、女子寮から焼け出され帰る家を失った姫神と再会。ルームシェアを始める。

7月2日……結標、とある高校避難所にて白井と邂逅。ボランティアへ誘われるも物別れに終わる。

7月3日……結標、削板に強引にスカウトされ避難所の案内人となる。姫神もまた復興支援に携わる。

7月4日……結標、フレンダと衝突し心折られるも姫神に慰められ、言葉に出来ない感情が芽生える。

7月5日……結標、姫神を狙う異端宗派の魔術師とモノレールにて戦闘。姫神と共にラブホテルで一夜を明かす。

7月6日(日中)……再び魔術師と会敵。巻き込まれる形で皆殺しにされた警備員らを前に姫神の心が砕ける。
その後、結標から告白されるも互いにすれ違ったまま身体を重ね一層状況が悪化し、イギリスへの亡命を決意。

7月6日(深夜)……異端宗派の軍勢が押し寄せる中姫神がオリアナの手引きにより脱出。
垣根による奮戦の果てに、昏睡状態から結標が意識を取り戻し全面戦争へと突入する。

7月7日(夜半)……結標、白井・砂皿・御坂妹・アイテムの援護を受けて追撃戦を開始する。
姫神、ステイル・黄泉川・手塩・オリアナに護送されながら第二十三学区を目指す。
その際共闘した白井の手から御守りのリボンが結標に手渡される。

7月7日(夜明け)……姫神、飛行場で異端宗派に取り囲まれるも寸での所で結標が救出。レベル5の頂へと登り詰める。

7月7日(日中)……上条・一方通行・浜面・フィアンマが結標らと合流。避難所へ帰還し皆に祝福される。
白井、その光景に一方ならぬ思いを持つも胸に秘める事に。

8月7日……織女星祭。避難所の面々が空中庭園にてBBQパーティーを行う。
白井、結標と二人きりになった際に内なる願いを口にする。

8月9日……結標、姫神との信頼関係が破綻を迎え、雨の街を彷徨っていた所を白井に保護され一線を越えてしまう。

8月10日(日中)……結標、白井と共に海を見に行くため、開発途上で放棄された海上学区『軍艦島』へ向かう。

8月10日(深夜)……結標、姫神と灯台にて対峙。以後、白井と吹寄を残して二人は行方不明に。

※本作は8月10日以降の物語になります。
3 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/21(土) 23:55:06.43 ID:HOXaWyDAO
〜3月9日〜

カツン、カツンと石畳に鳴り響く靴音。合わせて揺蕩う影法師。
踏み締める足音に合わせて舞い上がる桜の花片が、茜色の夕陽を受けて赤く紅く朱く染め上げて行く。

御坂「………………」

学舎の園を御坂美琴は一人行く。死に絶えた音無の世界の中を、迷う事なくただ一点を目指して。

白井『お姉様、くれぐれもご用心のほどをお願いいたしますの』

御坂「(黒子ってば心配し過ぎ。そりゃああんな下衆な女と2人っきりなんてゾッとしないけど)」

石畳の迷図を抜け出し、大通りを早足で歩を進めて行く。
その先にあるミルクホール『デズデモーナ』、件の待ち人と落ち合う場所。
ここ訪れる前、縋るような眼差しで身を案じて来た白井黒子の言葉を反芻しながら。

白井『御礼参り、という線もありえますの。ましてや相手はあの“女王”ですの!』

御坂「(――あたしとあの女が本気でぶつかり合ったら、飛ばすのは火の粉なんてレベルじゃおさまらないだろうから)」

十字架のように並び立つ風車、墓石のように聳え立つビル群を見上げながら辿り着いた先。
純白を基調とした内装と調度品の数々が並ぶ店内へと入り、二階のオープンテラスへの螺旋階段を登る。すると――

???「――遅かったじゃなぁいみぃーさぁーかぁさぁーん」

御坂「……いきなり呼び出しといてあまり文句言わないで欲しいわね」

テーブルの上にはガラスのティーセット、苺と無花果と胡桃とラム酒を練り込んだ羊羹とクリームチーズ。
蜘蛛の巣を意匠にあしらったグローブに包まれた手にはグリーンティー。靡くイエローブロンドの髪。
しかし御坂はそれらに一瞥をくれるでもなく、席を勧められる前に手足を組んでチェアーに腰掛けた。

御坂「――最初で最後だから付き合ってあげる。あんたの言うティーパーティーとやらに」

向かい合うはダイヤのエースとハートのクイーン、常盤台中学が誇る二人のレベル5、三位と五位。
学園都市最高の電撃使いと精神系能力者。その気になればこのホールにいる客全員を集団自殺にさえ追い込める少女の名は

???「むぅ、私の指導力不足かしらねぇ?こういう時もうちょっとなんかあるでしょぉ?新たな門出を迎える先輩に対して、後輩らしい言葉が」

御坂「――なら、一言だけ」

常盤台中学最大派閥を率いし『女王』――
4 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/21(土) 23:56:13.52 ID:HOXaWyDAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――卒業おめでとう、食蜂操祈――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
5 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/21(土) 23:56:58.60 ID:HOXaWyDAO
〜2〜

食蜂「……やれば出来るじゃなぁい?そういう可愛げを私が在学中に見せてくれたならもっと友好的な関係が築けたかもねぇ〜」

御坂「あんた自分が私やその友達に何したかわかってんの?その無駄にデカい胸に手当てて聞いてみなさいよ」

食蜂「少なくとも、私への口答え不問に付してあげられる程度に心は広いつもりなんだけどなぁ♪」

クリームチーズを乗せたドライフルーツ入り羊羹をパクッと頬張る食蜂を見やりながら御坂は溜め息を吐く。
よく溜め息を吐くと幸運が逃げるとは言ったものだが、食蜂に呼び出された事そのものが不運(デズデモーナ)だ。
非常識だとは思ったが、オーダーは取らない事にした。茶の一杯の時間さえ惜しかった。

御坂「……もういいわ。あんたと話してるとスッゴい疲れるの。呼び出したんなら用件あるんでしょ?早く言って」

食蜂「用件?」

御坂「――御礼参り、とか」

食蜂「……ぷぷっ」

御坂「!?」

食蜂「あはははははははははははははははははははは!!」

ティーカップの取っ手に指を通さない程度に品というもの弁えながら食蜂はテーブルを叩いて大笑いした。
御礼参りという前時代的な物言いがまるでかのナンバーセブン、削板軍覇のようであると。

食蜂「馬鹿ねぇ?そんな事するくらいならとっくの昔に貴女の後輩あたりを寝取ってヤッちゃってるわよぉ☆」

御坂「そんな巫山戯けた真似したら頭消し飛ばすわよ!?」

食蜂「怖い恐い☆けれど頼もしい限りねぇ“二代目”常盤台の女王♪」

御坂「私別にそんなものになりたい訳じゃない!あんたが残して行く派閥の人間にどうこうするつもりもないし、神輿に担ぎ出されるのもごめんこうむるわ」

食蜂「貴女が馬鹿にした政争ってそういうものよぉ?前に話して聞かせてあげたよねぇ」

クリームチーズの油分に艶めかしく濡れ光る瑞々しい唇をこの上なくエロティックに舌舐めずりする食蜂。
その頭の天辺から足の爪先まで値踏みする、魔星を宿した双眸が暗い輝きをもって御坂を映す。
御坂は思う。まるで底の抜けた水瓶のような眼差しだと。御坂の知るもう一人のレベル5の女性とも違う異形の怪才。

食蜂「この養蜂場(がくえんとし)にあって、私達は雀蜂であの子達は蜜蜂だって」

死体が埋まっていると言われる桜の木々が、生温い風に揺られて枝葉をさざめかせて行く――

6 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/21(土) 23:59:22.31 ID:HOXaWyDAO
〜3〜

食蜂は言う。この学園都市は養蜂場であり、皆が崇め奉る常盤台中学さえもせいぜい上質な蜜が取れる巣箱に過ぎないのだと。
その中にあって、雀蜂は種類によっては平均的な蜜蜂のおよそ五倍もの体躯を持ち合わせている。
雀蜂が七匹も集い数時間かければ数万もの蜜蜂を巣ごと鏖(みなごろし)に出来るのだと。

食蜂「貴女の理解力をもってすればわかるでしょ?私達レベル5は女王蜂。そういう風に生まれついてしまっているのよぉ」

御坂「だからなんだって言うの?レベル5だから特別で、そんな自分は選ばれた存在で、だから皆の上に立つのが当たり前だって言いたいの?どんだけ上から目線なのよあんたは」

食蜂「――だから政治力を身につけなさいって言ってるのぉ。貴女の立ち振る舞い如何によって皆を導く誘導灯にも身を焼く誘蛾灯とも成りうるのが“レベル5”よぉ」

御坂「よく言うわ。あれだけ好き勝手やって来ておいて。あんたのやってる事は先導じゃなくて煽動でしょ」

食蜂「その中で貴女だけよぉ?私の支配力に唯一平伏させる事の出来なかった、不愉快極まりない無二の存在はぁ」

御坂「………………」

食蜂「――そんな小憎らしい貴女の綺麗な顔を、最後に見ておきたかったのよねぇ。こんな簡単な事さえ卒業式の日を待たなければ出来ないほど、多くの柵と拘束力がこれから貴女について回るわぁ」

夕闇が訪れ、吹き抜けて行く肌寒い春風が湯気の立つグリーンティーに一片、桜の花びらを落として行く。
沈み行く残光が食蜂の右肩より射し込み、御坂はそれを眩しそうに目を細めた。

食蜂「でも私と全くタイプの違う貴女が、これからどう常盤台を率いて行くのが楽しみ楽しみぃ☆」

御坂「……そういうあんたは卒業した後どうすんの?よその学校でもまた派閥だなんだかんだ作る訳?」

食蜂「どうしよっかなぁー?とりあえず、向日葵が咲く頃まで考えてみようかしらぁ」

御坂「ヒマワリ?」

食蜂「……約束、だからぁ」

ザアッ……と桜の花片が粉雪のように舞い散り、二人のテーブルにハラハラと降り注いだ。
そこで御坂は気づいた。食蜂の膝元にある一冊の本。『人魚姫』の原書が置かれている事に。

食蜂「――あの日見た向日葵畑を、私はもう一度見てみたいのよねぇ」

――人魚姫。それは報われぬ恋と結ばれる事のない愛の物語――

7 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:00:02.18 ID:fjIUU0KAO
〜4〜

そして黄昏が近づき、ガラスのティーポットの中のグリーンティーが底を尽く頃合いに食蜂は席を立った。

食蜂「来年の今頃、貴女もきっと後継者を指名している事でしょうねぇ」

御坂「ないわよ」

食蜂「とは言ってもぉ?貴女が後事を託せるような後輩なんてあの子パンダちゃんくらいだとは思うけどぉ」

御坂「人の話聞きなさいって!」

食蜂「――私の神通力が囁いてるわぁ。“彼女”は、いつか貴女と切り結ぶ日が必ず来るって♪」

女王は真紅のダッフルコートを羽織り、席を立ちながら語り掛ける。
テーブルの上に『人魚姫』の原書本を置き、眉を顰める御坂へ背を向けて。

御坂「――私と黒子が?ないない。ありえないわ。黒子を後継者にするって話以上にありえっこない!」

今だってお姉様お姉様って隙あらばベッドに潜り込んで来るあの黒子が?と御坂は手を振って一笑に付した。
そもそもが“お姉様の露払い”を自認し、今も風紀委員に身を置くほど正義感の強い彼女と何がぶつかるのかと。だがしかし

食蜂「……“ブレンターノのローレライ”って詩は知ってるぅ?」

御坂「知ってるわよ。確か恋人に裏切られて、裁きの場に引き立てられ死を願ってもそれさえ叶えられず、絶望の果てに恋人との思い出の場所で死ぬ……とかなんとか暗い話だったっけ?確か」

食蜂「その通りぃ☆女の子は誰しもがマーメイド♪けれど時と場合によってセイレーンにだってなるのよぉ。貴女の女子力じゃまだ難しいかなぁ?」

御坂「人を馬鹿にすんのもいい加減に――きゃっ!?」

その瞬間、轟ッッ!と一際激しい桜吹雪が吹き荒び、逆巻く花嵐が食蜂を取り巻いて行く。
血のような赤色と骨のような白色が綯い交ぜとなった幕が引かれ、御坂が一瞬目を閉じると――

食蜂『私は“嘘”が嫌いなの。いつの日か、貴女にもそれがわかる時が必ず来るわぁ』

御坂「ッッ!?どこに――」

食蜂『――また会いましょう?憎くくて愛しい、私の後輩(みこと)――』

食蜂の姿は既に二階のカフェテラスにはなく、さざめく桜の花片を残して消えていた。
その場にブラックローズの押し花をした栞の挟まれた『人魚姫』を置いていったまま。

御坂「……そんな事、ある訳ないじゃない」

春風に手繰られたページ、古めかしい挿し絵には魔女からナイフを手渡された人魚姫の姿が描かれていて――

8 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:02:24.70 ID:fjIUU0KAO
〜5〜

白井「お姉様、如何なさいましたの??」

御坂「んんー……別に。あれ、私ボーっとしてた?」

白井「はい。心ここにあらずと言ったご様子でしたので……あの女王とやはり何か一悶着ございましたの?」

御坂「うーん……」

食蜂との二人きりのお茶会を終えたその日の晩、御坂はかつて麦野沈利から贈られたガラスペンを回していた。
机に頬杖をつきながら物憂げな横顔を晒していたのを白井が見咎めたのか、やや罰が悪そうに。

御坂「黒子さ……」

白井「はい」

御坂「前に話した事あったよね。“もし私が学園都市の敵になったら、その時は自分が捕まえる”って」

白井「確かに申し上げましたの!」

当の白井もまた入浴を終え、洗いざらしの髪を拭き取りながらベッドの上から見やって来る。
その様子を流し目で見つめつつ御坂は想起する。絶対能力者進化計画。今尚御坂の中に降り続く……
10031枚の六花。雪解けを迎える事も無く、凍てついたままの永久凍土。御坂の中の原罪の聖像。

御坂「もしさ、それ以外で私とあんたが敵同士になる時が来たとすればそれってどんな時だと思う?」

白井「……お姉様?」

御坂「いやいやいや!例えばの話よ例えばのハ・ナ・シ!」

そこで白井の訝しむ眼差しが御坂のガラスペンに注がれ、佇まいを直すように正座の形を取った。
慌てて取り繕ったつもりだが、明らかに食蜂に吹き込まれた事は互いにとって瞭然であり――

白井「そうですわね……ではわたくしも仮定の話として申し上げるならば――」

御坂「………………」

白井「それはきっと、お姉様を敵に回してでも貫きたい“何か”を、譲れない“誰か”を見つけた時ではないかと思いますの!」

しかし茶目っ気たっぷりなウインクに食蜂よろしく星を飛ばし舌を見せるその笑顔は正しく洒落であった。
仮定はあくまでも仮定。少なくとも今のわたくしにお姉様以上の存在などありえませんの!と付け加えて。

御坂「想像つかわないなーあんたにそう思わせたり言わせたりする子って。あ、別に私は(ry」

白井「ご心配召されずとも黒子のハートはお姉様にキャッチプリキュアですのォォォォォォォォォォ!!」

御坂「空間移動でルパンダイブしてんじゃないわよ馬鹿黒子ォォォォォォォォォォ!!」

電気ウナギに食いついたワニよろしく飛びかかった白井はあえなく撃沈された。全裸で。
9 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:02:58.88 ID:fjIUU0KAO
〜6〜

御坂「まったくもうあんたって子は……いい加減私離れしなくちゃ。今日の第五位じゃないけど私だって来年には卒業しちゃうんだから」

白井「うう、二重の意味でつれないお姉様……ああ、そう言えば進路は」

御坂「えーっと、長点上機学園と霧ヶ丘女学院から誘いが来てるわね。四月入る前に決めとかなきゃ」

白井「霧ヶ丘女学院……」

まったく、いつまでもお姉様お姉様って言ってられなくなっちゃうんだからねー黒子ってば。
でもそれって私にも同じ事が言えるんだよね、あははは……新しい学校で上手くやっていけるかな?
ってどうしたのよ黒子そんな神妙な顔しちゃって。ははーん?今更それに気づいてしょんぼりしちゃった?って

御坂「まあ、今日からあと一年の間よろしくね黒子!今更改めて言う事でもないけど」

白井「………………」

御坂「……黒子?」

白井「お姉様、わたくしもう一度お風呂に入って来ますの!今ルパンダイブをした所湯冷めしてしまいまして」

御坂「馬鹿ねーだから言ったのに……ほら、ちゃんと肩まで10数えて入って来るのよ?まだ寒いんだから」

白井「はいですの!」

黒子は脱ぎ散らかしたパジャマをかき集めて空間移動でシャワールームに飛び込んで行った。
そうするとすぐに勢い良くタイルを叩く水の音が聞こえてきたわ。よっぽど寒かったのかしら?って……

御坂「もう、黒子ってば……」

私はさっきの黒子の言葉を口の中でアメ玉みたいに転がす事にした。ガリっと噛み砕かないように。
黒子がもし、異性でも同性でも誰かを好きになったとしたらそれはどんなタイプだろう?
いっつもお姉様お姉様って五月蠅いくらいだから、私に良く似たタイプって言うのはいくら何でも自惚れ過ぎよね、って。

御坂「早く独り立ちしてもらわないと困っちゃうわねー」

黒子って確かに人魚姫が似合いそうかも知れない。
私や、初春さんや、佐天さんや、婚后さんの事……
誰かの幸せを願う事の出来るとっても優しい子だから、って。

御坂「さーてと……とりあえず、新入生歓迎の挨拶文から手つけなくちゃ」

私は勝手にそう考えてた。当たり前のように思ってた。
黒子は誰より強くて優しい私の自慢の後輩だって。
このガラスペンみたいな黒子の透明で繊細な一面を、私は見過ごしていた。




シャワーの音に紛れてかき消された、黒子の嗚咽にさえ気がつけなかった――





10 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:04:44.16 ID:fjIUU0KAO
〜7月2日〜

御坂「結標淡希!?」

白井「ですの。随分とまあ腑抜けたお顔で、煮え切らない立ち振る舞いではありましたが……」

御坂「どうしてあの女がここに……」

白井「さあ?それは私も存じませんが……」

――科学サイドと魔術サイド、そして上条勢力の三つ巴からなる学園都市最終決戦より一ヶ月あまり……
御坂美琴は壊滅的打撃を受けた第七学区の避難所に電力供給を行うべく妹達らと発電所に詰めていた所――
差し入れのアメリカンクラブハウスサンドを運んで来た白井の口から結標淡希と再会した旨を伝えられた。

御坂「……残骸(レムナント)の時以来かしら」

白井「ですの。ただ、迷いに満ちた目をしておりましたの。端から見ていて痛々しいまでに」

御坂は終ぞ知らぬままであった。結標を復興支援へスカウトしたのは削板軍覇よりも早く……
この、かつての仇敵にさえ手を差し伸べずにはいられない優し過ぎる後輩が先であった事を。

御坂「ふーん……あ、黒子これ美味しい♪」

白井「大成功ですの!」

頬張ったサンドイッチは、少しマスタードバターが効き過ぎていたように御坂には思えた。

11 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:05:13.36 ID:fjIUU0KAO
〜7月4日〜

姫神「貴女は。結標さんの事を知ってるの?」

御坂「うん、知り合いって言うほどの仲じゃないんだけどね」

結標が案内人として復興支援委員会に加わり、フレンダ=セイヴェルンと避難民を第八学区まで護送している間……
御坂は昼休みを取りに調理室を訪れた所、姫神秋沙と顔を合わせながら塩サイダーで涼を取っていた。
その際、ひょんな事から彼女が結標の友人らしき間柄にあると知り途端に口が重くなるのを御坂は感じていた。

姫神「彼女は。どんな人?」

御坂「えっ……」

姫神「私も。彼女と知り合ったばかりだから。あまりよく知らない」

御坂「そうなんだ……」

姫神「あの人は。自分の事をあまり話してくれるタイプには見えないから」

そしてそれ以上に、姫神の放つ不可視の圧力のようなものを感じ御坂はお茶を濁すのにも一苦労した。
だがその真摯な眼差しから彼女はきっと結標に好意を抱いているであろう事は御坂にも感じられた。
常盤台中学にあって、自分が後輩に向けられる視線と似た光をその黒曜石のような双眸に見出したからだ。

同時にこの濡れ羽色の髪の美少女の怒髪をつけば、他を圧するほどの鬼気を発するであろうとも。

12 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:05:43.95 ID:fjIUU0KAO
〜7月5日〜

結標「まさか常盤台のツートップともあろう者が、こんな簡単な罰ゲームから逃げ出すなんて事はないでしょうね?」

白井「ぐぬぬぬ……女は度胸ですの!ぐはぁっ!?」

御坂「黒子ー!!?」

姫神「吹寄さんおすすめの青汁。その破壊力は折り紙付き」

避難所の面々を連れて第六学区のスパリゾートを訪れたおり、挑まれたダブルスでのDDR。
僅差で敗れ去り罰ゲームとして青汁を一気飲みではなくチビチビ飲まされる拷問に白井が吐血し……
御坂も次いでダウンした後、二人は雌雄を決さんと対戦モードへ移り新たに選挙する。しかしこの前に

御坂「(Avril Lavigneのgirlfriend……)」

この時御坂は気づいた。彼女達が互いに強く引かれ合っている事に。
互いに交わす目配せ、重ねる手と肩の距離、選曲に託されたいずれかの思い。
御坂は知らなかった。あの露悪的な冷笑を隠しもしなかった結標が……

結標「――――――………………」

同性の目から見てさえ切なげで儚げで、今にも消え入りそうなほど悲壮な笑みを浮かべて姫神を見つめていた事を――

13 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:08:05.22 ID:fjIUU0KAO
〜7月7日・序〜

御坂「黒子!!怪我はない!?」

白井「ご心配には及びませんわお姉様。心強いダンスパートナーがおりましたので」

そして運命の日。完全なる知性主義(グノーシズム)と科学サイドの全面戦争が勃発した夜……
避難民を誘導しながら敵兵を蹴散らして戻って来た白井が御坂の元に戻って来たのだ。晴れ晴れした顔で

御坂「ダンスパートナー?」

白井「ええ。敵に回すと厄介ですが、味方に回ればこの上なく頼もしいお方と」

それは御坂をして初めて見る類の笑みだった。
晴れやかで、爽やかで、静けささえ感じさせる穏やかさの中――
うっすらと頬を染め、かすかに瞳を潤ませた、御坂の知らない笑顔。

白井「わたくしも負けてはおられませんの!お姉様また後ほど!!」

御坂「くっ、黒子!!?」

夜明けが近づきつつある暁闇の空の下、白井は駆け出して行く。
その小さな背中が、細い肩が、御坂の手さえ届かないほど遠くまで。そして

御坂「……あれ?あの子――」

そこで御坂は気づいた。白井のトレードマークとも言えるツインテールを纏める大きな赤いリボン……
その内一つが失われ、紅茶色をした髪型ふわふわと揺蕩っている事に。今更のように――

14 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:08:31.82 ID:fjIUU0KAO
〜7月7日・破〜

月詠「姫神ちゃん!結標ちゃん!!おかえりなのですよー!!!」

結標「小萌!」

姫神「ただいま」

一夜明け、避難所の面々に迎え入れられ帰還を果たした結標と姫神。
果てしなく広がる青空の下、降り注ぐブルーローズに祝福される中――

御坂「あんた一体どこほっつき歩いてたのよ!みんな心配してたんだからね!!」

上条「悪い悪い……色々あってさ」

御坂もまた時同じくして凱旋を果たした上条の腕の中へと飛び込んでいた。
これで全てが終わった。これが最後だと、照りつける太陽の下そう感じていた。





――――――だがしかし――――――





白井「………………」

御坂「(……黒子?)」

皆が取り囲む祝福の輪の中にあって御坂は見た。
ただ一人をそれを寂しげな微笑と共に見やる白井の横顔を。
誰一人欠ける事なく迎えた最高のハッピーエンドの中にあって――

青髪「――ああ、まるで」

御坂「!?」

青髪「……みたいや」

御坂の背後を通り過ぎて行く、怪しいイントネーションの関西弁と野太いテノールがいやに耳についた。

15 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:09:31.14 ID:fjIUU0KAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
青髪「――まるで、お葬式みたいや――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
16 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:09:58.07 ID:fjIUU0KAO
〜7月7日・急〜

御坂「……!!」

青髪「カミやんお疲れさーん!なんかお土産ないー?」

上条「海外旅行いってきたんじゃねえっつうの!つうか上条さんにそんな暇なかったないないなさすぎました三段活用!!」

青髪「なんやーおもんないー」

それは上条の友人であり、名も知らないが皆で夕食会を開いた時にいたプルシアンプルーの髪の少年だった。
その言葉に御坂は背筋が泡立ちうなじが逆立ち心肝寒からしめられる思いだった。だが当の本人は――

青髪「まあ土産話は落ち着いてからたっぷり聞かせてもらおか!荷物持ってたるで〜」

上条「サンキュー、青髪!」

御坂「あっ、ちょ、ちょっと!」

上条のボストンバッグを代わりに肩に担ぎ、男二人で正門から去って行った。
途端、御坂にも結標らの周りに寄り集まった人々が葬列の群れに見え……
ライスシャワーのように思っていた花々が手向けの花束にさえ思えてならなかった。そして

御坂「なんなのよ……」

瓦礫の王国と化した避難所の校舎の向こう側、清風に揺られ東を向く向日葵畑が広がっていた。
蒼穹へ向けて腕(かいな)を伸ばす幼子のように、太陽へ手指を伸ばす童女のように――

17 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:10:24.01 ID:fjIUU0KAO
〜8月7日〜

御坂「あっ……」

結標「――子……」

白井「……の――」

御坂「(あの二人、また……)」

完全なる知性主義(グノーシズム)との決戦より一ヶ月後の織女星祭。空中庭園でのBBQパーティー。
『I LOVE KAZARI』などと巫山戯けた大玉花火を打ち上げた垣根帝督を全員で袋叩きにした後……
御坂は見た。ガーデンにかかるアーチの上にて、月をバックに影絵を描く二人の空間系能力者を。

御坂「(何でだろう……何だか、すごくイヤなカンジ……)」

目視出来る程度の距離からでは二人が何を語らい、通じ合わせているかまでは流石にわからない。
だがこの時御坂が覚えた、この朧月夜の幻暈よりも不確かな胸のざわめきは如何ともし難かった。
本来ならば禍根の一端なり解消されたのだと喜ぶべきなのかも知れなかった。二人の横顔を見るまでは

白井「……姫――」

結標「――て――」

御坂「(でも、何て言ったらいいか……)」

胸中の痛みと胸裡のざわめきが綯い交ぜとなり、御坂はそれをただ見つめている事しか出来なかった。
手を伸ばすには遠くても、足を伸ばすなら近いこの数十メートルの距離が、ひどく遠く感じられて。
18 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:12:24.68 ID:fjIUU0KAO
〜8月9日・起〜

麦野「あァ?テメエんところの子パンダが何だって?」

御坂「だ・か・ら!最近様子がおかしいんだって!!やたら結標さんと二人きりになったり、変にボーっとしてる時間が増えたりしてさ」

麦野「はッ。後輩の惚れた腫れたの下の話までケツだか肩だか持ってやるなんてあんたもヒマなヤツだね」

御坂「別にそんなんじゃ……」

織女星祭の撤収作業を中断せざるを得ないほどの土砂降りの雨の中、御坂は麦野沈利の車の助手席に揺られていた。
ヴェンチュリーのアトランティーク300のフロントガラスを打つ夕立の勢いが、そのまま御坂の心模様を移して。

麦野「で、あんたはそれをどうしたい訳?“案内人は彼女持ちだから諦めなさい”って優しく諭してあげるイイ先輩になりたいのかにゃーん?」

御坂「それわざと言ってんなら私降りる」

麦野「………………」

御坂「……ごめん。当たっちゃって」

麦野「――私も頭下げる気なんてないけど、別にあんたが謝る必要ないよ御坂。私もここ最近イライラしててさ」

御坂「あんた月初めいつもそうじゃない」

麦野「違えよ!!……ちょうど一年前の昨日今日、スッゴい後悔した事があってね」

御坂「………………」

麦野「――あんたもそうだろ?わかってるよ、御坂」

スクランブル交差点前の信号に捕まり、麦野はバツが悪そうに街頭ビジョンを見上げた。
時刻は既に19時近くに差し掛かり、コンクリートジャングルを横切るゼブラの上を歩く人影もまばらだ。
それだけに両隣の自分達の息遣いや横顔、異なる香水の香りが妙に意識させられてならなかった。
同時に、ハンドルを握る手とは反対の手でクシャクシャと御坂の頭を撫でる麦野の薬指のリングにも。

御坂「なんか私、麦野さんに甘えてばっかりだなー」

麦野「巫山戯けんな。私とあんたは」

御坂「“友達じゃない”、でしょ?それもわかってるってば」

25,000円のブルーローズのシルバー。御坂の思い人が麦野に贈り、また当の本人もチェーンに通して胸にぶら下げている。
そして御坂の友人であり彼等の“家族”でもあるあの修道女も同じ物を小指にはめていた。

御坂「……黒子も」

麦野「?」

御坂「私にとっての麦野さんが、黒子にとっての結標さんなのかな」

麦野「……さーてね」

信号が代わり、麦野が一気にアクセルを踏んで雨の中を突っ切って行く。何かを振り切るように。

19 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:12:52.14 ID:fjIUU0KAO
〜8月9日・承〜

麦野「まあ、私は同性愛にこれっぽっちも興味も関心もないからどうとでも言えるけど」

御坂「うん」

麦野「――あんたが手差し伸べるタイミングは子パンダが玉砕してからにしな。耳の聞こえてない水牛を止めようとしたって跳ねられるのがオチだよ」

御坂「……あんまりそういうところ見たくないけどなー先輩として。本当はさ、姫神さんにも失礼だから止めなさいって言いたい所なんだけど」

麦野「テメエは本当におせっかいなヤツだね御坂」

御坂「そういう性分なのよ。黒子に私みたくなって欲しくないし」

麦野「………………」

御坂「それにもし万が一黒子と結標さんが両思いになれたって、私そんな黒子は応援できないし祝福出来ない」

麦野「……プラス、潔癖症」

御坂「当たり前でしょ!」

麦野「これだから処女は。あんたにとっての当たり前が当てはまらないケースや耐えられない人間だっているかも知れない、って考えられない?」

御坂「それは……」

麦野「御坂、お前も私と同じ“女”だろう?頭で物を考えられる内が華なんだよ。いよいよどん詰まった時、私達“女”は自分の子宮を裏切れない」

……何よ。普段人の事誰も彼も見下しきって小馬鹿にして鼻で笑うくせに、たまにマジな顔するんだから。
でもこれだって出会った時の事考えてたら大いなる前進よね。今だって送ってもらっちゃってるし。
この女との付き合いももうかれこれ一年になるのか……何だかちょっと不思議な感じよね。

麦野「……って何で私が子パンダの事擁護してるみたいな流れになってんだ。だいたいさ、それあんたの勘違いって線ない?」

御坂「勘違いにしては雰囲気妖しすぎる。常盤台でもこういうのよく見て来たからまず間違いないと思う」

麦野「うげっ」

御坂「そういう差別的なカンジ良くないと思うよ麦野さん」

麦野「当たり前のリアクションしてなんで詰められなきゃいけねーんだよ。別に差別じゃない。やるなら自分に関わりないところでひっそりやってくれってだけ」

御坂「清々しいくらい自分に正直ねあんたって……」

麦野「それにさ、御坂――」

あいつの側で浮かべる微笑みが憎くて、ふと見せる優しさが愛しくて、ここぞって時に頼りになる人。
ねえ、こんな事思ってるの私だけかも知れないけど……私、本当はずっとあんたみたいに――

20 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:14:01.55 ID:fjIUU0KAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――女同士でハッピーエンドに終わったヤツ、あんた一人だって自分の目で見た事ある?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
21 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:16:07.04 ID:fjIUU0KAO
〜8月9日・鋪〜

御坂「………………」

麦野「ねえだろ。私だってねえよ」

ヴェンチュリーが左折し、繁華街に面する道路より突き進む中御坂は二の句が告げなかった。
麦野は基本的にあらゆる物事に対して冷笑的である。故に事の本質や欺瞞をその切れ長の眼差しで断ち切る。
店の軒先には縊り殺された照る照る坊主、汚らしく石畳に落ち踏みつけられた短冊が見て取れた。

麦野「別に男と女が一番幸せとも言わねえよ。一番不幸が起きるのも男と女な訳だし。その代わり誰が幸せになった勝ち組に回ったってこれ以上わかりやすい話もないでしょ」

御坂「例えば結婚とか……」

麦野「――子供だよ。出来の良い悪いを除けば、まあ自分が生きた証って言ってもそうズレた事言ってないつもりだけどね」

御坂「それじゃあ子供のいない夫婦は幸せになれないの?」

麦野「……っ」

御坂「(麦野さん?)」

『子供』という単語に麦野の瑞々しい唇が舌打ち寸前の形で苦々しげに歪められるのを御坂は見た。
その表情に、虎の尾を踏んだと言うよりも触れてはならない領域を御坂は感じ取られた。と

麦野「――御坂、あれ」

御坂「あれ?」

麦野「前だよ、前!」

御坂「!」

指差す麦野、向き直る御坂。雨垂れに歪む視界、水煙に包まれた街並みのその先に見えたもの

結標「………………――――――」

白井「――――――………………」

御坂「……いた」

それは19時を指し示す長針と短針が交わる時計台と傘を持つ白井を抱き寄せる結標の姿だった。
痛ましいまでに悲痛な結標の雰囲気と、傘に隠れて今どんな表情を浮かべているかわからない白井。
御坂はそれを息を呑んでしばし見つめていたが、止まれるはずもなく麦野のヴェンチュリーはそれを追い抜いた。

御坂「麦野さん……」

麦野「……これ以上は野暮ってもんだよ御坂。線は引かなきゃいけない。例えあんたがあいつの先輩でもね」

御坂は少なからずショックを受けた。確かに今朝だって白井は自分を起こしに来た。撤収作業でも

麦野「――あ、シャケ弁まだ買ってねえ」

巫山戯けながら自分に抱きついて来たその腕を、傘を持っていない方の手を、確かに結標の背に回していたのだから。

22 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:16:41.73 ID:fjIUU0KAO
〜8月9日・叙〜

御坂「………………」

麦野「いつまで辛気臭えツラしてやがる。ほら」

御坂「あっ……ナチュラルティー」

麦野「熱いのしかなかったけど文句言わないでね」

白井らを通り過ぎた後、麦野は御坂を送りがてらナチュラルローソンへと車を回し、シャケ弁を買いに言った。
そして戻って来た時にはナチュラルティーが二缶その手にあり、内一つを御坂へと手渡した。

御坂「ありがとう麦野さん……やっぱり、あんた優しいね」

麦野「テメエが茶の一杯で済む安い女で私の財布にゃ優しいね」

それは去年の10月2日、御坂にSBCモカを投げて寄越した手付きそのままであった。
夏場にホットは如何なものだが、夕立が引き連れて来た肌寒さにそれは程良い温もりを宿して御坂の手と心を温めた。

御坂「ありがとう……ちょっと、びっくりしちゃってさ」

麦野「――寂しかった?」

御坂「うん……何だか、私が知ってたつもりでいた黒子って、最初からいなかったんじゃないかって。私、こんなんで黒子の先輩って言えるのかな……」

麦野「そんな事ないでしょ。考え過ぎだよ。あの子パンダがあんたにくっついて回るのだってあれはあれであんたにしか見せない素顔の一つだろ」

運転席の座りを直しながら麦野もまたナチュラルティーのプルタブを開け、一口含んで足を組んだ。
コールタールの雨空の下、コンビニの安っぽい蛍光灯の光が視力の落ちた麦野の目に痛かった。
そしてそれ以上に助手席の御坂の様子が痛々しく、麦野は憮然としながら一息漏らし、腕を天井へと伸ばし――

御坂「……どうなるんだろうねあの二人」

麦野「少なくとも外野がどうこうしてどうにかなる地点はとっくに過ぎてる。ククッ、ありゃあ荒れるねー」

御坂「そんな他人事みたいに言わないでよ!!」

麦野「他人事だよ。だから冷静でいられる」

御坂「きゃっ!」

伸ばした腕を御坂の肩に回し、頬を合わせて語り掛ける。
思わず近くにある美貌に、御坂はかつて麦野の部屋に泊まった夜の事を思い出した。

麦野「――今ここに手のかかるガキがいて、その上子パンダの事まで気回せるほど私は出来た“先輩”じゃねえんだよ」

御坂「……麦野……さん」

麦野「だからテメエは誰よりもあいつの側にいて、その上で一歩引いて見られる“先輩”でいなよ」

それは麦野が、御坂美鈴に出会った夜でもあるのだ――

23 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:18:50.96 ID:fjIUU0KAO
〜8月9日・結〜

御坂「〜〜〜〜むーぎーのーさーん!!」

麦野「おっ、おい!こぼれるこぼれる!って離れろ!!どこに顔埋めてんだ!!!」

御坂「ああ、もし麦野さんが男だったら今のちょっとキュンと来ちゃう……」

麦野「離れろ御坂ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

はあ……何だって母娘二代で面倒見なくちゃいけねえんだ面倒臭い。
つうかあのおばさん抱えて断崖大学でやりあったのもこんな雨の夜だったっけ。
って言ってもあの日はスーパーセルが来てたらしいからこんなもんじゃなかったけど。

御坂「……麦野さん、やっぱり優しくなった」

麦野「わかったから離れろ。コンビニの駐車場で女と乳繰り合う趣味はねえ」

御坂「うん!」

……こいつ、確か今常盤台の三年張ってるんだっけ?
多分、私みたいに話せる先輩とかいなかったんだろうな。
あの腐れ第五位(じょおうばち)じゃ敵に回すと厄介で味方にすれば始末に負えないだろうし……ん?

姫神「――――――………………」

吹寄「………………――――――」

いた。向こう側の道路。私の大嫌いな巫女女となんか胸デカい女。
あの様子じゃ血眼で探し回ってるってところね。ご愁傷様。
にしても勢い良いわねこの雨……明日の肝試しまでに晴れるか?
あの放棄されたアクアライン。確か『軍艦島』とか言われてたっけ。
二十年前、神奈川県に跨ぐように伸ばして頓挫した開発途上エリア。
日本政府との利権絡みでゴタついて未だほっぽりだされた……
地図から消された海上学区。車のナビちゃんと動くか?

麦野「ほら、帰るよ御坂。うちの腹空かしたガキがそろそろアイツをかじり出す頃なんだ」

御坂「はーい!」

子パンダ、あんたは確か私が入院した時リハビリ手伝ってくれたね。
あの時私が感じた不安が、今現実のものになりそうで――
まあ、何はどうあれ私には関係ない話なんだけどさ。

麦野「――嵐が来そうだね」

そんな風に、私はこの時思ってた。避難所での馴れ合いにどこかで日和ってた自分も否定出来ない。

何かが壊れる時なんて、それこそあっという間だって私は誰よりも知っていたはずなのに

――馬鹿だね。こいつも、あいつも、そして私自身も

24 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:20:05.62 ID:fjIUU0KAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
世  界  が  誰  か  に  優  し  い  訳  ね  え  だ  ろ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
25 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:22:57.70 ID:fjIUU0KAO
〜8月11日〜

ザーッ、ザーッと砂浜に寄せては返す細波が少女の身体に纏わりつき、撫で回し、絡みつく。
霞行く空から登り行く餓えた太陽が、鳴蜩の限られた命数を死に急がせるような陽射しをもたらし――

白井「………………」

朽ち果てた灯台が墓標のように、錆び付いた風車が十字架のように見下ろす浜辺に白井黒子は打ち上げられていた。
その手にラピスラズリがあしらわれたオイル時計……手にしたまま意識を失いながらも一命だけは取り留めて。

白井「………………」

空を舞うウミネコが鳥葬の前触れのように騒ぎ立て、オルガヌムを奏でて嘲笑っていた。
繋ぎ止める錨もなく、乗せるものもいない箱船が渚を揺蕩い、湾内を行ったり来たりを繰り返す。
早い潮が渦巻き、高い波が逆巻き、上がる飛沫が白井の頬を濡らす。そこで少女はうっすらと目蓋を開けた。

白井「…………!?」

目覚めた現実は、終わらない悪夢(ゆめ)の続き。左手薬指に残った歯形とその痛みだけが確かなものだった。
右目を左側へ、左目を右側へ、それぞれ凝らすも――そこには寒々しい夜明けと果てすら見えぬ水平線。
長時間海水に浸かり血の気を失った青い唇がわなわなと震え、彼女に吸われた胸に氷柱が落ちる。

白井「オ゛……エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!」

吐き出す海水と胃液に入り混じってすえた匂いを放つアメリカンクラブハウスサンドの残骸。
吐いても、吐いても、吐いても吐いても吐いても吐いても吐いても吐いても吐いても吐いても――
悪阻にも似た嘔吐感。さりとてそれは生体の反応というより、生きる事を拒否するようなそれ。

白井「あ……あ、ああ……!」

幻想(ゆめ)から覚めた目、幻想(きぼう)を取りこぼした手、幻想(つばさ)を背負えぬ背中。
言葉にならず、口を歪めど声に乗せるは嗚咽にも似た唸り声だけ。さながら声を失った人魚姫のように……
噛んだ砂と共に軋みを上げる奥歯でさえ押さえられぬ滂沱の涙が、渇いた砂浜に落ちては消える。

白井「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

朝と夜の狭間、暁天と夏雲の境目で人魚姫は歌う、唄う、謳う、謡う、唱う、詠い続ける。
犯した過ちに、失われた体温に、消えた微笑みに、残された命に、背負いきれぬ罪に人魚姫は歌い上げる――

26 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:23:24.91 ID:fjIUU0KAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第一話「海辺の狂女の唄」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
27 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:23:50.22 ID:fjIUU0KAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――ここは結標淡希不在の世界――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
28 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/22(日) 00:24:47.14 ID:fjIUU0KAO
投下終了です。失礼いたします。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/22(日) 02:00:03.99 ID:M80+o+dDO
乙!
楽しみにしてる!!
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/01/22(日) 03:04:49.62 ID:PMQhxWo80
作者、ね……www
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/01/22(日) 11:07:47.61 ID:eTF1jlwDo
来たか……これでまた楽しみが増えた
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/22(日) 11:21:57.79 ID:Va0TFVaJ0
33 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 14:01:23.59 ID:f7Hv/QyAO
〜簡単な人物紹介〜

白井黒子……常盤台中学二年生。8月10日を境に昏睡状態に

御坂美琴……常盤台中学三年生。食蜂より女王の座を譲られるが……

初春飾利……棚柵中学二年生。今現在捜査から外されている

佐天涙子……棚柵中学二年生。変わりつつある四人の関係に戸惑いを覚えている

婚后光子……常盤台中学三年生。一年生を中心とした婚后派を立ち上げるが……

麦野沈利……女子大生。とある人物に御坂を守ってほしいと託される

食蜂操祈……先代常盤台の女王。御坂に対して愛憎入り混じった感情を抱いている


姫神秋沙……前作の主人公。8月10日を境に生死不明に

結標淡希……前作の主人公。8月10日を境に生死不明に
34 :作者 ◆N8HV.PQ74A [saga]:2012/01/23(月) 14:03:40.80 ID:f7Hv/QyAO
お昼休みになったので張り忘れた部分を投下させていただきました。第二話更新は今夜になります。
レスを下さった方々ありがとうございます。では失礼いたします。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/01/23(月) 14:05:17.36 ID:SMjTetnAO
この作者か・・・期待
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 16:40:45.14 ID:8UOAehoi0

俺はてっきり、とあるとモノクロームファイター(だっけ?)とのクロスだと思った。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 17:31:25.10 ID:rcwQBOsL0
期待しかねぇ
38 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 20:50:46.19 ID:f7Hv/QyAO
>>1です。第二話を投下させていただきます
39 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 20:51:20.60 ID:f7Hv/QyAO
〜8月11日〜

ババババババババババババババババババババ……

麦野「………………」

朝焼けの空へ飛び立って行くヘリを見送りながら、麦野沈利は潮風に軋む巻き髪をかきあげた。
事件現場となった開発途上エリア……学園都市の地図上から消された海上学区『軍艦島』。
俗に言う廃墟と化した街並みの果てにある、神奈川県へと続く海には今や多数の警備員が検証に当たっていた。

麦野「(とんだ肝試しになっちまったもんだ。お化けなんて出やしなかったけど、これで立派な心霊スポットね)」

麦野がこのうらさびれたゴーストタウンに足を踏み入れたのは――
恋人やその仲間達が『一夏の思い出作りに』と車を所有している彼女を担ぎ出したためだった。
麦野一人ならば鼻で笑って相手にしない陳腐でチープな廃墟探索になるはずだった。それがどうだ。

黄泉川「しっかりするじゃん」

吹寄「……あ……あ……」

黄泉川「座り込むな!立てなくなるじゃんよ!!歩け、歩くじゃん!!!」

顔面蒼白でタオルにくるまれ、虚ろに焦点のあわぬ目を泳がせながら吹寄制理が第二便のヘリへと引きずられて行く。
目の前で『友人』が海の藻屑となったのだ。それもよりによって『女同士の』痴情のもつれの果てに。

麦野「………………」

結標淡希。麦野にとって避難所の洗濯場で二、三会話を交わし、七夕事変で一度手を化した案内人。
姫神秋沙。麦野がアイテムを引退するきっかけとなった三沢塾での中心人物となった忌まわしい巫女。
白井黒子。麦野が断崖大学での一件が元で入院し、そのリハビリを手伝ってくれた御坂美琴の後輩。

白井『息継ぎ無しで海を泳いで渡る事など誰にも出来ませんのよ?』

麦野「あの時……」

白井『休む事は息継ぎですの。でないと自分の重みで沈んでしまいますのよ?』

麦野「この私に向かってそんな説教臭え事言っといて、テメエで溺れてりゃ世話ないわよ」

アクアラングとウェットスーツを身に纏い、次々に海へ飛び込んで行く警備員らを見やりながら――
麦野は携帯電話を取り出しコールをかける。常に眠たそうな眼差しをした『八人目のレベル5』へと。

麦野「――ああ、滝壺?悪いね朝早くから……」

8月11日、7時26分。結標淡希と姫神秋沙が共に海に身投げしてより数時間後の出来事である――

40 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 20:51:47.11 ID:f7Hv/QyAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第二話「渚にて」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
41 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 20:52:13.84 ID:f7Hv/QyAO
〜2〜

初春「白井さんが!!?」

結標淡希・姫神秋沙・白井黒子の心中事件の報は、すぐさま第十五学区へ移された風紀委員会一七七支部へともたらされた。

佐天「ねえ、ねえ初春?どうなったの?白井さんどうなっちゃうの!?」

固法「落ち着いて佐天さん、頼むから落ち着いてちょうだい」

佐天「でも!」

固法「私達にも、何が何だかまだわからないのよ。これからどうなるかさえ」

佐天「そんな……」

その際、いつものように遊びに来ていた佐天涙子は蜂の巣をつついたような騒ぎの原因を知ると共に激しく狼狽した。
白井の危篤、及び事件の重要参考人として厳しく取り調べられるのは誰の目にも明らかだった。
たった今も固法美偉の腕にとりすがり、潤んだ眼差しを向けて来る佐天とデスクの前で青ざめる初春飾利もまた。

初春「……佐天さん。ここは私達に任せて、先に帰ってもらってて良いですか?」

佐天「初春!?」

固法「私も初春さんの言う通りだと思うわ。こんな事言いたくないけど……」

貴女は部外者だから、と固法は諭すように肩に手を置いて惑う佐天を立ち返らせる。
同時に風紀委員がこのような形で事件に関わって来るなど白井らの先輩である固法であってさえ――

固法「――前例がないのこんなケースは。これは風紀委員一七七支部の存続に関わって来るかも知れない。白井さんだけじゃなく私達も」

初春「間もなく箝口令も敷かれて、私達も事実聴取や配置換えがあると思います……だから佐天さんもこれ以上は」

佐天「……っ!!」

初春「佐天さん!!」

現職風紀委員が人二人を死に至らしめたのかも知れないという前代未聞の最悪のケース。
如何に佐天が初春や白井と親しくしていようとも、彼女はあくまでも一部外者でしかない。
それを聞かされた佐天は滲む涙を宙に舞わせながら弾かれるようにして飛び出して行った。

佐天「――御坂さんなら、御坂さんならきっと何とかしてくれるはず!!」

佐天は支部を飛び出し、壊滅した第七学区に属していた学校の避難民……特に常盤台中学の子女らが集う場所……
第十五学区にある複合施設『水晶宮』へと向かって行った。

42 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 20:54:28.88 ID:f7Hv/QyAO
〜3〜

女生徒A「おはようございます御坂様、今日も良い天気ですね!」

御坂「あははは、おはよう!」

女生徒B「本日の気温は33度、湿度78%、不快指数68%、降水確率30%ですので、こまめに水分をお取り下さいね!」

御坂「あははは……うん、貴女も身体には気をつけてね?ここんとこ夏バテだーってへばっちゃってる子増えてるみたいだし」

女生徒B「も、もったいないお言葉です!ああ、私もう立ち眩みが……」

御坂「ちょっ!?大丈夫!?」

女生徒C「こらあんた!御坂さんから離れなさいってばー!!」

女生徒D「そうだそうだ!わざとらしく抱きつかないでよ!!」

御坂「(ああ、またこうして知らない知り合いが一方的に増えて行く……)」

婚后「(ギリギリギリギリ)」

御坂「(いやいやいや。いやいやいや)」

複合施設『水晶宮』の食堂にて、御坂は半強制的にお誕生日席へと座らされ微苦笑を浮かべていた。
これは避難所が移転してよりほぼ毎朝見かけられる光景である。それはとりもなおさず

婚后「相変わらずモテモテですわ……くっ、流石は三大派閥が長。それでこそわたくし婚后光子のライバルに相応しいと言うもの!」

御坂「だからそんなんじゃないんだってばー……」

『先代常盤台の女王』食蜂操祈の卒業後、抑圧から解放された二年生らが中心となって御坂の周りを取り巻いているのだ。
それはたったいまニシキヘビのエカテリーナにホビロン(アヒルの卵を雛のまま煮た茹で卵)を与えている婚后光子が対抗心を燃やすほどに。
三大派閥とは御坂・婚后・先代派の面々に分けられるが、望んでそうなった訳ではない御坂にとって

御坂「(嗚呼、食蜂操祈。悔しいけど何かあんたの言う通りになりそう……勝手に担がれてるのに自分じゃ降りられない御輿ってこういうもんかしら)」

内心『こんなはずではなかった』とその輪の中心に座っている。
輪の頂点に立つ事を選んだ食蜂とはまた違ったポジショニング。
分け隔てなく、取り澄ます事もなく、飾る事もないその輪は求めていた形とはやや趣こそ事なれど

御坂「(……悪い事ばっかりじゃないんだけどね)」

食蜂が在学中だった頃に比べ、孤立に追い込まれ孤独に耐え孤高を己に強いる事は少なくなったように思えた。
少なくとも以前のルームメイトのように裏切りを働かれ陥れられるような事にはなっていない。が――

43 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 20:55:04.94 ID:f7Hv/QyAO
〜4〜

寮監「御坂」

御坂「(げえっ、寮監!)お、おはようございます……」

寮監「………………」

御坂「(や、ヤバいカンジね……もしかしてBBQパーティーでお酒飲んだのバレた!?)」

そこへ姿を表すは寮監。常盤台中学女子寮が全壊した後、この仮住まいとも言うべき水晶宮を治めている人物である。
常より門限破りの常習犯たる御坂や白井に懲罰を課し、レベル3・4の能力者ひしめき合うこの常盤台中学にあって……
徒手空拳でそれらを易々と制圧する女傑である。だがいつもならば問答無用とばかりに首根っこを締め上げるその手が

寮監「――話がある。このまま同行してもらおうか」

御坂「えっ……」

女生徒「!!?」

御坂の肩に置かれたのである。それだけならば別段どうという事のない所作であったはずだ。
だがその優しくさえある手付きは死刑執行書にサインするかのようにたおやかで……
それまで背鰭を翻えらせて水面を沸き立たせていた小魚らをたちまち凪の海へと押しやってしまった。

寮監「先方がお待ちだ。早くしろ」

御坂「はっ、はい!あっ、婚后さん!!」

婚后「お任せなさい御坂さん。この場はわたくし婚后光子が取り仕切りますわ」

御坂「うん、ありがとう……」

女生徒達「御坂様(さん)!」

婚后「皆さんお静かに!はしたなく囀るは淑女の範に悖りましてよ?」

女生徒達「で、ですが……」

婚后「――1年前ならばいざ知らず、あなた方が戴く長が信じられませんか?」

女生徒達「……はい」

ただならぬ様子の寮監に伴われ離席して行く御坂の背を押すは婚后。
彼女のある種聡い感性が感じ取った予感はこの際的中していた。
食堂の締まり行く扉の彼方に、警備員と思しき女性教諭の姿が見て取れたからだ。それと同時に――

先代派「(ヒソ……ヒソ……)」

婚后「(常盤台も一枚岩ではありませんわ。すくわれる足元は出来うる限り忍ばせるべきかと)」

女王蜂無き後も毒針を研ぎ澄ませ虎視眈々と成り行きを見つめる、かつて食蜂派に属していた女生徒達。

婚后「(不幸という名の蜜にたかる蜂は、貴女が思っている以上に多いのですわよ御坂さん)」

婚后は扇子の下に隠した口元を真一文字に結び、瞑った片目でこの先の雲行きの怪しさを見据えていた。




嵐の前の静けさだと――





44 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 20:57:20.46 ID:f7Hv/QyAO
〜5〜

御坂「今……なんて」

手塩「言葉通りだ。白井黒子が、軍艦島で、“心中未遂”を、起こした」

寮監「………………」

御坂「嘘よ!!」

寮監「座れ御坂」

御坂「……!!」

寮監「三度は言わせるな。 座 れ 」

水晶宮の応接室のソファーを蹴り机を叩いて御坂は立ち上がった。
その向かい側には手塩恵未、そして寮監が並んで腰掛けている。
筋金でも入っているかのように折り目正しいその佇まいは、激昂した御坂を圧して余りあるものだった。

手塩「今し方、伝えた通りだ。結標淡希、姫神秋沙、両名が、姿を、消した。現場の、状況と、目撃者の証言を、鑑みて、海に落ちたものと、思われる」

御坂「………………」

手塩「未だ、上がっていない。時刻は本日未明、夜の海だ。潮の流れも、速い」

御坂「……黒子が疑われてるんですか!?あの子がやったって!!黒子は……あの子は今どこにいるの!!?」

手塩「君に、質問を、許可した、覚えはない」

寮監「御坂、全ての質問に虚偽や装飾や主観なく答えるんだ。」

白井の安否は?今どこにいる?怪我は?聞きたい事は山ほどある。
だが御坂が食い下がろうにも氷山のように冷たく硬質な空気がそれを許さない。
水晶宮の硝子張りの密室さえも、今や審問の場となって御坂を苛む。

御坂「――わかりました」

手塩「……再開、しよう。白井黒子は、かつて、結標淡希と、切り結んだ事が、あるな?」

御坂「(どうしてそんな事まで!!?)はい」

手塩「その事が、本件に、結びついたと、思うか?」

御坂「いいえ!」

手塩「そう君が感じる、根拠は?」

御坂「彼女は風紀委員です。その事に誇りを持ってさえいました。これは皆が知る所です」

手塩「単独先行、命令違反、器物破損、夥しい始末書、君の見解と、かなり隔たりが、あるように見受けられるが?」

御坂「(怒るな、怒るな、誘導されちゃダメ……)それは私の知るところではありません」

手塩「先ほどの言葉と、矛盾していないか?」

御坂「!!」

御坂は知らない。手塩がかつて『ブロック』なる暗部組織に属し、結標と火花を散らした事を。
御坂は知っている。手塩がまず上役の出した『結論』へと至る答えを引き出そうとしている事を。
45 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 20:57:46.17 ID:f7Hv/QyAO
〜6〜

審問はそれからも続いた。これは心中未遂事件の可能性もあると。
否、心中未遂であるならばまだ良い。これが痴情のもつれの果てに起きた『殺人』ならば?
御坂は忍耐強く審問に答え続けた。これが型通りの通過儀礼である事も理解している。あくまで『参考程度』だ。

手塩「最近、白井黒子に変わった様子は?」

御坂「……わかりません」

手塩「最近、白井黒子に変わった様子は?」

御坂「わかりません!!」

手塩「君は、この水晶宮に、移り住む前、彼女と、ルームメイトだったそうだが?」

御坂「そうです!」

寮監「お前の率いている“派閥”のナンバー2の事さえわからないと?御坂、もう一度言う。この場は」

御坂「わからないものはわからないって言ってるじゃない何度言わせるのよ!だいたい私は望んで派閥なんて作ったんじゃない!!私はあの食蜂(おんな)とは違う!!!」

そこで御坂は怒気を吐き出してしまった。ただでさえ白井の事で思い煩い、そこへ降って涌いた凶事。
加えて『先代常盤台の女王』と比較された上で詰問されたのだ。だがそこで手塩は――

手塩「――良いだろう。監督官、今日のところは、これで良い」

寮監「……わかりました。お手数をおかけいたしました」

御坂ではなく寮監に対して水を向け、話を切り上げた。
間近にいながら御坂はその場に存在しないような蚊帳の外に置かれ……
事務的で、一方的で、無機的に申し送りを済ませると手塩は立ち上がり

寮監「この度の件は、私の監督が行き届かなかったばかりに――」

手塩「……失礼する。見送りは、不要だ」

最敬礼で謝罪する寮監より踵を返し、手塩は応接室より出て行った。
それに対し御坂はどうしようもなく遣り場の怒りを――

寮監「……御坂」

御坂「……はい」

寮監「最悪の事態を想定しておけ。これはもはや私の首一つでどうにかなる話ではない」

手塩が乗り込んだエレベーターの扉が閉まるまで最敬礼の形を取り続けた後、佇まいを直した寮監に向ける事も出来ず

寮監「理事会が動き出すのも時間の問題だ」

御坂「……!」

ただ、立ち尽くす事しか出来なかった。

寮監「――生徒達をよく束ねておけ。私の言いたい事はわかるな?」

レベル5の力など何一つとして通じない『大人の世界』を前に――

46 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 20:59:58.05 ID:f7Hv/QyAO
〜7〜

手塩「………………」

黄泉川「お疲れ様じゃん」

そして手塩が水晶宮を後にしたところで、警備員の特殊装甲車に乗り込みハンドルを握っていた黄泉川愛穂が顔を出した。
手塩はそれに片手だけあげると助手席に乗り込み、腕組みして目を閉じた。黄泉川もゆっくりアクセルを踏み

黄泉川「………………」

手塩「………………」

黄泉川「て」

手塩「三日前まで」

黄泉川「………………」

手塩「酒の席で、さしつさされつした相手に、頭を下げられると言うのは」

黄泉川「――やりきれないじゃん」

手塩「全くだ」

車道より望む平穏と活気が程良く入り混じった繁華街を見やりながら手塩がぼやき、黄泉川が頷く。
数日前、織女星祭のビアガーデンで黄泉川と手塩と月詠小萌と木山春生と寮監で浴びるように飲んだ夜が――遠い。

黄泉川「辛い役割、任せちゃったじゃん」

手塩「それは、君も、同じだろう?月詠先生には、もう……」

黄泉川「――泣いてたよ。教え子を二人いっぺんに亡くしたようなもんじゃんよ」

手塩「うち一人は、私と、君と、あの神父と、運び屋で、護送したのだったな」

手塩と、黄泉川と、ステイル=マグヌスと、オリアナ=トムソンで姫神を学園都市から脱出させようとした七夕事変。
数日前、三十路手前の女ばかりでくだを巻いて打ち上げた飲み会が、皆で力を合わせたあの戦場が遠い。

手塩「――もう、何も、失うまいと、力をつけたつもりだったんだがな……」

黄泉川「……私も、また二人しか助けられなかったなんて、思わなかったじゃん」

少年刑務所で対峙した『案内人』が、科学結社に絡んでいた『結標淡希』が、ただひたすら……遠い。

47 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 21:00:27.34 ID:f7Hv/QyAO
〜8〜

佐天「あのっ、あのっ、御坂さんは――」

婚后「今寮監と面談中ですわ。わたくしで良ければ言伝を承りますが――」

女生徒達「(ヒソ……ヒソ……)」

佐天「……いえ、お邪魔しました!」

婚后「さ、佐天さん!」

手塩らと入れ違いに水晶宮へと訪れた佐天は、ちょうどエカテリーナに日光浴をさせていた婚后と中庭で出くわした。
もし二人きりならば何かしら打ち明けられたかも知れない。だがもう一年前とは状況が違う。

女生徒a「婚后様、今の方はどちらの?」

婚后「……わたくしのお友達ですわ」

女生徒b「(今の制服、どこの学校でして?)」

女生徒c「(棚柵中学ではありませんか?)」

女生徒d「(えーあんな低レベル校が私達常盤台に何の用?)」

女生徒e「(どうやって婚后様に取り入った事やら。ああいやらしいいやらしい)」

婚后「あなた方!!」

女生徒達「は、はい婚后様!!」

婚后「――今の囀りは風の悪戯と思う事にいたします。わたくしの大切なお友達を二度と侮辱なさらないで下さい」

女生徒達「……はい」

婚后「(――全く)」

先代常盤台の女王が引退した後、およそ派閥は三つに別れる事となった。
現三年生は先代派が未だ根強く、二年生は御坂派、一年生は婚后派。
三権分立という訳ではないが、均衡はそれなりに取れている。
だが婚后派は新入生という事もあって血気盛んで、初春・佐天の顔を知らない者も多い。

婚后「(――いつから)」

あれほどフットワークの軽かった自分が、自由を象徴していた空力使い(エアロハンド)婚后光子は――

婚后「(――私は軽やかさを失ってしまったのでしょうか)」

どこまでも限りなく広がる青空がひどく物悲しく、そして……遠く感じられた。

48 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 21:01:06.19 ID:f7Hv/QyAO
〜9〜

佐天「初春も捕まらない……」

佐天は繁華街を一人行く。夏休みの活気と青春の熱気に浮かれた学生らの波の中を泳ぐようにして。
その中に一年前の自分達のような女の子四人組が連れ立ってアイスクリーム屋の前ではしゃいでいる。
それを眩しそうに見やる佐天は知っている。今初春もまた警備員らによって審問を受けている最中であると。

佐天「御坂さんも捕まらない……」

自分の弟くらいの少年達がゲームセンターから顔を覗かせ、何が面白いのか大笑いしている。
それを懐かしむように見やる佐天は知らない。たった今自分と同じように茫然自失に陥っている御坂を。

佐天「白井さんの事も……わかんないよお!!」

自分には初春のようなハッキング技術などない。だから警備員のデータベースから情報を引き出す事も出来ない。
自分には御坂のような幅広いネットワークなどない。だからこんな時力を持った人脈を引っ張って来る事が出来ない。

佐天「私どうしたら……私どうしたらいいのかわかんないよぉ!!」

溢れ出す涙に濡れた胸を押さえ人混みの中へたり込んでしまった佐天を、誰しもが目を留めるが足を止める事はしない。

目蓋の裏に蘇る、かつての自分達の笑顔がただ――遠くに過ぎ去ってしまった在りし日の幻想(ゆめ)のようで。

49 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 21:03:29.14 ID:f7Hv/QyAO
〜10〜

「あーあかんねえ。もうめっちゃ遠くまで流されとって回収不可能や」

「………………」

「え?サルベージ出来へんのかって?無理無理。人の手が入るところとちゃう。それこそお魚さんに変身でもせーへん限り」

「‥‥‥‥‥‥‥」

「せやねえ。この海が金魚鉢くらいちっさかったらどないでもなんねんけど〜」

「・・・・・・」

「って僕ら二人しかおらへんねんからテレパシーやめへん?誰かおったら僕一人で話しとる暑さにやられた可哀想な子みたいや。え?頭の色がお気の毒?それは言わへんお約束やでー!!」

轟ッッ!と一機の飛行船が空を泳ぐ鯨のように雲を切って突き進み、軍艦島に巨影を落とす。
その甲板に立つはプルシアンブルーの髪の少年、そしてゴールデンブロンドの髪の少女。

『あらぁ?“心”に直接語り掛ける方が“嘘”がなくって説得力アリアリじゃなぁーい♪』

「あははは、そのキラキラお目めは嘘吐いとる目ぇやね!」

『そう言うあなたのお目めは細すぎて私の観察力をもってしても読めないわぁ。そ☆れ☆に』

少女は微笑む。軍用懐中電灯を剣とした王子様、十字架に永遠を誓ったお姫様、ナイフを携えた人魚姫。

『馬鹿正直なだけじゃあ処世力に欠けるでしょぉ?私他人に嘘ついても自分に嘘つけないしぃ〜』

「自分達そう言うキャラやもんねえ。でもほんまにええのん?君んところの下の子……あのままやったら死ぬんちゃう?」

『死んじゃったら所詮そこまでの器だったって事じゃなぁい?』

彼女達が摘んだマリーゴールドの花言葉に相応しく、『濃厚な愛情』に始まり『嫉妬』を経て『絶望』に終わった物語。

『この世界(ものがたり)は幻想(おとぎばなし)ほど優しくないわぁ♪その中で生きて行くのにあの子達は精神力が低過ぎたのよねぇ。自業自得☆』

潮風が前髪をそよがせ、プリーツスカートを靡かせ、膝の上に開かれた『人魚姫』のページを翻らせる。

『他人の所有物(もの)を寝取るってそう言う事でしょお?やったらやり返されて当たり前よねぇ〜』

はためくページ、手繰るその指先、艶めかしく伸びた脚線美には、全てを絡め取り掌握する蜘蛛の巣の意匠。

50 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 21:04:14.60 ID:f7Hv/QyAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
食蜂「――まったく、“あの子”ってば下の人間にどういう教育をしてるのかしら……ね?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
51 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/23(月) 21:04:43.40 ID:f7Hv/QyAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――東を向く向日葵のように、食蜂操祈の手のひらが太陽へと伸ばされ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
52 :投下終了です。 :2012/01/23(月) 21:05:45.69 ID:f7Hv/QyAO
第二話終了です。雪が降って来たので皆様も暖かくして下さい。では失礼いたします。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/24(火) 02:44:15.02 ID:TymlgV3bo
乙です。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/24(火) 16:51:53.74 ID:UebQTJal0
55 :作者 ◆K.en6VW1nc :2012/01/24(火) 20:00:14.99 ID:GnQSJuhAO
>>1です。第三話の投下をさせていただきます
56 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:00:53.34 ID:GnQSJuhAO
〜1〜

浜面「ふあああああぁぁぁぁぁ……」

滝壺「おはよう、はまづら」

浜面「ああ、おはよ……!!?」

8月11日、10時2分。浜面仕上は根城にしているキャンピングトレーラーの居住スペースにて目を覚ますと共に見開いた。
半同棲している滝壺理后がテーブルでメイクを施しているのである。それは世に言うナチュラルメイク程度であるが――
浜面は動揺を隠せない。常ならば着心地重視のピンクジャージにすっぴんがデフォルトである滝壺がである。

滝壺「やっぱり日焼け止め塗るとノリがちがうね」

浜面「ど、どうしたんだよ滝壺?どっか出掛けんのか?」

滝壺「デート」

浜面「!?」

滝壺「デートだよ、はまづら」

その言葉に見開いた目が白黒し、浜面は絶句した。
デート?デートってなんだ。それって食べられるの?と。

浜面「で、デートって誰とだ!?どこ行くんだ!?な、なあ滝壺!!」

滝壺「はまづら」

浜面「俺の何がいけなかったんだ?稼ぎが悪いからか?タオル使った後ほったからすからか!?昨日の牛乳プリン一人で食ったのまだ怒ってんのか!!?頼むから浮気は止めてくれ滝壺ォォォォォ!!」

滝壺「はまづら、ずれちゃうから離して」

浜面「」

Vivianのスタンドミラーを前にメイクに勤しむ滝壺に鏡越しで素気なく浜面はあしらわれた。
その脱色し過ぎで痛んだ頭の内側ではこれまでの滝壺の出会いから第三次世界大戦、昨日牛乳プリンを食べられむくれた表情etc.、etc.……
トレーラー内に降り注ぐ朝の光に灰になったように茫然自失となる浜面。するとそこへ――

プップー!

滝壺「来た」

浜面「!?」

トレーラーに横付けされるようにスポーツカーが停車しクラクションを鳴らすと驚いた鳩達が飛び立って行くのが見えた。
敵は本能寺もとい真横にあり。浜面は肩をいからせ袖まくりして居住スペースより表に出る。
如何に自分が未だキス止まりの不甲斐ない彼氏であろうとも、目の前で大切な彼女に粉をかけられて黙ってはいられない。と

浜面「誰だコンチクショウ!!出て来やがれ……お?」

麦野「おい浜面テメエ!小汚ねえもん朝っぱらから見せんじゃねえよ!!」

浜面「麦野!?」

滝壺「むぎのありがとう。迎えに来てくれて」

そこにはかつて血で血を洗う死闘を繰り広げたアイテムの元リーダー、麦野沈利の車が停まっていた。

57 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:01:23.20 ID:GnQSJuhAO
〜2〜

浜面「何だ、デートって麦野かよ。すげービビったぜマジで」

麦野「だからテメエはズボンくらいはけってんだ!パン1とか見苦しい男っぷり上げて私の視力下げんじゃねえ!!」

滝壺「はまづら、ジャージ履こう?捕まっちゃうよ」

浜面「おおすまねえすまねえ。自分ん家だとどうもな〜」

トランクスにTシャツ一丁、便所サンダルと言う古式ゆかりの格好で表に出て来た浜面に対し麦野は怒声の後嘆息した。
自分はこんな男に鉛玉を食らって血の海に沈んだのかと思うとどうにもやりきれない気持ちになる。
だが甲斐甲斐しくジャージの下穿きを手渡す滝壺を見るとこれはこれで一つの幸せなのかも知れないと。

麦野「はあ……まあいいわ。しばらく滝壺借りるわ。ちゃんとご飯食べさせるから」

浜面「おいおい猫じゃねえんだから……何かトラブったか?」

麦野「別に。何?私と滝壺が一緒にいて何か困る事でもあるのかにゃーん?」

滝壺「はまづら、そうなの?」

浜面「そんなんじゃねえって。ただまたなんか危ない橋でも渡んのかって話だよ」

だがそこで浜面が真面目な顔を作って運転席の麦野と助手席の滝壺を見やる。
暗部が解散した後、アイテムは今や荒事から遠ざかりつつあった。
故に気になったのだ。絹旗最愛やフレンダ=セイヴェルンに声をかけた様子もない麦野が。だがしかし

麦野「危ない橋じゃない。石橋を叩いて渡るために滝壺(トンカチ)の力が必要なのさ。それに――」

浜面「それに?」

麦野「――滝壺には毛ほどの傷だって負わせやしない。た・だ・し」

浜面「!?」

滝壺「むぎの……やだ、はまづらが見てるよ?」

麦野「綺麗な身体で返すとは一言も言ってないにゃーん?」

浜面「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」

麦野が滝壺のおとがいに指先をかけ、唇を寄せるような真似をして浜面をからかったのだ。
今にも百合の花でもバックに咲き誇りそうな妖しい雰囲気を醸し出し、完全に己を見失った浜面を

麦野「ぎゃははははははは!ジョークだよジョーク!それじゃ後よろしくー♪」

滝壺「はまづら、行ってくるね」

置き去りにして麦野のヴェンチュリーはギャリギャリとアスファルトと浜面の心に焦げ跡を残して朝の学園都市へと走り出していった。

58 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:04:28.77 ID:GnQSJuhAO
〜3〜

麦野「はー笑った笑った。久しぶりにスカッとしたね」

滝壺「びっくりした。本当にちゅーされるかと思った」

麦野「しねえよフレンダじゃあるまいし。女同士とか気持ち悪い」

ガコッ、ガコッとギアチェンジを繰り返しながら麦野は市街地を目指して直走る。
運転技術は浜面に及ぶべくもないがそれなりに上手いのか時に追い越しをかけながら

麦野「けどあんたもメイクするようになったんだね」

滝壺「はまづらとどこか遠くにお出かけする時、たまにね」

麦野「なんだ上手く行ってんじゃん」

滝壺「うん。はまづら優しいよ。でも」

麦野「でも?」

滝壺「付き合ってそろそろ経つけど、ちゅーから先っていつするものなの?」

麦野「」

キキィィィィィ!と車体がぶれ思わず車線を割りそうになり、慌てて麦野はハンドルを戻す。
しかし当の滝壺はジェットコースターみたいとポツリとこぼしたのみで平気の平左であり

麦野「えっ……あっ、いや、その……人それぞれなんじゃないかしら?」

滝壺「むぎのは?そう言えばむぎのからそう言う話聞いた事なかったね」

麦野「(言えるか。告ったその日の勢いに任せちゃったなんて)」

滝壺「はまづらはそう言うの興味ないのかな?それとも私の格好が女の子らしくないから?」

麦野「(そりゃアイツがへたれだからだろ)そんな事ないわ。あんたは可愛いよ。浜面にはもったいないくらいね」

滝壺「そう?」

麦野「自信持ちなよ“レベル5第八位”」

表情筋を幾許か引きつらせながらフォローを入れる麦野が真っ直ぐ前を向いてから、滝壺もまたそれに倣った。

滝壺「――私の能力が、必要なんだね?」

麦野「そう、どうしても気になる事があってね。日当ては弾むわよ」

滝壺「いいよ、そんなの」

麦野「そうも行かないわ。暗部(わたしたち)の流儀忘れた?」

滝壺「じゃあ――」

第十五学区へと通じるゲートをくぐり、照りつける陽射しを翳した手で遮りながら滝壺は頷く。
こういったビジネスライクな物の頼み方が、暗部組織として活動していた頃を思わせた。ただ一つ違うのは――

滝壺「アイス食べたい。五段重ねの」

麦野「いいわ」

あの闇の底から見上げるばかりだった青空の色と、今見つめているそれが異なっているという事――
59 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:04:56.27 ID:GnQSJuhAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第三話「少女セクト」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
60 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:05:47.93 ID:GnQSJuhAO
〜4〜

白井『派閥?わたくしそう言ったものに興味がございませんので』

今でも覚えてる。入学式が終わった後、早速始まった勧誘合戦の輪から離れて行くあんたの利かん気な横顔。
後で聞いてみたら、あんたも群合ったりするのあんまり好きじゃないって言ってたね。私は覚えてるよ。
嗚呼、私みたいな女の子って一人じゃないんだって。あの時実はちょっとホッとしたって言うか……
少し嬉しかったんだ。何だか同じ者同士ってカンジが、その時の私の渇いた胸に染み込んで行って。

白井『数に頼んでものを言わせるのならばそれはただの暴力と変わりませんの!名高い常盤台の底が知れましてよ?』

あと、派閥同士の引き抜きで揉めてたところを私が仲裁に入った時もあんたは私に味方してくれたよね。
そりゃあ物凄く困ってそうだったまだ右も左もわからない一年生が脅えてるのを見ていたたまれなくなったのもあるけど――
あんたはそんなの全然関係ないってずけずけ突っ込んでったもんね。

白井『本日からルームメイトとなります白井黒子と申しますの!……と改まって言うほどの事ではございませんでしたわねわたくしとした事が。おほほほほほ♪』

私が以前ルームメイトに手酷く裏切られて傷ついてた時、あんたはおどけながらそう言ってたよね。
私、本当は知ってたんだ。あんたがその時のルームメイトを叩き出したんだって。わざわざ……
わざわざ常盤台の女王だったあの女に目つけられてた私に、自分も巻き込まれるってわかった上で。

自分『全ては黒子の未熟さが原因ですの』

あの時も一人傷だらけになって、車椅子を必要とするほど怪我したって言うのにあんたは……
それを何でもないようにいつも通りの顔で私に笑いかけてくれた。なのにどうしてなんだろう……

結標『――――――………………』

どうしてあんたは、結標さんと一緒に死を選ぼうとしたの?
どうしてあの日のあんたの笑顔が、今私は思い出せないの?
どうしてもっと、あんたの笑顔をよく見ておかなかったんだろう?
どうして私は、あの笑顔が変わらずいつもそこにあるなんて……
どうして当たり前みたいに、あんたが側にいるのが当然みたいに

上条『――――――………………』

あの日私の目の前で海に沈んだあいつみたいに、あんたは波にさらわれてしまったの?どうして……

御坂『どうしてよ――黒子』

どうして、いつも失ってからその大切さに気づくんだろう――

61 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:07:53.97 ID:GnQSJuhAO
〜5〜

女生徒A「……様」

御坂「………………」

女生徒B「御坂様?」

御坂「!」

女生徒C「ここの解法式なのですがどうもすっきりいたしませんの……御坂様はどう思われますか?」

御坂「そ、そうね!そこはカイザーの定理を当てはめるといいわ。ちょっと貸してみて?」

女生徒C「はっ、はい!(ああ御坂様のお手が私に!!)」

寮監・手塩による事情聴取を終えた後憔悴しきっていた御坂ではあったが、今現在彼女は水晶宮のサロンにいた。
派閥の人間のうち一人が主催する数学サロンであり、御坂はそこで研究成果の発表に立ち会っている。
女生徒が頬を赤らめて操作するパネルに手を重ねるようにしてアドバイスを送るその表情は平時のそれだ。が

御坂「(黒子……)」

よくクーラーの効いたPC室。白を基調とした清潔な空間。
されど淀むは御坂の深奥である。頭から白井の事が離れない。
一年前の自分ならば一も二もなく動き出しているはずだ。
だが出来ない。処分が正式に下るまで口外無用と釘は刺されたが……
生徒達を束ねておけと言う寮監の言葉が痛いほど身にしみる。

御坂「……で、どうかしら?みんなはどう思う?」

女生徒A「完璧ですわ!」

女生徒B「あ、あの申し訳ございません。私にはこの部分がよく理解出来なくて」

御坂「ああ、ここはね……」

ここで真相はともあれ白井の件が公になってしまえばその動揺は計り知れない。
常盤台創立以来のスキャンダルだ。例え白井の無実が証明されても

御坂「(謂われない中傷や汚名を、黒子に着させるなんて事出来ない。あの子が帰って来る場所がなくなる)」

霧ヶ丘女学院、それも九人目のレベル5との三角関係に絡んでの心中などと……
考えただけでも恐ろしい。ましてやここは純粋培養の子女らの集う学び舎だ。
ただでさえ白井には味方以上に敵も多い。自分が押さえているからこそ持ちこたえていたケースもあった。と

女生徒D「た、大変ですわ!!」

御坂「あらどうしたの?そんな慌てちゃったりして」

女生徒D「エントランス、エントランスホールに白井さんの事が!!」

御坂「!?」

――事態は混迷を極め、状況は悪化の一途を辿る――
62 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:08:25.40 ID:GnQSJuhAO
〜6〜

御坂「何よ……これ!」

女生徒達「(ザワ……ザワ……)」

御坂「誰がやったの!!名乗り出なさい!!」

女生徒達「(ビクッ)」

先代派「(クスクスクス)」

御坂「(先代派……食蜂操祈の手下!)」

ガラス張りの建築物としては学園都市最大級の威容を誇る水晶宮。
その流れる滝と咲き誇る花々も艶やかなエントランスホールに……
さながら映画のポスターのように言葉で言い表す事も文字に起こす事も憚られるような誹謗中傷のビラの数々。
その内容は極秘に留めておこうと務めていた白井と結標らの心中未遂事件が書かれていた。
本来ならば部外秘に留めておかねばならない情報や、白井個人のプライベートな事柄までもが

御坂「……剥がしなさい」

女生徒達「あ、あのこれ」

御坂「今すぐ!!!」

女生徒達「は、はい!!」

先代派Aグループ「クスクスクス……」

先代派Bグループ「フフフフフフ……」

先代派Cグループ「アハハハハハ……」

御坂「……!!」

御坂派、婚后派の生徒らがひどくざわつきながらも誹謗中傷のビラを引き剥がして行く中……
その群集に紛れて囁き、嗤い、嘲る先代派の影が御坂を挑発するように揺らめく。
それこそが彼女達の狙いなのだ。先代派は食蜂が卒業した後も、女王が外部で形成した社会的影響力や人脈の旨味に預かっている。
恐らく白井の情報もその辺りからだろう。だが彼女達は御坂派にとって代わるつもりなど毛頭ない。

先代派A「とんだ騒ぎですわ」

先代派B「何か?御坂“様”」

先代派C「……ご機嫌麗しく」


御坂「(……こんなくだらない政争ごっこのために――!!!)」

彼女達は御坂を実質上の頂点とする現体制が崩壊さえすればそれで構わないのだ。
怒髪天を衝く身を焦がす紫電を御坂は全身全霊で押さえ込み、派閥の人間達にはデマに過ぎないと言い含めた。

御坂「(……これで、また)」

白井が追い詰められる要因が一つ増えた形となった。
これもまた煌びやかな歴史に彩られた常盤台の影の一面でもある。
先代派もまたこれで終わりはしないだろう。こんな紙爆弾などほんの挨拶代わりだ。

先代派「「「「「クスクスクス」」」」」

政治力を身につけろと言った食蜂の言葉が、毒のように回って御坂を苛んで行く――

63 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:11:59.41 ID:GnQSJuhAO
〜7〜

垣根「下らねえガキの遊びが流行ってんな。まあそりゃそうか。上り詰めて頭を取るより、誰かを引きずりおろして踏み台にした方が話が早え」

雲川「笑い事じゃないんだけど。こちとら“原石”の一人が失われて貝積が嘆いてるんだけど」

服部「本物の政治はそれどころじゃない、ってとこか……今回の件、削板には?」

雲川「まだ言える訳ないだろう。あの馬鹿が知れば遮二無二突っ込んで行くけど」

服部「違いねえや」

垣根「あいつは将棋で言えば香車だ。馬力はあるが真っ直ぐにしか進めねえ」

一方、第十五学区に本部を移した全学連復興支援委員会の面々は執務室にて昼下がりのコーヒーブレイクをとっていた。
この学生自治会はかのアレイスター・クロウリーとの最終決戦の際参陣していた面々が主である。
ちなみに会長削板軍覇(原石)、副会長雲川芹亜(上層部との調整役)、書記服部半蔵(スキルアウト)、会計垣根帝督(超能力者)から成る。
その彼等が目下問題にしているのが結標淡希・姫神秋沙の行方不明と白井黒子に絡んだ常盤台のお家騒動である。

服部「にしてもお前らクールだよな。まあ駒場のリーダーもこういう時は動じなかったもんだが」

垣根「(そうだろうぜ)ガキのままごとに首突っ込む年長者がどこにいる」

雲川「常盤台の超電磁砲の“器”が試される良い機会だけど……こらバ垣根、煙草やる時は窓開けろって言ってるんだけど」

垣根「へいへい……ま、案内人の件も所詮そこまでの“器”だったって事だ」

服部「垣根……」

垣根「日和ってんじゃねえ。つい一年前まで殺った殺られたなんざゲップが出るまで繰り返したろうが。人一人の生き死ににおセンチ浸れるほど俺は丸くなった覚えはねえぞ」

デスクの前に腰掛けコーヒーを啜る雲川、書類の山を前にマドレーヌを頬張る半蔵、窓を開けて煙草を吹かす垣根。
人並みの感傷に浸るには、垣根はあまりに多くの死を見過ぎて来た。同時に半蔵も

服部「――煙、目に染みるぜ」

雲川「……私も」

そこで雲川はコーヒーカップをソーサーに戻し、凝りをほぐすように指先で目頭を押さえると

雲川「――止められない悲劇なんて、もう二度と味わいたくなかったけど」

――夕焼け空に登る墓引きの煙を見送り、三人は静かに二人を悼み残る一人の身を案じた。
64 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:12:46.42 ID:GnQSJuhAO
〜8〜

御坂「………………」

結局昼食の味もわからなかった。シャワーを浴びても気持ちが晴れない。
あの後みんなによってたかって質問責めにあって正直疲れちゃったわ。
黒子がどうなったのかって、あの紙爆弾の件があってから。

御坂「……黒子」

デマだとは言ったものの、今この場に黒子がいない事が騒ぎをより大きくしてる。
今こうして夕焼け空を見上げながら一人部屋にこもってる事さえ逆効果だってわかってる。
独りで感傷に浸る事も、一人で飛び出して調べる事も、1年前なら出来たのに。

御坂「あんたは今、どうしてるの?」

身動きが取れない。囚われたあんたを助けに行く事さえ逆効果。
こうやってベッドに預ける身体の奥底から湧き上がって来る負の感情。
これからの不安、先代派への猜疑、黒子の現状を思う恐怖、事が起きた衝撃、姫神さん達へ哀惜と、力ない自分への怒り。

御坂「どうして私は……どうして私はあんたの変化に気づいてあげられなかったんだろう」

私の中の黒子のイメージ。明るくて、気高くて、少々頑固で多々変態行為に及ぶ点に目を瞑れば私の自慢の後輩だ。
なのに私は黒子の何を見て来たんだろう?何を知ったつもりでいたんだろう?
去年私はあいつの力になりたいって北極海まで飛んでいった。
女の子だって腹をくくればそれくらいするって私は誰よりそれを知ってたはずなのに。

御坂「そんな私の知らないあんたを、結標さんは知ってたのかな……」

私はこんな時に嫉妬してるのかも知れない。黒子をこんな風に変えてしまった結標さんに。
――違う。二年間も一緒にいていながら私でさえ知らなかった黒子の『女』の部分を引き出した結標さんに。

御坂「……私、最低だよ」

生きてるか死んでるかわからない結標さん達の身を案じるどころか私は……
結標さんが暗い海に沈んで行く所さえ想像してる。
頭の中で結標さん達を殺してる。何度も何度も何度も。

コンコン

御坂「……はーい。どなたー?」

???「わたくしですわ。少しよろしくて?」

……本当は出たくなかった。だけど塞ぎ込んでたらこの子はドアを蹴破ってでも入って来るだろうから

御坂「――いいよ、婚后さん」

婚后「お邪魔いたしますわよ」

吹き溜まりのようになってしまった私の心に、夏の風を運んでくれるみたいに――

65 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:15:03.18 ID:GnQSJuhAO
〜9〜

食蜂「もう夕方ねぇ」

青髪「せやねえ。思わぬ空中散歩になってもうたわ」

食蜂「でも楽しかったわぁ☆私の童心力にキュンキュンきちゃったぁ」

鮮血を連想させるような茜空を見上げながら食蜂はタラップの手すりを伝って飛行場へと降り立った。
第二十三学区。7月7日に結標がレベル5へと覚醒し大破させた飛行場は以前とは比べ物にならない警備体制を整えている。
少なくとも協力機関からの物資の受け入れなどを除いて外部からの出入国など完全に不可能だ。
青髪は物々しく取り巻く警備員らの縦列の中をポケットに手を突っ込み猫背になりながら先を行く。
鳴蜩の声すら遠い夏の夕べ。晩御飯どないしよっかーなどと呑気に語る数日前『友人』となった少年の背を――

青髪「そら良かったわ。なんぼ学園都市広しと言えど、自力で空飛べるような面子レベル5でも」

食蜂「1、2、3、4位ねぇ。とは言っても第三位あたりなんかは限定条件付きだろうけどぉ〜」

青髪「何や超電磁砲の事になるとトゲあんなあ」

食蜂「美しい花に棘は付き物よぉ?あのメルヘンチックな第二位が降らせた薔薇みたいにねっ☆」

利害関係の介在しない男女の友情というものに食蜂は懐疑的であった。
少なくとも彼女の能力をもってすればその人間の本質から底まで『掌握』出来るのだ。
それこそ当の本人さえも持て余す精神の暗黒面さえも食蜂は容易く飲み込んでしまう。
御坂の評するところの下衆な能力は、その底が抜けた水瓶のような異形の精神こそが源泉なのだ。

青髪「薔薇言うたらアッー!な方が浮かぶもんやけど、僕ぁ女の子同士のキャッキャッウフフを遠巻きに眺めてニヤニヤしとる方が好きやな〜」

食蜂「その女同士で破局する時は男の子よりもよっぽど見苦しいわよぉ?靴の底に張り付いたガムの粘着力みたいにぃ」

食蜂にとってまともな人間が持ち得るまともな愛情というものは子供向けの風船ガムのようだった。
膨張するほど空洞化し、味がなくなれば吐き捨てられ、硬貨一枚で手に出来る安っぽい甘さ。
そう評しながら迎えに寄越されたロールスロイス・ファントムに乗り込む間際、食蜂は夕焼け空へと振り返った。

食蜂「――削板軍覇の発掘力も、残念ながら見立て違いだったみたいねぇ?」

鮮血のように赤い夕陽が、三日前に見た結標淡希の紅い二つ結びを思い起こさせるように――

66 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/24(火) 20:15:49.09 ID:GnQSJuhAO
〜回想・8月8日〜

青髪『よっしゃ!金魚鉢は買うたし後はブクブクと砂、もし良かったら水草にも挑戦してみよか』

食蜂『ぶ、ブクブクってなぁにぃ?なんか思ったより手間がかかりそうねぇ、金魚を飼うのって』

青髪『あの泡が出るジャグジーみたいな装置の事や。大丈夫大丈夫!大船に乗ったつもりでこの青髪ピアスについて来たらええねんで〜♪』

食蜂『(青カビ頭な外見力に騙されたわぁ……これが学園都市第六位?)』

あれはぁ、今から三日前の8月8日……私が昨夜の織女星祭でこの学園都市第六位××××から姉金って金魚をプレゼントされてぇ……
その次の日だったかしらぁ。初めて生き物を飼うからってこうして買い出しに付き合ってもらっちゃったのはぁ。
初めての出会いの時も、こうしてペットショップを目指して金魚鉢抱えてる今も、スッゴく不思議な感じでぇ……

青髪『そんな難しゅう考える事ないよ?予算は二千円ポッキリ。後はプライスレスでピースな愛のバイブスさえあれば……あ、金魚に名前つけた?』

食蜂『まだよぉ。だいたい二匹とも同じ姉金ですもの。私の認識力をもってしても分けて名前をつける意味ないと思うけどぉ』

青髪『ははは、その内愛着かて湧いてくるよ。ゆっくりゆっくりぼちぼち行こか』

第七学区は確かにほとんど壊滅しちゃったけどぉ、辛うじて残ってる商店街のアクアリウムショップを私達は探してた。
その間中、水換えは二週間に一度が良いとか、水はカルキ抜きを入れたり1日バケツで放置した方が金魚に優しいとかぁ……
今までの私の知識力にない事をこの男の子はよく知ってるのよねぇ。あっ、あと水草は隠れ家や非常食になるとかぁ

青髪『ん?あれ……』

食蜂『?』

青髪『姫神さんやん。こないなところで何してるんやろ』

そんな事を話してる内にぃ……私達は辿り着いたのよねぇ。
焼け焦げて煤けた、墓石みたいに剥き出しのコンクリート。
至る所が瓦礫に埋まってしまった第七学区でも一際荒れ果てた学習塾。

姫神『………………』

結標『………………』

――三沢塾。そう刻まれたひしゃげた看板のぶら下がってる建物を前にその子達は立ってたわぁ。
マリーゴールドの花束を抱えて、まるでお墓参りに来たみたいな神妙な顔して。ここに悼む誰かがいたみたいねぇ?

姫神『――さようなら。アウレオルス=イザード』




――――私の知らない『誰か』が――――




67 :投下終了です [saga]:2012/01/24(火) 20:18:08.77 ID:GnQSJuhAO
レスありがとうございます。今日も道路が凍っているので皆さん運転にはご注意下さい。では失礼いたします。
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/01/24(火) 20:21:29.26 ID:PAsSFGb6o


ところで、心理掌握が食蜂になったのってこのシリーズのどの話からだっけ?
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/25(水) 18:01:38.89 ID:VlGdwWHC0
70 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 20:57:17.60 ID:Yul5KjdAO
>>68
すいません。当初食蜂の正体が明らかになっていなかったので心理掌握=食蜂でお願いします
(他シリーズで登場させてしまいましたが、時系列はリンクしています)

では第四話投下させていただきます。
71 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 20:59:29.68 ID:Yul5KjdAO
〜8月8日・姫神秋沙〜

結標『ここに貴方の知り合いが眠ってるの?』

姫神『そう』

結標『……アレイスターとの戦いで?』

姫神『違う。ちょうど一年前の今日。彼は逝った』

結標『………………』

姫神『世界の全てを。敵に回して』

死に急ぐ油蝉が歌い上げる鎮魂歌を背に、姫神秋沙はマリーゴールドの花束を焼け落ちた三沢塾へと手向けた。
何故自分の身体を汚した者達と、自分を裏切った男の眠る終焉の地に今一度踏み入れる気になったのか――
実のところ姫神にも確たる何かがあって訪れた訳ではなかった。それは七夕の日に飛行場で見た

アウレオルス?『――さらばだ、姫神秋沙――』

姫神『(あれは夢?)』

ひしめき合う群集の中、忌まわしい血を乗り越えた『つもり』だった自分の目の前に姿を現した陽炎。
アウレオルス=イザードの声を聞いたような気がしたからだ。あの世界を敵に回した背教の魔術師を。

姫神『(それとも幻?)』

今思えばあの魔術師は数多くの爪痕を様々な人間の心に刻み込んで言ったように姫神には思えた。
自分を毛嫌いしているであろう麦野沈利の『本来あるべきではない』アイテム引退の引き金となり……
先の異端宗派(グノーシズム)の台頭には彼の遺した黄金錬成(アルス=マグナ)が大きく関わっていた。
そして他ならぬ姫神自身もまた、彼が利用しようとしていた『吸血殺し』が事態の中心にあったのだから。と

結標『――その人の事、私はよく知らないけれど』

姫神『………………』

結標『その人は世界を敵に回してでも守りたいものを守れたの?』

姫神『それ以前の問題。彼が救おうとしたものは。もう違う誰かに救われた後だったから』

結標『………………』

死者の日に手向けられたマリーゴールドの花束が黒南風に揺れ、結標は靡く赤髪を押さえながら口を噤んだ。
傍らの姫神も自らの忌まわしい血が村落を滅ぼした過去や三沢塾での『日常』、アウレオルスの裏切りなど……
瓦礫と砂利にそよぎ花片が蒼穹へ舞い上げるのを見上げながらも心穏やかとは言えなかった。

結標『――救われない話ね』

それは形良い耳朶に姫神からつけられた『首輪』……
シルバーのイヤーカフスをつけた結標も同じで――

72 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:00:35.45 ID:Yul5KjdAO
〜8月8日・結標淡希〜

秋沙には悪いけれど、本当はここに来るのは気が進まなかった。
私は秋沙の過去を知っている。あの保健室で思いを告げ身体を重ねたその日に聞いた。
秋沙がこの三沢塾でどういう扱いを受けていたかを思い出すと吐き気と殺意と嫉妬が私の中に蜷局を巻くのを感じる。

姫神『そんな風に言うのは。止めて』

結標『………………』

姫神『救われなかったけど。報われなかった訳じゃないから』

この均整の取れた身体に、この肌理細かい肌に、この艶やかな黒髪に、私以外の誰かが触れた事が許せない。
私の胸を触る指使いが、私の唇を吸う舌使いが、喘ぐ声が叫ぶ声が啼く声が果てる声が私の名前を呼ぶ声が――
他の誰かにそう教えられたかもと思うとそいつらを一人一人地獄の底まで行って二度殺してやりたくなる。

結標『――そうね。よく知りもしないくせに差し出口を挟んで悪かったわね』

姫神『淡希。何をそんなに毛を逆立てているの』

結標『別に……』

姫神『淡希。こっちを向いて。私の話を聞い……』

結標『何でもないったら!!』

姫神『っ』

同じ女だから分かる。この娘が私を抱く時偏執狂的なまでにいたぶるのはそいつらが秋沙の根深い部分に落とした影だ。
たった今秋沙が伸ばした手を振り払って私が刻みつけてしまった爪痕のよりも、深く抉れて捻れた歪み。

結標『……ごめんなさい』

姫神『……いい』

いつからだろう?この娘が仲良く立ち話する女の子にさえ嫉妬するようになったのは。
いつからだろう?この娘が話すクラスの男の子の話にさえ憎悪するようになったのはいつからだろう?

結標『……血、出てる』

薄皮一枚隔てた場所に流れる秋沙の血(いのち)。私はまた自分の手で他人を傷つけてしまった。
この娘はよく言う。私の左胸を手の中で潰す時、私の心臓(いのち)を掴んでいるみたいだって。

姫神『……爪。伸びてる』

結標『――伸びるに決まってるじゃない。わかるでしょ?』

姫神『………………』

結標『ねぇ、秋沙』

とがった部分ばかり感じるのは男も女も変わらないのかしらね?
そのくせささくれ立ってるとただ痛いだけなのは身体も心も変わらない。
渇く喉と、濡れた目と、冷めた心と、熱を持った身体。

結標『もし私が――……』

伸ばした爪が、手のひらに食い込んで行く。握り締めた指の間から、何かがこぼれて行く――

73 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:03:04.01 ID:Yul5KjdAO
〜8月8日・食蜂操祈〜

青髪『お取り込み中みたいやねえ。止めとこか』

食蜂『そうした方が良いんじゃなぁい?』

ふぅーん?あの二人、心の中がピンク色のヘドロが浮かんで見えるグズグズぶりねぇ。心の応力すごいすごい☆
うーん、星座の相性はバッチリっぽいけど血液型が同じなのが反発力の源よねぇ?長続きしないわきっと。
あはっ。私の分析力をもってすればどんな人間の中身だってこの金魚鉢を覗き込むのとそんなに変わらないしぃ♪

青髪『うーん、まさか姫神さんが……』

食蜂『ショック?』

青髪『まさかのガールズラブで僕の胸ホックホクやで!!』

食蜂『私は今の貴方の発言にショックだわぁ。ねぇ、ちょっと喉が渇いて水分力欲しいんだけどぉ』

青髪『あーそやね。ほなそろそろお昼近いし、休憩入れようか。ええとこ知ってんねん』

食蜂『どこぉ?』

青髪『僕の下宿先♪パン屋やねんけどコーヒーも出しとるし、まあカフェとチャンポンみたいなもん』

これからこの金魚鉢に入る姉金は二匹ともメスらしいけど、あんな風になって欲しくないわぁ。
お互いのフンみたいに追い掛けて、二人だけの金魚鉢(せかい)作ってるのってコミュ力低〜い。

食蜂『ふぅ〜ん。私の味蕾力はちょっとばかり肥えてるわよぉ☆』

青髪『ふっふっふ、なんと!ウチにはあの学園都市第一位が認めた水出しコーヒーがあるんよ!まあ僕が淹れる訳ちゃうけど』

食蜂『バリスタでもいるのかしらぁ?』

青髪『戦争から人手足りへんのにバリスタなんて無理無理!』

そんな金魚鉢(せかい)、少し手を滑らせただけですぐその破壊力で粉々になっちゃうのにねぇー。
って思いながら生き残った商店街を抜けて辿り着いた先。学園都市でも希少力の高い石窯焼きベーカリー。
これはひょっとしたらひょっとしちゃうかしらぁ?私エクレアにはちょっとうるさいんだゾ?

???『憤然。いきなりシフトを代わって欲しいと言ったかと思えば女連れとは』

青髪『ちゃうちゃう僕の新しい友達や!紹介するわ。この人ジョンさん。ジョン=スミス。めっちゃ美味いコーヒー淹れてくれんねん』

食蜂『ジョン=スミス(名無しの権兵衛)?偽名みたぁい』

???『唖然。友達は選んだ方が良いぞ』

……なんか首筋に針の痕いっぱぁい。麻薬中毒で手配中のお尋ね者かしらぁ?失礼な外人さんねぇ

74 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:03:45.08 ID:Yul5KjdAO
〜8月11日〜

婚后「やはりそう言う事でしたか……まさかあの白井さんがそのような大それた事をなさるだなんて、このわたくし婚后光子の目をもってしても見通せませんでしたわ」

御坂「……信じられないよね。私も今こうして話してて自分でも信じられないもん」

婚后「それはどちらですか?白井さんの引き起こした事なのか、引き起こした白井さんなのか」

御坂「両方よ。ちょっと参っちゃってる」

婚后「わたくしもですわ。ですがこれで得心もいったというもの」

御坂「?」

婚后「先程佐天さんがひどく狼狽したご様子で貴女に面通りを願っておられましたわ。生憎と引き止められませんでしたが」

御坂「佐天さんが……」

落日の赤が暗幕の黒に飲み込まれる時間まで、二人は並んでベッドの縁に腰掛けカーペットに落ちる影を見つめていた。
牢獄を思わせる窓枠と囚人を想わせる影絵。白井の身に起きた全てを語った後、聞き終えた婚后は扇子を閉じた。

婚后「ええ。ここに来る道すがら調べてみましたところ、初春さんも固法先輩も今身動きが取れない状況下にあるようですわ」

御坂「二人まで……」

婚后「更に悪い事に、白井さんの部屋から結標さんの制服のスカートとベルトが見つかりました。わたくしの派閥の人間が家宅捜索の手が入る前に発見したようですが」

御坂「!!?」

婚后「……下衆の勘ぐりではたはた品がない事この上ありませんが、恐らく彼女は」

捧げたのか奪われたのか、それは二人にもわからない。ただ二人の仲はそれほどまでに進んでいたのだ。
その事に御坂は計り知れないショックを覚えた。汚らわしいとは思わなかったが受け入れられないほどに。

婚后「セイレーンの歌声に魅入られるように、彼女に導かれてしまったのでしょう」

御坂「……あの女」

婚后「御坂さん?」

御坂「あの女が黒子をたぶらかしたのよ!!黒子の優しさにつけ込んで、あの女が黒子を海の中に引きずり込んだのよ!!!」

思わず激昂して御坂は断罪する。結標淡希は魔女だと。
白井をあの硝子細工のように繊細な横顔でそそのかし……
人魚の尾鰭のような二つ結びを、誘うようを揺らしてたのだと。

御坂「黒子はそんな事出来る娘じゃない!」

婚后「御坂さん……」

御坂の前から連れ去って行ったのだ。手の届かない海の底へと道連れにして。

75 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:07:16.92 ID:Yul5KjdAO
〜2〜

婚后「落ち着きまして?」

御坂「……うん、ごめん」

婚后「貴女らしくもない……ですが貴女らしくもありますわ。派閥の人間の前では見せられたお顔ではありませんが」

興奮した御坂の背中をあやすように叩き、落ち着かせながら婚后は慎重に言葉を紡いで行く。
思った以上に内に溜め込んだものが膨張しているように思えた。今のは小爆発に過ぎないが……
御坂の見えざる導火線が焼き切れるのは時間の問題のように婚后には思えてならなかった。が

婚后「まあ無理からぬ話ですわ。貴女は人がついてくるタイプであって人を率いて行くタイプではないのですから」

御坂「……わかってるよ。自覚してる。って言うかさせられてる」

婚后「人の上に立つ、という事は多くを耐え忍ぶ事。今月頭に新たに統括理事長となった親船最中様はご存知?」

御坂「ああ……あの私達学生に選挙権を!とか言ってたおばあちゃん?」

婚后「(おばあちゃん……)その親船新統括理事長も、去年まではそれはそれは多くの苦渋を舐めさせられて来たお方らしいですわ。何事も我慢ですわ」

御坂の気を落ち着かせるためにあえて話を脱線させた婚后の語る学園都市の新体制、親船最中の抜擢。
実際のところは先代統括理事長の行方不明と戦後処理、先の七夕事変に絡んでの日本国政府や保護者会云々……
言わば体よく荒波への防波堤代わりに閑職から矢面に立たされた形である。だがそこで婚后は――

婚后「さてここからが本題ですわ。わたくし、ここで一つの仮定と方策を貴女に授けたいと存じます」

御坂「???」

婚后「――彼女、“レベル5第九位”結標淡希は本当に亡くなったのでしょうか?」

御坂「……!?」

婚后「そのまさかですわ。日は浅いと言えども新たなレベル5の一角を担う空間移動系能力者。それが入水程度で命を落とされるでしょうか?そこでです!」

御坂の紅潮した表情が一気に氷水を流し込んだように青ざめて行く。何故これを一番最初に思いつかなかったのかと。

婚后「――わたくし婚后光子は、常盤台中学を代表して“レベル5第三位”御坂美琴より“レベル5第八位”滝壺理后さんへの協力要請を提案いたしますわ!!」

もし結標淡希らが生きていたならば白井黒子の冤罪を晴らし、身の潔白を証明出来るかと――
76 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:08:03.89 ID:Yul5KjdAO
〜3〜

佐天「どうしよう……これから」

一方その頃、佐天は第十五学区にある屋台村付近の噴水広場にて膝を抱えて途方にくれていた。
御坂は未だ連絡がつかず、初春は帰ってこない。白井の現状を探る術も人脈も見つからなかった。
学生自治会の幹部連は軒並み仕事に忙殺されているらしく初春の伝手を辿って垣根に相談する事も出来ず終いであった。

佐天「私、どうしてこんなに無力なんだろう……ははっ、能力者とかレベルとか関係なくだよ」

遅い夏の日没が訪れて久しい夜の帳でさえ、佐天が膝に抱えた泣き顔を遮るに至らない。
佐天には至る所から漂う甘い香り、ソースの焼ける匂いにすら食欲がわかないほど参っていた。
行き交う人々の足音や声が精神を軋ませ、石畳を這う太りすぎた鳩を追い払いたくなる。すると――

滝壺「むぎの、あーん」

麦野「止めろ滝壺。そう言う気分じゃないんだよ」

滝壺「(ジー……)」

麦野「滝……」

滝壺「(ジー……)」

麦野「う……」

滝壺「(ジー……)」

麦野「わかったわよ!」

佐天「あ!」

麦野「ああん?……なんだよ。御坂んとこの……えーっと」

滝壺「さてんだよむぎの」

麦野「ああ、そうだったっけ?」

膝を抱えていた佐天の向かいのベンチに並んで腰掛け、五段重ねのアイスクリームを差し出している滝壺と……
疲れているのかいつも以上に不機嫌な麦野がラズベリー味のそれに髪を耳にかけながら舐めている所を見つけたのだ。
どうやら膝を抱えて顔を伏せていた佐天に気づかなかったらしく、麦野は美しい翠眉を歪めて見やって来た。

麦野「おい勘違いすんなよ。私は旦那持ちでこいつは彼氏持ち。テメエらんところの子パンダと一緒に……」

佐天「……ひっく」

滝壺「あれ?」

麦野「お、おい……」

佐天「うっ……うわああああああああああああああああああああん!!」

麦野「!?」

通行人達「(ざわ……ざわ……)」

滝壺「泣ーかした、泣ーかした」

麦野「滝壺!?」

滝壺「むーぎのがー、泣ーかした」

通行人達「(ジー……)」

麦野「……っざけんなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

人の顔を見るなり泣き出した少女と通行人の厳しい眼差しを前に、麦野は慌てて佐天を小脇に抱えて逃げ出した。

77 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:10:52.04 ID:Yul5KjdAO
〜4〜

佐天「ううっ、ひっく、ひっく、ひっく」

滝壺「アイス舐める?五段あるから一段あげるよ」

麦野「(あーもう!なんだってんだよ今日って日は!乙女座は厄日か!!?)」

全速力で佐天を抱えて猛ダッシュした麦野と滝壺は屋台村から少し離れた時計台の下に腰を落ち着けていた。
その当の佐天はと言うと滝壺に頭をヨシヨシと撫でられながらアイスを舐め未だしゃっくりをしている。
ただでさえ精神的に疲弊している所に追い討ちをかけられ、麦野はもはや怒鳴る気力も残っていなかった。

佐天「ごめ、んな、さい。知ってる人いて、御坂さんの、友達、だったから……」

麦野「おいおい。私はあいつと友達じゃ(ry」

滝壺「そうだよ?」

麦野「滝壺!」

ラズベリーの酸味を味わいながら佐天は涙でぼやけた視界の中にもしっかりと麦野の姿を捉えていた。
麦野沈利。かつて御坂と佐天を殺しかけ、かつ御坂とツーショット写メを撮っていたレベル5第四位。
全学連の幹部連にも顔が利き、七夕事変でも御坂に何一つさせないほどの圧倒的暴力で敵を屠っていたのを佐天は知っている。
佐天「麦野……さん」

麦野「私達忙しいから後にしてくんない?」

佐天「(ジワッ)」

麦野「……言えよ。恋愛相談以外なら乗ってやる。ただしアイス食べ終わるまでにね」

滝壺「つんでれ」

麦野「たーきつぼー……犯すよ?」

滝壺「(ビクン)」

そこで佐天は全てを話した。白井が捕まり、御坂に会えず、初春は帰らず、誰かの力を借りたいがあてがない事を。
麦野は佐天の口から語られる現状を、闇夜の中にあって目元を手で覆いながら聞くともなしに聞く。

佐天「それで……私、もうどうしたらいいかって」

麦野「………………」

佐天「……麦野さん?」

滝壺「……むぎの」

麦野「わかってる」

佐天は知らない。今目元を覆った麦野がどんな目をしているか。
傍らでそんな麦野を見守る滝壺が、ひどく胸を痛めている事に。



そこで――



とぅるるるるる♪

麦野「……噂をすれば影ってか」

佐天「……?」

麦野「………………」

麦野が鳴り響く携帯電話を取り出し、着信画面を確かめる。来るべき時が来たと一呼吸置いて。

麦野「――もしもし?」

何かを振り切るように断ち切るように、つとめて装った声音が紡ぎ出すその着信画面の名前は――

麦野「――御坂か」

78 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:12:31.74 ID:Yul5KjdAO
〜5〜

麦野『お前んところの黒髪からだいたいの話は聞いてる。こんなケツに火が点いてる時わざわざ私に電話を寄越した訳もね』

私はびっくりした。まさか佐天さんが麦野さんに会って話してただなんて思っても見なかったから。

よく見たら佐天さんからの着信やお母さんからのメールもあった。でもそれどころじゃない私は簡潔に話した。

黒子が心中未遂をしたかも知れない、結標さんと姫神さんを殺したのは黒子じゃないかって疑われてる事も全部。

私は黒子を助けたい。結標さん達の行方を、生死を、黒子にかかってる冤罪を晴らしたいって。

麦野『滝壺の“能力追跡”……AIMストーカーは対象が例え地球の裏側にいようが必ず見つけ出す。あんたも身をもって知っての通りね』

藁にだって蜘蛛の糸だってなんだっていい。私と麦野さんが話してる電話の側で婚后さんも祈ってる。

私だってそう。あの二人が見つかったならそれでいい。黒子をたぶらかした事だって許してもいい。

麦野『――私も同じところに目をつけたよ。ついさっき検索が終わったところだからね。いいか?御坂――』

黒子が助かるなら

黒子が救えるなら

黒子が守れるなら

――――私は――――
79 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:13:50.37 ID:Yul5KjdAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――――結標淡希はもう死んでる――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
80 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:14:48.75 ID:Yul5KjdAO
〜6〜



ドクン……



麦野『――滝壺が言うには死んだ人間はAIM拡散力場を放射しない。死人が体温を発しなくなるのと同じ理屈でね。信号が途絶えてるんだ』



ドクン……



麦野『だから遺体の在処も検索出来ない。とっくに海の藻屑か魚の餌だよ』



ドクン……



麦野『明日の晩スーパーセルが発生するかもって予報も出てる。海も荒れるだろし、そうなると遺体も二度と見つからないだろうね』



ドクン……



麦野『――子パンダの命があっただけでもよしとしな』



ドクン……



麦野『御坂?おい御坂――』



ブツンッ……ツー……ツー……ツー……



81 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:16:08.36 ID:Yul5KjdAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第四話「D e a d  E N D」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
82 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/25(水) 21:16:52.50 ID:Yul5KjdAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――悲劇と破滅が交差する時、絶望(ものがたり)は始まる――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
83 :投下終了です [saga]:2012/01/25(水) 21:19:31.52 ID:Yul5KjdAO
「結標淡希の七日間」改め「御坂美琴の三日間戦争」一日目終了となります。

レス下さった方ありがとうございます。では失礼いたします
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/26(木) 01:02:45.27 ID:eWMsv5ZDO
乙!
85 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:26:08.44 ID:nI573f6AO
>>1です。第六話を投下させていただきます
86 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:26:34.44 ID:nI573f6AO
〜8月12日〜

御坂「………………」

一縷の望みは断ち切られ、祈りの光は届かなかった。
御坂は取り落とした携帯電話を拾い上げる事さえ出来ず……
ただ絶望の地平線を前に立ち尽くすより他なかった。

麦野『――結標淡希はもう死んでる――』

結標淡希の消失。それはこの学園都市のみならず、この世界そのものからの消失を意味していた。
同時に白井が正常かつ清浄なる世界への片道切符の消失であった。

御坂「……そんな」

体温が一気に下がったようにさえ感じられ、重力が一度にのしかかって来たようなふらついた足取り。
立っていられないとばかりに御坂はベッドに倒れ込み、かかる自重をシーツの海へと投げ出した。
その勢いでベッド側にあるチェストの上に置かれたいくつもの記念写真の内一つが倒れ込んだ。

御坂「……たった……」

それはは8月7日に空中庭園にて全学連復興支援委員会の面々との集合写真。焼き上がったばかりのそれ。

上条当麻と浜面仕上に両脇から肩を組まれ迷惑そうにしている一方通行が中央に。
そんな彼を取り巻く打ち止めと番外個体と御坂妹が指差して笑っている。
麦野と滝壺と絹旗とフレンダらがグラスを掲げ、垣根が初春を抱っこし佐天と心理定規が並んでピースしている。
雲川が削板の髪を引っ張るのを服部が止めに入り、フィアンマが我関せずで黙々と肉を焼いている。
背が一番高いために後列に追いやられたステイルがインデックスを肩車し……
土御門がそれにニヤニヤし神裂に拳骨をくらいオルソラが眠そうにしている。
中央右には吹寄と姫神と結標、中央左には一升瓶を抱えた御坂と抱きつく白井。
食蜂と青髪の二人だけがこの場にいない。中抜けして写っていないのか――

御坂「たった数日前まで……みんなこうして遊んで食べて飲んで笑ってたじゃない」

開かれたまま放置され、返信もなされていないメールボックス。それは母美鈴からの便りだった。

――――――――――――――――――――
8/11 18:57
from:お母さん
sb:ちょっと早いけど
添付:
本文:
お盆休みに入る前にあの子達のお墓参りいこ
うね。
沈利ちゃんとは仲良くしてる?
保護者会も13日からあるしママ頑張っちゃう
わよーん!
――――――――――――――――――――

御坂の中にある、10031本の十字架の丘が目蓋の裏に浮かぶようだった。

87 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:27:00.93 ID:nI573f6AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「中の鏡」話五第:(ムーロクノモ)標座間空の虹白るあと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
88 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:27:29.51 ID:nI573f6AO
〜1〜

白井「ここが“霧ヶ丘付属”女子寮ですの!」

桜舞い散る並木道を抜けた先にある鏡張りの建築物を前に、白井黒子は真新しい制服を押し上げる控え目な胸を張って挑むような眼差しを向けた。
霧ヶ丘女学院付属……今春より白井が通う事となった、学園都市でも指折りの進学校の中等部である。
『常盤台中学』『長点上機学園』『霧ヶ丘女学院』と言えば能力開発に特に秀でた学校である。
レベル4『空間移動』の能力を持ち、風紀委員の試験も軽々とパスした自分の実力をもってすれば――
その先にある霧ヶ丘女学院へ進むための重要だと息巻き、彼方にある橋から向き直ると

白井「失礼いたしますの!今日からこちら霧ヶ丘付属に……」

???「あら、貴女新入生?」

白井「そうですの!わたくし白井黒子と申しますの。失礼ですが貴女は?」

降り注ぐ桜の花片と春の陽射しを浴びながら叩いた門。
すると取り次ぎが出るよりも早く、女子寮の窓から顔を覗かせていた――

???「フフフ……」

白井「(ムッ)何かわたくし粗相をいたしまして?」

???「いえ?貴女みたいな娘、毎年一人か二人必ずいるから……」

白井「?」

???「――ここは“霧ヶ丘女学院”女子寮よ?貴女中等部に新しく入って来た娘でしょう。霧ヶ丘付属はこの橋の向こう、硝子張りの方よ」

白井「!!?」

???「フフフ……」

窓枠に頬杖をつきながらこちらを見下ろして来る赤髪の少女が赤面した白井に微笑みかけて来た。
緊張していなかったつもりが、つい肩に入り過ぎた力が空回ってしまっていた事に白井は躓きを覚えた。が

???「ああ、ごめんなさいね。別に貴女の事を笑った訳ではないのよ」

白井「(ムスー)では何故笑われましたの?御為ごかしは――」

???「――私も、昔そうだったから」

シュンッ

白井「!?」

???「私も昔寮を間違えてね。それが何だか懐かしくってつい、ね?」

そんな白井が見上げていた窓から赤髪の女生徒の姿が消失したかと思うと――
先ほど降って来た涼しげな声が、白井の背中に向かって語り掛けて来た。

白井「(まさか……)」

結標「どうしたのかしら?」

白井「(同じ“空間系能力者”ー!?)」

89 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:29:29.66 ID:nI573f6AO
〜2〜

思わず弾かれたように後退り、身構える。いくら自分が躓きを覚えたとは言え容易く背後を取られた事。
それは未だ血気盛んで鼻息荒かった白井に長幼の序を忘れさせるほどの苦々しい屈辱だった。
だがその上級生はポカンとした後に鼻で笑い、ついには胸を押さえて大笑いしたのである。

???「あははははは!」

白井「何がそんなにおかしいんですの!先程から人の顔を見るなり笑うなど!!」

???「いえ、もういちいちリアクションが面白くって。まるで猫みたいね貴女って。名前はどういう字を書くの“しらいくろこ”さん?」

白井「……白旗の白に井の中の蛙の井、黒星の黒に子供の子ですの」

???「あははははやめて!やめて!お腹痛くなっちゃう!ネガティブ過ぎるでしょ字の当て方あはははは!!」

白井「ムキー!!」

先程からペースを乱されるどころか振り回されっ放しである。
まるで必死に毛を逆立てて挑んで来る子猫を転がすように弄ばれている。
ハラハラと春風に踊る桜の花片が舞い、木々の狭間から漏れる光の下――

???「そう。じゃあ白井さん?寮の場所もわかった事だし私が案内してあげましょうか」

白井「結構ですの!橋の一本道を誰が迷うと――って貴女はわたくしを馬鹿にしてますのね!?その橋の一本道も間違えたお馬鹿さんだと!」

???「あらら、すっかり嫌われちゃったわね。まあその元気があればこの学校でも楽しくやっていけるでしょう」

そこで初めて気付く。彼女の腰元に巻かれた円環状の金属ベルトと、そこに取り付けられたホルスター。
大振りの軍用懐中電灯と思しき持ち物に、白井は多分この上級生は不良だと感じたのだ。

白井「では失礼いたしますの!」

???「はいはい。何かまたわからない事があったら訪ねて来なさい。氷華あたりが見たらほっとかないでしょうから。貴女みたいなタイプ」

白井「余計なお世話ですのー!!」

白井は舌を出すのをこらえて大きなスーツケースを引きずり肩をいからせながら花道を後にした。
いつかはと目標にしていた霧ヶ丘女学院。だがそこに在籍していたのがあんな不良かと思うと――

白井「全く!何という失礼な方ですの!あ……」

そこで気付く。自分は名乗りを上げたが彼女の名前を聞きそびれたと。
しかし振り返った時には既に赤髪の女生徒の姿はなく――

90 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:30:24.87 ID:nI573f6AO
〜3〜

初春「はー……中高合同なんですねえ」

白井「初春。あまりキョロキョロするものではありませんの。舐められますわよ」

初春「白井さんどうしたんですかー?昨日からずっとピリピリしてますけど……もしかして緊張しちゃってたりしてます?」

白井「緊張などし・て・お・り・ま・せ・ん・の!!」

翌日、白井黒子と初春飾利は霧ヶ丘女学院と霧ヶ丘付属を架ける橋を渡った先にある体育館にて入学式に出席していた。
風紀委員の同僚と言う事もあり、退屈な校長の祝辞を適度に聞き流しつつ声を潜めていた。
中高合同でひとまとめにするあたりが如何にも私立ですわねと腕組みする白井と辺りを見回す初春。

初春「まだ昨日の先輩にからかわれたの怒ってるんですかー?上級生に案内してあげるって言われて帰っちゃう方がよっぽど失礼ですよ」

司会「では続きまして霧ヶ丘女学院生徒会役員の……」

白井「あれは不良ですわ。もう見た目から何から何まで不良ですの!」

風斬「せ、生徒会長の、かかか風斬、ひょひょ氷華と申しますぅ!新入生の皆さん……ひゃあっ!?」

初春「うわ、スッゴい緊張してる……あっ、マイク落として……」

風斬「あっ、マイクマイク……はわわ!?眼鏡っ!私の眼鏡ぇ!!」

白井「……何というドジッ娘属性をお持ちなのでしょうあの生徒会長さんは」

パリンッ!

風斬「キャー!」

初春「しかも踏んづけて涙目ですよ。大丈夫ですかねこの学校」

そんな二人がひそひそ話をする最中、壇上にはブラウスの上からもわかる豊満なバストとサイドテール。
その柔和そうな垂れ目からは落としたマイクを拾おうとして眼鏡を踏み割り涙目になっていた。すると――

???「はあ……氷華、私が代わりに読み上げるから」

白井「!!?」

風斬「む、結標さぁん……」

???「――新入生の皆さん」

壇上に向けた白井の目に飛び込んで来るは鮮烈な赤髪。
涼やかな声音がしどろもどろの生徒会長に代わってマイクに吹き込まれ――

初春「あ、あの人って白井さんが言ってた“赤髪の人”!!?」

白井「……ですの」

???「(ん?)」

その白井の見開かれた眼差しが、切れ長の眼差しとぶつかり、交わり、外され、細められた。

結標「――霧ヶ丘女学院生徒会長風斬氷華、並びに“副会長”結標淡希より……入学、おめでとうございます」

これが、結標淡希と白井黒子の最初の出会いだった――

91 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:33:14.62 ID:nI573f6AO
〜4〜

風斬「け、今朝はすいませんでしたぁ!」

結標「もう良いわよ。それに氷華が身体張って笑いを取りに行ってくれたおかげで中高の新入生みんな緊張ほぐれたの伝わってきたし」

風斬「私は先生方に大目玉食らっちゃいましたあ……はー。私会長なんてガラじゃないですよお……」

結標「今更私に振らないでね。貴女以上にガラじゃないんだから」

風斬「結標さんは成績優秀な素行不良者だって磯塩さんも言ってましたっけー」

結標「………………」ヒョイッ

風斬「わ、私のコロッケぇ!!」

結標「あら、今日はカニクリームなのね。この前のカレーコロッケの方が好きだったのに」

風斬「自分の分食べて下さいよぉ!!」

結標「朝代読してあげた分よ」

入学式を終え、未だ散る気配の見えない桜の木の下のベンチにて結標淡希と風斬氷華は遅めのランチを取っていた。
二人はルームメイトであり生徒会において会長・副会長の間柄でもある。端から見れば凸凹コンビではあるが

風斬「うう、それを言われちゃうともう何も言えなくなっちゃうって言うか……」

結標「持つべきものは料理上手なルームメイトよね。私料理ヘタクソだし」

風斬「結標さんはしないから上達しないんですよ。前だって野菜炒め投げ出して」

結標「だって誰も味見してくれないんだものやりがいがないじゃない」

風斬「味見してくれる人みんなを保健室送りにしちゃったからですよ!!先代までダウンさせちゃったの忘れたんですか!?」

結標「あの人いっつもシャケばっかり食べてて血圧高そうだったからそれで倒れたんじゃない?」

風斬「(どうして自分で味見しないんですか……)」

変にウマが合うのか勝ち気で負けん気の強い結標、控え目で面倒見の良い風斬のコンビは学内でも有名である。
そんな二人が食事を共にするのを邪魔するものはいない。だが――

シュンッ

白井「お食事中のところを失礼いたしますの」

風斬「!」

結標「あら、さっきぶり」

――そうとは知らぬ新参者、白井黒子が橋を渡って空間移動で飛んで来たのだ。まるで挑むように。

白井「………………」

結標「……どうしたの?コロッケの匂いにつられて来たのかしら」

白井「いえ、昨日の非礼をお詫びに参りましたの」

結標「ふーん?」

92 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:33:40.54 ID:nI573f6AO
〜5〜

初春「あわわわわわ、白井さんまた喧嘩腰に!」

そんな桜の木の下に集った三人を物影から見守るは初春。
相手は高校生の上に生徒会役員。対する白井はただの新入生。
端から見ていてこんなに心臓の悪い光景はないだろう。
しかし白井は臆する事も譲る事もなくただ二人の前に立ち

白井「昨日は大変失礼をいたしましたの。誠に申し訳ございませんでした」

結標「あら、貴女が下げている頭は私の副会長としての肩書きに対して?それとも意地悪な上級生に目をつけられる事に?」

白井「わたくしは肩書きで人に恐れ入った事などございませんの」

結標「では何に対して?」

白井「――結標淡希(あなた)に対して」

ぺこりと一度頭を下げたのだ。だが対する結標は箸を一度置き、傍らの風斬に弁当箱を預けて立ち上がった。
先程の白井のテレポートを見、何やら思いついたように口角を上げてホルスターにしまった軍用懐中電灯に手をかけた。

結標「いやよ。貴女に袖にされてとても傷ついたのだから」

白井「では、どうやって誠意をお見せせよとおっしゃるんですの?」

結標「――ゲームをしましょうか」

風斬「!。結標さん、それは――」

結標「氷華。相手は“ただの”新入生よ?ムキになったりしないわ」

白井「(ムカッ)ゲーム?」

結標「“鏡鬼”よ。制限時間は10秒。ハンデとして最初の5秒、私は貴女に手を出さない」

鏡鬼(かがみおに)。それは二人の人間が鬼となり、互いのいずれかを捕まえる子供の遊び。
同じテレポーテーションを得意とする能力者同士にあっての力量をはかりたいのだろう。

結標「――貴女は私自身にと言った。なら同じ能力者として私を楽しませなさい」

白井「……わたくしが勝ったら?」

結標「考えてなかったわね。ありえないから」

白井「……!!」

結標「氷華、カウントお願いね」

風斬「はっ、はい!」

初春「白井さん……!」

そこで結標が風斬に投げて渡したのはラピスラズリが散りばめられた手の平サイズのオイル時計。
白井が出会った時のように身構え、結標が構えた様子もなく悠然と佇んでいる。格の違いを見せつけるように――

白井「……貴女が負ければ?」

結標「好きなようになさい。ありえないから」

――二人が、全く同じタイミングで動いた。

93 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:36:45.56 ID:nI573f6AO
〜6〜

―――――10―――――

白井「はっ!」

スカートの下より出でし黒金の針を十指に挟み込み、白井が先制攻撃とばかりに投げ放つ。
軌道は真っ正面、狙いは結標が羽織っている霧ヶ丘女学院のブレザー。
クロアゲハを標本のピンで止めるかのように放たれたそれが、吸い込まれるように――

――――9―――――

結標「狙いと性格が真っ直ぐ過ぎるわよ」

カンカンカン!と結標は飛針をよけようともせずに振るった軍用懐中電灯で次々と叩き落として行く!だが

――――8――――

白井「――そうでもございませんの!!」

結標「!」

ビュン!と結標が警棒を振り切った刹那、白井は結標の背後に踊り出ていた。
出会った時に取られた背中を取り戻すように手を伸ばし――

――――7―――

結標「確かにそうでもないわね?」

白井「わっ!?」

たその瞬間、結標がブレザーを残して消失し、上着が白井の顔に被さって塞がる視界。

―――6―――

白井「くっ!」

結標「ハンデの5秒は貴女がくれてるの?意外と先輩を立てるタチなのね」

ブレザーを引き剥がし、開けた視界の先には桜の木の枝に片膝をついて見下ろして来る結標。
二秒ものロスはあまりに痛い。白井も追い掛けるようにテレポートするが――

―――5――

結標「そろそろ私の番かしら?」

白井「!!?」

追い掛けたその背中に結標が瞬間移動し、白井は伸ばされた手から逃れるべく女子寮側にテレポートする!が

――4――

結標「逃げの一手じゃ勝てないわよ」

結標は難無く白井の真っ正面に姿を現し、両者が空中で睨み合い――

白井「っ」

白井が伸ばした手、かする事なく目の前で消え、慌てて回す首、視界の隅に映る結標の影!が

白井「鏡っ!?」

――3―

真っ正面かと思えば裏、裏に影がよぎればそれは鏡像。目の前で結標が笑い、白井が必死に手から逃れるも―――

―2―

結標「努力賞、って所ね」

轟ッッ!と結標が座標移動させた桜の花片の嵐が白井の視界を花吹雪に染め上げ、見失う――

―1

白井「――!!」

そして、桜吹雪の中結標のたおやかな指先が白井を絡め取るように伸びて――

94 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:37:13.17 ID:nI573f6AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
初春「――白井さん!右ですー!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
95 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:37:57.99 ID:nI573f6AO
〜7〜

風斬「そこまでー!」

花嵐が止む前に落ちきったオイル時計の雫が告げるタイムアップ。
初春の張り上げた声の余韻も消え去らぬ内に、決着は着いていた。

結標「………………」

白井「はー……はー……う、初春……?」

初春「あっ、しまった!」

そこには尻餅をついてへたり込む白井の鼻先に触れるか触れないかの位置で静止した結標の手指。
初春が叫んだ通り、塞がった視界の右側から結標は白井を狙ったのだが――

初春「あわわわ……」

結標「……はあ」

思わぬ水入り、思わぬ横入りに結標が溜め息を漏らして白井から手を引いた。
初春の助け舟がなくば白井は敗れていただろう。だが結果はドロー。
勝負無しに終わってしまった形になったが、カウントしていた風斬は

風斬「勝者は、そこのお花の子ですね!」

初春「えええええ!?」

白井「初春!余計な事を……」

初春に駆け寄りその手を高々と掲げて勝ち名乗りを上げさせたのだ。
冷や汗なのか脂汗なのか、汗ばんだ白井と涼しげな結標を前ににっこりと。

風斬「結標さんも文句ありませんよね?先代の時も私の応援あって引き分けたようなものでしたし」

結標「〜〜〜〜〜〜」

風斬「はいはい。仲直り仲直りです。ああもう新しい制服に土ついちゃってるじゃないですか」

結標の伸ばした手を白井の手に結ばせ、身体を起こす手助けをしたのだ。
それに対し不服そうに頬を膨らませる白井を、結標は――

結標「――“ただの”って言うのは取り消すわ。今年の新入生はとんでもないわね」

風斬「結標さんも昔そう言われてたの、覚えてますか〜?」

結標「ちょっと氷華!」

風斬「負けん気強くて生意気で、そのくせ変にモロいからイジメがいがあるって先代に可愛がられてましたもんね」

同じく風斬に噛みつきながら抱き起こしたのだ。その時白井はその腰の細さと胸の驚きに顔を赤らめた。
クロエのオーデパルファムの香りが鼻腔をくすぐり、白井はもう立てますのと引き下がった。
そこに初春が重ねて大丈夫ですか?と聞き白井は大丈夫ったら大丈夫ですの!とがなり返し――

白井「……わたくしの負けですわ」

初春「白井さん!?」

白井「煮るなり焼くなりなんなりすればよろしいんですの!」

白井は敗北を受け入れた。5秒というハンディと、初春の支援がなければもっと早い段階で捕まっていただろう。
そんな白井の表情を見、結標もまた軍用懐中電灯を――
96 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:40:46.36 ID:nI573f6AO
〜8〜

結標「潔いわね。好きよ、そういう子は」

白井「………………」

結標「これは貸しにしておいてあげる。気が向いた時に取り立てに行く事にするわ」

白井「何故?」

結標「だってもったいないじゃない?貸しに利鞘はつきものよ。今取り立てたって、ここで貴女との繋がりが消える方が惜しいわ」

白井「!」

結標「……貴女が男の子だったなら、かなり私好みの顔してるんだけどね」

風斬「また結標さんの悪い病気が……お願いですから初等部の男の子誘拐したりしないで下さいね」

結標「もうしないわよ!」

初春「(この人御稚児趣味(ショタコン)だー!!)」

だいたい中学生はジジイなのよ!と風斬に力説しながら結標は白井の横を通り過ぎていった。
高等部の新入生歓迎会に連なる書類がまだ残っているのかそれを片付けに行くのだろう。
それを結標の言うところ『男の子だったら好みの顔』と評された白井に対し、去り際に――

結標「霧ヶ丘女学院2年1組、結標淡希」

白井「……あ」

結標「貴女と同じレベル4。座標移動(ムーブポイント)よ。空間移動(テレポート)白井黒子さん?」

白井「――――――」

結標「仮にも生徒会役員よ。中等部の名簿を覗き見るくらい簡単なんだから」

そう笑ったのだ。今年の中学生は常盤台の超電磁砲(レールガン)といい豊作ねと呟いて。
だが白井はその超電磁砲なる能力者の『顔を知らなかった』ためどんな人物かはわからなかったが――

白井「………………」

結標「また遊びにいらっしゃい。じゃあね」

そう言い残すと結標は風斬を伴ってか既にその場から忽然と姿を消していた。
後に残されたのはショタコン疑惑に頭を悶々とさせている初春と――

白井「………………」

桜の木の下、汗ばむほどの陽光を浴びながら白井は胸を押さえた。
この高鳴りは今の鏡鬼のせいだ、そうに決まっていると……
トクン、トクンと早鐘を打つ鼓動に頬を微かに桜色に染めて。

白井「結標淡希……さん」

何故だか、その手に触れられなかった事が今更のように惜しくなった自分を嫌悪しながらも……
白井は結標のいなくなった桜並木をずっと見送っていた。傍らの初春が袖を引っ張るその時まで――

97 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:41:19.99 ID:nI573f6AO
〜9〜

これは鏡文字で綴られたもう一つの物語


これはガラスペンで記されたもう一つの世界


合わせ鏡の迷図に迷い込んだ、誰かが見ている幻想物語(ゆめものがたり)


少女は幻想(ゆめ)を見る。長い眠りの中に幻想(ゆめ)を見る


ありえたかも知れない未来を


ありえたかも知れない関係を


ありえたかも知れない結末を


未来の中にしかないif(もし)を夢見て少女は幻想(ユートピア)を見る。


ありえなかった出会いを


ありえなかった願いを


ありえなかった世界を


少女は幻想(ゆめ)を見る。モノクロの色をした優しい絶望(ディストピア)を――

98 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/26(木) 20:41:56.53 ID:nI573f6AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
“――世界とは鏡のようなものだ。それを変えるには自分を変えるしかない――”

アレイスター・クロウリー(神秘主義者、魔術師、1875〜1947???)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
99 :投下終了です [sage]:2012/01/26(木) 20:44:13.01 ID:nI573f6AO
レスありがとうございます。ガラスペンは壊れやすい。では失礼いたします
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/01/26(木) 20:46:26.56 ID:9SG+QIlao
>>結標「もうしないわよ!」


おいwww
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/27(金) 19:29:59.81 ID:woa2+XX10
102 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:30:43.07 ID:FKpniK8AO
>1です。第六話投下させていただきます
103 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:31:13.26 ID:FKpniK8AO
〜8月12日〜

美鈴『――美琴ちゃんを、守ってあげて欲しいの――』

麦野「………………」

滝壺「むぎの、上がったよ」

麦野「………………」

滝壺「むぎの?酔ってる?」

麦野「全然。こんなもんひっかけた内にも入らねえよ。じゃあ次私入る」

滝壺「待ってむぎの。そのまま入ったら危ないよ」

御坂に死刑宣告とも言うべき最後通達を出した後、麦野は佐天を送って滝壺と共にセーフハウスにいた。
牛乳風呂から上がって頭にタオルを乗せた湯上がり姿の滝壺が見るにテーブルの上にはいくつかの缶チューハイ。
ソファーに足を組んで腰掛けるその姿は女子大生にしては堂に入ったものではあるが――

滝壺「少し酔い醒まししてから入ろうね」

麦野「………………」

滝壺「むぎの」

滝壺にはその危うさが手に取るようにわかるのか、麦野の隣に足を揃えてちょこんと座る。
麦野がこういう遠い目をしている時はおおよそ――
自分の精神の暗黒面を見つめている時なのだと経験則から知っている。
滝壺は知っている。麦野が遠い目をしているのは結標淡希が死んだからでも……
御坂美琴を絶望の淵に追いやったからでもない事を滝壺は知っている。

滝壺「この事は、かみじょうにもはまづらにもみんなにも――」

麦野「そうしてちょうだい。こういう汚れ仕事は私一人で十分だ」

滝壺「………………」

麦野「あのオバサンとも本当にイヤな約束しちまったもんだよ」

滝壺が麦野の組んだ足を跨いで向かい合わせになり、その胸元に抱くように腕を回して行く。
対する麦野もそれに抗うでもなく、かと言ってすがるでもなく滝壺の好きなようにさせている。
牛乳風呂の滝壺の甘い匂いと、オードゥボヌールの麦野の甘い香りとが合わさるように身を寄せて。

麦野「――いつか、こんな日が来ると思ってたよ」

自嘲気味に、吐き捨てるように、呟いた言葉が滝壺の胸に吸い込まれて行く。
麦野は強い。折れる事も引く事も譲る事も退く事もしない。例えそれが――

滝壺「――むぎのは、優し過ぎるよ――」

麦野「優しくねえよ。ギャラもらってる以上、汚れ仕事だろうが仕事は仕事さ」

例えそれが美鈴から託された御坂美琴……否、学園都市第三位超電磁砲(レールガン)であろうとも――

104 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:31:49.56 ID:FKpniK8AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『とこういとう想を君に節季の桜葉』話六第:(ムーロクノモ)標座間空の虹白るあと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
105 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:32:36.01 ID:FKpniK8AO
〜1〜

黒夜「絹旗ちゃん絹旗ちゃん、結局オリエンテーリングどこだって?」

絹旗「第二十一学区の超自然公園らしいですよ」

黒夜「うわっつまんなそー……んなとこで何すんだ?みんなで火祭りして盆踊りでもしろってのか」ムシャムシャ

絹旗「それを言うならキャンプファイヤーにフォークダンスってんですよ。黒夜ちゃん超頭悪いですね。そんなものばかり食べてるからですよ」

黒夜「スニッカーズ馬鹿にすンな!私を馬鹿にすンのは良いでもスニッカーズを馬鹿にすンのは絹旗ちゃンでも許さねェぞ!!」

絹旗「はいはいわかりましたわかりました。って言うかキレると口調変わるの止めて下さいよ訛ってんですか?どこ出身ですか?」

黒夜「同じ施設だよォォォォォ!」

霧ヶ丘女学院と霧ヶ丘付属を渡す架け橋の上を二人の少女が闊歩していた。
一人はローラーシューズのようにホイールの収納されたブーツを履いている黒夜海鳥。
もう一人はキックボードで石畳の上をガタガタと蹴り進む絹旗最愛。ともに霧ヶ丘付属の新入生である。
二人は俗に言う置き去り(チャイルドエラー)であったが、施設での暮らしに溜まりに溜まった鬱憤……
もとい好きなお菓子を好きなだけ食べたい、欲しかった玩具を買いたいという欲望を心行くまで発散させていた。
今日も今日とて昼休みに中抜けし、授業をサボって抜け出し街へ繰り出そうと言うのだ。

黒夜「ひっはは!どうせウチら二人余るだろうし、バックレてカラオケ行こうカラオケ」

絹旗「えー私その日ちょうど超見たい映画の封切りなんですよね。学園都市ピカデリーにしません?」

黒夜「じゃあ映画の後カラオケ行こうぜ」

どうせ余る、というのは二人がクラスメートと非常に折り合いが悪いのだ。
レベル4『窒素爆槍』を持ち、名門霧ヶ丘付属であっても施設出身者という事で陰口を叩かれ――
黒夜がキレる前に絹旗が『窒素装甲』で揶揄した生徒を思い切り殴りつけたのである。
以来二人はクラスでも不良のレッテルを張られ、腫れ物に触るように浮いた存在として扱われているのだ。

黒夜「――どうせ私達がいたって、クラスの連中に邪魔者扱いされるだろ。だったら絹旗ちゃんと二人で怒られた方がいい――」

106 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:34:41.68 ID:FKpniK8AO
〜2〜

佐天「おっ!君達オリエンテーリング回る班。まだどこも入ってないのかい?」

黒夜「」

絹旗「」

初春「先生!A班5人揃いました〜」

翌日の昼休み、黒夜はスニッカーズを、絹旗はポッキーをそれぞれ口から落としそうになった。
案の定あぶれているどころか輪に加わる気さえなかった二人が窓際で遠巻きに眺めていたところ――
佐天涙子が声をかけ、二人がリアクションを取る前に初春が届けを出してしまったのだ。

黒夜「はァ!?」

白井「何か問題でも?」

黒夜「アリアリに決まってンだろ!私らオマエらと話した事もねェぞ!!」

絹旗「黒夜ちゃんまた超訛ってますから。えーっと、パンダさんでしたっけ?」

白井「白井黒子ですの!」

絹旗「なんのつもりですかこれ?超ありがた迷惑なんですが」

それに対し、ザワザワガヤガヤとおしゃべりに興じる教室内に黒夜の張り上げた声に水を打ったように静まり返る。
だが対面に立つ白井は腕組みしたままそんな二人に詰め寄られても眉一つ動かす事はなかった。

白井「他意はございませんの。建て前はさておき、オリエンテーリングとは普段の学校生活ではあまり見られない一面を通して交流を深めたり親睦を高めるものでは?」

絹旗「如何にも優等生的な答えが聞きたいんじゃないんですよ。何で私達が?って超聞いてるんですが」

佐天「それはねー!」ダキッ

黒夜「!?」

絹旗「?!」

佐天「二人がいっつも美味しそうなお菓子食べてるから。遠足で一緒にご飯食べれたらきっと楽しいだろうなーって!」

そこへ佐天が二人の肩に手を回し、面食らう二人もお構い無しに両側から頬を合わせるように飛び込んで来たのだ。
お菓子。それは二人が施設にいた頃好きに食べられなかったもの。霧ヶ丘付属に入ってようやく手にした……
小さく、ささやかで、それでも二人にとっては何物にも変えられない『自由の象徴』なのだ。

佐天「ねっ。どうかな?私達のおかずも分けるからさ!ってな訳で初春を名誉あるお弁当係に任命しよう!!」

初春「私一人で五人分ですか!?」

絹旗「は、はあ……」

黒夜「き、絹旗ちゃァン……」

白井「観念なさっては?それとも他にアテが?」

絹旗・黒夜「「………………」」

A班、決定――

107 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:35:36.19 ID:FKpniK8AO
〜3〜

佐天「わあ……!」

初春「緑がいっぱいですねー!」

黒夜「当たり前じゃん自然公園なんだから」

佐天「ここにはコンクリートジャングルから失われてしまった何かがある!私にはわかる!!」

黒夜「何かったって森と湖しかないじゃん」

佐天「いいから行くよー黒夜さーん!」

黒夜「ちょっ、止めろ手引っ張ンな!みンながテメエらみたいに仲良しこよししてェとか思ってンじゃねェぞ!」

絹旗「とか何とか言って超舞い上がってますね黒夜ちゃん」

白井「そういう貴女はどうなんですの?」

絹旗「まあ悪くはないですよ。黒夜ちゃんと二人カラオケするよりかは超健康的で」

自然公園。それは第二十一学区の山岳地帯の麓にあり、近くに天文台と貯水ダムを有しており……
幾多の研究施設や数多の教育機関に囲まれた学園都市にあって数少ない景勝地でもある。
そんな萌える葉桜が蒼穹に枝葉を伸ばす新緑の中、少女らはスタンプラリーへ駆けて行く。
黒夜の手を引きながら走る佐天、追い掛けてはへばる初春の後ろから白井と絹旗は行く。他の生徒らに混じって。

白井「よくよく授業を抜け出すかと思えばそんなところに出入りしてらっしゃいましたの?如何に霧ヶ丘付属が能力開発さえしっかりすれば後は放任主義とは言え……」

絹旗「まさにそれですよ。その自由な校風とやらに私達は超食いついた訳ですから」

白井「?」

絹旗「私達が“置き去り”って言うのは知ってますよね?」

白井「ええまあ……」

落ち葉を踏み締めながらサクサク進む両者の間に隔たる窒素装甲よりも厚い壁。
皆が春を謳歌する中、陽光に灼かれる雪のような冷たく美しい眼差し。
それはこの自然公園に生息する野鳥のように囀る少女らと一線を画していた。

絹旗「私達には超自由がなかったんです。この能力(チカラ)以外の何物も」

白井「………………」

絹旗「助成金をちょろまかす職員、食事を巡って毎度の流血沙汰、ベッドにのしかかって来て声を殺すように言う大人……まだ聞きたいですか?」

白井「いえ、結構ですの」

絹旗「だから女子寮があって、比較的自由な校風で、特別奨学金制度のある霧ヶ丘を選んだんですよ。常盤台中学は言うまでもありませんよね?」

白井「………………」

絹旗「――正直に言わせてもらいます。私は貴女達みたいなキラキラした娘超大嫌いなんですよ」

108 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:37:59.59 ID:FKpniK8AO
〜4〜

白井「――ならわたくしからも。わたくしも貴女のように世を拗ねていじけている人種は好きになれませんの」

絹旗「超結構です。愛情を押し付けられると人間は拒めないように出来てますから」

白井「……冷めた物言いです事」

絹旗「捨て子が誰でも愛されたがると思ったら超間違いですよ?なんせ“最愛”なん皮肉な名前を付けられた私が言うんですからね」

吐き捨てるでもなく淡々と語りながら絹旗はホワイトチョコ&ショコラのポッキーをポリポリとかじる。
それに対し白井は何も言えない。言うつもりもない。だが、視線を前方に移したならば――

佐天「よーし一つ目ゲットだよ!黒夜さんスタンプカード!」

黒夜「はあ、はあ、あ、ああ、このイルカのハンコもらえばいいの?」

初春「そうですよー。あと四つですね……って黒夜さんバテてます?」

黒夜「オマエらがサクサク行き過ぎなンだよ!サイボーグか!?」

初春「(私より体力ない人初めて見ました……もやしっ子?)」

絹旗「………………」

白井「お連れの方は、もう自由のようですわよ?」

ローラーシューズが意味をなさない森の小径を青息吐息でスタンプラリーに勤しむ黒夜と肩を貸す佐天。
目の下に浮かび上がったクマが汗に濡れ、春の陽射しが祝福を授けるように降り注ぎ光の道を生み出す。
絹旗はポッキーをかじるのを止めてそんな黒夜の汗だくでこそあるが晴れがましい横顔に見入っていた。

白井「――自由とは好き勝手に振る舞う事ではなく、今をあるがままを楽しむ事ではございませんの?」

絹旗「………………」

白井「――わたくしにも一本いただけません?」

絹旗「一本だけですよ」

白井「ではお一つ」

絹旗「あっ……」

呆気に取られていた絹旗の口に咥えられていたポッキーを、白井はヒョイと摘んで食べてしまった。
それに対し絹旗が初めて顔色を変え、プイッと横を向いて白井より先に歩き出してしまったのだ。

絹旗「……そういう事あんまりしない方が良いですよ誤解されますから。貴女もしかして超女誑しですか?」

白井「わたくしは清く正しく美しい風紀委員ですの!ですが、あなた方がいつもお菓子を持ち歩いているのを人並みに羨ましく思える程度に普通の女の子ですのよ」

絹旗「……なんか貴女、あの人に超似てます」

白井「どなた?」

絹旗「淡希お姉ちゃ……結標さんに」

白井「!?」
109 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:38:54.31 ID:FKpniK8AO
〜5〜

白井「何故そこであの方の名前が出ますの!?」

絹旗「私達にこの学校を教えて、受験を超勧めてくれた人達の内の一人ですから。超苦手ですけど」

白井「どういった繋がりなのかちっともわかりませんの!あの方は高等部ですし、ましてや私達はついこの間まで初等部だったではありませんか」

絹旗「――施設訪問ですよ。あの人達、生徒会役員じゃないですか」

白井「嗚呼、奉仕活動の……」

絹旗「その時はあの眼鏡じゃない人が会長だったんですよ。私達と入れ違いで卒業しちゃいましたけど……結標さんも一年前は書記だったはずですよ確か」

奉仕活動、というのは私学の生徒会などでよく行われる校外活動の一環である。
この学園都市にあっては置き去りの子供達への施設訪問などがそれに当てはまる。
同時に白井の中でも、見た目はどう見ても遊んでいる結標の意外な面に評価を改めた。が

絹旗「でもあの人お菓子で子供超釣ってやたらベタベタして来るんですよねえ〜特に小さい男の子に」

白井「」

絹旗「ほら私の髪、ミディアムショートのボブじゃないですか?最初それで男の子に間違われて超あちこち触られましたよ。その時はフード付きパーカーにホットパンツだったので」

白井「」

絹旗「“お姉さん、ううんお姉ちゃんと鏡鬼しましょう!五秒だけ我慢するから!五秒しか限界出来ないから!スニッカーズあげるから!”って(ry」

白井「あんのドチクショウがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!」

黒夜「ひィっ!?」

初春「白井さーん!黒夜さんが怖がってるから大きな声出さないで下さーい!」

佐天「ああ。鳥逃げちゃった……バードウォッチングしようと思ったのにー」

その幻想はものの五秒で殺された。要するに彼女達は結標に餌付けされ、白井はおもちゃにされたのだ。
自分が全力を振り絞ったあの鏡鬼さえも、まだ見ぬ紅顔の美少年とのキャッキャウフフの延長上にある代償行為。
あの飄々とした物腰さとミステリアスさ、能力者としての底知れぬ実力、同性の目から見ても羨ましいスタイルも全て。

110 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:41:05.97 ID:FKpniK8AO
〜6〜

白井「(幻滅いたしましたの……)」

黒夜「はあ、はあ、なぁ……えーっとオセロちゃん?」

白井「白井黒子ですの!パンダでもオセロでもありませんのー!!」

そして絹旗が先を行き、佐天と初春と合流を果たすと体力が切れたのか足が疲れたのか……
遅れだした黒夜が首からぶら下げたスタンプカードすら重そうに、後ろを歩いていた白井と並んで歩き始めた。だが

黒夜「……班に入れてくれてありがとう。あと絹旗ちゃんの事も」

白井「お礼なら佐天さんに言われては?それに絹旗さんの事は」

黒夜「――絹旗ちゃん、お兄ちゃんが出てってから私の事守らなきゃって……ずっと気張ってたんだ」

白井「(お兄ちゃん?)」

黒夜「本当は、絹旗ちゃんって、すごい泣き虫なんだよ……ひっははは。私、見ての通り身体弱いだろ?だから、自分は泣いちゃいけない、お兄ちゃんみたいに私を守らなきゃ、って」

黒夜はフウフウと肩で息を切らし、つっかえつっかえではあるが白井らに対し謝意を口にした。
だが白井にも黒夜の言葉に思い当たる節があったのだ。
黒夜を施設出身だと揶揄したクラスメートを窒素装甲でブッ飛ばしたのは絹旗であったと。

黒夜「だから謝るよ……さっき絹旗ちゃんに怒った事……私からも」

白井「――ご安心を。わたくしが怒ったのは絹旗さんにではなく、幼気な子供をスニッカーズで釣って鬼ごっこに誘う変態ショタコン副会長の事ですわ」

黒夜「?」

白井「さあ、少しズルになりますが……よっ!」シュンッ

黒夜「おォ!これが瞬間移動!!」シュンッ

佐天「ピッピー!白井さんテレポートは無しですよー!」

初春「はあ……はあ、脇腹……痛いです……白井さん私にも」

絹旗「何が清く正しく美しい風紀委員ですか超反則ですね!」

葉桜を迎えた新緑の森を白井は黒夜を抱えて空間移動する。
驚きのあまり訛る黒夜の身体はとても細く弱々しかった。
だが白井は思う。絹旗の窒素装甲とはそんな黒夜を守るための能力ではないかと。

白井「(全く……この学校は本当に退屈いたしませんの)」

そしてへたばる黒夜を白井が空間移動で、初春を絹旗が窒素装甲で抱えて、その後を佐天が追い掛け……
A班は他のグループをぶっちぎりで追い抜きスタンプラリーでクラス第一位を取り、無事オリエンテーリングを終えた。

111 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:42:48.10 ID:FKpniK8AO
〜7〜

結標「あら、ここは橋は橋でもひっかけ橋じゃないわよ?そろそろ夕食の時間だから今日はお帰りなさい」

白井「スニッカーズで小学生をナンパする犯罪者をジャッジメント(断罪)しに来ましたの!!!」

結標「な、な、な、なんでそれを!!?」

ちょうど生徒会の溜まりに溜まった仕事を終え橋を渡る結標が見たもの。
それはわざわざ橋の欄干の上に立って腕組みし待ち構えていた白井からの糾弾もとい追求である。
辺りは既に暗くなり、もう十分もすればスポットライトが夜桜に当たるであろう場所。
そんな中目に見えて狼狽した結標を見、白井は僅かながら溜飲を下げた。初めて顔色を失ったと。

白井「絹旗最愛、黒夜海鳥という置き去りの子供を覚えていらっしゃいまして?」

結標「ええ、よく覚えているわ。そうそう確か貴女と同い年のはずよね。もしかして知り合い?」

白井「クラスメートですの。今日のオリエンテーリングで行動を共にしましたの。そこで貴女の犯罪(ry」

結標「そうなの!あの子達本当にあそこを出られたのね!!」

白井「え゛」

結標「嗚呼、そうなんだ……良かったわ」

しかし、白井の攻勢は思いの外まともなリアクションを返した結標の胸を撫で下ろす姿に挫かれた。
別段本気で過去の悪因悪果をあげつらうつもりなどなかったが、代わって白井の胸が微かに痛んだ。

結標「――良かった」

白井「………………」

結標「あの子達、元気にしてた?」

白井「え、ええ」

結標「そう」

痛む胸に歪む顔。されど結標はそれに気づいているのかいないのか橋の欄干に背を預けて白井を見上げた。

結標「降りて来ない?見上げてたら首疲れちゃうわ」

白井「………………」シュンッ

結標「いい子ね」

降り立った先、それは結標の傍ら。橋の下を流れる河川は未だ登らぬ月の出を待ち春風に波立つ。
葉桜に衣替えし脱ぎ捨てられた花片が水面を揺蕩うのを白井は見ていた。何故だか結標が真っ直ぐ見れずに。

結標「――よく覚えてるわ。貴女“悪童日記”って言う小説知ってる?」

白井「アゴタ・クリストフならば。確か戦争で親と生き別れたか捨てられたか祖母に預けられた双子の話では?」

結標「ええ。あの子達を初めて見た時真っ先に思い浮かべたのはそれよ。それくらい印象深かったから」

何故だか、鏡のように己を映す水面を真っ直ぐ見れずに――

112 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:44:58.69 ID:FKpniK8AO
〜8〜

結標「二人で助け合って、支え合って、惹かれ合って生きている双子の兄弟みたいだった。痛々しいくらい」

白井「……わたくしから言わせていただけば二人の世界で完結して他の人間の手を拒んでいるように思えますの」

結標「救いの手と迫害の手の区別もつかないほど彼女達は病んでいたのよ。氷華の前の会長が足を運ぶようになってだいぶ軟化したのだけれど」

白井「………………」

結標「でも良かった。その様子だと貴女は彼女達に手を差し伸べてくれたようね」

白井「そんなつもりではありませんの!」

結標「クス……」

そんな白井を知ってか知らずか、結標は続けた。
彼女達と友達でいてあげて欲しいと。友人は得難いものであると。
ここまで来て白井は結標をやり込める千載一遇の好機を逃した。
だがこうまで真面目な話の腰を折るなど考えられなかった。

結標「友達って大切よ?貴女とあのお花畑みたいな頭の子を初めて見た時私も思い出したもの。氷華と初めて出会った時の事を。貴女は私によく似ているから」

白井「嬉しくありませんの!貴女とどこが似ていると?貴女がわたくしの何をご存知なんですの?」

結標「勝ち気で負けず嫌いで」ギュッ

白井「きゃっ!?」

結標「向こう見ずで無鉄砲なところ。あーあったかいわこのままさらってしまおうかしら?」

白井「離ーしーてーくーだーさーいーでーすーのー!!」

かと思えば肌寒い春風に暖を取るように白井を抱き寄せるなど、もがく白井を腕の中で弄ぶ。
ハラハラと舞う葉桜の名残が、二人を笑っているように風に乗ってさざめきを生み出して行く。
だが白井にとっては笑い事ではない。憎らしいほど豊かな胸と恨めしいほど細い腰が当たっているのだ。
衣擦れの音が、立ちのぼる甘い香りが、鼻先をくすぐる赤髪の二つ結びが、結標淡希そのものが。

結標「あら?学園都市の治安を担う風紀委員ともあろう者がセクハラ現行犯さえ逮捕出来ないなんて……嗚呼、この子供特有の高い体温って素敵!」

白井「変態!変態!!変態!!!」

結標「本当に嫌なら離れたらどう?貴女もしかして私の事好きなんじゃない?」

白井「何をどう演算すればそんなトンデモな式が成り立つんですの!?貴女なんて……貴女なんか私大嫌いですの!!」

結標「じゃあ、どうしてわざわざ橋の上で私を待ち構えていたのかしら」

白井「そんな事……」

113 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:46:06.06 ID:FKpniK8AO
〜9〜

反駁すれば、反抗すれば、反論すれば、反発すれば良かったのだ。
だのに結標の腕の中へ磁石のように吸い寄せられて離れない。
湧き上がる胸の内の砂鉄が、こびりついて落ちない。

白井「そんな事……そんな事貴女に関係ないじゃありませんの!」

結標「全くの無関係という訳でもないでしょう?貴女は私に“借り”があるのよ」

白井「この卑怯者!貴女を少しでも見直した私が馬鹿でしたの!!」

結標「見直してなんてくれなくてもいいわ。あの鏡鬼の時のように、肩書きでもレベルでもないありのままの私を見てくれればいいの」

白井「………………」

抱かれたまま、頬を撫でられ髪をとかれる。動けない。目を離せない。
こちらを見下ろして来る結標の背後、名残を惜しむ葉桜にスポットライトが当たる。
滑る指先が微かに冷たく、それを感じる頬がひどく熱い。

結標「――私ね?貴女とどこかで会ったような気がする。初めてあの窓から貴女を見つけた時からずっとそう感じてた」

白井「……わたくしを口説いているおつもりで?」

結標「悪くないかも知れないわね。四つ下の恋人っていうのも」

白井「――なら、今ここで取り立てればよろしいんですの」

結標「……?」

白井「……鏡鬼で貴女が手にした、わたくしの“自由”を」

その瞬間、ザアッと一際強い春風が夜桜を散らして行く。
白井の目は未だ挑むように鋭利で、結標の眼は倦ねるように怜悧だった。
肌まで張り詰める空気、口元力む雰囲気、だが最初に笑ったのは――

結標「――自由とは奪うものよ。それに私、今スニッカーズ持ってないし」

白井「………………」

結標「貴女を釣るにはまだ少し足りないわ。だから――」

白井「あっ……」

顔が、頬が、唇が、影が、髪が、手首が、夜桜の下に重なる。
それはどれくらいの時間だったろうか?一分?一秒?それとも永遠?
答えは漏刻を告げるオイル時計の滴。十までしか数えられない子供にもわかる時間。

結標「少し早めの……おやすみのキスよ」

白井「……眠れなくなったらどうしてくれるんですの!!」

結標「“子供”は早く寝なさい。ほっぺで済ませてあげてる間に」

白井「………………」

結標「また遊んであげるわ。じゃあね白井さん」

そして白井がうっすらと目蓋を開けたその時、結標の姿は既にそこにはなかった。だがそれに代わって――
114 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:49:00.15 ID:FKpniK8AO
〜10〜

黒夜「あァ、あれ、ききき絹旗ちゃンキスキスキスキス(ry」

絹旗「声出しちゃダメですよ黒夜ちゃん。それにまたテンパって超訛ってますよ?」

白井「!?」

黒夜「あ」

絹旗「超見つかっちゃいました」

白井「あなた方ー!!!!!!」

代わって、夕食の時間になっても帰って来ない白井を探しに来た黒夜と絹旗が橋の口にてこちらを窺っていた。
殊に顔を真っ赤にして訛り全開の黒夜の目を背後から覆う絹旗の様子を見るに、恐らく結標は気づいていた。
わかっていて見せつけ、自分だけはサッサと逃げ帰ったのだ。白井を翻弄した座標移動で。

黒夜「や、やべェよ絹旗ちゃァン……白井ちゃンマジ切れてるすげーキレてるって」

絹旗「別に超怖くないですけどね。女誑しが誑し返されるとかほんと超笑えますね」

白井「あんのドチクショウがァァァァァァァァァァ!!」

頭を抱えヘッドバンキングしながら橋の上をごろごろ転がる白井は正しく針のむしろである。
よりにもよって唇を許したどころかあまつさえクラスメートにそれを見られた。最悪の二倍ではなく二乗である。

白井「お、お二方?今見たものを内なる胸に秘めていただけたならば(ry」

黒夜「あー今夜のデザートの桜餅食べたいなあ」チラッ

絹旗「あーオリエンテーリングのレポート超面倒臭いですねー」チラッチラッ

白井「ぐぬぬぬぬぬ」

絹旗「……友達の頼みは聞くもんですよ」

白井「!」

黒夜「早く行こうぜ白井ちゃーん!!!」

絹旗に手を引かれながらローラーで進む黒夜が白井を手招きしている。
そこで気づく。二人が自分を探しに来てくれたのだと。
結標はそれを見て安心し、あっさり身を引いたのではないかと

白井「今行きますのー!」

白井は後を追う。佐天と初春の待つ食堂へ、黒夜と絹旗に伴われて。
未だ余韻の残る唇を指でなぞりながら、やや駆け足で。

白井「――わたくし」

唇を結ぶ事も噛み締める事も出来ず、白井はただ戸惑っていた。
どこかで会った事がある……そう結標が言った言葉を反芻して。

白井「……わたくし、貴女なんて大大大大大嫌いですのー!!」

――自分も知っている気がした。それほどまでに、そのキスの感触に覚えがあったから――

115 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:49:27.50 ID:FKpniK8AO
〜11〜

結標「あー……」

風斬「結標さんまたサラダばっかり取って。身体にいいものばかり食べるのも身体に良くないんですよ?」

結標「なんかもったいなくて」

風斬「(?)恋でもしちゃいました?」

結標「まさか」

一方、霧ヶ丘女学院内にある食堂内にて結標と風斬は他の生徒らに混じってトレーとトングを手に並んでいた。
だが結標のトレーにはサラダとフルーツばかりが盛られ、対照的に風斬はどの種類も満遍なく。
ガヤガヤとおしゃべりひしめき合う食堂は姦しく、二人はあらかた取り終えると夜桜を一望出来る窓際席についた。

風斬「どうですかねえ最近よく突っかかって来るあのツインテールの娘とか、結標さん好みの顔立ちじゃないですか」

結標「よしてよ氷華。相手はまだ中学生の女の子よ?」

風斬「(結標さんが普段狙ってるのは小学生の男の子じゃないですか)でも結構大人びて見えますけどね?少なくとも一年前の結標さんよりはず〜っと♪」

結標「うっ……」

風斬「あの“虹の架け橋”で誰かさんに何度コテンパンにされたか覚えてますかー?」

結標「い、いいでしょそんな昔の事は!……まあ、常盤台中学の連中よりはマトモなのは確かよ。あの子達なんてやってる事ほとんど殺し合いじゃない」

そうふてくされて塩漬けオリーブをよける結標は行儀悪く頬杖をつき、風斬もその言葉に首肯した。
常盤台中学。今現在内乱状態に等しい女生徒同士の権力争いが生じ、誰も手がつけられないと言う。
特に風紀委員一七七支部など止めに入ろうとして何人が再起不能に陥ったか知れないと二人は伝え聞いていた。

結標「逆に長点上機学園は平和そのものよね。あの1・2・7位のお気楽三馬鹿連中そんなの興味無さそうだし」

風斬「常盤台は3・5位でしたっけ?あ、でも三位って確か」

結標「そう、あの子だけよ先代を本気で怒らせたの。あのキレっぷりみたら私なんて手のひらで転がされてたようなものだってよくわかった」

現在、一七七支部は他支部に対して支援を求めている有り様である。
校内外問わず二十四時間体制で二人だけの戦争を繰り広げるレベル5二人。

風斬「でしたねえ確か名前は“食蜂操祈さん”と、えーっと三位は……あ、あれ?」

一人はレベル5第五位心理掌握(メンタルアウト)食蜂操祈。

結標「どれだけ天然なのよ氷華……いい?もう一人の名前は――」

残るもう一人は――

116 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/27(金) 20:50:03.54 ID:FKpniK8AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「レベル5第三位……超電磁砲(レールガン)御坂美琴よ――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
117 :投下終了です :2012/01/27(金) 20:51:06.28 ID:FKpniK8AO
いつもレスありがとうございます。スニッカーズは食べ過ぎにご注意を。では失礼いたします
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/28(土) 09:13:50.40 ID:IzFKHREP0
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/29(日) 11:34:35.93 ID:zkN+AMsDO
作者wwwwwwww
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/01/29(日) 13:08:38.09 ID:xOFfBIN3o
乙です。楽しみにしてます。
121 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:00:00.13 ID:rTVeus+AO
>1です。第七話投下させていただきます
122 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:00:28.05 ID:rTVeus+AO
〜8月12日〜

気象予報士『12日夕方より深夜にかけ大規模なスーパーセルが発生する可能性も予測されており――』

食蜂「ふぅん?珍しいわねぇスーパーセルなんて」

御坂美琴が苦悩し、麦野沈利が葛藤する中、食蜂操祈は私室にて我関せずとばかり姉金に餌やりをしていた。
ホタルブクロを逆様にしたような金魚鉢に浮かぶ餌に二匹が同時に食いつく。
そして粗方食べ尽くすと再び水草を隠れ蓑に潜って行くのだ。
ブクブクと立ちのぼっては消え行く水泡。酸素の行き渡りやバクテリアも問題なく安定している。

食蜂「今の気象予報の的中力なんて当てにならないけどぉ、舞台装置としてはお誂え向きよねぇ」

人間関係は水換えに似ていると食蜂はここ数日感じていた。
長らく放れば濁り、短く入れ替えれば住みにくい。
底が浚えるほど浅い砂ならば手応えはないし――
食む水草が多過ぎればそれだけ隠し事が増える。と

食蜂「ケンカしちゃダメなんだゾ☆二人っきりなんだからぁ♪」

金魚鉢の中で二匹の姉金が喧嘩し始めたのである。
食蜂とてまだ飼い始めてから今日で五日目だが……
喧嘩というのはオス同士がするものだと言う認識が今まであった。
単純で、思うがままに力をふるい、無形の勝利に酔い痴れる生き物。
生物にとって最も原始的な行為とは動くという事。
そして本能的に、どの生物も己の能力を発揮する事に喜びを覚える。

食蜂「――最初から勝ちの下地も作ってない行き当たりばったりの喧嘩なんて、あの“お馬鹿さん達”で死ぬまでやれば良いんだわぁ」

知力、体力、精神力、財力、権力、政治力、そして暴力。
食蜂は『力』の在り方を否定しない。『力』とは生きる上において――
酸素より、水より、食料より、衣服より、何よりも必要なものだと理解している。

食蜂「――御坂さんみたいに、持ち腐れさせる事が美徳力に繋がるなんて地点もうとっくに過ぎてるのよぉ」

理解出来ないのは、御坂美琴の在り方と自分の有り様の差異。

食蜂「――見せてちょうだぁい?本当の“武力”と本物の“暴力”がぶつかり合う瞬間の」

理解出来るのは、御坂美琴に対する無垢なまでの禍々しい執着。

食蜂「――絶望に歪む、貴女の顔を」

硝子の金魚鉢に映り込んだ美しく整った顔立ちは、確かな歪みにひび割れて見えた。
123 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:00:55.88 ID:rTVeus+AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「たっわ終は頃の葉青」話七第:(ムーロクノモ)標座間空の虹白るあと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
124 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:01:22.27 ID:rTVeus+AO
〜1〜

結標「桜も終わっちゃったわね……嗚呼、憂鬱だわ」

風斬「いつの話してるんですか結標さん。そんなのもうひと月近く前の話ですよ?」

滝壺「大丈夫。私はそんな五月病真っ盛りのあわきを応援してる」

フレンダ「あ〜中間考査ヤバい身体検査ヤバい全部全部ヤバい!何でみんなそんな余裕綽々な訳よ!?結局テンパってんの私だけ!!?」

入学式、新入生歓迎会、部活紹介などが粗方終わりやや弛緩した空気漂う霧ヶ丘女学院生徒会室。
そこにはアンニュイそうに窓枠に頬杖をつきつつグラウンドを眺める結標。お茶を入れる湯を沸かすべく火にかける風斬。
そしてソファーに腰掛け午睡に船を漕ぐ滝壺理后と、長机でカリキュラムに取り組むフレンダ=セイヴェルンがそこにいた。

結標「落ち着きなさいよフレンダ。それよりグラウンドをごらんなさい?初等部の少年達がどろんこになって駆け回っているわ。なんて素晴らしい……」

風斬「あははは、イエスショタコン・ノータッチでお願いしますね。次はもう庇ってあげられませんから」

滝壺「ふれんだのぬいぐるみ枕にしていい?これクッションにすごくフィットする」

フレンダ「(何でこんなヤツらがそれぞれの学年でトップクラスな訳よおかしくない!?)」

フレンダはタッチペンをお尻かじり虫しながら羨むような妬むような嫉むような眼差しを三人に向ける。
フレンダの能力は希少性こそ高いものの、レベルはいつもギリギリで好不調の波が非常に激しい。
そのためペーパーテストにも気が抜けず、能力開発に関するレポートも練りに練って少しでも評価の足しにしたいのだ。

結標「そんな顔しないでよフレンダ。こればっかりは他人がどうこう手助け出来ないの知ってるでしょ?」

風斬「霧ヶ丘の能力者って皆希少価値が高いから、仲間同士でアドバイス出し合ったり出来ませんもんね……ごめんなさい力になれなくて」

滝壺「スー……スー……」

フレンダ「――まあ結局私もそれくらいわかってる訳よ。ただの僻み根性と無い物ねだり。ごめんね」

私は『あの子』みたいになりたくない。そう強く思いながらフレンダはタッチペンを走らせた。

125 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:03:21.95 ID:rTVeus+AO
〜2〜

フレンダ「(例えば、結標)」

根を詰め過ぎて煮立った頭からベレー帽を外し、かぶりを振ってフレンダは金糸の髪をかきあげる。
見据える先は結標淡希。学園都市に50人ほどいると言われている空間系能力者の頂点に立つ彼女を。

フレンダ「(例えば、風斬)」

風斬の柔和な眼差しで今お茶淹れますねと微笑みかけられ、フレンダはゆっくりと頷き返す。
正体不明(カウンターストップ)。原理すらよくわかっていない能力をもって霧ヶ丘のトップに位置する彼女を。

フレンダ「(例えば、滝壺)」

授業中もずっと居眠りしているか窓の外の雲の形を動物に見立ててぼんやりしている滝壺。
その能力追跡(AIMストーカー)は結標と並び、次期レベル5の最右翼と評される彼女を。

フレンダ「(……結局私だって、最初は霧ヶ丘に来た以上ちょっとは自信あった訳よ。)ありがと風斬」

風斬「はい♪」

結標「すごい甘い香り……あれ?氷華これって」

滝壺「バニラの良い匂いがする……」ムクッ

風斬「マリアージュフレールのエスプリ・ド・ノエルです♪懐かしくありませんか?」

結標「確か先代が好きだったわねそのブランド。私お茶なんてコンビニで売ってる銘柄しか知らなかったから最初驚いたわ。味の深さと香りの高さに」

『主は主あるを知る』……どの世界にも上には上がいるのだと何度となく打ちのめされても来た。

フレンダ「ふう。サバカレーに紅茶ってのも悪くない訳よ……」

結標「貴女少しは取り合わせとか考えなさいよ。これだから外国人の味覚は大雑把で困るわ」

フレンダ「あんな殺人野菜炒め作って平気な顔してるあんたよりマシな舌してるっつの!」

結標「何ですって!?」

滝壺「ひょうか、私も欲しい」

風斬「ええ大丈夫ですよ……あ、あら?」

滝壺「?」

風斬「今ので最後でした……ご、ごめんなさいまたやっちゃいましたあ!!」

結標「つくづく抜けてるわねえ貴女って……けれどいつも氷華にばっかりお茶の用意してもらっちゃってるし」

それでも尚膝を屈しないのは、こんな力無い自分を誇りに思ってくれる妹フレメアと――

結標「私ちょっと買いに行ってくる。フレンダ付き合いなさい」

フレンダ「!?」

結標「気分転換も必要でしょ?」

『あの子』のように惨めな末路を迎えたくないという一心そのものだった。

126 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:03:48.86 ID:rTVeus+AO
〜3〜

結標「でも他の学区まで足を伸ばさなくちゃいけないなんて面倒ね」

フレンダ「セブンスミストまでだもんねー。でも結局、そこんとこは結標の座標移動に期待するって訳よ!」

二人は学校を抜け、モノレールに揺られながら第七学区のセブンスミストを目指す。
そうしている間にもフレンダはまめまめしく単語帳をめくりながら結標と共に手すりに掴まっていた。

結標「第七学区……去年あすなろ園訪問に行ったのが最後かしら」

フレンダ「私はけっこう足運ぶよ?フレメアが第七学区住まいだから」

結標「そうそう妹さん妹さん!まだ小学生だったわよね!?」

フレンダ「あーいーからーそういうのぉー。結局私達のお目当てはお茶っ葉であってあんたの御稚児趣味じゃないから!」

結標「ちょ、ちょっとだけ(ry」

フレンダ「羊の群れにさかりのついた野犬放つ馬鹿いないでしょ!ただでさえ今風紀委員とか警備員うろうろしてるんだから」

また始まった、とフレンダは単語帳をペラリとめくりながら傍らのジト目で見やる。
この御稚児趣味(ショタコン)さえなければそれなりにいい線行くのにと。
以前にも成り行きでフレメアを小学生まで迎えに行った際――
同道していた結標はずっと校門から出て来る小学生の男の子を目で追っていた立派な前科がある。

結標「それ常盤台のお家騒動が原因でしょ?馬鹿よねあの子達。先代が仲裁に入った意味ないじゃない」

フレンダ「レベル5が仲裁に入って停戦止まりなんだからただの風紀委員達にどうこう出来るはずないのね。結局骨折り損のくたびれもうけって訳」

そんなお巡りさん私です状態の結標、霧ヶ丘でも今一つパッとしないフレンダ。
だがそんな彼女とて妹フレメアにとっては大きな目標なのだ。
『私も大体、フレンダお姉ちゃんと一緒の学校に行きたい』と。

フレンダ「ま、結局中坊のドンパチとかんなもんどうでもいい訳よ。それよりお茶っ葉お茶っ葉」

結標「ついでに買い溜めしとく?あの紅茶セブンスミストにしか置いてないし、何度も足運ぶの面倒臭いし」

フレンダ「そうしよ。結局そういうところ面倒臭いよねこの学園都市(まち)。私が生まれた国だったら同じストリートにあったのに」

故にフレンダは悪戦苦闘しながらも霧ヶ丘女学院にしがみ続ける。
フレメアにとっての自慢の姉であり続けるために。
振るい落とされた『あの子』のようにならないために――

127 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:05:59.09 ID:rTVeus+AO
〜4〜

白井「予想を斜め上に突き抜けて最悪ですの。何ですのあの巨大なインド象と一緒に全員揃って踊り出すラストは!?」

絹旗「はっ、これだから優等生の感性は柔軟性に欠けるんですよ。あれこそエンディング前の超最高のクライマックスじゃないですか。そう思いません黒夜ちゃん?」

黒夜「ごめん絹旗ちゃん、私にもさっぱりだ」

夕刻……白井と絹旗と黒夜の三人は第七学区にある学園都市ピカデリーから出てセブンスミストへ向かっていた。
五月の爽やかな風を受けて回るプロペラはひしゃげ、柔らかな光を浴びて輝く鏡張りのビルには罅が入っている。
どうやら噂は事実のようですわね、と白井は胸裡にて歎息しながらパンフレットを丸めた。

黒夜「それより私は予告にあった“とある魔術の禁書目録”の劇場版が気になった。いつやるんだっけ?」

絹旗「まだ放映決定としか出てないんで超わかんないですね。原作のどの辺りの話をやるんでしょうか」

白井「あなた方が何をお話しているのかさっぱりわかりませんの」

こんな事をしていて本当に良いのやら、とふと我が手を見つめる白井。その理由はおよそ二つ。
一つは入学してより初めての中間考査を前に遊んでいて良いのかと言う疑問。そして第七学区の現状。
しかし両脇を固める二人はオリエンテーリングの前から楽しみにしていたらしくほくほく顔だ。

絹旗「白井さんは超固いですねーもっと頭空っぽにして肌で感じればいいんですよ」

白井「頭空っぽにするというより頭空っぽの映画でしたの!!」

黒夜「ひっはは。そう言ってあげないでよ白井ちゃーん。絹旗ちゃん、将来映画撮りたいんだって。そのお勉強お勉強」

白井「映画を?」

絹旗「こらっ!それ三人だけの秘密だって超誓ったじゃないですか!!」

???「にゃあっ!?」

絹旗「あ、ごめんなさい。大きな声出したりして」

と、そこで絹旗がローラーシューズで滑り出す黒夜のフードをむんずと鷲掴み首根っこを押さえた。
だが思いの他通った声はすぐ側を歩いていた小学生と思しき少女を驚かせてしまったようで

白井「いい夢だと思いますの!将来は映画監督や映像作家に志望されまして?」

絹旗「ちょ、超漠然とですよ?ほとんど願望みたいなもんでまだ目標とか呼べるほど確かなものじゃ」

その少女は黒夜のローラーシューズを羨ましそうに見つめると、再び雑踏の中へと駆け出して行った。
128 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:06:25.88 ID:rTVeus+AO
〜5〜

黒夜「絹旗ちゃんはねえ、昔お兄ちゃんに連れて行ってもらってから映画にゾッコンなのさ」

白井「お兄ちゃん?あなた方は……」

絹旗「――同じ施設の男の子です。私達が勝手にお兄ちゃんって呼んでただけで」

黒夜はアスファルトをローラーシューズで滑りながらスクランブル交差点を目指しつつ語る。
二人を可愛がってくれたお兄ちゃんという少年がおり、ある日施設での暮らしに疲れてしまった二人を……
その少年が生まれて初めて映画館に連れて行ってくれたのだと絹旗は晴れがましそうに言った。

絹旗「――私達にとってそれは、新しい世界を見たくらい超衝撃的だったんですよ」

黒夜「内容も超衝撃的だったけどね……痛ェ!」

???「ちょっとあんたどこ見てんのよ!」

黒夜「ご、ごめンなさい」

映画すら見た事がなかった二人の幼年期。それは白井にとっても想像だに出来ない世界であった。
だがローラーシューズがスリップし常盤台中学の生徒の背中にぶつかって謝っている黒夜と

絹旗「――まあそんなところです。これ、超内緒にして下さいよ?」

黒夜「ひっはは、これで“四人だけの秘密”になっちまったねえ絹旗ちゃーん」

絹旗「貴女が超余計な口滑らせるからですよこのっこのっ」

黒夜「痛ェ!痛ェよ絹旗ちゃン!」

白井「――言いませんわ。“友達の頼みは聞くもの”と仰有ったのは貴女ですのよ」
絹旗「……前言撤回です。貴女優等生の割に超人が悪いです」

そっぽを向いた絹旗の横顔。同年代にしては大人びたそれ。
その下にある年相応の素顔を垣間見たような気が白井にした。

白井「(やれやれわたくしとした事が……こんな小さな秘密を共有して少しワクワクしているなどと)」

スクランブル交差点の信号が青に代わり、学生の一団が歩みを進める。と

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

黒夜「あ、あれェ!?」

絹旗「黒夜ちゃん!!」

一台のトラックが減速もせぬまま交差点に侵入して来る。
それに気づいた一台が慌てて蜘蛛の子を散らすようにして行く中――

白井「危ないっ!!」

つい浮かれてしまい、一瞬反応が遅れてしまった白井が二人を引き戻すより早く――

129 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:07:12.33 ID:rTVeus+AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「またあんたかアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
130 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:09:13.98 ID:rTVeus+AO
〜6〜

白井「……!」

白井は聞いた。絹旗の襟首に手指がかかるかかからないかの刹那。
全ての景色がスローモーションに見える中弾かれた『コイン』の鳴る音を

黒夜「……!」

黒夜は見た。自分を庇うように抱きかかえた絹旗の腕の中から。
真っ白になる視界の中に迸る紫電が、自分が先ほどぶつかった常盤台の生徒に漲るのを

絹旗「……!」

絹旗は感じた。黒夜を抱える自分を引き戻さんとする白井の腕より早く。
背筋が粟立ち毛が逆立つような放電、ビリビリと毛穴まで開かせるような圧倒的な空気を

ドンッッッッッ

と少女の手から弾かれたコインが雷閃となって放たれ、鼻先まで迫り来るトラックを――
そのタイヤもろともアスファルトごとえぐり出すように吹き飛ばす!
その軌道は逃げ惑う群集の頭上スレスレを飛び越え、交差点向かいにあるセブンスミスト……
フランス式紅茶専門店『マリアージュフレール学園都市店』の窓際へと叩き返される。この間実に一秒足らず!

黒夜「わわっ……わわわっ」

絹旗「黒夜ちゃん大丈夫ですか!?」

黒夜「う、うン……こ、腰抜けたァ」

白井「絹旗さん!黒夜さんを離れて早くこの場を離れて下さいまし!」

???「――ごめん」

白井「!!?」

へたり込む黒夜に肩を貸し、パニック状態になる交差点の喧騒の中にあって一際冷静な声音。
それはたった今も、自分達に背を向けながらセブンスミストを見つめる件の常盤台中学の女生徒。

???「――あいつらの狙い、私だから」

白井「……貴女は?」

シャンパンゴールドの髪に差された花柄のヘアピン。
白井にはその少女に『見覚えがなかった』のだ。
ここまでの圧倒的破壊力を有する能力者など数えるほどしかいないであろうに。

???「あんたもさっさと逃げたら?」

白井「なっ……わたくしは風紀委員でしてよ!?管轄は違いますが」

???「風紀委員なら聞いてない?そうやって首突っ込んで来てもう何人も再起不能にされてんの――そうでしょ?」

――白井は、その少女の『顔も名前も』初めて目にしたばかりなのだから――

131 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:09:41.03 ID:rTVeus+AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――出て来なさいよ食蜂操祈(じょおうばち)!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
132 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:10:11.20 ID:rTVeus+AO
〜7〜

ドンッッッッッ!と再び迫撃砲のような轟音と共にひしゃげたトラックが飛来し、御坂美琴はそれを左によけた。
同時に避ける術など持たない信号機が飴細工のようにひしゃげて倒壊し、彼方より上がった白煙が晴れて行く。

食蜂「ひどいわねぇみぃーさぁーかぁーさぁーん?今のは“不幸な事故”でしょ?それともぉ私が今何かした証拠力でもあるのぉ?」

御坂「どうせあんたが操ってそうさせてんでしょ!どこまで下衆な能力なのよ!!」

食蜂「あーん。エクレアもお茶も台無しになっちゃったぁ。貴女これ食べといてぇ」

女生徒「えっ、でもこれ……」

食蜂「私 に 口 答 え し ち ゃ ダ メ な ん だ ゾ ☆」

女生徒「承りマシタ」

その木っ端微塵になった店内には、足組みして瓦礫の破片や舞い上がる砂埃にまみれたエクレアや紅茶を……
何人もの派閥の人間に食べさせ残飯処理させる常盤台中学の女王、食蜂操祈がこちらを見やっていた。

白井「まさか……あなた方!?」

御坂「下がってて、あんたまで操られたら私責任持てない」

食蜂「やぁーさぁーしぃーいなぁ御坂さぁん。流石は先輩を差し置いて第三位なだけの貫禄力あるわぁ」

御坂「……無関係な人間巻き込んでまであんたは私をどうしたいのよ!?」

食蜂「んー?なぁんの事かよくわかんなぁい♪」

御坂「……!!」

それを親の仇を見るより激しい赫亦を双眸に宿してねめつけるは御坂美琴。
ここに来てようやく白井は得心がいった。風紀委員一七七支部の壊滅、常盤台中学のお家騒動、その全てに。

白井「風紀委員(ジャッジメント)ですの!今すぐ能力使用を止めて投降なさい!」

食蜂「あらぁ?まだ“立って歩ける”子って風紀委員にいたんだぁ☆」

白井「――……!!」

御坂「……無駄よ。こんなムチャクチャ一度や二度じゃなかった。なのにあの女は“一度も捕まってない”のよ」

白井「………………」

御坂「そう言う能力者なのよ」

常軌を逸していた。御坂一人を追い詰めるために無辜の学生まで平然と巻き込んで憚らないその精神が。
それを可能とする桁違いの能力を持つ食蜂が、それを相手どって尚引き下がらない御坂が信じられない。

133 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:12:19.21 ID:rTVeus+AO
〜8〜

御坂「私一人狙えばいいでしょ!?何でそんなヘラヘラした顔でこんな事出来んのよ!!?」

食蜂「失礼しちゃうなぁ。私はただ御坂さんとお茶したいだけなのに」

白井「………………」

食蜂「この子達みたいにぃ☆」

呑気にテーブルに腰掛ける食蜂の足元には粉塵に濁った紅茶や落ちたエクレアをピチャピチャグチャグチャと貪る少女達。
白井には彼女達の権力闘争の確執など知りようもない。だがもしその軍門に降るとすれば――
きっと彼女が手にするあのリモコン一つで、人間の尊厳すら踏みにじられた操り人形と化すのだろう。故に

御坂「私はあんたに跪いたりしない!私はあんたの思い通りになんて絶対ならない!!」

食蜂「言ったでしょお?これは“不幸な事故”なんだってぇ……でもねぇ?」

女生徒「承りマシタ」

その言葉が触れざる蜂の巣をつついたように……
トラックが突っ込んだセブンスミストの鏡と硝子の全てが、ビリビリと地鳴りのようにカタカタと震え――
食蜂の側に控えていた女生徒の光を失った双眸が、線虫でも這い回るようにギョロギョロ動くのに連動し

食蜂「“喜ばしき幸福は常に一人で訪れ、招かれざる不幸は団体客で訪れる”」

御坂「あんた……」

食蜂「――上♪」

ガシャァァァァァァァァァァン!と念動力によって粉々に打ち砕かれたセブンスミストの鏡と硝子が……
未だ取り残された通行人の頭上から雨霰とばかりに降り注ぎ、不吉な煌めきを返して舞い散る!

白井「しまっ――」

御坂「あんた!?」

???「にゃあっ!?」

白井が飛び出し、視界を埋め尽くさんばかりの硝子と鏡のスコールをへと挑んで行く。その向かう先は――
一気に逃げ惑う人々に突き飛ばされてへたり込んだ、先程絹旗の大声に驚いた小学生の下!
しかし数が多すぎる。逃がすも硝子と鏡を転送するにも絶望的な物量がそれを許さない!

???「――フレ」

白井「――!!!」

白井が空間移動で飛び、手指を伸ばし、小学生を腕に抱く、しかし次の能力使用を行う秒に満たないタイムラグが

御坂「風紀委員ー!!!!!!」

白井「っ」

???「!」

――白井に、亀の子のように丸まりその身体の下に小学生を庇う事を選ばせた。
それはまさに咄嗟。砂の一粒が時を刻むよりも短い刹那の中。
白井は小学生を強く抱き締め、固く双眸を閉ざして死を覚悟し――

134 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:12:48.31 ID:rTVeus+AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「――貴女って、本当に私が好きなのね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
135 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:13:14.26 ID:rTVeus+AO
〜9〜

白井「!!?」

その瞬間、背を丸め身を屈めて小学生を庇っていた白井に降り注ぐはずであった死の雨が……
肌に触れるか触れないかの瀬戸際に『消失』し、スクランブル交差点へ『転送』され、『座標移動』したのだ。

食蜂「座標移動……」

御坂「結標淡希!!」

結標「こら。年上には敬語使いなさいって先代に口酸っぱく言われたの忘れたの?」

御坂「っ」

結標「全く……」

そこには、対峙する食蜂と御坂と白井のトライアングルの真ん中に座標移動で降り立った結標がいた。
肩に担いだ軍用懐中電灯をチラつかせながら、啀み合う中学生三人の間に仲立ちするように。

結標「貴女もよ食蜂さん。私達も中学生の争いになんて首突っ込むつもりなかったのだけれど、流石に“後輩”を危ない目に合わされて黙っていられないわ」

食蜂「私もよぉ。たかがレベル4がレベル5のお家事情に首突っ込まないで欲しいんだけどぉ」

フレンダ「………………」

食蜂「――大した機動力ねぇ?」

白井「結標さん!?それに……どなた?」

フレメア「フレンダお姉ちゃん!淡希お姉さん!!」

フレンダ「フレメア!そこから動いちゃダメな訳よ!!」

結標「二人共、よ」

御坂「!」

そして食蜂の背後を取りリモコンごと後ろ手にねじ上げ喉元に散らばったガラスの欠片を突きつけるフレンダ。
一方で白井は動揺を隠せない。今もお腹の下に庇っている小学生がまさか結標達の連れ合いだったという事に。

フレンダ「結局、ガキのごっこ遊びになんて全然興味ないんだけどさ――」

結標「――あまり子供達の前でみっともない真似させないでもらえないかしら?」

一触即発である。結標は御坂に警棒を、フレンダは食蜂にガラスを。
白井とフレメアに手を出させまいとそれぞれ睨み合う。そして

黒夜「――警備員、呼ンじゃったよン?」

食蜂「………………」

絹旗「さっさと尻尾超巻いて逃げたらどうです?」

御坂「………………」

白井「――幕引きですわ、お二方」

――直走って来る赤色灯が、白と黒の激突に灰色の幕を下ろした。
136 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:15:35.30 ID:rTVeus+AO
〜10〜

食蜂「ふぅん?確かに潮時ねぇ」

御坂「……逃げるつもり?」

そして食蜂はフレンダにリモコンを取り上げられたまま硝子のナイフより解放されて歩み出し

御坂「――こんなので終わっただなんて思わない事ね!!」

食蜂「終わらないわぁ。貴女が私の跪いて許しを乞う姿を見せるまでぇ」

御坂「………………」

食蜂「バイバイ御坂さん。“また”ね?」

御坂は結標が警棒の切っ先を収めるのと同時に二人は交差し、肩をぶつけるまでもなくすれ違った。

女生徒「………………」

食蜂「あとよろしくぅ☆」

女生徒「承りマシタ」

そう言い残すと、食蜂は店内の大名行列を率いて立ち去って行く。操作されていた念動力者を残して。
スケープゴートなのだろう。恐らく彼女はこの後駆けつける警備員らに拘束される事は疑いの余地もなかった。

白井「お待ちなさい!こんな事が許――」

御坂「無意味よ風紀委員。あんたがどれだけ訴えたって、その子はあの女の不利になるような事言わないわ」

白井「ですが!」

結標「――無駄よ白井さん。その子の洗脳は私達じゃ解除出来ない」

白井「……!!」

過ぎ去って行く食蜂の背中にいきり立つ白井の肩を、結標がポンと叩いて押し留める。これが常盤台の女王だと。
彼女は政治というものをひどく歪曲して会得している。警備員らに花(犯人)を持たせて実(無実)を取るために。

女生徒「………………」

御坂「……ごめんね。私じゃ解除してあげられないんだ」

食蜂が立ち去った後、ざわめく交差点にマネキンのように取り残された女生徒を前に御坂は目を伏せた。
かと言って膝を屈せばあの泥まみれのエクレアや埃まみれの紅茶を淡々と残飯処理し……
食蜂の身代わりの羊として生け贄に捧げられる未来しか待っていない。この少女のように

御坂「……ありがとう、風紀委員」

白井「………………」

御坂「ほんの少しだけ、信じられる味方が出来たみたいだった」

白井「貴女は!!」

御坂「――もう、誰も私に関わらないで」

故に御坂はその場から踵を返し、背を向け立ち去って行くより他になかった。
そしてそれは歯噛みして見送るより他ない白井にとっても同じ事が言えた。

白井「っ」

初めて目にするレベル5同士の衝突を前に、白井はあまりにも無力だった。

137 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:16:01.90 ID:rTVeus+AO
〜11〜

フレンダ「ああ良かった訳よ!怪我はないフレメア!?」

フレメア「う、うん大体大丈夫だよフレンダお姉ちゃん!あのお姉ちゃんが守ってくれたから」

黒夜「白井ちゃんのおかげ、だな」

絹旗「超ファインプレーでしたね」

白井「………………」

結標「……白井さん?」

二人のレベル5が消えたスクランブル交差点では駆けつけた警備員らが常盤台中学の女生徒を拘束していた。
確かに念動力でセブンスミストの外壁にあたる硝子や鏡全てを砕け散らせたのは彼女だろう。
だが彼女は食蜂に操られてそうしただけであり、責任能力に問う事はあまりに酷な話であった。

警備員「何故こんな事をした!怪我人が出なかった事が奇跡だぞ!!」

女生徒「………………」

警備員「何とか言ったらどうなんだ!!」

白井「………………」

両手首に嵌められた枷、物言わぬ人形のような乏しい表情。
黒夜も絹旗も何も言えない。フレンダはフレメアの事で頭がいっぱいだ。
だがしかし――白井はそこで一人警備員の前に進み出る事を選んだ。

警備員「なんだね君は?ん?」

白井「通りすがりの風紀委員ですの。よろしければわたくしも証言を提供しても?」

警備員「あ、ああそれは構わんが……」

黒夜「白井ちゃん!?」

白井「では参りましょう。黒夜さん絹旗さん、申し訳ございませんがわたくしはここで――結標さん?」

結標「何かしら?」

白井「――彼女達を、よろしくお願いいたしますの」

少しでも彼女の身に降り懸かる責を軽くするために白井は同行する事を決めた。
目撃者は多数、そして何より女生徒自体が自分がやったと言い張るだろう。
例え白井が如何に弁護しようと、無実を証明する方程式の解を持っていようと。

白井「それから、そこの可愛らしいお嬢さん?」

フレメア「わ、私、貴女に、大体お礼――」

白井「――ありがとうございましたの!」

フレンダ「!」

白井「先程の方の言葉ではございませんが……わたくしも少し救われましたのよ?」

だが白井はそれでも前に進む事を決めた。それが自分の中において譲れない大切な事だと信じるが故に。

白井「――皆様、ごきげんよう――」

白井が女生徒と共に護送車へと乗り込む。最善への道が断たれた今、残された次善の道で足掻くために――

138 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:16:49.13 ID:rTVeus+AO
〜12〜

黒夜「白井ちゃん……」

絹旗「――またまた前言撤回です。超真面目過ぎですね白井さんは」

走り去って行く護送車を見送りながら、ポツリと呟いた黒夜の言葉に絹旗が肩に手を置いて首肯した。
恐らく風紀委員の証言以上の結果は得られないだろう。弁護や無罪を晴らすにはあまりに状況証拠が揃い過ぎている。

フレメア「フレンダお姉ちゃん、あの人大体フレンダお姉ちゃんの友達?」

フレンダ「ううん……結局、あの子はあんたのなんな訳よ?結標」

結標「――後輩よ。不甲斐ない先輩(わたし)に勿体無いくらい良く出来た、ね」

フレンダ「……後輩、ね」

フレメア「?」

その場にいる全員が、ただ立ち尽くして封鎖されていくスクランブル交差点を見つめていた。
その中で結標は手にしたマリアージュフレールの紙袋をグシャッと握り潰すようにして――

結標「――本当に“後輩”にだけは恵まれてるのね。私って」

絹旗「……黒夜ちゃん?」

黒夜「絹旗ちゃ……!?」

そんな中絹旗は先程通報した携帯電話に再び手をかけ、耳に当ててコールを鳴らしながら黒夜へ振り返った。

絹旗「――久々に超マジ切れしまたンで、お兄ちゃンコールしていいですよねェ?」

――超電磁砲よりも激しい怒りと、心理掌握よりも残酷な笑みを浮かべて。

139 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:18:46.86 ID:rTVeus+AO
〜13〜

初春「白井さーん!夕食の時間ですよー」

白井「ただいまわたくしこと白井黒子は絶賛ダイエット中ですの」

初春「……はーい」

事件より数時間後、白井は霧ヶ丘付属の女子寮のベットに突っ伏していた。
時刻は既に夕食時。上る月が窓枠を照らしては十字架の影絵を描き、白井の身体に重なり落ちる。
初春も風紀委員を通して白井の心情や女生徒の処遇を慮ったのであろう。強く勧めて来る事はしなかった。

白井「わたくしは貴女のそういうところが好きでしてよ、初春」

佐天のように明るく励まされる方が堪えたかも知れない。
事実、白井は出来得る限り証言という名の抗弁を戦わせたが――
食蜂の影すら踏む事が出来なかった。警備員や事件の記録まで『改竄』されてしまっていたのだ。

白井「そしてわたくしは……今のわたくしが大嫌いですの」

シーツの海を泳ぐ人魚姫が陸に上がったように寝そべり、枕に顔を埋める。
何も出来なかった。何一つ為せなかった。守る事も助ける事も救う事も。
思い知らされたレベル5の力。自惚れではなく白井にも自負があった。
風紀委員として力をつけ、レベル4として力に磨きをかけたつもりであった。
だが今やがどうだ。今や夕食の誘いも蹴って部屋で不貞寝しているばかりだ。
これでは相部屋の初春の方がいたたまれないであろうと思うと――

コンッ

白井「……?」

コンッ

白井「小石?」

白井を照らす月明かり射し込む窓辺より、小石が硝子を叩く音がした。
こんな時に誰がこんなくだらない悪戯を、と白井は重い物思いに引きずられる身体を起こすと――

結標「――そんな風に不貞寝してたら襲っちゃうわよ?」

白井「!!?」

結標「ああ、何か懐かしいわ中等部の部屋って。変わらないわね」

白井「な、ななななな!?」

結標「やっぱり少し手狭ね高等部と比べると。あの頃はそんな風に感じなかったものだけれど」

白井「どこから入って来ましたのォォォォォォォォォォ!?」

結標「窓からよ。ちゃんと二回ノックしたじゃない」

白井が身体を起こしたばかりのベットの縁に結標が忽然と姿を表し当たり前のように腰掛けていた。
まるで隙間から入り込んで来て我が物顔で闊歩する猫のように気ままに室内を見渡して。

140 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:19:13.54 ID:rTVeus+AO
〜14〜

白井「ノックと返事はワンセットですの!断りもなく部屋に入って来るのは夜這いですの!!」

結標「そんなに大きな声出さないで欲しいわ。人が来たら困るのは貴女もじゃない?」

白井「ぐぬぬぬぬぬ」

御覧の有り様である。本来ならば不法侵入した側が神妙であって然るべきなのに犯人側から窘められるという絶対矛盾。
噛み締めた歯で食らいついてやりたい気持ちを何とかおさめ、白井は結標へと向き直る事にした。

白井「……して何のご用ですの?風紀委員二人の部屋に無謀にも忍んで来られた夜這い魔さん」

結標「固いわね。本当は私に会えて嬉しくてたまらないくせに」

白井「ですからその自信満々なウザい思い込みはどこから来ますの!?」

結標「――貴女が、心配だったから」

白井「!?」

結標「先輩が後輩の顔を見に来るのに、そんなに理由が必要?」

だが向き直ったが最後、猫のような眼差しに白井はまたしても囚われた。
巫山戯けた物言い、飄々とした態度、なのに時折見せる真摯な表情。
だが白井は低きに流されそうになる自分を戒め、律する事で佇まいを直した。

白井「それには及びませんの。これはわたくしの選んだ風紀委員(みち)ですの。それを一度や二度の躓きで――」

結標「貴女はその小石すら蹴飛ばせない娘よ。私のように跨いだり避けたり無視したり、そういう事が出来ない子」

白井「買い被りですの。愚直だという事は自分でもよくわかっておりますが」

結標「そんな事ないわよ。まだ会ってそう長い付き合いでも深い仲でもないけれど」

白井「あっ」

結標「――わかるものなのよ。貴女より四年ほど長く生きている“先輩”としてね」

俯いた白井の額に合わせるように結標もまた額を合わせて微笑んだ。
白井には以前は目を瞑ってしまい見る事の出来なかったその凛とした顔立ちが

結標「――貴女が守ってくれたセイヴェルン姉妹から伝言を預かって来てるの。“私の大切な家族を守ってくれてありがとう。今度お茶ごちそうさせて”って」

白井「………………」

結標「――今日の私の役どころは、さしずめ伝書鳩ね」

――月虹の幻暈に彩られた、互いの眼差しに見交わす顔が映り込むほど近く――
141 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:23:24.90 ID:rTVeus+AO
〜15〜

結標「――貴女が自分を責める気持ちもよくわかるわ。けれどそればかりに囚われて欲しくないの」

白井「………………」

結標「フレメアは貴女に感謝してた。フレンダは貴女を心配してたわ。私もそうだし黒夜さんと絹旗さんも同じ気持ちよ」

だがと白井は思う。自分はあの責任能力のない状態だった女学生の潔白を晴らす事が出来なかったと。
自分のせいで周りを巻き込む苦悩の果てに一人立ち去っていった御坂美琴の背に声をかけられなかったと。
フレメアの事でさえ、寸でのところで結標が鏡と硝子の雨を座標移動で助け出してくれなければ今頃はと

結標「私のした事なんてほんのちょっとの手助けよ。そんな私がえらそうにしてて貴女がしぼんでるだなんておかしな話よ」

白井「っ」

結標「――お節介な先輩は嫌い?」

白井「そんな事……ありませんの」

寝転んでしまいシワのついたスカートをギュッと握り込んで白井は声を震わせ、唇を噛んで耐えていた。
結標はそれを見つめながら白井の細く長い髪に触れて手櫛でといて労るようにする。妹を慰める姉のように。

結標「……白井さん」

結標が白井の肩に手を回して寄りかからせる。細い肩を抱き小さな背中を支えそして手を握る。
吹き抜ける夜風が月の中に浮かぶ風車を狂々と廻し、まるで天上にかかる時計のようであった。

結標「私もね、あの時は本当は怖くて逃げ出したかったのよ」

白井「え……」

結標「情けない先輩でしょう?私あの時震えていたのよ」

結標は語る。本当は自分だってレベル5同士の争いに割って入った時、逃げ出したくなったと。
遮二無二に全員を座標移動させ、一刻も早くあの場から連れ出す事しか考えられなかったと。
自分達だけ逃げ出して、取り残された後の人々の事などとても考える余裕などなかったろうと。

結標「けれど、フレメアを必死に守ってた貴女の姿がそんな私の震えを止めてくれた。あの二人に立ち向かう力をくれたのよ」

結標は続ける。貴女に怪我がなくて本当に良かったと。
目の前で友人の妹を、新しく入って来た後輩達を失わずに済んだと。
こんな情けない先輩(じぶん)を、奮い立たせてくれたのは貴女だと――

142 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:23:59.75 ID:rTVeus+AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「――そんな後輩(あなた)を、先輩(わたし)は誇りに思うわ――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
143 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:24:27.35 ID:rTVeus+AO
〜16〜

白井「ううっ……うううっ……うううっ」

結標「……少しは、先輩らしい事させてくれる?」

白井「うっ、ああ、あああぁぁぁ……!」

その言葉に、白井の内なる千丈に蟻穴が入り滂沱の涙が溢れ出して来る。嗚咽が止まらなくなる。
胸の内から、目の奥から、心の芯から、後から後からせき止めるもののない熱を帯びたそれが。

結標「……貴女は無力(ひとり)なんかじゃない」

如何に大人びていようともつい数ヶ月前までランドセルを背負っていた少女なのだと今更ながら結標は自覚する。
負けん気が強く勝ち気な人間は涙を流さないのではない。涙の海を泳いで渡る術を知らないのだ。
故に溺れる事をひどく恐れる。それは己の弱さであったり、時に誰かの優しさであったりと――

白井「うぐっ、えぐっ、ひっく、ううっ」

如何に不真面目に見えても自分より四年長く生きている先輩なのだと白井は今更ながら自覚する。
顔を見ればセクハラし、言葉で弄んでオモチャにし、かと思えば自責の海に溺れかかった自分に……
ロープを投げて渡し、岸まで引きずり上げてくれる。初春の前では見せられない弱みも含めた全てを。

白井「ぐすっ、ぐすっ、ひぐっ、えっく」

結標「――今度は力になれたかしら?」

結標は想起する。あすなろ園で初めて出会った時の身体の弱い黒夜と泣き虫だった絹旗の事を。
そんな二人が、白井が去った後こっそり結標に頼み込んで来たのである。何とかしてやってくれないかと。

黒夜『白井ちゃんの事、お願い出来ねえかな?淡希お姉ちゃん』

絹旗『超お願いします。私ちょっと用事出来たンで』

そんな風に彼女達を良い方向に導いてくれた白井を、結標もまた先輩として感謝しているのであった。
その彼女らもまた激しく憤っているのだ。特に絹旗の怒りは既に低温火傷しかねないドライアイスの域まで達している。

結標「(御坂美琴だけを狙ったならまだ勝ちの目もあったでしょうけど、今度ばかりは流石に同情出来ないわ)」

あすなろ園に生徒会の校外活動を通して出入りしていた結標にはわかる。
彼女らのバックには例え御坂が128人いてもかなわない『お兄ちゃん』が……

結標「(――彼女達に手出ししなければ、あの三馬鹿達もほっといたでしょうに)」

――学園都市最強の第一位、一方通行(アクセラレータ)がいる事を――

144 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:26:30.82 ID:rTVeus+AO
〜17〜

食蜂「」

一方通行「気は済ンだかァ?」

絹旗「やっぱりお兄ちゃンのベクトル操作は超万能ですねェ。このエクレア女の電波全然効かなかったです」

御坂「な……なんで」

同時刻、御坂美琴は信じられないものを目にしていた。
それは執拗な食蜂の追跡をかわしながら逃げ込んだ路地裏にて……
突如として姿を現した霧ヶ丘付属の女生徒が食蜂を袋叩きにしたのだ。
そして今は気絶した食蜂の口にこれでもかこれでもかと――
エクレアを口に突っ込んで憂さを晴らしているのだ。

絹旗「こンなガキの喧嘩のお守りさせちゃってすいませン。でもどうしても超ぶっ飛ばしてやンないとって」

一方通行「――黒夜にもトラック突っ込ませたンだろその女。木原くン呼ぶからオマエはもう帰れ」

食蜂をポリバケツに詰め終えた絹旗を見、一方通行もまた頭をかきながら気怠るそうに立ち上がった。
『友達の敵討ちがしたいからちょっとベクトルバリアして下さい』とコールがかかった時は面食らったが――

一方通行「……小遣い、本当にいらねェのか?悪いが木原くンより稼ぎ良いぞオレ。なンなら三人一緒に暮ら(ry」

絹旗「超大丈夫です!」

一方通行「……黒夜はまた風邪引いたりしてねェか?ちゃンと腹出さねェに布団かけて寝てるか?」

絹旗「昔より超元気になりましたよ!」

一方通行「……足りねェもンあったら言えよ?困った事あったら相談しろよ?なンなら(ry」

絹旗「わかってますって!お兄ちゃんは超心配性ですねえ」

一方通行「お、おい待てェ!」

一方通行は思う。施設にいた頃の黒夜は身体が弱く、世話をしてくれない養護人に代わって一晩付きっきりだった事。
一方通行は思う。施設にいた頃の絹旗は泣き虫で、いつも自分の服の裾を引っ張って付いて来るような子供だった事。

絹旗「なんですかお兄ちゃん?早く行けって言ったり待てって言ったり」

一方通行「あー……」ポリポリ

絹旗「?」

一方通行「……学校は楽しいかァ?」

絹旗「――超最高です!!」

一方通行「……ン。おやすみィ」

絹旗「おやすみなさい、お兄ちゃん♪」

こうして撫でる頭の高さが変わった事を嬉しく思え、寂しく思え、そして――
彼女達があんなによく笑う子供だったのかと、一方通行は見送りながら一息ついた。

御坂「……あ」

一方通行「………………」

ついた一息が――ハアという溜め息に変わった。

145 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:27:15.85 ID:rTVeus+AO
〜18〜

御坂「……なによ」

一方通行「なンだこのちンちくりン……」

御坂「ちんちくりんですって!?」

一方通行「あァー面倒臭ェー超面倒臭ェーなンなンだこの展開」

御坂「」

一方通行「お、垣根くンからメール来てンな」

一方通行はまたぞろビックトラブルを抱えていそうな女子中学生を無視して垣根からのメールを開く。
一方通行にとって妹達とさして歳の変わらぬ少女など女として意識していない。それどころか――

一方通行「く、」

御坂「!?」

一方通行「くか、」

御坂「???」

一方通行「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくけくこきこきかかかーッ!!」

御坂「――!!?」

一方通行「やった!やれば出来る子じゃねェか垣根くン!!霧ヶ丘女学院合コンゲットォォォォォォォォォォ!!」

御坂「」

面倒臭い事この上ない思春期真っ盛りの少女の身の上話を聞かされそうな雰囲気を吹き飛ばす合コンのお知らせ。
一方通行はこうしちゃいられねェ!とばかりにポリバケツをベクトル操作し木原が支部長を勤める警備員の詰め所まで蹴飛ばした。
ようやっと施設から出、手にした青春は一秒たりとて無駄には出来ない。フラグ?何それ美味しいの?

御坂「ちょ、ちょっとあんたどこ行くのよ!!?」

一方通行「はァ?」

御坂「もうちょっとなんかあるでしょ普通!!」

一方通行「ねェよ。つうかオマエ誰??」

御坂「」イラッ

一方通行は良くも悪くも現代っ子である。大事な妹達、給料日に焼き肉食べ放題に連れて行ってくれる木原数多。
だいたい毎日つるんでいる垣根帝督や削板軍覇など『家族』や『友人』や『彼女』以外は『比較的』どうでもいいのだ。

御坂「オマエって……私学園都市第三位よ!?私には御坂美琴って名前があんのよ!最強無敵の電撃姫、常盤台のエース、超電磁砲(レールガン)って名前くらい聞いた事あるでしょ!?」

一方通行「姫だエースだレールガンだ……オマエアイドルかなンかかァ?あのアキバの路上で踊ってるヤツ」

御坂「」

一方通行「メメシクテメメシクテメメシクテ!ツラァーイ〜〜ヨォォォォォ!」

御坂「」ブチッ

その後本日二度目となるレールガンが炸裂し、ポリバケツが二つに増える事となるのはまた別のお話……

146 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:29:41.41 ID:rTVeus+AO
〜19〜

結標「――少しは落ち着いた?」

白井「はいですの。恥ずかしいところをお見せしましたの……」

一方通行が振り付け付きで御坂をおちょくっていたのと時同じくして白井はようやく吹っ切れた。
泣く事と眠る事に勝るストレス軽減はないと言われているが、それは傍らに寄り添っていた――

白井「何だか、わたくしは貴女に恥ずかしいところばかりを見られている気がしてなりませんの」

結標「あの花飾りの娘と違って私は貴女より先輩(としうえ)よ。肩肘張る事も片意地張る事もないわ」

結標という存在があればこそ、とこの時白井は感じていた。
初春ならば弱味は見せられないし黒夜、絹旗に弱音は吐けない。
友達だからこそ預けられない荷というものも確かにあるのだ。

白井「結標さんは……」

結標「ん?」

白井「どうしてそうわたくしに構いたがるんですの?」

ならばと白井は自分と結標に問い掛けた。空気を入れ換えるべく片窓を開け放つ彼女へと。
爽やかな夜風が涙に火照った頬に心地良く、十字架を思わせる影が結標のシルエットに取って代わり……
さながら標本のピンより抜け出して来た黒揚羽が翅(はね)を広げているように見えてならない。

白井「初めてお会いしてよりたったひと月あまり。顔を合わせる事だって数えるほどしかなかったはず」

結標「………………」

白井「貴女が生徒会を通してあすなろ園へ足を運び、彼女達の世話を焼いていた事も存じておりますの」

白井は思う。自分は彼女にどんな答えを期待しているのだろうと。
向こうからすればそもそもが高等部と中等部という隔たりがある。
同じ風紀委員という訳でもなく、接点などそう多くないはずだった。

白井「――お答え下さいまし。わたくしは貴女にとってどういう存在なんですの?」

面倒見が良い彼女にとってのその他大勢に過ぎないのか、ただ野良猫に構いたがるそれなのか。
喜ぶべきなのかも知れない。先輩後輩という間柄を。食蜂と御坂を見てより強く感じたそれは――

結標「――理由なんて、いるのかしら?」

白井「………………」

結標「強いて挙げるなら、絹旗さんや黒夜さん、フレンダとフレメアが互いを思い合うように――」

もし出会いの形が違っていたなら、白井と結標はどうなっていただろうと。
そもそも通う学校が、所属する組織が、互いの抱えた信念そのものが――

147 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:30:08.50 ID:rTVeus+AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「――貴女を、妹みたいに思っているから――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
148 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:30:34.36 ID:rTVeus+AO
〜20〜

白井「――妹……」

結標「責任感が強くて、負けず嫌いで、しっかり者の女の子。黒夜さんにも絹旗さんにも花飾りの娘にも皆にもそう見えているでしょうし、貴女自身も他の人間の見る目を通して自分をそう思ってる事でしょう」

人間関係は鏡のようなものよ、と結標はおどけた風に笑ってみせた。
妹。その言葉は白井の中にストンと収まり良く落ちて来た。
水鏡の中に落ちて来た玉石のように、屈折する光を宿したマスターピース。

結標「私もそうだった。あの日桜の木の下で貴女が言ったように、結標淡希(わたしじしん)を貴女の目を通して見つけた気がした」

白井「……なら」

水底に落ちて来る玉石が、澱とも泥土とも異なる白井の中の何かを舞い上げる。
最後の葉桜が散って行ったあの夜から、白井の胸裡に降り積もっていたものが。

白井「わたくしを、妹のようだと思って下さるのならば――」

向かい風に波立つ心に、浮かび上がる泡沫が天上を目指す。
白井は口にした。一度足りとてそう呼んだ事がないはずなのに……
触れざる此方より侵さざる彼方へと、神の名を呼ぶように――

149 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:31:00.38 ID:rTVeus+AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「――わたくしに、貴女を“お姉様”と呼ばせていただきたいんですの――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
150 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:33:08.36 ID:rTVeus+AO
〜21〜

結標「――“お姉様”――」

白井「ですの」

声を発する事を魔女に禁じられた人魚姫が、その戒めを手にした短剣で断ち切るように白井はその言葉を口にした。
お姉様。どこか懐かしく、訳もなく物悲しく、胸をかきむしられるようなその呼び名を白井は言葉に出し声に乗せた。
その事に何故か胸が痛んだ。薔薇の棘に触れて覚めぬ眠りについた姫が、指先の滲む血に対して覚えたそれのように。

結標「――素敵な響きね」

白井「………………」

結標「じゃあ、私にも貴女を“黒子”と呼ばせなさい」

白井「!」

結標「――呼んで“黒子”。貴女だけに許した、私だけの呼び名を」

結標の両腕が伸びて来る。仄暗い海の底を思わせる青白い月の下、白く透き通った美しい手指が誘って来る。
はねのける事もせず顔の真上にある顔を受け入れ、はねつける事もせず顔の真横にある腕に押し倒される。
投げ出した足の間につかれた膝。見上げた月灯りが、まるで海中から見上げた太陽のように揺蕩っている。

白井「お姉様……」

結標「聞こえない」

白井「お姉様――」

結標「もっと側で」

白井のか細い両手が、結標の背中に回されて行く。
僅かにあげたおとがい、寄せる唇が紡ぐか細い声。
下りて来る血を連想させる髪の爽やかな香りと、近づけた首筋から甘い匂いがする。
陸へ上がったが故に呼吸が出来ない。海もないのに溺死しそうになる。
白井の中の歯止めが歪んで行く。結標の中の歯車が軋みを上げる。

白井「……怖いんですの」

結標「誰が?」

白井「お姉様が」

結標「何が」

白井「溺れ死んでしまいそうで」

結標「それは貴女が?それとも私が?」

砂時計のように零れ落ちて行く『何か』が。
水時計のように流れ落ちて行く『何か』が。
日時計のように影を落とし行く『何か』が。

結標「――――――………………」

羽織った霧ヶ丘女学院のブレザーが翅を広げた黒揚羽のようで。
月の魔魅を思わせる赤い髪がまるで黒揚羽の尾のようで。
そこに来て白井は気づく。自分を絡め取るのは女王の蜘蛛の巣でも、エースの華でもなく――

白井「あ……」

花片のように開かれた唇、蜜に濡れた舌を差し出しながら白井は望んだ。
結標という、逃れ得ぬ楔に打ち込まれ磔にされる自分の姿を――

151 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:33:41.68 ID:rTVeus+AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
初春「白井さーん!夕食の残りでおにぎり作ったんですけどいりませんかー?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
152 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:34:09.38 ID:rTVeus+AO
〜22〜

白井「!!!!!!」

初春「あ」

ガシャン!とそこへ夕飯を抜いた白井へおにぎりを作って運んで来た初春が落として割った皿の音で

白井「ち、違っ、違うんですの初春!!」

初春「は、はい部屋間違えましたー!!」

白井「間違えてるのはそっちじゃありませんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!」

我に返った時には覆水盆に返らず。部屋を慌てて飛び出そうとする初春を捕まえ口を手で覆って引きずり込む。
それに対しいやいやと身を捩らせて抵抗し、もう大声を出さない事を身振り手振りで初春は伝える。
だがつい先程まで白井をベッドに押し倒し組み敷いていた結標はと言うと、寸でのところで白井に逃げられ――

初春「ひ、ひどいですよ白井さん!私白井さんのために一所懸命おにぎり作ったのに!!」

白井「う、初春?これは何かの間違いでして」

初春「ええそうですね今間違いを犯してる最中でしたもんねお邪魔しました私今夜は佐天さんの部屋で寝ますから!!」

白井「これは行き違いですの!すれ違いですの!!ボタンの掛け違いですのぉぉぉぉぉ!!!」

初春「離して下さい白井さんなんて知りません!結標さんとずーっとイチャイチャイチャイチャしてれば良いんです!!ここの壁薄いのでお気をつけて!!!」

白井「くっ……結標さん!貴女からも説明を――!?」

開け放たれた片窓から忽然と姿を消していた。夜風が虚しく吹き抜け翻るカーテンだけを残して。
かぐや姫よりも筋を通さぬ正真正銘のバックレで月ならぬ自分の女子寮へと逃げ帰った後だった。

白井「……またこのパターンですのあんのド腐れがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

初春「腐ってるのは白井さんの頭ですよ!私がいないのをいい事に女の人連れ込んで!!」

白井「だ・か・ら!違うんですのあの方が窓から押し入って夜這いに来たんですの!わたくしは被害者ですの!!」

初春「触らないで下さい!本当にイヤなら締め出すなり叩き返すなり出来たはずじゃないですか違いますか!?」

白井「うっ」

佐天「ねーさっきから五月蝿いけどどうしたのー?」

白井「んのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

――喧々囂々の中学生二人を残して

153 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:37:17.01 ID:rTVeus+AO
〜23〜

初春「白井さんのエッチ」

白井「………………」

初春「女の人を連れ込んだ後に食べるご飯は美味しいですか?」

白井「(初春が黒春になってますの……)」

佐天「あはははは。もう許してあげなようーいーはーる」

初春「〜〜〜〜」

結標が立ち去った後、三人は部屋で割れた皿を片付け終えると仲良くとまでは行かないがおにぎりパーティーをしていた。
ただし佐天と初春がベッドに腰掛け、白井だけ床に正座させられながらタラコおにぎりをもそもそ頬張っている。
どう見ても留守中に男を連れ込んだ娘を咎める父親となだめる母親のような図ではあるが――

佐天「あれれ〜?初春もしかしてその結標さんって人に嫉妬してる〜?」

初春「してません呆れてるんです!せっかく人が心配して……」ブツブツ

白井「申し開きもございませんの……」

初春「………………」

そのとりなしが功を奏したのか、頬を膨らませていた初春が鼻から抜けるような溜め息を一つ吐いて

初春「……“ごめんなさい”より“ありがとう”の方が私の知ってる白井さんらしいです」

白井「!」

初春「――元気になってくれたみたいですから、もう許してあげます!!」

佐天「流石初春!太っ腹〜」ムニムニ

初春「お、お腹つままないで下さい!」

初春は白井を許す事にした。それを傍らで見守っていた佐天もにっこりと笑みを深めて破顔する。
ようやく正座を解く事を許され、同時に弛緩する空気に引きつっていた頬にもえくぼが生まれ――

白井「ありがとうですの初春。今度から隙を見せぬようにいたしますの」

佐天「どうかな〜あの結標さんって人。噂だと結構……」

白井「噂?ああ、あの御稚児趣味の事ですの!まさか中等部にまで広まっているとは嘆かわしい限りですの」

佐天「ああ。そうじゃなくてでですね」

――その生まれたえくぼが、下がった目尻が、初春のお腹をつまむ佐天の言葉を前に

白井「……?どういう事ですの佐天さん。わたくしにはさっぱり」

佐天「あ。白井さんなら聞いてるかなーって思ったんですけど。こりゃマズかったかなー」

バツが悪そうに微苦笑する佐天の笑顔が、艶やかな黒髪が、長い手指が、伸びやかな声音が

佐天「実はですね白井さん。ここだけの話なんですけど」

先程まで自分だけを見つめていた結標の眼差しに、鮮やかな赤髪に、細い手首に、涼やかな声色に



覚える、強烈な違和感――



154 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:37:45.08 ID:rTVeus+AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
佐天「――結標さんの前のルームメイト。自殺したらしいですよ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
155 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/01/30(月) 20:38:34.73 ID:rTVeus+AO
〜24〜



志を同じくする仲間(ういはる)と共に叩いた霧ヶ丘付属の狭き門



佐天「噂だと。結標さんが自殺に追い込んだんだって」



新たに出会い、今も絆を育む強く儚い者達(くろよる・きぬはた)



佐天「詳しい話知らないんですけど。やっぱりこういう名門校でもあるんですねそういう話って」



そんな自分達を優しく見守ってくれる、優しい先輩(むすじめ)達に囲まれて



佐天「ですから白井さん。余計なお節介かも知れませんけどもう関わるの止めた方がいいと思いますよ?」



悪人が然るべき報いを受け、善人が必ず報われる世界



佐天「って言っても私結標さんと顔合わせた事ないんですけどね。あははは」



わかりやすく、誰も傷つかず、全ての人々が優しいこの学園都市(まち)



佐天「白井さーん。白井さーん。おにぎりこぼしてますよー。せっかく初春が作ってくれたのにー」



それはまるで、鏡の国に迷い込んだアリスが見ている幻想(ゆめ)のように



佐   天   「   白   井   さ   ー   ん   」



――歪みが、うねりが、淀みが、滅美の夏を連れて来る――
156 :投下終了です [saga]:2012/01/30(月) 20:40:22.36 ID:rTVeus+AO
いつもレスありがとうございます励みになります!では失礼いたします
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県) [sage]:2012/01/30(月) 21:56:46.89 ID:1Lj87yYBo
お兄ちゃんコールに噴いた
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/31(火) 17:00:59.78 ID:ZQukvzxs0
なんだろう。最後まで見ないと感想がつけれんな、この話。
続き待ってます。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/31(火) 18:57:46.91 ID:rVazY8Y10
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/02/01(水) 10:19:56.06 ID:yYmqunUA0

色々妄想しながら読んでると楽しいぜよ
そしてこの一方通行はセロリと言われても反論できないな
161 :作者 ◆K.en6VW1nc :2012/02/01(水) 20:24:00.75 ID:TlBILnRAO
>>1です。第八話を投下させていただきます
162 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:24:45.25 ID:TlBILnRAO
〜8月12日〜

削板「ん?」

第十五学区に本部を置く全学連復興支援委員会の執務室に足を踏み入れた時、会長削板軍覇は首を捻った。
六階建ての学生自治会會舘の灯りは既に24時を回っており、常ならば証明も落とされているはずなのだが――

雲川「スー……スー……」

執務室のデスクに突っ伏して眠る副会長、雲川芹亜のスペースのみスポットライトのように皓々と照らされていた。
堆く詰まれた書類の山を枕に、トレードマークのカチューシャも落ちさながら討ち死にした落ち武者である。

削板「こんな時間まで頑張ってたのか……大した根性だ」

そんな雲川の方に、羽織っていた日章をあしらった白ランをかけて削板は雲川に敬意を評した。
先の最終戦争で統括理事長が入れ替わり、親船と貝積による新体制に移行してよりブレーンたる雲川は激務を極めた。
ただでさえ七夕事変によって対外的にも内外的にも敵対勢力が跋扈している最中である。その苦労は想像して余りある。

削板「どれ、俺もこいつを見習って根性入れるとするか!む、垣根は相変わらず字が下手だな」

雲川を起こさぬように書類の一山を引き抜き、服部の使っているデスクへと持ち運ぶ。
服部からの決裁待ちの書類やデスクは意外に整然としポストイットなどで注釈などが添えられており見やすい。
逆に垣根の机は灰皿の山と初春の写真がデカデカと飾られており、しかも悪筆とまで言わないが字が上手くない。
そして意外な事に普段雲川が使っているデスクにはセンチメンタルサーカスのぬいぐるみ型充電器が置かれている。

削板「どれ、USBUSB……ん?」

服部からの書類の山と自分のパソコンを取ろうと伸ばした手指の先に、雲川の殴り書きのメモがあった。そこには

削板「58−1+50−1=51??」

58引く1足す50引く1は51という謎の数字が書かれていた。
雲川という天才少女は良く自分にしかわからない方程式を持っている。
何かの演算式なのか原石たる削板にはわからない。
能力者の面々の中には十一次元の理論値を当てはめるなどと……
削板からすればトンデモ理論に等しい演算を行うものすらいる。故に

削板「こんな計算も間違えるほど無理させちまってたのか……」

削板はそれを雲川の計算ミスとして結論づけ、苦手なパソコンを立ち上げて仕事に取り掛かった。

163 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:25:11.03 ID:TlBILnRAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「スリアの国のみ歪」話八第:(ムーロクノモ)標座間空の虹白るあと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
164 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:25:43.97 ID:TlBILnRAO
〜1〜

佐天『結標さんの前のルームメイト。自殺したらしいですよ?』

白井「………………」

黒「……ちゃーん」

桜花と新緑を越え、紫陽花が咲き始めた梅雨時を迎えた六月。
白井は物憂げに頬杖をつきながら教室の窓に流れる雨滴を目で追っていた。
曇天が広がり、晴れ間は遠く彼方に押しやられた空はさながらコールタールを流したように仄暗い。
陰鬱な天気に暗鬱な気分。その脳裏にこだまする佐天の口から仄めかされた結標の過去と

結標『――貴女を妹のように思っているから――』

白井「(根も葉もない悪意ある噂に決まってますの!)」

黒夜「……井ちゃーん」

胸裏に息づく、あの月夜の魔魅のような結標の微笑とが綯い交ぜとなる。
佐天の口から聞いた噂の結標、白井の目で見て感じられた結標。
後輩(じぶん)に何くれと理由を付けて弄りたがる先輩(結標)。
白井を妹のように思ってくれ、姉のように想っている結標が……

黒夜「白井ちゃンってばァ!」

白井「あ、ああこれは黒夜さん」

前のルームメイトを自殺に追い込んだなど白井にはとても信じられなかった。信じたくなかったのかも知れない。

165 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:26:09.21 ID:TlBILnRAO
〜2〜

黒夜「ひどいよ白井ちゃん。ずーっと呼んでんのにぼーっとしちゃってさ」

白井「これは失礼いたしましたの。どうやらわたくしとした事が梅雨冷えにあてられていたようですの」

ポリポリとスニッカーズをかじりながら呼び掛けて来た黒夜に白井は殊更に明るく振る舞う事を選んだ。
空元気というまでに思い詰めてなどいないが、せめて自分の心に降る雨に肩を濡らさぬようにと。

黒夜「頼むぜー今日は白井ちゃんにレポート手伝ってもらわなきゃなんだから。頼りにしてるにゃーん?」

白井「それを仰有るならば頑張るのは黒夜さんの方ではございません事?わたくしはあくまで手伝いですの」

黒夜「ひっはは、それ言われると弱いよ」

そして今日、白井は黒夜から一つ頼み事をされていたのだ。
その内容とは先の中間考査の成績が芳しくなかった黒夜に出された能力開発に関するレポートの手伝い。
どうやら絹旗を含めた三人で試験前に学園都市ピカデリーへ映画鑑賞に足を運んだ事が祟ったようで

黒夜「じゃ、図書室で資料集めから始めよっか」

白井「ですの!」

白井もまたこのメランコリックな気分を振り払いたかったのか、黒夜のレポートを手伝う事と相成った。

166 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:28:04.82 ID:TlBILnRAO
〜3〜

黒夜「本当は絹旗ちゃんに頼めば良かったんだろうけどさ、あいつ今映画作りにハマってるだろ?」

白井「確かそうですの。先の部活紹介になかったから自分で作ると」

黒夜「すげーよなあの行動力。高等部まで人集めて淡希お姉ちゃんに“超予算下さい!ついでに機材も超下さい!”とか掛け合ってて、私の事ほったらかしてでやんの〜」

白井「っ」

霧ヶ丘付属と霧ヶ丘女学院を渡す架け橋の向こうを目指し、イルカの絵の入った傘を差しながら黒夜は言う。
絹旗は今現在、先の部活紹介になかった『活動写真』作りにその全能力を傾注しているのだと言う。
部活ならば中高分かれていて当たり前だが、同好会という名目でサークルを作るのならばそこに隔てはない。
そこで更にものを言うのがコネクション……副会長たる結標と顔馴染みである強みを押し出して絹旗は直走る。

白井「――そう、お姉様のところに……」
結標淡希。霧ヶ丘女学院副会長。白井がお姉様と呼び慕う、四つ年上の空間移動系能力者。
それを思うと、白井は今足元に咲き誇っている紫陽花のように移ろう心模様に痛む胸を押さえた。

167 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:28:30.33 ID:TlBILnRAO
〜4〜

黒夜「着いた着いた。はーこりゃすげー」

白井「バベルの無限図書館のようですの。ボルヘスが生きていればさぞかし喜んで事でしょう」

黒夜「バビル??ああ、お兄ちゃんが昔読んでた漫画にそんのあったなー」

白井「(お兄ちゃんって誰ですの……)」

バサバサと傘を閉じたり開いたりして雨露を飛ばす白井と、ブンブン振るって水滴を落としくぐった校舎の入口。
目指す先は霧ヶ丘女学院内にある『イレギュラー能力開発』に関する資料を数多く収めた図書室である。
電子化さえされず部外秘扱いになっている論文の数々は研究者ならば垂涎ものの宝の山だろう。
二人は傘を絞って階段を上り、渡り廊下を抜け、生徒会室を横切り、件の図書室へ足を踏み入れた。

黒夜「じゃ、ちょっくら資料見繕って来るからさ」

白井「あら、お一人で大丈夫ですの??」

黒夜「うん。何書くかは決まってるからそれまでブラブラしてて!」

そこで黒夜はローラーシューズでガーッと床を滑って資料集めから取り掛らんとし、白井もそれを見送った。
まだ中等部の一学期という事もあり、能力開発の授業もまだ基礎的な部分のため互い助け合える段階だからだ。

168 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:28:58.30 ID:TlBILnRAO
〜5〜

白井「(もう少し先へ進めばより細分化され、アドバイスのしようもなくなる時期が必ずやって来ますの)」

黒夜が指差した席にビニール袋に入れた傘を立てかけ、白井は館内をぐるりと見渡して物思いに耽る。
霧ヶ丘の名を連ねる学校の最大の特徴とは『稀にして奇なる輝を放つ才』の蒐集にこそある。
レベルの高さがものをいい、それを満たせなければ王侯貴族でさえ扉を叩けない常盤台。
一芸に秀でてさえいれば能力開発のみならずあらゆる分野の人材を貪欲に集める長点上機。
希少価値の高さに重きを置いて独占し、それを満たせなければ容赦なく切り捨てる霧ヶ丘。

特に霧ヶ丘に集う生徒は他と比較したり参考にしたりするサンプリングケースさえない能力を持つ者が多い。
黒夜や絹旗は窒素を操るという能力だけ見てとればさほど珍しくないが、なんでもかの学園都市第一位……
一方通行の演算式や思考パターンに非常に通じる近似値を持つという特異性もあって霧ヶ丘の狭き門をくぐったのだ。

白井「(それはわたくしとて同じ事が言えますの)」

適当にブラブラしながら書架に収められた蔵書を見やりながら考え込む白井とてまたその一人である。
230万人の人口を誇る学園都市にあって58人の空間移動系能力者、更に付け加えるのならば――

白井「(――お姉様も)」

結標や白井のように自らの体重も含めた質量を自在に移動させられる能力者は58人の中で更に19人しかいない。
これは世界中に散らばる原石なる能力者の総数50人ほどに匹敵するそれである。
結標もまた次期レベル5入りも夢ではないと言われるほどの逸材なのだ。

白井「お姉様……」

そんな彼女に向かって、レベルでも能力でもない貴女自身に対してと白井は啖呵を切った。
今思えば非礼も甚だしいが、結標はそんな白井の若さと猛々しさを好意的に受け止め可愛がってくれている。
絹旗や黒夜をあすなろ園からこの霧ヶ丘へ導いたのも彼女だ。同時に副会長も務めている。そんな彼女を――

白井「あ……」

そこで白井の目が書架にある一冊の洋書に止まった。アゴタ・クリストフの『悪童日記』。
それは結標がかつて絹旗らとの出会いに思いを馳せ、引き合いに出していた小説である。

白井「………………」

白井は手を伸ばす。二人の戦災孤児の物語へと。
結標が紐解いた世界の、ほんの一端にでも触れたいと願って――


169 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:31:04.41 ID:TlBILnRAO
〜6〜

フレンダ「あれ?」

白井「!」

フレンダ「この間の娘、結標の愛人!!」

白井「愛人!!?」

――伸ばした手が固まり、図書室内の空気がザワッと外に降りしきる梅雨寒よりも冷たいそれに変わる。
弾かれたように振り向き目を剥く白井の後ろにはフレンダ=セイヴェルン。
結標と共にスクランブル交差点にて大立ち回りした上級生。そして

フレンダ「……じゃなかったフレメアを助けてくれた娘!てへっ」

白井「嗚呼、あの時のお嬢さんの身内の方でしたの!」

フレンダ「うん、あの時は結局ロクなお礼も言えなくってごめんね。本当はこっちから訪ねて行きたかったんだけど――」

白井が救ったフレメアの姉に当たる少女は律儀にもベレー帽を脱いで白井に感謝の言葉を口にした。
本来ならば結標にメッセンジャーを頼むまでもなく中等部を訪ねてお礼を一言言いたかったらしいが――

フレンダ「ちょっとばかしテストでヘマ踏んじゃって、追試に忙しかったから結局伸び伸びになった訳よ!」

白井「はあ、それは……」

能力開発の試験で追試を受ける羽目になり、そちらの方は何とかパス出来たものの黒夜と同じくレポートが残ったらしい。
それに対して白井は微苦笑を浮かべる他なかった。まさか上級生に対して頑張って下さいとは流石に口に出来ない。が

フレンダ「――ねえ、今ヒマ?」

白井「!?」

フレンダ「あー別にナンパとか言う訳じゃないから。他人の愛人寝取るとか流石にちょっとね〜」

白井「わ、わたくしはあなた方の間でどう噂されておりますの!?」

フレンダ「うーんと……」

白井の背にある書架に手をついて迫るフレンダがどこかしら意地と人の悪い笑みを浮かべて白井へ詰め寄る。
彼女の言うところ白井は結標の愛人であるらしかった。もはや微苦笑を通り越して引きつり笑いである。

フレンダ「いいや。私も結局コーヒーブレイクしたい訳だし付き合ってよ。一度貴女と話してみたかったし」

白井「い、いえわたくしこの後友人と待ち合わせが(ry」

フレンダ「あーいーからそーいうのぉ。それとも結標以外の“先輩”のお願いは聞いてくれない訳?」

白井「……ご一緒させていただきますの」

そこで白井は結標を引き合いに出されフレンダの笑顔に根負けする形となった。女子校は意外に体育会系なのである。
170 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:31:32.51 ID:TlBILnRAO
〜7〜

フレンダ「あ、適当に座ってて今お茶淹れるから」

白井「は、はあ」

フレンダに引きずられ連れ込まれた先、図書室の横にある生徒会室。
白井は勧められるままにソファーに腰を落ち着け、辺りを見回した。

白井「(ここにお姉様が……)」

フレンダが火にかけ湯を沸かす音、ガラスポットをカチャカチャと鳴らす音、窓を打つ雨音の中白井は見渡す。
シールがベタベタと張られたロッカーや買い換えたばかりと思しきパソコン、いくつか並べられたデスク。
どこが結標の定位置だろうかと白井が目を瞬かせていると――

フレンダ「ふーん?」

白井「……わたくしの顔に何かついておりまして?」

フレンダ「ううん。結標の好みも随分変わったなって思った訳よ」

白井「(ムッ)」

フレンダ「ああ、ごめんごめん悪気はない訳よ。むしろ可愛いなって」

目分量でお茶っ葉を入れ、カップを用意するフレンダが面白そうに白井を見やっていたのだ。
ただ白井としてはあまり面白くない。それは顔をジロジロと見られる事以上に――

白井「そういうフレンダさんは結標さんとも長いお付き合いですの?」

フレンダ「今の貴女くらいの年からの付き合いって訳。まあ結局腐れ縁って言うか悪友って言うか……」

白井「………………」

フレンダ「――知りたい?結標の事」

白井「!」

フレンダ「結局そんな顔してる訳よ。そういうの期待してたから私について来たんじゃない?」

白井「わ、わたくしは決してそのようなつもりでは――」

フレンダ「(結局、まだまだ青い訳よ)」

小出しにされるようにちらつかせるように白井の勘所をくすぐって来るこの悪い笑顔にである。
結標のように飄々と翻弄するのではなく、手ぐすねを引いて含み笑いしているようなそんな雰囲気。
だが違うと暗に言い切れない気持ちが白井の中にも確かにあるのだ。故に足元を見られぬように。が

フレンダ「先代ほどじゃないけど結標ってモテるしファン多いし?って事はそれだけライバルも多いって訳よ。他の子に差つけたくない?」

白井「ですから何故わたくしがお姉様に懸想している前提で話を進めますの!?」

フレンダ「あ、お姉様なんて呼んでるんだ」

白井「………………」

フレンダ「お茶、飲んでくでしょ?」

フレンダの淹れたエスプリ・ド・ノエルは、甘い誘惑と言う名の罠の匂いがした。

171 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:33:50.13 ID:TlBILnRAO
〜8〜

そしてフレンダはお茶請け代わりに結標に絡んだ噂の真偽を白井に語る。
まずショタコンなのは噂ではなく事実。これは誰もが知る事なので除外。
次いで料理が壊滅的に下手で一時食中毒騒ぎが起きたと言う噂。
これも事実であり前生徒会長も犠牲者に含まれていたらしい事。

白井「(わ、わたくしの知っているお姉様とは随分イメージが……)」

フレンダ「びっくりした?結局ウチらタメからするとネタがミニスカ履いて歩いてるような女な訳よ」

白井「型破りな方と言うのは存じていたつもりでしたが少々驚きましたの……」

いつしか、白井もフレンダの話術に引き込まれて行く。黒夜が探しに来ないのも不思議に思わず。
フレンダの口から語られる結標淡希の素顔。それはあの余裕綽々な態度から大きくかけ離れていて――

フレンダ「結局、貴女の前では頼れる先輩でいたい訳なのよ。本当は全然そういうタイプじゃないクセに」

白井「そうなんですの?確かに意地悪もたくさんされますが、優しいところもたくさんございますの!」

フレンダ「………………」

白井「フレンダさん?」

フレンダ「あのさ。貴女の前で見せてる姿もあれはあれで結局結標の一部ではある訳なんだけど」

白井「………………」

フレンダ「結局、本当のあいつは硝子細工みたいに繊細なタイプな訳よ」

非常にメンタルが弱いタイプであるとフレンダは馥郁たるバニラの香りを楽しみながらも白井にそう告げた。
勝ち気で負けん気の強い性格はそれを覆い隠し取り繕う仮の姿に過ぎないと。それと同時に――

フレンダ「そのせいで一時期メチャクチャ荒れてた事もある訳よ。先代に喧嘩売って返り討ちにあったり」

白井「ええ、風斬会長がそのような事を仰ってたような……」

フレンダ「………………」

この時初めて白井の中であの入学式の午後の出来事が合致した。
風斬が言う先代に返り討ちにあった、しかし一番可愛がられていたと言う事に。
そんな白井の様子と空になったカップを見比べると、フレンダは意を決したように――

フレンダ「――その時期、結標のルームメイトが自殺した訳よ」

白井「――――――………………」

フレンダ「……おかわり、いる?」

白井「……お願いいたしますの」

窓を打つ雨垂れの音が、ひどく白井の胸を締め付けた。

172 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:34:16.59 ID:TlBILnRAO
〜9〜

結標『いえ?貴女みたいな娘、毎年一人か二人必ずいるから……』

結標のかつてのルームメイトは、フレンダの評するところの可愛いらしい白井とは違う純和風の美人だったと言う。
結標より一つ年下の、艶やかな黒髪と巫女服が強く印象的だったその少女は最初寮を間違えそうになり……
結標が慌てて少女を引き取りに行き寮へと連れ帰ったのだ。それがあの『虹架け橋』と呼ばれた場所である。

結標『あははははやめて!やめて!お腹痛くなっちゃう!ネガティブ過ぎるでしょ字の当て方あはははは!!』

その少女が名乗りを上げた時、字の当てを『秋(あい)の沙(すな)。不毛な名前』と説明したのだと言う。
とぼけているのか緊張していたのか、そんな少女を結標は見初めるようにしてルームメイトに選んだのだ。

結標『見直してなんてくれなくてもいいわ。あの鏡鬼の時のように、肩書きでもレベルでもないありのままの私を見てくれればいいの』

その少女は次期レベル5と謳われた結標を前に全く物怖じと言うものをしなかった。
それが心地良かったのか、誰よりも優れていると言う孤独と隣り合せの優越感より……
同じ高さの目線、立ち位置、関係を結標は欲していたのではないかとフレンダは評した。

173 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:34:42.57 ID:TlBILnRAO
〜10〜

白井「そのような方が……」

フレンダ「いいコンビだったよ。現相棒の風斬には悪いけど、結局誰も敵いそうもないくらい」

初めて耳にし他人の口から語られる結標淡希(せんぱい)の過去。
それに対して白井はその今はもう亡くなってしまったルームメイトに……
えもいわれぬ嫉妬と、それを抱いた自分に自己嫌悪を覚えた。

フレンダ「だけど結局、その子はある日この霧ヶ丘から叩き出されるかも知れないって話になった訳よ」

白井「一体何故ですの?」

フレンダ「何て言ったか忘れたけど、原石のレベル4だったはずが結局レベル2にまで下がっちゃった訳よ」

白井「!」

フレンダ「結局それがこの霧ヶ丘でどれだけ致命的な意味を持つか、新入生でももうわかるよね?」

それはフレンダにとっても同じであった。故に生徒会室でも課題に取り組み、モノレールで単語帳を手繰り……
少しでも点を稼ぎ、追試でもなんでも良いから能力開発に受かり、さっきも図書室に足を運んでいた。
今この場にいない黒夜もそうだ。この霧ヶ丘で成績を落とす事はどんな校則違反より重い罪なのだ。

白井「(――それが、そのルームメイトの方が自殺なさったと言う理由ですの?)」

フレンダ「それからかな?結局結標とそのルームメイトの仲が険悪になったのって」

結標もまた彼女が退学にならぬように奔走し、能力開発を手伝おうとしたが徒労に終わった。
霧ヶ丘は希少価値の高い能力者を進んで集める。故に同じような能力を持つロールモデルが非常に少ない。
数多い念動力や発火系の能力者のように能力開発のデータが蓄積されておりメソッドが確立されている訳でもない。
白井や結標のような空間移動能力者でさえ50人ほどいるのに対し、一人一人がオンリーワンである原石では――

フレンダ「だけど、結局そのルームメイトは言ったんだって。これでいいんだって」

ルームメイトは心からそう言ったのだと言う。もう二度と能力など使えなくなっても構わないと。
しかし結標はそれを許さなかった。能力が使えなくなった学生は霧ヶ丘にいられなくなるのだ。
分かち難く離れ難い結標はルームメイトをなだめすかして説得し、時には感情を爆発させてなじった。
だがルームメイトもまた頑としてレベルが下がった理由も、解決法も探そうとはせず両者は平行線を辿り――





――そして、二人は決裂した――




174 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:36:44.57 ID:TlBILnRAO
〜11〜

フレンダ「その日の夜、結標が泣きながら私の部屋まで来た訳よ。ルームメイトと喧嘩したから泊めてくれって」

白井「!!!」

フレンダ「またいつもの痴話喧嘩かって、私も結局泊めちゃったその日の晩……」

白井「………………」

フレンダ「――ルームメイトは自分の首を切り裂いて自殺した訳よ」

結標とルームメイトの部屋はまさに惨憺たる血の海だったと言う。
部屋の中には血が飛び散り、当初は強盗殺人かと警備員による検証も行われた。
彼女がいつからか身につけていたケルト十字架が持ち去られた形跡もあったが――
結局、事件は自殺として処理され闇から闇へ葬り去られた。

フレンダ「――結標は今でも自分を責めてる。ルームメイトを死なせたのは自分だって」

それは結標が、フレンダが、一つ年下のルームメイトが……
今の白井や、初春や、黒夜や、絹旗のように仲が良かった頃。
白井は初春と喧嘩し、その後おにぎりパーティーで和解した。
だが結標はそれさえ出来ぬまま、自らの流した血の海に溺死したルームメイトを

フレンダ「能力もレベルも先輩も後輩も関係なく、自分はただ人を傷つける側の人間だったんだって」

結標は腕の中に抱えながら泣き叫んでいたとフレンダは語る。
自分がルームメイトを追い詰めたのだと、物別れに終わったそれが……
永遠の別れになったしまった時から結標はひどく荒れ狂った。
自分を痛めつけるように周りを傷つけ、その果てに――

フレンダ「誰かに止めて欲しいみたいに暴れて、最後は先代にのされて子供みたいにワンワン泣いてた訳よ」

当時の霧ヶ丘女学院生徒会長に叩きのめされ、ようやく結標は暴走を止めた。
それを見咎めた先代が結標を生徒会に引き入れ、仕事を手伝わせたのだと。
あすなろ園での子供達との交流が、先代の支えが、結標を立ち直らせた。

フレンダ「でも、結局身内の贔屓目かも知れないけどあの子の自殺の原因は結標じゃないって私は思ってる」

室内に残された死灰、いくつかの足跡、不信な状況証拠はいくつもあった。
だが結標はいずれにせよ、あの夜自分が飛び出さなければ……
ルームメイトはいずれかの形で死を免れたかも知れないと――

結標「……白井さん?」

白井「!!」

――結標が、生徒会室の扉の間から青ざめた表情を浮かべて――
175 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:37:11.15 ID:TlBILnRAO
〜12〜

結標「っ」

白井「お姉様!!!!!!」

フレンダ「行って!!」

白井「!?」

青ざめた表情の結標が全てを悟って飛び出し、白井が声を張り上げると、フレンダがそれに続いた。
いつしか雨霧はより深く立ち込めて窓ガラスを叩き、より強く降り注いで紫陽花を濡れそぼらせていた。

フレンダ「――行って。あいつ逃げ足ハンパないから」

白井「フレンダさん……」

フレンダ「――結局、私の脚線美じゃ追いつけない訳よ」

白井「――わかりましたの!」

同時に、白井も空間移動で結標の後を追った。
フレンダはそれを見送ると、熱を失ったガラスポットへ一瞥を送る。
芳醇なバニラの香りを漂わせるマリアージュフレールのエスプリ・ド・ノエル。
先代が愛飲していたそれに覚えたプルースト効果が、懐かしい声を呼び覚ます。

麦野『――あいつの事頼んだよフレンダ。危なっかしくておちおち見てらんなくて』

フレンダ「――結局、私ってばこういう役回りな訳よ」

前霧ヶ丘女学院生徒会長、麦野沈利。結標をあの虹の架け橋で叩きのめし立ち直らせたレベル5第四位。
卒業式の日、フレンダのベレー帽をわしゃわしゃと撫でながらそう言伝て彼女は去って行った。
見送るフレンダではなく、見送りに来なかった結標の身を案じて。

フレンダ「……好きな人の最後の頼みでもなきゃ、こんなのやってらんないっつーの……!」

風斬が、滝壺が、フレンダが、あすなろ園の絹旗までもが彼女を慕っていた。皆の憧れだった。
目蓋の裏に浮かぶあの笑顔が、膝の上に落ちる涙に映し出されそうなまでに焦がれていた。
だがフレンダにはわかっていた。結標が最も荒れていた時期に何も出来なかった自分では救えないと。

フレンダ「何で私ばっかり……何であいつばっかり!!」

そしてスクランブル交差点での白井が結標を見つめる目は、正しくフレンダが麦野を見つめていた眼差しだった。
同時に悟ってもいた。結標が白井を見つめていたあの眼差しもまた、ルームメイトに向けられていたそれだと。
それがたった数ヶ月前に姿を現したばかりの新入生に託す他ないなどと、それはフレンダにとって――

フレンダ「麦……野ぉ!!」

フレンダの押し殺した声が、雨音に掻き消されて行く。
敵わない相手と、叶わない願いに肩を震わせるようにして――

176 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:40:21.84 ID:TlBILnRAO
〜13〜

白井「お待ち下さいお姉様!!!!!!」

結標「来ないで!!!」

白井「!」

結標「来ないで……」

生徒会室より飛び出し、座標移動で振り切らんとする結標と空間移動で追い掛けんとする白井が辿り着いた先。
そこは雨霧に濡れた風見鶏が東を向く校舎の屋根であった。
結標は屋根の先端部にて白井に背を向け、その表情を伺う事は叶わない。
だが前髪を張り付かせるほどの氷雨に濡れた眼差しを、白井は幻視していた。

結標「聞いたんでしょう?フレンダから私の事を、何があったかを」

白井「………………」

結標「――私は貴女が思ってるような先輩(にんげん)じゃない!!」

まるで雨に濡れ飛べなくなった黒揚羽のようだった。
衣替えの時期だと言うのに肩から羽織ったブレザーに包まれた細い肩が震えているのが見えたから。
そして、入学式の時から追い続けて来た結標の背中が――
今、白井の知っている限り最も小さく見えるが故に。

結標「……ずっと、貴女をあの子に重ねて見ていた」

白井は思う

結標「あの桜の木の下で、私自身にと言ってくれた貴女が」

これがこの人の素顔だと

結標「あの子と初めて出会った時を、そのまま鏡に映したようで」

この硝子細工のように脆く壊れやすい

結標「……あの娘が、帰って来てくれたみたいに思ってた」

触れた指先一つで罅が入るような

結標「――最低でしょ?」

どうしようもなく、愛しい脆さ。

結標「……賭けの取り立てをさせてもらうわ」

入学式の時は同じ能力者として出会い、オリエンテーリングとは先輩後輩として。
スクランブル交差点の時は姉妹のように。自分達を名付ける関係性は二転三転して来た。
三面鏡に映る姿が、それぞれ異なる角度から切り出すようにして築き上げて来たもの。
今、結標の最も柔らかい部分が白井の前にさらされている。鏡にすら映らない真実の姿を。

結標「もう私に関わらないで。これがあの日、貴女とした鏡鬼の賭け金よ」

白井「……わかりましたわ」

一足早い洒涙雨が訪れたかのように頬を濡らす結標の背にかけられた白井の熱を感じさせない声音。
あの日白井から勝ち得た権利を、こんな形で行使するなどと結標は夢想だにしなかった。だが

白井「――では今から、わたくし達はただの他人ですの」

――別れとはいつもそうしたものなのだ――
177 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:40:48.53 ID:TlBILnRAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「――ゲームをしましょう、座標移動(ムーブポイント)――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
178 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:41:14.80 ID:TlBILnRAO
〜14〜

結標「!?」

白井「簡単なお遊びですの。種目は“鏡鬼”……制限時間は10秒、ハンデ無しの真剣勝負(ゲーム)ですの」

白井は引かない。結標は退けない。故にぶつかり合う他ない。
そこで反射的に振り返った結標が目にしたもの。それは――

白井「先輩後輩でもなく、姉妹でもなく、ただの能力者(たにん)として貴女のくだらない幻想をぶち殺して差し上げますの」

結標「貴女、何を言って……」

白井「わたくしは!!!!!!」

結標「っ」

白井「――貴女と同じ負けず嫌いですのよ。やられっ放しは性に合いませんの」

あの桜の木の下で結標に挑んで来た日そのままの眼差しだった。
勝ち気で負けず嫌い、向こう見ずが故に真っ直ぐで、ひたむきで。

白井「貴女に土をつけられただけでも口惜しいと言うのに、身も知らぬ名前もわからない他人(ルームメイト)と勝手に比べられ、思い出に負けるなどと」

白井は前に出る。結標は後ろに下がる。厚い雲に遮られ届かぬ太陽の光、肌寒い梅雨冷えの空気。
されど白井の肩を震わせるは寒さではなく怒り、踏み出した足は追うのではなく先んじるため。

白井「――貴女はどこまでわたくしを馬鹿にすれば気が済むんですの!!!!!!」

結標「……っ」

白井「今ここで証明して差し上げますわ。貴女はわたくしを傷つけるどころか指一本触れる事さえ出来ませんの」

結標の本当の弱さは他人を傷つける事などではなく、それは自分を傷つけ流した血と痛みに浸る甘(よわ)さ。
こんな事を考える自分はやはり、良い後輩にも可愛い妹にもなれそうにもないと白井は自嘲した。

結標「――馬鹿にしているのは貴女の方よ。私に勝てるだなんて本気で考えているなら、その思い上がりを正してあげなくちゃね」

白井「わたくしが勝つんではありませんの。貴女が負けるんですの」

結標「減らず口を……!」

風見鶏が回り、時計の針が回り、二人の運命の輪が回る。
鏡合わせのように再現される出会いの日の形で、別れの日を実現させじと白井は立ち向かう。

白井「思い出に負け、自分の弱さに負け、わたくしに負け、全てに負けて震える貴女をくるんであたためて差し上げますの」

結標はあの虹の架け橋で白井に語って見せた。『自由』とは奪うものだと――

179 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:41:41.15 ID:TlBILnRAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「――結標淡希(あなた)の自由(すべて)を奪って!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
180 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:44:38.61 ID:TlBILnRAO
〜15〜

―――――10―――――

結標「やれるものならやってみなさい!」

結標が軍用懐中電灯を抜――

白井「――無駄ですわ」

結標「!!?」

白井「今の迷いに満ちた貴女に、わたくしを捉える事などとてもとても」

―――――9――――

かんとしたその時、いつの間にか正面へ空間移動していた白井が結標の軍用懐中電灯を押さえ、奪い取る!

結標「っ」

――――8――――

白井「鏡は迷いの具。鏡に映った姿が歪んでいるならばそれは鏡ではなく貴女自身の姿が歪んでいるからですの」

そしてそれを屋根から放り捨て、白井は髪をかきあげる。
反対に屈辱に顔を歪め歯噛みする結標が怒りに任せて手を伸ばすも――

――――7―――

結標「あっ」

白井「鏡鬼の精髄は鏡に映る自分を見るように相手の心を見据え、己が心の水面を鏡のように鎮めること」

またしても空を切る結標の手、背後を取り結標の髪紐を奪う白井。
バサリと落ちた赤い髪が、まるで血涙を流すように赤く紅く朱く――

―――6―――

白井「人間関係は鏡のようだとえらそうにのたまった貴女が、無様に髪を振り乱す滑稽さに濡れてくる思いですの」

結標「貴女に私の何がわかるの!!」

―――5――

白井「わかりませんわ。同じ能力者でも、先輩後輩でも、姉妹でもわからなかったものが他人の今、わかろうはずもありませんの」

さらに結標のブレザーを引き剥がして白井は風見鶏の上に空間移動する。
一つ一つ引き剥がし、肌を晒させ、心まで裸にしてヘシ折るために。

――4――

白井「――故に、これから貴女にはわたくしのパートナーになっていただきますの。触れただけで傷つく貴女(ガラス)を曇らせる露の全てを、わたくしが払って差し上げますの」

結標「きゃあっ!?」

追い掛けて来た結標のピンク色のサラシを引き裂き、それによって結標が胸元を押さえて膝をつく。

――3―

白井「罅割れたガラスを元に戻すには、火にくべて溶かし、作り直すより他にありませんわ」

―2―

動けない結標へ白井は歩み寄り、胸を押さえてうずくまる結標の顔へと両手を差し伸べて

結標「い、いやっ……」

白井「――これから貴女を壊して差し上げますの。わたくしの腕の中で」

―1

挟んだ頬へ、落とす唇が迎えた決着



181 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:45:05.40 ID:TlBILnRAO
〜16〜

結標『ああ、何か懐かしいわ中等部の部屋って。変わらないわね』



初めて白井が結標を“お姉様”と呼んだあの月夜の晩



『やっぱり少し手狭ね高等部と比べると。あの頃はそんな風に感じなかったものだけれど』



白井は思う。結標はあの夜、一体どんな気持ちで白井のいる霧ヶ丘付属女子寮にやって来たのだろうと



結標『先輩が後輩の顔を見に来るのに、そんなに理由が必要?』



身を切られるような別れと、それを思い起こさせる部屋を、白井を慰めるためだけに訪れたその時を



結標『――貴女が自分を責める気持ちもよくわかるわ。けれどそればかりに囚われて欲しくないの』



何を思い、何を考え、何を感じただろうと



結標『――今度は力になれたかしら?』



そんな過去があった事など微塵も感じさせず――



結標『――貴女を、妹みたいに思っているから――』



――食ってかかる白井に微笑みかけていた結標に、白井はいつしか――



182 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:45:32.82 ID:TlBILnRAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「――――貴女の事が、好きですの――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
183 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:47:57.45 ID:TlBILnRAO
〜17〜

落とした唇が、見交わした視線が、連なる影が、ひび割れた心が、胸を締め付ける想いが重なった。

結標「あ……」

白井「――わたくしの勝ちですわ」

その瞬間白井の顔に笑みが。その刹那結標の貌には涙がそれぞれ零れた。
勢いを増す雨足に、中庭に咲き誇る紫陽花の上を歩む蝸牛が顔を上げる。

結標「……わ、たし……」

白井「――このように脆く儚い貴女に、人を死に追いやるような強さなど考えられませんの」

白井のぐしょぐしょに濡れた制服の胸元へ、ずぶずぶに濡れた結標の身体が収まる。
すっぽりと覆うように包むように、先程の激しさと打って変わって優しくすらある手付きで。
こんなにも細い腰とか弱い背中しか持ち得ぬ結標に、誰かを死に追いやる力などどこにも宿っていないと。

白井「――取り立てを行わせていただきますの」

結標「………………」

白井「――貴女の記憶(いたみ)を、どうかわたくしに」

結標「……どうして」

結標のどうして、という呟きに込められた意味を白井は察した。
何故自分のものになれと言わないのかと。そうしたならば――
結標には言い訳が手に入る。賭けに負けたという言い訳(よわさ)が。

白井「どうしたもこうしたも……」

結標「………………」

白井「既に奪われているものを二度取り立てる事は誰にも出来ませんの」

結標「……貴女は、それでいいの?」

白井「十分に過ぎますの」

白井はその合わせ鏡の隅に写り込む悪魔の誘惑に屈する事をよしとしなかった。
なれば自分は魔法の鏡になりたいと白井は願った。
壊れやすく脆い彼女に『美しい』と呼び掛け続ける魔法の鏡に。

白井「――愛とは奪うものではなく、与えるものでしてよ?」

白井は思う。二つ結びを下ろしている方がより美人だと。
もっともそんな事をさせればフレンダが言うファンやらライバルがより増えてしまうかも知れないので――
それは今しばらくは自分だけの楽しみとして胸に秘めておく事にした。

結標「……“黒子”――」

白井「――“お姉様”……」

降りしきる雨に打たれ飛べなくなった手の中の黒揚羽蝶。

その傍らに寄り添う紋白蝶が、同じ紫陽花の下に雨宿りしていた。

白井「――これからもどうか、わたくしと永遠(とも)に――」


――やがて上がる、雨空の先にある蒼穹(そら)を夢見て――

184 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:48:35.44 ID:TlBILnRAO
〜18〜

黒夜「ひっはは……熱い、熱過ぎンぜ白井ちゃン!」ガー

絹旗「超今練ってるシナリオに追加出来そうな展開ですね腕が鳴ります」

一方、その様子を図書室の窓辺より見つめていたのは参考資料を大量に抱えながらローラーシューズと移動する黒夜。
そして半年後の一端覧祭を見据え活動写真のシナリオのネタ集めにやって来た絹旗であった。
白井がフレンダと話し込んでいる間探しに来なかったのは、バッタリ出くわした絹旗に捕まっていたからだったのだ。

黒夜「シナリオって……絹旗ちゃんマジ映画撮るの?」

絹旗「本気と書いて超マジですよ。もう撮影スケジュールから機材使用許可証、持ち出し予算から何から何まで。その申請に来たんですけど」

黒夜「あれをネタに使うとか絹旗ちゃん……ドタバタ学園もの??」

絹旗「んー、雰囲気だけそれっぽい中身スッカスカの恋愛ごっこでも撮ろうかと」

黒夜のローラーシューズがキュッと華麗なターンを決めて振り返った先の絹旗の物言いは達観している。
絹旗はC級映画を好む。お約束やベタや王道の上辺だけなぞって滑っているような、安っぽいハッピーエンドを。

絹旗「ぶつかり合うように出会って、足並み揃えて歩いて、すれ違って離れて、最後は結ばれてめでたしめでたし」

黒夜「?」

絹旗「今上がってる映画のシナリオですよ。超見たくありませんか?」

黒夜「えー私まだレポート終わってないってないのにー」

絹旗「まあまあ超さわりだけでも」

ローラーシューズで滑る黒夜の襟首をむんずと掴んで押し付けたシナリオ集。
それは巫女服の少女とショタコンの少女達の同性愛もの。舞台のほとんどは廃墟か瓦礫の街の物語。
あまりにもピーキー過ぎる素材に黒夜は読んでいて頭痛がしそうであった。誰が観るんだこんなのと。

黒夜「私が大好きなスニッカーズ食べ過ぎた時みたいな胸焼けがしてくるよ絹旗ちゃーん……」

絹旗「いえいえこれ超書いてくれたの佐天さんですよ?ロケ地も彼女の超肝煎りでしでもう決まってるんです♪」

まさか自分を仲間に引き込みに来たのではないかとジト目で訝る黒夜。
パラパラとめくったシナリオが最後のページに差し掛かって閉じられ、裏返して表書きのタイトルを見る。

絹旗「――場所はアクアライン“軍艦島”。夏休みから撮影から撮影に入ろうかと――って黒夜ちゃん聞いてます?」

そこに記されていた、禍々しい青の血文字のフォントは――

185 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:49:01.13 ID:TlBILnRAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
と あ る 夏 雲 の 座 標 殺 し ( ブ ル ー ブ ラ ッ ド )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
186 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/01(水) 20:49:27.14 ID:TlBILnRAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『――君が僕の存在を認めてくれるなら、僕も君の存在を認めるとしよう――』

――ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』より――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
187 :投下終了です :2012/02/01(水) 20:52:41.49 ID:TlBILnRAO
鏡に「中の世界」なんてありませんよ…ファンタジーやメルヘンじゃあないんですからby花京院

たくさんのレスをありがとうございます。では失礼いたします!
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/02(木) 00:08:07.31 ID:nHhZUhLT0
文章がとても美しくて好きです。
続き楽しみにしてます!
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/02(木) 16:57:31.98 ID:h5QT1f+8o

相変わらず引き込まれる
システムO.I.Yには噴いたがwwwwww
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/02(木) 19:40:12.64 ID:W/FurdHk0
191 :作者 ◆K.en6VW1nc :2012/02/04(土) 19:59:51.95 ID:fdVQqZuAO
>>1です。第九話を投下させていただきます
192 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:00:30.39 ID:fdVQqZuAO
〜8月12日〜

黄泉川「ふう……」

手塩「交代、時間だ。コーヒーを、淹れる。一息、つこう」

黄泉川「悪いじゃん手塩。甘えさせてもらうとするじゃんよ」

6月6日に第七学区が壊滅し、7月6日に第十五学区の支部が魔術師に全滅させられた後……
黄泉川と手塩ら警備員は第十九学区へ新たな本営を築き上げ、そこへ移転する事と相成った。
先の七夕事変により第十学区の刑務所が溢れかえってしまい、急拵えながら収容所を必要に迫られたからである。
そこで法の鎖に繋がれた罪人達の回廊を抜け、詰め所で一休みする黄泉川に手塩がコーヒーを淹れた。

手塩「……吹寄は、どうしている?」

黄泉川「証言は得られたじゃん。けどあまり状況は前進してないじゃん」

手塩「こちらも、今朝から駆けずり回って、手にした押収物は、たったの、これだけだ」

手塩の言葉と、手にした遺留品には今淹れたコーヒーよりも苦々しい認識が込められていた。
軍艦島より引き上げられ真空パックに詰められた霧ヶ丘女学院のブレザー。
切り裂かれたように縦に走り穴の空いた上着には結標の血糊がべっとりとこびりついている。
その傍らには白井の部屋から押収した金属製のベルトとミニスカート、そして軍用懐中電灯。

黄泉川「――なあ手塩よ。あの娘達は今、どんな夢を見てると思うじゃん?」

手塩「夢?」

黄泉川「それは私達が見たような悪夢(ゆめ)かも知れないし、目覚めるのが嫌になるような幻想(ゆめ)かも知れない」

黄泉川が飲み終えたコーヒーは、一方通行がたまに淹れてくれるそれよりもかなり味気なかった。
その言葉に互いの過去が交差する。黄泉川は生徒に銃を向けないと近い少しでも負債を減らすとき決めたその日の事を。
手塩は言葉を失ってしまった少女と、この監獄とよく似た少年刑務所で結標と対峙した日の事を。

手塩「……私は、夢を見る時、いつも、モノクロなんだ」

黄泉川「私もカラーの夢を見なくなってから随分経つじゃん」

手塩「――罪人(つみびと)の、浅き眠りは、白黒(モノクロ)か」

黄泉川「――意外に詩人じゃん!」

手塩「よせ」

ゴーストタウンと化した第十九学区。そこに収容された咎人らの終の地。
それを人々は誰ともなしにいつしかこう呼んでいた。

手塩「――バベルの塔に、詩など似合わない――」

――その名は……

193 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:00:57.13 ID:fdVQqZuAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第九話「地獄の季節」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
194 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:01:26.20 ID:fdVQqZuAO
〜1〜

『お姉様』



私を呼ぶ声が聞こえる



『……お姉様……』



懐かしくて、聞き覚えのある声



『――――お姉様――――』



忘れたくても、忘れられない声




『 ― ― ― ― お 姉 様 ― ― ― ― 』



私の中に埋葬された、いくつもの十字架が聳え立つ絶望の丘



『 ― ― ― ― お 姉 様 ― ― ― ― 』



どこにいるの?私はここよ。ここにいるの



『―  ―  ―  ―  お  姉  様  ―  ―  ―  ―  』



ねえ――

195 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:02:02.58 ID:fdVQqZuAO
〜2〜

御坂「……夢?」

夜が明け、遮るカーテンの隙間から射し込む朝の光に御坂は目を覚ました。
大量の寝汗に塗れた肢体、生乾きの目元を伝い落ちる涙が濡らす枕。
大量の水分が失われ渇いた喉から搾り出した声はひび割れて枯れている。
前髪が額に張り付いて気持ち悪く、寝汗を吸ったパジャマ以上に身体が重い。

御坂「……もう朝か」

部屋を見渡し、辺りを見回し、手の平を見つめる。
今の夢は何だったのだろうかと言う思いが半分、これが現実かと言う想いが半分。
枕元の携帯電話を開いて見れば7時を僅かに回った頃。
アラームを止め、メールボックスをチェックし、母との待ち合わせ時間を確かめ、何とはなしにフォルダを開く。

御坂「――もう起きてるかな?」

そこには昨年の10月3日に麦野と撮った写メールが映っていた。
男物のワイシャツを寝間着代わりにした麦野とパジャマを借りた自分。
白井が嫉妬し、佐天が茶化し、初春が目を細めていたあの写メール。

御坂「………………」

――――――――――――――――――――
8/12 7:24
to:麦野さん
sb:おはよう
添付:
本文:
良かったら一緒に朝ご飯食べない?
あんたに会いたい
――――――――――――――――――――

聞きたい事が、知りたい事が、話したい事があった。
佐天にも話せず、初春にも相談出来ない、この場にいない白井に関する事で

――――――――――――――――――――
8/12 7:33
from:麦野さん
sb:RE:おはよう
添付:
本文:
朝っぱらからなに?
ブッ飛ばしてやるから出て来いよ
――――――――――――――――――――

――低血圧な女王陛下は、思いの外早い返事を出して来た。

196 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:04:42.64 ID:fdVQqZuAO
〜3〜

私と御坂の出会いは去年の6月21日。当麻と出掛けた第六学区のアルカディア(理想郷)。
そこで私と滝壺に泣きついて来たあの佐天だかペテンだかって中坊を連れて私達に絡んで来やがった。

――殺そうと思った。テメエの理想を信じて疑わないキラキラした眼差しに。
テメエだけの正義を他人に押し付けるやり方にイライラが止まらなかった。
身勝手で、独り善がりで、現実ってもんがてんでわかっちゃいないお子様の中坊(クソガキ)。
テメエの手を血に汚さず綺麗事を奇麗事のまま保ち続けていられる、正真正銘の正義の味方(ヒロイン)



――私が血の海に水没させてしまった輝きを今も持ち続ける、眩し過ぎる『光』――



御坂はそれからも度々私と関わり合いを持った。インデックスの記憶を巡る戦いにも首を突っ込んで来た。
時には当麻達やあの青カビ頭とカチューシャ女と一緒に飲み食いして、しまいにゃ私の部屋に転がり込んで。
その時だ。成り行きであいつの母親を断崖大学データベースセンターから脱出させる羽目になったのは。

美鈴『貴女、よく人から完璧主義者って言われるでしょう?そういう子はね、他人以上に自分を許せない子よ。今の沈利ちゃんみたいに』

この私に向かって、生まれて初めて説教垂れやがった大人

美鈴『そして彼を殺してもよ沈利ちゃん。貴方彼を殺して自分の罪を投げ出そうとしてない?彼に殺されて罰を受けようとしてない?甘いのよ』

死の淵を彷徨ってた私を、何の力も持たないあの酔っ払いが

美鈴『――貴女のように強くて、綺麗で、優しい子に、美琴ちゃんを守って欲しいって……そうお願いしようとしたの』

罪と罰と業に飲み込まれていた私を、あの母親は身を挺して引きずり上げてくれた

美鈴『ひどいでしょ?こんな痛い目見て、怖い目にあって、戦争みたいなところに放り込まれて……それでも貴女に美琴ちゃんを守って欲しいって思える程度に大人(わたし)は汚いのよ?』

その時あのオバサンと交わした約束は、今も生き続けている。

美鈴『――それでも大人(わたし)は、子供(あなた)に生きていて欲しいんだと思う――』

――有り得たかも知れない、もう一人の御坂美琴(わたし)を守ると言う約束を――

197 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:05:12.12 ID:fdVQqZuAO
〜4〜

滝壺「ん……」

滝壺は麦野のセーフハウスのベットに射し込んで来た朝の光に目を覚ました。見慣れぬ天井に戸惑いながら

麦野「起きたかにゃーん?」

滝壺「おはようむぎの……どっか出掛けるの?」

麦野「――どこぞのお子様の中坊から、ティファニーで朝食をだとさ」

そこで身支度を整えんと動き回る麦野の姿を見て滝壺は思い出す。昨夜はこの部屋に泊まったのだと。
靄のかかった視界、霞のかかった思考、霧のかかった身体を起こして麦野が突き出して来た画面を見れば――

――――――――――――――――――――
8/12 8:12
from:クソミサカ
sb:小倉トースト
添付:
本文:
おごるから!モーニング終わる前に来てよ〜
――――――――――――――――――――

滝壺「本当だね」

麦野「面倒臭いったらありゃしない。あいつ私の事友達か何かと勘違いしてんじゃないか?」

滝壺「違うの?」

麦野「違うよ」

メイクを終え、コテのコードを巻き、髪をかきあげて麦野は携帯電話をしまって立ち上がる。
未だシーツの海に足を取られている滝壺から見てさえ、思わず魅入られてしまいそうなその横顔。
麦野がこういう表情をするのは決まって大仕事が控えている時だと滝壺は知っている。故に。

滝壺「違うよ。むぎのは本当はみさかのこと――」

麦野「滝壺」

滝壺「………………」

麦野「後は頼んだよ。送って上げられなくて悪いけど」

故に滝壺はベットから降り、部屋を後にしようとする麦野の背に腕を回した。
麦野もそれを振り解きはしない。ただ黙ってそれを受け入れる。

滝壺「いってらっしゃい、むぎの」

麦野「………………」

滝壺「上手く“行かない”といいね」

そして滝壺は麦野の頬にキスをした。いつもはまづらにしてるからと。
麦野はそこで肩の荷が少し降りたのか苦笑いを浮かべ

麦野「ありがと。行ってくるよ」

滝壺「うん」

麦野「ああ、それから滝壺」

滝壺「?」

麦野「――服、着た方がいいよ?」

滝壺「!」

麦野「じゃ、“お仕事”頑張るにゃーん」

滝壺の額を人差し指で小突き、麦野はニコッと笑って部屋を後にした。
嵐の前の静けさを思わせる、夏の朝の光の中へと踏み出して――

198 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:05:42.75 ID:fdVQqZuAO
〜5〜

女生徒A「御坂様、お出かけですか?」

御坂「うん、ちょっと麦野さんとご飯食べに。それからお母さんと合わないといけないから」

女生徒B「きゃー!学園都市の三位と四位が会食だなんて!」

女生徒C「いいな〜!ミステリアスな滝壺様、セクシーな結標様、そしてクールな麦野様、しかしキュートな御坂様にはかないませんわ!!」

御坂「あははは(クール?ないない!)」

一方、御坂もまた複合施設『水晶宮』より麦野に会うべく正面玄関を出ようとしたところ――
ちょうど派閥の人間に捕まったのである。その様子を見て御坂は昨日の騒ぎがひとまず鎮静化した手応えを感じた。

御坂「(――笑うのって、こんなに疲れるんだ……)」

実のところ、御坂は振り撒く自分の笑顔に自身が持てずにいた。
白井黒子の逮捕、結標淡希の死、それらを紙爆弾に仕立て上げた先代派。
それらを引き起こしたと思しき女生徒らは今、婚后派が監視してくれているらしい。

婚后『常盤台に風神・雷神の二翼あり!貴女の留守はこの婚后光子が守って差し上げますわ!!』

御坂「(……ありがとう婚后さん。本当に助かるよ)」

御坂の憔悴ぶりを見、今日美鈴と行く墓参りを前に一度気分転換なさいなと言う婚后の心遣いが有り難かった。
常盤台を三分する婚后派の監視があれば先代派も昨日のように表立っては動けないはずだ。
だが裏で今度はどんな権謀術数をあの女王の蜘蛛の巣のように張り巡らせているかと思うと――

御坂「(いつから、こんなに人を疑わなくちゃいけなくなったんだろう?)」

望むと望まざるに関係なく自然発生した派閥。レベル5の威光は誘蛾灯だと言う食蜂の……
彼女の言うところの政治力が欠けていると自分でも分かっている御坂にはそれがひどく堪える。

女生徒A「と、ところで御坂様?」

御坂「ん?なにかなー?」

女生徒B「その……御坂様と麦野様は、お、お友達なのですか?」

御坂「向こうはどうかわからないけどね」

女生徒C「?」

御坂「じゃ、行ってきまーす!」

女生徒達「「「いってらっしゃいませ御坂様!」」」

そんな祭り上げられた御坂をも平気で見下し、クールにはほど遠いブルータルな罵声を浴びせる麦野に……
御坂はいつしか信を置くようになった。今こうして、相談を持ち掛ける茶飲み友達として――
199 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:07:42.68 ID:fdVQqZuAO
〜6〜

私とあの女が出逢ったのは、確か第六学区のショッピングモールだったと思う。
その時の私は佐天さんと一緒で、今思えばアイツとデートしてるあの女と出くわした。

――殺されるかと思った。底無しの狂気、根刮ぎの絶望、そんな暗黒面を剥き出しにしてアイツまで殺そうとした。
血でボロボロに錆びた抜き身の刃、私があの女に抱いた最初のイメージ。
自分も他人も世界も鼻で笑って否定するような……最低最悪の人格破綻者だって私はずっとそう思ってた。



――私を、アイツを、インデックスを、必死に守ろうとしてたあの横顔を見るまでは――



インデックスの記憶を巡る事件の後、8月19日の絶対能力進化計画での戦いの中にあの女は『いなかった』。
アイテムとか言う連中とはぶつかったけど、それを率いていたはずのあの女はあそこにいなかった。
それを問い質した事もあった。けれどあの女は一言も答えてくれなかった。何故だかは未だに聞かされていない。

麦野『はっ、たかが一宿一飯に義理固いこって……それだけでイイヤツ認定メダルがもらえんなら、私は公衆便所バッチつけた女より安いもんに成り下がった気分だわ』

その後から、私は少しずつあの女と交流を持つようになった。

麦野『巫山戯んな!さんざっぱら罵って見下してこき下ろして来たテメエと“はいそうですか、私達お友達になりましょうキャッキャウフフ”だあ!?出来るかクソッタレ!!』

私がアイツの家でその友達や先輩とドンチャン騒ぎして吐いちゃった時も部屋に連れ帰ってくれた。
コンビニで買った女性用下着の茶色い紙袋を寄越して、ダメにしちゃった制服の代わりにコート貸してくれて。
一緒にお風呂に入ったり写メ取ったり、あの女は心底嫌そうに文句言いながらも私に付き合ってくれた。

麦野『――私達は歩み寄れても、分かり合える事は決してないんだよ。御坂』

あの女には謎が多い。私と黒子がリハビリを手伝わなきゃいけないくらいの大怪我をした事もある。
いつどこで知り合ったのか私のお母さんとたまにメールしてるみたい。でもそれがどうしてかは教えてくれない。
私を決して友達とは呼んでくれない。なのに私には七夕事変の時に何もさせずに自分が矢面に立ってた。

――それが何故なのか、あの女は今だって一言も教えてくれない――

200 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:08:09.00 ID:fdVQqZuAO
〜7〜

御坂「あれからもう一年になるのね……」

水晶宮を出た後、御坂は第十五学区の駅前広場のベンチに腰掛けながら麦野と待ち合わせていた。
卒塔婆を思わせるビル群が夏の陽射しを受けて照り返し、十字架を想わせる風車が風を受けて廻る。
背後にて流水階段を形成する噴水からはせせらぎが、足元には地を這う鳩が、目の前には行き交う人々が。

御坂「………………」

一年前の昨日、絶対能力進化計画は永久凍結されたとタカをくくって舞い上がっていた自分を不審がっていた白井。
結標淡希が引き起こした残骸(レムナント)で実験について何やら気づいたかも知れなかった白井。
秘密主義者なのは自分も同じか、と御坂は自嘲気味に頬を歪めた。ならば白井はどうだっただろう?と

麦野「――御坂」

御坂「おはよう、麦野さん」

バサバサバサと鳩が飛び立ち羽根が舞い散り落ちる影に顔を上げた御坂が見たもの。
それは青天に座す堆い雲の峰と、燦々と降り注ぐ夏の陽射しを背に現れた麦野沈利。

麦野「――ひでぇツラ」

御坂「五月蝿い!」

吹き抜ける正南風が二人の前髪を揺らし、靡かせ、翻らせ、そよがせて行く――

201 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:08:35.91 ID:fdVQqZuAO
〜8〜

麦野「小パンダの居場所?巫山戯けんな」

御坂「……やっぱり?」

麦野「それはこっちのセリフ。どうせそんなこったろうとは思ったけど」

ザクッと運ばれて来た焼きたての小倉トーストをかじりながら文字通り開口一番に麦野は御坂の申し出を蹴った。
二人は今待ち合わせ場所から程近い繁華街にあるカフェテリア『サンクトゥス』にて朝食をとっていた。
御坂が切り出した内容、それは白井黒子の所在である。滝壺理后を従えている彼女ならばと。

麦野「そんなもん知ってどうするつもり?差し入れでも持ってくってか」

御坂「そうじゃない、違うの……」

麦野「――それとも、アイツが臭い飯食わされてるブタ箱まで突撃して脱獄手伝って外国にでも逃がす?」

御坂「違うの麦野さん!」

良くクーラーの利いた店内に漏れ聞こえて来る油蝉のオルガヌム。小さく短く張り上げた声。
だが対する麦野はカンカンとゆで卵を割ってその薄皮までペリペリと剥がしながら翠眉を片方上げ

御坂「わからないの……」

麦野「………………」

御坂「どうしてこんな事になっちゃったのか、黒子が何を思ってたのか、これからどうしたら良いか……」

麦野「――だから少しでも知って安心したい気持ちはわからなくもない。けどね御坂、それはやっぱり気休めよ」

塩取って、と付け加えて麦野は言外に協力を拒否した。
その言葉に御坂の手中にあるファイブリーフのエスプレッソがいびつに歪む。
御坂とてわかっている。法の番人の側に立っていた白井が法の鎖に繋がれるその意味を。

麦野「ついでに言っとくけど、この問題に学生自治会の連中を引っ張り出そうとしても無駄だよ」

御坂「っ」

麦野「――わかるでしょ?私達は仲良しこよしの馴れ合いで繋がってるんじゃない」

エスプレッソよりも苦い認識の走った舌を打ちたくなるのを御坂は何とか思いとどまる。
そう、端から見れば7月7日の決戦は避難所の面々が結標らを援護したように見えなくもないが――

麦野「それぞれの利害関係が一致した上で互いを利用しあってる。あのBBQパーティーで日和ったか?」

それは希望的観測に過ぎると麦野はサラダに取りかかり、御坂を見やる。
削板辺りはマジでそのつもりだろうけどね、と付け加えた上で。

麦野「――損得抜きでかかずらうほど、レベル5はヒマじゃない」

202 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:10:59.46 ID:fdVQqZuAO
〜9〜

復興支援委員会を立ち上げ牽引する削板は本気で皆と学園都市のために汗を流しておりそれは変わる事はない。
だがそれを補佐する雲川は、削板を御輿として担ぎながらも『原石』の保護や上層部との調整役を旨とする。
垣根率いる『スクール』や麦野率いる『アイテム』はその雲川から雇われ、それぞれ守りたい対象があるからだ。

御坂「……黒子は、黒子にはその価値はないってそう言いたいの!?」

麦野「七夕の時は吸血殺しって言うアドバンテージがあの戦いで占めるウェイトがデカかったからよ」

垣根は初春を、麦野は上条を。九人目のレベル5となった結標とて姫神だったからこそ助けに向かった。
だが白井はいち風紀委員に過ぎない。御坂を除くレベル5の誰の利害にも抵触していないのだ。
七夕事変も異端宗派が避難所を襲ったためであり『一個人』を私的な理由で救う事ではなかったのだから。

麦野「削板に泣きついても、あのカチューシャ女が横槍を入れて来るだろうしね」

御坂「………………」

麦野「今も魔術サイドの連中と揉め事起こさないように張り詰めてる中であんたに構ってるヒマ人なんて私くらいのもんだよ」

委員会の人間は削板を御輿として盛り立てており雲川もそれは変わらない。
雲川は上層部と、土御門辺りは新統括理事長の親船に以前からパイプを繋いでいた。
垣根は暗部絡みの闇のコネクションに、服部も駒場亡き後の浜面に代わって学園都市中のスキルアウトに顔が利く。
上条は魔術サイドとの橋渡し役でもありイギリス清教と繋がりが深い。しかし御坂にはそれがない。

御坂「あんたは、私に付き合ってくれてるんだ?」

麦野「少なくとも朝飯くらいは」

御坂のレールガンは例え権力者側であろうとそれが悪ならば打ち砕く。
しかし裏を返せば悪のない場所に御坂の力は意味をなさない。
派閥を嫌って三年生までそれを忌避して来た御坂に権力者側に働きかけるコネなど当然ない。
常盤台の3/1の派閥、その中で権力者側に通じる人材がいてもそれを利用するには御坂は潔癖過ぎた。

麦野「出るよ御坂」

御坂「うん……」

政治力を磨け、と言った食蜂は果たしてどんな権力闘争を勝ち抜いて来たのかと御坂は不意に思った。

203 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:11:40.70 ID:fdVQqZuAO
〜10〜

麦野「さんざっぱら糞味噌にけなしたけど」

御坂「?」

麦野「――あんた、本気であの小パンダが人を殺すと思う?」

御坂を助手席に乗せ、ヴェンチュリーのハンドルを握る麦野が横目で問い掛けて来る。
麦野は今第十五学区より共同墓地がある第十学区へと御坂を送り届けている。
学園都市へ妹達の墓参りに訪れる御坂美鈴へと引き渡すために。

御坂「しないと思う。黒子は誰かを殺すくらいなら自殺した方がマシって言うに決まってる。そういう娘よ」

麦野「でしょ?」

有料道路を直走る麦野の目に『外部』の車がちらほらと見て取れた。
常盤台中学も盆入りから保護者説明会があるというのは美鈴からのメールにもあったが――
今日は前日の12日ではあるが、夜からスーパーセルが発生するという予測結果が出ている。
交通網が封鎖される前にホテルにでも保護者らが泊まって翌日に備えるのだろうかと麦野は思った。

麦野「――あんた、あいつの“お姉様”なんでしょ」

御坂「そうよ」

麦野「ならあいつを信じて帰って来る場所を、あんたがしっかり守ってやればいい」

6月6日の最終戦争、7月7日の七夕事変と相俟って学園都市への保護者らの不満は爆発寸前だ。
雲川が危惧したように日本国政府との折衝や外部の協力機関との連携も、統括理事長が親船最中に……
アレイスター・クロウリーが行方をくらませた事により移った新体制も盤石ではない。むしろ揺らいでいる。

御坂「……私にはそれしか出来ないよね」

麦野「あんたにしか出来ないよ、それは」

魔術サイド、イギリス清教との関係は今や紙一重の綱渡りで持っている。学園都市側の損害も大きい。
最近では結標が大破させた第二十三学区の空路、保護者を迎え入れる陸路は非常に制限を貸せられている。
8月7日前からアウレオルス=イザードの『負の遺産』を調査しに来たオルソラ=アクィナス。
8月7日に学園都市入りしたアステカの魔術師エツァリも海路を経由せねばならないほどの警戒レベル。

御坂「麦野さんは……」

麦野「ん?」

御坂「麦野さんは、私の味方でいてくれる?」

第十学区のゲートを潜り抜けたところで、御坂がポツリと漏らしたつぶやきを――
聞かなかったフリを出来なかった自分に麦野は軽く苛立った。
時期が時期だけにナーバスになっている御坂の心理を見落としていた事に。

204 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:12:09.36 ID:fdVQqZuAO
〜11〜

御坂「去年の今頃の季節、私死のうとしたんだ」

麦野「……知ってるよ」

絶対能力進化計画の後遺症(トラウマ)、絶えず自分を陥れようとしている常盤台の派閥問題、白井黒子。
麦野の駆るヴェンチュリーが、命数を使い果たし黒蟻に集られる油蝉の亡骸を轢き潰す。
彼方に逃げ水が揺らぎ、陽炎が立ち上るような市街地を目指して走る眺めが運転席から良く見えた。

御坂「今朝も夢の中で聞いたの。私を“お姉様”“お姉様”って呼ぶ声を」

麦野「………………」

御坂「おかしいよね?その時目蓋の裏にさ、見えたの。たくさんの十字架が立った丘の前に立ってる自分を」

キッ、と有料道路から下って市街地に入り、共同墓地の地下駐車場に停める。
8月7日のBBQパーティーでの蟒蛇ぶりや自棄酒加減から見てさえも――
今御坂の精神的な波形は大きく谷間へと落ち込んでいるのがわかった。

御坂「……少し、疲れちゃった」

麦野「――寝なよ」

御坂「えっ?」

麦野「そんなひでぇツラしたまま母親に会うつもり?」

仄暗く冷え切った地下駐車場へ差し込む真夏の太陽に目を細めながら麦野は御坂を胸へともたれかからせる。
待ち合わせの時間まで残り45分を、御坂は麦野の胸に抱かれて仮眠を取る事にしたのだ。
205 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:17:30.20 ID:fdVQqZuAO
〜12〜

御坂「スー……スー……」

麦野「………………」

私がほんの少し気紛れを起こせば刎ねられる細い首が今胸に預けられている。
これからあのオバサンもここに来るんだろうね。相変わらず苦手だけど。
顔は合わせないで時間が来たらこいつだけ送り出してさっさとこの場を離れよう。

御坂「黒子……」

私の低めの体温に合わさるこいつの肌理細かい素肌。
間近で見ると睫毛が長いのではなく量が多いのだとわかる。
手、指、爪。お手入れいらずの若さにかまけた汚れを知らない掌。
首筋から細い血管が透けて見えるほど白い喉に目が行く。

麦野「………………」

私は意味もなく、こいつの漏れ出した寝言から見ている夢を想像してみる。
呼ばれたのは後輩の名前。私のリハビリに手を貸してくれたあいつ。
なあ小パンダ。あんたは今私の胸で眠ってるこいつを抱きたいと思ったか?

麦野「――もっと早く」

私も寝てみる前までわからなかったよ。自分が抱くより抱かれる方が好きだって。
知らなかったよ。オスを喰らう女郎蜘蛛やメスカマキリの気持ちなんて。
知ってたよ。子供を目の前で殺されて発情するメスライオンの本能なんて。
そういう時の私の乱れ方は終わった後に自己嫌悪に陥るくらい溺れて行く。

麦野「――あんたに」

死体に残った冷たい余熱とも、交わす時の灼熱とも違う、あんたの微熱が側にある。首を落とせる距離に。
きっとあんたの後輩はこれに狂ったんだろうね。女は自分の子宮を裏切れない。そういう風に出来ている。
私みたいに男を知ってる訳でもあの後輩みたいに女になった訳でもないあんたにはまだわからないだろう。

麦野「――かった」

きっとあんたは後輩を助け出したいんだろう。北極海に落ちたあいつを救い出そうとした時の再現のように。
だってあんたは正義の味方だから。誰からも愛され、守られ、認められ、て最後には救われるヒロインだから。
まるでそれが、この色褪せた学園都市(まち)の中で唯一確かな真実(マスターピース)であるように――

206 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:17:57.51 ID:fdVQqZuAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――もっと早く、あんたに会いたかった――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
207 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:18:23.07 ID:fdVQqZuAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「節季の足裸」話九第:(ムーロクノモ)標座間空の虹白るあと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
208 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:18:51.20 ID:fdVQqZuAO
〜12〜

黒夜「夏休みだよ!全員集合ー!!!」

絹旗「はいイーチ!」

初春「に、ニー!!」

佐天「サーン!!!」

全員「「「ダー!!!!!!」」」

白井「(ヘンな薬でもキメたようなハイテンションですの)」

一学期終業式の日、霧ヶ丘付属一年一組は沸騰していた。
それは来るべき陶酔の刻(とき)、トンネルを抜けた解放記念日である。

黒夜「ひっははははは!いいねェいいねェ最高だぜェ!!」

ガーッとローラーシューズでタイルを滑りながら黒板に落書きする黒夜。

絹旗「これでようやく撮影に超入れますね!さあ白井さん行きますよ!!」

白井の手を掴み、鞄を引っさげて駆け出そうとする絹旗。

白井「ちょ、ちょっとお待ちになって欲しいですのお二方!」

黒夜「青春に待った無しだぜェ白井ちゃン!夏休みにロスタイムはねェ!」

絹旗「ほらほら白井さんがいないと誰が“お姉様”に話通すんです?」

初春「あははは、じゃあ機材運搬の申し送りも白井さんに丸投げしちゃいますからよろしくお願いします」

佐天「あはっ。私も明日の夜から現地入りしますからよろしくー」

白井に書類の束を手渡して黒い笑みを浮かべる初春、補習に半日取られるので夜から入るとウインクする佐天。
外には一夏限りの油蝉達が開くサマーフェスティバル、内には姦しい少女達のコーラスが響き渡る。
ガヤガヤと騒がしい教室、ザワザワとさざめく校舎、成績に一喜一憂する嘆きと喜びの声。

絹旗「それじゃあ高等部の方に超行ってくるとしますか!!」

白井「こ、校内でセグウェイを乗り回すんじゃありませんの!」

黒夜「いいじゃンいいじゃン固い事言いっこ無し!」

絹旗「そうそう“お姉様”の前くらい素直な感じで超一つよろしくお願いしちゃいますよ♪」

白井「あ、あなた方はー!!」

セグウェイで校舎を飛び出す絹旗、虹の架け橋をローラーシューズで滑って行く黒夜。
そんな二人を顔を真っ赤にしながら空間移動で追い掛ける白井。それを見守る初春と佐天。

佐天「あー。白井さんベタ惚れだねー」

初春「それも両手に花。もうこの勢いじゃハーレム出来るんじゃないですかねー」

佐天「あははは。お姉様一筋だからそれはないよー」

――待ちに待った夏休みである。

209 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:21:18.91 ID:fdVQqZuAO
〜11〜

結標「で、結局明日から“軍艦島”に立ち入りたいと」

絹旗「超待ちきれません!本当なら今すぐにでも行きたいくらいですよ!!」

結標「――で、私にその引率をしろと?」

黒夜「私らクラブじゃなくて同好会だから顧問とかいないし。淡希お姉ちゃんなら先生達も文句ないって」

結標「……黒子?」

白井「」ビクッ

霧ヶ丘女学院生徒会室にて、風斬が淹れてくれたローズヒップティーに口をつけながら結標は足を組み替えた。
ちょうどテーブルを挟んで向かい合う形でソファーに腰掛けた脇を固める少女らとは別に白井は針の筵である。

結標「確かに貴女達のサロンを創設してまで成し遂げたい熱意は先輩として尊重したいわ」

白井「はいですの……」

結標「機材の調達、撮影スケジュール、予算、etc.……高等部まで巻き込んだその実行力も」

白井「……はいですの」

結標「――この娘達に入れ知恵して私を担ぎ出したのも貴女ね?」

腕組みして鼻を鳴らす結標の機嫌は斜めである。絹旗らが立ち上げたサロン『活動写真』には顧問がいないのだ。
新部創設の時期を敢えて外し、名目上は同好会としながらその規模は正式な映画同好会より大きい上に――

絹旗「だってお堅い顧問とかいたら脚本に手入れたり仕切ったりして来て撮りたいもの超撮れませんし」

黒夜「あすなろ園でさんざん管理教育されて来たからもうそういうのヤだしー」

結標「〜〜処女作から同性愛を扱った作品なんて撮ろうってしたら反対されるに決まってるじゃない!」

フレンダ「まあ良いんじゃない?結局、生徒の自主性を尊重するって言う霧ヶ丘の校風からは外れてない訳だし」

結標「フレンダ!他人事だと思って……」

風斬「まあまあいいじゃないですか結標さん。執行部の滝壺さんもつくって言ってる事ですし」

滝壺「わたし、きぬはたの映画見たいな」

絹旗「超腕が鳴る声援ありがとうございます」

結標「〜〜〜〜〜〜」

扱う題材や内容や脚本がどう贔屓目に見てもピーキー過ぎるのだ。
通常の感性を持つ教育者ならばまず眉をしかめる代物と活動。
そこで白羽の矢が立ったのが――霧ヶ丘女学院生徒会及び執行部である。
彼女ら預かりという立場を得て、というよりそのコネをさんざん絹旗がしゃぶり尽くして。

210 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:21:44.08 ID:fdVQqZuAO
〜10〜

結標「中等部生徒会の頭を飛び越すわ、現行の映画同好会の顔は潰すわ、学院長の弱味を握って脅すわ……貴女達ハリウッドマフィアにでもなるつもり?」

絹旗「超頼りになる諸先輩方の尽力に及び脅迫……いや協力頂けた先生方による賜物です!へへー」

黒夜「昔から思ってたんだよなー。助さん格さんって絶対黄門様の印籠盾にやりたい放題だって」

白井「(何という悪の帝王学)」

あれよあれよと窒素姉妹もといハリウッドマフィアはありとあらゆる手を尽くして撮影まで漕ぎ着けた。
今日は明日からの軍艦島入りの、撮影合宿における責任者を副会長結標と執行部滝壺に願い出るためである。
それは撮影日までにどうしても監督する顧問が見つからなかった場合に限ると釘を刺されてはいたのだが――
所詮は糠に釘。あまつさえメンバーではない白井の風紀委員という肩書きと結標との関係まで加味している。

白井「お、お姉様?どうかわたくしからも――」

結標「“副会長”、と呼びなさい黒子」

白井「ふ、副会長……」

風斬「いえいえ。結標さんも“黒子”って呼び捨てにしてるじゃないですか♪」

結標「〜〜〜〜〜〜」

風斬「公私混同は如何なものかなあ、って“会長”としては思いますよ?」

ソファーに腰掛ける結標、絹旗・白井・黒夜を給湯室から覗き見て茶々を淹れる風斬。パイプ椅子を繋いで横になる滝壺。
本棚に寄りかかりながらニヤニヤと成り行き見つめているフレンダ。ほぼ孤立無縁に等しいが――

結標「そ、それより機材の運搬は結局どうするつもりよ?私の座標移動だってそこまでは――」

滝壺「はまづら」

結標「!?」

滝壺「この間合コンでお持ち帰りした男の子。話したら車出してくれるって」

白井「(う、裏番長!!)」

切り返しとばかりに顧問が車を出すなりしなければ積み込めない荷の問題を、滝壺はあっさり解決していた。
一方通行が狂喜乱舞して霧ヶ丘女学院との合コンは一方通行・垣根・削板の三人に5対5だったので――
数合わせにウニ頭の少年とチンピラもどきの世紀末覇王HAMADURAが呼ばれたのだが

滝壺「男の子って、かわいいね」

黒夜「お、おゥ……」

白井「何という貫禄ですの……」

垣根は寒いマジックをしくじり失敗、削板は一気飲みのし過ぎで酔い潰れ、ウニ頭はラッキースケベで撃沈。
一方通行がお持ち帰りし浜面がお持ち帰りされたのはまた別の話である――

211 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:22:13.04 ID:fdVQqZuAO
〜9〜

結標「……だいたいこんなところね」

白井「ですの!あ、佐天さんだけ明日は夜待ちになってから入りますの」

結標「佐天さん??」

絹旗「ああ、まだ顔合わせた事ありませんでしたっけ?この映画の脚本書いてくれた娘ですよ」

黒夜「そうそう。私達を一番最初にオリエンテーリングに誘ってくれた娘だよーん!ひっはは」

粗方細部まで突き詰めた頃には昼下がりに差し掛かり、結標が書類をトントンと耳を揃えて席を立つと――
補習のため夜待ちに入ってから軍艦島を訪れる予定の佐天の名に結標が首を傾げた。どうやら面識がないらしいが

白井「……?」

結標が席を立ち、絹旗が椅子を戻し、フレンダが帰り支度をし……
滝壺が目を覚まし、風斬が戸締まりをし、黒夜が鞄を肩に担ぐ。
だが白井はその光景に胸に引っ掛かるような違和感を……
喉に魚の骨が突っかかったような異物感を覚えた。

結標「そうなんだ?あのダンシングフラワーみたいな娘には黒子と初めて会った時いたから覚えてるんだけど」

フレンダ「結標ー?天然なのは風斬のキャラなんだからパクっちゃダメな訳よ」

風斬「わ、私天然じゃありませんよー!」

滝壺「大丈夫、私はそんな自覚のないひょうかを応援してる」

それは彼女ら生徒会メンバーに対して覚えたものでないのは今改めて目を凝らせば文字通り一目瞭然だ。
黒夜はケタケタと朗らかに笑っているし、絹旗はそんな白井をキョトンとした顔で見つめていた。

絹旗「白井さん超どうかしましたか?」

白井「あ、いえ……」

結標「どうしたの黒子?具合でも悪い?」

フレンダ「結局、言わぬが花って訳よ!」

黒夜「???」

フレンダ「――結標にポーッと見蕩れてただなんて言えない訳よね?白井さん」

白井「ち、違いますのー!!」

おかしいと

風斬「ふふっ……私が帰省中の間羽目を外さないで下さいね結標さん♪」

何かがおかしいと

黒夜「ひっはは、じゃあお邪魔虫は馬に蹴られる前に帰ろうぜー!」

いつだったか思い出せないほど以前に一度覚えた違和感が――

結標「ちょ、ちょっと貴女達!」

絹旗「じゃあ明日九時に虹の架け橋に超集合です!かいさーん!!」

全員「「「一学期お疲れ様でした!」」」

今、白井の胸に渦巻く疑念と逆巻く懸念が坩堝となって蜷局を為し――
212 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:26:17.94 ID:fdVQqZuAO
〜8〜

結標「まったく、あの娘達ったら余計な茶々入れて……」

白井「………………」

結標「黒子?」

解散して尚未だ色褪せぬ蒼穹を仰ぎ見ながら結標はやれやれとかぶりを振った。
が、対照的に俯き加減で何やら考え込む様子を見せた白井が気になったのか――

ピトッ

白井「お、お姉様!?」

結標「貴女変よ?夏風邪でも引いたのかしら」

白井「〜〜〜〜〜〜」

結標「あら、熱がどんどん上がって……」

白井「誰のせいだと思っておられますのー!!」

白井の目線に合わせるように腰を落とし、両手を頬に挟みつけるようにして額を合わせて熱を計る。
しかしそれによって白井の顔がみるみるうちに赤くなり、薔薇色に差した頬が熱を帯びて結標に伝わる。
誰もいない校舎、誰も来ない下足箱、二人の話し声しか聞こえて来ないヒンヤリとした空気。
されど結標はそんな白井へ向かってニンマリと笑みを浮かべる。四つ年上の先輩(おねえさま)として。

結標「貴女、本当に私の事が好きで好きでたまらないのね。ダメよ?みんなの前では“副会長”って呼ぶ約束じゃない」

白井「うう……」

結標「こういう関係になったのだから、そういう事にも人一倍気を払わなくてはいけないの。わかるわね“黒子”?」

白井の覚えた奇妙な感覚を、結標は皆に冷やかされた事に対して気を揉んでいるのだと思っていた。
対する白井も間近にある玲瓏たる美貌に魅入られてしまったのかそれ以上言い返す事さえ出来ずに。

白井「わかりましたの……」

結標「いい娘ね。そんな貴女に今日はご褒美をあげましょう」

白井「?」

結標「デートしましょ?知ってるのよ今日は非番だって」

代わって結標が白井の手を引いた。影を落とす下足箱より光の射すグラウンドへと導くように。
運動部の掛け声、油蝉の鳴き声、校内で演奏を始めた吹奏楽部のホルンの音を背に二人は駆け出す。
堆く夏空に座す入道雲を横切る飛行船が気温は32度、風向きは良好、夕立の可能性ありとアナウンスして

結標「副会長なのは放課後までよ。いらっしゃい黒子!」

白井「は、はいですの!!」

開かれた白井の視界と拓かれた結標の世界。行きたいところが、やりたい事が、どんな宿題よりも山積みの夏休み。


――――白井黒子13才、結標淡希17歳、灼熱の夏――――

213 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:26:43.78 ID:fdVQqZuAO
〜7〜

結標「テレポートしちゃえばいいじゃない。わざわざバスに乗らなくたって」

白井「たまにはこうやってのんびり過ごしたい乙女心がわかりませんの?」

虹の架け橋を渡り、下に流れる河川と上に見える土手にあるバス停留所にて二人は肩を寄せ合う。
ちょうど日陰になって心地良いそこは、隣り合わせにくっつく自分達のひんやりした素肌のようで。

結標「そんなものかしらね。嗚呼お腹空いたー」

白井「風情もムードもへったくれもねえですの!」

結標「色気より食い気よ。そうだ、私いい店知ってるの」

白井「どこですの?」

結標「んー……お蕎麦屋さん?」

白井「渋過ぎるチョイスですの!」

結標「中学生を連れて昼間から入れるお店ってあんまり知らないのよ」

白井のツインテールと結標の二つ結びが、組み合わさった二人の手に落ちる。
ここのところ白井は風紀委員の、結標は生徒会の、二人は期末テストの、それぞれ時間の割けない事情があったのだ。

白井「……風紀委員(わたくし)の目が黒い内は盛り場に出入りするのはお控えなさって下さいまし」

結標「はいはいわかったわよ。お堅い風紀委員さん?」

ジト目の白井と笑い目の結標の前に、滑り込むようにバスが――

214 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:27:09.68 ID:fdVQqZuAO
〜6〜

白井「いけますの!」

結標「でしょ?ただ天ぷらの種類が多いのが長所でもあり短所でもあるわ」

バスに乗った二人が降りた第十五学区内にある蕎麦屋にて、白井は一口啜るなり舌鼓を打った。
蕎麦屋というから如何にも……と当初は予見していたが通された座敷は庭園に面した部屋であった。
どこからか雅楽が奏でられる音が、軒先につるされた風鈴の音色と合わさりかなり落ち着いた雰囲気である。

白井「もし食べきれないようでしたらわたくしがいただきますの!」

結標「じゃあ獅子唐の天ぷらあげる。当たりか外れかは神のみぞ知る、よ」

白井「あー……ん!」

結標「………………」

白井「………………」

結標「………………」

白井「〜〜〜〜〜〜」

結標「あははは!大当たりね!」

が、そうでもないのは結標が注文した夏野菜の天蕎麦の獅子唐に当たった白井である。
それは舌を焼く辛味にたまらず自分が頼んだ鴨南蕎麦のソバ湯で流し込まねばならないほどで……
あっぷあっぷする白井を見て大笑いする結標に白井はまたもや恨みがましい眼差しを送り――

結標「ほら、これちょっとあげるから機嫌直しなさいな」

白井「……誤魔化されませんの」

結標「いらないなら私全部食べちゃうけど?」

白井「……いらないなんて言ってませんの!」

小さな庭園を臨みながら二人は甘味を口にする。白井は黒蜜きな粉パフェを、結標は金粉入り葛切りを。
牛乳羹のプルプルした舌触りとツルツルした葛切りの喉越しが心地良く、澄み渡る青空が高く広い。
一口だけ、今のは食べ過ぎ、いいやもう少しと触れ合う足、ぶつかる肩。他愛もない夏の日の午後。

結標「あ、そうだ黒子」

白井「どうかいたしまして?お姉様」

結標「私ね、ちょっと欲しいものがあるんだけど付き合ってくれる?」

白井「お供いたしますの。ところで何を」

結標「行ってからのお楽しみ♪」

それはきっと何をするからでもどこに行くからでもなく、誰といるか。
自分がどうありたいか、どうなりたいか、どうしたいのか。

白井「ま、あまり期待出来そうにもありませんが」

結標「今食べた葛切り返しなさい!」

その時その場所その隣にいる誰かと思いを同じくするならば……
付き合い始めてひと月足らずに迎えた夏休みは、その全てがきっと――

215 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:29:23.55 ID:fdVQqZuAO
〜5〜

白井「イヤーカフスですの?」

結標「そうよ。ピアスだと貴女が嫌がるでしょうしイヤリングだと目立つし」

蕎麦屋から流れついた先、そこはアクセサリーショップだった。
よくよく見れば結標が巻いている金属製のベルトと同じブランド。
ファンシーさとは縁遠い、黒と銀を基調とした店内は白井にとっても初めてでー

白井「まあ耳に穴を空けるのは痛々しそうですのでそれがいいですの!」

結標「ごめんなさいね。指輪だともっと目立つだろうし」

白井「目立っても構いませんのよ?お姉様とお揃いでしたらば」

結標「貴女ね、女子校はそういうの目敏い娘多いんだし敵を作るからやめなさい」

白井「愛に障害は付き物ですの!」

指輪、というチョイスをあえてズラして来たのは一ヶ月記念日に回したいというのを結標は黙っていた。
事実二人の関係性は比較的大らかに受け入れられているが、白井の側には旧来からの結標のファンの視線が痛い。
ルームメイトを失ってからも度々寄せられる懸想をしたためた文や告白はやんわりと断って来たものの――
それを新入生の、そのまた一年生が一学期中に陥落させたのだ。周囲にとって面白かろうはずもなかった。

白井「これが欲しいんですの!」

結標「あら、ブルーローズね」

幸いにして白井自身がそういう事を鼻にかける事も、逆にやっかみ混じりのネチネチしたひがみも……
どこ吹く風とばかりに肩で切って歩くタイプであったため結標もさほど心配はしていなかった。
ただ生徒副会長の自分に絹旗らがあれこれ要求するのを白井が入れ知恵したりするのは公私混同と取られかねないので――
学内では『副会長』『白井さん』と呼ぶよう務めてはいるが、その辺りはまだ中学一年生なのだろうと。

白井「むっ、付け方がわかりませんの!」

結標「貸してみて……ふー♪」

白井「ああん……って何しやがりますのー!!」

結標「あら、貴女が耳弱かっただなんて新しい発見ね」

――年上ぶったところで店内で白井の耳にイヤーカフスを取り付けがてら悪戯を仕掛ける結標も結標である。
そんな二人が選んだイヤーカフスはブルーローズ。青い薔薇の意匠が優雅に繊細に刻まれたストーン付き。

白井「わたくしもつけて差し上げますわ」ギリギリギリギリ

結標「痛っ痛っ!」

思い切り耳朶を引っ張り返す白井もまた、勝ち気な先輩に負けず劣らず利かん気な後輩であるようで――

216 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:29:50.15 ID:fdVQqZuAO
〜4〜

そして二人がお揃いのイヤーカフスをつけ、ショップから顔を出すと――

サアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

結標「狐の嫁入り……」

白井「天気雨ですの。お姉様こちらへ!」

真夏の太陽に輝く天空より、光の粒子を閉じ込めたような夕立が二人に降り注いで来た。
そこで白井は日傘の役割も兼ね備えるパラソルを差してその中へと結標を導いた。だが

白井「〜〜〜〜〜〜」

結標「仕方無いわよ私の方が背が高いんだから。ほら貸しなさい」

身長差が合わず、背伸びした白井と猫背になった結標では収まりがひどく悪かった。
濡れ始めた石畳に地団駄を踏んで悔しがる白井を、結標は微苦笑を浮かべながらも傘を取り持って。

結標「いらっしゃい。小さなお姫様」

白井「子供扱いしないで欲しいですの!」

結標「子供扱いなんてしてないわ。大切な彼女(パートナー)に夏風邪なんて引かせたくないもの」

白井「………………」

結標「黒子」

ピョンとその懐に飛び込み、二人はバス停までの短い道のりを相合い傘で渡り歩いて行く。

――どちらともなく、絡ませた手指を傘の柄につなぎ合わせながら――

217 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:30:16.06 ID:fdVQqZuAO
〜3〜

結標「ねえ黒子。前々から聞きたかったのだけれど」

白井「何ですのお姉様?」

結標「貴女はどうして、あの娘達の映画作りに協力しようと思ったの?」

二人しか乗客のいない自動運転の無人バスに揺られながら、結標は窓を伝い落ちる雨を指先でなぞっていた。
鏡のように映り込んだ白井の顔を、硝子越しに愛でるようにして。どこからともなく漂って来る夕立の匂いを感じながら。

白井「お姉様。あの二人はこの学校で初めて出来たお友達ですのよ?友達の頼みは聞くものですの」

結標「貴女らしいわね黒子……」

白井「それに――……」

結標「………………」

白井「彼女達が作る映画が、まるでわたくし達の事を描いているように感じられて」

太陽の下、クリスタルを散りばめたように輝く夕立の学園都市(まち)。
スコールのように白く染め上げる雨が逃げ水を押し流して水煙を立てる中――
結標は振り返って白井のブルーローズのイヤーカフスに手指を触れた。

白井「思うんですの。わたくし達の二人の関係。それは見た方々に一体どう受け止められるのかが」

結標「黒子………………」

白井「幸い、霧ヶ丘(このがっこう)ではさほど珍しくもない事ですが、わたくしはそこまで夢見がちではございませんの」

漫画のように悩んだり、小説のようにすれ違ったり、映画のようにぶつかり合うには二人はある種達観していた。
例えば一組の同性愛者がいたとして、その彼女ら或いは彼等がどんな結末を迎えて来たか……
それを本当の意味で知り得るのは当事者しかいない。いずれかが迎える死の果てに終わりを迎えるのか。
ありもしない天上の世界で添い遂げる事を夢見て地上の楽園へ原罪の果実も取らずに別れを告げるのか。

白井「さりとて殊の外悲恋を装うつもりも悲嘆に暮れる趣味もわたくしにはございませんのよお姉様」

結標「……黒子は強いわね」

白井「そうでもございませんの。ただ」

結標「ただ?」

白井「――貴女の愛おしい脆さを補う形で、わたくしの打たれ強さがそこにあるならば」

白井は、出来上がった映画を見て人々が思い浮かべた何かしらの思いを通じて、それを知りたいのかも知れないと

白井「――そこできっと初めて、わたくしはお姉様の恋人(パートナー)になれたのだと胸を張れますの!」

――――バスが、霧ヶ丘停留所へと止まった――――
218 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:32:22.13 ID:fdVQqZuAO
〜2〜

二人きりのバスを降り、一つきりのパラソルの下共に歩み出す。
その時である。白井の双眸が驟雨降り注ぐ雲の峰へ向けられた。
その刻である。結標の相貌が蒼穹より射し込む天使の梯子へと

白井「虹ですの!」

結標「ええ、本当ね。虹なんて何年ぶりに見たかしら」

――その間にかかる七色の橋、虹が天気雨の下天使の梯子に連なるように天上を彩っていたのだ。
思わず傘を持つ結標も白井の指差す方角へとつられたきり立ち止まってしまうほど大きな大きな虹。
その根元を見る事が出来たものには幸福が訪れるとも最高の暇潰しアイテムが手に入るとも――

白井「……?」

再び白井を襲う奇妙な既視感。自分は何故そんな都市伝説(アーバンレジェンド)を知っているのかと――

結標「……ねえ黒子?」

白井「なんですのお姉様?」

結標「私、前に話した事があったわよね。絹旗さんと黒夜さんの事。アゴタ・クリストフの“悪童日記”の双子みたいって」

白井「ええ。そう仰有っていた事、わたくしよく覚えておりますの」

傾げた首が、虹を見上げる結標とその背に未だ陽光を受けて輝く雨滴へと向き直り仰ぎ見る形となった。
白井が覚えた奇妙な感覚は、硝子細工のような結標の顔に魅入られる事でまたしても雲散霧消してしまった。

結標「それで思い出したの。あの二人が作るとある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド)って映画、その悪童日記を下地にしてるんじゃないかって」

結標は語る。耽美な同性愛をメインテーマにしているようでその実――
戦争後の世界というそぐわない舞台を持って来たという点について。
心身共に分かち難い双子をそのまま二人のヒロイン『赤』と『黒』に置き換えれば……
物語の中でやって来る『異端宗派』は悪童日記の『解放軍』に当たる。
うち一人の片割れが脱出するところを学園都市ではなく『大きな街』に差し替えれば――

結標「だってそう思わない?ただの女の子同士の恋が書きたければ争いも諍いもない学校生活やパラレルワールドを舞台にした方がずっと楽なはずだもの」

共依存の関係性を同性愛に、悪童日記での性倒錯者や意地悪な魔女を復興に携わる協力者に並べ変えれば――

結標「離れ離れになるクラウスとリュカが、今こうして同じ虹を共に見上げてる私達のように笑っていられる……そんな物語をあの娘達は描きたかったのかしらね――」

219 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:32:49.92 ID:fdVQqZuAO
〜1〜

白井「………………」

白井は思う。果たして本物(げんじつ)よりも美しい偽物(ものがたり)があったとして、それは正しい世界なのかと。
血を流すクラウス、涙を流すリュカ、汗を流す人々、『生きる』という事はそういう事ではないのかと。だが

白井「……わたくしは続編の“ふたりの証拠”“第三の嘘”を読んでいないので何とも言えませんが……」

結標「………………」

白井「今ここにあるわたくし達が証拠(ほんもの)で、そこに嘘(まやかし)はないと信じたいですの」

結標「――……そうね」

パラソルを投げ捨てる。離れた両腕を回す。例えこの涙のような雨に打たれようとも離さないと。
誰もいない、誰もいらない、誰も触れない、誰も知らない二人だけの国(せかい)がそこにはあった。

結標「貴女はクラウス?」

白井「わたくしはリュカですの」

結標「どこにも行かない?」

白井「貴女がどこかへ行けば国境を越えてでも追い掛けますの。例え地雷に身を裂かれ焼け死のうとも」

結標「貴女が不治の病に命を蝕まれたならば、口移しで毒薬を与えて一緒に死んであげるわ。私の黒子」

白井・結標「「この虹の橋を渡って」」

頬を濡らす水、瞳を潤ませる露、服に纏わりつく雫、冷たい雨だからこそより強く感じられる互いの温もり。
朝方から泣き喚くアブラゼミも、昼間から鳴き出すツクツクボウシも、夕暮れに歌い上げるヒグラシもいない。
空に渡される赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の桟(かけはし)、虹蛇が誘う楽園の果実より甘美な存在。

結標「……びしょびしょに濡れちゃったわね」

白井「口実としてはもう十分なのでは?」

結標「……氷華が今日から帰省するって聞いたらもうこれなんだから」

白井「ご心配なく。使うベットは一つで済みますので風斬先輩にご迷惑はおかけしませんの」

結標「半分こ、ね」

投げ捨てられたパラソルを背に、二人は霧ヶ丘女学院の寮部屋へと向かう。
理由(いいわけ)など何でも良かった。そこに共犯意識(こうじつ)があれば。
お揃いのイヤーカフスに刻まれた青い薔薇の荊棘のように絡み合えたならばと。

終わらない永遠の夏休みを

有り得ない8月32日を

クラウスとリュカのように手と手を取り合って二人は行く

この雨に引き裂かれぬよう、この風に離れ離れにならぬよう――

220 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:33:17.16 ID:fdVQqZuAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
死   が   二   人   を   分   か   つ   ま   で
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
221 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:35:39.83 ID:fdVQqZuAO
〜0〜

麦野「……か」

御坂「んっ……」

麦野「……さか」

御坂「あっ……」

麦野「起きなよ御坂。もう五分前だって」

御坂「!」

――麦野の呼び掛けに御坂が目を覚ましたのは、母美鈴との待ち合わせ時間に程近くになってからだった。
せいぜい30分程度の浅い眠りのつもりが思いの外深く寝入ってしまっていたらしく胸を貸していた麦野が

麦野「……良く寝れたっぽいね。人の胸に涎垂らしてアホ面こいて」

御坂「ええっ!?ご、ごめん私垂らしちゃった!!?」

麦野「嘘だよアホが。お気にのワンピにそんな真似されたら起こす前に永眠させて上の墓地に放り込んでる」

御坂「」

麦野「まだ寝ぼけてんなら優しくさすってやろうかにゃーん?」

御坂「う、うるさいわねバカ!!」

相変わらず人を小馬鹿にした顔で見下ろして来る事により御坂は慌てて離れて身繕いしながら身体を離す。
何か寝ている間に語り掛けられたような、夢の中で呼び掛けられたような気がしたが思い出せなかった。

麦野「その元気があるならもう大丈夫だね。じゃあ私この後用事あるからもう行く」

御坂「お母さんに、会ってかないの??」

麦野「あんたの母親であって私のママじゃねえんだよ」

思い出せぬまま気を揉む御坂の顔色を見るなり麦野は何やら感じ取ったのか、地下駐車場にてエンジンをかける。
御坂も車から降りようとし、付き合わせちゃってごめん、送ってくれてありがとうと麦野に謝意を口にしながら

御坂「――ありがとう、麦野さん」

麦野「………………」

御坂「あんたは私の事“友達じゃない”って良く言うけど」

麦野「………………」

御坂「――私、勝手にあんたの事友達だって思ってるから」

麦野「………………」

御坂「私一人でだって、ずっとずっとそう思ってるからね」

麦野「………………」

御坂「だからまたね!」

そう告げた御坂に一度だけ手を振ると、麦野はヴェンチュリーを地下駐車場から発進させて行った。

麦野「……“また”、ね」

――目映い光溢れる夏空の下にあって底冷えしそうなほど暗く冷たくそして深い奈落を宿した眼差しを湛えて

麦野「――するもんじゃないよ。“約束”なんてもんはね――」

ナビゲーションパネルを操作し、目的地を打ち込み、ギアを入れ替えて向かう先は――

222 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:36:21.43 ID:fdVQqZuAO
〜8月12日〜

佐天「こんな時御坂さんは何やってんのさ!!」

初春「佐天さん落ち着いて下さいよ……」

佐天「落ち着いてなんてられないよ初春!こんな時にみんな本当にどうしちゃったの!?」

同時刻、風紀委員としての活動停止を命じられた初春の部屋に押し掛けて来た佐天の怒りは頂点に達していた。
つい先ほども御坂に電話をかけたのだが通じないのだ。昨日は婚后に言伝を頼み麦野らに渡りをつけてもらったが……
今朝も、今現在も、御坂からは電話の一本、メールの一通も届いては来ない。あまりに薄情だと憤っているのだ。

佐天「こんな時私達いつも一緒だったじゃん!どうして一番大事な時に限ってみんなバラバラなの!?」

実際問題白井が悪の枢軸に囚われたならまだしも、捕らえられた先は初春らと同じ法の番人(アンチスキル)だ。
考えなしに行動を起こせば状況はただ悪化していくばかりだと佐天とて理性ではわかっているのだが――
先立つ感情がそれを受け入れられなかった。常盤台での紙爆弾、妹達の墓参り、いずれも知らぬが故に。が

初春「落ち着いて下さい佐天さん。私も、全く何の手掛かりも掴んでいない訳じゃありませんから」

佐天「初春?」

初春「――活動停止処分が下る数分前に入手した情報です。本当は部外者に見せちゃいけないんですけど」

避難所の小部屋でノートパソコンのキーボードを叩く初春の手付きはいつも通り冷静で的確だった。
風紀委員一七七支部の活動停止処分が執行される前、白井拘束の報を受け佐天が飛び出した後に――
初春は守護神の異名に相応しいウィザード級のハッキング能力を駆使して捜査情報を引き出したのだ。
活動停止処分前の情報のため今現在は決して手を染めない限りなく黒に近いグレーの綱渡りの果てに。

初春「今現在の進捗状況や最新情報は全くわかりませんが、白井さんの居所だけは掴めたんです。ここですよ」

佐天「第十九学区!?」

初春「――旧電波塔“帝都タワー”です。佐天さんにはこう言った方が通りが良いかも知れませんね」

辿り着いた先、ポルターガイスト事件の嚆矢となった学園都市のゴーストタウン。
その忘れ去られた電波塔の形状と、そこに収容される犯罪者達を指して……
『バビロン捕囚』の故事に習ってそれを知る人々はこう呼ぶ――

223 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/04(土) 20:36:48.96 ID:fdVQqZuAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
初春「通称“バビロンタワー”……白井さんはそこにいます」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
224 :投下終了です :2012/02/04(土) 20:39:00.17 ID:fdVQqZuAO
風邪とインフルエンザが流行っています。私もかかってしまいました。皆様もお気をつけて……
いつもレスをありがとうございます何よりの風邪薬です。それでは失礼いたします!
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/02/04(土) 20:48:20.74 ID:CM4Yg/X1o


色々と気になる展開ですが、ただ一つ。
ただ一つ最高に気になるのは……

合コンの様子が見てぇー
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/02/05(日) 00:19:58.22 ID:rq0wclbg0
乙。相変わらず引き込まれるぜ
そして安定のHAMADURA…お持ち帰りされちゃうなよ…
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/05(日) 09:58:02.64 ID:slOqfhx20
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/05(日) 14:52:01.72 ID:sebm1gSDo

一方さんは誰をお持ち帰りしたんだ
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/06(月) 04:41:24.91 ID:4821VN4jo
面白いんだけど麦野御坂の関係性の方が気になるwwwwwwww
いっそ麦琴も書いてくれよ
230 :作者 ◆K.en6VW1nc :2012/02/06(月) 20:50:15.73 ID:2nGmxSzAO
>>1ですたくさんのレスをありがとうございます。第十話は今夜22時頃に更新させていただきます
231 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:27:15.59 ID:2nGmxSzAO
〜回想・在りし日の二人〜

姫神『淡希』

結標『なに?秋沙』

ホタルブクロのランプシェードが淡く輝き、締め切られた夜の部屋に妖しい灯火をもたらす。
姫神はその頼り無い光源をもとに結標の身体に手指を這わせる。僅かに軋る衣擦れの音と共に。

姫神『前に。淡希は言ってた。昔“暗部”ってところにいたって』

委ねた身から、一枚一枚引き剥がされて行く感覚を結標は好んだ。

結標『まあそうね……どうしたのよ“こんな時”藪から棒に』

ジワリジワリととろ火で炙られるような焦れったさが。

姫神『その時。危ない事もいっぱいしてたって』

自分の身体をあの手この手で篭絡させようと伸びる手指が。

結標『危なくない仕事なんてなかったわ。どいつもこいつも私なんて可愛い方だって思えるくらいの化け物揃いだったんだから』

その指先がなぞるは結標の身体に薄く残った疵痕。

姫神『避難所の調理室で。御坂美琴って人と話した時。彼女は淡希の事で。言いよどんでた。それも?』

結標『その通りよ。まさか一日の間に二人のレベル5の相手をさせられるだなんて思ってなかったけれど』

その疵痕が姫神に疑問を抱かせたのだと知ると結標もまた回顧する。
学園都市最高の電撃使いと学園都市最強の能力者と切り結んだ日の事を。

結標『私自身が九人目のレベル5になった今だからこそわかるわ。あの連中がどれだけ化け物じみてるか』

AIMストーカーは今や対能力者に限ればその影響力は計り知れない。
ナンバーセブンにはありとあらゆる意味で人の理解の及ぶ所ではない。
メンタルアウトはその気になれば一軍すら率いる事が出来る。
メルトダウナーの持ち得る破壊力とフィジカルは底が見えない。
ダークマターの世の理さえねじ曲げる力はもはや絶望すら覚える。
アクセラレータに至ってはレベル5という枠さえ超越している。

結標『それとはまた違った意味で手を焼かされた相手と言えば――』

姫神『言えば?』

結標『――常盤台の超電磁砲(レールガン)よ』

姫神『一位の人じゃなくて。三位の人?』

結標『そうよ』

最強の敵は一方通行だが、最悪の敵は御坂美琴であると結標は語った。

結標『何故私が彼女を恐ろしいと感じたのか、教えてあげましょうか?』

――それは、二人の在りし日の記憶――

232 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:27:41.18 ID:2nGmxSzAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第十話「十字架の丘で」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
233 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:28:09.15 ID:2nGmxSzAO
〜8月12日〜

美鈴「ふう……」

盆入り前日の8月12日、御坂美鈴は学園都市第十学区へと降り立っていた。
最も地価が安く、最も治安が悪く、最も縁起の悪い学区。
美鈴はかつて断崖大学データベースセンターで殺されかけた経験など微塵も感じさせない足取りで歩を進める。
その後ろに付き従うように歩む四つの足音と一つの杖をつく音に、美鈴は振り返って声をかけた。

美鈴「みんな大丈夫ー?」

打ち止め「大丈夫だよってミサカはミサカは麦藁帽子を直しながらバッチリ決めてみたり!」

番外個体「暑い……暑い……」

御坂妹「ああ、貴女は日本の夏は初めてでしたね、とミサカは今にもへたり込みそうな末っ子に手を差し伸べます」

一方通行「………………」

打ち止め(ラストオーダー)、番外個体(ミサカワースト)、御坂妹(御坂10032号)、一方通行である。
彼等は今第十学区にある共同墓地へと向かっているのだ。中でも一方通行はマリーゴールドの花束を携えている。
何故加害者側と被害者側と遺族側が一同に介しているのか?それは美鈴が麦野と共に冥土帰しの病院へ……
四肢動かず失明しかかっていた麦野に付き添っていた際打ち止めに出くわしたのだが――それはまた別の話である。

美鈴「君は大丈夫?」

一方通行「……あァ」

そう言う一方通行も美鈴救出に陰ながら一役かっており、現在に至る。
その雪華のような、いっそ半神的な顔立ちに浮かぶ顔色。
そこに宿る色に名前を付けられるものなど誰もいない。例え

美鈴「あ!美琴ちゃーん!」

御坂「………………」

一方通行「………………」

打ち止め「お姉様五日ぶり!ってミサカはミサカはロケットダッシュ!」

御坂妹「おや?お姉様もお顔がすぐれませんねとミサカはアンニュイなお姉様に駆け寄ります」

番外個体「湿気たツラしてるねえおねーたま」

一方通行「………………」

番外個体「――いいね、貴方のそう言う顔。ミサカが唯一好意を持てる表情だよ?」

それが殺した側、殺された側、共犯者側であったとしてもだ。
一方通行と御坂の間に流れる血の河に架け橋はない。
過去にもし(if)は有り得ない。if(もし)は未来にしかないのだから

御坂「………………」

一方通行「………………」

そして現在(原罪)も――

234 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:30:41.13 ID:2nGmxSzAO
〜1〜

御坂00003号、死因『爆殺』

昔、誰かが言っていた。人を殺したヤツはもう全てを諦めろって

御坂00011号、死因『刺殺』

許すも、許さないも、許されるも、許されないもないって

御坂00117号、死因『斬殺』

許しなんて言葉があるからいつまで経っても人殺しが減らない、人殺しが増えるんだって

御坂00311号、死因『絞殺』

殺された人間の諦められなかったもの、譲れなかったもの、守りたかったものを奪っておいて

御坂01995号、死因『撃殺』

誰かの記憶の中で、もう写真の中でしか笑えない笑顔を奪っておいて何かをやり直せるなんて有り得ないって

御坂02011号、死因『縊殺』

人を殺した罪悪感は無限増殖する悪性新生物(ガン)と同じように自分の細胞(こころ)を食い潰していく

御坂03692号、死因『撲殺』

負った背に走り抜ける罪悪感(いたみ)に涙を流して血を吐いて声を枯らして嘆いたって

御坂04728号、死因『挟殺』

神様は治療薬(すくい)なんてくれない。人は痛み止め(たすけ)なんて売ってくれないって

御坂05319号、死因『殴殺』

だって抱えた負債(つみ)で破産してるからだって。罪を背負って『まだ』生きる事を前提にしてるからだって。

御坂06544号、死因『惨殺』

殺された側からすれば、殺した側がどんなに尊い贖罪に残りの人生を捧げようと全然無関係な話なんだって

御坂07160号、死因『轢殺』

生きる理由を後付けして、死ねない言い訳を探して、死刑執行までの猶予期間にしがみついてるんだって

御坂08257号、死因『扼殺』

罪が許されるのと、罰が赦されるのは似ているようで違うって

御坂09982号、死因『圧殺』

許しを乞うのは、いつだって加害者の側だって

御坂10031号、死因――

その言葉の全てが、私『達』に重くのしかかる――
235 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:31:08.98 ID:2nGmxSzAO
〜2〜

第十学区にある共同墓地。そこは引き取り手のない遺骨が収められたある種の無縁仏に近しい性質を持つ。
その内訳はおよそ三つに分けられる。一つは置き去り(チャイルドエラー)、一つは学園都市暗部。
残る一人は犯罪者と言った具合なのだが、御坂達が参る『妹達』は存在しない四番目に当たる。

御坂10326号「お待たせいたしました。どうぞ中へ、とミサカは丁重にブースまで案内します」

御坂「――お疲れ」

美鈴「ありがとう……」

共同墓地の受付より姿を現したフォーマルスーツに身を包んだ職員……
御坂10326号。ネームプレートに『御坂美弦』と刻まれた妹が先導する。
妹達にもそれなりに自我や個性や生きる意味を見出す者が生まれる中――
墓守という仕事を通じて『死』を見つめる変わり種の妹である。

御坂10326号「念の為に繰り返えさせていただきますが、献花や供物は一定量ないし微生物の繁殖が基準値を越えた場合自動的にダストシュートへ破棄されます、とミサカは厚紙のトレイを手に確認いたします」

美鈴「ええ、大丈夫よ……お願い出来るかしら?」

一方通行「………………」

立体駐車場に似た構造の墓地を移動するエレベーター内で御坂10326号が美鈴と一方通行へと向き直る。
美弦、という名は美鈴が妹達の存在を知った時に付けた名前の一つである。『琴』に連なる『弦』として。
だが当の御坂10326号は記号としての名前や遺伝子上の母親である美鈴に特別な感慨は持っていない。

打ち止め「……お堅いねどーも」

御坂妹「貴女が砕け過ぎなんですよワガママ放題の末っ子、とミサカは人のふり見て我がふり直せの精神を発揮します」

打ち止め「これも一つの個性だからね!ってミサカはミサカは慇懃な10326号の顔をマジマジ見たり!」

美鈴「ふふっ……」

呆れ顔の番外個体、そんな彼女を肘打ちする御坂妹、見上げる打ち止め、静かに微笑む美鈴。
そんな彼女らをよそに一方通行が御坂10326号に手渡すはマリーゴールドの花束。
それは太陽や聖母を司り、中南米では『死者の日』に手向けられる花である。
花言葉には諸説あるが、三つほど挙げるならば一つは『濃厚な愛情』、一つは『嫉妬』、残るもう一つは

御坂「………………」

もう一つは――

236 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:31:39.17 ID:2nGmxSzAO
〜3〜

御坂「………………」

開かれるエレベーター、辿り着くホール、射撃場のように仕切られたパーテーションにも似たブース。
御坂達の前にスライドされて来たのは骨壺ではなく小さな慰霊碑であった。何故かと言うと――

浜面『――駒場のリーダーもそうだったからさ』

妹達の亡骸は全て電子炉にくべられ灰となり、下水を通して破棄されたがために遺骨はおろか遺髪さえない。
美鈴がこの慰霊碑を建立したのは、彼女達の生きた証を残したいという親心がそうさせたものである。
同じく一方通行の手により果てた駒場利徳の慰霊碑も浜面や服部、スキルアウトらの出資により建てられた。

美鈴「――みんな、手を合わせましょう」

一方通行「………………」

美鈴の呼び掛けに、皆が手を合わせて頭を垂れ目蓋を閉じて祈りを捧げる。
その中にあって一方通行だけがそれにならわない。それは彼が礼を逸しているからではなく

一方通行「………………」

番外個体「………………」

杖をついているためである。番外個体は知っている。それによって彼は手を合わせる事すら許されないと。
手を合わせれば、杖を持たぬ身体はたちどころに崩れ落ち妹達の前に跪いてしまうだろう。それは許されなかった。
膝を折ってしまえば、どうやって妹達の前に立てば良いのだ。それでは許しを乞うているようではないか。
故に一方通行は真っ直ぐに慰霊碑を見据える。彼は一万三十一人、その一人一人を前に……
自分の犯した原罪の聖像(イコン)を一つ一つ刻む。その胸の内を知るものは誰もいない。ただ『二人』を除いて。

御坂「………………」

御坂もまたそうだ。余人には伺い知る事の出来ないものを抱えてこの場に立っている。
ともすれば崩れ落ちてしまいそうな自分を必死に支えている。母たる美鈴にそれを預ける事はしない。
美鈴もまた御坂や一方通行に対し一方ならぬ感情や、一万三十一人の『娘達』に対する感傷がある。

打ち止め「………………」

御坂妹「………………」

当事者であった彼女達もまたそうだ。今現在もネットワークを介して皆が祈りを捧げている。
そこに介在する怨念も、内在する恩讐も、一人独りが異なった色合いと質量を有しているのだ。

御坂10326号「………………」

『死』を見つめる墓守は、彼女達が捧げる鎮魂をただ黙って傍らに控える事でそれを見届ける。
誰とも無しに顔を上げ、静謐な空気がゆっり立ち返るその時まで――
237 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:33:40.95 ID:2nGmxSzAO
〜4〜

美鈴「ジュース何飲もうか?」

打ち止め「うん!メローイエローが良いなってミサカはミサカは旧き良き時代の味を味わってみたり!」

美鈴「ああ、最近復刻したらしいわね。何だか懐かしくなっちゃったから私も飲もうかしら」

御坂妹「お母様は本当はおいく(ryや、止めて下さい耳を引っ張らないで下さいとミサカは口は災いの元と(ry」

一つの確認行為(つうかぎれい)を終えると美鈴は喉の渇きを訴える打ち止めの手を引きロビーへと出る。
メローイエローは表の自販機にしかありませんよと言いながらも耳を引っ張られる御坂妹を伴って――

番外個体「………………」

一方通行「………………」

御坂「………………」

その場には三人が残された。悪意と大罪と絶望を抱えた三人が。
中でも御坂は妹達の墓参に当たる前より白井の問題について疲労を覚えていた。
それと同時にこうも感じていた。遺体すら見つからない結標や姫神もまた……
こんな風に、遺骨も違灰も遺髪もない鎮魂の慰霊碑の一つになるのだろうかと。
今更妹達の事について一方通行と対話を試みようとも歩み寄ろうとも思わない御坂は――

御坂「……あんたのところの結標さん、亡くなったんだって?」

一方通行「………………」

番外個体「おねーたま」

一方通行「それとこれとが、オレとオマエになンの関係がある?」

御坂「っ」

切り裂くつもりで振るった言葉の刃を前に立ち塞がろうとした番外個体を手で制して一方通行が口を開いた。
反発や反感や反駁や反論や反射とも違う、煽るつもりも嘆くつもりもないただの空気の振動。

御坂「……別に。知ってたんならそれで」

一方通行「………………」

番外個体「おねーたまさぁ」

御坂「………………」

番外個体「別に第一位の肩持つ訳でも、おねーたまに楯突くつもりもミサカにはないんだけどさ」

一方通行はこの事を知っているのかいないのか、今初めて聞いたのかそうでないのかもわからない。
それは絶えず死と隣り合せだった同僚の訃報を前に、来るべきものが来たかという諦念なのかさえ。

番外個体「――そういうの、すっげーウザい」

だが万に達しようかと言う悪意のせめぎ合いの直中に立つ番外個体はそれを敏感に察知する。

238 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:34:33.85 ID:2nGmxSzAO
〜5〜

番外個体「当て擦りも結構、イヤミったらしいのも結構、啀み合うのも大いに結構。だけどね」

御坂「………………」

番外個体「――不甲斐ない自分への苛立ちをネチネチ小出しで人に向けるの止めなよ。ミサカそういうのすっげーわかるから」

一方通行「………………」

番外個体「良い機会だしこの際だから言わせてもらうよおねーたま」

御坂「………………」

番外個体「妹達の調整してんのは誰?カエル顔の医者でしょ。あの娘達の墓建てたのは誰?美鈴さんでしょ。打ち止めを救って私を助ける為に身体張って血反吐撒き散らして地べた舐めて今も報いを受けてるのは誰?」

御坂「っ」

番外個体「――その間貴女がしてた事なんて、せいぜいが友達とお茶してるかこの人の友達の尻追っ掛け回してただけでしょ」

一方通行「やめろ」

番外個体「――泥も掴もうとしないお綺麗な手で都合良く石だけ選んでぶつけてんじゃねえよ!!!!!!」

一方通行「やめろってのが聞こえねェのか番外個体!!」

今にも掴みかかりそうな番外個体を、一方通行の発した怒気が押し留めた。
対する御坂の心は潤いを無くして渇ききり、今にもひび割れつつあった。
ただでさえしんとしたロビーの空調が更に数度は下がったような空気の中――

一方通行「――場所考えろォ」

番外個体「……ふんっ」

番外個体は一方通行からも御坂からも目を切り、ドカッとソファーに腰を下ろして足と腕を組む。
御坂の遺伝子を持つ者の中で、番外個体だけが避難所に寄り付かなかった理由はここにある。

番外個体「………………」

御坂「………………」

一方通行「………………」

一方通行の戦友にして御坂が懸想する上条当麻は手の中にあるもの全てを抱えてなお誰かに手を差し伸べる。
同様に浜面仕上もいざとなれば手の中にあるものを守るため手を血泥に汚す事も辞さないだけの覚悟がある。
一方通行に至ってはもはや語るべくもない。だが御坂美琴にはそれがない。少なくとも番外個体から見て。

故に番外個体は御坂の在り方を理解しつつも決して共感などしない。御坂の犠牲と代償を伴わないやり方は

番外個体「(シルクのハンカチに、ボロ雑巾と同じ真似出来っこないでしょ)」

数多の代償と幾多の犠牲の果てに生まれた番外個体にとっての、存在そのものが一種のアンチテーゼなのだ。

239 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:36:34.41 ID:2nGmxSzAO
〜6〜

美鈴「じゃあ、今日はここでお別れね」

打ち止め「うん!今回はいつまでいられるの?ってミサカはミサカはお母様のスケジュールを確認してみたり!」

美鈴「うーん、お盆初日の帰省ラッシュもあるから明日の夕方頃までかな?」

御坂妹「お気をつけ下さい今夜はスーパーセルが発生するようなので、とミサカは昨夜の気象予報を思い返します」

美鈴「ええ。ホテルから出ないようにするわ。ごめんなさいね黄泉川さんや芳川さんにもご挨拶出来なくて」

番外個体「あー黄泉川こそ昨日から出突っ張で芳川もこちらこそ申し訳ないって言ってたし」

美鈴「ふふ……来月もう一度改めてお邪魔させてもらうわね。そう伝えてくれないかな?鈴科君」

一方通行「……あァ」

美鈴「ありがとう……」

共同墓地より出た後、一同はエントランスホールにて別れを告げた。
美鈴に買ってもらった白いワンピースと麦藁帽子をかぶる打ち止めがメローイエロー片手に手を振り……
別れ際の抱擁にあたふたするも何とか冷静さを取り戻した番外個体といつも通りの御坂妹が一礼する。
黄泉川、芳川への言伝を頼まれた一方通行も目でそれを伝えると三人を引き連れて去っていった。

美鈴「あーん、食事くらい付き合ってくれたっていいのにー」

御坂「色々あるんでしょ?何かさっき絹旗の冷やし中華がー!とか聞こえてきたし」

美鈴「うふふ、そういう美琴ちゃんはお母さんに付き合ってくれるわよね?」

御坂「軽いのなら。遅めの朝麦野さんと食べちゃってまだあんまりお腹減ってない」

美鈴「あら、沈利ちゃんと?」

涼やかだったエントランスホールよりムッと毛穴が開くような真夏の太陽を浴びながら美鈴が振り返った。
御坂は知らない。美鈴が妹達の事を知ったのは10月3日、麦野に連れ添った病院での事だと。
御坂は知らない。七夕事変の際自分の代わりに奮戦していた麦野が、美鈴と交わした約束さえ。

美鈴「そう、沈利ちゃんとね……うふふ。お母さん真っ昼間からキューっとお酒飲めるお店がいいな♪」

御坂「なに!?なにそんなニヤニヤ笑ってんのよこのバカ母!それに昼間っから酒飲むな!」

美鈴が何を想い、何を秘め、何を悼みながら墓前に手を合わせていたのかさえ――
美鈴は母親として、娘たる美琴に伺い知らせる事はなかった。

240 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:37:02.47 ID:2nGmxSzAO
〜7〜

美鈴「冗談のつもりだったのに〜〜」

御坂「昼間っからベロンベロンになられたら私が恥ずかしいのよ!!」

結局二人は美鈴が逗留するホテル『ミネルヴァ』のレストランにて遅めのランチをとる事にしたのだ。
インデックスの記憶を巡る事件で麦野らと泊まったホテル。そこで美鈴はオマール海老のパエリアを口に運び

美鈴「流石に保護者会を前にそんな事しないわよー。ただでさえピリピリしてるみたいだし」

第三次世界大戦前には保護者会による子供達の返還要求があり、頓挫した経験が美鈴にもある。
先の6月6日には第七学区が壊滅、7月7日には避難所が襲撃と保護者らの不満と不安は破裂寸前である。
御坂は知らない。それに絡んで美鈴が命を狙われた事件の事を。
それを憎い一方通行と愛しい上条と、そして麦野が身体を張った事も。

美鈴「でも肝心の子供達はどう?美琴ちゃんの目から見て」

御坂「うん、うちの常盤台も最近は随分落ち着いて来たかなー」

美鈴「そう。みんな元気にしてる?」

御坂「っ」

そこで思わず口にしていた黒ザクロのフレッシュジュースを咽せそうになるのを御坂は辛うじてこらえた。
妹達の墓参り、常盤台の紙爆弾、それに加えて白井の安否までのしかかっていた御坂にとって――

御坂「う、うん!みんな元気バリバリよ!むしろ夏休みの宿題なくって嬉しいー!!なんて佐天さん言ってたし!!!」

佐天涙子。昨夜は麦野からの結標淡希死亡の報を受け茫然自失となって電話さえかけられなかった。
今朝もそんな彼女に連絡を入れる事なく、白井の安否を優先するあまり手掛かりを知る麦野にコールを入れてしまった。
如何に手一杯とはいえ些か義理を欠いたかと内心で詫び、これが終わったならば必ず連絡しようと――

ハナテ!ココロニキザンダユメヲミライサエー

御坂「あ、ごめん電話来ちゃった」

美鈴「いいわよん。ただしお店の外でね」

思った矢先にけたたましく鳴り響く着信音と表示される発信者番号。
それは今や常盤台三大派閥が長にして御坂の友人婚后光子からであり――
御坂は通話ボタンを押すとレストランから出、その間にアルコールを頼もうとしている美鈴に目を光らせんとして

御坂「もしもし?婚后さん」

婚后『御坂さん!?大変ですわ!!!』

御坂「ど、どうしたのよそんなおっきな声出し――」

――右目が驚愕に、左目が衝撃に見開かれた――

241 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:39:19.23 ID:2nGmxSzAO
〜8〜

婚后「最悪の状況ですわ……」

今、婚后ら常盤台中学の生徒達が身を寄せている複合施設『水晶宮』の教職員らが詰めている部屋に……
保護者らが保護者会に当たって事前の質疑応答をまとめた書類に新たな一枚が加わっていたのだ。
それは白井黒子が結標淡希・姫神秋沙を殺害した容疑者として拘束されている件について。
婚后は騒然となるロビーの柱の影より携帯電話に耳を当て、現状を御坂に伝えている形である。

婚后「あの紙爆弾はただのデコイ……本命は保護者らに訴えかけて学校側の責任問題に飛び火させるつもりだったんですわ!」

ただでさえ学園都市における先の二つの戦争で張り詰めていた保護者会を先代派は見過ごさなかった。
白井が拘束されたのは昨日11日であり、今日は保護者らがスーパーセル発生前に学園都市入りした12日。
明日13日の開催を前に常盤台が隠蔽しやり過ごそうにも……
事前の質疑応答の記す公的書類を通して申請されれば説明責任が発生し答えない訳には行かない。
生徒間の紙爆弾(ゴシップ)ならまだ取り繕う事は出来る。だが白井が有罪であれ無罪であれ――
白日の元、女生徒同士の痴情のもつれの果ての心中事件ないし殺人事件を引き起こしたなどと知られれば

御坂『……!!』

御坂の血の気が一気に引く。何故昨夜母からのメールを見た時この可能性を考えなかったのかと。
生徒間の派閥争いや政争ごっこを隠れ蓑にし、先代派の本命はより力ある保護者への工作活動。
常盤台の三分の一もの生徒が自分の親にこの事を告げた上で『少年犯罪』を犯した人間を出したとあれば……
常盤台の教育方針や管理能力の是非を声高に叫ぶ結果は火を見るより明らかだ。
ましてや常盤台には社会的地位のある名家の子女らが多く通っている。
この電話を寄越している婚后とて航空業界の名門の跡取り娘なのだ。
こんなスキャンダルは、真偽を別としても上がっただけでも命取りになる。

婚后「御坂さん!?御坂さん!!?」

『政治力を身につけろ』と言った食蜂の言葉がこだまする中御坂の目の前が真っ暗になって行く。
徹底した白井潰しで御坂下ろしを画策する先代派。
超電磁砲(レールガン)がなんの意味も持たない世界。

嵐が、すぐそこまで迫っていた――

242 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:39:50.71 ID:2nGmxSzAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「で下の架字十」話十第:(ムーロクノモ)標座間空の虹白るあと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
243 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:40:20.08 ID:2nGmxSzAO
〜1〜

浜面「ふんふふん♪ふんふふん♪ふんふんふーん♪」

YO!俺の名は仕上。浜面仕上だ。人呼んで長点上機学園の秘密兵器、世紀末帝王HAMADURAとは俺の事だ。
今俺は人生の絶頂期にいる。どんくらいノリノリかって言えば車内で湘南乃風を流しちまうくらいに。
だが気分的にはTUBEかサザンかってくらい今俺は熱い。三月に教習所を卒業して学校留年してより数ヶ月……
今俺にも人生最大のビッグウェーブが来てやがる。聞いて驚け見て喚け!!

滝壺『わたし、海見にいきたいな』

FOOOOO!数ヶ月前の合コンでゲットした(×した→○された)彼女から海のドライブのおねだりだ!
いやーこの間の合コンはひどかった。まず垣根(同じくダブり)がマジックをとちって場が凍りついた。
どんぐらいしくじったかって言うとマギー審司じゃなくてマギー司郎の方くらいしくじった。素で。
その湿気っちまった空気を何とか取り戻そうとした削板がアイスペールから一気を繰り返してダウン。
途中まで良い感じだった上条は女の子のスカートに顔を突っ込んで蹴り殺された。
我関せずであっという間に女『二人』を持ち帰った一方通行は野郎三人を押し付けてバックレ。
この世に善きサマリア人もブッダもいねえモデルだけは同じ立川市なこの学園都市(まち)で――

滝壺『大丈夫。わたしがそんな酔い潰れそうなはまづらを応援してる』

女神は舞い降りたね。朝気がついたら服着てなかったけど。ついでにパンツも穿いてなかったけど。
ガンガンする二日酔いの頭の俺に、その女神は味噌汁を作って部屋から出ていった。しじみ最高!
霧ヶ丘女学院には『鬼』『裏番長』なんて噂される執行部役員がいるらしいが噂なんてあてにならねえな。

滝壺「はまづら、こっちこっち」

やあ迎えに来たよマイハニー!わざわざで出迎えありがとう!
自慢のハマーH1が火を噴くぜついでに俺の下のハマーもな!

白井「あ、あれですの!?」

結標「……ないわー」

おやおやお友達まで一緒かい?なんだいその荷物ロケにでも行くのかい?ははっ、何か様子がおかしいぞー?

滝壺「――男の子って、可愛いね」

曲がキングギドラの『公開処刑』に変わった。ヤバい匂いがする奴ぁ手ぇー叩け!!
244 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:42:53.83 ID:2nGmxSzAO
〜2〜

白井「何とか積み込めましたの」

絹旗「今日は初日なんで超少な目ですよ。チェックとかパース決めたりが主ですし」

黒夜「うう、この車超ゴム臭ェ〜……うっぷ、らめェ……」

初春「ああ黒夜さん戻しちゃダメですよ!」

浜面「HAHAHA!どうせこんな役回りだよコンチクショォォォォォー!!!」

滝壺「はまづら、頑張って、ね?」

結標「(さすがは霧ヶ丘の裏番長……)」

初日の機材を詰め込み、少女らの手によってジャックされた浜面の嘆きをBGMに車は湾岸線を行く。
目的地は神奈川県まで跨ぐ学園都市が二十年前に開発途上で放棄したアクアライン『軍艦島』。
海洋探査人口島が揺蕩い、いくつかの戦闘機が墓標のように突き立ち、さながら水没都市の様相を見せる海上学区。

白井「………………」

無数のガンボードの墓場を見下ろす錆び付いた灯台、朽ち果てた教会や廃虚と化した海洋生物研究所……
半ばと廃線となった海原電鉄が水中にそのレールを残し、風化しつつある駅構内にはウミネコが翼を休める。
その眺めに白井は再び既視感にも似た胸騒ぎを覚えた。地図からも消された幻の海上学区にも関わらず――

白井「(何ですの?この正夢にも似た感覚は……)」

白井はこの場所をずっと以前にも訪れたような気さえしていた。
当然足を踏み入れた事などないし白井は廃墟マニアでもない。
凡そ自分と関わりない場所にも関わらず、どこか懐かしい。

結標「どうしたのかしら黒子。酔った?」

白井「い、いえ!海など久しぶりに目にしたものですので、少しばかり見入ってしまったんですの」

結標「そう?でも確かにこの眺めは――」

白井「?」

結標「――見入るというより、魅入られるものがあるわね」

そう語る結標の横顔に、青海より照り返す夏の陽射しを浴びて光と影が織り成すグラデーションがかかる。
どうやら彼女はこの眺めに何かしらのシンパシーを覚えたようではあるが――

浜面「着いたぜ嬢ちゃん達!水着の貯蔵は十分かぁ!?」

絹旗「(お兄ちゃんはこんな事超言わないです)」

磁力に引き寄せられる砂鉄のような不安を覚えながらもハマーH1は軍艦島へと突入する。
今更引き返す事など出来ないとわかっていながら、白井は出来うる限り早く立ち去りたいと願わずにはいられなかった。

245 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:43:19.14 ID:2nGmxSzAO
〜3〜

絹旗「この電車なんて超どうですかね?」

初春「蔦が絡みついて何だか魔女の家みたいですね……」

黒夜「案外おどろおどろしい場所かと思ったけどそうでもないね」

滝壺「人が」

浜面「水着は?」

滝壺「人が誰もいないから、怖くないんだと思う」

白井「普通逆ではございませんの?人がいないからこそ――」

結標「――私も滝壺と同じ意見よ」

白井「!?」

軍艦島へ乗り込んだ面々はひとまず機材を下ろしロケーションを確認するために辺りを散策する事にした。
そこで最初に目にしたものは先程車窓から見えた海原電鉄である。赤茶けた塩錆に覆われた列車。
そこに長い年月を掛けて覆う蔦が絡みつくも、水位の上がった海水により白く枯死していた。

結標「死に絶えた街だからこそ人の影に怯えずに済むのよ。一番怖いのはいつだって同じ“人間”ですもの」

絹旗「……淡希お姉ちゃん?」

朽ち果て傾ぐ駅看板、通る者のいない改札口、風雪にすす汚れた待合室、鈍く光る送電塔。
もぎりの駅員もおらず、至る所で割れ砕けたガラスはさながら死に行く老人の抜け落ちた歯列を思わせる。
その下で光に照らし出され影に溶け込む結標の立ち姿はまるでこの廃墟の水先案内人のようにすら感じられて

結標「ごめんなさいね。何だか感傷的になってしまってガラにもない事を口走ってしまったわ」

白井「お姉様……」

結標「――絹旗さん、デジカメの予備ってまだあったわよね」

絹旗「え、ええ超ありますけど」

結標「みんな一塊にならず効率的にバラけてみない?この軍艦島は思った以上に広いみたいだし」

初春「そうですね。今日は資料集めと下見が主ですし」

絹旗「じゃあ念の為後で落ち合う場所も超決めておきましょう」

結標の提案により絹旗&黒夜&初春、滝壺&浜面、結標&白井と言った具合に振り分けられた。

結標「行きましょう黒子。はぐれちゃダメよ?」

白井「ですから子供扱いしないで欲しいんですの!」

二人は魔女の家と化した海原電鉄より踵を返し、苔むした駅構内の階段を一段また一段と登って行く。
二人の足音しか聞こえないうら寂れた連絡通路、所々破れた屋根から射し込む天然のスポットライト。
その日だまりの中に翼を休めていたウミネコ達が二人の姿を認めるなり、その穴から切り取られた夏空へと飛び立って行った。

246 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:45:18.87 ID:2nGmxSzAO
〜4〜

結標「ここは元は音楽室だったようね。ピアノがあるわ」

白井「どうやらベーゼンドルファーのようですの。わたくしはスタインウェイの方が性にあっておりますが」

海原電鉄より下りを行き、足を踏み入れた先は校舎の一階部分まで水没した高校の音楽室であった。
閉鎖されるにあたって急拵えで窓に打ちつけられベニヤ板やトタンは無残に腐り落ち浸水を許している。
教室内に椅子がクロールし、その内の机の一つに腰掛けた結標は靴を脱いで素足を水に浸けていた。
白井は三つ足の半ばまで水没したピアノの前に座り、ラの音すら奏でられない鍵盤を叩く真似をし――

結標「貴女がピアノを弾けただなんて初耳だわ」

白井「あくまでさわり、嗜む程度の余技に過ぎませんので」

結標「けれど様になってるわよ。そのままジッとしてて……」

白井「?」

結標「カメラを意識しないで……そう、今の表情すごく魅力的よ」

そんな白井を結標はデジカメに一枚収めた。破れたバリケードより射し込む西日を受けて輝く白井を。
意図せずして生まれた天使の梯子が水面を煌めかせ、より被写体の美しさを引き出している。
白井のリラックスしていながらどこか艶めいた年不相応な笑みは、カメラマンが結標だからかも知れない。

白井「何だか面映ゆい心持ちですの」

結標「女優さんみたいに決まってるわよ」

白井「ふふっ、わたくしはそんな器では」

と、白井が目に見えない楽譜を手繰るようなポーズから流し目で結標に一瞥を送ると――
彼女の腰掛けている机の近くに、ヴァイオリンケースが水没しているのが見て取れた。

白井「――――――」

ヴァイオリン。ホテルの一室。お姉様。初春。という意味を為さない単語の羅列が白井の脳裏を駆け巡る。
カノンのように追い掛ける忘却の旋律に混じるノイズ、多すぎるスタッカートがぶつ切りにする記憶――

結標「……どうかした?黒子」

白井「あ、いえ……」

結標「そんな顔してこっち見たって引っ掛からないわよ。どうせ“お姉様の後ろに”だなんて古い手口には」

結局、コーダに差し掛かる手前で白井の記憶のその弦を断ち切ってしまった。
結び直す事も張り直す事もかなわないG線は、二度とアリアを奏でる事はない。
海上学区の水葬教室、音の出ないピアノ、足元を攫って行くばかりで片時も引き止められないこの細波のように――

247 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:45:44.94 ID:2nGmxSzAO
〜5〜

白井「絹旗さんと黒夜さんがいらっしゃっらない?」

初春『そ、そうなんですよちょっと目を離した隙にいなくなってて……』

白井「初春、貴女また道に迷ったかはぐれたり何かしたんではございませんの?」

海上学区の水葬教室より元は美術館だったと思しき建物へと移動した白井は、けたたましく鳴り響く着信音……
初春からの電話にやや呆れ顔の溜め息混じりで応じていた。絹旗と黒夜の姿が見えなくなったのだと言う。
応対する白井を余所に結標は御影石の階段をカツンカツンと昇り降りし、デジカメで撮影して行く。
暗色系の御影石に彩られたアトリエを飾るはゴヤの『黒い家』展である。様々な暗喩と寓意に満ちたゴヤの作品。
晩年に差し掛かり老境に達したゴヤが数々の『死』をモチーフに描いたとされるそれらは――
この薄暗い廃墟の不気味さにより拍車をかけるように鎮座し、訪れる者を嘲笑っているようだった。

結標「初春さん、なんだって?」

白井「どうやら二人とはぐれたようですわ。あのお二方は思い立ったが最後、脇目も降らず吶喊する口ですの」

結標「心細いでしょうね……」

白井「一応、落ち合う場所は岬の灯台と決めてますので大丈夫ですの。初春とて風紀委員なのですから」

結標「………………」

白井「お姉様?」

『不貞』を暗示するレオカディア・ヴェイスの絵の前で結標は立ち止まったまま白井の言葉を聞くともなしに聞く。
暖炉に寄りかかる黒いヴェールを纏った肉感的な家政婦で、ゴヤが手をつけた愛人とも内縁の妻とも言われるが――

白井「………………」

白井はその絵から伝わって来るある種の生臭ささに鼻をつまみたくなった。この家政婦も元を辿れば人妻である。
とある宝石商の妻であり、彼女は後に不貞の罪で夫に訴えられている。ゴヤが六十代後半に差し掛かったより――
彼女は二十代半ばで彼の子を産んだとされる。不貞、愛する者への裏切り、密通、許されぬ愛……

白井「うっ……」

結標「黒子!?」

その断片的な暗喩に白井は吐き気を覚えた。何故だがここに飾られた絵の全てが自分を責め立てているような……
目に見えない悪意の羅列が、塩錆のように白井の胸を蝕んで行き、胃を締め付けて行くのだ。
248 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:47:43.53 ID:2nGmxSzAO
〜6〜

結標「大丈夫?」

白井「え、ええ……あまりの絵の迫力に当てられてしまったようですの」

結標「そうね。ここはあまり風通しも良くない事だし」

白井「申し訳ございませんの……」

結標「いいのよ。貴女の身体が一番大切なのだから」

座り込み口元に手を当てる白井の肩を抱き寄せながら結標はこの暗いアトリエから出ようとする。
その前々にもゴヤの絵は葬列のように連なり、庇う結標と導かれる白井を冷笑的に見下ろしている。

白井「お姉様は……」

結標「?」

白井「絵画を嗜まれますの?」

結標「いいえ。昔第九学区に芸術鑑賞会で行ったきりよ。貴女あそこにある“黄色い家”って知ってる?」

白井「確かゴッホの……」

結標「――私がそこで見たのは“カラスのいる麦畑”よ。何だか怖いくらい妙な迫力で今でも忘れられないわ」

御影石のフロアから大理石のホールへ移り、二人は美術館の外を目指し、光を求め、風を探して歩く。
第九学区。芸術系に特化された学区。黄色い家。ゴッホ。またもや白井の脳裏に浮かぶ不気味な泡沫。

結標「けれど、いつか美術館でデートだなんて出来たらいいわね」

白井「ふふっ……お蕎麦屋さんより優雅そうでなによりですの」

結標の通り過ぎた側には『砂に埋もれた犬』の絵画。その暗示は抗えぬ運命(さだめ)とある。
白井の通り過ぎた側には『自慰をする男と嘲る二人の女』の絵画。その暗示は自己満足である。

結標「そうよ。夏休みはまだ始まったばかりですもの。まだまだ色んな所へ行きたいしやりたいわ」

白井「わたくしもですわお姉様……例えどこに行けずとも、お姉様さえいればそこはわたくしにとって……」

結標「天国?それとも地獄?」

白井「焦がれる煉獄ですの!」

無限回廊に等しいゴヤの『黒い家』を抜け出し、二人は海を目指す。
こんな薄暗い場所にいては東を向く向日葵さえ病んでしまうと。
だがそんな二人を一枚の絵が見つめている。文字通り食い入るように。

白井「いえ――恋獄(れんごく)と当てるべきですの」

男根を勃起させながら狂気の形相と妄執に血走った眼差しで『我が子を喰らうサトゥルヌス』が二人を見つめていた。
女神の機転によりただ一人は助かったというその暗示の意味を、白井は知らぬまま闇に背を向けて出て行った。

249 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:48:10.85 ID:2nGmxSzAO
〜7〜

結標「……初春さんとも連絡がつかない」

黒い家の美術館を後にし、気分を悪くした白井を伴って結標が訪れたのは双月の大聖堂であった。
塩湖と化した水面が空と雲と大聖堂を二重写しにするその場所は軍艦島でも一際水位の深い場所にある。
今白井は神父が説法し聖歌隊が歌い上げるパイプオルガンの下に設えられた長椅子に身を横たえている。
結標は繋がらない携帯電話をしまい、独り言ちながら歎息する。せめて滝壺がいれば居場所がわかるのだが――

白井「お姉様……お姉様……どこにいらっしゃいますの?」

結標「私はここよ……ここにいるわ黒子」

白井「離れないで下さいまし……わたくし、今とっても怖いんですの」

どこか弱々しく結標の名を呼ぶ白井が、割れ砕けたステンドグラスより射し込む光に手を伸ばすように……
探り、掻き、掴まんとする手を結標は自身の胸元へと寄せる。怖いという白井を落ち着かせるために。

結標「何が怖いの黒子?怖いものなんて、恐い事なんて何もないわ」

白井「……お姉様が」

結標「私が?」

白井「お姉様が、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がするんですの。あまりにも倖せ過ぎて怖いんですの」

白井の目が潤み、結標の眼が濡れた。二人を見下ろす形で立つマリア像が液状化した赤錆を流し――
まるで血涙のようだった。結標の髪のように赤く紅く紅く。十字教にあって神の子を売った背教者のように。
海水は血に近い成分を宿しているなどという眉唾話が顕在化したように、教会内にはマリーゴールドが咲き乱れている。

白井「ずっとずっと、長い長い夢の中にいるようで……お姉様さえ夢の住人のように思えて」

結標「それは違うわ黒子。貴女も私もここにいる。私は消えない。貴女から離れない。ここに誓ってもいい」

結標が、白井の左手を手に取り、唇を寄せる。それは手の甲に誓う忠誠の口づけとは全く異なる――

白井「んっ……!」

開く唇、迎え入れる薬指、這わせては絡める熱い舌が冷えた指を溶かして行き、強く歯を立てる。
鈍い苦痛と鋭い甘美さに眉根を寄せて目蓋を閉じ、それを受け入れる白井の薬指から――淫靡に連なり落ちる架け橋。

白井「いけませんの……!」

結標「――いいの。神様しか見てないわ」

薬指に刻まれた血の滲む歯形が、まるで永遠を誓う無形の指輪のように白井に聖痕を刻んで行く――

250 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:50:20.52 ID:2nGmxSzAO
〜8〜

少女達は大聖堂で誓い合う。神父もいなければ参列者もいない――
法の加護も神の祝福もない二人きりの結婚式(とわのちかい)を。

白井「その健やかなる時も」

それはきっと飯事遊びの延長上にあって、同時に永遠など宿りようない……
炭素の塊に誓うそれよりも遥かに純粋な境界線上にあるもの。

結標「病める時も」

皆に分け与えるブーケも、共に切り分けるケーキも、己を着飾るドレスすらない……
持ち寄れるのは唯一の相手(かち)と無二の自分(そんざい)のみ。

白井「喜びの時も」

どちらともなく笑いかける。やっぱり指輪を買えば良かったと。
どちらともなく涙を滲ませる。薬指が痛くて痛くてたまらないと。

結標「悲しみの時も」

お揃いのイヤーカフスに刻印された精緻なブルーローズの意匠。
『神の祝福』などという皮肉な花言葉に反してその道程は険しい。

白井「富める時も」

どちらかが言った。これは茨荊の道程なのかも知れないと。
どちらかが言った。ならばラプンツェルのようになりたいと。

結標「貧しい時も」

薔薇の褥の中で眠り、茨荊の閨で夢を見る。そんなお姫様に。
朝が来ても、王子様が来ても、誰も二人に触れられない茨荊の檻を。

白井「これを愛し」

どちらかが言った。世界の果てはどこにあるのかと。
どちらかが言った。世界の終わりはどこにあるのかと。

結標「これを敬い」

それはきっとここなのだと二人は口を揃えて言った。夏への扉の先に広がるこの不帰の渚こそが二人の終着駅。

白井「これを慰め」

マリーゴールドの花冠と、シーツを巻きつけただけのドレスを纏った二人の花嫁がステンドグラスの下

結標「これを助け」

救いの手綱を取って互いの手を離すくらいならば、共に死を選ばんとするほどまでに手指を絡ませあって。

白井「その命ある限り」

どちらともなく、重ねた唇を話して言った

結標「真心を尽くすことを誓いますか?」

――永遠(とわ)に永久(とも)にと――

251 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:50:47.49 ID:2nGmxSzAO
〜9〜

そして二人は教会にて式を挙げた後、待ち合わせ場所である忘れ去られた灯台にて身を寄せ合っていた。
絹旗にも黒夜にも初春にも滝壺にも繋がらない。見つからない。どれだけ手を尽くし足を棒にしても。

白井「……遅いですの」

結標「そうね……車もなくなっているしどこに行ったのかしら――あ!」

白井「?」

結標「もしかして“佐天さん”って娘を迎えに行ってるんじゃないかしら?」

ドクン……

白井「――佐天さんを?」

結標「ええ。私まだ会った事ないけど、夜待ちから入るって昨日貴女達言ってたじゃない」

――そこで白井は以前一度覚え、日増しに増え、今日一日の間に何度も襲った違和感の原因に気付いた。
しかし結標は打ち寄せる波の音と吹き抜ける夜風、灯台から仰ぎ見る星空に魅入られながら快活に言った。

カツン……

結標「ほら、足音」

白井「……!!!」

結標「……黒子?」

その違和感が鮮明な思考となって白井の脳髄を凍てつかせて行く。
『初春飾利』は霧ヶ丘付属に入る前から風紀委員の同僚として共にいた。
『絹旗最愛』はオリエンテーリング前に教室で暴れたのを覚えている。
『黒夜海鳥』はオリエンテーリングを通して仲良くなった記憶がある。

白井「あ……」

――『佐天涙子』はいつからいたのだ?いつから当たり前のように自分達の輪に加わっていた?
『結標淡希』『風斬氷華』とは桜の木の下で出会った。
『フレンダ=セイヴェルン』とはスクランブル交差点でだ。
『滝壺理后』とは生徒会室でだ。『浜面仕上』とは今日だ。

カツン……

佐天『あ。白井さんなら聞いてるかなーって思ったんですけど。こりゃマズかったかなー』

彼女はいつからここにいたのだ?

佐天『――結標さんの前のルームメイト。自殺したらしいですよ?』

あの長い黒髪を持つ佐天涙子(かのじょ)は、自分の記憶にある彼女は

佐天『白井さーん。白井さーん。おにぎりこぼしてますよー。せっかく初春が作ってくれたのにー』

『、』ではなく区切るような『。』を用いたぶつ切り口調で話すような少女ではなかったはずだと――

カツン……

少女が階段を登りきり、その黒髪を潮風に靡かせながら佇むの見て――

結標「――――――………………あ」

結標が、その名を呼んだ

252 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:51:20.75 ID:2nGmxSzAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「――――――秋沙――――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
253 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:53:12.95 ID:2nGmxSzAO
〜10〜

白井「……え?」

「………………」

制服も、立ち姿も、足音も、全て自分が知っているはずの『佐天涙子』の中にあって最も特徴的な……
濡れ羽色の黒髪が顔を覆う形で潮風に吹かれて立ち尽くしている。まるで過去からの亡霊のように。
この満天の星空の一つ一つが異形の目の連なりのように冷たく妖しく冥く白井を見下ろしていた。

白井「お、お姉様――――――!?」

総毛立つ悪寒、鳥肌粟立つ怖気、弾かれたように振り返った先。
結標はいない。影も形も音も余韻も何も残さず消え去っていた。
そこには彼女が持ち歩いていた……否、自分に『プレゼント』してくれた――
ウルトラマリンとラピスラズリを散りばめたあのオイル時計だけが残されていた。

「― ― ど ん な に 遠 回 り し て も ― ― 」

何故気づけなかったのだ。秋(あい)の沙(すな)などと……
ネガティブ極まりない字(あざな)の当て方を見落としていたのだ。
何故『自殺したルームメイト』の名前を調べようとしなかったのか?
――決まっている。そんな話は『最初から存在しない』のだから。

「― ― 信 じ て た ― ― 」

佐天と同じ少女の黒髪が吹き荒れる潮風に靡いて顔を露わになって行く。
その制服姿がしっくりきていて当たり前だ。何故なら……
彼女は昨年八月半ばまで『霧ヶ丘女学院』にいたのだから。

「―  ―  絶  対  に  貴  女  を  ―  ―」

彼女の名は日本神道に照らし合わせれば『太陽神』を意味する。
この鏡の世界にあって彼女は太陽光を当てる事により字を照らし出す……
少女の願いが生み出した『魔鏡の世界』より真実を映し出す存在。
顔を覆っていた黒髪が夜風に翻り、月光の下明らかになる――

「―   ―   見   つ   け   ら   れ   る   っ   て   ―   ―」

御坂美琴が紡いだ八つの現実(ものがたり)と、白井黒子が記した十の幻想(ものがたり)が交差する時――

254 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:53:38.36 ID:2nGmxSzAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
姫   神   「   淡   希   を   返   し   て   」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
255 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/06(月) 21:54:05.62 ID:2nGmxSzAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――オイルクロックは覆り、時は8月10日へ巻き戻る――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
256 :投下終了です [saga]:2012/02/06(月) 21:56:07.85 ID:2nGmxSzAO
メローイエローが飲みたいです

たくさんのレスをありがとうございます。何よりの栄養剤です。では失礼いたします
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県) [sage]:2012/02/06(月) 22:02:15.46 ID:/bZCztDho
夏に懐かしくてメローイエローいっぱい飲んだ!
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 18:10:21.44 ID:6LifAj1Z0
259 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:14:51.64 ID:SbYfVJOAO
>>1です。第十一話投下させていただきます
260 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:15:19.90 ID:SbYfVJOAO
〜8月12日〜

青髪「うはー!もう風出てきおったー!」

???「凝然。なんだこの暴風雨は……」

青髪「TMRよろしく風に吹かれとる場合ちゃうで!店仕舞いや店仕舞い!!」

16時00分。壊滅的打撃を受けた第七学区にて岩壁に咲く花のように辛うじて難を逃れたベーカリー『サントノーレ』。
最先端技術の結晶体とも言うべき学園都市にあって珍しい石窯焼きを取り入れている青髪の下宿先は今窮地に陥っていた。
まだ夕方だと言うのに空の色まで変える土気色の雲海が地表すれすれまで迫っているのだ。
店の前に出していた看板や幟が木の葉のように押し流され、二人はそれを必死に追い掛ける。
それは昨夜の気象予報により厳戒体制を促されていた超弩級の雷雲群『スーパーセル』の前兆。

青髪「はー……はー……やっぱおっちゃん(店主)に言うてバイト増やしてもらお。首回らんわ」

???「………………」

青髪「なんやジョンさん。はよおへそ隠さな取られんで?」

ジョン「慄然。何とも禍々しい眺めだと身が竦む思いだ」

青髪「あー確かにこれはビビるわな。日本の観測史上最大級になるかも知らんねえ」

学園都市上空を覆うようにして乳房雲の壁が水平に発生し――
渦巻き逆巻くその規模は青髪の能力により百キロ近くあると推測された。
大量の雹や霰は恐らくグレープフルーツ大ほどにもなり、突風や強風はとてつもないダウンバーストを発生させるどころか……
局地的な竜巻、洪水に等しいゲリラ豪雨、大規模な停電を引き起こす落雷をも招くだろう。

青髪「今日は早仕舞い!閉店ガラガラ〜」

かつてレベル5には神託機械(オラクルマシーン)と字された『学園都市第六位』がいたと言う。
計算複雑性理論及び計算可能性理論をもとに演算を行う抽象機械とも言うべき予知能力を持った超能力者が。
だがそんな都市伝説めいた存在は今、寒いギャグを一人でウケながら店のシャッターを閉め心張り棒を噛ます。

ジョン「憤然。商売あがったりだ」

青髪「ええやん。こんな日外出歩く人なんておれへんよ」

小窓より第七学区からは見えるはずのない第十九学区の旧電波塔『帝都タワー』を見据えて

青髪「――よほどの物好きやない限りね」

――インデックスをして『ホルスの眼』に似た糸目の少年は店の明かりを落とし、奥へと引っ込んでしまった。

261 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:15:47.40 ID:SbYfVJOAO
〜15〜

女生徒A「何か手を打つべきです!このままでは白井さんが!!」

女生徒B「今から署名運動したってもう間に合わないって!」

女生徒C「いっそのこと白井さんを退学処分にしたら我々御坂派は常盤台を割って出て行くというのは?」

女生徒D「確かに三分の一もの能力者を結果として失う事は常盤台にとって大きな損失のはず」

女生徒E「いいえ私は反対よ。私は御坂様に惹かれて集った訳であって白井さんと身を引き替えには……」

女生徒F「派閥は一蓮托生じゃありませんの!?貴女の言っている事は」

女生徒G「いや、私も同意見だ。前々から白井さんの独断専行にはほとほと嫌気がさしていたんだ」

女生徒H「だったら貴女達がここ(御坂派)から出て行けば良いでしょう!」

女生徒I「そうよ!さんざん甘い汁を吸って都合が悪くなったら旗色を変える風見鶏なんていらない!!」

女生徒J「御坂様!何故私達に黙っておいでだったのですか!?」

女生徒K「これは責任問題ですよ。No.2の首に鈴をつけていなかった“長”としての」

女生徒L「元々結標さんは霧ヶ丘女学院でしょう!?何故向こうから謝罪の一言も」

御坂「いい加減にしなさい!!!」

17時00分。複合施設『水晶宮』の大会議室では御坂派の幹部らによる喧々囂々の議論が踊っていた。
白井の退学処分及び風紀委員からの除名も検討され一種集団ヒステリー的な様相の皆を――
時計回りの円卓、12時の位置に腰掛けていた御坂が檄を飛ばすとたちまち水を打ったように静まり返った。

御坂「――事の是非も定まらないまま黒子を擁護するのも非難する事も私は認めない。責任の所在が明らかになるまではね」

女生徒A「では……」

御坂「――私は黒子を信じてる」

女生徒B「でも万が一ですよ?」

御坂「………………」

女生徒B「白井さんに有罪判決が下されたなら……」

御坂は思う。食蜂ならばこのようなケースを如何にして収束させただろうと。
この世間知らずなお嬢様達の、踊るばかりの会議ごっこをどのように牽引したかと。

御坂「――皆が考えている通りよ」

女生徒C「泣いて馬謖を斬る、と?」

御坂「私の首も差し出す形でね」

何故、白井に対してこんなにも火を飲む思いを殺して『長』として処断を下さねばならないのかと御坂は唇を噛んだ。

262 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:17:42.47 ID:SbYfVJOAO
〜14〜

御坂を取り巻く派閥問題は先代常盤台の女王、食蜂操祈の卒業から始まった。
先代の支配や抑圧から解き放たれ次なる取り入る先や御坂の将来性を見込んだ者。
それらの人間が磁石に引き寄せられる砂鉄のように押し寄せて来たのだ。

好む好まざるに関わらず利益共同体(はばつ)というものはどこの世界にも自然発生する。
また学校側としても各界の名門名家の子女らの制御にはとかく手を焼く。御坂は言わばそれらも請け負わされている。
ノブレス・オブリージュと言えば聞こえが良いが、言わば子羊達を束ねる牧羊犬だ。教師らや寮監は牧童に当たる。

だが御坂にとっての不幸は、食蜂が予言した通り政治力の圧倒的不足。
三年生まで食蜂による独裁政治や一極支配が長らく続いた弊害でもあるが――
とどのつまり、御坂には人を束ね、率い、導く経験値がまだ浅かったのだ。

食蜂のように人の頂点に立つ事に慣れておらず、人の中心には立てども頂点に立つ気もなかった御坂をして――
所詮は仲良しこよしのおままごと集団、アイドルとその追っ掛けと意地悪く評する者も決して少なくはない。

女生徒D「では御坂様を失った後は私達はどうなるんですか!?」

御坂「(そこまで責任持てないわよ!)」

女生徒E「御坂様。それは責任を取る道ではありません。ただの無責任です。御坂様はもうお一人の身体ではない事をそろそろ自覚なさって下さい」

御坂「(……って叫んでテーブルひっくり返せたらどんなにいいか!!)」

女生徒F「御坂様、如何に白井さんに絡んでとは言え私情に駆られるのは困ります」

御坂「(誰一人黒子の心配なんてしやしない!!!)」

空洞化したまま膨張した集団はかくも脆い事を御坂は知った。自分には削板のような圧倒的なカリスマ性もない。
雲川のような優秀な参謀も、垣根のような抑止力も、服部のような調整役もいない。ただぶら下がられているだけだ。
上条のように何万もの人々を救って来たヒーローでもない。麦野のような公私共に支えてくれる右腕さえも。

女生徒J「み、御坂様……」

女生徒K「会議中ですよ!」

女生徒J「い、いえ……御坂様に面通りしたいという方が婚后様に伴われて」

御坂「……わかったわ。終わり次第行く」

――白井を除いて、信頼出来る腹心さえ持てぬままに

263 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:18:09.71 ID:SbYfVJOAO
〜13〜

佐天「……遅いね」

初春「仕方無いですよいきなり押し掛けちゃったのはこっちの方なんですから。婚后さんがいなかったらアポなしで通る事さえ出来ませんでしたし」

婚后「………………」

佐天「アポ、ね……」

18時00分。佐天が水晶宮を訪れたのは、初春がキャッチした旧電波塔『帝都タワー』に関する情報提供のためだった。
だがまたしても御坂に電話が通じなかったのである。会議中のために。
だが佐天にはそれさえもが圭角をささくれ立たせるに十分だった。

佐天「御坂さん、えらくなったよね」

婚后「………………」

佐天「すごいね。友達に会いに来るだけでボディチェックとアポがいるんだよ?どんだけVIPなの」

初春「そんな風に言う佐天さん、私嫌いです!」

水晶宮のロビーにて今にも風車が倒れそうなほどの暴風雨を佐天は眺めていた。
硝子張りの花園。御坂を頂点とした王城。皮肉っぽく口にした言葉に同じくソファーに座っていた初春が窘める。
彼女達をここまで通し、便宜をはかってくれた婚后は扇子で口元を隠しながら一言も発さない。

佐天「わかってる、わかってるよ初春……この情報ゲットしたのだって初春だもん。私は色んな人の力にすがってただ泣きついてるだけだって」

初春「佐天さん……」

佐天「――ねえ、婚后さん」

婚后「なんですの佐天さん?」

佐天「派閥って言うややこしいもん出来ちゃうとみんなこんな風になっちゃうの?」

婚后「派閥の性格によりますわ。私自身が闊達に振る舞う性分ではあるため、御坂さんの担う重責と比べる訳には」

竹を二つに割ったような婚后でさえ以前のフットワークの軽さはもう望みようもないのだ。
ましてや御坂は外面こそ快活だが内面にひどく溜め込む性である。と

御坂「お待たせー!」

佐天「御坂さん……」

御坂「ごめんごめん!あの娘達やいのやいのまとまらないから助かっちゃった!」

佐天「っ」

婚后「(美徳が裏目に出る事もございますのね)」

そこで『いつもの』笑顔で現れた御坂に、佐天はムッとして初春に手を引かれた。婚后はそれを静かに見やる。

婚后「(何もかもが一年前のようには行きませんか)」

一年前と変わらぬものと変わったものを見比べるように

264 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:20:05.47 ID:SbYfVJOAO
〜12〜

御坂「旧電波塔“帝都タワー”……」

初春「白井さんはそこにいます。余所へ移送されていなければ」

佐天「………………」

初春が持ち込んだタブレットに表示された画面を見やりながら御坂が唸る。旧電波塔『帝都タワー』。
第十五学区の警備員支部が結標と交戦した魔術師mare256(葦の海渡りし青銅の蛇)の手により壊滅し……
新たに移転した急造の支部である。またしても結標に絡んだ出来事に御坂は思う。

御坂「(まるで誰かが私達を導いてるみたいね)ありがとう初春さん。ちょっとだけ“目を瞑ってて”くれるかな?」

初春「はい。今の私は風紀委員権限を凍結されてますから(ごめんなさい白井さん、私は風紀委員失格です)」

見えざる神の手に導かれているようだと。そして初春のパソコンを借り、自身の持つタブレットにデータを移すと……
そこから『実験』『残骸事件』の時をなぞるようにハッキングをかけ電子戦を展開させて行く。
こうした即興の掛け合いが出来る頭の回転の早さが初春の売りである。互いに性格が悪くなったなと自省しつつも――

御坂「……黒子」

御坂はついに、バビロンタワーの監視カメラへのハッキングに成功し見つけ出した。白井の姿を。

265 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:20:32.26 ID:SbYfVJOAO
〜11〜

御坂「(嘘でしょ……)」

監視カメラの映像が捉えた映像は同施設内にある病室であった。外部で言えば警察病院のようなものだが――
御坂は思わず画面越しの白井を見て口元を押さえた。声が漏れ出してしまいそうだったからだ。

御坂「(こんな……)」

そこにはたったの一日二日で何日も絶食したかのように痩せ衰えた白井の姿があった。まるで死期の迫った老人……
否、廃人のように光を宿さぬ眼差しを何処へと向け、拘束衣のような服を着せられ腕には点滴を刺されて。

御坂「(こんなのって……!)」

更にハッキングをかけ電子カルテを引っ張り出す。
そこには想像を絶する精神的衝撃により一種のショック状態にあると……
外界の刺激にも反応せず、また発話が困難な状況にあるとの木山春生の診断が下されていた。
これでは取り調べさえままならないであろう事もわかった。今の白井は生きる屍も同然であった。

御坂「黒……子!」

魔女と取引し声を失ってしまった人魚姫のような白井に耐え切れず、御坂はタブレットを閉じた。
266 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:20:59.07 ID:SbYfVJOAO
〜10〜

御坂「ごめん初春さん……私もう見てられないよ……こんな黒子見たくなかった!」

両手で顔を覆い、肩を震わせる御坂に初春も目を閉じてその衝撃に耐えた。
五体満足である事だけが救いだった。だが心が完全に折れてしまっている。
あの勝ち気で負けず嫌いで正義感と打たれ強さとバイタリティに溢れた白井の……
最も想像だにしない無残な姿に打ちのめされてしまった。

佐天「――御坂さん」

御坂「………………」

佐天「白井さんに、声掛けしに行きましょうよ」

御坂「……佐天さん、それは無理よ」

佐天「どうしてですか」

御坂「私達に何が出来るのよ……」

皆理解している。重要参考人として収監された以上面会など望みようもないと誰しもがわかっている。
そもそもどうやって警備員に説明するのだ。ハッキングした監視映像を頼りに見舞い来ましたなどと言えるはずもない。
だがミルフィーユのように折り重なった心労の果てに御坂がつい漏らした弱音に――

佐天「貴女、本当に御坂さんですか?」

御坂「!?」

佐天の怒りはついに頂点に達した。

267 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:23:03.61 ID:SbYfVJOAO
〜9〜

佐天「なんなんですか本当に……貴女本当に“御坂美琴”なんですか!?」

初春「佐天さん止めて下さい!」

佐天「初春は黙ってて!!」

水晶宮の硝子を叩く雨足が皆の嘆きに、吹く風向きが佐天の怒りに呼応するように荒れて行く。
ロビーに響き渡るその怒声たるや雷霆を思わせるに足る激しさで、道行く幾人かが立ち止まるほどで。

佐天「何で……何でそんならしくもない事言うんですか」

御坂「………………」

佐天「こんな時いの一番に突っ込んで行くのが御坂さんじゃなかったんですか!?」

御坂「……やめて」

佐天「いつから御坂さんはそんなんなっちゃったんですか?私昨日から何度も連絡した!今日だって何回も!!なのに御坂は今朝からどこ出掛けてたんですか白井さんがこんな大変な時に!!!」

無論御坂にも事情がある。麦野の伝手を頼って白井捜索を依頼したり、妹達の墓参りに足を運んだりと。
他にも白井に関する醜聞を悪意を込めて撒かれた紙爆弾や、派閥内の取りまとめなど問題は山積していた。
だが佐天にはそれを知る由もなかった。故にその怒りは純粋に友の事だけを思いやったそれだった。

佐天「そんなに派閥が、常盤台の女王の座が惜しいんですか?だから問題起こしたくないってだんまり決め込んでるんですか!!?」

初春「いい加減にして下さい佐天さん私も怒りますよ!!」

佐天「御坂さんがそんな不甲斐ないから白井さん……結標さんに取り込まれちゃったんじゃないですか!?」

御坂「やめて……!」

いつから友達に会うのにボディチェックやアポイトメントが必要になった?
いつから四人はこうもバラバラに己が道を歩むようになってしまったのだ?
御坂は常盤台の女王として、初春は風紀委員として忙しくなり、白井は結標に魅入られてしまった。
佐天だけが一年前と変わらぬ確かな絆を信じていた。またいつか四人で集える日が来ると。しかし――

佐天「――じゃなきゃ、本気になれませんか?」

婚后「!!!!!!」

佐天は口にしてしまった。最も言葉にしてはならない最大の禁忌を、御坂が最悪のコンディションの今に

268 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:23:29.43 ID:SbYfVJOAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
佐天「――上条さんの事じゃなきゃ、本気になれませんか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
269 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:24:00.53 ID:SbYfVJOAO
〜8〜

御坂「もうやめてよオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

次の瞬間、佐天は大理石の床に叩きつけられていた。御坂に平手を見舞われ横倒しにされたのだ。
それは表面張力スレスレまで水位を押し止めていた御坂の器に罅を入れる寸鉄の一言だった。

御坂「何がわかるのよ……佐天さんに私の何がわかるのよ!!!」

佐天「……!」

御坂「私だって、私だってこんな事してないで助けに行きたいわよ!何も知らないくせに!!何も背負ってないくせに!!!」

時期が悪過ぎたのだ。派閥内外の問題、悪化の一方を辿る白井の問題、近づく妹達の一周忌。
御坂の精神は最初からパンク寸前だったのだ。せめて妹達に関する絶望感を想起させない時期だったならば……

御坂「そんなに言うなら佐天さん一人行けばいいじゃない!金属バットかついでバビロンタワーまで殴り込めばいいじゃない!!それで黒子が救えるならそうすればいいじゃない!!!」

佐天「あ……」

御坂「私はあいつみたいなヒーローなんかじゃない!一人も犠牲にしないで全員助ける事なんて出来ない!!そんなの誰に言われなくたって私が一番よく知ってんのよ!!!」

婚后「御坂さん」

御坂「どいつもこいつも、誰も彼も、何でもかんでも、私にばっかり頼らないでよ!私だっていっぱいいっぱいなのよ!!助けて欲しいのは私の方よ!!!」

婚后「御坂さん落ち着きなさい!」

そこで事態を冷静に見極めていた婚后が御坂の前に立ちはだかって佐天を庇った。
佐天は泣く事さえ忘れて愕然としていた。初春はそんな佐天に駆け寄り無理矢理引っ張り起こす。

婚后「初春さん?佐天さんをお願いいたしますわ。御坂さんはこのわたくし婚后光子にお任せを」

初春「……お願いします。お騒がせしてすいませんでした」

佐天「御坂さん……私、私」

初春「――行きますよ佐天さん。今腕を引っ張ってないと今度は私の手が出そうなんですから」

十字路を抜けて今や互いに背を向ける四人。呆気ないほど脆く儚い幻想(きずな)が壊れる音を誰しもが聞いてしまった。

270 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:25:59.41 ID:SbYfVJOAO
〜7〜

婚后「(参りましたわね、どうにも)」

御坂「………………」

婚后「(湾内さん泡浮さんごめんなさいね。今日は貴女方に任せっきりで)」

18時45分。ついに『小爆発』してしまった御坂を自室へ連れ帰り、婚后は肩を貸してベットに腰掛けていた。
こういう役割はむしろ避難所にいた時の麦野さんでしょう、と内心軽い溜め息を漏らしながら。

御坂「……私、最低だ」

婚后「(昨夜もこんなやり取りがあったような……)」

御坂「佐天さんの事、ぶっちゃった……」

婚后「――佐天さんとて本気でああ言った訳ではないでしょう?」

御坂「………………」

婚后「行き違いとすれ違いが重なった。ただそれだけの事ですわ」

恐らくは佐天も同じような状態にあると婚后は踏んでいた。
初春はあれでいて案外肝が据わっておりクレバーなので自分よりずっと上手く相棒を支えられるだろう。
いっそのこと相手が逆だったならばどれだけ楽だったろうか。

御坂「……こんなケンカ、初めてしたかも知れない」

婚后「すれ違い様に肩がぶつかる事くらいありましてよ。寄せ合うほど近ければ近いほどに」

御坂「……私、やっぱりとても人の上に立てるような器じゃないね。同じ目線の人にさえこれだもん」

婚后「目線が合わなけばケンカにもなりませんわ」

御坂「……強いね、婚后さんは」

婚后「まさか!友達と友達のケンカを目の当たりにして内心おたおたしておりまして止めに入るタイミングさえ掴めませんでしたわ」

御坂のシャンパンゴールドの髪を梳くように触れて行く。今の御坂はまるで陰花植物のようだと感じられた。
しかし考えて見れば当たり前の話なのだ。大きく花開かせ、多くの果実を結ばせる植物ほど張る根は強く深いのだから。

婚后「――ただ、お互いに随分と状況や立ち位置などが変わってしまいましたわね。わたくしなど……」

御坂「?」

婚后「――とてもとても、御坂さんのように全てを背負う事など出来ませんわ。それがこの一年間で痛いほどわかりました」

婚后は語る。自分が長足り得ているのは御坂とは全く逆の方向性に進んでいるためであると。それは――

婚后「自分の能力や家柄、誰しもが認める立派で尊敬される自分になるのではなく」

それは――……

婚后「……わたくしの“弱さ”を支えようと、集って来て下さる方々のおかげで」

御坂「!」

271 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:26:35.90 ID:SbYfVJOAO
〜6〜

婚后は続ける。自分には長として削板軍覇のようなカリスマ性や人を見る眼力などない。
垣根帝督のような絶望的な暴力を背景した畏怖や尊敬も勝ち得ない。
食蜂操祈のような能力や人脈、全てを背負おうとする御坂のような強さもないと。
婚后のそれは『弱さ』だった。それも能力や精神的な意味合いではなく――

婚后「女王の影響が色濃く残る先代派、皆の高嶺の花であり続ける御坂派……わたくしの派閥の内訳は御存知かと」

新旧女王派の政争を厭う者、どちらの気風も合わない者、そう言った常盤台のしきたりに戸惑う新入生。
あるいは無所属、あるいは権力闘争に敗れたもの、婚后はかつての経験からそういった行き場のない少女達に……
分け隔てなく手を差し伸べて来た。彼女達は決して強い立場の人間達ではなかった。故に集ったのだ。

御坂「新入生とか一番多かったよね……それから、輪に加われない娘、輪から弾かれた娘」

婚后「そうですとも。わたくしも長としては貴女以上に力不足。故に皆で助け合い、支えていてもらわねば立ち行きませんわ」

婚后もまたかつては常盤台から受け入れられなかった経験があった。
食蜂のような『華』や御坂のような『光』もない彼女はひどく人間臭い。
そこが逆に彼女達に婚后を支えさせ自分達も助け合う事が出来るのだ。
ただ佐天の件のように長に近づく者があれば排他的になりすぎる嫌いはあるが

婚后「御坂さん。強くなる事と強くある事は似ているようで違いましてよ」

御坂「……知ってるよ」

婚后「いっそのこと、貴女の威光(せなか)にあぐらをかいている人間など振り落としてしまえば良いのです」

御坂「!?」

婚后「立ち返ってみては如何ですか?一年前、わたくしが魅せられた頃のような直向きで気高い一輪の花へ」

御坂「………………」

婚后「わたくしは空を翔る鳥より、野に咲く百合の道を選びましたので」

婚后はもう空を飛ぶ翼を己のために羽ばたかせる事は出来ない。
その翼を未だ巣立ちを迎えぬ雛達をあたたかく包む庇へと変わった。
御坂のようについて行きたくなる強い背中ではなく、誰かが支えたくなる背中。
誰よりもお嬢様然としていたはずの婚后は、今や最も親しまれやすい庶民派の長へと……
常盤台に新たな風を運ぶ、御坂とも食蜂とも異なる顔へと成長したのだから。
272 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:28:28.92 ID:SbYfVJOAO
〜5〜

佐天「私……御坂さんにひどい事言っちゃった」

初春「………………」

佐天「……どうしよう初春」

初春「知りませんよ」

佐天「――――――」

初春「御坂さんが叩かなかったら多分私が手を上げてましたよ?」

19時00分。水晶宮を出ようとした矢先にスーパーセルの発生が確実となり……
交通網が封鎖され、二人は再び避難所となった同施設のティーラウンジに足止めされる事となった。
ざわめく館内、行き交う足音、常盤台とは違う制服の少女らの姿が目に見えて増えて来たのがわかる。
恐らく今夜はここで夜を明かす事になるだろう。警備員らもバタバタと忙しなく走り回っている。

佐天「初春……」

初春「……言い方は不味かったですが言ってる事自体は私も佐天さんと重なる部分、結構ありますよ」

カチャ、と砂糖たっぷりのチャイをソーサーに戻しながら初春は窓の外を見上げる。
初春もまた御坂に対し忸怩たる思いがあるのかある程度佐天に対し開襟を寛げて。

初春「――きっと、このままじゃ白井さんの魂は永遠に救われないと思います。心的な意味合いでですけど」

佐天「し、心的……?」

初春「友達だから仲間だからって言う責任感や、ルームメイトだからパートナーだからって言う義務感だけでは」

そう語る初春は8月7日のBBQパーティーで上条と麦野、浜面と滝壺、そして自分とを照らし合わせ――
思う。彼等は皆、世界の全てを敵に回してでも守りたいものがあった。命を懸ける事が最低条件のように。

初春「例えば佐天さんは、白井さんに帰って来て欲しいですか?」

佐天「当たり前じゃん!」

初春「それが例え以前の白井さんとは違っていても?」

佐天「えっ……」

初春「私はもう覚悟が出来てます。私達の知ってる白井さんは二度と帰って来ないかも知れないって事を」

佐天はオレンジペコーのカップを、空になってもソーサーに戻せなかった。
初春の言わんとしている事は理解出来た。だが共感は出来なかった。
そんなはずはない。皆が揃えば例え時間はかかっても全て元通りになると。

初春「……私は風紀委員です。加害者にせよ被害者にせよ、あんな目をして来た人達をたくさん見て来ました」

佐天「初春……」

『運命の女』のように白井を狂わせ、心を奪うどころか魂まで攫っていった結標に取り憑かれているようだと――

273 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:28:55.46 ID:SbYfVJOAO
〜4〜

一方通行「………………」

番外個体「いつにも増して不機嫌そうな顔してるねー」

一方通行「………………」

番外個体「よっこらしょ」

19時30分。第七学区が放棄された後黄泉川家から独立した一方通行は部屋で一人水出しコーヒーをドリップさせていた。
青髪の店にて買い上げた業務用のそれはフラスコに似た形をしており、さながらオイル時計のように雫を落とす。
番外個体は寝そべっていたベッドから身体を起こし、常に増して剣呑な皺を眉間に寄せている一方通行を見た。

番外個体「ミサカ知ってるよ。貴方がそれを出す時は大抵ひどく苛立ってる時だってさ」

一方通行「………………」

番外個体「落ち着くんでしょ?そうやって一滴一滴落ちて行く雫を眺めてると」

ポツポツ、ポタポタと雨とドリップの雫が交互に落ちるのをテーブルを挟んで二人は眺める。
スーパーセルが来る前に帰れとも、来るから泊まって行くとも行けとも二人は口にしない。
砂糖とミルクが必要ないのは何もコーヒーに限った事ではないのだ。それは二人の関係性もまた然り。

番外個体「……長い雨宿りになりそうだね」

番外個体は思う。御坂は上条の強さに惹かれ、自分は一方通行の弱さに魅せられた。
ならば白井は結標に何を見出したのだろうかと。わかりきった答えだった。

番外個体「(――あの二人は“同じ”生き物だったんだよ)」

御坂と白井は鏡写し、白井と結標は合わせ鏡の関係性にある。
気づいていないのは恐らくとうの本人達と周りの人間だけだ。
ただ御坂と白井の唯一の相違点は『もう一人の自分』を愛せたかどうか。白井ならば結標を、御坂ならば麦野を。

番外個体「……ねえ」

カタンと椅子からおりて素足をフローリングにつける。
体温の残り火が燃え尽きるように足跡が生まれては消える。
世界で最も憎い男の前に番外個体は立ち、手指と細腕を伸ばす。

番外個体「こんな話知ってる?」

一方通行「あァ?」

気怠けに見上げて来る血の河を閉じ込めたような双眸。
地獄の氷から削り出したようなその瞳の中には――
幾多の屍、数多の骸、無数の罪と無量の罰と無形の業。

番外個体「――合わせ鏡の中には、悪魔が棲んでるって話」

274 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:30:54.53 ID:SbYfVJOAO
〜3〜

削板「避難勧告が出されたぞ。お前ら帰らなくて良いのか?」

服部「塒(ねぐら)にいたら屋根ごと吹っ飛ばされちまうよ」

垣根「ホテルがどこも満室で寝るとこねえんだよクソが。ムカついた」

雲川「ダラダラするだけなら仕事して欲しいんだけどそこの三馬鹿」

20時00分。学生自治会會舘では三馬鹿+1が窓辺より訪れるスーパーセルの雷雲群を見やっていた。
垣根はまた煙草を変えたのかジョーカーをスパスパとふかしながら机に足を乗せて椅子に寄りかかっている。
服部は大量に買い込んで来たと思しきコンビニのオニギリやらお菓子やらカップ酒やらなんやらかんやらと。
削板は珍しく『根性が足りん根性が!』とは言わずに土石流のように雪崩こむ雲霞を見据えていた。

削板「――いや、今日は止めだ」

雲川「……まさかお前、台風だと思ってワクワクしてないか?」

削板「(ドキッ)」

服部「ガキじゃねえんだからさあ……ひとまず各区の避難所には未元物質張り終えてんだろ?」

垣根「だから今こうしてぐーたらしてられてんじゃねえか」

特に硝子張り建築の最たる『水晶宮』には特に念入りに未元物質を張り巡らせ強度を上げている。
太陽を葬って久しい夜空に不気味に浮かび上がる蟻地獄のようなかなとこ雲が渦巻き逆巻いている。
若干図星をさされたのか、火事と祭りと喧嘩と高い所と台風を何より好む削板は削板で――

削板「まるで“竜の巣”みたいだな!あの向こうにラピュタがあるって根性見せたパズーを俺は尊敬する!!」

垣根「あいつのフィジカルの強さは根性なんてレベルじゃ済まされねえだろ人外だよ人外。どう思うよ忍者の末裔」

服部「忍者がみんなあんな真似出来ると思ったら大間違いだぞ。SASUKEだってクリア出来る気しねえのに」

削板「雲川!今年の大覇星祭にはSASUKE出してみようぜ!根性さえあれば完全制覇も夢じゃねえ!!」

雲川「いつまで脱線してるんだ三馬鹿共。さっさと仕事しないとこの嵐の中に放り込んでやるけど?」

削板・服部・垣根「「「へーい」」」

それぞれの配置に戻る三人を見やりながら雲川はブラインドを落とす。
削板にも、服部にも、垣根にも、誰にも聞こえぬほど小さな声で

雲川「――あと、四時間だけど」

金無垢の懐中時計を開き、蓋と目を閉じて雲川は祈るように荒れ狂う天を仰ぎ見た。
275 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:31:55.23 ID:SbYfVJOAO
〜2〜

フレンダ「ねえちょっと浜面。結局この車本当に大丈夫な訳?」

浜面「だと思いてえよ。ああ、滝壺の方こそ大丈夫か……」

フレンダ「結局、甲斐性のない旦那に愛想つかせて出てった訳よ」

浜面「違げーよ!昨日から麦野とどっか行ってんだとさ」

フレンダ「仕事?」

浜面「いや仕事じゃなくてデートだって」

フレンダ「ねえねえ今どんな気持ち?女に女寝取られるってどんな気持ち?」ニヤニヤ

浜面「」ゴッ

フレンダ「痛ー!?」

浜面「アホか」

21時00分。浜面は次第に強まる風雨が地鳴りを伴わせる様子をキャンピングトレーラー内部より見上げていた。
滝壺と使っている居住スペースにはこんな時までうろついていたフレンダが雨宿りに飛び込んで来たのだ。
が、そこに婀娜っぽい空気が介在する余地もなく滝壺一筋麦野一筋の二人はダラダラとチャンネルを取り合っている。

フレンダ「もー最悪!嵐は来るしキモ面とは二人っきりだし私の貞操の危機って訳よ!!滝壺に言いつけてやる!!!」

浜面「誰が襲うか誰が!!」

フレンダ「わかんないよー?結局、私達のよく溜まってるファミレスのランチメニューと同じ。他人が食べてるもんって摘み食いしたくなる訳よ」

浜面「襲われんの俺!!?」

フレンダ「馬面食べるくらいなら潔く餓死する訳よ。お腹壊しそうだし」

浜面「ひでえ言われようだ」

そこでフレンダは想起する。自分と啀み合い、また共闘もした結標を。
彼女と共に身投げしたと誠にしやかに噂される顔も思い出せない中学生を。
フレンダも今のところ常盤台内部にしか流れていない結標の訃報と白井の重体を独自ルートで知っていた。
元暗部の人間の耳聡さと口の固さはとりもなおさず生命線だ。学生自治会の幹部連もそれは同じである。だが

フレンダ「(ファミリーネーム、結局名乗れなかった訳よ)」

懐古する。7月4日に即席コンビを組まされた事を。
回顧する。7月7日にチームプレイを組んだ事を。

フレンダ「I never imagined that such a day would come....(まさかこんな日が来るなんて思ってなかった訳よ……)」

浜面「はあ?なんだって?」

フレンダ「……結局、浜面は馬鹿だって言った訳よ!!」

浜面「英語で罵るなんて卑怯だろ!」

フレンダは静かに結標を悼み、その数分後には頭から消し去ってしまった。
276 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:34:03.55 ID:SbYfVJOAO
〜1〜

御坂「………………」

婚后が部屋を後にし、急に飛び出していった事を心配した美鈴からのメールをやり過ごして御坂は寝返りを打つ。
麦野の忠告、番外個体の非難、佐天の激昂、婚后の助言……いずれにしても薔薇の荊棘のように胸に突き刺さる。
だが一際大きく、一番深い場所に食い込んだ荊棘はやはり白井の事だった。
この灯りを落とした部屋のような御坂の心中と胸裡と内面にあって。

御坂「……向き合わなくちゃ」

タブレットを起動させ、初春から受け取ったデータファイルを開く。
再ハッキング先は第十九学区、旧電波塔帝都タワー……通称バビロンタワー。

御坂「私が逃げてたら、黒子は……」

御坂もまた能力を用いて初春と肩を並べるウィザード級の電子線を展開させる事が出来る。
何万もの経路を幾千もの方法で数百と絞り込み十全を尽くして一なる場所へと辿り着く。白井の病室の監視システムに

御坂「誰があの子を信じて、黒子を支えてあげられるって言うのよ」

白井の無罪さえ証明されたなら全てとは言わないまでも元通りになるとどこかで思っていた。
だがそれさえかなわないとさっきモニタリングされた白井の変わり果てた姿に思い知らされた。
今まで誰かの生命の危機や命運を握って来た事はある。だが誰かの魂を救う事などあまりに……
徒労を尽くせど、徒手では届かぬ途方もない高望みに思えてならない。だが御坂は諦めない。

御坂「世界中のみんながあんたの敵になったって、私だけは……」

白井は必ず帰って来る。自分の腕の中にまた包む事が出来ると信じたかった。
病室のモニタリングが映し出される。そこで――御坂は目を見開く。

御坂「……えっ?」

目を疑った御坂が顔を近づける。モニターにノイズが、バグが、砂嵐が混じる。
カラーだった監視映像がザザッ、ザザッと白黒(モノクロ)混じりになる。
コマ送り、コマ落とし、古い映画のフィルムが千切れたような、映写機に映り込んだ蛾の影のような不吉な影。

御坂「やめて……」

狂風が吹き荒れ、狂雷が走り抜け、グレープフルーツ大にも及ぶ雹が霰とばかりに降り注ぎ、小規模な竜巻が……
夜空さえ埋め尽くし、学園都市を覆い尽くし、世界の終わりを思わせる『それ』がやって来るのと

御坂「やめて……!!」

――御坂の『見たもの』とが重なった――
277 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:34:30.25 ID:SbYfVJOAO
〜8月10日〜

白井「――――――………………」

姫神「これは。幻想(ゆめ)。貴女が逃げ込んだ最後の幻想(きぼう)」

結標淡希の消失、姫神秋沙の復活をもって白井黒子は全てを思い出した。
8月10日。この墓場を思わせる軍艦島に墓標のように聳え立つ……
この墓守のような濡れ羽色の巫女こそが白井の罪を知る証人であった。

姫神「現実(せかい)から逃げ出した。貴女が望んだ終わり。貴女が願った果て」

その役は被害者。その役は加害者。その役は裁判官。その役は断罪者。
白井と姫神を見下ろす星空はいつしか輝きを失い賽の河原の小石となる。
月は惜しまれて出る事もなく、鏡凪のようだった海が蠢き始める。

姫神「貴女は逆夢の住人。ここは貴女の想いを映し出す鏡の国のディストピア。罪深いアリスの物語」

そう。全ては夢幻(ゆめまぼろし)。呷った毒杯の美酒に酔い痴れた胡蝶の夢。
現実とは全てがあべこべになった魔鏡の迷宮。終着点はなくあるのは破局点のみ。
デズデモーナ(白)の不貞を断罪し、刃を振りかざすオセロ(黒)しかいない世界。 
 
 
 
 
――――ここは結標淡希不在の世界――――
 
 
 
 
 
278 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:34:57.08 ID:SbYfVJOAO
〜15〜

そう。白井は霧ヶ丘とは対を為す常盤台の女学生だったはずだ。

そう。白井にとってのお姉様とは対となる結標淡希ではなく御坂美琴だったはずだ。

結標と出会ったのは目映い光の下ではなく対となる薄暗い路地裏だったはずだ。

結標を追跡した白井は血深泥のはずだった。対となる無血の鬼ごっこなどではなかったはずだ。

白井にとっての友人は絹旗や黒夜のような裏の世界の住人ではなく、対となる表の世界の人間だったはずだ。

オリエンテーリングは佐天と初春の出会いの形だ。対となる絹旗と黒夜の出会いではなかったはずだ。

風斬氷華は霧ヶ丘女学院に名を連ねているだけだ。対となる満ち足りた学校生活などありえないはずだ。

フレンダ=セイヴェルンは結標と非常に折り合いが悪かったはずだ。対となる親友の間柄などありえないはずだ。

御坂美琴を救い出したのは一方通行(ダークヒーロー)ではない。その対となる上条当麻(ヒーロー)のはずだ。

魔法の鏡が見せてくれるような美しく優しい幻想(ゆめ)などどこにもない。
 
 
 
 
 
――鏡の中に世界(げんじつ)などない――
 
 
 
 
 
279 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:36:48.99 ID:SbYfVJOAO
〜14〜

己の弱さに打ちのめされた白井を月夜の晩に慰めたのは結標?
否。己の脆さに打ちのめされた結標を雨の夜に包んだのは白井だ。

白井に出されたのはフランス式紅茶のマリアージュフレールだったか?
否。白井が結標に出した紅茶はイギリス式紅茶のティラーズだった。

雨の中駆け出した結標を探しに行ったのは白井?
否。それは結標のパートナーである姫神秋沙だ。

皆で夏休みに映画を撮ろうと決め、活動写真に繰り出したのは?
否。それは超電磁組の皆と古びた映写機を見つけた時のエピソードだ。

白井と結標とのデートで入った蕎麦屋のお座敷は自分自身の体験したものだったか?
否。それは御坂と婚后が出会った時に閉まっていたという体験を聞かされていたからだ。

結標と入って白井がプレゼントされたお揃いのブルーローズ(薔薇)のカフスは?
否。それは姫神が結標への首輪としてつけさせたフレア(百合)のピアスだ。

白井と結標が共に見上げた天気雨の中、虹の架け橋で交わした二度目のキスは?
否。それは結標と姫神が通り雨から逃れ図書館での二度目のキスを交わした時だ。
 
 
 
 
 
――鏡のように左右反転した逆様の記憶―― 
 
 
 
 
 
280 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:37:14.71 ID:SbYfVJOAO
〜13〜

結標は姫神と夏雲の下再会し、白井と驟雨の下再会した。

結標の部屋に姫神が転がり込み、結標は白井の部屋に転がり込んだ。

結標が姫神に送ったのはランプシェード、結標が白井に贈ったのはオイルクロック。

結標が小説になぞらえたのは?姫神は『赤と黒』、白井は『オセロ』だった。

結標が王子様ならば姫神は報われるお姫様、白井は報われぬ人魚姫だった。

結標が二人と交わした場所は?姫神は廃校の保健室、白井は廃墟の療養所だった。

結標が二人に愛を誓った場所は?姫神は空港の管制塔、白井は海港の灯台だった。

結標が共に見上げた空は?姫神との最後は青空、白井との最期は星空だった。

結標にとって分かち難い存在は?姫神は半身であり、白井は分身だった。

暗部組織として闇の住人だった結標、風紀委員として法の番人だった白井。

人を傷つけるため捻くれたコルク抜きを用いていた結標、人を制するため真っ直ぐな飛針を用いていた白井。

二人はまるで光と影が織り成し、裏表に向かい合わせた鏡の双生児のようだった。
肉の器のみが異なり有する魂が同じ、悪童日記のクラウスとリュカのように――

281 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:39:31.70 ID:SbYfVJOAO
〜12〜

姫神「貴女は。避難所で淡希の横顔を見て驚いたはず。貴女を見下していた淡希が。廃墟の街並みを見上げていた後ろ姿に」

姫神の姿を借りた自分自身が語り掛けてくる。

姫神「小さな背中。狭い肩。細い腰。初めて見る“敵”じゃない淡希に。貴女はひどく戸惑ったはず」

白井が秘めた想いを白日に晒させるようにして。

姫神「進むべき道も先もわからない淡希の。迷いに揺れる眼差しを貴女に向けて来た事に」

正義に、信念に、高潔に、裏打ちされ明かす事のなかったヴェールを。

姫神「自分が切り結んだ“敵”が。風紀委員の自分が何をおいても守らなくてはいけない。どんなにか弱い人間より儚く消え入りそうだと。貴女は感じたはず」

一枚一枚剥ぎ取り、剥き出しにさせて行く。最後の無花果の一葉まで。

姫神「貴女が淡希を避難所に誘ったのは」

祝詞を奏じるように粛々と、呪詛を紡ぐように刻々と

姫神「――淡希を。自分が守れる腕の長さの中に。置いておきたいと願ったから」

――白井のひび割れに、致命的な亀裂を穿つように――

282 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:39:59.17 ID:SbYfVJOAO
〜11〜

白井「違いますの……違いますの!」

姫神「違わない。貴女は淡希というもう一人の自分の存在を。鏡のように通じて確かに感じたはず」

ガラスの剣のように鋭く脆かった結標が迷いを断ち切った7月7日の夜。最初で最後になった二人の共闘。

結標『――まさか貴女と手を組んで、足並みを揃えて戦う日が来るだなんて思ってなかったわ』

白井『わたくしも、貴女に背中を預け、呼吸を合わせて闘う時が来るとは思ってもいませんでしたの――』

それは結標の進化を、深化を、真価を誰よりも近く、強く、深く感じられた時に白井の胸に刺さった破片。

白井『たった一人でも?』

結標『たった独りでもよ』

そんな彼女が唯一の存在を、無二の相手を救い出すべく白井に見せた横顔は今までの誰よりも美しかった。

結標『返せなくなったらどうするつもり?』

白井『帰って来ますの。貴女は、必ず……』

結標『私が返しに来るまで、せいぜい生き延びる事ね』

白井『貴女が帰って来るまで、せいぜい生き長らえる事にいたしますの』

結標・白井『『お互いに』』

――御守りのリボンなどという束縛を、再び巡り会える口約束(こうじつ)まで用意させるほどに――

283 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:40:26.72 ID:SbYfVJOAO
〜10〜

白井「わたくしは、わたくしはそんな……あの方を縛り付けるつもりなどなかったんですの!!」

姫神「そう。縛られたのは貴女の方。淡希という縄に。運命の赤い糸はもう。私の小指に繋がれていたから」

白井「――――――………………」

姫神「だから貴女は。その縄をタイトロープにした。結標淡希。貴女が“結ばれ”なかった“二人目”の人」

夜風が暗雲を招き寄せ、潮風が暗雲を渦巻かせ、狂風が暗雲を吹き荒ぶ。
姫神は続ける。何故織女星祭で失恋を肴に杯を開ける御坂を止めなかった?
白井は考える。何故同じテーブルについていながら一度も姫神に話し掛けなかった?

姫神「上条君に焦がれても決して実を結ばない彼女と。彼女に焦がれても絶対に結ばれない貴女。まるで鏡合わせのよう」

――全ては必然だった。鏡に映ったもう一人の自分に耐えられなかったのだ。
目を背け、眼を逸らし、瞳を閉ざし、目蓋に浮かぶ哀れで惨めな己の姿を――

姫神「だから貴女は。淡希に“黒子”と自分の名前を呼ばせた」

白井「違いますのっ!!!」

姫神「――無い物ねだりを繰り返す。意地汚い女狐」

284 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:41:03.79 ID:SbYfVJOAO
〜9〜

何故パトロールを結標と二人で回った?超電磁組との待ち合わせをずらしてまで。
あの空中庭園、闇夜にかかる月虹のアーチの上で最後の花火を二人で見たのだ?
叶わぬ恋に焦がれ、報われぬ愛に焼かれ、燃え尽きるそれを自分と重ねたのか。

白井『傘、お忘れになりましたの?』

結標『……傘、置いてきちゃった……』

白井『そうですの』

結標と姫神の信頼関係が破綻したまさに最悪のグッドタイミングに

結標『馬鹿ね…置き傘なんてしてたら、他の誰かに持って行かれてしまうかも知れないのに』

白井『ちゃんと、名前はお書きになられましたの?』

結標『しっかりと、刻んだつもりよ』

白井『本当に?』

何故白井はあの雨の繁華街で傷心の結標に都合良く出会したのだ?

結標『泣いて…なんか…いないんだから……!』

白井『存じておりますの』

偶然を演出して、一目だけでも一言だけでも言葉を交わしたかったのではないか?

白井『――雨ですの』

雨の中崩れ落ちる結標を抱き締めた時、彼女の肩口で……
結標には見えない角度で笑みを浮かべていたのではないか?

285 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:41:34.09 ID:SbYfVJOAO
〜8〜

道すがら結標から姫神との諍いの理由を聞き、義憤以上の情念に掻き立てられたのではないか?
優しくし過ぎても突き放してもいけない女同士の距離感を、縮めるのではなく囲い込む事を選んで。

姫神『何故。淡希の携帯に出ているの。常盤台中学の娘?淡希に代わって』

白井『結標さんなら今お風呂ですの。この意味、貴女ならばおわかりになられるかと』

姫神『……!』

白井『……ご安心を。結標さんには指一本触れていませんの。鈴のついた猫を横取りするなどと言った真似はいたしませんの』

雨に打たれ、片翅がもげ、飛べなくなった黒揚羽を虫かごに入れる子供のように。

白井『ただし――今夜は彼女を帰しませんの。ごめんあそばせ』

保護という名の独占(エゴ)を、顔の見えない電話越しに剥き出したその後に

白井『――貴女は、わたくしが認めた二人目の人間ですのよ』

シャワールームの硝子越しに白井が浮かべていた優麗な微笑み。
その笑顔の中、ほんの一片でも優しさ以外の成分が混ざってはいなかっただろうか?

286 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:43:44.99 ID:SbYfVJOAO
〜7〜

人肌に合わせて溶ける冷たさ、人肌無しにはいられない弱さ、姫神が嵌り込んだ底無し沼のような結標。
痛々しいまでの繊細さが、白井の胸を二重の意味で痛ませた。罪悪感と、それ以外の感情に胸を締め付けられて。

白井『あまり大切にされているとは思えませんの。わたくしには』

結標『……やめて……』

言葉一つで血を流す結標の弱い心根に

白井『貴女の格好からすれば見えかねない場所に、言い訳の出来ない痕を刻む事が本当に貴女を大切にしているかどうか、わたくしの感性では計りかねますの』

結標『……やめて!』

自分の厳しい一言で、自分の優しい一声で

白井『――わたくしには、貴女が良いように身体を弄ばれているようにしか感じられませんの』

結標『やめて!』

その度に深く傷つきながらも、同じ分だけ慰めを匂わせる結標に

白井『それを拒まない、貴女とて――』

結標『やめてってば!!』

――蟻地獄のように嵌り込んで行く自分の子宮(こころ)を白井は否定しきれなかった。
287 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:44:15.15 ID:SbYfVJOAO
〜6〜

そして白井は結標に抱かれた。右目から流した涙は御坂への懺悔。左目から流した涙は女としての喜び。

結標の嘆きを養分にドス黒く咲き誇る胸の内の彼岸花。羽化した骸骨蛾(メンガタスズメ)のような自分。

結標に飲み込まれるようにしながら、同じ分だけ結標を呑み込もうとした自分は正しく『女』なのだと理解した。

御坂には決して見せられない自分。受け入れられない汚穢。指が何本入ったかさえ数えるの止めた時――

白井『(……夢ではございませんの……)』

迎えた朝は幻想ではなく、越えた夜は現実だった。
日向で丸まって眠る猫のような結標の無防備で罪のない寝顔に……
優しい朝の光とあたたかい体温(ぬくもり)はただただ

白井『結標さん。朝ですの。起きて下さいまし』

結標『……ふえ……』

――死神を連想させる黒揚羽の結標の美しさと、死神を連想させる骸骨蛾の白井の醜さを暴いて行く。

何の事はなかった。『白』の字を持ち風紀委員としてこの学園都市(まち)を守ろうとしていた自分はもう――

姫神のような病的で執着めいた愛情より、御坂のように可憐で少女めいた恋情より――

誰よりも『女』として苛烈だったのは、白井自身だったのだ。

288 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:44:42.00 ID:SbYfVJOAO
〜5〜

結標にキューカンバサンドを作った時、あえて突き放そうとしても……
朝になれば帰そうという開き直りは、いつしか明日になれば返そうという居直りに形を変えた。

一緒に取り溜めた映画を見、自分の服を貸して着飾らせ、共に海を見に行こうとした。
殊の外明るく取り繕い、殊の更に可愛らしく振る舞う事に務めた。
少女ではなくなった夜、女として目覚めた朝、二人として過ごす最初で最後の一日を。

天国行きのモノレールに乗り、地獄行きの海原電鉄を目指した。
荒れ果てた海上学区、朽ち果てた軍艦島、滅美の街と夏への扉。
自分達以外誰もいない生と死が揺蕩うサナトリウムで再び抱かれた。

誰にも聞かれないのを良い事に、誰にも聞かせられない声を上げた。
御坂が最後まで振り返ってくれなかった自分を、結標だけが見つめていてくれた。

姫神「――女として見てもらえて。嬉しかった?」

結標の瞳に映る自分が見えるほど近い抱擁と深い口づけの中に白井は己の姿を見出した。
御坂の目に決して留まらず、決して見せられない姿を、風紀委員でも後輩でもない自分を。

姫神「――女として抱かれて。気持ち良かった?」

289 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:45:09.76 ID:SbYfVJOAO
〜4〜

姫神「淡希を壊して。私を狂わせて」

白井「……!!」

姫神「淡希の心の弱さにつけ込んで。偽りのぬくもりで包み込んで」

白井「……!……!」

幻想観手事件の調査中、情報を有していた能力者との戦闘。
そこで白井はビル一つ薙ぎ倒す事まで平然とやってみせた。
そんな白井をしてその能力者はこう評した、『イカレてる』と。
御坂でさえ上条がために北極海まで乗り込んで来たのだ。

姫神「貴女がもたらしたのは。王子様を刺し殺す魔女の短剣」

だが御坂美琴の世界やそれを守ろうとする白井の価値観は矛盾だらけだ。手段は選ばないのに犠牲を出したがらない。
それは優しさではなく、正当な代価を支払わない運命への踏み倒しだ。そのツケの全て回ってきている今――
ただ一つ確かな真実(もの)。ただ一つ変えられない事実(モノ)

姫神「――貴女が。秋沙を殺した――」

それは自分のせいで結標淡希が死んだという、白井の掌の中に残った現実(マスターピース)

290 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:47:37.22 ID:SbYfVJOAO
〜3〜

姫神「思い出して。ここで何があったか」

姫神の足が灯台の床を踏みしめ、手摺りを指でなぞる。
白井は動けない。人間の足を持てなかった人魚姫のように立ち上がる事が出来ない。
白井は喋れない。声を取り戻せなかった人魚姫のように話す事が出来ない。

姫神「私が。吹寄さんが。淡希と。貴女に。追いついた後の事」

末っ子だった人魚姫。一番小さかった人魚姫。王子様に恋をした人魚姫。
もしも人魚姫がお姫様に挑んだら?もしも王子様を刺し殺したら?
分かち難く離れがたい王子様を、自分の住まう人魚の国へと攫ってしまったら?

姫神「思い出して。淡希が最後の最期に名前を呼んだのは」

王子様は溺れ死んでしまいました。人魚姫が人間になれないように。
王子様も人魚になる事が出来ずに海の底で眠りについてしまいました。

姫神「――淡希が呼んだ愛しい名前。淡希を呼んだ恋しい名前」

人魚姫は、やっと一緒になれた王子様が眠ってしまったのでずっと涙を流す事になりました。
もう一つ海が出来るまで。鏡のような水面(みなも)が生まれるその時まで人魚姫はずっと

姫神「――淡希が呼んだ名前は……」

泡になる事さえ許されず、天に昇る事も出来ずに泣き暮らしましたとさ

――めでたし、めでたし。

291 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:48:03.37 ID:SbYfVJOAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標『――――愛してるわ……秋沙――――』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
292 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:48:29.64 ID:SbYfVJOAO
〜2〜

白井「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

その瞬間、第十九学区にある旧電波塔『帝都タワー』の警備員支部にある病室に轟き渡った叫び声は

手塩「な、何事だ!!?」

すぐさま監視していたモニタリングに映し出され、詰めていた手塩が駆けつけた。
小規模な上に突貫工事で打ち立てられた同施設であろうとも能力者対策は十全に施されている。
かつて手塩が結標と対峙した少年刑務所のように。しかし時はその時をなぞるように繰り返された。

手塩「――――!!!!」

各所で学園都市に発生したスーパーセルの被害に対応すべくほとんどの警備員が出払っていたのは不運としか言いようがなかった。
否――例え警備員が総掛かりで事に当たったとしても今の白井を止める事など誰にも出来はしない。

手塩「……馬鹿な」

学園都市に来襲したスーパーセルと同じ大嵐が、病室内にも吹き荒れて――

293 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:48:55.68 ID:SbYfVJOAO
〜1〜

御坂「やめて……」

ベッドが、医療機器が、窓ガラスが、吹き荒れる竜巻のように病室内部で暴れ狂っているのを――
ハッキングにより同じ監視映像を盗み見ていた御坂の目にも映った。白井の空間移動能力が暴走している。
ベッドから落ちた白井が上げる半狂乱の声が、発話さえ困難なほどの衝撃を受けた精神が……
白井が見ていた幻想(ゆめ)が覚め、現実(せかい)への帰還を果たした事により破綻したのだ。
正義のために振るって来た剣(ちから)が、御坂の露払いのために研いできた刃(ちから)が……
今、自らを殺すために向いている。手塩が何やら叫び、押さえつけようと駆け寄るのが見え――

御坂「やめて……!」

夢のような幻想(ユートピア)から悪夢のような現実(ディストピア)へ。結標淡希不在の世界へ。
ありとあらゆる意味で白井の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)はたった今崩壊を迎えた。
存在理由(ただしさ)を、存在意義(やさしさ)を、存在価値(いとおしさ)を……
結標淡希を死に追いやった事により白井の魂は粉々に打ち砕かれた。
大嵐を呼ぶと言われるブレンターノの人魚(ローレライ)の歌声のような白井の絶叫と、涙と共に御坂の上げた悲鳴が――

294 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:49:29.40 ID:SbYfVJOAO
〜00〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


――合わせ鏡に分かれた世界が、二人の乙女の叫びの果てに一つに重なる――


御坂「やめて黒子オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
295 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:51:41.05 ID:SbYfVJOAO
〜0〜

かくて御坂美琴と白井黒子、白井黒子と結標淡希の二つの物語(ダブルファンタジー)はここに終わる。

青髪「――荒れるなあ」

ジョン「唖然。天変地異とはこの事か」

グレープフルーツ大の雹が霰とばかりに降り注ぎ、鏡張りのビル群と硝子張りの建築物に風穴を開けて行く。

佐天「怖いよ初春……」

初春「私もですよ佐天さん……」

車両すらひっくり返さんとする強風、風車を薙ぎ倒さんとする突風。学園都市全域を襲うダウンバースト。

婚后「空が墜ちて来るようですわ……」

闇夜にあって不気味な乳白色の乳房雲が水平に壁を為し、雲海が頭上を掠めて行くような禍々しさ。

一方通行「離れろォ、暑苦しい」

番外個体「……ヤだ」

数え上げる事すら出来ないほど降り注いでは荒れ狂う狂雷が導雷針を焼き滅ぼす勢いで地響きを立てる。

削板「こんな災害になんぞに負けてたまるか俺達の根性を舐めんじゃねえぞ!!垣根!!!」

垣根「ああ、第十五学区にある避難所三つは今んとこ無事だ。ただ停電だけはどうしようもねえ」

服部「やれやれだぜ……あと浸水がひどいらしくってな、明日は総出になりそうだな?」

雲川「(あと二時間……)」

洪水を巻き起こすほどの豪雨。さながら十字教に伝わるノアの大洪水のように各所を水没させる雨量。

フレンダ「うわーやだやだやだやだ!最後の最期が浜面と一緒に死ぬとか結局死んでも死にきれない訳よ!!」

浜面「死ぬかアホ!たかが大嵐で死んでたら今まで何回も死んでるっつうの!!」

いくつもの突発的かつ局地的な竜巻が生まれては消え、その都度最先端技術の結晶体である頽廃の街を攫って行く。

御坂「黒子……」

8月12日、PM22時00分。

御坂「黒子……!」

――――スーパーセル、発生――――

御坂「黒子ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

296 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:52:13.05 ID:SbYfVJOAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第十一話「最後から二番目の幻想」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
297 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/08(水) 20:52:48.55 ID:SbYfVJOAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『――――許して、ぼくはこれより大きな声ではしゃべれない――――』

――ミヒャエル・エンデ『鏡の中の鏡』より――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
298 :投下終了です [saga]:2012/02/08(水) 20:55:50.64 ID:SbYfVJOAO
キツい……

レスありがとうございます。それでは失礼いたします!
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/02/08(水) 21:03:10.01 ID:6EcgP82do


佐天さん……それは言うたらあかん……
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/09(木) 19:17:57.58 ID:K6sj8i8l0
301 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:42:13.63 ID:n/+ZkXAAO
>>1です。第十二話を投下させていただきます
302 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:42:40.93 ID:n/+ZkXAAO
〜8月12日〜

麦野『あんたの娘は……御坂は私が“背負う”。だからもうこの学園都市(まち)の暗部(やみ)に踏み込むな』

美鈴「……何だか、思い出しちゃうわねーこんな嵐の夜って」

22時30分、御坂美鈴は第三学区にあるエグゼクティブホテル『ミネルヴァ』の一室に逗留していた。
今は風呂上がりの一杯、もといナイトキャップには些か強い火酒を煽っている最中であった。
無論明日の保護者会に響かぬ程度に留めるつもりではあるが、ホテル内の自家発電さえ機能しないほどの大停電なのだ。
隙を潰すテレビも備え付けのパソコンもいじれず、携帯電話の電波状況はずっと圏外のまま。
スーパーセル。昨年10月3日に断崖大学データベースセンターに襲来したそれより遥かに強大な雷雲群。
保護者会。かつて自分が美琴(むすめ)を取り戻さんと牽引し、命を狙われる羽目となったあの事件。

麦野『……戦争が起きても、私が御坂を殺させない。御坂に人も殺させない……これでいい?』

あの事件を通して美鈴は麦野と出会った。紆余曲折を経て麦野は失明寸前、首から下が動かなくなるまで……
上条当麻が駆け付けるまで自分を身を挺して守ってくれた。自身の罪業と血讐と戦いながら。

麦野『一人殺すも二人殺すも今更変わらないなら――一人抱えるも二人背負うも今更変わらない』

美鈴「……せっかく学園都市に来たんだし、明日デートに誘っちゃおうかしら?」

その時交わした約束を、麦野は今も守り続けている事を美鈴は知っている。先の七夕事変でも……
レベル5の中で御坂だけが戦いに加わらなかった事がその証左だ。だが御坂はそれを知らない。

麦野『――今夜あった事、私と話した事、何一つ御坂には伝えないで頂戴』

美鈴『ええっ!!?』

麦野『それが条件よ。安いもんでしょ?』

美鈴『どうしてよー!?』

麦野『……馴れ合いは嫌いなの』

麦野との誓約。それは一切の真実を御坂に明かさないという事。そしてその夜に美鈴は『妹達』の事を知った。
美鈴は思う。果たして屍山血河の修羅道を行く麦野を先に知らなかったとして、自分は一方通行と……
共に墓参りに行くなどと言う事が出来ただろうか?否、不可能だったに違いない。

美鈴「――あの娘、お酒強いし綺麗だから連れて歩いてて楽しいのよねえ♪」

美鈴は思う。そんなもう一人の娘のように思っている彼女は、今どうしているだろうかと――

303 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:43:08.40 ID:n/+ZkXAAO
〜1〜

固法「はあ……」

同時刻、複合施設『水晶宮』のティーラウンジで固法は眼鏡を外して目頭の凝りをほぐしていた。
スーパーセル到来に伴い避難所の一つに指定されているここに身を寄せたは良いが、出るのは溜め息ばかりである。
手元に置かれた眠気覚ましのエスプレッソは冷めて久しく、浮かんで来るのは拘束された白井の事ばかり。
風紀委員としての活動停止処分、及び監督不行き届きを散々に詰問されて些か疲れ果ててもいた。と

御坂「どいて!どきなさいってば!!」

女生徒A「御坂様お止め下さい!こんな嵐の中に出ては!」

女生徒B「なりません!一体どうしたというんですか!?」

固法「この声……」

締め切られたティーラウンジにまで響き渡って来る押し問答に固法は席を立ち上がった。
今の声は御坂のものだ。そして制止をかけるは彼女の派閥の人間だとあたりをつけて出ようとすると――

初春「あっ……」

佐天「あーっ!」

固法「佐天さんに初春さん!貴女達もここに避難しに来てたのね?」

初春「え、ええまあ……」

店内の奥の席から姿を現した初春と佐天に出くわした。
初春もまた固法と同じくして活動停止処分を受けていたはずだ。
たまたま避難所を同じくした事にさして違和感はない。
されど固法はやや歯切れの悪い初春に異物感を覚えた。

固法「……この騒ぎは何?」

佐天「え、ええっと……」

固法「………………」

それは傍らに寄り添う佐天に対しても同様であった。
彼女達が如何に親しかろうと腹芸が出来る人間でない事は――
いくつかの事件を通して知っている。いや知っていたつもりだった。

白井『固法先輩!ここはわたくしにお任せを!!』

固法「………………」

自身の透視能力も、経験に基づく洞察力もそれなりにあったつもりだった。
しかし白井の件からそれさえも固法には自信がなくなっていた。
自分は果たして彼女の何を見て来たのだろうかと。だからこそ――

固法「――話しなさい二人共」

初春「……固法先輩」

固法「――話を、聞かせて」

感じる責任感は御坂の比ではなく、さりとて御坂ほど表にも出さない。

固法「何が起こっているの?」

スキルアウトに身を窶した過去があれど、腕章がない現在も、自分は風紀委員(ジャッジメント)だからだ。

304 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:46:05.44 ID:n/+ZkXAAO
〜2〜

御坂「こんなところでこんな事してる場合じゃないのよ!私の前に立ち塞がらないで!!」

女生徒A「通しません!ただでさえ先代派が足を掬おうとしている今、御坂様を行かせる訳には参りません!」

水晶宮のエントランスホールにて御坂は派閥の人間に取り囲まれ身動きが取れなくなっていた。
事態は一刻を争うのだ。白井の能力が暴走し、病室が吹き飛んだ所で監視カメラは役目を果たさなくなった。
それどころ帝都タワーに通じるネットワークがこのスーパーセルの影響によって断線、音信不通となった。が

御坂「(……八方塞がりってこういう事を言うのね!)」

女生徒B「これ以上問題行動を起こせば私達全てに塁が及ぶんですよ!?何故それがわからないのです!」

御坂「(――この娘達に、何て伝えれば良い!?)」

御坂には信頼して共に歩める仲間さえ派閥にはいなかった。平時はともかくも急時には全く役立たない。
それどころか抜き差しならぬ逼迫した事態の中心が白井だとすれば彼女達は保身のために切り捨てるだろう。

御坂「これ以上私を怒らせないで!!!」

女生徒達「「「「「(ビクッ)」」」」」

御坂「……私はね、確かにあの女が言う通り政治力にも人の上に立つ資質にも欠けてる長だわ。申し訳ないけど」

食蜂の大名行列を見る度に感じていた感覚、人の上に立つという事はさぞかし気分が良いだろうと。
しかし御坂自身が女王の座に担ぎ上げられた事によりわかった。重責こそ増えど胡座などかけない。
誰も彼もが『自分には何をしてくれる?』『自分にどんな利益を回してくれる?』という……
そんな風にしか感じられなくなった。女王の椅子に祭り上げられた途端それまで横並びだった彼女達がわからなくなった。

御坂「――私は、貴女達だけじゃない。たった一人の後輩(パートナー)の心さえわかってなかったんだ」

女生徒C「御坂様……」

御坂「……今だって何一つ貴女達に伝えられない、自分の首さえかければどんな責任だって取れるってどっかで甘えてた」

食蜂のような人心掌握や駆け引きにも長けていない。婚后のように持たざる者の気持ちや立場も汲み取れない。
白井の離れて行った心も、佐天が感じていた距離も、わかっていて伸ばせるほど腕が長くない事も。

御坂「だから……だから!」

故に――

305 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:46:31.50 ID:n/+ZkXAAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――御坂はそこで、膝を屈した――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
306 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:47:31.73 ID:n/+ZkXAAO
〜3〜

女生徒達「「「「「御坂様!?」」」」」

御坂「……私はこんなにも非力な派閥の長で、無力な御飾りの女王で、微力なあの娘の先輩で」

ポタポタと雨漏りのように零れ落ちる涙。大理石に床に染み込む事もなく濡れるばかりのそれ。
折った膝、ついた手、額ずく顔、晒した背中。それは『君臨すれど統治せず』であった女王(みさか)の……
祭り上げられ担ぎ上げられ奉られた御坂が、白井の窮地の中で初めて見せた『弱さ』だった。

御坂「――でも、たった一人の後輩(パートナー)も助けられないで私は貴女達の長なんて名乗れない!!」

この場に上条当麻(ヒーロー)はいない。この場に削板軍覇(リーダー)はいない。いるのは……

御坂「貴女達全員に迷惑がかかるってわかってても!常盤台にいられなくなっても!私はもう目の前で誰かを助けられないなんて耐えられない!!」

女生徒達「「「「………………」」」」

御坂「私は妹(あのこ)達を助けられなかった!北極海でも上条(あいつ)を救えなかった!!私はもうこれ以上何も失いたくない!!!」

泣き寝入りを拒む、泣き落としの言葉。大人は何かを失って初めて涙を流す。だが子供は違う。
子供は何かを『失いたくない』時に涙を零すのだ。力なく短い手足で泣き叫ぶ事しか出来ない。

御坂「お願い……私を前に進ませて……」

長たる者の資質は乱暴に分けて凡そ三つ。『能力』と『利益』と『情』にある。
危機察知能力、決断力、行動力、統率力、管理能力、洞察力etc.……
能力のない者に人は付いて来ない。そんな人間に自身を預ける事など出来ない。
人脈、成果、利権、役職、将来性etc.……利益をもたらさない者に人は付いて来ない。
カリスマ性、非情さ、人心掌握、そして残る最後は『情』に他ならない。
如何な能力と利益を持ち合わせていれど心を持たない長は信を勝ち得る事は出来ない。

御坂「――道を開けてくれるだけで良い。お願い、私にあの子を救わせて……」

弱味を見せれば取って代わられる。しかし心(よわさ)を見せねば下につく者の心(きもち)もまた見えない。
妹達の一周忌が、白井の件が、佐天に触発されたトラウマ……
その限界状況が無ければ恐らくは見せなかったであろう素顔(みさかみこと)を――

御坂「――私を前に進ませてよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

307 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:47:57.54 ID:n/+ZkXAAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
婚后「――よくぞ言い切りましたわ、御坂さん」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
308 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:52:32.38 ID:n/+ZkXAAO
〜4〜

女生徒達「「「「「婚后様……」」」」」

婚后「失礼いたしますわ。他藩のお家騒動に差し出口を挟むつもりはありませんでしたが――」

御坂「婚……后さん」

婚后「――婚后派の長としてでなくわたくし婚后光子、御坂派の長に対してではなく御坂さんの一友人として」

満座の中で、御坂派のみならず他校の生徒等や影を潜める先代派が取り巻くエントランスホールに……
パタパタと扇子をあおぎながら姿を現した婚后光子に、三大派閥の長が一角に女生徒らが道を譲った。
派閥の人間は連れず、単身この張り詰めた空気の中割って入って来たのだ。軽やかな足取りで。

女生徒D「い、如何に婚后様と言えど口出しは――」

婚后「――御坂さんもつくづく“周りの人間”に恵まれませんこと……」

女生徒E「!?」

婚后「あなた方は、いつまで御坂さん一人の双肩に重責を担わせるおつもりかと聞いているんですわ!」

女生徒F「っ」

御坂「(婚后さん……)」

パンッ!と扇子を一つ音立てしまう仕草一つで婚后は囀る御坂派の面々を押し黙らせ、佇まいを正させた。
御坂も落とした涙や上げた叫びを一瞬忘れてしまうほど凛としたその立ち姿。一年前と似て非なる威風。

婚后「口を開けば責任逃れ、身を振れば保身、あまつさえ長が這いつくばって乞い願う姿を見て、貴女方は自分が恥ずかしくないのですか?そこの貴女」

女生徒E「わ、私ですか!?」

婚后「――彼女にこんな真似をさせなければならないような自分達の不甲斐なさを如何に思われるので?」

女生徒E「あっ……」

婚后「長とは冠するもの。頂にあって戴くもの。それを支えき山となるべき貴女方の仰ぐべき眼(まなこ)は一体何処に向いていると言うのですか」

女生徒達「「「「………………」」」」」

それは強烈な皮肉であり痛烈な弾劾であった。御坂が長として力不足である以上に支える人間がなっていないと。
長が力足らずならばそれを支えるのも派閥の人間だ。だが彼女達はそのいずれもして来なかった。
『レベル5第三位』『常盤台の女王』という目映い威光と自分達の理想のみを押しつけるばかりで。
309 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:52:59.74 ID:n/+ZkXAAO
〜5〜

常盤台中学の実力至上主義的な部分はそのまま御坂自身にも当てはまる。
低ければくぐれぬ狭き門は、高過ぎれば太陽を仰ぐように目を瞑ってしまう。
御坂生来の強さと孤独が、派閥の人間をしておんぶにだっことなり重責になる。
誰しもが誉めそやしては遠巻きに眺めるばかりでその心中を察し得ないし量れない。

婚后「今の彼女を見たでしょう。彼女とて貴女方とさして変わらぬ年嵩。涙の一つもこぼせば気だって高ぶります。そんな“弱い”彼女だからこそ“弱い”私は友人(とも)足り得たのです」

女生徒G「……“弱い”……」

婚后「――同時に、それ以上に誇り高い彼女が地べたに膝を屈してまで貴女方に情(よわさ)をさらけ出したのですよ」

女生徒H「………………」

婚后「彼女は今さして大きくも広くも深くもない“器”から水をこぼしました。今度はそれを拭う貴女方派閥の人間の“器”が試される番ですわ」

御坂「婚后……さん」

この時初めて御坂は婚后の背中が広く大きい事を知った。
それは御坂が這いつくばっている以上に、高く見えたのだ。
食蜂のような『華』も、御坂のような『光』も持たぬ彼女は――

スッ……

女生徒J「こ、婚后様!?お顔をあげて下さい!!」

婚后「わたくしも何が彼女を駆り立てているかは朧気にしかわかりませんわ。ですがただ一つ確かな事は」

下げたのだ。御坂の側で同じように大理石の床に手をついて。
常盤台の三大派閥の長が一角が、派閥の下っ端の人間のように。

婚后「――貴女方の誰が欠けても、彼女は今と同じように事に立ち向かうでしょう。貴女方の長はそう言う人間です。故にわたくしも彼女の一友人として」

――あれほど気位が高くお嬢様然としていた婚后が、頭を下げたのだ。

婚后「そんな彼女を、どうか行かせてあげてくださいな」

女生徒達「………………」

婚后「それでも尚彼女の行く手を阻むというならば――私は“嵐”となりましょう」

女生徒達「!!!!!!」

婚后「彼女を取り巻く雲霞を吹き飛ばす、ただ一陣の風として」

同時に、跪きながらも発した言葉は満座を戦慄させるに足りた。
『情』とは何も弱さだけではない。非情さをも司るのだ。
優しさだけで務まるほど常盤台三大派閥の長は甘くはない。故に――

310 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:53:26.98 ID:n/+ZkXAAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
女生徒達「――お通り下さいませ、我等が“女王”」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
311 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:55:28.25 ID:n/+ZkXAAO
〜6〜

御坂「みんな……」

女生徒A「どうか、今までの非礼をお許し下さい」

女生徒B「そして、ご武運を……」

女生徒C「女王の留守は、私達でお守りいたします」

女生徒D「もはやお止めいたしません。お引き止めもいたしません」

女生徒E「女王のおられる場所が、私達にとっての玉座(いばしょ)です」

女生徒F「道を、先を、この嵐を切り開いて下さい。御坂様」

女生徒G「力無い私達に、御坂様と同じ道をもう一度歩ませて下さい」

女生徒I「女王を支えられるだけの力を、この夜が明けるまでに」

女生徒J「私達に御坂様の背中を後押しさせて下さい」

女生徒達「「「「「我等が女王」」」」

派閥の人間達が、道を開けた。御坂の歩いた後に生まれた道をただついて来ただけの彼女達が……
御坂の背に負われているばかりだった少女達が今御坂の背を後押ししているのだ。

御坂「みんな……ごめんなさい……それから……ありがとう」

女生徒A「その言葉(なみだ)だけで、もう十分です」

数を誇る烏合の集ではなく、一人一人が御坂の行く道を支える事を決めた。
彼女を支える事が、自分達を守ってくれる事になると信じて。

御坂「……ありがとう、婚后さん」

婚后「お行きなさい。門出の涙は必要ありませんわ」

そして、婚后はさっさと引っ込むと御坂派より踵を返した。
婚后は御坂と共に行く事は出来ない。彼女は長だからだ。
その巻き起こす風は御坂にとっての追い風だった。そして――

婚后「――いつまで、彼女達を待たせておくつもりでして?」

御坂「!?」

婚后「あれを」

佐天「………………」

初春「………………」

固法「――まったく」


婚后の畳んだ扇子が指し示す先。正面玄関に吹き荒ぶ嵐の中にはどこから持って来たのかレクサス・GSが停まっていた。

固法「――スキルアウト時代に教わった技術がまさかこんな時に役立つだなんて思わなかったわ」

御坂「みんな!!!」

固法「早く乗って!詳しい話は後よ!!」

御坂は駆け出す。解き放たれたようにして嵐の中へと立ち向かって行く。
バツが悪そうにしている佐天も、風紀委員権限が凍結されている故に一友人として加わった初春も固法も。

言葉はもういらなかった。しかし誰とも無しにつぶやいた。

――反撃開始だと。

312 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:56:04.32 ID:n/+ZkXAAO
〜7〜

婚后「彼女達を行かせてよろしかったので?」

寮監「――私は先程寮監の任を解かれた」

婚后「………………」

寮監「誰かが責任を取らなくてはならない。大人の世界とはそうしたものだ」

フロントガラスにグレープフルーツ大の雹が罅を入れ、加速させる度に車体が強風に流されるレクサスを……
まだローンが残ってるんだから派手にやってくれるなよと水晶宮の支配人室の窓から寮監は見送っていた。
寮監の足止めに来たつもりの婚后が思わず毒気を抜かれてしまうほどその雰囲気は静謐そのもので。

婚后「白井さんの件で?」

寮監「それ以外の何がある」

婚后「………………」

寮監「おおよそのあらましは私の耳にも入って来ている。“これからどうなる”かも含めてな」

婚后「……もしや」

寮監「“主は主あるを知る”……私のような一雇われ管理人には影も踏めぬ世界の話らしい。だがそれでも私にはお前達の監督責任があった」

そこで婚后は扇子を開いて口元を隠した。口に出してはいけない言葉がある。
婚后の伝え聞く寮監ならば例え任を解かれようとも引き戻しにかかるだろう。
だがそれをしないという事はそういう事なのだろうと内に秘める事にして……

寮監「――生徒達を束ねておけとは言ったが、とんだ裏目に出たようだ」

婚后「……わたくし」

寮監「何だ?」

婚后「この常盤台に転入するに当たって約一年余りの準備期間を要しましたわ」

寮監「それがどうした」

婚后「その折、常盤台の創設まで遡って紐解いた事がありますわ」

寮監「………………」

婚后「王侯貴族であってもレベルを満たさぬ者は潜れぬ常盤台中学の狭き門。しかし能力開発が今ほど進んでいない時代が今ほど高くなかった頃があったそうですわね」

若やぎ立つ時代の学園都市、能力開発のメソッドやノウハウが未だ成熟期になかった頃の歴史。
最初の一歩たる踏み出しの時代からやはり常盤台は派閥問題があった。今以上に能力者達の競争意識が高く……
そうでない者達との間に生まれた軋轢も含めてた常盤台を一つに束ね上げた伝説的な存在が

婚后「それが“初代”常盤台の女王だったそうですが?」

寮監「――昔の話だ」

素手でのみをもって彼女達をねじ伏せ、まとめ上げた『初代』常盤台の女王と呼ばれていたのは――

寮監「……御坂(あいつ)は、私の若い頃によく似ている」

それは――
313 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:58:52.92 ID:n/+ZkXAAO
〜8〜

固法「最悪の状況ね……」

23時30分。1メートル先も見えぬ豪雨の中、固法はスキルアウト時代に培った運転技術で第十九学区に入った。
主だった幹線道路は全て交通封鎖されているため抜け道や裏道を行きながらレクサスは嵐の中を突き進む。
その道すがら固法は御坂達から全てを聞いた。一時間半前に旧電波塔帝都タワーで起こった――

御坂「それでも私は黒子を止めたいんです」

固法「………………」

御坂「あの子私に言ったんです。“もし私が学園都市の敵になったその時は自分が捕まえる”って」

佐天「白井さん……」

御坂「――だから私は、今学園都市の敵になろうとしてる黒子を止めます。例え誰と戦うになってたしても」

白井の覚醒と暴走。事件の真相は未だ明らかではないが、これは最悪の坂を更に転げ落ちるに十分過ぎる事態だった。
突風が吹き荒ぶ度に車体が押し流さそうになり、絶えず落ちる狂雷は地面を揺り動かすほどである。
固法が車を出してくれなければとても一時間では到着出来なかっただろうし、そもそも徒歩でいけるはずもない。が

固法「――私も白井さんを逮捕するつもりで来たわ。あの娘に風紀委員のイロハを教えた先輩としての、最後の仕事(けじめ)として」

御坂「……だから、私達に協力してくれたんですか?」

固法「(貴女達の分も含めて、出来る限り責任をかぶるためにもね)」

活動停止処分が下された中での校外活動、規則違反、独断専行、私的な感情、全てが風紀委員として失格だった。
故に固法は全てが終わった後、御坂達にかかる責任全てを自分が煽動し先導したと出頭するつもりで。

固法「(――仲間に手錠をかけたその後まで風紀委員を続けていられない、自分の弱さの正当化ね……)」

初春「おかしいです……何だかここ一帯の電波通信が人為的に封鎖されているみたいな」

佐天「え、この停電のせいじゃない??」

初春「――違います!何だか様子がおかしいです!!」

固法がひび割れたフロントガラスに映った自分を見やったその間隙を

初春がノートパソコンを操作していて違和感を覚えたその瞬間を

佐天が目前にまで迫った帝都タワーを見上げたその刹那を

御坂「なっ……」

御坂が上げた吃音さえも切り裂くように、その『光』は現れた――

314 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:59:19.38 ID:n/+ZkXAAO
〜9〜

ズギャアアアアア!と闇夜を切り裂く蒼白い妖光が、帝都タワー上層部より御坂達に降り注いだ。
それは今まさに突入しようとした陸橋を軽々と溶断し、豪雨が一瞬で水蒸気に変わるほどの圧倒的熱量。

佐天「きゃあっ!!?」

固法「みんな掴まって!!」

初春「っ」

御坂「――――――」

陸橋が崩落し、レクサスはその崖っぷちギリギリをスピンしながら停車した。
それによって後部座席の初春のノートパソコンがステップに落ちる。
同時に佐天はもんどり打つようにシートから転げドアに頭を強打した。
だがその中にあって御坂だけはこの嵐の夜の彼方から降り注いだ妖光に

御坂「嘘」

陸橋の下に流れる河川が氾濫し、元よりゴーストタウンと化していた建築物が竜巻並みの強風により……
軋みを上げて一部が崩れ、何本かの風車が落雷を受けて焼け落ちる。そんな大自然が猛威をふるう中――

御坂「なんで」

道を切り開いてくれた派閥の人間達、後押ししてくれた婚后光子。
未だ仲直りの言葉を口には出来ていないが互いに水に流そうと思える佐天涙子。
その友人にして白井の同僚である初春飾利、先輩たる固法美偉。

御坂「どうして」

自分を支えてくれ、掛け替えのないパートナーを止めるために集った仲間達。
御坂が苦楽を共にし、絆を強め、己を高め、思いを深めて来た友人達。
長らく会っていないような気さえする思い人、上条当麻とその――

御坂「あんたが」

思わずドアを開けて表に出る。降り注ぐ雹は常ならば顔を歪めるほどの痛みをもたらすはずが……
御坂は何も感じなかった。このスーパーセルが巻き起こす破壊的なまでの猛威も暴力的なまでの轟音も。

御坂「ここにいるの」

全てを忘れさせるほど、感じさせないほどの衝撃が御坂の全身を貫いた。
御坂の心中にあって、皆が笑顔を浮かべる記憶にあってただ一人……
熱を感じさせない微笑みで見下し、鼻であしらって肩で風を切って歩くような

御坂「嘘よ」

帝都タワー上層部よりこちらを見下ろして来る、闇夜の稲光りに浮かび上がるシルエット。
緩やかに巻かれた栗色の髪、自分とは比べ物にならないスタイル、対照的な冷ややかな美貌。

御坂「―――――」

それはあり得たかも知れない、もう一人の御坂美琴(じぶん)――
315 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 20:59:45.81 ID:n/+ZkXAAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――――――麦野さん――――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
316 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 21:02:12.88 ID:n/+ZkXAAO
〜10〜

麦野「――滝壺、やっぱりこうなったよ」

滝壺『うん……みさかの方はどうする?』

麦野「あんたは“そっち”のもっと厄介な方を押さえといて」

滝壺『………………』

麦野「どうあっても私達の勝ちは揺るがない。どうやってもあいつらの負けは動かない」

暴風雨と落雷が荒れ狂う帝都タワー中間部より『妨害電波』の軛から逃れた携帯電話を耳に当てながら――
麦野沈利は御坂を見下ろしつつ滝壺と通話する。予想外の展開ではあったが想定内の出来事だと。
しかしその目元には雨に濡れて落ちきった前髪がかぶさり表情から勝利の喜びは感じられない。それどころか

麦野「――アシストありがとう。じゃあ」

滝壺『むぎ……』

麦野「――また、ね」

それ以上言葉を紡ぐ事もなく、滝壺にも続けさせずに通話を打ち切った。
そしてタワー中間部より原子崩しの妖光を足元へ穿ちながら着地する。
陸橋を落とされ文字通り立ち往生した御坂達の前へ躍り出て……
陸の孤島と化した帝都タワーを背に、河川を挟んで麦野は向き直る。

御坂「どうして……」

麦野「………………」

御坂「何であんたがここにいんのよ!!」

御坂がまくし立てる。取り乱したようにひび割れた声音を軋らせて。
訳がわからないのだろう。ここ二日で幾何学的に精神を摩耗させ――
ようやく辿り着いた白井への手懸かり、その足掛りを断ち切られたのだ。
それも三日前には車中で慰められ、今朝は食事を共にし……
昼間はその胸に抱かれて眠った相手が最悪のタイミングに現れたのだから。

御坂「通して!中に入れて!!黒子が今大変なの!!!」

麦野「………………」

御坂「麦野さん!!!!!!」

麦野も思い返していた。初めて出会った時の挑むような眼差しを。
酔っ払って自分にキスして来た時、その後に酔い潰れた醜態も。
下着を買い与え、部屋に泊め、風呂に入れ、同じ屋根の下で眠った事もあった。
次の朝には自分のコートを貸してもやった。それを返しに来た時……
失明寸前、四肢動かせないまでの重傷を負った自分のリハビリを手伝ってくれた御坂を。

御坂「何とか言ってよ……」

麦野「――――――」

御坂「答えてよ!!!」

自分を友達だと生まれて初めて呼んでくれた人間に、麦野は――

317 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 21:02:38.65 ID:n/+ZkXAAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――なに?常盤台の超電磁砲(レールガン)――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
318 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 21:03:05.13 ID:n/+ZkXAAO
〜11〜

御坂「――――――」

麦野「なに鳩が豆鉄砲食らったような顔してるのかにゃーん?」

御坂「麦……野……さ」

麦野「――馴れ馴れしく私の名前を呼ぶな超電磁砲(レールガン)!!!!!!」

……嘘よ。こんなの嘘よ。何かの間違いよ。あんた、今まで一度だって……
私の事、お子様とか中坊とかクソガキとか散々馬鹿にして来たけど……
第三位って呼び捨てにする事はあっても、私を二つ名で呼んだ事ないなんて一度もなかったじゃない。

麦野「血の巡りと飲み込みの悪いテメエのネジの緩んだ頭でもわかるように言ってやろうか」

御坂「……イヤ」

麦野「――私はテメエの敵で、テメエは私の敵なんだよ超電磁砲(レールガン)」

どうしてこんな時に思い出すの?去年の10月の初め、四人一緒にファミレスでお茶した時の事

佐天『あっ、いや、ただちょっとした好奇心なんですけど』

あの日、佐天さんが言ってた事

佐天『このお姉さん、御坂さんより一つ序列が下ですけどやっぱり強いんですよね?』

私が麦野さんの部屋に泊まった夜の事をみんなに話したら

佐天『あっ、いやー……同じレベル5同士が戦ったらどっちが強いんだろ?やっぱり序列通りなのかなーって……あはっ』

私がパジャマで、麦野さんが男物のワイシャツで、一緒に寝っ転がって撮ったたあの写メを見ながら

佐天『あはははっ……じゃあ結局そういう事が一度もなかったならそれに越した事ないですね』

もし私が麦野さんと本気でぶつかったら、どっちが勝つかなんて話をした時の事を。

御坂「嘘よ……あんた私をからかって馬鹿にしてるんでしょ?」

麦野「………………」

ねえ、笑ってよ。いつもみたいに鼻で笑って小馬鹿にしても良いから。
今夜だけは怒らないから。今日だけは許してあげるから。ねえ――

麦野「ああ、テメエは確かに馬鹿な女だよ」

だってもう罵り合ったり煽り合ったりするのやめよう?って約束したじゃない。
友達にはなれないけど、茶飲み仲間くらいなら我慢してやるって偉そうに……
私知ってるんだよ?あんたが本当はスッゴく優しい人だって。
今日だって私の事、自分の胸に包むみたいにして抱いて眠らせて――

319 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 21:03:33.44 ID:n/+ZkXAAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――この期に及んでまだ幻想(わたし)に縋りついてる、夢見がちな小便臭え小娘(クソガキ)が」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
320 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 21:06:18.29 ID:n/+ZkXAAO
〜12〜

その言葉は、御坂を支えていた最後から二番目の幻想を殺した。

麦野「だから妹達も、あいつも、後輩も、誰一人救えない。この期に及んでまだお子様のケンカ程度でどうにか出来ると思ってるテメエの馬鹿さ加減が一番救えねえよ」

常盤台中学の派閥問題、女王としての重責、白井黒子の逮捕劇、妹達の命日、番外個体の舌禍。
佐天より呼び起こされた……北極海で上条当麻を救えなかった、妹達を助けられなかったトラウマ。
誰にも頼れない過酷な状況下で、御坂が心から甘えられたのは麦野ただ一人だった。にも関わらず

麦野「――テメエとの腐れ縁も切り時だ。白黒(ケリ)つけようか“超電磁砲”」

御坂の頭がホワイトアウトし、胸はブラックアウトして行く。もう何も考えられなかった。感じられなかった。
ただ背後の車中から必死に窓を叩き続けて叫び続ける佐天の悲鳴だけが、記憶の中のそれと重なって行く。
『どちらが強いのか』『どちらが勝つのか』『どちらが上なのか』という問いだけが耳鳴りのように反響する。

食蜂『――私の神通力が囁いてるわぁ。“彼女”は、いつか貴女と切り結ぶ日が必ず来るって♪』

3月9日、食蜂が予言した敵とは白井ではなく麦野の事だったのだ。
。それまで食蜂が『小パンダちゃん』と呼んでいた名前が――
そこだけ『彼女』という呼び方に変えられていた事に気づくべきだった。

麦野『――あんたもそうだろ?わかってるよ、御坂』

あの雨降りしきる中、自分を車に乗せて水晶宮まで送ってくれた麦野は

麦野『テメエが茶の一杯で済む安い女で私の財布にゃ優しいね』

落ち込んでいた御坂に、あたたかいナチュラルティーをくれた麦野は

麦野『――今ここに手のかかるガキがいて、その上小パンダの事まで気回せるほど私は出来た“先輩”じゃねえんだよ』

そう肩を抱き寄せながら耳元で優しく囁いてくれた麦野は

麦野『そんなひでぇツラしたまま母親に会うつもり?』

心労が重なった自分を胸に抱いて眠らせてくれた麦野は

いつしか恋敵であるのと同じくらい、御坂にとって大切な存在になっていた。

食蜂とは全く違うタイプの先輩、二万人の妹を持つ自分にとって姉のような存在。

原子崩しという鋒と共に突きつけられた麦野の返答(こたえ)に

――御坂の中を支えていた優しいぬくもりが、硝子のように砕け散った――

321 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 21:07:41.80 ID:n/+ZkXAAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――――――嘘つき――――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
322 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 21:08:16.26 ID:n/+ZkXAAO
〜13〜

かくして超電磁砲(レールガン)と原子崩し(メルトダウナー)はここに再会した

吹き荒ぶ嵐巻き起こる第十九学区、荒れ狂う雷降り注ぐバビロンタワーにて

バベルの塔。それは要塞、監獄、監視を古来より司る神の怒りの象徴

コインを握り締めるは超電磁砲、拡散支援半導体を翳すは原子崩し

三位と四位、学園都市広告塔と学園都市暗部、女王と女帝、

鏡合わせに映る二人の乙女。命(美琴)を司る御坂、四(死)を司る麦野。

白井の幻想(ゆめ)の中で見たゴッホの『カラスがいる麦畑』のそのままに

バビロンタワーの下合い見える二人は知らない。塔のタロットカードが司る意味を

一つは『崩壊』……それは今や自分だけの現実すら崩れ去った白井黒子。そして御坂と麦野の幻想

御坂「……許さない」

一つは『災害』……それは学園都市の機能を麻痺させるほどのスーパーセル。そして御坂と麦野の力

御坂「――許せない」

一つは『悲劇』……それはこの世界から消え去ってしまった結標淡希。そして御坂と麦野の破局

御坂「私、あんたの事友達だって思ってたのに」

一つは『緊迫』……それは能力を暴走させ自滅へと向かう白井黒子。そして御坂と麦野の決別

御坂「私、あんたの事味方だって信じてたのに」

一つは『突然のアクシデント』……それは敵として出会してしまった麦野沈利。そして御坂と麦野の運命

御坂「私、あんたに憧れてたのに」

残る一つは――


323 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 21:08:42.57 ID:n/+ZkXAAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――――私、あんたの事好きだったのに――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
324 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 21:09:09.44 ID:n/+ZkXAAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第十二話「way to answer」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
325 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/09(木) 21:09:36.50 ID:n/+ZkXAAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――メルトダウナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

――――答えは、交差する雷光と交錯する閃光の彼方へ――――

麦野「……レールガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
326 :投下終了です [saga]:2012/02/09(木) 21:13:14.10 ID:n/+ZkXAAO
あわきんルート→難易度EASY
上条さんルート→難易度VERY HARD
みこっちゃんルート→難易度DMD

いつもレスありがとうございます!では失礼いたします!
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/09(木) 22:01:34.51 ID:/v0rfdk00
うううううむ、乙
何も言えねぇ
とにかく乙
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/10(金) 02:58:49.42 ID:6rVgSyJR0

ああ、コレが番外・偽善使いで言ってたガチの殺し合いルートか。
どういう結末になるか期待。
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 13:51:20.71 ID:lJ+z+A5Wo
おお、帰ってきてたのか
流石のスタイリッシュトレンディ!乙!
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/10(金) 14:21:42.57 ID:6wDv+x9ho
>>316
幾何学的→幾何級数的?
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 17:13:22.17 ID:hhR8Uncf0
332 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 17:50:45.47 ID:8QjEKlPAO
>>1です。休日なのでいつもより早い時間ですが第十三話を投下させていただきます
333 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 17:51:41.40 ID:8QjEKlPAO
〜8月12日〜

佐天「御坂さん!御坂さん!!」

固法「一旦引くわよ、巻き込まれる!!」

佐天「でも!」

固法「――貴女達を死なせる訳にはいかないのよ!!!」

8月12日、23時45分。第十九学区旧電波塔『帝都タワー』へ連なる陸橋は脆くも崩れ落ちた。
それが陸の孤島と化したバビロンタワーにおける学園都市第三位と第四位の決戦の火蓋となる。
固法はその場からレクサスGSをスピンターンさせ後退して行く。もはや突入は不可能だ。
陸路は断たれ、超能力者同士の戦いの余波はこのスーパーセル以上のものになると固法は踏んだ。
とても佐天や初春を伴っての突入や、ましてや御坂を支援するなど不可能だ。もはやそんな次元ではない。

佐天「初春!初春!!垣根さんに電話しよう!?こんなのもう私達じゃ止められない!!!」

初春「無理です……」

佐天「えっ……」

初春「この帝都タワーから第十九学区全域に強力な妨害電波が出てます。他の学区はスーパーセルが引き起こした大停電で通信途絶……」

携帯電話は圏外表示のまま。独立したパソコン通信さえも不可能。誰かがこのバビロンタワーの……
通信網を切断しているかのようだった。そして更に不可解な事に固法と初春はようやく気づく。

初春「なんで」

固法「どうして」

初春・固法「「――警備員が出て来ない!?」」

ここは移転したばかりで急造と言って良い小規模な警備員支部ではあるが誰一人姿を現さない。
まるで見えざる神の手に阻まれているようなこの不自然さを初春は知っている。垣根を通して。

初春「(これが垣根さんの言っていた学園都市暗部の力!?)」

救援を要請しようにも帝都タワーを制圧せねば妨害電波は阻止出来ない。
仮に敷地内に突入出来たとしても麦野の原子崩しが介入を許さないだろう。

初春「――御坂さん」

この帝都タワーを攻略するには、もはや御坂が麦野を打ち倒す他に如何なる道も……
このバビロン捕囚の地にてバベルの塔に君臨する女王、大淫婦バビロンを退けるには――

佐天「負けないで!御坂さん!!」

白井の暴走を止め、その魂を救済出来るのは御坂以外になく麦野を倒せる者もまた同じ。

全ては、御坂に託された――

334 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 17:52:28.91 ID:8QjEKlPAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第十三話「全一の雷光、零元の閃光」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
335 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 17:53:03.79 ID:8QjEKlPAO
〜23時46分〜

御坂「うわああああああああああああああああああああ!!!」

轟ッッ!と御坂の叫びに呼応して、突貫工事の名残である鉄骨が連なり束ね持ち上がって打ち出される。
ギリギリの水位にまで膨れ上がっていた御坂の精神の分水嶺が決壊するかのように一本十本百本と――

麦野「はっ」

天から降り注ぐ槍襖のような鉄骨の萼。されど麦野は動かない。ただ左手でタクトを切るように――
振り切った手より放たれた妖光が横一線に薙ぎ払われ、加害範囲の内自分一人のスペースの空白地帯にした。
半ばで焼き切られた鉄骨は墓地の十字架のようにコンクリートを穿つばかりで麦野に掠る事さえ敵わない。

御坂「あんたが……」

されど御坂は粉微塵になった鉄骨を引き寄せ、かき集め、自ら放つ紫電に乗せて小石ほどになったそれを――

御坂「あんたがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

麦野「!」

このスーパーセルがもたらす豪雨を横殴りに変えたような散弾超電磁砲(ショットレールガン)に変えて放つ!
しかしそれさえ読み切っていたのか麦野は展開した妖光の楯を前面に突き出したながら駆けて行く。
爆風すら軽々と防ぐ楯は、細分化されたが故一発一発の威力を落とした散弾超電磁砲を容易く焼き尽くす。
同じく駆け出した御坂は鉄骨が粉末状になるまで砕け散ったそれを砂鉄の剣に変えて肉迫し――

御坂「どうして!どうして私を裏切ったのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

麦野の展開させた妖光の楯に刀身を溶解されながらも御坂は咆哮した。こんなにもこんなにもこんなにも……
あれだけ近かった距離が今や切りかからねば埋まらぬほど離れた二人、その裏切りを責め立てるように――

麦野「ほざけレールガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!」

御坂「ぐぼっ……」

御坂の砂鉄の剣が焼き切れたと同時に麦野の右拳が御坂の左脇腹に深々と突き刺さり呼吸が止まる。
浜面を軽々と投げ飛ばし肉弾戦のみで人を殺せる麦野の拳に御坂の身体が一瞬浮き上がるも――

御坂「……ああああああああああああああああああああ!!」

麦野「がはっ!?」

返す刀で紫電を纏わせた御坂の掌底が麦野の胸を撃ち抜き、麦野が弾かれたように数メートル吹き飛ん――

麦野「馬  鹿  が」

御坂「――!!?」

だ『はずの』麦野がいつの間にか御坂の懐深くに潜り込んでいた。物理法則を歪めたように!
336 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 17:55:22.53 ID:8QjEKlPAO
〜23時47分〜

次の瞬間、バレリーナのように高く美しく蹴り上げられた靴底が御坂の下顎を強かに打ち上げた。
脳天まで揺さぶる蹴撃に宙を舞いながら御坂は驚愕する。紫電を纏わせた掌底に5、6メートルは……
間違いなく数メートル吹き飛ばした麦野が何故次の瞬間自分の懐から蹴り上げる事が出来たのか!?

御坂「あんただけは……」

しかし宙を舞いながらも御坂は演算を止めてなどいなかった。その狙いは自分達の頭上に稲光る……
スーパーセル(雷雲群)が引き連れて来た竜の巣、そこから引きずり出した落雷を麦野に放つ!

御坂「あんただけはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

麦野「――!!!」

ドオオオオオン!!と振り下ろす落雷、しかしその軌道が微かに撓み、その修正にようした間隙を――
麦野は両手を顔の前に突き出して強制的に落雷をもねじ曲げ、導雷針の要領で地面に拡散させた。

御坂「(まさか!!?)」

麦野「気づくのが遅えよ!」

防御より一転して襲い掛かる麦野の左拳が再び御坂の臓腑に突き刺さり、へし折らんばかりに――
左拳を叩き込んだ勢いを殺さぬまま右拳から原子崩しを地面に放ってロケットダッシュのように……
御坂の肋に拳を突き刺したまま急加速し、帝都タワーの鉄骨に背中から叩きつけて挟み潰す!

御坂「が、は、ぁ、っ」

麦野「――貧相な人柱だね」

御坂の誤算とも呼べない誤算はこの帝都タワーで麦野と対峙してしまった事そのものにある。
如何なスーパーセルと言えど落雷は必ず高所に向かって落ちる。帝都タワーという導雷針目掛けて。
御坂の演算能力はその軌道修正並びに誤差修正に瞬きほどの時間しか必要としない。だが相手は麦野なのだ。
その瞬きが、同じく電子を司る超能力者同士の間では文字通り命取りになる。それに加え――

麦野「――ガキは寝る時間だよ」

ガゴン!と御坂の顔面を掴んで思い切り後頭部を帝都タワーの根幹に叩きつけて来る麦野は――
御坂もまた原子崩しをねじ曲げる事が出来るとわかっている。故に能力と能力とでは埒が開かない。
だからこその殺人的な暴力をもって御坂を制する。御坂が如何に組み手にも秀でているとは言え――

麦野「おやすみ」

アスリート並みに鍛え上げたスキルアウトを軽々と凌駕する天性のフィジカルを持つ麦野には分が悪すぎた。



337 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 17:55:53.61 ID:8QjEKlPAO
〜23時48分〜

御坂「――巫山戯んじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

麦野「がっ……!!」

御坂は頭部から血を流しながらも零距離からノータイムで放った雷撃の槍が麦野の身体を吹き飛ばした。
朦朧とする意識、激痛の走る腹部、ノンチャージで放ったが故妹達より弱い威力ながらも――
麦野は今度こそ吹き飛ばされ嵐の中放り出され、帝都タワーの膝元にその身体を横たえた。
御坂にもあの謎の瞬間移動のような現象は未だわからないが、それ以上にわからないのが――

御坂「――全部嘘だったんだ」

ヨロヨロと立ち上がる御坂。折れそうになる膝以上に痛む心。呻きながらもがく麦野を見下ろす。

御坂「……立ちなさいよ」

麦野「うっ……」

御坂「あんたが敵だって言うなら私の前に立ちなさいよ原子崩し(メルトダウナー)!!!」

御坂の両目からこの冷たい豪雨でさえ洗い流せぬ熱い涙が溢れ出して来る。声が震え喉が枯れる。
確かに自分達は友達ではなかったのかも知れない。だが御坂はそれでも良いと麦野に言った。
何故戦わねばならない?何故争わねばならない?何故麦野はここにいる?何故白井を前にして立ちはだかる?

御坂「私の事が本当に嫌いだったら、どうしてあんなに優しくしたりしたのよ!!?」

何故昼間まで胸に抱かれて身を委ね、無防備な寝顔まで受け止めてくれた相手と血を流し合わねばならない?

御坂「私感じてた!うつらうつらでもずっと!!あんたの手が私の髪を撫でててくれてた事!!!」

麦野は答えない。無様に水溜まりを舐めたまま身動ぎひとつとれない。その姿に御坂は泣き叫ぶ。

御坂「あんたが作ってくれたご飯の味だって知ってる!一緒にお風呂だって入った事ある!!巫山戯てキスされた事だって覚えてる!!!」

その嘆きは身を切られるように悲痛だった。恋人か伴侶に裏切られたかのように痛々しい声で。

御坂「それが全部幻想(うそ)だったなんて信じられない!信じたくない!!」

ついに御坂は耐えきれず嵐と雨の中に手と膝をつき、魂の慟哭を天に届けるように声を絞り出した。

御坂「……真実(ほんとう)の事言ってよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」

御坂は麦野に、麦野は御坂に――

338 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 17:59:00.59 ID:8QjEKlPAO
〜23時49分〜

鏡の反射率は決して100パーセントに達しない。それは私と御坂の関係性に通じるものがある。
誰かが言ってた。私と御坂はよく似てるって。小パンダと二つ結びが合わせ鏡だったように。
だったらあの巫女服も加えて三面鏡だ。悪魔が宿るって言われるオカルト(非科学)みたいに。

私と御坂はマジックミラーだ。明るい側に立つあいつからは私は見えない。
逆に暗い側に立ってる私には御坂の姿がよく見える。まぶしすぎるくらいに。
鏡一枚挟んで、側にいるのに触れ合えないくらいが私にはちょうどいい。

泣いたり笑ったり怒ったり喜んだり、クルクルとよく回る万華鏡。
星屑を散りばめたように私にないものをたくさん持っている御坂。
うらやましいとは思わない。欲しいとも思わない。ただまぶしい。

私の生きて来た6570日と御坂の歩んで来た5475日は決して重ならない。
御坂が万華鏡なら私はニトクリスの鏡だ。無間地獄を閉じ込めた呪いの魔鏡。
私とこいつを分ける違いは、自分の手を血に染めたかどうか。

こいつは、私にとってのヴィガネッラの鏡そのものなんだ。
太陽さえ照らせない谷底で膝を抱える私に、陽の光を届ける鏡。
ありえたかも知れない闇に沈む事なく光の下に生きるもう一人の私。

覚えてるよ。私が巫山戯てキスした時の事。忘れてねえよ。酔っ払ったあんたが私に舌入れて来たの。
そう言う意味じゃ、あんたのファーストキスの相手は私かねえ?まあこいつは覚えてないんだろうけど。

どうして、こんなくだらない事ばかりこんな時に限って思い出すんだろうね。
どうして、泣いてるあんたを見てると胸の辺りが痛くなるんだろうね。
どうして、私達はこんな時に限って出会っちゃったんだろうね。

どうして

私はもっと早く

あんたに出会えなかったんだろうね

わかってる。IF(もし)なんて過去のどこにもない。

わかってる。もし(IF)なんて未来にしかないんだ。

私がお前を胸に抱いてた時、何をつぶやいたかまでは聞かれてなかったっぽいね。

私は言った。もっと早くあんたに出会いたかったって。

こうやって誰かのために必死こいて血を流してるあんたを見てると思う。

もし

私が

闇に沈む前に

あんたに出会えていたなら

私はあんたに

339 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 17:59:26.79 ID:8QjEKlPAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――私は、あんたに救われていただろうか――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
340 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 17:59:57.92 ID:8QjEKlPAO
〜23時50分〜

ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ

御坂「!?」

その瞬間、御坂の眦が見開きの形のまま凍てついた。
その眼差しの向かう先。そこには地に伏す麦野の背中から――

麦野「……知らねえよ」

一枚、二枚、三枚四枚五枚六枚七枚八枚九枚十枚十一枚――

麦野「――テメエの見てた幻想(ゆめ)の話なんか知った事か、超電磁砲(レールガン)」

十二枚の『光の翼』……インデックスの記憶を巡る戦いで上条の危機を救うべく発現した麦野の切り札。
美鈴を守るために浜面に、アイテムを救うために垣根に……麦野が絶体絶命の窮地にのみ呼び覚ます奥の手。
ステイル=マグヌスをして『暁の明星』、神裂火織をして『光を掲げる者』と字される原子崩しの最終形態。

御坂「……!!!」

ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ

御坂の鳥肌粟立つ毛穴全てから脂汗が滝のように噴き出す。
総毛立つ毛穴全てに氷柱を突き立てられたような怖気。
御坂も多くは知らないし原理も知り得ないがただ一つわかる事は

麦野「――これが現実(わたし)だよ」

今まで麦野がこんなに早い段階から『光の翼』を顕現させたケースは一度たりとてありえなかった。
それは麦野自身この姿を嫌悪しているからでもあり、『何故か』異常に力を消耗するのだと言う。

麦野「醜いでしょ?」

御坂「……!!!」

翼。それは空を翔る鳥が背負う聖なる十字架。翼を広げた鳥が地に落とす影は十字架に良く似ている。
十字架。学園都市暗部にて屍山血河を越えて来た麦野の背負う罪と罰と墓標が原子崩しの光に象られる。
十字架は裏返せば剣となり、十字教においては『処刑』『死を討ち滅ぼしし矛』の名を冠する。

御坂「(もう……)」

その姿に御坂は戦慄を通り過ぎて絶望に近い衝撃を受けた。
麦野にはもはやどんな言葉も通じない気がした。否……
彼女は今明確に対話による解決を真っ向から拒否した。

御坂「(私の知ってるあんたは)」

全身で御坂を拒絶していた。全霊で御坂を否定していた。
御坂はその姿に訳もなく、野生動物が子を巣から追い立てる姿を見出した。

御坂「(どこにもいないの?)」

麦野が立ち上がる。翼を牙のように突き立てて立ち上がる。
忘れてはならない。宗教画における天使の翼のモチーフは

麦野「――見せてやるよ」

――鋭い爪と嘴を備えた猛禽類である事を――

341 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:02:03.90 ID:8QjEKlPAO
〜23時51分〜

固法「……信じられない」

透視能力を用いずともわかる、麦野の真の姿とも言うべきそれ。鞘から解き放たれた抜き身の刃。
御坂の力を正宗とするなら麦野のそれは村正だ。血を見ずには納まらない研ぎ澄まされた妖刀そのものだ。

麦野「――これが学園都市第四位(わたし)の暴力(ちから)だレールガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!」

御坂「!!?」

麦野の『光の翼』が開く妖光の砲門、その数12。先程までのおよそ三倍の原子崩しが――
文字通り雨霰のように御坂に襲い掛かり、それを御坂は電磁バリアーで無理矢理ねじ曲げる!
しかし御坂を横切り軌道をずらされた原子崩しが向かう先、そこで固法は透視能力(クレアボイアンス)は

固法「御坂さん!後ろ!!」

御坂「――ッッ!!」

帝都タワーの至る所に貼り付けられていた拡散支援半導体(シリコンバーン)を透視した。
屈折させられた背後を通り過ぎた原子崩しが拡散支援半導体に吸い込まれ、反転して再び御坂に襲い掛かる!

御坂「(このトラップ戦術!?)」

麦野「非力なフレンダに罠(こいつ)を仕込んだのは私だよ!」

入射角を計算して設置されたシリコンバーンが鏡に反射された光のように枝分かれし御坂に迫る。
右手で前面の単発の原子崩しに辛うじてねじ伏せ左手で背面の拡散放射をねじ曲げる。
フレンダのトラップ戦術を再現させたような鏡面攻撃に御坂の演算力の大半が削られる中――

ドンッッッッッ!

麦野が『光の翼』を羽撃かせてのロケットダイブで両手の塞がった御坂に襲い掛かる。
御坂も遅れず反応して電磁バリアーを纏わせた手を伸ばして麦野の胸元を狙って繰り出す。だがしかし――

御坂「!?」

麦野の上体がバレエのように反らされ御坂の手が空を切ったその瞬間、麦野は背中から倒れ込みそうな姿勢から――

麦野「小柄な絹旗に暴力(こいつ)を叩き込んだのも私だよ!!」

垂直にかち上げた剛脚が御坂の腹部に突き刺さって打ち上げる!型通りの武道や格闘技にはありえない離れ技。
上体を倒れ込みそうなほど反らしながらも放たれた蹴撃は御坂の横隔膜を破裂させんばかりの破壊力だった。

固法「御坂さん!!」

武術ではなく純粋に暴力として完成されたそれは、固法をして見開いた目を背けたくなるほどの――

342 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:02:29.41 ID:8QjEKlPAO
〜23時52分〜

御坂「ううっ!?」

打ち上げられた勢いから磁力の反発と吸着を利用し帝都タワーの脚部にとりつき御坂は距離を取る。が

御坂「おえっ、げぼっげほっ!」

眩暈がするほどの嘔吐。だが麦野は追撃の手を緩めない。クモのように逃げる御坂を狙う猛禽類が如く――

麦野「テメエの大好きな“ガキのケンカ”に付き合ってやってんだちったあ気張れやクソがァァァァァァァァァ!!!」

飛来しながら原子崩しの翼を鞭のようにしならせ、豪雨を圧して御坂へと叩き付けて行く。
だが御坂はこの大嵐のような圧倒的暴力を前に電磁バリアーで軌道をそらしてかいくぐる他ない。
帝都タワーの外壁を次々に打ち砕いて行く翼の鞭、上へ上へと磁力で駆け上って行く御坂!

御坂「(どうしたらいいの!!?)」

落雷は帝都タワーが導雷針になって有効打足り得ない。雷撃の槍はねじ曲げられる。さらに……
原子崩しはその翼は電磁バリアーで辛うじて軌道を反らしてやり過ごせるが、体力の差は埋められない。
このままじりじりと殴り殺されるように追い込まれる消耗戦の果てに敗れればもう二度と――

麦野「愉快にケツ振って誘ってんじゃねえぞォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

御坂「――!!?」

帝都タワー中腹部に足掛かりを得た御坂に麦野が翼を羽撃かせ、追い抜き様に――
空中からの蹴撃が、両腕を交差させて防がんとする御坂の

ガゴン!!!

御坂「……ぁぁぁぁぁァァァァァあああああ!!!」

麦野「処女(ガキ)の割に良い声で啼くじゃない超電磁砲(レールガン)」

腕ではなく最も脆い鎖骨目掛けて放つ胴回し回転蹴りに、殺し切れない威力に御坂の右肩が亜脱臼する。
あわや鎖骨がヘシ折られ肉を突き破る寸前のダメージこそかわせたものの、麦野はさらに――

麦野「ねえ……どっからブチ抜いて欲しいか言ってごらん?」

御坂「ううっ……」

電磁バリアーに全力を傾注する御坂へたたみかけるように妖光を炸裂させ、その衝撃によって――
中層部のガラスが一枚残らず砕け散り、御坂はタワー内部に投げ込まれた。受け身さえ取れない!

麦野「――あんたの初めて、私が命ごと奪ってやろうか?」

叩きつけられた床、にじり寄る麦野。殴り殺すもいたぶるも――
全てを可能とする距離。冷たく見下ろす麦野と涙ぐんで見上げる御坂――

343 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:04:38.38 ID:8QjEKlPAO
〜23時53分〜

佐天「固法先輩!御坂さんは!?御坂さんは今どうなってるの!!?」

固法「追い込まれてる……」

佐天「――――――」

固法「(もう手段なんて選んでられないはずよ!?)」

帝都タワー内部に放り込まれるのを、車体が引きずられるほどのスーパーセルの嵐の中……
固法の透視能力は辛うじて見通していた。あの『光の翼』が出されるまではむしろ御坂優勢と見ていた。
だが戦況は今や御坂劣勢に転げ落ちている。少なくとも今のままでは御坂は麦野に及ばない。

固法「(レールガンを撃たなければ負けるわよ御坂さん!!)」

御坂の有する力は矛を止めると書いて武、正しく軍隊をも相手に出来る『武力』だ。
だが麦野が行使するのは破壊する事に尖鋭化した『暴力』だ。
もはや是非もない。紙一重の差による消耗戦に倒れる前にレールガンを放つべきだ。
如何に麦野がレベル5とは言え耐えられるものではない。だが

初春「――やっぱり、ありました」

佐天「初春!?」

初春「必ず存在すると思ってました。警備員が確保した犯罪者を護送する際に使われる地下道です」

初春は御坂にデータを渡す前、ハッキングした当初から取得していた帝都タワーの見取り図を画面上に映し出す。
確かに橋渡し一つきりでは仮に獄が破られた際、立てこもられれば文字通り陸の孤島と化してしまう。
街の治安を守る風紀委員として、電子戦に秀でたハッカーとして初春はその抜け穴を見落とさない。が

初春「固法先輩、ここから50メートル先です。車で――」

佐天「初春ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

後部座席より冷静というより冷徹にナビゲーションする初春に佐天に激昂し掴みかかる。
思わずアクセルを踏もうとする固法の足が竦むほどの真っ直ぐで純粋な怒り。四人の中でもっとも――

佐天「どうしてそんなに他人事みたいに冷静なの!?御坂さん殺されちゃうかも知れないんだよ!!?」

初春「――だから、ですよ」

佐天「!?」

初春「御坂さんが麦野さんを押さえている今しか突入のチャンスはありません。これを逃せばもう――もう二度と、白井さんには届かないかも知れないんですよ!?」

情に厚い佐天には耐えられないほど、初春の声は静謐そのものだった。一年前とは比べ物にならないまでに。

344 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:05:05.98 ID:8QjEKlPAO
〜23時54分〜

初春「さっき言いましたよね佐天さん。もうこれは友達だからって義務感や仲間だからって責任感じゃどうしようもない所まで来てるんですよ」

佐天「………………」

初春「御坂さんの戦いを無駄にしないためにも何とかしなくちゃいけないんじゃないですか!?」

佐天はそこで声を殺して啜り泣いた。初春のセーラー服を握り締めたまま肩を震わせていた。
超能力者同士の激突に割って入れる存在など同じレベル5か、幻想殺しと浜面仕上くらいのものだ。
固法はもはや言葉もなくレクサスを帝都タワー外周部より護送用の地下道を探すべくアクセルを踏む。

初春「(白井さん……御坂さん!!!)」

白井はどうなった?御坂はどうなる?答えられる者もいない中、レクサスは地下ゲートをくぐる。
このスーパーセルで地下道も水没しかかり、照明も大停電により光源はこの稲光りのみだ。
タイヤが浸水により空転するばかりとなる洞穴のような地下道の半ばで固法はレクサスを停車させた。

固法「ここから先は徒歩(かち)で進むわ。私のクレアボイアンスで先導しながら行くから付いて来て」

佐天「わかり……ました」

初春「佐天さん、手を離さないで下さい」

水浸しの地下道を、初春はノートパソコンを防水パックに入れて右手に抱え左手で佐天の手を引く。
上背のある固法でさえ太もも近くまで水がさらい、ザブザブと覚束無い足取りながら前へ前へ。
地獄の門を潜ろうとするダンテの心持ちであった。ただウェルギリウス(水先案内人)だけがいない。

固法「静か過ぎるわ……」

佐天「……怖いです。正直言って」

固法「私だって同じよ。今まで関わって来たどんな事件(ケース)よりもずっとね」

今までの事件は命の危険や生の困難さえあれど、死と隣り合わせの絶望などありえなかった。
風紀委員という組織に属していたある種の安心感が何一つとして意味を為さない状況。だが固法は――

固法「あの扉よ」

初春「!」

暗闇の中にあってさえその筋金の入った透視能力はついにバビロンタワーの地下道にて入口を発見した。
この先に白井がいる。そう口元力ませながら歩を進めたまさにその瞬間だった。目にしたのは


――――ここから先は誰も通さない――――

佐天「!?」

彼女達にとって予想だにしない人物の長閑なまでの声音が、洞穴のような地下道に不気味にこだました――
345 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:07:09.49 ID:8QjEKlPAO
〜23時55分〜

麦野「テメエの貧相な身体に欲情させられるほど欲求不満でもないんだけどねえ?」

御坂「はっ、はあっ!」

夜空が掴めそうなほど高い帝都タワーの中腹にて麦野は御坂を追い詰めて行く。
対する御坂は亜脱臼した右肩を庇い涙と汗にまみれて息を切らしていた。
しかし目だけは切らない。歪む唇を舌舐めずりして迫る麦野を。

麦野「ハードに愛されるのは慣れてねえか?一人遊びしか知らねえ処女(ガキ)が」

御坂「……っあああああアアアアア!!」

遮二無二に電撃を放つ!撃つ!穿つ!左手を縦に、横に、下より切り裂くようにして麦野を狙う。
肉体以上に精神に入った亀裂が今や致命傷にまで広がっている。攻め続けなければ折れてしまいそうなほどに。が

麦野「――前戯にもなりゃしねえぞレールガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!」

麦野は広げた翼を導雷針に置き換えて御坂の電撃をいなし、躱し、受け流し、さらに切り返して来る。
断頭台のように振り下ろした原子崩しの翼を、御坂は最大出力の電磁バリアーで受け止める。
しかしそれは白羽取りというより鍔迫り合いの力負けにも似て、御坂の両膝と左腕が下がり――

麦野「オラしっかり咥え込めよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

御坂「ぐあっ!?」

光の翼を押さえ込むのに必死な御坂の腹部目掛けて靴底から叩き込まれる前蹴りが二人を引き剥がす。
それによって今はもう使用されていないレストランのサンプルケースから店内へ叩き込まれる。

御坂「ぐっ……うう、う」

一撃必殺の致命傷は完全に避けられても、蓄積していくダメージが御坂の身体に悲鳴を上げさせる。
麦野はまず能力で拮抗状態を作り出し均衡状況へ追い込み、肉弾戦で御坂の心身を削って行く。
そして叩き込まれたレストラン内へ、拡散支援半導体をひょいと放り込んだその手から――

麦野「もうイッちまったかァ?」

ドガガガガガ!と放つ一条の原子崩しが炸裂し、枝分かれした光芒がレストラン全体を薙ぎ払う。
御坂はそれらを押し留めるようにして防ぐので手一杯であり、旗色は防戦一方へと誘導されるばかりだ。

346 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:07:35.07 ID:8QjEKlPAO
〜23時56分〜

御坂「はー……ハー……!」

御坂は炎上しつつあるレストランの防火装置が作動し降り注ぐスプリンクラーの中、対峙する麦野を見据える。
勝てない。このままでは勝てない。落雷の間隙は縫われる。
雷撃の槍を叩き込むのはもはや針の穴に糸を通すより困難だ。
あの原子崩しの翼がそれを歪曲させてしまうし砂鉄の剣では妖光の楯を破れない。

残るは――

麦野「テメエの下手くそな前戯に私が濡れるとでも思ったか?」

御坂「――――――………………」

麦野「――出せよ、超電磁砲(ふといヤツ)」

残るは御坂の切り札、超電磁砲(レールガン)以外に有り得なかった。あの原子崩しを超える破壊力……
このジリ貧な戦況を覆すにはもうレールガンしかない事はわかっている。だが御坂には――

御坂「出来ないよ……」

レールガンを人に向けて全力で放った事など一方通行にしかなかった。駆動鎧や多勢を蹴散らすような――
言わば雑魚散らしにしか御坂は使って来なかった。誰も傷つけたくないという白井黒子をして……

御坂「私出来ないよ……!!」

『お姉様は優し過ぎる』と評される御坂美琴の思い描く世界の中に『人を殺す』という選択肢はない。
如何に麦野であろうと全力のレールガンを防げるとは思わない。だが加減したそれが通じるとも思えない。だが

御坂「――あんたを撃つなんて私出来ないよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

御坂は人を殺せない。殺すほどの威力を込めたレールガン以外に突破口も攻略法もないにも関わらずだ。
一日二日で目まぐるしく悪化する極限状況、混沌の坩堝に放り込まれた御坂の精神はもはや怒りすら保てない。
麦野を殺す覚悟で倒さねば白井を生かして捕らえる事は出来ない。だが麦野はそんな御坂を――

麦野「やっぱり処女(ガキ)は処女(ガキ)か」

十二枚の『光の翼』に宿る原子崩しの光芒が一点に収束して行く。それは麦野と御坂がただ一度だけ……
敵味方の垣根を越えて手を組んだインデックスの記憶を巡る戦いで見た『竜王の殺息』を模した技。

麦野「――テメエの膜ごとブチ破ってやるよ。好きなだけ啼け」

麦野の形良い唇が動く。御坂をゴミか虫けらでも見るような冷たい眼差しで見下ろしている。
それは御坂の見て来た麦野の表情の中でもっとも絶対零度に近い火傷しそうな冷たい双眸――

347 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:09:52.15 ID:8QjEKlPAO
〜23時57分〜

ゴバァァッッ!!とパンドラの匣が開いたような目映い災厄がレストランを吹き飛ばした。
光の大爆発が中腹フロアの硝子全てを木っ端微塵に吹き飛ばし、帝都タワーが激しく揺らぐ。
御坂は崩れ落ちる瓦礫と共に1フロア下の展示場へと背中から叩きつけられた。
肺から空気全てが抜けるような衝撃と目を焼かれそうな閃光の果てに。

御坂「――――――」

もはや音を感じる鼓膜が破れなかったのが不思議なほどの爆音、痛みすら感じなくなってしまった肉体。
だが内なる二つの声が御坂を苛み責め立てる。レールガンを撃て、白井黒子を救えと囁きかける。

麦野「………………」

麦野が焼け焦げた風穴より姿を現し御坂を見下ろす。『光の翼』は未だ健在であり、攻撃体勢は解かれていない。
浜面仕上以外誰も真っ向から打ち破れた者のいないそれを突き破るにはレールガンしかないとわかっている。

御坂「もうやだよ……!」

内なる声が大きくなる。裏切り者など吹き飛ばしてしまえと。
そんな覚悟もなくこのバビロンタワーに足を踏み入れたのかと。
麦野を討たねば白井には辿り着けない。それを阻むのは――

御坂「もういやだ……!!」

御坂は瓦礫の山に倒れ込んだまま胸ポケットのコインを握り締めていた。
悪魔の誘惑に押し負けるように、これは白井黒子のためなんだと。
御坂の絶望に比例してバチバチと紫電が火花を散らして収束して行く。

御坂「やめてお願い……!!!」

麦野「――――――」

麦野が左手を振り上げる。死刑執行を命ずる裁判官のように。
負けを認めてしまいたかった。だが自分がここで敗れてしまえば……
二度と白井を救い出せない。妹達の時のように、上条当麻の時のように。

御坂「――もうやめてよオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォー!!!」

トラウマが、絶望が、御坂にコインを弾かせた。もう止められない。これで全てが終わってもいい。
もう耐えられない。もう戦えない。焼き切れそうな心を振り切って御坂は見た。麦野の顔を。
微笑みかけてくれた時の表情、時折見せる寂しげな横顔、滅多に見せない静謐な寝顔、自分を――

麦野『御坂』

自分を優しく胸に抱いて眠りにつかせてくれた麦野目掛けて、親指がコインに触れたその刹那――

348 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:10:19.88 ID:8QjEKlPAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――――“0次元の極点”――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
349 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:11:22.27 ID:8QjEKlPAO
〜23時58分〜

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!と言う全身全霊を懸け放った乾坤一擲のレールガンは……
御坂が麦野にコインを放つ直前に『転送』され、その破壊力の全てが帝都タワーの麓で炸裂した。

御坂「――――――」

麦野「――――――」

0次元の極点。木原数多が提唱し構築していた空間理論。
それはこの世界においてn次元の物体を切断すると――
断面はn−1次元になり3次元ならば2次元、2次元なら1次元。

御坂「あ……」

麦野「馬鹿が」

ならば1次元を切断すると0次元になるはず、という理論を基礎とし――
理論上ならば銀河の果てにある物質まで手中に収め……
また銀河の果てまで飛ばす事も出来る麦野の秘中の秘。

麦野「テメエは今まで私の前で何回レールガンぶっ放したか覚えてる?」

その言葉に御坂の霞行く思考に走馬灯のように流れる記憶。
一度目はインデックスとの戦いの時、二度目は無能力者狩りを行おうとしたボウガンを持った少年。
最低二回は麦野の前で切り札(レールガン)を見せた。

麦野「テメエが私の事を味方だなんて幻想(ゆめ)見てた間も、私はずっとテメエを敵として観察(み)て来たんだよ」

御坂の行動パターン、汎用性の高いスキル、演算思考、同系統の能力、麦野はその全てを何度となく……
御坂との戦闘をシミュレーションして来たのだろう。0次元の極点という切り札を最後の最後まで隠し通して。
帝都タワー前で瞬間移動したような動きはこの0次元の極点により自分自身を転移させたのだ。

麦野「これだけは感謝してあげるわ超電磁砲」

落雷にタイムラグを生じさせる帝都タワーという決戦地、御坂の精神状態が著しく悪化するこの谷間の時期。
同系統の能力を相殺しあい、肉弾戦に持ち込み、御坂を絶望に追い詰める搦め手を尽くし、そして0次元の極点。
御坂の全てを知り尽くすように、ミラーニューロンのように完全に同調(シンクロ)するまでに

麦野「――テメエと過ごして来た、このふやけそうなぬるま湯の幻想(ひび)に」

御坂の希望(レールガン)を発動に同調して否定(しょうしつ)させるという神業を可能とするまでに。

350 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:13:52.99 ID:8QjEKlPAO
〜23時59分〜

麦野「テメエはそのぬるま湯の中で溺死していけ」

麦野が燃え上がる風穴から瓦礫の山にトッと飛び降りて来る。
だが御坂には麦野の言葉さえ響いて来ない。胸に風穴が空いたように。
目から光は失われ、声は失われていた。戦う力はまだ残されているのに――

麦野「あの後輩と死ぬまで幻想(ゆめ)に浸ってね」

御坂「………………」

麦野「――最初から存在しない幻想(わたし)なんて選ばず、ずっと側にあった現実(こうはい)を選んでおくべきだったね」

麦野が瓦礫を踏みしめて歩み寄って来るというのに指一本動かせない。
絶望の中手指をかけた引き金さえ麦野は打ち破った。
例え麦野との戦いを避けて白井がいるであろう地下へ向かおうと――
0次元の極点は御坂を引き寄せる振り出しに戻すだろう。

麦野「――いつか、こんな日が来ると思ってたよ」

麦野が御坂を見下ろしている。戦いの余波によって破壊されたフロアに吹き荒れるスーパーセルと共に。
降り注ぐ豪雨が麦野の身体を濡らし、前髪が目元にかかる。御坂にはそれが手にした勝利の美酒に酔っているのか――
はたまた力及ばなかった自分に失望の色を浮かべているのかはわからない。だが麦野は構う事なく

麦野「テメエと初めて出会ったあの日から、ずっと」

立ち上がる事さえ出来ず、溢れ出す涙に濡れた御坂の美貌と降り注ぐ雨に濡れた身体を見渡す。
白井を止める事もその魂を救い出す事も出来ない。麦野を倒す事も乗り越える事も出来ない。
わからない。白井がなぜ結標の下に走ったのかも、麦野が何故自分の前に立ちはだかるのかも。
もう何も考えられない。もう何も感じられない。もう何も聞こえない。もう何も残されていない。
ミラーニューロンのように同調(シンクロ)するまでに自分を知り尽くした麦野(てき)の


麦野「――――――ずっと………………」

続く言葉さえわからぬまま、御坂は麦野の手によってブラウスを引き裂かれた。

ブラジャーが強くひきつれて、冷え切った素肌に赤い跡が残るほど勢い良く。

弾け飛ぶボタンの落ちる音が、どこか遠くに聞こえた気がした。



『――――――“お姉様”――――――』



目蓋の裏に浮かぶ、幾万もの十字架が聳え立つ絶望の丘と共に――
351 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:14:22.48 ID:8QjEKlPAO
〜0時00分〜

固法「ぐっ、ああああああああああ!?」

滝壺「――それ以上能力を使ったら、二度と目が見えなくなっちゃうよ?」

初春「うっ、ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」

佐天「やめて、やめてよぉぉぉぉぉ!!」

帝都タワー地下道にて、固法は両目が、初春は両手が焼き切れんばかりの激痛に苛まれていた。
学園都市第八位、滝壺のAIMストーカーにより自分だけの現実を支配され能力暴走の一歩手前……
演算はおろか感情も理性も正気を保っていられないほどの痛苦の中、閉ざされた鉄扉を前に崩れ落ちていた。

佐天「やめて!これ以上二人を苦しめないで!!この扉を開けて!!!」

滝壺「ダメ」

その中にあってレベル1でもレベル3でもないレベル0の佐天だけが鉄扉の向こうにいる滝壺に食ってかかる。
血が滲むほど扉を叩いても滝壺はそれに応じる事はない。『勝利条件』が完全にクリアされた後も。
麦野の読み通り地下道より突入しようとして来た三人を待ち構えていた滝壺は足止めし続ける。

滝壺「貴女達は“数”に入ってないから」

佐天「……巫山戯るな!」

無能力者ゆえに他の二人と比べて滝壺の影響力に惑わされる事の少ない佐天ではあるが、彼女にこの鉄扉を破る力はない。
だが滝壺はそんな佐天達に淡々と事実だけを告げた。確かに自分達は戦力として数にさえ入らないのかも知れない。だが

佐天「白井さんを出せ!ここを開けろ!!隠れてないで姿を現しなさいよ!!!」

滝壺「………………」

佐天は諦めない。御坂がまだ戦っているはずなのに何故自分達が膝を屈さねばならないのかと。
滝壺はそんな佐天を扉越しに悲しげに見つめていた。麦野と並んで全てを知るが故に胸を痛める。







ドンッッッッッ!!!!!!

滝壺「!?」

佐天「?!」

その瞬間、滝壺の悲しげな眼差しが戦慄に見開かれた。それはこの帝都タワー全体を揺るがす地鳴りに。
それは落雷の轟音でもレールガンの衝撃とも異なる地響き。既に決した勝敗の後に訪れた――

滝壺「……この信号はどこから来てるの」

滝壺の『能力追跡』はAIM拡散力場を捉える事の出来る稀にして奇なる器を有する。その彼女が捉えたもの。
それは輝にして祈なる氣。帝都タワー中腹部より感じられるAIM拡散力場が、まるで空の軍勢が舞い降りたように

滝壺「――“貴女達”は誰……!?」

帝都タワーが、激震に見舞われる――!!

352 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:16:34.74 ID:8QjEKlPAO
〜8月13日〜

御坂妹「何ですかこのノイズは、とミサカは割れそうになる頭を抱えながら窓のカーテンを開きます」


その時、黄泉川家にてソファーに身を沈めくつろいでいた御坂妹は感じ取った。


打ち止め「なに!?なにが起こってるのってミサカはミサカはパニクりながらもネットワークに繋いでみる!」


その時、黄泉川家にてお風呂に浸かっていた打ち止めは弾かれたように顔を上げた。


番外個体「――ありえないでしょ、これ」


その時、一方通行のベッドにて寝転んでいた番外個体は身体を跳ね起きさせた。


御坂10326号「――ああやはり、とミサカは数多の墓標を前に祈りを捧げます」


その時、第十学区の共同墓地にて手を合わせていた御坂10326号はうっすらと瞳を閉じて妹達の墓前に佇んでいた。


美鈴「……これは」


8月13日


一方通行「………………」


0時00分


婚后「――まるで、十字架――」


旧電波塔帝都タワーの中腹部より、10031枚の羽根が連なる『光の翼』が闇夜に伸びた。


滝壺「――――嗚呼」


それは墓標のように縦に伸びるバビロンタワーを真横に切り裂いて羽撃く、『十字架』が出現したその時――


353 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/11(土) 18:17:01.07 ID:8QjEKlPAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――スーパーセル(雷雲群)が、跡形もなく消え去っていた――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
354 :投下終了です [saga]:2012/02/11(土) 18:20:02.06 ID:8QjEKlPAO
滝壺「……むぎの、何してんの……?」

麦野「……コイン奪おうとしてつい……」

滝壺「………………」

麦野「……ごめん」


たくさんのレスありがとうございます。それでは失礼いたします!

PS……幾何学〜は打ち間違えましたすいません
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/02/11(土) 19:55:05.65 ID:ObMtsi+jo


何かいいたいんだけど下手なこと言って雰囲気壊したくないジレンマ。
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 21:19:53.70 ID:0UMeevt10
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/12(日) 08:49:52.73 ID:R8y+TeeIo
なんか笑える
358 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 17:54:59.08 ID:ZqwWwwUAO
>>1です。休日なのでこの時間ですが投下させていただきます
359 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 17:55:49.09 ID:ZqwWwwUAO
〜10月3日〜

麦野「スー……スー……」

御坂「(……寝てる……)」

あいつの部屋でドンチャン騒ぎした後、私はこの女のセーフハウスって所に泊まる事になった。
牛乳風呂に入って、ゴシップ・ガール観て、少ししゃべった後に写メ撮って、訳もわからない内にキスされた。
私も唇の横に残る感触を指でなぞって悶々としてる間に寝入ってしまった。あの女を残して。
私と一緒に寝るだなんてごめんだって言ってベッドを明け渡して、自分はカッペリーニのソファーで寝てる。

御坂「(……明かりを落とした暗い部屋でも美人ってわかるだなんてある意味反則よね……)」

慣れないアルコールが未だ残る渇いた身体が目覚め、水分を欲して私は冷蔵庫から勝手にソルティライチをもらう。
ボトルが空になるまで流し込んで戻って来たリビングではさっさと眠ってしまったこの女、麦野沈利。
目蓋を閉じて寝息を立ててる姿だけ見てればモデルでも通用しそうなもんだけど中身は最低最悪。
それでも男物のワイシャツ一枚で眠ってるところなんてちょっとマニッシュな雰囲気がする。

御坂「(……どんな夢見てるんだろう)」

少し魘されているのか、綺麗な眉根が顰められて苦しそうにしてる。なんか悪い夢見てるみたい。
溶け出すみたいに唇から漏れる吐息と、耳を側まで寄せないと聞こえないくらい小さな譫言。

麦野「――助けて……」

御坂「(……泣いてる?)」

私は確かに聞いた。『助けて』って呟きながら涙を流してるこの女の譫言を。心の声そのものを。
それを自覚した時、私の胸はさっきお風呂場で一悶着あった時みたいに痛いくらい高鳴った。

御坂「……大丈夫……」

止められなかった。呻くこの女が初めて見せた繊細な部分にどうしても触れたくなってしまった。
さっきやられた仕返しを大義名分に、私は寄せてしまった。その濡れたみたいに誘う唇に向かって。

御坂「……助けてあげるから……」

重ねてしまった口づけに誓うように、私は言った。この女が何に苦しんでるのかはわからない。
それはきっとこの先も明かされる事はないと思う。それでも私は誓った。この女にではなく。

御坂「――絶対、あんたの事助けに行くから」

自分自身に対して誓った。いつかこの女が本当に助けを必要としたその時、必ず側にいるって。




――この、誰よりも強く儚い者(ひと)に――




360 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 17:56:17.44 ID:ZqwWwwUAO
〜8月13日〜

麦野「――幕引きだ超電磁砲(レールガン)。私と、テメエの、長すぎた茶番劇の」

御坂のブラウスを引き裂き、胸ポケットから毟り取ったコインを戦利品のようにジャラジャラ鳴らしながら――
麦野は御坂に背を向けて歩み出す。二度と振り返る事などないと決めたような決然とした足取りで。

ジュッ……

麦野「――――――」

麦野の左手から発する妖光が八枚ほどあったコインをドロドロに溶解させて焼き尽くして行く。
勝利条件は満たされ、永きに渡る因縁に白黒(けっちゃく)を着けたにも関わらずその心は晴れない。
自分達の頭上に空いた風穴のように虚しい達成感が僅かばかり込み上げただけで全く満たされない。
脳髄を焼くような狂気に身を委ね、返り血を浴びた時決まって高ぶる子宮の疼きさえ起きない。

麦野「………………」

胸元は肌蹴られ、服はズタズタ、細かい擦過傷といくつかの痣が色濃く残る御坂の肢体(からだ)。
心の芯までへし折った上での完全勝利を前にしてこの虚無感はなんだろうと麦野は足を止めた。

その時だった。

ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾザザザザザザザザザザ

麦野「!?」

その歩みを止めた靴底が、薄氷を踏み抜きひび割れさせたような悪寒と戦慄を以て麦野の産毛を凍てつかせる。

麦野「(――おかしい)」

そこでようやく麦野は気づいた。嵐が止んでいる。あれだけ吹き荒んでいた雷鳴と暴風が

麦野「(なんだこの)」

凪でも訪れたかのように静寂(しじま)を以て押し黙らせた。
観測至上最大級の規模を誇るスーパーセル(雷雲群)の気配がまるでしない。
文字通り雲散霧消したかのように帝都タワー内部は静謐を守り、そして

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

麦野「(地鳴りは!?)」

その沈黙は麦野の背後から破られた。帝都タワー全体が悲鳴を上げるように震え出すその中心点。それは

御坂「――じてる」

麦野「………………!!!!!!」

麦野が打ち倒したはずの学園都市第三位超電磁砲(レールガン)御坂美琴から放たれていた。
心臓を搾り上げられ喉元を締め上げられ血液が氷結し子宮が収縮する感覚。それは紛う事なき戦慄だった。

御坂「あんたが――――って、信じてる」

呼び覚ましてしまった怪物(バケモノ)の産声に対して――

361 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 17:59:06.72 ID:ZqwWwwUAO
〜LEVEL1〜

私の目蓋の裏に広がる十字架がいくつもいくつ聳え立つ絶望の丘。昨夜も夢見る前に見た光景。

『――――――“お姉様”――――――』

太陽を葬ろうとしてるみたいな人の顔の形をした雲の隙間から射し込む天使の梯子、私を呼ぶ声。

私はその丘の上にたった一人立たされている。どうしてか聞き覚えがあるのに思い出せない声。

今ならわかる。全てを失って、これから更に喪って行く今の私にははっきりとよくわかった。


『――――――“お姉様”――――――』

これは私自身の声なんだ。

正確には、私の妹達(クローン)の声。

私の無力さが殺してしまった私自身の声。

10031本の十字架が並び立つゴルゴダの丘、自分だけの現実、私の心象風景そのものなんだ。

爆殺された3号

刺し殺された11号

斬り殺された117号

締め殺された311号

撃ち殺された1995号

縊り殺された2011号

殴り殺された3692号

挟み殺された4728号

ショック死させられた5319号。

解体された6544号

首をもがれた8257号

押し潰された9982号

血液を逆流させられた10031号。

私の弱さが救えなかった命達――

362 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 17:59:32.94 ID:ZqwWwwUAO
〜LEVEL2〜

北極海でもそうだった。私の手はあいつに届かなかった。私の指はあいつに触れる事さえ出来なかった。

血の河と肉の山と骨の森と脂肪の大地と内臓に彩られた絶望の世界から私を救い出してくれた英雄(ヒーロー)

誰もが笑って望む幸せな世界、最高のハッピーエンドのために当たり前みたいに命を懸ける偽善使い(フォックスワード)

妹達をこの生溢れる世界へと連れ戻して、私を死渦巻く世界から引き戻してくれたマスターピース

『――――――“お姉様”――――――』

私の理想(ゆめ)、私の憧憬(ゆめ)、私の希望(ゆめ)、私の幻想(ゆめ)

この10031本の十字架(ぜつぼう)の丘を見つめてなお立ち上がれるのは、あいつがいたから。

だけど認めなくちゃいけない。あいつはもう未来永劫私のものになんてならない。永遠に永久に。

助けられないのは私の無力(よわさ)

救えないのは私の非力(よわさ)

守れないのは私の微力(よわさ)

学園都市第三位?

最強無敵の電撃姫?

常盤台のエース?

そんな幻想(もの)

もういらない

363 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:00:15.10 ID:ZqwWwwUAO
〜LEVEL3〜

『――――――“お姉様”――――――』

私を呼ぶ声がする。私が殺した10031人の妹達の声が


『――――――“お姉様”――――――』


私を呼ぶ声がする。私から離れてしまった黒子(あんた)の声が


『『―――――“お姉様”―――――』』


折り重なって行く。妹達と黒子の声が、私の中に満ち充ちて行く。

お願い、あんた達の死(いのち)を私に背負わせて。

お願い、あんた達の命(し)を私に抱え上げさせて。

この10031本の十字架に埋め尽くされた絶望(おか)を越える力を。

この厚い雲の隙間から射し込む光の梯子を超える強さを。

願いを叶え、望みを果たし、祈りを届かせて欲しい。

もう二度と失わないように。もう二度と喪わないように。

この十字架の丘に、新たな墓標を二度と刻まないために。

この雲を切り裂く嵐を、この雲を断ち切る雷を、この闇を打ち破る光を

砂鉄の剣でも届かない

雷撃の槍でも貫けない

超電磁砲でも破れない


『――――――“お姉様”――――――』


それでも私は――

364 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:00:43.80 ID:ZqwWwwUAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――黒子(あんた)を、10032本目の十字架にしたくない―――――― 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
365 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:03:47.39 ID:ZqwWwwUAO
〜LEVEL4〜

御坂「――私、あんたを信じてる――」

帝都タワー全体に激震が走り抜け、第十九学区全域に雷震が駆け抜ける。
学園都市上空で猛威をふるっていたスーパーセル(雷雲群)のエネルギーが――
全て御坂へと吸収されて行く。日本における観測至上最大級の……
直径百キロにも迫ろうという大自然の力、超弩級の雷雲群全てが御坂に隷属する。

麦野「………………!!!!!!」

洪水を引き起こすほどの豪雨が羽を生み出し、竜巻を巻き起こすほどの強風が渦巻き逆巻く。
何千発と落ちる常識外の落雷のエネルギー全てが御坂に十字架に似た双翼を与えて行く。
麦野の『光の翼』など螢の光のように矮小に見えるほどの、まさに雷神そのものの力。

麦野「(――信じられない――)」

帝都タワー全体のガラスが生み出されたプラズマにより粉微塵になった側から燃え尽きる。
今帝都タワーが倒壊しないのは御坂が麦野を『気づかって』制御しているからに過ぎない。
そうでなければ麦野は既に濡れた猫を電子レンジに放り込んだようになっている。それほどまでに――

御坂「――あんたの事が好きだった。あんたにずっと憧れてた。あんたに惹かれて、あんたに魅せられて」

大災害に備える事は出来ても戦う事など誰にも出来ない。今や御坂と麦野の差は蟻と象ですらない。
御坂の武力を上回る麦野の暴力でさえも、大自然(だいさいがい)そのものとなった暴力(ちから)には

御坂「――私、きっとあんたに恋してた」

麦野は思い違えていた。御坂に対し自分と違って血に染まり手を汚していないというある種の幻想を見ていた。
逆だ。麦野が殺めて来た人間などたかが数百人、御坂が死なせて来たと背負う人間は万を越える。
誰しもが軽視しがちなその事実に対し、誰よりも敵として御坂を理解していた麦野自身が――

御坂「……あいつがいなかったら、きっと私はあんたを選んでたと思う。だから私、そんなあんたを信じるよ」

御坂は美しく優しく気高くあるべきだと言う幻想を誰よりも抱いていたのは他ならぬ麦野自身だったのだ。

麦野「――――――」

麦野もまた御坂に惹かれていた。もし麦野が闇に沈む前、運命の相手に巡り会う前だったならば――

366 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:04:13.28 ID:ZqwWwwUAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――――あんたが“死なない”って信じてる――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
367 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:04:43.76 ID:ZqwWwwUAO
〜在りし日の二人〜

結標『何故私が常盤台の超電磁砲(レールガン)が最も恐ろしいと感じたのか教えてあげるわ』

姫神『うん』

解かれた髪紐から流れ落ちる赤髪に唇を寄せながら姫神は短く首肯する。結標の胸に抱かれながら。

結標『それはね、彼女が十字教で言うところのデスティニーチャイルド(運命の申し子)のような存在だからよ』

姫神『運命の申し子?』

結標『そう。彼女はいつでもどこでも、運命に導かれるようにして必ず誰かの嘆きに応えてその姿を現すわ。そこがどんなに深い闇の奥であろうと』

結標は語る。残骸事件において彼女は何度も自分の前に立ち塞がった。後輩の窮地を幾度も救って来た。
神懸かり的なタイミングでいつも事件の中心にいる。神罰の地上代行者のように誰も彼女からは逃げ切れないと。

結標『敵対者にとってこんなに恐ろしい存在はいないわ。そしてそれ以上に私が戦慄させられるのは……』

姫神『………………』

結標『彼女の“観念の化け物”ぶりによ』

結標は続ける。彼女はとある事情で一万人以上の身内を失っていると。普通の人間ならばとっくに……
壊れていなければ『おかしい』のだ。所詮はクローンと他人事のように無関心でいられるならまだ良い。
彼女はそのクローンを救うべく奔走し続け、学園都市の闇と世界の悪意に触れてなお『正義』を譲らない。
白井の語るようにレールガン一発で、自分ですら一分とかからず倒せるにも関わらず『まだ』犠牲を出したがらない。
そんなものは高潔や優しさなどというカテゴリーに入れてはならない、プラスの方向性に振り切った『サイコパス』だと。

結標『ある意味、あの戦災復興の避難所に彼女以上に相応しい存在はありえないわ』

姫神『………………』

結標『んっ……』

姫神の手指が結標のミニスカートの中へと忍び寄り、ピアスの具合を確かめるように耳朶を食む。
冷たい舌が外耳に沿って艶めかしく濡れ、溝を注ぐように踊っては耳穴へヌルリと滑り込む。
他の女の名前を出された事に覚えた嫉妬のように乳房に爪を立てて触れ、その先端に歯を立てる。
結標の白く細い両手首が、胸に巻いていたピンク色のサラシによって痕が残るほどキツく戒められた後……

結標はこう締めくくった。

368 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:05:10.17 ID:ZqwWwwUAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一万三十一人もの犠牲者の上に成り立つ彼女は、誰よりも心に深い傷を負った“戦争被害者”そのものだと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
369 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:08:02.87 ID:ZqwWwwUAO
〜LEVEL5〜

――嗚呼、やっとあんたを見つけられた気がするよ御坂。

不思議なもんだね。友達ごっこをしてる時じゃ見えなかったよ。

あんたがこんなにも醜悪(きれい)だっただなんてね。

私もやっと納得が行ったよ。どうして私があんたに惹かれたのか



――――私とあんたは、同じ人殺し(バケモノ)だったんだね――――



私と同じくらい綺麗(しゅうあく)で、それでもあんたは捨てなかったんだ。そんな馬鹿デカい十字架を。

悪夢(ゆめ)に出て来るだけで数百人は殺して来た私がちっぽけに思えて来るくらいあんたは重いものを抱えてる。

あのおばさんの言うとおり、確かにあんたは命(みこと)を抱いてる。死を背負う私に対する合わせ鏡みたいに。

麦野「――殺せるもんなら殺してみろよ」

今のあんたは女の私から見てさえ美しいと思えるよ。時間が止まらないのが惜しいくらいね。



御坂「それでも、私はあんたを信じてる」



――――来なよ“美琴”。今のあんたになら殺されてもいい――――



370 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:08:30.70 ID:ZqwWwwUAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第十四話「LEVEL5-judgelight-」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
371 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:09:23.35 ID:ZqwWwwUAO
〜0時0分54秒〜

――決戦は直後だった。

麦野「っ」

御坂「ッ」

麦野が『光の翼』を広げた瞬間、御坂は文字通り光速を思わせる瞬発力で麦野の懐に飛び込み――

ドンッ!!

麦野「がっ……」

防ぐ事も見切る事もかわす事も出来ない雷撃の槍に麦野は帝都タワーを突き破って吹き飛ばされ

麦野「…………!!」

天空に投げ出されて尚迫り来る数十にものぼる紫電の迸りにワンピースを焼かれ、毛先を焦がされ

麦野「(“0次元の極点”!!!)」

次元を原子崩しで切断し、空間を歪曲させて麦野は御坂の背後に踊り出る。
10031人のAIM発生力場を滝壺に感じさせるほどの雷雲群の双翼を。
麦野は十二枚の光の翼の内一枚で弾き飛ばし、そこから連撃を浴びせる。
一枚一枚が研ぎ澄まされた原子崩しの翼撃を雨霰とばかりに降り注ぐ。

御坂「……!!」

だが御坂はそれに倍する勢いで麦野の連撃を弾き返し、弾き飛ばし、逆に羽撃きを浴びせる!
それによって麦野の攻勢は大火に如雨露の水をかけるが如く徒労に終わり蹴撃に舞わされる。



――――この間、僅か一秒――――



372 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:09:52.01 ID:ZqwWwwUAO
〜0時0分55秒〜

麦野「――――!!」

萼(あぎと)を開くかのように尚も翼を広げ、麦野は辛うじて空中でブレーキをかける。
だが時は既に遅きに逸した。御坂の放った雷撃の槍襖が視界を埋め尽くさんばかりに麦野を取り囲んでいる。
肉体の筋電微流はおろか反射神経まで生体電気によって高めた御坂とは既に見えている世界が違う。
人間の反応速度は爬虫類のそれと比較して、逆説的な意味合いでアキレスと亀ほどの開きがあるように。

御坂「!」

御坂の放った雷撃の槍襖を、麦野は折り畳んだ翼成る盾を以てして防ぐもダメージを殺し切れない。
だが御坂はそれさえも計算して麦野の矛を一本一本ヘシ折って行く。麦野がこの一年間で――
高めた演算能力、上げた射撃の精度や反応速度の全てが通用しない。何一つとして御坂に届かない。

麦野「……!!」

光の翼を引き剥がされ、がら空きになった肉体に紫電を纏わせた貫手を繰り出され、激痛が走るより早く――
御坂は麦野の背後へと回り込み、その背中に砲弾を思わせるタックルを強かに浴びせて薙払う。
一方的な虐殺(ワンサイドゲーム)、勝負にすらなっていない。個人の暴力では大自然にかなわないように。



――――この間、僅か二秒――――



373 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:12:15.13 ID:ZqwWwwUAO
〜0時0分56秒〜

麦野「があっ!!」

ここで麦野は拡散支援半導体の全てをバラまくと共に原子崩しを一斉掃射で御坂へと撃ち込む。
前後左右上下、蟻穴すら許さない千丈の堤が押し寄せるが如く原子崩しによる流星雨を放った。

御坂「――――――」

しかし御坂の双翼はただ羽を広げただけで星座をも崩す連撃を、揺蕩う波形と粒子をも隷下においた。
形を失った破壊は何一つとして壊せぬまま光の粒子に取って代わり、麦野の攻撃は『発動前』に巻き戻される!
帝都タワー上空で鎬を削る両者の差異は、御坂が『合わせてやって』いるほどの懸絶した力量差が横たわっている。
手の平に乗せた蟻を潰さぬようにつまむ力加減で、麦野を決して殺してしまわぬように。

麦野「――!!」

麦野の戦いそのものは56秒前に終わっている。だがそれでも譲れないものがあった。『負けたくない』と。
56秒前まで麦野はレベル5の女性能力者にあって『最強』に達した。0次元の極点でレールガンを打ち破った。
だが『最強』では『無敵』には決してかなわない。二人のレベルにはそれほどまでの開きがある。



――――この間、僅か三秒――――



374 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:12:42.55 ID:ZqwWwwUAO
〜0時0分57秒〜

もはや言葉もなく麦野は翼撃を御坂に浴びせかけるも御坂の切り返しは鍔迫り合いすら許さず打ち砕いた。

二枚の翼が粉砕され、引き離された麦野は宙返りしながら尚も襲い掛かる連撃を前髪数本斬らせてかわす。

そこから再びバレリーナのように美しく力強い月面蹴りを見舞うも御坂はそれを優々と顔を背けていなす。

いなした側から左手による紫電を纏わせた一撃で麦野の翼は更に二枚、四枚と引き裂き――

麦野はその瞬き一つで敗れ去る刹那に原子崩しを撃ち返す!それに合わせて雷撃の槍が押し潰す!!

更に二枚に焼き尽くされた『光の翼』は残り二枚。浜面の時のような持久戦ではなく――

真っ向からの力比べから撃破されて行く。手加減され手心を加えられそれでも押し負ける。

この全てがスローモーションに見え、全てがクリアに視える戦い。それは己が自分だけの現実をぶつけ合う二人の

――二人だけの世界だった。横並びの友達ごっこでは決して見えて来ない真っ正面の角度。

この戦いを知る滝壺は後にこう評する。『妬けちゃうくらい、二人はお互いの事しか見てなかった』と



――――この間、僅か四秒――――



375 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:13:14.39 ID:ZqwWwwUAO
〜0時0分58秒〜

御坂「……っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」

麦野「――ッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」

直径百キロにも達しようかと言うスーパーセル(雷雲群)の力全てを麦野に向けて放たんとする御坂と

銀河の果てまで物質を斬り飛ばす事の出来る0次元の極点でそれを受け止めんとする麦野が交差する。

科学の世界では原始の海に生命を生み出す源(エネルギー)になったと言われる落雷と

宗教(オカルト)の世界では神が創世にもたらした最初の源(エネルギー)とされる光が

全一の雷光(レールガン)が

零元の閃光(メルトダウナー)が

命(みこと)を司る学園都市第三位(みさか)が

死の字を冠する学園都市第四位(むぎの)が

鏡合わせに映る光と影の二人の乙女はこの時同じものを見ていた。

御坂は一瞬、妹達や白井黒子の事を忘れてしまうほどに

麦野は刹那、美鈴との約束や果たされた使命を忘れてしまうほどに

二人は、互いだけを見つめていた。

決して重ならない身体と言葉と心を超えて

今、二人は一つになった。



――――この間、僅か五秒――――



376 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:14:00.17 ID:ZqwWwwUAO
〜0時0分59秒〜

point central 0の名を冠する上条当麻。



0次元の極点を統べる麦野沈利



経度0の始点であるグリニッジ天文台になぞらえられるように



世界の始まりは常に0からだ



だが御坂はその0を越えて行く



1の0の2進法の海を泳ぎきって手を伸ばす



全一の雷光、零元の閃光に下される裁きの光(judgelight)



一万三十一本の十字架聳え立つ絶望の丘を越えて



辿り着く先は最強(むぎの)を超えた無敵(ぜったい)への頂――



僅か6秒の死闘の果てに、1と0の世界(はざま)を超越して――



377 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:14:27.56 ID:ZqwWwwUAO
〜0時1分〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――御坂美琴は、絶対能力者(レベル6)へと登り詰めた――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
378 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:16:48.06 ID:ZqwWwwUAO
〜LEVEL6〜

――決着は直後だった。

麦野「がはっ……」

雷雲群全ての力を一つに束ねたエネルギーを麦野の0次元の極点は相殺しきれず余波に吹き飛ばされ……
共に双翼を失った両者は空中にてもつれ合い、御坂は麦野の身体に最後の力を振り絞って――

御坂「――――――!!!!!!」

ゴキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!と御坂の膝が麦野の胸に、肘が鎖骨に突き刺さったまま……
全体重をかけて上空から帝都タワー最上階へと御坂は麦野を仰向け寝に叩き潰し押し潰し捻り潰した。
御坂の全力と麦野の全霊が二人の全身から力を奪って行く。二人にはもう何も残されていなかった。

麦野「ぐっ……あっ……」

麦野の胸骨が、肋骨が、鎖骨がまとめて何本か折れる音がした。首の骨が折れなかったのは偏に御坂が――

御坂「――――麦野さん――――」

スーパーセル(雷雲群)をも統べるレベル6(絶対能力者)の力を惜しげもなく捨て去ったからだ。
もう二度とレベル6になれる好機など訪れないとわかっていて、御坂は一度限りの決着に全てを懸けた。

御坂「…………さようなら…………」

御坂は最後の最期まで人を殺す事が出来なかった。麦野の命を奪う事も死を与える事も出来なかった。
白井への行く手を阻み、自分を裏切って敵となった相手すら殺せないほどに御坂は優し過ぎた。

御坂「――私、あんたの事本当に好きだった」

麦野「――――…………」

麦野の唇から血が溢れ出す。その言葉に応える声もなく、麦野の目は帝都タワーの電光時計へと向けられた。
8月13日0時1分。麦野の勝利(まけ)で、御坂の敗北(かち)だった。それはまるで――

御坂「……知らなかったでしょ?」

管制塔にて結ばれた結標と姫神、灯台にて別れた結標と白井のように、電波塔にて二人は再会した。
在りし日の鏡写しのように相似形を描く御坂と麦野。歩み寄れても分かり合える事は決してない二人。

麦野「――――知ってたよ…………」

麦野の意識が手離されて行く。もうそれ以上言葉を紡ぐ力は残されてはいなかった。
御坂は闇に堕ちていった麦野の涙に濡れた頬に手指を添え、囁きかけるように言った。

御坂「――――“嘘つき”――――」

唇に触れる微かな温もりと柔らかな感触。それを感じながら麦野は意識を失った。



『嘘つき』という言葉に、『その通りだ』と声もなく応えて――



379 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:17:23.45 ID:ZqwWwwUAO
〜LEVEL0〜


滝壺「――むぎのが……負けた?――」


第十九学区旧電波塔


佐天「…………音が、止んだ…………」


“バビロンタワー”頂上決戦


初春「――――御坂さん――――」


“レベル6”御坂美琴VS“レベル5”麦野沈利


固法「……そう、終わってしまったのね」


所要時間16分


御坂「……あんたは最後まで、私の望む幻想(ことば)なんてくれなかったね――」


勝者――――“超電磁(レールガン)”


麦野「――――――………………」


敗者――――…………


380 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/12(日) 18:17:52.14 ID:ZqwWwwUAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
食 蜂 「 貴 女 の 負 け よ ぉ み ぃ ー さ ぁ ー か ぁ さ ぁ ー ん 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
381 :投下終了です [saga]:2012/02/12(日) 18:19:56.18 ID:ZqwWwwUAO
滝壺「むぎのとみさかがイチャイチャしてる……」ミシミシ



いつもレスありがとうございます。次回でバビロンタワー編が終わると思います。では失礼いたします!
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/12(日) 19:47:45.89 ID:s4asWZnr0

383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/02/12(日) 21:30:24.96 ID:HOf8bNVfo

まさかのミサキチ横恋慕か
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/02/12(日) 22:16:46.85 ID:vpD9nJXO0

第十四話のタイトルを見た瞬間鳥肌立ったぜ…
385 :作者 ◆K.en6VW1nc :2012/02/15(水) 15:56:26.37 ID:3Y6yL/NAO
あ、復活してますね。

第十五話&十六話は今夜投下させていただきます。
386 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 19:59:15.61 ID:3Y6yL/NAO
〜8月13日〜

御坂「くっ……」

麦野「――――――」

御坂「(もうスッカラカンだわ……電磁バリアー一つ起こせやしない)」

バビロンタワーにおける頂上決戦を制したのはやはり“常盤台の超電磁砲”御坂美琴だった。
しかしその代償は大きく、御坂は疲労困憊のあまり麦野を膝に横たえさせたまま動けなくなっていた。

御坂「(回復まで一日二日でどうにかなるもんじゃない……)」

スーパーセル(雷雲群)をも取り込んで得たレベル6(絶対能力者)の力の片鱗なくば……
0次元の極点を振るう麦野には勝てなかっただろう。だが最大にして最強の障害を取り除いてなお

御坂「(早く黒子の下へ行かなくちゃいけないのに!)」

御坂の内部に山積する問題。それはタワー最深部にいるであろう白井の安否と仲間の行方だ。
その上胸骨、鎖骨、肋骨まで打ち砕いた麦野をどうするかが問題であった。このまま放っておく事など考えられなかった。
それに御坂にはまだ聞き出していない事がある。それは何故麦野が自分の前に立ちはだかったのかと言う――

ババババババババババババババババババババ

御坂「ヘリ!?」

疑問を覚えた瞬間、『六枚羽』に似た一機のヘリがバビロンタワーの頂点にまで上昇して来たのだ。

滝壺「むぎの!」

御坂「!?」

自動操縦のヘリの縄梯子に片手で捕まりながら姿を現したのは学園都市第八位に登り詰めた滝壺。
思わぬ新手の出現に御坂は今度こそ覚悟を決めた。相手は対能力者に限れば麦野以上に厄介な存在に。が

滝壺「………………」

御坂「…………あん」

滝壺「むぎのを返して」

ホバリングするヘリを背に降り立った滝壺は麦野の姿を目にするなり御坂へと駆け寄って来た。
その静謐な眼差しには大きな悲しみと小さな怒りが宿り、同時に形容し難い感情に揺れていた。

御坂「……引き渡すには条件があるわ!」

滝壺「ダメ……どんな内容でも飲めない」

御坂「………………」

滝壺「むぎのには手出ししちゃダメって言われてたけど、ごめんね。こんな姿見せられたら」

御坂はそこで駆け引きに打って出ようと考えた。麦野達の目的を知ろうと。だがそれはすぐに無駄だと悟らされる。

滝壺「――頭でわかってても、気持ちが押さえられないの――」

滝壺の目は本気だった。純水を思わせる静謐な泉の水底に沈む、殺意の氷が透けて見えるほど。

387 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 19:59:42.40 ID:3Y6yL/NAO
〜1〜

御坂「……わかったわ」

滝壺「――ごめんね、どうしてもありがとうって言えないんだ」

御坂「……そうでしょうね」

滝壺は意識を失っている麦野を御坂から奪い返すようにおぶって背を向けた。目を合わせたくないのだろう。
滝壺は浜面のために生きるという意思と、麦野のためなら死ねるという意志さえ御坂には感じられた。
御坂から戦闘力が失われたのと、九人のレベル5一穏健派と言われる滝壺だからこそ回避出来た争い。

滝壺「でも、みさかも謝らないでいいよ」

御坂「………………」

滝壺「むぎのが自分で考えて自分で決めた事だから。だから私はみさかと戦わない」

だがヘリに麦野を乗せ振り返った滝壺の眼差しを見て決して甘さや弱さから来る言葉でない事を御坂は知った。
滝壺は麦野の意志を最大限に汲み取った上でそれに従っているのだろう。多少八つ当たり気味だとしても。

滝壺「――みさかの仲間はもう、タワーの中に入ったよ」

御坂「何ですって!?」

滝壺「もう“終わった”から通してあげたの」

終わった?一体何がいつから始まりどこで終わったと言うのだ?そう御坂は柳眉を顰める。
しかし滝壺はそれに構う事なくヘリのスライドドアに手をかけ、締め切る直前にこう言い残していった。

滝壺「早く行かないと――」

御坂「ちょっとあんた待ちなさいよ!!」

滝壺「――手遅れになっちゃうかも、ね」

御坂「!?」

滝壺「バイバイ」

そうして重傷を負った麦野を乗せたヘリは帝都タワーから離陸し飛び立っていった。御坂を残して……

御坂「……なんなのよ」

これで終わりではないのか?それともこれは始まりに過ぎないのか?そうへたり込む御坂の元へ――

佐天「御坂さん!!」

御坂「佐天さん!?」

佐天「白井さんが……白井さんが」

先程の戦いの余波でエレベーターまで使用不能になったのか、佐天が息せき切らして階段で上がって来た。
だがその顔色は決して芳しくない。むしろ突入前までより悪くなっている。そう御坂が察すると――

佐天「白井さんがどこにもいません!!」

御坂「!?」

予想は、状況は、悪化の一途を辿るばかりで一つの光明を見出す事さえ御坂に許さなかった。

388 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:01:37.78 ID:3Y6yL/NAO
〜2〜

固法「手塩先生!しっかりして下さい!!」

手塩「くっ……、とんだ、不格好さ、だ」

初春「ひどい……」

バビロンタワー最深部にある病室の壁面に手塩は『埋め込まれて』いた。
白井の能力が暴走した事により、まるで壁に飾られた牡鹿のトロフィーのような有り様であった。
固法は透視能力(クレアボイアンス)を使ってサーチしながら慎重にハンマーで壁を壊して手塩を救い出すも……
五体満足であろうはずもなく、特に左足首の皮膚がゴッソリ持って行かれており初春は思わず目を背けた。

固法「どうして!?どうして電話も無線も通じないの!!?」

白井の凶行、断線されたままの通信、増援も救急車も来ない。だが手塩は鉄面皮に脂汗を滲ませながら

手塩「“こういう状況”は、何も、初めてではない」

固法「どういう……意味ですか?」

手塩「――君の、能力を、もってしても、底すら見えぬ、“闇”の世界の話だ」

初春「………………」

手塩「恐らく、今夜起こった出来事は、全て“なかった事”にされる……だが、そんな事は今はどうでもいい」

手塩は初春に止血剤を塗られながら包帯を巻きとりあえずの応急処置を施されている間に二人に伝える。
それは手塩がかつて学園都市暗部に身を置いていた過去ではなく、この手傷を負わせた存在――

手塩「白井黒子を、追ってくれ。私はもう、歩く事さえ出来ない。応援も見込めない、君達の手で」

固法「手塩先生!!」

手塩「彼女を、止めるんだ。彼女は、恐らく死ぬつもりだ」

初春「……!!」

手塩「“あの子”と、同じ目をしていた……“あの子”と、同じように言葉を……」

手塩を巻き込んだ後、白井は『何故か』能力暴走を止め、このバビロンタワーから出て行ったと言う。
その後に麦野らがこのタワーを支配下に置いていた事を感じながらも手出し出来なかったのだ。
そして手塩の過去と白井の現在は今合わせ鏡のように重なる。故に手に取るようにわかるのだ。

手塩「――警備員として、子供達に、こんな真似はさせたくない。だが、一人の人間として……」

初春「……わかりました」

手塩「……ありが、とう」

そこで手塩は力尽きてしまった。初春はその手を握り締め、誰よりも冷静な判断を下した。

初春「――固法先輩、表の車で早く手塩先生を病院へ!!」

389 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:02:04.56 ID:3Y6yL/NAO
〜3〜

固法「後は頼んだわよ、みんな!」

初春「――お願いします!」

佐天「………………」

御坂「――任せて」

そしてタワー上層部から佐天に肩を借りて降りて来た御坂と、突入に使ったレクサスGSに乗り込んだ固法と手塩。
見送る三人を残して車は病院を目指し闇夜を駆け抜けて行く。全ては御坂達の手に託された。

御坂「――黒子は私が止める」

佐天「御坂さん……」

御坂「初春さん、黒子の足取りは追える?」

初春「出来ます。ただ、私はもうこのバビロンタワーから出られません」

佐天「……どういう事?」

初春「如何に小規模な新設支部とは言えまだ収監されている能力者は軽く十人いるんです。私はここに残ってシステムを復旧させなくちゃいけないんです」

地下道を逆戻りしながら初春はノートパソコンを開き、御坂の質問と佐天の疑問に同時に答えた。
白井の足取りは御坂が発した常識外の放電現象にも地下道に潜っていた事で免れたパソコンで追える。
学園都市中の生き残っている監視カメラにハッキングすれば良い。だが同行すれば一体誰が……
収監されている警備員支部を蛻の殻に出来よう?初春は活動停止処分を受けていても風紀委員なのだ。

御坂「流石に冷静ね……」

初春「スーツを着た非常識みたいな人と色々ありましたから……」

佐天「垣根さんか……」

同時に、とある事件を通じて垣根と縁を持った事が初春を飛躍的に強くした。そんな彼女は今や

初春「佐天さん!」

佐天「な、何だい初春!?」

初春「――御坂さんの事、お願いしますよ!!」

佐天をギュッと抱き寄せて頬擦りしたのだ。あのオリエンテーリングの輪にもなかなか馴染めなかった初春が

初春「御坂さん!」

御坂「う、うん……」

初春「――白井さんを、よろしくお願いしますね」

誰よりも冷静に大局を見て皆に指示を飛ばせるようになるまで成長したのだ。佐天が寂しく感じるほどに。



――――そしてついに――――



初春「これが最後のマスターピースです」

超電磁砲の力の枝葉も回復出来ないほど消耗しきった御坂に代わって初春がハッキングでかき集めた白井の足跡。
そのデータがついに御坂の携帯電話へと転送される。白井が向かう先、辿り着く場所を示すマスターピース

初春「――耐えて下さい。どんなに残酷な現実を目の当たりにしても」

390 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:04:04.27 ID:3Y6yL/NAO
〜4〜

佐天「こんな無能力者(わたし)でも、誰かの役に立てて嬉しいです」

御坂「そんな風に言わないでよ。今佐天さんがいなかったら私歩けないんだから」

初春が警備システムを復旧させたバビロンタワーを後にして、佐天は御坂を乗せたママチャリを漕ぐ。
雨上がりの夜空、見上げる夏の大三角を仰ぎながら佐天は荷台に腰掛けた御坂に訥々と語る。
スーパーセルが去り、どこからか歌い上げ始めた虫の音と名残を惜しむ雨垂れを背に二人は行く。

佐天「――さっきは、すいませんでした」

御坂「もういいよ。私も気にしてないし佐天さんももう気にしないで」

そんな道行きの中、佐天は水晶宮での言い争いを御坂に詫びた。だが御坂もまたカラッとした物言いで。
佐天の腰に回した腕で感じる、自分にさえ乏しいくびれがしっかりある事を少し恨めしく思って。

佐天「……寂しかったんです。みんなどんどん変わって行くのに、私一人だけ取り残されちゃったみたいで」

御坂「……そうだね、私達も色々変わっちゃったねこの一年間で」

初春はもはや佐天の手から離れてしまうほどしっかりしてしまった。白井は女として目覚めてしまった。
御坂は長らく迷いの直中にあり、佐天はそんな三人にいつしか距離を感じてしまった。上辺をどれだけ取り繕おうと。

御坂「……だから、黒子は私から離れて行っちゃったのかな?」

佐天「どうなんでしょう……御坂さんにわからない事なんて、私じゃもっとわからないですって」

御坂「私だってわかんない事だらけだよ。黒子がどうしてこうなっちゃったのか、どうして……」

麦野が自分の前に立ちはだかったのか?と言いよどんだのを佐天は汲んだ。麦野沈利。もう一人の御坂美琴。

佐天「――あの人、何だか御坂さんに止めて欲しかったように見えました」

御坂「ええっ!?」

佐天「あの人、御坂さんと戦ってた時ずっと泣きそうな顔してました。心が悲鳴を上げてるみたいに」

スロープを下りながら佐天は麦野をそう評した。四人の中で最も情に厚い佐天だからこそわかるもの。
同時に御坂と麦野の関係の枠外にいるからこそ見えて来る距離感。真っ正面だけでは見えて来ないもの。

佐天「――今思えば、ですけどね?」
391 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:04:42.62 ID:3Y6yL/NAO
〜5〜

佐天「私昨日もあの二人に会ってるんですよ。アイスもらっちゃったりなんかして……えへへ」

佐天は語る。二人で一つのアイスを舐めていた麦野と滝壺。その後の電話の際に見せた麦野の横顔。それは

佐天「……でもイヤな話ですよねー昨日までアイスくれた優しい人達と殺し合いしなくちゃいけないだなんて」

御坂「ふふっ、そうね……」

佐天はもらったラズベリーアイスの味を、御坂は何度目かのキスの味を思い出して笑いあった。
真夏の夜、雨上がりの街、二人乗りの自転車、そんな当たり前の日常はきっと今夜が最後になると……
どちらともなく理解していた。初春から聞かされた手塩負傷と、脱走に際して白井が持ち去った『もの』を考えると。

佐天「なんか御坂さん、あの人と戦ってから吹っ切れたっぽく見えますけど?」

御坂「――うん、覚悟が決まったからかも知れない」

佐天「………………」

御坂「これ、内緒にしてね?二人だけの秘密だからね??」

佐天「はい!」

御坂「――私、きっと麦野さんに恋してたんだと思う」

御坂の言葉に佐天の細い肩がビクッと震えたのがわかった。確かに予想外だろうなと苦笑して。
御坂とて、殺し合いに等しいあの死闘なくばこれから先に待ち受けるものに果たして心乱されずにいられたか。

御坂「皮肉な話よね。横並びの友達ゴッコじゃ見えてこなかった想いが、敵同士になって初めてわかるだなんて」

佐天「……私が言うのも何ですけど、それって悲し過ぎません?」

御坂「――悲しいよ。好きな人が男の子と女の子一人ずつ、二人の内どっちとも結ばれないんだもん」

佐天「あんなにモテまくってるクセに本命が落とせないなんてかわいそう〜」

御坂「佐天さん、もっぺんぶつよ?」

佐天「えへへ、ごめんなさい」

しかしその通りだろうなと御坂は苦笑した。そんな繰り言を口にしなければ胸が張り裂けてしまいそうだった。
白井の今を思うと泣き崩れてしまいそうになるからだ。心折れるのは全てが終わってからでも遅くはない。



――――そう、白井を『殺さなくてはならない』その後にでも――――



392 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:06:34.73 ID:3Y6yL/NAO
〜6〜

麦野「……また振り出しね」

滝壺「良いんだよむぎの。もう頑張らなくても」

同時刻、麦野は滝壺に付き添われてカエル顔の医者の病院にいた。
ヘシ折られた胸骨と肋骨と鎖骨には包帯が巻かれており……
冥土帰し特製の麻酔により発熱や激痛も抑えられている。
だがそれにも増して痛む胸裡を知る滝壺は麦野の手を握る。

麦野「別にそんなつもりなんてねえよ。私は私なりにあいつとの白黒(ケリ)を着けたかっただけの話」

滝壺「――それもお仕事のうちだから?」

麦野「って言いたいところだけど、タイムアップ過ぎたら頭から吹っ飛んじまった」

滝壺「………………」

麦野「全身全霊(ほんき)だったよ。まさかあのタイミングで来るだなんて思ってなかった」

麦野は動かない左腕を右手で触れた。折られた鎖骨は痕が残らないように治してもらえた事は幸いだった。
お気に入りのワンピースが着られなくなるのは御免被ると。そして何よりこれでまた当分お預けかと。

麦野「殺すつもりでやらなきゃ私が殺されてた。まあ途中殺されてもいいかなんて思ったりしたけど」

滝壺「ダメだよむぎの。そんなの絶対に許さないから……!!」

麦野「滝壺……」

そう冗談めかして笑う麦野の側で、滝壺は肩を震わせていた。
涙を堪えているのか怒りに耐えているのか、ポツリポツリと

滝壺「ごめんね……わたし、みさかに嫉妬してる」

麦野「………………」

滝壺「むぎのに“殺されてもいい”だなんて言わせるくらい想われてるみさかに嫉妬してる」

麦野はそんな滝壺の頭にヒョイと右手を乗せた。白く細長い手指でその黒髪をサラサラと撫でながら。

麦野「……そう言えばあんたにゃずいぶん頑張ってもらったね。ギャラ半分やるからそれで勘弁して」

滝壺「そんなのいらない」

麦野「ちゃんと受け取りなさい。今度はアイスじゃなくて」

金もらって仕事してんだからギャラもらわなきゃそれこそ『偽善』でしょ、と麦野は呆れた風に言う。
浜面と二人暮らしなのだから色々と物入りでしょうし暗部が解散してからこういうデカいギャラあんまないよ?と

滝壺「じゃあ、ちゅー、して?」

麦野「テメエ頭のネジ緩んでんの!!?」

393 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:07:01.25 ID:3Y6yL/NAO
〜7〜

滝壺「やだ。わたし見てたんだよみさかがむぎのにちゅーしてたの」

麦野「あのガキやっぱり……ってそれは違うだろ!むしろ私が被害者でしょ!!?」

滝壺「ずるい。みさかばっかりずるいよ」

麦野「何対抗意識燃やしてんだよ!だいたい私もあんたも彼氏持ちでしょうが!!」

滝壺「むぎの、なんでそんなにムキになってるの?」

麦野「うっ……」

滝壺「そんなに、みさかの残していった痕が愛しい?」

麦野「(やべえ、ガキがありんこ踏み潰す時と同じ目してやがる)」

意外に嫉妬深い質なのだろうかコンクリートの打ちっ放しにさえ手形が残りそうな迫力で滝壺が見つめて来る。
蟻を潰す時の子供の目、というのはバビロンタワーで滝壺が御坂に向けたそれと本質的には同じである。

滝壺「ダメ?」

麦野「ダメって……」

滝壺「………………」

麦野「――わかったよ、目閉じてて。開けたらやめるからね?」

滝壺「いい、よ」

手指を滝壺の滑らかな頬に添える。縁取られた睫毛が意外に長く、小顔だと麦野は思った。
キスする時目を開ける女は例外なく性格が悪いが、この際見られて恥ずかしいのは自分の顔だ。
頬、輪郭を、這う指先が形を確かめるようにして黒髪をより分け耳朶に触れるとくすぐったがる。

麦野「んっ……」

滝壺「ふっ……」

唇を軽く合わせ、麦野の目が細くなる。男のそれとは違う感触、温もり、柔らかさに意外に相性が良い事を感じる。
焦れて来るまでこうしていたい。そう思いながら下唇を食むようにして軽く一舐めすると滝壺がピクリと震えた。
二度三度と挟んだ唇を微かに尖らせた舌先で小突くと滝壺が逃げる。甘ったるく鼻を鳴らして誘っている。

滝壺「ふっ……うっ、んっ……」

追い掛けた舌先が、トロリと力の抜けた舌と触れ合った。逃げるくせに、追い詰められる受け入れる。
おずおずと絡めると、ヌルリと生暖かい唾液と冷たい舌を捉えた。手指が頬を撫でるのを止めてしまう。

麦野「滝壺……」

右手を滝壺の背中に回し、手の平ではなく指で背骨から肩甲骨の曲線をなぞりあげて行く。
ハアッ、と漏れ出す吐息にゾクゾクとして来る。どこを触られるのが気持ち良いのか自分で知ってる?と

滝壺「むぎの……」

名前を呼ばれるともうたまらなかった。もっと、もっとと。

394 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:08:54.05 ID:3Y6yL/NAO
〜8〜

ピチャ、クチャと恥ずかしさが先立って忍ばせていた音が高くなる。絡ませた舌が離れて行かない。
強く吸い立てられれば後戻りが出来なくなる。力の抜けきった舌が思うがままに応えて来る。
ほとんど初めてだと言うのに、何をどうすれば良いのかがわかる。子宮(ほんのう)が教えてくれる。

滝壺「あっ、むぎの、やっ」

交換しあう唾液に溶かさるように舌先をくすぐりたて、舌の裏の柔らかさを楽しむように舐めしゃぶる。
絡ませる舌が、離れがたい唇より連なる架け橋が落ちる前にすくい取っては舐め上げる。
いつしか無意識(ほんのうてき)に弄る手の平が膨らみに触れ、その柔らかさに反比例して滝壺が身を固くする。

滝壺「むぎの、ダメ、怖い……」

麦野「………………」

滝壺「怖いよむぎの……」

首筋に鼻先を寄せると、滝壺は両手で受け止めるだけで押し返しはして来なかった。だから――
首筋にうっすらと透けて血管に沿って熱のこもった舌をなぞらせた。それに滝壺がついに喉を晒した。
白い喉に赤い舌。まるで吸血鬼にでもなった気分だった。強く吸い立てもしないし歯も立てない。

麦野「私が怖いか?滝壺」

滝壺「むぎのに食べられちゃいそう……」

麦野「んっ……」

滝壺「へ、んに、なっちゃう……むぎの、目怖いよ」

服も脱がさなければ手も入れない。体温に触れてしまえば何かが壊れてしまうという確信。
故に麦野は唇を離し、同時に納得する。白井と結標は恐らくこれに狂って壊れたのだろうと――

麦野「――大丈夫、これでわかったから」

滝壺「はっ、えっ……?」

麦野「あんたは知らなくていい事。目開けたからおしまいね」

次第に吐息がかすれ、潤みだした目元の柔らかい皮膚にキスを落として麦野は遊びを締めくくった。
やはり女同士は最悪だと改めて認識を強くしながら、抱き寄せて来る滝壺の肩口に顎を乗せて。

麦野「あー浜面に本当悪い事したわ。これ内緒にしといてちょうだい」

滝壺「嘘つき……」

麦野「え?」

女同士に『終わり』は来ない。狂ったように壊れるまで互いを求め合い、擦り切れて死んで行くであろうと

滝壺「――本当は、みさかとこうしかったんじゃないの?」

麦野「………………」

たった今キスした唇を尖らせて少しばかりむくれる滝壺の表情に、麦野は溜め息をついて目を逸らした。

395 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:09:20.88 ID:3Y6yL/NAO
〜9〜

滝壺「いいよ。私じゃみさかの代わりになれないかも知れないけど、それでむぎのを慰められるなら」

麦野「……馬鹿言ってんじゃねえっての。あんたを綺麗な身体のまま返すって浜面に約束してんだから」

だいたいこんな身体で抱けるか麦野はかぶりを振って滝壺から離れる。恥かかして悪いけどねと付け加えて

麦野「――私も化け物だけど、あいつらみたくなりたくないし」

滝壺「しらいの事、だね?」

起き上がらせたベッドに背をもたれかけさせながら麦野は滝壺の黒髪をいじる。その目蓋に浮かぶは――

麦野「“あれ”を見たらさしものの御坂も心折れるかも知れないね。私と殺し合ってた方が兆倍楽だろうさ」

滝壺「だから私にしらいを押さえさせたんだよね」

白井黒子。滝壺が麦野に押さえておけと言われたのは有象無象の佐天達などではなかったのだ。
滝壺の仕事は『タイムアップまで白井を帝都タワーから出さない事』であり……
麦野の仕事は『タイムアップまで御坂を帝都タワーに入れない事』だったのだから。

滝壺「ならどうしてほっといたの?」

麦野「――あいつには借りがある。リハビリ手伝ってくれた時の」

思い起こされるのは去年の暗部抗争前夜の事。その日も麦野と滝壺は病院にいた。今では逆の立場だが

麦野「――思いを遂げさせてやればいい。私の仕事の中に誰かを救い出すなんてオーダーは入ってないよ」

その言葉に滝壺は再びむくれた。どれだけ御坂の事を宿敵(ともだち)として信頼しているのかと。
だが麦野は麻酔の効き目もあってか欠伸を噛み殺し眠りに入る心積もりであったようで付き添いの滝壺もまた――

滝壺「私も朝までむぎのといっしょにいる。今夜は帰りたくない」

麦野「そう、今日はお疲れ様……ってあんた何してんの!?」

当然のように革張りのソファーを麦野のベッド側まで寄せ、肌掛け布団を一組引っ張って来たのである。

滝壺「むぎの……」

麦野「おい待てコラ!怪我人相手に――」

麦野にはわからない。知らず知らずの内に御坂と連呼し続けた事が滝壺の内なる『鬼』を目覚めさせた事に

プツン……パサッ……

麦野「んっ……!」

滝壺「はまづらには、ナイショ、ね……」

微かな衣擦れの音と共に、麦野の大事な何かが失われ――
否、“奪われる”事になるのはまた別の話である……
396 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:11:44.70 ID:3Y6yL/NAO
〜10〜

そして一晩中二人乗りの自転車を漕いでいた佐天の濡れ羽色の黒髪に目映い朝焼けの光が反射する。
御坂はもはや言葉もなくひたすら携帯電話に目をやり演算を繰り返しながら来るべき時に備え――
二人はついに辿り着いた。約束の地、約束の時、約束の相手と巡り会うその場所へと。

佐天「御坂さん、こっから先は自転車入らないんで掴まって下さい」

御坂「うん……」

佐天の肩を借りて御坂は瓦礫に塞がれた道を行く。未だ蝉さえ目覚めていないこの『最終処分場』を。

佐天「……まるでお墓みたいで薄気味悪いです。何でこんなところに……」

御坂「――そうね。私もそう思うよ」

至る所に咲き乱れているマリーゴールドを掻き分け二人は地図から消された海上学区へと足を踏み入れて行く。
神奈川県まで跨る学園都市にあって二十年前に開発途上で放棄されたアクアライン『軍艦島』。
白井が海を見に行きたいとねだり、結標と死に別れたという終の地。滅美の廃墟(まち)である。

御坂「こんなところ、どんなに綺麗でも二度と足を踏み入れようだなんて思わないわ。だから――」

佐天「――帰りましょう。今度は三人で」

二人は行く。長い年月をかけ潮風がもたらした赤錆にまみれた市街地を抜け、時によろめきながら進む。

御坂「三人で帰って、また四人で集まろうね佐天さん。何年先になるかわからないけど」

佐天「待ちますよ何年だって。その間にも変わらない自信、私ありますから」

御坂「……うん」

目指す先は白井が結標と共に海を眺めた場所だ。携帯電話のGPSはそこで止まったままだが――

佐天「……いましたよ」

御坂「――うん」

御坂達は辿り着いた。朝焼けの青海を臨むタワーとタワーの狭間に架かる下弦の月のような回廊(はし)へ。
その人物はその回廊の終わり際にて膝を抱えて海を眺めていた。そのあまりにも変わり果てた姿に――

御坂「――――帰るわよ――――」

洗い晒しの髪を潮風に靡かせるに任せ、海を見つめる光を失った虚ろな眼差しが此方を向いた。

黒揚羽の翅を思わせる『霧ヶ丘女学院』のブレザーを肩に羽織り、胸元は包帯をサラシのように。

彼女が履いていたミニスカート、身に付けていた金属製のベルトに軍用懐中電灯を差し込む――



――――死んだはずの『結標淡希』を想わせるその亡霊の名は――――



397 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:12:10.38 ID:3Y6yL/NAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「―――――“黒子”―――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
398 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:12:36.38 ID:3Y6yL/NAO
〜11〜

白井「………………」

佐天「(……白井さん、何て眼をして)」

そこにはバビロンタワーにて手塩が押収物として管理していた『結標淡希』の遺品を身に纏った……
『結標淡希』の死に装束で己を飾った白井黒子がいた。光さえねじ曲げる重力の虹を宿した双眸を湛えて。
振り向くなどと言った動作を行わなければ死体と思うほど生気というもの欠落した出で立ち姿で――

白井「………………」

御坂「――帰るわよバカ黒子」

白井「………………」

御坂「……ごめんね、今のあんたしゃべれないんだったっけ。木山先生のカルテに書いてたね」

今の白井は精神崩壊を招きかねないほどの衝撃を受け口をきく事も出来ないのだと佐天も思い当たる。
まるで人魚姫のようだと思った。結標という魔女に声を奪われ言葉を失った可哀想な人魚姫だと。
しかし御坂は努めて明るく、出来る限りいつものように『バカ黒子』と呼んだ。
支える佐天の肩に伝わるほどの……絶望に必死に抗うような震えを隠しながら。
佐天も覚悟だけはしていたつもりだった。だがしかし

佐天「(……“死者との同一化”……)」

予想以上に白井の精神状態はその暗黒面に身を堕としていた。死者と自分との一体化などと……
いったいどれだけの暗い淵に飲み込まれているのか見当もつかない。精神科医ならばこれにどんな診断を下す?
自分が殺したかも知れない相手の衣服を纏い、白井黒子から『結標淡希』そのものになりたいのか

御坂「帰るわよ黒子!そんな格好してちゃダメ!!“戻れなくなる”わよ!!?」

白井「………………」

御坂「黒子!!!!!!」

歪みなどというわかりやすい愛情の発露なのか、狂ったという単純な罪悪感がなせる行為なのか……
結標に包まれていると感じたいのか、死に装束を纏った姿を鏡に映してそこにいなくなってしまった――

佐天「白井さん!!!」

白井「…………!!!」

もうこの世界にいない『結標淡希』を鏡に見出したいのか、恐らく全てをひっくるめての事だろう。だがそこで


御坂は気づかなかった


佐天も知らなかった


彼女の美しい濡れ羽色の黒髪が


白井「あ」


――――『姫神秋沙』の姿を白井の脳裏に蘇らせてしまった事を――――

399 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:13:04.28 ID:3Y6yL/NAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
400 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:15:39.27 ID:3Y6yL/NAO
〜12〜

その瞬間架け橋全体を揺るがすような獣の咆哮が轟き渡り、白井の精神がついに破綻を迎えた。
それに合わせ白井を中心点にして半径10メートルに『空間移動』が能力を暴走させ吹き荒れる!

佐天「白井さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

御坂「下がって佐天さん!!」

佐天「!?」

御坂「黒子に佐天さんを“殺させ”たくない!!!」

轟ッッ!と暴れ狂い射程も質量も何もなく瓦礫が、鉄骨が、小石が、スーパーセルのように渦巻く。
そこで御坂は佐天を架け橋の始点まで突き飛ばして逃がす。状況はまさに最悪そのものであった。
あれでは恐らく御坂の顔すら認識出来ていない。発話が出来ないからコミュニケーションも取れない。
殺意などなくとも周囲の人間を殺しかねない白井の、皮肉にも架け橋になるとかつて残骸事件で啖呵を切った能力が――

御坂「“ブレンターノのローレライ”……まさに人魚の歌声が嵐を呼ぶってね!!」

この虹の架け橋(レインボーブリッジ)で荒れ狂っている。
幻想の中で結標との逢瀬の場になった虹の架け橋の鏡写しのように。
3月9日に食蜂が御坂に語って聞かせた不吉な預言の成就そのもの。

白井「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

『結標淡希』に魅入られ、その亡霊となり、さらに今彼女が甘く優しい声で手招きする地獄へ飲み込まれかけていた。
風紀委員としての正義、御坂の露払いとしての信念、生来持つ優しさ、全てが呪われ汚穢に染まって闇に堕ち行く。
紋白蝶のようだった白井は結標という黒揚羽を失い、今や絶望を撒き散らす骸骨蛾へと羽化した。

佐天「もう……」

佐天はレインボーブリッジの始点にて涙をこぼして這いつくばった。もう誰も白井を止められない。
自ら黒死蝶(むすじめあわき)にいざなわれるがままに闇に飲み込まれて自滅して死ぬか

佐天「おしまいだよ……!!」

自分達を殺してしまうかも知れない。白井にはもう自分達の顔もわからない。声も届かない。もはや神ですら救えない。


そう、世界は誰にも優しくなどない。


だがもし、その死に至る病(ぜつぼう)から解き放たれる時があるならば


それは――

401 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:16:06.65 ID:3Y6yL/NAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――殺してあげるわ、黒子――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
402 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:16:32.17 ID:3Y6yL/NAO
〜13〜

佐天「!!?」

御坂「私の手で殺してあげる。あんたを解き放ってあげる」

御坂が、朝焼けの虹の架け橋(レインボーブリッジ)に佇みながら吹き荒れる白井を見据えてそう言った。

佐天「御坂さん!?」

御坂「……ごめんね佐天さん。これだけは私にやらせて欲しいんだ」

驚愕と衝撃と戦慄の三重奏に見舞われた佐天に背を向けて御坂は言った。
あの最強の敵たる麦野沈利さえ殺さずねじ伏せた御坂が……
いま最悪の敵となった白井黒子(むすじめあわき)を殺すと告げたのだ

御坂「先輩らしい事、何もしてあげて来れなかったから」

佐天は思った。もはや白井を止める事など誰にも出来ない。
それどころか御坂にはもうほとんど超電磁砲のパワーなど残されていない。
コインさえも麦野に焼き尽くされて失ってしまったと言う。なのに

御坂「――ありがとう佐天さん」

佐天「!?」

御坂「佐天さんがここまで自転車漕いでくれたおかげで少し回復出来たんだ。って言っても」

10秒分しか充電出来なかったけど、と御坂は笑って言った。
レインボーブリッジを吹き抜ける潮風が前髪を目元に被せる。
夜明けの空の下、シャンパンゴールドの髪を輝かせながら。

佐天「御坂さんやめて!白井さんを殺さないで!!」

潮風がビリビリと震わせるレインボーブリッジのワイヤーが軋る音が全てを掻き消して行く。
まるでG線上のアリアのように物悲しく空気を震わせる。
今にも千切れそうな白井に残された最後の弦(G線)。
御坂はそれを断ち切ると言った。他ならぬ自分自身の手で。

白井「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!」

かくしてここに『常盤台のエース』御坂美琴と『風紀委員』白井黒子の最初で最後となる『鏡鬼』が始まる。

御坂「――行くわよ“人魚姫”」

誰かが言った。この戦いは運命だったと。誰かが言った。この闘いは宿命だったと。

佐天「お願いやめて……!」

レベル5“超電磁砲”御坂美琴(レールガン)対レベル4“空間移動”白井黒子(むすじめあわき)

佐天「二人ともやめて……!!」

決戦の舞台は旧電波塔(バビロンタワー)より移り変わり――

佐天「誰か二人を止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

――虹の架け橋(レインボーブリッジ)にて火蓋は切って落とされる

403 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:17:11.73 ID:3Y6yL/NAO
〜14〜

この瞬間、御坂美琴は全てを捨てる事を決めた。


上条当麻への深く分かち難い愛情も


麦野沈利への淡く離れがたい恋情も


常盤台の女王という地位も名誉も何もかも


己の全てを捨てて白井に捧げる事を誓った


吹き荒れる暴風


吹き抜ける潮風


終わらない夏への扉


滅美(ほろび)の廃墟(まち)の果て




――――カシャンッ――――




白井の胸元より、結標から贈られたオイルクロックがひっくり返って落ちた。




――――――“  1  ”――――――




破滅へのカウントダウンが始まった





404 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:19:45.04 ID:3Y6yL/NAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第十五話「mind as Judgment」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
405 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:20:29.69 ID:3Y6yL/NAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――下される審判(さばき)の時、打たれる黒白(けっちゃく)の刻――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
406 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:20:57.36 ID:3Y6yL/NAO
〜0〜

あいつと鉄橋で対峙した過去(きのう)

あの女と陸橋で対立した現在(いま)

あんたと桟橋で対決する未来(あした)

予感さえ感じなかった

予知さえ出来やしない

予想すら不可能だった

それもこの最悪のタイミングで

それもこんな最低のステージで

私とあんたが敵になるだなんて

海に照り返す朝焼けがいやに眩しくて

吹き付けてくる潮風がやけに五月蝿い

去年の今頃、来年が来るだなんてとても思えなかった

あんたと迎える二度目の夏がこんな形で終わるなんて

あんたと過ごして来た365日の全てが

私に残されたたった10秒にかかってる

終止符は私が打つ

決着は私がつける

最後は私が決める

安っぽい悲劇(ストーリー)も

薄っぺらい絶望(シナリオ)も

浅はかな御伽噺(フェアリーテール)も

みんなみんなまとめてブチ壊してやる

だから神様、あんたは手を出さないで

押し付けられた後ろ向きの祝福も

押し売りされる偽物の奇跡なんて

もう一つだっていらない

そんなものに救われなきゃいけないほど



――――“私達”の世界は弱くなんかない!!!――――



407 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:21:24.22 ID:3Y6yL/NAO
〜1〜

ズバァッ!と御坂の肌蹴た肩口から鮮血が迸り縦に走る傷が深く刻み込まれた。

御坂「――――!!!」

空間移動の能力暴走により飛来した硝子が鎖骨を断ち割ったのだ。
だが御坂は悲鳴すら上げずに駆け出した。この嵐を呼ぶ人魚の元へ。

御坂「私は進む……」

次々に飛来する廃材、鉄骨、大釘の中へ御坂は飛び込んで行く。
噴き出した血飛沫の一滴一滴がスローモーションに見えるほど――

白井「ぐがああああああああああああああああああああ!!」

御坂の集中力は高まっていた。同時に演算しながら肌身に感じる。
今の白井は暴走も相俟って姿形のみならず能力までもが『結標淡希』そのものだ。
射程距離、最大重量はおろか手にさえ触れずに空間移動を可能とする。

御坂「前に進む!!」

空間移動の嵐に巻き込まれればそれだけで容易くこの廃墟を飾り立てるオブジェの一つとなるだろう。
白井の足元に落ちたオイルクロックの雫が落ちるところはおろか巻き上がる塩の一粒まで数えられる。


―――――――“ 1 ”―――――――


その瞬間、伸ばした左手に白井の飛針が突き刺さって貫かれた。

408 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:21:51.26 ID:3Y6yL/NAO
〜2〜

佐天「御坂さ」

佐天の叫びが響き渡るより御坂の脇腹に、右腕に、左大腿部に飛針が突き刺さる方が早かった。

御坂「……!!」

白井「る゛ああああああああああああああああああああ!!」

白井がついに御坂を排除すべき『敵』として認識してしまった。
否、今の白井には御坂美琴(おねえさま)が見えていないのだ。
思わず御坂は膝がよろめき前につんのめりそうになりながら――

御坂「がっ……」

血を吐き出しながらも踏み出した足を、駆け出した足を止めない。
麦野との戦いで体力気力精神力演算力全てが限界を越えている。
故にわかる。この膝を折る事即ち心が折れると言う事を。だから

御坂「あんたを……」

御坂はレインボーブリッジを疾風迅雷が如く駆け抜ける。
麦野との戦いで得た、筋肉組織に電流を流し込んで加速する力を。
破壊の余波にワイヤーが千切れボルトが砕け散る嵐の中を――


―――――――“ 2 ”―――――――


自殺行為に等しい吶喊をもって御坂は一陣の神風となる。
自滅行為に走る白井の元へと一歩でも前に進むために

409 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:22:18.99 ID:3Y6yL/NAO
〜3〜

その瞬間、白井が動き出した。影すら踏ませぬ空間移動。
見失う御坂、見上げる佐天、弾かれたように気づく両者に

轟ッッ!

御坂「っ」

上空から兜を割り面を断つような軍用懐中電灯による奇襲。
御坂はそれを前髪数本切らせてバックステップする――

白井「があっ!!」

より早く!再び白井が連続で空間移動を繰り返して御坂の頭蓋骨を叩き割ろうと襲い掛かる。
空間移動のタイムラグは暴走状態のためか一秒にも満たない。まず御坂の鳩尾を軍用懐中電灯の尾で突き

御坂「ぐっ……」

返す刀で顎を打ち抜き、平らな喉仏を突き、更には額を割るように叩きつけられ血が流れる。
全てを捨て全てから解き放たれた白井はあまりにも強過ぎた。これが本来の力と言わんばかりに

御坂「(……痛いよ)」

正義を、信念を、優しさを失った抜き身の暴力(やいば)。
それを受け蹈鞴を踏んだ御坂は涙が溢れそうになった。

御坂「(――こんなあんたを見せられるのが、一番痛い)」



―――――――“ 3 ”―――――――


常人(さてん)の目では追う事すら出来ない高速を越えた光速を思わせる戦闘。だがそこで気づく。



――――御坂が、一度も白井を攻撃していない事に――――



410 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:24:32.89 ID:3Y6yL/NAO
〜4〜

上条『……、それでも、嫌なんだ』

あんたはもっと痛かったでしょうね。私も今スッゴく痛い。

御坂『今回ばかりは負ける訳にはいかない』

死ぬ気で拳を握るより、死ぬ気で拳握らない覚悟の方がずっとずっといるんだって初めてわかったわ。

上条『“戦わない”』

でも、私はあんたみたいなヒーローじゃないしヒーローになんてなれない。

上条『――それでも、戦いたくない……っ!』

私ね、これからひどい事するんだ。黒子を……殺さなくちゃいけない。

この子の自分に向かう痛みを、受け止める事を言い訳にして――

黒子を殺さなくちゃいけないんだ。そうしないとこの子はもう止まれない。

私の痛みなんて全然対した事ない。この子が背負ってしまったものを考えたら。

きっとこの子、もう自分が何をしてるかさえわかってないんだと思う。

上条『もうこれ以外に方法がなくたって、他にどうして良いのかわからなくたって、それでも嫌なんだよ!』


―――――――“ 4 ”―――――――


そんな風に言い切れるあんたの気持ちが

あの時感じる事しか出来なかった思いが

この子に、届くかな?

411 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:24:58.52 ID:3Y6yL/NAO
〜5〜

佐天「御坂さん!!!」

白井「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」

御坂の左頬に叩き込まれる白井の右拳、よろめいた所へ左拳が腹部に突き刺さって身体が浮き上がる。
それを見て佐天は確信する。今の自分の知らない白井は自分の知っている中で最凶の存在であると。
恐らく御坂が麦野との戦いによって限界を迎えずとも苦戦は必至だった事に疑いはない。
誰かの盾となると誓った剣が誰かに刃を向けるという事の恐ろしさ。このままでは御坂は

佐天「白井さんやめてえ!!」

白井を殺すどころか自分が殺されてしまうだろう。更に駄目押しとばかりに白井の空間移動からの――
佐天が受けたならば首の骨が折れるほどの空中回し蹴りに御坂が吹き飛びレインボーブリッジを舞う。



―――――――“ 5 ”―――――――


だがこの数秒に満たない戦闘の中にあって佐天は気づけない。

いつの間にか白井の周囲に吹き荒れていた能力暴走が僅かに

御坂という標的を見つけた事により勢いを緩めている事に

御坂「――――!!」

白井すら気づかない。御坂がそう導いている事に

412 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:25:56.48 ID:3Y6yL/NAO
〜6〜

わかるよ黒子。好きになっちゃいけない人を好きになっちゃった時のあんたの気持ち。

私もあいつにそうだったから、私もあの女にそうだからわかるんだ黒子。

諦めと聞き分けと物分かりのいい女の子でいたかったよね。

惨めな無い物ねだりなんてせず、他人以上に自分で自分を哀れむような

そんな恋じゃなくて、誰からも祝福されて心から笑える

そんなハッピーエンドが欲しかったんだね。わかるよ黒子



今のあんたは、あの日の私の合わせ鏡だ



結標さんを殺してしまったかもって言う罪悪感(ぜつぼう)の中で

もう自分が死ぬしかないって、こんなにボロボロになるまで苦しんで

北極海で私があいつの手を掴めなかったように、あんたも結標さんを……

慰めてあげたい。叱ってやりたい。その後に優しく抱き締めたい。

一緒に苦しんで、一緒に泣いて、一緒に痛みを分かち合ってあげたい。

でも



―――――――“ 6 ”―――――――



もう時間が残ってないみたい。だから、私があんたを解き放ってあげる。

こんな辛い現実認めたくないけど

ここに来れた事に感謝したい

送り出してくれたみんなに

支えてくれた佐天さん達に

力を貸してくれた亡き妹達に

それから――

413 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:26:30.96 ID:3Y6yL/NAO
〜7〜

そこで状況は一変した

御坂「ッッッッッ!!!!!」

白井「!?」

欄干に叩きつけられた御坂に白井が軍用懐中電灯を一文字に振り切ろうとして

御坂「いいわ……」

ガギィィィィィン!と御坂が左手を貫いていた白井の飛針を鮮血と共に握り締めその一撃を押し返し

佐天「!?」

更に切りかかる白井の一撃を受け止め、そこから二人は剣の舞のように火花を散らして行く。
突きを浴びせる切っ先を御坂が飛針でかち上げ、振り下ろされる連撃を薙ぎ払って凌ぐ。
麦野との戦いの中で切り結んだ経験が、フェンシングの心得さえない御坂にそれを可能とした。

白井「………………!!!!!!」



―――――――“ 7 ”―――――――


白井が再度振りかぶる軍用懐中電灯を、亜脱臼して使い物にならない右腕を盾に受け止め手指を伸ばす。
そこで御坂は白井の手を包み込むようにした自分の手もろとも左手の飛針を器用に操り――

佐天「っ」

自分の手の甲から白井の手の平まで繋げるように飛針を突き刺し楔を打ち込み逃げられなくする!

414 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:29:17.66 ID:3Y6yL/NAO
〜8〜

そう、御坂は結標が評したようにある種のサイコパスなのかも知れない。
性善に振り切ったそれは時に性悪よりも手に負えないのだ。
自滅へ向かう白井の狂気すら飲み込むほどのそれに、麦野は魅せられた。
『観念の化け物』とまで言われる『優しさ』は正しく狂気の沙汰だ。

御坂「あんたが、“もう自分が死ぬしかない”とか思ってんなら」

白井が恋し、焦がれ、憧れたそれ。御坂が背負う10031本の十字架。
麦野が惹かれ、魅せられ、殺されてもいいとすら感じたそれは正しく

御坂「“もうこうするしかない”とか思ってんなら……!」

『上条当麻』の合わせ鏡のような御坂美琴が持ち合わせる『助けたい』『救いたい』『守りたい』というそれ。
御坂を敵に回そうとも『守らなければならない』と麦野が立ちはだかった理由はここにある。

御坂「――それをこの御坂美琴(わたし)が“許す”とか思ってんなら……!!」



―――――――“ 8 ”―――――――


御坂が白井を抱き寄せる。己の身体を的にして暴走にある一定の方向性をもたらすように誘導し……
動きを封じる最初で最後の千載一遇(チャンス)に、御坂は白井を『殺す』その一瞬に全てを懸ける――!!!
415 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:30:55.16 ID:3Y6yL/NAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御 坂 「 ― ― ま ず は そ の ふ ざ け た 幻 想 を ぶ ち 殺 す ! ! ! 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
416 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:31:21.98 ID:3Y6yL/NAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第十六話「only my railgun」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
417 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:31:48.06 ID:3Y6yL/NAO
〜9〜

白井「ぐああああああああああああああああああああ!!!!!!」

―――――――“ 9 ”―――――――

御坂「御伽噺(ゆめ)の時間は終わりよ人魚姫(くろこ)!」

―――――――“ 9.9 ”―――――――

抱き締めたまま浴びせかける御坂の電撃、残り一秒に満たぬ正真正銘最初で最後の全身全霊全力全開。

―――――――“ 9.99 ”―――――――

御坂は上条当麻のような全ての人間を救い出し異能の力を打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)などない。

―――――――“ 9.999 ”―――――――

御坂は麦野沈利のような全ての物質を断ち切り次元を切り裂く原子崩し(メルトダウナー)などない。

―――――――“ 9.9999 ”―――――――

御坂「泡になって消える事なんて許さない!!」

―――――――“ 9.99999 ”―――――――

御坂「――人間(げんじつ)に戻るのよ黒子!!!!!!」

―――――――“ 9.999999 ”―――――――

だか御坂には自分だけの現実(only my railgun)がある――!!!

418 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:32:14.52 ID:3Y6yL/NAO
〜10〜

結標『――愛してるわ……“秋沙”――』

御坂の中に白井の記憶が流れ込んで来る。木山春生が引き起こした幻想観手事件の時のように。

姫神『               』

灯台にて向かい合う姫神が、その言葉を引き金に白井へと迫る。
この暗い夜より深い海より黒い眼差しに『女』としての鬼気を宿して。
何故愛していると言われて姫神が狂ったのかは御坂にはわからない。

白井『――――――………………』

だが白井は全てを受け入れたように頭を垂れ、悟ったように力無く微笑み、諦めたように迫って来る姫神に……
突き飛ばされ海に落ちて死ぬ事を選び、それを罪に対する罰として贖おうとする白井と償わせようとする姫神の

結標『――好きよ……“黒子”――』

二人の間に割って入り、白井を庇うように両手を広げて背を向ける結標。
しかしそれさえも許せないのか姫神は止まぬ勢いのまま両手を突き出し……
それに対して弾かれたように顔を上げた白井に対し、洗い流されたように透き通った声で結標は――

結標『――――もっと、早く貴女に会いたかった――――』

突っ込んで来た姫神を両手で愛おしそうに抱き止め、白井を守り抜いて海へと落ちて行った。
それはかつて麦野が自分の胸に抱かれて眠る御坂に対して囁いた言葉である事を御坂は知らない。
ただ一つわかった事は、結標は姫神に対し共に死を選ぶほど深く愛し、白井に生きて欲しいと願うほど強く恋していたのだ。

白井『“お姉様あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ”ー!!!!!!』

地獄の底のように暗く深い海に堕ちて行った二人に対し、白井は確かに『お姉様』と叫んだ。
誰よりも力になりたいと願った強い御坂に対しではなく、誰よりも守りたいと望んだ弱い結標に……
白井は死をもって許されざる恋に終止符を打つ事さえも出来ず、結標達の命によって清算されてしまったのだ。

御坂「――――――」

いつの間にか、結標が白井に贈ったオイルクロックが止まっていた。
二度と戻る事のない二人の生きた時間(あかし)を刻むように……
そして全てを知った御坂の目から溢れる涙が代わりに雫を落とす。

1と0の刹那(はざま)の中で

419 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:34:29.08 ID:3Y6yL/NAO
〜0〜

佐天「御坂さん!白井さん!!」

御坂「………………――――――」

白井「うっ、ううっ、うううっ」

横倒しとなったオイルクロックはもう時を刻む事はない。御坂は泣きじゃくる白井を抱き締めながら――
駆け寄って来る佐天ではなく、物悲しいほど涼やかな海の風と爽やかな夏の朝を見上げていた。

佐天「ヒドいケガ……早く抜かないと!」

御坂「いいの佐天さん……」

佐天「でも!!」

御坂「――そのままにしておいて欲しいの。もうしばらくの間」

御坂の膝にて幻想を打ち砕かれた白井が嬰児のように啜り泣いている。
我に返ったのだろう自分のして来た事全てに懺悔しているようだった。
御坂は白井と自分を刺し貫き繋ぎ止めている飛針を佐天に外させない。
代わりに辛うじて動く左手で白井の頭を優しく撫でてやる。
登り行く太陽に、白い虹が貫くようにかかっているのを見送りながら。

御坂「――――少し、疲れたわ――――」

結標の残した霧ヶ丘女学院のブレザーとミニスカートを纏い、軍用懐中電灯と金属製ベルトを手離さない白井。
御坂は暫く動けなかった。白井は結標を殺してなどいなかった。だが白井はそうは思わないだろう。

佐天「……御坂さん」

膝の上には泣き疲れて力尽き眠る白井、佐天はそれを受け止める御坂を胸に抱いて涙を零している。
本当に大変なのはこれからだ。無罪である事は同じく生き残った吹寄の証言と合わせれば何とかなるが……
今日の正午から開かれる保護者説明会及び常盤台理事会、並びに脱走した警備員支部など問題は山積している。が

御坂「……これからきっと、生きてる方が辛い事がいっぱいあると思う」

これから白井をどうやって支えて行き、守り抜き、立ち直らせて行けば良いかと思うと崩れ落ちそうになる。
それには恐らく御坂の全てを捧げなければならないだろう……いや、それでさえ利息分にもなるかどうか。
それほどまでに白井の抱えた負債はあまり大きく重いものだった。御坂はそんな先行きを見通しながら

御坂「死んだ方が楽かも知れない」

御坂は一言だけ、この朝焼けの海に沈み泡となって消えてしまった結標淡希に対して別れを告げた。

御坂「――それでも私は」

夏への扉の向こうへと――

420 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:34:57.09 ID:3Y6yL/NAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――――それでも私は、きっとあんたに生きて欲しいんだと思う――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
421 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:35:23.45 ID:3Y6yL/NAO
〜8月13日〜

御坂「――佐天さん、初春さんに電話お願いしていいかな?」



アクアライン“軍艦島”



佐天「わかりました。ついでに救急車も呼んでもらいますね」



“レインボーブリッジ”最終決戦



初春「もしもし?……おはようございます佐天さん」



“超電磁砲”御坂美琴VS“空間移動”白井黒子



滝壺「“向こう”も終わったみたいだね、むぎの」



所要時間10秒



麦野「……電話来てる」



勝者――――“常盤台のエース”御坂美琴



白井「お゛、ね゛、え゛……」



敗者――――“風紀委員”白井黒子



雲川「58−1+50−1=51か……予定通りでもちっとも嬉しくないけど」



――――人魚姫は二度と歌わない――――

422 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/15(水) 20:35:49.15 ID:3Y6yL/NAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――――さようなら、もう一人の人魚姫(むすじめあわき)――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
423 :投下終了です :2012/02/15(水) 20:37:55.31 ID:3Y6yL/NAO
ちょっと燃え尽きました。少しお休みをいただきますね

そしていつもレスをありがとうございます。ささやかなバレンタインです。では失礼いたします。
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/02/15(水) 21:26:10.30 ID:f56BTLiAO
おっ禁書全盛期のあの人が帰ってきてたのか
乙乙楽しみにしてるわ
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/16(木) 17:09:09.95 ID:qKKp1dAy0
426 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 17:51:23.15 ID:C11cO4OAO
>>1です。最終話を投下させていただきます
427 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 17:53:25.40 ID:C11cO4OAO
〜15〜

初春「ふう……」

8月13日早朝、初春はレインボーブリッジにて白井を保護したとの報を佐天から受け一息ついた。
既にバビロンタワー内のセキュリティーシステムは復旧しており、後は警備員らが戻って来るのを待つのみであった。

初春「(白井さん良かった……御坂さん達間に合ったんですね)」

目映いばかりが射し込む陽光に朝露が輝き、夜明けの空が一部壁の崩れたサーバールームから伺える。
恐らく白井は手塩を無力化した後、このスーパーセルの直撃を受け生じた穴から脱獄したのだろう。
ここにあるサーバーは外部侵攻出来ないように切り離された捜査情報や機密が集積されている。
内外から切り離され独立した上に最高度のプロテクトをかけられており情報の持ち出しすら出来ない。
バビロンタワー内部に突入出来なければ自分はおろか御坂さえも発見出来なかったであろうブラックボックス。

初春「(……本当に“無駄足”にならずに済んで何よりですよ)」

そこにあった捜査情報を閲覧した初春は当初愕然とさせられた。
それは吹寄の証言が添えられ白井の無実が証明された事ではなく

初春「(……どうして貝積副理事長から釈放命令が?)」

前統括理事長の行方不明と共に親船による現体制に移り変わり、副理事長には貝積が据えられている。
その貝積が白井に対し釈放命令及び一切を不問に付すようにという要求まで添えられていたのだ。
白井と全く接点のない貝積副理事長の名前に初春は喜ぶより先に眉を顰めた。それに付け加えて

初春「(第一発見者のリストの中に“彼女”の名前があります。これはどういう意味なんでしょうか?)」

その時初春の脳裏に宿ったのは、このバビロンタワーで御坂と敵対し……
同時にあの空中庭園のBBQパーティーで長々と話し込んだ麦野の姿。
その二つの顔がどうしても重ならない。何故麦野は御坂と敵対せねばならなかったのだ?

初春「(調べてみる必要があるかも知れませんね)」

今からセキュリティーを破る時間は流石にない。故に初春は一言一句頭に叩き込んでサーバールームを出――

初春「(……誰かさんのせいでどんどん悪い子になっちゃってますね、私)」

???「本当よねぇ」

初春「!?」

ようとした矢先、初春の見開かれた眼差しに映り込んだのは

???「頭脳力はあの四人の中で一番キレるわぁ♪」

鮮烈な朝焼けの中佇む、闇より深い逆光の影法師――

428 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 17:53:52.80 ID:C11cO4OAO
〜14〜

佐天「(長い三日間だったなあ……何だかドッと疲れちゃった)」

8月13日9時1分。警備員及び救急隊の出動を要請した佐天と御坂達は一時間後に無事保護された。
今現在佐天は救急隊に揺られ、その傍らには拘束された上でストレッチャーに横たわる白井と見守る御坂。そして

黄泉川「全くお前達と来たら!どれだけ大事になってるかわかってるじゃん!?」

御坂「すいません……」

佐天「(でも“ごめんなさい”って言わないところが御坂さんらしいなあ)」

警備員らを率いて駆けつけて来た黄泉川がこんこんと叱り飛ばし、御坂も頭を低くして恐縮していた。
だが黄泉川も固法の手により搬送された手塩から粗方の事情を聞いており、その怒りには些か勢いが足りない。

黄泉川「(またぞろ“連中”に出し抜かれた形になったじゃん)」

スーパーセルが猛威を振るい各地で交通封鎖や避難誘導に追われていた黄泉川もまた舌打ちをしたくなった。
昨晩からかかった上層部の圧力、謎の情報統制にまんまとしてやられた形であった。それに加えて

黄泉川「……まあ今日のところはこれくらいで勘弁してやるじゃん。ほら肩を出せ。巻き直しじゃん」

御坂「すいません……ってて痛い痛い!」

まさか御坂達が白井を捕まえたなどと夢にも思わず、肩口を縛り直す包帯がややキツく締め上げられる。
御坂も全身血だらけで打撲傷なども決して少なくない。健気に振る舞ってこそいるがフラフラだろう。
これがもし動脈にでも達し大量出血を引き起こしていれば間に合わずに死んでいたかも知れない。
何せ地図にない廃墟な上最寄りの警備員支部や病院まで優に車で一時間はかかるのだから。

御坂「うわっ……今更痛い。生きてるって傷ついたり痛いって事なのね」

黄泉川「応急処置はしてやるから取り調べが終わったら病院行って検査してもらうじゃん。罅が入って――」

御坂「ごめんなさい先生、それ無理です」

黄泉川「?」

御坂「――常盤台に戻って、保護者説明会に出なくちゃいけないから……」

黄泉川「………………」

御坂「すいません、それ終わってから必ず行きますから」

そして御坂にはまだやるべき事が残っている。白井の進退がかかっている保護者会及び理事会に物申すために

429 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 17:55:54.53 ID:C11cO4OAO
〜13〜

佐天「本当にやるんですか?」

御坂「うん。黒子が無実なのもわかったし、あの子達が反対署名取り纏めてくれたって婚后さんから連絡あったの」

黄泉川が再び白井のバイタルと小型軽量化に成功したキャパシティダウンをチェックする傍ら御坂は佐天に耳打ちした。
白井を拘束し終えた後婚后から連絡があったのだ。御坂派の人間達が一致団結して一晩で反対署名を集めたのだと。
全てをかなぐり捨てて白井救出に向かった御坂を守る事、それはとりもなおさず自分達が生き残るためでもある。
長を守る事が自分達を守る事に繋がるとわかったのだろう。その素早さたるや婚后派にまで協力を要請したらしく

御坂「常盤台の三分の二、プラス何かあったらその半分が出て行くって息巻いてるみたい。困ったもんね」

佐天「(全然困ってなさそうじゃないですか)」

不当な処分が下されれば常盤台を割る、とまで運動は加熱しているようだが御坂はもうそれを止めはしない。

御坂「(――黒子を守るためなら、私はどんな汚い手だって使ってやる)」

数の論理(ぼうりょく)を用い、あれほど忌み嫌っていた食蜂と同じ道を辿ろうとももはや躊躇いはない。
白井の無実がわかった以上手をこまねいてなどいられない。既に派閥の人間で学園都市側に通じている者……
常盤台に多額の寄付をしている者や海原のように理事会側に身内を持つ生徒などが動き出していてくれている。

御坂「(今ならわかるわよ食蜂操祈。あんたの言う政治力ってやらの切れ端がね)」

それでもダメなら復興支援委員会にまでその運動を広めてやると御坂は頭を切り替えていた。
脱獄もまた罪であるし手塩に大怪我をさせた罰は当然受けねばならない。だがもし白井が常盤台を放校されたら

御坂「(――ここを“巣”にする。黒子を守るための“巣”に)」

あそこまで壊れてしまった白井を誰が支えるのだ。ならば派閥で囲い込み白井を守る巣を作り上げるまで。
今の今まで『清』のみを選び取って来た御坂は、今や『濁』をも併せ呑む女王への第一歩を踏み出していた。

佐天「そ、それでもダメだったら?」

御坂「そうねー常盤台に立て込もって武力闘争しようかしら」

佐天「え゛」

御坂「やだ佐天さん冗談冗談♪」

佐天「(目が笑ってない……)」

皮肉にもそんな清らかであった御坂を支えていた白井が壊れた事が、彼女を女王へと目覚めさせたのだ。

430 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 17:56:21.08 ID:C11cO4OAO
〜12〜

佐天「でも白井さんこれから本当にどうなるんでしょう……」

黄泉川「――これは私の大きな独り言じゃん」

佐天「?」

黄泉川「手塩はスーパーセルの煽りを食らって、急拵えの突貫工事で崩れ落ちた施設の壁の下敷きになった」

御坂「………………」

黄泉川「白井はその時心神喪失状態にあり、錯乱して飛び出してしまった……なんて事手塩が病院から電話で言ってたような」

佐天「!」

黄泉川「嗚呼、歳食うと独り言が多くなるじゃん」

遠ざかって行く海岸線を小窓から見送りながら黄泉川は大きな『独り言』を佐天と御坂に聞かせた。
手塩自身がかつて暗部に身を置いた理由が今の白井のように言葉と声を失ってしまった子供が要因であると

黄泉川「(甘過ぎるぞ手塩。でもそう言う甘さは嫌いじゃないじゃん)」

黄泉川は知っている。手塩が今もその子供を養い育てている事を。恐らくはそれを白井に重ねているのだろう。
もっともそれは吹寄の証言により白井が無実であり、かつ風紀委員としてこれまで貢献して来た功績を鑑みての事だが……
同時に御坂達が知り得ない貝積新副理事長直々のお達しを受け入れねばならない裏事情もあるのだ。

御坂「――支えてあげよう。私達の手で」

佐天「……はい!」

御坂「長い時間がかかるかも知れない。それでも……今まで黒子はみんなを守って来たんだもん」

黄泉川「………………」

御坂「今度は私達が黒子を守ってあげよう。そうでなきゃあの子に申し訳立たない」

佐天「はい!!」

小さくガッツポーズを取る佐天に微笑みかけながら御坂は誓う。
確かに白井は罪を犯した。好いてはならない相手に懸想してしまった。
挙げ句このような悲劇を引き起こした咎は極めて重い。
今でさえ他者から見て過ぎた身内贔屓との謗りも免れないだろう。が

御坂「(――あんたが命懸けで救った黒子を、見殺しになんてさせない)」

愛してしまった相手が間違いでも、誰かを愛した事は間違いではないと御坂は心中で言い切った。
だが白井をここまで壊してしまった悪因悪果(むすじめあわき)を決して許す事は出来ない。
しかし白井を姫神の手から守り己と引き換えに殉じた結標に御坂は誓う。貴女の分まで黒子を守ると。

御坂「(常盤台クーデター、本当に考えとこうかしら?)」

もうこの世界から消えてしまった、あの黒揚羽のような少女に――

431 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 17:58:33.63 ID:C11cO4OAO
〜11〜

雲川「いつにも増して面白い顔してるけど」

ジョン「哀然。絆創膏がかぶれて痒い」

8月13日11時23分。雲川は第七学区にあるベーカリー『サントノーレ』にてフルーツクリームサンドを頬張っていた。
カフェも兼ねている石作りの店内は涼しく、逆にカウンターに立つジョンなる外国人従業員と……

青髪「男前上がりました?」

やる気なさげにレジにて頬杖を突く青髪らの暑苦しいまでに殴られた痣や絆創膏の貼られた顔があった。

雲川「(また何かトラブったなこいつらは。見てて飽きないけど)」

どうせまた裏でこそこそと何か事件を引き起こしたか巻き込まれでもしたのだろうと雲川はさり気なく流す。
そんな事よりこの時間まで朝食さえ取れないほど忙しさにかまけ不平を鳴らす腹の虫を黙らせねばならない。が

青髪「今日は大将(そぎいた)さんと一緒とちゃいますん?」

雲川「おい!それだと私がいつもあの馬鹿大将とワンセットみたいに聞こえるんだけど!?」

ジョン「当然。なんのかんのとよく一緒に店に(ry」

そこで雲川はメロンサンドを咥えながらジョンなる外国人従業員に付け合わせのプチトマトをぶつけた。
対するジョンも新しい戸籍を与えてくれた名付け親に対して頭が上がらないのかそこで口を紡ぐ。しかし

青髪「わかってますって雲川先輩。この台風騒ぎでまた飛び出して行ったとかそんなとこちゃいます?」

雲川「わかってるならいちいち口に出さないで欲しいけど」

青髪「(やけ食い気味なん見ればわかりますってー)」

削板に対し未だ素直になれずとも意外にわかりやすい雲川をおちょくるのが青髪のささやかな楽しみである。
それは復興支援委員会の中にあって青髪の正体を知る、数少ない信頼出来る人間という事もあるが――

雲川「コピ・ルアクのおかわりが欲しいけど」

青髪「(一杯5000円するコーヒーばかすか飲んでくれる太客さんやしねえ〜)」

ジョン「(莞然。商売繁盛で今日もメシが美味い)」

同じ学校の先輩後輩という間柄、加えて金払いの良い大事なお得意様という事も手伝って――
やたら上背のあるコンビはニヤニヤと気持ち悪い営業スマイルを浮かべて新たなコピ・ルアクを注ぐ。
ちなみにコピ・ルアクとはジャコウネコに食べさせた未消化物のコーヒー豆から取り出した変わり種のコーヒーである。
432 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 17:58:59.24 ID:C11cO4OAO
〜10〜

青髪「せやけど、それ以外にもなんぞイヤな事ありましたん?」

雲川「何故わかる。それも能力なのか?」

青髪「いえいえ、雲川先輩がやたらコーヒーおかわりする時ってストレス溜まってる時ですし」

ジョン「瞭然。雲川女史の機嫌が斜めな時は一目でわかる」

その言葉に雲川はふうと溜め息を一つ吐き、天井で回るプロペラファンを見上げた後に目を瞑った。
その通りだな、と知らず知らずの内に抱えていた苛立ちの逃がし弁を探るようにしてラフランスのサンドを頬張る。
相手は公式記録から抹消されたとは言え学園都市第六位と記憶を喪失したとは言え元錬金術師なのだ。
それを誤魔化すには些かささくれているし、同様に他者にもそれが伝わっているかも知れないと雲川は自省した。

雲川「――止められない悲劇」

ジョン「?」

雲川「(お前は覚えているのかいないのかわからないけど、姫神秋沙という女に絡んでの事なんだけど)」

青髪「???」

雲川「(お前のその全てを知っていながら知らん顔をしてとぼけるの、良くないと思うんだけど)」

昨晩日付が変わるまで雲川は気が気でなかった。常盤台の超電磁砲ならば事の真相に辿り着くかも知れないと。
自分のように考え抜いた末に結論に行き着くのではなく、彼女は運命に導かれるように事の中心に辿り着く。
幻想御手事件、絶対能力進化計画、第三次世界大戦の北極海、雲川の理合でははかれない不確定要素。

雲川「(昨夜のバビロンタワーの騒ぎを見る限り、第四位はしっかり仕事をこなしてくれたようだけど)」

雲川が眉を顰める暗部の暴力(ちから)。万が一の時のためにかけておいた保険はその効力を発揮した。
残り三十分足らずのところでバビロンタワーに御坂達が現れたのは予想外だったがあくまでも想定内。

雲川「(――私にもっと力があったなら、こんな事にはならなかったはずだけど)」

だがあと一時間早ければどうなっていたかわからないザルなプランであった事は雲川自身も認めている。

雲川「(……新副理事長のブレーンが聞いて呆れるお粗末さだけど)」

もし御坂がもっと早くバビロンタワーに辿り着き、もし白井がもっと早くレインボーブリッジに辿り着き……
二人が合流を果たして『船出』に遭遇してくれたならばと、雲川は心のどこかで期待していたのかも知れない……

433 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:01:00.08 ID:C11cO4OAO
〜9〜

番外個体「ははっ、やれば出来るじゃんおねーたま」

一方通行「………………」

番外個体「ねえどんな気分?一瞬なりとも“二人目”のレベル6が生まれたのって」

一方、番外個体と一方通行らもまた第十九学区のバビロンタワー周辺にて事件現場を見やっていた。
硝子のほとんどが蒸発し、先端が傾ぐ旧電波塔。御坂がスーパーセル(雷雲群)を隷下に置いた証。
あまりに強力な電磁波が発生したため一時MNWが混乱をきたすほどだった大破壊を目の当たりにし……
番外個体はやや皮肉っぽく『おねーたま』の覚醒を賞賛した。御坂の中の一万三十一本の十字架。
通過儀礼的な墓参などよりよほど良いと評する番外個体に対し、一方通行は水溜まりに杖を突き――

一方通行「オレは帰ンぞ」

番外個体「あっ、ちょっと待っ……ん?」

踵を返して崩れ落ちた陸橋と外苑の堀を後にしようとし、番外個体が追いすがろうとした時それに気づいた。

初春「はい、全員無事です!タワー内部ですか?“何もありません”でしたよ固法先輩!!」

番外個体「あれ、おねーたまの取り巻きじゃない?」

一方通行「(クソメルヘンのところの)」

地下道から携帯電話で話しながら姿を現した初春の花飾りに番外個体が気がつき、一方通行が白眉を上げた。
初春飾利。風紀委員兼学生自治会の情報システム部部長。垣根が目をかけている少女だと知り

番外個体「おーい、ちょっとそこの貴女」

初春「あ、御坂さんの……」

番外個体「そ、遺伝子上の妹。どうしたのさこの有り様」

初春「ええっと……」

番外個体はあたりだけフランクに片手を挙げて初春に声掛けをした。
だが初春としても些か口の重くなる話題なのか歯切れは悪い。
一方通行はそんな二人のやり取りから距離を置き、素知らぬ顔を決め込む。

番外個体「まあまあ守秘義務に当たらない範囲で教えてよ。ミサカ気になっちゃってさ」

初春「うーん……なんて言えば良いのか」

番外個体「別にタワーの中で何があったかそのものズバリでも構わないにゃーん?」

ケラケラと笑う番外個体、そっぽを向く一方通行、おたおたする初春。
それだけならば何ら違和感を感じないやり取り。だがしかし――

初春「――何の事ですか?」

違和感がないからこそ拭い去れない異物感を、この時誰一人として気づく事はなかった。誰一人として

434 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:01:28.00 ID:C11cO4OAO
〜8〜

婚后「さて」

一方、婚后は水晶宮内部にある空中庭園にて蘭の世話をしながら水滴残る硝子張りの天井を見上げていた。
さんざめく陽光が降り注ぐ中、婚后は虫を取る手を止めて吹き抜けの下を見やる。するとそこには――

保護者A「いやあ昨日はひどい嵐でしたな。往生させられました」

保護者B「全くかないませんよ。前日入りしていて本当に良かった」

保護者C「はは、今年はどうやら我が社の株主総会より荒れ模様と聞き及んでおりますが?」

婚后「(いよいよ始まりますわ御坂さん。如何にわたくし婚后光子と言えど、手助け出来るのはここまででしてよ)」

次第に水晶宮の大会議場へと集い始めた保護者らの姿が見て取れる。
二ヶ月前に終息を迎えた最終戦争や一ヶ月の七夕事変に関する議題や――
学園都市の新体制、及び常盤台の監督不行き届きが改めて問われるだろう。
その中にあって白井の問題など上げられる槍玉の中では些細かも知れない。が

婚后「(どうか、白井さんをよろしくお願いいたしますわ)」

白井は無実であるという御坂の言に揺らぎはなかった。
そのために派閥の人間及び婚后にまで協力を申し出たのである。
処分は決して軽くはないだろう。しかし白井を常盤台から放り出させるような事にはさせないだろう。
署名運動や有力者への根回しなども可能な限り婚后も手を貸した。だがどう戦うかは御坂の双肩にかかっている。

女生徒達「「「「「お帰りなさいませ“女王”」」」」」

御坂「ありがとう、みんな」

御坂派の女生徒らが居並び作り上げる道筋を、御坂が堂々たる足取りで悠然と闊歩していた。
ところどころ包帯が巻かれた姿は痛々しくありながら、どこか庭園から見下ろす婚后の目には

婚后「――凱旋、と言ったところですわ」

今まで担ぎ上げられるばかりであった名ばかりの長、お飾りの女王と言った甘さが抜けきって見えた。
恐らくは一夜で顔つきが変わるほどに重いものを御坂は背負ったのだろう。揺るがぬほど重いものを。

婚后「どうかご武運をお祈りしておりますわ、御坂さん」

御坂が派閥の人間を束ね上げ、引き連れ、歩みを進めて行く。
婚后にはそれを頼もしくも感じ、同時に僅かながら哀惜を覚えた。

婚后「――いえ、新たなる“女王”」

その姿は、御坂があれだけ忌み嫌っていた先代常盤台の女王、食蜂操祈と二重写しに見えてならなかった。

435 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:03:31.40 ID:C11cO4OAO
〜7〜

固法「そう、なら良かったわ。ありがとう初春さん。お疲れ様」

一方、冥土帰しの病院に手塩を担ぎ込んだ固法は渡り廊下にて携帯電話を耳に当てながら初春の労をねぎらった。
御坂は手傷こそ負ったものの無事であり、白井は衰弱こそひどいが無傷で保護されたと聞き固法は胸を撫で下ろす。
おおっぴらに喜ぶ事などとても出来ないので胸裡にて留めるに限ったが、やはり涙が滲むのは押さえられない。と

寮監「……では失礼いたします」

手塩「ああ、“また”、な」

寮監「――はい」

固法「(後は私の進退問題もね。活動停止処分中に無免許運転で警備員支部に突入だなんてまずクビよね……)」

そこで手塩の病室を出、深々と最敬礼して渡り廊下に姿を表すは寮監である。
固法がスキルアウト時代に覚えた車泥棒の犠牲となったレクサスのオーナーであり……
避難所を通じて手塩と誼を結び、白井らを監督していた人物だが今現在無役である。
彼女もまた白井がために手傷を負った手塩に謝罪しに来たのと、固法が持ち出した車を引き取りに来たのだ。

寮監「………………」

固法「……ま」

寮監「鍵を返してもらおうか」

固法「………………」

寮監「全く、やってくれたものだ」

最敬礼を終えた後も張り詰めた雰囲気を漂わせる寮監は固法から車のキーを受け取り、謝罪を拒否した。
固法のような本来真面目な質の人間にはそれが一番良く効くとわかっているのだろう。固法も顔を上げられない。
しかし寮監はそれ以上続けるつもりもないのか、はたまた手塩から何か言い含められているのか――

寮監「……何をしている?」

固法「!」

寮監「早く来い。歩いて帰りたいのならば引き止めはせんが」

固法「は、はい!」

我が意を得たのか、申し訳なさそうに小走りで駆けて来る固法に背を向けながら寮監もまた一度目を瞑った。
誰も彼も甘過ぎる、と思いながら同時にこうも思った。自分も彼女等の年の頃でもここまで無茶は出来なかったと――

固法「あっ……」

寮監「!?」

そこで固法が渡り廊下の窓より見下ろした先、病院中庭にある小運動場。
そこに見出した人影に寮監も眼鏡越しに眼差しがややキツくなる。

寮監「……変わらないな」

今年の3月9日まで常盤台のもう一つの顔であった少女。初代であった自分から数えて十三代目にあたる――

436 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:03:58.54 ID:C11cO4OAO
〜6〜

美鈴「あれー?出ないなあ沈利ちゃん……せっかく保護者会終わったらデート誘おうと思ったのにー」

運転手「(あの時の半ドア協会の酔っ払いだー!!)」

一方、美鈴もまた水晶宮へ向けて直走るタクシーの中にて繋がらない携帯電話の画面を見ながら呟いていた。
美鈴は酔っ払っていて覚えていないが、奇しくも昨年の断崖大学事件の際に乗り込んだのと同じタクシーである。
苦笑いを浮かべる運転手の表情に気づかぬまま、美鈴は携帯電話をいじくりデータフォルダを開く。

美鈴「(まあまた会えるでしょ。次ここに来るのは大覇星祭かな?)」

麦野沈利。美鈴の命を救い、美琴を守ると約束してくれた少女。
美琴から昨日聞いた限り、どうやら共同墓地まで送ってくれたようだが――

美鈴「(美琴ちゃんの事お礼言いたかったんだけどな……残念!)」

一足違いで顔を合わせる事はかなわなかったようだった。
素直ならざるとも陰ながら娘を支えてくれている少女。
美鈴は開かれたデータフォルダの中から、娘が送ってくれた写メを見返していた。

美鈴「(でもお礼言っても素直に受け取ってくれないのよねえ〜そういうところがまた可愛いんだけど)」

パジャマ姿の娘と男物のワイシャツを寝間着にしている麦野のツーショット。思わず美鈴の顔がニヤニヤと緩む。
その下には娘がトリミングしたのか『ず〜っと友達だからね!』と文字スタンプがキラキラと踊っている。

美鈴「(仲良くしてるといいけど――)」

二万人の『妹達』を持つ美琴にとって、麦野はまるで姉のように接してくれていると美鈴は感じている。
親の目線からすれば二人はまるで姉妹のように似通った芯が通い合っている。一本気な部分が特にそうだ。

美鈴「(大丈夫でしょ♪)」

ツーショットの二人。美琴の知らない美鈴と麦野だけの約束。
『御坂美琴を守る』というそれが、麦野に弓を引かせた。
それを知らない御坂も無意識下のどこかで感じている。
御坂に敗れ去り、力尽きた麦野が流した雨とも涙ともつかない雫。



歩み寄る事は出来ても分かり合う事の出来ぬ二人のツーショットだけが、あの日のままの笑顔で輝いていた。



437 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:06:43.18 ID:C11cO4OAO
〜5〜

麦野「――――――………………」

滝壺「どうしたのむぎの?」

麦野「いや」

一方、麦野は滝壺に車椅子を押されながら病院の敷地内にある小運動場にて外の空気を吸っていた。
つんざく油蝉のコーラスが耳に、雨上がり特有のツンとした清風が頬に心地良く感じられ僅かに頬を緩めたのだ。
間近では少年達がバスケットボールに興じており、比較的カラッとした陽気にまた視力の落ちた目を細める。

麦野「いつも思うのさ。殺し合いだ何だかんだをした次の日の朝はどうしてこうも目に痛いくらい眩しいんだろうって」

滝壺「――生きてるからじゃないかな?」

滝壺がいじって遊ぶルーズなサイドテールを更に三つ編みにしてヘアータイでまとめられた毛先に触れる。
左側の鎖骨を折られ胸骨に罅が入り肋骨も痛み左手も自由に動かせないがそれぐらいは出来た。
そして滝壺も自分ではいじれない長さの麦野の髪が気に入っているのか、サラサラと手に流すように触れた。


麦野『――滝壺、やっぱりこうなったよ』

滝壺「……予想以上に予想通りになっちゃったもん、ね」

麦野「――やっぱりあいつは“持ってる”んだろうね」

滝壺「……こういうのを“運命”って言うのかも」

思い起こされるのはタイムアップ寸前にバビロンタワーに突入して来た御坂達の姿と、対峙した自分達。
あの時点で御坂達は既に時間切れ寸前だったが0時を過ぎるまでは油断出来なかったのだ。
『軍艦島』より船出に出る『パンドラの匣』に、白井や御坂が運命に導かれるようにして出会さぬためにも。

麦野「“運命”ね……なら、今朝方私に電話寄越しやがったあの売女はどんな星の下に導かれてここまで辿り着いたんだろね」

しかし『もう一人』いるのだ。運命に導かれるようにして真実の手前まで辿り着い御坂とは異なる道筋で……
宿命をなぞるようにして真相の果てに行き着いた存在、明け方麦野に電話かけて来たあの声。
砂糖をまぶしたように甘く、水飴を絡めたようにねっとりと、蜂蜜を落とすように毒を孕んだあの声。

麦野「まあ何にせよ、あいつと御坂の関係性からするにおおよそ想像はつくけどね」

今、麦野と滝壷はその人物が姿を現すのを待っている。
密室の中二人きりで膝を交えるにはあまりに危険な存在。
さりとて黙殺するにはあまりに不気味な存在感を醸し出すあの『少女』を。

438 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:07:10.98 ID:C11cO4OAO
〜4〜

滝壺「どういう事?」

麦野「私と御坂が殺し合うところが見たかったんじゃない?高みの見物気取りでね」

滝壺「でも、会うんでしょ」

麦野「そのためにあんたがいる。って言うか能力封じられても別に構わないってさ」

九人のレベル5の中にあって未だ正体がわからない学園都市第六位。
噂では『世界の果てから終わりまで見通す』事が出来るらしい能力。
神託機械(オラクルマシーン)などと言われているらしいが……
そんな都市伝説めいた存在とはまた違った意味で底の見えない存在がいる。
先代常盤台の女王にして学園都市最高の精神系能力者、レベル5第五位――

麦野「――出て来いよ“腐れ女王蜂”が」

そこで麦野がじろりと運動場を見渡した同時に異変は起きた。今までバスケットに打ち込んでいた少年達が――

少年A「へぇ?野生の獣並みの第六感力ねぇ☆」

少年B「いつから気づいてたのかしらぁ」

少年C「御坂さんがお気に入りなだけの事はあるわねぇ」

少年D「でもぉ、そんな傷物にされた身体じゃ食指動かないしぃ」

少年E「貴女私の好みのタイプじゃないのよねぇ」

少年F「御坂さんも趣味悪ぅ〜い」

麦野「滝壺、封じろ」

滝壺「うん」

大柄な少年、骨太な少年、日に焼けた少年、スポーティーな少年、やや肥満気味の少年、中肉中背の少年。
だのにその少年達の口から発せられるのは紛う事無き『少女の声』なのだ。皆一様にこちらを向いている。
ある者は焦点の合わぬ眼差し、ある者は涎を垂らし、ある者は白痴のように口を開けて笑顔を『作らされて』いるのだ。

麦野「――最初から何もかもわかってたんでしょ?心理掌握(メンタルアウト)」

いつの間にか風が止まり、蝉が泣き止み、午後の死が一足先に訪れたかのような沈黙が夏空の下に広がる。
そこへどこからともなくふわふわとシャボン玉が漂っては揺蕩い、パチンと麦野達の前で弾けて消えた。

???「――ええ、貴女の寒そうな下着の色までお見通しよぉ☆」

陽光に輝く金糸の髪をかきあげ、向かいにあるベンチに腰掛け艶めかしい脚線美を組み替えている。
纏うは全てを絡め捕る蜘蛛の巣、冠するは毒を有する女王蜂の字。鏡の国のアリスの世界から抜け出して来た……
クイーン・オブ・ハート(ハートの女王)のようなその少女、レベル5第五心理掌握(メンタルアウト)――

439 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:07:37.81 ID:C11cO4OAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
食蜂「――御坂さんの“ナイト”さん?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
440 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:09:45.29 ID:C11cO4OAO
〜3〜

いつからそこにいたのか、手にシャボン玉のオモチャを携えて食蜂は麦野達の前に姿を現した。
堆く聳え立つ雲の峰に届けとばかりにフーッと息を吹き込み空に向かってシャボン玉を飛ばす。
滝壺が能力を封じても動じた様子は全くなく、この澄み切った青空のように爽やかな笑顔にの中あって――

食蜂「昔ねぇ?御坂さんとファミレスでお茶した時に貴女の事話したのよねぇ。“貴女は御坂さんに相応しくない”ってぇ」

麦野「………………」

食蜂「そうしたら御坂さんなんて言ったと思う?“麦野さんを悪く言うヤツは私が相手になる!”だなんて友情力爆発させて怒ってたのよぉ」

麦野「――さっさと本題に入れよクソビッチ。テメエの甘ったるい喋り方には反吐が出るわ」

その魔星を宿した双眸だけが底が見えない。闇でも黒でも夜でもない、虚(うろ)のような眼差し。
車椅子を支え持つ滝壷が背中越しにも眉を顰めるのが伝わって来る、この陽気を数度下げるような笑顔。
子供が虫の足や羽をもぐ時のような、無邪気さと幼稚さと残酷さと無関心さ全て同居したような雰囲気。

食蜂「ずっとおしゃべりしてみたかったのよねぇ。御坂さんにそこまで言わせる存在(あなた)が」

麦野「………………」

食蜂「――ずっと、気に入らなかった」

滝壷「!」

滝壷は思う。白井は自分の心の闇に耐えきれず自壊した。
ならばそんな当人さえ気付かず、あるいは持て余すような……
何百何千という心の闇に触れ続けて来た結果食蜂はこうなったのか?

食蜂「さあ、本題に入るとしましょうかぁ?貴女や雲川さん達がひた隠しにしてる、真実力のお話ぃ☆」

否。底が抜けた瓶にいくら水を注ごうが満ちる事も涸れる事もない。その異形の精神こそが食蜂の有する怪才。
故に彼女は学園都市最高の精神系能力者として君臨し、常盤台の女王として政争を纏め上げて来たのではないか

食蜂『――見せてちょうだぁい?本当の“武力”と本物の“暴力”がぶつかり合う瞬間の――絶望に歪む、貴女の顔を』

食蜂が絶望に歪む顔が見たいと言ったのは、麦野の事だったのだ。
かつて食蜂に対して御坂が言い放った言葉、10月3日の一件から

食蜂「まず……」

自分に一度たりとて心を開いてくれなかった御坂が、無防備なまでに甘えられる麦野という名前は



食蜂の中の禍々しいまでに無垢な歪みに、しっかりと刻まれていたのだ。



441 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:10:30.09 ID:C11cO4OAO
〜2〜

かくしてここに物語は幕を下ろす


御坂「――行くわよ、みんな」


女生徒「「「「「「仰せのままに、我等が女王!」」」」」


常盤台の女王として目覚めた御坂美琴の


白井「お……姉……様」


レインボーブリッジから帰還を果たした白井黒子の


初春「あれ?私いつの間に表に??」


バビロンタワーを抜け出した初春飾利の


佐天「あー疲れた疲れた……もう寝る〜」


自室のベッドに飛び込む佐天涙子の


婚后「始まりましたわね」


水晶宮にて見守る婚后光子の


固法「(これからどうしよう……)」


寮監「(これからどうしよう……)」


直走る車に揺られる固法美偉の


全ての少女達の物語はここに幕を下ろす


雲川「さて、そろそろおいとまさせてもらうけど」


全ての役者が下りた演壇に


滝壷「………………」


おざなりな拍手を送るはハートの女王


麦野「――言ってみろ」



――――最後に笑う者が最もよく笑うように――――



442 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:10:56.93 ID:C11cO4OAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
食蜂「――結標淡希が、本当は生きてるってところから始めちゃうゾ☆」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
443 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:14:11.29 ID:C11cO4OAO
〜1〜

青髪「あーあかんねえ。もうめっちゃ遠くまで流されとって回収不可能や」

そう、青髪が言っていたのは結標達の遺体ではなく『吸血殺し』を抑えるための『歩く教会』の十字架。

結標「……血、出てる」

【うーん、星座の相性はバッチリっぽいけど血液型は同じなのが反発力の源よねぇ?長続きしないわきっと】

削板「58−1+50−1=51??」

【軍艦島より引き上げられ真空パックに詰められた霧ヶ丘女学院のブレザー。
切り裂かれたように縦に走り穴の空いた上着には結標の血糊がべっとりとこびりついている】

58人の空間系能力者が『一人減り』、50人あまりの原石が『一人増えた』という事を意味する雲川のメモ書き。

婚后「人の上に立つ、という事は多くを耐え忍ぶ事。今月頭に新たに統括理事長となった親船最中様はご存知?」

初春「(……どうして貝積副理事長から釈放命令が?)」

原石に関する一切を取り仕切る貝積が白井を自由の身にするよう取り計らったというその意味。

麦野「――それとも、アイツが臭い飯食わされてるブタ箱まで突撃して脱獄手伝って外国にでも逃がす?」

【8月7日前からアウレオルス=イザードの『負の遺産』を調査しに来たオルソラ=アクィナス。
8月7日に学園都市入りしたアステカの魔術師エツァリも海路を経由せねばならないほどの警戒レベル】

麦野の口からつい漏れ出てしまった『外国』という単語。

雲川「――あと、四時間だけど」

結標「そう。彼女はいつでもどこでも、運命に導かれるようにして必ず誰かの嘆きに応えてその姿を現すわ。そこがどんなに深い闇の奥であろうと」

【麦野の目は帝都タワーの電光時計へと向けられた。8月13日0時1分。麦野の勝利(まけ)で、御坂の敗北(かち)だった。】

食蜂「貴女の負けよぉみぃーさぁーかぁさぁーん」

滝壺「もう“終わった”から通してあげたの」

それは正しく時間稼ぎだったのだ。軍艦島へ向かおうとする白井とその後を追おうとする御坂達を……
0時まで軍艦島に向かわせる事なくバビロンタワーに足止めさせるための、麦野の捨て身の時間稼ぎ。
何故二人を軍艦島に行かせてはならないのか?全てが台無しとなり御坂が命を落としかねないからだ。



――――必要悪の教会の船に乗ってイギリスへ亡命する結標達、それを護衛する魔術師達に御坂を殺させないために――



444 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:15:40.44 ID:C11cO4OAO
〜0〜

何だか自分の身体じゃないみたい

オルソラ「気がついたのでございますね!」

身体が、手足が、動かない

オルソラ「無理に動いてはいけません。まだ傷口が塞がっていないのですから」

貴女は誰?

オルソラ「はい、オルソラ=アクィナスと申します。8月7日の晩餐会で席を同じくさせていただいた者でございますよ?」

背中が焼けるみたいに熱くて痛いの

オルソラ「……貴女様はずっと生死の境を彷徨っておいでだったのです」

ここはどこ?

オルソラ「イギリス、ランベスにございます」

イギリス?

オルソラ「……止むに止まれぬ事情があったのでございます」

………………

オルソラ「如何なされました?」

私は

オルソラ「?」

私は誰?

オルソラ「!?」

思い出せないの。いいえ、わからないの。

オルソラ「………………」

ねえ、私の名前は?


445 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:16:19.37 ID:C11cO4OAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
オルソラ「――結標淡希様、とお連れの方がから伺っているのでございますよ」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
446 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:16:55.19 ID:C11cO4OAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):最終話「FINAL FANTASY」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
447 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 18:17:21.95 ID:C11cO4OAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――科学と魔術が交差する時、物語は始まる――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
448 :投下終了です [saga]:2012/02/18(土) 18:19:05.65 ID:C11cO4OAO
では御坂美琴の三日間戦争はこれにて終了です。いつもレスありがとうございます。では失礼いたします!
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/02/18(土) 19:12:33.06 ID:I9EnJj960

次回も期待してますよ
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/18(土) 19:56:33.84 ID:Sul7gQos0
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/18(土) 20:02:45.49 ID:v5kQMdA7o
乙でした。
これからどうなるのか……、続編楽しみにしてます!
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/18(土) 20:29:38.86 ID:RgiP6iTNo

続編に超期待します。
453 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/18(土) 20:55:02.26 ID:C11cO4OAO
〜恒例・お蔵入りしたボツネタ集〜

・ドキッ!霧ヶ丘女学院だらけのプール大会(ポロリもあるよ)

・あわきんに野菜炒めを教える黒子in鏡の国

・食蜂さん二年生、みこっちゃん一年生の時の捏造エピソード

・お兄ちゃンは心配性〜窒素姉妹と一方通行in鏡の国

・青髪とヘタ錬がボロボロになっていた本当の理由(VSネセサリウス)

・滝壷がむぎのんの弱味を性的な意味で握った夜の出来事

・御坂「やめて!私のために争わないで!!」食蜂VSむぎのんによる御坂争奪戦


ほのぼのを書いてみたかった。嘘じゃありません。嘘じゃありません。
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/02/19(日) 00:06:18.66 ID:4faYbVAwo
お蔵から出してあげてもいいと思うの
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/02/19(日) 13:05:07.12 ID:IHz0sGpuo
特に最後は重要だろおい・・・超みてぇ・・・
456 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/19(日) 22:34:12.41 ID:QSZJGRxAO
      婚后(友情)
         ↓  
麦野(愛憎)→御坂←食蜂(妄執) 
         ↑  
      白井(変態)

佐天「フラグ立ちまくりだねーうーいーはーるー」

初春「あとエピローグしか残ってないのにどうするんでしょうねー」




御坂スピンオフは最終回ですがまだエピローグはあったりします(来週の土日になると思います)。
作中の答え合わせは既に終わっているので、後は百合百合した日常に戻ります。では失礼いたします。

457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/19(日) 23:47:54.66 ID:HOt4DNVwo
エピローグ、そして次回作楽しみにしております
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/21(火) 23:45:30.94 ID:8OxPUMAQo
お兄さ〜ん
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/25(土) 11:56:11.83 ID:eRsDgR3Mo
土曜日だよ
460 :作者 ◆K.en6VW1nc :2012/02/25(土) 15:04:32.98 ID:X7q+/8xAO
>>1です。エピローグ+αは明日、日曜日に投下させていただきます。長丁場になると思いますがよろしくお願いいたします。
461 : [乙]:2012/02/25(土) 15:21:57.08 ID:8dvIOjdy0
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/26(日) 14:50:23.06 ID:dqdTWrj6o
まだかなまなかな
463 :作者 ◆K.en6VW1nc :2012/02/26(日) 15:59:08.73 ID:F6ieLyqAO
>>1です。エピローグは今夜22時30分より投下させていただきます(三話分以上あるので)

最後のわがままですがよろしくお願いいたします。では失礼いたします。
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/02/26(日) 17:00:40.62 ID:nJ4mwDeAO
うん
465 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:30:07.81 ID:F6ieLyqAO
ではエピローグ×2、ぼちぼち投下させていただきます
466 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:30:35.78 ID:F6ieLyqAO
〜8月20日〜

坂島「本当にバッサリやっちゃっていいのかい?」

佐天「はい、お願いしま〜す」

ジャキ、ジャキと鋏の走る音が濡れ羽色の黒髪を椿の花弁のように切り落とし泣き別れさせて行く。
佐天涙子はその様子を鏡越しに見やりながら次第に涼しくなって来る首筋に幾許のくすぐったさを覚えた。

坂島「こんな事言っちゃうと美容師失格かも知れないけど、勿体無いねえ」

佐天「やっぱり黒髪ロングって珍しいですか?」

坂島「うん。あれだけ人がたくさん居た避難所でも君くらい綺麗に手入れして長かった娘なんて一人しか覚えがないなあ」

佐天「それってもしかして……」

坂島「そうそう。あの神社の巫女さんみたいな格好してた娘さ」

佐天「………………」

坂島道端の口から出た件の少女、自分と同じく黒髪を長く伸ばした巫女の姿を佐天は鏡の中に幻視した。
この世界から永遠に消え去り、そして白井黒子の記憶に永久に残り続けるであろうあの少女『姫神秋沙』。
故に自分は髪を切りに来たのだ。白井が自分の黒髪を見て精神の安定を欠くのが見るに耐えないから。

坂島「今どうしてるかなあ……」

佐天「――元気にやってますよ、きっと」

坂島「そうだね。二回戦争やらかしてもこうしてピンピンしてるんだ。どこでだって元気にやっていけるさ」

僕なんてお店焼かれちゃったんだからね!と坂島は呵々と笑い、佐天もそれにつられて笑みを零した。
たったひと月ほど前の出来事だと言うのに、全てが遠い昔の事のように思えてならない。

佐天「あー……でもなんか首筋がスースーすると胸も同じくらいスースーします」

坂島「はは、失恋でもしたのかい?」

佐天「私じゃないですけどねー」

佐天は鏡の中で変化して行く自分の姿に、変わり果てた白井の姿を重ねる。最愛の存在と死に別れた彼女を。
その傷口から熱が引き、痛みが治まり、塞がって癒やされるまでどれだけの長い年月がかかるのだろうと。

坂島「――髪は皮膚の兄弟みたいなものだって知ってるかい?」

佐天「え、そうなんですか!」

坂島「そうなんだよ。傷口が時を経るごとに治って行くのと同じように、髪もまた同じように伸びて行く」

人間の生きる力だよと締め括った坂島もまた僕の若い頃はね……
などと涙と笑い無しには語れない失恋話で佐天を大笑いさせた。



笑う事が出来なくなってしまった白井の分まで



467 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:31:03.22 ID:F6ieLyqAO
〜1〜

佐天「ありがとうございましたー!」

坂島「うん、お疲れ様ー」

ヘアーサロンを出、風通しの良くなったうなじに触れながら佐天は第十五学区の繁華街を歩いて行く。
風車は今日も時を刻むようにゆっくりと回り、往来を行く人々の営みもまた変わる事はない。変わったのは

垣根「お」

削板「む」

佐天「あ」

タバコ屋の側に置かれたスタンド灰皿に、ブラックスーツを着込んだ垣根帝督と削板軍覇がいた。
とは言ってもジョーカーを吸っているのは垣根だけで削板は力水を飲んで喉を潤しており……
普段洒脱な垣根にしては落ち着いた黒服であり、豪放な削板は髪をオールバックにしている。

垣根「よお、短いのも似合ってるぜ」

佐天「あ、ありがとうございます!」

削板「これからまた暑くなるからな。俺もそろそろ切りに行くか!」

垣根「そうしろ。まとめにくいって雲川がぼやいてたぞ」

佐天「(ああ、なんか目に浮かぶなあ)」

如何にも冠婚葬祭、と言った出で立ちの馬子(ぞぎいた)に衣装を合わせたのは雲川かと佐天は苦笑いした。
気づいていないのは当の本人達だけで周りからすれば早くくっついてしまえば良いのと思わされるが――

垣根「――気分転換にもなるだろうしよ」

垣根は線香臭さを嫌ってだろうかやたらとふかし、半ばまで吸ってからジョーカーを灰皿に投げ込んだ。
そう、彼等は葬式帰りなのだ。8月11日より四日後、公式に死亡を発表された結標と姫神の遺体なき弔いの。

垣根「じゃ、帰るとするか……それにしても暑いなクソッタレ。ムカついた」

削板「心頭滅却すれば火もまた涼しだ!暑さ寒さにぞ振り回される根性じゃあ男とは言えねえぞ!」

垣根「テメエが一番暑苦しいってんだよ。じゃあな涙子ちゃん」

佐天「――はい」

参列出来なかった佐天達を慮ってか、垣根は片手を挙げて軽く別れを告げて削板と共に去って行く。
なるたけいつも通りに接してくれるその心遣いがありがたくもあり、また苦しくもあった。

佐天「あの……」

削板「?」

佐天「本当に、申し訳ありませんでした」

垣根「……ガキのケツを拭くのも年長者の務めだ」

白井の存在が引き金となった二人の葬儀に、佐天達は立ち会う事も送り出す事も出来なかった。



髪を切ったのは、佐天なりのけじめでもあるのだ。



468 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:33:07.05 ID:F6ieLyqAO
〜2〜

服部「やっぱり気にしてたっぽいか」

垣根「他にやりようがねえだろ。どのツラ下げて式に加われってんだ」

佐天と別れた後、垣根が運転するトヨタ2000GTに再び乗り込むなり待っていた服部が口を開いた。
ゆっくりと滑り出す車の中、垣根は先程買い足した煙草を咥えながら溜め息と共に紫煙を吐き出す。
思い起こされるのはとある高校、旧避難所にて開かれたお別れ会の様子だ。あの雰囲気の中――
白井の友人である佐天や初春、及び現在の保護者にあたる御坂が座る席などありはしない。それどころか

服部「まあそれもそうか。行けば行ったで石ぶつけられてもおかしくねえ雰囲気だったもんな」

垣根「実際、超電磁砲(レールガン)が詫び入れに行って水ぶっかけられたんだろ?削板」

削板「………………」

事件後、身寄りのいない姫神の喪主を務めた月詠小萌の元に常盤台を代表して謝罪に行った御坂は――
彼等が言うように姫神のクラスメートらに強硬な門前払いを食らった。
学生自治会の長たる削板が間に入らなければ面通りすら出来なかっただろう。
その削板も珍しく思案顔で腕組みしたまま黙して語らない。

服部「九人のレベル5もひと月ちょっとでまた八人に逆戻りか。あ、麦野の奴は?」

垣根「帰省中らしくてな、香典と生花だけ送られて来た」

服部「流石は会計。まあ元々ドライな女らしいからそれは別に良いとして」

その様子は永久欠番となってしまった結標の死を悼んでいるのか……
ハイウェイから臨む入道雲の王城を物静かに眺めているばかりである。

服部「雲川は雲川でサッサと帰っちまうし……削板何か聞いてるか?」

削板「………………」

服部「(こ、こいつがこんな静かなの初めて見たぜ。雨でも降るんじゃないか?)」

垣根「おい、誰かバイブが鳴ってるぞ」

雲川は式が終わるとしばらくボーっとした後、フラフラとどこかへ行ってしまい三人と別れたきりだった。



二人は死んだのだ。少年少女(かれら)の中では



469 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:33:36.15 ID:F6ieLyqAO
〜3〜

佐天「………………」

私は歩く。あの人達が立ち去って行ったその反対側、人の流れに逆らって。
わかってる。削板さん達が結標さんの式を挙げてくれたんだって。
あとそれから私達に来るはずの風当たりも全部かぶってくれてるのも。

佐天「よっと」

良い匂いのするクレープ屋さんや甘い香りのするアイスクリーム屋さんの誘惑に耐えて私は水晶宮を目指す。
きっと初春や固法先輩も一緒なんじゃないかな。三人とも『二ヶ月の活動停止処分』で身体空いてるだろうし。

佐天「涼しいけど暑いなー」

三人は何とか風紀委員を除名されずに済んだみたい。手塩先生と黄泉川先生が必死に取りなしてくれたおかげで。
白井さんもそれプラス放校処分が何とか撤回された。御坂さんがかなり頑張って食い下がってやっとだって。
あれだけの大事だったって言うのに、まるで神様が助けてくれたように奇跡的なくらい軽い処分。
私?私は数に入ってなかったみたい……トホホ、ほっとしたような何か悲しいような複雑な気分。

佐天「(初春来てるかなあ……)」

初春「あ、佐天さ……ん!?」

佐天「うーいーはーる……その驚き方ちょっとひどくない?」

初春「ご、ごめんなさい。一瞬御坂さんと間違えそうになっちゃって」

佐天「ふふん、それは私が御坂さんくらい可愛くなったって受け取っとくよ!」

初春「うふふ、佐天さんはいつも可愛いですよ!」

あと、三日前に釈放されて帰って来た白井さんのお見舞いに。
白井さんは私の長い黒髪を見ると暴れ出すくらい病んじゃってる。
だから今日思い切ってヘアーサロンに行って来たんだ。

佐天「ありがとう!初春」

……本当はちょっとどころかかなり惜しかったんだけどね。
私は御坂さんみたいに可愛くないし初春みたいに頭も良くないから。
だからあの長い黒髪は私のささやかな自慢だったんだけど――

佐天「御坂さん達は?」

初春「空中庭園です」

背に腹は変えられないよ。白井さんはそれくらい壊れちゃったんだ。
しゃべる事も出来ず、食事もロクにとらず、御坂さんがそばについてないと……

佐天「……よし!ダイエットがてら階段をうさぎ飛びで――」

初春「えーっとエレベーターエレベーター」

佐天「うーいーはーるー!」



今にも消えてしまいそうなくらい、白井さんは危うい。



470 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:35:49.62 ID:F6ieLyqAO
〜4〜

佐天「婚后さーん!!」

婚后「佐天さん!?どうなさったのですかそのお姿は」

佐天「ひどいなあイメチェンですよイ・メ・チ・ェ・ン♪」

佐天と初春が空中庭園へ辿り着くと、そこには女王蘭の世話をしていた婚后に出くわした。
御坂を思わせるほどバッサリと髪を切った佐天に目を丸くしたものの、すぐさまその意を察する。

婚后「そうですか……お似合いですわよ」

佐天「あはっ、ありがとうございます!」

婚后は深く頷くに留めた。何故か白井は佐天の長い黒髪にのみ強い拒絶反応を示すのだ。
同じように長く伸ばしていた婚后も佐天に敬意を評した。女の命である髪を切って白井を安んじようとするその姿勢に。

初春「えっと、白井さん達は……」

婚后「いらしておりますわ。今テラスで日光浴をされてますの」

身体に障らない範囲で、と付け加えて婚后は硝子張りのガーデンの向こう側を見つめる。そこには……

御坂「今日も晴れてて気持ち良いわねー」

白井「………………」

御坂「風、大丈夫?黒子」

下ろされた髪を風に靡かせ、常盤台中学の夏服の上に霧ヶ丘女学院のブレザーを羽織った白井が車椅子に座っていた。
今にも消え入りそうな儚さは、かつてのバイタリティ溢れていた頃の白井にはなかったもの。
御坂の向日葵を思わせる健康美と並ぶと、今にも散ってしまいそうな病んだ薔薇を思わせる。

佐天「……白井さん、これからカウンセリング受けるって話本当ですか?」

初春「ええ、この後紹介して下さった木山先生と一緒に病院に行くんです」

透けて見える硝子の扉一枚隔てた場所にいる白井が、佐天にはあらゆる意味で遠く感じられた。
形見のブレザーを羽織り、金属製のベルトと軍用懐中電灯を纏うその姿はまさに結標淡希の生き写しだ。



――――自分達には、白井の命を助けられてもその魂を救う事が出来なかった――――



471 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:36:16.17 ID:F6ieLyqAO
〜5〜

レインボーブリッジから生きて帰って来てから、白井さんには色んな人の手助けが必要になった。
失語症って言うのかな?筆談やボディランゲージも満足に出来ないくらい意志疎通が取れなくなって……
能力を何度も暴走させたせいで身体にとんでもない負担がかかってしばらく車椅子のお世話になりそう。

心理定規『力になれなくて申し訳ないけど、とても私の手に負えないわ』

学生自治会を通して知り合った私の友達も精神系能力者なんだけど――
白井さんじゃなきゃ廃人になってるくらい、心がバラバラなんだって……

御坂「あっ!佐天さん髪切ったんだ!!」

佐天「どうもー!ひと夏の冒険しちゃった佐天涙子でーす!」

白井「………………」

何て考えてたら御坂さんが空いてる方の手をワキワキさせて私を呼んでくれる。髪がお揃いなのは偶然ですよ?
でも白井さんはそんな私にも無反応のままだ。ちょっぴり寂しいけど、空元気も元気の内!

初春「白井さん、佐天さんが今日も来てくれましたよー」

まるで車に轢かれた猫のようになってしまった白井さんの頭をゆっくりと撫でる。その手には……
手のひらサイズのオイルクロック。結標さんが白井さんに遺した最後の形見って御坂さんから聞いた。
ラピスラズリがあしらわれたアンティークなそれは、小さいけれどウン万円はしそうなくらいの高級品。

白井「………………」

今日二人のお別れ会があった事は白井さんに言わないようにって皆で決めた。いつかは知るかも知れない。
でも今白井さんに教えたらきっとまたレインボーブリッジの時みたいになってしまいそうなのが怖くて……

婚后「うふふ、まるでカトレア(女王蘭)ように可憐ですわよ」

婚后さんも白井さんの左手をギュッと両手で包み込んで笑った。それを御坂さんも優しく見守ってる。

御坂「黒子はもともと美人さんだからね」

私はした事ないからよくわからないけど、恋愛ってもっと優しくて綺麗なものだって漠然とそう思ってた。
でも恋愛ってこういう怖い一面もあるんだなって今回の件を通じて感じさせられたし考えさせられた。

佐天「カトレアの花言葉って何?初春」

初春「“貴女は美しい”ですよ。今度は適当じゃありません♪」



―――――私は、どんな人とどんな恋をするのかなあ――――――



472 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:38:40.82 ID:F6ieLyqAO
〜6〜

それから御坂は白井の車椅子を押しつつ空中庭園を下り、木山が迎えに来てくれた正面玄関へと向かう。
常盤台中学は大覇星祭後に再建し終えるようで、それまではこのホテルのような水晶宮が仮住まいとなる。
道行く御坂達を派閥の人間が一礼しながら道を開ける。白井に奇異や好奇の目を向けるものは一人もいない。

御坂「黒子ー、病院終わったらお昼何食べようか?たまには和食なんかも良いわね」

白井「………………」

それは御坂が真に常盤台の女王となった事により向けられる畏敬の念である。
まず御坂は白井が無罪放免となり、帰還を果たした事により再び策を巡らせるべく蠢動し始めた……

佐天「御坂さーん!私お刺身かお寿司食べたいです!!」

御坂「だってさ♪どうかな黒子?」

黒子「………………」

御坂「うん、あんたは鞠寿司にしてもらおうか。オッケーよ二人とも!」

初春「はい!」

三大派閥が一角、『先代派』をたった三日で叩き潰したのだ。軒先に巣を作った雀蜂を駆除するように。
飛び交う毒を孕んだ群蜂を払いのける力さえ失ってしまった白井を守るため、完膚なきまでに。
その手並みたるやまさに一掃という言葉に相応しく、件の先代派がOGにあたる食蜂操祈に泣きついたところ――

食蜂『やっと処女力を捨てたのねぇ。やれば出来る子だったんじゃなぁい☆』

食蜂は手を叩いて大喜びし、御坂はともかく卒業した古巣に興味はないと告げられ先代派は呆気なく瓦解した。

佐天「(御坂さん……)」

御坂は解散した後軍門に下った何羽もの風見鶏を鳥籠に放り込み、飼い殺しにする事さえ躊躇わなかった。
結果として長きに渡る常盤台中学の政争は終止符を打ち、力無い白井に仇為す群蜂は駆逐された。

御坂「(黒子は私が守る。そのためなら泥なんていくらだってかぶってやる)」

麦野との頂上決戦と白井との最終決戦が御坂を大きく変えてしまった。
誰よりも愛情に近い友情を抱いた相手と袂を分かつ事で甘さを捨てたのだ。

佐天「(ちょっと無理し過ぎなんじゃ)」

御坂は白井を選んだのだ。麦野がそれを望んでいたように。
それが佐天にはとてつもなく悲しくてたまらなかった。
優し過ぎる御坂に女王など似合わないと誰より知るが故に。



――――御坂と麦野は、白井と結標の合わせ鏡だったのだ――――



473 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:39:17.10 ID:F6ieLyqAO
〜7〜

雲川「おかわり欲しいんだけど」

青髪「飲み過ぎやでー雲川先輩(一応アルコール入りやし)」

固法「(いくらカフェロワイヤルでもそんな立て続けに飲んだら……)」

一方、青髪が住み込みで働いているベーカリー『サントノーレ』では喪服姿の雲川芹亜がくだを巻いていた。
よほど鬱憤が溜まっているのかカフェロワイヤルを既に軽く五杯はおかわりしており、目が据わっている。
雲川に香典を手渡そうとしていた固法の顔が苦笑いから引きつり笑いに変わるほど剣呑なそれに。

雲川「(昼間じゃなきゃ飲みたいくらいだけど)やっぱりジョンの淹れたのが一番美味しいけど、奴は?」

青髪「ああ、今夏休み中なんですわジョンさん。この一杯でおしまいでっせー」

雲川「そうか……嗚呼、話が逸れて悪かったけど」

固法「は、はい……」

雲川「――月詠小萌(せんせい)からの伝言だけど。“白井も大変だろうからお大事に”って」

固法「………………」

雲川「“残念な事になってしまったけど、出来る限りの事はさせて欲しい”って逆に頭下げられたけど」

固法「……すいません」

雲川「兎に角香典は私が責任もって預かっておく。多分辞退されるだろうけど」

固法「それでも、お願いいたします……」

雲川「吹寄のアフターケアや葬儀のゴタゴタで忙しいだろうから、あまり期待しないで欲しいけど」

そんな雲川の様子に恐縮する固法は知り得ない。彼女が苛立っているの自分に対してではなく己にだと。

固法「この度は、本当になんと言ってお詫びすれば良いか……」

青髪「ううん、僕からも謝らせて欲しいわ。ごめんな?みんなまだピリピリしとって気持ちの整理つかへんねん」

常盤台中学及び風紀委員一七七支部の面々は姫神達のお別れ会への参列を彼女達のクラスメートから拒否された。
御坂直々に謝罪を申し入れ、削板が間に入っても香典を受け取ってもらえるかもらえないかが関の山であった。
委員会でもあまり良好とは言えない空気を爆発させぬよう押さえているのはひとえに削板の顔である。

青髪「――ほんまに、堪忍したってなあ」



――――青髪は寂しそうな笑顔と共に、肩を落とす二人を見つめていた――――



474 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:41:20.79 ID:F6ieLyqAO
〜8〜

ポツポツ、と固法がこの後お見舞いがあるのでと店を後にした直後に夕立が降り始めた。
雲川は二人が退席した後もカフェロワイヤル以外の飲み物を頼みつつ、水煙けぶる廃墟の街並みを――

雲川「(お前達に非はない。非があるとすれば私の力不足そのものだけど)」

窓際席より頬杖をつきながら雲川は見やっていた。ひと月前までは避難所のあったこの第七学区。
そこで短い期間ながら共に働いていた結標と姫神。彼女達の在りし日を思うとやり切れなくなる。

姫神『――これで。淡希はもう私と同じ運命(みち)を歩むしかなくなった』

58−1+50−1=51……公式記録では空間系能力者と原石が一人ずつ減り、代わって一人『増えた』。

雲川「(こんな事、常識じゃ考えられないけど)」

灯台から落ち、切り立った岩礁と岸壁に致命傷を負い失血死寸前にまで陥った結標、それを拾ったオルソラ。
姫神もまた海に転落した際『歩く教会』のケルト十字架まで失ってしまった。さらに最悪な事に――

御坂達が白井を取り押さえて連絡した際、警備員の到着に一時間もかかってしまった軍艦島で……
さらに二人を拾ったのが不法入国していた必要悪の教会の船だった事が少女達の運の尽きであった。

一刻の猶予もない状況で、食蜂が読心したところ同じ血液型であった姫神が断腸の思いで緊急輸血すると……
ブルーローズの花言葉通り、『奇跡』的に結標は一命を取り留めた。だが異変はその直後に起こった。

姫神『……、淡希!?』

吸血殺しの血がその特性を引き継いだまま結標に混ざり、それによって『不可能』だったはずの――
レベル5座標移動とレベル4吸血殺しを併せ持つ『多重能力者』になってしまったのだ。

滝壺『むぎの、おかしいよ……“吸血殺し”が“二人”いる』

麦野が滝壺を伴って結標達を捜索した際、その事実に行き当たった時の衝撃は如何ほどだったろうか?
まるで『神の祝福』のように、姫神の呪われた血脈(ブルーブラッド)は受け継がれてしまったのだ。

カランカラン……

削板「雲川!迎えに来たぞ!!」

雲川「!?」

と、雲川がかぶりを降って苦い記憶を追い出していたところ、削板がドアベルを鳴らして飛び込んで来た。
せっかく雲川がまとめてやったオールバックも夕立に濡れて落ち、ブラックスーツも雨で台無しにして。



――――雲川は、この事を削板に一言も話していない――――



475 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:41:48.07 ID:F6ieLyqAO
〜9〜

青髪「すんません雲川先輩。僕が呼んでもうたんですわ。見てられへんかったんで」

雲川「青髪!!!お前余計な事を!!!!!!」

学園都市第六位の能力(チカラ)で全てを知る青髪はそんな雲川の憔悴を見ていられなくなったのか……
雲川が物思いに耽っている間に呼んでしまったのだ。その青髪もカウンターから二人を見つめている。

削板「どうしたんだ雲川。ここ最近のお前なんか変だぞ」

雲川「……さい」

削板「――根性(からげんき)出しても、目見りゃわかるぞ」

雲川「……るさい!」

削板「……何があった?」

雲川「うるさいうるさいうるさい!!!!!!」

そこで雲川はついに爆発した。カウンターの青髪、びしょ濡れの削板、涙を目に溜めた雲川の三人しかいない店内。
ショパンの調べと言うには些か五月蠅すぎる雨音と静か過ぎる店内に、その金切り声は嫌と言うほど響き渡った。

雲川「どけっ」

削板「雲川!!」

雲川はテーブルに手を叩きつけてカップを落とし、削板を突き飛ばして駆け出して雨の廃墟(まち)を行く。
かつての結標はそれにより道を踏み外した。白井が見た幻想(ゆめ)の中の救いなど所詮紛い物であった。が

削板「釣りはいらねえ取っとけ!!」

カウンターになけなしのマネーカードを置いて追い掛けるは削板。見守るように送り出すは青髪。

青髪「毎度あり〜(三百円足りてへんけどね!)」

雲川が割ってしまったカップをホウキとちりとりでかき集めながら青髪は一人つぶやくように掃除をする。
こんな雨ではもう客は来ないだろうし、何よりこの後『予定』が詰まっているのは青髪も同じだった。
そんな青髪は知っている。雲川がかつて密かに思いを寄せていた上条と削板はよく似ていると。

青髪「……かわなんなあ。ほんま頼むわ」

故に自分では駆け出す雲川の背中に手を伸ばす事は出来ないと知っている。

青髪「同じタイプの男に“二連敗”とか流石の僕もヘコむわー」

何故ならば

青髪「さ、僕もそろそろ“お迎え”行ったらんとね!」

何故ならば――

476 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:43:50.68 ID:F6ieLyqAO
〜10〜

雲川「来るなこの馬鹿野郎!」

削板「待てこの根性無し(なきむし)が!!」

雲川「五月蝿い黙れ!私の顔なんてロクに見もしないで適当な事言わないで欲しいんだけど!!」

来るな削板。来て欲しくないんだけど。お前の馬鹿面真っ直ぐ見てたらもう自分を支えてられないけど。って

雲川「うわっ!?」

削板「雲川!!!」

思いっきり雨でつんのめったってのに軽々受け止めるな馬鹿野郎!今お前を真っ直ぐ見たら……
今お前の真っ直ぐな目を見たらもう雨のせいだって言えなくなるけど!だから離せこの馬鹿野郎!!

削板「離さねえよ」

雲川「……!」

削板「泣いてる女ほっぽりだして帰るほど、俺は根性(タマ)落とした覚えはねえ」

ちくしょう離せ!手首が痛いんだけどこの馬鹿力め!普段私の顔なんてろくすっぽ見やしないくせに……
いつもいつもいつもお前が前ばっかり向いてるから私はその背中を支えなきゃって突っ張ってるんだけど!
何で今なんだ、どうしてお前はそうなんだ、私は、私はお前が思ってるほど強い女じゃないんだけど!!

雲川「……離せよ」

削板「――話せよ」

雲川「離せって言ってるんだ二度も三度も言われなきゃわからないほどお前は馬鹿なのか!?」

削板「ああ馬鹿だよ!お前が何で泣いてんのかもわかんねえ馬鹿だよ俺は!!!」

――――――………………

雲川「……わからなくて、いい」

削板「………………」

雲川「――お前がそんな風に気にかけてやるべきは私なんかじゃないんだけど!!」

あのローラ・スチュアートとか言う女狐に交渉(わたし)のテーブル(どひょう)で負けたんだけど。
挙げ句二人はイギリス清教行きだ。契約のせいでそれを白井に伝える事も出来ない。お前にもだ。
今日だってそうだけど。本当は生きてる人間の葬式とかひどい偽善(ちゃばん)なんだけど。
何だ。何やってるんだ私は。自分で自分が何してるかさえわかってないんだけど。もううんざりなんだけど

削板「――姫神達の事だろう?」

……馬鹿のくせして、どうして勘だけはやたら良いんだ。

削板「……俺は頭悪いからな。だがお前が苦しんでるのはそこよりもっと根の深い部分だって事はわかる」

……馬鹿のくせして、どうしてお前はそんなに――

削板「もう頷かなくても、話さなくても構わねえ」

どうして――

477 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:44:16.37 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
削板「もう背伸びなんてしなくて良い。黙って俺に寄りかかれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
478 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:44:43.60 ID:F6ieLyqAO
〜11〜

そこで雲川は削板の胸に取り縋って崩れ落ちた。伸ばしていた背を支えていた芯が折れたように。
突っ張っていた胸まで受け止められ、雲川は泣き崩れた。雲川はまだ麦野ほど強く『成り切れ』なかった。
誰もいない瓦礫の町外れ、泥水が足元をさらって行き、夕立でさえ洗い流せない涙と共に雲川から膝から折れた。

歩く教会も失った二人が吸血鬼を呼び寄せるのは二倍ではなく二乗の可能性だった。
寒村と言えど村一つ軽々と滅ぼす彼女達が学園都市に、避難所に長く留まればまた一つ廃墟が増えるだろう。
更にローラが目をつけたのは結標が行方不明となったアレイスター・クロウリーの『案内人』だったと言う事。

恐らく彼女達は文字通り血の一滴まで搾取されるだろう。吸血殺しも学園都市の情報も何もかも。
ただでさえ先の戦争で疲弊した学園都市側にイギリス清教と事を構える体力など残っていない。
加えて弱体化した学園都市の新たな舵取りは親船の貝積だ。そしてローラはイギリス清教側のトップ。

ローラは建て前として吸血殺しを封じると言い、同時に親船と貝積を支援すると『表向き』は宣言した。
外部の協力機関がアレイスター行方不明後、老人の歯のように抜け落ちる中イギリス清教と誼を結べる旨味は大きい。
ましてや今は代替わりしたばかりで外部との繋がりもアレイスターと比べものにならないほど脆弱なのだ。

彼女達は時限爆弾と貢ぎ物、両方の意味で政治の道具にされたのだ。

雲川も何とか食い下がり、彼女達に非人道的な仕打ちさせじといくつも手を打った。
だが雲川は己を責める。悲劇を止められなかった自分の責任だと。
だが誰にもこんな話を打ち明けられない。もしさらけ出せば――

麦野『私もテメエも、自分の男に手汚させたくないでしょ?』

上条が知ればすぐさまイギリスに乗り込み、削板が立てば戦争になるまで暴れ回る。御坂とてそうだろう。

姫神『――リボンの子が絡めば。あの子は必ず現れる。淡希がそう言ってた』



――――故に麦野が足止めに回ると言ったのだ。御坂が真相に辿り着く前に――――



479 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:47:08.59 ID:F6ieLyqAO
〜12〜

それは本来紙のように薄い確率、宝くじより天文学的な数字だったはずだ。
白井は意識不明の重体、御坂は真相を調べる術も伝手もなかったはずだ。
故に麦野も当初はそんな姫神の予言を鼻で笑い、念の為に監視につく程度だった。

しかし運命は動き出した。白井が目覚めてしまい脱獄を果たし、軍艦島を目指して動き出した。
それを御坂が知り、運命の導きの下バビロンタワーに辿り着いた時麦野は愕然としたはずだろう。
御坂の動向を柄でもない朝食を共にしてまで探り、滝壺に能力追跡で位置を把握させたにも関わらず――


御坂は真相の一歩手前まで辿り着いていたのだ。


脱獄した白井の空間移動をAIMストーカーで封じ、御坂達が到着した時にはもう時間切れ間近だった。
今更麦野を倒しても車で一時間はかかる。それでも御坂の持つある種運命的な力に心底恐怖させられた。

仮に御坂が白井を追って軍艦島に辿り着き、結標達の船出を目の当たりにしたならば死んでも止めただろう。
白井の無実を証明しその魂を救うには結標の存在が必要だった。魔術師達と事を構えようとも。

しかしその船には8月7日のBBQパーティー以前から異端宗派絡みの後始末のため学園都市を訪れていた――
『聖人』神裂火織、『ルーンの魔術師』ステイル=マグヌス、『天才風水術師』土御門元春、オルソラ=アクィナス。
更に『二人の吸血殺し』を封印すべく必要悪の教会の魔術師らが何人も乗り込んでいたのである。

麦野はかつてステイルと神裂を相手どって戦っている。
上条を通して魔術師の恐ろしさがなんたるかも知っている。
仮に御坂が結標を取り返しても、一つの学区さえ滅ぼしかねないとさえ予測された……
『二人の吸血殺し』と言う最悪の時限爆弾を処理出来ない。
それどころか結んだ約定を御坂と言う学園都市広告塔が横紙破りすれば――

美鈴『美琴ちゃんを、守ってあげて欲しいの』

全てが終わっていた。勝っても負けても死と言う終わりは避けられなかった。
今の疲弊した学園都市に、イギリス清教がつけいる口実を作ってしまう。

雲川は頭を悩ませ、麦野は身体を張り、食蜂は全てを見つめていた。

削板にも、上条にも、御坂にも知らせず、二人の少女は孤独に戦って来たのだ。



雲川は御坂美琴を守るために。麦野は御坂美鈴との約束を果たすために



480 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:47:34.19 ID:F6ieLyqAO
〜8月13日〜

食蜂『――これが全ての真実力でしょぉ?御坂さんの女騎士(ナイト)さぁん♪』

麦野『そうね。だから何?』

車椅子に乗った麦野とそれを押す滝壺を交互に見やりながら食蜂は硝子細工のようなシャボン玉を飛ばす。

食蜂『うふふ、最初から最後まで自分達の力だけで幻想(ハッピーエンド)を手に入れたと思ってる御坂さん達が滑稽でぇ』

滝壺『………………』

食蜂『――文字通り骨折り損のくたびれもうけに終わった不様な貴女を、私は今初めて愛おしいと感じられるわぁ☆』

ビシッ!と麦野から放たれる鬼気がバスケットゴールのプラスチックに罅を入れ、二人の視線が死線となる。
食蜂は微笑み、麦野は睥睨し、滝壺は静観し、そんな三人の頭上に飛行機雲が描かれて行く。

食蜂『貴女と御坂さんの友情力は失われ、信頼関係も損なれ、何一つとして手元に残るものも得るものもなくぅ』

麦野『………………』

食蜂『噛ませ犬から負け犬にまで身を堕とした報われない貴女を慰めるために、私はお見舞いに来たのよぉ♪』

蒼穹のキャンパスに描かれた白線が、麦野達と食蜂を区切るように色濃く太く描かれて行く。
読心能力などない麦野にもしかしひしひしと伝わって来る。食蜂がまとう純水のように負の感情が。

麦野「……ここのカエル顔の医者(ヘヴンキャンセラー)は腕利きでね」

食蜂「?」

麦野「――“死人”以外ならどんな怪我や病気だって直してくれるらしいから自分の身体で試してみる?」

食蜂「……へえ?」

麦野「子供が産めなくなる身体になる程度で勘弁してやるよこのビッチ(雌犬)が」

食蜂の手指が麦野のシャープな輪郭に添えられ、なめらかな頬を滑るようになぞっては触れて行く。
どの足から引きちぎろうか、どの翅から虫ピンで止めようかと思案している子供のような無邪気な表情。
対する麦野は食蜂を二度と社会に出れない身体にし、女性機能を永久に失わせるようないたぶり方を模索する。
そんな二人の歪んだ眼差しと歪な笑みが交差し、屋上に集ったカラス達が飛び立つような圧力の中――

滝壺『――違うよ』

女帝と女王の対決に立ち会っていた滝壺がおもむろに口を開いた。

481 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:48:00.32 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
滝壺『――貴女は、むぎのに嫉妬してる』 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
482 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:50:26.82 ID:F6ieLyqAO
〜14〜

麦野『滝壺……』

滝壺『わかるよ。私もみさかに嫉妬したから』

食蜂『ふぅん』

滝壺『貴女はむぎのを許せないんだよ。それはむぎのがみさかの友達だからでも、みさかがむぎのに心を許してるのとも違う』

麦野『………………』

滝壺『――みさかの“敵”になれたむぎのに、貴女は嫉妬してる』

再び鳴き出した蝉と、大空へ向けて飛び立ったカブトムシを少年達が見上げて指差し追い掛ける中……
滝壺は静かな声でプロペラを回す風に乗せて食蜂の在り方を指摘した。

滝壺『みさかが全てをかなぐり捨ててぶつかったむぎのが、貴女に見えない心をさらけ出して戦ったみさかが許せないんだよ』

バビロンタワーにおける頂上決戦は、掛け値無しに全身全霊を懸け全力全開を賭した死闘だった。
愛しい相手に剣を、恋しい相手に刃を、切り結ぶ火花と流した涙の中にしか伝えられない想い。
滝壺の言うところ、それが無自覚に食蜂を苛立たせているのだと。

滝壺『むぎのが“殺されもていい”って言ったみさかは、麦野に“死なないって信じてる”って言ったみさかは』

食蜂『………………』

滝壺『人の心が読めても、人の気持ちがわからない貴女のものには絶対にならない』

滝壺は続ける。この茶番劇にあって勝者の役柄が御坂に回され、敗者の役割は麦野に振られた。
だが食蜂の役割は演者でない。だからこそこの筋書きにある手を加えたのではないか?

滝壺『――ずっと不思議に思ってたの。昏睡状態だったしらいがどうしてあのタイミングで目覚めたのか』

麦野『……まさか』

滝壺『貴女がそのチカラでしらいを目覚めさせたんじゃないの?』

食蜂『とんだ言い掛かりだわぁ』

憎い麦野と殺し合わせ、愛しい御坂を軍艦島に向かわせ……
雲川の計画を破壊するためにあんな夢を見せ覚醒を促したのではないか?
白井が見ていた偽物の記憶(おもいで)、紛い物の幻想(ゆめ)は食蜂が見せていたのではないか?

何故ならば全てが反転した鏡の夢の中で御坂と食蜂の立ち位置だけが固定され……
麦野は不自然なまでに名前を強調されているのに一度も姿を表していないのだ。
まるで麦野に対して食蜂が抱いている意識の表れそのもののように。
もちろん証拠など何一つない。だが食蜂ならばその程度ゲーム感覚でやりかねない危うさがある。

483 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:50:53.95 ID:F6ieLyqAO
〜15〜

二人が通わせた絆を引き裂き、憎い麦野を葬り、自分に振り返ってくれない御坂を死に追いやらんとする。
興味も関心も無くしていた古巣に子飼いの先代派を残して行ったのは御坂を観察するためではないだろうか?

食蜂『想像力の域は出ないわねぇ』

麦野『――もういいわ滝壺』

滝壺『でも……』

麦野『こいつは勝っても負けても生きても死んでも構わないって目してやがる。暗部にいた頃だってこんな目した化け物見た事ないわ』

同時に麦野も殺気を解いた。何故食蜂が能力を封じられながら命知らずにも麦野を挑発するのかが理解出来たからだ。
白井を壊した結標さえ憎みきれない御坂がほのかに想いをよせる麦野に、自分の返り血を浴びさせたいのだ。
そのためなら食蜂は殺されても構わないと思っている。そんな妄執に麦野はこの陽気の中悪寒を覚えた。

麦野『認めてやるよ腐れ女王蜂。テメエは私が相手して来た中で最凶の敵だ。イカレ具合もね』

食蜂『認めてあげるわぁ人喰いライオンさん♪貴女は私が見て来た中で最狂の敵だったわぁ☆』

白井を御坂に、結標を麦野に、合わせ鏡の関係に置き換えるならば食蜂は姫神のポジションだ。
その姫神でさえイギリスに渡る前に麦野達にこう語ったのだ。自分は白井を決して許さないと。

姫神『淡希は。昔私を命懸けで救い出してくれた。だから今回の件は許してあげる』

姫神『私の呪われた血を受け継いでしまった淡希はもう二度と私から離れられない』

姫神『子供も産めない。死ぬまで吸血鬼に怯え続ける人生が待ってる』

姫神『だから。私から淡希を奪おうとしたリボンの子にも。報いを受けてもらう』

姫神『一生。自分の愛情(エゴ)のせいで淡希を殺した罪悪感に苛まれて』

姫神『二度と。人を愛せなくなればいい』

姫神『――私達って。本当に救われない』

麦野『(――どいつもこいつも狂ってやがる)』

麦野は知っている。女の子が可愛らしく、愛情は美しいと言う幻想は食虫花が漂わせる甘い匂いと同じだ。



女は、自分の子宮(こころ)を裏切れない



484 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:54:40.18 ID:F6ieLyqAO
〜16〜

麦野『話と気が済んだらさっさと失せろ。勝ちはくれてやるわ』

食蜂『……私がこの事を御坂さんに話すかも、って考えないのぉ?』

麦野『私がテメエならそんな生温い美談(オチ)は許さないでしょ』

車椅子に座った麦野の両頬を挟むようにして手指を這わせる食蜂が目を細めて嗤い、舌舐めずりする。
御坂にそれを伝えたならばまず怒り狂い、だが最後は麦野を許すだろう。御坂はあまりにも優し過ぎる。
それが愛憎入り混じった麦野、妄執綯い交ぜる食蜂の唯一共有する無二の価値観だ。故に――

食蜂『じゃあ、勝者らしく戦利品でもいただいちゃおっかしらぁ?』

滝壺『!?』

麦野『―――………………』

食蜂が麦野の唇を奪った。舌まで入れてこね回し、麦野もそれを受け入れた。滝壺はそれに目を見開く。
だが二人は互いを知り尽くした恋人同士のように差し出した舌を絡ませ合うのが滝壺にも見える。
御坂を間に挟んで呪うような食蜂、憎むような麦野、愛など欠片も入る余地のないただただ卑しい賎しいキスの果てに――

麦野『……ペッ!』

食蜂『はぁっ……』

麦野が食蜂に歯を立てたのか、微かに血の混じった唾液を吐き捨て、食蜂は手の甲で唇を拭って離れた。

麦野『テメエの血、すっげーマズい』

食蜂『貴女の唾液、すっごく甘ぁい』

麦野『初めて見た時から思ってたよ。性格以上に身体の相性が最悪だわ』

食蜂『こんな濡れちゃういやらしい舌使いで御坂さんとキスしたんだぁ』

麦野・食蜂『『この売女』』

滝壺が凍り付くほど二人の笑顔は美しく醜かった。麦野の狂気と食蜂の妄執、ベクトルは異なれど同じだ。
御坂は一生知り得ないだろうし理解もし得ないドス黒い女の情念。あの姫神でさえ顔色を失いそうなそれ。

食蜂『じゃあお暇させてもらうわぁ第四位。御坂さんがいなかったら貴女と一度くらい寝てみたかったかもねぇ?』

麦野『――テメエらみたいな変態に靡いてやるほど欲求不満でもねえよ。せいぜい家帰って御坂でオナニーしてろ』

麦野・食蜂『『この売女』』

食蜂は笑顔で親指を上向け首を掻っ切るようにしてから下向け、麦野は中指を立てて二人は別れた。

麦野『あー最悪……滝壺、何かドリンク買って来て。口ゆすぎたいから』

滝壺『う、うん……』

いつしか滝壺の背中に冷や汗がびっしょり流れるほど、二人のやり取りは怖憚られるものがあった。

485 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:55:06.85 ID:F6ieLyqAO
〜17〜

麦野『最悪の気分で最低の運勢ね……一日の間に女三人にキスされるとかどうなの』

滝壺『……むぎの、ジゴロ』

麦野『女にモテても嬉しくもなんともねえよ』

食蜂が去った後、麦野は滝壺に買ってもらったボルヴィックで口をゆすいだ。病室に戻ったら歯も磨きたいらしい。
二人は夏雲上がる青空の下、中庭に咲き誇るハーブガーデンを前に風に吹かれて髪を揺らしている。

滝壺『一番モテるのはみさかだけどね』

麦野『……いやに突っかかるね滝壺』

滝壺『でもむぎのはこれで良かったの?』

麦野『……どういう意味?』

滝壺『みさかとすれ違ったままで、分かり合えないままで本当に良いの?』

ザアッ、と不意に強まった黒南風が花々やハーブを揺らし麦野の前髪が目元に被さった。しかし

麦野『――お子様の中坊の幻想(ゆめ)わざわざ壊して回るほど私は出来た“先輩”じゃないわ』

滝壺『………………』

麦野『あいつは小パンダを奪り還してめでたしめでたしで終われば良い。例え作られた幻想だとしても』

滝壺『むぎの……』

麦野『絹旗の好きなC級映画と同じだよ。安っぽい悪役がいなきゃあいつは誰を憎めばいいの?』

冷ややかに鼻で笑ってそれを受け流す麦野嘘を滝壺は見抜いていた。
本当は御坂の手で自分を止めて欲しかったのではないか?
『悪』として『正義』の御坂に討たれる事を無意識に望んでいたのではないか?

麦野『――あんたには本当に力になってもらったよ。ギャラどうしたらいい?』

もうあの食蜂(おんな)にされたからキス以外でね、と麦野は笑った。
それが滝壺には無性に悲しく思え、儚く感じられた。だからこそ――

滝壺『むぎののそばにいたい』

麦野『………………』

滝壺『……しばらくこのままでいさせて』

麦野『――私の周りは安上がりな女ばっかりだね』

滝壺は怪我に触らぬように麦野を後ろから包み込むように抱き締めた。
御坂に負け、食蜂に敗れ、麦野が果たせたものは美鈴との契約のみ。

滝壺『大丈夫。私はそんな意地っ張りのむぎのを応援してる』

麦野『そりゃどーも』



――その一部始終を寮監と固法が見ていた事を、後に御坂は知る事となる――



486 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:57:19.54 ID:F6ieLyqAO
〜18〜

青髪『何や、おもんなさそうな顔しとるなあ』

食蜂『……やっぱりわかっちゃう?』

青髪『うん。付き合い短いけど友達やからね』

雲川が帰り、入れ違いに店に入って来た食蜂にエクレアとダッチコーヒーを出しながら青髪は笑った。
対する食蜂はショコラティエやヴァローナのエクレアでも直せそうにないほど機嫌を斜めにしてフォークでつつく。
店内は相変わらず物静かで、それが食蜂にとってもありがたかった。群集の心の声に気を配らずとも良いからだ。

青髪『確かにやり方は間違っとったかも知らんけど、君は第四位に負けたない思っとったんと同じくらい』

食蜂『………………』

青髪『――第三位の事を信じとったんやないかな?あの娘やったら雲川先輩も第四位も君の思惑も、全部ひっくり返せるかもって』

食蜂『……貴方の洞察力は何でもお見通しなのねぇ?』

青髪『遠くまで見えるだけで腕は長くないねん。精々ここで君のためにエクレア焼いてコーヒー淹れるくらいしか出来へんよ』

食蜂が麦野と御坂が潰し合えば良いと思ってもいたのも事実である。
だが食蜂は心のどこかで望んでいたのかも知れない。御坂ならばと。
愛憎入り混じり、歪な妄執ここに極まれる想いながらも食蜂は――

食蜂『――美味しいわよぉ。でもちょっとしょっぱいかもぉ』

青髪『隠し味に混ぜた塩が効き過ぎたのかも知らんねえ〜』

食蜂『減点1ぃ』

御坂が常盤台中学の新入生として当時二年生だった食蜂との間に何かあったのだろうと青髪は察する。
学園都市という養蜂場、常盤台という巣箱、ただ一人の女王蜂だったみなしごハッチ(食蜂操祈)
彼女はみつばちマーヤになれず、御坂はウィリー(友人)足り得なかった。故に麦野に嫉妬したのだろう。

青髪『堪忍してな前の戦争でバイトみんな辞めるし、おっちゃん(店主)倒れるし、色々手回らんのや』

食蜂『あのジョンとか言うエラそうな外人さんはぁ?』

青髪『今イギリスや。せやからもうどないしようか思っとって――』

学園都市暗部として屍山血河を築き、罪業に汚れた麦野は清廉な御坂の友人に相応しくないと。
何で第三位はこんなモテんねやろうな〜っと苦笑いを浮かべながら青髪は切り出した。ウィリーがいないならば――

487 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:57:45.14 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
青髪『良かったら、このパン屋でバイトしてみーひん?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
488 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 22:58:42.87 ID:F6ieLyqAO
〜19〜

食蜂『バイトぉ!!?』

青髪『時給850円、ユニフォーム貸与、交通費全額支給、まかないもつけるけど』

みつばちマーヤにウィリーがいないなら、バッタのフィリップがいたって良いだろうと青髪は思った。
自分とて上条に出会わなければ、今も学園都市第六位として食蜂のようになっていたかも知れないと。

青髪『見やこのユニフォームを!ゆったりとしていながら薄い生地!背面までフリルの施された白いブラウス!
少し大きめの赤いリボンがそれにアクセントを加え、フリル部分には可愛らしいネームプレート!
肘の辺りでボタン留めされ絞られた袖口と、厚手の黒いカマーバントがウエストをキュッと引き締める!
その下のワインレッドのフリルスカートには下二本の横ライン!これが世に言う“ブロンズパロット”やー!!!』

青髪は食蜂に声をかける。君ならばこの店の看板娘になれると。
食蜂も当初は口をポカンと開いて目を丸くしていたが――

青髪『“友達”の頼みは聞くもんやで?』

食蜂『――――――………………』

青髪『あの娘の事、助けてくれへんかな』

食蜂の無垢な心根、呪われた部分、童女のような純真さ、禍々しい歪さ、その全てひっくるめて青髪は手を伸ばす。
青髪は上条のように誰をも救い出す手は持ってない。だが誰とも繋がれる手を差し出す事が出来る。

食蜂『……仕方無いわねぇ?貴方がそこまで言うんだったら助けてあげても良いけどぉ?』

青髪『おおきに女王様!で、君にお願いしたい最初の仕事やねんけど――』

食蜂『ええ〜人使い荒いぃ〜』

そこで青髪はブロンズパロットのユニフォームを引っ込め、代わって取り出して来たのは『白衣』であった。
そして何やらアクセサリーと思しき小箱の入っている紙袋。その中身は青髪自身も馴染み深い――

青髪『――これは君にしか出来へん事で、君にしか頼まれへんお使いや』

食蜂『………………』

青髪『僕は君を信じとるんよ。君が第三位を信じとったようにね』

その言葉が意味するところを知り、食蜂はかなわないなあと小さく微笑みその白衣を受け取った。



食蜂『――ならエクレアもう一個で手打っちゃうゾ☆』



――――友達の頼みは、聞くものだから――――



489 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:00:34.54 ID:F6ieLyqAO
〜8月20日〜

木山「バンを借りて正解だったようだ。車椅子が乗り切らないところだった」

御坂「すいません木山先生、お願いします」

木山「なに、おやすいご用さ」

水晶宮の玄関先にいつものランボルギーニ・ガヤルドではなくバンで乗り付けて来た木山春生がドアを開ける。
御坂は助手席に、中央席は佐天と初春が白井の脇を固め、後部座席は婚后が車椅子を折り畳んで乗り込んだ。
そして夕立の中走り出し、白井のカウンセリングのため第七学区の冥土帰しの病院へと向かう。

初春「はい、白井さん。病院着くまで少しかかりますからねー」

佐天「白井さん、私の膝に横になっても良いですよ?」

白井「………………」

御坂「そうさせてもらいなさい黒子。佐天さんの膝枕なんてお金取れちゃうくらい気持ち良いんだから!」

婚后「そうですわよ白井さん。わたくしなどシートが固くお尻が痛くて痛くて……」

木山「(……私に負けず劣らずクマがひどい。あの様子では寝食さえ受け付けないのだろう)」

虚ろな眼差しで茫洋と窓ガラスを滑り行く水滴を追う白井をルームミラーで見やる木山は思う。
予想以上に白井の心は深手を負っている。罅などという生温いそれでも亀裂などという生易しいそれでもない。
まるで死火山の噴火口だ。避難所においてカウンセラーの真似事のような仕事をしていた時でさえ

木山「(名前は何と言ったか、あのドレスの少女でも匙を投げるレベルだ)」

御坂「わざわざ車出してもらっちゃって本当にすいません。助かっちゃいます」

木山「――君達には大きな借りがある」

御坂「ありがとうございます……あの、黒子を診てくれる先生って」

木山「“宝生妃”というカウンセラーだ。精神科医としては超一流と言って良いだろう」

御坂「(ほうしょうきさき?何か聞き覚えあるような……)」

木山「(ん?そう言えば私は宝生妃とどこで知り合ったのだったかな……はて?)」

戦災により心に傷を負った幾多の少年、数多の少女の中にあって……
心理定規の手にさえ余るほど心を粉々に打ち砕かれ擦り潰された白井。
社会復帰はおろか自然治癒の見通しさえ立たない。
最悪、点滴と薬漬けで命長らえるより他ない未来すらあり得る。

490 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:01:01.69 ID:F6ieLyqAO
〜21〜

木山「……君も病院に着くまで少し寝たまえ。あまり根を詰めすぎると私のようなクマが出来上がるぞ」

御坂「あはは、大丈夫ですって!」

木山「――こういったケースの場合、当人は勿論それを支える人間の負担も決して軽視してはいけない」

御坂「………………」

木山「長い戦いになるだろう。今のうちに身体を休めていたまえ」

婚后「木山先生の仰有る通りですわよ御坂さん、白井さんはわたくし達にお任せを」

御坂「――うん、わかった」

白井が佐天の膝で眠った後、木山は御坂に仮眠を取るように勧めた。如何に御坂がタフであるとはいえ――
コミュニケーションも取れず、寝食も受け付けず、いつまた能力暴走を引き起こすかわからない白井を……
看護と監視の両面をこなすのは流石に堪えるものがあるだろう。
昼間は佐天達や派閥の人間もいる。しかし夜ともなればそうもいかない。

木山「(――結標淡希。君から相談を受けたのもこんな夕立の日、避難所の図書室での事だったね)」

結標を自分のせいで死に追いやってしまったと言う自責の念が癌細胞のように白井の精神を蝕んでいる。
その結標から木山は7月5日にカウンセリングを求められた事がある。
同性の少女に心惹かれてしまった自分は病気ではないかと。

木山「(あの日私は君に偉そうにのたまったな。“人を愛する事が病気などと、どの医学書にも一行たりとて書かれていない”とね)」

一年前の夏、木山は学園都市全土を巻き込んだ幻想御手事件を引き起こした。子供達を救う手掛かりを得るために。
その時はワクチンソフトがあったが故に事態は収拾へと向かい、昏睡状態にあった被害者らの意識も回復した。が

木山「(――私はとんだ愚か者だよ)」

今の白井に果たして如何なるワクチンが有効なのか木山にもわからなかった。そして結標淡希はもういない。
御坂の声さえ響かないほど閉ざされてしまった心に、一体誰が救いの手を差し伸べられると言うのだ。



――粉々に砕け散った硝子の欠片を、一体誰が拾い集める事が出来ると言うのだ――



491 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:02:58.97 ID:F6ieLyqAO
〜22〜

木山「では彼女を預かろう」

初春「御坂さん、私が付き添ってあげても構いませんか?」

御坂「えっ、でも……」

木山「その方が良いだろう。なまじ君という近しい人間が側にいる事で、彼女自身が伝えたい思いを表現する事が出来ないかも知れない」

御坂「……わかりました。初春さん、お願いするわね」

初春「はい!」

一時間半かけて冥土帰しの病院に到着した御坂達は、別館に当たる心療内科の前で白井を二人に託した。
こういったケースの場合、近親者や付き添いの人間が側についているとかえって反応を引き出せない場合がある。
心療内科という性質上医師と患者のマンツーマンなくして治療や信頼関係は成り立たないのだ。そこへ

佐天「あっ、固法先輩!」

婚后「まあ、どなたかのお見舞いで?」

固法「ええ、手塩先生の……」

御坂「固法先輩、お疲れ様です」

固法「御坂さんまで……」

カウンセリングには一時間かかると言われ、あまり大人数で待合室の席を取るのも気が引けたのでロビーに出たところ――
御坂達は固法と出くわした。自分達の香典を包んで雲川に渡しに行ってくれた帰りに立ち寄ったのだろう。
御坂が常盤台を代表して謝罪に行ったところ、上条と姫神のクラスメートらに……

上条のクラスメート『理屈じゃわかってるんだが理屈じゃないんだ。帰ってくれ!』

けんもほろろに追い返されてしまったのだ。そこで同じ高校の先輩である雲川が間に入ってくれた。
それだけの事を白井は仕出かしたのだ。直接的ではないにせよ、間接的に引き金を起こしたのは白井なのだから。

固法「もしかして、前に言ってた……?」

御坂「はい、黒子の」

固法「そう……」

挨拶もそこそこに、固法は皆を見渡しておおよその事情を知った。彼女もまたその責任の一端を問われ謹慎中の身だ。
寮監も水晶宮の支配人を解雇された。ただ少女達の知り得ぬ『天の声』が――
大覇星祭後に復建される常盤台新女子寮の管理人に任命される未来をまだ誰も知らない。

固法「……御坂さん、今ちょっと大丈夫?」

御坂「はい、一時間くらいかかるらしいですから大丈夫ですけど――」

そこで固法は、言うか言うまいか少し迷った様子を見せた後――



固法「あのね……――」



492 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:03:44.23 ID:F6ieLyqAO
〜23〜

麦野「ちっ……」

冥土帰し「持とうかい?」

麦野「いい。それより先生こそありがとうね。こんなケガ一週間そこらで直してくれだなんてわがまま、先生にしか頼めないから」

冥土帰し「僕を誰だと思っている?」

一方、麦野は御坂に打ち砕かれヘシ折られた怪我こそ完治したものの痛み止めがもたらす眩暈に舌打ちした。
滝壺に用意してもらった入院セット一式を持ち上げただけでよろめいたが長居はしていられない。
帰りを待ってくれている者や委員会には『帰省中』という事にしており、そろそろ退院する必要に迫られているのだ。
滝壺には迎えを寄越させなかった。浜面を通じてフレンダや絹旗が不審に思うだろうし、そして何よりも――

麦野「(こんなボロ雑巾みたいな格好、見せてたまるか)」

冥土帰しは数ヶ所に渡る複雑骨折を含めて一週間で全て繋ぎ直し、傷口も残らぬまでに完璧に施術してくれた。
痛み止めは発熱まで完全に防いでくれる特別製だが強力な分思考力が鈍る。だがこれ以上贅沢は言えない。

冥土帰し「見送ろうか?」

麦野「ここまででいいわ。それより先生」

冥土帰し「わかっているよ?彼には君が入院している事は伏せている」

麦野「――ありがとう」

麦野が冷笑や毒舌を振り撒かず、信を置いている数少ない人間の一人がこの冥土帰しである。
九死に一生どころではない生死の境をその都度救い出してくれた神の手を持つこの老医師。
口には決して出さないが、まるでおじいちゃんのように思ってさえいる。

麦野「シーズン過ぎてるけど、今度何かお中元贈るわ」

冥土帰し「お大事にね?」

そう言い残して麦野は病室を出、階段をゆっくりと下って行く。
一週間の入院で少し肉付き良くなってしまったように感じられるからだ。が

グラッ……

麦野「(やばっ)」

痛み止めの副作用が、終わりかけの階段で再び眩暈を引き起こした。
バックが投げ出され、取られた足がつんのめって身体が前に飛び出す。

麦野「――――――」

間近に迫るリノリウムにぶつかると、反射的にギュッと目を閉じて来る衝撃に耐えんとして――



???「危ない!」



493 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:06:52.52 ID:F6ieLyqAO
〜24〜

麦野「えっ……」

硬質な衝撃に代わって、柔らかな感触が麦野を受け止めた。

御坂「ちょっと、どこ見て歩いてんのよ」

麦野「!?」

それは転げ落ちそうになった麦野を踊場にて抱き止めた御坂であった。
思わぬ再会に麦野の目が見開かれ、一瞬身体が硬直しきってしまった。
だが御坂はそんな麦野の背中に両手を回しながらしっかりと支えて――

麦野「み、“超電磁砲(レールガン)”」

御坂「久しぶりね、“麦野さん”」

麦野「……離れろ!」

御坂「い・や・よ」

麦野「あァ!?」

御坂「そんなフラフラの身体で凄んだって全然迫力ないっての」

見開いた目を剥いて睨み付ける麦野を、御坂は身体ごと真っ直ぐ受け止めた。10日前と変わる事なく。

御坂「ま、そりゃそうか。あんたをそんな風にしたのは私だし?」

麦野「………………」

御坂「――変な話よね。あんたはそんななのに、私は打撲と擦り傷しか受けてない。不自然なくらいに」

10日前に麦野から受けた攻撃のほとんどは急所はおろか顔に傷一つ負わされていなかった。
御坂がそれに気づいたのは白井から負わされた傷を数え、黄泉川に包帯を巻いてもらった時だ。

麦野「何でテメエがここにいる?トドメ刺しに来たんなら――」

御坂「私は私で色々あんのよ。あんたがここに入院してるってのは固法先輩からついさっき聞いたわ」

麦野「(誰そいつ)見舞いがてら笑いにでも来たか?あいにくテメエにやられたケガなんて大した事な――」

ギュッ

麦野「〜〜〜〜〜〜!!?」

御坂「(自分で与えたダメージくらい覚えてるっつーの)」

御坂とてわかる。麦野は全力で戦いはしたが本気で殺しになど来なかった。
御坂にはわからない。麦野と美鈴の契約やこの事件の背景にあたる部分など。
しかし今自分の腕の中で悶絶しているのは御坂が知っている『麦野さん』だ。

麦野「ゼー……ハー……」

御坂「私はあんたにトドメ刺しに来た訳でも謝りに来た訳でもないわ。あんたが何考えてあんな事したり言ったりしたのかも私には全然わからない。けどね?」

麦野「……何だよ」

御坂「――あんた、最後泣いてたでしょ」

麦野「………………」

御坂「雨のせいだなんてクサい言い訳受け付けないわよ」

494 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:07:30.43 ID:F6ieLyqAO
〜25〜

そう、麦野は御坂に打ち倒された後確かに涙を一筋流していた。
それは敗北が悔しかった訳でも激痛に零した訳でもないだろう。
そんな可愛げのある相手ならばもう少しマトモな関係性が築けたはずである。
病的なまでにプライドの高い麦野が自分の前で涙を流すという事。
それがどういう意味を持つか程度には御坂は麦野を理解しているつもりであった。

麦野「……話はそれだけ?」

御坂「………………」

麦野「テメエの“敵”に安っぽく手差し伸べてんじゃねえよ!!」

しかし麦野は御坂を突き飛ばして離れる。安っぽい和解も薄っぺらい話し合いも寒々しい歩み寄りもごめんだと。
突き放された御坂と麦野の頭上には長方形の窓があり、そこへ涙雨を思わせる上がりかけの夕立が降り注ぐ。

麦野「私を甘く見るな!安く見るな!!」

御坂「そんなんじゃない……」

麦野「それ以外の何があるってんだよ!」

御坂は未だにわからない。何故麦野がそうまでして『自分の敵』という立ち位置にこだわるのか。
それでも理解出来るのは、何が何でも寄せ付けまいと痛々しいまでに毛を逆立てている麦野の――

御坂「あんた気づいてる?」

麦野「何がだよ!?」

御坂「今のあんた、あの時と同じ目してる」

麦野「………………」

御坂「私に嫌われようって、自分を悪く見せようって、必死になってる」

麦野「!!」

御坂「そんな悲しそうな目でケンカ売られたって、買えっこないよ麦野さん」

麦野「巫山戯んな!!!」

パシンッ、と麦野が御坂の頬を打つ乾いた音が踊場に響き渡る。
ちっとも痛くない。手を上げた麦野の方がどれだけ痛いだろう。

御坂「……それが全力なら、もうあんたは私の“敵”にさえなれないわ」

麦野「殺してやる……」

御坂「もういいよ、麦野さん」

自分の頬を打った麦野の手首を押さえ、御坂はそこで初めて知る。
なんて細い手首だろうと。なんて弱々しくて、なんて綺麗で――

麦野「殺してやる!!!!!!」



――――なんて、愛おしいのだと――――


495 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:07:56.96 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――あんたが自分を許せないなら、私があんたを赦してあげる――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
496 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:10:28.91 ID:F6ieLyqAO
〜26〜

麦野「なっ……」

御坂「――これで三回目だね?」

手首を引き寄せて唇を奪った。驚きに目を見開く麦野に告げた三回目のキスという言葉とその想い。

御坂「あんたも知らない一回目に私は誓ったの。本当は誰よりも弱いあんたを助けるって」

麦野「誰にだよ!?」

御坂「自分自身によ」

一度目。10月2日から3日にかけて跨いだあの夜。麦野の部屋に泊まったあの日の晩の出来事である。
殺した人間達の出て来る悪夢に魘されていた麦野が零した涙と、『助けて』という寝言に御坂は誓った。

御坂「本気で戦って改めて思った。あんたが“強い”のは戦ってる時“だけ”だわ」

麦野「………………」

御坂「きっと黒子も、結標さんに同じ事思ったんでしょうね」

この階段の踊場と同じだ。上に登るのでもなく下に降るのでもない横並びの位置で御坂は麦野を見つめていた。
麦野がどれだけ突き放そうとも、袂を分かってけじめをつけようとしたところで御坂はそれを『許さない』。

御坂「でも私は黒子みたいになれないし、あんただって結標さんじゃない。それでも――」

御坂はそんな麦野の横をすり抜け、元来た階段を再び下りながら背中越しに告げた。

御坂「――もっと早く、あんたに会いたかった――」

麦野「!?」

撃てるものなら後ろから撃ってみろと語る小さな背中、かつて自分に預けられていた細い背中が言っていた。

御坂「そう思える程度に私はあんたの事気に入ってるし、あんな事あった後でもやっぱりあんたを憎めない」

麦野「………………」

御坂「今回の件はさっきのキスでチャラにしてあげる!悔しかったら取り返しに来なさいよね!!」

麦野「みっ……」

御坂「またね!麦野さん!!」

駆け出して行く御坂の笑顔に、麦野は一瞬全てを捧げても良いかと思った。
だが二人は歩み寄れても分かり合えない。交差しても同じ道は歩めない。

麦野「……この借り、いつか兆倍にして返してやる」

三ヶ月後、二人は再び相見える事となる。それは奇しくも戦場となったこの病院の屋上にて

麦野「―――“次”は譲らないよ―――」



―――痛み止めでも押さえらぬ高鳴りと締め付けに胸に、麦野は再び己の道へと突き進んで行く―――



497 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:11:03.55 ID:F6ieLyqAO
〜27〜

佐天「」

婚后「」

固法「」

御坂「(やっぱり見られてた……)み、みんな今のはナイショだからね?ナ・イ・シ・ョ・!」

階段の物陰にて言葉と顔色を失っている覗き魔三人組を前に御坂は歎息した。やはりこうなるかと。
何とはなしにこんな事になる気はしていたが、ずばりキスシーンそのものを見られるなどと――

婚后「え、ええもちろんですわ!わたくし婚后光子、口と頭が固い事で右に出る者はおりませんの!(み、御坂さんのかようなお姿を目にする日が来るだなんて……)」

固法「あ、当たり前じゃない御坂さん!風紀委員は治安も約束も守るものよ!!(あれだけ殺し合った麦野さんまで口説き落とすだなんて……御坂さん恐ろしい子!)」

佐天「(二人共メチャクチャテンパっとるのう……でも綺麗な麦野さんと可愛い御坂さんだと異常にハマってるって言うかなんて言うか……歩くフラグメーカー??)」

御坂「(第五位じゃないのにみんなが何考えてるか読める)」

婚后はやたらと扇子をあおぎ、固法は眼鏡を曇らせ、佐天に至ってはホクホク顔だ。
この時ばかりはあの下衆なリモコンの力を本気で借りたいと御坂が思い始めた頃――

佐天「……でも、本当にこれで良かったんですか御坂さん?」

御坂「うん、いいのいいの。今は黒子の事で頭いっぱいだし」

婚后「………………」

御坂「一区切りって言うか、気持ちの整理がついたって言うか……とにかく!この話はこれでおしまい!!」

道は分かたれたのだ。白井を守るために本当の意味で常盤台の女王となった御坂に後戻りは出来ない。
愛しい上条に傾き、恋しい麦野に注いで来た想い全てを白井に捧げねば誰が彼女を支えられるだろう。
結局のところ、御坂は不器用だったのだ。故に今回の一件を通して理解した。百の必要なものか一の大切なものか。
その両方、或いは全てを手にするには御坂の腕はあまりに短く手は小さいという事を思い知らされた。

御坂「黒子のところ、戻ろうか?」

御坂は白井を選んだ。麦野もそれを望んだ。二人はそれで一つの関係性に終止符を打ったのだ。
ありえたかも知れないもう一人の自分(みさか)、ありえたかも知れないもう一つの可能性(むぎの)



――――だから御坂と麦野は、白井と結標のようには決してならない――――



498 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:13:19.65 ID:F6ieLyqAO
〜28〜

食蜂「青春力発揮してまたイチャついてるわねぇ……何だかイラッとしちゃうわぁ」

木山「………………」

食蜂「嗚呼、貴女達は“終わる”まで席外しといてぇ。お役目ご苦労様ぁ☆」

初春「承りマシタ」

食蜂「(もっと楽しい遊びのために打っといた布石だけど、こんな使い道になるとは思ってなかったわぁ)」

一方、宝生妃(ほうしょうきさき)こと食蜂操祈(しょくほうみさき)はカウンセリングルームにいた。
バビロンタワーにいた時に弄った初春、避難所にいた頃から目をつけていた木山、両方を操作しながら。
青髪から手渡された白衣に、鋭角的なフレームの眼鏡をかけ、女医に扮してここまで誘導して来たのだ。

食蜂「さて、とぉ……」

白井「………………」

食蜂「――別に貴女が自殺して死のうが廃人のまま生き長らえようが私の人生に影響力皆無なんだけどぉ」

初春はその明晰な頭脳、木山は心理定規や自分が共にカウンセリングしていた頃から着目していた。
だが食蜂にとって白井などどうでも良い存在である。御坂や麦野のように愛憎を対象ですらない。が

食蜂「貴女のくだらない横恋慕(ないものねだり)の尻拭いに、学園都市三位、四位、五位、六位、八位が奔走するだなんて馬鹿げた話よねぇ」

白井「………………」

食蜂「良かったわねぇ?御坂さんがあおくんと食事した事があって。そうでなくちゃ誰が貴女なんかぁ」

去年の10月2日、青髪は上条と共に補習を受けていた所を雲川に助けられ、その帰り道に麦野と御坂に出会した。
そこで起きた無能力者狩りの事件を解決した後、流れで皆と夕食を共にした事を青髪は覚えていたのである。
一つの皿から同じものを取って食べればそれはもう友達だと言う青髪(ゆうじん)の頼みでなければ――

食蜂「でもまぁ、これは先行投資って事にしておいてあげるわぁ。御坂さんの後継ぎである貴女への」

食蜂がハンドグローブを外して白井の額に触れる。心理定規でさえ手の施しようがないほど壊れた――
白井の心を完膚無きまでに『黄泉還らせる』ため。そしていつか命長らえた結標淡希に再会する日まで

食蜂「本当、世話力のかかる出来の悪い“後輩”達ねぇ?」

白井「………………」

食蜂「だけど貴女が閉じこもってる出来の悪い幻想(バッドエンド)なんてぇ」



――――それまで『生きて』苦しめと、食蜂は後輩にエールを送る――――



499 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:13:45.92 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
食蜂「私の超能力(メンタルアウト)でどうとでもなっちゃうものねぇ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
500 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:14:22.03 ID:F6ieLyqAO
〜29〜

その瞬間、ハンドグローブから解き放たれた食蜂の手指が白井の記憶の宮殿の鉄扉を押し開いて行く。
今まで食蜂が触れて来た数多くの心象風景にあって、特に印象深かったのはおおよそ五人ほどである。

インデックスの十万三千冊の魔導書を収めた『無限図書館』

御坂美琴の一万三十一本の十字架が聳え立つ『アクロの丘』

麦野沈利の髑髏と果実と砂時計に満たされた『ヴァニタス』

青髪ピアスのマストロヤンニを思わせる一面の『向日葵畑』

食蜂「ふぅ〜んここが貴女の“自分だけの現実”なのねぇ」

白井「………………」

白井の心象風景は、あまりに透明度の高さに水面と蒼穹が一体化した『天空の鏡』、ウユニ塩湖であった。
生物もろくに住めないほど高い塩分濃度はさながら汚れなき雪原を思わせ、波紋を描いて食蜂は降り立つ。
白井はその中で膝を抱えて顔を隠し三角座りしていた。なるほど高潔な風紀委員らしいと食蜂はほくそ笑み

食蜂「――人魚姫の原書置いてったのに、御坂さんの読解力もまだまだってところかしらぁ」

人魚姫。それは人魚の国の六姉妹の一番身体が小さく純真無垢な末っ子が綴る悲恋の物語である。
準えるならば直向きな六女(しらい)、知恵者の五女(ういはる)、健やかな四女(さてん)……
情け深い三女(こんごう)、夢想家の次女(みさか)、ならば自分はナイフを手渡す長女だろう。

食蜂「不出来な主演女優(みさか)、大根役者の助演女優(むぎの)、穴だらけの脚本家(くもから)の中でぇ」

食蜂は御坂のように善を信じ切る事など出来ないし麦野のように悪に成り切るつもりもない。
だからこそ常に中庸であり、何物にも囚われず自分のしたい事だけをやりたいように出来る。

食蜂「さしずめ私の役割は御都合主義の舞台装置(デウス・エクス・マキナ)ってところかしらぁ」

エクレア一つで友達の頼みも聞く。食蜂にとって白井にかける手間はエクレア一つと等価値なのだ。
断じて御坂のためなどではない。そう思いながら食蜂は砕け散った白井のマスターピースを拾い集め

食蜂「鏡の迷路を抜けるには、“案内人”の誘導力が必要よねぇ?」



――――天空の鏡に、虹がかけられた――――



501 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:16:40.41 ID:F6ieLyqAO
〜30〜

結標『――愛してるわ……“秋沙”――』

その言葉を聞いた時、わたくしの胸をよぎったのは『やはり』という思いでしたの。
最初で最後のデート、わたくし達が夜を明かすはずだったこの滅美の廃墟(まち)。
当て所もない逃避行の果てに待ち受けていた結末(こたえ)に、わたくしはどこかで

白井『(……これでいいんですの……)』

最初からわかっていたつもりでしたの。彼女の言うところのこの勝ち目のないゲームに乗ったその時から。
むしろホッとしてさえおりましたの。わたくしの恋した方は最後の最期で愛した姫神(かた)を……
放り出せるほど弱くもなく、さりとてわたくしに縋らず立っていられるほど強くなどありませんの。

白井『(……やっと、楽になれますの)』

本当のところ、この終わりを誰よりも強く望んでいたのは他ならぬわたくし自身でしたのよ結標さん。
あの雨の中崩れ落ちた貴女に傘を差し出した瞬間からわたくしにはこんな時が来ると予感しておりましたの。
むしろそれ以外の未来(あした)など浮かんで来ませんでしたわ。

白井『(……貴女から。そして何よりわたくし自身の幻想から)』

不埒な思いを抱き、不義なる道を選び、不正なやり方で貴女に一時と言えど愛される事を願ったわたくしは……
しょせん不誠実な形で結ばれた片恋など実るはずがありませんでしたの。あってはなりませんの。
おかしな話ではありますが、貴女がわたくしを捨ててくださらねばわたくしが貴女を捨てておりましたの。

姫神『―――――“嘘つき”―――――』

その言葉に弾かれたようにと向かって来るわたくしを海へ突き落とそうとする姫神さんの気持ちがわかりますの。
きっと姫神さんはわたくしの名前が呼ばれていれば突き落としなどしなかったでしょう。同じ『女』ですので。

白井『(――これは“罰”ですの――)』

自分を裏切った結標さんより、裏切らせたわたくしの方がさぞかし憎いでしょう。わかりますの。
覚悟はしておりましたわ。いえ、わたくしはこうなる事を望んでおりましたの。正しく裁きが下される事に。

白井『(さようなら、“淡希お姉様”)』

こうでもしなければどこでこの想いを終わらせて良いのか、もうわたくしにもわかりませんのよお姉様――



結標『――好きよ……“黒子”――』



502 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:17:26.20 ID:F6ieLyqAO
〜31〜

結標さんがわたくしに背を向けて姫神さんに腕を広げたのが見えた時にはもう、二人は宙を舞っておりましたの。
灯台の手摺りから身投げして、姫神さんを受け止めてわたくしを庇い立てた結標さんの最期の微笑みと共に――

結標『もっと早く、貴女に会いたかった』

叫ぶより早く伸ばしたわたくしの手指は、透き通った涙と笑顔に彩られた彼女が消えた空を切るばかり。
どうしてそんな事を仰有いますの。何故最後の最期まで貴女はそんなに弱くてズルくて優しいんですの。
何故わたくしより強(よわ)い貴女が、わたくしを守り抜いて命を落とすなどと言う終わりを――

吹寄『いやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』

姫神さんがお連れしていた方が泣き叫ぶ声を背にわたくしは空間移動で海に飛び込みましたの。
早く引き上げねば、早く救い出さねば、わたくしのお姉様(あわきさん)、わたくしの淡希さん(おねえさま)。

白井『お姉様!お姉様!!お姉様!!!』

切り立った剣山のような岩礁に胸を裂かれ血を流し泣き叫びながらわたくしは暗い海を掻き分けましたの。
満天の星空以外光源のない廃墟の夜と海はあまりに深く、そして昼間とは比べ物にならない早い潮と高い波。
嘘ですの。ありえませんの。如何に貴女が弱く脆く儚いと言えど、こと能力に限るならばこんな――

白井『お゛姉様あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』

こんなに呆気なく命を落とすなどわたくしは信じたくありませんでしたの。信じられませんでしたの。
いつしか高波に浚われ鮫の歯のような岩壁に叩き付けられ、体中の穴という穴から海水に飲み込まれ……
流されましたの?沈みましたの?生きてらっしゃいますの?怪我は?意識は?もう何もわかりませんですの。

???『おーい!誰かいるのかー!!?』

???『しずりしずり!あれとうまのお友達の声なんだよ!?』

???『おい……何がどうなってんだこりゃあ!!?』



それが地獄の底のような夜の海に飲み込まれて行くわたくしの、最後に聞いた声でしたの――



503 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:17:58.97 ID:F6ieLyqAO
〜32〜

白井「淡希お姉様……」

遊園地の鏡の迷路を思わせるこの場所でこうして膝を抱えてもうどれだけの時間が経ちましたの?

この『大地の塔』を想わせる万華鏡の中で、貴女が消えてしまった現実に向き合う事も出来ず

自分が何をしているのかさえわかりませんの。時折こだまのように響き渡る誰かの声さえ朧気で

白井「お姉様……お姉様……」

自分が生きているのか死んでいるのかもわからない鏡の国、わたくしが作り上げた鏡地獄(ろうごく)

貴女にもう一度会いたいですの。そこが天国でも地獄でも、そこが世界の果てでも終わりでも。

白井「淡希さん……淡希さん……」

もう一度強く抱き締めて欲しいんですの。

もう一度優しくキスして欲しいんですの。

もう一度貴女の笑顔が見たいんですの。

もう一度貴女の声が聞きたいんですの。

もう一度貴女と言葉を交わしたいんですの。

もう二度と会えないとわかっていても

もう二度と一緒にご飯を食べる事も

もう二度と一緒に映画を見る事も

もう二度と貴女を『お姉様』と

もう二度とわたくしを『黒子』と呼んでくだされずとも

それでも

わたくしは

貴女の事が

504 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:18:25.59 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――――迎えに来たわよ、“黒子”――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
505 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:20:53.05 ID:F6ieLyqAO
〜33〜

白井「あ……」

「――貴女ねえ、風紀委員が迷子になってどうするのよ」

その瞬間、白井が閉じこもっていた鏡の迷宮が割れ砕け

「あれだけ私にエラそうに言っておいて、自分はこんなところでメソメソして」

その刹那、万華鏡の大地の塔を残さず打ち砕かれて行き

「泣く時はシャワールーム、じゃなかったのかしら?」

二人が天空の鏡で向かい合う。蒼穹を揺蕩う白雲と、紺碧を描く水面の狭間で

白井「わ……」

「迎えに来てあげたわよ。不出来な貴女のために」

二つ結びにゆわえられた鮮烈な赤髪が翻り

白井「き……」

「随分と時間がかかってしまったけれど」

霧ヶ丘女学院のブレザーとスカートが靡き

「どんなに遠回りしても、信じてた」

腰に巻かれた金属製のベルトと軍用懐中電灯が揺れ

「絶対、貴女を見つけられるって」

懐かしくさえ思える香水の匂いと、涼やかな笑みが

「“案内”してあげるわ黒子(アリス)。この鏡の国から」

夏雲の下吹き抜けて行き、さざめく水面に舞い降りる

「――貴女の帰りを待つ人達の元までね――」



―――――その黒揚羽の名は―――――



506 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:21:20.63 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「―――――淡希お姉様―――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
507 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:21:46.98 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「トクネコ」グーロピエ:(ムーロクノモ)標座間空の虹白るあと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
508 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:22:16.50 ID:F6ieLyqAO
〜34〜

白井「……淡希お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!!!!」

結標「きゃっ!?ちょ、ちょっと落ち着きなさい黒子!黒子ってば!!」

白井「淡希お姉様!淡希お姉様!!淡希お姉様!!!」

その声を、その姿を、その笑顔を見た途端白井は結標を水面に飛沫が上がるほど勢い良く押し倒した。
今度は幻想(ゆめ)ではなく現実(ほんもの)だ。指に伝わり肌で感じる全てが結標淡希そのものだ。
自分の願望(りそう)や理想(がんぼう)が生み出したそれではない、本物の結標淡希がここにいる。

結標「だから落ち着きなさいって!」

白井「ぶふぉっ!?」

結標「あーもう制服ビショビショじゃないの……しょっぱ!?」

現にのしかかって来た白井を巴投げで放り出し、飲み込んでしまった塩分濃度の高い水をペッペッと吐いている。
あまりにも人間臭いリアクション、程良くつれない態度、全てが白井の記憶そのままの結標淡希だった。

白井「な、何故……」

結標「いきなり飛びついておいて何故もなにもあったものじゃないでしょう?」

白井「……本当に淡希お姉様ですの?」

結標「本物よ!足だってついてるじゃない!!」

カエルのようにヒョコヒョコと水面から顔を上げ振り返った白井を、ずぶ濡れの結標が溜め息混じりで見返す。
その姿に白井の双眸から塩分濃度の薄い水が溢れ出し、結標がそれをハンカチで拭い去って行く。

白井「……淡希お姉様はあの時わたくしを庇って海に落ちたはずでは?」

結標「ええ、確かに私は秋沙と一緒に海に落ちて流されたわ。あんまり詳しい事情は話せないけど――」

白井「………………」

結標「勘違いしないでもらえないかしら?あれは貴女を生かすためにした事であって、自ら死を選んだつもりは欠片もないわ」

白井「っ」

結標「そんな潔い性格(キャラクター)をしてたらそもそも私と貴女はこんな事になってないでしょう?」

少しばかり厳めしい顔を作りながら白井を叱るその姿は、確かに生前の結標淡希そのものであった。
白井はその姿にハンカチを濡らすばかりで涙をせき止める事が出来ず、結標も好きなようにさせる。

509 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:24:30.53 ID:F6ieLyqAO
〜35〜

結標「それに私は、生きる屍のようになってしまった貴女を見たくてこんな所くんだり来た訳でもないわ」

白井「淡希お姉様……」

結標「……仕方無いわね。そんな貴女だからこそ私も惹かれてしまったのだけれど」

よいしょ、と結標は白井の肩を抱き寄せてよりかからせる。二人でジブリを観た時と同じように優しく。
白井も結標の肩口に顔を埋めて寄り添う。あの日のお姉様そのままだと安心しきった微笑みを浮かべて。

結標「もう少しシャキッとなさいシャキッと。少なくとも貴女は、自分が一番可愛い私に命を懸けさせるに値した相手なのだから」

結標もそんな白井の肩に回した手でポンポンとあやし天空を見上げる。水面に鏡写しとなった夏雲を。
同じく白井もそれに倣い、心のどこかで理解していた。ここがあの日夢見た世界の果てそのものだと。

白井「……淡希お姉様は」

結標「何?」

白井「……本当にわたくしの事を好いて下さっていたんですの?」

結標「当たり前じゃない!何を今更……」

白井「――わたくしは」

白井は語る。自分もいつからか結標の強さに惹かれて恋をし、弱さに魅せられて愛してしまったのだと。
そのために姫神を深く傷つけ、御坂にも血を流させてしまった、こんなにも醜く浅ましい自分の事を――

白井「わたくしは、貴女が姫神さんを選んだ時失望するより安心いたしましたの。わたくしの好きになった淡希お姉様はそういうズルい方ですの」

結標「言いたい放題ね……」

白井「……しかし姫神さんを捨ててわたくしを選ぶようなもっとズルい淡希お姉様なら、わたくしの方から見切りをつけて捨てるつもりでしたの」

結標「ワガママ放題ね……」

白井「――同時に淡希お姉様と姫神さんを天秤にかけていたわたくしが一番ズルく、あざとく、醜い自分が一番大嫌いな人間になっていましたの」

結標「………………」

白井「そんなわたくしのために、貴女は」

結標「黒子」

そこまで言いかけて、結標の人差し指が白井の唇に添えられた。悪さをした妹に言って聞かせる姉のように。


510 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:24:56.36 ID:F6ieLyqAO
〜36〜

結標「あのね?私だって一応女の子なのよ。人並みにズルいし男の子からすれば幻滅どころか軽蔑されるような部分だって持ってる」

白井「………………」

結標「そうでなきゃ貴女に縋ったりしなかった。間違いだとわかっていて私もそれに乗った。秋沙への当てつけの気持ちも少なからずあったし、おあいこよ」

厚い上にいい面の皮ね、と結標は付け加えた。そして姫神のところへ戻ればまた他人のように白井に接し――
再び口喧嘩するなり張り合うなりしていただろう。一夜の過ちをなかった事にして、一夏の思い出にして。

結標「当然、秋沙にだってやり返されるわね。現に吹寄さんだって私がいるってわかってて秋沙と寝たのよ」

白井「逆ギレも甚だしいですの!」

結標「私達の中に憐れまれるべき被害者なんて一人もいないわ。全員何かしらの加害者で共犯者よ」

逃げ込んだ結標も、誘い込んだ白井も、追い込んだ姫神も、巻き込んだ吹寄も――

それで責任が分散される訳でもないけど、と結標は白井と手指を絡ませ合う。

結標「だから私達は救われない。救われちゃいけない。けどね」

白井「(嗚呼、淡希お姉様は元々こういう方でしたの)けど?」

結標「そんな最低で最悪な貴女(わたしたち)のために駆けずり回って今も帰りを待ってくれてる人達が」

白井「――――――」

結標「黒子、黒子って貴女を呼んでるわ。だから貴女ちょっとばかしひっぱたかれて叱られて来なさいな」

白井「なっ!?」

結標「私もこれからお先真っ暗な人生が待ってるけど、別に孤独(ひとり)って訳じゃないしね。ほら!」

二人で見上げる天空の鏡に写る御坂の、初春の、佐天の、婚后の、固法の、寮監の、手塩らそれぞれの戦い。
七色に分けられて架かる虹の橋。彼女達の祈念が連なり描く懸け橋。黒白の世界にはない色鮮やかな虹。

白井「――――――………………」

結標「断言するわ。ここで生きた屍みたいに朽ち果てて行くよりよっぽど痛い目に合わされるわよ」

白井「……皆さん……」

結標「――それでも、“生きる”って事は現実(いたみ)の中にしかないもの」

その光景に白井が立ち上がり、同じくして結標も起き上がる。夢見る時間はもうおしまいだ。



―――漏刻の時計が再び反転する―――


511 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:27:13.62 ID:F6ieLyqAO
〜37〜

――――“10”――――

御坂『御伽噺(ゆめ)の時間は終わりよ人魚姫(くろこ)!泡になって消えるなんて許さない!!人間(げんじつ)に戻るのよ黒子!!!!!!』

別れを告げるべきは、夢見がちだった少女時代

――――“9”――――

佐天『白井さんを出せ!ここを開けろ!!隠れてないで姿を現しなさいよ!!!』

もう逃げられないぞと扉を叩く声

――――“8”――――

初春『――耐えて下さい。どんなに残酷な現実を目の当たりにしても』

御伽噺(フェアリーテール)の果てに待っているのはより過酷な現実(ものがたり)

――――“7”――――

婚后『彼女を取り巻く雲霞を吹き飛ばす、ただ一陣の風として』

この天空の鏡に写る雲すら押し流して行く風の中へ

――――“6”――――

寮監『誰かが責任を取らなくてはならない。大人の世界とはそうしたものだ』

帰らねばならない。少女時代の終わりに、大人になるために

――――“5”――――

手塩『くっ……、とんだ、不格好さ、だ』

どれだけ無様で、どんなに格好悪くとも、人が生きる世界(げんじつ)は幻想(かがみ)の中にはない

――――“4”――――

結標「行きなさい黒子。そして生きるの」

白井「淡希お姉様は?」

結標「私も往くわ」

結標が水面へ、白井が天空へ、二人を繋ぐラピスラズリのオイルクロックが反転するように上下逆様になる。
そう。この世界は鏡などではなく砂時計を結ぶ二つの硝子が合わさった二人だけの世界だったのだ。

――――“3”――――

白井「また、お会い出来まして?」

結標「必ず会えるわ。私が貴女に嘘をついた事があったかしら?」

白井が結標に手を、結標が白井に腕を、互いが互いに指を伸ばす。
長い別れを迎え、短いキスを重ねる。白井は涙を、結標は笑顔を。

――――“2”――――

白井「――“嘘つき”――」

結標「そう、最初で最後の嘘よ黒子。嘘じゃないのは――」

――――“1”――――

白井「貴女を想う」

結標「私の気持ちだけ」

――――そして、オイルクロックの雫全てが落ちきって――――

白井・結標「「――さようなら――」」

――――“0”――――

時、放たれる――

512 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:27:40.53 ID:F6ieLyqAO
〜38〜

次の瞬間、ドンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!という激震が冥土帰しの病院屋上より響き渡り

婚后「あれは……」

固法「飛行船!!?」

佐天「御坂さん!あの人!!」

御坂「――――嘘――――」

茜色の夕立の中、立ち上る水煙に着鑑する一機の飛行船。
墜落でも不時着でもなく悠々と屋上に投げかけられた縄梯子には――

食蜂「はぁい☆みぃーさぁーかぁーさぁーんひぃーさぁーしぃーぶぅーりぃ♪♪♪」

御坂「何であんたがここにいんのよ!?」

???「ちょっ!僕の女医さんセットぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

投げ捨てられる如何にもな赤いインテリ眼鏡と『宝生妃』という偽名のネームプレート付きの白衣。
降りしきる狐の嫁入りの中、ハーブガーデンに飛び出した御坂達を見下ろすは縄梯子に掴まった食蜂。
何やらもう一人聞き覚えがあるような声がしたが全てを察した御坂はそれどころではなかった。

食蜂「人がゴミのようだわぁ♪うふふ捕まえてごらんなさぁい☆」

御坂「黒子に何をしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

???「あ、右斜め45センチや」

食蜂「よっとぉ☆」

御坂「!?」

怒り狂った御坂が雷撃の槍を放つも、食蜂は謎の声に従い縄梯子を僅かによじらせるだけで回避した。
思わぬ食蜂の登場にも目を見開いたが、それ以上に目を剥いたのはまるで今の攻撃を『予知』されたような――
そんな唖然とする御坂を余所に飛行船は離陸し高度を上げて行き、コスプレを解いた食蜂が見下ろして来る。

食蜂「――五位と六位のダブルス力、なかなか悪くないわねぇ」

御坂「!?」

食蜂「また会いましょう愛しの御坂さん♪あーっはっはっはっはっはっー☆」

ノリノリで悪女めいた高笑いを残して食蜂らが去って行く。
取り残された御坂達は訳がわからない。訳がわからないまま――

初春「み、御坂さん……」

全員「「「「!?」」」」

初春「奇跡……起きちゃいました」

木山「……ここはどこだ?」

御坂は見た。降り注ぐ陽光と夕立の中起きた

御坂「…………嘘…………」

その奇跡の名前は――

513 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:28:14.11 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「――――お……お姉様――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
514 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:30:17.72 ID:F6ieLyqAO
〜39〜

御坂「……黒子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

佐天「白井さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」

婚后「白井さん……」

固法「白井さん!!」

白井「ただいま、戻りましたの……」

夕立に濡れたハーブガーデンに架かる大きく色鮮やかに描かれた虹の下、白井がよろめきながら立っていた。
泣き笑いを浮かべて、肩と足を震わせて、皆に向かって両手を広げて確かに呼んだのだ。『お姉様』と。

御坂「黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子黒子ー!!!!!!」

初春「う゛わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん白井ざんが帰っでぎまじだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

佐天「やった!やった!!やった!!!」

婚后「このお馬鹿さん!このお馬鹿さん……この……お馬鹿……うぅうぅうぅうぅうぅ!!」

固法「(こ、腰が抜けた……)」

その瞬間、全ての少女達が見るも無残な涙と鼻水をすがりついた白井に擦り付けて泣いていた。
特に御坂など白井を思わせる飛び付きで抱き寄せ、最も冷静沈着だったはずの初春が一番泣いていた。
佐天は天気雨の空に向かってガッツポーズを取り、婚后は扇子を噛みながら涙を溢れさせている。
固法は思わぬ白井復活を目の当たりにし腰が抜けてしまい、水溜まりに尻餅をついてしまった。

木山「……一体何がどうなっているんだ」

一人訳もわからぬまま飛行船の去って行った方角を見送りながら木山はズブ濡れの白衣を拾い上げる。
そこで宝生妃(ほうしょうきさき)=食蜂操祈(しょくほうみさき)という変名に今更ながら気づいたのだ。

木山「――そういう事か」

思い返す。結標をカウンセリングしたあの日もこんな天気雨と虹がかかっていた事を。そして

麦野「……美味しいところ独り占めかよ」

同じく、同じ雨上がりの下結標と一緒に洗濯物を干していた麦野がハーブガーデンの物陰より踵を返し

麦野「――役者が違うか」

満更でもない笑みを零し立ち去って行く麦野。そこで時同じくして中庭に上がる歓声を見下ろしていたのは

手塩「……戻ったようだな」

未だ白井に負わされた深手を癒やす事に務めていた手塩。

冥土帰し「ふむ?」

今の離着陸騒ぎを聞きつけた冥土帰し、全ての人々が証言者であった。



――――『奇跡』と言う名の――――



515 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:30:48.57 ID:F6ieLyqAO
〜40〜

食蜂「あうー……」

青髪「お疲れさん。よう頑張ってくれた」

飛行船から望む夕立に濡れ夕陽に焼ける学園都市から目を切り、青髪は飛行船内にある操舵室へ視線を移す。
そこには最後の高笑いで精魂使い果たすも、辛うじて先輩の面目を保った青息吐息の食蜂がダウンしていた。

食蜂「頑張るってレベル力じゃなかったわよぉ……人使い荒すぎぃ」

青髪「流石の君でもキツかったみたいやね?ホンマおおきに!」

食蜂「私以外の誰にも無理よぉ。真似出来てたまるもんですかぁ」

青髪が飲む?と差し出して来た青リンゴジュースをストローからチュウチュウ飲みながら食蜂がぼやく。
白井の砕け散った心の欠片を拾い集めるならば文字通りエクレア一個分の片手間で事足りる。問題は

青髪「せやろうね。“結標淡希の復活”なんて神業、世界中の誰にも真似出来へん」

白井の記憶を一切改竄する事なく、その中にある結標淡希の断片全てをかき集めての完全復活を果たした。
一個人の人格を自分だけの現実に新生させるなどもはや幻想という域を遥かに越えた神の奇跡に等しい。
学園都市中にあるスパコンを結集し人口知能を総動員させても不可能に等しい1と0の狭間の世界である。

食蜂「あと一応、貴方が言ってたアフターサービスもつけといてあげたわよぉ」

青髪「ホンマおおきに。ま、現物は“三ヶ月後”に“本人”にもろうたらええ」

食蜂「私にはくれないのぉ?」

青髪「――ええよ。エクレアに上乗せしてお礼させてんか!」

食蜂「うふふ、ダイヤ付きがいいなぁ☆」

青髪「僕の預金残高死んでまうがなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

食蜂は思う。確かに白井の見ていた幻想(ゆめ)の中にも『アレ』はあったし実際店にも売っている。
青髪自身が好んで身に付けているアクセサリーの一種でもあるし知っていてもおかしくなどないが――
世界の果てから世界の終わりまで見えるというこの学園都市第六位は他者の夢の中まで見えるのか?と

食蜂「……ちなみに今日の私の下着の色はぁ?」

青髪「白やのにごっつエロエロなレー……はっ!?」

食蜂「――やっぱり死んじゃぇ☆」

青髪「紐無しバンジーいやぁぁぁぁぁ!」

飛行船は虹を越えて空を渡る。能力を悪用した疑いのある友人に下すペナルティと響き渡る悲鳴をバックに――
516 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:33:03.61 ID:F6ieLyqAO
〜41〜

雲川「ぶぇっくしょーいっ!!!」

削板「根性入ったくしゃみだぜ。けどな雲川」

雲川「ずずー……何だ言ってみろ」

削板「この濡れ鼠のまま他人様の部屋に上がるのは垣根より常識がないと思うんだが」

一方、第八学区に移り住んだ雲川を泣き止ませつつ部屋まで送り届けた削板はポカンとしていた。
まとめてもらったオールバックは夕立に濡れ落ち、ズブ濡れのブラックスーツのネクタイを緩めながら――
何故か玄関先まで通された上でタオルを手渡され、上がって行けと言われて削板は首を傾げている。が

雲川「だ、だからそんな濡れ鼠のまま帰すのは馬鹿しか引かない夏風邪にでもなったら後々フォローが面倒臭いし別に服が乾くまでの間くらい雨宿りして行ったらどうだと言う私の気遣いがお前にはわからないのかこここの馬鹿め!」

削板「夏風邪引くほどやわな根性を持ち合わせちゃいねえぜ!それにもう止みそうだし俺は帰(ry」

当の雲川は気が気でない。溜まりに溜まったフラストレーションの爆縮崩壊をあんな形でさらけ出し――
こんなにもびしょ濡れになるまでずっと自分を支えていてくれた男に少なからず思うところはある。
結局削板は雲川に何一つ聞き出そうとはしなかった。ただ黙って受け止めてくれた。それがたまらない。

雲川「やかましい!今洗濯機を回してやるからさっさと脱いで欲しいけど!!ほら上がれって言ってるけど……うわっ!!?」

削板「おおっ!?」

何とか引き止めようと奥からタオルを運んで来たは良いものの、滴り落ちる雫がフローリングを濡らし――
つんのめった雲川が削板を押し倒す形で二人は宙を舞う並べられた靴もろともひっくり返って

削板「痛ててて……」

雲川「〜〜〜〜〜〜」

雲川は魅入る。雨に濡れ下ちた髪と緩められたスーツ姿の首筋に。
そしてそれ以上にキス出来るほど間近にある削板の顔に雲川は心を奪われた。
普段見慣れているワイルドな男の思わぬフォーマルな出で立ちに――

雲川「(さっ、鎖骨の水溜まりが……)」

雲川は瞬間的なパニックに陥っていた。秘密は明かせない。想いは告げられない。ただ雨よ止むなと――

雲川「わ……」

削板「雲川?」

雲川「私――」

謝罪か、感謝か、はたまたそれ以外の何かを告げようとして回らぬ弁舌と思考を振り切り

雲川「私は――」

口を開いたその刹那――

517 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:33:35.11 ID:F6ieLyqAO
〜42〜

鞠亜「ぬおーい、ひどい夕立だったな!私の服もプライドもぐしょぐしょだぞ!!」

雲川「」

鞠亜「んん?」

雲川「」

鞠亜「ふむ……」

雲川「」

鞠亜「ほう……」

押し開かれた玄関(とびら)の先、そこには同じく夕立に出会し縦ロールの先端から雫を落とす少女……
ミニスカートに蛍光色のコルセット、ウサギの形をしたネームプレートをつけた繚乱家政女学校のメイド服。
胸以外は瓜二つな妹、雲川鞠亜が押し倒された削板の上にのし掛かる姉を見つめ、そして――

鞠亜「ふはははは!ベッドまで待ちきれず玄関先で事に及ぼうとはプライドの高い我が姉とは思えん大胆さだ!しかも喪服姿とは実にマニアック!」

雲川「違うんだけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

削板「おお雲川の妹か、俺はいつも姉さんの世話になってる削板軍覇ってもんだ!」

鞠亜「やや、私は妹の雲川鞠亜だ。プライドばかり高い不束者の姉だがこちらこそよろしく!」

高笑いの後にごくごく普通に握手し合う二人に雲川は先程までの滑舌の悪さを補って余りある怒声を張り上げる。
鞠亜は姉の顔色を見るなりおおよそ察したようだが、削板は腹筋だけで雲川を払い落として仁義を切り

削板「妹さんも帰って来たみたいだしもう大丈夫だな。じゃあな雲川お前こそ風邪引くんじゃねえぞ!」

雲川「〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

削板は用は済んだとばかりに手を振って辞去し、置いてけぼりを食らわされたのは顔を真っ赤にした姉である。
しかし妹は颯爽と立ち去って言った削板を見、馬鹿そうではあるが無能や愚鈍ではないかと付け足して。

鞠亜「ふむ、なかなかどうして水も滴るイイ男じゃないか」

雲川「!?」

鞠亜「あれが我が姉の“ご主人様”か?」

雲川「あんな鈍感馬鹿が私のご主人様とか悪い冗談なんだけど!」

鞠亜「……やはり姉妹だな」

雲川「?!」

鞠亜「――男の好みまで似てくるとは♪」

そこで雲川は気づく。今の妹の笑顔と眼差しは幼い頃自分のオモチャを欲しがった時と全く同じであると。

鞠亜「はは、冗談だ我が姉よ!おいおいどうした?靴べらは人に向けるものじゃあ」

その後雲川家の軒先にメイド姿の縦ロール照る照る坊主が吊され……
雨が止むまで『下ろしてくれー』という声が響き渡るのである。

518 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:35:37.85 ID:F6ieLyqAO
〜43〜

白井「(な、何が一体どうなってるんですの……)」

佐天「良かった……本当に良かったよお」

白井「(佐天さんの髪がお姉様のようになっていて)」

初春「もうダメかと思ってましたあ……」

白井「(初春の花がしおれ切っていて)」

婚后「今だけは、神(オカルト)に感謝したい気持ちですわ」

固法「本当に奇跡的よ……私も正直なところ半ば諦めてたわ」

木山「診断を下した私自身が信じられない回復力だよこれは」

白井「(それから――……)」

御坂「本当に心配したんだからねこの馬鹿黒子!!!」

白湯のようにあたたかな雨と色鮮やかな天上の虹の下、皆に抱き締められながら白井は周囲を見渡す。
ずっと長い夢を見ていたような感覚と、頭の中に流れ込んで来るこの十日余りの出来事の全て。
食蜂が混乱をきたしかねない白井の記憶を順序立てて整理していってくれたおかげか意識は鮮明だ。が

白井「皆さん……」

全員「「「「「………………」」」」」

白井「申し訳御座いませんでしたの……」

それと同時に白井は全てを知ってしまった。結標淡希・姫神秋沙両名の死亡が公式に発表された事を。
手塩に大怪我を負わせ、御坂と切り結び、初春や固法に下された処分や佐天が髪を切った経緯までも。

白井「――死んでお詫びしたい気持ちでいっぱいですの……」

御坂「黒子……」

白井「どう償って良いか、どう贖って良いか、それすらも……」

纏う結標の形見の品々が如実に語る、自分がどれだけの絶望を撒き散らして来たかの痕跡。
白井はふらつく足を泥土に、手を泥水に、額を泥中に埋めんばかりに深々と頭を下げて謝罪した。しかし

御坂「いい……」

白井「お姉様……」

御坂「全然良くないけど、姫神さん達や残された人や迷惑かけた全ての人達に申し訳ないけど……」

佐天「御坂さん……」

御坂「あんたが帰って来てくれただけで、私もう十分だよ……!!!」

御坂とて上条の学校、姫神のクラスメートからの怒りも悲しみも憎しみも……
水も石も罵声も怒声も浴び、それでも救いがたいエゴとわかっていて尚も――

御坂「これからきっと辛い事いっぱいある。あんたが帰って来た事を心の底から喜べるだなんて私達しかいないかも知れない」

白井「………………」

御坂「それでもやっぱり、あんたが生きて帰って来てくれて嬉しい……!」

519 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:36:03.08 ID:F6ieLyqAO
〜44〜

御坂もまたずぶ濡れの泥まみれになって涙と鼻水に顔をクシャクシャにし、白井を抱き締めた。
胸の中でごめんなさい、ごめんなさいと姫神達に謝りながらありがとう、ありがとうと心の中で……
全ての人々に謝罪と感謝と、そして今ここにある白井と奇跡に対して御坂は涙を流さずにはいられなかった。

白井「………………」

白井もまたそうだった。この場にいる全員が思いを一つにしていた。この先は文字通り荊棘の道だ。
だが佐天も、初春も、婚后も、固法も、この虹に誓う。これからも共に歩んで行く事を。そして

御坂「(ありがとう、結標さん)」

白井「(ごめんなさい、姫神さん)」

この世界から消え去ってしまった結標と姫神に皆が祈りをと冥福を捧げた。
白井が破局を呼び込んだ姫神と白井を破滅から救った結標の両方に対して。
人はそれらを偽善と呼び、恐らくはそれこそが正しい価値観であろう。
社会的に白井が罪に問われる事はない。されど罰が許された訳ではない。


しかし


手塩「何を、している」

白井「手塩先生……!」

手塩「………………」

同じく入院していた手塩がこの騒ぎを聞きつけたのか、左足を引きずりながら白井に傘を差し出す。
それに対し顔をクシャクシャに歪める白井の頭を、手塩は鉄面皮のまま撫でて空いた腕で抱き締め

手塩「人が、死んでも、変えられるのは、せいぜい他人までだ」

白井「………………」

手塩「しかし、生きて、変えられるのは、自分自身でしかない」

白井「う゛っ……」

手塩「――生きろ。死の中に、許しや救いはありえない。生の中にしか、償いや贖いはないんだ」

泣き崩れた白井を抱き締めながら手塩は思う。同じく声を失い心が壊れてしまった『あの子』の事を。

手塩「私にも、身内に、君のように、なってしまった子がいる」

手塩はそれにより一度は暗部(やみ)に身を堕とし、返り血に染まった過去がある。だからこそ

手塩「――だが、その子が、私の生きる意味で、死ねない理由だ。白井。君は、もう、死ねないんだ」

この場にいる誰よりも白井の負うべき咎も責も手塩にはわかるのだ。

手塩「生きろ。君自身のためにも、そして周りのためにもだ」



――そして雨が上がり、虹が残った――



520 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:39:49.68 ID:F6ieLyqAO
〜45〜

御坂「ふう……」

白井・佐天・初春「すー……すー……」

婚后「皆さん眠ってしまわれたようですわね。まあ無理からぬ事ではありますが」

木山「それだけ張り詰めていたんだろう。どれだけ気丈に振る舞っていても」

固法「――まだ中学生なのよねこの娘達」

手塩と別れ、冥土帰しの病院を後にした木山が運転するバンでは、後部座席に三人が眠りにつき……
中央席には婚后と御坂、助手席は新たに固法が乗り込み水晶宮を目指す。木山以外の全員がぐったりしていた。

御坂「でもまさかあの女が黒子を蘇らせてくれただなんて思わなかった」

婚后「“先代常盤台の女王”食蜂操祈さんでしたわね」

御坂「うん……」

中でも御坂は自分が思っていた以上の疲労が今更のように心身にのし掛かりややトーンダウンしていた。
食蜂操祈。麦野が性格破綻者ならば彼女は人格破綻者と呼んで差し支えないレベルの仇敵。だがしかし

婚后「そう言えばわたくし、二年生の夏からの転入でしたので存じ上げませんが」

御坂「?」

婚后「御坂さんと食蜂さんの間に、どんな遺恨や因縁が?」

婚后はそこに引っ掛かりを覚えた。レベル5同士という関係性や方向付けの違いこそあれど――
食蜂は事ある事に御坂に揺さぶりをかけ、かと思えば何故今回のように救いの手を差し伸べたりしたのか?
御坂のように『善』極まれば敵味方や恩讐を越える訳でも、麦野のように己を『悪』と定めるでもなく。

御坂「うーん……元カノ?」

婚后「!!?」

御坂「やだもー冗談よ冗談!」

固法「御坂さん……さっきの麦野さんの件を見た後だと冗談に聞こえないわよ……」

木山「(思ったり蒸すな……脱ぐか?)」

真相は闇の中、真実は藪の中である。御坂のフラグメーカーぶりはある種女性版上条とも言うべきものがある。
実際レベル5ファンクラブの女性部門だと七月期はトップはダントツで御坂、次いで食蜂である。
避難所や学生自治会の票も含めると

1位キュート御坂

2位グラマラス食蜂

3位クール麦野

4位セクシー結標

五位ミステリアス滝壺

らしい

木山「(やっぱり脱ごう)」

御坂「――あれ?」

そこで御坂は気づく。眠りについた白井の寝顔、その形良い耳にあるブルーローズのイヤーカフスに。

521 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:40:16.46 ID:F6ieLyqAO
〜46〜

御坂「こんなのいつからつけてたっけ?」

婚后「言われてみれば確かに……」

固法「木山先生!三つまで開けたら見えちゃいますよ!?」

木山「こんな起伏に乏しい私の身体に目を向ける人間もいまいよ」

何やら押し問答している二人を尻目に御坂と婚后は後部座席へ振り返る。
すると確かに白井の耳には少し長めのチェーンがついたカフスが輝いていた。
それは白井が見ていた幻想(ゆめ)の中で結標と共に買い上げたプレゼント。

御坂「ブルーローズ……婚后さん、どんな花言葉だったっけ?」

婚后「ええと確か……」

婚后は諳んじる。花言葉は『不可能』『奇跡』『神の祝福』そして『喝采』を意味するのだと。
そう、白井は回復『不可能』と思われた症状から『奇跡』的に蘇った。『神の祝福』のように。
事実、自分達は夕立と虹の下にて『喝采』を上げた。結標と姫神が七夕事変より凱旋した時をなぞるが如く。

御坂「大自然から生み出されて人の手から創り出された“奇跡”ね……なんだか皮肉っぽい」

婚后「良いではありませんか。今ここにある奇跡(しらいさん)は、紛れもない現実(ほんもの)なのですから」

そう微笑む婚后と顔を見合わせる御坂も口角を緩め目尻を下げる。
如何なる幻想(かみ)の御手(みえざるて)が差し伸べられたかはわからない。
だが現に白井はよみがえったのだ。その事実を変える事は誰にも出来ない。

御坂「そうね……」

白井が手にするラピスラズリを散りばめたウルトラマリンのオイルクロックが揺れている。
ラピスラズリは『群青の空』を、ウルトラマリンは『海を越えて』という意味をそれぞれ司る。
相反する空と海の青を併せ持つこの贈り物は、まるで最初からこの結末を暗示していたかのよう。

御坂「――今日は予定通りお寿司よ!!」

婚后「めでたい日ですものね!」

固法「木山先生!ブラを外さないで下さい!!」

かくして御坂美琴の物語はここに終わり、白井黒子の物語がここから始まる。
モノクロの幻想からカラーの現実へ。この限りある時の中で生きるために。

白井「……“お姉様”……」

結標淡希(つみ)と姫神秋沙(ばつ)を背負って生きて行くのだ。

白井「――――――………………」



全てを知る、その日まで



522 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:43:31.04 ID:F6ieLyqAO
〜47〜

打ち止め「虹だよ虹だよ!ってミサカはミサカは本当に七色なのか数えてみたり!」

御坂妹「古くからは五色、ところによっては二色という謂われもあるそうですよ、とミサカは補足説明します」

番外個体「ねえコーヒーまだー?ミスド開けちゃうよー」

黄泉川「一方通行、私にも淹れて欲しいじゃん♪」

芳川「あっ、私は砂糖とミルク一杯ずつお願いね」

一方通行「オマエらオレをなンだと思ってやがる」

赤い血讐を越えて

浜面「最近麦野見掛けねえんだけど誰か知ってるか?」

フレンダ「そう言われてみれば……結局、滝壺なんか知らない訳?」

滝壺「知らないよ。全然知らないよ」

絹旗「(前に滝壺さんから麦野の香水が超匂いましたが……)」

あたたかみのある橙に彩られ

鞠亜「下ろしてくれーもう姉としてのプライド傷つけたりしないからー」

雲川「晩御飯まで反省すれば良いけど!」

稀にして輝なる黄を放って

服部「削板のやつ上手くやってかなー……ダメな方に一万円」

垣根「賭けにならねえよ。どうせならその金であの一万円ラーメン食いに行こうぜ」

若草を思わせる緑も鮮やかに

月詠「吹寄ちゃーん、外に虹が出てるんですよー!少し表に出て来るのですよー!」

吹寄「――はい」

悲曲を奏でる青の調べは天高く

青髪「今月分のバイト代逝ってもうたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

食蜂「さぁて次はカラオケよぉ♪本当の地獄はこれからだゾ☆」

藍に暮れる夏空の下

???「か、傘一本に三人は流石にキツいの事ですよ!」

???「私真ん中が良いかも!」

麦野「(あのジジイ腕は良いけど人は悪いね)おいおい私の肩濡れてんだけどー?」

愛しい我が家へ帰る紫色のワンピースの少女



―――そして時は流れ、季節は巡り―――



523 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:44:03.22 ID:F6ieLyqAO
〜48〜

御坂10326号「今日も暇ですね、とミサカは葬祭ディレクター二級の渉外問題を解きながら溜め息をつきます」

結標淡希、姫神秋沙の死より早三ヶ月過ぎた十一月。初冬を迎えつつある学園都市第十学区にて……
御坂10326号こと御坂美弦(みさかみつる)は問題集とにらめっこしながら今日も共同墓地の管理人室にいた。
つい数日前に浜面仕上、滝壺理后が駒場利徳の慰霊碑を訪れたきり来客が途切れてしまったのだ。が

御坂10326号「おかげで勉強がはかどるというのも皮肉な話ですが、とミサカはお茶屋さんの試供品に手をつけながら一服入れようと」

佐天「ごめんくださーい!」

御坂10326号「はい何でしょう?とミサカは回れ右して窓口をノックする方の応対につとめ――」

色ばかり濃く味が薄いお茶を淹れようとした矢先に訪れた二つの人影に御坂10326号は見覚えがあった。
というよりも最早馴染みに近い顔がそこにはあった。まず一人目はセミロングに髪を切った佐天涙子と

白井「お忙しいところ失礼いたしますの」

佐天「そこでたまたま一緒になったんですよー!」

御坂10326号「……ではこちらの受付用紙に御記入お願いいたします、とミサカは」

二人目はかつて御坂10326号も着ていた常盤台中学の制服の上に霧ヶ丘女学院のブレザーを羽織り――
腰に巻いた金属製のベルトとホルスターに軍用懐中電灯を帯び、イヤーカフスをつけた白井黒子である。
だが御坂10326号は慇懃な態度を崩さず事務的に応対する。それがお姉様の友人であろうともだ。

白井「書き終わりましたの」

佐天「私も終わりましたー」

御坂10326号「ではご案内いたします、とミサカはお二方をエレベーターへと先導いたします」

チャリン、と白井のイヤーカフスのチェーンが鳴らす音を聞きながら御坂10326号は階数ボタンを押す。
いつも通り供物や献花についての説明を終え、いつも通りドアを止め、いつも通り業務をこなす。
白井もまた同じだ。ただ来る度に供えに来る花々だけが違っている。時には果物を持って来る事もある。

佐天「いつ見てもカッコいいですねーそのスーツ姿……なんか大人って感じがする」

御坂10326号「ありがとうございます、とミサカはブースの前で一礼しつつその場を立ち去ります」

変わらないのは、ブースにスライドされて来た結標淡希と姫神秋沙の慰霊碑の前に合わせる手とその横顔だ。
524 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:44:30.83 ID:F6ieLyqAO
〜49〜

白井「………………」

佐天「(白井さん、綺麗になったなあ)」

あれから三ヶ月近く経って、私達がこの慰霊碑に手を合わせるようになってからもう一ヶ月過ぎた。
結標さん達のお墓。遺骨も違灰も遺髪もない空っぽの慰霊碑。それを見つめる白井さんの横顔を――
私は一足先に祈りを終えてうっすら開けた目で盗み見る。うん、やっぱり変わったよ。

佐天「………………」

白井さんは以前の可愛い系から一気に大人びた美人系になった気がする。目の輝きは昔のままなんだけど……
ツインテールを結ばなくなったのも大きいとも思うし、こうして見るとやっぱり結標さんとダブって見える。
今だってそう。死んじゃった人の着てた服を身につけて、結標さんの事を必死に忘れまい忘れまいとしてる。

白井「――終わりましたわ」

佐天「私もです」

自分のして来た事を鏡に映る度に、硝子に写る度に白井さんは向き合ってる。前みたいに逃げたりしてない。
だけど私はそれを見てて時々ものすごく苦しくなるんだ。私が辛いくらいだから白井さんはどれだけだろう。
今もこうして合わせた手を解いて上げた顔から心の中を伺い知る事は出来ない。想像さえ出来ない。

白井「……“お姉様”……」

佐天「………………」

あれから白井さんは自分を御坂さんの露払い(パートナー)と名乗らなくなった。
それは御坂さんに刃を向けたって事もあるんだろうけど、何となくわかる。
白井さんは捧げちゃったんだ。結標さんに大切なものを。色んなものを。
自分の中で何一つ終わっていないものをなかった事に出来ないんだと思う。

佐天「……また来ますね?」

話せるようになって、歩けるようになって、少しずつでも食べたり寝たり笑ったり出来るようになった。

でも私がここでお祈りする事はいつも決まってるんだ。お願いだから生き返って白井さんの前に現れてくれませんか?って

わかってるんだ。死んだ人間は絶対に蘇らない。これだけ最先端技術の集まり生み出される街でも……

起こせる奇跡と起こせない奇蹟の区別くらいは私だってもうついてる。でも祈らずにはいられないの。

白井「――――――………………」

白井さんをもう解放してあげてって。思っちゃいけない事だって、考えちゃいけない事だってわかってるのに



――どうして人は、奇跡を願わずにはいられないんだろう――



525 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:46:41.93 ID:F6ieLyqAO
〜50〜

佐天「白井さんこれからどうするんですか?」

白井「支部に戻って残務整理ですの。二日前に起こった連続爆発事故はご存知で?」

佐天「ああ、聞きました聞きました。最初テロかってデマ出てましたし」

同じく第十五学区に向かうモノレールの中で佐天と白井は並んで吊革に掴まりながら一蓮の事件について話し合う。

やれイルカのビニール人形を持った少女がテロを起こしただの

やれモデル級の美女がビルを謎のビーム砲で薙ぎ倒しただの

やれ駆動鎧と正面からやり合い勝利した修道女がいただの

やれ腕から半透明のドラゴンを出した男の子がいただの

佐天「じゃあ私はここで!お仕事頑張って下さいねー!」

白井「佐天さんこそお気をつけて!」

そうこう話し込んでいる内に到着した駅で別れ、佐天はお気に入りのショップへと軽やかな足取りで向かう。

佐天「うわー……本当に焼け跡みたいになっちゃってるよ」

爆発事故が起きたらしいカフェテラス『サンクトゥス』は見るも無残な焼け跡を晒していた。
立ち入り禁止のテープが貼られ、それらをしげしげと見上げている内に佐天がはたと気づく。

佐天「んん?何だろあれ……紙袋かな?」

焼け跡となったサンクトゥスと隣り合わせに立つ店舗の狭間に、超一流のブランド名が入った紙袋が引っ掛かっている。
白井ならば爆発物かと警戒するが、光り物に目がない佐天は好奇心が打ち勝ち、見事戦利品を手にした。すると

佐天「ぷ、ぷれぜんと、ほにゃらら……“いんでっくす”なんちゃらかんちゃら?」

そこには佐天が一年間の奨学金をはたいても手に届きそうもないコートとメッセージカードが息づいていた。
いんでっくす?どこかで聞き覚えのある名前だと路地裏の出入り口で佐天が頭と首を捻って唸っていると――

ドンッ

佐天「わっ!?」

???「あら、ごめんなさいね」

佐天「あ、こちらこそすいません……」

長い赤毛を靡かせた美しいシスターがすれ違いざまに佐天の肩にぶつかり、頭を下げて通り抜けて行く。

佐天「え゛」

そこで佐天もようやく気づく。手にした福袋とも言うべきお宝すら取り落として振り返るも時既に遅し。

佐天「ええええええええええええええええええええ!!?」

絶対等速「なんだぁ?!」

見覚えのない修道衣に身を包んだ見間違いようもない美貌の持ち主は、たちまち雑踏の中に埋没して――

526 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:47:08.49 ID:F6ieLyqAO
〜51〜

白井「はあ……」

残務整理を終え、白井は歩行者天国の花壇に腰を下ろして息を大きく一つ吐く。
溜め息一つ毎に幸福が逃げるとは言ったものだが、今更自分に幸福が訪れるなど

白井「………………」

白井にはどうして思えず、またそれを受ける資格も未来永劫ないと考える。
二ヶ月の活動停止処分後に復帰した仕事に忙殺されている方が遥かに楽だった。
ともすれば自分自身の落とした影に呑み込まれ、闇に沈んでしまいそうになる。

白井「(わたくしも馬鹿ですのね……)」

肌身離さず持ち歩いているオイルクロックから透かし見る人波。さながら水族館の中を泳ぐ魚達のようだ。
ブルーローズの青、ラピスラズリの蒼、ウルトラマリンの碧。それがモノクロの世界に沈んでしまった――

白井「(まだ貴女が本当はどこかで生きていて、いつかこの人波の中に姿を現してくれる事を願っておりますの)」

あの波間に消えてしまった少女、水泡に帰し天に昇ってしまった人魚姫、結標淡希が生きた証に思えてならない。
ありえないとわかっていても、彼女が纏っていた香水と同じものをつけている人間とすれ違う度思い出してしまう。
プルースト効果と行ってしまえばそれまでだが、時折彼女に似た後ろ姿の少女を目にすると端で追ってしまう。

白井「(そのような奇跡、起こり得るはずもないとわかっておりますのに)」

『天空の鏡』にて別れを告げ、この結標淡希不在の世界に帰還してより早三ヶ月……その間にも日々は目まぐるしく巡る。
海中に没し壊れてしまった携帯電話に代わって買い換えた新機種に初春が送って来る多くの写真の数々がそれらを物語る。

御坂『日頃学んだこの成果を発揮し……』

削板『あー次なんだっけ?』

垣根『雲川が渡したカンペまで忘れてんぞあいつ』

御坂『己の成長した姿を見せることで父兄への感謝を現し……』

削板『とりあえずまあ、今年の目玉はSASUKEイン学園都市バージョンだ。俺はそり立つ壁を前にへたばらず!サーモンラダーに歯で食らいついてでも!!根性で全てを乗り切る事をここに誓うぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

参加者『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

御坂『………………』

最初に開かれたデータフォルダには大覇星祭の開会式。紡がれる思い出、紐解かれる記憶の数々。

527 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:50:43.87 ID:F6ieLyqAO
〜52〜

青髪『ぐはぁ!スイカとメロンのコラボレーションに僕も鼻血が止まらんでえ!!』

土御門『あの揺れ方はほとんど人間凶器なんだぜい。男子の八割は前屈み確実だにゃー』

吹寄『真面目に実況なさいこの馬鹿共!』

食蜂『はぁい☆これで会場の視線力は私に釘付けぇ♪』

風斬『は、早過ぎますよーもっとゆっくり……ふわっ!?』

常盤台の女王から霧ヶ丘の女王へと転身を遂げた食蜂と風斬の二人三脚にこちらも違った意味で胸躍る学生達。
復帰した吹寄にぶっ飛ばされ、マイクを握り締めたまま鼻血と共に秋空へと舞う実況・青髪と解説・土御門。

一方通行『なンでオレがこンな事しなくちゃならねェンだよ!どう考えても場違いだろうがァァァァァ!!』

打ち止め『わわ、ちゃんと私と足並み揃えてってミサカはミサカは先頭らしく声掛けしてみる!』

御坂妹『杖をついている彼を引っ張り出すとは貴女鬼ですね、とミサカは何故か彼の腰に腕を回している末っ子の真っ赤な顔を覗き見ます』

番外個体『(おおお男のクセに腰細すぎ!何か変なノイズが走るぅぅぅぅぅ!!)』

妹達に無理矢理引っ張り出されたムカデ競争でつんのめり、将棋倒しの礎となって怒り狂うは一方通行。

削板『ぬおおおおお何をする雲川ー!?』

雲川『良いから来て欲しいんだけどこの馬鹿大将!そして離せこの愚妹めが!!』

鞠亜『女としてのプライドに懸けてここは姉が相手でも譲れんのだよ!!』

垣根『借り物競争だってのに何やってんだあいつら』

服部『姉妹で争奪戦とか削板爆ぜろ!!』

借り物競争で『気になる異性』と書かれたお題に基づき、右手を雲川に左手を鞠亜に引きずられる削板。

佐天『ぱ、パンが一つもない?!』

婚后『あの娘は何者ですの!!?』

禁書目録『ふえ?これって全部食べて良いんじゃないの??』

ジョン『唖然。開いた口が塞がらぬ』

パン食い競争にて全てのレーンを進行不可能に追い込んだインデックス、茫然自失に陥るパン屋の営業マン。

麦野『体操服にブルマとかこれお前が着せたいだけだろうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』

誰かさんの趣味なのかパッツンパッツンの体操服を着せられ、ガテラルボイスで叫ぶ麦野。

528 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:53:14.44 ID:F6ieLyqAO
〜53〜

上条『メメシクテ!』

浜面『メメシクテ!!』

垣根『メメシクテ!!!』

一方通行『……ツライヨォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!』

削板『もっと腹の底から根性(こえ)出せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

男女別応援合戦ではギターボーカル一方通行、ベース垣根、ドラム削板、パフォーマー上条&浜面が熱唱し
(ちなみに一方通行は音石明モデル、垣根はリッケンバッカー、削板はワンバスという謎仕様である)

御坂『ク、クリカエ〜ス♪』

食蜂『ポポポリズ〜ム☆』

滝壺『(大丈夫、私は罰ゲームに負けたはまづら達を応援してる)』

麦野『滝壺が一番ダンス上手いってのは予想外だったわ……』

三位・五位・八位による某三人組アイドルユニットの代表曲を観客席の麦野が引きつり笑いと共に見つめ……
写真はその後ナイトパレード、打ち上げ、ハロウィン、終戦記念日と続いて行く。当然ながら結標はいない。
白井は思う。もしこの中に結標が生きていたならば果たして自分はどんな写真(おもいで)を残しただろうと

カッ

白井「?」

自虐的な微苦笑を浮かべた白井の前に、過ぎ行くばかりでとどまる事を知らない人の波から

「――似合わない格好してるわね?――」

白井「えっ……」

「まあ、私も他人の事を言えた義理でもないのだけれど」

抜け出して来た黒を基調とする修道女と思しき女性の爪先が俯いていた白井の地を這う視界に入って来る。
同時に雑踏の音も喧騒の声も全てが掻き消え、白井の耳にはその修道女の涼やかな声しか聞こえて来なかった。
それどころか黒山の人集りの一切がモノクロに見え、行き交う歩行者の動き全てがスローになって。

白井「――――――」

「こんな格好をしているけれど、別に私は神様なんて信じてないわ」

白井の視線が上向いて行くに連れ、鼓動が破裂寸前にまで高鳴り耳鳴りのようにあたたかな血が沸き立つ。
禁欲的なシスター服越しにもわかる細くくびれた腰、伸びやかな脚、抱かれて眠った記憶がある豊かな胸。
シャープな輪郭と、形良い耳を飾る逆十字架のイヤーカフスがチェーンに揺れて煌めいて。

「それでも今だけは神様に感謝したい気持ちよ」

ウィンプルを脱ぎ捨て、長い赤髪が白井の目の前で流れ落ちる。

「貴女ともう一度巡り会えたこの奇跡に」



目から零れる一滴の雫に、頬に流れ一筋の涙に映り込むは




529 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:53:40.59 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結  標  「  ―  ―  ひ  さ  し  ぶ  り  ―  ―  」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
530 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:54:08.01 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):エピローグ「future gazer」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
531 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:56:20.80 ID:F6ieLyqAO
〜54〜

白井「――――“淡希お姉様”――――」

嗚呼、やっぱり鳩が豆鉄砲くらったような顔してるわね。当たり前かしら。
死んだはずの人間が二本足で立って歩いて、似合いもしないシスター服まで着ていたら誰だって。

白井「……生きていらっしゃったんですの?」

結標「ええ、秋沙に命を救われてね」

白井「姫神さん――」

結標「秋沙も無事だわ。今回は連れて来れなかったけど年内には帰って来れそうよ」

白井「今までどちらに……」

結標「――ランベス」

白井「イギリス!?」

結標「あの後瀕死で海を漂っていた所を拾われたの。オルソラ=アクィナスって言うシスター覚えてない?」

白井「……まさか」

結標「そう、8月7日のBBQパーティーの時にいたシスターよ。私達は今そこに身を寄せているの」

――あの後、生死の境を彷徨っていた私は秋沙の緊急輸血で一命を取り留めてイギリスに渡った。
最初は記憶喪失のようになってしまっていたし、事のあらましのほとんどは土御門から聞かされた。
私が二人目の吸血殺しになってしまった事、私達が一ヶ所に留まっていたならば吸血鬼を呼ぶ可能性が……
二倍ではなく二乗の計算になると言う事情から私は必要悪の教会の女子寮へ、秋沙は処刑塔へ別々に幽閉された。

結標「ずっと、貴女に連絡を出来ない事情や学園都市に帰れない理由があったの」

白井「うっ……」

結標「ずっと、貴女に謝りたかった……」

白井「ううっ……」

結標「ずっと、私は貴女の事を――……」

それから『歩く教会』のケルト十字架を手にするためにネセサリウスのエージェントになったり……
本物の吸血鬼を呼び寄せてしまったり、それをあの背教の錬金術師と最強の魔術師に助けられたり。
兎に角本当に色々あって、私はここにいる。ここにいられる。ここに生きて帰ってこれた。ここへもう一度

白井「お゛、姉様、あ゛……――」

もう一度、貴女に――

532 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:56:46.70 ID:F6ieLyqAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「――ジャッジメントですのォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォー!!!」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
533 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:57:13.95 ID:F6ieLyqAO
〜55〜

結標「ぶふぉっ!?」

白井「今更どのツラ下げてわたくしの前に出て来やがりましたのこのドチクショウがァァァァァァァァァァ!」

と、結標は開きかけた唇と舌を噛み切りそうな白井のドロップキックと共に手荒い歓迎を受けた。
頭の上にヒヨコが飛び、目に星が回る中実に数ヶ月ぶりに聞いた。ジャッジメント(裁きの時)と

結標「ちょ、ちょっと待って黒子!いきなり何するのよ!?ここはフツー感動の再会って流れでしょ??」

白井「もったいないぶった登場に、意味深な口振りで煙に巻こうとしたってもう騙されませんのよ!!!」

結標「(チッ)」

白井「一体どれだけの方々に迷惑かけて来たかわかってるんですのこのなんちゃってシスター!!」

結標「う、うるさいわね貴女が私の服パクったからでしょ!何よそのかっこう未亡人のつもり!?」

白井「だったら今貴女をぶち殺して本当に未亡人になってやりますのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

さっきまでとは違った意味でざわめく歩行者天国、立ち止まる人々の冷たい視線の向かう先、そこには

佐天「な、なにしてんのあの二人……」

神聖なる修道女にバックドロップを喰らわす風紀委員。
可憐な中学生に本気でシャイニングウィザードを食らわすシスター。
花壇の罪なき花々を押し潰しマウントを取り合う二人の姿に……
今までの絶望感たっぷりなシリアス展開とは一体なんだったのかと。

結標「はー……はー……」

白井「ぜー……ぜー……」

結標「……ちょっと見ない間にずいぶんと可愛げがなくなったものね」

白井「今更恋人ヅラされて靡く元カノがどこにおりますのこの女誑し」

結標「人聞きの悪い事言うものじゃないわ。またアンアン泣かされたい?」

白井「ええ、フルボッコにして箱詰めにして英国に叩き返してやりますの」

結標「……秋沙の言った通りね」

白井「?」

姫神「“ボッコボコにされればいい。淡希(うわきもの)は死ねばいい”って向こうで言われたのよ」

白井「ざまあねえですの!」

全てが馬鹿馬鹿しくなるほど――胸がすく
534 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:59:04.92 ID:F6ieLyqAO
〜56〜

オルソラ「本当によろしかったのでございますか?」

姫神「なに」

アニェーゼ「いえ、私もてっきりついてっちまうもんかと思ってたんですが」

シェリー「子供じゃないのよ。自分の尻くらい自分で拭かせろ」

九時間の時差を経てランベスにある女子寮ではお茶会にテーブルを囲む面々がいた。必要悪の教会である。
その魔術師の総本山とも言うべき地に一人明らかに浮いた巫女服の少女、姫神秋沙がお茶を啜ると――

姫神「うん。淡希はどうしようもない甘ったれだけど。けじめくらいはつけられるから」

五和「お茶おかわりいります?」

神裂「五和、お願い出来ますか」

アンジェレネ「あ、あの!お茶はもう良いので先程のみたらし団子を……」

ルチア「シスター・アンジェレネ!もう五本目ですよ慎みなさい!!」

日本人街から五和が持って来た和菓子の数々とお茶に舌鼓を打つ面々が口々に囀り時に怒号が飛び交う。
ここに来て三ヶ月近くなるのかと緑茶に温まるケルト十字架を『必要としなくなった』胸に手を当てる。
年内にはここを引き払って姫神もまた学園都市に帰るのだ。何せ吸血殺しを『失ってしまった』身では――

シェリー「甘ったれな上に女にだらしがないし」

五和「香焼くんはオネショ癖がぶり返しました」

姫神「もう諦めた。許せないけど。受け入れた。あの浮気者」

オルソラ「過ちを許す事もまた神の教えなのでございましょう」

アニェーゼ「それで愛想尽かさないところは見上げたもんですけどね。でも現地妻作っちまったらどうするんですか?」

姫神「殺す」

神裂「!?」

姫神「イギリス。ジョーク」

ルチア「(いえ、今の目は確かに本気でしたよ)」

アンジェレネ「こ、これがジャパニーズゴクドーの妻なんですね!」

姫神「それに」

この必要悪の教会に留まっている意味も理由もない。そう思いながら姫神は湯飲みを空けて天井を見上げた。

姫神「何ヶ月も。行方知れずになってた相手を。いじましく思い続けて帰りを待ってるだなんて」

今頃白井と面通りしているであろう結標や、つい先程生存報告した吹寄や月詠にどう謝ろうか考えつつ。

姫神「女の子は。そんなに綺麗な生き物じゃない」

全員「「「「「「ですよねー」」」」」」

今頃フルボッコにされているであろう最愛の恋人を想像し、姫神はフッと鼻で笑って締めくくった。

535 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/26(日) 23:59:30.32 ID:F6ieLyqAO
〜57〜

白井「とりあえず、貴女の言うお仕事とやらが終わったなら八十八ヶ所謝罪行脚をしていただきますの」

結標「本当にどのツラ下げて謝って回れば良いのかしら……」

白井「その無駄に綺麗な顔からブザマに青っ鼻垂らして這いつくばってようやくおあいこですの」

結標「……死んで詫びれたらどれだけ楽な話でしょうね。って言うかもう死にそう」

白井「馬鹿を仰有られては困りますわ。生きていなければ謝罪も出来ませんのよ?」

一頻り殴り合って泣き合って抱き合って、二人は歩行者天国を臨みながら花壇の縁に腰掛け簡単な現状報告をした。
無論積もる話はまだまだあるし、ぶつけたい怒りや鬱憤はこの際恨み辛みの域にまで渦巻いているのだ。だがしかし

白井「わたくしも一緒に頭を下げて回りますの。わたくし達の仕出かした不始末にけじめをつけるためにも」

結標「――ええ」

白井「まあ、貴女の顔を見るなり喜びや悲しみ以上に迸る熱いパトスが思い出を裏切りましたが――」

結標「……うん」

白井「……それだって貴女が生きていてくれたからこそですのよお姉様。わたくしの最愛“だった”方」

並んで腰掛ける白井の手が、結標の掌に重なって繋ぎ合わされる。
ようやく辿り着いた二人の決着(こたえ)を確かめ合うように。

結標「――あーあ、フられちゃったわね」

白井「泣いて縋りついてわたくしがよりを戻したがるとでも?」

結標「いいえ。私が恋をした“白井黒子”はそう言う女の子よ」

フったのでもなくフられたのでもなく、生き別れたのでも死に別れたのでもなく二人は『終わった』のだ。
白井は結標を嫌いになった訳でも、結標は白井に冷めた訳でもなく、二人は決着をつけたかったのだ。

白井「残念でしたわね。わたくしは貴女が思っているほど可愛げのある綺麗な女の子ではありませんの」

結標「知ってるわよ。貴女だってもう立派に“女”ですものね」

白井「(……初めての相手の口からそれを言われるとどうにも面映ゆいんですの)」

もう戻れないあの夏の日の続き、真夏の夜の夢から覚めた終わり。
弱さも醜さも切なさも、殺し合い傷を舐め合い愛し合った相手だからこそ。

536 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/27(月) 00:01:34.84 ID:XNCtdYWAO
〜58〜

結標「知ってた?私、本当に貴女の事を愛していたのよ」

白井「存じておりますの。一度は真剣に恋した貴女の事ですのよ?」

あの日見た盛夏の青空ではなく晩秋の茜空を見上げながら二人はどちらともなく笑い合った。
自分達の恋の始まりは確かに間違いだったのかも知れない。しかし愛の終わりは間違う事なく終われそうだと。

白井「……もし」

結標「なに?」

白井「わたくしが姫神さんより先に、一日でも早く再会出来たならば」

結標「ええ、貴女の思ってる通りで私の考えてる通りだと思う」

白井「………………」

結標「過去にIF(もし)はないわ。未来にもし(IF)は有り得ないから」

どちらともなく思う。結標が姫神と再会したのは7月1日。白井と再会したのは7月2日の出来事だった。
だがもし再会した順番が逆だったなら――結標が白井に惹かれ、白井が結標に魅せられたIFがあったかも知れない。

白井「――そろそろ場所を変えませんこと?積もる話も恨み辛みも売るほどございますのよ」

結標「そうね。喧嘩を買おうにもここじゃ目立ち過ぎるわ。場所はあそこが良いかしら?」

白井「ええ」

白井・結標「「軍艦島へ」」

しかし二人は二度と二つに分かれた道を歩む事なく別れを告げ合う。
向かう先は軍艦島。あの日海に沈んだ自分達の魂を引き上げに行く。
あの夏の日に花咲かせ実を結ぶ事なく終わった恋を埋葬するために。

白井「では、その前に」

結標「………………」

白井「再会(わかれ)のキスを」

結標「最後(あなた)に――」

どちらともなく伸ばした手に誓った永遠、伸ばした腕に抱いた永久に別れを告げて二人は口づけ合う。
白虹の架け橋を越え、月虹の掛け橋を超え、星虹の懸け橋に再会(わかれ)を迎えた最後の口づけ。

白井「もっと早く、貴女に会いたかったですの」

結標「私も貴女に逢えて良かった。嘘じゃない」

白井・結標「「本当に貴女の事が大好きだった」」

結標は泣きながら笑い、白井は笑いながら泣き、二人は抱き締めあったまま歩行者天国から姿を消した。

佐天「……かなわないなあ」

それを見つめ、見守り、見届けていた佐天は涙を溜めた眼差しを夕焼け空へと向け笑みを浮かべる。
間もなく流星群が降り注いで来るであろう夜の帳と共に下ろされる二人の悲劇(ものがたり)に――

537 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/27(月) 00:02:00.39 ID:XNCtdYWAO
〜59〜

御坂「あら、佐天さん」

佐天「御坂さん!?それに……」

禁書目録「たんぱつのお友達なんだよ!」

佐天「パン食い競争のシスターさんだ!」

禁書目録「私の名前は“インデックス”って言うんだよ?」

そして二人が消え去った歩行者天国に立ち尽くす佐天に声をかけるは超電磁砲(レールガン)。そして

佐天「インデックス……まさかこのコートって!?」

禁書目録「あ!これとうま達が私にくれるはずだったプレゼントなんだよ!なくしちゃったって言ってたかも」

佐天「ああ良かった……はいどうぞー!」

禁書目録「ありがとうなんだよ!!」

佐天が拾ったプレゼントを受け取る禁書目録(インデックス)。
佐天は知らない。この時御坂もまた一つの物語に決着をつけた事を。
白井と話していた爆破テロの噂は全て真実であるという事も。

佐天「御坂さんも見てたんですか……」

御坂「この娘とケーキ買ってたから途中までね」

禁書目録「ふれめあへのお土産と、とうま達へのお見舞いなんだよ!」

御坂「あと黒子の分ね♪まあどうなるかってハラハラ見てたけど」

佐天「………………」

御坂「ぶっちゃけあの女になら喜んでレールガンくらいぶっ放せるぐらい頭に来てたけど」

佐天「(それはやめて御坂さん!目が笑ってないって!!)」

御坂「――黒子のあんな笑顔見せられたら、お姉様(わたし)が怒るわけにはいかないわよ」

かくして悲劇(ものがたり)はここに幕を下ろし

佐天「……白井さんばっかり甘やかしてズルいですよ!私もケーキ食べたーい!!」

御坂「わわっ!?佐天さん抱きつかないで落としちゃう落としちゃうってばー!!」

白井黒子の未来(ものがたり)の幕はここに上がる

禁書目録「相変わらずたんぱつはモテモテかも。とうまの事諦めた方が幸せになれるんじゃないかな?」

御坂「さりげなくライバル減らそうとしてんじゃないわよ!あんたいつからそんなに腹黒くなったの!?」

御伽噺に現れる魔法の鏡が映すは『真実の自分』、『隠された文字』、『無間地獄』、そして『未来』。

御坂「さあ、帰ろうみんな!!」

佐天「おー!!」

鏡文字で描かれた終末時計(ひげき)は、二度と硝子の針を進めない

538 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/27(月) 00:02:26.22 ID:XNCtdYWAO
〜00〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――もう、傘はいらないわね!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――雨は、上がったのだから――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム)・完
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
539 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/27(月) 00:04:47.90 ID:XNCtdYWAO
以上、とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド)・とある驟雨の空間座標(レイニーブルー)のスピンオフ、とある白虹の空間座標(モノクローム)終了となります。

今回のテーマは救い→生きる→祈り→繋がり→『結び』となりました。皆様ありがとうございましたお疲れ様です!

〜恒例・お蔵入りしたボツネタ集その2〜

・現主人公みこっちゃんVS前主人公あわきんラストファイト(予定ではこっちだった)

・アウレオルス&フィアンマによる世界に借りを返す吸血鬼フルボッコ大作戦〜ランベスは燃えているか〜(尺の都合によりカット)

・女の戦い・雲川姉妹によるチキチキ大覇星祭削板争奪戦(時間の都合により却下)

・青ピの店でバイトを始めたみさきち、ハロウィンでコスプレ&お化けカボチャ作り(寄り道になるため)

・パッツンパッツンの体操服を着せられたむぎのんのその後〜ハチマキの間違った使い方〜(エッチぃ)

・黄泉川「や、やめるじゃん手塩!私には家族が……あっ」(誰得)

・一方通行達が「女々しくて」をカバーするに至ったいきさつ(キャラ崩壊)

・包丁を振り回す姫神、ロンドンをタオル一枚で逃げ回るあわきんとマジ泣きのシェリーさん(シリアスぶち壊し)

・ほのぼの上条家、三人暮らしの何でもない真夏の一日(偽善使いのゆる日常ネタ)

・鈴科「次の患者さンどうぞォ」(未来設定ネタ)

・姫神「……」白井「……」結標「(私死ぬの?)」(今カノと元カノに挟まれたヘタレあわきん)

・三代目常盤台の女王白井黒子(アナザーエンディング1)

・8月21日、墓参りで永久凍土が一ミリ雪解けた御坂と一方通行(アナザーエンディング2)


やっとスッキリしました。では失礼いたします!
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/02/27(月) 00:09:31.69 ID:sybEeJJxo
お蔵から出してあげてもいいと思うの
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/02/27(月) 00:19:03.19 ID:FwIJzVCto


お蔵ネタをいくつか出してもいいと思うの
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/02/27(月) 00:22:11.60 ID:J5CmsNPG0
お疲れ様でした。

そ れ (お蔵ネタ)を す て る な ん て と ん で も な い ! !
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/02/27(月) 00:32:53.53 ID:z2hlVuHNo
さあ、お蔵出しを見せて貰おうか。



すんません、見たいです。お願いします
544 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/02/28(火) 02:04:52.97 ID:d6RTP4ZAO
寝る前に……

近々バトルもシリアスもオチもない他カップリング日常編を書こうと思います。

上条×麦野+禁書目録によるひたすらダラダラした一日(現在書き進め中)

あーんど雲川さんと軍覇くん(内容は頭にある)

復活後、御坂にネチネチ嫌みを言われて半泣きになるシスターあわきんとかばう(?)黒子


もうシリアスのやり過ぎで>>1の頭がパンクしたのでほのぼのします。では失礼いたします。
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/28(火) 02:12:19.05 ID:7Oqx6EQoo
よろしい、ならば全裸待機だ
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/02/28(火) 02:18:07.54 ID:qZreQxBzo
よろしい、ならば全裸待機だ
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/29(水) 23:24:04.75 ID:aFK/HEoNo
乙乙!
まだかなまなかな?
548 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/01(木) 00:50:39.67 ID:FuypaJ2AO
上条さんむぎのんインデックスのほのぼの三人暮らし「sunnyday sunday」は最短で日曜日になると思います。もう少々お待ち下さいませ……
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/01(木) 07:31:12.46 ID:SJ5yuCNAO
蛇足
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/01(木) 19:04:52.16 ID:QwLu5IWqo
圧倒的wktk
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/01(木) 19:28:35.65 ID:xLf3rLt3o
何故今日は木曜日なんだ……
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/03(土) 16:40:00.08 ID:Ew7P3Glko
オッ
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/03/03(土) 17:47:14.23 ID:W04JC4DAO
げろしゃぶか、フーミンだな…
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/03/03(土) 17:48:04.16 ID:W04JC4DAO
ごめん超誤爆!
555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/04(日) 14:08:41.60 ID:EG7bF18To
あれ?
556 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 14:59:05.29 ID:3jQjnT6AO
>>1です。第零話「Sunnyday Sunday」は今夜22時半より投下させていただきます。
簡単なお品書き

・メイク落としはお早めに

・冷やし中華を作ろう!

・借りっぱなしのプール

・熱闘!地獄甲子園

・半額弁当〜狼達の領域〜

・はじめてのヴィレッジバンガード

・シーフードカレー作り

・ファイアワークス&ファイアフライ

・メスライオンの母性

・にゃんにゃん×ニャンニャン

・寝る時は川の字で

・また“おはよう”って言って

以上です。ではまた後ほど……
557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/04(日) 15:15:22.55 ID:q0D/I1Llo
(歓喜)
558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/04(日) 18:49:17.26 ID:L0r+O2ayo
キマシ!!
559 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:30:26.37 ID:3jQjnT6AO
上麦スピンオフ、始まり始まりー
560 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:31:02.48 ID:3jQjnT6AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある星座の偽善使い(フォックスワード):スピンオフストーリー「39度のとろけそうな日」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
561 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:31:36.31 ID:3jQjnT6AO
〜8月8日〜

麦野「う……」

ミーンミンミンミーン!

麦野「うう……」

ジーワジワジワジワー!!

麦野「ううう……」

ツクツクボーシツクツクボーシ!!!

麦野「五月蝿えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

禁書目録「あ、起きたんだよ。おはよー」

上条「おお今日は早い方だな。おはよう」

まず私の心地良い眠りを叩き起こしやがったのは夏季限定の天然目覚まし時計。
油蝉だかみんみん蝉だかつくつく法師だか鳴蜩だかのサマーフェスティバル。
失われた水分とまだアルコールの残る身体、眠気と低血圧に目覚めきらない頭。
そんな私をキッチンで一足先に朝食を取ってる二人が呼び掛けて来る。
とりあえず片手だけ上げてそれに応える。クソッタレな夏の朝におはよう。

麦野「……一人じゃ起きれないわ」

上条「仕方ねえなあ。ほらよっと」

上げた手を掴んで起き上がらせてくれんのは上条当麻。
三回ほど殺し合って手に入れた私の所有物(おとこ)。
嗚呼もう少し優しく起こせよコラ。頭フラつくんだよ。

麦野「今何時」

禁書目録「九時半なんだよ!」

麦野「そう……」

あと訳あって私と当麻が拾い上げたインデックス。
そういえばこいつと出会ってからもう一年経つんだね。

禁書目録「今朝はフルーチェなんだよ!早く顔洗って歯磨きして来るんだよ」

麦野「んー……」

上条「つうかシャワー浴びた方が良いんじゃねえか?」

なんで

上条「……お前昨夜メイク落とさないまま寝たろ」

マジか

麦野「わかった、入って来る……ふあ〜」

そりゃメイク落とさないまま寝入ったり、昨夜の服のままってのも頷ける。
最初の三ヶ月辺りまでは頑張ってたんだけどもう面倒臭えよ色々とさあ……

麦野「……あんたも入る?」

上条「(おい!今日は土日じゃねえ!)」

麦野「(ああ、そっか)」

禁書目録「何をひそひそ話してるのかな?」

ひりつく熱湯のような戦場と、凍てつく氷水みたいな暗闘。
それもこのところ遠ざかりつつある私は頭の天辺までぬるま湯に浸かってる。
この指先までふやけそうな日常(ひび)が私はそんなに嫌いじゃない。

麦野「何でもないにゃーん……私の分まで食うなよ?」

口に出した事はないけどね。

562 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:32:23.48 ID:3jQjnT6AO
〜2〜

麦野「あー……」

肌を叩く熱いシャワーに、次第に私の頭が冴え冴えとして来る。
メイクを落とさないで寝たのは失敗だった。よみがえれ私の肌。
糠味噌臭い生活に酒臭さまで加わったらあっと言う間に老ける。

麦野「(やべえ、私のボディーソープ切れかけてる。インデックスの借りよう)」

第七学区にある男子学生寮と避難所がブッ潰れた後、こいつらは私のセーフハウスで暮らしてる。
元から半同棲みたいなもんだったから別にどうって事もないんだけど、少し変わった事と言えば――
まあこんな風にあいつらの物が増えたりしたぐらいかね。目に見えるものなんてそんなもんで十分。

麦野「(ん……そろそろか)」

私の本能が告げている。あと一日、二日後には訪れるであろう招かれざる客を。
私は重いタチらしいから、時に椅子に座ったり立ち上がったりするだけで痛む。
膨らむ子宮に反比例して精神が落ち込んだり、始まる前無性に欲しくなったり。

禁書目録「しずりー、ちょっとごめんなんだよ」

麦野「あァ?」

禁書目録「洗濯機回すんだよ。えっーと、青い柔軟剤が」

麦野「失敗すんなよー」

禁書目録「失礼しちゃうかも!一年もやれば流石に私も覚えるんだよ!」

麦野「そりゃ失礼」

とか考えてたらインデックスが洗濯機を回しに来たのがシャワールームの磨り硝子越しに見えた。
昔は掛け布団敷き布団合わせて三組九枚一度にぶち込んで洗濯機から『ぶごごご』とかヤバい音がした。
それがまあ未だにメモ片手でも何とかこなせるようになっただけ進歩っちゃ進歩なのかねえ?

麦野「ああごめん、洗面台にメイク落とし置きっぱだわ。取って」

禁書目録「わかったんだよ。これ?」

麦野「ああそれそれ」

押し掛け女房(インデックス)と通い妻(わたし)、世間的に見りゃあいつは男の本懐なんだろうけど

禁書目録「………………」

麦野「何?早く締めないとシャワー跳ねるよ」

禁書目録「しずり、またおっぱいおっきくなってない?」

麦野「なってねえよ!体重だってキープしてるよ!!」

禁書目録「フフン、身体は正直なんだよ」モミモミ

麦野「………………」ブシュー

禁書目録「熱いんだよ!目に入るかも!」

麦野「ふん」

まあ家族ごっこみたいなもん。けど本当にイヤだったらそれを我慢するほど私も人間出来てないしね。

563 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:34:45.55 ID:3jQjnT6AO
〜2〜

上条「何でお前の服まで濡れてんだ??」

禁書目録「オニババにいじめられたんだよ」

麦野「ほう」サクッ

禁書目録「あ!私のイチゴー!!」

麦野「他人のものって何でこう美味いかね」

禁書目録「ひどいひどい!それ最後のだったんだよ!?」

上条「大人気ねえ事すんなって……ほらインデックス、俺のやるから」

シャワールームでインデックスと張り合った後歯を磨き、髪を乾かし終えてテーブルにつくと――
麦野はフローズンフルーチェのシャリシャリした食感とスライスされたイチゴの甘酸っぱさに頬を緩めた。
その傍らにはあーんと口を開け目を瞑って身を乗り出すインデックスに餌付けしている上条がいる。
テレビも外部の全国高校野球に切り替わり、ちょうど『プレイボール!』という掛け声が響き渡った。

麦野「毎年毎年良くやるわこいつら。この学園都市(まち)じゃありえない光景ね」

上条「野球か……そう言や浜面達がその内草野球チーム作りたいって言ってたっけ」

禁書目録「あ、ハゲがボーズに打たれたんだよ!」

麦野「もう一点入った。こっちのストライプの方が強いのかね?」

禁書目録「勝負はまだわからないんだよ」

上条「そうだ。賭けしねえか?」

麦野「賭け?」

上条「この回で追加点が入るか入らないか。外したやつが後片付け」

禁書目録「乗ったんだよ!私は入らない方にするんだよ」

麦野「じゃあ私は入る方。初っ端から打たれてるようじゃねー」

上条「上条さんは入らない方ですよ。今のは立ち上がりをやられただけだと思う」

スプーンを咥えながら頬杖をつく麦野、テーブルに顔をくっつけるようにして眺めるインデックス。
しかし失点した事により制球は手堅いものになり、結果は腕組みしていた上条の予想通りとなった。

麦野「げっ、私の負けかよ」

禁書目録「ラッキーなんだよ!」

上条「ほい、後よろしくー」

麦野「何かムカつく。じゃあ次、どっちのチームが勝つか?負けた奴がお昼作る事」

上条「よし来た!今日は珍しくツいてるから上条さんはこのストライプの学校に賭けるぜ!」

禁書目録「私はまっさらな方が勝つと思うんだよ!」

麦野「私もインデックスと同じで」

試合は一進一退の投手戦となり、どちらも譲らぬ投げ合いが続く。そして試合が九回裏に差し掛かる頃――

564 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:35:12.23 ID:3jQjnT6AO
〜3〜

上条「不幸だ……」

麦野「馬鹿だねーあんた賭け事に向いて無さ過ぎ」

禁書目録「調子に乗って螻蛄になるタイプナンバーワンなんだよ」

麦野「ねー」

上条「ああちくしょう!何でも食いたいもん言いやがれ!!」

上条の予想は九回裏で覆された。投手が肩を痛め途端に2―1で逆転されたのだ。
そんな頭を抱える上条の側で空になった洗濯カゴを抱えた麦野がケラケラ笑い――
ソファーではインデックスがスフィンクスをお腹に乗せたままやーいと指差して。

麦野「じゃあ私シャ」

禁書目録「冷やし中華食べたい!」

上条「げ」

麦野「待ちなよインデックス。私はシャケが食べたいの」

禁書目録「ならジャンケンで決めるんだよ」

麦野「最初はグー!」

禁書目録「ジャンケン!!」

麦野・禁書目録「「ほいっ!!!」」

禁書目録「――しずり、敗れたり!」

麦野「(ちょ、チョキ……負けた!?)」

禁書目録「(私の完全記憶能力を侮っちゃいけないんだよ。しずりは今までグー5回チョキ8回パー16回出したかも)」

上条「インデックスの勝ちか……って冷やし中華とか結構面倒臭いの頼むな〜」

かくして麦野はインデックスの記憶術の前に敗れ去りシャケはお預けとなった。
しょんぼりして肩を落とす麦野をよそに冷蔵庫を漁りながら上条は思う。
冷やし中華は食べる時間に反比例して意外に作る手間がかかるし何より暑い。と

麦野「しゃーない。刻んだりタレ作るのは手伝ってあげる」

上条「おお!神様女神様麦野様!!」

麦野「でも火元はあんたが立ちなよ」

思わぬ助け舟を出してくれたのは、栗色の髪をシュシュでルーズサイドテールにまとめた麦野であった。
そんな二人がキッチンに立つのを、十人は座れそうなカッペリーニのソファーから見やるインデックスは

禁書目録「何だか試合に買って勝負に負けた気分なんだよ」

スフィンクス「にゃー」

禁書目録「でもゴロゴロ寝ててもご飯が出て来る楽チンさには代えられないかも!」

スフィンクスを抱っこしたまま笑っていいとも!を寝転んで見る事にした。勝者の特権である。
そう言えば去年は土御門兄妹と流し素麺を青竹の土台作りからやったっけ、などと想起しつつ。

禁書目録「お空の色も、去年と同じようでちょっと違うんだよ」

干し終えた洗濯物の揺れるベランダから広がる青空を見つめ、インデックスはゴロンと寝返りを打った。

565 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:37:20.01 ID:3jQjnT6AO
〜4〜

上条「エビとかなかったけど良いよな?」

麦野「別に良いわよ。けど後で買い出し行かないと。冷蔵庫も空っぽになってきたしボディーソープも」

上条「じゃあ涼しくなったら出掛けるか」

ボウルにカンカン!と卵を割って中身を落とし、小さじいっぱいの片栗粉と目分量で塩を落とす上条。
その傍らでキュウリを千切りに刻みながら午後の予定を麦野と話す。手つきといい会話の内容といい

麦野「――何て言うか」

上条「ん?」

麦野「所帯染み過ぎでしょ私達」

上条「だよな〜」

上条がサラダ油を引いた小さめのフライパンにとき卵を丸く流して焼き、その傍らではハムとトマトを切る麦野。
多目に酢を入れ、鶏ガラスープの素とゴマを混ぜ、水は少な目に味付けはやや濃いめにタレを作って行く。
錦糸卵を焼き終えると麦野がトントンと細切りにし、上条は中華麺をインデックスに合わせて五玉入れる。

上条「上条さんも出会った頃はまさかこんなに家庭的な女の子だなんて思ってませんの事でしたよ」

麦野「そりゃこっちのセリフ。もっと楽させてくれる男かと思ったけどとんだ眼鏡違いだったわ」

額に浮かぶ汗を手の甲で拭う上条、やる事がなくなってしまった麦野が冷蔵庫からソルティライムを取り出す。
一口飲み干し、キッチンに立つ横顔をぼんやり見つめながらあんたも飲む?と手渡すと上条もそれを受け取る。
炭酸の抜けたコーラのような一日。こんなに穏やかな時間はいつ以来であろうかとどちらともなく感じていた。

上条「お前には苦労かけ通しだもんなあ」

麦野「そう思うんなら後で足揉んでよ。ちょっと浮腫んだ」

上条「昨夜あんなに酒ガバガバ飲んだからだろ。あと肉な」ムニムニ

麦野「あっ……じゃねえよ死ね!!」ゴッ

上条「ぐはっ!!?」

麦野「土日じゃねえって言ったのテメエだろ!!」

感慨に耽っていた所でお尻を撫でたり揉んだりして来る上条を麦野は脇腹をえぐり込むようにして打った。

上条「む、昔の君が懐かしい……」

付き合い始めの初々しさはどこへ……と上条はキッチンから出て行った麦野をうずくまりながら見送った。

566 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:37:48.42 ID:3jQjnT6AO
〜5〜

禁書目録「スッゴく美味しいんだよ!!」

上条「そりゃ良かった。沈利、紅ショウガ取ってくれ」

麦野「はい」

そして出来上がった冷やし中華に舌鼓を打つはインデックス、ニッコリと笑う上条とショウガを取る麦野。
セミ達も小休止に入ったのか、午後の死を迎えた雲の峰が王城のように聳え立つのがベランダから見える。

上条「確かにありあわせで作ったにしては上手く出来た方だな」

麦野「あとオクラとエビとバンバンジーがあれば完璧だったね」

禁書目録「いっぱい食べられる幸せに勝るものはないんだよ!」

風鈴こそないものの、二日前からインデックスが吊していた照る照る坊主がビル風に揺れている。
麦野の好みで濃いめに味付けされたタレに絡む中華麺の歯触りや喉越しに相俟って実に涼しげだ。
これならキュウリを塩揉みしても良かったかも知れない、もしくはハムをチャーシューに代えてと

麦野「……あ゛」

禁書目録「どうしたのしずり?カラシ効き過ぎたのかな」

上条「麦茶持って来るか?」

麦野「い、いや大丈夫……インデックスこれ食べる?あと半分しかないんだけどさ」

禁書目録「え?いいの?やったんだよ!」

そこである事に思い当たり冷やし中華を手繰っていた麦野の箸が止まったのを見て二人が異変に気付く。
しかし麦野はそれとなくお茶を濁し、二分の一まで平らげた自分の冷やし中華をインデックスに手渡す。
怪訝そうな顔で麦野を見やる上条、ホクホク顔で残りを食べ尽くして行くインデックスの顔が並ぶ中――

麦野「(やべえ、ちょっとつまめるぞ……椅子に座るまで気付けなかった!!?)」

クーラーの良く利いた部屋で滲む脂汗、二人に見えぬようテーブルの下でつまむウエストに青ざめる麦野。
同棲生活一ヶ月目の真実。それは食べ盛りのインデックスに伸び盛りの上条らの間に挟まれた事により――
明らかに以前と異なる食事量を二人に付き合い、三食をしっかり取っていた事によるカロリー計算ミスだ。

麦野「(……夏に太るってヤバいでしょ)」

加えて上条らが凱旋した7月7日以降戦闘らしい戦闘にもほとんど参加しておらず、かつこの暑さである。
デートや会合や買い物以外は運動はおろか外出さえする気も失せ、クーラーの利いた部屋でダラダラ三昧。

567 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:39:55.22 ID:3jQjnT6AO
〜6〜

麦野「(――この一ヶ月、食うか寝るか飲むかエッチしかしてねえじゃん私!!)」

禁書目録「とうまとうま!私とうまのお母さんが送ってくれた“みずよーかん”が食べたいんだよ!!」

上条「あれまだあったかな……ああ、水羊羹と葛餅と梅ゼリーが残ってる。上条さんは葛餅にするかね」

我が身を振り返ってテーブルに突っ伏す麦野を尻目に食べても太らないインデックスがデザートをねだり……
成長期真っ只中の上条がインデックスでは手の届かない冷蔵庫の最上段にヒョイと手を伸ばしおやつを取る。
一年前までさして変わらぬ身長であった上条も今では麦野より目線が一段高くなり、身体つきもなかなか――

麦野「(私好みの程良く筋肉のついた二の腕と腹筋に……ってそうじゃねえだろ自分の心配しろよ!)」

などと自分好みに育って来た男の身体をニヤニヤしながら舐め回すように見ている場合ではない。
心と生活の緩みはプロポーションの緩みに即直結するのだ。スタイルの死は女としての死である。

上条「沈利、梅ゼリー食うか?」

麦野「わ、私は……」

禁書目録「スイカバーが良いのかな?チューペットが良いのかな?」

一般的には夏休みなのだからそう肩肘張る事もないのだ、生き馬の目を抜く世界から解き放たれ……
もはや矢を射る事もなく緩められた弦はユルユルである。麦野にはそれが表れ出した己が許せない。
思わず頬に触れる。以前ならば皮膚しか掴めなかったにも関わらず、今では摘まんで伸ばせるのだ。
人間は痩せる時頬から順に下って落とされて行き太る時も同様である。麦野は主に胸周りから来る。

禁書目録「クーリッシュが良いのかな?MOWが良いのかな?」

いつから酒量が上がった?いつから身体を動かしていない?と考え出すともう止まらなくなるのだ。
上条や男の目線からすればそれは太った内になど入らない。だが麦野や女の目線から言わせれば――

麦野「あんたらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

上条「ひいっ!?葛餅が良かったか!?」

禁書目録「め、メロンバーの方が良かったのかな!!?」

麦野「……出掛けるわよ」

太ってからダイエットなど敗北主義者のする事だ。ダイエットとは太らないためにするものなのだ。

上条・禁書目録「「???」」」

麦野「40秒で支度しな!このままじゃ私はダメ人間になる!!」

かくして――

568 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:40:38.17 ID:3jQjnT6AO
〜7〜

麦野「と、言う訳で」

上条「……何故にプールなんでせうか?」

禁書目録「広過ぎて落ち着かないかも!」

麦野「(やっぱりお昼ご飯残して良かった。女の嗜みとして)」

やって来たのは第三学区にあるプライベートプール。昨年上条と行った後借りっ放しにしていた施設である。
そこで長い髪を三つ編みに纏め黒のビキニにパレオを巻いた麦野が腰に手を当て、惑う二人を前に宣言する。

麦野「ってな訳で私は泳ぐわ。とりあえず1.5キロくらいから」

上条「おいおいトライアスロンじゃねえんだからもっとゆっくり」

麦野「アイアンマンは3.8キロよ。まあ肩慣らしってところね」

禁書目録「私泳げないかも!」

麦野「当麻に教えてもらいなさい。目標はばた足で10メートル」

禁書目録「……とうま、優しくしてね?」

上条「誤解を招くような発言止めい!!」

対するインデックスは白を基調としたフリルとスカート付きのビキニであり上条はトランクスである。
一体何を突然言い出すやらと当初は面食らったものの白鳥の浮き輪を膨らませるインデックスより――

麦野「じゃ、私あそこのレーンで泳いでるから。邪魔したら土左衛門に化けてもらうにゃーん?」

上条「(やっぱりいつ見ても胸デカいなあ。つうか一年前と比べて身体つきもこう、より女らしく……)」

禁書目録「……とうま?」

上条「(でもあのパレオってやつはけしからんと上条さんは思う訳ですよ。ぶっちゃけ具体的に言えば)」

禁書目録「とうまってば」

上条「(真冬にスカートの下ジャージ履いてる女の子くらい可愛くないと……おお!ついに脱いだぞ!)」

麦野「よっ!」ジャボン!

上条「足つるなよ〜」ニヤニヤ

禁書目録「……とうまー!!!!!!」ドンッ

上条「ご、があああああぁぁぁぁぁ!?」バシャーン

パレオを脱ぎ捨てて立ち去って行く麦野の肢体を思いっ切りニヤニヤしながら見ていた所を――
思いっ切り麦野直伝によるインデックスの喧嘩キックによって蹴落とされる事になるのである。

569 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:42:50.21 ID:3jQjnT6AO
〜8〜

禁書目録「わぷっ、あぷっ」

上条「よーし良い感じだぞインデックス。1、2、1、2のリズムだ」

禁書目録「う、うん。まだ手離さないでね?離しちゃ嫌なんだよ??」

上条「(目瞑っちまって可愛いなあこいつ)ああ、大丈夫だ安心しろ」

麦野「(おいおい。あんた私の時そんな父性を感じさせる表情、一度も見せた事なかったでしょうが)」

バシャバシャとアクアブルーの水面を蹴り、固く目を瞑りながら飛沫を舞い上げるはインデックス。
まだ水中で目を開くの事が怖いのか、爪先立ちでも鼻先さえ出せない2メートルというの水深を――
インデックスが沈まぬように手取り足取りで導いている上条の柔和な眼差しと横顔を麦野は見ていた。
攻撃的なクロールから優雅な背泳ぎで水を掻き、天蓋の外に広がるクリアブルーの空を仰ぎ見ながら。

禁書目録「とうま、とうま、今何メートルまで来てる??」

上条「8メートルだ。頑張れ頑張れあともう少しだぞー!」

麦野「(でもまあ)インデックスー!クリア出来たらかき氷おごってやるにゃーん」

禁書目録「ほんと!?」バシャバシャ!

上条「おおっ!?」

麦野のぶら下げたニンジンに、インデックスは息継ぎしつつ顔を上げ瞳を輝かせて急加速し上条に突進した。
最近厚くなって来た胸板に頭をグリグリさせながら押して行き、30センチ、1メートルと距離を伸ばして。

禁書目録「ぷはっ!」

上条「やった!ゴールだインデックス!」

麦野「あ゛」

禁書目録「ほんと!?ゴール出来た!?かき氷食べられる!?」

上条「おお!良く頑張ったぞインデックス!えらいえらい!!」

ついにインデックスはばた足で泳ぎ切り、上条に抱きつくようにゴールした。そして上条もまた……
インデックスの両脇に手を入れて水面から持ち上げて健闘を讃え、互いに笑みと水滴が零れ落ち――

上条「見ろよ沈利!インデックス本当にゴール……沈利?」

禁書目録「とうま?」

上条「沈利!!」

たのも束の間、背泳ぎをしていたはずの麦野がレーンから姿を消しているのを上条は察知するや否や

上条「インデックス、ここに掴まっててくれ!絶対動くなよ!!」

禁書目録「う、うん!」

上条「沈利!!!」

上条はインデックスをフィールドロープに掴まらせて麦野が溺れたと思しきレーンまで潜行していった。

570 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:43:25.01 ID:3jQjnT6AO
〜9〜

麦野「がっ……ごぼっ、ぐぶっ!?」

ヤバい……まさか本当に足がつるなんて本当に思ってなかった。

口から酸素が抜けて行って、目から涙が溢れて耳が聞こえない。

代わりにどんどん水が入って来る。痛い。辛い。苦しいってば。

麦野「はっ、むうっ、うんんっ……」

足つるとかどんだけ運動不足なんだよ私。ジジイのファックの方がまだ気合いが入ってるでしょう……

くそっ、右足が言う事を利かない。さっきまで平気で泳いでた水の深さがまるで海の底にいるみたいだ

麦野「ごぷっ……」

漏れ出したあぶくが、水面の向こうに揺蕩ってる光に溶けて行く。青い世界が白い視界に染まって行く。

泳ぎ上手は川で死ぬって言うけど、こんな死に方考えてなかった。水が纏わりついて引きずり込んで――

上条「――――――」

……おいおい、私みたいな人殺しでも走馬灯って見れるのかね?

それもまだ死んでない生きてる人間が出て来るなんてさ――……

麦野「………………」

上条「沈利!!!!!!」

ああ、平和呆けした頭にあんたの声が響いて来る。色惚けした目でもあんたの顔がしっかり見えて来て

上条「沈利!しっかりしろ沈利!!」



――――嗚呼、この表情(かお)だったね。私が惚れたのは――――




571 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:45:24.53 ID:3jQjnT6AO
〜10〜

上条「沈利!!!」

麦野「――ごほっ、ごほっ、ごほっ……」

禁書目録「しずり!」

その瞬間、水柱と共に麦野を抱え上げながら顔を出した上条の腕の中で麦野も息を吹き返した。
水を飲んでしまったため吸こそ整わないものの、比較的発見が早かったため意識は鮮明である。
上条はそんな麦野を抱き寄せてロープを伝い、プールから上がって背中を叩いて水を吐かせる。

麦野「がはっ、ぐはっ、はあっ」

上条「大丈夫か沈利!?」

麦野「ぐっ、だ、大丈夫」

すると麦野は上条の首筋に腕を回してしがみつき何とか頷いて来た。
上条もあわやと思ったが、吹き返す息に文字通り胸を撫で下ろした。
まさかからかい半分で言った警告がこんな形で的中するなどとはと。

上条「良かったー……心臓に悪いっての」

麦野「うるせ……ごほっ、ごほっごほっ」

上条「悪いインデックス。ちょっと係の人に言ってドリンクとデカいタオルもらって来てくれないか?」

禁書目録「わ、わかったんだよ!」

麦野をしがみつかせたままチェアーに横たわらせると、インデックスもプールから上がって駆け出した。
対する麦野はたった今全力疾走を終えたように浅く短いを吐き、呼吸を整えようとする傍らで上条は――

上条「怖かったろ?」

麦野「………………」

上条「――震えてる」

大事にこそいたらなかったものの、水温以外の寒気に麦野の身体が震えているのが上条に伝わって来る。
麦野も暖を取るように胸を押し付け鼻先をこすりつけて上条の背中に両腕をしっかりと力強く回して応え

麦野「……うん、苦しいよりも怖かった。水がどんどん入って来て自分の力じゃどうしようもなかった」

上条「ああ。もう大丈夫だからな。けどお前の水遊びはこれでおしまいにしようぜ。危なっかしくてさ」

麦野「……ダイエットのために来たのに」

上条「前から言ってるじゃねえか痩せるなんて必要全然ないって。ほら足出せよ。つったのは右足か?」

麦野「いいって。こんなちょっと太い足」

すっかりいじけてしまったのか麦野はそっぽを向いてしまった。だが上条もそこで得心が行ったようで。

572 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:45:52.18 ID:3jQjnT6AO
〜11〜

上条「いいぜ……」

麦野「……当麻?」

上条「男がみんな鶏ガラみたいな脚が好きとか思ってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」

麦野「んっ……!」

そんな乙女心などお構い無しに、上条は麦野の右足を自身の膝の上に置いて足裏を向けさせるや否や――
まず親指の付け根辺りを指でギュッと強めにグリグリと、次いで人差し指と中指を二本まとめて押した。

麦野「はっ、あっ、ああんっ……」

上条「ムチムチした太ももとキュッと締まったった足首が共存出来ないなんて幻想、欠片も残さずまとめて全部ぶち壊してやる!」

麦野「あっ、やっ、指でゴリゴリしないで……ああっ!」

上条「足揉めってさっき言ったのお前だろ?エロい声出すなって」

グニグニと揉み込みつつ、加えて中指薬指小指の付け根を両手親指でグッグッと押し込んで行くと……
折り曲げた中指の第二関節で土踏まずから指先に至るまでを下から上へとゴリゴリと擦り上げて行く。

麦野「だって、なんかジワーッて広がって……んんっ!」

上条「ああここだな。何となくわかるぞ」

そして麦野のアキレス腱から脹ら脛に至るまで、先ずは中指と親指で挟むように下から上へと押して行き……
言葉や文字にして伝えるのは難しいがつった部分や凝った箇所というのは指先を通して感覚的に捉えられる。
例えるならばそうめんの白い束にたまに混じっている赤い一本を見つけ出すのに一番近いと言えるであろう。

麦野「て、テメエ、わざ、と、やっ……」

上条「(伊達に一年も付き合ってませんの事ですよ)」

水に濡れた谷間、掠れたように漏れ出す艶めかしい喘ぎ。
苦痛と紙一重の充実感にうっすら赤味を帯びる目元と頬。
抗いながらも拒め切れず、羞恥と屈辱と疼痛に歪む美貌。
自分の指先一つで思うがままに転がせるという感覚に――
この上ないしてやったり顔で上条は笑った。だがしかし。

禁書目録「――とうま?」

上条「!?」

禁書目録「……何してるかな?」

――エロい人、ではなくエラい人は言いました。『驕れる平家は久しからず』と――

麦野「――やれインデックス。私が許す」

禁書目録「……とうまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

上条「不幸だああああああああああああああああああああー!」



今度は、浮かび上がって来なかった。



573 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:48:53.37 ID:3jQjnT6AO
〜12〜

禁書目録「スゴいスゴい!洗濯機みたいなんだよ!!」

麦野「あんたまで溺れんじゃないわよー」

上条「な、何で上条さんがこんな目にひどい目合うんでせうか」

麦野「五月蝿えよこのヤリたがりの猿が。サカってんじゃねえ」

白鳥の浮き輪と共に流れるプールで水と戯れるインデックス、ビーチチェアーから見守る保護者二人。
と言っても内一人はテーブルのように四つん這いとなり背中に携帯電話やジュースを置かれた上条だ。

上条「インデックスー、お前からもこの女王様に何か言ってくれよー!」

禁書目録「しずり、口答えしたから10分追加しても良いと思うんだよ」

麦野「ほーらあんたの大好きな延長戦だにゃーん?気張れこのクソムシ」

貸し切りでなければ公開SMも甚だしい仕打ちに耐え忍ぶは人間椅子もといクソムシ呼ばわりされる上条。
お礼を言いそびれ、謝罪を言い損ね、かつ足裏マッサージで辱められた半ば八つ当たり気味の意趣返しだ。
インデックスはインデックスで目を離した隙にイチャついていた上条が腹立たしいのか助けてくれない。と

とぅるるるるるるる♪

上条「ちくしょう、電話鳴ってますよー」

麦野「椅子は喋らないでしょ?もしもし」

着信音とバイブを鳴らす携帯にトマトジュース片手に出る麦野。
グルグルと笹舟のように流されるインデックスを見守るは上条。
そんな屋外より射し込んで来る真夏の昼下がりの光の中にあって

執事『ご無沙汰しておりますお嬢様。お久しゅうございます』

麦野「……おい、この番号は本家も知らないはずなんだけど」

執事『はい、私しか知り得ません。旦那様にも奥様にも……』

上条「………………」

麦野の顔に苛立ちとも不機嫌さとも異なる陰影がかかるのを上条は感じ取る。見ずとも伝わって来るのだ。

麦野「相変わらずの忠犬(イヌ)っぷりご苦労様。で、テメエは何を“取って来い”されたんだ?あァ?」

執事『一週間後には盆入りでございます』

麦野「………………」

執事『お嬢様』

麦野「――私は本来あの家に“存在しない子供”のはずだろ?」

旧家に生を受けながら『利が沈む』と字された忌み子(むぎの)の過去。

麦野「――伝えといて。放っとけってさ」

眠る時決まって抱くぬいぐるみだけが見知って来たであろう、暗く閉ざされた恵まれぬ麦野の幼年期――

574 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:49:19.95 ID:3jQjnT6AO
〜13〜

麦野「ふう……」ピッ

上条「………………」

麦野「そんな顔しないの。これは私の家の問題であって、別にあんたの家の問題じゃないんだからさ」

執事からの通話を切ると麦野は自分を見上げて来る上条に携帯電話を放って寄越す。また買い替えねと。

麦野「……なんてね」

上条「………………」

麦野「毎度の事だよ」

上条「帰って来いって?」

麦野「年食って仏心に目覚めたのか死ぬ前に善行でも積みたくなったのか、まあどうだっていいけどさ」

キラキラと陽射しと水飛沫を浴びて笑うインデックスを見つめ、麦野が自虐的な微苦笑を皮肉っぽく張り付けた。
上条も多くは知らないし麦野も語らない。確かな事は『麦野は望まれて生まれて来た子供ではない』という事だ。
同時に麦野の中でも家族や両親というものは死別も同然の存在であるようであった。向こうもそうであろうと……

麦野「私ね、さっきインデックスに泳ぎ教えてるあんたに父親をダブらせてた。ロクに顔も思い出せないってのに」

上条「上条さんはお前より年下ですよ?」

麦野「そうなんだけどさ、でもそのすぐ後にあんたに抱きかかえられた時に思った。それはやっぱり違うんだって」

溺れかかったまさにその時、抱き上げられた腕の中で麦野は確かに感じたのだ。父性以外に、父性以上に

麦野「――さっきはありがとう。ぶっちゃけ惚れ直したわ。ついでにちょっとカッコ良かったわよあんた」

上条「大事なところついでかよ!でもってちょっとって!!」

禁書目録「二人ともなに話してるの?私も仲間に入れて欲しいんだよ!」

麦野「何でもないわ。そろそろ上がるわよ。かき氷食べに行くんでしょ?」

禁書目録「やったー!」

上条「やれやれ……じゃあ行きますかね、っと!」

インデックスに右手を差し伸べる上条と、インデックスに左手を差し出す麦野の二人が水面から引き出す。
家族の記憶を有する上条が、家族の記憶を封じた麦野が、家族の記憶を失ったインデックスを間に挟み――

禁書目録「ブランコしてブランコ!」

上条「ほーれロズウェル事件だぞー」

ぶら下がるインデックスを伴ってプールを後にするその光景を

麦野「(まあこれはこれで悪くないか)」

数年後、互いの名前から一字ずつ取られた子供を通じてとある若夫婦が想起するのは少し先の未来(ものがたり)――……

575 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:51:35.21 ID:3jQjnT6AO
〜14〜

上条「おっちゃん、塩ラムネ一つ!」

禁書目録「私この“かち割り”って食べてみたいかも!」

麦野「かき氷じゃなくていいの?」

禁書目録「うん。かき氷も捨てがたいけど、これ初めて見るからちょっと興味が湧いて来たんだよ!」

麦野「そう?じゃあ出来たら持って来て席取っとくから」

貸し切りプールを後にし、同スポーツクラブの敷地内にある売店にて三人はそれぞれ注文を告げた。
辺りを見渡せば織女星祭の撤収作業の様子が窺え、解体される屋台やサーカステントが目に止まる。
麦野はその光景を真っ白なパラソルの下に置かれたテーブルに腰掛けつつ、頬杖をついて見つめ……
並び立つ緑樹と聳え立つ風車の間に吹き抜けて行く涼風に目を閉じ、毛先の濡れた髪を靡かせて――

上条・禁書目録「「わっ」」

麦野「冷たっ!?」

禁書目録「あはは、引っかかったんだよ」

麦野「イーンデックスー……」

上条「流石に泳ぎ疲れたか?」

麦野「あんなもんで疲れるほど鈍ってないわ。たかが2キロよ」

禁書目録「(私はちょっと眠くなって来たかも知れないかも)」

ていた矢先、右頬から薄められたイチゴシロップの入ったかち割り入りのビニール袋が押し当てられた。
左頬には上条が取ってきた塩ラムネが押し付けられ、麦野は昼寝を邪魔された猫のような表情を見せる。
仲間内でもあまり見せる事のない自然体なその横顔が、祭りの後片付けから敷地内へと向けられて行くと

カキーン!

禁書目録「あ、誰か野球やってるんだよ」

麦野「そうね。確かここテニスコートとかグラウンドもあるんだっけ」

上条「ああ、結構良い音したから誰かホームランでも打ったのかもな」

高らかな音を立て、フェンスを飛び越えて夏空に弧を描くボールが宙を舞うのが三人にも見えた。だが

麦野「……何かデカくない?」

禁書目録「……あれボール?」

ぁぁぁぁぁあああああ……

上条「……嫌な予感がする!」

麦野「おいこっち飛んで来るぞ!!」

あああああぁぁぁぁぁ!!

上条「ボールじゃねえ!あれ人……ごっ、があああああぁぁぁぁぁ!?」

禁書目録「とうまー!?」

上条もろともパラソルを押し潰して飛んで来たのはボールではなく、打ち上げ花火のように投げ出された

服部「か、上条……!」

上条「ふ、不幸だ……」

草野球チームのユニフォームに身を包んだ服部半蔵であった。
576 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:52:02.07 ID:3jQjnT6AO
〜15〜

浜面「半蔵ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!?」

郭「半蔵様ー!!?」

削板「ちくしょうデッドボールか!クソッ、俺の根性が足りねえばかりにランナーを歩かせちまうとは」

雲川「お前に足りないのは力加減とおつむの問題だと思うけど」

横須賀「(計画通り)」

一方、今朝方上条が話していた浜面及び服部率いる草野球チームの面々は顔面蒼白で震え上がっていた。
途中まで横須賀率いる草野球チームに9対5でリードを奪っていた。しかし九回表に事件は起こった。

削板「さあ次のバッター出て来い!男らしく正々堂々勝負しようぜ!!」

浜面「ひいっ!?」

横須賀「オラ出て来い四番サード浜面!うちの秘密兵器が火を噴くぞ!」

浜面「秘密兵器って言うか核兵器だろあいつはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

浜面チームが勝てば試合後の食事代が、横須賀チームが勝てば飲み代が、それぞれかかった大一番。
七回辺りから逆転は難しいかも知れないと危機感を覚えた横須賀が何と削板に助っ人を頼んである。
織女星祭の後片付けの最中と言う事もあり、九回表一回のみの登板という事で応援を要請した所――

横須賀「何言ってやがる!助っ人OKって言ったのはお前達の方じゃねえか!俺達負けてるし!」

浜面「草野球にアストロ球団とか地獄甲子園みたいなヤツ呼ぶのは反則だろうがぁぁぁぁぁ!!」

削板の投げる魔球の数々は確かに試合を優勢に進めた。何せ投げる球が消える・燃える・爆発する。
先程投げた球に至っては分裂し、内一つに掠った服部は人間大砲のようにフェンス越えを果たした。
今やバッターボックスは処刑台に等しく、チームの面々は沈黙する羊達の同然であった。そこへ――

郭「浜面氏!あれを!!」

浜面「!?」

上条「は、浜面!!?」

服部「浜面……俺はもうダメだ」ガクッ

禁書目録「すごいすごい!本当にテレビとおんなじなんだよ!」

麦野「よく見なインデックス。グラウンドの土に涙は染み込んでも、歯だの血だのは普通飛び散らないわ」

まず血塗れの半蔵をおぶって姿を現す上条、かち割り氷片手にグラウンドを見渡すインデックス。
そして呆れ顔に溜め息混じりの麦野が歩を進めるのを見て浜面の顔に光明が射した。悪い意味で。

浜面「待ってたぞヒーローぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

上条「!?」

今必要なのは沈黙する羊達ではない。生け贄の羊なのだから――

577 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:54:13.55 ID:3jQjnT6AO
〜16〜

削板「オラー!!」

上条「うわっち!?」

削板「オラー!!」

上条「うわっち!?」

削板「オラー!!」

上条「うわっち!?」

削板「オラー!!」

上条「うわっち!?」

雲川「フォアボール。上条、一塁に進んで欲しいけど」

上条「た、助かった!」

削板「根性が足りねえぞ上条!ボールから逃げるバッターがどこにいる!!」

禁書目録「へいへい!バッター(とうま)ビビってるー!!」

上条「大砲の弾飛んで来りゃ誰だって逃げるに決まってんだろ!!!」

横須賀「オラ、次はお前さんの番だぜ浜面!死んできやがれ!!」

浜面「イヤだぁぁぁ死にたくないぃぃぃ逝きたくなぃぃぃ!!!」

上条「……まあそのなんだ。骨は拾ってやるから安心して、な?」

浜面「な?じゃねえよこの役立たずの裏切り者!チキン野郎!!」

上条「何だとこの野郎!お前なんてもう友達じゃねえ絶交だ!!」

削板「さあ行くぜ!ようやく肩があったまって来たところだ!!」

雲川「……男って馬鹿だけど。一人の例外もなく」

麦野「男なんてちょっと馬鹿なくらいが可愛いよ」

消える魔球、燃える魔球、ハイジャンプ魔球をかいくぐり一塁へ避難するは無理矢理投入された上条。
逃げ出す時間稼ぎもならない役立たずの助っ人を口汚く罵る浜面、天井知らずに燃え上がる削板を――
かち割り氷片手に野次るインデックスを膝に乗せた麦野、コールを読み上げる雲川が溜め息を零した。

禁書目録「お祭りの後片付けしなくていいの?三人も来てたらかきね一人ぼっちなんじゃいのかな??」

雲川「よくないけど。一人だけ仕事させられてる垣根がブチ切れるのが先か削板が終わらせるのが先か」

麦野「問題児達(バカども)の保護者(おあいて)、ご苦労様」

アルプススタンドの彼方に広がる入道雲を見上げながら遠い目をしている雲川は既に諦めているのだろう。
靴を脱いで削板からもらった絆創膏の貼られた素足を投げ出しながらグラウンドで暴れ回る男達の姿を……

雲川「――そう言うお前だって上条と付き合ってるじゃないか」

麦野「私の男の趣味が悪いってなら、それはあんたもでしょ?」

578 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:54:40.59 ID:3jQjnT6AO
〜17〜

浜面「だ、代打!そこの銀髪シスター!」

禁書目録「えー!?私ベースボールなんてした事ないんだよ!」

削板「む、入門者か。よし、ゆっくりソフト投げでやろう!野球は素晴らしいスポーツなんだぜ!!」

上条「ちょっと待て!インデックス、俺がついててやる!!」

横須賀「(しめしめ、向こうはもう五人退場、没収試合確定だ)」

良く飛ぶ金属バット片手にグラウンドに出るインデックス、心配になったのかボックスへ共に入る上条。
したたかに十露盤を弾く横須賀に、必死に逃げ回る浜面。もはや試合もへったくれもない泥仕合の最中に

上条「いいかインデックス、バットはこう短く持ってだな……」

雲川「――気づいてたのか?私が昔、上条に惹かれていた事を」

禁書目録「う、うん(と、とうまの手が私の手にギュッて!)」

麦野「去年当麻の家で食事会したでしょ?青頭と第三位とあんたも一緒に雪崩れ込んで来て。その時から」

削板「よーし投げるぞ。浜面!お前もこの娘の根性見習え!!」

雲川「去年の10月2日だけど」

浜面「じゃあ俺達の時もせめて普通に投げてくれよ!ギャグ補正ついてなきゃ死ぬレベルだぞあれは!!」

麦野「よく日付まで覚えてるわね。伊達に“天才”だなんて呼ばれてないってか」

削板「甘ったれてんじゃねえ浜面!男の戦に手心を加えるほど俺の燃え上がる根性は腐っていねえぞ!!」

雲川「自分が失恋した日ぐらい忘れたいもんだけど。まあ天才ゆえの苦悩だけど」

郭「半蔵様、半蔵様」

麦野「………………」

服部「俺、飛べんじゃん!」

雲川「だからわかる。お前は皆の輪や話にこそ加わってはいたが、私個人に話を振ったり目を合わせた事は確か一度もなかったはずだけど?」

横須賀「違うところ飛んでるぞこいつ。目覚ませ色んな意味で」

麦野「――バレてたか」

本当にゆっくり下手投げでボールを放る削板、上条と二人羽織りでバットを振るも空振るインデックス。
少女が一人マウンドに入った事により、先程までの処刑ムードはなりをひそめ和やかな雰囲気となって。

雲川「私は意地が悪い。お前は性格が悪い。人が悪い者同士だけど?」

麦野「だからすぐにわかったわあんたの目を見て。当麻を見つめてる時の私もきっとこうなんだろうって」

女二人の静かな感想戦が蝉時雨に溶けて行く――

579 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:56:49.74 ID:3jQjnT6AO
〜18〜

麦野「……ナンバーセブンはどうなの?」

雲川「別にどうもこうもないけど。ただの同僚ってだけだけど」

麦野「どうだか。なら何であの時と同じ目の端であいつを追ってるのかにゃーん?」

雲川「っ」

麦野「(おいおい、こんなマジ顔赤くしてる女側にいるのに全然気づかねえとか鈍感過ぎるだろ第七位)」

救えねえ、と雲川を指してなのか削板を指してなのか麦野は先程とはまた違った意味合いで呆れ返った。
どんな豪速球も打ち漏らさない代わりにストレートしか打てないバッターの事を香車と呼ぶらしいが――
削板はまさに香車だ。投げても打っても走っても誰にも止められない代わりに真っ直ぐにしか進めない。
故にひねくれ者の雲川が手を変え品を変え様々な変化球や緩急をつけた采配を下しても空振りに終わる。

雲川「……お前は」

麦野「?」

雲川「お前は上条に一体どうやって自分の思いを伝えたんだ?」

麦野「――殺し合いだよ」

雲川「………………」

麦野「あんたみたいに無血開城なんて出来やしなかった。私はあんたよりもずっと不器用だったよ」

対照的に麦野は豪速球も変化球も投げられなかった。デッドボールと乱闘を繰り返す事しか出来なかった。
上条との出会いすら殺し殺されから始まり、結ばれた時さえ一生消えない傷とそれに値する血を流させた。

麦野「御坂みたいに可愛い女の子にも、あんたみたいに普通の女の子にも私はなれなかったよ。だから」

雲川「――まずは当たって砕けろって言いたいのか?」

麦野「割れた破片を両手が血だらけになってでも拾い集めるな男でしょ。器だけは馬鹿デカいからね」

雲川「――そうだったな――」カランッ

麦野「え゛」

そこで雲川はベンチに放り出されたままになっていた金属バットを拾って立ち上がりグラウンドへ向かう。
それに思わず麦野の顔が引きつる。確かに背中を押したつもりではあったが、まさか雲川の立つ場所が――

雲川「当たって砕けろ当たって砕けろ当たって砕けろ当たって砕けろ当たって砕けろ当たって砕けろ私!」

麦野「ちょっと待て!テメエが今なに考えてるかわかるぞ!?そんな夢みたいなオチ待ってるはずが――」

雲川「人の夢を馬鹿にするなーっ!!」

転がり落ちる坂道などと、如何な麦野にもわからなかったのである――

580 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:57:36.46 ID:3jQjnT6AO
〜19〜

雲川「削板ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

全員「「「「「!!?」」」」」

横須賀「え」

インデックスが三回目でようやく当てたボテボテのゴロがたまたまイレギュラーバウンドし一塁を踏んだ所で……
グラウンド全体にサイレンのように響き渡る名乗りを上げ、武将のようにバットを担いだ雲川が姿を表したのだ。
ちなみに現在九回表二死、二塁(上条)一塁(インデックス)という非常に大事な局面である事を付け加えよう。

削板「何だ雲川?まだ約束の九回表は終わってねえぞ」

雲川「……私と勝負してもらいたいけど」

禁書目録「えっ!?」

麦野「あちゃー……」

横須賀「お、おい待てよ!こっちは飲み代賭けてんだから――」

雲川「賭けろ削板!私がお前の球を打てたら……わ、わ、私と」

浜面「ま、まさか!?」

削板「???」

雲川「わ、わた、と……付き合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

麦野「ガキ(処女)が!緊張に耐えられなくなってやぶれかぶれの特攻かよ!?」

上条「」

バットの先端を突きつけてのホームラン予告のオマケ付きで雲川はついに言い切った。正しく背水の陣だ。
当初はさしものの削板もポカーンと呆気に取られはしたが、凍りつくマウンドとは対照的にその双眸は――

削板「いいぜ……(どんな場所でも)付き合ってやる。お前にこうまで言わせたんだ。女に恥をかかせるほど俺は根性無しじゃねえ!」

雲川「こ、この場面で男に二言は許されないけど!?」

削板「俺はそんな半端な根性でお前と(勝負に)付き合うつもりねえ!俺はいつだって真剣(勝負)だ!」

雲川「そ、削板!!」

削板「来い!お前の熱い思い(根性)、真っ正面から受け止めてやる!!」

紛れもない炎が宿っており、感極まった雲川はそれを削板の情熱だと勘違いしたままバットを構え――

雲川「削板ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

削板「雲川ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

麦野「(前言撤回。こいつら二人とも違った意味で馬鹿だわ)」

すれ違い(バット)と勘違い(ボール)が交差する時――



カキーン!



服部「そ、空に駒場が見え(ry」

浜面「逝くな半蔵ぉぉぉぉぉ!」



――物語(ラブコメ)は始まらない――
581 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 22:59:34.06 ID:3jQjnT6AO
〜20〜

禁書目録「何だか壮絶だったんだよ」

麦野「最後はあの根性馬鹿がホームランに化けたわね」

上条「(ジェットエンジンみたいなスイングだった)」

茜空に揺蕩う雲の峰も眩しい夕刻、グラウンドを後にして第十五学区に戻った三人は食品街に来ていた。
カートを押しながらインデックスが想起するは先程までの草野球試合。雲川は確かに勝利したのだが――

削板『約束通りどこへでも付き合ってやる!虫取りでも川遊びでも市民プールでも俺は一向に構わんッッ』

雲川『』ブチッ

試合に勝って女としての一世一代の勝負を反故にされたに等しい雲川はそこでキレた。
その後全盛期の清○か最盛期の星○が如く跳び蹴りを食らわせた後はもう止まらない。
試合は横須賀の目論見通り没収試合もとい乱闘試合となり、マウンドは汗ではなく血に染まって幕を閉じた。
最終的に削板は雲川によるフルスイング尻バットを浴び、場外ホームランを受けて夏空の彼方に飛ばされた。

禁書目録「しずりしずり!私あそこにある綿菓子作りやってみたいんだよ!良い?」

麦野「一通り回り終わってから。あっ、そうだ当麻。ボディーソープ買いに上のフロア上がるからカゴ見てて」

上条「そういえば昼間にも言ってたな。ついでに上条さんのワックスもお願いしたいんだけど良いでせうか?」

麦野「うん。確かウェーボの緑だっけ?」

上条「ああ。インデックス、また後でな」

禁書目録「綿菓子の約束忘れちゃダメなんだよ!また後でね!」

が、修羅場鉄火場に慣れっこなインデックスは削板と雲川の恋愛(いろけ)より綿菓子(くいけ)である。
一方、麦野はボディーソープ(ハウスオブローゼ)を買いにインデックスと上のフロアに上がって行った。
上条は上条で買い足すべき日用品や今夜の献立に沿った食材をカートに投げ込みつつふと思い返していた。

上条「(そう言えば沈利と付き合ったり、インデックスと暮らし始めるまではずっとこうやって一人で買い物してたんだよな。当たり前の話だけど)」

学園都市に住む学生ならば誰しも一人暮らしないし相部屋がほとんどである。
上条もかつてはカップラーメンや冷凍食品、ちょっと奮発して弁当であった。

上条「そうそう、こんな風に半額弁当を」

そこで上条はつい懐かしくなり、弁当コーナーにカートを向けてしまった。



それが悲劇の幕開けであった――



582 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:00:00.35 ID:3jQjnT6AO
〜21〜

上条「確かこんな風に、安くなってる弁当ないかって探して……」

足を踏み入れた先には何人かの客がひしめき合い、値下げシールが貼られるのを待っていた。
その中にあって店員と思しき男性がその中の一つ、黒毛和牛カルビ弁当に半額シールを貼る。
上条は懐かしむように『その店員が立ち去る前に』弁当を手に取りしげしげと見やっていた。


バタン


天国の扉が閉ざされ、地獄の門が開いた。

――――――“10”――――――

上条「(何だこのカウントダウン!?)」

茶髪の女「この意地汚い“豚”め!!!」

上条「!?」

その直後、上条の脇腹にパイルバンカーでも打ち込まれたような衝撃が襲い掛かった。ガゼルパンチだ。

――――――“9”――――――

上条「ごっ、があああああぁぁぁぁぁ!?」

顎髭の男「“犬”にもなれねえ“豚”が」

――――――“8”――――――

手放した半額弁当と共に宙を舞う中上条は確かに聞いた。
自分を『豚』と蔑む『狼』達が上げた唸り声と号砲を――

――――――“7”――――――

坊主の男「領域(ここ)の掟(ルール)ってやつを教えてやる」

――――――“6”――――――

上条「ちょ、俺が何したって(ry」

重力に従い落下する上条に背を向けた坊主頭の男が何やら構えを取り息吹を放ち、その背筋を叩きつける。
同時に後ろ肘まで合わせて繰り出されたそれを上条は知っている。カンフー映画に出て来る『鉄山靠』だ。

――――――“5”――――――

茶髪の女「渡すか!」

顎髭の男「寄越せ!」

坊主の男「譲らん!」

――――――“4”――――――

ノーバウンドで吹き飛ばされる中、上条は確かに見た。

――――――“3”――――――

モブ1「タァァァァァク!!!」

モブ2「“大猪”が来たぞー!」

――――――“2”――――――

それは両手押しのカートで半額弁当に群がる狼達をボロ雑巾のように蹴散らして行く

――――――“1”――――――

おばさん「おおおおおぉぉぉぉぉー!!」

轟ッッ!と自分を跳ね飛ばし轢き殺す肝っ玉母さんの鬼の形相を。

――――――“0”――――――

上条「不幸だあああああぁぁぁぁぁ!!」

狼達の狩り場に、素人はくれぐれも足を踏み入れてはならないのである。

583 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:02:11.33 ID:3jQjnT6AO
〜22〜

禁書目録「このぬいぐるみ、音楽に合わせて踊るんだよ!」

麦野「そうね。つか何でもありだなヴィレッジバンガード」

一方、上条が半額弁当を巡る戦いに巻き込まれている中麦野はインデックスとヴィレッジバンガードにいた。
自分のボディーソープと上条のワックスを買った後食品街に戻ろうとした所、インデックスが見つけたのだ。
スピーカーに連動してヘッドバンキングするウサビッチのぬいぐるみや、その他可愛らしい小物類も含めて。

禁書目録「ここ面白いね!可愛いカップもたくさん置いてるかも。ほらショボーンってしてるんだよ!」

麦野「あんたの趣味がよくわからないわ」

禁書目録「ちっちゃいのが可愛いんだよ。ん?これ前に見たアニメの曲に似てるかも。でも何か違うかも」

麦野「world's end girlfriendのカバーよ。“君をのせて”だね」

禁書目録「買うの?」

麦野「欲しいの?」

禁書目録「うーん今はいいかも。私それより綿菓子食べたい!」

麦野「そう。じゃあ降りようか」

禁書目録「うん!」

冷やかすだけ冷やかしてインデックスは麦野と手を繋いでエスカレーターを共に下り、食品街を目指す。
去年の今頃はインデックスを引き取る引き取らないで上条と麦野は激しく喧嘩している真っ最中だった。
その果てに半ば喧嘩別れのようになった時、三沢塾におけるアウレオルス=イザードと上条は相対し――

禁書目録「ねえねえ、ところで今夜の晩ご飯ってなあに?」

麦野「カレーとサラダにするつもりよ。夏野菜の季節だし」

禁書目録「beef or chicken?」

麦野「シーフードよ。つうかそんな時だけ発音綺麗だねあんた」

結果として上条は麦野の預かり知らぬ場所で死にかけ、それは麦野の中で大きなトラウマとなった。
その事がインデックスとぶつかり、歩み寄るきっかけともなったのだがそれはまた別の話である。と

上条「よ、よお二人共……」

禁書目録「とうま!?」

麦野「……何があったのよ?男前上げて」

上条「うっかり狼の狩り場に入っちまったみたいだ……」

麦野・禁書目録「???」

そこで地下食品街から上がって来た上条と下ろうとした麦野らが鉢合わせた時……
上条の顔は試合を終えた四回戦ボクサーのように腫れ上がっており、その手には――

禁書目録「あ、綿菓子!」



――綿菓子と、二つほど守り通した戦利品を引っさげて――
584 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:02:41.71 ID:3jQjnT6AO
〜23〜

麦野「後は煮込むだけね」

禁書目録「味見なら任せるんだよ?」

麦野「間に合ってるわよ。さて、後はサラダ作んないと……」

夏の遅い日暮れも過ぎた夕食時、麦野は後は煮込むばかりとなった寸胴鍋の蓋を閉じて次なる作業に移る。
その傍らではインデックスが取り終わったエビの背腸を生ゴミのバケツにドサドサと捨ててゴミ袋を縛る。
上条はその光景を腫れた顔にマキロンを塗りながら涙を滲ませた眼差しで見つめていた。そこには――……

禁書目録「うん。でもカレーなのにジャガイモもニンジンも仲間外れにしちゃって良かったの?」

麦野「シーフードカレーだと合わないの。むしろ本シメジとかエリンギみたいなキノコが良いわ」

上条「(丸くなったな沈利……いやこれ言うと舐めてんのかって怒られるから言わねえけどさ)」

殻付きアサリと殻無しカキとエビを煮込み、キノコ類がふんだんに入れたシーフードカレー。
オリーブオイル・ホワイトビネガー・レモン・粒入りマスタードでドレッシングを作る麦野。
その傍らでおっかなびっくりとした手付きでスモークサーモンをスライスするインデックス。

麦野「次はオクラ。小さいから慎重にね」

禁書目録「う、うん……」

麦野「こんな感じでやってごらん」

スモークサーモンを切り終えると、茹で上がったコーンとオクラを湯切りしてインデックスに渡す。
それを押さえながら半分の一口大になるよう、包丁を握るインデックスの背後から手を重ねる麦野。

禁書目録「こうかな??」

麦野「いいよ。それ終わったらタマネギとパプリカだにゃーん」

禁書目録「えー!?あれ目が痛くなるからヤだ!しずり代わって!」

麦野「ダメー。夏の紫タマネギはあまり痛くないからやってごらん」

一緒に包丁を動かし、同じキッチンに並び立つ女二人を前に男子厨房に入らず状態の上条とスフィンクス。

上条「……する事ねえなあスフィンクス」

スフィンクス「(おい、俺のメシは?)」

上条「ま、たまには男同士仲良くしようぜスフィンクス!!」

スフィンクス「(いいからメシくれ!)」

麦野「おーい」

そんな手持ち無沙汰な男達がカーペットでゴロゴロ転がるのを麦野はパンパンと手を叩いて呼び止める。

麦野「ヒマしてんなら風呂掃除でもして来たら?」

上条「へーい」

この家ではメスライオンの方が強いのである。

585 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:05:00.52 ID:3jQjnT6AO
〜24〜

上条「美味えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!」

禁書目録「スッゴく美味しいんだよ!!」

麦野「(確かに自分で作ってて美味いわ。運動後だから??)」

上条「本当に美味いぜ。やっぱり夏はカレーに限りますな!!」

そしてシーフードカレーとスモークサーモンの夏野菜サラダを前にがっつくは上条とインデックス。
午後から水泳や野球などで身体を動かしたせいか、まさに空腹は最高の調味料(スパイス)である。
特に上条は美味い美味いとインデックス以上の勢いで食べ、麦野は僅かばかり口元を緩めて笑んだ。

麦野「そりゃ結構。スフィンクス、サーモン食べる?」

スフィンクス「(お、機嫌良いな姐さん)みゃー!!」

上条「いくらでも入りそうだ。多分明日まで残んねえ」

麦野「シーフードは日持ちしないから早めに食べちゃって。って言っても……」

禁書目録「おかわり!」

麦野「(こいつらが残す訳ないわよね)」

その一言やリアクションをどこかで嬉しく感じている自分を麦野は確かに感じ取っていた。
何食っても美味いしか言わない安上がりな貧乏舌め、と表面的には悪態をついたとしても。

麦野「(ダイエットは明日から、ダイエットは明日から……そうよ、私はまだ本気を出してない!!)」

上条「サラダも美味いなあ。昼間言ってたオクラも入ってるし」

禁書目録「このタマネギ私が切ったんだよ!ねえエラい?私ってエラい?」

上条「エラいぞインデックス!そうそう、そんなお前に良いニュースがあるぞ」

禁書目録「うん?」

上条「――なんとスイカが手に入った!」

禁書目録「スイカ!?」

上条「あと売れ残った花火がワゴンセールにあったから合わせて買ったんだ。食い終わったら下でやろう」

麦野「(……って思った矢先にこれかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!)」

切った張ったの生き馬の目を抜く暗部(やみ)の世界より帰還を果たした後、こうして麦野は順調に……

麦野「(……今日も食ってばっかりだったにゃーん)」

ゆっくりと、緩やか和やかに穏やかに染まって行くのである。
陽に当たった子供用プールのような生温い水(にちじょう)に

麦野「(まともな生活に戻った方がダメ人間になるってどうなのよ……)」

――凍てついた氷が、溶けない雪が、常温に蕩けて行く感覚――
586 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:05:28.00 ID:3jQjnT6AO
〜25〜

上条「まずはこのデッカいヤツから……それ行くぞー!!!」

禁書目録「高い高い!お花の形してるんだよ!!」

麦野「(子供が二人いる……)」

夕食後、油蝉のロックフェスティバルから鈴虫のオーケストラへと移り変わったPM20時過ぎ。
三人はセーフハウスの下にある公園へと花火セットとスイカを持ち出し、花火遊びに興じていた。
今も5、6メートルは打ち上がって夜空へと花開く銀色の星花火を――
麦野はスイカをしゃくしゃくと頬張りながら描かれた華紋を見送って。

麦野「へえ?二色花火なんてのもあるんだ。ほら見てみなよ」

上条「ば、馬鹿こっち向けんな!」

禁書目録「た、種飲み込んじゃった……お腹からスイカが生えて来たら困るかも!」

スフィンクス「(生えて来ねーよ!!)」

インデックスがベンチからスイカの種を飛ばそうとして誤って飲み込み、スフィンクスもご相伴に預かる。
砂場では先端から爆竹のように金色の火花を散らしつつ中ほどから緑色の火花が追い掛ける二色花火を――
ほれほれと逃げ惑う上条に向けてからかう麦野と、暗くて見辛い砂場に足を取られて派手に転ぶ上条の姿。

禁書目録「わっ、わっ、私にばっかり来ないで欲しいんだよ!」

麦野「熱っ、熱っ!」

上条「それ行けスフィンクス!」

スフィンクス「(そのネズミは捕れねえよ!殺す気か!!?)」

花火の燃えカスを突っ込んだバケツ、皮だけになったスイカの皿、しまい忘れた風鈴が夜風に響く音。
ネズミ花火が撒き散らす赫亦が麦野とインデックスへと襲い掛かり、スフィンクスをけしかける上条。

上条「〆はやっぱり線香花火だよなあ……なんかシミジミする」

禁書目録「こうして見ると線香花火ってホタルみたいかも。本物は見た事ないけど」

麦野「この学園都市(まち)じゃ本物のホタルは見れないよ。水も空気も汚いから」

禁書目録「しずりは見た事あるのかな?」

麦野「――私の実家で見たかしらね……」

〆の線香花火に火を灯し、月光の木漏れ日を受けながら感慨に耽る上条と感傷に耽る麦野の間に挟まれるインデックス。

麦野「そう言えばホタルの発光体が猛毒って知ってた?」

上条「マジか。あんな綺麗なのに」

禁書目録「じゃあ食べられないね……」

上条「食うつもりだったのかよ!!?」

そしてポトリと火種が落ち――

587 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:07:58.92 ID:3jQjnT6AO
〜26〜

禁書目録「(ちょ、ちょっと眠いかも)」

麦野「(うつらうつらして来てるわね)あんたそろそろ寝たら?もう目蓋がショボショボしてんじゃん」

禁書目録「ま、まだ起きてるんだよ……始まってまだ30分しか経ってないかも!」

上条「これ録画してるから別に明日でも見れるんだぞ?無理すんなって」

禁書目録「うう〜……まだ眠くないかも」

花火を終え、21時からの夏のジブリ特集に何とか間に合うもインデックスは既に目をこすっていた。
プール、草野球、花火と一日中遊んだツケが回って来たのかあまりテレビに集中出来ていないようで。

禁書目録「……お、お風呂入って目を覚まして来るんだよ」

麦野「溺れんじゃないわよ。当麻カルピス作ってカルピス」

もそもそとソファーから身体を起こしてインデックスがバスルームへ向かい、上条がキッチンに立つ。
椅子に腰掛けた麦野はジブリに興味がないのか、頬杖を突いて適当にチャンネルを回して行く中で――

「それでね、“ゆきちゃん……”“ゆきちゃん……”って呼び掛けて来るんですよ」

麦野「あ、そうだ思い出した」

上条「どうしたー?」

麦野「前話してた軍艦島、あれっていつにすんの?」

上条「ああ肝試しな。明日なんかは……」

麦野「明日は無理。学生自治会に顔出さなきゃいけないから」

上条「それじゃ明後日10日の夜からなんてどうでせうか?」

麦野「別に良いわよ。あ……胸が楽ちん」

さる高名な怪談話の語り手が出ている特番にチャンネルが合った時麦野も数日前の出来事を思い出したのである。
心霊スポット及び廃墟探索などと言うこの科学万能の街にあって都市伝説化しつつある『軍艦島』を巡る遊興を。

上条「ほいカルピスお待たせ。でも珍しいな」

麦野「ありがとう。珍しいって何がよ?」

上条「晩酌じゃなくてカルピスなんてさ」

麦野「いつもいつも飲んでるみたいに言わないでちょうだい。あんたお酒のカロリーいくつか知ってる?」

テーブルに胸を乗せながら濃いめのカルピスを受け取り麦野が小さくぼやく。
毎晩とまで言わないが、嗜む程度には飲んでいるため説得力はないのだが……

上条「生意気なおっぱいがけしからんおっぱいに育つぐらいには高いかもな〜大きくな〜れ大きくな〜れ」

麦野「――揉むんじゃねえ!殺すぞ!!」

その禁酒の誓いも、よもや数日後に破られる事になるとは麦野自身思っても見なかったのである。
588 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:08:25.69 ID:3jQjnT6AO
〜27〜

禁書目録「んん〜やっぱり眠いかも……」

麦野「あれだけ遊びまわって食い倒せば眠くもなるわよ」

結局お風呂に入ったら余計フニャフニャになっちゃったかも……
クーラーが涼しくて、しずりの身体が温くてますます眠いかも。

禁書目録「でも楽しかったんだよ……」

麦野「そうね。まあ久しぶりにのんびり出来て良かったんじゃない?」

禁書目録「んんんんん〜」

麦野「胸に顔こすりつけんな。マザコンかあんたは」

私にはお父さんお母さんの記憶がないんだよ。どんな生まれでどんな育ちだったかさえ思い出せないの。
でもこうやってしずりにギュッてされながら寝てると、知らないはずの温もりを身体が思い出すのかも。

禁書目録「マザコンじゃないもん……お母さんいないもん」

麦野「………………」

禁書目録「……しずりはお母さんいる?」

麦野「――――“いない”――――」

お父さんお母さんの事をちゃんと覚えてるとうま。忘れよう忘れようとしてるしずり。思い出せない私。
しずり。『今』の私の『前』の私も含めて、私の『何度目かの初恋』を殺した人。とうまの大切な彼女。
家族のいない私の大事な『家族』。怒ると怖いし、喧嘩もするし、でも一緒に力を合わせたりもする人。

麦野「少なくとも、こんな風に手を握りながら抱いて添い寝してくれるような母親なんていなかったよ」

しずりいつか言ってたよね。母性なんて幻想だって。母性は『本能』じゃなくて『才能』なんだって。

禁書目録「……私もお母さんいないけど、こうしてもらえるとやっぱり“幸せ”って感じられるんだよ」

麦野「そりゃどうも」

禁書目録「――しずりもいつか、本当に“お母さん”になる日が来ると思うんだよ」

麦野「………………」

禁書目録「その時は、今私にしてくれてるみたいにしてあげたらきっと赤ちゃんも喜ぶに違いないかも」


私は神様に仕える身だからお母さんにはなれそうにもないけど、とうまとならしずりはきっとなれるかも。

麦野「――おやすみ、インデックス――」

おやすみしずり。今日はいっぱい色んなところ連れて行ってくれてありがとうね。すごく楽しかったかも。

禁書目録「おやすみなさいなんだよ……」

明日もいっぱい遊べたらいいなー……――

589 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:10:59.23 ID:3jQjnT6AO
〜28〜

麦野「ふー……」

上条「ふー……」

上条・麦野「「ん?」」

麦野「ああ、上がったのね」

上条「おお、サッパリした」

インデックスが眠りについた後、リビングに戻った麦野と風呂から上がった上条がばったり鉢合わせた。
麦野はインデックスのすぐ後に入り二番手、最後となった上条が牛乳風呂の後始末をして来たのである。
ちなみにセーフハウスの湯船は麦野の趣味で猫足バスタブのため、掃除は比較的容易だ。何せ去年は――

麦野「風呂掃除忘れてないでしょうね?」

上条「同じ轍は踏まんの事ですよ。あの悲劇は二度とごめんだぜ。インデックスは?」

麦野「遊び疲れで先に寝ちゃったわよ……よっこらしょ」

上条「おお!?」

夏真っ盛りの季節に牛乳風呂の湯を落とし忘れ、上条家の浴室は見るも無残な結果と相成ったのである。
上条がタオルでゴシゴシと頭を拭きながらその時の事を思い出しながらソファーに座った所、麦野が――

麦野「あァ?重いとか言ったら殺すわよ」

上条「い、いや?急に乗っかって来られたんでちょっと驚いた」

麦野「――嘘吐けよ。期待してたクセに」

上条の両膝を跨いで向かい合わせになり、身体を預けるようにくっつけて甘えて来たのである。
首筋に両腕を回し、胸を押し付け、足を絡ませ、身体を擦り付けるようにして、鼻先を埋めて。

麦野「プールの時から舐め回すような目で人の身体見やがって。気づいてないとか思ってたかにゃーん?」

上条「(ば、バレてたのか)」

ニヤニヤと実に腹黒い笑みにつり上げた唇を舌舐めずりしながら、麦野が妖しい上目使いで見上げて来る。

麦野「何かちょっと思い出しちゃった。インデックスが来る前までの事とかさ……」

上条「あー……」

麦野「一週間だか十日間だか……あんたの部屋転がり込んで食うか寝るか犯るかのヘビーローテーション」

上条「今考えれば自堕落ってレベルじゃねえよなあれって……」

麦野「そうだね。今の暮らしも嫌いじゃないけど、あの頃が一番幸せだったかも知れない。今もそう思う」

上条「……まだ魔術サイドがどうこうとかそういう話じゃなかったもんな。すげー平和でのん気だった」

麦野「――もう、一年になるんだね……」

在りし日の自分達と、もう戻れないあの夏の日を振り返って――

590 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:13:41.02 ID:3jQjnT6AO
〜29〜

麦野「あの頃はね、インデックスを恨みもしたしあんたの右手を呪ったりもしたよ。何であんたは、どうして私は、普通の恋人同士でいられなかったんだろうってさ」

上条「……知ってる。そのせいでお前が思い詰めたり自分を追い込んだりしてたのも、全部わかってる」

麦野「――でもその度にあんたは私の命を助けてくれた、心を救ってくれた。少なくとも今のこういう暮らしと、昔を振り返って笑える程度には強くなれた気がするよ」

擦り寄せるように頬を合わせながら麦野が懐かしむように語る。
一年前の今頃は来年が来るなどと考えるゆとりは全くなかった。
しかし必死に生き抜き、今こうして夏を満喫出来る程度には――
自分達は幸せになれたと互いに笑いあった。長い戦いの果てに。

ギシ……

上条「お、おい」

麦野「言ったでしょ?昔を思い出したって」

上条「……いいのか?」

麦野「――いいよ、今夜はナマでしても」

向かい合わせの形でソファーに身を沈めた上条を麦野が見下ろしながら嗤う。片手を背もたれについて。

麦野「子宮がさ、痛いくらい疼いてんの。あんたが欲しいって」

上条「……実は俺も。土日まで我慢出来そうにもなかったんだ」

麦野「んっ……!」

上条の右手が、ワンピースの上から心臓に一番近い場所を手中に収めて麦野が目を瞑ってそれに耐えた。
布地一枚隔てた場所にある少し固い指先が、伝わり損ねる体温がもどかしくてたまらず掠れた声を殺す。
先端をつままれた訳でもないのに、鷲掴みにされたという事実が精神的な部分で鋭敏な感覚を逆撫でる。

麦野「当、麻ぁっ……」

上条「……仕方ねえな」

ワンピースの裾から這い上る手指が太ももを掠めて腰元に回され、伸ばした舌を唇の外で絡め合って行く。
舌先から舌腹から舌裏へくすぐりたてるようにし、辿り着いた唇を時間をかけて重ね、合わせ、貪り合う。
乳房を下から掬い上げ支え持つようにして揉み転がされながら腰元を撫で回され、食い込む指の形に撓み。

麦野「はあっ、あっ……んっ」

麦野の切れ長の眦が次第に下がって行き、玲瓏たる双眸が潤んで濡れて蕩けて揺れて閉ざされて行く。
繋がりたい、繋がれたい、抉られたい、貫かれたい、壊されたい、犯されたい、汚されたい、愛されたいと

麦野「――私は、あんたの所有物(モノ)だよ――」

――麦野が、上条に向かって両腕を広げて――

591 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:14:10.34 ID:3jQjnT6AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
スフィンクス「みゃー(トイレ!トイレに間に合わない!!)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
592 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:16:31.19 ID:3jQjnT6AO
〜30〜

上条「」

麦野「」

スフィンクス「にゃー(ふー、なんとか間に合ったぜ……)」

麦野「」

上条「」

スフィンクス「みゃー(すっきりしたら腹が減って来た。おい冷蔵庫にあるおつまみの鮭とばくれよ!)」

と、二人がにゃんにゃんしようとしたまさにその時、リビングに別のニャンニャンが飛び込んで来たのだ。
部屋の隅に置かれた猫用トイレに跨り、ゴトンゴトンと砂場にかりんとうを埋める作業に勤しみながらだ。
ポカンとする上条とプルプルする麦野の空気など読まず、寧ろ空気清浄機が作動する中、件の三毛猫は――

麦野「ブ・チ・コ・ワ・シ・か・く・て・い・ね」

スフィンクス「!?」

麦野「……明日のメニューは猫の唐揚げね?」

上条「逃げろスフィンクス!カラッと揚げられちまうぞ!!」

本気で唐揚げにすべくレシピを組み立てる麦野をなんとか押さえつけながら上条が必死になって叫んだ。
麦野のシャケ弁の切り身を横取りして以来の怒髪天にさしもののスフィンクスも猫用ドアから逃げ出す。
同じネコ科ではあるがスフィンクスは三毛猫で麦野はメスライオンだ。やると言ったら本当にやるのだ。

上条「ははは……」

麦野「……萎えた」

上条「(だよな)」

麦野「覚えてなさいドラ猫。しばらく家に入れてやらないわ」

一方、ジャンプ台の滑走路並みに機嫌を斜めにした麦野が上条の膝から降りてソファーで不貞寝する。
こんなウンコ臭い中でヤレるかとブツブツ恨み言を発するのが後始末する上条の背中にも届くほどに。

上条「ま、まあ一緒に暮らしてればこんな事もたまにはあるってあるだろありますよ三段活用!」

麦野「しょっちゅうあってたまるかクソッタレ。ああそう言えばウンコしやがったねあのドラ猫」

上条「……機嫌直せって。可愛かったぞ」

麦野「五月蝿い……あとなんかごめんね」

上条「(スフィンクスェ……)」

麦野「――その代わり、さ」

上条「!?」

翌朝、コンクリートジャングルの厳しさを改めて思い知らされ舞い戻って来たスフィンクスはというと。

スフィンクス『(あれは本気の目だった。あんかけの作り方まで考えてる顔だった。やっぱりメス怖い)』

とか何とか思ったとか思わなかったとか

593 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:17:28.02 ID:3jQjnT6AO
〜31〜

麦野「で、結局こうなる訳か。それにしてもよく寝てるね……」

上条「食べる寝る遊ぶ……子供ってどこでもそんな感じだよな」

禁書目録「すー……すー……」

それから数十分後、二人はインデックスを真ん中に挟んで川の字で床についていた。
窓の外には満天の星空と夏の大三角形が煌々と輝き、月灯りが三人を照らし出して。

麦野「子供ね……あんたさ、子供欲しいって思った事とかってある?例えばの話で」

上条「何でせうか唐突に……まあ嫌いじゃないけどまだそこまで考えた事ねえなー」

インデックスを起こさぬような囁き声で会話しつつ、上条はポリポリと頬をかいて改めて思案した。
麦野はかつて上条に語った事がある。人殺しの自分に子供を産む資格などありはしないと。ちょうど

上条「……でも」

麦野「?」

上条「インデックス見てたら、すげー手間かかりそうだし面倒臭い事もあるかもって思う事あるけれど」

麦野「………………」

上条「――母親になったお前ってのも、俺は見てみたいかな」

今頃の季節、昨年の八月、二人は通り過ぎて行くベビーカーを見送りながらそんな事を話していたのを上条は『覚えて』いる。

麦野「想像もつかないわね。あんたがお父さんになったところは浮かぶんだけどさ」

上条「何ででせうか」

麦野「刀夜さん。あんたのお父さん見て」

麦野も想起していた。上条の数十年後を想像させる父刀夜と自分に似ていると言われた母詩菜の二人を。

麦野「ねえ、当麻」

上条「どうした?」

麦野「私、自分の実家に帰る気なんてさらさらないんだけど」

上条「………………」

麦野「……あんたの家、一回行ってみたい。夏休みの間にさ」

上条「――来いよ。つうか来てくれると俺としても嬉しいし」

麦野「本当に……?」

上条「本当ですとも」

手を組んで眠るインデックスの寝姿の上へ上条が手を伸ばし、麦野が手を重ねる。ゆっくりと静かに――

上条「――俺の自慢の彼女だって、改めてお前の事を見てもらいたいんだ。インデックスの事も一緒にさ」

麦野「……馬鹿」

月灯りの下指先が連なり、星明かりの下十指が絡まり合う。
夜より長く、黒より深い、闇の深奥を生きて来たその手を。

麦野「―――――ありがとう……………」

やがて歩むであろう、ウェディングアイルの予行のように――

594 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:21:41.26 ID:3jQjnT6AO
〜32〜

ラジオタイソウダイイチー

麦野「う……」

イチ・ニ・サン・シ!

麦野「うう……」

ゴー・ロク・シチ・ハチ!!

麦野「ううう……」

オオキクウデヲヒライテゲンキヨクー!!!

麦野「五月蝿えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

禁書目録「あ、起きたんだよ。おはよー」

上条「おお今日も早い方だな。おはよう」

昨日はセミで今日はラジオ体操か。でも本当に寝起き悪いな沈利。そんな怒り方してたらいつか低血圧だってのに血管切れちまうぞ?

麦野「おはよう……今何時?」

上条「えーっと」

「8月9日、本日の天気予報をお伝えします」

禁書目録「七時半なんだよ!」

「……以上、午後より天気が崩れ、所によっては夕立が……」

麦野「……起こしてちょうだい……」

上条「へいへい」

前に巫山戯てキスして起こそうとしたらビンタ食らったから慎重に。おいお前寝ぐせヒドいぞ。シャワー行けよその間メシ作っとくから。

麦野「……眠い」

上条「寝んなよ?今日集まりあるんだろ」

麦野「サボろうかしら……」

とりあえずバスルームまで連れて行こう。てかこんな晴れた爽やかな朝だってのに夕方雨降るのか……

上条「夕方から降るらしいからちゃんと傘持って出ろよー」

麦野「車で行くかにゃーん……」

ってこらこら座り込むんじゃありません。しがみつくんじゃありません。インデックスが見てるっての。

禁書目録「ねえとうま、あとしずりー」

上条「何だインデックス?フレンチトーストなら今作って……」

禁書目録「……どうしてこんなところに“ぶらじゃー”が脱ぎっぱなしなのかな?」

上条「ぶっ!?」

や、やべえ忘れてた!インデックスがすげーおっかねえ目でこっち見てやがる!落ち着け俺!落ち着くんだインデックス!それには水溜まりより浅い理由が……

禁書目録「……私が寝てる間に何してたのかな?」

上条「ちょ、ちょっと待っ」

禁書目録「とうまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

しまった泥沼だ痛い痛い!頭かじるな!!久しぶりだなこの噛み付き攻撃!!!

麦野「くかー……」

禁書目録「とうまのスケベ!エッチ!変態!不潔なんだよ!!」

ちくしょう誰か助けてくれ!スフィンクス!!……ていねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

上条「不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
595 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:22:10.16 ID:3jQjnT6AO
〜33〜

スフィンクス「にゃー(またやってやがるぜあいつら。どれどれ、今の内に何気ない顔で潜り込んで)」

夏の陽光を受けて木洩れ日を生み出す木々の枝葉を揺らめかせる涼風が吹き抜け、プロペラを回して行く。
ほとぼりが冷めた事を猫用ドアから伺い、こそこそ舞い戻って来たスフィンクスは呆れたように見つめる。

上条「えっ、これから補習でせうか!?」

月詠『学校がなくなってしまっても青空教室はあるのですよー』

禁書目録「しずりなんだか昨日よりもお肌ツヤツヤしてない?」

麦野「プールで泳いだからじゃないかしら」

携帯電話片手にフライパンを振る上条と、フレンチトーストを頬張りながら怒るインデックス。
そして寝ぼけ眼でメトロミントを飲みながら新聞のテレビ欄だけを斜め読みして受け流す麦野。

スフィンクス「にゃー(おいミルクくれミルク。一晩中出歩いてたら喉が乾いて仕方無えんだ)」

禁書目録「あ、すふぃんくす!お前もどこ行ってたの?夜遊びしちゃダメだって前言ったかも!」

スフィンクス「しゃー!(そこのメスライオンに家追い出されたんだよ!俺は悪くない!!!)」

上条「うおっ、バター焦げちまった!?」

月詠『上条ちゃんと土御門ちゃんと青髪ちゃんの成績は最早焦げ付きどころの話ではないのですよー!』

ドタバタと騒がしい日常、慌ただしい朝。三人と一匹の住まうセーフハウスは毎日が魔女の大釜である。
喧しく日々は過ぎ行き、囂しく時は流れ行き、いずこより白い鳩達が夏空へと羽撃き飛び立って行く――

上条「わかったわかりましたわかりやした三段活用!二人共後片付け頼んだぞ!!行ってきまーす!!!」

禁書目録「あっ、とうま!……いってらっしゃいなんだよ!!」

麦野「……あいつ、あんな調子で帰省する日程取れんのかしら」

禁書目録「え、帰省って?」

麦野「当麻ん家。あんたも来るでしょ?」

禁書目録「行く行く!私も行きたい!!」

スフィンクス「にゃー(仕方無えフレンチトーストで我慢するか……サーモンサンド食いてえな……)」

かくして上条家は今日も平常運転である。補習に追われ、家事に追われ、日々に追われど終わりはない。

麦野「さてと……今日も一日頑張るかにゃーん?」

これは彼等の、ほんのささやかな日常の1ページなのだから――

596 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:22:37.13 ID:3jQjnT6AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある白虹の空間座標(モノクローム):第零話「Sunnyday Sunday」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
597 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/04(日) 23:23:03.04 ID:3jQjnT6AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――かくして主役は、麦野沈利(メルトダウナー)から御坂美琴(レールガン)へと引き継がれる――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
598 :投下終了です! [saga]:2012/03/04(日) 23:24:33.26 ID:3jQjnT6AO
たくさんのレスありがとうございます!次は誰書こう……では失礼いたします!
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/03/04(日) 23:25:38.71 ID:5bnKtIlAO


でも初期ほどのパワーはないなー

次に期待
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/04(日) 23:48:06.77 ID:793X6Jbdo


決勝戦でも地元でもない高校野球を律気に毎試合放送してるのって、関西だけでなかったっけ?

削板雲川が見られたので満足です
601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/03/05(月) 01:11:10.10 ID:go134qDAO
いい加減蛇足すぎて秋田
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/05(月) 01:54:35.59 ID:LUSxeIFAO
言ってやるな
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/03/05(月) 08:39:59.19 ID:eZFzbsnT0
見ないという選択もあるのよ?
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/05(月) 12:54:46.26 ID:b7+/7ew0o
まあ、完結乙
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/05(月) 21:07:30.76 ID:R378PDoJo
乙ー

これで完結…だよね?
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/03/06(火) 13:56:28.93 ID:txLrokEco
いつも濃いめの文章だからむしろこれくらいあっさりの方が読みやすくてよかったけどな
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/03/07(水) 14:07:30.77 ID:G/5ixhI8o
完結乙
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/07(水) 21:59:47.74 ID:nh3wssiOo
続編はよ
609 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/07(水) 22:44:28.68 ID:o439yM6AO
>>1です。恐らく次回投下させていただくお話で百合SS三部作完結になります。

タイトルは「my gradation」です。

時間をかけて書きたいので投下はいつ頃になるかわかりませんが、これが本当の意味で最後のSSになると思います。

もし力尽きてしまったらその時はHTML化します。では失礼いたします。
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/08(木) 00:12:07.94 ID:73BSrLLWo
わかったよー!
待ってるからねー
611 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/15(木) 00:20:10.23 ID:2znCxC0AO
最終章、何とか四分の三まで書きためられました。今週土日に投下出来たらいいなと思います。以上生存報告です
612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) [sage]:2012/03/15(木) 06:46:57.57 ID:b2LudwWjo
頑張ー
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/17(土) 15:51:50.33 ID:KtzAyoHJo
まだかな…
614 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 18:28:12.25 ID:O1EOw2qAO
とある星座の偽善使い(一作目)

番外・とある星座の偽善使い(五作目)

とある夏雲の座標殺し(二作目)

とある驟雨の空間座標(三作目)

とある白虹の空間座標(六作目)

新約・とある星座の偽善使い(四作目)

とある蒼穹の学園都市(今夜投下)

最終章となる七作目、卒業式編は今夜投下させていただきます。では失礼いたします
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/17(土) 19:40:44.36 ID:XM42isA6o
キャ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

待ってましたよ!
616 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:29:36.71 ID:O1EOw2qAO
もうこれで終わってもいい










だからありったけを










投下
617 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:30:19.16 ID:O1EOw2qAO
〜0〜

白井『淡希さん……本当によろしいんですの?』

結標『受け取って欲しいのよ。貴女にね』

あれは去る8月10日……わたくし達が向かった終の住処(ぐんかんとう)での出来事でしたの。
彼方に浮かぶ夕月夜が映り込むアンティークショップのウィンドウよりわたくしが見初めたもの。
それはラピスラズリを散りばめられた、ウルトラマリンの漏刻時計(オイルクロック)でしたの。
最先端技術の結晶体である学園都市ではなかなか目にする事のない懐古趣味のそれに心奪われていたところ……
あの方がわたくしにプレゼントして下さいましたの。最初で最後となるデートの贈り物(プレゼント)として。

白井『でも……』

結標『いいのよ』

ですがわたくしは、それを嬉しく思う気持ちと切なく想う気持ちが綯い交ぜとなり入り混じった心待ちでしたの。
これが最後、これが最期と名残を惜しんで後ろ髪引かれるわたくしにとってそれは来るべき別れの時を思わせて。

結標『もし、私の事を――――』

白井『――――――』

半ば強引に握らされ、優しく包み込んで下さったあの方の少し冷たい手指と涼やかな微笑み。
その時あの方の形良い唇から語られた言葉に、わたくしはなんと返して良いかわからずに……
ただただあの方が告げた言の葉の一つ一つを反芻しておりましたの。静寂(しじま)の中で。

結標『――――なら受け取って。黒子』

白井『そんな言い方は……とてもとても……卑怯ですの』

結標『忘れた?私って性格悪いのよ。思い出したかしら』

その言葉にわたくしは涙が零れ落ちそうになりましたの。そんなに寂しい事を仰有らないで下さいと。
例え仮初めの幻想(えいえん)だとしても、わたくしはいっそ時が止まれば良いとさえ思いましたの。
姫神さんも、吹寄さんも、そしてお姉様さえ知らないわたくしとあの方だけが交わした『約束』を……

白井『わたくし怒りましたのよ?これだけでは足りませんの!』

結標『どうしたら許してくれるかしら?黒子(おじょうさま)』

白井『それは―――』

あの方が海に消えて泡となり、再びわたくしの前に姿を現して尚……
わたくしはあの日交わした『約束』を果たす事が出来ずに今もずっと



――――あの方とわたくしを結ぶ、マスターピースをこの手に握り締めたままですの――――



618 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:30:47.45 ID:O1EOw2qAO
〜1〜

白井「はい、右側の垂れ幕はもう気持ち内側寄りでお願いしますの」

泡浮「こうでしょうか?」

白井「よろしいと思われますわ。湾内さん椅子の数は足りまして?」

湾内「大丈夫そうです!」

白井「それは重畳ですの」

右へ左へ慌ただしく駆けて行く在校生らの中にあって、一人の少女が皆の陣頭に立って指揮を取っている。
その少女の名は白井黒子。常盤台中学の二年生にして御坂美琴のルームメイトたる空間移動能力者である。
白井が右へ慌ただしく左へ忙しなく駆けずり回る少女達に采配を振るうは翌日に押し迫った卒業式がため。
常盤台の双璧、御坂美琴と婚后光子ら現三年生を送り出すためである。ガラでもないと内心苦笑しながら。

湾内「でもまさか、また水晶宮(ここ)を訪れる事になるだなんて思っても見ませんでした」

白井「わたくしとしても感慨深いものがありますの。秋頃までここは皆の避難所でしたので」

泡浮「……色々と思い起こされますね。半年前の出来事だったというのに何だか懐かしくて」

左耳のイヤーカフスのチェーンと繋がった逆十字架が、硝子張り建築の天蓋より陽光を浴びて光った。
水晶宮(クリスタルパレス)……先の戦争により、常盤台中学と避難所が焼失した後の仮住まいの地。
大覇星祭後校舎こそ何とか再建され始めたが体育館までは手が回らず、ここにて卒業式が執り行われる事となった。
第七学区にあった学校は何処も似たようなもので、移転や合併なども珍しくなかった。その中にあって自分達は――

白井「その節は皆様に大変ご迷惑をおかけいたしましたの。そしてこの場にいない先輩方にも……」

泡浮「ふふふ、振り返れるほど遠くまで足跡をつけて来られたのですよ、白井さん」

湾内「険しい道のりも半ばですわ。これからも手を携えて行ければ良いですね……」

とりもなおさず、次代を担う常盤台中学の生徒として先達を送り出せるだけ恵まれているのかも知れない。
そこで白井は感慨に耽るように笑みを浮かべ、感傷に浸りそうな思考を頭から追い払って踵を返して行く。

白井「ですの。ではわたくし送辞の原稿を読み返して参りますわ」

泡浮「はい、後は私達だけで大丈夫です。朝からお疲れ様でした」

湾内「今夜から雪が降るそうなので風邪には気をつけて下さいね」

――今までの二年間を共に歩み、これからの一年間を共に過ごす仲間に見送られながら――

619 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:33:00.72 ID:O1EOw2qAO
〜2〜

婚后「嗚呼、おさらばですわ我が愛しき学び舎!ううっ……」

御坂「光子さん……明日の式目真っ赤にして出席するつもり?」

婚后「わ、わたくし婚后光子!断じて泣いてなどおりません!」

一方、再建され始めた常盤台の校舎を振り返りながら復興途中の街並みを行くは婚后と御坂の二人である。
二年時には常盤台の風神・雷神コンビと呼ばれ、三年時にはそれぞれの派閥を率いる双璧と謳われた二人。
彼女達も寮の部屋を引き払い、荷を霧ヶ丘女学院にちょうど送り終わったところである。その二人は今――

御坂「あはは、良いじゃない私達もう“長”じゃないんだし」

婚后「……そうは仰有いましてもまだ日も高く人の目が……」

御坂「いいっていいって。胸貸してあげよっか?結局三年間あんまり成長しなかったけど」

婚后「破廉恥でしてよ!もっと学徒としての品位や“女王”としての威厳を……と、まあ」

御坂が海原光貴からの誘いを振り切ろうとたまたま婚后と出会し一芝居打ったあの遊歩道を共に歩んでいる。
ただあの頃と違うのは、ふりではなく本物の友成り得た事。そしてそれぞれの派閥で長を務めた道程である。

婚后「今日くらい羽を伸ばしても良いでしょう。明日跡を濁さぬためにも」

御坂「光子さんも昔と比べて話せるようになったわね。前はもうちょっと」

婚后「仰有る通り堅物ではありましたが、今は多少の融通が利くようになったと自負しておりますわよ?」

御坂「そんな感じだね。その調子で霧ヶ丘でも仲良くしてね風神(あいぼう)さん。頼りにしてるからさ」

婚后は三年生の春から、御坂は夏休みから『長』となった。
皮肉にも、あれほど忌み嫌っていた食蜂操祈の予言通りに。
御坂を『女王』へと押し上げたきっかけもまた白井だった。

婚后「ふふふ、白井さんの分まで貴女をしっかと見守らなくてはなりませんね。そうそう……」

御坂「?」

婚后「他家のお家事情に差し出口を挟むつもりはありませんが、やはり美琴さんは白井さんを」

御坂「うん」

壊れてしまった白井を守らねばならぬと御坂は『常盤台の女王』となったのだ。
その軛から解き放たれた今となっては、御坂はもはやその冠を担わせる事を――


御坂「――黒子を“常盤台の女王”になんて指名しない。明日の卒業式の後、派閥のみんなに発表するわ」


白井に背負わせる事をよしとはしなかったのだ。それがどれだけの重責たるかを深く知るが故に
620 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:33:26.82 ID:O1EOw2qAO
〜3〜

御坂「光子さんも同じ“長”だったからわかるでしょうけど、この半年間で私のために泣いた子がたくさんいた。私のせいで傷ついた人もいっぱいいた」

婚后「………………」

御坂「今ならわかる。私が毛嫌いしていたあの女の苦労や苦悩や苦渋が痛いくらい」

舗装されたばかりのまだ真新しい匂いがするアスファルトに影を落とし夕陽を見上げる御坂の横顔。
食蜂の敷いた独裁政治や強いた一極支配。あれはあれで必要悪だったのだと理解を示せる程度には。

御坂「誰かが大きな力で小競り合いを止めなきゃ、いつまで経っても争いは終わらない。それを嫌う子も」

婚后「わたくしの派閥の方々も皆そうですわ。多くは争いに疲れ、敗れ、厭う方々ばかりでしたので……」

御坂「私もそうだった。そんな下らない争いや諍いの中に、傷ついた黒子を放り出すなんて出来なかった」

白井に絡んだ夏の事件がなければ、御坂は今もなお高潔な夢想家であり続ける事が出来たかも知れない。
だがそうはならなかった。己の一挙手一投足が彼女達を導く誘導灯にも焼く誘蛾灯にもなると言う現実を

御坂「……自分のエゴで始めて無責任で終わらせるようだけど、私達がして来たような苦労を黒子一人に押し付けられないよ」

御坂は白井の件を通して痛感させられた。卒業後の事まで責任など持てないほど疲れ切ってしまった。
それでも何とか凪のような一時を勝ち得る事が出来た。後は彼女達に託した『宿題』にするつもりだ。

婚后「……常盤台がまた割れますわよ?」

『常盤台の女王』を決めるに当たりその条件は凡そ三つ。
一つは卒業して行く女王から継承者として指名される事。
一つは常盤台の約三分の二以上の人間を派閥に治める事。
一つは現『常盤台の女王』を『女王杯』にて打ち破る事。
これらの内二つまでを満たさねば女王とは認められない。
御坂も食蜂の指名と先代派を吸収して女王となったのだ。

御坂「こんな慣習、私達の代で終わりにしたって構やしないわ」

温室育ちの子女らの花園に似つかわしくない、『女王杯』という限りなく絶無に等しい可能性を除いては。


621 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:35:34.22 ID:O1EOw2qAO
〜4〜

婚后「……まあ、堅苦しい話は抜きにして、早く佐天さん達の元へ参りましょうか」

御坂「そうね……あっ、ごめん光子さん。先に行っててもらっちゃって良いかな?寄りたい所があるのよ」

婚后「はあ、それは構いませんが……わたくしがご一緒では迷惑がかかりますか?」

御坂「ううん、そういう訳じゃないの。ちょっと一人でおセンチなノスタルジーに浸りたくなっちゃって」

卒業後の事まで考え出してはきりがないと互いに話題と思考を気持ちを切り替えたところで婚后は言う。
明日の卒業式を控え、既に退寮した二人は佐天と初春の部屋で一夜を明かそうと誘われていたのである。
だが御坂は二手に別れた道を前に一度立ち止まり、微笑を湛えたまま首を横に振って婚后へ向き直った。
明日という門出の時を過ぎれば御坂達は第七学区を離れる。その前に訪れておきたい場所があるのだと。

御坂「思い出の場所って言うのかな?そういうのが私にもあってね。あの戦争の後にも奇跡的に残ってて」

婚后「………………」

御坂「目に焼き付けておきたいんだ。あの日“あいつ”と見た夕焼けとは色も眺めも違うんだろうけどさ」

婚后「わかりました」

ピシャリと鉄扇を閉じて我が意を得たりと笑みを浮かべる婚后と、少し気恥ずかしそうにはにかむ御坂。
御坂と上条の思い出の場所。それは何度も蹴飛ばしたり電撃を放ったりした、例の自販機がある公園だ。

婚后「では一足お先に。佐天さんや初春さんにはわたくしから伝えておきますわね」

御坂「ありがとう光子さん。代わりになんかみんなにお土産買って帰るからねー!」

そう言って御坂は沈み行く夕陽へ向かい、婚后は陰り行く歩道へそれぞれ背を向けて歩み出して行く。
そこで思う。いつの頃からか互いに名字ではなく下の名前で呼び合えるようまでになった親友の事を。
一月後にも今までと変わらず同じ屋根の下学び、今までと異なる制服に身を包むであろう相棒の事を。

御坂「――今までありがとう。これからもよろしくね光子さん」

後輩(しらい)とも先輩(むぎの)とも違った意味で頼りになる同期(こんごう)と別れて御坂は行く。



花咲かせる事も実を結ぶ事もなかったものの、種を残した恋が始まった場所へと



622 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:36:00.39 ID:O1EOw2qAO
〜5〜

白井「ぐぬぬぬぬぬ」

食蜂「居座って粘るなら追加注文してくれないかしらぁ?お店の回転力悪いしぃ〜」

白井「わ、わかりましたの!ではデボンシアティーをば」

一方、白井は食蜂が看板娘を務めるベーカリー『サントノーレ』にて送辞の原稿と睨めっこしペンを噛んでいた。
その様子をブロンズパロットの制服に身を包み、カウンターから見やるは『先代常盤台の女王』食蜂操祈である。
去る8月20日、生きる屍と化していた白井をその心理掌握(メンタルアウト)で黄泉還らせた立役者でもある。
以来、御坂や白井も食蜂に対して雪解けまでには至らずともやや頭が上がらないのがこの半年ほどの現状である。

食蜂「はぁい♪で、それが卒業生への送辞かしらぁ?懐古力が刺激されるわねぇ☆」

白井「……ですの。食蜂先輩も昔は――」

食蜂「在校生代表の送辞、卒業生代表の答辞、両方やったわよぉ」

私これでも首席だったしぃ?と白井の座る夕陽溢れる窓際席にデボンシアティーを運びつつ食蜂は笑う。
在学中はもっと鼻持ちならないはずであったはずの存在が、今こうも自然体に微笑む様が信じられない。
自分の原稿を見下ろしながら目を細めている姿など、まるで『先輩』のようではないかと戸惑うほどに。

食蜂「去年は御坂さんが送辞を読んでたわねぇ?形式力に則った面白味のない内容でつまらなかったわぁ」

白井「存じておりますの。わたくしも式に出席してましたので」

食蜂「そうだったかしらぁ?でもあれからもう一年になるのねぇ……どうだったかしらぁ?御坂さんはぁ」

白井「……どう言葉と礼を尽くしても、感謝しきれないほど偉大な先輩でしたの。わたくし達にとって」

食蜂「ふぅん?」

白井「結局、わたくしはお姉様に何一つお返し出来ないまま、明日というを日を迎えてしまいましたの」

そして思わず御坂との出会いを振り返り、夏の事件を踏まえた上で偽らざる心情を吐露してしまうほどに

白井「こんなにも不出来で至らぬ後輩を、こんなにも可愛がって下さいましたのに」

食蜂「………………」

白井「わたくしはお姉様に何一つとしてお返し出来ませんでしたの。今この時さえ」

623 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:38:05.10 ID:O1EOw2qAO
〜6〜

白井の進退に際して望まざる『常盤台の女王』になってまで尽力してくれた御坂を思うと白井は泣きたくなった。
夏休みには御坂に戦傷まで負わせて血を流させ、その後も廃人同然となった自分を立ち直るまで見守ってくれた。
いつも何くれと世話を焼いてくれた。面倒を見てくれた。最後の最期まで御坂に甘えっぱなしであったと白井は

食蜂「別に良いんじゃなぁい?」

白井「ですが……」

食蜂「私もえらそうに言えるほど出来た先輩じゃあなかったけどぉ、後輩は先輩にいっぱい迷惑かけて世話を焼かせて、手間を取らせて面倒押し付けるのが仕事よぉ?」

白井「………………」

食蜂「卒業後まで助け舟出さなきゃいけないほど出来の悪い後輩なんて貴女達くらいものだったけどねぇ」

頭を垂れるも、食蜂は肩を竦めて笑った。事実食蜂は白井の絶体絶命の窮地を救い出してくれたのだ。
『友人』の頼みや御坂との過去がなければ食蜂は白井が陥った絶望を自業自得だと鼻で笑っただろう。
それでも食蜂は白井を救った。あのままでは遠からず遅からず、自ら命を絶っていたであろう白井を。

食蜂「――その思いを送辞に込めなさぁい。型破りだった貴女達二人が今更優等生力もないでしょお〜?」

白井「――わかりましたの!」

食蜂「じゃあそんな不出来で至らない後輩(あなた)に、先輩(わたし)からの差し入れって事でぇ……」

白井「……エクレアですの?」

食蜂「学園都市第五位プロデュースの一品だゾ☆」

そんな白井に食蜂はエクレアを乗せた皿をテーブルに乗せた。
食べてごらんなさぁい?と勧められるがままに白井が頬張ると

白井「……!!!!!!」

食蜂「どうかしらぁ〜?」

白井「……言葉を紡ぐ舌がとろけそうなほど美味しいですの」

食蜂「私のプロデュース力をもってすればヴァローナやショコラティエだってコンビニスイーツだしぃ」

至高と究極を両立させるその味わいに白井はまさに絶句させられた。
食蜂もまたそれに対し満足げに頷き返すとカウンターへと戻って――

食蜂「――私からのおごりよぉ。せいぜい無い知恵力振り絞って頭働かせなさぁい」

白井「ありがとうございますですの!!」

白井は一気に原稿をしたため直した。先だって教師陣に目を通してもらったそれとは異なる送辞の文を。

624 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:38:33.87 ID:O1EOw2qAO
〜7〜

結標「秋沙ときたら。私の晩御飯どうするつもりなのよ……」

一方、結標淡希は復興しつつある第七学区を見下ろすようにして風車に腰掛けながらスマートフォンをいじっていた。
黒のニットコートに白のロングマフラーというモノトーンにまとめたファッションのまま下ろされた赤髪を靡かせて。

――――――――――――――――――――
3/8 16:42
from:秋沙
sb:これから
添付:
本文:
雲川先輩の卒業祝いと追い出しパーティー。
上条君達や小萌先生達と一緒だから晩御飯は
自分で何とかして。今夜は多分朝までコース

P.S
何かあったら。ちゃんと。連絡して欲しい。

――――――――――――――――――――

結標はメールチェックを終るなり胸の谷間にスマートフォンしまい込み、沈み行く落陽を風車より見送る。
数ヶ月前、イギリス・ランベスより帰国してからたまにこうして蘇って行く街並みを眺めるようになった。
それはたった今もメールだけ送って電話で声も聞かせてくれない恋人兼同居人の少女もまた同じであった。
一度死に目に合い、二度と生きて帰れないと覚悟した学園都市。そこから臨む景色は醜くも美しく思える。
お互いの恥部や自分達の暗部をさらけ出し、愛しあい裏切りあい傷つけあい結びあった自分達のように――

御坂「あら、あんた……」

結標「あら、貴女は……」

突如として下からかかった声に結標が反応すると、そこには御坂が自販機を前にして自分を見上げていた。
だがその眼差しはまるで聖地に土足で踏み込まれた巡礼者のようで、結標は些か面食らった思いであった。

結標「……一人?」

御坂「……さっきまでは友達といたんだけど、私だけちょっと野暮用があってね。黒子ならいないわよ?」

結標「一人って聞いただけじゃない。別に白井さんの事なんて一言も言っていないでしょ?“超電磁砲”」

御坂「釘刺しときたかったのよ。あんたが黒子に絡むとロクな事にならないし。何より私がイヤなのよね」

結標「………………」

御坂「……あの件があってから私よりいっそうあんたの事嫌いになったし、それは今でも変わらないわよ」

だがそれは御坂にとっても同じようであるらしく、上条との思い出の場所と相俟って常より刺々しかった。
加えて良い意味を上回って悪い意味で白井を変えてしまった結標が相手とあっては無理からぬ話でもある。

625 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:42:58.04 ID:O1EOw2qAO
〜8〜

結標「謝って許してもらえるだなんて思ってないけど、やっぱり面と向かって言われると堪えるわね……」

御坂「勘違いしないでよね。黒子があんたを許した以上、私が許す許さないは関係ないの。ただ嫌いなの」

結標「………………」

御坂「黒子をあんな風にしたあんたが、黒子をあんな風に変えてしまったあんたが、私は大嫌いなのよ!」

夕月夜が揺蕩う空の下、肌寒い春風に前髪を靡かせる御坂が後ろ髪を翻らせる結標に対して噛みついた。
その眼差しの先には結標の右耳に光るブルーローズのイヤーカフス。連なるチェーンに繋がる逆十字架。
御坂からすれば、結標は一時の気の迷いから白井を弄んで狂って壊れるほど深く傷つけた仇同然の相手。
だのに白井は結標を許した。それどころかお揃いのイヤーカフスを未だに身につけてさえいるのだから。

御坂「本音を言わせてもらえば、私は今でも本気であんたにレールガンを食らわせてやりたいくらいなの」

結標「………………」

御坂「――だけどそんな事したって黒子は喜ばない。むしろ、私達が争う事を誰よりも悲しむでしょうね」

風車の上から見下ろす結標を、風車の下から見上げる御坂が『残骸』を巡って対峙した時のように睨む。

結標「――あの娘は優し過ぎるものね」

御坂「あんたが黒子を語らないで!!……私がミジメになるじゃない」

白井と共に力を合わせ、白井とも切り結んだ二人の視線が交差し、二人の想いが交錯する。
白井が恋した御坂、白井に恋した結標。されど光の白と影の黒ほどにも二人は相容れない。

御坂「知ってた?黒子は今でもあんたを愛してるのよ。表面上はどれだけ素知らぬ顔をしてたってわかる」

結標「知らなかったでしょう?あの娘が貴女に恋していた事を。あの娘、私に抱かれた時に泣いてたのよ」

御坂「えっ……」

結標「あれは私に手折られる事に喜びを覚えたり、逆に悲しく感じたからじゃない。貴女の事を想ってよ」

夕凪の中を羽撃く黒揚羽のように風車から降り立った結標が自販機を背に御坂と向かい合った。
それは去る8月9日の深夜、結標を慰めるため己を捧げた白井が刹那に零した涙の理由(わけ)

結標「私が秋沙を裏切ったようにあの娘も貴女を裏切った事に涙していた。知っていたかしら?」

御坂「……そんな事知る訳ないじゃない」

結標「あの娘が貴女との叶わぬ恋に一人涙する時シャワールームで泣いていた事さえ知らないの?」
626 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:43:26.34 ID:O1EOw2qAO
〜9〜

御坂『まったくもうあんたって子は……いい加減私離れしなくちゃ。今日の第五位じゃないけど私だって来年には卒業しちゃうんだから』

結標の言葉に思わず気勢が殺がれた。御坂にも覚えがあるからだ。それは奇しくも去年の今頃の出来事。

御坂『まあ、今日からあと一年の間よろしくね黒子!今更改めて言う事でもないけど』

白井『………………』

御坂『……黒子?』

白井『お姉様、わたくしもう一度お風呂に入って来ますの!今ルパンダイブをした所湯冷めしてしまいまして』

あの時白井はどんな表情をしていた?それは電撃を食らって意気消沈した表情?
それともいつも通りの天真爛漫な笑顔だったろうか?そう自分(みさか)が――

結標「貴女を責めるだなんてお門違いだし、そこまで私の面の皮も厚くないわ。それでもね“お姉様”?」

御坂「っ」

結標「――ずっと味方としてあの娘の側にいた割に、ずっと敵だった私よりあの娘の事を知らないのね?」

バン!と自販機に寄りかかっていた結標の顔の真横に手のひらを叩きつけ、キス出来るほど近くで睨め付けた。
だが結標の身体は微動だにしないし、心は小揺るぎもしなかった。ただ静謐な眼差しで御坂の顔を見つめて――

結標「……あの娘は優し過ぎる。貴女は残酷過ぎる。お似合いよ」

御坂の髪にサラッと手指を伸ばして触れた。気心知れた訳でもない女同士で髪を触れると言う事の意味。
それは男同士でわざと肩をぶつけるようなもの。つまり喧嘩を売っている事に他ならないジェスチャー。

御坂「――消えなさい。ここで喧嘩するつまりはさらさらないわ」

だが御坂はその挑発に乗らない。上条との思い出の場所だからだ。
だが結標はそれこそが白井を見る目を曇らせたのだと言いたげに。

結標「怖い怖い……貴女が入学して来る前に霧ヶ丘を卒業出来て良かったわ。入寮は10日からよね?」

御坂「そうよ。あんたの顔を見ずに済んでせいせいしたと思ったらこれだもの。それがどうかしたの?」

結標「……抱き締めてあげたいほど愚かね。貴女ってば」

御坂「!?」

結標「――さようなら御坂美琴。“また”会いましょう」

御坂「待ちなさいよ!」

そう言い残して、結標は座標移動で御坂の前から姿を消した。

御坂「……香水臭い」

帰り掛けの駄賃とばかりに、御坂の耳朶に口づけを残して――

627 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:45:44.56 ID:O1EOw2qAO
〜10〜

食蜂「たかがキスじゃなぁい?御坂さんって女殺しのクセに変なところ初心力高いって言うかぁ、第四位にもしたくせにぃ☆」

御坂「誰が女殺しよ!人聞きの悪い事言わないでちょうだい!!だいたいなんで麦野さんとの事まであんたが知ってんの!?」

食蜂「私の情報収集力をもってすればぁ、御坂さんのスリーサイズから生理周期までルナルナばりに把握出来ちゃうんだゾ☆」

御坂「」ゾワッ

食蜂「ねぇ、お代タダにしてあげるから私にもキスさせて♪」

御坂「いやよ!!」

食蜂「じゃあ、身体で払ってあげるから私にキスしても(ry」

アウレオルス「憤然。あのバイトをクビにする権限を私にくれまいか」

青髪「うちになくてはならへん看板娘やしそれは勘弁して欲しいな〜」

結標と別れた後、御坂は佐天達への手土産にと『サントノーレ』の個数限定エクレアを買い求めに立ち寄った。
だが既に完売してしまい、無理を承知で便宜を図ってもらおうと頼み込んだところを食蜂が快諾した良いが……
残念な事に焼き上がるまでの間、御坂は半ば強制的に食蜂の話し相手をさせられる羽目になってしまったのだ。
既に日は暮れ、夜半より雪が降ると言う予報通りに気温が下がって来るのが暖かい店内にあっても感じられる。
そう。石窯造りのベーカリーという事を差し引いて尚暖かく感じられる理由は恐らく、今自分達を見守っている

食蜂「ひどいわねぇ?正社員のアルバイトいじめだなんてモラル力に欠けるわぁ☆」

アウレオルス「憮然。タダにしたければ君の時給から天引きにさせてもらう。赤字を出した分はタダ働きで埋め合わせて……」

御坂「あ、あの、私ちゃんと払います!」

青髪「(女の子同士のガールズラブを間近で見れるんやったら僕がお金出しても)」

食蜂「あおくぅん?」

青髪「痛い痛い!でももっと踏んで!!」

御坂「(アイツん家で一緒にご飯食べたこの人が学園都市第六位だったのね……それがこんな変態だったなんて)」

青髪「ええなあ!片や踏みつけ、片やキモい虫を見る女の子の目とか僕等の業界では褒美やわ!お釣り来るくらい」

レベル5最後の一人、学園都市第六位(ロストナンバー)と心理掌握によって記憶を取り戻した背教の錬金術師。
この二人との交流が食蜂を人間らしくしてくれ、こんなにも暖かみのある雰囲気に一役買っているのだろうかと。

628 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:46:12.26 ID:O1EOw2qAO
〜11〜

食蜂「ふぅん、貴女のところの小パンダちゃんの事でねぇ〜」

御坂「スッゴく腹が立ったわ。あんたに言われたくないって」

食蜂「でも、それだけが原因じゃないって御坂さんの電磁バリアー越しにもわかっちゃうけどねぇ」

御坂「………………」

食蜂「どこかで図星力突かれたからそんなにプリプリしてるんじゃないかしらぁ?違わないでしょ」

アウレオルスがエクレアを箱詰めする傍ら、食蜂と御坂は『CLOSE』の札のかかった店内にて話し込む。
青髪はこの後雲川芹亜の卒業パーティーがあるらしく、ユニフォームを脱いでいそいそと身支度を整え始め。

御坂「……うん。ある時から黒子がわからなくなったの。段々前みたいに飛びついたりしなくなってから」

食蜂「うん」

御坂「特に結標さんとあんな事があってからよりいっそうわからなくなっちゃった。情けないよね私って」

ブラインドの下ろされた窓際席、つい数時間前まで白井がいたと食蜂に教えられた椅子に御坂は座っていた。
そんな御坂を行儀悪くテーブルに後ろ手をついて食蜂は頷き、一年前には想像だに出来ないほど先輩らしく。

食蜂「ぶつかってみればいいんじゃない?第四位の時みたいにぃ」

御坂「ぶつかるって……“また”黒子と戦えって言いたいわけ?」

食蜂「そうやってぶつからないよう上手く距離力を計ろうとしてる事がすれ違いが終わらない原因ねぇ」

御坂「………………」

食蜂「貴女達、外見は優等生(オトナ)みたいな顔してるけど中身は問題児(コドモ)なんだからぁ。
どのみち心(思い)と心(想い)をぶつけ合わなきゃ何も始まらないわぁ。二人とも不器用なんだし。
上手くやろうとすればするほど、下手くそな独り善がりに陥りがちなのがエッチと恋愛ってものよぉ」

御坂「……あんた、本当に去年まで中学生だったの?」

思わず御坂が聞き入ってしまうほど、ブロンズパロットの制服に身を包んだ食蜂は大人びて見えた。
そんな食蜂は僕行ってくるわ!と店を飛び出して行った青髪に手を振って、箱詰めされたエクレアを

食蜂「後は春休みの宿題よぉ?また今年から霧ヶ丘で後輩になるって言っても、私はエクレアほど甘い先輩じゃないんだゾ☆」

一月後に再び後輩となる御坂に手渡した。少し早い入学祝いと、とろけそうなほど優麗な微笑みと共に。

629 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:48:20.81 ID:O1EOw2qAO
〜12〜

御坂「……ってな事があったんだけどさ」

佐天「ムシャムシャ」

初春「モシャモシャ」

御坂「……聞いてる?」

婚后「聞いてましてよ」

テイクアウトしたエクレア片手に初春と佐天の部屋を訪れ、夕食後にそれを皆で分け合いながら御坂が今日のいきさつを振り返って訥々と語りだす。
されど成長期真っ盛りにある思春期真っ只中である少女達は色気より食い気なのか、絶句するほど美味なエクレアを頬張りつつ気もそぞろであった。
そんな中、婚后だけが優雅な手付きで鉄扇を閉じて頷き返してくれた。自己鍛錬のために買い換えたらしい。

佐天「もちろん聞いてますよ!でも御坂さんってメチャクチャモテますけどやっぱり白井さん(ほんめい)だけは相変わらず」

初春「私達もあの夏からずっとそう思ってましたよ?一年前までなら白井さんが御坂さんに迫る図ばっかりでしたけども……」

婚后「皮肉な話ですわ。上条さんへの愛実らず、麦野さんへの恋叶わず、白井さんが結標さんを袖にした後こうなるなど……」

御坂「(なんか私が黒子を好きみたいな流れになってる!?)」

その中でやや肩を落とすは御坂である。上条との思い出巡りの矢先に結標と出会し、食蜂に捕まり……
挙げ句仲間内ではそういう評に落ち着いている事も重なり、行儀悪くエクレアを口に咥えたまま唸る。
されど指についた生クリームをペロペロ舐める初春と、頬についたカスタードクリームを舐める佐天は

佐天「はい!例の一件、私達ずーっと側で見て来ましたからね」

初春「みんな辛い思いをして来たとは思いますけど、やっぱり」

揃って首肯した。白井のために麦野を打ち破り、命懸けで暴走を止め、己の信念を曲げてまで女王の座につき……
保護者会に殴り込みをかけ、先代派に武力行使も辞さない構えで、白井が立ち直るまでずっと支え続けたその姿。
御坂自身、白井の事で頭が一杯で周りに身を向けるゆとりなどなかった。だがそれを見守る周囲の眼差しは正しく

婚后「美琴さん、常盤台では貴女方二人を王子様とお姫様のように見ておりますのよ。御存知ありません?」

御坂「ううん、全然。これっぽっちも」

婚后「この女殺しレベル6!」ピシャッ

先輩後輩かくあるべしという理想像を越えた先にあるものを見据えていた。生暖かい眼差しと共に。

630 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:48:46.68 ID:O1EOw2qAO
〜13〜

御坂「痛い!光子さん鉄扇はやめて!?」

婚后「これは失礼。ですがそれよりも、わたくしも二人きりでは切り出せなかったので改めて御坂さんにお尋ねいたしますわ」

御坂「……うん」

婚后「わたくしはエカテリーナちゃんがいるため一足先に退寮いたしましたが、何故美琴さんまでお付き合いする必要が??」

佐天「そうですよそうですよ!白井さんと過ごせる最後の夜だって言うのになんでこんなところにいるんですか御坂さん!!」

初春「(今そこでそれを言いますか?って言うか佐天さんが恋バナ聞きたいからって私が反対したのに引っ張り込んで(ry)」

加えて三者三様に入った突っ込みに御坂はどう返して良いやらわからないと言った様子で俯いてしまった。
そう。婚后はペットのエカテリーナのため早めに退寮手続きを取らねばならなかったのだが、御坂は違う。
霧ヶ丘女学院の入寮手続きは明後日であるし、今夜ないし明日までは常盤台の寮にいられたはずであった。
今日は佐天達の部屋で、明日は卒業式に出席した後一泊するであろう美鈴とホテルを共にする。まるで――

御坂「――黒子を避けてるみたいに見えちゃうよね、やっぱりさ」

佐天「……もちろん違いますよね?」

御坂「違わないよ……私は黒子を避けてる。正確には別れの時を」

初春「………………」

御坂「――あの夏の事件から、私はずっと黒子の側にいた。佐天さん達には見せられないような黒子の姿も見て来たつもりよ」

婚后「……美琴さんが、白井さんから離れたくなくなってしまうと」

御坂「うん。私泣いちゃうかも知れない。でもそれはイヤ。不甲斐ない先輩だったけど、せめて卒業式が終わるまでは黒子にとって自慢の“お姉様”でいたいから……」

佐天「はあ〜……御坂さん、カッコつけすぎですよ。もう楽になっちゃっても……」

御坂「……だけどもう私は卒業しちゃうから。今までみたいに黒子を助けてあげられなくなっちゃうし、ちょうど良い機会よ」

初春「(そんな御坂さんを見てる白井さんはもっと心配してるんですよ?もうっ)」

そう御坂は締めくくった。もう自分は学内で白井を守る事は出来ないし、白井もまた同じである。
それ以上に御坂が泣いてしまいそうなのだ。白井はもう自分の手を離れおいそれと会えなくなる。

631 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:51:03.48 ID:O1EOw2qAO
〜14〜

そう切り上げて私は呆れ顔の二人と涼しげな光子さん達から逃げるみたいにして窓辺に立って外を見る。
やっぱり予報通り雪が降って来た。それも夜だって言うのに、目で見てはっきりわかるくらい勢い良く。
明日の朝にはきっと積もってるんだろうな。もしかすると卒業式まで止まずに降り続けるかも知れない。

御坂「(黒子)」

そんな中私が思うのは、あんたがこの寒さに風邪を引いたりなんかしないだろうかって言うおかしな心配。
どうしてだろうね。きっとあの夏、あんなにも深く傷ついて壊れてしまったあんたを見なきゃこんな事……
感じなかった。思わなかった。考えなかった。あんな事になるまで。でもそれはあんたが悪いんじゃない。

御坂「(最後まで情け無い先輩のまま卒業しちゃって……)」

私は何もわかってなかったんだ。結標さんの言う通り、シャワーの音にかぶせて声を殺して泣くあんたを。
私は何も見えてなかったんだ。結標さんに魅入られて、それにさえ気づけなかった私から離れるあんたを。

御坂「(ごめんね)」

あいつの時もそうだった。あの女の時もそうだった。いつも私は大切なものを失って初めて気付くんだ。
あんたが私に抱きついたり飛びついたりしなくなったのがいつからだったかさえ、もう思い出せないの。
あんたの胸の内に何時からか住み、今も心の中に棲んでる結標さんの方が、私よりよっぽどあんたの事を

御坂「(何も、してあげられなくって)」

深く結び合って強く繋がり合ってる。あんた達は鏡に映ったもう一人の自分みたいに良く似ているもの。
だからあんたは結標さんを愛したんでしょう。私が見ようとしなかったあんた自身を愛してくれる人を。
一番辛いのはフられる事なんかじゃない。その相手に恋をしたという自分さえ見てもらえないという事。

私がして来た事は、そんなあんたを無視して来たのと同じ事だったんだ。見えているのに視ようとしなかった。
フられたり、取られたりして失恋した方がまだマシだって事を、あいつと、あの女の両方を通じて私は知った。
あいつとあの女が好きだった私、姫神さんとあんたの間で板挟みになった結標さん、その両方から身を引いて。


――結標さんの言う通りね。一番あの子にとって残酷だったのは、他ならない私自身だったんだって――


632 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:52:17.26 ID:O1EOw2qAO
〜15〜

御坂『じゃあ、明日の卒業式頼んだわよ』

白井「――お姉様……」

御坂のいなくなった相部屋にて、白井は一人窓辺に立って羽根のように舞い散る白雪を見上げていた。
就寝前だったのか、パジャマ姿でこそあるものの表情は外気に負けず劣らず硬質的で張り詰めている。
明日巣立ちを迎える御坂の名を呼びながらなぞる窓硝子が、白井の手指に灯る体温に合わせ尾を引く。
これから思い浮かべる事こそあれど、呼び掛ける機会などこの寒空の酸素より薄まるであろうことも。

御坂『色々あったけど、あんたと二年間一緒過ごせてスッゴく楽しかったよ黒子。私こそありがとうね』

白井「……もうこれでお別れなのですね」

去年は狂い咲きの桜舞い散る中での卒業式であり、今年はどうやら遅咲きの雪舞い降りる中になりそうだ。
そう右手に乗せた哀別と左手に載せた惜別とが、祈りの形となって白井の口元にて組み合わせされて行く。
部屋を出て行く時の御坂の横顔は常と変わらず爽やかで、その背中は凛然として真っ直ぐ伸ばされていた。
あの背中に今更どうしてすがりつけようかと白井は思う。ずっと自分を守り、背負ってくれたあの背中に。

白井「いっぱいご迷惑をおかけいたしましたのに、たくさんご心配をおかけいたしましたのにお姉様は……」

あの背中に、自分は一体どれだけ近づけたであろうか。白井が我が道を行けば行くほど遠く離れて行くようで。
だが御坂はいつ如何なる時でも駆け付けてくれたのだ。白井が壊れ、自分はおろか他人まで傷つけようとしても

白井「何でもない事のような顔をして、わたくしを含めた全てを背負ったまま、行ってしまわれますの……」

御坂は自分を見捨てるどころか、自分を捨て身にしてまでレインボーブリッジより救い出してくれた。
その後も壊れたままだった自分の面倒をずっと見、立ち直った後までずっと世話を焼いてくれたのだ。
学校側の下す処分から、先代派の謀略から、今尚白井が常盤台に留まっていられるのも全て御坂が……
己の信念(やさしさ)や信条(けだかさ)を曲げてまで『常盤台の女王』として白井を守ったからだ。

白井「――お姉様――」

自分のために御坂は全てを捨ててしまった。上条への深い愛情も、麦野への淡い恋情も犠牲にしてまで。


――――そんな御坂に自分は恩を仇で返すような決意を固めているなどと――――


633 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:54:57.92 ID:O1EOw2qAO
〜16〜

フリソソグーネガイガイマメザメテクー♪

白井「電話ですの?」

窓辺より仰ぎ見た白雪がもたらす静寂(しじま)を破って鳴り響く着信音。
白井はパジャマのままベッドに投げ出した携帯電話を手に取り耳に当てる。
すると一拍の間を置いた後、涼やかな声音が白井の鼓膜と鼓動を震わせた。

???『私メリーさん。今第七学区にいるの』

白井「………………」

???『私メリーさん。今学舎の園にいるの』

イタズラ電話めいた語り口、メイワク電話めいた名乗り。
聞き覚えがあるというより身に覚えさえある涼やかな声。
それはたった今、携帯電話を当てている左耳のイヤーカフスのチェーンにぶらさがる逆十字架の贈り主。
一夏の恋、一夜の愛なれど未だ白井の中で御坂と並ぶもう一人のお姉様。鏡に映ったもう一人の自分……

白井「……これは一体何の冗談ですの?」

???『私メリーさん。今常盤台中学女子寮前にいるの』

白井「切りますわよ?」

???『……意外とガードが甘いのね?貴女も、常盤台のセキュリティーも』

そこで白井は通話終了ボタンを押した。どうせもう自分を目視出来る距離にいるのだろう。
今やレベル5第九位に上り詰めた彼女ならば、一学区内ならどこへでも飛ばせるし飛べる。
ただ相手も確かめずに電話に出てしまったのは迂闊だったかと白井は思ったが時既に遅し。

???「私メリーさん。今貴女の目の前にいるの」

白井「……こんな時間に夜這いをかけて来るとは相変わらず太々しい方ですの。大声出しますわよ?」

???「声を上げるより早く塞いであげる。唇で」

キスまでならOKと言う許しは得たと、白井の立つ窓辺まで『座標移動』した赤髪の少女が笑っていた。
あの夏の日に夕立の下白井が傘を差し出したように。この冬の日に白雪の中傘をクルクルと回しながら。

白井「お戯れもほどほどにしてご用件を。こんな時間に何の用ですの?」

???「――相変わらずつれないわね?」

――鏡のような硝子を隔てて現れるは、窓越しに手指を這わせ微笑むはもう一人のお姉様(じぶん)――

634 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:55:25.11 ID:O1EOw2qAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「――――貴女に逢いに来たのよ、“黒子”――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
635 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:56:10.14 ID:O1EOw2qAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある蒼穹の学園都市(ラストワルツ):守の章「Memory of Snow」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
636 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:56:39.42 ID:O1EOw2qAO
〜17〜

結標「嗚呼、あったかいわ……人肌に勝る温もりはないわね」

白井「わたくしは寒いんですの。早く部屋に戻りたいですの」

結標「相変わらずね……けれど持つべきものは優しい元カノね。一人で雪見だなんてうら寂しいし」

白井「いつまで恋人ヅラしてるんですの?わたくしと貴女はもう終わったんですのよ。とうの昔に」

再建された常盤台中学の屋上より、白井と結標が相合い傘にて夜空を彩る白雪を仰ぎ見ながら手を繋いで行く。
だが白井は不機嫌そうなジト目であり、結標はそんな白井の首に自分の純白のロングマフラーを分けて巻いた。

白井「お姉様も口を滑らせたようですわね……おかげでとんでもない女誑しに敷居を跨がせてしまいましたの」

結標「流石に彼女がいる時に忍んで来れないわ。あの事件があってから、私は貴女達に嫌われているし訳だし」

白井「……だからと言って、わたくしが独りきりになったところを見計らって会いに来るなどと、姫神さんに」

結標「私なら大丈夫。この事は秋沙に伝えてあるから。そういう貴女は御坂美琴に義理立てしているのかしら」

白井「以前までのわたくしならば胸を張ってそう言い切れましたが、もうそれを口にする資格がありませんの」

結標の生存並びに姫神の帰国後、二人は戦場を除いて学生自治会の集まりなどでも言葉を交わす事は少なくなった。
当然の事ながら御坂達が結標達に向ける眼差しには厳しいものがあり、姫神も今現在小萌の監督下に置かれている。
結標が姫神の元に通って夕食を共にし、休日にはデートに出掛けたりと言った関係性そのものに変わりはないのだが

白井「……それに清い身体でお姉様の門出に立ち会いたいので悪しからず。なにせ」

互いに嫉妬深く、可愛さ余って憎さ百倍となった二人は共依存の関係性から脱する道を選んだ。
他人にこれ以上迷惑をかけない、という限り無く黒に近いグレーゾーンでそれぞれ好き勝手に。
以前のような退廃的な恋と破滅的な愛に耽溺するのではなく、互いが互いを死なせないために。

白井「貴女の背中に刻み込まれた“カミサマ”に見られているような気がして……」

白井も目にした、結標の背中に刻まれた逆十字架そのものの白い疵痕がその犯した愚を如実に物語って。


637 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 22:59:54.38 ID:O1EOw2qAO
〜18〜

分け合った相合い傘が寒さを防ぎ、分かち合ったマフラーが温もりを伝える中二人は共に夜空を見上げる。
一足早いホワイトデーかしらね?と結標は笑い、バレンタインデーもあげてませんわよと白井がボヤいた。
お揃いの逆十字架のイヤーカフスが白雪を光源に星月夜の灯りを受けて鈍く輝き、白い吐息がそれを彩る。

結標「御坂美琴が卒業して寂しくなるわね」

白井「淋しくないと言えば嘘になりますが、それをもう貴女に埋めてもらおうなどとは思いませんのよ」

結標「そうね。貴女は私と違ってとても強い娘ですのものね。お仕着せの慰めなんていらないくらいに」

白井「……いいえ、とても弱くなりましたの。もはや貴女を笑えないまでに。でなければお姉様に――」

結標「………………」

白井「こうまでも手を焼かせ、手をかけさせ、手をわずらわせ、手を汚させる事もありませんでしたの」

屋上から見渡す校庭は既に白銀に染まり、屋外から見上げる夜空は漆黒に染まりモノクロのコントラストを描く。
未だ復興途中の朽ち果てた街並みも荒れ果てた瓦礫の山も、雪は全てを優しく染め上げ塗り替えていってしまう。
白とは汚れやすいと同時に染まりやすい。こうして結標と見た雪の記憶はやがて疵痕をも染めるのだろうかと……

結標「だから、彼女に自分の本当の想いを伝える事は出来ないと思ってるの?黒子」

白井「………………」

結標「私知ってるのよ。貴女が私に抱かれた時に流した涙の意味を。あれは彼女に」

白井「違いますの。わたくしは望んで貴女に抱かれましたの。同情でも慰めでも自棄でもなくわたくしは」

結標「いいのよ黒子。私の前で自分の醜い部分を隠さなくても」

白井「……結標さん」

結標「――好きなんでしょう?今でも彼女の事が。わかるわよ」

だが結標は傘を取り落として空いた両腕を白井に回して抱き締め、白のダッフルコートの白井と黒の結標のニットコートが折り重なる。
一枚のオセロのように黒白表裏一体の二人。白井の純な部分が惹かれたのが御坂ならば、白井の邪な部分が魅せられたのが結標だった。
二人は合わせ鏡の双子だったのだ。結標が姫神と白井の狭間を揺蕩ったように白井もまた御坂と結標の谷間で足掻いた。ずっと前から。

結標「……私が言えた義理じゃないのは重々承知よ。だけれども、汚れた私だからこそ言える事もあるの」

638 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:00:28.29 ID:O1EOw2qAO
〜19〜

結標「私は、イギリスに渡ってからも秋沙と何度も喧嘩したし何回も別れようとした。でも出来なかった」

白井「………………」

結標「狡くて、卑怯で、淫らで、我が儘で、不純と矛盾の塊みたいな私の命さえも秋沙は見捨てなかった」

結標の身体には姫神から輸血された吸血殺し(ディープブラッド)が流れている事を白井達も知っている。
姫神が白井を殺しかけ、結標がそれを庇って断崖絶壁から入水し致命傷を負ったその後の事と聞かされた。
姫神を裏切って白井を誘惑した結標、結標への当てつけとして吹寄と寝た姫神。救いがたい少女達の決断。
それは愛を越え死に近づき、憎しみを超えて生を掴むために呪われた血脈を分かち合うという覚悟だった。

結標「あの夜貴女に話した事があったわよね?“女同士で結ばれた私達は、遺伝子に逆らってる”って」

白井「仰有っておられましたわね。貴女方が最初にぶつかった壁でもありますし、わたくしもかつて悩んだ経験が……」

結標「ええ、私達は女同士だから結婚は出来ないし子供も産めない。未来への繋がりさえ不確かに思えてならなかった」

白井「………………」

結標「……それでも、私の中には秋沙の血脈(ブルーブラッド)は息づいている。今こうして離れていても感じられる」

一生吸血鬼に怯え続ける呪いを受けながらも結標は安堵した。血という何よりも分かち難く強い繋がりを得て。
永遠ならざる愛情、永久ならざる恋情、どんな幻想より色濃い紅と色鮮やかな朱と色褪せぬ赤い糸に結ばれて。
しかし吸血鬼を呼び寄せる特性のみ、復活したアウレオルス=イザードの黄金錬成をもって打ち消されたのだ。

結標「――互いを助け合ったり傷つけあった私達でも、もう一度紲を結び直す事が出来たのよ、黒子……」

白井「……“淡希お姉様”――」

結標「御坂美琴は、貴女が悩むほど狭量な人間ではないはずよ。何せ自慢の“お姉様”なのでしょう?」

結標の手のひらが白井の頬に添えられ落ちた雪の一片を溶かす。頭一つ高く四つほど上の一夜限りの恋人。
元カノを甘く見ない事ねと微笑む結標の姿に、かつて白井の腕の中で崩れ落ちた脆さや儚さや弱さはない。

白井「――そうでしたわね……」

その姿に、白井は背中を後押しされる勇気をもらえたような気がした

639 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:02:30.04 ID:O1EOw2qAO
〜20〜

御坂『ふんふふん♪ふんふふん♪ふんふんふ〜ん』

佐天「ねえねえ、二人とも」

初春「何ですか佐天さん?」

佐天「ここだけの話、ぶっちゃけ御坂さんと結標さん、どっちが白井さんのパートナーに相応しいと思う?」

婚后「それは……その……」

同時刻、御坂が鼻歌混じりでシャワーを浴びている最中に鼎談ならぬパジャマパーティーを開いていた三人……
佐天が頭から布団をかぶりながら口火を切ると、初春がパソコンから顔を上げ婚后がお菓子を摘む手を止めた。
それには三者三様に思うところがあり、鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに声を潜めて顔と肩を寄せ合う。そこで――

婚后「もちろん美琴さんに決まっておりますわ。これまでの付き合いの長さや深さから言って妥当かと……」

佐天「うんうん」

婚后「それに結標さんにはパートナーがいらっしゃるではありませんか。白井さんが立ち直っていなければ」

きっと自分は死んだとばかり思い込んでいた結標を一生恨み続けたかも知れないと婚后は語る。
白井を傷つけ、壊して、狂わせた運命の女(ファム・ファタール)のような結標は許せないと。
しかし初春はディスプレイを目で追いながら婚后の意見に首肯しつつ、だがその上で異を唱え。

初春「私は結標さんだと思います。いい意味でも悪い意味でも色んな意味でも全部ひっくるめてですが」

婚后「!?」

佐天「えー……それはないよー初春……」

結標憎しという主流や御坂至上主義という本流からあえて外れた意見を述べた。自分なりに考えた上で。
あくまで結標が生きて帰って来て、白井が立ち直ったという前提での話ならばと付け加えて上で語った。

初春「あの一件があるまで、私達の中で誰か一人でも白井さんのああ言う一面を想像出来た人いましたか?」

佐天「……やだよ。あんな怖い白井さん」

初春「私も嫌です。でも結標さんはそういう白井さんの暗黒面もちゃんと理解していたんだと思います」

当人ですら目を背けたいであろう恥部や、他人ならば目を瞑りたいであろう暗部は誰しもが持ち合わせている。
結標は言わば逆説的な意味合いで白井の理解者だったのだろう。
白井の『女』として暗い影の部分、深い闇の領域を認めた上で。

初春「自分でも認めたくない部分まで理解してくれてる人がいるって、これはこれで中々いないんじゃないかって思うんです」

640 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:03:02.03 ID:O1EOw2qAO
〜21〜

人の良き光の面だけを見て人を好きになる事は誰にでも出来る。
だが悪しき影の部分を見て人を嫌わずにいる事はひどく難しい。
人間を一枚の黒白(オセロ)に見立てるならば光と影で一つだ。
黒白(オセロ)に先手後手、勝敗こそあれど善悪などないのだ。
白黒(モノクロ)いずれに濃淡(グラデーション)はあっても。

初春「それに何だか白井さんも大人っぽくなって来てすごく綺麗になりましたしね」

婚后「心無しか背丈や手足も伸びやかになりましたし、身体付きも女性らしく……」

佐天「幸せな恋は女の子を輝かせ、悲しい恋は女の子を磨かせるんだねー。なんて」

事実、結標を『フった』後に白井は目に見えて大人びて来たのだ。
光(しろ)に影(くろ)が加わる事で互いがより引き立つように。

佐天「失恋と言えば御坂さんもそうだよね。スッキリしたっぽいからあんまり悲壮感感じられないけども」

初春「上条さんの事ですよね?ええ、十一月頭にはもう決着ついたみたいですよ。麦野さんとの因縁にも」

婚后「……お二方とも自らには幸薄い星の元に生まれついてしまったのですわね……もはやいっそのこと」

御坂と上条、御坂と麦野、いずれも御坂は去年十一月頭に起こった事件を境にして二人から身を引いたのだ。
負けて悔い無しと振り返る御坂の顔から悲痛の音や悲愴の色はなかった。三人は預かり知らぬ事ではあるが。

佐天「くっついちゃえばいいのに……でも白井さん、御坂さんに負い目があるみたいだしそれがちょっと」

初春「御坂さんも御坂さんで白井さんに引け目を感じてる節がありますしね。どっちも結標さんに絡んで」

婚后「皮肉な話ですわ。そんな二人を強く引き合わせるきっかけになったのも結標さんなどと、あまりに」

はあ、と期せずして三人は同時に溜め息をついて顔を見合わせた。やはり結標が悪い、いいや全部悪いと。
だいたい彼女持ちでありながら私達の白井さんに手を出すなどと佐天が憤り、婚后が溜め息混じりに笑う。
そんな二人を見やりながら初春は思う。白井さんはまだ二人の間で揺れているんですよと心の中に留めて。

御坂「ふー気持ち良かった……あれ、みんなどうしたのよ??」

そして御坂が風呂上がりのタオルを頭に巻いて出て来る頃――

641 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:05:05.14 ID:O1EOw2qAO
〜22〜

結標「へくちっ!」

白井「あんな寒空の下、雪見に出掛けるようなお馬鹿さんでも風邪を引きますの?」

結標「誰かが噂してるに違いないわ……どうせ悪い噂でしょうけど。それより黒子」

白井「如何なさいましたの?淡希お姉様」

結標「こうしてくっついていたらちょっとムラムラして来ちゃった。ここのところ少しご無沙汰だったし」

白井「わたくしに性的な意味で指一本でも触れましたらば、裸に剥いて雪だるまにして差し上げますのよ」

結標「」

白井「温まるなり服が乾くなるしたらとっとと出て行って下さいまし。わたくしは貴女の元カノであって」

結標「ぶっちゃけた話セフレにならない?元カノよりお得だし」

白井「貴女死にたいんですの?それとも殺されたいんですの?」

雪降りの中長時間話し込んでいた結標が身体を冷やし、温まるまでと言う条件で白井は結標を部屋に上げたのだ。
そして今結標は白井の部屋で雪に濡れた衣服を乾かしがてら、布団に潜り込んで暖を取っている最中なのである。
下着姿の結標が胸の谷間に白井の顔を埋めさせ、脚を絡ませ太ももで挟み込んでおり、言わば添い寝状態に近い。

結標「ムラムラしてるのは本当だけどセフレにならないって言うのは嘘よ。今度こそ秋沙に殺されるから」

白井「姫神さん的にこれはアウトなのではございませんこと?」

結標「これくらいならイギリスでもセーフだったから。そういう貴女はどうなのよ?御坂美琴に申し訳な」

白井「ええ、非常に申し訳なく思っておりますのでわたくしに触らないで下さいまし。死にますわよ??」

結標「(私が死ぬの?貴女が死ぬの?)」

だが白井の目には紛れもない本気の光が宿っており、結標も冗談なので互いに色っぽいやりとりはない。
身体だけ抱かれても二人はもう心まで抱き合う事はないのだ。世間的にはギリギリアウトだとしてもだ。
反省もしている。後悔もしている。故に二人は二の轍は踏まないし二の舞を踊らない。それが境界線だ。

白井「ところで香水変えましたの?前の方が好きでしたのに」

結標「ジャンヌ・アルテスよ。あまりそれに触れないで頂戴」

白井「(どうせまたロクでもない理由に決まってますの!)」

642 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:05:31.37 ID:O1EOw2qAO
〜23〜

目敏くなったものだと結標は白井から視線を外し改めて部屋を見渡す。御坂の余韻が残る二人の部屋。
空になったベッドに果たして次は誰がその主として眠りにつくかは結標の預かり知るところではない。
だが、目についたのはベッドのサイドボードに置かれた漏刻時計。自分が白井に送ったプレゼントだ。

結標「(まだ持っててくれたのね……)」

軍艦島で交わした『約束』が果たされていたならばこれはここに存在出来ないはずである。
そう結標が嬉しさ半分悲しさ半分で見つめていると、白井がギュッとより深く抱いて来る。
よくよく見れば白井の眼差しが閉ざされ、感慨に耽るような感傷に浸るような表情となる。
結標もまた微睡みつつある白井の手を握り締めながら、目を細めてその様を見つめていた。

結標「――寒い?」

白井「雪が降っておりますので……」

結標「……雪が止むまで手を抱いててあげましょうか?」

白井「眠るまでで良いので手を繋いでいてくださいまし」

明かりの落とされた黒い部屋、雪明かりが照らす白い窓辺、灰色の自分達。
色鮮やかなカラーの朝が来ればたちどころに色褪せてしまうモノクロの夜。
サイドボードに置かれたお揃いのイヤーカフスに何故か覚える寂寥と寂寞。

結標「――良いわね、元カノ同士って」

白井「?」

結標「お互いの気持ち良いところも痛いところもわかるものね」

結標と姫神、結標と白井、共に求め合い傷つけあった過去(むかし)があるからこそ現在(いま)がある。
ただその道行きに未来(さき)だけがない。手を携える事も肩を並べる事も歩幅を合わせる事も何もかも。
だがそれこそが二人の考えた結論であり、出した結果であり、迎えた結着(けっちゃく)でもあったのだ。

結標「色んな人に迷惑をかけた反省はしてる。それでも私は貴女とああなった事を後悔なんてしてないわ」

白井「相変わらず身勝手で自分勝手で好き勝手な方ですのね淡希お姉様。ですがわたくしも人の事を――」

結標「言えた義理ではないわよね。好きよ黒子。御坂美琴には見せられないその醜さも含めて貴女が好き」

白井「わたくしはそんな救いがたいエゴイストな貴女が嫌いですのよ淡希お姉様。世界で一番、誰よりも」



白井・結標「「そんな貴女が大好き(大嫌い)」」



643 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:08:06.47 ID:O1EOw2qAO
〜24〜

それから結標は白井の手を握り締めながら眠りにつくまで語り合った。時に笑みを零し、時に涙を滲ませ。
次第に話題が尽きて訪れる沈黙を雪音が補ってくれる。見つめ合う時間が増え、抱き合う力が強くなった。
夢と現の境目が微睡みと温もりの狭間で溶け合い、白井の目蓋が次第に下がり結標の目尻も共に下がって。

結標「もっと早く貴女に会いたかったわ」

白井「――いいえ、貴女に逢えただけで」

散り行く六花(りっか)を見つめながら二人は思う。自分達が再会したのも立夏(りっか)の季節だと。
遅すぎた盛夏の出会いと、早すぎた晩夏の別れに二人は想う。
白井が御坂と出会わなければ、結標が姫神と出逢わなければ。
二人は一体どんな形で結ばれたかと言う、幻に終わった想い。

白井「――夢にまで見た幻想より、今ここにある現実(たいおん)があれば強く生きていけそうですの」

結標「……なら、あの時の交わした“約束”を果たしてもらいましょうか、黒子。あの夏の日の誓いを」

白井に抱かれながら結標が伸ばした手のひらに座標移動したオイルクロック。
空の青(ラピスラズリ)と海の蒼(ウルトラマリン)を閉じ込めた漏刻時計。
だが白井はそこでかぶりを振った。約束を違える訳でも誓いを破るでもなく。

白井「あと一日だけお待ちになって下さいまし、淡希お姉様。明日がまさに、その日になりますので……」

結標「御坂美琴の卒業式に?わからないわ黒子。なら尚更必要なくなるはずじゃない。理由を話して頂戴」

白井「――――――それは………………」

白井は語った。何故明日オイルクロックが必要なのかと。同時に結標も得心が行った。そういう理由かと。
白井は語った。貴女の温もりに触れてわたくしは勇気をもらったんですのと。それに対し結標は思わず――

白井「……恩を返すどころか仇で返すような真似である事は重々承知の上ですの。ですがわたくしは――」

結標「――好きになさいな。どうせ私が言って聞かせたところで従うような可愛い後輩(タマ)じゃなし」

白井「……あっ」

結標「戻って来たじゃない。あのレストランで、私へとランプ片手に殴りかかって来た頃の野蛮な貴女に」

白井を抱き締めて口づけた。愛おしくてたまらないとでも言うように。自分『達』を『卒業』する後輩に。

結標「――頑張って……」



――――そして、夜が明ける――――



644 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:08:34.39 ID:O1EOw2qAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある蒼穹の学園都市(ラストワルツ):破の章「my graduation」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
645 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:09:03.06 ID:O1EOw2qAO
〜25〜

婚后「晴れましたわね」

御坂「良かったね……」

一夜明けた3月9日、婚后と御坂は卒業式会場となる水晶宮の外苑にて未だ白雪残る晴天を見上げていた。
硝子張り建築の最たる複合施設を前には卒業生らがひしめき合い、早くも後輩と名残を惜しんでいる者も。
その中にあって御坂は今日で卒業かと言う実感が今更ながら込み上げて来たのか胸を押さえている。そこへ

湾内「婚后様!」

泡浮「御坂様!」

湾内・泡浮「「ご卒業おめでとうございます!!」」

御坂「二人とも!!」

婚后「まあまあ……」

湾内「はい、卒業生の胸につけていただくコサージュですわ。よろしければ私達に」

泡浮「下級生としての最後の仕事になりますが、どうか御坂様もお願いいたします」

駆けつけて来たのはブルーローズのコサージュを手にして駆けつけて来た湾内と泡浮の二人であった。
婚后が常盤台で出来た初めての友人達でもあり、同時に婚后派の両翼を担ってくれていた同志である。
そんな二人をしっかりと両腕で抱き寄せる婚后の眼差しが微かに潤んでいたのを、御坂は見逃さない。
何故ならば自分もその現場に居合わせた友人の一人なのだ。故に御坂は押さえていた胸から手を離す。
じゃあお願いするわね!と湾内は婚后に、泡浮は御坂にそれぞれコサージュを取り付けて行く。だが。

御坂「――黒子は?」

泡浮「白井さんはもう会場入りなされていますわ。それでわたくしに御坂様にコサージュをお願いすると」

御坂「……そっか。ありがとう泡浮さん!うんうん、バッチリ決めてもらっちゃったところで私達も――」

婚后「ええ、そろそろ入場行進ですわ。湾内さん泡浮さん!本当に一年半ありがとうございましたわ!!」

湾内・泡浮「「はい!では会場で!!」」

そこに白井の姿はない。この足元の白雪をも溶かすような陽射しの中のどこにも見当たらないのである。
こんな時誰よりも先んじて胸に飛び込んで来るであろう白井が。御坂はその事を少し寂しく感じられた。

だがそうこうしている内に在校生らも会場入りし、内部から開式の辞と国歌斉唱が伝え聞こえて来て――

綿辺「皆さん、行きますよ」

御坂「(――はい――)」



――――そして卒業生入場のアナウンスが入った――――



646 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:11:17.18 ID:O1EOw2qAO
〜26〜

卒業式会場に当たる水晶宮のコンサートホールに入った御坂達を出迎えたのは、万雷の拍手と生演奏。
御坂はあまり詳しくないが、『ファイナルファンタジー』というゲームのメインテーマであるらしい。
勇壮にして優麗な調べがオーケストラに乗せて届けられ、ホール全体が埋め尽くされ満ち充ちて行く。

美鈴「あっ、美琴ちゃんおーいおーい!」

御坂「(――手振らないでってば馬鹿母!これネット配信されてるんだから!!)」

そんな中保護者席から身を乗り出して手を振るは瓜二つの母親こと御坂美鈴(ははおや)その人である。
今年は長点上機・霧ヶ丘・常盤台などの主だった進学校の卒業式が学園都市中にライブ中継されている。
先の戦争で荒廃した第七学区の復興と相俟って対外的に健在をアピールしたいのだろうと御坂は考える。
昨夜初春がパソコンをいじっていたのもまさにそのためであるが他校の卒業式など何が面白いのかと――

御坂「あっ……」

白井「………………」

女生徒A「御坂様ー!こっち向いて下さいー!!」

女生徒B「貴女達!式中にカメラは禁止だってば」

女生徒C「ああ、最後の制服姿までお美しい……」

御坂「(派閥の子達……それに黒子も)」

入場行進の最中、花道を作り上げる派閥の人間達の中に御坂は白井の姿を見つけ出すに至った。
白井の側からも目が合ったが、言葉を交わす暇は流石になかった。列が滞るからだ。しかし――

白井「………………」

白井は会釈はおろか目礼すら送ってはくれなかった。その事に胸痛める事はなかったがやはり寂しかった。
以前と比べて甘える事がなくなった白井。そこには引かれた見えざる一線が痼りのように蟠って残される。
御坂とて痛いほど感じている。結標に絡んでの一件以来、白井が御坂に対し距離を置いて接している事を。
醜態を晒した事、恋を諦めさせた事、女王にさせてしまった事を、白井が御坂に対し今尚悔いている事も。

御坂「(……気にしてなんてないのに。あんたが立ち直ってくれただけで、私はもう十分報われたって)」

外に積もった雪が溶けるように、足音を響かせる春の訪れを待つまでもなく御坂は全て水に流していた。
むしろ、未だ泥濘に足を取られている後輩を引きずり上げられない自分のいたらなさを悔いてさえいた。

647 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:11:43.57 ID:O1EOw2qAO
〜27〜

校長「代表者、御坂美琴」

御坂「はい」

式は流れるようにして緩やかながらも厳かに進み、御坂はクラスメートの名前が順々に呼ばれる中……
クラス代表として最後に指名され、壇上に上がり、卒業証書を右手で手渡され左手で握手を交わした。
校長のシワシワの手は温かく、笑みは柔らかかった。その名残を感じながら御坂は席へと戻って行く。
ちょうどクラス全員が起立しての一礼が終わり、再び着席するところが見える。同時に保護者席もだ。

美鈴「美琴ちゃん……」ウルウル

御坂「(まだ早いって。お母さんが先に泣いてどうすんのよ)」

在校生や卒業生の中にはチラホラ船を漕ぎつつある者もいるが、保護者の中で早くも泣いているのは美鈴ただ一人だ。
御坂は知っている。第三次世界大戦前、美鈴が保護者会を牽引してまで自分をきたる戦火から引き離そうとした事を。
それにさしあたって学園都市側に目をつけられ命を狙われた事があると今年知った。そして、そんな御坂をずっと――

麦野『おいオバサン、絶対にしゃべんなってあれほど言ったのに』

上条『全部終わったから別にもう良いじゃねえか沈利。照れんな』

麦野が、上条がずっと陰となり日向となり自分を守ってくれていたのだと美鈴の口から告げられ驚かされた。
もう時効だから良いわね沈利ちゃん?と美鈴に上がらない頭を撫でられながらも、麦野はそっぽを向いて――

麦野『勘違いすんなよ“美琴”。別にあんたのためじゃ……』

御坂『今、私の事名前で呼んでくれた?』

麦野『………………』

御坂『ねえ!もう一回呼んでってば!!』

麦野『抱きつくんじゃねえ!おいオバサンこいつ何とかしろ!』

つまらなさそうでいてしっかり、ぶっきらぼうでいてはっきりと、麦野は御坂を名前で呼んだのである。
そう、全て終わったのだ。子供達の戦いも大人達の闘いも。それが美鈴にはひとしお感慨深いのだろう。
席に座り直しながら手にした卒業証書(かみきれ)に目を落とす。軽くて、それでいて重く感じられる。

御坂「(卒業式って、親にとっても三年間の一区切りでもあるのかもわね……なんてガラでもないかー)」

長いようで短かった三年間。残すところは早いようで遅い式辞やら来賓祝辞やら来賓紹介のオンパレード。
大人達には申し訳ないが、子供達からすれば既にメインイベントは終わってしまったに等しい状態である。

648 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:13:42.45 ID:O1EOw2qAO
〜28〜

長々した校長の式辞やら、今日初めて顔を見るようなえらい人達の祝辞を適当に聞き流しながら私は思う。
一年目は正直振り返るべき事は少なかったように思える。あの女との最悪な出会いとか最低の別れだとか。
けれども二年目から黒子や、初春さん、佐天さん、婚后さん、湾内さん、泡浮さん、それからアイツに……
色んな人達と出会った。色々な事件に関わった。あの忌まわしい絶対能力進化計画(じっけん)も知った。

いつになく楽しかった大覇星祭、その後に起きた第三次世界大戦、ロシアにまで殴り込みに行った事も。
窓のないビルを中心にした学園都市における最終戦争、その後の避難所生活、それから、あの夏の事件。
みんなと出会ったからの一年を通して変わったもの、変わらないもの、色々な形で見えた三日間だった。

御坂「(佐天さん)」

あの事件を通してひっぱたいちゃったり、怒鳴っちゃったりしたけれど、もし佐天さんがいなかったら……
黒子の下へに辿り着く事も、あの永遠とさえ思える十秒間の死闘だって戦い抜けなかったに違いないから。
黒子のために自慢の髪まで切って私達を励まし続けてくれた佐天さんが一番強いよ。私なんかよりずっと。

御坂「(初春さん)」

あの事件を通じて貴女が黒子の居所を割り出してくれたり、ともすれば自分を見失いそうだった私達を……
一歩引いた上で大局を見て、私達の手綱を捌いてくれなかったら最悪の状況だってありえたかも知れない。
もしかすると、みんなの中で一番成長したのは実は初春さんなのかも知れないわね。私なんかよりずっと。

御坂「(光子さん)」

本当の事言うとね、あの女なんかより私なんかより光子さんの方が遙かにリーダーに向いてると思ったわ。
弱さをさらけ出す強さ、プライドを捨てる誇り高さ、一番大切な事を私は光子さんから教わった気がする。
まだまだ感謝したい人達はたくさんいる。力を貸してくれた妹達、固法先輩、派閥のみんな、全ての人達。

御坂「(みんな、私の最高の友達だよ)」

もし貴女達と出会えなかったら、きっと今の私はここにいない。
友達なのに尊敬って言葉はおかしいかも知れないけどそう思う。
出会えた事を誇りにさえ感じられる私は、きっと幸せ者なんだ。



――――貴女達(みんな)は、私の希望(ひかり)なんだって――――



649 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:14:37.46 ID:O1EOw2qAO
〜29〜

御坂「(麦野さん)」

私に『捨てる』という事の大切さを教えてくれた人。それは迷いだったり甘さだったり弱さだったり色々。
麦野さん言ってたね。私は有り得たかも知れないもう一人の自分だって。今なら少しわかる気がするんだ。
あいつに恋した私、あいつを愛したあんた。無理に肩肘張る私と、無駄に片意地張るあんた。似た者同士。

御坂「(食蜂操祈)」

私にとって麦野さんが最悪の敵ならあんたは最低の敵だった。だけど女王になった今なら少しだけわかる。
あんたは私の有り得たかも知れないもう一つの可能性だ。仲間にも友達にも巡り会えなかった未来の私だ。
あんたに対して私は未だに複雑な感情(もの)を抱えてるけど、黒子を蘇らせてくれた事には感謝してる。

御坂「(あんたも)」

――あんたと出会えたおかげで私の世界は広がった。あんたと出逢えたおかげで私の世界は変わったのよ。
花も咲かなかったし実も結ばなかったけど、私の世界にあんたって言う種は今も芽吹いて空を見上げてる。
ありがとう上条当麻。面と向かって目を見て言うのは恥ずかしいから、大人になってまた会えたら言うわ。

御坂「(――黒子)」

私に初めて出来た可愛い後輩。飛びつかれたり抱きつかれたりパンツ盗まれたり寝込み襲われたり……
あんたのやり過ぎなスキンシップと行き過ぎなボディーランゲージが今となってはなんか懐かしいわ。
本当に一番近かったはずのあんたが、本当に一番遠く感じられるのが、本当は一番寂しいんだけどね。

思うの。変わったのは私?

想うの。変わったのは黒子?

ただ一つ確かなのは、私が二年間見て来たのはあんたのほんの一部、ほんの一面に過ぎないんだって事。
シャワーの音に声を殺して、シャワーの雫で涙を隠して、私を想って一人泣いてたなんて繊細な部分を。
泣いてる結標さんを慰めるために泣きながら抱かれたなんて胸が張り裂けそうな部分さえ知らなかった。

そんなあんたにもうこれ以上の重荷なんて背負わせられない。だから余計な置き土産は残していかない。
あんたの強さの内側にある女の子らしい弱さや、笑顔の裏側にある涙を思えば常盤台の女王だなんて――
何もあんたじゃなくてたっていいじゃない。私だってなりたくてなったんじゃない。だけど、もし黒子が



……――もし黒子が――……



650 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:16:41.76 ID:O1EOw2qAO
〜30〜

教頭「送辞。在校生代表、白井黒子」

白井「はいですの」

御坂「!」

そう御坂が物思いに耽っている間に式辞・祝辞・祝電などが三段飛ばしで過ぎ去り、送辞に差し掛かった。
指名され席から立った白井が向ける背は真っ直ぐ伸ばされ、壇上へと登り行く足取りはしっかりしていた。
御坂自身も去年読み上げたものだったが、果たして自分はあそこまで凛然としていられただろうかと思う。

白井「梅が花開き、桜の芽も綻び始めた今日という日に常盤台中学を巣立って行かれます先輩方、ご卒業誠におめでとうございます」

暗記するまで繰り返し繰り返し読み込んだのか、白井は原稿を手にしながらも目を落とす事はなかった。
先程までの吹奏楽部のように、譜を手繰るのはあくまで形式的なものであり諳んじる内容に淀みはない。
常なるお嬢様言葉(ですの)も少な目に、されど自分達から決して目を離さず焼き付けるようにして……
送辞は滔々と進んで行く。言葉に胸詰まらせる事なく、涙に目滲ませる事なく、その姿に胸打たれるほど。

白井「頼もしく、凛とされ、常にわたくしたちの範となりて教え導いて下さった先輩方。いまこうして読み上げているこの時でさえ、今日という日の」

御坂「(……お母さんを馬鹿に出来ないなあ。結構来てるよ)」

白井「去り行く別れを寂しく、そして巡り会えた喜びに、その全てに対する“ありがとう”という感謝の言葉で胸が一杯です」

よくぞここまで立ち直ったと、御坂は次第に胸の底と目の奥から込み上げて来る感情に揺さぶられつつあった。
本来、不問に伏されたとは言えあれだけの事件を巻き起こした白井がこうして壇上に立つなど無理な話だった。
当初は送辞の読み上げも他の生徒に任ぜられる筈だったが、皆揃って辞退したのだ。それはとりもなおさず――

女生徒D『白井さんが相応しいかと』

女生徒E『次期“女王”として……』

女生徒F『この大役を全うなさるべきは白井さんだと言うのが私達の結論ですわ!』

常盤台最大派閥、御坂派のナンバー2として次期常盤台を背負って立つであろう最初の仕事として白井に花を持たせたのだ。と

白井「………………」

御坂「(黒子?)」

そこで壇上の白井の祝いの言葉が止まり、目を瞑ってしまった。既に半分以上読み上げ終わったところで。


651 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:17:43.46 ID:O1EOw2qAO
〜31〜

白井「――この晴れやかな門出で口にするのは怖憚られますが」

観衆が俄かにざわめき始める中白井は紡ぐ。送辞の巻紙には記されていない思いの丈を。在りし日の事を。

白井「昨年の六月にかけて起きた戦災の後、わたくしたちは数ヶ月に渡る避難所生活を経験いたしましたの」

観衆「………………」

御坂「黒子……」

白井「常盤台中学の校舎が焼け落ち、学び舎の園も荒れ果て、明日をも知れぬ戦災の荒波の中飲み込まれて」

それは皆が助け合い支え合い、だがそれだけに止まらず争い合い罵り合いもした避難所での一ヶ月間だった。
削板が牽引し、雲川が支え、レベル5が集結し、名も無き人々が肩寄せ合いながら必死に生き延びようと……
足掻き、もがき、嘆き、それでも尚明日を、未来をただがむしゃらにただ直向きにあの青空の下目指した夏。

白井「何度時が巻き戻れば良いか、食事の争い、水の諍い、それを巡っての喧嘩や涙に立ち会う度思いましたの。あの美しかった頃のまま、時が止まってしまえば良かったのにと」

婚后「うっく……」

白井「何故わたくし達がと、何故こうなってしまったのかと、わたくしも風紀委員として、人の命の重さにも等しい瓦礫の山を前に、自分の無力さに何度となく泣き暮らしました」

湾内「……白井さん」

泡浮「白井さん……」

その言葉に婚后が鉄扇に涙を零し、湾内が泡浮の震える手を握り、在校生も卒業生も保護者も皆思い返す。
辛かった。苦しかった。怖かった。昨日ああすれば良かった、今日こうすれば、明日は良くなるだろうか。
大人も子供も皆あの戦災の残り火とも言うべき煙立ち上る瓦礫の山を前に立ち尽くす事しか出来なかった。

白井「そんなわたくし達在校生の涙を、先輩方が、先生方が拭って下さいました。そして、そんな中持ち得る能力の限りを尽くして発電所を稼働させ、ライフラインを死守し続け」

御坂「あ……」

白井「……今ここにご出席いただいております保護者の方々との、電話やメールといった連絡手段の基となる電力確保や通信整備に尽力なされたレベル5第三位、御坂美琴先輩に」

美鈴「ううっ……」

白井「そして全ての方々にわたくし達在校生は誓います。“新たなる常盤台”を今日ここから“自分達の手で”作り上げて行く事を。この誓いをもって送辞とさせていただきます」

その全てを想いながら白井は言い切った。


白井「――在校生代表、白井黒子――」



652 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:20:02.85 ID:O1EOw2qAO
〜32〜

その瞬間、水晶宮全体が震え出すほどの、地鳴りのような拍手と歓声が湧き上がって会場を揺るがせる。
これではどちらが卒業生かわかりゃしないと御坂は涙をボロボロ零しながら自分の答辞の事さえ忘れ……
惜しみない拍手を送った。拙く、幼く、形式も何もあったものではないそのスピーチに笑みと涙を零す。

婚后「うふふ、先輩を泣かすなど実に孝行(おんしらず)な後輩をお持ちになりましたわね、美琴さん?」

御坂「本当よ……おいしいところ全部持って行かれちゃって私の見せ場残ってないじゃないの黒子ったら」

婚后「まだベーカー・スカラーに贈られる“蜂の腰”の授与が残っておりますが……如何なさいますの?」

御坂「……決まってる。“受ける”わ。あの子が常盤台を背負って立つってぶち上げた以上、今度は……」

婚后「先輩としての意地の見せどころですわね。いっその事指名なされたらよろしいのに貴女方と来たら」

御坂「“女王杯”も越えられないようじゃ常盤台を背負って立つなんてどだい無理な話。だからこそ――」

教頭「答辞。卒業生代表、御坂美琴」

御坂「はい!」

喝采の中囁き合った言葉、見交わした眼差し、名指しで呼ばれ、すっくと立ち上がり、御坂は壇上に上がる。
白井(こうはい)が宴に華を添えたならば御坂(せんぱい)は締めの膳立てを粛々と全うするのみであると。
その背中を見送る婚后は思う。恐らく型通りに送辞を読み上げただけならば御坂は選ぶ道を変えなかったと。
白井が少しでも言葉を詰まらせれば、涙を滲ませれば、肩を震わせる『弱い後輩』のままだったならばと――

婚后「本当に、恩を仇で返す無礼という“礼儀”の似合う事」

白井と入れ替わりで答辞を読み上げる御坂。二人は示し合わせた訳でもないのに言葉もなく通じ合っていた。
“新しい常盤台”“自分達の手”という部分を強調して言った白井の言葉が意味するところ。それは御坂から

婚后「まあ、それくらいの気骨をもって事にあたるくらい後輩の方が頼もしくもありますわね。美琴さん」

『常盤台の女王』の座を禅譲されるのではなく、真っ向勝負での一騎打ちにて勝ち取るという事。すなわち



婚后「――わたくし婚后光子、いち友人として“女王杯”に立ち会わせていただきますわ――」



三つ目の継承条件……“女王杯”である。


653 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:20:39.80 ID:O1EOw2qAO
〜33〜

教頭「卒業生記念品授与。首席、御坂美琴」

御坂「はい!」

答辞は何とか無事に読み終えられたようですわね美琴さん。こうして壇上に立つ貴女を見ていると――

お父様『友人とはそういうものだ。友人が幸せなら自分も満たされ、悲しい状況になるなら自分も辛い』

お父様『桃李成蹊といって、立派な人のまわりには自然と集まってくるものだ』

お父様『光子が人を思い遣る気持ちを持って己を磨き続ければ、自然と相応しい友人ができるだろうな』

この会場にいらっしゃいますお父様、お見えになられますか?あれがわたくしの友人(ほこり)ですわ。
わたくしに出来ました最初の仲間(ゆうじん)、そしてあの避難所でも相互いに支え合った戦友ですわ。
この場にいない、されどこの場を見ているやも知れない復興支援委員会の方々もまた自慢の同士ですわ。

婚后「(……長い永い夏でしたわ……)」

学園都市第一位でありながら一番下っ端に据え置かれてしまった一方通行さん。
学園都市第二位として避難所を死守した初春さんの守護天使こと垣根帝督さん。
学園都市第四位にも関わらず炊事場の一切を取り仕切ってられた麦野沈利さん。
学園都市第五位でありわたくし達の先輩として白井さんを救った食蜂操祈さん。

教頭「式歌斉唱」

学園都市第六位であると知った時には髪の色以上に驚かされた青髪ピアスさん。
学園都市第七位にして復興支援委員会を立ち上げられた会長こと削板軍覇さん。
学園都市第八位の座にて、能力者狩りに目を光らせてくれていた滝壺理后さん。
学園都市第九位に登り詰めた、白井さんのもう一人のお姉様こと結標淡希さん。

教頭「校歌斉唱」

数え切れないほど多くの方々と巡り会えた奇跡に、わたくしは思いを馳せるのですわ。そしてこれからも……
まだ見ぬ霧ヶ丘女学院での新たな出会い、待ち受ける出来事、その全てを思うと満たされた胸が溢れそうで。

教頭「閉式の辞」

ですが涙は門出を汚しますわ。故にその時が来るまでわたくしは耐えましょう。ですが湾内さんに泡浮さん。
それが終わった後、最後だけ涙もろく弱い先輩になっても構いませんか?貴女方と出会えたあの日のように。

教頭「卒業生、退場」


もう一度手を結び、黄昏の中笑みを見交わす、そんな別れを――


654 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:23:17.86 ID:O1EOw2qAO
〜34〜

そして御坂と婚后を先頭に卒業生らが水晶宮を出、それから暫くして在校生らが飛び出して来るのを――

寮監「……終わったか」

再建された常盤台女子寮の寮監室にてネット配信されていた卒業式の様子を見つめていた寮監が一息吐く。
毎年の光景ながらも、胸に去来するものがあるのか、寮監もまた目頭を押さえられずにはいられなかった。
寮監もまた教職員でこそないものの、学内とはまた異なる表情を見せる生徒らを知っている。それ故に――

寮監「今年の卒業生は、一際規則破りの問題児が多かった……」

ある者は卒業生に抱きついて滂沱の涙を流し、ある者は在校生と最後の記念撮影を行っているのが見える。
それらを映すパソコンのディスプレイが滲んで見えるのは眼鏡が曇っているからだと寮監は思う事にした。
次なる新入生(に)を背負うまでの、ほんのわずか肩の卒業生(に)が下りたこの一時がえもいわれず――

寮監「……主に、御坂と白井の事だがな」

穏やかな気持ちと和やかな心持ちにさせられるのだ。鬼の目に涙とはまさにこの事かと諧謔しながらも。
水晶宮の外苑ではまだまだ後ろ髪引かれる卒業生や、名残惜しむ在校生の姿が見られる中寮監は気づく。
記念撮影の輪も、寄せ書きの輪にも、あるべき姿がどこにも見当たらない事に。だが同時に思い当たる。

寮監「――最後の最期まで問題児(おまえたち)らしい別れだ」

すると卒業式後の様子も映し出していた画面が切り替わり、水晶宮の空中庭園が画面に大写しとなった。
学園都市らしい、四季折々の花咲き乱れる中にあって一際目に鮮やかな女王蘭(カトレア)の園までも。
色とりどりの花々が白雪のヴェールを被って咲き誇る中、御坂派の人間達が円陣を囲む中心にあって――

白井『――――――』

御坂『――――――』

婚后『――――――』

白井と御坂が向かい合い、その間に婚后が立ち会っている。その足元には首席卒業者にのみ贈られ記念品。
2000粒のダイヤモンドをシリコンオイルに閉じ込めた砂時計。その形状から『蜂の腰』と字される……

寮監「――――“女王杯”などと――――」

10分の時をかけて刻むアワーグラスが、新旧『常盤台の女王』を決める『女王杯』の開始を待っていた。
655 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:23:43.81 ID:O1EOw2qAO
〜35〜

御坂「――第二ボタンをもらいに来た、って雰囲気じゃないわね」

白井「はい。わたくしが欲するのは“常盤台の女王”の座ですの」

目映いばかりの光降り注ぎ、新雪煌めく空中庭園にて白井と御坂はこの日初めて顔を合わせ言葉を交わす。
その様子を派閥の人間達が見守り、恐らくはネットの向こう側にいる多くの人間が見つめているであろう。
間に立つ婚后もまた二人の戦いを見届けるためにこの場にいる。どちらにもよらない婚后派の長としてだ。

御坂「……どうして?あんたは名誉とか権力とか野心とかそういうのに一番程遠いタイプに思えたけれど」

白井「決まっておりますわ。お姉様の後を継ぐのではなく乗り越えるためですの。そしてそれ以上に――」

御坂「………………」

白井「まとまりつつある常盤台を、むざむざ次の後継者争いで掻き乱さぬために、というのがまず一つ」

婚后「………………」

白井「そしてお二方が為されたように、そんなくだらない争いに次世代の新入生を巻き込まないためにも」

派閥「「「「「………………」」」」」

白井「あの戦災で一度は失われてしまった常盤台中学の精神を再び新たな形で作り上げるためにも、くだらない政争ごっこに時間を取られている暇はございませんのよ」

御坂「余計な争い、無駄な時間、そういうしがらみに傷ついたり足を引っ張り合ったりする愚かさや醜さは、私もこの半年で痛いくらい思い知らされたわ。あの夏にね」

白井は言う。あの戦災で一度は失われた常盤台中学は再建こそされたものの未だ深く傷ついているのだと。
だからこそ自分達の世代がそれを立て直さねばならない。そのためには後継者争いなど時間を食うのみと。
派閥が分かれるのは良いが、常盤台が割れている暇などない。早急にリーダーを決める必要があるのだと。

白井「ですの。お姉様が不始末をしでかしたわたくしを見捨てる事なく先代派から守って下さったよう、婚后さんが派閥争いに敗れた方々に手を差し伸べ続けたように」

御坂「……あんたの“大義”はよくわかったわ。後継者を指名しないで出て行って、後はお好きにどうぞって丸投げする私の無責任さよりよほど筋が通ってるわ、黒子」

日が高くなり、風が強くなり、花が散りゆき、雪が溶け行く中、王座に挑むものと阻む者が

656 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:25:48.49 ID:O1EOw2qAO
〜36〜

御坂「でもそれは“常盤台の女王”にならなくたって出来る事じゃないの?リーダーなんていなくても、皆一緒に」

白井「わたくしもそう思っておりましたわ。あの戦災を経験し、避難所で暮らし、復興支援委員会に属するまでは」

御坂「………………」

白井「レベル5のみならず、学校も所属も皆異なる面々が一つの方向を目指して手を取り合い足並みを揃えてこれたのは――
ナンバーセブンのような強力な“人間としての力”と強烈な“生きようとする力”……まああの方の言う“根性”ですわね。
あの方はそれと“復興”という目標に見合うだけのリーダーシップを発揮されましたの。そうでなければあの避難所にて……
どれだけの能力を持っていようと、個々人バラバラに動いていては烏合の衆と変わりませんのよ。故にわたくしは倣いますの」

自分は縦社会の頂点に立ちたい訳でも横並びの中心に座りたい訳でも、ましてや支配や権威を欲しているのでもない。
御坂が食蜂に感じた『必要悪』や白井が削板に覚えた『象徴性』のために常盤台の女王という『道具』が要るのだと。
派閥間の争い、それに伴い涙する生徒、常盤台の立て直し、戦災によって全てが壊れた今だからこそ重要なのだと……

白井「食蜂さんのような“器”を、お姉様のような“力”を、婚后さんのような“情”を兼ね備えた――」

御坂「………………」

白井「“常盤台の女王”というこれからの復興(たたかい)に必要な旗印をわたくし達は欲しておりますの」

そこで御坂はザクッと新雪を踏みしめながら白井を見据える。だがそれは後継者として認めたという事ではない。
ここまで大義を掲げたならば、食蜂に指名され嫌々請け負い、白井に絡んでの件なくばより先延ばししていた……
『常盤台の女王』の座を、はいそうですかと禅譲する訳には尚更行かない。女王の座という鼎の軽重を問われる。

御坂「良いわ。それだけ大見得を切ったなら、それに見合うだけの実力を示しなさい。私さえ越えられないなら」

御坂が空中庭園の土壌から『砂鉄の剣』を生み出して握り締め、その切っ先を白井に向けて構え直した。

御坂「――あんたの“大義”はただの幻想(えそらごと)よ」

超えんとする白井(こうはい)、越えさせじとする御坂(せんぱい)、新旧『常盤台の女王』による――



婚后「――“女王杯”を始めますわ――」


657 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:26:27.00 ID:O1EOw2qAO
〜37〜

佐天「“女王杯”って……競馬のタイトルじゃなくて白井さんと御坂さんがぶつかり合うって事なの!?」

初春「さ、佐天さんパソコン壊れちゃいますよ!ゆ、揺らさないで下さいモニタリング出来なっちゃ……」

固法「食蜂さん、“女王杯”って何なんですか?どうして白井さんと御坂さんがこんな決闘紛いの真似を」

食蜂「理解力に乏しいわねぇ?新旧“常盤台の女王”を決するための早い話が時代錯誤の番長争いよぉ☆」

同時刻、ベーカリー『サントノーレ』のボックス席にて常盤台中学卒業式の様子をネット配信で見ていた四人は目を見開いた。
そこには今まさに白井が決闘を申し込み、御坂がそれを受け、婚后が立会人として場を仕切っている真っ最中だったのである。
しかし三人の注文をテーブルまで運ぶ食蜂はどこか楽しげな様子で、佐天が揺さぶり初春が操作するパソコンを見やっていた。

食蜂「“女王杯”そのものは言い伝えで聞いてたんだけどもぉ。確か一人もいないはずなのよねぇ〜?」

女王杯……それは蜂の腰のようにくびれ、杯の形にも似た2000粒のダイヤモンドの砂時計が刻む10分弱の間……
『常盤台の女王』に対し一騎打ちを挑めるという、上流階級の子女の園にあって似つかわしくない決闘の作法である。

食蜂「――“常盤台の女王”を真っ向から打ち破って政権交代した“達成者”なんてただの一人もねぇ」

食蜂は言う。この『女王杯』を執り行う事自体が女王もその派閥の人間も未熟な証に他ならないのだと。
そもそも『女王杯』は女王の専横や独裁に対する不信任案を司る。言わば武力によるクーデターである。
また女王がしっかと後継者を育てて後事を託して指名すれば良く、また反旗を翻される事も有り得ない。

食蜂「(――去年私が言った先見力通りでしょお?御坂さん)」

今回のようなケースの場合、御坂が私情に走り過ぎ、白井を女王にしなかったら事がそもそもの発端だ。
加えて八月の事件にあって白井が大失態を犯したため、後継者として御坂も後事を託せなかった事にも。
言わば指導力不足の女王に対して、力不足の後継者が挑むようなものだ。勝てる見込みなど有り得ない。


――そして『女王杯』がみだりに行われない理由のいくつかには――


658 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:28:44.02 ID:O1EOw2qAO
〜38〜

食蜂「それに派閥の長に叛逆する訳だから、失敗すれば間違いなく追放☆どこの派閥もそんな子拾わなぁい」

それまで同じ派閥だった人間全てが敵に回り、常盤台中学そのものにいられなくなる可能性すらあるのだ。
ましてや相手はどんな形にせよ女王を担う能力者なのだ。真っ正面からの戦闘ともなれば圧倒的に不利だ。
加えて白井が挑む相手は学園都市第三位超電磁砲(レールガン)。単一戦闘だけならば食蜂さえ敵わない。

食蜂「――全力の第四位でさえ、御坂さんが本気出したらたった六秒で負けちゃったのよぉ。無理無理☆」

『0次元の極点』でレールガン返しをやってのけた麦野でさえレベル6に登りつめた御坂に惨敗したのだ。
同じレベル5にあっても御坂に勝ち得るのは本命一方通行、対抗垣根、単穴削板ぐらいしかいないだろう。
残る大穴で上条ないし浜面。つまり御坂とまともに戦える存在など230万人中五指に届くか届かないか。

初春「――白井さんは負けません。勝てるかどうかは私にはわかりません。でも白井さんは負けません」

固法「初春さん……」

わかっていた。この場にいる全員が御坂の実力をわかっている。白井が勝てる可能性などまったくの0だ。
どんな小細工を弄そうが蟻の掘った落とし穴にはまる象などいない。精神論でどうにかなる相手ではない。
間もなく始まるであろう『女王杯』を前に表情を固くする初春がそれを一番理解しているだろう。それでも

食蜂「――“壁”、ねぇ……」

食蜂もまたディスプレイを覗き込みながら思う。白井が何故御坂に挑まねばならないのかという思いを。
女王となって常盤台の持ち得る能力を持って第七学区の復興に携わりたいというのも本心からであろう。
だが白井の本音はそこだけではない。掲げた大義と比べ、もっと瑣末でより個人的な決意があるのだと。

固法「壁?」

食蜂「“壁”よぉ。力任せに打ち壊して“扉”にするか、食らいついてでもよじ登る“門”にするかはあの娘達次第だけどぉ」

佐天「……ちょっとだけ、わかったかも」

食蜂の言葉に佐天も首肯する。これは白井からの想辞(そうじ)であり御坂からの闘辞(とうじ)なのだと。

佐天「――白井さんは、御坂さんを卒業(のりこえ)たいんだ」

憧れを、目標を、理想を、白井は自らの力で乗り越える事で御坂(おねえさま)を送り出したいのでろうと。

659 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:29:18.49 ID:O1EOw2qAO
〜39〜

婚后「では砂時計が反転したらば開始とさせていただきますわ」

花と雪に彩られたバビロンの空中庭園、その小さくも深い人工池にかかる桟を挟んで二人はここに対峙する。
陽射しがことに眩しく、青空がやけに高く、春風がいやに強く、されど二人は目を逸らす事なく見交わして。

御坂「――女王になって何をしたいの?」

白井「常盤台中学の再建と、第七学区の復興に、わたくし達の能力で少しづつでも貢献したいんですの」

御坂「……あんたの代じゃ終わらないわ」

白井「ええ。ですがわたくし達の志を継ぎ、行き果たしてくれるであろう次の新入生(せだい)にバトンを託したいんですの」

御坂「何年かかるかもわからないのに?」

白井「そのために種を蒔きたいんですの。花開き、実を結び、この戦災に荒れ果てた地に、本当の春が訪れるその日まで――」

その言葉に御坂は苦笑、否、自嘲を浮かべて水面を見た。自分などよりよほど先を見据えている後輩に。
御坂は白井を守るために女王となった。だが白井は違う。未来へ繋がるバトンを守ろうとしているのだ。
それが誇らしくもあり悲しくもある。当初御坂は『女王杯』に消極的であった。だが今は違うと感じる。

白井「故にわたくしは御坂美琴(あなた)に別れを告げますの」

御坂「――――――………………」

白井「誰よりも貴女をお慕いしておりましたわ。お姉様“達”」

その時、白井が左手に金属矢を握り締めたまま右手でオイルクロックを取り出し指先で挟み上げた。
空の青(ラピスラズリ)と海の蒼(ウルトラマリン)を閉じ込めた、結標淡希からの大切な贈り物。
正気を失い狂気に駆られていたあの夏の日にも、それから巡った季節の中にあってさえ手放さず――

白井「――お姉様“達”に会えて――」

御坂「――嗚呼……」

白井「わたくし、本当に幸せでしたの!」

大切にしていたオイルクロックを手放し、重力に従って右手から離れて行くそれを白井は左手の金属矢で

パリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン……

白井「――3月9日(きょう)をもって」

横凪ぎに振り抜き、打ち砕き、閉じ込められていたブルーブラッドのオイルを『露払い』したのである。



白井「わたくしは、お姉様“達”から卒業いたしますの!!」



同時に、ダイヤモンドの砂時計が反転した


660 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:31:32.27 ID:O1EOw2qAO
〜40〜

結標『もし、私の事を――いつか貴女が“卒業”する日が来たら』

白井『………………』

結標『この時計を捨てて欲しいの。貴女を縛り付けたくないから』

あの夏の日、わたくしにこのオイルクロックを下さった貴女はそう仰有いましたの。私を忘れて欲しいと。
この夏の日、貴女と夢見た永遠も誓った永久も、その全ての記憶を想い出に変えお姉様の元へ帰りなさいと。

結標『――貴女が好きになったのは確かに私かも知れない。だけど、愛しているのは御坂美琴でしょう?』

白井『――それは……』

結標『いいの、わかっているわ黒子。昨夜、貴女を無理矢理抱いた時に流した涙は、そういう意味だって』

白井『淡希お姉様……』

結標『それでも良いなら受け取って。黒子』

貴女はズルいんですの。そんな風に言われたら受け取るしかないですの。捨てる事など出来ませんのに。
わたくしがこうして思い悩む胸の内から、揺れ動く瞳の奥から、逃げ惑う心の中まで全てわかっていて。

白井『そんな言い方は……とてもとても……卑怯ですの』

結標『忘れた?私って性格悪いのよ。思い出したかしら』

美しくて残酷な貴女、綺麗で優しいお姉様。そんなお二方を天秤にかけるような醜くあざといわたくし。
この時わたくしは泣き叫びたいほど、張り裂けそうなほど胸を締め付けられましたの。“どうして”と。
どうしてわたくし達は出会ってしまったのかと。こんなにも辛い恋ならば、貴女に出会いたくなかった。

白井『わたくし怒りましたのよ?これだけでは足りませんの!』

結標『どうしたら許してくれるかしら?黒子(おじょうさま)』

白井『それは―――』

淡希さん、わたくしは本当に貴女の事が大好きでしたの。本当は今だって貴女の事が忘れられませんの。
お姉様、わたくしは本当に貴女の事を愛しておりますの。本当は今だって貴女の事を抱き締めたいほど。

白井『――わたくしと一緒に星空を――』

故にわたくしは、お姉様『達』から卒業いたしますの。
あの日の笑顔のわたくしとこの日のわたくしの涙と共に

淡希さん、貴女のおかげでわたくしは立ち直りましたの。

お姉様、貴女のおかげでわたくしは立ち上がれましたの。



――ですから、未来(このさき)はわたくし自身の足で前に進みたいんですの――



661 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:31:59.04 ID:O1EOw2qAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とある蒼穹の学園都市(ラストワルツ):離の章「GOOD LUCK MY WAY」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
662 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:32:37.33 ID:O1EOw2qAO
〜41〜

オイルクロックが砕け散った瞬間に白井が、アワーグラスが反転した刹那に御坂が、同時に動き出した。

御坂「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

キンッ!という金属音と共に弾き出され紫電を漲らせ収束する。それは常盤台はおろか学園都市に住まう者ならば……
誰しもが知る学園都市第三位の代名詞、二つ名を冠する最大にして最高にして最強の一撃(レールガン)が放たれる!

白井「(やはり!)」

弾かれた同時に空間移動で躍り出た白井の背後、人工池がドンッッッッッ!という音すら置き去りにし――
水底を浚い、水柱を立たせ、水飛沫を巻き上げて炸裂する。出し惜しみ無し、いきなりのクライマックスに

白井「はああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

読み通り空間移動でレールガンをすり抜け、御坂の前に躍り出た白井が金属矢を挟み込んだ右手を振り下ろす。
それを読んでいたのか、御坂は前髪数本を切り飛ばさせバック転しながらかわし、空振る金属矢が新雪を穿つ。
だが御坂は着地すると同時に、手にした砂鉄の剣を白井に向けて横払いに振り抜かんとするが白井もそれを――

白井「させませんわ!」

御坂「っ」

返す刀で振り抜き、御坂の砂鉄の剣を弾き、そこから金属矢を同じく剣に見立てて握り締めバックステップを踏む。
追いすがり尚切りかかる御坂の太刀筋を、逆手に構えて風車のように回しながらいなし、逸らし、逆に飛びかかる。
空中に身を投げ出しながら身軽さを活かした錐揉み飛行のように切りかかり、逆手を振り上げて砂鉄の剣を押し返し

御坂「やらせないわよ!」

白井「っ」

ザバッッッッッ!と滝のように降り注ぐ人工池の水が雨霰とばかりに二人の髪を、ブレザーを濡らす中……
一合十合百合と赫亦を散らし剣劇を演じ剣の舞を踊って二人は水滴が蒸発しそうな火花の中ぶつかり合う!



――――――“1”――――――



打ち合い打ち鳴らすまでのやり取りが一秒とかかっていないにも関わらず、一瞬がまるで永遠のようで。



663 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:34:56.14 ID:O1EOw2qAO
〜42〜

打ち止め「お姉様本気だ……ってミサカはミサカは初めて見る剥き出しのお姉様に顔色を失ってみたり」

番外個体「おいおい画面が処理落ちするくらい凄まじいスピードってなんなのさ!?ありえないでしょ」

御坂妹「あなた方はどう思いますか?とミサカは水出しコーヒーを啜っている“男二人”にたずねます」

一方通行「………………」

一分以上も続く剣と刃の応酬をMNWから観戦していた妹達も思わず口元力むほどの御坂の攻勢を……
ダッチコーヒーをドリップしていた一方通行もまた見ていた。ただしMNWではなく、もう一人の――

垣根「おい、テメエはどっちに賭ける?」

一方通行「……下らねェ」

テーブルを挟んで煙草を吸っていた垣根が向けて来るスマートフォンの画面を通してだ。当の本人はと言うと――
手元にはいくつもの医学書が積み上げられており、その内一冊に開かれたページに目を落としながら吐き捨てた。
コーヒーを飲んだらサッサと出て行けと、垣根の持ち掛ける賭け事と御坂達のやり取り、その両方を指し示して。

垣根「まあそれもそうだな。賭けにならねえどころの話じゃねえ」

一方通行「………………」

垣根「――思い出すな。俺とテメエが初めて出会った頃をよ――」

垣根もまた一方通行と切り結んだ時の事を想起していた。それほどまでに白井と御坂の戦闘は激しかった。
散りばめられた火花と水滴。輝く砂鉄の剣に、煌めく金属矢が激しく凌ぎを削るまさに決闘そのものである。

一方通行「………………」

学園都市第一位こと一方通行。この数年後、カエル顔の医者の意志と意思と遺志を受け継ぎ二代目冥土帰しとなる医師が――
この時医学書をテーブルに置き、『杖を使う事なく』立ち上がり、窓辺へと向かい煙を追い出すべく窓を開け放ったところを

垣根「おい、ついでにコーヒーおかわり」

一方通行「誰にもの言ってンだ。殺すぞ」

学園都市第二位こと垣根帝督。この数年後、復興支援活動を通じて事業を学んだ彼は青年実業家となり起業する事となる。
しかし今は互いにそんな未来像などこの時知る由もなく、未だ道半ばである少年達の眼差しが時同じくして画面に向いた。



――――――“2”――――――



――かつて敵として出会った二人(しょうねん)の死闘を思わせる、味方として出会った二人(しょうじょ)の血闘に――



664 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:35:30.60 ID:O1EOw2qAO
〜43〜

御坂・白井「「((このままじゃ))」」

御坂「(勝てないわよ)」

白井「(負ける!!?)」

両者の剣劇から二分が経過した後、ガギン!と鍔迫り合いから二人同時に後ずさって距離を取り睨み合う。
雪が散り水が舞う空中庭園。派閥の人間達が取り囲み見守る中にあって、二人だけが互いの力量を正確に――

白井「はあっ!!」

御坂「ハアッ!!」

空間移動から一気に飛び込み金属矢で切りかかる白井、生体電流を操作し一気に突きを繰り出す御坂が交差する!
再び散らした火花が消え入るより早く白井は空中に空間移動し、跳躍の限界点から更に金属矢を八本バラ撒く!!
そこから投擲された金属矢を御坂が磁力を最大限に引き上げ纏めて掴み、吸着を反発に変えて打ち返し射出し――

白井「まだですわ!!」

た所を白井が更に空間移動し月面宙返りから御坂の背後に現れ出でて

御坂「(速い!!!)」

急降下しつつ斜め下に蹴撃を繰り出して来るのを御坂は振り向き様に砂鉄の剣の峰側で受け止める。
だが一瞬押し流された勢いは殺せず、その間に着地した白井が左フックを、右ストレートを放った。
しかし御坂はそれを首を傾けてかわし、右腕を手に取るとその勢いのまま一本背負いを繰り出した。
されど地面に叩きつけられる前に、触れられていた白井の手から御坂が空間移動で宙に飛ばされる。
そこでも御坂は空中庭園の硝子に磁力の反発力を利用し蜘蛛のように取り付きながら駆け出して!!

婚后「(電撃を放つ暇さえ命取りになる領域での戦いなどと!)」

立会人を務める婚后も一打一撃一合に瞠目させられる思いである。
白井の空間移動から投げ矢を警戒して御坂は一ヶ所に留まれない。
白井も御坂の電撃を回避するには空間移動で逃げ回るより他ない。
肉弾戦と白兵戦で間合いを保ち、演算する暇を与えない作戦だ。が



――――――“3”――――――



空間移動で御坂の立つ温室の屋根に躍り出た白井が、繰り出した金属矢による突きで胸元を捉えたかに見えた刹那……

白井「ぐはっ!!?」

御坂は上体と背中が地面につきそうなほど倒しながら、右足をバレリーナのように蹴り上げ白井を垂直に打ち上げる!

御坂「(これは、麦野さんの十八番よ)」


学園都市第三位こと御坂美琴が、嘗て麦野に三度浴びせられた『暴力』そのままに。


665 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:37:45.94 ID:O1EOw2qAO
〜44〜

絹旗「あれ、麦野の超得意技ですよね?」

フレンダ「結局、第三位に教えたりとかした訳?」

麦野「私とやり合った時に身体で覚えたんでしょ」

浜面「(麦野の足技とか人が死ぬぞ?)」

黒夜「(何で私がこんなところに……)」

同時刻、ファミレスのモニターより『女王杯』を観戦していたアイテムの面々と、紆余曲折あって拾い上げられた黒夜は感歎とした。
殺人的な麦野の『暴力』をしっかと身につけた御坂が体術に持ち込んでより、均衡が破られ白井が一気に劣勢へと追い込まれたのだ。
その様子をトマトジュース片手に見物していた麦野に、アーノルドパーマーを口にしていた絹旗が問い掛ける。何故?と首を傾げて。

絹旗「元々地力に差がありすぎてるなら何故レールガンを撃たないんでしょう?そうすれば超楽勝ですが」

麦野「ギャラリーが邪魔だからでしょう?同じ理由で雷撃の槍も撃てないんだろ。撃つ気もなさそうだし」

その問いに御坂を敵味方両面から知る麦野はつまらなさそうにストローを吸いながら分析を述べた。
一発目のレールガンも人工池に向かって放った威嚇射撃だ。白井に近接戦を強いらせるためだけに。
婚后の分析とは真逆に、離れて戦えば電撃の餌食だと思わせた上で相手の土俵で撃破するためだと。
二人の実力差は派閥(ギャラリー)がいようがいまいが、電撃を撃とうが撃つまいが埋まらないと。

フレメア「じゃあ大体、あのリボンの人は勝てないの?」

麦野「逆だにゃーんフーレメアー……この“女王杯”って場が立ってなきゃ小パンダが“勝てない”の」

学園都市第四位こと麦野沈利。この数年後に結婚し、家庭に入った後一男一女を設けて表舞台から引退する事となる。
その彼女の目は確かに捉えていた。全身全霊で空間移動を繰り返し早くも限界に達しかけている白井の旗色の悪さを。

滝壺「大丈夫、私はそんな諦めないしらいを応援してる」

学園都市第八位こと滝壺理后。この数年後にロードサービスとなり働き始めた浜面と麦野より早くに結婚する事となる。
その彼女の眼は確かに見抜いていた。御坂に刻一刻と追い詰められながらも、未だ膝を屈する事なく心を折らない姿を。



――――――“4”――――――



死力を尽くして戦い、死活を手繰り寄せんとする眼差しはまだ死んでいない。



666 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:38:16.19 ID:O1EOw2qAO
〜45〜

白井「(これが学園都市第三位の力!)」

御坂の雷撃を警戒し、温室の屋根づたいに駆けて来る白井が繰り出す空間移動からの右ハイキック。
だが御坂はそれを軽々と左手で受け止めたところでバチンッ!と火花散らす電流を流して弾き出す。
一瞬の内に冷や汗と共に戦慄し、脂汗と共に苦痛に顔を歪めた白井が身を屈めて後退るその頭上から

御坂「黒子ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

白井「――!!?」

降って来る踵落としに白井が再び空間移動して回避、今度は御坂の頭上に飛び出した白井のオーバーヘッドキックが見舞われた。
それに御坂も右腕を撃ち抜かれ、たまらず砂鉄の剣を取り落とし、屋根からジャンプして再び空中庭園へ飛び込んで行くのを――

白井「勝ちは拾わせませんわ!!」

御坂「!?」

白井の手から放たれた八本の金属矢がブルーローズの咲き誇る花壇に積もった雪面にガガガ!と突き立つ。
それによって砂鉄の剣が再び弾き飛ばされ直し御坂が追いすがろうとするのを、白井はそれ以上に必死に。

白井「はあっ!!」

突き立った八本の金属矢の一本に向かって空間移動し、それを手にして雪面から切り上げ御坂へ振り抜かんとする。
だが御坂も金属矢の一本をすぐさま手に取り、白井の切り上げに対し切り落としで受け止め再び剣劇の応酬となる。
その衝撃に真白き雪が舞い上がり、蒼白い花が舞い散り、二人を照らす陽射しを鳥の影が落ちて風が吹き荒んで――

女生徒A「……綺麗」

雪が、花が、水が、光が彩る空中庭園での死闘を取り巻き見守っていた御坂派の少女の一人が息を呑んで呟いた。
するとその呟きは囀りに変わり、囀りはやがて叫びへと変わる。この少女も嘗ては先代派に属していたのである。
故にわかる。食蜂の優雅さ、敵対していた派閥(じぶんたち)を飲み込んだ御坂の力強さとも白井は違うのだと。

女生徒A「……負けるな!」

女生徒B「負けないで!!」

女生徒C「白井さん!!!」



――――――“5”――――――



その声援はいつしか、レベル5という頂上にして超常の域にある御坂に対してではなく……
自分達と同じレベル4でしかない白井の戦う姿に向けられていた。残り五分を切って尚も――
五分とすら言えない戦況の中必死に食らいつくその姿が、少女達の胸を打ち震わせていった。

667 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:40:31.89 ID:O1EOw2qAO
〜46〜

佐天「負けないで白井さん!お願い!!」

初春「――勝って下さい白井さん!!!」

固法「あなた達……」

それは食蜂のバイト先、青髪の下宿先でもあるベーカリーに詰めていた二人も全く同じであった。
画面越しにも伝わって来る白井の必死さが、二人に御坂との対決という憂いを忘れさせるほどに。
無論二人がどのような形にせよ争って欲しくないのが本音である事に変わりはない。だがしかし。

女生徒D『行け!行け行け白井さん!!』

女生徒E『ちょっと!貴女達は御坂様の』

女生徒F『……負けるなー!!!!!!』

空中庭園でも御坂派の少女達が拳を振り上げ、声を張り上げ、尚も鎬と心身を削る白井を後押ししていた。
彼女達も決して御坂を敵として見做している訳ではない。これから卒業していく、自分達の『長』なのだ。
だからこそ思う。果たして自分達の中に止むを止まれぬ事情があったとして、誰がレベル5に挑めようか?

青髪「君はずーっとこないなると思ってたんとちゃう?せやから去年は第三位に、今年はあの娘に発破かけて」

食蜂「――私は貴方と違って予知力ないしぃ?でも一年前の今日、こうなるのは何となくわかってたのよねぇ」

答えは否であろうと食蜂はリモーネ・カプチーノを作りながら思う。それほどまでにレベル5は懸絶した存在だ。
極端な話、戦闘機に追われて逃げても誰も笑わない。だが白井のしている事は竹槍で戦闘機に挑むようなものだ。
同時に白井は彼女達側の人間である。レベル5を王族とするならば、白井(レベル4)は市民ほど差があるのだ。

食蜂「私みたいな政治力とも、御坂さんみたいな能力とも、婚后さんみたいな人間力とも違う“力”……」

青髪「“意思力”、っちゅうやっちゃね」

学園都市第五位こと食蜂操祈。数年後、生徒達にも選挙権をという親船新理事長が制定した新法を元に……
巧みな人心掌握術をもって学園都市の政界に食い込む第一人者となる少女が二人の戦いを微笑みながら――

青髪「――こっから先の未来は見るもんちゃう。作ってくもんや」

学園都市第六位こと青髪ピアス。数年後、この下宿先であるベーカリーを任され生涯一店主として終え……

食蜂「――私達もねぇ☆」



――――――“6”――――――



るかどうかは、六分儀にも記されていない未来の話である……



668 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:42:07.95 ID:O1EOw2qAO
〜47〜

削板「すげえ根性だな。もう何分食い下がってやがるんだ……」

雲川「うえっ……まだ頭がガンガンするんだけど。気持ち悪い」

同時刻、復興しつつある第七学区の街頭ビジョンを見上げながら二日酔い気味の雲川をおんぶする削板がいた。
昨夜の卒業記念パーティーで上条らにしこたま飲まされ、朝までグデングデンとなり最後には土御門が締めた。
だが何故削板がいるのかと言うと、鞠亜が余計な気を利かせて迎えに呼び出したのである。しかし雲川は雲川で

雲川「(……あいつは勇気があるけど)」

削板の広い背中の上から仰ぎ見るスクランブル交差点のビジョン。次第に蘇って行く街並み。移ろう季節。
果たして自分達はこの現実に広がる眺めを前に、どこまで記憶の中にある第七学区にまで戻せるだろうと。
我無捨羅に駆け抜けて来た九ヶ月が間もなく迎える新たな春にあってふと振り返りたくなる時があるのだ。
自分は何を変えられただろうかと。自分は何が変わっただろうと未だアルコールの残る明晰な頭脳が囁く。

雲川「……なあ、削板」

削板「ん?背中に吐くなよ!家までもう少しの根性(しんぼう)だ」

雲川「違う。本当は復興に一段落ついてから言おうと思ってたけど」

白井は変わった。変わろうとしている。ありったけの勇気となけなしの能力をもって御坂にぶつかっている。
その姿に雲川は少しばかり背を押してもらえた気がしたのだ。変わるなら今しかないと、新たな風が囁いて。

雲川「――私、お前の事が大好きだけど」

削板「………………」

雲川「酒の力を借りたような根性(いくじ)無しだけど、私はお前が好きなんだよ」

雲川は風に誘われるままにそう言い切った。青い空が広がる上と、白い雪が残る下でもない、目の前の背中に。



だが



削板「――ああ、知ってたぞ?」




雲川「………………〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

削板「痛え雲川!首を締めるな!!何で泣いてんだ!?」



――――――“7”――――――



学園都市第七位こと削板軍覇。数年後、彼は長点上機学園の教師となりその野球部を優勝へと導く事となる。
同時に、熱血高校教師として生徒や野球部に邁進し過ぎて恋人をほったらかしにし、ついにその恋人がキレた

雲川『こんな女心のわからん馬鹿の面倒、私以外の誰に見れる?』

七生を誓った逆プロポーズの果てに――

669 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:44:51.77 ID:O1EOw2qAO
〜48〜

白井「――はあっ、はあっ、はあっ……」

御坂「(――黒子――)」

女生徒G「白井さん!」

女生徒H「御坂さん!」

女生徒I「二人とも!」

七分間という短くも長い時間を全身全霊、全力全開、全力投球、全力疾走で戦い抜いた白井が息を切らす。
だが雪面に佇みながら最後の一片を散らしたブルーローズを砂鉄の剣で振り払った御坂は汗一つ流さない。
声援は未だ止まず、手に汗握る者、指を組み祈る者、腕を伸ばし呼び掛ける者達の中、御坂は呼び掛けた。

御坂「本当にあんたはよく頑張ったわ。私を相手にしてここまで戦い抜いた女の子はあんたが“二人目”」

白井「ぜえ……ぜえ……ぜえ……」

御坂「――もういいじゃない。あんたはよくやった。それはもうみんなが認めている事よ、“白井黒子”」

山のように高い実力差、海のように深い格差を砂鉄の剣に乗せて御坂は『常盤台の女王』として告げた。
だが声援を向ける少女らの何人が気づいただろうか?息一つ切らしていない御坂の声が震えている事に。
そう、少なくともただ『三人』は気づいていた。一人は相対する白井。そしてもう一人は立会人たる……

婚后「(美琴さん……)」

婚后である。彼女には御坂の心が手に取るようによくわかる。御坂は白井と戦う事に胸を痛めているのではない。
純粋に喜びゆえであろう。あの夏の日からよくぞここまで立ち直り立ち上がり自分の前に立ち塞がってみせたと。
それに加えてこの声援である。皆が起こし得るかも知れない奇跡を祈っているのだ。新たな時を刻むその瞬間を。

白井「まだですわ……」

御坂「………………」

白井「貴女も、わたくしも、まだ“負け”を認めてなどおりませんの!!!!!!」

恩送りという言葉がある。それは恩を受けた先達に返すのではなく、後輩に与える事で恩返しとするそれだ。
御坂は安心していた。もう自分が心配せずとも白井は大丈夫だと。こんなにも多くの人々に囲まれていると。
もう二度と折れない心は大樹となり、やがてその下で身を安んずる後輩達の支えとなり柱に成り得るだろう。

御坂「――そうね」



――――――“8”――――――



御坂が砂鉄の剣を握り直し、白井が顔を上げる。八重咲きの桜の下出会った、最高のパートナーに向けて



670 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:45:42.67 ID:O1EOw2qAO
〜49〜

白井「――これで……」

対峙する白井は片手片膝を雪に埋もれてしまった女王蘭(カトレア)の花畑に突きながら最後の力を振り絞る。
同時に婚后がキープするダイヤモンドの砂時計が加速する。蜂の腰に似た女王の杯のシリコンオイルが揺蕩う。
時間という変わり行くもの、ダイヤモンドという変わらぬもの、相反しながらいずれも人生に内包するものだ。

白井「――終わりですのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

轟ッッ!白井の手元から一面の白雪が消失し、変わって青空を白く塗り潰すように移動し御坂に降り注ぐ。
その予想だにしない攻撃に一瞬御坂が驚くも、白井も同時に空間移動して姿を眩まし、視界が白に染まる。

御坂「目くらましなんて!」

百キロ近い六花の結晶を御坂は縦に、横に、斜めに、砂鉄の剣を鞭のように伸縮させ切り裂いて行く!
視界を塞がれても御坂には電磁波で空間把握が出来る。天空から降り注ぐ雪崩の中にあってさえも――



――――――“9”――――――



御坂「後ろ!」

白井「とお思いですの!?」

御坂「!!?」

振り向き様に砂鉄の剣を横一文字に薙ぎ払うも、切り裂いたのは白井の冬服のブレザーのみで中身はない!
忍者の空蝉の術にも似たトリッキーな身代わりで更に反転した御坂の背後に踊り出た白井が金属矢を揮う!
対する御坂もまさに間一髪で砂鉄の剣で更に回転してそれを受け止め鍔迫り合いとなり、火花が咲いて――

婚后「――カトレア――」

何秒?何十秒?と渾身の力で鍔迫り合いで一進一退の押し合い睨み合う二人の周囲にカトレアが舞い散る。
かつて婚后が手入れしていた蘭の女王。その花言葉は『貴女は美しい』と言うものだと思い返されて行く。
それはゲーテの『ファウスト』の中にある最も知られた一節へ紡がれて行く。この長い永い物語の果てに。



―――時よ止まれ、お前は美しい―――



婚后「残り十秒!!!!!!」



――1(せつな)と0(えいえん)の狭間の中で綴られ続けた白井と紡ぎ続けられた御坂の物語に、ついに終止符が打たれる――



671 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:47:26.23 ID:O1EOw2qAO
〜50〜

白井「ああああああああああああああああああああ!!!!!!」

御坂「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

――――――“10”――――――

鍔迫り合いを白井が弾き返し、御坂が弾き飛ばし、二人が弾き出され

――――――“9”――――――

白井が右回りに回転し、御坂が左回りに廻転し、踊るラストワルツ。

――――――“8”――――――

御坂「これで――!!!」

流れる涙と共に御坂が振り抜いた砂鉄の剣は、やはり最後まで一瞬早く白井に届くも

白井「これが――!!!」

ブシュウッ!と溢れる血と共に白井はその刃を左手で掴み取って受け止める――!!

――――――“7”――――――

御坂「なっ……」

白井「――わたくしに求められるリーダー性ですのよ」

――――――“6”――――――

御坂の敗因、それは白井の姿に涙滲ませ狙いが逸れた事。白井の勝因、それは自ら血を流してでも成し遂げんとする“意思”

――――――“5”――――――

白井「……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」

ドン!と御坂の腹腔に突き刺さる金属矢の平坦な後部。命を奪うためではなく勝利を手にするための一撃。それは奇しくも結標が手塩を下した時の鏡合わせにして似て非なる結末。それを受け涙を零れ落とすは御坂。

――――――“4”――――――

御坂「――“黒子”……」

白井「――――――」

――――――“3”――――――

婚后「嗚呼……」

笑顔を浮かべ、心底満足そうに崩れ落ち敗れ去り涙を流す御坂を、血を流した白井の左手が受け止めた。

――――――“2”――――――

御坂「……あんたに会えて良かった」

この瞬間、時放たれ解き放たれたダイヤモンドの砂時計が反転する

――――――“1”――――――

0とは終わりではなく、始まりなのだ。

白井「――わたくしも」

――――――“0”――――――



そして時代(とき)は、御坂(ふるき)から白井(あたらしき)へ――



672 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:48:21.46 ID:O1EOw2qAO
〜00〜

卒業式会場・水晶宮(クリスタルパレス)



佐天「白井さんが……勝ったの!!?」



“バビロンの空中庭園”新旧女王戦



初春「と言う事は、新しい“女王”は」



“次代常盤台の女王”VS“当代常盤台の女王”



婚后「――勝者」



立会人・婚后光子



食蜂「――涙で前が見えなくなるなんて、御坂さんもまだまだねぇ」



見届け人・“先代常盤台の女王”



寮監「――あの馬鹿者“ども”め――」



見届け人・“初代常盤台の女王”



婚后「新女王、白井黒子さんですわ!!」



――勝者(しろ)白井黒子。敗者(くろ)御坂美琴――




673 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:50:39.57 ID:O1EOw2qAO
〜01〜

白井「――――――………………」

女生徒ABC「「「「白井さん!」」」」

女生徒DEF「「「「御坂様!!」」」」

沸騰した喝采と噴出した歓声の直中にあって、白井が御坂を受け止めたまま雪面に仰向けに倒れ込んだ。
文字通り全身全霊を懸け、600秒を駆け抜けた白井は最早糸が切れたように支えを失い力尽き果てた。
そんな二人の元に駆け寄って来る派閥の人間が叫ぶ。早く二人を医務室へと。そこで白井はようやく――

白井「(嗚呼……左手が、痛いですの)」

痛みを覚え、疲労を覚え、重みを覚え、戦慄を覚えた。御坂という歴代の『常盤台の女王』にあって……
否、レベル5最強の女性能力者に一太刀浴びせられた事が自分でも信じられず、記憶も所々飛んでいる。
自分が叩き込めた有効打らしい有効打など、最後の残り十秒のあの一撃のみだ。これがもし野試合ならば

御坂「……こら、馬鹿黒子」

白井「あ……」

御坂「勝ったのにへたれてんじゃないの」

そう霞がかかった思考と霧がかかった視界と靄のかかった意識の中、御坂が自分に肩を貸して立たせた。
それに派閥の人間達や婚后も一瞬ざわつく中、白井は別の事を考えていた。これではどちからが勝者かと

女生徒GHI「「「……御坂様……」」」

御坂「ホント痛いわ……まあ見ての通り」

御坂が白井に肩を貸しながら白井の血塗れの左手を取り、高々と上げた。この青空に負けぬほど晴れやかな笑みで。
その笑みにつられて婚后も笑ってしまう。負けたというのにそんなに清々しいお顔をするものではありませんわと。

御坂「私の一本負けで、黒子の一本勝ち。習わし通り、新しい女王の座は黒子のものよ。それから――」

婚后「美琴さん……」

御坂「“ただの御坂美琴(わたし)”としての最初で最後のお願い……みんな、今までありがとうね?」

女生徒達「「「「「御坂様!!」」」」」

御坂「みんな、これからは黒子をよろしく頼むわね!!」

この時をもって、御坂は『常盤台の女王』でも『常盤台のエース』でもないただ一人の御坂美琴となった。
ようやく一年前の食蜂の言葉の意味や晴れがましい笑顔の理由が実感としてわかった気がした。成る程と。
確かにこんな簡単な言葉一つさえ、こんな当たり前の頼み事一つさえ口に出来なかった柵から解き放たれて

674 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:51:05.93 ID:O1EOw2qAO
〜02〜

御坂「見ての通り、この子は無茶苦茶やるし滅茶苦茶する。私や先代みたいなタイプとは全然違うけども」

女生徒A「御坂様……」

御坂「だからこそ、貴女達に頼みたいの。この子を守ってあげて。貴女達を守りたいと願う新しい女王を」

いつしか雲一つない大空の下、啜り泣く声が冴え冴えと響き渡って行く中、御坂だけが笑顔だった。
別れには色んな形がある。自分が泣いて皆が笑って送り出してくれる別れもまたありえたであろう。
だが御坂は笑っていたかった。嘗ては御坂の敵であった者、利を見込んだ者、自分を慕って来る者。
その一人一人を見つめながら御坂は思う。派閥の神輿に祭り上げられて良かった事などなかったのに

御坂「私は食蜂(せんだい)みたいに人心掌握に長けてた訳でも、この子みたいに先を見据えていた女王でもなかったわ。
ずっと嫌々やって来た。いつも目の前の問題で手一杯で婚后さんみたいに全ての子に手を差し伸べる事さえ出来なかった。
それでも、こんな頼り無い私を今まで支えて来てくれてみんな本当にありがとう。ありがとう……ありがとう――ありがとう」

女生徒B「うっ……」

今一時は、全てが報われたような気がした。全てが救われた気がした。全てが許された気さえしてならない。
そこで白井が御坂の肩から離れ、血に塗れた左手を下ろし、タクトを切るようにして振り払い、声を上げた。

白井「――わたくし達の“女王”に――」

女生徒達「「「今まで大変お疲れ様でした!!ありがとうございました!!!」」」

御坂「!」

白井「――遅ればせながら、卒業おめでとうございますですの」

白井に呼応して少女が円陣から縦列にその形を変えて行き、御坂の前方に白雪を絨毯とした花道を作り上げる。
新たなる女王の最初の仕事。それは役目を終え玉座を降りた女王へ礼を尽くして見送ると言う事だ。だが御坂は

御坂「……遅いわよ馬鹿黒子。ついでに手も引いてってくれないかしら?実は私もけっこうフラついてさ」

白井「かしこまりましたの」

白井に対してエスコートを頼んだのだ。最初で最後くらい私に楽をさせてちょうだいと手を差し出して。
白井も恭しく一礼して御坂の左手を取る。小さく、細く、柔らかく、白い手だった。自分よりもずっと。
つい先程まで切り結んだ相手とは思えないほどたおやかなその手に、自分は何度救われて来ただろうと。

675 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:53:16.55 ID:O1EOw2qAO
〜03〜

女生徒ABC「我等が御坂(じょおう)に!」

女生徒DEF「新たな白井(じょおう)に!」

女生徒GHI「――幸と栄光があらん事を!」

二人は皆が作り上げた花道を無言で手を繋ぎながら、ゆっくりと一歩一歩雪面と花畑を踏みしめて行く。
そして婚后がデビアスの砂時計を抱えながら空中庭園の硝子の扉を開き、二人に道を譲ってくれたのだ。
白井と御坂が下り行く階段がカツン、カツンと静かな音を響き渡らせて綺麗に重なり合って行く。そこで

御坂「……不思議ね」

白井「………………」

御坂「あんたと二年間もずっと一緒にいたのに、こんな風に手を繋いで歩くのなんて初めてかも知れない」

白井「実はわたくしも同じ事を考えておりましたのよ。あんなにも長くこんなにも近くにいたと言うのに」

誰もいない踊場、窓から吹き抜ける春風に髪を揺らしながら奏でていた靴音が止み、二人が見つめ合う。
そこで御坂は白井の血塗れの左手にハンカチを巻いて応急処置し始めた。ごめんとポツリと呟きながら。
ぶきっちょな手付きも、走る痛みも、伝わるぬくもりも、御坂の全てがただ愛おしくてたまらなかった。

御坂「――私さ、悩んだんだ。三年に上がってから急にあんたがわからなくなったような気がしてずっと」

白井「………………」

御坂「今ならどうしてかわかる。それはあんたが変わってしまったんじゃない、成長したからなんだって」

白井「……成長などしておりませんわ。ただ失敗を積み重ねただけですの。それにもし成長したとすれば」

御坂「………………」

白井「それは全てお姉様のおかげですの」

自分はあまりにも御坂に多くの迷惑をかけ続けて来た。尻拭いから泥被りから何から何までと白井は語る。
感謝の前に謝罪が頭をちらついて離れなかった。どちらもせよ、してし足りないと言うのにと自嘲気味に。
だが御坂はそんな白井の両頬に手指を添え、涙を目に溜めたまま首を横に振る。やっぱり馬鹿ねと笑って。

御坂「――じゃあ、ちょっとだけ取り立てさせて」

白井「!?」

影が重なり、音が消え、鼓動が一つになる。それは時間にして何秒だろうか?一瞬か、永遠か、はたまた

御坂「――返させてなんてあげないわよ」

白井「――――――」

御坂「熨斗と利子つけても返させない!」

676 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:53:44.63 ID:O1EOw2qAO
〜04〜

そこで御坂は白井から背を向けて一足飛びに階段を駆け下り、振り返って見上げた。
最後くらいは意地悪な女の子になってやろうと小悪魔めいたウインクと共に笑って。
何故ならもう白井は御坂を『卒業』してしまったのだ。先輩後輩でさえないのだと。

御坂「黒子!」

白井「な、なんですの!?」

御坂「――私の事を、名前で呼びなさい。それを餞別にするわ」

白井「………………」

御坂「“お姉様”じゃなくて、ただの“美琴”って呼んでよ!」

もう押さえられなかった。涙も笑顔も想いも何もかもが押さえられなかった。もう押さえなくて良いのだ。
御坂は先輩ではなくなった。白井も後輩ではなくなった。『お姉様』という幻想など最早存在しないのだ。

白井「――――“美琴”――――」

白井が空間移動で御坂の胸に飛び込み、御坂が白井を両腕で抱き締めた。先輩後輩も関係なくただ一人の……
ただ一人の少女として、ただ二人の少女達として別れを告げ合う。再会は誓わない。それだけで十分だった。

白井「わたくし、本当に美琴の事が大好きでしたのよ?友達としても先輩としても、一人の女の子としても」

御坂「私も黒子の事大好きだよ。友達として、後輩として。ずっと一人の女の子として見れなくてごめんね」

白井「良いんですのよ。美琴に恋して良かったですの。美琴を愛せて良かったですの。で・す・か・ら……」

御坂「!?」

白井「――ありったけの愛を込めて――」

その言葉の余韻と、唇に余熱を残して、白井は御坂の腕の中から消え去った。女王蘭を思わせる笑顔と共に。
先程喰らった捨て身の乾坤一擲以上の不意打ちがもたらした衝撃に、御坂はしばらくその場を動けなかった。
そして耳を澄ませば、空中庭園からコールが聞こえる。『女王』『白井様』と言う少女達の勝ち鬨と凱歌が。

御坂「……三度目の正直、ならずか……」

唇を指先でなぞりながら御坂は階段を下りて水晶宮を出る。今頃は婚后がデビアスの砂時計を白井に授けているであろう。
その中で御坂は思うのだ。上条にフられ、麦野にフられ、白井にフられ、つくづく恋愛運に恵まれぬ星の下に生まれたと。

御坂「悔しいな……」

晴れ渡り澄み切った空の下、御坂は微笑んだ。

御坂「――惚れた方の負け、ね」

677 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:56:19.20 ID:O1EOw2qAO
〜05〜

結標「――惚れた私の負け、ね」

一方、空中庭園を見下ろす形で聳え立つ風車に腰掛けながら下ろした赤髪を手で押さえながら呟くは結標。
これから円弧を描いて集う少女達の中心にて、婚后からデビアスの砂時計を受け取るだろう白井が見える。
自分とお揃いの逆十字架のイヤーカフスを身に付け、新たなる常盤台の女王となった『元カノ』の横顔が。

白井『“この後”どうするかではありませんの。“この先”どうするかですの』

結標「――貴女はあの夏の日からずっと」

白井『ですが、もしわたくしに貴女のような力があったなら……と同じ能力者として思いますの。特に今のような状況であればあるほど』

結標「ずっと復興の事を考えていたのね」

木っ端微塵に打ち砕かれたオイルクロックは結標からの、『女王杯』は御坂からのそれぞれ卒業を意味する。
それは同時に、『常盤台の女王』となって常盤台中学及び第七学区の復興に己の全てを注ぎ込む決意表明だ。
白井さえ望めば御坂と結ばれる事とて夢ではなかったかも知れない。だがそうしなかったのが全ての答えだ。
御坂と結標、二人のお姉様達の狭間で揺蕩っていた白井の出した結論。それは二人に対するけじめでもある。

結標「もしかすると貴女は最初からこうするつもりだったんじゃないかしら?私と彼女を解き放つために」

加えて、自らを身を引く事で白井は自分と御坂を自由の身にしたのだろうと言う事も結標は理解していた。
白井が身を引かない限り、結標はずっと白井に囚われたままだったかも知れない。風化する事なく何年も。
白井が弓を引かない限り、御坂はずっと白井から離れられなかったかも知れない。色褪せる事なく何年も。

結標「貴女は優し過ぎる……」

別れた道で結標が自分の方へ振り返らぬよう、御坂が自分という影を落とさぬように送り出してくれたのだろう。
結標は姫神に、御坂はまだ見ぬ相手に、それぞれ迷わず突き進んでいけるように。白井はそこまで考えた上で――

結標「どうしてそんなに優し過ぎるのよ」

空を見上げる結標の胸に去来する白井との記憶。昨夜も白井が眠るまでではなく今朝目覚めるまで抱いていた。
雪よ止むなと、時よ止まれと、一晩中白井の寝顔を見つめながら結標は星に祈り月に願った。夜が明けぬ事を。

結標「――私も貴女から卒業しないとね」

だが白井は朝焼けに求めた。明日という太陽(きぼう)を――

678 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:56:49.28 ID:O1EOw2qAO
〜06〜

白井『それでは私も身支度を整えさせていただきますの。少しばかり後ろを向いていて下さりません事?』

夜が明けて、朝が来て、空が晴れて、貴女が私の腕から離れて行く。手が離れて行く。それが少し寂しい。
抱き合ったまま眠れるだけで満足だったはずなのに、徹夜明けの目にも眩しい貴女を私はまだ惜しんでる。
微かに立つ衣擦れの音と、窓の外で囀る鳥の声が何故だか物悲しい。もうこの部屋に忍ぶ事は二度とない。

結標『今更恥ずかしがる仲でもないでしょうに』

白井『恥じらいを無くせば女とは呼べませんの』

8月9日の夜から8月10日の朝まで一晩かけて囲った鳥籠。私はその中で歌う黒子をずっと眺めていたかった。
けれど金糸雀を囲っていたつもりで、虫籠に囚われていたのは私の方だった。それをまざまざと思い知らされる。

白井『あっ……』

結標『少しだけ』

白井『………………』

結標『もう少しだけこのままでいて黒子。後ろを向かないで』

ほら、私はこんなにも貴女という虫ピンに胸を突き刺されてる。やっと楽になれるはずなのに苦しいの。
これで心置きなく秋沙のもとへ帰れるはずなのに、同じ分だけ帰りたくないと思っている私がいるのよ。

白井『……相変わらず弱いお方ですのね』

結標『そうよ。だから貴女に捨てられるのよ。ゴミのようにね』

白井『だからこそ私は貴女を手放すんですのよ。宝物のように』

どうしてかしら。今貴女に見られたくないくらいひどい顔をしてるはずなのにどこかで振り向いていると思ってる私がいる。
秋沙の言う通りね。私はどうしょうもなく女々しい甘ったれだわ。だからこの子にも見限られてしまうのよ。貴女を除いて。

白井『――さようなら、わたくしのもう一人の“お姉様”――』

貴女は最後まで浮かべていた笑顔を、私は最期まで忘れない。忘れられるはずがない。この先もずっとね。
けど今はそれを引きずるのでも背負うのでもなく、抱き締めて生きて行ける気がする。そうでなければ……
申し訳ないわ。こんなにもか弱い私を見送ってくれた貴女とこんなにもか細い私を見守ってくれた秋沙に。

結標『――さようなら、私のたった一人の“後輩”――』

私にも白黒(けり)を、決着(おとしまえ)をつけなきゃいけない相手がいる。最悪死ぬかも知れないけど。



――――最後に、付き合ってもらうわよ――――



679 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/17(土) 23:58:55.97 ID:O1EOw2qAO
〜07〜

御坂「……惚れた方の負け、ね」

結標「ええ、貴女の負けよ“超電磁砲”」

水晶宮を後にした御坂が外苑前にて出くわした最後の敵。それは春風と共に座標移動で降り立った結標。

御坂「あんた……どうして!?」

結標「――昨日言ったでしょう?“また会いましょう”ってね」

陽射しを浴びて溶け行く白雪の上に一足にて着地して、御坂の行く手を塞ぐように立ちはだかり見返る。
それに対し御坂も一瞬目を見開いたが、すぐさま見据えて向き直る。来るべき時が来たかと身構えつつ。

御坂「……何の用?このタイミングであんたが姿を現すって事は」

結標「ええ、私は全て見ていたわ。貴女と黒子の“女王杯”まで」

御坂「……やる気まんまんって顔だけど、黒子の事ならもう――」

結標「いいえ、決着をつけに来たの。ただ純粋に貴女との因縁に」

御坂「………………」

結標「私と貴女の間には、まだ一度も白黒(けっちゃく)がついていないのだから」

その言葉と共にザアッと梅林の枝葉と花が春一番の風に揺られ、二人の間に渦巻き逆巻き吹き抜けて行く。
そう、二人は一昨年の残骸(レムナント)を巡って対峙した時も決着がつかなかったのだ。ただの一度も。
軍用懐中電灯を抜き払い、突きつけて来る結標の顔が御坂に目も真っ直ぐ写り込む。『自分と戦え』と……

御坂「別にそんなのどうでもいい。もう私とあんたが争う理由なんてどこにもない」

結標「――なら戦う理由を作ってあげるわ。昨夜ね、私あの娘に会いに行ったのよ」

御坂「………………」

結標「貴女がいない隙を見計らってね。どう?少しはやる気になってくれたかしら」

結標が露悪的な艶笑を浮かべて御坂を挑発する。白井が大義を掲げるならば自分には口実があれば良いと。
結標は続ける。気がつかなかった?あの娘からジャンヌ・アルテスの移り香がした事をと、嘲笑いながら。
常盤台中学の子女らは空中庭園にて女王越えを果たした白井を祝福し、自分達を邪魔立てする者はいない。

結標「さあ始めましょうか御坂美琴(レールガン)!私と貴女の最後の戦いを!!」

舞台は整ったと、主役(ヒロイン)は二人いらないと、結標が喜び勇んで剣を抜くも

御坂「――――出来ないわよ…………」

結標「!?」

御坂「あんた自分で気づいてないの?」

御坂は――……

680 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:00:04.59 ID:l0QhiqrAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――あんた、自分が泣いてるの気づいてる?――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
681 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:00:44.40 ID:l0QhiqrAO
〜08〜

結標「………………!!!!!!」

御坂「――私さ、あんたも嫌いだけど弱い者イジメはもっと嫌いなの。泣いてるあんたを痛めつけたりなんかしたら、私が悪者扱いされるじゃない」

そこで結標も初めて気が付き我に返った。自分の双眸から相貌にかけて伝い落ち流れ出す雪解け水の正体を。
後から後からボロボロとポロポロと、この春の陽射しに当てられたかのように止め処なく限り無く溢れる涙。
御坂も思わず溜め息をつく。自分を痛めつけ傷つける以外落としどころを見出せない結標の泣き顔に対して。

結標「戦いなさい……」

御坂「………………」

結標「闘いなさいよ!」

轟ッッ!と結標が座標移動から御坂の懐へと飛び込み軍用懐中電灯を振り下ろして来るのを、御坂は――

御坂「い  や  よ」

結標「!?」

ガギィィィィィン!という硬質な音を立てて軍用懐中電灯が結標の手から離れて宙を舞い真っ二つになる。
対する御坂の手には砂鉄の剣が握られており、その切っ先が跪いた結標の鼻先に突きつけられ幕は下りた。
白井の時のような勝負さえなっていない。レベル5の三位と九位という序列以上の隔たりがそこにはある。

御坂「……沈利さんといい、どうして私の周りの女の子って自分を傷つけたがるのかな。みんなMなの?」

結標「――うっ、ううっ、うううっ……」

結標がへたり込み、背を丸めて雪面に両手をついて泣き出した。何故、どうして戦ってくれないのかと。
御坂とてわかっている。結標はこのやり場のない悲哀と行き場のない喪失に終止符を打って欲しいのだ。

御坂「認めよう?私もあんたも負けたの。私達二人とも黒子一人に負けたんだって」

三度咽び泣く結標を抱きながら御坂は思う。白井を壊した事は忘れないが結標への怒りはもう許そうと。
結標は白井より能力者として遥かに強い。結標は白井より人間として遥かに弱い。だから許すと決めた。

御坂「何で黒子があんたの事好きになったのか、今初めてわかったような気がする」

無様な惨敗と不様な敗者に身を落としてまで結標が決着をつけたかったのは御坂との因縁などではない。
誰かの手で倒してもらわねば断ち切れないほどの温もりを結標に残していった、白井との想い出だった。

682 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:02:47.79 ID:l0QhiqrAO
〜09〜

姫神「うちの馬鹿猫が。とんだご迷惑を」

結標「ひっく……うっく……」

御坂「はー……前の事と合わせてこれでチャラにしてあげる。って言うかこの娘メンタル弱過ぎでしょ?」

姫神「こんな面倒臭くて。重くて。豆腐メンタルな彼女。私以外の誰にも手に負えない。淡希。洟かんで」

夕刻、美鈴や婚后に電話で詫びながら泣きじゃくる結標の手を引き、辿り着いた先は夏に訪れた月詠の部屋だ。
現在そこに再び身を寄せている姫神が玄関から出るなりおおよその事情を察したのか、御坂に深々と謝罪した。
代わり結標のお尻を叩き、早くシャワー浴びてそのひどい顔を何とかしてと促す姿に御坂は改めて思わされる。

御坂「……私が言うのもおかしいけど、本当によくデキた彼女よね。姫神さんって」

姫神「こうでもしないと。甘ったれな淡希は。何時まで経っても前に進めないから」

御坂「大丈夫。貴女さえいればあの娘は幸せに生きていけるわ。黒子じゃ無理無理」

確かにこんな面倒臭い女の恋人など白井には到底務まらないだろうし自分だってごめんこうむりたい。
やはり結標のようなか細いタイプには姫神のような図太いタイプでなければとてもではないが無理だ。
思わぬ形で果たされた前作主人公達と今作主人公の邂逅は、互いに頭を下げつつ別れる形と相成って。

姫神「でも。どうして。あのリボンの娘が。貴女を好きになったのか。今初めてわかったような気がする」

御坂「?」

姫神「貴女は。優しい」

結標「秋沙ー!ティッシュ切れたー!!」

姫神「私とは。大違い」

つかつかと玄関から奥の部屋へ姫神が戻って行くと、ドムッ!ボディーブローが入ったような音が聞こえた。
恐らくこれから色んな意味でお仕置きされるのだろう結標を思うと、御坂は苦笑いに嫌な汗が浮かんで来る。

御坂「あははは……じゃあ失礼しまーす」

姫神「どうも。お手数をおかけしました」

学園都市第九位こと結標淡希。この数年後に学園都市を去って姫神の故郷である京都へ共に移り住む事となる。
そこでどのように暮らしているかは謎に包まれているが、毎年白井へと届く年賀状の二人はいつも笑顔である。

御坂「さて、私も帰りますか」

そして御坂はアパートを後にし、再び第七学区へと舞い戻って――

683 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:03:38.55 ID:l0QhiqrAO
〜010〜

上条「よう、ビリビリ!」

御坂「げ」

初春「あらまあ」

佐天「あちゃー」

固法「ううーん」

舞い戻った矢先、佐天達と合流を果たした御坂は件の陸橋にて再び上条と出くわし顔を引きつらせ赤らめる。
だが後ろに控える三人は微妙に頬を緩めながらニヤニヤと成り行きを見守っており、加勢する気は全くない。
夕焼け空の下、復興して行くビル群の鉄骨を運ぶクレーンの影が落ちて上条と御坂は久方振りに顔を合わせ。

上条「――卒業、おめでとう。それから白井との事もお疲れ様」

御坂「……ネット配信見ててくれたんだ」

上条「まあ、な」

たは良いものの、御坂の側から上手く言葉が出て来ない。ありがとうとも、さようならとも、好きとも。
だが上条は相変わらずマイペースな足取りでそんな御坂の脇をすり抜けようとして御坂が振り返り、叫ぶ

御坂「……上条当麻!!」

上条「ん?」

御坂「――二年間世話になったわね」

上条「……何言ってんだ??」

御坂「!?」

呼び掛けた御坂に背を向けたまま、上条が笑んだのが御坂にも伝わって来た。そう、彼にとって卒業とは

上条「――“またな”、御坂」

御坂「――――…………」

ゴールなどではなく新たなスタートなのだと御坂は言われたような気がした。故に御坂もまた振り返らず

御坂「――“また”ね!!!」

最弱のレベル0こと上条当麻。この数年後に大学卒業を切っ掛けに結婚し一男一女をもうける事となる。
その後科学サイド並びに魔術サイド両方を渡り歩いた経験を元にライトノベル作家へと転身し成功する。
ペンネーム『鎌池和馬』と、両サイドより紛争調停を受ける祓魔師『神浄討魔』という二つの名の下に。

御坂「――じゃあ行こうかみんな!!!」

学園都市第三位こと御坂美琴。この数年後に彼女は父親と同じ仕事を選び、世界中を回るようになる。
かくしてレベル5の面々並びに同じ時代を駆け抜けた少年少女達は方々へと散って行き、時に集った。
ある者は未熟な少年時代に別れを、ある者は早熟な少女時代に終わりを告げて未来(あす)へ向かう。


――――それぞれの人生(ものがたり)を描ききるために――――


684 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:05:33.76 ID:l0QhiqrAO
〜011〜

白井「それではわたくし達の担当地区はこの桜並木から学舎の園外苑前までですの」

女生徒「「「「「お任せを!!」」」」」

女王杯より二日後の三月十一日、白井は常盤台中学の子女らを総動員して第七学区の地均しに向かった。
辺りを見渡せば委員会の面々もそれぞれの上役に従って倒壊しかかっている建物などに手を加えている。
昨年と同じように狂い咲きの桜を前に白井は号令をかけ終えると一息ついた。これからが本番であると。
ハラハラと舞い散るピンクの花片とスカイブルーの蒼穹が、モノクロの街に手向けられた慰めのようで。

白井「(あの美しかった街並みを今一度。せめて、わたくし達より下の代の卒業生達が常盤台中学で式を上げられるように)」

あの戦災から早九ヶ月。第七学区は削板らが担当する市街地中心部がようやく整備が終わりつつある程度。
しかし異端宗派(グノーシズム)により七夕事変の激戦地となった学舎の園はまだまだ手が行き届かない。
今のところ白井のささやかな目標は、せめて下級生達が常盤台で卒業式を上げられるようにと言うものだ。
正直言ってアレイスター亡き後の学園都市上層部はあてにならないどころか役にすら立たない。ならばと。

坂島「嗚呼、僕のお店まだ残ってるのか……おお、看板が奥に!」

白井「(――わたくし達の代で果たしてどこまで出来る事やら)」

坂島「潰れるなよー……また建て直しに来るからそれまで頑張れ」

白井「……よろしければ、看板だけでもテレポート出来ますが?」

坂島「う、うんお願い出来るかな。今の店も悪くはないんだけど」

やっぱり愛着がさ、という坂島の言葉に白井も首肯し崩れかけた瓦礫の一山に近づいて行く。
御坂の砂鉄の剣を受け止めた左手はまだ痛むが演算に支障が出るほどではない。そして白井は

白井「よっ、はっ、ほっ……んんっ!?」

坂島「だ、大丈夫かい?無理なら無理で」

瓦礫の山の一つ一つを空間移動させながら自分もかつて通っていた美容院の看板を目指して突き進む。
だがそこで白井の手が止まった。自分の能力の総重量を超える瓦礫の一山にぶち当たったのだ。すると

???「ああもう、何をまどろっこしい事をなさっているんですの」

白井「!」

???「1、2で合わせますわよ?わたくしも空間系能力者ですの」



――そこに、見慣れぬはずなのに見慣れた少女が手を貸してくれた――



685 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:06:02.75 ID:l0QhiqrAO
〜012〜

白井・???「「1、2の、3!!!」」

ドゴンッ!という瓦礫の一山が崩れ落ちる音と共に坂島の美容院の看板が白井と少女の両腕にのしかかる。
坂島もそこでありがとう!と感涙の極みに至ったのか看板を小脇に抱えて壊れた噴水まで駆け出して行く。
そこでジャブジャブと水洗いし、泥と汚れを湾内と泡浮が能力を用いて洗浄して行く光景を尻目に白井は。

白井「ありがとうございますですの。おかげで助かりましたの」

???「………………」

白井「如何なさいまして?わたくしの顔に何かついてますの?」

???「その逆十字のイヤーカフス……貴女もしかして“常盤台の女王”ですの?」

傍らの少女にぺこりとお礼を言うと、少女は白井の左耳に輝くブルーローズのイヤーカフスに目を止めた。
そこから長めのチェーンに連なる逆十字架。結標とお揃いのそれと、白井の面立ちに少女が思い当たった。
二日前ネット配信された常盤台中学の卒業式並びに『女王杯』で見た顔だと。それに対し白井は苦笑して。

白井「ええまあ。ですがそれが何か……」

???「――女王だなんてたいそうな呼ばれ方をなされてますのに、ずいぶんと気安く頭を下げますのね」

女生徒A「ちょっと貴女!何様のつもり!?」

女生徒B「貴女初等部でしょ?どこの学校よ」

???「……ですがその下の人間はなっていないようですわね。わたくしも四月から頭が痛い思いですの」

白井「はい皆さんお静かに。貴女もしかして新入生ですの?」

苦笑する白井に挑むような眼差しを向けて来る少女に対して、派閥の少女らが怒りも露わに取り囲んだ。
だがその少女は勝ち気そうな眼差しと負けず嫌いそうな顔立ちに、不敵な笑みさえ浮かべて白井を見る。
そこで白井も何故初対面であるはずのこの新入生に対し、奇妙なシンパシーを覚えたのか得心が入った。

新入生「その通りですわ“常盤台の女王”。まさかわたくしの他にもこんな地道な作業をする方がいるなど」

白井「――確かに、女王の名を冠するにはわたくしのやり方は些か泥臭いかも知れませんわね?新入生さん」

ザワッと抜けるような青い春の空の下、吹き抜ける風に乗せて舞い散る桜の中に白井は見た。
このツインテールにストライプのニーソックスの少女は、さながら二年前の自分そのものだと

686 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:08:48.49 ID:l0QhiqrAO
〜000〜

白井「……そういう貴女にも、可愛らしい鼻の頭に泥がついておりましてよ?」

新入生「子供扱いしないで欲しいですの!何がそんなにおかしいんですの!?」

輝かしい眼差し、猛々しい物言い、若々しい物腰、怖いものも挫折も知らないその目映いばかりの新入生の雰囲気に――
白井は少女の鼻先についた泥を拭き取りながら目を細める。年寄り臭い言い方をするなら、自分の若い頃にそっくりと。

湾内「し、白井さんが……」

泡浮「わ、笑って……!?」

そんな白井と少女のやり取りに、湾内達や派閥の少女らが瞠目する。
この若さに溢れ礼を欠いてさえいる少女を、白井が気に入った事に。
それ以上に、夏の事件以来めっきり少なくなった笑顔が戻った事に。

新入生「一体何なんですの?貴女は……」

白井「――白井黒子と申しますわ新入生さん。よろしければわたくし共の担当地区を手伝っていただけませんこと?」

新入生「!?」

白井「先輩後輩(たて)も派閥(よこ)もなく復興の志を共にする仲間として。同じ常盤台として。貴女自身として」

新入生「………………」

白井「わたくし達に手を貸して下さいな」

あまつさえ白井はその少女に向かって手を差し伸べたのである。わたくし達と一緒にこの復興を戦って欲しいと。
その言葉に新入生の少女は口を尖らせ、頬を膨らませ、ジト目で睨んで、プイッとそっぽを向きながら手を取る。

新入生「……気安く頭を下げ容易く助けを求める。わたくしの思い描いていた女王とは随分違いますのね」

女王様C「貴女!!女王に向かって――」

白井「いいんですのよ、皆さん。わたくしなら一向に構いませんの。それでは参りましょうか新入生さん」

派閥の人間達が怒り心頭に発する新入生の手を引きつつ、白井は狂い咲きの桜の彼方に広がる蒼穹を見上げる。
崩れたコンクリートの白と砕けたアスファルトの黒に彩られたモノクロの第七学区にあって鮮烈なブルーの空。

新入生「新入生新入生と呼ばないでいただけません?わたくしには――――という名前があるんですの!」

新入生が上げた名乗りは桜吹雪を乗せた春一番に掻き消されるも、白井はしっかりその名を心に刻み込む。

白井「……いい名前ですわね――」

在りし日の自分と重なりながらも異なる結末を迎えるであろう

白井「――ようこそ!常盤台中学へ!!」


――――新たなる主人公の名を――――



687 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:09:18.82 ID:l0QhiqrAO
〜001〜

「お姉様、その砂時計は何なんですの?」



時に堆く聳え立つ夏雲が太陽を遮ろうとも



「嗚呼、これは先代“常盤台の女王”から受け継いだものですの」



時に凍えるような驟雨に見舞われようとも



「先代……確か“常盤台の超電磁砲”こと御坂美琴さんですの?」



虹は必ず架かるのだ。雨上がりのその後に



「ええ、貴女にとってのわたくしのような“お姉様”でしたのよ」



想い出という、色褪せぬ蒼穹(そら)へと



「――わたくしのお姉様は、“黒子”お姉様ただ一人ですの――」



その架け橋の先に待つ、新たなる世代へと



「――わたくしも同じ気持ちですのよ。最愛の妹(あなた)――」



――未来(ものがたり)は、終わらない――



688 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:10:08.25 ID:l0QhiqrAO

「(あれからもう何年経つ事やら……)」

「ねえ先生、昔この第七学区で大きい戦争があったって本当?」

「本当も何も、貴女のお父様が先頭切って突っ込んで行かれたんですのよ?それにお母様まで大暴れして」

戦災の爪痕など目を凝らしても見当たらない学舎の園に広がる桜並木。
それを一人の少女が保健室の窓枠に頬杖を突きながら見下ろしている。
母親譲りの優美な栗色の髪に優麗な美貌、そして父親譲りの運の悪さ。

「あのママに頭が上がらないパパがねー……私そっちの方が信じられない」

「ふふふ。ですが戦争があった事は確かですわ。あの桜が生き証人ですの」

保険医が指し示す先、千本桜を思わせる花片の回廊。先程件の少女が同級生と出会い頭にぶつかりこけた場所。
そこだけは母親に似なかったのか、伸びやかな足の膝小僧には保険医が貼った絆創膏と伝線したストッキング。

キーンコーンカーンコーン♪

「ほら予鈴が鳴りましてよ?早く教室に」

「えー……春先って眠くて授業どころじゃないのよねー……」

「一年生にして“常盤台の女王”を継いだのでしょう?他の生徒に示しがつきませんわの。お行きなさい」

行った行ったと猫を追い払うような手ぶりで保険医が押しやると、少女は眠りを邪魔された猫のように口に手を当てる。
その欠伸を噛み殺す横顔からは入学式と同時に『女王杯』を制し、一年生にして女王となった少女にはとても思えない。

「はいはい。あんまりサボるのもねー……あっ、そう言えばさ」

「なんですの?」

「――先生も昔、“常盤台の女王”だったって噂は本当なの?」

光を浴びて翻るカーテン、風を受けて散る花片の下、少女は髪を押さえ微笑みながら聞いて来た。
だが花弁の一片が落ちた緑茶と共に保険医は答えを濁した。わたくしはただの保険医ですわ、と。

「昔の話ですわ麻利さん。それより、早く行かないと担任よりもお母様に――」

「い、行きます!ちゃんと授業出るからママには言わないでお願い白井先生!」

そう言うなり春一番が如く飛び出して行く少女をクスリと笑いながら見送り、それから桜並木に目を向けて行く。
そのデスクには常盤台中学に通っていた頃の友人達、新たなルームメイト、そして復興終了の記念写真が飾られて。

「――嗚呼、また春が来ましたのね――」


新たな季節の訪れに、かつて少女だった保険医は瞳を閉じる。



689 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:10:36.55 ID:l0QhiqrAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――命(ものがたり)は、繋がって行く――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――とある蒼穹の学園都市(ラストワルツ):完結――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
690 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/18(日) 00:12:51.70 ID:l0QhiqrAO

以上を持ちまして

とある星座の偽善使い(フォックスワード)

番外・とある星座の偽善使い(フォックスワード)

とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド)

とある驟雨の空間座標(レイニーブルー)

とある白虹の空間座標(モノクローム)

新約・とある星座の偽善使い(フォックスワード)

とある蒼穹の学園都市(ラストワルツ)


七部作完結です。皆様一年以上ありがとうございました。

もう思い残した事もやり残した事もありません。力尽きる前に燃やし尽くせたのは皆様のおかげです。

最後に……お疲れ様でしたー!!!!!!
691 :1 [saga ]:2012/03/18(日) 01:02:12.43 ID:hE/DlOFU0
乙乙!!!
692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/18(日) 05:26:27.71 ID:re0eeXoio
激しく乙
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) [sage]:2012/03/18(日) 07:57:06.11 ID:wHE+hdVAo
お疲れ様

...今までありがとー!!
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 11:04:48.91 ID:k3mS880D0
695 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/18(日) 11:23:48.76 ID:3w8OOSR3o

麻利ってまりだよね
あさりちゃん?旨そうだなとか想ったよw
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 21:24:14.87 ID:eCvFGGW+0
お疲れ様。楽しかったぜ
697 :作者 ◆K.en6VW1nc [saga]:2012/03/19(月) 00:22:03.23 ID:4koNJkvAO
〜蛇足・十数年後の登場人物達〜

上条当麻……昼はライトノベル作家『鎌池和馬』、夜は祓魔師『神浄討魔』、その正体は子煩悩な愛妻家。

上条沈利……結婚と出産を境に外見年齢が二十代前半のままに。世間話にはお淑やかな奥様で通っている。

一方通行……通称『鈴科先生』こと二代目冥土帰し。後に『三回』伏線を貼られたとある女性と結婚する。

浜面仕上……高校卒業後ロードサービスに就職。子沢山な上に恐妻家であるが職場では出世頭という面も。

浜面理后……結婚後、ピンク色のジャージ姿を卒業し財布の紐と夫の手綱をしっかり握る良妻賢母となる。

結標淡希……天涯孤独の姫神を家族を説得する事で養女にし、法の網を掻い潜り京都で悠々自適の生活へ。

結標秋沙……学園都市を出た後生まれ故郷である京都へ戻る。結標と共に平穏無事な暮らしを営んでいる。

御坂美琴……父親と同じ仕事に就き世界中を飛び回るキャリアウーマンに。母親譲りの酒癖も健在である。

白井黒子……常盤台中学保険医兼警備員統括本部長。悩みは毎年女生徒達からもらうチョコとラブレター。

垣根帝督……学園都市の最先端技術や特許権を取り扱い、その経営手腕から『科学マフィア』と呼ばれる。

垣根飾利……スーパーコンピューター開発に携わる研究者となり、その後は社長夫人兼共同経営者となる。

食蜂操祈……持ち前の権謀術数と人心掌握術を用いて政界へ進出。親船とは違った意味で笑顔の侵略者に。

青髪ピアス……輝かしい表舞台、約束された成功を全て固辞。生涯パン屋の店長として学園都市を見守る。

絹旗最愛……映画界に携わり、上条の小説を映像化するなど活躍中。孤児達に対する篤志家としても著名。

黒夜海鳥……音楽界に携わり、女性シンガーソングライターとして活躍中。時に女優として出演する事も。

削板軍覇……長点上機学園にて教鞭を取る熱血教師。野球部監督としても知られ、甲子園優勝が夢である。

削板芹亜……上層部のブレーン並びに上場企業のコンサルタント。鞠亜との争奪戦の果てに逆プロポーズ。

上条麻利……一年生にして常盤台の女王に。母親譲りの美貌と才能、そして父親譲りの性格とフラグ体質。


※以上、最後のお蔵出し裏設定集でした。
698 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/03/19(月) 00:23:42.27 ID:n8V/lY3AO
蛇足だな、ほんと
699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/19(月) 02:31:06.56 ID:MiL+mpKGo
あぁ終わっちゃった…
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/19(月) 09:14:00.75 ID:2eSsJqfDO
うわぁ……これはひどい
701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/19(月) 10:24:29.20 ID:gnLAiOBho
乙でした
本当に終わってしまった……
702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/03/19(月) 12:43:21.62 ID:s+uB5USp0
面白かった
このシリーズのせいで削板×雲川に目覚めた
703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/19(月) 12:44:53.29 ID:pzGRvqqYo
乙×100
上条麦野待ってます
704 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/19(月) 20:48:56.45 ID:l+Wgqcos0
盛大に乙!!
705 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/20(火) 01:21:54.92 ID:ruYKVkMqo
続きはまだかな
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