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アッシュ! - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/26(木) 19:58:23.96 ID:28+l9cyto
 「全ての願いが叶う場所アッシュ」、それは、半ば都市伝説の様な話だが、世界史と同じくらいの真実味を持って人々には信じられている。
 アッシュでは、賢者のあばあさんがその知識を分けてくれるらしい。行きつくには困難があるらしい。巷には噂だけが飛び交い、しかしアッシュに行って帰ってきた、と云う話は一向に聞こえないのである。

****

 同じ時間、同じ場所。私は毎日、同じお祈りをしている。そうすれば、いつか願いが叶うと聞いた。願いは体の大きさには関係ないのだと。日々を積み重ねれば、想いも積み重なるのだと。それは力で、いつか、神様を動かせるのだと。いつもと違う黒い服を着た隣のクラスの先生が、泣きながら私に教えてくれた。何を泣く事があるのだろう。たったそれだけのことで悲しいことが無くなるのならば、泣くより先にやることがある。そうして私は、その日から毎日、同じお祈りをしている。





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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
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二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/26(木) 19:59:32.00 ID:28+l9cyto
 家に帰ってドアを開けると、ジュリーが出迎えてくれた。ただいま、と言いながらその猫を抱きあげる。ただいま、ってどんな意味なのだろう。どこか別の国の言葉だろうかと考えると、おかしくて笑ってしまった。朝ご飯は、昨夜の残りのコーンスープに、帰りに買ってきた焼きたてのバゲット。本当は今朝は違うスープにする筈だったのに、作りすぎてしまったのだ。
 学校の支度を済ませると、ジュリーが機嫌良さそうに寄ってくる。多分、一緒に連れて行けと言いたいのだろうが、前に連れていった時には先生にこっぴどく叱られた。怪人鬼面相というあだ名の先生で、それは先生には内緒らしい。優しい人なのだけれど、皆はすごく怖がっているようだ。偶に、おいしいお菓子を頂いたと言って私をお茶に誘ってくれる。その時のお菓子は帰り道に友人と行く、おじいちゃんのお店のお菓子より甘くないのに、おいしい。こないだは、サイダーの泡みたいに口の中で溶けていくクッキーだった。先生が育てたハーブで淹れたお茶と一緒に、それと、先生と一緒に飲むのが、私のお気に入りだ。
 どこかの花火の音でふと我に返った。ああ、急いで学校に行かないと。玄関のドアを開けて、誰に言うでもなく、いってきます、と言う。ジュリーもどこかに出かけたみたいだ。家を出る時には居ないのに、帰った時は毎回出迎えてくれるのである。戸締りは、確りするようにしているのだけれど。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/26(木) 20:00:25.00 ID:28+l9cyto
 学校はいつも通りの賑やかさだった。日課の授業をこなし、帰ろうとすると階段の下で先生に呼び止められた。怪人鬼面相その人である。
 「帰る前にテラスでお茶でもいかがですか?ジュリー」
 「嬉しいです、エリー先生、今日はいい天気ですからテラスに行きましょう?」
 「それはいい」
 フルネームはエル=カミーノ。私が入学するより随分前からいるらしい。あだ名も生徒から生徒へ受け継がれていて、私も人から聞いてそれを知った。だけど怒っている先生は確かに、鬼の様な顔をしている。鬼って、見たことはないけれど。私はこの街から出たことがない。大人になったら色々なところに行けるらしいから、いつか会えるだろうか。

 「シフォン・ケーキを焼いたのよ」
 先生が切り株のようなケーキを更に切り分けている。白いクリームが、ベリーのソースでデコレーションされてお皿に乗っている。お湯が沸くのを待つ間に紅茶は何にしようかと考える。リンゴの皮が落ちていたから、そっとゴミ箱に移して、カモミールを淹れることに決めた。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/26(木) 20:01:19.63 ID:28+l9cyto
 「あなたが元気そうでいることが、何よりの救いです」
 お喋りを遮るみたいに、突然先生が呟いた。それに、上機嫌だと思っていたのに、少し悲しそうな顔になってしまった。ケーキはとても美味しく、紅茶もとても上手に淹れられたと思っていて、だから驚いた。
 「何を悲しむことがあるのですか?私は毎日お祈りしているし、生活には不満はありません。それにとても元気です。今日も運動の授業で一番をとったのよ?」
 「何かひとりで困っていることはないかしら、ご飯とか、大丈夫?ちゃんと暖かくして寝ている?」
 「大丈夫です、ご飯はずっと手伝っていたし分かります。寝るときはジュリーがお布団に入ってくるから暑いくらいだわ。お買いものをし過ぎてバッグがいっぱいになったのは困って、お役所の方に手伝って貰ったけれど・・・・・・だけど、先生が心配するようなことはないの」
 そこまで一気に言うと、先生は少し驚いたようだった。悲しそうな顔じゃなくなってよかったと思う。
 「ふふ、そうね、ダメだわ、年をとるとね、説教臭くなっちゃって」
 「そうです、それに、私はまだ子どもだけれど、すぐに大きくなるんですから。先生の背丈はすごく高いけれど、きっと、先生だってうかうかしてられないわ」
 先生は他の先生方よりもずっと身長が高い。だけど、大理石の柱みたいに姿勢がピシッとしているからもあるだろう。上に石像を置いても微動だにしないに違いない。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/26(木) 20:01:47.99 ID:28+l9cyto
 「教わったの、姿勢をよくしていれば、その分背丈も伸びていくんですって」
 「あらあら、それにしたって、十年は早いわよ」
 「十年ですか?そんなに、私待てるかしら」
 「ゆっくり成長すればいいじゃない、色んなものを見て、色んなことを聞いて、そうすれば最後には、そりゃあもう大きくなれるわよ」
 ゆっくり成長すれば、どのくらい大きくなれるのだろうか。大学校の広場の古木はとても大きいけれど、あれはまだ育っている途中らしい。だけど私はあんなに背丈は要らないし、何百年も必要だろう。そんなには待っていられない。
 「大丈夫よ、ここにいれば、安心だから。先生方に任せて、ゆっくり勉強してちょうだい」
 色んなものを見て、色んなことを聞いて。大人にならないと色々なところへ行けないのに、大人になるためにそれが必要ならば、皆、どうやって大人になったのだろう。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/26(木) 20:02:35.71 ID:28+l9cyto
 今日も、いつもの朝。空はよく晴れていてローズヒップの色をしている。
 朝は好きだけれど、朝焼けは嫌いだ。理由もなく不安になる。朝焼けの日は雨が降るっていうから、それも関係あるかもしれない。夕焼けはとても綺麗に感じられるのに。何が違うのか先生に訊いたら、時間が違う、と言われた。そのときは納得したのだけれど、こうして見ていると何か別の違和感がある。
 「(もう、行かなくちゃ)」
 着替えてうがいをして、家を出た。マーケットの中の祭壇が一番立派で近いのだけれど、歩くと十五分はかかってしまうのが難点だ。お祈りの時間はジュリーはまだベッドで寝ている。学校には連れていけないけれど、お祈りなら一緒に行きたいと、いつもそう思う。

 「おはようございます」
 いつも通りの挨拶、だけど今日は人が少ないようだ。少し得した気分。神様が私の方を見てくれるかもしれない。跪いて、いつもの時間、いつものお祈り。今日の積み重ね、一枚一枚、積んでいく。想いが天に届く高さになったら、それに乗って神様にご挨拶したいと思う。

 顔を上げると男が立っていた。眼を瞑っているから気付かなかった。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/26(木) 20:03:13.15 ID:28+l9cyto
 「あー、お嬢さん、ちょっといいかい」
 「はい、私ですか?何でしょう」
 「済まないが、道を尋ねたい」
 一目見て、そこに木が生えたのかと思った。先生よりずっと大きくて、それに太い。樹齢は何年くらいだろうか。
 「ここはマーケットの中心だと思うんだが、街の反対に抜けようとすると、どっちに行けばいいのだろうか」
 「街を出るのですか?それならば、お店で通りは狭いですけれど、あちらの方です、少し歩きますから、一度街に出て大きな通りを歩いた方が早いかと思います」
 「うん、成程、助かった、お嬢さん、邪魔して済まなかったな」
 体躯の割に物腰は柔らかだと、そう思った自分を恥じた。その考えは良くないのだ。その人を見るときは、体ではなく姿勢を見て、顔よりも表情を見なければ。そうしないと、人が、人である部分が見えない。印象を設定し直す。
 「いえ、もう神様へのお祈りは済みましたから。それに、お祈りが終わるまで待っていてくれたのでしょう?あなたはいい人です」
 そう言うと、男は少し不機嫌そうな顔になった。祭壇の方に顔の向きを変えてしまった。不安になる。もしや私が考えた失礼が伝わってしまったのではないだろうか。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/26(木) 20:03:45.56 ID:28+l9cyto
 「神様、お祈りね・・・」
 男は半ば睨みつけるように祭壇を見ている。巨木だ。大地が逆さになっても、支えられるんじゃないかしら。
 「あの、熱心に神様を伺うのはいいと思うんですけれど、そのような顔で見ていると神様に怒られてしまいます」
 「ん、いや、俺は怒られないさ」
 「何故ですか?神様は遍く人に平等です」
 「神様ってやつは、信じている人に平等なんだよ、信じていない人には、何もしないさ」
 「あなたは、神様を信じていない?神様が居ないと言うのですか?」
 「いや、居る、確かに居る。だけど、俺の中には居ないってだけだ」
 「中、というと心の中かしら。いえ、だって、神様は天の上にいらっしゃるのよ。あなたの中にいないのは、当たり前です」
 「うーん、お嬢さんの中には、居るんだよ。と、こんな話は何もならない、俺もそろそろ行かなくちゃな」
 「私の名前はジュリーと申します、あなたは、何というお名前?」
 「む、マルタだ」
 「マルタ様、私は道を尋ねられて、それにお答えしました。ならばマルタ様も、私の疑問に答えてください」
 マルタは暫く考える素振りを見せる。
 「お嬢さん、これは」
 「私はジュリーと申します」
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/26(木) 20:04:42.23 ID:28+l9cyto
 「ふ」
 冗談なんて言ってないのに。失礼さを感じる。
 巨木はまた何かを考え始めた。そうしていると本当に木に見える。
 「俺とジュリーは、対等というわけか?」
 「ここは神様のお膝元、当然です。そうでなくとも、遍く人々は対等であると、先生に教わりました」
 「分かった、手短に話そう」
 「ありがとうございます、やっぱり、あなたはいい人だわ」
 相手の理解を得て漸く、自分が不機嫌になっていることに気付いた。ついさっきまで、相手が機嫌を損ねているのではないかと思っていたのに。ジュリーはまたひとつ、自分を恥じた。

10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/27(金) 23:30:46.02 ID:4aNGPNyio
 マルタは持っていた荷物を地面に下ろしたら、その場に座り込んだ。こうしないと目線が合わない。
 それにしたって度胸のある娘だ。普通、自分のような人間を見たら先ず逃げ出すだろう。実際、さっきの商店の娘はそうだった。随分熱心に手を合わせているから、そういう真面目な人間ならばどうにか道を訊けると踏んだのだ。それが今やこの娘、ジュリーの方が、俺に突っ込んできている。全く面白い。
 「先ず言っておくが、神様は、信じている人には見える、俺みたいに信じてないやつには、見えない。体を持っていない」
 「見えていないだけなのですね、でも、体がなければ、どのように私たちのお願いを聞いてくれるのでしょう」
 それに、頭の回転も速いようだ。理詰めの話から始めて、しかしそれが通るというのは気持ちが良い。そうすると、つい話に力が入ってしまう。
 「本当はそこから間違っているんだが、まあいい。神様は何も叶えちゃくれない。願いを叶えるのは、人だ」
 「そんなことはありません、角のおばさまだって、お祈りで旦那様の体が良くなったと言っていましたわ、昔、干ばつに苦しめられた時も雨乞いの祈祷で雨が降ったといいます」
 「雨はいずれ降るものだろう、病気が治ったのは、看病の賜物だ」
 「では、お祈りに意味はないと言うのですか」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/27(金) 23:31:11.81 ID:4aNGPNyio
 「それも違う。祈りは、神様への意思表示なんだ。例えば、必死で夫の看病をしますから病気を治してください、という具合だな。そして、雨乞いの場合は少し違う。この祈りには雨を降らせることはできないが、違う効果がある」
 この娘は少しおかしいと、マルタは考え始めていた。凡その同じ年頃の子どもと比べて、だが。自分がそのくらいの頃はどうだったろうか。
 「例えば連日雨が降らない、干ばつは危機だ。しかし待てども待てども、雨は降らない、明日も降らなかったら、もし次の日も、その次の日も降らなかったら。人々は不安になる、心が腐っていく」
 「だからこそ、お祈りをするのですわ」
 「その通りだな、祈ることによって人々は、いつか雨が降ると信じられる、明日になっても、またその明日に希望を見出すことができる。そうすれば人は腐らない。死にそうなときに腐ってちゃ、本当に死んじまうよ。その希望で、雨が降る日まで生きられるんだ。雨乞いしても雨は降らないが人が生きる活力は生まれる、これは素晴らしいことだ、そう、神様にしかできないな」
 「ああ・・・」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/27(金) 23:31:40.42 ID:4aNGPNyio
 「ああ・・・」
 「神様は、居るんだよ、だけれど、信じてないやつの中には、居ない」
 「分かりました、神様は、願いを叶えてくれるわけではないのですね」
 この娘は、少しおかしい。自分も、出来るだけ分かり易く、筋道を立てて話をしようと思ってはいたのだが、こんなにも、話が通るとは思わなかった。まるで偏見を持っていないようだ。
 神に仕えなければならない人間が、神を疑ってはならない。それくらいはマルタにも分かる。饒舌になり過ぎたと少し後悔した。
 「しかし、神様に救われている人は、大勢居る、それは忘れるな、ジュリー、君は宗教家だろう」
 もう自己弁護を取り繕おうとしているようにしか思えない。
 「そうですね」
 ジュリーは、何か思案しているようだった。きっと、俺に会わずに、下手なことは考えず、毎日お祈りをしていた方が幸せだったに違いない。俺は早く立ち去った方がいいだろう。それも、やはり自分の為なのかもしれないが。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/27(金) 23:32:10.60 ID:4aNGPNyio
 「じゃあ、ジュリー、俺はそろそろ行かなければ。先生の言うことをちゃんと聞いて、元気でな」
 お節介め。
 「マルタ様、あなたは、これからどちらへ?」
 「ん、俺は探し物をしているんだ、アッシュという場所なんだが」
 「アッシュ?それは、どのような場所なのですか?」
 「ああ、まるで伝説のような代物なんだが、頼りになるものがなくてな。聞くに、「全ての願いが叶う場所」だそうだ。少しでもいい、何か知らないか」
 「存じませんが、そこに行くと願いが叶うのですか?」
 嫌な予感。
 「そういう、噂だ」
 「神様は叶えてくれませんが、アッシュ、は、叶えてくれるのですね?」
 駄目だ。
 「飽くまで伝説だ、噂話に過ぎない」
 「私の父上と母上も、帰って来ますか」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/27(金) 23:32:36.41 ID:4aNGPNyio
 「むう、それは、行ってみないことには何とも言えんが」
 「行きましょう」
 「はあ?」
 「私も行きます、何でもお手伝いいたします、私をどうか、連れていってください」
 駄目だ駄目だ。連れていける筈がない。
 「ジュリー、長い旅だ、それは無理だな。俺と君とは対等だが、自分の体の小ささくらいは、分かるだろう、それに、誰かしら家族の人もいるのだろう?あまり面倒をかけてはいけない」
 「私は現状で、一人で暮らしています。家に少しあった蓄えで、何とか暮らしていけそうだと判断しましたから。それに、父上と母上が帰ってくるのであれば、祈るよりも先にやることがあります、それに外の街へ行くのでしょう?色んなものを見て、色んなことを聞けば、大きくなれると先生に教えられました」
 「先生なら神様に祈れと言うだろう」
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/27(金) 23:33:03.93 ID:4aNGPNyio
 「それは、隣の先生が仰りましたが・・・けれど、エリー先生は言いました、出来ることがあるなら、先ずそれを行いなさいと。だから私は毎日お祈りしていたのです。するべきことが変わりました、私はアッシュに行きます。だけど私は小さいから、だから、お願いします、私の旅に、付いてきて下さい」
 「俺が、ジュリーの旅に?」
 あべこべじゃないか。
 「私の目的の為に私が歩くのであれば、それは私の旅ではないかしら。だけれど仰る通り、私一人でその目的を達成するには、難しいことは分かります。だから付いてきて欲しいのです」
 この娘は。
 「当然、マルタさんがそれを煩わしいと考えるのであれば、お願いするわけにはいきません」
 この娘はおかしい。
 「その時は私ひとりで街を出ることになります。あまりご迷惑をかけるわけには、いきませんから」
 「はっは!」
 そんなことを言われるだけで、もう十分迷惑だ。あまりにおかしくて笑ってしまった。ジュリーはこちらを見て驚いているようだった。
 「分かった、いいだろう、何しろ目的地が一緒だからな」
 「マルタ様、ありがとうございます、直ぐに支度をして参ります、ごめんなさい、少しだけ、待ってて貰っていいかしら」
 「うん、ではここで待っていよう。ちゃんと先生にも挨拶してきなさい。いつ戻れるか分からない旅だ」
 「はい!それでは、また」
 「ああ」
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/27(金) 23:33:29.49 ID:4aNGPNyio
 全く、おかしい娘だ、そして、良い子じゃないか。当然、そんな子を連れていくわけにはいかない。神の前で嘘を吐くのは気が引けるが、幸い俺は無神論者だ。
 その、先生、とやらは聞く限り、ジュリーの様に論理的思考の、リアリストだろう。自分の教え子がそんな旅に出ると知れば、如何なる手段を用いても止めてくれるに違いない。
 マルタは立ち上がり、街の出口へと歩き始めた。何に対してでもなく、しかし、ジュリーのまともな成長を祈りながら。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/27(金) 23:34:54.28 ID:4aNGPNyio
序章2、ジュリーとマルタ

*****

序章3、ホープとグスタフ
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/08(水) 08:34:27.45 ID:YIbEXQH9o
 「どうしようかねえ・・・・」
 車に追いやられたような狭い歩道を歩きながら一人言ちる。やるべきことはあるにはあるのだが、どうやってそれをすればいいのかわからない。いや、やりようはあるのだろう、無いとすれば、俺のやる気か。
 生来、面倒事はできる限り敬遠するようにしてきた。続いた事もあるにはあるのだが、それは強制されてやっていただけで仕方がない。しかしそれも最近になって、必要性利便性を感じ始めているのだから世話もない。
 横の建物は学校だろうか、大きな施錠された門がある。何故こんなところに門があるのだろう、錠は暫く開けられたように思えない。だが、中からは喧騒が聴こえる。半分机につっぷしながら学生生活を送っていた俺にはあまり縁のない雰囲気だ。生徒の姿は見えないが声が聴こえる、ということは、他に出入り口があるのだろう。
 「(まあ・・・・どうでもいいか)」
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/08(水) 08:34:54.42 ID:YIbEXQH9o
 思考を中断して煙草をくわえた。燐寸で火を点け、酸素と煙草の味を、一対九くらいの比率で吸い込む。何だって最初の一口が一番旨くて、後は映画の余韻のようなもの、尤も、その余韻が良い時間かどうかはその映画に由来するのだけれど。一瞬、外界から自分が遮断される。その瞬きはけっこう短いらしく、直ぐに歩いている自分を認識できた。視界が戻る。このまま歩いていけば、道の先にあるマーケットに入って行くことになるだろう。躊躇いない足取りで俺はその喧騒の中に紛れ込んだ。単に、何も考えていなかっただけなのだが。

 咥え煙草でマーケットを潜りぬけていく。潜らなければならないほど、マーケットは狭く細く長く、そして混んでいた。途中大きな祭壇があって、そこだけ少し開けていた。人も疎らだ。変な像を一瞥した後また、障害物の嵐に足を踏み入れる。
 八百屋、文具屋、家具屋。売る気があるのか分からない商品陳列をしている店も多いが、店の並びからして同じくらい雑然としている。多分それが、このマーケットの売りなのだろう。煙草屋を見付けたのは嬉しかった。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/08(水) 08:35:46.97 ID:YIbEXQH9o
 「おじちゃん、ホワイトあるかい?」
 「ああ」
 店主は無愛想だが品揃えはいいようだ。ホワイトとは、ホワイトライトニング。流通量が少ない為、略称で通じると気分がいい。
 「一カートン」
 見付けたときに買っておかないと次はいつ手に入るのか分からない。嵩張るがこればかりは仕方がないことだ。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/08(水) 08:36:56.14 ID:YIbEXQH9o
 少し歩くと、白と青のぬいぐるみのようなものが置いてあるのに気付いた。デフォルメされたガチョウ。青いのは着ているセーラ服で、白いのは自身の羽毛だ。手には小さい青竜刀を持っている、いや、よく映画なんかで、海賊なんかが持っている剣か?あれは何と言うのだろう。頭にはオルゴールの上に載っているクルクル回る部分みたいなものを載せている。実家のリビングに何故か置いてあった金色の時計の中にも、同じギミックがあった。シャンデリアにも似ているか。
 疑問を視線に乗せてそのぬいぐるみを見つめていると、それが少し動いた気がした。よく見るとぬいぐるみではないようだ。縫製の後が無い。こっちを見た、何だ、生きているのか。そいつは黄色いビート板のような口を動かす。
 「お前、強いだろ?」
 なんだこいつ。目が鬼気迫っている。できればスルーしたいが、そいつは完全に俺の進行方向をカバーしている。道が狭過ぎて、人が一人普通に立っているだけで通れない、そういえばこのあたりは、客どころか店も少なくなってきている。
 「なあ強いよな、俺と闘ってくれよ」
 「強くねぇよ、通し・・・」
 喋りきる前に突然そいつはこっちに駆け始めた。おいおい、冗談きついぜ。一目散に逃げる。俺の逃げると判断するまでの時間は、誰よりも短いと自慢できるだろう。追いついてこない。素早く近くの店に逃げ込んだ。見られていませんように。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/08(水) 08:37:24.22 ID:YIbEXQH9o
 女主人が驚いた表情でこちらを見ている。ここは雑貨屋のようだ。丸テーブルにガラス瓶が載っていて、その中や周りにビーズやら安っぽい指輪やらがひしめきあっている。民族的な布の上には壺。天井には変な模様と絵が描いてある紙、ポスターのようなものが留めてあった。
 隠れようとしても、これでは隠れる場所がない。万事窮す、ってやつだ。そいつも入ってきた。
 「お前、強いんだろ、何で逃げるんだよ!」
 「おお俺は強くないってば!」
 女主人は心配そうにこっちを見ている。助けてくれ。その貫禄ならのしかかるだけでもノック・アウトできそうだ。
 「闘ってくれよ!」
 イカレたガチョウが叫ぶ。
 「何でだよ!」
 「俺は、生きている理由が欲しいんだよっ、理由を実感したいんだっ!」
 「(理由?)」
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/08(水) 08:38:54.38 ID:YIbEXQH9o
 俺は動転していた。こんな状況で気を保っているやつの方がおかしいだろう。殆どやけっぱちだった。
 「じゃあ、行こうぜ!」
 「どこに!」
 「アッシュ!」
 「アッシュ・・・・全ての願いが叶う場所?」
 「そうだよ」
 「うん、そうか、行くかあ」
 だらん、と、剣を持つ手を下ろした。どうやら交渉は成立したらしい。倒れている俺に黄色い手が迫ってきた。
 「ほら、行こう」
 せっかちなやつだ。俺は、その手を握った。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/09(木) 07:21:51.34 ID:1t02iqRGo
「お前ってさ、何なんだ?」
 棚に上げた言い方ってのは、言われた方はいい気がしない。おもちゃみたいな喋るガチョウの方が、余程その質問をされる側に似合っていると思う。
「何って、ただの人間だよ、逃げ足の速い」
「ああ、確かに逃げ足は速かったな、じゃない、違う」
「遅かったか?」
 俺たちはマーケットを抜けて、街の外に出ていた。このよく分からない生物は、堂々と門の方に向かったが、検問に引っかかるに決まっている。俺が止めた。考え抜いた末に、紐で背中に括りつけてみたのだが、それだけで抜けられてしまったのだ。丁度赤ん坊を背負う様にしたのが良かったのだろう。ただ、俺は終始恥ずかしい思いをしていたのだが。
「お前、その辺の人間じゃないだろ?違う、においが違う」
「この辺の人間だよ、ずっとノコンで育ったからな。実家は道場やってたから、護身術は多少知ってるけれど、そのくらいだ」
「違う、んー、違う、お前はさ・・・」
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/09(木) 07:22:19.67 ID:1t02iqRGo
 ガチョウが悩んでいる。歩くうちに二回ほど荷馬車と擦れ違ったが、何れの御者にも神妙な顔をされた。先ずはこのガチョウに、そしてそいつと話しながら歩いている俺にも。
 この街道は歩いていて気持ちが良い。遠くに森が見えて、そこまでは草原が続いているのが右にも左にも、鏡合わせのような視界。道は地平線まで延びていて、空に続いているようだ。真っ直ぐに走って行けたらさぞかし気分が良いだろう。ただ、少し暑そうだし、考えるだけにしておく。
「ん、そういえば、名前を言っていないな、お前お前言われるのは少し嫌なもんだ。俺はホープ。ホープ=モノミニ」
「ホープ、モノメュ、モニョミュ・・・・うう」
「ホープでいいさ」
「苦手だ」
 そんな口で喋れる方が凄いと思うのだが。
「そっちは?」
「あん、何が」
「名乗ったら、名乗り返すのが礼儀だろ、名前だよ、あるのか」
「そうなのか、名前はある、グスタフだ」
「へえ、あまり聞かないな、どこの出身なんだ?」
「出身、生まれた場所か?知らん」
「知らない?どこで育ったんだ?」
「育った、いや、育っていない。分からんが、気が付いたらあそこにいた」
「マーケットに?」
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/09(木) 07:22:54.38 ID:1t02iqRGo
「マーケットっていうのか、あそこ。網越えて、歩いてたら襲われたから、闘った。闘ってる時は凄く気持ちが良いんだ、分かるだろ?」
 分からない。
「そんで、闘ったり、闘わない時もあったけど、そんな感じでやってた。闘うの、良いんだよ。俺闘う為に生きてるんだと思ったね。だから闘ってたんだけど、疲れんの」
「毎日襲われたのか?」
「俺のこと指差してくるんだぜ?」
 保護しようとしているんじゃないか。そう言うと、グスタフはどっちでもいいよと答えた。
「闘ってると楽しいんだよ。そう、で、疲れた。あそこ、マーケット?マーケットって隠れやすいじゃん。いいところだな、あそこ。だから座ってたら、ホープが来たんだ。こいつだ、って思ったね、こいつと闘ったら、絶対面白い。俺から襲ったのは初めてだぜ、興奮した」
「変な言い方するな」
「だから、育ってない」
 その話が本当ならば、疑問は幾つもある。
「マーケットの近くで網が張ってある場所って、廃棄場か?」
「廃棄場?」
「ゴミ捨て場」
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/09(木) 07:23:24.87 ID:1t02iqRGo
 廃棄場はマーケットに隣接している。ノコンの廃棄物は、家庭ゴミから産廃まで一度全てそこに集められて、仕分けされた後処分される。生ゴミなんかは肥料にすると聞いているが、実際怪しいもんだ。出来ないものは運搬車で集積地に持っていく。
「ああ、ゴミ捨て場かもな、あれ。やたら箱とか転がってたしな」
「その割には綺麗だな、グスタフ」
「当たり前だ、まだ負けてない」
「ゴミ山に居たんだろう」
「ああ、箱の中にいたんだ。狭くて暴れてたら出られた、だけどあの網は強敵でな、殴っても蹴ってもビクともしねえ。それどころか跳ね返してくるのさ。今までで一番強かった。だけどこの」
 グスタフは海賊刀を天に掲げた。
「カトラス見っけて、斬り付けたね。そしたら脆いもんさ、簡単に出られた。かっこいいだろこいつ」
「へえ、カトラスっていうのか、それ」
「いうらしいぞ、何だ、ホープは何でも知っているんだと思ってた、そうでもないんだな」
「カトラスはいいとして、グスタフ、何でアッシュなんて話を知っていたんだ?」
 それが疑問のふたつめだ。しかし、グスタフは途端に喋らなくなった。考えているらしい。目つきが悪い。
「分からん」
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/09(木) 07:24:08.45 ID:1t02iqRGo
「アッシュについて、知っていることは」
「「全ての願いが叶う場所」だろ?それしか、分からん。ああ気持ちが悪い、考えるのは苦手だ」
 歩くうちに日が暮れてきた。一度野宿しなければならない。持っているテントは一人用だが、グスタフなら入れるだろう。
「グスタフ、お前飯は、どうしてるんだ?」
「そりゃ、腹減ったら食うだろ」
「いや、食料はどうやって調達してたんだ」
「食いもんなんてその辺に置いてあったじゃないか、ゴロゴロと。で、食ったら出すわな」
 こいつが襲われていた原因がひとつ分かった気がする。
「で、出したら寝る、当たり前だな」
 目の前の当たり前じゃない生き物が、当たり前と言い張る。本人はそうは思っていなくても、棚に上げた言い方なのは間違いないと、ホープは思った。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/11(土) 07:10:27.01 ID:dBxeZ5E6o
 人間、慣れてくるものだと思う。パッと見た感じではぬいぐるみにしか見えないそのガチョウが、テントのペグを打っているのをもう自然に感じてきた。
「おいホープ、これでいいのか」
「ああ、上出来だ」
 愛用のカトラスをハンマに持ち替えたグスタフは、非常に手際よくそれを使いこなしている。
「武器だと思ったぜ、渡されたとき。誰か襲ってくるのかと思った」
「いやだよ、こんな街の近くで襲われてたまるか」
 ノコンを出て歩くこと二刻半、街道の三分の二で日が暮れてしまった。向かっている商業都市レモンにはもう少し頑張れば着くのだが、既に店の締まっている時間だろう。それならば朝早くに街に入る方が良い。どうせそれ程急いでいない旅だ。
「なんだ、この辺には魔獣は出ないのか」
「考えたくもない。魔獣がいるのは、あそこ、草原の先に森があるだろ」
「何も見えないぞ」
「俺も見えないけど、あるんだよ、森が。だけどあいつらはこっちの方は出てこない、人間の住処の近くには出てこない様になっている。お互いに出会って利益がないからな」
「そうか、残念だ」
 グスタフは本当に残念そうな顔をしている。俺は魔獣と出くわしたくはない。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 07:11:05.13 ID:dBxeZ5E6o
 テントは張り終わったので、飯にする。レモンで食料は買いこもうと思っていたので、少量の携帯食料しか持っていない。
「肉とか、果物はないのか」
「ねえよ、我慢しろ」
「美味いのにな、肉」
 ガチョウじゃないのか、こいつ。あれは草を食うものだろう。
「そういえばグスタフ、もうひとつ質問いいか」
「なんだまだあるのか、何だよ」
「グスタフって名前、それも最初から知ってたのか、アッシュとか、カトラスみたいに」
「かっこいいだろ、グスタフ。これは俺が自分でつけた。名前が必要だと思ったんだよ。皆何でもさ、名前付いてるじゃん。人間なんて俺が見たのは全部名前付いてんのな、人間って名前じゃ足りないのな。だから、俺も付けた、かっこいいだろ」
「グスタフって、どうやって付けたんだ、まさか適当に付けたってわけじゃないだろう」
「ああ、道の、後ろのほうで、暗い所、何て名前か知らないけど男三人が話してたんだよ。グスタフってやつは強い、とても敵わないって。だからだ、強い名前の方が良い」
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 07:11:33.35 ID:dBxeZ5E6o
「成程な、名前には意味があるからな。強い名前を付ければ強くなるかも知れん」
「本当か!それはいい!俺は強いが、もっと強い方が良い!」
 全く、子供みたいにはしゃぐ。
「そうだ、そいつら、ヤトウが出るって言ってたぞ、街道に。ここ街道だよな、ヤトウってなんだ」
「は、夜盗?夜盗は、夜に乗じて人を襲って、そいつの持っているものを奪うやつらだ、ええ、この辺に出るのか?」
「そう言ってたぞ、強いのか」
 ここ暫く、この辺の治安が少し悪化している、戦争が停止したせいで、傭兵として金を稼いでいたやつらが夜盗に落ちぶれたって話は聞いてはいた。しかし幾らなんでもこんな見晴らしのいい街道に出るとは思わなかった。急いで街に入ればよかった。
「おいホープ、そいつら強いのか」
「ええ、知らんよ、元は兵士だとしたら、それなりに強いんじゃないか」
「よし、いいな」
「いいわけがないだろう。グスタフ、もう食い終わったんだろ、さっさと寝るぞ、明日早いんだ」
 見晴らしが良い以上、相手から発見される確率は高い、早く明りを消してしまいたい。尤も、相手ってやつが本当にいたとしての話だが。
「おう、クソしてくる」
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 07:12:01.08 ID:dBxeZ5E6o
 草原がいやに静かだ。風がない。グスタフは既に寝てしまった。テントは狭いが、荷物とこいつでは体積にそう違いがないように思える。邪魔にはならない。
 寝込みを襲われたらと思うとなかなか寝付けない。昔からずっとこうだ、不安な事があると気がかりで夜遅くまで寝床で煩悶する。それでも結局いつのまにか寝てしまうわけで、しかし寝つけなかった分起きるのは遅くなる。しかも大体の場合不安は杞憂なのだ。損な性分をしていると自分で思う。
「(小便でもするか・・・)」
 落ち着かない。だけど、身体的にすっきりすれば多少はマシになるだろうと考え、できるだけ静かにテントを出る。決してグスタフに気を使っているわけではない。飽くまで俺は臆病なのだ。

 用を済ますと、草がざわめき始めた。さっきよりも雲の動きが速い、それに湿度が増している、雨が降らないといいが。そう思いながらテントに入ろうとして、異変に気付いた。何処かから、いや、草原から嫌な臭いがする。
「グスタフ、おい、グスタフ、起きろ」
「・・・あーん?」
「おい、静かに起きろ、逃げるぞ」
「はあ?俺は闘うぞ!敵はどこだ!」
 寝ぼけている、だけど返答としては正解か。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 07:12:30.00 ID:dBxeZ5E6o
「お、おいっ、静かにしろって」
「ん、おう、ホープ、もう出発か」
「そうだ、手早くそそくさと出るぞ、もう近くなってきた」
 俺は人より鼻が利く。逃げ足も速いから大概のヤバい事からは余裕で逃げられる。ただ、今日は風がなくて、気付くのが遅れた。今回の敵は複数で男が四人くらいか。微かな血の臭い。
「・・・敵か?」
「う、ああ、そうだ」
「よし」
 グスタフは、カトラスを後ろ腰に差した。
「よしじゃねえよ、逃げるって」
「何言ってんだ、闘うぞ」
「要らない戦いはしないに越した事はないだろ」
「ホープ、もう近いんだろ?そう言ったよな。このテント、捨ててくのか?闘わないと盗られる、闘わないで負けるのか、俺には無理だ」
 そう言うとグスタフはテントの外に飛び出していった。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 07:12:56.73 ID:dBxeZ5E6o
 できるだけ、気付かれないようにテントを出る。視認できる敵は三人、全員持っているのは剣で、グスタフを取り囲もうとしている。位置から見てあいつ、突っ込んで行ったらしい。戦略はないのか。敵のもう一人は俺とテントを挟んで反対側のようだ。どうしよう。
「さあさあ、来ないのか、来いよ!闘うぞっ」
 グスタフが叫んでいる。と、三人の男のうち一人が動いた。怪訝な顔で剣を構えて、グスタフに向かっていく。すり足。横ステップ。から、鋭い突き。グスタフはそれを横に避けると、コンパクトな動きでさらに相手と距離を縮めた。そのまま、低姿勢で足元に切りつける。浅い。
 姿勢を崩した相手に足払いを仕掛ける。蹴った足をそのまま体の回転運動に使い、斜めに回りながら更に一撃。躊躇ない降り下ろし。転んでいる敵に避けられる筈もない、空気の漏れるような声が最後に聞こえた。
「よし、一人な、あと二人だ、面白くなってきたな!」
 この場で笑っているのはグスタフだけだ。他二人は顔を若干引きつらせながらじりじり後退している。
「さあっ、来るか?俺から行くか?ああ、俺から行くっ」
 グスタフは駆けだした。ほぼ同時に敵二人も駆けだした、当然、逃げる方向だ。同情する。
 テントの後ろにいたやつも、居なくなったようだ。近くに人の臭いは俺の分しかない。後は、そこの血だるまだけだ。グスタフは武器の血をそいつの服で拭き取っている。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/11(土) 07:13:24.58 ID:dBxeZ5E6o
「あっけなかったな、詰まらない」
「すまん」
「何が」
「いや、助かった」
「・・・お前さ、うーん」
 考えている。こうやって腕を組んで首を傾げて考えている時は、頭の上にクエスチョン・マークが見えるようでお世辞にも賢そうだとは言えない。しかし今のを見て分かった、こいつは、確かに強い。
「うまく言えん、止めた、寝るぞ」
「ああ、そうだな」
 昼間に旅に誘ったのは、こういうやつを連れていけば、誰かに襲われたときに役に立つかもしれない、と思ったのもあった。実際喧嘩は強そうだから多少問題は解決してくれるだろう。だけれど、自分から問題を作りに行きそうなのは否めない。
「おい、入らないのか、入らないなら、閉めるぞ、俺は寝る」
「ちょっと待て、入るよ」
 まあ、一人は退屈だから、その問題だけは幾らか解決されるだろう。ホープはできるだけポジティブに思考を切り替えた。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 07:15:28.93 ID:dBxeZ5E6o
序章3、ホープとグスタフ

*****

序章1、ポール
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/11(土) 20:03:47.64 ID:dBxeZ5E6o
「そこまで!」
 審判の手が上がった瞬間、歓声が沸き上がった。
「勝者、ポール大将!」
 ここは王宮の庭、行われているのは、年に一度開催される王宮内部での武術大会である。一般は参加できないが入場は出来るため、毎年見学者が多い。特にここ十数年、屋台も出始めまるでお祭りさながらである。二年前に戦争の休戦が決定されてからは参加者も見学者も倍増したと言っていい。
「(よくもまあ、こんな余興を見に集まるねえ)」
 王から栄誉ある言葉を授かるとき、ポールはぼんやりとそんな事を考えていた。人々の方を振り返る。王宮の庭園に植わっている草の背が伸びたのか、しかし歩く道もないほどだ。
「(賞金が出るわけでもない、しかし軍の参加者も観客も、また去年よりも増えた。この国は血気盛んだ)」
 更に大きくなる歓声をポールは手を上げ制す。途端に声が止んだ。大昔の聖人様は海を割ったと言うが、この様子はきっとそれに似ているだろう。
「軍大将、ポールだ。先ずは皆さま、声援ありがとう。私も含めこの大会に参加した者全ては、皆のお陰で持つ以上の力を出したことだろう。そして大会に参加した馬鹿野郎ども!悪いが、今年も優勝は私が貰った!悔しければその腕を磨いて来年、私に挑戦するがいいっ」
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 20:04:32.92 ID:dBxeZ5E6o
 歓声がまた沸き上がる。しかし今度は、やや野次罵声混じりのようだが。
「おいっ、ポール」
 セイントが後ろから耳打ちした。諌めようとしているらしい。
「私も一つの軍を率いる身、そう簡単に負けるわけにはいかないが、しかし今年は接戦だった、特にこの」
 ちょうどいい。腕を引っ張る。
「司令殿とは、非常に楽しい試合だった、運で勝てたようなものだ。いや、私が刃を交えた相手、皆面白い。去年闘った相手も今年更に強くなっていた。皆、思わないか、この私は楽しかったぞ!」
 明らかに野次が増している。
「そう、楽しかった。戦争は終わったが、だからこそ、こういう大会はいいものだ。来年また、闘おう。戦神ヌークの名の下、この国に熱く平和な戦いを!」
 剣を掲げるとまた大きな風が襲ってきた。きっと今年もセイントに叱られる。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 20:04:59.02 ID:dBxeZ5E6o
 案の定、部屋にいると仏頂面のセイントが入ってきた。乗り込んできた、という表現の方が正しいだろうか。瞬きより速そうなノックの後開けられたドアは、敵襲よりも速いだろう。
 つかつかと小気味いい足音で近付き、一つ小さく溜め息を吐いた。叱る前の準備体操のようなものだ。
「成長しないのか、お前は」
「去年よりは成長しているつもりだぞ、ほら、お客さんだって、去年より盛り上がっていたろ」
「悪い方へ成長してどうするんだ!大体、武術大会は盛り上げるものではない、祭りではないんだぞ!」
「祭りだろうがよ、あんまり怖い顔で怒鳴っていると、「静雷」の名が泣くぞ、司令殿。第一確り仕事しているだろう俺は。あの大会は兵の士気を高める目的じゃないのか、それなら丁度いいじゃないか」
「ふん、巷が付けた名など。武術大会の目的は士気向上もあるが、そもそもその由来は戦神ヌークに捧げることに始まったのだ。神の前で武術に秀でた者がそれぞれの力を技を認め合うことこそが目的、静粛に厳粛に行われるべきであろう」
「はっ、神様の為なら益々祀りだ。それに相手は戦神なんだ、喧し騒がし大いに結構こけこっこー、ってな。あんまり静かだと鶏どころか閑古鳥が遊びに来る」
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 20:05:30.49 ID:dBxeZ5E6o
 冗談を云うと怖い顔が呆れ顔に変わった。セイントは俺の前にいるときは、大抵どちらかの表情だ。どちらにせよ眉の間に皺が寄っているから、将来川の字が残るだろうと、要らぬ心配をする。
 我ながらこいつとはいいコンビだと思う。何しろ長い付き合いだ、お互いただの一兵卒から始まってここまで昇り詰めた。俺の一番の理解者だと思っているし、相手もそうに違いないと思ってはいるが、文句は尽きないものだ。
「ポール、せめてその言葉遣いはどうにかしたまえ、もう昔ではないんだ、立場を弁えろ」
「お前の前だけじゃないか、セイント。兵や、最近は親父殿の前でもマシになったぞ」
「違う、面倒くさがっているようにしか思えん。器量を考えればまだその立場は低いはずだ」
「はは、そうだよ面倒くさがってるんだ、お偉いさんは色々細かい仕事が多いからな、面倒事はこの親友様に押しつけようって腹なのさ」
「下らん」
 本当はただの一兵卒で良かった。幸い親父殿はそういうところに無頓着で、相当自由にやらせて貰った。それをこの世話焼きが熱くなる度に、何故かひょいひょい位が上がってしまったのだ。お陰さまで悲しいくらい毎日が充実しているし、可愛い彼女だってできる。尤も、彼女には直ぐにフラレてしまうのだけれど。この俺の人望が理解できないらしい。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 20:06:16.33 ID:dBxeZ5E6o
「父上を親父などと言うのも止めろ、正しくこの国の王なのだからな。今更王子らしくしろなどとは言わないがそれで父上が悪く言われるのは忍びない」
「親父は親父だろ、もう六十も終わりだ。だけどお前と違って俺は拾われだからよ、王家の血が入ってるわけでもないじゃないか、あんまり偉くなっちゃ周りの反発も受ける」
 そう言うとセイントは口を噤んだ。全く真面目な奴だ。
「だけど拾ってくれた恩くらいは感じてるんだぜ、だから口煩い兄弟の小言にも付きあってやってるじゃないか」
「そうだ、私たちはそれこそ兄弟のように、分け隔てなく育てられた。くそっ、それなのに何故だ、天衣無縫と言えば多少聞こえはいいが、厚顔無恥と言われても同じことだろう」
「いいじゃないか、ツラっ皮厚くないと人間強くなれない」
「何より、一歩間違えば私がそうなってしまったのではないかと思うと心苦しい」
「おいおい、そこまで言うかよ、まあ、俺がふたりいたら、はは、さぞかし賑やかだろうなあ」
 余計なことを言った、これで説教がまた長くなるに違いない、などと考えたそのとき部屋のドアがノックされた。
「おう、入れ」
「失礼します」
 ライトが入ってきた。相変わらず純情そうな顔だ。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/11(土) 20:06:37.43 ID:dBxeZ5E6o
「ポール大将、王がお呼びです、謁見の間に参るようにと」
「ああ?親父が?」
 セイントに睨まれる。
「う、殿下がか?分かった至急向かおう」
「もし元帥も居れば、一緒にくるように、と仰せです」
「私もか、了解した」
「それと、大将」
「何だ」
「私、先程の演説・・・感動しました!元帥とあれだけの死闘を繰り広げてすぐなのに、あの昂然とした、阿らない言葉、一つ一つが心に染みます。来年のために、畏れながら、元帥に大将に敵うよう研鑽を重ねたいと存じます!」
「お、おう」
「それでは、失礼致します!」
 廊下を駆けていく音が消えた後は、部屋が静かになった。
「ほら、うん、好評じゃないか」
 セイントは呆れたような悲しんでいるような、複雑な表情をしていた。単純な俺にはできそうにない顔だと、ポールは思った。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/19(日) 03:39:56.81 ID:KwazpE1xo
*****

 謁見の間の玉座の上に座しているのが、マグラ王、私とポールの父にして、この国ノコンの最高権力者だ。
「よくぞ参った、ポール、先の武術大会も、大儀であったな」
「はっ、勿体無いお言葉でございます、殿下」
「ふ、そなたらしくない」
 そういうとマグラは護衛兵に向けて手を上げた。
「この者たちと話がある。皆、暫し下がるがよい」
「!畏れながら父上、護衛まで下がらせては危険かと」
 例え休戦状態とは言え、敵国クリークの兵は侮れない。それに間者とはどこにでもいるものである。
「案ずるなセイント、我の前にいるのはこの国最強の人間だ。例えクリークの一個師団が侵攻したとしても、そなたらに敵う筈もない」
「当然ですな、悪いがお前ら、少し下がっていてくれ」
 謁見の間には三人だけが残った。
「さて、これで親子水入らず、というわけだな」
 マグラは少し姿勢を崩した。
「さて親父殿、こんな改まって何の用だい、何かやらしいことでも考えてるのか?」
「な、何と言う口の利き方だ、国王の前であらせられるぞ!」
 見ると、なんと胡坐を掻いている。父とは言え王の前で何という不敬だ。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:40:35.49 ID:KwazpE1xo
「ああ、いい、いい、セイント。そなたも楽にするがよい」
「しかし父上、これでは他の兵に示しが」
「いないだろ、兵」
「そういう問題ではない、普段から姿勢を整えろとさっき言ったばかりだろう!」
「耳元で大きい声出すなって、聞こえるからさ」
「相変わらず仲が良い、さて、早速本題に入ろう」
「はっ」
「そなたたち、アッシュ、という名を、聞いたことはあるだろう」
「は、アッシュ、ですか。あの、「全ての願いが叶う場所」、という?」
「あれってお伽噺っつーか、噂とか、都市伝説じゃねーの?やけに信じてるやつは多いっぽいけど」
 喋る度に口が汚くなる。肺が腐っているのではないだろうか。
「うむ、お伽噺だな、何しろ儂が小さいときからあった話なのだからな」
「げ、そりゃあ何百年前の話だ」
「しかし父上、あれは確か、創作の話なのではありませんでしたか?確か基に違う話があり、それをアッシュという実在する場所とし、また広めたのだとか。グリメカという人物が関わっていたようです」
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:40:56.93 ID:KwazpE1xo
 小さいとき聞かされた、その話が私は好きだった。アッシュは語り手によって全く違う場所になる。私を可愛がってくれた女中は、花咲き鳥啼く空の庭園だと言った。マーケットの花屋の主人は、魔物蔓延る洞窟の更に奥、ドラゴンの護る扉の先にあるのだと言った。街の遊び友達のとびきり頭が良かったやつは、世界の僻地に一人で住んでいる魔法使いがいて、その人に気に入られた者だけが行けるのだと、実に真剣に語っていた。そいつは今、街の大学校で講師をしている筈だ。
 アッシュの真実を確かめるべく、当時新しくできた弟を色々な場所に連れ出したものだ。興味が街の外になってしまって、夜に城を抜け出して、二人で街を出たことがあった。マーケットの奥の壁の一部に土が盛り上がっているところがあり、外に抜けられるのだ。そして森の魔獣に出くわした。そのときは偶然、見回りをしていたのであろう兵士に助けられて、九死に一生を得たのであった。勿論方々でこっぴどく怒られ、それから悪戯はしなくなった。その代わり助けてくれた兵士の様に強くなろうと、訓練の時間を増やした。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:41:45.70 ID:KwazpE1xo
「セイント、そういえばちょっと前、調べていたよな」
 そう、休戦直後の忙しさが終わった頃から、少し気になってアッシュのことを調べていた。グリメカの名は、スラムの酒場に居る情報屋から手に入れた。ただ、その名前以外は何も分からなかったのだが。
「よくぞ調べたな、セイント、そのグリメカはな」
「父上、何かご存知なのですか!?」
「うん、すまん、嘘なのだ」
「はあ?」
「はっはっは、儂が流した情報よ、そなたが引っ掛かったということは、なかなか信憑性のある情報になったのだろうな」
「ひー、親父も人が悪いね」
「ポール、口を慎め。父上、それは意図有ってのことなのですか」
 父上がそんな意味のないことをする筈がない。それに、悪戯にしては手間が掛かり過ぎている。あの情報屋の筋は他国にまで渡っているのだ。私個人の間者を使って情報屋の更に裏を取った。
「うむ、当然だ。実はクリークと戦争になって暫くして、アッシュが実在する、という話が浮かんでな」
「へえ」
「アッシュが!確かなのですか!?」
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:42:23.00 ID:KwazpE1xo
「しかし戦時だからな、下手に動くと気付かれかねん。アッシュが本当に噂通りの場所ならば、敵に悟られては困るだろう、情報操作だけはしておいた」
「では父上、今回お呼びになったのは」
「うむ、ポールよ、アッシュを探しに行ってくれ」
「え、俺!?」
「何を申しておる、今回はセイントではなく、お主を呼んだのだぞ」
「はあ、分かったけど、アッシュって何処にあるんだよ、伝説の場所なんざ探してたら俺が伝説になってしまうよ」
「ああ、先ずはコーフーに行ってくれ」
「あの山に、アッシュがあるのですか?」
「手掛かりがある、という話だな、しかしあそこは難しい」
 コーフー、別名、竜の吐息。未だにその生態が謎に包まれた竜族の、唯一分かっている生息地である。稀少土類の宝庫と言われるが、麓には魔獣すら近寄らない。
「成程ね、それで俺なのか」
「そう、そしてこれは、極秘任務だ。単体で行ってもらう」
「っ!危険過ぎます!幾らポールと雖も、あの山には竜族がひしめきあっているのですよ!?一人で竜族に敵う筈がない!」
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/19(日) 03:42:53.10 ID:KwazpE1xo
「しかし、例えばポールが三人いたらどうだ?」
「三人ならば・・・どうにか倒せるかも知れませんが」
 私も呼んだ理由はそれだろうか。この城でポール並の力を持っている者は、私と、後は師団長のライトとモトがどうにか、といったところだろうか。しかしそのうち三人も城を離れてしまっては、軍が機能しなくなる。論外だ。
「ポール、今日の試合、そなたは決勝戦、手を抜いていたな」
「げ」
「(手を抜いた?)」
「な、ポールまさか」
「よく、分かったなあ、親父」
「ポールが本気を出せば、素手だろうとセイントは敵わんだろう、単体で軍の半分程度の力を持っていると、儂は踏んでおるが。ポール、どうだ?」
「軍の・・・半分・・・?」
「いやあ、それはやってみないと分からないな、数ってのは使いようによるからな」
「その通り、しかし今回は数を使う訳にはいかん」
 マグラが急に、王の顔つきになった。明らかにプレッシャーが増す。
「何があっても、他国に悟られる訳にはいかんのだよ。ポール、分かったな、アッシュを探して参れ」
 ポールも姿勢を直した。普段からそうなら、凛々しくも見えるだろうに。
「仰せのままに、親父殿」
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:46:10.15 ID:KwazpE1xo
序章1、ポール

*****

どこまでが序章かってわかんなくなってきちゃった

*****

ポール
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:46:38.63 ID:KwazpE1xo
 ポールが支度を調えて部屋から出てきた。今晩のうちに街を出るという。
「もう、行くのか、少しゆっくりしていってもいいんじゃないのか」
「うーん、そんなに疲れているわけでもないしなあ、それに、アッシュが本当にあるなら、急いだ方がいいんだろう?万一他国に取られようものなら、休戦とはいえどうなるか」
 昼の武術大会は、激闘だった。周りの者こそ祭り気分で楽しんでいただろうが、出場者は研鑽に研鑽を重ね、それを披露すべく全てを出し惜しみすることなく闘ったのだ。皆の気迫たるや木刀で蟲の甲殻を打ち破れそうな程であった。それをこの男は、まるで朝の散歩を楽しんできたかのように言う。
「一応内密な行動のようだし、夜逃げみたいで嫌だけどな。きっと俺が居なくなった言い訳ももうできてるだろうぜ、親父殿のことだからな」
「・・・お前は、海向こうのイーストンへ軍の訓練指導に行くらしいぞ、聞かされてないのか」
「聞いてない、言ってたかな。イーストンって、「監獄」イーストンか?うへえ、益々嫌だ、俺はお高いのとお固いのは駄目なんだ」
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:47:14.44 ID:KwazpE1xo
「ふ、本当に行ってきた方がいいかもな」
 そう笑うとポールは、冗談じゃない、と悪戯を咎められた子どものような顔をした。
「あんなところに行くなら本当の監獄に行くよ」
「行ったことあるのか」
「ねえけど。セイント、もう行くから送ってってくれ。街の門から外に出る」
「ああ」
「本当はさ、皆にも一言言って行きたいけどな」
 本来ならば壮行の為の宴など催してもいいようなことであろう。ポールの人柄ならば大変な騒ぎになって収拾が面倒だが、いつ帰れるとも知れぬ旅である。見送りが私一人で足りる筈もない。
 塔の階段を下り城門に出る。
「礼拝堂には寄っていかなくていいのか」
「何で?神様には昼間挨拶したろうよ」
「挨拶したのは戦神にだろう」
「攻撃は最大の防御って言うだろ、いいよ、城に入って誰かに会うと面倒だし」
 そう、塔は城門近くにあり、城とは離れている、と云うか見張り塔だ。このようなお忍びの任務には丁度いいが、ポールは別のお忍びの為ここに住んでいた。全く、王族だろうに。
「ライトなんかに捕まったら面倒だぜ、俺が外に出かけると知れば、宿のベッドの中までついてきそうだ」
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:47:41.76 ID:KwazpE1xo
「大将ー!」
「え、げ」
 声に振り返ると、ライトがこっちに手を振っているのが見えた。
「噂なんかするもんじゃないな、セイント逃げるぞ」
「いや、駄目だ、ライトは目がいい。それに、隠密の任務だからこそ堂々としなければ」
「そういうもんかあ?」
 ライトが駆けよってきた。
「大将、セイント元帥も、どちらへ?もしかして街に飲みにでも行くのでしょうか。それとも遊びに?ご一緒してもよろしいですか?」
「ライト、すまん、今晩は駄目なんだ」
「そんな、「雷鳴」ポール大将と「静雷」セイント元帥と一緒にご飯食べたってなれば、皆にも自慢できます!それに今度凄いところに連れていってくれるって言ってたじゃないですか!」
「凄いところ?」
 きっと碌なところではないだろう。
「いや、今度、また今度な。つーかセイントの前で言うな!」
「ほう、私に言えないようなところなぞ、今更この街にあるのか、大抵は許していると思ってるがな」
「それが大将が言うにはですね、花のあたっ」
「おいポール、暴力はいかん」
「そうですよ大将、舌噛みそうになりました」
「そんなペラペラ喋る舌、ちょっとは短くなった方がいいんじゃねえか」
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:48:09.93 ID:KwazpE1xo
 本当に埒が明かないかも知れない。ポールが珍しくこんなに急いでいるのだ、任務の重要さを感じているのだろう。それの続いている間に外に出さねば。
「ライト、すまんが、今夜は二人で話をさせてくれないか、武術大会の労いも兼ねて、偶にはポールと飲もうと思ってな」
「あっ・・・すみませんでした、元帥。そうですよねっ、兄弟水入らずでないとできない話もあるのでしょう、ゆっくり楽しんできて下さい!では、失礼しました!」
 そう言うと、ライトは城門に駆けて行った。

「やれやれ、全く、本当に元気だな、自分が随分年を取っているように思える」
「年食ってるだろう、ライトに比べちゃ」
「ポールとはそんなに変わらないんじゃないか?」
「はあ、何言ってんだセイント、あいつはどう見たって二十半ばだろう、俺とは十も違う。史上最年少の師団長だってな」
「お前こそ何を言っている、史上最年少の類はお前が全部塗り替えてから動いていない、勘違いしているだろう。ライトは若いが比べれば妥当だ、三十過ぎだからな」
「えっ」
 間抜けな顔だ。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:49:00.17 ID:KwazpE1xo
「二つ違いだろう、確か、お前と」
「ええええ!」
「ほら、さっさと行くぞ、また誰かに見られるとも限らん」
「いやあ・・・あれはどう見ても・・・」
 ぶつぶつ言うポールを尻目に、街へ歩き始める。国の動きを左右し兼ねない任務なのだ。今のところ本当に、今夜の飲み屋を選ぶくらいの緊張感しかないだろうと、セイントは思った。

 街の門に着くまでに、兵士に五回は呼びとめられた。これでも人気の少ない道を選んできたつもりなのだが。そう言うと、ポールは当然のように言う。
「俺の人徳だな」
「徳なんか積んでいないだろう、評判は多いがな」
「え、マジか、嬉しいな」
「評判と言っても良いものも悪いものも同じくらい多い」
「あちゃあ」
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:49:26.62 ID:KwazpE1xo
 ポールは門を一瞥すると、また別の方向へ歩き始めた。
「おい、何処へ行くんだ、まさか小便か?」
「違ぇよ、折角お忍びなんだ、門から出るのは忍びない、ってか」
 変に巧い事を言いながら歩いて行く。
 門から以外でこの街から外に出る方法など。
「抜け穴か、しかしあれは封鎖されただろう」
「んー、まあ似たようなもんだよ、気分は大事だ」
 緊張感がない。
「それに、俺とお前で、積もる話もあるだろう、あと内緒話。歩こうぜ」
「話?」
「ああ、俺は、国を出る」
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:51:20.28 ID:KwazpE1xo
ホープ

*****

ジュリーとマルタ
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:51:51.33 ID:KwazpE1xo
 門につくと丁度マルタがマーケットの道から出てくるのが見えた。走ってマルタに近付く。
「ジュリー・・・何故ここに居るんだ」
「まあマルタ様、私は大急ぎで祭壇に戻ったというのに、待っていなかったのはあなたの方です。マルタ様はお急ぎのようでしたから、私も本当に急いだのよ?」
「先生とやらは、君を止めはしなかったのか」
「そうそう、エリー先生に言ったらきっと色々うるさく言われるわ。先生は優しいもの。だからおうちの前に手紙を置いてきたの。私の居ないときにお客さんがきちゃったら大変だからそのことも書いたわ、暫く留守にしますって」
「何で、俺がここに居ると分かった」
「マーケットの狭い道に雑貨屋さんがあるでしょう?体格のいいおかあさんが店主さんをしているお店。そのおかあさんに訊いたの、もっと大きい人が通りませんでしたか、って。そうしたら奥の方に歩いて行ったっていうんですもの、私また大急ぎだったわ」
 マルタは神妙な顔で、軽く舌打ちをしたようだった。
「どうかしたのですか、マルタ様?」
 もしかして少し疲れているのだろうか。マルタの体格でマーケット奥の狭い道を抜けるにはさぞ大変だった事だろう。だから通りを歩いた方が早いと言ったのに。現に私は、こうして先に門に着いている。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:53:05.63 ID:KwazpE1xo
「ん、いや、何でもない」
「どこか、体調など悪いのですか」
「大丈夫だ、さて、行くぞ」
「はいっ、参りましょう」
 マルタは門とは違う方向へ歩きだす。向かっているのは、街の農場の方だ。
「マルタ様、どちらに向かうのですか?門はあちらです」
 返事はない、黙って農場へ向かう。道が悪い。そもそも道ではなくて、街壁の端の木立の中を歩いているようなものである。
 見上げると、木々の間から青い空が覗いている。こうやって見る空もとても綺麗。足元を見ると小さくて白くて可愛らしい花が咲いていて、踏まないようにしなければならなかった。名前は知らないけれど小さい頃にこの花を摘んでネックレスを作ったことがある。そんなことはもうできない。だって、この花を一輪摘んだだけで困る生きものもいるのだ。
 どうやら農場に向かっているのではないようだ。ずっと街壁沿いに歩いている。
「着いた、確かここだな」
 ジュリーには、今居る場所に何かあるように思えない。マルタは生い茂る草を踏み分けて、街壁に近付く。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:53:32.27 ID:KwazpE1xo
 ジュリーの背丈くらいに盛り上がっている土の上にマルタが立つと、丁度その体が太陽と重なった。今は昼と言うには早いくらい。
「そこから、外に出るのですか?マルタ様は大きいけれど、それでもこの街壁は凄く高いです。だって、木を登っても出られないようになってるのよ」
「そう、そんなに簡単に出られてしまっては、壁の意味はないな。しかし、ここだったか」
 マルタは足元の草を抜いて土を掘り始めた。三十秒ほど黙々と掘り続けると、金属の取っ手が現れた。
「外に出られるようになっている。秘密の抜け穴ってやつだな」
「凄い、こんなところが外と通じているのですね。だけどこんな道があるのは、良くない事ではないのかしら。だって外に悪いものがあるから街壁があるのでしょう。それに、何でわざわざここから出るのですか?この街に住んでいる人ならば、出入りは難しくないはずです」
「そうだ、だからジュリー、君は俺についてくるな。ここでお別れだ」
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:53:58.99 ID:KwazpE1xo
「何故ですか?マルタ様は私と旅をしてくれると言ったではないですか」
「あれは嘘だ、本当は、置いていくつもりだった。マーケットであれほど時間を取られるとはな」
「しかし目的地は一緒ではないですか、それに、あなたと居たほうが私は危なくないから・・・だけど、出来る限りご迷惑かけないようにします」
 マルタはこちらを睨みつけた。よく見ると、左眉に傷がある。
「それは違う。君ほど聡明な子が、分からないのか。俺は正規の手続きで門を潜れないんだよ。だからここから出るんだ。ここからしか出られない、俺は危険人物だ」
「あなたは優しい人です、私は知っています」
「俺は、恐らくこの国で手配を受けている。役人に見つかれば連行される、分からないのか、俺と居ると君は危ない目に合うだろう。こうやって街の外に出ることすら普通じゃ済まないんだ、だから、うちに帰れ」
「だけど」
「君を縛り上げてここに置いていくこともできるんだぞ、俺は」
「それはあなたにはできませんわ」
 そう言うと、マルタは益々険しい表情になった。これはさっきまでのように演技で怒っているのではないだろう。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:54:30.02 ID:KwazpE1xo
 マルタが一歩こちらに近寄る。プレッシャ。
「あなたにはできないわ、だって、本当に優しいもの。マルタ様がどうやって私をこの街に残していっても、私はこの街を出ます。外は危険なのでしょう?だったら私を一人にする筈がありません、私がここで自分から帰らない限り、どこかまでは一緒に来てくれます」
「俺を舐めているのか?」
「私を縛り上げるつもりなら、自分が如何に危険かなどと説明する必要はないではありませんか。ここには二人しかいません、ほら、さっさと置いていけばいいのです。あなたにはできないの。あなたを舐めているのではありません、あなたはできない、あなたはしないと、私は、信じています」
「はっ、俺を信じる?」
「はい、少なくとも、神様よりは」
 傷の入った眉が、地面と平行に近付く。怒った顔じゃなくなってよかったと思う。
「この出口は一方通行だ、本当に俺についてくるのか」
「言ったでしょう、私は私に、マルタ様がついてきて欲しいのです」
 マルタは重そうな取っ手を、地面ごと持ち上げた。穴が開く。ひんやりとした階段。
「分かったよ、強情な子だ、行くぞ」
「はいっ、参りましょう」
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:54:57.07 ID:KwazpE1xo
 扉を閉めると、完全な暗闇になった。マルタがどうやったのか布の松明に火を点けると、ごつごつした壁に影ができる。階段は三十段ほどで幅の狭い廊下に続いていた。
「この道の為に、壁に穴が開いている。この街の壁は地下にもあるんだ。地面を掘って侵入できないようにな」
「では今、その壁の中を歩いているのですね」
「そうだな」
 肩を時折土壁に擦らせながら、マルタが答える。
 歩いていると行き止まりになった。赤く錆びた金属の壁。壁だらけだ。ジュリーに松明を渡すと、マルタが天井に両手を当てて、右足を壁に当てる。
「この扉が、一方通行の一つの理由だ」
 そのまま足で押すと、嫌な音を立てて壁が倒れ始めて、床になってしまった。
「押さえているから通れ」
「はい」
 ジュリーが先に、マルタも天井で床を支えながら歩いた。最後に足を床から離すと、床がゆっくり壁に戻っていく。
「この扉はこちらからは開かない、引っ張ろうにも取っ掛かりがないし、バネも強い。よくこんなところに仕掛けを作ったものだな」
 仕組みを考えてみるが、全く分からない。マルタはバネと言ったがどこにそんなものがあるのだろうか。
「早く行くぞ、松明が切れてしまう」
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:55:23.04 ID:KwazpE1xo
 更に進むと、また階段があった。今度は登りだ。きっと出口に続いているのだろう。二十二段目を踏んだとき、天井がある事に気付いた。
「これが、一方通行の扉の、二つ目だ」
 松明を持っていない方の手でその天井を押してみる。ビクともしない。マルタに頼もうと振り返る前に、顔の横から太い棒が伸びてきた。マルタの腕だ。
「目、気を付けな」
 天井が、押し上がる。先ず白い線が一本入って、直ぐにそれが外の光だと分かった。思わず目を細める。細かい粉が睫毛にかかる。砂か、土だろうか。
 完全に扉が開くと、草原が広がっていた。眩しい。日が暖かい。大きく深呼吸をすると、粘土みたいな息が出てきた。もう一度空気を吸い込む。体が浮きそう。
「ここはレモンに続く街道の横の草原だな。あっちが街道だ」
 マルタも出てきた。扉を閉めると、それは地面と一体化した。扉の周りに四角く、少しだけ土が盛り上がっている。
「こうして扉を閉めてしまえば、この広い草原のどこにあるか分からなくなる」
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:55:51.82 ID:KwazpE1xo
「擬態というのかしら、もう見失ってしまいそう。ここに、あるの?踏んでも分からないわ」
「こんな見晴らしのいい草原、この扉を大人数で探すわけにもいかないだろう、誰が考えたんだか、これも巧く出来ている」
「万が一発見されても、もう一つ扉があるし、それに街の方だけ見張っておけば大丈夫なのね、道は一つだけだもの」
「そうだな、しかし、軍はこの道は知らないと思うがな」
「知らないのですか」
「恐らく、だ。本当はもう一つ近くに抜け穴があって、それは簡単なものだったんだが、軍に埋められてしまった。しかしこっちの抜け穴は残っている」
「マルタ様は、何故ご存知なの?」
「俺がジュリーくらいの頃は、仲間たちと駆けまわっていたからな、それに、悪餓鬼はこういうのを見付けるのが得意なんだ」
「ふふ、マルタ様も昔は子どもだったのですね」
「当然だろう、誰だって最初は子どもじゃないか」
 当然なのだろうが、想像がつかない。エリー先生も小さい頃があったのだろう。私の、パパとママも、きっと。
「さあ、少し急ぐぞ、暗くなる前にレモンに着きたい」
 空を見上げる、まだお昼前。今日朝早く家を出てよかった。神様へのお祈りで、良い事だってある。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:57:41.38 ID:KwazpE1xo
*****

 ジュースみたいな夕日が地平線に掛かる頃に、レモンの街に入る事が出来た。小さい木の門の前では屋台が店じまいをしている。
「この街には、壁が無いのですね」
 門からは木の柵が張り巡らされているが、それ程の高さではない。少し頑張ればどうにか越える事ができそうだ、とジュリーは思った。
「ノコンのように高い壁は珍しいくらいだ、あんなもの普通の街には必要ない。戦争なんてやっていなければ敵は押し寄せて来る事などないだろう」
「そうなのですか、何処の街も壁が覆っているのだと思っていました」
「早く今晩の宿を探して、荷物を預けたら買い出しをするぞ」
 買い出しとは旅に必要なものの買い出しだろうか。当然だがジュリーは旅の支度など殆ど持っていない、何を持てばいいのかも分からない。お泊まり会の前日の様にわくわくするのは、頼もしい人がいるからだろう。
 マルタは宿の場所を街の人に訊ねているようだ。陽はとっくに落ちているが、見渡してみると看板をおろしている店はない。寧ろ何処も賑わっているように見える。ノコンのお店は日の入りで閉まってしまうのに。
「ジュリー、行くぞ、宿が見つかった」
「はい、マルタ様」
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:58:09.11 ID:KwazpE1xo
「おっ、てんちょーおう、おきゃくさーん、おふたりさーん!」
 宿に入ると、カウンタに座っている人が奥の方に向かって声を張り上げた。はいよーう、と返事が飛んでくる。待っていると、大柄な女性が出てきた、店長さんだろう。
「はいはいはいはい、ごめんねー御二人さんねー」
「ああ、安い部屋を二部屋頼む」
 体も大きいし声も大きい、そして早口だけれど聞き取り易い発音。きっと商売上手だろう。しかしマルタと並ぶと女性相応の大きさにも見える。
「え、あらあら、別の部屋でいいの?こんなぼろっちい宿だけど、ちゃんと二人部屋もあるわよー」
「それでは奥様、二人部屋をお願いしますわ」
「あらやだよう奥様だなんてそんな大層なものじゃないわよう、しっかりしてるわねえお嬢さん、じゃあお部屋こちらね、ほら旦那さんもいらっしゃいな」
 女主人はどかどかと廊下の奥に歩いて行く。
「だ、旦那?おいジュリー」
「お部屋に行きましょう、マルタ様」
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:58:40.47 ID:KwazpE1xo
 ジュリーも奥に向かうと、マルタも渋々従った。
「はいこちらね、外出るときは声掛けて頂戴。あと、お代先払いだから、お荷物置いたらお願いしますねえ」
「はい、ありがとうございます、奥様」
 あらあらお世辞がうまいわよう、と言いながら女主人は表に戻っていった。軋むドアを開けて荷物を置く。決して綺麗とは言えないが風情があると言えなくもない。部屋の真ん中には大きなベッドが二つ並んでいた。
「ジュリー」
「マルタ様、路銀の節約にもなります。それに、家族だと思わせておいた方が説明が簡単ですわ」
「むう、それはそうだが、いいのか」
「何がですか?私の父上は鼾がとってもうるさかったから、そんなのへっちゃらよ?それはもう、街の外まで響くんじゃないかしら、魔獣が起きてこないかって心配になるほどなんだから」
「しかし、父と言われるのは、複雑な気分だ」
「あら、父上は三十半ばよ、私は十一だから、マルタ様だったら」
「俺は・・・二十五だ」
「えっ」
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 03:59:08.05 ID:KwazpE1xo
 パパと同じくらいだと思っていた。
「ごめんなさい、マルタ様、私てっきり」
「いや、いや無理もない、いい、いい。気にするな。そう見えてもおかしくはない」
「では兄妹という事にしましょう」
「兄、ねえ」
「はい、私、兄妹が欲しかったから、ちょうどいいわ、そうしましょうマルタお兄様」
「お、お兄様っていうのは、どうにかならんか」
「何故ですか?お兄ちゃん、っていうのは子どもっぽいし、兄上、っていうと殿方みたいですものね。そうしたら」
「分かった、分かった、もうお兄様でいい、その代わり街の中だけにしてくれ」
「はい、お兄様。では私、お支払いをしてきますわ」
「俺も行こう、そのまま街へ出る」
「分かりましたわ、お兄様」
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/03/14(水) 08:11:49.86 ID:tzvcqW4jo
 既に日は暮れ、どっぷりとした夜が街を覆っていた。宿の周りは真っ暗だ。しかし、表通りの方は明るいように見えるし、僅かながら喧騒も漏れてきている。
「すごい、まだお店は閉まっていないのね」
「商売人の街だからな」
 家具屋の旦那さんは、客がいる間は店閉める訳にはいかねえよ、と大きな口で笑いながら言っていた。あの旦那さんみたいな人たちばかりだったらこの賑やかさも納得できる。

「食料と、簡単な道具は必要だな。それと、むう、テントは簡単なもので大丈夫か、向かう先はそれ程寒さも厳しくはない筈だ」
「そういえばお兄様、このレモンの街が経由点ならば、どこに向かっているのですか」
「ああ、言ってなかったな。レモンを出たら森沿いに、南東の方へ向かおうかと思っている」
「南東、ですか」
 南に向かうと気温は上がる。北の果てのクリークが凄い寒さだというから、南には砂漠があるのだろうか。
「ああ、アッシュを探すなら南に向かえと友人に言われてな。どうせ当てもないのだから行ってみるかとな」
「南には、何があるのですか?」
「目立ったものはないが・・・小さい村が点在していて、暫くはそこを訪ね歩くことになるだろうな。さらに南下すると海に出てしまうから、本当に何もない」
「海があるの!?」
「む、そうだな、海があるか」
「海って、白くて、青くて、草原よりも広い所でしょう、先生に教わったの。私、海に行ってみたいわ!」
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/14(水) 08:12:25.55 ID:tzvcqW4jo
「はは、そうか、じゃあ目先の買い物を終わらせてしまわないとな」
「そうだわ、早く買わないと、暗くなってしまうわ」
「まだ一時は暗くならないさ」
 そうか、日はとうに沈んでいるのだ。いつもならきっとお風呂に入ってお布団に入っている時間。
「この街のガス灯は、とても明るいのですね、それに、とても多いわ」
「どの店も二本ずつ持っているからな」
 見上げると確かにすべての店にガス灯が灯っている。形も色も様々で面白い。道の上にもう一つ星の道が重なっているみたいでお祭りのように綺麗だ。
「全部店の所有物なんだ。数は二つと決まっているから、見栄を張って明るくする店が多いようだな、消えている店は今日はもう閉店だ」
「マルタ様って、何でも知っているのですね」
「そんな事はないさ。聞きかじりだよ」
「私も、色んな事を学べるかしら」
「・・・普通の道を外れたからには、学ばなければならない、賢くならねば突破できない障害ばかりだ、いいかジュリー、それが君が選んだ道」
「お兄様あそこ!」
「なんだ、と、何だ」
 やっぱりお祭りだ。
「ああ、あれは」
 踊りだ、きっとステージがあるのだろう、少し高くなったところで、赤や橙、青に黄色の灯りを持った踊り子たちが、グルグルと回るように踊っている。光が円を描いて、重なって、交わって、様々な色になる。
「確か・・・月末に催されるものだったか」マルタは考え込んでいるようだ。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/14(水) 08:13:01.38 ID:tzvcqW4jo
「近くに行ってもいい?」
「ああ、それなら、俺は買い出しに行ってこよう。半時後に、そこの金物屋の前に来てくれ。橙色の灯りの建物だ」
「はい!だけれど、ちゃんと待ち合わせには来てくださいね」
「むう、すまん、分かった、ジュリーも知らない人にはついて行くなよ、あと財布は確り持つように」
「あら、知らない人には、もうついてきていますわ」
 マルタはまた一唸りした後、喧騒の中に消えていった。
 
 星の並んだ道をステージの方に歩く。人が多い。近付くにつれ、踊り子さんが見えなくなってしまった。マルタだったらこんな人込みでも頭一つ出るに違いない。
 沢山の人にぶつかりながらなんとか、ステージの下に辿り着いた。財布を確認、きちんとポケットに収まっている。
 見上げると、踊り子さんの他にも、男の人が楽器を奏でているようだ。金管と太鼓が確認できた。踊り子さんは皆、手、腕や、足にもライトをつけているようだ。その代わりに衣装は黒い。回るようにと言っても舞踏曲のようではなく、体より寧ろそのライトを回すように、それで夜空にお絵かきをしているような、綺麗な踊りだった。
 見惚れる。星が流れる。ずっと真ん中に居る人が、一番綺麗。光の線がとても滑らか。何の踊りを、何を、描いているのかしら。
 暫く眺めていると、踊り子さんたちは一つに集まって、丁寧にお辞儀をした後にステージを降りていった。追いかけたいとも思ったけれども、きっとそろそろ、待ち合わせの時間だ。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/03/14(水) 08:13:33.69 ID:tzvcqW4jo
 店の前には、既にマルタが立っていた。地面に荷物を置いている。
「どうだった」
「凄く綺麗でした!ステージの上が、まるで夜の空みたいで、踊り子さんも綺麗だったし、なんていうのかしら、とにかく、綺麗だったの」自分で声が興奮しているのが分かる。
「はっは、それはよかった。さあ、今日はもう宿で寝てしまおう、疲れているだろ」
 否定しようとしたが、そういえば、今日はよく歩いたし、色んなものを見た。少し目を瞑ると体がふわっと浮く。
「うん、そうね、疲れているかも」
 マルタは荷物を掴み、肩に乗せた。ジュリーくらいの重さはありそうだ。
「それ、全部持っていくのですか?お兄様でも、きっとちょっと疲れてしまうわ」
「ん、ああ、これはバッグも入っているからな、それで大きく見えるんだろう。宿でまた詰め直すさ」
「そう、ですか」旅に使うものってこんなに必要なのか、何が入ってるのか想像する。
「どうした?」
「ちょっとだけ、気になるのですけれど」
「ああ」
 意を決して、尋ねる事にした。
「あの、その中には、絵を描くようなものなんて、入ってないわよね?」

73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/04/20(金) 04:38:21.12 ID:Nq9Xy8M3o
ジュリーとマルタ

*****

ホープとグスタフ
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/20(金) 04:39:17.97 ID:Nq9Xy8M3o
「ああ、やっと着いたな、レモンだ」
 本来ならばそれ程大変な行程ではない、言ってしまえば隣町なのだ。夜盗などに狙われるなんて、全く運が悪い。
「何だか安っぽい町だな、あの柵じゃあ、簡単に破れるな」
「破るなよ」こいつはやりかねない。
「おい見ろホープ、食いものが焼かれてるぞ、あれは食いものか?」
 グスタフの言葉に矛盾を感じながらも、頷いた。今朝はまだ何も口にしていないことも有って、グスタフの、食おうという提案にも同意した。

「これは旨いな」
 焼き鳥を頬張るガチョウと商店街を歩く。やはり街の人々には好奇の視線を向けられる。なるべく気にしない様にした。
「そうだ、今日の飯もこれにしようホープ、俺が持ってもいい」
「それで代金は俺が持つってか、そんなに金の余裕はねえよ、旅の用意もまだしてないんだ」
「そうか、沢山食いものが必要だな」
 早く買い物を済ませよう、無視して進む。特に子どもの視線が痛い。万が一、話しかけられたら、正直どうやって説明すればいいのか分からない。自分でも説明が欲しいくらいなのに。
 赤い服を着た女の子と目があった。直ぐ目を逸らして心持ち早足になる。グスタフが声を掛けながら走り寄ってくる。くそ、どこかに置いておけないものか。
「あの人間が持ってるのはなんだ?あれも食いものか?」
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/20(金) 04:39:56.91 ID:Nq9Xy8M3o
「え、あの子か、あれは動物だろう」
「魔獣か!」
「違ぇよ、魔獣ってのはあんなに人に近付いて大人しくはしていない、あれは動物の猫だ」
「なんだ大人しいのか、残念だ、ホープ、魔獣ってなんなんだ?動物とは違うのか?」
 突然の難しい質問に、ホープは考える。子どもによくある、無邪気だからこそ単純で本質的な質問に似ている。
「お前って、魔獣じゃないのか」今更な疑問を返してみる。
「知らん、俺はグスタフだ」
 ホープは溜め息を吐くと、商店の並ぶエリアに足を向けた。もう、早く街を出たい。

 結局食料と、多少の防寒具、簡単な山道具を買い足した。酒場で昼を済まし、街の外へ向かう。
「おいホープ、もう街を出るのか、門はあっちじゃないのか」
「こっちだよ、北に向かうんだ」
「どこへ行くんだ」
「門だよ」
「その後だ」
「そうだ、もしかして、行き先の説明をしていないのか」そう言うと、グスタフは、何も聞いていない、と答えた。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/20(金) 04:40:28.61 ID:Nq9Xy8M3o
「北の、クリークに向かうんだよ」
「クリーク?それも街か?」
「いや、城だな、ノコンと似ている、というか、ノコンと戦争している国だ」
「敵か!」予想通りの返事だ。
「違ぇよ、ノコンの敵だけれど、俺たちの敵じゃあない、戦いにいくわけじゃない」
「じゃあ、何しにいくんだ」
「アッシュの情報を探しにいくんだよ、ノコンと敵対している以上、クリークにある情報は、そっちに行かないと手に入らない」
「ふうん、よく分からないが、分かった。クリークに行くんだな」
 会話に生産性が感じられない。ホープは煙草を取り出して、燐寸で火を点ける。息を吐き出すと、空に雲が一つ増えて、直ぐ散った。少し脳が生き返る。

 街の北門には、南門と同じ様に屋台が出ていた。グスタフの提案を今度は出来るだけ無視して、街道に出る。
「あれ、旨そうだったな」
「それこそ、お前なら魔獣食っても旨いんじゃないか、俺はご免だけど」
「ああ、そうだな、考えた事もなかった、食ってみたいな。それなら、強いやつと闘えて、旨いもの食えて、良い事ばかりだな、良いな」
 食い気と血の気。あと、酒気も携えたら、完璧だ。何に完璧かは、分からないが」
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/20(金) 04:41:03.33 ID:Nq9Xy8M3o
「なあホープ、魔獣ってなんだ?」
「うっ」
「獣とは違うんだろう?強い獣は強いが、だけれど魔獣の方がもっと強いんだろう、強い獣が魔獣か」
「・・・違うな」ホープは覚悟を決める。非常に面倒くさい。
「魔獣と動物は、分かり易く言えば、その知能で区別されるんだ、頭が良ければ魔獣だな」
 本来なら、更に厳密に定義される。しかし学者によって定義はまちまちで、大脳の体積で決める説や、脳幹の作りを基準にする説もある。まあ、頭がいいのは確かなので、それが大雑把な分け方だ。
 魔獣は動物と同じくらいの種類がいると言われている。しかし、彼らは自分たちのテリトリィを重要視するので、その侵入者には猛烈な攻撃を仕掛けてくる。これは単独行動する魔獣も群れを作る魔獣も同じだ。そのお陰で魔獣の詳しい生態や種類の解明は困難を極めているらしい。
 そこまで説明したが、グスタフの興味はやはり一点だけの様だ。
「なんだ、魔獣ってのは頭でっかちなのか、そんなの強いのか」
「強いよ、体は獣に似ているし、しかし頭も使ってくる。頭がいいやつは、厄介だぞ」
「そうか?」
「例えば、昨日襲ってきたやつが、お前をバカにするだろ?」
「そんなことしてたのか!許せん!」例えだ。
「そう、怒るよな、で、追いかける」
「当然だ、追いかけて[ピーーー]」
「それで突然相手が振り返って襲いかかってきたらどうする」
「避ける」
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/20(金) 04:41:38.92 ID:Nq9Xy8M3o
「そうか、分かった」
 付き合ってられない。ホープは煙草を取り出して、燐寸で火を点ける。空に煙を逃がしてやった。太陽と目があった。少し脳が生き返る。
「それで、ホープ」
「なんだよ」まだあるのか。説明してばかりじゃないか。
「一番強い魔獣は、なんだ」
 この世で最も強い魔獣、いや、生物。人間を除いてだが。それは。
「竜だな」
「竜」
「ああ、竜だ」
「何処にいるんだ?」
「コーフー山だ」
「何処にあるんだ?」
「レモンの南だよ、割と近いんだよな」
「戻ろう」
「はあ?」
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/20(金) 04:42:05.70 ID:Nq9Xy8M3o
「俺たちが向かってるのは北なんだろう?反対だ、戻って、闘いに行こう、強いんだろ」
「駄目だ」
「何で」
「グスタフ、アッシュを探しに行くんだろ、さっさとそれを見付けてからでも、遅くはない」
「むむう」
「それに、旨いものは後に食った方が、更に旨くなると言うぞ」
「ホントか!」
「ああ、本当だ、俺が今まで嘘を言った事があるか」
「いや、ない。分かった、後の楽しみに置いておく、じゃあさっさとアッシュに行くぞ」
 間違っても、こんなやつを魔獣と闘わせるわけにはいかない。魔獣は、決して大人しい生き物なのだ。
「グスタフ、お前って、魔獣じゃないのか」
「違う、と言ったろう」
「じゃあ、なんなんだ?」
「知らん、俺はグスタフだ」
 諦めよう、こいつは、グスタフなんだろう。溜め息を吐いた後、煙草を口に咥え直す。天気がいいと煙草が旨い。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/20(金) 04:43:14.90 ID:Nq9Xy8M3o
ホープとグスタフ

*****

ポール
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/04/20(金) 12:53:42.53 ID:1J7iK3j9o
なんなんだ?このスレ
>>1以外誰もレスしていないのに淡々と描き続ける>>1
軽くホラーだな

しかし読みにくいからセリフの間、一人称の文の間に空行入れれば?
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/25(水) 01:38:42.91 ID:JKTHVUy7o
「国を出る?」

「ああ」

 月明かりで影が出来ている。今夜は双月のうち大月が満ちている。

「それは、任務としてではなく・・・お前個人として、ということか」

 そうだよ、とポールは答える。

「いつ出ようか、考えてたんだ。困った事に俺はお偉いさんでな、突然消えたってなるともしかしたら追手なんかかかるかも知れない。この任務は丁度いい」
「丁度いい?これは重要な任務だと自分でも言っていただろう、それを放り出すとなれば、それこそ許されんぞ」
「そうだ、重要且つ困難だよ、どのくらい、時間が掛かるか分からない」

 もし、本気ならば私はポールを止めなければならない。風で木がざわめいている。

「イーストンで軍事指導?移動時間も考えれば一年弱くらいか。それなら、大将には代わりに誰かが任命される。俺が居なくても国は動く」
「それは任務放棄の理由にならないだろう、何を考えている」
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/04/25(水) 01:39:41.51 ID:JKTHVUy7o
 ポールは空を見上げて溜め息を吐いた。壁と木々で空は狭いが、その分暗い。星がよく見える。

「なあ、セイント。俺は強くなりすぎちゃったんだよ」
「軍の半分程度の力か?だからこそこの任務に適当だ」
「バレないようにしてきたつもりなんだけどな、バレたら、絶対に殺されると思った」

 どういう事だ?

「殺されるって、何故だ、誰に」
「親父殿だよ」小虫が、喧しく鳴いている。
「セイント、俺は強過ぎるんだよ、そんなやつが城内にいるんだ、偉い人は、心中穏やかじゃないと思わないか。金と権力を持ってて、月並みな話だけれど、その後に欲しくなるのは時間だろ、命だ」

「国王は、父上だぞ、私たちの父上だ」
「俺は拾われだ、血が繋がっている訳じゃない。俺はあらゆる意味でイレギュラーなんだ。考えてもみろよ、自分が拾ってきて育てたっていってもさ、例えば魔獣と同じ洞窟で寝てられるか?どこまで信じられるよ、そんな中で、自分が明日生きてる幸運を」
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/25(水) 01:41:47.22 ID:JKTHVUy7o
「お前は、人間だろう!魔獣ではない」
「俺は、危険だよ、軍の半分を使わなけりゃ止められないくらいな。それに個人だからコントロールが難しい、集団のほうが幾分簡単だ」

 ポールは淡々と語り続ける。こちらは見ず進む道の先を、暗い木立を見つめている。

「だったら、消しちゃったほうがいいだろ、後継ぎは確りしたのがいるしな。ただ、その後継ぎが納得する方法で殺さないといけない、例えば任務で、コーフー山にぶちこむとかな」

 ポールが立ち止った。いつの間にか抜け穴のあった場所に着いていた。

「セイント、この話を聞いたからには、お前は俺を止めなけりゃならないよな」
「そうだな、今までの話は、反逆罪とするには充分だ」
「殺してでも」

 木の陰で、表情が読み取れない。一体、ポールはどんな顔をしている。どんな事を考えている。私の事を、どう思っている。突然、頭の中に、ポールとの日々が。走馬灯。これは、決別の予感か。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/25(水) 01:42:47.64 ID:JKTHVUy7o
 少なくとも私にとってポールは弟だ。血が繋がっているだとかは、全く関係がない。そして、私は兄で、兄ならば。

「ふん、ポール、それをしないと思ったから、私にその話をしたのだろう。私にポールは殺せんよ、何しろ、強過ぎてな、今日の昼間に負けたばかりだ」

 精一杯だ。ポールはこっちを見て、少し笑ったようだった。

「はは、そうだな、俺は強過ぎてな」
「帰ってくるつもりはないのか」
「ああ」
「何処へ行く」

「当てはないけど、取敢えずレモンを経由して、コーフーに行ってみようかと」
「はあ!?」
「ははは」

 笑いごとではない、本当に死にに行きたいのか。第一それでは任務と変わりない。

「いやあ、だって国出てもやることないんだ、だからちょっと、探しものを、ね」
「貴様、まさか」
「ああ・・・アッシュを探しに行く」

 それは。

「国王の命ではなく」
「俺の意思だ」

「世界が欲しいのか」
「何に使うのか何に使えるのか、それは見つけてから考える。ただ、見つけに行きたいんだよ、暇潰しだ。だけど親父殿には教えない、セイントには教えてやるよ、実際にあったかどうかだけな。ちょっと前、調べていたよな。気になるだろ」
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/25(水) 01:43:23.96 ID:JKTHVUy7o
 呆れた、馬鹿な弟だ。こんなにも馬鹿だったとは。大馬鹿だ。

「追い出されるようなもんだけどな、へっへ、面白くなってきたぜ。城ん中で退屈してるよりずっといいや」

 ただ、こいつはこんなやつだ。やっとそれらしくなってきただけだ。溜め息を吐く。少し苛ついてきた。
 鞘に手を掛ける。唯一、この大馬鹿から教えて貰った剣術。最速の四の剣。

「へっ」

 ポールは平然と柄で止めた。後ろに跳んで後、そのまま木に駆け昇る。

「愛してるぜっ、クソ兄貴!」
「この馬鹿野郎が!さっさと行け!」

「おっ、昔みたいな口調だ。それって直した方がいいんじゃないか」
「はん、餓鬼の遊び場で餓鬼を相手に、大人になどなっていられるものか」
「じゃあな、セイント」
「死ぬなよ、ポール」

 凄まじい速さで木を駆け昇るとポールは、その速さで壁の上へ跳び移った。稲妻はその発生で、地から天へと昇るらしい。いつか研究所で聞いたことをセイントは思い出していた。

87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/04/25(水) 01:48:54.29 ID:JKTHVUy7o
ポール

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ジュリーとマルタ
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/04/26(木) 00:49:22.55 ID:MTigTMTAO
ならレス俺がレスをしよう!

ストーリーは面白いけど最初の方が読みにくいのが難点←2〜3行程あけた方が見やすいよww


とりあえず乙! 続き楽しみしてるから頑張れ!
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 06:40:55.07 ID:IxJlx2KLo
 名前を呼ぶ声が聴こえた。もう、ずっと聴きなれた声だ。直ぐに返事をしようとするが、声は出ない。まるで喉に綿毛でも詰め込まれているようだ。なんとか、息はできる。呼び声の方へ歩き出す。晴れているのにいまいちその青さを表現しきれていない空は、足元の砂利道の相似にも思える。
 砂利道の先は切り立った崖。更に先に広がるのは海。水平線は遠慮がちに丸く、それと同じ角度のアーチを描いて、腕を広げている人間がいる。その名前を呼ぼうとしたが、声が出ない。いや、そもそも名前はなんであったか。思い出せない。
 息が苦しい。声が出ない。世界は色を失くして、そうして、目が覚めた。

「――マルタ様」

 頭がはっきりとしない。木の模様の天井。それよりも低い位置に、つまり顔に近く、ブロンドの髪。ウェーブがかかっている。今日は後ろでひとつ縛っているようだ。

「ああ、ジュリーか、おはよう」
「おはようございます、マルタ様」
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 06:41:36.54 ID:IxJlx2KLo
 久しぶりのベッドで寝たからか、随分よく眠っていた様だ。冴え始めた頭が、まだシーツの感触を楽しもうとしている体を起こそうとする。やっと上半身を起こして、ジュリーと同じ目の高さになった。それとほぼ同時に、ベッドの上から黒いものが落ちた。
 黒いものは音も立てずに地面に着地し、そして、なあ、と、鳴いた。

「ジュリー、それは」
「ええ、紹介が遅れましたわ、ジュリーと申します」

 もうひとつ、鳴き声。

「いや、君の名前は知っている、その、動物は」
「ジュリーと申します。今日、私、とても早起きしたのよ。そうしたら街が明るくなっていて、それは当然なんですけれど、なんだかびっくりしてしまって。それでちょっとだけお外に出てみたの。マルタ様知っていますか?朝の空気って、とってもひんやりしていて、手の平に吸いついてくるの。ゆっくり息を吸うと、お寝坊さんな私の体がびっくりするの。急に、お散歩したいって言い出すのよ。だからお散歩に出かけたら」

「ジュリー、俺は、その動物の説明が欲しいんだが、猫か」
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 06:42:03.19 ID:IxJlx2KLo
「ええ、それで、直ぐにこの子に会って、部屋に戻ってきたのです」
「外に戻してきなさい」

「大丈夫です、多分、そのうちにお外に戻りますわ、賢い子だもの」
「なんだ、知っているのか」
「ええ、毎日うちに来てくれていたの。着いてきてしまったのね」

 街の中に動物が居るなど、非常に珍しい事である。城の中では動物を飼っている好事家がいるらしいが、少なくともマルタの知り合いでは聞いた事はない。
 黒猫はジュリーのベッドに登ったり床に降りたり、一頻り毛繕いをした後、遂に窓辺に落ち着いて丸くなった。

「君のペットなのか?」
「いいえ、お友達です」
「むう、成程な。一応言っておくが、連れてはいけないぞ」
「ええ、連れていける筈がありませんわ、この子が誰かに呼ばれて着いて行くところなんて、見たことがないもの」

 どうにも話が通じない。返す言葉が見つからないので、マルタは出発の準備を調える事にした。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 06:43:10.19 ID:IxJlx2KLo
「そうだ、ジュリー、街を出る前にもう一軒だけ寄っていく」
「はい、何のお店?」

 手を止め、ジュリーを見る。そうすると、意識せずに溜め息が出た。
 昨日は白いワンピースだった。スカートには地層の様ににフリルが設けてあって、黒いブーツは踵は高くないものの、いまいち歩きづらそうだ。黒いジャケットがデニム生地なのが、自分と唯一共通する点である。尤も、自分の方はズボンであり、それが拾い物でボロボロなのを棚に上げれば、の話だが。

「その真っ赤なワンピースで旅はできん、ピクニックに行くんじゃない。もっと強い生地で、せめてスカートではなくしなければ」
「服屋さんですか?」
「ああ、そんなところだ、昨夜はもう閉まっていたからな」

「フリルが、いけませんか?可愛いのですけれど」
「駄目だな、草木なんかに引っ掛かり易い」
「ブーツは、わたしの持ち物で、一番歩きやすいのを選んできたのですけれど」
「見せてくれ」
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 06:43:44.51 ID:IxJlx2KLo
 ジュリーはベッドに座り、ブーツを脱いでマルタに手渡した。全く、子どもならば足を突き出してくるくらいの方が愛嬌がある。
 受け取ったブーツはなかなか上等な皮で軽く、ソールも確りとしている。少なくとも自分の履いている、やはり拾い物のエンジニアブーツよりかは旅向きだろう。そのままジュリーに手渡す。

「良いもの持っているじゃないか」
「お母様が小さい頃に履いていたものなんですって。わたしが履けるようになったから、綺麗にしてくれたの」

「そうか、こいつは大丈夫だろう。とにかく、店に向かおう。できれば早くに街を出たい」
「分かりました、わたしは、もう準備できているわ」
「俺は靴に足を突っ込むだけだ、さあ、そうしたら行くか」

 ジュリーは慌てて靴紐を結び始めた。黒猫が、窓辺で欠伸をした。

***

「ありがとさーん、いってらっしゃい!」
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 06:44:39.05 ID:IxJlx2KLo
 おかみの見送りの声と同時に宿を出た。朝日が眩しい。昨夜、灯りが灯っていたところに全て黒い棒が立っている。
 ジュリーは黒猫を抱いている。果たして、動物連れで旅をする人間はいるだろうか。しかも荷物の運搬に使えるわけでもない。どうにか説得して置いていかなければ、と思う。

「マルタ様、あれは、えっと、あれは?」
「あれ?」

 ジュリーの見ている方を探してみる。あれ、は、直ぐに見つかった。何という事だ、動物と旅をしている人間がいる。

「鳥、だな、アヒル、か?」
「アヒルって、あんなに大きいものですか、それに服を着ていますわ」

 そのガチョウは確かに見慣れない青い服を着て、腰に剣を携えている。頭にはよく分からない金色の装飾物を被っていて、しきりに隣に歩く男に話しかけていた。何という事だ、動物と話をしている人間がいる。あれはまさか魔獣ではないのか。否、魔獣が人間と一緒に歩く筈がない。ましてや街の中に入ってくる事など有り得ない筈だ。しかし、動物が言葉を喋る筈は、無い筈だ。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 06:45:08.87 ID:IxJlx2KLo
 自分の思考の混乱を感じて、ジュリーに先を促す事にした。

「あれは、何だろうな、むう」
「あの人が変な事を言うから、ジュリーが何処かに行ってしまったわ」

「変な?いや、ジュリーが何処かに?」
「ええ、アヒルの人が、ジュリーは食べものかって言ってたわ、わたしのお友達なのに、失礼しちゃうわ」

 ジュリーが今まで抱えていた黒猫が、いつの間にか居なくなっていた。

「あの猫は、まさか、ジュリーと言うのか」
「はい、紹介した通りです」

 朝だというのに、今日は随分と頭を使っている。確かに、紹介はされていた様だ。何故名前が同じなのか聞いてみたかったが、それは後日に回す事にした。店も既に見えている事であるし。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 06:45:46.21 ID:IxJlx2KLo
 随分とくたびれた店である。その割に品揃えは良く、マルタも相当前になるが、二、三度訪れた事があった。店主もそれなりにくたびれているため夜中に営業している事は少ない。

「ん、いらっしゃい」
「この子に合う格好を揃えに来たんですが」
「おう、はいはい、可愛らしいお嬢さんだね」

「全部で見繕って貰えますか」
「うん、ふーむ、いいだろ、靴以外だな」
「む、これはやはり良いものなのですか」
「うん、何となくな」

 店主はジュリーを一通り観察した後、奥に行き作業をし始めた。要望を伝えると、店主がそれに見合ったものを出してきてくれるのが評判の店である。楽は楽で、大体に於いて手ごろにしてくれるのだが、融通が利かないのは欠点だろう。顧客は趣向の点で非常に偏っている。

「それ、竜だろう?」
「竜って」
「ええ、そう聞いています」

「竜ってあの竜ですか!魔獣でも特に獰猛と言われる」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 06:46:17.00 ID:IxJlx2KLo
「さて、これ着てご覧、お嬢さん」

 店主はマルタの質問に応えず、ジュリーの方見て顔を綻ばせている。まるで孫に会ったお爺ちゃんの様である。

「ピクニックでも行くのかい」
「・・・まあ、そんな所です」
「ピクニックじゃないわ、お兄様。遠足と言えば、きっと間違いはないのでしょうけど、遠い所なのでしょうから」

「ふうん、どっかの街か国かい、何しに行くの?」
「ええ、ちょっと、お父様とお母様に会いに行くのですわ」

***

 随分と時間がかかってしまった。レモンの東門を抜けて太陽を見ると、もう六の時、真昼である。
 少し気を落としたジュリーと昼を食べるのが最も厄介であった。気を落としたのは当然で、ジュリーの持ってきていた服の半分以上を売り払ってしまったのである。しかし自分は間違っていないと考える。決して間違ってはいないが、ご機嫌とりが苦手なのも間違いない。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 06:47:31.98 ID:IxJlx2KLo
「そういえば、あっちの方のジュリーはどうしたろうな」
「さあ、気ままな子ですから」

 態度には見えないが、明らかに言葉数が少ない。

「むう」

 困った。実際、手放した服の中にはその竜皮のブーツと同じ様に、母親の形見であろうものも有ったのではないか。しかし、それでも、これからを考えると持っているわけにはいかない。ノコンに戻るわけにもいかない。ならば。仕方ない事だ。

「マルタ様」
「ん、ああ、何だ」

「こっちに行くと、海があるのよね?」
「そうだな、少し森を迂回して東に進んだ後、南に行くんだ」
「海って、私、楽しみなの」
「む、そう言っていたな」

「早く行かないと、暗くなってしまうわ」
「はは、そうだな、何れ今日に着くわけはないが、そう、明るい時に着きたいものだな」
「海って、晴れた日が凄く綺麗だって、先生が言っていたわ」

 晴天の海は、さぞかし綺麗な事だろう、マルタは想像した。切り立った崖の先の水平線は遠慮がちに丸く、それと同じ角度のアーチを描いて、気持ち良さそうに腕を広げている、ジュリーがいた。

99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/04/28(土) 06:57:18.56 ID:IxJlx2KLo
ジュリーとマルタ

*****
>>81
>>88

レスありがとうございます、もう、一人ならどこまでも一人でと思って書いてました

確かに改行した方が読みやすいですね
色々と分からないで書いているので、意見貰えると非常に嬉しいです

*****

ホープとグスタフ
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/04/28(土) 18:26:44.21 ID:6HK2+k0AO
乙! 大丈夫 大丈夫 ちゃんと見とるからww

中々面白いよ!
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/05/01(火) 00:05:30.08 ID:DjE93sMAO
終わっちまったのかい?
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/02(水) 22:51:22.75 ID:VfzXB6s0o
――丙辰の月、十の日、七の時

 雲が疎らだ。昔の自分の知らない偉い人が、あれを魚に例えて見ていた。何故それを今の自分が知っているのかというと、その雲に魚の名前が付いているからである。
 雲は魚ではない。しかし、そうやって名前を付けられると、まあ似てなくもない、と考えてしまうから不思議だ。名前が付いた瞬間に意味が出来る。女の子の書くハートマークはどうしたって心臓には見えないのに、ハートと名前が付いてしまっているから、きっと心臓なのだろう。あんな形で体の中に入って、果たしてポンプとして機能するのだろうか。

 セータの編み目みたいに、反対側をやや透過しながら雲は空を覆っている。その広がりを眺めると、実はそれが半球型をしている事に気付く。ボウルを逆さにした様で、つまり、覆われているのは地上なのだ。ホープはその編み目をひとつ塞ぐ様に、煙を吐き出した。

「へくしっ」

 太陽と目が合った。くしゃみが出る。

「かっこいいな」
「何がだよ、くしゃみしただけじゃないか」

 グスタフは相変わらず阿呆な事を言う。くしゃみを知らないのか、と聞くと、案の定、知らないと言った。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/02(水) 22:52:07.33 ID:VfzXB6s0o
「お前、くしゃみしないのか」
「分からん、それはどういう技なんだ。わかったぞ、口から何か出すんだろう。それで攻撃するんだ、凄いな」
「違ぇよ、弾も炎も出ねぇよ、竜じゃないんだ」

「竜は出るのか」
「ああ、出るらしいぞ」
「凄いな!是非闘ってみたいな!」

 グスタフが剣を振り回している。どうやら炎を払う練習をしているらしい。レモンを出て半日、お陰で飽きる事がない。
 道は、道というほど整備されていないが、適度に土が干からびていて歩きやすい。見渡す限り、人間も動物もいないので、半分自身を喪失しながら歩いていた。偶にグスタフの剣が飛んでこないかという不安で我に返る事にしている。

 段々、ノコンの空からクリークの空に遷移していく筈だ。実を言えば、ノコンの気候は自分にとっては少し暑い。クリークの冬気候の方が性に合っている気がする。大半の人間は、ノコンくらいが丁度いい、と言うのだろうけれど。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/02(水) 22:53:00.74 ID:VfzXB6s0o
「竜だ」

 空の果てに黒い点を見つけた。

「何だと、どこだ!ホープ、教えろ!」
「あそこだよ、ほら、北に向かっている」
「全然見えないぞ」

「分からんかなあ、遠いからな、だけど、あいつ、結構でかいぞ」
「追いかけるぞ!」
「無理だよ、遠過ぎる」
「くそう」

 目の良さには割と自信があって、飛んでいる鳥の足の爪の伸び具合なら判断できる程度だ。さっきの竜は相当に大きかった。ちょっとした家くらいはあるんじゃないだろうか。
 グスタフはまだ悔しそうに遠い空を眺めている。

「なあホープ、竜はあっちに飛んで行ったんだろう、俺たちもそっちに向かってるんだから、そうだ、また会えるんじゃないか」
「まあ、方向的には、合ってるな」
「そうか、じゃあまた会えるじゃないか!楽しみが増えたな!」
「いやだよ楽しくねえよ」

 もう一本煙草を吸いたくなったがどうにかこらえる。もし売っていたら一カートン買うのを繰り返しているが、残りは二カートン半といったところか。残量を気にして吸わなければならないことに苛々する。深呼吸して溜め息を空に逃がした。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/02(水) 22:53:52.31 ID:VfzXB6s0o
 やはりもう一本だけ吸おう。

「ホープ、走ろう」
「はあ?」

 フィルタを口に咥えたところで手が止まった。ホワイトのライトがチャコールフィルタになってしまったので何れ無印もプレーンではなくなるのではないかと少し不安である。

「追い付かねえよ」
「走れば早く着くだろ」

 大して変わらないだろう、とホープは思ったが、今日は天気が良い。軽く走ったら気持ちが良さそうだ。それに、少なくとも煙草を消費するよりは、体に良い。

「分かった、ちょっと走ろうか」
「よし、行くぞ!」

 グスタフは剣を腰に戻しドカドカ走り始めた。背中の荷物も、腰の剣も、ブラブラ揺れてまともな走行を拒否しているようにしか思えない。子どもの全力疾走くらいの速さだろうか。足を止めて煙草を箱に戻しながら、ホープは眺めた。

「どうした、ホープ!置いて行くぞ!」

 目の良さも自慢できるが、耳の良さも自分はそれなりだと思う。普通の人なら、既に風の音で聴き取れない距離ではないか。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/02(水) 22:54:36.99 ID:VfzXB6s0o
 グスタフには聞こえない程度の音量で、ホープは言う。

「・・・急かすなよ」

 グスタフが前を向いたのを切り口に、ホープの左足は地面を押し抜いた。
 土に少しめり込むのを感じる。横風が真っ直ぐ当たる。体勢は前へ。前へ進むのだから、当然の事だ。
 準備した右足で、もう一歩。加速する。自分が蹴る事で大地が少し動くんじゃないかとホープはいつも考える。左足、右足。
 速く。加速。グスタフが直ぐ横に。速く。前方に小さい木がある。ゴールを設定。
 左足、右足。
 左足、右足。腕を振り子運動させる。この運動がホープは好きだ。
 左足、右足。ロケットの様に。
 左足、右足。
 左足が右足より先にゴール。

 木の周りを軽く流す。息は切れていないが、少しだけ汗ばんだ。グスタフは遥か後方で、こっちを睨みつけている。見上げた空にはさっきと同じ雲。どれだけ速く走っても、あれが見えなくなった事はない。
 呼吸を整ったので、ランニングを終える。見上げた空にはさっきと同じ雲。どれだけ速く走っても、あれが見えなくなった事はない。しかし、自分が気付かないうちにどこかに行ってしまうのだから、余程長距離に強いのだろう。スプリンタの自分とは勝負のしようがない。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/02(水) 22:55:17.94 ID:VfzXB6s0o
 暫くして、グスタフが追い付いてきた。何やら大声で喚き散らしている。

「おい、ホープ!お前速すぎるぞ!」
「言ったじゃないか、逃げ足は速いんだ」
「ふざけんな!お前強いだろ!何で逃げんだよ!」

「あーあー、強くねぇよ、駆けっこが速くても強いわけじゃないだろう」
「闘いやつができた」
「え、まさか」

「ホープ、闘うぞ!やるぞ!」
「だから、そのくだりはもうしたじゃねえか、そんでアッシュを探しに行くんだろ、強いやつがわんさか居るって噂だぞ、早く闘いたいだろ」
「うう、闘いたい」

「じゃあ、ほら、行くぞ」
「分かった、行こう、アッシュに行こう!」
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/02(水) 22:56:02.58 ID:VfzXB6s0o
 自分は決して強くないと、ホープは信じている。確かに足は速い。目も耳も鼻も良い。しかし、何かと戦うとなると、自分には武器がない、攻撃する手段がないのだ。
 この腕は、バランスを取る為の腕。この脚は、地面を踏み締める為の足。何かを殴ったら、手首の先がもげてしまうだろう。何かを蹴ったら、自分が吹っ飛んでしまうに違いない。
 だから、逃げるのは得意だ。相手が剣を持つなら、抜くより先に場から消える。大人数の不埒な者たちが見えたなら、直ぐさま別の道を探す。その為にこの脚はある。
 何より、誰かと喧嘩して、良い事があった試しがない。胸ポケットからさっき吸おうとした煙草を取り出す。

「ホープ、何突っ立てるんだ!」
「火ぃ点けさせてくれよ」

 肺活量が少し落ちたかな、と、ホープは思う。
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/02(水) 23:04:09.05 ID:VfzXB6s0o
ホープとグスタフ

*****

>>100
あざす、調子乗らない程度に頑張ります

>>101
書くスピードが非常に遅いです
書き溜めたり書き溜めなかったりあれなのでごめんなさい

フォーマット変えました→時間

110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/09(水) 05:30:27.04 ID:US70IG67o
*****

ポールとビビ

111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:31:26.77 ID:US70IG67o
――丙辰の月、十一の日、十一の時

 カラン、と、木の床に杯の落ちる音が響いた。十分の一ほど残っていた酒が飛び散って、しかし酒場のいつも通りの喧騒は、その音を凡そなかったものにする。

「困りますよお客さん、今日もう、こぼすの二杯目じゃないですか」
「すまん、主人。ああ、もう一杯くれないか、旨いやつ」

 そろそろ止めた方がいいんじゃないですか、と小さく言いながら、マスタが新しい杯をカウンタに置いた。落とした酒を拭いてくれたウェイトレスが、カウンタの裏でマスタと何か話し始める。何やら怒っているようにも見える。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:31:56.73 ID:US70IG67o
 それもそうだ、ポールは昨日、コーフーで竜たちに見逃されて、そのままこのレモンの酒場で酔い潰れるほど飲んでしまったらしいのだから。らしい、と言うのも、記憶がない。酒には滅法強い方だと思っていたが、気が付いたら近くの宿屋のベッドの上だった。マスタが運んでくれたと言う。宿の主人にその話を聞いて、ここに金を払いに来たついでに、また飲み始めてしまった。世話もない。

「(ちっくしょう・・・)」

 見逃された、自分が苛ついているのが分かる。未だかつて、敵対した相手に情けをかけられた事はない。常に自分の立場は相手より上であり、そして力勝負で負けた事もないのだ。

「(違う、そんなことじゃない、負けた事なんて、どうでもいい事だ)」

 注がれた酒をちびりちびりと飲んでいく。口の中を転がすように味わい、そのまま嚥下する。三回に一回くらいは少しだけ周りを見たり、話し声を聞いてみたりする。一人で飲む時はいつもそうで、この単純なサイクルが、嫌な事を忘れさせてくれる。一度逃げて遠ざかる事で全体を俯瞰する事も戦術の一つだとポールは確信していた。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:32:50.58 ID:US70IG67o
 見逃されたわけじゃない。竜たちは、多分、俺を敵としては見ていなかった。
 竜たちはポールを取り囲んだ後、更に上空に数を増し、逆に地上には少なくなっていた。少しずつ後ずさりするも、追ってくる様子はない。後ろの道に居た連中も空に消えていった。
 剣を構え、適度に緊張しながら下がっていき、安全に森に逃げられる距離まで辿りついて、その時やっと気が付いた、竜たちは哨戒しているだけだと。竜と話をする事で、俺は竜たちに害を為さないものだと分かった時から、通常の状態に戻ったのだろう。それは、自分たちの、晴れたから洗濯物を干して、昼飯をどうしようか考えるのと同じくらい、通常の状態だ。

 コーフーに入ったから攻撃された。それだけだ。俺が今までどれだけ魔獣を殺してきたのかとか、直ぐそこに仲間が切り捨てられているだとか、そんな事は関係なかった。ただ、それだけ。

「(こん畜生だよ、俺こそ畜生だ)」

 涙ぐみそうになるのをこらえる。何故、どんな感情で涙が出そうになったのか説明できない。その代りまた一口、酒を飲んだ。酒が目尻まで上がってくる。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:33:36.87 ID:US70IG67o
「あらー、お客さーん、泣いてんの」

 突然、横からウェイトレスに声を掛けられた。油断している時の一撃は、巨人のハンマより痛い。

「酒を飲むと涙が出るんだよ、体質なんだ」
「変な体質だね。ねえお客さん、昨日もここで飲んでたじゃない、なに、女にでもフラれた?」
「そうだよ、とびきり良い女だった、ハナから相手にされてなかったみたいだけどな」

「へえ、お兄さん、かっこいいのにね」
「知ってるよ」
「一杯奢ってよ」
「奢ってやるから、一人で飲ませてくれ」

 連れないね、と言いながらウェイトレスはカウンタの裏に帰っていった。そのまま出したグラスに酒を注ぐと、マスタに話しかけながら、一瞬俺の方を見る。どうやら交渉は正しく成立したらしい。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:34:19.47 ID:US70IG67o
――丙辰の月、十二の日、一の時

 マスタが寝ている客を起こしている。そろそろ看板なのだろう。今日は潰れる程は飲んでいない、そもそもは金を払いにきただけなのだから当然の事だ。
 会計を済まし、席を立つ。店の中は、酔った客以外はマスタ一人だ。ウェイトレスは皆帰ってしまったらしい。

 干からびた扉を開けて店を出ると、夜の澄んだ空気が肌に当たった。肺や体に纏わりついた汚いものが洗われていく。昨日連れて行かれた宿に戻ろうと考えた。今日も泊まるとは告げていなかったが、部屋は空いているだろう。

 裏路地でも、色の着いたガス灯がまだちらほら灯っている。この街の面白い部分だ。どこかの店が始めたものが街全体に広がって、今や名物になってしまった。綺麗なものを見ると、少し心も綺麗になる。マスタが選んでくれた酒も、比較的綺麗な代物だった。この空気みたいに澄んでいない方が良い。綺麗に染めるには透明ではいけない。

 宿までの道を思い出しながら歩く。途中、開いている店を覗いてみると、やはり酒場が多い。一の時に閉めるなど、随分健康的な酒場だった。医者の不養生みたいなものだ。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:35:18.66 ID:US70IG67o
 十字路を曲がろうとした時、横の黄色いガス灯の店から女が出てきて、声を掛けられた。

「お兄さん、お兄さん、帰り道?」
「悪いな、そんな気分じゃない」
「あー、何か勘違いしてるね、ひどい」

 声に聞き覚えがある。さっきのウェイトレスだ。出てきた店を見るとまた酒場で、連れと思われる二人の女がこちらを見ている。

「こっちでは客なのか」
「お金払ってるから多分、客じゃないかな。ねえお兄さん、ちょっと一緒に飲もうよ」
「悪いな、持ち合わせがない」当然、これは嘘だ。
「奢るよ、さっきのお返し」

 そう言うと彼女は店に入り、友人と少し話した後、荷物を持って出てきた。

「ねえ、お兄さん、名前なんて言うの?あたしビビ」
「・・・ポールだよ」
「ポール、ポールね、よし、行こう」
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:36:02.67 ID:US70IG67o
「行こうって、何処に」
「飲みに」
「何処にだよ」
「あっちに」

 ビビの指差した方は商店街、つまり街の中心の方だ。そっちはまだまだ明るい。実際、まだ少し歩きたい気分ではあったので、ついて行く事にした。
 後ろ姿を観察して、店では髪を縛っていたのを思い出した。黒い髪は肩ぐらいまで、それに、店で着けていたエプロンは外して、白い襟付きのシャツだけになっている。下は黒いズボンで、男みたいな格好だと思う。

 ビビは途中にあった酒屋に入り、グラスとボトルを持ってきた。

「あそこのマスターと顔見知りなんだ」

 少し歩くと商店街のど真ん中に出た。十日に一度、この街のもう一つの名物のダンス・ステージが設営される場所だ。今はロータリーの中心に噴水もない池があるだけである。
 池の周囲に八個設置してあるベンチの一つにビビは腰かけた。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:36:45.48 ID:US70IG67o
「何だ、店じゃないのかよ」
「あたしもそんなにお金ないもん」

 ビビの横に座ると、グラスを手渡された。ビビがポケットから取り出した小さい道具でコルクを開け、ポールのグラスに注ぐ。ポールがボトルを代わり、ビビのグラスに注いで、小さく乾杯をした。

「ああ、おいしい、あんまり置いてないんだ、このお酒」

 確かに、ポールも初めて飲む味だった。透明で、少し甘い。

「東の方のお酒なんだって」
「東?山の向こうか?」
「らしいよ、あたしも、あんまり知らない」

 東には、大きい山脈があり、その北の方にクリークがある。そのまま東に越えると別の国があるが、ノコン国とは交流はない。それでも、そっちの酒がここにあると言う事は、商売人は戦争屋より逞しいと思える。

「でさ、ポール?」
「何だよ」
「さっき何で泣いてたの?本当に女の子にフラレたの?違うでしょ」

「本当だよ」
「嘘、あたし結構顔広いんだ、ポールはこの街の人じゃないよね」
「こっちに彼女とデートだったんだよ、そんでこっちでフラレたの」
「嘘」
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:38:15.59 ID:US70IG67o
「喧嘩に負けたんだよ」少しだけ酒を飲む。体が熱を帯びる。
「え」ビビは、不思議そうな顔をした。

「ふうん、だけど、そっちのが本当っぽい」
「本当だ」
「リベンジしないの?」
「できない」

「はあ、何で」
「できねえよ、絶対に勝てない」
「そんなの、やってみなきゃ分かんないじゃん」
「勝負にすらなんねえよ」

「何それ、諦め?くだらない」
「うるせえな!勝負にならねえ勝負だったんだよ!仕方ねえじゃねえか!」
「それで酒場で飲んだくれ?」

 大きい声を出した自分が情けなくて、また黙って酒を飲む。杯が渇いた。自分でもう一杯注ぐ。

「いいけど、みっともないね、あんた」
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/09(水) 05:39:11.77 ID:US70IG67o
 自分で自分は、我慢強い方だと思わない。出来るだけ我慢をするようにはしている。ただ、何故、ほぼ今日会ったばかりの女にこんな事を言われている。戦えるわけがないのだ。コーフーに行って竜を殺しても、それは勝ちではない。何故なら相手は負けていないから。例え皆殺しにしても、ポールの勝ちではない。勝負ではないから。竜は、そんな概念を持っていない。ただ、そう、自分が竜を殺すだけだ。

「旨かったよ、ご馳走さん」そう言って立ち上がった。直ぐにビビも立ち上がり、ポールの肩を掴んで帰りを制した。

「腐っても君、「雷鳴」ポールだろ?負けたのを負けたまんまにしとくの。聞けば全勝快進撃だって言うじゃない、それを、どんな負け方したか知らないけどさ、勿体無いと思わない!?それってつまらなくない!?」

「思わないね、酒飲んで忘れる」
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:40:11.54 ID:US70IG67o
 振り返ろうとしたその時、高い破裂音と顔への衝撃で、視界が揺れた。左頬がじわじわと痛む。脳が一度揺さぶられてクリアになった。汚いものが、吹っ飛ばされたようだ。どうやら強烈に頬を打たれたらしい。ボトルが足元で倒れている。

「・・・ビビ、何で俺が「雷鳴」って知ってるんだ」
「うちのマスターが言ってたから」
「ずっと知ってた?」
「君が酒こぼした時に知った」

「いや、普段酔うほど飲む事なんてないんだけど」
「酔ってるじゃん」
「何で俺の事誘ったの?」

「あたしこの街出たいのよ、出来ればクリークに行きたかったの、護衛頼もうと思ったわけ」
「随分高級な護衛だ」
「随分腑抜けで、やっぱりやめる」

「やるよ、護衛」
「何で」
「最強だよ、最強、人類最強」
「負けたんでしょ」
「魔獣は人類じゃない」
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:40:53.66 ID:US70IG67o
「え、あ、何だ魔獣に負けたの、え、あたし、勘違い?」
「クリークが終点?」
「通過点、え、あたし、お金ないよ」
「いいよ」

「もしかして体!?やーよ、それは絶対やだ」
「違えよ、だけどその代り」
「その代り?」
「君が好きだ、付き合ってくれ」

 左頬に、衝撃。元々痺れていたのでそれ程痛くはない。

「嫌だ!初めて会った人にそんなこと言う!?」
「しゃーないだろ好きになっちゃったんだ!頼む!後生!」
「いや、うーん、だって」

「だって?」
「君、小さいし、あたしとそんなに変わらないんじゃ」
「うあ」
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 05:41:29.74 ID:US70IG67o
 気分が地の底に沈むのを感じる。確かに身長は低い。それは自覚している。童顔のライトより小さい。セイントに至っては自分の頭の頂点が口元くらいだ。あいつが本当の兄弟じゃないと知らされた時、やっぱりな、とえらく納得したのを覚えている。

「え、気にしてた!?ごめん、ごめん!そんなに気にしてるとは思わなかった」
「護衛は、ああ、必要ないよな、どうせ小さいしな」
「そんなことで拗ねるなよ!分かったお願いする、お付き合いの件は保留だけど」

 既に、竜の事は忘れているポールであった。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/09(水) 05:52:24.73 ID:US70IG67o
ポールとビビ

*****
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:07:26.71 ID:US70IG67o
書き忘れを発見しました

レス順とずれますまじすいません
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/09(水) 06:10:24.55 ID:US70IG67o
*****

ポール
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:11:09.16 ID:US70IG67o
――丙辰の月、十の日、三の時

 空が白けてきた。森を出て、漸くそれが分かる。一度大きく息を吸い込むと、湿度の高い空気が体に吸収された。余分を吐き出す。
 
「(眠いな・・・)」

 ポールは結局夜通し走り続け、魔獣の森を抜けた。しかし裏腹に、コーフーは山頂すら見えなくなってしまった。森を抜けた先には更に別の森が広がっていたのである。ポールが任務用に渡された地図ではコーフーの周りには、シャンプーハットの様に一つの森がそびえているだけだった。
 森同士は草原で隔たれている。恐らくコーフーを中心として、円状に森、草原、森と何層かになっているのだとポールは考えた。

「(魔獣の森の外は草原だから、四層かな。だけどこの草原は、外の草原とは違う)」

 歩きながら、自分の膝の丈くらいに伸びた草を一本抜いてみる。見覚えのない種類だ。この草原にはどうやらこの草しか生えていないように見える。花のひとつも咲いていない。虫もいない。風もない。朝霧だけが浮いていた。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:11:45.93 ID:US70IG67o
 草原の終わりが見える。その先は森だ。入る前に見上げると、この森の木も魔獣の森の植物とは違うようだった。印象としては、壁。非常に高い。ノコンの壁よりも高い。隙間だらけなのに、何かの侵入を拒絶しているようだ。

 少しだけ緊張する。それはしかし、先生に呼ばれて待たされている廊下くらいの緊張感だ。ポールは、静かに足を踏み入れた。

 静かで、どうやら魔獣もいないらしい。歩くたびに枯れ木を踏んで音がするのは、少なくとも大きな生物はここにいないことを証明していた。魔獣の相手をするとキリがないため、魔獣の森は駆け抜けてしまったが、この森ではその必要はないようだ。朝露に濡れた草木や、霧で白い視界は、散歩には良いお供である。実際、ポールは眠気とけだるさを全身で演出しながら歩き始めていた。自分しかいないのならば何にも気を使う必要はないだろう。

 半刻ほど歩くと、少し違和感を感じ始めた。静か過ぎる。そして、動かない。足で倒木の皮を剥がしてみると、地虫がわらわらと逃げていった。決して生物がいないわけではないらしい。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:12:11.43 ID:US70IG67o
 考えるに、ここは境界なのだろう。進む先には竜の棲む山がある。そして、竜は魔獣の中でも特に強く、動物どころか一部の他の魔獣を餌にする、という話を聞いたことがある。ならば魔獣や、ましてやただの動物が山に近付く筈もない。空を飛べる竜はこの森に入る理由がない。だからこの森はこれほどに静かなのだ。ポールはそう結論付けた。

 更に一刻ほど歩くと、やっと森の出口が見えた。
 太陽の光を浴びると、頭が醒めたようだ。コーフーを見上げる。空は多少その色を取り戻したようだ。いい天気になりそうだ、などとのんきな事をポールは考えた。
 静かさを感じる。先程まで歩いていた森とは全く違う、威圧感のある静かさ。一歩踏み出すごとにその威圧感は大きくなる。ポールは、剣の柄に手を掛けた。耳を澄ます、目を凝らす。少なくとも、目の良さで他人に負けた事はない。

 無意識に足音を殺しながら歩いていた。幸い、枯れ木はもう落ちていない。草木すら生えていないのは異常だと思うが、それに気を使う余裕はない。視界の端に動くものが見えた。ポールは駆けだした。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:13:10.62 ID:US70IG67o
「(見つかった!)」

 目に映った影を思い出すと、それは翼だと分かる。それ程の高さではない。直ぐに山際に隠れてしまったが、その高さまで竜がいるならば。

「(何故、こちら側にはいない?あいつら、俺に気が付いているっ)」

 ポールは剣を抜いた。ほぼ同時に、視界全体が白くなる。炎が前方百八十度から波のごとく押し寄せてきた。

「ふっ、ざっ」剣を振りかぶる。
 大きく剣を振り下ろした。まるで空気の塊が飛んでいったかの様に炎に亀裂が入る。二の剣と呼ばれる技である。実際は、剣の衝撃或いは振動である程度の真空状態を作っているので、空気を飛ばしているわけではない。

 空いた穴に吸い込まれるようにポールは加速する。穴の先で炎が散り、しかしその先から、黒い影が突っ込んでくるのが見えた。

「け、んなあああ!」

 剣を返しその影を薙ぎ払う。それが竜だと、やっと認識した。羽と足の生えた蛇のようだが、鱗は赤黒い。考えていたよりも小さい。そして速い。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:13:47.26 ID:US70IG67o
 炎を抜けると、今度は両側から襲ってきた。左側に進路を変え、片方だけ切り落とした。もう片方は、ポールの直ぐ後ろで擦れ違う。羽が背中に触れたかも知れない。視界が開け、やっと状況を把握することができた。

「(どこからこんな湧いてきやがった、横にはそれぞれ十数匹は居るっ、前方には、あれは、でかい)」

 横の集団が突然光った。炎。ポールを取り囲むように放たれている。ポールは更に加速した。左右の炎が後ろで合流する。

「(俺より大きいな、並んで二匹っ)」

 前方の竜が迎撃態勢を取った。ポールは剣を握り直す。

「遅えよっ!」
 また、左側を狙って胴を薙ぐ。
 振り返ると小竜たちがポールに追い付いてきた。少しだけ速度に差がある。その上、さっきの竜を切った時にバランスを崩した。想像より竜は、硬かったのだ。

「(ダメだ、追い付かれる、それにこのまま前に走り続ければ、敵さんたちのど真ん中じゃねえか、ならばっ)」

 ポールは振り向きざま、一番近い一匹の首を跳ね飛ばした。
「ひとおつ!全部、叩き切るしかねえなあ!」
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:14:24.76 ID:US70IG67o
「ななじゅう、いちだったか・・・」
 列を為して竜の死骸が道を作っていた。それはそのままポールの通り道でもあった。
 幾ら竜を倒し続けてもその数が減らない。寧ろ、大きい個体が増えているので、戦力は増えている。無暗に突っ込んでこなくなってくれたのは、果たして幸いだろうか。

「(第一、俺は竜[ピーーー]ためにここに来たんじゃない、アッシュの手掛かり探しに来たんだよ、こんな状況どうしようもねえ)」

 竜たちの腹が膨れる。それが炎を吹く合図だとポールは理解した。炎を払う構えをする。そして炎に隠れて、少なくとも二方向から何体かが襲ってくるはず。
 炎を払うと、直ぐに体勢を戻した。後続を相手する為である。しかし、竜たちは襲ってこなかった。

「(一度炎を吐くと、次まで十数秒時間が掛かる、連発は出来ない。少し休ませて貰えるか)」ポールは軽く力を抜いた。「(やれやれ)」

「お前、誰だ?」声が聴こえた。

 ポールは声のした方を見る。竜しかいない。否、寧ろ、他より多いか。剣を構える。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:14:55.79 ID:US70IG67o
「お前、何だよ、何で人間がここにいる」
「竜か?」

 小竜の群れから、更に一回り小さい竜が前に出た。

「竜とか魔獣とか、人間は名前を付けていると聞いていたけれど」
「魔獣が、喋ってるよ」

 ポールの知る限り、喋る魔獣は居ない。どうやら人語を解する魔獣が居るらしい、という話は聞いたことがある。しかし、喋るとは・・・否、人語を解すのならば、喋れる事は決してあり得ない事ではない。

「お前は、何だ?」竜は繰り返す。あんな口でどうやって発音しているのだろうか。
「あー、ポールだよ」
「人間ではないのか」
「人間だよ、人間の、ポールって名前だ」
「よく分からないが、お前は、人間で、ポールなのだな」

 竜は納得したようだ。今の会話で、何を納得する事があっただろうか。

「人間、では、何の為にここに来た」
「アッシュ、という場所を探しに来た」

 兎に角話が通じるのはありがたいと思う。これで情報が入れば手間がかからない。
「アッシュ、知らないな」竜は即答する。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:15:26.27 ID:US70IG67o
「お前がここのリーダーか?」
「統率はしていない、群れて階級を付ける生きものがいるのは知っているが、そのシステムはこの山にはない」

「あー、じゃあ」ポールは言葉を選ぶ。人語を解するとはいえ、どうも、この竜たちには通じづらい。「この山で、どいつが一番知識がある」

「それは、ニコライだな」
「ニコライ、そいつは何処に居る」
「居ない」
「はあ?ここに居るんだろ?」

「何処かに行った」
「ああ、出かけているのか、何処へ行ったのかは分からないか」
「分からないな」

「ニコライって、どんなやつだ」
「ニコライ、竜だな、そう、竜で、ニコライだ、お前と同じだな」

 竜は名前を付けないのだと、漸くポールは気が付いた。括りすらしていないのか。自分は、人間という括りで、更にポールという括りになのだ、ならば、竜の中でも名前を付けられているニコライは特別扱いされているのだと、ポールは考える。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:15:58.90 ID:US70IG67o
「体の特徴だとかは」
「ニコライは、そろそろ死ぬんじゃないか、それにとても大きいな」
「そいつが向かった方向は」

「あっちだ」竜は北東の方向を指さす。そう言えばこいつだけ腕がある。
「そうか、分かった」
「それで、お前、ポールの用は終わりか?」
「ん、ああ、ニコライを探すよ」

「そうか」
 竜がそう言うと、ポールの周りを取り巻いていた竜の内何体かが空に飛び立った。そして、他の竜も、何らかの動きを見せている。
 まずい、ポールは直感する。話をしている間に、明らかに竜の数が増えているのに気が付かなかった。

「(何をのんびりしているんだよ、俺!こいつが喋れるってだけで油断した!)」ポールは身構えた。「(多過ぎる、逃げるしかない、どこに!)」

 山の麓へ戻る方は、竜の数が多い。山頂はもう近くになっていたが、例え山を越して反対を駆け降りるにしても、そちらがどうなっているか全く分からない。ハイリスクだ。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 06:16:24.57 ID:US70IG67o
「(喋るやつをやれば全体が動揺するか?否、こいつらには群れの概念はない、全員が、個体なのか。くそっ、多いんだよ!)」

 ポールの十の剣と呼ばれる技の内には、広範囲に効果を及ぼすものはない。全てが相手単体に対する技なのだ。尤も、ポールは技としてそれを考えた事はなく、名前を付けたのも本人ではない。
 ポールが考えている間に、更に空に居る竜は増えたように見えた。全方向を囲まれている。
 喋る竜は、まだこちらを見ている。それに目を合わせると、その口元の空気が歪んだ。

「(ガスか、まさか、あいつ、笑っているのか)」

 ポールは微笑した、常人ならば、絶望の最中。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/09(水) 06:21:54.31 ID:US70IG67o
ポール

*****
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/16(水) 21:26:28.86 ID:zQJo7hYVo
*****

ホープとグスタフ
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/16(水) 21:26:56.76 ID:zQJo7hYVo
――丁辰の月、十二の日、六の時

 鈍重な空だ、とホープは思った。実際、あの雲は空の上に浮かんでいるわけで、きっと風船の様に軽い筈である。
 雲は黒い絨毯の様に空一面に敷かれており、完全に太陽の光を遮断していた。時刻としては真昼だが辺りは暗い。枯れた色の草原を見ると、風が少し強い事がわかる。いつ雨が降ってもおかしくないだろう。

「グスタフ、もう行くぞ」

 二日程歩き通して、漸くクリークの麓まで着いた。道中は特に何もなく、言ってしまえば非常に暇な移動だったのだが、ホープはそれが嫌ではなかった。寧ろ歓迎したいくらいだと思っていた。
 クリークに入るには、目の前の洞窟を抜けなければならない。四方を山に囲まれているため、この一本道が唯一のアクセス手段という事は、それだけでクリークの国としての守りは盤石である。事実、クリークは他国の侵攻を許した事がない。

「ホープ、一つ提案がある」
「何だよ」
「飯食って腹が重いんだ、こういう時は寝ると良くなるんだぞ、だから昼寝しよう」
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/16(水) 21:27:38.52 ID:zQJo7hYVo
「おお、お前にしては、筋道が通った提案だな、少し驚いた」
「そうだ、凄いだろう」

 グスタフはそう言うと、地面に寝転がった。水分の少なそうな草がパキパキ音を立てる。幸い曇天なのだから、焼き鳥になる事はないだろう、と要らぬ心配をした。

「・・・行くか、置いてくぞ」ポールは立ち上がって荷物を背負った。
「待て待て、行く、行くぞ」

 洞窟の前に立つ。中から冷えた風が吹いていた。出口の先は吹雪だろうか。ホープはクリークに入った事がない。洞窟から、青い肌の蜥蜴がちろりと出てきた。尻尾は虹色に光っている。それを地面に這わせて直ぐに戻っていってしまった。きっと外気が肌に合わなかったのだろう、こっちは相対的に暑いのだ。

「いいか、あまり大きな声を出すなよ、入るぞ」
「おう!」グスタフは勢いよく答えた、不安だ。

 鍾乳洞を切り開いた洞窟。空気が薄く、ところどころにある氷の塊が光を吸収して、壁は尚青い。

「ううう、寒いな!寒い!寒いぞ!」
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/16(水) 21:28:27.63 ID:zQJo7hYVo
「当たり前だろ、ここは冬なんだからな、それに空気も薄いから体が温まりづらい、それよりグスタフ、大きな声を出すな」
「だけど、寒くって、何か喋っていないと動けなくなってしまいそうだ!」

 確かに相当に寒い。吐いた息がそのまま凍って落ちそうだ。
 洞窟の名前は、別名青の洞窟。もう一つの呼び方はケーン窟。本来の呼び方は分からない。後者の方が些かメジャだという認識をしている。

「真っ青だな、鍾乳石をかき氷にできそうだ」
「かき氷ってなんだ?」
「研究所で作った大きい氷を細かく砕いて、雪みたいにして、甘いシロップかけて食うんだよ、シャリシャリしてうまいぞ」

「それは、冷たいんじゃないのか?」
「おう、冷たい。頭も凍る冷たさだ」
「ひいい、そんなのはいらん!寒いんだ」
「はは、そうだな、寒いな」

 当然、青の洞窟の呼び名は、この洞窟の青さに起因している。青いものは、その大概が大きいものだ。即ち空いっぱいの空や、その空を映している海くらいだ。青くて小さいものはあまり見た事がない。
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/16(水) 21:29:17.97 ID:zQJo7hYVo
 この洞窟も、抜けるだけならばそれ程の距離ではないが、実は幅方向には相当の空間があるらしい。科学者たちがこぞって調査しようとするも、数々の障害がそれを妨げた。この洞窟がどこまで続いているのかは未だよく分かっていない。

「うおお、寒い!」
「あまり叫ぶな、あと、寒い寒いって言うと、余計に寒くなるらしいぞ」
「そ、そうか」

 急にグスタフが黙った。きっと、今グスタフのボキャブラリには「寒い」の単語しかないのだろう。それを封じられては喋りようもない。
 グスタフが静かだとゆっくりできる。煙草を吸う気にはなれない。燐寸に火が点くかどうかだけ興味深かったが、その興味は、ポケットの少しの温かさの魅力には敵わなかった。

「・・・ホープ、道は合ってるのか」
「ああ、こっちだ」
「なぜ分かる」
「空気が流れてるからな、簡単だ、分かれ道もない」

「だんだん寒くなっている」
「そりゃそうだ、だけど、半分過ぎれば暖かくなっていくぞ」
「今どれくらいだ」グスタフにしては発言が短いな、と思う。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/16(水) 21:30:02.52 ID:zQJo7hYVo
「急ぎ足で半時くらいか、まだ一刻も歩いていない。まだたっぷり三刻はあるな」
「うううう」

 ホープは寒いのは得意だ。流石にこの洞窟は寒過ぎるが、気候的にはクリークの方が過ごし易いだろう。もしかしたら、生まれがこちらなのかも知れない。

 四半時歩いたところでグスタフが騒ぎ始めた。

「ダメだ!もうダメだ!寒過ぎる!動かない!」

 今は洞窟のちょうど中間の為、最も寒いところと言える。そう考えれば、グスタフの頭は正常に動いている、などと悠長な事を考える。

「騒ぐな、グスタフ、もう半分だ」
「まだ半分なのか!もうひとつあるのか!うああ」
「駄目だ、大きな声を出すな、グスタフ」

「なんで大きい声を出しちゃいけないんだ!どうしてだ!」

 魔獣が出るのだ、そんなことは、何があってもグスタフには言えないじゃないか。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/16(水) 21:30:34.06 ID:zQJo7hYVo
「・・・大きい声を出すと、ほら、体から暖かい空気が出るじゃないか、つまり、熱が減って、体が」
「うおお!」グスタフは剣を抜いた。そして駆け出す。

「駄目だって、グスタフ!」

 グスタフは、剣を振り回しながら進んでいく。駆けて、跳んで、回って、剣が鍾乳石を叩き落としても止まらない。よく見ると綺麗に舞っているようだが、奇声を上げているのが何よりの問題だ。とても近づけない。危険だ。
 魔獣は出てきているだろうか、グスタフのせいで音は遮断されている。冷気で鼻も効かない。走りながら後ろを振り返る。道に白いものが動いた。魔獣だ。

 このままもう四半時、走り続けられれば抜けられる。

 グスタフの前を見る。少し先に魔獣が出た。駄目だ。グスタフは気付いていない。

「うおおおおおおおおおお」
「グスタフ!」
「うおおおおおおおおおお」
「前に魔獣がいる!」
「うおお、があっ、おおお」
「走りながら避けろ!」
「うおおおおおおおおおお」

「聞けよ!」
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/16(水) 21:31:05.16 ID:zQJo7hYVo
 前には白いガチョウ、その前に身構えているのは、その羽毛よりも白い魔獣、イエティだ。洞窟の光を更に反射して、少し青い。四本の太い足で立っている様に見えるが、実は前にあるのは腕であり、二足歩行もできる。グスタフが近付くと体を起こし、迎撃態勢になった。
 グスタフは気付いていない。剣を振り回しながら自分も回る。イエティは腕を振り上げる。単純な攻撃ほど力が入るものだ。そのまま振り下ろす。

「うおおおおおおおおおお」

 瞬時、イエティの腕は天井近くまで跳ね上げられた。
 グスタフは気付いているのかいないのか、まだ出口に向けて突進している。

 イエティの腕から、赤い血が吹き出ているのを横目に見ながら、それを避けてホープは駆け抜けた。この洞窟には不釣り合いな色にしか思えない。

「グスタフ!」
「うおおおおおおおおおお」
「大丈夫か!」
「うおおおおおおおおおお」

「うるせえよ!」

 ホープは叫んだ。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/16(水) 21:32:31.86 ID:zQJo7hYVo
***

「はあ、はあ・・・」グスタフは珍しく肩で息をしている。
「早く進め、もうちょっとだろ」ホープはその背中を力の限り押してやる。

 どうやら振り切ったらしい。もう出口は目の前だ。ホープは安堵する。青い洞窟の出口は白い。

「グスタフ、早く」
「おう、ホープ、やっぱり少し休まないか、少し疲れた」
「そりゃそうだあんだけ騒げばな、真っ直ぐ走れば直ぐだったろう」

 全力で押す。大して歩く速さは変わらない。やはり自分は、貧弱だ。
 どうにか出口に辿り着いた。振り返る。魔獣はまだ追いかけてきている。洞窟から少し離れると、立ち止まって引き返すやつが増えてきた、思った通り、外までは追いかけてこない。その洞窟の、通路以外がやつらのテリトリィってわけだ。

 近くにあった木に寄りかかって、荷物を椅子にして腰掛けた。グスタフはここに辿り着く前に倒れ、雪原の一部となっている。青いジャケットしか見えない。剣は雪で錆びないだろうか。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/16(水) 21:32:55.15 ID:zQJo7hYVo
 大きく息を吸い込んだ。頂点でぶるると体が震える。溜め息の様に吐き出すと少し落ち着いた。雪が舞っている。
 左右辺が崖に囲まれた大きな道。この道を真っ直ぐ行けば、クリークだ。視界は白くぼやけていて先が見えない。雪原は、これ程光を反射し続けて飽きないのだろうか。煙草を取り出す。口に咥える。燐寸には、火が点いた。

 この一本を吸ったら、グスタフを起こそう。今日はさっさと寝よう。上着を買おう。暖炉の付いた宿が良い。考えながら、ホープは、澄んだ冷たい空気と煙草の煙をいっしょに吸い込んだ。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/16(水) 21:33:55.65 ID:zQJo7hYVo
ホープとグスタフ

*****
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/23(水) 04:27:17.89 ID:rhkuX5Too
*****

ホープとグスタフ
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/23(水) 04:27:51.58 ID:rhkuX5Too
――丁辰の月、十二の日、七の時

「おう、おじちゃん、二人部屋ある?」
「ん、旅の方かい・・・そっちのは?」

 案の定、宿の主人は訝しげな言葉を発した。視線は当然、俺の隣に居る、グスタフだ。
 もう三軒も宿泊を断られた。最初の宿ではグスタフが言葉を発した瞬間、受付が逃げて行ったし、二軒目ではグスタフが勝負をふっかけた、相手は初老の紳士だ。宿からは追い出されたが、その男は笑って許してくれたのだから、きっと紳士だったのだろう。三軒目は、動物お断り、だそうだ。俺の、果たしてこいつは動物なのか、という説得は、空しく終わった。

「着ぐるみだよ、中に息子が入ってるんだ」心に余裕がない時にやけになる傾向は、自分でも自覚している。
「ホープ、むすこって何だ?」グスタフは容赦がない。
「ちょっと黙ってろ」

「着ぐるみ、ねえ、何やら、ぬいぐるみが動いてるようだな」
「最近のはよくできているからね」

 ホープはカウンタに両手を乗せた。こういうのは気合い勝負だ、と心のどこかで思ったのかもしれない。

「頭に付いてるのはなんだい」
「母親の形見のオルゴールだよ、壊れてんのにしっかり放さないもんで、ばあちゃんに頼んで縫いつけて貰ったんだ」

「表情がくるくる変わるねえ、どうやって動いてるんだい」
「実は頭だけ本物のガチョウなんだよ、頭から下に入るスペースがあるんだ」

「ガチョウは生きてるのかい」
「おお、生きてるぜ、すごいだろう」
「ああ、すごいな」主人は納得しているような顔をして、しきりに頷いている。

 ホープは確信した、泊めて貰えないと。ここで体力を消耗するより、次の宿を探した方がいい。次はぬいぐるみにしよう。バッグに括りつけよう。どうしても駄目なら、一人部屋をとってグスタフは窓から入れよう。どうして最初からそうしなかったのだろう。

「おじちゃん、帰るわ」
「帰るのかい、泊まっていかないの」

「え、泊まれるの」ホープは驚く。
「二人部屋くらいならあるよ」
「そっか・・・」

「こっち、書いて、あれ、おい、あんちゃん?」

 カウンタにぶら下がるようにホープは膝を曲げた。今初めて、ロビーにL字型のソファがあって、老婦人が寛いでいるのに気付いた。ソファには近くに小さいストーブがあった。ホープは見えないように欠伸をした。涙が、いつもの倍くらい熱かった。

***
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/23(水) 05:49:41.08 ID:rhkuX5Too
――丁辰の月、十三の日、三の時半

 板張りの廊下は音を立てて鳴く。畳み返しの様に抜けるんじゃないかとホープは要らぬ心配をした。畳なんて、きっと誰に言っても分からないだろう。
 ロビーのカウンタには既に主人が座っていた。

「早いね、おはよう」主人が言う。ホープは挨拶を返す。
「ちょっと散歩してくるよ」
「あんちゃん、冬の国の人?寒いよ」
「いや、春の方、だけれど、大丈夫」

 ホープが扉の方に向かうと、主人は持っていた本を読み始めた。ホープは片手で扉を開け、もう片方の手で煙草を探る。
 外は予想通りの冷たさだった。雪が少しだけ舞っている。白い砂漠のような地面では誰かの足跡が埋まりかけている。触ったら痛そうな形の葉を持っている木は、今にも空に向かって発射しそうだ。きっと雲に穴が空くだろう。
 煙草の煙を肺に入れると、頭が冴えてきた。冷たい雪よりも燃えている筈の煙の方が頭を冷やしてくれる。

 雪の道に足を踏み入れる。この街でアッシュの情報を掴まなければならない。ただ、それと同じくらいホープには重要な問題があった。もう煙草のストックが一箱しかないのである。

「(少し吸う量が増えた気もするけれど、だけど、毎回そう思うからなあ)」

 大陸の南に行けば夏であるし、北に行けば冬である事など、最初から分かっていた事である。それがどういう仕組みなのかは研究者に任せておけばいい。ただ、寒い冬の地域では、元々少ない煙草の流通量が更に減る事だけは気がかりである。

「(実際変な話だ、南の方には地面の下で火でも焚いてるんじゃないのか、だけれど、大陸の下で火なんか起こしたら支えてる動物が逃げちまうよな、魔獣なのかな)」

 暫く歩いたが、煙草屋らしき建物は見当たらない。寒さに強いとは言ったが、冬の朝は特に寒い。ホープは、主人に店を尋ねる事を思い付いて、宿に戻る事にした。

「ただいま」
「お帰り、寒かったろう」店主は本から顔を上げて応えた。

 ホープはソファに腰掛ける。埃っぽいソファだったが、ストーブからは少し離れているので安心だ。

「思ったより寒かった、おじちゃん、この辺に煙草屋はない?」
「煙草屋、煙草屋ねえ、あんちゃん煙草吸うのかい、珍しいね」
「全然売ってないんだよね」

「街の端っこに変な店があるから、そこに売ってるんじゃないかな」
「こっちじゃやっぱりあまり売っていないの?」
「煙草なんて、吸ってる人いないよ、俺の知り合いで一人だけ知ってるけど、それだけだな」
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/10(日) 03:59:35.10 ID:JClRhzmzo
「ありがとう、行ってみるよ」

 宿の時計は既に五の時を指している。季節に同期して、時間の感覚も移り変わっていくようだ。グスタフを起こそう、とホープは考えた。
 部屋のドアを開けると、グスタフはまだ気持ち良さそうに寝ている。一定のリズムの鼾が止まったときだけ少し苦しそうだが、少なくとも、既にこいつは半日以上寝ているのだ。それが何であれ摂り過ぎるのは体に良くない。

「グスタフ、起きろ、グスタフ!」
「が」

 半目だけを開けて、グスタフはベッドから落下した。そのまま体を引きずって荷物を取りに行く。場所が場所なら、まるで負傷して尚戦おうとする戦士にも見えるだろうが、如何せんここは宿だ。戦っているのだけは確かだと、ホープは思う。

 主人に外出を告げ、宿を出る。

「うう、寒い、寒い!」グスタフは覚醒したようだ。
 雪は先ほどよりも大きくなっている。暫く止みそうになさそうだ。ここ二日、月も太陽も見ていない。別に大したことではないのだが。

「ホープ、何処へ行くんだ、もう少し暖かくなってからの方がいいんじゃないのか」
「ばかやろう、この辺はこれで普通の気温だよ」
「こんなの普通じゃないぞ!」

 そうだ、外套を買おうとしていたんだと、ホープは思い出した。帰りで良いだろう。その方がきっとありがたみを感じるに違いない。

「兎に角、店に着くまでの辛抱だ」

 歩くうちに民家も少なくなってくる。恐らく、クリークの城とは逆の方向に向かっているはずだ。出歩いている人間も見なくなり、代わりに視界の白い部分が増えてきた。前方の更に奥には山脈が見えるが、山肌は完全に雪に覆われている。

「そこに行けばアッシュがあるのか」
「いや、ああ、手掛かりを探しに行くんだよ」煙草を買いに行くのである。
「何だ、ないのか」

「暫くはこの街でアッシュの聞きこみだな」
「ずっと寒いのか・・・」
「ん、あれ、そうかな、あれは店か」

 半分がテントの建物である。テントの中はあまりに乱雑に物が置かれているようだ、もしかしたら、ゴミ捨て場かも知れない。
 近寄ると看板が立てかけてあって、それで漸く店だと判別できた。看板には「今日の特売品、置物」と書いてある。本当はそれ以外にも文字は書いてあったが、それは名詞だという以外に何も分からなかった。

「こんちわー」
「寒い、寒いぞ!早く中に入ろう!」
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/10(日) 04:00:07.60 ID:JClRhzmzo
 半ばグスタフに押されるように店の中に入った。
 店の中も外側から想像される通りだった。置いてあるものの、どれが商品なのか分からない。値札なども付いていなかった。風がない分、少し暖かく感じられるのだけ、外とは違う。

「こんちわー」奥の方に声を掛けてみる。
 返事はない。主人は出かけているのだろうか。

 やがて、店の奥から、主人と思われる人物が出てきた。

「いらっしゃい、何の用?」
「煙草あるって聞いてきたんだけど」
「煙草?何吸ってんだ」
「ホワイト」

 ちょっと待ちな、と言い残し、主人はまた奥に戻っていった。厚い布団のような上着を着ていたため、後ろ姿は実に奇妙であった。前から見ても、仙人のような風貌である。白い髭は長く蓄えられ、それと同じような長さの眉は、口元にまで達していた。寒さを軽減させているのかも知れない、とホープは考える。

 仙人は、大きな鉄製の筒を持って戻ってきた。グスタフの方にそれを差し出す。小型のストーブのようだ。

「うおお、暖かい、暖かいぞ!」
「これ買ってくかい、安くしとくよ」
「おう、買おう!」
「買わねえよ」

「ホワイトライトニング、あるぜ」
「良かった、とりあえず二カートンちょうだい」

 財布から紙幣を取り出して主人に渡すと、釣りと箱が返ってきた。
 賞味期限はあと一月の代物だったが、ないよりマシである。寧ろ有る事に喜びを感じなければならない。

「煙草だけかい」
「あ、いや、探し物してるんだけど」
「言ってみろ、うちの店にないもんはないぜ」

「・・・アッシュ、探してるんだけど、何でもいい、知らないか」

 主人はその名前を聞くと、訝しそうに眉を動かして、奥に入って行った。
 人によって、アッシュに対する認識は大分違う。お伽噺だと大笑いする者もいれば、神妙な顔をして荒唐無稽な話を始める者も居る。どちらかと言えば、後者の方がありがたい。情報はあって困る事はないのだ。

 待っていると、主人が顔だけ出して、こう言った。

「アッシュ、あるぜ」
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/06/10(日) 04:00:39.94 ID:JClRhzmzo
ホープとグスタフ

*****
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/06/29(金) 07:54:28.03 ID:oQbZt4wyo
*****

ポールとビビ
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/29(金) 07:55:29.77 ID:oQbZt4wyo
――丁辰の月、十四の日、四の時半

 元々、酒場のマスタにはそれ程お世話になっていなかったので、すんなり仕事は辞められた。友人たちが何より問題で、そういった関係は簡単に辞める訳にいかない。困った時には話を聞いて貰ったし、その倍は話を聞いてやったけれど、よく物を借りたし、それと同じくらいご飯を奢ってあげたけれど、よく面白い話を聞かせてあげて、その倍くらい馬鹿笑いさせられた。そのくらいに大事な友人だ。
 街を出る話をしたら直ぐに送別会を開かれた。四人でどのくらいお酒を飲んだだろう。立っている間はずっと踊っていたと思う。朝に店を追い出されて、広場でくるくる回って、昼から開いている店をはしごして、何と楽しい二日間だったろうか。

「大丈夫か、水でも持ってくるか」
「ポール、その台詞、四回目だよ」

 最初に持ってきてくれた水のグラスもまだ空いていないのだ。二日酔い――この場合は三日酔いだろうか――の枕元で何回も同じ事を言わないでほしい、とビビは心底思う。もしかしたら、早く街を出ようと、この男なりの急かし方なのかも知れない。そうだとしたら何とまどろっこしく、そして自分を苛立たせる方法だろうか。途端に旅に出るのが憂鬱になる。
 酷く勝手な自分の思考に気付いて、ビビはもう一つ憂鬱になった。確かに、もう三日もポールを足止めしているのである。本来ならば申し訳なく思わなければならない。

「ビビ?」
「うん、ああ、起きる、朝ご飯食べに行こう、準備するからちょっと出てて」

 おう、と言ってポールはドアから出ていった。体を起こすと頭が落ちそうになる。
 朝食など入る筈がない。それでも、外に出れば幾らかは気分がましになるだろう。サラダとスープくらいなら食べられるかも知れない。
 顔を洗おう、そう決心した。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/29(金) 07:56:26.64 ID:oQbZt4wyo
――丁辰の月、十四の日、五の時半

 偶に来るカフェテリアに席を取った。遅い朝食と、早い昼食の中間だが、意外も客が多い。
 ポールはここに来るまで無口だった。やはり急いでいるのか、それとも、この間は酔っていただけで、元来は寡黙なのだろうか。それにノコンの大将ともなればそれなりの年齢の筈だ。実際のところ自分とは幾つ離れているのだろう。

 ウェイターが注文を取りに来る。ビビは珈琲とサラダを、ポールはサンドイッチをそれぞれ頼んだ。
 冷たい水を口に含む。ベッドの中で飲んだものよりおいしいと感じた。少し追加で食べるものを注文しようか、と考える。
 ポールを見ると、視線は店の外に向いていた。追ってみると、子どもが遊んでいる。子どもが好きなのだろうか。やはり顔の割にいい年なのかもしれない、そうポールを評価した。

 店内に視線を戻すと、ちょうど知った客が入ってきた。ビビは声を掛ける。

「リル、ヴィノ!」
「あれっ、ビビじゃん」

 リルもヴィノもいつもより顔色が悪い。それもその筈で、送別会を開いてくれた四人のうちの二人なのである。自分同様今日は二日酔いの筈だ。

「もう出発したのかと思ってたよ」笑いながらリルが言う。
「出る時は顔出すって言ったじゃんか、覚えてないの」
「覚えてないよ、全然」

「この人がビビの王子様?」
 長身のヴィノは表情も変えず言った。これは決して機嫌が悪いわけではなく、こういう性格なのだ。ただし、アルコールが入るとリルより喧しくなる。

「違うってっ、ただの付き添い、それも言ったよ」
「覚えてないな」
「ねー」リルはけらけら笑う。
「もう、わかってるでしょ、二人とも」

「だけど、王子様なのは確かなんでしょ、ねえ、ポールだっけ」静かにやりとりを聞いていたポールに、リルが喋りかける。ポールは微笑んで応えた。
「お忍びだから、一般民だよ、君たちと変わらないさ、私も」
「うわわ、私だって!君だって!王子様だ!」リルは嬌声を上げた。
「ねえ、ポールは、年幾つなの」ヴィノが口をはさむ。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/29(金) 07:56:53.84 ID:oQbZt4wyo
「今年で三十四だよ」
「ええっ!」ビビが一番驚いた。
「王子様、若く見えるね・・・」リルは口を開けている。
「ふーん、結構離れてるね、ビビと、十五かな」ヴィノだけが冷静だ。
「ヴィノ、何言ってんの」

「そうだよね、ビビが攫われるんだから、貫禄ないとね!」
「違うって、リル!」
「ふふふ、本当だよ」
「二人とも・・・」

 ビビが訂正しようとするのを、リルが遮る。

「本当だよ、ビビ、レモンのベストダンサーが、黙って居なくなっちゃうんだよ」
「あんたは、喋る割りに、全然喋らないんだから、こっちは困ったもんだよね」
「・・・うん」

「ピグミィも、トラもさ、あれで心配してんのよ」
「また、戻ってきたら・・・全部話すから」

「あ、言ったな!それ覚えてるからね!」
「あんたの話、面白いからね、楽しみにしてるよ?」
「ちゃんとお土産も買ってきてよ!」
「あはは、うん、沢山買ってくる」

 じゃあ、と言って、二人はドアに向かった。わざわざ自分に会いに入ってきたらしい。
 ドアを開けて、リルが叫んだ。

「ポール!ちゃんとビビ、送り届けてよね!王子様とか関係ないぞ!」

 ポールは手を挙げて応える。それを見て、ヴィノも何か呟いた様だったが、ビビには聞き取れず、やがて二人とも店を出ていった。
 ちょうど料理が運ばれてきた。珈琲の前に、グラスの水を飲み干す。二日酔いは大分よくなっていた。ポールはサンドイッチにかぶりついている。

「ヴィノ、最後何て言ったんだろ」独り言くらいに呟いた。

 ポールが口いっぱいのサンドイッチを飲みこんで、言った。

「お姫様をよろしく、だってさ」
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/29(金) 07:58:08.19 ID:oQbZt4wyo
――丁辰の月、十四の日、八の時

 結局、準備の買い出しをしていたら、出発するには遅い時間になってしまった。これから部屋も掃除しなければならない。また皆に会っていたら、出発が遅れてしまう。ピグミィとトラの二人には悪いが街を出てしまおう、とビビは考えた。

「ごめん、ポール、明日の朝には出発しよう」
「え、他のあと二人には挨拶しなくていいのか、いい友達なんじゃないの」
「あんまり出発遅らせても悪いしさ、ほら、下手にまた会ったら離れづらいしね」
「そんなに急いでるわけじゃないし、いいよ」ポールはなんでもないように言う。気を使ってくれているのだろうか。

「ポール、怒ってるんじゃないの」
「俺が!?何で!ないない!全然、ねーよ!」ポールは慌てて訂正した。
「・・・やっぱり、俺、って言うよね、さっき私って言ったのに」
「だってさ、ビビの友達だし、ビビは機嫌悪いっぽいし、上品にしとこうかな、と」

「あたしが、機嫌悪い?うっそ!」
「や、違った?何だか喋らないし、怖いオーラがまんべんなく出てたしさ」
「気のせい、気のせいだよ」

 二日酔いでそんなに酷い顔をしていたのだろうか、気を付けねば。
 ポールはそれを聞くと安心したのか、顔が緩ませて、よかったー、と言った。寡黙な雰囲気など微塵も出ていない。間違いなくこの間会ったポールである。

 ポールの評価を考え直す。こいつは貫禄などないかも知れない。

「そしたら、さっさと片付けようぜ、出発しよう!重い物とか運べるぞ、大きいものは俺が斬って捨てるよ」無邪気にとんでもない事を言う。

「直ぐ出れば今日のうちにはクリークに着くさ」
「はあ、ここからクリークまで三日か四日はかかるじゃん、何言ってんの」
「俺なら走れば直ぐ着くよ」
「あたしは普通の人間なの!そんなに走れないよ」
「おぶってくよ」ポールの目は真剣だ。

「ポール、あんたさ」溜め息が出る。朝とは少し違う憂鬱が吐き出された。
「何、何?」

「あんた本当に三十四なの?」

 ポールは両手を腰に据えて、応、と言った。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/06/29(金) 07:59:39.05 ID:oQbZt4wyo
ポールとビビ

*****
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 08:35:23.44 ID:Gpv1ZiUto
*****

ジュリーとマルタ
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 08:37:19.03 ID:Gpv1ZiUto
――丁辰の月、十五の日、九の時

「後は、何処を回ればいいんだったか・・・」
「いえ、マルタ様、さっきのお店で最後ですわ」

 レモンの街を出てもう五日、これで、渡り歩いた村は四つ目だ。一つ目の村、バンツでは素朴な料理が美味かった。肉は肉らしく、魚は魚らしく、しかし付け合わせの野菜やハーブとのギャップが素材同士を仲立ちさせる。二つ目の村、エルズリでは女たちが働き者で、そしてとても大切に扱われていた。三つ目の村はワンガ。山で良い鉄がとれるらしく、その鉄を使った道具が特産だった。マルタは、中古屋で使い勝手のいい工具を見つけたと喜んでいた。
 今は四つ目のビザンゴの村である。この地域には全部で七つの村があって、それぞれに特色があるようだ。村同士もそれ程離れていないため、まるで七つ合わせて一つの大きな街のようだ、とジュリーは考える。

「この村こそ、手掛かりがあると思ったんだがな」

 ビザンゴが七つの村の中心にあるため、比べると規模が大きい。建物も石造りで確りしているし道も歩き易い。中心の公園から放射状に道が伸びているようだ。商店が多く、これまでの村より人で賑わっている。一軒一軒訪ねていったので随分時間が掛かってしまった。

「でも、沢山面白い話を聞けたわ、アッシュは、森の精霊が連れていってくれる場所だとか、天国のようなところだとか」
「死者の国、というのも有ったな、それならば天国に近いか」

 今居る公園は、本来は宗教的な施設だったらしい。動物を使った儀式をするのだとおばあさんが言っていた。

「マルタ様」
「何だ」
「この世界は、動物が支えているの?」

「は、また古い話を聞いてきたようだな」
「やはり、違うのですか」
「この世界は巨大な丸い板の上に乗っているんだったか、海の端まで行くと大地から落ちてしまうというな。それで、動物だか石像だかが大地を支えているんだろう」

「大地は、丸いと先生は言っていました、ガラス玉の様だと」
「そう、大分前に科学者連中がそれを証明した筈だ、俺にはよく分からんがな」
「あら、マルタ様にも分からない事があるのね」

 何だか嬉しくなって、ジュリーは笑ってしまった。マルタは公園のベンチに腰掛ける。その隣にジュリーも座った。
 止まると途端に蒸し暑さが増す。動いている方が涼しいだなんて、おかしいのではないだろうか。動くから汗を掻くのに。ジュリーは疑問に思う。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 08:37:55.15 ID:Gpv1ZiUto
「少し涼しくなってきたな、全く、こちらは暑くて敵わない」

 ジュリーにとっては初めての夏である。普段こんなに薄着だったら、風邪を引いてしまうと怒られてしまうだろう。それでも暑い、いっそ半袖の方が良いかも知れない。そう言うとマルタは、もっと暑い所がある、と答えた。

「ここはまだ夏の始まりだよ、もっと南に行けば、更に暑くなるらしい」
「南には海があるのでしょう?」
「ああ、船で海を渡った先に陸があるんだとさ、そこではみんな裸で暮らしているらしいぞ」

「裸で!ああ、何てこと」裸で生活だなんてジュリーには信じられない。
「はは、大変な事だな」
「是非行ってみたいわ、マルタ様」

 想像しただけで心が色めく。今でさえこんなに暑いのに、更に暑くなってしまったらどうなるのだろう、きっと、お風呂に入った後みたいにずぶ濡れになってしまう。着替えが足りなくなるから、みんな裸なのに違いない。外にお鍋を置いておけばスープが作れるのだろうか。もしかして、南の方がお日様に近いのだろうか。蝋燭も近くに寄ると熱いのだから。
 きっと自分はすぐに疲れてしまうだろう。こっちに来てからは夜寝るのが早くなった。新しい事ばかりで疲れているのだろうとマルタは言う。元気なうちは疲れているのに気付かないそうだ。元気なのだから当たり前だとジュリーは思う。

 太陽を探すと、真っ赤になる途中だった。やがて沈んで消えてしまう。子分を引きつれた親方のような雲も夕陽に照らされて、ケーキの蝋燭を消す前の子の顔に似ている。ジュリーの誕生日は年末の亥の月だ。その頃にはまだ両親も居て、プレゼントをくれたのだと思い出す。少し気持ちが沈んだ。これも夕日みたいだ。

 マルタは遊んでいる子どもを眺めているようだ。地面に線を引いて何かのゲームをしている。

「ジュリー、もうそろそろ宿に戻ろうか、日も沈む」マルタが優しく言う。
「ええ・・・マルタ様」

 マルタが立ち上がったのでジュリーもそれに従った。宿は街の外れである。最近は街の中でもテントで寝る事が多かったので、昨日は久しぶりにちゃんとした宿に泊まれたのだ。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 08:38:36.99 ID:Gpv1ZiUto
 公園の出口で、荷車を引く男と擦れ違った。男ではないかも知れない。赤鼻の白い仮面で顔を隠して、服装はやけに袖口の広い紺色の薄手のコートのようなもの、それにぶかぶかのズボンだった。腰紐は細くて白い。

「マルタ様、あの方は何でしょう」
「ん、何だ、物売りかな、それにしては変な時間だ」

 男は遊んでいる子どもたちの方に向かっている。子どもたちはそれに気付くと、男に群がり始めた。男は慣れた手つきで荷車を固定してその上に木の枠を設置する。枠には幕がついて、子どもたちはその枠の前に座り始めた。まるで小さな劇場のようだ。

「行ってみるか?」
「はいっ」

 子どもたちは劇場の前に行儀よく座っている。女の子はともかくとして、こんなに男の子が静かに、だけど期待に満ちた顔をして座っているのをジュリーは見た事がない。直ぐにでも何処かに走りだして行きそうなくらい満ちている。
 ジュリーとマルタは、子どもたちの後ろに座る事にした。ジュリーは本当は前の方で見たかったが、マルタが前に出ると、他の皆が何も見えなくなってしまう。そのうちに男が喋り始める。

「さあさあ、今日も始まるよ。寄ってらっしゃい見てらっしゃい、スピンの紙芝居だ。王子の冒険は今日で三回目、お姫様を置いてきぼりにしてしまった王子は、今日は何処へ行ってしまうのか。お姫様の夢は叶うのか、そう、果たしてアッシュは見つかるのか。王子の冒険物語、お姫様の夢物語、さあ、さあ、始まるよ」

 子どもたちは拍手を始めた。スピンと名乗った男は深々とお辞儀をする。マルタを見ると、顎に大きい手を当てて、少し眉間に皺を寄せ、つまり真剣に劇場を眺めていた。
 ジュリーも少し姿勢を正した。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 08:39:05.69 ID:Gpv1ZiUto
――丁辰の月、十五の日、九の時半

 スピンの小劇場は四半時程で終わった。内容としては、前回のストーリィが分からないのだが、お姫様を置いて突如消えた王子が、悪者の親玉のお城に向かうシーンだった。スピンの語り口から、前回は置いていかれたお姫様のシーンだったのだろうと推測できた。

「さあさあ、今日のお話はこれでお終い。もうじきお天道様も落ちてしまう。皆、お母さんのところに帰りなさい、さようなら」

 スピンが締めの言葉を言うと、途端に子どもたちは散り散りになった。半分以上は公園の外に駆け出し、後は今日のお話の感想を言い合ったり、遊具で遊び始めたりしている。日が丁度沈んだところなので、きっと皆夕御飯の時間だろう。
 ジュリーは立ち上がると、スピンのもとに歩き出した。既に劇場を片付け始めている。

「スピン様、是非、お尋ねしたいのですけれど」逸る気持ちをできるだけ抑える。

 スピンは片付ける手を止めて、赤鼻の白い面をジュリーの方へ向けた。ジュリーは少し緊張する。授業の発表の様な緊張感だ。

「このお話は、アッシュに関係あるものですね、でしたら、このお話で、アッシュとはどのようなものと描かれているのですか」

 ジュリーがそう言うと、お菓子の棒を持った男の子がジュリーの方を向いて言った。

「あー、お姉ちゃん、駄目なんだよそういうの。続き聞いちゃいけないんだ、続き聞くならまた明日なんだよ」
「だけれどわたしは」ジュリーは食い下がろうとする。
「ジュリー」マルタの声だ。「仕方ない、いいじゃないか、ほら、また明日来よう」
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 08:40:09.25 ID:Gpv1ZiUto
「お兄様、しかしわたしたちはアッシュについての情報を探さなければいけないんです、何でもいいから何か分かるのなら、早く尋ねた方がいいでしょう」ジュリーは早口に言う。
「ジュリー、明日だ、今日はもう帰ろう」マルタは聞いてくれない。

 子どもたちは頻りに、だめなんだ、いけないんだ、と繰り返す。スピンはそれを眺めながら、しかし黙々と片付けを続けている。もう作業は終わってしまうかもしれない。
 ジュリーはスピンの方を向いて、また発言しようとした。マルタはその手を引いて制する。

「君たち失礼したな、また明日来るよ、じゃあな」マルタは子どもたちの方を向いて言った。
「お兄様!」大きな声が出た。

 どうしたってマルタの力には敵わない。半ば引き擦られる様に、出口の方に向かう。子どもたちは、また明日なー、と言っている。マルタは空いている手を振って応えた。
 そんなに悠長にしていていい筈がない、あれは架空の物語だが、もしかしたら手掛かりかも知れないのだ。実話を元に作られているかも知れない。辿ればアッシュへの近道かも知れない。マルタはそう思わないのか。ジュリーは疑問に思う。スピンとの距離に比例して、ジュリーの焦躁も大きくなっていった。

「お兄様、マルタ様、戻りましょう!」
「ジュリー、駄目だと言っている」

 マルタの声がひとつ低くなった。

「そう、俺たちはな、アッシュを探している、そして急ぐに越した事はない、当然だ。だがな、あそこにはルールがあるんだ。マナーと言った方がいいかも知れないが」
「マルタ様、だけれど」

「紙芝居、と言ったな。俺も初めて見たが、面白い。語りに絵も追加して凄く分かり易いな。
 あの子どもたちを見たろう、行儀よく座って、あんなに物語を楽しみにしている。昨日はそうで、今日はこうで、そして明日はどうなんだろうと、大きく期待している。楽しみなんだよ。
 それなのに俺たちが邪魔してはいけない、彼らだって言っていたじゃないか、続きは、明日だと。それがあそこのルールでありマナーだ。それを破っては彼らの大きな楽しみがひとつ無くなってしまう、それはいけない」

「それならば、スピン様のお帰りのところでお尋ねすれば大丈夫です」
「ジュリー、何度言わせるつもりだ、スピンという旦那もあれは商売だ。もう一度言う、また、明日だ」マルタの顔は更に険しい。

 ジュリーは仕方無しに、従う事にした。もう公園とも離れている。スピンも既に公園を出てしまっただろう、探すにはこの街は複雑で広い。
 既に全く日は落ちて、夜に酒場の明かりが滲んでいた。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 08:41:00.78 ID:Gpv1ZiUto
――丁辰の月、十五の日、十一の時

 ジュリーは、そのまま、お風呂も入らずにベッドに突っ伏している。マルタが差し出してくれた食事にも結局手を付けていない。マルタは、風呂に行ってくる、と言い残して出ていってから戻らないので、部屋にはジュリーだけだ。汗を掻いた肌着が少し気持ち悪い。一緒に行こうとマルタが言ったのを断ったのもジュリーだ。
 わたしは何も悪くない、とジュリーは考えている。何でもすると誓った。それにただ、物語の続きを訊くだけなのである。他の子が明日の続きを楽しみにしているのなら、それを教えないようにすればいいだけではないのか。そう、きっと誰にも迷惑は掛からない。何も、悪い事をするわけではない。

 なのに、何故こんなに気持ちが落ち込むのだろう。自分は正しくないことをしただろうか。だから、こんなに、自分が情けないような気持ちになるのだろうか。マルタの言いたい事はきっと分かっているのだ。それに素直に従えなかった自分。何故だろう。

 叱られた。夜の闇が枕に染みる。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 08:41:52.06 ID:Gpv1ZiUto
ジュリーとマルタ

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169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/08/04(土) 21:31:11.01 ID:aNEkwl9Lo
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ジュリーとマルタ
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/04(土) 21:31:45.22 ID:aNEkwl9Lo
――丁辰の月、十六の日、三の時

 自分は生真面目だ。それに気付いたのは十七の時で、しかも友人に言われて初めてそう自覚した。半ばに侮蔑を含めた言い方でなければ気が付かなかったかも知れない。真面目に生きようと思っていたわけではなく、良い事をしようとか、大人に誉められようとか、そんな目的があったわけでもない。
 あれから八年経ち、この年になっていまだ、良い事と悪い事の区別が明確ではない。

 隣のベッドで寝息を立てるジュリーを見る。昨夜は帰り道から不機嫌で、全く喋らず、晩飯はマルタ一人で食べに行く羽目になったし、風呂には引っ張って行こうと思ったが、ベッドからてこでも動こうとしない、疲れたので明日入りに行くという。結局風呂屋も一人で行った。

 女の子の扱いは苦手だ。これも生真面目故かもしれない。

 少し早いが、ジュリーを起こさないように気を使って、簡単に出支度をする。ドアを開けて廊下に出てもまだ人の気配はせず、フロントにも主人はいなかった。扉を開けると風が流れて、肌に付いた湿り気を払ってくれた。深夜もこの扉の鍵は開いているのだろうか、そもそも、鍵など付いているのだろうか、とマルタはいつもの要らぬ心配をした。

 外に出た。太陽はまだ、それほど攻撃的ではない。

 昨夜来た公園に足を踏み入れた。用があったわけではない。それを言えば、こうして無為な朝の散歩をする用もないのだが、何故だか外に出たくなったのだ。
 否、違う、自分は部屋に居たくなかったのだろう。ジュリーが起きた時に、不機嫌そうにしているのを見たくなかったのだ。何と子供染みた心理だろうか。

 兎に角、このままではいけない、何らかの解決策を練らなければ。近くの石造りの椅子に腰掛ける。椅子と言うには少し粗雑な作りだが、マルタに合った大きさの椅子などそうそうありはしないし、繊細に作られているものは寧ろ苦手だったので、丁度いいと言えなくもない。

 昨日の事を思い返す。ジュリーの言っていた事は当に正論だった。自分はこの旅は急ぐものではない、しかし、彼女にとっては違うのだろう。それで意見が噛み合わなかった。考えれば簡単な事で、一晩経たないと分からないのだから、全く自分は繊細な人間ではないと思う。生真面目で粗雑など、まるでこの椅子のようではないか。
 それも違うか。少なくともこの椅子は、意地を張る事はない。暑さに苛立っていたと言いわけをする事もない。自分よりずっと出来た大人だ。
 自分がそうなるまであとどれだけ年を重ねればいいのだろうか。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/04(土) 21:32:39.15 ID:aNEkwl9Lo
 思考の方向性がずれていると気付く。頭を上げた。
 今まで居なかった子どもたちが遊び始めている。懐中時計で時間を見ると半時ほど経っていた。もうジュリーは起きた頃だろうか。宿に戻ろうか、と考える。

 考えがまとまらないうちに帰り道を辿る。日が少し高くなったのか、気温が上がっている。湿度はあまりなく風も幾らか涼しい、爽やかな朝だと言えるだろう。。
 見ると、子供たちも帰路に付いていた。暑いからだろうか、何人かは上裸で走っている。夏の国では普通なのかもしれないが。
 帽子を被って、弓のようなものを持っている子のグループも居た。こちらは談笑しながら歩いている。
 この時間に家に帰るのだろうか、こんなに朝早くから、何処に出かけていたのだろう。

 宿の扉を開けると、フロントに座った主人が長い髭を撫ででいた。

「おう、お客さん、早いねえ」
「涼しかったので、ついね」

「散歩したってこの辺何もないだろう、暑いのしかないよ、こっちは」
「ふむ、御主人、何か名物のようなものはないのですか、その、子どもが喜びそうな」
「ははん、あの嬢ちゃんだね」お見通しの様である。

「喧嘩でもしたのかい、随分へこたれて帰ってきたようだけど、うーん、生憎、面白いものはないかなあ」
「そうですか、あともう一つ、朝早くから子どもが遊びに行ってたようですが、なんやら長い、細い棒の様なものを持っていて、あれは何でしょう」
「棒、棒ね、振り回して遊んでんじゃないのかい、よく兵隊さんの真似してんだ、あの子らは」
「なんやら、先に糸の様なものが付いていてですね」

 そう言うと、主人は何か得心がいったように二回頷くと、少し驚いたようにこちらを見た。

「もしかして旦那、釣り竿知らんのかい」

 旦那と言われるような年ではない、とマルタは思った。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/05(日) 03:00:22.15 ID:QQfGdOTXo
――丁辰の月、十六の日、四の時半

 部屋に戻ると、ジュリーのベッドが空になっていた。しかし、大方の荷物は残っている。直ぐに戻って来るだろうと考えマルタは地図を広げた。ノコン周辺の大きな街しか載っていない簡単なもので、大体の現在地を記入するようにしていた。街の簡単な特徴も書きこむ。
 作業をしているうちに、部屋のドアが開いた。見ると、ジュリーが立っている。どうやら風呂屋に行ってきたらしい、髪が濡れていた。

「おはよう、ジュリー」できるだけ穏やかに聞こえるように言った。
「あ、あの、マルタ様」
「もう少しゆっくりしてくれば良かったろうに、ちょっと待っててくれ」
「あの、はい」

 ジュリーは着替えを仕分けたり、窓の外を眺めたりベッドに座ったりとせわしなく動いている。それを見て逆にマルタは落ち着いてきた。

「待たせた、ジュリー、ちょっと散歩に出かけようか」
「散歩、ですか、そんな悠長な」

「ああ、いや、散歩はついでだ。村から少し離れたところで仕事をしている人たちがいるらしくてな、そこを訪ねるんだ」少し早口になっているのを感じる。「スピン殿が公園に現れるのは夕方遅くだろう、この村は大体聞き込みしたから、それまで時間があるな」
「わかりました、向かいましょう」ジュリーは納得してくれたようだった。

「さて、準備は大丈夫か」
「はい、行きましょう」

 昔の友人曰く、自分は何か隠し事がある時に口早で、しかも良く喋るようになると言う。全くその通りだと思う。こんな事をやはり守ってしまうのも、生真面目故だろうか。
 宿を出る時、ニヤついた顔で主人が「いってらっしゃい」と言った。荷物を預ける為に呼び出さねばならなかった。
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/05(日) 03:01:50.11 ID:QQfGdOTXo
――丁辰の月、十六の日、六の時

 真昼の太陽が頭上で輝いている。軽食屋でしつらえて貰った弁当を食べるジュリーの顔の汗が、それを反射して光っている。
 木陰に入って大分涼しくなった。高い木が疎らにそびえていて、意外に影が多い。ただ、目的地に近付くにつれ風が生暖かくなってきた気もする。

「食べ終わったら出発しよう、あっちにもちゃんとした屋根くらいはあるだろう」
「食べるの、遅いかしら」ジュリーの表情が暗く見える。
「いや、そういう意味で言ったんじゃない」

 どうもこういった雰囲気には慣れない。ジュリーが弁当を急いで食べているのを見ながらそう思う。
 一時程歩いただろうか。半時と少しで着くと主人は言っていたから、多分もう直ぐ近くだろう。そのような事を独り言のように呟いた。期待はしていなかったが応答はない。早々に弁当箱を潰し、包みを畳んでいる。

「食べ終わりました、行きましょう」
「休まなくていいのか」
「大丈夫です、もう直ぐ着くのでしょう?」独り言も聞いてはいたらしい。

 ジュリーは機敏に立ち上がる。マルタも手荷物を寄せて腰を上げた。

「一応聞いておきたいのですけれど、この先にいらっしゃるのはどういう方たちなのかしら」
「うん、簡単に言えば、交易だな、商売の一種だ」歩きながら説明する。「他の国がこのずっと先にあって、その国の品物を買ってきて、こっちの国で高く売るんだ」
「それは、行商人とは違うのですか」
「ちょっと違うな、そうだな、受け持っている範囲が違う」

「それは」ジュリーが言いかけて、目の前の木の上を見た。つられてマルタも顔を上げる。目に光が刺さった。
「ジュリー!」ジュリーが言う。

 彼女が自分の名前を呼ぶと、木の上から音も立てず、黒いものが落ちてきた。生きものだ。それは地面でもう一度跳ねると、ジュリーに飛びかかった。

「ジュリー、こんなところにいたのね」
「ジュリー、ああ、ジュリーか」
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/05(日) 03:03:50.84 ID:QQfGdOTXo
 ジュリーの腕の中で動かなくなったそれを見て、やっとマルタは気が付いた。彼女の飼い猫だ。いや、ペットではなかったか。レモンの街を出る時には既にいなかった気がするが、こんなところまで来ていたとは。道に迷っていたのだとしたら、大した強運だろう、ジュリーも少し驚いているように見える。

 猫のジュリーは腕の中から地面に戻ると、マルタたちの向かっている方に歩いて行った。少し大きい岩の上に軽やかに登るとその上で欠伸をして、なあ、と一つ鳴いた。マルタもそちらに近付くと、どうやら目的地が見えてきた。ジュリーも黒猫に駆けよる。

「ああ、これは凄いな」マルタは呟いた。
「何がですか、マルタ様、ジュリーも、どうしたの」

 多分ジュリーにはまだ見えないだろう。目線が全く違う。

「今日の、散歩の終点だ、漸く着いたな」
「建物が見えるのですか」
「ふ、建物、ねえ、建物は見えないかな」

「では、何が」
「そっちのジュリーには見えているようだぞ」
「えっと、ジュリー、何が見えるの」

 猫がまたひとつ鳴いた。マルタはジュリーの脇を抱えて、黒猫の横、岩の上に持ち上げてやる。
 ジュリーは驚嘆の声を出した。

「ああ、えっと、これは」
「そう、海だよ」

 マルタも話でしか聞いたことがない。空の対になっているもので、同じくらい広大だと。そして空よりも深く、青いものだと。宝石が溶けているようだと聞いた時はそれを疑ったが、太陽の光を反射して煌めくそれは、成程流れる宝石に見えなくもない。

「え、マルタ様、これは」
「見たかったんじゃないのか、海」
「ええ、凄い・・・見たかったけれど、マルタ様・・・ああ、凄い」ジュリーは溜め息を吐いている。

 ここから見えるのはほんの一握り、いや、一摘みだろう。近付けばまだまだ大きいはず。

「行こうか、ジュリー」
「ええ・・・えっと、マルタ様、これはつまり、えっと」

 珍しく混乱しているジュリーを、岩から降ろしてやる。こうでなければ、わざわざ来た意味がない。
 自分の心臓もいつもより速い。自然と早歩きになるのに、ジュリーがついてくる。楽しくなってきた、全く、自分はまだまだ子供だ。
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/08/05(日) 03:04:18.67 ID:QQfGdOTXo
ジュリーとマルタ

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